日エンドメトリオーシス会誌 ; : − 79 〔シンポジウム/子宮内膜症,発症・進展の謎を探る〕 NFκB を標的とした新しい子宮内膜症治療の可能性 鳥取大学医学部生殖機能医学分野 谷口 諸 文紀 言 子宮内膜症治療薬として,GnRH アゴニスト, 対象と方法 .ヒト子宮内膜症細胞培養系を用いた検討 低用量ピル,プロゲスチン製剤等が応用されて 手術時に採取した卵巣チョコレート囊胞壁由 いるが,副作用のために長期投与が難しいこと 来の子宮内膜症間質細胞培養系(endometriotic や,挙児希望のある患者には投与しにくいとい stromal cells : ESCs)を用いた.TNFα( う問題点がある.薬用ハーブの一種であるパル /ml)により前処理した後に,天然型 NFκB 阻害 テノライドは,ナツシロギクから抽出される成 剤(パルテノライド)または IAP 阻害剤(BV ) 分で,NFκB(nuclear factor-kappa B)阻害 作 を添加し,細胞増殖能への影響を BrdU―ELISA 用による抗炎症効果を有することから,欧米で で評価した.COX 遺伝子発現は Real time RT は偏頭痛や関節リウマチなどの治療に用いられ ―PCR で,培養上清中の IL― 蛋白と PGE 産生 ている.また,悪性腫瘍に対する分子標的薬剤 量は ELISA で測定した.シグナル伝達分子の として,抗アポトーシス因子 IAP(inhibitor of リン 酸 化 蛋 白 と IAP 蛋 白 の 発 現 は,Western apoptosis protein) の阻害薬が注目されており, blot 法で評価した. IAP の作用と NFκB 経路との関連性が報告され . ている〔 ― 〕 これまで,子宮内膜症細胞における炎症性サ ng .ヒト子宮内膜および子宮内膜症組織を用い た検討 Disease―free の正所性子宮内膜組織を F―Em, イトカインによる増殖進展機構および類腫瘍性 子宮筋腫患者の子宮内膜組織を M―Em,チョコ 格に着目して研究を進めてきた.子宮内膜症合 レート囊胞を有する子宮内膜症患者の子宮内膜 併不妊患者の腹腔貯留液には,炎症性サイトカ 組織を C―Em,卵巣チョコレート囊胞組織を C インである TNF(tumor necrosis factor)α お と略した.各組織中の IAP(c―IAP ,c―IAP , よび IL(interleukin)― の濃度が高く,それら XIAP および Survivin) の遺伝子発現は Real time に相関がみられること〔 〕 ,ヒト子宮内膜症間 RT―PCR で,蛋白発現は免疫組織化学染色法で 質細胞においては,TNFα 添加が NFκB 経路を 評価した. 介して,IL― 産生を刺激して増殖を促進するこ と〔 〕 ,さらには COX(cyclooxygenase) 発 .マウス子宮内膜症モデルによる検討 BALB/c マウス( 週齢)の卵巣摘出後に, 現を誘導して PG(prostaglandin)E 産生を促 エストラジオール吉草酸(E : .μg/マウス/ 進すること〔 〕を明らかにした.本研究では, 週)を投与して性ホルモン動態を同調させた. ヒト子宮内膜症細胞培養系とマウス子宮内膜症 週後に,マウスから摘出した子宮組織を細切 モデルを用いて,パルテノライドと IAP 阻害 したのちに,同系マウスの腹腔内に注入した. 剤の NFκB 阻害作用に焦点を絞り,新しい薬 子宮移植直後から薬剤(パルテノライドまたは 物療法の可能性について検討した. BV : mg/kg/回)を週 投与 回腹腔内投与した. 週間後に,腹腔内に形成された囊胞状の 谷口 (A) (B) 100 50 ** ** * **p<0. 01 400 300 200 100 0 0 TNFα − + + + + + + TNFα − + + (1 ng/ml) 1 1 5 10 50 Parthenolide − − 1 Parthenolide − − 0. (µM) 図 *p<0. 05 (%) 500 ** ** ** (pg/ml) 120 * 400 300 200 80 60 20 0 TNFα − Parthenolide − (µM) 5 10 *p<0. 05 ** p<0. 01 40 100 + + * * ** 100 PGE2 150 (pg/ml) 500 ** ** ** ** IL-8 protein BrdU incorporation (%) 200 COX-2 mRNA 80 + − + 1 0 + + TNFα − 5 10 Parthenolide − (µM) + − + 1 + 10 + 50 (A)子宮内膜症間質細胞におけるパルテノライド添加による細胞増殖と IL― 産生の抑制 (B)子宮内膜症間質細胞におけるパルテノライド添加による COX― 遺伝子と PGE 産生の抑制 図 パルテノライド添加とシグナル伝達分子のリン酸化蛋白発現 子宮内膜症病巣を摘出した.マウスあたりの病 巣の個数,総重量および表面積を計測した.Ki あるいは PECAM の免疫組織化学染色によ り,細胞増殖能と血管新生への影響を評価した. ml)は,TNFα 添加により誘導される BrdU 取 り込み量と IL― 蛋白量を減少させ(図 A) , COX― 遺伝子および PGE 産生量を低下させた (図 B) .パルテノライドは,TNFα 添加によ 病巣組織における Vascular endothelial growth り増強したリン酸化 IκB 蛋白発現を抑制した ,Leukemia factor(Vegf ) ,Interleukin― (Il ― ) が,他のシグナル伝達分子においては抑制がみ inhibitory factor(Lif ) ,お よ び Monocyte che- られなかった(図 ) . motactic protein― (Mcp― )の炎症 性 サ イ ト 動物モデルでは,すべてのマウス腹腔に直径 カインの遺伝子発現量を Real time RT―PCR で ∼ 測定した. mm 大の囊胞状の子宮内膜症様病巣が形 成された.囊胞の最内層は,単層の上皮細胞で 成 績 形成されており,ヒト子宮内膜症の初期病変に .パルテノライドの効果 ESCs へのパルテノライドの前処理( 類似した組織学的特徴を呈した(図 ng/ ) .パル テノライド投与により,病巣個数はマウスあた NFκB を標的とした新しい子宮内膜症治療の可能性 図 マウス子宮内膜症様病巣 (A)腹腔に形成された病巣 (B)摘出した病巣 (C)(D)囊胞の H.E.染色像 り平均 .個から .個に減少した.病巣の総重 込み量を低下させた(図 考 量は,対照の約 %に,総面積は約 %減少し, Ki 81 陽 性 細 胞 比 率 も 約 %低 下 し た(図 AB) 〔 〕 . 察 子宮内膜症間質細胞培養系に加えて,月経血 ABCD) .また,パルテノライド投与は,病巣組 逆流説に基づいたマウス子宮内膜症モデルを用 織中の Vegf ,Il ― ,Lif ,および Mcp― の遺伝 いて,天然型 NFκB 阻害剤である薬用ハーブ 子発現量を有意に低下させた(図 ・パルテノライド 〔 〕 および IAP 阻害剤 〔 〕 E) 〔 〕 . .IAP 発現とその阻害剤(BV )の効果 の効果を明らかにした. cIAP― ,cIAP― ,XIAP,Survivin の遺伝子お 近年,薬用ハーブは補完代替治療薬として注 よび蛋白発現は,いずれの正所性子宮内膜組織 目されており,パルテノライドの NFκB 阻害 よりも卵巣チョコレート囊胞において高かっ による抗腫瘍効果が,白血病,乳癌や膵臓癌な た.cIAP― ,cIAP― ,XIAP においては,F―Em どで報告されている〔 ,〕 .米国で行われた臨 に比して,M―Em と C―Em で発現が高かった. 床試験では,投与量が少なく,有効な血中濃度 いずれの子宮内膜組織においても,増殖期と分 が得られなかったことから,高用量のパルテノ 泌期における IAP 発現の違いは認められなかっ ライドを用いた検討の必要性が指摘されている た(図 , ) .マウスモデルにおいては,BV 〔 〕 .パルテノライドは副作用の少ない子宮内 投与によりパルテノライドとほぼ同程度の病巣 膜症薬剤として,術後の疼痛を有する患者,再 縮小効果が認められ,Ki 陽性細胞比率およ 発により長期の薬物治療が必要な患者,あるい び PECAM 陽性細胞染色強度を低下させた(図 は挙児希望のある患者などへの応用が考えら ) .さらに,TNFα による IAP 発現調節につ れる. いて検討した.BV 添加は,ESCs における c― IAP は癌組織では過剰発現しており,カスパ IAP 蛋白発現,TNFα 添加で誘導される c―IAP ーゼ阻害活性が強く,抗癌剤耐性やアポトーシ 蛋白,およびリン酸化 IκB 蛋白発現を抑制し ス抵抗性と相関があるとされている.IAP は, た(図 AB) .また,BV は,TNFα 添加で誘 炎症性サイトカイン産生や細胞増殖の調節にお 導される IL― 蛋白産生量ならびに BrdU 取り いて重要な働きを有する.子宮内膜症組織にお 谷口 Number of lesions (A) (B) * 8 6 4 2 0 Total weight of lesions(mg) 82 100 60 40 20 0 (D) 80 * 60 40 20 0 Control Parthenolide (E) (%) 100 50 Control (%) 15 10 5 0 Control Parthenolide 05 *p<0. * 100 50 Control Parthenolide (%) * Mcp-1 mRNA 100 Lif mRNA * 20 0 0 50 0 Parthenolide * 100 50 0 Control 図 25 (%) ** Il-6 mRNA Vegf mRNA Control Parthenolide Ki 67 positive cells / field(%) Total volume of lesions(mm2) Control Parthenolide (C) * 80 Control Parthenolide Parthenolide マウス子宮内膜症モデルにおけるパルテノライドの効果 (A)病巣個数 (B)総重量 (C)表面積 (D)上皮組織における Ki 色陽性細胞比率 (E)炎症関連遺伝子発現 染 いても,cIAP― ,cIAP― ,XIAP,Survivin の発 これらの成績から,生体内での薬物動態がま 現が正所性子宮内膜組織よりも強く,TNFα 添 だ不確定ではあるが,子宮内膜症の病態におい 加に反応して発現増強がみられたことから〔 て中心的役割を果たす NFκB を標的とした新 ― 〕 ,子宮内膜症の病態における役割に着目し た.米国では,IAP 阻害剤の悪性腫瘍に対する 臨床試験が進められており,薬剤の副作用は軽 微であったことが報告されている. しい薬物療法が期待できると考えられた (図 ) . NFκB を標的とした新しい子宮内膜症治療の可能性 c 5.0 10. 0 3.0 b 2.0 1.0 0 a b b b a P S P S P S C F-Em M-Em C-Em b b 4. 0 0 a b b a P S P S P S C F-Em M-Em C-Em c 5. 0 5. 0 4. 0 3. 0 b b b b 2. 0 Survivin XIAP 6. 0 2. 0 6. 0 4. 0 b 3. 0 a 2. 0 a a 1. 0 1. 0 0 a a a a a 0 P S P S P S C F-Em M-Em C-Em 図 c 8. 0 c-IAP2 c-IAP1 4.0 P S P S P S C F-Em M-Em C-Em a vs. b: b vs. c: p< 0. 05 ヒト子宮内膜および子宮内膜症組織における IAP 遺伝子発現 P:増殖期,S:分泌期,F―Em : Disease-free の子宮内膜,M―Em:子宮筋腫患者の 子宮内膜,C―Em:子宮内膜症患者の子宮内膜,C:卵巣チョコレート囊胞 図 ヒト子宮内膜および子宮内膜症組織における IAP 蛋白発現 P:増殖期,S:分泌期,PC:陽性コントロール 83 谷口 図 マウス子宮内膜症様病巣における IAP 阻害剤による細胞増殖能と血管新生 の抑制 子宮内膜症間質細胞における IAP 阻害剤による(A)IAP 蛋白発現および(B)NFkB リン酸化の抑制 (A) 1. 2 1. 0 0. 8 0. 6 0. 4 0. 2 0. 0 (B) * * * * BrdU incorporation 図 IL- 8 protein 84 01 0. 1 1 2 5 BV6 cont 0 0. (µM) TNFα ( 1ng/ml) 1. 2 1. 0 0. 8 0. 6 0. 4 0. 2 0. 0 * * 0 0. 01 0. 1 1 TNFα 2 5 BV6 (µM) *p<0. 05 図 子宮内膜症間質細胞における IAP 阻害剤による(A)IL― 蛋白産 生および(B)細胞増殖能の抑制 NFκB を標的とした新しい子宮内膜症治療の可能性 炎症 TNFα COX-2 -PGE2 NFκB IL-8 疼痛 細胞増殖 〔 BV6 パルテノライド 図 IAPs 抗アポトーシス 子宮内膜症の病態における NFkB の役割 文 献 〔 〕Varfolomeev E et al. IAP antagonists induce autoubiquitination of c―IAPs, NF―κB activation, and TNFα-dependent apoptosis. Cell ; : − 〔 〕Varfolomeev E et al. Cellular inhibitors of apoptosis are global regulators of NF―κB and MAPK activation by members of the TNF family of receptors. Sci Signal ; :ra 〔 〕Harada T et al. Increased interleukin― levels in peritoneal fluid of infertile patients with active endometriosis. Am J Obstet Gynecol ; : − 〔 〕Sakamoto Y et al. TNFα-induced interleukin― (IL ― )expression in endometriotic stromal cells, probably through NF―kB activation : GnRHa treatment reduced IL― expression. J Clin Endocrinol Metab ; : − 〔 〕Suou K et al. Apigenin inhibits TNFα-induced 〔 〔 〔 〔 〔 〔 85 cell proliferation and prostaglandin E synthesis by inactivating NF―κB in endometriotic stromal cells. Fertil Steril ; : − 〕Takai E et al. Parthenolide reduces cell proliferation and prostaglandin E synthesis in human endometriotic stromal cells and inhibits development of endometriosis in the murine model. Fertil Steril, ; : − 〕Taniguchi F et al. The cellular inhibitor of apoptosis protein― is a possible target of novel treatment for endometriosis. Am J Reprod Immunol ; : − 〕Jain NK et al. Antinociceptive and anti-inflammatory effects of Tanacetum parthenium L. extract in mice and rats. J Ethnopharmacol ; : − 〕Kwok BH et al. The anti-inflammatory natural product parthenolide from the medicinal herb feverfew directly binds to and inhibits IκB kinase. Chem Biol ; : − 〕Curry EA, rd, et al. Phase I dose escalation trial of feverfew with standardized doses of parthenolide in patients with cancer. Investigational New Drugs ; : − 〕Taniguchi F et al. TAK activation for cytokine synthesis and proliferation of endometriotic cells. Mol Cell Endocrinol ; : − 〕Watanabe A et al. The role of survivin in the resistance of endometriotic stromal cells to drug -induced apoptosis. Hum Reprod ; : −
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