こちら - 万延元年遣米使節子孫の会

ポーハタン号便り(第二号)
⽩蓮の祖⽗新⾒正興豊前守、⺟親の奥津りょう、⽗親の柳原前光と柳原⽩蓮の写真
(平成27年1⽉20⽇発⾏)
平成26年度 万延元年遣⽶使節⼦孫の会の活動報告
①
平成26年度ミニ講演会開催
2014 年 9 ⽉7⽇に新⾒正裕様をお迎えし、ミニ講演会を開催。 講演会終了後に横浜開港資
料館を⾒学、夜の部の懇親会にも多くの⽅々が参加されました。
横浜市開港記念会館に於いて、当会会員である新⾒正裕様によって、「正興・りょう・白蓮―
100 年の足跡」の演目で講演会が開催されました。
NHK 朝ドラ 「花⼦とアン」で評判になった柳原⽩蓮は、新⾒家の家系図に現れています。
奥津りょう(⽩蓮の⺟親)
1
柳原前光(⽩蓮の⽗親)
講演会参加者記念写真
最前列左から遣米使節副使村垣範正の直系子孫の村垣正澄様、新⾒様ご尊⽗新⾒正敏様、新⾒
正裕様(講演者:遣米使節正使新⾒正興豊前守の直系ご子孫)
講演会参加者
新⾒マサエ様、新⾒正敏様、新⾒正幸様、村垣哲男様、村垣正澄様、宮原万⾥
子様、吉田弘子様、村垣祥子様、佐野誠様、佐野良彦様、塚原⾠⼆様、塚原恭⼀様、前⽥和⼦
様、小島昌子様、持丸美稲⼦様、尾上満昭様、岩本美和⼦様、⻑野和郎、平⽯慶⼦様、
久保寺隆⼠様、永野務様、伊藤久⼦様、鈴⽊誠⼆郎様、⼩林賢吾様、講師の新⾒正裕様を含め
24名の方々が参加されました。
「日米修好 100 周年記念⾏事」から 54 年ぶりの再会の
新⾒正敏様と村垣正澄様
2
②TV 東京の「137 億年の物語」に万延元年遣⽶使節団が登場
テレビ東京の情報歴史番組「137 億年の物語」に、万延元年遣⽶使節団についての特集が、9
月 13 日(土)午後 6 時〜6 時 30 分に放映されました。
メジャーリーグに日本から進出して、ニューヨークヤンキーズで活躍している田中投手やイチ
ロー選手、野茂投手やゴジラ松井選手他は、米国現地で「侍」と騒がれ、一躍アイドル的な存
在になりました。
そこで同番組は、日本人で初めて訪米して侍フィーバーを現地で巻き起こした元祖は、誰で何
時か、という切り込みで始まりました。幕末⿊船ペリー艦隊が⽇本へ開港を求めて来航し、⽇
⽶和親条約、更には⽇⽶修好通商条約を締結したことに伴い、⽇本からは万延元年遣⽶使節団
77 名が、初めての外交使節団として渡⽶した歴史が紐解かれました。
横浜開港資料館にて
当会幹事の宮原万⾥⼦様、ご尊父の村垣正澄様が、TV 東京の⼥⼦アナの相内優⾹さんからの
インタビューにおいて村垣範正副使について語られました。 無給⾒習通詞の⽴⽯斧次郎(ト
ミー)についてのエピソードは⻑野和郎が概要を説明しました。
懇親会
3
神奈川芸術劇場 KAAT CAFÉ にて
(⻑野和郎
記)
相内優香アナのインタビュー(村垣正澄様のご⾃宅にて)
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遣米副使村垣範正の「遣米使日記」
③
万延元年遣⽶使節⼦孫の会 佐賀研修旅⾏
◆ 日時:2014 年 11 月 15 ⽇〜16 日
◆ 参加者:尾上満昭、岩本美和⼦、伊藤久⼦、平⽯慶⼦、宮原万⾥⼦、貞松和余、
塚原⾠⼆(敬称略)
◆ 研修目的:
遣米使節団には九州より 8 名の方が派遣されており、そのうち佐賀・鍋島藩から 5 名が参加
三重津海軍所跡を⾒学
した。彼らは使節団帰国後も多くの功績を残している。そこで何故佐賀藩がこの使節団に⼒を
入れたのか、また団員の皆様のルーツを探る事を目的として訪問した。
11 月 15 日(土)
(2) 訪問先:徴古館
ここは鍋島家により創設された博物館である。時間の関係で展示物を細かく拝観する事は出来
なかった。鍋島直正公が娘さんの貢姫に宛てた書簡が多く展示されていた。
11 時 30 分に佐賀空港で集合し、マイクロバスで⾏動を開始した。
(3) 杉谷昭先生の講演(於:徴古館事務室)
(1)訪問先:佐野常⺠記念館
杉谷先生は九州大学で日本史学を専攻し、幕末維新史の研究をして来られ、2 年前まで佐賀城
(係の方から丁寧に全てを説明して頂けた。) 佐野常⺠は⼤阪、江⼾で蘭学、医学を学び、幕
本丸歴史館の館⻑をしておられた。先⽣のお考えでは、「万延元年遣⽶使節団」の具体的な⾏
末から明治の時代を背景に政治・産業・科学・芸術の分野で先進的な活動を展開した。中でも
動内容については、宮永孝先⽣の著書「万延元年の遣⽶使節団」に詳しく良く纏まっており是
幕末には佐賀藩の海軍創設に⼒を注ぎ三重津海軍所を創設し、⽇本で最初の造船所を建設した。
⾮お読み頂きたい、とのことであった。また先⽣のご意⾒は、「今⽇本が直⾯している諸問題
(この跡地は世界文化遺産に 26 年 1 ⽉に申請されている。)今は公園となっており姿は⾒え
は 150 年前に既に起きていた。当時世界がどう動いていたのか、その中で⽇本の位置付けは
ないが、⽊製の枠もきちんと保存されていた様だった。この造船所は⼲満の⾼さを利⽤して海
どうであったのかを良く⾒る必要がある。1853 年ペリーは⼤統領の使命を受けて琉球占領を
⽔を引き込む⾃然を利⽤したドッグである。明治 10 年には「博愛社」を設⽴し、⻄南戦争で
目的に日本に来たのである。それでなければ 4 隻の軍艦と 990 名の兵隊を連れては来ない。
敵・味方区別なく負傷者を救護した。これがのちに「⽇本⾚⼗字社」となり初代社⻑に就任し
結果として日米和親条約を結んで帰ったのである。」とのことであった。先生のお調べでは、
ている。
使節団の多数の⽅が⽇記を残しているが、この中で良く出来ているのは、村垣範正「航海⽇記」、
玉蟲佐太夫「航米日録」、島内栄之助「航米日記」ではないかと思う、と述べていた。
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(5) 会食
旅館「あけぼの」(明治 22 年創業の⽼舗料亭) で⻘⽊歳幸先⽣をお迎えし、この席に参加頂
いた。
(6) ⻘⽊歳幸先⽣のお話
⻘⽊先⽣は現在⽇本洋学史学会会⻑をされており、前佐賀⼤学地域学歴史⽂化研究センター⻑
である。お話によると、佐賀藩は、この遣米使節団員に対して具体的な使命を与えていた。小
出千之助には、船内規則、海上運⽤及び揚陸の⽇記、台場其外海岸之要害、公辺より亜⼈江応
接之始末、等等詳細な調査項目の指示がなされた。島内栄之助には、軍事面の調査を命じた。
また川崎道⺠は医師として派遣されたが、写真家としても有名であり現地でも銀板写真技術を
徴古館事務室にて杉谷昭先生から受講
取得し、明治 5 年には⽇刊新聞の発⾏も⾏った。
(4) 訪問先:佐賀城本丸歴史館
(7) 島内栄之助のご子孫
(係の方に詳細にわたりご説明を頂戴した。)この歴史館は 10 年前に開館されたが、佐賀城
島内栄之助のご子孫 重村 剛、孝様ご両⼈が、今回この会に初めてお⾒えになられた。今まで
本丸跡に佐賀城本丸御殿の遺構を保護しながら復元した施設であり、⽊造復元物としては全国
島内栄之助の事はご尊⽗様が窓⼝をされており、お亡くなりになられてから交流が⽌まってい
最⼤の規模を誇る。丁度、鍋島直正⽣誕 200 年記念の「⼤閑叟展」が開催されており当時の
た。剛様は病院を継いでおられ多忙にされており、佐賀を離れる時間はないとの説明があった。
状況が良く理解できた。特に⼤砲、蒸気船の製造、⻄洋医学の導⼊、種痘の導⼊等偉⼤な功績
家には「航米日記」の原本を所蔵されており、これを現代語で読みたいとのご意向をお持ちな
が良く理解できると共に遣⽶使節の多くの⽅を派遣した背景が理解できた。
ので、現在徴古館で毛筆文書を活字化した書物を発刊する準備をしている事をお伝えした。
島内栄之助のご⼦孫、重村剛様と孝様と記念写真(下段右のお⼆⼈)
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11 月 16 日(日)
(8) 陶磁器の⽼舗製造会社である「⾹蘭社」と「深川製磁」の⾒学
この⽇は有⽥まで⾜を延ばし、陶磁器の⽼舗製造会社である「⾹蘭社」 とその分派会社であ
る「深川製磁」を⾒学した。⾹蘭社では、深川社⻑に迎えて頂き、特別な⽅以外使われない貴
賓室での面会をさせて頂いた。両社とも明治 33 年のパリ万博に出展をしており、その技術は
素晴らしく世界に誇る陶磁製造業であると感じた。
多門院にある小出千之助のお墓
今回の旅⾏で遣⽶使節団の奥⾏きの深さを痛感しました。我々もこの史実を後世に伝える為、
もっと勉強の必要がある事も感じました。今回はお天気にも恵まれ素晴らしい旅が実現しまし
た。これはひとえに貞松和余様の事前の取り計らいで、狂いのないスケジュール、要人との面
談、地元の素晴らしい食事をご手配頂いた賜物です。本当に有難うございました。厚く御礼申
し上げます。
(文責
⾹蘭社貴賓室で深川社⻑と記念撮影
(9) 小出千之助
墓前お参り
小出千之助のご子孫である尾上満昭氏の案内でお墓のある多聞院を訪れ、お参りをさせて頂い
た。また、佐賀空港で小出千之助のご一族の小出邦彦様にもお目にかかれた。尾上満昭様が精
⼒的に動かれ、ご⼀族の取り纏めをされている姿が良く分かった。
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塚原⾠⼆)
回りで帰国、⑤遣⽶使節の歴史的意義と功績につき講演を⾏いました。
④12⽉4⽇「横浜市開港記念館での万延元年遣⽶使節⼦孫の講話」
ジャックサポーターズの会員約 60 名の方々が熱心に受講されました。
(会員登録者は 100 名)
第一部
(⻑野和郎
宮原万⾥⼦様の講演
平成 26 年 9 ⽉に横浜市開港記念会館の共有スペースの案内役を勤められている、市⺠のガ
イドボランティア団体「ジャックサポーターズ」代表の萩原英様から万延元年遣⽶使節⼦
孫の会幹事の宮原万⾥⼦様へ、ジャックサポーターズのスキルアップ研修を⽬的とした横
浜開港にまつわる講話をして頂きたいとのご依頼がありました。
横浜市開港記念会館第⼀会議室にて 12 月 4 日午前 10 時から 10 時 40 分まで第一部とし
て宮原万⾥⼦様が講師として外国奉⾏、神奈川奉⾏として横浜開港に関わった村垣範正につ
いて、村垣家系図(原本)
、遣米日記等に基づきプロファイルを解説されました。
引き続き第二部として 10 時 50 分から 11 時 50 分まで⻑野が講師に「万延元年遣⽶使節
について」①遣⽶使節派遣の背景、②渡⽶準備と使節変更、③出航と太平洋横断、⾸都ワ
シントンへ、④批准書交換、バルティモア・フィラデルフィア・ニューヨークを回る、東
第二部
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⻑野和郎の講演
記)
「万延元年遣⽶使節⼦孫の会」総会⽇程のお知らせ
2015 年 5 月 16 日(土)文京区本郷の東京大学 伊藤国際学術研究センターに於
いて総会が開催されます。
当⽇には国⽴歴史⺠俗博物館の樋⼝雄彦先⽣の「維新後の万延元年遣米使節の
人々」についての講演を予定しております。
後日会員の方には詳細をお知らせいたします。
万延元年遣⽶使節⼦孫の会
9
幹事事務局発⾏