開放経済下での財政金融政策

財政学Ⅱ
1
第15回
財政と経済安定化政策(2)
2014年1月24日
担当:天羽正継
開放経済下での財政金融政策(1)
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 IS-LM 分析は封鎖経済を前提とし、海外部門の存在を無視。そこで、IS-LM 分析を拡張したマンデル = フ
レミング・モデルにより、開放経済の下で財政金融政策がどのような影響をもたらすかを考察。
 IS-LM 分析では省略されていたNX(純輸出)を国民所得方程式に加えて
Y =C +I +G +NX
とする。NX はEX(輸出)とIM(輸入)の差として定義される(NX =EX-IM )。
 NX は、国内の可処分所得Y-T が増えれば減少(IM が増えるため)、海外の国民所得Yw が増えれば増加
(EX が増えるため)、為替レートeが低下すれば(日本の場合、円安になれば)増加する(EX が増加し、
IM が減少するため)。すなわち、
𝜕𝜕𝑁𝑁𝑁𝑁
𝜕𝜕(𝑌𝑌− 𝑇𝑇)
となる。
<0
𝜕𝜕𝜕𝜕𝜕𝜕
𝜕𝜕𝑌𝑌𝑤𝑤
>0
𝜕𝜕𝜕𝜕𝜕𝜕
𝜕𝜕𝑒𝑒
<0
 以上より、国民所得方程式は
Y =C ( Y-T ) +I ( r ) +G +NX ( Y-T, Yw ,e )
となる(カッコ内は変数をあらわす)。
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開放経済下での財政金融政策(2)
 マンデル=フレミング・モデルでは、固定相場制の場合と変動相場制の場合に分けて分析。
 固定相場制:異なる通貨間の交換比率(為替レート)を固定する制度。
 為替レートを維持するために、中央銀行は要求に応じて自国通貨と外国通貨の交換を無制限に行う義務を負う。もしこうした交換が
なされなければ、需要が供給を上回る(下回る)通貨の価値が上昇する(低下する)ことになり、一定の為替レートが維持されなく
なってしまう。
 第2次世界大戦後1971年まで、世界の主要国通貨はドルに為替レートを固定させるブレトンウッズ体制の下にあった(1ドル= 360円
)。現在でも発展途上国を中心に、自国通貨を外国通貨に固定させる国がある(特に、ドルに固定させるドル・ペッグが多い)。
 変動相場制:通貨の需要と供給に応じて、為替レートが変動する制度。
 中央銀行は自国通貨と外国通貨の交換を行う義務は負わない。そのため、需要が供給を上回る(下回る)通貨の価値は上昇(低下)
する。
 例:外国為替市場で円に対する需要が高まれば、円高になる。
 1973年以降、主要国は全面的に変動相場制に移行。
 マンデル=フレミング・モデルでは、自国のマクロ経済の変化が世界経済に何の影響も与えない経済「小国」
を前提。
 そのため、国内利子率(r )の変化は、世界利子率(rw )に対して影響を与えない。
 国内利子率と世界利子率が異なる場合、資本はより高い収益を求めて、利子率の低い国から高い国に移動する(内外利
子率の均等化)。
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開放経済下での財政金融政策(3)
 固定相場制の場合
 財政政策の効果(スライド5)
 政府が政府支出(G )を増加させた場合、IS 曲線が右方向にシフトし、均衡点はA からB に移動。利子率は rw からr0 に上昇し、
GDP はY1 からY2 に増加。
 均衡点B ではr0 > rw で国内利子率が世界利子率を上回るため、資本が海外から国内に流入し、外国通貨を自国通貨に交換する動き
が活発化。中央銀行は為替レートを維持するために要求に応じて外国通貨を自国通貨に無制限に交換するが、その結果、国内の貨
幣供給量(マネーサプライ)が増加。
 貨幣供給量が増加した結果、LM 曲線は右方向にシフト。このシフトは、国内利子率が世界利子率に一致する( r0 = rw )まで続く
。結局、新たな均衡点はC となり、GDP はY2 からY3 に増加。
 金融政策の効果(スライド6)
 中央銀行が拡張的金融政策を行って貨幣供給量を増加させた場合、 LM 曲線が右方向にシフトし、均衡点はA からB に移動。利子
率は rw からr0 に低下し、GDP はY1 からY2 に増加。
 しかし、均衡点Bではr0 < rw で国内利子率が世界利子率を下回るため、資本が国内から海外に流出し、自国通貨を外国通貨に交換
する動きが活発化。中央銀行は為替レートを維持するために要求に応じて自国通貨を外国通貨に無制限に交換するが、その結果、
国内の貨幣供給量が減少。
 貨幣供給量が減少した結果、LM 曲線は左方向にシフト。このシフトは、国内利子率が世界利子率に一致する( r0 = rw )まで続く
。結局、均衡点は再びAとなり、利子率とGDP は元に戻る。
 固定相場制においては、財政政策は実体経済(GDP)に影響を与えることができるのに対して、金融政策は影響を与
えることができない。
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開放経済下での財政金融政策(4)
利子率(r )
r0
rw
0
IS
IS´
LM
LM´
B
C
A
Y1
Y2
Y3
GDP(Y )
6
開放経済下での財政金融政策(5)
利子率(r )
rw
IS
LM
A
B
r0
0
LM´
Y1
Y2
GDP(Y )
7
開放経済下での財政金融政策(6)
 変動相場制の場合
 財政政策の効果(スライド8)
 政府が政府支出(G )を増加させた場合、IS 曲線が右方向にシフトし、均衡点はA からB に移動。利子率は rw からr0 に上昇し、
GDP はY1 からY2 に増加。
 均衡点B ではr0 > rw で国内利子率が世界利子率を上回るため、資本が海外から国内に流入し、外国通貨を自国通貨に交換する動き
が活発化。そのため、自国通貨の価値が上がり、為替レートe が上昇。
 為替レートの上昇により純輸出(NX )が減少し、IS 曲線は左方向にシフト。このシフトは、国内利子率が世界利子率に一致する
( r0 = rw )まで続く。結局、均衡点は再びAとなり、利子率とGDP は元に戻る。
 NX の減少(増加)によりIS 曲線が左(右)方向にシフトする理由:国民所得方程式(スライド2)より、他の変数が一定であれば、NX の減少
(増加)はY の減少(増加)をもたらす。利子率が一定のままでY が減少(増加)するということは、 IS 曲線が左(右)方向にシフトすること
を意味する。
 金融政策の効果(スライド9)
 中央銀行が拡張的金融政策を行って貨幣供給量を増加させた場合、 LM 曲線が右方向にシフトし、均衡点はA からB に移動。利子
率は rw からr0 に低下し、GDP はY1 からY2 に増加。
 均衡点B ではr0 < rw で国内利子率が世界利子率を下回るため、資本が国内から海外に流出し、自国通貨を外国通貨に交換する動き
が活発化。そのため、自国通貨の価値が下がり、為替レートe が低下。
 為替レートの低下により、純輸出(NX )が増加し、IS 曲線は右方向にシフト。このシフトは、国内利子率が世界利子率に一致す
る( r0 = rw )まで続く。新たな均衡点はC となり、GDP はY2 からY3 に増加。
 変動相場制においては、金融政策は実体経済(GDP)に影響を与えることができるのに対して、財政政策は影響を与
えることができない。
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開放経済下での財政金融政策(7)
利子率(r )
r0
rw
0
IS
IS´
LM
B
A
Y1
Y2
GDP(Y )
9
開放経済下での財政金融政策(8)
利子率(r )
rw
IS
IS´
LM
LM´
C
A
B
r0
0
Y1
Y2
Y3
GDP(Y )
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変動相場制下の財政金融政策の実際(1)
 マンデル = フレミング・モデルは、自国のマクロ経済の変化が世界経済に何の影響も与えない経済「小国」を
前提にしているため、日本やアメリカのような経済「大国」には必ずしもあてはまらない。
 スライド11:経済「大国」が変動相場制の下で政府支出を増加させた場合、IS 曲線が右にシフトして( IS → IS´)均
衡利子率が上昇する(rw →r0 )とともに、利子率上昇圧力が外国にも波及して世界利子率も上昇する(rw →r´w )。そ
のため、その後のIS 曲線の左方向へのシフトも小さくて済み( IS´→ IS˝ )、GDPはある程度増加することになる(
Y1 →Y2 →Y3 )(スライド8と比較せよ)。
 利子率上昇圧力が外国に波及する理由:外国(経済「大国」)の利子率が自国(経済「小国」)の利子率を上回る場合、資本が自
国から外国に流出する過程で自国通貨が売られて自国通貨安となり、輸入品の価格が上昇して自国内にインフレ圧力をもたらす可
能性。これを避けるためには、外国に追随して自国の利子率も上げざるを得ない。
 変動相場制で拡張的な金融政策を行うと、自国通貨の価値が下がって輸出が増え、GDPを増加させる効果があ
る(スライド9)。
 しかし、こうした政策は外国との経済的摩擦を生じさせ、これに対抗して外国も同様に通貨を切り下げて輸出を増やそ
うとする「通貨切り下げ競争」を招くおそれ。
 自国の通貨を切り下げて輸出を増加させることにより、周囲の国を「犠牲」にして自国を富ませる政策を「近隣窮乏化政策(
Beggar-Thy-Neighbor Policy)」と呼ぶ。
 戦前における「通貨切り下げ競争」は、第二次世界大戦の要因の一つとなった。こうしたことが繰り返されないように
するためには、各国間での政策協調が必要となる。
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変動相場制下の財政金融政策の実際(2)
利子率(r )
IS
IS˝
IS´
LM
r0
C
r´w
rw
0
B
A
Y1
Y3 Y2
GDP(Y )
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変動相場制下の財政金融政策の実際(3)
 輸出が増加すれば、自国の通貨価値には上昇圧力がかかるが、輸出に依存する国(特に発展途上国)は自国の
通貨価値の上昇を避けるため「自国通貨売り・外国通貨買い」の為替介入を行う。しかし、それによって国内
の貨幣供給量(マネーサプライ)が増加する結果、インフレやバブルの発生を招くおそれ。
 現在の中国で発生しているインフレや都市部におけるバブルの背景に、中国人民銀行による為替介入(人民元売り・ド
ル買い)。
 日本での為替介入は、日本銀行が国(財務大臣)の代理人として実施する。
 為替介入のための資金は、国の「外国為替資金特別会計(外為特会)」の資金が用いられる。「円売り・ドル買い」介
入の場合、外為特会が国庫短期証券を発行して円を調達し、日銀はその資金を用いてドルを購入する。
 「円売り・ドル買い」介入で得られたドルは、主としてアメリカ国債の購入に充てられている。
 アメリカ国債の購入に充てられるのは、ドルを円に交換すると「円売り」介入の効果が減殺されてしまうため、また、アメリカ国
債は流動性が高く、ドルへの交換可能性が高いため。
 日本は2013年11月現在、1兆1864億ドルのアメリカ国債を保有し、世界第2位の保有額。1位は中国の1兆3167億ドル。
 日本や中国は、アメリカ国債購入によってアメリカの財政に寄与していると言える。
 しかし、ドル安が進めば「為替差損」により、日本や中国は財政的な損失を被る可能性も。