2014 年分光化学 岩田(第 7 回)1 分光化学配布資料 第 7 回 2014 年 11 月 18 日(月) 14. 分子の基準振動(つづき) (ここからは,発展的な話題) 一般的には,直感的に定義する「分子内座標」と互いが独立な「基準座標」は一致しな い.水の例では,振動モード3 に対応する分子内座標 S3 と基準座標 Q3 は一致しているが, S1 と Q1 および S2 と Q2 は一致しない. Q1 d11S1 d12 S2 14-1 Q2 d 21S1 d 22 S2 の関係となる.分子内座標から基準座標へは,T と V をそれぞれ運動エネルギーとポテン シャルエネルギーとして, A11S12 2 A12 S1S2 A22 S2 2 T 14-2 および B11S12 2B12 S1S2 B22 S2 2 V 14-3 が C11Q12 C22Q22 T 14-4 Q2 S2 および D11Q D22Q2 V 2 1 2 14-5 Q1 S1 となるように変換する.これは,座標変換によって楕円の主軸 を見つける問題である.実は,両者で同時に交差項をゼロにす るために,座標に質量を含めている. 水の1 は分子内振動で定義する「純粋な」対称伸縮振動ではなく,2 は「純粋な」変角 振動ではないことがわかる.多原子分子の基準振動にはその基準振動の内容を良く表す名 称をつけるのが便利であるので, 「対称伸縮」や「変角」といった分子内座標の名前をその まま基準振動の名前にも使うのが一般的である.しかし,たとえばアセトンの「C=O 伸縮 振動」で動くのはカルボニル基の C と O のみではない.分子を構成する全ての原子が振動 するが,その中でカルボニル基の C と O の寄与が大きいからこの基準振動を「C=O 伸縮振 動」という名前で呼んでいるのである. 15 量子論による光吸収の取り扱い シュレディンガー方程式がいつも解析的に解けるとは限らない.解けるのは少数の限ら れた場合である.一般的に,量子力学を原子・分子の現象に適用するときには何らかの近 似法が必要となる. 「摂動法」は代表的な近似法である(古典力学でも摂動法は使われる). 光の吸収あるいは放出を量子論によって記述するときに,摂動法は有効である.しかし, この講義では,残念ながら摂動論について解説する余裕がない.よって,結果のみを示す. ただし,この結果は重要であって,よく使われる. 2014 年分光化学 岩田(第 7 回)2 光(電磁波)と分子が相互作用するとき,そのハミルトニアンを Hˆ (1) μ E μ E0 cos t 7-4’ と表すことにする(電磁波における電場と磁場のうちの電場のみを考えている).E0 は電 場成分の振幅,は電磁波の角振動数である. 系全体のハミルトニアンを Hˆ Hˆ (0) Hˆ (1) 15-1 と書くことにする.ここで, Hˆ (0) は,電磁波と相互作用しないときの分子のハミルトニア ンである.電子にとっては,通常の光(電磁波)の電場によるクーロン相互作用の大きさ が原子核からのクーロン引力の大きさに比べて十分に小さいので,15-1 における Hˆ (1) の効 果は Hˆ (0) の効果よりも著しく小さい.このとき, Hˆ (1) を「摂動項」として取り扱う.光と 相互作用することで分子の状態が準位 i(始状態)から準位 f(終状態)に変化すると考え て「時間に依存した摂動論」を適用すると,準位 i から準位 f への状態変化(光による励起) の速度は w f i (0)* Hˆ (1) i(0) d f 2 となる.7-4’式を使って,摂動ハミルトニアンを書き換えると 2 w f i (0)* i(0) d fi f 2 2 2 2 2 (0)* (0) (0)* (0) (0)* (0) e f x i dx f y i dy f z i dz 15-2 である.光遷移の速度は,遷移双極子モーメント fi (0)* i(0) d f 15-3 の大きさの 2 乗に比例するのである. 簡単のために,1 次元で 15-3 の積分を考える. (0)* f i(0) dx e (0)* x i(0) dx f 15-4 被積分関数の中の x は,(座標 x に対して)奇関数である.もしも i(0) と (0) f の双方が奇関 数,あるいは双方が偶関数であれば, i(0) と (0) f と x の積は奇関数である.ゆえに,15-4 の積分は零になる.このような始状態と終状態の間での光による遷移は起こらない.逆に, (0) (0) もしも i(0) と (0) f の一方が奇関数でもう一方が偶関数であれば, i と f と x の積は偶関 数である.このような始状態と終状態の間では,光による遷移が起こり得る. 座標に対する状態の「対称性」あるいは「パリティ」によって光吸収の確率が決まる. これを「選択律」と呼ぶ.
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