論 文 内 容 要 旨 交互両親媒性骨格を有する化合物群の機能に関する

論
氏
名
学位論文の
題
目
文
内
嶋
容 要 旨
建也
平成 25 年
交互両親媒性骨格を有する化合物群の機能に関する研究
論 文 目 次
1. 序論
2. 人工MTM分子の開発
3. GV の光発生
4. PEG 鎖の構造変化による単結晶の形状変化
5. PEGの構造変化により引き起こされる相転移挙動
6. 総括
提出年
論 文 内 容 要 旨
1. 序論
両親媒性分子はミセルやチューブなど様々な自己会合体を形成することが知られており、その
様々な機能が調べられている。これと関連して、親水部と疎水部を交互に連結した構造を持つ交互両親
媒性化合物は、分子内相互作用によりフォールディングし、二次構造を形成することが知られるが、そ
の報告例が限られている。さらには、交互両親媒性化合物の機能については、これまでにほとんど研究
されて来なかった
このような背景から私は機能性を示す交互両親媒性分子の開発を目指し、目的分子の合成及び機
能評価を行った。まず、交互両親媒性化合物の機能として、親媒性化合物であるリン脂質から成る脂質
二分子膜中で、交互両親媒性分子が持ちうる機能について調べた。また交互両親媒性分子と関連する機
能として、親水部であるポリエチレングリコール(PEG)の温度応答的な構造変化による熱特性を調べた。
PEGには温度に応答して安定構造が変化し、C–C結合は低温側でゴーシュ型をとり、高温側はトランス
型を優先的にとることが知られている。この性質を利用し、交互両親媒性分子からなる自己集合体の温
度応答的な挙動について調べた。
交互両親媒分子のリン脂質中での機能
1) 人工MTM分子の開発
タンパク質は酵素の触媒能力など、合成分子よりも優れた機能を示すものが数多く存在する。この
ためタンパク質を模倣した合成分子が開発されてきた。中でもバレル型膜タンパク質のように筒状の
構造体を形成する分子は数多く合成され、モデルタンパク質と同様、イオン透過性を示すことが知られ
る。一方、バレル型膜タンパク質と同様に膜タンパク質の主要グループである複数回膜貫通型(MTM)
膜タンパク質はモデルタンパク質として模倣されてこなかった。MTM タンパク質にはシグナル伝達を
示す G タンパク結合受容体や光駆動イオンポンプを示すバクテリオロドプシンなど、様々な機能を示す
膜タンパク質が含まれることが知られ、MTM 構造を有する有機分子は様々な機能を示す土台になる可
能性がある。MTM 構造は親水部と疎水部が連結した構造を持つペプチド鎖が細胞膜中で折りたたまる
ことで形成される。そこで私は二分子膜中で機能を示す分子を構築するために MTM 模倣分子として交
互両親媒性化合物 1mer–4mer を合成した(図 1)。これらの分子についてジャイアントリポソーム(GV)中
での濃度を変えて蛍光スペクトル想定を行ったところ、1mer , 3mer は濃度が高くなるにつれて分子間
で会合することが分かった。一方、2mer, 4mer は低濃度でもリン脂質膜中で折りたたみ構造を形成する
ことが分かった。更に 4mer はリン脂質膜中で折りたたんだ構造のまま分子間会合を起こすことでダイ
ナミックなポアを形成し、イオン透過
性を示すことがわかった。
2) GV の光発生
細胞膜は主にリン脂質からなり流
動性が高く、柔軟性のある組織体であ
る。細胞膜中には膜タンパク質や機能
性リン脂質等機能に関わる物質が存在
している。細胞ではこれらの物質が
図 1. 人工 MTM 分子
(a) 318 K, (b) 330 K, (c) 335 K、スケールバー: 200 µm
個々に働くことで膜組織の形状を精密にコントロール
している。細胞膜と同様にリン脂質が並んだ組織体と
してベシクルがある。中でも 10 µm 以上の大きさを持
つものはジャイアントベシクル(GV)と呼ばれ、細胞と
同等の大きさを持ち、光学顕微鏡により様子を直接観
察できるというメリットから人工の細胞モデルとして
広く利用されている。しかし、GV の制御に使われる
外部刺激としては熱や電場など局所的な制御が難しい
物が用いられており、細胞のように現象を局所的に制
御することは難しいという問題があった。今回、私は
光応答性部位であるアゾベンゼンを導入した交互両親
媒性分子 2mer Azo とリン脂質を混ぜあわせることに
図 2. GV の光発生: DOPC/2mer Azo = 10/2
よって粒子が形成され、この粒子に光照射を行うと GV
が発生ことを見いだした。更に照射光を µm サイズに絞
ることで、非常に限られた領域での GV 発生を時空間的
にコントロールすることに成功した。
この現象についてさらに詳細に調べるために、まず
粒子の構造について検討した、電子線顕微鏡観察から、
粒子は DOPC 多数膜が折りたたんだ構造をしているこ
とが分かった(図 3)。光照射後は周囲の膜が消失し、表
図 3. TEM 像
面から GV が発生していることから表面の膜が光で GV に変化したと考える。光発生 GV の蛍光顕微鏡
観察から 2mer Azo は粒子の膜組織中に埋め込まれて存在することが示唆された。
また一部の粒子では光照射を行うと粒子の形状変化が起きた後に GV 発生が見られた。偏光顕微鏡
により粒子の秩序性を調べた結果、光照射により粒子の配向性が低下したことがわかった。これは紫外
光を吸収する Bis(phenylethynyl)benzene (BPEB)やアゾベンゼンが非偏光によって励起され、構造変化を
起こすことにより分子の配向がランダムに変化したた
めだと考えている。これらの結果から GV の光発生は光
照射による分子の構造変化により粒子構造が変化し、粒
子の構造変化に伴い粒子周辺の膜が剥がれることで起
きたと考えている(図 4)。
PEG の構造変化を利用した機能性交互両親媒分子の開
発
1) PEG 鎖の構造変化による単結晶の形状変化
図 4. GV の発生メカニズム
単結晶は分子が規則的に並んだ物質であり、分子の構造解析や機能性材料の開発に重要な役割を果
たす一方、外部刺激で壊れるという脆さも持ち合わせている。そのため、外部刺激によって形状が変化
する結晶は未だ珍しい存在である。1mer Azo からなる単結晶は結晶–結晶相転移を引き起こし、更にこ
の相転移に伴って単結晶の形状が変化した(図 5)。
1mer Azo の単結晶は 333 K で相から相へと可逆
的に相転移し、相転移温度付近で単結晶が折れ曲がり、
更に加熱すると再び直線に戻った。この形状変化の前後
で単結晶構造は劣化せず、加熱冷却を繰り返すことで
10 サイクル以上同じ動きを繰り返した。更に 1 cm の大
きさを持つ単結晶についてもホットプレート上で加熱
することで加熱面から反るように折れ曲がり運動を示
図 5. 単結晶の光学顕微鏡写真
した。相、相について X 線構造解析したところ、空間群は共に Pc であった。アゾベンゼンと BPEB
は結晶の長軸方向である a 軸に添って交互にスタックしていた(図 6)。また相転移によって格子パラメー
ターに変化が見られ a 軸が 3%伸長し、b 軸 (+0.7%)、c 軸 (-1.2%)と比べて大きく変化していた。
TEG 鎖について調べたところ、通常 trans 型で安定なテトラエチレングリコール(TEG)鎖の C–O 結
合が一部ゴーシュ型に近い構造であった。これは環状構造を有する 1mer Azo の TEG 鎖が最安定構造を
とれず、歪んでいるためだと考える。TEG 鎖の一部は相転移によりねじれ角が大きく変わっていた。
Molecule A は Molecule B よりも相転移後の構造変化が
大きかった。一方で BPEB、アゾベンゼンは相転移の
前後でコンフォメーションがほとんど変わっていなか
った。単結晶の誘電率は相転移前後で顕著に上昇した
(2.1 at 333 K, 2.4 at 339 K)。このような変化から相転移
により TEG 鎖の熱揺らぎが上昇したことが示唆され
た。また結晶構造を元にした理論化学計算から分子の
構造変化により双極子モーメントが変化していること
が示唆された。このように相転移による TEG 鎖の運動
性の向上と構造変化により誘電率が変化したと考えら
図 6. 結晶構造
れる。
今回のような結晶の折れ曲がり挙動
では、加熱面付近で相への転移が優先的
に起きることで結晶内にひずみが生まれ、
このひずみを解消するために結晶が変形
し、さらに相転移が進むと結晶内でのひ
ずみはなくなるため、元の形状に戻った
と考えている(図 7)。
図 7. 折れ曲がり運動のメカニズム
2) PEGの構造変化により引き起こされる相転移挙動
PEG 鎖を導入した液晶分子は相分離構造の形成やイオン透過性などを示す。一方で PEG の温度応
答的な構造変化が液晶状態に与える影響については報告されてこなかった。
今回私は環状交互両親媒性化合物 2mer Azo 及
び Cyclic 2mer の熱特性を調べた。その結果、これら
の分子は加熱することでより秩序性の高い相へ転移
することが分かった(図 8)。一方、2mer Azo と構造
が似た非環状分子 2mer An は結晶相の融解現象のみ
見られた。吸収スペクトルによって BPEB の状態を
確認したところ、低温側では H 会合体を形成してい
たのに対し、液晶相では BPEB はメソゲンとして弱
図 8. 分子構造と熱特性
く相互作用していることが示唆された。次に PEG のコンフォメーションを調べるため FT–IR 測定を行
った結果、これらの化合物は加熱により TEG 鎖の C–C 結合が gauche 型から trans 型へ変化しているこ
とが分かった。この結果から高温相への転移は PEG 鎖が trans 型の平面構造になるため、より分子間で
パッキングしやすくなったため起こったと考えている。環状分子でのみ秩序性の高い相への相転移が見
られた原因としては、コンフォメーションの自由度が制限されているためだと考えられる。
総括
交互両親媒性化合物はリン脂質膜中で立体構造を形成し、一部の分子ではイオン透過性といった機
能を示した。更に一部の分子はリン脂質と混合すると光で GV を発生する組織体を形成した。このよう
に交互両親媒性分子は両親媒分子であるリン脂質と作用することでイオン透過性を示すベシクルや光
機能を示す粒子など機能性を示す超分子組織体を構築することが分かった。また親水部に PEG を導入し
た環状交互両親媒性分子は液晶や結晶といった分子集合体中で PEG 鎖の温度応答的な構造変化から相
転移を引き起こした。
このような分子を用いることで PEG 鎖の純粋な動きを結晶の形状変化といった現
象に変換することが出来た。
論文審査の結果の要旨
両親媒性分子はミセルやチューブなど様々な自己会合体を形成することが知られており、その様々な
機能が調べられている。これと関連して、親水部と疎水部を交互に連結した構造を持つ交互両親媒性化
合物は、分子内相互作用によりフォールディングし、二次構造を形成することが知られているが、報告
例が限られており、特にそれらの機能については、これまでほとんど研究されて来なかった。このよう
な背景から本論文では機能性を示す交互両親媒性分子の開発を目指し、分子設計、合成ならびに機能評
価を行っている。特に、親水部としてポリエチレングリコール鎖を有する交互両親媒性化合物の機能に
着目し、その機能について詳細に調べており、以下に示す第1章から第6章により構成されている。
第1章では、本研究を実施するに至った背景について、交互両親媒性物質と生体分子との構造の関連
性、分子構造から期待される機能に等についてその背景を解説している。第2章では、膜タンパク質の
主要グループである複数回膜貫通型(MTM)膜タンパク質を模倣した分子としての交互両親媒性物質の
設計について述べており、イオン透過性など興味深い性質を有する事を見いだしている。第3章では、
交互両親媒性物質の光応答性を利用することで、ベシクルの光制御が行えることを示し、その機構につ
いて考察している。第4章、第5章では、ポリエチレングリコール部の温度応答的なコンホメーション
変化と連動した分子集合体のバルクにおける相構造の変化について興味深い現象を見いだし、その機構
に関して詳細に検討した結果をまとめてある。第6章では、これらの研究の総括について述べている。
以上、本論文では、交互両親媒性物質のもつ性質について、タンパク質との構造類似性、親水部とし
て導入したポリエチレングリコール部の熱応答性という二つの観点から極めて興味深い結果を示して
いる。その成果は、両親媒性物資の機能化について、その可能性を飛躍的に広げることは間違いなく、
今後の発展に寄与するところが大きい。すべての研究計画とその実施において主体的な役割を果たして
おり、自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力と学識を有することを示している。したがって,
嶋
建也提出の博士論文は,博士(理学)の学位論文として合格と認める。