難波 陽介

報告番号
※
第
主
号
論
文
の
要
旨
Roles of hypothalamic kisspeptin in the control of ovarian
functions in cattle( ウ シ の 卵 巣 機 能 制 御 に お け る 視 床 下 部 キ
論文題目
スペプチンの役割)
氏
難波
名
陽介
論 文 内 容 の 要 旨
近年、畜産現場では人工授精によるウシの受胎率の低下が問題となっている。受胎
率の低下は、乳量や肉質などの遺伝的改良に伴う繁殖機能の低下に起因すると指摘さ
れている。受胎率向上のための解決策の一つとして、ホルモン製剤を用いたウシの繁
殖機能制御が考えられる。
ウ シ を 含 む 多 く の 哺 乳 類 の 繁 殖 機 能 は 、 視 床 下 部 -下 垂 体 -性 腺 軸 に よ る 神 経 内 分 泌
機構に制御されている。間脳視床下部に局在する性腺刺激ホルモン放出ホルモン
( GnRH)ニ ュ ー ロ ン は 、下 垂 体 か ら 黄 体 形 成 ホ ル モ ン( LH)お よ び 卵 胞 刺 激 ホ ル モ
ン( FSH)分 泌 を 刺 激 し 、LH お よ び FSH は 卵 巣 に 作 用 し て 卵 胞 発 育 お よ び 排 卵 を 刺
激 す る 。卵 胞 発 育 は 基 底 レ ベ ル に 放 出 さ れ る GnRH お よ び 性 腺 刺 激 ホ ル モ ン を 介 し て
刺 激 さ れ て お り 、 GnRH お よ び LH の 血 中 濃 度 は 、 基 底 レ ベ ル か ら 急 激 に 上 昇 し た の
ち指数関数的に減少する、いわゆるパルス状の分泌様式を示す。一方、成熟した卵胞
は発情ホルモンであるエストロジェンを大量に分泌し、脳へフィードバックして作用
す る こ と で ウ シ の 発 情 行 動 を 誘 起 す る と と も に 、GnRH、つ づ い て LH お よ び FSH の
サ ー ジ を 誘 起 す る 。 LH サ ー ジ が 引 き 金 と な り 、 成 熟 し た 卵 胞 は 排 卵 す る 。 GnRH は
合 成 が 容 易 な ペ プ チ ド で あ り 、 GnRH 製 剤 を 末 梢 に 投 与 す る こ と で LH お よ び FSH
分 泌 を サ ー ジ 状 に 促 し 、排 卵 を 誘 起 す る こ と が で き る 。し か し な が ら 、GnRH 製 剤 は 、
その強力な作用のため機能的に未熟な卵胞までも排卵させてしまい、自然に排卵した
時に比べて人工授精した際に受胎率が低いことが問題点として指摘されている。
キ ス ペ プ チ ン は 視 床 下 部 に お い て GnRH 分 泌 を 刺 激 す る 因 子 と し て 注 目 さ れ て い
る 神 経 ペ プ チ ド で あ る 。多 く の 哺 乳 類 に お い て 、キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン が GnRH の
パルス状分泌やサージ状分泌の発生に密接に関わることが明らかとなってきた。そこ
で私は、キスペプチンが受胎率向上に寄与する新規繁殖機能制御剤となるのではない
か と 考 え た 。本 研 究 で は 、ウ シ に お い て 視 床 下 部 キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン が GnRH お
よび性腺刺激ホルモン分泌を刺激し、その結果として卵胞発育および排卵を制御して
いるとの仮説のもと、ウシの卵巣機能制御における視床下部キスペプチンの役割を解
明すること、および、キスペプチンをウシの新規繁殖機能制御剤として応用すること
を目的とした。
第 3 章 で は 、ウ シ 視 床 下 部 に お い て 、キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン が GnRH 分 泌 の 制 御
に果たす役割を調べることを目的とした。黒毛種未経産ウシおよび交雑種未経産ウシ
を供試した。プロジェ ステロン徐放製剤を 6 日間投与し、抜去した 後プロスタグラン
ジ ン( PG)F 2 α を 投 与 し て 黄 体 退 行 を 誘 導 し た 。PGF 2 α 投 与 2 日 後 を 卵 胞 期 、投 与 後
に 動 物 の 発 情 を 観 察 し た 日 か ら 7 日 後 を 黄 体 期 の モ デ ル と し た 。卵 胞 期 お よ び 黄 体 期
の ウ シ の 脳 を 、4% パ ラ ホ ル ム ア ル デ ヒ ド で 灌 流 固 定 し 、視 床 下 部 を 採 取 し た 。50 µm
厚 の 凍 結 切 片 を 作 製 し 、キ ス ペ プ チ ン お よ び GnRH の 蛍 光 二 重 免 疫 組 織 化 学 染 色 を 行
った。その結果、キスペプチンニューロン免疫陽性細胞が視床下部内側視索前野
( MPOA) お よ び 視 床 下 部 弓 状 核 ( ARC) に 局 在 し 、 キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン 免 疫 陽
性 の 神 経 線 維 が 、MPOA に お い て は GnRH ニ ュ ー ロ ン 免 疫 陽 性 細 胞 に 、正 中 隆 起( ME)
に お い て は GnRH ニ ュ ー ロ ン 免 疫 陽 性 の 神 経 線 維 に 密 接 し て 局 在 し て い た 。 ま た 、
MPOA に お け る キ ス ペ プ チ ン 免 疫 陽 性 の 蛍 光 強 度 が 黄 体 期 と 比 較 し て 卵 胞 期 に 高 い
こ と ( p<0.05)、 ま た 、 ARC に お い て は 卵 胞 期 お よ び 黄 体 期 で 変 化 し な い こ と が 明 ら
か と な っ た 。つ ぎ に 、 キ ス ペ プ チ ン 、お よ び 、エ ス ト ロ ジ ェ ン 受 容 体( ER)α ま た は
プ ロ ジ ェ ス テ ロ ン 受 容 体( PR)を 蛍 光 二 重 免 疫 組 織 化 学 染 色 す る と と も に 、DAPI に
よ り 対 比 染 色 を し た 。そ の 結 果 、卵 胞 期 の MPOA に お い て 、キ ス ペ プ チ ン 免 疫 陽 性 細
胞 数 が 黄 体 期 と 比 較 し て 有 意 に( p<0.05)多 か っ た 。一 方 、ARC の キ ス ペ プ チ ン 免 疫
陽 性 細 胞 数 に 変 化 は な か っ た 。ま た MPOA お よ び ARC の キ ス ペ プ チ ン 免 疫 陽 性 細 胞
は い ず れ も ERα ま た は PR を 共 発 現 し て い た 。 キ ス ペ プ チ ン お よ び ERα ま た は PR
の 免 疫 陽 性 細 胞 の 共 存 率 は MPOA お よ び ARC い ず れ に お い て も 、黄 体 期 と 比 較 し て
卵 胞 期 に 有 意 に 高 か っ た ( p<0.05)。 こ れ ら の 結 果 よ り 、 ウ シ 視 床 下 部 に お い て キ ス
ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン は GnRH ニ ュ ー ロ ン に 直 接 投 射 し 、GnRH の 分 泌 を 制 御 す る こ と
が 示 唆 さ れ た 。ま た 、MPOA の キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン は 、卵 胞 期 に 発 現 が 高 く 、性
ステロイド受容体を持つことから、エストロジェンのポジティブフィードバック作用
を 仲 介 し て GnRH サ ー ジ の 発 生 に 関 与 す る こ と が 示 唆 さ れ た 。 ま た 、 ARC の キ ス ペ
プチンニューロンは、卵胞期および黄体期に半数以上のキスペプチンニューロンが性
ステロイド受容体を共発現することから、エストロジェンおよびプロジェステロンの
ネ ガ テ ィ ブ フ ィ ー ド バ ッ ク 作 用 を 仲 介 し て GnRH 分 泌 を 制 御 す る こ と が 示 唆 さ れ た 。
第 4 章 で は 、キ ス ペ プ チ ン が 性 腺 刺 激 ホ ル モ ン 分 泌 お よ び 卵 巣 機 能 の 制 御 に 関 与 す
るか否かを調べるとともに、ウシ卵巣機能を制御する新規繁殖機能制御剤としてのキ
スペプチンの可能性を検討することを目的とした。そこで、ウシにおいて全長キスペ
プ チ ン ( Kp-53) の 末 梢 投 与 が 性 腺 刺 激 ホ ル モ ン 分 泌 を 刺 激 し 、 卵 胞 発 育 ま た は 排 卵
を 促 す か ど う か 検 討 し た 。黄 体 期 に あ る 黒 毛 和 種 経 産 雌 ウ シ に PGF 2 α を 投 与 し 、黄 体
退 行 を 誘 導 し た 。PGF 2 α 投 与 後 、動 物 の 発 情 を 観 察 し た 日 か ら 5 日 後 に 、Kp-53( 0.2
ま た は 2 nmol/kg) ま た は 生 理 食 塩 水 を 静 脈 内 投 与 し た 。 投 与 4 時 間 前 か ら 投 与 4 時
間 後 ま で 10 分 間 隔 で 採 血 し 、血 漿 中 LH お よ び FSH 濃 度 を ラ ジ オ イ ム ノ ア ッ セ イ に
より測定した 。また、超音波画像診断装 置に より、第 1 卵胞発育波 主席卵胞の直径を
投 与 6 時 間 前 か ら 投 与 後 54 時 間 後 ま で 12 時 間 間 隔 で 観 察 し た 。そ の 結 果 、2 nmol/kg
の Kp-53 の 静 脈 内 投 与 に よ り 、 血 漿 中 LH 濃 度 が 顕 著 に 上 昇 し た ( p<0.05)。 一 方 、
血 漿 中 FSH 濃 度 は 、 Kp-53 投 与 後 に 上 昇 す る 傾 向 が み ら れ た が 、 有 意 な 差 は な か っ
た 。ま た 、2 nmol/kg の Kp-53 を 投 与 し た 4 頭 中 3 頭 に お い て 、投 与 の 2 日 後 ま で に
卵 胞 直 径 の 有 意 な 増 加 が 見 ら れ (p<0.05)、4 頭 中 1 頭 で は 投 与 後 30 時 間 ま で に 排 卵 が
観察された。これらの結果から、キスペプチンが性腺刺激ホルモン分泌を介して、卵
胞発育または排卵を促すことが示唆された。
キ ス ペ プ チ ン C 末 端 の 10 ア ミ ノ 酸 残 基 か ら な る 部 分 ペ プ チ ド ( Kp-10) は 、 キ ス
ペプチンの生理活性を有するコアペプチドである。第5章では、キスペプチンを改変
した類縁体が生理活性を持ち、卵胞発育や排卵を促す新規繁殖機能制御剤として有用
か 否 か を 検 討 す る こ と を 目 的 と し た 。 そ こ で 、 Kp-10 を 改 変 し た 類 縁 体 で あ る
TAK-683 の 末 梢 投 与 が 卵 巣 機 能 お よ び 性 腺 刺 激 ホ ル モ ン 分 泌 に お よ ぼ す 効 果 を 検 討
し た 。 黄 体 期 に あ る 黒 毛 和 種 経 産 雌 ウ シ に 、 PGF 2 α を 投 与 し 、 黄 体 退 行 を 誘 導 し た 。
PGF 2 α 投 与 後 、 動 物 の 発 情 を 観 察 し た 日 か ら 5 日 後 に 、 TAK-683( 2 nmol/kg) ま た
は 0.45%ジ メ チ ル ス ル ホ キ シ ド 含 有 生 理 食 塩 水 を 静 脈 内 投 与 し た 。投 与 4 時 間 前 か ら
投 与 8 時 間 後 ま で 10 分 間 隔 で 採 血 し 、血 漿 中 LH お よ び FSH 濃 度 を ラ ジ オ イ ム ノ ア
ッセイにより測定 した 。また、超音波画像診 断装置により 、第 1 卵胞発育波主席卵胞
の 直 径 を 投 与 直 前 か ら 投 与 28 時 間 後 ま で 4 時 間 間 隔 で 観 察 し た 。そ の 結 果 、2 nmol/kg
の TAK-683 投 与 群 に お い て 、 血 漿 中 LH 濃 度 が 4 時 間 以 上 に わ た り 顕 著 に 上 昇 し た
( p<0.05)。一 方 、血 漿 中 FSH 濃 度 は TAK-683 投 与 後 に 上 昇 す る 傾 向 が み ら れ た が 、
有 意 な 差 は な か っ た 。2 nmol/kg の TAK-683 を 投 与 し た 群 に お い て 、投 与 後 に 卵 胞 直
径 の 有 意 な 増 加 が 見 ら れ (p<0.05)、5 頭 中 2 頭 で は 投 与 後 42 時 間 ま で に 排 卵 が 観 察 さ
れ た 。こ れ ら の 結 果 か ら 、TAK-683 は 卵 胞 発 育 お よ び 排 卵 を 誘 起 す る 強 力 な 活 性 を も
ち、キスペプチン類縁体がウシの新規繁殖機能制御剤となる可能性が示された。
以 上 、本 研 究 に よ り 、1)ウ シ 視 床 下 部 に お い て キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン が MPOA お
よ び ARC に 局 在 す る こ と 、 2)キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン が GnRH ニ ュ ー ロ ン に 密 接 し
て い る こ と 、 3)MPOA に お い て キ ス ペ プ チ ン 発 現 が 卵 胞 期 に 高 ま る こ と 、 4)キ ス ペ プ
チ ン ニ ュ ー ロ ン が 性 ス テ ロ イ ド 受 容 体 を 発 現 し て い る こ と 、 お よ び 、 5)キ ス ペ プ チ ン
または類縁体の末梢投与が性腺刺激ホルモンおよび卵胞発育または排卵を促すことが
明 ら か と な り 、ウ シ 視 床 下 部 に お い て キ ス ペ プ チ ン ニ ュ ー ロ ン は GnRH お よ び 性 腺 刺
激ホルモン分泌を介して卵胞発育または排卵を促すことが示唆された。また、キスペ
プチンまたはその類縁体がウシの新規繁殖機能制御剤として応用できることが示唆さ
れた。