Chapter2-CQ2 班名:脳梗塞・TIA 大項目:脳梗塞急性期 小項目:抗凝固療法 ン ト用 推奨 1. 発症48時間以内で病変最大径が1.5cmを超すような脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)に は、選択的トロンビン阻害薬のアルガトロバンが推奨される(グレードB)。 2. 発症48時間以内の脳梗塞ではヘパリンを使用することを考慮しても良いが、十分な科 学的根拠はない(グレードC1)。 3. 脳梗塞急性期に低分子ヘパリン(保険適応外)、ヘパリノイド(保険適応外)は使用 することを考慮しても良いが、十分な科学的根拠はない(グレードC1)。 パ ブ リッ ク コ メ エビデンス 19,435例を登録して、急性期脳梗塞に対する未分画ヘパリン皮下注の効果を検討した International Stroke Trial(IST)1) は、未分画ヘパリン皮下注の有無とアスピリン1日 300mg服用の有無の2つの要因を無作為化するfactorial designで行われた。ヘパリン投与 群は1回12,500単位または1回5000単位を1日2回、2週間皮下注とする2用量が設定されたの で、アスピリン投与の有無との組み合わせで6つの異なる治療群が設定された。その結果、 未分画ヘパリン使用群では14日以内の再発が有意に少なかったが(2.9% vs 3.8%)、出血 性脳卒中の率は逆に増加したため (1.2% vs 0.4%)、死亡または非致死的脳卒中の再発に 有意差は見られなかった (11.7% vs 12.0%) 。ヘパリン使用群は輸血を要する者、致死 的頭蓋外出血の率が多く、高容量のもので多かった。本試験ではヘパリン皮下注の有効性 を示し得なかった(レベル2)。本臨床試験の価値は、その症例数の多さにあり、その後 行われたメタ解析の結果にも大きな影響を及ぼす試験となった。しかしISTでは、ヘパリン 使用例の半数がアスピリンを併用していること、治療前の脳画像診断は必須とされていな かったこと、aPTTのモニタリングによる用量調節も行われていなかったこと、治療は無作 為化されたが盲検化されておらず、転帰はPROBE法で評価されていることには注意が必要で ある。 米国Cerebral Embolism Task Force 2、3)は、非細菌性心原性脳塞栓症で発症後24時間以 後のCT上、出血性脳梗塞がなくても、大梗塞または中等症以上の高血圧(180/100mmHg以上) 合併例は、大出血を生じる危険性があるので早期抗凝固療法は避けるべきであり、発症後 少なくとも7日間経過後に開始すべきとしている。しかし、IST研究1) では心原性脳塞栓症 の原因の大部分を占める非弁膜症性心房細動例(非ヘパリン投与群)の急性期14日以内の 再発率は4.9%と低かった。脳梗塞急性期における抗凝固療法に関する無作為化試験におけ る脳梗塞再発率は2.8%から8.0%とされる 3-1)。心原性脳塞栓症患者を対象とした7試験、 4,624例のメタアナリシスでは、早期抗凝固療法は虚血性脳卒中の再発、死亡、重症患者を 有意には減少させず、頭蓋内出血を有意に増加させるとする結果であった 4)(レベル1)。 ワルファリン経口投与では十分な抗凝固作用が得られるまでに時間を要するため、脳梗塞 急性期においては即効性のある未分画ヘパリンなどの非経口抗凝固薬が必要となるが、近 年開発されたダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンなどの新規 抗経口凝固薬(NOAC)はワルファリンと異なり速やかに抗凝固作用が得られる。非弁膜性 心房細動を有する急性期脳梗塞またはTIAに、発症2週間以内(中央値2日)にNOACを開始し た41症例(男25例、平均76.2才、TIA2例5%)を後方視的に検討した報告によれば、症候性 脳出血は見られず、脳梗塞、TIAの再発や全身塞栓症、出血性合併症もなかったとの報告が ある 4-1)(レベル4)。しかし、心原性脳塞栓症の再発防止を目的とした経口及び非経口 抗凝固療法の開始時期や使用薬剤決定に有用な科学的根拠は未だ十分ではない。また、5 つのランダム化比較試験のデータをもとに急性期抗凝固療法の有効性を示唆する脳梗塞の 1 パ ブ リッ ク コ メ ン ト用 サブグループの抽出が試みられたが、有効性を示唆する臨床上の特徴は見いだされていな い3-1)(レベル1)。 発症3時間以内の非ラクナ性半球梗塞418例にaPTTを2~2.5倍となるよう用量調整しな がら未分画ヘパリンを5日間静注した研究では、3か月後のmRS≦2の患者が有意に増加した が (38.9% vs 28.6%、p=0.025)、症候性脳出血は有意に増加した(6.2% vs 1.4%、 p=0.008) と報告されている5) (レベル2)。 低分子ヘパリンについては、発症48時間以内にnadroparin皮下注(高用量群4100抗Xa因 子活性単位、1日2回、低用量群4100抗Xa因子活性単位、1日1回)または偽薬の皮下注を10 日間行う治療の効果を検討した二重盲検無作為化試験であるThe Fraxiparin in Ischemic Stroke Study(FISS)が行われている。症例はわずか312例であったが実薬群の有効性を示 唆する結果が報告された6)(レベル2)。しかしその後対象を767例に増やしてアスピリン 160mgを対照として行った研究(FISS-bis)では有効性は否定された(レベル2)。当初有 効性が示唆されたFISSの参加者は中国人であり、アジア人種には頭蓋内動脈硬化症が多い という人種差を考慮して、アジア人を対象に再度nadroparinとアスピリンの比較試験が行 われた(FISS-tris)6-1)。FISS-tris参加症例の97%が頭蓋内主幹動脈のアテローム血栓 症であったが、予想と異なりnadroparin皮下注(3800 抗Xa因子活性単位、1日2回)は、ア スピリン(1日160mg)の効果を上回ることはなかった。しかしサブ解析の結果、高齢者、 抗血小板薬非服用者、後方循環系虚血では有効かもしれないとの結果が報告されている6-2) (レベル3)。 アスピリン(200mg/日)投与群を対照として、発症48時間以内の心原性脳塞栓症を除く 脳梗塞にたいする低分子ヘパリン(enoxaparin)10日間皮下注(4000抗Xa因子活性単位/0.4 mL、1日2回)の効果を検証した比較試験の結果がYi らにより報告されている6-3) 。1,368 例が登録され、10日目以降は両群ともアスピリン100mg/日を6か月間服用して追跡された。 その結果enoxaparin群はアスピリン群に比べ10日以内の増悪進行(3.95% vs 11.82%、 p<0.001)と静脈系血栓塞栓症(1.46% vs 4.23%、p=0.003)がいずれも有意に低かった(レ ベル2)。また、6か月後の良好な転帰は、中央値70歳以上の患者でenoxaparin群に多く (63.8% vs 44.6%)、後方循環領域(75.2% vs 40.5%)および脳底動脈(82% vs 48%) の虚血で効果は良好であったとされている。 急性期脳梗塞患者に対する低分子ヘパリン(danaparoid)静注療法の有効性安全性が、 The Trial of ORG 10172 in Acute Stroke Treatment (TOAST)試験により検討された8、9)。 発症24時間以内にdanaparoidまたは偽薬をbolus静注し、抗Xa因子活性を測定して用量調節 しつつ7日間静注を行った。米国36施設から1281例が登録されたが、試験は症候性出血の増 加により中途で中止となった。3か月目の転帰良好例の割合は実薬75.2%、偽薬73.7%と有 意差は見られず、10日目までの重篤な頭蓋内出血の割合は実薬群で有意に多かった(14例 vs 4例、p=0.05)。ただし、あらかじめ決めていたサブ解析で、頸動脈エコー検査で同 側内頚動脈に閉塞または高度狭窄(>50%)を有する症例(Large artery atherosclerosis) に限ると、7日目、3か月目ともに転帰良好例がdanaparoid群で有意に多かった(レベル2)。 The Tinzaparin in Acute Ischaemic Stroke Trial (TAIST)は、急性期脳梗塞患者に対 するLMWH(tinzaparin)皮下注(高容量群175抗Xa因子単位/kg、中用量群100抗Xa因子単位 /kg)の有効性安全性を明らかにする目的で行われたアスピリン対照二重盲検無作為化試験 で結果は2001年に報告された9-1) 。高容量群487例、中用量群508例、アスピリン(300mg)群 491例に振り分けられ、発症48時間以内に投与開始し、10日間続けられた。しかし結果は、 転帰良好、死亡、再発、出血性合併症いずれも有意差が見られず無効と判断された。 The Heparin in Acute Embolic Stroke Trial (HAEST)は、心房細動を有する急性期脳 梗塞患者に対するLMWH(dalteparin)皮下注(100抗Xa因子単位/kg、1日2回)の有効性安 全性を明らかにする目的で行われたアスピリン対照二重盲検無作為化(double dummy)比 較試験で、結果は2000年に報告された9-2)。449例が登録され、治療は発症30時間以内に開 始された。一次エンドポイントは初期14日間の脳梗塞再発とした。Dalterapin群の初期14 2 日間の再発は8.5%でアスピリン群の7.5%と有意差はなく、症候性脳出血は6例対4例、48 時間以内の症状進行は24例対17例、死亡は21例対16例とむしろアスピリン群の方が少なく、 3か月後の転帰にも有意差はなかった。 リッ ク コ メ ン ト用 アルガトロバンは我が国で開発された選択的な合成抗トロンビン薬である。アルガト ロバンは、発症48時間以内の脳血栓症(特に皮質梗塞)に有用であり、出血性合併症が少 ないとの報告がある 10、11)(レベル2)。発症後48時間以内の脳血栓症急性期(ラクナ梗塞 を除く)におけるアルガトロバンの有効性および安全性を、抗血小板薬オザグレルナトリ ウムを対照とした無作為割付けによる群間比較試験では、アルガトロバンはオザグレルナ トリウムと同等の臨床的効果を示した12)。 脳梗塞急性期における抗凝固療法の有効性に関するいくつかのメタ解析が報告されて いる。2007 年 10 月までに報告されたランダム化比較試験の内、脳梗塞発症 14 日以内に抗 凝固療法(未分画ヘパリン、低分子ヘパリンまたはヘパリノイド)を行い偽薬との比較を 行った 24 試験 23748 例のメタ解析 12-1)では、全死亡、要介護の転帰に有意差はなく、抗 凝固群で脳虚血の再発が少なかったが、症候性頭蓋内出血が有意に増加した。一方、深部 静脈血栓症と肺塞栓症の減少は有意であったが、この効果は頭蓋外出血の増加で相殺され た(レベル1)。 2000 年までに行われたランダム化比較試験の内、急性期脳梗塞患者における①抗凝固療 法とアスピリン、②抗凝固療法と抗凝固療法+アスピリンの有用性をメタ解析で検討した Berge らの解析 12-2)では、アスピリンを対照薬として未分画ヘパリンと低分子ヘパリンの 効果が検証された 4 試験 16,558 例の結果からは、死亡、要介護の転帰に対する有効性は証 明されず、脳梗塞発症 14 日以内の抗凝固療法が抗血小板療法を上回る効果を持つとは言え ないとした(レベル1)。 2007 年 7 月までに報告されたランダム化比較試験の内、脳梗塞発症 14 日以内に抗凝固 療法を開始し、未分画ヘパリンを対照薬として低分子ヘパリン (enoxaparin および certoparin)またはヘパリノイド(danaparoid)の有効性を評価した 9 試験 3,137 例のメタ解 析 12-3) では、未分画ヘパリンに比較し低分子ヘパリンまたはヘパリノイドは有意に深部静 脈血栓症を減らしたが、肺塞栓、死亡、頭蓋内出血、頭蓋外出血などの主要イベント数が 少なすぎるため有効性の評価を下すことはできないとした(レベル1)。 パ ブ 引用文献 1)The International Stroke Trial (IST):a randomised trial of aspirin, subcutaneous heparin, both, or neither among 19435 patients with acute ischaemic stroke. 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