Multiplex Realtime PCR を用いた牛結核病の迅速スクリーニング法の検討 食肉衛生検査所 ○甲斐雅裕、西本清仁 1、はじめに 牛の結核病は Mycobacterium bovis( M. bovis)を原因菌とする疾病で、と畜場法に基 づく全部廃棄対象疾病であるとともに、家畜伝染病予防法に基づく家畜伝染病でもある。 また、M. bovis は感染症法において結核の原因菌である結核菌群のうちの1つとして規 定されていることから、人獣共通感染症として公衆衛生上も重要な病原菌である。と畜検 査においては、肺やリンパ節において特徴的な病変である結核結節を認めた際に本病を疑 うが、類似の病変は非結核性抗酸菌感染症、放線菌症、アルカノバクテリウム・ピオゲネ ス症等においても認められるため、類症鑑別が必要である。しかし、結核菌群は発育速度 が遅く、細菌培養による正確な診断には長時間を要することから、迅速な診断のためには 細菌培養と併せて遺伝子学的なスクリーニング検査法の確立が必要である。そこで今回、 牛結核病の感染拡大防止のための迅速な遺伝子学的検査法として、M. bovis を含む結核 菌群、鳥型結核菌群およびその他の抗酸菌群の鑑別が可能と報告されている Multiplex Realtime PCR を用いたスクリーニング法の有効性について検討した。 2、材料と方法 (1)検体および前処理方法:実際の病変組織を想定して、牛型結核菌 M. bovis の生菌 である乾燥 BCG ワクチン(日本 BCG 製造株式会社)12mg を、健康牛の肺門リンパ節 100mg と混合したものを検体として用いた。検体をホモジネートチューブ(富士レビオ 株式会社)に採取し、クロラムフェニコール(0.05g/ml)およびアンピシリン(200mg/ml) を加えた滅菌蒸留水 300 μ l を添加した後、FastPrepFP20(SAVANT)でホモジナイズ 処理(Speed:6.5、Time:45)した。これに 4%NaOH を 300 μ l 添加後、室温で 15 分静 置したものを検体処理液とした。 (2)培養方法:検体処理液を段階希釈し、原液(100)、10-2、10-4 の各希釈液 100 μ l を 4ml の液体培地にそれぞれ接種した。液体培地には 0.05% Tween80 加 Middlebrook 7H9 Broth(Difco)を 121 ℃ 10 分間高圧蒸気滅菌後、Middlebrook OADC Enrichment (BBL)および MGIT PANTA(BBL)を規定量添加したものを用い、37 ℃で好気培養 を行った。 また、検体処理液中の M. bovis のおおよその菌数把握のため、原液(100)、10-2、10-4 の希釈液 100 μ l を Middlebrook 7H10 Agar(Difco)にそれぞれ接種し、37 ℃、2 週間 好気培養を行いコロニー数を測定した(現在測定中)。 (3)Multiplex Realtime PCR:検体処理液および培養開始 1 日目、2 日目、3 日目の培 養液それぞれ 200 μ l を 1.5ml チューブに採取し、12,000rpm、5 分遠心、上清除去後、 アルカリボイル法により DNA 抽出を行った。Multiplex Realtime PCR は E. T. Richardson の報告[1]に基づいて、結核菌群、鳥型結核菌群およびその他の抗酸菌群の プライマーセットを用いて行った。結核菌( Mycobacterium tuberculosis)の positive control DNA template は衛生環境研究センターより、鳥型結核菌(Mycobacterium avium -1- subsp. avium)の positive control DNA template は動物衛生研究所よりそれぞれ入手し た。 3、結果 今回の Multiplex Realtime PCR の結果を表 1 に示した。 検体処理液から直接 DNA を抽出した場合、原液(100)、10-2、10-4 のすべての希釈倍 率で遺伝子の増幅が認められた。また、Middlebrook 7H9 Broth による培養液から DNA を抽出した場合でも、培養 1 日目からすべての希釈倍率で遺伝子の増幅が認められたが、 培養時間が長いほど遺伝子検出までのサイクル数は減少した。融解曲線解析では、検体は すべて 77 ℃付近でピークを認めたことから、増幅産物は結核菌群の遺伝子であることが 確認された。 これらの結果から今回の Multiplex Realtime PCR は結核菌群遺伝子を特異的に検出す ることが確認された。 表1 原液 結核菌群遺伝子検出結果 検体処理液 培養1日目 培養2日目 培養3日目 + (77) + (77) + (77) + (77) 10-2 + (77) + (77) + (77) + (77) 10-4 + (77) + (77) + (77) + (77) ※「+」は結核菌群遺伝子が検出されたもの。 ※( )内の数値は融解曲線分析におけるピークの温度(Tm)を示す。 結核菌群の Tm は 77.0 ℃、鳥型結核菌群の Tm は 86.2 ℃を示す。 4、考察 今回の Multiplex Realtime PCR では、結核菌群である M. bovis BCG および M. tuberculosis の DNA を特異的に検出したことから、迅速スクリーニング法としての有効 性が示された。培養前の検体処理液から直接 DNA 抽出を行った場合、リンパ組織等の夾 雑物による PCR 反応の阻害が考えられるが、今回の病変組織モデル検体においては反応 阻害は認められなかった。また、検体処理液の 10-4 希釈液においても結核菌群 DNA が検 出されたが、今回検体とした病変組織モデルと比較すると、実際の結核結節中に含まれる 菌量は少ないと考えられるため、確実な検出のためには液体培地を用いた増菌培養が重要 であると考えられる。加えて、組織の前処理方法についても更なる検討が必要と考えられ る。 また、今回の Multiplex Realtime PCR では抗酸菌種の鑑別が可能であるという特性を 活かして、非結核性抗酸菌感染症のスクリーニング法としても応用できると考えられる。 非結核性抗酸菌感染症は、主に鳥型結核菌群を原因菌とし、と畜場法に基づく全部廃棄対 象疾病であるとともに、ヒトにも感染し難治性の病変を形成する人獣共通感染症でもある。 非結核性抗酸菌も結核菌群と同様に発育速度が遅く、細菌培養による正確な診断には長時 間を要するため、迅速な遺伝子学的診断法として今回の Multiplex Realtime PCR が応用 -2- できると考えられる。また、結核菌群との混合感染を起こした症例に対しても正確な診断 が可能であると考えられる。 当所が所管する O と畜場においてはこれまでに牛の結核病の発生は認められていない が、平成 11 年度に熊本県において牛結核病の集団発生が認められていることから[2]、 本県でも牛結核病が発生する可能性は否定できない。と畜場において牛結核病が発生した 際には、と畜場作業従事者等人への感染防止対策、罹患畜が乳牛の場合は搾乳された生乳 等の自主回収の問題、罹患畜由来農場での感染同居牛のツベルクリン検査による摘発・淘 汰といった公衆衛生、食品衛生、家畜衛生それぞれの側面からの対応が必要となる。した がって、結核病の迅速かつ正確な診断法を確立することは、危機管理の観点から重要な問 題であり、今回の Multiplex Realtime PCR がその迅速スクリーニング法として有効であ ると考えられる。今後は、組織病変部の前処理方法および抗酸菌遺伝子抽出法の検討を含 めた、Multiplex Realtime PCR による結核病迅速スクリーニング法の確立を行う予定で ある。また、牛の結核病検査マニュアルおよび危機管理フローチャートの作成、結核病発 生時の対応シミュレーションの実施、家畜保健衛生所等の関係機関との調整により、牛結 核病発生時の迅速な診断と感染拡大防止体制の整備を進めていきたい。 最後に本研究を行うにあたりご指導いただいた(独)農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所 細菌・寄生虫研究領域 ヨーネグループ 森康行先生に感謝致しま す。 参考文献 [1]E. T. Richardson:J. Clin. Microbiol. vol.47 (2009) 1497-1502 [2]原田誠也ら:平成 12 年度 食肉衛生技術研修会・発表会抄録 -3-
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