海洋産抗腫瘍性物質アプリロニンAと 細胞骨格タンパク質

海洋産抗腫瘍性物質アプリロニンAと
細胞骨格タンパク質
筑波大学
数理物質系
木越
英夫
はじめに
海洋生物からは、特異な化学構造を持ち、顕著な生物活性を示す有機化合物が数
多く発見されており、医薬品などのリード化合物として注目されている。海洋天然
物自身を医薬品とすることは、その生産量などから難しい場合が多いが、最近、ク
ロイソカイメンから発見されたハリコンドリン類をリードとして、強力な合成有機
化学に基づき開発されたエリブリンが上市されたトピックは、海洋天然物化学と合
成有機化学にとって、重要な研究成果といえよう。
アプリロニンAとアクチン
三重県産の海洋軟体動物アメフラシから発見されたアプリロニンAは、強力な腫
瘍細胞増殖阻害活性(IC50 0.039 ng/mL, HeLa)を示すとともに、担癌マウスを用
いた抗腫瘍性試験において、既存の制がん剤を上回る延命効果(T/C 545%, P388 白
血病マウスなど)を示したために、その生物活性発現に関わる研究を行ってきた。
当初、一般的な抗がん剤の標的生体分子である DNA、チューブリン、細胞周期調
節酵素群に対する効果を調査したが、これらとの相互作用は認められなかった。そ
こで、標的タンパク質を探索した結果、細胞骨格タンパク質のアクチンと相互作用
することが判明した。アクチンは、一般的には筋組織を作るタンパク質として有名
であるが、実は非筋細胞においても真核細胞内に最も多く存在しているタンパク質
である。アクチンは重合と脱重合を繰り返しており、生体内ではアクチン結合タン
パ ク 質 な どの働きにより
O
OMe
制御されている。単量体の
O
アクチン(G-アクチン)が
OH
O
NMe
O
重 合 す る と繊維状のアク
O
O
OMe
OH
OAc
Me
チン(F-アクチン)となり、
NMe
N
M eO
CHO
ア ク チ ン フィラメントと
して細胞の骨格となる。し
ア プ リ ロ ニ ン A
たがって、アクチンが脱重
合されると、細胞の正常性
を保てなくなる。
ア ク チ ンに作用する有
アプリロニンA
F-ア ク チ ン
機小分子としては、古くは
脱重合
カ ビ や キ ノコから発見さ
G -ア ク チ ン
れ た フ ァ ロイジンやサイ
ト カ ラ シ ンが知られてい
たが、海洋天然物が盛んに
アプリロニンAによるアクチン脱重合
研究されるようになって、
2
2
いくつかの海洋天然物がアクチンに作用することが明らかとなった。しかし、生物
有機化学的研究は限られていた。
我々は、既に達成したアプリロニンAの全合成の知見をもとに様々な人工類縁体
を合成し、これら用いた化学構造と腫瘍細胞増殖阻害活性やアクチン脱重合活性と
の相関研究を行った。その結果、以下のことが判明した。
1)強力な腫瘍細胞増殖阻害活性には、分子全体が必要である。
2)アクチン脱重合活性には、側鎖部分で十分である。
3)特に、マクロラクトン部のトリメチルセリン基は、腫瘍細胞増殖阻害活性の鍵
となる官能基である。
これらの構造活性相関研究と上記の腫瘍細胞増殖阻害活性発現濃度と細胞内のア
クチン濃度(100 μM)を考え合わせると、アプリロニンAの強力な腫瘍細胞増殖
阻害活性は、単にアクチン脱重合活性だけでは説明できないことが示唆された。そ
こで、アプリロニンAの強力な腫瘍細胞増殖阻害活性や抗腫瘍性を説明できる仮説
として、以下の機構を提案した。
1)アプリロニンAは、細胞内に多量に存在するアクチンと1:1複合体を形成す
る(Kd 0.1 μM)。
2)細胞内に微量に生成した上記の複合体が、トリメチルセリン基を鍵として細胞
の生死に重要な別のタンパク質と複合する(三元複合体の生成)。
3)この三元複合体が、細胞増殖阻害に関わるシグナルとして働き、抗腫瘍性など
が発現する。
アプリロニンAとアクチンの複合体の構造は、結晶構造解析により明らかとなっ
た。アプリロニンAは、アクチンのサブドメイン1と3の間の疎水性 1,3-クレフト
に側鎖部を挿入するように結合しており、マクロラクトン部はアクチンの表面に張
り付くように位置している。細胞増殖阻害に重要
な官能基であるトリメチルセリン基は、アクチン
とは全く相互作用せず、溶媒領域に突き出してい
ることもわかった。この結果からも、トリメチル
セリン基は、アクチンとは別のタンパク質との結
合に関わっていると考えられる。
O
OH
OMe
O
N M e2
O
O
O
OMe
OH OH OH
O
N M e2
OAc
M eO
マ ク ロ ラ ク ト ン 部
側 鎖 部
細 胞 毒 性 に の み 重 要
ア ク チ ン 脱 重 合 活 性 に も
細 胞 毒 性 に も 重 要
人工類縁体の構造と活性
Me
N
CHO
第2の標的タンパク質の探索
そこで、アプリロニンAをリガンドとするプローブ分子を用いて、第二の標的タ
ンパク質を探索した。プローブ分子の設計では、検出器や光反応基を結合するため
のリンカー部をリガンドとなる天然物のどの位置に導入するかが重要となる。アク
チンのアプリロニンA結合部位である 1,3-クレフトの構造を調べると、溝型の構造
であるために側鎖部の末端エナミド部の収まるエリアには、リンカー部を導入でき
る空間があることがわかった。幸いなことに、アプリロニンAの側鎖部は、温和な
酸加水分解により、エナミド構造を反応性の高いアルデヒド基へと変換できること
がわかっていたため、このアルデヒドを用いてオキシム結合などにより連結するこ
ととした。
O
OMe
O
OH
N M e2
O
O
O
O
OMe
O
O
OH NMe
2
OAc
M eO
N
H
S
N
H
O
O
N
O
H
HN
O
H
NH
O
ア プ リ ロ ニ ン A ビ オ チ ン プ ロ ー ブ
O
OMe
= R
N N
O
OH
N M e2
O
F 3C
H
N
O
O
OMe
M eO
OH
O
N M e2
O
OAc
N
O
O
N
H
O
O
O
N
H
H
N
O
O
S
H
HN
H
NH
O
ア プ リ ロ ニ ン A 光 親 和 性 ビ オ チ ン プ ロ ー ブ R = ト リ メ チ ル セ リ ン エ ス テ ル
ア プ リ ロ ニ ン C 光 親 和 性 ビ オ チ ン プ ロ ー ブ R = H
いくつかのプローブ分子を試した結果、リンカー部にポリエチレングリコール、
検出器にビオチン、連結官能基としてヒドラジドを用いたアプリロニンAビオチン
プローブにおいて、アプリロニンAをリガンドとする良好なアフィニティクロマト
実験を行うことができた。この実験では、細胞抽出物からアプリロニンAに親和性
をもつタンパク質として、アクチンとともに尐量のアクチン結合タンパク質 Arp2,
Arp3 が単離できた。アクチン結合タンパク質 Arp2, Arp3 は、F-アクチンの分岐や
架橋において重要な役割をもつ。そこで、アプリロニンAの 1/1000 の増殖阻害活性
しかもたない天然誘導体であるアプリロニンCをリガンドとするプローブ分子を用
いたところ、Arp2, Arp3 がアプリロニンAの場合と同じように検出されたため、こ
れらはアプリロニンAの強力な増殖阻害活性には関係のないタンパク質であること
がわかった。
アプリロニンAとチューブリン
目的とする標的タンパク質が不安定なことを考慮して光標識実験を行ったところ
(生細胞中での光標識、緩衝液の検討)、アクチン以外の親和性を示すタンパク質と
して、チューブリンを単離できた。チューブリンも細胞骨格タンパク質として重要
な役割を演じており、多くの抗腫瘍性物質の標的となっている。
アプリロニンA光親和性プローブによるアク
チン、チーブリンとその混合物の標識実験
(WB は標識されたタンパク質を、CBB はタンパ
ク質全量を示している。
)
ゲル濾過 HPLC(TSKgel super SW3000)
そこで、精製したチューブリンに対して、アプリロニンA光親和性ビオチンプロ
ーブを用いて標識実験を行ったが、チューブリンは全く標識されなかった。しかし
興味深いことに、アクチンを共存させると、アクチン、チューブリン共に標識され
た。
さらに、ゲル濾過 HPLC を用いた分析を行った。アプリロニンAとアクチンとチ
ューブリンを共注入すると、いずれよりも大きな分子量を示す位置(右図、①)に
溶出された。溶出位置から分子量を見積もると 150 kDa となり、ちょうどアプリロ
ニンA(1 kDa)とアクチン(43 kDa)とチューブリンαβヘテロダイマー(50 + 50
kDa)の合計によく対応した。また、スカッチャードプロットからアプリロニンA−
アクチン複合体とチューブリンの結合定数を算出すると、1.9×10-7 M-1 とわかった。
次に、チューブリンの重合に対する効果を検討した。重合するチューブリンにア
プリロニンAやアクチンを単体で加えてもほとんど重合には影響しなかったが、ア
プリロニンAとアクチンを混合して加えると(アプリロニンA−アクチン複合体)、
濃度依存的に重合が阻害された。
以上のゲル濾過 HPLC やチューブリン重合阻害活性試験を前述の低活性アナログ
であるアプリロニンCについて行うと、三元複合体の形成は観察されず、アクチン
が共存してもチューブリンの重合を阻害しなかった(右図、④)。
アプリロニンAで処理した HeLa 細胞を観察すると、分裂期の細胞で紡錘体が多
核化するという形態異常が見られた。また、その細胞周期は、分裂(G2/M)期で停
止していることが明らかとなった。この活性は、チューブリン作用薬として知られ
ているビンブラスチンとほぼ同等の活性である。最終的には、アプリロニンAで処
理した細胞は、アポトーシスを起こすこともわかった。
まとめ
以上の結果から、アプリロニンAの活性発現機構を以下のようにまとめることが
できる。
1)細胞内に入った微量のアプリロニンAは、大量に存在するアクチンと1:1複
合体を形成する。
2)アプリロニンA−アクチン複合体は、細胞内のチューブリンと結合して三元複合
体を形成する。
3)三元複合体がチューブリンの重合を阻害し、紡錘体の形態異常を引き起こす。
4)細胞周期が G2/M 期で停止し、細胞がアポトーシスが起こる。
天然小分子が2種類のタンパク質にサンドイッチの様に複合体を作る例として、
FK506 と FK 結合タンパク質とカルシニューリンの三元複合体形成による免疫阻害
活性などが知られているが、二大細胞骨格タンパク質のアクチンとチューブリンと
三元複合体を形成する例は報告されていない。アプリロニンA−アクチン−チューブ
リン三元複合体の構造、この三元複合体によるチューブリン重合阻害活性や紡錘体
形態異常の機構などまだ明らかにしなくてはいけないことが多いが、この発見によ
り、アクチンのようなユビキタスなタンパク質に適当なリガンドが結合することに
より、元のタンパク質には見られない顕著な生物活性が誘導されるという機構が注
目されることを期待している。
謝辞
この研究は、名古屋大学山田靜之名誉教授が始められたものであり、テーマのみ
ならず、数々の励ましをいただきましたことに感謝いたします。名古屋大学時代と
筑波大学に移ってからの小鹿一教授(名古屋大学)、坂倉彰教授(岡山大学)、末永
聖武准教授(慶應義塾大学)、早川一郎准教授(岡山大学)、北将樹准教授(筑波大
学)などの共同研究者と献身的に生物試料採集や実験を行ってくれました多くの学
生さんに感謝いたします。生物系の研究において、実験指導やご助言いただきまし
た宝谷弘一名誉教授(名古屋大学)、唐木英明名誉教授(東京大学)、上杉志成教授
(京都大学)、臼井健郎准教授(筑波大学)とそれぞれの研究室の皆様に感謝いたし
ます。
参考文献
総説:
Yamada, K.; Ojika, M.; Kigoshi, H.; Suenaga, K. Nat. Prod. Rep. 2009, 26, 27-43.
Yamada, K.; Ojika, M.; Kigoshi, H.; Suenaga, K. Proc. Jpn. Acad., Ser. B 2010, 86, 176-189.
その後の生物有機化学研究:
Kobayashi, K.; Fujii, Y.; Hayakawa, I.; Kigoshi, H. Org. Lett. 2011, 13, 900-903.
Kita, M.; Hirayama, Y.; Sugiyama, M.; Kigoshi, H. Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50,
9871-9874.
Ojika, M.; Kigoshi, H.; Suenaga, K.; Imamura, Y.; Yoshikawa, K.; Ishigaki, T.; Sakakura,
A.; Mutou, T.; Yamada, K. Tetrahedron 2012, 68, 982-987.
Kobayashi, K.; Fujii, Y.; Hirayama, Y.; Kobayashi, S.; Hayakawa, I.; Kigoshi, H. Org. Lett.
2012, 14, 1290-1293.
Kita, M.; Yoneda, K.; Hirayama, Y.; Yamagishi, K.; Saito, Y.; Sugiyama, Y.; Miwa, Y.; Ohno,
O.; Morita, M.; Suenaga, K.; Kigoshi, H. ChemBioChem 2012, 13, 1754-1758.
Kita, M.; Hirayama, Y.; Yamagishi, K.; Yoneda, K.; Fujisawa, R.; Kigoshi, H. J. Am. Chem.
Soc. 2012, 134, 20314-20317.
Ohno, O.; Morita, M.; Kitamura, K.; Teruya, T.; Yoneda, K.; Kita, M.; Kigoshi, H.;
Suenaga, K. Bioorg. Med. Chem. Lett. 2013, 23, 1467-1471.
Kita, M.; Hirayama, Y.; Yoneda, K.; Yamagishi, K.; Chinen, T.; Usui, T.; Sumiya, E.;
Uesugi, M.; Kigoshi, H. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 18089-18095.