氏 名 井口 英子 ( 医 学 ) 博士の専攻分野の名称 博 士 学 号 医工博 4 甲 第 132 号 学 位 授 与 年 月 日 平成26年3月20日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 先進医療科学専攻 位 記 番 攻 名 学 位 論 文 題 名 Qualitative analyses of verbal fluency in adolescents and young adults with high-functioning autism spectrum disorder (高機能自閉症スぺクトラム者における言語流暢性課題の質的分 析) 論 文 審 査 委 員 委員長 教 授 木内 博之 委 員 准教授 猩々 英紀 委 員 客員教授 中込 和幸 学位論文内容の要旨 (研究の目的) 自閉症スペクトラム(autism spectrum disorder : ASD)者の言語には、全般的な発達が良い場合にも 意味処理に異常が認められることが多い。また、言語を含む ASD 者の認知機能の一部は、遂行機能 不全との関連性が指摘されている。言語流暢性課題には、文字流暢性課題(letter fluency : LF)と意味 カテゴリー流暢性課題(category fluency : CF)と動作流暢性課題(action fluency : AF)の 3 種類がある が、CF は意味記憶との関連が強く、AF は遂行機能の一側面を反映すると言われる。ASD を対象と した先行研究においては、成績低下を示す報告とそうでない報告があり、一致した見解は得られてい ない。また、AF や使用するストラテジーの種類についての質的分析を行った研究はほとんどない。 本 研 究 で は 、 青 年 ・ 成 人 期 の 高 機 能 自 閉 症 ス ペ ク ト ラ ム (high-functioning autism spectrum disorder : HFASD)者を対象に、全ての種類の言語流暢性課題を施行し量的分析と質的分析を行い、 HFASD 者の言語機能の特異性を明らかにすることを目的とした。 (方法) 対象は、HFASD の青年および成人 30 名(男性 25 名;平均年齢 19.2±2.6 歳、範囲 16:00~25:11) と、定型発達の青年および成人 18 名(男性 15 名;平均年齢 20.1±2.0 歳、範囲 16:01~24:03)である。 両群間の性別比、暦年齢、言語性 IQ、動作性 IQ、全 IQ に有意差はなかった。 「1 分間でできるだけ 多くの単語を言ってください」という教示を与え、LF として、 「あ」 「か」 「し」で始まる単語(ただ し固有名詞は除く)、CF として、 「動物」 「スポーツ」 「乗り物」に属す単語、AF として、 「人がする こと」で思いつく動詞を指定した。得られた結果について、量的分析と質的分析を行い HFASD 群 と定型発達群を比較した。量的分析には、正答数、違反数、反復数、全反応数を用いた。更に正答数 については、年齢、言語性 IQ、動作性 IQ との相関を調べた。質的分析では、使用したストラテジ ーの種類を示す意味/音韻クラスターに分類し、それぞれの数とサイズ(1 つのクラスターに含まれる 単語数)を比較した。 更にクラスター数については、年齢、言語性 IQ、動作性 IQ との相関を調べた。 (結果) <量的分析>LF:両群間に有意差は認められなかった。CF:全反応数、正答数は HFASD 群が有意 に少なく、違反数は HFASD 群が有意に多かった(Mann-Whitney の U,p<.05)。AF:正答数は HFASD 群が有意に少なく(p<.05)、全反応数は少ない傾向があった(p=.06)。HFASD 群のみ、正答 数と言語性 IQ との間に有意な相関がみられた(R2=.22, p<.05)。 <質的分析>LF:HFASD 群において意味クラスター数が少ない傾向があった(p=.06)。CF:両群間 に有意差は認められなかった。AF:HFASD 群は意味クラスター数が有意に少なく(p<.05)、音韻ク ラスター数が有意に多かった(p<.05)。HFASD 群のみ、全クラスター数と言語性 IQ との間に有意 な相関がみられた(ρ=.50, p<.01)。 (考察) HFASD 群は、量的分析においても質的分析においても AF に最も特徴的な結果が表れた。すなわち HFASD 群は AF において正答数が少なく、定型発達群とは異なり意味ストラテジーの利用が少なか った。一方、意味ストラテジーの利用が重要な CF では量的分析にのみ両群間に有意差が認められ、 LF ではいずれの分析においても両群間に有意差は認められなかった。LF と CF では教示によって 使用するストラテジーの手がかりが与えられるが、AF ではそれがないため、HFASD 群は手がかり のない条件下で自ら適切なストラテジーを作り上げることが困難であることが示唆された。また、 HFASD 群の AF においてのみ、正答数および全クラスター数と言語性 IQ との間に相関が認められ たことから、AF は語産出における HFASD 群の非定型的な認知処理を反映することが示唆された。 LF と CF の結果は先行研究と概ね一致しており、更に我々の結果からは、HFASD 群はクラスター の検索能力すなわち遂行機能の一側面である認知の融通性に非定型性を有し、その特徴は意味処理と の関連において明らかになることが示唆された。また、HFASD 群の CF に違反が多かったことから は、HFASD 群は不適切な反応を抑制することが困難なことや、適切な意味ストラテジーの使用に困 難があることが示唆された。 (結論) HFASD 者は CF と AF に成績低下を示した。とりわけ AF においては、HFASD 者が意味/音韻スト ラテジー選択、認知の融通性および産出性に異常を有することが示された。 論文審査結果の要旨 自閉症スペクトラム(ASD)患者の言語機能には、意味処理の異常と遂行機能障害による認知機能不 全が指摘されているが、これまでのところ一致した結論が出ていない。そこで本研究は、高次機能自 閉症スペクトラム(HFASD)者において、文字流暢性課題(letter fluency : LF)、意味カテゴリー流 暢性課題(category fluency : CF)および動作流暢性課題(action fluency : AF)の 3 種類の言語流暢性課 題の量的分析と質的分析を行い、言語機能の特異性を明らかにすることを目的として行われた。その 結果、HFASD 群で CF と AF の正答数が少なく、AF における正答数と言語性 IQ との間に有意な相 関がみられ、また、AF における意味クラスター数の減少と音韻クラスター数の増加、さらに、全ク ラスター数と言語性 IQ との相関がみられた。このように、本研究は、ASD における意味/音韻スト ラテジー選択、認知の融通性および産出性の異常を明らかにしたものであり、本疾患の今後の治療に おいて多大なる貢献が期待される。 本研究では、HFASD の言語流暢性の量的解析と質的解析が行われ、一貫性のある結果が得られて いるものの、CF の量的解析と質的解析結果が一致していない。すなわち、HFASD では、CF の全 反応数と正答数が少なく、違反数が増加しているにもかかわらず、質的解析における意味クラスター と音韻クラスターに有意差がない。この点について、HFASD では、意味記憶からの言語抽出が低下 している一方で、CF における教示によってある程度、意味ストラテジーの手掛かりが与えられてい る事が原因であると考えられた。 また、本研究では、HFASD で、質的分析の意味クラスター数の減少と音韻クラスター数の増加が 示された。これは意味関連による言語の抽出障害を、音韻的関連により補完されていることによると 考えられる。しかし、本研究では、両者を足したクラスター数の総和が VIQ と相関することを見出 している。この場合、両者を足し合わせる意義は何か、意味的関連に基づくクラスター数のみでは VIQ と相関はないか、さらに、AF での正答数も VIQ と相関するが、AF でのクラスター数と正答数 の間に相関はあるのかという点についての検討も必要であると指摘された。これについては、両者は 異なる処理様式を反映してはいるが、ともにクラスターを形成するという、同じストラテジーを共有 しているところもあるため、両者を合算することにより、クラスター形成による単語の産出能力を現 していると考えられる。事実、クラスター数と正答数の間に相関が認められていることが示されてい る。 本研究者は、これら指摘された点全てについて適切な回答、考察を行ったので、審査委員は、今後 の研究の展望も含め、本研究が博士論文の資格を十分に有するものであると全員が一致して判定した。
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