子連れ番長も異世界から来るそうですよ? ID:25283

子連れ番長も異世界か
ら来るそうですよ?
レール
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので
す。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を
超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。
︻あらすじ︼
これは県下最凶、ヤンキー率120%と呼ばれる不良校である石矢魔高校から始まる
伝説。
後 に 全 国 の 不 良 を 恐 怖 の ド ン 底 に 叩 き 落 と す 子 連 れ 番 長 べ る ぜ バ ブ の I F ス ト ー
リー。
男鹿とベル坊の喧嘩は地球や魔界に収まらず、箱庭に呼び出されて強く成長していく
物語である。
処女作であり完全に思いつきの作品ですが、内容は練っていくので温かい目で見てく
ださい。
あらすじやタグ、話の内容は良くするため不定期で偶に編集しますが次に投下する話
の前書きで大きな編集内容は報告します。
※マークの話に挿絵あります。
目 次 箱庭の日常ですっ
本作設定 ││││││││││
YES
ウサギが呼びました
最強の主催者 ││││││││
自分達のコミュニティ ││││
〝世界の果て〟にて │││││
異世界への説明 │││││││
異世界との邂逅 │││││││
YES
とある日の夢物語 ││││││
とある日の買い物 ││││││
!
〝挑戦〟か〝決闘〟か ││││
それぞれのギフトカード │││
打倒魔王計画、始動 │││││
虎との決闘日 ││││││││
さらなる異世界人 ││││││
〝ペルセウス〟登場 │││││
暗躍する影 │││││││││
〝火龍誕生祭〟 │││││││
あら、魔王襲来のお知らせ
目標へ向けて ││││││││
SEUS〟︻後編︼ ││││││
〝FAIRYTALE in PER
SEUS〟︻前編︼ ││││││
〝FAIRYTALE in PER
134 124 114 105 96 86
144
163 153
171
?
!
1
10
20
30
39
48
57
65
75
!
!
いざ北側へ │││││││││
男鹿vs十六夜 │││││││
嵐の前の一時 ││││││││
魔王襲来 ││││││││││
最終局面へ │││││││││
※ 全ての決着 │││││││
大罪とか罪源とかややこしいんだ
面倒事の予感 ││││││││
あ
?
魔遊演闘祭・第一予選 ││││
魔遊演闘祭・予選開始 ││││
〝七つの罪源〟との対面 │││
二人の接触者 ││││││││
〝魔遊演闘祭〟 │││││││
旅支度は万全に │││││││
古市のギフト・男鹿の修行 ││
一時の別れ │││││││││
よ
359 345 329
454 443 432 421 410 399 385 374
魔王との対峙 ││││││││
審議決議 ││││││││││
審議決議後 │││││││││
激動の日の終わり ││││││
決戦の始まり ││││││││
ハーメルンの笛吹き戦、序盤 │
vsヴェーザー戦 ││││││
vsラッテン戦 │││││││
鷹宮の過去 │││││││││
317 302 291 277 263 251 239 228 216 208 198 191 180
第一予選終了・第二予選開始 │
魔 遊 演 闘 祭・ 第 二 予 選 ︻前 編︼ 471
640 622 602 582 567 551 533 515
魔 遊 演 闘 祭・ 第 二 予 選 ︻後 編︼ 第二予選終了・第三予選開始 │
魔遊演闘祭・第三予選 ││││
魔遊演闘祭・予選終了 ││││
秘められた想い │││││││
魔遊演闘祭・本戦開始 ││││
極寒地帯での戦い ││││││
海岸地帯での戦い ││││││
森林地帯での戦い︻前編︼ ││
森林地帯での戦い︻後編︼ ││
湿地帯での戦い │││││││
更なる戦いの幕開け │││││
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦︻前編︼ 695 672 654
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦︻中編︼ 705
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦︻後編︼ 721
735
484
500
│
本作設定
︻べるぜバブ︼
男鹿辰巳:原作主人公、ベル坊の契約者。暗黒武闘・紋章術は原作よりも熟練・多用
︿キャラクター﹀
している。
対消滅エネルギーの発動自体に命を削るという代償はなく、膨大な魔力量増幅により
魔力耐性が追い付いていないだけであり、その効果は空間内の敵悪魔の束縛ではなく空
ゼブルスペル
間内の魔力制御である。
ゼブルサンクチュアリ
紋章名は〝蠅王紋〟と呼ばれ、蠅の模様をしている。
﹁魔王の聖域﹂:この小説における対消滅エネルギーの名称。
古市貴之:男鹿の親友、レヴィアタン︵レヴィ︶の契約者。原作クリスマス前に使用
差はなし。
ベル坊︵カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ四世︶
:男鹿の契約悪魔。原作との
つもの光線が降り注ぐ。
﹁魔王光連殺﹂
:対消滅エネルギー発動時に可能な技。空中の巨大紋章から紋章下へと幾
本作設定
1
アダプテーション
した〝魔界のティッシュ〟の副作用は原作で乱用したことにより〝 適 応 者 〟︵詳細は
後述︶が発動して毒物耐性・魔力耐性ができている。身体に魔力を通すだけでなく魔力
を使った技も使用可能となっている。
ヒルダ︵ヒルデガルダ︶
:ベル坊に仕える侍女悪魔。右眼は緑色、左眼は青色のオッド
アイ。
アランドロン︵バティム・ド・エムナ・アランドロン︶
:次元転送悪魔。自らの魔力や
自然エネルギーだけでなく、他者の魔力も次元転送のエネルギーとして使用可能となっ
ている。
鷹宮忍:男鹿の兄弟子、ルシファーの契約者。原作とは違って自らもルシファーの能
力である引力を使用する。その対象は人間以外にも使用可能となっている。
ルシファーの魔力を抑えるだけでなく引き出すことも可能となっているが、魔力耐性
ヘレルスペル
は追い付いていない。
紋章名は〝堕天紋〟と呼ばれ、堕天使の模様をしている。
の使用が可能となっている。原作でのカラーが不明なため銀髪に銀眼としている。
ルシファー:鷹宮の契約悪魔。原作では片手での引力しか使用していないが、両手で
﹁紋壁﹂:紋章を盾のように展開する防御用紋章術。
﹁縛連紋﹂:対〝紋章使い〟に編み出した〝縛紋〟の強化版。
2
赤星貫九郎:マモンの契約者。紋章名は不明だが、無限の記号と四方にダイヤ︵金︶の
マークの模様をしている。
炎の推進力を利用して拳や蹴の軌道を急転換したり、急転換による関節への負荷を抑
えるための安定性を確保することができる。しかし炎の推進力を使用するためには溜
レッドガン
めや兆候があるようで、基本的には全身に薄く炎を纏った状態で行っている。
レッドエクスプロージョン
﹁紅線銃﹂:指先に起点となる炎球を作り出し、そこから炎の光線を打ち出す。
﹁紅 い 爆 発﹂
:拳に炎を圧縮して纏い、拳の触れている場所に連続して小爆発を引き起
こす。
マモン:赤星の契約悪魔。原作との差はなし。
邦枝葵:シーサリオンの契約者。祖父である邦枝一刀斎が過去に箱庭へ行っており、
その時に使用していた刀である〝断在〟︵詳細は後述︶と自ら持っていた刀の二振り、加
護の与えられた和装一式を使用している。
シーサリオン︵コマちゃん︶:葵の契約悪魔。原作との差はなし。
撃。対人戦では左手の刀は峰を向けて峰打ちを行っている。
添うように構え、〝断在〟の抜刀に追走するように左手の刀を振り抜く防御不可の剣
術。〝断在〟を右手で持って抜刀の構えを取り、もう一振りを逆手で持って〝断在〟に
﹁心月流抜刀術・断在二刀流壱式 追走蓮華﹂
:〝断在〟を使用した二刀での心月流抜刀
本作設定
3
東条英虎:一定以上の衝撃によってギフトを無効化する膜を展開するネックレスを身
に着けている。
大魔王︵カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ三世︶
:ベル坊の父親であり、箱庭
出身の元・魔王でもある。箱庭ではギフト収集を趣味としていて魔王認定されるほど
だったが、外界のゲームに興味を持って箱庭から出ていった。白夜叉を白ちゃんと呼ん
だり〝七つの罪源〟と今も連絡を取れたりと、なかなかに人脈が広く親しみを持たれて
いる。
︿その他﹀
王臣紋:契約者に忠誠を立てることで発現する魔力パス。効果範囲は大きな街一つ分
ぐらいあり、仮にパスが途切れても供給されていた分の魔力は使用可能となっている。
翻訳丸薬:魔界の宮廷薬師、フォルカス・ラフマニノフ秘伝の言語変換が可能な薬。人
︼
間だけでなく動物にも使用可能だが、幻獣への使用は現在不明となっている。〝ノー
ネーム〟の主力陣は常時使用している。
︻問題児たちが異世界から来るそうですよ
︿キャラクター﹀
逆廻十六夜:原作主人公、〝正体不明〟を使用する少年。原作との差はなし。
?
4
本作設定
5
黒ウサギ:〝箱庭の貴族〟と呼ばれる〝月の兎〟。原作との差はなし。
久遠飛鳥:〝威光〟を使用する少女。原作との差はなし。
春日部耀:〝生命の目録〟を使用する少女。〝魔遊演闘祭〟にて、氷狼のスフィアと
友達になり〝凍える風を放出するギフト〟を獲得した。
ジン=ラッセル:〝ノーネーム〟のリーダー。原作との差はなし。
白夜叉︵白夜王︶
:〝サウザンドアイズ〟の幹部であり、白き夜の魔王として恐れられ
た太陽と白夜の星霊。大魔王とは旧知の仲であり、大魔王には〝白ちゃん〟と呼ばれて
いる。
レティシア=ドラクレア:〝箱庭の騎士〟と呼ばれる純血の吸血鬼。男鹿の第一の王
臣として左手の甲に王臣紋が発現しており、男鹿に恋心を抱いている。
〝龍の遺影〟に魔力を込めることで破壊力を上げ、斬撃性と打撃性に攻撃を切り替え
ることができる。
ペスト:黒死病で命を落とした八〇〇〇万人の悪霊群の代表。鷹宮の第一の王臣だ
が、王臣紋の発現位置は現在不明。
鷹宮の魔力を使用していたことにより自分の魔力を扱えるようになった。死の風に
魔力を込めることで破壊力を上げ、精緻なコントロールが可能となっている。
て氷を操ることができる。
下にあたる六柱の一角にフルーレティが存在する。伝承の雹を降らせる力から派生し
書〟の階級構造ではルシファー・ベルゼブブ・アスタロトを地獄の支配者とし、その配
フルーレティ:〝魔遊演闘祭〟で出会った悪魔。グリモワールの一つである〝大奥義
さえ満たせていればなんでもできると言っても過言ではない強力な悪魔である。
実と結び付いたリアルな想像力と脳の処理能力がなければ幻覚を作り出せないが、条件
の三十六の軍団を率いる序列七十一番の大公爵である。幻覚を送り込む能力があり、現
ゲトン〟の第一部、〝ゴエティア〟における〝ソロモン七十二柱〟の一人であり、地獄
ダンタリオン:ルイオス=ペルセウスの契約悪魔。グリモワールの一つである〝レメ
る次元刀である。
断在:葵の持つギフト。刀型のギフトであり、刃の部分は空間を斬り裂くことができ
召喚憑依紙:古市の持つギフト。〝魔界のティッシュ〟の別称。
響に適応する力で、生物学や生態学における環境適応能力を縮小化したギフトである。
適 応 者 :古市の持つギフト。人間の限界を越えないであろうレベルで身体に対する影
アダプテーション
や衝撃を操る。形状や大きさもある程度は自由自在のギフトである。
流 水 領 域:白夜叉の持つギフト。白夜叉の夜叉としての力が込められた水で、摩擦抵抗
ストリーム・レンジ
︻オリジナル︼
6
青み掛かったロングヘアの銀髪に氷の結晶の形をしたヘアピンを付けている。瞳の
フラウロス
色は水色で、丁寧な口調の落ち着いた雰囲気の女性である。
十二柱〟のフラウロスの霊格を解放する。解放すると髪は橙色に変わり、瞳には炎が灯
﹁霊格解放・豹炎魔﹂
:創作悪魔の側面を持つフルーレティの由来となった〝ソロモン七
り、手足の先端は豹の皮膚となって手には大きな鉤爪出現する。身体能力が向上して炎
を操り、自らに対する相手の行動を予知することができるようになる。
ルシファー︵罪源︶
:傲慢を司ると言われる〝七つの罪源〟の魔王。青味掛かった銀色
の長髪をハーフアップに纏めており、物腰の柔らかいお嬢様然とした女性。
レヴィアタン︵大罪︶
:古市の契約悪魔。水を操ることができるが、液体だけでなく固
体・気体と〝水の三態〟を操ることが可能となっている。
紫色のセミロングの髪に尖った耳をしており、瞳の色は紫色で、誰へ対しても隔たり
ア ク ア・ フ レ ア
を感じさせない活発的な性格の女性である。
を持っている。
通用しない硬い鱗と巨大を持つ最強の生物という伝承があり、硬い皮膚と超重量の身体
レヴィアタン︵罪源︶
:嫉妬を司ると言われる〝七つの罪源〟の魔王。いかなる武器も
す。
﹁水魔の空爆﹂:周囲にある水を一瞬で気化させることによって水蒸気爆発を引き起こ
本作設定
7
8
深い青色の髪を刈り上げており、鍛えられてしっかりとした体格している青年。瞳の
色は赤味がかった金色で、気さくで親しみやすい性格をしている。
サタン︵罪源︶
:憤怒を司ると言われる〝七つの罪源〟の魔王。長身に赤い長髪を腰ま
で垂らしており、細いが引き締まった体格をしている青年。瞳の色は黒味がかった赤色
で、かなりの威厳を醸し出している〝罪源の魔王〟のリーダー格である。同時に〝敵対
者〟と呼ばれる元・〝人類最終試練〟の一角でもある。
ベルフェゴール︵罪源︶
:怠惰を司ると言われる〝七つの罪源〟の魔王。人間界の結婚
生活などを覗き見、または実際に見るために人間界にやってきていた悪魔という伝承が
あり、千里眼と瞬間移動を行うことが可能となっている。
寝癖のついた茶色の短髪に中性的な顔立ちの少年。瞳の色は茶色で、いつも眠そうに
している。
マモン︵罪源︶
:強欲を司ると言われる〝七つの罪源〟の魔王。黒い短髪に前髪の一房
だけ金色にしている、整ってはいるが精悍とは言えない顔立ちの青年。物事を考えては
いるものの大雑把な性格をしている。
ベルゼブブ︵罪源︶
:暴食を司ると言われる〝七つの罪源〟の魔王。緑掛かった金色の
長髪を後ろで纏めた青年。本来はバアル・ゼブルという名で呼ばれていて嵐と慈雨の神
であるバアルの尊称の一つだったと思われるという伝承があり、嵐を自在に操ることが
本作設定
9
可能となっている。
切れ長の目が鋭いイメージを連想させ、真面目過ぎる性格をしている。本来は適度に
真面目だったのだが、先代ベルゼブブ︵大魔王︶がアホだったために降り掛かった被害
を対処しているうちにクソ真面目となってしまった苦労人である。
アスモデウス︵罪源︶
:色欲を司ると言われる〝七つの罪源〟の魔王。女性に取り憑い
て結婚した夫を連続して七人まで殺したという伝承やソロモン王を策略により王宮か
ら追放して王に成り代わっていたという伝承があり、最大七体までの憑依と他者の模倣
を行うことが可能となっている。
姿を変えれば変身した人物のギフトを十全に発揮でき、変身しなくても観測した魔力
を模倣することで他者のギフトを十全ではないが発揮し複合させることができる。た
だし直接的な繋がりがなければギフトを模倣することができない︵ex.〝生命の目録
〟︶。複合技の場合、その場のノリで技名を付けたりする。
漆黒の長髪をサイドテールにしたプロポーション抜群の女性。瞳の色は黄色で、落ち
着いた性格をしていて常に余裕をもっている。
YES
箱庭の日常ですっ
!
逆
廻
最近は問題児筆頭の金髪ヘッドホン野郎に異常のレッテルを貼られてるって
ハッハッハッ、知るかそんなもん。それよりも今は重要な時間なんだ。
え
校生だ。
オッス、俺の名前は古市貴之。ビックリ人間が集まる箱庭においては珍しい普通の高
とある日の買い物
!
知らんけど。
考えてる癖にって
ラミアはロリコン認定される対象って
?
バッカお前、見た目小学生は流石にこの御時世アウトだろ。実年齢
春日部さんは誰が見ても美少女だろう。うん
生なんて最高で六歳差、俺達なんて二歳差だ。大人になればなんてことはない差だし、
なんと春日部さんとだ。まぁ年齢的に中学生は駄目とか言う奴もいるが、中学生と高校
俺は今、二人っきりでショッピングしている。もちろんむさ苦しい男共じゃないぜ
?
?
?
?
もう耀ちゃんって呼んでも
?
ナハハのハーッ‼
?
これはデートと言っても過言じゃないんじゃないかな
まぁラミアは置いておいて今は春日部さんだよ。そんな彼女が俺を指名したんだぜ
なーんつって‼
?
?
いいんじゃないかな
?
10
﹁ホラ、次それ持ってて。今日一日、私の奴隷なんだから﹂
﹁ハイ・・・﹂
えーえー、見栄を張りましたよ。今の俺は荷物持ち以下の召使い的存在ですよ。今の
春日部さんは右手に焼き鳥を左手にイカ焼きを、右腕にたこ焼きを左腕に焼きそばを、
首にラムネを、ついでに俺の右腕を利用して唐揚げを装備している。・・・俺の金で。
違う
何でその権利を執行する羽目に
あれあれ、ペルセウスとの戦いで男鹿がのたまった
?
何でこんなことになったかって
色々あったんだよ、色々とな。
〝古市を貸す〟宣言が執行されてんだよ。え
なったかって
★
?
?
﹂
古市が説明口調で思考を垂れ流していた時より少し遡った〝ノーネーム〟本拠にて。
?
?
いつもより多くなりそうなので皆さんにも手伝って頂きたいのですが・・・﹂
﹁はい。それ以外にも少なくなっている日用品を少々買い足しておこうと思いまして、
﹁食料の調達
とある日の買い物
11
黒ウサギさんは申し訳なさそうにそう言ってくる。
今日は〝ペルセウス〟戦が終わり歓迎会が行われて三日ほどが過ぎた頃だ。俺達の
ために豪勢なパーティにしてくれたけど、やっぱりそれが原因なのだろうか
?
﹁じゃあアレだ、春日部にやった〝古市奴隷権〟で古市が何往復もすればいい﹂
なっている以上は手伝うだろうし。
に否定の素振りは見せていない。ヒルダさんも性格からして〝ノーネーム〟に厄介に
見兼ねた久遠さんが男鹿に行くように促す。男手として数えられてる逆廻と俺は特
必要でしょうから辰巳君も来なさい﹂
﹁ほら、黒ウサギが頼んでくるなんて珍しいのだから手伝ってあげるわよ。特に男手は
労してるならお小遣いなんて出るわけないしな。そこは少し安心できた。
どうやら逆廻達が来たことで日々の金銭面ではそこまで苦労していないようだ。苦
ますからぁ﹂
﹁そこをなんとかお願いしますよぉ。多少なら街で遊んで来れるようにお金をお渡しし
くるんだから俺一人じゃ無理に決まってんだろ。
男鹿の野郎が全てを俺に押し付けようとしてくる。黒ウサギさんがわざわざ頼んで
﹁勝手に変な役割を付けんな﹂
﹁面倒くせぇな。そういうのは古市の役割だろうが﹂
12
それって悪
﹁ふざけんな、そんなことしたら丸一日掛かるわ。てかそれはお前が勝手に作ったんだ
ろうが。何時の間にか奴隷にランク下がってるし﹂
内容は確か春日部さんに俺を一日貸すってことだったはずだろ。あれ
く言えば奴隷ってことになるのか
?
しかも春日部さん、奴隷権を行使する気満々だし。
面倒臭がってる男鹿に行くよう言うんじゃなくてそっちを否定するために話に
加わったの
え
﹁その奴隷権は今日の食べ歩きで奢ってもらうために使うんだから﹂
案は完膚無きまでに却下してもらわないと困る。
久遠さんに続いて春日部さんも促しに入るようだ。万が一のことを考えて男鹿の提
﹁辰巳、それは駄目﹂
?
お前もこんな時だけ簡単に折れるんじゃねぇよ。お前の提案よりはマシだけどさ。
﹁そういうことなら仕方ねぇな。付き合ってやるとするか﹂
?
?
けろよ、おい。
たけどさ、俺の一日奴隷権という生贄を使ってだよ 使うなら使うでせめて俺に声を掛
逆廻の言葉でぞろぞろと動き始める一同。いや確かにこれで全員手伝うことになっ
﹁話が纏まったんならそろそろ行こうぜ。街で遊ぶ時間が減っちまう﹂
とある日の買い物
13
?
★
って感じ
と言うわけさ。色々って言う程でもなかったか。まったく困ったもんだ。結論とし
ては大人しく従っている俺ってマジ大人じゃね
?
尽きようとしているんだけど、今日一日持つのかなこれ
ドンッ。
ジ大人。
﹂・・・﹂
治療用ギフトでも買わねぇと取り返しのつかないことになんじゃねぇか
ちろん責任取って金貸してくれるよな兄ちゃん
じゃね
?
も
い人達・・・いや、獣人達って言うべきか と合わせて三人もこちらに因縁付けてるし。
えぇ∼、カツアゲですやん。てか今時当たり屋って・・・。なんか隣にいた仲間っぽ
?
﹁すみま﹁痛ってぇ∼‼
おいおい、これ腕上がんねぇよ‼ もしかして脱臼してん
しかしそこは大人な俺。自分の心配をするよりもまずは相手の心配だ。冷静な俺マ
所見してたのか少し強い衝撃だ。ぶっちゃけ少し痛い。
っと。ちょっと思考に耽りすぎたかな、通行人と肩がぶつかってしまった。相手も余
?
ていうか春日部さんの食スピードが半端じゃない。もらったお小遣いがあと少しで
?
?
?
?
あと春日部さん、こんな状況なのに両手が空いたからってたこ焼きを食べ始めないで下
?
14
さい。
﹁そんなこと言われましても、うちのコミュニティは〝ノーネーム〟でして・・・。治療
用ギフトがどの程度の代物か知らないですけど、金目の物なんてないですよ﹂
取り敢えずは下手に出て様子を見る。〝うちにあるけどね〟と小さく言う春日部さ
んには少し静かにしていてもらいたい。まだ焼きそば残ってるでしょ
﹁金目の物がないかどうかは俺達が決めるっつうの。最悪お前らが今持ってる分だけで
?
も治療の足しに・・・って何を呑気に食ってんだ小娘が‼ 状況分かってねぇのか⁉
﹂
?
何時の間に食べちゃったの、この子
﹂
春日部さんは問
?
春日部さんが俺の右腕にある唐揚げを取って食べ始めてしまったから放置で
きなくなったのだろう。というか焼きそばは
﹁お嬢ちゃん、大人を舐めてると痛い目に合うって教わらなかったのか
逆にあんたらは人を見た目で判断しないって教わらなかったのか
?
?
題児の中で一番大人しいとは言っても問題児には変わりないんだぞ
?
?
?
やく〟
とうとう春日部さんへと男達の視線が向いてしまう。〝とうとう〟というか〝よう
?
﹂
?
?
しかし春日部さんがいくら問題児として強くても、それが彼女を庇わない理由にはな
か
﹁・・・あん 何だ兄ちゃん、てめぇも格好つけると痛い目に合うって教わらなかったの
とある日の買い物
15
〝井の中の蛙、大海を知らず〟。弱者と強者の
春日部さんは唐揚げに夢中だけど。
らない。女の子を守るのが男って奴だからな。今の俺って夢中になられてもおかしく
ないくらい王子様じゃね
﹁あんたらはこんな諺を知らないのか
?
出そうとしてーーー右手を突っ込んだまま左手を構える。
と挑発する、してしまう。
﹁・・・お、お前らなんて片手で十分なんだよ﹂
肝心な時にやってくれたな、このイケメン野郎‼
やっべぇ、ティッシュ忘れた。
ホント何してんの俺⁉
こうなったら仕方ない。
?
さん︶はその主力だぜ
や
それでも戦るかい
﹂
?
Mr.虎の威を借る男︵決して認知したわけではない︶の力を見せてやるぜ‼
そ
?
?
ラッセル率いる〝ノーネーム〟なんだよ。そしてあんたらの目の前にいる人間︵春日部
﹁言い忘れてたが、俺達のコミュニティは〝ノーネーム〟は〝ノーネーム〟でもジン=
?
俺は右手をポケットに突っ込み、青い狸の秘密道具よろしく魔界のティッシュを取り
違いくらいは見分けられた方がいいですよ﹂
?
16
こ、情けないとか言わない‼
﹂
お前らがそ
噂くらいは知って
﹁それって確か魔王を倒すためのコミュニティとして活動してる奴らだろ
うだっていう証拠でもあんのかよ
﹂
﹁何なら〝ペルセウス〟を潰した時のことを詳細に話してやろうか
んだろ
?
?
?
?
﹂
?
?
らいいなと思う︶んだけど
﹂
ちょっと日本語省いたけど問題ないよな
とで本物であるという可能性を高める。
﹂﹂
やっちまうぞ‼
﹂
そんなところで勇気振り絞るくらいなら退く勇気を覚えようよ
?
?
?
﹁﹁ウ、ウオォォォォオオオオ
いやいやいや‼
!!!
?
さらに〝逆廻〟という固有名詞を出すこ
﹁確かに逆廻ほど出鱈目な化け物じゃないけど、並んで戦えるくらいには強い︵んだった
﹁だ、だが倒したのは金髪のガキって噂だったはずだぞ。少なくともこいつじゃねぇよ﹂
したそうですよ
﹁ちょっ、兄貴。やべぇんじゃないですか こいつら、〝ペルセウス〟の星霊を相手に倒
家で一緒に見てたから当事者以上に全体的な推移は話せるはずだ。
余裕たっぷりに言い放ち、信憑性をもたせておく。仮に聞き返されても、白夜叉さん
?
﹁・・・クソッ、ここまで舐めた態度取られて引き下がれるか‼
とある日の買い物
17
?
⁉
プライドなんて犬に食わせとけよ⁉
?
これは・・・春日部さんのギフト‼ ナイス春日部さん‼
たのか‼
やっぱり助けてくれ
?
理解したよ。要するに飲食料の全てが無くなったから早く次に行こうってことなのね。
そう思って春日部さんを見れば、ラムネの空き瓶を持って突っ立ってた。あぁ、うん、
?
?
近くの壁へと飛ばされて気絶してしまった獣人達を他所に今の現象について考える。
と思っていたのだが、突如として俺の周りに風が渦巻いて獣人達を吹き飛ばした。
あぁ、拳があと少しで顔面にクリーンヒットするだろう。もう駄目だ・・・。
?
﹂
?
ナー、ハッハッハッ。はぁ、貯金しないとなぁ。
な ど と 仰 ら れ た。う ん、ま た デ ー ト の 約 束 を 取 り 付 け た と 思 え ば ナ ン テ コ ト ナ イ
﹁貸し一つだね。また奴隷権でいいよ
すると春日部さんには珍しくしっかりと目に見えて微笑み、
を表すことは大切だからな。
でも助けてくれたことには変わりないので素直にお礼を言っておく。感謝の気持ち
﹁ありがとう、春日部さん。正直助かったよ﹂
18
とある日の買い物
19
本日の教訓。これからは魔界のティッシュは常にポケットに入れておこうと思いま
した。
とある日の夢物語
カンッカンッ‼
?
長ーーー古市が小槌を鳴らす。
﹂
それではこれより第三回・〝結局お前、あれ勝ったって言えんの
判を執り行います‼
﹁静粛にッ‼
〟裁
何故か背景が暗く、何故か人物とその周りだけがはっきりと視認できる裁判所で裁判
?
﹁今回は鷹宮にちゃんと勝っただろうが‼
こんなもんやる理由がねぇぞ⁉
﹂
?
たのだから第三回夢裁判は開かれないはずだ。
判の時は同じく柱師団のジャバウォックに敗れた時に開廷された。今回は鷹宮に勝っ
第一回夢裁判の時は〝ベヘモット三十四柱師団〟のヘカドスに敗れた時、第二回夢裁
?
過去で開廷された経緯とは異なり今回は︵今回も︶異議を唱えたい男鹿であった。
ここは男鹿の夢の中。これまでに計三回も過去に開廷された夢裁判所である。だが、
﹁ーーーまたか。もう三度目だぞ。いい加減にマンネリ化してんぞこら。後な・・・﹂
言台に立たされていた。
古市の開廷宣言とともに裁判が始まり、この裁判の被告人ーーー男鹿辰巳は中央の証
?
?
20
﹁黙れヘタレうんこビチクソ弱虫‼
貴様に意見する権利などないッ
?
﹂
!!!
﹂
﹁その名前引き継ぐの⁉ 原作知らない奴着いていけねぇぞ⁉ 〝男鹿辰巳〟に戻
せ‼
﹁申請を却下します﹂
﹂
?
?
﹂
?
﹁さ っ き 俺 も 言 っ た だ ろ う が ぁ ぁ ッ ‼
﹂
?
法廷の知識がないため、多少おかしくても問題なく裁判は進められる。
この夢裁判所では周り全てがボケとなり、ツッコミは男鹿だけとなる。しかし男鹿も
?
そ れ に 書 記 官 っ て 発 言 し て い い ん だ っ け ⁉
の呼び名を〝男鹿辰巳〟に戻すことを申請します﹂
﹁毎回〝ヘタレうんこビチクソ弱虫〟では書記官としての記録が面倒です。よって被告
を降ろして口を開く。
そこに書記官の位置に座っている飛鳥が手を挙げる。古市が発言を許可してから手
﹁裁判長、よろしいでしょうか
立っているが、それすらも古市は完璧なまでに無視である。
宣言通り、男鹿の意見を一切聞かない古市。男鹿の額には青筋がピキピキと幾つも
﹁ぶっ殺すぞてめぇ‼
?
?
﹁申請を許可します﹂
とある日の夢物語
21
﹁裁判長﹂
﹂
飛鳥に続いて手を挙げたのは弁護団の一人、春日部耀だ。
﹁お腹空いた。ご飯食べていい
﹁駄目です﹂
させました。ーーー以上です﹂
﹂
﹁もはや勝ち負け関係なくね⁉
﹁被告人は静粛にッ‼
?
と再び古市の持つ小槌の音が響き渡る。全くもって納得がいか
?
本気で戦っていれば負けていたーーーと被告も地の文で想起しており﹁地の文って何だ
﹁そもそも今回の戦いにレティシアが割って入らなければ負けていた、鷹宮が最初から
ない男鹿を無視して黒ウサギはさらに続ける。
カンッカンッ‼
?
﹂
﹁起訴状。被告〝男鹿辰巳〟は無理をしているのを隠して戦いに臨み、黒ウサギを心配
古市の言葉に答えて立ち上がったのは黒ウサギである。
﹁はい﹂
﹁では検察官、起訴状を・・・﹂
そうにないと落胆する男鹿。
耀の他にも弁護士は見られるが、彼女の言葉を聞いてこれまで同様に今回も期待でき
?
22
⁉
メタな発言してんじゃねぇ‼
﹂この事から被告は自らの罪を認識していること
?
してしまう・・・﹂
﹁古市、いったいお前に何があった⁉
えっ、流れ的に軽い刑じゃねぇの⁉
﹂
?
言うことはあるか
﹂
ど独断でなかったことにします﹂
涎垂れてんぞ‼
﹂
?
?
そんな耀の後ろからレティシアが現れた。
耀はじゅるりと口元から垂れている涎を拭い、何食わぬ顔で何時もの無表情を貫く。
?
﹂
・・・んく。アンノウン裁判官、反論はありましたけ
﹁ふぁんおうんふぁいあんふぁん、ふぁんおんあ﹁食べるの駄目って言われたじゃん‼
?
せめて飲み込んでから喋れ‼
?
﹁裁判長の代理としてアンノウン裁判官・逆廻十六夜が進行する。弁護士春日部耀、何か
そんな古市に変わって裁判長の位置に立つ十六夜。
夢の中では常に堂々としていた古市が裁判の進行も忘れて縮こまってしまった。
?
﹁か、春日部耀への無限奢り、だと・・・うっ、私の財産が・・・あれを無限・・・破産
恐怖している人物がいた。
黒ウサギの求刑に傍聴席が騒つく。しかし、それ以上に騒つくを通り越してガクブル
を考慮し、彼に〝春日部耀への無限奢りの刑〟を求刑します﹂
?
﹁それもうお前が奢られたいだけだろ⁉
とある日の夢物語
23
﹂
﹁春日部耀、法廷に私情を持ち込んでは駄目だ。あとは私に代わりなさい﹂
頼むぞレティシア‼
?
と後半のレティシアの発言に今までの経験から少し雲行きが怪しくなってきた
?
それではヒロインとして私が活
私がヒロインとして活躍するのは当たり前だろ
う。鷹宮が最初から本気で戦っていれば負けていた
?
らば作者を連れて来い‼
ウトだ‼
﹂
物語上ってなんだ⁉
﹂
?
発言も余裕でア
まだ続けると言うのな
?
作者って誰だぁぁぁぁ⁉
?
﹁弁護してるお前に言うのもあれだが反論も百パー私情だろうが‼
?
数秒前にレティシアへと寄せた男鹿の期待はレティシア本人によってすり鉢で粉々
?
?
機に陥るのは必然だったのだ。よってこの裁判は無効だ‼
躍できないではないか。つまり黒ウサギが心配しようがしなかろうが、物語上被告が危
?
﹁私が割って入らなければ負けていた
ように感じてしまう男鹿。そんな不安になってきた男鹿を置いてレティシアは続ける。
ん
は不十分だ。ーーーだが私は敢えてそれに反論を述べる﹂
﹁今回求刑された理由は検察官黒ウサギの私情が多分に入っているため刑を執行するに
いうことを。
が忘れるなかれ。此処が夢裁判である限り、まともな人物など男鹿の味方にはいないと
耀を諌めてまともなことを言ってくれたレティシアに期待を寄せる男鹿である。だ
﹁おぉ、大丈夫そうな雰囲気だ‼
?
24
﹂
と十六夜が古市の持っていた小槌を鳴らそうとしーーー机を豪快
にすり潰されてしまった。ここは夢裁判所、例外なく周囲の登場人物はボケと化す。
﹂
ドガァンッ‼
に破壊した。
﹁静粛にッ‼
?
俺が決定を下す﹂
﹁なんやかんや⁉
職権乱用か‼
﹂
?
このままじゃ喧嘩馬鹿の逆廻に何をさせられるか分かったもんじゃねぇ
現実は権力のある者の発言がどんなに理不尽であったとしても第一である。此処は
?
﹁だがそれじゃあ話が進まねぇ。三つの話を考慮して平等を期すため、なんやかんやで
十六夜は何事もなかったかのように男鹿を無視して話を続ける。
かった﹂
﹁検察官黒ウサギ、弁護士レティシア=ドラクレア及び春日部耀、双方の言い分はよく分
十六夜の規格外の力に机の方が耐え切れなかったようだ。
﹁お前が一番うるせぇよッ‼
?
?
?
夢だけど。
﹂
?
﹁喧嘩馬鹿はお前だ。俺ちょー頭いいから。パソコンのセキュリティにハッキングした
‼
﹁まずい‼
とある日の夢物語
25
見 つ け て
り犯罪者を脅して資金稼ぎしたりピアノ線で殺人トラップ仕掛けたり、アナログからデ
俺じゃなくてあいつを裁判に掛けろよ‼
﹂
ジタル、インドアからアウトドアまで選り取り見取りにハイスペックだから﹂
﹁あいつが一番犯罪者臭えぞ⁉
法廷では裁判長が正義‼
つまり俺が正義だ‼
﹂
?
誰も俺を裁く
?
あった。
﹁ヤハハハハ‼
﹂
誰かあいつに対抗できる奴はいねぇのか⁉
ことなどできはしない‼
﹁独裁者か‼
?
?
ぞれに口にする。
﹁私は黒ウサギのエロエロコスチューム製作で忙しいから﹂
﹁私は太陽への復讐計画の立て直しで忙しいから﹂
?
﹁Ra、GEEEYAAAaaaaa﹂
あと最後の奴は分かる言葉で話せ‼
?
﹁はぁ、はぁ・・・いい加減に疲れてきたぞ。夢なのに﹂
る存在なのに、この場では全くもって頼りになる気配がない。
傍聴人席はかなり濃いメンバーで構成されていた。武力としては十六夜に対抗でき
﹁魔王しかいねぇ⁉
﹂
そして傍聴人席へと視線を向ける男鹿。視線を向けられた傍聴人席のみんなはそれ
?
?
?
十 六 夜 の 発 言 に 思 わ ず 叫 ぶ 男 鹿。彼 が 挙 げ た 例 え は 全 て 犯 罪 に 繋 げ ら れ る も の で
?
26
男鹿は開廷してから抗議とツッコミで叫びっ放しだ。
それを聞いていた司法委員の位置に座るジンが声を上げる。
﹂
ジンの言葉とともに男鹿の後ろにスポットライトが当てられ、それに気付いた男鹿は
﹁辰巳さん。もう貴方が頼りにできるのは彼だけです﹂
振り向いてそこにいる人物を確認する。
﹂
﹁ヤッホー、いよいよわしの出番かなー
★
﹁いや、お前が一番駄目だからッッ
?
何か悪い夢でも見ていたのか
﹂
﹂
る。その部屋は鷹宮との戦いから目覚めた時と同じ部屋であり、傍には驚いた表情で目
叫びながら跳ね起きた男鹿は、一瞬状況が飲み込めずに周りを見回して場所を確認す
!!!
?
を見開いて固まっているレティシアがいた。
?
何で俺は寝ててお前は此処にいるんだっけ
?
﹁ど、どうしたのだ突然
﹁・・・あれ
?
とある日の夢物語
27
休んでいるように言った直後に歩き回って出掛けようとして
寝起き一番の男鹿の発言を聞いて、レティシアの驚いた表情は徐々に呆れた表情へと
変化していった。
﹁まだ寝ぼけているのか
﹂
?
?
してから調子を確認する。
﹁うし、問題なさそうだな。もういい加減自由に動いてもいいだろ
﹂
レティシアの疑問を軽く流しつつ男鹿はベッドから出て立ち上がり、身体を軽く動か
﹁気にすんな。ただの独り言だ﹂
﹁夢裁判
﹁あぁ∼、そういやそうだったな。夢裁判のインパクトが強過ぎてつい忘れてたぜ﹂
の間にか眠ってしまっていたようだ。
がっていた男鹿だが、意識しないところでは当然のように疲労が溜まっていたので何時
ティシアが部屋へと連れ戻してベッドに押し込んだのだ。眠気はないと思って起き上
朝方に目覚めて食事を摂った後、誕生祭へ繰り出そうとしていた男鹿を見つけたレ
鹿がゲーム後に目覚めてから数時間後である。
現在時刻は黒死斑の魔王・ペストとのギフトゲーム終了から一日後の昼間、つまり男
で休憩していたのだ﹂
いたから、部屋に連れ帰って睡眠を取らせていたんだよ。私も監視のついでにこの部屋
?
28
﹁ふむ。確かに問題はなさそうだが、それでもまだ疲労は溜まっているだろう
もう安
?
﹂
静にしろとは言わないが、今日一日は様子見も兼ねて行動を共にさせてもらうぞ﹂
﹁そうと決まれば祭りに行くか。そういやベル坊は何処だ
?
えるとは知る由もない男鹿であった。
だがこの約一週間後、大魔王からビデオレターが届き正夢のように大魔王の出番を迎
くないが。
忘れるに限るというものだ。残念ながらというか覚えておけるほど男鹿の記憶力はよ
レティシアと会話しながら部屋を出ていく男鹿。祭りを楽しんで嫌な夢はさっさと
﹁あぁ。今はヒルダ殿とーーー﹂
とある日の夢物語
29
YES
ウサギが呼びました
!
!
﹁アイ﹂
特に変わらずいつも通りであった。
﹁暇だからでパシらすんじゃねぇよ‼
ベル坊も‼
﹂
?
ベル坊・・・本名をカイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ四世という、魔界の王
?
﹁おい古市、暇だから焼きそばパン買って来いよ。ベル坊にはんまい棒な﹂
た頃。男鹿達はと言うと、
〝ベヘモット三十四柱師団〟との戦いが終わり、聖石矢魔学園での生活が安定してき
★
長していく物語である。
バブが箱庭と呼ばれる異世界で新たな仲間と出会い、さらなる強敵と対峙することで成
これは、後に全国の不良達を恐怖のドン底に叩き落とす伝説・・・子連れ番長べるぜ
異世界との邂逅
30
国ベルゼビュートの王子である。
男鹿はある出来事からベル坊を拾うも、幼いベル坊は人間界では魔力を発揮すること
ができず、魔力を発揮するための触媒として選ばれてしまったのだ。︵ちなみに触媒と
なる人間の条件は〝強くて凶悪で残忍で傍若無人で人を人とも思わぬクソヤロー〟で
ある︶
古市と男鹿とは小学校からの腐れ縁であり、ロリコンのキモ市と呼ばれるツッコミ役
のモブである。
﹁なんか今、何処かの誰かにものすごい悪意の篭った説明をされた気がするぞ﹂
あと買いに行くのは冗談じゃないのか⁉
﹂
﹁どうでもいいだろ、お前がロリコンのキモ市なのは。いいから早く焼きそばパン買っ
て来いよ﹂
﹁よくねぇよ‼
﹁アイダブ﹂
?
ている男鹿は、ベル坊を拾った河原を焼きそばパンを食べながら歩いていた。
ベル坊にまで言われて焼きそばパンを買いに行かされた古市をそのままにして帰っ
?
きたのである。まぁ本人も楽しんでいた節があるので特に文句はないだろうが。
石矢魔高校・聖石矢魔学園での喧嘩、魔界関係での喧嘩と地球・魔界問わずに戦って
﹁ここでベル坊を拾ってからもう1年近く経つのか。色々あったもんだ﹂
異世界との邂逅
31
男鹿らしくなく川を見つめながら少し過去に浸っていたのだが、すぐに視線を外して
再び帰路に着く。
﹁ダッ﹂
歩き始めた直後、ベル坊が何かを見つけたようで手を空へ向けており、男鹿も釣られ
てそちらを見ると不思議なことに手紙が空から降ってきた。
ベル坊が降ってきた手紙を掴んだのでそれをベル坊の手から取って見てみると、宛名
というかベル坊を拾った時とデジャブを感じるんだが・・・まぁいいか﹂
が﹃男鹿辰巳殿へ﹄となっている。
﹁俺宛ての手紙
?
﹁何だこりゃ
魔界のふざけた説明書とかじゃなさそうだけどよ﹂
族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの〝箱庭〟に来られたし﹄
﹃悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能を試すことを望むのならば、己の家
開けて中を読んだ。
少しだけ昔を思い出しながら歩いていたのでそう感じたが、特に何も考えずに手紙を
?
32
何か面白いことは・・・
魔界のふざけた説明書とはツッコミ所が満載の文章のことである。これがもし魔界
そ ん な 時 は こ れ ‼
〝 箱 庭 へ の 招 待 状 〟 ‼ こ れ で
暇なニートから会社の社畜まで楽しめちゃうぜ‼
?
の説明書であった場合は、
なーんて事あるよね‼
面白くなること間違いなし‼
?
というツッコミ所満載の笑えない内容になるだろう。
る。
急激なフラッシュから感覚が戻ってきた男鹿は、浮遊感を感じてゆっくりと目を開け
真っ白になったので目を閉じた。
そんな考えを巡らせながら手紙を読んだ男鹿だったのだが、途端に光に包まれ視界が
?
?
なお問答無用で強制招待されますのでお気をつけ下さい︵笑︶﹄
?
?
﹃才能があり過ぎて悩みが多くて暇で暇でしょうがない‼
異世界との邂逅
33
男鹿の視界に入ってきた光景は今までと変わらない河原ーーーではなく、上空四〇〇
魔界に行った時でももう少しマシ
〇mほどの大空をパラシュート無しのスカイダイビング中であった。
何処だここ⁉
が、魔界に行った時とはまた違う風景が広がっており、
地平線には世界の果てっぽい断崖絶壁が、眼下には縮尺を見間違う程の巨大な都市
彼も含めてその場にいる全員が視線の先に広がる風景を見ていた。
他にも少年少女が三人に猫が一匹いるが、今は流石の男鹿でも気にする余裕は無く、
空中に立てることも忘れて重力のままに落下しているくらい混乱していた。
これには流石の男鹿も混乱していた。どれくらい混乱していたかというと、紋章術で
?
﹁オイオイッ、いきなり何だ⁉
﹂
だったぞ⁉
?
﹂
﹁ダーッ⁉
?
?
34
完全無欠に異世界なのであった。
★
﹂
﹄
自由落下もそこそこに、緩衝材の様な水膜を通って湖に落とされた五人と一匹。
﹁・・・大丈夫
する。
泣くな‼
男だ﹁ビエエエエェェエン
﹂ギャアァァーー⁉
﹂
?
り見ていた。紫電を撒き散らしながら眩しい輝きを放っている湖を前に、早く上がって
男鹿が必死にあやしていた間に少年少女は湖から出ており、驚きの表情で湖を振り返
!!!
﹁フー・・・ヴ、エグ﹂
?
世間でも珍しい雄の三毛猫と会話をしている少女は、三毛猫の無事を確認してほっと
﹃じ、じぬがぼおぼた・・・‼
?
?
?
湖に叩き落とされたベル坊が泣いて放電してしまう。
﹁待てベル坊‼
異世界との邂逅
35
正解だったと三人と一匹は安堵する。
ベル坊が落ち着いて泣き止み、放電が停止してから男鹿も湖から上がって三人と合流
する。
まさか問答無用で引き摺り込んだ挙句、空に放り出すなんて
先に陸へと上がっていた少年少女はそれぞれに口を開いて文句を言っていた。
﹂
﹁し、信じられないわ‼
‼
呼び出された方がまだ親切だ﹂
﹁・・・いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう
﹁俺は問題ない﹂
﹁つーか、呼び出した奴は減り込ます・・・﹂
?
﹂
?
﹁アイ﹂
﹂
﹂
﹁そう、身勝手ね。・・・というかあなたは大丈夫なの
﹁大丈夫に見えるか
﹁・・・見えないわね﹂
﹁此処・・・何処だろう
?
?
﹂
﹁右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜこれ。石の中に
?
?
36
焦げている男鹿、男鹿を見て少し心配する黒髪長髪の少女、ヤハハと笑っている金髪
﹂
にヘッドホンの少年、猫を抱いた茶髪ショートヘアの少女、取り敢えず泣き止んだベル
坊の五人。
﹁まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が
て。そこの猫を抱きかかえている貴女は
﹁・・・春日部耀。以下同文﹂
﹂
﹁そう、よろしく春日部さん。そこの野蛮で凶暴そうな貴方は
﹂
﹁そうだけど、まずは〝オマエ〟って呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ、以後気をつけ
?
﹁そう、取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君﹂
接してくれお嬢様﹂
悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で
﹁高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶
?
?
バーが揃っているようだ。
そんな場を仕切っている飛鳥も含めて、男鹿に負けず劣らずなかなか個性的なメン
耀とは対照的になかなかにユニークな自己紹介をした十六夜。
飛鳥の問い掛けに端的な自己紹介をした耀。
﹁ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様﹂
異世界との邂逅
37
﹁最後に何故か焦げている、赤ん坊を背負った貴方は
﹂
?
男鹿辰巳だ。ひょんなことから子育てすることになった、何処にでもいる普通の
裸族か
﹂
?
ウサギであった。
召喚しておいてアレだが、彼らが協力する姿は客観的に想像できないウサ耳少女、黒
︵うわぁ、なんか問題児ばっかりみたいですねぇ・・・︶
そんな彼らを物陰から見ていた頭にウサ耳を生やした少女は思う。
いる。
十六夜は前にも男鹿が一度言ったことを言い、耀はベル坊を見て控えめにツッコんで
﹁ていうか何でベル坊は裸なんだ
?
﹁・・・普通、その若さで子育てはないと思う﹂
﹁よろしく、辰巳君にベルちゃん﹂
﹁ダッ﹂
高校生だ。こっちはベル坊﹂
﹁あ
?
38
異世界への説明
自己紹介をしてから少し経ったが、それから動かない状況にそれぞれ愚痴を漏らし出
す。
﹂
﹁で、呼び出されたはいいけど何で誰もいないんだよ。この状況だと、招待状に書かれて
いた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねぇのか
﹁そうね、何の説明もないままでは動きようがないもの﹂
﹁・・・この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思う﹂
るので出るタイミングを計れない黒ウサギである。
もっとパニックになってくれれば飛び出しやすかったのだが、場が落ち着き過ぎてい
︵全くです︶
?
﹂
︵まぁ、悩んでいても仕方が無いデス。これ以上の不満が噴出する前にーーー︶
?
﹁ウサギ、ゲットだぜ‼
﹂
﹁ダーッ‼
?
?
男鹿にウサ耳を掴まれて捕まってしまった。
﹂
﹁フギャ⁉
異世界への説明
39
﹂
﹁ちょ、ちょっとお待ちを‼ 何でいきなり黒ウサギは捕らえられているのですか⁉
﹂
?
﹁貴方はウサギハンターですか⁉
﹁そこにウサギがいたから﹂
?
﹂
﹁当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ
面白いなお前﹂
?
?
﹂
?
ますよ
えぇ、えぇ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギ
﹁い、いやですねぇ皆様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃい
て言葉を発する。
そんな視線に晒されている黒ウサギは、冷や汗をかきながらもなんとか笑顔を浮かべ
奇心の目を向けている男鹿とベル坊。
理不尽な招集を受けた腹いせに軽く殺気を籠めた視線を向ける3人と、少年の様な好
﹁・・・へぇ
﹁風上に立たれたら嫌でも分かる﹂
?
そっちの猫を抱いてる奴も気付いていたんだろ
﹁辰巳君が捕まえてくれたわね。というか貴方も気付いていたの
﹁・・・仕方がねぇから隠れている奴に話を聞こうとしたんだが﹂
黒ウサギにとってとても理不尽な理由であった。
?
40
?
﹂
﹂
﹂
の脆弱な心臓に免じて此処は一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございま
すヨ
﹁断る﹂
﹁却下﹂
﹁お断りします﹂
﹂
﹁どうでもいいが、この耳ってどうなってんだ
﹁アー
?
ウサ耳を力いっぱい引っ張った。
﹁フギャ‼
﹂
そんな風に考えている黒ウサギの背後から、不思議そうな顔をした耀が近付き、
難点ですけども︶
︵肝っ玉は及第点。この状況でNOと言える勝ち気は買いです。まぁ、扱いにくいのは
しかし、その裏では全員を値踏みするように密かに観察していた。
く振る舞う黒ウサギ。
バンザーイ、と降参のポーズを取りながら男鹿の手から逃れ、場を和ませようと明る
﹁あっは、取りつくシマもないですね♪ ていうかそろそろ離しません
?
?
?
?
﹁えい﹂
異世界への説明
41
﹁ま、またですか⁉
﹂
触るまでなら黙って受け入れますが、初対面で遠慮無用に黒ウサ
﹂
ギの素敵耳を引き抜きに掛かるとはどういう了見ですか⁉
﹁好奇心の為せる業﹂
﹂
やっぱりそのウサ耳って本物なのか
﹁自由にも程があります‼
﹁へぇ
?
十六夜が右耳を、飛鳥が左耳を掴んでさらに引っ張ろうとする。
黒ウサギを助けて下さい‼
?
結局助けてはもらえずに黒ウサギの耳は引っ張られて言葉にならない悲鳴を上げ、そ
求めるのは判断ミスだと言わざるを得ない。
り終わるのを待っていた。というより黒ウサギも一番最初に襲ってきた男鹿に助けを
教育的には良いことを言っているが黒ウサギ的には悪いことを言って三人が引っ張
﹁ダッ﹂
﹁ちょっと待てよベル坊。こういうのは順番だからな﹂
だったが、
自 分 で は 対 処 し き れ な い と 判 断 し て 参 加 し て い な い 男 鹿 に 助 け を 求 め る 黒 ウ サ ギ
﹁ちょっと待っ、そちらの御方様‼
﹂
ウサ耳を引っ張る耀の反応を見て、十六夜と飛鳥も興味を示した。
?
?
?
﹁・・・じゃあ私も﹂
?
?
42
の絶叫は近隣に木霊したのだった。
★
費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス﹂
﹁あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小一時間も消
﹁いいからさっさと進めろ﹂
五人は黒ウサギの前の岸辺に座り込み、彼女の話を聞くだけ聞こうと言う程度には耳
を傾けている。
余談だが、男鹿は黒ウサギを捕まえる時に触っていたので順番待ちしていたのはベル
〟と考えてしまった黒ウサギは悪く
坊のみであり、ベル坊は撫でるように触っていたことが唯一の救いである。
〝この中で一番まともなのが赤ん坊なのでは
ないと思う。
?
﹁ギフトゲーム
﹂
資格をプレゼントさせていただこうかと召喚いたしました﹂
我々は皆様にギフトを与えられた者達だけが参加できる〝ギフトゲーム〟への参加
?
?
﹁それではいいですか、皆様。定例文でいいますよ ・・・ようこそ、箱庭の世界へ‼
異世界への説明
43
?
﹁そうです‼ 既に気付いていらっしゃるでしょうが、皆様は普通の人間ではござい
ません‼
その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えら
?
﹁貴方の言う〝我々〟とは貴女を含めた誰かなの
う。
﹂
られた〟というよりは〝押し付けられた〟というのが男鹿の認識としては正しいだろ
確かに男鹿の力は悪魔、それも魔王からの力なのでその説明に疑問はないが、〝与え
です﹂
れた恩恵でございます。〝ギフトゲーム〟はその恩恵を用いて競い合うためのゲーム
?
﹁嫌だね﹂
?
多とある〝コミュニティ〟に必ず属していただきます♪﹂
?
﹂
?
ス
ト
いですが。後者はチップを用意して参加し、敗退すれば〝主催者〟に寄贈されるシステ
もございます。前者は参加自由ですが命の危険もあるでしょう。その分見返りも大き
﹁様々ですね。暇を持て余した修羅神仏から、力を誇示する為に独自開催するグループ
﹁・・・〝主催者〟って誰
提示した賞品をゲットできるというとってもシンプルな構造となっております﹂
﹁属していただきますッ‼ そして〝ギフトゲーム〟の勝者はゲームの〝主催者〟が
ホ
﹁Yes‼ 異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活するにあたって、数
?
44
ムです﹂
﹁後者は結構俗物ね・・・チップには何を
﹂
ツァルコアトルとのゲームの時と同様に開始二秒で心が折れてしまうだろう。
?
なかなか鋭いですね。しかしそれは八割正解の二割間違いです。我々の世界
と驚く黒ウサギ。
﹁・・・つまり〝ギフトゲーム〟とはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら
お
﹂
そんな〝ギフトゲーム〟を男鹿が受けてしまえば、〝ベヘモット三十四柱師団〟のケ
ます﹂
﹁確かに戦って〝力〟を示すものもありますが、謎解きなどの〝知〟を競うものもあり
話が長くてよく聞いておらず、一言でまとめた男鹿だった。
﹁要するに、喧嘩して勝てばなんか貰えんだな﹂
あしからず﹂
も可能です。ただし、ギフトを賭けた戦いに負ければ当然ご自身の才能も失われるので
﹁それも様々ですね。金品、土地、利権、名誉、人間・・・そしてギフトを賭けあうこと
?
す・・・が、しかし‼ 〝ギフトゲーム〟の本質は全くの逆‼
全てを手にするシステムです﹂
?
一方の勝者だけが
で も 金 品 に よ る 物 々 交 換 は 存 在 し ま す し、ギ フ ト を 用 い た 犯 罪 な ど も っ て の ほ か で
?
?
﹁ふふん
異世界への説明
45
?
﹁そう、なかなか野蛮ね﹂
のですが・・・よろしいです
﹂
﹁待てよ。まだ俺が質問してないだろ﹂
今まで黙っていた十六夜が軽薄な笑顔を消して黒ウサギに問う。
ルールですか
ゲームそのものですか
?
それに対して黒ウサギも構えるように聞き返した。
?
?
?
﹂
?
男鹿に関しては知り合いに次元転送悪魔アランドロンがいるので、〝ベル坊命〟の侍
書かれていたのだ。それに見合うだけの催しがあるかどうかが重要なのである。
彼らを呼んだ手紙には﹃家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い﹄と
他のみんなも無言で返事を待つ。
のはたった一つ・・・この世界は面白いか
﹁そんなことはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ、黒ウサギ。オレが聞きたい
﹁・・・どういった質問です
﹂
る義務がございます。ここから先は我らのコミュニティでお話をさせていただきたい
﹁さて。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答え
黒ウサギは一通りの説明を終えたのか、一枚の封書を取り出した。
るのが嫌なら初めから参加しなければいいだけの話でございます﹂
﹁ごもっとも。しかし〝主催者〟は全て自己責任でゲームを開催しております。奪われ
46
女悪魔ヒルダが何とかするだろう、としばらくは面白そうだしこちらにいるかと考えて
いる。
﹁Yes‼ 〝ギフトゲーム〟は人を超えた者達だけが参加できる神魔の遊戯。箱庭
異世界への説明
47
の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪﹂
?
〝世界の果て〟にて
箱庭二一〇五三八〇外門。ペリベッド通り・噴水広場前。
新しい方を連れてきましたよー‼
そこに小さな体躯にダボダボのローブを着た少年がいた。
﹁ジン坊っちゃーン‼
﹂
?
﹁お帰り、黒ウサギ。そちらの女性二人が
﹁はいな、こちらの御四人様がーーー﹂
クルリ、と振り返る黒ウサギ。
カチン、と固まる黒ウサギ。
﹂
〟ってオーラ
〟って感じの殿方と赤ん坊が﹂
全身から〝俺問題児‼
十六夜君なら〝ちょっと世界の果てを見てくるぜ
を放っている殿方と、お若いながらも〝俺達親子‼
﹁あぁ、十六夜君と辰巳君達のこと
?
?
﹁・・・え、あれ もう三人いませんでしたっけ
?
?
〟と言って駆け出して行ったわ。あっちの方に﹂
?
いる。
そう言って飛鳥は上空四〇〇〇mから見えた断崖絶壁を指差し、耀もその横で頷いて
‼
?
?
黒ウサギにジン坊っちゃんと呼ばれた少年が声に気付いて近寄ってくる。
?
48
﹁な、なんで止めてくれなかったんですか‼
﹁〝止めてくれるなよ〟と言われたもの﹂
﹂
﹁ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか⁉
﹂
実は面倒くさかっただけでしょう御二人さん‼
﹁〝黒ウサギには言うなよ〟と言われたから﹂
﹁嘘です、絶対嘘です‼
﹁﹁うん﹂﹂
﹂
?
?
?
﹁で、では辰巳さんはどうしたんですか
﹂
男性陣の自由すぎる行動に膝をつく黒ウサギだった。
﹁箱庭に入れば食べ物くらいあるのに、どうしてちょっとくらい待てないのですか・・・﹂
ついて行った﹂
﹁辰巳なら〝焼きそばパンしか食ってないからなんか探してくる〟って言って十六夜に
?
残った女性陣も問題だらけである。
ガクリ、と前のめりに倒れる黒ウサギ。勝手に何処かへと行った男性陣もそうだが、
?
﹁幻獣
﹂
?
﹁は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に〝世界の果て〟付近には強力なギフト
?
獣が﹂
﹁た、大変です‼ 〝世界の果て〟にはギフトゲームのために野放しにされている幻
〝世界の果て〟にて
49
﹂
を持ったものがいて、人間では太刀打ち出来ません‼
﹂
・・・斬新
﹂
﹁あら、それは残念。もう彼らはゲームオーバー
﹁ゲーム参加前にゲームオーバー
﹁冗談を言っている場合じゃありません‼
?
﹂
?
いですか
﹂
に水平に張り付くと、
﹁一刻程で戻ります‼
皆さんはゆっくりと箱庭ライフをご堪能ございませ‼
﹂
?
﹁・・・箱庭のウサギは随分速く跳べるのね。素直に感心するわ﹂
ていった。
全力で跳躍した黒ウサギは弾丸のように飛び去り、あっという間に視界から消え去っ
?
そう言って黒い髪を淡い緋色に染めた黒ウサギは、その場から跳び上がって外門の柱
馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります﹂
﹁問題児達を捕まえに参ります。事のついでに〝箱庭の貴族〟と謳われるこのウサギを
?
?
﹁わかった。黒ウサギはどうする
﹂
﹁・・・ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、御二人様のご案内をお願いしてもよろし
た。
ジンは事の重大さを訴えており、その横で黒ウサギはため息を吐きつつ立ち上がっ
?
?
?
50
﹁ウサギ達は箱庭の創始者の眷属で、様々なギフトや特殊な権限を持ち合わせた貴種で
す。彼女なら余程の事がない限り大丈夫だと思うのですが・・・﹂
スコートは貴方がしてくださるのかしら
﹂
﹁そう、なら黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、先に箱庭に入るとしましょう。エ
てくれると嬉しいわ﹂
﹁さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね、軽い食事でもしながら話を聞かせ
ジンが礼儀正しく自己紹介し、二人もそれに倣って一礼した。
﹁春日部耀﹂
﹁久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが﹂
たばかりの若輩ですがよろしくお願いします﹂
﹁え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になっ
?
﹄
飛鳥はジンの手を取ると、胸を躍らせるような笑顔で箱庭の外門をくぐるのだった。
★
?
〝世界の果て〟、トリトニスの大滝に着いた男鹿達の前に出てきたのは十m近い巨大
﹃こんな所に人間が何の用だ
〝世界の果て〟にて
51
な蛇であった。
﹂
﹂
?
﹂
?
る男鹿。
十六夜が近くの木に跳び、本当に木の実を取ってきたのでとりあえず大人しくしてい
勘弁してくれ﹂
﹁ヤハハ、悪いな。まぁ木の実でも取ってやるから、箱庭に行けばなんか食えるだろうし
﹁おい、なんかくれるって言ってたのに問答無用で倒すなよ﹂
ていた。
沈んでいく大蛇とは裏腹に十六夜のデタラメな強さにベル坊のテンションは上がっ
﹁ダーッ‼
作り大蛇は水中に沈んでいく。
予想外の攻撃、しかも人間を遥かに超える力と速さで叩きつけられて、巨大な水柱を
そう言って十六夜が跳び出し、大蛇の腹に拳を叩き込む。
﹁へぇ、じゃあお前が俺を試せるのか試してやるよ‼
﹁いいだろう。我が試練を乗り越えることができれば相応のものをやろう﹂
礼とも取れる発言に何も文句を言わない大蛇。
いきなり現れた大蛇を前に、平常心のまま構えている二人に多少興味があるのか、無
﹁腹減ったんだけどよ、なんか持ってねぇか
?
52
しかし腹の足しにしかならず、〝大人しく箱庭に行っとけばよかった〟と少し不機嫌
になっている男鹿。
十六夜は十六夜で手を抜いていたとはいえ、それなりに自分について来れた男鹿に興
味が湧いていた。
先ほども述べたが十六夜の身体能力は人間を遥かに超えているのだ。そこへ、
どうしたんだその髪の色﹂
﹁この辺りで水柱が上がっていたはず・・・﹂
﹁あれ、お前黒ウサギか
﹂
?
十六夜さん達が無事で良かったデス。ここに来る途
サギが半刻以上追いつけなかった二人の身体能力に内心で驚いていた。
〝だったら大人しく着いて来てくださいよ〟と思いつつ、〝箱庭の貴族〟である黒ウ
﹁ちょうどいい。腹減ったからとっとと箱庭とやらに行こうぜ﹂
﹁〝世界の果て〟まで来ているんですよ、っと。まぁそんなに怒るなよ﹂
﹁もう、一体何処まで来ているんですか⁉
どうやら巨大な水柱を見て急いで跳んできたらしい。
髪を淡い緋色に染めた黒ウサギが追ってきた。
?
?
ーーーあぁ、アレのことか
?
﹂
中、水神の眷属のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ﹂
﹁ま、まぁ、それはともかく‼
﹁水神
?
〝世界の果て〟にて
53
﹃まだ・・・まだ試練は終わってないぞ、小僧ォ
﹄
って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか⁉
十六夜が指差したそれが何者かを問う必要はないだろう。
﹁蛇神・・・‼
﹂
?
!!!
潮である。
﹃貴様ら・・・付け上がるな人間共‼
我がこの程度の事で倒れるか
﹂
!!!
﹁十六夜さん、辰巳さん、下がって‼
﹂
は何も言わず、腹が減ったので早くしろと待っている。
黒ウサギは始まってしまったゲームには手出しできないと歯噛みし、喧嘩っ早い男鹿
く、手を出せばお前から潰すぞ﹂
﹁何を言ってやがる。これは俺が売って、奴が買った喧嘩だ。一緒にいた男鹿はともか
?
引き裂くだろう。
何百トンもの水を吸い上げ、竜巻のように渦を巻いた水柱は人間の胴体など容赦なく
蛇神の甲高い咆哮が響き、巻き上がる風が水柱を上げて立ち昇る。
?
傲岸不遜な十六夜と自分の怒りを〝そんなこと〟扱いする男鹿に蛇神の怒りは最高
﹁そんなことより早く箱庭に行こうぜ。俺は腹が減ったんだよ﹂
か試させてもらったのさ。結果はまぁ、残念な奴だったが﹂
﹁なんか偉そうに﹃試練を選べ﹄とかなんとか言ってくれたからよ。俺を試せるのかどう
?
54
﹃心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様らの勝利を認めてやる﹄
﹄
﹁寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだ
よ﹂
﹃フンーーーその戯言が貴様らの最期だ‼
渦巻く水柱は計二本。それぞれ二人に襲いかかる。
?
﹂
十六夜は腕を持ち上げ、男鹿は右手の紋章を輝かせて雷撃を纏わせる。
﹂
﹁ハッ、しゃらくせぇ
ゼ ブ ル ブ ラ ス ト
!!!
﹂
﹃ギャアァァ⁉
﹁嘘⁉
ば、馬鹿な・・・﹂
十六夜は腕の一振りでなぎ払い、男鹿は雷撃で打ち消す。
﹁魔王の咆哮ォォ
!!!
直接攻撃されなくても蛇神は感電して動きが止まってしまう。
水に雷撃をぶつけたのである。
?
?
﹁くそ、今日はよく濡れる日だ。クリーニング代ぐらいは出るんだよな黒ウサギ﹂
浮き上がった蛇神はそのまま川に落下し、その衝撃で川が氾濫する。
そこに十六夜が高速で接近して蹴り上げ、蛇神の巨体が水面から浮き上がる。
﹁ま、中々だったぜお前﹂
〝世界の果て〟にて
55
﹁これで終わりか
かった。
だったら行こうぜ﹂
︶
?
﹁彼らは間違いなく人類最高クラスのギフト保持者よ、黒ウサギ﹂
ハッと黒ウサギは彼らを召喚するギフトを与えた〝主催者〟の言葉を思い出す。
そんなデタラメがーーー‼
冗談めかした十六夜にさっさと行こうと言う男鹿だが、黒ウサギはそれどころではな
﹁ダブッ﹂
?
︵人間が・・・神格を倒した⁉
?
56
自分達のコミュニティ
蛇神と遊んで気分がいい十六夜に黒ウサギは尋ねる。
﹂
十六夜さん達はご本人を倒されましたから、きっとすごいものを戴けますよ♪﹂
﹁と、ところで十六夜さん。蛇神様を倒されたことですし、ギフトを戴いておきませんか
﹁あん
?
顔で黒ウサギの前に立ち塞がった。
﹁な、なんですか十六夜さん。怖い顔をされてますが、何か気に障りましたか
﹂
黒ウサギは小躍りでもしそうな足取りで大蛇に近寄ろうとするが、十六夜が不機嫌な
?
?
﹂
?
を呼び出す必要があったのか〟、〝話さないのなら他のコミュニティに行くぜ〟という
十六夜の指摘に黒ウサギはそれでも何かを隠そうとしたが、十六夜の〝どうして俺達
★
に不服はねぇがーーーお前、何か決定的な事をずっと隠しているよな
﹁・・・別にぃ。勝者が敗者から得るのはギフトゲームとして真っ当なんだろうからそこ
自分達のコミュニティ
57
言葉を聞いて話し始めた。
自分達には名乗るべき名がない〝ノーネーム〟だということ。
テリトリーを示し、尚且つ誇りでもある〝旗印〟もないこと。
さらには中核を成す仲間は一人も残っておらず、黒ウサギとリーダーというジン以外
はゲームに参加できない子供ばかりが百人以上ということ。
ホ
ス
ト
マ
ス
ター
それら全てを箱庭を襲う最大の天災ーーー〝魔王〟と呼ばれる、ギフトゲームを断る
ことができない特権階級〝主催者権限〟を利用する存在に奪われたこと。
それらを取り戻してコミュニティを再建するために強大な力を持つプレイヤー・・・つ
まり十六夜達に力を貸して欲しいこと。
黒ウサギの告白に十六夜は気の無い声で返したので、黒ウサギは泣きそうな顔で返事
を待った。
﹂
しばらく黙り込んだ後に十六夜が、
﹁いいな、それ﹂
﹁ーーー・・・は
今の流れってそんな流れでございました
﹂
じゃねぇよ。協力するって言ったんだ。もっと喜べ黒ウサギ﹂
﹁え・・・あ、あれれ
失礼なことを言うと本気で余所行
?
?
﹁そんな流れだったぜ。それとも俺がいらねぇのか
?
?
﹁HA
?
58
くぞ﹂
﹁だ、駄目です駄目です‼
﹂
十六夜さんは私達に必要です‼
今まで黙っていた男鹿に話を振る。
﹁素直でよろしい。それで、男鹿はどうするんだ
﹂
黒ウサギも真剣な表情で男鹿を見るが、
﹁えーと・・・話終わった
﹂
?
﹂
?
﹁あぁ、別にいいぞ﹂
﹁魔王っていう素敵ネーミングな奴と戦うけどどうだ
話でしたのに⁉
って話だ﹂
﹁えぇぇぇぇ⁉ 聞いていなかったのですか⁉ 黒ウサギにとってとても大事なお
?
?
?
は何だったのですか⁉
﹂
﹁軽っ‼ 説明も軽ければ返事も軽すぎますよ‼ 黒ウサギの深刻な雰囲気のお話
?
?
?
?
黒ウサギの深刻な雰囲気など木っ端微塵に粉砕されたのだった。
?
?
たーーー聞いていたかどうかはともかくーーーだけでは男鹿に違いなど分かる筈もな
実 際 に は 男 鹿 の 背 中 に い る 魔 王 と は 根 本 的 に 違 う の だ が、黒 ウ サ ギ の 話 で 聞 い
ベル坊のことを考えながら言う男鹿。
﹁別に魔王なんて珍しくもねぇし﹂
自分達のコミュニティ
59
い。
ベル坊さんは悪魔なのですか⁉
﹂
男鹿のいた世界には悪魔の王でもいたのか
﹂
﹂
しかし、そんな男鹿の発言に十六夜が食いついた。
﹁へぇ
﹁いたって言うか今、お前の目の前にいるぞ
﹂
﹁えぇ⁉
そう言ってベル坊を指差す。
﹁ニョ
?
?
そんな中、十六夜は冷静にベル坊のことを考察している。
あぁ、なんかそんな感じだ﹂
﹂
?
?
タラって名前だ﹂
長いのは何となく分かりますが名前ぐらい覚えましょうよ⁉
﹂
﹂
﹁ベル坊ーー⁉
?
いつまでも名前を覚えない男鹿にベル坊は泣いて飛び出してしまった。
?
﹁ダァーー‼
未だに名前を覚えられていない男鹿である。
﹁雑っ⁉
?
﹁悪魔の王に、ベル坊って名前・・・まさか〝蝿の王〟ベルゼブブか
﹁あ
?
﹂
﹁おう。オレ達の世界の大魔王の息子でな。本当は確か・・・ウンタラカンタラベルウン
?
?
?
?
60
﹂
﹁・・・ってベルゼブブですか⁉ 悪魔の中の悪魔、箱庭でも上層の魔王の一人ではな
いですか⁉
?
★
﹁いや、食いもんくれよ・・・﹂
へと向かったのだった。
で疲れ、男鹿は飛び出していったベル坊を捕まえ、蛇神に水樹の苗をもらってから箱庭
十六夜はヤハハと笑いながら予想外の存在に喜び、黒ウサギはリアクションのし過ぎ
どうやら箱庭にも似たような存在がいるらしい。
?
﹂
﹂
﹁一体どういう心算
つもり
﹂
﹁しかもゲームの日取りは明日⁉ ﹂
﹁それも敵のテリトリー
﹂﹁聞いているのですか三人とも
﹂
﹁準備している時間もお金もありません‼
?
!!!
内で戦うなんて‼
があってのことです‼
﹂
﹁﹁﹁ムシャクシャしてやった。今は反省しています﹂﹂﹂
﹁黙らっしゃい
!!!
?
?
?
?
況になったのですか⁉
﹁な、なんであの短時間に〝フォレス・ガロ〟のリーダーと接触してしかも喧嘩を売る状
自分達のコミュニティ
61
62
これは世界の果て組と箱庭組が合流したときの会話である。
軽く箱庭組の経緯を説明すると、
箱庭に入って〝六本傷〟のカフェで談笑する。
←
この付近一帯を支配する〝フォレス・ガロ〟のリーダー、ガルド=ガスパーが出てく
る。
←
ジン達のコミュニティの状況を説明し、飛鳥達を勧誘する。
←
あっさりと断ってから、何故魔王でもないガルドこの付近一帯を支配できたのかを飛
鳥のギフトで強制的に聞き出す。
←
子供を人質に取って脅してギフトゲームに参加させていたこと、しかし子供はもう殺
していることが判明する。
←
ガルドをズタボロにしたい飛鳥からギフトゲームを提案する。
←
ギフトゲームの賞品内容はこちらが勝てば〝罪を認めて裁きを受け、コミュニティを
解散する〟、負ければ〝罪を黙認する〟というものである。
←
合流して、お腹が空いた男鹿が軽い食事をしながらそれぞれに起こったことを報告す
る。↑今ここ。
﹁はぁ∼・・・。仕方がない人達です。まぁいいデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じで
すし。〝フォレス・ガロ〟程度なら十六夜さんか辰巳さんがいれば楽勝でしょう﹂
神格持ちをも容易く倒した二人ならばガルドを相手にする程度、どちらか一人だけで
﹂
も役不足だろうと思い、今回はあっさりと納得する黒ウサギ。
﹁何言ってんだよ。俺達は参加しねぇよ
は慌てて二人に食ってかかる。
そんな黒ウサギを他所に十六夜と飛鳥はそれぞれにそんなことを言うので、黒ウサギ
﹁当たり前よ。貴方達なんて参加させないわ﹂
?
?
に俺達が手を出すのは無粋だって言ってるんだよ﹂
﹁そういうことじゃねぇよ。この喧嘩はコイツらが売った。そして奴らが買った。なの
と﹂
﹁だ、駄目ですよ‼ 御二人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しない
自分達のコミュニティ
63
﹁あら、分かっているじゃない﹂
た。
丸一日振り回され続けて疲弊し、もうどうにでもなれと呟いて諦める黒ウサギだっ
﹁・・・ああもう、好きにしてください﹂
64
最強の主催者
コホンと咳払いをした黒ウサギは気を取り直して全員に切り出した。
コミュニティの名前か
﹂
に皆さんのギフト鑑定をしないと。この水樹のこともありますし﹂
﹁ジン坊ちゃんは先にお帰りください。ギフトゲームが明日なら〝サウザンドアイズ〟
﹁〝サウザンドアイズ〟
?
﹁ギフト鑑定というのは
﹂
ティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです﹂
﹁Y e s。〝 サ ウ ザ ン ド ア イ ズ 〟 は 特 殊 な 〝 瞳 〟 の ギ フ ト を 持 つ 者 達 の 群 体 コ ミ ュ ニ
?
?
﹂
?
そうこうしている内に蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神像が記された旗の商
ぶっちゃけどうでもいいと思っている。
男鹿に関して言えば、早乙女禅十郎・斑鳩酔天との修行で一通り把握しているので
同意を求める黒ウサギに十六夜、飛鳥、耀は複雑な表情で返す。
しょう
た方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるで
﹁ギフトの秘めた力や起源などを鑑定することデス。自分の力の正しい形を把握してい
最強の主催者
65
おぉぉぉ‼
﹂
﹂
﹂
ウ チ は 〝 ノ ー ネ ー ム 〟 お 断 り﹁い ぃ ぃ ぃ や ほ
久しぶりだ黒ウサギィィィ‼
﹁きゃあーーー・・・‼
?
?
男鹿達は目を丸くし、女性店員は痛そうな頭を抱えていた。
道の向こうにある浅い水路まで吹き飛んだ。
黒ウサギは店内から爆走してくる着物風の服を着た真っ白い髪の少女に突撃され、街
?
?
﹁そ う い う こ と で は あ り ま せ ん ‼
﹁別にいいじゃねぇか、ちょっとぐらい遅くてもよ﹂
を塞ぐように立つ。
女性店員を完全スルーして店に入ろうとする自由な男鹿に対して女性店員は入り口
だ話の途中です‼
ま
店 〝 サ ウ ザ ン ド ア イ ズ 〟 に 着 い た よ う で、片 付 け を し て い る 女 性 店 員 に ス ト ッ プ
をーーー
﹂
﹁まっ﹁待った無しです御客様。うちは時間外営業はやっていません﹂
かける事も出来なかった。
閉店時間の五分前に客を締め出すなんて‼
﹁なんて商売っ気の無い店なのかしら﹂
﹁ま、全くです‼
?
﹁文句があるならどうぞ他所へ。あなた方は﹁お邪魔しまーす﹂ま、待ちなさい‼
?
?
?
66
りウサギは触り心地が違うのぅ‼
ほれ、ここが良いかここが良いか‼
やっぱ
﹁・・・おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか ならオレも別バージョンで﹂
﹁ありません﹂
﹁なんなら有料でも﹂
﹁やりません﹂
どうして貴方がこんな下層に⁉
二人の真剣さに対してどうでもいい内容であった。
﹁し、白夜叉様⁉
﹂
真剣な表情の十六夜に、真剣な表情で言い切る女性店員。
?
﹁そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろうに‼
?
いた。
﹁し、白夜叉様‼
﹂
?
﹂
くるくると縦回転した少女を、男鹿は同じく頭を掴んで受け止めた。
白夜叉を無理やり引き剥がし、頭を掴んで店に向かって投げつける。
ちょ、ちょっと離れてください‼
﹂
黒ウサギを強襲した白夜叉と呼ばれた少女は黒ウサギの胸に顔を埋めてすり付けて
?
?
?
?
?
?
頭を掴まれながら呆れている白夜叉に、一連の流れに呆気にとられていた飛鳥が話し
﹁お、おぉ。受け止めてくれたのは嬉しいが、もう少し優しく受け止めれんかのぉ・・・﹂
﹁何してんだお前は
最強の主催者
67
かける。
﹁貴女はこの店の人
ぞ﹂
﹂
﹁オーナー。それでは売上が伸びません。ボスが怒ります﹂
何処までも冷静な声で女性店員が釘を刺す。
迷子とかじゃねぇの
﹂
それを聞いた男鹿は掴んでいる白夜叉に胡散臭げな目を向ける。
﹁オーナーってまさか、このガキの事かよ
?
迷子などではなく、立派な〝サウザンドアイズ〟幹部様じゃ‼
嘘は言っていないがなんとも子供っぽい言い返し方である。
﹁うう・・・まさか私まで濡れる事になるなんて﹂
﹁因果応報・・・かな﹂
水路から出て悲しげに服を絞る黒ウサギ。
﹃お嬢の言う通りや﹄
?
?
男鹿の失礼な物言いに掴まれた手から抜け出しながら反論する白夜叉。
﹁し、失礼な‼
?
白夜叉は気持ちを切り替え、十六夜達をみてニヤリと笑った。
﹂
の依頼ならおんしのその年齢のわりに発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受ける
﹁おお、そうだとも。この〝サウザンドアイズ〟の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事
?
68
彼らは旗も持たない〝ノーネーム〟のはず。規定ではーーー﹂
﹁オホン、まぁいい。話があるなら店内で聞こう﹂
﹁よろしいのですか
しておいてくれ﹂
ニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識
〝サウザンドアイズ〟幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュ
﹁もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている
は上座に腰を下ろす。
招かれた場所は香の様な物が焚かれた、個室というにはやや広い和室であり、白夜叉
﹁生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ﹂
★
だった。
オーナーにそう言われればどうしようもなく、仕方なく店内へと入れる女性店員なの
れ﹂
﹁なに、身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてや
?
﹁はいはい、お世話になっております本当に﹂
最強の主催者
69
投げやりな言葉で流す黒ウサギ。
﹂
その隣で耀が小首を傾げる。
﹁その外門、って何
﹁・・・超巨大タマネギ
﹂
﹂
?
外門のすぐ外は〝世界の果て〟と向かい合い、強力なギフトを持った者達が住んでおる
い皮の部分に当たるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、
﹁悪いが置いとらんの。だがその例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄
いる。
軽食を摂ったのに男鹿はまだ食べ足りないのか、白夜叉にバームクーヘンを要求して
身も蓋もない感想にガクリと肩を落とす黒ウサギ。
﹁白夜叉、この店にバームクーヘンねぇの
﹁そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ﹂
?
?
﹁いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら
﹂
かれて七つの支配層が形成されており、その図を見た他のみんなの反応は、
そう言って黒ウサギが描く上空から見た箱庭の図は、外門によって幾重もの階層に分
強大な力を持つ者達が住んでいるのです﹂
﹁箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に
?
70
ぞーーーその水樹の持ち主などな﹂
﹂
白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。
﹁して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ
白夜叉の質問に黒ウサギが自慢げに答える。
てきたのですよ﹂
﹁いえいえ。この水樹は十六夜さんと辰巳さんがここに来る前に、蛇神様を叩きのめし
?
﹂
﹁なんと⁉ クリアではなく直接的に倒したとな⁉ ではその童達は神格持ちの神
童か
?
?
その童には何かあるのか
?
?
黒ウサギの言い回しに疑問を覚える白夜叉。
﹁む、それはどういうことだ
﹂
辰巳さんは神格を持っていないのか不思議なのですが・・・﹂
﹁いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見れば分かる筈ですし。逆になんで
?
黒ウサギの疑問も解らなくはない。
の中でもトップクラスの悪魔である。
神格とは種の最高のランクに体を変幻させるギフトを指しており、ベルゼブブは悪魔
よ﹂
﹁辰巳さんが言うには背中のベル坊さんは〝蝿の王〟ベルゼブブの息子だそうなのです
最強の主催者
71
黒ウサギがそう言うと白夜叉の顔にもさらに疑問が浮かんでいる。
﹂
あやつに息子など・・・いや、異世界から来たベルゼブブの息
子ーーーもしや自称大魔王だったあやつかの
﹁〝蝿の王〟の息子だと
﹂
?
﹂
?
いる。
?
ではないか〟とのこと。
最初の疑問である神格については、白夜叉曰く〝まだ幼く力を扱いきれていないから
遊んでいる。
白夜叉の言っていることは正しく、もう一人の息子である焔王ともどもよくゲームで
アホじゃ﹂
での。他の世界の、テレビゲームとやらに興味をもったというだけで箱庭を出ていった
﹁自称大魔王といっても魔王としての力は強大だったのだが、いかんせんテキトーな奴
﹁その自称大魔王様というのはどういった方だったのですか
﹂
どんな人物なのかは知らないが、二人の認識に話を聞いていた他のみんなは苦笑して
﹁あぁ、間違いなさそうだな﹂
﹁あのアホのことだろ
﹁大魔王のことを知ってんのか
その独り言とも言えぬ言葉に男鹿は驚いていた。
?
?
72
ロ
ア
マ
ス
﹂
ター
﹂
話が逸れていたが少しずつ戻ってきたので十六夜は気になっていたことを質問する。
﹁話が逸れちまったが、白夜叉はあの蛇と知り合いだったのか
フ
じゃあお前はあの蛇より強いのか
それを聞いた十六夜は物騒に瞳を光らせて問いただす。
﹁知り合いも何も、あれに神格を与えたのはこの私だぞ﹂
﹁へぇ
?
?
﹂
?
﹂
?
あげた。
﹂
この場に集まった問題児達の剥き出しの闘争心に気付き、白夜叉は高らかと笑い声を
﹁アイダブッ‼
﹁最強か。そいつは興味があるな﹂
﹁そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた﹂
﹁無論、そうなるのう﹂
東側で最強のコミュニティという事になるのかしら
﹁そう・・・ふふ。ではつまり、貴方のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは
〝最強の主催者〟ーーーその言葉に問題児達は一斉に瞳を輝かせた。
ニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者なのだからの﹂
﹁ふふん、当然だ。私は東側の〝階層支配者〟だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュ
?
﹁抜け目ない童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームで挑むと
?
最強の主催者
73
﹁え
ちょ、ちょっと皆様⁉
﹂
?
神の紋が入ったカードを取りだして壮絶な笑みを浮かべた。
それを聞いて慌てる黒ウサギを右手で制した白夜叉は、着物の裾から向かい合う双女
?
ておくことがある。おんしらが望むのは〝挑戦〟かーーーもしくは〝決闘〟か
﹂
﹁よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている。しかし、ゲーム前に一つ確認し
74
?
〝挑戦〟か〝決闘〟か
刹那、五人の視界が爆発的に変化し、投げ出された場所は白い雪原と凍る湖畔ーーー
そして、太陽が水平に廻る世界だった。
それとも対等な〝決闘〟か
﹂
﹁今一度名乗り直し、問おうかの。私は〝白き夜の魔王〟ーーー太陽と白夜の星霊・白夜
叉。おんしらが望むのは、試練への〝挑戦〟か
?
﹂
〝挑戦〟であるならば、手慰み程度に遊んでやる。だが〝決
?
勝ち目がないのは一目瞭然だが、自分達が売った喧嘩を取り下げるにはプライドが邪
闘〟を望むならば、魔王として命と誇りの限り戦おうではないか﹂
﹁して、おんしらの返答は
?
ム盤の一つだ﹂
﹁如何にも。この白夜の湖畔と雪原、永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私がもつゲー
を表現してるってことか﹂
﹁水平に廻る太陽と・・・そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、お前
転送でどこかへ移動したわけではなく、文字通り世界を作り出したようなものだ。
白 夜 叉 の 問 い か け に 十 六 夜 達 は 息 を 呑 む。あ の 男 鹿 で さ え も 冷 や 汗 を か い て い る。
?
﹁これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤・・・⁉
〝挑戦〟か〝決闘〟か
75
魔をした。
しばしの静寂の後、
﹂
?
や
苦虫を噛み潰したような表情で返事をする二人に対し、男鹿は、
﹂
いくら辰巳さんが強くても白夜叉様には勝てません‼ 無謀
この言葉を聞いて黒ウサギは慌てて止めに入る。
﹁戦る前から逃げるってのは俺のポリシーに反するんだが・・・﹂
すぎます‼
﹁だ、駄目ですよ‼
?
﹂
?
応だったようだ。
それを聞いた白夜叉は魔王としての笑みを浮かべる。白夜叉にとっても予想外の反
喧嘩しようぜ
﹁分かってるっての。それに殺し合いをするつもりもねぇよ。だからよ白夜叉、俺とは
?
?
﹁右に同じ﹂
﹁・・・ええ。私も試されてあげていいわ﹂
﹁く、くく・・・して、他の童達も同じか
〝試されてやる〟とは随分と可愛らしい意地の張り方だと笑い、他の三人にも問う。
試されてやるよ、魔王様﹂
﹁参った、やられたよ。さすがにこれだけのゲーム盤を用意されたらな。今回は黙って
76
﹁なかなかに面白い提案じゃの。決闘として殺し合うのではなく殴り合いをしたいと。
よかろう、魔王の力を少しばかり教えてやるとするかの。だが、その前に他の三人の試
練を先に終わらせるぞ﹂
そう言って湖畔を挟んだ向こう岸にある山脈に、チョイチョイと手招きをする白夜
叉。
﹂
すると、鷲の翼と獅子の下半身を持つ五m程の巨大な獣が現れた。
﹁グリフォン・・・嘘、本物⁉
そういうと、虚空から輝く羊皮紙が現れて試練の内容を記述していく。
ギフトゲームを代表する獣だ﹂
﹁うむ、あやつこそ鳥の王にして獣の王。〝力〟 〝知恵〟 〝勇気〟の全てを備えた、
?
宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催し
・敗北条件:降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。
・クリア方法:〝力〟 〝知恵〟 〝勇気〟の何れかでグリフォンに認められる。
・クリア条件:グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う。
・プレイヤー一覧:逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀
︻ギフトゲーム名 〝鷲獅子の手綱〟
〝挑戦〟か〝決闘〟か
77
ます。
〝サウザンドアイズ〟印︼
﹁私がやる﹂
失敗すれば大怪我では済まん
読み終わるや否や、グリフォンを羨望の眼差しで見つめている耀が挙手した。
﹁ふむ。自信があるようじゃが、コレは結構な難物だぞ
が﹂
﹁大丈夫、問題ない﹂
﹂
?
★
﹁うん。頑張る﹂
﹁ダッ‼
﹁次は俺の番だからな。一発で決めろよ﹂
﹁気を付けてね、春日部さん﹂
﹁OK、先手は譲ってやる。失敗するなよ﹂
せない声で白夜叉に返す。
白夜叉も今の段階では耀の実力を確認していないため警告するが、耀は不安を感じさ
?
78
ギフトゲームの結果は、耀の勝利である。
グリフォンは誇りを、耀は命を賭けてゲームを行い、見事勝利を収めた。ゲーム終了
時にグリフォンの背から落下したが、友達の証として新しく手に入れたグリフォンの〝
旋風を操るギフト〟で飛翔して降りてきた。耀の木彫りのギフトについて盛り上がっ
たが今日のメインイベントはこれからである。
男鹿と白夜叉は十mくらいの距離で対峙していた。
﹂
﹁それじゃあ次は俺だな。魔王の力を見せてもらうぜ﹂
﹁そう急かすでない。見物料はそれなりに高いぞ
そう言って不敵な笑みを浮かべて、輝く羊皮紙に同じように内容を記述していく。
?
宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催し
・敗北条件:降参か、白夜叉に一撃を加えられる。
・クリア方法:白夜叉に一撃を加える。
・クリア条件:白夜叉と戦い、勝利する。
・プレイヤー一覧:男鹿辰巳、ベル坊
︻ギフトゲーム名 〝太陽と悪魔の一撃〟
〝挑戦〟か〝決闘〟か
79
ます。
〝サウザンドアイズ〟印︼
﹁骨は拾ってやる。頑張れよ﹂
﹁貴方のことは忘れないわ。頑張って﹂
﹁グッドラック。頑張れ﹂
﹂
﹂
もうゲームは始まっておるぞ﹂
?
感じさせる動きだ。
世間話のような口振りのまま男鹿のラッシュを躱している。防御もせずに、余裕すら
﹁人間の脚力にしてはなかなかのダッシュ力だの﹂
だから此方の実力が分かっていないうちに先手を仕掛けたのだ。だが、
わらず、ベヘモット34柱師団団長のジャバウォックより上である。
男鹿も白夜叉の実力がわからないわけではない。対峙した迫力は敵意がないにも関
白夜叉が言った時には既に銃弾に迫る速さで動き出していた。
﹁じゃあ、遠慮無く行かせてもらうぜ‼
?
﹁どうした、早くこんのか
問題児三人の頼りにならない声援に男鹿はついツッコんでしまう。
﹁お前ら負ける前提で話すんじゃねぇよ‼
?
80
﹂
反撃してくる拳は速く、防御することはできたが勢いは殺せずに元の位置に戻され
る。
﹂
﹁クソッ、ただの肉弾戦じゃ勝ち目がねぇな。いくぞ、ベル坊‼
﹁ダァッ‼
?
それでも白夜叉の余裕は崩れずに笑みを浮かべたままだ。
度を倍加させて横から殴りにかかる。
だが、それは陽動である。ゼブルブラストを目くらましに今度は紋章術も駆使して速
放たれた一撃は白夜叉に片手で弾かれる。
﹁ほう、悪魔の力を完全に使いこなしておるな。まだまだ楽しめそうだの﹂
だが、今回はさらに力を上げている。
男鹿は雷撃を手に纏わせてゼブルブラストの構えを取る。蛇神をも一撃で追い込ん
ただの徒手格闘で一撃を加えるのは不可能に等しい。
?
放つ。
白夜叉はそれを回転運動で躱し、男鹿を真似るようにその勢いを利用して回し蹴りを
して裏拳気味に肘打ちを放つ。
今度は避けずに拳を受け止める。男鹿はそこで止まらずに、掴まれている拳を支点に
﹁ククク。見た目によらず戦闘面では頭が回るようだな﹂
〝挑戦〟か〝決闘〟か
81
﹁ーーーッ、ベル坊
距離を取る。
﹂
だが、白夜叉は回し蹴りの軌道を修正して雷撃を弾く。その一瞬で今度は自ら跳んで
利条件を満たすことができるのだ。
わせる。今回の試練にはベル坊も参加者として認められている。ベル坊の一撃でも勝
体勢も悪くて避けれないと判断した男鹿はベル坊に雷撃を放たせて不意打ちを食ら
!!!
?
だ﹂
﹁じゃあ、辰巳君はやっぱり勝てないのかしら
﹂
﹁ああ、男鹿はギフトを使っているが、白夜叉はギフトを使っていない。実力の差は歴然
﹁うん。白夜叉とのやり取りでそれは分かる・・・けど﹂
﹁確かにね。辰巳君がここまで強いとは思ってなかったわ﹂
﹁ヤハハ、こいつは見応えのある内容だな﹂
それを見ていた四人はそれぞれ感想を話し合っている。
るには十分だった。
白夜叉はそう言うがまだまだ余裕そうである。二回の攻防は白夜叉の力の一端を見
﹁いやいや、今のは少し危なかったぞ。こちらも決めるつもりだったからな﹂
﹁マジかよ。今のをゼロ距離で反応するって・・・どんだけだよ﹂
82
﹁そうとは限らない。白夜叉に勝つこととゲームに勝つことは違うからな﹂
﹁Yes。十六夜さんの言う通りです。勝敗はまだ分かりません﹂
問題児達は好きに感想を言っているだけだが、黒ウサギは男鹿が心配でしょうがない
といった感じで不安そうだ。
★
﹂
そう言って男鹿は懐からスキットルのような水筒を取り出す。
﹁・・・チッ、仕方ねぇか﹂
﹁なんじゃ、喉でも渇いたのか
﹁そんなところだ﹂
スーパーミルクタイム
﹂
しかし、このままでは絶対に勝てないので三割だけ使うことにしたのだ。
ミルクの補充ができるかどうかが分からなかったからだ。
できれば使いたくはなかった。何故ならこのミルクは魔界のミルクで、異世界に来て
白夜叉の質問を流して水筒ーーーミルクを飲む。
?
?
飲み終わるや否や跳び出す男鹿。先程よりも圧倒的に速い踏み込みに白夜叉も慌て
﹁暗 黒 武 闘 ・・・一八〇CC‼
〝挑戦〟か〝決闘〟か
83
て防御する。
﹂
しかし力も先程より上がっているので、一回目の攻防とは逆に白夜叉を吹き飛ばし
た。
﹁・・・いきなり力が増大したの。その水筒に秘密があるのか
﹂
!!!
を取りだして言う。
しかしそれを見ても白夜叉は落ち着いており、懐からここに来る時にも出したカード
でも初見の技を素早く完璧に防御しきるのは無理だろう。
全方位から爆発を食らえば、怪我は負わずとも勝利条件を達成できる。さすがの白夜叉
こ の ゲ ー ム は 一 撃 を 加 え る だ け で 勝 て る。極 論 デ コ ピ ン で も 食 ら え ば 負 け な の だ。
紋章を殴りつけて爆発させ、そこから連鎖的に爆発を起こして威力を上げていく。
﹁くらえ・・・魔王大爆殺ッ
男鹿から紋章が伸びており、白夜叉の全方位を囲んでいるのだ。
白夜叉の分析は途中で止まってしまう。
て力も見させてもらった。もう油断することはーーー﹂
﹁だが惜しかったの。この場面で出したということは切り札の一つなのであろう。そし
である。しかし、
水筒の中身をを飲んだ後に力が増大したことを考えれば白夜叉の指摘は当然のこと
?
84
ギフトゲームで男鹿の負けが決定した瞬間であった。
て凍る湖へと叩き込まれた。
次の瞬間には白夜叉は視界から消えて男鹿の後ろに立っており、かなりの衝撃を伴っ
すると、白夜叉の足には水でできたような靴が履かれている。
﹁大したものだ。私にギフトを使わせたこと、誇ってよいぞ﹂
〝挑戦〟か〝決闘〟か
85
それぞれのギフトカード
羊皮紙が発光し、文字列が変わっていく。
★
?
それでも男鹿の不機嫌は直らず、白夜叉に言葉を掛ける。
冷水に叩き込まれた割には意外と元気そうな男鹿に黒ウサギは安堵する。
﹁・・・クソ、やっぱり強えな。負けちまったか﹂
うな顔を出して陸へと上がってくる。
すぐに上がってこない男鹿に黒ウサギの不安は加速していくが、少しすると不機嫌そ
分厚い氷が砕け、冷たい水が覗いている。
黒ウサギは急いで湖に叩き込まれた男鹿のもとへと駆けつける。
﹁大丈夫ですか、辰巳さん⁉
﹂
これでゲームは終わり、白夜叉の勝ちが確定した。
︻ギフトゲーム勝者:白夜叉︼
86
・
・
・
・
・
﹁おい白夜叉。こんなことしなくても俺もベル坊も問題ねぇよ﹂
男鹿の言葉に黒ウサギ、飛鳥、耀は首を傾げる。
・
・
・
・
・
十六夜は人間離れした観察眼と動体視力によって男鹿の言う〝こんなこと〟に当た
りが付いている。
﹂
白夜叉が柏手を打つと、男鹿に滴っていた水が白夜叉の元へと集まっていく。
﹁それは悪かったな。赤ん坊がおるのだからこれぐらいは必要だと思っての﹂
ス ト リ ー ム・ レ ン ジ
﹁白夜叉様、その水はいったい
ちなみに衝撃を緩和させなかったのは今回の授業料である。
叩き込まれても窒息しないように膜状にして空気を確保していたのだ。
このギフトにより、地面や空気の摩擦抵抗をなくして男鹿の背後に高速移動し、湖に
霊としての力の事を指している。
夜叉とは、水と大地の神霊にして悪神としての側面を持つ鬼神であり、今回は水の神
程度は自由自在の使い勝手がよい代物だぞ﹂
る。摩擦抵抗や衝撃などを思いのままに操ることができる水だ。形状も大きさもある
﹁うむ。この水は〝流水領域〟というギフトでの。私の夜叉としての力が込められてい
?
てもらったからの。依頼を引き受けてやろう。今日はそのために来たのだろう
﹂
﹁ゲーム自体は私の勝ちだか、他の三人は試練をクリアしておるし、おんしにも楽しませ
それぞれのギフトカード
87
?
﹁Yes‼
今日は皆さんのギフト鑑定をお願いしようと伺ったのですよ﹂
ゲッ、と気まずそうな顔になる白夜叉。
?
﹁企業秘密﹂
﹁右に同じ﹂
﹁以下同文﹂
?
﹂
せたおんしらには〝恩恵〟を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ
﹁ふむ。何にせよ〝主催者〟として、星霊の端くれとして、試練をクリアし、私を楽しま
如妙案が浮かんだとばかりにニヤリと笑った。
ハッキリと拒絶する十六夜と同意するように頷く二人に困ったように頭を掻くが、突
﹁別に鑑定なんていらねぇよ。人に値札貼られるのは趣味じゃない﹂
が、それじゃ話が進まんだろうに﹂
﹁うおぉぉぉおい
?
いやまぁ、対戦相手だった者にギフトを教えるのが怖いのは分かる
の程度に把握している
三人も素養が高いのは分かるがなんとも言えんな。おんしらは自分のギフトの力をど
﹁どれどれ・・・うむ、私と戦った男鹿辰巳は聞いておるし言うまでもないだろう。他の
困ったように白髪を掻きあげ、着物を引きずりながら四人の顔を見つめる。
﹁よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだが﹂
88
復興の前祝いとしては丁度よかろう﹂
白夜叉が柏手を打つと四人の眼前に光り輝く四枚のカードが現れる。
コ ー ド・ ア ン ノ ウ ン
ノ
ム・
ツ
リー
カードにはそれぞれの名前と、体に宿るギフトを表すネームが記されていた。
ゲ
コバルトブルーのカードに逆廻十六夜・ギフトネーム〝正体不明〟
ワインレッドのカードに久遠飛鳥・ギフトネーム〝威光〟
ゼ ブ ル ス ペ ル
というかなんで皆さんそんなに息が合ってるのです⁉
﹂
パ ー ル エ メ ラ ル ド の カ ー ド に 春 日 部 耀・ギ フ ト ネ ー ム 〝生命の目録〟、 〝 ノ ー
フォーマー〟
﹁ち、違います‼
?
問題児三人はギフト=贈り物という解釈のもとにボケまくっている。
﹂
﹂
プリムローズイエローのカードに男鹿辰巳・ギフトネーム〝蠅王紋〟
?
?
﹁ギフトカード‼
﹂
﹁お中元
?
﹂
﹁お歳暮
?
﹁そうだぜお前ら。これはあれだ、キャッシュカードだ。それも高額預貯金のな﹂
?
﹁お年玉
それぞれのギフトカード
89
﹁ダブッ﹂
男鹿に至っては贈られたい物を述べているだけである。
﹂﹂
こ れ は ギ フ ト カ ー ド と 言 っ て、ギ フ ト を 収 納 で き る 超 高 価 な
一般家庭に生まれた男子高校生の懐事情は厳しいものだ。
﹂
﹁そ れ も 違 い ま す ‼
カードですよ‼
黒ウサギの説明に対して、
男鹿と十六夜は深く理解することを放棄した。
﹁﹁つまり︵素敵︶︵レア︶アイテムってことでオッケーか
﹂
?
?
﹂
?
絵が並べられる。
何気なく水樹にカードを向けると吸い込まれ、〝正体不明〟の下に〝水樹〟の名前と
﹁ふぅん・・・もしかして水樹ってやつも収納できるのか
の。少々味気ない絵になっているが文句なら黒ウサギに言ってくれ﹂
﹁本来はコミュニティの名と旗印も記されるのだが、おんしらは〝ノーネーム〟だから
そんな四人に白夜叉からの説明が入る。
黒ウサギに叱られながら四人はそれぞれのカードを物珍しそうに見つめる。
イテムなんです‼
﹁だからなんで適当に聞き流すんですか‼ あーもうそうです、超素敵で超レアなア
?
?
?
90
これ面白いな。もしかしてこのまま水を出せるのか
﹂
?
﹁おお
﹂
﹂
?
無駄遣い反対‼ せっかく手に入れた水なんですから節制しま
﹁出せるとも。試すか
しょうよ‼
﹁だ、駄目です‼
?
じゃあ俺のはレアケースなわけだ
﹂
?
いいやありえん、全知である〝ラプラスの紙片〟がエラーを
?
そこで白夜叉の脳裏に一つの可能性が浮上した。
のギフトが正常に機能しないとはどういうーーー︶
︵そういえばこの童・・・蛇神を倒したと言っていたな。しかし、〝ラプラスの紙片〟程
だが白夜叉は納得出来ないように怪訝な瞳で十六夜を睨む。
そう言ってギフトカードを懐にしまう十六夜。
﹁なんにせよ、鑑定は出来なかったってことだろ。俺的にはこの方がありがたいさ﹂
起こすことなど﹂
﹁〝正体不明〟だと・・・
と白夜叉が十六夜のギフトカードを覗き込んで表情を変える。
ん
﹁へぇ
?
ずともそれを見れば大体のギフトの正体が分かるというもの﹂
﹁そのギフトカードは、正式名称を〝ラプラスの紙片〟、即ち全知の一端だ。鑑定は出来
白夜叉は黒ウサギの様子を高らかに笑いながら見つめた。
?
?
?
?
それぞれのギフトカード
91
︵ギフトを無効化した・・・
いや、まさかな︶
﹂
?
だ。
辰巳君のギフトは一つだけなの
強大な奇跡を身に宿す者が、奇跡を打ち消す御技を宿していては大きく矛盾するから
白夜叉が否定したのも無理はない。
?
﹂
﹁でも、辰巳は電撃を操ったり、不思議な紋章で爆発を起こしたり加速したりしてたよね
﹁どうやらそうみたいだな﹂
白夜叉が考えている横では男鹿のギフトについて飛鳥達が聞いていた。
﹁あら
?
92
﹁紋章術・・・黒ウサギも聞いたことがないですね﹂
黒ウサギが知らないのも仕方がないだろう。
そんな風に自分達のギフトについて雑談をしながら、白夜叉の創り出した〝白夜の世
増大のためで制御する必要性がないのであろう。
箱庭では力を引き出すのに契約などをする必要はなく、するとしても悪魔自身の力の
呼ばれる者が使う術である。
紋章術は悪魔の力を引き出すための契約を対等以上の関係で交わす〝紋章使い〟と
ス ペ ル マ ス ター
﹁あぁ、雷撃はベル坊の悪魔の力で、もう一つはベル坊の悪魔の力を制御する紋章術だ﹂
?
界〟から元の世界に戻ったのだった。
★
七人と一匹は暖簾の下げられた店前に移動し、耀達は一礼した。
﹁今日はありがとう。また遊んでくれると嬉しい﹂
﹁あら、駄目よ春日部さん。次に挑戦する時は対等の条件で挑むのだもの﹂
﹁ああ。吐いた唾を飲み込むなんて、格好つかねぇからな。次は渾身の大舞台で挑むぜ﹂
﹁次は負けねぇからな﹂
白夜叉はスッと真剣な顔で黒ウサギ達を見る。
﹁ふふ、よかろう。楽しみにしておけ。・・・ところで﹂
﹂
?
それなら聞いたぜ﹂
況にあるか、よく理解しているか
﹁ああ、名前とか旗の話か
﹂
﹂
?
?
﹁ならそれを取り戻すために、〝魔王〟と戦わねばならんことも
﹁強え奴と戦うんだろ
?
?
﹁・・・では、おんしらは全てを承知の上で黒ウサギのコミュニティに加入するのだな
﹂
﹁今さらだが、一つだけ聞かせてくれ。おんしらは自分達のコミュニティがどういう状
それぞれのギフトカード
93
﹁そうよ。打倒魔王なんてカッコイイじゃない﹂
﹂
?
証するぞ
三食首輪付きの個室も用意するし﹂
?
?
﹁三食首輪付きってソレもう明らかにペット扱いですから‼
﹂
﹁つれない事を言うなよぅ。私のコミュニティに所属すれば生涯を遊んで暮らせると保
白夜叉は拗ねたように唇を尖らせた。
黒ウサギは即答で返す。
﹁嫌です‼
い。・・・ただし、黒ウサギをチップに賭けてもらうがの﹂
﹁ふ ふ、望 む と こ ろ だ。私 は 三 三 四 五 外 門 に 本 拠 を 構 え て お る。い つ で も 遊 び に 来
覚悟しておきなさい﹂
﹁・・・ご忠告ありがと。肝に銘じておくわ。次は貴女の本気のゲームに挑みにいくから、
人の力では魔王のゲームは生き残れん﹂
﹁魔王の前に様々なギフトゲームに挑んで力を付けろ。小僧共はともかく、おんしら二
夜叉の助言は、物を言わさぬ威圧感があった。
二人は一瞬だけ言い返そうと言葉を探したが、魔王と同じく〝主催者権限〟をもつ白
ニティに帰ればわかるだろうが・・・そこの娘二人。おんしらは確実に死ぬぞ﹂
﹁〝カッコイイ〟で済む話ではないのだがの・・・。まぁ、魔王がどういうものかはコミュ
94
十六夜と男鹿のボケに黒ウサギがツッコむ。
アイズ〟二一〇五三八〇外門支店を後にした。
そんなこんなで店を出た六人と一匹は無愛想な女性店員に見送られて〝サウザンド
ちなみに男鹿の返答はボケではなくマジだったりする。
﹂
白夜叉と黒ウサギの漫才を聞き、十六夜は天啓を得たとばかりに手を顎に当てて真剣
に悩むフリをする。
﹂
﹁そうか、その手があったか。男鹿はどうした方がいいと思うよ
?
﹁〝ノーネーム〟のペットでもありません‼
?
﹁放し飼いでいいんじゃねぇか
?
﹂
このお馬鹿様‼
?
それぞれのギフトカード
95
打倒魔王計画、始動
白夜叉とのゲームを終えて本拠に向かっていた一同。
﹂
〝ノーネーム〟の居住区画の門を開けるとみんなの視界には一面の廃墟が広がって
いた。
﹁っ、これは・・・⁉
・
・
男鹿は近くの木材に足を置くが、直ぐに乾いた音を立てて崩れていった。
﹁・・・形が残っているだけだな﹂
﹁アゥ・・・﹂
﹂
﹁僅か三年前でございます﹂
?
﹂
・
・
・
・
・
・
・
・
﹁ハッ、そりゃ面白いな。いやマジで面白いぞ。この風化しきった街並みが三年前だと
・ ・
﹁・・・おい、黒ウサギ。魔王のギフトゲームがあったのはーーー今から何百年前の話だ
・
町並みに刻まれた傷跡を見た飛鳥と耀は息を呑み、十六夜はスッと目を細める。
﹁はい。魔王との戦いの名残です・・・﹂
?
96
?
そう、十六夜の言うように彼ら〝ノーネーム〟のコミュニティはまるで何百年という
時間経過で滅んだように崩れ去っていたのだ。
崩れ方なんて、膨大な時間をかけて自然崩壊したようにしか思えない﹂
﹁・・・断言するぜ。どんな力がぶつかっても、こんな壊れ方はあり得ない。この木造の
ていた人間がふっと消えたみたいじゃない﹂
﹁ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃまるで、生活し
﹁・・・生き物の気配も全くない。整備されなくなった人家なのに獣が寄ってこないなん
て﹂
二人の感想は十六夜の声よりも遥かに重い。
間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないように屈服させます。僅かに
﹁・・・魔王とのゲームはそれ程の未知の戦いだったのでございます。彼らは力を持つ人
残った仲間達もみんな心を折られ・・・コミュニティから、箱庭から去って行きました﹂
黒ウサギの説明と眼前に広がる街並みに飛鳥も、耀も複雑な表情で続く。
しかし十六夜は不敵に、男鹿は獰猛に笑って呟いていた。
‼
﹂
?
?
﹁まったくだ。魔王全員、土下座させてやるぜ・・・‼
﹂
﹁魔王ーーーか。ハッ、いいぜいいぜいいなオイ。想像以上に面白そうじゃねぇか・・・
打倒魔王計画、始動
97
★
居住区画の水門前で貯水池に水樹を設置して水路に水を通す。
その時に男鹿達を紹介されてコミュニティの子供達はテンションが上がっていたが、
そんな中で十六夜とジンは何やら真剣な顔をして話していたのに周りは特に気付いて
いなかった。
﹂
その後にホテルのように巨大な屋敷に向かい、着いた頃には既に夜中になっていた。
﹁遠目から見てもかなり大きいけど・・・近付くと一層大きいね。何処に泊まればいい
どうやら一目見て酷い状態だと判断できる程には使用されていないようだった。
?
という要望の下、湯殿の準備を進めるが、
すぐに綺麗にしますから‼
?
と叫んで掃除に取り掛かっていく黒ウサギ。
﹁一刻ほどお待ちください‼
﹂
黒ウサギの言葉でそれぞれ近場の部屋へと決めて、〝今はともかく風呂に入りたい〟
でございますよ﹂
階に住むことになっております・・・けど、今は好きなところを使っていただいて結構
﹁コミュニティの伝統では、ギフトゲームに参加できる者には序列を与え、上位から最上
?
98
★
・
・
・
・
・
・
﹁まだ掛かりそうだから俺はテキトーに屋敷内を散歩してるぞ。先に風呂に入ってろ﹂
しばらく貴賓室で待っていた男鹿は散歩という理由をつけて部屋から出ていく。
その意図に気付いたのは十六夜だけである。
﹁ったく、男鹿は勝手な奴だな﹂
しかし、気付いているのが自分だけならわざわざ女性陣に教える必要はないだろうと
考える。
﹁本当ね。時間的にももうすぐ終わるでしょうに﹂
﹃なぁお嬢、ワシも少し散歩に・・・﹄
﹁駄目だよ。ちゃんと三毛猫もお風呂に入らないと﹂
一般の猫らしく三毛猫もお風呂が苦手なのだろう。
男鹿に便乗して逃げようとする三毛猫を耀が捕まえている。
﹂
?
女性様方から・・・あれ
?
辰巳さんはどうしたので
飛鳥の言葉通り、それから五分もしない内に黒ウサギが呼びに来た。
すか
﹁ゆ、湯殿の準備ができました‼
打倒魔王計画、始動
99
?
一人、男鹿だけその場からいなくなってきたので質問した黒ウサギに飛鳥が少し呆れ
たように答える。
﹂
?
・
・
・
﹁うむ。悪い事をしたらこれだよこれ﹂
﹁ヤハハ、なかなか御目にかかれない景色だな。いっそ清々しいぜ﹂
るボコボコにされた侵入者と思しき獣人達を前に仁王立ちしている男鹿であった。
十六夜がコミュニティの子供達が眠る別館の前に来たとき、そこには土下座をしてい
★
﹁さてと・・・そろそろ俺も外の奴らと話をつけに行くか﹂
・
女性三人は大浴場に向かい、一人になった十六夜はそのまま少し寛いだ後、
ねぇよ﹂
﹁ああ、男鹿も先に入ってろって言ってたし、俺は二番風呂が好きな男だから特に問題は
﹁ありがと。先に入らせてもらうわよ、十六夜君﹂
案内します‼
﹁そうでしたか・・・では後で誰かに呼びに行ってもらいましょう。では女性様方からご
﹁待ちきれなくて屋敷内を散歩ですって﹂
100
﹁で
こいつらはなんだって
まぁ、十中八九〝フォレス・ガロ〟の連中だろうけど﹂
?
﹂
?
自分が見たこともない光景が広がっていた。
?
﹁・・・で、何か話をしたくて男鹿に土下座させられてたんだろ
十六夜はにこやかに話しかけるが、目は笑っていない。
侵入者は互いに目配せした後、さらに額を地面に付けて、
?
?
﹂
我々の・・・いえ、魔王の傘下であるコミュニティ〝フォレス・ガ
?
?
ロ〟を、完膚なきまでに叩き潰しては欲しい‼
﹁嫌だね﹂
ほれ、さっさと話せ﹂
﹁な、なんというデタラメな強さ・・・‼ 蛇神を倒したというのは本当だったのか﹂
その侵入者は男鹿のギフトすら使っていない様子の実力に戦慄いていた。
取り敢えず聞かれたことに状況を説明する十六夜。
﹁侵入者っぽいぞ。例の〝フォレス・ガロ〟の連中じゃねえか
﹂
ジンが黒ウサギに言われて男鹿を探していたところ、二人の声が聞こえて来てみれば
﹁辰巳さん、十六夜さん。そろそろお風呂・・・ってなんですかこの状況⁉
具体的には石を第三宇宙速度で投げつけて爆撃したりしそうな十六夜である。
﹁成る程、俺も状況次第ではそうするな。手っ取り早いし﹂
﹁いや、取り敢えずぶん殴ってから話を聞こうと思ってたから知らん﹂
?
﹁恥を忍んで頼む‼
打倒魔王計画、始動
101
決死の言葉を一蹴され、侵入者も聞いていたジンも言葉を失う。
十六夜はそんな空気関係ないとばかりに話を続ける。
﹂
?
られている身分、ガルドには逆らうこともできず﹂
﹁ああ、その人質な。もうこの世にいねぇから。はいこの話題終了﹂
﹂
﹁ーーー・・・なっ﹂
﹁十六夜さん‼
流石に今度はジンも慌てて割って入る。
しかし十六夜はそんなジンにも冷たく接する。
﹂
﹁なんだよ。お前らが明日のギフトゲームに勝ったら全部知れ渡ることだろ
﹁そ、それにしたって言い方という物があるでしょう‼
ジンが十六夜に詰め寄っていると、後ろから男鹿に声を掛けられる。
男鹿に言われて、はっとジンは侵入者を見る。
﹁おいジン、逆廻の言う通りならこいつらが今まで誘拐してたんじゃねぇのか
?
?
﹂
彼 ら が 命 令 さ れ て 人 質 を 拉 致 し て い た の は 今 回 だ け で は な い と い う 可 能 性 に 思 い
?
?
﹂
﹁は、はい。まさかそこまで御見通しだとは露知らず失礼な真似を・・・我々も人質を取
ところだろ
﹁どうせお前らもガルドって奴に人質を取られて、命令されてガキを拉致しに来たって
102
至ったのだ。
﹁そういうことだ。悪党狩りってのはカッコイイけど、同じ穴のムジナに頼まれてまで
俺はやらねぇよ﹂
﹁そ、それでは、本当に人質は﹂
﹂
﹁・・・はい。ガルドは人質を攫ったその日に殺していたそうです﹂
﹁そんな・・・‼
﹁お前達、〝フォレス・ガロ〟が憎いか
と全員が顔を上げる。
叩き潰されて欲しいか
﹂
﹂
だが、我々には力がない。それにアイツは魔王の配下だ。万が一
勝てたとしても魔王に目を付けられたら﹂
え
?
男鹿は事の重大性を理解していないのか興味が無いのか、黙ったままである。
侵入者一同含め、ジンでさえ驚愕していた。
﹁このジン坊っちゃんが、〝魔王を倒すためのコミュニティ〟を作ると言っているんだ﹂
十六夜はジンの肩を抱き寄せると、
?
?
﹁あ、当たり前だ‼
?
重たい空気の中、十六夜は悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべていた。
侵入者は全員その場で項垂れる。
?
?
﹁その〝魔王を倒すためのコミュニティ〟があるとしたら
打倒魔王計画、始動
103
﹁魔王を倒すためのコミュニティ・・・
そ、それはいったい﹂
?
冗談でしょう⁉
﹁じょ、﹂
と言いたかったジンの口を塞ぐ。
十六夜は何処までも本気である。
れると‼
﹂
﹁わ、わかった‼
﹂
明日は頑張ってくれジン坊っちゃん‼
?
腕を解かれたジンは茫然自失になって膝を折るのだった。
﹂
ジンの叫びも届かず、あっという間に走り去る侵入者一同。
?
?
﹁ま、待っ・・・‼
?
?
仲間のコミュニティに言いふらせ‼ 俺達のジン=ラッセルが〝魔王〟を倒してく
?
?
﹁それを明日のギフトゲームで証明する。さぁ、コミュニティに帰るんだ‼
そして
売り・勧誘・魔王関係御断り。まずはジン=ラッセルの元に問い合わせて下さい〟﹂
皆を守ってやる。そして守られるコミュニティは口を揃えてこう言ってくれ。〝押し
﹁言葉の通りさ。俺達は魔王のコミュニティ、その傘下も含めて全ての魔王の脅威から
104
虎との決闘日
ジンが十六夜を引きずって連れていったが、男鹿とベル坊は眠くて仕方がなかったの
で着いて行かなかった。
男鹿達が呼び出されたのは夕方頃であり、元の世界の時間で考えればもうすぐ明け方
であろう時間帯である。
﹂
そういうわけで詳しい十六夜の考えは聞かずに眠りに着こうとしていた。
﹁・・・ん
★
眠気を優先して本拠に帰るのだった。。
もう少し気にしていれば二つの異なる視線に気付いていたかもしれなかったが、今は
特に何も感じなかったためにすぐに意識から外す。
?
す。
﹂
周りが静かになったから敏感になっているのか、どこからか視線を感じて辺りを見回
?
﹁・・・気のせいか
虎との決闘日
105
昨日のお客さん‼
﹂
そやそや今からお嬢達の討ち入りやで‼
もしや今から決闘ですか⁉
箱庭二一O五三八O外門。ペリベッド通り・噴水広場前。
﹁あー‼
﹃お、鉤尻尾のねーちゃんか‼
?
カフェテラスで声をかけられた。
やって下さい‼
﹂
﹁ボ ス か ら も エ ー ル を 頼 ま れ ま し た ‼
?
?
﹁えぇ、そのつもりよ﹂
心強い御返事だ‼
?
﹂
?
﹄
黒ウサギも怪訝な顔をして答えるが、飛鳥は初めて聞いた言葉に小首を傾げている。
﹁居住区画で、ですか
居住区画でゲームを行うらしいんですよ﹂
﹁実は皆さんにお話があります。〝フォレス・ガロ〟の連中、領地の舞台区画ではなく、
飛鳥の言葉に満面の笑みで返す猫娘だが、急に声を潜めてヒソヒソと呟く。
﹁おお‼
﹂
感情表現が分かりやすくて和む店員だ。
ブンブンと両手を振り回しながら応援する鍵尻尾の猫娘。
?
二 度 と 不 義 理 な 真 似 が 出 来 な い よ う に し て
〝フォレス・ガロ〟のコミュニティに行く道中、〝六本傷〟の旗が掲げられた昨日の
?
?
?
?
106
﹁舞台区画とは何かしら
﹂
﹂
今から潰れるんだし﹂
﹁し か も ‼ 傘 下 に 置 い て い る コ ミ ュ ニ テ ィ や 同 士 を 全 員 ほ っ ぽ り 出 し て で す よ ‼
のらしい。
舞台区画とはどうやら白夜叉のように別次元に作ったゲーム盤の代わりのようなも
区画など様々な区画があります﹂
﹁ギフトゲームを行う為の専用区画でございますよ。他にも商業や娯楽施設を置く自由
?
﹁もう愛想尽かされたんじゃねぇの
?
はほっぽり出された人達もわけが解らないみたいですよ
﹁・・・それは確かにおかしな話ね﹂
﹂
?
?
何のゲームかは知りませんが、とにかく気を付けて下さいね‼
?
他のメンバーも同様である。何故なら、
黒ウサギは一瞬、目を疑った。
?
す。
見えてきました・・・けど、﹂
ウェイトレスの熱烈なエールを受けた一同は〝フォレス・ガロ〟の居住区画を目指
﹁でしょでしょ⁉
﹂
﹁いえ、元々の〝フォレス・ガロ〟の人達もほっぽり出されたようですし、聞いた限りで
?
?
﹁あ、皆さん‼
虎との決闘日
107
﹁・・・ジャングル
﹂
?
いや、まさか﹂
?
魔界の木でも少し変わっただけの木だったが・・・﹂
?
ア
ムの内容を確認する。
ス
ロー
ル
飛鳥が声を上げたので視線を向け、門柱に貼られた羊皮紙に記されている今回のゲー
﹁ジン君。ここに〝契約書類〟が貼ってあるわよ﹂
ギ
男鹿もジンに続いて見回すが、どうやら辺り一帯はこの木に変わっているらしい。
﹁何だこの木
﹁やっぱり・・・〝鬼化〟してる
これだけでも普通のジャングルとは言えないだろう。
させる。
しかもその樹枝はまるで生き物のように脈を打ち、肌を通して胎動の様なものを感じ
まぁ相手はヒト型をしていたのだから十六夜も本気で言っているつもりはない。
それもジンに否定される。
はず・・・それにこの木はまさか﹂
﹁いや、おかしいです。〝フォレス・ガロ〟のコミュニティの本拠は普通の居住区だった
野生の動物が暮らすという分にはおかしくはないが、
そう、とても人が住めそうにない鬱蒼と生い茂る木々が広がっていた。
﹁虎の住むコミュニティだしな。おかしくはないだろ﹂
108
︻ギフトゲーム名 〝ハンティング〟
・プレイヤー一覧:久遠飛鳥、春日部耀、ジン=ラッセル
・クリア条件:ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐。
ギ
ア
ス
・ク リ ア 方 法:ホ ス ト 側 が 指 定 し た 特 定 の 武 具 で の み 討 伐 可 能。指 定 武 具 以 外 は
〝契約〟によってガルド=ガスパーを傷つける事は不可能。
・敗北条件:降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。
・指定武具:ゲームテリトリーにて配置。
﹂
﹂
宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝ノーネーム〟はギフトゲームに参加します。
〝フォレス・ガロ〟印︼
﹂
﹁ガルドの身をクリア条件に・・・指定武具で打倒⁉
﹁こ、これはまずいです‼
?
クリア条件に組み込む事で、御二人の力を克服したのです‼
﹂
〟によって身を守ることにより、神格でも手が出せなくなっています‼
?
自分の命を
﹁いえ、ゲームそのものは単純です。問題はこのルールです。〝恩恵〟ではなく〝契約
?
?
﹁このゲームはそんなに危険なの
虎との決闘日
109
?
黒ウサギの説明に飛鳥と耀はイージーゲームだったものがハードゲームに変わった
ことを理解したようだ。
余裕だった表情は少しだけ硬くなっている。
﹂
?
ガロ〟の敗北は決定‼
この黒ウサギがいる限り、反則はさせませんとも‼
﹂
?
その陰で十六夜とジン、男鹿は昨夜の事を話していた。
飛鳥も二人の檄に奮起する。
審判として黒ウサギは目を光らせているし、耀もやる気を出している。
ンデだわ﹂
﹁・・・ええ、そうね。むしろあの外道のプライドを粉砕するためには、ちょうどいいハ
﹁大丈夫。黒ウサギもこう言ってるし、私も頑張る﹂
?
﹁辰巳さんの言う通りです。もしヒントが提示されなければ、ルール違反で〝フォレス・
あっけからんと男鹿が言い放つが間違いではないようで黒ウサギも同調する。
﹁〝指定〟って書かれてるんだからなんとかなるんじゃねぇか
確かにこの文面だけではどのような武具かさえも予想することができない。
ないし﹂
﹁気軽に言ってくれるわね・・・条件はかなり厳しいわよ。指定武具が何かも書かれてい
﹁敵は命懸けで五分に持ち込んだってことだ。観客にしてみれば面白くていいけどな﹂
110
﹂
﹁この勝負に勝てないと俺の作戦は成り立たない。予定に変更はないからな、御チビ﹂
﹁・・・分かっています。絶対に負けません﹂
﹁作戦ってのは昨日の魔王がなんたらってやつか
﹁ああ。まぁ見てろよ﹂
こんな事で躓くわけにはいかない。
参加者三人は門を開けて突入した。
★
?
ゲーム終了を告げるように、木々は一斉に霧散した。
﹂
すぐに待機していた三人は走り出す。
﹂
?
﹂
黒ウサギの聞き間違いでなければ、耀さんはかなりの重症のはず・・・
﹁おい、そんな急ぐ必要ねぇだろ
‼
﹁大ありです‼
?
ジンが言った木の〝鬼化〟に次いで、ガルドも〝鬼化〟していたのだ。
黒ウサギの言った通り、耀は怪我をしてしまった。
?
?
﹁ったく、急ぐぞ‼
虎との決闘日
111
理性を失った分だけ獣の力が増大していて飛鳥達は一時撤退を余儀無くされたが、耀
は今のガルドには飛鳥とジンでは勝てないと思い、二人が逃げる時間も稼ぐという意味
も合わせて残って戦ったのだ。
しかし耀でも勝つことはできず、飛鳥が開花させた〝ギフトを支配するギフト〟の力
﹂
﹂
皆 さ ん は 飛 鳥 さ ん と 合 流 し て か ら 共 に
早くこっちに、耀さんが危険だ‼
によりなんとか勝利を勝ち取ったのだった。
﹁黒ウサギ‼
﹂
﹁おい御チビ。黒ウサギは春日部を救えるギフトを持っているのか
耀を抱えると、黒ウサギは全力で工房へと向かった。
帰ってきて下さい‼
﹁す ぐ に コ ミ ュ ニ テ ィ の 工 房 に 運 び ま す ‼
?
だが、理屈は聞いていないものの男鹿が途中で飲んだ戦闘力を増幅させるミルクは半
白夜叉との戦いで強さは見させてもらった。
十六夜のアイツ〝も〟が指している他のメンバーは勿論男鹿である。
かに別格だ﹂
﹁ふぅん。やっぱりアイツも面白いな。俺並みには程遠いも、〝ノーネーム〟じゃ明ら
女しか使えないんです﹂
﹁いえ、工房に置いてある治療用のギフトを使います。しかし扱いが難しいため、今は彼
?
?
?
?
112
虎との決闘日
113
分以下、その上ベル坊は幼くて力も十全ではないときた。
本気の男鹿とベル坊はどれほどの強さなのか。
機会があれば戦ってみたいと飛鳥を出迎えている男鹿を見ながら十六夜はそう思い、
昨夜話した作戦を進めるためにもう一仕事するのだった。
さらなる異世界人
ゲームが終わり、大勢のコミュニティに旗を返しながら打倒魔王を掲げる自分達〝
ノーネーム〟を売名していった。
目的の魔王を誘き出しつつ、他に誘き出された魔王を隷属させてコミュニティを強化
し、他の打倒魔王を思うコミュニティと連携を取っていく。これが十六夜が考えた作戦
である。まず第一歩は成功と言えるだろう。
﹂
その日の夜に談話室で黒ウサギと十六夜、男鹿でこれからのことを話していたのだ
が、
﹁ゲームが延期
﹂
?
﹁昔 の 仲 間 が 商 品 に 出 さ れ る 〝 サ ウ ザ ン ド ア イ ズ 〟 の ギ フ ト ゲ ー ム の こ と だ。黒 ウ サ
ないが、その重要性については知っているので簡単に教える。
十六夜もそのギフトゲームを知ったのは昨日の夜に男鹿と別れた後なので多くは知ら
男 鹿 に は 二 人 の 言 う ギ フ ト ゲ ー ム に つ い て 何 も 心 当 た り が な い の で 当 然 の 疑 問 だ。
﹁ゲームってなんのことだ
﹁はい・・・申請に行った先で知りました。このまま中止の線もあるそうです﹂
?
114
ギ、白夜叉に言ってどうにかならないのか
かったと諦めるしかない。
﹂
﹂
だ。し か し 仲 間 を 取 り 戻 す に は ギ フ ト ゲ ー ム し か な い。だ か ら 今 回 は 純 粋 に 運 が な
達観したような物言いの黒ウサギだが、悔しさで言えば二人の何倍も感じている筈
るでしょう﹂
の看板に傷が付く事も気にならない程のお金やギフトを得れば、ゲームの撤回ぐらいや
夜叉様のような直轄の幹部ではなく傘下コミュニティの幹部、〝ペルセウス〟。双女神
﹁仕方がないですよ。〝サウザンドアイズ〟は群体コミュニティです。今回の主催は白
〝サウザンドアイズ〟にプライドはねぇのかよ﹂
﹁チッ、所詮は売買組織ってことかよ。エンターテイナーとしちゃ五流もいいところだ。
十六夜の表情が目に見えて不快そうに変わった。
﹁どうにもならないでしょう。どうやら巨額の買い手が付いてしまったようですから﹂
?
?
﹁次回を期待するしかねぇか。ところでその仲間ってのはどんな奴なんだ
﹂
﹁そうですね・・・一言でいえば、スーパープラチナブロンドの超美人さんです。加えて
?
一揉め事を起こしてはただでは済みません﹂
﹁〝ペルセウス〟は〝サウザンドアイズ〟の幹部を務めているコミュニティです。万が
﹁こっちから殴り込みに行くのは駄目なのか
さらなる異世界人
115
思慮深く、黒ウサギより先輩でとても可愛がってくれました。近くに居るのならせめて
一度お話ししたかったのですけど・・・﹂
おっさんがいた。
そこには、ピチピチのTシャツにトランクス姿のヒゲのある、ダンディ顏のでかい
と、突然会話に入ってきた声に三人ははっとして窓の方を見た。
﹁おや、嬉しいことを言ってくれるじゃないか﹂
116
﹁・・・え
本当に誰ですか
﹂
?
﹂
いえ、それよりもどんな所から出てきているのですか⁉ そ
れにそちらの方々はいったい⁉
?
﹁いや黒ウサギ、まずはおっさんが割れた事にツッコもうぜ﹂
?
﹁レ、レティシア様⁉
疲れたような顔をした、銀髪に男鹿の改造制服と似た作りをした学生服を着た男。
スロリ服を着た美女。
前髪で隠れた左眼と鋭い目つきで、少女と同じ金髪を後頭部で団子状に纏めた黒いゴ
なスカートを着た少女。
苦笑いを浮かべた、長い金髪をリボンで結んで紅いレザージャケットに拘束具のよう
男鹿が何かを言う前におっさんが割れて中から数人の人影が現れる。
訳が分からない。
黒 ウ サ ギ の 呆 然 と し た 疑 問 は 最 も だ ろ う。気 付 い た ら お っ さ ん が 窓 辺 に い た の だ。
?
?
レティシアと一緒に来た三人はというと、
かっていないのだから仕方がない。
黒ウサギの質問と十六夜の感想にレティシアは苦笑いのまま答える。彼女もよく分
﹁それに関しては私もなんとも言えんよ﹂
さらなる異世界人
117
﹂
俺
﹁このドブ男が。貴様だけが消えるのならともかく、坊っちゃまを連れて行くでない﹂
﹁俺だって問答無用で引っ張り込まれたんだよ‼
﹂
﹂
﹁おい男鹿、お前ふざけんなよ‼ 何いきなり別次元の世界に行ってんだよ‼
?
それは俺のせいじゃねぇだろうが‼
?
?
?
だって問答無用で引きずられてきたんだぞ‼
﹁知るか‼
﹂
﹂
て め ぇ 気 色 の 悪 い 言 い 方 す る ん じ ゃ ね ぇ よ ⁉
?
★
俺 は ノ ー マ ル
辰巳さんの知り合いだということは分
?
レティシアも詳しく知らないそうなので黒ウサギが代表して質問する。
かるのですが﹂
﹁それで、そちらの方々はどちら様なのですか
?
すぞ‼
﹁ア ラ ン ド ロ ン ‼
だぁぁぁあああ
!!!
?
蚊帳の外の三人をそのままに言い争っていた。
?
﹁そうですぞ男鹿殿‼ 引きずられた貴之が私の中に入れられながら暴れていたんで
?
?
118
﹁ふむ、挨拶が遅れたな。私はベルゼ坊っちゃまに仕える侍女悪魔、ヒルデガルダだ。ヒ
ルダと呼んでくれ﹂
お呼び下さい﹂
﹁私は次元転送悪魔、バティム・ド・エムナ・アランドロンと申します。アランドロンと
んとこよろしく﹂
﹁えーと、俺は古市貴之。悪魔でもなんでもない普通の人間です。他とは違うんでそこ
三人はそれぞれ自己紹介してから何故レティシアと一緒にいたのか説明をする。
ず、魔力探知によって探りを入れてみたら魔界とも違う次元で坊っちゃまの反応が見ら
﹁男鹿と坊っちゃまが夕飯になっても帰ってこなかったので探していたのだが見つから
れたのだ﹂
﹁我々は直ぐに向かおうとしたのですが、安全を確保するために少々時間が掛かってし
まい、転送を一日遅らせたのです﹂
古市は言外に〝俺を連れてくる理由ないよね
のことのように、
﹂
?
?
﹁奴隷がいて損はないだろう
?
〟と言っているが、ヒルダは当たり前
ここが別次元ってこと以外は何も知らないんすけど﹂
﹁そして何故か俺を連れて転送してきたってわけだ・・・ねぇマジでなんで連れてきたの
さらなる異世界人
119
﹁おおぉぉぉおおい⁉
やっぱりそんな理由かぁぁぁ‼
喧しい嘆きを無視してヒルダは続ける。
?
﹂
?
﹁ーーーということです。何かご質問はございますか
スッと古市が手を挙げる。
てゲームで戦っている・・・って事ですよね
﹁まぁ大雑把に言ってしまえばそうですね﹂
﹂
﹂
﹂
﹁いやいやいやいや、マジで俺が来る意味ないじゃん⁉ 俺は普通の人間だって‼
?
?
ビックリ不思議ショーにツッコむことしかできねぇぞ⁉
?
?
﹁つまりこの世界は人間も含めて化け物が揃っていて、そいつらがギフトとやらを使っ
?
じく黒ウサギが説明をしていく。
ここで転送してきた三人は箱庭について訊いてきたので、初日に召喚された五人と同
様子を見に来たのが始まりらしい。
そもそも三人が現れたのは〝ノーネーム〟の敷地内で、気配を察知したレティシアが
です﹂
﹁そこにレティシア殿が現れて、男鹿殿のことを知っているというので一緒に来た次第
ら時間差が出てしまったのか誰もいない場所に出たのだ﹂
﹁転送できたまでは良かったのだが、ここは横だけに繋がる次元ではないらしく、転送か
120
古市の最もな発言に意外にも十六夜が反論する。
﹁それは違うぞ古市。このボケの集団にツッコみが増えることによって黒ウサギの疲れ
﹂
﹂
が五割は減ると言っても過言じゃない。ゲームでは何もできないとしてもそういう面
で俺達を助けてくれ﹂
﹁そもそもお前らがボケるなっ‼
﹁うぅ、これで黒ウサギは救われます﹂
﹁黒ウサギさんもここぞとばかりに乗らないで下さい‼
?
いる身分。相応のリスクを負ってこの場に来ているはずだ。
話の区切りがついて今度はレティシアに質問する。レティシアは他人に所有されて
﹁それで、レティシア様はどうしてこちらに
﹂
い楽で楽しい〟と思っていた。黒ウサギもやり過ぎないように注意しなくては。
すでに古市のツッコみキャラが定着しつつある中で、黒ウサギは〝ボケるだけって凄
?
?
黒ウサギはガルドが鬼化していたことにより予想はしていたが、ガルドを裏で操って
に来たんだ。結果的にお前達の仲間を傷つけることになってしまったが﹂
﹁大した用件ではない。新生コミュニティがどの程度の力をもっているのか、それを見
さらなる異世界人
121
いたのはやはりレティシアだったようだ。
﹁殴り合えばいいんじゃね
﹂
思案の言葉に、男鹿がなんでもないように答える。
レティシアが新生〝ノーネーム〟の実力を測るために現在行える作戦がなくなった
なかったがな。・・・さて、私はどうすればいいのか﹂
かどうかを。生憎、ガルドでは当て馬にもならなかったし、そちらの二人は参加してい
﹁そこで私は試してみたくなった。その新人達がコミュニティを救えるだけの力がある
にギフトゲームでギフトを使わせたのだ。神格を手に入れた時の力は計り知れない。
レティシアは十六夜と男鹿、特に男鹿に視線を向ける。本気ではないとはいえ白夜叉
同士としてコミュニティに参加したと耳にした﹂
神格級のギフト保持者が複数、それも内一人は将来確実に神格を手に入れるだろう者が
﹁コミュニティを解散するよう説得するため、お前達と接触するチャンスを得た時だ・・・
滅ぼされる可能性があるということだ。
壊滅に追い込まれた魔王を相手に戦うということは、今度こそ完膚無きまでに魔王に
らな﹂
んと愚かな真似を・・・と憤っていた。それがどれだけ茨の道かは分かり切っているか
﹁実は黒ウサギ達が〝ノーネーム〟としてコミュニティの再建を掲げたと聞いた時、な
122
?
﹁何を物騒なことを言ってるんですか⁉
﹂
﹁みんながみんな、お前みたいな戦闘狂思考じゃねぇんだよ‼
してしまう。
﹂
に元・魔王と戦う。実に分かりやすい方法だと思うが・・・アンタはどうだ
?
にくくなってしまった。
?
たメンバーも中庭へと向かうのだった。
﹂
そう言って十六夜は窓から飛び出し、レティシアもそれに続いて飛び出したので残っ
は俺からいくぜ﹂
実際に見たいとしてもまず
黒ウサギが間違っていたかのような空気ができてしまい、二人はこの超展開にツッコミ
男鹿の発言に十六夜とレティシアの二人が賛成意見のため、ツッコミを入れた古市と
かったな﹂
﹁ふふ・・・なるほど、私もそう思うよ。下手な策を弄さずに初めからそうしていればよ
意見を求められたレティシアは一瞬唖然としていたが、すぐに哄笑に変わる。
?
﹁いや、男鹿の言い分も的を得ているんじゃねぇか
魔王と戦えるのかを確認するため
火力の増えたツッコミが炸裂するも、男鹿の発言に悪い笑みを浮かべた十六夜が同調
?
?
﹁じゃあ決まりだな。男鹿の実力は白夜叉に聞いてんだろ
さらなる異世界人
123
〝ペルセウス〟登場
﹂
黒ウサギ達が中庭に着いた時、十六夜は地面に立ち、レティシアは黒い翼で空中に浮
いて対峙していた。お互いに見上げ、見下ろす形で視線を交差させている。
﹁互いにランスを一撃ずつ撃ち合い、止められねば敗北とする。準備はいいか
た。
?
﹂
?
﹁カッーーーしゃらくせぇ
﹂
気勢を上げて空気摩擦で熱が帯びる程の速度で放たれたランスに対し、十六夜は、
﹁ハァアッ‼
波紋が広がっていた。
から振りかぶって打ち出そうとするランスによって、空気中には目に見えるほど巨大な
レティシアは声で黒ウサギを制しながらギフトカードからランスを取り出す。そこ
﹁下がれ黒ウサギ。既に決闘は始まっている﹂
﹁レ、レティシア様⁉
そのギフトカードは﹂
十六夜の返事を聞き、レティシアは金と紅と黒で彩られたギフトカードを取り出し
﹁オーケー、いつでも来な﹂
?
124
!!!
殴りつけた。
﹁﹁﹁ーーーは・・・⁉
﹂
﹂﹂﹂
ーーーだがこれ程なら・・・︶
﹁上手くいったか、じゃねぇよ‼
見たぞ⁉
?
ゼ ブ ル ブ ラ ス ト
ゼブルエンブレム
ゼ ブ ル ブ ラ ス ト
魔王の咆哮と魔王の烙印の合わせ技なんて初めて
?
迫っていた凶弾の全てを爆風で弾き飛ばして彼女を守っていく。
放たれた電撃は高速で打ち出された鉄塊を追い抜いて紋章に着弾し、レティシアに
を放った。
左手をかざして紋章を出した男鹿は、次に電撃を纏った右拳を突き出して魔王の咆哮
ティシアの前に紋章が浮かび上がる。
に尋常外の才能に安堵して血みどろになって落ちる覚悟を決めたーーー次の瞬間、レ
十六夜から打ち出された高速で迫る散弾銃のごとき鉄塊に、避けれないと思うと同時
︵ま、まずい・・・‼
他の三人のうち悪魔二人は物珍しそうな表情を浮かべているだけだ。
素っ頓狂な声を上げる当事者とツッコミの二人。
?
?
﹁お、上手くいったか﹂
〝ペルセウス〟登場
125
﹁そりゃ初めてやったからな﹂
﹂
?
が真剣な表情で近付いてきた。
?
ロード・オブ・ヴァンパイア
なくなっています﹂
?
とを悟った十六夜は男鹿に対して文句を言わずに黒ウサギの言葉に聞き返す。
男鹿に邪魔されてしまったものの、レティシアの様子からあの一撃で終わっていたこ
﹁なんだよ。もしかして元・魔王様のギフトってそれしかねぇのか
﹂
﹁ギフトネーム・〝 純 潔 の 吸 血 鬼 〟・・・やはり・・・。鬼種は残っていても、神格が
す。
その言葉を聞き、レティシアは仕方ないとばかりに目を背けながらギフトカードを渡
﹁レティシア様、ギフトカードをお借りしてもよろしいですか
﹂
〝これ程の規格外な才能ならば・・・〟などとレティシアが考えていると、黒ウサギ
人とも発展途上とは恐れ入る・・・︶
それに瞬時の判断と行動、それを成し遂げるための発想や実力も備えている。これで二
︵私が避けることを諦めたのに、それをあの離れた場所から対応してしまうとは・・・。
度は純粋な感嘆の気持ちを浮かべていた。
レティシアは爆風で煽られた髪を押さえつけながら、男鹿と古市の会話を聞きつつ今
﹁ぶっつけで危ねぇことすんなよ‼
126
﹁・・・はい。多少の武具はともかく、自身に宿る恩恵はもう・・・﹂
﹁ハッ、どうりで歯ごたえが無いわけだ。せっかく楽しめそうだったのによ﹂
十六夜は強い奴と戦えると思っていたから不満を漏らし、黒ウサギは苦い顔でレティ
シアへと問い掛ける。
今はその十分の一にも満ちません。いったいどうして・・・‼
﹂
﹁レティシア様は鬼種の純血と神格を備えた〝魔王〟と自称する程の力があったのに、
?
﹂
黒ウサギとレティシアが沈鬱そうな顔をしている隣で成り行きを見守っていたヒル
ダとアランドロンが提案する。
﹁ふむ。とりあえず屋敷に戻って話せばどうだ
?
遠方の空から褐色の光が差し込む。
異変が起きたのはその時だ。
市を呼び寄せて屋敷に戻ろうとする。
十六夜も未だに、というかそろそろ関係のないことで言い争いを始めている男鹿と古
二人の提案に頷く黒ウサギとレティシアだった。
﹁そうですな。お互いに聞きたいことも色々とあることでしょう﹂
〝ペルセウス〟登場
127
﹁っ⁉
ゴーゴンの威光か⁉
まずい、全員私から離れろ‼
?
﹂
?
石化させた吸血鬼を捕獲しろ‼
﹂
?
た靴を装着した男達がいた。
﹁いたぞ‼
﹁例の〝ノーネーム〟もいるようだがどうする
﹂
﹂
光に呑まれたレティシアは石像になってしまい、光が差し込んできた空には翼の生え
咄嗟に周りにいたみんなを庇うように立ち塞がる。
?
﹂
﹁いや、連中もお前に言われたくはないと思うぞ
?
だな﹂
﹂
﹁・・・よし。ギフトゲームを中止してまで用意した取引だ。これで破談にならずに済ん
る間に、男達はレティシアへと縄を掛けていく。
黒ウサギが最も問題を起こしそうな男鹿と十六夜を本拠に引っ張り込もうとしてい
?
?
めては〝ノーネーム〟がどうなるか分かりません‼
﹂
﹁と、取り敢えず本拠に逃げて下さい‼ さっきも言いましたが〝ペルセウス〟と揉
?
ろか
﹁おいおい、生まれて初めてオマケ扱いされたぜ。ここは傍若無人な奴らにキレるとこ
男達の言葉を聞いた十六夜は獰猛に笑って呟く。
﹁構わん、邪魔するなら斬るまでだ‼
?
?
?
128
﹁そ う だ な。箱 庭 の 外 と は い え、国 家 規 模 の コ ミ ュ ニ テ ィ 相 手 の 商 談 を 取 り 消 す の
はーーー﹂
﹂
それを箱庭の外へなんて・・・‼
﹂
?
﹁こ、この・・・‼
無礼を働いておいて、非礼を詫びる一言もないのですか⁉
かった。寧ろ男達は傲岸不遜な態度を助長させている。
﹂
しかし、黒ウサギがどれだけ怒りを露わにして言っても男達の態度は崩れることはな
?
昂して言い返す。
本拠への不法侵入に〝名無し〟という言葉。明らかに見下した行為に黒ウサギは激
﹁我らの首領が決めた事だ。〝名無し〟風情が黙っていろ﹂
られないのですよ⁉
﹁〝箱庭の騎士〟とまで呼ばれる彼らヴァンパイアは、箱庭の中でしか太陽の光を受け
議した。
男達の会話が聞こえた黒ウサギは驚愕の声を上げ、引っ張っていた二人を放置して抗
﹁箱庭の外ですって⁉
?
?
?
﹂
?
〝ノーネーム〟がどうなるか分からないと言っていたのは黒ウサギ自身だ。
グッ、と黒ウサギは黙り込むしかなかった。先程、男鹿と十六夜に問題を起こしたら
﹁それとも〝名無し〟如きが我ら〝ペルセウス〟と問題を起こすか
﹁ふん。こんな下層のコミュニティに礼を尽くしては我らの旗に傷が付くわ﹂
〝ペルセウス〟登場
129
その事実を前に彼女は悔しそうに男達を睨むことしかできなかったが、
?
﹂
﹁コイツ‼
?
﹂
?
しかし、武器を構ているヒルダに対して遅れて武器を構えている時点ですでに遅い。
ヒルダの挑発に男達は一斉に手持ちの武器を構えた。
﹁安心しろ、殺しはせん。それとも女一人にも敵わないと援軍でも求めるか
そんな男達を気にも掛けず、ヒルダは悠然と立ちながら傘を構えて言葉を続ける。
ていない。ここには私の主君がいたから来ただけだ﹂
﹁何度も言わせるな愚図どもが。私はここに来たばかりでコミュニティとやらには入っ
いきなり攻撃してきたヒルダに、男達は今までの余裕を崩して怒鳴りつける。
?
自分達のコミュニティが誰に喧嘩を売っているのか分かってないのか⁉
殴り飛ばしていた。
ティシアを捕らえようとしていた男達に近付き、どこからか取り出した傘で男の一人を
黒ウサギが聞こえてきた声を疑問に思ってそちらを見ると、いつの間にかヒルダがレ
﹁え
﹂
﹁ならば、〝名無し〟とやらじゃなければ問題ないな﹂
130
﹂
まず手前にいた男を有無も言わせず殴りつけ、そのまま周りにいた男の意識を神速とも
いえる速さで刈り取っていく。
相手は一人だ、取り囲んで叩き潰すぞ‼
?
がら一人ずつ叩き潰していく。
を叩き込んでいく。連携で来る男達にはステップで躱し、他の連中を魔力で抑え込みな
を制限されることに変わりはない。そこへヒルダはブラックホールにも似た魔力の塊
男達は自分の武器で仲間を攻撃しないように固まることはなかったが、それでも動き
なければ一緒だ。すぐに陣形は崩れて乱戦となる。
り、こめかみに柄の部分を叩きつける。どれだけ取り囲もうが動きを捉えることができ
一瞬で前にいた槍を構えた男の懐に踏み込むヒルダ。傘の仕込み剣を抜いて槍を斬
さないと分からんのか﹂
﹁ふん、脳みその足らない連中だ。私の速度に付いて来れない時点で陣形など意味を成
がっていく。
一人、また一人とやられていく中で男達は遅まきながらヒルダを中心にするように広
﹁クソッ、急いで陣形を取れ‼
?
しばらく同じような流れで戦いが続き、気付けば三十人近くの男達が地面に沈んでい
て手際良く拘束されていく。
﹁す、すごいです・・・﹂
〝ペルセウス〟登場
131
﹂
﹁お前らの世界は男鹿といいヒルダといい無茶苦茶だな。やっぱり古市も・・・﹂
俺は普通だから‼
?
?
﹂
﹂
黒ウサギが呆然とし、十六夜がもしかしてという目を古市に向けていると一仕事終え
﹁いや、そこでこっちに振らないで⁉
たヒルダが帰ってきた。
いったいどちらへ
﹁もう終わりか。ならば行くぞ﹂
﹁へ
?
?
﹁だったらアランドロンに送ってもらえばいいんじゃねぇか
男鹿の提案に、しかし十六夜は否定する。
方がいい﹂
﹂
いいだろう。春日部は怪我をしてるからお嬢様と御チビを連れて行くぞ。頭数はいた
﹁いや、最悪その場でゲームになる可能性もある。こっちの手の内は隠しておいた方が
?
な﹂
﹁取 り 敢 え ず 〝 サ ウ ザ ン ド ア イ ズ 〟 に 乗 り 込 む ぞ。〝 ペ ル セ ウ ス 〟 と は 面 識 も 無 い し
れでレティシアを取り戻すチャンスを得ることができた。
ら申し込めばいい。幸いにもその理由を作ってくれたのは〝ペルセウス〟の方だ。こ
黒ウサギの疑問には十六夜が答えた。そう、取り消されたギフトゲームならこちらか
﹁奴らが働いた無礼に対して決闘を申し込みに行く・・・ってところか
?
132
〝ペルセウス〟登場
133
飛鳥とジンにその場で簡単に新しく来た三人の説明をし、〝サウザンドアイズ〟に行
く旨とそれまでの経緯を伝える。
それを聞いたジンは耀の看病に残るとのことで、ジンを除く残ったメンバーで〝サウ
ザンドアイズ〟二一〇五三八〇外門支店を目指すのだった。
暗躍する影
〝 サ ウ ザ ン ド ア イ ズ 〟 の 座 敷 に 訪 れ た メ ン バ ー は 白 夜 叉 と 〝 ペ ル セ ウ ス 〟 の リ ー
ダーであるルイオスに向かい合う形で座り、黒ウサギ達ががここに来た経緯を説明す
る。
催者権限〟の名の下に﹂
﹁嫌だ﹂
唐突にルイオスはそう言って言葉を続ける。
?
い。
ルイオスはレティシアが暴れ回ったなんていう証拠もない情報を露程も信じていな
﹁決闘なんて冗談じゃない。それにあの吸血鬼が暴れ回ったって証拠があるの
﹂
けるべきです。〝サウザンドアイズ〟には、もし〝ペルセウス〟が拒むようならば〝主
﹁結構です。我々の怒りはそれだけでは済みません。両コミュニティの決闘で決着をつ
無断侵入、及び数々の暴挙と暴言。確かに受け取った。謝罪を望むなら後日﹂
﹁う、うむ。逃げ出した〝ペルセウス〟の所有物・ヴァンパイアとそれらを捕獲する際の
﹁ーーー以上が〝ペルセウス〟が私達に対する無礼を振るった内容です﹂
134
もし仮に〝レティシアの石化を解いて聞いてみる〟と提案されれば元・仲間という関
係を盾にして白を切るつもりでいたし、証拠がないのならば口八丁に有耶無耶にするこ
とも可能だろう。
そんなルイオスの余裕たっぷりで最もな発言に十六夜が切り返した。
﹂
拠ならあるぜ
﹁確かに吸血鬼が暴れ回った証拠はない。だが、〝ペルセウス〟の同士が暴れ回った証
?
﹂
?
﹂
?
ム〟に無断侵入し、追いかけてきた〝ペルセウス〟の同士が女性と暴れ回って本拠を滅
〝ペルセウス〟から逃げてきた吸血鬼が勝手に知り合った女性と一緒に〝ノーネー
うとした。・・・どう考えてもそちら側の監督不行き届きだよな
来る前に知り合ったため、捕獲されそうになった吸血鬼を箱庭唯一の知人として助けよ
たばかりで詳しいことは何も知らないらしい。そんな時に吸血鬼と〝ノーネーム〟に
﹁奴らが暴れ回ったのはここにいるヒルデガルダと戦闘してなんだが、彼女は箱庭に来
思いもよらない情報にルイオスは余裕のある表情から驚いた顔になる。
﹁なっ⁉
れ回り、仕方なく本拠防衛のために石化した吸血鬼と共に捕らえている﹂
﹁〝ノーネーム〟へと無断侵入した〝ペルセウス〟の同士が三十人程、本拠の近くで暴
﹂
﹁・・・何だと
?
暗躍する影
135
茶苦茶にした挙句、非礼も詫びずにいるのはそもそも吸血鬼に逃げられたお前らが悪
い。だから詫びなんて要らないから決闘を受けろ。
その吸血鬼はそもそもそこにいる白夜叉が逃がしてーーー﹂
これが〝ノーネーム〟の言い分として作った嘘の混じった真実である。
﹁ふ、ふざけるな‼
あんたら〝サウザンドアイズ〟の問題を〝ノーネーム〟に持ち込んだっ
無し〟如きとの決闘もビビっちまったのか
﹂
それとも女一人にも勝てない〝ペルセウス〟は〝名
その吸血鬼は俺達の元・仲間なんだから関係無いとは言わないが、巻き込ま
?
れた身としては許せないんだが
?
何はともあれ、レティシアを手に入れるためのギフトゲームは一週間後となった。
ギフトゲームを受けるための試練を設けなかったのは自分の手で確実に潰すためか。
れて逃げるなどプライドが許さなかったのだろう。
もう少し冷静になればいくらでも断る理由を挙げることができたのに、ここまで言わ
らにも準備があるから一週間後にゲーム申請しに来い﹂
た口を利けないよう〝ペルセウス〟の最高難度のゲームで徹底的に潰してやる。こち
﹁・・・いいだろう。そこまで言うのならその安い挑発を安く買ってやるよ。二度と舐め
〝名無し〟に侮辱されたことがよっぽど頭にきたのだろう。
十六夜の挑発にルイオスは顔を引き攣らせている。
?
?
てことか
﹁じゃあ何か
?
136
★
二六七四五外門・〝ペルセウス〟本拠。〝サウザンドアイズ〟から帰ってきたルイオ
スは私室で寛いでいた。
﹂
﹁嫌な形でギフトゲームをすることになったが、まぁいい。負けるはずが無いんだから
な。勝ったら黒ウサギを戴こうかな﹂
﹂
﹁果たしてそんなにうまくいきますかね
﹁っ、誰だ⁉
?
そこにはスーツ姿に髪を後頭部で結んだ、中性的な顔の男が立っていた。
ルイオスは慌てて声の聞こえたベランダへと向き直る。
?
﹁・・・用事というのはなんだ
﹂
ルイオスは警戒しながらも話を聴く姿勢を取った。
対峙し会話しても相手から敵意は感じ取れない。
﹁こんな所から失礼。なに、ちょっとした用事ですからすぐに済みますよ﹂
暗躍する影
137
?
﹁今あなた達と問題を起こしている〝ノーネーム〟のことです。彼らにはこちらの世界
で言う神格級のギフト保持者がいます。それも、その首に掛かっている弱体化した魔王
ならねじ伏せる程のね﹂
男から与えられた情報にルイオスは二重の意味で驚く。
この男が何者かは知らないが、〝ペルセウス〟の切り札を今の状態まで含めて知って
﹂
いることと、弱体化しているとはいえ魔王を圧倒できると言う人間が〝ノーネーム〟に
いることに。
﹁・・・お前はいったい何者だ
﹂
?
﹁〝︳︳︳︳︳〟だと
それで、そちら側になんのメリットがある
﹂
?
ルイオスは損得勘定で考える。
報を与えますが﹂
までだったということです。悪い話ではないでしょう
他にもわかっている限りの情
﹁こちらの計画上、彼らを追い込む必要があるんですよ。それで彼らが倒されてもそこ
?
ですがそれなりに使いこなしてギフトゲームに挑んで下さい﹂
﹁取り引きをしましょう。僕はあなたに〝︳︳︳︳︳〟を貸し出します。一週間と短い
﹁・・・それで、僕にそれを伝えてどうしろと
﹁そんな大袈裟な者でもないです。ちょっと悪魔に関して詳しいだけの情報通ですよ﹂
?
138
?
〝︳︳︳︳︳〟は箱庭でも珍しい。〝ノーネーム〟は元々潰す予定だったのだから
戦力が増えるのは大歓迎だ。〝ペルセウス〟の伝承と関係のない力はいい伏兵にもな
るだろう。
﹁いいだろう。その話、乗ってやるよ﹂
そして〝ノーネーム〟と〝ペルセウス〟はギフトゲームの日を迎える。
★
〝ペルセウス〟の本拠である白亜の宮殿には今、黒ウサギがゲームの申請を伝えるた
めに訪れている。
他のメンバーは宮殿の門の所で待機している。
黒ウサギが門の所に戻ってきてすぐ、〝契約書類〟が降りてきたのでルールの確認に
移る。
・〝ノーネーム〟ゲームマスター:ジン=ラッセル
ンペラーナ・ベルゼバブ四世
・プレイヤー一覧:逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀、男鹿辰巳、カイゼル・デ・エ
︻ギフトゲーム名 〝FAIRYTALE in PERSEUS〟
暗躍する影
139
・〝ペルセウス〟ゲームマスター:ルイオス=ペルセウス
・クリア条件:ホスト側のゲームマスターを打倒
・敗北条件:プレイヤー側のゲームマスターによる降伏。プレイヤー側のゲームマス
ターの失格。プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合。
・舞台詳細・ルール:ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出て
はならない。ホスト側の参加者は最奥に入ってはいけない。プレイヤー達はホスト側
の︵ゲームマスターを除く︶人間に姿を見られてはいけない。姿を見られたプレイヤー
達は失格となり、ゲームマスターへの挑戦資格を失う。失格となったプレイヤーは挑戦
資格を失うだけでゲームを続行する事はできる。瞬間移動などの転移系ギフトの使用
を禁止する。
宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝ノーネーム〟はギフトゲームに参加します。
〝ペルセウス〟印︼
﹂
﹂
〝契約書類〟に承諾した直後に光に呑まれ、気付けば周りは切り離された空間のよう
な場所へと変貌していた。
﹁・・・黒ウサギ。オマエ、ベル坊の名前って知ってたか
﹁・・・いいえ、知りません﹂
﹁じゃあ、転移系ギフトって〝契約書類〟に書かないといけない程によくあるのか
?
?
140
﹁瞬間移動などの転移系ギフトなんて滅多にありません。ルールに書いたのはゲーム性
を考えてじゃないかとも思われますが・・・﹂
〝契約書類〟を見た十六夜が黒ウサギに唐突な質問をする。
﹂
黒ウサギも質問の意味を理解して答えると、十六夜は不機嫌そうな顔になる。
﹂
﹁チッ、またか。どうして俺らのゲームには黒幕がいつもいるんだ
﹁十六夜君、どういうこと
?
瞬間移動の禁止、これはアランドロンが参加していた場合の対抗策だ﹂
十六夜の発言に飛鳥と耀は分からないという表情だ。
?
﹂
今は白夜叉の屋敷に参考人という形で招かれている。
〝ノーネーム〟には所属していない状態だ。
彼らの今の立場はルイオスに説明した時のまま、箱庭に来たばかりという証拠として
い。
そう、十六夜の言うように今回はアランドロンはおろかヒルダ、古市も参加していな
﹁いいか
?
?
﹂
?
あっ、とここでようやくおかしいことに気付いたのだろう。
達も聞いていないベル坊の本名を知っているんだ
﹁この文だけなら特に気にしなかったが・・・問題はベル坊の名前だ。どうして奴らは俺
﹁どうしてそう言い切れるの
暗躍する影
141
﹁ど、どうして十六夜さんがそのことを・・・
ねぇのか
﹂
﹁い や、悪 魔 っ て 言 っ て も 箱 庭 の だ ろ
?
﹂
﹂
こっちだと魔力じゃなくて霊格になるんじゃ
先程のルールの解釈といい知識量といいかなりのものだ。
十六夜はそのことに気付いて簡単に調べていたのだろう。
てメドゥサの生首とされている。
アルゴルとは悪魔の頭という意味をもち、ペルセウス座の食変光星のことを指してい
ずめアルゴルの悪魔ってところだろう﹂
ペルセウスだと考えればゴーゴンの生首があることも納得できる。奴のギフトはさし
の生首で石化のギフトを使っていることになる。だが、星座として招かれたのが箱庭の
﹁簡単なことだ。ペルセウスの神話通りなら、奴らは戦神に献上されたはずのゴーゴン
?
?
飛鳥と耀も考え込むような顔になる。
十六夜は今まで黙っていた男鹿に話を振る。
﹁あぁ・・・宮殿の方から魔力の気配を感じる﹂
?
サラッととんでもないことを言った十六夜に黒ウサギが驚愕する。
﹁ルイオスのギフトは隷属させた元・魔王だからそれじゃないのか
﹂
﹁それは誰かに入れ知恵されたからだ。男鹿も何か気付いてるんじゃないのか
142
?
﹂
?
報を渡したのか、疑問が次々と湧いてくる中でギフトゲームは幕を開ける。
だとしたらどうしてルイオスがそんなものを手に入れられたのか、誰がルイオスに情
﹁どうだろうな。やっぱり男鹿の世界の悪魔ってことになるのか
暗躍する影
143
〝FAIRYTALE in PERSEUS〟︻前編︼
白亜の宮殿の正面の階段前広間では飛鳥が水樹を使って奮戦している。
今回は役割を三つに分けており、失格覚悟での囮と露払い、敵の索敵と感知、ジンと
共にゲームマスターを打倒する三つである。
飛鳥が囮として暴れているうちに、五感の鋭い耀が索敵と感知の役割を果たしながら
侵入していく。
﹁人が来る。隠れて﹂
少し広めの中庭っぽいところで耀が言ってきたので広場から死角となる場所に隠れ
る。
﹂
耀は腰を落として駆け出し虚空に蹴りを放つ。するとその衝撃で兜が落ちたのか、騎
士の姿が現れて倒れていく。
﹁それがハデスの兜か﹂
﹁うん、間違いなさそう﹂
﹁へぇ、マジで消えんのか。俺が着ければベル坊は浮いて見えんのか
﹁いえ、ベル坊さんとは契約関係にあるので離れていなければ同じように姿を消せると
?
144
思います﹂
今回のギフトゲームはペルセウスの神話を一部倣ったもので、姿を見られてはいけな
いというルールと、〝ノーネーム〟の本拠上空に突然現れた〝ペルセウス〟のメンバー
のことからハデスの兜があると考えていたのだ。黒ウサギが言うにはレプリカだろう
とのことらしいが、姿を消せるだけでも十分である。
いように動いている。
をするので失格になってもいいのだが、男鹿が見つかった場合のスペアとして失格しな
方が十六夜より適していると判断したのだ。十六夜はルイオスではなく元・魔王の相手
の役割だからである。魔力を身につけている可能性がある以上、魔力耐性のある男鹿の
しかし、どうして男鹿の分の兜が必要なのかというと、ルイオスを打倒するのが男鹿
い女の子と出掛けられるのなら本望だろうが。
本人の知らない場所で貸し借りされている古市である。まぁ彼の性格からして可愛
﹁じゃあ古市を貸すわ。荷物持ちにでも使ってくれ﹂
﹁だとさ男鹿﹂
﹁分かった。埋め合わせは必ずしてもらうから﹂
悟で頼むぞ﹂
﹁御チビは兜を着けとけ。あと男鹿の分で最低一つは欲しい。春日部には悪いが失格覚
〝FAIRYTALE in PERSEUS〟【前編】
145
どうしたんだ⁉
﹂
﹂
耀が広場の中央で構えていると、いきなり吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
﹁なんだ⁉
?
﹁まさか・・・レプリカじゃなくて本物のハデスの兜か⁉
?
とかしねぇと・・・︶
﹁なぁジン。その兜ってある程度なら壊れねぇよな
?
?
ええ、それなりの威力がないと壊せないとは思いますが・・・﹂
?
﹂
?
少し強引すぎる作戦ではあったが、時間をかけるだけ難易度は上がっていくので十六
疑問に思った十六夜に男鹿が思いついたことを伝えていく。
﹁まぁ任せてろよ。悪いがお前にも失格になってもらうぜ﹂
﹁男鹿、何をする気だ
﹁じゃあジン、その兜貸してくれ。それで見つからないように隠れてろ﹂
問をしている。
十六夜が頭脳をフル回転して考えている横で、男鹿がジンに今は関係の無いような質
﹁え
﹂
︵まずい、春日部がいなかったら敵を探知できない‼ 迂闊に動けなくなる前になん
耀は頭でも打ったのか、気絶しているかは分からないが起き上がってこない。
ないとなると本物しかありえない。
レプリカは姿を消すだけなので耀は匂いや音で捉えていたのだが、その耀が反応でき
?
146
夜は早速行動に移していく。
★
耀は頭をぶつけて脳を揺さぶられてはいるものの、意識は保っていた。しかし動こう
とはしても頭がクラクラして上手く立てない。せめて周りを把握しようと首を動かし
ていると、十六夜が兜も着けずに姿が見えている状態で走り寄ってくる。
﹂
つまり、此処にいるであろうハデスの兜を着けた〝ペルセウス〟のメンバーに姿を見
られることを覚悟で出てきたのだ。
﹂
?
黒焦げになる前に移動するぞ‼
どうして・・・
﹁説明は後だ‼
?
?
と倒れた耀は抱き上げられながら疑問に思う。その時に十六夜は後ろから
?
まだ二人がーーー﹂
?
残っている、という言葉は直後の出来事に止めざるを得なくなる。
﹁待って‼
りに建物の入り口に走り込む。
いきなり鈍器のようなもので殴られていたが、そんなものは気にしていられないとばか
黒焦げ
?
﹁い、十六夜
〝FAIRYTALE in PERSEUS〟【前編】
147
パリッ・・・バチバチバチバチバチバチッッッ
﹂
昇って視界を白く染め上げたのだ。
電気の爆ぜるような音がした後、突如として中庭一帯に雷が落ちたような放電が立ち
!!!
﹁ホレ、二つ目を手に入れたぞ﹂
﹁よ、容赦ないね・・・﹂
・・・まぁ男鹿が考えていたのはゼブルブラストで全部吹き飛ばすことだけだが。
呻き声の聞こえた所に拳を叩きつければいい。
たから、それより先に離脱すれば残った敵のみに攻撃を当てられるということだ。後は
の行動の遅延と耀の避難である。十六夜が出てきたら敵が攻撃することは分かってい
夜叉に使ったように指向性をもたせず、周囲に無差別に放ったのだ。十六夜の役割は敵
男鹿の思いつきは至ってシンプル、力押しの一択だった。ゼブルブラストを蛇神や白
ハデスの兜のレプリカを着けた男鹿が殴り飛ばしたのだろう。
た。
うな鈍い音が響いた後にいきなり壁が壊れ、頭から兜が外れて全身焦げの男が姿を現し
すると虚空から感電したらしい男の声が聞こえてきた。そして誰かを殴りつけるよ
﹁ぐ、ぎゃぁ、あ・・・⁉
?
148
近くに来ていた男鹿の声が虚空から聞こえ、放り出された兜が出てくる。普通は驚く
がレプリカなので耀は気付いており、十六夜はその程度で驚く程神経が細くはない。
なったから一気に最奥まで進むぞ﹂
﹁と り あ え ず の 難 関 は ク リ ア だ な。も う 三 人 以 外 は 失 格 し て る し、隠 れ る 必 要 が な く
そこからは本当に破竹の勢いと言っていい進撃だった。
耀は歩ける程度には回復し、目で見える敵は見つけたそばから十六夜が殴り飛ばし、
数少ないハデスの兜のレプリカを着けた見えない敵は耀に探知され、同じく見えない状
態の男鹿が指示を受けて殴り飛ばして壁に突き刺していく。
五人が通った場所はまさに地獄絵図といった風景が広がり、大量の敵が倒されていっ
たのだった。
★
白亜の宮殿の最奥には天井はなく、闘技場のような簡素な造りだった。
﹂
?
ある程度は回復したが魔王の相手は厳しいだろうと飛鳥の援護に向かわせている。
審判として参加していた黒ウサギは四人の姿を見て安堵する。耀は万全ではないし、
﹁皆さん、ご無事でしたか・・・‼
〝FAIRYTALE in PERSEUS〟【前編】
149
そしてそんな彼らを上空から見下ろしている人影があった。
ち帰ったと言われている。
パーでメドゥサの首を刎ね、唯一メドゥサの首を入れる事のできる袋〝キビシス〟で持
ら借りた盾、またの名を〝イージス〟でメドゥサの目を直接見ないように使い、ハル
ルメスのサンダルで風よりも速く動き、ハデスの兜で姿を消し、アテナが主神ゼウスか
ペルセウスのメドゥサ退治の道具は剣、盾、兜、サンダル、袋の五つとされている。ヘ
使われたとされるペルセウスの装備だ。
十六夜の言う通り、〝名無し〟相手の装備ではない。ギリシャ神話のメドゥサ退治で
ペルセウスのフル装備じゃねぇか﹂
オマケにアテナの盾〝アイギス〟か。ハデスの兜は着けてないが、〝名無し〟に対して
﹁ヘルメスの有翼サンダル〝タラリア〟とメドゥサの首を落とした湾刀〝ハルパー〟、
を羽織っている。
を履き、右手には刀身が湾曲した剣、左腕には金色の盾が装備され、外套のようなもの
上空にいたルイオスの姿は一週間前とは少し違っていた。翼の生えたロングブーツ
の台詞を言うのって初めてかも﹂
うそこ白亜の宮殿・最上階へ。ゲームマスターとして相手をしましょう。・・・あれ、こ
﹁ーーーふん。やはりあいつらじゃ足止めにしかならなかったか。なにはともあれ、よ
150
﹁当然だろう
見下しはしても過小評価はしない。僕は神格級のギフトをもつ相手がい
﹂
?
﹁やっぱりお前には分かるのか。いや、その赤ん坊の力と言うべきか
﹂
魔力について否定はせず、ベル坊のことに触れるいうことは悪魔憑きで間違いないだ
?
新しく手に入れた力というものも魔力しか考えられない。
はり元・魔王とは関係がなく、魔力はルイオスから滲み出ていた。そして思い付く限り、
男鹿はルイオスの纏っている魔力について聞く。ギフトゲーム前に感じた魔力はや
﹁・・・その力はどうした
聞いたことがない。・・・ということは新たに手に入れた力である可能性が高い。
しかしその考えはルイオスの発言から覆される。彼にそんな力があるということは
ない﹂
﹁もちろん本物じゃないよ、性能も伝承ほどの力はない・・・でもレプリカという訳でも
いたのだが、装備を揃えるための代用品だと考えていた。
十六夜はルイオスの左腕の盾を指差して問い掛ける。黒ウサギもそこは気になって
?
もある程度ばれている。
箱庭では失われているって聞いていたんだが﹂
男鹿の情報だけでなく〝ノーネーム〟の情報も漏れていたようだ。十六夜の戦闘力
るのに手を抜く程の馬鹿じゃないよ﹂
?
﹁その〝アイギス〟はどうしたんだ
〝FAIRYTALE in PERSEUS〟【前編】
151
いよいよゲームはクライマックスに突入する。
﹁いいぜ、始めるとするか。ーーー王の処刑をな﹂
方がないだろう。
﹂
元から傲慢な性格に加えて魔力という未知の力を手に入れたのだ。浮かれるのも仕
?
ろう。
これ以上聞きたいことがあるんだったら勝ってから聞けば
?
〝それでも負ける気は無いけど〟、と自信満々のルイオスだ。
﹁もう話はいいでしょ
152
〝FAIRYTALE in PERSEUS〟︻後編︼
最初に動いたのはルイオスだ。
﹂
首のチョーカーを外して掲げると光り始める。
!!!
﹁ra・・・Ra、GEEEEEYAAAAAaaaaaaa
﹁な、なんて絶叫を﹂
?
﹁ああ。すぐに終わらせてやる﹂
﹂
﹁俺は予定通りアルゴールをやる。男鹿はルイオスをやってくれ﹂
アルゴールの石化の光によって雲が石になったのだ。
いて退路を確保していく。
空から降ってきた岩塊に十六夜が黒ウサギとジンを抱えて飛び退き、男鹿も岩塊を砕
﹁避けろ、黒ウサギ‼
﹂
その絶叫は最早、人の言語では理解できず、黒ウサギは堪らずウサ耳を塞ぐ。
!!!
い声が響き渡る。
光が褐色に染まり、体中に拘束具と捕縛用のベルトを巻いた、蛇の髪を持つ女の甲高
﹁目覚めろーーー〝アルゴールの魔王〟ッ
〝FAIRYTALE in PERSEUS〟【後編】
153
男鹿はルイオスに、十六夜はアルゴールに向き合って戦い始める。
★
男鹿は空中にいたルイオスに当てるべく破壊力より速度を優先した雷撃を放つ。し
かしゼウスの雷霆すら防ぐといわれる〝アイギス〟とは相性が悪く貫けない。
ルイオスは自ら降りてきて〝タラリア〟で風よりも速く斬りかかるが男鹿は余裕で
回避していく。次にカウンターを合わせようと、右から振りかぶられたハルパーを避け
・
・
て踏み込もうとした瞬間、
・
﹂
右からハルパーが迫ってきた。
﹁ッ⁉
﹁グッ⁉
﹂
・
・
・
確認すると後ろからハルパーで斬りかかられて、避けきれずに少し血が流れる。
・
踏み込もうとした足に強引に力を加えて下がり距離をとる。前を向いてルイオスを
?
﹁クソッ、仕留め切れなかったか﹂
?
154
二人に増えたルイオスに男鹿は驚き、ルイオスは不満気に呟く。
﹁・・・それがお前の悪魔の力か﹂
力を見せて隠す必要がなくなったからか考えがあるのか、そう言って前にいたルイオ
﹁ダンタリオン、僕の悪魔が持つ幻覚能力だ﹂
スが消える。
ダンタリオンとはあらゆる顔をもつソロモン七十二柱の序列七十一番の悪魔であり、
心を操って望む場所に幻覚を送り込む力をもっているとされている。さっき後ろから
斬りかかったルイオスが幻覚で前にいたのは本体のようだ。
幻覚に斬られて血が流れるというのもおかしな話だが、世の中には〝幻肢痛〟と呼ば
れるものがある。これは失った手足の感覚が存在しており、そこに痛みを感じるという
もので、つまり幻覚の痛みだ。〝ダンタリオン〟はその痛みも幻覚に乗せて送り込み、
現実として実現させることができる。
げ飛ばし、石化の光を踏み砕いて圧倒していたが、そのアルゴールがいきなり二体に増
男鹿が戦っている場所から少し離れた所では十六夜がアルゴール相手に組み合い、投
パチン、と指を鳴らすと十六夜達の方にも変化が起きる。
﹁もちろんこれだけじゃない﹂
〝FAIRYTALE in PERSEUS〟【後編】
155
えていた。
﹁な、星霊が二体・・・⁉
﹂
﹁ヤハハ、歯ごたえなさ過ぎだと思っていたがこんな隠し球があるとは嬉しいぜ‼
?
立てる。
﹁ハッ、いいぜいいぜいいなオイ‼
﹂
いい感じに盛り上がってきたぞ・・・‼
﹁RaAAaaaGYAAAAAaaaaa‼
﹂
﹂
?
に向ける。
?
しかし次の瞬間には新たなアルゴールが現れ、また二体で襲い掛かってくる。
石化の光へと向かい合い、石化の光を踏み砕いて体勢を立て直す。
砕けたということは一体目はギフトで作られたアルゴールだということだ。急いで
﹁こいつ、実体がないのか
﹂
これにはさすがの十六夜も驚き、その隙にもう一体のアルゴールが石化の光を十六夜
つ。しかし吹き飛ばすつもりで放った蹴りはアルゴールを砕いて終わってしまう。
一体のアルゴールが近づいてきて腕を振りかぶるが、十六夜は俊足で躱して蹴りを放
?
?
増えたことに更に驚く。恐らく〝アイギス〟を再現している力もこれであると推測を
〟と〝恩恵を砕く力〟が矛盾した十六夜にも驚いていたが、最強種である星霊が二体に
黒ウサギは驚愕し、十六夜は歓喜していた。黒ウサギはさっきまで〝天地を砕く恩恵
?
156
だが攻撃してきたってことは当たると
?
それに二体しか出てこない所をみるとそれがルイオスの限界っ
︵実体がない、つまりこれは複製じゃなく幻覚
︶
考えた方がいいのか
てことか
?
﹁あっちは盛り上がっているみたいだな﹂
﹂
たのだ。十六夜は三体目の可能性にも気を配りつつアルゴールに突撃していく。
しかし十六夜の推測通り、ルイオスは一週間で少ししか力をコントロール出来なかっ
アルゴールを作り出せたのは隷属しているという現実が大きいだろう。
し逆にその範囲内であるならば何でも作り出せるということだ。自分より霊格の高い
の片隅にでも思えばできないし、できたとしても自分の霊格以下の龍となる筈だ。しか
最強種の龍を作り出して使役しようとしても自分が龍を使役することは無理だと心
のリアルな想像力と頭の回転が及ぶ範囲でしか作り出せないということである。
度ではない。幻覚を〝生み出す〟のではなく〝送り込む〟ということは、幻覚は使用者
ダンタリオンはソロモン七十二柱に数えられる強力な悪魔であり、本来の力はこの程
かったが、たった一回の攻防でルイオスの力を考察して見抜く十六夜。
戦闘中であったためにルイオスの自白によって判明した悪魔の名前は聞こえていな
?
﹁オイオイ、さっきよりかなり楽しくなってきたぞ元・魔王様‼
〝FAIRYTALE in PERSEUS〟【後編】
157
?
﹁・・・どれだけ化け物なんだ貴様らは﹂
ルイオスは自信満々でアルゴールの幻覚をぶつけたのだが、それに対して十六夜は肉
体労働と頭脳労働を楽しむように戦闘狂よろしく暴れまわっている。二体のアルゴー
ルで十六夜を倒して男鹿にぶつけようとしたのだが、逆に二体ともやられるのは時間の
問題だろう。
﹂
!!!
二人が重なった瞬間に呟き、手を握る。紋章が輝きを増していき、幻覚も本体も巻き
﹁魔王の烙印﹂
ゼブルエンブレム
殴り飛ばす。
そのまま地上のルイオスに何発も拳をぶち込んでから空にいるルイオスへと向けて
﹁おおぉぉぉおおおらぁぁぁあああ
ハルパーを持つルイオスに紋章を乗せて懐に入り込んで乱打する。
な事を四人相手にされて瞬殺したのだ。今の男鹿に躱せないはずがない。
作戦としてはよかったが男鹿は〝ベヘモット三十四柱師団〟との戦いでは同じよう
の矢が射られ、避けたところをハルパーで切り裂こうとする。
の弓を取り出し、一人はハルパーを構えて迎え撃つ。男鹿が殴ろうとすると空から牽制
男鹿はルイオスに向かって走り出す。一人は空に飛び上がってギフトカードから炎
﹁じゃあこっちも飛ばしていくとするか﹂
158
込んで爆発を引き起こす。
爆発に巻き込まれたルイオスは魔力を帯びているため意識は保てているものの、重症
ク、クソ・・・﹂
のようでそのまま落下してくる。
?
?
る。
﹁グッ、なんだ・・・
﹂
?
﹁あっちの男が言っていただろう
〟って﹂
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
〝ペルセウスのフル装備はハデスの兜も着けている
?
今までとは違い攻撃を察知することも躱すこともできず、大きな傷となってしまってい
虚 空 か ら 声 が 聞 こ え る と 同 時 に 男 鹿 の 胸 に 真 一 文 字 の 切 り 傷 が で き て 血 が 流 れ る。
﹁誰の勝ちだって
﹂
﹁諦めろ、俺の勝ちだ﹂
﹁ハァ、ハァ。グッ・・・﹂
としたままで誰が見ても決着は明らかだ。
地面に打ち付けられたルイオスは血反吐を吐いてゆっくりと立ち上がるが、フラフラ
﹁ガハッ⁉
〝FAIRYTALE in PERSEUS〟【後編】
159
声に応じて爆発させた二人のルイオスが消え、火傷の痕がないルイオスが現れる。
そう、初めからルイオスは〝ハデスの兜〟で姿を消して幻覚で自分を見せていたの
だ。今のルイオスが出せる幻覚は三体、一体は何でも出せるが二体同時は自分しか出せ
ない。
だがそれだけでも戦略としては十分広げることができる。
﹁ここからは見えない僕も含めて三人の僕を相手にしてもらうぞ﹂
﹂
一人は消え、新しくルイオスが二人現れる。ルイオスは〝アイギス〟を着けているた
め、ここに来た時と同じ〝ハデスの兜〟の攻略方法は使えない。
それでも男鹿の敵にはなり得ないのだが。
﹁・・・はぁ、面倒くせぇな。もうここら一帯を吹き飛ばせばいいんだろ
﹂
懐からミルクを取り出しながら確認程度に呟く。
﹁逆廻﹂
﹁あん、どうした
避難しろと言うぐらいの男鹿の力が見れそうなので大人しく下がる。
十六夜は一瞬だけ反論しようとしたが、アルゴール二体とは十分に楽しめたし何より
﹁黒ウサギやジンと一緒に下がれ﹂
?
?
160
﹁負けたら承知しねぇぞ﹂
﹁負けるかよ﹂
十六夜とすれ違ってミルクを飲みながら前に出る。
白夜叉に使った分はヒルダが来たことにより補充されている。
﹂
満タンのミルクを飲み干してルイオスに言う。
﹁いくぜ﹂
﹁何をする気か知らないが調子に乗るなよ‼
かる。
すように展開された紋章群に顔を引き攣らせる。
﹂
その場にいた全員がその変化にポカンとしていたが、その後にあたり一帯を埋め尽く
口に加えている。
ミルクを飲んで水筒を捨てるとベル坊が消えており、肌の色も変わり、おしゃぶりを
ーーー六〇〇CC、 暗 黒 武 闘。
スーパーミルクタイム
消えたルイオスと合わせて三人、アルゴール二体がそれぞれ違う動きで男鹿に襲いか
?
﹁ちょ、その規模の紋章の爆発は此処も巻き込まれますよ⁉
?
〝FAIRYTALE in PERSEUS〟【後編】
161
﹁ヤハハハハハハハ‼
すげぇすげぇ、すげぇぞ男鹿‼
﹂
?
る構えだ。
﹂
抑えて爆発に備える。男鹿が紋章を爆発させた後、被害がこちらに届く前に砕こうとす
黒ウサギは慌ててジンと離れようとするが、十六夜ははしゃぎながらも黒ウサギ達を
?
兜が壊れて気絶したルイオスだけがその場に残ったのだった。
え、本体のアルゴールもルイオスが気絶したことによって光と共にチョーカーに戻り、
瓦礫となった闘技場の下にいたルイオスとアルゴールは本体以外はノイズと共に消
爆発を砕いたことによりその一角だけが綺麗に残る。
爆殺が発動する。闘技場を吹き飛ばしながら十六夜達にも爆発が殺到するが、十六夜が
一つの紋章を爆発させ、姫川のマンションを吹き飛ばした時よりも威力の高い連鎖大
﹁ダァアァッ
!!!
162
目標へ向けて
ギフトゲーム終了後にルイオスが手に入れた悪魔の事を問い質したのだが、悪魔を貸
した人間がいるというだけで他の事はルイオス自身にも分からないらしく、疑問を残し
たまま今回の幕を下ろした。
何はともあれ、〝ペルセウス〟に勝利してレティシアの所有権が〝ノーネーム〟移
り、ヒルダ達が〝ノーネーム〟に入り、石化したレティシアの石化を解いた途端、
﹁﹁﹁じゃあこれからよろしく、メイドさん﹂﹂﹂
﹂
﹂
十六夜、飛鳥、耀が口を揃えて言った。
﹁え
﹁え
じゃないわよ。貴方達はくっ付いてきただけで、頑張ったのって私達だけじゃな
﹁・・・え
﹂
﹁え
?
?
﹁つーかルイオスを焚きつけたのは俺だろ。切っ掛けを作ったヒルダと最後に決めた男
﹁うん。私なんて力いっぱい殴られて石になったし﹂
い﹂
?
?
目標へ向けて
163
鹿とで所有権は等分でもう話は付いた‼
﹂
﹂
せめて一割だけでもいいから俺にも所有権をくれ‼
?
?
﹁何言っちゃってんでございますかこの人達⁉
﹁そうだよ‼
?
﹂
?
しつこく所有権をねだる古市に飛鳥がため息混じりで命令する。
﹁だったら男鹿の分を﹁貴之君、〝黙りなさい〟﹂
どう対応すればいいのか分かるはずもないだろう。
﹂
聖石矢魔学園では女子に親し気に接されただけでも戸惑っていたのに、メイドなんて
逆に男鹿はあまり乗り気ではなかった。
﹁いや、俺は別にメイドなんていらないんだが﹂
ある。
先輩であり〝箱庭の騎士〟であるレティシアをメイドにするなど恐れ多いにも程が
意外にも乗り気であったので黒ウサギは焦る。
﹁レ、レティシア様⁉
をしろというのなら、喜んでやろうじゃないか﹂
﹁んっ・・・ふ、む。そうだな。今回の件で、私は皆に恩義を感じている。君達が家政婦
しかし当のレティシアはというと、
黒ウサギのツッコミが追いつかない。というか古市は願望丸出しである。
?
164
ガチン、と古市の口が〝威光〟によって閉じられた。
﹁良いではないか。王たる者、家政婦の一人や二人は当たり前だぞ
﹁どうして屋外の歓迎会なのかしら
﹁うん。私も思った﹂
﹂
﹁黒ウサギなりに精一杯のサプライズってところじゃねぇか
﹂
﹂
〝ノーネーム〟一同は水樹の貯水池付近で男鹿達の歓迎会を行っていた。
それから三日後の夜。
★
と言うヒルダと十六夜に押し切られる形で男鹿にも所有権が入るのだった。
﹁だ、そうだぞ男鹿。最終的にはお前が一番活躍したんだから大人しくもらっとけ﹂
?
に苦笑して話し合っている。
﹁そりゃそうだよ。ギフトゲームをしてる状況じゃなかったし、そのギフトカードって
?
その近くで男鹿達も話していた。
﹂
三人はコミュニティの惨状を知っているので贅沢な歓迎会をしてくれる黒ウサギ達
?
?
﹁お前ら白夜叉にギフト鑑定してもらってねぇのか
目標へ向けて
165
高いんだろ
﹂
?
﹁心配するな。ここに来る時に美咲殿に貴様の家への置き手紙を頼んでおいた﹂
﹁だったら手紙だけでも・・・﹂
からの転送もまた然りである。
しないと誤差を少なくして正確に箱庭へと転送することが出来なかったそうだ。箱庭
ここに来る時は魔界の魔力と大魔王の力を利用して転送したらしいのだが、そこまで
転送するならば大悪魔級の魔力が二、三人分は必要だろう﹂
の魔力では元の世界に行くには少な過ぎるのだ。物を転送する程度ならともかく、人を
に来るにはただ次元を跳躍すればいいというわけではなかったからな。アランドロン
﹁ここに来た時に説明しただろう。〝安全を確保するために時間がかかった〟と。ここ
古市の意見をヒルダはバッサリと切り捨てる。
﹁それは無理だな﹂
ンで来れるでしょうし﹂
﹁俺、何も言わずに出てきたから一回家に帰りたいんすけど。ここにはまたアランドロ
それよりも、と古市が切り出す。
﹁まぁ俺も蠅王紋だけだったしな﹂
ゼブルスペル
﹁それに我々は自分達の力を理解しているからな。鑑定する必要もあるまい﹂
166
日 本 語 の 読 み 書 き が 出 来 な い ヒ ル ダ は 男 鹿 の 姉 で あ る 美 咲 に 置 き 手 紙 を 書 い て も
らったようだ。
﹁〝アランドロンと旅行に行く〟、ということにしているから安心しろ﹂
﹂
﹁ちょっと待って‼ それって〝二人っきりで〟って誤解されるよね⁉ 変な疑惑
があるんだから別の意味で家族に心配されるよ‼
古市の心配は杞憂に終わることを祈るしかないのだった。
箱庭の天幕に注目して下さい‼
そんな風に話していると、黒ウサギが注目を促す。
﹁それでは本日のメインイベントです‼
えていき、次第にそれらは流星群へとなっていった。
﹂
コミュニティの誰かが声を上げたのを切っ掛けとするようにポツポツと流れ星が増
﹁・・・あっ﹂
その数秒後に一筋の流れ星が見えた。
黒ウサギの言葉にコミュニティの全員が空を見上げる。
?
?
?
?
?
﹁﹁﹁﹁﹁は
﹂﹂﹂﹂﹂
切っ掛けを作ったのです﹂
﹁こ の 流 星 群 を 起 こ し た の は 他 で も あ り ま せ ん。我 々 の 新 た な 同 士 達 が こ の 流 星 群 の
目標へ向けて
167
?
男鹿達が驚きの声を上げる中で黒ウサギは構わずに続ける。
すことになりました﹂
?
黒ウサギの説明を聞いていた全員が驚愕して絶句した。
﹂
﹁ーーー・・・なっ、まさか星空から星座を無くすというの・・・⁉
箱庭ってもうなんでもありじゃねぇか‼
?
に消滅していった。
?
面白そうだろ
﹂
?
﹁そんなもん意識してやる必要あんのか
魔王をぶっ飛ばし続けて最強を目指せば勝手
黒ウサギはその言葉に呆気に取られるが、それに男鹿は言葉を返す。
﹁〝あそこ〟に俺達の旗を飾る。・・・どうだ
?
コミュニティの目標ではなく、十六夜個人の目標に黒ウサギは興味を示す。
るとはな。おかげ様で個人的な目標もできたところだ﹂
﹁やられた、とは思ってる。色々と馬鹿げたものを見てきたが、まだこれだけのものがあ
黒ウサギがピョンと跳んで十六夜と男鹿の元に来る。
﹁ふっふーん。驚きました
﹂
各々が驚きの感情を表している間に、そこにあったはずのペルセウス座は流星群と共
﹁マジでか⁉
?
﹂
敗北した〝ペルセウス〟は〝サウザンドアイズ〟を追放され、あの星々からも旗を降ろ
﹁箱庭の世界は天動説のように、全てのルールが箱庭の都市を中心に回っております。
168
?
﹂
﹂
そうだな、単純だが男鹿の言う通りだ‼
についてくるんじゃね
﹁ヤハハハハ‼
た方が分かりやすくてやる気が出るだろ
けど明確な目標があっ
?
?
★
どことも知れない場所で、四人の男女が話し合っていた。
?
念は入れた方がいい﹂
﹁マスターはせっかちねぇ。もう少しゆっくりでもいいんじゃない
?
斑模様のワンピースの少女と布面積の少ない白装束の女性、黒軍服の男が言葉を発し
﹁いや、そこにはお前のご執心の奴も来るんだろ
﹂
だがこの仲間達となら大丈夫と思わせることができる目標だった。
その道のりはまだまだ厳しいだろう。
﹁それは・・・とてもロマンが御座います﹂
二人の大きな目標に黒ウサギは弾けるような笑い声を上げる。
じ場所を目標として目指していた。
十六夜の目標に対する男鹿の考えは、違うようでいて結果は全くと言っていいほど同
?
?
﹁チャンスは一ヶ月後。それまで各自で準備してね﹂
目標へ向けて
169
て最後の一人に目を向ける。
﹁俺はなんでもいいですよ。本気の男鹿とやれるなら﹂
170
あら、魔王襲来のお知らせ
〝火龍誕生祭〟
〝ペルセウス〟との戦いから一ヶ月後。
★
﹁辰巳君、起きなさい‼
﹂
ーーー〝火龍誕生祭〟の招待状ーーー
枚の紙が入っており、その表にはこのような文が書かれていた。
飛鳥は自室に届けられた白夜叉からの招待状を見ていた。封を切って中を見ると一
?
?
い。
﹂
・・・
を叩いていた。それなりに強く叩いているのだが、一向に中からの返答は返ってこな
自室で手紙を見た後、まだ起きていなかった男鹿を起こそうと飛鳥は彼の私室のドア
ドンドンドンドンドンッ。
?
﹁辰巳君、いい加減に﹁ビエエェェェェエエン‼ ﹂
﹁ギィヤアァァァァアアア⁉
?
〝火龍誕生祭〟
171
た、辰巳君
入るわよ∼
﹂
?
になった男鹿がいた。
﹂
?
もされてなければ箱庭に来たときの一回だけだったじゃない
か・・・﹂
﹁・・・・・﹂
?
?
﹂
男鹿に睨まれて怯むのも仕方がないだろう。
しばらく無言が続いたが、
?
?
白夜叉からギフトゲームの招待状が来てるのよ‼
?
﹁・・・ハァ。それで、どうしたんだよ
﹁そ、そうよ‼
﹂
男鹿に無言で睨まれ続け、気まずくなって謝る飛鳥。まだ十五歳の女の子が不良顔の
﹁う、その・・・ごめんなさい﹂
ついうっかりという
﹁い、いえ、忘れてたわけじゃないのよ でもベルちゃんが泣くと放電するのって、説明
ギギギ、と機械のような動きで振り向くと不機嫌そうな男鹿と目が合ってしまう。
誤 魔 化 し て 逃 げ よ う と す る 飛 鳥 の 後 ろ か ら 亡 者 の よ う な 男 鹿 の 声 が 聞 こ え て き た。
それじゃあ∼﹁待てコラ﹂ッ⁉
躊躇うも恐る恐る部屋に入ると、突然の音に驚いて泣き起きたであろうベル坊と黒焦げ
返答はなかったが、その代わりに中からは泣き声と悲鳴と電撃音が響き渡った。一瞬
?
﹁・・・ね、寝てるなら仕方ないわね‼
?
172
取り敢えずは許してくれたっぽい男鹿に飛鳥は安堵し、空気を変えるためにも起こし
に来た理由を話した。
男鹿も勝てなかった最強の〝階層支配者〟からの招待状。
﹁へぇ、あの白夜叉からか﹂
それだけでも面白そうだと思えてしまう。
﹁分かった。少ししたら行くから他の連中も起こしてこい﹂
﹁えぇ。貴之君は春日部さんとリリに起こしに行ってもらってるから、合流して十六夜
﹂
君を起こしてくるわ﹂
★
﹁貴之、起きてる
コンコンコン。
コンコンコンコンコン。
﹂
?
室のドアを叩いていた。
古市を起こしに来た耀は飛鳥とは違って怒鳴ったりはせず、大人しく静かに古市の私
?
﹁・・・まだ寝てるのかな
〝火龍誕生祭〟
173
﹂
?
そう、静かに・・・。
朝一番にそれは軽くホラーだから‼
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコ﹁起きた‼
起きたからそろそろやめて⁉
?
リと一緒に中へと入る。
﹁おはよう﹂
﹁おはようございます‼
﹂
古市の焦ったような声が聞こえてきたのでドアを叩くのを止め、断りを入れてからリ
?
で耀は警告する。
古市の言うことを聞きながらリリの耳を塞いで距離を離しつつ、いつも以上の無表情
やめてね﹂
﹁うん、その発言が原因だと思う。警察がいない分、私達で罰しないと駄目だから犯罪は
朝を迎えることができるんだ・・・﹂
悪い遣り取りから始まる日々に警察を呼ばれそうになったりと違ってなんて清々しく
あっちじゃゴミだのキモ市だのロリコンだの罵倒から始まるかアランドロンとの気色
﹁朝から女の子が俺のことを名前で呼んで起こしに来てくれるのがどれだけ幸せか・・・。
唐突な脈絡のない発言に耀とリリは首を傾げる。
﹁うん、二人共おはよう。・・・やっぱり箱庭に来てよかったなぁ﹂
?
174
﹁いや、だから違うって‼
﹂
ごめん、もう変なことは言わないからその態度はやめて‼
?
見つけて声を掛けたのだが、
飛鳥が考えた通り、十六夜はジンと一緒に書庫で眠っていたようだ。
★
向かうのだった。
に行ったが部屋にいなかったらしいので、十六夜を探すべく彼が毎日通っている書庫へ
言われた古市が急いで着替えてから出ていくと飛鳥も合流しており、十六夜を起こし
﹁じゃあ面白そうなことがあるみたいだから、飛鳥もすぐに来るし早く着替えてね﹂
かっていないのだろう。
古市は必死の形相で懇願するのだが、それも距離を離される原因だということは分
?
﹂
?
と飛び膝蹴りーーーシャイニングウィザードを食らわせようとする。
飛鳥の声を聞いた十六夜が二度寝に突入しようとしたので、彼女は十六夜の側頭部へ
﹁起きなさい‼
﹁あぁ、お嬢様達か・・・おやすみ﹂
〝火龍誕生祭〟
175
﹂
﹁させるか‼
?
大丈夫⁉
?
麗な三回転半を描き、そのまま本の山を崩して埋れていく。
﹁ジ、ジン君がぐるぐる回って吹っ飛びました⁉
﹁・・・ギャグパートだから大丈夫だと思うな﹂
﹂
しかし十六夜が防御ーーージンを盾にして難を逃れる。盾にされたジンは空中で綺
﹂
﹁グボハァ⁉
?
フォローを入れる。
﹁いや、寝起きで側頭部に膝蹴りを食らって大丈夫な訳ないでしょう⁉
?
﹂
?
?
〝火龍誕生祭〟を簡単に説明すると、美術工芸品の展覧会や批評会に加えて様々なギ
誕生祭〟の招待状
﹁何々・・・白夜叉から えーと、北と東の〝階層支配者〟による共同祭典ーーー〝火龍
そんな四人を無視して飛鳥は招待状を取り出し、十六夜に読むようにと手渡す。
﹁いいからコレを読みなさい。絶対に喜ぶから﹂
想を漏らす。
吹っ飛んだジンが本の山から起き上がりながら文句を言っているのを見て古市は感
﹁あれだよね。ジン君って意外と丈夫だよね﹂
﹂
オロオロとしているリリに耀がまったく根拠のない、それでいてテキトー極まりない
?
176
フトゲームが開催される大祭であるようだ。
﹁コレは二度寝を邪魔されるだけの価値がありそうじゃねぇか面白そうだな行ってみよ
うかなオイ♪﹂
﹁ノリノリね﹂
リリ、大
招待状を読んだ十六夜がソワソワしながら行こうとしているとジンがストップを掛
北側に行くって、本気ですか⁉
?
ける。
﹁ちょ、ちょっと待って下さい皆さん‼
﹂﹂﹂
祭のことは皆さんには秘密にとーーー﹂
﹁﹁﹁秘密
?
んでおり、古市は同情の眼差しをジンに向けて合掌している。
ジンは失言に気付いたがもう既に手遅れだ。問題児三人の顔には邪悪な笑みが浮か
﹁あ、ジン君終わったな﹂
?
泣き真似をするその裏側でニコォリと物騒に笑う問題児達。ジンとリリはダラダラ
ん﹂
﹁ここらで一つ、黒ウサギ達には痛い目に合ってもらうのもありかもしれないな。ぐす
﹁コミュニティのために毎日頑張ってきたのにとっても残念だわ。ぐすん﹂
﹁そっか。私達こんなに面白そうなことを秘密にされてたんだね。ぐすん﹂
〝火龍誕生祭〟
177
﹂
と冷や汗を流してどうしようと考えていると、男鹿とアランドロンが入り口から歩いて
きた。
今まで何処で何をしていたのよ‼
﹁お前らこんな所にいたのか﹂
﹁遅いわよ辰巳君‼
?
﹂
﹁白 夜 叉 に 呼 ば れ た ん な ら 仕 方 が ね ぇ ‼
?
﹂
?
手紙の内容は以下の通りになった。
ンドロンに転送してもらう。
手紙の内容を決めて書いた後にリリに渡して黒ウサギに届けるようにお願いし、アラ
﹁久遠さん、程々にね
﹁その前に置き手紙を用意しないとね。フフフ、どんな内容にしようかしら﹂
﹁直行だコラ﹂
?
〝 サ ウ ザ ン ド ア イ ズ 〟 に 直 行 だ ゴ ラ ァ ‼
けで行くなと三人は不満に思うも、これで北側に行く正当な理由ができたという訳だ。
一瞬前とは真逆の評価である。遅かったのではなく先に行っていたようだ。自分だ
﹁﹁﹁早い︵な︶︵わね︶︵ね︶﹂﹂﹂
﹁なんか白夜叉に話を聞きに行ったらお前らも連れて来いとよ﹂
一番に起こしに行ったはずの男鹿が遅かったので飛鳥は泣き真似をやめて咎める。
?
178
﹃黒ウサギへ。
白夜叉に呼ばれたので北側の四OOOOOO外門と東側の三九九九九九九外門で開
催する祭典に参加してきます。貴女も後から必ず来ること。あ、あとレティシアとヒル
ダさんもね。私達に祭りのことを意図的に黙っていた罰として、今日中に私達を捕まえ
られなかった場合、加入組は全員コミュニティを脱退します。死ぬ気で探してね。応援
しているわ。
P/S.ジン君も連れて行ってます﹄
﹂
!!!
そうだ。
問題児達の自由な行動に〝ノーネーム〟の敷地内では黒ウサギの絶叫が響き渡った
﹁あ、あの問題児様方はぁぁぁぁああああ
〝火龍誕生祭〟
179
いざ北側へ
いつもの白夜叉の私室に行くと、白夜叉が上座に座って待っていた。
﹂
?
﹁ダァ
﹂
﹁九八〇〇〇〇kmってどれくらいだ
?
﹂
に行くのは困難どころか不可能だろう。
箱庭都市は恒星級の大きさを誇るこの世界最大の都市である。その距離ならば普通
﹁﹁﹁﹁うわお﹂﹂﹂﹂
﹁やはり聞いておらんのか。ここからなら大体九八〇〇〇〇kmぐらいかの﹂
思っていたのだ。
十 六 夜 が 白 夜 叉 に 質 問 す る。ジ ン が 秘 密 に し て い た の で 行 く こ と が 困 難 な の か と
離なんだ
﹁招待状ありがとよ。ところで一つ聞きたいんだが、北側って具体的にどれくらいの距
一回目はビックリしたのか、苦笑しながら注意してくる。
えてくれ﹂
﹁よく来たの。男鹿辰巳はさっきぶりだが、いきなりの瞬間移動はビックリするので控
180
?
男鹿達には桁が違いすぎて分からなかったようなので古市が簡単に説明する。
﹁一〇〇mダッシュを九八〇〇〇〇〇回だ﹂
﹂
遠い場所だから﹂
?
て楽しいこと
﹂
﹁場所は分かったから行こうと思えばアランドロンさんで行けると思うけど・・・それっ
ぽい笑みを浮かべる。
白夜叉の言葉の最後だけ真剣な声音が宿ったので、問題児達は顔を見合わせて悪戯っ
あるしな﹂
﹁そうじゃ。条件次第で路銀は私が支払ってやる。・・・秘密裏に話しておきたいことも
﹁それでわざわざ白夜叉さんは俺達に招待状を送ったんですね
流石に分かったようで男鹿も驚きの声を上げる。それと同時に古市は納得していた。
﹁多すぎだろ⁉
?
?
北の〝階層支配者〟の一角が世代交代して、五桁・五四五四五外門のコミュニティ、〝
それらをコミュニティの方針だとして告げると、白夜叉は納得して次の本題に入る。
解しているかということだ。
〝ノーネーム〟が魔王に関するトラブルを引き受けている噂のこと、そのリスクを理
白夜叉は幼い顔に厳しい表情を浮かべ、本題に入る前に質問を投げかけてきた。
﹁さて、どうかの。まぁおんしら次第だな﹂
いざ北側へ
181
サラマンドラ〟の新頭首にジンと同い年のサンドラが火龍として襲名して〝階層支配
者〟になったこと。今回の誕生祭はそのお披露目も兼ねており、様々な事情から東の〝
階層支配者〟である白夜叉に共同の主催者を依頼してきたこと。
﹂
さらに事情の具体的な内容を話そうとした白夜叉を、耀がハッとした仕草で制す。
﹂
そうだな・・・短くともあと一時間ってところかの
﹁ちょっと待って。その話、あとどれくらいかかる
﹁ん
﹂
?
?
さっぱり分かっていない。
今すぐ北側へ向かってくれ‼
?
﹂
﹂
俺が保証してやるしこっちの事情も追々話すから早くして
別に構わんが、内容を聞かずに受諾してよいのか
﹁白夜叉‼
﹁む
くれ‼
﹁そっちの方が面白い‼
?
﹂
娯楽こそ我々神仏の生きる糧なの
白夜叉は両手を前に出し、パンパンと柏手を打つ。見た限り何も変化は訪れなかった
だからの‼
﹁そうか。面白いか。いやいや、それは大事だ‼
十六夜の言い分を聞いた白夜叉は哄笑を上げて頷いた。
?
?
﹂
古 市 の 言 葉 に 他 の み ん な も 気 が 付 く。ち な み に 遅 れ て 合 流 し た 男 鹿 は 何 の こ と か
﹁それって黒ウサギさんに追いつかれない
?
?
?
?
?
?
182
が、五感に優れた耀がピクッと反応する。
﹁ーーーふむ、これでよし。お望み通りに北側に着いたぞ﹂
﹂﹂﹂
下の街が一望できる。
﹂
東とは随分と文化様式が違うんだな﹂
﹁赤壁と炎と・・・ガラスの街・・・⁉
﹂
?
?
キャンドルスタンドが歩いてるぞ‼
?
﹁へぇ・・・‼
﹂
﹁マジか。一つ取って来るか
﹁アイィィ‼
?
﹂
七人が店から出ると熱い風が頬を撫でた。高台にある支店からは彼らの知らない眼
東と北の境界壁。
★
外へと向かうのだった。
慣れている男鹿達は特に驚きはしないが、次の瞬間には走り出していた三人に続いて店
何となく気付いていた耀も含めて問題児三人は素っ頓狂な声を上げる。瞬間移動に
﹁﹁﹁ーーー・・・は
?
?
?
﹁男鹿、あれ見ろ‼
いざ北側へ
183
ゴシック調で黄昏色の街並みに、巨大なペンダントランプと歩くキャンドルスタンド
を見ながらそれぞれ声を上げる。
﹂
?
?
?
﹁見ぃつけたーーーのですよぉぉぉぉぉぉおおおおおお
﹂
と怒りの絶叫と着地の爆音と共に黒いオーラを纏った黒ウサギが現
?
﹁ふ、ふふ、フフフフ・・・‼
よおぉぉぉやく見つけたのですよ、問題児様方・・・
れた。顔は笑顔だが、背後に般若が浮かんでいるような錯覚を思わせる笑顔である。
ズドォン‼
!!!
白夜叉が取り出したギフトゲームのチラシをみんなで覗き込んでいると、
いけ﹂
﹁ああ、構わんよ。続きは夜にでもしよう。暇があればこのギフトゲームにも参加して
夜叉
﹁今すぐ降りましょう‼ あのガラスの歩廊に行ってみたいわ‼ いいでしょう白
に箱庭のことで驚いてもらえるのが嬉しいのだろう。
白夜叉は小さな胸を自慢気に張っている。白夜叉は北側の〝階層支配者〟だが、純粋
れを箱庭の都市の結界と灯火によって常秋の様相を保っているのだ﹂
﹁ふふ。違うのは文化だけではないぞ。外門から外は雪の銀世界が広がっていてな。そ
184
?
﹂
なんで黒ウサギはキレてんの
お前ら何したんだよ
﹂
?
‼
﹁・・・え
?
た。
﹁逃げるぞッ‼
?
﹁耀さん、捕まえたのです‼
﹂
もう逃がしません‼
﹂
?
﹁きゃ‼
﹂
?
?
﹁グボハァ‼
﹂
﹁二人目ーーー貴之さんデスッ‼
﹂
一足遅れて空へ逃げた耀のブーツを黒ウサギは大ジャンプで捕まえ、
﹁わ、わわ・・・‼
?
?
鹿を盾にしようとして静かに立ち位置を微調整していた。
十六夜は隣にいた飛鳥を抱きかかえ、耀は旋風を巻き上げて逃走を試みる。古市は男
﹁え、ちょっと、﹂
﹂
﹁逃がすかッ‼
﹂
しかし、危機を感じ取った彼らは男鹿の質問を無視してそれぞれ行動を起こしてい
の四人に質問する。
淡い緋色の髪を戦慄かせている黒ウサギを見て男鹿が冷や汗を流しながら小声で他
?
?
?
いざ北側へ
185
?
逃げなかったが動きを見せた古市を見て、男鹿より先に捕まえておこうと耀を投げつ
﹂
﹂
ける。二人は悲鳴を上げて後ろに吹っ飛んでいった。
だから俺は何も知らねーんだよ‼
﹁さぁ、三人目は辰巳さんデスカ
﹁待て待て‼
?
ば‼
﹂
﹁うおっ‼
リピート⁉
あぁもう、分かったよ‼
?
手伝えばいいんだろ手伝え
?
このままではドラクエよろしく会話が無限ループしそうだったので、仕方なしに捕ま
?
?
﹁だったら残りの御二人を捕まえるのを手伝ってください﹂
一瞬その場が沈黙に包まれたが、
・・・・・。
﹁いや、だからってなんで俺がそんなことしなくちゃなんねぇんだよ﹂
手が欲しいといったところか。
という条件付きで信じてもらえるようだった。いや、信じる信じないというよりも人
﹁だったら残りの御二人を捕まえるのを手伝ってください﹂
そう思って知らないことを正直に言ったところ、
今の黒ウサギはヤバイ。
事情を全く理解していない男鹿が慌てて黒ウサギに止まるように言う。
?
?
186
える手伝いをすることになった。
﹂
?
と残りの二人を捕まえるべく走り去った黒ウサギを見ながら男鹿が疑問に思っ
﹁ではレティシア様、ヒルダ様、後はお願いします‼
は
レティシアか⁉
どっから出てきた⁉
﹂
?
えて飛び立つ。
﹁うおぉぉぉ⁉
?
姿があった。
その先を視線で辿っていくと十六夜と飛鳥が龍のモニュメントの前で休憩している
速度を上げていく。
いる黒ウサギと二人を探し回っていたのだが、突如として黒ウサギが走る方向を変えて
確かに空からの方が探しやすいのは明白なので、休憩を挟みながら屋根の上を走って
﹁空からだな。走っていくより飛んでいった方が効率的に探せるのでこのまま行くぞ﹂
?
黒い翼を生やして飛んできたレティシアが男鹿の後ろに張り付き、そのまま男鹿を抱
﹁了解した。辰巳、いきなりで悪いが飛んでいくぞ﹂
﹁では私は古市と春日部に付いておこう﹂
ていると、
?
﹁我々も行くぞ。二手に逃げた場合は私が飛鳥を、辰巳が十六夜を頼む。空中で離して
﹁やっと見つかったか﹂
いざ北側へ
187
も問題ないな
★
﹁﹁断る‼
﹂﹂
﹂
﹁ああ。さっさと捕まえて終わらせるぞ﹂
?
﹂
?
、と投げられた男鹿とダッシュを止めた十六夜の靴底が地面を滑って
?
﹂
十六夜は距離を取って不敵に笑いながら二人と向かい合う。
二人も続いて跳躍する。
いく。黒ウサギと男鹿に挟まれる形になった十六夜はその場から跳躍して屋根に上り、
ザザザァァ‼
﹁おっと、危ねぇ危ねぇ‼
男鹿はちょうどスタートダッシュを決めた十六夜の前に落ちる形となった。
を前提に動いていたレティシアは男鹿を落とすのではなく投げたと言ってもいいので、
男鹿とレティシアは予定通りに二手に分かれて追跡を始める。まぁ逃げられること
ていた。どうやら黒ウサギは説得に失敗したようだ。
近付いていくと十六夜と飛鳥の拒否する声が聞こえ、それぞれ別方向に逃げようとし
?
﹁オイオイ、男鹿は俺達を裏切って鬼役をするのかよ
?
188
黒ウサギは十六夜さんを捕まえてお説教します‼
﹁ああ。逃げるのは趣味じゃないんでな﹂
﹁もう逃がしません‼
﹂
?
﹁俺はただ捕まえられても説教なんて聞かないぜ
ゲーム
﹂
?
﹂
﹂
﹁とはいえ質の悪い冗談に謝罪の気持ちがないとは言わない。そこで提案なんだが、俺
く黒ウサギの説教を聞くだろう。この一言はあくまで話を誘導するための布石である。
もちろんこれは嘘である。プライドが人一倍高い十六夜だからこそ、負ければ大人し
?
自分好みにしようかということであった。
しかしこの状況で十六夜が考えていたのは逃げることではなく、いかにしてこの状況を
〝 ノ ー ネ ー ム 〟 の 戦 闘 力 ト ッ プ 3 と 言 っ て も 過 言 で は な い 三 人 が こ こ に 対 峙 す る。
?
達で短時間の別ゲームをしないか
﹁あ
?
?
﹂
謝罪代わりに、そっちのチップは無しでいい。こっちのチップはーーー
うん、二人に一回分の命令権とかでどうだ
?
・
ていいと言っているのだから無理もない。
あの十六夜が一対一にしてもらう形になるとはいえ、負ければ自分に首輪を二つも着け
・
十六夜の提案に黒ウサギは息を飲んで驚きウサ耳を跳ねさせる。
?
てのはどうだ
﹁そうだなぁ。黒ウサギには審判をしてもらって俺と男鹿の二人で鬼ごっこを続けるっ
いざ北側へ
189
﹁黒ウサギは構いませんが・・・しかし、ギフトゲームをするならば対等の条件でのみ行
われるべきです﹂
つまり、自分が審判をするならば十六夜と男鹿だけで互いに一つずつ首輪を賭けるべ
きだというのだ。
激突する。
〝火龍誕生祭〟にてついに男鹿と十六夜、〝ノーネーム〟のトップ戦力である二人が
問題児と子連れ番長の出会いから約一ヶ月。
﹁いいぜ。ゲーム成立だ﹂
に十六夜も笑う。
こ〟だということを理解しているのかは甚だ疑問である。そんな男鹿に釣られるよう
男鹿も異論はないようで、物騒に笑いながらすでに戦闘態勢に入っている。〝鬼ごっ
﹁俺はなんでもいいぜ。お前とはガチでやってみたかったしな﹂
190
男鹿vs十六夜
騒ぎを聞きつけた住人達が見上げる中、屋根に立つ男鹿と十六夜が対峙し、黒ウサギ
は審判として少し離れたところに待機している。
︻ギフトゲーム名 〝悪魔の王と人類の至高〟
・ルール説明:ゲーム開始のコールはコイントス。参加者がもう一人の参加者を〝手
の平〟で捕まえたら決着。敗者は勝者の命令を一度だけ強制される。
宣誓:上記のルールに則り、〝男鹿辰巳〟・〝逆廻十六夜〟の両名はギフトゲームを
行います。︼
男鹿と十六夜が宣誓を交わすと、羊皮紙が一枚ずつ二人の手元に舞い落ちてきた。
﹁コインが地面に着くと同時に開始だな
﹂
黒ウサギの説明を聞きながら二人は内容を確認している。
同時に命令権へと変化します﹂
﹁それはコミュニティ間の決闘ではなく個人の間で取引される〝契約書類〟で、決着と
男鹿vs十六夜
191
?
﹁Yes。トスは黒ウサギが行うのですよ﹂
?
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
り、足元を崩されると判断して十六夜は別の屋根に跳び移って距離を取る。男鹿は十六
十六夜が避けても避けなくても男鹿が殴れば衝撃で屋根が砕けるのは目に見えてお
中に斜めに紋章を出して着地。膝をバネに重力を味方につけて殴り掛かった。
を避けるために男鹿は体勢を立て直すのをやめてバク宙の要領で大きく跳び上がり、空
先に体勢を立て直した十六夜が、男鹿を転倒させようと崩れた足に蹴りを放つ。それ
い。
男鹿よりも山河を砕ける十六夜の方が圧倒的に分があり、男鹿の方が体勢の崩れは大き
しかし、お互いに本気ではないとはいえただの力比べならば鉄筋コンクリートを砕ける
二人とも握り拳を振りかぶってぶつけ合い、衝撃を撒き散らしながら反発していく。
・
黒ウサギは一瞬だけ二人の大衝突を覚悟して冷や汗を流したがそうはならなかった。
に前方へと疾走する。
ーーー・・・キン‼ 、という金属音と同時に爆発的なスタートダッシュで二人同時
を待つ。
二人が集中しているのを確認した黒ウサギはコインをトスし、緊張した面持ちで開始
男鹿の言葉に従って黒ウサギはコインを取り出した。
﹁いいぜ。さっさと始めてくれ﹂
192
夜が跳び移ったことによって屋根を殴ることを止め、着地の衝撃だけが伝わって屋根は
砕かれずに表面が割れるだけとなった。
ここまでを開始から息もつかさずに行った二人は、道を挟んだ屋根の上で次の動作に
備えている。
そこへ審判をしていた黒ウサギが慌てて声を掛けた。
﹂
﹂
鬼
﹁ちょ、ちょっとお待ちください‼ これが〝鬼ごっこ〟だって御二人とも理解して
いますか⁉
ごっこの必勝法は鬼を倒しちまうことなんだぜ
﹁正直オレも好みじゃないし、別にルール違反でもないだろ。それに知らないのか
﹁さっきも言ったが逃げるのは趣味じゃねぇ﹂
?
としては止めたくても審判としては止めることができない。
て〝相手に攻撃してはならない〟というルールが設定されていない以上、黒ウサギ個人
十六夜はニヤリと笑いながら横暴なことこの上ない必勝法を告げる。だが事実とし
?
?
?
鹿が紋章を出して跳躍。十六夜の頭上を跳び越して前方宙返りによる回転の遠心力を
またもや両者同時に跳び出す。空中で先程と同じようにぶつかるかと思われたが、男
﹁あぁ、いいぜ﹂
﹁さぁ続きといこうぜ、男鹿﹂
男鹿vs十六夜
193
加えて後頭部に踵落としを食らわせた。
ゼ ブ ル ブ ラ ス ト
十六夜は空中で身動きが取れないことと男鹿のアクロバットな動きに対処できず、地
面へと叩きつけられて土煙を上げる。
﹁ーーーハッ、しゃらくせぇ
﹂
る。無理もないことかもしれないが、十六夜は自分と真正面から戦える相手に歓喜して
言葉だけならば自分を罵っているような感じだが、表情は実に楽しそうに笑ってい
ころだ﹂
﹁ついうっかりしてたぜ。空中で動ける相手に空中戦を仕掛けるなんざ間抜けもいいと
た。
に汚れは付いているものの擦り傷程度の軽傷を負っただけの十六夜が堂々と立ってい
腕の一振りで雷撃と辺りに舞っている土煙を霧散させる。土煙が晴れたそこには、服
が、十六夜はただの人間には程遠いのだ。
!!!
相手がただの人間ならば過剰攻撃となり致命傷となってもおかしくない。
右手に雷撃をまとい、土煙の中心に当たりを付けて魔王の咆哮を放つ。
﹁ーーーこの程度じゃてめぇはくたばらねぇだろ﹂
194
いたのだ。
箱庭にきて戦ったアルゴールは弱体化していたし、白夜叉には圧倒的な実力差を戦う
前に見せつけられた。確かに十六夜は男鹿よりも速いし力もあるかもしれないが、男鹿
はベル坊の力と技、経験によって対等に等しい相手となっている。
﹂
そんな男鹿を相手にして浮かれるなという方が無理だろう。
﹁これはお返しーーーだッ‼
男鹿は日頃の戦闘経験から十六夜の動きを予測して攻撃をいなしつつ打ち合ってい
既に二人の中には存在していなかった。
られたが、中身は決闘そのものである。捕まえて終わらせるなどという安易な考えは、
手は一切使わずに殴り、防ぎ、躱していく。この勝負は〝鬼ごっこ〟という名目で始め
そこをすかさず十六夜は殴りに掛かり、それを男鹿が迎え討つ。拳、肘、膝、足と平
い角度で的確に、避ける方向にも連投されては降りざるを得ない。
鹿も単発ならば上体を逸らすだけで十分に避けられるのだが、それだけでは避けられな
男鹿が下に避けるように上半身に狙いをつけ、地面が砕けてできた石を連投する。男
?
﹂
たが、スピードで勝る十六夜にとうとう一手遅れてしまう。
?
そこを十六夜はアッパーで顎を打ち抜いて時計塔まで吹き飛ばし、さらに追撃をかけ
﹁吹っ飛べ‼
男鹿vs十六夜
195
た。時計塔に激突して口から血を流している男鹿へと一直線に突撃してきた十六夜を
なんとか躱し、躱された攻撃は時計塔を無残な瓦礫へと変貌させる。
二人は大きめの瓦礫を足場に、落下しながら三次元で殴り合いを続けていく。
﹁ゼブル・・・﹂
男鹿は十六夜との間にある瓦礫へと向けて紋章を乗せる。
﹂
それを見た十六夜は膝を曲げて跳躍の構えを取る。
﹂
﹁ハアァァ‼
?
﹁そこまでだ貴様ら‼
﹂
開いた距離を助走をつけて接近し、再び攻防を繰り広げようとーーー
﹂
﹁オラァァ‼
?
距離が開いてしまう。
遅れて地面へと着地した男鹿も落下する瓦礫を後方へと回避し、必然的に十六夜との
する瓦礫をバックステップで回避していく。
爆発により散弾と化した瓦礫を十六夜は下へ跳躍することで避け、着地と同時に落下
﹁・・・エンブレムッ
!!!
?
196
したところで中断されてしまう。
気付けば三人の周りには騒ぎを聞きつけた北側の〝階層支配者〟ーーー〝サラマン
ドラ〟のコミュニティが集まっていた。
﹁せっかくいいところだったのに、何なんだよいったい﹂
ヒートアップしてきたのに邪魔が入って不機嫌そうになる十六夜に対し、〝サラマン
周りを見て
ドラ〟によるゲームの中断によって今まで審判として黙っていた黒ウサギが抗議する。
﹂
﹁何なんだよ、ではありません‼ 御二人ともやり過ぎなんですよ‼
下さい‼
?
?
ていた。
ンドラ〟へと投降するのだった。
黒ウサギは痛くなってきた頭を抱えたくなる衝動を抑え、二人の腕を掴んで〝サラマ
?
﹁あーあ、こりゃひでぇな﹂
﹂
いことになっている地面、軽微ながら割れた屋根とこの区画だけ嵐のような被害を受け
言われて二人が見回すと、崩壊した時計塔、雷撃爆撃落石人体落下などによってひど
?
﹁他人事みたいに言わないでください‼
男鹿vs十六夜
197
嵐の前の一時
祭りの裏側で男鹿達がゲームをし、飛鳥が〝ラッテンフェンガー〟のコミュニティを
名乗るとんがり帽子の精霊と祭りを見て回っていた時刻。祭りの表側では白夜叉が勧
めていたチラシのギフトゲーム、〝造物主達の決闘〟の準決勝枠が争われていた。
﹄
!!!
?
興奮してんのは分かるけど頭の上で暴れんな‼
﹂
?
だれぇぇええ
﹁痛い痛い痛い‼
!!!
加している。
?
また他のブロックではヒルダが自立飛行型の群体ブーメランを全て叩っ斬って準決
﹁ふん、他愛もないな﹂
一つのブロックでは耀が自動人形の巨岩兵を倒し、
﹁これで、終わり・・・‼
﹂
決勝へと進み、二日目に準決勝・決勝を行うことになったのだ。これに耀とヒルダも参
造物主達の決闘〟は例年よりも参加者が多く、一日目に四ブロックの予選から四名が準
レティシア達についてきた三毛猫がセコンドにいる古市の頭の上で叫ぶ。今回の〝
?
﹃そこやお嬢おおおお 悪魔のねーちゃんも今やああああ‼ 蹴飛ばして切り刻ん
198
悪魔のねーちゃんも強いなぁ﹄
勝枠を掴み取った。もう二つの準決勝枠は既に決まっているのでこれで予選は終了で
ある。
﹁へ
何がですかヒルダさん
﹂
﹁私が強いのではなく相手が弱いのだ﹂
舞台から帰ってきた耀とヒルダに三毛猫が声を掛ける。
﹃いや∼、さすがお嬢やで‼
?
?
ヒルダに問いただす。
あぁ、理解しているぞ﹂
﹁ヒルダさん、三毛猫の言葉が分かるの
?
今ヒルダさん三毛猫と喋ってたんですか⁉ そんな素振り今まで一度も見
?
﹁ん
﹁え⁉
﹂
大きかった。耀はヒルダが三毛猫と普通に会話しているので信じられないような目で
帰ってくるなり独り言を呟くヒルダに古市は疑問に思うが、意味が分かる耀の反応は
?
?
せなかったのに﹂
?
因みにアクババとは魔界の怪鳥である。
クババぐらいしか古市の記憶にはない。
それが当たり前だというように打ち明けてくる。確かにヒルダが動物といるのはア
﹁この猫が私に喋り掛けてこなかったからな。仕方あるまい﹂
嵐の前の一時
199
﹁魔界の人って動物の声が分かるんですか
﹂
?
でスルーした。
﹁そんなもんがあるんですか⁉
﹁別にいいぞ。ホレ﹂
俺にも一つ下さいよ‼
﹄
改めてよろしくな三毛猫‼
そんなんでワシらの言葉が分かるんかいな
そう言って投げ渡された丸薬を耳に詰める古市。
﹃なんや
﹁おお、マジで分かるぞ⁉
﹄
﹃おう、よろしくな地味なにーちゃん‼
﹂
﹂
?
★
その後、決勝のゲームルールの説明をもって本日の大祭はお開きとなった。
発覚した新たな事実に今度はツッコむ。
﹂
﹁お前俺のことそんな風に言ってたの⁉
?
?
?
?
?
?
?
も科学者の方が向いているのではないかと思ってしまう古市ではあるが、興味があるの
名な医者であるフォルカスの秘伝の一つである。こんなものを作れるのなら医者より
自分の耳から小さな丸い物体を取り出して二人に見せる。翻訳丸薬とは魔界でも高
﹁いや、耳にこの翻訳丸薬を詰めることで言語を変換している﹂
200
﹁随分派手にやったようじゃの、おんしら﹂
〝火龍誕生祭〟一日目が終わり、男鹿達が暴れた街の区画から所変わって運営本陣営
の謁見の間にて。連れて来られた二人を見た白夜叉の第一声がこれである。ちなみに
その張本人達は反省の色もなく、同行してきた黒ウサギとジンの頭を抱えさせている。
﹂
﹁ふん‼ 〝ノーネーム〟の分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな‼ 相応
の厳罰は覚悟しているか⁉
﹂
?
〝火龍誕生祭〟の主賓であるサンドラが玉座から立ち上がって声を掛けた。
見下しているので白夜叉が窘める。
男鹿達を連れてきたサンドラの兄であり側近の男、マンドラが鋭い目つきで高圧的に
﹁これマンドラ。それを決めるのはおんしらの頭首、サンドラであろ
?
?
?
暴れた当の本人達は自由に感想を述べていた。
とジンである。
誕生祭の主賓、サンドラによって許しを得たことに安堵する二人。もちろん黒ウサギ
たことから私からは不問とさせていただきます﹂
とうございます。今回の一件ですが、白夜叉様のご厚意による修繕と負傷者がいなかっ
﹁〝箱庭の貴族〟とその盟友の方。此度は〝火龍誕生祭〟に足を運んでいただきありが
嵐の前の一時
201
﹁へぇ
太っ腹なことだな﹂
?
ここに来るための路銀と合わせて修繕の費用は昼間に話
?
﹂
?
﹁なんだよ
﹂
?
?
﹁十六夜さん、いったい何が書かれているのです
﹂
夜はなんとも微妙な表情になって男鹿へと視線を向ける。
怪訝な表情のままに十六夜は封書を受け取り、内容に目を通す。内容を確認した十六
﹁この封書におんしらを呼び出した理由が書いてある。・・・己の目で確かめるがいい﹂
した。
十六夜が疑問を呈すると白夜叉は全員の顔を見回した後、懐から一枚の封書を取り出
﹁噂
﹁おんしらに依頼したい内容とは誕生祭に流れている噂についてだ﹂
せる。どうやら依頼の内容を話してくれるようだ。
そう言うと白夜叉、サンドラ、マンドラ以外のそれぞれの同士に目配せをして下がら
した依頼の前金報酬とでも思っておくが良い﹂
﹁いやいや、タダではないぞ
暴走して大変なことになったのがいい例である。
以前にベル坊がオモチャの車を欲しがり、タイミング良く大魔王から送られてきたが
﹁いや、俺の経験上タダのやつ程ロクなもんはねぇ﹂
202
男鹿だけでなく黒ウサギも不思議に思って十六夜へと質問をする。
渡された封書には簡潔に一文、こう書かれていた。
﹃火龍誕生祭にて、〝魔王襲来〟の兆しあり﹄
確認した黒ウサギとジンも十六夜と同じような表情になって男鹿ーーーというより
〟と。
﹂
もベル坊へと視線を向ける。十六夜の言いたいことが分かったのだ。
〝これ噂じゃなくて事実じゃね
﹁オイ白夜叉。これもう起こった出来事とかじゃねぇよな
白夜叉も言いたいことを理解したようで苦笑しながら否定する。しかし、白夜叉の何
﹁いや、そっちのベルゼブブの息子とは関係ないから安心しろ﹂
くもない損害を出しているのだ。
そう、十六夜とのゲームの余波ではあるが魔王が北側の区画の一つを襲ったと言えな
?
?
?
﹁落ち着けマンドラ。後できちんと説明してやるから今は依頼についてだ﹂
?
何 故 そ ん な 大 物 魔 王 の 関 係 者 が こ ん な 所 に い る の だ ⁉
気ない一言にサンドラとマンドラは驚愕していた。
﹂
﹁ベ ル ゼ ブ ブ の 血 縁 だ と ⁉
嵐の前の一時
203
204
帯刀していた剣を握って構えているマンドラを抑えて白夜叉が続ける。
渡された封書は〝サウザンドアイズ〟の一人が未来予知したもので、犯人も犯行も動
機も全てが分かるというものらしい。ベル坊が関係ないと言い切ったのはつまりそう
い う こ と だ。そ れ な の に 未 然 に 防 げ な い の は、相 手 が 名 前 を 出 す こ と が で き な い 立
場ーーー〝階層支配者〟が魔王と結託している可能性があるからだ。しかし目下の敵
は予言の魔王である。白夜叉は自身の〝主催者権限〟によって対魔王の対策を立てて
いるが、もしもの時は白夜叉が魔王と戦うため〝ノーネーム〟には露払いを頼みたいと
のことだ。
だが、男鹿と十六夜は露払いの戦いだけでなく魔王とも戦いたいので、白夜叉に隙あ
れば魔王の首を狙う許可をちゃっかりともらうのだった。
★
その後、祭り中にネズミに襲われたという飛鳥とレティシア、試合で汗をかいた耀と
ヒルダが合流して黒ウサギと白夜叉を含めた女性陣でお風呂に入っている。
お風呂から早くに出ていた男性陣は来賓室で〝サウザンドアイズ〟の女性店員を交
えて歓談していた。
﹁へぇ、こんなもんが翻訳機になんのか﹂
量産できればお互いに利益に繋がりますよ
﹂
﹁この小ささでその性能ですか・・・興味深いですね。〝サウザンドアイズ〟で売りませ
んか
?
﹁あら、そんなところで歓談中
聞いたわよ、魔王が来るんですって
﹂
?
﹂
?
﹂
?
古市だけで、男鹿とジンは顔を見合わせて〝
〟となっている。
十六夜が湯上がりの女性陣を見て男性陣に感想を聞く。答えたのは何故かどや顔の
﹁流石だな逆廻。やっぱりお前もそう思うか
﹁おぉ、これはなかなかいい眺めだ。そうは思わないかお前ら
どうやら白夜叉から入浴中に今回のことを説明されていたようだ。
本 格 的 な 交 渉 に 入 ろ う か と い う と こ ろ で 浴 衣 を 着 た 女 性 陣 が お 風 呂 か ら 出 て き た。
?
なり貴重なものには変わりない。
がなければ難しい。翻訳丸薬による幻獣との意思疎通が可能かは確認していないが、か
本来、異種族との意思疎通は神仏の眷属として言語中枢を与えられるか相応のギフト
話題の中心になっているのは昼間に出てきた翻訳丸薬である。
﹁いえ、秘伝とかなんとか言ってたからどうでしょうね﹂
?
?
かな発育は扇情的だ﹂
﹁黒ウサギやヒルダ、お嬢様の薄い布の上からでもわかる二の腕から乳房にかけての豊
嵐の前の一時
205
﹁だがスレンダーながらも健康的な素肌の春日部さんやレティシアさんの髪から滴る水
も色気がある﹂
にーーー﹂
スパァーン‼
ゴスッ‼
で殴った音だ。
﹁変態しかいないのこのコミュニティは⁉
﹁この男もキモ市と同類だったか﹂
﹁白夜叉様も十六夜さんも貴之さんもみんなみんなお馬鹿様ですッ‼
?
﹂
同じようなことを言われたのだろう。その白夜叉は同好の士を得たように十六夜と古
慌てて宥めるレティシアと無関心な耀である。黒ウサギの言いようだと白夜叉にも
﹁ま、まぁ三人とも落ち着いて﹂
?
﹂
前者は黒ウサギと飛鳥が風呂桶を十六夜へと投げつけ、後者はヒルダが古市の頭を傘
目の前でエロ談義を始めた二人へと強めのツッコミが入る。
?
?
﹁そ の 結 果、は だ け た 浴 衣 か ら 覗 く 上 気 し た 桃 色 の 肌 を さ ら に 際 立 た せ る の は 確 定 的
の方へと誘導する﹂
﹁それだけじゃない。滴る水が鎖骨のラインを流れ落ちる様は視線を自然に慎ましい胸
206
市と握手をしている。
﹁・・・君も大変ですね﹂
﹁・・・はい﹂
﹂
?
姿を見て、ジンはさらに頭を抱えるのだった。
置いてあった煎餅を食べながらコメントする。そして勝手に煎餅を食べている男鹿の
男鹿は女性店員とジンが組織の問題児という共通の悩み事に共感しているのを見て、
﹁お前ら、こういうのは気にしてたらキリがねぇぞ
嵐の前の一時
207
魔王襲来
〝火龍誕生祭〟の二日目。
﹂
〝ノーネーム〟はサンドラの取り計らいにより〝造物主達の決闘〟を運営側の特別
席で見れることになった。
不思議に思ったのだ。
?
る。
?
羊皮紙が現れる。
パチン、と白夜叉が指を鳴らすとその場の〝ノーネーム〟のみんなにギフトゲームの
﹁それはもう少しのお楽しみだ。まぁ名前ぐらいは教えてやれるが﹂
﹁ねぇ白夜叉。春日部さん達の相手はどんなコミュニティなの
﹂
奮闘したのだが結果は市販のお菓子になってしまったので今度こそは、ということであ
箱庭に来るほんの数日前、男鹿達の世界はクリスマスでベル坊のプレゼントのために
﹁これに勝ったら豪華景品がもらえるだろ
クリスマスのリベンジだってさ﹂
男鹿が舞台を見ながら古市に問う。ヒルダは無駄なことには参加したりしないので
﹁おい古市。何でヒルダの奴はこのゲームに出たんだ
?
208
﹁〝ウィル・オ・ウィスプ〟にーーー〝ラッテンフェンガー〟ですって
てところか
﹂
﹂
﹁へぇ・・・〝ネズミ捕り道化〟ね。じゃあ春日部達の相手はハーメルンの笛吹き道化っ
ラッ テ ン フェ ン ガー
フェンガー〟のコミュニティだと名乗っていたのだ。
飛鳥は膝の上の精霊を見て目を丸くする。何を隠そう、この精霊は自らを〝ラッテン
?
﹂
?
﹂
笛吹きの男がハーメルンの街に溢れたネズミを操って駆除するけ
その言葉を聞いた十六夜は怪訝な顔をやめて瞳を鋭くする。
﹁ーーーへぇ
ミュニティだったものの名なのだ﹂
﹁い や、今 お ん し が 言 っ た 名 前 ー ー ー 〝 ハ ー メ ル ン の 笛 吹 き 〟 は と あ る 魔 王 の 下 部 コ
﹁どうしたんだ
十六夜はその変化に気付いて怪訝そうに顔を二人へと向ける。
たかもしれない。
て雰囲気を鋭くする。ここが目立つ特別席でなければ驚愕して十六夜に詰め寄ってい
対戦相手に思考を巡らせていただけの十六夜だが、〝階層支配者〟二人はそれを聞い
?
?
?
﹁まぁそれは童話向けに伝わった内容だが、概ねその通りだ。〝ラッテンフェンガー〟
ど、街の人がお礼をしなかったから子供を攫ったってやつ﹂
﹁それってあれだろ
魔王襲来
209
はドイツ語でネズミ捕りの男って意味でな、ネズミを操ったことから〝ハーメルンの笛
吹き〟を指す隠語でもある﹂
古市の説明を十六夜が補足する。
その説明を聞いて飛鳥は静かに息を呑んでいた。
まさか昨日のネズミは・・・︶
グニファトゥスの二人の対決となった。
最初の試合は〝ノーネーム〟の春日部耀と〝ウィル・オ・ウィスプ〟のアーシャ=イ
★
となる。
サンドラとマンドラの二人で話を進めているうちに〝造物主達の決闘〟の開始時刻
﹁そのようだな。我らのゲームに泥を塗られぬように監視を付けた方がいいだろう﹂
性は高いですね﹂
﹁その魔王は敗北してこの世を去ったと聞きましたが・・・魔王の残党が忍んでいる可能
が既に自分よりも影響力のある者の支配を受けていたからだとすれば納得がいく。
実は昨日襲われた時、ネズミ相手に飛鳥の〝威光〟が通用しなかったのだ。その原因
︵ネズミを操る道化師・・・ですって
?
210
〝ウィル・オ・ウィスプ〟は一つ上の六桁の外門からの参加者で、白夜叉曰く、まず
勝ち目はないそうだ。そんな中でも耀は最初のうちは善戦していたのだが、苦戦しだし
た相手は〝ウィル・オ・ウィスプ〟の代名詞とも呼べる生と死の境界に現れた悪魔、ウィ
ラ=ザ=イグニファトゥス作のジャック・オー・ランタンを出してきた。
ジャック・オー・ランタンは不死の怪物にして地獄の業火を操るカボチャのお化けで
ある。少なくとも今の自分では勝ち目がないと判断した耀は、静かにゲーム終了を宣言
して負けを認めたのだった。
﹁負けてしまったわね、春日部さん﹂
﹁ま、そういうこともあるさ。気になるなら後で励ましてやれよ﹂
ち込む必要はない﹂
﹁〝ウィル・オ・ウィスプ〟は格上だったのだ。それを相手に一人で善戦したのだから落
耀が負けたことに飛鳥は気落ちしていたが、十六夜は軽快に笑い、白夜叉は慰めるよ
どう
?
うに声を掛けていた。
﹂
?
問に思って男鹿を見ると、男鹿の視線は舞台ではなく箱庭の空に向けられている。
古市が話を切り替えて、次のヒルダの試合の話を男鹿に振ったのだが返事がない。疑
した
﹁春日部さんの分もヒルダさんには勝ってもらいたいよな。なぁ男鹿。・・・男鹿
魔王襲来
211
﹁・・・白夜叉。アレもイベントの一つか何かか
﹂
?
﹂
?
宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催し
干渉を可能とする。
・舞台ルール:転移での移動ならばどのような条件であってもゲームテリトリーへの
の伝承を掲げよ。
・プレイヤー側勝利条件:一、ゲームマスターを打倒。二、偽りの伝承を砕き、真実
・ホストマスター側勝利条件:全プレイヤーの屈服、及び殺害。
・プレイヤー側ホスト指定ゲームマスター:太陽の運行者・星霊、白夜叉。
台区画に存在する参加者、主催者の全コミュニティ。
・プレイヤー一覧:現時点で三九九九九九九外門、四〇〇〇〇〇〇外門、境界壁の舞
︻ギフトゲーム名 〝The PIED PIPER of HAMELIN〟
〝契約書類〟が入っていた。
封書には笛を吹く道化師の印が入った封蝋がされており、開封された中には黒く輝く
をしていた黒ウサギが気付いてすかさず手に取る。
男鹿に言われて視線を辿ると、空から雨のように黒い封書がばら撒かれていた。審判
﹁何
212
ます。
〝グリムグリモワール・ハーメルン〟印︼
﹂
数多の黒い封書が舞い落ちる中、観客席の中から弾けるような叫び声が上がった。
﹁魔王が・・・魔王が現れたぞオオオォォォーーー
★
いきなり始まった魔王とのゲーム。本陣営のバルコニーから状況の確認をしようと
!!!
﹂
動き出したが、突如として発生した黒い風が白夜叉を包み込んでいく。
﹁な、何ッ⁉
?
そこへ舞台の方にいた黒ウサギ達が合流する。
まった。
鳥を十六夜が、古市を男鹿が掴まえて着地するも〝サラマンドラ〟の人達とは離れてし
み、バルコニーにいた全ての者を弾き飛ばすように吹き荒れる。空中に投げ出された飛
驚きつつも白夜叉の近くにいたサンドラが手を伸ばすが、発生した黒い風がそれを阻
﹂
﹁白夜叉様⁉
?
魔王襲来
213
﹁魔王が現れた。・・・そういうことでいいんだな
﹂
?
魔王が降りてくるぞ‼
?
?
れの役割を確認してから走り出す。
﹁見ろ‼
﹂
もなれば面白くないのだろう。だが、大事な役割であることには変わりないのでそれぞ
ジンとレティシアは頷くが飛鳥は不満そうだ。〝ペルセウス〟の時と続けて脇役と
ます﹂
ティシア様の三人で魔王に備えてください。ジン坊っちゃん達は白夜叉様をお願いし
﹁で は 黒 ウ サ ギ が サ ン ド ラ 様 を 探 し に 行 き ま す。そ の 間 は 十 六 夜 さ ん と 辰 巳 さ ん と レ
確認していないのに男鹿は一人でどこに行くつもりだったのだろうか。
十六夜の提案に特に文句はないので男鹿は大人しく待機する。そもそもまだ魔王を
しな﹂
﹁まぁ待て。先に役割分担をしとくぞ。飛ばされた〝サラマンドラ〟の連中も気になる
﹁んじゃ、サクッとぶっとばしてくるか﹂
そんな中、緊張なんて微塵も感じていない男鹿が動く。
まっているわけにはいかない。
十六夜の確認を黒ウサギが真剣な表情で返す。その場のメンバーに緊張が走るが止
﹁はい﹂
214
﹂
逃げ惑う観客の声を聞いて境界壁の方へと目を向けると、四つの人影が落下してきて
いるのが見えた。
﹁魔王様のお出ましだ。黒い奴と白い奴は俺が、デカイのと小さいのは任せたぜ‼
や
そう告げて十六夜は舞台会場を砕く勢いで境界壁に向かって跳躍した。
﹁文句を言うな主殿。行くぞ﹂
なら少女やわけの分からないデカブツより黒い服の男の方がよかったのだ。
残された男鹿がボヤく。男鹿は女子供を本気で殴るのは趣味ではないので、喧嘩する
﹁俺も戦るなら黒い奴がいいんだがな﹂
?
のであった。
またもボヤきながら黒い翼を生やしたレティシアと共に紋章で空中を加速していく
﹁その主殿っての、むず痒いからやめろ﹂
魔王襲来
215
魔王との対峙
男鹿とレティシアは落下してきた陶器の巨兵と斑模様のワンピースを着た少女と空
中で対峙していた。
﹂
?
利用して急加速しながら接近する男鹿へと瓦礫が襲い掛かるが、男鹿は難なく回避して
シュトロムへと向かってきた男鹿に照準をつけて空気を吸い込んでいく。その風を
﹁BRUUUUUUUUUUM‼
投石の方がより速くて的確だった。
収・圧縮して臼砲のように撃ち出している。だがその程度の瓦礫、昨日戦った十六夜の
シュトロムは全身の風穴から空気を吸い込んで大気の渦を創り上げ、周囲の瓦礫を吸
気の抜けた顔でそう評価した。
﹁こりゃワンパンで終わりだな﹂
る。しかし、眼前の巨兵ーーーシュトロムを前にした男鹿は、
元々、少女と戦うのは気乗りしなかったので素直に言うことを聞いて二手に分かれ
﹁おう。そっちも無理すんじゃねぇぞ﹂
﹁私が少女と戦う。辰巳は巨兵を頼む﹂
216
懐に攻め込んだ。
紋章を足場に体幹を安定させ、右腕を引き絞るように後ろへ引き、
コンッ、といつも男鹿が振るっているような破壊的な衝撃音に比べて静かな一撃を放
﹁ーーーじじい直伝、撫子﹂
つ。その一撃でシュトロムにピシッ、と縦に亀裂が走り、真っ二つに割れて地面に落下
していく。
心月流の基礎の技、撫子。
衝撃を分散させずに一点に集中させる当身で、〝鎧徹し〟とも呼ばれる技である。心
月流の当主であるじじいーーー邦枝一刀斎に教わった唯一の技だ。また散弾にしてし
まうと被害が何処に出るか分からないので、余裕がある分被害を最小限に抑えたのだ。
﹁張り合いがねぇ、もうちょっと根性みせろよな﹂
呆気なく終わってしまった戦いにがっかりする男鹿であった。
そんな男鹿をレティシアと戦っている少女が余裕綽々とした態度で見ていた。
何やら男鹿のことを分析しているようだが、今の発言は聞き捨てならない。
男鹿辰巳のようね﹂
﹁あら、シュトロムを一撃で破壊するなんて・・・それにあの赤ん坊と紋章術。あの男が
魔王との対峙
217
何故この少女は男鹿のことを知っているのか。
どうやって紋章術という稀有な力を知ったのか。
疑問は残るが、こちらの実力を過小評価して余所見をしている今が好機と判断したレ
ティシアは髪からリボンを解いて力を解放。大人姿になったレティシアはギフトカー
ドから長柄の槍を取り出した。
?
識が蝕まれていく。
手駒になりそう﹂
﹁さすが純血のヴァンパイアってところかしら
くすり、と笑う少女。
まだ意識があるなんてね。貴女はいい
レティシアを捕縛する。レティシアは急いで抜け出そうとするが力が入らず、徐々に意
避ける素振りも見せずに黒い風で槍を受け止めた。その黒い風は更に広がっていき
﹁心外ね、私は貴女を舐めてなどいないわ。ーーー純粋な実力の差よ﹂
刹那、
疾風の如き一刺しで少女の胸を貫こうと突撃する。その槍がまさに貫くと思われた
﹁戦いの最中に敵から視線を外すとは舐められたものだな﹂
218
レティシアを覆う黒い風が濃度を増していく中、横から紅と黄の閃光が挟み込むよう
に少女に迫る。
気付いた少女は黒い風を纏った両手を左右に突き出して相殺する。レティシアは拘
束する力が弱まった隙を突いて腕を振り払い距離を取ったが、全身に力が入らず空中に
留まることができない。
﹂
そんな無防備な状態で落下するレティシアを男鹿が空中で横抱きに受け止める。
﹁おい、大丈夫かレティシア
模した炎を身に纏った姿で浮遊していた。
ラッ
ク・ パ ー
チャー
﹁そ う ね、目 的 と 言 う な ら 太 陽 の 主 権 者 で あ る 白 夜 叉 の 身 柄 と 星 海 龍 王 の 遺 骨。そ れ
少女は律儀に自己紹介をしてから目的を告げる。
﹁あ、ソレ間違い。私のギフトネームの正式名称は〝黒死斑の魔王〟よ﹂
ブ
そこには男鹿と共に少女を攻撃をした北側の〝階層支配者〟ーーーサンドラが龍を
﹁・・・そう、ようやく現れたのね﹂
攻撃を受けた少女は視線を横へと向けていた。
いつもより弱々しいが返事をするレティシアに内心ホッとする。
﹁辰巳・・・悪い、油断した﹂
?
﹁・・・目的はなんですか、ハーメルンの魔王﹂
魔王との対峙
219
とーーーベルゼバブ四世。つまり、そこの赤ん坊よ﹂
微笑みながらベル坊を指差す。この魔王はベルゼバブ四世ーーー自らとは違った魔
王の力を欲しているという。
﹂
男鹿は新たに紋章を出し、レティシアを下ろしてから庇うように前へと出て少女と向
き合う。
﹁ーーーお前・・・何を知ってる
﹂
〝紋章使い〟﹂
?
★
的な力の衝突が周囲へと余波を撒き散らしていく。
火龍の炎と魔王の雷、漆黒の風がぶつかった衝撃波によって空間を歪めていき、圧倒
そう言うと少女は黒い風を噴出させてきたので対峙する二人はそれぞれ対応する。
いいわよ
﹁そう。素敵ね、〝階層支配者〟。それと、私を倒したら知ってることを教えてあげても
だけれど、我らの御旗の下に必ず誅してみせる﹂
﹁・・・なるほど。魔王と名乗るだけあって、流石にふてぶてしい。何やら裏があるよう
男鹿の眼光をものともせずに不敵に笑って見返す少女。
﹁さぁ、何かしらね
?
?
220
身体に異変とかはありませんか⁉
﹂
男鹿達が魔王達と激突している頃、古市達はバルコニーに戻って黒い風に隔離された
白夜叉の状態を確認していた。
﹁白夜叉さん、大丈夫ですか⁉
?
﹂
?
?
ん〟と書かれているだけだ。
そのことを白夜叉に知らせると彼女は大きく舌打ちした。
今から言うことを一字一句違えずに黒ウサギへ伝えるのだ‼
?
言われて飛鳥が〝契約書類〟の文面に目を通すと、〝参戦条件がクリアされていませ
の〝契約書類〟には何か書いておらんか⁉
﹁今のところ問題はないが、行動を制限されてこの場から動くことができん‼ 連中
?
第二に、この魔王は新興のコミュニティの可能性が高い‼
?
響き渡った声にハッとして振り返ると、そこには白装束の女ーーーラッテンが〝サラ
第三に、私を封印し
第一に、このゲームはルール作成段階で故意に説明不足を行っている可能性がある‼
﹁よいかおんしら‼
?
た方法は恐らくーーー﹂
?
﹁はぁい、そこまでよ♪﹂
魔王との対峙
221
マンドラ〟の三匹の火蜥蜴を手に持つフルートで操って連れ立っていた。
﹂
端正で可愛かったし・・・よし、私の駒にしましょう‼
?
﹁確かに私は格闘は苦手だし、貴女には勝てないでしょうね。でも、やりようはいくらで
?
?
ヒルダは剣の切っ先を向けてラッテンを先制する。
﹁させると思うのか
?
﹂
﹁今の力・・・鷲獅子か何かかしら あの子は人間よね 随分と面白いギフトねぇ。顔も
らず驚いていた。
連れてその場から離脱する。その際に鷲獅子のギフトを用いた耀にラッテンは少なか
ヒルダとラッテンが向かい合って話している内にと、耀は旋風を巻き起こして三人を
﹁生憎と私は人間ではないがな﹂
﹁へぇ、プレイヤー側にもまだ強い人間がいたのね﹂
え﹂
﹁こいつの相手は私がやろう。話を聞ける状況でもない。お前達は黒ウサギの元へ向か
せる。しかし、火蜥蜴達は次の瞬間にはヒルダによって吹き飛ばされていた。
フルートを振るって白夜叉と話していた〝ノーネーム〟へと火蜥蜴達を襲い掛から
たわ﹂
﹁やっぱり動きは封じれても情報を流されるのは不利だからねぇ。早めに来て正解だっ
222
もあるのよ﹂
艶美な笑みを唇に浮かべてフルートに息を吹き込む。宮殿内に響く魔笛はその音色
を聴くものの中枢器官を刺激し、目の前にいるヒルダの動きを鈍らせる。
﹁これは・・・﹂
鈍らせるだけで終わったけど・・・今はそれで十分だわ﹂
﹁やっぱりその強さと人間じゃないことから多少霊格が高いみたいね。少しの間動きを
響き渡る魔笛に呼び出されたのか、火蜥蜴が次々とバルコニーに侵入してくる。
﹁まだ貴女の敵ではないでしょうけれど、足止めに徹すればある程度戦える筈よ﹂
﹁クッ・・・﹂
★
しかなかった。
いる今では隙を作ってラッテンを追いかけるのも難しい。ヒルダは仕方なく応戦する
は支配による統率と状況の変化に対する動揺の消失に加え、ヒルダの動きが制限されて
去っていくラッテンを追おうとするが火蜥蜴によって妨害されてしまう。火蜥蜴達
﹁貴女も素敵だけど、駒にするには骨が折れそうだからあの子達が先ね。じゃあね♪﹂
魔王との対峙
223
ヒルダに言われて黒ウサギの元へ向かっていた四人にも宮殿内に響く魔笛の影響が
出ていた。取り分け優れた五感を持つ耀には絶大な効果を発揮し、その力を奪ってい
﹂
く。耀は旋風を維持することも儘ならず、三人を突き放して叫ぶ。
﹁アイツがくる・・・三人だけで逃げて‼
﹂
?
﹂
俺が担いでいくから急いでーーー﹂
﹁そんなことできるわけないでしょう‼
﹁そうだよ‼
?
﹁させると思う
?
﹁貴之君ッ‼
させる。
﹂
ヨロヨロと立ち上がって指示してくる古市を、ラッテンはフルートで頭を殴って昏倒
?
?
﹁お、俺のことはいいから逃げ、ガッ⁉
﹂
ラッテンに簡単に詰め寄られ、フルートで殴り飛ばされる。
が、所詮は喧嘩慣れしていない人間の速度だ。格闘が苦手なだけで出来ない訳ではない
ら降りてきた。古市は反射的に後ろに跳んでポケットから何かを取り出す仕草をする
古市達は知る由もないが、ラッテンはヒルダの真似をして古市の言葉を遮りつつ上か
?
224
しかし、指示はされたが倒れている耀を含めて非力な飛鳥とジンではここから逃げ切
るのは恐らく不可能だろう。
だったらーーー
﹁ジン君、先に謝っておくわ。・・・ごめんなさいね﹂
ラッテンにはまだギフトを悟られたくない飛鳥はジンの耳元へ口を寄せてから呟く。
そして、
﹁コミュニティのリーダーとしてーーー〝春日部さんを連れて黒ウサギの元へ行きなさ
い〟﹂
同士の心を支配した。
本当は古市も連れて行かせたかったが、ラッテンを挟んだ位置的に無理だ。ジンが後
で悔やむだろうことも理解していたが、それでも古市が犠牲になってまで作ってくれた
今度は貴女が足止め
﹂
チャンスを逃す訳にはいかない。
﹁あらら
?
?
可能性の方が高い。内心で少し安堵しつつ、気付かれないようにラッテンの武器がフ
それはまだ倒せていない、いや〝足止め〟という言葉からラッテンには倒せなかった
﹁今は火蜥蜴達と戯れているところかしらね﹂
﹁・・・ヒルダさんはどうしたの﹂
魔王との対峙
225
ルート以外にないことを確認する。
〟﹂
!!!
﹂
?
会う人間みんな変わり種みたいだし・・・捕まえ
?
いた。
そうしてラッテンが今後の方針を考えていたその時、激しい雷鳴が周囲一帯に鳴り響
て損はないかしらね﹂
﹁あっちの男の子はどうしようかしら
ズドンッ、と腹部を蹴り上げられて飛鳥は気を失ってしまう。
ね。さっきの子もいいけど、総合では貴女の方が素敵か、なッ‼
﹁驚いた・・・不意打ちとはいえ数秒も拘束されるなんて。かなり奇妙な力を持ってるの
﹁グッ、ケホッ・・・﹂
ラッテンはフルートで剣を振り払い、飛鳥も弾き飛ばされて壁に叩きつけられる。
?
剣を突き立てようとする。
この、甘いわ小娘‼
?
しかし間に合わなかったようだ。
﹁ーーーっ‼
﹂
ガロ〟との戦いで手に入れた白銀の十字剣を召喚し、迅速に敵を無力化するためにその
飛鳥の〝威光〟による拘束は破られることを前提に、ギフトカードから〝フォレス・
古市への攻撃から動きは速くないと踏んでラッテンを拘束する。
﹁つまりヒルダさんよりは弱いってことね。ーーー〝そこを動くなッ
226
﹁今の雷鳴・・・まさか‼
ジャッ ジ マ ス ター
﹂
ジュ
ラ・
レ
プ
リ
カ
これよりギフトゲーム 〝The PI
かったギフトーーー〝擬似神格・金剛杵〟を掲げた黒ウサギの姿が。
ヴァ
ラッテンは屋根に跳び上がって空を見上げる。雷鳴の発信源には軍神・帝釈天より授
?
?
﹂
プレイヤー側・ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移
?
行してください‼
?
‼
ED PIPER of HAMELIN〟 は一時中断し、審議決議を執り行います
﹁〝審判権限〟の発動が受理されました‼
魔王との対峙
227
審議決議
魔王とのギフトゲームは審議決議のため交戦を一時中断し、現在は宮殿に集まってい
る。
宮殿内には負傷者が多く、〝ノーネーム〟でも耀とレティシアは敵との交戦で疲弊
し、古市と飛鳥は姿も確認できず、無事だったのは男鹿、ヒルダ、十六夜、黒ウサギ、ジ
ンと主力の半分がやられてしまっている状況だ。
そんな中で魔王との交渉テーブルに参加したのは〝階層支配者〟であるサンドラと
側近のマンドラ、審判である黒ウサギ、それに〝ハーメルンの笛吹き〟の知識がある十
六夜とジンの五人である。
対する魔王側は〝黒死斑の魔王〟を名乗る少女とラッテン、それに十六夜と戦ってい
た軍服の男ーーーヴェーザーの三人である。
黒ウサギが交渉を始めようとしたところに十六夜がストップを掛ける。出鼻を挫か
﹁待て黒ウサギ﹂
の審議決議及び交渉をーーー﹂
﹁それではギフトゲーム、〝The PIED PIPER of HAMELIN〟
228
十六夜さん﹂
れた黒ウサギは疑問を浮かべた眼差しを十六夜へ向ける。
﹁ど、どうされました
﹁まだ役者が揃ってないのに始めらんねぇだろ。なぁ魔王様
﹂
の絶対的少なさを考えて天秤にかければ、どちらにメリットがあるかは一目瞭然だ。
るため咄嗟に書き加えたのだろう。外部からの邪魔と仲間の参戦。瞬間移動系ギフト
魔王側の三人はそれを掻い潜って現れた訳だが、掻い潜ることのできなかった仲間がい
者の制限やギフトゲームの開催・〝主催者権限〟の使用を禁止していた。目の前に座る
今回の〝火龍誕生祭〟では魔王出現の予言から、白夜叉の〝主催者権限〟により参加
移するーーーしなければならない仲間がいることを示唆している﹂
﹁まずは〝契約書類〟だ。転移でのゲームテリトリーへの干渉ならばありってのは、転
十六夜は手を持ち上げ、一本ずつ指を立ててヒントを数えていく。
﹁やっぱり意図的なものか。不自然な程ヒントがあったからな﹂
十六夜が不敵に笑いかけると少女も同じく不敵に笑い返す。
﹁・・・ふぅん、貴方なかなか頭が回るわね。まぁヒントはいっぱいあったけど﹂
?
?
この時点では残る仲間は少数という曖昧な推測しか立てることができないが、十六夜
いからな。残りの仲間は精々二・三人の少数だと予想できる﹂
﹁次に白夜叉の情報だ。お前達は新興のコミュニティの可能性が高いって言ってたらし
審議決議
229
はその人数をより正確にするための情報を告げる。
それも箱庭は元より男鹿の世界でも稀少らしい紋
?
まず〝主催者〟側に不正を問うたがそれはないとのこと。そして箱庭の中枢に確認
と言われたので、今度こそ黒ウサギは交渉を進めていく。
﹁中断させて悪かったな。続きを進めてくれ﹂
のコミュニティのメンバーだとは思えないというのがこの場の大多数の意見だ。
十六夜の不躾な話し掛けにも普通の返しをしてくるし、印象も合わさってどうも魔王
﹁あぁ、初めて会う奴にはよく言われる﹂
﹁なんかイメージと違うな。男鹿っぽい不良風な奴だと思ってたんだが﹂
長くて目に掛かり、クラスでは目立たない地味な男子生徒という印象だ。
服装は黒の学生服で男鹿が着ていた改造制服に酷似している。下ろした黒髪は少し
そして、その推測を裏付けるかのように空間に黒い歪が発生して一人の男が現れる。
恐 ら く と 言 い つ つ も そ れ を 微 塵 も 感 じ さ せ な い 声 で 十 六 夜 は 自 分 の 推 測 を 述 べ る。
合わせると他の仲間は恐らく一人 ーーー 〝紋章使い〟だ﹂
章術を知っていて、尚且つ魔王のゲームに干渉させるような強い奴に。これらの情報を
知ってる奴に特徴を聞いたんだろ
﹁最 後 に お 前 の 言 葉 だ、〝 黒 死 斑 の 魔 王 〟。誰 に 聞 い た か は 知 ら な い が 男 鹿 の こ と を
230
して問題がなければゲーム中断の代償として新たなルールを加えるという。〝主催者
権限〟での強制参加とはいえゲームはゲーム、横槍を入れているのは参加者側なので至
極当然な物言いであろう。中枢からの回答は〝主催者〟側の言う通り不正はないとの
ことだ。
ルールの追加はゲーム再開の日取りだけだと言うので一部の者を除いて周りは意外
感に包まれていた。時間を与えてもらえれば参加者側は負傷者の治療・戦闘の準備・謎
解きができるので〝主催者〟側の不利しかないからだ。
今回の日取りは最長で一ヶ月は引き延ばすことが可能だと黒ウサギが言い、ならば再
時間を与えてもらうのが不満
﹂
開は二十日後にしてお開きになろうとした所で十六夜とジンが待ったを掛ける。
﹁・・・何
?
﹁確かにこっちにとってはありがたいが・・・今回は駄目だな﹂
?
ス
ト
﹂
?
笛吹き道化が斑模様だったことや黒死病を伝染させるネズミを操ったことから子供の
ジ ン の 言 葉 に 一 同 の 表 情 に 驚 愕 が 浮 か ぶ。黒 死 病 と は 人 類 史 上 最 悪 の 疫 病 で あ る。
格だとすれば・・・貴方は〝黒死病〟ではないですか
ペ
笛吹き〟に登場する一三〇人の子供に対する伝承の考察、複数の殺し方を形骸化した霊
嵐 〟だと聞きました。〝紋章使い〟だという男性を除いた貴方達が〝ハーメルンの
シュトロム
﹁はい。貴方の両隣にいる男女は〝ラッテン〟と〝ヴェーザー〟、そしてもう一体が〝
審議決議
231
死に黒死病も考察に含まれているのだ。
自分の正体を看破された少女ーーーペストはそれでも微笑を浮かべたままだ。
﹂
?
﹁ん
無機生物は分かるが、どうして悪魔にも黒死病が発症しないんだ
﹂
?
?
ストに尋ねる。
﹁・・・今のを聞いて質問するのはそこなの
そんなの後で男鹿辰巳にでも聞けばいい
十六夜がその場の空気なんて知るかとでもいうように自身が疑問に思ったことをペ
?
発症時間は二日、ゲーム再開の日取りが伸びる程死者が増えていくのだ。
そんなことよりもペストの最悪の告白に息を呑むことしかできない。黒死病の最短
ら所属しているコミュニティを多少知っていても不思議ではない。
ペストは〝ノーネーム〟のことを知っている風だったが、男鹿のことを知っているな
の一部には無機生物や悪魔でもない限り発症する呪いそのものを掛けている﹂
﹁あぁ、貴方達が・・・でも手遅れよ。ゲーム再開の日取りはこちらの意のまま、参加者
コミュニティの名前を聞いたペストは納得したというような顔になる。
﹁同じく逆廻十六夜だ﹂
﹁・・・〝ノーネーム〟、ジン=ラッセル﹂
前を聞いても
﹁今度こそ素直に頭が回ると褒めてあげるわ。よろしければ貴方達とコミュニティの名
232
﹂
じゃない﹂
﹁男鹿に
いうか男鹿が悪魔の生態なんて理解しているのだろうか
と
?
にいた純血のヴァンパイアの女の子も〝ノーネーム〟でしょうし﹂
﹁私、貴方達のことが気に入ったわ。それに男鹿辰巳も〝ノーネーム〟なのだから、一緒
﹁なっ、﹂
ハーメルン〟の傘下に降りなさい﹂
処 に い る メ ン バ ー と 白 夜 叉、あ と 〝 ノ ー ネ ー ム 〟 の 主 力 陣 は 〝 グ リ ム グ リ モ ワ ー ル・
﹁此処にいる人達が参加者側の主力よね。他のコミュニティは見逃してあげるから、此
問が終わったのも見計らってからペストが再び話し出す。
まぁ男鹿が知らなくてもヒルダが知っているだろうとペストへの質問を止める。質
?
鹿にはベルゼブブという破格の悪魔が憑いているが、それと関係があるのだろうか
聞き慣れた名前が出てきたので〝ノーネーム〟の三人は顔を見合わせる。確かに男
?
姿が確認出来なかった二人はどうやら捕まってしまっていたようだ。
ジンに目を向けながらのラッテンの発言に〝ノーネーム〟のメンバーの顔が強張る。
味目の男の子も〝ノーネーム〟だと思いますよ♪﹂
﹁そこの男の子が〝ノーネーム〟なら、私が捕まえた紅いドレスの女の子とちょっと地
審議決議
233
しかしそんな中でも十六夜とジンは冷静に頭を巡らせる。
﹂
?
﹁・・・そうだけど、それと交渉に関係があるのかしら 確かに最長の一ヶ月なら病死す
﹁・・・この状況で勧誘するのは新興のコミュニティで人材が欲しいからですか
234
な。生きているか死んでいるか、使えるか使えないか、ただそれだけだ﹂
﹁俺に言わせればお前に殺される程度ならいらない。強い奴は発症してでも戦えるから
定されるとは思っていなかったようだ。
この発言に今度こそ男を除いたその場にいる全員が絶句する。マンドラもまさか肯
える。
この発言に表情を変えなかった一人ーーー今まで黙っていた〝紋章使い〟の男が答
﹁別にいいぞ﹂
突然のマンドラの過激な発言にほぼ全員がギョッとして振り向くが、
私であろうと殺す﹂
﹁では発症したものを殺す。例えサンドラだろうと〝箱庭の貴族〟であろうと・・・この
る人材が出てくるでしょうけど、二十日なら病死前の人材をーーー﹂
?
この男が魔王側のメンバーで一番ヤバイ。
﹂
参加者側の全員がこの男の評価をそう改めるには十分な発言だった。
﹁・・・お前、名前は
魔王様に断りもなくそんなこと言って﹂
?
た方が得策だと判断したのだ。
そこに活路を見出すのが十六夜である。
るなんてありえないだろ
﹂
?
またしてもその場の空気が固まる。ここまでくれば如何にして相手の度肝を抜く交
?
それなら軋轢が生まれ
ペストが自身で考えた結果、鷹宮の言う通り実力のある人材を少しずつ吸収していっ
﹁・・・別に構わないわ。いきなり傘下が増え過ぎても軋轢を生むだけだしね﹂
いる。ペストは話を振られて少し考えを巡らせていたが、
この場にいる全員が絶句、つまりペストも鷹宮の発言が予想外だったことを意味して
﹁そうか。だがいいのか鷹宮
かった、というレベルのようだ。
十六夜の質問にあっさりと答える。名乗らなかったのは聞かれなかったから答えな
﹁鷹宮忍﹂
?
﹁なら、俺達は傘下に降る代わりに隷属されるってのはどうだ
審議決議
235
渉をできるかが鍵になってくる。
〝サウザンドアイズ〟と〝ペルセウス〟がいい例だが、傘下に入れるということが必
ずしもいい結果になるわけではない。
しかし隷属ならば話は別だ。人柄にもよるが実力に関係なしに自分の命令を遵守さ
せることができ、それに加えて自らの命を握られているようなものだ。軋轢など発生の
しようがない。
だから再開を三日後にしろ﹂
?
一週間とは病気に耐えられる限界、つまり自分達が勝てば参加者全員を総取りできる
ジンの最後の後押しにペストは思考をさらに深めていく。
同時に〝主催者〟側の勝利とします﹂
﹁・・・ゲームに期限を付けます。再開は一週間後。ゲーム終了はその二十四時間後とし、
そしてそれは十六夜だけの考えではなかったようだ。
していく方が合理的だ。
属である黒ウサギも参加できるのだから保身に走るよりも勝つ確率を上げる無茶を通
十六夜は勝つ前提で話を進める。自分に加えて魔王の契約者である男鹿、帝釈天の眷
﹁・・・十日。これ以上は譲れないわ﹂
だぜ
﹁さらに審判をしている黒ウサギを参加させれば〝箱庭の貴族〟を手に入れるチャンス
236
﹂
ということだ。懸念していた組織拡大による軋轢も隷属ということでクリアしている。
お互いにメリットがある理想的な期限ではあるのだが、
わたし
﹁ねぇジン。もしも一週間生き残れたとして、貴方は魔王に勝てるつもり
﹁勝てます﹂
約書類〟だけを残して姿を消したのだった。
瞳に怒りを浮かべた笑顔でそう宣言し、黒い風が吹き荒れるとともに改変された〝契
﹁・・・そう。よく分かったわ。貴方達は必ず私の玩具にしてみせるから﹂
で言われて召喚された同士の勝ちを信じているのだ。
脊髄反射のような答え。ジンも十六夜と同じく、人類最高クラスのギフト保持者とま
?
禁ず。休止期間の自由行動範囲は、大祭本陣営より五〇〇m四方に限る。
・プレイヤー側禁止事項:休止期間中にゲームテリトリー︵舞台区画︶からの脱出を
戦の為、中断時の接触禁止︶。
・プレイヤー側ホスト指定ゲームマスター:太陽の運行者・星霊、白夜叉︵現在非参
台区画に存在する参加者、主催者の全コミュニティ︵〝箱庭の貴族〟を含む︶。
・プレイヤー一覧:現時点で三九九九九九九外門、四〇〇〇〇〇〇外門、境界壁の舞
︻ギフトゲーム名 〝The PIED PIPER of HAMELIN〟
審議決議
237
238
・ホストマスター側勝利条件:全プレイヤーの屈服、及び殺害。八日後の時間制限を
迎えると無条件勝利。
・プレイヤー側勝利条件:一、ゲームマスターを打倒。二、偽りの伝承を砕き、真実
の伝承を掲げよ。
・舞台ルール:転移での移動ならばどのような条件であってもゲームテリトリーへの
干渉を可能とする。
・休止期間:一週間を相互不可侵の時間として設ける。
宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催し
ます。
〝グリムグリモワール・ハーメルン〟印︼
審議決議後
﹁ーーーていうことがあったんだがどうなんだ
﹂
﹂
訊いてみたのだが、やはりというべきか聞いた通りである。
審議決議後、大祭運営本陣営の大広間で十六夜は早速ペストに言われたことを男鹿に
﹁知らん﹂
?
﹂
?
しか・・・﹂
﹁えぇっと、私は辰巳さん達の世界における悪魔の気配で、攻撃にも使えるという程度に
黒ウサギがヒルダに質問したのだが、質問返しで問い直されて少し考える。
﹁そうだな・・・貴様らは魔力というものをどう認識している
男鹿からの回答は難しいと考え、黒ウサギはヒルダへと話を向ける。
﹁ヒルダさんは何かご存知ないですか
?
たところ、
十六夜との認識の違いに黒ウサギは戸惑ってしまう。どうしてそう思うのかを尋ね
ける悪魔も含めた悪魔の気配・攻撃手段だと考えてる﹂
﹁最初は俺もそう思っていたが今は少し違うな。俺は男鹿の世界だけでなく、箱庭にお
審議決議後
239
﹁だって絶大な魔力を誇るっていう大魔王は箱庭出身なんだろ
﹂
鹿達の世界の悪魔だけが魔力を持っているという考えでは矛盾が生まれてしまう。
と端的な答えを返してきた。確かに大魔王は箱庭出身だと判明しているのだから、男
?
んマジ使えね﹂
﹁ていうか箱庭にあるはずの概念なのに黒ウサギは知らなかったとか、貴種のウサギさ
力のある悪魔だけなのだろう。
悪魔の違いは魔力を操れる者の絶対数の差だと考えている。箱庭で魔力を操れるのは
ペストが当たり前のように言ってきたことから、十六夜は箱庭と男鹿達の世界にいる
を防ぎ、時間を掛ければ治癒させることも可能だ﹂
基本的には発症しないと考えていい。仮に発症しても魔力を強めることで病気の進行
﹁まぁそれでも人間と同じで衰弱していたり身体に無理をさせれば発症するだろうが、
に変換したり、抗体が強化されることで病気に対抗してるってわけか﹂
﹁つまり人間でいう仙人みたいなイメージか。魔力を操ることで身体を強化して戦闘力
ヒルダの言葉を聞いた十六夜は、なるほどといった感じで納得していた。
によって肉体を強化できるのだ﹂
ギーや気と呼ばれるものに相当する。そして悪魔は無意識的であれ意識的であれ魔力
﹁その通りだ。少し訂正を加えるならば魔力とは悪魔における気配ではなく生命エネル
240
審議決議の時に分かっていなかった黒ウサギに対して、十六夜はジト目で彼女を見据
える。
あまり有名ではないというだけです‼
﹂
﹁そ、そんなことはありません‼ 確かに知識が少ないのは認めますが、今回は魔力が
いったな
そして石矢魔の制服を着ていたと﹂
﹁そ れ よ り も 気 に な る こ と が あ る。鷹 宮 と か い う 〝 紋 章 使 い 〟 は 黒 い 歪 か ら 現 れ た と
黒ウサギが何も言い返せなくなり項垂れることになるのは後の話だ。
で意識的な魔力操作をされれば少しなら感知もできるとのことである。それを聞いた
これは余談だがレティシアにも同じ質問をしたところ、簡単になら理解していて近く
?
?
﹂
﹁あ あ。そ の 石 矢 魔 っ て の が 男 鹿 が 通 っ て た 学 校 な ら 多 分 そ う だ。何 か 分 か っ た の か
?
す。
ヒルダが口に手を当てて考えながら確認するように聞いてきたので十六夜も聞き返
?
﹁転送玉・・・ですか 瞬間移動のギフトを物として確立されているなんて凄いですね﹂
はないのだがな﹂
﹁それは転送玉による空間の歪みだろう。一介の高校生が手に入れられるような代物で
審議決議後
241
箱庭では〝境界門〟などの大掛かりな物でしか瞬間移動のギフトを確立できていな
アストラルゲート
?
いのだが、鷹宮は見た目手ブラ状態で現れたのだ。そこまでコンパクト化されている瞬
間移動の道具に黒ウサギは素直に感心したのだが、それが次元転送悪魔を媒介に作られ
た外法の魔具だと知ればどう思うだろうか。
﹂
?
飛鳥がネズミに襲われたという境界壁の展示場。
★
た。
間を利用してやることは山程あるため、今は話を切り替えてゲーム攻略を目指すのだっ
そう、まずは正体の分からない組織よりも目の前の魔王とのギフトゲームだ。休止期
が・・・今はギフトゲームを優先するぞ﹂
﹁ル イ オ ス の 情 報 で は 恐 ら く 組 織 だ と 言 っ て い た な。可 能 性 と し て は あ り 得 る だ ろ う
れ知恵して対策を立てさせたという謎の男。
ムだ。ルイオスをダンタリオンと契約させて悪魔憑きにし、〝ノーネーム〟のことを入
十六夜が後ろ盾と聞いて真っ先に思い浮かべたのが〝ペルセウス〟とのギフトゲー
﹁まさか〝ペルセウス〟の時と同じ奴か
﹁しかし転送玉は数も少ない。もしかすると何かしらの後ろ盾があるのかもしれん﹂
242
伽藍ーーー・・・と、響くような金属音によって古市は目を覚ました。最初に知覚し
﹂
たのはラッテンにやられた時にできた傷による痛みだ。
うにない。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
場所にあるだけで、よじ登れるような取っ掛かりもないためただの人間には脱出できそ
る窓はあるものの埃が溜まらないように空気を循環させるだけのものが五m以上高い
定棚に並べられている大きな部屋に古市はいた。入り口は施錠されており、逃げ道とな
次いで周りを見るとどうやら物置のような場所らしく、燭台などの小さな展示品が固
﹁いてて・・・あの女の人容赦ねぇな。何処だここ
?
古市の出した結論は・・・
へと繋がるものだ。危険は伴うが敵の拠点で集められる情報というのは大きいだろう。
逃げることには変わりないが、〝契約書類〟を見た限り今回は謎解きがゲームクリア
うことである。
げた方がいいか、男鹿達と一刻も早く合流するために大人しく逃げた方がいいか、とい
自分がいる場所も構造がどうなっているのかも分からない場所で情報を集めつつ逃
についてだ。
だ が この程度なら脱出できる と 考 え た 古 市 が 悩 ん で い る の は こ こ か ら 出 た 後 の 行 動
・
﹁ん∼、どうするかなぁ﹂
審議決議後
243
﹁よし、さっさと逃げよう﹂
そんなものより自分の安全第一だ。
五秒ほど考えて逃げることにした。
情報
﹁よし、アランドローン。・・・あれ、来ない
?
﹂
う貴重な代物なのだが、その代償として毒物という厄介な側面をもつ。
師団〟の思念体をランダムに呼び出して、しかも使用者に有利な簡易契約ができるとい
シュを取り出す。このティッシュは魔界屈指の戦闘集団である〝ベヘモット三十四柱
ア ラ ン ド ロ ン を 頼 れ な い な ら 自 力 で な ん と か す る し か な い と ポ ケ ッ ト か ら テ ィ ッ
﹁それじゃあこっちを使うか。少しなら大丈夫だろ﹂
止期間は相互不可侵〟に引っかかってしまうのだ。
となっているためここから逃げ出さない限りは〝契約書類〟の追加ルールである〝休
アランドロンへと愚痴を零すが、古市は捕まったことで立場が一時的に〝主催者〟側
﹁あのおっさん、いらねぇ時に来るくせにこういう時はホント来ねえのな﹂
に現れる気配がない。
実はアランドロン、近しい人間が呼べば跳んでくるという設定がある筈なのだが一向
?
244
﹂
前回は半日以上使いっぱなしでも治療できたのだから少しなら大丈夫だ、と依存症患
者のような理由付けで両鼻にティッシュを詰める。
﹁第五の柱、エリムちゃんだーーーって、あっ待って待って⁉
止められてしまった。
君は何ができるのかな
仕方なく役に立つのかどうかの確認をする。
﹁えーと、エリムちゃん
言葉の途中で消えてしまった。
﹁エリムちゃんは助けを呼びに行ったりーーー﹂
古市がティッシュを抜いたのだ。
﹂
﹂
﹂
出てきたのは魔法使いの格好をした幼女だったので契約を解除しようとしたのだが
?
とにかくここから逃げ出せるような強い奴をと願って再び挑戦する。
?
?
﹁俺から離れられないんだから無理だよ・・・。よし、今度こそ・・・‼
?
?
﹁いったい何かと思えば、ベルゼ様の契約者と一緒にいた人間か。何の用だ
審議決議後
245
次に出てきたのは水色の髪と瞳を持つ少年ーーーナーガだ。ナーガは〝水竜王〟の
異名をもつ柱師団の柱爵で、暗黒武闘を習う前の男鹿とはいえ未契約状態で対等に戦っ
たことのある悪魔だ。
ちなみに柱師団は十名の柱爵と二十四名の柱将、その他の団員を含めた四百人弱の悪
魔で構成されているので、ナーガは柱師団で十番近くに入る実力者ということになる。
﹂
?
﹂
?
﹁あれ
ナーガさんって箱庭のこと知ってるんすか
﹂
?
でな﹂
﹁ああ。ベルゼ様の侍女悪魔が箱庭に行ってから定期的に王宮へと報告がされているの
?
﹁ここが箱庭というものか。不思議なものが多いな﹂
外は回廊のようになっていて展示物が並べられている。
ら部屋を脱出する。
古市へ魔力を送り込んで五mを容易く跳躍し、窓の縁に掴まり外の状況を確認してか
﹁前回あれだけ乱用したのだ。柱師団内で報告されて当然だろう﹂
﹁はい。ていうかなんか慣れてます
﹁まぁ今の簡易契約状態でそう言われれば手伝うしかないな。身体を借りるぞ﹂
をナーガさんに手伝って欲しいんですけど、いいですか
﹁いえ、ちょっと敵に捕まってしまいまして。男鹿達と合流するために隠密に逃げるの
246
﹁偶にいなくなることがあったけど、そんなことしてたんだヒルダさん﹂
そんな風に話し合いながら慎重に出口へ向かっていたのだが、大空洞に差し掛かった
﹂
ところで前から足音が聞こえてきた。見つからないように脇道に逸れて息を殺して足
音の方を覗き見る。
﹁あの子達、頭が回るようでしたけどこのゲームの謎が解るかしらねぇ
なく解けるな﹂
﹁時代背景にまで気付くっていうの
﹂
﹁俺がやり合った坊主は謎をほとんど解いてやがった。アレは切っ掛けがあれば間違い
?
﹁あれは石矢魔の制服・・・。あいつ、石矢魔の生徒か
﹂・・・遅かったみたいです﹂
﹂
捕まえた二人も部屋から消え
﹁それよりも帰ってきたのならば近いうちに見回りに来るのではないか
た⁉
?
?
?
のはどこだのと彼らにとって予期せぬことが起きているようだ。今のうちにと逃げよ
ネズミから脱走の報告を受けたようだが、何やら鉄人形も消えただの鉄人形を作った
?
﹂
それに続いてペストと鷹宮が静かに歩いてきたのを見て古市は怪訝な表情を浮かべる。
入 り 口 と 思 わ れ る 方 向 か ら ラ ッ テ ン と ヴ ェ ー ザ ー が 何 や ら 話 し な が ら 歩 い て き た。
﹁多分な。どんな頭の仕組みをしてやがるのか気になるほどだよ﹂
?
﹁そうですね。気付かれないように急いで﹁は、はぁ⁉
審議決議後
247
﹂
そこの脇道にいるから捕まえて‼
﹂
うとした時に、新たにネズミが現れてラッテンはまた報告を受けていた。
﹁・・・ヴェーザー‼
﹁ゲッ、見つかっちまった⁉
?
?
?
の崩落により道が防がれてしまった。
ナーガさん、何とかできませんか⁉
?
﹁すっげぇ。てかこのティッシュみんなの技も使えるんすね﹂
た。
そうして溜め込まれた魔力が黒い奔流となり、出口を埋め尽くす瓦礫を吹き飛ばし
﹁水燼濁々ーーー蛇竜掌﹂
膚が裂けるなどということはない。
した時に限界まで魔力を入れられた経験かどうかは知らないが、身体が耐え切れずに皮
そうして送られる魔力が増大していき圧迫感を感じるようになる。しかし、前に使用
﹁問題ない。少し負担が掛かるかもしれんが耐えろ﹂
﹁嘘ぉ⁉
﹂
ている。もう少しで出口だと最後の直線を走り抜けようとしたところで不自然な岩壁
り組んだ構造になっているとはいえ展示場なのだから出口の場所は簡単ながら示され
い。古市はナーガによって魔力強化された肉体をフルに使って出口を目指す。多少入
どうやら何処からかネズミに見られていたらしい。もう隠密なんて考えていられな
?
248
﹁魔力を放出する技なのだから、威力は落ちても使えないという道理はない﹂
﹂
そんな彼らの後ろには、ナーガが魔力を溜めているうちに追いついたヴェーザーが驚
今の魔力にその悪魔・・・てめぇも契約者か
ならばどういう結果になるかは分かるだろう
?
愕の表情で立っていた。
﹁どういうことだ
﹂
﹁私 が 見 え て い る と い う こ と は 悪 魔 か
?
?
﹂
?
浮く。
それを見たナーガは空中へと跳び、魔力を黒い龍に形成してからその上に立って宙に
かが向かってくる筈だと考えたヴェーザーは時間稼ぎに専念することにしたのだ。
ヴェーザーは地面を変化させて拘束しようとする。さっきの轟音と魔力を感じて誰
﹁だったら少しでも足止めさせてもらうぜ‼
のだから、逃げられたらそのスピード差で撒かれてしまうだろう。
る可能性の方が高い。岩壁を崩壊させて魔力を溜める必要を作ったために追いつけた
〝アレ〟を使っても同等といったところか。出口はすぐ後ろ、手の内がバレて逃げられ
どう足掻いても絶対的に覆せない程の実力差・・・というわけではないが、現時点で
言われたヴェーザーは僅かに逡巡する。
?
﹁チッ、浮けんのかよ。便利な魔力だな﹂
審議決議後
249
250
いかに地面を変化させても浮遊されてはどうしようもない。自ら突撃しても、避けら
れて滞空中に逃げられるかカウンターを食らうかのどちらかだろう。何もしてこない
ヴェーザーを見て古市とナーガは警戒しながらもそのまま飛び去るのだった。
激動の日の終わり
ギフトゲーム開始初日の夜。
耀とレティシアは交戦の疲労を癒すため、サンドラの取り計らいで用意された部屋で
休んでいた。とはいえ、二人は疲労だけで外傷はなく、みんなが忙しなく動いているの
に休んでいるというのは申し訳なく思ったりしている。今は黒ウサギによって運ばれ
てきた食事を二人で雑談しつつ食べているのだが、そこにコンコンッとノックの音が響
いったいどうしたのだ
﹂
く。いったい誰だろうとレティシアが扉を開けると、そこにはちょっと意外な人物がい
た。
﹁辰巳
?
だろうか。
?
と、レティシアの問い掛けに対して目を背けながら何やら不自然極まりない返事を親
﹁ア、アイー﹂
﹂
とヒルダが治療の手伝い、男鹿は力仕事とそれぞれの作業をしていた筈だが終わったの
扉の前にいた人物は男鹿だった。黒ウサギの話では十六夜とジンが謎解き、黒ウサギ
?
﹁い、いや、調子はどうだと思ってな。な、ベル坊
激動の日の終わり
251
子共々返してきた。何か隠しているのだろうが、どうやら二人とも隠し事ができない性
格のようだ。様子を見に来るような重症でもないとは思うのだが、わざわざ様子を見に
﹂
来たと言うのだから中へと招き入れる。
﹁辰巳、作業は終わったの
﹁さ、散歩と言えばよ。久遠とレティシアが襲われたって展示場は何処にあるんだ
段落したら行きてぇと思ってよ﹂
まるで、というよりその通りみたいで急に話を切り替えてくる。
﹁なぁ耀
一
我々も回復してきたことだし、気分転換に辰巳の散歩にでも付き合わないか
ティシアは顔を見合わせてから頷き合って行動に移す。
こ こ ま で あ か ら さ ま に さ れ れ ば 流 石 に 二 人 も 男 鹿 の 目 的 が 分 か っ て き た。耀 と レ
﹁そ、そうか。じゃあお前らも元気そうだし、俺は散歩に戻るわ﹂
﹁東側に来た時に見えた、境界壁を掘り進めて作られた空洞がそうだ﹂
だ。
様子を見に来たと言うのも嘘ではないだろうが、どうやら今の質問の方が本命のよう
?
をしているように感じる。
耀の質問にも言葉を詰まらせながら返してくる。まるで別のことを考えながら会話
﹁あ、あぁ。暇になったから散歩ついでに様子を見にな﹂
?
252
?
﹂
だろう
﹂
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
などできない筈なのに、それを男鹿はすると暗に言っているのだ。
﹂
の自由行動範囲は大祭本陣営より五OOm四方に限る〟という文から町中を散歩する
である。特にレティシアの言葉は、ゲーム休止期間中のルールに追加された〝休止期間
ここまで強調されれば二人に自分の考えが読まれていると理解せざるを得ない男鹿
?
?
﹁もしかしたら何かを探す必要があるかもしれないし、その時は私が力になれるよ
・
﹁しかし、街中を散歩するかもしれないのだから少しは土地勘がある者がいた方がいい
・
﹁いやいや待て待て、病み上がりなんだから大人しくしてろって﹂
二人の言葉に、男鹿は焦った様子で言い返す。
﹁そうだね。それは名案﹂
?
﹁わざわざそんなところから来なくても・・・﹂
ばアランドロンがそのおっさん顔を此方に覗かせている。
何処からともなく、というか窓の外からアランドロンの声が聞こえてきた。振り向け
﹁もう隠し事はできないようですな、男鹿殿﹂
激動の日の終わり
253
﹂
耀が呆れながらも窓を開けると、アランドロンは窓枠を乗り越えて入ってきた。
何故こんな回りくどいことを
?
﹁はい、それは少し前のことになります﹂
いだろうと不思議に思っていた。
くなるかもしれないが普段の男鹿はもっと単純に動く性格で、回りくどいことなどしな
そう、男鹿の隠し事とは飛鳥と古市を探しに行くことだったのだ。しかし言い方は悪
﹁飛鳥と貴之を探しに行くのだろう
?
お二人を助けに行く
﹂
そんなレティシアの疑問にアランドロンは説明と回想に入っていく。
★
﹁え
?
放った。
﹁あぁ。だから奴らがいる場所に心当たりはねぇか
﹂
黒ウサギがせっせと働いているところに男鹿とアランドロンがやって来てそう言い
?
を大切にしているので助けに行きたいのは当たり前だが、生まれてから箱庭でギフト
を助けに行くという考えは自然なものだと言えるだろう。黒ウサギも男鹿以上に仲間
男鹿は普段の振る舞いとは違って仲間を大切にする人物である。そんな男鹿が仲間
?
254
彼女達は人材を
ゲームと関わってきた彼女にはそれが無理なことだと理解できるため、ウサ耳を垂らし
て男鹿に〝契約書類〟の説明した。
﹁じゃあ心当たりだけでも教えてくれ﹂
﹁それを辰巳さんにお教えすれば、それでもお向かいになるでしょう
開始まで体調を整えて下さい﹂
欲していましたから二人を無下には扱わない筈です。ですから今は辰巳さんもゲーム
?
﹂
その上何処に何があるかも分か
黒ウサギは作業がまだあると言ってその場を立ち去ってしまう。残された二人は何
もう勘で探し回るか
とか知恵を絞る。
﹁どうする
りません﹂
﹁しかしこの街は手掛かりなく探すには広過ぎますぞ
?
ての場所で当てもなく探し回っていては切りがない。
アランドロンの言葉の通り、例え瞬間移動で休止期間エリア外に行けたとしても初め
?
?
★
﹁うーん、街のことを知っていて、あいつらのことにも心当たりがある奴ねぇ・・・﹂
激動の日の終わり
255
﹁それで私に白羽の矢が当たったのか﹂
話を聞いて納得するレティシア。そのことを隠していたのは黒ウサギの時のように
教えてくれない可能性があったからか。
﹁それでは三人とも、あとはお願いします﹂
既に男鹿達は瞬間移動で休止期間エリア外に出ており、瞬間移動以外の移動能力をも
たないアランドロンは三人を見送る。瞬間移動で一気に展示場まで行ってもよかった
のだが、そこにいるという確証はないので上空から向かいつつ周囲も探して回ることに
したのだ。
﹂
男鹿は紋章、レティシアは翼、耀は風とそれぞれの方法で空中を駆けていく。
﹁どうだ春日部
に行けるだけだぞ
﹂
﹁つーか、なんでお前らは一緒に来ることにしたんだ
黒ウサギの話じゃ精々様子を見
周囲を見回しながらの移動なので速度はあまり出さずに移動していく。
﹁駄目、まだ二人を感じない﹂
?
﹁私は友達の二人が心配だったから﹂
思っていたのだ。
男 鹿 が 疑 問 に 思 っ た こ と を 聞 く。黒 ウ サ ギ に 断 ら れ た か ら て っ き り 反 対 さ れ る と
?
?
256
実に春日部らしい考えである。
﹁私も万全な状態ですることがあれば黒ウサギと同じ判断だったかもしれん。しかし一
日休めと言われて何もすることがなく、休戦期間中で戦闘をする心配はないことから万
全でなくとも二人を探すのに役に立てると思ったのだ﹂
またレティシアの判断も実に合理的だ。空いている時間に相手の拠点を特定できれ
ば、ゲーム開始直後に捕虜扱いになっている二人の救出に向かえて、尚且つ相手の来る
方向の予測が立てられることなど相手に気付かれなければかなりのメリットとなる。
そうして喋りながら探し始めて三十分ほど経過した頃。宮殿との直線距離にして丁
度中間地点あたりに差し掛かった頃に変化が起きた。夜行性の目と聴覚をフル活用し
ていた耀が一番に気付く。
﹁展示場っぽい場所の入り口が崩れた﹂
それを聞いた二人も前方に目を向けるが、闇に包まれた視界の中では境界壁は認識で
もう彼処に決まりだ、急ぐぞ‼
﹂
きても麓の入り口まではよく見えない。しかし次の瞬間には魔力の奔流が内側から瓦
礫を吹き飛ばしているのが確認できた。
﹁悠長に言っている場合か‼
?
いったい何故戦闘が発生しているのかが分からないレティシアは速度を上げる。こ
?
﹁なんかドンパチやってるみてぇだな﹂
激動の日の終わり
257
こまでは三十分も掛かったが、速度を出して一直線に進めば残りの距離はその半分の時
間も掛からないだろう。
けどこの匂い・・・貴之
﹂
そのまま少し進んだところでまた耀が声を上げる。
﹂
﹁何か飛んでくる‼
貴之だと
?
?
﹂
?
それにゲーム中なのに街に人がいないのはどうしてな
﹂
?
﹂
が知らないか
?
?
でもあいつらの会話を聞いた限りでは逃げたみたいですよ
﹁久遠さんが
?
﹁貴之、お互い聞きたいこともあるだろうが細かい話は後だ。飛鳥も捕まっていたのだ
んだ
﹁あれ、何で三人がこんな所に
に気付いて移動方向を変えてきたようだ。
三人に気付いたというのではなく宮殿に向かっている途中だったようで、古市も三人
しか認識できていない。
られたであろう黒い龍に乗って此方に向かっている。霊体であるナーガのことは男鹿
輪郭が分かるようになった。確かに古市なのだが普段とは違って魔力を纏い、魔力で作
が、古市だと聞いて訝しみながらも戦闘態勢を少し解く。魔力の源が近付いてきてその
声に反応して戦闘態勢を取るレティシアが感じられる程度には魔力が近付いていた
﹁何
?
?
258
﹁ならここにいる理由はねぇな。移動するぞ、古市、ナーガ﹂
男鹿がいきなり知らない名前を出したので見えていない耀とレティシアには何のこ
とか分からないのだが、そんなことはお構いなしに三人の間で話は進んでいく。
﹁そうだな。あと少しだけお願いします、ナーガさん﹂
古市は簡易契約しているナーガへと頼むが、帰ってきた言葉は想定外のものだった。
﹁いや、悪いがここまでだ。〝契約者と合流する〟までが契約内容だったのでな。あと
と二人が思った直後にナーガが消えて古市の魔力がなくなる。魔力がなくなっ
は頼んだぞ、契約者﹂
は
﹁ちょ、ナーガさぁぁぁん⁉
﹂
もう少し融通効かせてぇぇぇ⁉
﹁クソッ、世話焼かせんじゃねぇよ‼
﹂
?
よく分からないけど飛べなくなったのなら私が運ぼうか
﹂
﹂
?
だしなので風で運んでもらいながら宮殿へと戻るのだった。
古市にしても腕を掴まれたままだと移動時の慣性で痛いし、男鹿にしがみ付くのも嫌
﹁春日部さん、お願い‼
?
?
みれば面倒なことこの上ない。
男鹿は急いで古市の腕を掴みに掛かる。しかし腕を掴んだまま帰るのは男鹿にして
?
?
たことにより黒い龍も消えたので古市は物理法則に従って落ちるのみだ。
?
﹁どうしたの
激動の日の終わり
259
★
﹁貴之さんを助け出せたんですか⁉
﹂
それに飛
?
るようだ。
﹂
﹁お怪我はありませんか⁉ というかどうやって助け出せたんですか⁉
鳥さんはどうなったんですか⁉
﹂
と、とりあえず解毒のギフトとかありませんか
まさか毒を盛られたんですか⁉
﹂
?
?
?
ら‼
﹁解毒⁉
ます‼
その時に話しますから‼
﹂
?
?
﹁それで
こんな面白そうなことから俺を除け者にしたんだから色々と聞かせてもらう
残ったのは出ていった二人を除く〝ノーネーム〟のメンバーだ。
と り あ え ず 落 ち 着 か せ た 黒 ウ サ ギ に 連 れ て 行 っ て も ら っ て 治 療 室 に 向 か う 古 市。
?
﹁いや、だから落ち着いて‼ 症状は出てないっぽいですから検査だけでもお願いし
?
?
﹁お、落ち着いてください黒ウサギさん‼ 怪我とか久遠さんは大丈夫っぽいですか
?
?
は行ったのか、とかレティシア達が手引きしたのか、とか諸々の状況は頭から飛んでい
四人が帰ってきて報告に行くと黒ウサギは驚いたように駆け寄ってきた。結局男鹿
?
260
?
ぜ
﹂
﹁で、そのティッシュで古市はどれくらい強くなれるんだ
ことに思わず笑みが浮かんでしまう。
﹂
夜に至ってはお互い本気ではないとはいえ互角に殴り合った男鹿と同じ強さだという
ヒルダの言葉には一同驚きを隠せないようだ。男鹿の力は全員が認めているし、十六
ベルだ﹂
﹁箱庭に来る少し前のことだが、スーパーミルクタイムの男鹿と同等の戦いをできるレ
?
てくる。
一通りの事情を簡単にヒルダが説明すると、十六夜が十六夜らしい疑問について聞い
そのティッシュの作用と副作用のこと。
〝ベヘモット三十四柱師団〟のこと。柱師団の悪魔を呼び出せるティッシュのこと。
ンに集まる。仕方なくヒルダが疑問の全てを話すことにする。
レティシアの言葉により視線は理由を知っているであろう男鹿、ヒルダ、アランドロ
かも、魔力を纏っていた理由も、さっきの毒がどうとかいうのも知らないのだが﹂
﹁そうは言っても私と耀は男鹿に付いて行っただけで、貴之がどうやって逃げ出したの
十六夜が笑みを浮かべて男鹿達を見る。
?
﹁やっぱりあいつも無茶苦茶だったな。何が普通の人間だよ﹂
激動の日の終わり
261
﹁いや、何回も言うけど俺は普通だから﹂
﹂
十六夜の感想に、検査を終えたらしい古市が後ろから反論する。
﹁貴之さんの検査結果ですが、特に問題は見られませんでしたよ
﹂
?
﹂
?
で、この日はこれで解散となった。
力を使い、今までご飯抜きだ。自称普通になりつつある古市にはキツイ日程だったの
今日の古市を振り返ってみると、ラッテンにボコられて捕まり、毒を使用してまで魔
﹁取り敢えず今日は疲れたんで、詳しい話は明日でもいいですか
しかしたら体質の問題もあるのかもしれないが今後も検証が必要だろう。
それに加えてナーガの技を使用できるぐらいには魔力耐性も付いているようだ。も
用で抗体でもできたか
﹁そうか。ティッシュに使われている毒は微量なものだと言っていたからな。前回の使
がそのことに疑問を抱いている。
黒ウサギも古市から事情を聞いたようで、毒が検出されなかったことは良かったのだ
?
262
その後も一日知恵を絞って考えたのだが解釈が分かれて核心には至らず、古市の情報
てしまったのだ。
識量と宮殿の蔵書を読み解くことで二日目には解けていたのだが、伝承の真偽で詰まっ
この謎が解けたのは休止期間の四日目になる。ほとんどの考察は十六夜の豊富な知
いたのだ。
そう、魔王側の三人は参加者としてではなく展示品として〝火龍誕生祭〟に参加して
が導き出された。
たステンドグラスを砕き、真実の伝承が描かれたステンドグラスを掲げよ、という答え
とができる物ーーー展示品である百枚以上のステンドグラスの内、偽りの伝承が描かれ
ンで起きた事実、一三〇人の子供が死んだ理由を相手の悪魔から選び、砕いて掲げるこ
〝契約書類〟の一文である〝偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ〟とはハーメル
きに成功していた。
ゲーム再開まであと一日となっているが参加者側は少し時間は掛かったものの謎解
魔王襲来から六日目。
決戦の始まり
決戦の始まり
263
によるラッテンとヴェーザーの会話に出てきた〝時代背景〟という言葉を元に思考を
進め、黒死病の最盛期とハーメルンの碑文の時代が合わないことが判明して真実の伝
承ーーーヴェーザーを特定できたのだ。
残る五日目は戦力や戦略の再確認を行い、六日目の現在は万全の態勢で明日を迎える
ため自由行動に当てられている。
そんな中、〝ノーネーム〟では耀が黒死病に掛かってしまい隔離部屋に移されてい
た。十六夜は耀の様子を見に行くついでにゲーム攻略の報告をしたり、古市はティッ
シュによる副作用の検証をしたり、アランドロンはそれに付き添ったりと各々の時間を
過ごしている。黒ウサギも古市に異変があれば対応できるように検証に立ち合ってお
り、レティシアは念のために治療用のギフトを用意しておこうと医務室へ向かってい
た。
﹁貴様が死ぬのはどうでもいいが、坊っちゃまを危険に晒すんじゃないぞ﹂
近付くことによって二人の会話がより鮮明に聞こえてきた。
てきたのでそちらの方へと行ってみる。
レティシアが医務室へと向かっている途中、廊下の角から男鹿とヒルダの声が聞こえ
﹁ーーーー・・・・・するなよ﹂
﹁ーーーー・・・・・ねぇよ﹂
264
聞こえてきたヒルダの不穏当な言葉にレティシアの顔が硬くなる。
耳を澄ませて詳しい内容を聞こうとしたが、どうやら会話は終わってしまったようで
ヒルダの去っていく足音が響いて離れていく。
﹁誰が死ぬか。ったく・・・﹂
なんだ、盗み聞きかレティシア﹂
﹁・・・辰巳。死ぬとはどういうことだ﹂
﹁あ
ティシアは男鹿に迫った。
突然現れたレティシアを茶化すように男鹿が答えるが、それでも真剣な眼差しでレ
﹁質問に答えてくれ﹂
?
持ち上げられている腕、左腕の服にのみ皺が寄っているのだ。
なるーーー注意していなければ見逃してしまうような小さな違和感に目が止まる。
諦めてヒルダに訊こうかと考えていたその時、何気なく男鹿を見たレティシアは気に
上問い詰めようがない。
と言う。ヒルダが意味もなくそんなことを言うとは思えないが、そう言われればこれ以
しかし男鹿は教えるつもりがないようで、両手を持ち上げ肩を竦めていつものことだ
﹁なんでもねぇよ。ただのヒルダの悪態だろ﹂
決戦の始まり
265
普段なら本当に気にも留めない些細なことだが、レティシアはヒルダの言葉と合わ
さって瞬間的に嫌な予想が頭に浮かんでしまった。
﹂
?
だ。
?
男鹿の左腕を見て顔を険しくする。
レティシアの嫌な予想が最悪の形で当たってしまったと言わざるを得ない。彼女は
﹁ッ‼
これは・・・﹂
レティシアがいきなり近付いてきたかと思うと、左腕を掴まれて袖を捲ってきたから
る。
男鹿は急に黙り込んだレティシアを訝しむが、そんな思いはすぐに消えることにな
﹁何だよ
﹁・・・・・﹂
266
男鹿の左腕に、黒死病の証である黒い痣が浮かび上がっていたのだ。
﹂
黒 死 病 は 空 気 感 染 し な い の で 治 療 や 介 助 の 時 に 気 を 付 け て さ え い れ ば 感 染 し な い。
だ。
潜伏期間は魔王襲来から五日、だから残存戦力の確認を休止期間の五日目にしたの
﹁黒死病の潜伏期間は二日から五日のはず・・・なのに何故
?
﹂
そもそも男鹿は感染者との接触機会は無かったはずだ。つまり男鹿は最初から感染し
ていたことになる。
?
だ。発症しているのに症状は出ていないという不思議な状態である。
確かにふらついてもいなければ、掴まえている腕は平温より高いかどうかという感じ
言われたレティシアは改めて男鹿の全身を観察する。
﹁落ち着け、面倒くせぇ。俺が病人に見えるか
決戦の始まり
267
﹁ヒルダの話じゃ、ベル坊とリンクして魔力をもらってるから病気の進行が遅ぇんだと
よ。けどベル坊が眠ってる時の魔力は少ねえから病気には罹っちまうんだそうだ﹂
人間が身体を休める時に活動を抑えるのと同じことが魔力にも言えるのだろう。起
きている間は病原体が潜伏していても魔力で強化された抗体によって発症はしないが、
眠って魔力が減少することでジワジワと蝕んでいく、ということか。
防衛に出ると考えた十六夜は、そこを各個撃破していくことにした。主力陣が相手を足
ペスト達は人材を欲していたことから時間稼ぎのためにばらけてステンドグラスの
そして〝黒死斑の魔王〟との決戦の日。
★
シアは如何しても不安を拭い去ることができないのだった。
男鹿の言う通り明日一日なら支障なく戦えると理屈では分かっているのだが、レティ
は悪化するどころか良くなる可能性もある。
今の話が本当であれば、日頃の魔力で平気なら魔力を引き出して戦う戦闘中では体調
男鹿は言うだけ言うと返事も聞かずに立ち去ってしまう。
﹁だから明日は問題ねぇ。作戦も決まってんだから他の奴には黙ってろ﹂
268
止めしている間に他の参加者がステンドグラスを探すという役割分担でギフトゲーム
に 臨 む。既 に ア ラ ン ド ロ ン の 瞬 間 移 動 で 男 鹿 達 は そ れ ぞ れ 街 に 潜 伏 し て 開 始 の 時 を
待っていた。
そして、その時は激しい地鳴りと共に訪れる。
それと同時に街は光に包まれ、目を開ければ天を衝くほどの境界壁は消え、尖塔群は
木造の街並みに変化しする。そこにはハーメルンの街が出現していた。
その光景を十六夜は楽しそうに変化した家の上から眺めている。
いう境界壁の方向に向かうとーーー﹂
﹁ほぉ、こりゃ凄ぇな。奴らの本領発揮ってところか。とりあえず本拠地にしてたって
﹂
?
ばされながらも空中で体勢を整えて地面に足を突き刺し、地面を抉りながらなんとか踏
狙い撃つようにヴェーザーの打撃が腹部に入れられて吹き飛ばされる。しかし吹き飛
十六夜は反射的に跳び退いたものの隕石の落下の如き力で足場を砕かれ、跳んだ彼を
のままに振り降ろす。
十六夜の真上からの一喝。棍に似た巨大な笛を振り上げたヴェーザーが落下の勢い
﹁ーーーその必要はねぇぜ坊主ッ‼
決戦の始まり
269
み留まった。
﹂
そ れ で も 衝 撃 に よ っ て 込 み 上 げ て き た 血 が 口 元 に 垂 れ て い る の を 腕 で 拭 い な が ら
ヴェーザーを睨みつける。
﹁オイオイ、不意打ちなんて卑怯じゃねぇか
今回は捕まえた人間にも逃げられちまって失態ばか
まさかペストの正体はーーー﹂
﹁多分、坊主が考えてる通りだぜ
?
そこに刻まれたものを見せられた十六夜は、否が応でも思考を切り替えざるを得なく
そういうとヴェーザーは腕捲りして腕を露出させる。
りだからな。出し惜しみはなしだ﹂
?
﹁・・・神格だと
ねぇぞ。こっちは初めての神格を得たんだ﹂
﹁マ ス タ ー に 二 人、他 は タ イ マ ン っ て と こ ろ か。だ が 俺 達 を 前 回 と 同 じ と 思 う ん じ ゃ
十六夜はこちらの作戦的には願ったり叶ったりだとほくそ笑む。
ぞれ対峙している可能性が高い。
ヴェーザーが逃げずに現れたということは相手の防衛を担う奴以外は他の連中もそれ
ネ ズ ミ で も 使 っ て 探 っ て い た の だ ろ う。ヴ ェ ー ザ ー は 潜 伏 人 数 を 言 い 当 て る が、
置しやがって﹂
﹁よく言うぜ、不意打ちを狙ってたのはお前らの方だろうが。五人も休止エリア外に配
?
270
なった。
・
・
何故お前に〝ソレ〟がある
﹂
?
描かれている紋章だ。
﹁そいつは悪魔との契約の証じゃねぇのか
どうして悪魔のお前に出てるんだ
﹂
?
﹂
だったら力尽くで聞き出してやるよ木っ端悪魔ッ‼
だったら返り討ちにしてやるぜクソ坊主ッ‼
﹂
?
★
ていく。
拳と笛がぶつかり合い、その衝撃が周囲一帯に浸透することで戦闘の開始を街に告げ
?
﹁ハッ‼
それを聞いた十六夜は獰猛な笑みを浮かべて重心を落とし、突撃の構えを取った。
て十を知る〟を地でいく十六夜には必要な措置だと言える。
十六夜の頭の回転を警戒してか、ヴェーザーは詳しい情報を伏せてきた。〝一を聞い
﹁そんなこと丁寧に教えるわけないだろうが﹂
?
いていた。男鹿の蠅のような形状の紋章と違い、天使のような形状で右下に数字の2が
十六夜が指摘するものーーーヴェーザーの右腕には男鹿の紋章に似たものが光り輝
﹁・・・どういうことだ
?
十六夜の突撃と同時にヴェーザーも飛び出して迎え撃つ。
?
?
﹁フンッ‼
決戦の始まり
271
十六夜がヴェーザーと対峙している時、レティシアもラッテンと対峙していた。
ラッテンは三体のシュトロムを引き連れており、その全てにヴェーザーと同じく紋章
が刻まれている。シュトロムは額に当たる部分に4以降の数字が、ラッテンは背中に3
の数字が描かれた紋章がある。
マントの裏地に紋章の輝きが反射していたのをレティシアが気付き、十六夜と同じく
この〝堕天紋〟。忍からもらったのよ。数字が3なのが気に入らないけ
ヘレルスペル
疑問をぶつけてみればとラッテンは自慢するように見せつけてきた。
﹁いいでしょ
﹁少しなら別にいいわよ
元魔王ドラキュラさん
﹂
?
﹁貴女、マスターに手も足も出なかったんでしょ
神格が残っているならそんな結果は
かったのに、この短期間でどうやって調べたというのか。
ラ ッ テ ン の 言 葉 に レ テ ィ シ ア の 顔 が 強 張 る。ペ ス ト は レ テ ィ シ ア の こ と を 知 ら な
?
﹁そんなに自慢したいのなら詳しく教えて欲しいものだな﹂
もう少し情報を引き出そうと会話を続けることにした。
ティシアのもつ知識からでは確定には至らない。
天使型のヘレルスペル・・・恐らく堕天使の類いが鷹宮の契約悪魔だと思われるが、レ
どね﹂
?
272
?
あり得ないものね﹂
﹁・・・まさか、前回の戦いで私が全力を出したとでも思っているのか
﹁あら∼ちょっと計算外かしら
こちらも戦力を増やしましょう﹂
足下から伸びる影が龍の顎、無尽の刃へと姿を変えていく。
﹂
せ た レ テ ィ シ ア は 自 身 の 残 っ た ギ フ ト の 中 で も 最 も 強 力 な 〝 龍 の 遺 影 〟 を 展 開 す る。
ラッテンの言葉に〝神格がなければ負けない〟とでも言われたようで、目元を鋭くさ
?
ていた。
しかしレティシアはそれらを無視してラッテンに話し掛ける。
﹁そんな有象無象を増やしたところで私の影を防げるとでも思っているのか
?
それでもラッテンは顔に笑みを浮かべたままシュトロムを数体だけ盾にし、
躊躇なく影を伸ばしてラッテンへと襲い掛からせる。
﹂
トロムが造られていく。当然のように造られたシュトロムにも例外なく紋章が刻まれ
少しも困ってなさそうなラッテンが魔笛を奏で始めると、大地から十体を越えるシュ
?
影の一振りで二体までシュトロムを粉砕したが、三体目は威力を殺されて貫けなかっ
﹁思ってないわ。ーーー普通のシュトロムならね﹂
決戦の始まり
273
た。
この結果にレティシアは驚愕する。
例え二体を撃破して威力を殺すことになっても、量産できるような魔物であるシュト
ロムに防げるような代物ではないはずだ。
﹁何をそんなに急いでいる
﹂
せて鷹宮も魔力を高めていき、その場の空気が重くなっていくのを感じる。
同じ頃、男鹿もまた鷹宮と対峙していた。それと同時に男鹿が魔力を高めるのに合わ
﹁来てやったぞ、男鹿﹂
★
く。
壊しては増やされ、増やしては壊されてと手数のスピードを競って戦いは激化してい
トロムを破壊を試みる。
て四方から射出してきた。レティシアは影を展開して全て叩き落としながら、再度シュ
ラッテンは魔笛を奏でて破壊されたシュトロムを補充し、シュトロムは瓦礫を吸収し
﹁これが紋章の力よ。あとは戦いながらお話しましょうか﹂
274
?
いきなり戦闘態勢に入った男鹿に対して鷹宮は懐からワックスを取り出して髪型を
﹂
オールバックにする。両耳に大量のピアス、左こめかみに傷と今までと一転して不良っ
急いでるって何のことだ﹂
ぽい雰囲気を醸し出していた。
﹁あ
・
・
・
・
・
・
﹂
?
・
・
・
・
・
・
・
・
・
ルダの入れ知恵ということになる。
・
・
・
・
・
・
ルダが気付いて発覚したことなのだ。レティシアに説明した男鹿らしからぬ理論はヒ
そもそも平気ならばヒルダが気付くはずもなく、不自然に魔力を高めていた男鹿にヒ
そう、昨日レティシアに言った男鹿の説明は嘘だったのだ。
いのだろう
﹁黒死病に罹って日常的な魔力で保つわけがない。魔力を高められるうちに片を付けた
髪型を整えてワックスをしまいながら真実を告げる。
﹁誤魔化すなよ。分かってるだろ
?
?
制服の上着を脱ぎ捨て、身軽になった鷹宮は掌に紋章を浮かばせながら話し続ける。
に罹った状態で俺に勝つために魔力を高め続けなければならない﹂
﹁人間ってのは追い詰められなきゃ実力以上のもんを出せねぇんだ。今のお前は黒死病
決戦の始まり
275
﹁俺は限界を越えた全力のお前と戦いたい。魔力の枯渇なんて野暮な勝ち方はしない。
真っ向から叩き潰す﹂
浮かんだ紋章を握るように拳を固めて鷹宮も今まで以上に魔力を高めていく。
い〟同士の戦いが幕を開ける。
男鹿にとって初のーーーいや、もしかしたら箱庭史上でも初かもしれない、〝紋章使
合う。
衝撃音、破砕音、雷鳴とハーメルンの街に戦いの音が広がる中、静かに構えて向かい
﹁既にあちこちで戦いは始まっている。こっちも始めるぞ﹂
276
ハーメルンの笛吹き戦、序盤
﹂
?
舞台区画のある一画。
前後で挟み込みます‼
﹂
﹁サンドラ様‼
﹁分かった‼
?
程の力の奔流を、ペストの黒い風は悉く防いでしまう。
〟の紅蓮の炎を後方から放出する。ただの人間からすれば天変地異と形容してもいい
黒ウサギが前方から放つ〝擬似神格・金剛杵〟の轟雷に合わせて、サンドラは〝龍角
る。
ハーメルンの街で魔王ペストを相手取っているのは、黒ウサギとサンドラの二人であ
?
ので、お互いに時間稼ぎは望むところなのだ。
いるのであれば不思議ではない。その隙に各個撃破を狙う作戦をこちらは立てている
明らかにペストが手加減をしているのは分かるが、タイムオーバーの総取りを狙って
ら跳び離れることでそれを回避。戦闘開始からずっと同じ展開である。
そしてこれまでと同じように黒い風を竜巻かせて二人へと向けるが、二人はペストか
﹁ずっと同じことの繰り返し。いい加減飽きてきたんだけど﹂
ハーメルンの笛吹き戦、序盤
277
﹁〝黒死斑の魔王〟。貴女の正体は・・・神霊の類ですね
﹂
?
﹂
?
﹂
?
﹂
?
病という恐怖の信仰も医学の発達によって薄れてしまった。だから貴女はハーメルン
﹁神霊に成る為には〝一定数以上の信仰〟が必要となります。しかし人類史上最悪の疫
だがその考えは続く黒ウサギの説明で否定される。
功績があれば、神霊に転生する事も可能ではないと。
八〇〇〇万。その数字にサンドラの顔色は蒼白に変化していた。確かにそれだけの
なった〝八〇〇〇万人もの死の功績〟ではありませんか
﹁貴 女 の 持 つ 霊 格 は 〝 一 三 〇 人 の 子 供 の 死 の 功 績 〟 で は な く、黒 死 病 の 最 盛 期 に 亡 く
サギに説明を求める視線をまた向ける。
サラッと肯定したペストへと再び視線を向けるサンドラ。そして驚きながらも黒ウ
﹁えっ⁉
﹁そうよ﹂
の方を向いてしまっていた。
サンドラは黒ウサギの言ったペストの正体に、ついペストから視線を外して黒ウサギ
間稼ぎに変更する。
黒ウサギはこちらの攻撃が通らないのなら、と疲弊したサンドラを見て会話による時
﹁えっ
278
の伝承に出てくる斑模様の死神を恐怖の形骸とすることで神霊になろうとーーー﹂
﹁残念ながら所々違うわ﹂
グ リ ム・グ リ モ ワ ー ル
そして黒ウサギの絶対の自信による推測も、ペストにあっさりと否定されてしまっ
た。
こ
その代表が私というだけよ。自分の意思で箱庭に来たんじゃないわ﹂
こ
﹁私 は 魔 王 軍・〝 幻想魔道書群 〟 を 率 い た 男 に よ っ て 召 喚 さ れ た 八 〇 〇 〇 万 の 悪 霊 群。
﹂
﹂
〝まぁその魔王は召喚儀式の途中で誰かにやられて、私達は偶然召喚されたんだけど
私に割り振る人数が二人で
ね〟、と肩を竦めて説明するペスト。
﹁そんなことよりいいの
ペストは話を区切ると、切り替えるように訊いてきた。
?
?
する。
わたし
・
しかし、その予想は的外れどころか予想外の情報とともに返ってくる。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
病に罹った男鹿辰巳だけでいいの
〟という意味よ﹂
・
・
・
・
・
・
﹁そうじゃないわ。少ない主力を魔王に割り振るのは当然としても、〝忍を相手に黒死
・
黒ウサギは質問の意図が分からなかったので、自己解釈してその真意を聞き出そうと
?
?
﹁・・・その質問は〝魔王である自分にたった二人で挑むのか 〟という意味ですか
ハーメルンの笛吹き戦、序盤
279
?
﹂
?
強欲〟、〝嫉妬〟、〝憤怒〟、〝暴食〟、〝色欲〟、〝怠惰〟のことを指し示し、同時
人間を死に至らしめる、又は罪に導くなどといわれる七つの感情である〝傲慢〟、〝
〝七つの罪源〟。
﹁な、なんですって・・・⁉
源〟の魔王級悪魔なんだから﹂
辰巳が〝七つの罪源〟の魔王級悪魔と契約していても、忍の契約悪魔もまた〝七つの罪
﹁それでも相手が格下なら問題ないんでしょうけど、今回は相手が悪いわ。たとえ男鹿
噛みする。
ペストの指摘通り、男鹿が無理をしていることに気付けなかった事実に黒ウサギは歯
し、気付けなくても不思議じゃないかしら﹂
﹁そ の 様 子 じ ゃ 知 ら な か っ た み た い ね。ま ぁ 魔 力 で 身 体 強 化 す れ ば 普 通 に 動 け る ん だ
思い付かない。
いはずがない。そんなことはありえないと考えつつも、ペストがそんな嘘をつく理由も
ゲームが始まる前まで男鹿とは一緒にいたのだから、黒死病に罹っていれば気付かな
ペストから齎された情報に黒ウサギは言葉を失ってしまった。
﹁え・・・﹂
280
にそれらに当てはめられた最上級の悪魔のことを言う。
男鹿と契約しているベル坊は〝暴食〟に当てはまる悪魔だ。
逆らい天界から追放された堕天使とも悪魔とも言われる存在。その名はーーー﹂
﹁忍の契約悪魔は最も美しく、最も聡明であった知恵と光の大天使長にして、神の意思に
★
男鹿と鷹宮の戦いは男鹿が先手に出ることで開始を告げた。
黒死病を打ち消すために魔力を使用している男鹿に長期戦は厳しい。最初からミル
クを飲んで魔力を底上げし、出し惜しみ無しで技を振るわなければ勝率は下がる一方
だ。
距離を詰めると紋章を拡大し、鷹宮に向けて拡大した紋章を乗せて拳を叩き込む。
﹂
!!!
﹂
?
本来ならば、鷹宮の全身に乗せた紋章は防御しようが防御した部分を殴って爆発させ
男鹿の拳は、鷹宮に平然と受け止められていた。
﹁ーーーこの程度か
紋章に拳が到達すると同時に爆発が巻き起こるーーーはずだった。
﹁ゼブルーーーエンブレムッ・・・
ハーメルンの笛吹き戦、序盤
281
ることができる。そんな回避することでしか防げないような技を鷹宮は受け止めてみ
せた。
﹁おい、気が抜けているぞ﹂
一瞬だけ戸惑いを見せた男鹿は腹部へと拳を入れられ、身体がくの字に曲がり、落ち
た頭のこめかみを蹴り抜かれる。
﹂
蹴り飛ばされた男鹿は煉瓦造りの家の壁が崩れる程の力でぶつかり、土煙を上げて家
の中へと消えていった。
﹁あーあ、簡単に飛ばされてんじゃねぇよ。本当に禅十郎の弟子か・・・
﹁さっきので学習しなかったのか
﹁グッ、ォア・・・‼
﹂
そういう技は効かない﹂
消えたわけではない。それを目隠しにして雷撃が空気中を駆け抜ける。
確かに鷹宮の前で爆発は止まった。しかし、すでに爆発によって発生している爆煙が
そう言って鷹宮は爆発に手をかざす。
?
る。
そして一つ一つの紋章による連鎖的な爆発ーーー魔王大爆殺による爆発が鷹宮に迫
の目の前に、再び幾つもの紋章が伸びてきた。
期待外れだというように淡々と告げて蹴り飛ばした男鹿へと歩み寄ろうとする鷹宮
?
282
?
鷹宮の全身を雷撃が駆け巡り、身体の動きを数瞬止めた。
魔王大爆殺とゼブルブラストとの時間差に防御が間に合わなかったのか、紋章術と純
﹂
粋な魔力攻撃は別なのか、とにかく攻撃が通ったことを確認した男鹿が頭から血を流し
ながら土煙の中から現れる。
お前、あのヒゲと知り合いか
?
質問に答えていく。
鷹宮は雷撃によって至る所に焦げが残りつつも、固まった筋肉をほぐしながら男鹿の
﹁フフ、咄嗟のことで食らってしまったぞ。やはりお前との喧嘩は楽しめそうだ﹂
ように口角を吊り上げている。
身体の痺れが取れてきた鷹宮の顔は、表情には表れにくいが喜びに染まっているかの
男鹿は頭から血を流しているものの、まだまだ問題なく戦えそうだ。
﹁早乙女の弟子だからなんだって
?
﹁・・・お前が二番
じゃあ一番がまだいんのか
﹂
?
章術の年季が違う﹂
﹁その通りだが今は関係ないだろう。俺が紋章術を習ったのは十二の時だ。お前とは紋
?
師弟関係で、俺はお前の兄弟子になるというわけだ﹂
お前だけではないということだ。お前が三番弟子、俺は二番弟子。つまりはお前と同じ
﹁あぁ、禅十郎との関係だったな。そうだな・・・お前は禅十郎の弟子だが、何も弟子は
ハーメルンの笛吹き戦、序盤
283
鷹宮が喋っていると、その右肩に空間の歪みが生じていた。
?
いという姿勢で踏ん張った。
﹁な、んだ、いきな、り・・・⁉
﹂
突然の現象に男鹿は反応が遅れてしまうも、身体の前に紋章を展開して垂直に四つ這
うに引き寄せられる。
してきた。何かしてくるかとさらに注視していたが、突然見えない手で引っ張られるよ
いきなり現れたルシファーに男鹿が目を向けていると、片腕を持ち上げて此方に伸ば
ベル坊と同じ〝七つの罪源〟の内の一つ、〝傲慢〟に当てはまる悪魔だ。
ルシファー。
﹁だが、俺のルシファーはそんなに優しくないぞ﹂
いた。
ある銀髪、無感動ながらも綺麗に映る銀色の瞳、美少女といって過言ない少女がそこに
服の中央に大きな花をあしらったドレスを着た西洋人形のような、幼い容姿に腰まで
空間の歪みが消え、新たな存在が現れる。
﹁それだけじゃない。さっきの雷、俺が致命傷を負わない程度の温い攻撃だったな﹂
284
﹁ほぅ、紋章術歴が浅い割にはいい反応だ。・・・が、まだ甘い﹂
ルシファーが掌を向けながら腕を横に振ると、男鹿も腕の軌道を追うように横に振り
回されてしまう。
そこに合わせて鷹宮がアッパーを決めることで男鹿を空中に殴り飛ばし、追撃として
﹂
跳躍からの踵落としを放つ。
﹁ッ、舐めんな・・・‼
整えて空中で紋章に着地した。
﹁まだ足りないぞ。どうすればお前は限界を超える
俺を倒す明確な理由が必要か
﹂
?
手に現れたのは、写真立て大のガラス細工のようだ。
少し考える素振りを見せ、今度はルシファーの手前の空間が歪む。歪みが消えてその
?
そんな鷹宮に負けじと男鹿も蹴りを合わせて攻撃を逸らして凌ぎ、二人共バランスを
?
〝真実の伝承〟が描かれたステンドグラスだ﹂
?
確かに、壊すことができるならもうゲームとしては成り立たないだろう。
すことはできないがな﹂
﹁〝ハーメルンの笛吹き〟に関係のない俺だからこそ持ち歩ける一つだ。流石に自ら壊
めしている間に見つけようとしていたのに、それを敵が持っているとは予想外だ。
そう、それは今も探索チームが必死に探しているゲームクリアの鍵の一つ。敵を足止
﹁分かるか
ハーメルンの笛吹き戦、序盤
285
それだけ見せるとルシファーはステンドグラスとともにまた消えてしまう。
そして〝紋章使い〟同士の戦いはさらに激しさを増してぶつかり合う。
﹁さぁ、第二ラウンドといこうか﹂
今までと雰囲気が変わった男鹿を見て鷹宮は口元に笑みを浮かべて構える。
﹁・・・いい目だ。どうやら仲間のために戦うことで意識が高まるようだな﹂
男鹿は改めて背負っているものが多く、また大きいものであることを実感した。
それに加えて〝火龍誕生祭〟に参加している人々もいる。
箱庭に呼び出した〝ノーネーム〟の黒ウサギ、ジン、レティシアに大勢の子ども達。
一緒に箱庭に飛ばされて来た十六夜、飛鳥、耀。
元の世界から一緒にいた古市、ヒルダ、アランドロン。
死ぬと言われて男鹿の頭に過ぎったのは〝ノーネーム〟のみんなの顔だ。
い。死ぬ確率の方が高いかもな﹂
﹁そ し て あ い つ ら に は 俺 の 魔 力 を 渡 し て あ る。お 前 の 仲 間 が 強 か ろ う が 苦 戦 は 免 れ な
ことだが、相手が防衛に出ず全員戦闘に参加できているのはこれが理由なのだ。
これではどれだけ探索チームが奮闘しても無意味になってしまう。男鹿は知らない
ばステンドグラスは差し出すと約束しよう﹂
﹁つまり、俺を倒さなければどうやってもゲームクリアできないということだ。負けれ
286
★
それ以外は砕い
ステンドグラスを敵が持っているとは露知らず、探索チームはハーメルンの街に隠さ
れたステンドグラスを探していた。
﹂
﹁〝真実の伝承〟はヴェーザー川が描かれたステンドグラスです‼
て構いません‼
?
?
わせながら効率良く探索を進めていく。
﹂
参加者の中で多少の知識をもつジンが指揮をとり、地図と発見された場所を照らし合
?
操られている奴らだ‼
?
?
走っている火蜥蜴が何十匹も確認できた。
できる限り殺さずに取り押さえろ‼
?
ても拮抗した実力が戦いを長引かせる。
ンドラ〟の戦士にそこまでの実力をもつ者は少ない。それ以外は仕方なく殺そうとし
殺そうとしてくる相手を取り押さえるにはそれなりに実力差が必要だ。同じ〝サラマ
マンドラが戦える探索チームの者に指示して臨戦態勢を取らせる。しかし操られて
﹁奴らは操られているだけだ‼
﹂
探索チームの一人が前方の火蜥蜴に気付いて声を上げる。そこには此方に向かって
﹁おい見ろ‼
ハーメルンの笛吹き戦、序盤
287
﹁ーーー苦戦している者は下がって他の奴らに加勢しろ﹂
そんな中、苦労を微塵も感じさせずに火蜥蜴を圧倒している者もいる。
いな﹂
俺も殺しなんて御免ですから‼
﹂
?
能にする。
?
﹁防衛する気がないとなれば・・・本格的に足止めが目的か﹂
間見ているラッテンなら火蜥蜴では足止めにしかならないことは承知しているはずだ。
ネズミ使いとはもちろん火蜥蜴を操っているラッテンのことだ。ヒルダの実力を垣
ん﹂
﹁貴様も気付いたか。雑魚ばかり寄越してネズミ使いどころか他の奴も現れる気配がせ
﹁それよりヒルダさん。少しおかしくないですか
﹂
普段の古市ではありえない速度の動きだが、魔力で強化された肉体は容易くそれを可
モット三十四柱師団〟の柱爵、夜刀の力を借りて火蜥蜴に峰打ちを叩き込んでいく。
古 市 も 呼 び 出 し た 悪 魔 ー ー ー 穏 や か そ う な 顔 を し て 冷 酷 な 言 動 を し て い る 〝 ベ ヘ
﹁殺したら駄目ですよ‼
?
﹁ーーーそうだな。操られる時点で邪魔だ、殺そう。・・・と言いたいが今は従うしかな
ヒルダが抜刀していない傘で周囲の火蜥蜴を叩きのめしていく。
﹁フン、殺してしまえば楽なものを﹂
288
魔王であるペスト以外は一対一の勝負に持ち込んだが、魔王側も参加者側の主力と渡
り合える自信があれば邪魔が入らないよう足止めをする意味は十分にある。
これだけですか
﹂
﹁マンドラさん。他のみんなが気になります。操られている〝サラマンドラ〟の人達は
﹂
﹁あぁ、もう数でも此方の方が多い。あとは任せてくれて構わん。それでいいな、小僧
?
﹂
マンドラが指揮中のジンに確認して護衛を離れる許可が降りた。
いですから援護に向かってください﹂
﹁はい。ここまで相手が来ないとなればそれぞれ戦闘中の筈です。ここの護衛はもうい
?
?
ている現状ではそんなことは言っていられない。
古市は進んで荒事に突っ込んでいくような性格ではないが、結果的に主力陣に含まれ
なっているかもしれません﹂
リモワール・ハーメルン〟の初期メンバーの筈ですから、この舞台で何かしら劣勢に
﹁逆廻とレティシアさんの元に向かいましょう。二人が相手にしているのは〝グリムグ
報しか教えていない中で、迅速に行動した方がいいと判断したのだろう。
行動方針が決まったところで夜刀が行き先を聞いてくる。呼び出されて大まかな情
﹁それで、私達は何処に向かうんだ
ハーメルンの笛吹き戦、序盤
289
古市も身体強化された肉体で跳躍し、激戦の真っ只中へと赴いていく。
かったが、ヒルダがそういうのであれば何かしらあるのだろう。
ヒ ル ダ は 意 味 深 に 言 う と す ぐ に 跳 躍 し て い っ て し ま う。古 市 に は 意 味 が わ か ら な
な﹂
﹁ならば私が逆廻の方へと向かおう。レティシアの方へは貴様らの方が適任の筈だから
290
vsヴェーザー戦
召喚されたヴェーザー河の周囲はもはや原形をとどめていなかった。
他に組まれた対戦カードの面々とは違って十六夜とヴェーザーは無駄な話をせず、お
互いを叩き潰そうと一撃必殺とも言える威力の攻撃を繰り出し合っていた。
片や山河を打ち砕く力を宿した身体を第三宇宙速度で叩き込む規格外の人間。
片や地殻変動に比する力を大地や河を操りながら叩き込む神格を得た悪魔。
そんな二人がぶつかり合えば結果は言わずもがな、というより最初に説明した通りで
ある。
しかし戦局が拮抗しているかといえばそうではない。
﹂
?
光が宿っているのを捉えた十六夜は今度は受けるような真似はせず、計算して飛ばされ
吹き飛ばされた十六夜を追い掛けて追撃するヴェーザーの目に、先程にはない危険な
て避けずに足裏の蹴りで迎え撃ち、相手の力を利用して距離を空ける。
その隙を突いて接近したヴェーザーが巨大な笛を横薙ぎに振り抜いてくるのを敢え
襲い来る数多の水柱と岩塊を十六夜は気合を乗せた拳で弾き飛ばす。
﹁しゃら、くせぇ‼
vsヴェーザー戦
291
た体勢から地面を蹴って方向転換することで回避した。
十六夜にとっての誤算は相手の力が予想を遥かに超えて増幅していたことだ。
一週間前は全てにおいて自分が上回っていたように思えるのに対し、今は力では互角
以上の差が開き、速力では優っているものの少しでも気を抜こうものなら追いつかれる
程度の差しかない。
自身の力が劣っていると言っても圧倒的破壊力を宿していることに変わりはないの
で、速力差を活かして仕掛けるも何かしらの奥の手を隠しているようで迂闊に飛び込む
こともできない。
オマケに訳の分からない紋章がどういうものか気になって仕方がない。もしあれが
契約印ならば、契約悪魔がいて二対一という展開も考慮しなければならず、ヴェーザー
へ捨て身の特攻で勝ちを狙いにいって怪我をするのは得策ではない。
︵他の連中が相手してる奴らも同程度にパワーアップしているなら少しヤバイな。いい
め他の戦闘が気になり始めていた。
しかし、内心では予想以上にヴェーザー相手に時間を費やす結果になってしまったた
ヴェーザーの問い掛けにあくまでも不敵な笑みを浮かべて答える十六夜。
﹁ハッ、この俺が慎重にならざるを得ないなんてな。素敵なパワーアップをありがとよ﹂
﹁どうした坊主。えらく慎重な戦闘運びだな﹂
292
加減に腹括って勝負に出るか
︶
﹂
?
﹂
魔力については以前に聞いているし、人間である男鹿でさえ魔力を使って戦えば規格外
その説明を聞いて十六夜はヴェーザーの急激なパワーアップに納得する。大まかな
﹁一言で言えば、〝王臣紋〟を与えた契約者からの魔力供給だ﹂
?
断して十六夜は質問を続ける。
〝戦士の称号〟ということは契約印ではなさそうだ。ならば契約悪魔はいないと判
﹁〝王臣紋〟とは、生涯かけて王に付き従うと決めた者にのみ与えられる戦士の称号だ﹂
﹁おいヒルダ、〝王臣紋〟ってのはなんだ
言いたいことはあるが、とりあえず一番気になったことについて言及する。
〝御チビ達の護衛はどうした〟とか〝加勢なら俺はいいから他に行け〟とか色々と
割り込むようにしてヒルダの声が耳に響いてくる。
﹁なるほど、貴様が苦戦していたのは〝王臣紋〟が原因か﹂
等の勝負に出ようと考えていたところ、
もう控えの契約悪魔の可能性や次の戦闘などは考えず、ヴェーザーに集中して負傷上
?
﹁さっき苦戦の原因が〝王臣紋〟って言っていたが、その効果はなんだ
vsヴェーザー戦
293
だと自負している十六夜と多少なりとも殴り合えるまで強くなるのだ。
﹂
それに加えてヴェーザーは神格を得ているので、神格に劣化神格を重ね合わせている
と考えればその強さは不思議ではない。
﹁解説ありがとよ。けどなんで俺の所に来たんだ
﹁ーーー話は纏まったか
﹂
チーム戦だ、文句は控えるぜ﹂
﹁分 ぁ っ た よ。本 当 は サ シ で 戦 り た い が、俺 も 時 間 を 掛 け 過 ぎ ち ま っ た か ら な。今 は
や
そう豪語するヒルダを前に、十六夜も言い返すことを止めた。
総力では勝てなくとも、勝負に勝つだけの術は身に付けている。
〟に対抗できるだけの〝武術〟は会得しているつもりだ﹂
﹁私が力でも速さでも貴様らに劣っていることは分かっている。だが、貴様らの〝武力
﹁いや、俺が言ってるのはーーー﹂
ポートする﹂
﹁心 配 す る な、彼 我 の 力 量 差 が 分 か ら ぬ ほ ど 愚 か で は な い。貴 様 が 奴 を 倒 せ。私 が サ
いのは分かるが、自分達のような規格外が相手だと通用するとは思えない。
判断したから出た質問だ。一度だけ見た〝ペルセウス〟の騎士達との戦闘だけでも強
これは十六夜がヒルダに対して低い評価をしているわけではなく、純粋に力不足だと
?
294
?
今まで黙っていたヴェーザーが肩に笛を担ぎながら聞いてくる。
﹁うむ、中断して悪かったな。今からは私達が相手だ﹂
そう言いながら抜刀した剣を右手で構え、左手で前髪を掻き分けると今まで隠れてい
﹂
た左眼が露わになる。エメラルドのような緑色の右眼とは対照的にサファイアのよう
な青色の左眼だ。
﹁へぇ、オッドアイか。てか見えるのか
ヴェーザーは驚愕の表情で笛を振り下ろしたが当然ヒルダには当てられず、逸らした
らされる。
振り上げた笛を振り下ろそうとする前から剣が添えられ、力を乗せる前から軌道を逸
難なく倒せると判断したヴェーザーが攻勢に転じた瞬間、二人の均衡が崩れた。
随分と軽くて遅い攻撃だ。
手を測る意味でも数合だけ剣を受けてみるが、会話を聞いていた通り十六夜に比べれば
まずはヒルダからヴェーザーに突っ込んでいく。ヴェーザーからすれば未知数の相
﹁あぁ、見え過ぎるくらいだ。諸事情によりできる限り短期決戦でいくぞ﹂
?
ままの剣を滑らせてきて柄で顎をカチ上げられた。
る‼
︶
?
?
動き出す前から動きを読んできやがる‼
?
︵ありえねぇ⁉ 確かに動きは小僧に比べれば遅いし攻撃も弱い。だが反応が速すぎ
vsヴェーザー戦
295
﹁ーーーお前の相手は二人だぜゴラァァアア‼
けられる。
﹂
﹁なんだよさっきの異常な見切り。その左眼の力か
﹂
防御も回避もできずにそのまま蹴りを食らい、吐血しながらヴェーザー河へと叩きつ
笛は振り下ろし、身体は足の着かない空中。
回し蹴りを繰り出す。
カチ上げられた際に浮いたヴェーザーの身体目掛けて、十六夜が遠心力を乗せた後ろ
?
たり大きく避けたりすれば隙ができると考え、魔力を手足のように操って動かずに弾い
散弾の如く打ち出した。それを十六夜は拳一つで吹き飛ばし、ヒルダは土砂を剣で弾い
ヒルダの見切りを警戒して直接殴りにはいかず、地面を掬い上げるようにして土砂を
口の中の血を吐きながら再び笛を構える。
﹁ペッ。なるほど、確かに厄介だな﹂
反射的に避けた二人を見ながら、水濡れとなったヴェーザーが河から上がってきた。
ごと呑み込もうとする。
周囲を警戒しながら会話する二人だったが、その後ろの地面がせり上がって身体を丸
しまうために普段は閉じているがな﹂
﹁その通りだ。この目にはコンマ数秒が数十秒に止まって見える。その左右差に酔って
?
296
ていく。
それを見たヴェーザーは、自身の後ろの河とヒルダの後ろの地面を操って今度は弾く
ことのできない攻撃で挟みかける。
まずは戦闘力で張り合える十六夜よりもヒルダを排除すべく、ヒルダへと集中的に攻
撃を仕掛ける。防ぎ切れないと思ったヒルダは上に跳躍して回避するが、そこを狙って
ヴェーザーが突撃し、迎撃するように十六夜も跳躍した。ヒルダの眼前で二人の拳と笛
がぶつかり、必然的に力の強いヴェーザーが打ち勝つ。
しかし十六夜が打ち落とされた一瞬の間で、剣にブラックホールにも似た魔力を纏わ
せてヴェーザーに叩きつけた。今度は防御に成功し、空中で攻撃に押されながらも地面
に着地して踏ん張る。そして動きが止まったところに打ち落とされた十六夜が戻って
きて再び拳を振るう。
﹁チッ﹂
舌打ちしたヴェーザーは、踏ん張ることを止めて魔力の奔流に呑み込まれる。十六夜
とヒルダの一撃を天秤にかけて被害の少ない方の攻撃を受けたのだ。
魔力と巻き上げられた土煙が晴れた場所には、全身に擦り傷を負ったヴェーザーが面
倒臭そうな顔で溜息をついていた。
﹁ハァ、もういい。確実に防げない一撃で沈めてやるよ﹂
vsヴェーザー戦
297
﹂
己の霊格を解放して笛を掲げ、円を描く様に乱舞する。それに応じて地鳴りと震動が
発生し、そのエネルギーが笛の切っ先に集まっていく。
﹁おいおい、なかなかにヤバそうな一撃じゃねぇか。アイツの取って置きってやつか
﹁いいねいいね、最っ高に燃えてきたぜ・・・‼
﹂
この段階になっても動こうとしない十六夜達をヴェーザーは不審に思うも、この攻撃
んなもので凌げる攻撃ではないとヴェーザーは無視して笛を振りかぶった。
させるために待ち構え、ヒルダは魔力を蔦でも伸ばすように張り巡らしていく。今更そ
ヴェーザーが全力全速の力で二人に向かっていく。十六夜はカウンターで力を倍増
﹁OK。死ねガキども﹂
その間にヴェーザーも力を溜め終わったようだ。
最後の激突を前に簡単に打ち合わせて準備を整える。
る。まずはーーー﹂
﹁逆廻。防御も回避も、突撃することさえ考えるな。攻撃のみに集中しろ、私が合わせ
とうとする。
十六夜は腰を落として右腕を引き、身体を捻じって全パワーを絞り出す態勢で迎え撃
?
ろう﹂
﹁だろうな。見切ることができても逸らすことのできない、圧倒的な力で攻撃するのだ
?
298
を受け止められるわけがないとそのまま動きを止めなかった。今から動いてもどうす
ることもできないと考え、当たると確信した瞬間、
﹂
十六夜は一切動かず、筋の一筋も緩めないまま、音もなく後方に身体が動いた。
﹁何ッ・・・⁉
すべ
しばらくして落下してきた、仰向けに倒れているヴェーザーの顔は何処か清々しいも
打ち上げられる。
ザーは咄嗟に防御に転じたが笛を砕かれ、そのまま星をも揺るがす一撃を受けて空高く
全身全霊、攻撃だけに全てを込めた十六夜の拳が唸りをあげて振り抜かれた。ヴェー
?
るための術そのものだ。
﹂
凌げない攻撃ならば凌がない方法で迎え撃つ。ヒルダが最初に宣言した、力に対抗す
ヒルダが周囲に張り巡らしていた魔力はカモフラージュで、本命はコレかと考える。
十六夜の服を煽り、その下に魔力の蔦が絡みついているのが見えた。
はいったい何が起こったのか分からず目を見開いていると、空振りの際に発生した風が
攻撃は空振り、十六夜は溜めに溜め込んだ力を解き放とうと動き始める。ヴェーザー
?
﹁これで終わりだ、ヴェーザー・・・‼
vsヴェーザー戦
299
のだった。
﹁・・・消えるのか
﹂
﹁あぁ。召喚の触媒が砕かれたんだ。こうなるのは不思議じゃねぇ﹂
﹁そうか、久しぶりに本気で戦えて楽しかったぜ。安らかに眠れよ﹂
﹁悪魔が安らかに眠ってもいいのかね。ま、そっちも達者でな﹂
最後に満足そうな声を残してヴェーザーはそのまま消え去っていった。
少しの間、黙ってヴェーザーが消えた場所を見つめていた十六夜は疲れ切っている様
?
?
﹁・・・さてと。俺はこのまま黒ウサギの所に向かうが、お前はどうする
﹂
そうこうしているうちにヴェーザーの身体が光の粒子となって崩れていく。
くなってしまっていた。
上に動きを察知するため全力で魔力を行使した結果、怪我はなくても疲労はかなり大き
捉えるためにも使われていたのだ。圧倒的突進力をほんの少しでも抑えながら、目視以
実はヒルダの張り巡らした魔力は、カモフラージュ以外にヴェーザーの動きを完璧に
十六夜が肩を竦めてそう言い、ヒルダは少しフラつきながらも毅然と立っている。
じゃねぇが勝ち誇れねぇよ﹂
﹁こっちは二人掛かりで、一歩間違えれば大怪我間違いなしの賭けだったんだ。とても
﹁フゥ、完敗だ。俺の負けだよ﹂
300
子のヒルダに問い掛ける。
﹁私は疲れた。少し休憩してから向かうとしよう﹂
へと向かっていく。
もう敵が襲ってくることはないだろうとヒルダをその場に残し、十六夜は次なる戦場
﹁了解。なんなら終わりまで休憩してろよ﹂
vsヴェーザー戦
301
vsラッテン戦
﹁クッ、切りが無いな・・・‼
り増えたりを続けている。
﹂
﹁そうピリピリしないでゆっくり楽しんだら
﹂
レティシアを最も焦らせているのは男鹿が黒死病に罹っていることによる影響につい
約悪魔がルシファーであることなど。紋章については曖昧な説明しかされなかったが、
会話の内容はペストが神霊であること、ヴェーザーが神格を得ていること、鷹宮の契
外はそれなりにレティシアに話掛けていた。
ラッテンは戦闘よりもお喋りが好きなようで、戦いながらも魔笛を鳴らしている時以
?
?
﹁さっきの話を聞いてゆっくりなどできるか・・・‼
﹂
くるので回避、または防御に回らなければならず、その隙に再生されてその数は減った
再び影を振るうための切り替えのタイミングで突風を巻き起こして瓦礫を飛ばして
ムの内、一撃で確実に破壊できるのは二体までが限度だった。
度も繰り返すが、その度にラッテンの魔笛によって蘇ってくる。十体を超えるシュトロ
レティシアとシュトロムの攻防は一進一退の様相を示していた。影による破壊を幾
?
302
vsラッテン戦
303
てだ。
ラッテンの話では、魔力をわざわざ消費しなければならない程に黒死病によって疲労
しているというのだ。それなのに自分は前日に気付けていながらきちんと確認するの
を怠ってしまった。ヒルダは男鹿の性格や力を知っているから放置したのかもしれな
いが、不確定要素の多い魔王のゲームに病人である男鹿を一人で向かわせたのは間違い
だった。その結果がルシファーという魔王級悪魔の契約者との無茶な一騎打ちである。
レティシアはギフトカードから大盾を取り出し、影を展開しながら突っ込んだ。ラッ
テンは盾なんて防具でどうするのかと不思議に思ったが、今までと同じようにシュトロ
ムを操って乱気流で妨害しながら瓦礫で攻撃する。
しかしレティシアは今までと違い、乱気流にそのまま突撃していった。風に混在して
いる小さな破片で傷つきながらも速度を落としてバランスを取りながら進んでいく。
その後方から飛ばされてきた瓦礫へと反転して向かい合い、影で迎撃するのではなく
大盾で受け止めた。いくら大盾が頑丈でも岩塊を跳ね除けられるはずもなく、衝撃に
よって吹き飛ばされるーーーもっと正確に言えば乱気流を突っ切るように吹き飛ばさ
れた。
予想外の強行突破に一瞬だけラッテンの思考に空白が生まれたが、伸びてくる影を前
にすぐさまシュトロム四体を立ちはだからせた。
レティシアの影ではシュトロムを二体しか破壊できない。だが、それでも余力で動き
を抑えるぐらいはできるのだ。二体破壊した後、減速して威力が落ちた影を分裂させて
残り二体を拘束して退かし、ランスを構えたままラッテンへと迫った。
﹂
?
﹂
?
﹁〝箱庭の騎士〟として、〝ノーネーム〟の仲間として、こんなところで足を止めている
レティシアの赤い瞳には決意の光が宿っており、鋭い眼光をさらに輝かせている。
のみだが、今回は体調を無視してまで作戦を崩さないように戦っているのだ。
もし万全の態勢で向かったのならばそれは適材適所、主力の一人として男鹿を信じる
﹁辰巳が、我が主の一人が黒死病によって文字通り命を削りながら戦っているんだぞ﹂
ラッテンの言葉に返しながら、レティシアは改めてランスを構え直す。
﹁本気になるな、だと・・・
を振り抜くが、ラッテンには後ろに跳躍されて避けられてしまう。
レティシアは競り合っている状態から吸血鬼の腕力に物を言わせて横薙ぎにランス
﹁ハァァアアッ・・・‼
化することでランスと競り合える強度に達していた。
ヴェーザーのような如何にもな戦闘用の笛ではなく一般的な大きさの笛だが、魔力で強
しかし、冷や汗をかきながらもランスはラッテン本人に笛で受け止められてしまう。
﹁ッ、あっぶな∼い。急に本気にならないでよね﹂
304
わけにはいかないッ‼
た。
︵なんだ
熱い・・・︶
﹂
レティシアが力強く言うのと同時に、その気持ちに応えるように左手の甲が光り輝い
?
﹁まさか、王臣紋⁉
たった今発現したっていうの⁉
﹂
?
てしまっているのをレティシアは聞き逃さなかった。
︵王臣紋というのか、これは・・・。力が溢れてくる。この感じは・・・魔力、か
﹂
?
げて舞い上がり、破壊できる限り破壊しようと今まで通り影を振るった。
しかし乱気流による妨害がなければその程度の攻撃を避けることは容易い。翼を広
片付けようと全てのシュトロムに攻撃を命ずる。
王臣紋の力を知っているラッテンは、レティシアの意識が王臣紋に向いているうちに
?
︶
驚きからラッテンが声を荒げているが、そのおかげで紋章の名称をうっかりと口にし
?
と浮かび上がっていた。
突然の現象に左手へ目を向けると、そこには1の数字が描かれたゼブルスペルが爛々
?
﹁シュトロム、全方位射出ッ‼
vsラッテン戦
305
﹁・・・これは凄いな﹂
その結果に攻撃したレティシア本人が一番驚いていた。
二体破壊した後に防がれる三体目を拘束して四体目に叩きつけようと考えていたの
だが、影は防がれるどころかそのまま突き進み、今までの苦戦が嘘のように近くにいた
五体のシュトロムを軽々と葬っていた。
残りのシュトロムも攻撃を仕掛けてきたので応戦するが、その時点で既にラッテンの
姿が消えていることにレティシアは気付いていなかった。
★
︵やっぱり王臣紋同士がぶつかれば地力の大きい吸血鬼の方が有利ね︶
ラッテンはレティシアがシュトロムの相手をしている隙に攻撃に乗じてその場を離
脱していた。
﹂
供給される魔力に差はあれど相手も同じ力を得ている以上、一度引いて態勢を立て直
した方がいいという判断だ。
ラッ テ ン フェ ン ガー
﹁ーーーコソコソと何処へ行くつもりかしら、本物の〝ネズミ捕り道化〟さん
?
306
ラッテンが色々と算段を立てながら街並みを走り抜けていると、進行方向から少女の
優雅な声が響いてくる。
﹂
声に反応して前を見れば、そこには真紅のドレスを身に纏い、肩にとんがり帽子の精
霊を乗せた飛鳥が待ち構えていた。
私は〝ラッテンフェンガー〟のコミュニティで貴女を倒すためにちょっとした試
﹁・・・貴女の方こそ、今まで何処で何をしていたのかしら
﹁私
?
でも私が足を引っ張るわけにはいかないわね﹂
﹁さぁ、貴方の初陣よ。ーーー来なさい、ディーン‼
﹂
魔笛を構えるラッテンに対し、飛鳥は悠々とギフトカードを掲げる。
?
かしらね﹂
﹁そう、じゃあ相手をしてあげるわ。貴女を人質にすれば魔王ドラキュラも抑え込める
鳥の登場はラッテンにとって好機であった。
自分と同じグリム童話を冠する偽物のコミュニティは気に食わないものの、しかし飛
警戒しながらのラッテンの問い掛けに自信満々に答える飛鳥。
練を受けていたわ﹂
?
﹁ドラキュラ・・・レティシアかしら
vsラッテン戦
307
?
﹁ーーーDEEEEeeeeEEEEN‼
﹂
チーフとした塗装を凝らした鋼の巨人である。
ワインレッドの輝きと共に雄叫びを上げて現れたのは、紅い巨躯の総身に太陽をモ
?
きはないようだ。
﹁余裕でいられるのも今のうちよ、この前の借りを返すわ。行きなさい、ディーン‼
?
︶
︵う∼ん。この辺りにシュトロムは仕込んでいないし、この鉄人形をどうしようかしら
していた。
約十mの巨体から繰り出す拳はド迫力の一言に尽きるが、ラッテンは余裕をもって躱
飛鳥の命令に従ってディーンは動き出し、その拳をラッテンへと放っていく。
﹂
展示場から消えていた時点である程度は予測していたのか、ラッテンにそこまでの驚
人形﹂
﹁貴女と同じで何処に消えたのかと思っていたけど、やっぱり一緒にいたのね。その鉄
308
力で生成した核を元に鷹宮から供給される魔力を使用したラッテンの魔笛で再生させ
レティシアとの戦いでは無尽蔵に増殖していたように見えたが実はそうではなく、魔
シュトロムを仕込む、とはシュトロムを形成している核のことである。
?
ていたのだ。
︵こ ん な こ と に な る な ら、も う 少 し 〝 あ の コ ミ ュ ニ テ ィ 〟 か ら 色 々 と 提 供 さ せ れ ば よ
かったなぁ︶
ラッテンにディーンを破壊できる程の攻撃手段はないため、無い物ねだりをしながら
徐々に後退していく。
ラッテンを追って一歩、二歩と前進するディーンの巨体を引きつけていく。そして三
歩目を踏み出して腕を振りかぶった瞬間、ラッテンは魔力強化された身体をフルに使っ
て加速し、巨体の股下を抜けて飛鳥に迫る。
ディーンの背後に回った時点で飛鳥を巻き込む可能性のある攻撃はできないはずだ。
そう考えて飛鳥の身体能力では避けようの無い速さで魔笛を突進のままに突き出し
﹂
た。しかし、そのような状況でも飛鳥の自信に満ちた表情が崩れることはない。
ギィィンッ‼
?
という甲高い音とともに、突き出されたラッテンの一撃は飛鳥に届く前に止められて
?
﹁言い忘れてたけど、この前の借りを返したいのは私だけではないわよ
vsラッテン戦
309
しまった。
もちろん止めたのは飛鳥ではなく、
﹂
?
﹂
?
おり血が流れていた。
?
る。夜刀が斬ることを止めたのではなく、抜刀術による一撃のための構えだ。
気付けば夜刀が消えて古市の口調が変化し、さっきまで抜いていた刀を今は納めてい
﹁ーーー悪いが私の剣は神速だ。間合いに入れば気付かぬうちに斬りつける﹂
﹁クッ、いつの間に・・・⁉
﹂
痛みを感じて足を見ると、いつの間にか蹴り出した足の腱を断ち切るように斬られて
だったが、跳躍から着地した瞬間に彼女の態勢が崩れる。
一 週 間 前 と は 違 っ て 簡 単 に は い か な い 古 市 に 対 し て 語 り か け よ う と し た ラ ッ テ ン
﹁なかなかーーーッ⁉
ることは知っているので、無理はせずに蹴りを入れてから距離を開ける。
ラッテンは魔笛を乱打するも全て弾かれる。ヴェーザーの情報で古市が契約者であ
﹁・・・ハァ。私、肉弾戦は専門外なんだけ、どッ‼
刀を構えた古市と霊体の夜刀が二人の間に割り込んでいた。
﹁貴之君、そこは空気を読んで合わせなさい﹂
﹁いや久遠さん、俺は別にこの前のことはそこまで根にもってないけど﹂
310
﹁なら近付かなければいい話でしょ・・・‼
しかし、
﹁グフッ⁉
な、なんで・・・﹂
封じることができれば、と考えていた。
﹂
の二人を操って手駒にすることしか残っていない。たとえ完全に操れなくても動きを
足を負傷して戦うことも逃げることも困難になったラッテンの最後の手段は、目の前
ラッテンは魔笛を口に添えると流麗な音が辺り一帯に響き渡る。
?
くと言っていいほど見られなかった。
?
・・・あぁその笛、他人を操作できるのか﹂
?
﹁これは憶測だが、それは音を聞いた者を操るのだろう。今は霊体である私の身体は異
がら答える。
再び霊体となった夜刀が、峰打ちによって吐血しながらのラッテンの言葉を吟味しな
﹁は
﹂
ヒルダでさえ多少の影響を受けていた魔笛に対して、夜刀の操るその動きに淀みは全
る。
ラッテンの演奏は夜刀の峰打ちを腹に打ち付けられたことで中断されて膝から崩れ
﹁目の前で敵が構えを解いて笛を吹いていれば、それは攻撃するだろう﹂
?
﹁そ、そうじゃない。なんで操られないの
vsラッテン戦
311
世界に存在するため、私の身体は操りようがないということではないか
﹂
?
外部からの干渉と内部からの干渉、どちらが
?
﹁最後に一つ。なんで殺さなかったの
﹂
する者として勝負を挑むわ。一曲分の演奏で私に服従しているディーンを魅了してみ
﹁貴之君達には私の我儘で悪いと思うけど、私は中途半端に勝ちたくないの。同じ支配
代表して古市が答えた後、名前を出された飛鳥が前へ進み出る。
よ﹂
﹁あ∼、それは俺が殺しなんて嫌なのと、久遠さんが事前に殺すなって言ったからです
だ。
かったし、飛鳥も距離が開いた時にディーンに攻撃させなかったのも不思議だったの
躊 躇 な く 足 を 斬 っ て き た 夜 刀 が わ ざ わ ざ 敵 を 生 か す よ う な こ と を す る と は 思 え な
ラッテンは腹部に手を当てて息を整えながら今度は三人に聞く。
?
大きくなっていたことも一因だろう。
れに加えて夜刀と古市は仮契約状態で魔力も高まり、霊格がラッテンの操作強度よりも
夜刀が身体を借りている、つまりは操っていたからラッテンの魔笛を防げたのだ。そ
干渉力が大きいかは明白だ﹂
﹁私が身体を借りていたからではないか
﹁じ、じゃあ、その坊やの身体を操れなかったのは・・・﹂
312
なさい﹂
腕を組みながら、完全に借りを返すための方法を口にする。
最初に遅れをとって昏倒させられた相手のギフトを打ち負かすことに意味があると
言う。魔笛で操れない者がいる時点で、この提案はラッテンにとっても最後のチャンス
だ。
﹁いいわ、一曲奏でましょう。幻想曲〝ハーメルンの笛吹き〟、どうかご静聴のほどを﹂
演奏者としての前口上を述べてから静かに流れるような動作で魔笛に唇を当てる。
響き渡る旋律は先程の支配しようとする威圧感漂わせる音色ではなく、聞いた者の心
を解きほぐしていくような魅惑に溢れた音色だ。聴いていた三人は、気付けば穏やかな
表情で目を閉じて聴き入っている。
この曲を聴いて何を思い、どんな夢を見ているのかは本人にしか知る由もないが、演
奏が終わった後も暫くは目を閉じたままだった。
それでも二人は拍手をしながら演奏者に感想を送る。
い。
口を開いた飛鳥と古市の言葉は称賛だった。しかし紅い鋼の巨兵に変化は見られな
﹁あぁ。芸術には疎い方だけど、良かったと思いますよ﹂
﹁・・・とても素敵な演奏だったわ﹂
vsラッテン戦
313
﹁負けちゃったわね。まぁ最後に渾身の一曲を演奏した結果だから、結構清々しい気分
だけど﹂
ラッテン本来の明るい表情でそう言いながら足元から消えていく。
レティシアとの戦いから連戦の疲労、神速の峰打ちから内蔵の負傷、そこへ全力の演
奏をしたものだから悪魔の霊格に限界がきたのだろう。
﹁飛鳥‼
無事だったのか、よかった。貴之はどうしてここに
﹂
?
飛鳥の言葉でレティシアは気持ちを入れ替えて提案していく。
﹁過ぎたことを言っても仕方ないわ。次の行動に移しましょう﹂
﹁すまない。私が油断していなければネズミ使いを逃がすことはなかったのに﹂
苦い表情になってしまう。
古市が探索チームの状況とこの場で起きたラッテンとの戦闘を話すと、レティシアは
空から着地したレティシアが飛鳥の姿に安堵し、二人に説明を求めた。
?
拾って物思いに耽っていると、空から現れたレティシアに声を掛けられた。
そのままラッテンは消え去り、残った笛が音を立てて地面に落ちる。飛鳥がそれを
や﹂
﹁あら、最後に新しいファンの人を獲得できて嬉しいわ。じゃあね、可愛いお嬢さんと坊
﹁残念ね。敵対していなければ定期的に演奏を依頼したい位には気に入ったのに﹂
314
﹁貴之はその状態で長時間いるのは危険だから、ジン達と合流して探索に加わって欲し
い﹂
古 市 が 普 通 に し て い る か ら 忘 れ が ち だ が、柱 師 団 の 悪 魔 と 簡 易 契 約 し て い る 間 は
﹁分かりました﹂
﹂
ティッシュの毒物を摂取しているのだ。ある程度は問題ないとしても蓄積すればどう
なるかは分からない。
﹁私は辰巳のところへと加勢に向かうが、飛鳥はどうする
に不安を与えるのは避けるべきだという判断だ。
レティシアはここで男鹿の状態については言わなかった。魔王との戦いに挑む飛鳥
﹁私はディーンを連れて魔王と戦いに行くわ﹂
?
そうして行動に移そうとしたその時、彼方の空一帯を包み込むような光が展開されて
いた。
﹂
?
﹁あそこって黒ウサギさん達が待機していた区画付近じゃ・・・﹂
驚いたが、今は追求している場合ではなさそうだ。
言われて二人がレティシアを見ると左手にゼブルスペルが浮かび上がっていたので
﹁あぁ、間違いない。私の王臣紋とも共鳴しているからな﹂
﹁あれは・・・辰巳君のゼブルスペル
vsラッテン戦
315
﹂
?
飛鳥の号令で二人は古市と別れ、最終決戦の地となっているでだろう場所へと急ぐ。
﹁なら向かうべき場所は一緒ね。行くわよ、レティシア‼
316
鷹宮の過去
﹂
それぞれ別の戦場でヴェーザー、ラッテンを撃破した時から少し遡る。
つけた。
を破壊して突き抜け、今度は下から迫る男鹿を殴るために拳を振り下ろして地面に叩き
られる軌跡は大きくなり、レンガ造りの家屋に突っ込まされる。そこで止まらずに家屋
き寄せられる。そして男鹿によって殴り飛ばされて距離が開いていたために引き寄せ
鷹宮が掌を向けたまま腕を振り下ろし、空中にいた男鹿は円を描くように下回りに引
然身体の自由を奪われて振り回される。
は今までのやりとりで分かっていた。男鹿は続けて仕掛けようとしたが、またしても突
男鹿の一撃が鷹宮を捉えて空中で殴り飛ばす。しかしそれが決定打にならないこと
﹁オォォラアァァッ‼
?
それに対して再び鷹宮の掌を向けられたので男鹿も身構えたのだが、
面から起き上がって回避する。
鷹宮は空中から落下の勢いのままに踏みつけようとしたが、男鹿はバク転の要領で地
﹁今の一撃はよかった。次はこちらから行くぞ﹂
鷹宮の過去
317
﹁・・・
﹂
﹁そいつは・・・春日部と同じ、グリフォンって奴のギフトか
﹂
そしてその流れは鷹宮の突き出された掌を中心に形成されている。
ことに気付いた。
訝しんでいる男鹿にそう言うこと数秒、周囲の空気が不自然な流れを作り出している
﹁男鹿、面白いものを見せてやる﹂
身体には何も起こらない。
?
の引力についても人間を引き寄せるのと風を引き寄せるのを使い分けているのだ。
放散型、ジャバウォック戦で使用した閃光型と使い分けて使用していたのだから。鷹宮
男鹿の魔王の咆哮一つをとっても普段使用している収束型、ペルセウス戦で使用した
ゼ ブ ル ブ ラ ス ト
それには男鹿も同意するしかない。
効く﹂
﹁悪魔の力は魔力からただ力を発するのではなく、その使い方次第でいくらでも応用が
度には暴風と化している。
真似事とはいうが、空気が圧縮されているという掌が台風の目のように感じられる程
いるだけだ﹂
﹁の、真似事だな。風を操っているわけではない。引力で風を引き寄せ続けて圧縮して
?
318
﹁特に箱庭では様々な力が存在するからな。参考にするのには困らない﹂
解説は終わりとばかりに鷹宮は空いている方の掌を男鹿へと向けて、今度こそ身体を
引き寄せる。流石に何回もされれば慣れるというものだが、近距離で引き寄せられれば
反撃に出る余裕はない。
・
・
・
・
男鹿は暴風を纏った掌底が打ち出されるのを防ぐしかなかった。
﹁吹き飛べ﹂
鷹宮が掌底とともに圧縮していた風を解放する。
合わさった二つの力により今までの比ではない距離を飛ばされた男鹿は歩廊を砕き、
何軒もの家屋を貫き破壊してからやっと止まることができた。
﹂
男鹿も人のことは言えないと思うが、少しふらつきながらも瓦礫に手を掛けて立ち上
﹁クッ、あのボケ。ばかすか人間を飛ばしてんじゃねぇよ・・・﹂
がる。
大丈夫ですか⁉
?
と、そこへ、
﹁辰巳さん‼
?
﹂
?
い き な り 黒 ウ サ ギ の ウ サ 耳 圏 内 に 入 り 込 ん だ か と 思 え
なんでお前がこんな所にいんだ
男鹿を心配する声が聞こえ、その方向から黒ウサギが近付いてきた。
﹁あ
?
﹁そ れ は 此 方 の 台 詞 で す ‼
?
鷹宮の過去
319
ば、すごい勢いで街を破壊しながら吹き飛んできたんですから‼
﹁ーーー二人とも避けてッ‼
接近していたようだ。
﹂
﹂
離れていたのだが、どうやらお互いに飛び回ったり吹き飛んだりしているうちにかなり
範囲、プレイヤー時なら一kmの範囲まで情報収集ができる。黒ウサギと男鹿は比較的
黒ウサギは〝月の兎〟として箱庭の中枢と繋がっているため、審判時ならゲームの全
?
﹂
転送玉をこんなところで使用して﹂
?
鷹宮の雰囲気が審議決議の時とガラリと変わっていることに黒ウサギとサンドラは
﹁ただの短距離転移だ。残存魔力に問題はない﹂
﹁忍、いいの
が空間に現れ、鷹宮が転移してきた。
ペストがキョロキョロと辺りを見回していると、以前にも審議決議の時に見た黒い歪
二人が対峙していた〝黒死斑の魔王〟もいるということだ。
﹁あら、忍はいないのかしら
そう、黒ウサギやサンドラがいるということは当然ーーー
ると同時に瞬間的に飛び退く。
ハッ、として男鹿と黒ウサギが見上げると黒い風が眼前に迫っていた。二人は目視す
話をしている上からサンドラの大声がした。
?
?
320
戸惑っていたが、今は気にしている場合ではない。
﹁・・・辰巳さん。お身体の方はまだ大丈夫ですか
﹂
﹂
?
﹁どういう意味です
﹂
﹁どうやらお前達を過小評価していたみたいだな﹂
構える。
黒ウサギはそんな風に考えていたのだが、鷹宮とペストの表情が変化したのを見て身
るしかない。
だが長期戦には不確定な要素でも、作戦のためにも戦力的にも今は男鹿を信じて耐え
は男鹿の返答だけでは判断できない。
聞き返された黒ウサギの目には大丈夫に見えるが、事前に気付けなかった黒ウサギに
﹁大丈夫じゃないように見えんのか
?
鷹宮から突然知らされた情報に黒ウサギ達は喜色の表情を浮かべる。
﹁ヴェーザーとラッテンがやられた﹂
?
﹁ーーー・・・止めた﹂
その視線は今も黙ったままでいるペストへと向けられていた。
しかし、鷹宮の不吉な一言によって気を引き締め直す。
﹁まぁそれが今、この場にとっていいことかどうかは別だがな﹂
鷹宮の過去
321
さっきまでの悠々とした態度は鳴りを潜め、寒々とした声色を発するペスト。
﹂
?
男鹿がそんなことを考えていると、膨大な魔力に当てられているうちに頭にノイズの
る。
今はステンドグラスと一緒に消えている、無機質な表情を浮かべた少女を思い浮かべ
﹁くっそ、なんつー魔力だ。これがルシファーって奴の力なのかッ・・・﹂
﹁な、なんですかいったい・・・⁉
た。それに留まらず、周りの家屋の窓は今にも割れそうに振動している。
言い終えると同時に、鷹宮を中心に圧倒的な魔力が吹き荒れて男鹿達は吹き飛ばされ
のはーーー己の身すら蝕む程の魔力の抑え方だ﹂
﹁そもそも根本的に違うのだ。お前が教わった魔力の引き出し方とは違い、俺が習った
まだまだ高まる魔力は黒ウサギにもサンドラにもはっきりと感じ取れる程だ。
う﹂
﹁すまないな、男鹿。うちの魔王様がこう言ってるんでそろそろ本気を出すことにしよ
ような物理的なものではなく、魔力による感覚的な圧迫だ。
名前を呼ばれた鷹宮が返事をすると、その場の空気が重くなったのを感じる。先程の
﹁あぁ、いいぞ﹂
﹁時間稼ぎは終わり。白夜叉だけを手に入れてーーー皆殺しよ。忍﹂
322
なんだ
﹂
ようなものが過り、知らない風景が浮かび上がる。
﹁あ
?
︶
?
姿に腰まである銀髪の少女ーーールシファーが眠りに就いていた。
そこには、服の中央に大きな花をあしらったドレスを着た西洋人形のような、幼い容
記憶は進み、木箱が開けられる。
︵ーーーこれは、鷹宮の記憶・・・⁉
そして一人の老人女性の背後に隠れた、忍と呼ばれている小さな子供。
全身を黒色で揃えた服を着た大人三人と大きな木箱。
何処かの山奥の村の一軒家。
?
はいないものの血の海に沈む。
それを感じ取った大人は対処しようとしてルシファーに近付き、攻撃を受け、死んで
と同時に覚醒した魔力が溢れ出てきた。
手を握る。
すると今まで眠っていたルシファーの瞳が開き、銀の双眸を鷹宮に向けて伸ばされた
小さい鷹宮が興味からか、ルシファーに手を伸ばす。
︽この子がルシファー・・・︾
鷹宮の過去
323
記憶の場面が切り替わり、埃っぽい納屋であろう場所で椅子に座っている鷹宮と傍に
いるルシファー。
人を傷付けてしまったルシファーを外に出さないように、契約者となった鷹宮はルシ
ファーと一緒に外界との接触を避けるように閉じこもっていた。
しかし閉ざされていたその場所の扉が開かれ、差し込む光の中にいる煙草を咥えた
男ーーー今よりも若い早乙女禅十郎が言う。
る。
?
︾
?
男が鷹宮を試すように次の行動を促す。
が、どうしますか
︽今の男鹿がいる世界はどうやらこの世界よりも強い者達で溢れかえっているそうです
その隣には一言で言って黒いトランプマンのような男がいる。
︽正確にはこの世界から、ですが︾
︽男鹿が消えた
︾
更に時は進み、現在の鷹宮と同じ姿の状態で見覚えのある街並みーーーK県Y市にい
︽クソったれ・・・出るぞ坊主。世界は広い︾
324
︽どのみち、男鹿とは戦いたいからな。今は〝商会〟の流れに乗ってやる︾
鷹宮の返答は男にとっても満足のいくものだったようで、口元に笑みを浮かべながら
︾
懐から取り出した転送玉を渡す。
︽マスターッ‼
︾
紋章術の基礎、〝縛紋〟だ。
鷹宮がペストへ向けて紋章を展開すると、黒い風は消え、ペストの動きが止まる。
︽そう臨戦態勢では話し合いもできないな︾
元から黒い風を放出している。
鷹宮と男の前には斑模様のワンピースを着た少女ーーーペストが警戒心を露わに手
︽貴方達は誰かしら
?
て何かしら
﹂
︽落ち着きなさい、ラッテン、ヴェーザー。・・・抜け出すのは大変そうね。それで、話っ
?
方が大きかったようだ。
神霊であるペストには束縛された不快感よりも、容易く自分を封じた相手への興味の
?
今度のペストは先程までの興味を塗り潰すように憎悪に満ちている。
︽お前達の目的と俺の目的が一致しているので手を組もうと思ってな︾
鷹宮の過去
325
わ
た
し
た
ち
︾
?
?
禍々しい黒い風が溢れ出ていた。
﹁先程までの余興とは違うわ。触れただけでその命に死を運ぶ風よ・・・‼
﹂
最初の変化として、ペストの手から今までの黒い風に似た、見ただけで悪寒を感じる
ドラの表情に驚きが浮かんでいるところを見ると、男鹿と同じものを見たのだろう。
感覚的には一瞬の間だったらしく、周囲に変化は見られない。いや、黒ウサギとサン
そこで記憶の流出は止まった。
︽ーーーいいわ。交渉成立よ︾
鷹宮は〝縛紋〟を解き、ペストの返答を待つ。
確かに鷹宮の言う通り、彼とペストの目的は一致している。
白夜叉ーーー太陽の主権を持つ、最も復讐に値する星霊を目的としていたペスト。
戦いたい男ーーー男鹿と戦って更なる強さを求める鷹宮。
いう奴と行動する可能性がある︾
なかった世界へと反抗する程の強さを手に入れる。それに俺が戦いたい男が白夜叉と
︽そう、箱庭ではそんな不可思議な復讐も可能。ーーーだったら俺は、俺を受け止めきれ
的がどう関係するというの
︽・・・〝八OOO万の悪霊群〟の目的は黒死病を蔓延させた太陽への復讐よ。貴方の目
326
鷹宮の魔力に呼応して魔力を纏ったペストが手を掲げ、黒い風の奔流を霧散させよう
とした刹那、
﹂
求めているようにしか男鹿には感じなかった。
こーのと理屈付けているのは、自分が不幸だと宣い、自分をしっかり見て欲しかったと
確かに気の毒だとは思うだろう。だが、そのことを理由に暴れ回って目的がどーの
その発言に二人の表情は険しくなるが知ったことではない。
﹁要するに拗ねちまった、ただのガキじゃねーか﹂
〝フワーッてなんだ・・・〟
じくなんとなく〝分かった〟黒ウサギとサンドラの思考は一緒のものだった。
何も話していないに〝分かった〟発言に不審を抱く鷹宮とペスト、記憶を垣間見て同
ワーッとだが分かった﹂
﹁あー、ったく。じめじめうじうじしやがって。お前らの過去も目的もなんとなく、フ
すぐに鷹宮によって解除されたが、そんなことはお構いないしに男鹿は話し始める。
鹿が掛けたのだ。
その足元に蠅王紋が現れる。記憶の鷹宮に出てきたものと同じように、〝縛紋〟を男
ゼブルスペル
﹁クッ、これは・・・‼
?
﹁生憎だがよ。ガキのお守りは一人で間に合ってたっつーのに、こっちに来てから更に
鷹宮の過去
327
増えちまってんだ。てめーら自身のことは自分で考えな﹂
男鹿は右手と左手を合わせて力を込める。
右手の契約刻印は光り輝き、左手の紋章が腕全体に広がっていく。
そのまま力を込め続ける男鹿の頭上に、一回り大きな紋章が現れた。
さらに力を込め続けていくと紋章は拡大し、男鹿達のいる一区画を覆いこむ程の大き
さになり、その下は太陽の顕現が如き光に包み込まれる。
﹁だが、一つぐらいなら俺が教えてやるよ。世界は広いってな﹂
328
最終局面へ
﹁なんだ、これは・・・﹂
目の前で起こっている現象に鷹宮は呆然となる。
男鹿の〝鷹宮達の過去が分かった〟という発言から説教紛いのことを言い終えると
同時に、紋章が見たこともない顕現の仕方をしたのだ。
鷹宮も使用している紋章術でも、知識として知っている暗黒武闘でもない。
例えるならば、それは小さな太陽の出現とも言える光源となり、夕闇の広がる街並み
を 照 ら し 出 し て い た。そ し て こ の 現 象 を 起 こ し た 男 鹿 は い ま や 圧 倒 的 な 魔 力 を 身 に
纏って自然な構えで立っている。
味方である黒ウサギやサンドラも状況を掴めずに困惑しているが、敵である鷹宮やペ
ストの困惑はその比ではない。
﹂
得体の知れないプレッシャーに晒されたペストは不安を振り払うべく死の風を解放
しようとしたが、
?
その手は無意味に動かされるだけで、何も変化が起こることはなかった。
﹁ど、どうして・・・⁉
最終局面へ
329
男鹿の力を冷静になって分析した鷹宮にはその理由がなんとなくではあるが推測で
きている。
紋章を顕現させる前の男鹿の身体には紋章の輝きと広がりが同時に起きていた。紋
章術とは悪魔とのシンクロを抑え、その力を制御下に置くことだ。なのに暗黒武闘を使
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
用したかのように紋章が広がっていたことから考えられることは一つ。
・
紋章術と暗黒武闘の同時使用。
恐らくはそれが圧倒的な魔力の源だ。魔力を制御する紋章術に魔力と同化する暗黒
武闘。二つの相反する術式をまるで対消滅エネルギーのようにぶつけ合わせることで
莫大な魔力を生み出しているのだろう。
そして生み出された莫大な魔力に晒されたペストは、男鹿の制御する紋章術ーーーつ
まり抑制する性質を帯びた魔力に覆われて力を発露することができなくなったのだ。
紋章術だけでも、暗黒武闘だけでも成立し得ない。二つ共を習った男鹿だからこそ辿
り着けた、男鹿だけに許された絶技である。
男鹿が一歩踏み出す。
﹁行くぜーーー﹂
330
ガッ・・・⁉
﹂
鷹宮の視界から男鹿の姿が消えた。
﹁ッ⁉
?
﹂
﹁サンドラ様‼
﹂
?
る戦闘も多少は可能なのだ。
跳躍して躱した。ペストの戦闘主体は黒い風だが、魔力を使えるのだから身体能力によ
それらに対してペストは魔力を纏った腕で先に到達した雷を振り払い、次にきた炎を
﹁舐めるなッ‼
彼女へと追撃をかける。
ペストの様子から今なら攻撃が通用すると判断した黒ウサギとサンドラは、雷と炎で
﹂
﹁分かってる‼
?
抑えて態勢を立て直していた。
鷹宮は蹴り飛ばされたと理解すると、下手に止まろうとはせずに転がりながら勢いを
はり失敗に終わる。
前に現れた、蹴り抜いた姿勢の男鹿から飛び退きながら再び死の風を放とうとするがや
鷹宮は男鹿が消えたことを認識した時には横から衝撃を受けていた。ペストは目の
?
?
最終局面へ
331
とはいえ、神格級ギフトを無傷で弾くことはできずにその腕は焼け焦げていた。しか
しそれも瞬時に再生してしまうため決め手には欠ける。
一方、ちょうど反対側で戦う男鹿と鷹宮は今までの苦戦が嘘のように男鹿が圧倒して
いた。
﹂
最初の一撃はこれまでとの速度差から為す術もなく受けてしまった鷹宮も辛うじて
男鹿の実力、その極限の領域はこれ程なのか‼
対応しているが、実力は完全に逆転している。
﹁ハ、ハハ、これ程か‼
?
立ち上がりながら小さく呟いて凶暴な笑みを浮かべる鷹宮。
﹁ゲホッゴホッ。ーーーこれはやるしかないな﹂
そのまま足を掴まれて振り回され投げ飛ばされる。
鷹宮が男鹿の右拳を寸でのところで避けて腹を蹴り上げようとするが受け止められ、
立ちはだかっているのだ。強さを求める者ならばこれ程喜ばしいことはないだろう。
過去の鷹宮が望んでいた〝戦いたい相手〟、それが自分の想像以上の実力を発揮して
ロボロになりながらも楽しそうにしていた。
しかし苦戦を強いられている当の本人は呆然としていた状態を抜け出すと、今度はボ
?
332
〝ノーネーム〟の仲間が勝ち抜いているとはいえ、すぐそこではまだ魔王との決着が
着いていないのだ。魔王を相手にして何が起こるか分からない以上、男鹿もこれ以上鷹
宮に何かをさせるつもりはない。
﹂
一気に片を付けよう身体に力を入れーーー
﹁・・・あ
﹂
魔力量は圧倒的でも、それを受け止める身体が弱ってきて耐えきれなくなったのだ。
感覚的な発動だったとはいえ、圧倒的な魔力増幅法による身体への魔力負荷。
黒死病に侵されながらの戦闘。
鷹宮の言うとおり、まだ動けるとはいえ男鹿の身体は無理を重ねすぎた。
﹁男鹿、残念だがそろそろ限界が近付いてきたみたいだな﹂
鷹宮は男鹿に接近して殴りつけ、受け身も取らせずに地面へ踏み付けた。
空中に顕現していた紋章も縮小し、降り注いでいた光も淡くなっている。その一瞬で
ーーーようとしてフラつき、膝を着く。
?
?
消えていない空中の紋章を見て鷹宮が問い掛ける。
﹁だが、まだ戦えるな
最終局面へ
333
そう、まだ限界に近づいているだけで限界を迎えたわけではない。突然のフラつきで
動きが止まっただけで、男鹿の身体には抑え付けられている今でも改めて力と魔力が込
められていくのが手に取るように分かる。
このままじゃステンドグラスを探している参加者がッ‼
﹂
?
与える神霊の御技を前にサンドラも手の打ちようがない。覆い尽くそうとする風を前
戦場を拡散していき、二人の手が届く範囲を越え、探索チームへと向かう死の恩恵を
﹁ま、まずい‼
?
ように〝擬似神格・金剛杵〟で少しでも相殺できるか試すが、刹那に霧散されてしまう。
先程は男鹿がペストごと抑えたが今はいない。黒ウサギは一段回前の黒い風と同じ
ペストは今度こそ、死を運ぶ風を霧散させてハーメルンの街へと降り注いだ。
﹁ふぅ、これでやっと解放できるわ﹂
失ーーーいや、少し離れたところで顕現していた。
み へ と 飛 ば す。そ れ に 続 い て 鷹 宮 も 飛 び 込 ん で 姿 を 消 し、予 想 通 り 空 中 の 紋 章 は 消
鷹宮は前方に転送玉による空間の歪みを発生させてから、足元の男鹿を蹴り上げて歪
え転送玉を取り出した。
空中の紋章が弱まり男鹿の魔力制御が低下している今なら魔力の発露は可能だと考
任せたぞ﹂
﹁ペスト、俺達は移動する。そうすれば空中の紋章はこの場から消えるはずだ。ここは
334
にして参加者もなんとか建造物に避難するが、誰もが迅速に行動できるわけではない。
﹂
そんな戦闘慣れしていない参加者を庇った幾人かの〝サラマンドラ〟のメンバーが
死の風に呑み込まれて命を落とす。
﹁よくも、〝サラマンドラ〟の同士を・・・‼
︵ッ、何故このタイミングで‼
︶
サギもこれ以上の被害が出る前に対処しようとギフトカードを取り出したが、
それを見ていることしかできなかったサンドラの赤い髪が怒りで燃え上がる。黒ウ
?
年の死を覚悟した瞬間、
﹁ーーーDEEEeeeEEEEN‼
?
に対して命無き鉄人形の相性は抜群だ。
死の風は紅い巨兵ーーーディーンのその剛腕によって阻まれていた。死を与える風
﹂
しかし気付いた時にはもう遅い。黒ウサギの脚力をもってしても間に合わない、と少
視界の隅で参加者の少年が逃げ遅れているのを見つけてしまった。
?
死の風を防ぐディーンの背後にいた飛鳥が少年に避難するように声を掛ける。すぐ
﹁今のうちに逃げなさい。ステンドグラスのことは後でいいわ﹂
最終局面へ
335
さま建物の中に逃げ込んだ少年を確認してから魔王へと向き直る。
﹂
その瞬間、無情にもペストは飛鳥へ向けて言い放ち、死の風を操って三方向から襲わ
﹁邪魔よ﹂
せた。
のことは理解しており、早々に死を覚悟する。
飛鳥は身体能力も年相応の女の子だ。咄嗟に避けられるわけがない。飛鳥自身もそ
飛鳥へと襲い掛かった。
二つはなんとかディーンの両腕で防いだが、残る一つはディーンの防壁をすり抜けて
それを見て黒ウサギは焦り声を上げた。
﹁飛鳥さんッ‼
?
336
ツラ
﹁ーーー情けねぇ面してんなよお嬢様‼
﹂
﹂
フトに対して初見であるペストとサンドラは唖然として見ている。
そんな飛鳥へと襲い掛かる死の風を破砕する音と共に十六夜が現れた。十六夜のギ
?
いようにペストが殴り飛ばされた方向からは目を離さない。
殴り飛ばして戻ってきた十六夜にお礼を言いながらも、飛鳥は同じ過ちを繰り返さな
﹁なに、気にするな﹂
﹁ありがとう、十六夜君。正直助かったわ﹂
せながらペストを吹き飛ばした。
未だに唖然としていたペストの懐に飛び込んで拳を振るい、数多の建造物を粉々にさ
﹁ボーッとしてんな魔王様‼
?
お二人ともご無事で‼
﹂
黒ウサギとサンドラも警戒しながら二人へと近付いてくる。
?
?
﹁そっちもな。・・・黒ウサギ、一つ確認したいんだがペストに蠅王紋みたいな紋章はな
﹁飛鳥さんに十六夜さん‼
最終局面へ
337
かったか
﹂
﹂
十六夜の質問の意図に気付いて聞き返す飛鳥。
や
﹁なんだ、お嬢様は王臣と戦りあったのか
でいたから本人に聞いたのよ﹂
﹂
?
から王臣であると推測できる。
ペストが〝遊びは終わり〟と言った時に鷹宮に魔力を上げることを促していたこと
吹き飛ばされたペストが戻ってくるのを見ながら十六夜の質問に答える黒ウサギ。
﹁・・・なるほど。そういうことでしたら彼女にもあると思います﹂
知っている王紋紋のことを手短に教える。
すっかり蚊帳の外になっていた黒ウサギが王臣紋について聞いてきたので、二人は
﹁あ、あの∼、黒ウサギ達にも分かるように説明を・・・﹂
﹁そうみたい。だけど本人は〝魔力はあっても扱い切れていない〟って言ってたわ﹂
﹁ってことはレティシアは男鹿の王臣になったのか。魔力も使えんのか
﹂
﹁ラッテンと戦いはしたけど直接見てはいないわ。レティシアの左手に蠅王紋が浮かん
?
?
?
﹁もしかして、十六夜君が言ってるのは王臣紋のことかしら
338
﹂
﹂
﹁追い打ちを掛けてこないと思っていたら、作戦の打ち合わせ
﹁いや、ちょっとした確認なんだが・・・もう訊いていいか
?
﹁このギフトゲーム、ゲームマスターは鷹宮か
﹂
いと考えているのだろう。ペストに何気ない様子で質問する。
十六夜は何かに気付いたようだがその確証はなく、気付いたことを知られても関係な
?
魔王の主なら可能性とし
という公式が成り立っており、そんなことは考え付きもしなかった。
とサンドラは箱庭で過ごしてきただけに〝主催者権限を扱う魔王=ゲームマスター〟
横で聞いていた三人は最初、十六夜が何を言っているのか分からなかった。黒ウサギ
?
?
う。
〝今回は失敗みたいだがな〟、と離れたところに顕現している巨大な蠅王紋を見て言
作戦が可能になる﹂
強さなら敵の戦力分配をミスさせて各個撃破・・・俺達が今回立てた作戦を逆手に取る
能なお前が相手取り、鷹宮達が少数を叩く。鷹宮がゲームマスターに成り代われる程の
ては十分あり得る。魔王としてゲームマスターだと誤認させた多勢を広範囲攻撃が可
﹁程度は知らねぇが忠誠を誓わないと王臣紋は出ないんだろ
最終局面へ
339
実際、ペストと鷹宮ーーー紋章使いとの相性は最悪と言ってもいい。それに加えて広
範囲型のペストと一点集中型の鷹宮とで戦えば鷹宮が勝つだろう。
これだけを聞けば主催者側が有利にしかならないルールだが、当然その代償もある。
〝ゲームマスターを打倒〟という点では、鷹宮よりもある程度の再生が可能なペスト
の方が持久力が高いため、打倒される可能性は高くなる。そして男鹿しか知らないこと
だが、ゲームマスターがステンドグラスを保持していることで、ゲームマスターの打倒
﹂
によって全ての勝利条件を同時にクリアされる可能性があり、参加者側は魔王を隷属と
いう報酬を獲得しやすくなっているのだ。
﹁・・・そう思うなら今からでも忍と戦いに行ったら
﹂
?
付ける必要があるのだ。
・・・できるものなら私を抑え切ってみなさい‼
このままでは参加者に更なる犠牲者が出るのも時間の問題だ。
再び死の風を振り撒き始めるペスト。
﹁四人ならできるとでも
?
効な遠距離攻撃手段が少ない。他に黒ウサギとサンドラの神格級ギフトで注意を引き
かし広範囲を狙えるペスト相手に二人では心許ないし、何より飛べるペストに対して有
今分かっている限りでペストに対抗できるのは十六夜と飛鳥のディーンだけだ。し
﹁そうもいかないだろ。お前を少人数では抑え切るのは面倒だからな﹂
?
340
ア
レ
﹁・・・黒ウサギ。とりあえずは作戦を優先してやるが、ペストをなんとかできんのか
﹁ご安心を‼
﹂
今から魔王と此処にいる主力ーーー纏めて、月までご案内します♪﹂
を口元に当てて微笑む。
暗に〝できなければ俺がやる〟と言う十六夜に対し、黒ウサギは白黒のギフトカード
?
その拳は鷹宮に真正面から受け止められてしまった。
もう本当に時間がない。黒死病がこれ以上進行しないうちに鷹宮を倒そうとする。
転送玉から鷹宮が出てきた瞬間に男鹿は拳を振るった。
﹁ーーー今度こそ本当に最後の戦いだ﹂
る程度には力を入れて身体を動かすことができる。
先程は急な脱力に膝を着いてしまったが、弱っていることを理解さえしていれば戦え
させた紋章も力強さをそれなりに取り戻している。
転送玉によって転移させられた男鹿はすぐに周囲を見回して態勢を立て直す。展開
★
黒ウサギの言葉にその場にいた者が疑問を抱いた刹那、全員がその場から消えた。
?
﹁ーーーこれは諸刃の剣。俺自身もまだ制御し切れていない力だ﹂
最終局面へ
341
拳を受け止めている鷹宮の手に力が込められる。
今の男鹿は密閉されたビンの中で火薬を爆発させているようなものだ。鷹宮の過剰
殴り合いを始めて十合目の打ち合いの直前、男鹿が大きく吐血する。
﹁ーーーガハッ﹂
荒技に魔力を使う技を行使する余裕がない。
が対等であっても発露はできず、男鹿は相反する魔力をぶつけるという初めて使用する
そこからはただの殴り合いだ。男鹿の魔力が充満している以上、鷹宮の内包する魔力
りを鷹宮の腹に叩き込むことで二人の距離が開く。
その言葉を最後に鷹宮は空いている拳を男鹿の顔面に振るい、それに対して男鹿は蹴
るのみ﹂
﹁やはりまだ負荷に慣れていないな。・・・これが今の俺の限界だ。お互いに後はぶつか
しかし口端からは血が流れ、皮膚は所々で裂けている。
今の鷹宮は対消滅エネルギーで増幅した男鹿と同等の魔力を内包している。
そこからさらに魔力を引き出す﹂
﹁さっきも言ったが、俺が禅十郎に習ったのは魔力の抑え方だ。今はニュートラル・・・
男鹿はさらに押し込もうとするが、鷹宮も引かずに押し返す。
﹁だが、その力を使わない限り今のお前とは戦えない﹂
342
な魔力による肉体崩壊よりも、無茶な魔力増幅で弱った男鹿の限界の方が早く訪れるの
は必然だった。
その直前、振りかぶった拳は黒い影によって阻まれた。
にトドメを刺す。
鷹宮も既に左腕に殴る程の力は入らず、それでも右腕を振りかぶって隙ができた男鹿
﹁ーーーじゃあな、男鹿。最高に楽しかったぜ﹂
最終局面へ
343
344
鷹宮は影が割り込んできた時点で後退している。
その影は男鹿を包み込んで外界から守る殻のようだったが、徐々に形が崩れて龍の顎
のような形を形成していく。
解かれた影の殻からは吐血した口元をそのままに呆然とする男鹿。
その男鹿の前には真紅のレザージャケットと奇形のスカート、そして左手に蠅王紋を
輝かせたレティシアが男鹿を庇うようにして立っていた。
※ 全ての決着
インドラ
チャンドラ
軍神ではなく、 月 神の神格を持つギフト・・・‼
﹂
黒ウサギの言葉とともにハーメルンの街から消えたペストと主力陣は、石碑のような
チ ャ ン ド ラ・マ ハ ー ル
白い彫像が数多に散乱する月の神殿ーーーそう、月にいた。
?
絶えてしまう‼
︶
︵ハーメルンの街から離れ過ぎだわ・・・これでは魔道書の力も忍からの魔力も供給が途
それに何より、
きても月神のギフトは予想外だった。
流石のペストも驚愕を隠せずにいる。〝月の兎〟の逸話から軍神のギフトは予想で
﹁チャ、〝月界神殿〟‼
?
﹂
兎〟とギフトを砕く十六夜だけは勝てるとは断言できない。
ペストならば自力だけでも十分に戦えるが、底の知れない最強種の眷属である〝月の
ジリ貧もいいところだ。
しまったのは痛い。供給されていた力はすぐに消滅するわけではないが、このままでは
かなりの距離ができてしまったためにペストの力を底上げしていたリンクが切れて
?
﹁こうなったら魔力が底を尽く前に終わらせる・・・‼
※ 全ての決着
345
?
﹁ハッ、やれるもんならやってみな・・・‼
﹁その手を離せ・・・‼
﹂
﹂
どうやら実力の分からない十六夜から潰すつもりのようだ。
衝撃波を浴びせ続ける。
き込む。ペストはそのまま十六夜の腕を離さず、ジャイアントスイングの要領で延々と
そして受け止めると同時に防げないように殴り掛かった右腕の方向から衝撃波を叩
る身体強化に加えて自らの風で背中を後押しすることでその場に踏み止まったのだ。
ヴェーザーとの戦いで十六夜が疲弊していたこともあるが、ペストは残った魔力によ
そんな十六夜に対し、ペストは躱さずに両手を重ねて受け止めた。
かりに突進して右拳を振るう。
ペストは黒い風を衝撃波に変えて放ち、十六夜は〝その程度の攻撃は問題ない〟とば
方で何かのやり取りをしている。
ペストが戦闘態勢をとった瞬間に十六夜とサンドラが迎え撃ち、黒ウサギと飛鳥は後
?
﹁鬱陶しいわね﹂
げ放つ。
当たらないように炎を掌で槍状に変化させて回転の中心にいるペストへと真上から投
最初に十六夜が切り裂いた死の風の隙間を縫ってサンドラが近付き、十六夜に攻撃が
?
346
放たれた炎槍に向けて死の風で防壁を作る。
黒ウサギの〝疑似神格・金剛杵〟の雷撃でさえ霧散させた死の風だ。サンドラの豪炎
﹂
も等しく霧散させて追撃を放つ。
﹁しゃらくせぇ‼
﹂
うに再生しながら死の風に乗って飛んでくる。
多少の打撃は与えられたが、クレーターの中心にいるペストは何事もなかったかのよ
は流石に衝撃を殺せずに吹き飛ばされ、月面に新たなクレーターを作り出している。
ペストは舌打ちしながら手を離して踵落としを防ごうとする。しかし小細工なしで
﹁チッ﹂
る。
転させ、サンドラへ追撃を掛けた死の風ごと踵落としをペストの脳天に叩き込もうとす
そしてサンドラの援護によって衝撃波が緩まった一瞬で掴まれた腕を軸に身体を回
?
?
﹁死の風を吹き飛ばします‼
お二人は援護を‼
﹂
?
一人突っ込んでくる黒ウサギにペストは残り少なくなった魔力を乗せた死の風を浴
?
身で単身ペストへと突っ込んだ。
十六夜がボヤきながらも再び突撃しようとした時、後ろから追い抜いた黒ウサギが生
﹁ったく、これ普通にやって倒せんのか
※ 全ての決着
347
びせかける。〝月の兎〟さえ倒すことができれば魔力が尽きてもペストに勝機はある。
?
を放つ鎧だ。
?
その光に触れた死の風は一瞬で霧散して消えてしまう。
?
?
向かって叫んだ。
﹁撃ちなさい、ディーン‼
﹂
したペストに止めを刺すべく、黒ウサギはこの場にいる最後の一人、後ろにいる飛鳥に
いきなり現れた太陽の光に対して咄嗟に腕で目にかかる光を遮りながら大きく後退
﹁クッ、軍神に月神に太陽神・・・‼ 護法十二天を三天までも操るなんて・・・⁉
﹂
息子であるカルナが纏ったという不死の鎧であり、限りなく太陽の光に近い黄金の輝き
召喚された武具は黄金の鎧、それもただの鎧ではない。太陽神であるスーリヤとその
﹁寒冷期に存在しなかった、太陽の輝きです・・・‼
﹂
喚するギフト、〝叙事詩・マハーバーラタの紙片〟を掲げる。
黒ウサギは言いながら、黄金の鎧が描かれた紙片ーーーインドラに縁のある武具を召
の弱点。それはーーー﹂
﹁無駄です。貴女が太陽を憎む原因となった黒死病、寒冷期に猛威を振るったその最大
348
﹁DEEEEeeeeEEEEN‼
・
・
・
・
﹁ハ、アアアアァァァァ‼
・
・
﹂
・
・
﹂
それを残り少ない魔力で強化された肉体が反射の領域で掴み取ったのだ。
ら飛来した槍。
奇しくも太陽の輝きを防いでいたことから腕は前に構えられ、そこへ向けて真正面か
だから次に起こったことは偶然であり、またペストの最後の足掻きだった。
その時、ペスト自身も確信してしまった。これは避けられないと。
その時、黒ウサギ達は確信していた。これは避けられないと。
これこそが飛鳥が黒ウサギから授けられた切り札だ。
ら召喚された穿てば必ず勝利・する必勝の槍をペストへと投擲する。
・
カルナが持っていたとされる太陽の鎧と同じく、〝叙事詩・マハーバーラタの紙片〟か
黒ウサギの叫びに応えるように飛鳥は指示を出し、ディーンはその手に持つ槍ーーー
?
掴んだと認識した瞬間にペストは槍の生み出す莫大な推進力に抗うために最後の魔
?!
こんなところで負けられないッ‼
?
﹂
力を振り絞る。しかしそれでも魔力が足りないのか、徐々に腕を押し込まれていく。
﹁私はッ‼
?
※ 全ての決着
349
またしてもペストの最後の足掻きか、または必然か。〝火事場のクソ力〟とでも言え
るかもしれない。
鷹宮とのリンクが途切れて消費されるだけだった魔力がペストの内から湧き上がっ
てきた。
八OOO万の悪霊群ーーーそれは男鹿達の世界で言われる下級悪魔の大群であり、箱
庭の世界で言われる有象無象の悪魔の一形態であり、魔力など扱えようもない存在だっ
た。
しかし、扱えないだけで悪魔の核であるともいえるエネルギーを外部からの供給とい
﹂
う形で扱ったペストは魔力の扱いを曲がりなりにも可能にしたのだ。
﹁第二射、飛ばしなさい、ディーン‼
﹂
再 び の 飛 鳥 の 指 示 に デ ィ ー ン は 槍 ー ー ー で は な く 掌 に 乗 せ た 十 六 夜 を 投 げ つ け る。
?
そんな状況をわざわざ見守る程、彼らは甘くも優しくも間抜けでもない。
出したペスト。あとは推進力が衰えるまで我慢できればペストの勝ちだ。
自分でも感覚でやっている魔力の引き出しにより、迫る槍の進行と拮抗する力を生み
﹁こ、この・・・程度、なんかで・・・‼
?
350
﹂
投げられる慣性を味方につけ、疲弊している十六夜のスピードは第三宇宙速度を叩き出
す。
﹁ーーーさようなら、〝黒死斑の魔王〟﹂
穿たれた必勝の槍は千の天雷が迸り、万、億の天雷へと増えていき敵を焼き尽くす。
柄の先端部分を捉えて押し込まれる。
槍の推進力に抗っているペストにはそれを見ていることしかできず、十六夜の蹴りが
﹁努力を無下にはしない。が、今回はこれで終わりだ‼
?
﹂
その光景を前に飛鳥は別れを告げ、一際激しい雷光に包まれたペストは遂にその姿を
消した。
﹁ーーー黒ウサギ、ゲームはどうなった
黒ウサギは急いで手元の〝契約書類〟を確認する。
ペストが消滅した静寂を破ったのは十六夜だった。
?
﹁なら急いで地上に戻りましょう﹂
だ。
やはり十六夜の推測は正しく、設定されたゲームマスターは鷹宮だったということ
﹁・・・まだ勝利条件は一つも満たされていません﹂
※ 全ての決着
351
報告を聞いた飛鳥がすぐに提案し、主力陣は再びハーメルンの街へと転移するのだっ
た。
★
十六夜達が月面でペストを相手に奮闘している頃。
ティシアもボロボロだが、今の男鹿と鷹宮に比べれば軽傷といえる程度の傷だ。
レティシアは槍を構え、影を伸ばしながら威嚇するように敵意を向ける。確かにレ
かなるぞ﹂
﹁お前がルシファーの契約者か。随分強気のようだが、今のお前なら私一人でもなんと
それに対してレティシアは男鹿に向けていた表情を切り替えて鷹宮を睨み付ける。
鷹宮はレティシアの王臣紋を一瞥するも、今は興味がないので退くように言う。
れよりも邪魔をするな﹂
﹁〝ノーネーム〟の吸血鬼か。王臣という報告は聞いていなかったが・・・まぁいい。そ
いる男鹿を間一髪で救えたことに安堵の表情を浮かべていた。
レティシアは前の戦闘で自らもボロボロになりながら、自分以上にボロボロになって
﹁なんとか間に合ったな﹂
352
﹁心配するな。お前如き今のままで十分だ﹂
振りまいていた魔力を抑えながら右手に紋章を浮かばせる。
男鹿に対抗するために諸刃の剣たる魔力の引き出しをしていたのだ。レティシアを
相手取るのにその必要はないし、男鹿が弱って空間の制御が落ちている今ならば同系統
の紋章術なら使えると分析する。
もちろん実際には流石の鷹宮もそこまでの余裕はないかもしれない。だがハッタリ
も立派な戦術の一つ、そんなことは微塵も思わせない。
﹁ーーー退け、レティシア﹂
﹁なっ﹂
レティシアが仕掛けようとしたその時、その左肩に手を置いて鷹宮と同じことを言う
わり
男鹿に押し退けられた。
﹁悪ぃな鷹宮。続けようぜ﹂
口元の血を拭いながら前に出る男鹿。
今度はレティシアが男鹿の右肩を掴んで制止する。
﹁何を言っているんだお前は‼ もう身体が限界なのは見れば分かる。奴も似たよう
※ 全ての決着
353
どうにか説得を試みるが男鹿が下がる気配はない。どころか掴まれた肩の手を振り
なものだ、私一人でもやれる。だからお前は下がれ﹂
?
解こうとする男鹿にレティシアも声を荒げてしまう。
﹂
?
ち
こ
れ
いつもならここまで言われればレティシアも引いていたかもしれない。自分の誇り
男鹿の問い掛けに応えるようにベル坊も強い返事を返す。
﹁ダァッ‼
﹁それに俺は一人じゃねぇよ。なぁベル坊﹂
てしまう。
そんな男鹿の決意を見せられたーーー魅せられたレティシアは掛ける言葉が途切れ
ず、お互いにしか攻撃を受けてはいない。
まで男鹿と鷹宮の決闘だ。途中で黒ウサギ達と合流した時もお互いしか攻撃しておら
男鹿もギフトゲームとして鷹宮を早く倒そうともしたが、今回の戦いは最初から最後
いだ。俺が戦らなきゃ意味がねぇ﹂
や
﹁確かにギフトゲームは俺だけの戦いじゃねぇんだろうな。けど鷹宮との喧嘩は俺の戦
そっ
それを聞いた男鹿は力を緩め、それでも前を見ながらハッキリと答える。
?
?
一人で戦おうとするんだ‼
﹂
﹁いい加減にしろ‼ ギフトゲームはお前だけの戦いではない。何故無理をしてまで
354
を賭けるような決闘だ。それは時にはギフトゲーム以上の価値を生み出すことを古参
のレティシアは理解している。
それでも今の二人は対等ではない。
黒死病に侵された男鹿は魔力を引き出すこともできるのかと疑える程に身体を蝕ま
れている。見れば戦闘で敗れた服の下には黒死病の証たる黒い斑点がギフトゲーム前
に見た時よりも広がっていた。
そして見ていたからこそ、レティシアはその変化にすぐに気が付いた。
その呟きに男鹿も自分の腕を見ると、黒い斑点が見る影も残っていなかった。
﹁辰巳、腕が・・・﹂
黒死病の呪いが解かれたのだ。それが意味することは、
﹁ペストもやられたか﹂
鷹宮が端的に述べる。
これでレティシアが心配していた二人の差はほとんどなくなった。これなら魔力を
過剰に引き出しても決着を付ける分には問題もない筈だ。
〝だが〟と続けて、
レティシアも男鹿を信じて待つ覚悟を決める。
﹁・・・分かった、もう何も言うまい。全力を尽くして戦ってくれ﹂
※ 全ての決着
355
﹁これは返させてもらうぞ﹂
肩に置いていた手をずらして背中に合わせる。そしてレティシアに供給されていた
魔力が彼女の意思によって男鹿に戻される。
これで本当に二人の差はなくなり対等な存在となった。
﹂﹂
?!
男鹿と鷹宮は同時に声を上げて走り出す。
﹁﹁ハアァァァァアアアアッッ‼
その一撃に残りの全てを込めて相手にぶつける。
故に最後の衝突は一撃のみ。
で弱って追い込まれ、鷹宮は追い込みながらも左腕は使い物にならない状態だ。
とは言っても二人とももう限界なのに変わりはない。男鹿は止めを刺される寸前ま
﹁待たせたな、決着を着けようぜ﹂
レティシアは数歩下がって見守る態勢を取る。
﹁ご武運を、マイマスター﹂
356
お互いの今出せる限界まで魔力を引き出し、右腕を振りかぶって相手の顔に狙いを付
ける。
防御も回避も考えない。防御に力を回すくらいなら攻撃に力を回し、回避に力を回す
﹂
くらいなら更なる攻撃に力を回す。
﹁鷹宮ぁぁーーッ‼
﹂
最後の力で男鹿に言葉を向けて気を失う。
仰向けに倒れたのは鷹宮。
﹁・・・チッ。強い、な。ーーー男鹿﹂
れる。
拮抗は一瞬、次の瞬間には片方の拳は振り抜かれ、片方は殴り飛ばされて仰向けに倒
拳の射程に入り、お互いの拳が相手の顔に突き刺さる。
﹁男鹿ぁぁーーッ‼
?! ?!
﹁・・・てめぇもな。ーーー鷹宮﹂
※ 全ての決着
357
拳を振り抜いた状態の男鹿。
最後の力で鷹宮に言葉を向けて同じく気を失う。
本当に限界だったのだ。
決着と同時に男鹿も膝から崩れ落ちるが地面に倒れることはなく、横から伸ばされた
腕によって優しく受け止められる。
こうして全ての戦闘は決着を迎えたのだった。
気を失った男鹿をレティシアは受け止め、ゆっくりと地面に横たわらせる。
﹁お前の勝ちだ、辰巳。ゆっくりと休め・・・﹂
358
面倒事の予感
男鹿が目を覚ましてまず目にしたのは見慣れない天井だった。
寝起きながら部屋を見回すと、ここがペストとのギフトゲーム時に感染者の隔離部屋
﹁ここは・・・﹂
として使われていた個室と同じ造りであることは分かった。
ベル坊はこの場にいない。ヒルダが連れているのだろうか。
窓の外を見れば空が明るくなっている。ギフトゲームを再開したのが夕方だったこ
とから倒れてそのまま朝を迎えたのかと思う。
そんな風に状況を考えていると、部屋の扉が開かれて人が入ってきた。
﹁ん、もう起きたのか﹂
入ってきたのは最後に見た大人姿のレティシアではなく、普段のメイド服に身を包ん
だ少女姿のレティシアだった。どうやら起きない男鹿の様子を見に来たようだ。
﹂
?
たことには繋がらない。仮に負けていたとして〝捕虜として治療を受けている〟など
黒死病が消えたことも鷹宮を倒したことも覚えているが、それはギフトゲームに勝っ
﹁レティシア・・・ギフトゲームはどうなったんだ
面倒事の予感
359
と言われるのは冗談ではない。
﹂
?
達が駆け寄ってきた。
?
してだが。
てくる。もちろん鷹宮も倒れているのを確認して一先ずは戦いが終わったことを理解
倒れている男鹿に寄り添っているレティシアを見て、十六夜がニヤつきながら茶化し
﹁なんだ、もしかして邪魔したか
﹂
男鹿が鷹宮を倒して間もなく、ペストとの戦いが終わって月から帰ってきた黒ウサギ
★
とレティシアは前置きしてから男鹿が倒れた後のことを話し始める。
﹁まぁ驚くのも無理はないな。それではあの後、辰巳が倒れてからの話をしよう﹂
とは思わなかった。
男鹿が心配しているようなことは無かったが、まさか自分が一日以上眠り続けていた
レティシアの言葉を聞いて男鹿の思考が停止する。
﹁・・・は
﹁安心しろ、我々の勝ちだ。もうギフトゲーム終了から一日以上経過しているぞ﹂
360
﹁十六夜、ギフトゲームはまだ終わっていないのだぞ。辰巳の手当てをしてから我々も
ステンドグラスの探索だ﹂
気を抜いている十六夜を窘めてから次の行動を決めていくレティシア。言っている
ことは間違っていないので、十六夜も男鹿を運ぶために近寄る。
そこで変化は起きた。
十六夜の向かう先、男鹿とレティシアのすぐ後ろに空間の歪みが発生していた。
﹂
それに十六夜は見覚えがあった。審議決議の時、鷹宮が使用していた転送玉の兆候に
酷似しているのだ。
﹁レティシア、何か来るぞ‼
各々が身構えてその現象を見守っていると、そこから現れたのは銀髪銀眼の人形のよ
る。
十六夜の警告によって即座に気付いたレティシアは男鹿を抱えて歪みから距離を取
?
﹂
うな少女ーーールシファーだった。
?
少女という風にしか映らなかった。
が、ルシファーの姿を知らない十六夜と飛鳥とレティシアには敵意も感じられない幼い
鷹宮の記憶でルシファーのことを知っている黒ウサギとサンドラは改めて警戒する
﹁あ、貴女は・・・‼
面倒事の予感
361
﹁皆さんお気を付けください‼
﹁私にか・・・
﹂
彼女はーーー﹂
そのままレティシアの前まで飛んできて手に持っていたものを渡してくる。
一同気付いた。
フワフワとルシファーが近付いてくるにつれて、彼女が手に何かを持っていることに
かったが、先程述べた通り敵意は感じないので近付いて来ても警戒するだけに留める。
黒 ウ サ ギ の 必 死 さ か ら 敵 ー ー ー 恐 ら く は 鷹 宮 の 契 約 悪 魔 ー ー ー だ と は 三 人 に も 分
黒ウサギが何かを言い終わる前にルシファーは空中に浮かびながら近付いて来る。
?
﹁ステンドグラスか・・・‼
﹂
﹁・・・アリ、ガ、トウ・・・﹂
河が描かれたステンドグラスーーー〝真実の伝承〟が描かれたステンドグラスだった。
レティシアの言葉に近くに残っていた十六夜と飛鳥が覗き込む。それはヴェーザー
?
た。
取り敢えず受け取ったレティシアは、渡されたものを見てすぐにこれが何かを理解し
する。
怪訝な表情を浮かべて聞き返すと、ルシファーはコク、と小さく首を縦に振って肯定
?
362
ステンドグラスを渡して一言、ルシファーはそう言うと消えてしまった。いったい何
に対しての感謝だったのだろうか。
倒れた鷹宮に止めを刺さなかったことだろうか。
﹂
鷹宮が待ち望んだ男鹿との戦いを、一度は中断させてしまったとはいえ最後は手を出
さずに二人の決着を見届けたことだろうか。
真実はルシファーのみぞ知る、というやつだ。
十六夜は正体を知っているであろう反応をした黒ウサギに問い掛ける。
﹁・・・で、結局今の白夜叉と特徴が被ってる銀髪ロリ二号はなんなんだ
﹁えっと、彼女は〝七つの罪源〟の魔王級悪魔、ルシファーです﹂
﹁ねぇ、ちょっと待って。どうして彼女はステンドグラスを渡してきたの
らずっと持っていればいいじゃない﹂
黒ウサギの言葉を聞いて飛鳥が疑問を浮かべる。
それに返したのは十六夜だ。
彼女が敵な
?
?
十六夜の考えは鷹宮が男鹿に言った通りのことだ。今回は鷹宮が男鹿を本気にさせ
正で引っかかってただろうぜ﹂
﹁そりゃ無理だからだろ。それができるならぶっ壊せばいいし、何よりルールの不備・不
面倒事の予感
363
るための策として男鹿に言う形となったが、どういう展開であっても何かしらの形で鷹
宮に勝てばルシファーが出てきたことだろう。
でなければ最初からクリア方法が一つしかなくなるのだから。
﹂
?
た場合だけ力や知恵を貸して欲しいということだ。ここにいない古市は魔界のティッ
つまりはもう人海戦術に必要な人数は確保されているから、それでも見つからなかっ
ら言われている﹂
我々は半日経っても見つからなければ探索に参加、それまでは休憩でいいとマンドラか
間 転 移 で 遠 方 の 各 地 に 向 か わ せ て 全 域 の 探 索 が 始 ま っ て い る。今 回 戦 闘 に 参 加 し た
を、それまでの探索チームと操られていた〝サラマンドラ〟の連中をアランドロンの空
﹁そのままの意味だ。黒死病が消えたことで比較的動ける参加を希望する者で街の中心
﹁ヒルダさん、探す必要がないってどういうことかしら
飛鳥はその言葉の真意を聞くためにヒルダへ問い掛ける。
ランドロンが割れて中から現れたは声の主であるヒルダだ。
みんなが後ろを振り返ると、そこには気付かぬうちにアランドロンが立っていた。ア
レティシアの提案を突然聞こえてきたヒルダの声が否定する。
﹁その必要はない﹂
﹁何はともあれ、まずは一枚だ。このまま他のステンドグラスも探すぞ﹂
364
シュを使用した副作用がないかを再び検査するため先に戻っているらしい。
﹁そう、ならお言葉に甘えようかしら。いい加減お風呂にも入りたいし、春日部さんも気
になるしね﹂
飛鳥と同じく黒ウサギも耀が気になるので付いていった。
レティシアと十六夜は両脇から男鹿を支えて治療に向かい、ヒルダはベル坊を抱えて
二人に付いていく。
サンドラは〝階層支配者〟として、〝サラマンドラ〟の頭首として指揮現場へと向か
う。
そうして半日もしないうちにステンドグラスの探索は終わり、〝偽りの伝承〟は砕か
れ、〝真実の伝承〟を掲げることでギフトゲームは終了したのだった。
★
無理だろう。
少しの間ならともかく、食事や風呂は流石に摂らなければならないのでずっと一緒は
と食事中だ。流石にずっと辰巳の近くに居させるわけにはいかないからな﹂
﹁ーーーそして今は祝勝会を兼ねた誕生祭の最中だ。あぁ、ちなみにベル坊はヒルダ殿
面倒事の予感
365
しかし、ベル坊は見た目と違ってかなり理解力のある赤ん坊だ。認識次第で男鹿と離
﹂
れられる距離は変わるので、男鹿が倒れている今、自分はしっかりしようという意識が
強まっているのだろう。
﹁鷹宮はどうなったんだ
わらなかっただろうが、それでも今回男鹿が鷹宮に勝てたのは実力ではなく運の問題
く男鹿だったかもしれない。鷹宮もボロボロだった以上、ギフトゲームの結果自体は変
もし最後の瞬間、レティシアが割って入って来なかったら負けていたのは鷹宮ではな
そんな状態で考えていたのは鷹宮との最後の戦いだ。
男鹿は休めと言われたが、ずっと寝ていたせいか全然眠気はない。
そう言ってレティシアは部屋から出ていった。
休んでいた方がいい﹂
﹁他の主殿は各々自由に過ごしているが、祝勝会はあと一週間近くやるから辰巳はまだ
男鹿が目覚めたのだから時期に目覚めるだろう。
聞けばどうやら鷹宮もまだ眠っているようだ。
ノーネーム〟で引き取ることになるだろう﹂
な。取り敢えずは辰巳達と同じ世界の人間だということで、本人が否定しなければ〝
﹁辰巳の治療をした後に同じく治療したよ。流石に放っておくのはどうかと思ったから
?
366
だ。仮に鷹宮が最初から本気を出して戦っていたら負けていた可能性はさらに大きい
だろう。
今回のように最後はぶっ倒れるなんて情けないことにはならないぐらいは。
﹁もっと強くならねぇとな・・・﹂
そう一人で決意しながら、結局は起き上がって男鹿も食事に向かうのだった。
その後の誕生祭では、飛鳥の連れていたとんがり帽子の精霊ーーーメルンが仲間に
なったり、十六夜が裏でマンドラと密約したり、鷹宮が正式に〝ノーネーム〟に入った
りと色々あったが〝ノーネーム〟の面々は大いに誕生祭を楽しんだのだった。
★
境界壁から帰ってきた一同は、地精であるメルンの手により死んでいた農園を復活さ
せるため、レティシアを中心にディーンと〝ノーネーム〟の子供達に土壌の肥やしにな
るものを集めさせていた。
﹂
しかし、〝火龍誕生祭〟に出向いていたメンバーの姿は農園にない。何処にいるのか
といえば、本館三階の談話室に集まっていた。
﹁・・・で、今回お前らのバックにいた黒幕はいったいどんな奴らなんだ
?
面倒事の予感
367
﹁知っているのは俺関係のバックであってペスト達のは知らないぞ﹂
単刀直入に聞いてきた十六夜に対して言い返す鷹宮。
そう、今回の誕生祭襲撃に関して〝ノーネーム〟の情報を流していた連中について聞
くための話をしていたのだ。
﹁七大罪・・・だと 馬鹿な、どうやって人間があの大悪魔達を捕らえられるというのだ﹂
道十二門も七大罪と同じく象徴となり得る強力な悪魔達だと言える。
レヴィアタン〟、〝サタン〟、〝アスモデウス〟、〝ベルゼバブ〟ーーーのことだ。黄
の頂点に君臨する七人の王ーーー〝マモン〟、〝ルシファー〟、〝ベルフェゴール〟、〝
男鹿達の世界における七大罪とは、箱庭の世界における〝七つの罪源〟と同じく悪魔
ファーもその内の一人だ﹂
﹁奴 ら の 手 中 に は 黄 道 十 二 門 や 七 大 罪 な ど の 強 力 な 悪 魔 が 既 に 何 人 も い る。俺 の ル シ
それを聞きながらも鷹宮は続けていく。
十六夜の膨大な知識から名前の由来を推察していく。
二体の悪魔を封印した旧約聖書の人物か。悪魔を扱うには打って付けの名前だな﹂
﹁ソロモン・・・古代イスラエルの三代目国王にして、ソロモン七十二柱と呼ばれる七十
ン商会。悪魔の力を売り買いする連中だ﹂ ﹁まぁ俺も詳しいことは興味がなかったから知らないがな。組織の名前はーーーソロモ
368
?
﹁知るか。詳しいことは興味がないと言っただろう﹂
ヒルダも突っかかるように疑問をぶつけるが、鷹宮は流すような返答をする。少し空
気が殺伐としてきて黒ウサギがオロオロとしているが、ちょうどその空気を振り払うよ
うにレティシアが入ってきた。
何やら白夜叉も話があるようで、できればすぐに
﹁それって別に俺達が行っても問題ないよな
﹁面白そうだし﹂
﹁黒ウサギも付き添いで行きます‼
﹂
?
〝男鹿達以外は駄目〟とは言われていないのでワラワラと十六夜達も立ち上がって
?
﹂
出してさっさと行こうとする。指名された男鹿達も立ち上がって続こうとする。
レティシアの言葉を聞いて少し立ち止まっていたが、溜息を吐くと共に転送玉を取り
な﹂
﹁済まないが白夜叉には辰巳達は必ず連れて来いと言われている。もちろん忍、お前も
そう言って出ていこうとする鷹宮をレティシアが止める。
﹁・・・なら話は終わりだな﹂
来て欲しいとの連絡があったのだが﹂
﹁話の途中で悪いのだが少しいいか
?
﹁そうね。仲間はずれは良くないもの﹂
面倒事の予感
369
続いていく。最終的に残ったのは農園復活の指揮を取っていたレティシアと誕生祭で
拠点を空けている間に溜まっていた仕事するジンだけだった。
★
﹁あの・・・白夜叉さん
これはいったい何ですか
﹂
?
かった。
〝やっぱりか〟ともう隠すことなく嫌そうな顔になる。それで呼び出した理由も分
﹁大魔王からのビデオレターだ﹂
念のために古市が希望を捨てずに白夜叉に聞く。
?
それはそうだろう、二人の予想が正しければ確実に面倒事が舞い込んでくるはずだ。
それを見た瞬間、男鹿と古市はものすご∼く面倒そうな顔になった。
〝むすこへ、だいちゃんより〟
見せてくる。ただの変哲のないCDに見えるが、表面には手書きでこう書かれていた。
白夜叉は着物の裾から、和式で統一された私室には合わないだろうCDを取り出して
ての﹂
﹁済まないな、間も置かずに呼び出して。帰って来てから呼び出す理由ができてしまっ
370
﹂
タイトルはベル坊宛だが、とりあえず同じ世界の人間には見せた方がいいという白夜
叉の判断なのだろう。
﹁しかし、何故白夜叉様のところに送られて来たのですか
いながらも何も言わない二人である。
十六夜達は純粋に楽しみのようだが、〝経験的に今回も顔は見れないだろうな〟と思
﹁Yes。過去のとはいえ箱庭で魔王だった方ですからね。少し緊張しますよ﹂
﹁ベル坊の親父か。どんなのか楽しみだな﹂
れ見える位置に陣取る。
なかなか動こうとしない男鹿と古市を他所に、CDの見れる部屋へと移動してそれぞ
﹁では早速見てみるとしよう﹂
不思議だった黒ウサギの疑問だが、ヒルダの言う考えで納得する。
るようだしな﹂
﹁それは私が報告として白夜叉殿の話をしていたからだろう。話によれば旧知の仲であ
?
る。
い。映っているのはカエルとウシのパペットを両手に装着した黒子のような人物であ
耀の言葉に二人も画面を見るが、画面には大魔王どころかまともに人が映っていな
﹁あ、映った﹂
面倒事の予感
371
﹃ヤッホー、息子よ元気ー
﹄
わしだよーわしわし。あ、別にわしわし詐欺じゃないからね
?
画面のカエルが忙しなく喋るように動く。
?
どうよこれ
なかなかの完成度じゃね
﹄
?
﹃あ、マジで
わしそんなに喋ってた
﹄
?
えてくる。
ふと大魔王の雑談を遮るように別の声が入り、黒子のような人物と会話する声が聞こ
﹃はい。それに本題を喋る時間も考えますとバッテリーが少し不安です﹄
?
﹃大魔王様、そろそろ本題に入らなければビデオが止められてしまうかと﹄
クオリティが高い〟とか長々と十分近く無駄話が続いた。
そのまま〝このパペットは自作でどこをどう拘って作った〟とか〝最近のゲームは
けなのだから無理もない。
まぁ異世界にまで送ってきた映像の内容がパペット練習の出来栄えを見せているだ
律儀に感想を述べる飛鳥だが、他の女性陣も困惑の表情を浮かべている。
﹁まぁ確かに上手だとは思うのだけれど・・・﹂
カエルと同じようにウシも忙しなく喋るように動いている。
?
﹃最近さー、テレビのバラエティでパペット劇場みたいの見てハマってるんだよねー。
372
﹁よ、ようやく本題ですか・・・﹂
﹁そうだな。男鹿や白夜叉の〝アホ〟って認識がよく分かったな﹂
いつ本題に入るか分からなかったためにずっと聞いていたヒルダ以外の全員の考え
を代弁するように黒ウサギが呟く。
同時に呟いた十六夜の感想にもまたヒルダ以外の全員が納得してしまった。
﹃いや∼メンゴメンゴ。じゃあ時短で巻いた方がいいよねー。もう面倒だしこのまま本
題に入ろうか﹄
﹂
れそれ、ぶっ潰したんだけどさー﹄
のだった。
﹃ソロモン商会です﹄そうそ
本題が始まったと安堵していた一同は、いきなりの爆弾発言に別の意味で唖然とした
?
ギはツッコミを放棄してしまっていた。
ついには表情が変わりにくい耀まで唖然として呟いている。もう自由過ぎて黒ウサ
﹁え、顔出しなし
?
﹃じゃ、本題ね。実はこっちで・・えっと、ソロバン教室
面倒事の予感
373
あ
大罪とか罪源とかややこしいんだよ
?
さらに左手の王臣紋も無意識に共鳴して光り輝く程度には魔力は高まり続けており、
した結果として魔力を敏感に感じ取れるようになっていたようだ。
今までなら離れた魔力を感じることはなかったのだが、どうも王臣として魔力を使用
の中けら感じた。
レティシアが残りの仕事を反芻しながら移動していると、不意に魔力の高まりを屋敷
ら・・・﹂
﹁よ し、屋 敷 の 方 は 問 題 な い な。後 は 食 糧 や 日 用 品 の 残 量 確 認、昼 食 の 準 備、そ れ か
して主力陣が留守の間もしっかりと働いてくれていたようだ。
しかし無用の心配だったようで特に目立った汚れも散らかりもなく、年長組を中心と
いないか確認したかったのだ。
ものを集めていたが、メイドとしては本拠を留守にしていた間も屋敷の手入れを怠って
昨日は農園区復興という希望を前にして瞳を輝かせた子供達と土壌の肥やしになる
〝火龍誕生祭〟から帰ってきた翌日、レティシアは屋敷を見て回っていた。
一時の別れ
374
もしかしたら自分だけではなく十六夜達も気付いているかもしれないと思う。
とにかく何が起こっているのかを知るために急いで魔力を感じる方向へと走り出す。
戦闘音がしないことから大きな問題ではないと思いたいが、感じ取れる魔力量が半端
なく多いため不安になる。
と、考えていたら今度は急速に魔力が少なくなっていき、次第に感じ取れなくなるの
と同時に魔力を発していた部屋へと到達した。
﹁入らせてもらうぞ。いったい何、が・・・﹂
〝あった〟、と続けようとしたレティシアは部屋に広がる光景に言葉を詰まらせる。
床には男鹿がうつ伏せ、古市が仰向けで倒れ込んでいて、ベル坊がそんな二人を叩い
ている。
近くのソファーには鷹宮もぐったりとして座りながら俯いていて、隣にちょこんとル
シファーも座っている。
そ ん な 三 人 を 他 所 に 鷹 宮 が 座 っ て い る の と は 別 に 机 を 挟 ん で 向 か い あ っ て い る ソ
ファーでヒルダが優雅に紅茶を飲んでおり、部屋の中央にはアランドロンが肌を瑞々し
﹂
くさせ、顔をホクホク顔にして立っている。
?
唖然としているレティシアの疑問にヒルダがティーカップを置きながら答える。
﹁・・・本当に何があったんだ
一時の別れ
375
﹁ん、レティシアか。これから元の世界に帰ろうと思ってな。こいつらから魔力を搾り
取っていたところだ﹂
確かに昨日、〝サウザンドアイズ〟から帰ってきた時に軽く説明はされたが、まさか
ならば見送りにみんなを呼んでくるから少し待って
こんな死屍累々の状況になるとは誰も思わないだろう。
いてくれ﹂
﹁そ、そうか。ではもう行くのか
代表した飛鳥の見送りの言葉を受けてアランドロンが割れると転送段階に入り、ヒル
﹁えぇ、何か魔界特有のお土産でもよろしくね﹂
﹁全員揃っているなら都合がいい。私達はもう行くぞ﹂
な魔力を感じ取れたようだ。
戦闘力の高い十六夜や黒ウサギはともかく、飛鳥やジンも戦闘力はないとはいえ膨大
耀の言葉に他のみんなも頷いている。
﹁あれだけの魔力なら流石にわかる﹂
﹁やはり主殿達も気付いていたか﹂
その後ろには飛鳥、耀、黒ウサギ、ジンとみんな揃っている。
レティシアが踵を返して呼びに行こうとした横から十六夜の声が掛けられる。
﹁いや、俺達ならもう来てるぜ﹂
?
376
ダはその中へと消えていったのだった。
★
﹃ソロモン商会です﹄そう
時は大魔王のビデオレターが再生されて本題に差し掛かったところまで遡る。
﹃じゃ、本題ね。実はこっちで・・・えっと、ソロバン教室
それそれ、ぶっ潰したんだけどさー﹄
織の名前ってなんだったかしら
﹂
﹁・・・ねぇ、十六夜君。私達〝ノーネーム〟の敵である可能性が高いって話していた組
取って映像を止めた。
大魔王から送られてきたビデオレター、その本題を聞いた瞬間に飛鳥はリモコンを
﹁はい、ちょっと一時停止﹂
?
前と変わらない。
この場で一番記憶力が高いであろう十六夜に確認するが、飛鳥の記憶にある組織の名
﹁ソロモン商会だな﹂
?
んだったかしら
﹂
﹁・・・ねぇ、春日部さん。大魔王さんの言っている壊滅させたらしい組織の名前ってな
一時の別れ
377
?
﹁ソロモン商会だね﹂
この場で一番五感が優れているであろう耀に確認するが、飛鳥の聞き間違いというわ
けではないらしい。
﹂
?
言う通りビデオレターを再生するのが一番だろう。
大魔王の報告と鷹宮の記憶情報とで食い違っている現状を打破するためにも、男鹿の
﹁とにかく続きを見てみようぜ﹂
か。
鷹宮はそう言うが、では大魔王が潰したというのはいったいどういうことなのだろう
少している。少なくとも残党と呼べるレベルじゃない﹂
﹁オレはソロモン商会の手によって箱庭を訪れ、その後はペスト達のバックアップも多
鷹宮だ。
そんな飛鳥の確認に対して否定したのは、この場で唯一ソロモン商会と繋がっていた
﹁いや、それはない﹂
り越してもはや拍子抜けだ。
ソロモン商会なる組織が明確に敵対する前に亡き者になっていようとは、予想外を通
かしら
﹁・・・えっと、じゃあ私達の敵︵仮︶は既に空に浮かぶお星様になったと考えていいの
378
飛鳥もそれに従って再生する。
﹃あ、その時の写真あるけど見る
﹄
はこいつら情報の半分もいなかったんだよね﹄
色んな情報も引っ掛かってわしに報告が来たから仕方なく出向いたんだけど、そん時に
﹃なんかガヤガヤしてたところをうちの情報網に引っ掛かったみたいでさー、ついでに
る中でも映像は流れていく。
十六夜のツッコミを〝悪魔だから〟であっさりと流すヒルダとの遣り取りが為され
﹁悪魔だからな。別段おかしくもあるまい﹂
﹁おい、老人虐待現場の証拠を嬉々として撮ってるぞこいつら﹂
写っていた。
印を向けて〝うんこ三兄弟〟という字とそのイラストを描いている大魔王の後ろ姿が
よって吹き飛ばされたかのように土煙が立ち昇る中、吊るし上げられた三人の老人に矢
そうして再生された映像に割り込まされた写真には、何処かのビルの上階が何かに
?
ようやくここで報告と記憶情報がすり合わさってきたのだが、今この瞬間も映像では
るのも面倒なんだよねー﹄
ら本格移転したとか言ってんだよこれが。もう面倒だからぶっ潰したいけど、箱庭に帰
﹃そんでこいつらに聞いてみたら、うちの息子の一人を追って箱庭の拠点に一ヶ月前か
一時の別れ
379
カエルとウシのパペットが交互に話す動きをしているのだから緊張感などまったく生
まれない。
?
・
・
・
・
・
・
・
﹁一ヶ月前っていうと・・・ペルセウスか
逆廻達が喧嘩した時期と一致するな﹂
貸した人間、そいつがソロモン商会で間違いない﹂
﹁あぁ。ダンタリオンっていう、使役する奴によっては手に負えない悪魔をルイオスに
流石に自らを知将と呼ぶくらいには頭の回転が早い。
古市も十六夜の言葉から連想して答えを導き出す。
?
したようだ。
そんな不満が漂う中でも、十六夜は今の映像によって得られた情報から何かを導き出
﹁・・・箱庭の拠点に、一ヶ前、か。なるほどな﹂
・
どうやら途中で会話に出てきたビデオカメラのバッテリーが切れたようだ。
気になる映画の予告みたいな終わり方に白夜叉も愚痴ってしまう。
﹁む、なんとも気になるところであのアホ・・・﹂
ウトしてしまった。
と、大魔王が話している途中で〝ピーッ〟という突然の音とともに映像がブラックア
い忘れてたんだけどーーー﹄
﹃要するに、人間滅ぼす前にそっち滅ぼしてくんね ってことでよろしくー。あ、あと言
380
十六夜は暗に〝ダンタリオンをルイオスに貸して、もし反抗されても対応できる力が
ソロモン商会にある〟と言っているのだが、気付いた人はいなかった。
どうやら予想以上に強大な組織だと十六夜は一人考える。
﹂
﹁ふむ、大魔王様の最後の言葉が気になるな・・・一度魔界に戻るか﹂
三人で揃っている﹂
﹁前に言っただろう。帰るには大悪魔級の魔力が二、三人分は必要だと。条件はお前達
一度前に同じ提案をした時には断られていたので無理もない。
ヒルダの一言に素早く反応したのは古市だ。
﹁え、戻れるんですか⁉
?
﹂
ヒルダは順番に男鹿、鷹宮、古市と指差していく。
﹁お、俺もですか⁉
?
を確認する意味でも一度は帰った方がいいだろう。
ティッシュについては送ってもらうだけで解決できるが、ビデオレターの最後の言葉
無限にあるわけではないため、このままでは無くなるのも時間の問題だ。
特別製とは言ってもティッシュはティッシュ。
う残りが少ない筈だ﹂
﹁あぁ、魔力量の多い柱師団の奴を頼むぞ。ついでにティッシュも調達してこよう。も
一時の別れ
381
﹁俺も一緒に帰っていいですか
﹂
?
界、どっちがいい
﹂
﹁行ってらっしゃい、ヒルダさん‼
﹂
?
早く帰ってきてくださいね‼
﹂
?
が、普通に過ごす分には何も問題無い。
﹂
悪魔が意識的に使用したり枯渇状態であれば人間の体力のように疲労速度は上がる
だ。
契約悪魔は魔力を持っているだけで、そこから引っ張り出して使用するのは契約者
﹁何処に心配しない要素があんだよ⁉
﹁無論無い。心配するな、疲れるのは契約者だけだ﹂
﹁おい、俺達に拒否権は
えたために拒否したのだった。
それならばアランドロンのキャパシティに少しでも余裕を持たせたいとヒルダは考
庭へと引っ張って来るつもりだ。
であるし、なんだかんだ言って古市も奴隷以外に戦力として使えるようになったため箱
実際は古市を連れて帰ることもできるが、ベル坊がいる間は必ず箱庭へと戻るつもり
?
?
ヒルダの遠回しな拒否に古市は速攻で元気よく返事を返す。
?
﹁貴 様 の こ と を 名 前 で 呼 ん で く れ る 女 子 が い る 世 界 と 底 辺 の 渾 名 で 女 子 に 呼 ば れ る 世
382
でなければベル坊に負担となることをヒルダがするわけがない。
余 談 だ が、何 故 魔 王 と 組 ん で い た 鷹 宮 が 隷 属 と い う 枷 も な く 〝 ノ ー ネ ー ム 〟 に 加
入ーーーというより自由に生活できているのかというと、〝階層支配者〟である白夜叉
に〝魔王の残党として信頼を得るために余程理不尽でない限りは従順にしておけ〟と
いうような釘を刺されていることと、目の届く範囲であり戦力を求めている〝ノーネー
ム〟に加入することを条件に自由を許されたりしているので、強権を使われれば本当に
拒否権がなかったりする。
大魔王様が人間を滅ぼすと言っているのですが・・・﹂
は聞き流せなかったようだ。
しかし、
﹂
?
白夜叉と男鹿はいつものことととして特に気にしない。
な奴だぜ
キ
﹁だろうな。大魔王は人間滅ぼすって言ったの忘れて自分の子供を二人も送り込むよう
ガ
存在がボケの塊みたいな大魔王に黒ウサギもスルーすることを選んだが、流石にこれ
声を上げる。
と、ここまで黙っていた黒ウサギが大魔王の発言に誰もツッコミを入れなかったので
﹁し、白夜叉様
?
﹁うむ、問題なかろう。次の日には忘れているだろうからな﹂
一時の別れ
383
384
そんな二人の証言にもう笑うしかない黒ウサギであった。
古市のギフト・男鹿の修行
魔界へと帰郷するヒルダを見送った後。
﹁あ∼、ったくヒルダの奴、人使いが荒れぇな﹂
﹁まぁ魔力に関してはお前らにしかどうにもできないからな。仕方ないだろ﹂
男鹿の愚痴に十六夜が応えながら集まっていた一同は食堂に向かっていた。
レティシアが昼食の準備をしようとしていた時に魔力を感じたので食事の用意はで
きていないが、下拵えは朝のうちに終えているのですぐに食卓を飾ることができると言
うことから疲労感が半端ない三人の為にも少し早めの昼食となったのだ。
﹁すみません、まだ御用意ができてないんです。もう少しお待ちいただいていいですか
入ってきた集団にいち早く気付いたリリが駆け寄って来る。
いた。
食堂の扉を開けたところでは、年長組の子供達がリリを中心に食事の準備に勤しんで
他のみんなも食堂に近付くにつれて美味しそうな匂いに気付いた。
その時、食堂に向かう途中で耀が鼻をひくつかせて何かの匂いを嗅ぎ取っていた。
﹁あ、もう準備してるみたい﹂
古市のギフト・男鹿の修行
385
﹂
?
﹁ハイ‼
席に座ってお待ちください‼
﹂
?
﹂
?
﹂
﹁そういえば貴之君、昨日の帰り際に白夜叉から呼び止められて何をしていたのかしら
通りに席に座って談笑する。
リリに続いてレティシアと黒ウサギも厨房に入っていき、残ったメンバーは言われた
﹁黒ウサギもお手伝いします‼
﹁では私も準備に加わるとしよう﹂
に入っていった。
頭を撫でられて少し気持ち良さそうにしていたリリは素早く行動に移して奥の厨房
?
先頭にいた男鹿がリリの頭をぽんぽんと叩いて撫でながら催促する。
﹁おう、今から準備するよりかは早いだろ。頼むぜリリ﹂
386
は別件で〝サラマンドラ〟から俺達に礼をしたいって話があったらしくてさ﹂
﹁なんか白夜叉さんの魔王討伐の報酬は後で〝ノーネーム〟宛に届くんだけど、それと
に古市とヒルダとアランドロンだけ呼び止められて他のみんなは先に帰ったのだ。
白夜叉に呼び出された用件は済んだので本拠に帰って農園復活を手伝おうとした時
飛鳥が古市に聞いたのは大魔王からのビデオレターを確認した後のことだ。
?
どうして〝ノーネーム〟ではなく古市とヒルダなのかというと、〝ノーネーム〟に魔
王討伐を依頼したのは白夜叉であり、〝サラマンドラ〟は直接的に関与していないから
だ。
それに対して今回ラッテンにより二分されたことによって〝サラマンドラ〟は下手
をすれば同士討ちでかなりの人数が減っていたところを二人が制圧してくれたことで
最小限に犠牲を抑えることができた。
アランドロンも目立つことはしていないとはいえ、〝サラマンドラ〟を含めて体力が
消耗していた参加者や負傷した参加者の移動手段として奮戦していた。
﹁それで白夜叉さんが、〝だったら共同の主催者として肝心な時に何もできなかったか
ら私が出しておこう〟ってことで後から来た俺達がもらってないギフトカードを渡さ
れたんだよ﹂
アダプテーション
そう言ってポケットからギフトカードを出してみんなに見えるようにする。
﹂
シルバーホワイトのカードに古市貴之・ギフトネーム〝適応者〟、〝召喚憑依紙〟
こっちは
?
?
ギフトカードを見た耀が〝適応者〟を指差しながら聞いてくる。
﹁〝召喚憑依紙〟はティッシュのことだよね
古市のギフト・男鹿の修行
387
﹁さぁ
全然自覚ないんだけど・・・﹂
もし知っていれば自らを普通の高校生とは言わないだろう。
古市も分からずに首を捻っている。
?
﹁・・・は
﹂
﹂
﹂
﹂
?
はティッシュの毒に適応した毒物耐性と召喚した悪魔の魔力に対する魔力耐性ってと
﹁適応効果範囲や適応可能条件が分からねぇからなんとも言えねぇな。分かっているの
﹁・・・それってかなりすごいギフトではないかしら
男鹿はそのすごさが分からず、鷹宮は興味のなさから特に表情は変わらない。
いた。
念を押して確証はないという十六夜に対して、古市のみならず飛鳥と耀も呆然として
﹁言っておくがあくまで推測だからな
?
?
?
る環境適応能力の縮小版ギフトだぞ
﹁だってこれ、ギフトネームとお前の身体の状態から推測するに、生物学や生態学におけ
したのだが、十六夜の表情はいつもの茶化しているようなものではない。
少し思案した後にいつもの台詞を言った十六夜に対して古市もいつも通りの返しを
﹁いや、だから普通だって。何を根拠に言ってんだよ﹂
﹁・・・お前、やっぱ普通じゃないわ﹂
388
古市のギフト・男鹿の修行
389
ころか﹂
聞いただけでは理解しにくいだろうから例えを出して説明すると、もしもこの〝適応
者〟に制限がなく、さらに自在に使用することができれば。
古市は水中で息をし、灼熱の砂漠を平気で歩き、氷河で凍えることもなく、宇宙空間
で生きることさえ可能となる。
この例えを聞けばどれだけ異常な力か理解できるだろう。
しかし、それには制限があると十六夜は考えているため〝縮小版〟と言ったのだ。
古市がティッシュの毒素に適応したのが早かったのは人体構造的に抗体を産生する
ことがおかしくないことであったからであり、魔力についても人間が悪魔と契約して使
用できるようになることから人間には大なり小なり魔力耐性が備わっていて、契約や王
臣紋などによって引き出されるものであると考えられる。
これらのことから〝適応者〟は人間に可能な範囲で適応を促していると推測できる。
推測の通り人間に可能な範囲での適応だとしても、古市はティッシュを半日近く使用
して毒を摂取しながら魔力耐性がない状態での魔力使用と最悪死に至るような経験を
経て適応したのだ。
つまり人間が水中や灼熱、氷河や宇宙空間に適応するには人体構造を構成し直す必要
があり、それは地球が誕生してから何千年何万年と掛けて行ってきた全ての生き物にお
ける環境適応能力だ。
人間でいる限りそれは不可能なことだろう。
や
﹁ここで戦んのか
﹂
そこで二人は対峙している。
レティシアはいつもの少女の姿ではなく大人の女性の姿で、髪を後ろで纏めて動きを
?
?
﹁あぁ、打って付けの場所だろう
よろしく頼む﹂
を設定できる場所へとやってきていた。
ら少し離れたゴツゴツした岩やら立ち並ぶ木々などが存在する、比較的様々な自然環境
昼食を終えた男鹿はレティシアの頼み事を聞くため、自分の目的を果たすために館か
★
あんな例えを聞いた後では自信を持って自分は普通とは言えない古市なのであった。
だから、普通だって普通。ハハハ・・・﹂
﹁ま、まぁそれでも外見が変わるわけでも超人的な身体能力が身に付くわけでもないん
390
阻害しないようにしている。
とはいえ服装は実戦を想定して二人とも普段着だ。
﹂
それぞれやることがあるため解散となり、男鹿は〝ハーメルンの笛吹き〟とのギフト
古市のギフトも判明し、少しして並べられた食事を美味しく頂いた後。
★
話に理由がある。
どうして男鹿とレティシアが戦うことになったのかというと、それは食後の二人の会
王臣紋を輝かせながら低空飛行で接近、徒手格闘をもって男鹿に仕掛ける。
その合図とともにレティシアは武具や影は使わず、しかし黒い翼は顕現させて左手の
ベル坊は確認後に一拍置いてから腕を振り上げて開始の火蓋を切って落とす。
?
し、構える。
﹂
もちろん何を言っているかは分からないが、レティシアはその意図を察して頷きを返
そしてその中間地点にベル坊が陣取って二人に確認をするように声を上げる。
﹁ダブダ
?
﹁・・・ダッ‼
古市のギフト・男鹿の修行
391
ゲームから改めて鍛え直そうと思ったため最適な修行場所を考えていた。
﹂
?
片付けをしていたレティシアを捕まえて質問していた。
なんでお前まで
﹁あるにはあるが・・・そうだな。私もその修行に付き合っていいか
﹁あ
?
レティシアの突然の提案に、男鹿は不思議に思って聞き返す。
?
﹂
結論として自分の知らないことは聞くのが一番、ということで男鹿は食堂に戻って後
レティシアは〝前にも似たようなことがあったなぁ〟と思って苦笑していた。
﹁いや、頼ってくれるのは嬉しいのだが、この流れには既視感を覚えるぞ﹂
男鹿の足りない頭で考えた結果。
﹁うーん、暴れても問題がなくて修行できる場所ねぇ・・・﹂
にそんな場所に当てがある筈もない。
今まで実践経験値だけで修行し直そうなんて考える程苦戦したこともなかったため
かないため土地勘はなく、今までに切迫したギフトゲームは〝ペルセウス〟くらいだ。
しかし、〝ノーネーム〟に来て二ヶ月弱経つとはいえ館から外の敷地にはあまり出歩
﹁・・・全然見当がつかん﹂
392
言ってはなんだが、〝箱庭の騎士〟と呼ばれる程に歴史を重ねた吸血鬼であるレティ
シアに今更修行が必要とは思えない。
て使用すると無駄な破壊に繋がってしまう﹂
﹁なに、少し王臣紋の扱いを学んでおきたいと思ってな。今の私では恩恵と組み合わせ
レティシアが初めて王臣紋を使用した時は単純な動きしかしないシュトロムであっ
﹂
なら実際に戦った方がいいか
﹂
たために圧倒したが、制御できない過剰な力は集団戦において隙を生んでしまう可能性
が高い。
﹁ふーん、まぁいいんじゃね
﹁私としてはその方が有難いが、自分の修行はいいのは
?
やはり実戦的に学んでいく方が男鹿には合っているのだろう。
う状態だ。
つまり自分で考えて修行を行うことは初めてであり、修行の具体的な内容は空白とい
かしたことはない。
とは言うが実際に男鹿が一人で修行をしたことはなく、誰かに師事する形での修行し
﹁あぁ、相手がいるなら戦いながら考えた方が早え﹂
?
?
らせる﹂
﹁ではさっそく・・・と言いたいが食事の後片付けが先だ。少し待ってくれ、すぐに終わ
古市のギフト・男鹿の修行
393
やり残したことはきちんとやり終える。
メイドの仕事優先なレティシアであった。
★
それに対して男鹿の場合は既に魔力のコントロールはできており、未だに手探りの状
段階的には魔力の使用のみなので、組手は十分効率的だ。
ように反撃して繋げていく。
相手の攻撃に対しては短距離の高速回避を無駄なく行い、作り出した流れを絶たない
繰り出した打撃にしても強弱が出るように魔力で調整して攻防の流れを作り出す。
翼での飛行時には高速で相手に接近し、急停止して的確に打撃を繰り出す。
だ。
レティシアの場合は供給される魔力のコントロール、魔力強化された身体能力の調整
今は休憩がてら二人して座り込んでいる。
約三十分の組手を終えた二人の感想がそれだった。
﹁まぁ、確かに辰巳の修行段階ではないのだろうな。私には十分修行になるが﹂
﹁なんか違うな・・・﹂
394
態である。
少しの組手だけで見つかるような道程なら苦労はないだろう。
﹂
﹁やっぱ、やるんなら〝あれ〟か﹂
﹁〝あれ〟
﹂
そして空中に紋章が顕現ーーー
右手の契約刻印が輝き、左手に広がっていく。
それを今、この場で試そうというのだ。
鷹宮との戦いで見出した、巨大紋章を空中に顕現させる魔力増幅法。
ているのかを察した。
それと同時に男鹿の魔力が急激に上がっていき、レティシアも男鹿が何をしようとし
レティシアの疑問を無視して立ち上がり、右の掌に左の拳を打ち付ける。
?
?
そして二人の後ろから、デフォルメされた悪魔っぽい帽子を被った女の子に声に掛け
﹁まいどどーもーっ﹂
つかり、その重量を示すように勢いのまま男鹿を地面に打ち付けた。
正確に言うならば、男鹿の後頭部に何処からか飛んできた重量感のありそうな袋がぶ
することはなく、男鹿は前のめりに倒れる。
﹁グォッ⁉
古市のギフト・男鹿の修行
395
られた。
ム〟様でよろしかったでやんすか
﹂
﹂
?
う
﹂
﹁はい、そうでやんす。あ、じゃあここにサインもらえやすか
に置けない人でやんすね、このこの﹂
﹁いやー、それにしてもヒルデガルダ様とはまた違った金髪美人さんっすねー。全く隅
?
?
そう言って差し出された伝票にレティシアは記名していく。
﹂
﹁あ、あぁ。それならば我々のコミュニティだ。ご子息とはベル坊のことでいいのだろ
す。ってこれで伝わりやすかね
﹁あ ぁ、す い や せ ん。大 魔 王 様 か ら ご 子 息 様 の い る 〝 ノ ー ネ ー ム 〟 へ と い う 事 で や ん
他大勢という蔑称だ。
ノーネーム〟と連想できる程度には知名度は上がったが、本来〝ノーネーム〟とはその
今でこそ東側最下層で〝ノーネーム〟と言えば、打倒魔王を掲げたジンの率いる〝
ので聞き返す。
突然の事態に唖然としていたレティシアだが、とりあえず聞かれたことが曖昧だった
?
?
﹁えっと、念の為に確認するが何処の〝ノーネーム〟のことだろうか
﹂
﹁いつもニコニコ悪魔急便でやんす。お届け物にあがりやしたー。こちらは〝ノーネー
396
レティシアが記名している横では、未だに倒れたままの男鹿に対して女の子が肘で突
くジェスチャーをしている。
女の子は書き終わったレティシアから伝票を受け取って確認する。
﹁はい、確かにサインいただきやした。それでは、ありがとうございやしたー﹂
普通に仕事を終えて帰ろうとする女の子をようやく起き上がった男鹿が頭を掴んで
﹁まてやこら﹂
振り向かせる。
その形相は悪魔のようであり、青筋が幾つも浮かんでいる。
﹂
﹁毎回毎回、届けもんするたびに俺に被害がくんのはどーいうことだおい。狙ってんの
か、あん
ようにしか見えない。
女の子に対する男鹿の文句は正当なものだが、外見からどうしても不良が絡んでいる
?
﹁あ
﹂
は今の我々にとっても悪くないものだぞ﹂
﹁辰巳、その辺りにしておけ。彼女も悪気があるわけではなさそうだ。それにこの荷物
し・・・﹂
﹁い、いや、あっしに言われやしても・・・指定されたのがご子息様の魔力先でやんす
古市のギフト・男鹿の修行
397
?
レティシアに止められて振り向くと、男鹿にぶつけられた袋に入っていた二枚の手紙
を取り出しており、そのうちの一枚を手渡されたので受け取って確認する。
なお、この時点で悪魔急便の女の子は早口に挨拶をして早々に帰ってしまっている。
闘祭〟
なんだそれ
﹂
?
刹が魍魎跋扈する北で開催される祭典、〝魔遊演闘祭〟の招待状であった。
二つの手紙のうち男鹿に手渡された手紙は、〝七つの罪源〟を中心に開かれる悪鬼羅
?
﹁つーか全部白夜叉にでも送っとけよな、大魔王の奴。なんだよいったい・・・〝魔遊演
398
旅支度は万全に
大魔王からの招待状と手紙、荷物を受け取った男鹿とレティシアは修行を中断してそ
れらをジンに報告した。
ジンは〝魔遊演闘祭〟の招待状を見てそれをどうしたのかと疑問に思い、大魔王の手
紙を読んで呆然とし、手紙に書かれていた荷物の中身を確認して愕然としていた。
他のみんなにも報告したいが各々バラバラに過ごしているため、呼び出すよりも夕飯
後の集まっている時に報告した方が効率がいいということでいったん話は終了となっ
た。
﹂
そして夕飯後、ジンに言われて残っていた主力陣は何事かと問い掛けている。
﹁それで、ジン君。報告することって何かしら
?
そ う 言 っ て 取 り 出 し た の は 修 行 中 に 男 鹿 に ぶ つ か っ た 袋 ー ー ー 金 貨 が 三 十 枚 も 詰
﹁はい、まずはこれを見て下さい﹂
まった袋を机の上に置いた。
まさか問題児様方の影
?
?
ですよ‼ いったいどこから引っ張り出したんですか⁉
?
﹁ど、どうしたんですかこれッ⁉ 現在ある〝ノーネーム〟全財産の約七倍もの金貨
旅支度は万全に
399
響を受けて良からぬことに手をーーーフギャ⁉
﹂
?
﹂
?
だ﹂
?
ジンはローブの内側から手紙を取り出して音読する。
﹁はい、手紙なども同封されていました。今読みますね﹂
﹁また大魔王さんから
﹂
﹁これは私が所用で辰巳と〝ノーネーム〟の外れにいた時に大魔王殿から届けられたの
黒ウサギの質問に対して、金貨を受け取った本人であるレティシアが答えた。
問う。
またも口を滑らしそうになった黒ウサギは咳払いで言葉を切り、改めて金貨の出処を
すか
﹁申し訳ありません、つい本s・・・コホン。それで、この金貨はいったいどうしたので
に腕を振り下ろしたので軽く涙目となっている。
錯乱して自分たちのことをどう思っているのか吐露した黒ウサギに対して少し強め
の頭頂目掛けてチョップする十六夜。
〝ノーネーム〟となって以来かつてない程の大金を前に軽く錯乱していた黒ウサギ
い﹂
﹁落ち着け黒ウサギ。というか〝影響を受けて良からぬこと〟ってどういうことだ、お
400
取り敢えず馴染
わしだって仕事はきちんとするタ
仕事で箱庭に帰るのが面倒なだけなんだからな
だからわざわざ手紙送ったんだぞ
﹁﹃おっす、昨日ぶり∼。今日ヒルダが帰ってきたんだけど、やっぱりビデオ途中で切れ
てたんだって
イプなんだからな
?
?
∼﹄・・・だそうです﹂
﹁絶対、大魔王が仕事するタイプって嘘だろ﹂
﹁・・・もしかしてパペットも腹話術も仕事の一環だったり
?
するも男鹿と古市が揃って否定してしまう。
?
難に思われる。
﹁多分大丈夫です。手紙と一緒に〝魔遊演闘祭〟の招待状も入ってましたから﹂
﹂
手紙には〝馴染みの奴ら〟としか書かれていないので文面だけでは特定するのは困
話が脱線しかけているので鷹宮がジンに話の先を促す。
﹁それで、大魔王の馴染みってのは分かっているのか
﹂
手紙の内容を聴き終えた十六夜がまずツッコミを入れ、それに対して耀がフォローを
﹁﹁ないな、うん﹂﹂
﹂
そっちにも頼ってちょ。んじゃ、わし今度は腹話術の練習があるから。あとよろしく
みの奴らに声掛けといたからそいつらに任せるわ。白ちゃんにも手紙送っといたから
?
?
﹁ということは大魔王様の馴染みというのは、やっぱり罪源の魔王達でしょうか
?
旅支度は万全に
401
﹁恐 ら く そ の 通 り だ ろ う。こ の 金 貨 は 境 界 門 の 使 用 料 と 準 備 物 の 代 金 と い っ た と こ ろ
か﹂
ジン、黒ウサギ、レティシアと箱庭組は最低限の言葉で話を進めていくが、外界組は
そこから推測するだけで全然話についていけない。
それに気付いたジンがみんなに分かるように説明してくれる。
貨はそれらに使えということだろう﹂
龍誕生祭〟の開催された街のような暖房のギフトは少ないため防寒の準備も必要で、金
﹁〝魔遊演闘祭〟は境界壁を更に超えた北側なので境界門を使用することになる。〝火
黒ウサギの説明が終わり、レティシアが締めるように最後の説明をする。
ので温泉なども盛んだそうです﹂
いかどうかは分かりませんが出店や特産品、メインのギフトゲームの他にも気候が冬な
﹁お祭りの雰囲気も〝火龍誕生祭〟と似たものだそうですね。悪魔特有・・・と言ってい
ジンが概要を説明し、黒ウサギが引き継いで説明を続ける。
手の情報ですが﹂
けて招待したコミュニティも参加できます。僕達は招待されたことはないので聞き伝
とです。基本的には悪魔が在籍するコミュニティを招待するんですが、主催者が目を掛
﹁えっとですね、〝魔遊演闘祭〟とは〝七つの罪源〟を中心に北側で行われる祭典のこ
402
大まかな説明を聞いて外界組は色々と納得していたが、それと同時に疑問も浮かんで
いた。
﹂
魔王認定されてる悪魔がどうして放ったらかしにされて、あまつさえ祭りなんて開いて
﹁確かにそれだと七大罪である大魔王の馴染みは七つの罪源って流れになるよな。けど
るんだ
一応疑問も解消したということで、十六夜は話を締め括って席を立つ。
罪源の魔王達も何かしらの方法で霊格を落とすことで現在を過ごしているのだろう。
とすことで〝階層支配者〟として下層に干渉している。
魔王と恐れられた白夜叉は白夜の星霊の力を封印するために仏門に下って霊格を落
を落としているというような噂を聞いたことがあります﹂
﹁詳しくは知りませんが、黒ウサギの小ウサ耳に挟んだ情報だと白夜叉様と同じく霊格
それがこれ程大々的かつ平和的な活動しているということが不思議でしかない。
十六夜の疑問はもっともなもので、箱庭において魔王は天災と比喩される存在だ。
?
﹁そうね、大魔王さんも白夜叉に頼れって言っているのだし、〝サウザンドアイズ〟程の
十六夜の言葉に飛鳥と耀も続いて立ち上がる。
行くか﹂
﹁それじゃ、大体の話は聞いたし明日は防寒のギフトとやらを白夜叉のところへ買いに
旅支度は万全に
403
大型商業コミュニティなら防寒のギフトも売っているでしょうね﹂
問する。
?
?
あるからだろうか。
俺達は明日行くのか
?
どうやら男鹿も任せられるなら任せたいと思っていたようだ。
最後まで席に残っていた男鹿が古市に確認して席を立つ。
﹁一応俺達の世界の問題も関わってんだし、行かないわけにはいかないだろ﹂
﹁どうすんだ古市
﹂
そんな鷹宮が〝魔遊演闘祭〟へ行くことに何も反対しないのは罪源の魔王に興味が
そう言って部屋を出ていった。
﹁わざわざ準備に全員行く必要はないだろ。明日、俺の分は任せる﹂
向かうが、明日は〝サウザンドアイズ〟に行くつもりはないようだ。
招待状を見ながら日取りを確認したジンの言葉を聞いて鷹宮も立ち上がって扉へと
でしょうか﹂
﹁〝魔遊演闘祭〟は不定期的に開催される祭典で、今回は五日後ですね。期間は一週間
﹁ジン君、その祭りっていつ頃から始まってどれくらい続くの
﹂
古市も出ていこうとしたが、肝心なことを聞いていなかったので立ち上がりながら質
﹁今回はお金を落としに行くんだから、白夜叉の店の店員さんも無碍にはしない筈﹂
404
﹁すみませんが僕とレティシアさんの分もお願いできますか
﹂
僕達は祭典に向けてやる
﹂
?
?
ことが残っているので。黒ウサギ、付き添いはお願いしていいかな
任されました‼
?
て溜息を吐いている。
支店に近付くと店先には何時もの女性店員がおり、彼女も近付いてくる一同に気付い
ンドアイズ〟へと向かっていた。
翌日の朝、支度を終えて朝食を食べた後に防寒のギフトを買いに行く面子で〝サウザ
★
た。
そのまま少し話し合うというので男鹿と古市は三人を残して部屋を出ていくのだっ
して祭典までの指揮監督だ。
らない子供達への説明と祭典中の仕事を割り振るのだと言う。レティシアはメイドと
ジンは〝火龍誕生祭〟の時とは違って出発までに余裕があることから、このことを知
﹁Yes‼
?
通ってる筈だぜ
﹂
﹁そ ん な 露 骨 に 面 倒 臭 そ う に す ん な よ、今 日 は 買 い 物 に 来 た だ け だ。白 夜 叉 に も 話 は
旅支度は万全に
405
?
十六夜はそんな女性店員に分かりやすく袋に詰まった金貨を見せ、彼女のオーナーに
あたる白夜叉に確認を取るように促す。
﹁一口に防寒のギフトって言っても結構あるわね﹂
どの雪山でも使えるような様々な品揃えが並んでいる。
言われた区画にはコートなどの一般的な防寒具から防寒のギフトに加え、遭難用品な
た。
白夜叉も今は暇ではないらしく、軽く挨拶をしてからすぐに何処かへと行ってしまっ
はできんがゆっくりと見ていけ﹂
﹁おう、よく来たのおんしら。北側に必要そうなラインナップはあっちの区画だ。案内
やら杞憂に終わったようだ。
ぶっちゃけ大魔王が白夜叉に何も伝えずにぶん投げたことも考えられたのだが、どう
と言って道をあけてくれた。
﹁オーナーに確認が取れました。どうぞお入りください﹂
女性店員はすぐに戻ってきて、
た。
少し逡巡して検討するに値すると判断したのか、暖簾をくぐって店内に消えていっ
﹁・・・少々お待ち下さい﹂
406
造形だけでなく性能も数種類ありますよ﹂
﹁リング型、ブレスレット型、イヤリング型、ネックレス型。他にもありそう﹂
﹁Yes‼
﹂
﹁ベル坊に使えそうなのがねぇ・・・﹂
しかし商品を見ていくうちにセンスどうこうの問題ではない問題が立ちはだかった。
こは問題ない。
物を見る目がない男鹿だが、取り敢えず自分の分は気に入ったのを選べばいいのでそ
していく。
十六夜と古市は別々の方向に歩いていき、一人その場に残った男鹿は近くの棚を物色
﹁そうだな。女性陣みたいにみんなで動く必要もないし、各自で選ぼうぜ﹂
﹁俺達も自分のを選んで、御チビ達の分も買っとくか﹂
ワイワイとショッピングに夢中なようだ。
女の買い物は長いと言うのがお約束だが、飛鳥と耀と黒ウサギの女性陣も既に三人で
?
しまいそうだ。
﹁お∼い、黒ウサギ∼﹂
﹂
小児用のものはあるが幼児用のものがなく、無理に着けると何かの拍子にすぐ落ちて
﹁アイ
?
﹁はいな、なんでしょうか
?
旅支度は万全に
407
﹁ベル坊に合うやつってそっちにねぇか
﹂
黒ウサギも男鹿の質問に納得したようで周囲を見回している。
呼ばれた黒ウサギが物色していたのを抜け出して近寄ってきたので聞いてみる。
?
くしてはどうでしょう
﹂
﹁・・・て、天才か・・・﹂
?
?
い、いや∼、それ程でもないですよ
?
白夜叉が誰もいない空間に呼び掛けると、物陰から袴姿で艶やかな黒髪のロングヘア
﹁もうあやつらは帰ったから出てよいぞ﹂
〝ノーネーム〟一同が帰った後、白夜叉は店内の裏側に来ていた。
★
のギフト以外にも幾つか購入してから〝サウザンドアイズ〟を後にするのだった。
その後は冬に合わせた衣類を購入したり、念のために遭難用品を物色したりして防寒
ので悪い気はしない。
黒ウサギは男鹿の大袈裟すぎる称賛に苦笑を浮かべているが、純粋に褒められている
﹁え
﹂
﹁確かにどれもベル坊さんには少し大きそうですねぇ。でしたらネックレス型の紐を短
408
をした、和風然とした雰囲気の女性が出てきた。
﹁は、はい。でもどうして男鹿達から隠れるんですか
﹂
?
他の奴らはどうした
﹂
女性の質問に〝魔遊演闘祭〟の招待状を袖から取り出してヒラヒラと揺らしながら
﹁それはもちろん、サプライズは内緒でやるものだからだよ﹂
白夜叉は答える。
﹁それよりおんしだけか
?
戻る〟って言ってフラーッと一人出ていったのに続いてみんな・・・﹂
﹁えーっと、此処にいるように言われたすぐ後に、〝バイト中だから何もないなら職場に
?
で邂逅することになる。
白夜叉の言うサプライズは秘密裏に進んでいき、男鹿のことを知る彼女達とは北の地
﹁働き者なのは構わんがなぁ。まぁ見つからなかったようだし良しとするか﹂
旅支度は万全に
409
〝魔遊演闘祭〟
大魔王から手紙が届いてから五日が経ち、〝ノーネーム〟一同は境界門前に集まって
いた。
いよいよ〝魔遊演闘祭〟の開催される北側へと出発だ。
転移門が開く五分前には必ず着いているように出発したのだが、その待ち時間に飛鳥
が呟く。
いつも一緒の三毛猫は〝寒いとこは勘弁やでお嬢〟と言って〝ノーネーム〟で留守
るベージュ色のトレンチコートのポケットから取り出して腕に嵌めていく。
耀はブレスレット型の防寒のギフトをスリーブレスのジャケットの代わりに着てい
﹁でも冬の気候でいつもの私達の格好じゃ、見てる方が寒く感じる﹂
しそうに周りを見ている。
そのダッフルコートのフードにはメルンが入っており、顔を出してキョロキョロと楽
わけではないが、何時もの赤いドレスに合わせた赤いダッフルコートを着ている。
という飛鳥の服装はイヤリング型の防寒のギフトがあるために本格的な冬服という
﹁北に向かうとはいえ、東でこの服装は少し暑く感じるわね﹂
410
番している。
﹁皆さん、外門のナンバープレートはちゃんと持ってますか
着けている。
﹂
男性陣はみんな黒の学ランなのでそれに合わせたコートや防寒のギフトをそれぞれ
ている。
ナンバープレートを取り出した右手の中指にはリング型の防寒のギフトが嵌められ
離れていた男鹿達に声を掛ける。
白色のムートンコートを着たレティシアが自らのナンバープレートを確認しながら
﹁ほら、男性陣もナンバープレートを確認して並んでくれ﹂
防寒のギフトはピンバッジ型で下の服に着けている。
せる格好だ。
そんな黒ウサギは黒いファーコートを着てモコモコしており、まさにウサギを連想さ
ナンバープレートとは境界門の出口となる外門へと繋ぐためのものである。
黒ウサギが境界門に青白い光が満ちていくのを確認して列に並びながら聞いてくる。
?
ジンは元から並んでおり鷹宮も黙って列に並ぶが、他の面子はまだ来ない。
﹁ダッ﹂
﹁おぉ、ちょっと待て。急げベル坊﹂
〝魔遊演闘祭〟
411
男性陣が列から離れて何をしているかというと、まだ残っていた〝フォレス・ガロ〟
を象徴する虎の彫像にベル坊が落書きしているのを見守っていた。
そして完成した落書きはそのままに列へと並んでいく。
撤去させる
されるんじゃなくてか
﹂
?
させとけ﹂
﹁ん
?
境界門を抜けた先、〝ノーネーム〟一同の目に映った最初の光景は一言で言えば氷の
★
ム〟一同は境界門を潜ったのだった。
そうこうしていると境界門の準備が整ったようで列の順番が進み、ついに〝ノーネー
ている古市も既に具体案を浮かべている十六夜に感心してしまう。
十六夜はまたも水面下で〝ノーネーム〟復興のために策を巡らせているようで、話し
その時のお楽しみだ﹂
﹁あぁ。チャンスがあれば近いうちに俺達が撤去できるようにするぜ。どうやってかは
?
﹁ヤハハ、日本の法律なんて箱庭で通用するかよ。いずれは撤去させるんだから好きに
﹁今更だけどあれって器物損壊罪じゃ・・・﹂
412
祭典という様相だった。
﹁わぁ、綺麗・・・﹂
飛鳥の惚けるような言葉も無理はない。
一番目立つ場所には巧緻に形成された氷の城に様々な幻獣の氷像が警備のように並
少し勿体無いわね﹂
び、その周りにも凝った氷像が色々と作られている。
﹁これは祭りの間だけの展示なのかしら
る。
いつの間に⁉
﹂
氷狼と女性の仕事は終わりなのか、女性は氷狼を撫でている耀と楽しげに会話してい
る女性がその雪を大まかな形に固め、職人だろう人達が細工を施している。
雪をかき集める作業を飛ばして何匹もの氷狼と思しき幻獣が雪を吐き出し、側に控え
十六夜が指し示す方向を見ると今まさに作業をしているところだった。
﹁おいお嬢様、あっちで新しいのが作られてるぜ﹂
?
?
十六夜達は走っていった黒ウサギに続いて歩いて近付く。
﹂
を引っ張った時といい、好奇心旺盛なのに気配を感じさせない独特な移動だ。
気付けば離れていた耀に黒ウサギが即座に反応して走り寄っていく。最初にウサ耳
﹁ーーーって耀さん⁉
?
﹁申し訳ありません、我々の同士がお仕事中にご迷惑を・・・‼
?
〝魔遊演闘祭〟
413
﹁い、いえ、気にしないで下さい。休憩時間のお相手をして頂いてこちらも楽しかったで
すから﹂
女性は青み掛かったロングヘアの銀髪に氷の結晶の形をしたヘアピンを付けていて、
瞳の色は水色である。
丁寧な口調と合わせて落ち着いた雰囲気の女性だ。
能力柄か
﹂
ってことはそれなりに上位の存在じゃねぇか。なんでこんな雑用みた
いなことしてんだ
?
?
伝承による能力は雹を降らせること。
?
細かく言えば、グリモワールの一つである〝大奥義書〟の階級構造ではルシファー・
特に外界組がそのような雰囲気だったので情報を追加して簡単に説明する。
つまりは空気中の水分を凝固させ、氷を操ることだ﹂
配下の長みたいな存在だ、って言えば分かるか
﹁フルーレティはグリモワールによって詳細は異なるが、罪源の魔王であるベルゼブブ
フルーレティを知らない人からすれば十六夜の質問の方に疑問を覚えるだろう。
女性ーーーフルーレティの名前を聞いて十六夜が質問を口にする。
?
﹁フルーレティ
黒ウサギの子供扱いとも取れる言葉に、耀は少し頬を膨らませて不満を訴えている。
して邪魔にならないようにしてる﹂
﹁私も少しは考えてる。氷狼に触っていいかどうか、ちゃんとフルーレティさんに確認
414
ベルゼブブ・アスタロトを地獄の支配者とし、その配下にあたる六柱の一角にフルーレ
ティが存在する。
確かにこれならば実力があると推測できるが、それでも彼女は否定するように首を横
に振る。
はお分かりでしょう
﹂
﹁貴方は博学な方のようですね。ならばフルーレティが箱庭においてどのような存在か
向かえばいいのか教えてもらえないか
だが﹂
﹂
﹁いや、コミュニティではなく外界に行ったベルゼブブ・・・大魔王個人からの招待なの
?
?
﹁どちらのコミュニティに招待されたのでしょうか
﹂
﹁ところでフルーレティ殿。我々は〝主催者〟への挨拶に向かいたいのだが、どちらに
二人の会話が終わったのを見計らってレティシアが声を掛ける。
十六夜の取って付けた言い回しにフルーレティも苦笑で応える。
﹁まぁ、そうだな。そういうことにしておいてやるよ﹂
?
いますが、いったいどちらに
﹂
ばれた〝ノーネーム〟の方々でしたか。あの方のご子息もいらっしゃると聞き及んで
﹁あぁ、それでは皆様が先代ベルゼブブ様ーーーいえ、今はベルゼバブ様でしたね。に呼
〝魔遊演闘祭〟
415
?
﹁ベル坊なら後ろの赤ん坊が・・・﹂
レティシアがベル坊を紹介しようと振り返って言葉を失う。
﹂
気付けばベル坊どころか、男鹿と何故か古市までいつの間にか姿を消していた。
﹂
なんかベル坊にせがまれて反対側に行ったぜ
﹁・・・なぁ主殿、辰巳達は何処へ行った
﹁さぁ
?
﹁あぁ、もう‼
俺達もそろそろ何処かに行くか
﹂
﹂
耀さんといい辰巳さんといい、行動が自由過ぎますよ‼
﹁どうするお嬢様
?
﹂
?
お願いですから〝主催者〟へ挨拶に行くまでは大人しく着いて
﹁そうね。春日部さんも辰巳君も好きにしてるし、いいかしら
﹂
﹁よくありません‼
きて下さい‼
?
ギは無駄に気合いを入れ、耀を含めた問題児三人の行動に目を光らせている。
さらに姿を眩ませそうな十六夜と飛鳥に対し、もう勝手はさせないとばかりに黒ウサ
?
?
?
?
て気付かなかったようだ。
が悪く、走り出した黒ウサギに続いて先頭にいたジンやレティシアも耀に気が向いてい
男鹿はともかく、古市はきちんとした理由があって姿を眩ましたようだ。タイミング
向かったから聞きそびれたのね﹂
﹁貴之君は辰巳君の監視について行ったわ。ちょうど貴女達はフルーレティさんの方に
?
?
416
﹂
﹁ハハハ・・・仕方ありません、僕達は先に挨拶に行きましょう。レティシアさん、辰巳
さん達を探してきてもらえますか
﹁了解した﹂
﹁俺も行こう﹂
を見上げる。
﹁そっちの方が退屈しなさそうだ﹂
★
﹂
﹂
鷹宮は言葉を区切り、境界門を出て歩いてきた方向ーーー男鹿達が行ったという方向
﹁挨拶に行くのが面倒なだけだ。それに・・・﹂
﹁珍しいな、忍から行動を共にすると言い出すなんて﹂
た鷹宮が反応して着いてくると言ってきた。
ジンの指示でレティシアが男鹿達を探しに行こうとした時、意外にも今まで黙ってい
?
﹁だあぁッ、分かったから大人しくしてろ‼
?
﹁ベル坊の奴、はしゃいでんなぁ。はぁ、これ絶対気付いたら迷子になってるパターンだ
?
﹁アイッ、アイダッ‼
〝魔遊演闘祭〟
417
よ。てかもう迷子だよ・・・﹂
ベル坊が男鹿の頭の上で興奮しているのを見ながら古市は呟く。
初めて来る知らない場所で土地勘もなく、外界からやって来た古市達だけでの単独行
動。挙げ句の果てに何処に行けばいいのかも、別れた黒ウサギ達が何処に向かったのか
も分からない。どう考えても迷子フラグが立ってしまっていることに古市は溜息を吐
いてしまう。
﹂
?
﹂
?
色のセミロングの髪から尖った耳が覗いている、声の印象通りに活発そうな笑顔を浮か
突然後ろから掛けられた活発そうな女性の声に二人は振り返る。そこにいたのは紫
﹁あん
﹁元気な子供だね。こんな雪国で裸なんて﹂
手袋、後はニット帽とマフラーも着てもらっている。
ちなみにベル坊の格好は裸ではなく、服は嫌がったことから霜焼け防止のために靴と
複数の雪だるまと子供達が遊んでいたのでベル坊を下ろして好きにさせてみる。
もったベル坊にせがまれて後ろを着いて行けば広場のような場所に出ており、そこでは
そして迷子フラグの原因となったのは三Ocm程度の歩く雪だるまである。興味を
﹁ダッ‼
﹁おら、止まったみてぇだぞ。お前も混じってこい﹂
418
べた女性であり、髪の色と同じ紫色の瞳がこちらを見ていた。
﹁あ、いきなりゴメンね。この辺りでは珍しい格好だったから、つい﹂
﹁この辺りっていうより常識的に考えて珍しいと思いますけどね﹂
﹁アハハ、それもそうだね﹂
﹂
女性は初対面にしてはかなり親しみやすい雰囲気で、古市の切り返しに対しても楽し
そうだ。
﹁ここにいるってことはお前も悪魔なのか
雪だるまの完成だ。
る。その水を凍らせて形を固定し、周りの雪を操ってだるまにコーティングすることで
女性は広場を指差しながら言い、実演とばかりに水を生み出してだるまの形に整え
﹁うん、そうだよ。あの雪だるまを作ったのも私だし﹂
?
﹁後は霊体の下級悪魔が憑依して、動く雪だるまの出来上がり‼ 中身は氷だから丈
〝魔遊演闘祭〟
419
の実力者だと考えられる。
を作る程度の小さな力を行使するだけで魔力が発生したのだから、この女性もそれなり
ていた。箱庭で魔力を使える悪魔は基本的に強い悪魔だけだと聞いている。雪だるま
得意そうに解説している女性に対して、男鹿は女性から感じた魔力に少し興味を抱い
夫だし、外装は雪だから固すぎて危険って訳でもないから子供にも安心ってね﹂
?
﹁ねぇ、折角のお祭りなんだし暇なら私とギフトゲームしない
﹂
?
﹂
?
﹂
?
﹁七大罪のこととか・・・ね
﹂
?
そこで言葉を溜めて、決定的なことを口にする。
もらおうかな。君達が勝てば何か情報をあげよう。例えば・・・﹂
﹁そうだなぁ。君達のことは気に入ったから、私が勝てばお祭りの間は私の相手をして
えて言葉を続ける。
苦笑しながら手を振って否定し、活発そうな表情に何かを企んでいるような笑みを加
達のは謂わばリトルギフトゲームってところかな
﹁違う違う。そういうのは〝魔遊演闘祭〟のメインギフトゲームに任せればいいよ。私
る。
女性の発言に、彼女の実力を考えていた男鹿が野蛮と言ってもいいような確認をす
﹁なんだ、喧嘩でもしようってのか
420
二人の接触者
﹁・・・お前、なんで七大罪のことを知ってやがる。まさかソロモン商会の連中か
﹂
ム〟のみだ。この女性がソロモン商会だと考えれば、今ここで戦闘になるかもしれない
男鹿達の知る限り、箱庭で七大罪のことを知っているのはソロモン商会と〝ノーネー
男鹿は謎の女性に対して警戒心を上げ、古市は下がってベル坊を連れ戻しに行く。
?
そしてギフトゲームを口実に君を倒しに来た刺客だった
のでベル坊と離れているのは不味い。
﹂
﹁フフッ、だったらどうする
としたら
?
囲気を柔らかくする。
二人が一触即発の空気を醸し出す中、先に女性の方がクスクスと微笑みを浮かべて雰
えを取った。
の塊を浮かべていく。男鹿もベル坊からの魔力を循環させて手に雷を宿して迎撃の構
女性は男鹿の警戒を受けて楽しそうにし、体内の魔力を循環させて周囲に幾つもの水
?
ざけが過ぎたかな﹂
﹁なーんて、冗談だよ。あんな奴らと一緒にしないで欲しいね。まぁ、私もちょっと悪ふ
二人の接触者
421
そう言って水の塊を全て雪だるまに作り変えていくので、男鹿も警戒は解かないもの
の大人しく雷を霧散させる。
隠せなかった。
﹁あー、だから七大罪のこと知ってやがったのか﹂
﹁そ、だって私が七大罪だし。改めてよろしくね、男鹿君﹂
何か用か
﹂
﹁おう、じゃあ早速そのギフトゲームとやらを﹁ちょっと、待て‼
?
﹂
?
﹂
﹁古市君、いったいどうしたの
?
絶対にこいつの反応の方がおかしいよね⁉
﹁え、俺の反応がおかしいの⁉
?
タンーーーレヴィの言うギフトゲームを始めようとしたので古市は慌てて止めに入る。
古市に対して男鹿のリアクションは疑問に納得しただけだった。そのままレヴィア
?
﹂
・・・んだよ古市、
ついに謎の女性の正体が判明したかと思えば、その予想外すぎる正体に古市は驚きを
市貴之君﹂
んでいいよ。君達のことはソロモン商会にいた時から耳に入ってるわ。男鹿辰巳君、古
﹁自己紹介がまだだったね。私は七大罪が一人、レヴィアタン。長いからレヴィって呼
422
男鹿に続いてレヴィまで疑問の眼差しを向けてきたので、古市は男鹿を指差しながら
ツッコむ。
だっ
七大罪はどうしているのか、ソロモン商会は今何処で何をしているのか、色々と訊きた
﹁そうじゃなくて、なんでソロモン商会にいるはずの七大罪がこんな所にいるのか、他の
いことがあるんですけど﹂
?
?
ゲームが終了したら・・・ね
﹂
﹁いや、情報は教えるよ でもギフトゲームはしたいの。だからクリア報酬は別にして、
?
﹁だからギフトゲームで勝ったら知ってること教えてあげるって言ったじゃない﹂
﹂
﹁でも、レヴィさんの口振りからしてソロモン商会を良くは思ってないですよね
たらギフトゲームなんかせずに俺達に協力して下さいよ﹂
﹁えぇー・・・分かったよ。じゃあ、取り敢えずギフトゲームしよ
﹂
?
レヴィも会話を端折り過ぎたと思ったのだろう、言葉を付け加えていく。
自由奔放なレヴィに古市は振り回されっぱなしだ。
﹁俺の話聞いてた⁉
?
それじゃ早速・・・﹂
?
言うが早いか、レヴィの言葉とともに三人の前に羊皮紙が舞い降りてくる。
﹁決まりだね‼
﹁まぁ、そういうことなら。どっちみち祭りの間はどうすることも出来ないと思うし﹂
二人の接触者
423
レヴィアタンは〝契約書類〟の文面を眺めて満足そうに納得している。
﹁うん、初めて考えたにしては上出来かな﹂
します。︼
宣誓:〝男鹿辰巳〟・〝古市貴之〟の両名は〝レヴィアタン〟のギフトゲームに参加
終末を迎える前に、欠かさず供物を探し出せ。
やがて、世界は終末へと近づくも、終末に捧げる供物は未だ集まらない。
しかし、神は休めど世界は回り、神無き世界は指標を失う。
7日目/神は休んだ。
6日目/神は獣と家畜をつくり、神に似せた人をつくった。
5日目/神は魚と鳥をつくった。
4日目/神は太陽と月と星をつくった。
3日目/神は大地を作り、海が生まれ、地に植物をはえさせた。
2日目/神は空をつくった。
1日目/暗闇がある中、神は光を作り、昼と夜が出来た。
︻ギフトゲーム名 〝天地創造の化生達〟
424
言葉からも分かる通り、どうやらギフトゲームを開催することは初めてのようだ。と
﹂
いうか本当にそれがしたかっただけなのだろう。
男鹿君は
?
﹁ちょ、待って待って‼
何で内容を確認してすぐに帰っちゃうの⁉
﹂
どう考えてもってそも
人間にはできることとできないことがある。そしてどう考えてもこれは俺の
﹂
ていうか絶対ちゃんと読んでないよね
手に余る。無理だ、マジで無理﹂
﹁いいか
ヴィに男鹿は真剣な表情で言い返した。
レヴィは追いついた男鹿の正面にまわって勝手に帰らないようにするが、そんなレ
?
たところに赤ん坊を背負った後ろ姿が見えた。
レヴィが古市に問い掛ければ半笑い来た道を指差すので顔をそちらに向けると、離れ
﹁男鹿ならあっちですよ﹂
のは古市だけで男鹿は目の前からいなくなっていた。
羊皮紙に目を落としていた彼女が顔を上げて二人の反応を見ようとしたのだが、いる
﹁さぁ、ギフトゲーム開・・・あれ
?
慌てて止めに走るレヴィと呆れながら歩いて後ろに続く古市。
?
そも考えてすらないよね⁉
?
若干今までのキャラが崩れながらもツッコミをこなすレヴィ。
?
?
?
﹁諦めるの早いよ‼
二人の接触者
425
古市はそんなレヴィを同情の眼差しで見守っている。
﹂
?
導き出せない。
?
﹁ん
﹂
何だ、もう戻ってくるつもりだったのか
﹁お前らこそ何でこっちに来てんだよ
を放ってはおけないだろう
﹂
?
・・・そちらの女性は
?
﹂
﹁お前達が勝手に何処かへ行ったからだ。これから挨拶に向かう場所も知らない辰巳達
?
?
が、その前に前方から男鹿達の見知った二人の姿が見えた。レティシアと鷹宮だ。
歩き出した。
それを聞いた男鹿は自分で考えるということはせず、十六夜に丸投げするために再び
﹁よし、それなら逆廻に見せに行くぞ。あいつなら分かるだろ﹂
レヴィは男鹿達にとってかなり有利な条件を出してきた。
せっかく開催できたギフトゲームが何もしないうちに終わるのは流石に嫌なようだ。
﹁じ、じゃあ誰かにヘルプ頼んでもいいから、このまま終わるのだけはやめて
﹂
言われて古市も〝契約書類〟の文面を読み直して考えるが、確信できるような答えは
く見聞きしたことはあるけど、その程度だし﹂
﹁って言ってもなぁ。俺だってこれ、解けるとは思えないんだけど・・・この文は何とな
﹁ほら、古市君も何とか言ってよ‼
426
?
もたら
男鹿から視線をその後ろに向け、古市と並んでいたレヴィについて聞く。しかしその
﹂
質問の答えは男鹿でも古市でもなく、レティシアの横に並ぶ鷹宮から齎された。
﹂
鷹宮君じゃない。 久しぶりだねぇ、元気だった
﹁・・・レヴィアタン、どうして此処にいる
﹁あれ
?
?
﹁レヴィアタン・・・まさか、七大罪か
﹂
ヴィは意外と鷹宮に対してフレンドリーだ。
どうやら鷹宮がソロモン商会と繋がっていた時から二人は面識があったようで、レ
?
?
〟とレティシアが聞き返してきたので、助言を許可されている二人
?
フルーレティの説明によれば、〝魔遊演闘祭〟は合同で開かれる祭典なので運営本部
城へと向かっていた。
男鹿達がレティシア達と合流していた頃、黒ウサギ達はフルーレティの案内で中央の
★
は〝契約書類〟を見せるのだった。
〝ギフトゲーム
トゲーム中だがらそれは後でお願い﹂
﹁そうだよ、長いからレヴィって呼んでね。色々と質問したいのは分かってるけど、ギフ
二人の接触者
427
を併設する必要があり、そこで街の中央に聳える城を運営本部としているらしい。そこ
ならば〝七つの罪源〟の誰かはいるというので一先ずは城を目指すことになったのだ。
勿論レティシア達もこのことは知っているので、男鹿達と合流したレティシア達と城で
再び合流する手筈となっている。
﹂
?
処に行けばいいのかよく分からんくての﹂
﹁いや、久しぶりに此処に来たもんでな。レヴィアタン辺りの顔を見に来たんじゃが、何
﹁どうした、爺さん
その声に反応して振り返れば、そこには帽子を被った眼鏡の老人が立っている。
た。
と、黒ウサギ達が城の中に入ろうと歩き出したところで誰かに後ろから呼び止められ
﹁ちょいと、そこのお嬢さん方﹂
が、もしかしたら塔と形容した方が適切かもしれない。
数の渡り廊下で繋げて三角形の広場を作り出す構造となっていた。城と形容している
般的な建築物より縦長に造られ、耐久性を上げつつ空間を利用するために三つの城を複
城とはいっても街中に建設させるのだから面積は限られている。そこでこの城は一
黒ウサギが城を見上げて感想を述べる。
﹁近くで見ると一層大きいですねぇ﹂
428
要するにこの老人は迷子ということだろう。
でも何故数いる人の中から自分達を引き止めたのだろうか。
主催者〟に挨拶に来たと見たが、どうじゃ
﹂
﹁お前さんら、人間なのに此処にいるということは恐らく招待客じゃろう
此処には〝
?
﹂
﹂
﹂
﹁私は案内なので構わないのですが、お連れする先にレヴィアタン様が居られるとは限
黒ウサギ達は快く老人を受け入れるが、フルーレティはその前に質問をする。
﹁それでは黒ウサギ達と一緒に行きましょう‼
﹂
﹁それに、ご老人には親切にしなきゃ駄目ですものね﹂
﹁はい、断る理由もありませんし﹂
十六夜は老人の要望に承諾し、後ろの仲間にも確認を取る。
﹁俺は構わないぜ。御チビ達も問題ないよな
﹁その通りじゃ、話が早くて助かるわい。で、どうかの
可能性が高そうだから、一緒にってところか
﹁あぁ、爺さんの言う通りだぜ。つまり、俺達に付いていけばレヴィアタンとかに会える
状況のことをピタリと言い当ててきた。
この老人は観察力・分析力ともにそこらの若人よりもあるようだ。黒ウサギ達の今の
?
?
?
?
?
﹁うん、私も問題ない﹂
二人の接触者
429
りませんよ
﹂
?
﹁それで、爺さんの名前は
﹂
﹁うむ、儂はべへ・・・おっと、間違えた。ベヒモスじゃ﹂
になったが、取り敢えず詮索はせずにベヒモス︵仮︶と一緒に改めて城の中へと向かう
十六夜達はこの老人がいったいどのようなギフトゲームと関係しているのか少し気
スとして接してくれ﹂
ベヒモスと名乗っておるんじゃよ。いずれは本名も知れるであろう、それまではベヒモ
﹁すまんの。知り合いの娘がギフトゲームを始める予定でな。暫くはそのヒントとして
?
?
﹁自分の名前を間違えるわけないだろ。何で偽名で名乗るんだ
﹂
十六夜に促されて四人とフルーレティもそれぞれ自己紹介をする。
﹁俺は〝ノーネーム〟の逆廻十六夜。後ろの最初に答えた四人も同じコミュニティだ﹂
箱庭の頂点に君臨する悪魔達と多少は親しい存在ということだ。
り合いと言っているが、悪魔であろう割には彼らのことを敬称も使わずに喋っている。
この時点で黒ウサギ達はこの老人が何者なのかが気になっていた。罪源の魔王と知
老人は罪源の魔王の誰かならばいいようだ。
誰かに顔出しできればよい﹂
﹁大丈夫じゃ、レヴィアタン以外の罪源の連中とも一応顔見知りなのでな。取り敢えず
430
431
二人の接触者
のだった。
〝七つの罪源〟との対面
〝魔遊演闘祭〟の運営本部。
﹂
久しぶりって言ってたから今までは来てな
十六夜達はフルーレティの案内のもと、場内を歩きながらベヒモス︵仮︶と話をして
いた。
かったんだろ
﹁爺 さ ん は ど う し て こ の 祭 り に 来 た ん だ
﹁今の言い方からするとベヒモスさん以外にも仲間が参加しているの
ベヒモス︵仮︶の言葉に反応して飛鳥も会話に混ざっていく。
らな﹂
?
﹂
コミュニティとは自分の意思で入る者が大半だが、ある程度はギフトゲームによる吸
﹁お嬢様、コミュニティってのはそういうもんだ。鷹宮だって敵だったじゃねぇか﹂
﹁・・・何か引っかかる言い方ね。昔は敵だったってところかしら
﹂
﹁ん∼、まぁ仲間と言っていいのかの。今は同じコミュニティに身を置く者同士じゃか
?
に興味をもってしまわれたので急遽組み込まれたんじゃ﹂
﹁うむ、儂とて来るつもりはなかったんじゃがの。うちの坊ちゃんがこのギフトゲーム
?
?
432
収や隷属として人員を引き入れるものだ。魔王がその典型例とも言える。
﹂
﹁まぁ、俺も少し引っかかったのは確かだけどな。今の言い方だとそのコミュニティに
は居ても加入はしていないとも取れる。いったい何処のコミュニティなんだ
﹁あぁ、今はーーー﹂
それでは、と言ってフルーレティは行ってしまった。
﹁分かりました。お忙しい中、わざわざありがとうございました﹂
ゴール様が中にいらっしゃるそうです﹂
﹁では、私は仕事がありますのでこれで。先程確認いたしましたところ、今はベルフェ
まぁ聞く機会はまたあるだろうと思い、そのまま会話を打ち切って前を向く。
フルーレティの言葉で会話は中断され、コミュニティの名前は聞きそびれてしまう。
﹁皆さん、お着きしましたよ﹂
?
いよいよ〝七つの罪源〟との対面ということで黒ウサギとジンは少し緊張している。
もちろん他の四人は至って平常だが。
ジンは意を決して扉を叩く。しかし、
﹁おかしいですね。これは誰かに中を確認してーーー﹂
少し待ってからもう一度扉を叩いてみるが、やはり反応はない。
﹁・・・反応がありませんね﹂
〝七つの罪源〟との対面
433
﹁とりあえず入ってみれば分かるだろ﹂
﹂
﹁三人とも、どうなさいました
あるのかまだ見えない。
﹂
を見つめて止まっている。後から入った黒ウサギ達は三人の背中が見えるだけで何が
観念して黒ウサギとジン、ベヒモス︵仮︶も入るが先に入った十六夜達が部屋の一点
に入っていく飛鳥と耀。
ジンの制止もお構いなしに扉を開け放つ十六夜。それに続いてこれまたお構いなし
﹁え、ちょ、十六夜さん⁉
?
﹁どういうことだ、黒ウサギ
﹂
﹁いえ、私に聞かれましても﹂
?
屋の隅で眠っていた。
何を言っているのか分からないかもしれないが、比喩でも何でもなく二m程の熊が部
熊がいた。
気になったジンも前に出て同じものを見る。
黒ウサギが近付いて後ろから覗き込むと彼女も同じように止まってしまう。流石に
?
434
﹁熊って寒いと冬眠するんじゃなかったかしら
冬眠って部屋でもできるの
﹂
?
﹁とりあえず起こしてみる
ません﹂
﹂
﹁全ての熊が冬眠するわけではありませんし、今ツッコミを入れるべきはそこではあり
?
?
・
かを待つにしてもこの熊が謎すぎる。
・
・
・
・
・
﹁おい、起きろ。お客さんじゃぞ、ベルフェゴール﹂
・
ベヒモス︵仮︶の言葉も尤もだ。ベルフェゴールも何故かいないようだし、此処で誰
﹁起こさなければ何も始まらんじゃろう﹂
﹂
そして確認してすぐに眠っている熊へと歩み寄っていく。
﹁あぁ、なるほどの﹂
一番後ろにいたベヒモス︵仮︶も覗き込んで熊を確認する。
﹁どうしたんじゃ、お前さんら﹂
のか分からないのは彼女も同じだ。
三人の疑問にそれぞれ答えていく黒ウサギ。とは言ってもこの熊をどうすればいい
﹁とりあえず待って下さい﹂
?
﹁べ、ベヒモスさん。その熊を起こすのですか
〝七つの罪源〟との対面
435
黙って見守っていた〝ノーネーム〟一同はベヒモス︵仮︶の言葉に呆然とする。今こ
のお爺さんは何と言ったのだろうか。
この熊が
﹄
べるふぇごーる・・・ベルフェゴール・・・〝七つの罪源〟
﹁ついさっきかの。お前こそ、何故その姿で寝ておるんじゃ
?
熊の毛皮って、暖かいから丁度いいし﹄
?
ていて、まだ少し眠そうにしている。
﹁ふわぁ∼。初めまして、怠惰の魔王・ベルフェゴールです。・・・もういい
﹁まだ自己紹介しかしておらんじゃろ、相手の話も聞きんさい﹂
威厳の欠片もないが、〝七つの罪源〟であることには間違いないようだ。
?
れた〝七つの罪源〟、ベルゼブブ様に招待されて〝魔遊演闘祭〟に参加させていただき
﹁お初にお目に掛かります、〝ノーネーム〟のジン=ラッセルです。今回は外界に行か
コミュニティのリーダーとしてジンが前に出る。
﹂
現れたのは耀を男にしたような感じの中性的な男の子だ。茶色の短髪に寝癖が付い
く。
熊ーーーベルフェゴールはのそのそと起き上がり、その姿を人の形に変化させてい
﹃人が寝る理由に、眠い以外の理由が必要
﹂
あれ、爺さん。久しぶりだね、いつ来たの
?
﹃う∼ん、誰・・・
?
?
?
436
ました﹂
﹁あ、そういう堅苦しいの、面倒なんで、普通でいいよ﹂
﹂
﹁そっか∼。そういや、大魔王から手紙来てたな。ソロモン商会、だっけ
﹁ん∼。七大罪なら、確認してるだけでも、二人は祭りに来てるけど
ネーム〟一同は呆然としてしまう。
キャパシティ
?
﹂
﹂
﹁オホン、失礼。それで七大罪が二人、この地に来ているというのは本当なのですか
﹁・・・・・﹂
﹂
?
まったようだ。耀に言われた黒ウサギは深呼吸して一度心を落ち着ける。
驚きすぎた結果、とうとう黒ウサギの脳容量をオーバーして言語中枢まで圧迫してし
﹁黒ウサギ、言葉おかしい﹂
﹂
この部屋に来てから何度目か分からないが、今度はベルフェゴールの言葉に〝ノー
?
七大罪と呼ばれる悪魔のことなどでもいいので﹂
﹁ええ、小さなことでもいいので情報が欲しいんです。ソロモン商会そのものではなく、
?
語調は崩れてしまった。
いきなり出鼻を挫かれてしまったジン。ベルフェゴールの雰囲気と相まってすぐに
﹁は、はぁ、そうですか
?
﹁そ、それは本当でございますですなのですか⁉
〝七つの罪源〟との対面
437
返事がない、ただの屍ーーーではなく、ベルフェゴールは寝てしまったようだ。
﹂
?
﹂
﹁あんたら、ベルフェゴールの相手して疲れただろ。茶でも飲むかい
﹁じ、常識的、常識的な方が・・・‼
?
﹂
?
瞳にはどこか納得の色が浮かんでいる。
入ってきたのは深い青色の髪を刈り上げた感じの青年だった。赤み掛かった金色の
るほど、何となく分かったわ﹂
﹁なぁ、さっきそこで爺さんによく分からないこと頼まれたんだが・・・って。あぁ、な
た。彼が出ていって少しすると再び扉が開かれる。
しかしベヒモス︵仮︶の言った通り、神は黒ウサギを見放さずに手を差し伸べてくれ
てしまった。
そしてこのぐだぐだの空気の中、ベヒモス︵仮︶は無情にも全て押し付けて出て行っ
わい﹂
﹁ま、儂はもう顔出ししたからいいじゃろ。あとは任せたぞ、てきとーに誰か連れてくる
するつもりはないようだ。
不憫すぎる黒ウサギに声援を送る飛鳥。しかし声援は送っても自分がこの場を収拾
﹁頑張りなさい、貴女が諦めたら誰がこの場を収拾するのよ﹂
﹁・・・ハァ。疲れました、黒ウサギも寝ていいですか
438
﹂
俺は嫉妬の魔
寝ているベルフェゴールを見てその場にいた知らない人を気遣う青年に、黒ウサギは
それだけで感動している。
﹁あの、ものすごく常識的な貴方様はいったい
﹂
鹿に渡されたレヴィのギフトゲームに思考を巡らせていた。
﹁なんか分かりましたか
﹂
黒ウサギ達がベルフェゴールに翻弄されている頃、レティシアは城に向かいながら男
★
世界の不思議を垣間見たのだった。
黒ウサギは常識的だと思っていた人物が、実は常識外れの存在だということに彼女は
王・レヴィアタン。と言っても自分的には嫉妬深いつもりはないけどな﹂
﹁そ う い や 名 乗 っ て な か っ た な。こ こ に い る っ て こ と は 俺 達 に 用 だ ろ
?
?
それでその八割というのは
?
﹁ああ、八割ほどではあるが・・・﹂
?
﹁おぉ、流石レティシアさん‼
?
〝七つの罪源〟との対面
439
レティシアはギフトゲームの文脈の解釈がほとんど分かったらしく、古市はその先を
促す。
﹂
?
﹂
?
そんな男鹿達を他所に二人の考察は進んでいく。
何やら火花を散らしていた。男鹿はもう完全に謎解きに参加するつもりはなさそうだ。
レヴィのギフトゲームそっちのけで〝魔遊演闘祭〟のメインギフトゲームに向けて
﹁アイダッ‼
﹁ハッ、何言ってやがる。それはこっちの台詞だ﹂
﹁そうか。だったら今度こそ邪魔を気にせずにお前を倒す機会がありそうだ﹂
喧嘩があるみたいだぞ﹂
﹁おい鷹宮。さっきレヴィアタンから聞いたんだが、この祭りのギフトゲームにでかい
人を見て嬉しそうにしている。残りの三人はというと、
その後ろでは、レヴィが自分で作ったギフトゲームに真剣に取り組んでくれている二
レティシアの解説を聞きながら古市も思考を巡らせていく。
ゲームが続く〝魔遊演闘祭〟の間に集めろということだ﹂
﹁そ う だ。つ ま り 天 地 創 造 に よ っ て 誕 生 し た 〝 何 か 〟 を 世 界 の 終 末 ー ー ー こ の ギ フ ト
﹁そこは俺も知ってます。神様が七日間で今の世界を作ったってやつですよね
﹁まず最初の文章。これはゲーム名の通り、旧約聖書の〝創世記〟にある天地の創造だ﹂
440
そこは何となくしか覚えてないですけど﹂
﹁その〝何か〟は同じくゲーム名にある化生達・・・達というからには複数の怪物ってこ
とですよね
ことか。・・・ん
ここまで分かってるのにどうして八割なんですか
﹂
?
トゲームは解けているように思ったのだ。
古市はふと疑問に思ったことをレティシアに尋ねる。聞いている限りではもうギフ
?
﹁ということはレヴィアタンは後ろのレヴィさんですから、あとはベヒモスを探せって
除く〟という意味も含まれていると思われる﹂
もあるが、ジズは旧約聖書には出てこないからな。最初の〝創世記〟の文章は〝ジズを
ばれるレヴィアタンとベヒモスの二頭だろう。ここにジズも加えて三頭一対と呼ぶ説
﹁なんだ、貴之もほとんど分かっているではないか。その怪物は一般的に二頭一対で呼
?
名から神だと思われるが、その神が誰なのか私にはこの文からでは読み解けない。私の
げる供物〟というのは、供物を〝誰かに〟捧げる必要があるということ。これはゲーム
﹁あとは単純に文章を読み解くピースが足りないということだ。最後の文章にある〝捧
うことだ。
要するに、レティシアの考えには確証がないため解釈が合っているか分からないとい
ないため、この文章の解釈に他の解釈がないという保証がない﹂
﹁まずは私がそこまで旧約聖書に詳しくないことだ。簡単な説明はできても深くは知ら
〝七つの罪源〟との対面
441
知識が足らないのか、もしくは文面とは別に神を示唆する要素があるのかもしれない﹂
﹁まずは主催者のいる場所を誰かに聞くか﹂
?
すのだった。
ているというので、迷うことも労力を使うこともなく現在黒ウサギ達のいる部屋を目指
レティシアが運営の受付的なところを探しているとレヴィが主催者の居場所を知っ
﹁あ、私どこに行けば会えるか知ってるけど
﹂
レティシアの言葉に安堵しつつ、一同は黒ウサギ達に遅れて城の中へと入っていく。
できるだろう﹂
﹁闇雲に探すわけではないから安心しろ。我々も主催者へと挨拶に向かえば自ずと合流
には労力を使いそうだと考えたのだ。
三つの高層ビルが繋がっているような城を見上げて古市が呟く。手掛りなしに探す
﹁・・・この中から探すんですか﹂
そして考察を進めているうちに、合流場所として設定した城の前まで来ていた。
﹁ん、着いたぞ。あとは黒ウサギ達と合流するだけだ﹂
を解消するためにもベヒモスを探すという結論に達した。
古市とレティシアで文面から考えられることは解いていき、それでも分からない疑問
﹁じゃあ、とりあえずの行動方針はベヒモスの捜索と神の特定ってとこですか﹂
442
魔遊演闘祭・予選開始
嫉 妬 の 魔 王 と 名 乗 っ た 〝 七 つ の 罪 源 〟 レ ヴ ィ ア タ ン は、部 屋 に 備 え 付 け て あ っ た
ティーセットで黒ウサギ達にお茶を入れていた。ベルフェゴールは部屋にあるソファ
の一つで寝たままだ。
黒ウサギ達は出されたお茶を飲みながら祭りに来た経緯を説明した。
﹁大魔王の奴、箱庭に戻ってくるのが面倒くさいからって押し付けたんだろうな﹂
﹁ま、まぁその前からソロモン商会とは関わってましたし、結果的には援助してもらえて
助かってます﹂
レヴィアタンは基本的に気さくな性格の人物のようで、黒ウサギ達もそこまで畏まら
ずに話をしている。
﹂
?
﹁特徴は
﹂
﹁あぁ、本当だぞ。マモンとレヴィアタン、確認してるのはその二人だ﹂
黒ウサギが一通り事情は説明し終えたので、今度は十六夜が質問をぶつける。
言ってたんだが、本当か
﹁な ぁ レ ヴ ィ ア タ ン。さ っ き そ こ の ベ ル フ ェ ゴ ー ル が 〝 七 大 罪 が 二 人 来 て い る 〟 っ て
魔遊演闘祭・予選開始
443
?
﹁マモンの方は知らないな、契約者って言う奴しか見てない。丁度お前くらいの男だっ
たぞ﹂
どうやら既にマモンは契約してしまっているらしく、鷹宮と同じで相手次第では敵対
することになるかもしれない。
﹂うん、こんな奴だ﹂
﹁レヴィアタンは未契約って言ってたな。特徴は﹁すみませーん、罪源の人いますかー
444
﹂
?
﹁レティシア様、そちらはいったいどのような経緯で今の状態に
﹂
この地に半数の七大罪が集結しているなんて﹂
?
﹁私としては、そのベヒモスと名乗った老人の方も気になるな﹂
﹁すごい偶然・・・なのでしょうか
男鹿から聞いた内容を伝え、その後に黒ウサギも別行動となった後の事を話した。
最後に入ってきたレティシアに別行動となった後のことを確認する。レティシアは
?
﹁よかった、上手く合流できたな﹂
故少し姿を消していただけで七大罪と一緒に来ることになったのかが疑問で仕方ない。
その後ろに続いて現れたのは別行動をしていた男鹿達だ。黒ウサギ達からすると何
﹁おーい、逆廻達もいるかー
髪でセミロングの女性ーーー七大罪のレヴィアタン︵レヴィ︶だ。
レヴィアタンの説明中に扉が開き、女性の明るい声が響き渡る。そこに現れたのは紫
?
﹁と言うと
﹂
﹂
﹁なるほど、確かにその解釈じゃ八割だな。でもそこまで気にする必要はないと思うぞ
あっているかどうか聞いてもらう。
そう言って黒ウサギに〝契約書類〟の内容を見せ、十六夜にもレティシアの解釈が
るならばまず間違い﹂
﹁今、我々が探しているのがベヒモスなのだ。ギフトゲームのヒントとして名乗ってい
?
レヴィアタンは、これ以上繁殖しないように雄が殺されちまうんだ﹂
ヴィアタンは雌雄で二頭存在していたんだよ。しかし気性が荒くて危険と判断された
アタンが登場するのは何もそれだけじゃない。同じ旧約聖書の〝ヨブ記〟では元々レ
﹁レヴィアタンが造り出されたのは旧約聖書の〝創世記〟にある天地創造だが、レヴィ
それを聞いた十六夜はレティシアの解釈に少し意見を加えていく。
?
ろってことだな。いや、三頭というより三人って言った方が正しいか﹂
ヴィアタンとベヒモスの二頭じゃなく、欠けてしまったレヴィアタンも含めて三頭集め
﹁ああ。だから〝契約書類〟の最後にある〝欠かさず供物を探し出せ〟っていうのはレ
ということか﹂
﹁つまり、その時点で世界の終末に神へと捧げられるはずの供物が欠けてしまっている、
魔遊演闘祭・予選開始
445
十六夜は目線を逸らして二人のレヴィアタンを眺める。ベヒモスも判明しているこ
とだし、ギフトゲーム攻略の鍵はほぼ出揃っている。
﹂
?
﹂
?
?
﹂
?
﹁殴り合う﹂
黒ウサギはギフトゲームの内容を知らないので即答した二人に聞いてみる。
﹁お二人はギフトゲームの内容をご存知なのですか
レヴィアタンの問い掛けに男鹿と鷹宮は即答する。
﹁俺もだ﹂
﹁俺は出る﹂
﹁そういえば、あんたらは明日から始まるメインのギフトゲームには出るのかい
﹂
それぞれ自己紹介が終わり、人が増えて少し狭くなった部屋で話は続けられる。
アの頭は疑問でいっぱいだった。
〝あいつらのリアクションが楽しみだ〟、と言いつつ話を打ち切る十六夜にレティシ
をすれば自ずと分かる筈だぜ
﹁あくまで予想だが、それを言ったらつまらないだろ でもまぁ、ベヒモスと男鹿達が話
﹁む、文面から分からないのにどうして予想できるのだ
﹁それに捧げる神についても、文面から分からなくても何となくは予想できてるしな﹂
446
?
﹁・・・そ、そうですか﹂
男鹿からの当てにならない答えを聞いて黒ウサギは口元をヒクつかせている。本当
に男鹿が知っているのはそれだけなのだ、よく即答したものだと思う。
﹁あまり私向きのギフトゲームではなさそうね。今回も応援かしら﹂
少し不満気に呟く飛鳥。ディーンを使用すれば戦闘にも対応できそうだが、祭りとい
﹁だったら今回は私も応援に回ろうかな﹂
う形式上どのように立ち回ることが必要か分からないのでその巨体では臨機応変に対
応できない。耀も今回は〝火龍誕生祭〟の時ほど参加意欲はないようで、飛鳥と一緒に
応援に回ると言っている。
それ以外で活躍できる組み合わせで挑むこともいいと思うぞ。優勝じゃなくても景品
﹁まぁ多少はそういう側面もあるが、全部がそうじゃないし内容もチーム戦だ。戦闘と
はあるしな﹂
参加に消極的な二人に、主催者の一人として楽しめるように提案する。
﹂
?
録される。どうせならそういうゲームにしたいというレヴィアタンの要請に、黒ウサギ
〝箱庭の貴族〟に審判をされたギフトゲームは箔付きのゲームとして箱庭中枢に記
か
﹁どうせなら〝箱庭の貴族〟にそのギフトゲームの審判を頼みたいんだが、どうだろう
魔遊演闘祭・予選開始
447
は申し訳なさそうにする。
﹂
?
﹂
﹁少し前からな。今はギフトゲームに参加する前に連れと祭りを回ってるんじゃないか
﹁白夜叉様もこの地に来ているのですか
その内容は黒ウサギにとって初耳ものだった。
追加でレヴィアタンから齎された情報に黒ウサギの言葉は遮られてしまう。しかも
﹁あぁ、言い忘れてた。白夜叉には許可はもらってるんで後はあんたのやる気次第だ﹂
すので、許可なく引き受けるわけにはーーー﹂
﹁すみませんが、黒ウサギは〝サウザンドアイズ〟の専属ジャッジとして契約していま
448
﹁はぁ⁉
白夜叉さんも出んの⁉
﹂
?
ら
・
・
・
・
・
・
のまま勝てる可能性があるとしたら俺らの中じゃサタンだけだろう﹂
とうとしたら〝罪源の魔王〟でも霊格を増やす必要があるからな。あんな化け物に今
俺
﹁出すわけないだろ、出るのは連れだけだ。仮に霊格を落としてる白夜叉であっても勝
そんな古市の反応にレヴィアタンは呆れたように返す。
戦々恐々としていた。
古市は白夜叉のデタラメ加減を話として聞いているので彼女のギフトゲーム参加に
?
その言葉に真っ先に反応したのは古市だ。
?
﹁霊格を・・・増やす
﹂
聞き慣れない言い回しに古市は疑問で聞き返す。
ちろん金銭も払うぞ
﹂
﹁いやまぁ、今そのことは関係ないな。話が逸れた、それで審判の件はどうだろうか
審判を引き受けてくれるかどうかを確認する。
も
しかし今は長々と説明するつもりはないようで、古市の疑問は脇に置いて黒ウサギに
?
?
?
チームはその半数以下だろう。
目測では百人近くの参加者がいるのだが、恐らく個人で参加している者は少なく参加
ことではなく、ギフトゲームの集合場所として他の参加者も集まっている。
翌日、〝ノーネーム〟+レヴィは再び運営本部の城を訪れていた。今日は挨拶という
★
お開きとなった。
許可が出ている以上は黒ウサギに断る理由はない。彼女の了承を確認してその場は
ただきます﹂
﹁分かりました。そういうことでしたらこの黒ウサギ、慎んで審判の役目を承らせてい
魔遊演闘祭・予選開始
449
ちなみに〝ノーネーム〟は少しでも景品を手に入れようと三つのチームに分かれて
おり、
①男鹿&レティシア
②鷹宮&飛鳥&耀
③十六夜&古市
という組み合わせになっている。
まずバランスよくチームを組むためにメンバーの中で戦闘力の高い三人、魔力を扱え
る三人をバラけさせた。この時点で③が決定、レティシアも王臣として力を何時でも発
〟という誰かの抗議が出てい
揮できるように①が決定、残りは消去法だが戦力を整えるという意味でも三人で②が決
定した。
黒ウサギは審判、ジンとレヴィは観戦に回っている。
〝何で半分も女子がいるのに俺は逆廻となんだよ‼
たのは余談だ。
そうこうしているうちに、長身に赤い長髪の男性が設置されていた壇上出てくる。
?
今回も俺達の行楽みたいな祭りに参加してくれて感謝する﹂
?
今挨拶をしていることと昨日のレヴィアタンの言葉から恐らくサタンが〝七つの罪
楽しんでくれているか
﹁〝七つの罪源〟憤怒の魔王・サタンだ。遠方から来た客人も含めて〝魔遊演闘祭〟を
450
源 〟 の ト ッ プ だ と 思 わ れ る も の の、見 た 目 で 言 え ば レ ヴ ィ ア タ ン よ り も 体 格 は 細 い。
まぁこの箱庭において見た目で相手を判断することは愚の骨頂と言えるだろうが。
まってもらった諸君には四つのグループに分かれて予選を行ってもらい、そこで開催さ
﹁長い話ほどつまらないものはないのでさっそくギフトゲームの説明に入る。今から集
れるゲームをクリアした二チーム、計八チームが本戦に出場だ﹂
サタンが説明をしている傍ら、ベルフェゴールが怠そうにしながらもその隣へと進み
出る。
いように配慮しているので頑張ってくれ﹂
﹁ギフトゲームへの登録用紙を参考に、最低限同コミュニティで同グループに分かれな
話の終わりを合図にベルフェゴールから魔力が迸り、参加者の四分の一がその場から
姿を消した。〝ノーネーム〟からも男鹿とレティシアが消えている。
その事に参加者の動揺が広がっていくが、すぐにサタンから説明が入る。
別の空間が映し出された。
ベルフェゴールの気の無い返事とともに周囲の空間に幾つもの亀裂が入り、そこから
﹁おっけ∼﹂
ベルフェゴール﹂
﹁今消えた参加者は別空間に造ったゲーム盤へとベルフェゴールに転送してもらった。
魔遊演闘祭・予選開始
451
そこは鍾乳洞のような天井が特徴的な巨大地下都市とでも呼べる空間で、天井から垂
れている無数の鍾乳石の中にはロープが吊るされているものが無数にある。
大多数はその光景に釘付けだが、少数はベルフェゴールの圧倒的な力に息を呑んでい
た。別空間の視認に別空間への跳躍、千里眼と瞬間移動。個人の力としても脅威的だ
が、さらにチーム戦であればその力がどれ程の脅威になり得るかは想像に難くない。
る。そんな中でもさらに目立って騒いでいる者がいた。
かぁぁぁぁぁぁ
﹂
﹁残念ですが白夜叉様、あの服装はあくまで白夜叉様の開催するギフトゲームの時に常
にいったい何を叫んでいるのだろうか。
何処かの駄神の魂を震わせる咆哮が響き渡る。来ているのは知っていたが、登場早々
!!!!
それではお主のエロエロな肢体が隠れてしまって我々には夢も希望もないではない
﹁黒ウサギィィィィィィ何故モコモコの服装で審判をしておるのだぁぁぁぁぁぁぁぁ
!!!!
感激で騒ぐ者もいれば、己の欲求を叫んでいる者もいて〝箱庭の貴族〟の人気が窺え
突 然 の 〝 箱 庭 の 貴 族 〟 の 登 場 に 参 加 者 は 先 程 と は ま た 違 っ た 喧 騒 に 包 ま れ て い く。
?
?
の専属ジャッジでお馴染み、黒ウサギがお務めさせていただきます‼
﹂
﹁はい、任されました‼ それではここからの進行及び審判は〝サウザンドアイズ〟
﹁それでは、あとの事は特別審判に来てもらっているのでよろしく頼む﹂
452
備を任ぜられたものですので今回は自由。もう諦めて私服としても使用していますが、
防寒のギフトがあってもわざわざ好き好んで雪国でもあんな薄着になりたくないです﹂
黒ウサギから淡々と告げられた事実に、白夜叉は膝から崩れ落ちて悔しそうに地面を
叩いている。
を・・・
私としては久しく責務のない参加者の身だからとその状況に甘んじるべき
﹁くそぉぉぉぉせめて参加者ではなく貴賓としてこの場にいればどうとでもできたもの
﹂
!!!!
哭している。
もう白夜叉の後悔の仕方が本気過ぎて周りが少し引いているが、それでも気にせず慟
ではなかったッッッ
!!!!
﹂
?
黒ウサギの宣言とともに参加者の前に〝契約書類〟が現れ、本戦出場の幕が開ける。
ます‼
﹁え∼、お馬鹿様はさておき。それでは第一予選、〝蜘蛛の糸・極楽を目指せ〟を開始し
魔遊演闘祭・予選開始
453
魔遊演闘祭・第一予選
レティシアは〝契約書類〟、舞台である地下都市、鐘乳石から垂れるロープを順に見
純明快なものの方が見世物としては好まれるか。早く我々もーーー﹂
﹁ふむ、特に難度の高いギフトゲームというわけではなさそうだ。やはりある程度は単
させられた参加者の手元にも舞い落ちた。
黒ウサギの開幕宣言と同時に現れた〝契約書類〟は、見物する参加者だけでなく転移
〝七つの罪源〟印︼
宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、各コミュニティはギフトゲームに参加します。
内で飛行することを禁止とする。
限りとする。チームの誰か一人でも脱出に成功すればそのチームの勝利とする。舞台
・舞台ルール:地下都市を脱出するための道は二つのみであり、使用可能なのは一度
・敗北条件:上記の勝利条件を満たせなくなった場合。
・勝利条件:地下都市からの脱出。
︻ギフトゲーム名 〝蜘蛛の糸・極楽を目指せ〟
454
﹂
やっていく。そして横に立っていた男鹿に話しかけようとしてーーー言葉を失った。
﹂
﹂
﹁・・・辰巳、それをどうするつもりだ
﹁あ
﹁アイ
?
?
﹂
?
込みながら進んでいたロープすら切れていなかった。
ぶつかり爆ぜる。しかし穴が開くどころか欠けることもなく、それに加えて途中で巻き
レティシアの愕然とした声を無視し、放たれた雷撃は地下都市の天井へと突き進んで
﹁いや、何故だ⁉
レティシアにそう言われたので、男鹿はーーー試しにぶっ放してみた。
﹁頼むからやめてくれ。それに恐らく破壊は不可能だろう。力の浪費だ﹂
﹁面倒くせぇから穴開けようかなと﹂
き放たれていただろう。
後方に引いた姿勢となっていた。あと数瞬気付くのが遅ければその雷電は手元から解
何時の間にか少し離れていた男鹿の手元では雷電がバチバチと爆ぜており、既に腕を
?
もし放っておいてロープを登っている時に狙い撃ちされればどうしようもない。参
する辰巳を相手は放っておくまい﹂
﹁・・・だから言っただろう。これで我々の居場所も知られた。あれ程の遠距離攻撃を有
魔遊演闘祭・第一予選
455
加者は遠距離攻撃への対処法を見つけること、または男鹿を倒すことが必須となってし
まったのだ。
﹂
?
?
が。
﹁い、いきなりどうしたのだ
?
ちょっと待ーーー﹂
?
﹁よし。それで
出口に目星がついてるとか言ってたが何処だ ・・・おい、聞いてんの
十メートルの高さまで達し、新たに出現させた少し大きめの紋章に着地した。
らず男鹿にしがみ付く。爆風と合わさった跳躍は地面と天井の中間あたりである約五
レティシアの制止も虚しく爆音に掻き消されてしまい、爆風による急激な推進力に堪
﹁た、辰巳‼
この時点でレティシアは男鹿が何をしようとしているのか理解した。
男鹿が上を指差しながら言うのと同時に足元に紋章が現れてその輝きを増していく。
出口を目指して、天井近くに﹂
﹁いや、だから移動すんだろ
﹂
に片腕で担がれていた。と言っても今の彼女は少女姿なのでそこまでの違和感はない
と振り向けばすぐ横に男鹿の顔があってベル坊もおり、気付けば男鹿に子供を担ぐよう
レティシアが移動しようとした時、急に地面から足が離れて視線が高くなる。何事か
な場所は予測できていることだ・・・し
﹁とにかく移動しつつ脱出口を探すぞ。舞台やゲーム名から天井の何処かだが、大まか
456
?
?
か
﹂
ア。
﹁い﹂
﹂
﹂
不安定な抱え方で落ち
?
﹁い
たが
飛行は禁止されているんだぞ⁉
﹁いきなり過ぎだ馬鹿者ッ‼ 少しは心の準備をさせろ‼
たらどうする⁉
?
?
にーーー辰巳、来たぞ‼
﹂
﹁と に か く、こ ん な 空 中 で は 遠 距 離 攻 撃 が で き る 者 の い い 的 だ。急 い で 脱 出 口 を 探 し
大きく息を吐いて冷静になる。
ぜぇ、はぁ、と突然の出来事と慣れない大声で乱れていた呼吸を整えていき、最後に
﹁自分で飛ぶのと跳ぶ者に掴まるのでは感覚が違う‼
﹂
﹁∼∼∼ッ、つってもいつもお前が飛んでんのよりは遅ぇだろうが﹂
しかし耳元で叫ばれた男鹿とベル坊は堪ったものではない。
せいだろう。
沈黙も一瞬、レティシアは箍が外れたように叫ぶ。若干涙目に見えるのはきっと気の
?
?
返事がないので不思議に思って見ると、何やら俯いてぷるぷると震えているレティシ
?
?
﹁アウ∼﹂
魔遊演闘祭・第一予選
457
?
レティシアの懸念はすぐに現実となり、下から炎の塊が迫ってくる。
しかし遠距離攻撃のデメリットは着弾が遅いことであり、速度が遅い遠距離攻撃など
注意が逸れている上での奇襲でもなければ当たりはしない。
二人を飲み込まんとした炎は大きいものの速いとは言えない。男鹿は余裕をもって
・
・
攻撃の範囲外へと移動し、炎は何事もなく横を通り過ぎていく。
﹂﹂
﹂
?
の加わった蹴りに対してレティシアは男鹿から跳んで王臣紋の力を解放し、魔力強化さ
老人には両腕が塞がっている男鹿の代わりにレティシアが対応した。相手の遠心力
﹁残念ながら姫というのは私には合わないな。仮にも私は騎士だぞ﹂
面を着けた老人と思われる男が迫り来る。
そしてその反対側からはロープで遠心力をつけた蹴りを放とうと、これまた同じく仮
﹁ほれ、姫様ががら空きじゃぞ
いが、男鹿とあまり変わらない年齢の男だと思われる。
男鹿は空いている腕で襲撃者の拳を防ぐ。その顔は仮面を着けているので分からな
﹁クッ﹂
が現れたことだ。
そう、炎は何事もなく通り過ぎた。想定外だったのは炎の下から追従するように人影
﹁﹁ッ⁉
?
458
れた拳で迎え撃つ。
ぶつかり合った衝撃でお互いに押し返され、老人は他のロープに乗り移って留まり、
レティシアは展開されたままの紋章に着地する。
﹁辰巳、背中は任せた﹂
レティシアは髪のリボンを解いてギフトカードから槍を取り出す。大人姿となった
なかま
彼女は背中から翼を展開した。飛行のためではなく、足場の悪い場所での姿勢保持のた
めだ。
レティシアは男鹿の〝同類〟という言葉に疑問を抱いて若い方の男を横目に捉え、そ
﹁ああ、久しぶりの同類だ。意地でもボコって話を聞いてやる﹂
の言い回しに納得する。
﹁・・・なるほど、探す手間が省けたということか﹂
その男は老人のようにロープに掴まることはなく、しかし落下も浮遊もしていなかっ
た。
その男の足元には男鹿とは違う、無限の記号が特徴的な紋章が展開されていた。
﹁会いたかったぜ、男鹿。お前達が消えてから石矢魔のトップは空位のままだったから
魔遊演闘祭・第一予選
459
う
ち
や
つ
な。今は一種の停戦状態、雑魚の小競り合いばかりだ﹂
他愛のない︵ ︶やり取りが二人の間で交わされる。しかし今はギフトゲーム中で
﹁否定はしねぇよ﹂
なってんじゃねぇだろうな﹂
﹁やっぱお前、石矢魔の生徒かよ。鷹宮といいお前といい、もう〝紋章使い〟の巣窟に
460
﹂
?
況しているのは地下都市の空中を映し出している亀裂だ。
視点で中継されている。黒ウサギはそれを見て実況を進めているが、やはりメインで実
第一予選の内容はベルフェゴールの千里眼によって発生した空間の亀裂から複数の
★
﹁赤星貫九郎だ。目的なんてものは喧嘩には無粋だろう。今は楽しもうぜ﹂
ことから特に隠すつもりはないのだろう。名乗りもあっさりとしたものだった。
若い男には契約悪魔を言い当てられても動揺はない。〝七つの罪源〟に教えている
ンの契約者よ、お前の名と目的は何だ
﹁懐郷、と言っていいかは分からないがお喋りはその辺にしておけ。・・・七大罪・マモ
ゆっくりしている余裕はないのでレティシアが率直に聞く。
?
﹂
﹁おぉっと、まさか飛行が禁止されたこのギフトゲームで空中戦勃発か⁉ これは激
戦となる予感がします‼
?
﹁さっきの雷や炎は凄かったな﹂
﹁というかあの二人が立ってるのはなんだ ﹂
﹁見たこと
黒ウサギの実況と映像にその場の参加者は騒ついている。
?
?
﹂
﹁あの翼に容姿、まさか吸血鬼
﹂﹁あ∼、俺も喧嘩してぇ﹂
相手を薙ぎ払うのじゃ‼
﹂
﹁吸血鬼に魔力っ
も聞いたこともねぇな﹂
﹁全員魔力を纏ってやがる﹂
﹁何にしても実力者らしいぞ﹂
﹁弟よ
‼
て、マジかそれ
?
?
︶
?
の兎〟をイラッとさせた‼
?
白夜叉の仕草は効果抜群‼
天真爛漫・温厚篤実・献身の象徴とまで謳われた〝月
うで、舌を出して〝てへぺろっ〟と返してきた。
審判として手に入れた情報にチラッと白夜叉へと目を向けるとあちらも気付いたよ
う〝紋章使い〟、〝サウザンドアイズ〟からの参加者になっているんですけど⁉
︵まさかこうも早くマモンの契約者と遭遇するとは・・・。ていうかこの赤星貫九郎とい
はそれどころではなかった。
んな中、黒ウサギは外面はギフトゲームを盛り上げる審判の役目を果たしているが内面
しかし広場は初っ端からの派手な戦闘、しかも箱庭では珍しい紋章術に大興奮だ。そ
?
?
?
︵あぁ、そうですか。我々に自分の北側行きを話さなかったのも、北側に来てから私達の
魔遊演闘祭・第一予選
461
前に姿を現さなかったのも、ギフトゲームが始まってからようやく姿を現したのも、そ
もそも防寒のギフトを買いに行った時の素っ気なさも全ては計画通りですか。そうい
えば大魔王様から手紙をもらってましたもんね。手紙だけではなく派遣もいたという
ことですか、そういうことですか︶
色々と小さな疑問が氷解していった黒ウサギは内心で愚痴を呟きながらも実況を続
けていくのだった。
★
いておく。
?
・
・
・
?
いが、何となく記憶に引っかかっているのだ。
・
﹁・・・さぁのぅ、気のせいじゃないかいワレ
﹂
さっきから感じているもやもやに男鹿は疑問を呈する。仮面なので人相は分からな
﹁・・・爺さん、俺とどっかで会ってるか
﹂
・・・実際にこの中で一番年上なのはレティシアなのであろうが、外見的にそこは置
赤星が名乗った後、今まで黙って待っていた老人が話に割って入る。
﹁これこれ、若いもん同士で盛り上がるのはいいが年寄りを放っておくのはいかんぞ﹂
462
﹂
今度
突然の語尾にレティシアも味方である赤星でさえ不思議に思うが、男鹿だけはピーン
ときた。
﹁お前、あの時のカイワレBOYか‼
﹂
﹁ホッホッ、今はベヒモスと名乗っておるんでよろしく頼むぞぃ。してどうする
は二人だけで儂を相手取るかいのぅ
や
﹁・・・強いのか
﹂
求すべきではないと判断して男鹿に疑問をぶつける。
う名前はレヴィが始めたギフトゲームの解答に必要な一人なので関心はあるが、今は追
男鹿の構えが少し固くなるのを見てレティシアも少し緊張を高める。ベヒモスとい
?
?
?
た魔力増幅法も使用してはいなかったが、勝てなかったことには変わりない。
男鹿は苦虫を噛み潰したように答える。その時は暗黒武闘も対消滅エネルギーに似
﹁・・・前に戦った時は五人掛かりで一撃入れるのがやっとだった﹂
?
﹂
﹁辰巳。私達が向かい合う相手の後ろに、周りに比べて長い鍾乳石があるのは分かるか
男鹿の情報からレティシアは総合的に判断し、小声でそれを伝える。
︵・・・隙を見て脱出口を目指した方がいいか︶
魔遊演闘祭・第一予選
463
言われて見れば、確かに一際長い鍾乳石がある。
?
﹁確率的にその二つが脱出口である可能性が高い﹂
﹂
?
逃げんのかよ⁉
﹂
レティシアの言葉に男鹿は思わず背後を振り向く。
﹁はぁ⁉
?
﹁気にすんな、終わったのならかかって来いよ。先に奇襲を掛けたのはこっちだからな、
にレティシアは礼儀として感謝した。
男鹿へは手短に説明したとはいえ、説明している時間を律儀に待ってくれていた相手
﹁では頼んだぞ。・・・待たせて済まなかったな、一応礼を言っておく﹂
未だに納得していない様子だが了承はしてくれた男鹿にレティシアはホッとする。
﹁・・・おう、分かった﹂
難しそうならば隙を見て脱出する。その時は援護を頼むぞ﹂
﹁・・・分かった。では辰巳は全力で相手を打倒しに行け。私もできる限りそうするが、
好きになれないようで、納得顏には程遠い。
レティシアの言い分は最もだ。それでも男鹿にとっては〝逃げる〟という選択肢は
の次に脱出するはずだ。運にも寄るが本選で戦えればいいではないか﹂
?
?
﹁逃げではない。寧ろ競争なのだから勝ちにいっているだろ
それ程の実力者なら私達
﹁説明は後だ。とにかく、どちらかが隙を見て脱出口に向かうぞ﹂
﹁何で分かんだよ
464
フェアにいこうぜ﹂
赤星はそう言って待ちの構えを取る。どうやら最初の奇襲は男鹿達のゴールを阻止
﹂
するためのものであって本意ではなかったようだ。
﹁では、御言葉に甘えるとしよう‼
・
・
・
・
・
紋章に着地する。
・
・
・
・
・
・
・
・
それを赤星はさらに上体を反らして紋章から落ちることで回避し、一回転して新たな
﹁うおっと﹂
そこへ男鹿が瞬時に影の上を疾走して赤星へと迫り、無防備な顎へと蹴りを放つ。
・
赤星へは最小限の動きで躱せるように頭を狙い、上体を反らすだけで躱させた。
・
ベヒモス︵仮︶へは躱しにくいように身体を狙ったがロープを飛び移ることで躱され、
二人へと殺到させる。
赤星の言葉にレティシアは遠慮なく〝龍の遺影〟を展開して赤星とベヒモス︵仮︶の
?
球体から炎のレーザーが四筋発射され、男鹿の手足を貫こうとする。蹴り抜いた姿勢
﹁紅線銃﹂
レッドガン
成されていく。
赤星は手を銃の形にして男鹿へと照準を定めた。すると指先に炎が渦巻き球体が形
﹁いいな、やっぱそうじゃねぇとよ﹂
魔遊演闘祭・第一予選
465
﹂
の男鹿は片足で前方に飛ぶことで躱し、影から跳び降りながら手に雷電を纏わせた。
ゼ ブ ル ブ ラ ス ト
!!!
﹂
?
﹁捉えたぞ﹂
しかしそれを見たレティシアの口角は状況とは逆に吊り上がった。
てしまう。
だが吸血鬼の力を込めて振り下ろした槍をもベヒモス︵仮︶は易々と片手で受け止め
﹁まだまだじゃわい﹂
下ろす。
生じた隙に対してレティシアも紋章から跳躍し、手に持つ槍をその頭上へ向けて振り
﹁ハアァァッ‼
レティシアは彼が男鹿の攻撃を対処するその一瞬の隙を狙う。
それを難なく蹴り落とすベヒモス︵仮︶。
﹁危ないじゃろうが﹂
ス︵仮︶へと突き進んでいった。
そして躱された雷撃は男鹿の狙い通り、反対側でレティシアが相手取っているベヒモ
かりと躱す。
放たれた雷撃は空気中を駆け抜けていくが、赤星はまた不意を打たれないようにしっ
﹁魔王の咆哮ッ
466
受け止められた瞬間にレティシアの影が蠢き、再びベヒモス︵仮︶へと殺到する。先
程はロープに掴まっているとは思えない俊敏さで躱されたが、今は状況が違う。
左腕はロープに固定され、右腕は槍を受け止めている。仮に足で捌こうとしても、男
鹿の攻撃を蹴り落とした直後で片足しか使用できない状況では捌ききれないだろう。
さらに今の〝龍の遺影〟は魔力を込めた特別製だ。〝魔遊演闘祭〟までの五日間の
修行で影に魔力を込め、不定形の影を魔力で形作ることで影の斬撃性を打撃性に変換す
ることに成功している。つまり殺傷を気にすることなく影を行使できるのだ。
では出力不足だったようだ。
ゼブルエンブレム
強化することで使い勝手が良くなった強力な技だが、魔力の扱いに日が浅いレティシア
け止めて平然としているような化け物だ。影の斬撃性を打撃性に変換したものに魔力
レティシアは知らないことだが、この老人は男鹿の〝魔王の咆哮〟すらほぼ無傷で受
体に力を込めて影の乱打に耐えてみせたのだ。
殺到する影を前に、老人とは思えない程の膨大な魔力がベヒモス︵仮︶から迸り、身
それが今回ばかりは仇となった。
﹁ハァァァーーーフンッ﹂
魔遊演闘祭・第一予選
467
﹁さて、捉えられたのはどっちかの
﹂
そして自然落下するレティシアをすぐさま何者かが小脇に抱え込む。
ぶつかって槍から手が離れる。
変化はさらに続く。突然の輝きに目を閉じたベヒモス︵仮︶へと横から何かが高速で
と全てを包み込む輝きだった。
しかし結果としてレティシアへ蹴りの衝撃は来ず、代わりに訪れたのは圧倒的な魔力
悟を決める。
ベヒモス︵仮︶が放つ魔力が込められた蹴りの衝撃を想像し、どうすることも出来ず覚
今 の レ テ ィ シ ア は 決 め 手 と し て 攻 撃 を 仕 掛 け た の で 防 御 が 欠 け た 無 防 備 な 状 態 だ。
?
龍影に魔力を込めた攻撃を受け止められるとは思わず、不測の事態に動きを止めてし
レティシアは言い返すこともできずに項垂れる。
﹁・・・悪い、足を引っ張ってしまった﹂
吹き飛ばされた赤星である。
聞こえてきたのは言うまでもなく男鹿の声だった。ベヒモス︵仮︶にぶつかったのは
﹁油断し過ぎだ、ボケ﹂
468
まっては基本真面目なレティシアが言い返せるはずもない。
﹁ま、こんなところで怪我してトーナメントで足引っ張られる方が御免だからな。さっ
さと外に出るぞ﹂
﹂
レティシアを気遣ったわけではないだろうが、素っ気なく返して行動に移す。
都市全てに降り注いだ。
いや、二人というのには語弊があるだろう。光の筋は紋章が覆っている範囲ーーー地下
挙げられた腕が振り下ろされ、連動して紋章から幾筋もの光が二人へと落ちていく。
﹁ーーー落ちろ。魔王光連殺﹂
挙げた。その動作に合わせて地下都市を包んでいた巨大な紋章の輝きが増していく。
離れたところで空中に留まる二人に向けて宣言し、別れの挨拶を交わすように片腕を
﹁そういうわけだからもう行くぜ。ーーーお前ら、死ぬんじゃねぇぞ
?
﹁おら、とっとと勝ち上がるぞ﹂
は見たことがなかったからだ。
呆然と呟くレティシア。一緒に修行していた時は魔力増強法の修行のみで技の修行
﹁いつの間にこれ程の技を・・・﹂
魔遊演闘祭・第一予選
469
﹁ダッ﹂
乳石に触れた瞬間にその場から転移させられ、脱出第一号が決定したのだった。
レティシアを抱えたまま男鹿は脱出口と思われる鍾乳石の真下まで跳ぶ。そこで鍾
﹁あ、あぁ。そうだな﹂
470
第一予選終了・第二予選開始
圧倒的な実力を見せつけて勝利を勝ち取りました‼
﹂
﹁第一予選、一組目の勝者は〝ノーネーム〟男鹿辰巳・レティシア=ドラクレアチームで
す‼
?
﹁ん
わり
わり
おぉ、悪ぃ悪ぃ﹂
﹁よっ、お疲れさん﹂
りる。
﹂
降ろしてもらったレティシアはリボンを着けて少女姿となり、男鹿と一緒に壇上を降
まというのは情けないのだろう。
脇に抱えられたままだったレティシアが抗議する。流石に大勢の前で抱えられたま
?
達に向けて歓声が上がっていた。
男鹿は着地と同時に周りに目を向けて状況を確認する。周囲では壇上に現れた男鹿
﹁っと、帰ってきたのか﹂
黒ウサギの勝利宣言だった。
地下都市から強制転移させられて脱出した後、男鹿の耳に真っ先に聞こえてきたのは
?
?
﹁・・・辰巳、そろそろ降ろしてくれないか
第一予選終了・第二予選開始
471
降りてきた二人に労いの言葉をかけたのは十六夜だ。
﹂
?
力は計り知れない。
然だろう。その上で地下都市の惨状を作り出しているのだから魔力増幅法使用時の実
少し考えれば分かることだが、攻撃を拡散させたのだから一撃の威力が落ちるのは当
言えなくなる。
それらを客観的に見て事も無げに〝手加減した〟などという男鹿に、三人はもう何も
﹁手加減したし大丈夫だろ﹂
る廃墟に倒れ伏している参加者達だ。
古市、飛鳥、耀が空間の亀裂を覗きながら呟く。そこに映っているのは粉塵立ち込め
﹁というか誰か死んでない・・・
﹁もう地下都市がただの地下空洞だわ・・・﹂
﹁いやいや、やり過ぎだろ・・・﹂
いた。
ているが、二人とは対照的に他の観戦していた〝ノーネーム〟の参加メンバーは引いて
そう言って不敵に笑いながら二人は拳をぶつける。実に熱い雰囲気で火花を散らし
﹁誰に言ってやがる。本戦で待ってな、〝火龍誕生祭〟での続きといこうぜ﹂
﹁おう。お前らも予選で負けんじゃねぇぞ﹂
472
﹂
﹁男 鹿 辰 巳 選 手 の 攻 撃 に よ っ て 地 下 都 市 は 見 る 影 も あ り ま せ ん ‼
チームが生き残ってーーーあっ‼
果 た し て 何 組 の
?
上に現れる二人の人物。
で登っていくので解説する間も無く人影は鍾乳石に触れて消えてしまう。と同時に壇
へとロープを伝って一直線に突き進んでいく映像が映し出されていた。かなりの速さ
そこには土煙から何かが高速で飛び出し、レティシアが示していたもう一つの脱出口
ける。
上げたのでそれにつられて男鹿達も黒ウサギが解説していた空間の亀裂へと視線を向
黒ウサギが空間の亀裂からギフトゲームの実況をしていたのだが、台詞を切って声を
?
黒ウサギは実況を続けながらも驚愕していたが、それは男鹿や鷹宮、古市を除く〝
?
?
ます‼
﹂
地下都市を廃墟にしてみせた男鹿辰巳選手に狙われた筈なのにピンピンしており
﹁ま、まさかの〝サウザンドアイズ〟赤星貫九郎・ベヒモスチームが二組目の勝者です‼
ヒモス︵仮︶が立っていた。
そこには身体の表面が煤けて服がボロボロながらも、軽傷しか負っていない赤星とベ
﹁ま、当然だろ﹂
﹁イェーイ、これで儂らも本戦進出じゃわい﹂
第一予選終了・第二予選開始
473
ノーネーム〟一同も同じ気持ちだった。男鹿はその実力を知っていたから。鷹宮はい
つも通り。古市は驚愕よりも疑惑の眼差しを向けていた。
後で説明するって言ってただろ﹂
?
からなどという理由ではあるまい。
?
と、レティシアが答える前に十六夜が自分の考えを言う。それを聞いた男鹿は無い記
だったってだけだろ﹂
﹁別にレティシアは出口を特定できたわけじゃねぇと思うぜ
確率的にあの二つが有力
男鹿は今思い出したようでレティシアに問い掛ける。まさか一番分かりやすかった
﹁そういや、何で出口が分かったんだ
ては我々が勝手に話していたことだから礼など必要ないさ﹂
﹁あぁ、確かに私だけ名乗っていなかったな。レティシア=ドラクレアだ。出口につい
会話をしっかりと聞いて覚えていたようだ。
赤星は目の前まで来ると感謝の言葉を述べる。戦闘が始まる前に話していた二人の
﹁よぉ男鹿、と・・・そういや名前知らねぇな。出口教えてくれて感謝してるぜ﹂
た。
めていると壇上から降りてきた二人と目が合い、彼らはそのまま此方へと歩み寄って来
直接相対していた筈のレティシアでさえもこれには驚愕を隠せない。そんな風に眺
﹁まさか、あれさえも受け止めたというのか・・・﹂
474
なんかレティシアも似たようなこと言ってたような・・・﹂
憶力を振り絞ってその時のことを思い返す。
﹁あ∼
択が分かれる﹂
天
井
十六夜は指を二本立てて解釈を述べる。
出
口
極楽から垂らされた蜘蛛の糸を伝って地獄から脱出しようとする話だ。だがここで選
は芥川龍之介の有名な短編小説の一つを元にされてるんだろうが、ざっくり説明すると
﹁あのギフトゲームには二つの解釈ができるんだよ。〝蜘蛛の糸・極楽を目指せ〟、これ
まさかの省いた可能性が正解だった。それはさておき十六夜の解説は続く。
りやすかったってことだ﹂
﹁要するにだな、最も長いロープか最も短いロープの二択のうち、長いロープの方が分か
?
ロープを跳び移って出口を目指すのが最善の攻略方法だったのではないか
﹂
我々のように空中で留まることのできる例外を除いて参加者はベヒモス殿のように
﹁ま ぁ ロ ー プ の 短 い 方 と は 言 っ て も 微 妙 な 差 は 天 井 に 近 付 か な い と 分 か ら な い か ら、
都市という構造から天井の凹凸で出口の特定が難しいから時間が掛かり過ぎる﹂
から考えて短いロープの方が確率が高いということだ。長いロープだと鍾乳洞の地下
も長い鍾乳石に繋がれている短いロープ。このふたつのうち、予選というゲーム難易度
﹁まず一つ目は極楽に最も近付ける長いロープ。二つ目はロープの終点を極楽として最
第一予選終了・第二予選開始
475
?
﹁なるほどな﹂
の称賛を軽く否定する。
?
どうやら男鹿の攻撃に対して軽傷で済んでいるのには何か秘密があるようだ。それ
たドーピングとでも言っておこうかの。ギフトゲーム中なのでネタバレは無しじゃが﹂
﹁いやいや、本来ならもう少し血を流しておったよ。そうなっておらんのはちょっとし
﹁でも現にほぼ無傷じゃない。無傷じゃなくて軽傷だって言いたいの
﹂
飛鳥と耀の称賛に対してベヒモス︵仮︶は尊大に答えたかと思えば、一転してそれら
のは儂でもちょっと厳しいわい﹂
﹁ホッホッ、あの程度は当然・・・と言いたいのじゃが、流石に初見のアレを無傷で凌ぐ
﹁うん。辰巳の攻撃も凄かったけど、ほとんど無傷のベヒモスも凄いと思う﹂
から、何となく予想はしてたけど﹂
﹁ベヒモスさんってかなり強かったのね。〝七つの罪源〟の魔王達とは古い仲みたいだ
は残りの〝ノーネーム〟のメンバーに捕まって話していた。
そんな風に赤星が〝ノーネーム〟のメンバーに加わって話している中、ベヒモス︵仮︶
男鹿の方は理解できたのか少し疑問である。
十 六 夜 の 説 明 や レ テ ィ シ ア の 補 足 を 聞 い て 納 得 し て い る 赤 星 と 生 返 事 を す る 男 鹿。
﹁へ∼﹂
476
﹂
を追求できない状況に飛鳥も耀もむず痒い思いで質問するのを断念する。
﹁・・・一ついいっすか
﹁何じゃ
﹂
﹁アンタ、ベヘモットだろ。箱庭で何してんの
﹂﹂
﹂
そこへ今まで一言も喋らずに何かを考えていた古市がベヒモス︵仮︶へと声を掛ける。
?
だ。
なの
﹂
?
魔界屈指の戦闘集団、ベヘモット三十四柱師団のことを。
?
ベヘモットの言葉に古市は彼女達へと目を向けた。その疑問には飛鳥が答える。
﹂
と思うが
﹂
﹁そうなの
?
﹁何じゃ、色々知っとるみたいじゃの。お嬢ちゃん達には儂が此処にいる理由も言うた
?
〟で〝黒死斑の魔王〟とのギフトゲーム、その休止期間中に古市達が話してくれたの
〝何処かで聞いたような・・・〟と彼女達は少し考えて、思い出した。〝火龍誕生祭
﹁﹁ベヘモット
?
?
?
﹁じゃあ、ベヒモスは柱師団の団長さん・・・元だったっけ
第一予選終了・第二予選開始
477
﹁そう言えば聞いたわね。〝うちの坊ちゃんがギフトゲームに興味をもって〟とかなん
とか﹂
﹁坊ちゃんって・・・まさか﹂
〟という思いも虚しく、予想した人物が目に入る。
古市は嫌な予感に駆られて観客席をキョロキョロと見回す。〝どうか杞憂でありま
すようにっ‼
イザベラさんとサテュラさんはどうしたんだよ
?
そこで、ふと古市は違和感を覚える。
﹁・・・ヨルダさんだけ
﹂
流石に距離が遠くて何を話しているかは聞こえないが、見間違えようもない二人だ。
緑髪の少年とヒルダそっくりの女性ーーー焔王とヨルダだ。
?
じゃ﹂
?
﹂
?
しかし、ベヘモットは答えずに親指で自分が被っている仮面を指差し、
ということは六人まであと二人残っている。
判明しているのはベヘモット、赤星、焔王、ヨルダの四人まで。人数がオーバーした
﹁・・・あとの二人は
﹁自分を含めて六人じゃの﹂
﹁ちなみに容量は何人まで
﹂
﹁その二人は留守番じゃよ。ヨルダの転送能力で箱庭へと送れる人数をオーバーしたん
?
478
﹁そのための仮面じゃよ。探してみればどうかの
と言って教えてはくれなかった。
﹂
﹁・・・取り敢えずもう正体分かってるんすから仮面外せばどうっすか
﹁それもそうじゃの﹂
?
が、紛れもない古市の知るベヘモットの顔だ。
﹂
て か お 前 が カ イ ワ レ B O Y ⁉
そう言って仮面を外し、懐から取り出した眼鏡を掛ける。飛鳥達は昨日も見た顔だ
?
?
﹁は あ ぁ ⁉ 何 で ベ ヘ モ ッ ト が 此 処 に い ん だ よ ⁉
﹂
?
るように赤星達もそちらへと顔を向ける。
別グループで会話していた男鹿がベヘモットに気付いて声を上げる。それに釣られ
﹁此処にいる理由はもう説明済みじゃ、後で誰かに聞け﹂
?
﹂
?
﹁おぉ、お前ら瓜二つだな﹂
ベヘモットに言われて赤星も仮面を外して顔を露わにする。
﹁それもそうだな﹂
外してもいいのではないか
﹁正体もバレたことじゃしいいかと思っての。お前さんも元から面識がないんじゃから
﹁なんだ、もう仮面外したのか﹂
第一予選終了・第二予選開始
479
﹂
それが赤星と並んでいた男鹿の二人を見た十六夜の感想だが、それに異を唱える者が
いないくらいには的を射ていた。
﹂
﹁本当だな。違うのは左目の下にある傷と髪型くらいではないか
﹁でも貫九郎君の方が知的に見えるわよ
﹁うん﹂
﹁ほっとけ﹂
?
たりして直撃せず比較的軽傷で済んだ参加者だけだ。
﹁それでは第一予選の感想を主催者の皆様に聞いてみましょうか
﹂
されなかったのは魔王光連殺によって降り注ぐ光の隙間にいたり地下都市の外周にい
フラフラしている程の怪我を負っており、担架が行ったり来たりと大忙しだった。収容
ちなみに半分以上の参加者が気絶、もしくは覚醒していてもすぐには立てなかったり
どうやら思っていた以上に話していたようだ。
?
?
達の治療室への収容が完了したようです‼
﹂
﹁皆さんお待たせしました‼ ようやく第一予選会場でリタイアしてしまった参加者
に会話していたところ、
第一予選の勝者グループとして周りから注目されていたがそんなことはお構いなし
女性三人の評価にとばっちりを受ける男鹿であった。
?
?
480
黒ウサギの振りにはサタンが答えた。
﹁俺達と名を同じくする悪魔の契約者達だ、勝ち上がる予想はできた。惜しむらくは力
の一端のみで本気を見れずに終わったところか﹂
﹁そこは本選のお楽しみだろ。それにベヘモットの爺さんや魔力を持った吸血鬼なんて
珍しいもんも観れたんだから、予選としては上々だな﹂
サタンの固い事務的な感想に対して、レヴィアタンはそれなりに砕けた感想を返す。
共通する感想は先が楽しみであるといったところか。
﹂
﹂
のサイドテールにしており、黄色の瞳が楽しそうに細められている。
﹁ふぅん。今度はアスモデウス、かぁ。程々にしなよ
﹂
いてモデルのように整えられたプロポーション。腰まで届きそうな漆黒の長い髪を左
きる女性だった。黒ウサギがまだ幼い雰囲気を残しているのに対し、その幼さを取り除
並んでいる罪源の魔王から主張してきたのは、美しいという以上に艶かしいと表現で
﹁じゃあ今度は私が行こうかしら﹂
彼が能力柄とはいえ一番働く羽目になっているのは皮肉としか言いようがない。
ベルフェゴールは早々に感想を打ち切って先を進めようとする。怠惰を司っている
﹁それじゃ、次、どうする
?
?
﹁分かってる、あくまでも予選のレベルで行くわ。雪だるまを二人連れて来てくれる
?
第一予選終了・第二予選開始
481
ベルフェゴールが言う通り、この女性が色欲の魔王・アスモデウスだ。彼女が言い終
わると裏で控えていた二体の動く雪だるまが壇上に現れる。それを確認してから彼女
は魔力を発し、次の瞬間には二体の雪だるまが二人のアスモデウスに変化していた。
す‼
第一予選とはまた違った趣向となっていることでしょう‼
﹂
?
﹂
?
黒ウサギの宣言とともに再び〝契約書類〟が現れ、〝魔遊演闘祭〟第二予選の始まり
﹁それでは第二予選、〝惑わしの逃走者〟を開始します‼
ゲームであり、第二予選はアスモデウスの力を元に考えられている。
匙 加 減 で 手 を 加 え て い る。第 一 予 選 は ベ ル フ ェ ゴ ー ル の 力 を 元 に 考 え ら れ た ギ フ ト
実のところ、予選・本選のゲーム内容には〝七つの罪源〟の魔王達がそれぞれ自分の
?
﹁第二予選は力をセーブされるとはいえ、色欲の魔王・アスモデウス様が自ら参戦されま
島だ。
水平線が見えるようなものではなく、直径二km位の隔絶された空間に存在する海と孤
新たに発現した空間の亀裂には、海に囲まれ孤島が映し出されている。とはいっても
場から転移させられた。〝ノーネーム〟からは鷹宮達が転移している。
アスモデウスに言われてベルフェゴールは力を行使し、再び参加者の四分の一がその
﹁りょうか∼い﹂
﹁準備完了よ。二人と次の参加者を送って頂戴﹂
482
483
第一予選終了・第二予選開始
を告げた。
魔遊演闘祭・第二予選︻前編︼
ばディーンが暴れても被害を気にする必要はない。
の場合では勝ち目が薄いというものであった。しかし、別空間・孤島という環境であれ
飛鳥の懸念は、戦闘系のギフトゲーム且つディーンが戦闘できないようなフィールド
﹁ま、そこは安心してるわ﹂
﹁でも、このフィールドならディーンを召喚できる﹂
ムの説明を受けた時に懸念していた内容が半分当たってしまったようだ。
〝契約書類〟を読み終えた飛鳥が溜息を吐く。〝魔遊演闘祭〟のメインギフトゲー
﹁はぁ、がっつり戦闘系のギフトゲームを引き当ててしまったみたいね﹂
〝七つの罪源〟印︼
宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、各コミュニティはギフトゲームに参加します。
・敗北条件:上記の勝利条件を満たせなくなった場合。
・勝利条件:アスモデウスの憑依を解除する。
︻ギフトゲーム名 〝惑わしの逃走者〟
484
﹁あの鉄人形に頼り過ぎるなよ﹂
そんな飛鳥の余裕を鷹宮はバッサリと切り捨てた。とは言っても意味もなくそんな
ことを言ったわけではない。
﹁仮に俺が敵なら、鉄人形を後回しにしてお前を潰す﹂
プライドの高い飛鳥が鷹宮の圧倒的上からの物言いにイラッとしなかったと言えば
﹁・・・えぇ、貴方の言いたいことは分かってるつもりよ﹂
嘘になるが、彼の言いたいことは彼女自身が一番理解しているので反論はしない。
飛鳥は〝ノーネーム〟主力陣の中で一番身体能力が低い。古市のように強化できる
わけでもなく、〝威光〟のギフトも格上には使えない。彼の言う通りの状況になってし
まったら為す術がないのだ。それを意識させるためにわざわざ言葉にしたのだろう。
﹁でも事実は事実よ。バレバレの嘘で遠回しに言われるよりはずっと楽だわ﹂
にもさっぱりとしたものだった。
先を歩く鷹宮を追う途中で、耀が飛鳥を気遣うように言う。それに対して飛鳥は意外
﹁何もあんな言い方しなくていいのにね﹂
は思えないが、競争である以上は急ぐに越したことはないので二人もそれに続く。
鷹宮は言うだけ言うとそのまま歩き始める。そう簡単にアスモデウスがやられると
﹁ならいい﹂
魔遊演闘祭・第二予選【前編】
485
﹂
逆に嘘を並べられても、自分が弱味を自覚している以上は皮肉にしか聞こえないかも
しれない。
﹁だから春日部さんも、心配してくれるのは嬉しいけど気遣いは無用よ
﹁・・・分かった。じゃあ、忍を見返せるように頑張ろう﹂
﹂
?
警告した耀に鷹宮が質問する。アスモデウスであるならば向かう必要があるからだ。
﹁アスモデウスかどうか分かるか
歩いている中、五感の優れる耀が左を指差して逸早く警告してくる。
﹁待って。・・・あっちで誰か戦ってる﹂
しかし長い時間歩く必要はなかった。
る程度の道は存在していたので飛鳥の服装でも苦労なく歩くことができた。
島の中はジャングルのように鬱蒼と生い茂っているわけではなく、上等な獣道と呼べ
だった。
二人は新たに目標を設定して笑みを浮かべ、ギフトゲームへのやる気を上げていくの
﹁えぇ、もちろんよ。言われっぱなしは趣味じゃないわ﹂
いのは分かったから。
耀は余計な世話を焼いたとは思ったが、謝ったりはしない。それを飛鳥が望んでいな
?
486
耀は言われて五感をフルに使って調べてみる。
﹁う∼ん・・・ごめん、ちょっと分からない﹂
飛鳥の提案に二人共異論はなく、すぐに行動に移す。もしアスモデウスならばその戦
﹁そう、なら向かってみるしかないわね﹂
闘能力の確認と参戦を、違うならば勝ち残った参加者を仕留めてゲーム勝率を上げるた
めにも迅速且つ隠密に、できれば戦闘が終わる前に向かわなければならない。
﹁行くぞ﹂
もしそうなら先頭を歩くのも自分が先に危険に踏み込むため・・・
﹂
再び鷹宮が先頭に立って歩き始める。整備されたような道から外れて茂みの方へ行
﹂
かなければならないために、尖った枝を折ったり茂る草を踏み締めながら。
﹁どうなのかしら
?
?
の可能性は高い。
た。分かっている限りでは箱庭で魔力を使えるのは強い悪魔だけなので、アスモデウス
しかし鷹宮もただ左に向かっているわけではなく、魔力を感じる方向へと進んでい
る者に気付かれないであろう距離まで二人は鷹宮の作る道を進んでいく。
が、基本無表情であまり会話をしない彼の真意を掴めるはずもない。そのまま戦ってい
恐らく鷹宮は今のチームとして効率的に動けるようにしているだけだとは思われる
?
﹁・・・もしかして、通りやすくしてくれてる
魔遊演闘祭・第二予選【前編】
487
﹁近いぞ﹂
鷹宮の言うように既に飛鳥の耳にも戦闘の音が聞こえており、木々の間からは四人ほ
ど人影が見えている。
︶
飛鳥に見えるということは耀には人影が識別できるレベルまで見えているのだが、そ
ギフトゲームには参加してないはずじゃ・・・
れ故に一人困惑していた。
︵・・・レヴィさん
?
?
で映っている。
一人相手に手こずってる場合じゃねぇんだよ‼
?
る。しかし、
?
残りの一人も撃ち落とされる。
水は槍状に変化して加速し、飛び回る一人を撃ち落とす。それに動揺して動きが鈍った
レヴィは両掌に水の塊を収め、その一つを振りかぶって投げた。掌から離れた瞬間に
﹁もう少し速くしないといい的だよ∼
﹂
く伸ばし、黒く尖った翼を出して空中を飛び回って二人で攻撃のタイミングを図ってい
残った二人は味方がやられたことにより本気を出したようだ。手の爪を十五cm近
﹁クソッ‼
﹂
の一人をウォータージェットのように水をぶつけて吹き飛ばしている姿が現在進行形
耀の目には、開けた岩場に立つレヴィがチームで動いている三人を相手取り、その内
?
488
あの人参加してたの
﹂
﹁終わったみたい。勝ったのはレヴィさん﹂
﹁レヴィさん
?
てみる。
﹁レヴィさん﹂
三人共どしたの
﹂
?
いだとしても戦いになるのは不思議ではない。
解いた。まだ警戒しているのは戦闘後だからだろう。ギフトゲームである以上、知り合
レヴィに声を掛けた瞬間は警戒していたが、三人の姿を確認すると彼女は少し警戒を
﹁っと、飛鳥ちゃん・・・だったよね
?
取り敢えずは知り合いということで、いきなり襲われることはないだろうと声を掛け
加を隠しておいて驚かしたかったのだろうと二人は結論付けた。
耀の報告に飛鳥も疑問を覚えたが、レヴィは子供のような性格だと聞いているので参
?
?
い。
﹁ねぇレヴィさん、もし良かったら私達と組まない
もちろんアスモデウスさんに当た
戦いを実際に見たのは耀だけなので、飛鳥はレヴィが強いということしか分からな
﹁私は見られなかったから残念だわ﹂
﹁まぁ、伊達に七大罪やってるわけじゃないからね﹂
﹁さっきの三対一の戦闘、見てたよ。やっぱり強いね﹂
魔遊演闘祭・第二予選【前編】
489
るまでだけど。春日部さんと忍君もどうかしら
﹂
飛鳥ちゃん、耀
?
見て考えを決めたようだ。
耀と鷹宮には否定する理由もないので問題なく了承する。レヴィも即答した二人を
﹁好きにしろ﹂
﹁私はいいよ﹂
人残っている間はどちらもクリアの可能性があるので悪くない提案だと思われる。
飛鳥の提案は、レヴィの戦闘から他の参加者を意識してのことだ。アスモデウスが二
?
﹁う∼ん、それじゃあこっちからもお願いしようかな よろしくね‼
ちゃん、忍君﹂
そう言ってレヴィもにこやかに了承する。
?
490
﹂
次の瞬間、鷹宮は手加減のない本気の力でレヴィへと殴り掛かっていた。
﹁にょわッ⁉
﹂
?
る。鷹宮が本気で戦う時のスタイルだ。
鷹宮は飛鳥の文句を無視して懐からワックスを取り出し、髪型をオールバックにす
何をしてるのよ‼
レヴィは上体を反らして躱し、そのままバク転して距離を取る。
?
﹁ちょ、忍君⁉
?
﹂
?
・
・
・
んだけど失敗だったかぁ﹂
﹁・・・あーあ、この子明るい性格してるし、飛鳥ちゃんが名前で呼んでるからそうした
への戸惑いはレヴィへの疑惑に変化し、沈黙した彼女へと視線を向ける。 鷹宮の行動と初めて見る雰囲気の違いに戸惑っていた二人だが、その言葉を聞いて彼
デウスってことでいいのか
﹁残念だったな、レヴィアタンは俺のことを名前では呼ばないんだよ。で、お前はアスモ
魔遊演闘祭・第二予選【前編】
491
鷹宮の問答無用さから誤魔化せないと判断したのか、独白するように白状するレヴィ
を光が包み込み、人影が変化して別人に成り代わる。
﹂
もう一人の私に会うまで
光が晴れたそこには、色欲の魔王・アスモデウスが悠然と立っていた。
一緒にいましょうか
﹁確か、私に当たるまでが組む条件だったわよね。どうする
﹂
?
者はアスモデウスの動向を気にしていたので、開始からレヴィに変身して悪魔三人と
空間の亀裂からギフトゲームを観ていたレティシアはベヘモットに質問した。観戦
モデウス殿のギフトをお教えもらえないだろうか
﹁ベヘモット殿は罪源の魔王達と旧知の仲と聞いているのだが、差し支えなければアス
★
﹁残念ね、なら始めましょうか﹂
で当たり前の反応だろう。
態勢を取った沈黙で返される。今更行動を一緒にする理由など微塵も見当たらないの
アスモデウスは面白がるように微笑みながら三人に問い掛けたが、三人の答えは戦闘
?
?
492
戦っていたのを見ている。
﹂
雪だるまが変身したのは憑依されたか
﹁概要だけを言うならば、他者への変身・複数人への憑依・技の模倣じゃよ﹂
らだろう
﹁ふむ、憑依というのは無機物でも可能なのか
?
﹂
?
﹁雪だるまの中に霊体の下級悪魔がいて、付喪神状態になって動いてるんです﹂
﹁どういうことだ
﹁あの雪だるま、ただの無機物ってわけでもないんすよ﹂
は質問された内容にしか答えない。それに答えたのはベヘモットではなく古市だった。
ギフトゲーム前に壇上でアスモデウスが行ったことについて言及するが、ベヘモット
﹁いや、あくまでも生き物の魂にしか憑依できんかったはずじゃよ﹂
?
目を向ける。
するリスクや必要条件、制限はあるのか
﹂
﹁なぁ爺さん、アスモデウスのギフトは無制限の自由自在ってわけじゃねぇよな
?
レティシアに続いて十六夜がベヘモットへと質問する。今度は具体的なギフトの詳
?
使用
レティシアは納得し、改めて空間の亀裂から鷹宮達と対峙しているアスモデウスへと
だな﹂
﹁なるほど、つまり無機物へと憑依したわけではなく下級悪魔へと憑依したということ
魔遊演闘祭・第二予選【前編】
493
細についてだ。
★
﹁来なさい、ディーン‼
﹂
はないが悪魔であるアスモデウスにも十分効くはずだ。
は人・虎・悪魔の霊格に鬼種を付与されたガルドを飛鳥の細腕で貫いたことから、鬼種
飛鳥の身体能力では剣など気休め程度だが、〝威光〟によって引き出される破魔の力
出す。
アスモデウスの宣言の後、透かさず飛鳥はディーンを呼び出して白銀の十字剣を取り
?
?
﹁DEEEEeeeeEEEEN‼
﹂
十六夜は見る機会がなかった鷹宮の実力確認も兼ねてギフト分析に勤しむのだった。
ろ〟と言っているのだから誰でも拒否するのは当然だ。
十六夜は答えをもらえなかったがすんなりと納得する。言い換えれば〝弱点を教え
﹁ま、それもそうか﹂
で分析することじゃな﹂
﹁それは本人の了承を得てから訊くもんじゃよ。どうしても知りたいなら今からの戦闘
494
﹁ルシファー﹂
続いて鷹宮もルシファーを呼び出す。これで相手を引き付ける手はルシファー、攻撃
する手は鷹宮と役割分担は完了だ。耀も風を纏って浮き上がり、三人とも即座に戦闘に
入る。
ただしアスモデウスも黙って見ていたわけではなく、再び光が身体を包み込んで姿を
変えていた。
﹁またレヴィアタンか﹂
アスモデウスは再びレヴィとなって水を操り始める。
﹁いやいや、ちょっと細工したらまた変わるよ﹂
﹂
そこへ耀が双掌に圧縮した旋風を放った。
?
一体どうする気なの
なら久遠に問題だ﹂
?
﹁今度は辰巳君
﹁分からねぇか
?
﹂
言った通りにアスモデウスはレヴィから変身を始め、新たな人物へと成り代わる。
﹁惜しかったね。ーーーそしてありがとう、細工する手間が省けたよ﹂
スの周りを除く辺り一帯へと雨のように降り注ぐ。
放たれた旋風は勢いを増して迫るも水の塊をぶつけられてお互いに弾け、アスモデウ
﹁その前に決める‼
魔遊演闘祭・第二予選【前編】
495
?
アスモデウスは雷電を手に纏わせながら問い掛ける。
﹂
?
﹂
?
﹂
?
﹂
?
﹂
?
鷹宮の姿は周りにない。
背中には無表情に飛鳥を見返すルシファーがいた。しかしその彼女の契約者である
﹁ルシファーちゃん‼
かに受け止められ、飛鳥は誰かと思い後ろを向いた。
突然何かに引っ張られて飛鳥の身体が宙に浮く。身体はさらに数m上昇してから誰
﹁きゃっ‼
もう一か八かでジャンプするかと飛鳥が自棄になっていた時、
耀では浮かせることができない。
耀もすぐに助けようとするが、距離が遠くて旋風を操るギフトを使用する経験が浅い
﹁飛鳥‼
そのまま雷電を纏った手を濡れた地面に押し付け、水に這わせて雷撃を流していく。
﹁答えは食らって確認しな‼
いいのだが、濡れた状態では表面を伝うだけで防ぐことはできない。
それを聞いた飛鳥はギョッとする。そういう形を伴わない攻撃はディーンと相性が
﹁辺りに水気、手元に電源、導き出される答えはなーんだ
496
そして、雷撃の中心にいたアスモデウスの上下に堕天使の紋章が現れる。
は知るまい﹂
﹁姿や技は模倣できても知識や記憶を共有できない以上、〝縛連紋〟の抜け方などお前
鷹宮は地上からほんの数十cm上にしか紋章を展開しておらず、感電を覚悟して上昇
しなかった分の短い時間を活用して攻撃を仕掛けていた。
〝縛連紋〟とは鷹宮が対〝紋章使い〟用に編み出した〝縛紋〟の強化版である。〝
縛紋〟よりも格段に強固な縛りを対象者に強いることができ、そして鷹宮の右手には既
に空気が圧縮されている。
﹂
?
完了する。
二人の距離は残り少し、あとコンマ数秒で攻撃が届くーーーという数瞬の間に変身が
アスモデウスは鷹宮を認める言葉を呟き、三度目の変身を開始する。
﹁ーーーチッ、やるじゃねぇか﹂
致命傷は与えられないだろうが憑依を解くことならできるはずだ。
鷹宮は紋章からアスモデウスへと一直線に疾走して圧縮した風を叩き込もうとする。
﹁コイツで終わりだ‼
魔遊演闘祭・第二予選【前編】
497
﹂
同時にその姿が掻き消えた。
﹁何ッ
﹁忍君、後ろ‼
ズガシュ‼
﹂
い容姿に蠱惑的なボディラインと、やはり鷹宮達には見覚えのない人物だ。
振り返るとそこには、甘いベビーフェイスに薄いウェーブを引いたツインテール、幼
た。
先程まで正面を向いていた背後から聞こえてきたのは聞き覚えのない少女の声だっ
﹁やっぱり、この身体で肉弾戦は無理﹂
威力はなく、鷹宮は頭を押さえてはいるが実質的なダメージはなかった。
というか鈍器そのものだった。だが奇襲にも関わらずその衝撃には敵を倒すだけの
﹁ぐッ﹂
背後を向いた直後に脳天に鈍器をぶつけられたような衝撃を食らった。
?
飛鳥の言葉を頼りに直感で裏拳を繰り出すが、背後には誰も居らず拳は空を切り、
?
なかった。
変身直後の光が消えると共に姿が消えたため、鷹宮には一瞬何が起こったのか分から
?
498
で最初の状況に戻ってしまい、再び島の探索に戻ってしまうのだった。
そう言って少女姿のままアスモデウスは目の前から消える。彼女に逃げられたこと
人とも楽しみたい。もう他に行くから、頑張ってまた探して﹂
ヤーになるつもりはなかった。だけどギフトゲームは始まったばかり。まだまだ他の
﹁貴方は強い。力を制限している中で、こんなに早く北側の下層トップクラスのプレイ
魔遊演闘祭・第二予選【前編】
499
﹂
魔遊演闘祭・第二予選︻後編︼
﹁はぁ・・・﹂
疲れちゃった
?
思っていた。
耀も応用の利くギフトだがアスモデウスとの戦闘では何もできなかったと自身では
うものだ。
との戦闘では足を引っ張ってルシファーに助けられる始末。溜息も吐きたくなるとい
今のところ参加者との戦闘では飛鳥も一人で相手と渡り合えているが、アスモデウス
﹁それは私も同じだよ。アスモデウスさんと戦えてたのは忍だけだったし﹂
割合が大き過ぎると思ってね﹂
﹁いえ、疲れたのもそうなのだけれど・・・私は相手との相性が悪いだけで勝率の下がる
も見つかれば戦い、また探すといった行動を繰り返せば疲れもするだろう。
存在し、アスモデウスもいる可能性が高いからだ。そして関係のない戦闘を回避しつつ
最初に見つけた時がそうであったように、戦闘が起こっている場所には参加者が確実に
アスモデウスに撒かれた後、三人は島を探し回りながら幾つか戦闘に遭遇していた。
﹁飛鳥、どうしたの
?
500
そんな風に二人が愚痴っていると、意外にも鷹宮からフォローが入る。
﹁何か勘違いをしているようだが、戦闘はともかくアスモデウスの能力と最も相性がい
﹂
いのは俺よりも久遠だぞ﹂
﹁どういうこと
て話を聞く。
そう言って鷹宮は手頃な岩に座った。促された女子二人も近くの適当な場所に座っ
て分かっているアスモデウスの能力と作戦を纏めるから座れ﹂
﹁お前ら、戦闘中の情報収集は勝率を上げる重要なファクターだからな。休憩と合わせ
る。耀も今一分かっていない感じなので、鷹宮は呆れたように言葉を続けた。
鷹宮は最初の戦闘時に不良スタイルになった時から普段よりも口数が多くなってい
?
測は確率としては高いものと考えておけ﹂
﹁だが、アスモデウス本来の能力はともかく、ゲーム中の制限という奴の言葉からこの推
く。
だ。その混乱は戦闘中に限っては致命的であるため、鷹宮は話す前に先に釘を刺してお
もし話した内容だけを鵜呑みにして情報と違えば、少なくとも多少は混乱するはず
確定した情報じゃない﹂
﹁まず初めに言っておく。これから言うのはあくまでも戦闘から得られた推測であって
魔遊演闘祭・第二予選【後編】
501
鷹宮の言葉に対して、二人は理解したと言うように頷く。
﹂
﹂
それを確認した鷹宮は、それぞれ二人に問い掛ける。
﹁お前らはどの程度奴の能力を見抜いている
﹁えっと、他人に変身しないと他人の技は使えない
★
?
﹁さて、残りはあと何チームかしら
﹂
﹁それと推測を合わせて戦闘方針を練る必要がある。まずはーーー﹂
るからだ。
﹂
のは、飛鳥本人の戦闘能力は低いもののディーンはこの中で最も威力の高い攻撃力を誇
する、または独立したギフトは模倣できないと考える。飛鳥が一番相性がいいと言った
あくまで模倣するのは容姿と能力であって、〝生命の目録〟やディーンといった装備
フトまでは模倣できないはずだ﹂
﹁あぁ、一目瞭然なのはその二つだ。そして他人を模倣するといっても顕現しているギ
鷹宮に問われた二人は、思いつくアスモデウスの能力を述べていく。
﹁あとは変身する時は派手に光って、時間差があるってところかしら
?
?
?
502
アスモデウスは足元に倒れている二人組を見ながら考える。
第二予選の参加人数は三十人、チームで換算すると十チームが集まっている。自分は
二チーム倒したし、鷹宮達は残っているだろう。他に参加者同士の戦闘を考えると・・・。
﹁残りは五チームくらいーーーあ、一チーム遭遇﹂
だがそう言う彼女の周りには誰もいない。参加者と遭遇したのはこのアスモデウス
ではなく、もう一人のアスモデウスである。彼女達は別々に憑依した自分と相互に情報
をリンクさせることができるのだ。
そこで見たのは、隕石の如く重力に引かれて落下する紅き巨兵の姿があった。
上空に異物の匂いを感知して振り仰ぐ。
ケルベロスとなったアスモデウスは犬の優れた嗅覚を利用して索敵を開始しーーー
三頭の巨犬ーーーケルベロスだった。
のは三つに分かたれた頭部である。変身の光が収まり現れたのは、漆黒の毛並みをもつ
体長は小型車くらいの大きさとなり、四足歩行の獣姿を形取る。そして最も特徴的な
でに見せてきた人型ではなく異形のものだった。
アスモデウスはゲームを終了に近付けるべく変身を開始する。しかし、その姿は今ま
﹁ということは、あと三・四チームだけね。・・・そろそろ此方からも探そうかしら﹂
魔遊演闘祭・第二予選【後編】
503
アスモデウスはそれを確認して可能な限り後方へと跳躍する。
﹂
その直後、ズドォォォン と彼女が立っていた場所を含めて辺り一帯を陥没させな
がら、それは着地した。
!!!
﹂
!!!
﹂
?
﹁はあぁぁ‼
﹂
のままに地面をバウンドする。
まともに食らったアスモデウスは残り少ない地面への落下距離を叩きつけられ、衝撃
下へと跳躍すると同時に前転の勢いを加えて踵落としを放った。
鷹宮は犬の身体では防ぐことの難しい背中の上へと紋章を展開して逆さに着地し、真
﹁ハッ‼
くことのできない空中にいる間に攻撃を仕掛けようとしている鷹宮と耀へ向けてだ。
しかしそれはディーンへと向けられたものではない。その巨体から跳躍し、彼女が動
を上げる。
それに対して、後方へと跳躍していたアスモデウスも着地前から威嚇するように唸り
﹁GuRuuuuuuuuuッ
戦闘の開始を告げるように紅き巨兵ーーーディーンは雄叫びを上げる。
﹁DEEEEeeeeEEEEN‼
?
504
?
さらに攻撃は止まらず、バウンドした身体の斜め下へと潜り込んだ耀が、鷹宮と同じ
ように掌へと圧縮した旋風を下腹部へと叩き込む。
鷹宮が引力によって圧縮した空気を解放して暴風を放つのとは異なり、耀は旋風を
操って圧縮した空気を解放した後、さらに解放した空気を操り相手に集中してぶつける
ので単純な風の威力は耀の方が強い。
﹂
地面へと叩きつけられた直後、アスモデウスは再び空中へと打ち上げられて吹き飛ば
される。
★
く。
そこへ向かって飛鳥を乗せたままのディーンが走り寄り、巨大な拳を振り上げてい
﹁行きなさい、ディーン‼
?
︽あぁ。だがこの戦略には一つ穴がある︾
︽辰巳君の雷とレヴィさんの水による合わせ技のことね︾
彩な戦略を主としている︾
︽まずは奴の戦闘スタイルだ。力を制限しているからか元来からか、複数の技による多
魔遊演闘祭・第二予選【後編】
505
︽・・・次々に変身する必要がある︾
︾
?
﹂
!!!
に向かおうと停滞するが、
それに対してディーンの動きが一瞬だけアスモデウスへの攻撃から飛鳥を守る防御
き出される。
そんな考えの飛鳥へと向けて、ケルベロスと化した三頭のうち右端の口から豪炎が吐
﹁GuRuaaaaAAAA
り返して連撃を繋げ、できれば憑依を解除させるまで続けていく。
今のところ作戦は成功している。このまま飛来するアスモデウスを二人の元へと殴
★
︽ーーー奇襲から始まり、変身する暇さえ与えない連続攻撃だ︾
︽だったら基本方針としては・・・︾
食らう可能性がある︾
︽いや、その短い時間で無理に攻撃を仕掛けて間に合わなかった場合、逆にカウンターを
︽だったらその一秒を狙って攻撃を仕掛けるの
︽そうだ。そして変身中の時間ーーー約一秒の間は恐らく攻撃することができない︾
506
﹁構わないわ‼
そのまま撃ち抜きなさい‼
﹂
?
というより肌がチリチリして痛い‼
︶
?
見られない。何処に行ったのかと思考する間も無く、
に顔を露わにしてディーンの拳の先を見つめるがーーーいない。殴り飛ばした様子も
咄嗟に腕で顔を覆ったために火傷は免れたが、熱量はどうしようもない。飛鳥はすぐ
︵∼∼∼ッ、熱っつい‼
?
そして、豪炎で隠れたアスモデウスの姿を予測して巨大な拳を突き立てる。
多少の火傷は覚悟しようと決めた。
散った豪炎であっても完全には防げないかもしれないが、感電覚悟だった鷹宮を見習い
れ た 紅 い ド レ ス と 雪 国 仕 様 で 肌 の 露 出 が 少 な い 今 の 衣 装 な ら ば 耐 え ら れ る は ず だ。
ディーンの拳圧で豪炎を吹き飛ばせば、元は黒ウサギの審判衣装として加護が与えら
それを飛鳥は抑え、攻撃するように命令する。
?
きゃぁ⁉
﹂
?
衝突する間一髪のところで耀が飛び込んで受け止める。
声と同時に飛鳥の背中へと衝撃が走り、ディーンから蹴り飛ばされた。飛鳥が地面と
﹁え
?
﹁ーーー後ろががら空きだぜ﹂
魔遊演闘祭・第二予選【後編】
507
﹁飛鳥、大丈夫
﹂
?
レヴィに変身すれば文字通り流水の如く攻撃を受け流し、男鹿に変身すれば雷電の一
葉が嘘のように巧みな攻防を三人相手に繰り広げる。
だがアスモデウスも魔王として経験を積んできた猛者だ。手加減しているという言
対応しつつ隙あらば大打撃を狙っていく。
中では耀を中心に、地上では鷹宮を中心に戦いを組み立て、地と空をディーンの巨体で
奇襲が失敗したため、ここからは基本戦略ーーー攻めて攻めて攻めまくるのみだ。空
﹁えぇ、分かってるわ﹂
﹁奇襲で倒せるほどアスモデウスは弱くない。次に切り替えろ﹂
である。その隙に飛べるプレイヤーに変身して背後に回ったのだ。
要するに、先程アスモデウスが放った豪炎は第一予選で赤星がやった目眩ましと牽制
﹁もう、途中まで上手くいってたのに﹂
人組の一人であることを思い出していた。
宮は知る由もないが、耀はその男がレヴィの姿で戦っていたアスモデウスに倒された三
ディーンの上を見ると黒く尖った翼を生やした知らない男が飛んでいた。飛鳥と鷹
飛鳥は顔を覗き込んで心配する耀にお礼を言って立ち上がる。
﹁痛ったぁ∼・・・。えぇ、助かったわ春日部さん。ありがとう﹂
508
撃をもって戦闘の流れを持っていき、鷹宮に変身すれば引力によって三人の連携を振り
回し、レティシアに変身すれば〝龍影〟を使って三人同時に相手取る。
他にも知らないプレイヤーに変身して戦闘を進めるのだが、変身の切り替えが絶妙過
ぎて一秒の変身時間を狙うことも困難となっていた。
﹁よっしゃ、まだ喧嘩してんじゃねぇか﹂
そんな第二予選の最高潮ともいえる激戦の中、呑気な声が横から聞こえてきた。
四人は警戒しながらも戦闘を中断して声の方へと向く。そこに立っていたのは仮面
を着けた筋肉質の男だった。
﹁俺は悪くねぇだろ。そんな言うならお前がこいつらと喧嘩するか
ぞ﹂
こいつら結構やる
?
ほぼ誰かを特定できていた。
その言葉から全員がこの男性が男鹿の知り合いであることを理解し、鷹宮に関しては
と、今現在男鹿に変身しているアスモデウスに話し掛けてくる。
じゃねぇか﹂
﹁なんだ男鹿、お前だったのか。俺も混ぜろよ、お前だけ二回も喧嘩できるなんて不平等
魔遊演闘祭・第二予選【後編】
509
もちろん第一予選に出ている男鹿が第二予選に出ているわけがないのだが、それを分
かっていないと判断したアスモデウスは試しに振ってみた。
﹂
?
それに対して男も突き出された手掌に向けて拳を打ち込んだ。
小型車程の大きさだったアスモデウスすら吹き飛ばした暴風を叩き込もうとする。
物理攻撃は効かないと判断した耀は少し後退しながら掌に空気を圧縮し、直撃すれば
﹁ッ、だったら‼
が、男はその場に留まるどころか痛そうな素振りすら見せずに耀を一瞥する。
﹁ーーー細ぇ腕の割りには随分重い拳じゃねぇか﹂
るべく拳を振るう。
逸早く行動に出たのは一番近かった耀だった。高速で飛翔して懐に入り、一撃で沈め
﹁悪いけど先に倒す﹂
た。
だが、誰か分からない飛鳥と耀からすれば面倒なことになったという思いしかなかっ
やはり分かっていなかった男に内心面白がるアスモデウス。
︵これはただのお馬鹿なのか天然なのか、この子の方も面白そうね︶
﹁ほぉ、お前がそこまで言うのか。面白そうじゃねぇか﹂
510
︶
ただそれだけで圧縮した空気は霧散し、耀の手はいとも簡単に弾かれる。
身を強張らせ、
﹁待ちなさい‼
﹂
色々と思考を巡らせるも答えなど導き出せるはずもなく、次に何をされるかを考えて
︵嘘・・・まさか、十六夜と同じギフト無効化のギフト⁉
?
今度は女性のようで、同じく着けている仮面から黒色の長髪が背中へ流れている。
再びの乱入者の凛とした声により、またもやその場の動きが止まった。
?
れていても不思議ではないと思ったのだが、
鷹宮は石矢魔高校の制服を着ているため、乱入者の女性ーーー邦枝葵は自分達が知ら
﹁邦枝、東条。こいつがアスモデウスだ。参戦しないなら退いてろ﹂
乱入してきたはずなのに呑気に会話をしている二人に鷹宮が話し掛けた。
﹁男鹿が第二予選に出てるわけないでしょ。偽物よ、偽物﹂
﹁男鹿もいるしいいじゃねぇか﹂
﹁貴方ねぇ、何でもかんでも戦闘を見つけたら突っ込んでいくの止めなさいよね﹂
魔遊演闘祭・第二予選【後編】
511
﹁おい、もうバレてんぞ。オーナーが乗り乗りで選んだ仮面が台無しじゃねぇか﹂
乱入者の男ーーー東条英虎は変わらず呑気な反応だ。
﹁ーーーゼブル・・・﹂
・
・
・
・
・
そこまで黙って見ていたアスモデウスが痺れを切らしたのか、右拳に雷電を纏って構
﹂
える。狙いはギフトを無効化したであろう東条ではなく葵だ。
﹁・・・ブラストォォッ‼
・
・
・
・
・
・
あの刀も無効化・・・っていう感じじゃないわね︶
?
く。腹部に直撃してアスモデウスは吹き飛ぶが、空中で姿勢を正して地面に足を付け、
右の刀の軌跡をなぞるように、振り抜いた身体の捻りの勢いに乗せて左の刀を振り抜
勢の彼女では避けることができない。
そして冷静に分析しているが距離を詰め寄られ刀の間合いに入り、拳を振り抜いた姿
にはしなかった。
普通なら鉄の刀に電気で感電するはずだが、打ち消されたという感覚もアスモデウス
︵刀で雷撃を斬った
振り抜いて雷撃とぶつかりーーー斬り裂く。
右の刀を抜刀の構えで持ち、左の刀を逆手に峰を向けて右の刀に添わせる。右の刀を
﹁心月流抜刀術・断在二刀流壱式ーーー追走蓮華﹂
・
葵はそれを見た瞬間にアスモデウスへ向けて走り出し、二振りの刀を抜く。
?
512
地面を滑りながらも立ち留まった。
﹁やるな邦枝。まぁ相手が三人だろうが五人だろうが纏めてーーーあ﹂
アスモデウスが喋っていると突然言葉を区切り、宙から舞い落ちる〝契約書類〟が視
界に入る。これの意味するところはつまり・・・
がな﹂
﹁残り二チームとなったため第二予選通過者はお前らだ。盛り上がってきたところ悪い
そう言って戦闘姿勢を解き、男鹿の姿から元に戻るアスモデウス。
ちにはならないんじゃないかしら
﹂
﹁ちょっと待ちなさい。勝利条件は貴女の憑依を解くことのはずよ。残ったからって勝
その場を代表して飛鳥が問い掛けたのだが、それに対してアスモデウスは、
?
﹂
?
このフィールドには隠れる場所が用意されていないので一時やり過ごすことはできて
確かに残り二チームとなった状態で彼女が憑依を解除すれば勝利条件にも問題なく、
き抜くことが勝利条件でもあったらしい。
と考えていたのだが、そこまで厳しいルールではなくアスモデウスや他の参加者から生
言われたみんなが一人を除いて納得する。その場合はてっきり全員敗北にするのだ
闘で私を打ち倒して憑依を解除させなければならないと惑わされていたのかしら
﹁それならもし相手が全員弱かったら誰も合格できないじゃない。いったい何時から戦
魔遊演闘祭・第二予選【後編】
513
﹂
も何時かは戦闘になって参加者は減っていく。それに勝利条件は〝憑依を解除する〟
であって過程は含まれていない。
﹁ちょっと待て、俺は何もしてねぇぞ‼
その場から消え、予選会場へと戻るのだった。
アスモデウスが光ると雪だるまの一体に戻ってしまった。それに伴い二チーム共に
﹁来るのが遅かったと思って諦めなさい。それでは、また会場で﹂
ち消した以外に何もしていないので物足りないようだ。
納得できなかった一人ーーー東条が抗議する。勝利条件云々ではなく耀の旋風を打
?
514
第二予選終了・第三予選開始
﹂
﹁第二予選、勝者は〝ノーネーム〟久遠飛鳥・春日部耀・鷹宮忍チームと〝サウザンドア
イズ〟邦枝葵・東条英虎チームに決まりました‼
﹂
二人とも箱庭に来てたんですね﹂
﹁つーかお前ら、学校はどうした
﹁邦枝先輩、東条先輩‼
黒ウサギの勝利宣言で迎えられた五人は壇上から降りてみんなの元へと歩いていく。
?
うちの学校は少し卒業式の日程が早いし、ほぼ同時に終業式み
男鹿の発言に呆れて答える葵。
﹁それ、貴方が言える立場じゃないでしょう・・・﹂
?
?
?
﹁春日部耀、よろしく﹂
鳥よ﹂
﹁やっぱり知り合いだったのね。さっきは戦闘中で自己紹介が遅れたけど、私は久遠飛
に行えているのか微妙なのだから、一般学校とは色々な意味で一線を画するようだ。
普通は卒業式と終業式には期間を設ける筈だが、そこは石矢魔高校。授業すらまとも
たいなものだから今はもう休みよ﹂
﹁あっちはもう三月よ
第二予選終了・第三予選開始
515
﹁邦枝葵です。よろしくね、飛鳥ちゃん、耀ちゃん﹂
﹂
こ
こ
﹁それで、どうしてお前らが箱庭にいるんだ
﹂
黒ウサギさぁぁぁぁん‼
﹂
まずは予選で一緒だった女性同士で自己紹介し合い、その後にレティシアとも挨拶を
交わす。
一方の東条と男性陣はと言うと、
﹁おい男鹿、納得いかねぇぞ。もう誰でもいいから喧嘩しようぜ﹂
﹂
﹁東条先輩、落ち着いて下さい。まだ戦う機会はありますから﹂
や
﹁何処で戦るんだ
﹁男鹿はちょっと黙ってろ。何処だろうと街中で戦ったら迷惑だろうが﹂
たちわり
﹁ベルフェゴールに頼めばもしかしたらいい場所に送ってくれるんじゃねぇか
ミヘルゥゥゥプッ‼
?
﹁あー、それは儂から説明しようかの﹂
四人に問い掛ける。
ツッコ
鷹宮は煙草に火を点け、紫煙を燻らせながら〝サウザンドアイズ〟所属となっている
?
?
?
﹁あぁもう‼ 逆廻は頭回るだけ質悪ぃな⁉
?
男鹿と十六夜の二人と一緒に古市の精神力をガンガン削っていた。
?
?
516
それにベヘモットが代表して答える。
﹁事 の 始 ま り は、元 の 世 界 で 大 魔 王 が 〝 ソ ロ モ ン 商 会 〟 を 潰 し た 後 く ら い ま で 遡 る ん
じゃがーーー﹂
︾
そして接点の想像できない彼らが箱庭まで来た経緯を話していく。
★
どったのー
︾
レイの前では大魔王がゲームをしている。
うーん・・・あれかな うん、あれだな。ぶっ潰したけど
?
︾
結局居なかったなー︾
現在ベヘモットがいるのは大型ディスプレイが幾つも並んだ部屋だ。そのディスプ
︽大魔王、ちょいといいかの
?
大魔王はゲームをしたまま返事を返す。
?
︽この前、〝ソロモン商会〟という組織を潰したじゃろ
︽え
?
?
︽本当に潰したのか
︾
それは無視して話を進める。
一体何と迷ったのか気になるところだが、言葉の内容から認識は間違っていないので
?
?
︽んー
第二予選終了・第三予選開始
517
?
︽地球のは潰したってーマジで。箱庭のは知らんけど︾
︽何々
もしかして箱庭行くの
︾
?
︾
?
そ れ を 聞 い た 大 魔 王 は 懐 か ら 取 り 出 し た 物 を 振 り 向 か ず に ベ ヘ モ ッ ト へ と 投 げ る。
︽だったらこれ貸すから後はそっちでテキトーにやっといて︾
︽ま、行ってみる価値はあるんじゃないかの
と、基本馬鹿の癖に中々鋭い指摘をしてくる大魔王。
?
取り敢えずは調べてみないと分からないと結論付けた。
︵箱庭・・・か。誰か調査に行ってもらう必要があるかもしれんの︶
ていたということだ。
は行方不明者の増加は止まっているが、これの意味するところは壊滅後にも活動が続い
しかし、大魔王が〝ソロモン商会〟を潰した後にも数名の行方不明者が出ていた。今
とが分かったため網を張っていたのだ。
員は何者かに拉致されたということが判明し、それが〝ソロモン商会〟の仕業というこ
柱師団〟の団員数名が行方不明になったことの原因調査だった。調べていくうちに団
そもそも〝ソロモン商会〟についての情報収集を始めた理由は、〝ベヘモット三十四
ベヘモットは証言を聞いて考える。
︽ふむ、そうか・・・︾
518
それはコバルトグリーンとブラックで彩られた一枚のカードだった。
︽お前さんのギフトカードか。餞別に借りとくわい︾
大魔王は現在こそゲームを趣味としているが、箱庭では彼に合う娯楽がなかったため
にギフト収集を趣味としていた。やり過ぎて魔王認定されてしまったが、それだけの逸
品ギフトがこのギフトカードには眠っている筈だ。
ベヘモットは部屋から出ていき、その後の行動をさらに考え始める。
︵箱庭で活動するなら柱爵クラスは欲しいの。じゃが王宮直属の部隊である以上は戦力
である柱爵クラスを調査員として送る訳にはいかん︶
現在はベル坊が四世を名乗ってはいるが、それは名目上だけで実際に大魔王から継い
だ訳ではない。そして〝ソロモン商会〟の狙いがベル坊ということは分かっており、そ
こから焔王や王宮にも魔の手が伸びる可能性も否定できないので戦力の流出は控える
べきだ。
★
のだった。
ベヘモットはポケットから転送玉を取り出し、地球で使えそうな人員の選定に向かう
︵・・・箱庭には男鹿辰巳がおったな。ならば人間に頼むことも一考してみるか︶
第二予選終了・第三予選開始
519
︾
︽何ならお前さんが箱庭に行けばいいのではないか
︽ひゃあっ⁉
?
︾
?
︽む ・・・そういえば直接会うのは初めてか。儂はベヘモットじゃ、よろしく頼むぞい︾
︽えっと、お爺さんは一体・・・
る。そこには帽子を被った眼鏡の老人がいた。
まさか聞かれているとは思わなかった葵は素っ頓狂な声を出してから後ろを振り返
?
︾
︽あいつ、何時になったら帰ってくるのかしら・・・︾
な日くらいは帰って来れないのかと思ってしまう。
に行っているということや古市とヒルダが後を追ったということは聞いていたが、大切
だったのだが、やはりというか何というか男鹿は帰って来なかった。箱庭とか言う場所
邦枝は学校からの帰り道で独り言を呟く。今日は神崎や姫川、東条達三年生の卒業式
︽はぁ、結局男鹿は卒業式にも帰ってこなかったな・・・︾
520
︽ベヘモットって・・・柱師団の
︾
突然現れた老人の聞き覚えがある名前に葵は目を丸くする。
?
?
︽そうじゃ。ちぃと話を聞いてはくれんかの
︾
︽それこそ柱将五人を相手にしておる時に背後から、じゃろ
し後押しすれば承諾しそうだ。
アギエルが寝返った後は
ベヘモットとしてはそれだけ戦えれば十分な戦力として数えられるだろう。あと少
柱爵含めて六人を相手に二人で戦っていたと報告されておるぞ︾
?
︽私は柱爵の人に気付くことなく攻撃されましたけど・・・︾
︽じゃから近くにいた、柱爵と互角以上に戦ったお前さんにまず声をかけたんじゃよ︾
こと、現在までの経緯、これからの行動などを大まかに話していった。
葵には特に断る理由もないのでベヘモットの話を聞いていく。ベヘモットは箱庭の
?
︾
?
思えば何時でも帰れるぞ
︾
帰って来れた以上、次元転送に必要な魔力の確保は可能となっている筈じゃ。帰ろうと
︽儂らが頼む次元転送悪魔はヨルダなんじゃが、転送は五人まで可能じゃ。侍女悪魔が
そうではないようで内心少し落胆していた。
葵としては〝ヒルダさんが帰って来ているなら男鹿も・・・〟と一瞬頭を過ぎったが、
︽そうじゃ。転送人数の都合上帰って来たのは一人だけじゃったがの︾
︽え、ヒルダさんが帰って来てるんですか⁉
︽そうそう、最近ベルゼ様の侍女悪魔が魔界に帰って来ておってな︾
第二予選終了・第三予選開始
521
?
何時でも帰れるという言葉に、少しだけ葵の考えが揺れていたところ、
知っている。
?
︾
?
筈だ。こんな荒唐無稽な話に疑問を抱いていない時点で何かあるとは思うのだが、何も
話を盗み聞いていたのなら、箱庭に行くために実力が必要であることは分かっている
︽お前さん、腕に自信はあるのか
︽俺も箱庭とやらに連れて行ってくれ︾
同士で競り合っているだけの均衡を保っている状況だ。
知れ渡っており、勝っても意味がないと大きな抗争は起きておらず、それぞれの下っ端
現在は石矢魔の頂点だった男鹿と殺六縁起の一角である鷹宮がいなくなったことが
張っており、その他に四人を合わせて殺六縁起と呼ばれている。
う ち 火 炙 高 校 で ヘ ッ ド を 張 っ て い た 男 だ。箱 庭 に 行 っ た 鷹 宮 も 堕 天 高 校 で ヘ ッ ド を
石矢魔高校が︵男鹿によって物理的に︶崩壊していた期間、他の学校に移った生徒の
︽火炙高の赤星・・・
︾
二 人 が 話 し て い た 道 角 か ら 一 人 の 男 性 が 歩 い て 出 て 来 た。葵 は そ の 男 性 が 誰 か を
︽面白そうな話をしているな︾
522
かも未知数では判断しようがない。
︽・・・俺は〝紋章使い〟だ。契約悪魔は七大罪のマモン。それでも実力不足か
その言葉を証明するように無限の記号が特徴的な紋章を小さく出現させる。
︽ほう、お前さんが・・・︾
︾
︾
?
が、七大罪の契約者で且つ〝紋章使い〟でありながら弱いというのは考えられない。
ベヘモットは感心、葵は驚愕という感情でそれぞれに赤星を見る。実力は未知数だ
︽〝紋章使い〟ですって・・・⁉
?
もしてもらうぞ
無論そこまで難しいことは言わんが︾
︽えぇじゃろう。目的はどうあれ連れて行こうではないか。しかしきちんと此方の仕事
?
︾
?
今までも北関東制圧などの遠征で学校を長期不在にしていたりとあったが、やはり保
ませんし︾
︽・・・一度お祖父ちゃんに相談してきます。もしかしたら長期間帰れなくなるかもしれ
だ。
続いて赤星に驚いていた葵に問い掛けるが、箱庭行きについてはまだ悩んでいる様子
︽して、お前さんはどうする
こうして箱庭行きのメンバーがまず一人確定した。
︽あぁ、了解だ︾
第二予選終了・第三予選開始
523
護者である邦枝一刀斎には相談しておくべきであろう。
︽お祖父ちゃん、ただいま︾
︽うむ、お帰り︾
?
︽何じゃ、改まって︾
て向き合う。
一刀斎は老眼鏡をかけて新聞を読んでいたが、葵の真剣な声音に新聞を読むのを止め
︽少し話があるんだけど、いい
︾
父がいつもいる和室へと向かう。
葵は玄関を入り、家全体に聞こえるように声を出す。そのまま廊下を歩いて行き、祖
︽ただいまー︾
★
に帰った。
ベヘモットは赤星を連れて次の人間の元へと向かう。葵はそれを見送ってから自宅
でお前さん家の神社前で落ち合おうぞ︾
︽邦枝一刀斎か。儂が行けば話が拗れそうじゃな。他の人間にも当たっておるから、後
524
今度は何処にどれくらいの期間行くんじゃ
︾
︽うん。えっと・・・少しの間、遠出で家を空けようと思ってるんだけど・・・︾
︽また遠征とやらか
?
聞き直した。
︽・・・え、ちょ、お祖父ちゃん
お前もって・・・どういうこと
︾
?
いった和装一式を渡してくる。
かへと行ってしまう。数分して帰ってきた祖父の手には一本の刀と袴や足袋、草鞋と
葵が今日何度目か分からない驚きに見舞われている間に、一刀斎は立ち上がって何処
︽儂も行ったことがあるんじゃよ、随分前になるがな。ちょっと待ってなさい︾
?
次の祖父の言葉に今度は葵が一瞬どころか数秒停止し、理解が追い付かなかったので
︽はぁ、お前も箱庭に行くと言い出すとは・・・これも何かの縁かの︾
葵が言った言葉にピクッと反応して一瞬動きを止めるが、すぐに溜息を吐く。
︽期間はちょっと分からないんだけど・・・箱庭って所に︾
?
手渡された物を受け取り、まずは刀を抜いてみる。見た目は何の変哲も無い刀だが、
高いと思って調整してある︾
くなってからは放置しておったが、悪魔と関わりを多くもつお前が必要とする可能性が
断つ次元刀じゃ、扱いには十分注意しなさい。和装一式には多少の加護がある。使わな
︽儂が使っていた刀ーーーいや、使っていたギフト、〝断在〟。その刃は在るもの全てを
第二予選終了・第三予選開始
525
軽く振ってみて理解した。
達人ともなれば刀に伝わる感覚は極小でも感じ取れるものだが、それを全く感じな
︵空気を斬り裂く感覚が一切ない・・・︶
い。物質ではなく物質が存在する空間を斬り裂く刀なのだと実感して鞘に収める。
箱庭がどういう所か分からず不安であったが、目の前に帰ってきた人間がいて、その
︽行くのはお前の自由じゃ。儂は後を押すだけじゃよ︾
人間が使っていたギフトがあればその不安を打ち消すには十分だ。
何より密かに心を寄せる男性もいるし、行かない理由の方が少ない。
︽ーーーありがとう、お祖父ちゃん。行ってきます︾
葵は渡された和装一式に着替え、柱師団との戦いの時にも使用した自らの刀と合わせ
二振りの刀を持って我が家を後にした。
︽決心は付いたようじゃの︾
︾
葵が家前の石段を降りた所でベヘモットが葵の姿を見て訊いてきた。その他に赤星
を除いて三人ーーー東条、焔王、ヨルダーーーと葵を含めて転送人数が揃っていた。
︽えぇ、箱庭に行くわ。・・・というか東条は分かるんですけど、焔王君はどうして
決意表明に続く言葉は小声でベヘモットを手前に寄せてから聞く。東条は戦力とし
?
526
て考えられるが焔王だけ分からない。
ベヘモットも葵に合わせて周りに聞こえないように小声で言い返す。
ないから危険な場所では儂が護衛として同行することを条件に許可したんじゃ︾
︽ヨルダに転送を頼みに行った時に箱庭に興味を持たれて、後はなし崩し的にの。仕方
その〝なし崩し的〟の流れには、焔王の駄々こねから街の炎上回避も含まれていた筈
だ。柱師団を辞めたとはいえ最高戦力の一人であるベヘモットがいれば事前に挙げた
懸念も問題ないだろう。
︾
そして卒業式で別れたばかりの東条にも確認を取る。
︽東条はいいの
?
これが余の仮の部下か‼
?
ゆ
では箱庭とやらのゲームを見に行くぞ‼
に魔界を経由するけど、準備はいいわね
︾
︽はい、坊っちゃま。・・・それじゃ、ベルゼ様の魔力探知と魔界の魔力を利用するため
?
て行くようだ。
︽うむ‼
?
︾
ヨルダ‼
?
箱庭の何を聞いて何の用ができたのかは分からないが、東条も箱庭が何処かを理解し
ねぇしな︾
︽お う。俺 も 箱 庭 っ て や つ の 説 明 を 聞 い て 用 が で き た。男 鹿 と も 喧 嘩 で き る か も し れ
第二予選終了・第三予選開始
527
?
ヨルダの確認に意見を言う声はなかった。こうして魔界での準備をしてから無事に
六人は箱庭へと跳んだのだった。
★
﹁結局東条の用ってのは何なんだ
﹂
だよな
?
がーーー
赤星みたいに男鹿と戦うってのはあくまでついで何
た め に 来 た の だ か ら、東 条 本 人 と 〝 ソ ロ モ ン 商 会 〟 に も 何 か し ら の 知 ら れ ざ る 関 係
そう言われれば一つしか浮かばないのも確かだ。〝ソロモン商会〟について調べる
箱庭に来てやることなんて一つしかねぇだろ﹂
﹁あん
?
?
十六夜が訊く。
ベヘモットの簡単な説明と他の人の補足を聞いたが、それでも分からなかったことを
ば身分証明としても使えたしの﹂
で時間短縮に〝サウザンドアイズ〟へ跳んだんじゃ。大魔王のギフトカードを見せれ
﹁で、魔界に帰った丁度その時に悪魔急便の座標指定表に白夜叉宛てのものがあったの
528
﹁就活だ﹂
﹂﹂﹂
﹁あぁ。コミュニティとかいうのに入って働くんだろ
﹂
肉体労働も多くて業務内容の一
﹁東条英虎、箱庭に来る前に渡したネックレスを出してみぃ﹂
が答える。
期待したような答えが返って来る筈もなかった。それを補足するようにベヘモット
﹁んなもんあれだ、気合﹂
らの方が気になって仕方なかった。
三人が唖然としている傍らで耀が続いて質問する。負けず嫌いな彼女としてはそち
?
するのは。
どうしてだろう、内容は一つも間違っていないのに根本から理解がずれている感じが
みたいな感じだけどな﹂
つに喧嘩もあるそうじゃねぇか。だったら高卒でも問題ねぇ筈だ。まだバイト見習い
?
人が声を上げる。
東条の予想の斜め上を行く回答に、比較的ツッコミスキル持ちの古市、葵、飛鳥の三
﹁﹁﹁就活⁉
?
﹁じゃあ私の攻撃が効かなかったのは
第二予選終了・第三予選開始
529
﹁ん
ほれ﹂
言われた東条は自らの首に掛けられたシンプルなネックレスを取り出す。
?
ものだ。
﹁・・・あれ
じゃあ打撃が効かなかったのは
﹂
?
★
﹁第二予選も中々に白熱したゲームとなりました‼
?
﹁そうね。負けてしまった人達にも中々楽しませてもらったけど、やっぱり勝ち残った
ピョコピョコとウサ耳を揺らしながらアスモデウスへと声を掛ける。
モデウス様に感想をお聞きしましょう﹂
それでは自ら御参加されたアス
だにしないというのは唯の人間にしては規格外過ぎると認識したのだった。
ギフトを打ち消した理屈は分かったが、動物の力を上乗せした耀の打撃に対して微動
﹁それは本当に素じゃよ﹂
?
このギフトは大魔王のギフトカードから東条に合ったものをベヘモットが選別した
展開するネックレスじゃ。嬢ちゃんの風を消したのはこれじゃな﹂
﹁そいつは一定値以上の衝撃ーーー拳や蹴りで迎撃した時のみギフトを無効化する膜を
530
﹂
二チームの本戦での戦いも楽しみね。さっきは全力で戦っていたようには見えなかっ
たし、後から来た二人は少ししか対峙してないから。・・・本戦も出ようかしら
少し本気で考え始めた様子のアスモデウスを諌める声が後ろから掛かる。
﹁駄目ですよ、アスモデウスさん﹂
﹂
?
﹁分かった。じゃあ、次はルシファー、のギフトゲームね。もう送るよ
﹂
﹁いえ、ベルフェゴールさんと同じようにゲームの開催だけに留めておきましょう﹂
飛鳥以上にお嬢様然としていそうだ。
アップに纏めた青味がかった銀髪に物腰同様に柔らかそうな目元。喋り方を聞く限り
そこには傲慢の魔王・ルシファーと言うには物腰の柔らかそうな女性がいた。ハーフ
﹁冗談よ、ルシファー。次は貴女がゲームに参加する
?
?
いる。どうやら今度の舞台は都会を模した空間のようだ。
空間の亀裂には暗い空間が広がっており、所々から漏れている光がビル群を照らして
消え、これで〝ノーネーム〟からの参加者は全員が予選参加となる。
れ、第三予選のフィールドとなる場所に送られた。まだ観戦だけだった十六夜と古市が
的に働いてしまっているように見えてしまう。さらに四分の一の参加者が転移させら
やはりベルフェゴールは能動的に働いて仕事を終わらせようとするが、結果的に積極
﹁はい、お願いします﹂
第二予選終了・第三予選開始
531
﹂
?
三予選が始まった。
黒ウサギの言葉に合わせて、三度目の〝契約書類〟が舞い落ちる。〝魔遊演闘祭〟第
﹁それでは第三予選、〝落ちる光の創造者・六対の選定〟を開始します‼
532
魔遊演闘祭・第三予選
︻ギフトゲーム名 〝落ちる光の創造者・六対の選定〟
・勝利条件:失われる輝きを半数集める。
・敗北条件:上記の勝利条件を満たせなくなった場合。
・舞台ルール:存在する選定物を破壊することはできない。
・・・俺が暴れたら引き摺り出せるかな
﹂
宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、各コミュニティはギフトゲームに参加します。
〝七つの罪源〟印︼
﹁え∼、ルシファーマジで参戦しねぇの
?
れる。
〝契約書類〟を見て物騒な言葉を漏らす十六夜に、古市が悲壮感溢れるツッコミを入
﹁やめて、マジでやめて。俺の胃がマッハでゴーするから﹂
?
と同じく直径二km程度の空間に造られた都市で闇雲に〝失われる輝き〟を探すより
そう言って十六夜は〝契約書類〟と一緒に落ちてきた舞台の地図を見る。第二予選
しむとしますかね﹂
﹁まぁ言っても俺は知能派だからな。こういうお宝探しも嫌いじゃねぇし、大人しく楽
魔遊演闘祭・第三予選
533
?
﹂
も、地図を見て隠された場所を特定してから探しに向かった方が効率がよさそうだ。
やっぱり発電所か
﹁で、まずは何処に向かうんだ
?
?
きながら説明するぞ﹂
﹁えっ、これって争奪戦だろ
走らなくていいのか
﹂
古市は頭に疑問符を浮かべながら歩いていく十六夜を追う。
﹁そうだが、まだ急ぐ必要はない。いや、だからこそと言うべきか
?
﹂
具体的な形や場所が不明な以上、急いで動いたらその
?
確かにゲーム名の六対の半数、六つも〝失われる輝き〟を集めなければならない以
﹁うわぁ、もう盗賊思考だよ。反論はないけど﹂
方が他の奴のヒントになるってだけだ。最悪、出遅れても奪えばいいだろ﹂
﹁そんな考えることじゃないぞ
?
?
﹁理由付けはあれだが、まず向かう場所としては間違ってないな。時間の無駄だから歩
光の創造者=電気を作る場所という関連付けで古市は場所を特定したようだ。
なぁって思っただけ﹂
﹁いや、ほとんど勘みたいなもんだけど・・・〝光の創造者〟ってのが舞台的に発電所か
て聞き返す。
二人で地図を見ながら古市がそう聞いてきたので、十六夜は試すように笑みを浮かべ
﹂
﹁おっ、どうしてそう思うんだ
534
上、序盤で急ぐ理由はないと古市も納得する。
﹂
﹁で、具体的な形についてだが、まぁ羽型の発光体が妥当なところか﹂
﹁羽・・・
﹁・・・ん でもルシファーって堕天使なんだから翼も輝いてないんじゃーーーあっ、だ
は本気で感心を通り越して呆れてしまう。
こんな推測が瞬時にできる十六夜の頭はいったいどうなっているのだろうか、と古市
れているから〝六対の選定〟。考え方としてはこんなもんだ﹂
者・もたらす者〟ってのがルシファーの語源で、十二枚の輝く翼を持っていたとも言わ
﹁あ ぁ。〝 光 の 創 造 者 〟 っ て の は ル シ フ ァ ー の こ と だ か ら な。ラ テ ン 語 で 〝 光 を 生 む
?
で気付いて自己完結していた。
古市は十六夜の考えを聞いて疑問に思ったことを口に出していたが、言っている途中
から〝失われた〟輝きじゃなくて〝失われる〟輝きなのね﹂
?
﹁ん∼、でも全部発電所にはないよなぁ。発電所は六ヶ所しかないし。いや、空間面積か
十六夜の解説に加え、古市の頭の回転も合わさって滞りなく謎解きは進んでいく。
るしな﹂
んだよ。ゲーム名も〝落ちた〟光の創造者じゃなくて〝落ちる〟光の創造者になって
﹁そう、このゲームは堕天使ルシファーではなく大天使ルシファーを元に作られている
魔遊演闘祭・第三予選
535
ら考えれば六ヶ所もあるって言えるけど﹂
路を確認。その後は電気の供給経路順に場所を捜索って感じか
うへぇ、とチェック項目の増加に辟易としてしまう。
﹂
﹁それと念のために羽型の物体は発光体じゃなくても全部チェックだ﹂
古市は残り少なくなってきたティッシュを見て、無駄にしないためにもいい人選にな
﹁さて、いったい誰が来るのか・・・﹂
〟の文面や発電所の多さから場所を特定して近付いている参加者もいるかもしれない。
けている可能性もあるということだ。仮に謎を解けなくても、古市のように〝契約書類
先程の謎解きは十六夜の豊富な知識から論理立てて進んだが、それは他の参加者も解
る。
の実験・実戦では一時間ほど使っても問題はなかったので大人しく言われた通りにす
そして近くの発電所が見えてきた辺りで十六夜がそう言ってきた。〝火龍誕生祭〟
?
?
﹁っと古市、そろそろティッシュ詰めとけ。長時間使用しても大丈夫なんだろ
﹂
﹁じゃあこれからの行動方針としては発電所で羽型の発光体を捜索しつつ電気の供給経
性も高いな﹂
だったことを考えれば、発電所を神に見立てて電気が供給される最初の場所にある可能
﹁流石に一ヶ所に二つも羽は置いてないだろ。それにルシファーが神に次ぐ地位の天使
536
ることを祈りながら鼻に詰める。
﹁おーおー、また呼ばれたんだアタシ。久しぶりだね﹂
強いのか
﹂
現れたのは赤髪に眼鏡を掛けた、ビキニアーマーの女性ーーーアギエルだった。
﹁呼び出したのはどんな奴なんだ
?
るっち﹂
﹁ん、何だ
﹂
お姉さんに興味があるのかな ちょっと自己紹介するから身体借りるね、ふ
当然だが、霊体状態であるアギエルは十六夜には見えていない。
?
?
く追究せずに身体の主導権を渡す。
古市が説明するよりも本人に言ってもらった方が早いので、突然の渾名については深
﹁あ、はい。というかふるっち
?
?
その声音から何となく考えを感じ取ったアギエルは挑発的な笑みを浮かべる。
番弱いというイメージだ。
十六夜の認識としては、団長クラス↓柱爵クラス↓柱将クラスで強さ的には柱将は一
﹁おう、俺は逆廻十六夜だ。・・・にしても柱将か﹂
﹁さてと。ベヘモット柱師団柱将、アギエルだよ。よろしくね﹂
魔遊演闘祭・第三予選
537
﹁ふぅん、中々の自信家みたいだね。なんなら試してみる
﹂﹂
﹂
﹂
?
?
﹁ヤハハ、そっちも中々の戦闘狂みたいだな。その提案乗ったぜ‼
﹁よ∼し、じゃあ早速得物を﹁待て待て待て待て‼
?
アギエルさんも説明するんでお願いします‼
﹂
自己紹介が気付けば戦闘用意に変わっていたので、古市は慌てて身体の主導権を取り
返す。
﹂
﹁逆廻、今は捜索優先‼
﹁﹁えぇ∼﹂﹂
﹁文句言わない‼
?
﹂
?
?
どうやら電気の明かりそのものがカモフラージュとミスリードだったようだ。捜索
いたんだが、羽そのものが発光してんのか
﹁恐らくこれで間違いないとは思うが・・・何だこれ 舞台から電化製品の類だと考えて
かった。ついでに古市はアギエルが使う得物として鉄パイプも手に入れている。
していった。結構シンプルな構造をしていて捜索はすぐに終わり、それらしい物も見つ
取り敢えず二人は発電所に入り、中を捜索しながら古市はアギエルに今の状況を説明
には支障無かったと考えていたりする。
時間をきちんと計算して余裕があると判断していたので、本当に戦闘になってもゲーム
見事にシンクロして不満を漏らす二人。まぁ十六夜に関しては今回のゲーム性から
?
?
538
物の中には羽型の電灯もあったが、これはその比ではない存在感を放っていた。十六夜
は三〇cmくらいの羽を弄びつつ発せられる神性に興味津々だったが、しかし今は判断
﹂
のしようがないのでギフトカードに収める。
﹁よし、あと五つか﹂
遭遇したが、
二つ目の羽を探しに行く途中で発電所に向かおうとしていたであろう他の参加者と
なってしまうだろう。
目を付けて近隣を探すとしても、他の場所を特定できずにかなりの時間を費やすことと
電気供給を他の発電所から引っ張ってくるためでもあったようだ。これでは発電所に
約二kmの空間に六ヶ所も発電所を点在させているのは、発電所に隣接する場所への
接させないためでもあったのか﹂
﹁次は二〇〇mくらい離れた工場だな。発電所を密集させているのは次の供給場所を隣
に十六夜が書き足したのを見て次の目的地を確認する。
捜索時に電気供給の見取り図もあったのだが、それは固定されていたので自前の地図
﹁逆廻、次の場所は何処なんだ
?
の一言と共に繰り出された十六夜の拳で蹴散らされてしまった。同行していた古市
﹁てい﹂
魔遊演闘祭・第三予選
539
には相手の冥福︵死んではいない︶を祈ることと、羽を獲得しているか確認することし
かできなかった。
蹴散らされた参加者は羽を持っていなかったが、工場の方の羽は難なく見つけること
ぶっちゃけお前が強過ぎなんだよ。しかもまだ本気には程
ができた。置き場所のパターンも把握したので次の発電所へと向かうのだが、十六夜は
何処か不満そうだ。
﹁張り合いがねぇなぁ﹂
遠いだろ﹂
﹁さっきの参加者のことか
﹂
?
た。
二ヶ所目の発電所の捜索を促して二手に分かれる。そこでアギエルが話し掛けてき
﹁ほら、ぶつくさ言ってないで三つ目を探すぞ﹂
少し戦闘と呼べるレベルで戦いたいのだろう。
ルと神格を持った悪魔であるヴェーザーだけだ。その二人レベルとは言わないが、もう
ないでもない。彼が今までに本気で戦ったのは弱体化していても星霊であるアルゴー
後半は小声での呟きだったので古市には聞こえなかったが、十六夜の気持ちも分から
ねぇって言ってんだよ。・・・もう少し俺好みにゲームメイクするか
﹁俺が本気でさっきの奴とやったらオーバーキルもいいところだ。それでも張り合いが
?
540
﹁ねぇ。この調子だったらアタシ要らなくない
くはないけど﹂
﹁逆廻∼、そっちはどうだ∼
﹂
色んなのがいたりあったりでつまらな
少なくとも古市とアギエルが探した場所には羽はなかった。
﹁ないねぇ﹂
﹁ないですね﹂
雑談交じりではあるが見落としがないように発電所内を探していく。だが、
﹁ん、りょーかいりょーかい。今は柱師団の仕事もないしね。暇潰しには丁度いいよ﹂
えることだろう。
十六夜が一蹴したとはいえ参加者と遭遇したのだ。これからはさらにその頻度は増
すよ﹂
﹁すいません。実はティッシュが少なくなってて、不意打ちも考えればいて欲しいんで
?
で一先ず合流する。
﹂
古市は少し離れている十六夜にも訊くが、あちらも芳しい成果は得られなかったよう
﹁ん∼、こっちにもねぇな∼﹂
?
電気供給の地図はあるからそっちの確認に行くか
?
﹁どうやら此処の羽は既に取られた後みたいだな﹂
﹁どうする
?
魔遊演闘祭・第三予選
541
﹁そうだな。此処の羽を取った奴は発電所に絞って探している可能性もあるし、最初の
供給場所にある羽は残っているかもしれない﹂
ただ、謎解きはできていなくても頭の回る参加者ならば電気供給の見取り図から不自
然な電気供給の距離に気付いて捜索に向かっているかもしれない。
﹂
今度は次の場所に向かう途中では誰とも遭遇しなかったが、同様に羽も見当たらな
かった。
多少非効率的でも進行ルートを変更するか
﹂
やはり十六夜も理解しているようで古市に同意する。このゲームは一見して宝探し
けはない。・・・だが古市の言う通り面倒なのも変わりはない﹂
﹁ま、そこまで焦る必要はないだろ。俺達は羽を二つ持っている以上、取られなければ負
潔に問い掛ける。
古市は自分が思い至るぐらいなんだから十六夜は当然理解しているという考えで簡
﹁どうするんだ逆廻
?
いるかは分からないが、後を追っていくのでは徒労になる確率の方が高い。
と同方向に進んでいる可能性がある。この参加者が羽を取ってからどの程度経過して
た。それなのに羽を持っている参加者とは遭遇しなかったことから、この参加者は二人
古市は苦い顔をしながら考える。二人は地図を見て最短距離を効率的に移動してき
﹁・・・これはもしかしなくても面倒なことになるんじゃないか
?
?
542
だが、その本質は奪い合いだ。置いてある状態で見つけるのが最善だが、見つけられな
ければ後は根気よく羽を持っている参加者を探し続けるしかない。
これは仮にどちらかが羽を奪われても問題ないようにするための処置なのだが、何故
﹁・・・よし、俺に考えがある。取り敢えず羽の一つはお前が持っておけ﹂
このタイミングでしたのかは古市には分からない。
﹁それじゃあ行くぞ。アギエルにも楽しい展開にしてやるから楽しみにしとけ﹂
﹁ふぅん、それは楽しみだねぇ﹂
十六夜は軽薄な笑みを浮かべてこの場にいる見えない人物へと語る。アギエルも応
﹂
えるように口元に笑みを浮かべているが、それを見ていた古市には嫌な予感しかしな
かった。
★
?
寄り、大きく息を吸い上げ・・・
も高い建造物の上にいた。そして古市の疑問は無視して十六夜は屋上の縁にまで歩み
十六夜に着いていくこと暫く。二人は進行ルートを変更して舞台の中心付近、その最
﹁で、どうしてこんな所に
魔遊演闘祭・第三予選
543
?
﹂
〝ノーネーム〟如きに負ける訳がないと高を括っているモブ共は奪い取りに来
やがれ‼
?
﹁何してんのお前⁉
﹂
﹁あとは待つだけだな﹂
気持ちよく宣言した。
?
‼
﹁〝ノーネーム〟所属、逆廻十六夜‼ 既に失われる輝きの二つを手中に収めてある
544
?
分かるけども‼
﹂
清々しい表情で戻ってきた十六夜に古市は叫ぶ。
﹁いや、何したいかは分かるよ
﹂
﹁おう、バトルロワイヤルだ。わくわくするぜ‼
﹁何処の戦闘民族だお前は⁉
﹂
?
?
?
での戦闘を楽しむつもりだろう。
﹁了解だよコンチクショウ‼
﹂
?
筈だ。十六夜達を後回しにして羽の捜索を続ける参加者もいるだろうし、密かに近付い
が挑発した以上必ず誰かは来ると思うが、何も直情的に突っ込んでくるばかりではない
やけくそ気味だが、言われた通りに屋上の対角に位置する場所に古市は行く。十六夜
?
﹂
た。参加者一人ひとりでは張り合いを感じなかったので、人数を集めることで質より量
そんな十六夜の意図は理解しているが、同時に別の思惑があるのも古市は理解してい
なった場合にどうなるか分からないための保険だ。
十 分 に 勝 利 へ と 近 付 く こ と が で き る の だ か ら。羽 の 所 持 を 二 手 に 分 け た の は 乱 戦 に
参加者による羽持ちが確定している二人への集中砲火になるだろう。羽二つだけでも
きのめす方向にチェンジしたのだ。しかもバトルロワイヤルとは言っているが、実際は
羽を持った参加者を根気よく探すのが面倒な十六夜は、逆に集まってくる参加者を叩
?
﹁じゃ、俺は北と東。お前は南と西。OK
魔遊演闘祭・第三予選
545
てくる相手を逸早く見つけるためにも屋上という場所は打って付けだ。
﹂
?
ける。
?
﹂
?
いなされた羽とは反対の羽で防がれ、硬質な感触が脚に返ってきた。
﹁おぉ、固っ﹂
りを放つが、
アギエルは鉄パイプの両端を使って器用に同時にいなし、流れるように片方に回転蹴
﹁あっは、変身したよ‼
る。残った二人は何やら鳥人化して鋼鉄化させた翼を振るってくる。
相手は隠密行動していたことが災いし、速攻の襲撃に反応が遅れて一人殴り飛ばされ
﹁まず一人‼
﹂
近付くと勢いを殺さずに跳躍して屋根に飛び乗り、そのまま屋根の上を一直線に走り抜
十六夜の疑問は無視して屋上から躍り出し、壁面を走って垂直落下していく。地面に
﹁お手並み拝見だな。というかさかっち
﹁じゃあお先に行かせてもらうよ、さかっち﹂
臨戦態勢を取った。視界にはコソコソと物陰を移動している三人組を捉えている。
アギエルがもう楽しみを抑え切れないという風に古市の身体へと勝手に入り込んで
﹁おっ、早速来たねぇ﹂
546
﹁でも・・・﹂
防いだ羽に足を掛けてバク宙することで後ろから迫る攻撃を回避しつつ背後を取り、
左右交互に高速の連撃を放つ。相手も左右の翼で同じように交互に防いでいたが、数度
目の攻防で片方の羽ごと頭部に打撃を加えられた。
変化させたら﹂
﹁片方の翼しか硬質化できないみたいだね。駄目だよ、相手の得物と接触している時に
アギエルも葵と同様に達人と言われる域に達した剣士だ。最初の攻防の時に鉄パイ
﹂
プから伝わる感触のみで情報を読み取ったのである。
﹁はい、ラストォ‼
な轟音が生じた。
を見つけた時ーーー元いた建造物の崩壊する音が鳴り響き、傍らでは隕石が落ちたよう
くの二人にはそれらしいものはなく、最初に殴り飛ばした相手を確認してギフトカード
打ち倒した三人の懐を探り、羽またはギフトカードがないか確認する。相手取った近
﹁さてさて、羽の方は持ってるのかな∼﹂
相手の実力を把握したアギエルは、そのまま怒涛の勢いで残る一人を撃破した。
?
音源に目を向ければ、そこには黒い矢状のものを握り潰した十六夜の姿があった。握
﹁ーーーハッ、漁夫の利を狙うにしてはいい腕してやがるな﹂
魔遊演闘祭・第三予選
547
﹂
りつずされたそれは闇夜に溶けてすぐに消滅したが、アギエルは呆然と目を点にして十
六夜を見ていた。
﹁・・・もしかしてアタシ、気付かなかった
追撃が来ないな﹂
?
身体の主導権を取り返した古市が楽観的にそう告げるが、予想に反して羽を持ってい
﹁この調子ならあと二・三回の釣りで終わりそうだな﹂
顕現させた相手の羽を自らのギフトカードに移しながら喜ぶアギエル。
?
﹂
?
を解く。
﹁で、ギフトカードに羽はあるか
?
それも二つ‼
﹁ちょっと待って・・・あった‼
﹂
暫く警戒していたが、第二射が来ないことから周囲への警戒は怠らないまま戦闘態勢
﹁・・・一撃離脱か
た一撃だったと言える。
夜だからこそ気付け、第三宇宙速度という尋常外の速度を出せる十六夜だからこそ防げ
の狙撃だった。アギエルの戦闘を観察しながらも周囲の索敵を怠っていなかった十六
黒い矢状のものは闇に紛れ、空気中に音も発さず、敵意を感じさせない超長距離から
な﹂
﹁まぁ無理はないと思うぞ。俺だって気付けたのはさっきの場所から見ていたからだし
?
548
蹂
躙
ない参加者との戦闘が続き、殆どの参加者と戦う羽目になったのだった。十六夜も楽し
そうに戦闘していたが、黒い矢状のものの狙撃や同系統のギフトを使うような参加者が
いないことが頭の隅に引っ掛かっていた。
★
﹁うん、実戦データとしてはいいデータが取れました﹂
双眼鏡を構えて戦闘を見ていた男と、黒い矢状のものを手に顕現させてゴーグルを掛
けた女が舞台のギリギリの位置にいた。
男は黒髪を後頭部で結んだ中性的な顔に眼鏡を掛けて黒い帽子を被って目元を隠し、
女は薄い水色の短髪に黒いニット帽に黒いコートと全身が黒系統中心の格好をしてい
﹂
?
た。
それともあの子達の
?
羽をわざと放置することで待機していたのだ。
男は足元に置いてある羽を取ってゲームをクリア条件を満たした元々回収していた
﹁両方ですよ。・・・それじゃあ終わらせましょう。もう用はありませんからね﹂
十六夜達を見ていた望遠ゴーグルを外して女が問い掛ける。
﹁それは試作品の
魔遊演闘祭・第三予選
549
550
それを見ていた会場では、その行動を不思議に思いながらも勝ち上がるであろう相手
の力量を測っていただけという風にしか映っていなかった。
魔遊演闘祭・予選終了
﹁第三予選、〝ノーネーム〟逆廻十六夜・古市貴之チームも見事に通過です‼
はお二人とも、羽の方を回収させていただきます﹂
それで
?
﹂
壇上に帰ってきた十六夜と古市の勝利宣言とともに、二人がゲームで集めた羽を回収
〝も〟ってことはやっぱり俺達って二番目か
する黒ウサギ。
﹁あん
?
男鹿達の元へと戻っていく。
ギフトカードから羽を取り出しつつ会話を交わして黒ウサギは審判業へ、十六夜達は
とは下で皆さんにお聞き下さい﹂
﹁Yes、残念ながらその通りですね。黒ウサギはまだお仕事がありますので、詳しいこ
?
や は り 十 六 夜 は 強 者 と の 戦 闘 を 求 め て 仕 方 が な い よ う だ。ア ギ エ ル に は 戦 闘 狂 と
﹁俺的にはもうちょっと順調じゃなくてもよかったがな﹂
選の観戦のみとなる。
飛鳥の言う通り、〝ノーネーム〟はこれで全員予選通過だ。本日も残すところ第四予
﹁十六夜君に貴之君もお疲れ様。みんな順調に勝ち進めたわね﹂
魔遊演闘祭・予選終了
551
言っていたが負けず劣らず十六夜も戦闘狂である。
﹂
?
﹂
?
いわ。〝ダン・スカー〟所属のライとリューゲって黒ウサギは言っていたけど﹂
﹁貴方達を狙撃した人達よ。男女の二人組。狙撃したのは女性の方で男性は何もしてな
が、他者の証言は欲しい。
話は戻って第三予選の話へと変わっていく。十六夜には何となく予想は付いていた
﹁ところで俺達より先に勝った奴ってどんな奴だ
レティシアの最もな発言に、一先ずこの話題は終了する。
かなければならないし、何もできないなら此処で待っていればいい﹂
﹁まぁあの二人なら余程のことでもなければ問題ないだろう。残りの対戦相手も見てお
の場所では判別が難しいようだ。
春日部も気にはしていた様子だが、例え犬の嗅覚を用いても人が最も集中しているこ
﹁この人混みじゃ匂いも分からないし﹂
来てないのよ﹂
﹁それが、鷹宮は気付けば何処かに行ってて、赤星はトイレって言って離れたまま帰って
うだ。これについては葵が答えてくれた。
古市が周りを見回して問い掛ける。パッと見た限りでは二人とも近くにはいないよ
﹁・・・あれ、鷹宮と赤星はどうしたんだ
552
﹁どっちも偽名だろそれ。英語とドイツ語で〝嘘〟だしよ・・・。しかし招待状がある以
上、コミュニティ名は誤魔化せない筈だ﹂
飛鳥の言った名前を聞いて呆れている十六夜だが、同時にコミュニティ名で黒い矢状
のものは特定できた。
﹂
﹁それで確信できた。狙撃に使ったのは影だな﹂
﹁影・・・
空間の亀裂からの映像だけ、それも遠距離攻撃のみなので判断に困るが、レティシア
くはなさそうだ﹂
﹁確かに私の目から見ても同系統の恩恵だとは思うが、見た限りでは性能はそこまで高
し、〝龍の遺影〟を直に見てきたために出てきた男鹿の感想だ。
十六夜の話を聞いていた男鹿がレティシアに訊く。レティシアと数日間ともに修行
?
いたが、どうやら数が少ないながらもしっかりと活動しているようだ。
﹂
十六夜は以前に白夜叉から北欧神群はある理由で力を失った神群の一つだと聞いて
となれば確定だろ﹂
書いて〝ダン・スカー〟。おまけに黒い何かで狙撃し、次第に暗闇に溶けて無くなった
﹁あぁ。〝ダン・スカー〟ってのは北欧神話に登場する冥界の名前であり、〝影の国〟と
?
﹁そう言われりゃレティシアの使ってる影っぽかったな。お前はどう思うんだ
魔遊演闘祭・予選終了
553
は同じ影を使うものとして最初の遠距離狙撃による奇襲さえ凌ぐことができれば脅威
だとは思わなかった。
﹁つまり男は不明、女は影使いか﹂
が、その
分かっている情報はこれだけなので、これ以上は考察のしようがない。そして丁度タ
イミング良く黒ウサギの声も響き渡った。
﹁第三予選も終了し、いよいよ最後となる第四予選に移りたいと思います‼
前に第三予選の感想をお聞きしましょう﹂
黒ウサギはルシファーの前へと進み出て感想を聞く。
﹂
?
ルシファーは振り返って他の〝七つの罪源〟の魔王に問い掛ける。
次は何方が行かれますか
どなた
﹁さて。残りは第四予選ですが、皆さん休憩もしたいでしょうからもう始めましょうか。
しようがない。
審判として平静を装ってはいるが、耳がピョコピョコと嬉しそうに揺れているのは隠
﹁い、いえ。お褒めいただきありがとうございます﹂
いたとは・・・。貴女のコミュニティはなかなかの人材が揃っていますね﹂
ゲームだったのですが・・・まさか全員を相手取って勝ち抜ける程に突出した実力者が
﹁そ う で す ね。一 応 こ の ゲ ー ム は 目 標 物 の 捜 索 と 局 地 戦、そ の 過 程 の 駆 け 引 き を す る
?
554
﹁そんじゃ、ラストは俺が行こうかね﹂
手を挙げて前へと出たのは、短い黒髪を一房だけ金色にしている男だ。整ってはいる
マモンさん﹂
が精悍な顔付きとは言えず、サタンやレヴィアタンよりはベルフェゴールに近しい雰囲
気がある。
る。
本来の予選は上手に立ち回れば戦闘をしなくて
ルシファーは少し困ったような視線をマモンへと向けるが、彼はすぐに言葉を続け
﹁殴り合わせる﹂
強欲の魔王・マモンの名で呼ばれた男は少し考え込んだ後に言った。
﹁どのようなゲームにするのですか
?
話を聞いている内に理解の色を見せ始めたルシファー。一応ギフトゲーム本戦に対
い合うためには第四予選からも強者を選出するべきだと考えた訳だ﹂
り戦闘力も中層寄りで申し分ない。本戦も同様に戦闘色が自然と強くなるだろう。競
も勝ち上がれるものだが、今回は戦闘色が強かったからな。第一から第三予選を見た限
﹁何も考えなしって訳じゃないからな
?
﹂・・・そ、そうか。御苦労さん﹂
する微調整も考えられている。背後に控える罪源の面々からも異論は挙がっていない
ので問題はなさそうだ。
﹁それじゃベルフェ﹁送ったけど
?
魔遊演闘祭・予選終了
555
﹂
マモンが振り返って頼もうとした瞬間にベルフェゴールは転送を終えていた。食い
気味に言われてマモンも少したじろいでいる。
﹁それでは第四予選、〝強者選定〟を開始します‼
★
﹁おい、何処に行くんだ
ライに・・・リューゲだったか
﹂
?
は示し合わせた訳ではないが、結果的に挟み打つ形となった。
?
赤星は男に向けて声を掛ける。
?
そんな商会での渾名で呼ばれま
﹁いきなりだが本題に入らせてもらうぞ。此処で何をしている
﹁いやですねぇ。箱庭には本物の死神がいるんですよ
ーーー死神﹂
そしてライとリューゲを挟んだ反対側に赤星も姿を現れる。この状況を鷹宮と赤星
﹁何を遠回しに言っているんだ、鷹宮﹂
は人気が薄れた場所で対峙している。
の第一通過者に接触するために行動していた。人混みに紛れて時間は掛かったが、現在
十六夜達が第三予選を通過した頃。鷹宮は〝ノーネーム〟のみんなと離れ、第三予選
?
黒ウサギの宣言とともに、最後の予選の開始を告げる〝契約書類〟が舞い落ちる。
?
556
しても・・・僕の名前はヨハンと言います。以後お見知り置きを﹂
死神と呼ばれた男ーーーヨハンは簡単な変装の道具として使用していた黒い帽子と
眼鏡を外して名乗りを上げる。
﹁鷹宮君が箱庭にいるのは知っていましたが、まさか赤星君もいるとは・・・。それに悪
魔の力も使えている様子ですし、貸した甲斐があるというものです﹂
この〝貸した〟という言葉は赤星の契約悪魔であるマモンのことだ。赤星だけでは
なく、鷹宮やその他の殺六縁起と呼ばれる人達にも〝ソロモン商会〟を介して悪魔を貸
し出している。そしてこのヨハンという人物はその幹部クラスの人材であったりする。
﹁おっと、話が逸れてしまいましたね。此処で何をしているか、ですか。もちろん商談の
一環ですよ。信用問題のため個人情報は伏せさせてもらいますが、此方の御方は現在の
取引相手です﹂
何やらベヘモットと一緒にいたよ
言われた女性は黙って会釈をするも、二人に挟まれて警戒は解いていない。
﹂
?
?
﹁ベ ヘ モ ッ ト の 依 頼 だ。お 前 ら の 活 動 で 拉 致 さ れ る 悪 魔 が 続 出 し た こ と の 調 査 だ よ。
行きに一切関与していないため疑問に思うのは当然だ。
鷹宮については〝ソロモン商会〟が仕向けて箱庭へと送ったが、赤星については箱庭
うですが、そちらと関係があるのかな
﹁では此方からも質問です。赤星君こそ何故箱庭に
魔遊演闘祭・予選終了
557
まぁ俺は偶々話を聞いて同行を願い出たから、依頼というのは違うかもしれないが﹂
﹂
?
と物騒な言葉が出てきたものだと思う。
〝廃棄〟。それが拉致した悪魔を返すという意味なら問題ないが、もし違うなら随分
調べるなりなんなり好きにして下さい﹂
頼を達成できる。その研究施設は君達の世界にありますので簡単に回収できる筈です。
なったから引き取って下さい。これで僕達は維持・廃棄する労力を削減できて君達は依
﹁意 味 が 分 か ら な い、と い う 表 情 を さ れ て い ま す ね。簡 単 な こ と で す よ。必 要 が な く
分からなかった。
ヨハンは何事もないように言っているが、何故それを赤星に渡すのか二人には意味が
拉致をするつもりもありませんので安心して下さい﹂
す。もちろん彼らに外傷はありませんし、意識はないですが眠っているだけです。もう
﹁拉致した悪魔と実験に使っていた研究施設の位置を示した用紙、その研究施設の鍵で
﹁これは
付けられた紙であった。
れを片手で掴み、掌を広げて物体を確認する。そこにあったのは何かの鍵とそれに巻き
赤星の言葉を聞いてヨハンは懐に手を入れ、取り出した物を赤星へと投げる。彼はそ
﹁なるほど、理解しました。それでしたら此方の物を差し上げましょう﹂
558
・
・
・
・
だが追求すべき部分はそこではない。赤星に変わって鷹宮が問い掛ける。
・
﹁君達の世界・・・だと ならお前は、いやお前達は何処の世界の住人だと言うんだ
﹂
?
﹁モルモット、だと・・・
﹂
モ ル モッ ト
﹁それは君達には関係のないことですね。研究対象が知る必要はありません﹂
ではないのかも知れない。
とから全ての人員が他の世界の住人だとは思えないが、トップや幹部クラスはその限り
鷹宮の父親は〝ソロモン商会〟の一員だった。唯の言葉の綾かもしれないし、このこ
?
した態度を崩さなかった。
﹂
?
しかし自分達にも利益があり、今は問題もないために深くは考えてこなかった。それ
から自分が選ばれたのか。
れてこれたのか。赤星も不思議に思わなかった訳ではなかった。何故数いる人間の中
鷹宮も考えなかった訳ではなかった。何故父親が自分の友達としてルシファーを連
契約者が集結しつつあることを。その全てが偶然だったとでも
めた悪魔を赤星君達に貸し出していることを。そして今現在、箱庭に〝七大罪〟とその
?
?
作に君の家へと持ち運ばれたことを。不思議には思わなかったのですか
七大罪を含
ルシファーという魔界最上位の悪魔があれほど無造
ヨハンの言葉に鷹宮と赤星は敵意を通り越して殺気を飛ばす。それでも彼は飄々と
?
﹁考えたことはなかったのですか
魔遊演闘祭・予選終了
559
でも〝ソロモン商会〟の利益ともなるような憶測・推測は幾つもした。それを裏付ける
ための情報収集もしたし、〝対悪魔用兵器の開発・流通〟という〝ソロモン商会〟の主
軸方針も突き止めていた。
だが、もしも二人のその考え・行動の全てが〝ソロモン商会〟の掌の上ーーーいや、振
り払う必要性も感じない程に意識の外だったとしたら・・・
ーーー第三予選も終了し、いよいよ最後となる第四予選に移りたいと思います‼
が、その前に第三予選の感想をお聞きしましょうーーー
色々と思考が飛び交う中、会場から黒ウサギの声が聞こえてくる。
?
?
﹂
?
その言葉とともに微少ながら魔力の揺らぎを感じ、鷹宮と赤星は瞬間的に詰め寄る。
棄権についてはお仲間の審判さんにお伝え下さい﹂
﹁残念ながら僕達は本戦に出るつもりはありません。用事も済みましたからね。僕達の
的・活動の意味。この短時間で訊くべき疑問が増え過ぎた。
もちろんこの場からヨハンを返すつもりなどない。〝ソロモン商会〟の全貌、その目
じゃねぇか﹂
﹁お い お い、つ れ な い こ と を 言 う な よ。今 の 話 を 予 選 で も 観 な が ら じ っ く り と 聞 こ う
貴方達も最後の対戦相手を観に行かなくてよろしいのですか
﹁おっと、もうすぐ最後の予選が始まりますね。御話はここまでにしておきましょう。
560
﹁﹁逃がすかッ‼
﹂﹂
女性とともに姿を消したのだった。
★
﹁あ、二人とも遅かったね。・・・もしかして一緒だったの
?
・
・
本当に便所ではあるまい
・
﹂
?
果を述べることであり、彼が頼んだ調査は一つしかない。すぐに報告をしないのは急ぐ
赤星のその言い回しでベヘモットは大まかに理解した。〝報告〟とは調査などの結
﹁ん、まぁな。後で報告する﹂
・
?
声を掛けた。それに釣られて他のみんなも其方の方へと顔を向ける。
第四予選が始まって暫くした後、鷹宮と赤星が近付いてくるのに逸早く気付いた耀が
﹁あぁ、少しな﹂
﹂
ヨハン女性に礼を言ってから舌を突き出し、そこに取り付けられた転送玉を使用して
﹁ありがとうございます。・・・ではお二人とも、御機嫌よう﹂
て阻まれる。
拳を振りかぶって肉薄する。しかしその拳は隣の女性から発せられた黒い影によっ
?
﹁何をしとったんじゃ
魔遊演闘祭・予選終了
561
﹂
ことではないという意味だとベヘモットは解釈した。
﹁そうか、御苦労じゃったの﹂
﹁そんなことより予選はどうなってる
﹂
?
﹂
?
には大きい拳大の氷塊を形成して襲撃者へと落とす。
けている。その間に背後から襲撃する参加者もいるが、見ることもなく頭上に雹という
氷狼が周囲広範囲に雪を吐き出し、彼女がそれらを操って雹にして散弾のようにぶつ
しているのは、コロシアムで氷狼に跨っているフルーレティだった。
戦闘している。残りの半数近くは既に脱落しているようだ。その中でも大立ち回りを
鷹宮の呟きに十六夜が反応する。映像ではコロシアムでは七人、神殿内では十二人が
﹁あぁ、結構やるぜ
﹁あいつは確か・・・フルーレティだったか
そして現在コロシアムの中心にいるのは鷹宮も見知った人物の一人だった。
ある。総合戦闘力の競い合いじゃ﹂
﹁バトルロワイヤル中じゃよ。コロシアムでの立ち回りもあれば、神殿内での隠密戦も
映し出されていた。
いる空間の亀裂には、中心にコロシアムのような闘技場がある古代神殿のような場所が
これ以上この場で続けるような話ではないので話題を切り換える。今映し出されて
?
562
第三の眼ってやつか
﹂
その完璧なタイミングを見ないで合わせる技量について東条と男鹿は、
﹁ありゃあどうなってんだ
?
﹂﹂
二
人
推測するに、雪に触れると操作している意識に干渉してしまって把握されるのだ﹂
﹁あれは恐らく、氷狼が吐き出した雪を操って滞空させているのだろう。対応速度から
と、フルーレティを中心に薄白い空間が形成されているのが分かる。
見かねたレティシアが男鹿と東条に説明を始める。言われた通りに周りを観察する
﹁どちらも違うと思うが・・・二人とも、彼女の周りをよく見てみろ﹂
これでも真面目に考察していた。
﹁いや、眼なんか見当たんねぇぞ。恐らく気ってやつだな﹂
?
かなり分かりやすい説明だったのだが、それでも馬鹿には難しかったようだ。
﹁﹁
???
?
えて男鹿の手を握って持ち上げる。
だ﹂
﹁今私が掴んで動かしているのは分かるな
﹁﹁なるほど﹂﹂
これをフルーレティ殿は雪で感じているの
レティシアは理解させる方法を考え、理解させるよりも感じてもらった方が早いと考
﹁うぅん、そうだな・・・ちょっと失礼﹂
魔遊演闘祭・予選終了
563
レティシア先生の易しい例えによって、聞いていただけの東条も理解できたようだ。
レティシアは男鹿の手を離して再び映像に注意を向ける。
﹂
?
形成されている。
?
相手は間合いを見極められなくなっている。そして映像だけなので音は聞こえないが、
前衛二人の動きのキレが増し、相手四人の動きが鈍る。かと思えば動きが急に戻って
していることに気付く。
十六夜は戦闘に主眼を置いて考察していたが、不規則・不自然に参加者の動きが変調
﹁前衛は近・中距離の二人での連携攻撃に後衛が一人。バランスのいいチームだな﹂
を崩すか攻撃を躱した所へ槍使いの強攻撃が叩き込まれる。
赤髪の青年が敏捷性を活かして複数人の相手を翻弄しつつ弱打撃で体勢を崩し、体勢
る。
年、トランペット奏者のふんわりとした薄桃髪の女性の三人が四人程を相手取ってい
葵が指差した所では全身鎧の槍使い、軽快なフットワークの短い赤髪を逆立てた青
﹁あそこの人達は連携が上手じゃない
﹂
コロシアムと違って神殿内では局地戦の様相を呈しているため、複数の空間の亀裂が
勝ち上がりそうな候補はいないか
﹁このまま順調に進めばコロシアムの戦いは彼女が勝ち上がるだろう。神殿内の戦闘で
564
エ ン チャ ン ター
後衛の奏者の女性が何かを演奏しているのが分かる。
﹁なるほど、後衛の奏者は付加能力者か。マジでチーム戦に特化してるな﹂
その後も終始三人のペースであり、相手は奏者を狙おうとするも前衛の二人が対応す
ることで戦闘は幕を閉じた。
★
ティン・プルソン・エリゴスチームに決まりました‼
﹂
﹁第四予選、勝者は〝七つの罪源〟フルーレティ・氷狼チームと同じく〝七つの罪源〟バ
黒ウサギの進行によって発言を促されたサタンは、開始の時と同様に前へ出る。
思います﹂
﹁それでは本日の日程も終了ということで、サタン様から締めの言葉をいただきたいと
その後も予想した二組が相手を撃破していき、見事に第四予選を勝ち抜いた。
?
る。重症のものには効かず即効性のものでもないが、軽症のものであれば湯に浸かって
スケジュールだと思うかもしれないが、此処の温泉には疲労回復の恩恵が付与されてい
者の奮闘を前に大いに盛り上がってくれていたと思う。明後日には本戦と少し厳しい
﹁皆、四時間近くの時間を掛けた予選で疲弊しているだろう。観戦する者も、諸君ら参加
魔遊演闘祭・予選終了
565
一晩眠れば全快する筈だ。一日ゆっくりと休んで体調を整えてくれ﹂
そういえば前情報として黒ウサギが温泉が盛んだと言っていたが、もしかしたら気候
の関係以上にこの治癒の恩恵が影響を与えているのかもしれない。
サタンの終了宣言とともに、〝魔遊演闘祭〟二日目は夜を迎えるのだった。
﹁ではこれにて本日は終了だ。祭りはまだこれからだ。明日も楽しんでくれ﹂
566
秘められた想い
ギフトゲーム予選が終了し、ベヘモットは護衛として焔王の元へと向かっていった。
予選中は会場の魔王達の眼前で問題が起こる確率は低いと考え︵何より焔王の命令で︶
参加していたのだが、不確定要素が増加する自由な時間は離れる訳にはいかない。赤星
が〝ソロモン商会〟の存在をチラつかせたのだから尚更だ。
ルシファー様にもお褒めいただいて、同士として鼻が高
そして審判業を終えた黒ウサギが残ったメンバーの所へと近寄ってくる。
﹂
﹁皆さん、お疲れ様でした‼
いのですよ‼
?
ように彼女へと言う。
﹂
?
﹁伝えたからな。罪源の奴らにも伝えとけ﹂
﹁・・・へ
﹁〝影の国〟のライとリューゲ、棄権したぞ﹂
?
﹁黒ウサギ﹂
﹂
予選の結果に彼女はかなり上機嫌なようだ。そんな時に、ふと鷹宮は思い出したかの
?
﹁はいな、何でしょう
秘められた想い
567
鷹宮は言うだけ言ってさっさと自分達の宿屋へと向けて歩き出してしまうが、黒ウサ
え、どういうことでございますか⁉ お知り合いなの
ギは慌てて後を追った。それに合わせてみんなも移動し始める。
﹂
﹁ちょ、ちょっとお待ちを‼
ですか⁉
?
星へと迫った。
﹁貫九郎さん、説明お願いします‼
﹂
黒ウサギは運営本部へと引き返していく。まだそこまで離れていないから、報告する
﹁わ、分かりました。では御話の方は後ほどお伺いします﹂
の次だ﹂
﹁なら話は後で構わないな。先に罪源の魔王達にこのことを伝えに行け。理由なんて二
﹁それ、一緒の宿屋ですよ。同じ宿屋に泊まってるなんて気付きませんでした﹂
黒ウサギが宿屋の名前と場所を言うと、葵は驚いたように声を上げる。
いるが、未だに方向は変わらず道が分かれる気配もない。
予選開始から〝ノーネーム〟と〝サウザンドアイズ〟として流れで一緒に行動して
?
?
﹁別に構わないが・・・お前達、宿屋は何処だ
﹂
しかし鷹宮は相手にすることなく進んでいってしまうので、黒ウサギは切り替えて赤
﹁説明が面倒だ。赤星に訊け﹂
?
?
568
だけならすぐに戻ってくるだろう。
﹂
﹁それじゃあ、黒ウサギが帰ってきてから話を聞きましょうか。貫九郎君、その話は長く
なるのかしら
予定も決まったことなので、黒ウサギを除く一同は再び宿屋へも道のりを辿る。
しまっていた。
その時は話の途中で白夜叉に呼ばれ、大魔王のインパクトが強すぎてそのまま流れて
履行されたとは言えないし﹂
﹁そうだね、詳しくは忍に訊けばいい。〝火龍誕生祭〟の後に説明するって約束もまだ
うにないもの﹂
﹁なら先に話を聞いてからお風呂にしましょう。お風呂の後に話だとゆっくり浸かれそ
飛鳥が赤星に軽く質問してから次の行動を決めていく。
﹁いや、要所を説明するだけならすぐに終わる﹂
?
黒ウサギと運に任せるのだった。
古市はふと気付いた事実を口から零すが、みんな忘れているようなので三人のことは
﹁・・・あ。ジン君とレヴィさん、それに白夜叉さんも会場に置いてきちゃったよ﹂
秘められた想い
569
★
﹂
?
かもしれないこと。
そして研究にはまだ次の段階があり、〝七大罪〟が集まりつつあることが必然である
から赤星達の世界へと来ていた可能性が高いこと。
〝ソロモン商会〟は赤星達の世界で活動していて箱庭に移ったのではなく、他の世界
研究に区切りがついたであろうこと。
赤星達が依頼として調査していた拉致された悪魔を返してきたことから、何かしらの
〝影の国〟のライとリューゲ、その片割れが〝ソロモン商会〟の幹部であったこと。
ことで第三予選後に鷹宮と二人で遭遇したことについて簡単に語ってくれた。
ベヘモット達がいないから全員が揃ったとは言えないが、赤星が後で報告するという
状況だったのかは想像に難くない一同であった。
黒ウサギと一緒に帰って来た白夜叉とレヴィの発言に苦笑しているジン。どういう
﹁あ、あはは・・・﹂
果オーライ
﹁でも白夜叉さんが黒ウサギさんに吹き飛ばされてきたおかげで私達も気付けたし、結
﹁おんしらは全く・・・私が黒ウサギにダイブしなければ待ち惚けを食らう所だったぞ﹂
570
細かく言えば他にも説明はしたのだが、大まかに分ければ以上の内容を説明した。
﹂
﹁・・・うむ。何かしらの研究とその次の段階の研究。内容や関連性に心当たりはないの
かの
がいい。
何でもいいから会話を拾えなかったのか
﹂
﹁黒ウサギの耳は審判中、ゲーム内のことは把握できてるだろ
?
何も。もしかしたら黒ウサギのウサ耳を警戒していたのかもしれません﹂
﹁う∼ん・・・〝試作品の実戦データ〟などと口に出してはいましたが、決定的なことは
?
俺達を狙撃する時でも
取引相手と言った以上、〝影の国〟に向かっても証拠はなく拠点も別にあると考えた方
のものはない。ここまで慎重に進めていた〝ソロモン商会〟がわざわざ〝影の国〟を
的を遂行するのに最適な場所を絞り込めると思ってのものだが、赤星にも特定するため
白夜叉の質問は〝ソロモン商会〟が箱庭で発足したのなら、目的さえ分かればその目
﹁推測するだけなら幾らでも挙げられるが、証拠はないからどれも推測の域を出ない﹂
?
る。ジンの言う通り、ルイオスに情報を流していたのが〝ソロモン商会〟だとすれば、
十六夜も別視点から情報を集めようとして黒ウサギに訊くが、此方も空振りに終わ
は掴まれていたわけだから、その可能性は高いと思う﹂
﹁確かに。まだ確証はないけど、〝ペルセウス〟とのギフトゲームの時から僕達の情報
秘められた想い
571
〝ノーネーム〟の情報はある程度掴んでいる筈だ。黒ウサギが審判をしていた以上、警
﹂
戒していなかったわけがない。
﹁試作品って何だろう
﹂
?
﹂
?
﹂
?
?
ベル、ガキだからって容赦しねぇぞ‼
?
﹁食らいやがれ東条、ドロー2‼
﹁甘いな男鹿、ドロー4‼
﹂
できたとしても、自ら距離を取るように仕向けた方が都合がいいとも考えられる。
た七大罪がいきなり解放されれば不審に思うのは当然だ。それならば解放する理由が
葵の質問に答えたレヴィの言葉を古市が補足する。何かしらの方法で抑えられてい
誘導した可能性も捨てきれないってことですね
﹁研究の必要がなくなったってことは、下手に解放するよりも意図的に抜け出すように
け出せたのも簡単過ぎたように感じるんだよねぇ﹂
なぁ。私が知ってた情報も似たり寄ったりだし・・・。それに今の話を聞いた後だと抜
﹁っ て 言 わ れ て も、私 は 元 の 世 界 か ら 箱 庭 移 転 の ゴ タ ゴ タ 中 に 抜 け 出 し た だ け だ か ら
﹁レヴィさんは何か分からない
新たに齎された情報を耀、飛鳥、レティシアの三人で考察するも決定打には欠ける。
﹁だが、二人のコミュニティは〝影の国〟。影のギフトを使えても何らおかしくない﹂
﹁考えられるとすれば、十六夜君達を狙撃していた影でしょうけど・・・﹂
?
572
﹁フゥ∼、ダッ‼
﹂
てめぇはさっきドロー4を出した筈‼ まさか、俺がドロー2を出
﹂
﹁ハッ、どうやら俺とベルの闘いになりそうだな﹂
すことは計算通りだとでも言うのか⁉
﹁な、何だと⁉
?
俺は手札+10から這い上がってやるぜ‼
﹁ダブダッ﹂
﹁まだだ‼
﹂
?
?
?
?
﹁何だよ、お前もやりてぇのか
﹂
?
だったらトランプを・・・﹂
﹁違うわよ・・・﹂
﹂
流石に自由過ぎるメンバーに飛鳥はツッコミを入れる。
﹁ーーーって、ちょっとは貴方達も考えなさいよね﹂
えず部屋へと帰れなかったからだ。
り広げていた。ついでに言えば鷹宮は椅子で目を瞑って休んでいる。鍵を渡してもら
ーーーそんな真剣な話し合いの隣で、男鹿、東条、ベル坊の三人は真剣にUNOを繰
?
?
きな声を上げてしまう飛鳥。咳払いをしてから少し考えてから結論を言う。
次から次へと宿屋に備え付けられた娯楽道具を出していく男鹿に、ついはしたなく大
﹁今はその札遊びを止めなさいって言ってるの‼
?
﹁違うのか
秘められた想い
573
﹁まぁ貴方達から有意義な情報が得られるとは思えないけれど・・・﹂
箱庭古参の白夜叉とレティシア。聡明な十六夜。〝ソロモン商会〟に近しかった赤
星とレヴィ。その他にも頭のいい面々で話し合って分からないのだ。はっきり言って
ここに男鹿と東条が加わってどうこうなるとは思えない。
暫くは一団として屋内風呂に固まっていたのだが、レヴィが黒ウサギにみんなには内
分かれ、サウナも付いているというかなり大きな造りとなっている。
かったが、その倍以上の人数のため随分と賑やかだった。温泉は屋内風呂と露天風呂に
温泉に浸かって一息ついた女性陣は、女三人寄れば姦しいと言われるまで煩くはな
★
と向かうのだった。
一同は気分を切り替えるため、何よりギフトゲーム予選の疲労を癒すためにも温泉へ
ら、後は時間の浪費だ。
飛鳥の言うことにも一理ある。情報が出揃ったにも関わらず答えが見えないのだか
ないけれど、肩の力を抜いてお風呂にでも入りましょうか﹂
﹁・・・ま、確かにこれ以上考えても意味はなさそうね。辰巳君を見習う、とまでは言わ
574
緒で訊きたいことがあると露天風呂に誘い、白夜叉は風呂上がりの一杯ためにサウナで
﹂
耐久に励んでいた。残る四人は屋内風呂でまったりと雑談に花を咲かせている。
﹁どんなって・・・具体的には
﹂
会話が切りの良いところで終わった時に、葵が恐る恐るといった感じで切り出した。
﹁と、ところで・・・お、男鹿はこっちでどんな生活を送ってたの
?
﹂
〝私達〟を強調して言う二人に、葵は目に見えて動揺している。
﹁うん、そうだね。私達はただの仲がいい仲間﹂
﹁そうねぇ。名前で呼んで仲良くはしているけれど、あくまでも私達はただの仲間よ﹂
見つけた子供のような表情でニヤニヤしている。
目を泳がせながらモジモジと訊いてくる葵を見て、飛鳥と耀は顔を見合わせて玩具を
う。
握ったり、飛鳥が旅館で名前で呼んだりした時に内心ではかなり気になっていたのだろ
つ ま り は 人 間 関 係 を 知 り た い と い う こ と だ。葵 は ゲ ー ム 会 場 で レ テ ィ シ ア が 手 を
﹁いえ、みんな仲が良さそうだったから・・・名前で呼んだり、気軽に手を握ったり・・・﹂
?
だ、だったら二人よりも仲が良い人もいるの
?
?
だ。
これは完璧に男鹿にほの字なのだな、と弄り甲斐がありそうだと二人は実に楽しそう
﹁ふ、ふぅん
秘められた想い
575
﹂
﹁えぇ、いるわよ﹂
﹂
私か
﹁葵の隣に﹂
﹁え
﹁・・・ん
?
?
ことが多いと思う。
レティシアさんの左手の紋章と関係があるの
﹂
?
王臣紋の説明を聞いた葵の時が一瞬止まり、言葉を咀嚼して脳内で反復してから再び
れる戦士の称号〟だと、ヒルダ殿が説明していたな﹂
﹁この紋章は王臣紋と言うもので、〝生涯かけて王に付き従うと決めた者にのみ与えら
る。
訊かれたレティシアは左手の王臣紋を目の前に持っていき、それを眺めながら答え
﹁その、王臣っていったい何なの
?
も今回のギフトゲームの組み合わせを決めた時のように二人は行動をともにしている
二人は男鹿とレティシアが五日間ほど一緒に修行していたことは知らないが、それで
﹁それに王臣だから一緒にいる時間も多いし﹂
﹁えぇ。だって今のところ王臣は貴女だけじゃない﹂
ティシアも指名されたことに気付いて二人に問う。
葵は二人に向けていた顔をぐるんと反対側へと回し、脱力して温泉に浸かっているレ
?
576
レティシアさんが⁉
?
男鹿に⁉
?
起動する。
﹁・・・え、ええぇぇ⁉ しょ、生涯付き従う⁉
﹂
?
﹂
﹁メイドさん⁉
え、ちょっと待って‼
え∼と・・・つ、つまりどういうことなの
?
ように口元に笑みを浮かべて答える。
な言葉の選択である。流石にレティシアも飛鳥と耀が楽しんでいると察し、二人に乗る
チョイス
・・・確かに伴侶には〝生涯の友〟や〝仲間〟という意味もあるが、明らかに意図的
﹁二人は伴侶﹂
う頭が着いていけないようだ。結論を耀が端的に教えてあげることにした。
正確には十六夜、飛鳥、耀もレティシアの主なのだが、葵は追加で齎された情報にも
?
﹁まぁおかしなことではないわよねぇ。なんたって辰巳君のメイドさんだし﹂
?
?
﹂
?
に気絶しそうな勢いなので、そろそろ控えることにする。
レティシアの爆弾発言に葵はもうショート寸前だ。これ以上からかったらいい加減
﹁な、ななななな、なぁっ⁉
ている。辰巳が求めるならば、主従の関係を超えても・・・な﹂
﹁強ち間違いではないかもな。私は辰巳が拒否しない限り、生涯を掛けてもいいと思っ
秘められた想い
577
レヴィさんの話も流石に終わっているでしょ﹂
﹂
﹂
﹁邦枝さん、冗談だから落ち着いて。そうだ、頭を冷やす意味でも露天風呂の方へ行かな
いかしら
﹁私は遠慮しておくよ﹂
﹁行く﹂
﹁分かったわ。春日部さんとレティシアはどうする
﹁え、あの、うん。あ、後で行くから先に行っててくれない
?
ると、レティシアが立ち去り際に言葉を発する。
﹂
﹁さっきの言葉。私は別に冗談を言ったつもりはないからな
﹁えっ・・・
?
葵は振り返ってレティシアを見るが、レティシアはそのまま振り返らずに浴場から出
?
﹂
レティシアが上がるということで、葵もそろそろ露天風呂の方へ行こうかと考えてい
﹁あ、はい。分かりました﹂
﹁私は先に上がらせてもらうよ。葵殿はもう少しゆっくりと浸かっていてくれ﹂
ゆったりとしていたがレティシアも立ち上がる。
という訳で飛鳥と耀は露天風呂へと移動する。二人が出ていって少しの間、そのまま
?
?
578
ていってしまう。再び悶々としてしまった葵は、結局露天風呂へと行くことも忘れて屋
の
ぼ
内風呂に浸かり続けるのだった。
★
勿論のことだが、レティシアは男鹿が恋愛事情に全然興味を抱いていないことを知っ
気付けば自分は明らかに辰巳に好意を寄せている、と。
兎にも角にも今まで感じたことのなかった感情だが、彼女は冷静に受け止めていた。
一緒に過ごしていく内に徐々に意識していったのか。
ら意識し出したのか。
〝黒死斑の魔王〟のギフトゲームで鷹宮との戦闘中に男鹿の決意を魅せられた時か
〝ペルセウス〟のギフトゲームで助けられた時から無意識の内に意識していたのか。
思うようになったのかは本人も分からない。
必要のないことを口にした、と一人廊下を歩きながら呟くレティシア。何時からそう
﹁はぁ、少し逆上せているのかもしれないな・・・﹂
秘められた想い
579
ている。それはレティシアだけの認識ではないだろう。それに胸を締め付けられて痛
いと言うほど熱烈なものではなく、今は淡い恋心が芽生えた程度なのでその事を口に出
して言うつもりはなかった。
そんな時に初心な反応をする葵に感化されたのか、本当に逆上せて感情が出やすく
なっていたのか。
男鹿のことが好きであろう葵に、レティシアは宣戦布告のような台詞を口走ってい
た。
﹂
?
なんだ、レティシアか﹂
?
逆廻と東条は道具が壊れない程度に卓球やってるし、古市は腹壊してるしで仕方なく二
﹁いやな、ベル坊がトランプやりたいって言い出してよ。鷹宮と赤星は部屋に帰ったし、
れている。
二人は対面︵ベル坊はテーブルの上︶に座り、見ればテーブルにはトランプが広げら
﹁あん
﹁そんな所で何をしているのだ
思議に思ってレティシアは近付く。
に入る前に話し合っていたテーブルのソファーに座っていた。何をしているのかと不
宿屋を出て散歩でもしようかと考えロビーに向かうと、偶然にも男鹿とベル坊が温泉
﹁・・・外の空気でも吸ってくるか﹂
580
人で大富豪をやってる訳だ﹂
﹁アイダッ﹂
ろうと思えばできなくもないだろう。
﹂
レティシアの記憶ではもう少し多い人数でやるものだと認識していたのだが、まぁや
﹁・・・大富豪とは二人でやるものだったか
?
﹂
﹂
﹂
﹁・・・私も混ぜてくれないか あまり詳しくはないが、大富豪ならば二人より三人の方
が楽しめるだろう
?
﹁おっしゃ。だったら勝ち負けもリセットだよな、ベル坊
?
?
?
していく気持ちを味わいながらトランプに興じるのだった。
その謎を解明するためにも散歩へ行くのを変更し、レティシアは心の中で暖かく充満
である。
い。・・・高校生が赤ん坊に負けるとは、男鹿が情けないのかベル坊がすごいのかは謎
男 鹿 の 黒 い 笑 み と ベ ル 坊 の 反 応 か ら す る と、ど う や ら ベ ル 坊 が 大 富 豪 だ っ た ら し
﹁ダ、ダブーッ⁉
秘められた想い
581
魔遊演闘祭・本戦開始
ギフトゲーム予選終了から一日空けて〝魔遊演闘祭〟の四日目。十分に休息を取っ
見た限りでは良さ
た参加者一同のコンディションは良好だった。今は全員、壇上に立つサタンの前でチー
ム毎に集まっている。
﹁質問いいか
﹂
そこで十六夜が手を挙げる。
かったが、決勝のゲーム内容を選択させる前例もないのだろう。
そ の 言 葉 で 観 客 の 多 く が 騒 め い て い る。決 勝 進 出 し た 参 加 者 が 棄 権 し た 前 例 も な
君らに選んでもらうことにした﹂
ムを衝突させようとしていたが、奇数になってしまった・・・そこでゲームの内容を諸
﹁気付いているだろうが、今は一組が棄権して七組となっている。本戦では公平にチー
そこで言葉を区切り、参加者を一度見回してから言葉を続ける。
を目指して欲しい﹂
そうで何よりだ。そしてギフトゲームも今日で本戦、最後となる。全力を尽くして優勝
﹁参加者諸君、束の間の休息だったとは思うが体調はどうだろうか
?
582
?
﹁何だ
﹂
それに対してサタンも問題なく了承する。
﹁ゲームは公平にと言っていたが、その選択によって有利不利は出ないのか
ん
た
ら
・
・
・
戦であっても難易度が高いと言われる存在など彼らしか思い浮かばない。
﹂
﹂
〝魔遊演闘祭〟で本戦に勝ち残ったのはいずれも戦闘力の高いチームだ。そんな本
?
者だ。
あ
予感に苛まれている者と獰猛な笑みを浮かべている者。そしてよく理解できていない
十チーム。この言葉の意味に気付いた参加者の反応は三通りに分かれていた。嫌な
一つは難易度が高いボーナスステージを加えて十チームで競い合ってもらう﹂
・
ない。・・・選択肢は難易度だ。一つは七チームで通常通りに競い合ってもらう。もう
﹁これはあくまでゲームを盛り上げるための措置であり、選択は自由にしてくれて構わ
ているのだろうか。
今度は騒めきよりも疑問が会場に広がっていく。ではサタンは何を選択しろと言っ
は既に決定しているからだ﹂
むかもしれないな。何故なら諸君らの戦闘力を考慮し、マモンのゲームを採用すること
﹁有利不利ではなくリスクリターンの問題となる。・・・ゲームの内容と言うと語弊を生
?
?
﹁・・・ほぉ。そいつはつまり、罪源の魔王の誰かが参戦するってことか
魔遊演闘祭・本戦開始
583
﹁そういうことになる。要望があれば参戦するメンバーも選べるがどうする
間を設けるから相談しても構わない﹂
多少は時
?
﹁彼奴らは正真正銘の魔王じゃぞ。胸を借りるつもりで戦うんじゃな﹂
﹁俺も罪源の魔王とは戦ってみたかったんだ。こんなチャンスを逃す手はねぇ﹂
ウスの参戦を希望する。鷹宮は既に髪型をオールバックにした本気モードだ。
今回のゲームで罪源の魔王と最も対峙している鷹宮と飛鳥と耀は名指しでアスモデ
﹁今度こそ勝つ﹂
﹁予選での決着をつけましょう﹂
﹁やられっぱなしは趣味じゃねぇ。出てこいよ、アスモデウス﹂
りきっていたので苦笑を浮かべるのみだ。
男鹿と東条は拳を鳴らしてやる気十分であり、レティシアと葵は二人の考えなど分か
﹁さっさと喧嘩しようぜ﹂
﹁強ぇ奴らと戦えんだろ﹂
いて参加者は十五人なので既に過半数が決定している。
人。十六夜、男鹿、鷹宮、飛鳥、耀、赤星、ベヘモット、東条の八人であり、氷狼を除
十六夜の号令によって複数の手が挙がる。相談もなく独断で挙げられた手の数は八
﹁そんな必要はねぇと思うがな・・・罪源の参戦に同意する奴は手を挙げな﹂
584
赤星も罪源の魔王には興味津々であり、どちらでも構わないベヘモットは赤星の気持
どうせなんないよね
だったらなるようになれってんだ
てっきり反対するもんだと思ってたんだが、やけに静かじゃねぇか﹂
ちを汲んで手を挙げる。
﹁どうした古市
﹁反対すればどうにかなんの
よコノヤロー﹂
?
ソンとエリゴスも頷いて合意する。
フルーレティの言葉に、同じく〝七つの罪源〟のコミュニティであるバティンとプル
多数の意見に身を任せますよ﹂
﹁まぁ、あくまでお祭りのギフトゲームですからね。主催者のコミュニティとしては大
以上はひっくり返りようもない。
十六夜の疑問に古市はやけくそ気味に返事を返す。事実として過半数を超えている
?
?
﹁分かりました‼
それでは此方の抽選箱からお二つお引き下さい‼
﹂
?
﹁・・・まず一人目、嫉妬の魔王・レヴィアタン﹂
つ。サタンはガサゴソと中を漁り、二枚の折り畳まれた紙を引いた。
壇上の端に待機していた黒ウサギが抽選箱を持ってサタンの方に歩いていき横に立
?
を抽選で決めるとしよう﹂
﹁なかなかに勇敢な猛者で嬉しい限りだな。ではアスモデウスは参戦決定だ。残る二人
魔遊演闘祭・本戦開始
585
﹁ん、俺か。久しぶりにいい運動になりそうだ﹂
選ばれたことに笑みを浮かべて楽しそうに前へと歩み出るレヴィアタン。その笑み
には何処が男鹿達と似たような雰囲気がある。
と、
?
﹂
?
ます﹂
﹁ありがとうございます。選ばれたからには誠意を持って御役目を務めさせていただき
こえていないようで、自然体のままに言葉を発する。
散々な予想をコソコソと言い合っていた。幸いにもベルゼブブには会話の内容は聞
﹁真面目な顔をしてボケ続ける天然タイプと見た﹂
﹁どう来るのかしらね・・・
﹁なんせ大魔王があれだったからな﹂
﹁罪源の人達を見る限り違・・・いや、否定できん﹂
﹁こいつもアホなのか・・・
﹂
前に出てきたベルゼブブを見て、〝ノーネーム〟の鷹宮を除いた異世界組はという
た金色の長髪を後ろで纏め、切れ長の目が鋭いイメージを思わせる。
最後に呼ばれたのは、今までの経緯から喋る機会のなかったベルゼブブだ。緑掛かっ
﹁そして二人目・・・暴食の魔王・ベルゼブブ﹂
586
・・・これには五人ともポカーンという形容がお似合いの表情しかできなかった。
実はこのような真面目過ぎる性格になったのには訳があったりする。罪源の魔王の
二代目として引き継いだ彼も他の罪源同様に適度に真面目だったのだが、先代である大
魔王がアホ過ぎて馬鹿な行動ばかりしていたための被害が色々と彼に降り掛かったた
め、真面目にならざるを得なかったという悲しい物語があったのだ。
閑話休題。
何はともあれ、これで本戦出場メンバーが決定した。
を 考 慮 し て こ れ ま で よ り も 広 い 直 径 五 k m の 空 間 が 舞 台 と な る。簡 易 的 だ が 俺 が 昔
﹁それでは今までと同じように別空間へと転移させてもらうが、戦闘が派手になること
造った舞台を再現した﹂
サタンの説明と合わせて、ベルフェゴールの千里眼による空間の亀裂が今回の舞台を
映し出す。そこに映し出された舞台は海に山、森に砂漠、火山地帯に極寒地帯、剥き出
しの岩石地帯などなど、これまでの舞台に加えて様々な状況が雑多に配置された、正に
・
・
・
自然ではあり得ない舞台だった。
?
冷や汗を流しながら十六夜は言うーーーいや、サタンを知らない者からは十六夜しか
があんだろ・・・﹂
﹁・・・ヤハハ。これを造った、だと オイオイ、罪源の魔王だからって規格外にもほど
魔遊演闘祭・本戦開始
587
ラ ス ト・ エ ン ブ リ オ
言葉に出せなかった。知っている者でさえ十六夜達ほどではないが圧倒されるしかな
い。
に首を傾げていた。
?
﹂
?
︻ギフトゲーム名 〝乱地乱戦の宴〟
★
たいと思います‼
﹁それではこれより、〝魔遊演闘祭〟メインギフトゲーム本戦、〝乱地乱戦の宴〟を始め
色々と話が脱線しつつあったが、ついに本戦が始まる。
じゃな﹂
よ。簡 単 に 言 え ば 魔 王 の 雛 型 じ ゃ。詳 し く 知 り た け れ ば ゲ ー ム 後 に 自 分 で 調 べ る ん
﹁〝人類最終試練〟とは人類を根絶させかねない、史上最強の試練が顕現したものじゃ
﹁その〝人類最終試練〟ってのは何なんだ
﹂
罪源の魔王の事情にある程度詳しいベヘモットが言う。十六夜は聞き慣れない単語
最古参の魔王の一人じゃからな﹂
﹁サタンは別格じゃよ。ただの魔王ではない。元とはいえ〝人類最終試練〟と呼ばれる
588
・勝利条件:参加者のうち、最後の一組になるまで勝ち残る。
・敗北条件:戦闘不能となる、または降参した場合。
・舞台ルール:舞台装置によって致命傷を負った場合、致命傷とはならず強制的に敗
北となり強制転移される。
宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗の下、各コミュニティはギフトゲームに参加します。
〝七つの罪源〟印︼
くらいで一区切りし
黒ウサギの開始宣言で舞台へとランダムに転送された参加者達は、〝契約書類〟を
サッと流し見てからそれぞれに行動を起こす。
そのうちの一組である男鹿とレティシアはというと、
﹁暑い・・・ひでぇ仕打ちだ・・・﹂
砂漠地帯に放り出されていた。レティシアの目算では二∼三
﹁取り敢えず、体力を奪われる前にこのエリアを脱出するぞ﹂
﹁あちらの方に森が見える。一先ずはそちらに向かうぞ﹂
地帯が見えた。
ていた筈だと考え、翼を出して上昇しつつ周囲を見回せば三〇〇mほど離れた所に森林
?
﹁ダァ∼・・・﹂
魔遊演闘祭・本戦開始
589
﹁﹁ダァ∼・・・﹂﹂
ひとしお
三〇〇mなど日常的にはすぐだが、日照りの中で砂に足を取られれば感じる疲労も
一入である。魔力は温存しておきたいので歩くしかない。ダラダラと歩みを進めて森
に突入したが惰性でダラダラと森も進んでいく。
﹂
﹁・・・ん
?
﹁いや、水の流れる音が﹁どっちだ‼
﹂え、あぁ、あっちーーーっておい⁉
﹂
?
﹂
?
﹂
?
﹂
?
﹂
?
﹁辰巳っ、ちょっと待ーーー葵殿に英虎殿か﹂
﹁ん
﹁おっ﹂
﹁え
森を抜けて砂利が広がる川辺へと男鹿は飛び出し、
﹁ダァ‼
﹁水だぁ‼
で喉が渇いていたのだろう。
男鹿は返事を聞くや走り出してしまったので急いで追いかける。よっぽど砂漠地帯
?
唐突にレティシアが立ち止まったので、男鹿も立ち止まって何かあったのかを訊く。
﹂
﹁どうした
?
590
﹂
葵と東条に遭遇した。いきなり突撃してきた男鹿に葵は唖然、東条は普通にしていた
が、葵はすぐに〝断在〟へと手を伸ばす。
﹂鹿・・・え、何
?
﹂
﹁んくっ、んくっ・・・ぷはぁ‼
﹁アイダッ‼
生き返ったぜ‼
﹂
?
してすっかり元通りだ。レティシアと葵もそれぞれパートナーである二人の横に並び、
その横では既に東条が拳を構えて戦闘態勢に入っている。口元を拭う男鹿も喉を潤
﹁ハッ、最初に男鹿と戦れるとは運がいいぜ﹂
や
たが、ゲーム中にも関わらず気の抜ける話である。
呆然としている葵へとレティシアが軽く説明する。それを聞いて彼女は納得してい
?
む。葵は唖然とした表情から呆然とした表情に変わっている。
葵の言葉を遮って男鹿は川辺に向かい、すぐさまベル坊と一緒に水面へと顔を突っ込
﹁男﹁ちょっと待て‼
?
﹁・・・済まない。実はな﹂
?
﹁レヴィアタン殿・・・﹂
と葵が顔を引き攣らせる。
男鹿達に続いて現れた人物へと四人が目を向ける。その人物を確認したレティシア
﹁確かこっちで声が・・・おっ、こりゃ楽しめそうな面子に出くわしたな﹂
魔遊演闘祭・本戦開始
591
﹁まさか、いきなり当たるなんて・・・﹂
ゲームで優勝を目指すなら間違いなく避けて通るべき人物だ。戦うにしても疲労が
溜まる前に他の参加者を蹴散らし、上位を狙える状況で対峙したい相手である。
そんな風に先を見据えてゲームメイクを考えている女性二人のことなど露知らず、男
鹿と東条は目の前の相手とレヴィアタンに闘志を向けている。
れていた。
?
しかし男鹿達とは異なり、防寒のギフトがあるため凍える寒さに震えるということは
よ﹂
﹁見晴らしのいいエリアに向かうべきだろ。ちょっと逆廻、垂直跳びして見渡してくれ
﹁取り敢えずどうするよ
﹂
男鹿達が砂漠地帯に放り出されたのに対し、十六夜と古市は猛吹雪の極寒地帯に転送
★
状況ではないため、レティシアと葵も覚悟を決めて戦闘を開始する。
レヴィアタンも応えるように闘志を剥き出しにしている。とても回避できるような
﹁いいねぇ、やる気も十分じゃねぇか﹂
592
なかった。精々雪が冷たくて風が強いことくらいだ。それでも普通の人間には厳しい
かもしれないが、十六夜は普通とは程遠く、古市も〝適応者〟を意識するようになって
からは単純な環境変化には強くなっていた。
十六夜は軽く百mくらい垂直に跳び上がり、すぐに重力に引かれて戻ってくる。
﹁よく分かんね﹂
﹁じゃあ今度は雲の上まで﹂
﹁流石に面倒臭ぇ﹂
古市もかなり問題児に毒されてきているかもしれない。〝魔遊演闘祭〟を通して、特
に十六夜にはツッコミの必要がない時は自然に異常な要求をしていた。
ぐ進められればいいだろ﹂
﹁この環境じゃどの方向に進んでも似たようなもんだ。だったら視界の悪い中をまっす
十六夜はそう言って足元の雪を掬い上げ、硬く硬く硬∼く握り込んで雪玉を作り、
﹂
?
﹁これなら多少の吹雪でも消えないだろ。さぁ行くぞ﹂
た。
げる。投げられた雪玉は爆撃機が通った後のような軌跡を残して彼方へと消えていっ
鉄球もかくやという硬さまで握り込んだ雪玉をアンダースローで地面スレスレに投
﹁よっ‼
魔遊演闘祭・本戦開始
593
﹁なんかお前といると感覚麻痺ってる感が半端ないんだけど﹂
ズカズカと進んでいく十六夜に、自分の感性に自信を無くしつつある古市が続いて歩
く。十六夜のおかげで表層の柔らかい雪も吹き飛ばされているので、通常装備の服装で
﹂
も比較的に楽に歩くことができた。
﹁此処を抜けたらどうするんだ
﹁おわぁぁああ⁉
﹂
あり得ない猛吹雪が二人に襲い掛かった。
た、と古市が一息つけそうな雰囲気で気を抜いていた時、真正面から自然のものでは
﹁はぁ、やっと抜けーーー﹂
きており、薄っすらとだがゴツゴツとした岩肌が正面に見えている。
十六夜の規格外を新たに認識しつつ歩き続きける二人。暫く歩けば吹雪も弱まって
﹁極寒地帯で視界が悪くなかったら、もう少し計画的に移動するんだけどな﹂
えねぇ﹂
﹁・・・あの一瞬、しかも全景は映ってないのに地形を覚えたのかよ。もう凄ぇとしか言
高いだろ﹂
地帯と岩石地帯だ。そこから比較的に楽なエリアへ向かえば参加者と遭遇する確率は
﹁ベルフェゴールが映し出した映像で見た限り、極寒地帯に多く隣接していたのは草原
?
594
?
十六夜は腕で顔を庇う程度だったが、古市は油断していたのもあって後方に吹き飛ば
される。
凛と響いた女性の声に目を向けると、そこには氷狼に跨ったフルーレティが待ち構え
﹁ーーーやはり貴方達でしたか﹂
ていた。
﹁雪玉が飛んできて岩肌を砕いていった時は攻撃かと思いましたが、暫く経っても誰も
現れませんでしたから攻撃ではないと判断しました﹂
どうやら十六夜が投げた雪玉を目撃していたようだ。
﹁攻撃ではないのに破壊力のある一撃。参加者を見た限り最も規格外である逆廻様の仕
業だと予想しましたが、合っていたようですね﹂
﹁へぇ、規格外だと認識しておきながら俺達を避けなかったのかよ﹂
﹁俺からしたらフルーレティさんって、初対面の綺麗なお姉さんだから戦いたくないん
﹁ハッ、面白ぇ。古市、さっさと柱師団の奴を呼び出しとけ。始まるぜ﹂
ティの姿も徐々に見えなくなっていく。
彼女が言うと同時に弱まっていた吹雪が強まり、視界が悪くなるとともにフルーレ
が勝率は高いかと思いまして﹂
﹁えぇ。勝ち続ければ何時かは当たる訳ですし、私のテリトリーにいる時にぶつかる方
魔遊演闘祭・本戦開始
595
だけど・・・仕方ない﹂
十六夜は拳を構え、立ち上がった古市も少なくなったティッシュを取り出して戦闘準
備をする。十六夜達にとってはアウェーな地形である雪上の戦いが始まる。
★
過酷なエリアに放り出されていた〝ノーネーム〟の二組とは違い、鷹宮達は舞台のほ
ぼ中央である山へと転送させられていた。これは最初に送られた場所という意味では
かなり運がよかったと言えるだろう。
男鹿とレティシアが砂漠地帯を歩いている姿。極寒地帯を貫くように飛んでいく何
が、耀の目には様々なものがハッキリと映っていた。
参加者も引き寄せてしまう。鷹宮の目では最端では米粒のようなものにしか見えない
いう時には役に立てないので歯痒い思いである。ディーンを使えば目立ち過ぎて他の
よかった。鷹宮も紋章を使って浮かび上がりながら周囲を警戒していく。飛鳥はこう
三人の標的はアスモデウスであり、舞台全体を探すという意味でもこの場所は都合が
﹁分かってる﹂
﹁春日部、アスモデウスの居場所を上空から探せ。〝生命の目録〟を持つお前が適任だ﹂
596
かの物体。その先にいるフルーレティと氷狼。他にも色々と発見しつつその場で回転
しながら目標である彼女を探しーーー
耀の言葉に反応して鷹宮も耀が顔を向けている方へと視線を向ける。その方向には
﹁見つけた﹂
舞台の端に海が広がっており、鷹宮には判別できないものの確かに誰かが立っているの
が分かった。耀が言うのなら間違いないのだろう。
普通ならここから単純計算でニkmほど様々な地帯を横切って移動しなければなら
ないためこの場所とは離れてしまっていると思うだろう。
﹁行くぞ﹂
だが、鷹宮には転送玉があるため多少の距離などないに等しい。しかも男鹿達が考慮
していた魔力温存についても転送玉に補充された魔力を使用するため、鷹宮の魔力は使
用されず戦闘にはなんら支障がない。
﹂
?
けない話だがな﹂
﹁予選での借りを返しに来たぜ。今はまだ三人掛かりで手加減されているというのは情
瞬間移動のギフトを模倣できるのだからその反応は当たり前か。
そして目の前に現れた鷹宮達を見ても、アスモデウスは平常心のままだ。まぁ自らも
﹁ーーーあら、そんなギフトも所有していたの
魔遊演闘祭・本戦開始
597
そんな彼女の疑問は無視して鷹宮は言う。飛鳥と耀も言葉には出していないが、表情
を見れば同じ気持ちであることが分かる。
達
張っているように見える。
アスモデウスは誠実な対応をするために言っているのだが、飛鳥と耀の表情は多少強
しょう﹂
﹁予選では霊格とギフトを制限していたけれど、本戦では霊格の制限のみに引き上げま
増やすということがそうなのかもしれない。
魔王へと返り咲くことができるのだろう。レヴィアタンが予選前に言っていた霊格を
黒ウサギが〝魔遊演闘祭〟の前に言っていた、霊格を落とした状態を解放することで
そして最後に制限なしという感じにね。さらに魔王化すれば実質は五段階だけど﹂
﹁まずは霊格とギフトの二つを制限、次に霊格のみを制限、その次にギフトのみを制限、
彼女は指を四本立てて説明する。
﹁罪源の魔王がゲームに参加する時、その力は段階的に四つに制限しているわ﹂
私
課せられたゲーム中の制限を緩めるということだ。
アスモデウスの目が妖艶に細められる。難易度を上げる・・・それはつまり、自らに
度を上げようかしら﹂
﹁・・・いい目をしてるわね。その気持ちに応えるためにも、サタンに合わせて私も難易
598
﹁それでもまだ実力の五分の二ね﹂
﹁うん、実力差は明白﹂
だが鷹宮は意外にも気楽にしている。
﹁仮にも白夜叉レベルだからな。それにこれからも魔王と戦う以上、強くなるための段
階を踏むのもいい。だがーーー﹂
〝ノーネーム〟は打倒魔王を掲げたコミュニティだ。上位の魔王と戦って得られる
経験値というのも必要だろう。だからと言って胸を借りるということはしないが。
魔力を高める鷹宮に合わせて飛鳥と耀の緊張も高まっていく。予選から続く決着を
﹁まずはギフトゲームレベルの罪源をぶっ飛ばす﹂
つけるため、両者は再びぶつかり合う。
★
ぬかるみ
三つの戦場が形成される中、残る三組も偶然ながら湿地帯で集結していた。足元の
泥濘など気にせずに三組は相対している。
﹁オマケにフルーレティの配下となかなかの粒揃いじゃしの﹂
﹁早くも罪源の魔王と戦えるとは、ついてるな﹂
魔遊演闘祭・本戦開始
599
赤星はベルゼブブを見て、ベヘモットはバティンとプルソンとエリゴスの三人を見て
それぞれに言う。前に十六夜が説明していたフルーレティが登場するグリモワール、そ
こでフルーレティの配下とされているのがこの三人だ。
﹁それは爺さん一人で俺達三人の相手は十分ってことかよ
ですか
﹂
﹂
﹁それはつまり、私の相手が七大罪・マモンの契約者である赤星君一人であるという意味
を構えている。ベルゼブブも理解したようで、赤星に顔を向けて確認する。
全身鎧の槍使いーーーエリゴスは無口ながらも理解したようでベヘモットだけに槍
は、な﹂
﹁いやいや、相手が誰であろうとそう決めていたんじゃよ。罪源の魔王と当たった場合
?
年ーーーバティンは疑惑の声を上げる。
プルソンの言葉に対してベヘモットの思いも寄らない返答に、短い赤髪を逆立てた青
﹁あ∼、残念ながらお前さんらの相手をするのは儂一人じゃよ﹂
とベルゼブブに語り掛ける。
薄桃髪のトランペット奏者ーーープルソンが鈴の音のような声で赤星とベヘモット
柔らかにお願いしますね﹂
﹁フルーレティ様が出場することになったので私達も参加することになりました。お手
600
?
﹁あ ぁ。今 の 俺 が こ の 箱 庭 で ど の 程 度 ま で 通 用 す る の か を 知 り た い。そ の た め に ベ ヘ
モットには俺がタイマンに持ち込むための露払いを頼んだ﹂
﹂
ベルゼブブもそれに応えるようで、完全に赤星へと正対している。ベヘモットは残っ
﹁まったく。冷静で落ち着いているように見えて以外と戦闘欲の強い人物ですね﹂
た三人に向かって提案する。
﹁という訳じゃよ。決闘に巻き込まれんように移動したいんじゃがええかいの
﹁ただ、祭りなんだから盛り上がらない展開だけは勘弁してくれよ
んから﹂
﹂
﹁えぇ、構いませんよ。私達としても戦力が分散してくださることに不満などありませ
?
的にならないかを心配しているようで、ベヘモットも笑みを浮かべて言い返す。
ベヘモットの提案に快く承諾するプルソンとバティン。だがバティンは戦闘が一方
?
当の意味でその幕が切って落とされた。
〝魔遊演闘祭〟メインギフトゲーム本戦。参加者全員の戦場の割り振りが終わり、本
が戦闘へと突入していく。
そして三組を二つに分割して距離を離していく。かなり距離を開けてからそれぞれ
﹁安心せい。儂とて簡単に負けるつもりはないわい﹂
魔遊演闘祭・本戦開始
601
極寒地帯での戦い
極寒地帯での戦い。
﹂
十六夜と古市、フルーレティと氷狼の戦いは予想以上に拮抗ーーーいや、長引いてい
た。
﹂
?
広範囲察知法で一挙手一投足から次の動きを予測して行動に移しており、吹雪による目
氷を操るフルーレティにとって極寒地帯は最高の舞台だ。予選でも見せた、雪による
﹁それだけじゃねぇよ。何よりこのフィールドが厄介だ﹂
﹁やはり戦闘職ではない私では、攻撃はできても決定力に欠けますね﹂
てしまう。
りて掌から魔力のレーザーを三発フルーレティへと放つも、氷狼の敏捷力を前に躱され
古市が呼び出した〝ベヘモット三十四柱師団〟の副団長ーーーレイミアは身体を借
﹁そこっ‼
めて叩き砕く。
吹き荒ぶ吹雪の中、吹雪に紛れて飛来する幾つもの拳大の氷塊を十六夜が拳圧でまと
﹁しゃらくせぇ‼
?
602
眩ましと合わせて捉えることが困難となっている。十六夜の速度ならあるいはとも思
うが、戦闘力はともかく戦闘技術は素人同然の荒削りな動きなので読まれやすいのだ。
レイミアのレーザーも手を向けるという予備動作から察知され、何より遠距離なので攻
撃が到達するまでに容易く避けられてしまう。
﹁・・・やはり貴方は攻撃に回るべきでしょう﹂
﹁みたいだな。このままじゃ千日手になっちまう。接近できる俺の方がダメージを与え
られる確率は高い﹂
わせていきます﹂
もうさっきみたいに防御はできないから
﹁えぇ。ですから私は彼女の隙を作ることに集中します。即席ですがもう少し連携を合
な﹂
﹁合 わ せ る の は い い が 簡 単 に や ら れ ん な よ
いるわけではないのだ。十六夜と比べれば戦闘経験も豊富である。
レイミアは首肯して十六夜に行くよう促す。彼女も伊達に柱師団の副団長をやって
?
﹂
?
一気に力を爆発させる。豪雪で足場が悪いからか第三宇宙速度とまではいかないが、
﹁行くぜゴラァ‼
十六夜は重心を落とし、右腕を引いて拳を構えて右脚に力を込めて、
﹁それじゃ、遠慮なく・・・﹂
極寒地帯での戦い
603
フルーレティとの戦闘が始まってから最も速いスピードで突進する。
﹂
?
よって十六夜が詰める距離を少なくしていく。
せることにした。稼がれた距離を時間で取り戻し、徐々に重なっていく行動の遅れに
そこでレイミアは、十六夜から距離を取られても次の行動に移すまでの時間を遅延さ
ければ十六夜の瞬発力ですぐに距離を詰められてしまうからだ。
速度で突撃されれば距離を取るためにも大きく回避しなければならない。回避が小さ
遠距離攻撃で回避に問題のないレーザーであれば最小限の回避で事足りるが、十六夜の
レイミアはこれまでの戦闘で氷狼の瞬間的な最大移動距離を正確に割り出していた。
されたことの対策を練る。
フルーレティはレーザーに対して氷板を五枚生成し、防御せざるを得ない状況に誘導
︵なるほど、そう来ますか︶
その回避地点へと寸分の狂いもなく五発のレーザーが飛来する。
情を浮かべるも、予選での十六夜の動きから想定内の変化だったのか危なげなく躱す。
今まで黙って集中していたフルーレティは、十六夜の急激な速度変化に一瞬焦りの表
﹁ッ‼
604
﹁次々行くぜぇ‼
﹂
﹂
?
してきた古市は、拙いながらもそれを再現していた。
術を自身の身体で再現させてきた。曲がりなりにも魔界屈指の実力者の戦い方を実感
これまでに様々な柱師団のメンバーを憑依させて戦ってきた古市は、その度に戦闘技
ていく。
レイミアと入れ替わった古市が魔力強化された身体能力で氷塊を躱し、弾き、粉砕し
﹁ーーーこういうのは俺の方がいいですかね﹂
いう考えだ。
らにしても行動は遅延してしまうが、この流れを作っている要を潰せれば持ち直せると
フルーレティは回避後の防御をやめて数多の氷塊をレイミアへと殺到させる。どち
﹁ならまずは彼方を・・・‼
あちら
十六夜もその意図に気付き、愚直とも言えるスピード重視の突撃を仕掛け続ける。
?
★
らない作戦を実行する。
それを見たフルーレティはこのままではジリ貧だと考え、一か八かで成功するか分か
︵・・・仕方ありませんね︶
極寒地帯での戦い
605
急に増した吹雪に古市は周囲を警戒する。今まで通りなら吹雪に紛れて氷塊が飛ん
﹂
でくるだろう。
﹁うおッ⁉
・
・
・
古市は吹雪と氷塊だけに気を取られてフルーレティのギフトに対する認識が甘かっ
﹁しまっーーー﹂
体勢を崩される。
周囲の警戒を強める古市だが、その警戒を嘲笑うかのように足元の雪が巻き上がって
・
もしれないが、変化に対しては警戒を怠らないというのは戦闘中の基本である。
で仕掛けてきたとはいえ明らかに氷塊の数が減っていた。殺到させて凌がれたからか
に転じた時には殺到という形容が付く程の氷塊を飛ばしてきたのに、今の攻撃は搦め手
レイミアも違和感を感じたようで、さらなる警戒を促してくる。先程の防御から攻撃
﹁えぇ、分かってます﹂
﹁・・・気を付けて下さい﹂
ぎる。
隙を縫って氷塊が飛んできた。慌てて避けた古市だが、ここでふとした違和感が頭を過
後頭部に攻撃とも呼べないような小さな氷をぶつけられ、一瞬緩んだ前方への警戒の
?
606
た。氷を操れるのだから足場の雪を崩すことなど造作もないのだ。
余談だが、これは古市だけに限らず不自然にならない程度に十六夜にも使用してい
る。十六夜がスピードを出し切れないのは、足場の悪さに加えて雪で蹴り出し時の衝撃
を吸収しているためだ。
足場を崩された古市へと再び氷塊が殺到する。
﹁クソッ﹂
体勢を崩しながらも腕や脚で氷塊を弾きつつ身体を捻り、少しでも多く対処するも全
﹂
てを防げるはずがない。一際大きい氷塊が勢いよく腹部に直撃する。
﹁ガハッ⁉
﹂
散弾のように飛び交う氷塊を防いでいる中、
高めることでダメージを最小限にしようとしたのだ。
る。追撃してくる氷塊を躱せる程には体勢を立て直せていないので、頭を抱えて魔力を
勢いのまま後方へと吹き飛ばされるが、受身を取って体勢を立て直し防御の構えに移
?
?
いた影がかなり接近しているのが分かる。
も氷塊が既に飛び交っていないのを確認して顔を上げると、視界が悪いながらも動いて
幾度も同じ攻防を繰り返し、とうとう十六夜がフルーレティを捉えたようだ。古市達
﹁射程圏内だぜ、フルーレティ‼
極寒地帯での戦い
607
﹁くっ‼
﹂
﹁食らいやがれッ‼
す。
﹂
空振りに終わった回し蹴りの遠心力を殺さず身体を回転させ、そのまま拳を打ち出
すが、接近を許してしまった時点で十六夜の攻撃は止められなかった。
十六夜から繰り出された回し蹴りをフルーレティは氷狼とともに限界まで伏せて躱
?
﹂
﹁ーーー間に合いました﹂
雪が晴れるのを待つしかない。
離れたところで見ていた古市とレイミアには判断のしようがなく、舞い上がっている
﹁分かりません。ただ確実にダメージは負っている筈です﹂
﹁・・・倒したのか
積もった雪を舞い上がらせる。
ない。解放された破壊力はフルーレティの腕を伝わって身体を吹き飛ばし、盛大に振り
だが、その程度の小細工で十六夜の拳に宿る破壊力を殺しきることなどできるはずが
ら跳んで腕をクロスし、少しでも拳の威力を落としにかかる。
フルーレティは最後まで十六夜の足元の雪を利用して衝撃を拡散させ、氷狼の背中か
?
?
608
舞い上がる雪の中から彼女の声が聞こえた。吹き飛ばされた後に雪をクッションに
したのだろう、少し弱いながらも戦闘は継続できそうな声音だ。だが発せられた内容は
﹂
古市には分からなかった。
﹁え・・・﹂
直径十mにも近い円盤型の氷塊が落下してきていた。
は悪く、そのために気付くのが遅れてしまった。
十六夜の警告する声に応じて空を見上げる。未だに吹雪は吹き荒んでいるため視界
﹁古市、上だ‼
?
それを見て古市が反応するよりも早く、巨大な氷塊は彼を落下して押し潰した。
﹂
?
フルーレティは十六夜と古市、レイミアが役割分担をして攻勢に出た時からこの氷塊
と強制転移させられたはずですよ﹂
﹁安心して下さい、舞台装置の雪で作り上げた氷塊です。舞台ルールにある通り、会場へ
それを見ていた十六夜は焦りの声を挙げるが、フルーレティは諭すように言う。
﹁古市ッ‼
極寒地帯での戦い
609
を作り始めていた。気付かれないようにするため吹雪を強くして視界を悪くし、さらに
足元の雪を操って下へと警戒を誘導させていたのだ。
かなり周到に考えられているとは思うが、十六夜と攻防を繰り広げている間という時
間制限付きでは古市に気付かれず、また避けられないような大きさを作れるかは賭けで
﹂
あった。それを見事に彼女は運を勝ち取ったーーーかのように思えた。
﹁いやいや∼、強制転移なんて面白くないよねぇ
その場に女性の声が響き渡る。
耳。そして楽しそうな表情を浮かべる紫色の瞳を持った女性。
フルーレティと十六夜の目に飛び込んできたのは、紫色のセミロングの髪に尖った
消えていく。
次の瞬間には氷塊は水となり、水蒸気となり、再び固まって雪となり、吹雪に紛れて
だ。
ているものではなかった。何処か子供っぽく、この状況を楽しんでいるかのような声音
それはフルーレティには聞こえていたレイミアの声ではなく、喋り方も冷静に落ち着い
その声は乱入してきた他の参加者などではなく、発生源は巨大な氷塊の中央部。だが
?
610
﹁ーーー此処からが私の出番なのに﹂
︾
古市と契約した七大罪・レヴィアタンーーーレヴィが参戦を告げる。
★
ウサギとレヴィは話をしていた。
ギフトゲーム本戦が始まる二日前、ギフトゲーム予選が終わった日の露天風呂にて黒
︽お話しとはいったいなんなのですか
?
︾
︽ちょっと気になったんだけど、チーム紹介の時にベルちゃんやルシファーちゃんの名
前は呼んでなかったよね
?
普通なら物 扱いされて楽しいどころか不機嫌になってもおかしくないとは思うが、そん
ギフト
何が楽しいのか、黒ウサギの返答を聞いたレヴィはニヤニヤと笑みを浮かべている。
︽そっかそっか∼、ギフト扱いか∼︾
方達は特別にギフトという扱いになっています︾
︽Yes。今回はギフトゲームの参加人数に制限がありませんでしたから、契約悪魔の
極寒地帯での戦い
611
な素振りは微塵もない。
︾
?
えぇ、まぁ特に問題ないですが・・・︾
?
い。
?
危なくなったら出てくるって言ってましたけど・・・﹂
﹁ふっふ∼、サプライズは成功かな
?
得意満面の笑みを浮かべているレヴィに、古市の今の状態を訴える。
﹁あの、レヴィさん
﹂
レイミアは憑依した際に色々と把握していたようで、表面上の変化はあまり見られな
実体化したレヴィの登場に、フルーレティも十六夜も驚いた表情を隠せないようだ。
★
︽もしかして・・・いや、まさかですよねぇ・・・︾
り言が溢れる。
話を聞くや否や、すぐに露天風呂から出ていくレヴィ。それを見送った黒ウサギの独
︽うん、ありがと。話はそれだけ。私、ちょっとやることができたから先に上がるね∼︾
︽へ
も問題はないよね
︽それって本戦までに参加者が新しいギフトを手に入れて、本戦でそのギフトを使うの
612
﹂
腹部への強烈な一撃。全身への打撃+擦過傷。その他に精神的疲労などなど。
﹁全然危なくなくない
﹂
﹁おい、詳しい話は後でいいとしてなんで黙ってたんだよ
﹂
﹁お前は何時の間にエンターテイナーになったんだ
呆れるような声音しか出てこない十六夜だった。
﹂
﹂
一通りの会話を見守っていたフルーレティも状況を理解して戦力を分析する。
?
演出を拘らないと‼
﹁だってお祭りだし、観客のみんなは意外性を求めているんだよ。盛り上げるためには
るフルーレティと氷を含めた水の三態を操るレヴィでは相性は抜群だろう。
最初からレヴィを戦力に数えていればもう少し展開は違っていた筈だ。特に氷を操
?
割って入る。
戦 闘 中 に も 関 わ ら ず 何 や ら コ ン ト っ ぽ い 会 話 が 繰 り 広 げ ら れ 始 め た の で 十 六 夜 が
﹁足元崩された辺りは危なかったですよ‼
?
?
?
﹂
?
楽しみなのであろう。
フルーレティの呟きにレヴィが笑顔を浮かべて質問する。どう反撃してくるのかが
﹁そうだねぇ。どうするのかな
﹁さっきの演出を見る限り、今までの戦法は通用しそうにありませんね﹂
極寒地帯での戦い
613
・
・
・
・
・
・
・
・
﹂
?
フラウロス
掻かせてもらいます﹂
・
・
・
﹁アドバンテージが消えてしまった時点で勝てる確率は低いと思いますが、最後まで足
三角形が描かれた直径十mくらいの魔法陣が浮かんでいる。
手足の先端は動物のような皮膚で覆われ、手には大きな鉤爪が出現していた。足元には
ティが現れる。髪色は青み掛かった銀から橙に変わり、瞳には炎が灯っている。さらに
そしてフルーレティの身体を覆っていた炎が晴れ、今までとは姿の異なるフルーレ
た。
を襲う。熱波はさらに広がっていき、フルーレティを中心に百m近くの雪を消し去っ
言霊を発した瞬間、フルーレティの姿を炎が覆い隠し、余波として生じた熱波が三人
﹁霊格解放・・・炎豹魔﹂
散る。
それと同時に、吹き荒れる雪を橙色に染め上げる火の粉がフルーレティの周囲を舞い
をリタイアさせて会場へと転送する。
それを理解してフルーレティも平然と予想の範疇を越えた返事を返す。そして氷狼
﹁そうですねぇ・・・この辺り一帯の水分を吹き飛ばす、というのはどうでしょう
614
今までとは一八〇度ギフトの性質が変わったフルーレティについて、古市達は十六夜
に説明を求めた。
する悪魔に由来する創作悪魔という側面を持っている。伝承から派生した悪魔の霊格
﹁フルーレティっていう悪魔は、フラウロスという〝ソロモン七十二柱〟の一角に位置
なんて低いと思われるが、その創作内容は罪源の魔王であるベルゼブブ配下の長という
強大な位置付けだ。だから環境さえ整えれば俺達二人を相手取れる程に強くなる﹂
フルーレティーーーいや、霊格を解放したフラウロスについて説明をしていく。
れることが多い。膂力は先程とは桁違いに上がっているはずだ。その証拠に機動力で
﹁フラウロスはフルーレティとは真逆で、氷ではなく炎を操る豹人間のような姿で描か
あった氷狼を帰したしな。おまけに魔法陣の中では全ての質問に正しく解答して神秘
や不思議を語るというから、限定的に未来予知も使えるかもしれねぇ﹂
豹の膂力で動いて炎を操り、さらに未来予知もできる可能性がある。極寒地帯でフ
ルーレティの相手をするよりも厄介かもしれない。
十六夜の説明を聞いたレイミアは内容を咀嚼して言う。
﹁そういうことだな﹂
とですね﹂
﹁つまり、あの魔法陣から出すことができれば戦闘力は半減する可能性が高いというこ
極寒地帯での戦い
615
﹁じゃあ押し出してみるよ﹂
そういうとレヴィは少なくなった空気中の水分と魔力で作り出した水分を合わせ、攻
﹂
撃性は低いものの物量を増した水でフラウロスを飲み込もうとする。
﹁ハッ‼
︶
?
?
であればこれで詰みなのだが、
﹁チッ、やっぱ読んでくるか‼
﹂
死角からの攻撃。雪による広範囲察知法は使用していない。今までのフルーレティ
︵これで行けるか
して死角に回り込んでいた。
その背後。足場を悪くしていた雪がなくなり、今度こそ十六夜は第三宇宙速度を発揮
は立っていた。
その言葉を証明するかのように炎が水蒸気を霧散させ、変わらず魔法陣の中央に彼女
﹁・・・手応え、はありませんね﹂
ザーが襲う。しかし、
その隙に魔力感知で見えないフラウロスの位置を大まかに把握したレイミアのレー
生した水蒸気が彼女の視界を覆う。
対するフラウロスも炎で水を相殺していく。水が炎によって蒸発し、それによって発
?
616
死角からの攻撃を見もせずに躱し、カウンターで回し蹴りを繰り出してきた。十六夜
は蹴りで魔法陣から弾き出されるもダメージは軽微。鉤爪による斬撃さえ気を付けれ
ば問題ないと思いつつ、今の攻防の意味を考える。
︵取り敢えずは未来予知できると仮定して・・・行動の何処から予知されたかを考えねぇ
とな︶
攻撃までの流れを考えた時点、背後に回ろうと動いた時点、攻撃の意思を持った時点、
攻撃に動いた時点。どの段階で予知に引っ掛かったのかを見極めなければならない。
?
それとも・・・予
油断を誘うため
古市の攻撃を避けていたからか
知してから振り向くまでの時間がなかった
?
古市も接近戦に参加できれば突破口が見つかるかもしれないが、フラウロスの豹の速
した直後の隙を突いてみるが成果は乏しい。
てしまった。他にもレイミアのレーザーやレヴィの水の槍で遠距離からの攻撃に対処
るが避けようとせず反撃してきた。カウンターのカウンターを狙ってみるがいなされ
打撃にフェイントを混ぜてみるが釣られなかった。攻撃をわざとギリギリ外してみ
ために再び突撃していく。
幾つもの可能性を思索していく十六夜。思い付く限りの可能性を潰して真実を導く
?
もしくは振り向く必要がなかった
︵俺の攻撃を予知したにも関わらず後ろ向きで対処したのは何故だ
?
︶
?
極寒地帯での戦い
617
﹂
度と野生の筋力が合わさった身体能力が相手では魔力強化した身体能力があってもダ
メージは免れない。
﹁だったら、これでどうだッ‼
★
﹁まぁまぁ、落ち着けって。そんなお前に憂さ晴らしさせてやるからよ﹂
いく。
全ての元凶である十六夜の物言いに、古市も恨みがましい声音で対応しつつ近付いて
﹁お前、マジいい加減にしろよ。せめてなんか合図送れや﹂
﹁おい、古市。ちょっと来い。そんなところで遊んでる場合か﹂
ある仮説を立てた十六夜は、地割れに巻き込まれて汚れまくっている古市を呼ぶ。
︵これは、もしかすると・・・︶
ここでふと、十六夜はあることに疑問を覚えた。
かれた地面だけが崩れず、フラウロスもその上で倒れないようにしているだけだ。
振り下ろされた脚を中心に全てを巻き込む地割れが広がっていく。だが魔法陣の描
フィールドである魔法陣そのものを破壊しに掛かった。
十 六 夜 は そ の 場 で 脚 を 高 く 振 り 上 げ、勢 い よ く 地 面 に 叩 き 付 け る。フ ラ ウ ロ ス の
?
618
何やら話し合っている敵を見て、わざわざ見守る必要もないとフラウロスは豪炎を放
つ。二人は左右へと跳躍して豪炎を回避し、今までと同じように十六夜がフラウロスに
突っ込んでくる。
予知によって十六夜の攻撃を読んだ彼女は形だけの右ストレートを掴み、裏拳のため
︵右ストレート、に見せかけた左裏拳︶
に行った身体の回転を利用して左回りに振り回して背後へと投げ飛ばす。
十六夜を投げ飛ばした後、念のため次の攻撃をしてくるであろう古市へと向き直る。
︵話し合っていた以上、何かしら連携で来るはずですけど・・・︶
眼前に魔力のレーザーと水の槍が迫っていた。
﹂
?
私への攻撃を
いったい何故
︶
?
い。
︵全く予知できなかった
?
考えるも咄嗟のことで理解できないが、何よりも予知を回避できる方法が編み出され
?
反射的に上体を逸らして躱す。ダメージは負わなかったが、内心それどころではな
﹁ッ⁉
極寒地帯での戦い
619
たのは不味い。驚きはしたが、体勢を崩していては十六夜に付け込まれると判断してす
ぐに構える。が、その必要はなかった。
︶
十六夜も魔力のレーザーと水の槍に対応していたからだ。
︵そういうことですか・・・‼
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
それを詳しく伝える時間はなく、古市もちょうどよく不機嫌だったので十六夜は自分
法陣へ向けた行動だったため。
脚の振り下ろしを予知できなかったのは、それがフラウロスへ向けた行動ではなく魔
してから対応したため。
最初に振り向かずに対応したのは、十六夜の桁外れの速度で行われた奇襲の後に予知
それならば全てに辻褄が合う。
または行動に対して発動しているのではないか、と。
そして十六夜はある仮説を立てた。フラウロスの予知能力は自らに向けられた攻撃
なのに揺れに耐えるという行動を取った。
て い た こ と だ。行 動 を 予 知 で き る な ら 揺 れ に 対 し て も 何 か し ら 対 策 を 取 れ た は ず だ。
十六夜が疑問に思ったこと。それは脚を振り下ろした際の揺れにフラウロスが耐え
彼女に攻撃などしていなかったのだ。ただ十六夜への攻撃線上に彼女がいただけ。
・
それを見て彼女は古市の攻撃が予知できなかった理由を理解した。そもそも古市は
?
620
を攻撃するように言った結果、フラウロスの表情を見る限り当たりだと確信した。
そうと分かれば展開は早かった。
今までは豹の膂力と予知能力で対処していたものの、十六夜との身体スペックには大
きな差がある。おまけに攻撃を躱すなり防ぐなりするフラウロスと攻撃を砕ける十六
夜では、次の行動に移せるまでの時間に差が出始める。いくら十六夜の攻撃を予知でき
たとしても、それに対応できない状況ならばどうしようもない。
﹂
?
極寒地帯での戦い。勝者、逆廻十六夜・古市貴之チーム。
た十六夜の拳に、今度こそ彼女は吹き飛ばされて起き上がることはなかった。
撃を殺すことなどフラウロスにはできない。気休め程度の防御の上から叩き付けられ
遂に十六夜は拳が届く範囲まで接近できた。フルーレティの時のように小細工で衝
﹁これで終わりだッ‼
極寒地帯での戦い
621
海岸地帯での戦い
海岸地帯での戦い。
鷹宮はルシファーを呼び出して魔力を高め、飛鳥はディーンを召喚して白銀の十字剣
を取り出し、耀は風を纏い、予選と同様に戦闘準備を完了させる。
それに対してアスモデウスは手を突き出して掌を三人に向ける。予選である程度の
模倣を見ている三人はその動作から次の攻撃を予測していくが、その全てが無駄だった
と思い知る。そして彼女が言ったギフトの制限という意味を実感した。
掌に空気が圧縮されたかと思うと、渦巻く炎の球体が生成されて空気中の酸素で増加
し、さらに雷を帯び始めてバチバチとスパークする。
バーニング・ゼブルブラスト
﹁圧 空 炎 雷 咆﹂
﹂
雷を纏った炎の光線がアスモデウスの掌から放たれた。三人の元へと到達した紅い
光条は雷電を撒き散らしつつ爆風を巻き起こす。
﹁ほんの軽い挨拶だけれど、予選と比べての感想はどうかしら
?
622
爆風によって海岸の砂が舞い上がっている中、その中心へ向けてアスモデウスが声を
掛ける。返事が返ってくると確信しているようだ。
そして砂煙りの中から鷹宮の声が返ってきた。視界が晴れたそこには、ルシファーに
﹁・・・まさか、俺と男鹿と赤星の複合技とは驚いた﹂
よって引き寄せられた飛鳥と耀が鷹宮の背後におり、鷹宮の前には三つの紋章が展開さ
れていた。
﹁咄嗟に三枚の〝紋壁〟を展開したが、完全には防ぎきれなかったか﹂
鷹宮のいう通り、身体の所々から炎と雷による焦げと煙が立ち上っている。〝紋壁〟
とは紋章を盾のように展開する紋章術の一つだ。それを見てアスモデウスは感嘆の声
を上げる。
﹁本当にその紋章術は応用が利いて便利ねぇ。模倣できないのが残念だわ﹂
紋章術は魔力を制御するために編み出された人間の技だ。たとえ人間に変身しよう
とも悪魔であるアスモデウスが使用できる技ではない。
﹁へぇ、例えば
合っていれば簡単な補足付きで答えてあげる﹂
を作って面白そうにしている。
飄々としているアスモデウスにはっきりと言う鷹宮。それを聞いて彼女は口元に弧
﹁模倣できないのは俺だけじゃないだろ﹂
海岸地帯での戦い
623
?
﹁春日部だ﹂
﹂
?
﹁何故そう思うのかしら
﹂
今度は確信がないのか、問い掛けるように言う鷹宮。
﹁あとは目で見たギフトしか使用できないんじゃないか
?
﹂
るようになったという経緯はないため、間接的な繋がりしかないと言える。
耀は〝生命の目録〟を首から提げているだけだ。耀自身も何かをしてから使用でき
わ﹂
模倣する本人に変身した方が技の再現度は上がるけど、誰でも模倣できる訳ではない
﹁その通りよ。貴方のルシファーのように直接的な繋がりがあれば別だけどね。それと
筈だ。
掌にのみ集められる鷹宮では規模に差がある。使えるのならば耀のギフトを使用する
風を集めるという点では、旋風を操って空気を十全に集められる耀と空気を圧縮して
て圧縮するという回りくどい方法を使用していた﹂
性まで再現はできない。その証拠に先程の技は旋風を操るのではなく、空気を引き寄せ
﹁正確には〝生命の目録〟だがな。姿形を変えられても本質は他者の模倣、付属品の属
突然名前を出された耀は戸惑いつつ自分を指差す。
﹁え、私
624
?
﹁俺達の技を使用する時、予選で見せた技しか使っていないからだ。まぁこれについて
はサンプルが少ないから確証はないがな﹂
他にも飛鳥のギフトを使用していないことも理由の一つだが、予選では〝威光〟を使
うために飛鳥に変身する必要があったため使わなかったとも考えられる。なにせ身体
能力は普通の少女だ。〝威光〟を使用した後が戦闘に続かない。
﹁ん∼、まぁ正解と言っておきましょう。さっき貴方も言っていたけど、本質は模倣。似
せて真似ることですから﹂
憑依の方は使うつもりもないし﹂
﹂
アスモデウスは顎に人差し指を当てて考えていたが、少なくとも間違っていないとい
うことで肯定してきた。
﹂
﹁さて、種明かしはこれくらいでいいかしら
﹁あら、どうして使わないのかしら
﹁だって憑依できる相手が参加者しかいないんですもの。それはつまらないでしょ
?
鬼畜過ぎるからだ。
言うことだろう。参加者に取り付いて参加者同士で潰し合わせるなどゲーム難易度が
飛鳥の疑問に軽く答えるアスモデウスは、やはりどれだけ楽しもうとも主催者側だと
?
?
言うが早いか、彼女の全身が光に包み込まれる。変身の徴候に予選との変化は見られ
﹁それじゃあ戦闘開始ね﹂
海岸地帯での戦い
625
ないが、だからと言って迂闊に攻め込めるものでもない。
次第に光が収まっていき、そこに現れた変身後の姿はレヴィだった。
﹁じゃんじゃん行くよ∼‼
﹁撃ち落としなさい‼
﹂
?
﹂
﹂
先に到達した鷹宮が接近の勢いを乗せた右拳を振るうが、アスモデウスは周囲の水の
﹁らぁっ‼
その間に鷹宮と耀は水の槍を俊敏に躱しつつアスモデウスへと接近していく。
ち落としている。
く。ただし軽快とは言っても限界はあるので、基本的には飛鳥に直撃するものだけを撃
飛鳥の命令に、ディーンは巨大に似合わぬ軽快さで水の槍を両拳で撃ち落としてい
?
く。
数多ある水の塊から水の槍を次々と撃ち出し、向けられた三人はそれぞれ対処してい
?
ぎ込めるというものだ。
ヴィに変身している今、魔力から水を生成する必要がないため効率よく戦闘に魔力を注
軽 快 に 言 い つ つ 海 か ら 水 の 塊 を 幾 つ も 生 成 し て い く ア ス モ デ ウ ス。水 を 操 れ る レ
﹁だよね∼﹂
﹁このフィールドでは鬼に金棒だな﹂
626
ストリーム・レンジ
塊を引き寄せて操り鷹宮の拳を流す。続けざまに左拳、右脚と打ち込むが同じく流され
る。
それを見た耀は水に防がれれば攻撃を流されると考えて脚に旋風を纏わせた。予選
﹁白夜叉の〝 流 水 領 域 〟みたい﹂
では旋風に水の塊をぶつけて相殺されていたので、その逆もまた可能な筈だ。
耀の目論見通りに纏わせた旋風が水の塊を削り、左脚の蹴りをアスモデウスへと入れ
る。しかしそれは右腕によって防がれてしまった。
﹂
﹁DEEEEeeeeEEEEN‼
てきた。まだまだ余裕そうである。
﹂
飛鳥が確認しようと粉塵を見れば、顔を顰めながら口に入った砂を吐いている姿が出
﹁ぺっぺっ、砂∼﹂
しか
された拳がアスモデウスへと迫る。その拳は砂浜を抉り、粉塵を巻き上げた。
ディーンの叫びを聞いた鷹宮と耀はそれぞれ左右に跳び、直後にその巨体から繰り出
?
り一歩で距離を詰めるディーン。
そしてアスモデウスが防御に転じて水の槍による弾幕が弱まった瞬間、その巨体によ
﹁今よ、ディーン‼
?
﹁当た・・・ってないわね﹂
海岸地帯での戦い
627
彼女はそのまま海の方へと向かい、海面を滑るように操って浅瀬を少し離れていく。
そこで身体を光が包み込み、レヴィの姿から元のアスモデウスに戻った。背中には予選
でも見せた黒く尖った羽を生やして飛んでいる。
﹁少し大技で行くわ﹂
言葉とともに手を挙げる。そして浅瀬にも関わらずディーンすらも飲み込む程の高
波を作り出した。だが浅瀬だからか高さは作り出せても波の厚みは作り出せておらず、
水に合うのは雷よ﹂
たとえ飲み込まれてもダメージとはなり得ない。
﹁予選で教えたでしょう
かったようだが、確実に三人を飲み込んでいたであろう範囲は凍っていた。
だが、次の瞬間には高波が凍りついていた。出力は低いようで高波を全てとはいかな
しれない。
とは不可能だ。攻撃で波を散らすにしても帯電している以上は水飛沫すら危ないかも
戦闘していたのが浜辺というのもあり、三人が今から感電することなく完璧に躱すこ
﹁感 電 高 波﹂
エレクトリック・ハイウェーブス
する高波へと変貌させた。
アスモデウスはそこに雷電を纏った手を浸け、ただの薄い高波を危険極まりない感電
?
628
︵氷結系のギフト・・・いったい誰が
・
・
﹂
・
・
・
・
・
・
・
つ紅い剛腕が伸びてきた。
・
︶
疑問を感じていたのも束の間。今度は凍りついた高波を目隠しにし、高波を破壊しつ
?
﹂
起こした現象について質問していた。
初めてアスモデウスに一撃を与えることができた要因である飛鳥と耀は、それぞれが
★
した一撃に海面へと叩きつけられた。
撃を殺そうと剛腕に合わせて後方に飛んだのは流石の一言だが、初めてまともにヒット
予想外の現象に彼女の身体は一瞬硬直してしまい、回避が遅れてしまう。それでも衝
﹁っ⁉
?
?
流れでその性能を十全に発揮しておらず、特に話す機会もなかったので切り札として隠
飛鳥がディーンを手に入れた〝黒死斑の魔王〟とのギフトゲーム。その時は戦闘の
﹁えぇ。神珍鉄っていう伸縮自在の鉄で作られているんですって﹂
﹁飛鳥、ディーンって伸びるの
海岸地帯での戦い
629
していたのだ。
﹁まさか・・・嵐を操れる奴を模倣したのか
﹁違うわよ﹂
だ。
﹂
返した。その際に口に溜まった血を吐いていたのでダメージは逃しきれなかったよう
鷹宮の呟きに、海から上がってきたアスモデウスが濡れた髪を掻き上げながら否定を
?
らかに嵐の前兆である。
と、警戒していたその時。空を雨雲が覆い始め、強風が吹き付け、波が荒れ出した。明
次の瞬間には背後から攻撃を食らっていてもおかしくない。
かったが彼女は瞬間移動も使えるのだ。何かの条件で使えなかったのかもしれないが、
鷹宮に促され、三人は背中合わせで全方位へと注意を傾ける。先程は何故か使わな
﹁集中しろ。攻撃は当てたが今のような油断はもう誘えないぞ﹂
使用して高波を凍らせたのだ。
はその時既に氷狼ーーースフィアと友達になっていたようだ。そしてその凍える風を
〝ノーネーム〟一行が〝魔遊演闘祭〟に訪れた時、真っ先に氷狼に近付いていった耀
﹁うん。フルーレティさんといた氷狼、スフィアさんって言うんだ﹂
﹁春日部さんも、ちゃっかり氷狼と友達になっていたのね﹂
630
おおよそ
﹁近くでベルゼブブが戦闘しているみたいね。気配からして少し離れているんでしょう
けど﹂
言われた鷹宮は魔力感知で大凡の距離を確認するが、その距離は一km近く離れてい
た。
﹁範囲が桁違いだな。これで威力を抑えているのだから恐れ入る﹂
﹁まぁ今回のは副次効果でしょうから、彼の攻撃まで警戒する必要はないわ﹂
そして雨雲から雨も降り始め、本格的に嵐となって雷鳴が響き渡る。それを合図とし
て再び戦闘を開始する。
アスモデウスが操れる範囲の雨を操り集めて散弾のように撃ち込もうとするのを、耀
が鋭い五感を駆使して敏感に察知していく。氷狼の凍える風を鷲獅子の旋風を操るギ
フトで誘導して氷結させた。
﹁少量の水は使えそうにないわね﹂
アスモデウスは即座に水ではなく氷結させられた氷を操るが、元々が雨を寄せ集めた
小さいものだったので耀が旋風で弾いていく。
﹂
?
へと伸びていく。アスモデウスも二度目ということで動揺することもなく、翼を生やし
水と氷と旋風が混ざり吹き荒れる中、それを物ともせずに剛腕が貫いてアスモデウス
﹁ディーン‼
海岸地帯での戦い
631
て回避していく。
﹁開 紋 加 速 ‼ ﹂
スペルゲートブースト
展開されていく。鷹宮はそこに走り込みーーー加速する。
そして水膜の盾を作って一瞬だけ動きを止めた場所へと、鷹宮の紋章が連なるように
ることもない。
アスモデウスも水を操って水膜の盾を作り出して防ぐ。近距離ならば耀に邪魔され
﹁古典的だけどいい手段ね﹂
て目潰しに使うには有効な手だ。
ディーンの剛腕を地面に突き刺し、湿った泥を掬い投げた。威力はないが動きを制限し
ア ス モ デ ウ ス の 忠 告 に ニ ヤ リ と 笑 っ て 肯 定 す る 飛 鳥。飛 鳥 は 攻 撃 と し て 伸 ば し た
﹁えぇ、そうでしょうね﹂
﹁そのスピードで真正面からは当たらないわよ﹂
632
だがアスモデウスも大人しくしている筈がなく、レティシアへと変身し〝龍影〟を展
さらに飛ばして距離を空けられないよう、引力で引き寄せて追撃を掛ける。
﹁離さねぇぞ﹂
アスモデウスを殴り、彼女は受け止めるも拳の衝撃で後方に飛ばされる。
瞬きの間に距離を詰めた鷹宮は初撃以上に加速された拳で水流で流されることなく
?
開して迎え撃つ。鷹宮も片手で捌くことはできないと判断し、引力を解除して〝龍影〟
﹂
で切り刻まれないよう両拳に〝紋壁〟を手甲の如く展開してから迎撃し返した。
﹁忍‼
﹂
蹴りを繰り出したアスモデウスに蹴り飛ばされた。
しかし纏めらて力を固めた〝龍影〟で鷹宮の両拳が弾かれ、引力+翼の推進力で飛び
﹁がはっ‼
?
いったい何を掴んだというんだ
﹂
?
踏んだことから推測は間違っていないと思われる。
た。それに〝感電高波〟を使用した時、わざわざレヴィから元の姿に戻るという過程を
〝圧空炎雷咆〟も〝感電高波〟も、何れも使用した時の姿はアスモデウスのままだっ
だがその代わりに変身しなければ技を複合させることができる﹂
﹁お前は変身すれば十全に技を模倣できるが、変身しなければ十全に技を模倣できない。
レティシアの姿のまま〝龍影〟を展開しつつ訊き返すアスモデウス。
﹁うん
﹁なるほど。何となくだが掴めてきたぞ﹂
面に降りた鷹宮は、蹴り飛ばされたにも関わらず笑みを浮かべている。
蹴り飛ばされた鷹宮を耀が旋風を操って勢いを殺しつつ受け止める。止められて地
?
?
﹁しかし変身せずに技を模倣することも制限がない訳ではないのだろう。でなければ瞬
海岸地帯での戦い
633
間移動を使わない理由が思い付かない。俺の推測としては現象として観測したものを
ゼ ブ ル ブ ラ ス ト
レッドガン
自らの魔力で再現できる範囲でのみ、変身しなくても模倣できると踏んだ﹂
〝魔王の咆哮〟、〝紅線銃〟、引力による空気の圧縮、〝水の三態〟操作、黒く尖っ
た翼の生成。その全てが魔力を元にして行われた技だ。彼女は姿ではなく魔力を模倣
して技を複合させ、十全に模倣できない技を掛け合わせて威力を補っていたのだ。
そして鷹宮の言った〝現象として観測したもの〟とはつまり、観測しなければ魔力と
しても模倣できないということである。
予選の後で黒ウサギに聞いた話だが、予選で変身した瞬間移動使いの少女は、生と死
の間に顕現せし悪魔・ウィラ=ザ=イグニファトゥスという存在だそうだ。悪魔である
にも関わらず変身しないと瞬間移動を模倣できないのは、瞬間移動という現象が魔力を
放出する類いではないからか、一瞬で消えるという性質から観測できないからだと考え
たのだ。
ものだぞ
﹂
﹁だが、戦闘中に長話とは感心しないな。相手に戦略を練ってくれと言っているような
こともなく肯定してきた。
どうやら戦闘が本格化する前の口約束を未だに守っているようだ。彼女は誤魔化す
﹁・・・見事だな。補足箇所もほとんど無いと言っていいだろう﹂
634
?
アスモデウスが注意した次の瞬間、鷹宮達の全身を無尽の刃が砂浜から殺到して切り
刻んだ。
﹂
﹂
﹁きゃあ‼
﹁くっ‼
?
〟とアスモデウスが反応した瞬間、彼女の全身も鷹宮達と同じように真空の刃
これは・・・鎌鼬か﹂
によって切り刻まれた。
〝何
﹁はぁ、はぁ・・・その言葉、そっくりそのまま返すぜ﹂
﹁どんな時も油断大敵だ﹂
だ。
ものの息が荒れている。鷹宮が話をしている間に〝龍影〟を砂に潜り込ませていたの
飛鳥と耀は思わず苦痛の声を漏らす。鷹宮は歯を食いしばって声を出すのを堪えた
?
?
?
耀は予選から本戦までの時間、鷲獅子のギフトを少しでも使いこなせるように日常的
てやったり〟というニュアンスの笑みを浮かべていた。
アスモデウスは全身を切り刻んだ見えない刃の正体を看破し耀を見ると、口元に〝し
﹁ぐっ‼
海岸地帯での戦い
635
に旋風をコントロールするという特訓をしていた。本戦で勝ち上がるためには経験不
足が否めず、一日という短さから威力向上ではなく技術向上と創意工夫によって鷲獅子
のギフトを使いこなそうとした結果がこれである。
・
﹂
?
・
私達の攻撃はまだ終わってないよ
?
〟﹂
?
りも速い一撃を不意打ち気味に撃ち込まれて行動に移せる訳がなかった。
魔力から生成した雷などではなく、正真正銘の大自然に発生している雷である。音よ
それを認識して思考に移すよりも速くーーー落雷がアスモデウスを襲った。
が轟く。
なかった。不審に思いつつも上方を警戒していると、頭上を稲光が空を駆け抜けて雷鳴
〝落ちなさい〟という言葉から彼女は即座に頭上を警戒したが、そこには何も見当たら
だが飛鳥はアスモデウスの心構えなど無視して〝あるもの〟に命令を下す。飛鳥の
﹁〝落ちなさい‼
足から次の手に対して動けるようにする。
耀の〝私達〟という言葉にアスモデウスは残る飛鳥を警戒する。飛鳥の一挙手一投
﹁何を言ってるの
﹁若いというのは成長が早いな。これで状態はお互いに変わらないということか﹂
636
これはアスモデウス自身が言っていたことだが、この嵐はベルゼブブのギフトによっ
て生み出された現象だ。そして自分達の所にまで展開された嵐は副次効果であるとも
言っていた。
それはつまり、〝ギフトで生成された雷雲が誰の支配も受けずに漂っている状態〟で
あるということである。
それをアスモデウスが耀に気を取られている間に飛鳥が支配して攻撃に利用したの
だ。それでも強力なギフトから生成されただけあって雷一つ支配するのがやっとであ
り、この状況下でのみで使用できる飛鳥の最強最速の一撃だった。
もちろん至近距離で落雷にあった三人も無事な筈がないが、飛鳥が雷を落とす寸前で
ディーンを盾にしたため直接的な被害はなかった。落雷による被害が一通り終わった
のを確認して、アスモデウスがどうなったかを確認するためディーンを退ける。
アスモデウスは全身から煙りを上げ、雷に撃たれた余韻からか身体の動きを止めてい
たが・・・それでも彼女は倒れていなかった。
三人が愕然として様子を見ている中、アスモデウスはゆっくりとした動作で動き出
た。さらに落雷に会う前よりも威圧感が圧倒的に膨れ上がっている。
倒れていないこともそうだが、それ以上に意識を保っていることが信じられなかっ
﹁っ、本当に格が違うわね・・・﹂
海岸地帯での戦い
637
し、
﹂
?
い少女二人にはかなりキツイものがあったことだろう。
圧感に包み込まれた状態から空気が弛緩して緊張の糸が切れたのだ。戦い慣れていな
り込んだ。無理もない。全身ボロボロで頭をフル回転させて策に策を練り、圧倒的な威
飛鳥と耀は顔を見合わせて確認し合い、勝ちを認識した瞬間に脱力してその場にへた
﹁そう・・・みたいだね﹂
﹁・・・勝った、のよね
言うが早いか、ゲームに負けを認められたアスモデウスはその場から姿を消した。
するわ﹂
を開放してしまった私の負けよ。〝主催者〟として素直に負けを認めて会場に戻ると
﹁今の攻撃は霊格を抑えたままでは防ぎきれなかったわ。制限を無視して本能的に霊格
面上は戦闘前の姿へと戻る。
彼女は何事もなかったかのようにレティシアの変身を解き、変身という過程を経て表
三人を呆然とさせた。
﹁ーーー参った﹂
638
﹁もう無理。絶対に無理。疲労が溜まり過ぎて喋ることすら辛いと感じるわ﹂
﹁私も﹂
二人とも脱力し、特に飛鳥はお嬢様気質であるにも関わらず今ばかりはだらし無くぐ
でっとしていた。
め勝ち上がりなし︶。
海岸地帯での戦い。勝者、久遠飛鳥・春日部耀・鷹宮忍チーム︵その後リタイアのた
とは思わなかったため、全員一致でリタイアすることとなった。
鷹宮としても実力が満足に発揮できない状態で男鹿や他の猛者との戦いに興じたい
身創痍とまでは行かないが、二人と同様に疲労が溜まっていることは否定できない。
ずに立っているが、色欲の魔王・アスモデウスとの戦闘で彼もかなり疲労していた。満
鷹宮は二人の様子を見てこれ以上の続行不可能と判断した。鷹宮だけはへたり込ま
﹁・・・これでは次の戦闘などできそうもないな﹂
海岸地帯での戦い
639
森林地帯での戦い︻前編︼
森林地帯での戦い。
男鹿・レティシア、葵・東条、レヴィアタンの三組は互いに距離を取って対峙してい
た。
﹁おい、邦枝﹂
?
あくまで東条のやりたいように戦わせることを前提に考えた結果、葵はレティシアを
と・・・︶
︵東条は多分男鹿とレヴィアタンさんを標的にしてる。男鹿も似たようなものだとする
断在〟を抜き放ち、それを構えながら戦闘の流れを予想していく。
それを聞いていた東条も葵に呼び掛ける。彼女もその趣旨を理解して了承しつつ〝
﹁はいはい、貴方も暴れたいって言うんでしょ
﹂
ようで、苦笑しながらリボンを解きつつ〝龍の遺影〟を展開する。
男鹿は右拳を左掌に打ちつけながら言う。レティシアも随分と男鹿の扱いに慣れた
﹁言うと思ったよ・・・私はサポートに徹しよう﹂
﹁レティシア、俺は思いっきり暴れてぇ﹂
640
標的として見据えることにした。
﹁・・・辰巳、前言撤回する。どうやらサポートに回る余裕はなさそうだ﹂
そんな葵の視線に気付いたレティシアも、男鹿のサポートではなく葵を迎え撃つ構え
﹂
ほぐ
を見せた。レティシアも男鹿をサポートしている片手間に葵を相手取れるとは思い上
がっていない。
﹁よぉお前ら、そろそろ始めてもいいか
★
﹂
激突とは言っても肉体的なものではなく、レティシアは後退しながら〝龍影〟で強襲
レティシアと葵も激突していた。
レヴィアタンの開始宣言とともに男鹿・東条・レヴィアタンがぶつかり合うのと同時、
?
める。
その問い掛けに対してはそれぞれが無言であり、レヴィアタンはそれを肯定と受け止
ら気長に待っていた。
お互いのチーム内で打ち合わせているのを見ていたレヴィアタンは、身体を解しなが
?
﹁じゃあ戦闘開始だ。簡単にはくたばってくれるなよ
森林地帯での戦い【前編】
641
し、葵はそれを追いつつ〝断在〟で襲い来る〝龍影〟を斬り刻んでいく。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
︶
?
・
・
・
・
・
出てしまえばその脅威は極端に減少する。これは〝断在〟に限らず全ての刀に言える
である。そのため必ず一方向へ斬るという動作を行わなければならず、刀のリーチ外に
〝断在〟の特性とは、刀という形状から刃にしか絶対の斬性が付加されていないこと
︵この攻め方・・・レティシアさんはもう〝断在〟の特性を把握してるわね︶
でも捌ききれない攻撃は躱しながら追っていたからだ。
めきれずにいた。レティシアの攻撃が四方八方から襲い掛かってくるのを迎撃し、それ
と、レティシアが〝龍影〟を幾筋にも分裂させて操る一方、絶対の斬撃を放つ葵も攻
︵なんとか斬性が展開される条件を把握する‼
ているのだから、本当なら鞘として機能することすらありえない。
抜刀・納刀する瞬間は刃を鞘の中で走らせる必要がある。納刀状態でも刃が鞘に触れ
く刀は鞘すらも斬り裂くことになる︶
・
︵だがその斬性は常時刃に展開されている訳ではないだろう。でなければ全てを斬り裂
・
防御不可の斬撃は正に一撃必殺、それを剣の達人である葵が使用すれば鬼に金棒だ。
葵 の 持 つ 〝 断 在 〟 の 恐 ろ し い と こ ろ は 次 元 す ら 斬 り 裂 く と 説 明 さ れ た 斬 性 に あ る。
︵葵殿に接近戦は余りにも不利。影も槍も全て斬り伏せられてしまう︶
642
ことだが、だからこそ離れてしまえば絶対の斬撃もただの斬撃と大差がなくなる。
埒が明かないと判断した葵は追いかけるのを止めて立ち止まり、レティシアも突然立
ち止まった葵を訝しんで動きを止める。
葵は〝断在〟を納刀するともう一振りの刀へと手を伸ばし、
︶
刀身が霞む程の抜刀と納刀により真一文字の斬撃を放った。
﹁心月流抜刀術・八式ーーー神薙﹂
︵射程距離のある斬撃、だとッ⁉
いたのだが、考えるよりも前に身体が動いていた。
人としての戦いや祭りという状況から飛翔して一方的に攻撃するという手段は控えて
斬撃が飛んでくるという思わぬ攻撃に、レティシアは反射的に上へと飛び上がる。武
?
﹁くっ﹂
速で抜刀から納刀まで行うため、心月流を繋げて放つことができるのだ。
心月流抜刀術・神薙は対中・遠距離用の技なのだが、これにはもう一つ特性がある。超
そして反射的に動いたために警戒が薄れたレティシアの眼前まで葵が跳躍していた。
﹁心月流抜刀術・弐式ーーー﹂
森林地帯での戦い【前編】
643
だがレティシアも伊達に戦闘経験は積んでいない。即座にギフトカードから長柄の
槍を顕現させ、正中に構えて急所を隠す。〝断在〟ではないので防げると判断しての行
動だった。その判断は正しく、槍に刀が打ち付けられて金属同士のぶつかる音が響き渡
る。
だが、彼女の判断が正しかったのはそこまでだった。
﹁ーーー百華乱れ桜・魔装 絢爛花吹雪﹂
﹂
刀は槍で防いだ。しかし葵から放たれた見えない何かがレティシアを斬り刻む。
ーーーはあぁぁ‼
?
二人の距離は再び離される。
まさか、葵殿も契約者だったのか
ことによって葵が魔力を使用していることに気付いた。
﹂
最近になって魔力と接する機会が増えたレティシアだが、遅ればせながら攻撃された
?
葵もなんとか受け身を取って衝撃を殺しつつ着地するが、弾き飛ばされたことにより
て王臣紋の力を解放することで鍔迫り合い状態の葵を弾き飛ばした。
斬り刻まれたことでレティシアの身体が一瞬強張るも、すぐさま吸血鬼の膂力に加え
﹁ぐっ‼
?
﹁今のは、魔力が込められた鎌鼬・・・
?
644
﹁もしかして、男鹿達から何も聞いてないんですか・・・
﹂
吸血鬼の頑丈な身体と相まって、葵の鎌鼬による攻撃はほぼ無力化していた。
正に威風堂々といった振る舞いのレティシアである。おまけに王臣紋の力の解放と
﹁手の内を隠すのは基本だからな。実戦では当たり前のことだ﹂
﹁潔いですね﹂
ろう﹂
﹁まぁ〝断在〟の情報は得ていたのだから、対戦相手の全てを教えろというのは甘えだ
ネーム〟のみんなに伝えるのを忘れていたようだ。
葵はてっきり知らされているものだと考えていたのだが、男鹿どころか古市も〝ノー
﹁あぁ。なんの情報も言わなかったものだから、てっきりただ剣の達人なだけかと・・・﹂
?
﹂
人物であった。
﹁辰巳‼
?
?
﹁それに東条も‼
﹂
お互いに警戒しつつも飛んできたものを目で追うと、それは先ほど分かれたばかりの
の間を何か大きな物体が通り過ぎた。
〝いこう〟と言おうとし、改めてレティシアが葵へ向けて槍を構え直した時、彼女達
﹁さぁ、続きとーーー﹂
森林地帯での戦い【前編】
645
飛んできた二人が大きく見えたのは、レヴィアタンと戦っていた男鹿と東条が重なり
合っていたからである。二人とも大きな怪我はないようだが、所々細かい傷があり少し
息も上がっているように見える。
﹁どうする
★
﹂
なんなら二人掛かりーーーいや、そっちの二人も入れて四人掛かりでも俺
は構わないぞ
?
﹁いッ⁉
﹂
男鹿の方が先に殴り飛ばせるので、回し蹴りに構わず拳を振り抜いた。
繰り出したのに対し、遅れてレヴィアタンは左回し蹴りで対応してくる。どう考えても
まず接触したのは男鹿とレヴィアタンだった。男鹿が逸早く右ストレートを顔面に
少し時間を巻き戻し、男鹿・東条・レヴィアタンの戦いが始まる前まで遡る。
?
れない。
タン。そちらは全くの無傷であり、少し服が汚れているくらいしか戦闘の痕が見受けら
飛ばされた二人が立ち上がる一方で、飛んできた方向から悠然と歩いてくるレヴィア
﹁罪源の魔王の名は伊達じゃないぜ。そう簡単に勝てると思うなよ﹂
646
?
しかし予想外に手が痺れたのは男鹿の拳だった。別に反撃を受けた訳ではない。た
だ単純にレヴィアタンの皮膚が硬かったというだけだ。
右ストレートを放った後、予想外の展開に思考が一瞬停滞した男鹿にレヴィアタンの
左回し蹴りを防ぐ余裕などなく、右脇腹を蹴り抜かれて東条の方へと蹴り飛ばされる。
﹂
東条は二人に迫っていた状況で至近距離から飛んできた男鹿を容赦なく腕を振るっ
て払いのけた。
﹁ガッ、んの野郎共・・・‼
て拳を振るった。
一方そんな男鹿の事など露知らず、東条は蹴り抜いた姿勢のレヴィアタンへと肉薄し
して恨み掛かった言葉を漏らす。
蹴り飛ばされて払いのけられた男鹿は、地面を転がって衝撃を殺しつつ体勢を立て直
?
そしてレヴィアタンが着地する前に仕掛けようと男鹿は右拳に雷電を纏った。さら
﹁ーーーゼブル・・・﹂
ている。
条の拳による運動エネルギーによって数m後方に飛ぶも難なく空中でバランスを保っ
今度も殴られたレヴィアタンだが、先程と同様に殴られたダメージはないようだ。東
﹁うおっ﹂
森林地帯での戦い【前編】
647
にレヴィアタンを狙う直線上には巻き込むように東条も入っている。
﹂
?
﹂
?
直後、自らの身体に向けて横から紋章が展開され、近距離から男鹿の声が聞こえてき
﹁ーーーゼブル・・・﹂
男鹿の姿が消えているのに気付いた。
レヴィアタンが東条を殴り飛ばした後に男鹿へ目を向けた時、雷撃を放った場所から
りレヴィアタンの拳の威力に踏ん張りが効かず男鹿同様に殴り飛ばされた。
レヴィアタンに気付いた東条は振り向きざまに腕を構えて防御したが体勢悪く、何よ
レヴィアタンが東条との距離を詰めて殴り掛かった。
そして東条がゼブルブラストを防ぐために男鹿と向かい合った一瞬の隙に、着地した
﹁防いでくれてありがとよ﹂
は当然の帰結とも言える。
き潰すことができた東条が、さらにそれを無効化するギフトを所持しているのだ。これ
だが東条はそれを平然と真正面から打ち消した。元から素手でゼブルブラストを叩
﹁はっ‼
位置的に雷撃はまず東条に襲い掛かる。
先程のお返しとばかりに男鹿も問答無用で二人目掛けて雷撃を放った。二人の立ち
﹁・・・ブラストォォッ‼
648
﹂
た。ゼブルブラストを陽動にして側面に回り込んだのだ。
﹁・・・エンブレムッ‼
いる。
﹁ーーーま、ちっとは効いたんじゃねぇの
?
た。
全に晴れた場所には、爆発で服が汚れただけで無傷のレヴィアタンが悠然と立ってい
爆煙が晴れていく中、その中心からレヴィアタンの涼し気な声が響き渡る。爆煙が完
﹂
爆煙を見据えて独りごちる男鹿。少し離れた所では東条も立て直して様子を窺って
﹁ちったぁ効いたか、この野郎が﹂
爆煙が包み込んだ。
防御させる間もなく拳を叩き込まれたレヴィアタンは爆発を引き起こし、その身体を
?
ヴィアタンから感じていた。
そ の 実 力 差 を 見 抜 け な い ほ ど 馬 鹿 で は な い。か つ て の 白 夜 叉 を 思 わ せ る 圧 迫 感 を レ
男鹿も強がってはいるものの冷や汗が背中を伝う。たった数手打ち合っただけだが、
﹁・・・嘘つけ、全然効いてねぇだろ﹂
森林地帯での戦い【前編】
649
﹁嘘じゃないさ。鉄なんて目じゃない硬さの皮膚の身体を殴り飛ばせる人間なんてそう
そういねぇよ。怯んだのは最初の一発のみ、即座に合わせてこれる人間なんて特に、な﹂
旧約聖書において、レヴィアタンはいかなる武器も通用しない鱗を持つ最強の生物と
記されている。それなのに男鹿の初撃を除いて二人とも普通に殴っている。レヴィア
タンの硬さを理解して即座に合わせたのだ。
﹂
が重い。魔力も感じないし身体強化系のギフトを所持しているな
﹁え、お前そんなギフト持ってんの
?
?
﹂
?
﹂
?
自分の事だというのに東条は全く気にせず、獰猛な笑みを浮かべて戦闘の構えを取
﹁細けぇこたぁいいんだよ。全力で喧嘩すんのには関係ねぇからな﹂
条の方がアレすぎて詳細は全然分からない。
が言っているらしいのでギフトを所持しているのは確かなようだが、それを理解する東
かなりざっくばらんとした東条の説明に男鹿はツッコまざるを得なかった。白夜叉
﹁それってギフトか
﹁おう。よく分からんが、オーナーが言うには頑張れば強くなるそうだぞ
たというギフト無効化のネックレスだけだ。それ以外にもあるということだろうか。
レヴィアタンの言葉に男鹿も疑問を投げ掛ける。聞いているのは大魔王が持ってい
?
﹂
﹁あとそっちのガタイのいい・・・東条って言ったか ただの人間ではあり得ないほど拳
650
る。それは自身の力を隠すなどといった打算ではなく、純粋に今の喧嘩を楽しもうとす
る笑みであった。
釣られて男鹿も獰猛な笑みを浮かべて魔力を高める。東条にも言えることだが、レ
﹁ハッ、それもそうだ﹂
やっぱり気が合いそうだ﹂
ヴィアタンに通常ダメージを与えるためにもさらに拳の威力を高めるしかないからだ。
﹁ハハハ。お前らの性格、嫌いじゃないぜ
﹂
その後も三人は似たような戦闘を繰り広げ、現在に至る。
★
休憩はそこで終わり、止まっていた三人の戦闘は再び動き出す。
レヴィアタンも張り合いのある二人との戦いを楽しんでいるようだ。
?
?
﹂
?
共闘について少し考えたレティシアは、葵に答えを返す前に男鹿に質問を投げ掛けて
﹁・・・辰巳、罪源の魔王と戦ってみた感想はどうだ
アに相談を持ち掛ける。男鹿や東条に持ち掛けなかったのは妥当な判断だと言えよう。
葵はレヴィアタンの〝四人掛かりで来ても構わない〟という提案を受けてレティシ
﹁四人掛かりって・・・レティシアさん、どうします
森林地帯での戦い【前編】
651
いた。
﹁あぁ
何だよ突然
﹂
・・・まぁ白夜叉を思い出す程度には強ぇな﹂
?
﹁そうか。それ程の相手ならばもう十分に暴れられたんじゃないか
?
た。
?
﹂
?
と気に入らない。
﹁・・・ちっ、しょうがねぇな。今回は乗ってやるよ﹂
?
東条が了承すれば共闘成立だ。
男鹿の了承を得られたということで、レティシアは残る東条の意向を確認する。後は
﹁すまんな。・・・という訳で私達は共闘に賛成だ。そちらの英虎殿はどうなのだ
﹂
てるとは言えない相手だ。だから他人の手を借りるというのは癪だが、負けるのはもっ
を長時間使用しなければならないだろう。そこに味方であるレティシアを加えても勝
言われて男鹿は少し考える。男鹿がレヴィアタンに勝とうとするならば魔力増幅法
ぎては後に差し支えるぞ
﹁察しが良くて助かる。それに相手はレヴィアタン殿だけではない。一人で無理をし過
﹁・・・さっきは俺の希望を聞いたから、今度はお前の希望を聞けってことか
﹂
よく分からなかった男鹿だが、最後の言葉を聞いて何となく言いたいことが理解でき
男鹿の感想を聞いて、諭すように言葉を重ねるレティシア。最初は何が言いたいのか
?
652
﹁あぁ
だから俺は思いっきり喧嘩できれば何でもいいって言ってんだろ
﹂
?
﹂
?
アが男鹿や東条のような人種の扱いに慣れてきているのは気のせいだろうか。
レティシアの説得で東条の了承も得られたことで葵も安心する。というかレティシ
﹁・・・よし、俺も構わねぇぜ﹂
る。
これだけ猛者が集まっている決勝戦で一回しか喧嘩できないのも物足りない感じであ
言われて東条も少し考える。強い相手とはタイマンで戦り合いたいと思っているが、
の強力な参加者との喧嘩はできなくなってしまうぞ
推奨する。レヴィアタン殿は四人掛かりでもキツイ相手だ。此処で負けてしまえば他
﹁いや、私はそんなこと一言も耳にしていないが・・・ならばなおのこと手を組むことを
?
ウンドを迎えるのだった。
こうして急遽手を組んだ四人チームと、嫉妬の魔王・レヴィアタンとの激闘は第二ラ
﹁おう、来い来い。幾らでも相手になるぜ﹂
﹁決まりだな。ではレヴィアタン殿の御言葉に甘えて四人掛かりで行かせてもらう﹂
森林地帯での戦い【前編】
653
森林地帯での戦い︻後編︼
即席で共闘することとなった男鹿達は戦いの流れをレヴィアタンに渡さないため、ま
﹂
﹂
?
そもそもレヴィアタン殿は手加減していて勝てる相手ではないからな
そいつスゲェ硬ぇぞ、気ぃ付けろ‼
ずは遠距離から手数を稼げるレティシアが〝龍影〟を幾筋にも展開させて先手を打つ。
﹁レティシア‼
‼
﹁承知した‼
?
そしてレティシアも自らの攻撃がレヴィアタンには効かないことを認めて攻撃を止
﹁やはりか﹂
与えることは難しいようだ。
撃していく。やはりレティシアの本気であってもレヴィアタンに真正面から決定打を
レヴィアタンは迫り来る〝龍影〟を腕で弾き、足で踏み潰し、四肢の全てを使って迎
﹁まさに影の弾幕だな。だが俺には効かねぇ﹂
り斬撃性は鋭さを増し、加えて速度はさらに加速する。
けていたが、今回はそんな小細工なしに〝龍影〟の強化に魔力を注ぎ込んだ。それによ
レティシアは〝龍影〟に魔力を加えて斬撃性を打撃性に属性変換させる術を身に付
?
?
654
める。しかしその言葉とは裏腹に口角は吊り上っていた。
﹁確かに硬いみたいだけど、私には関係ないわ﹂
レヴィアタンの左背後。何時の間にか回り込んでいた葵が〝断在〟を構えて忍び寄
る。レティシアの〝龍影〟に紛れるようにして密かに移動していたのだ。
次 元 す ら 斬 り 裂 く と 言 わ れ る 〝 断 在 〟 な ら ば レ ヴ ィ ア タ ン で あ っ て も 斬 れ る 筈 だ。
葵は戦闘力を削ぐために容赦なく四肢の腱に狙いを定めて〝断在〟を振るう。まずは
左腕の腱だ。
﹂
だが、レティシアが引き付けてレヴィアタンが躱すことの難しいタイミングで放たれ
﹁硬さは関係なくても速さは関係あるだろう
?
た斬撃は、指で〝断在〟の側面を掴むことで防がれてしまった。
﹂
?
そんな葵の動揺を突くように、左脚を軸にその場で回転する右回し蹴りを左後方に向
慮していたが、まさか刃の側面を剣速に合わせて掴まれるとは思わなかったのだ。
も達人の域に達している。躱すのが難しいタイミングであっても躱される可能性は考
これには葵も驚かざるを得ない。慢心している訳ではないが、葵の剣速は人間の中で
﹁なっ⁉
森林地帯での戦い【後編】
655
けて放つ。
﹂
りを相殺する。
・
・
﹁男鹿‼
・
・
﹂
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
で放ったレヴィアタンの蹴りが同等という意味でもある。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
しかし相殺ということは、魔力を高めて放った男鹿の蹴りと地面を蹴った遠心力のみ
・
に肉薄した男鹿が同じく右回し蹴りを魔力を高めて繰り出し、レヴィアタンの右回し蹴
レヴィアタンが蹴りを放つために右脚で地面を蹴るために力を込めた一瞬。その間
﹁オラァァ‼
?
﹂
それに対してレヴィアタンは頭突きで東条の拳を迎撃した。
アッパーを食らわせようと顎を狙う。
東条の呼び掛けで男鹿はその場から跳び退き、入れ替わるように踏み込んだ東条が
?
﹂
?
その際に手から〝断在〟を奪い取られてしまった葵。〝断在〟を取り返すために追
﹁しまっ⁉
バク転をされて距離を離される。
り上げてレヴィアタンの上体を反らさせた。しかしレヴィアタンにはそのまま連続で
男鹿の時と同じように拮抗するかに思われたが、東条はさらに押し込むように拳を振
﹁ウオォォォォ‼
?
656
サイズ
い縋ろうとも思ったが、一人で突っ込んでも返り討ちに合うだけだと判断して様子を見
ることにした。
こんな身体でもトラック並みの重量はあるんだがな﹂
どの力を発揮しているということだ。
逆にレヴィアタンの言う通り、東条はその圧縮された超重量の身体を殴り飛ばせるほ
ないものとなる。
の身体から繰り出される速さ、そこに加えて超硬の皮膚が合わされば破壊力は計り知れ
エネルギーとは簡単に言えば物体の重さと速さの積である。肉体の超重量と人間大
ティシアと葵。男鹿と東条は言わずもがなである。
首を鳴らしながらのレヴィアタンの独白に、彼の異様な攻撃力の秘密を理解したレ
﹁本当にどんな怪力だ、お前
?
﹂
?
﹁あぁ、俺を倒せたらな。倒せなくても退場する時にベルフェゴールが戻してくれるか
﹁回収できるなら、ってことですか
﹁わざわざ壊すなんてことはしねぇから、後で回収してくれ﹂
もれてしまう。
頂上付近へと投げた。〝断在〟は見事に真っ直ぐ飛んでいき、巨木に刀身の根元まで埋
レヴィアタンは左手に持った〝断在〟を見てから辺りを見渡し、遠くに見える巨木の
﹁さてと、まずは・・・﹂
森林地帯での戦い【後編】
657
ら安心しろ﹂
〝断在〟は確実にレヴィアタンにダメージを与えられる武器だっただけに手痛い損
失だ。しかし葵にはまだレヴィアタンに通じる可能性のある作戦があった。
﹁あ
何で
﹂
﹂
﹁いいから‼
?
早めにしてくれよ﹂
?
﹂
?
個人で程度の差はあるだろうが、策を練ってくるなら正面から迎え撃つ。祭
?
れるかどうかは参加者次第だが﹂
あ ん た ら
りなんだから参加者に華を持たせるのも主催者の役割だよ。ま、そのチャンスを掴み取
めだろう
﹁侮ってるつもりはないさ。主催者が躍起になって参加者を潰したんじゃ、観客は興醒
掛けるレティシア。
この間に攻撃を仕掛けて来ないレヴィアタンに、時間を稼ぐという意味も含めて話し
ぞ
﹁・・・随分と余裕だな。自分で言うのもなんだが、我々を侮っていると足元を掬われる
﹁お、作戦会議か
ないようにレヴィアタンからは目を離さず、口元を読まれないように手で隠している。
葵はレヴィアタンから飛び退いて近くにいた男鹿に話をする。もちろん警戒を怠ら
?
?
﹁男鹿、ちょっと耳を貸しなさい﹂
658
これまでの会話からレヴィアタンの気質は男鹿や東条に近しいものであると考えら
﹂
れるが、主催者として考えつつも参加者として楽しむ姿はどちらかと言えば十六夜に近
いかもしれない。
﹁ーーー分かった
﹂
?
今まで受け身だったレヴィアタンが攻めに出る。最初の標的は自分を殴り飛ばして
﹁それじゃあ今度はこっちから行くぜ‼
レヴィアタンが見守っていたのはそこまでだった。
で終わり男鹿が一回で理解しているところを見ると、然程難しい作戦ではないようだ。
作戦の伝達が終わったようで、葵が確認を取ってそれを男鹿が了承している。短時間
﹁おう。まぁやってみっか﹂
?
最も近くにいた東条だ。
﹂
?
激突には間に合わないので、少しでも動きを逸らそうと咄嗟に行った遠距離攻撃であっ
が拳という一点に集中して放たれるということだ。しかし今から駆け出しても二人の
レヴィアタンの言っていたことが本当ならば、走行中のトラックとの衝突エネルギー
間に葵は神薙を、レティシアは〝龍影〟をレヴィアタンに向けて放った。
東条も負けじと飛び出してレヴィアタンと拳を交えようとするが、その動きを見た瞬
﹁上等だ‼
森林地帯での戦い【後編】
659
た。
﹂
﹂
?
いて殴り返していた。
ウ
チ
馬
鹿
力
﹁なるほど、凌げる程度には強化したわけだ‼
よ‼
﹂
﹂
﹁ハッ、〝ノーネーム〟にも十六夜がいるんでな‼
てめぇなんて珍しくもねぇんだ
そんな男鹿を潰すようにレヴィアタンは打撃を繰り出すが、男鹿は上手く決定打を捌
のような水筒が咥えられており、既に暗 黒 武 闘を発動して魔力を上げている。
スーパーミルクタイム
横合いからレヴィアタンの拳を弾くように殴り掛かる男鹿。その口にはスキットル
﹁無視してんじゃねぇ‼
寄って反対の拳を叩き込もうとする。
感想を漏らしながらも手を緩めないレヴィアタン。再び開いた東条との距離を詰め
﹁へぇ、吹き飛ばねぇのか﹂
に後ずさる。
東条まで到達した。東条は腕を交差させて拳を防ぐが、衝撃を殺せずに地面を削るよう
レヴィアタンはそれらを腕の一振りで薙ぎ払い、二人の攻撃も虚しく止まることなく
﹁効かねぇなぁ‼
?
お互いに本気ではなかったとはいえ、圧倒的膂力を誇る十六夜と衝突して引き分けた
?
?
?
660
男鹿の力量は本物だ。それがレヴィアタンが相手でも通じないということはない。
しかしそれはあくまで戦闘の中で身に付けてきた我流の付け焼き刃。基本的に打撃
戦を行ってきた男鹿には合っていないのも確かである。
そこにすぐさま東条も加わり、二人掛かりでレヴィアタンとの乱打戦に持ち込む。一
見すると女性陣と合流する前と同じだが、男鹿と東条が協力関係にある今、一方的にや
﹂
﹂
られて二人とも吹き飛ばされるということはない。
﹁・・・ッ‼
?
?
説 明 を 終 え た 葵 は 乱 打 戦 に 割 り 込 む べ く 契 約 悪 魔 で あ る シ ー サ リ オ ン ー ー ー コ マ
える作戦だが、他の協力があるのとないのとでは成功確率が段違いだからである。
シアの側に近寄って例の作戦を簡潔に述べていた。最悪の場合は男鹿と葵の二人で行
三人で乱打戦を繰り広げている中、それらを葵もただ眺めていた訳ではない。レティ
﹁心得た。そちらもタイミングを見誤るなよ﹂
﹂
しないレヴィアタンとでは攻防の手数に差があるのだ。
捌き切れずに攻撃を食らったりしている。鉄壁の皮膚に任せて防御も回避も基本的に
が、それでも対等とは言えず、腕を掴まれては振り回されて地面に叩きつけられたり、
﹁クッ・・・‼
?
﹁ーーーでは、隙を見てなんとかお願いします‼
森林地帯での戦い【後編】
661
ちゃんに心の中で語り掛け、自身の肉体へと宿らせることで男鹿に続いて暗黒武闘を発
動する。
﹁行くわよ﹂
身体に魔力を纏い、手元に残るもう一振りの刀へと魔力を通す。レティシアの〝龍影
〟すら弾いたレヴィアタン相手に普通の刀では斬れないだろうが、刀としてではなく魔
力強化した打撃武器としては使える。それも男鹿や東条と比べれば弱いので、ヒットア
﹂
ンドアウェイで二人のサポートに徹するつもりだ。
﹁っと、速ぇな‼
﹂
今まで合間合間に振るわれる葵の刀を掴もうとしていたレヴィアタンだったが、急激
﹁捉えた・・・‼
そしてその時が訪れる。
あった。このままの均衡を保つのも限界に近付いている。
連携でレヴィアタンと渡り合っていた三人だが、疲労速度は確実に三人の方が上で
﹁だが・・・﹂
の隙を狙って男鹿と東条が踏み込み、更なる乱打戦を展開する。
だが、葵は紙一重で剣筋をずらし、的確に打撃を与えて即座に離脱。そしてできた少し
乱打戦に接近してきた葵に気付いたレヴィアタンは二振り目の刀も掴もうとしたの
?
?
662
な速さの変化に慣れ始めた瞬間、奪取ではなく破壊に切り換えた。しかも剣筋を逸らし
て拳の衝撃を逃がされないよう、挟み込むようにして両拳を叩きつけている。
﹂
結果、葵の刀は魔力を通して強化していたにも関わらず半ばから砕け散った。
﹁ッ・・・⁉
﹂
は起き上がれなかった。
的に後方に跳んだ彼女だが、ダメージを逃がしきれなかったのか仰向けに倒れてすぐに
刀を破壊されてバランスを崩したところでレヴィアタンの蹴りが突き刺さる。反射
?
戦そのものが成り立たなくなる。
になると判断して作戦を実行する隙を窺っていたのだが、もし葵が脱落してしまえば作
〝龍影〟では細かいコントロールが難しく、槍で乱打戦に割り込むのはかえって邪魔
蹴り飛ばされた葵へと声を掛けて安否を確かめるレティシア。
﹁葵殿‼
?
﹂
?
一気に仕掛けるべく、レティシアは今も乱打戦を繰り広げている男鹿と東条へと声を
﹁二人とも、退けッ‼
引けば不利にしかならないのは目に見えていた。
口元に垂れる血を拭い、ふらつきながら立ち上がる葵を見て一先ず安心する。だが長
﹁げほっ、だ、大丈夫です。まだ、やれます﹂
森林地帯での戦い【後編】
663
張り上げた。レヴィアタンがその声に反応した瞬間、言われた二人は跳躍して離脱す
る。
レティシアは離脱するのを確認する前から〝龍影〟を伸ばし、レヴィアタンへと殺到
させる。
﹂
?
のだ。
から黒い翼を展開。魔力を込めて出せる最高速度の飛翔で頭上からの強襲を敢行した
レティシアは〝龍影〟でレヴィアタンの視覚から姿を眩ませ、槍に意識を集中させて
叩き落とされてしまう。
その拳は槍を投擲したはずのレティシアの腹部に捻じ込まれていた。槍は逆の手で
﹁かは・・・‼
を、槍ではなく頭上に向けて突き上げた。
と軽く呆れていたレヴィアタンが言葉を止め、正面から殴り返そうと構えていた拳
﹁影だろうが槍だろうが同じーーー﹂
空気を裂いてレヴィアタンへ向かう。
砕かれた〝龍影〟が陽に溶けるようにして消える中、それらを貫くように長柄の槍が
レヴィアタンは脚を高く持ち上げ、踵落としの容量で〝龍影〟を踏み砕いた。
﹁何度も同じ手が通じるか﹂
664
﹁不意を突くいい攻めだったが、陽動もなしじゃ届かないぜ﹂
レヴィアタンは拳を突き上げた状態で、その先で苦痛に表情を浮かべているレティシ
アに言い放つ。彼女の苦悶の表情は無理もない。葵と違い、後方に跳んでダメージを逃
すどころか突っ込んで行ったのだ。吸血鬼としての頑丈な肉体があろうが、息をするの
も苦しいだろう。
﹁・・・つ・・・ぞ・・・﹂
そんな状態で何かを呟くレティシアに訝し気な表情を向けるレヴィアタン。
・
・
・
何を言っているのか聞き返そうと思った次の瞬間、レティシアの手が彼の腕をガッシ
・
リと掴んだ。
﹁動きを止めようってんなら温い‼
﹂
レヴィアタンは影の中で強引に腕を振り回し、拳にしがみ付くレティシアを容易く振
?
め上げていく。
だが、その動きは攻撃ではなく自分ごとレヴィアタンを包み込むように視界を黒く染
直後、再びレティシアから影が迸る。
﹁ーーー捕、まえた、ぞ﹂
森林地帯での戦い【後編】
665
まさかーーー︶
り払った。それに伴い身体の周りを囲っていた影の拘束も解ける。
その事に小さな違和感を抱く。
︵この程度で〝捕まえた〟と言えるのか
﹁じじい直伝ーーー﹂
﹁﹁撫子
﹂﹂
!!!
そして、それに対してレヴィアタンが反応する前に二人が行動を終わらせる。
きた葵の声が背後にいることを教えてくれる。
それだけではない。振り返る暇がないので視覚での確認はできないが、聴覚に響いて
﹁心月流無刀ーーー﹂
の前に立っている男鹿だった。
考える間も無く彼の視界が晴れた時、目に飛び込んできたのは腰だめに拳を構えて目
?
666
男鹿は正面から鳩尾に、葵はその真反対の背中に撫子ーーー戦国時代には〝鎧通し〟
と呼ばれた技を放った。
〝鎧通し〟。甲冑を着て戦う戦場下で〝鎧の上から相手の心臓を止める〟ことを目
的に編み出された、衝撃を一点に集中して貫通させる古武術の技である。
﹂
けて体内で爆発させるという荒技を選択した。たとえ鉄壁の皮膚を持つレヴィアタン
打になり得ない可能性が高いと踏んだ葵は、衝撃を貫通させるのではなく双方からぶつ
それもただの撫子ではない。彼の頑強さを考えれば衝撃を貫通させるだけでは決定
を歪ませた。
二人の放った撫子は、これまで余裕の表情を欠片も崩さなかったレヴィアタンの表情
﹁グゥッ・・・‼
?
であろうと、生物である以上は内臓まで硬いはずがない。
﹂﹂
?
﹂
?
役割を本能で理解して駆け出していたのだ。
二人が距離を空けた直後に東条がレヴィアタンに肉薄する。呼ばれる前から自分の
﹁言われなくても分かってらぁ‼
で駆け込み渾身の一撃を食らわせやすくするためだ。
奇しくも言葉が重なった男鹿と葵は、数歩分だけ後退して距離を空ける。東条が全力
﹁﹁東条‼
森林地帯での戦い【後編】
667
﹁オラァッ‼
﹂
﹁倒した・・・わけ、じゃないわよね
﹂
た。殴り飛ばされた彼は、受け身も取らずに背中から落ちて軽く地面を陥没させる。
東条の右ストレートはレヴィアタンの頰を完璧に捉え、超重量の身体を殴り飛ばし
?
﹂
?
ような相手ではないからだ。
?
四人とも、お疲れさん‼
?
?
が彼に問い掛ける。
﹁今のが自身に課していた敗北条件なのか
﹂
られる。男鹿と東条も似たようなものだが、そんな中でも冷静を保っているレティシア
次の手を考えつつ身構えていた葵だが、そんな気の抜ける言葉を掛けられて呆気に取
﹁・・・よし、合格だ‼
﹂
倒せるとは思っていなかったが、一撃で倒せなかったのは痛い。同じ手が二度も通じる
葵の考え通り、ゆっくりとだが確かな動きで起き上がるレヴィアタン。確かに一撃で
﹁痛ってぇ・・・ペッ。血反吐吐くなんて何時以来だ
ても、罪源の魔王を一撃で再起不能にできるとは思わなかった。
動かないレヴィアタンを見て確認するように声を掛ける葵。幾ら強力な攻撃であっ
?
668
﹁あぁ。俺に明確なダメージを与えたんだ、十分だろう
議ではない。
﹂
して強者との戦いを中途半端に終わらされている。最後まで戦いたいと言うのも不思
男鹿も東条も、人生の大半を喧嘩に生きてきたような人種だ。それに東条は予選を通
﹁俺もようやく温まってきた頃だ。勝手に締めてんじゃねぇぞ﹂
あった
﹁ざけんなコラ、とっとと続きやんぞ。てめぇギフトも使ってねぇじゃねぇか﹂
それを聞いた葵は身体の緊張を解くが、当然納得していない者達がいた。
だ。第三者の視点から見ても及第点は超えている。
かれなければ対処してみせるだろう。そんな彼の隙を作り出し、見事に一撃を入れたの
レヴィアタンならば、仮に星を揺るがす一撃を持つ十六夜が相手であろうと不意を突
?
・
・
・
﹂
?
﹁あ、てめっ﹂
﹁ま、戦いたければ俺が消えた後に二人でやりな﹂
では済まない。
右脚、東条は右拳の骨にヒビが入っていた。彼の言う通り、これ以上続けるならばヒビ
意味深に言うレヴィアタンだが、もちろん本人達は理解している。戦闘の中で男鹿は
は戦闘ではなく一方的な蹂躙になる。それに、これ以上やると砕けるぞ
・
﹁強気なのは好きだが、俺の戦闘系ギフトは手加減が難しいんだ。使えば今のお前達で
森林地帯での戦い【後編】
669
ゲームの負けを認めたレヴィアタンがその場から姿を消す。悔しそうにしている二
人だが、消えてしまったものは仕方がない。
レヴィアタンの去り際の言葉を思い出して互いに顔を見合わせる。
〝この際もうてめぇでもいいなぁ〟
そんな風にガンを飛ばす二人を、それぞれのパートナーが止めに入る。
﹂
?
﹂
?
﹂
?
へと転送されていった。
男鹿はまだ続けるというので東条もごねたが、葵はなんとか東条を宥めすかして会場
う﹂
﹁私は治療道具を持ってきている。応急処置に魔力強化すればまだ問題なく戦えるだろ
﹁という事で私達はリタイアしますけど、レティシアさん達はどうするんですか
わってしまったからこそ、戦いを維持するモチベーションも落ちてしまったと言える。
正 論 を ぶ つ け ら れ た 二 人 は ガ ン を 飛 ば す の を 止 め る。そ れ に 戦 い が 中 途 半 端 に 終
使い物にならなくなるぞ。それでもいいのか
﹁辰巳。骨にヒビが入った程度ならまだ戦えるが、英虎殿とそのまま戦えば間違いなく
じゃない。今ならきっと簡単に治るわよ
﹁東 条。貴 方 そ の 右 手 が 使 え な く な っ た ら 喧 嘩 ど こ ろ か 仕 事 も し ば ら く で き な く な る
670
森林地帯での戦い【後編】
671
森林地帯での戦い。勝者、男鹿辰巳・レティシア=ドラクレアチーム&邦枝葵・東条
英虎チーム︵その後、邦枝葵・東条英虎チームはリタイア︶。
湿地帯での戦い
湿地帯での戦い。
赤星の要望通り、暴食の魔王・ベルゼブブとの一対一を実現させるためベヘモットと
﹂
バティン、プルソン、エリゴスの三人はその場から離れていく。
﹁おい爺さん、露払いなんて安請け合いして後悔すんなよ
﹁ホッホッ、お手柔らかに頼むわい﹂
うに辺りを覆っていく。
後方に続けて空を仰ぎ見れば、晴れていた湿地帯に暗雲が垂れ込み、陽の光を遮るよ
﹁みたいじゃの。ベルゼブブの奴もギフトを発動したようじゃし﹂
から激しく炎が舞い上がっているのが目で見える。
プルソンが来た道を振り返って残った二人を確認する。かなり離れてはいるが、そこ
﹁あ、始めたみたいですよ﹂
けるようにはしている。
い雑談混じりで緊張感に欠けているとは思うが、お互い普段の振る舞いの中でもすぐ動
バティンとベヘモットは変わらぬ調子で会話をしながら移動していく。移動中は軽
?
672
﹁ーーーさて、儂らもこの辺で戦うとするか﹂
それまでと同じように変わらないベヘモットの声音。だがそれを聞いた三人はすぐ
さま跳び退き、プルソンを後衛・バティンとエリゴスを前衛に置いたフォーメーション
を組んだ。声音ではなく醸し出す雰囲気がピリピリと伝わり緊張感を高めていく。
﹁先手は譲ろうかの。先程こちらの意を酌んでくれた礼じゃ﹂
先程とは、赤星とベヘモットが二手に分かれると言った時に大人しく付いてきてくれ
たことである。優勝を狙うならば乱戦に持ち込んで関門であるベルゼブブの隙を窺う
リー
ダー
達
べきであろうが、どういう意図があったにせよ三人は提案に乗ってきてくれた。その借
りを早めに返しておこうという考えだ。
を知っているベヘモットは相手の戦闘準備が整ったことを理解した。
たいと思えるような演奏だが、その音色が様々な効果を周りに付与する魔笛であること
奏を開始する。響き渡る音色は軽快で力強く、それでいて美しいため純粋に傾聴してい
バティンが拳を、エリゴスが槍を構えるのと同時にプルソンがトランペットによる演
只者じゃないのは分かってる。最初から本気で行くぜ﹂
﹁・・・さっきまで色々と言ったが、あんたが罪源の魔王と古い知り合いだという時点で
湿地帯での戦い
673
﹁シッ﹂
瞬時に距離を詰めたバティンが高速で拳を放つ。一撃の威力はそれほど高くない代
わりに速度を追求した拳なのだが、ベヘモットはそれを苦もなく躱していく。
このまま真正面からの打ち合いでは意味がないと判断したバティンはサイドステッ
プも入れて翻弄しようとし、横へとずれた瞬間に彼の身体で隠れた背後からエリゴスが
槍を突き出した。
しかしそんな不意を突く連携もすらもベヘモットは軽々とあしらってしまう。
﹂
?
﹂
?
でも手足で攻撃の悉くを防がれてしまっているのだ。悪態も吐きたくなるというもの
エリゴスが加わったことで流石に全ての攻撃を躱す余裕はなくなったようだが、それ
﹁クソッ、爺さんのくせに俊敏過ぎるだろ‼
﹁そんな軽い拳では簡単に防がれてしまうぞ﹂
なく拳を振るい続ける。
と槍先に乗せて振るい続ける。さらにエリゴスと挟むように移動したバティンも容赦
エリゴスは絶妙な槍捌きでバティンの邪魔にならないようにし、尚且つ力をしっかり
﹁・・・ッ﹂
のか
﹁ほれ、どうしたどうした。あっちのお嬢ちゃんの補助が発揮されなければ当てられん
674
だろう。
エリゴスは槍を大きく後ろに回し、薙ぎ払いの一撃を放つ。バティンは横薙ぎの一撃
に巻き込まれないよう大きく跳躍し、既に槍の攻撃範囲内から抜け出している。
﹁そんな予備動作の大きい攻撃が通じるとでもーーー﹂
﹂
ベヘモットは槍の穂先を受け止めようと右手を伸ばしーーー急激な加速によってタ
いきなりじゃな。そろそろ本領発揮かの
イミングがずれた。
﹁っと‼
?
﹁・・・ッ‼
﹂
?
﹂
?
を踏まえて考えても明らかに力が上がっている。
トは躱したが、躱された拳が地面に突き刺さると罅割れが生じていた。落下による衝撃
ひび
跳躍していたバティンが重力に従って落下しながら拳を振り下ろしたのをベヘモッ
が本番だということだ。
今のはなんとか防げたものの、プルソンの付加能力が始まったということは此処から
エ ン チャ ン ト
手で掴めていたであろうが、身体の動きがイメージに着いてこなかったのだ。
え込んでいた。いつものベヘモットならば加速しただけの攻撃など瞬時に見切って右
槍が加速した瞬間、受け止めようとしていた手と反対の左手を伸ばしてギリギリ押さ
?
﹁おい爺さん。さっきまでと同じように行くとは思うなよ‼
湿地帯での戦い
675
﹂
これまであしらわれ続けた鬱憤を晴らすような過激な攻めを繰り出す二人に、ベヘ
モットはやれやれと嘆息する。
﹁もう少し年寄りを労わろうとは思わんのか﹂
﹁だったら年寄りらしく家でゆっくりしとけ‼
年寄りはどちらかと言えば散歩をしたりじゃなーーー﹂
?
が狙われても対処できるようにするため深追いはしない。
離を取った。二人はベヘモットの行動の意味が分からず、プルソンから離れすぎて彼女
その細やかな対応に慣れてきたベヘモットは、一度バティンとエリゴスから大きく距
に対応しているのだ。
れを付加されたと感じた刹那の間に行うことで、ずれる動作イメージと身体機能の増減
自分が弱体化した分だけ魔力強化し、相手が強化した分だけさらに魔力強化する。そ
トロールを実現しているためである。
た中で強化された二人の攻撃を変わらず凌げているのは、偏に膨大な魔力で繊細なコン
化〟を常時ではなく変幻自在に付与することである。ベヘモットが弱体化を付与され
プルソンの付加能力で最も面倒なのは、味方に対する〝強化〟と相手に対する〝弱体
なものであった。
軽い言葉で受け答えしているベヘモットだが、行われている攻防は見た目以上に精緻
﹁それは偏見じゃぞ
?
676
﹁ふむ、そろそろ此方から仕掛けるとするか﹂
左 右 交 互 に 耳 を 穿 り な が ら と い う 緊 張 感 の 欠 片 も な い 動 作 で 反 撃 宣 言 を す る ベ ヘ
モットだが、対面する二人はこれまで以上に集中力を高める。ずっと防御と回避のみで
様子見に徹していたベヘモットが攻撃に移るというのだ。どれだけ警戒しても警戒し
過ぎということはない。
ベヘモットはモスグリーンのギフトカードを手にし、鉄でできたヌンチャクを取り出
した。そして再び接近してバティンとエリゴスへ攻撃を仕掛ける。
︶
二人とも迎撃するように拳と槍を振るうものの、すぐに違和感を感じることとなる。
?
がんで回避する。
クによる攻撃を鎧の腕部で受け止め、弾かれた槍を片手で薙ぎ払うもベヘモットはしゃ
穂先を弾きざまにヌンチャクで殴り掛かる。エリゴスは槍から片手を離してヌンチャ
き出すと、前を向いたまま蹴りを放った片足立ちの状態で跳び上がって後ろ回し蹴りで
分で防いで蹴りを放つ。それをバティンが避けて入れ替わるようにエリゴスが槍を突
バティンが迫るヌンチャクを躱して右ストレートを放つと、戻したヌンチャクの鎖部
だが、その攻撃が単調過ぎるのだ。
防ぎ躱していただけの宣言前に比べれば武器を取り出して自分から攻撃しているの
︵・・・攻め気が感じられねぇな。どういうつもりだ
湿地帯での戦い
677
678
このように攻撃をしては防御や回避に移り、防御や回避をしては攻撃に移る。二人相
ぬかる
手で一人に構っている暇がないのかもしれないが、追撃はせずーーーまるで何かのタイ
こな
ミングを測っているかのように単調な戦闘を熟す。
硬直し始めた戦闘を動かすため、バティンは足元の泥濘む地面を掬うように殴り上げ
て視覚を潰しにかかる。
広範囲に拡散して避けられないと判断したベヘモットは、とんでもないことに自身に
降り掛かる全ての泥をヌンチャクで叩き落としてしまった。
そんな中、エリゴスは鎧で降り掛かる泥など露ほども気にせず槍を腰だめに構えて
突っ込んでいた。さらにプルソンの〝強化〟も合わさり加速していく。
相対的にベヘモットは〝弱体化〟を受け、泥を叩き落とした瞬間を狙われて躱すこと
も難しい。防ぐにしてもバティンよりも力の強いエリゴスの強化された突進は慣性も
重なり蹴りで弾ける威力を超えている。たとえ倒せなくとも手傷は負わせられるだろ
う。
ーーーと、考えたエリゴスの突進は、唐突に視界から姿を消したベヘモットのいた場
所を刺突するに終わった。
﹁・・・⁉
ガハッ‼
﹂
?
いったい何ーーーガッ⁉
﹂
バティンは目の前で起こった現象に訳が分からず動揺を露わにする。
吹き飛ばした。それから起き上がる気配がなく、気絶していると思われた。
次の瞬間、エリゴスの腹部に強烈な衝撃が幾つも走り抜け、堅固な鎧を砕いて身体を
?
?
チャクを振り回して飄々とした笑みを浮かべている。
トが異常なだけである。
近くも戦闘力の開きが出るほどだ。それを魔力で調整して二人相手に戦えるベヘモッ
同レベルの敵が相手であった場合、〝弱体化〟と〝強化〟の相乗効果で単純計算なら倍
バ テ ィ ン は 不 思 議 に 思 っ た こ と を 訊 く。プ ル ソ ン の 付 加 能 力 は そ こ ま で 低 く な い。
?
が、それよりも気になることがあった。
﹂
純粋に感心している様子の口調で話し掛けるベヘモットに目を向けると、悠々とヌン
﹁ほぉ、無意識に後方へ跳んで衝撃を軽くしたか。なかなか筋がいいの﹂
﹁グッ・・・﹂
いる。
バティンも気付けば吹き飛ばされていたが、エリゴスとは違いなんとか意識を保って
﹁は
?
﹁・・・おい。なんで、〝弱体化〟が効いて、ねぇ・・・
湿地帯での戦い
679
だが最後の攻撃する瞬間は明らかに〝弱体化〟が働いていない動きだった。低下し
・
・
・
・
あぁ、悪いの。付けたままなんで聞こえんかったわ﹂
・
ていない身体機能に、調整していた分の魔力を注ぎ込んだような動きである。
のは控えたいんじゃが﹂
や
﹁・・・さて、お嬢ちゃんはどうする できればお嬢ちゃんのような娘を殴り倒すという
えなくなった。エリゴスと同様に気絶してしまった。
途切れ途切れに喋っていたバティンの声が尻すぼみに小さくなっていき、遂には聞こ
よ﹂
﹁ハッ。何言っ、てやがる。あんた、ほどの実力なら、小細工なしでも、戦れたくせに・・・
んでいたのだ。
ベヘモットが反撃宣言をした時に耳を穿っていたのは、手に隠し持った耳栓を押し込
をつけるなら安いもんじゃよ﹂
﹁あっちのお嬢ちゃんが音で相手を嵌めるのは予選で見ておったからの。小細工で不意
﹁そうか。あの時か、クソったれ・・・﹂
ルソンの演奏を遮断していたのだろう。
バティンはそれで全てを理解した。外界の音を完全にシャットダウンすることでプ
そう言ってベヘモットは自身の耳に指を突っ込み、耳栓を取り外した。
﹁・・・ん
?
680
?
ベヘモットは振り向きながら少し離れたところにいるプルソンに問い掛ける。
しかしその問いに対するプルソンの答えは考えるまでもなかった。
させていただきます﹂
﹁直接戦闘の二人が倒れてしまった時点で私に勝ち目はありません。大人しくリタイア
ベヘモットはプルソン達が転移するのを見届けてから、暴風が巻き起こり、炎が舞い
﹁ん、それがえぇ。じゃあ儂は二人の決着でも拝みに行くかの﹂
上がっている方向へと足を進めた。
★
ベヘモット達がその場から離れて少しした後。身に纏う炎を舞い上がらせている赤
星に対し、ベルゼブブは天候を支配しつつもその場で身動ぎ一つせず平然と待ち構えて
いる。
﹂
?
赤星としても実力差があるのは承知で挑んだが、負けるつもりは毛頭無かった。格上
﹁いや、願ったり叶ったりだ﹂
はありますか
﹁君の要望通り、実力を見るという意味でも最初からギフトを展開しました。何か問題
湿地帯での戦い
681
相手だからと言って尻込みするほど気弱な性格はしていない。
に返す。
?
のこと﹂
﹁純粋に私が感じた評価を述べたまでです。その技量では私に届かなかったと言うだけ
﹁過大評価じゃないのか
軽くあしらわれてるようにしか感じないが﹂
実力を見るという発言通り迎撃しながら評価を下すベルゼブブに対し、赤星は皮肉気
﹁格闘技術はまぁまぁですね﹂
まっている。
手刀で迎撃しにくい蹴り技なども織り交ぜるが、そちらは最小限の動きで躱されてし
星との接触を少なくし、防御とともに拳や腕に打撃を加える無駄のない迎撃であった。
だがベルゼブブはそれら全てを手刀で払い落としてしまう。その対応は炎を纏う赤
ンビネーションで攻め立てた。
赤星は上から目線のベルゼブブとの距離を一息に詰めて拳を振るい、右拳と左拳のコ
﹁そのスカした面、すぐにでも崩してやる﹂
つら
を伸ばし、手を手刀の形にして戦闘姿勢を取った。
暗雲から雨が降り雷が鳴り始める中、返答を聞いたベルゼブブは片腕を持ち上げて指
﹁よろしい、では来なさい﹂
682
極力触れないようにしています
自分で言っておいてなんだとは思うが、事実とはいえ流石にこうも上から目線だと多
少イラッとしてしまう赤星である。
﹁ふっ‼
﹂
がない。赤星の猛攻は変わらずベルゼブブに届かない。
取り敢えず意地でも一発入れることを決めたが、決意一つで目に見えて強くなれる訳
﹁あぁそうかい。だったらその意味を教えてやるよ﹂
いのですが﹂
が、微量の魔力を垂れ流して派手に見せているだけでダメージを与えられるとは思えな
﹁ですがその纏っている炎に意味はあるのでしょうか
?
ぎたのを確認し、
想定通りにベルゼブブから見て左下から振るわれた拳を躱して顔の右側へと通り過
度であり、顎を狙っていると判断したベルゼブブは上体を逸らして躱すことにする。
今度は右斜め下から打ち上げるように拳を打ち出す。手刀で迎撃するには難しい角
?
﹂
あり得ない軌道で方向転換した拳が裏拳の如く再び顎を狙って打ち出される。
﹁ッ‼
?
湿地帯での戦い
683
突然のことで驚くベルゼブブだが、瞬時に反応してさらに上体を逸らし、不安定に
なった体勢をバックステップとバク宙でなんとか立て直そうとする。だが赤星とて初
めてできた相手の隙を逃す筈もなく、間を置かずに殴り掛かった。
それでも一瞬早く迎撃可能な体勢を立て直すことに成功したベルゼブブは、赤星の左
拳が迫るのを見つめながら先程のことについて考える。
﹂
?
球体から炎のレーザーを四筋発射し、ベルゼブブの手足を貫こうとする。あのまま打
﹁レッドガン﹂
る。
赤星は手を銃の形にして空中のベルゼブブへと照準を定め、指先に炎の球体を形成す
初撃の拳同様に不自然な加速をした脚でベルゼブブを蹴り上げた。
普通なら威力を落とさないための無理な連続駆動で一度動きを止めざるを得ないが、
うに繋げて逆の頰を殴り、勢いを殺さず鳩尾へと左回転肘打ちを突き刺す。
それに留まらず赤星の怒濤のラッシュは止まらない。左拳に続いて右拳を流れるよ
﹁まだまだぁ‼
であった赤星の拳が瞬時に加速し、彼の頰に一撃を入れたからだ。
ベルゼブブの思考が止まった、止められた。何故なら余裕とは言えなくとも迎撃可能
︵さっきのはいったい・・・しかし軌道が変わることを理解していれば対策はーーー︶
684
撃を与え続けられるような相手とは思えないので、予選で男鹿相手にも使用した動きを
阻害するための一手だ。
球体から伸びた熱線が真っ直ぐに到達ーーーする直前、暴風が吹き荒れ全ての熱線を
霧散させた。
霧散させた張本人であるベルゼブブは暴風を纏って宙に浮き、重力を無視してゆっく
﹁・・・なるほど、そういうことですか﹂
りと地面に降り立つ。
り回されないようにするスタビライザーの役割も担っているのですか﹂
﹁その纏っている炎は身体の推進力を得るためのブースターであり、推進力に身体が振
ベルゼブブの推察通り、赤星が左斜め上に拳を振り抜いた時は炎の逆噴射により慣性
を無視して裏拳に方向転換し、拳や脚が加速した時は炎の噴射により推進力を付加して
いる。
だが人間の身体構造でそれをやれば無理な動きですぐに関節が悲鳴を上げるだろう。
それを防ぐために拳や脚といった局所的な加速のみではなく、相対的な身体位置の調整
にも炎の噴射を利用しているのだ。
るのではないですか
微量なりとも魔力を消費し続けてまで常に纏っている炎がその
﹁しかし炎の噴射による推進力を生み出すためには溜め、もしくは何かしらの兆候があ
湿地帯での戦い
685
?
何よりの証拠でしょう﹂
﹂
?
きますがーーー﹂
そこで言葉を区切り、
﹁殺す気で来なければ一方的な戦いになりますよ
﹂
?
宣言とともに、周囲一帯に先程の比ではない暴風が吹き荒れ、降り頻る雨が一層激し
しき
﹁大まかな実力は把握しました。ここからは私も攻勢に転じます。その上で宣言してお
の感覚的には実力を見ると言って戦っていた時より遥かに圧迫感がある。
ベルゼブブの気配が先程の一言から変わった。上から目線なのは変わらないが、赤星
﹁なんだと
﹁賢明な判断でしょう。ーーーたとえ結果は変わらないとしても﹂
そう判断した赤星は纏っていた炎を消した。
て反応することもできるであろうし、何よりも魔力の無駄である。
炎を出し続ける必要はないだろう。ベルゼブブ程の実力者であれば事前に予測を立て
それを隠すための炎なのだが、完全に虚を突いた裏拳を躱されたところを見るともう
﹁・・・全てお見通し、か﹂
686
く変化し、頭上では幾筋もの雷光が迸り雷鳴を轟かせる。
﹁漸くまともに戦う気になったか﹂
赤星の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
確かに自分の実力を測りたいとは言ったが、何も実力を見てもらいたかった訳ではな
い。自分を叩き潰すつもりで戦うベルゼブブと相対する、この展開こそが本当に望んだ
展開と言えるかもしれない。
﹁暴食の魔王・ベルゼブブ。その力の一端を見せてもらうぞ﹂
ギアス
罪源の魔王による小手調べが終わり、その猛威が振るわれる。
★
意のままに嵐を操るベルゼブブは圧巻の一言だったが、赤星にはそれを眺めているだ
ようになった。
て範囲を狭めていき、さながら台風の目のようにベルゼブブを中心に暴風が吹き荒れる
さらっと恐ろしいことを呟いてから行動に移す。吹き荒れている暴風が強さを増し
す﹂
﹁行きますよ。当たれば致命傷ですが・・・まぁ契約が機能する攻撃なので心配は無用で
湿地帯での戦い
687
︶
けの余裕はなかった。次の瞬間には、目に見えるほどの密度を保った風の刃がベルゼブ
ブから放たれる。
︵速いッ、それにデカイ‼
﹂
?
﹁紅 い 爆 発 ‼ ﹂
レッドエクスプロージョン
を引き起こす。
れば爆弾だ。その拳が何かを殴った途端に圧縮された炎が連続して接触面での小爆発
そして全身に纏った炎とは異なる、圧縮された炎が右手を包み込む。その拳は言うな
﹁おおおおぉぉぉぉっ‼
よってバランスの制御と推進力を生み出している。
ブ ブ へ と 突 っ 込 ん で い く。加 え て 吹 き 荒 れ る 風 の 影 響 を 打 ち 消 す た め に 炎 の 噴 射 に
地面を這うようにして迫る風の刃を跳んで躱し、空中で足場に紋章を展開してベルゼ
易く胴体を真っ二つにできる威力であろうことが窺える。
う。耀の作る旋風の刃は裂傷を与える程度のものだが、ベルゼブブの作る台風の刃は容
赤星は知らないものの、耀も旋風を操って鎌鼬を作り出せるのだが規模が圧倒的に違
?
688
直後に小爆発が引き起こされ、暴風と爆風がせめぎ合う。が、それもほんの少しのこ
ゼブブに届く前に風圧を増した暴風の塊に阻まれた。
赤星は突っ込んだ時の慣性も利用して右拳を振り抜く。だが振り抜いた右拳はベル
?
とであり、小爆発は暴風の前に吹き散らされ、それを作り出していた赤星をも吹き飛ば
した。
くっ・・・﹂
︶
がなければベルゼブブには届かない。遠距離からの攻撃では尚更だろう。
ど接近して殴りに行った時は放った攻撃ごと吹き飛ばされたので、それを越える貫通力
反撃として放たれる、自らを吹き飛ばした空気砲を避けつつ分析を進める赤星。先ほ
︵もっと貫通力のある技じゃねぇと突破できそうにないな︶
いる暴風の壁にさえ防がれてしまった。
炎のレーザーを時間差で様々な方向から打ち込んでみたが、暴風の塊どころか纏って
で、今度は螺旋を描くようにして距離を詰めながらレッドガンを連射していく。
再び突っ込む。だが愚直に正面から突っ込んでも先ほどの繰り返しとなってしまうの
赤星は地面をバウンドするほど勢いよく吹き飛ばされたが、すぐに体勢を立て直して
﹁うぉ⁉
?
?
いった。赤星の身体より一回り以上膨らんだ炎に目と口を模した顔のようなものが形
その途中で、今まで全身に纏っているだけだった炎が膨張して明確な形を形成して
動きで一気にベルゼブブへと迫る。
攻撃方針を決定した赤星は空気砲の照準から逃れるため、紋章も展開した三次元的な
︵もう一度接近して高貫通力・高威力の技を叩き込む‼
湿地帯での戦い
689
作られ、赤星の腕と連動するように炎の腕が浮かび上がる。
端から見れば、炎でできた巨人の上半身に赤星が取り込まれているといった感じであ
﹂
ろうか。そのまま完璧に動きが連動している炎の右腕を後方に引き絞り、力を貯めて解
き放つ。
レッドバレット
ベルゼブブに受け止められた。
﹁ーーーまだまだですね﹂
安定になっていた暴風の壁を見事に突破し、
ならばと赤星は空いている炎の左腕をさらに打ち込んだ。炎の左腕による追撃は不
きない。
かしそれでも突き破るには至らず、暴風の壁を揺らすまででそれ以上突き進むことがで
再び暴風の空気砲と炎の弾丸が激突し、今度は吹き散らされることなく拮抗する。し
相手に使用できるように破壊力を落としたものがレッドガンなのだ。
もなく消し飛ばせるほどの威力を秘めている。言ってしまえば、レッドバレットを人間
炎の腕から解き放たれた弾丸は、普通の人間相手に使用すれば身体の三分の一を跡形
﹁紅い弾丸‼
?
690
﹁・・・やはり化け物か﹂
ベルゼブブは特に不思議なことをした訳ではない。魔力を手に集めて盾にしただけ、
それだけで掌に焦げ目を付けることもなく赤星の技を防いだのだ。
愕然として冷や汗を流す赤星だが、ベルゼブブはそんな赤星の言葉を聞いて否定す
る。
それなのに圧倒されるのは七大罪が弱体化しているからに他なりません﹂
﹁失礼な。今の私はギフトゲームの性質上、手加減をしなければならない状態なのです
よ
﹁気付いていたのか﹂
?
ともかくそうして目覚めた彼らだが、呼び起こされただけで霊格が回復する訳がな
にする。
〝ソロモン商会〟である。その目的や詳細は未だに不明なのだが今は置いておくこと
そんな彼らを呼び起こして現代に七大罪を顕現させ、何かのために利用していたのが
動を停止した封印状態とも呼べる深い眠りに就いていた。
に敗れて霊格が摩耗したことにより力を失った。それに伴って姿形も変化し、身体の活
ベルゼブブの言う通り、七大罪のうち大魔王であるベルゼバブ以外は過去の勢力争い
ね﹂
﹁霊 格 が 明 ら か に 摩 耗 し て い ま す。何 故 そ の よ う な こ と に な っ た の か は 知 り ま せ ん が
湿地帯での戦い
691
かった。結果として潜在能力の多くを引き出せていない赤ん坊のベル坊と同等の力し
か発揮できていないのだ。
仮に今戦っているのが赤星ではなく、ベル坊やルシファーと契約している男鹿や鷹宮
﹂
であったとしても罪源の魔王と単独で戦って勝つのは厳しいであろう。
﹁それで、どうしますか
決まってんだろ﹂
?
両者は三度ぶつかり、そしてーーー
ルゼブブ。
・
・
・
・
・
勝つ可能性の限りなく低い勝負からも逃げない赤星。その覚悟を認めて迎え撃つベ
る。
赤星の返事を受け取ったベルゼブブも、再び暴風を纏って拳を構えた赤星と正対す
﹁・・・分かりました。戦闘続行です﹂
らと負けを認めて引き下がるほど赤星は大人しい性格ではなかった。
弾けるように距離を取り、言葉ではなく行動で答えるように拳を構える。勝てないか
﹁ーーーハッ。どうするか、だと
ドバレットを越える技がないのも事実である。
闘を続けるのかどうかということだ。確かに赤星がこの環境下で使える技の中にレッ
・
ベルゼブブの問い掛けには主語が抜けていたが、言いたいことは分かる。このまま戦
?
692
★
﹁ーーーで、戦ってみてどうじゃった
﹁貴方も私と戦うのですか
﹂
﹂
ベルゼブブは目の前で仰向けに倒れている赤星に視線を向けたまま言う。
﹁ーーー彼はこれから伸びますよ。箱庭で上を目指すならば、自然と﹂
る勝者に言葉を掛ける。
遠くから見ていたベヘモットは、戦闘が終わったのを確認してから近付き、立ってい
?
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
むね
倒れている赤星を担ぎ上げながらリタイアする旨を伝えるベヘモット。
回るとするわい﹂
﹁いやいや、儂は此奴の意志を組んで参加したまでじゃよ。年寄りはゆっくりと見物に
?
何はともあれ、赤星が実力を測るという目的の達成とともに敗退が決定したのだっ
わざとらしく嘆息しながらその場から消えていったベヘモット。
い﹂
﹁予選で一瞬だけ開放して疲れたんじゃよ。あまり老体を働かせようとするもんじゃな
﹁・・・貴方が霊格を開放すれば優勝も難しくないでしょうに﹂
湿地帯での戦い
693
694
た。
湿地帯での戦い。勝者、暴食の魔王・ベルゼブブ。
更なる戦いの幕開け
﹂
十六夜・古市チームは極寒地帯を抜け、隣接する岩石地帯を歩いていた。
古市が十六夜に質問する。
﹁逆廻、いったい何処に向かってるんだよ
﹁取り敢えず分かりやすい目印になってる〝あれ〟の中心に行くぞ﹂
だ二人は十六夜を先頭にして進んでいる。
フルーレティ・氷狼チームを撃破した後、予定通り見晴らしのいい岩石地帯へと進ん
?
﹂
そう言って十六夜が指差す先には、分厚く黒い雲が空に広がっていた。
﹂
﹁あっちのゴロゴロ言ってる雷雲
﹁悪天候地帯ってところか
?
は十六夜によって否定される。
レヴィと古市が空を見上げながら視線の先に映る景色に感想を述べたが、古市の推測
?
﹁・・・マジで
そんなことができる参加者って・・・﹂
ある可能性が高い﹂
﹁悪天候地帯なんて映像で見た限りではなかったよ。あれは新しく生み出されたもので
更なる戦いの幕開け
695
?
﹁あの人達しかいないよねぇ∼﹂
ギフトゲーム本戦に参加している人達のギフトはほとんど知っているが、嵐を操るギ
フトを所持している者など知らない。というよりもその規模でギフトを展開できる参
加者など限られていた。
を歩いている。
?
分のいる場所を限定したのだろう。〝私は此処にいる〟、とな﹂
﹁少しずつ雷雲の広がりが狭まってたが、ある程度の雷雲を残してそれも収まった。自
空に広がる異変に気付いた。
地帯を抜け出したのだが、草原地帯という見晴らしのいい場所に出たことで少し離れた
東条・葵チーム、嫉妬の魔王・レヴィアタンとの激闘を終えた二人は宛てもなく森林
﹁ダブ﹂
﹁問題ねぇ。砂漠やらの面倒な場所でもないしな﹂
﹁辰巳、足の具合はどうだ
﹂
男鹿・レティシアチームは森林地帯で軽く治療を施してから動き出し、今は草原地帯
﹁そうだ。俺達の標的はーーー﹂
696
あなが
﹁ハッ、自分は俺達が来るのを待ち構えてるってわけか。まるでRPGのラスボスだな﹂
﹁それに相応しいだけの実力を備えているのだから、 強ち間違ってもいないだろう﹂
誘っていると分かっていても二人に乗る以外の考えは思い付かなかった。次の戦場
となるのはまず間違いなく荒れ狂う天候の中となるであろう。
男鹿とレティシアは向かう先にいるであろう存在の実力を十分に理解しているが、だ
からこそ避けて通れる相手ではない。このギフトゲーム本戦を勝ち抜くためには倒さ
なければならない、参加者全員の多数決で参加させた強敵の一人。
﹁私達が次に狙うのはーーー﹂
ベルゼブブは湿地帯で赤星を打倒してベヘモットを見送った後、その場から動くこと
なく嵐を弱めつつ展開している雷雲を縮小させていた。
︵ということは、相打ちや複数チームでの乱戦、何処とも戦闘していないチームの可能性
が、少なくとも魔力を持つ者が激しい戦闘をしている様子はないと感覚で分かる。
彼にはベルフェゴールのような千里眼は持ち合わせていないので確実とは言えない
終わったようですね︶
︵戦闘を開始する前、此処以外に三ヶ所で戦闘の気配を感じていましたが・・・どうやら
更なる戦いの幕開け
697
を考慮すると残りは三チームほどですか・・・これは無闇に動き回るとすれ違いになり
そうですね︶
そう考えたベルゼブブは、雷雲の縮小を抑えることでギフトを解除するのを中止し
た。
彼のギフトは天候を操作して嵐を起こす。天候の変化は遠くからは観測しやすく、何
かを探す際の目印として適している。自分が動くよりも他チームに来てもらう方が効
率的だ。
それにただ雷雲を展開しているだけならば疲労はほとんど感じない。なによりも主
催者の一人として、参加者にも観客にも無意味な時間を多く過ごさせることは避けなけ
ればならないと考えていた。
﹁ーーーさて。いったい何処のチームが逸早く私に気付いて挑戦に来ますかね﹂
★
食の魔王・ベルゼブブ様の三組となります‼
﹂
残るは男鹿辰巳・レティシア=ドラクレアチーム、逆廻十六夜・古市貴之チーム、暴
﹁ーーーはい。というわけで一通りの戦闘が終了し、優勝候補が絞られてきました‼
?
698
?
黒ウサギの解説がギフトゲーム会場の広場に響き渡る。
極寒地帯・海岸地帯・森林地帯・湿地帯。それぞれの戦場で行われていた戦いが終わ
り、参加者が相手を求めて次の戦場へと向かう時間となっていた。それを観ている観戦
者にとっても束の間の休息である。
と思われます‼ その間にこれまでの戦いに対する感想をお訊きしたいと思います
﹁現在の参加者達の移動速度と相対距離を考えると、最初の衝突は二十分ほど後になる
いて下さい‼
﹂
が、二十分というのはあくまで予想ですので何か用事のある方は今のうちに済ませてお
?
として各々に過ごしていた。
敗退者は参加者のために特設された控え室へと送り込まれ、負傷者の手当てや休憩所
黒ウサギ進行の下で感想や解説がなされている裏側。
き始める者もいれば感想や解説を聞こうとその場に留まる者と分かれていく。
黒ウサギの声により、ギフトゲーム本戦を観戦していた観客の中でも、チラホラと動
?
葵は至る所に絆創膏や包帯を巻いている飛鳥と耀を見て声を掛ける。アスモデウス
﹁貴女達、全身傷だらけね。傷痕が残らないといいけど・・・﹂
更なる戦いの幕開け
699
との戦いで、レティシアに変身した彼女の〝龍影〟による無尽の刃で斬り刻まれた傷
だ。
な疲労の方が大きいわね﹂
?
ている。
て答えていた。その横にはレヴィアタンもおり、二人とも表面上は無傷で涼しい顔をし
飛鳥が言いながら部屋の窓から外を見ると、アスモデウスが黒ウサギに感想を訊かれ
悔しいわね﹂
﹁確かに勝ちはしたのだけれど・・・ああもあっさりと主催者席に戻られると、ちょっと
ンは少し離れた所で話している。氷狼はフルーレティのそばで一緒に寝ていた。
フルーレティ、バティン、エリゴスは気絶してベッドに寝ており、ベヘモットとプルソ
ちなみに東条と鷹宮は治療を施すと何処かへと行ってしまい此処にはいない。赤星、
てたわ﹂
﹁最初は男鹿達とも戦ってたけどね。途中からはレヴィアタンさんを倒すために共闘し
けていないので、二人とは違って大きな治療の跡はない。
葵はレヴィアタンから腹部に蹴りを一撃もらった以外に外傷らしい外傷は戦いで受
﹁葵達はレヴィアタンさんと戦ったんだよね
﹂
﹁此処の温泉に入れば一晩で消えるような傷って言われたわ。どちらかと言えば精神的
700
﹁二人は残ってる人達で誰が優勝すると思う
﹂
﹁でも、此処まで来たら本当に罪源の魔王を倒してほしいところね﹂
の力を出し切ってはいない。まだまだ予想を立てるには不確定要素が多すぎる。
十六夜とベルゼブブは言うまでもなく規格外だが、実際にはレティシアも王臣として
ヴィさんといつの間にか契約してたもんね﹂
﹁そ れ に 男 鹿 は 予 選 で 見 せ た 技 を 使 っ て な い し、帰 っ て き て 映 像 を 見 た ら 古 市 君 は レ
﹁勝ち残っているメンバー全員の全力を見たことがないから、なんとも言えないわね﹂
耀の質問に飛鳥も葵も真剣に考えてみるが、すぐに結論は出た。
?
★
裂から流れる映像を眺めるのだった。
三人は黒ウサギ達のいる壇上から視線を外し、ベルフェゴールの作り出した空間の亀
えない。
を制限しているが、アスモデウスにもレヴィアタンにも勝ちはしたものの倒したとは言
罪源の魔王は白夜叉やレティシアと同じく元魔王で、さらにギフトゲーム仕様に実力
﹁私達、〝魔王を倒すためのコミュニティ〟だもんね﹂
更なる戦いの幕開け
701
ベルゼブブが雷雲を縮小させてから十数分が経過したが、現状に変化は訪れていな
い。
︶
?
掛ける必要を感じていましたから。・・・到着者第一号は貴方達ですか﹂
﹁ーーー良いタイミングで来てくれました。もう少し待って何もなければ何かしら働き
り掛かるそれらを暴風の壁で弾き飛ばす。
その余波で割れた地面や泥水が辺り一面に撒き散らされるが、ベルゼブブは自身に降
その時、爆音とともに何かが飛来し、ベルゼブブの前方にある地面が弾け飛んだ。
ゲーム展開というよりもゲームの進行について考慮し始めるベルゼブブ。
で短時間のうちに参加者を探し出すとなるとーーー︶
︵これ以上誰かが来るのを待つのは得策ではないかもしれませんね。しかし、他の方法
つだと認識していてもおかしくないという考えが頭に過る。
よぎ
だ。舞台の一部しか知らない参加者が変わらず停滞している雷雲を見て、舞台装置の一
憤怒の魔王・サタンが作り出した今回のゲーム盤は入り乱れた環境が凝縮された舞台
しょうか
︵・・・誰も来ませんね。もしや私の雷雲も舞台エリアの一つとして捉えられているので
702
撒き散らされた土砂が次第に晴れていき、その中心から三つの影が現れた。
﹁ヤハハ、よかったなお前ら。俺らが一番乗りだってよ﹂
くぞコラ﹂
﹂
﹁うっぷ・・・逆廻、お前急に掴んだと思ったらめちゃくちゃな勢いで跳びやがって。吐
﹁古市君、汚いから吐かないでね
女
に十六夜も獰猛な笑みを浮かべている。
あ
ん
た
ら
活発そうな笑みを浮かべて本当に楽しそうにしているレヴィ。それに乗っかるよう
﹁予選見ててみんな楽しそうだったからね。私も久しぶりに遊びたくなったんだよ﹂
して本戦から参加してくるとは思いませんでしたよ﹂
﹁おや。レヴィアタンさんは予選時に観客席にいたと記憶していましたが、まさか契約
貴
を見つけた十六夜が古市の腕を掴んで長距離を一気に跳躍してきたようだ。
現れたのは十六夜、古市、レヴィの三人だった。三人の会話を聞く限り、ベルゼブブ
﹁レヴィさんはちゃっかり実体化を解いてたし・・・﹂
?
その横では現実逃避するように古市がブツブツと呟いていた。まぁ十六夜と組むこ
﹁俺はできることなら戦りたくなかったなぁ・・・﹂
や
ら戦えるのが待ち遠しかったぜ﹂
﹁魔王サマとガチンコで戦える機会なんて少ないからな。罪源の魔王の参加を聞いてか
更なる戦いの幕開け
703
とが決まった時点でそれが叶わぬ願いであったことは間違いないだろう。
ギフトゲーム本戦も佳境に差し掛かり、勝者達による最後の戦いが幕を開ける。
風が激しさを増していき、瞬く間に嵐が天候を支配する。
ベルゼブブは縮小させていた雷雲を再展開して雷鳴を轟かせた。それに伴って雨や
うか﹂
﹁では貴方が待ちに待ったボーナスステージ、暴食の魔王・ベルゼブブ戦を開始しましょ
704
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦︻前編︼
ベルゼブブのギフトが展開されるにつれて雨風が強まる中、彼に相対するのは十六
夜・古市・レヴィの三人である。
﹂
﹁戦う前に一つ聞いておきたいんだが﹂
﹁どうしました
﹂
?
﹂
?
﹁質問の答えとしては三つです。霊格とギフト、霊格のみ、ギフトのみの順に制限レベル
そんな三人の様子を見ながらベルゼブブも十六夜の質問に答える。
ないのに、そこにレヴィが加われば尚更だ。
十六夜とレヴィの楽しそうな表情を見て無理だと諦めた。十六夜一人でも抑えられ
﹁やっぱり逆廻君とは気が合いそう♪面白いことは大歓迎だよ‼
﹁変なことなんて考えてねぇよ。レヴィ風に言うならエンターテイメントだ﹂
十六夜の言葉を聞いた古市は嫌な予感がして止めに入ったのだが、
﹁・・・おい逆廻、変なこと考えてないだろうな
?
﹂
戦闘前の緊張感に包まれながら、十六夜はベルゼブブへと話し掛ける。
?
﹁ギフトゲーム中に課せられてる制限ってのはどれくらいなんだ
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【前編】
705
・
・
・
﹂
が下がり、最後は制限なしとなります。まぁ我々が下層でのギフトゲームに参加する時
・
は、基本的に霊格とギフトの制限になりますが﹂
﹁基本的に、ということは今回は外せるって考えていいんだよな
今回参加した中ではアスモデウスさんが最もギフトの制限を外すのに
?
ると豪語している。
幅法を使っていなかったとはいえ男鹿・レティシア・東条・葵の四人を相手に蹂躙でき
していなかった。生来からの鉄壁の皮膚に格闘術と併せてギフトを使用すれば、魔力増
それに比べて森林地帯で戦っていたレヴィアタンは、ギフトを制限どころか使用すら
ゲームメイクが可能な、主催者としても興行に向いたギフトである。
えギフトの制限を外したとしても模倣する存在を選ぶことで相手の力量に合わせた
海岸地帯で戦っていたアスモデウスが基本的に使用するギフトは他者の模倣。たと
から﹂
適しているのですが、私とレヴィアタンさんのギフトは制限を外すのに向いていません
はしませんよ
﹁確かに霊格とギフトの制限のうちギフトの制限を解除することはできますが、お勧め
レベルではなく中層レベルにならなくては対処できないはずだ。
〝勝ち残った参加者の戦闘力は中層寄り〟ということは、対応する罪源の魔王も下層
十六夜は第四予選を決める時にマモンが言っていたことを思い出す。
?
706
そして分かっているベルゼブブのギフトは天候を支配して嵐を巻き起こすというも
のだが、規模が大きい分だけ匙加減が難しいのだろうか。あまり制限を外すことに乗り
気ではない。
しかし十六夜は全くと言っていいほど諦めていなかった。
﹁つまり、制限を外さざるを得ないほどあんたを追い込めばいいってわけだ﹂
﹁それを望むならばそうするのが一番でしょうね。主催者としても参加者としても、た
だ負けるわけにはいきませんから﹂
言い終わると同時にベルゼブブは暴風を纏い、臨戦態勢を取る。
?
★
互いに戦闘準備を整え、すぐさま両者は戦闘を開始した。
高めて身体をいつでも動かせるようにする。
十六夜は暴風を纏うベルゼブブへと向けて拳を構え、その横で古市とレヴィも魔力を
か﹂
﹁そうだな。それに会場で観客も待っていることだろうし、ちゃっちゃと始めるとする
罪源の魔王と戦うことを﹂
我々
﹁さて、お喋りはこの辺にしておきましょうか。貴方達も待ち望んでいたのでしょう
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【前編】
707
ぬかるみ
軽 い 言 葉 で 戦 闘 の 開 始 を 告 げ た 十 六 夜。そ の 軽 さ と は 裏 腹 に 初 手 は 力 任 せ の 突
貫ーーー極寒地帯の雪同様、泥濘が足を絡め取って第三宇宙速度を出せない中でも尋常
外の速度で突っ込んだ。
﹂
真正面から突撃してきた十六夜に対し、ベルゼブブは特大の鎌鼬を放って迎え撃つ。
﹁ハッ‼
いを利用してカウンターを入れたのだ。
追いつき、圧倒的な戦闘経験で手に入れた技術を駆使していなし、十六夜の突っ込む勢
けでもない。しかし、全身駆動速度では負けていても腕や足といった局所的駆動速度で
今のベルゼブブは、常人からすれば別だが決して十六夜より速いわけでも力が強いわ
まま十六夜の顎をかち上げた。
ベルゼブブは突き出された十六夜の腕を側面から弾き、弾くのに使った腕の肘でその
ん﹂
﹁大した速度と破壊力ですね。今の私が真正面からぶつかるのは分が悪いかもしれませ
てベルゼブブ本人へと拳を放つ。
内包した鎌鼬を十六夜は拳一つで打ち砕き、その勢いを殺さずに暴風の壁すら突き破っ
十六夜の速度に対応できるベルゼブブも流石だが、人体など容易く斬り裂ける威力を
?
708
〝火龍誕生祭〟での十六夜と男鹿の戦いに様相は似ている。あの時と違うところは、
分が悪いというだけでやろうと思えば真正面からでも戦えるであろうベルゼブブの戦
闘力である。
﹂
顎をかち上げられ、一瞬無防備となった十六夜へとそのまま追撃しようとするベルゼ
ブブだったが、
﹁させないよ‼
吹き飛ばされた十六夜は空中で姿勢を整えて難なく着地する。
も吹き飛ばされることとなり追撃はなんとか免れた。
すかさず暴風壁を再展開されて水の槍は吹き飛ばされるが、その暴風によって十六夜
三態を操ることができるレヴィにも適した戦闘フィールドでもあるということだ。
嵐による雨風が強いということは空気中の水分も多いということであり、それは水の
レヴィが十六夜の後ろから水の槍を飛ばして追撃を阻止する。
?
れ
レヴィの戦闘スタイルは、近接戦闘の嗜みもあるが基本的には中・遠距離主体の攻撃
くと暴風壁が再展開されて生半可な遠距離攻撃は通用しなくなってしまう。
十六夜が暴風壁を蹴散らして近接戦闘を行っている間ならともかく、少しでも間が空
﹁どういたしまして。でも、暴風壁がある限り遠距離攻撃では隙も作れそうにないねぇ﹂
あ
﹁助かったぜ、レヴィ。やっぱそこまで甘くないか﹂
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【前編】
709
であり、彼女が最も効率的に戦うには暴風壁を展開されないようにする必要があった。
﹁じゃ、早くしろよ‼
﹂
﹂
?
﹁ん∼、これが簡易契約かぁ。ついに俺も呼び出されちゃったっぽいね﹂
古市は両鼻にティッシュを詰め、現れる柱師団の悪魔を待つ。
市の運を信じて神頼みだ。
はっきり言って罪源の魔王が相手では簡易契約しても柱将では心許ない。ここは古
﹁残り少ないんだから頼むぞ。せめて柱爵以上‼
込んでいく。古市が簡易契約するまでの時間稼ぎだ。
古市がティッシュを使用する間、今度はレヴィも十六夜と一緒にベルゼブブへと突っ
?
?
﹁できるだけ強い人引いてね‼
﹂
ないと一度の攻防を見て理解させられた。
がらも彼らの戦闘技術を再現させていたが、そんな付け焼き刃が通じるような相手では
古市は幾度となく〝ベヘモット三十四柱師団〟の悪魔と簡易契約することで拙いな
古市も仕方なく残り少ない魔界のティッシュを取り出す。
﹁まぁ、そうなるよな・・・﹂
﹁おい古市。もう温存なんて考えずにティッシュ使ってお前も接近戦闘に加われ﹂
710
現れたのは銀色の長髪に能面のような笑みを浮かべる男ーーーサラマンダーだ。彼
﹂
の魔力は精神に作用する炎であり、記臆を消し去ったり、特定のリズムで見せることで
催眠状態にすることができる柱爵の一人である。
﹂
確かに古市の望んだ通り柱爵を呼び出せたのだが・・・
﹂
﹁えっと、サラマンダーさん、でしたっけ
﹁うん、そうだけど
?
た。
槍による援護射撃を行い、それを格闘術と暴風によって退け反撃するベルゼブブがい
古市が指差す先には、十六夜が縦横無尽に攻撃を仕掛ける中でレヴィが幾つもの水の
﹁・・・付かぬ事をお訊きしますが、あそこに飛び込めますか
?
?
﹂
?
﹁・・・はい。ありがとうございました∼・・・﹂
る。
何より、男鹿と東条に油断していたとはいえ不意打ちの一撃で叩きのめされた過去があ
そう、彼の炎は精神に作用するものであって、物理的な炎としての役割を果たさない。
いかな
﹁う∼ん、無理だね。ほら、俺って頭脳労働派だからさ。あれが用事なら帰っちゃってい
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【前編】
711
次こそは・・・ってもう一枚
サラマンダーの要望に、静かに鼻からティッシュを抜く古市であった。
﹂
?
?
まったら終わりだ。
?
★
柱師団〟の二代目団長、〝狂竜〟・ジャバウォックであった。
現れたのは、傷跡が刻まれた顔に赤髪と筋肉質で大柄な男ーーー〝ベヘモット三十四
﹁ーーーまた俺を呼び出したのか、小僧﹂
ない。古市は最後のティッシュを両鼻に突っ込んだ。
最後の一枚だが、躊躇したからといって呼び出せる柱師団の確率が変動するわけでも
﹁えぇい、もうなるようになれ・・・‼
﹂
てしまった。残る一枚、次も戦えないか実力の足りない柱師団の誰かを呼び出してし
元の世界から使い始めて、今まで何度もお世話になった魔界のティッシュが遂に切れ
しかねぇ⁉
﹁クソッ、ティッシュも文字数も無駄使いしちまった‼
712
﹁っ‼
来たぁ‼
・
・
・
・
古市君ナイス引き運‼
?
﹂
?
﹂
集まるほど戦闘に使用できる魔力が増大していくということだ。
で、互いに魔力のやり取りをすることができる。つまり、魔力量の多い悪魔が集まれば
そしてこれが一番の利点なのだが、複数の悪魔による魔力が古市の身体を介すること
となる。
いって使いこなせなければ意味はないのだが、単純に魔力量が増えて二人分使えること
簡易契約状態にあり、複数人から魔力を引き出せるのだ。まぁ魔力を引き出せるからと
しかし、古市は複数の悪魔ーーーこの場合はレヴィとジャバウォックーーーと契約・
び、契約者は悪魔から魔力を引き出し自らの力として使う。
通常の悪魔契約では、悪魔は魔界以外で本来の魔力を発揮する触媒として契約者を選
レヴィは興奮気味に叫ぶと、古市から魔力を引き出していく。
?
?
ての水の槍は吹き飛ばされて霧散し、
しかし、暴風壁を打ち消していた十六夜が後退したため暴風壁を再展開することで全
作り出す。
これまでの水の槍に倍する量を、倍する速度で打ち出すことで十六夜が後退する隙を
﹁逆廻君、下がって‼
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【前編】
713
次の瞬間、ベルゼブブの周囲にある空気が爆発した。
古市君も強い
?
そして二人の予想通り、白煙の中からベルゼブブの声が聞こえてきた。
手ならギフトを解放してもよさそうですね﹂
﹁ーーーいやはや、まさかいきなり爆発するとは思いませんでした。確かに貴方方が相
レヴィ自身も十六夜に同意しており、会話をしながらも戦闘姿勢を崩してはいない。
悪魔を呼び出せたみたいだし、本番はここからだよ﹂
だったしねぇ。それでもギフトの制限くらいは外せたんじゃないかな
﹁う ん、私 も そ う 思 う よ。久 し ぶ り に 使 っ た け ど 全 盛 期 と 比 べ た ら 威 力 は 全 然 不 十 分
ベルゼブブが無抵抗に水蒸気爆発の直撃を受けたとは思えなかった。
しかし、十六夜は自惚れでもなんでもなく、自身の速度に着いてきて打撃をいなせる
﹁でも、多分やれてねぇぞ﹂
ち昇っており、ベルゼブブがどうなったかは分からない。
〇〇〇倍以上に増やして水蒸気爆発を引き起こしたのだ。今も水蒸気による白煙が立
レヴィはベルゼブブの周囲にある水を一瞬で気化させることによって、水の体積を一
﹁水魔の空爆。魔力をごっそりと持っていかれるから連続しては使えないんだけどね﹂
ア ク ア・ フ レ ア
﹁・・・お前、えげつねぇ技使いやがるな﹂
714
さらに白煙が晴れて現れた姿はボロボロだったが、その素振りにダメージから来る動
作の違和感などは見られない。よく見れば露出している肌は擦過傷程度の傷しか付い
もうちょい爆傷とか熱傷みたいな傷があってもいいと思ったんだけど・・・何
ていないのが分かる。
﹁あれぇ
?
バチバチッ‼
?
とベルゼブブの拳から紫電の閃きが駆け抜ける。
力づくで抑え込み、拳を突き合わせた状態で静止した。
両者から放たれた力は互いに反発し合うが、両者とも引かずに反発するエネルギーを
?
轟ッ‼
とジャバウォックの拳から魔力による漆黒の奔流が迸り、
撃つ拳を放っていた。
即座に反応したベルゼブブだが、十六夜に対して行っていた逸らす打撃ではなく迎え
ている。
たジャバウォックが突っ込んでいた。その手には荒々しくも圧縮された魔力が纏われ
レヴィの疑問に答えようとベルゼブブが話し始めた瞬間、古市ーーーの身体に憑依し
﹁それはーーー﹂
﹂
したの
?
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【前編】
715
﹁ほう・・・﹂
それともこのま
?
していますね︶
?
﹂
?
か
﹂
﹁ま、雷が使えるみてぇだし、膨張した水の体積を雷で焼き尽くしたってところじゃねぇ
未だに解消していなかった。
レヴィの疑問に答える前にジャバウォックが割り込んでしまったため、彼女の疑問は
﹁・・・結局、ベルゼブブさんは何をしたんだろう
練されているとは言えないが、行動一つ一つの繋ぎ目にも隙の少ない動きである。
こうしてベルゼブブが分析している間にもジャバウォックの猛攻は続いていた。洗
﹁確か此処は箱庭とか言ったか。期待以上に楽しめそうだ‼
﹂
︵これは想像以上・・・十六夜と比べるならば全体的に下ですが、それを補って戦闘慣れ
彼
ブ。予選で見た古市とは桁の違う強さを前に、今の力量を測るためだ。
今度は弾くでも迎え撃つでもなく、ジャバウォックの拳を掌で受け止めたベルゼブ
は逆の拳をさらに打ち込む。
ベルゼブブの言葉を無視してジャバウォックは一歩踏み込み、突き合わせていた拳と
まーーー﹂
﹁す み ま せ ん が、話 し て い る 途 中 で す の で 後 に し て も ら え ま す か
716
?
十六夜はジャバウォックが奇襲した時の紫電を思い浮かべる。
どうやらベルゼブブは嵐を操るだけでなく、直接身体から嵐の要素を発することもで
きるようだ。迎え撃った姿などは男鹿のゼブルブラストとかなり酷似していた。
﹁しかしベルゼブブの戦闘は受けの姿勢が強いな﹂
十六夜が最初に突っ込んだ時もそうだったが、自分からは動かずに迎え撃つ形が多
い。今は様子見も兼ねているのかジャバウォックが押しているように見えるが、単独で
戦わせ続ければ必ず大きな反撃に合うだろう。
わけも分からず急なことに呆然とする、という彼女の反応よりも早く十六夜は拳を突
十六夜は突然足を止めると、並走していたレヴィを有無を言わせず抱き寄せる。
ではなくレヴィにとって、だが。
そういうわけで今回は単身突撃しなかったのだが、それが功を奏した。・・・十六夜
けられる可能性もある。
うにするためだ。下手をすればベルゼブブに十六夜の攻撃を逸らされて古市へとぶつ
速で突っ込まないのは、近接戦闘中の古市︵inジャバウォック︶の邪魔にならないよ
今度は二人で並走してベルゼブブへと走り出す。一回目・二回目のように十六夜が高
﹁りょうか∼い﹂
﹁そろそろベルゼブブも攻勢に出るだろ。その前に俺達も行くぞ﹂
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【前編】
717
き上げ、
雷鳴の轟きに加え、衝撃波を伴って落ちてきた雷と十六夜の拳が激突し、雷を霧散さ
せた。
﹂
?
あぁ、悪い悪い﹂
?
そんなレヴィの羞恥など十六夜は知る由もなく、サッと抱き寄せていた腕を離した。
﹁ん
たように苦笑いを浮かべており、頬には薄く赤みが差している。
と、十六夜が納得しているところに抱き寄せられたままのレヴィが声を掛けた。困っ
嬉しいかな
﹁・・・えっと。助けてくれたことには感謝してるんだけど、そろそろ離してもらえると
ることすら難しい速度だ。
りやすく例えるならば、十六夜の出せる第三宇宙速度の約十倍である。常人には反応す
雷の速度は、環境によって変化するものの一五〇∼二〇〇km/秒。この数値を分か
十六夜は突き上げた拳を下ろしながら一人納得していた。
て限られてるだろうからな﹂
﹁・・・なるほど、ギフトの解放に非推奨的になるわけだ。下層で雷に対応できる奴なん
718
雷
水
十六夜はあくまで冷静に現状の把握に取り掛かる。
﹁しかし、これはベルゼブブとレヴィで相性が悪いな﹂
十六夜はあえて口に出さなかったが、レヴィはこの状況でできる最善の手が何かを理
﹁・・・今回はここまでだね﹂
解していた。
古市は今、ジャバウォックを身体に憑依させて二人分の魔力で身体機能を強化してい
る。それによってベルゼブブと単身戦えるまでになっているのだが、雷を多用されてレ
ヴィが倒されれば一気に使用できる魔力量が減ってしまう。
しかしそれを防ぐのは実は簡単で、レヴィが実体化を解いて攻撃される機会をなくせ
わざわざ古市と契約してまで本戦に乱入したってのに﹂
ばいいのだ。
?
ら。・・・それに私は負けるのも好きじゃないの、だから後は任せるね‼
﹂
﹁契約は誰でもいいわけじゃないよ。古市君は素質的にもいいと思って契約したんだか
する自信が彼にはあった。
でいたからだ。もし十六夜とレヴィの立場が逆だった場合、ここで消えるのは断固拒否
十六夜がそれを口に出さなかったのは、ギフトゲーム本戦で戦うのをレヴィが楽しん
十六夜もそれが分かっているため、レヴィの呟きの意味をすんなりと理解できた。
﹁いいのか
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【前編】
719
?
そう言って実体化を解いたレヴィ。少し急ぎ気味にも感じられるが、こうしている今
も二人の戦闘は続いているのだ。どうせ消えるのなら早く消えて十六夜を参戦させた
方が有利という彼女の配慮である。
十六夜がレヴィの消えた横から視線を前へと向けた時、今度は前方から雷が迫ってき
た。
それを先ほどと同様に拳で打ち消したのだが、身体から直接生成したためかは分から
ないものの威力も速度もさっきの雷より劣っているように十六夜は感じた。
そう思って戦っている二人へと改めて目を向けたが、その二人は距離を置いていて
戦っていなかった。加えて互いを見ておらず、十六夜とは逆の方向に向いている。
十六夜はさらに視線を前方へと向け、二人が見ているものを確認して自然と笑みを浮
かべていた。
﹁派手にやってんな。俺達も混ぜろよ﹂
十六夜の言葉に、男鹿は明確な意思を持って告げる。
であった。
トに奇形のスカートを穿いた美麗な金髪の女性ーーーベル坊・男鹿・レティシアの三人
そこにいたのは、赤ん坊を背負い学生服を着た短い黒髪の男と深紅のレザージャケッ
﹁よう、お前らも来たのか﹂
720
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦︻中編︼
男鹿達が戦闘に乱入する少し前、十六夜達とベルゼブブの戦闘が始まろうとしていた
﹂
﹂
頃まで時間を遡る。
どうした
﹁・・・ん
﹁あん
?
?
て空を見上げ始めた。
順調に雷雲の中心へと歩みを進めていた男鹿達だったが、急にレティシアが足を止め
?
﹁ダゥ
﹂
﹁何言ってんだコイツ
?
﹂
もなお雷雲は広がり続けているとなると・・・﹂
﹁やはり、歩いた距離と雷雲の広さが合わないな。加えて雨風も強くなってきていて、今
見上げたまま来た道である背後へと振り返り、雷雲と晴天の境界線を確認する。
ティシアは雷雲の動きに違和感を感じたようだ。
既に雷雲の下に入り込んでいて三人とも雨風に晒されているのだが、そんな中でレ
﹁いや、急に雷雲が広がり出したような・・・﹂
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【中編】
721
?
ブツブツと独り言を漏らしながら考えをまとめているレティシアを見て、不思議に思
いながら顔を見合わせる男鹿とベル坊。
かなり失礼な物言いの男鹿だったが、レティシアは特に気にせずその呟きに返事をし
た。
﹂
?
﹁何ッ⁉
何処の何奴だ‼
﹂
俺達の獲物を横取りしようって奴は‼
?
﹂
?
﹁じゃあどうすんだよ
﹂
空を走るのは魔力節約のため避けたい﹂
﹁早く行きたいのは分かるが、地面を走っていくのは効率が悪い。かといって紋章術で
何とか防ぐ。
レティシアの言葉を聞いて走り出そうとする男鹿の腕を掴み、独走しようとするのを
﹁別に私達の獲物というわけではないが・・・って待て待て‼
?
?
﹁ベルゼブブ殿が誰かと対峙・戦闘している可能性が高い、ということだ﹂
潔に結論だけを答えることにした。
その説明を聞いても理解力の乏しい男鹿には分からなかったようで、レティシアは簡
﹁だから何だってんだ
が、ギフトを展開し始めたようだ﹂
﹁つまり、ベルゼブブ殿かアスモデウス殿・・・まぁギフト的にベルゼブブ殿だとは思う
722
?
﹁私が飛んで運ぼう。速度を出し過ぎなければ魔力の消費は抑えられるはずだ﹂
この提案は魔力の節約だけでなく応急処置を施した男鹿の右脚への負担を減らすこ
とも多少含まれていたが、過剰に心配しても逆に煙たがれるだけだと判断して口には出
さなかった。
納得した男鹿はくるりとその場で回ってレティシアに背中を向ける。
﹁あぁ、火龍の祭りん時みてぇにか。なら頼むわ﹂
レティシアも宣言通りに行動しようとして腕を伸ばしーーー触れる寸前、ピタッと動
きを止めた。
﹂
?
くりと飛翔を開始して徐々に雷雲の中心へと速度を上げていった。
できる限り意識しないように自らの腕を男鹿の腰に回してから黒い翼を展開し、ゆっ
促されてハッと意識を浮上させる。
改めてやる事を意識してしまい頬を薄く紅潮させていたレティシアだったが、男鹿に
﹁あ、あぁ。すまない﹂
﹁・・・おい、早く行かねぇのか
何も考えずに辰巳を抱えて飛んでいたな・・・︶
︵そうか、飛んで運ぶとなると抱き付かなければならないのか・・・。あの時の私はよく
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【中編】
723
飛翔すること数分から十数分。雨風が強くて遠くまで見通せない中、感覚だけを頼り
に中心へと飛翔していたのだが、次の瞬間には爆発音が聞こえてきた。
げていた。
﹁レティシア‼
此処でいいから下ろせ‼
﹂
?
あと少しで着くと言うのに﹂
?
﹁お前は乱入の美学ってもんが分かってねぇなぁ。もし自分が戦ってる時に〝あ、俺達
う。
レティシアの至極もっともな質問を聞いた男鹿は、溜息を吐きながら呆れたように言
﹁何故だ
度を落として滞空しながら普通の声音で訊き返す。
実際には密着しているため声を張り上げなくとも会話は通じるので、レティシアは速
げる男鹿。
まだ少し距離があるのだが、戦闘を見た瞬間に雨風の音を掻き消すように声を張り上
?
数十秒ほどの飛行で見えてきた戦場では、古市とベルゼブブが激しい肉弾戦を繰り広
る轟音が響き渡る。
爆発音が聞こえてきた方向に進路を修正してさらに速度を上げると、今度は落雷によ
﹁近いな。流石にもう戦闘は始まっているか﹂
724
も来たんで喧嘩に混ぜてくんね
〟なんて言われてみろ。白けんだろうが﹂
﹂
﹂
﹁そういうものだろうか・・・
?
?
霧散させられる。
取り、回避されたことにより意図せず戦闘から離れていた十六夜へと雷撃は突き進んで
戦闘中で感覚が鋭敏になっている二人はすぐさま男鹿の攻撃に気付いて回避行動を
着地と同時に〝魔王の咆哮〟を解き放った。
ゼ ブ ル ブ ラ ス ト
まだ少しだけ二人とは離れている地点に着地する寸前、男鹿は右拳に雷電を纏わせ、
吸収しながら段々と地上を目指す男鹿。レティシアも追従して男鹿の後を追う。
残り少ない距離を落下しながら詰めるために紋章を展開して足場にし、落下の衝撃を
と身を躍らせる。
男鹿は自分の主張を述べると強引にレティシアの腕から抜け出し、支えのない空中へ
﹁そういうもんなんだ、よ‼
?
﹁派手にやってんな。俺達も混ぜろよ﹂
浮かべて言い返す。
獰猛な笑みを浮かべながら言葉を投げ掛けてくる十六夜に対し、男鹿も同様の笑みを
﹁よう、お前らも来たのか﹂
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【中編】
725
★
そうして現在へと至る。
﹂
?
がレヴィアタンより劣っているとは思わないが、相性というものがあるのだ。
レティシアの言葉を聞いたベルゼブブは素直に感心していた。自身やアスモデウス
クリアするのが一番困難だと思っていたのですが・・・やりますね﹂
﹁ほう、レヴィアタンさんを倒されたのですか。今回出場した罪源の魔王の中では彼を
我々
を張って何とか勝利したのだがな。その後色々とあって二人はリタイアした﹂
﹁レヴィアタン殿だ。とは言っても私達だけではなく、葵殿や英虎殿と流れで共同戦線
﹁お前ら随分とボロボロだな。誰と戦り合ったんだ
や
た。男鹿も箱庭に来てさらに強くなっているとはいえ、再び勝てるという保証はない。
一度は激闘の末に倒しているものの、その時のジャバウォックは未契約状態であっ
び出した柱師団の悪魔を言い当てる男鹿。
古市らしからぬ獰猛な笑みと身に覚えがある刺すような魔力の圧迫感により、彼が呼
﹁この感じ・・・てめぇ、ジャバウォックか﹂
いい﹂
﹁男鹿辰巳、お前も参加していたのか。こうも早くリベンジマッチを果たせるとは運が
726
このギフトゲームで彼らから勝利を収めるためには、打倒できる可能性が低い以上ダ
メージを与えて実力を認められることが必要となる。そういう意味ではレヴィアタン
の鉄壁の皮膚は参加者の大半にとっては鬼門であった。
一言二言の話し合いではあったが、男鹿が魔力を高め始めたことで中断することとな
る。
﹁もう話はその辺でいいだろ。・・・てめぇら相手に様子見なんてしねぇ。ーーー最初か
ら全開だ﹂
男鹿の右手に刻まれた契約刻印が輝き、左手に広がっていく。さらに空中に紋章が顕
現して巨大に広がっていき、雷雲に覆われ暗くなっていた周囲一帯を照らし上げた。
から
﹁ーーー魔王の聖域。これでこっちの準備はOKだ﹂
ゼブルサンクチュアリ
る前触れだったのだ。
その事実に〝男鹿が覚醒した〟と思っていたが、魔力を極限まで高めるこの技の誕生す
当時、魔力も空となり意識も半分飛んだ状態の男鹿に逆転を許したジャバウォック。
出していた。
肌がざわつく程の魔力を前に、ジャバウォックは過去に男鹿と繰り広げた激闘を思い
かったものの完成形か﹂
﹁この感じ・・・なるほど。〝お父さんスイッチ〟などとふざけた技名の、技とも呼べな
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【中編】
727
ゼブルサンクチュアリ
男鹿が魔力増幅法ーーー〝魔王の聖域〟を発動するとともに、レティシアは漆黒の翼
を展開してギフトカードから長柄の槍を取り出し戦闘態勢を取っていた。
ひときわ
るため止められるわけがない。十六夜の約十倍の速さである雷ならば当てられるが、わ
必然的にベルゼブブを無視する形となるが、この場で最も速く動けるのが十六夜であ
十六夜はベルゼブブとジャバウォックの間を突っ切るようにして男鹿へと肉薄する。
★
は再び動き出す。
場の空気が張り詰め、緊張が最高潮に達しーーー 一際大きな雷鳴を合図として戦場
潰すぜ﹂
﹁これは俺達が売って、ベルゼブブが買った喧嘩だ。手を出すんならーーーお前らから
奴
それに合わせて、ジャバウォックとベルゼブブもそれぞれに戦闘の構えを取った。
に力を込める。
十六夜は獰猛な笑みを浮かべて重心を落とし、いつでも全力で動き出せるように四肢
覚えてるかしらねぇが、今度は黒ウサギじゃなくお前らに向けて言うぞ﹂
﹁ハッ。こっちも望むところだが、割り込んどいて仕切ってんじゃねぇよ。男鹿、お前は
728
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
ざわざ対戦相手である男鹿を庇うために落とす理由もない。
﹁グッ・・・﹂
男鹿は十六夜の拳を真正面から受け止めて、その威力に思わず唸る。
十六夜の拳を握り動きを止めたところでレティシアが〝龍の遺影〟に打撃性を加え
て強襲していく。流石に鉄壁の皮膚をもつレヴィアタン以外へ斬撃性を魔力強化した
影を振るうつもりはなかった。
十六夜は強引に男鹿の拘束から抜け出し、影を打ち落としながら一度下がる。
後退した瞬間を狙ってベルゼブブが攻撃を仕掛けようとしていたが、それはジャバ
ウォックによって遮られた。
彼としては古市との簡易契約により十六夜を助けたというのもあるが、個人的には自
分より十六夜に向かったベルゼブブが気に入らないというのもあるかもしれない。
さらに追撃してくる幾筋もの影を掻い潜って十六夜は再度接近し、今度はカウンター
気味に放たれた男鹿の拳を防いだ。
〝火龍誕生祭〟で戦った時に比べれば桁違いに力が増しているが、それでも力は十六
夜の方が上である。十六夜は拳の威力にも唸ることなく乱打戦へと持ち込んだ。
い慣れてねぇだろうに何時まで保つんだ⁉
﹂
﹁半月もしねぇうちに随分戦闘力が上がってんじゃねぇか‼ この巨大紋章、まだ使
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【中編】
729
?
?
﹁少なくともてめぇらをぶっ飛ばすまでは保つから安心しな‼
﹂
そんなレティシアの攻撃は十六夜に一歩退かれることで回避された。
が違う。
アタン戦では複数人が入り乱れていたため自重していた彼女だったが、今は色々と条件
そこへレティシアが右側から割って入り、槍を大上段に構えて振り下ろした。レヴィ
止めきれない場合はいなして渡り合っている。
以前の男鹿ならば十六夜の攻撃をいなしていたが、今は不完全ながら受け止め、受け
?
は防御姿勢を取りつつ一瞬だけ足元に目を移して躓いたものを確認する。
レティシアが振り下ろした槍でそのまま横殴りにしようとしているのに対し、十六夜
泥濘に足を取られたわけではない。何かに躓いたのだ。
ぬかるみ
し か し 踏 み 出 し た 瞬 間、十 六 夜 は バ ラ ン ス を 崩 し て 前 の め り に 倒 れ そ う に な っ た。
﹁なッーーー﹂
そう判断して十六夜は躊躇することなくレティシアへと一歩踏み出す。
た槍を回避した分、二人の距離が開いて余裕が生まれたからだ。
十六夜は一時的にレティシアへと標的を変える。十六夜と男鹿の間に振り下ろされ
﹁レティシア、割って入るんならお前も容赦しねぇぞ﹂
730
そこには、小さな蠅王紋が自己主張するように浮かび上がっていた。
十六夜には恩恵を無効化する力がある。それは魔力とて例外ではない。しかし、無効
化する=効かないというわけではないのだ。身体に直接作用する〝縛紋〟は効かない
だろうが、紋章に足を引っ掛けるだけなら可能なのである。
だが、十六夜はレティシアに槍で殴り飛ばされながらも小さな引っ掛かりを覚えてい
た。
︶
?
﹂
?
男鹿はそうレティシアに告げると、彼女に殴り飛ばされた十六夜と古市を殴り飛ばし
﹁レティシア、お前はジャバウォックの相手しとけ‼
そんな、十六夜に聞こえるか聞こえないくらいの声量で男鹿の呟きが聞こえてくる。
﹁・・・やっぱ止めだ﹂
や
映った。十六夜が危惧していたように、単独で戦い続けるには無理があったようだ。
と、姿勢を立て直しながら考えていた傍らで古市が吹っ飛んでいくのが視界の端に
普段のレティシアならば男鹿とは逆にサポートに徹するのではないだろうか。
格 で は な い。そ う 考 え る と レ テ ィ シ ア の 割 り 込 み 方 も 主 張 が 強 か っ た よ う に 思 え る。
十六夜から見た、というか誰から見ても男鹿はあんな小細工でサポートするような性
︵・・・らしくねぇな。何かあんのか
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【中編】
731
たベルゼブブへと走り出した。
﹂
?
?
ウォックへと一直線に突進する。
?
﹁フンッ﹂
らせながら距離を取る。
咄嗟に槍から手を離したレティシアは空中で姿勢を制御し、打撃性を付加した影を走
﹁くっ﹂
られて振り回されることとなる。
それでも彼女は構わず押し通そうとしたのだが、掴まれている穂先から槍を持ち上げ
られた。
飛翔の推進力を合わせたレティシアの槍は、ジャバウォックによって片手で受け止め
﹁ーーーお前も俺を楽しませてくれるのか
﹂
高 速 で 低 空 飛 行 す る レ テ ィ シ ア は 槍 を 腰 だ め に 構 え、既 に 立 ち 直 し て い る ジ ャ バ
るしかない。
ない以上、レティシアが男鹿のためにできることはできる限り早く古市をリタイアさせ
男鹿を止められないと判断すると、レティシアも古市へと向かって飛翔する。止まら
よ‼
﹁辰巳⁉ 待て、打ち合わせとーーーもう何を言っても無理か。あまり無茶はするな
732
ジャバウォックは身体を反らすだけで近距離からの襲撃を避け、距離を開けたレティ
﹂
シアに向けて槍を投げ返してから魔力を込めた掌を向けた。槍ごと吹き飛ばすつもり
だ。
﹁・・・あ
の槍を受け止めてからレティシアは口を開く。
訳が分からず訝しげに自身の手を見ているジャバウォックに対し、投げ返されただけ
しかし掌から魔力が放たれることはなかった。
?
ということを。
そしてレティシア自身も彼我の力量差を感じたはずだ。単純な戦闘力では敵わない
しており、今のやり取りでレティシアの大まかな戦闘能力を把握したのだろう。
確かにジャバウォックの言う通りであった。元々ジャバウォックは肉弾戦を得意と
﹁出ないなら出ないで構わん。直接殴り倒せば済む話だ﹂
だがレティシアの言葉を聞いてもジャバウォックはどうでも良さそうであった。
具でしか戦えなくなる。
験が乏しいため確証はないが、少なくとも魔力を直接行使する魔界の悪魔は肉弾戦や武
恐らく男鹿以上の魔力の持ち主でなければ魔力を発露できないだろう。まだ実戦経
﹁無駄だ。辰巳の領域下にいる以上、辰巳以外の魔力は発露できない﹂
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【中編】
733
﹁ーーー仕方ない。あまり使いたくはなかったが・・・﹂
何を思ったのか、レティシアは槍をギフトカードに仕舞って手ぶらとなった。
・
・
・
ジャバウォックは疑惑の視線をレティシアへと向けていたが、すぐに変化が起こる。
レティシアの背中、そこから黒い翼を展開しているのだが、その上からさらに白い翼
が広がっていった。
黒と白で二対四枚の翼を背負ったレティシアは、その場でゆっくりと浮き上がる。
そして次の瞬間にはジャバウォックの腹へと足を深々と突き刺していた。
ジャバウォックとて幾ら速くても見えなかったわけではないが、急激な速度の変化に
全く反応できなかったのだ。
﹁悪いが、これは私もまだ加減できない。全力で行くぞ﹂
734
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦︻後編︼
レティシアの制止を無視して十六夜とベルゼブブに突っ込んだ男鹿は、まず近くにい
た十六夜へと標的を定めた。
男鹿は走りながら速度を落とさず跳躍し、十六夜の頭部目掛けて左足のハイキックを
繰り出す。
﹂
?
とせたのだろう。
ゼブルサンクチュアリ
恐らくだが、魔力の発露ではなく〝魔王の聖域〟の範囲外からの攻撃だったために落
落としたのである。
もちろん男鹿が高い位置にいたから偶然落ちた、というものではない。ベルゼブブが
落雷が男鹿を直撃した。
弾き飛ばされた男鹿はすくざま空中で斜めに紋章を出して着地し、
そんな男鹿の蹴りを十六夜は片手で受け止め、そのまま腕を振るって弾き飛ばした。
﹁んなもん効くかよ‼
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【後編】
735
複数人の敵が入り乱れて戦う中では弱いものから狙うのが道理。二人のやり取りを
見て男鹿の方が弱いと考えたようだ。それでなくとも十六夜には一度打ち消されてい
るので、男鹿を雷で狙ったのは妥当な判断と思われる。
﹂
だが、その程度でやられるようならばここまで勝ち抜けるはずがない。
﹁ーーーブラストォォッ‼
﹂
その一撃も落雷と同等の凄まじいものであった。ただその一撃で全てを放電してし
?
しく雷の速さだ。
明らかにこれまでの男鹿の速度をーーーいや、十六夜の速度すらも超えている。まさ
そして次の瞬間にはベルゼブブの真上へと移動していた。
﹁ゼブルーーー﹂
電を迸らせている。
しかもその雷を放電させるようなことはなく、帯電させることで身体を覆うように紫
ら雷を受け止めて意識を保っていた。
男鹿は雷の直撃を食らったにも関わらず、全身の皮膚を引き裂かれながらも真っ向か
﹁∼∼∼ッ、があああぁぁぁあああ‼
?
736
まったのか、男鹿の全身に迸っていた紫電が消失する。
ゼ ブ ル ブ ラ ス ト
しかしベルゼブブも然る者。落雷に匹敵する男鹿の一撃を、左腕を雷で焦がしながら
も片手で防いでしまった。
そんな左腕を振り上げて〝魔王の咆哮〟を防いだベルゼブブを見て、防御が薄くなっ
た左側から回り込んで攻撃を仕掛ける十六夜も抜け目がないと言える。
瞬時に懐に入り込み、その場で回転して遠心力を加えた後ろ回し蹴りを脇腹に叩き込
んだ。
十六夜渾身の蹴りが初めてベルゼブブにクリーンヒットしたーーーように見えたが、
彼の表情がそれを否定していた。
踵落としをした男鹿は先程と同じように弾き飛ばされることなく十六夜の腕を足場
章を蹴って高速落下してきた男鹿の踵落としをギリギリで防いだ。
スだと考え追撃しようとしたが、攻撃に移ろうと防御への意識が薄れた瞬間を狙って紋
即座にそれを理解した十六夜は受け身に回ったベルゼブブへと攻撃を繋げるチャン
限り抑えたのだ。
りが入る寸前、ベルゼブブは蹴りの速度に合わせて自ら右側に跳ぶことで衝撃を可能な
蹴り抜いた十六夜の足に伝わる、人を蹴ったという感覚に違和感があった。脇腹に蹴
︵クソッ、読まれてたか︶
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【後編】
737
に跳躍し、再び空中で紋章に着地してから一気に後退する。
﹂
そして十六夜とベルゼブブの真上に位置する場所から外れると、腕を頭上へと振り上
げ、
﹁魔王光連殺ッ‼
であっただろう。
これが第一予選のように広範囲に一筋ずつ放たれていたならば迎撃という選択は正解
〝 魔 王 光 連 殺 〟 は 幾 筋 も の 光 線 状 の 魔 力 を 天 空 に 輝 く 巨 大 紋 章 か ら 放 出 す る 技 だ。
悪手となったようだ。
選んだのだが、見るのと体験するのでは別物であることとシチュエーションの違いから
二人とも〝魔王光連殺〟が放たれたのを見た時、第一予選の光景から迎撃することを
姿を現した十六夜とベルゼブブは、重症ではないものの多数の傷を負っていた。
﹁意外と厄介ですね・・・﹂
﹁チッ・・・﹂
の姿を覆い隠していたが、雨風に晒されて土砂はすぐに晴れた。
精密爆撃のごとく撃ち込まれた光の奔流が収まった後も巻き上げられた土砂が二人
しかも今回は第一予選の時とは異なり集中砲火である。
振り下ろすと同時に巨大紋章の輝きが増し、光の筋が連続して二人へと降り注いだ。
?
738
だが連続して重なる幾筋もの魔力が迎撃した魔力の一筋に隠れるように一直線上に
あるため、続く魔力の光線に対する遠近感覚を狂わされたのだ。さらに視界を眩ませる
ように輝きを増した巨大紋章も迎撃のタイミングを狂わせる要因の一つである。
しかし同時に弱点もはっきりとした。太い魔力の光線を上空から落とすという性質
上、男鹿自身の周囲、特に今回のような真下は攻撃できないのである。
男鹿は地上へと降りながら二人に向けて悪態を吐く。
﹁ーーークククッ。〝全力で行く〟、か﹂
★
三人の激闘はまだ終わらない。
だ。
三人とも全身に傷を負ってはいるが、まだまだ戦闘の支障にはなりにくい小さなもの
二発を受けただけで残りの迎撃を合わせてきたのだ。
十六夜とベルゼブブは遠近感覚・タイミングを狂わされた中、最初の頃に放たれた一・
﹁厄介はこっちの台詞だ。あんだけぶち込んで食らったのは二・三発じゃねぇか﹂
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【後編】
739
レティシアに蹴り飛ばされたジャバウォックは笑いながら起き上がった。どうやら
簡単に終わられたらつまらんからな﹂
大きなダメージは与えられなかったようだ。
﹁その白い翼、使いどころに注意しろよ
レティシアは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
る時間まではなかった。
・
・
・
・
・
・
・
・
使えるレベルまで仕上げたのは流石だが、修業中に突如発現した白翼をコントロールす
その短期間で初めての魔力をコントロールし、他の恩恵や武具に魔力を通して実戦で
遊演闘祭〟に向かうまでに男鹿とのした修行の五日間だけである。
そのうち王臣としての力を使用したのは〝黒死斑の魔王〟とのギフトゲーム中と〝魔
考えてみれば当たり前のことだが、レティシアが王臣となったのは二週間前であり、
だ。
OFF、そして何より最高速度しか出せず直線でしか飛べない制御できていない力なの
そう、レティシア自身が口にしていたようにこの白翼は出力を加減できない。ONか
・
ジャバウォックの抽象的な忠告に、レティシアも口角を上げて強気に言い返す。
ことだな﹂
﹁・・・言われなくても承知しているさ。そちらこそ私に攻撃を当てられるよう努力する
?
740
﹁ーーー行くぞ‼
﹁・・・ッ‼
﹂
﹂
知った今ではしっかりと見切った上で迎撃姿勢を取っていた。
しかし、ジャバウォックも最初は無防備に一撃を受けてしまったものの、最高速度を
速を超えており、もしかすると第一宇宙速度にまで達しているかもしれない。
白翼を羽ばたかせ、一直線にジャバウォックへ向かって飛翔する。その速度は優に音
?
﹂
だ。槍を持って白翼の加速を行う場合、少しでも複雑な動きはできなくなる。
ないが、槍を持った状態では白翼を使用した際の空気抵抗で飛行姿勢が崩れてしまうの
改めて槍を取り出すくらいなら仕舞う必要はなかったのではないかと思うかもしれ
間加速を伴って振り下ろした。
頭上を取ったレティシアは改めてギフトカードから槍を取り出し、白翼の爆発的な瞬
修正することでジャバウォックの拳は空を切る。
レティシアは迫る拳を前に白翼を止め、慣性で進む身体を黒翼で無理矢理に上方へと
?
?
れて地面に膝をつかないように耐えていた。
ではない。黒翼の推進力で突進された時は片手でいなせていたのに、今は足腰に力を入
ジャバウォックは辛うじて両腕を重ねて槍を受け止めたが、白翼の推進力は黒翼の比
﹁ぐぅ・・・‼
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【後編】
741
レティシアは瞬時に白翼から黒翼へと切り換えて姿勢を制御し、両腕を上げてガラ空
きとなった腹部へと蹴りを放つ。
﹂
?
﹂
?
ていく。
泥濘に叩きつけられて身体中泥塗れであったが、強い雨風に晒されて泥は少しずつ落ち
ぬかるみ
振りほどき、そのまま一気に上昇した。
レティシアは短く呼気を吐くと、叩きつけられる前に白翼を使用して力尽くで拘束を
﹁ハァッ‼
び地面に叩きつけようとする。
だがそんなものはお構い無しに、ジャバウォックはさらにレティシアを振り回して再
の衝撃に思わず槍を手放してしまい、手の届かない遠くへと放り出してしまう。
叩きつけられたレティシアは苦悶の表情を浮かべ、口から強制的に空気が漏れた。そ
﹁ガッ・・・⁉
け出そうと反撃するよりも早く振り回して地面に叩きつけた。
今度は槍ではなく直接足を掴んでいるため簡単には抜け出せない。レティシアが抜
掴み取った。
ジャバウォックは負荷の弱まった槍を片手で支えながら、その蹴りをもう片方の手で
﹁そう何度も食らうか﹂
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そんな中、彼女は軽く息を整えながら今の攻防について考えていた。
・
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︵もう白い翼での直線的な動きは通用しないか。肉弾戦も少々厳しい、となると・・・や
はり勝つためにはアレを狙うしかない︶
頭の中でシミュレーションを終え、眼下にいるジャバウォックを見下ろした。
ジャバウォックも油断なく見上げており、二人の視線は自ずと交差する。
攻撃を躱したレティシアは一つ一つの打撃に威力を乗せるべくすぐさま黒翼で姿勢
して紙一重で躱す。
ジャバウォックの拳や蹴りが放たれるのに対して、レティシアは瞬間的に白翼を発動
二人の距離が近付き、再び激しい攻防が繰り広げられる。
肉弾戦に勝てないのなら、それを補えるだけ手数を増やせばいい。
さらに今度は影を幾筋にも分かれさせて身体の周囲に漂わせる。腕二本と足二本で
どころを見極めることが大事なのだ。
ない以上、突っ込むスピードを速くする必要はない。ジャバウォックの指摘通り、使い
その呟きに応えるようにして黒翼を羽ばたかせ急降下する。白翼での速度が通用し
に聞こえた。
ジャバウォックの呟きが雨風の音で聞こえるかは疑問だったが、レティシアには確か
﹁ーーー来い﹂
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【後編】
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を整えて反撃に移るが、ジャバウォックはその翼の切り換えから反撃するまでの短い間
に攻撃に使った手足を引き戻して迎え撃つ。
白翼の速度で回避するレティシアを捕らえるべく打撃に使われる手足を隙を見て掴
み取ろうとするジャバウォックだが、その隙を埋めるべくレティシアは打撃性を付加し
た影を走らせて襲い掛からせる。
そういったやり取りが数手、十数手と行われていくが、もちろん二人とも全ての攻撃
を完全に凌げているわけではない。
や り 取 り の 開 始 と な る 初 撃 を 紙 一 重 で 躱 す レ テ ィ シ ア も 単 発 で は な く コ ン ビ ネ ー
ションで来られた場合には防御もしくは被弾することがあれば、翼を切り換えて攻勢に
出られる前に迎撃姿勢を整えていたジャバウォックだが威力を削って速度を重視した
打撃や影を併用された場合には迎撃が間に合わないこともあった。
それでも互いに決定打となる一撃を与えられることはなく一種の均衡状態を保って
ゼブルサンクチュアリ
いたが、このまま続けば肉弾戦を得意とするジャバウォックにいずれ軍配が上がる可能
性の方が高い。
加えて今はまだ大丈夫だが、もし男鹿がやられて〝魔王の聖域〟が解除されれば王臣
︶
紋による魔力供給がなくなりレティシアの勝ち目は消えることとなる。
︵長引くだけ勝機は薄くなる・・・次の打ち込みに勝負を賭ける‼
?
744
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【後編】
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レティシアはジャバウォックから一度距離を取り、間を置かずに白翼を発動して突っ
込んだ。
これまで黒翼の速度で突っ込んでいたため、もしかしたら急激な速度の変化で隙を突
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けるかもとレティシアは一瞬考えたが、やはり同じ手がそう何度も通用する相手ではな
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かった。これまでと変わらずカウンターの一撃を繰り出してくる。
その一撃を避けるべくレティシアは白翼を止めーーー連続して再度白翼を発動した。
超高速で一撃を躱してずれた飛行進路を、さらに白翼と停止と発動を繰り返して修正
することでジャバウォックへと突っ込んでいく。
ジャバウォックは今度こそ本当に虚を突かれたようで、完全な無防備を晒すことと
なった。
今までレティシアが白翼の連続使用をしなかったのは、この一瞬を作り出すための布
石ーーーではない。もちろんそれもあるが、それだけではなかった。
最初に述べたように、この白翼はまだコントロールできていない力である。連続使用
したことそのものがこれまでになく、はっきりと言って彼女にもできる確証もなかった
のだ。
それでもレティシアがそれを実行に移したのは必要に迫られたからであり、さらには
実戦を通して白翼の使用に慣れてきたからでもあった。
さなか
〝実戦での経験こそが最も修行になる〟とはよく言われることだが、彼女もまたジャ
バウォックとの戦闘の最中に成長していたのである。
しかしそれは切り換えができるかどうかの話であって、姿勢を整えられた上で有効な
攻撃を放てるかどうかは別問題だ。
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今も白翼の連続使用に振り回されて姿勢が多少崩れており、とても威力を乗せた打撃
を放てるようには思えない。
それでも構わずレティシアは拳ーーーではなく、平手を振りかぶった。
それは力まずに速さを追求しただけの一撃であり、姿勢が整っていようとダメージを
与えられない、当てることだけを考えて威力を無視した一撃である。
異様さを感じたジャバウォックは遅れながらも防御を取ろうとしたが、機先を制する
・
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ようにレティシアが影をジャバウォックの両腕に集中して叩き込むことで防御すらさ
せない。
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確実に当てられる状況を整えたレティシアは強烈な平手打ちを食らわせーーー鼻に
﹂
詰まったティッシュを弾き飛ばした。
﹁ぶべらッ⁉
?
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ティッシュを狙うのは反則ですって‼
﹂
簡易契約が切れた証拠とでも言うべきか、ジャバウォックからは考えられないような
情けない声が発せられる。
﹁ちょ、レティシアさん‼
?
ないが・・・どうする
﹂
﹂
﹁さて、もう勝敗は決まったようなものだ。大人しく降参するならばこれ以上は何もし
めた。
完全に古市の口調と雰囲気に戻っているのを確認したレティシアは翼と影を引っ込
﹁勝負事で弱点を狙うのは当然だろう﹂
?
視線で返事を促された古市は、観念して溜息を吐きながらその言葉を口にする。
ろす形となった。
徐々に詰められた距離は遂になくなり、レティシアは尻餅を着いたままの古市を見下
ちで殴り飛ばした距離を詰めていく。
怖々と訊いてくる古市を安心させるように、レティシアは表情を和らげながら平手打
﹁なに、コミュニティの同士相手に酷いことはしないさ。気絶させるだけだ﹂
?
?
﹁こ、降参しなかったら何されるんですか
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【後編】
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・
・
いったい、何・・・が・・・﹂
?
★
失った。
レティシアの意識が遠のいていく中、後ろから誰かに支えられたのを感じながら気を
﹁なッ・・・⁉
衝撃が加えられた。
古市の予想だにしない答えを聞いてレティシアが思考を巡らせる前に、彼女の首筋に
﹁降参しません。俺達の勝ちですから﹂
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﹁危なかったねぇ、古市君﹂
レティシアの後ろから首筋に衝撃を加えた人物ーーーレヴィはぐったりとしている
﹁いやもう本当に。ジャバウォックとの契約を切られた時は焦りましたよ﹂
彼女の身体を支えながら古市と会話していた。
レティシアの敗因はただ一つ、古市がレヴィと契約しているという情報を知らなかっ
たことだ。
そのことを知っていればあそこまで無防備に接近することはなかっただろうし、接近
した結果レヴィが自身の後ろで実体化するのを見逃すこともなかっただろう。
レティシアの負けが判断されたのか、レヴィの腕の中からその姿が搔き消える。どう
やら会場へと転送されたようだ。
﹁レヴィさんが不利な状況であっちに参戦するのもなんですしねぇ﹂
﹁ま、こっちの戦いは終わったんだし後はゆっくり観戦といきますか﹂
魔力を発露できない空間で戦うのは不利でしかなかった。
彼女の戦闘は魔力攻撃が主であり、肉弾戦はあまり得意とは言えない。そんな彼女が
レヴィは手を翳して空中から地上を照らす巨大紋章を見上げる。
﹁私もちゃんと戦いたかったけど、この空間じゃ満足に戦えないからなぁ﹂
〝乱地乱戦の宴〟・最終決戦【後編】
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二人して向ける視線の先には、今大会の最強を決めるための激闘が続いている。
その行く末を見届けるべく、古市とレヴィは決着の時を待つことにしたのだった。