エクアドル:中長期的な成長力に期待(一般財団法人

新 興 国 マ ク ロ 経 済 WAT C H
エクアドル:
中長期的な成長力に期待
福谷 周
国際協力銀行 外国審査部
第3ユニット(米州担当)
多彩な様相をもつ国
ゾウガメが生息することで知られるガラパゴス諸島
を領土にもち、アンデス山脈が南北を貫き、地球の中
脱却すべく2000年に自国通貨スクレを放棄し、米ドル
を法定通貨とした。米ドルが流通する国は数多くある
が、法定通貨自体を外国通貨に変更したのはほかにパ
ナマやエルサルバドルくらいである。
心から見ると赤道直下に位置することから宇宙にいち
ばん近い山といわれるチンボラソ山(6267m)を西部
ドル化政策による効果はすぐには出てこなかった
に抱えるエクアドル。首都キトから車で1時間半もあれ
が、2007年に憲法改正を訴える急進左派の経済学者
ば、世界最高峰の活火山コトバクシ山(5896m)に登
であるコレア氏が大統領に就任したことで転機が訪れ
ることも可能だ。
る。
コレア大統領は、2007年の大統領就任時に「よき生
そんな自然豊かなエクアドルの経済パフォーマンス
活(BUEN VIVIR)
」というスローガンを提唱し、社
はほかの中南米カリブ諸国と比べて顕著である。産油
会政策の拡充のほか、規制強化、富の再分配、保護貿
国であるエクアドルは昨年までの高い原油価格に支え
易などを推進し、国民から大きな支持を得た。変革を
られ、過去5年間の平均経済成長率は5.4%、1人当た
求めていた国民からの高い支持率を背景に08年には大
りGDPは2003年の2130ドルから13年は5943ドル、失
統領の権限強化などを定める憲法改正に成功してい
業率は03年の9.3%から13年は4.5%、貧困率は03年の
る。コレア政権は14年中ごろまでの原油高の恩恵を受
49.9%から13年は25.6%と経済状況は大きく改善した。
けて余剰歳入を原資に拡張的な財政政策による「大き
しかし、さらにさかのぼれば、90年代は政治が安定
な政府」を志向、教育・医療・福祉などの社会政策を
せず、政権交代が相次ぎ96年からの10年間で7人の
拡充させてきており、政府関係者の話では「現時でも
大統領が誕生したが、いずれも任期を全うできなかっ
大統領は72%と驚異的な支持率を誇る」と言う。
た。99年には対外債務支払いを停止、金融危機から
しかし、その経済構造は歳入の約3割、輸出の約
6割を石油に依存しており、原油の国際商品市況に左
右されるため油断は禁物である。2014年はデフォルト
出典:外務省
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南米最古の歴史をもつといわれるサンフランシスコ教会前の広場
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Political Stability(政権の安定性)を大統領在任期間でみると
現職コレア大統領の大統領在任期間は7.1年と群を抜いている
キトの町並み。思った以上にインフラも整備され
都市化が進んでいる印象を受けた
出典:エクアドル中央銀行
後初となるグローバル債の発行や08年以来となるIMF
痛が始まった。筆者は、トレイルランが趣味なのだが、
との経済政策協議の再開で、国際金融社会への復帰を
海抜3000m級の高地で過ごすのはやはりなかなかこた
果たしたが、昨今の原油価格下落が財政収支や経常
えるものである。
収支に与える影響を避けることは難しく、引き続き厳
今回キトに現地入りする前の2014年 8 月末には
しい外部環境の中でのマクロ経済運営を強いられるこ
ニューヨークとワシントンD.C.において国際機関や調
とになる。
査機関などのエコノミストへ事前に調査をしたが、み
本稿ではこうした事情を背景に、キトでの現地調査
で得た情報を、筆者の考えも交えて紹介する。
ひた走る経済成長路線
な口をそろえてエクアドル経済は先行きが明るいと話
していた。足下の経済成長率は減速傾向にあるが、中
長期的には資源開発・インフラ整備(水力発電所、ヤ
スニITT(Ishpingo Tambococha Tiputini〈イスピ
ンゴ、タンボコチャ、ティプティニ〉鉱区)油田開発、
クリスマス休暇直前の12月下旬、東京から米国経由
製油所新設・リハビリ)などの大規模プロジェクトが
で約24時間かけてキト国際空港に到着した。途中米国
立ち上がることにより経済の回復が見込まれるとの声
からのフライトが遅延したため、首都であるキトに到
は多かった。
着したのは真夜中過ぎだった。空港内は思ったよりも
他方、一部の民間調査機関からは上述のプロジェク
きれいに整備されている。外は長袖シャツにジャケッ
トに対する財政負担やエネルギー補助金などにより財
トでは肌寒い。それもそのはず、キトは赤道直下であ
政赤字はGDP比約4%と高く、歳出規模も拡大してお
りながら海抜2850mの山岳地域にあるからだ。事前に
り、原油価格が下落するなかで石油収入の減少が懸念
手配していた車でホテルに向かう車中、路面が思いの
されるとの声も聞かれた。こうした懸念について政府
ほか舗装されていることに気がついた。
「先週末に空
関係者からは「昨今の原油価格低迷を受けて大規模プ
港から市内への幹線道路がようやく整備され、道路事
ロジェクトについては引き続き実施を検討するものの、
情が大幅に改善された」とドライバーが教えてくれた。
2015年度はプライオリティーの低い小規模プロジェク
聞けば、それまでは一方通行の橋を渡り、ひとたび交
トなどに対する資本支出の削減を検討中」との話があ
通事故が起きればひどい交通渋滞に巻き込まれいつ市
り、実際に15年1月に財務省より予算削減措置が発表
内に到着できるかもわからないという状況だったそう
され、財政改善に向けた具体的な措置がとられている。
だ。カトリック教徒が人口の大半を占めるエクアドル
一国全体の1年間の営業活動をあらわす経常収支
らしくホテルロビーには大きなクリスマスツリーが
は、近年赤字基調が続いている。足下、原油価格の下
飾ってあった。
落、補助金による低廉なエネルギー価格のもとでの石
油精製品の輸入拡大により、経常収支は悪化傾向にあ
キト到着の翌日から政府関係者への調査を開始し
た。朝の目覚めはよかったのだが、しばらくすると頭
る。
資本収支については、エクアドルはドル化政策のも
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とで、中銀に自律的に金融政策を実施する余地はなく、
な依存が権力集中を招いており、政府内チェック・ア
資本規制や輸入規制を行い、国外へのドル流出の抑制
ンド・バランスの機能低下が生じている」といった声
に努めている。なお、通常の分析であれば貿易・投資
もよく聞かれる。
などの国際収支と外貨準備高を勘案し、債務不履行に
今やカリスマともいえる圧倒的な権力を握るコレア
陥る状況を判断することが多いが、エクアドルはドル
大統領。実際、現地政府高官も「何を決めるにも大統
化経済であるため、外貨準備高の必要性は大きく軽減
領への確認が必要となる。政策運営に当たっても常に
されている。
大統領の意向に配慮している」と言う。しかし、こう
こうしたなか、インフラ整備は着々と進行している。
した強力なリーダーシップによって経済の安定や成長
現地調査中に政府高官より入手した資料によれば、現
が図られてきたことは事実であり、その意味では大統
在、約93億ドルをかけ8基の水力発電所、4基の地
領への権力集中による独裁体制がうまく機能している
熱発電所を建設・計画中とのことだ。中銀総裁の話で
好事例ともいえるのではないだろうか。2013年の大統
は、
「2016年には水力発電の発電割合は9割を超える」
領選挙で三選を果たしているコレア大統領が17年に予
と言う。
定される次回大統領選挙への出馬を可能とするために
憲法改正を目指しており、その動向が注目される。
また、エクアドル経済を支える石油部門においても
ヤスニITT油田開発や中国が主導するパシフィコ製油
所新設など、大型プロジェクト開発が予定されており、
電子通貨の導入の行方
2016年以降順次稼働する見込みである。戦略セクター
2014年9月に中央銀行による電子通貨の発行を認
調整省によれば、ヤスニITT油田開発により22年まで
める法律が施行され、電子口座開設の手続きが着々と
に現行生産比25%超(13年53.1万バレル/日→22年
進められている。これまで世界中のどこを見渡しても
67.8万バレル/日)の生産増加を見込んでいるとのこ
政府・通貨当局が電子通貨を発行した例はなく、自国
とである。
通貨をもたない国家が電子通貨をどのように具体的に
大統領のリーダーシップに期待
堅調な成長を続けるエクアドル経済だが、民間調査
機関などからは「コレア大統領の政治指導力への過度
導入していくのか世界の注目を浴びている。現地では、
「電子通貨の存在は知っているが、広く国民に普及し
ていくかどうかはわからない。政府の意図は個人の金
融取引の捕捉にあるのでは」という声もあった。
コレア大統領はかつてドル化政策をエクアドル史上
対外借入の窓口である戦略セクター調整省のJohn Jaraフラグシッププロジェクト
上級企画官(右から2番目)と水力発電プロジェクトなどについて議論
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エクアドルでは大みそかの夜12時までに人
形を焼き払う風習がある。人形を焼くことで
1年の不運などを追い払い、新年の到来を
祝福するとのこと
■ 新 興 国 マ ク ロ 経 済 WAT C H
の最大の過ちとして批判を繰
り返していたのだが、昨年夏
に「ドル化政策を維持する」
と方針を転換し、脱ドル化を
あお
否定。金融危機の煽りを受け
て自国通貨が暴落し、国の信
用が失墜したことがドル化の
そもそもの背景であったこと
と考えると、政府が再び信頼
を取り戻し電子通貨が国内決
済ツールとして流通するかど
うかはまだよくわからない。
エコノミストであるコレア大
統領の頭の中では成功イメー
ジを描けているのかもしれな
いが、効果が出るとしてもだ
Mateo Villalba中銀総裁(左から3番目)とPatricio Rivera経済政策調整大臣
(右から3番目)とエクアドル経済について議論を交わした
いぶ先の話ではないか、と筆
者は考えている。
本稿を終えるに当たり、この国の文化にも触れてお
きたい。エクアドルといえばバナナを連想する読者も
多いだろうが、魚介類の豊富な海岸地域や高地、ジャ
ングルなど、多彩な地域をもつエクアドルは食文化も
さまざまである。調査の合間にキトの旧市街のエクア
ドル料理屋に立ち寄ったのだが、そこで食べたチーズ
とじゃがいものスープは日本人の口にとても合うし、
腹もちもよい。寒冷なアンデス山脈で生き抜く原住民
インディオの知恵から生まれた効果的な栄養摂取法な
のだろう。
今回、世界文化遺産に登録されているキトの旧市街
を訪れたが、スペインの植民地時代の面影が色濃く
チーズとジャガイモのスープ。
非常に腹もちがよく、これ一皿でお昼は十分である
残っている。歴史建造物の保存状態の良好さはラテン
アメリカで随一とも評され、ゴシック式の教会や南米
最古といわれるサンフランシスコ教会の中には数々の
的な生活環境がエクアドルの中長期的な潜在的成長に
装飾品や宗教絵画が飾られているほか、インカ帝国の
寄与することを期待したい。
かい ま み
国教である太陽神信仰もところどころに垣間見えるな
ど宗教芸術が花を咲かせている。
とある海外の調査会社の「老後に過ごしたい国ラン
※著者略歴:1986年生まれ。早稲田大学理工学部卒業。早稲
田大学大学院修了(国際関係学専攻)
。大学院では日墨経済
連携協定(EPA)など、2国間EPA / FTAの経済効果な
キング(2015年)
」でトップはエクアドルとのことであ
どを研究。2011年にJBIC入行後、ミャンマー向け融資再開
る。温暖な気候、安価な生活コスト、福祉の充実など
を含むアジア地域および中南米カリブ地域向け融資などを担
が評価されたそうだ。65歳以上であれば、航空機が割
引になるほか、公共交通機関、映画、スポーツイベン
トなどは半額になる。医者による診察は10ドル、食事
は2.5ドルもあれば十分であり、月1400ドルもあれば夫
婦で悠々自適に生活することができる。コレア大統領
のリーダーシップのもと、こうした独自の文化と魅力
当。14年より外国審査部でブラジル、ベネズエラ、アルゼン
チン、エクアドル、コスタリカ、トリニダード・トバゴなど中
南米カリブ各国のソブリンリスク審査、現地政府・中央銀行
との政策対話などに従事。中南米での現地取材では時差ボケ
対策のために現地時間に合わせて出される機内食を食べるこ
ととホテル到着後に数時間の仮眠をとることを心がけている。
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