Minkowski 不等式のおはなし

Minkowski 不等式のおはなし
慶應義塾大学理工学部数理科学科 4 年 益岡幸弘
0 はじめに
(n)
このプリントは Minkowski 距離関数 (dm (x, y) :=
√∑n
m
k=1
|xk − yk |m ) が距離の公理を満たすことを示
すことを目的としたプリントです. 新入生向けに書いたつもりですので, 高校数学がある程度わかっていれば,
後は根気だけで読めると思います (たぶん).
証明の流れとしては
1.H¨older の不等式を証明する.
2.H¨older の不等式を使って, Minkowski 不等式を証明する.
3.Minkowski 不等式を使って, Minkowski 距離関数が距離の公理を満たす.
という流れになっています.
皆さんの参考になれば幸いです.
1 Minkowski 不等式
まず, Minkowski 不等式の証明をしよう.
そのためには H¨
older の不等式を証明する必要があるが, それを証明するために補題を一個示しておく.
Lemma 1.1
p ∈ (1, +∞) , q :=
p
p−1
とする.
このとき
q > 1,
1 1
+ = 1 で, また
p q
0 ≤ a ∧ 0 ≤ b であれば ab ≤
bq
ap
+
p
q
Proof
まず q > 1,
1
p
p
p−1
1
= p−1
また, p1 + 1q
+
1
q
= 1 を示す.
+ 1 > 0 + 1 = 1 である.
=
1
p
+
p−1
p
= 1 である.
(1) を示す.
0 ≤ a, 0 ≤ b と仮定する.
ab = 0 のとき
明らかに 0 ≤
ap
p ,0
≤
bq
q
から 0 ≤
ap
p
+
bq
q
から, このとき (1) を満たす.
1
(1)
a > 0, b > 0 のとき
次のことを示す.
r ∈ (0, 1) x ∈ (0, +∞)
(2)
x − 1 ≤ r (x − 1)
(3)
r
f (x) = r (x − 1) − (xr − 1) とすると
r−1
∑
)
(
xk
f ′ (x) = r 1 − xr−1 = r (1 − x)
(4)
k=0
このとき
0 < x < 1 ⇒ f ′ (x) < 0
(5)
′
x = 1 ⇒ f (x) = 0
(6)
′
1 < x ⇒ f (x) > 0
(7)
よって,f (x) は x = 1 で最小値を取る.
ゆえに f (1) = 0 から f (x) ≥ 0 である.
ゆえに (3) である.
このとき a > 0, b > 0 から
よって (3) で r =
1
p, x
=
p
a
bq
ap
bp
> 0 である. また,p > 1 から 0 <
1
p
< 1 である.
とできて
(
)1
ap p
−1≤
bq
( )
a
−1≤
q
bp
(
)
1 ap
−
1
p bq
(
)
1 ap
−
1
p bq
q
ap
bq
abq− p − bq ≤
−
p
p
(
)
p
1
a
1 q
q (1− p )
ab
≤
+ 1−
b
p
p
1
q
=1−
1
p
に注意すれば
ab ≤
ap
bq
+
p
q
つぎに H¨
older の不等式を証明する.
Theorem 1.1 (H¨older’s inequation (H¨older の不等式 ))
p ∈ (1, +∞) , q :=
p
p−1
とする.(q > 1,
1
p
+
1
q
= 1 に注意)
このとき {ak }k∈N , {bk }k∈N について
n
∑
k=1
(
|ak bk | ≤
n
∑
) p1 (
|ak |
p
n
∑
k=1
k=1
2
) q1
|bk |
q
(8)
Proof
n
∑
|ak |p = 0 とすると,∀k ∈ N (|ak |p = 0) であるから ∀k ∈ N (ak = 0) である.
k=1
よって
n
∑
(
|ak bk | = 0 =
k=1
n
∑
) p1 (
|ak |
p
k=1
n
∑
) q1
|bk |
q
(9)
k=1
より, このとき (8) を満たす.
n
∑
|bk |q = 0 のときも同様に (8) を満たす.
k=1
以下,
n
∑
|ak |p ̸= 0,
k=1
まず
n
∑
n
∑
|bk |q ̸= 0 とする.
k=1
|ak |p =
k=1
n
∑
|bk |q = 1 の場合を示す.
k=1
このとき lemma から
|ak ||bk | ≤
|ak |p
|bk |q
+
p
q
(10)
よって
n
∑
|ak bk | ≤
k=1
=
n (
∑
|ak |p
k=1
n
∑
1
p
p
|bk |q
+
q
)
1∑
|bk |q
q
n
|ak |p +
k=1
k=1
1 1
= +
p q
=1
) p1 ( n
) q1
( n
∑
∑
=
|ak |p
|bk |q
k=1
k=1
よって (8) は成立.
次に一般の場合を示す.
n
∑
k=1
|ak |p = α,
このとき
n
∑
|bk |q = β とおく. このとき仮定から α2 + β 2 ̸= 0 で,α > 0, β > 0 である.
k=1
1∑
|ak |p = 1
α
n
k=1
n
1∑
|bk |q = 1
β
k=1
3
(11)
であるから
n ∑
ak p
1 =1
p
k=1 α
q
n ∑
bk 1 =1
q
k=1 β
よって
q ) q1
(
p ) p1 (∑
n n n ∑
∑
a
b
a
k k bk k1 1 1≤
1
p
p q
q
k=1 α β
k=1 α
k=1 β
(
) p1 (
) q1
n
n
n
1 ∑
1∑
1∑
p
q
|ak bk | ≤
|ak |
|bk |
1
1
α
β
α p β q k=1
k=1
k=1
( n
) p1 ( n
) q1
n
∑
∑
∑
|ak bk | ≤
|ak |p
|bk |q
k=1
k=1
(12)
(13)
k=1
Remark
これは一種の Schwarz の不等式の一般化である.
∑
ちなみに、この不等式は連続な場合 (
∫
を
に変えて, 数列を実数値関数にして考えた場合) も成立するこ
とが知られている.
さて、Minkowski 不等式を証明しよう.
Theorem 1.2 (Minkowski’s inequation(Minkowski の不等式))
{ak }k∈N , {bk }k∈N について
p ∈ [1, +∞) であるとき
(
n
∑
) p1
|ak + bk |
(
≤
p
k=1
n
∑
) p1
|ak |
p
(
+
k=1
n
∑
) p1
|bk |
p
(14)
k=1
Proof
p = 1 のとき
|ak + bk | ≤ |ak | + |bk | から
n
∑
|ak + bk | ≤
k=1
p > 1 のとき
n
∑
|ak | +
k=1
n
∑
|bk | より (14) を満たす.
k=1
このとき |ak + bk | ≤ |ak | + |bk | から
|ak + bk |p ≤ |ak ||ak + bk |p−1 + |bk ||ak + bk |p−1
(15)
よって
n
∑
k=1
|ak + bk | ≤
p
n
∑
k=1
|ak ||ak + bk |
p−1
+
n
∑
k=1
4
|bk ||ak + bk |p−1
(16)
このとき q =
n
∑
p
p−1
として H¨
older の不等式から
(
|ak ||ak + bk |p−1 ≤
k=1
(
=
n
∑
) p1 (
|ak |p
k=1
n
∑
) p1 (
|ak |p
k=1
n
∑
) q1
|ak + bk |q(p−1)
k=1
n
∑
(17)
) q1
|ak + bk |p
k=1
また
n
∑
(
|bk ||ak + bk |p−1 ≤
k=1
(
=
n
∑
) p1 (
|bk |p
k=1
n
∑
) p1 (
|bk |p
k=1
n
∑
) q1
|ak + bk |q(p−1)
k=1
n
∑
(18)
) q1
|ak + bk |p
k=1
よって
|ak + bk |p ≤ |ak ||ak + bk |p−1 + |bk ||ak + bk |p−1
) p1 ( n
) q1 ( n
) p1 ( n
) q1
( n
∑
∑
∑
∑
|ak |p
|ak + bk |p
|bk |p
|ak + bk |p
≤
+
(
=
k=1
k=1
k=1
よって
1
p
(
=1−
n
∑
1
q
k=1
k=1
) q1 ( n
) p1 
) p1 ( n
n
∑
∑
∑


|ak + bk |p
|bk |p
|ak |p
+
(19)
k=1
k=1
から
) p1
|ak + bk |
p
(
≤
k=1
n
∑
) p1
|ak |
p
k=1
(
+
n
∑
) p1
|bk |
p
k=1
Remark
この不等式も実は連続な場合でも成立する.
2 Minkowski 距離
さあ, Minkowski 距離関数が距離の公理を満たすことを示そう.
その前に, 念のため距離関数の定義を確認しておこう.
Definition 2.1 (距離関数)
集合 X 上の関数 d : X × X → R≥0 が以下の i )ii )iii ) の条件を満たすとき d を距離関数という.
i )∀x, y ∈ X (d (x, y) = 0 ⇔ x = y)
ii )∀x, y ∈ X (d (x, y) = d (y, x))
iii )∀x, y, z ∈ X (d (x, y) ≤ d (x, z) + d (z, y)) (三角不等式)
5
さて本題へと移ろう. まず, キチンと Minkowski 距離を定義する.
Definition 2.2 (Minkowski 距離)
(n)
以下のように Minkowski 距離関数 dm : Rn × Rn → [0, +∞) を定義する.
n, m ∈ N, x, y ∈ Rn , xk , yk ∈ R(k ∈ {1, 2, 3, · · · , n})
x = (x1 , x2 , · · · , xn ), y = (y1 , y2 , · · · , yn )
v
u n
u∑
t
|xk − yk |m
d(n) (x, y) := m
m
k=1
Theorem 2.1
Minkowski 距離は距離関数である.
Proof
以下 n, m を固定して考えよう. また,x = (x1 , x2 , · · · , xn ), y = (y1 , y2 , · · · , yn ), z = (z1 , z2 , · · · , zn ) とする.
i ) このとき,0 ≤ |xk − yk | から 0 ≤
n
∑
v
u n
u∑
(n)
m
|xk − yk |m ≥ 0 である.
|xk − yk | であるので dm (x, y) = t
k=1
k=1
さて, このとき x = y ならば |xk − yk | = 0 より
(n)
dm (x, y)
= 0 と仮定する. このとき
n
∑
(n)
dm (x, y)
= 0 は明らかである.
|xk − yk | = 0 から ∀k ∈ {1, 2, 3, · · · , n}(|xk − yk | = 0) である.
k=1
よって ∀k ∈ {1, 2, 3, · · · , n}(xk − yk = 0) で,∀k ∈ {1, 2, 3, · · · , n}(xk = yk ) となる. ゆえに x = y である.
ii ) このとき
v
u n
u∑
m
t
d(n)
(x,
y)
=
|xk − yk |m
m
k=1
v
u n
u∑
t
= m
|yk − xk |m
k=1
= d(n)
m (b, y)
iii ) このとき Minkowski の不等式から
v
u n
u∑
m
t
(x,
z)
=
|xk − zk |m
d(n)
m
k=1
v
u n
u∑
t
= m
|(xk − yk ) + (yk − zk )|m
k=1
v
u n
u∑
t
≤ m
|xk − yk |m +
v
u n
u∑
m
t
|yk − zk |m
k=1
k=1
(n)
= d(n)
m (x, y) + dm (y, z)
である.
以上より Minkowski 距離関数は距離の公理を満たす. よって,Minkowski 距離関数は距離関数である.
6
3 最後に
ここまで読んで下さった方ありがとうございました. 皆さんのお役に立てたら幸いです. 最後に 3 点ほ
ど,Minkowski 距離について書いておきます.
1. 私は詳しくないのですが, この Minkowski 距離は統計解析などに応用があるそうです. 詳しく知りたい方
は統計解析の本を読んで下さい. もし, その辺りに詳しい方がいらっしゃったら, 私にぜひ教えてください.
2. このプリントに載っている具体的な距離関数はすべて位相空間が一致することが知られています. 位相空
間論をかじった事のある人はぜひ証明にチャレンジしてみてください.
3. 証明を見ていて気がついた方もいらっしゃるかもしれませんが, Minkowski 距離関数の m は実は自然
1
∑n
(n)
数でなくても大丈夫です. その場合 dm (x, y) := ( k=1 |xk − yk |m ) m と微妙に書き直さないといけません
が......
最後にこのプリントに見づらいところや間違い, 気がついたことがあったらぜひ教えてください. 特に誤りが
あったら速やかに教えて下さると幸いです. よろしくお願いします.
7
4 おまけ
以下に示すのは R2 での Minkowski 距離 (m = 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 100) および Chebyshev 距離
(d(2)
∞ (x, y) = max {|xk − yk |}) を考えたときの半径 1 の円の慨形のグラフです.gnuplot で描写しました. 参
1≤k≤2
考にしてください.
(2)
図2
d2 (0, y) = 1
(2)
図5
d5 (0, y) = 1
(2)
図8
d8 (0, y) = 1
図1
d1 (0, y) = 1
図4
d4 (0, y) = 1
図7
d7 (0, y) = 1
(2)
図 10 d10 (0, y) = 1
(2)
図3
d3 (0, y) = 1
(2)
図6
d6 (0, y) = 1
(2)
図9
d9 (0, y) = 1
(2)
図 12
d(2)
∞ (0, y) = 1
図 11 d100 (0, y) = 1
8
(2)
(2)
(2)