官民対話、最低賃金、公務員給与、賃金目標

リサーチ TODAY
2016 年 1 月 13 日
賃上げに、官民対話、最低賃金、公務員給与、賃金目標
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
2016年の春季労使交渉は昨年を上回るベースアップ実現の可能性が高い。政府の賃上げ要請もあり、
2016年の春季賃上げ率は2.50%と、前年を上回るとみずほ総合研究所は予想する1。2016年の賃上げの
予想において、2015年のインフレ率・成長率の低迷はマイナス要因となるが、企業業績の好調さや人手不
足感の高まりはプラス材料である。もっとも、賃上げ率と物価の長期的な関係からみて、2016年の賃上げ率
は、日銀がかねてから掲げている2%の物価目標と整合的な水準には届かない。物価目標(2%インフレ)
の安定的な達成には、過去の相関を振り返れば現在よりも更に高い水準である4~5%の春季賃上げ率
(定昇含むベース)が必要となる。経済財政諮問会議においても、600兆円の名目GDP達成には、年間
3%程度のベースアップが必要と指摘されている(2015年11月4日、議事要旨)。さらに、政府は2020年の
GDP600兆円を目指すべく最低賃金水準の年3%引上げの方針を掲げた。賃上げに政府が関与すること
への是非はあるものの、筆者はデフレ脱却という難病に向けた「手術期間」には、先の官民対話、最低賃金
引上げに加えて、公務員給与引き上げ、賃金目標の4セットくらいの包括策も必要と考える。
■図表:春季賃上げ率(主要企業)
8
(賃上げ率、%)
主要企業
中小企業
7
2016年の賃上げは
2.50%程度と予測
(主要企業)
6
5
4
中小企業への
波及に遅れ
3
2
1
0
1980
1985
1990
1995
2000
2005
2010
2015 (年)
(注)中小企業は 100~299 人規模の企業。
(資料)厚生労働省より、みずほ総合研究所作成
改善傾向にある賃金動向のなかで、依然残った問題は、中小企業の賃上げの遅れにある。先の図表の
春季賃上げ率の推移にあるように、2015年の賃上げにおいて大企業と中小企業には格差がある。雇用者
数では中小企業は大企業を上回るだけに、個人消費の改善には中小企業の賃上げが鍵を握る。
次ページの図表は、実質賃金の推移を示す。足元、企業収益が上場企業では最高益に近いこと、中小
企業でも、原油安の恩恵が波及することで徐々に賃上げに前向きな動きが展望される。消費者物価は原
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2016 年 1 月 13 日
油価格暴落の影響から低位で推移しており、2015年後半になって実質賃金はプラスに転じている。2014年
までと比べ日銀の金融緩和へのスタンスが明確になっていないのは、物価上昇に対する世論に変化が生
じているからだろう。すなわち、物価が上昇しても賃金が上がらなければ、実質賃金は低下し、景気回復の
メリット感が生じにくくアベノミクスへの不信につながる。デフレ脱却は賃金の引上げと一体でないと政治的
にも通りにくい。「アベノミクス2.0」という「アベノミクス」後半戦の3年間のレジームにおいては、日銀の金融
政策上もインフレ目標に賃金目標を組み込むあり方もある。
■図表:実質賃金の見通し
3
(%)
2
物価要因
所定外+特別
所定内
実質賃金
1
0
-1
-2
見通し
-3
-4
-5
2014
2015
2016
(年)
(注)毎月勤労統計調査の特別給与(賞与など)は 30 人以上の事業所のサンプル替えが行われた年に低めの数値が出る
(直近では 2015 年 1 月に実施)。事業所規模 30 人以上の夏季賞与の前年比を夏季一時金の妥結状況の数値(毎月
勤労統計調査とは別統計のため、サンプル替えの影響を受けない)とギャップ修正が行われた年のダミー変数によ
り推計した結果、サンプル要因による下押し分は 5%Pt 程度と試算される(推計期間:1996~2015 年)。夏・冬
ともに同程度の下押しがあると仮定し、賞与の支給時期である 2015 年 4~6 月期、10~12 月期の実績値・予測値
からサンプル要因を除いた。
(資料)厚生労働省「毎月勤労統計」
、「民間主要企業夏季・年末一時金妥結状況について」よりみずほ総合研究所作成
賃金の引上げに政労使会議で政府が介入し最低賃金引き上げまで行うのは過度な介入との見方は根
強い。ただし、バブル崩壊後の縮小均衡、企業のリストラのなかで、企業行動のあり方、「ノルム」(規範)が
賃上げを行わないものとして定着してしまった状況を元に戻すには、外部からの大きな圧力を人為的に加
えるしかない2。金融政策で金融機能を一時的に低下させる「麻酔」をかけて「難病の手術」に対処するのと
同様、労働市場や賃金形成への意識を人為的にかえるには一定の政府介入も必要悪とされる。この考え
方は筆者が長らく、一旦「草食系」に進化した行動形態を元に戻すのは大変な力と時間をかけるしかないと
したのとも共通する。歴史的には、米国1930年代の大恐慌時代に、デフレを回避させるべく、一定の政府
介入によって価格体系を変えるべくカルテルが容認された事例等があった。官制相場としての批判はある
が、インフレへの対処とデフレへの対処には非対称性がある。デフレマインド(リストラマインド)転換は、たと
え官製相場とされても、敢えてマインドの転換を促すような「劇薬」がないとなかなか実現できない。
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『みずほ日本経済情報』 (2015 年 12 月号 2015 年 12 月 15 日)
ここでの「ノルム」(規範)についての考え方は、2015 年 12 月 15 日にみずほ証券とみずほ総合研究所の共催セミナ
ーでパネリストであった、東京大学経済学部の渡辺努教授の議論に基づくものである。
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