1 電気・電子システムと複素数 東京工業大学 大学院理工学研究科 電子物理工学専攻 松澤昭 2014/4/3 講演の狙い 電気電子工学や制御工学では「複素数」がやたら多く出てくる。 複素数を使うと,複雑なことが簡単になるのだが,「虚数」という 一見存在しないような数を使うので,最初はとまどってしまう。 そこで,なぜ電気電子工学では複素数を使うのか, どんな意味があるかについて説明したい。 今後学習を進めるための参考にしてほしい。 この資料は,http://www.ssc.pe.titech.ac.jp のLecture にありますので,興味のある方はダウンロードしてください 2014/4/3 2 電気電子工学に現れる複素数 e j cos j sin 3 オイラーの公式:解析学 3学期 工学上,最も重要な公式 iは電流を表すので工学での虚数はiではなくjが用いられる。 V (t ) V0e jt F ( ) 電圧・電流の複素表示:線形回路 3学期 回路理論 4学期 f (t )e jt 電気回路,電力工学などの基本。 dt フーリエ変換:フーリエ変換とラプラス変換 3学期 時間領域関数の周波数領域関数への変換 通信,信号処理などに用いられる。 F (s ) st f (t )e dt Sは複素数 s j 2014/4/3 ラプラス変換:フーリエ変換とラプラス変換 3学期 時間領域関数の複素周波数領域関数への変換 微分方程式の解法,回路解析,制御における システム設計や安定解析などに用いられる。 3種類の電気素子 4 電気素子としてはこの3種類しかない。 この3種類の素子の性質を知ろう 容量 C 2014/4/3 抵抗 R インダクタ L 抵抗の性質 5 抵抗では電圧と電流は比例関係にあり,エネルギーを消費する 抵抗 R コンダクタンス:G 電流: I V RI 電圧は電流に比例する (比例係数はR) 1 G R V I GV R 電圧: V 電流は電圧に比例する (比例係数はG) P I V GV RI 2 消費電力は電圧の2乗もしくは電流の2乗に比例する WR Pdt 消費エネルギーは消費電力の時間積分 2014/4/3 2 容量の性質 容量では電圧と電流は時間微積分関係にあり, 電気エネルギーを蓄積する。電荷が本質的働きをする。 Q CV 容量 C 電荷は電圧に比例する(比例係数はC) 電流: I Q 1 V I dt C C 電圧: V 電圧は電流の時間積分に比例する (比例係数は1/C) dQ dV I C dt dt 電流は電圧の時間微分に比例する (比例係数はC) 2 Q 1 1 1 WC CV 2 QV 2 2 2 C 電気エネルギーは電圧の2乗に比例し,これを蓄積する 2014/4/3 6 インダクタの性質 インダクタでは電圧と電流は時間微積分関係にあり, 磁気エネルギーを蓄積する。 インダクタ L 電流: I dI V L dt 電圧は電流の時間微分に比例する (比例係数はL) 電圧: V 1 I V dt L 電流は電圧の時間積分に比例する (比例係数は1/L) 1 2 W L LI 2 電気エネルギーは電流の2乗に比例し,これを蓄積する 2014/4/3 7 抵抗,容量,インダクタのまとめ Q CV 容量 C (保存) W R G V 2dt R I 2dt インダクタ L 電圧 V (保存) 電流 V RI I V GV R (消失) 1 2 W L LI 2 2014/4/3 dQ I dt 各素子の電圧と電流の関係 1 V I dt C dV I C dt エネルギー 1 WC CV 2 2 抵抗 R 8 V L I dI dt 1 V dt L I 容量と抵抗の時間応答 9 電荷が溜まっている容量を抵抗で終端した場合 V0 スイッチを閉じた瞬間,容量の電圧Voと抵抗の電圧V(t)は 等しいので, S V (t 0) V0 +Q0 抵抗の電圧V(t)は電流I(t)が流れることで生じるので, C R V0 I (t 0) R -Q0 V0 C 容量から電荷ΔQが抜けていく。このことによる容量側の 電圧変化と抵抗側の電圧変化ΔVは等しいので I(t) S V(t) R Q I R V C 全ての項を時間変化Δtで割ると V 1 Q I R t t C t 2014/4/3 容量と抵抗の時間応答の答え V0 C I(t) V 1 Q I R t t C t S V(t) I (t ) I 0e 答えは 2014/4/3 t これより 指数関数を仮定して解いてみる 微分方程式 I (t ) I 0e t I e dI I 0e t 0 dt t 電荷と電流は Q I t dI I RC dt I 1 Q I R C t C t R 10 V (t ) RI (t ) V0e t 1 RC これを時定数という 指数関数の性質 11 指数関数は値が一定の比率で時間とともに増減する関数である リニア表示 対数表示 1 1 0.8 0.1 e x 0.6 e x 0.4 0.01 0.2 0 1 2 3 時間 t x 2014/4/3 4 5 110 3 0 1 2 3 x 時間 t 4 5 インダクタと抵抗の回路の時間応答 12 最初にスイッチS1が閉じられ,S2は開いておりインダクタLには電流I0が流れていた。 次にS1を開きt=0でS2を閉じると,電圧,電流はどうなるか R0 S1 S2 インダクタに蓄積されている磁気エネルギーWLは V V0 I0 L I R WL 1 2 LI 0 2 このエネルギーWLは急には変化できないので 電流Iは-I0になる。したがって初期電圧は, V RI 0 dI V L インダクタの電圧電流関係は,電流の向きを考慮して dt 抵抗側では V RI dI R I dt L 微分方程式 2014/4/3 インダクタの電圧と抵抗の電圧は等しいので, 容量の場合と同様に 指数関数になる I I 0e t L R V RI RI 0e t 容量とインダクタの回路の時間応答 容量Cに初期電荷があり,その電圧をV0とする。Sを閉じるとLC回路では S V V0 インダクタ側の方程式 容量側の方程式 dV (t ) I (t ) C dt I 2階の微分方程式にすると 電流は等しいので 容量: C インダクタ:L 1 I (t ) V (t )dt L dV (t ) 1 C V (t )dt dt L 1 d 2V (t ) V (t ) 2 LC dt 指数関数を想定して微分方程式を解いてみる 2 dV (t ) 2 t d V (t ) t A e A0e , 0 dt 2 dt V (t ) A0e t A0e 2 t A0 t e LC したがって 2014/4/3 1 j LC LC V (t ) A0 e jt e 指数の肩に虚数が現れた jt 1 LC 13 容量とインダクタの回路の時間応答 V (t ) A0 e jt e jt t=0でV0なので dV (t ) から電流を求める I (t ) C dt je jt je jt dV (t ) I (t ) C CV 0 dt 2 e jt e jt V (t ) V 0 2 14 C e jt e jt V0 I (t ) L 2j e jt e jt CV 0 2j 三角関数を用いて微分方程式を解いてみる C e jt e jt V 0 L 2j V (t ) A0 cos ' t と置くと dV (t ) d 2V (t ) 2 ' A0 sin ' t , A0 cos ' t ' 2 dt dt 1 d 2V (t ) V (t ) 2 dt LC 2 なので ' A0 cos ' t t=0でV(t)=V0なので I (t ) C 2014/4/3 A0 1 cos ' t , ' LC LC V (t ) V0 cos t dV (t ) d V0 cos t CV0 sin t C V0 sin t C dt dt L 指数応答と正弦波応答の関係 15 指数関数に虚数を導入すると三角関数になる jt 指数関数から求めた答え 三角関数から求めた答え e jt e jt V (t ) V 0 2 V (t ) V0 cos t C e jt e jt I (t ) V 0 L 2j C I (t ) V0 sin t L 本来は同じ答えなので jt e cos t 2 e jt e jt 2 cos t e jt e jt jt e jt 2 j sin t sin t e 2j e 一般化すると e j cos j sin 有名なオイラーの公式 2014/4/3 e jt cos t j sin t 指数関数と三角関数 を結びつける公式 で複素数で表される オイラーの公式の複素平面での表現 複素数の極形式 虚軸:j e j sin 16 cos e j j cos j sin 角度θを位相角という 実軸 大きさが1 オイラーの公式はZ平面(複素平面) 上の大きさ1,で位相角θの点を表し単位円上にある。 実軸成分がcosθ,虚軸成分がjsinθである LC回路の電圧と電流 17 LC共振回路における電圧と電流の関係は等速円運動上 の水平軸への投影と垂直軸の投影と考えることができる e jt cos t j sin t 1 電流 I V0 I C V 0 sin L t 0.5 V( x) I( x) V0 cos 電流 波形 0 電圧 V 0.5 電圧と電流 電圧 波形 1 0 2 4 6 x 時間 (位相) 2014/4/3 8 10 電気エネルギーと磁気エネルギーの交換 18 LC共振回路では電気エネルギーを磁気エネルギーに, 磁気エネルギーを電気エネルギーに,互いに交換している。これが振動である。 Wtot 全エネルギーは一定 1 Wc CV 2 2 V (t ) V0 cos t 1 WC W L CV02 2 容量: C 初期電圧V0 電流:I インダクタ:L I (t ) 1 1 CV 2 CV02 cos 2 t 2 2 1 CV02 1 cos 2t 4 1 Wc CV02 1 cos 2t 4 2014/4/3 1 2 LI 2 C V0 sin t L 1 1 W L LI 2 CV02 sin2 t 2 2 1 CV02 1 cos 2t 4 電圧:V Wc 電気エネルギー WL 磁気エネルギー WL 1 CV02 1 cos 2t 4 エネルギー交換から生じる電気振動 19 電気的振動は電気エネルギーと磁気エネルギーの交換から生じる 電気エネルギーと磁気エネルギー 赤:電気エネルギー 青:磁気エネルギー 磁気エネルギー 1 CV02 1 cos 2t 4 1 W L CV02 1 cos 2t 4 Wc 1 WL WC 0 sin WC 0 WC t 0.8 0.6 ) WC 0 cos WC 0 WL C V0 2 1 CV 02 sin2 t 2 WL C V 0 sin t 2 0.4 0.2 電気エネルギー Wc 1 CV02 cos2 t 2 Wc C V0 cos t 2 0 0 2 1周期 x 4 6 抵抗・容量・インダクタの回路 20 各素子の電圧Vは同一で,電流の和はゼロであるので S IC IL V V0 抵抗: 1/G 容量: C IR dV dt I R GV 1 I L Vdt L インダクタ:L したがって V(t ) A0et とすると dV V dt d 2V 2 V 2 dt C2 G IC I R I L 0 IC C 1 0 L C G G 4 L 2C 2 流れ出る電流の和はゼロ 1 dV C GV Vdt 0 dt L d 2V dV V C 0 G 2 dt dt L C のときは L C G j 4 G2 L 2C G2 4 抵抗・容量・インダクタの回路の時間応答 回路の応答はλが実根の場合は振動成分が生ぜず, λが複素根のときに振動成分が発生する C のときは L C G j 4 G2 L 2C G2 4 C G G 4 L 2C 2 V (t ) A0e t 複素根の場合は V (t ) A0e t A0e j t A0e j t A0e t e jt t=0でV(t)=V0なので e jt jt jt e e V (t ) V 0e t 2 G 2C C 2 G2 1 G L 2C LC 2C 4 V 0e t cos t 減衰項 2014/4/3 振動項 21 時間応答の違い 22 微分方程式が実根の場合は減衰するだけで振動成分は発生しない。 複素根の場合は振動成分が発生し,減衰振動になる。 t V (t ) e cos t 減衰振動波形 0 複素平面上の動き 1.2 青:実根の場合 0.8 0.8 0.6 赤:複素根の場合 0.4 0.4 電圧 0.2 f3( x1) 0 V(1)@R V( 0 -0.4 f ( x1) -0.8 0 2014/4/3 50u 100u 150u TIME (s) 時間 200u 250u 300u 電気回路の応答の基本 23 電気回路の応答は,微分方程式の根(ラプラス変換の極) の複素平面上の位置で決まる j 共役複素根 s p1 j p 2重根 G2 4 p s p1 j p x 定常振動 (発振) 不安定 C L 共役複素根 減衰振動 x xx 2014/4/3 c 1 LC G 2C 1 G LC 2C 2 安定 電気回路と複素数 24 電気素子(RCL)は電圧・電流の関係が比例・積分・微分(PID) の関係にあり, その応答は2次の微分方程式で表される。解は複素数の指数関数となる。 電気エネルギーと磁気エネルギが交換されるときの解は虚数を含み, 正弦波の振動を発生させる。解の実数部分は電磁エネルギーの減衰を表す。 V0 V IC 抵抗: 1/G 容量: C IR 複素数は電気回路の基本 IL G G2 4 インダクタ:L C L 2C t jt V(t ) Ae Ae dV IC C dt I R GV D:微分項 d 2V dV V 0 C G 2 L dt dt P:比例項 V(t ) Aet 1 I L Vdt I:積分項 L 1 C G 0 L 2 なぜ複素数で電気信号を表すのか? 25 実数だけを用いると,振動現象の背後にある電気エネルギーと磁気エネルギー の交換を表せない。複素数を用いることにより,総エネルギー量(絶対値)と 電気エネルギーと磁気エネルギーの比率(位相)が表現でき,振動の本質を 表すことができる。 V 0e jt V 0 cos t j sin t 電流 I V0 C I V0 sin L 電流:I 電圧:V t V0 cos 電圧 V 容量: C 電圧と電流 2014/4/3 電気エネルギー インダクタ: L 磁気エネルギー 超高速無線通信 26 複素数は電気電子工学,特に通信や信号処理の基本である。 ここでは,高周波信号に情報を載せる変調技術への応用を示す。 関数の直交性から信号を複素数で捉え,同一周波数で2つの 独立した(複素)情報をおくることができるため,古典的な変調技術 に比べ,同一帯域で2倍の情報を送ることができる。 研究室ではこの技術を用いて,28Gbpsの世界最高速無線通信 が可能な60GHz帯無線トランシーバー集積回路を開発した。 2014/4/3 60GHz CMOSトランシーバーの開発 27 研究室で開発した,超高速無線伝送用集積回路 K. Okada and A. Matsuzawa, et al., ISSCC 2012 2013/1/25 A. Matsuzawa, Tokyo Tech. アンテナ内蔵パッケージと電波の放出 2013.08.12 Tokyo Tech 28 性能測定系 29 RF chip with 6dBi antenna [3] BB chip BB board RF board Absorber RF board Power supply Control (FPGA) BB PHY I/Q BB board Power supply Tx mode Rx mode RF board RF board I/Q Control signals I/Q BB PHY Control (FPGA) I/Q Control signals Laptop PC Laptop PC 2013/1/25 BB chip A. Matsuzawa, Tokyo Tech. 超高速無線通信 30 世界最高速の28Gbps 無線通信を実現 超高速無線通信ではダントツの世界一 Data rate [Gb/s] 30 松澤・岡田研の成果 25 20 15 10 5 Univ. of Toronto UCB SiBeam UCB NEC CEA-LETI IMEC Broadcom Panasonic Toshiba Toshiba 0 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2014/4/3 研究室の高周波特性評価装置 110GHzまでの最新の高周波評価装置が揃っている 2013/1/25 A. Matsuzawa, Tokyo Tech. 31 トランシーバー開発メンバー 修士学生が中心の開発メンバー 若い力が未来をつくる 2011年1月 2013/3/12 32 変調技術 33 どのようにして無線信号に情報を載せるか? これらの古典的な変調方法は効率が悪い! 高周波信号 y (t ) A(t ) cos(t ) t (t ) (1) 振幅変調: A(t) (2) 周波数変調: ω(t) (3) 位相変調:θ(t) (1) 振幅変調; AM (Amplitude modulation) 2014/4/3 正弦波の3つのパラメータを データに応じて変化させれば良い (2) 周波数変調; FM (Frequency modulation) (3) 位相変調; PM (Phase modulation) 直交という概念 34 関数の直交性 2つの関数f(x), g(x) が区間αからβにおいて、 f (x ) g (x )dx 0 となる関数は互いに直交している関数である。例えば、 cos x と sin x は区間-πから+πにおいて、 1 cos x sin xdx 2 sin 2x 0 であるので、直交している。 複素数の直交性 複素数の実部と虚部は独立しており,直交性を有する。 z1 a1 jb1 z 2 a 2 jb2 101030 z1 z 2 a1 a 2 j b1 b2 A. Matsuzawa 34 直交変調 35 sin波とcos波は直交しているため、 同一周波数でも2つの独立した情報が送れる 変調 Da Db 復調 cos c t sin c t フィルタ後 送信波 元のデータが再現できる 101030 A. Matsuzawa 35 複素変調 (直交変調) 36 QAM( Quadrature Amplitude Modulation) 位相と振幅の両方に情報を有し、狭帯域でも多くの情報を送れる。 複素数としての取り扱いが可能である。 虚数 (1100) jb (1000) 極形式 (0100) A(t ) (1101) (1001) (0101) (t ) (0000) 直交加算 y(t ) a (t ) cos t jb(t ) sin t (0001) a (1110) (1111) 101030 (1010) (1011) (0110) (0111) y(t ) A(t )e jt (t ) (0010) (0011) A. Matsuzawa 実数 cos波とsin波を重みを付けて 加えることで,複素形式となる A(t ) a (t )2 b(t )2 b a (t ) tan1 36 超高速無線通信機の構成 直交発振器とミキサを用いることで複素変復調が可能になる この技術で 通信速度を上げた a (t ) cos c t 直交ミキサ(乗算器) a(t) フィルタ 送信機 cos c t 直交発振器 発振器 a (t ) cos c t b(t ) sin c t A(t ) cosc t (t ) 電力 増幅器 sin c t フィルタ b(t )sinct 受信機 b(t) a(t) フィルタ cos c t 発振器 sin c t 低雑音 増幅器 2014/4/3 b(t) フィルタ 37 複素平面で考えよう 38 複素平面の価値観 人間性 1次元の価値観 高い 勝ち組,負け組 偏差値 お金 偏差値 低い 2014/4/3 高い 低い 高い 低い 複素の価値で考えると 情報(ソフトウエア) エンターテインメント 電気電子(ハードウエア) エネルギー 2014/4/3 39
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