審査結果要旨

論文審査の要旨および担当者
Laoharatchatathanin Titaree
学位申請者
( 4DV10005
Expression
hormone
学位論文題目
of
獣医生理学)
Gonadotropin
(GnRH),
metastin
releasing
and
related
peptides in the ovary: dynamic changes
and their regulation during estrous cycle
of rats
主査
北里大学教授
汾陽
光盛
副査
北里大学教授
渡辺
清隆
副査
北里大学教授
佐々田
副査
北里大学准教授
伊藤
担当者
比呂志
道彦
論 文 審 査 の 要 旨 ( 3,000 字 以 内 )
雌性動物の生殖周期は、様々な生殖ホルモンによって引き起こさ
れる周期的現象の連鎖と言える。様々なホルモンの中でも性腺刺激
ホ ル モ ン 放 出 ホ ル モ ン ( GnRH) は 、 内 分 泌 系 の 最 上 位 に 位 置 す る
こ と か ら 、 生 殖 の マ ス タ ー ホ ル モ ン と も 呼 ば れ る 。 GnRH は 下 垂 体
に作用してゴナドトロピン分泌を刺激し、ゴナドトロピンは性腺に
作用して配偶子の発育、排卵、各種ホルモンの分泌を調節する。興
味 深 い こ と に 、 GnRH は 卵 巣 や 精 巣 を 始 め と す る 末 梢 組 織 に も 発 現
しているが、その合成調節や機能はほとんど分かっていない。本研
究 で は 、卵 巣 の GnRH 産 生 と そ の 調 節 機 序 に つ い て 、及 び 視 床 下 部
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で GnRH 分 泌 に 関 与 す る メ タ ス チ ン( キ ス ペ プ チ ン )を 始 め と す る
各種関連ペプチドについて、卵巣での発現とその調節機序を明らか
にしたもので、その成果は、以下のように要約される。
ま ず 卵 巣 の GnRH 合 成 活 性 の 性 周 期 中 の 変 動 が 経 時 的 に 測 定
さ れ た 。ラ ッ ト か ら 各 時 刻 に 卵 巣 を 摘 出 し 、RNA を 抽 出 後 に リ ア ル
タ イ ム RT-PCR 法 で GnRH mRNA 量 が 測 定 さ れ た 。 ラ ッ ト の 性 周
期 は 、2 日 間 続 く 発 情 休 止 期 と 発 情 前 期 、発 情 期 の 4 日 か ら な る が 、
GnRH mRNA 発 現 は 、周 期 中 に 大 き く 変 動 し 、発 情 休 止 期 2 日 目 の
20 時 と 発 情 前 期 20 時 に ピ ー ク を 示 し た 。 こ の 上 昇 は 性 周 期 特 異 的
で、排卵後の経過時間が同じでも妊娠の成立した場合には観察され
な く な る 。 卵 巣 内 で ど の 区 分 ( 卵 胞 、 黄 体 、 間 質 ) が GnRH 生 産 に
関わるかを明らかにするために、レーザーキャプチャー・マイクロ
ダ イ セ ク シ ョ ン ( L MD) 法 が 用 い ら れ た 。 発 情 前 期 の 20 時 に 卵 巣
を 採 取 し 、 LMD で 各 区 分 を 採 取 す る と 、 GnRH mRNA は 全 て の 区
分で測定され、区分間に有意な差は認められなかった。免疫組織化
学 法 で GnRH の 分 布 を 調 べ る と 、顆 粒 層 細 胞 、間 質 、黄 体 に 認 め ら
れたが、分布の認められない黄体の存在すること、黄体内でも一部
の細胞にのみ染色像が観察されるなど、発現を精妙に調節する機序
の存在が推定された。間質組織はびまん性に染色されたが、その中
でマスト細胞が濃染された。腹腔洗い液から調整されたマスト細胞
と マ ス ト 細 胞 株 P815 を 用 い て 、マ ス ト 細 胞 が GnRH mRNA を 発 現
していることが確かめられた。トルイジンブルーのメタクロマジー
を用いて、卵巣中のマスト細胞が染色され、経時的にその数が計数
さ れ た 。 マ ス ト 細 胞 は 性 周 期 の 進 行 に 伴 っ て 変 動 し 、 GnRH 発 現 量
の推移に類似した増減パターンを示した。また、偽妊娠、妊娠、泌
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乳期などの黄体相にはマスト細胞数が減り、これがプロラクチン分
泌 の 増 加 に よ る こ と が 示 唆 さ れ た 。卵 巣 嚢 内 に GnRH 作 動 薬 を 微 量
投 与 す る と 、 卵 巣 中 の マ ス ト 細 胞 が 増 加 し た こ と か ら 、 GnRH に は
マスト細胞のケモアトラクタントとしての機能もあることが示唆さ
れ た 。更 に 、腹 腔 マ ス ト 細 胞 の 初 代 培 養 で GnRH 作 動 薬 を 投 与 す る
と 、マ ス ト 細 胞 の GnRH 発 現 の 増 加 す る こ と も 観 察 さ れ た 。こ れ ら
の 結 果 か ら 、 卵 巣 内 マ ス ト 細 胞 は G nRH に よ っ て 卵 巣 内 に 導 か れ 、
更 に GnRH 合 成 を 増 加 さ せ て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。遺 伝 的 に マ ス
ト 細 胞 を 欠 く C57BL/6 -Wsh/Wsh マ ウ ス の 性 周 期 の 長 さ に 違 い は 認
められなかったが、日齢が進むと共に卵巣中に大きな黄体が認めら
れるようになり、卵巣重量も増加した。以上の結果から、卵巣では
性周期の進行に伴い、卵巣外からマスト細胞が組織中に進入して
GnRH を 付 加 的 に 増 加 さ せ て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。
メ タ ス チ ン( キ ス ペ プ チ ン )が 卵 巣 内 で 合 成 さ れ て い る こ と は 、
既に報告があるが、その産生調節、産生部位、生理的役割は分かっ
ていない。本研究では、性周期中のメタスチン発現率の詳細な推移
と 共 に 産 生 細 胞 、 関 連 ペ プ チ ド で あ る Neurokinin B (NKB) と
dynorphin、メ タ ス チ ン 受 容 体 で あ る GPR54 に つ い て も 併 せ て 調 べ
ら れ た 。 卵 巣 の メ タ ス チ ン と dynorphin の mRNA 発 現 は 発 情 前 期
20 時 に 急 激 に 上 昇 し た 。NKB mRNA も 同 時 期 に 増 加 を 開 始 し た が 、
頂 値 に 達 す る の は 翌 午 前 2 時 ま で 遅 れ た 。 GPR54 mRNA は 、 メ タ
ス チ ン の 上 昇 に 伴 っ て 減 少 し た 。 マ ウ ス に hCG を 投 与 す る と 、 メ
タ ス チ ン と dynorphin の 発 現 が 用 量 反 応 的 に 促 進 さ れ た が 、 NKB
は 変 化 無 か っ た 。メ タ ス チ ン 発 現 の 変 動 パ タ ー ン は GnRH の そ れ に
一 致 せ ず 、メ タ ス チ ン 作 用 を 持 つ Kiss-10 の 投 与 も GnRH 発 現 に 影
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響 し な か っ た 。こ れ ら の 結 果 か ら 卵 巣 で は メ タ ス チ ン は GnRH 発 現
に 関 与 し な い こ と が 示 唆 さ れ た 。LMD を 用 い て 、メ タ ス チ ン mRNA
が ほ と ん ど 卵 胞 に し か 発 現 し て い な い こ と が 明 ら か に な っ た 。一 方 、
dynorphin と NKB は 主 に 間 質 組 織 に 発 現 し て い る こ と 、GPR54 の
発現は全てのコンパートメントに見られることが示された。メタス
チンの免疫組織化学も行われ、卵胞のメタスチンが卵巣内に広く供
給されていることが明らかになった。ラット顆粒層細胞の初代培養
系 を 確 立 し て イ ン ビ ト ロ 実 験 も 行 わ れ た 。25 日 齢 の ラ ッ ト に PMSG
が 投 与 さ れ 48 時 間 後 に 機 械 的 に 顆 粒 層 細 胞 が 分 離 さ れ た 。 こ の 培
養 細 胞 に hCG を 投 与 す る こ と で メ タ ス チ ン 、 NKB、 dynorphin の
発現が有意に刺激された。ラット卵巣嚢内にメタスチン拮抗物質で
あ る p234 を 発 情 前 期 か ら 浸 透 ミ ニ ポ ン プ で 微 量 局 所 投 与 す る と 、3
日目に回収した卵巣内で一部黄体の組織像に周辺部の不明瞭になる
変 化 が み ら れ た 。初 代 培 養 顆 粒 層 細 胞 で 、hCG は 用 量 反 応 的 に プ ロ
ジ ェ ス テ ロ ン 分 泌 を 促 進 し た が 、p234 を 同 時 投 与 す る と そ の 促 進 効
果が阻害された。
以 上 の 本 研 究 の 結 果 か ら 、卵 巣 に お け る GnRH 発 現 の 詳 細 な 変
動が始めて明らかにされた。過去の研究報告を考え併せると、2回
の GnRH 発 現 の ピ ー ク は 、 発 情 休 止 期 2 日 目 20 時 の 増 加 が 性 周 期
黄 体 の 退 行 に 関 連 し 、 発 情 前 期 20 時 の 増 加 は 卵 胞 の 閉 鎖 に 関 与 し
て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。 本 研 究 で は 、 GnRH の 発 現 変 動 に マ ス ト
細 胞 の 関 与 す る こ と が 示 唆 さ れ た 。 GnRH は 化 学 走 性 に よ っ て マ ス
ト 細 胞 を 卵 巣 内 に 導 き 、マ ス ト 細 胞 は GnRH 合 成 を 行 う こ と で 卵 巣
GnRH 発 現 の ピ ー ク を 作 っ て い る 可 能 性 が 考 え ら れ た 。 メ タ ス チ ン
が LH サ ー ジ の 影 響 下 で 顆 粒 層 細 胞 、 dynorphin が 間 質 組 織 で 主 に
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生 産 さ れ て い る こ と も 明 ら か に さ れ た 。視 床 下 部 で は 、NKB を 含 め
た3つのペプチドが同一細胞で合成されていることが示されており、
顆粒層細胞でも同様に3つのペプチドが合成されることが示された。
本 研 究 で は 、神 経 系 の 伝 達 物 質 や 修 飾 物 質 と さ れ て い る 化 学 物 質 が 、
卵巣にも発現し、視床下部とは異なる機序で発現調節を受け、視床
下部で認められている相互作用とは異なる、卵巣に特異的なネット
ワークを作っていることが示唆された。
以上のごとく、本研究結果は類似する先行研究の無い極めて独創
性に富むものである。ティタリー君の研究能力は明らかであり、試
問で示された学識の高さも踏まえ、同君を博士(獣医学)の学位に
相応しいものと認め、審査員一同は合格と判定した。
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