月の満ち欠けの理解度の向上に関する研究

日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015)
月の満ち欠けの理解度の向上に関する研究
―スケッチを取り入れた授業実践を通して―
Study about improvement of the understanding degree of waxing and waning of the moon
―Through the class practice adopted sketching ―
〇渡邉悠也桐生徹
WATANABE,Yuya*
KIRYU,Toru**
上越教育大学大学院上越教育大学
*
Graduate School Joetsu University of Education
**
Joetsu University of Education
>要約@本研究では,小学校において,球形である実際の月を観察し,スケッチで記録する活動
と,球形であるモデルを観察し,スケッチで記録する活動を行い,子どもがスケッチで記録し
た時に,正確にスケッチで記録することができるかについて明らかにした。その結果,実際の月を
観察した時と,球形のモデルを観察した時,どちらの場合においても,正しくスケッチするこ
とができなかったものについては,陰の様子を曲線から描くことができないという傾向が見ら
れた。
>キーワード@月の満ち欠け,スケッチ,観察,モデル
いため,再生できない」と,スケッチをするだけ
1はじめに
現行の小学校学習指導要領解説理科編()
では問題があると指摘している。また,楠本ら
では,「月と太陽を観察し,月の位置や形と太陽
()は家庭で観察を行う場合,教師の指導が
の位置を調べ,月の形の見え方や表面の様子につ
行き届かないことや天候の影響を受けやすいこ
いての考えをもつことができるようにする。」,
とを指摘している。
「月の形や位置と太陽の位置の関係を推論し,モ
以上のことから,スケッチや観察をすることは
デルや図によって表現する活動を通して,天体に
対象を理解するうえで,有効な手段の1つである
おける月と太陽の位置関係について捉えること
が,教師の指導が不十分であったり,観点を持っ
ができるようにする。」と示されており,実際に
て観察したり,意識して記録したりしなければ,
観察を行うことや,太陽や月などをライトやボー
問題があることが明らかになっている。
ルのような,モデルに置き換え学習したり,図を
月の満ち欠けに関する理解度の調査として,岡
用いて表現したりする活動が推奨されている。こ
田()は小学校3年生から中学校3年生を対
れを受け,東京書籍,学校図書,啓林館,信州教
象に調査を行っている。その結果,8か所のうち
育出版の4社の,小学校6年生の教科書では,い
上弦の月,下弦の月,満月,新月の見え方に該当
ずれも月の観察について掲載している。その際,
する4か所については理解できるが,視点移動能
日時や方位などだけではなく,月の形の様子をス
力や球形概念,左右概念を複合的に用いるその他
ケッチするように示している。森川()は,
の4か所については,6割以上で理解できていな
スケッチをすることによって観点を強く意識で
いと報告している。このような問題を解決するた
きるため,観察において有効な手助けになること
めに,多くの授業実践が行われている。例えばデ
を指摘している。しかし,スケッチや観察の問題
ジタル教材を活用とした授業実践として,小松ら
点も指摘されている。西川()は,「スケッ
()はAR技術を活用した教材を開発し,授
チは記録しているものの,意識して記録していな
業実践を行い,月の満ち欠けの理解度を評価して
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いる。その結果,視点移動能力は比較的容易に理
での約2週間の間に最低2回,19時頃に月の観
解し定着するが,2つの概念を組み合わせて使う
察を行い,月の形の見え方のスケッチと,日時,
ことや視点移動能力の不十分さから,「球形概
方位,観察して気づいたことを書かせた。その際,
念・左右概念」は難易度の高い課題であることを
光って見える様子を記録させた。
明らかにしている。また,柳本・大髙()は,
4)分析方法
子どもの記録ワークシートのスケッチと,天体
2種類のかげに注目した授業実践を行っている。
その結果,月に見立てたボールにできている半球
シュミレーションソフトで導き出した,子どもが
上の陰を認識している児童の多くは,正しい月の
観察した日時に見える月の形を比較し,スケッチ
満ち欠けを理解していると報告している。
のパターンごとに分類する。その際,主に球形で
しかし,これらの調査や実践では子どもが実際
ある月の極(中心)から描いているか,陰の様子
に月の観察を行い,スケッチで記録した時の実態
を曲線で描いているか,陰の様子を直線で描いて
や,月に見立てたモデルを観察しスケッチで記録
いるか,また陰の様子を削り取られたように描い
した時の実態は報告されていない。
ているか(以後,スポット状と称す)に分類した。
3.3 調査結果
2研究の目的
本研究では,月の満ち欠けの学習において,子
スケッチは全162枚である。子どものスケッ
どもが実際の月を観察し,スケッチで記録した時
チを分類した結果を正しいスケッチ例を図1に,
の実態と,球形モデル(ボール)を観察し,スケ
正しくないスケッチ例を図2~図6に示す。
ッチで記録した時の実態を明らかにするために
以下の調査を行った。
調査1子どもが実際の月を観察し,スケッ
チで記録した時の実態調査
調査2球形モデルを使用した実態調査
3調査1 子どもが実際の月を観察し,スケッ
チで記録した時の実態調査
図1 正しいスケッチ例
天体シュミレーションソフトでこの日時で観
3.1 目的
察できる月を導き出すと,満月の数日前の月であ
子どもが実際の月の観察を行い,スケッチで記
る。そのため,図1は満月より少し欠けていて,
録した時のスケッチの実態を明らかにする。
なおかつ,陰の様子が極(中心)から描かれてい
3.2 調査の概要
ること,曲線で描かれていることから正しいスケ
1)調査対象 ッチと言える。
新潟県公立A小学校 年生 人
新潟県公立B小学校 年生 人
計 人
2)調査時期 A小学校:平成 年 月~ 月
B小学校:平成 年 月
3)調査方法
図2 陰の様子を曲線で描いているが
A小学校,B小学校いずれも,新月から満月ま
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極から描いていない例
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天体シュミレーションソフトでこの日時で観
る。図5は満月から少し欠けている様子を削り取
察できる月を導き出すと,満月の数日前の月であ
られたように描いている(以下スポット状と称
る。図2は満月より少し欠けていて,陰の様子を
す)
。そのため正しいスケッチではない。
曲線で描いているが,陰の様子を極(中心)から
描けていないため正しいスケッチではない。
図6 半月の様子を満月のように描いている例
天体シュミレーションソフトでこの日時で観
察できる月を導き出すと,上弦の月である。しか
し,図6は満月のように描かれている。そのため,
図3 陰の様子を直線で描き
正しいスケッチではない。
極から描いていない例
天体シュミレーションソフトでこの日時で観
スケッチ全162枚を分類した結果を表2に
察できる月を導き出すと,満月の数日前の月であ
示す。図1~図6に当てはまらないものをその他
る。図3は満月より少し欠けてるが,陰の様子を
としている。
直線で描いていて,陰の様子を極(中心)から描
表2 実際に月を観察した時のスケッチの分類
けていないため正しいスケッチではない。
Q 正しいスケッチ
陰の様子を曲線で描くことができる
が,極から描いていない
陰の様子を直線で描き,極から描いて
いない
図4 陰の様子を実際の様子と
陰の様子を実際の様子と左右逆に描い
左右逆に描いている
ている
天体シュミレーションソフトでこの日時で観
陰の様子をスポット状に描いている
察できる月を導き出すと,上弦の月である。図4
半月の様子を満月のように描いている
は半月を描けているが,光っている様子が左右逆
その他
に描かれているため,正しいスケッチではない。
3.4 考察
子どもは実際の月を観察する時,陰の様子を正
確に認識し,スケッチで表現することが困難であ
ると考えられる。
4.調査2 球形モデルを使用した実態調査
図5 陰の様子をスポット状に描いている例
天体シュミレーションソフトでこの日時で観
4.1 目的
子どもが球形モデル観察し,見え方をスケッチ
察できる月を導き出すと,満月の数日前の月であ
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で記録した時の実態を明らかにする。
4)分析方法
それぞれの位置で観察できるモデルの見え方
4.2 調査の概要
は表2のようになる。
1)調査対象 表2 モデルの観察位置による見え方
新潟県公立A小学校 年生 人
モデルの位置
ア 下弦の月
イ 有明月
ウ 新月
エ 三日月
オ 上弦の月
カ 十三夜月
キ 満月
ク 立待月
2)調査時期 平成 年 月
3)調査方法
図7のような配置図で中心に置いた,球形モデ
ル(ボール)を用意し,観察者がア~クまでそれ
ぞれ移動し,ボールの様子を観察し,記録用紙に
スケッチで記録した。記録用紙については図8の
ものを用いた。記録した結果と実際に観察できる
モデルの見え方を比較し,分析する。ア~クの見
モデルの見え方と子どものスケッチを比較し検
え方は表2のようになる。
討する。
4.3 結果
子どもの正しいスケッチ例を図8に,正しくな
いスケッチ例を図9~図13に示す。
図9 正しいスケッチ例
図7 観察したモデル配置図
クの位置では,立待月のようなモデルが観察で
きるが,図9を見ると,陰の様子を極(中心)か
ら描けていて,陰の様子を曲線で描けているため,
正しいスケッチである。
図8 観察記録図
図10 陰の様子を極(中心)から描けているが
極から描いていない
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図9と同様のモデルが観察できるが,図9を見
ため,正しいスケッチではない。
ると,陰の様子を曲線で描けているが,陰の様子
以上のいずれにも当てはまらないスケッチを
を極(中心)から描けていないため正しいスケッ
その他とし,全 枚のスケッチを表3に分類し
チではない。
た。
表3 球形のモデルを観察した時の
スケッチの分類Q 正しいスケッチ
陰の様子を曲線で描くことができる
が,極から描いていない
図11 陰の様子を直線で描き極(中心)から描
いていない
陰の様子を直線で描き,極から描いて
いない
陰の様子を実際の様子と左右逆に描い
図9と同様のモデルが観察できるが,図11を
ている
見ると,陰の様子を極(中心)から描けていない,
陰の様子をスポット状に描いている
また,陰の様子を直線で描いているため正しいス
半月の様子を満月のように描いている
ケッチではない。
半月の様子を曲線で描いている
その他
表3の結果から,正しくスケッチできなかった
子どものスケッチを見ると,陰の様子を曲線で描
くことができるが,極(中心)から描くことがで
きないスケッチが多く見られた。
図12 陰の様子をスポット状に描いている
4.4 考察
図9と同様のモデルが観察できるが,図12を
モデルを観察する場合では,陰の様子を正確に
見ると,スポット状に描いているため,正しいス
認識しスケッチで記録することは困難であった。
ケッチではない。
どの位置から観察すればいいのか教師の指導が
あっても子どもにとっては困難な課題であると
言える。
5 まとめ
調査1と調査2から,子どもは実際の月の観
察する時,また,球形モデルを観察する時どちら
図13 半月の様子を曲線で描いている
の場合でも,陰の様子を正確に認識し,スケッチ
で表現することは困難であった。正しくないスケ
オの位置では,下弦の月のようなモデルが観察
ッチの傾向を見ると,極(中心)から変化してい
できるが,図13を見ると,陰の様子を極(中心)
く陰の様子を描くことが困難であることがわか
から描けているが,陰の様子を曲線で描いている
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った。
6 おわりに
以上の結果を詳細に分析し,子どものスケッチ
の実態を詳しく分析していくとともに,スケッチ
で記録することが困難であるという課題を解決
するための方策を取り入れた授業実践を行い,子
どもの月の満ち欠けの理解度を調査していきた
い。
引用及び参考文献
文部科学省:「小学校学習指導要領解説理科編」,
日高敏隆ら:
「みんなと学ぶ小学校理科6年」,学
校図書株式会社,
癸生川武次:
「新編楽しい理科6年」,社団法人信
州教育出版社,
大隅良典ら:
「わくわく理科6」,株式会社新興出
版社啓林館,
毛利衛ら:「新しい理科6」,東京書籍株式会社,
岡田大爾:「児童・生徒の天文分野における空間
認識に関する研究 年当時の視点移動能力
について」
,地学教育,,,,
小松・渡邉・鬼木・中野・久保田:「月の満ち欠
けの理解を促すAR教材の開発と実践」,科学
教育研究,,,,
柳本高秀・大髙泉:
「 種類のかげの区別に着目し
た月の満ち欠けの指導」,理科教育学研究,O,
,,
西川純:
「なぜ,理科は難しいと言われるのか?」,
東洋館出版,,
楠本誠・久保田善彦:「小学校理科における天文
シュミレーションの視聴と方位や方向の理解」,
日本教育工学会論文誌 ,,
森川久雄:
「教育学大辞典第一巻」第一法規,
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