Document;pdf

要旨
子 どもの社会学
∼ 現代 の子 どもの抱 え る諸 問題 の対処 の ために
指導教員 :加 藤隆雄先生
2015年 1月 19日
2008HP126
͡
竹 下 由紀
この論文では、人間の成長過程 の中で も “
子 ども"期 が特有に持 つ特徴・傾向を、独 自
の 自己発達理論モデル を用 いなが ら分析 し、“
子 ども"の 作 り上げる社会、そ してそこで起
こ り得るコ ミュニケーション問題 (い わゆる 「い じめ」
)を 、構造的に分析する。
第一章では 「“子 ども"の 定義」 について、外的特徴・ 内的特徴 の両視点か ら、客観的 に
分析 し、“
子 ども"期 における教育の必要の妥当性 を論 じる。独 自の 自己発達モデルに関 し
ては、同章 ので述べ られる。第二章では、主に “
子 ども"が 深 く関わるであろ うコ ミュニ
テ ィと、それ らの特徴について分析す る。第 二章では、第一 。第 二章をふまえ、“
子 ども"
が作 り出す社会 とはどのよ うなものか、どのよ うな特徴 があるかな どを総合的に分析す る。
第四章では、前章をふまえ、“
子 ども"の 社会 で起こる特徴的な コ ミュニケー ション問題に
ついて 1つ のモデル を提起 し、また どのよ うに捉え、扱 えば良いかを論 じる。
この論文を読む ことで、普段あま り考えることのない “子 ども"と い う存在、概念に対
し、改めて深 く理解 し、また考え直すきっか けとなるだろ う。
͡
コスプレの魅 カ
ー 興装文化の発展について一
2011コ Ю56員 川 紫羽
本研究の 目的は、 コスプ レ文化が近年 、急激 に発達 して きた理 由や、そ の背景 に どの よ う
な文化や思想が関係 してい るの か、 とい うことについ て、サ ブカルチ ャー の発展や、市場、
メデ ィア 、人 々の心理な どを踏 まえて考察す る ことであ る。
第 1章 では、本論文を進 める上で の コスプ レの定義をま とめた。 コスプ レ文化 の特徴 とし
て 、女性 が 中心 の文化である こ と、若者 が 中心 の文化 であることを挙げた。コスプ レにも様 々
な種類 が あ り、 いわゆる 「コスプ レイヤー」 と呼ばれ る人 々が、衣装 だ けでは な く、髪型、
化粧 、靴、小物 な どを用 い て全身 でキ ャラ クター を表現す る人 の ことを指 しているのだ と述
べ た。
第 2章 では、 コスプ レとい う文化 について、 ビジネ ス、 メデ ィア、 カルチ ャー といつた視
点か ら論 じた。 コスプ レ衣装 の販売業者や写真撮影 ス タジオ、 コスプ レイベ ン ト企画な どが
コス プ レ文化に参入 し、成功 してい る事例 を述 べ 、 コスプ レとい う一種 の ビジネ ス形態 を確
立 してい ることを論 じた。 また、SNSや テ レビ番組 な どが 、 コスプ レとい う文化を知 らない
人 々 に対 して 、 コスプ レに関す る知識やイ メー ジを与える役割 を持 つて い る点について も言
及 した。 また 、コスプ レは世界的に も有名 にな つてお り、「世界 コス プ レサ ミッ ト」や 「ジ ャ
パ ンエ キスポJな どでは コス プ レの コンテス トも開かれて い る こ とについて述 べ た。
第 3章 では、なぜ 人 々が コスプ レを したい と思 うのか、 コスプ レの魅力 とは何か、 とい う
点 につい て論 じた。 キ ャラ クターの コスプ レをす る とい うことは、 自分 の好 きなもの をア ピ
ール す るとい う意味 を持 ってお り、 コスプ レイヤー は コス プ レを通 して コ ミュニテ ィの形成
を図 つてい る と言 える。 また、 コスプ レは一種 の創作活動 として捉 えることも可能である。
創作活動 としての コス プ レは、衣 装 の制作 は もちろんだ が、単 に衣 装 を作 るだけではな く、
そ の衣装 を使 つて撮影 を行 い 、そ の写真 を加 工・ 編集す る こ とで完成す る。 コス プ レイヤー
に とって コスプ レとは 、創作意欲 を満 た した上で 自己顕示欲 も満 たす ことの 出来 る多様な魅
力 の ある文化なので ある。
これ らの 3つ の章をふ まえ、第 4章 では コスプ レがなぜ 近年急激 に発達 して きたのか 、 と
い う問いへ の考察 をま とめた。 コスプ レ文化 は今や 、オタク文化 に興味 がな い一般 の人 々 に
も知 られ るよ うにな つて きている。近年 では コスプ レイベ ン トが新聞や ニ ュースな どの メデ
ィアにも大 き く取 り上げ られ るよ うにな り、 ます ますその経済的、文化的発展 が見込 まれて
い る。 しか し、そ の一方でマナーの悪化な どの懸念材料 も多 くあるとい うのが現状 だ。今後
もメデ ィアに取 り上げ られ ることによ り、 コス プ レが一般 の人 々へ 浸透 してい くことは想像
に難 くない。 そ の過程 で人 々の コス プ レに対す る認識 が どの よ うに変化 して い くのか とい う
こ とが、今後 の コスプ レ文化 に大きな影響 を与 えるだろ う。
SNS疲 れ と社会 的 ス キル の 関係 につ いての考察
201lIIP074 久野理沙
ネ ッ ト社会 と言われ る現代 では コ ミュニ ケー シ ョンツール である SNSが 急速 に普及 し、人 々
の対人 関係 の あ り方が変 化 して きて い る。SNSは 他者 とのつ なが りを 目的 としてお り、娯楽的
機能 であったはず だが 、
近年 は SNSで の対人関係 に悩み を抱 える SNS疲 れ の人 が増 えてい る。
また 、現代 では若者 を中心 に して コ ミュニ ケー シ ョンカや適応力 とい つた社会的 ス キル の低 下
が 問題視 され てお り、 この こ とが SNS疲 れ に影 響 を与 えてい るので はな い だろ うか と考 え ら
れ た。 そ こで 、本論 文では SNS疲 れ と社会的 ス キルの 間に関連性 が見 られ るか を検討 し、 さ
らに両者 の 間 には比例的 関係 が認 め られ るかについ ての考 察 を行 うこ とを 目的 とした。
第 1章 では 、SNSの 歴 史 を辿 る とともに 、現在 日本 で主流 とな つて利用 され る各
SNSの 特
徴 を挙 げて、そ の利用実態 を紹介 していった。
次 に第 2章 では 、SNS疲 れ とは具 体的 に どの よ うな症状や体験 の ことを指す のか を定義す
るため、ネ ッ ト上 に寄せ られ い くつ かの経験談や悩み談 を参考 に して SNS疲 れ の傾 向を探 っ
て いっ た。そ して 、これ まで の調査 によ つて得 られ て い るデ ー タ と照 ら し合 わせ る ことで SNS
疲れ を引き起 こす要素 を大 き く 3つ に分類 して取 り上げた。
そ して第 3章 では 、本論文 にお ける社会的 ス キル を円滑な コ ミュニ ケー シ ョン を とるため の
能力 と行動 の一連 の過程 の こ とと定義 してか ら、
SNS疲 れ と社会的 ス キル の間 に関連 が見 られ
るか ど うかについて検討 した。両者 は ともに、孤独感や対人劣等 な どといっ た 自己否定的感情
に影響 を受 けるもので ある とい うこ とか ら、社会的 ス キル が低 い と自己否 定的感 情 が強 ま り、
SNS疲 れ を感 じや す くな る とい う結論 が得 られ た。 しか し、内向的人格 と外 向的人格 とい う視
点か ら人格 を 2つ の タイプに分類 して 、両者 にお ける SNS上 で の振 る舞 い方 の違 い と、 どの
よ うな点 に SNS疲 れ を感 じるのか を検討 した ところ、SNS疲 れ と社会的 ス キル の 間 には比例
的 な関係 があ る とこを明 らかにす る こ とはできなか った。
以 上 の こ とを踏 まえて第 4章 で 、結論 と してま とめ、本論文では取 り上 げる こ とので きなか
つ た現代 の対人関係 の あ り方 にお ける問題 点 と青 年期 の発達課題 を問題 として取 り上げて、
SNS疲 れ に関連性 が見 られ るのではないか と指摘 した。 そ して、今後 の課題 を述 べ る ととも
SNSと
どの よ うに関わ るべ きであるか につい て考察 した。
ラジオのカ
ー レトロなメディアの未来―一
201lHP103中 野 絵 梨
本研究の 目的は、 日常 と、非 日常である災害 のそれぞれ の場 面にお いて ラジオが どの よ う
な力 を持 ち発揮 してきたのかを検討 した うえで 、近年 の動 きも踏 まえ、今後 の ラジオの可能
性 を探 る ことで ある。
まず 、第 1章 では、ラジオの これ まで の歩み と現状 を把 握す るとともに、主 に番組 の作 り
手側 の人 々の視点 を通 じた 、 日常場面におけるラジオの存在 につい て考察 した。現在 ラジオ
は若 い聴取者や広告費が減少 している とい う問題 があ り、解決 に導 くためには ラジオ の もつ
魅 力 を多 くの 人 に知 って も ら う必 要 が あ る。 日常場 面 にお い て は 、若 者 に人 気 の 番 組
『 SCHOOL OF LOCK!』 を例 に挙 げ、 ラジオが 「場」 を作 る力 をもつ ことについて述 べ 、音
声 のみである ことの強み につい て も触れた。
次に第 2章 では、非 日常 の場面 として東 日本 大震災 を例 に挙 げ、そ の 時 ラジオが どの よ う
な役害Jを 果 た したのかについ て考察 した。ラジオをテ レビと比較す ると、情報 を伝 える うえで、
双方 向的な特性 を活かす事ができた り、地域情報 に徹する ことができた りす るなどの長所 があ
る。 また、安否情報 も取 り扱 っていたことで、被災者 の期待 にも応えていた。 ラジオは情報 だけ
でな く、被災者が安心感 を得 られ るよ うな声 と音楽 も届け、「′
いの復興」 にも一役買 つた。 これ
らのことにより、ラジオは 「い ざとい う時に頼 りになる」 とい う印象を人 々に与えたが、注 目を
集 めたのは一時的であった。「日常あっての非 日常」で、災害時に十分 に活か され るためには、
人 々に日常的に聴 かれ る必要がある。
最後に第 3章 では、第 1章 と第 2章 の 内容 を踏 まえた うえで 、 まず近 年行 われ てい る試み
について触れ た。 そ して、 ラジオが今後 どの よ うになるのか、あるい は作 り手はラジオを ど
うしてい くべ きなのか といった可能性や課題 につい て考察 した。近年 では、 ラジオ とイ ン タ
ー ネ ッ トを融合す る試みがな され てお り、そ の最 た る例 である 「radikOjp」 の利点 と課題 を
明 らかに した。 また、年 々増加 の一途 を辿 る コ ミュニテ ィ FMの 役害1や 地域 との関 わ りにつ
いて述 べ た。第 1章 で挙げ た若 い聴取者 と広告費 の減少 とい う問題 は、イ ンターネ ッ トとの
融合 によつて解決 へ の大 きなチャ ンス を得た の は確 かである。そ して 、これか らの ラジオは、
小 さな コ ミュニテ ィか ら世界 まで、それぞれ の場所 で力 を発揮 してい くので はない だろ うか。
ある意味新 しい メデ ィア とも言 えるラジオだが 、 ラジオ な らではの 良 さは今 も失われて い な
い し、 これか ら変化 してい く過程 において も、それ らは守 ってい くべ きものである。
『 お 嬢 様 学 校 Jは 何 が 違 うの か
一 他 の女 子校 との比 較 を通 して 一―
201lHPl14岡 村
悠香
本研究 の 目的は、女子校 の うち 「お嬢様学校 Jと 呼ばれ る学校が、他 の女子校
(「
非お嬢様
学校」)と どの よ うな点 で違 うのか を考察す る こ とである。
まず、第 1章 では、「お嬢様」を定義 した。第 一 に、地位 の高 い または家柄 が 良い家庭 の娘
であること、第 二に優雅な雰囲気 を有 してい る こ とである。「お嬢様学校 」と呼ばれ る女子学
校 の多 くが明治時代 に創 立 されて い るため、女子校 の 「過去」 の始ま りは明治時代 とす る こ
とができる。
第 2章 では、明治 か ら戦前期 の女子校 に焦点を当てた。 この時代は女子が教育 を受 ける こ
とはそれ 自体珍 しく、特権階級 のみに許 された ことで あ つた。 当時 の女子校 は東京高等女学
校や キ リス ト教系 の女子校 の他 に、実業系 の女子校 もあ つた。前者 の生徒 の親 は高級官吏な
どの上層階級 の比率が高 いが、後者 の親 の職業 は農業系 の比率が高 か つた。 つ ま り、女子校
に通 えるのは財力がある家庭 のみだが、そ の 中で も親 が上層階級なのが多 い女子校 は 「お嬢
様学校」であ った と言 える。
第 3章 では現代 の女子校 における 「お嬢様学校」 の位置 を検討 した。戦後、女子 の進学率
は一 時向上 したが、 ほ どな く して女子 よ りも男子 の教育に力 を入れ るとい う政策 の転換 によ
り発展 が厳 しくなった。女子高等教育は切 り捨 て られ、 これが原 因で女子校 の私学経営が増
え始 めた。 当然、私 立女子校 は公立女子校 よ りも学費 が高 く、特に 「お嬢様学校」 と呼ばれ
る女子校 は トップク ラスの金額だ つた。 これ よ り、学費 の高 さが、「お嬢様 学校」と「非お嬢
様学校」 を分ける条件 にな つていった と考 え られ る。
他方、学費 の よ うな経済的条件
(「
お嬢様」の第 一の定義 )に 加 えて、「お嬢様学校」と「非
お嬢様学校 Jを 画す 「優雅な雰囲気 」とい う差異 は、「学校 でバ イオ リンを習 うか」 と「中高
一貫 で、附属 の幼稚園・小学校・大学があるか」に関連 してい ると考え られ る。
「お嬢様学校」
ではバ イオ リンを習 う機会 が あるが、リト
お嬢様学校 」や公 立高校 では必修 にはな ってい ない。
また、「お嬢様 学校」には 中学 。高校 のみではな く、幼稚園・小学校 。大学 のいずれ か、も し
くは全てが附属 していることも明 らかになった。
第 4章 では、「お嬢様学校」が被 るであろ う変化 について検討 した。学費は、今後 も公 立 よ
りも高 い ままであると考 え られ る。 教育面 では、女性 の就業継続率 が高 ま った現在、「自立」
によ り重 きを置 くこ とになるだろ う。 ただ、昇進や出世 を 目標 とせず、 自分 のや りた いこ と
に打 ち込む 自立の あ り方 も存在す る。 この こ とか ら、今 後 の 「お嬢様学校」 には広 い意味 で
の 自立 を見据 えた教育 が求め られてい くだろ う。
クラシックはなぜ静かに聴 かなければならないのか
― 西洋 と日本 におけるコンサートの歴史一
201lHP126佐 々 井
彩乃
整 然 と着席 し静 か に音楽 を楽 しむ 。 これ が一 般 的 な クラシ ック コ ンサ ー トの聴 取 と参加 の 形
式 だが 、本研 究 の 目的 は 、 どの よ うに して この よ うな形式 が誕 生 した のか を検討 す る こ とであ
る。
第 1章 で は、 コ ンサ ー トの誕 生 とその 後 の歴 史 的変遷 を概観 した。 コ ンサ ー トの原 型 は、紀
元前 445年 頃 の 古代 ギ リシャにす で に誕 生 して い た。 中世 か ら近代 にか けて、 コ ンサ ー トは演
奏 家 の性 格 、開催 形 態 、聴 衆 の あ り方 な どを変 えてい き、権力者 の命 令 に よって演 奏 され る音
楽 か ら、す べ て の観 客 の 娯楽 へ と変 化 してい つた 。
第
2章 で は、現在 、 コ ンサ ー トにお いて演奏 され る 「ク ラシ ック」 とはそ もそ も何 な のか に
つ い て 、明 らか に した。 芸術 に関す る概 念 は 、 19世 紀 の ヨー ロ ッパ で誕 生 した。 この概 念 は 、
音楽 に対 して も適 用 され 、音 楽 は芸 術音 楽 と非 一芸術 音楽 とに 三 分 され た。 これ が芸 術音 楽 と
しての ク ラ シ ック の概 念 の誕 生 で あ り、 日本 にお け る 「クラシ ック」 も この よ うな西洋 の 芸術
音楽 を指 してい る。
第
3章 にお い て は、そ の よ うな芸術 音 楽 の上 演 と しての コ ンサ ー
トに つ い て 、そ の聴 き方 、
聴 衆層 、音 楽 へ の イ メ ー ジ を取 り上 げ、考察 した。 19世 紀 の 音楽 の 芸術化 に よ つ て 、「聴 衆 の
義務 」 と して 静 か に音 楽 を聴 くとい うス タイル が で きあが つ た。聴衆層 は高 年齢 で 高学歴 者 が
多 い た め 、クラ シ ックをほ とん ど聞か な い聴 衆 ほ どクラシ ックは敷居 が 高 く、マ ナ ー に うる さ
い 、な どのマ イナ ス イ メー ジ を抱 い て い る。 これ に対 して 、近年 の 日本 で は 、解説 トー ク付 き
の コ ンサ ー トス タイル が 増 えてお り、音 楽経 験 が少 な い聴 衆 で も楽 しめ る よ うにな っ てい る。
19世 紀 頃 に確 立 され た 「クラシ ック =高 級 音 楽 」 とい うイ メー ジが 、21世 紀 にお い て も根
強 く残 り、 コ ンサ ー トにお い て も静 か に聞 く とい う規律 が 守 られ て い る とい う現状 を見 る と、
クラシ ック コ ンサ ー トの あ り方 が 今 後 大 き く変 わ る こ とは 考 え られ な い。 CDな どに よ つ て気
軽 に音 楽 が聴 け るだ けで な く、音 楽配信 の普及 に よ つ て 音 楽 へ の ア クセ ス が よ り容 易 にな っ た
現代 にお い て も、人 々 はわ ざわ ざ コ ンサ ー トに訪 れ る。 それ は 、「生」 の 音 楽 だか らこそ味 わ
える演奏者 との一 体感 や 臨場感 の ゆ えで あ る。この よ うな コ ンサ ー トの醍 醐 味 を味 わ い たい と
い う聴 衆 の 欲 求 が あ る限 り、 コ ンサ ー トは これ か らも静 か に聞 かれ 続 け るだ ろ う。
犯罪 を犯 した 少年 は本 当に更生できるのか
2011hP145田 中 健太郎
本研究の 目的は犯罪 を犯 して しまった少年は、そ の行為 に どうした ら三度 と手 を出 さ
ない と本 当にい えるの だろ うか。 い わゆる少年 は更生できるのか とい うことである。
第 1章 では、少年犯罪 の現状 につい て述 べ る。現在 の少年犯罪 は どの よ うな特徴 をも
つてい るの だろ うか とい うことか ら、犯罪 の種類、男女 の差、再犯率な どをみ る。少年
犯罪 は年齢 によ り、犯罪少年、触法少年、ぐ犯少年 とい う3組 に分 かれた。犯罪 を犯 し
た少年 の扱 い は、保護 主義 の理念 を基 に基本的に手厚 い保護 を受 ける ことに なる。そ う
した保護 に対 して 、現在 では少 年法 の厳罰化 が求め られてい ることもある。少年 の犯罪
が多発化、凶暴化 してい ると思われている とい うことである。実際 は とい うと、少年犯
罪 は平成 23年 までのデー タであるが近年 は減少傾 向である。 ただ し、再犯率 について
は、再犯少年 の数的には減 つてい るが 、再犯少年率 は増加 しているため実質的 には増 え
ている と考 え られ る。
第 2章 では、少年 は本 当に更生できるのかについて示 した。そ こでは、更生 の条件 が
明 らかに され ることにな った。 まず 、更生す る とい う意味 を考 え、社会 に合わない よ う
な過去 の成長 の仕方 を改 善 し、現在か ら未来にかけて社会 に合 うよ うな成長 の仕方 にな
る とい うことで あることだ と考 えられた。次 に、そ の意味 をふ まえ、更 生 の条件 につい
て考 えた。それ は、少年 は望ま しくない過去 の行為に とらわれて い るため少年 だけで変
わろ うとす る と望 ま しくない行為 が 出 て きて しま うの で 、更生す るには望ま しくない少
年 の行為 を他者が正せ るか ど うか とい うこと (望 ま しい価値付 けを行 えるのか)で ある
と考 え られ る。
第 3章 では 、ある程度 他者 か らの望 ま しい価値付 けを受 けてい るはず なの になぜ再犯 を
して しま う少年が存在 してい るのか考 えた。まずは、そ もそ も少年院内部で の 問題 であ
る。少年院内部で問題 があるために他者 か らの望 ま しい価値付 けが意味 をな していない
ので はない だろ うか と考 え られた。次 に社会 か らの ラベ リングについて考 えた。社会 か
らのお前は犯罪者 だ とい うラベ ル にまけて しま うので はないか と考 え られた。最後 に親
との 問題 について考 えた。親 の虐待 の よ うな行為が家出を引き起 こ し、不安定な状態 に
なることによ り犯罪 につ なが って しま うの ではないか と考 え られた
就職 しない人々
―ニー トの心理 とその将来 ―
201lHP168 山田泰豊
要旨
現在、職 に就 いてい なく、学校機関にも所属 していなく、そ して就労 に向けた具体的な動きを
していないニー トと呼ばれ る人々は 日本で約 60万 人以上に上ると言われてい る。彼 らはなぜ就職
をせず、 どのよ うな ことを考え生きてい るのだろ うか。 また近年、ニー トの中でも、就職せず に
お金 を稼 ぐ人 とい うのが増 えてい る。 ニー トや フ リー ター を正社員 と比較す る研究は今まで多 く
なされてきたが、 この就職せずにお金を稼 ぐ生き方 との比較 はなされていない。
そこで本論文の 目的は、第一 に、健康 であるのに も関わ らず就職 を しない人 々に焦点をあて、
彼 らが就職 しない心理を明 らかにすることである。第二に、就職 をせずにお金 を稼 ぐ人 々 とフ リ
ー ター、正社員 の 3者 を比較 して、就職 をせずにお金を稼 ぐとい う新 しい生 き方 について検討す
ることである。
第一章では就職 しない人々のなかには どの よ うな人がい るのかについて扱 う。 その例 としてニ
ー トとひきこもりを挙げ、彼 らの定義、また どの くらい人数 がいるのか とい うことについてみて
い く。そ して働 いていないわけではないが正社員 とは異なるフ リー ター について も取 り上げ、正
社員 との違 いについてみてい く。
第 二章ではニー トが どの よ うな ことを考えてい るのか、彼 らの心理についてみてい く。実際に
ニー トである著者 の声や、労働経済学者 の考察か ら、ニー トがなぜ就職 しよ うとしないか とい う
視点を中心に論 じてい く。 さらに、就職せずにスロプ ロとしてやってい くとい う選択肢を検討 し
た経験があ り、ニー トに近い考えや感 じ方をもつた私 の心理について述べてい く。
第二章では就職 しない人々の将来 について、彼 らを就職す る人、就職せずにお金を稼 ぐ人、就
職せずにお金 も稼 がない人に分類 して考 えていく。就職す る人の ところでは、ニー トが贋 きやす
いポイ ン トを ピックア ップ し、その克服方法を考える。就職せずにお金を稼 ぐ人の ところでは、
就職せずにお金を稼 ぐ方法をい くつか取 り上げ、 どの ように して稼 ぐのか、 どの よ うな こ とが必
要なのかな どについて触れ る。 また、 自分 のス ロプ ロとしての一 日の行動例 も紹介する。就職せ
ず にお金 も稼がない人 の ところでは、生活 してい くためにはどのよ うな手続 きが必要になるのか
について述べ る。
第四章では、就職 をせずにお金 を稼 ぐ人 の例 としてのス ロプ ロとフ リー ター と正社員 とを比較
し、就職 をせずにお金を稼 ぐとい う新 しい生 き方について検討す る。比較では収入、世 間体、人
間関係、健康、時間の 自由、スキルア ップなどの面か ら 3者 をみてい く。