薬剤部@上尾中央総合病院 薬剤部@上尾中央総合病院

No.13
シリーズ 病棟薬剤業務
薬剤部 @ 上尾中央総合病院
Key word
プレアボイド 全病棟常駐 医薬品情報担当 業務拡大
専門チーム 病棟薬剤業務実施加算 がん患者指導管理料
2025年問題 在宅医療
医療法人社団 愛友会
医療法人社団 愛友会
上尾中央総合病院 薬剤部 薬剤部長 上尾中央総合病院 薬剤部 主任
増田 裕一
小林 理栄
プレアボイド報告による病棟薬剤師の貢献
持しています(図)。
上尾中央総合病院薬剤部が掲げる理念のひとつが、
『全ての患者
院経営に少なからず貢献できたと実感しています。たとえば、
「こ
さんに安全な薬物療法を提供する』ことである。この理念に基づ
の薬は不要」
「薬を変更すべき」
「投与量を減らしたらどうか」といっ
き 2008 年、薬剤師の全病棟常駐を実現させ、同時にプレアボイド
た提案を通して、副作用の回避や重篤化の防止をはじめ、個々の患
の報告体制の整備に着手した。常駐前の 2007 年の報告数は 48 件。
者さんにより適切な薬物治療を提供できるようになりました(表)。
2013 年はその 15 倍となる 746 件まで増加。
「医療の質の向上と経
また、たとえば、副作用が生じたり、重篤化した場合、それに対
営的な貢献につながりました」と増田裕一先生は言う。
応するために、本来ならかからなかったはずの治療費が必要にな
この取り組みが定着したことで、薬剤師が医療の質の向上や病
る場合があります。このような視点から、PMDA(独立行政法人
「病棟に常駐するとなれば、ほとんどすべての患者さんのカルテ
医薬品医療機器総合機構)の公開資料やその他の文献を参考に、
を閲覧することになります。医師や看護師から情報を得やすくな
2012 年度のプレアボイド報告による医療経済効果を算出したと
ることに加え、患者さんの服薬状況を詳しく観察したうえで、薬
ころ、年間約 1 億円の支出を防げたことがわかりました」
物治療について検討することもできます。こうした環境下であれ
ば、必要性を認識しながらも、なかなか件数を伸ばせなかったプ
レアボイド報告の取り組みを強化することも可能ではないかと考
えました。
DI 担当が実感する病棟常駐の効果
2008 年にそのためのチームを立ち上げ、まずは、どのような
病院内外から寄せられる数々の薬剤関連の質問に正確な回答を返
事例が報告対象となるか、など部内での勉強会から始めました。
す、いわば薬物治療の 頭脳 として機能する医薬品情報室(DI
2008 年および 2009 年は、病棟常駐という新しいスタイルに適
室)。感染制御認定薬剤師であり、DI 担当も務める小林理栄先生
応しつつ、報告体制の整備を図らなければならなかったため、実
は、DI 室への質問内容の変化などから、薬剤師が病棟に常駐する
際に取り組みが本格化したのは 2010 年からです。2011 年以降
ことで、よりよい薬物治療が行えるという手応えを感じている。
は年度ごとの増減はありますが、年間 600 件以上の報告数を維
「薬剤師が病棟常駐を開始
してからというもの、より
図:プレアボイド報告件数の推移
深い知識が求められる質問
771
800
700
566
600
746
619
し た。ま た、抗 菌 薬 の 用 量
設定など、常駐前はあまり
なかった問い合わせも増え
500
ま し た。以 前 は、薬 剤 師 に
400
見解を求めることはなく、
300
て判断していたわけです
が、身近に薬剤師が常駐し
48
60
2007年
2008年
100
0
医師が自らの経験に基づい
223
200
ていることもあり、確認の
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
紙屋めぐみら:日本医療マネジメント学会雑誌 , 14(4), 209-212(2014) より引用して改変
プレアボイド報告の取り組みが本格化した 2010 年の件数は 566 件。この年、日本病院薬剤師会に報告された
18,208 件のうち、3.1% を占めた。また、日病薬のホームページで公開された優良事例 56 件中 6 件が同院の
事例であった。
14
が寄せられるようになりま
2014
No. 4
意味合いを込めて質問する
ようになったのだと思いま
す。その一部が DI 室へ送ら
れてくるというのが実情
で、常駐後は病棟薬剤師か
とに勉強会を開くなどして、個々
表:プレアボイド報告事例
の専門性や対応力を高めていけ
ればと考えています。
抗菌薬であるレボフロキサシン水和物錠は腎臓から排泄されるため、高齢
者や腎障害がある患者には減量が必要。薬剤師が検査結果に基づき薬の用
DI 担当をリーダーとする理由
はいくつかあります。まず、病棟
量変更を提案し、下痢や嘔気などの副作用を未然に防いだ
業務をはじめさまざまな業務を
血圧コントロール不良のため、医師よりニカルジピン注 2mg/2mL/hr で
いること。豊富な知識があり、医
投与する指示が出た。看護師から配合変化について質問があり、薬剤師が
調べた結果、処方されている乳酸リンゲル液等では懸濁、結晶析出が起こ
るため不適切であった。新たに配合変化のない生理食塩液 500mL の処方
を提案し、ルート閉塞、薬効不十分を回避できた
最近の事例を紹介します。ワルファリン投与患者さんの PT-INR
師と対等に話すこともできれば、
症例に基づくレクチャーも可能
です。文献検索能力にも優れてい
ます。以上を考慮すれば、DI 担当
をチームのトップに据えるのは
紙屋めぐみら:日本医療マネジメント学会雑誌 , 14(4), 209-212(2014) より一部抜粋
らの問い合わせが増加しました。
経験したうえで DI 担当に就いて
自然なことだといえます」
後追いではなく、将来を見据えて
が若干低下したと医師が病棟薬剤師に相談したことをきっかけ
同院では、2012 年 4 月に病棟薬剤業務実施加算の算定を始めた。
に、病棟薬剤師から「投与中の他の薬剤の中に、相互作用を起こ
もともと薬剤師が全病棟に常駐していたため、算定に際してハー
すものはないか?」という問い合わせがありました。DI 室で調べ
ドルはなかったという。ただ、冒頭で触れた 2008 年時点での全病
た結果、大豆油由来の脂肪乳剤がワルファリンの効果を阻害して
棟常駐は、極めてハードルが高かったはずだ。増田先生は「国は加
いたことが判明しました。繰り返しますが、PT-INR がわずかに低
算を新設してでも、薬剤師を全病棟に常駐させる方向に舵を切る
下した程度です。おそらく、以前なら医師は薬剤師に確認するこ
はずです、と院長を説得しました」と振り返る。
となく、ワルファリンを増量していたでしょう。現在は病棟に薬
剤師がいるため、医師が薬物治療にわずかでも疑問を感じたとき、
「何か新たな業務を始める際に必要なのは、患者さんにとって必
速やかに意見を求めることができるのです。そして、こうしたや
要か、薬剤師の職能を発揮できるか、という視点だと思います。
り取りを積み重ねていく中で、双方の信頼関係は深まっていくの
これらを満たす業務であれば、その時点では診療報酬上、評価さ
だと思います。
れていないものであっても、将来的には算定が可能になるかもし
ただし、信頼関係が築かれるということは、医師が薬剤師の意
れません。
見を信用して受け入れる機会が増えることを意味します。DI 担当
全病棟の常駐は、こうした考えに基づいて始めた業務のうちの
として、自らの経験ではなく、エビデンスレベルの高い文献を拠
ひとつです。過去、いくつもの薬剤に関連する医療事故が報道さ
り所に、情報を提供していく姿勢が大切だという認識をあらため
れてきて、その中には薬剤師の関与があれば防げるものも少なく
て強くしています」
ありませんでした。だとするなら、国はやがて、薬剤師の病棟常
駐を推進するだろう、と考えたわけです。ほかにも、少し前から
抗がん薬を投与されている患者さんへの説明を薬剤師が行ってき
DI 担当に寄せる全幅の信頼
ましたが、2014 年の診療報酬改定で、がん患者指導管理料が新
「病棟薬剤師の拠り所は、DI 室にあります」。病棟で薬剤師が職
話は変わりますが、診療報酬上、評価されるかどうかは別とし
責を果たすうえで、DI 室の存在がいかに大きいかを強調する増田
先生。今後予定されている新棟の竣工や、それに伴う集中治療室
の拡張などに合わせて、薬剤師の業務拡大を視野に入れる中、薬
剤師の能力の底上げや対応力の強化などを目的に、
「DI 担当を
トップとする専門チームをつくりたい」と構想を語る。
「現在、DI 室は 5 名体制ですが、今後、2 ないし 3 名の増員を予
定しています。その後の展開としては、がんや感染制御、NST な
ど、DI 担当をリーダーとする専門のチームを立ち上げ、チームご
医療法人社団 愛友会 上尾中央総合病院
http://www.ach.or.jp/
設されました。
て、病院薬剤師が取り組んでいかなければならない業務というの
もあると思います。団塊世代が 75 歳以上になる、いわゆる 2025
年問題は私たちにとっても決して無関係な問題ではありません。
在宅医療も含めて、病院薬剤師がシームレスにかかわっていく必
要があると思っています。自分で服薬できるのか、介助が必要な
のか、嚥下機能は保たれているのか、患者さんの状態次第で剤形
の選択は変わってきます。入院中に関わった薬剤師がこれらを評
価し、退院後のフォローにも携わっていく時代が、近い将来やっ
て来ると私は考えています」
病床数 753 床。薬剤師数 48 名(うち非常勤 1 名)
、調剤助手 4 名。
「高
度な医療で愛し愛される病院」の理念の下、埼玉県中部の中核病院とし
て、他の病院や診療所との連携を深めながら、上尾市のみならず周辺の
市町村を含め、地域に密着した医療を展開する。
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