有機反応の基礎(第6回)
薬化学教室
伊藤 喬
§9 アルキン alkyne
アルキン(炭素間に三重結合を持つ化合物)は
自然界では珍しい
(2000万以上の有機化合物のうち数千種類しかない)。
化学工業の原料(アセチレン)
新たな炭素-炭素結合を生成するために重要
宇宙空間でポリイン(polyyne; yne(三重結合)を
沢山持つ化合物)が見いだされている。 poly = 多くの
9.1 アルキンの命名法

アルカンalkaneの語尾-aneを-yneに変える。

三重結合に近い端から、炭素鎖に番号を付
ける。
1
CH3
2
C
3
4
5
6
C
CH2
CH
CH2CH3
CH3
5-methyl-2-heptyne
5-メチル-2-へプチン
7
命名法(2)

二重結合と三重結合が共存する場合にはエンイ
ン(enyne)と命名する。番号は、最初の多重結
合に近い末端から付ける。
1
HC
2
3
4
5
6
C
CH2
CH
CH
CH
CH3
4-methyl-5-hepten-1-yne
4-メチル-5-へプテン-1-イン
7
CH3
命名法(3)

二重結合と三重結合が端から同じ距離にある場
合には、二重結合を優先する。
7
6
HC
C
5
CH2
4
3
2
1
CH
CH2
CH
CH2
CH3
4-methyl-1-hepten-6-yne
4-メチル-1-ヘプテン-6-イン
問題1
(a)
(c)
次の化合物を命名しなさい。
(b)
解答(a)
三重結合の位置は、左から数えると4番目、右から数えると3番目
の炭素。右から番号を付けるのが正しい。
5
7
6
4
3 2
1
3番の炭素に三重結合があり、2,5,5位に3つのメチル基が結合
2,5,5-トリメチル-3-へプチン 2,5,5-trimethyl-3-heptyne
解答(b)
環の炭素数は10。→ デシンdecyne(デカンdecaneの語尾を変更)
環状構造なのでシクロデシンcyclodecyne アルキンCを1位にする
置換基はイソプロピル基
8
7
6
5
9
4
10
1
2
3
6-イソプロピルシクロデシン 6-isopropylcyclodecyne
解答(c)
炭素数8個なのでオクタンoctaneが母核である。
番号をどちらから付けるか?
1
8
2
7
3
4
5
6
7 8
6
5
4
3
2 1
赤の番号では、二重結合が2位と4位、三重結合が6位
青の番号では、三重結合が2位、二重結合が4位と6位
二重結合と三重結合が同等になった場合、二重結合優先。
オクタ-2,4-ジエン-6-イン octa-2,4-dien-6-yne
9.2 アルキンの合成法

二重結合 → 三重結合に変換できる
Br
H
C
C
Br2
C
H
H
C
H Br
CH2Cl2
酸化
2KOH
CH3CH2OH
酸化でも還元
でもない
C C
+ 2H2O + 2KBr
二重結合から三重結合への変換は酸化反応
9.3 アルキンalkyneの反応性

不飽和結合を有するため、アルケンと同様の
求電子付加反応を受ける。
この後以下の二通りに分かれる
1) 付加反応を二回受ける場合
2) 一回付加反応が起こり、その後の化学変
換(ケト-エノール互変異性)が起こる場合
1)H-Xの付加
CH3CH2
H
HBr
CH3CH2C CH
C C
CH3CO2H
CH3CO2H
Br
H
1-butyne
2-bromo-1-butene
Br H
HBr
CH3CH2C CCH2CH3
3-hexyne
HCl, NH4Cl
CH3CH2
C C H
Br H
2,2-dibromobutane
CH3CH2
H
C C
Cl
CH2CH3
(Z)-3-chloro-3-hexene
水素は置換基が少ない方に付加(マルコウニコフ則)
一段階目の付加は通常トランスで起こる
2)X2の付加
CH3CH2C CH
1-butyne
CH3CH2
Br
C C
Br
H
Br2
CH2Cl2
1,2-dibromo-1-butene
Br2
CH2Cl2
Br Br
CH3CH2
C C H
Br Br
1,1,2,2-tetrabromobutane
H-Xの場合と同様に一段階目は主にトランス付加が起こる。
反応機構
CH3CH2C CH
H
H Br
CH3CH2
Br
C C
H
Br
ビニル型カルボカチオン
H
C C
H
R
C
CH3CH2
H
sp2炭素
C
H
sp炭素
同一平面上
trans付加の理由は不明(直線型なのでどちらからでも結合可能なはず)
問題2
以下の反応で得られる化合物の構造式を示しなさい。
解答
3
2
2
CH3CH2CH2CH2
H
C C
CH3
Br
CH3CH2CH2CH2
Br
C C
内部アルキンなので付加生成物は2種類できる。
H
CH3
9.4 H2Oの付加(水和反応)
H3C
C C
H
O
H2O-H2SO4
HgSO4
H3C
C CH3
これまでの付加反応と見た目が大きく異なる
反応機構は共通である
反応機構(ケト-エノール互変異性)

通常の付加反応が起こった後、異性化が進行
H3C
C C
H
H2O-H2SO4
HgSO4
OH
H3C
C C
H
H
互変異性
エノール型
不安定
(共鳴ではない!)
O
H3C
C CH3
ケト型:安定
付加の反応機構
H 2O
R
C C H
R
Hg2+ SO42-
H+
H
C
HO
H
C C
C
+
Hg SO4
R
2-
Hg+ SO42H OH
O
H
C C H
R
H
H O
H
C C
R
Hg(OH)(SO4)
H OH
H
水和反応は末端アルキンで有用
末端アルキン(1位に三重結合)の場合、単一の生成物が得られる。
三重結合がメチル
ケトンになる
内部アルキンを用いると2つの生成物が得られる。
混合物になってしまう
問題3
以下に示したアルキンの水和反応で得られる生成物の
構造を示しなさい。
解答
(a)内部アルキンでは一般に2つの生成物が得られる。
しかし、置換基が対称な場合には一種類になる。
(b) 非対称アルキンなので、生成物は2種類得られる。
ケト-エノール互変異性体の安定性
H
H3 C
O
H
C
C
O
K=5X10-9
H
H3C
C
C
H
H
H
ケト型
エノール型
溶液中で平衡状態
H
H
O
H
C
C
O
K=6X10-7
H
ケト型
H
H
C
C
H
エノール型
H
ケト型が100万~
1億倍高濃度に存
在する(ケト型が
安定)
ケト-エノール互変異性の利用
カルボニル基のα位の水素は、
塩基性条件下、重水中でD(Hの同位体)と置換する。
O
H3C C CH2 CH3
NaOD-D2O
D OD
H
O
H3C C CH
CH3
O
α
α
β
D3C C CD2 CH3
β位(より
遠い位置)
は交換しない
O
D
H3C C
C
H
CH3
4)アルキンのヒドロホウ素化-酸化反応
H3C
C
C
H
1) BH3
H3C
2) NaOH-H2O2
C
H
C
H
OH
アルケンと同様の非マルコウニコフ型付加
生成したエノールが異性化してアルデヒドになる
(BH3はアルデヒドと反応しない)
H3C
CH2
CH
O
末端アルキンの利用法まとめ
メチルケトン
(三重結合をアセチル基に変える)
末端アルキン
(一応にHが結合)
アルデヒド
問題4
ヒドロホウ素化-酸化反応によって以下の化合物を合成する
ためには、どのようなアルキンから出発すればよいか。その構
造を示しなさい。
解答
3
2
2
フェニルアセチレン
3
3
3
3
ジメチル
3
ヘキシン
3
2
2
2
3
3
3
9.5アルキンの還元

還元法を工夫することによって三種類の生成物を
作り分けることができる。
H2-Pd/C
H3C C C CH3
CH3CH2CH2CH3
H2
H3C
CH3
C C
リンドラー触媒
Li-NH3
アルカン
H
H3C
H
cis-アルケン
H
C C
H
CH3
trans-アルケン
cis-アルケンを合成する方法
Lindlar(リンドラー)触媒:
パラジウム+炭酸カルシウムCaCO3 + キノリンquinoline
 塩基性物質(CaCO3及び quinoline)を加えてPdの反応性
を低下させたもの (H2やアルケンの金属への吸着を阻害)

キノリン:塩基性有機化合物
N
反応例
CH2OH
H2
リンドラー触媒
CH2OH
Hoffmann-LaRoche社による7-cis-レチノールの合成
trans-アルケンの生成メカニズム
二度の1電子還元と二度のプロトン(H+)付加が起こる。
Li
Li+
H
H NH2
R C C R'
R
R C C R'
C
C
R'
NH2Li
Li+
H
R
C
C
C
R'
H2N H
H
R
NH2-
H
C
R'
9.6 アルキンの酸性度とその応用
sp炭素に直接結合している水素
H3C
C
C
H + NaNH2
弱い酸性を示す
H3C
C
C Na + NH3
生成するアニオンの
炭化水素の酸性度 = 安定性が高いほど強い酸
NH2-はアンモニア(pKa=35)の共役塩基であるため、アルキンの
末端水素(pKa=25)からプロトンを引き抜くことが出来る。
三種の炭素の酸性度の比較
C
C
SP3: S=25%
酸性度 :
SP2: S=33%
pKa (methane sp3) = 60
pKa (ethene sp2) = 44
pKa (ethyne sp) = 25
C
C
SP: S=50%
なぜ酸性度が大きく異なるのか
s軌道はp軌道よりも原子核に近く、
原子核は正の荷電を持っている。
アニオンが、S軌道の割合の高い軌道に
生成する方がエネルギー的に有利になる。
sp (50%) > sp2 (33%) > sp3 (25%)
アセチリドイオンを用いた有機合成
末端水素の塩基性を利用して置換基を持つ
アルキンおよび誘導体が合成 できる
H C C H
+ Na+ NH2-
H C C
Na+
CH3CH2 Br
CH3CH2CH2CH3
H2-Pd/C
H C C CH2CH3
1) BH3
2) H2O2-NaOH
H2O-H2SO4
HgSO4
CH3 C CH2 CH3
O
H C CH2 CH2 CH3
O
例1)1-ペンチンからオクタンをつくる
CH3CH2CH2CH2CH2CH2CH2CH3
CH3CH2CH2C CH
炭素鎖が3つ増えている
→ アセチリドイオンを経由してプロピル基を導入する
NaNH2
CH3CH2CH2C C Na
CH3CH2CH2C CH
1-pentyne
CH3CH2CH2Br
H2
Pd/C
CH3CH2CH2C CCH2CH2CH3
CH3CH2CH2CH2CH2CH2CH2CH3
octane
例2)1-ペンチンからcis-2-ヘキセンを合成する
H
CH3CH2CH2
C CH
H
C
C
CH3
CH2CH2CH3
炭素鎖 → メチル基(赤色)が導入された
骨格 → 三重結合からシス二重結合への変換
リンドラー触媒を用いた水素添加反応
解答例
CH3CH2CH2 C C H + NaNH2
CH3CH2CH2 C
C Na + NH3
CH3 I
H
H
C C
CH3CH2CH2
CH3
H2
CH3CH2CH2 C C CH3
リンドラー
触媒
第一段階で必要な炭素鎖を導入する
第二段階でリンドラー触媒を用いてシス体へと還元する
例3)アセチレンから1-ヘキサナールを合成する
H C C H
CH3CH2CH2CH2CH2CHO
炭素鎖が4つ増えている
→ アセチリドイオンを経由するブチル基の導入
1位にアルデヒド基が存在する
→ヒドロホウ素化-酸化反応を利用する
(非マルコウニコフ型の水和反応)
解答例
H C C H + Na+ NH2-
H C C Na+
CH3CH2CH2CH2 Br
H
C C
H2B
CH2CH2CH2CH3 BH
3
H C C CH2CH2CH2CH3
H
H2O2-NaOH
H
CH2CH2CH2CH3
H
H
C C H
O
H
C C
HO
CH2CH2CH2CH3
例4)次の変換はどのように行ったらよいか
H
C
H
C
H
H
C
C
CH3
H
炭素が一つ増えているのでメチル基を導入したい
炭素-炭素結合を作るためにはいったんアルキンに
する必要がある
解答例)
H
C
Br
C
H
Br2
CH2Cl2
H
H
C
C
C
C
H Br EtOH
NaNH2
H
C
H 2KOH
H
C
H
CH3
Li
C
C
CH3
CH3 I
C
C Na
NH3
いったんアルキンに変換し、メチル基を導入する
トランスアルケンにするためには、Li-NH3を用いた還元を行う
有機合成でどこまで作れるか
パリトキシン 分子量2681
1994年Harvardの岸義人等によって合成された。
64個のキラル中心と7個の幾何異性体を全て作り分けている。