20. クロマチンポリユビキチン化による DNA 相同組み換え修復調節機 構

かなえ医薬振興財団2010年度研究業績集(第39集)
20.
クロマチンポリユビキチン化による DNA 相同組み換え修復調節機
構の解明
慶應義塾大学 医学部 咸臨丸プロジェクト
中田 慎一郎
キーワード: 相同組換え修復,BRCA1,ユビキチン
Abstract
BRCA1 promotes recruitment of RAD51 to sites of DNA double-strand breaks and homologous recombination. Loss of
BRCA1 results in defective homologous recombination. Nevertheless, recent studies indicated that loss of 53BP1 rescues
BRCA1 deficiency. To investigate the molecular mechanism of BRCA1-indepedent RAD51 assembly at site of DNA
double-strand breaks, we focused on DNA-damage dependent chromatin ubiquitination.
背景および目的
相同組換え修復は、遺伝子異常を伴わずに DNA 二本鎖損傷を修復する DNA 損傷修復系である。相同組換え修復
に至る過程において、DNA 二本鎖切断端では MRE11-NBS1-RAD50 からなる MRN 複合体や CtIP といった遺伝
子により 3ʹ single-stranded DNA (ssDNA)オーバーハングが形成される。この ssDNA には、RPA 蛋白が結合し、不
必要に DNA が削られるのを防いでいる。そして、BRCA1 とともに代表的な遺伝性早発性乳癌の責任遺伝子
BRCA2 の遺伝子産物により RPA と RAD51 の入れ替えが行われる。RAD51 によりコーティングされた状態と
なった ssDNA は、姉妹染色分体上でホモロジーサーチを行い、相同な DNA シークエンスを持つ二本鎖 DNA に
侵入し、相補的配列を持つ DNA とアニールする。そして、DNA 複製による DNA 鎖伸張が行われる.その結果、
欠損した DNA 配列は姉妹染色体の情報を基に正確に修復されることになる。
BRCA1 はこれまでに DNA 損傷部位において ssDNA-RAD51 フィラメントを形成し、相同組換え修復を誘導する
ために必須の遺伝子であると考えられてきた。しかし、その仕組みは相同組換え修復に至るシグナル伝達の一部
を担うというような単純なものではなく、非常に複雑であることがわかってきている。X 線照射により細胞に
DNA 二本鎖損傷が発生した場合、BRCA1 は DNA 損傷部位にリクルートされる。その過程にはクロマチンのユ
ビキチン化が重要な役割を果たしている。DNA 二本鎖損傷部位では、まずセリンスレオニンキナーゼ ATM によ
るヒストン H2AX のリン酸化が起こる。これにメディエーター蛋白である MDC1 が結合し、さらに MDC1 も
ATM によりリン酸化される。リン酸化 MDC1 には E3 ユビキチンリガーゼ RNF8 が自身の FHA ドメイン(リン
酸化ペプチド結合ドメイン)を用いて結合し、また、ユビキチン活性を担うドメインである RING 依存性に別の
E3 ユビキチンリガーゼ RNF168 を DNA 損傷部位へと局在させる。RNF168 は E2 ユビキチン結合酵素である
UBC13 とともにユビキチンのリジン 63(K63)とグリシン 76 が共有結合して作られる K63-linked ユビキチン鎖
をヒストン H2A に付加する 1–5。BRCA1 と複合体を形成している蛋白 RAP80 にはユビキチン結合ドメインがあ
り、これは、クロマチン上に形成された K63-linked ユビキチン鎖に特異的に結合する。これにより BRCA1 は
DNA 二本鎖損傷部位に局在する 6–8。それでは、このようにして DNA 損傷部位へと局在した BRCA1 が RAD51
を介した相同組換え修復を制御しているかというと、実はそうではないらしい。RAD80 をノックダウンした細胞
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に放射線を当てた後に、BRCA1 特異抗体を用いて免疫染色を行うと、確かに BRCA1 の DNA 損傷部位への集積
が強く抑制されることが観察される。しかし、実際には完全に抑制されているわけではなく、ごくわずかな量の
BRCA1 は DNA 損傷部位へとリクルートされてきている。そして、RAP80 ノックダウン細胞では、RAD51 の
DNA 損傷部位へのリクルートも起こり、また、相同組換え修復効率も正常細胞と同等以上である 9,10。これらの
ことから、RAP80 非依存的に DNA 損傷部位へとリクルートされた BRCA1 こそが DNA end resection を介して相
同組換え修復を制御しているのだということがわかる。さらに、相同組換え修復制御の理解を複雑にする事実も
判明してきている。BRCA1 の exon 11 を両アレルで欠くマウスでは、相同組換え修復の頻度は低下している 11,12。
しかし、このマウスにおいて、クロマチンユビキチン化依存的に DNA 損傷部位へと局在する分子 53BP1 をさら
にノックアウトすると、未だ解明されていない機構により相同組換え修復が行われるようになる。このように相
同組換え修復機構は非常に複雑に制御されている。
以上のことから、私は、相同組換え修復の制御機構についてさらに詳細に解明するために、クロマチンユビキチ
ン化に着目し、研究を行った。
方法
細胞:ヒト大腸癌由来細胞株である HCT116 および HCT116 から RAD18 をノックアウトした細胞、HCT116
RAD18-/-13 を用いた。
siRNA トランスフェクション:BRCA1、UBC13 および 53BP1 に対する siRNA は Sigma Genosis に依頼して合成
した。non-targetting siRNA (Control siRNA)は Sigma Genosys の MISSION siRNA Universal Negative Control を用
いた。siRNA 導入試薬には、Invitrogen の RNAiMAX を用いた。
プラスミドトランスフェクション:Flag-OTUB1 発現ベクターは Open Biosystems から購入した cDNA を基に作成
した 14。トランスフェクションは Qiagen 製 Effecten を用いた。
Western blotting:細胞を SDS サンプルバッファーに溶解させた後に、26 ゲージの針を用いて、DNA を裁断した。
100 度で 5 分間ボイルした後に、アトー製ポリアクリルアミドゲルをもちいて SDS-PAGE をおこなった。ゲル上
の蛋白は Invitrogen 製 iBlot を用いてニトロセルロース膜に転写した。ブロッキングは 5% non-fat milk/TBST で
60 分行い、抗体の一次染色は 4 度一晩で行った。BRCA1 抗体は Santa Cruz から、53BP1 抗体は BD から購入し
た。二次抗体には HRP-conjugated 抗体を用い、ECL lightening pro により発色させたのちに LAS4000 を用いて撮
影を行った。
免疫染色:siRNA をトランスフェクトした細胞をカバースリップ上で培養し、siRNA のトランスフェクションか
ら 2 日後に 2Gy の X 線を照射した。X 線照射後 6 時間でカバースリップを PBS で 2 回洗浄後、3% PFA で 15 分
間細胞を固定した。PBS を用いて PFA を洗浄除去した後に 0.5% Triton X-100/PBS 中にサンプルを 15 分間静置
した。PBS で洗浄した後に、0.3% BSA/PBS でブロッキングし、その後、バイオアカデミア製抗 RAD51 抗体(ウ
サギ由来)希釈液中でサンプルを染色した(4 度、一晩)。PBS で洗浄後、Alexa555 標識抗ウサギ IgG 抗体で 2
次染色した。PBS で洗浄後、DAPI でカウンター染色し、Invitrogen 製 Prolong Gold 退色防止剤でサンプルを封入
し、スライドガラスにマウントした。Foci のカウントは倒立型顕微鏡を用いて行い、撮影は倒立型共焦点顕微鏡
を用いて行った。
結果
1)クロマチンユビキチン化と DNA 損傷部位への RAD51 リクルートの関連
まず、ユビキチン化が RAD51 の DNA 損傷部位への局在に与える影響について検討を行った。最近、我々は脱ユ
ビキチン化酵素 OTUB1 が UBC13 を脱ユビキチン活性非依存的に抑制し、OTUB1 の過剰発現によりクロマチン
ユビキチン化が妨げられるということを発見した 14。そこで、OTUB1 過剰発現細胞における RAD51 の DNA 損
傷部位への局在を免疫染色法により検討した。その結果、OTUB1 過剰発現によりクロマチンユビキチン化を抑
制した細胞では RAD51 の DNA 損傷部位への局在も強く抑制されることが示された(図1)。
-2-
図 1.OTUB1 過剰発現による RAD51 foci 形成の抑制.
HCT116 細胞に Flag-OTUB1 発現ベクターをトランスフェクトし、翌日に 2Gy の放射線を照射した後に固
定し、RAD51 抗体と Flag 抗体で染色を行った。左下の細胞質まで染色されている 2 つ細胞では、FlagOTUB1 が高発現している。これらの細胞では、その他の細胞で認められる RAD51 foci が認められない。
さらに、この事実を検証するため、siRNA を用いて UBC13 をノックダウンした細胞を用いて同様の実験を行っ
たところ、この場合でも RAD51 の DNA 損傷部位への局在は強く抑制された。また、プロテアソーム阻害剤の
MG132 を添加した場合でも RAD51 の DNA 損傷部位への局在は強く抑制され、蛍光免疫染色による focus 形成は
観察されなかった。MG132 はユビキチンのリサイクルを抑制することで、新たなユビキチン化反応を抑制するこ
とが知られている。これらのことから、RAD51 の DNA 損傷部位への局在にはユビキチン化が必要であることが
示された。
2)クロマチンユビキチン化と RAD18 の BRCA1 非依存性相同組換え修復への関与
我々のデータとこれまでの知見をあわせて考えると、OTUB1 過剰発現細胞では、DNA 二本鎖切断が生じた際の
細胞応答は、クロマチンユビキチン化なし、BRCA1 focus なし、53BP1 focus なし、RAD51 focus なしということ
になる(図 2A)。これに対し、BRCA1Δ11/Δ11-53BP1-/-マウス細胞では、クロマチンユビキチン化あり、BRCA1
focus なし、53BP1 focus なし、RAD51 focus ありということになる(図 2B)。
図 2.OTUB1 過剰発現(OE)と BRCA1Δ11Δ11/53BP1-/-の DNA 損傷依存性 focus 形成の模式図
OTUB1 過剰発現ではクロマチンのユビキチン化がなく、BRCA1、53BP1 の focus 形成、さらに RAD51 の
focus 形成がおこらない。一方、BRCA1Δ11Δ11/53BP1-/-では、クロマチンユビキチン化は起こるが、BRCA1、
53BP1 の focus は形成されない。しかし、RAD51 の focus は形成される。
このことから、BRCA1 ノックダウン・53BP1 ノックダウン細胞における RAD51 foci はクロマチンユビキチン化
に依存していると考えられる。最近、DNA 二本鎖損傷において、RAD18 がクロマチン上のユビキチン鎖に結合
する形で、BRCA1 には依存せず DNA 損傷部位へリクルートされ、RAD51C を介して RAD51 をリクルートし、
-3-
HR を制御することが報告されている 15。このことから、RAD18 が BRCA1 ノックダウン・53BP1 ノックダウン
細胞における RAD51 のリクルートを制御している可能性があると考えられる。そこで、HCT116 RAD18-/-細胞と
RAD18 wt/wt 細胞を用い、BRCA1 と 53BP1 の同時ノックダウンを行い、放射線照射後の RAD51 focus の形成を確
認し、クロマチンユビキチン化を介した RAD18 の機能が相同組換え修復に重要であるかを検討することにした。
まず、マウス細胞で確認されている BRCA1 非依存性 HR pathway がヒト細胞にも存在するのかを確認するため、
siRNA を用いて BRCA1 と 53BP1 の両遺伝子の発現抑制を試みた。BRCA1 に対する siRNA(siBRCA1)および
53BP1 に対する siRNA(si53BP1)ともに単独でヒト大腸癌由来細胞株 HCT116 において BRCA1 および 53BP1 の
発現をよくノックダウンした(図 3)。siBRCA1 は 53BP1 の si53BP1 は BRCA1 の発現レベルに影響しなかった
(図 3)。
図 3.siBRCA1 および si53BP1 の効果.
siCONT、siBRCA1 もしくは si53BP1 をトランスフェクトした細胞における BRCA1 および 53BP1 の発現
を WesternBlotting で示した。RAD18 欠損細胞において実際に RAD18 の発現が認められないことも示し
た。
また、siRNA の配合比を si53BP1:siBRCA1 = 1:8 とすることにより、53BP1 と BRCA1 を同時にノックダウンす
ることが可能であった(図 4)。
図 4.BRCA1 と 53BP1 の同時ノックダウン.
siBRCA1 と si53BP1 を同時に導入したときの BRCA1、53BP1 それぞれのノックダウン効率を Western
Blotting で示した。
次に、HCT116 細胞に X 線を照射して DNA 二本鎖切断を作り、その細胞における RAD51 の foci 形成をモニタリ
ングすることで、HR が行われるか検討を行った。遺伝子発現抑制に関わらない siRNA 配列を持つ siRNA
(siCONT)をトランスフェクトした細胞では、DNA 二本鎖損傷部位においてごく初期から観察されるリン酸化
H2AX(γH2AX)の focus と共局在する RAD51 の foci 形成が高頻度に認められた。続いて、siBRCA1 により
BRCA1 の発現を抑制した細胞における RAD51 focus を検討したところ、BRCA1 の発現を抑制した細胞では、
RAD51 focus を形成する細胞はほとんど認められなかった。BRCA1 の発現抑制は、異なる RNA 配列を持つ 2 種
類の siRNA を用いて別個に行ったが、いずれの siRNA も RAD51 foci の形成を強く抑制した。このことから、
-4-
BRCA1 を発現抑制した細胞における RAD51 foci の消失が siRNA の off target effect である可能性は否定的であっ
た。一方、53BP1 のノックダウンでは RAD51 foci を持つ細胞の割合はやや上昇することが示された。次に、
siBRCA1 と si53BP1 を同時に細胞にトランスフェクトし、BRCA1、53BP1 の同時ノックダウンを行った。BRCA1
と 53BP1 のノックダウン効率はウエスタンブロットにより確認した。すると、マウス細胞での報告と同様に、
BRCA1-53BP1 のノックダウンでは RAD51 の foci をもつ細胞が siCONT を導入した細胞と同等レベルで観察さ
れることが示された。RAD51 の foci 形成は、細胞周期に依存するため、siCONT、siBRCA1、si53BP1 および
siBRCA1-si53BP1 をトランスフェクトした細胞の細胞周期分布を解析したところ、いずれの細胞群での分布がほ
とんど同じであった。このことから、今回の実験結果が細胞周期分布の変化によるものである可能性は否定され
た。以上の実験結果より、ヒト細胞においても、BRCA1 非依存性に RAD51 が DNA 損傷部位へとリクルートさ
れる pathway が存在することが示された。そして、HCT116 RAD18-/-細胞を用い、BRCA1 と 53BP1 の同時ノック
ダウンを行い、放射線照射後の RAD51 foci の形成を確認した。RAD18-/-細胞は、RAD18 WT/WT の細胞と比較して、
やや RAD51 foci 形成の割合が低下し、RAD51 foci の大きさはやや縮小していた。これは既報と相容れる結果で
あった 15。RAD18-/-細胞における BRCA1 のノックダウンでは、RAD18 WT/WT 細胞と同様に RAD51 の focus 形成が
強く抑制されていた。そして、BRCA1 と 53BP1 を同時にノックダウンした RAD18-/-細胞では、BRCA1 の単独ノ
ックダウンの時に消失していた RAD51 の focus 形成は回復した。ただし、focus の大きさは WT 細胞において
BRCA1 および RAD51 の発現抑制をした細胞で観察される RAD51 focus より縮小していた。このことから、
RAD18 は BRCA1 非依存性の RAD51 リクルートメントにおいて少しながら役割がある可能性が示された。
考察
今回の実験結果より、ヒト細胞においても、53BP1 の発現が低下している状況で BRCA1 非依存性 HR が行われ
ることが示された。これは、53BP1 の発現が低下している乳癌の治療成績が悪いという臨床的事実を細胞生物学
的に裏打ちする結果であった。BRCA1 と 53BP1 の発現抑制状態において、RAD18-/-細胞が RAD18 WT/WT 細胞より
も小さい RAD51 foci しか形成できなかったことから、RAD18 は BRCA1 非依存性の RAD51 foci 形成にある程度
関連していると考えられる。しかし、その度合いは小さく、RAD18 とは異なる分子による制御の方が大きいと考
えられる。これまでの研究成果から、クロマチンユビキチン化が BRCA1 非依存性 HR を制御していることは、
強く示唆されるており、ユビキチン鎖結合蛋白の中に BRCA1 非依存性 HR を促進する分子が含まれている可能
性は高い。また、DNA 損傷シグナルの最上流で働く ATM やクロマチンユビキチン化因子の関与も考えられ、
siRNA ライブラリを用いたスクリーニング、質量分析(共同研究)や DT40 を用いたノックアウト細胞の作成(共
同研究)などを行いながら現在解析を進めている。
発表論文・参考文献
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