目 次

vii
目 次
まえがき
あらすじ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
1 境界付き代数多様体・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
1. 1 Q-因子と R-因子
7
1. 2 有理写像と双有理写像
1. 3 標準因子
13
21
1. 4 交点数と数値的幾何学
24
1. 5 曲線の錐体と因子の錐体
29
1. 5(a) 擬有効錐体とネフ錐体
30
1. 5(b) クライマンの判定条件と小平の補題
1. 6 広中特異点解消定理
1. 7 小平消滅定理
43
1. 8 被覆トリック
45
40
1. 9 小平消滅定理の拡張
1. 10 組の特異点 KLT
49
55
1. 11 組の特異点 LC,DLT,PLT
60
1. 11(a) いろいろな特異点
61
1. 11(b) 劣随伴公式
66
1. 11(c) 末端特異点と標準特異点
1. 12 極小性と対数的極小性
1. 13 2 次元以下の場合
72
77
1. 13(a) 1 次元の場合
77
1. 13(b) 2 次元の極小モデル
78
71
34
viii
目 次
1. 13(c) 代数曲面の分類
82
1. 13(d) 有理特異点
84
1. 13(e) 2 次元 DLT の分類 1
1. 13(f) 2 次元 DLT の分類 2
1. 13(g) ザリスキー分解
97
1. 14 3 次元の場合
87
92
99
2 極小モデル・プログラム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 105
2. 1 固定点自由化定理
105
2. 1(a) 固定点自由化定理の証明
2. 1(b) 言い換えと拡張
113
2. 2 固定点自由化定理の有効版
2. 3 有理性定理
2. 4 錐体定理
2. 4(a)
2. 4(b)
2. 4(c)
2. 4(d)
106
115
119
125
収縮定理
125
錐体定理
128
2 次元と 3 次元の収縮写像
133
因子の空間の錐体定理
136
2. 5 収縮写像の種類と極小モデル・プログラム
2. 5(a) 収縮写像の分類
140
2. 5(b) フリップ
143
2. 5(c) 標準因子の減少
148
2. 5(d) フリップの存在と終結
2. 5(e) 極小モデルと標準モデル
2. 5(f) 極小モデル・プログラム
2. 6 直線的極小モデル・プログラム
2. 7 有理曲線の存在
149
152
156
158
161
2. 7(a) 射の変形
161
2. 7(b) 曲げ折り法
163
2. 8 端射線の長さ
169
2. 9 因子的ザリスキー分解
2. 10 因子の空間の多面体分割
172
178
2. 10(a) ネフ錐体の切断面の有理性
2. 10(b) 標準モデルに対応した分割
178
181
139
目 次
2. 10(c) 極小モデルに対応した分割
2. 10(d) 多面体分割の応用
188
2. 11 乗数イデアル層
183
193
2. 11(a) 乗数イデアル層
2. 11(b) 随伴イデアル層
2. 12 延長定理
ix
193
198
203
2. 12(a) 延長定理 1
2. 12(b) 延長定理 2
203
212
3 有限生成定理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 217
3. 1 帰納法の設定
217
3. 2 フリップ定理
221
3. 2(a) 因子への標準環の制限
3. 2(b) PL フリップの存在定理
3. 3 特殊終結定理
3. 6 まとめ
228
232
3. 4 極小モデルの存在
3. 5 非消滅定理
223
237
243
250
3. 7 代数的ファイバー空間
255
3. 7(a) 代数的ファイバー空間とトロイダル幾何学
3. 7(b) 弱半安定還元定理と半正値性定理
258
3. 8 有限生成定理
262
3. 9 極小モデル理論の拡張
265
3. 9(a) 群作用がある場合
265
3. 9(b) 基礎体が代数閉体でない場合
3. 10 残された問題
268
3. 10(a) アバンダンス予想
268
3. 10(b) 数値的小平次元が 0 の場合
3. 10(c) 正標数への拡張
272
3. 11 関連する話題
268
270
273
3. 11(a) 有界性に関する結果
273
3. 11(b) 最小ログ食い違い係数
276
3. 11(c) サルキソフ・プログラム
277
255
x
目 次
3. 11(d) 有理連結多様体
280
3. 11(e) 滑らかな代数多様体のカテゴリー
281
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 285
索 引・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 297
1
あらすじ
まずこの本全体の構想を説明する.定理に証明をつけないし,正確な定義も
しない.すべて後の章で精密化した形でもう一度出てくる.
X を滑らかで射影的な複素代数多様体とする.つまり,複素多様体として
の複素射影空間の閉部分多様体とする.dim X = n とし,m を正の整数とす
る.X 上の m-重標準微分形式とは,局所座標系 x1 , ···, xn を使って,局所的
には h(x)(dx1 ∧ ··· ∧ xn )⊗m と書かれるものである.ここで,h は正則関数で
ある.m-重標準微分形式全体は,H 0 (X, mKX ) で表される有限次元の複素線
形空間になる.ここで,KX は「標準因子」である.たとえば,m = 0 ならば
C であり,m = 1 ならば n-次の正則微分形式全体の空間である.
二つの正の整数 m, m に対して,かけ算写像
H 0 (X, mKX ) ⊗ H 0 (X, m KX ) → H 0 (X, (m + m )KX )
が定義され,無限和
R(X, KX ) =
∞
m=0
H 0 (X, mKX )
には複素数体上の次数付き環の構造が入る.これを X の標準環(canonical
ring)と呼ぶ.
二つの代数多様体 X, Y は,空ではないザリスキー開集合 U ⊂ X ,V ⊂ Y
∼ V が成り立つとき,双有理同値(birationally equivaが存在して,同型 U =
lent)であるという.Y は X の双有理モデル(birational model)であるともい
う.このとき,標準環は双有理不変量
(birational invariant)
になる:R(X,
∼
KX ) = R(Y, KY ).双有理不変量は代数多様体の本質を表す量である.
2
あらすじ
この本の主定理は,ビルカー
(Birkar),カシーニ
(Cascini),ヘーコン
(Ha-
con),マッカーナン(McKernan)によって証明された次の定理である([15]):
定理 0. 0. 1
(標準環の有限生成定理) 任意の滑らかで射影的な複素代数多
様体 X に対して,標準環 R(X, KX ) は C 上有限生成な次数付き環になる.
証明には極小モデル・プログラム(minimal model program = MMP)を使
う.この本の主要な部分は,極小モデル・プログラムの基礎を解説すること
で占められる.
標準環の超越次数が n + 1 のとき,X は一般型(general type)
であるとい
う.このときには,X と双有理同値であるが,もっとよい性質を持つ「極小
モデル」X が存在することを証明する.X から出発して X を構成する操
作の列が MMP である.X は特異点を持ってしまうが,その特異性は緩く,
∼ R(X , KX ) は滑らかな場合と同様に成り立つ.極
双有理不変性 R(X, KX ) =
小モデルの標準環が有限生成であることは,「固定点自由化定理」
(base point
free theorem)の帰結になる.
X が一般型でない場合にも,「代数的ファイバー空間に対する半正値性定
理」
(semi-positivity theorem)を使えば,
「ログ一般型」の場合に帰着され,
MMP の「ログ版」を使えば,有限生成定理が出る.
MMP では,双有理モデルを次々と取り替えていく.その過程で,特異点を
持った代数多様体が必然的に出てくる.ただし,特異点は特殊な正規特異点に
限られる.MMP で現れる特異点は,それ自体としても興味深い研究対象をな
す.高次元代数幾何学の発展によって,緩やかな特異点を許した代数多様体を
考えることが普通になった.
極小モデル理論における証明は,次元やピカール数などの整数値不変量をう
まく使った数学的帰納法を使う.これがうまく機能するためには,考える対象
のカテゴリーを広くとることが必要になる.これが,ログ版(log version)
と相
対版(relative version)
への拡張である.
ログ版においては,単独の代数多様体 X の代わりに,X とその上の R-因
子 B の組 (X, B) を考える.歴史的な経緯から,これをログ組(log pair)と呼
あらすじ
3
び,B を境界因子
(boundary divisor)
と呼ぶ.ここで,R-因子
(R-divisor)
B
= bj Bj は,余次元 1 の部分多様体 Bj たちの実数 bj を係数とする形式的有
限一次結合である.bj たちが有理数の場合には,Q-因子(Q-divisor)
と呼ぶ.
標準因子 KX の代わりに,対数的標準因子
(log canonical divisor)KX + B が
主役になる.
組 (X, B) には緩い特異点のみを持つという条件を課す.この本では,主
に「KLT 条件」と「DLT 条件」を考える.たとえば,X が滑らかで,B の
台
Bj が「正規交差因子」である場合には,これらの条件は,それぞれ不
等式 0 < bj < 1,0 < bj 1 に対応する.
相対版においては,すべての対象を底空間の上で考えることになる.単独の
代数多様体 X の代わりに,底空間への射 f : X → S が対象になる.
こうして,我々の考察の対象は,KLT または DLT 条件を満たす組 (X, B)
と,もう一つの代数多様体 S への射影的射 f : X → S ということになる.ロ
グ版かつ相対版であることを同時に示すために,射 f : (X, B) → S という省
略的な言い方をすることもある.
対数的標準環(log canonical ring)が,
R(X, KX + B) =
∞
m=0
f∗ (OX (m(KX + B)))
で定義される.ここで,記号 は切り下げ(round down)
,すなわち各係数
を整数に切り下げることを表している.f∗ は層の直像であり,R(X, KX +
B) は S 上の次数付き環の層になる.
ログ版かつ相対版の標準環有限生成定理は以下のようになる:
定理 0. 0. 2 複素数体上で定義された KLT 条件を満たす組からの射影的
射 f : (X, B) → S に対して,もしも B が Q-因子であるならば,対数的標準
環 R(X, KX + B) は,S の構造層 OS 上に有限生成な次数付き環の層になる.
第 1 章では,この本で使用する言葉を定義することが目標である.多様体
に境界と呼ばれる因子を付け加えて組として捉える,というのが基本的な考
え方である.この「ログ化」の考え方によって,数々の新しい論法が可能にな
4
あらすじ
る.組には限られた緩い特異点を許すことになる.従来の代数幾何学では,特
異点のない多様体が考察の中心であったが,組の特異点を考えることには必然
性があり,極小モデル理論の重要な一角をなす.また,この本における主要な
手段を提供することになる,標数 0 に特有の二つの大定理(広中の特異点解消
定理と小平の消滅定理)を解説する.特に消滅定理は,標数 0 では成立しない
ことが知られているので,この本の内容は基本的に標数 0 に限った結果とな
っている.さらに,低次元の代数多様体の分類理論についても述べる.これは
例を提供することが目的であり,論理的には独立になる.
第 2 章では,極小モデル理論の大枠を解説する.固定点自由化定理と錐体
定 理 が 二 つ の 大 定 理 で あ る.こ れ ら を 使 っ て,極 小 モ デ ル・プ ロ グ ラ ム
(MMP)を定式化する.組 (X, B) の極小性は,対数的標準因子の「数値的性
質」によって判定される.もしも組が極小でなければ,「錐体定理」によっ
て「端射線」が存在する.「固定点自由化定理」を使うと,端射線には「収縮
写像」が付随することがわかる.収縮写像には,「因子収縮写像」
,「小さな収
縮写像」,
「森ファイバー空間」の 3 種類がある.小さな収縮写像に対しては,
「フリップ」という「反対側」の双有理写像を考えることになる.また,固定
点自由化定理の有効版と直線的 MMP などの新しい内容についても述べる.
さらに,乗数層の理論を使った強力な延長定理についても述べる.
第 3 章はこの本の主題である標準環の有限生成定理の証明に充てられる.
そのために,一般型の多様体に対する極小モデルの存在定理を証明する.「フ
リップの存在定理」が,標準環有限生成定理の特別な場合として証明される.
さらに,
「フリップの終結定理」が「一般型」の仮定の下に証明され,有限生
成定理の証明が完結する.最後の段階で,ホッジ束の半正値定理を使用する.
これも標数 0 に限った結果である.
第 2 章の内容は,基本的には
[81]と同じ内容である.この本は[81]および
[73]の続編といえる.
[81]は,極小モデル理論の初期の段階での成果をまと
めたもので,多くの文献に引用された.ここでは,極小モデル理論がすでにロ
グ版かつ相対版で記述されていて,その後の発展の方向と一致している.極小
モデル理論の標準的な文献として一定の役割を果たしたと自負している.この
段階では,固定点自由化定理および錐体定理が証明され,極小モデルの存在が
あらすじ
5
二つのフリップ予想に帰着された.その後の発展で,フリップの存在が証明さ
れ,さらに特殊ではあるが重要な場合にフリップの終結が証明された.これを
解説するのがこの第 3 章の目的である.
注 0. 0. 3 (1)証明の過程では,Q-因子だけではなく,実数を係数とする
R-因子も考えることが必要になる.ただし,有限生成定理は B が Q-因子で
ある場合にのみ成立する.
(2)基礎体 k は複素数体 C であるとして話を進めてきたが,k は標数が 0
の代数的閉体でさえあれば,どんな体でも同じ証明が通用する.さらに,代数
的閉体でなくても,わずかの修正で一般の体の場合に拡張ができる.一方,k
が正標数の体である場合には,同様の結論(極小モデル理論の各種の定理や標
準環有限生成定理)が期待されてはいるが,この本における証明は次の 2 点で
破綻する.まず,証明の各所で特異点解消定理が使われているが,この定理は
正標数では未解決問題である.さらに,消滅定理が証明の重要なポイントで使
われるが,この定理は正標数では反例がある.そのため,基礎体の標数が正で
ある場合の議論は,ほとんど進んでいない.
(3)この本では,すべての主張をログ版かつ相対版で記述することになる.
こ れ が 煩 わ し い と 思 わ れ る 場 合 に は,境 界 因 子 B を 0 と お き,S が 一 点
Spec k の場合に書き直しても,連接層の直像層 f∗ F が大域切断の線形空間
H 0 (X, F ) に変化したりするが,証明のポイントは少しも変わることはない.
ただし,MMP の証明は帰納的なので,ログ版かつ相対版による記述は不可
欠である.また,一般型ではない代数多様体を扱う場合には,ログではない普
通の多様体から出発しても,代数的ファイバー空間の構造を通して自然にログ
組が現れてくる.
(4)標準環有限生成定理は,極小モデル・プログラムの当初からの目的のひ
とつであった.これが証明された現在も,一般の場合には,極小モデルの存在
はまだ証明されていない.
本書を読むための予備知識としては,代数多様体に対してある程度の親しみ
6
あらすじ
を持っていることが望ましい.そのためには,ハーツホーンの教科書[46]に
書いてある程度の標準的な知識があれば十分である.特に,連接層のコホモロ
ジー理論は基本的な道具である.本書の中でも一応説明するが,正規な代数多
様体上のカルティエ因子と可逆層との関係や,因子の線形系の概念は重要であ
る.また,[46]V 章にあるような代数曲面論についての知識もあった方がよ
い.ただし,[46]の隅々まで理解していることは必ずしも必要ではない.な
ぜなら,2.7 節を除けば,本書では一般的なスキームを扱うことはなく,代数
閉体上に有限型で既約で被約なスキーム(つまり代数多様体)のみを扱うからで
ある.本書で引用する重要な定理に,小平の消滅定理と広中の特異点解消定理
がある
(定理の主張は本書の中で説明する).これらは本書で展開する議論に不
可欠な道具であるが,証明を理解していることは必ずしも必要ない.
7
1
境界付き代数多様体
代数多様体の境界とは,実数係数の因子のことである.この章では,境界付
き代数多様体の基本的な概念を定義する.数値的幾何学の言葉を使って,曲
線の錐体や因子の錐体を定義する.双有理射を使えば,代数多様体を滑らかに
し,因子を正規交差にすることができる,という広中の特異点解消定理を引用
する.境界付きの代数多様体の対数的標準因子に着目することにより,KLT
組や DLT 組の概念が定義される.滑らかで射影的な代数多様体に対する小平
の消滅定理を,被覆空間の構成によるトリックを使って,KLT 組や DLT 組
に拡張する.さらに,低次元の代数多様体の分類や特異点の分類を解説する.
1. 1 Q-因子と R-因子
因子の同値類は因子的層と呼ばれる連接層を定める.代数幾何学では連接層
を扱うことが多いが,この本では因子の言葉を使うことが中心となる.微分幾
何学において,微分形式のコホモロジー類ではなく,微分形式そのものを扱う
ようなものである.
基礎体 k を固定する.代数多様体
(algebraic variety)X とは,体 k の上の
有限型で既約かつ被約な分離スキームのことである.
代数多様体 X は,構造層 OX を持ち,各点 P は局所環 OX,P を持つ.局所
環 OX,P が正則局所環であるとき,X は P において非特異(non-singular)
で
あるという.この本では標数は常に 0 であるので,非特異の代わりに語感の
よい滑らか(smooth)という言葉を用いる.
X が滑らかであるということは,dim X = n とするとき,各閉点 P におい
8
1 境界付き代数多様体
て,局所環の極大イデアル mP が,n 個の元 x1 , ···, xn で生成されるというこ
とと同値である.x1 , ···, xn は正則パラメーター系
(regular system of parame-
ters)または局所座標系(local coordinates)と呼ばれる.k = C の場合には,X
の閉点全体の集合が複素多様体をなす,ということと同値である.
代数多様体 X の滑らかな点全体のなす部分集合 Reg(X) は,空ではない開
集合をなす.その補集合 Sing(X) = X \ Reg(X) は,X の特異点集合
(singu-
lar locus)と呼ばれる真の閉部分集合になる.
代数多様体 X は,すべての点 P における局所環が整閉整域であるとき,正
規(normal)であるという.1 次元の正規局所環は正則局所環になるので,正
規代数多様体の特異点集合は余次元
(codimension)
が 2 以上の閉集合になる.
すなわち,余次元が 2 以上であるようないくつかの点の閉包になる.
任意の代数多様体 X は,正規なものに簡単に置き換えることができる:正
規代数多様体からの有限射 f : X ν → X で,Reg(X) 上では同型になるものが
ただ一つ存在する.これを X の正規化(normalization)と呼ぶ.
正規性はセール(Serre)
の条件により判定される([99]):
定理 1. 1. 1 代数多様体 X が正規であるための必要十分条件が,以下の 2
条件で与えられる:
(1)
(R1 )特異点集合は,余次元が 2 以上の閉集合になる.
(2)
(S2 )
任意の開集合 U と,余次元が 2 以上の閉部分集合 Z に対して,制
限写像 Γ (U, OX ) → Γ (U \ Z, OX ) は全単射になる.
以下では正規な代数多様体 X を考える.X の素因子(prime divisor)
とは,
余次元 1 の閉部分多様体のことである.因子(divisor)
とは,素因子の形式的
有限和 D =
di Di のことである.何もいわなければ,係数 di は整数であり,
Di たちは相異なる素因子である.因子は,X 上の素因子全体のなす集合を基
底とする自由アーベル群 Z 1 (X) の元である.
係数 dj がすべて正または 0 であるとき,D は有効(effective)
であるという.
二つの因子 D, D において,D − D が有効であるとき,不等式 D D で表
す.また,すべての i に対して di = 1 となるとき,被約(reduced)
であるとい
1. 1 Q-因子と R-因子
9
う.
正規代数多様体 X の素因子 D の一般点 P を与えると,局所環 OX,P は関
数体 k(X) を商体とする離散附値環(discrete valuation ring)になる.
X 上の有理関数 h ∈ k(X) に対して,その因子 div(h) が以下の式で定義さ
れる:
div(h) =
vPi (h)Di .
ここで,Pi は素因子 Di の一般点であり,vPi は離散附値環 OX,Pi における附
値である.右辺は有限和になることが知られている.有理関数の因子を主因子
(principal divisor)
と呼ぶ.
因子 D に対して,対応する因子的層
(divisorial sheaf)OX (D) が以下のよ
うにして定義される.X の開集合 U に対して,
Γ (U, OX (D)) = {h ∈ k(X) | div(h)|U + D|U 0},
そして,
H 0 (X, D) = H 0 (X, OX (D))
と定義する.OX (D) の 0 ではない大域切断 s が有理関数 h と対応する場合,
s の因子 div(s) が,式
div(s) = div(h) + D
により定義される.div(s) は有効である.より一般に,OX (D) の 0 ではない
有理切断 s に対しても,対応する有理関数 h との間に上と同じ式が成立する.
ただしこの場合には,div(s) は有効因子になるとは限らない.たとえば,有
理関数 h = 1 に対応する有理切断 s1 をとれば,対応する因子は D になる.
∼ OX,η が成り立つ.また,双対をとれ
X の一般点 η では同型 (OX (D))η =
ば,
OX (D)∗ := Hom(OX (D), OX ) ∼
= OX (−D)
であるので,因子的層 OX (D) は階数 1 の反射的層(reflexive sheaf of rank
10
1 境界付き代数多様体
one)になる.ただし,反射的層とは,2 回双対をとると元に戻るような連接
層のことである:F ∗∗ ∼
= F.
因子的層 OX (D) が可逆層になるような因子をカルティエ因子(Cartier di-
visor)と呼ぶ.言い換えると,各点 P の近傍で,P に依存する有理関数が存
在して,その主因子になるような因子である.カルティエ因子と区別するため
に,ただの因子はヴェイユ因子(Weil divisor)
と呼ばれる.カルティエ因子全
体の集合は記号 Div(X) で表す.包含関係 Div(X) ⊂ Z 1 (X) が成り立つ.X
が滑らかな場合には両者は一致する.
代数多様体 X 上の二つの因子 D, D が線形同値(linearly equivalent)
であ
るとは,D − D が主因子になることである.このことを,記号 D ∼ D で表
∼ OX (D ) と同値である.つまり,因子
す.D ∼ D となることは,OX (D) =
的層は因子の同値類と見なせる.ここで,D, D は必ずしもカルティエ因子で
ある必要はない.
相対版は以下のようになる.代数多様体の間の射
(morphism)f : X → S が
与えられたとき,二つの因子 D, D が相対的に線形同値
(relatively linearly
equivalent)であるとは,S の開被覆 {Si } が存在して,制限すれば線形同値
D|Si ∼ D |Si が成り立つときをいう.このことを,記号 D ∼S D で表す.
滑らかな代数多様体 X 上の閉部分集合 B は,各点 P で局所環 OX,P の正
則パラメーター系 z1 , ···, zn と整数 0 r n が存在して,P の近傍では B の
方程式が z1 ···zr = 0 の形で表されるとき,正規交差因子
(normal crossing di-
visor)と呼ばれる.このとき,B の各既約成分は滑らかである.また,B のい
くつかの既約成分の合併からなる部分集合は再び正規交差因子になる.
代数多様体 X とその上の閉部分集合 B との組に対して,X の滑らかな点
で,しかもそこでは B が正規交差因子になっているようなもの全体のなす
部分集合は,開集合をなす.この集合を記号 Reg(X, B) で表し,その補集合
Sing(X, B) = X \ Reg(X, B) を (X, B) の特異点集合と呼ぶ.
注 1. 1. 2 上で定義された正規交差因子は,単純正規交差因子(simple nor-
mal crossing divisor)とも呼ばれる.
X が複素代数多様体で,z1 , ···, zn が複素多様体としての正則局所座標であ