或いはこんな織斑一夏 鱧ノ丈 ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので す。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を 超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。 ︻あらすじ︼ 初めまして、あるいはお久しぶりです。 旧にじファン様にて﹁或いはこんな織斑一夏 つまりは性格改変モノ﹂という作品を 執筆していた鱧ノ丈です。 本作は基本的に一夏の人物像、能力面を始めとして他の人物の性格や世界観など、I S原作に大幅な改変を加えた作品になっています。オリキャラも複数登場しますので、 それらを踏まえた上でご覧下さい。 ︵作者主眼で︶極めてざっくばらんにした本作の概要 格闘漫画行けと言われても良い武術バカの一夏による覇道サクセスストーリーであ る。 *旧にじファンでの拙作を御存じの方へ 本作はにじファン時代のものとはほぼ別物で、実質完全新作です。その旨をご了承く ださい。 ││││││││││ 第七話 試合の後は反省会 ツイン テ が 中 国 か ら や っ て く る そ う で す よ ! 第 十 二 話 少 女 た ち の ラ ン チ タ イ ム、 げる │││││││││││││ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾 錬武の刃と赤龍の咆哮 │││││ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する │││││││││││││││ 簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 第 九 話 ク ラ ス 代 表 顔 合 わ せ 更 識 幼馴染 ││││││││││││ 第八話 語らうファースト&セカンド 221 目 次 第一巻 第一話 始まりと決闘宣言 ││ 第 二 話 チ ャ ン バ ラ 一 本 勝 負 あ、 セ シ リ ア の こ と も 調 べ な く ち ゃ ね 第三話 淑女との語らい、映り出す魔 女の影 ││││││││││││ 第 四 話 一 夏 の 訓 練、闇 に 閃 く 剣 魔 デュエッ 256 298 1 76 186 149 第五話 vs英国淑女 \︵`д ︶ゝ ´ 336 ! 第六話 白鎧の目覚め ││││ ! 377 45 112 │ かく語りき ││││││││││ 第十三話 武と智の競り合い │ │ 第 十 四 話 対 抗 戦 閉 幕 簪 ち ゃ ん、お 姉ちゃんやっと出番貰えたよ 第二巻 第 十 六 話 黒 兎 と の 小 突 き 合 い 来訪 │││││││││││││ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の 幕間 バカ話 ││││││││ ! 第 十 七 話 黒 兎 の 聞 き 込 み 調 査 第十八話 野郎がメインになると真面 目な空気が続かないのがこの作品です 元 に 刀 を 突 き つ け ら れ て ピ ン チ で す﹂ 第二十話 シャル﹁クラスメイトに喉 研、白式改修計画 │││││││ 第十九話 レッツゴー陰m⋮⋮倉持技 697 │││││││││││││││ 第二十三話 発露する兇武、その一端 に在りて高き壁 ││││││││ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近く して役者は出揃う │││││││ 第二十一話 トーナメント直前、かく 782 456 419 490 543 575 742 812 853 892 615 655 │ 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧 れし者たち ││││││││││ 第二十五話 偽りの戦女神 ││ 筋肉だ │││││││││ ル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公 ﹂ 第三十一話 千冬﹁こんな時にトラブ 波乱の予感 ││││││││││ 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる ! 第二十八話 動き出した天才兎、ここ 女は⋮⋮ │││││││││││ 海 だ 第 三 十 四 話 人 の 心 と 機 械 の 心 第三十三話 決意の少女達、そして彼 ペル │││││││││││││ 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴス ! 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤 る ││││││││││││││ 第三巻 ! ろ ぴ ょ ん ぴ ょ ん は で き そ う に な い by一夏 1134 1172 1230 第二十七話 臨海学校前だけど、水着 の新調とか別に要らなくね 1201 975 930 1019 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 第 二 十 九 話 夏 だ ! ! 1303 1258 ? 水 着 だ 1055 1097 │ み │││││││││││││ 第四十一話:夏休み小話集 ││ │││││││││││││││ 第 三 十 六 話 白 銀 の 騎 士 は 黄 昏 に 散 第四十二話:夏休み小話集2 │ 第四十三話:夏休み小話集3 │ 第四十五話:夏休み小話集5 │ 第四十四話:夏休み小話集4 │ 静寂な朝がやってくる │││││ 第四十六話:夏休み小話集6 │ 第三十九話 テストが嫌なのは学生の 第四巻相当 │││││││││││││││ 第四十八話:夏休み小話集8 修行2 ︵12/31 追加︶ │││││ 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 1677166316181593156815321508 普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 魔女はキセキの種を見初める ││ 第 三 十 八 話 か く し て 騒 動 は 終 結 し、 第 三 十 七 話 破 壊 の 福 音 は 鳴 り 止 み、 り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる ! │││││││││││││││ │││││││││││││││ 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1711 第四十話 のワの︿夏休みですよ、夏休 1476 1688 1338 1448 1417 1372 1725 │ 第五十六話:着々と進んでいくそれぞ れ ││││││││││││││ 第五十話:夏休み小話集10 修行4 │││││││││││││││ 第五十七話:刃の選定 相対するは頂 点の後継達 ││││││││││ 第五十一話:夏休み小話集11 修行 5 ││││││││││││││ 第五十八話:流水 対 修羅 │ 第 五 十 九 話:特 撮 バ カ & 親 バ カ 第五十二話:夏休み小話集12 修行 6 ││││││││││││││ 第五巻 常回だ、内容はお察し │││││ 人物紹介もあるYO ││││││ 第六十二話:学園祭小話詰め合わせ く行こう │││││││││││ 無と更識簪 ││││││││││ ││││││││ 鬼 ││││││││││││││ 第五十五話:極みへと至りし二天の魔 はこれからだ 第六十一話:祭り、開幕 まずはゆる∼ 第六十話:祭りのちょっとだけ前 日 1964 第五十四話:オレたちのプロデュース 第五十三話:学園祭に向けて 更識楯 1884 19341907 1989 1754 1777 1799 1819 1836 1865 2018 2037 ! │ ネタ投下:楯無ルートエピローグ あ とオッサン紹介 ││││││││ 新年SP 嘘予告 ││││││ グタイム │││││││││││ 第六十四話:のんべんだらりトーキン │││││││││││││││ 第六十三話:学園祭小話詰め合わせ2 2061 2085 21472124 第一巻 艦などの影も見える。 その他にも051C瀋陽︵しんよう︶級駆逐艦や052C蘭州︵らんしゅう︶級駆逐 を進める駆逐艦であり、時の中国における駆逐艦の最新型だった。 名称だった。船籍の所属は中国人民解放軍海軍。中国において海軍が戦闘目的に配備 054江凱︵じゃんかい︶型フリゲート。それは海上に浮かぶ鉄塊の内の一つの制式 そこには鋼鉄色の塊が幾つも浮かんでいる。 透き通るような空の青とは対照的に、闇という暗さへと繋がる青色に彩られた海原。 件が起きていた。 だが、今この空の下ではそのような平和とは無縁の、喧騒と呼ぶには抑言に過ぎる事 を与える。 空を染め上げた青色は、見る者に須らく心地よい気分を、穏やかな一時を過ごす気持ち 雲一つ見受けられない蒼穹。太陽より降り注ぐ光が大気圏で屈折することによって 第一話 始まりと決闘宣言 第一話 始まりと決闘宣言 1 豊富な資源と人材、それらを以って急進的な経済発展を果たし、名実ともに大国と呼 ばれるようになった国が現役の駆逐艦を、それも最新型を含むそれを派遣する。それは 決して軽々しい事態ではない。 後に白騎士事件と呼称される事件。大国の一角がとある諸島に向けて艦隊を差し向 けたことに端を発したこの事件は、後に第二次世界大戦以後の国際情勢における最大級 の事件と呼ばれるようになる。 20 年某月某日、中国政府が尖閣諸島方面に向けて駆逐艦を中心とし、後方に空母 この状況において日中間に即日緊張が高まったことが事件の切欠となった。 とのみ返答。 海に接近する艦隊の航路に日本政府は直ちに抗議。しかし、中国当局は﹃演習の範囲内﹄ する旨を発信していたが、当初の申告よりも大規模な構成となっている艦隊と日本国領 を備えた艦隊を派遣。中国政府は事前に﹃領海及び領土防衛のための艦隊演習﹄を実施 ×× 勃発したが、その中でもISの存在の認知の拡大が最たるものと言われている。 になった事件。この事件、及び事件以後においては個別に取り上げるべき様々な状況が 航空機動兵器 IS <インフィニット・ストラトス> の国際的注目を集めること ﹃白騎士事件﹄ 2 第一話 始まりと決闘宣言 3 この緊急事態に日本国航空自衛隊、ならびに海上自衛隊が緊急出動。中国側の目的で ある尖閣諸島を中心に展開がなされ、膠着が続くことになった。 その後、中国側艦隊が日本の経済水域に侵入、尖閣諸島方面に進路を取った直後に同 海域に白騎士が出現。駆逐艦の内一隻に接近し、同船が艦載砲を白騎士に向け発射した ことにより白騎士と艦隊の交戦が開始した。白騎士、及びISについては別項参照のこ と。 結果として艦隊は白騎士に敗北。それは有史以来の戦闘の歴史を振り返っても驚嘆 に値する結果であった。戦闘の詳細は別項の﹃白騎士﹄を参照のこと。 戦闘終了直後に白騎士は視界、レーダー反応のの双方より消失。これは現在解析の大 半が済んでいるISのステルス機能によるものとされており、現在では対IS用感知 レーダーの開発も進んでいるが、当時においては最高峰を超える性能を誇っていたとさ れる。 本事件終了後に各国政府、ならびに国連は即日日本政府に白騎士に関しての説明を要 求。しかし日本政府側も詳細は把握しておらず、各国同様に開発者の篠ノ之束博士に説 明を要求。 ﹂という見方も為されている。 博士は﹁非常事態対応のための緊急出撃﹂と返答したが、現在公に知られている博士 の人格面から﹁ISの性能披露の側面が大半では ? ││IS十年史序章﹁白騎士事件﹂の項より抜粋 設立などの諸事情は、後に﹁IS事変﹂と呼ばれるようになった。 事件後のアジア圏における情勢の変化、各国のIS導入に関しての動き、各種機関の 関﹁国際IS委員会﹂の設立を決定。 国連に提出。並行して国連が主体となったIS運用における取り決めのための専門機 この事件の後、約一年を掛けて日本国は可能な限り収集できたISに関するデータを 器群において戦術的最高位を得うるなどの内容を一笑に付したため︶ 体裁を為していない論文、宇宙空間作業用とされているが軍事転用された場合は現代兵 ︵ISの基本構想は事件以前に学会に提出がされていたが、当時の学会は博士の年齢や 4 日光を遮断された暗闇に砂利と固いコンクリートの擦れる音が響く。口から吐き出 される荒い息は不規則であり、全身の血液を巡らせる心臓は早鐘を打っている。 息を吐きだしたのであれば、次は新たな酸素を求めて吸うのが人の、生物の道理。吐 き出した口、そして鼻からも新たな酸素を求めて大気を吸い込み、肺へと空気を送り込 む。 鼻腔をくすぐるのは鉄と工業用の油の臭い。周囲に積まれた工業用の機械の数々と、 空間を覆う薄い鉄板から発せられるそれらは、臭いを感じ取り始めた最初の内こそ眉を ひそめたくなるが、既にしばらくの時が経った今となってはほとんど気にならない。 一体ここがどこなのか。どこぞの工場、或いはその跡ということは分かるが、それだ け。何もかもが分からないことに満ちている。 る、極限に近い緊張と集中が体力の消耗幅を大きくしていた。 だというのに既に息を切らしかけているこの体たらく。単に走りまわるのとは異な うなヤワな体力はしていない。 は相当以上の自信を持っている。本来なら限られた建物の中を駆けた程度で切れるよ 手近な物影に身を隠し、少年はなるべく音を立てずにして息を整える。元々の体力に ﹁はぁっ⋮⋮、くっ⋮⋮﹂ 第一話 始まりと決闘宣言 5 ││││ │││││ !! かった。 ﹂ 語の日本語以外の言語と言えば学校の授業で習う程度のレベルの英語にしか嗜みは無 ている只中であり、別段外国語の関わる趣味を持っているわけでもなかったので、母国 齢にして十代の半ば、日本人である少年は未だ法によって定められた義務教育を受け 国語が混じるだけ。 だが、聞こえる声の大半は英語、そこに時折ドイツ語やら何やら、英語とはまた別の外 何を言っているのかは少年には分からない。ときおり日本語のような声も聞こえる。 跳ね返り、反響となって少年の耳に届く。 成人した男性の、野太い怒号が響き渡る。拡散した音の振動は建物の中のあちこちに !! ば、意識がブラックアウトして気がついた時にはこの廃工場だ。 故あって単身国外旅行に繰り出した矢先の出来事。いきなり衝撃が走ったかと思え がする表情としては凄惨に過ぎる様相を呈していた。 かについた﹃ある色﹄も相俟って、歪み犬歯をむき出しにした少年の表情は十代の少年 怒りに、戸惑いに、そして隠しきれない滲みでた恐怖に少年の顔が歪む。その顔に僅 ﹁ったく、なんだってんだよ⋮⋮ ! 6 目的は 下手人は 幾つものクエスチョンが浮かぶが、それら全 ﹃誘拐﹄││この単語が導き出されるのにそれほどの時は掛らなかった。 何故自分が ? ? てを振り払って少年の脳裏に浮かんだ考えはただ一つだった。 ? る己の手に気がついた。 使う機会に出くわしたのは自分くらいだろうと少年は自嘲する。そして、僅かに振るえ でもこのような場面では役に立つ。日本の中学生でこんなやり方を知っていて、実際に 与えるとは言えない。することがないならないに尽きるものだ。だが、そのような技法 元々関節が外れるなど人体にとってはイレギュラーな状態であり、決して良い影響を ながら痛みに顔を小さくしかめる。 節を外して束縛を緩める。そして一気に己の手をすり抜けさせる。外した関節を戻し 物影に隠れて僅かに生まれた間を使って両手を縛る縄を解こうとする。意図的に関 ままに見張りが目を離した隙に全速力で駆けた。そして今の閉所での逃走劇に至る。 後先を考えない。ただひたすらに生きるために動く。諸手を縛っていた麻縄をその るという事実に対しての憤怒、抗うことへの意地が強かった。 る恐怖、それを否定することはない。だがそれ以上に、自分の身の安全が脅かされてい もはやそれは、思考というよりも強烈な衝動に近いものだった。生存本能を脅かされ ﹃死にたくない﹄ 第一話 始まりと決闘宣言 7 全員が全員、黒塗りのサングラスを掛けているためにその奥の目を見ることはできな 自身を取り囲むように立っている。 背水ならぬ背壁に陥った自身の目の前には自分を攫った一味だろう黒服の男たちが かけられるのだ。追い詰められるのは元より時間の問題だった。 逃走のための機能はほとんど無いと言える。そんな限られた空間の中を一対多で追い 階段を上った先の、二階にあたるスペースもあるにはあるが、通路ばかりで実質的な まった。無理も無い。元々決して広いとは言えない建物なのだ。 理性をかなぐり捨て、動物的な本能と直感にのみ従って両足を動かし、そして行き止 ずなのにまるで記憶に無かった。 ただ我武者羅だった。どこをどのように走ったかなど、ほんの数瞬前のことであるは き攣らせた。 ながら、明確な異質さを感じさせる臭いに少年は口を噤み、ただ自嘲するように頬を引 せる感触。そして周囲から漂う錆つきかけた金属塊から発せられるソレと同種であり 気が付けば声も震えていた。そして静かに己の頬に手を添える。指先を僅かに湿ら ﹁ハハ⋮⋮、とんだザマだ⋮⋮﹂ 8 第一話 始まりと決闘宣言 9 い。だが、恐らくは一様に憤怒の炎を瞳に宿していることは間違いない。それだけのこ とをしたのだという自覚があった。 凡そ誘拐事件において攫われた者は犯人の人質という立場になる。そして犯人側か らの要求を通すためのカードとなるため、一応の命の安全のみは確保される。 代わりの効く複数人の人質ならともかくとして、このような人質が一人の場合は尚更 だ。だが、それも絶対ではなく要求が拒否された場合などは見せしめとして指の一本く らいは、或いは最悪命を覚悟しなければならない。 少年も初めはそうであった。あくまで人質であるため無用な傷害はご法度と、黒服達 は上より言い付けられていた。だが、少年は明確な敵対の意思を見せている。 黒服達もプロだ。ただ黙って良いようにされるというわけにも行かない。上役より 交渉が進んだという旨の連絡も未だ来ない。ならば是非も無し。恨みは無いが、覚悟を してもらう。 その気概で以って、黒服達もまた少年に対して明確な敵意を向ける。 少年にとって状況は絶対絶命であった。少年自身、半ば達観したような思考ですぐ目 の前に迫っているかもしれない己の末路に、覚悟を決めていた。 不意に金属のひしゃげる音が響いた。錆ついた金属同士が擦れる音は耳障りな不協 和音となって耳を、信号となった音を受け取る脳髄を侵すが、その音は少年にとって紛 10 れもない天の助けそのものだった。 無言で己を包みこむ腕。硬質な金属に覆われた直接的な温かさなど持たず、ただ金属 特有の冷たさを少年の肌へと伝えるが、その抱擁に込められた心を察せないほど彼は愚 鈍では無かった。 だが、伝わる心の温かさ、それを感じ取ったからこそしかと実感する安堵、それらと 矛盾するかのように少年の心は先ほどまでの冷たく俯瞰的になり、昂り荒波のように なっていた様が、静謐な湖面の様相を呈していた。 己 の 危 機 は 去 っ た。身 の 安 全 は ほ ぼ 確 実 に な っ た と 言 っ て も 過 言 で は な い だ ろ う。 だが││あまりにもあっさりとしすぎていた。 周囲には己を害そうとした黒服達が転がっている。命はある。だが、完全に意識を刈 り取られているために苦悶の呻き一つさえ漏らしやしない。強大な危機は、あまりに あっさりと散った。 その要因は分かり切っている。今、自分を抱擁している存在。ただ一人の血を分けた 肉親であり、同時に紛れもない個人として持ちうる力の究極を、もはや理不尽な暴力と 呼んで差し支えないソレを掌中に収め操る人物。 ︵なんだ、そういうことかよ⋮⋮︶ 落胆するでもなく、失望するでもなく、怒るでもなく、悲嘆に暮れるでもなく、ただ 淡々と思う。悟る。理解する。 それが全てと言い切るつもりはない。だが、結局のところ無力であれば何も意味を為 さない。今、自分を抱擁するために目の前の家族は何をどれだけ犠牲にしたのか。それ が決して軽くないものであることは、家族だからこそよく分かる。 その責の一端は紛れも無く自分にある。自分の非力が、この状況を招いた。 静謐な湖面に静かにさざ波が立つ。ただざわめくだけでそのまま、波が巨大となるこ とはない。だが、そのざわめきは紛れもない心に湧きあがった怒りだった。 心底腹立たしい。自分が非力であるということが。﹃自分に力が足りていない﹄とい う事実が、﹃自分が未だ弱い﹄と突きつけられたことが、耐え難い。 湧きあがった怒りを面に出すことはなく、ただ静かに握る拳に込める力を強めた。 ﹃無力は罪だ。力が無ければ、何も為せない﹄ 第一話 始まりと決闘宣言 11 比例して随分と昔に思えるようなことだと言える。 インパクトの大きい出来事だっただけに、その出来事の大きさや経った年月の短さに反 なったのか。時間的にはざっと三年程前、決して昔と呼べるほど前ではないが、何かと そも、何故唐突にあのような夢を見るなんて、過去の記憶を掘り起こすようなことに だったと思う。 文字通りほんの僅かな眠りでしかなかったわけだが、その割には随分と密度の濃い夢 時計の液晶が示すデジタル数字は最後に確認した時から五分少々しか経っていない。 題ない。 で数千円程度という安いデジタル表示の時計だが、ごく普通に使用する分にはまるで問 魔の餌食になっていたらしい。チラリと左腕に付けた腕時計を確認する。家電量販店 そんな中、椅子に腰かけながら腕を組み、僅かに俯いている自分。どうやらしばし睡 常に新鮮な香りを保っている。 内は快適と呼べる気温そのものであり、適度な換気も為されているのか吸い込む空気は そのまま自分の状態を再確認。完璧と呼んで差し支えないレベルで空調が効いた室 分の周囲を見回す。 不意に目の前が明るくなった。しばし目を瞬かせ、織斑一夏は目線のみを動かして自 ﹁│││っ﹂ 12 の蓄積、熟成、そしてそれを運用する未来の操縦者の育成機関。例え他の国にも同様の その解決のためにと生み出されたのが今、一夏が居るこの場所。IS操縦のノウハウ ウが乏しいことは由々しき問題と言って差し支えない。 現代における戦術の頂点に立つ機動兵器となったIS言えども、その肝心な操縦ノウハ いかに単純な性能面、直接的な戦闘状況に入ったとして完勝をもぎ取ることも可能な 致命的なまでに不足している。 ターバルを含めれば世界的な運用は実質十年にも満たないISはその操縦ノウハウが で最重要とされる操縦のための技術。件の事件からある程度世界に広まるまでのイン 約十年前に起きた白騎士事件に端を発し世界中に拡散したIS技術。それを繰る上 居る場所が問題と言えるだろう。 はない。そんなことは心底どうでも良い。より正確を期して言うのであれば、今自分が 状況、とは言ってみたもののそれは決して自分に無数の視線が向けられていることで 思考の内で一人ごちる。 ソレに、自分の一挙一足に呼応してざわめきのような波が生じるのを感じながら一夏は 好奇、品定め、対抗心、敵愾心、正負様々な感情が入り混じり混沌の様相を呈している あまり意識はしなかったが先ほどから自分に引っ切り無しに向けられる無数の視線。 ︵この状況、かねぇ⋮⋮︶ 第一話 始まりと決闘宣言 13 ノウハウが伝わり、操縦面における技術の独占が不可能となってもより早いノウハウの 蓄積をと各国が妥協せざるを得なくなった結果生まれた、国際的な教育施設。 ﹃IS学園﹄、それがこの地の名。 最近急速に名を上げている若手建築家が作ったという、見栄えという点では十分だが ていたこと。 者への実物見学のために学園の訓練用ISが貸し出され、施設の一室に秘密裏に置かれ 場の一つであったこと。IS学園本校に最も近い試験会場であるため、特例として受験 さっさと試験を終わらせて帰りたいの一つである。当該施設がIS学園筆記試験の会 別 段 一 夏 に は 何 か の 意 思 が あ っ た わ け で は な い。当 時 持 ち え て い た 意 思 と い え ば 有様である。 国規模で見てもでも最大規模と言われる市の文化ホールにあったISに触ったらこの たまたま赴いた私立高校の入試会場である、公共の文化施設としては県内はおろか全 が不可能とされていたISを一夏が動かしてしまったのだ。 端的に言ってしまえば大々的な世界へのお披露目から十年、それまで女性にしか起動 微妙にこめかみをひくつかせながら一夏はこうなった経緯を思い返す。 過ぎるだろう⋮⋮﹂ ﹁人生一寸先は闇││なんてよく言ったもんだけどもな。これは驚き桃の木山椒の木に 14 第一話 始まりと決闘宣言 15 いざ歩いてみると中々に構造が分かりづらい施設で一夏が道に迷ったこと。たまたま 入った小さな部屋、その奥に件のISが置かれていたこと。本人でもらしくないと思う ふと湧いた興味でISに触ったこと。そして││ISが反応を示したこと。 少なくとも、最後にISに触ってみようという意思以外に一夏の明確な能動的意思は 微塵たりとも存在しない。何もかもが偶然の産物。だが、その偶然によって彼の運命は 大きく変わることとなった。そのことには、流石に深く嘆息一つつかざるを得ない。 一体何が悲しくて、女子校に放り込まれねばならないのだろうか。 一夏のIS適正発覚後は文字通り世界のあちこちがその話題で盛り上がった。それ も無理なからぬ話。それまで女性にしか扱えないとされていた現代最高峰の兵器に、突 如として男性の適格者が現れたのだ。 単純な話題性としても、国家の枢軸に座する権力者達の見出す経済的、軍事的側面か らも、未だ未知な部分も多いISの全貌を明らかにしようと日夜奮闘している研究者達 が見出した学術的側面からも、あらゆる方面から見て価値は十二分にある。 もはや仔細を挙げることすら億劫になるレベルの複雑な事情、思惑の入り混じり合 い。もつれにもつれたその結果が各国から独立した治外法権地帯であるIS学園への 保護、調査を兼ねた入学と、学園の施設を主権領域内に持つ日本政府主導での身辺保護 であった。 IS業界において織斑千冬という人間は開発者の篠ノ之束とともに、ISの社会的な 一度千冬が言葉を切ると同時に、教室全体にざわめきが起こる。 することになる。私と彼女の二人で、この一年このクラスを受け持つ﹂ ﹁あそこに立っているのが副担任の山田真耶先生だ。主にIS理論の座学を諸君に教授 ている。 の先、教室後方入り口のすぐそばには、柔和な笑みを浮かべた眼鏡を掛けた女性が立っ 話しながら千冬は視線を教室の後方に向ける。つられて移動する生徒達の視線。そ 業ではIS実習を主に担当する。そして今││﹂ ﹁まずは自己紹介といこう。今年一年、諸君の担任をすることになった織斑千冬だ。授 とまで言われる女傑である。 IS乗り、ISを用いての戦闘能力は有史以来一個人が発揮するものとして頂点に立つ それを一夏はよく知っている。声の主は織斑千冬。一夏の実姉にして、名実共に最強の そして聞いた万人が思い浮かべるだろう彼女の気質は概ね正解で間違いないだろう。 た雰囲気が含まれており、聞く者に須らく声の主の気質を思い浮かべさせる。 教壇に立つ女性の朗々とした声が響く。硬質な声音にはしなやかな力強さと凛とし ﹁では、これよりIS学園一年一組、最初のHRを取り行う﹂ 16 確立の立役者であり、自身もまた他者と隔絶した実力を持つ凄腕の乗り手だ。つまると ころ、現在ISの表側の側面として広がりつつある競技としての側面で捉えるのであれ ば、競技を確立した伝説的な名選手に直接教えを受けるということになる。 この生徒達の反応も、無理なからぬことと言えた。 彼がここにいる理由は一重に﹁男﹂であるからに他ならない。偶然の成り行きとはいえ、 一応と他の者達も受けた実機試験のみ受けたが、どちらにせよ入学は確定事項であり そが一夏の学園入学の主目的だ。 に絡みまくった複雑な事情の末に宙づり状態となった立場の一時保留のための保護こ と天運でもって潜り抜けるが、その中で一夏だけは例外的な経緯でこの場にいる。絡み ターになるという極めて狭き門が存在する。学園入学者は須らくこの門を多大な努力 この学園への入学には単純な努力だけでなく、持って生まれた才能も重要なファク 感じ取っていた。 僅かであったためにあまりにも判別が困難な挙作であったが、その気配を一夏は鋭敏に そこで千冬はチラリと、一瞬だけ視線を一夏に向けた。すぐに逸らし、そもそもごく 努力に対し誇りを持って良い﹂ 学試験は相応に厳しい。それを潜り抜けこの場に居る諸君は、ここに至るまでに培った ﹁まずはIS学園に入学おめでとうと言おう。比喩表現でも何でもなく、この学園の入 第一話 始まりと決闘宣言 17 彼 は 他 の 者 達 が 経 験 し た 労 を 払 わ ず し て こ こ に 居 る。そ の こ と に 千 冬 な り に 思 う 所 あっての、一瞬向けた視線なのだろう。 とどのつまり、千冬の語る努力の目的とするところは学園を卒業してもなおIS乗り のみでもって肯定の意を示す。努力をせよという言葉に反論するつもりは毛頭無い。 一夏もまた、最前列という千冬の圧迫を最も受ける位置にありながら涼しい顔で首肯 圧されるように生徒達の肯定の返事が返る。 厳かに訓戒を告げる千冬。その声から、総身から発せられる巌のような気配に半ば気 国よりの援助を、期待を受けてこの場にいる諸君の義務だ。良いな﹂ は、努力を怠るな。これは諸君の、同じこの場を志し脱落した者達の上に立ち、各々の うのであれば、私は何も言わん。だがここに居る限り、IS乗りとしての志がある限り 人の幸福とは極めて主観的なものであり、諸君らがたとえそうなっても悔い無しと言 か、あるいは完全にISとは関わりのない人生を歩むかだ。 多くは乗り手の道から離れ技術者となるか、あるいはISに関する何がしかの職に就く この学園を卒業し、なおもIS操縦者として身を立てることができるものは少ない。 る。ゆえにISの数も、その乗り手の数もまた限られている。 な競争が始まる。知っての通り、ISはその心臓部であるコアの絶対数が限られてい ﹁だが、誇りとするのもここまでだ。これより直ちに授業が始まる。その瞬間から新た 18 第一話 始まりと決闘宣言 19 で居られるようになること、つまりは乗り手としての力をつけることだ。強さを得るた めの努力であれば、惜しむ必要などどこにもない。 ただ一つ、彼が千冬と意見を違えるとすれば一つ。同様にして語った、この学園を志 し夢潰えた者たちへの責務の在り処だ。自分とて例外的ではあるがこの場に居る以上、 誰かからこの学園の生徒としての枠を一つ奪ったということであり、そのことについて 多少なりとも意識をすることは事実だ。しかしそれ以上に感傷を抱くことは決して無 い。 そして、武の道においては強者が弱者を踏みつけて上に昇るのは必然。そこに余計な 感傷など││不要だ。 ﹃人としての情を、仁義を捨て去るなとは言わない。信義を欠いた武は武にあらず。 ただの暴力であり往く道は外道となる。だが、信念を貫き道を通すのあれば、その時は 非情に徹しろ﹄ あるいは姉以上に敬慕する、自分という人間を作り上げた全てと呼んでもいい武門の 師。その言葉を脳裏に思い浮かべる。今までもそうしてきた。 日常の中で挑まれた手合わせ、売られた喧嘩、師と共に赴いた出稽古先での同年代の 者との組み手、全てにおいて一夏はただ勝利への一本道を歩み、余計な感傷を捨ててき た。 これからも同じように、ただそうするだけの話だ。 その声と共に、一夏のIS学園での生活が本当の意味で始まりを告げた。 ﹁ではこれより出席番号順に自己紹介をしてもらう。その後、授業を開始する ﹂ 通常の学校であれば入学初日以後二、三日は学内の案内などを始めとしたオリエン へと赴いていた。 そのまままっすぐ部屋へと向かうのではなく一しきり学園の敷地を散策してから自室 一日の授業が終わっての放課後、副担任の真耶より寮の自室の鍵を受け取った彼は、 任せるのは心地よいものだ。 感じる程度はどうということはないのだが、それでもそんな中から抜け出して暖に身を 故あって真冬の深雪積もる山を駆けた経験も豊富な一夏からしてみれば、少し肌寒く あることに変わりはない。 桜も咲き誇る春とはいえ、日も沈みかける夕刻となれば未だ肌寒さを感じる頃合いで ! 20 テーションが行われるのが通常だが、ISに関する各種理論学や実機訓練を行い、そこ へ更に数学などの一般教養の科目までカリキュラムに組み込んでいるIS学園ではそ のようなことを行っている余裕はない。 そのため学園側は生徒に対し、学内などの施設は各所に配置された案内板や個人に配 布された地図││当然ながら機密性の高い区画などは存在を感知されないように省か れたもの││を頼りにして、個々人で場所の把握を行うべしというスタンスを取ってい た。 事前にネットなどで調べた情報によれば、学園施設内にはISの訓練を行うアリーナ を始めとして、トレーニング用のジムなどの設備も充実しているとのこと。こと、肉体 訓練においては並々ならない執着を持っていると自負している一夏としてはそうした 施設の情報は要把握事項であると思っており、この日の放課後は専らそうした設備の位 置把握に費やしたのだ。 そうこうして気が付けば日も暮れかけ、敷地内の見回りでたまたま歩き回る一夏の姿 を見つけた警備員に寮の門限が近いことを告げられて戻ったのが少し前。そして今、彼 ﹂ は部屋に備え付けられた簡易ティーセットを使って暖かい緑茶を啜っていた。 ? 椅子に腰かけながら緑茶を啜る一夏に不機嫌を宿した少女の声が掛る。声音、掛ける ﹁⋮⋮で、何故こうなっているのだ⋮⋮ 第一話 始まりと決闘宣言 21 言葉、その双方から初対面のような雰囲気は感じられない。 緑茶を啜りながら一夏は声のした方を向く。視線の先、二人部屋となっている寮の部 屋に備え付けられた二つのベッドの内、窓側にあたるベッドに座るのは一夏のルームメ イトとなった同級生。 一夏に向ける目線こそ不機嫌の色を浮かべているが、その容姿は十人中十人が見事と 言うものであった。ポニーテールに纏められた長い黒髪は艶やかな黒色に煌めくと共 に柔らかさを感じさせ、その風貌は凛と整っている。 古き良き日本美人を体現した存在がそこにはあった。だが、そのようなことは一夏に とっては瑣末事。ここで重要なのは、一夏にとって彼女が既知であるということ。 篠ノ之箒。それが彼女の名であった。 ここ数年で急速に知名度の上がった日本人姓が二つある。その片方は﹃織斑﹄。一夏 も同じく持つ姓だが、少なくとも男性IS適正者の発覚が為されるまではこのことと一 夏は無縁だったろう。むしろ彼の実姉千冬の功績によるところが大きい。 そしてもう一つの名が﹃篠ノ之﹄。今一夏と部屋を共にしている少女、箒の持つ姓。だ が、一夏同様に彼女もまた、知名度とは一切無縁。名を世界に知らしめた張本人。それ は篠ノ之束。千冬の幼馴染にして親友。そして、ISの開発者である。 ﹁何でもよ、部屋の調整が上手くいってなくてしばらく二人部屋で我慢して欲しいだと。 22 遅くても一月もしたら部屋移動できるようになるらしいし、まぁそれまでの辛抱だな﹂ 一夏も箒の声に含まれる不機嫌ははっきりと感じ取っていた。一応同じクラスであ ることは昼間の、というより最初のHRの時点で把握はしていたのだが、その後に話す 機会が今に至るまでほとんど無かったために彼女の不機嫌の原因が何なのか図りかね ていた。 ﹁しかし、いくらなんでも昔知り合いだったからって良い年した男女を同じ部屋にぶち 込むとは、先生も大胆なことをする。まぁ、お互い上手く気を使おうじゃないか﹂ 図りかねるからこそ一夏は己で推察することにした。かれこれ六年ぶりの再会とな るが、少なくとも一夏の記憶にある篠ノ之箒という人間はやや固い性格をしていた。 仮にその頃の性格が残っているのであれば、いや、僅か二言三言だが言葉を交わして みて理解した。六年前から箒はあまり変わっていない。ならば話は簡単だ。彼女の気 質が年頃の男女が同じ部屋というこの事実を是としないのだろう。 性格面での合致はさておきとして、それに関しては一夏も同意するところだ。だから こそ、彼は先回りしてそれについては正式な部屋の移動が決まるまでお互いに上手く気 を使ってやっていこうという提案をしたのだ。 一夏の言葉には箒も同意するのか納得するように押し黙る。だが、その直後に表情に ﹁む、それは構わんが⋮⋮﹂ 第一話 始まりと決闘宣言 23 24 再び影が差す。 そういうことではない。言いたかった言葉は口から出ることは無かった。何とも思 わないのか、疑問に思う。六年ぶりの再会だというのに、一夏の態度には感動するよう な様子がまるで見られない。 六年間、まともに連絡も取れなかったのはお互い様であるゆえに彼女もまた、今の一 夏がどういうものなのかは知らないが、少なくとも平坦いつも通りという風にしか感じ られない。それが一番癪であった。 篠ノ之箒は織斑一夏に恋心を抱いている。 このことを知っているのは自分だけだろうと箒は思う。いや、あの姉くらいはもしか したら察しているかもしれない。無論それも人間的な感情などではなく、心理学やらの 小難しい理屈を根拠としてのことだろうが。 箒の記憶にある姉は、少なくとも人間としてはこと人格面は失格も良い所という認識 だ。自分、千冬、そして一夏。心を開いた人間がその三人くらいしかおらず、後の者に は無関心か、あるいは見下すか。なるほど確かに、文字通り世界の流れを大きく変えた 一個人、天才という表現すら生温すぎる頭脳の持ち主である彼女にしてみればその他大 勢の人間など興味を持てないだろう。理屈では分からなくはない。 だがそれでも、その人格を箒は認められない。その頭脳に、その人格に、もっとも立 第一話 始まりと決闘宣言 25 場を、心を、人生そのものを、振り回されてきたと断言できるからこそだ。 ISが白騎士事件によって世に広まり、徐々に世界がISというものを受け入れる形 を整えてきたころ、束は突然行方を眩ませた。 ISの心臓であり最大のブラックボックスであるコアの製造法を唯一知っている人 間の失踪、それもどこぞの組織や機関に害されたというものではなく、自らの意思で行 方を眩ましたという事実は世界各地の政の場を揺らした。 そうして生まれた波紋は、箒の生活にも影響を及ぼした。犯罪組織に、あるいは国外 の何某かに脅迫のための人質とされるのを防ぐため、何より日本政府が束に対するカー ドとするため。箒はその身辺を完全に政府によって抑えられた。 法律の関係上、米国の証人保護プログラムのような徹底した措置を取られなかったの は幸いであったが、それでも常に目を凝らせばガードと思しき人間が目につく生活は窮 屈であった。 繰り返す転居の日々、当然ながら通う学校も幾度となく変わった。そのどこでも、同 時に﹃天災・篠ノ之束の妹﹄という肩書きが付いて回り、それが更に彼女の気持ちを重 くする。中にはそうした彼女の境遇、心情を察し純粋な善意で暖かく接してくれる者も いたが、役人の都合ですぐに転居、引き離されることがむしろその暖かさを苦痛に変え ていた。 ﹂ そんな中で癒しとなったのはもはやそれ以前の、恋心を抱いた幼馴染との日々だけ だった。 ﹂ ﹁で、だ。一夏、お前はどうするつもりだ ﹁何を 職責はそれだけではない。 員に伝え、行事などの際にはクラスを取りまとめる。だが、ここはIS学園。持ちうる ﹁クラス代表とは、いわゆる級長の認識で構わない。教師からの伝達事項をクラスの各 クラス代表を決める。千冬が発したその言葉が全ての始まりだったのだろう。 事の発端は二限目の授業が始まった直後のことだ。 ﹁決まっているだろう。││試合のことだ﹂ る。 返答をする一夏に僅かながら苛立ちを感じるも、敢えて責めることはせずに言葉を続け 落ち込んだ気分を変えるように箒は別の話題を自分から切り出す。とぼけたような ? ? 26 代表例に挙げられるのが、詳細は追って知らせるが後々行われるクラス対抗戦IS リーグへの参加だ。クラス対抗戦は諸君のクラスの団結力、士気を高めることの他、将 来諸君が一線で活躍するにあたって要されるスキルを身につけるため、日頃の素行から 教師陣で評価を行い点数で競うものだ。 そしてその中の一部門にクラス代表者で行うISによるリーグ戦がある。クラス代 表にはこれに出場してもらう﹂ その言葉に教室内は再びざわめきたった。より早期の習熟のため、遅くとも今月下旬 には実機を用いての基礎訓練を始めるとは聞いていた。だが、それでも満足にISを用 いての訓練ができるまでそれだけ掛ると思っていただけに、それよりも早くISに触れ られるかもしれないクラス代表の立場は、決して聞き逃せない内容であった。 より早くISに触れられるかもしれないという希望に色めき立つ教室を見回して千 冬は僅かに目を細める。そして口を開き、だが││と前置きをする。直後に教室全体が 静まり返ったのを確認して彼女は言葉を続けた。 はしない。 ていたことを知っているだろう。かつて幾つかのマスメディアが報じたことだが、否定 宙空間活動用パワードスーツとして発表した。知っている者は私が彼女と親交を持っ ﹁忘れるな。諸君が扱うのはISであるということを。かの篠ノ之束は確かにISを宇 第一話 始まりと決闘宣言 27 28 ゆえに、私もまたISのその本来の用途を知っている。私もまた、ISの本来の用途 は宇宙という新たなフロンティアを、人類の未来を切り開くものだと思っている。だ が、現在の世界情勢が人類が求めたISの在り方を示している。即ち、兵器だ。 ここで断言しよう。IS本来の姿はただのパワードスーツだ。だが、紛れもない戦術 級の極めて強力な兵器だ。然るべき乗り手、然るべき機体を揃えれば、一国に深刻な出 血を強いることも可能だ。それも、既存の戦術、戦略兵器を用いるよりも遥かにコンパ クトにだ。 自分たちが扱う物がそれだけのものであるという意識を忘れるな。ISはシールド が、絶対防御が存在するから安全などという意見があるが、経験者から言わせてもらえ ばあのような意見は安直甚だしい。かの事件より十年、開発の中で事故も幾度となく あった。傷つく者も多くいた。 例え訓練の段階であっても、それだけの代物を扱うという意識を忘れずに、確たる意 思の下に希望する者のみが名乗りを挙げろ。以上だ。クラス代表に我こそはと思う者 は挙手をしろ﹂ 千冬の言葉に、今度は沈黙を伴った緊張が教室に走る。生徒達は皆一様に周囲に目を 配りながら、如何にすべきか悩む素振りを見せていた。千冬の言葉、その意味する所を 理解したからこその迷いであった。 それで良いと、千冬は責める気持ちは無かった。ここに集った者達は││極一部の例 外を除いて││厳しい選定を潜り抜けて来た、まさにエリートの卵と呼んで差し支えな い能力の持ち主達だ。だが、所詮は能力ばかり。 国で多少なりともISに触れた経験があるものもいるだろうが、人間的には未だ十代 半ばの少女のソレとまるで変わりがない。それは責められようがないことだ。だから こそこの迷いも当然のことであり、重要なのはこの後の決断。 迷いの末に一歩を踏み出すか、それとも敢えて留まるか。踏み出すも是。留まるも 是。どちらにも肯定されるべき理由があるために千冬は生徒達の選択にあれこれと口 を挟むつもりはない。 だが願わくば、千冬一個人としての極めて個人的希望を言うのであれば、己が受け持 つクラスの生徒達には例え不安を抱えたままでもいい。一歩を踏み出す気概を持って 欲しいという思いがあった。 者、そして己の実弟。その彼が誰よりも先んじて一歩を踏み出していた。 手の主は己のすぐ目の前に居た。織斑一夏、世界初にして現状唯一の男性IS適格 げられた手の主に視線を向けていた。その目は僅かに見開かれていた。 無言のまま、一本の手が天に向けられた。一瞬、教室中が張りつめる。千冬もまた、挙 ﹁⋮⋮﹂ 第一話 始まりと決闘宣言 29 ﹁立候補者は織斑一夏、か。他には﹂ 感慨、と呼ぶには少々異なる何かの感情が僅かに湧くのを感じた。だが、それを面に 出すことはせずに淡々とした口調を保ったまま、千冬は他の立候補者が居ないかを確認 する。 だが、依然他の者が手を挙げる気配は感じられない。一夏が手を挙げたこと。そのこ とへの驚嘆か、あるいは意外という心境か。とにかくほぼ全員が一夏に注視しているた め、必然的に手を挙げる者が居ないという状況が生まれていた。 時間も圧している。できれば他に自発的に手を挙げる者を見てみたかったが、個人の 希望を押しとおして全体の流れに支障をきたすわけにもいかない。このまま一夏を唯 一の立候補者として代表に任じようか。そう思った矢先だった。 言があれば言え。他の者は話を聞きながら、自分がどうするかを考えろ﹂ ﹁現状、立候補者は二人か。⋮⋮時間も圧しているな。丁度良い。立候補者二名、何か発 無言の首肯で千冬はセシリアの立候補を認めた。 ﹁わたくしも、このセシリア・オルコットもクラス代表に立候補致します﹂ るは後方。一夏とは対照的な位置だった。 凛とした少女の声が響いた。同時にスッと静かな挙作で挙げられる手。手の主が居 ﹁はい﹂ 30 その言葉に無言で二人、一夏とセシリアは席より立ちあがる。そして、一夏はゆっく 所信表明があるなら、 りと後ろを向く。制服のズボン、そのポケットに両手を入れた姿は傲岸不遜であり、同 時にこの緊張に一切臆していない余裕を見せている。 ﹁さて、レディ・ファーストと言うよな。オルコットだったか 先を譲るよ﹂ 力強い意思の光を宿しながら口を開いた。 める。互いに細められた視線の交差は数瞬。すぐにセシリアは瞑目すると、開いた目に 細められた目とは裏腹に軽快な口調で促す一夏に対し、セシリアもまた僅かに目を細 ? という先達としてその方に助力する心づもりでもありました。 になって自らを高めようという意思を持った方がいるのでしたら、わたくしは代表候補 先に代表に名乗りを挙げるべきでしょう。ですが、もしわたくしの他に代表という立場 を主目的としてここに来ました。わたくしの本来の目的に沿うのであれば、ここで真っ わたくしは英国の代表候補生として、国より預かった最新の第三世代型のデータ蓄積 れ高め合う場。 師から我々生徒が教えを乞うばかりでなく、わたくし達生徒もまた、互いに教え教えら 立候補をなさっていればその方でもよろしいと思っておりました。ここは学び舎。教 ﹁いいでしょう。では、お先に失礼させて頂きます。本音を申せば、わたくしは他の方が 第一話 始まりと決闘宣言 31 データの収集は、専用機持ちという立場上代表でなくとも機会には恵まれております ﹂ ので。ですが、あなたが名乗りを挙げるというのであれば話は別です﹂ ﹁へぇ の発言に同意する部分を抱えているのか、小さく頷く者も少数名ながら見受けられた。 す。位置的にちょうど教室全体を見回せる位置にあるが、見れば多少なりともセシリア 一夏は無言でセシリアの言葉に耳を傾ける。耳を傾けながら、一夏は軽く教室を見回 ﹁⋮⋮﹂ たをそう簡単には認めることができません﹂ い深き故郷に貢献できることを。だからこそ、その領域にいきなり踏み入ってきたあな せんが、そのことに矜持を持ってきました。わたくし達女性のみの力で、生まれ育ち想 IS乗りは、わたくし達女性だけに許された領域です。男性を貶めるわけではありま ん、織斑一夏。 そして││えぇ、はっきりと認めますが、わたくしはあなたに良い感情を持っていませ ﹁わたくしはISに誇りを持っています。それを扱うことに、扱う術を学べることに。 それに一夏が気付いた様子は無い。 な気配が漏れる。それを間近で浴びることになった隣の席の少女が僅かに身を引くが、 僅かに声のトーンが下がる一夏。挑発的と取ったからか、一夏から怒気にも近い不穏 ? 32 ふん、とだけ小さく鼻を鳴らす。別に意外なことではなかった。自他共に認める武術 バカの自分ではあるが、暇なときはむしろインドア派に近く、人並みにネットなども嗜 む。 自分のIS適正が発覚してからそこそこ経つが、探せば匿名掲示板などで自分につい てのアンチ要素を含む発言などいくらでも見つかる。特に現在積極的にメディアへの 露出に勤しんでいる﹁社会派﹂と呼ばれる言論による、ISの存在を基とした女尊男卑 の社会体制を訴える派閥など、自分のことを疫病神扱いする始末であった。 それにくらべれば、ノコノコ表れたのが目に付いた程度のセシリアの発言など、むし ろ可愛い部類である。 だが、言われっぱなしは一夏の性分に反する。そこで初めて一夏は口を開いた。 前のように誇りを持つほどじゃあない﹂ ﹁ご高説お見事、と言っておこうか。国への貢献ね。俺もこの日本に愛着はあるけど、お に立つ。その一夏の挙作の一つ一つに、教室中の視線が集まる。 そこで一夏は静かにポケットから両手を抜く。僅かに歩を進め、机と机の間の通り道 ﹁良いぜ。なら、今度は俺の番だ﹂ ﹁⋮⋮確かに﹂ ﹁なるほど。つまり、お前が俺を認めるかどうか。重要なのはそこってわけだわいな﹂ 第一話 始まりと決闘宣言 33 その言葉にセシリアの眉根が僅かに上がる。誇り││名家に生まれ育ち、かくあるべ しと育てられた彼女にとって誇りとは重々に重んじるべきものという認識だった。 それを軽視するような発言は、正直なところ不快に感じた。 一夏もまたセシリアの不穏な気配を感じ取っていた。だが、彼はむしろ薄い笑みを唇 に浮かべながら言葉を続ける。 決まっている。そうした方が手早く高みに行けそうだか ? ﹂ ! ﹂ ? ﹂ ? ﹁只管に高みを目指す、その心意気は買いましょう。ですが、その利己的な姿勢は看過で ﹁だとしたら 分が上に行くための踏み台のようなものだと ﹁随分と我欲的ですわね。つまりあなたにとってクラス代表とは、誰のためでもない自 とが、武人であることの全て。それが一夏の、信念。 い。ただ自分が武人だから。そう思っているからこそ、己は強さを求める。そうするこ 胸の前で右手で作った拳を握りながら一夏は吠える。そこに余計な理屈など要らな に昇ること。それが俺の生涯の目標、矜持だ らだ。剣術を、無手の武術を、そしてISの適正が分かった今、IS戦技の、武の高み 俺が代表になった理由 じゃあない。俺が持つのは俺の、武人の矜持だよ。 ﹁言っておくがな、俺にもプライドはある。けどそれは国のためとか、誰かに捧げるもん 34 きませんわね。何より、クラスの代表になるということはこのクラスの皆の上に立つと いうこと。上に立つ以上は、下につく者達のために与えられた権限を振るう義務があり ノ ブ レ ス・ オ ブ リ ー ジ ュ ます﹂ ﹁高貴なる者の勤めってやつか。その考え方は否定しないし、むしろ俺は肯定されるべ きだとも思うさ。だがな、この信条ばかりは譲れないんだよ。より素早く、そして確実 な、極めた強さの領域に辿り着くには例え誰かを踏みつけることになっても断固たる意 思で前に進むべきというな。元より、強者の称号はより高い次元に居る少数に、まして や最強ともなればただ一人に与えられるものだ。むしろ、誰かを蹴落とすことは当然だ ろ﹂ るつもりはありません。確かに一理あるのも事実です。ですが、何者も顧みないという ﹁お言葉を返すようですが、わたくしもあなたの語る﹃強さ﹄の理念を真っ向から否定す のがわたくしには認められないのです﹂ ﹁前を進むたびに一々後ろを振り向けと言うつもりかよ いや、確かに過去からの反 第一話 始まりと決闘宣言 35 繰り返される言葉の応酬に、二人の間の緊張が少しずつ高まっていく。張りつめてい 鹿馬鹿しい﹂ だよ。まだ勝つべき相手が居る、なのに勝った相手にいつまでも感傷くれるなんざ、馬 省を活かすのは大事さ。けどな、自分に負けた相手にまで一々構ってたらキリがないん ? く空気を感じたからか、教室内の生徒達が一様に息を飲む。そこに、別の第三者の声が 響いた。 ? ﹁わざわざ、お上が専用機用意してくれるって言ってんだ。後は、鍛えた技と意地と根性 ﹁勝機はあるのか ﹂ が決まるまでに、それほどの時間は掛らなかった。 そうして一夏とセシリア、二人のクラス代表の座を賭けてのIS試合が行われること まずはその方法を決め、続きはその時にでもしろ﹂ ﹁いずれにせよ、候補者が二人出た以上は何かしらの方法で決定しなければならんのだ。 で千冬が待ったを掛けた。 張りつめた雰囲気を両断するかのように鋭く、しかし同時にある種の呆れを含んだ声 になるのが目に見えている﹂ ﹁そこまでだ。互いの持論をぶつけあうのはまた別の機会にしろ。このままでは平行線 36 と執念で押し切る﹂ 代表候補生相手にただ性別が男であるという以外はズブの素人でしかない一夏が挑 む。はっきり言って無謀でしかない。 それは誰の目にも明らかで、当事者である一夏もまた理解していることだった。事 実、二人の試合が決まった時、クラスの数人はハンデの設定を一夏に勧めた。他意など ﹄ 無い純粋な善意によるものであったが、それを一夏は一蹴していた。 ﹃俺は一向に構わんッッ なくなった。 が印象的だったが、とにかくそれっきり。それっきり、一夏にハンデを進めるものは居 気合いの籠った一喝に静まり返る教室。呆れたようにこめかみを押さえる千冬の姿 !! ることに変わりはないのだから。 ことは間違いない。ISに関してはド素人という事実は依然として厳然と存在してい いや、実際問題それらの経験が役に立つとしてもである。厳しい状態に変わりは無い じゃムエタイも少々﹂などと言っていたなとと思った。 その言葉に箒は、 ﹁そういえば自己紹介で剣術を嗜んでいて、他にも空手に柔道、最近 せるかも重要らしい。それなら、俺にもアドバンテージはある﹂ ﹁まぁ、家の姉が家でポロっと言ってたけどよ、IS動かすのには生身でどんだけ体動か 第一話 始まりと決闘宣言 37 ﹁とにかく、これは俺の勝負だ﹂ 有無を言わせない。言外にそう告げる一夏の言葉に箒は押し黙るしかなかった。 変わらず茶を啜り続ける一夏の姿を見ながら箒は目を伏せる。六年、それだけの年月 を置いて再会し、今こうしてすぐ近くに居る、だが、箒は一夏との間に見えない、超え ようがない壁があるように感じられて仕方が無かった。 における篠ノ之束、そして当時実質彼女の独占化にあったISという当時の状況では御 見るに、本当に政治家に相応しいのかと首をひねることは多々あるものの、白騎士事件 ニュースなどで見ることのできる昨今の経済事情や国民の意思とそぐわない政策を きてきた老獪達。 蹴落とし蹴落とされ、さながら魑魅魍魎の跋扈する伏魔殿と呼ぶに相応しい政の場を生 そも、それを行っているのは自分が生まれるよりも遥か以前からそうした騙し騙され りとも持ちえてはいなかった。 はっきり言ってしまえば一夏は己の処遇を巡っての思惑の交差になど、興味は微塵た の理解が及ぶところであった。 S。一応、その意味合いも並み程度には知っていたため、あの時のクラスの驚きは一夏 試合が決まった直後、千冬が一夏に告げた言葉。政府より貸与される一夏の専用I ︵しかし、専用機か⋮⋮︶ 38 第一話 始まりと決闘宣言 39 しきれそうにない爆弾を身中に抱えながらの、各国の追求に対しぬらりくらりとした当 たり障りのない対応、そこからの致命的な政治的不利の回避、極東圏におけるIS技術 の優位性、当該事件の引き金の被害者側という立場を利用しての政治的イニシアチブの 確保は十分に評価できるだろう。 ゆ え に 断 言 で き る。自 分 ご と き が ど う こ う 言 っ た と こ ろ で 何 も 変 わ り は し な い と。 ならば興味を持つだけ無駄というもの。 無論、一夏とてただ状況に流されるを良しとはしない。このまま流されたところで、 自分は権力者の思惑の良いように振り回されるだけだろう。そのようなことは断じて 我慢ならない。 彼個人の極めて偏見的な主観も加味した上での表現をするとして、革張りの椅子の上 で内臓脂肪をこれでもかと蓄えた段腹を揺らしながら踏ん反りかえる、或いはそろそろ 良い年になって骨と皮ばかりになっていつポックリ逝ってもおかしくない、そのような 年寄りに振り回されるなど、憤怒以上に殺意の籠った嫌悪が湧きあがるというもの。 ゆえに考えた。そうならない方法を。そしてそれは至極単純なものであるとも気付 いた。すなわち、 ﹃ISによる立身栄達﹄である。それを考えれば、専用機というのは悪 くない。 確かに一夏個人のステータスにはなるだろうが、あいにくそんなものより単純な個人 としての力の方が興味がある。そういう意味では、それを試せる今度の試合も決して悪 いものではないだろう。 さでデジタル化が進行している時世にありながら、あえてその流れと反するかのように 某所。一切の電子機器を省いた空間で交わされる会話。駆け足と呼ぶには生温い速 はしてもらわねばな﹂ ﹁倉持には少々急いでもらうことになるが、まぁ支援金を貰っている身だ。このくらい ﹁こちらとしてもデータはなるべく欲しいが、些か早すぎるような気もしますな﹂ ﹁なるほど。例の少年がイギリスの代表候補生と早々に試合か⋮⋮﹂ 夏は残った茶を一息に飲み干した。 胸中に湧いた狂気じみた感情。それに流されるのを本能的に阻止しようとしてか、一 ︵まったく、これだから﹃武﹄は辞められん︶ 40 会 合 か ら 一 切 の 電 子 機 器 を 取 り 払 う の か。そ の 意 図 を 語 る 者 は 誰 一 人 と し て 居 な い。 語る必要も無い故に、である。声の主は一様に相応の年を経ただろう男性のもの。静か に語る声に乗せられた重みが、彼らの歩んできた人生の重さを示している。 ﹁しかし、男の適格者が現れるのはまだ良い。だが、もう少し後になってからでも良かろ うに﹂ ﹁まぁ、そうですな。ようやくIS周りのあれこれも整った矢先に、今回の一件。それも 我が国でだ。上手く扱えば利は見込めるが、何とも厄介な⋮⋮﹂ これより先、我らのような腹の黒い年寄りの思惑に振り回されるだろう彼の将来を考え ﹁起きたことを言っても致し方あるまい。それに、彼の少年を責めるわけにもいかん。 れば、むしろ被害者に近い﹂ 茶化すような言葉に軽い笑いが起こる。各々謀略渦巻く政争に身を置く立場。たと え集う面々が個人的親交を持つ朋友同士であっても、常にその腹の内に一物抱えている ことを皮肉るような言葉に、それを自覚しているがゆえに一同は笑いを禁じ得なかっ た。 ﹂ ? 一人の男の提案に無言の肯定を残る全員が返す。その直後だった。 各々方、今しばらくは足場を固めるということでよろしいか ﹁まぁ、当面は静観としようか。分からぬことばかりの内に手を出すのは失策も良い所。 第一話 始まりと決闘宣言 41 ﹁⋮⋮来たか﹂ それまで無言を貫いていた男、この場に集う面々の中でも特に剛腕、堅物などの異名 で知られる男が低い声で呟いた。 たのかを問う。 余計な言葉を飾らず、女の出現を告げた男は彼女が自分達の話を聞いた上で何を思っ ﹁で、貴様は何を思う﹂ だ。 を知っており、そしてこのようなことを平然と行う人格であるとも承知しているから そして、そのような存在が不意に現れたことに誰も何も言わない。皆が皆、女の正体 在がその場にあった。 しかし、浮かべる微笑は無垢なる少女の様。純真と魔性の混在した、形容しがたき存 る。 を包んだ若い女。壁に背を預け腕を組む姿は優雅であり、同時に妖艶さも漂わせてい 部屋の角、光の当たらぬ暗がりにその姿はあった。己を包む闇と同じ、黒の装束に身 達は声の方向に視線を向ける。 室内に響いたのは鈴がなるかのような女の声だった。その声に動じた様子も無く、男 ﹁ご無礼申し訳ありません。少々興味深く、お話を拝聴させて頂きました﹂ 42 ﹁何も。元より、彼の少年には私も興味を持っておりましたので。ご存じのはずでしょ 私と彼の間の奇妙な縁。そしてそれはあなたにも言えること。違いますか、おじ う ? 女が完全に去ったのを確認し、男は掛けていた椅子に深く背を預けた。 まりにも存在感が無かったため、いきなり消えたように見えただけ。 け。だがその動きがあまりにも迅速で、あまりにも静謐で、余りにも気配が希薄で、あ けではない。そもそも、そのようなものは存在しない。ただ普通に歩み部屋を出ただ 気が付けば女の姿はその場から消え失せていた。別段、面妖な黒魔術の類を使ったわ れて小さく音を上げる。 付けられた飾り紐、その先に添えられた同じく漆黒に彩られた蓮の花を象った飾りが揺 そう言って女は優雅そのものの仕種で一礼をする。手の動きに合わせて、その手首に ﹁無論﹂ 我々は認めているのだからな。だが、下手は打つな﹂ ﹁貴様が何をしようが、敢えて我々は何も言うまい。それだけの能力があり、それを基に 漏らす。 最後の呼びかけ、そこにだけ親しみを込めて尋ね返す女に、男は固い鼻息を一つだけ ﹂ 様 ? ﹁やれやれ、我らを害することは無い、むしろ我々の味方と分かっていても心臓に良くな 第一話 始まりと決闘宣言 43 い娘だ。まだ若いのに、どうしたらあのようになれるのやら﹂ た。 その言葉はこの場の誰でもない、遥か遠くに向けられているような響きを持ってい ﹁私ではない。全ては、あの馬鹿息子だよ﹂ その言葉に、男は静かに首を横に振った。 しかり﹂ ﹁しかし、よくよく考えればあなたも中々に奇妙な縁をお持ちだ。彼女しかり、彼の少年 に掛る。 困ったように呟かれた言葉に男が憮然としたような口調で返す。そこで別の声が男 にもなりはせん﹂ ﹁元よりそのような気質なのだ。言うなれば、アレの才というもの。年など、なんの当て 44 第二話 チャンバラ一本勝負 あ、セシリアのことも ! 白騎士事件において艦隊を相手に完勝を成し遂げた白騎士ではあるが、この白騎士自 ら、世界は改めて博士の天才性を知らされた。 表的システムの数々が理論面などから実質的に篠ノ之博士個人の開発によるところか の技術が下地になっていると言われているが、PICやシールドに代表されるISの代 IS自体は当時日本の各企業、研究機関が開発していた人間の行動補助用の外殻装置 在の各国のIS技術の根幹を為している。 となっており、当時博士が発表し、国連の調査団が解析したデータが拡散したものが、現 IS第一号機ということもあり、そこに用いられている技術は現在のIS技術の基盤 ている。 られている型番は存在せず、篠ノ之博士が用いた﹃白騎士﹄という呼称をそのまま用い はISという存在が未だ社会的に不確かな存在であったために、現在のIS各機に付け かの白騎士事件において世界に存在を知らしめたIS第一号機。現在と異なり当時 ﹃白騎士﹄ 調べなくちゃね 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 45 46 ﹄というものである。 体について一つの疑問が提唱されている。それは、﹃白騎士を単純なISと認識して良 いのか この疑問における白騎士の論点は乗り手よりも﹃機体﹄に焦点があたる。当時博士は 与える強襲が想定されている。当然ながら例外もあり︶ 部隊との連携を主とし、戦闘の間隙を突き敵側司令部などに速やか且つ確実に大打撃を いう試算が出ている。︵そのため、有力国が想定するISの実戦運用については、通常の 白騎士事件における白騎士と同じ状況下に置いたとして、そもそも勝利自体が難しいと の生徒││技量的に未熟な面が多い一年生︵代表候補生などを除く︶とする││として あり、極端な例として現在IS学園に配備されている訓練用機体、並びに操縦者を学園 しかしその﹃最強﹄も然るべき機体、然るべき乗り手が揃って成し遂げられることで ある。 途、運用方法が限定されたものと異なり、様々な状況下で性能を柔軟に運用できる点に を人一人大に収めていること。そして、人型であるために従来の戦闘機や戦車などの用 ISが強みとしているのは、それら個々の側面において高い領域にありながら、それ のみ目を向ければISでなくとも同じ結果を再現することは可能である。 中では最強と呼べる戦闘力を有している。攻撃力、防御力、速力、個々の単純な数値に その疑問の根拠となるのが、白騎士事件そのものである。ISは確かに現行の兵器の ? 白騎士を﹃ISの確立を為す第一世代﹄と評し、事実確認された武装も近接攻撃用の大 型ブレード、遠距離攻撃用の荷電粒子砲︵白騎士事件当時はおろか、現在でも荷電粒子 砲は開発難度の高い武装であり、このことも博士の能力の証明の一つになっている︶の みであり、多彩な兵装を駆使する最新型と比べれば見劣りすることは間違いない。 しかし、それでもなお白騎士の挙げた戦果は巨大なものであり、仮に白騎士の乗り手 われわれ が凄まじい技量を持っていたとしてなお、機体そのものへの疑念を深めるものであっ た。 施設に設置される大掛かりなものを始めとして、寮や各校舎の空調、果ては水道などの IS学園の設備は基本的にどれも最新式のソレと言って差し支えない。それは訓練 ││﹃白騎士﹄の項目より一部抜粋 的なまでに完全ではない﹄ とある軍事評論家兼哲学者の発言より。 未だ篠ノ之束個人の居る領域に到達していないことを。我々が推し量った結果は、絶対 ﹃白騎士はISであってISでないものなのかもしれない。忘れてはいけない。人類は 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 47 細かい部分にも至る。 基本的に日本国外からの留学生も多数受け入れることを前提としているため、建築様 式の和洋を問うのであれば、間違いなく洋が当てはまるのだが、そんな中で必要とされ ているために純和風の建築様式で建てられた施設も存在する。 剣道場もまた、そうした施設の一つだった。 ︵あぁ、これは良いもんだ︶ 様に緊張の面持ちで自分を見つめているのが分かる。 にはいかないから直接の視認はできない。だが、気配で感じ取る周囲の観衆もまた、一 ゴクリ、と喉を鳴らす。飲み込んだ唾は緊張によってか粘性が高い。視線を外すわけ 字通り﹃力強さ﹄による存在感を示す。 の隆起、一夏自身の同年代の男子の平均よりもだいぶ高い身長、それらが相俟って、文 胴着の上からでも分かるやや大きめな肩の幅、裾より僅かに覗く腕に付けられた筋肉 合っている。 に身を包み木刀を構える姿には、張りつめた空気が纏わりついており空間に実によく似 無言のまま一夏は正面を見据える。道場という空間に似つかわしい胴着、自前のソレ ﹁⋮⋮﹂ 48 僅かに口角が吊りあがる。単に固いギスギスとした空気は好かないが、このような張 りつめた空気がもたらす緊張というものはむしろ心地よさすら感じる。 何より、完全に格上と分かっている師との手合わせ以外でこのような空気を味わうの は実に久方ぶりだ。気分も高揚するというもの。 敗れるとすれば稽古の最中の師との手合わせであり、それについてはそもそも心技体 度かあった一夏だが、その全てにおいて苦戦をすることなく勝利を収めてきた。 剣術を学ぶ中、師に引っ張られての出稽古で同年代の者達と手合わせをすることも幾 ︵久しぶりだよなぁ。俺が同年代相手にこんだけ手間かけるのも︶ の承諾であったが、それからの流れは一夏の予想を良い意味で裏切るものだった。 た。IS学園に所属する剣士の実力たるやいかなるものか。それを試す意味も込めて 思いもよらない申し出だったが、一夏からしてみれば好都合であり断る理由も無かっ い。 女が属する剣道部、その本分であろう剣道ではなく木刀を用いての実戦形式の立ち合 二年、斎藤初音。そう手短に名乗った彼女は一夏に手合わせを申し込んだ。それも彼 く。 すり足で右足を小さく前に出す。それに呼応するように眼前の少女もまた僅かに動 ︵しかし、正直驚いたな。流石は天下のIS学園か⋮⋮︶ 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 49 何もかもが別格なのだからカウントのしようがない。そういう点で、今の状況は一夏に とっては新鮮味に満ちたものであり、知らず心が昂る程のものだった。 目の動き、呼吸の要である口と鼻の僅かな動き、体全体を俯瞰しての力の入り具合。 うとする。 に距離を開けた状態ではあるが、その上で相手の全体を俯瞰して呼吸の流れを読み取ろ そう評価できるのは間違いないが、今の一夏にとっては至極どうでも良いこと。互い での整った容姿をしている。 それを後ろで一つにまとめ上げた上級生の姿は、箒とはまた異なった柔らかさを伴う趣 元々の癖があるという、箒程ではないが長い黒髪は緩やかなウェーブが掛っており、 じっと相手を見据える。 つりあがっていた口角を下げ、口を真一文字に引き締める。眉根に僅かな皺を寄せ、 り、直接剣で打ち合うのが一番だ。 その緊張も確かに面白くはあるのだが、そればかりというのもまた興が無い。やは らみ合いが続くばかり。 きてきた。試合が始まってこのかた、数度打ち合った以外は互いに出方を図るためのに 小さく口の中で、それこそ外に漏れないほどの小声で呟く。そろそろ睨みあいにも飽 ﹁しかし、このままもつまらんわな⋮⋮﹂ 50 それら全てを観察し、得た情報を脳内で直感的に統合、最適な打ち込みのタイミングを 見出す。 その時が来るのはいつと決まってはいない。一秒先か五秒先か。二十秒先か一分先 か。五分も先か。あるいは││ ﹂ ︶ ﹁キェイッ !! 正眼に木刀を構えたまま、初音も動く。足袋の布と木張りの床が擦れる微かな音のみ させるものだった。 てくるのを前に平然としていられるのは、斬りかかった一夏本人をして軽い驚きを感じ る彼女だが、それを考慮しても自分よりも大柄な男子が一息で距離を詰めて斬りかかっ 対する初音は一切の表情の変化を示さなかった。元より物静かな気質の持ち主であ た。 が、それを承知の上でも一夏の放った一撃は必中必倒を意識した裂帛の気迫に満ちてい 者合意の上で防具の着用はしていない。安全のために寸止めという規定を設けはした 袈裟がけの一撃。通常の剣道の試合とは異なる、実戦形式の立ち合いということで両 れよりすぐに打ち合いが始まる。全身全霊を傾けるのは、そこにのみで十分だ。 反射的に踏み込んでいた。動き出した時点でそれ以前の思考の全てを破棄した。こ !!! ︵今ッッ 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 51 を立てるすり足で小さく自身の左、一夏から見て右の方向に動く。 より素早く次の移動に転じるために、先の一撃の際に一夏は足を踏み込んだ際の足の よって一夏は一捻り工夫を加えることにした。 う。 このまま木刀を振ったところで、掠めるだけで満足な一撃にならないのが関の山だろ はその反撃を予測してか、回避行動からそのまま一夏の懐に潜り込もうとしている。今 自身の右側に逃げた彼女を、袈裟がけから返す刀で打つのは簡単だ。だが、今の初音 夏は素早く次の手を練る。 の斬りつけを得意としている。一夏にも最低限の知識として頭に入っていたために、一 流剣術の中でも実戦寄りとされている溝口派一刀流は小刻みな左右への回避、そこから それがどうしたと言うように初音の動きを眼球の動きだけで追う。現代に伝わる古 たものであった。 溝口派一刀流に心得有りということは一夏の興味を引くと共に、この回避を予測させ た。その中で彼女が語った自身に関することの中に、学ぶ剣の流派の名があった。 前に簡潔な自己紹介を行ったが、口数の少ない初音はあまり多くを語ることをしなかっ 漏れた呟きには得心いったというような意思が込められている。立ち合いを始める ﹁ふぅん⋮⋮﹂ 52 開きを気持ち小さめにした。ここからが本番だ。 握る右腕を引く。僅かな軽い音と共に木刀同士が擦れ離れる。 防がれたのであればもはやこれ以上は無駄。そうさっさと割り切って一夏は木刀を れた。 先ほどまで平静そのものだった表情にも、僅かに眉根に皺が寄るという変化が見受けら 十分な域に達しており、それを受け止める彼女の腕は、木刀は小刻みに震える。見れば 言え相応以上に鍛えた一夏が全身の回転の勢いを込めて放った一撃は速さ、重さともに 横薙ぎの一夏の一太刀、初音は木刀の切っ先を下に向けその一撃を止める。片手とは あるのか、両手によってだが、確かに一夏の一撃は防がれた。 一夏の振るった二撃目、それを初音の木刀が受け止めていた。流石に片手では無理が 乾いた音が鋭く道場に響き渡った。 同時に、その横腹目掛けて木刀を叩きつけようとする。 右足を外側に回転させる。そのまま初音を懐から引き離すように体を後方に下げると ガマクをかけた一夏は後方に位置する己の左足側に重心を移動、そのまま踏み込んだ る。 て体の正中線などをずらさずに重心を移動、相手に動きを読みにくくさせる技法があ ﹁ガマク﹂と呼ばれる空手における身体操法、丹田を中心とした筋肉を鍛えることによっ 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 53 数歩分だけ後方に移動し初音を再び視界の真正面に捉えると、一夏は仕切り直すかの ように木刀を正眼に構えなおした。 ﹁お見事﹂ 静かに、しかし軽薄さを伴わない明るさを含んだ声で一夏は称賛する。身体能力では こちらが圧倒的有利。元より生物学的見地から言っても、肉体的強さでは女性より男性 の方が強く鍛えられやすいもの。 一夏とて物心ついた時には姉の見守る下で竹刀を握り、体を鍛え、そして今の師の下 に弟子入りしてからは更なる高み、極限を目指して周りから﹁トレーニング馬鹿﹂と揶 揄される程に鍛えて来た。そのことへの自負はあり、故に多少鍛えているからとは言 え、こと剣に限って言えば女性はおろか同性、同年代、或いは少々年上相手でも早々遅 れは取らないということを自身にとっての厳然たる事実と思ってきた。 だが、そう思っていた時に目の前の上級生の存在だ。このあたり、流石は未来の国防 憤怒 の一角を担う人間を育てるIS学園の生徒と言うべきか。まだ自分が知らない強者が 嫉妬か どれも違う。そんな粘着質な性質の悪い悪感情ではない。 ? ? 居る。それが一夏の心を刺激する。 嫌悪か 鍛えてきたという自負がある自分に対抗できることへの怒りか か ? ﹁本当に、面白いですよ。先輩﹂ ? 54 湧き上がるのは歓喜と高揚だ。元々同年代と立ち合う機会など殆ど無く、あったとし ても大抵は勝利を収めた。中学時代は自分の訓練への集中や在り方の違いなどから剣 道部に入っていたわけでもなし。 故に、こうした手合わせは純粋に歓迎できるものであり、相手が年の近い実力者とも なれば嬉しさは更に高まる。そしてそれを打ち倒したときの感激たるや、上等な菓子の 甘さに震えるかのごとしと言える。 力者同士の立ち合い。見ることは確実に自分達にとってプラスになる。それゆえ、誰も かのように固い面持ちを崩さない。その表情には単なる緊張とはまた別に、明らかな実 いる生徒達も、一夏が仕掛けた先手からの攻防に飲み込んだ息がそのままとなっている 刹那の交差によってか、道場内の緊張は一層高まったようにも見える。観衆となって ようなことにはならないようにする。一夏が自分自身に常々言い聞かせていることだ。 常に冷静さと余裕を持って落ちついて相手に対処し、熱くなって周りが見えなくなる 動き、相手に与えるダメージを考えるのであればむしろ適度な緩みこそが肝要だ。 あまりに熱くなりすぎれば無駄な力みが入る。それは好ましくない。より効率的な て高揚のし過ぎは良くない。 楽しいのは事実であり、それを心地よく思うのもまた事実ではあるが、だからと言っ ︵っと、落ち着け落ち着け⋮⋮︶ 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 55 が真剣な眼差しを二人に向けていた。 そんな中でただ一人、渋面を作っている生徒が居た。篠ノ之箒。学園剣道部に新たに 入部した一年生であり、中学時代は剣道女子の部において全国優勝を果たした経歴を持 つ部における期待の新人である。 ︵まるで意味が分からん⋮⋮ ︶ かった。例外的な入学である一夏は座学の面で他の生徒よりも遅れる立場にあり、それ 授業中は当然として、休み時間にしても一夏は箒と積極的に話すということはしな 箒だが、会話は箒が思っていた以上に少なかった。 事は前日、学園生活開始から二日目に遡る。学園側の事情により同室となった一夏と 行われている二人の試合、そもそも初めから予定されていたことではなかった。 どうしてこうなってしまったのか理解に苦しむ、といったところだろうか。目の前で ! ││ 中で漏らす。このような流れは明らかにおかしい。いや、おかしいというよりもむしろ 目の前で上級生と木刀を交わす一夏の姿を見遣りながら箒は苛立つような呟きを心 ︵いったい、なんだというのだこれは⋮⋮︶ 56 を補えるように努力せよと彼は実姉より直接言い渡されていた。授業中の教室でのこ とであったのでその現場を箒も目にしていた。 その言葉に従ってか、休み時間に一夏は周囲の座席の生徒と授業のノートを見ながら その内容について話し込んでいることが多く、その大真面目な表情に話しかけるタイミ ングを見出せなかった。結果として、箒は一夏が他の女子生徒と話すという個人的に気 に入らない光景を見る以外無かった。 放課後にしても真耶につけてもらうことになった補習やら、部屋の一夏のベッド脇に 積まれた訓練器具を引っつかんだ上で行っているトレーニングやらであまり部屋に居 ることはなく、仮に部屋に一緒に居るとしてもあまり喋らない、喋ろうとしないために 会話をせずにいられる。 ︶ たった三日。たった三日で箒はストレスを抱え込んでいた。 少しはこちらの気を察せという話だ ! ! 装な分、着ている人間の体つきがより鮮明に分かるのだが、最初に見たときには箒も驚 れは一夏も同様であり、主に彼はハーフパンツにTシャツというラフな軽装を好む。軽 寮では生徒達は基本的に私服でいることが多い。特に夕食後ともなれば顕著だ。そ に至った過程もそれが原因のようなものだ。 ちっとも自分を気にしようとしない幼馴染に内心で憤慨する。思い返せば、この流れ ︵おのれ一夏め 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 57 58 きを禁じ得なかった。 全身を覆う筋肉。明らかに丹念に鍛えたことが明らかなそれに、一武道家として強い 興味を持った。そして思いついた一つのアイデア。それが、一夏との剣道での手合わせ だった。 IS開発者であり実姉でもある束の突然の失踪、そこから政府に身柄を抑えられての 離別となるまで共に学び思い出を共有してきた剣道。思う所あるものの、全中優勝とい う実力への自負も相俟って剣道を通じて一夏に自分を意識させる。その心づもりだっ た。 摺り上げで竹刀を弾き飛ばされてからの面一本。完全に実力差を示された上での完 敗だった。﹃剣術﹄の修業のために﹃剣道﹄からはしばらく離れていたという言葉通り、 確かに試合のさなかの一夏の動きにはブランクを感じさせるような色があった。だが かつて学んだ技術を錆つかせているというわけではなく、むしろその身体能力や剣腕に よってほぼ真正面から突破され一本。 試合後の一夏の表情は冷めたような余裕を持っており、その表情を見て箒は察した。 試合によって一夏に自分を印象強く刻みつける。それが果たされなかったことを。そ の直後だった。試合を見ていた初音が一夏に剣道ではない、木刀を用いた実戦形式の手 合わせを申し込み、今や完全に観客の注目を掻っ攫っていったのは。 ︵私のことは、どうでもいいとでも言うつもりなのか⋮⋮ ︶ 相手にした時が満足できたかと言えば、確実に初音と答えるということをだ。 こうなってしまえば箒でも分かる一つの道理がある。仮に一夏に箒と初音、どちらを して見せることはなかった高揚を、今の一夏はその表情で、全身で示している。 今、初音と打ち合っている一夏の表情を見れば分かる。自分との試合以上の緊張、そ ! そして自身もまた、剣道だけでなく元々実家に伝わっていた古流剣術に嗜みがあるか と、奇妙な言い方になるが立ち合いでの波長が合いやすい。 り実戦的な技にも長けているのだろう。だからこそ、同じ領域の技を磨いてきた一夏 こと格闘戦においては二年はおろか三年を交えた上でも上位に入るという初音は、よ いる機体を駆るとして、適しているのは剣術の方だ。 型、例として千冬の現役時代の愛機であり、現在の日本の主な開発コンセプトとなって くつかのタイプがあるが、中でも対ISを主眼に置いた刀剣を主武装とする近接格闘戦 そしてここはIS学園であり、その本分はISの操作技術の習熟にある。ISにもい を除けば異なる点が多い。 目的とした剣術では、剣を扱うという共通点や握りなどのいくつかのごく基礎的な技術 多くのルールの下でスポーツ化された剣道と、いかに効率的に相手を斬り伏せるかを ︵いや、よくよく考えれば理解できる道理だ⋮⋮︶ 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 59 らこそ言えるのだが、剣術に限らず現代において﹃古流﹄と名のつくものはその性質も あってマイナー寄りだ。それゆえ、学んでも振るう機会がほとんど無い。 もちろん、たんに振るうためにではなく自己の精神性の向上などを目的として学ぶの であればそれは目をつぶれる問題だが、おそらく一夏はそれを振るう機会を求めていた のではないか。そして今、その機会が訪れている。 は延々と答えの出ない自問を繰り返すだけであった。 いつのまにか箒の視線は道場の床に座る自身の足、つまりは下に向けられ、その思考 ら話そうにも生来の気質から中々切り出せない。 ゆえに逆に気を使われているのか一夏から話しかけるということはあまりなく、自分か 叶わないと思い知らされた。一体どうすればいいのか。話をしようにも、同室であるが けれども今、その剣道ですら一夏には及ぶことができず、その心を向けさせることが いだろう。だが、前者の比率の方が大きいことは否定できない。 過ぎない。あとは、強いて言えば政府に監視される生活の中での数少ない気晴らしくら 結局のところ、剣道にしても一つの手段、一夏との繋がりを持つための道具の一つに ︵私はただ、一夏ともっと話をしたいだけなのに︶ 出口のない迷宮に迷うとはこのことなのだろうか。考えても考えても答えが出ない。 ︵私は、どうすれば良いのだ⋮⋮︶ 60 斬りかかり、交わされ、反撃をかわし更に反撃。繰り返される攻防が続いて既に数分 が経っていた。たかが数分、されど数分と言うべきか。立ち合う一夏と初音の緊張に当 てられてか、緊迫の表情を浮かべる観衆もほんの数分がそれ以上の長さであるように感 じ取っていた。 元々剣道部に在籍している者達はもちろんとして、学園で唯一の男子生徒である一夏 が剣道の試合をするということで、珍しもの見たさでやってきた部員以外の生徒達、そ の全員が一様に緊張した面持ちで見守る中で二人は迫っては離れを繰り返す。 ヒットアンドウェイ、不意の一瞬で決まることもあると理解しているからこそ、二人 とも不用意な深追いを避けて数度打ち込んでは離れるに留める。 の頃からだ。 に打ち込んでいた期間は自分の方が上だろう。こちらは剣道場に通えなくなった十歳 目の前の上級生の経歴がどのようなものかは知らないが、恐らく﹃剣術﹄というもの いうわけではない。むしろ十分にあると言える。 手の内に湧いた汗の湿り気を感じながら一夏は自身の勝算の有無を考える。無いと ︵いけなくは⋮⋮ないな︶ 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 61 それに、身体能力も確実にこちらが上。筋力は元より、持久力や体格差、曲がりなり にもこちらは男性で、それなり以上に鍛えてきたのだ。いくらなんでも同世代の女性に 負けることはないと自負しているし、認められない。何より、そうなったら恰好がつか ない。 技と力、その二つより成る﹃強さ﹄という要素に関しては自分が上回っているという 認識で間違いはない。 ︶ ? はずだ。 いがその点に関しては最低限順守しようとも思っている。それは相手も理解している 一応これは寸止めを原則とした試合であり、安全上という観点から一夏も容赦はしな ︵何と言うか、気合い以上に執念こもってるんだよな⋮⋮︶ は││ 同等、あるいはそれ以上の一撃を繰り出すことは可能だ。だが何より一夏が警戒したの とにかく鋭いの一言に尽きる。いや、単純な速さや威力という点で見れば自分だって つ、決め切れなかった要因もある。それは、彼女の突き技だった。 考えてすぐにどうでもいいことかと思考から切り捨てる。強いていうならばもう一 な⋮⋮ ︵まぁそれで勝負決めなかったの、言い訳するなら観察とか楽しみたかったでイケるか 62 ︵⋮⋮はずだよな ︶ タマ !! ていた。 手と対峙した経験が多いというわけではないが、師よりそのあたりはよく言い含められ であり気迫と共に向かってくる相手というものは決して馬鹿にならない。そうした相 気迫、それが厄介なのだ。窮鼠猫をかむということわざがあるが、まさしくその通り の気迫がこもっていた。 そう疑いたくなるほど初音の一突きには、 ﹁おどれの命取ったらー ﹂と言わんばかり ? いつまでも安全牌を切ってばかりというのも問題だろう。負けはしないだろうが、そ ︵このままじゃあジリ貧だな⋮⋮︶ たのだろう。だが││ によく残っている。だからこそ、その教えを忘れず今もこうして危ない場面を回避でき ただ、そう語る時の師は頷く以外にほか無い重さを言葉に込めていたのが一夏の記憶 奨していた。 時には疑問に思ったことを意見することもあるし、師もそれを戒めるでもなくむしろ推 が、だからと言って師の言葉になんでもかんでも頷くイエスマンというわけではない。 もぎ取る者も居ると。基本的に師と仰ぐ以上、その言葉には基本的に従う一夏である ﹃強者が必ずしも勝者ではない﹄との言葉と共に、例え強さで劣っていても執念で勝利を 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 63 れで勝ちも拾えないのであれば本末転倒も良いところだ。あくまで第一目標は勝つこ と。となれば、多少は博打に出る必要も出てくる。 ︶ それに、相手から勝ちを奪う以上はこちらも逆に勝ちを奪われる覚悟をしなければ筋 が通らない。 ︶ !! まり右手で刺突を放った自身の木刀を真正面からぶつかり合う形になるのだが、そこで るこの一撃を左手で放ってきた。それは対面の一夏にとって刺突が自身の右側から、つ 左利きである初音はある意味当然と言えば当然となるのだが、ここ一番の正念場であ ︵そこッ 一瞬、初音の腕が早く動き始めた。 人は相手を木刀の間合いに収め、同時に相手の木刀の間合いに入り込む。 二人が動きだしたのは唐突であり同時だった。互いに一歩、二歩。それだけで既に二 で詰まる距離だ。 刺突を狙ってのものだった。二人の距離は五メートル弱。互いに接近する以上は一息 そうして互いに構えを取った。そして両者の構えは奇しくも、切っ先を相手に向けた に打って出ることを気配から察したからか、表情を硬く引き締め直す。 柄を握る手の内を締め直し、一夏は眼前の初音を見据える。彼女もまた、一夏が勝負 ︵もっとも、安々と勝ちはくれてはやらないけどな⋮⋮ ! 64 一夏は僅かに突きの軌道を変えた。 ほんの少しだけ肘を開き、手首のスナップを利かせて外側から初音の木刀の下に自身 の木刀を滑り込ませるようにする。高速で直進する物体は総じて横からの衝撃に弱い。 高速で走行する車が対向車と僅かに接触しただけで大きく動きをずらし、結果として衝 突事故に発展したという事例も存在する。 もちろん、生身の人間が放つ突きがそこまでの速さを持っているというわけではな い。だがそれでも横合いからの衝撃に揺さぶられる程度には速く、そして一夏の木刀が 下方から掠めたことによる衝撃も、微弱ではあったが初音の木刀を揺さぶるには十分な ものであった。 ﹂ !? ︶ !! 女と至近距離まで近づくのは本来であれば一男子として喜ぶべき場面だろう。だが、今 初音との距離が30センチも無くなる。十分に高いと言えるレベルにある容姿の少 に一歩深く踏み込んだ。 決めるならば今しかない。ここで失敗すれば後は無いという覚悟で以って、一夏は更 ︵勝機ッ が見開かれる。その動きが鈍ったのを一夏は見逃さなかった。 不意に己の木刀、更にはその勢いが伝播して自身の腕を揺さぶられたことに初音の目 ﹁っ 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 65 の一夏の思考からはそのようなことは綺麗さっぱり消え失せていた。 ﹂ ﹂ ? それを受け取った一夏は初音の首筋から木刀を離すとそのまま後退。少々の距離を 自身の敗北宣言を。 ﹁参った﹂ 意をかき消し、ゆっくりと両手を降ろして言った。 低い声で告げる一夏に、腕を開いたまま初音は僅かに固まる。やがてその全身から戦 ﹁勝負あり﹂ なった初音の首筋に添えた。 そのまま一回転させた木刀を、腕が弾かれたことによって状態を大きく開いた姿に 音の木刀を流す。 で初音の木刀を外側に押しやると、空手の回し受けのように木刀を器用に回転させて初 見開いた目のまま、初音の疑問の彩られた声が漏れる。渾身の力をこめて半ば力ずく ﹁え 真逆の方、つまり切っ先部分の峰に当てた。そしてそのまま、左手で木刀を押し上げた。 の接着点は柄に近い刃の部分となっている。そこで一夏は空いている左手をそのほぼ 踏み込みながらも腕の動きは止めていなかったため、現在の一夏の木刀の初音の物と ﹁ぬん ! 66 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 67 離して彼女と向き合う。初音もまたクールダウンさせるように息を一つ、深く吐くと居 住まいを正して一夏と向き合う。そして互いに一礼。これを以って、唐突な始まりを迎 えた二人の立ち合いは終了と相成った。 試合後、外部からの観客もそれぞれ散っていき、一夏もまた剣道部の部長や顧問と二 言三言会話をして道場から去った後、予想外の出来事によって大きく時間を遅らせてだ が、通常の部活動が開始となった。 IS学園は基本的にISの操縦技術の習熟を第一目標と掲げているため、部活動も存 在しこそすれどそこまで力は入れていない。部活動として存在し、顧問なども各部に振 り分けられてはいるが実際はむしろ同好会のソレに近い。 運動系の部活にしても学園の極めて特殊な立場上、インターハイなどの大会への出場 をすることは叶わず、どれも経験者が学園入学後も続けたいという意思を持った上で入 るものとなっている。 結果としてこの剣道部も箒含めて新入部の一年生は全てが剣道経験者で構成されて おり、入部したてであってもすぐに上級生などと一緒に同様の練習を行うのが通例に なっていた。 ﹂ ﹂ ! と一言だけ返事をして、箒は思考を切り替えるように頭を軽く振ってから ! に頑張ろう﹂とぼんやりと考えていた。 できるようになったのか、竹刀を振る意識の僅かな片隅で﹁もっと自分から接するよう 着いてきた。落ち着きを取り戻した思考はある程度プラスな方向に物を考えることが 外部からの一喝という刺激が功を奏したのか、自身でも意外と思うほどに気分が落ち 今この時の練習に意識を向ける。 ぶ。はい 箒の心の乱れ、竹刀を振る太刀筋に表れてしまったそれを見咎めた顧問の叱責が飛 集中 ことであり、それが上手く行かないことが彼女の焦燥を大きくする。 一夏と関わること。ただそれだけのことであるが、それが箒にとっては極めて重大な きて、正確を期して言うのであればそれ以前の学園入学からだろう。 はなく他の者との、それも女子との立ち合いに充足を見出していたこと。道場にやって 自分から申し込んだ試合での完敗、一夏の自分へ向ける意識の低さ、自分との試合で が、その胸中はお世辞にも落ちついたものと言うことはできなかった。 他の部員達と同じように道場で規則正しく並びながら箒も竹刀の素振りをする。だ ﹁ヤァーッ !! ﹁篠ノ之さん ! 68 ﹃IS学園ではよくあること﹄ 開いたメール。その本分は極めて簡素なものだった。 出ていた。 合いの後、差し支えなければ今後も手合わせ願いたいと一夏からアドレスの交換を申し も一夏はメールの受信箱を開く。新着メール一件、差出人の名は斎藤初音。前日の立ち まさかこんなに早く返事が返ってくるとは思わなかったため、やや驚きを感じながら ﹁はやっ﹂ 鳴らす。 メールの送信完了からさほど経たずに一夏の携帯がメールの受信を告げる着信音を 何者かにメールを打っていることが分かる。 夏は一人校舎の廊下を歩いていた。片手には携帯が握られており、呟いた独り言が彼が 箒、そして初音との試合の翌日の放課後。既に日も夕焼けの茜色となった頃合いに一 ﹁﹃訓練機、書類出して使えるのが速くて明日とかマジふざけ﹄っと。送信﹂ 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 69 ﹁ですよねー﹂ そもそも訓練機の使用申請が如何に多大な手間を要するものか、そんなことは初日の 放課後の時点で把握していた。だから今日、前日に書きあげた書類一式を朝一番でHR を担当した真耶に提出したのだが、返ってきた返答が﹁使えるのも早くて放課後。場合 によっては使えないこともある﹂とのこと。 思わず無表情で固まった一夏に真耶が語るに曰く、訓練機は常に使用予約の競争。そ んな中でいかに使用許可を勝ち取れるかもまた、一つの勉強であり競争。こう言われて しまっては一夏も抗議をすることができず、渋々と大人しく許可が下りるのを祈りなが ら待つという選択を取る以外無かった。 分自身のために志す道を邁進するだけであり、一々他者を気にかける必要性もそこまで 言い方は悪いが、単に自分に運があっただけのこと。自分はただその運を享受して自 している。 も無理はないと一人ごちる。もっともそのことに関しては一夏は深く考えないことに なるほど、自分が専用機を持つということににクラスメイト達が驚き、羨ましがるの えすればISの訓練などアリーナの使用申請だけで後はやり放題だ。 ついでによくよく考えれば自分には専用機が貸与されるわけであり、それが行われさ ﹁まぁ試合あるし、便宜は図ってやるって言ってたけどなぁ﹂ 70 はない。 共に予め設定されていた自身のアカウントにアクセスをした。 入ったカードタイプの学生証を端末脇の読み取り機にかけて、配布されたパスワードと 室内に入り照明を点けると、一夏は適当な席に座り端末を起動。そしてICカードの ができる。 置され、教室前方の大型スクリーンやそれぞれのコンピュータの画面で映像などの視聴 以外は普通の学校のソレとさほど変わる点は無く、座席の一つ一つにコンピュータが設 一夏が着いた場所の名だ。IS学園の視聴覚室は各種機器を最新式の物としている ﹃視聴覚室﹄ なく、単なる学園施設の時間外使用の許可用紙である。 外からはその内容を読むことはできないが、中身は決して特別な内容というわけでも た紙が挟まれている。 表すのであれば、 ﹁悪い顔﹂と形容すべきだろう。軽く振った指には細長く折りたたまれ だが、動く口の端はつりあがっており、その目は不敵な光が宿っている。一言で言い は呟く。 廊下を歩く者が一夏一人しか居ないからか、気分の良さそうな弾んだ調子の声で一夏 ﹁さってと、IS使えないなら仕方ない。使えないなら、見ればいいじゃないか﹂ 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 71 的とした国際エキシビジョン。 の優勝国である日本、ひいてはその時の優勝者である一夏の実姉千冬へのリベンジを目 合意の上で行われた特例的な戦技披露会││という名目での実質的なモンド・グロッソ 発及び操縦者の習熟の度合いにある程度自負を持てるようになった頃合いに、複数国の たままのモンド・グロッソ。そのモンド・グロッソの代替であり、各国が自国の機体開 一度だけ開催され、その後の開催にあたっての取り決めや周期の調整が未だ議論され においてどれが何の映像なのかはすぐに分かる。 事前にシステムの言語を日本語に設定してあるため、リストに表示された項目の全て トで視聴可能な映像から見たい映像を選ぶ段階に至った。 ニュアルに従って操作をしているからか操作は順調に進み、プロセスは一夏のアカウン マニュアルと端末、双方に視線を交互に向けながら一夏は無言で端末を操作する。マ 記された手順に従って端末を操作していく。 開いたマニュアルの中から視聴覚室、さらにその中の映像閲覧に関しての項を開き、 方が記された生徒用マニュアルだった。 や授業用の参考書だが、そのうち一冊はそれらとは別物で、学園の施設の基本的な扱い 座った椅子の隣に置いた自身の鞄からいくつかの本を取り出す。ほとんどは教科書 ﹁え∼っと、使い方はっと⋮⋮﹂ 72 各国に中継されたこれらの試合の映像だけでなく、学園内で行われた行事内での試合 など、多数のIS試合の映像が収められている。全ては先達の記録を後進達のためにと いう意図によってだが、一夏にとってはそのような意図は心底どうでもよく、単にあっ て自分に都合が良いという認識だった。 ﹄という覚悟もある程度はしていた。 ? ニタリと口の端が吊りあがり唇が三日月型をかたどる。一夏が見つめる一点、そこに ﹁見ぃつけたぁ﹂ に集中している。 そして、一夏のマウスを動かす手の動きが不意に止まった。その目は画面のある一点 うのが素直な気持ちだった。 無いなら無いで致し方無いと割り切れるつもりはあるが、できればあって欲しいとい く幾つかの諸事情を鑑みても可能性は低い。 が当てはまるだろうカテゴリはここに載せるものではないだろうし、それ以外に思いつ いま見ているリストに記録されている映像群を考えれば、自分が目的としている映像 実のところ、﹃もしかしたら無いのでは マ ウ ス を カ チ カ チ と 鳴 ら し な が ら の 操 作 で 一 夏 は リ ス ト か ら 目 当 て の 映 像 を 探 す。 たか﹂ ﹁さ、て、と。あるも八卦、無いも八卦と。あぁいや、当たるも八卦、当たらぬも八卦だっ 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 73 年度 IS学園入試主席入学者実技試験 受験者:セシリア・オルコット︵専用 は閲覧可能な一つの映像の名前が示されていた。 集だ。 違いない。ならば、少しでもそれを補う。そのために一夏が思い立ったのがこの情報収 素の﹃武﹄ならともかくとして、 ﹃IS﹄となった場合は完全に実力は向こうが上で間 る真耶の言だ。 ないこともあるため、経験の差は極めて重要なファクターであるというのは授業におけ ましてや今回はIS。IS操縦の経験とは、ISを動かすことによってしか経験でき 伊達ではないと一夏にも理解できる。 夏本人が重々承知していた。学園に入学するよりも前から操縦者となっていた経験が クラスメイト達は散々自分が不利だのあーだこーだと言ってきたが、そんなことは一 るセシリアに関しての情報収集だ。 が、それが叶わないのであれば次善の策を取るより他はなかった。それが対戦相手であ できれば訓練機でも良いので、少しでもISを実際に動かす感覚を得たかった。だ 手のことを知ることができるのはラッキーとしか言いようがないわな。カカッ﹂ ﹁孫子の兵法に曰く﹃敵を知り己を知らば、百戦危うからず﹄ってな。いやぁ、事前に相 機:ブルー・ティアーズ︶﹄ ﹃20 ×× 74 もちろん、ISの知識に関して乏しい自分が試合の映像を見たところで得られるもの など、たかが知れている。それでも、相手がどのような戦い方をするのかを知っておい て損は無いし、もしかしたら他にも見抜けることがあるかもしれない。そんな期待をし ながら映像の閲覧が叶うことを祈っていたが、今回は運がついていたらしい。 ものは、この場には誰一人として居なかった。 細められ、獲物を補足した肉食獣のような剣呑な光を宿す一夏の瞳。それを指摘する た首に。 付けて、一夏は静かに見据えた。映像の中でISを駆るセシリア、その色白の肌を持っ いっそやり過ぎと言われるレベルを持たねば意味を為さない。そう自身の内で結論 か、どれだけ執念深くいられるか。なにがあっても、食らいつく︶ ︵大きく開いた実力の差。それを埋められるとしたら、どれだけ相手より心を強く持つ 画面の中で動く二機のISを見ながら一夏は心を鎮める。 それをできる限り補って、後は心持ちでカバーする︶ ︵そう、実力的に俺が劣っているのは間違いない。否定しないし、しようがない。なら、 が映し出される。それを一夏は無言で見つめていた。 画面のカーソルを件の映像の名前に合わせてマウスをクリック。そして、画面に映像 ﹁それじゃ、御開帳っと﹂ 第二話 チャンバラ一本勝負! あ、セシリアのことも調べなくちゃね 75 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 カリカリとシャープペンシルの芯が削られ、紙面に線を引いていく音が響く。 放課後の教室、その一角には一夏と真耶の姿がある。本来なら既に放課となっている ため、生徒である一夏も寮の門限など最低限の規則を守った上で自由な行動ができるの だが、特例的な入学者である一夏は座学という点で他の生徒達に劣る点があるので、こ うした放課後に副担任の真耶に補講をつけてもらうことになっていた。 内容はまさしく成績不振者への補習そのものであり、授業で行った内容の解説を始め として、学園の入試学力試験などで出される、入学者が最低限身につけているだろう基 礎知識の習得がメインとなっている。 ﹂ る。内容を把握しているのか、それとも把握するまでもなく問題を見ただけで答えが分 労うような柔らかな声と共にプリントを受け取った真耶はすぐさま採点に取りかか ﹁はい、お疲れ様です﹂ 挟んで向かいに座る真耶にプリントを手渡す。 一通りの解説を受けた後に渡された演習のプリントを一通り書きあげた一夏は、机を ﹁えっと、こんなもんで大丈夫ですか ? 76 かるのか、真耶は別に用意した解答などを見たりせずに一気に採点を進めていく。 ペンと紙の擦れる音だけでも成否のどちらかが分かるので、自分の正解率がどのくら いかを気にする一夏は耳をすませる。とりあえずは、正解の比率が多そうだ。 ﹁はい、正解率は八割と少しですね。基本の部分はちゃんとできているので、安心して下 さいね﹂ ﹁ありゃ、流石に完璧じゃあなかったか﹂ 参ったと言うように自分で頭を軽く叩く一夏の姿に真耶は小さく笑みを浮かべる。 果として真っ当な水準に達するだけでも良しとすべきだろう。 自負しているが、単純な学力という点では凡庸の域を出ないとも思っている。なら、結 持っている知識を使うなどのことで頭を回すのはそこそこできるし、好む部類だとは いない。 学力レベルの底上げをしたいが、一夏は自分自身でそこまで学が良い方だとは思っては フッ、と軽く息を漏らしながら一夏も落ちついた表情で頷く。叶うのであれば早急に ﹁なら、良いんですけどね﹂ なりますよ﹂ はかかるかもしれませんけど、このまま頑張ればちゃんと他の皆にも追いつけるように ﹁大丈夫ですよ。さっきも言った通り押さえておくべき基本はできています。少し時間 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 77 ︵それに、頭の成績で足りない分は実力でどうにかすれば良い︶ 確かに勉強ができるのは大事だ。とても大事だ。それを否定するつもりは運動派を 答えはIS操縦者の一択だ。 自認する一夏とて毛頭無いし、ある程度の水準を取るための努力をすることに異論は一 切ない。 だが、自分含めここに通う生徒達は何を目指すのか ? 素人所見でそこそこの数を挙げることはできるだろうが、その一番 ? のもの。機体の性能が勝敗を決する要因にならないというのは、機械類を用いた競争ご そしてその重要なファクターとなるのは当然ながら機体もあるが、何よりも乗り手そ 極めて大きな影響をもたらす以上、その重要性はおのずと推し量れると言うものだ。 絶対無敵というわけではないが、仮に戦場に投入されたならばその場における戦術に まれたほどだ。 なっている。こと軍事という側面においては陸海空に続き、新たなISという分野が生 登場より十年という恐ろしい程の短期間でISの存在は国力の重要な指標の一つに の本文とは何よりも勝つことだろう。 とは何だろうか いやいやそのようなことは今は関係ないと思考を元の筋道に戻す。IS乗りの職務 は無いか⋮⋮︶ ︵まぁ俺の場合は、IS操縦者なんてもののついでみたいなもんだけど、なっておいて損 78 とにおいて概ね当てはまる。それはISでも例外ではない。 乗り手として敵と││それがIS以外の兵器であれ、それらで構成された軍隊であ れ、或いは同じISであれ││勝利を収められる実力こそが乗り手に対してISを運用 する国が求めることだろう。 短絡的と言われてしまえばそれまでだろうが、実力で格が決まるというのは実にシン プルで良い。何よりも気質に良くマッチしている。そう、要は強くなれば良いのだと己 を奮い立てる。奮い立てて、今は目の前の勉強に励むしかない。 ﹂ ? じゃないなど日本全国の学生が概ね共有できる意見に間違いない。 ? るんでしょうね。結構早い方ですよ﹂ ﹁そうですね。申請した翌日に回答がきて、使用可能日が申請二日後。試合のこともあ ﹁そういえば先生、俺の訓練機の使用申請って確か明日使用可能で許可出ましたよね ﹂ が、まさか教えてくれている先生の前で言うわけにもいくまい。それに、勉強が好き は何でもないと首を横に振る。本当に、本音を言えば勉強はあまり好きではないのだ 真耶には聞き取れないほどの小声だったが、呟きとして漏れてしまったぼやきに一夏 ﹁あぁいや、なんでもないですハイ﹂ ﹁え ﹁生きるって、大変だよなぁ⋮⋮﹂ 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 79 ﹁そうなんですか ﹂ ? ﹂ ? 意そうですけど、飛行などの移動系やIS独自の動きは乗り手の思考などIS操縦時で 思いますよ。単に腕や足を動かすだけなら特に問題ないですし、織斑君はそういうの得 ﹁そうですね。それなら簡単な飛行などの移動の訓練を、教本に則ってやったら良いと いんですかね ﹁あ、そうだ先生。それで俺は明日訓練機使えるようになるわけですけど、何をしたら良 いていない現状況では意味の無いことと話題を変えることにした。 神妙そうな顔で頷く真耶に一夏は専用機を持てる自分の幸運を再認識するが、未だ届 ﹁そうなんです﹂ 付だったりと﹂ ﹁そもそもの回答を通達するのが遅くなって、ついでに返ってきた答えもだいぶ遅い日 はどんどん増えますから、必然的に││﹂ し合いをしてから生徒に通達ということになります。ただ、調整をしている間にも申請 ですからそのあたり使用スケジュールなどを担当の先生達と調整して、その調整の話 きません。 機の数にも限りがありますから、出された申請にすぐに使えるようにというわけにはい ﹁えぇ。基本的に出された申請はなるべく通すようにしているんですけど、使える訓練 80 しか積めない経験ですから﹂ ﹁⋮⋮昨日、視聴覚室で入試の映像を見ました﹂ ﹂ まぁ、その、何て言ったら良いんでしょうね。ちゃんとしてたと言うか⋮⋮﹂ ﹁俺は素人です。否定のしようがない。けど、その素人目で見てもオルコットの動きは 思い出すように視線を伏せて言葉を続ける。 確認するように聞き返す真耶に一夏は無言で頷く。腕を組み、昨日見た映像の中身を ﹁それってもしかしてオルコットさんの ? した口調で一夏は呟く。 自分の方が下だと理屈の上で理解はしても感情は癪と感じているのか、どこか憮然と ﹁まぁ、向こうの方が何枚も上手っていうのは理解してましたけどね﹂ の高さを肯定する。 声音こそ常の柔らかなままであるが、毅然とした口調で真耶は一夏が感じ取った実力 す﹂ した飛行などのIS操縦の技能、基本は当り前として多くの点で高い水準を持っていま 全体でも上位に入る実力を持っているでしょうね。そして当然ながら、さっき私が提案 です。当然ながら経験が違います。きっと、現時点でも上級生を含めたこの学園の生徒 ﹁その認識は間違っていませんね。オルコットさんは曲がりなりにも一国の代表候補生 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 81 ﹁⋮⋮そうですね。確かに今現在では織斑君の勝率は低いです。けど、まだ学び始めた ばかりですからまだまだ先はありますし、今回は胸を借りるつもりで││﹂ 言い終える前に真耶の言葉が止まった。無言で見据えてくる一夏の視線、決して怒っ ているというわけではない、だが穏やかというわけでもない、そんな視線だった。 その視線を受けて真耶は思わず言葉を切ると共に、ある種の既視感を覚えた。補講に しても今日から始まったばかりであり、目の前の少年とはお世辞にも関わりが深いとは 言えない。なのに既視感を覚える。一体どういうことなのか。 僅かに考え、そして思い至った。よく似ているのだ。何か重要な案件を抱え込んだり した時の、腹をくくったような千冬の、彼の実姉のソレと。そこまで思い至ったのと同 時に、一夏が不意に眼差しを柔らかくしながら口を開いた。 今度の試合のために補講、続きお願いしますよ﹂ まったく、大勢からの期待ってやつは重いですね、実に重い。⋮⋮さてっ んじゃあ ﹁ま、ク ラ ス の 皆 も 結 構 期 待 し て く れ て る み た い で す し ね。ベ ス ト は 尽 く し ま す よ。 微笑みと共に励ます真耶に一夏もまた微笑を浮かべる。 ﹁⋮⋮そうですね。頑張ってください、私は応援しますよ﹂ るなら、勝つつもりで行かなきゃ﹂ ﹁あいにくと先生。俺、始めから負けるつもりでいくのって趣味じゃないんですよ。や 82 ! そう言って一夏は机の上に置いていたシャープペンシルを再び手に取った。 補講を終えた一夏は寮への帰路を一人歩いていた。できれば学園の施設を用いての トレーニングに励みたいところではあるが、既に日も落ちかけている。 はっきり言って時間的に無理があった。単に施設まで行き来するだけの時間ならば 十分にあるが、残った時間で満足のいくトレーニングができるかと問われれば首を横に 振らざるを得ない。寮の門限のこともある。ならばさっさと寮に戻って、寮内でもでき るトレーニングに精を出したり、勉強したことの復習に充てたほうが建設的というもの だ。 ︶ ? を曲がるため、目に襲いかかる日の光から逃れることができる。 る西日があるため、やや眩しく感じるがそれも今しばらくの辛抱だ。もう少しすれば道 歩きながら寮に戻ってからのプランを練る。ちょうど歩く方向の先に沈みかけてい 具使うか ︵つっても、寮で何ができるかな⋮⋮。部屋はちょっと狭いから、屋上あたりで適当に器 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 83 ︵あ∼、グラサンとかあればいいんだけどなぁ。確か前に弾とかと遊びに行った時にお かしなテンションになってノリで買ったやつがあったよな︶ 件のIS起動の騒動以後、身辺の騒々しさによりめっきり交流する機会が減ってし まった旧友のこととともに、以前に購入し自宅に放置したままの自前のサングラスのこ とを思い出す。 学生の小遣いでも十二分に手が出せる程度の安物であるため、やれ偏光グラスだのU Vカットだのといった高性能な機能は無いが、日の眩しさを和らげるには十分な代物 だ。 ﹂ ? つい先ほどまでそんな影などなく、その影は今も動いていることから影の主は人である 前 方 か ら 自 分 に 向 け て 影 が 伸 び る。そ れ は 自 身 の 前 方 に 何 か が あ る と い う こ と だ。 ﹁ん 気付いた。 考から振り払う。そして再び前方に視線を向けて歩き、目の前に影が伸びていたことに 思い出したが、今ここで考えても仕方ないというように一夏は軽く首を横に振って思 共によくつるんでいたが、今となってはそれも叶わない。 旧友のことを思い出したからか、ふいに一夏の脳裏に一人の人物が思い浮かぶ。弾と ︵そういえば、あいつどうしてっかな⋮⋮︶ 84 とわざわざ理論立てるまでもなく当り前のように理解する。さて一体誰なのかと、眩し さに伏せていた視線を上げた一夏の視界に飛び込んできたのは、意外な人物だった。 ﹁あなたは⋮⋮﹂ ﹁オルコットか⋮⋮﹂ 同じクラスに在籍する生徒であり、近くクラス代表の座を賭けてISで争うことに なっている少女、セシリア・オルコットであった。 ﹂ ? 僅かなりとも興味を持っていたセシリアだが、補習という形は悪くないと言えた。独力 曲がりなりにも競うことになった相手として、一夏がどのようにその不足を補うのか 面々の凡そが知る所となっている。 園で授業を受ける上での基本的な知識が不足していることは彼女だけでなく、クラスの 言われてセシリアは納得したように頷く。特例的な入学を果たしたために、一夏に学 ﹁あぁ、そういえば⋮⋮﹂ ﹁補習だよ補習。俺が座学からっきしなの、お前も知ってるだろう﹂ その問いに一夏も、ごく当たり前の疑問かとごく自然に答える。 いる。にも関わらず、校舎から歩いてきた一夏に対して何をしていたのかという問い。 先に口を開いたのはセシリアだった。既に放課後となってから結構な時間が経って ﹁このような時間まで、何を 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 85 で学習をするという手もあるが、せっかく教師が身近に居るのだから、それを利用する のは手段としては至極真っ当だろう。 とは言え、それでセシリアが一夏への評価を上方に向けるかと言えばそうでもない。 むしろセシリア個人の感覚で言うのであればその程度のことはして当然であり、とりた てて賛辞するようなことでもない。精々が﹁やって当然のことを当り前にできる、まぁ そこそこの人間﹂という程度の評価に留まるくらいだ。無論、あくまでセシリア個人の 主観に基づく評価であるため、それを口に出すことはしない。 一夏も自分の答えにセシリアがどのような考えを持ったのか、特に詮索をするという ﹂ わけでもなく補習に関してはそれっきり何も言わない。 ﹁ところで、オルコットは何を んというかお前さん、そういうのは真っ先にやりそうなのに﹂ で、まだ全部じゃないけどな。補習もあるから、後は少しずつか。けど、意外だな。な ﹁なんだ、お前もか。俺も初日からそれやったよ。まぁ、当面よく使いそうな場所だけ 一夏の表情が僅かに驚きに彩られた。 それは一夏も初日から行ったことだ。思わない所で共通の行動を取っていたことに たくて﹂ ﹁あぁ、そのことですか。いえ、少々施設の散策を。どこに何があるのかを把握しておき ? 86 何気無い一夏の指摘にセシリアは僅かにバツの悪そうな顔をする。だが、流石に何も 反応を返さないのは問題だと思ったのか、しばしの間を置いてから口を開いた。 実家から色々と家財道具も含めて持ちこんだのですが、寮の部屋に入りきらず。ですの ﹁いえ、お恥ずかしい話なのですが、少々部屋の整理に手間取ってしまいまして。本国の でその整理に⋮⋮﹂ ﹁なるほどね⋮⋮﹂ 曰くイギリスの名門一族出身とのことで、財力があるのは確かなのだろう。それな ら、色々と物を持っているというのも頷けるが、正直なところ家財道具まで持ちこもう としたのは意外であった。 とはいえ、思ったところで口には出さない。持ちこんだ物の変わり種の度合いで言え ば、自分だって似たようなものだ。着替えや携帯の充電器などのオーソドックスなもの に加え、筋トレのためのダンベルや握力トレーニング用のバネ付きグリップ。この辺は まだまともだ。 そして変わり種に目を向ければ、拳や腕を叩きつけることで体そのものの頑丈性、中 国拳法に言う外功を鍛えるための砂鉄袋や、一応貰い物ではあるが自前の日本刀。 自覚はある。だからと言って今更直す気もさらさら無いのだが。 ︵うん、我ながら普通じゃない︶ 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 87 ﹁で、肝心の場所の把握はできたかい ﹂ ? も人それぞれであり、きっと隣を歩く同級生にとっては十分笑うことのできることなの じ考え方をしたというだけではないか。新たに疑問が湧きあがるが、そのあたりの感性 理由は分かった。分かったのだが、どうしてそれが笑いにつながるのか。たまたま同 ﹁はぁ⋮⋮﹂ さ﹂ 云々あたりの考え方が俺とそっくりだったから、面白い偶然もあったもんだなと思って ﹁いや、悪い悪い。笑ったのはさ、大した理由じゃないんだよ。ただ、その施設見て回る 夏は笑った理由を言う。 そんなセシリアの疑念を察したかどうかは定かではないが、悪いと一言だけ言って一 日本語に何か不備があったのではないか。 自分の言葉に何か笑うようなところがあったのか。もしや、勉強をしたとはいえ自分の 不意に噛み殺した笑いを漏らした一夏にセシリアが怪訝そうな顔をする。先ほどの ﹁ククッ⋮⋮﹂ 方々のお手を煩わせるのも気が引けますから﹂ いては概ね。できればもっと見て回りたいのですが、寮の門限もありますし警備員の ﹁えぇ、流石に施設全体は広いのでまだ完全ではありませんが、必要と思われる場所につ 88 だろうと、セシリアは自分で割り切る。 ﹁⋮⋮﹂ そのまま二人は無言となる。隣を歩くクラスメイトに合わせて歩調をやや遅くしな ﹁⋮⋮﹂ がら一夏は、さて何を話したものかと思案する。 慣れない環境の下にあって少し気が張っているのか、どうにも気軽にできる話題を見 出せない。未だ親交も浅いから、曲がりなりにも今度試合をする相手だから、理由はい くつか浮かぶがそれにしても話題がさっぱり出ないのも奇妙な話だと思う。 そもそも親交が浅いというのは誰を相手にしたところで必ず通る段階であり、試合の 相手というのもそうだからと言ってツッケンドンにしろというわけにはならない。別 に対戦相手と仲良くしたって、試合で本気になるならそれで問題無い。 お前の専用機﹂ ﹁ブルー・ティアーズ、だったけ ? あなたにお話しした記憶は無いのですが﹂ ﹁えぇ、そうですが。何故それを ? と思い、一つ思い至った。 が、なんだかそれはどうにも味気ないような気がしないでもない。さて、何かないかな 別にこのまま無言で寮まで歩いて、そのままお別れとなっても別に構いはしないのだ ︵さぁて、どうしたもんかなぁ⋮⋮︶ 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 89 不意に一夏の口から飛び出したISの機体名、それも自身の専用機の名前にやや驚き を含んだ声でセシリアが反応する。 ﹂ ? ﹁あぁいや、なんでもない。事実として俺はISに関しちゃ素人だからな。精々が良い シリアが尋ねようとするよりも早くに一夏が再び言葉を発する。 そこで一夏の言葉が不意に途切れる。でも││、その後に何を言おうとしたのか。セ ﹁まぁ実際問題として何か得られたっていうのも、厳しい話なんだよな。でも││﹂ と共に礼を返す。 飄々とした口調ではあったが、確かな賛辞の言葉を述べた一夏にセシリアは軽い笑み ﹁それはどうも。わたくしも、候補生になった甲斐があるというものです﹂ ﹁とりあえずは、お前が凄いやつだとは分かったな。流石は代表候補生か﹂ らも理解はしていますし。それで、何か得られましたか ﹁まぁ、とやかく言うつもりはありませんわ。そのくらいはされても致し方無いとこち 定する理由も無いため素直に頷いて肯定する。 短い一夏の言葉からセシリアはその意図を察する。まさしくその通りであるため、否 ﹁⋮⋮なるほど。対戦相手の情報収集、というわけですか﹂ からかね﹂ ﹁いやさ、視聴覚室で見れる学園の記録映像に今年の入試のやつがあったから。首席だ 90 動きしてるなくらいで、そのくらいだよ。それにあの飛び回るやつ。アレも厄介だ﹂ ﹁﹃ブルー・ティアーズ﹄のことですか。曲がりなりにも我が国の最新兵装ですから﹂ 機体名の由来にもなっている愛機に搭載された特殊兵装について言及されたセシリ アは、厄介と表現した一夏の言葉に対して自負を含んだ首肯と言葉で以って返す。 て従来兵器のノウハウを活かしている。 従来の兵器と異なる特徴を多く持つが、それでも使用される兵装は特に銃器などにおい だった。確かにISはそれ自体が独立した区分にあると言っても差し支えないほどに そ し て そ の 装 備 の 兵 器 と し て の 形 状 は 従 来 の 兵 器 群 の ソ レ と は 大 き く 異 な る も の 装備している。 と呼ばれる機体本体から分離して個別に飛行機動を行い相手を撃つ特殊な射撃兵装を セシリアのブルー・ティアーズも同様であり、機体名の同名の﹃ブルー・ティアーズ﹄ ガーを用いた新型兵装を搭載しているということにある。 が開発に力を注いでいる第三世代型IS。その本質は稼動に乗り手の思考によるトリ 一夏の疑問も決して間違ってはいない。IS保有国の中でも有力国と呼ばれる国々 器としちゃ独特に過ぎるというか⋮⋮﹂ の定義とか見た感じからして、多分思考誘導で動かしてるんだろうけど、なんつーか武 ﹁ていうかよ、お前のとこの国もよくあんなの作ったよな。教科書に載ってる第三世代 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 91 それから大きく逸脱し、さながらアニメやマンガに登場するようなものとしか思えな い武装を開発したその発想、技術に一夏は素直な驚きを含めた上で首を傾げていた。 ﹂ ? ﹂ ? セシリアは語る。かつて英国に生まれた、機体と独立した機動で以って相手を翻弄し です﹂ 以前にも存在していました。ただ、それを装備した機体というのが一機しかなかったの ﹁そもそも機体から離れて独立した行動を行う装備というものはわたくしのティアーズ 始める。 興味深そうな反応を見せる一夏にセシリアは人差し指を立て、教師さながらの解説を ﹁ほう ﹁ただ、まったく下地が無かったというわけでもないんですのよ 現、言われてみれば確かにその通りだと思い、思わず漏れた笑いだった。 そういうセシリアの言葉には僅かな苦笑が含まれている。一夏の言う独特という表 ね﹂ ずです。いっそ、何がきてもおかしくないという心構えで挑んだ方が楽かもしれません 兵装を開発していますし、中国は砲身および砲弾が不可視という装備を開発していたは ですわ。わたくしの知る限りではドイツは敵の動きを完全に止める空間作用タイプの ﹁確かに独特というのは否定しませんが、第三世代型兵装というのは大抵そういうもの 92 鉄火の下に晒す一機のISが存在したことを。 当時の英国国家代表、つまりは英国で最優とされた操縦者に与えられた専用機であ ワ ン オ フ・ア ビ リ テ ィ り、ISそのものに対する足りないノウハウを自身のたゆまぬ努力で補うべく膨大な時 間を自己の鍛錬に費やした結果、発現した単一仕様能力。 祖国の威信を背負い参戦した三年前の国際エキシビジョンにおいて、結果として対戦 相手となった千冬に力及ばず敗れるも、その雄姿は英国民の記憶に確かに刻まれ、一線 を退いた今もセシリアを含めた英国のIS乗り、それを志す者達の憧れの存在となって いる一人の人物のことをセシリアは語る。 それが全てというわけでは無い。だが、優秀な乗り手、その機体ともなれば国のIS 機体や、発現したのであればその機体の能力なのですよ﹂ そしてその﹃色﹄の決め手になっているのが、当時の国家代表などの優秀な操縦者の ね。 ほぼゼロですので似たり寄ったりなのが多いので、二世代からその傾向が出ています 代と呼ばれる機体は、そもそもの種類がほとんどない試作型ばかりですし、ノウハウも ているように、開発されるISには概ねその国の﹃色﹄が存在しますわ。一般に第一世 日本では学園の訓練機でもある打鉄のような近接戦闘に主眼をおいた機体が開発され ﹁例えばわたくしの祖国のイギリスでは中・遠距離での射撃戦を主眼とした機体が、この 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 93 運用においても一つの重要な指標として機能をする。必然的にそれらに関するデータ が集まり、続く開発はそのデータを基としてくため、開発にある程度の傾向が定まって いくという。 もちろん全ての機体、装備の開発にそれらが関わっているというわけではないが、影 響を及ぼしているのは間違いないのだ。 ﹂ ? ﹁完全な格上の癖に随分と意地の悪い質問をするじゃないか、え まぁ勝算低いのは ﹁ところで織斑さん。今度の試合、勝算はおありで だが、その前にロビーに佇み二人は言葉を交わしていた。 口まで辿り着いていた。中に入りすぐのロビーで真逆の方向に二人は分かれる。 からかうようなセシリアの口ぶりに一夏は軽く肩をすくめる。気が付けば寮の入り ﹁だな。違い無い﹂ りましたわね﹂ 補生になるにあたっての基礎知識として既に学びましたが⋮⋮ちょうど良い予習にな ﹁ちなみにこのことは、おそらく授業でも学ぶことになると思いますわ。わたくしは候 94 ﹁ふふっ、言っておきますがわたくしは試合でもブルー・ティアーズを使わせていただく らないように努力はしておこう﹂ 否定しないさ。けど、やれるだけはやるつもりだ。少なくとも、つまらない戦いにはな ? つもりですわ。先ほどのあなたの言によるならば、今のままでは厳しいのでは ﹁⋮⋮﹂ それだけ言って一夏はセシリアに背を向ける。 ﹁⋮⋮かもな﹂ を開いて首を縦に振った。 ﹂ だけ表情を硬くして言葉を噤んだ。そして何かを考えるように一瞬瞑目すると、再び目 自身の愛機の象徴であり頼りにもしている装備への自信に満ちた言葉に、一夏は少し ? を見る者は一人も居ない。そして、いつのまにか一夏の表情はいつものもソレに戻って 小さな呟きと共に僅かにつり上がる一夏の口の端。その声を耳にし、その口元の動き ﹁ブルー・ティアーズ⋮⋮、来るならば来い。やってやろうじゃないか﹂ また彼に背を向けて己の部屋に戻る。 背を向けたまま片腕を上げて別れの挨拶とする一夏の姿をしばし見送り、セシリアも ﹁えぇ、それではまた。試合、楽しみにしていますわ﹂ ﹁じゃあな。俺もそろそろ部屋に戻る。色々、やることもあるからな﹂ 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 95 96 いた。 平日の昼下がり、四季による気候の違いがはっきりとしている日本では季節次第では 強烈な日差しが照りつける頃合いであるが、未だ春真っ只中の現在では日差しも柔らか く、穏やかな陽気を生み出している。 平日ということもあり学生、社会人ともに学校へやら勤めやらで出ているが、それも 全員が全員というわけではなく、休暇を使うなどして平日の昼間を自由な時間に使う者 も居る。市街地にある一本の歩行者専用路、多くの店で賑わうその通りに面したオープ ンカフェもまた、空いた休みをのんびりと過ごそうとする者達で賑わう。 そんな路上に面したカフェの席の一つに一人の男が腰かけている。黒いスーツに身 を 包 み コ ー ヒ ー を 片 手 に 新 聞 を 読 ん で い る。単 に そ れ だ け で あ れ ば 何 の 変 哲 も な い。 昼休み中のサラリーマンが息抜きをしている程度と見られるだろう。事実、誰一人とし て男に視線を向けることはしない。 既に三十を数える年となっている男だが、その見かけはともすれば二十そこそこと見 えるほどに若い。しかし手に持った新聞に向ける視線の鋭さ、真一文字に引き締めた口 元などが作りだす表情はさながら巌のようであり、見た目の若さに反して重々しい雰囲 気を醸し出している。 左腕に嵌めた腕時計で時間を確認して小さく呟く。約束の時刻まで後少し。男が待 ﹁⋮⋮そろそろか﹂ つ相手、彼と旧知である女性は彼の知る限り時間には正確だ。少なくとも、遅れるとい ﹂ うことはない。そう考えた直後、男の背に人の気配が生じた。 ? 紐が巻かれている。 ? の胸に付けられたバッジ、それが意味するところ││国家所属のIS操縦者││を知っ 既に手にしていたコーヒーと新聞をテーブルの上に置いた男はそう指摘する。彼女 ﹁腕の物はともかく、そのバッジは些か目立つのではないか ﹂ なバッジが付けられており、右手首には小さな蓮の花を象った飾りのついた漆黒の飾り 男同様にスーツに身を包んだ若い美女、その胸の部分には翼を背負う人型を象ったよう 背に気配が現れた、そう感じた直後には男の向かいの席にその女性は腰かけていた。 ﹁いや、大したことはない。気にするな﹂ ﹁お待たせしました 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 97 ているがゆえに言葉だったが、それを女性は微笑と共に否定する。 職場ならまだしも、それ以外のこのような場で気にす ﹂ ? 人の間に血縁は一切存在しない。ただ故あって美咲が宗一郎を兄と呼び慕うだけであ 美咲の言葉に男、海堂宗一郎は小さく鼻を鳴らす。彼女は宗一郎を兄と呼んだが、二 ﹁ふん﹂ をするのも無駄かもしれませんが。ねぇ、宗一郎兄さん ﹁そういうあなたこそ、お変わりないようで何より。いえ、あなたにこと健康面での心配 女は、日本国家所属IS搭乗者 浅間美咲は微笑を浮かべる。 知己の変わりない様子に依然固い口調ではあるが満足そうな様子を示す男の言葉に か。壮健なようで何よりだ、美咲﹂ ﹁ハガキや電話ならいざ知らず、こうして直接顔を合わせるのは久方ぶり、と言うべき 開いた。 同様にブラックコーヒーを頼む。注文を受けた店員が去ったのを確認し、男は再び口を 短い言葉と共に男は頷く。それとほぼ同時にやってきた店員が女性に注文を尋ね、男 ﹁そうか﹂ 度があるかですね。それに、面倒ですが付けるのは規則みたいなものですから﹂ る、というよりも知っている人など殆ど居ませんし、目立つならむしろいかに顔の知名 ﹁存外、目立たないものですよ ? 98 る。 ﹁で、いきなり俺を呼びつけるとは一体どうした。珍しい﹂ かの白騎士事件よりしばらくの後、政府がISのパイロット希望者を募った折から会 うことも殆ど無くなった妹分、その急な呼び出しに珍しいと思いつつも宗一郎は用件を 尋ねる。 ﹁いえ、そんな大した話ではありませんよ。例の、ISを起動した少年のことです﹂ ピクリと、宗一郎が僅かに反応を示した。 ﹁まだおじ様含めてその周囲ごく少数のようで﹂ ﹁まぁ、そうなるとも腹は括っていたが⋮⋮。どのくらい広がった﹂ の重要案件の対象人物が息子の弟子ともなれば、ねぇ﹂ ているようですから。おじ様が知っていても無理はないというもの。何せ自分の職場 ﹁彼のことは身柄の安全やら国への確保やらの諸々で、公安でも重要案件の一つになっ た宗一郎は情報の出所を尋ね、結果が自身の父親と知って苦い顔をする。 世界初の男性IS起動者、織斑一夏と自身の間に存在する関係、それを言い当てられ ﹁あの親父め⋮⋮﹂ ﹁おじ様より﹂ ﹁⋮⋮どこからだ﹂ 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 99 ﹁そうか﹂ どこか安堵したように宗一郎は小さく嘆息する。脳裏に浮かぶのは一人の少年の姿。 数年前に知人に紹介されて弟子に取って以来、自分が修めてきた武芸の数々を吸収した 愛弟子。そして今、世界で初めてISという兵器を起動させた男性として注目されてい る少年。 まさか自分の弟子がそんな大層なことになろうとは夢にも思っていなかったために、 最初にその報を聞いた時には驚いたものだが、今となっては厄介事に巻き込まれたもの だと苦笑を禁じ得ない。とは言え、その立場の重要性は彼とて重々に理解しているた め、師として純粋にその安否を気にかけてもいる。 その点では、現在報じられている情報から当座の安全は大丈夫だろうとも判断した。 そして次に考えたのが自分のこと。武門における師弟という近しい間柄であるために 自分にも面倒事が回ってこないか、場合によっては雲隠れも考えたが妹分の言葉を聞く に当面はその心配もなさそうだ。 上﹂ の人脈を広げたことも含めて相当な傑物と言わざるを得ない。さすがは兄さんのお父 ど各方面から有力者を募っての結束。私的に交流があった者が多いとは言え、それだけ ﹁おじ様の手腕は見事、と言うべきでしょうね。政界や財界のみならず自衛隊や警察な 100 ﹁まぁ、本気出せば総理大臣くらい狙えそうだからな⋮⋮﹂ 恐ろしいまでに己を封じ職責を全うし、本文である国家、国民の益のためであれば非 情に徹し時に強硬な手段を貫きとおし、それでいて自身の立場を盤石とさせ微塵も揺ら がせない。幼少より見てきた父の姿はこの年になっても純粋に尊敬に値するものであ り、同時にある種の畏怖を禁じ得ない。 ﹁兄さんは武芸において、おじ様は知略政略において。畑は異なれど親子揃って傑物ぞ ろいですね﹂ ﹂ クスクスと口元に手を当てながら小さく笑う美咲に宗一郎は何も言わずにコーヒー を啜る。美咲もまた、少し前に運ばれてきていたコーヒーに口を付ける。 ﹁あら、これは失礼。では早速。ねぇ兄さん、彼についてはどうお思いで ﹁ふん、俺個人の意見にそこまでの価値があるものか﹂ ﹁なるほど、兄さんのお墨付きなら十分信用がおけますね﹂ 神を持っている。単純に技を受け継ぎ、極めるというだけなら申し分はないな﹂ ﹁そうだな。まぁ、師として良い弟子ではある。才に溢れ、それに奢らず努力を重ねる精 る。 誰のことか、言うまでも無い。宗一郎は自身の弟子のことを思い浮かべながら答え ? ﹁で、さっさと本題に入ったらどうだ﹂ 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 101 ﹁おやご謙遜。諸外国を巡り歩き、各地の有力な武芸者に片っぱしから勝利したのみな らず、その武技の数々を物にしてきた当代最強の武芸者のお言葉とは思えませんね﹂ そして祖父は門派の後継として宗一郎を純粋な実力を指名し、美咲には好きなように 経ってからだろう、彼女もまた剣を学び始めたのは。 した彼女は祖父の下で育ち、その中で宗一郎が祖父に弟子入りをした。それから少し 彼女に、そして宗一郎に剣を伝えたのは彼女の祖父だった。両親を早くに事故で亡く 前の兄弟子は更に上を言っていると断言できる。 戦いに関する主義主張の違いを除けば同格にあると自負しているが、こと武芸では目の 力もまたIS乗りとして、更にISを降りての素での戦闘能力も確実にかの織斑千冬と ながら国際試合などの表舞台には一切出ず、ただ裏の始末仕事などに明け暮れ、その実 らこそ、彼女は目の前に座る兄弟子の実力をよく知っている。自分とてIS乗りであり ・・・ IS操縦者となる以前、一人の剣術少女として修業をしていた頃よりの付き合いだか む。だが、その実力に関して異議を唱えることはしない。 暗に自身の不敗を語る宗一郎の言葉に美咲も思わずこめかみをひくつかせて突っ込 ﹁いや、すごく自信満々じゃないですか﹂ かっただけだ。昔も今も、そしてこれからもな﹂ ﹁別段、最強を語ったつもりはない。ただ俺が俺の技を揮う時において負けることがな 102 生きると良いと言った。そして選んだIS乗りの道。もはや十年近く前のことだが、今 となっては懐かしい思い出だ。 ﹁俺のことなど、どうでも良いだろう。美咲、一夏のことを聞いて何がしたい﹂ ﹁⋮⋮﹂ 兄弟子の追求に美咲はしばし沈黙する。考え込むように顎に手を添えて、やがて口元 を三日月形に歪めた微笑と共に言った。 ﹂ ? ﹂ ? ? 一身上の都合と表向きには報じられたが、その裏で起きていたことを知る者はあまり 現役引退。 い各国を驚かせた一つのニュース。当時世界随一のIS乗りと称された千冬の突然の 二人が語るのは三年前に国内を、IS業界というカテゴリーにのみ限定すればより広 ﹁表向きはアレの姉が主題ではあるがな⋮⋮﹂ るはずでしょう ﹁だって兄さん、仕方ないでしょう 三年前の彼に関する事件、兄さんだって知ってい れる。だが、それを悠然と受け止めながら彼女は言葉を続けた。 宗一郎の視線が僅かに細まると共に刺すような鋭い気配が美咲の総身に叩きつけら ﹁なに ﹁実は、私も彼に興味が湧いちゃいました﹂ 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 103 に少ない。そして宗一郎と美咲、この二人はその裏で起きていたことの仔細を知る数少 ない人物であった。 に、彼女のISの使用に関しても政府より制限が掛けられると﹂ ? ﹁場を弁えろ。それ以上は軽々しく話せることではない。その、浮かべた笑い共々な﹂ 無言の意思を雄弁に伝えていた。 言いかけた美咲の言葉を宗一郎が右手を掲げて遮る。それ以上は言うな、鋭い眼光が ﹁ですが、ここで重要なのは誘拐された織斑少年の行動。彼は││﹂ に。 語っている内容すら重要では無く、真に語るべきはその更に奥ににあると言わんばかり 事件の顛末を語る二人だが、その言葉にはさほどの重みというものが無い。むしろ今 というよりも白騎士事件以降も含めて政府は奇跡のような立ち回りをしたものですよ﹂ ものに害を為すのではないか。実に真っ当な懸念、実に真っ当な判断。本当に珍しく、 ﹁然り。身内への情にほだされて私情のためにISを駆る、それが巡り巡って国益その ﹁まぁ、政府の役人共にしては割と真っ当な処断ではあるな。そうだろう ﹂ 成功するもエキシビジョンという任務放棄及び独断専行の責任を取り現役引退。同時 である織斑一夏の誘拐。その救出に独自行動を起こした千冬は、結果として弟の救出に ﹁未確認勢力による、当時国際エキシビジョン会場のドイツに渡航していた彼女の実弟 104 言われて美咲は自分が深い笑みを浮かべていることに気付いた。敢えて容姿という ものに格付けをするのであれば美咲は間違いなく最上の部類に入る。そんな彼女の笑 みというものは、男であれば誰もが見惚れ虜になること間違いないものであるが、それ を前に宗一郎は固い表情を崩さない。 その笑みの理由を、彼女の本質的な性分を嫌と言うほどに理解しているが故にだ。 ﹁失礼しました。私がそれを知ったのは最近ですが、だからこそ興味を持ってしまった のですよ。そうすることができたという事実、そして兄さんの直弟子であるということ も含め。もしや、存外彼と私は波長が合うのではないか、とね﹂ ﹁何を言いたい﹂ て﹂ 居る環境はその条件に合致していますが、実を言うと私も手を出してみたくなっちゃっ そして力を付けるならば、やはり教える者の存在があった方が早い。確かに今の彼が あります。彼自身が余計な火の粉を払い、いずれは手中に収めんとするために。 な武力が。政府が彼にコアを一つ割いてまで専用機を与える決定を下したのは、それも 為さないもの様々ですが、いずれにせよ彼には力が必要です。それをはねのける直接的 ﹁今後彼は多くの者にその身を狙われることになるでしょう。その目的は害を為すもの ﹁だとしたらどうする﹂ 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 105 ﹁では単刀直入に。もしも巡り合わせが良ければ、私も彼への手ほどきをさせてもらお うかと﹂ 沈黙が二人の間に流れた。周囲では止むことの無い喧騒がざわめくが、それも二人の 周囲にあってはないものとさえ感じられるような重苦しさ。それが二人を包んでいた。 武において万人は平等であり、その道における個々人の意思は全てが自由 ? として、武人として。私という人間を作る全てによる、勘です﹂ ﹁いずれ来ますよ、私と彼の道が交わる時が。理由は⋮⋮勘ですね。女として、IS乗り と必至な気配に晒される中、更に笑みを深めて言った。 く訝しげに眉を顰める。兄弟子の疑念を察したか、美咲は常人であれば身をすくめるこ 何故か自信というものに溢れた美咲の言葉に宗一郎は放つ鋭い気配を緩めることな ﹁その点に関してはご心配なく﹂ 面倒を見るつもりはないぞ﹂ ﹁だがそもそも、お前は如何にしてあいつと接点を作る気だ。言っておくが、俺はお前の ﹁その時はその時です。振られたならば、大人しく身を引きましょう﹂ 意思だ。結局は、やつ次第だ。あるいは、貴様ではなく姉を頼りとするやもしれん﹂ ているな ﹁⋮⋮俺は別に何も言わん。だが、お前の言うそれも全ては巡り合わせ次第と理解はし 106 携帯電話の着信音が鳴り響いた。メールのものとは違う、電話の着信を示す音に珍し いと思いつつ一夏は電話を取り、画面に表示された発信者を確認する。 が対照的に彼の師、宗一郎の声は静かでありどこか重さを伴っていた。 唐突に電話を掛けてきた剣の師に、一夏の声にも僅かながら驚きが含まれている。だ ﹃いや、少々な﹄ ﹁もしもし、いきなりどうしたんですか。師匠﹂ した一夏は、そこでようやく電話の受信ボタンを押した。 そのまま廊下を小走りで駆け、寮の各階に設けられている小さな談話スペースに移動 視線を向けて来たが、知り合いからの電話だと言って足早に部屋を出る。 思わず驚きの呟きを洩らした。寮の自室でのことであったため、同室の箒が何事かと ﹁うそ﹂ 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 107 ﹃お前も面倒なことになったからな。一応師としては、気になりもする﹄ 尊敬する師が自分を気遣ってくれている。それは十二分に嬉しいと思う。だが、それ ﹁は、はぁ。どうも⋮⋮﹂ ﹂ を素直に喜べずにいる自身がいることにも、一夏は気付いた。何かおかしい。そんな疑 念が浮かび上がる。 ﹁あの、いきなりどうしたんですか ﹄ ? ということに変わりはない。ゆえに、師として少し言葉を掛けてやろうと思ってな﹄ り、武人でもあるのだ。そして、お前が剣士であり武人であるならば、お前が俺の弟子 であるということもまた然り。だが同時にお前は紛れもなくIS乗りであり、剣士であ ﹃だが断言しておく。IS乗りなど、お前の肩書きの一つに過ぎず、お前が剣士で、武人 ﹁はい⋮⋮﹂ にIS乗りとしての道も歩かされることになるのは想像に難くない。そうだな のあたりのことに関して今更俺はどうこう言わん。お前はこれからおそらく、否応なし ﹃あぁ、そうだな。いや、お前は何の因果かISを動かし、今IS学園とやらに居る。そ に、一夏は用件を尋ねる。 を掛けてくる。そしてその声もどこか重い。何かあったのではないかという考えと共 特別な約束があるわけでもなく、このような何かとばたついている時期に不意に電話 ? 108 そこで初めて師の言葉に穏やかさが混じったように聞こえた。だが関係無い。師の 言葉、その意味を理解し噛みしめて、一夏はただ嬉しさを感じると共に、師より賜る言 葉を一言一句聞きもらすまいと居住まいを正す。 ﹃そう大したことではない。ただ、常に己の意思を持ち続けろということだ。如何なる 選択を迫られる時が来ようとも、他でもない確固たる自分の意思を以って選択しろ。そ れこそが唯一、選択に後悔をしない手段だ﹄ ﹂ ! ﹁はい あ、それじゃあ師匠、失礼します﹂ ﹃⋮⋮あぁ、構わん。いつでもしろ﹄ ら行きます。それと、その、今度は俺から電話しても良いですか ! ﹂ ﹁あ、はい。あの、師匠。一応IS学園にも夏休みとかはあるんで、その時にまた行けた ﹃それだけだ。忙しいだろうにすまなかったな。切るぞ﹄ 感じた。 静かなれど力のこもった一夏の返事に、電話の向こうで宗一郎が満足げに頷いたのを ﹁はい⋮⋮ らいしか教えられん無骨者だ。だからこれくらいしか言えん。まぁ、励めよ﹄ ﹃お前が俺をどう思っているかは知らんが、俺は存外不器用でな。お前にも、剣と武芸く ﹁師匠⋮⋮﹂ 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 109 ? そして一夏は電話を切る。僅か数分にも満たない会話だったが、一夏にとっては貴重 ﹂ な数分だったと言えるものだった。 ﹁うし 一夏に関してはまだ良い。だが問題は妹弟子、美咲の方だ。人のことを言えた義理で ﹁俺の懸念のし過ぎならばそれで良いのだが⋮⋮﹂ 子と、妹弟子の姿。直感的にだが、どうにも割り切れない考えが浮かぶ。 既に切れた電話を前にして宗一郎は自宅の廊下で佇んでいた。思い浮かべるのは弟 ﹁⋮⋮﹂ て行った。 気合いを入れるように両手で己の両頬を張ると、一夏は力強い足取りで自室へと戻っ 無様は晒せない。まず第一の目標は打倒、セシリア・オルコット。 電話を片手に己に喝を入れ直す。師からの激励も受け取った。こうなってはもはや ! 110 はないと分かっているが、あの妹弟子はあるいは自分以上の生まれた時代を間違えてい る。 武芸者としての実力もそうだが、何よりその気質が問題だ。あれの本質は、決して穏 やかなものではない。でなければ、ISという単騎を極めて強力な戦力に跳ね上げると いう性質を利用した、表に出ない裏の始末仕事を嬉々としてするわけがない。 曲がりなりにも恩師の孫娘であり、自分によく懐いた妹弟子だ。邪険にするつもりは ないが、それだけで気を許す理由にはならない。 んな願掛けも込めて一杯やろうと、その足は台所へと向かって行った。 願わくば、これより厄介に巻き込まれること多いだろう弟子に幸のあらんことを。そ をする必要があるかもしれない。そう考え、立ちつくしたままの足を動き出す。 あまり使いたくはないが、いざとなれば実父の、その関係者のコネを使ってでも行動 の助言、くらいか︶ ︵我ながら不甲斐無い話だ。できることと言えば、我が弟子が迷わず己が道を貫くため に悩みの種となる。 か。だが考えれば自分にできることなどたかが知れていることに気付く。それが余計 割と気ままに生きてきた自覚はあるが、もしや今頃そのツケを払わされる時が来たの ﹁まったく、ままならんものだ⋮⋮﹂ 第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影 111 何も無い、合金で構成された下地の上に大量の土を盛り、平らにしただけの何も無い る。 速を突破する速度を持つIS同士がぶつかりあうためには相応に広い空間が要求され 用いられるISアリーナだ。変幻自在に宙を舞い、そ加速用技術を用いれば瞬間的に音 そうした面積を広く取るIS関連の施設の最たるもの、それが実機訓練や学内試合で 施設だ。 にISの整備棟など、学園の本来の存在意義であるISに関する研究などを目的とした そして逆に一階分の敷地面積を大きく取っている施設もあり、それらの施設は基本的 補うなどしている。 は一階分の面積を敢えて狭めにし、代わりに地下も含めた複数の階層を用意することで なるべく狭い面積で済ませられるように、寮や普段の授業が行われる校舎などの建物 り分けるのか、それは設計の上で非常に重要な問題と言えた。 よって敷地面積には絶対的な限界が存在しており、各施設に面積のどれだけの割合を振 I S 学 園 は 海 上 の 人 工 島 に 全 施 設 を 集 中 さ せ て い る。そ し て 人 工 島 と い う 条 件 に 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 112 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 113 土のグラウンド、それだけの空間にオリンピックやワールドカップなどの国際的なス ポーツイベントで使用されるスタジアムでさえ小さいと感じられる広さを使う。更に そこへ観客席やISの待機ピット、緊急の整備室などの各種設備も加わるので建物の外 周は優にキロメートルの単位に達する。廊下の一部には移動補助のために一部の駅な どで用いられる﹃動く歩道﹄があるほどだ。 それだけの施設が一つではなく複数も存在している。それだけでどれだけの面積を この﹃ISアリーナ﹄という区分に費やしているのかは想像に難くない。無論、全ての アリーナが同一というわけではなく、アリーナごとに広さにそれなりの差が存在してい るのだが、それも全体を考えれば気休め程度にしかならない。 そんな複数あるアリーナの内の一つ、ISが実際に動くグラウンド面積が最小のア リーナのIS格納庫に一夏の姿はあった。 アリーナ一つにつき訓練で使用できるISは五機前後が基本となっており、現に格納 庫にも訓練用のISとして日本国倉持技研製第二世代IS﹃打鉄﹄三機と、フランスデュ ノア社製第二世代IS﹃ラファール・リヴァイブ﹄二機が乗り手を待つ状態で待機して いる。 そ し て 格 納 庫 の 薄 い 照 明 の 下 で は 訓 練 機 の 使 用 許 可 を 得 る こ と が で き た 生 徒 が ア リーナ監督を務める教員の到着を待って待機している。その数は一夏を含めればIS と同じ五人。そして一夏以外は一様に二、三年生の上級生だ。 格納庫の一角、一際照明が薄い場所で一夏は佇む。学園に入学するIS適正発覚から 学園入学までは少々長めの時間があり、その中でも早いうちに一夏の学園入学は決まっ た。それから少しして家に届けられた学園の男子用制服と、試作品という男性用のIS スーツ。一応と行われた入学試験受験者と同じ、教員を相手にしたISの実機稼動試験 の時に一度着たきりのソレを着用して一夏はこの場にいる。 目立たない一角で、自分の気配を可能な限り殺して、とにかく目立たないということ に主眼をおいた上で一夏は教師の到着を待つ。その間にもIS操縦の教本のページを めくって必要と思われる知識を可能な限り叩きこむ。 で大雑把に要約をすれば﹃操縦者の思考が重要﹄という旨で書かれているのだ。車のよ 単純に機体を浮かせて飛行する、そんな本当にただの基本でしかないだろう技術にま うな﹃乗り物﹄ではなく﹃パワードスーツ﹄。そこに決定的な差異が生まれている。 Sは機械でであり、軍事利用をされている代物だ。だが、その本質は戦闘機や戦車のよ 理由は既に分かっている。教本に記されたISの操縦の仕方そのものだ。確かにI だが、どうにもピンとくることが少ない。 曲がりなりにも教本だ。確かに素人としては大いに参考になると言えばそうなるの ︵しかし、なんか微妙というか、しっくり来ないな。この教本︶ 114 うなギアを入れてアクセルを踏んでといった誰がやっても同じ結果になる統一された 機構を間接的に介してではなく、 ﹃思考﹄という人それぞれであるため一概に纏められな いあやふやなもので直接的に動かす。その不自然さを直感的に感じ取った結果だった。 ︵あぁいやでも、授業で先生がとにかくノウハウが色々足りて無いって言ってたし、その 弊害ってやつかなぁ⋮⋮︶ 何せ初披露目から十年、ある程度広がるまでを考えれば更に短い運用期間だ。もはや あって無いにも等しい。 その割には技術開発については随分早いと思いもしたが、それに関しては他の兵器な どで培われた技術の利用もあったし、失踪までに篠ノ之束が発表した理論などによる恩 恵も大きいらしい。 結局のところ二十そこそこの一人の女に││それも自分が幼少期から少々思う所あ るものの見知っている人物に││振り回された結果と考えれば、世の中というものがど うにも情けなく思えるような気がしなくもない。 どの最新機器の急速な普及に伴い、特に高齢の社員などがその発展に適応しきれず結果 例を挙げれば、ちょうどISが生まれるあたりの近年では職場におけるコンピュータな マシンやシステムの発展と、それを扱うための技能の習熟はまた別の問題だ。適当な ︵まぁ、技術は磨けても使い方はどうしようもない、ってやつか︶ 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 115 として心理的な疾患を抱えるなどという問題も幾つかあった。 まさかISの技術に動かす側が追いつきかねるからと言って、そんな疾患を抱えるこ ともないとは思うが、似たようなものだと適当に割り切る。そして同時に、教本の不可 解もまた致し方の無いこととして軽く受け流すことにした。 聞けば元々このIS学園は始めから教育機関として運用されたわけではなく、施設完 成からしばらくは操縦技能の国際的な研究の場として使用されていたらしい。 当時の各国からの技能研究のためにここに滞在していたパイロットの何名かも現在 学園の操縦技術担当の教員として残っていること、そして現在も生徒に教育を施す傍ら で、生徒達の実習などを通して操縦技能の研究を行っていることが名残として残ってい る。 ツカツと靴底が床を踏む音が規則正しいリズムで一夏の鼓膜を揺らす。音の高さと固 それからほどなくして格納庫と廊下を繋ぐ自動扉が開く音が一夏の耳に入った。カ のは事実だが、それでも教本なのだから内容を覚えておいて損となることはない。 そう考えつつペラリと教本のページをめくって読み進める。分かりにくい点がある にすれば良い。自分こそが強者、その事実さえあれば何も言うことは無い。 そうして自分が技能を習熟していった結果を学園が利用するというのであれば勝手 ︵まぁ、他や周りがどうしようが関係ないわいな。俺は俺でやるだけだし︶ 116 さからして大方ハイヒールあたりだろうな等と思考の片隅で考えつつ、教本を読むため に落としていた視線を上げて首を回し顔だけ音の方向に向ける。 案の定と言うべきだろうか、やってきたのは学園の教師だった。名前はまだ知らな い、と言うより初めて見る教師だ。手には何枚かのプリントが留められたクリップボー ドがある。 ﹁じゃあこれから許可証の確認と訓練機の振り分けをするから、名前を呼んだら来て 頂戴ね﹂ そう言って教師は生徒の名前を呼び始める。名を呼ばれた生徒は教師の前に立ち、持 参した訓練機の使用許可証の提示と共に二言三言、何かしらの確認をするような言葉を 交わす。そして訓練機に乗り込み、アリーナグラウンドに続く大きく開け放たれた出口 から躍り出ていく。 一人、また一人と名前を呼ばれては各々の練習のために赴いていく。それを見送りな がら一夏は静かに自分の名前が呼ばれるのを待つ。 りから見を出し教師の前に立つ。 名前が呼ばれたのは他の生徒が全て出払ってからだった。それまで佇んでいた暗が ﹁うす﹂ ﹁次、織斑君﹂ 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 117 そして教師の前に立ち、一夏は自分を見る目の前の教師の目が軽い驚きに彩られてい ﹂ るのに気がついた。 ﹁あの、何か ﹂ ? 認をしてもらったら、割り当てられた訓練機に乗り込んでアリーナに出る。後は個々人 ﹁手順は大したことないわ。持ってきた許可証を私に、というより来た先生に見せて確 出されるよりも比べようがないくらいに良心的だ。 と言うのであれば、それはありがたく受けさせて貰う。なんの説明も無くいきなり放り 一夏は黙って頷く。なにせこちらは知らないことだらけなのだ。説明をして貰える うわね ﹁待たせちゃってごめんなさいね。一応君は初めてなわけだし、少し説明もさせてもら にそんな気配を消した自分を察しろなどと求めようが無い。 うが、敢えてどちらに非があるのかと問われれば自分にあると断言できる。まさか教師 なにせ自発的に気配を消すように心掛けていたのだ。そこまで言う必要はないだろ ﹁あぁ、そりゃ⋮⋮。まぁ良いや﹂ ﹁ただ、いきなり君が暗がりから出て来たように見えたからちょっと驚いちゃって﹂ 一夏の言葉によって我に返ったように教師は首を横に振りながら謝る。 ﹁あ、いや何でも無いわ。ごめんなさいね﹂ ? 118 次第。ここまでは良い ﹂ が起動、装甲を閉じて自動的に手足と合うように動いた。 込ませた直後は機体との間に隙間を感じたが、人が乗り込んだことを感知したのかIS が乗り込む姿を見ていたから、手順に関しては何も問題は無い。両の手足を装甲に滑り 脚部の装甲にそれぞれ足を滑り込ませ、腕の装甲に腕を通す。先ほどまで他の上級生 体であるため、一夏もかねてより訓練に使うならこれをと思っていた機体だ。 に割り当てられた機体は打鉄。二種類ある訓練機の中でも格闘戦寄りの設計思想の機 よろしい、という言葉と共に頷くと教師は一夏に訓練機に乗り込むように促す。一夏 ﹁了解っす﹂ わ﹂ に分かるはずよ。他にも、こっちから訓練中の生徒に何か連絡がある時は連絡を入れる 構わないわ。訓練機には管制室との通信用のホットラインが設定されているから、すぐ 連絡して頂戴。練習に関しての質問とかも受け付けるから、君も遠慮なく聞いてくれて ﹁一応アリーナの管制室には私達教員が待機しているから、何かあったら通信を入れて 返答は首肯一つ。それで十分だったのか、教師もまた頷くと言葉を続ける。 ? 何をすれば良いかは分かっている。一応、一度だがこのような広い空間で動かした経 ﹁じゃあ、行きます﹂ 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 119 験はあるのだ。ただの一度、だが体に感覚を覚えさせるには十分だ。 い き な り 政 府 と 学 園 の 関 係 者 と か を 名 乗 る 黒 服 に 連 れ ら れ て 行 っ た 別 の I S 用 ア リーナ。そこで他の受験生と同じ内容で受けた実機試験、あの時はどのように動かした のか。 一歩、足を踏み出す。足を動かそうとする一夏の意思を、脳より発せられた電気信号 を感知したのかISがそれを補助するように自然に動く。動かした片足を覆う装甲は その大半を金属で構成しているだけあり、見た目からして相応の重さを持っているが、 それをほとんど感じることはない。 踏み出した足が格納庫の床に着き、金属同士がぶつかり合う重く、そして甲高さを 持った音が響いた。静かに腰を下ろして膝を曲げる。実際、いざこの曲げた足を伸ばせ ば後はほとんどIS頼りとなる。自分自身の力が及ぼす影響などさしたるものではな い。だが重要なのは意思、いやイメージと形容すべきだろう。 そして思い切り地面を踏み抜き、膝を伸ばした。膝が伸び切ったその瞬間に残った勢 いによって全身が僅かに伸びる。引き延ばされる全身の感覚と共に一夏は脳裏にその まま宙へと踊りだす己をイメージする。その意思を汲み取ったか、打鉄がISの飛行能 力の要であるPICを作動させ、灰色の装甲を纏う一夏の全身を大地と切り離した。 ﹁へぇ⋮⋮﹂ 120 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 121 後ろで感心したような教師の呟きが漏れた。聞こえはした。だが、意に介することな く一夏は前進のイメージを浮かべる。先ほどの跳躍からの浮遊と同様に、一夏の意を受 けた打鉄はそのまま宙を前に進む。そして薄暗い格納庫から陽光が満遍なく降り注ぐ アリーナへ躍り出るのはあっという間だった。 明るい日差しが視界一杯に広がった。それまでの暗がりに慣れ切っていた一夏の目 には紛れもなく強い刺激であり、どれだけ早く見積もっても数秒は満足に正面を見るこ とは叶わないと思っていたが、そんな予想に反して視界は一瞬で元通りに戻る。 IS搭乗時の乗り手は視覚に関して肉眼による直接目視以外にも、高速移動体に対し ての動体視力の補正や強い光が目に与える刺激の緩和などでハイパーセンサーによる 補助を受けると授業で習ったが、これがその恩恵なのだとしたら中々大したものだと思 う。 音を立てることなく、滑るような滑らかさで低空を飛行していた打鉄を止める。動き 始めから停止まで、記憶にある感覚通りにいったことに僅かに口元が綻ぶ。だが、すぐ に真一文字に締め直して真正面を見据えた。 広大なアリーナでは一夏に先んじてアリーナへと飛び出して行った四機のISが、そ れを駆る生徒達の各々の練習のために動きまわっている。ある程度自分が動く範囲と いうものを暗黙の了解のように取りきめているのか、その動きはバラバラでありながら ある種の統制が取れているように見える。 そして、自分の姿がアリーナに現れた直後、その視線が一気に自分に向いたのを一夏 は鋭敏に感じ取った。 うせなら、冷静な理性を保った上で技の競い合いを楽しむ方がまだ良い。 シスは爽快だろうが、あいにくそのようなスマートじゃない暴れ方は好みじゃない。ど だが、その獣のような衝動は理性で以って抑え込む。確かに衝動の開放によるカタル かのようにうごめかしたくなるほどだ。 い。今でさえそう思われていると考えるだけで五指を柔肉を掻き切るかぎづめとする とにかく下に見られるのは胸中で凶悪な衝動が鎌首をもたげるくらいに気に入らな ︵無様は、晒せんな︶ た。これからの自分の一挙一足を見られる。試されていると分かった。 僅か一歩分だけ打鉄を前に動かす。自分を見つめる視線にざわめくような波が走っ 慣れ親しんだ環境に突然ポンと湧いて出た男一匹という珍事。気になりもするだろう。 それも無理のないことというのは百も承知している。なにせそれまで女のみという 化を生じさせること無く紛れもない注目を一夏に向けているのは間違いない。 眼前のIS四機、その動きに何か変化があったというわけではない。だが、動きに変 ︵まぁ、当然だよな︶ 122 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 123 だから衝動を意思へと、我はここに在りと示す気概に変換する。 改めてアリーナ全体を見渡せば、グラウンドの一角に不自然に空いたスペースがあ る。おそらくはそこを使えということなのだろう。異論は無い。 色々と思う所はあるが、目下重視すべきは近く控えるセシリアとの戦いだ。戦いは既 に始まっている。眉根に皺を寄せ、口元を固く引き締めて一夏は自分の練習スペースへ と向かって行った。 IS学園の寮には門限が定められているが、それも厳格に過ぎると言うことはない。 然るべき理由が存在するのであれば寮監督の教師に申し出ることで特例的な外出許可 を受けることができるし、寮施設の内部という扱いであるために屋上への出入りは自由 だ。 その屋上だが、実は意外に利用者は少ない。一応ベンチや花壇などが置かれているた めに昼食時に利用する者も居るが、それには寮の学食ではなく持参した何かしらの弁当 や軽食などが必要となり、昼食をそれらで済ませるものが少ないからだ。 更に昼食を持参した者にしても、全員が全員屋上を利用するわけではないため、数は さらに減る。そして夜ともなれば開放はされていても人はほぼ確実に来ない。まだ夜 には肌寒さも残る季節であるし、時間も時間なので寮の自室で休んだり勉強をしていた りという者ばかりだからだ。 結果、気軽に出入りできてそこそこの広さがあり、更に人もまるで居ない夜の寮の屋 ﹂ 上という空間は一夏にとって格好の修業スペースとなっていた。 せいっ ! ﹂と聞き返されて結局聞いていない。以来調べよ ? うとはしていない。する気が起きなかった。 意地の悪い笑みと共に﹁知りたいか しばらくしてからふと気になり、実際市場相場でいくらくらいなのかと師に尋ねたが、 余談だが、この刀の価値について一夏は知らない。貰った当初は気にしなかったが、 あったというだけだ。 く時折素振り稽古に一夏はこの刀を用いていた。今日はたまたまその﹃時々﹄の日で 木刀でも良いのだが、やはり本物の感触に勝るものはなく、いつもというわけではな な感じで││貰った物だ。 ││増えすぎた師個人の収集品の整理も兼ねて半ば持っていけと押しつけられるよう 鋭く吐き出した息と共に学園に持ちこんだ日本刀を振るう。十四の誕生日に師より ﹁ふっ ! 124 刀を振るたびに髪の毛がはねて汗の玉が飛び散る。外の気温は間違いなく涼しいと 言って問題無い。だが、顔だけではなく全身に一夏は汗を纏っている。海上の施設の、 それも高所ということもあって屋上には常に風が吹いているが、その風や気温を鑑みれ ば今の一夏の状態がいかに異質かはおのずと分かるものだった。 屋上の床に目を向ければ、入り口の扉の近くにはダンベルや砂鉄袋などが置かれてい る。夕食を終えてから食休みも含めて授業の復習などをしてから今まで、ひたすらに鍛 錬に励んだ結果だった。気温の低さと吹きつける風を無視したような大量の発汗に至 る鍛錬は相応にハードなものだが、それも一夏にとっては慣れたもの。確かにきつく感 じるのは間違いないが、もう何年もの付き合いになるがゆえに逆に親しみすら感じてい る。 体をほぐすための柔軟運動から始まり、ダンベルなどを用いた筋トレ、更には体の頑 ︶ 強性を上げるための砂鉄袋叩きや、剣術に空手といった学んだ武技の型の稽古。とにか く挙げればキリがない。 !! 呼んだことがないため、とりあえず手近な﹃先生﹄と呼んでいる人物を考えてみた結果 副担任の真耶なのか。担任である実姉は相手にしれくれなさそうだし、師は﹃先生﹄と 思わずこの場にはいない副担任に向けて無茶な要求を心の中で呟いてしまう。なぜ ︵山田先生⋮⋮、時間が⋮⋮欲しいです⋮⋮ 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 125 だった。 とにかく時間が足りない。さすがに授業を受けている間は無理として、放課後になっ てからで鍛錬に充てられる時間を考えるとこれが結構少ない。放課後になってもしば らくは補講などの学力の補強のために時間を割かねばならない。それが済む頃にはも ういい時間になっているため寮に戻ったとして本格的な鍛錬はできないため、精々が参 考書と睨めっこをしながらダンベルを上げ下げするくらいだ。 その後に夕食があって、それからがようやく本番だろう。だがそれも翌日の起床を考 えた就寝時間を考えると長く取り過ぎることもできない。早朝は早朝でランニングな どの基礎トレに費やすため、本当に技の鍛錬に割くことのできる時間はカツカツに近い のだ。 一度そうした時間配分などを見直した時、その時間の少なさに愕然としたのは記憶に 新しい。 こんなことであればまだ時間に猶予のあった中学卒業以前にもっと鍛錬しておくべ で如何に自分を高められるかということだけだ。 に天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。今の一夏にできるのは、与えられた状況 いっそ一日が三十時間くらいになってくれればありがたいのだが、そんなことは流石 ﹁時は金なりって言うけど、本当だよな。お金も欲しいけど、時間も一杯欲しいや⋮⋮﹂ 126 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 127 きだったと思う。一応、部活などには所属せずに学校が終わったら真っすぐダッシュで 直帰して鍛錬に励んだし、土日などの休みも予定が無い時は鍛錬ばかりで過ごした。と いうより、鍛錬のために予定などあまり入れなかった。 だが更に気合いを入れて、いっそ学校を休むという手段を使っても良かったかもしれ ない。どうせ休んだところで高校や大学と違って進級や卒業に影響があるわけでもな いし、授業にしても内容についていってそこそこの成績を取る分にはまるで問題無い。 だが後悔したところで今更どうにもならない。それを分かっているからこそ、今の一 夏は短時間でより効果を上げられるように全身に大汗をかきながら鍛錬に励んでいる のだ。 呼吸がどんどん荒くなっていく。激しい運動を一時間以上連続で行いながら、それで いて休憩などほとんど取っていない。その時間すら惜しいというようにとにかく体を 動かしてきた。 使 う 道 具 を 変 え た り す る 僅 か な 間 以 外 は ほ と ん ど 動 き っ ぱ な し だ。心 臓 が 早 鐘 を 打って頭の中で熱がこもっていくのが分かる。それに伴って呼吸の荒さがそのまま乱 れに、呼吸だけでなく全身の動きを乱そうとしてくるが、その呼吸を何とかして正常な ものにしようとする。 だが、呼吸が整のって頭もある程度冷えてくるにつれて、今度は全身に重さがのしか ﹂ かってくる。溜まった疲労が一気にきたかと、ぼんやりと一夏は理解した。 この程度で、不甲斐ないッ⋮⋮ !!! ﹂ る。だが、不愉快なものは不愉快だ。 無論、ならば基礎トレなどで体力づくりに励めば良いということも分かり切ってい たかった。 したというのが一夏の持論。力尽きるということ自体が、それだけで一夏には許容しが むしろ今までの一夏の運動を考えれば十分と呼べる結果のはずだ。だが、だからどう ん限りの怨嗟を込めた呪詛のようにも聞こえる。 体力が尽きかけてしまっている自分をただただ未熟と罵る。漏らした呟きにはあら ﹁くそッ⋮⋮ ! ﹁ちっ⋮⋮﹂ 取るのは容易だった。 壁に設置された時計が入る。既に目も闇に慣れているため、時計の針が指す時刻を読み 足元に向けていた視線を横に動かす。視界には屋上の入り口となる扉と、その近くの であった。 クをする。だが結果は芳しくなく、冷静に鑑みてそろそろ切り上げるのが吉という状態 刀を鞘に納めて手近な柵に片手で寄りかかりながら、一夏はコンディションのチェッ ﹁まだ、いけるか⋮⋮ ? 128 苛立たしげに舌打ちをする。体力もそうだが、時間もそろそろであった。業腹ではあ るが、いい加減戻るかと不満の残る顔で一夏は荷物をまとめ始める。 次は更に体力の耐久を、そしてより多くの技の鍛錬を。そう誓って一夏は屋上を後に しようとした。 憮然とした表情で箒は一人、部屋に備え付けられた給茶セットで淹れた緑茶を啜っ なくして一夏は視線を戻してノブを回す。そしてその影は寮の中へと戻って行った。 そのまま睨みつけるように一夏は空を見続ける。だがそれもほんの数秒のこと。程 い。だが、一夏は何か引っかかりを感じるように眉根に皺を作っていた。 夜空が見えるだけだ。夜の静けさというのも相俟って、それは決して悪い光景ではな 別に何があるわけではない。ただ、海上ということもあって市街よりも星が多く輝く いだ。 の動きが止まった。ノブを掴んだ片手はそのままに後ろを振り向く。そのまま天を仰 纏めた荷物を背負って扉のノブに手をかけるまでは何も無かった。だが、そこで一夏 ﹁⋮⋮﹂ 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 129 た。食後、完全に手持無沙汰になってしまったためにその暇を潰すために参考書に目を 通したりもしていたが、それも夕食から部屋に戻ってから続く苛立ちのせいで長く集中 はできなかった。 だからといって何もせずにいるのもそれはそれでストレスが溜まるので、せめてもの 慰みとばかりに茶を淹れてそれを飲んでいた。 一夏の行動は自分本位の側面が強いというのが箒の見解だった。 学園生活の開始、すなわち一夏との再会からまだ一週間も経っていないが、とにかく をすべきだろう﹂ ﹁だいたい、六年ぶりに再会したというのに何なのだ、あの態度は。もっと然るべき対応 それで帰りが遅いのだから、とにかくそれが箒の神経を無性に刺激していた。 たが、﹁一人で集中したいから来ないでくれ﹂の一点張り。 トレーニングのために出たというのは分かるのだが、それだけだ。着いていこうともし 一応持って行った荷物が一夏の練習道具ということは箒も把握しているので、一夏が 葉と言えば﹁ちょっと出てくる﹂の一言だけだ。 一夏は部屋に戻るなり荷物を抱えて部屋を飛び出して行った。その際も箒に掛けた言 隠 し き れ な い 苛 立 ち と 共 に ぼ や く の は 未 だ 部 屋 に 戻 っ て こ な い 幼 馴 染 へ の 不 満 だ。 ﹁一夏のやつめ、まだ戻らんのか⋮⋮﹂ 130 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 131 箒に対して全く気を使わないというわけではない。事実として、異性が同室で共同生 活を送る上で起きるだろう問題を事前に想定し、それを回避するためにお互いにどうす れば良いのか、着替えやシャワーなどの際の注意を取りきめるなど、確かに気を配ると ころはあった。 それはそれで良いと思うのだが、箒から言わせればそこに気を使えるのにどうして自 分の気持ちを慮らないというものだ。六年も離れ離れでいたのに、感慨にふける様子は 微塵も無く淡々と自分に接するのがとにかく嫌だった。昔は違った。昔は自分の味方 をしてくれた、それこそヒーローみたいな存在であったのに、どうしてああも変わって しまったのか。 ようやくすれば、箒はもっと一夏に構ってほしく、同時にそれを一夏に察して欲しい のだ。 だが、箒は知らない。その自分の考えと、一夏の考え方の間には決定的な差異が存在 するということを。 確かに六年ぶりの再会というのは箒にとっては大きな出来事だ。それは間違いない のだが、問題となるのはそのことに対しての一夏の受け取り方だ。結論から言うと、一 夏は箒との再会をそこまで大事と捉えてはいなかった。確かに六年ぶりの再開に驚き こそしたが、それだけ。それ以外の感慨も何も持ってはいなかった。 彼女は気付いていない。自分の考えはただ一夏に自分を構って欲しいと考えるばか りで、一夏の考えに思い至ろうとしていない一方的なものであることに。 しかし、これは箒ばかりを責められるものではない。身近に居る少女の気持ちに関心 を示さず、ただ自分のことのみを考える一夏にも、確かな非はあるのだ。 ドアのノブが回る音が聞こえた。来客であるのであれば、例えそれが教師であっても ノックの一つはある。それをすることなくいきなりノブを回して入ろうとする。そん なことができるのは、部屋の住人に他ならない。 この部屋の住人は二人。その一人である箒は今部屋にいる。ならば、ドアを開けよう とする人物はおのずと絞られる。もう一人の住人、一夏に他ならない。 それを分かっているからこそ、箒は勢いよく立ちあがった。何か一言、文句を言って やらねば気が済まない。そんな気分だった。 一体今まで何をやっ⋮⋮て⋮⋮││﹂ 満身創痍、とまではいかずともとてつもない疲労感を背負い込んだ一夏の姿がそこに ﹁よ、よぉ⋮⋮。だだい゛ま゛ぁ⋮⋮﹂ ていた。 終わるよりも前に言葉は掻き消える。途中で言葉を止めた箒は、唖然とした表情になっ ドアを開け部屋に入ってきた一夏にいの一番で掛けた言葉が怒声。だが、それは言い ﹁遅いぞ一夏 ! 132 あった。 ﹁お、おかえり⋮⋮﹂ 一応戻った挨拶をされたからだろうか、茫然としながらも反射的に言葉を返す。それ を聞いていたかは定かではない。いや、実際は耳に入っていなかったのかもしれない。 一夏は疲れに満ちていながら、それでもしっかりとしているのを崩さない足取りで自分 のベッドに歩み寄ると荷物を手早く片付ける。 ﹁箒﹂ 背を向けたままであるが一夏が箒に声を掛ける。一瞬ドキリとしたが、なんとかそれ ﹁な、なんだ﹂ ﹂ を表に出さずに平静を保ったまま応える。 ﹁あ、あぁ﹂ ﹁じゃあ、俺が使っても良いな ﹁う、うむ﹂ ? ? えると一夏は手早く着替えを取り出して入り口脇のドアからシャワールームに向かお すぐに自分が汗を流せるということが分かったからか、どこか安堵したような声で応 ﹁そっか﹂ ﹂ ﹁もう、シャワーは済ませたんだよな 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 133 うとする。 そのまま、シャワールームに消えていった一夏の背を茫然と見遣って、箒は首を傾げ ながら手近な椅子に座る。 無論、才能などのファクターもまた重要だが、やはり努力に勝るものは無い。 けの疲労を伴う鍛錬をしたからこそあの実力があるのではないかと予測する。 壁越しであるためくぐもって聞こえるシャワーの流れる音に耳を傾けながら、あれだ ﹁あるいは、あれだけやったからこそか⋮⋮﹂ の心の現れだった。 気になるというもの。その疑問は、曲がりなりにも剣道を学んだ武芸者の端くれとして だというのにあの尋常ではないほどに疲れた様子だ。どんなことをやっていたのか と同じくらいだ。 での時間は、特筆するほど長いものでもない。はっきり言って学校の部活動の練習時間 確かに時刻もすでに遅いと言えるが、実際一夏が荷物を引っつかんでから今に至るま ﹁あそこまでなるなんて、一体⋮⋮﹂ るのはそうなった要因だ。いや、それも鍛錬によるものと分かってはいるのだが││ 疑問に思うのは先ほどの一夏の様子だ。疲れきっているのは見れば分かる。気にな ﹁いったい何をどうすればあそこまで⋮⋮﹂ 134 ﹁何を、やっているんだろうな。私は⋮⋮﹂ ろくに話そうとしないことへの憤りは、まぁまた別の話として置いておくとして、剣 道場での立ち合いで己が晒した無様を自嘲するように力無く呟く。 悔しかったのは間違いない。というよりも、負けを喫して悔しがらないのは論外と言 えよう。だが、その他諸々で思考が一杯一杯になっていたあの時と違ってある程度落ち 着いた今なら多少は冷静に自己を振り返ることができる。 あの敗北の瞬間、納得しきれていない自分が間違いなくいた。常に監視の目に晒され る窮屈な生活の中での数少ないよりどころであった剣道だけに、そればかりに打ち込ん ていたといっても過言では無く、事実として中学全国優勝もできた経歴を持つだけに、 早々負けるはずがないという思いがあった。 だから負けたことが信じられずに、嫉妬のような感情を抱いたのだろう。しかし、先 ほど見た一夏の鍛錬の一端、そこから彼がどれだけの労を鍛えることに払っているかと 考えれば、おのずと納得できてしまう。あの敗北は必然であったと。 幼馴染に想いを寄せるというありふれたことなのに、そんな簡単なことすらままなら ない。せめて剣道で己の存在を刻み込ませようとしても、逆に一蹴される。 もっと接して欲しいと願ってもそれは叶わず、自分からそうしようといく勇気も起き ﹁本当に、私はどうすればいいんだ⋮⋮﹂ 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 135 ない自分にまた別の苛立ちに近い感情が募る。自分でも何かしたい、何とかしたい。そ う思っているのにできない。したいと思っても行動したところで無意味なのではない かと思ってしまう。 幼いころ、もっと言えばISが生まれ、束が姿を消した頃からそうだった。両親と引 き離されて知らない大人の保護という監視を受けながら一人で過ごす毎日。繰り返す 転居の連続に友達すら満足にできない。自分自身でそんな状況をなんとかしようとし ても、すぐに大人に阻まれてしまう。このIS学園への入学にしても、自分の知らない ところで勝手に決められていたことだ。 ある意味では箒もまたISにより齎された弊害の被害者と言うべきだ。その身柄を 自分ではどうしようもない権力を持った大人に振り回され、満足に自分自身で何かを為 すということができずに流されるような日々を送る。そんな生活を送ったまま生活を 送り続けることが被害と言わずしてなんと言うのか。 ﹁い、一夏⋮⋮﹂ 分のベッドに倒れこんだ。 Tシャツに身を包んで出て来た。そのまま一夏は箒に声を掛けるでもなく、バタリと自 そんな呑気な声と共にシャワーを浴び終えた一夏が寝巻に来ているハーフパンツと ﹁あ∼、さっぱりした∼﹂ 136 ﹁ん ﹂ ﹂ ? ﹂ ﹁まぁ、鍛錬のこととかもあるんだけどさ、ちょっと気になることがあってな⋮⋮﹂ ﹁な、なんだ ﹁わりぃ。ちょっと考え事してた﹂ 転してバツが悪そうな表情になると、箒から顔を背ける。 箒の反応から一夏も自分がどんな顔をしていたのか察したのだろう。険しさkら一 を持っていたため、言葉に詰まってしまったのだ。 まってしまう。顔だけを箒の方に向けた一夏だが、その目が異様な圧迫感を伴った鋭さ 何か話したい、そう思って一夏に声を掛けた箒だが、その言葉は二の句を継げずに止 ? ? ﹁う∼ん﹂ 特別なものは見当たらない。ただ星空が広がっているだけだ。 なった箒は自身もまた窓に歩み寄り、首だけを外に出して夜空を見上げる。だが、何も そのまま一夏は窓を開けてベランダに出て夜空を見上げた。何か空にあるのか、気に に落胆したのだが、それに一夏が気付いた様子はない。 一瞬、自分の方に歩み寄ったと思って胸を高鳴らせた箒が、結局そうではなかったこと 聞き返した箒に一夏は無言で起き上がると、そのまま部屋の奥にある窓に歩み寄る。 ﹁気になること 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 137 分からない、と言うように一夏が唸りながら首をひねる。首を捻りたいのはこちらだ と思ったが、言わない方が良いと思って箒は一夏の言葉の続きを待つ。 ﹂ ? てんじゃないかってな﹂ ? らは見えなくなる。 ? ﹁じゃ、俺が電気消しとくわ﹂ ため箒も特に異論はなく同意する。 仕切り越しにそんな声が掛けられた。釈然としないものはあるが、時間も時間である ﹁⋮⋮そろそろ、電気消して寝るか ﹂ 式の仕切りによって常に隔てられているため、倒れこんだことによって一夏の顔は箒か 呟いてそのまま仰向けに倒れる。二人のベッドの間は元々設置されているスライド ﹁そうかもしれないんだけどさ。なんか引っかかるんだよな⋮⋮﹂ ﹁か、考えすぎではないのか ﹂ ﹁どうにも、ヤな空気があるような感じがする。なんか、どこぞで良くないことでも起き に戻る。そして自分のベッドの端に腰かける。 あぁ、と応えると一夏は腕を組んでクルリと後ろを向くとスタスタと歩いてまた室内 ﹁気になる ﹁なんだかなぁ、気になるんだよ﹂ 138 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 139 入口近くの照明のスイッチに近い一夏が、照明を消すために歩く足音を聞きながら箒 はベッドに潜る。それとほぼ同時に部屋の照明が落とされた。 眠るために目を閉じながら箒は一夏もベッドに潜りこむのを音で感じ取った。それ から一夏が寝息を立てるまで、それほどの時間は掛らなかった。 深夜、市街地から離れた郊外の一角。バブル経済の折にデパートとして建てられる も、その後の不景気によって閉店、そのまま取り壊されることなくただ時の流れに身を 任せて朽ちるだけの廃墟となった廃ビルの中では複数の影が蠢いていた。 音も無く襲いかかった衝撃に影が一つ、倒れこむ。その背後にはまた一つ、別の影。 既に電気も通っていない建物であるために照明は無く、仮に明かりを求めるのであれば 懐中電灯など自分で持ちこむしかないため、建物の中は闇に包まれている。 強いて明かりとなるものを上げるとすれば、夜空の月と星の輝き、あとは離れた市街 の建物の光が僅かに届くくらいだろう。 ほんの少しだけ建物の中に差し込んだ光が影の形を映し出す。何よりも目立つのは 腰まで届くのではないかと言うほどに長い髪。紐やゴム紐などの類で纏められている わけでもなく、ガラスを失った窓によって抵抗なく屋内に吹き込む夜風によって外套の ように広がる様は、さながらこの世ならざる者のようであった。 そしてその腰には僅かに反りのある棒のようなものが添えられている。影は││女 はそれに手を添えるがすぐに離して歩き出す。倒れた影には目もくれない。既に事切 ﹄ れた人間になどまるで興味はない。口元に微笑を浮かべながら女は静かに歩を進める。 ﹃貴様っ、何者だ !! て完全に姿を見失う。 ︵クソッ !! ﹁手ぬるい⋮⋮﹂ ため、警戒すべきは接近戦。冷や汗を流しながらも、男は周囲に気を配る。 毒づきながら男は銃を構えつつ周囲を警戒する。上半身には防弾ベストを着ている ﹁Shit ︶﹂ るために元々影のようなものでしか存在を判別できなかったため、動かれたことによっ 乾いた発砲音が響く。だが、銃弾が飛び出るよりも早く女は動いていた。暗がりであ ることは想像に難くない。手に握られた拳銃は目の前に現れた女に向けられている。 別のフロアでまた新たな影が怒号を飛ばす。英語ではあるが、声の質からして男であ !! 140 い つ の ま に か 首 に 手 が 添 え ら れ て い た。同 時 に 耳 元 で 囁 か れ る 女 の 声。日 本 語 で あったためにその意味を理解しきれなかったが、ただ一つ男にも分かることがある。謎 ﹄ の女が自分を追い詰めているということに。 ﹃な、何者だ⋮⋮ に気付くことなく、男の意識は闇に落ちていった。 音がした。それが、コンクリートの床に叩きつけられた自分の首が折れた音ということ の瞬間、上下が逆転したかと思えば後頭部に強い衝撃と共に、乾いた木が折れるような 返ってきた答えは流暢な英語だった。だが、その内容は男の背筋を凍りつかせる。次 ﹃知る必要はありません。獲物に過ぎない、あなた方は﹄ ! 個人的に言わせてもらうのあれば、こうした手合いがあるのは存分に技を行使する機 が仕留めた相手が国益に害を与える存在であり、自分にとって狩る相手ということだ。 かの国の工作員か、あるいはテロリストか。どちらにせよ彼女に分かっているのが自分 喋っていた英語や暗がりの中でも確認できた金髪などからして、相手は欧米人。どこ の憐憫を込めた声で呟く。 ただただ自分が仕留めた相手の、その弱さに侮蔑と、そしてその弱さへの僅かながら になりもしない﹂ ﹁やはり、銃に頼る手合いは大したことはありませんね。そこそこの心得があっても、話 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 141 会があって結構、だが国としては決して歓迎できないことだ。そしてそんなものが多い 最大の原因は││ ﹄ !! 唸る。 たものすら使わずに殲滅しかけている目の前の存在に男は怒りと戦慄を隠さない声で ずとも最低限の銃器や防具は用意していた。その自分達を一切の武器を、その腰にさげ 場所がごく短期間留まるためだけの一時的な拠点であるため、完全装備とまではいか ﹃おのれ、化け物めッッ 悪の籠った視線で女を見据えていた。 周囲には倒れ事切れた影が複数、そして今、最後の一人が傷ついた腕を押さえながら憎 建物の中層にある元々はホールとして使われていた場所で女は語りかける。彼女の ﹁││と、いうわけで残るはあなた一人なのですが⋮⋮﹂ はしない。 ている不確定勢力の工作員グループの排除。ゆえに、この場からは誰一人として逃がし る標的を求めて歩き出す。彼女に与えられた任務はこの廃墟を一時的な待機場所にし 言葉通り皮肉を込めた声で女は己の手首にあるものを見る。そして踵を返すと次な ﹁外患の原因が今の私を作る一つとは、とんだ皮肉ですね﹂ 142 ﹃化け物とは失敬な。これでもれっきとした人間です。ただちょっと││達人なだけで マスター すよ﹄ あまりにも良すぎる手際と、何よりも情け容赦の無さ。男は半ば己の敗北を覚悟して ﹃達人か⋮⋮。なるほど、確かに名乗るに相応しい﹄ いた。 ﹃お覚悟を、と言いたいところですが、あいにく聞きたいこともあります。捕らえさせて もらいますよ﹄ 変わらず英語で女は捕縛を宣告する。だが、男は不敵な笑みを口元に浮かべて、据 わった目で女を見据えた。 ﹂ !? た。 を焼く。騒乱は一瞬。そして残った煙が晴れていく中で、室内には縦に長い人型があっ 爆風が室内のあれこれを吹き飛ばし、熱波がコンクリートを、転がるタンパク質の塊 が見たのはしてやったりという笑みを浮かべた男の顔だった。 直後、閃光と爆音、そして熱波が室内一杯に広がった。視界が閃光に防がれる直前、女 ﹁ッッ ﹃悪いが、それは御免被る﹄ 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 143 ﹁よもや手榴弾で自決とは⋮⋮。大戦時の日本兵ではありませんし。いえ、ここは命を 捨てても捕縛を良しとしない覚悟に見事と言うべきでしょうか⋮⋮﹂ 声の主は女であった。至近距離での手榴弾の爆発に晒されながらも女は無傷。その 理由は、今彼女が纏う存在に他ならない。 IS、ただ一人を除いて起動適格者は女性のみという、個人で運用する兵器としては 現代の最高峰の存在だ。 間美咲の専用機。 に主眼を置いた格闘戦機だ。そして女││織斑一夏が師、海堂宗一郎の妹弟子である浅 り、日本を代表するIS乗りとして名を馳せた織斑千冬の愛機である暮桜同様、対IS 防衛省の技研と日本を代表するIS技術開発企業である倉持技研の共同開発機であ 日本国製第二世代型IS﹁黒蓮﹂ くれん インの作り。目立つのは両手足の装甲に付けられた稼働展開式のブレード。 スターにヘルメットのような頭部ヘッドギアという極めてシンプルかつ鋭角的なデザ 装甲は全てが黒一色であり、両手足と胴の一部を覆う装甲と、背部の飛行補助用スラ 思とはいえ、それもこの愛機なくしてはあり得ない。だからこその感謝の言葉。 咄嗟に起動しその防御で爆発から身を守る。トリガーになったのは自分の能動的意 ﹁ありがとう。助かりました﹂ 144 ハイパーセンサーによって周囲を確認。自分が追い詰めた男も、既にこの世の者では ないことを確認すると一つの嘆息と共に愛機を解除する。 としましょう﹂ ﹁参りましたね。できれば情報が欲しかったところですが、││いえ、ここは致し方無し 相手は自分にとっては紛れもない格下だった。だが、最後の最後で相手は自分の目論 見を挫いた。それを為したことへの僅かながらの敬意も込めて、美咲は軽く首を横に振 ると愛機を解除する。 待つ。 顛末を簡潔な報告として伝える。そして電話を切って、人員の到着までしばしその場で コールする。即座に繋がった相手に後始末のための人員の派遣を求めると共に、ことの ISの解除と共に服装も起動前の状態に戻ったため、懐から携帯電話を取り出して 火でもやったということにしておけば済むだろう。 れる音もそこまでは激しくはないはずだ。さしずめ、廃墟に侵入したヤンチャ者達が花 しておくに越したことはない。とはいえ、実際屋内での手榴弾の爆発くらいなら外に漏 必要があるだろう。周囲に民家も殆ど無く、あるのは畑や荒れ地ばかりとはいえ念を押 自分が仕留めてきた者達と、あとは先ほどの手榴弾の爆発についても少し工作をする ﹁さて、後は報告と││その前に後始末も頼まねばなりませんね﹂ 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 145 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 一仕事終えたからか、軽く一息吐いて美咲は手近な壁に寄り掛かる。そして電話を終 えた携帯を操作して纏めておいたメモを確認する。 深める。 は先ほどとは別の相手。耳に入るコール音を聞きながら、美咲は口元に浮かべた笑みを もう一度、携帯の電話を掛けるためにアドレス帳を開く。ただし今度電話を掛けるの 一枚の書面のように整える。 満足そうに頷くと美咲は思考の内でメモの情報を整理し纏めていく。そして脳裏で ﹁えぇ、いけそうですね﹂ ような笑みを浮かべながら、美咲は別のメモを開き自分の予定を確認する。 不意に弾んだ声が紡がれた。まるで休みの日に遊びにいく予定を思い立った少女の ﹁⋮⋮そうだっ﹂ 携帯に記録していたのは彼女が興味を持っていたからに他ならない。 この二つと彼女の間には直接的な関わりは無い。だが、それでも日取りをメモとして それに関してのまた別の予定が存在している。 メモに記されたのはある者をとある場所に運ぶ日取り。そしてそれから数日後には、 ﹁そういえば、アレが運ばれるのもすぐですね⋮⋮﹂ 146 何だかんだ言って、この業界に入ったのは間違いでは無かった。中々どうして、楽し めることが多い。折角堅気からは程遠い仕事をしているのだ。このくらいの楽しみは あっても、バチはあたるまい。 夜の帳と冷たいコンクリートに囲まれた中で、ただただ小さな笑い声が木霊してい た。 びゃくしき ﹁第三世代、いや相当の試作機など、どれもそんなものさ。それに、格闘型というならア ﹁はい。ちょっと、初心者向きとは言えませんよね。それに、汎用性があるとも⋮⋮﹂ ﹁予想はしていたが、やはり倉持の特色と言うべきか。近接戦に主眼を置いた格闘型か﹂ 手にした書類を見ながら千冬は顎に手を添える。 ﹁はい。先ほど倉持技研より送られてきました。J03│K02﹃白 式﹄です﹂ ﹁あぁ、山田先生。これは⋮⋮織斑の専用機の報告か﹂ ﹁織斑先生、これを﹂ 第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔 147 レも性に合うとか言うだろう﹂ ﹂ ? 由も無かった。 小さく漏れた呟きにどのような意味を込めていたのか、唯一聞いていた真耶には知る ﹁白式⋮⋮か﹂ 千冬は何事もないかのように﹁何でも無い﹂とだけ答えるとそのまま続きを読み進めた。 千冬の空気が僅かながら変わったことを察したのか、真耶が問いかけてくる。だが、 ﹁あの、先輩⋮⋮ たデータは武装のところまできていた。瞬間、千冬の目が僅かに細まった。 真耶との会話を続けながら千冬は書面にされたデータを読み進める。そして記され ﹁なら良いのですが⋮⋮﹂ 148 第五話 vs英国淑女 \︵`д ︶ゝデュエッ ! た。 張り紙を真正面に見ることのできる位置には一夏とセシリアの二人が並んで立ってい た告知に注目していた。そして、半円を描くように集まった生徒達の更に内側、告知の 朝のHRを控えた一組では在籍する生徒達の大半が教室の後方に集まり、貼り出され 以って正式な日取りが決まったことになる。 学初日の時点で試合を一週間後を目安に行うということは分かっていたが、この告知を そんな掲示が一組の教室後方に貼り出されたのは金曜日の朝のことだった。元々入 ﹃月曜日 16:00より第三アリーナにてクラス代表者決定IS試合を取り行う﹄ ´ ﹂ ? ﹁それは良かったですわ。やる以上は、意義のあるものにしたいですもの﹂ ﹁一応訓練機を使った練習も昨日やった。まぁ、そうそう無様は晒さんだろうさ﹂ ﹁それで、その後はいかが 淡々とした声で二人は決まった日取りを頭に叩きこむ。 ﹁そのようですね﹂ ﹁決まったか﹂ 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 149 ﹁全く以って同感だな。なにせ相手は代表候補生サマだ。満足させてくれよ ﹂ ? の姉で、俺らの担任だ。いやぁ、姉弟似た者同士でさぁ、揃ってあれこれ頭使うより腕っ ﹁ハハッ、まぁ確かに少し無茶苦茶かもしれないよな。ただまぁ、覚えとけ。あれがウチ 言いにくいという表情でセシリアは思った感想を述べる。 いは弁舌による議論の続きが戦いということそのものに疑問を覚えているのか、何とも 代表候補生という立場にあっても、本質的には武力的な闘争を良しとしないのか、或 何とも言い難いですわね﹂ いの意思を交わすのに言葉ではなく戦いを用いろというのは、落ち着いて考えてみれば ﹁そうですわね。確か、続きは試合の中で語れ、でしたか。こういってはなんですが、互 ままじゃ絶対話にケリがつかなかった﹂ ﹁まぁしかしアレだな。初日の時の話、何だかんだで止めた姉貴は正しかったな。あの 起きるのではと緊張の面持ちになっているくらいだ。 むしろ二人を取り囲む生徒達の方が、試合を行う二人が並んでいるという状況に何か て話すような気楽さがある。 の戦いを繰り広げるというのに、言葉を交わす二人の間にはまるでその日の天気につい これより三日後にはISを、個人で運用する兵器としては現在世界最高の物を操って ﹁その言葉、そっくりそのままお返ししますわ﹂ 150 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 151 節の方が手っ取り早いって考える性質なんだなコレが。まぁ姉貴の場合は一応社会人 だからその辺自重しようとしてるみたいだけど、どうも完璧には無理っぽいな﹂ 致し方無しと言うように一夏は首をすくめる。その姿にセシリアは曲がりなりにも 自分の教師にして、血を分けた姉への評価としてそれはどうなのかとも思うが、案外身 内だからこそ気兼ねなくそう言えるのかもしれないとも思う。 とりあえずは試合の日取りを確認するという目的も達せたので、これ以上張り紙の前 に立ち続けている道理も無い。申し合わせたかのように一夏とセシリアは同時に後ろ を向くと自分の席に向けて歩き出す。もうまもなく予鈴も鳴る頃合いだ。 席へ向けて歩く二人の足取りは軽く、漂わせる雰囲気も平常の余裕そのもの。その姿 が逆に空恐ろしく見えた他の生徒達は依然緊張の面持ちではあったが、それも担任の千 冬が教室にやってくるまで。早く席に座るよう促され、彼女らもまた各々の席へと散っ て行った。 試合が迫ろうとも、一夏の心境に焦りなどは無かった。不利であることは百も承知し ているがゆえに、今更焦る必要も無い。淡々と、自分のするべきことをこなしていく。 必要なことをして、いざ本番の際に相応の気概で臨めば、結果は自ずとついてくるもの だ。 そう考え、あくまで平静に努めながら試合までの猶予である三日間を過ごしていた。 だが、その三日間の中で僅かではあったが、焦燥とはまた異なる不安に近い考えが脳裏 の片隅に生まれていた。 迎える試合当日。既に一日のカリキュラムも終了して、この日に残すはセシリアとの 試合のみという状況にあってなお、一夏の専用機受領は果たされていなかった。 アリーナの廊下で一夏は静かに佇んでいた。専用機がまだというのは些か以上に問 題だとは思うが、とりあえずはそれ以外の準備を整えて一夏用に作られたというIS スーツも着用している。競泳用水着のようなデザインのスーツは、肌に密着していても 窮屈さを感じることはなく、物の良さというのが実感できる。 壁に背を預け、腕を組みながら瞑目している一夏だが、それで静かに精神統一ができ ﹂ るかと問われれば、答えはどちらかと言えばノーであった。 ﹁何やってんの、お前 一夏の眼前では、眉間に皺を寄せている箒が忙しなさそうに行ったり来たりを繰り返 ついた色がある。 片目だけを開けて一夏は静かに問いかける。その声には僅かに苛立ちのようなざら ? 152 しており、目の前で人の気配が動き続けていることや、靴が廊下の床とぶつかる音が一 夏には気になっていた。 ﹂ ﹁何を、だと。待っているのだ、お前の専用機が来るのを﹂ ﹁えっと、なぜに なんともないだろう﹂ ﹁なぜも何も、別に問題はないだろう。曲がりなりにも同室で、古馴染だ。このくらいは ? 私はお前の心配をしてだな││﹂ ! るものでしかなかった。 参ったなコリャと言いたげに一夏は首をすくめる。だが、その姿はむしろ箒の気に障 ﹁お前に心配されるほど俺も未熟じゃあないよ。むしろ俺はお前が色々心配だよ﹂ ﹁む、無関係とはなんだ スって以外は完全に無関係だろう﹂ て言われてたはずだし。お前、この試合に関しちゃ当事者の俺とオルコットと同じクラ 誰かの付き添いなんざ必要無い。というか、試合当事者以外はさっさと観戦席に行けっ ﹁来るのは﹃俺の﹄専用機だ。だから待つのは俺一人で十分だろう。ガキじゃないんだ、 に一夏が待ったをかける。 自分が一夏の専用機の到着を待つということがさも当然のことであるように言う箒 ﹁いや、その理屈はおかしい﹂ 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 153 ﹂ ﹁どういう意味だそれは れ 私とてお前に心配される程ではない ! ﹁箒﹂ ﹁なんだ ﹁黙れ﹂ ﹂ 声を荒立てる箒に一夏は小さく嘆息する。 ! ええい、そこに直 ! ﹂ ! それは俺らじゃどうにもできないよ﹂ ﹁とりあえずはだ。黙れ落ち着け静かに待ってろ。確かにISが来ないのは問題だが、 射抜く。反射的に、それ以上の言葉をつぐんでいた。 再び声を荒げそうになる箒だったが、言いきるよりも早く一夏の無言の視線が彼女を ﹁よ、余計なこととは││っ ﹁悪いが、こちとらこれから試合なんだ。余計なことに気を使わせるな﹂ るつもりなら、力ずくで黙らせると。暗に告げていた。 だが、放たれた声に込められた意思は顔つき以上に険しかった。それ以上声を荒立て に皺を少し寄せているだけだ。 夏の顔を見る。鬼の形相と言えるほどに険しい顔をしているわけではない。精々眉根 有無を言わせない圧迫感の叩きつけと共にそう言われた。思わずたじろいだ箒は一 ! 154 一夏自身も自分のISが中々来ないことに苛立ちようなものを感じているのだろう。 だが、それをおして平静を保とうとしている。 理解はした。だが、それでも先ほどの自分を蔑ろにするような言葉はどうしても箒に は納得できずにいた。自分が、幼馴染が心配をしてやっているのだから、相応の態度と いうものがあっても良いはずだ。 そもそも入学初日から今日までを振り返っても、一夏の自分への態度は再会した幼馴 染にするようなものではなく、もっとそれなりの姿勢というものがあって然るべきとい うのが箒の考えだ。良い機会だからそれを指摘してやろうと思ったが、恐らく今言った ところでまた無言の封殺をされるだけだろう。できるのは、ただ俯いて拳を握りしめる ことだけだった。 ﹂ ? ﹂ ! る足音の木霊と共に一夏の向かう先から人影が向かって来た。 慌てて後を追う箒だが、一夏は速さを緩める気配がまるでない。直後、駆け足と分か ﹁お、おい 預けていた背を離すと早足で歩きだす。 不意に呟いた一夏。何事かを箒が問い質すよりも早く、一夏はキレのある動きで壁に ﹁えっ ﹁⋮⋮来たか﹂ 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 155 ﹁織斑君 織斑君 ! ﹂ ! 今、格納庫から待機ピットに移しているので、織斑君もすぐにピットに来て下 ﹁はい ! 頷くと一夏は姉が立つ場所よりも更に奥に視線を向ける。暗がりにあるため見えにく ピットに駆けこんだ一夏に向けられた第一声は実姉のものだった。応答として軽く ﹁来たか、織斑﹂ ると慌てて一夏の後を追い、更衣室へと向かって行った。 完全に置いてきぼりにされる形となった箒はしばし呆然としていたが、すぐに我に返 は出撃のためのピットに移動するため、ピットと直結している更衣室に飛び込む。 言うや否や、一夏と真耶はすぐに動きだす。真耶は再び来た道を駆け足で戻り、一夏 ﹁了解です﹂ ﹂ さい ! ていると分かるとすぐに頷いて話を続けた。 りも早く、一夏の方から話を切り出す。急いでいるからか、真耶も一夏が状況を理解し 一夏の名前を呼びながらやってきたのは真耶だった。そして彼女が用件を告げるよ ﹁来ましたか。俺のISが﹂ 156 いが、確かに何か大きな塊のようなものが鎮座しているのが分かる。それが何なのか今 更分からないほど一夏も蒙昧ではない。それこそが一夏の専用機となるISなのだろ う。 ﹁あれに乗るわけか﹂ 手短に下された姉の指示を待たずに一夏はISに駆け寄ると訓練で打鉄に乗りこん ﹁そうだ。時間がない。早く済ませろ﹂ だ時と同じ手順でISに乗り込む。 ﹂ ! ターディスプレイに表示されているものだ。とはいえ、訓練の時にとっくに見たことの これらの文字列だが、実際にはそのISのパイロットだけが視認できる擬似的なモニ 一見すれば一夏の目の前の虚空にホログラムのように投影されているように見える 一夏の目の前にウィンドウや文字列を表示する。 一夏というパイロットが乗りこんだことを感知して起動したIS││白式が次々と ﹁白式、か⋮⋮﹂ にやってくる。 準備を終えたらしい真耶がやってくる。そして一夏の後を追って来た箒もまたピット 一夏が乗りこむとほぼ同時に一夏がやってきた入り口とはまた別のドアから、何かの ﹁織斑先生、モニターの準備終了しました 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 157 あるものなので今更どうこう言うようなことはない。 それがお前の専用機となる日本製の第三世代型IS﹃白式﹄ ? ﹂ ? ﹂ !? でき、その大まかな意味は理解できた。 りゆえに話の流れはほとんど理解していない。だが一夏の言葉は始めから聞くことが 千冬の言わんとすることを理解した一夏の言葉に箒が驚きの声を上げる。来たばか ﹁なっ るまでは不完全な状態で試合をやれってことか﹂ ﹁試合しながら調整済ませろってわけか。いや、ISが自動でやってるからそれが終わ ここまで説明されれば一夏も姉の言わんとすることは理解できる。 ている。この意味、分かるな を待つしかない。そして、その工程にどれだけ掛るか分からない上に予定の時間が圧し た最低限のデータを入力してはあるが、ISのスキャン任せで自動で調整が完了するの 段階を踏むのだが、お前の機体はまだそれが行われていない。事前の身体検査で得られ そのフィッティングの終了と共に一 次 移 行といういわば専用機としての調整終了の ファースト・シフト てより乗り手に適した形にするフィッティングという手順が存在する。 と異なり、乗り手が一人に限定される専用機は乗り手のフィジカルデータなどを入力し だが、それはまだ完全な状態では無い。訓練用など複数の乗り手が交代で使用する機体 ﹁織斑、聞こえているな 158 ﹁ま、待って下さい 態で試合を行えなど ﹂ 一夏のISが不完全とはどういうことです それに、そんな状 あまりに不公平なのでは !? 何を馬鹿なことを言っている 自分の状況を理解しているのか ﹂ !? りも早く一夏が口を開いた。 ﹁い、一夏っ ! これ以上、事の進行を遅らせるわけにはいかないと箒を咎めようとした瞬間、千冬よ い。 のものではない。それが圧している以上、箒個人の訴えを認めるというわけにはいかな る。だが、この試合のために割かれた時間は有限であり、同時にこの場に居る者達だけ その訴えが至極真っ当なものであることは抗議の弁を向けられた千冬も理解してい !? ! ! ﹂ ! ﹂ !! した一夏以外の三人の鼓膜を震わせ、箒は口を閉ざし、真耶は心配そうな表情で、千冬 なおも食い下がろうとする箒に一夏の一喝が飛ぶ。ピット全体に響き渡る怒声は発 ﹁くどい ﹁だ、だが 言ったんだ﹂ く 発 揮 で き な い と か そ ん な ん だ ろ。分 か っ て る さ。分 か っ て て 俺 は お 前 に 黙 れ っ て ﹁してるさ。要するに機体がちょっと不調で、よく分からんが本当のスペックをしばら ! ﹁箒、黙れ﹂ 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 159 は静かな眼差しで、それぞれ事の成り行きを見守る。 ﹁なら尚更だろう 勝つつもりがあるならば、不安要素は取り除くべきだ ﹂ ! い。既にその不利を是としている自分がいるのだから。 !! 確かに 俺むっちゃ不利だよ その上で、勝つッッ ? ﹂ !! あぁ ! 真正面を見据えたまま一夏は再び口を開く。教師とは言え実姉が相手だからか、その ﹁なんだ﹂ ﹁あぁいや、でもあれだ。織斑先生﹂ に居るだろう敵を見据える。 もはや語ることは無いと言わんばかりに一夏は箒から視線を外して真正面を、その先 ? 儀よく公平になんてありえないし、むしろ俺からすればムズ痒くてたまらんわ に有利不利なんざつきもので、むしろ如何に自分有利、相手不利にするかが肝だ。お行 ﹁箒、一週間前に言ったことをもう一度言うぞ。いいか、俺は一向に構わんッッ 勝負 全くもってその通り、そんなことは一夏だって理解している。だが、別に構いやしな ! する目処があるだけよっぽどマシだ﹂ だ。今更悪条件の一つや二つ、加わった所で変わりはしないし、むしろ試合の間に解決 前が口を出す必要はどこにもない。第一、ただでさえ不利な条件がズラリと並んでるん ﹁いいか。試合をするのは俺だ。お前じゃない。俺がこの不利をいいと言ったんだ。お 160 口調から先ほどまで箒に向けていた険しさは鳴りを潜め、調子の良さそうな軽さがあ る。 ﹁やっぱもう少し早くならなかったんですかね、コレ﹂ ﹁言ってやるな。ただでさえ別の依頼で機体の開発をしていた所に無理やり開発計画を ねじ込まれたらしいからな。むしろ、技術者連中はよくやった方だ。二つの開発を同時 進行で進めたのだからな﹂ ﹂ !! IS関連の技術が異なる方面へと転用されてきた。だがその流れの中にあって未だI 全身への浮遊感を感じると同時に、感覚の記憶を再現する。ISの登場以来、様々な リーナの宙へと放り出した。 その言葉と共に白式の足に固定されていた射出カタパルトが起動。白式を、一夏をア ﹁織斑一夏、出る 消え、唇は固く真一文字に引き締められた。 そう言って口元に微笑を浮かべると、今度こそ無言になる。浮かべていた微笑も掻き ﹁そっか。なら、流石に責められないな﹂ 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 161 S以外での使用ができず、実質ISのみが有する機構、ISの飛行能力の要となるPI Cを起動する。 いかに高速で射出されたとはいえ、重力の下にあっては今の白式を纏う一夏は鉄塊を 纏 っ て い る と 同 義 だ。す ぐ に 重 力 に 引 か れ て 地 へ と 落 ち て い く。そ の 自 然 の 法 則 を 真っ向から打ち破るIS特有の超機構によって、一夏と白式は重力より解き放たれその 身を宙へと留めた。 ﹁女性を待たせる殿方というのは、どのような立場であれ褒められるものではありませ スピーカーを通じて観客席にも聞こえている。 同時に二人の会話は試合をモニターする千冬や真耶たち教師が控える管制室に、そして ているだけだ。ブルー・ティアーズはセシリア自身が、白式は教師陣がそれぞれ設定し、 に会話をしている。からくりは単純だ。事前に二人の機体の間に通信回線が繋げられ だが、今の二人はまるで教室でそうしたように、近い距離で向き合っているかのよう ﹁すまん。ちょっと遅れた﹂ ない。 の間には決して狭くない距離があるため、普通に話す程度の声量では相手に届くことは 落ち着き払った声で呟きながらセシリアは自身の前に現れた対戦相手を見る。二人 ﹁来ましたか﹂ 162 んわよ ﹂ 勝ち星を頂きましょうか ﹂ 対して何かしらの誠意があっても良いと思いますの。⋮⋮そうですわね、ここは一つ、 ﹁まぁ、わたくしは寛大です。その程度をしつこく咎めるつもりはありませんが、容赦に れ﹂ 慣れない生活にちょっとバタバタしてて調子が狂ったということで、一つ勘弁してく ﹁いや、実際悪いとは思ってるさ。これでも時間は守る方なんだけどな。まぁあれだ。 ? ? ﹂ ? ﹂ ﹁クスッ。興味が無いと言えば嘘になりますが、わたくしの舌の採点は厳しいですわよ つ織斑家調理主任の俺特製の手料理で一つ、どうよ ﹁残念だが、それは御免被るなぁ。代わりと言っちゃなんだが、あの織斑千冬も舌鼓を打 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 話を聞いている極一部の者はそれ以外に含まれるものを会話の中から感じ取っていた。 に聞こえるだろう。いや、軽口を交わし合っていることには間違いない。だが、この会 ただ何も考えずに聞いていれば相手をからかうような軽口を交わし合っているよう ? リングをしている真耶は苦笑を浮かべるも、すぐに僅かな緊張を表情に浮かべる。 呆れたように管制室で千冬が呟く。そのすぐ前、デスクに据わりながら状況のモニタ ﹁まったく、もったいぶらずにさっさと始めれば良いものを⋮⋮﹂ 163 ﹁けど、この調子ならいつ始まってもおかしくないですよ⋮⋮﹂ ﹁ん なにが ﹂ ? ﹁わたくしの気のせいでしょうか 少々、あなたの方が高度を取っているように見え ? ﹁そういえば、一つ気になっているのですが⋮⋮﹂ を見守ることにした。 だからこそ、千冬はとくに会話を交わす二人を咎めることはせず、ただ事の成り行き る。 う。誰一人として気付かないような些細な切欠一つで、二人は戦いを始めると断言でき かり剣呑な言い方に変えてしまえば、いつ爆発するか分からない爆薬と言うべきだろ 今、二人が行っている軽口にしてみたところで綱渡りのようなものだ。いや、少しば よって始まる動きの無い戦いだ。 るいは向き合ったその瞬間から、直接剣を、あるいは銃弾をかわさずとも昂る闘志に まさしく戦士同士の相対だ。戦いが単純な﹁ヨーイ、ドン﹂で始まるのではない。あ のが高まってきているのだ。 とセシリアが交わしているのは何気無い軽口だ。だが、その中で確かに、熱のようなも さて、一体何人が感じ取っているだろうかと千冬は思考の片隅で思った。確かに一夏 ﹁まぁ、な⋮⋮﹂ 164 ? るのですが﹂ ﹁あぁ、それか。いや、間違っちゃいないよ。それに理由も大したことではない﹂ セシリアが指摘したことは間違いではないと、一夏は肯定する。必然的に二人を下か ら見上げる観客席の生徒達には分かりづらいだろうが、ちょうど二人を真横からの形で 見ることのできる管制室のモニターで見れば、セシリアに比べて一夏が高い高度を保っ ているのは明らかだった。 ﹂ !! 空気がしぼむような音と共に銃口より青い光弾が放たれた。涼しげな見た目に反し 間を以って、あまりに唐突に試合は始まりを告げた。 いた。そして今、その銃口が一息の内に一夏に向けられ、トリガーが引かれた。その瞬 宙にて一夏を待っていた時からセシリアは愛用の武装を利き手である右手に携えて グを施された長筒﹁スターライトmkⅢ﹂だ。 型IS﹁ブルー・ティアーズ﹂。その主兵装となるのは、機体と同じブルーのカラーリン その言葉と共にセシリアの右腕が動く。セシリアの愛機であるイギリス製第三世代 ﹁今すぐ地に落として差し上げますわ 一夏の答えにセシリアはゆっくりと頷く。 ﹁なるほど、そういうことですか。でしたら││﹂ ﹁見下されるのは嫌だし、まぁ見上げるよりも見下ろす方が気分が良いからね﹂ 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 165 166 て鋼鉄にすら軽くない損傷を与える熱量を内包した光弾は射手であるセシリアの腕前 を示すかのようにまっすぐ一夏へと向かう。流星のように尾を引く光弾はそれ自体の 大きさも相俟って遠目より見る観客達の肉眼でもその軌跡をはっきりと捉えることが できた。 だが、いざ相対してみれば分かる。実際に向かってくる光弾はそんな生易しい速さで は無い。熱量の塊であり実体を持たない光弾は初速が音速を優に超えるライフル弾よ りも、劇的というほど大きくはないが、確かに上回る速度でもって一夏へと襲いかかる。 一夏はその場より微動だにしなかった。いや、動こうとした所で無意味だろう。仮に これが光弾ではなく、IS用に規格調整された銃器によって放たれる実弾であっても同 じことだ。いずれにせよ音速など遥か格下とする初速を持っている弾丸が数百メート ルもない距離を飛んで向かってくるのだ。放たれた後でかわそうと動いた所で手遅れ だ。 ましてや今の一夏は動こうともしなかったのだ。光弾の直撃は想像に難くない。放 たれた刹那、目標に達し直撃した光弾がその名残となる青い光の粒を撒き散らす。無 論、これで勝負が決まるわけではない。貯蔵されたエネルギーの残量が尽きない限り常 に一定の、それでいて鋼鉄並みあるいはそれ以上の堅牢さを保つシールドが存在するの だ。エネルギーの消費はすれども一夏は白式共々健在、だが初手はセシリアが取った。 それが全員の認識だった。 ﹁あの馬鹿者め。素人のくせに恰好をつけおって⋮⋮﹂ 呆れたような声で千冬が呟く。その声を背後に聞いた真耶はどういう意味かと気に なったが、振り向くことはしなかった。突然ではあったが、既に試合は始まっている。 そのモニタリングが彼女の仕事であるため、目の前のモニターから目を離すことはしな い。だからこそ、すぐにその違和感に気付いた。 ﹂ ? が射撃に移ったのと同時に、一夏もまた白式の武装である格闘戦用のブレードを展開し そう千冬が言うが、それよりも早く真耶は状況を理解していた。おそらくはセシリア あるまいし。いらん小細工をする暇があればさっさとかわせば良いものを﹂ ﹁展開した武装で射撃をはじく、この場合は消し飛ばすか。まったく、アニメや漫画じゃ ムさせる。そして気付いた。一夏の真正面に何かが存在していた。 何故と思って真耶はすぐにコンソールを動かし、一夏に向けてわずかにカメラをズー ギーの残量が減っていないことに。 示 さ れ て い る。だ か ら こ そ す ぐ に 気 付 く こ と が で き た の だ。一 夏 の シ ー ル ド エ ネ ル 当然の内容であり、その数字はモニターの端ではあるが、それなりに目立つ大きさで表 モニタリングの内容は二人のISの状態も含まれる。シールドエネルギーの残量は ﹁シールドが、削れてない 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 167 たのだろう。そしてその刀身を自分とセシリアの間の射線上に滑り込ませ、光弾を消し 飛ばした。 確かにスターライトから放たれる光弾は単発の威力で鑑みればIS用の射撃武装の 中では強力な部類に入る。さすがに艦載砲などを流用した物みたいな代物とは比べら れないが、主武装に採用される重要な要素の一つである取りまわしやすさを考えると、 十分な部類に入る。 だが、軽いのだ。そして脆い。威力はある。だが、その中身は実体など無いに等しい 熱量の塊だ。目標物にぶつかれば簡単に四散してしまう。だから、一夏の武装そのもの を盾にして防ぐというやり方は、理屈では可能だ。ことISの近接用装備は武装の中で も特に頑丈さを重視している傾向にある。光弾も軽いゆえに反動も少ない。だから一 夏のやり方も間違ってはいないと言える。言えるのだが⋮⋮ だが、実際はそう簡単にうまくいくものではない。装備の展開、これはまだ良しとし い。それだけだ。 そして相手の狙いに合わせて正確な位置に武器を、この場合は刀身を割り込ませればい つけるのは簡単だ。相手が撃つ前、つまり射撃体勢を整えている間に装備を展開する。 千冬の言葉に同意してか、真耶も乾いた笑いと共に呟く。一夏のやったことに理屈を ﹁本当に、結構無茶ですよね⋮⋮﹂ 168 よう。だが刀身を割り込ませることは話が別だ。相手が狙いを定め引き金を引く僅か な間に相手の狙いと自分の間のラインを割り出し、その上に正確に刀身を割り込ませ る。瞬時に正しい位置を見抜く目と、そこに刀身を置く技量が必要だ。 正確なポイントを素早く見抜く眼力と、同様に素早く正確に腕を動かすだけという、 別にISでなくとも経験を積んで鍛えることができる技能だ。だからISに乗る以前 に然るべき経験を積んでさえいれば、仮にIS操縦者としてドのつく素人だろうとこの くらいの、言い方は良くないが小手先の技術を振るうことはできるだろう。 だが、本当にそれなり以上の経験が必要だ。今はまだ前で披露する機会もないために 受け持つ一組の生徒達にはあまり知られていないが、真耶も教師になる前は腕利きのI S乗りだった。その経験が、一夏のやったことの意味を正確に彼女に告げていた。 ﹁ふぅん、中々御上手な真似をしますわね﹂ 意味合い以外に見どころがあるかもしれないということだ。 ことが一つあった。それはこの試合、単純に世界初の男性操縦者の最初の公式戦という 千冬の呟きにどのような意味が込められているのか、真耶は図りかねた。ただ分かる ﹁まぁ、伊達に五年も修業をしていたわけではないな﹂ 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 169 170 初撃を防がれたことにもまるで動じた様子の無い落ち着き払った声だ。元より、失敗 に終わって当然と考えていた一撃だ。そこそこ腕の立つ乗り手なら事前に察知して回 避行動を取るくらいは当り前のようにするし、それだけの腕が無かったとして、持って いる防御用の装備でとりあえず防ぐくらいはできるだろう。 だから一夏が初撃を防いだことも特別なこととは思わない。ただ、攻撃に用いる刀剣 武装で弾くとまでは思っていなかったが。とはいえ、それはそれ、これはこれだ。少し ばかり面白いものは見れたが、だからと言って加減をしてやる道理も無い。いつも通り に追撃をかけて、いつも通りに勝利を収めるだけだ。 二射目、三射目と連続して放つ。一射目はちょうど胸部に狙いを定める形で撃った が、続く射撃は腕や足などに微妙に照準をずらして撃ちこんだ。一夏もさすがに一射ご とに狙いの変わる光弾を一々弾く気もないのか、今度は事前に射撃の気配を察して動い た。IS特有の機能である視界関係の補正で遠距離にいるセシリアを間近にいるよう に見ることができれば、目の動きやわずかな筋肉の動きで判断するのは容易い。 一夏が飛んだ先は地面だった。背後からの追撃を、読んだタイミングに合わせて体を ずらして上手いことかわしながら地面が近づくと同時に滑空体勢から体を起こす。そ のまま背後のスラスターを吹かして地面の上を滑るように動き回る。 止まるわけにはいかない。少なくとも、今もなお追撃を続けているセシリアの射撃能 力は確かなものだ。動きを止めれば、光弾の連続攻撃によってたちどころにフルボッコ だ。 背後など本来なら死角となるポイントもIS側の補助によって目の前のモニターに ︵しかし、装備がこれだけとはな⋮⋮︶ 機体状態などの情報と共に映し出されている。それを以ってセシリアの様子を見なが ら、一夏は白式に搭載されている装備を確認した。したのだが、出て来た答えは刀剣武 装一本のみというものだった。 ﹁ぬッ ﹂ ﹁次がいきましてよ !? ﹂ 戦い方を複雑にするより、近づいて斬るの一筋で行くほうが性分に合っている。 てということなのだろう。ならばそうするまでだ。それに銃も交えてあれやこれやと だが無い物ねだりをしても何もならない。与えられた武器が剣一本ならば、それで勝 ︵⋮⋮やるしかないわけか︶ れでも銃の一丁二丁くらいはあってもおかしくないだろうとも思う。 無論、剣を用いて戦うことに異論を挟むつもりなどこれっぽちもありはしないが、そ は思い切りがよすぎだろうよ︶ ︵いくら近接格闘戦の機体が姉貴が現役のころから続く日本の十八番だからって、これ 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 171 !! その変化はあまりに明確だった。ブルー・ティアーズの腰部に取り付けられていた四 ﹂ つの突起、その全てが本体より離れて異なる軌道で宙を舞ったのだ。 ﹁来たか、﹃ブルー・ティアーズ﹄ ﹁さ ぁ 宣 言 し た 通 り 加 減 は 致 し ま せ ん わ わ た く し と ブ ル ー・テ ィ ア ー ズ の しむかのように小さく笑みを作っていた。 なり、眉根に深く皺が刻まれる。だが、その目の険しさに反して口元には今の状況を楽 異なる四方向から自分に迫ろうとするビットに両目は睨みつけるかのように険しく 間違いないが、何よりも数こそが直接的な優位に繋がることは想像に難くない。 戦うということにおいて数というものは非常に重要だ。無論、質も重要であることは 計五つの砲門に狙われる。短絡的な表現になるが、実質的に一対多になるのだ。 それだけに留まるわけではない。セシリアの手に握られたスターライトも含めれば ︵格ゲーのハメ殺しをリアルにくらう羽目になるわけか︶ まれ袋叩きにされたのであれば、素人ならそれで詰みになるだろう。 一撃一撃の威力はスターライトに劣るだろうが、そこは数で補っている。仮に一度囲 み、光弾で撃ち抜く。 擬戦試験で見た、彼女のISの象徴だ。四機のビットが異なる軌道を取って敵を取り囲 それが何なのかは一夏もとうに知っている。視聴覚室で見たセシリアの入学時の模 !! 172 ! ! ロ ン ド ﹂ 輪舞曲、相手にできるものならばしてみなさい ﹁望むところだッ ﹂ !! ︶ 位置が加わる。だが、一夏としてはむしろそのほうが都合が良かった。 あるいは上方より一夏を狙ってくるが、宙に上がってしまえば今度はそこに下方という さすがに真正面から撃ちこんでくることは殆ど無いが、地上に居ればおおよそ後方、 同時にそれはビットに対して一夏の狙える位置を増やすことになる。 を動き回っているわけにもいかず、一夏もセシリアへの反撃を試みんと宙へ上がるが、 直後、アリーナの宙を青の光条が飛び交った。さすがにここまできていつまでも地上 !! ! 足をばたつかせている。そんな滑稽な姿に見えるだろう。 まれながらセシリアに何とか近づこうとするも、回避に精一杯で宙をふらつきながら手 今の自分は傍から見てどのように映っているだろうか。おおかた、四機のビットに囲 動かして上手い具合に光弾をやり過ごせばいい。 ビットからは連続して光弾が放たれる。だが、狙いを読むのは十分。あとはそこだけ 形となっていた。 いを定めている。しかしそのために、ビット一機ごとの間には広いスペースが存在する 四機のビットは固まろうとせず、例えるならば十字砲火を狙う形で四方から一夏に狙 ︵よし、やはり位置取りが開いている 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 173 だからどうした。勝負事とは結果に全てが集約される。とどのつまりは﹁勝てば官 軍、負ければ賊軍﹂なのだ。ここで己が勝利を収め、今もなお自分を狙う少女を打ちの めし、地に叩き伏せ、その白い肌を、豪奢な金髪を、土で汚せば済む話だ。それだけの シンプルな話でしかない。 ︵確証は⋮⋮そろそろか︶ ビットより、あるいは時折スターライトより、放たれる光弾をかわし、さしたる被害 が無いと判断すれば敢えて受け、一夏は頭の中でピースがはまるのを待つ。 できることならばすぐにでも斬りかかりたい。だが、今自分が手に持っている剣はた だの剣。よく切れはするだろうが、それだけだ。仮にブルー・ティアーズのシールドを 勝手が分からん ﹂ 削ろうとしたとて、幾度と斬りつける必要がある。ならば、より確実に決めることので ︶ きる機を得ねばならない。 ︵右斜め後ろっ ド 避けてばかりでは意味がなくてよ 今もまた一撃、ビットの放った光弾をかわした。そろそろだ。 ン 輪舞曲なんて初めてでな ロ ﹁ここからどうなさいますの ﹁そりゃあすまん ただし││﹂ ﹂ ! !! !! ﹁ならばわたくしが教授して差し上げましてよ ! ! !! ! 174 同時にスターライトよりビットのものより速く、そして強烈な一撃が放たれる。上体 を大きく逸らして一夏はかわす。だが、その結果はやや無理な姿勢の維持となり、それ はそのまま僅かな硬直、つまりは隙へと繋がった。 セシリアの意識がビットの内の一機へと指令を下した。主の命令を受け取ったのは 一夏の後方に位置する一機だった。仮にビットに﹃目﹄というものが付いていたのであ れば一夏を見下ろすような位置にあったそのビットは、砲門を一夏の後頭部に向けて狙 いを定めた。 ﹂ そして、セシリアが言葉の続きを紡いだ。 !! ﹁断じてやらせんわ ﹂ い。だが、今この戦いの勝利は自分が頂く。 れないし、仮にこのまま鍛錬を続ければ自分が認めるだけの乗り手になるかもしれな ろくに経験の無い初心者にしてはよく持った方だと思う。伸びしろがあるのかもし 通る。それで怯みさえすれば、自分の独壇場だ。 ろう。それでシールドが削りきれるわけではないが、衝撃はいくら軽いとはいえ多少は 一直線に進む光弾は一夏の隙をついた形で放たれるため確実に頭部にヒットするだ 青の光弾が奔った。 ﹁授業料に﹃勝利﹄を頂きますわ 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 175 !! 鉛色の一閃が閃いた。霧散する青の光粒。奔った一閃と光粒、それが意味するところ は初撃の時のソレだ。ビットより放たれた一撃を、一夏が剣で防いだ。体全体を動かし ての回避が不可能だからこそ、腕だけを動かして剣を動かすことによって。 ﹂ 今までかわすだけでしかなかったビットの攻撃を、完全に読み切った上で剣で弾いた のだ。 ﹁なっ IS学園の施設には様々なものがあるが、その中でも特に目を引くものがある。それ 浅間美咲は一人呟く。止むことなく吹きつける風がその長い黒髪を揺らす。 ﹁どうやら、勝負はこれからのようですね﹂ 静かに、胸の内でそう呟いた。 ︵成った⋮⋮︶ 直し、セシリアをまっすぐに見据えていた。 つのも、ビットに指示を下すのも、一瞬ではあるが忘れた。その間に一夏は体勢を立て 必中を期していただけにセシリアも驚きに目を見開いた。思わずスターライトを撃 !? 176 がアリーナの一つに隣接された塔だ。高速飛行の訓練などでビル代わりなどとして訓 練に使われることの多い塔だが、それ以外にも夜間における海上の目印など学園の運営 以外の公共面などでの利用もされている建物だ。 モニュメントのような形も持っている塔には、その存在意義を学園関係者でもあまり 把握していないような出っ張りがあり、美咲は今その出っ張りに立っていた。 ﹂ ? 自分が非公式で学園施設内に入るための助力をしてくれた、親しい自衛隊の高官への 送ろうかしら ﹁しかし、思いのほかあっさり入れましたね。石動のおじ様には後でお礼に菓子折でも いするぎ れば無傷かつ10秒そこらで仕留められる。無論、乗り手ごとだ。 アーズへの興味を無くす。一応必要だから記録は取るが、あの程度の相手なら自分であ だが、肝心の乗り手が大したことがないと見るや否や、美咲はあっさりとブルー・ティ ﹁まぁ機体はまぁまぁのようですが、乗り手はまだまだですね﹂ 録として得られる。デメリットなどあるわけがない。 生徒として入学することが多いのだ。よその国の新型が実際に動いている所を見て、記 特殊な性質上、IS学園という場所には意外と新型のテスターを務める候補生などが しょうね﹂ ﹁興味がメインでしたけど、イギリスの機体も見物できたのは思わぬ土産と言うべきで 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 177 礼を考える。彼の手引きで航空自衛隊の哨戒機による学園周囲上空の監視飛行に、目立 たないほどに小さな穴を一時的に作ってもらった。それで十分だ。あとは自分の愛機、 黒蓮の能力でどうとでもなる。監視衛星など端から眼中に無い。 そうして学園のある人工島に上手い具合に入り込んだ美咲は、一夏とセシリアの試合 が見通せるこの高所に一人陣取っていた。見つかるようなヘマはしていない。 別に彼女の立場やツテがあれば公式の来訪者として学園に入り、試合を観戦すること など造作もない。しかし敢えて面倒な手順を踏んで学園の誰にも悟られずに入り込ん だ。理由はある。 りを上げてから出会った、国内の乗り手としては最古参同士の付き合いだというのに、 白騎士事件以後、政府が半ば駄目元で民間から募ったパイロット候補者にただ一人名乗 うより、自分を前にしていると固さが二割増しになっているというのが美咲の見解だ。 ただ、自分はともかくとして千冬の方はどうにも自分を警戒している節がある。とい なものだ。 むしろ、仮に相争ったとて勝機は十分にあるとさえ思っている。実力はほぼ互角のよう に美咲は公式的に世界最強のIS乗りと謳われている千冬を恐れているわけではない。 一夏の実姉、この学園の教師である千冬に確実に絡まれると分かっているからだ。別 ﹁千冬の相手をするのは面倒ですからねぇ﹂ 178 どうにもつれない。 ﹁まぁ、理由なんて分かり切ってますけどね﹂ 自分と千冬は、強さというものを軸においてほぼ対極にある。武人としての思想が、 完全に真逆なのだ。それを本能的に千冬は警戒している。だからこそ、仮に自分が公式 の手順で学内に入った所で、何か企んでいると警戒されて面倒な思いをする羽目になる と断言できるからこそ、このような回りくどい手順を取ったのだ。 あなたの力を﹂ ? 周囲ほぼ全てに警戒を向けながら内心で一人ごちた。 ビットによる不意打ちを斬り払った一夏は、ISの視界補助の恩恵を存分に活用して ︵やはり、俺の予想に間違いは無かったか︶ ﹁さて。見せてもらいましょう、織斑一夏くん 界補助のみを起動しているため見る分にはまったく問題無い。 一夏らの居るアリーナは直線距離でも数百メートル規模の距離があるのだが、黒蓮の視 小さく笑いを零してから美咲は再び試合に目を向ける。ちなみに美咲の現在位置と ﹁もっとも、何か企んでいるのは確かなんですけどね。フフッ﹂ 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 179 数日前の視聴覚室にて、一夏は何度もセシリアの試合映像を見た。そのおかげでしば らく目の疲れが抜けなかったくらいだ。そして、その中で幾つかの疑問を抱いた。 それはビットと、セシリアの動きそのものだった。一観客として見ると、とにかく ビットは目立つ武装だ。というより、異なる軌道で本体から独立して動く武器が目立た ないわけがない。そうして何か弱点は無いかと思いつつ、ふと一時的に頭を空にして全 体を俯瞰するように映像を見た時に気付いたのだ。 操っているセシリア本人と、ビットの射撃位置から感じる違和感に。その違和感を確 認するために試合を見直し、そして実際の試合を通じることで一夏は確信を抱いた。 ︶ ! ﹁真正面から ﹂ と同時に、セシリアへ向けて一直線に飛翔した。 僅かな睨みあいの間に一夏は自分がどう動くべきかを考える。そして、考えが纏まる ︵勝機有り⋮⋮︶ るというのだ。 なんて端から期待していない。一体どこの世界に自分の弱点を相手に教える馬鹿が居 セシリア本人からの裏付けは取っていないが、ほぼ間違いないだろう。第一、裏付け の薄い場所を狙ってくる ︵間違いなく、ビットの操作中にオルコットは動かん。そして、ビットの射撃は俺の意識 180 !? あまりに馬鹿正直な突撃に目を疑うが、確かに一夏はまっすぐこちらに向かってきて いる。だが、それならばそれで対応するまでだ。 真正面から撃ち抜くことはせず、隙を晒した背中から撃ち抜く。もっとも警戒が薄い ポイントのビットは丁度一夏に近い、数メートルもない距離で彼を追っている。この距 ︶ 離ならば、ビットの一撃でもそれなりのダメージを見込める。 !! ﹂ !? せた。 たかのように動きを止めていたもう一つのビットを先ほどと同様に一刀の下に斬り伏 刃を横に返す。そして跳躍するように右斜め横に飛ぶと、セシリア本人の硬直が伝わっ 唐竹割りの一刀でビットの一つを斬り裂いた一夏は、刀身が振り下ろされると同時に た。そして、この驚愕は紛れもないセシリアの隙であった。 壊された。冷静を心がけていた彼女であるが、こればかりは驚愕せずにはいられなかっ 今度こそセシリアは絶句する。自分が頼みを置いてきた自慢の武器の一つが突然破 ﹁なっ⋮⋮ 結果は、ちょうど一夏を射抜こうとしていたビットの両断であった。 いた一夏が空中で急制動、止まりきらない内に振り向き、そのまま剣を振るっていた。 無言の指示をビットに下す。そのために意識を集中させた直後だ。一直線に飛んで ︵落ちなさい 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 181 ﹁くっ、戻りなさい ﹂ 狙いがブレてるぞ ﹂ 同時に、スターライトを一夏に向けて連続で撃ちこんだ。 を破壊されるわけにはいかないため、セシリアは一度ビットを己の傍まで後退させる。 流石に二度目ともなれば多少は落ちついて受け止められる。何より、これ以上ビット !! !! ﹁今更何故とは問いません もはや問答無用 ﹂ !! ﹂ !! だが、その悉くを一夏は手にした剣を器用に振りながら斬り払って行く。さすがに速 ﹁甘いわッッ ライトで狙いの異なる三連続射撃を叩きこもうとする。 とにかく、相手の間合いに入ることは避けねばならない。両脇に従えたビットとスター ビ ッ ト が 下 が っ た こ と を 好 機 と 見 た 一 夏 が 再 度 一 直 線 に セ シ リ ア に 向 か っ て く る。 相手を倒すしかないのだ。 として振り払う。今更考えたところでどうにもならない。今は、今ある全てで目の前の まさか自分が隠すことを努めて来た弱点を見抜かれたかと疑いもしたが、すぐに雑念 ! そのために狙いを定めるというのはじつに丁度良い。 いる。当たれば御の字だ。狙いは、自分が冷静さを取り戻すまでの時間稼ぎだ。そして 挑発するような一夏の声がセシリアの耳朶を打つ。そんなことは自分でも分かって ﹁どうした ! 182 度を維持したままというのは一夏も厳しいらしく、減速させることには成功している ︶ が、距離は着実に縮まっている。 ﹂ 隠していたカードを切る。当たればそれでよし。外れても、仕切り直しにはできる。 ︵こうなったら⋮⋮ ! 剣で弾かれた。だが、飛散した光粒によって瞬間的にではあるが、一夏の視界を塞ぐこ 間隔の時間が殆ど無い三連射撃を一夏の真正面に集中して撃つ。予想していた通り 意味は無いのだが、声を出すという指標によってより指示の伝達、精度が上がる。 スターライトの狙いを定めると共に、ビットに向けて声で指示を出す。実際には声は ﹁ティアーズッ !! ﹂ とには成功した。 !! ﹂ !! を与えるか、あるいは仕切り直しのために距離をあけることだろうと推測する。 阻害されるのは間違いない。おそらくセシリアの狙いはそれによって自分にダメージ ミサイルをかわす、あるいは切り捨てるのはできる。だが爆発か何かで自分の行動が ﹁その程度 ポッドがクルリと回り、一夏に狙いを定めると同時に二発のミサイルを発射した。 同 時 に 今 ま で 使 わ な か っ た 腰 の ミ サ イ ル ポ ッ ド を 稼 働 さ せ る。後 方 に 向 い て い た ﹁行きなさい 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! 183 ︵上等だ︶ こうなったら余計な小細工はしない。向こうの策を、真正面からねじ伏せるのみだ。 向かってくる二発のミサイル。その両方を一撃で切り捨てられる剣の軌跡をイメー ジして、不意に時間が止まった気がした。 ︶ ︶ !? そして、一夏へと達した二発のミサイルが直撃したことによって空に爆発を起こすま タに強い負荷を与え、結果として動きの阻害へと繋がったのだ。 起動時から行われてきた処理の蓄積、その最終段階に入ったことが、コアのコンピュー ・・・ 然 的 に 処 理 は 遅 く な る。現 在 の 白 式 の 状 態 が そ れ で あ っ た。コ ア の コ ン ピ ュ ー タ に、 そしてコンピュータの全てがそうであるように、処理能力に大きく負荷がかかれば必 よって、ISの動きへとフィードバックされる。それがISの基本的なシステムだ。 乗り手のイメージや動き、複雑にデータ化されたそれを一瞬の内に処理することに 度な処理能力を持ったコンピュータによる電子的な処理の上に成り立っている。 一夏は知る由もない。ISの行動は基本的にISのコアに内蔵されている極めて高 ︵な、何がっ けだ。まるで水の中をかき分けて進むような、そんな緩慢さを感じる。 いいや違う。ミサイルは変わらず飛んできている。止まったのは、鈍ったのは自分だ ︵なっ !? 184 185 第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ! で、一秒と掛らなかった。 ジが通っていない。しかし、ここにきて一夏の側に明確な被弾があった。これで決着と 試合開始からこれまで、一夏とセシリアの双方にシールドが大きく減るようなダメー 因などいくらでもある。 つかったのだ。衝撃、飛散する金属片、熱波、シールドに負荷を掛けて残量を減らす要 直撃は誰の目にも明らかだった。内部に火薬の詰まった金属の塊が高速で二つもぶ 移動性などへの障害はなく、機体に用意するのは発射のためのポッドだけで十分だ。 のサイズ調整などを施した上でISに搭載したものだ。量子変換の恩恵で搭載による セシリアが放ったミサイルも、本来であれば戦闘機などに搭載されているものを若干 ている。 変幻自在な空中機動、そしてこの火力。この三つによってISの高い戦闘性は確立され シールドによる堅牢な防御、戦闘機の巡航速度に多少劣るものの、Gをほぼ無視した 量の火力を用意できる。 を行える機構である量子変換システムによって、ISはその大きさに反して多彩かつ多 その爆発は観客席からもよく見えた。PICと共に現状ではISのみが十全の運用 第六話 白鎧の目覚め 186 つかさ ﹂ は相ならないだろうが、白式はシールドのエネルギー残量を大きく減らし試合はセシリ アがリードすると、誰もが思った。 おきた ﹁わーお、また随分と派手にいったねぇ。これは、イギリスちゃんの有利かな 剣道部の二強と並び称される初音の姿がある。 観客席で二年生の沖田 司が呟く。その隣には彼女と同じ剣道部に在籍し、司と共に ? 席にやってきたのがつい先刻のことだ。今、二人の目に映っているのは爆発と黒煙に飲 そして何か面白いことはないかと思っていた司が相方の初音を引っ張ってこの観客 自由となっている。理由は言わずもがな、他者の戦いを参考にさせるためだ。 そして、基本的に校内で行われる試合というものは余程の事情が無い限りは生徒は観戦 た。一 夏 と セ シ リ ア の 試 合 は 既 に 一 年 は お ろ か 二 年 三 年 の 間 で も 広 ま っ て い る 話 だ。 そんな風に二人は今日もまた部活に出ず、一夏が試合を行うアリーナに足を向けてい わらずとも部活を平然と休むのもまたこの二人くらいだと。 は有名だった。自分が必要と思ったことをやるためとはいえ、たとえ同好会とさほどか 別格の実力者扱いされている二人だが、同時に剣道部随一の気まま人間としても部内で 感情の波というものがない、平静そのものの声で初音が応える。剣道部屈指どころか ﹁さぁ。まだ終わったわけじゃない﹂ 第六話 白鎧の目覚め 187 み込まれる一夏と白式の姿だった。 チラリと初音は周囲を見回す。軽く見回して目に付くのは一年の生徒ばかりだ。お そらくは試合の当事者二人のクラスメイトだろう。経験の浅さゆえか、空中で起こった ﹂ 爆発に息を飲むかのような表情をしている。そして再び視線を戻し、呟いた。 ﹁そう。まだ﹂ ﹁これからが本番、ということでしょうか そしてもう一人。 リーナに居る誰よりも早く理解していた。 付けた二人だが、声は平静そのものだ。爆発の内で何が起きているのか、二人はこのア 徒達とは違い、一夏が爆発に飲み込まれた瞬間をより間近で見たかのように視界に焼き 管制室で真耶と千冬が言葉をかわす。モニターを介してであるため、観客席に居る生 いハンデといったところか﹂ ﹁さぁな。だが、結果として機体に救われたと言うべきだろう。まぁ、未熟者には丁度良 ? 188 ﹁なるほど。そういうことですか﹂ 得心いったというように美咲は頷く。口元には面白いと言いたげに微笑が浮かんで いる。 ﹁さて、状況的にはやや彼の方に傾いたわけですが、はたしてこれを誰がどのように受け 取るのやら﹂ あるいは卑怯と罵る者もいるかもしれない。まぁそれはそれで言いたくなる気持ち かんなん も分からないでもないわけだが、美咲に言わせればだからどうしたというものになる。 ﹂ さえも、その存在そのものが勝利という結果へと収束させる。さぁ見せてもらいましょ ﹁真の強者の、勝利を掴み取る者の戦いとは須らく必然。降り懸かる艱難も、そして好機 う。あなたが己が定めすら操る、真の武人たるかどうかを ! その中に居るだろう一夏に意識を向けていた。 スターライトの構えは解かないまま、照準のスコープ越しにセシリアは黒煙の塊を、 ︵存外、あっけないものですわね⋮⋮︶ 第六話 白鎧の目覚め 189 自分の攻撃、相応の自身のあったスターライトによる射撃はもちろんのこと、ブルー・ ティアーズを用いた多方向からの連続攻撃にも耐え抜いたことは、彼のIS乗りとして のキャリアを鑑みれば十分に称賛されてしかるべきだ。 自分が優位という認識は崩してはいないが、それでもあるいはこの試合が自分の想像 以上に手ごたえのあるものになるかもしれないと、心の隅で思っていただけに、この展 開は少々興ざめと言えた。 ? は与えた。そしてその損傷は必ず、戦いに影響を及ぼすだろう。ならば、何かされるよ 解している。ゆえに、まだシールドを削りきっていないと断言はできるが、確実に損傷 満足な被弾がなかった以上は相手のシールドにも余裕があったことはセシリアも理 決めさせて頂きましょう︶ ︵少なくともあの一撃で少なくない損傷を受けたのは確か。その煙が晴れ次第、一気に たなら、それは単に運が無かっただけ。 この状況を招いたのだとしても、それもまた時の運というものだ。それで敗れてしまっ くるめた上で戦いとは成り立っている。仮に彼の機体に何がしかの不備があり、それが 戦いにおいて各々に課せられている条件など、その時々で変わるものだ。それもひっ れにせよ関係はありませんわね︶ ︵何やら急に動きが鈍くなったようにも思えましたが、もしや機体の不調 いえ、いず 190 りも早く、一気に片をつける。その心づもりだった。 そして煙が晴れる。薄くなっていく黒煙の向こうにISを纏った人の輪郭が浮かび 上がり、その姿が徐々に鮮明に浮き上がって行く。そして煙が晴れ、完全にその姿が現 れた瞬間、セシリアは思わず絶句していた。 ﹂ !? 思いつくとすれば、経験を積んだ乗り手と専用機の間に低確率で起こると言われてい に変化を及ぼすものなど存在しない。 りとも装甲を変形させるものがあるが、それにしても一部分が可動するだけで機体全体 一体何事なのかとセシリアは強張る。ISの中には武装の性質などの問題で多少な エローのラインが入っているものの、装甲は全体的に曇りの無い純白に包まれている。 がまるで違う。モニターに表示される敵IS﹃白式﹄の名前の通り、所々にブルーやイ 背後に控える加速用のウイングスラスターにも同様の変化が見て取れる。何より、色 も細く乗り手の手足を覆うようなものになっている。 足の装甲に至ってはまるで騎士の鎧甲冑のようにセシリアの知る数々の機体と比べて それが今はどうだ。各所の装甲は角々しさが取れ流れるような流線型に、そして腕や Sは、まるで工業的な角ばった装甲を持った灰白色の機体だったはずだ。 一夏の、彼の纏うISが姿を変えていた。彼女の目に映っていた直前までの相手のI ﹁なぁっ⋮⋮ 第六話 白鎧の目覚め 191 セカンド・シフト る、ISの未だ不明瞭なシステムの一つであるコアの学習システムの延長にあると言わ ファースト・シフト ︶ いえ、だとすれば彼は不完全な機体でわたくしに挑み、あれだ れる二次移行だが、素人の彼にそんなことが起こり得るはずがない。ならば││ ︵まさか、一 次 移 行 け戦っていたということ サンチン 口ではそう言うものの、一夏の口調に焦りらしき感情など微塵も感じられない。 ﹁まったく、何事かと思えば一次移行の完了だったとはな。流石に焦ったぞ﹂ しながら確認して、満足そうに頷く。 静かに構えを解きながら一夏は呟く。そして変化を遂げた自分のISを手足を動か ﹁いや、危なかった﹂ る守りの構えだ。 えと気付くだろう。構えと、そして呼吸のコントロールによって堅牢な防御を可能とす だが、多少なりとも武道に明るい者が見れば、それがすぐに空手道における三戦の構 だろう。 拳と共に両腕を体の前で立て、僅かに内股になった姿は知らない者が見れば珍妙と取る いまだ驚愕の表情で固まるままのセシリアの前で、一夏は静かに構えを解いた。握り てはまるだろう答えが思いつかない。だとすれば、この答え以外にはありえない。 自身で弾きだした答えに信じられないと言わんばかりに首を横に振る。だが、他に当 !? ? 192 それもそのはずだとセシリアは思う。一次移行が完了したということは、確実に機体 の操縦性は上がる。それだけではない。実戦模擬戦を問わず、なにかしらの戦闘行動の 最中に形態移行を機体が行ったという事例は幾つかあるが、その全てにおいて機体は│ │弾薬などの消耗物は別だが││損傷や減少したシールドなどが回復し、まるで巻き戻 したかのように万全の状態への回復をしたという。 相手からの攻撃による損耗は無いとはいえ、機体に貯蔵されたエネルギーを消費する 攻撃を連射した自分と、万全の状態まで機体を回復させた相手。総合的なパラメータが ほぼ互角としても、機体という点では一歩相手にリードをされている。 ﹁さぁてオルコット。ここからが本番だ﹂ 警戒による緊張で眉を小さく顰めたセシリアとは対照的に、落ち着き払った余裕のあ る声で一夏は宣言する。 ﹂ ? う 彼が言いたいのはそういうことだ。 なった程度で動じるわけがない。それも含んだ上で勝利を収める。そういうものだろ その問いに自分が試されていると気付いた。代表候補生様なら、素人が少し有利に う。││よもや、卑怯とは言うまいな ちょいと俺に運が良すぎと思わないでもないが、これもまた勝負の妙というやつだろ ﹁多分気付いているだろうが、さっきので俺のISは何故か万全まで回復してな。まぁ 第六話 白鎧の目覚め 193 ? どちらかと言えば、試すのは自分の方だったはずなのだが、中々どうして小憎らしい 真似をしてくれる。だが、ここで答えを返さないわけにもいかない。そして、返す答え など考えるまでもなく決まっている。 ﹂ ! ﹁織斑一夏 白式 参る ! ﹂ !! 再 度 そ の 手 に た だ 一 つ の 武 器 を 顕 現 さ せ る。同 時 に 一 夏 の 視 線 の 端 に 投 射 式 モ ニ ! 一夏と白式が宙を掛ける。そのスタートは先ほどまでよりも早く、そして鋭い。 わ ﹁いいでしょう。ならばわたくしは発展の利を以って、その歴史に打ち勝ってみせます があっても、それでも伝えられてきた剣技。積んできたキャリアの重さを見せてやる﹂ て、長篠で武田を潰して、幕末に、戦時に、国が使って、そうやって発展していった銃 ﹁なら勝って見せるさ。種子島に鉄砲が入って、美濃の斎藤が、尾張の織田が目をつけ しょう﹂ ﹁勝 ち を 取 ら せ て 頂 き ま す わ。そ の 剣 一 本 の 機 体 で 何 が で き る の か、見 せ て も ら い ま アもまた宣言で以って返す。 手にしたスターライトと控える二機のビットの砲門を全て一夏に向けながら、セシリ けです﹂ ﹁無論。多少優位に立った程度で気を使われる道理はありませんわ。その上で、勝つだ 194 フィティング ターが映し出した一文が移る。 そうげつ ﹃最適化工程完了。武装に搭載されたシステムの使用が可能になりました。雪片式参型 実体刀 蒼月 システムグリーン﹄ これ チラリとだけ見ただけで一夏はその一文を消す。どうすればいいかは本能的に理解 ブルー・ティアーズッ ﹂ している。つまりは刀で斬れば事足りる話だということだ。 ﹁行きなさい !! ﹂ !! ぶ。 務めですわ ﹁チッ ﹂ ﹂ ティアーズ ように、一夏に迫るビットの速度が上がった。 わたくし ならば、最後まで戦わせるのが主の 口角泡を飛ばしながらセシリアもまた激した声で返す。その闘気に感化されたかの !! ! ていながら、なおも愚直にビットで仕掛けようとするセシリアに対して一夏の怒号が飛 自分がビットの動きの癖、そして射撃のタイミングをも見切ることができると分かっ ﹁見切られていると分かりながらなお使うかッ 指を掛けている右手、そしてその銃身を支えている左手を僅かに動かした。 残る二機のビットにセシリアは再び指示を下す。同時に、スターライトのトリガーに ! ﹁あいにく、わたくしの騎 士はまだ戦えましてよ 第六話 白鎧の目覚め 195 ! 飛翔はそのままに、前転をするような形で一夏は体を回転させる。瞬間的に脳裏をか けた直感、焼けつくような痛みのようにも感じられたそれに従って体が勝手に動いてい た。 直後、一秒にも満たないうちに一夏の体があった場所を光弾が飛んで抜けた。間違い なく自分に狙いを定めた位置、そしてセシリアから感じる攻撃の意思は読んだはずだ。 ︶ 断言できる。だが、そこから実際の攻撃に至るまでの間が先ほどまで以上に早くなって いる。 ︵ビットが減ってやりやすくなったか !! そして数が減れば、単機の質を上げて減った数を補う。 お前の懐の勝利を奪い取ってでもなぁ !! だがそれでも││ ﹁俺は││勝つ ﹂ 思った。数が多ければ確かに単機をやり過ごすのは容易いが、それを数で補ってくる。 なるほど、確かに一国が主軸に据えようとしている新型武装なだけのことはあると しても、そう上手くはいかない。 リソースが増えたのだ。となれば、おそらくは先に斬った二機のように切り捨てようと に火力は単純計算で半分に削られたと言っても良い。だが、その分操作に費やす思考の 先ほどまでとは違い、セシリアの操るビットは四機ではなく二機に減っている。確か !? 196 ﹁やれるものならっ││ ﹂ 確実に距離は縮まっていた。 ︵まったく、とんだザマですわね ン ジ こちらも本気だと言うのに ︶ ! ことは間違いないが、国土の狭さや重要施設の都市部への集中、全国各地に形成された 無論、ISという兵器の黎明期において名を上げた千冬という乗り手の影響もあった に主眼を置いた高機動の近接戦機体の開発を主眼に据えている。 だ。そこにはその国の軍事面の事情や取り巻く政情などが絡むが、日本の場合は対IS 以前一夏に話したIS技術の開発を行っている各国の、それぞれの開発のコンセプト ! うとしない。 ︶ る二機のビットの稼働率は四機の時よりも高い。だというのに、それでも相手は墜ちよ としているのは間違いない。現に、装着している愛機がシステムメッセージで伝えてく ビットへの指示に手抜きは無い。発揮した全力を本気の意思で手繰り、一夏を倒そう ! も、確実に一夏との距離を開いて戦闘距離を保とうとする。だが、それでも僅かにだが、 レ 無論、セシリアとてただ距離を詰められるだけではない。ビットに指示を下しながら 一夏は着実に距離を縮めていく。 アリーナの宙を青と白が乱舞する。より精度を増した二機のビットをかわしながら、 !! ︵さすがは日本の近接機ということですか 第六話 白鎧の目覚め 197 都市などを主な理由とする、有事の際の防衛における機甲部隊などの大規模展開の難し さなどの﹃国﹄としての事情も絡んでいる。 さながら、 ﹃サムライ﹄をそのままISというものに反映させたかのような機体開発は 機動戦、そして武装の瞬間的な威力などの面で各国と比べても優位に立つ点がある。そ ︶ して今、セシリアが目にしているのはその機動力だった。 ︵とにかく、間合いに入るわけにはいかない 限った話ではないし、上手い下手もそこまで関わりはせん。それでも上手いやつが勝つ ﹁ま ぁ、タ イ プ の ま る で 違 う も の 同 士 で 相 対 す れ ば 必 然 的 に そ う な る な。何 も I S に うなったら、どうやって自分の間合いに持っていくかですよ﹂ ﹁織斑君とオルコットさん。二人のISは完全に真逆の戦闘スタイルですからねぇ。こ 依然モニタリングを続ける真耶の言葉に、千冬は当然だと言うように頷く。 ﹁あぁ。とは言え、こうなってもなんら不思議ではない﹂ ﹁こうなってくると、もう陣取り合戦のようなものですね﹂ ! 198 のは、単に自分に有利かつ相手に不利な状態を維持できるからだ﹂ ﹁となるとこの試合、勝つのは││﹂ 僅かに顰めた声で真耶が尋ねようとする。だがそれを言いきるよりも早く、千冬は軽 く首を横に振って遮った。 ろう。だが、それでも何があるか分からないのが勝負の、いや、世の中の常というやつ ﹁言いたいことは分かるし、その可能性は大いにある。というより、十中八九そうなるだ さ。だからこそ、面白いのだがな﹂ そう言って千冬はほんの少しの間だけ遠い目をした。世の中が面白い、その言葉に何 ﹂ ? かを思うかのように。 ﹁いずれにせよ、我々のすることに変わりはない。そうだろう ﹁えぇ、そうですね﹂ ︶ !! の攻撃に焦りも感じたが、そろそろ体感も慣れて来た頃合いだ。やられっぱなしも性に 光弾をかわしながら一夏は策を練る。始めこそ全体的な早さと精度を上げたビット ︵どっちにしろこのままじゃジリ貧か 第六話 白鎧の目覚め 199 合わない。いい加減反撃に移りたかった。 そ れ だ け で は な い。こ の ま ま で は 折 角 一 次 移 行 に 伴 っ て 回 復 を 果 た し た ア ド バ ン テージを失ってしまう。それではあまりに馬鹿らしい。それに││ ︵なにかありそうだ⋮⋮︶ 一次移行前、ビットが四機全て健在だった頃はビットだけではなく手にしたライフル ︶ による射撃も織り交ぜてきていた。だが、今はそれがない。そのことが一夏の警戒に近 いものを抱かせた。 ︵ならば、一息の内に決めるっ ﹂ !!! 間近に迫るセシリアの顔は強張っている。好機と捉えた。あとはこの勢いを利用し 分が爆発に巻き込まれるだけだ。 い。もうすぐにでも距離を零にできる今の状態では、よしんばミサイルが直撃しても自 セシリアとの距離が急速に縮まっていく。すでにミサイルが意味を為す距離では無 ける。何発かが僅かに掠めシールドの残量数値を減らすが、無視を決め込む。 の高速飛行だった。背後より光弾が襲いかかるが、左右に動きをずらすことで直撃は避 なりふりなど考えない。白式に出せる最高速度での一点突破を命じる。応答は即座 ﹁カーッ ここまでくればもう博打を打つしかない。賭けるのは己の勝利。やりがいは、ある。 !! 200 ﹂ て一撃を叩き││不意に、セシリアが口元に笑みを浮かべた。 ﹁かかりましたわね ﹂ ? 切っ先から逃れていた。 分 だ っ た。ビ ッ ト が 盾 に な る と 同 時 に 後 退 し た セ シ リ ア は 紙 一 重 の と こ ろ で 蒼 月 の ビットが刺突を阻んだのはほんの一瞬だった。だが、その一瞬はセシリアにとって十 いからだ。 損傷から免れた。実体を持たないデータの状態になってしまえば、それ以上の損傷はな と蒼月の刀身に貫かれ、甚大な損傷を負ったことで緊急の量子格納が行われて致命的な 当然の帰結と言うべきか、それまでの二機と同じように盾になったビットはあっさり た。 たのは一機、もう一機は一直線にセシリアの下へと戻り、そして主を守る盾になってい それはブルー・ティアーズのビットだった。一夏に追いすがるように光弾を放ってい イン上に、青い影が割り込んだ。 した蒼月の切っ先がセシリアの胴の中心部、心臓に位置する場所を狙い貫こうとするラ 一体どういうことか、それを考えるよりも早く体の方が反射的に動いていた。突き出 ﹁なに !? ﹁あなたの││ミスですわね﹂ 第六話 白鎧の目覚め 201 202 勝利を確信した笑みと共に、スターライトの銃口を向けた。本来であれば漆黒の虚空 であるはずの砲身内部。だが、今その内部は弾けんばかりの青に染まっていた。 結局のところ、第三世代機と謳ったところでブルー・ティアーズという機体は第二世 代の機体をベースとして稼働データ取得のために第三世代型兵装﹃ブルー・ティアーズ﹄ を搭載しただけの実験機に過ぎない。 むしろ、現在イギリス本国で開発されているという、セシリアが採取した稼働データ をベースに兵装、機体共にブラッシュアップを掛けているという﹃サイレント・ゼフィ ルス﹄の方が正式機と言うに相応しいだろう。 だがそれでも、ISである以上は一定以上の戦闘能力が必要とされる。そしてその要 は、実は﹃ブルー・ティアーズ﹄ではなく﹃スターライトmkⅢ﹄であった。単発での 火力に劣るため、どうしても包囲殲滅戦法でしか十分なダメージソースになりえないブ ルー・ティアーズとは異なり、単純な主砲としての役目だ。 ライフル キャノン 出力に、使用者の任意で解除が可能ではあるが、段階的な出力の制限を掛けることで 継戦能力や威力を調整できる、 ﹃銃﹄としても﹃砲﹄としても運用ができる光学兵装、そ れが﹃スターライトmkⅢ﹄の真の姿だった。 そして今、出力制限を全て解除の上でチャージを完了した砲口が一夏に向けられた。 仕切り直しの後に一夏と二機のビットの攻防が始まった直後から続けていたチャージ によって与えられる威力は十分。 近接兵装が意味を為す要因と言われる至近距離のIS同士が互いのバリアフィール ドに干渉を掛けることでの防御力減衰も相俟って、この距離で直撃すれば一夏は確実に 墜ちる。この一撃で、セシリアは決めるつもりだった。 ﹂ れを握る腕が揺れた。 !! 空いた左手でスターライトの砲身を一夏が掴み、そのまま砲門を上に向けていた。ギ ﹁とんだロマンチストだな ﹂ 静かな怒りを湛えた一夏の声がセシリアの耳に聞こえた。直後、スターライトに、そ ﹁││俺がミスだと ? リギリのところでトリガーを引くのを思いとどまったが、それはセシリアに明確な隙を 生んでいた。 ﹂ !! ﹂ !! 開き続けた。蒼月を振り抜いた一夏にも僅かに硬直による隙が生じており、同時にス 刃を叩きつけられた胸部から全身に衝撃が走り、苦悶の呻きを上げた。だが、目は見 ﹁グゥッ 返して煌めいた。直後、振り抜かれその刃がセシリアに叩きつけられた。 右手に握られた蒼月の、特殊合金の鈍色を僅かに青みがからせた刀身が陽光を照らし ﹁くたばれ⋮⋮ 第六話 白鎧の目覚め 203 ターライトは一夏の腕より解放されている。 再度、狙いを一夏に定めた。引かれるトリガー。放たれた光弾は、もはや光の奔流と ﹂ 見紛う程だった。 ﹁ぐおぉぉっ 再び距離が離れたセシリアを見遣る。彼女も彼女で一夏を険しい目つきで見据えて ︵つっても⋮⋮︶ と思うと眉根に険しい皺がよる。 いれば一気に窮地に追い込まれるか、あるいはそのまま敗北を喫していたかもしれない だったはずが、目に見えてその数値を大きく減らしている。あれで真っ向から直撃して ば 無 意 識 に シ ー ル ド の 残 量 を 確 認 し て 舌 打 ち を し た く な っ た。殆 ど 万 全 に 近 い 状 態 衝撃そのものはすぐに過ぎ去ったが、脳が痺れるような感覚が僅かに残っている。半 ような意識の中にあって、何とかして空中での姿勢を整える。 のノイズ、それらが一緒くたになって一夏の意識を掻き乱す。もみくちゃにされている 襲いかかるダメージの直接的な衝撃、機体にかかった負荷によって目の前に奔る大量 同様に、一夏もまた襲いかかった衝撃に大きくのけぞる。 度の負荷を掛けられたシールドがそのエネルギーを大きく減らした。同時にセシリア 直撃は叶わなかった。だが、放たれた一撃は白式の肩の装甲を一気に消し飛ばし、過 !? 204 いる。軽くないダメージを負ったのは向こうも同じだ。それだけの一撃を、叩きこんで やったのだから。 未だISのことなど知らないことばかりだが、今自分が手にしている剣が結構な威力 を持った代物だということは理解に難くない。雪片式││その文字を見た瞬間にピン ときたのだ。 ﹃雪片﹄という名前は一夏も知っている。なにせ姉が現役時代に使っていた武装の名前 なのだ。そしてその威力は対IS戦においては最強、まともに斬られて戦闘不能に陥ら なかったISは無いと明確な記録が残っているトンデモ装備だ。 なるほど以前セシリアが語ったように、 ﹃ブルー・ティアーズ﹄が時の代表とやらのI Sの能力を再現しようとしたものならば、今自分が手にしている﹃蒼月﹄は姉の雪片を、 もっと言えば雪片と共に姉の愛機であったIS﹃暮桜﹄の必殺能力だった﹃零落白夜﹄を 再現しようとしたものなのだろう。 そういう意味では、この蒼月は姉の雪片の後継と言えるわけだ。 ﹁なかなか、堪えましたわ。これだけ強烈なのを貰ったのは久方ぶりですわね﹂ つかだ。 脳裏に不意に浮かんだとりとめもない考えを一蹴する。今重要なのは、いかにして勝 ︵なんかお古みたいで微妙、というのは言わんでおくか︶ 第六話 白鎧の目覚め 205 ﹁そうかい。そういう武器みたいだからな。だが、効いたのはこっちも同じさ﹂ セシリアも未だ受けた攻撃の余韻が体に響いているのか、掛けられた言葉には熱のよ うなものが混じっている。それは一夏も同じであった。 ﹂ ! になるが、コアから供給されるエネルギーの出力を強引に上げることでより短時間での 同時にスターライトの銃口、その内部から青い光が零れた。機体に負荷を掛けること わ。今度こそ、真正面から撃ち抜いて差し上げます﹂ ﹁お互い手は殆ど無い。ならばそうなるのも道理、ということですか。えぇ、構いません ﹁この際だ。余計な小細工無しで真っ向勝負と行くぞ。まどろっこしいのは、嫌いでね﹂ シリアに向けるようにして構える。同時に、呼吸を整えて意識を集中させる。 静かにスターライトの銃口を向けるセシリアに、一夏もまた無言で蒼月の切っ先をセ う。彼女もまた、受けた一撃の余韻が体に残っているのだ。 正確を期して言うのであれば、その程度に一々突っかかる余裕も無いと言うべきだろ 挑発的な一夏の物言いにもセシリアは特に気分を害した様子は無い。というよりも、 る。直撃してたら終わってたよ。しないけどな ﹁こっちも、まさかあんなドデカイ一発が来るとは思いもしなんだ。あぁ、断言してや が、まさか使うことになるとは思いませんでしたわ﹂ ﹁スターライトのチャージ射撃、性能試験など以外ではあまり使ったことがないのです 206 チャージを完了させる。 そんな理屈など露とも知らない一夏ではあるが、単純な直感で﹃ヤバイ﹄と感じ取っ た直後には動いていた。一直線にセシリアへ向かって白式を走らせる。スターライト ﹂ の銃口が、セシリアの狙いが正確に自分を捉えていることなど、とうに分かっている。 なら、お望み通り撃ち抜いて差し上げますわ !! ︵かくなる上はっ ︶ 叩きこむつもりだ。 ガーを引こうとはしない。十分に引きつけた上で、より威力の高い近距離で最大火力を 今度こそ確実に仕留めるためだろう。チャージが完了しても、セシリアはすぐにトリ ﹁あくまで真正面から挑みますか ! いや、やらねばならない。相手の攻撃は速い。仕留めるのであればそれよりも、相手 いことが、ぶっつけ本番でできるものか。 た。だが理屈で理解するのと実践するのではまるで違う。一度としてやったことのな 不本意ではあるが自信はあまり無い。理屈の上ではどうすべきかは知ることができ ! ﹂ が動くよりも早くだ。先の先を突かねばならない。となると、手はただ一つしか存在し えない。 !!! その声と共に、一夏は思考の内でスイッチを押しこむイメージをした。同時に白式が ﹁白式ッッ 第六話 白鎧の目覚め 207 一気に伸びた。加速用のスラスターに予め噴射加速のためのエネルギーをため込み、そ イグニッション・ブースト れを一気に放出することで爆発的な瞬間加速力を得たのだ。 それが﹃瞬 時 加 速﹄と呼ばれる、近接戦を主とした機体にとっては切り札足りうる 高度技能であることを見てとったのは、未だ経験の浅い一年生以外の者達だけであっ た。一夏とセシリアの級友を始めとする一年生の大半は、ただ白式が突然に急激な加速 を得たということしか理解していなかった。 ﹂ ﹂ うには少しばかり速さが足りていない。ならば、撃ち抜くことは十分に可能 た。 幕引きとする。あとはただトリガーを引くのみ。だが、それよりも早く異変が起き ! はないのだろうが、まだ足りない。少なくともセシリアの体感で言えば、瞬時加速とい そしてもう一つ。それでも素人なのだろう。瞬時加速の手順を踏んだことに間違い から心構えは十分。 に捨て去ってる。むしろ、このうえ何をしてきてもおかしくないとさえ思っていた。だ どうしたというのがセシリアの偽らざる本音だった。素人だからという考えはとっく 素人が瞬時加速を使ったことに驚きを感じなかったと言えば嘘になる。だが、それが ﹁その程度 !! ﹁これで││ !! 208 │││││││││││││││ ︵な⋮⋮にが⋮⋮ ︶ 刀、そして一気にその残量を減らしていくシールド用エネルギーの数値だった。 を背負う一夏と白式、自信に叩きつけられている青白色の光を刃の部分に輝かせている ようとした矢先に彼女の視線に飛び込んだのは目と鼻の先に迫っている白い光の奔流 耳をつんざくような爆音がセシリアの鼓膜を揺るがした。何が起きたのか、そう考え !!! いられなかった。 柄にもなく緊張した顔つきになっているのだろうなと思いつつも、美咲は呟かずには ? ﹂ れていたシールド残量がゼロになったのを見て、セシリアの視界は暗闇に閉ざされた。 星のように止まることなく飛んでいくのが見える。そして最後に、視界の端に映し出さ 地面に叩きつけられたのか背中には衝撃、自分に一撃を入れた一夏がISと共に白い流 再度襲いかかる衝撃とノイズに意識を掻き乱される中、目に映る空が遠のいていく。 !? ﹁まさかあれは、千冬の⋮⋮ 第六話 白鎧の目覚め 209 セシリアがそうであったように、確かに一夏が素人にも関わらず瞬時加速を使用した ことはそれなりの驚きを感じた。とはいえ、にべもなく言ってしまえば﹃まだまだ﹄と いうのもまた本音であり、確かに見どころはあるが今回の勝負はイギリスの候補生の勝 ちで終わると思った。 その直後に、アレだ。遮蔽物が存在せず、なおかつこちらが風下ということもあって その爆音は自分の耳にも届いた。その瞬間には、起動しているはずのISのセンサーで すら追いきれない速さでイギリスの少女に迫り、決着の一撃を叩きこんでいた。 それを見てしまえば、さしもの彼女とて本物の驚きを感じずには居られなかった。 いた近接戦闘機体に関連する技能への貢献は顕著であり、瞬時加速を始めとして近接戦 り達も習得を基本とされている各種技能の確立がある。中でも千冬自身が得意として IS黎明期の操縦ノウハウが無かった中での千冬の功績の一つに、現在各国のIS乗 とは彼女も予想していなかった。 それよりもだ、あの最初の加速の後の二度目の加速だ。まさかあれをこんな所で見る ドに激突、そのまま落下していく一夏の姿だった。まぁ、あの程度で死にはしまい。 突っ走り続け、アリーナの戦闘から観客席を守るために半球状に展開された遮断シール 美咲の目に入ったのは、セシリアに一撃を入れた後に、そのまま止まることをせずに ﹁まぁ、加速しただけで制御なんて度外視しているようですが⋮⋮﹂ 210 の技能の大半は彼女によって齎されたものと言っても過言ではない。 それから一気に各国へと拡散していった技能の数々だが、その中でもやはりごく限ら れた乗り手しか習得できなかった技能というものがある。それがあの二度目の、身も蓋 ダ ブ ル・イ グ ニ ッ シ ョ ン もない言い方をしてしまえば﹃キチガイ﹄じみた加速だ。 技術としては瞬時加速の発展形と言われている﹃連続瞬時加速﹄の延長線上にある。 最初の加速後、溜めた推力を全て放出するよりも早く二度目のチャージを完了させ、一 回目の分と合わせて一気に放出する。得られる加速はそれこそ桁外れだが、それなりに 面倒な手順を素早く行わねばならない上に加速の制御も極めて難度が高いため、使用者 は実質千冬一人くらいしかいなかった技術だ。 たものと言えますが⋮⋮﹂ ﹁はたして土壇場で無意識にやったのか、それとも意識してやったのか。後者なら大し あの背で鬼が啼いたかのような爆音はそれなりの見物だったために、はたして真相は どうなのかと期待する。ともあれ、そろそろ切り上げ時だと判断する。予想以上に面白 いものも見ることができたし、報告として上げる分には十分だ。 とられるようでは甘いと言わざるを得ない。技量だとかそれ以前の話で心構えがなっ 何気なしにアリーナの観客席を見回しながら呆れたように呟く。この程度で呆気に ﹁まぁそれにしても、みんなポカンとしてまぁまぁ﹂ 第六話 白鎧の目覚め 211 ていない。 自分とちょうど十前後離れた少女達、その中に特徴的な長いポニーテールの少女も居 る。彼女は確か、篠ノ之博士の実妹の篠ノ之箒と言ったか。なるほど、かの天才の実妹 とは言うが、こうしてパッと見るには普通の少女だ。あれでは、かの天才の妹などとい う肩書きは荷が重かろう。そう言う意味では、ある意味では不幸な境遇なのかもしれな い。 そんな取り留めもないことを考えながら美咲はそろそろ帰ろうかと思いながら観客 ︶ 席の生徒を何気なしに見回して、一人の少女と目が合った。 ︵なっ⋮⋮ 口元に小さく笑みを浮かべて美咲は踵を返す。本当に、予想に反して面白いことが多 ﹁クスッ﹂ れるような感覚がだ。 だが、それでも目が合ったという間隔があった。あの、背筋に一瞬の微かな電流が流 い。事実として、向こうに自分の姿は見えないはずだ。 ゆえに、目が合ったとしてもそれはたまたま視線が交差しただけという偶然に過ぎな 所と観客席の間には相当な距離が、それこそ肉眼では見えようはずもない距離がある。 いや、ありえないと思った。ISの視覚補助があるならばともかく、今自分が居る場 !? 212 いと思った。また機会があればこうして赴くのも悪くないと思うように。 も は や 用 は 無 い と 言 う よ う に ア リ ー ナ に 背 を 向 け た 美 咲 は ゆ っ く り と 歩 き 始 め る。 ︶ いつのまにかタワーの縁からその姿は掻き消えていた。 ︵なんだ⋮⋮ ﹂ 議と目を離せない違和感があった。そしてその違和感は、既に消えている。 言えば、学園のシンボルに近い扱いにもなっているタワーくらいなものだ。だが、不思 は虚空の一点を見つめていた。何か特別な物があるというわけではない。目に付くと 周囲が予想だにしない一夏の勝利という結果で終わったことにざわめく中、斎藤初音 ? どうかしたの、初音 ? ? ﹁む⋮⋮﹂ ﹁斎藤先輩に、沖田先輩 ﹂ 手早く引き上げようとして、また別の人物が二人に声を掛けた。 敗が決した以上はこれ以上ここに居る意味もない。他の生徒達で廊下などが混む前に 隣に立つ司が声を掛けて来たのに対して何でもないとだけ答える。いずれにせよ、勝 ﹁んー 第六話 白鎧の目覚め 213 ? ﹁ん∼ た。 ﹂ ﹂ 剣道部の後輩にあたる箒に斎藤が何用かと尋ねる。 ﹁篠ノ之、なにか ﹁いえ、たまたま二人を見かけたので。あの、二人はなぜ ﹂ の少女が一人居る。誰かと記憶を手繰るまでもなく、名前はすんなりと浮かび上がっ 各々異なる反応で声のした方に振り向けば、そこには目立つポニーテールをした黒髪 ? ﹁まぁ、正直ちょっとビックリしたっていうのが本音かな まさか候補生ちゃんに勝 肩をすくめながら軽い調子で応える司に、同じ理由であるからか初音も無言で頷く。 があった。それだけだよね﹂ ﹁ふ∼ん、何故って言われてもねぇ。そんな大した理由じゃないよ。単に、ちょっと興味 ? ? 214 いてよ﹂ ノ之ちゃんって彼と同じクラスだっけ おめでとうって初音が言ってたって伝えと つなんて。それに、中々珍しいものも見れた。まぁ、見に来た価値はあったよね。あ、篠 ? しようとするが、それよりも早く司は足早にその場を立ち去っていた。 思わぬところで自分の名を出されたことに初音が、小さく苛立ちを含んだ声で抗議を ﹁待て司﹂ ? ﹁じゃあね∼。チャオ﹂ 呆気にとられる箒の前で初音が苛立たしげに舌打ちをする。その後に続く咳払いで ﹂ 箒は意識を初音に向きなおした。 ﹁あの、斎藤先輩⋮⋮ の足取りは硬質な鋭さを持っている。そんな感想をぼんやりと抱いた。 それだけ言って初音もまた踵を返して立ち去る。飄々とした風情の司とは違い、初音 ともできる﹂ ﹁まぁ、そのつもりがあるなら貴女も励むこと。部活でなら、剣道くらいは少し教えるこ 誰のことを指しているかは言うまでもない。一夏のことだ。 ﹁⋮⋮私も行く。おめでとうはともかく、大したものだとは私も思う﹂ ? 思って箒は、今日は無理だが明日は部活に赴こうと思った。 そうして実力がつけば、少しは一夏の興味を引くことができるかもしれない。そう ︵そうだな。それも手か⋮⋮︶ 第六話 白鎧の目覚め 215 ﹁ぐ、おぉ⋮⋮﹂ 呻き声を漏らしながら一夏はすぐ側の壁についた手を支えとしながら何とか立って いた。 最後の一撃、何とかしてでも一撃入れようと思いながら姉の戦闘記録にあった加速技 術を使用した。幸いにして資料に事欠くことは無かったためにやり方はすぐに分かり、 いざ本番で使っても使うには使えたが、この様だ。 本命となる加速をできたは良いものの、その後の制御が完全に頭からすっぽ抜けてい たため、セシリアに一撃入れた後には見事にかっ飛んで行って遮断シールドに正面衝 突、そしてこれだ。 は姉のかつての愛機の装備であった﹃雪片﹄、および特殊能力の﹃零落白夜﹄による極め 全身に残る痛みにしかめっ面をしながら、一夏は改めて武装の概要を確認する。蒼月 も幸いした。 だが、それでも勝っただけまだマシと言えるだろう。武装が思いのほか強力だったの 近いものによるとあっては尚更だ。 立ちを隠せない。しかもそれが加速の制御ができなかったことによるほとんど自滅に 残っていたシールド用エネルギーの残量、それがギリギリまで減っていることには苛 ﹁エネルギー残量72⋮⋮くっ。ギリギリだな。全然スマートじゃねぇ⋮⋮﹂ 216 て高い攻撃力を武装のみで再現しようとした代物だ。 必然的に極至近距離となる攻撃範囲において、IS同士の干渉によって防御力の下 がった相手のシールドに、高密度に収束させたエネルギーを収束させ纏わせた刃を叩き つける。、エネルギーの熱量的、電位的、そして刃の物理的な切断力、これらで以って相 手のシールドに極めて多大な負荷を掛けてシールドを大きく削り、あるいはそのまま シールドの負荷限界を突破してISの最終安全機構とも言われる﹃絶対防御﹄を作動さ せて一気に削り切る。 極めて大雑把に言ってしまえば、馬鹿の一つ覚えのごとく斬ることだけを追求した武 装だ。だが、その突き抜け具合が逆に一夏には好ましく思えた。これでなら、今後も一 緒にやっていけると思うぐらいにはだ。 ﹂ ? 明らかに皮肉をこめた物言いではあるが、一夏は我関せずと言う風に答える。 ﹁そうか。とんでもない奴が居るもんだ﹂ ﹃少し、意識が飛んでいましたわ。どこかの誰かさんが派手にやってくれたものでして﹄ ﹁まぁ、な。⋮⋮無事か 通信でセシリアの声が聞こえた。 ﹃わたくしの⋮⋮負けですか﹄ 第六話 白鎧の目覚め 217 ﹃あなた、心臓に毛でも生えていますの ﹄ ? ﹁どうせそうだと思ったよチクショあいたた⋮⋮﹂ ﹃さっさと引きあげて来い。そうしたら⋮⋮説教だ﹄ ばわりの姉に思わずツッコミを入れていた。 試合を終えたばかりの、ましてや勝利を収めた弟に対して掛けた最初の言葉が馬鹿呼 ﹁第一声がそれかよ⋮⋮﹂ ﹃おい馬鹿者﹄ と思いつつ、一夏も戻ろうと思い飛ぼうとする。だがそれより先に、再度通信が入った。 女が飛び立ったピットに戻るのが見えた。シールドは剥げても飛べるんだよなぁなど それを最後に通信が切れ、離れた所でブルー・ティアーズを纏ったセシリアが飛翔、彼 ﹃では、また明日に﹄ ﹁あぁ、そりゃ⋮⋮俺もさ﹂ れに⋮⋮今日はもう休みたいですわ﹄ ﹃お先に上がらせて頂きますわ。機体の調子を見て報告をまとめねばなりませんし、そ 呻く声が聞こえた。 呆れたようなため息が通信越しに聞こえた。動いた際に痛みでも感じたのか、小さく ﹁かなりの剛毛だな﹂ 218 少しばかり声を大にしてみようと思った矢先に走った痺れるような痛みに思わず呻 く。それを聞いたからか、通信越しにセシリア同様呆れるようなため息が一夏の耳に 入った。とにかく、さっさと戻るしかない。 ﹃あぁそうだ。先に言っておくことがある﹄ ﹁何さ﹂ ﹃確かにお前は素人でありながら候補生に勝った。あまつさえ、高難度の技能を未完成 ながらも使った。あぁ、一般的には評価すべきだろうな。だが││まだまだと言うこと を忘れるな。この程度のことでお前に満足してもらっては困る﹄ 戦果の内に入れる気にはなれない。そう、姉の言う通りだ。自分はまだまだ足りない。 そして己の最も身近には文字通りの頂点が存在する。ならば、この程度の戦果など、 るトップの実力者が居るのだ。 彼女より強い者は多く居るだろうし、さらにISを保有する各国には﹃代表﹄と呼ばれ セシリアには悪いが、彼女もいかに強かろうが所詮は候補生なのだ。同じ候補生でも る。 ている。確かに自分がやったことは大したことなのかもしれない。だが、足りなさすぎ それだけ言って一夏は通信を切った。そう、そんなことは一夏自身が一番よく分かっ ﹁⋮⋮当り前だよ﹂ 第六話 白鎧の目覚め 219 知識も、技量も、何もかもが。 な熱がこもっていた。 ピットに向けてゆっくりと飛びながら一夏は呟いた。言葉は、静かでありながら確か ﹁まだまだ、これからさ⋮⋮﹂ いない。 など作り、それを達成して虚ろになるくらいならば、果ての無い探求の方が面白いに違 自分が強くなっていくという実感を得られるのであれば、それで十分だ。下手に目的 もゆっくり考えられる。いや、別に目的などいらない。 ただただ無心で強くなることだけを考えよう。強くなってどうするかなど、後からで ﹁なら、強くなるしかないよなぁ⋮⋮﹂ 220 第七話 試合の後は反省会 ツインテが中国からやっ ! そういえばそんなのがあったなと一夏は記憶を掘り返す。専用機として登録された ﹁まずはISを片付けろ。専用機の待機状態、知らんとは言わせんぞ﹂ 奥から千冬と真耶が歩いてくる。 ﹁戻ったか﹂ が最後の加速の制御無視による自滅だと言うのだから、まったくもって笑えない。 して音が少しばかり耳障りなものになっているような気もする。その原因のほとんど 時のガシャガシャとした音が耳に入るが、心なしか疲労の影響が足取りにも出た結果と ピットに辿り着き床に足をつけた一夏はそのまま数歩ばかり前に進む。ISで歩く しているのと同義になるため、基本的にシールドの喪失=戦闘不能となっている。 くなろうと基本的な行動は可能だ。もっとも、その場合はISを纏っているが生身を晒 る動力から一部を専用に変換されたものを別枠として用いるため、たとえシールドがな ISのシールドに用いられるエネルギーはコアにチャージされた各種駆動に要され おぼつかなさを感じさせるゆっくりとした飛行で一夏は出撃したピットに戻った。 てくるそうですよ 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 221 ISには専属搭乗者が常時││万が一の際の護身の意味も込めて││携行ができるよ うに、小型のアクセサリーなどの形に変化する機能を追加で有することになる。ますま すもって非現実じみていると思わないでもないが、それをISは可能としているのが現 実だ。 千冬の口ぶりに自分が纏っている白式も待機形態になれるのだろうと思うが、されど うやってその状態にすれば良いのか。 ︶ 音が入る。そういえばこれからお説教だったと思いだし、正直面倒くさいと思うが一夏 まじまじと角度を変えながら白式の専用機を眺める一夏の耳に、千冬の軽い咳払いの ﹁こいつが、ねぇ⋮⋮﹂ に引かれた二本の細い鎖が小洒落た印象を与えている。 白を基調として流れるようなレリーフが彫りこまれた意匠だ。中央で交差するよう められていた。 文字通りあっという間の刹那だった。気付けば、自分の右腕には白い金属質の腕輪が嵌 直後、一夏の全身を覆っていた装甲が光の粒子になると共に、その右手首に収束する。 これほどしっくりくる収納のイメージを自分は他に知らない。 軽く目をつぶりイメージと共に戻れと念じる。セットのイメージは鞘に納める刀だ。 ︵とりあえず、﹃戻れ﹄とでも念じるか ? 222 は前に立つ実姉に意識を向け直した。 前自身の鍛錬、それらもひっくるめた上でだ﹂ 自主操縦訓練が可能だ。さっさと精進に努めろ。無論、山田先生の補講、日頃の授業、お 専用機がある以上、アリーナの使用申請さえすれば少なくともお前はいつでもISの 要がない。単にお前が未熟だからあのようにせざるを得なかっただけだ。 方ではあるが、そもそも然るべき回避運動が行えるのであればあのようなことはする必 ばより無駄のない機動で回避することに努めろ。確かにそれなりに﹃腕﹄が必要なやり それだけではない。相手の攻撃を武装で弾いていたが、そんな恰好をつける暇があれ したのだろうし、僅かなりともその痕跡は見えたものの、まだ基本の機動も甘い。 ﹁しかしだ。それを軽く帳消しにしてしまうくらいに酷い様でもあった。確かに努力は れを良しとしたのもあるが、いきなり試合に放り出したのはそっちでもある。 はどうにも言葉にそんな感情が籠っているように感じない。ついでに言えば、自分がそ たのは労うような言葉だ。いいや違う。これはただの前振りに過ぎない。労いにして 意外というのが一夏の感想だった。開口一番に小言が飛んでくるかと思えば、出て来 る﹂ え一国の候補生相手に勝利を収めたことはまぁ、それだけで見れば結構な結果ではあ ﹁まずは試合ご苦労と言おう。ろくな経験もないままに試合に放り出されて、あまつさ 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 223 ﹁まぁた無茶を言う。言うのは楽だけど、結構きついですよソレ ﹂ ? ﹂ ? れだけだ。﹃完全にものにする﹄か﹃一切使わない﹄かだ。あれに関してはその二つに一 ﹁まぁ見てしまったものは仕方ない。仕組みもまた同様だ。いいか織斑、言えるのはこ 分で呆れるようにため息を吐きながら首を横に振る。 であったため、久しく見ていなかったために色々と忘れていた。そんな自分の不徳に自 ての立場を盤石とさせた要因の一つであるあの加速、そもそも使っていたのが千冬一人 ため息を吐く。自分も一線を退いてそれなりに立つし、自分のIS乗り随一の猛者とし そういえばそうだったと、千冬は頭が痛いと言わんばかりの顔で額に手を添えながら ﹁どこでも何も、視聴覚室の記録映像に普通に﹂ ﹁最後だ。と言うよりも、これが本命だがな。最後の加速、どこで知った﹂ めていたが、すぐに言葉を続ける。 歪んだ皮肉で作った笑みを顔に張り付ける弟を、千冬は僅かな間だけ沈黙と共に見つ ﹁⋮⋮まぁいい。次だ﹂ 構気持ちよく感じるもんで。あぁ、俺はどっちかと言えばSだけど﹂ ﹁⋮⋮クッ。まぁそうですねぇ。それに、強くなれる実感があるなら訓練のキツさも結 う ﹁だが、それで実力をつけられるのであれば、必要ならばやる。お前はそういうやつだろ 224 つしか存在しない。僅かでも綻びがあればすぐに何もかもが破綻する。その結果は身 を以って思い知ったはずだ﹂ 何のことかは言うまでもない。最後の自滅のことだ。実際に体験してそれ以外にあ り得ないと悟ったのだろう。一夏もすぐに頷いて肯定する。 み取るとそのままクルリと回してクリップボードに収めた。 す。そして先ほどとは逆に自分に向かって飛んできたペンを、千冬は一夏同様に指で挟 度は一夏の右手が鋭く動いてペンを人差し指と中指で挟み取り、そのまま千冬に投げ返 けていた。一直線に鋭く向かって行くペン先が一夏の後頭部に当たろうとする刹那、今 手にしたクリップボードに添えつけられたボールペンを千冬が一夏に向けて投げつ か理解した。 後に起きたことを、千冬の隣に立っていた真耶は全て終わってからようやく何があった 返すと更衣室に戻ろうとする。離れていく一夏の背を千冬は静かに見つめていた。直 無言で頷いた一夏に千冬は顎の動きでもう行けと示す。軽く一礼をして一夏は踵を ことがあってはならない。分かっているな﹂ しろ。言っておくが、専用機を持つからにはこと実技の面で他に後れを取るなどという ら、お前がそうしたように視聴覚室での閲覧も可能だ。きっちり反省点を見つけて改善 ﹁これで終いだ。今日の試合の記録映像は今後の教材の一部として取り扱う。当然なが 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 225 ﹁え ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? つ真耶が小さく息を飲んだが、とうの千冬はと言えば涼しい顔で一夏の言葉の続きに耳 サラリと世界最強の乗り手の打倒を目標に掲げると言い放った一夏に、千冬の隣に立 ること。当然だけど、先生に勝つことも含まれてる﹂ たいな候補生のような強い相手に勝つことや、例えばできなかった技をできるようにな ﹁目標というより、指標や目安みたいなものはある。例えばIS乗りとしてなら、今回み ばし悩むように目を閉じると、考えがまとまったからか目を開き、答えを返し始めた。 さてどう答えたものかと考えるように一夏は視線だけを上向きに動かす。そしてし ﹁目標⋮⋮か﹂ も、お前が今後自分を鍛えていく上での目標はあるのか ﹁お前は、何を目標とするつもりだ。別に何でも良い。IS乗りとしても、武術家として ﹁何を ﹁一つ、確認しておきたい﹂ 言葉をかわす。 困惑するように一夏と千冬に視線の行ったり来たりを繰り返す真耶を尻目に、姉弟は ﹁いや、少しばかり弟の腕を確認したかっただけだ。それと、﹃先生﹄だ﹂ ﹁なんのつもりだよ、姉貴﹂ 226 を傾ける。 ﹂ ? ゴー ル の背がピットから更衣室へと続くドアの向こうに消えていったのを見て、千冬は呆れた これ以上話すことは無いと言うように一夏は更衣室に向けて歩いていく。そしてそ ﹁⋮⋮そうか﹂ ね﹂ うよ。まぁとにかく、今は色々足りなさ過ぎている。当面は、そっちに集中したいです の時だけのもので、うん。やっぱり俺は何も考えずに馬鹿の一つ覚えで鍛えてるでしょ ﹁さぁ。もしかしたらこれから出てくるのかもしれない。けどきっと、それはその時そ ないのか 斑、曲がりなりにも人生の先達として言わせてもらおう。その上で、為したい何かとは ﹁無心で己を高めるという姿勢は嫌いでは無い。むしろ好ましいと思っている。だが織 い。あるのはただそれのみを追い求める執念、そしてそれが高じ過ぎた狂気だけだ。 させていること。そして手段が目的に代わってしまった以上、そこに果ては存在しな それはつまり、本来であれば手段であるはずの﹃力を得る﹄という行為を目的に転じ でただひたすらに何も考えないで鍛え続けていた方がマシってもんですよ﹂ んなゴールを作って、そこに達したら後は腐るだけ。だったら、ゴールなんて作らない ﹁けど、ここっていう目標は作っていない。作るつもりがない。だってそうでしょ。そ 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 227 ようなため息を吐いた。 ﹂ ﹁まったく、あいつときたら⋮⋮﹂ 山田先生﹂ ﹁あのぉ∼、織斑先生 ﹁何か ? ? ﹂ ? ﹂ そ う 言 っ て 千 冬 も ま た 踵 を 返 し て 歩 き 出 す。教 師 で あ る 二 人 に は こ の 後 も 仕 事 が あるが。とはいえ、怠惰に生きるよりはまだ骨がある分だけマシというやつさ﹂ への執念は強烈でな。剣の手ほどきをしたあいつの師が規格外だったりと、色々要因は ﹁まぁ概ねその認識で間違ってはいないな。良くも悪くも、あいつの﹃強さ﹄というもの しい、ということでしょうか ﹁そういえば織斑君、勝った割にはあまり嬉しそうにしてませんでしたよね。自分に厳 は無いだろうし逆にそれを自分の不足と取る。あれはそういうやつだよ﹂ いはあいつも問題無くこなす。仮に反応できなくて当たったとしても、別に大したこと り止めただろう。少なくとも自分の間合いに入って来たものに反応して対処するくら ﹁まぁ確かに普通なら危ない。だが、アレにそんな心配は不要だ。実際、あいつはあっさ ことだ。あれだけ鋭く投げつけられたペンが当たれば、間違いなく危ない。 オズオズとした様子で声をかけた真耶が指しているのは、先ほどのペンを投げつけた ﹁いえ、その、さっきのは流石に危なくないですか ? 228 残っている。いつまでも立ち話をしているわけにもいかない。そして、後を追うように 後ろを歩く真耶には素振りを悟られること無く千冬は弟について思いを巡らせていた。 ISスーツはその形状ゆえに着替える際は水着のソレと感覚が似ている。思えば小 更衣室に入った一夏は手早く着替えを済ませると手近な椅子に座りこんだ。 千冬は小さく眉を潜めた。 言い聞かせると同時に、ただ一人の肉親であると言うのにあまりにままならない今に、 にあれやと口を出すことも躊躇われる。今の自分にできることは当面見守ることだと 姉弟揃っての逆縁を辿ることに憂いを抱きはするものの、自分自身のことがあるため はや後悔のしようが無いところまで影響を残した。 今になって思い返せば若気の至りで済まされないことも多々ありはしたが、それはも 彼だけは何としてでも守らんとしてただひたすらにがむしゃらになっていた。 幼さであった一夏を残して両親が消えた時の自分とだ。血を分けた家族である一夏を、 今の弟の姿にはかつての自分が重なる。ちょうど今の弟くらいの自分と乳飲み子の んな。結局は私の未熟が巡り巡ったようなものだ︶ ︵思えば、あそこまであいつが力に執着するようになったのは三年前か⋮⋮。何も、言え 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 229 学校の時などプールの更衣室で一人は着替え中にふざけてサービスなどと言うやつも 居たなぁなどと、思ってから至極どうでも良いと感じる感慨にふけったりする。 カーッ、やっぱ良いわこれ ﹂ ! 残った少しを一気に飲み干すと一夏は椅子から立ち上がり、空のボトルを片手に軽く に上の量もイケル。 で飲み干していた。なお、これでも抑えた方だ。一気にボトル全部は容易いし、その更 ちなみに、ボトルは一般的な500mLのものであるが、その八割ほどを一夏は一息 口を突いて出る。 いが、その何とも言えない心地よい感覚に、口を離すと同時にそんな親父臭いセリフが 胃にドリンクが流れ込むと同時に渇きが癒されていく。もちろんイメージでしかな ﹁クハッ ! ではない。ならばむしろぬるいほうが丁度良いし、吸収の効率面でも良いと言える。 に中身を飲みこんでいく。水分を欲しているのは確かだが、別に暑さに喘いでいるわけ だがそんなことは気に掛けずにキャップを捻って蓋をあける。そして口をつけ、一気 いる内にすっかりぬるくなっていた。 らスポーツドリンクのボトルを取り出す。一応冷蔵庫で冷やしてはいたが、鞄に入れて 手早く着替え終えると少し休憩を取ろうと椅子に座りこむ。そして隣に置いた鞄か ︵いやいや、本当にどうでも良いなコレ︶ 230 周りを見回す。そして更衣室の一角に置かれたごみ箱を見つけた。 何気なしに一夏はボトルを持った手を振る。同時に空のボトルが放物線を描きなが ら宙を舞いホールインワン。ごみ箱とボトルが接触する軽い音と共に、空ボトルはごみ 箱へと呑まれていった。 そのまま一夏は体をほぐすように両腕を天に向け、思い切り背筋を伸ばす。しばし座 り込んでドリンクを飲んだことでそれなり以上に回復はした。これが他の者、たとえば 同じクラスの者たちならばもう少しグロッキーが続くだろうが、生憎鍛え方が違う。 何年も体をいじめ抜くようなトレーニングを続けて来たのだ。よくて精々少々鍛え た程度の十五、六の小娘と一緒にされては困ると、自分も同年代ということを完全に棚 上げした上で口には出さずとも思っている。 知らず、 ﹃武術家﹄としての力量を基準として一夏が他者と自分の間に線引きを設けて いることを知る者は殆どいない。なにせ当の本人でさえ気付いていないのだ。 体の調子はかなり回復している。だからと言って完全に気を弛緩させているわけでは 荷物を掴んで一夏は更衣室を出る。歩きながら体の調子を確認するが僅かな休憩で けのもの。体を伸ばした状態から元に戻すと同時に霞のように消えてなくなった。 もっともそんな考えも体をほぐした僅かな間に、意識の片隅にうっすらと浮かんだだ ﹁クゥッ⋮⋮っと。よし、戻るか﹂ 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 231 ない。姉の言う通り、勝てこそしたが未熟も良い所なのだ。反省すべき点などいくらで もある。 折角の専用機を受領したのだし、さっそく明日からでもアリーナの使用申請をして自 主練習をと思い、ますます圧迫されていく時間というものに頭を抱えたくなる。本気で 一日が三十時間くらいは欲しい。 その後、小走りで自分を追って来た真耶から翌日に白式の開発元の企業であるという 倉持技研の技術者を交えた上で、改めて機体のチェックや調整を行うと聞かされ、ます ます圧迫される時間に一夏は思わず肩を落としていた。 流れる湯が全身を打つ音をBGMにセシリアは自室でシャワーを浴びていた。 よりゆったりできるということを求めるのであれば、他の者と使用が被るかもしれな いが寮の大浴場を使用するという手もある。だが今しばらくは一人で考え事をしたい 彼女は、汗を流すのに各部屋に添えつけられたシャワールームを使用していた。 の後の疲弊をおして本国へと試合の結果を報告していたのだ。 全身に感じる湯の熱の心地よさに緊張をほぐすように一息つく。つい先刻まで試合 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 232 結果として敗北を喫したことには良い顔をされなかったものの、本国でも動向を気に 掛けている現状唯一の男性操縦者である一夏の試合を行っているデータを早期に得ら れたという点を考慮して、要精進という旨の小言で済んだ。 また、 ﹃ブルー・ティアーズ﹄の稼働データのログの提出を行うと共に、本国より技術 者を呼んでのメンテナンスが行われることも決定した。 IS、特に専用機はデータという実体を持たない形で格納されるという性質上、多少 損耗しても弾薬などの消耗品以外は時間を置くことである程度自然に回復をするとい う、まさしく魔法じみた特性を持っているが、やはり人の手で直接直した方が早く済む 上に、今後学園で運用していくにあたって改めて調整をしておいた方が良いという判断 によってであった。 学を機に本格的にISに関わるようになった者で学園卒業後も乗り手として活躍でき ない正式なIS乗りになることを夢見て入学をしたのだろうが、実際問題として学園入 大多数の入学者達は、将来的に国家とそこに住まう民衆から期待される一握りしかい かった。 他の生徒と同じように学園で学ぶにあたって気分を昂らせたりということはしていな 愚痴るように胸の内で零す。あまり表だって言うようなことではないが、セシリアは ︵まったく、入学早々にとんだことになりましたわね︶ 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 233 る者は最終的に文字通り一握りの優秀な者に限られる。あとは自分のように学園入学 以前に高い適正を示すなどして専門的な教育、訓練を受けることができた者くらいだろ う。 そして自分がそうした立場にあるからこそ、セシリアは学園にやってきたとて自分の 役割というものを冷静に割り切っていた。つまり、未だ開発途上にあるといえる第三世 代兵装の稼働データを取得し、より技術全体の完成度を高めることに貢献することと、 各国から集まるだろう未来の乗り手達を見定めて国のIS戦略の参考の一端とするこ と。 そして今年に限って言えば、唯一の男性操縦者である一夏に関しての諸々の調査だ。 れようとしてきた。そして実際にそうした。あの時の悪鬼じみた形相と怒声は正直忘 自身の未熟によるティアーズの制御における弱点を見抜いた挙句、執念深く一撃を入 いうわけではないと分かった。そしていざ試合となったら、アレだ。 興味が無いと言えば嘘であったし、実際に入学して少し会話をしてみてただの愚鈍と か。 かっただけに、本国でも一時期話題を掻っ攫った男性IS起動者がどのような人物なの 育 ち と I S 乗 り と い う 立 場 ゆ え に 同 年 代 の 異 性 と の 接 触 が 決 し て 多 い と は 言 え な ︵正直、余計な刺激をしたような気がしてなりませんわね︶ 234 れられそうにない。 父であり、祖父は巌のような厳しさと共に貴人の何たるかを体現しているような立派な 数年前に両親が事故死して以来、実家や各企業などを取り仕切っているのは彼女の祖 りとも失望を抱くのも無理のない話であった。 いって変にへりくだるのもおかしな話ではないだろうか。同世代の異性に対し、僅かな 確かに自分にはそれなりの肩書きが乗っていることは理解している。だが、だからと る同年代の少年は彼女にへりくだる者が多かった。 席し年の近しい者と交流する機会もあるにはあったが、同性はともかくとして異性であ 中でもエリートとされるグループに属している。その都合、公的なパーティなどにも出 そしてセシリア自身もまた国家代表候補生という、言うなれば国家所属のIS乗りの 業を経営し潤沢な資産を持ち、代々伝わる爵位も持っている。 自慢をするわけではないがセシリアの実家はイギリスでも有数の名家だ。複数の企 ﹁思えば、珍しいタイプの方でしたわね﹂ が、全身を湯に包まれる感覚は先ほどまでのシャワーとはまた違った心地よさがある。 がら湯を張っていた浴槽に身を沈める。流石に思い切り足を伸ばすだけの広さも無い 目の前の壁に付けられたノブを捻ってシャワーを止める。そしてシャワーを浴びな ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 235 人物だが、せめてその気骨の一端くらいは持って欲しいと思った。 そう言う点では一夏は彼女にとってそれなりには評価できる。色々と思うところは あれど自分から勝利をもぎ取ったのは事実だし、常に前を見据えているような毅然とし た姿勢は良いことだと思う。 となると後は祖父だが、まぁ遠からず近からずと言ったところだろう。どちらかと言 思う自信さえあった。絶対似合わないからだ。 性格を知った上で、これで彼が父みたいな態度を取ったらまずいの一番に気持ち悪いと が別のベクトルに飛び過ぎている。正直、この一週間である程度織斑一夏という人間の 話がそれたがとにかく一夏と父はまずもって似ていない。というよりも性格の方向 もそんな二人を好いていた。 ような顔を浮かべていたが、実際問題として二人の仲は悪いものではなかったし、彼女 乗せ彼女が落ち着くまで撫でていてくれた。いつもセシリアに優しい父に母は困った 母の厳しい指導に涙を浮かべて挫けそうになった時、父はいつもセシリアの頭を膝に 照的に婿入りしてきた父はいつでもセシリアに優しかった。 娘として生まれた母は自分をその立場に相応しい娘にしようと厳しく育ててきたが、対 まぁ確実に母と共に亡くなった父とは似ても似つかないだろう。オルコット本家の ﹁おじい様とは違いますが、柔な殿方というわけではなさそうですわね﹂ 236 えばそっちの方というだけだ。 巡らせていった。 用許可を取りに行くことや、どのような内容の訓練を行うか、セシリアは静かに思考を そうなると早速ISの実機訓練をしなければならない。明日さっそくアリーナの使 の本来の役割を果たすことにも繋がる。 そのためにはブルー・ティアーズの操作能力の向上が急務だろう。それは同時に彼女 ﹁⋮⋮次は、勝てるようにしないとですわね﹂ に立て続けに負けるわけにはいかない。 ならないし、その過程でまたISによる試合を交えることも幾度とあるだろう。さすが いずれにせよ、国が求めるだけの結果を出すには必然的に彼と今後も関わり続けねば 見極める。そしてあわよくば取りこもうとでも考えているのだろう。 まぁ国の考えていることも分かる。その人柄を吟味して自国に利があるかどうかを 報告を求むという旨の実にありがたいお言葉を頂いた。 試合の事も含めて本国に報告を送ってみたは良いものの、送った矢先にさらなる調査 ︵まったく、面倒ですわねぇ︶ 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 237 ﹂ ﹁なぁ一夏。少々聞きたいのだが﹂ なんだ ? ﹁先の試合、最後に何があったのだ ﹂ 夕食も終わった夜の学生寮、その一室で一夏と箒の会話が交わされる。 ﹁ん ? ﹂ ? て暴れたら。まぁでかい被害は出るな。 持ったやつが何食わぬ顔で国の重要施設の近くまで徒歩で行って、そこでISを起動し り ゃ な、戦 争 や テ ロ リ ズ ム に は 持 っ て こ い だ。特 に 専 用 機 だ。例 え ば の 話 だ。そ れ を ﹁そうそれ。まぁ競技なんて建前だよ。実際に俺もISを動かしてみて分かったが、あ か﹂ ﹁あぁ、確かモンド・グロッソだったか。ISを競技にしようという運動の一環だった 際大会があったろ﹂ ﹁あぁそうだ。姉貴が現役のIS乗りだった頃だな。もう何年も前になるけどでかい国 ﹁じ、自滅って一夏お前⋮⋮。いや待て、千冬さんの切り札だと ﹁あぁあれねぇ。いや、姉貴の現役時代の切り札をパクった。そして自滅した﹂ ? 238 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 239 パ ン ピー 素人の俺でも思いつくこんなことを他の連中が思いつかないはずもないし、そもそも 無駄に高性能って時点で一般人だって十分に危険視できるさ。 ﹄って。まぁ今でも軍隊がメインで運 だから多分、いろんな国のお偉いさんがこう示し合わせたんだろうよ。﹃競技にして 大丈夫ですよーってアピールすれば安全じゃね そのため、現在のIS保有国の軍事におけるIS運用思想は﹃敵の司令部や戦線の要 状況にならないのが望ましいとされている。 そしてIS同士でも実際に戦うとなればそれなりに手間であるため、できればそんな Sの相手はISにやらせるのが手っ取り早い﹄という考えがメインになっている。 たりと、総合的なコストが割に合わない。そのため、そうしたコストなどの観点から﹃I 勝利自体は不可能ではないが、そのためにそれ用の戦術を立てたり各種物資を消費し れるのだ。 れば、相手が余程の下手糞操縦者かヘッポコ機体でもない限り、かなりの苦戦を強いら 突出した性能を持っていることは間違いなく、仮にIS以外の兵器群で対応しようとな 確かにISが戦場に投入されたとして、それがその場の戦局に与える影響は大きい。 実際問題、その競技としてのIS運用にしても軍事的な思惑が絡んでいる。 建前だけどさ﹂ 用してて中東の紛争あたりで実戦にぶち込まれたなんて記録もあれば、マジで白々しい ? などに急襲を掛けて対応をされる前に大暴れして一気に潰す﹄という電撃戦のようなも のになっている。無論、国の政情次第ではまた別々の運用思想の下で開発が行われたり もするが、そのあたりは割愛する。 しかし、そうした運用思想を取ったとしても万が一ということを考えて対IS戦略も 考慮しなければならない。 その点で、一般に向けてのISの競技化のアピール、軍事面における対IS戦略の データ取りの場として、かつてのモンド・グロッソは格好の舞台だったのだ。 そして現状では、友好国同士の性能評価試験などを除けばこのエキシビジョンが最後 縦者の思惑だったのだが、結局千冬本人からまともな勝ちを取れた者はいなかった。 に、実質的なグロッソでの優勝者である千冬へのリベンジマッチが参加国、及び代表操 モンド・グロッソ当時から進んだIS開発と搭乗者養成の成果の評価であると同時 ビジョンという形でISの国際試合が開催されている。 ちなみにそれから数年後、現在から数えて三年前にも一度、表向きは国際的なエキシ ﹁確かそうだったはず。教科書にもそうあったはずだよ﹂ と問題があってその解決が為されなかったからだったか﹂ ﹁確か曲がりなりにも競技であるから公式の規格を定めるとか、開催の間隔だとか色々 ﹁まぁグロッソ自体は最初の一回だけで止まってるけどなぁ﹂ 240 の国際的なISの競技大会となっている。同時に千冬の現役操縦者職の終点であるが、 このことに関すると途端に一夏は口数を少なくする。だが、そのことを箒はまだ知らな い。 ﹁そうなんだよな⋮⋮﹂ ﹁だが、それをやろうとして自滅したのだろう ﹂ ただそれでも一つだけ、はっきりと言えることがあった。 それを知る術を箒は持ち合わせていなかった。 への憧れなのか、それとも相手の悉くを打倒してきた力と技そのものへの憧れなのか、 そう言って姉の戦い方を語る一夏の声には熱っぽいものが含まれている。それが姉 かね﹂ 姉貴は別人だと思ってるけど、あの勝ち方をイカしてると思うあたり、やっぱ姉弟なん あればかりはな、惚れ惚れするくらいにスマートかつクールな勝ち方だと思うよ。俺と あのスピードだ。相手も反応のしようが無い。気付く頃にはバッサリやられている。 気に相手に接近して切り捨てる。 Sに限定すればトンデモ攻撃力なスキルがあったらしくてな。それと組み合わせて一 実にシンプルだぜ。姉貴のISには相手のシールドを一気に削り飛ばすっつー対I ﹁で、そのグロッソで優勝かっさらったのが姉貴でと。その時の姉貴の戦法さ。 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 241 ? 僅かに声のトーンを落として一夏が同意する。言われるのは非常に不本意だという 不満と、言われても仕方ないという諦観や自嘲が混じった複雑な声音だった。 勝ったではないか﹂ ? は素人だろう。なら、やはり勝てただけでも良しとしたっていいではないか﹂ ﹁まぁ、言わんとすることは分かるが。だが一夏、それでもだ。私もだが、お前とてIS それが俺の理想だよ。少なくとも今回みたいな勝ち方じゃあ、全然満足できないな﹂ て勝つ。 自分の技で駆け引きをして、相手の技を存分に楽しんで、その上で自分が相手を凌駕し それを機体に頼ってやっただけで、 ﹃俺自身﹄の技じゃあない。もっとこう、鍛え上げた 持ってた武器が威力の高いもので、そこにあの半端な技。実質姉貴の劣化コピーさ。 い。 まぁなんつーか、スマートじゃあねぇんだよな。勝ったのはマシンに頼った部分が大き ﹁あぁ、確かに俺は勝ったよ。まぁ悪いとは思っちゃいないさ。だが、勝ち方が問題だ。 しと思っていた。だが、分かっていないと言うように一夏は首を横に振る。 確かに最後の自滅はアレだが、それでも一夏が勝ったのだ。少なくとも箒はそれを良 ﹁どういうことだ たら試合そのものだな﹂ ﹁ひっっっっ、じょ∼∼∼∼に不本意だが、あれはもう俺の未熟だ。いや、未熟って言っ 242 ﹁生憎俺は欲張りなんだよ。ついでに言えば、がむしゃらに暴れてハイおしまいはチン ピラのやり口だ。﹃武人﹄っていうのはな、どんな形で戦うのであれきっちり自分の﹃技﹄ で勝負を締めるもんさ。まぁそれで実力差があった場合はフルボッコになったり、相手 がただの踏み台になったりするけど、まぁそこは仕方ないか﹂ ﹂ ? ﹁ついでに言うと俺は、とにかく負けるということが嫌だ。強い自分が好きだし、鍛えた いるかのようにだ。 淡々とした一夏の言葉には冷たさがあった。彼が語る﹃戦うことの非情﹄を体現して 余計な情を持ちこむ余地なんてない﹂ うさ。実力差があれば蹂躙される。その責任はやられる側の弱さだけにある。だから、 れ﹃戦う﹄って行為はそういうもんだろ。サッカーや野球とか他のスポーツにしてもそ ﹁まぁそりゃ、一般的に見れば褒められる光景じゃあないだろうけどさ。どんな形であ な道徳的問題としてそれはどうかと思ったのだ。 だがそれでも一言くらいは言わずにはいられなかった。そもそも武人以前に基本的 とも箒は分かっている。 ている。ならば、一夏の﹃武﹄に対する見方についてとやかく言う資格は無いというこ 箒自身、一夏と自分の間にある武を学ぶ者としての力量の差は嫌と言うほどに理解し ﹁いや、それは流石にマズイのではないか⋮⋮ 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 243 技を競い合って勝つのも大好きだ。だから俺は試合とかそういうのには手を抜かない よ。相手に余計な感傷なんて持たずに、確実に勝ちを取りに行くさ﹂ そう語る一夏の姿に箒は思わず眉を潜めた。確かに一夏の言い分も分からないでは ない。いや、理屈の上では多少なりとも武芸を修めた者として理解できる点も多い。 ただ、感情で納得できるかと問われたら否だ。箒の記憶にある幼少の頃の一夏はこの ような性格ではなかった。確かにトレーニング馬鹿なところは同じだが、もっと温かい 気質をしていた。少なくとも倒した相手に対して気遣いなど無用という発言をするよ うな性格ではなかったことは間違いない。 もちろん、歳月が人を変えるということは重々承知している。そして一夏と箒の間に ある空白は六年だ。彼とて変わっていても何らおかしくはない。だがそれでも、やはり 冷たい言葉を放つ一夏というのが箒には嫌だった。 暗くなりかけた考えを余所へやろうと気持ちを切り替えようとして、箒はある疑問が ﹂ ・・・・・ 浮かんだ。思えば会話をしながらこれはずっと無意識にやっていたことだ。 ﹂ ﹁あ∼、ところで一夏﹂ ﹁ん ・・ ﹁これ、いつまで続ければ良いんだ ? そ う 言 っ て 箒 は 足元 の 一 夏 の 背 を 見下ろした。互 い に 就 寝 用 の ラ フ な 格 好 で あ り 素 ? 244 足を晒す形になっているが、現在進行形で箒の片方の素足は床に寝ころぶ一夏の背に載 せられていた。 そして体重をかけて踏み込んでは離しを繰り返していた。傍から見れば色々と誤解 を招きそうな光景である。 ﹁織斑君、遅くにごめんなさい。明日の倉持技研さんとの話し合いの件で連絡が││﹂ 不安をこう呼ぶ。﹃フラグ﹄と。 景を誰かに見られたりしたらという危惧が頭によぎる。そして世間一般ではそうした まぁもう少しで終わりというなら別に問題はないかと思う箒だったが、同時にこの光 む。そろそろ終わるんだし﹂ ﹁多少は刺激が強くねぇと満足できないんだよ。こっちの方が効くんだ。もうちょい頼 非常にアレな光景である。 床に寝そべる男とそれを踏む女。繰り返すが、傍から見れば色々と誤解を受けそうな ﹁それにしたってこの姿勢は⋮⋮﹂ だろう﹂ ﹁だって一回手でやってもらってみてさ、力が足りんのだもん。ならあとは足しかない ﹁⋮⋮百歩譲ってマッサージを頼むのは良いとしよう。だが、なぜ足で踏む必要がある﹂ ﹁もうちょいだな。あ、もう少し右頼む﹂ 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 245 その言葉と共に真耶が部屋に入ってきた。マナーとして基本的なノックはあったの だ。だが、それに思わず条件反射で返事を返した一夏が、僅かな思考のラグの後に慌て て今の状況を変えようとするより早く、真耶は部屋に入ってきてしまったのだ。まごう ことなく一夏のミスだ。それもかなりの凡ミス。 当然ながら部屋に入って来た真耶は床に寝そべる一夏と、それを踏みつける一夏の構 ﹂ ストォォォォォップ ﹂ 図をバッチリ目撃してしまう。しばし、沈黙が部屋に広がった。 先生それ違うタンマ !! ﹁え、えっと、また後で来ますね⋮⋮ ﹁違う ! 無言で箒はドアを見つめる。そして小さく呟いた。 ﹁⋮⋮﹂ は断じてMじゃないしむしろSで踏まれるより踏むのが好きとか。 あって先生が考えているのではなくてですねとか、嗜好は人それぞれですからとか、俺 織斑君がどんな趣味を持っていても先生は織斑君の味方ですとか、今のはマッサージで ドアを挟んで未だぎこちなさの抜けない真耶と、慌てた一夏のやり取りが聞こえる。 無駄のない見事なものだった。 箒の足からどかし、立ち上がって真耶に追いつくまでの手際は実に洗練された、素早く ぎこちない様子で部屋を出ようとする真耶を一夏が慌てて追いかける。一瞬で背を ! ? 246 ﹁私は知らん﹂ その声には﹃どうとでもなれ﹄というようなヤケクソ感が込められていた。ちなみに、 一夏の真耶への弁明はさほどかからずに終わることとなった。 試合より更に数日が経過した。流石にこの頃になってくると一夏含め、新入生の殆ど も学園での生活に慣れてくる頃合いだ。現に朝のHRを控えた今も一夏の机を囲むよ うに数人の生徒が立ち、席に座る一夏と談笑をしている。 教室の他に目を向ければ、一夏の周囲とはまた別でグループを作って話し込んでいた り、早速ノートと教科書を机に広げて予習や復習に努めている生徒の姿も見えた。 に先生が来ちゃうんだし﹂ ﹁まぁそれは仕方ないんじゃないかなー。だってクラスの生徒で一番偉くても、その上 職じゃねーかってやつだよ﹂ だの運ばされたり、お前さんがたのまとめをやったりって。ぶっちゃけただの中間管理 ﹁でさぁ、結局クラス代表なんて言ってもやることはアレさ。先生に配布するプリント 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 247 ﹁まぁクラス代表な俺の場合、クラス対抗の対策のためにアリーナで練習がしやすいっ てのはメリットなんだけどさ。やっぱそう旨い話ばっかじゃないってことか﹂ ? 今回など、まさしく良い例ですわ﹂ ? ﹂ ? ﹁ブルー・ティアーズでしたら既に万全の状態に戻っていましてよ 既に本国の技術 ﹁そういやオルコット。結局あのあと、ISはどうしたんだ 関しての理解が深まり、その関係の話もより多くできるようになっていた。 アも互いに普通に言葉をかわすことはするし、むしろ試合を通じたことで互いのISに 元々試合前でも普通に会話をできたのだ。試合を交えた後であっても、一夏もセシリ 人が納得の声を上げ、同じように一夏の近くに立つセシリアが窘めるように言う。 クラス代表、実質的な学級委員としての雑務を面倒を愚痴る一夏にクラスメイトの一 には相応の責任や義務が伴うものですのよ ﹁織斑さん、わたくしが初日に言ったことを覚えていまして 立場や権利というもの 248 の笑みで以って言葉を返す。 上等と言うように犬歯をむき出しにした笑いを浮かべる一夏に、セシリアもまた余裕 ﹁ほぅ、そりゃあ実に結構。相手は強いに限る﹂ 先日以上のパフォーマンスをお見せいたしましょう﹂ したら今からでも再びあなたと矛を交えても問題ありませんわ。もちろん、その時には 者立ち合いでの整備も済んでいます。先の試合のデータも反映していますので、なんで ? ﹁そう言うそちらはどうなので 聞けば試合の翌日に開発企業の技術者が来たとか﹂ ? ﹂ ? されたコンピュータによって為されている。当然ながら、そこにはデータ化され量子と その言葉に全員が頷く。それはISの基本中の基本だ。ISの全機能はコアに搭載 ﹁ISってさ、一応積んどける武器には限りがあるだろ そう、武器なんだよと、一夏の顔が若干苦いものになる。 エーションとか、後はまぁ武器とか﹂ ﹁別にそんな大仰なもんじゃないよ。単に機体の特性とか、想定している戦闘のシチュ いことはそれではないと、他には無いのかとセシリアは問う。 る。まぁそれはそれで開発者の日頃の努力や勤労ぶりが伺える内容ではあるが、聞きた 空気が崩れるような感じがしたとは、この時一夏の言葉を聞いた生徒の後の弁であ ﹁とりあえず寝ろと思ったな。隈が酷かった﹂ る一夏の次の言葉をを、周囲の面々は静かに待つ。 そこで一夏は一度言葉を切る。その時のことを思い出すように視線だけを上に向け ハナシといったわけなんだが││﹂ ﹁なんか開発チームの結構上のポジションの人が来て、まぁ姉貴や山田先生と一緒にオ 笑みを一気に消して真顔になって一夏は答える。 ﹁あぁ、それね﹂ 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 249 いう形で擬似的な格納がされた武装を搭載する記憶媒体としての役目もある。 そしてどれだけの高性能を誇ろうが、システムとしての基本は変わらず、確かに大容 量ではあるが当然のように限界というものは存在する。ISにはそれ自体が機体の一 部とされる基本装備と呼ばれるものを武装の主とする他に、その容量を消費して装備す る後付け装備がある。 これはその時々の用途によって代わり、銃器や刀剣のような武器を始めとして、盾や 加速性向上のための追加のブースターなど補助的なものなど多岐に渡る。 ﹁ところがどっこい。俺の武装な、あの剣だぞ あれは間違いなく基本装備なんだよ。 250 それは間違いない。なんだけどな、何でも搭載するにあたって諸々の処理にかかる負担 ? それ、どういうことですの ﹂ がでかいとかどーとかで、後付け用の容量まで食ってるんだ。それもかなり﹂ ﹁は ? 求したらそうなった﹄だぞ。あぁ、倉持技研。中々にぶっとんだトコだって思ったね﹂ けどさ、それで俺が﹃流石におかしくないか﹄って聞いたら答えがアレよ。﹃性能を追 でくる。俺も素人だけど、まぁそのくらいは分かるし、どんだけおかしいか分かるよ。 ﹁武装を乗っける時に食う容量ってのは武装の大きさとか機構の複雑さがメインで絡ん 説明されたことを思い出す。 信じられないというような顔で尋ねるセシリアに、一夏は渋面を作りながらその時に ? も う 何 も 言 う 気 に な れ な い と 悟 っ た よ う な 顔 を す る 一 夏 に 周 囲 が 一 様 に 黙 り 込 む。 ﹂ セシリアですら﹃難儀してるんだなコイツ﹄と言いたいような目をしていた。そして復 活が早いのも彼女だった。 ? は 企業の方から何かしら提示されたりはしましたの ﹂ ? ﹁なるほど、でしたらマシンガンなどはいかがでしょう 弾幕を張れますからある程 らあまりこだわっちゃいないみたいだ﹂ ど、別に学園に保管されてるのをレンタルしても良いとさ。元々ろくに載せられないか ﹁一応カタログみたいなのは貰ったから、電話一本で送りつけてくれはするみたいだけ ? ﹁まぁ、そのあたりの理屈は分かりますわね。それで、織斑さんは何か装備を載せる予定 にしたって姉貴の一撃必殺を再現しようってコンセプトらしいし﹂ やっぱり本命は剣だよ。倉持って姉貴の現役の時のISの開発にも噛んでてさ、その剣 弾 と か ス モ ー ク と か、本 当 に お ま け の よ う な モ ン し か 載 せ ら れ な い み た い だ け ど な。 ﹁まぁな。つっても積めるのはライフルとかハンドガンが一丁、よくて二丁。後は閃光 ﹁で、ですがまったく容量が無いと言うわけでもないのでしょう 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ ? 度射撃技能が低くても牽制程度にはなりますし。確かカナダの企業が開発したものが ちょっと調べてみるかなぁ⋮⋮﹂ 優秀な性能だと聞いていますわ﹂ ﹁マジで 251 ? そのまま会話はあれやこれやと武装の選択や戦法に華を咲かせていく。一夏とセシ なんか、二組の代表者 リアだけでなく、他の生徒達も一人また一人と議論に加わり、更にそれまで他の場に居 た生徒達も少しずつではあるが輪に加わっていった。 ﹂ ﹁そういえば試合って言えば、クラス対抗リーグがあるでしょ ﹂ が変わったらしいよ ﹁マジで ? ﹁しかし中国か⋮⋮﹂ る。 一夏だけではない。輪に加わっていた全員が、セシリアもまた興味深そうにしてい が、それでも編入など滅多なことでは起こることではない。 けたのであれば特例的に編入は可能かもしれない、というのが一般的な認識だった。だ うのはあり得ない。だが、例えば母国で優秀な成績を残した上で国からの推薦などを受 元々高い難易度に高い倍率を持っているIS学園だ。基本的に途中からの編入とい ﹁編入かよ。そりゃまた⋮⋮﹂ ﹁なんか寮で聞いたんだけどね、中国からの編入生だって﹂ けに、流石に聞き逃すわけにはいかなかった。 一人が切り出した話題に一夏が食い付いた。自分がもっとも直接的に関わる内容だ ? ? 252 顎に手を当てて意味深な表情で一夏が呟く。その呟きに込められた意図を、全員が何 気なしに察していた。 白騎士事件というISの性能が世界に知られた戦後最大級の大事件の折、ISという 存在によって中国が盛大に痛い目を被ったというのは事件から十年が経った今では世 界中の常識となっていた。 かの事件の折に中国国内では政権や軍指導部などに大きな人事の異動などの激動が あったが、それでも残っている古参の軍人や政治家の中には未だにISに難色を示して いる者がいるくらいだ。 よってか、頭部から伸びるツインテールがひょっこりと宙に揺れた。 ﹁あ、一夏。それあたしのことだわ﹂ ﹁あ、なんだ鈴。お前だったのかよ。ていうか久しぶりだなオイ﹂ ﹂ !? ﹁まぁねぇ。一年ぶりくらいかしら﹂ と ﹁そんなもんか。しかしお前が中国の編入生で二組の代表かよ、鈴⋮⋮ハァッ そこで一夏はようやく目の前の異常に気がついたかのように声を大にした。 !? 鈴だ う∼んと考え込む一夏だが、不意にその前に一人の生徒が顔を出した。その勢いに ﹁まぁ国なんざどうでも良いけどよ、誰が来るかってのは気になるな﹂ 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ 253 ファン リンイン そんな一夏の様子に少女、凰 鈴音はようやく気付いたかと言わんばかりに満足そう な笑みを浮かべながら片手を上げ、旧友への再会の言葉を言った。 コ ﹂ ? 腹括っときなさい ! ﹂ ﹁今のあたしは中国代表候補生 凰 鈴音 一夏 しがあんたの相手よ !! ! 今度のクラス対抗リーグはあた すぐに伸びた鈴の人差し指が一夏の鼻先に突きつけられた。 ビシリという効果音が幻聴として聞こえたような錯覚を抱くほどに鋭く、そして真っ 引き戻し、久方ぶりの友人の言葉を待つ。 一体何を言うつもりなのか。再開早々の一言だ。一夏も表情をやや真面目なものに ﹁む 一組に来たようなもんだし﹂ コ ﹁ま ぁ、積 も る 話 は あ る け ど さ。ま ず は 一 言 だ け 言 わ せ て も ら う わ。元 々 こ の た め に まるで試合以前の、セシリアという強敵を前にした一夏のようだと誰かが思った。 そして強い意志を秘めて、浮かべていた笑みを不敵なものへと変えた。 が、それを鈴が気にするような様子はない。むしろ、そんな彼の様子を面白がるように、 流石にインパクトが強かったのか、珍しく唖然としたような表情をしている一夏だ ﹁お、おう﹂ ﹁はーい、久しぶりね一夏﹂ 254 ! 255 第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ そう高らかに、そして力強く宣言したのだった。 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 そして、その二人の間に繋がれた縁が、近く途切れそうになっていた。 か今に至るまで続く腐れ縁から成る、ただの親しい友人という感覚だけだ。 だが、二人の間にそうした感情はない。あるのは、数年前に初めて出会い、何の因果 若人の青春の甘酸っぱい一時を思い浮かべるだろう。 ベンチに隣り合わせて座る十代半ばの少年少女。この組み合わせだけを見れば、誰もが 既に夕日へと変わりつつある太陽の光が景色をうっすらとした朱色に染める中、同じ ざっと数えて一年少々前の、ある日の夕方の一幕だった。 ││凰 鈴音の姿がある。 その隣には一夏と同じベンチに腰を下ろしているツインテールの髪が特徴的な少女 のベンチの背もたれに深く身を預けた。 ならもう自分には何も言えないと少年は││かつての織斑一夏は腰を下ろした公園 正直あたしも納得しちゃってるトコがあるしさ⋮⋮﹂ ﹁うん。まぁ仕方ないよね。お父さんもお母さんもかなり悩んだみたいだし。それに、 ﹁そっか。やっぱ行っちまうのか﹂ 256 ﹁親父さんの方に残るってのは、やっぱ無理だったのか のないことだと諦観の念を抱いていたのだ。 ﹂ それを理解しているからこそ、一夏はこれ以上何かを言うつもりはなく、もはや仕方 二人は、流れに身を任せる以外に他は無かった。 だが、それをどうこうすることは今の二人にはできない。ただの小僧小娘でしかない るとなれば、それこそ二人の間にある縁は一気にか細いものになるだろう。 物理的な距離のひらきというものは、意外と縁の繋がりにも関わるものだ。海を越え も叶わないだろう。 遠からず、鈴は海を越えて遥か遠くへと行くことになる。そうなれば、早々会うこと ﹁そうか⋮⋮﹂ を見るのもきつそうだし、あたしもそこまではちょっとね﹂ ﹁うん。多分お父さん、これから相当忙しくなると思うの。流石に、一人であたしの面倒 ? うもない。理屈の上で理解するのはとても簡単だ。だが、感情はそうはいかない。 鈴の立場に立って考えて見れば気持ちは良く分かる。会えなくなる、それがどうしよ ﹁そりゃあ⋮⋮まぁキツイわな﹂ か。あたしの友達みんなに会えなくなるんだもの﹂ ﹁あたしもさ、正直寂しいのよ。あんたもそうだけど、弾や数馬、涼子や美穂とか明美と 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 257 ・・・ 鈴が挙げた友人たちは、一夏にとっても同じ友人と言える。あの日を境に自分を﹃武﹄ ﹂ に生きる人間と決めたつもりだが、やはり友人と会えなくなるというのは、堪えそうだ。 ﹁よし、決めた コッ チ ! そしたらさ、また皆でバカやりましょうよ﹂ ! よる補講のおかげで専門的な内容の授業にもそれなりに理解が及ぶようになった。 今は一コマ目の授業が終わった後の休み時間だ。幸いと言うべきか、放課後の真耶に ︵そうかぁ。あれからもう一年かぁ⋮⋮。月日って、早いなぁ⋮⋮︶ それから二週間後、凰 鈴音は母と共に中国へと渡って行った。 いきなりの言葉にそれしか言えなかった。 ﹁お、おう﹂ にあたしの帰りを待ってなさい ﹁あたし、なるだけさっさと日本に帰ってくるわ だから一夏。あんた、みんなと一緒 の言葉を紡いだ。 不意に鈴が力の籠った声と共に立ち上がる。何事かを問いかけるより早く、彼女は次 ! 258 まぁまだまだということは分かっているが、やはり目に見える成果が出るというのは 悪い気がしない。 そうして二コマ目の授業を控え、必要な教科書やノートを取り出しつつ、一夏は鈴と 別れたかつての日を思い出していたのだ。 ﹂ るということはしなかった。 声を掛けてきたのは箒だった。なんとなく用件の察しはついたのだが、敢えて確認す ﹁一夏、少し良いか ? 自分の知らない所で一夏が、これまた自分の知らない少女と親しくなっている。その ︵つまり、あの編入生はその間に一夏と出会ったわけか︶ だ。 た。その転居の最初で一夏と離れ離れになり、二人の関係には六年の空白が生まれたの 六年前、箒はその身柄を完全に政府の管理下に抑えられ転居の連続を余儀なくされ その言葉に箒は凰 鈴音という少女と一夏の縁故の経緯をある程度察した。 たすぐ後だったか﹂ ﹁あぁ、鈴な。まぁ俺の古いダチの一人だよ。あぁそうか、あいつが来たのはお前が行っ ﹁いや、さっきの編入生、中国の候補生と名乗ったやつのことだが⋮⋮﹂ ﹁どうした﹂ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 259 事実にズキリと胸が痛むような感覚がした。 本来であればこのようなことにはならなかっただろう。自分は一夏と離れ離れにな ることなどなく、あるいは今も父の下で共に剣道を学べていたかもしれない。 だが、それは所詮ifの話だ。今となっては叶わない願い。そしてその全ての原因 は、たった一人の人間に収束する。 いつの間にか視線は一夏の右手首、正確にはそこにある白い腕輪に向かっていた。あ ﹂ る意味では、それこそがその元凶たる人物を象徴するものなのだからだ。 ﹁おい、箒 おそらく、自分が同席したところで一夏は何とも思いもしないのだろう。だが、別に かもしれない。 昼休みには一夏は大抵学食で昼食を取る。上手くすれば一緒に食べることができる 休みにも、一夏に話しかけようかと思う。 それだけ言って箒は自分の席へと戻って行く。次の休み時間に、その次の、そして昼 ﹁あぁ﹂ ﹁そろそろ次の授業だな。私は戻る﹂ もないという言葉と共に首を横に振る。 訝しむような一夏の声で我に返る。一瞬、ハッとするような顔をしたが、すぐに何で ? 260 それでも構わない。一緒に食事ができるという、それが重要なのだ。 そして時間が経って昼休みとなった。箒が机の上を片付けて学食へ向かおうとした 頃には、既に一夏は教室を出ていた。 廊下を走るわけにはいかないのがもどかしかったが、それでも可能な限りの早歩きで 学食へと向かった。そしていつも通りに列に並んでメニューを注文、出された食べ物の ﹂ 乗ったトレーを持ちながら一夏の姿を探した。 ? を平らげて速やかに場を辞する。他人から見れば早い、しかし彼にとってのマイペース そして誰かが同席したら、その者と軽く会話をしながら、やはり自分のペースで食事 分の席に誰かが同席を求めたとして、それを特に断ったりもしない。 そして、例えばボックス席で食事を取っている時に空いている一人分、あるいは二人 く、本当に一人でさっさと食べに行くのだ。 こうした食事時は一人でさっさと食べに向かってしまう。別に誰に声を掛けるでもな こうして一夏を探すまでは、まぁいつものことだから別に構わない。一夏は基本的に だが、食堂を見回しても一夏の姿は見当たらなかった。おかしい。 ﹁どこだ⋮⋮ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 261 で誰にも同じような態度を取りながら進める。それが一週間と少し一夏を見た上で箒 が判断した彼の食事のスタンスだ。 そしていつも通りなのであれば、今日も今日とて一夏はどこか適当な席で食事を取っ ﹂ ているはずだ。あとはそこに自分が同席する。それで良いはずなのだが⋮⋮ 当たらない。 ? 女││谷本癒子は特に気にする様子もなく、あぁと言って手を叩いた。 つい反射的に、安易に答えてしまったことに言ってからしまったと内心思ったが、彼 ﹁あぁ、いや。一夏を探していたのだが⋮⋮﹂ メイトの姿があった。確か谷本という名字だったはずだ。 一夏を探す中、不意に背後から声を掛けられた。振り返ってみれば、そこにはクラス ﹁篠ノ之さん、どうしたの ﹂ 既に席に着いて食事を取っている生徒の姿の中から一夏を探すも、その姿はまるで見 歩きまわれば全体を確認することができるくらいには拓けている。 食堂は利用する生徒の数もあってかなりのスペースを持ってはいるが、それでも少し 当たらなかった。 間違いなく一夏は自分より早くこの食堂に赴いたはずだ。だが、一夏の姿はまるで見 ﹁いない⋮⋮ ? 262 ﹂ コ コ ﹁えーっと、私も結構早く食堂に来たんだけど、ほら。あっちにパンとか売ってるコー ナーあるでしょ ﹂ ? 所でも食べることを考えたものが販売されている。 そこでは袋に入ったパンやサンドイッチ、他にもおにぎりや軽食類などの食堂以外の場 癒子が指差した先には箒が料理を頼んだカウンターとはまた別のカウンターがある。 ? ﹁織斑君、あそこで何か買って、それでさっさとどこかに行っちゃったよ ﹂ ? そんな考えを持ちな ? にはいかない。どこかしらの席について食べる必要がある。 がらも箒は席を探す。既に手にはトレーに乗った料理がある。これを無為にするわけ 自分は、いい加減一夏に振り回されっぱなしではなかろうか 覇気のない声で挨拶と教えてくれた礼を言いながら、箒は頭を抱えたくなった。 じゃあ私飲み物取ってくる途中だから││そう言って箒の前から立ち去った癒子に 潰えたということになる。 そして、一夏と共に食事をしようとした目論見も、今日この日に限って言えば完全に 見事においてけぼりをくらった。そういうことになる。 ば一夏は既にここにはいない。いつものように自分のペースで動き、結果として自分が 箒は自分が固まるのを感じた。つまり、目の前のクラスメイトの言うことが正しけれ ﹁なに⋮⋮ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 263 幸いにも席は早く見つかった。元々来たのが早いほうだったため、まだ席には余裕が あったのだ。座ったのがボックス席であるため、もしかしたら誰かが空いている席に同 席を求めるかもしれないが、別に構いやしない。誰であったところで、変わりはないよ うなものだ。 席に着いてすぐに、箒は昼食の和食セットを食べ始める。元々和食には慣れ親しんで いたが、このIS学園の食事は学生用の食堂の料理としては随分とレベルが高いという 印象だった。 毎日美味しい食事にありつけるというのは、箒にとってもそれなりにありがたいこと であった。 ﹂ そして目の前に座る人物が誰かを確認した瞬間、気付けば茫然とその名前を呟いてい ことにした。 無かったのだが、何やら聞き覚えのある声だったので箒は顔を上げて声の主を確かめる そう言って声の主は箒の対面に当たる席に座った。別に誰であるかには特に興味は ﹁んじゃ、お邪魔するわよ∼﹂ ﹁別に構わないが﹂ そんな声が掛けられたのは食事を始めてから少ししてのことだった。 ﹁ごめん。ここ、いいかしら ? 264 た。 ﹁凰⋮⋮鈴音⋮⋮ ﹂ あたしあんたに名乗った覚えは無いけど その言葉に少女、鈴は不思議そうな顔をした。 ﹁あれ ﹂ だが、箒が何か言うよりも早く再び鈴が口を開いた。 ? ? ﹁あ、いや。私は⋮⋮﹂ ? ﹂ の顔と名前を合致させて覚えているのかと。 ﹁なぜ、私を⋮⋮ ? たんだけど⋮⋮﹂ 内の人間で政府がチェックしてるってやつは覚えさせられてさ。ほんと、悪気は無かっ ﹁あぁいや、ほらさ。あんたの名字が⋮⋮なんかゴメン。いや、中国から来る前に、学園 向こう だというのに、なぜ彼女は自分の名前を知っているのだろうと。いや、正確には自分 めてだ。 の前の中国の候補生であるという編入生と面と向かって言葉を交わしたのはこれが初 言葉を返すようだが、自分だって名乗った覚えはないと箒は思った。少なくとも、目 その声には何やら納得するような節があった。 ﹁あぁ、あんたが篠ノ之箒ね﹂ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 265 名字のことを口にした瞬間に、目に見えて暗い影を背負い込んだ箒に、思わず鈴は釈 明を述べていた。 ﹁いやだから、ホントごめんって。別にそういうの聞きたいわけじゃなくって、単にあた まないが、姉絡みで役に立つことなど何も言えない﹂ ﹁実際、私が篠ノ之束の妹なのは事実だ。もっとも、私は姉ほど優秀なわけじゃない。す てはいなかった。 だから、箒も鈴の言い分をすぐに察したし、それ以上何かを言おうという気も存在し トなど良い例だ。 国のISに関する政治戦略も絡んでくる。セシリア語っていた自身の第三世代型テス IS学園への留学生、ましてや候補生クラスともなればその行動には少なからずその なれば察しだってつく。 だけあるのか。それはもう一々数えるのも馬鹿らしいくらいはあるだろうと、この年に 同じようにして、かの篠ノ之束の実妹として自分をマークしている政府や機関がどれ 身柄を押さえたのだ。 した世紀の大天才の実妹、コンタクトへの糸口になるかもしれないとして政府は自分の 確かに気にしたと言えばそうなのだが、実際問題慣れてしまっている。行方をくらま ﹁いや、いい。気にしないでくれ。もう、慣れている﹂ 266 しがあんたを知ってるってだけの話よ。うん﹂ 気まずくなった空気を払おうとするように鈴はわざとらしい咳払いをする。 り合いだったかもしれないってマジ ﹂ ﹁あ∼、そういえばさ。まぁその、その資料にあったんだけどさ、あんたって一夏と昔知 れて答えないわけにはいかない。 ることには、やはり心の隅にわずかながら釈然としないものを感じるが、さすがに問わ 話題を変えるように問いを投げかける鈴。面識のない少女の口から﹃一夏﹄と紡がれ ? 両親の離婚、その言葉の内にある重さを察して今度は箒が申し訳なさそうな顔をす ﹁あ、その⋮⋮すまない﹂ のよね﹂ ついていってあたしも中国に戻ることになっちゃったから。それで一辺別れちゃった ﹁あぁそれね。ちょっと事情があってウチの親、離婚しちゃってさ。その時、お母さんに ﹁そう言えば、朝に一夏と一年ぶりとか話していたが⋮⋮﹂ し、丁度小学校の五年になった時に一夏に会ったから﹂ ﹁まぁ、一応ね。そっか。じゃあ、ほとんどあたしと入れ違いみたいなもんかな。あた たのが六歳の時。離れたのが、十の頃だ。そのあたりの事情は││要らないだろう﹂ ﹁事実だ。幼馴染と言うべきだな。父と、それに姉さんもだが、その繋がりで最初に会っ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 267 る。 が重要かと問われれば間違いなくこちらの方だ。 ? ﹁その、凰。聞きたいことがあるのだが⋮⋮﹂ ﹂ ﹁別に鈴でも良いけど、まぁあんたの呼びやすい方でいっか。なに ﹁その、お前と一夏はどのような関係なのだ ? ﹂ だが、それとはまた別で気になっていることがある。というより、箒にとってどちら 入ったことを聞くことは憚られる。そう判断してそれ以上を聞くことはしない。 本人がそれで良いと割り切っているならば、部外者でしかない自分がこれ以上立ち ﹁そうなのか⋮⋮﹂ あたしはもう割り切ったわ﹂ らってトコよ。色々落ちつけば、もしかしたら復縁なんてこともあるかもしれないし。 ﹁まぁざっくり言うと、お父さんの仕事とお母さんの実家の都合がぶつかっちゃったか ﹁そ、そうか。なら良いのだが﹂ て会うことだってできる﹂ たわけじゃないから、今でも普通に手紙や電話はしてるし、その気になれば都合をつけ て納得しての離婚だったし。あたしも、まぁ納得はしてるかな。それに、仲が悪くなっ ﹁気にしなくていいわよ。別にけんか別れってわけじゃなくって、お互いに事情があっ 268 ダ チ ﹁友達ね﹂ 即答であった。どのような答えが返ってくるのか、身構えてすらいた箒が思わず呆け るほどにあっさりと簡潔な、素早い回答だった。 ﹂ ﹁最初に会ってから今年で六年目。腐れ縁の続いたダチよ﹂ ﹁ダ、ダチ⋮⋮ 一緒に結構ツルんでた仲よ﹂ ﹁そ、ダチ。丁寧に言うなら友達、英語で言うならフレンド。まぁ、昔は他の連中とかと ? そう考え、箒は口を開いた。 箒にとって受け入れがたい結果を齎したら。 う認識で終わらせても構いはしない。だが、万が一にも疑念が的中したら、その疑念が 問うことは躊躇われた。別に知らないままで、目の前の少女が一夏のただの友人とい 女は自分にとって││ であることはまだ良い。だが、それ以上の感情があるのであれば、目の前の気さくな少 だが果たしてそうなのだろうか。箒の胸中からは未だ疑念がぬぐえずにいた。友人 好な関係にあるといって間違いない。だが、それでもあくまで﹃友人﹄でしかないのだ。 その意味をじっくりと噛みしめるように箒は言葉を反芻する。友達ということは良 ﹁友達⋮⋮﹂ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 269 ﹁その、もう少し、聞いても、いいか ﹂ あまりにおかしなその様子に首を傾げつつも、鈴は頷いて続きを促す。 声は途切れ途切れと言える程にゆっくりだった。ただ聞きたいことがあるにしては ? ﹂ ? ﹁⋮⋮ん ﹂ それでよしとするべきだろう。 ら判断する限りでは、鈴に一夏への異性としての好意は無いように思える。なら、今は もちろんそれで完璧だという確証があるわけではないが、少なくともこのやり取りか 十分だった。 鈴本人は何気なく答えたつもりなのだろう。だが、その答えは箒を安堵させるのには ﹁そ、そうか⋮⋮﹂ 会話であったために、会話が進むにつれて二人の昼食も残りを少なくしていっている。 そう言って鈴はチュルリと自身の昼食であるラーメンを啜る。食事を進めながらの やっぱりダチって感覚よねぇ﹂ 一年前に中国に戻ることになって、離れることになった時は寂しかったけど、それでも ﹁う∼ん、まぁ確かに仲はそれなりに良かったし、ツルむことも多かった。実際あたしが ういうのは、あるのか ﹁お前と一夏が友人というのは、分かった。だが、その、それ以外の感覚というか⋮⋮そ 270 ? ほっと胸をなで下ろしたのもつかの間だった。ふと気付けば鈴が視線をまっすぐ箒 に向けていた。その目は笑っているわけでも、怒っているわけでもない。ただ真顔で箒 ﹂ を見つめていた。 ﹁な、なんだ 口を開いた。 もしや何か気に障るようなことでもあったのかと、僅かながら焦る箒を見ながら鈴は ? 何をっ ﹂ !? ﹂ ? るなんて思ってなかったわ﹂ ﹁いやぁゴメンゴメン。まさかと思って聞いてみたけど、ここまで盛大に反応してくれ にするような視線が集まっていることに気付くと、気まずそうに顔を伏せた。 言われて箒は慌てて周囲を見回す。いきなり声を大にした箒に周囲から何事かと気 ﹁まぁまぁ落ちつきなさいよ。ほら、目立つって﹂ てうろたえる箒の様子が面白いのか、鈴はカラカラと笑いながら落ちつけと箒を制す。 その問いかけはあまりに唐突で、そして箒を大きく同様させるものだった。目に見え ﹁なぁっ !? ﹁一夏のこと、好きなわけ 一体何を言われるのか。ゴクリと、唾を飲み込んだ喉が鳴った。 ﹁あんたさ││﹂ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 271 苦笑気味に謝る鈴に箒は自分を落ちつかせる様に咳払いをする。そして、わずかに身 ﹂ を乗り出して鈴に顔を近づけ、小声で聞いた。 ﹁な、なぜ気付いた⋮⋮ そんな感じがしただけよ。いや、本当にそうだなんて思っちゃ ? ない。あとは、潔く認めて後の手を打つだけだ。 ﹁そ、そのだな⋮⋮。頼むから││﹂ ? どう思っているかって聞いて、その後の反応とか。本当に隠しときたいなら、あんた自 構分かりやすかったわよ。少なくとも一夏の話になった時の感じとか、あたしに一夏を ﹁ただ、一つ言わせてもらうわよ。言っちゃあなんだけど、初対面のあたしから見ても結 だけまだマシとするべきなのだろう。 まった時点でもはや安堵も何もあったようなものではないが、これ以上の拡散を防げた それなら良いと、箒は再び胸を撫で下ろす。もっとも、他人にこの想いを知られてし らい。ペラペラ言いふらすとか趣味じゃないもの﹂ ﹁あぁハイハイ。他の連中には黙っといてくれって話でしょ 別にいいわよ、そのく れたことにうろたえるという明確な反応を見せてしまった時点でもはやどうにもでき その﹃感じ﹄で当てられてはこちらの立場が無いという話だ。とは言え、言い当てら いなかったわけだけどさ﹂ ﹁ん∼、まぁ何となく ? 272 身が気をつけなきゃよ﹂ ﹁ぜ、善処する⋮⋮﹂ 至極もっともな指摘に箒は頷くよりなかった。 よろしい、と満足げに頷くと鈴は残り少なくなっていた麺を一気に啜る。それに合わ せて箒もまた、昼食の残りを平らげる。しばし無言で食事を進めた二人が箸を置いたの はほぼ同時であった。 ﹂ ? ﹂ ? ﹁か、からかうつもりならこれ以上この話はしたくないのだが⋮⋮﹂ ﹁いや、素直に大したもんだと思うわ、あんた。てことは実質六年ね。いやぁ、純情純情﹂ 息を吐いた。 しばしの間を空けて、問いに肯定でもって返した箒に鈴は感心するように﹁カーッ﹂と ﹁⋮⋮そうだ﹂ ﹁てことはさ、あんた。その頃から一夏が好きだったわけ アイツ でどうしようもない。事実なのだから、否定をする意味がない。 頷く箒。そのことについて思うことは極めて多々あるものの、今更否定をしたところ なったってあるんだけど、これって確かよね に、あんたが十歳くらい、つまりあたしが一夏に会う少し前あたりに引っ越しの連続に ﹁この際だから聞きたいんだけどさ、あたしが一夏絡みであんたについて知ってること 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 273 大したやつだわ﹂ ﹁まぁまぁ怒んない怒んない。いや、正直ちょっと茶化しちゃったけどさ、実際感心して んのよ な﹃幸せ﹄の具現だった。 分を気に掛ける優しさを見せてくれた幼馴染との思い出、彼への想いは箒にとって明確 いわば心の支えにしてきた。それで十分だった。ぶっきらぼうな所はあったが、時に自 別に感心されるようなことではないと箒は思う。ただ想いを秘め続け、そしてそれを ? ﹁見たわよ。そりゃもう、ガラリとね﹂ ﹁その言い草だと、一夏が変わったのを││﹂ だがもう一つ、今しがた聞き逃せない言葉があった。 うその姿に憤りを感じたのもまた事実だった。 だろう。だが、それだけでは割り切れない不安を感じたのも確かだ。そしてかつてと違 もちろん、そのことわざに則るのであれば、その変化もごく当たり前のことと言える した一夏は、自分のしるかつてとは違っていた。 日会わざれば刮目して見よ﹄という古いことわざにあるように、六年の歳月を経て再開 その言葉に胸をえぐられるような思いがした。言われずとも理解している。﹃男子三 分、あんたが惚れたあんたと別れる前の一夏と今の一夏は││別人よ﹂ ﹁ただまぁ、悪いけどあんたと離れた後の一夏を知っているから言わせてもらうわ。多 274 聞き終えるよりも先に答えを言い放った鈴の目は、先ほどまでカラカラ笑っていた時 とは打って変わり、真剣そのものだった。 ﹁放課後、ちょっと時間貰っていいかしら あたしもあたしと会う前の一夏は気にな たしも一夏のこと、話せることは話すわ﹂ アイツ るし、それを話してくれるかもしれないあんたとちょっと話してみたい。代わりに、あ ? 断る道理は無かった。頷く箒に鈴もまた頷くと、僅かにスープが残るのみとなった丼 ﹂ ! の載ったトレーを持って席を立った。 ・ 箒 ! そうしてしばし呆け、やがて時間に気付き慌てて彼女もまた、片付けのために動き始 とだった。 だからこそ、一夏という例外を除けば他人から名前で呼ばれるのは久しくなかったこ ら、あるいは単に名前で呼び合うほどの交友が深まっていなかったから。 誰もが彼女のことを名字で呼んだ。あるいは突出した実姉の名が知れ渡っていたか ﹁箒、か⋮⋮﹂ なく、ただ茫然としていた。 は軽やかであり早い。そしてその背を見ながら箒は、鈴に倣って食器を返しに行くでも そろそろ昼休みの時間も差し迫っているためだろう、食器を返却しにいく鈴の足取り ﹁じゃ、また放課後にここでね 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 275 めるのだった。 そうして食堂で少女二人が友誼を深める一方、話題に挙がっていた一夏は何をしてい たのか。別に特別なことはしておらず、教室で昼食を取っていた。 足早に赴いた食堂の一角で昼食のサンドイッチをいくつかと、飲み物にパックのグ レープフルーツジュースを購入。そしてすぐに教室へと引き返した。 ちょうどこの直前で箒も食堂に着き、一夏がいた場所からまた少し離れた場所である 料理を受け取る列に並んだため、微妙な差で二人は入れ違いになったと言える。 ジュースも一息のうちに飲み干した。 た。封 を 開 け て 食 べ 始 め、ふ と 気 が つ い た ら 全 て を 食 べ 終 わ っ て い た。紙 パ ッ ク の 食堂で買ってこの教室に持ちかえった昼食だったが、あっという間に平らげてしまっ して情報を得られる代物││を操作する。 末││生徒に支給される学内各種情報やIS関連に限定されるがネットワークに接続 軽く一息つきながら一夏は手にしていた冊子をめくり、同時に机の端に置いていた端 ﹁ふんむ⋮⋮﹂ 276 正直物足りなさを大いに感じるところではあるが、これでまた追加を買いに行くのも 億劫というものだ。ここはこらえて、目の前のことに意識を集中させることにした。 一夏が眺めている冊子、そして起動している端末の画面には一様に銃器の画像、そし てその名称や説明などが載っている。 冊子は先のセシリアとの試合の翌日に倉持技研の技術者と面会した折に貰った代物、 端末は学園のデータベースにアクセスして銃器をメインにした武装のライブラリーを 開いている。 ば出てくる知識くらいは一夏も把握している。あとは師より聞かされた銃と刀の戦い もちろん、ネットの普及した現代に生きる人間の一人である以上、ネットで軽く漁れ いると言える。だが、この手の﹃兵器﹄には少々疎いというのが本音だった。 ﹃技﹄とそれに伴う人体の構造、その自分が安全かつ効率的な破壊の仕方は知識に富んで スキル 武術以外についてもあれやこれやと色々な話を聞いた。 長期の休みを利用して泊まり込みで稽古をつけてもらっていた時などは、学んでいる り始めた空手や柔道もしかり。 なりあると思っている。元々師より学んだ剣術は当然ながら、ある時より並行して教わ 正直よく分からないというのが感想だ。自慢ではないが﹃武術﹄に関しての知識はか ︵どうすっかなー、コレ⋮⋮︶ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 277 における刀の戦い方という、聞いた一夏本人もまさか先の試合で役立つ機会が来ようと はと思っていたものくらい。 あまり細かいことなど説明されても﹃知るか﹄としか言いようがなかった。 ︵けど、このまんまってのも良くないんだよねぇ⋮⋮︶ 何の因果かは知らないが、これからの自分はIS乗りとしての道も歩むことを余儀な くされるだろう。その中で何をしていくかはまだまだ先のことだからどうこう言うこ とはしないが、少なくともこの学園にいる間は先の試合のように幾度も場数をこなして 自分を高めていくことになる。 その中で銃器を相手にすることは、それこそ数えるのが馬鹿らしくなるほどにあるだ ろう。となると、相手にする以上はその知識を持っておく必要がある。孫子に曰く敵を 知り己を知らばウンヌンカンヌンだ。 ︶ ライフル⋮⋮なんかパッとしねぇな。アサルトライフルやマシンガ ンは短時間で大量にブッパするから、多少下手糞でもいけるか ? 言ったものだ。 ンあたりが良いのではとアドバイスをくれた。﹃下手な鉄砲、数打てば当たる﹄とはよく 事実セシリアも正確な射撃に自信がないのなら、弾数の多さで弾幕を張れるマシンガ ? 何が良いかな ︵まずは学園にあるやつをレンタルして感覚を覚えて、それから合うやつにするか ? 278 ︵だがマシンガンは多分、腕がガクガク揺れる⋮⋮。あぁいやでも、女衆の細腕よりかは よっぽど支えられるか。となると、多少反動が大きくても大丈夫かなぁ︶ 冊子の開かれたページに栞代わりのペンを一本挟みこんで閉じる。そして今度は端 末を手にとって操作を開始する。 さすがに支給されてから何日も経てば使い方くらいは覚える。学生に支給するもの にしてはやたら豪勢だとは思うが、そんなことは今は関係ない。 データベースに登録されているリストから製造メーカーの国で検索を掛ける。型番 いやすくて尚且つ効果が上がるかなのだ。 物が新しいかなどはあまり関係ない。今の一夏にとって重要なのは、いかに自分に使 のだが、それは今の一夏には関係ない。 使用をすることができる。そして新型が入るたびにそれは貸し出し予約で一杯になる そして、こうして学園に入った武装は申請をすれば生徒も実機訓練の際に借り受けて 通する頃になればまとまった数が学園の保管庫に仕入れられる。 仕入れる早さはなかなかのものであり、ある程度新型のモデルであってもある程度流 国の各企業各研究機関が開発した武装も多く保有している。 IS学園は操縦技能の研究機関としての側面も持っているために、それに付随して各 ︵えーっと、確かオルコットはカナダがうんちゃらと⋮⋮︶ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 279 や 名 前 の リ ス ト は ア ル フ ァ ベ ッ ト と 数 字 が 何 か の 暗 号 の よ う に ズ ラ リ と 並 ん で い る。 こうやって絞り込みでもしなければやっていられない。 検索した国はカナダ。セシリアの言によるのであれば、そこのマシンガンが良いとや らのことなのでまずはそこから当たってみる。 ズラリと並んでいたリストが一気に絞り込まれ、更にカテゴリー別で絞り込みをかけ る。そしてリストは更に絞り込まれた。 どういう順で並んでいるのか、よく見てみるとリストの名前の横の方に青い丸のよう なものが並んでいる。そしてそれは上の物ほど数が多い。それを見て一夏は、リストの 並び順の意味を悟った。 すい物の一つや二つは容易く見つかるかもしれない。 れているリストの上位にあるものはそれだけ評価が良いということだ。ならば、扱いや とはいえ、こうした客観的な意見があるのは素直にありがたい。単純に、現在表示さ そんな図を想像してあほらしいと切り捨てた。 画 面 と 睨 め っ こ を し な が ら 自 分 が 使 っ た 装 備 に 評 価 と レ ビ ュ ー を せ っ せ と つ け る。 ことを考えれば、思いつくのはこれらを使用するだろう生徒や教師だ。 見るに評価は五段階。一体誰が付けているのか。これが学園のネットワークという ﹁いやいや、通販のレビューかよ﹂ 280 ﹁なになに R│L社製の⋮⋮ヒットマン 殺し屋とはまた物騒な。えっと、こい ? か ﹂ ﹁へぇ⋮⋮、この会社結構良いの多いみたいじゃん。これがオルコットの言ってた会社 物であり、高い評価を得ていることが分かる。 たまたま目に付いた二種を見ながらぼやく。どちらもリストのトップの方にある代 つは同じ系列か。これがコブラ⋮⋮今度は蛇かい。どういうネーミングだよ﹂ ? ︶ しており、このリストを見る限りでは評価はどれも上々だった。 一夏が目星をつけた企業はマシンガン以外にもアサルトライフルなども開発・販売を 武器の種類は多岐に渡る。 そのまま、今度は会社名で検索を掛けた。今度は会社というカテゴリーであるため、 ? ? まぁ流石に今日からすぐにというのは都合が許さないというものだが、 ものだ。 的に頼らない選択をすることになったとしても、まったく経験がないよりはマシという 安易に銃器に頼ることを武人としてそれはどうかとも思わないではないが、例え最終 が、あとで貸出申請をして試しに撃ってみるのも悪くないだろう。 これだけ評価の良いものが揃っているとなると、それは中々に興味深い。今は無理だ ︵これ、試しに使ってみるかな 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 281 気付けば昼休みも残りが少なくなっている。いつのまにか随分と没頭していたらし い。もう少ししたら学食に行っていた者たちも戻ってきて賑やかになるだろう。 そうなるよりも早く片づけをして、次の授業の準備をしておいた方が良い。そんなこ とを考えて一夏は目をつけた装備の名前をメモに書きこむと、いそいそと片づけを始め た。 学習のためにいる生徒の姿があちらこちらに見える。 開放されていることは生徒間では概ね好評であり、放課後の今でも友人との歓談や自主 フリースペースになっている。学園の生徒の大半が食事に利用する食堂の広い空間が 食事時間外であるためカウンターなどは閉まっているが、食堂それ自体は開放されて ということは、つまりこの食堂で良いのだろう。 放課後、箒は再び食堂を訪れていた。昼休みの別れ際に凰は﹁またここで﹂と言った。 ︵確かここで良いはずだったが⋮⋮︶ 282 ﹁おーい、こっちこっちー ﹂ 唐突に食堂内に大きな声が響き渡ったために、他の生徒達の視線を必然的に集めるこ り、そのたびに特徴的なツンテールがピョコピョコと揺れている。 箒に自分の位置をアピールするためか、片腕を大きく上に伸ばしながら上下させてお ければ、そこには既に席に着いている数時間前に知り合ったばかりの少女の姿がある。 よく通る、聞き覚えがあり過ぎる声が箒の耳朶を打った。声の聞こえた方向に目を向 !! とになった。視線が集まるのを感じた箒は気恥かしそうに目線を伏せると足早に少女 ﹂ ││鈴の下へと向かう。 ! ﹁ほいこれ。まぁ差し入れよ﹂ のない鈴の笑みを見ていたら自然とそういう気にならなくなったのだ。 これ以上あーだこーだ言うのも馬鹿らしいと思ったからというのもあるが、一切の毒 める気が箒には起きなかった。 まるで悪びれる様子もなくケロリと言ってのける鈴だが、不思議とそれ以上を言い咎 ﹁あぁゴメンゴメン。まぁ別に構いやしないでしょ。ほら、座って座って﹂ 当の鈴はと言えば涼しい顔そのものだった。 目立たないためにささやくような声量で、しかし強い調子で箒は鈴を咎める。だが、 ﹁こ、声が大きいぞ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 283 ﹂ そ う 言 っ て 対 面 に 座 っ た 箒 に 鈴 は ペ ッ ト ボ ト ル の 緑 茶 を 差 し 出 す。予 め 自 販 機 で 買っておいた物だろう。 ﹁あ、すまない。その、いいのか ﹂ ? ﹂ ? ? だってあんたの話の内容の方が中身としちゃ古いでしょ こういうのは古い ? ? 言うことは至極道理だ。ここで自分から話したとして、鈴の方も自分が話そうとする 方から順にやってくもんなのよ﹂ ﹁ん ﹁それは⋮⋮何故だ たいんだけど、どうかな ﹁さて、さっそくガールズトークといきましょ あたしとしてはあんたの話から聞き ていく感覚は悪くない。 喉が渇いているというわけではないが、さっぱりとした苦味と冷たい茶が喉を通り抜け キャップを捻って封を開ける。そして中の緑茶を一口、口に含んで飲み込む。さほど いと言っているのならば、厚意に甘んじるべきだ。 そう言って箒はペットボトルを受け取った。そういうことであり、本人も別に構わな ﹁なら、言葉に甘えさせてもらおう﹂ み物一本奢るくらいはどうってことないわよ﹂ ﹁良いのよ別に。これでも国の候補生だかんね。一応給料出てるし、ペットボトルの飲 ? 284 ことに関連付けのできる情報を得られるということになる。その方がより話もスムー ズに進み、互いの理解も早くなるのは明白だ。 ばかりではないし、話せることも多くはないが││﹂ ﹁その、実際に話すと言っても、もう何年も前のことだ。私自身も鮮明に覚えていること いた。 な表情で耳を傾ける鈴は箒が一夏との思い出を本当に真面目に語っていると理解して ただ、決して要点を簡潔に纏めた聞きやすい話というわけでもない箒の語りに、真摯 なく勝負を挑むも勝てなかったこともある。 その中には一夏が剣道で父も驚くような上達を見せたことや、箒自身も一夏に幾度と の交流に関して淡々と語っただけだ。 生だった関係で一夏が剣道を習い始めたのをきっかけに出会ったことに始まり、その後 姉である千冬が箒の姉である束の友人であり、同時に箒の父の指導する剣道場での門下 前以て言った通り、箒の語る内容は決して多いというものではなかった。単に一夏の ツポツと語り始めた。 たいからという好奇心が強く感じられる鈴の急かしに、半ば押されるような形で箒はポ 中々話が始まらないことに苛立っているというわけでもなく、単に早く話を聞いてみ ﹁別に構わないわよ。ほら、早く早く﹂ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 285 一 夏 鈴が興味があったとすれば、目の前の少女がいつどのような時に旧友に惚れたかだっ た。別段他意があるわけではない。単に年頃の少女らしい、他人の色恋沙汰に興味を 持ったというだけの話だ。 そして話を聞いている内に何となくではあるが、鈴は箒がいかにして一夏に好意を抱 くようになったかを理解した。 だった。ただ、それが私には嬉しくてな﹂ にするな﹄と声を掛けてくれたり、気晴らしに剣道の相手をしてくれたり、そのくらい ﹁ただ、そう言う時に一夏は私を気遣ってくれてな。別に特別なことじゃない。単に﹃気 うと推測をする。なんとなくだが、そういう感じの性格に思えるのだ。 ただ、自分はそうやってあっさり割り切ったものの、箒はそうはいかなかったのだろ いだ。 ていた者たちと昔やった馬鹿の一つとして笑い話の種にするくらいになっていたくら もっとも、それもさほど長くは続かなかったし、中学に上がってからはそのからかっ とでよくからかわれたものだ。 実によく分かる話だ。自分とて一夏のいる小学校に転入した当初は、外国人というこ りにからかわれたりすることもあってな⋮⋮﹂ ﹁その、私はそこまで人づきあいが上手いほうというわけではない。だから、幼い頃は周 286 気にするなはともかく、剣道の相手云々は本当に相手がいないから手近に居た箒に頼 んだだけではないのかと疑いたくなった鈴だが、あえて口を噤んだ。余計なことを言っ て思い出に水を差すのも野暮というものだ。 おそらくはこの辺が契機なのだろうと当たりをつける。いじめ、というほどに酷いも のではないだろうが、まぁとにかく他の人間と良くない状態であった時に味方をしてく れる。それが好意に繋がるなど、ありふれた話だ。 思えば、自分だって一夏とツルんで今の様な友人関係になった切欠も、似たようなも のだ。違いがあるとすれば、向ける感情が友情か恋慕のどちらかであるというだけだ。 ﹁あとは、おそらく知っているのだろう 六年前だ。開発者として国連やあちこちに 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 生活だ。それっきり会えず、連絡も取れず。そしてIS学園で再開、というわけだ﹂ 協力していた姉が唐突に行方をくらまし、私は政府に﹃保護﹄という名目で監視付きの ? 箒の姉である篠ノ之束に関して鈴はまるで知らない。少し調べれば誰でも分かるよ また違った重みを感じる。 箒の経歴に関しては鈴も既にある程度は知っているが、こうして本人の口から聞けば になっている。 そう言って頷く鈴の表情は箒に話を急かした時の笑みと打って変わり、真剣そのもの ﹁なるほどねぇ﹂ 287 うな、言うなればそれなりに世間というものに広まっている情報くらいだ。それにして も、極めて奇特な人格の持ち主であり、同時に希代の頭脳の持ち主でもあるというくら いだが。 だから鈴には篠ノ之束が何を思って姿を消したのかは分からない。自分が姿を消し たことで妹が苦悩し、家族が散り散りになったことに何も思わないのか。こうして篠ノ 之箒本人を前にして、初めてそう思った。 だが、思ったところで口には出さない。それはあくまで篠ノ之家の人間の問題でもあ る。なら、自分が何かを口出すことはできない。 のではと思った。 ? 弁してよね ﹂ あえずはそっから話すわ。ただ、あたしも細かいトコは分かんないから、そこら辺は勘 ﹁多分、あんたが気にしてんのは自分と離れてから一夏が変わったこと、でしょ とり そう前置きをして切り出す。この分ならば自分もさほど多くを語らずに話し終える 夏と、あたしが最初に会った頃の一夏はほとんど一緒だわ﹂ ﹁うん、正直話して貰って助かったっていうのが本音ね。少なくともあんたの話した一 だから鈴は、そのまま自分の話をするという選択を取った。 ﹁なら、今度はあたしの番ね﹂ 288 ? ﹁構わん。教えてくれ、凰。お前が目にした一夏の変化を﹂ 静かに頷き、鈴は語りだした。 際エキシビジョンがあったんだけど、知ってる ﹂ ﹁時期はちょうど三年前、千冬さんが現役の引退を発表した頃よ。あの直前にISの国 ﹁一応は﹂ ということだ。 箒は小さく息を飲んだ。それはつまり、そのドイツへと単身飛んだ際に何かがあった わ﹂ ら見に行くって一人でドイツに行っちゃったのよ。それで帰って来て││変わってた とにかくそのイベントがあった時なんだけど、一夏のやつ、千冬さんが試合に出るか リベンジ仕掛けようとしたとか。まぁその辺はどうでもいいわね。 あとは││まぁぶっちゃけその大会で独壇場だった千冬さん、ひいては日本に各国が ンド・グロッソだったわね。あれを再開させようとしたとか。 Sを民間に受け入れやすくさせるとか、結局一回しかやってない最初の大会、えーと、モ ﹁オッケー。あの大会の理由は結構複雑らしいわよ。いわゆるショーみたいな感じでI ? さんが決勝を不戦敗になったことと、その後に一身上の都合だとかっていうんで現役の ﹁そんときに一夏に近いレベルで何かあったと言えば、そのエキシビジョン大会で千冬 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 289 引退を表明したこと。多分、それが絡んでるんだろうけど、それ以上は分からないわ。 あいつ、あの辺のこと全然話さないから﹂ ﹂ ? ﹁あぁ、そっちだったっけ。いや、毎年夏休みとか冬休みに泊まり込みで修業がどーとか しくてな﹂ ﹁あぁ。ただ、一夏は格闘技というよりも剣術だ。私と離れた後、誰かに弟子入りしたら いつなんか格闘技だかやってるらしんだけど、知ってる ﹁まぁ落ちついたにしても、やっぱりちょっと変わったのは間違い無かったわ。ほら、あ う。むしろ、ここからが本番のように思える。 鈴の言葉を箒は静かに聞き続ける。まだ話はこれで終わりというわけではないだろ ﹁⋮⋮﹂ たのよ。実際、しばらくしたら殆どいつも通りになったし﹂ ただ、それも千冬さんのゴタゴタがあったからって皆思ってて、あたしもそう思って えてもちょっとおかしかったわ。ちょっと落ちつかなかったって言うか。 ﹁で、多分ここからがメインね。とにかくドイツから帰って来てしばらくは誰の目に見 決して多くない。だが、それでも間違いなく箒にとっては有益と呼べるものだった。 鈴の話した内容はざっくりと言えば一夏に変化が訪れた時期だ。情報としての量は ﹁そうか⋮⋮﹂ 290 言ってたけど⋮⋮。話がズレたわね。まぁそのトレーニング き合い悪くなって。まぁそこは良いのよ。ただ、別でね⋮⋮﹂ 続きを話し始めた。 で前よりちょっと付 だが、しばし視線を宙に彷徨わせると、決心したように一度瞑目し息を吐く。そして してそれを言っていいのか、迷うような目だった。 そう言って鈴は僅かに視線を逸らした。重要なことであることは間違いないが、果た ? ﹂ ? 手首掴んで止めて、返しに横っ面に一発。 たらしくて手を挙げようとしたのよ。で、飛んできたそいつのパンチを一夏があっさり 絡んでくるそいつを一夏も鬱陶しそうにしてたんだけどさ、それがそいつの癪に触っ いつの矛先が一夏に向いたのよ。あれはあたしも見てたからよく覚えてるわ。 そいつとちょっとね。クラスの他の奴にそいつが絡んでたのを一夏が言い咎めて、そ は柄が悪いっていうか、言い方古いけどツッパッてるやつもいたのよ。 て、どこにでもあるような普通の学校だったのよ。だからまぁ、ちょっと中学生の割に ﹁そ。あたしや一夏の通ってた中学もさ、別に私立の有名進学校だとかそんなじゃなく ﹁喧嘩 したのよ﹂ ﹁ちょうど中学二年の割と真ん中のあたりだったかな。ちょっとあいつ喧嘩騒ぎを起こ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 291 ﹂ 手を出したのは相手が先だったから、一夏は先生とタイマンでちょっとお説教くらっ てそれで事は終わったわ﹂ ﹁それが、どうしたのだ⋮⋮ ﹁それで、アイツはなんて⋮⋮﹂ なって﹂ ﹃何で本気で殴ったのかって﹄。別に責める気は無かったわよ。ただ、どうしても気に だからあたし、その時に一目見て本気だったって気付いて、後になって聞いたのよ。 言ってたけどさ。 殴ったりするようなことはしないって。まぁその後に、試合とかなら話は別だけどって ﹁あいつさ、前に言ってたのよ。自分が人よりずっと強いって分かってるから、本気で 僅かに視線を伏せながら鈴は続ける。 たってことよ。あたし、パンチで人が吹っ飛ぶトコなんて見たのは初めてだったから﹂ ﹁あぁうん。そう、あたしがあいつが変わったって思ったのは、その一発が﹃本気﹄だっ ねないとは思う。思えば昔も少々気が短い所はあった。 それに、仮にその時の一夏が今箒が毎日目にしている一夏なら、まぁ何となくやりか だし、後々に尾を引くような事には聞こえない。 確かに喧嘩沙汰というのは問題だろうが、鈴の話を聞く限りではすぐに解決したよう ? 292 ﹁最初に小さく﹃ワリィ⋮⋮﹄って。ただその後に、こう言ったのよ。﹃無様見るくらい なら本気になるって﹄。その時のあいつの目、正直怖かったわね。 ただ、その瞬間に何となく分かったのよ。あいつが変わっちゃったって。あんまり表 に見えないような、けど凄く大事な所が。 んで、その後は昼に話した通り。あたしは中国に帰っちゃって、そのままよ﹂ ﹁そうか⋮⋮。感謝する﹂ ﹂ ﹂ ﹂ 話してくれたこと、それに対しての素直な謝礼を口にする箒に鈴は御相子だと言って いきなり何をまた ? 首を横に振る。 ﹁んなっ ﹁いや、いいからいいから。どうなのよ ! ら、ちょっとお節介焼くわよ。 れてる一夏のダチだし、まぁ今日一日であんたともそれなりに親しくなったって思うか ﹁まぁ、他人のあたしがとやかく言うつもりもないんだけどさ。あたしはあんたに好か 悪そうに視線を逸らしながらも、箒は首を縦に振った。 れまでとは異なり問いかける鈴の表情は真面目なものだった。だからだろう。バツが 先ほどまでの重みのある会話から一転、唐突に向けられた話に箒はうろたえるが、そ ? ! ﹁あ∼、ねぇ箒。ちょっと聞きたいんだけどさ、やっぱ一夏のこと、ホの字 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 293 箒、あんたが一夏のことを好くのは別に構いやしないわ。ただそうだとしたら、アイ ツが変わってるってことをきっちり受け止めた方が良いわよ。まぁあたしも、そうした から今でもアイツとダチ続けてるようなもんだし﹂ さて今度はどんなことを話そうか。そう考え、自然と口元には笑みが浮かんでいた。 悪くはない。 こうしてゆっくりするのも良いだろう。それに、もうちょっと目の前の箒と話すのも、 考え、今更なことだと頭を振って頭から追い払った。まだまだ時間はある。しばらく ︵もしもあいつが変わらなかったらあたしはきっと⋮⋮。それに、箒とも⋮⋮︶ 箒が考えを巡らせる一方、対面に座る鈴もまた一人静かに思いを巡らせていた。 ︵まぁ、あいつが変わったっていうのは、箒にとっちゃラッキーだったかもね︶ き付いているのだから。 今もなお、箒の脳裏にはかつての一夏の姿が、自分をかばうように前に立った背が焼 えを返す自信が無かった。 だが、だからと言ってハイ分かりましたとすぐにそうできるかと問われたら、箒は答 解はしている。 想い続けるならば、その相手の変化を受け入れる。理屈では至極真っ当なものだ。理 ﹁それは⋮⋮﹂ 294 破 砕 音 が 響 き 渡 る。既 に 幾 度 目 と な っ た か 分 か ら な い。安 価 な 軽 量 材 質 で で き た ターゲットを破壊して、とにかく壊し続けた。数えることなどとうに辞めている。 殺 し だいぶ狭い。だが、それでも十分であり現状は生徒、教師ともに苦情は上がっていない あくまでその場を動かない訓練を想定しているため、アリーナに比べればその面積は いったものの取り扱いを学ぶためにある。 高 峰 の 威 力 を 持 つ と さ れ る 武 装 の シールド・ピアス、い わ ゆ る パ イ ル バ ン カ ー な ど と 盾 主として刀剣系武装のより効果的な振り方や、変わった例を挙げれば近接戦で現在最 り回しなどを訓練するために、アリーナの一つに併設された施設だ。 ISを展開してこそいるが、一夏は居る場所は屋内だ。生徒が主に近接用の兵装の取 は普段の鍛錬と何ら変わりはない。このくらいの疲労はむしろ当然だ。 拳を突き出したまま一夏は息を吐く。ISを展開しているとはいえ、やっていること ﹁かっ⋮⋮はぁーー⋮⋮﹂ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 295 のが現状だ。 その施設の一角、個別訓練用のブースで一夏は延々とターゲットのダミーを破壊して いた。本来であれば剣で斬りかかったり、シールド・ピアスで打ち貫いたりするもので あるが、それを一夏は敢えて拳で破壊していた。無論、ISを展開した上でだ。 ﹂ ? やっていることが正しければ⋮⋮ 明に思い出す。そして浮かんだ一つの仮説。これが正しいのであれば、そして今自分が 静かに目をつむる。思い出すのは先のセシリア戦だ。あの時の感触、衝撃、痛みを鮮 ︵もしも、俺の予想が正しいなら⋮⋮︶ 口元に笑みが浮かぶが、それも一瞬。すぐに真一文字に引き締め直す。 悪くはない。漠然とした感覚だが、不思議と気分は良い。 回る熱がその鋼鉄にも宿っているような感覚がする。 そう呟き一夏は拳を握る。動くのは血の通わない鋼鉄の拳だが、それでも全身を奔り ﹁まぁ良い。感覚は、掴めてきた⋮⋮﹂ るのは少しばかり脆いような気がする。 コスト削減のために安価な素材で作っているのだろうが、武装では無く拳で破壊され かね ﹁壊れてもすぐに次が出てくるのはありがたいけどさ∼、もうちょい頑丈にならんもの 296 所詮は小手先の技術だろう。だが、一つの強力な武器を得られることができる。そし て今のところ、思惑は概ね軌道に乗っていると言えるだろう。 ・・ 思い浮かべるのは旧友にして二人目の幼馴染。そして、隣のクラスの代表として自分 ﹁しかし、鈴が相手か⋮⋮﹂ とISで争うことになった少女だ。 いずれにせよ、自分と彼女が相対することになるのは間違いない。ならば、コレを使 うことになるのかもしれない。 そして再び、破砕音が響き渡り始めた。 そう小さく漏れた言葉には、僅かながらの自嘲が含まれていた。 ﹁俺も⋮⋮大概だよなぁ⋮⋮﹂ としても変わらない。 大真面目に、本気で戦うだけだ。それが勝負というやつだろう。それは相手が旧友だ ﹁まぁ、大真面目にやるだけか﹂ 第八話 語らうファースト&セカンド幼馴染 297 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラ それなら大丈夫ですと言って真耶は教室を出る。後に続いて教室を出ようとする一 ﹁あ、大丈夫っす。分かってますって﹂ 頷きながら応えた。 だが、一夏も声を掛けられた時点で用件を察したのか、心得ていると言わんばかりに い出したように声を掛ける。 ちょうど教室の入り口の所で一夏と鉢合わせる形になった真耶が、一夏の姿を見て思 ﹁あ、そうだ織斑君﹂ 出ようとする。 それは一夏も同様だ。手早く荷物を鞄に仕舞いこむと、さっさと立ちあがって教室を り始め、各々の放課後を過ごそうとする。 ようと足を動かし始めた真耶に合わせるようにして、教室内の生徒達が一斉に立ちあが 壇上に立った真耶の声でその日の授業が全て終了を告げた。荷物を抱えて教室を出 ﹁じゃあ、今日の授業はここまでです。みんな、今日もお疲れ様でした﹂ の需要を狙ってます 298 夏だったが、今度は入口に最も近い席に座るクラスメイトで同じ日本人の相川清香が一 夏に声を掛けた。 ﹂ ? ﹂ いや大したことじゃあないさ。ちょっとこれから姉貴の、織斑先生のトコに行 何で ? ﹁別に大したことじゃあないんだけどさ、今度クラス対抗のISリーグがあるだろ ﹁え かなきゃならないってだけだよ﹂ ? ? 書きに見合う成果出さなきゃだし、結構大変よ 俺なんか他にも勉強とか俺の個人的 ﹁いやぁ、専用機持ってるったってアリーナの使用申請しなきゃだし、専用機持ちって肩 乗ったくらいなのにさ。申請しても中々返事来ないし﹂ ﹁良いよねぇ、専用機持ち。好きなだけ練習できるんだから。私なんてまだ授業で少し ﹁ま、仕方ないさ。専用機もあるし、少しはこういうこともしなきゃだからね﹂ まったくだと、一夏は軽く肩を竦めながら同意する。 ﹁へ∼、大変なんだねぇ﹂ その説明だと﹂ 俺が出るアレ。その日に出る連中は他のみんなと違う動きをしなきゃならないからさ、 ? ﹁ん ﹁ねぇ織斑君。山田先生、何言おうとしたの 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 299 なトレーニングとかもあるし。時間足りねぇよ。いつのまにか一日終わってたなんて ? ザラだからな﹂ ﹁お互い大変だねぇ﹂ コ コ ﹁まったくだ。というか、IS学園に居る以上はみ∼んな大変なんだと思うぜ ﹁かもね∼﹂ クラスの代表者であり、近く行われるクラス対抗ISリーグの参加者である。 ﹂ 一人の男子と三人の女子という構成になっているこの四人は、全員が各々の所属する だ。 いる四人の生徒を見回す。織斑一夏、凰鈴音、そして未だ一夏は名を知らない少女二人 職員室の自身に割り当てられたデスクに座りながら千冬は、自分を囲むように立って ﹁揃ったか﹂ 教室を出ていった。 そのまま互いにハッハッハと笑う。そのまま一夏は軽く片手を振って挨拶をすると ? 300 ﹂ ? ﹂ ? で次の試合に臨むためだ。 まだしも、シールド用はまた別になるからな。あとは装備の調整など、より万全の状態 ﹁合間の時間に関しては減少したISのシールドの再チャージだ。単なる駆動用ならば の意味は ﹁試合の合間の時間がやけに長いこと、試合を全部同じアリーナでやること。この二つ ﹁なんだ﹂ 声を発したのは一夏だった。しかし千冬は特に気にするでもなく続きを促す。 ﹁先生、質問﹂ は時間など殆どないからな。前日までに準備を済ませておけよ ﹁試合はほぼ丸一日使用だ。凡そ二限目の開始時間を目安として試合を始める。当日に 読み進めながらも四人は了解の意思を示すように頷く。 心掛けろ。いいな﹂ らうことになる。そこに書かれている内容をよく読み、迅速かつ正確な行動をするよう ﹁中に書いてある通りだが、当日にお前たちは始めから他の者達とは違う動きをしても 各々冊子を開いて中身を読み進める四人に対して、そのまま千冬は続ける。 そ う 言 っ て 千 冬 は プ リ ン ト を ま と め た だ け の 簡 素 な 冊 子 を 四 人 に 渡 す。受 け 取 り、 ﹁私から特に言うことは無い。必要なことは概ねこれに書いてある﹂ 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 301 同じアリーナでやるのは、単にその方が効率が良いからだ。一々別のアリーナに移動 をするのも面倒だし、一纏めにしておいた方がこちらも管理がしやすい。同様の理由 で、二年三年も別のアリーナでそれぞれまとめている。これでいいか﹂ ﹁よろしい。ではこれで解散だ。各々、試合に向けて準備を怠らないように。もし何か 見て頷くと、千冬は言葉を続けた。 他に質問のある者はいないかと問うが、それ以上何かを聞く者はいなかった。それを その言葉にその生徒は安堵したような表情と共に頷いた。 まっている頃だろう。協力して、準備を進めるように﹂ 安 に し て 実 機 訓 練 を 優 先 的 に 行 え る よ う に な る は ず だ。そ の 頃 に は 担 当 の 教 師 も 決 担当の教師がそれぞれ付く。試合当日の、そうだな。だいたい三日か四日くらい前を目 ﹁お前の場合は学園の訓練機を使用することになるが、安心しろ。学園の技術担当、実技 場においてただ一人専用機を持たない立場にあった。 そこで千冬は視線を四人の内の一人に向ける。三組の代表を務めている彼女は、この る。試合の合間の調整などはその者達に任せることになる﹂ の三名には機体を開発した企業やら国やらの技術者がサポートにつくことになってい ﹁そのままの意味だ。今回のリーグ戦、参加者四人の内三人は専用機持ちだ。よって、そ ﹁うす。あぁあともう一つ。試合の際につくセコンドっていうのは⋮⋮﹂ 302 分からないことが出てきたら、担任なりとにかく教師に聞け。 ⋮⋮いいか、今回の試合が持つ意味はそれなりに重い。同じ一年生には同期の上位格 としての手本を示し、上級生にはこれが今年の一年生、お前たちの後輩だと示す。そし ゆめゆめ て外部からの来賓、国やら企業からの使いには今年の新入生に向けられる期待を決める 指標を示す。 自分たちの戦いぶりが多くのことを示し、それが重要な意味を持つということを努々 忘れるな。その上で││全力を出せ﹂ 当然だと言うように一夏はフッと笑った。鈴は特に表情を変えずに分かりましたと 言うように首を縦に振る。三組の少女は僅かに緊張しているからか、固く握った両の拳 を胸の前に掲げながら、同じように緊張の面持ちで頷く。そして最後の一人、四組の代 表だろう少女は何も言わずに掛けている眼鏡を指先でクイと持ち上げる。 そうして千冬の下から立ち去った四人が職員室を出たのは同時だった。 ﹂ ? 夏を挟んで鈴とは反対側に立つ二人も一夏が何を言うのか、気になっているかのように 背後の職員室の扉を閉めると同時に口を開いた一夏に、鈴がその顔を横から見る。一 ﹁ん しない主義なんだけどよ││﹂ ﹁⋮⋮まぁさ、お偉方が見に来るとか他の皆のためだとか、ややこしいことはあまり気に 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 303 一夏を見ている。 さんがたをブッ倒すのをな﹂ ﹁へぇ∼、中々言ってくれるじゃないの ん ﹂ ? の少女は冷めた視線のまま再び眼鏡を動かした。 次いで言葉を発したのは三組代表の少女だった。 ﹁なんというか、噂通りなのね∼﹂ ﹁そういや、俺はあんたのこと知らなかったな。まぁ俺は今更だけど、あんたは ﹁あ、そういえばまだだったね。私、スーザン・グレー。アメリカ人よ﹂ コ コ ? ﹁いやぁ、小学校の頃からIS学園に受かるためのレッスン受けてたからね。日本語も プライマリー ﹁へぇ、アメリカか。日本語上手いな﹂ ﹂ そんな二人を、三組の少女はほえ∼と呆けながら感心したような視線で見つめ、四組 か。 スギスとした空気は存在しない。あるいは、二人が気の知れた友人同士だからだろう 一夏と鈴、互いに交わす視線は既に獰猛な獣のソレへと変わっていたが、不思議とギ で一夏を見つめる。 挑発的としかとれない一夏の物言いに鈴もまた、片方の眉を吊り上げて挑戦的な視線 ? ﹁全員、良い試合をしようじゃないか。俺も楽しみにしているよ。俺の剣が、技が、お前 304 きっちり教えられたわけよ﹂ 先ほどまで緊張の面持ちであったが、いざ会話をしてみるとこのスーザンという少女 は割と陽気な気質らしい。会話からそれを感じ取れる。 ﹁そうそう思い出した。﹃セキガハラ アッキ﹄ ﹂ ﹂ ﹂ ! そしてそんな状況を招いた元凶はと言えば、さして悪びれる様子も見えなかった。 になって再び振り返ってみれば、四組の少女まで小さく肩を震わせている。 大声こそ出してはいないが、盛大に笑われているという状態に一夏は渋面を作る。気 ﹁プッ⋮⋮ククッ⋮⋮、せ、関ヶ原って⋮⋮クフッ 笑いをこらえるように小刻みに震える鈴の姿がある。 ような音がしたので何かと思って振り返ってみれば、そこには額を壁に押しつけながら あまりにも酷い間違え方に思わずツッコミを入れていた。背後でドンと何かを叩く ﹁読み仮名の﹃ラ﹄しか合ってねぇじゃねぇか !? !! 思いとどまる。 夏であったが、すぐに思い出したように手を叩いた彼女の様子に、それも必要ないかと 思い出そうとするように首を傾げるスーザンに、とりあえず言っておこうかと思う一 ⋮⋮﹂ ﹁け ど、ま さ か 噂 の 男 子 か ら 話 し か け ら れ る と は 思 わ な か っ た わ。え ∼ っ と、名 前 は 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 305 さぁ ﹂ ソリムラ シチカ ﹁ち ょ っ と ず つ 間 違 え る な よ し か も 夏 が 六 つ ば か り 多 い ﹂ い や 近 く な っ た け ど ? ! ﹂ ? 正直、これ以上突っ込む気になれなかったのが本音だった。 なんかもうどーでもいーや。馬鹿らしくなった一夏は考えるのを止めることにした。 ︵もう好きにしてくれ⋮⋮︶ い気分にさせる。 しては漏れ出る堪えた笑い声も大きくなっている。それが余計に一夏を何とも言えな それに反して一夏とスーザンの二人を挟む鈴と四組代表の震えは大きくなり、鈴に関 力も失せたのか、げんなりとした様子で一夏はツッコミを入れる。 三度目の正直など無かったと言わんばかりの盛大な間違いに、もはや声を大にする気 かもどっからきたんだよ、ソレ⋮⋮﹂ ﹁あのさぁ、近かったのが一気に遠ざかって、読みの文字数しか合ってないんだけど。し ト﹄ ﹁あぁゴメンゴメン。いやぁ、日本人の名前って難しいね∼。えっと、﹃ポポン・ヤマモ る鈴の蠢く気配は強まり、スーザンの背後の四組代表の肩の震えも微妙に大きくなる。 しかし近くなった所で間違っていることには変わらない。証拠に、背後で笑いを堪え ! !? ﹁あ、ゴメンゴメン間違えちゃった。え∼っと、﹃反斑 七夏﹄ 306 ﹁あ、いっけない。私友達と約束があったんだ﹂ バイバーイ、﹃織斑一夏﹄ ﹂ 手首に巻いた腕時計で時間を確認しながらスーザンは言い、そのまま立ち去ろうとす 試合、頑張ろうねー ﹁分かってるなら始めから正しく言ってくださいお願いしますー﹂ ﹁⋮⋮更識簪﹂ というか、あんたの名前もまだ聞いてなかったな﹂ 織斑一夏だぞ ? ﹂ そして再度眼鏡を指先で持ち上げると、冷めた視線のままで一夏を見つめ返した。 彼女は深呼吸をして震えていた肩を落ちつかせる。 そう言って一夏は残った一人、四組代表の少女に視線を向ける。一夏の視線を受けて ﹁⋮⋮で、あんたは 笑い声が何とも言えない気分にさせる。 なってきたのか、片腕で腹を押さえながら歩いていく。時折聞こえる堪え切れなかった 未 だ に 堪 え る 笑 い で 痙 攣 し た ま ま 鈴 も 立 ち 去 ろ う と す る。そ ろ そ ろ 腹 筋 が キ ツ く ﹁じゃ、じゃあさ、あたしも戻るわね⋮⋮ヒヒッ⋮⋮﹂ だが、その一夏はと言えばどこか不貞腐れたような声でそう突っ込むだけであった。 ! る。そして去り際││ ﹁じゃあね、みんな ! 今度こそ正確な一夏の名前を言ってからスーザンは去って行った。 ! ? ﹁更識な。オーケー、織斑一夏だ。よろしく。いいか ? 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 307 さすがにこれ以上無いとは思うが、なにせ先ほどまでが先ほどまでだったために、自 分の名前を強調する一夏。彼女││簪もそれを分かっているからだろう。素直に首を 縦に振る。だが││ ﹁⋮⋮﹂ と言いたかっ 無表情でジッと見つめてくる簪に一夏はおもわずたじろぐ。別に気圧されていると ﹁な、なにさ﹂ ﹂ いうわけではないのだが、なんとなくこそばかゆい気になるのだ。 ﹁⋮⋮クスッ﹂ ﹁なんなんだよもー そして不意に吹き出した簪に一夏は思わず声を上げていた。 なにか、そんなに関ヶ原とか反斑とかポポンとかが面白かったのか ? かった。 ﹁まぁいい。えっと、更識さん さっきウチの姉貴が専用機持ってねーのはさっきの そう簪は謝るものの、その口の端がわずかにひくついていたのを一夏の目は見逃さな ﹁⋮⋮ゴメン﹂ とにした。 たが、なんとなくそれを言ったら余計に嫌な気分になるような気がしたので言わないこ ! ! 308 グレーだけっつったな。ということは、あんたも専用機持ちか いと気付いた。 ﹂ それは一見すると青い宝石類をあしらった指輪だが、すぐにそれがただの指輪ではな ど中指の部分に輝く物がある。 その問いに簪は静かに右手を掲げた。一体何かと思ったが、すぐに気付いた。ちょう ? 待機形態だと気付いた。 ? それをカスタムした機体というのは幾ばくの興味があるが、同時に僅かだが首をかし 悪くないISだとは思っているが、あの打鉄もそれなりに良いと思えるものだった。 あのISは一夏も訓練でごく数度だが乗ったことのあるISだ。今の白式も十分に ﹁へぇ、打鉄のねぇ⋮⋮﹂ ﹁打鉄弐式。一応は打鉄のカスタム機﹂ 重要なのは、目の前のことである。 思考の端でそんなことを考えるが、今はそこまで重要なことというわけでもない。今 ︵そういえば鈴の専用機の話は聞いてなかったな。⋮⋮あのブレスレットか ︶ 機形態である腕輪。二つの専用機の待機形態を見た経験が、直感的に簪の指輪がISの セシリアのブルー・ティアーズの待機形態であるイヤリング、そして自身の白式の待 ﹁それがあんたの専用機か⋮⋮﹂ 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 309 げる思いもあった。 打 鉄 と い う I S は 防 御 に 重 き を お い た 近 接 戦 闘 用 の 機 体 と い う の が 一 夏 の 印 象 だ。 同じ近接用という点では白式もそうだが、打鉄の方が扱いやすいマイルドな機体という のが一夏の考えだ。 そして、そのカスタムというからにはおそらくは近接戦を行うものと予想したのだ が、何とも言えない違和感があるのだ。自分のように剣で、拳で相手を打倒する術を学 んできた武芸者特有の匂いというべきだろうか。 いや、そうした技術を学んだことはあるのだろうと察せるくらいにはそれらしい雰囲 やっぱ日本 ﹂ 気があるのだが、自分や師のように徹底した程では無い。 その問いかけに簪は素直に頷く。 ﹁専用機ってことは、候補生か何かか ? 打鉄は確かに近接戦闘寄りの機体だ。だが、だからと言ってそれしか能が無いわけで ︵いや、ないしは⋮⋮︶ 補生を相手にした経験ゆえだ。 補生クラスならば、相応の腕前を持っていることは間違いないと断言できる。実際に候 やはり候補生かと納得すると同時に、ならば尚更なぜという疑念が強まる。仮にも候 ﹁一応、日本の候補生﹂ ? 310 はない。しっかり装備を整えれば、射撃戦だってできる。つまりは││ ︶ ? ﹂ ? た。 ? ソ レ もしかして打鉄弐式って、割と そうだなぁ、大体学校始まって一週間そこら﹂ ﹁そういえば打鉄って確か倉持技研が開発したよな 最近に完成した ? な目で見つめる。だが、程なくして興味をなくしたかのように元通りの目つきに戻っ 失敬失敬と言いながら一夏はごまかすように笑いを浮かべるが、それを簪は怪訝そう ﹁ん。あぁいやゴメン。ちょっと考え事してた﹂ ﹁もしもし らしさを共有したいと思うくらいだ。無理に決まっていると分かっているが。 武術サイコー、武術バンノー、ハイル武術、武術万々歳。願わくば全人類でこの素晴 らしい理解の仕方を与えてくれた武術にただただ感動するしかない。 そう自分に言い聞かせて、なんて素晴らしい理解の仕方だと思う。そしてそんな素晴 手が違えばその戦い方もまた違ってくる。 武芸にしても同じことだ。同じ格闘技や武器術、更に流派まで同じであろうと、使い 物であるという可能性も考慮すべきだろう。 たとえカスタム機だろうが、別物であることには違いない。ならば、それがまるで別 ︵打鉄弐式⋮⋮﹃打鉄﹄って認識は取っ払った方が良いか⋮⋮ 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 311 コイツ ﹁そうだけど⋮⋮なんで知ってるの ﹂ ? そう言って簪は踵を返す。元々自分でもそこまで口数が多い方ではないと思ってい ﹁⋮⋮じゃ、私は行くから﹂ だからといって、特別どうこうという話ではないのだが。 知っていたことに首を傾げたが、それもさっきの言葉で納得いった。 だからこれまで接点のまるで無かった目の前の男子が、自分の専用機の完成時期を 手元にあったという認識になっているはずだ。 という報を受け、休日を利用して受け取ったものであるため、周囲からはいつのまにか 聴した覚えはない。専用機にしても開発側から最終調整が完了して一応の完成を見た 確かに簪は日本の候補生であり専用機の所持資格を持っている。だが、それを殊更吹 難くない。だが、その受領時期となると話は別だ。 弐式の開発元が倉持技研であるということは、 ﹃打鉄﹄ということを考えれば想像には ﹁あぁ、そういうこと⋮⋮﹂ か言ってたからさ。もしかしたらって思ったんだけど﹂ ﹁コイツを受け取った時に姉貴││織斑先生に開発元で二つの機体を並行してどーのと 言いながら一夏も右手を掲げて待機状態となっている白式を見せる。 ﹁いや、俺の白式さ﹂ 312 るためか、何か話そうという気はあまり起きない。 なら、ここでこれ以上無為な時間を過ごすよりも、また別のすべきことをした方が建 設的と思ったからだ。 ﹂ ? ﹂ ? クイと持ち上げると、そのまま再度踵を返して歩き去る。そして去り際に一言。 知らず口の端が吊りあがっていた。だが、簪は一切表情を変えずに再び眼鏡を指先で ﹁まぁ、俺も勝つつもりでいかせてもらうさ。良い試合にしようじゃあないか﹂ 静かだが、強い意思が秘められた言葉だった。 ﹁試合⋮⋮私が勝たせてもらう⋮⋮﹂ ﹁どうした の方に向けている簪の姿だった。 首だけを動かして振り返った一夏の視線に入ってきたのは、自分とは違い全身を自分 ﹁ん 一歩を踏み出そうとした背に投げかけられた声に一夏は足を止める。 ﹁あ、そうそう。一つ⋮⋮言い忘れた﹂ とする。 一夏も特に気にしてはいないのか、同じように踵を返して簪に背を向けて歩き出そう ﹁あぁ、じゃ。また試合で﹂ 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 313 ﹂ し !? ﹁じゃあね、﹃壇ノ浦 平家﹄﹂ 暗に俺にくたばれと やっぱり﹃ラ﹄しか合ってねぇよ !? あれか !? そうだよな かも壇ノ浦に平家とか妙に縁起悪いな !? !? ﹂ ? から思考の片隅に居座る違和感が一人になった途端に急に気になりだした。 先ほどまでは会話をしていたために表に出すようなことはしなかった。だが、少し前 ﹁⋮⋮なんだ だが、その意識は視線の集中に反して自分を取り囲む空間全てへと拡散していた。 落として、ただ一点だけを見つめている。 先ほど簪に声を掛けられた時のように後ろを振り向いたりはしない。僅かに視線を 無言で歩く一夏だが、程なくしてその足が再び止まる。 ﹁⋮⋮﹂ めに歩き出す。 でもなれと言うようにため息を深く一つ吐くと、他の者達と同様に自分のことをするた その後ろ姿を苦虫を噛み潰したような視線で見送る一夏だったが、やがてもうどうと とした足取りで去っていく。 てくれた簪に突っ込んでみるものの、簪は一夏の追求など何処吹く風と言うように悠々 最後の最後でもう無いだろうと思っていた名前間違えを、あからさまにわざとかまし ! ﹁お前絶対面白がってるよな 314 この感覚には覚えがある。そうだ、馴染み深い感覚だ。その一つ一つが鮮明に記憶さ れている師との修業の一つだ。 ある時は道場の中央で目隠しをして、ある時は日も暮れて薄闇に、あるいは本物の闇 に包まれた森の中で、より鋭敏な感覚を磨くための修業の中で、その中でターゲットと して利用した師の﹃視線﹄だ。 してこないならそれで良い。 今はその違和感のような気配も消え失せている。一体どこの誰かは知らないが、何も ﹁⋮⋮まぁいいか﹂ 謎の人物Aが相当なレベルで気配を隠しているということだ。 だが、その自分でも違和感程度でしか感知しえない。これが意味するところは、その る人間の気配なら敏感と呼べるレベルで感知できる自信がある。 に一気に伸び幅は大きくなった自覚がある。今となっては集中をすれば普通にしてい 師の監督の下による修業では勿論のこと、危機回避に繋がるこのスキルは三年前を境 い。 さっきまで誰かがそれほど離れていない場所で自分に意識を向けていたのは間違いな もちろん、終始自分を視界に捉えていたというわけではないだろう。だが、ほんの ︵誰か、見ていやがったな⋮⋮︶ 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 315 316 何せ自分は世界で唯一の男性IS適格者サマだ。まぁ、そんな変なことに絡まれても 仕方ないと言える。それを考えれば、今はこれで妥協しても良いだろう。 そして一夏は再び歩き出す。時を同じくして廊下の一角、偶然生まれた暗がりの中で 和紙の扇子が閉じられる音が一瞬鋭く鳴った。 部屋に戻った簪は手早く荷物を片付けると直ちに机に向かう。まず第一に行うのが その日の授業の復習だ。 仮にも一国の候補生を務めている立場上、知識に関しては既に十分なレベルで持って いると自負はしているが、例えそれが既に知っていることでも復習によってより盤石の ものとしておいて困ることは何も無い。 とはいえ、それ自体は一時間もかからずに、それこそ三十分そこらで片がつく見込み がある。ならあとは、試合に向けてじっくり情報をまとめたり策を練ったりするだけ だ。 幸いと言うべきか、同室の生徒はまだ戻ってきていない。別に同室の者が嫌いという わけではないが、やはり一人で集中できるというのはありがたい。 ﹂ ? ⋮⋮別に大丈夫。まだ特に何か始めたわけじゃないし﹂ ? ﹁⋮⋮え 彼 なんでそれを⋮⋮もしかして、また覗き見 ? ﹂ ? 少し前とは違う、今度はジトッとしたような声で尋ねる簪に、相手の態度が慌てるも ? 気に障るものだったためか、声にふくれっ面のような調子が混じる。 相手の言葉は簪の身を案じるようなものであったが、それが僅かなりとも簪にとって 夫。そこまで柔じゃない﹂ ﹁うん、こっちはまぁまぁ。弐式も悪くない感じだし、試合には十分。⋮⋮別に私は大丈 いうことだ。 それは即ち、電話の相手が彼女にとってそのような調子で話せる、ごく親しい相手と ていることに気付いただろう。 知っており、なおかつ本当に敏いものであれば、その声に僅かながらの軽快さが混じっ 電話に応答した簪の声はいつも通りの平坦なものだった。彼女のことをそれなりに ﹁もしもし、どうしたの な、それでいて仕方ないと微笑むようなものになる。 を手に取る。そして画面に表示された発信者の名前を見た瞬間、簪の顔は困ったよう こんな時に誰かと思いながら椅子から立ち上がりベッド脇に置いておいた携帯電話 机の上にノートを広げいざと思った瞬間、携帯電話のコール音が室内に鳴り響いた。 ﹁ん⋮⋮ 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 317 のになるが、それに対して簪はため息を一つ吐くだけだった。 ? えて笑い転げていることだろう。 返答は思わず携帯を耳から遠ざけるほどの大爆笑だった。相手は間違いなく腹を抱 ﹁弄ると結構面白い﹂ 白がるような曲線が描かれる。 分かった。それをイメージして、そしてこれから言うことを考え、簪の口元に僅かに面 付け加えるような簪に言葉に、相手が首を傾げるような仕種をするのが電話越しでも ﹁それともう一つ﹂ 手に、簪はごく当たり前の意見であり他意はないとキッパリ言いきる。 一夏のことを高く評価しているととれる簪の言葉にからかうような反応を見せる相 ﹁⋮⋮別に買ってるとかじゃない。単純な、当り前の意見﹂ るのもまた事実だ。 でだろう。だが、結果を挙げたのは事実であり油断があればそこを突かれる可能性があ 素人には変わりない。あの勝利も所詮はビギナーズラックと言ってしまえばそれま ない﹂ 織斑一夏が。⋮⋮別に、割と普通。けど、入学してすぐに候補生に勝ったのは、侮れ ﹁別に今更だから何も言わないよ⋮⋮。それで、彼がどうだったか、聞きたいんでしょ 318 自分とは違って感情表現が豊かな人間だ。その様を想像することは容易い。 相手が一しきり笑い落ちついた所で簪は再び携帯を耳に近付ける。 私、やることがあるから﹂ ? ないということを思いついた。 ︵あまりやり過ぎないように言っておいた方が良かったかな⋮⋮︶ と本気で││キレる。それで厄介を被るのは御免だ。 確かに彼は実に弄ると面白い人間だと分かったが、ああいう手合いは多分やり過ぎる に一夏を案じてではない。逆に、彼女を案じてだ。 だからこそ、やるならやり過ぎないようにと言っておいた方が良かったと思った。別 ない。自分だからこそ断言できる。 多分身辺を害するようなことはないはずだが、間違いなく癪に障る類のものには違い 斑一夏に対してなにかしらのアクションを起こすだろう。 さっきの電話も間違いなくきっかけの一つになるだろうが、十中八九彼女は彼に、織 ・・ そう言って簪は通話を切る。切ってから、そう言えば言っておけば良かったかもしれ ﹁うん。⋮⋮じゃあ、またね﹂ 以上時間を削られるのは勘弁願いたいと思っていた。 そう言って電話を切り上げようとする。正直な所、話をするのは構わないのだがこれ ﹁そろそろ良い 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 319 だから忠告しておいた方が良かったかと思ったが、やっぱり止めた。 そうなったらそうなったで、またちょっと面白いものが見れるかもしれない。 そして、これ以上考えても時間の無駄と判断した簪は携帯を再びベッド脇に置くと、 霞が関、下関、青木ヶ原なんてのもいいかも⋮⋮﹂ 机に座って今度こそノートへの書き込みを始めた。 ! そしてお目当ての真耶を見つけて頼み込んだ結果は、今の状況が示している。 だ。姉ではなく真耶を選んだ理由は単純だ。そっちの方が話が通りやすそうだからだ。 時間にも余裕があったため、何とかしてアリーナを使わせて貰えないかと聞くため た。 人に思いっきり腹を抱えて笑われた後、一夏はある考えを以って副担任の真耶を探し 千冬の下を後にし、二人の初見の生徒に名前を盛大に弄られ、一年ぶりに再開した友 白式を纏って宙を駆っていた。 既に夕焼けの茜色が空を染め上げている頃、一夏はISアリーナの一つでただ一人、 ︵ハハッ、駄目元でも頼んでみるもんだよな ︶ 漏れた呟きには小さくだが、笑いが籠っていた。 ﹁次はどんな名字がいいかな ? 320 ついでに練習の監督もおまけでやってもらうというラッキーに見舞われ、どうせなら ばと使用時間の終わりが見えて来た頃合いに、延長を頼んで見れば試合も近いから特別 ということで許可を受け、よっしゃヒャッホゥというのが今の一夏の状況だった。 とはいえ、だからと言って浮かれたような動きをするわけにもいかない。文字通り 色々と特別な状況なのだ。そしてそんな機会を与えられた以上は、僅かな無駄も許され ない。何より、自分が認める気にならない。 ﹂ ! ﹂ ? ですかね ﹂ ﹁ふむ。じゃあもうちょいタイミングを遅くして、それでブレーキを強めに掛ける感じ ﹃そうですね、ちょっと減速に入るのが早い気がします﹄ 何かは言うまでもない。先ほどの急降下からの上昇だ。 ﹁どうでした て管制室に連絡を入れる。相手はもちろん、監督を務めてくれている真耶だ。 そしてある程度上昇したところで一度宙に留まると、一夏は白式の通信機能を起動し 的機動に持っていくのも選択肢だが、とりあえずは上方への移動に絞っておく。 て再上昇。この切り返しの所で他にも情報以外の前後方あるいは左右といった二次元 上空からの急降下、地面が近づいたところで一気に急制動を掛けると同時に切り返し ﹁⋮⋮っ 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 321 ? ﹃そうですね。ちょっと体への負担は掛るけど、その方が相手に動きへの対処は取られ ﹂ にくいですし。慣れてくるとあまり減速をしないで次の動きに移れるんですけどね﹄ ﹁あぁ、PICのマニュアル化だかでしたっけ ﹄ !? ﹂ ? オートの状態であれば各種機動を行う際に、機体側が状況をある程度判断して自動で マニュアルへの変更だ。 真耶の見つめるモニターに不意に表示された白式の変化、それはPICのオートから 体に変化があればすぐに分かることになっている。 かるように、管制室のモニターやらにも表示されるようになっているため、何かしら機 通信の向こうで真耶の慌てた声が聞こえる。白式の状態は監督者である真耶にも分 ﹃ちょっ、織斑君 ﹁つまりこんな感じですか シンなんてのを作ってたのを見たな∼などと思いつつ、一夏はパネルを操作する。 そういえば昔テレビでモニターだかを使って空中に絵を描いているように見えるマ 浮かび上がるような映像にはいい加減慣れたが、つくづくぶっ飛んだ技術だとは思う。 そんなことを言いながら一夏は白式のコントロールパネルを開く。まるで目の前に ﹁へぇ∼﹂ ﹃えぇ。ただ、あれはちょっと難しいですからね﹄ ? 322 それに適した操作を行ってくれる。 だがマニュアルとなれば話は別であり、停止の際に掛ける制動の強さや曲がる際の カーブの描き方など、細やかな部分に至るまで自分で操作しなければならなくなる。 当然ながらそれを制御するために思考のリソースを割くことになるため、満足に戦闘 行動ができなくなる可能性はあるし、操作を誤ればまるでトンチンカンな動きをしてし まったり、あるいは無理な動きをして体に過度の負担をかける可能性がある。 だからこそ、いきなりPICをマニュアル設定などにした一夏に真耶が困惑の声を挙 げたのも無理のない話というものだった。 ﹄ !? ﹂ ? らいなら結構やっていますし、一年生でもオルコットさんのような候補生クラスなら可 ﹃それは⋮⋮そうですね。上級生、とくにある程度以上の腕を持った二年生や三年生く ンなんでしょう ﹁ねぇ先生。ぶっちゃけこのマニュアル化って、腕利き連中にとっちゃ基本みたいなモ まるで話を聞こうとしない一夏の様子に真耶の声が半オクターブばかり上がる。 ﹃織斑君 ﹁ま、とりあえずはちょっとやってみますよ﹂ ﹃そうでしょう。だから││﹄ ﹁いや、こりゃ確かにまた⋮⋮。お空にプカプカ浮かぶにしても一苦労だ﹂ 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 323 能でしょうね。あとは二組の凰さんですか。少なくとも、学園から離れて正式に国家に 所属している乗り手なら、ある種の必修技能です﹄ れこそ人生全部において肉親として共に過ごしてきたのだ。 ことその人間面への理解は自分などよりは深いだろう。 ﹄ ﹁それに、試合まではまだ一週間くらいはあるんだ。頑張れば││何とかなるっ ﹃え∼っと⋮⋮そうですね ! 別に確約されているわけでもないのに妙に自信満々に言う一夏に真耶も苦笑いをせ ? ﹂ できないと思う。何せ今自分が話している生徒は件の先輩と自分よりも遥かに長く、そ 公私にわたって付き合いの長い、尊敬する先輩の姿を脳裏に思い浮かべて真耶は否定 ﹃それは⋮⋮まぁ確かに﹄ につけろ﹄って言うはずですけどね﹂ 人であることなど言い訳にならん。それができることが必要ならば、死に物狂いでも身 ﹁別に焦っちゃいないですよ。単に俺が必要だと思っただけです。それに姉貴なら﹃素 だ経験も浅いんですよ。将来的にはともかくとして、今そこまで焦る必要は││﹄ ﹃けど織斑君。確かに織斑君は専用機持ちですが、それも極めて特例的なことですし、ま に俺がってのもカッコつかないし⋮⋮﹂ ﹁なら、俺だって専用機持ちとしてできなきゃでしょう。つーか鈴のやつができてるの 324 またチェックお願いします ! ﹂ ! ざるを得ない。 そゆことでっ ! ろうが、総括的に見れば基本的な技能をただ反復している。 や体ごと回転させての回避運動など、今の一年生全体で見ればそこそこの難度があるだ 言えば地味なものであり、真耶が評価をしたような急降下からの転身や、空中での旋回 その掴みの早さに僅かながら感嘆をするも、それからの一夏のすることはどちらかと 普通に飛ぶだけならば滑らかな動きをするようになっていた。 ない動きをしていた一夏だったが、それもしばらくしたらある程度感覚を掴んだのか、 PICをマニュアル化したことで最初の内こそ、エッチラオッチラとするような覚束 十分ほどが経過した。 ちょっとした雑務を片付けつつ一夏の様子を見守り続けて、時間はあっという間に四 ︵それにしても⋮⋮︶ だった。 鋭く眼光が光るような目つきだが、怖さなどよりも先に真摯さを感じる。そんな目 て、表情は一瞬にして真剣なものになっている。 言うなり一夏は通信を切って再び空中機動の練習に没頭する。先ほどまでと変わっ ﹁じゃっ 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 325 繰り返すたびに確実に進歩をしている。決して劇的というほどではないものの、それ でも一歩一歩着実にだ。 時には制御を謝って壁やら地面やらに激突もして、そのたびに肌に赤みを作ったり体 ﹂ のどこかしらに土汚れをつけたりしている。だが、それらがあるからこそ余計に感じる のだ。 ﹁先生、どうっすか 何がです ﹂ ? ﹃えっと、なんていうかちょっとイメージと違うっていうか。織斑君、運動とか体を動か 一夏の問いかけに答えた。 そして聞き返された真耶は、その時になって自分の呟きに気付き、やや慌てながらも 耳で拾い上げた一夏はどういうことか聞き返す。 真耶の呟きは本人も意図せずして、無意識のうちに零れたものであった。だがそれを ﹁え ? ﹃⋮⋮意外ですね﹄ り返しやるってのも結構慣れたモンですよ﹂ ﹁まぁ、体で覚えるっていうのは得意ですし、昔からやってましたから。だからまぁ、繰 ね﹄ ﹃えぇ、さっきよりもだいぶ良くなっていますよ。織斑君、結構飲み込みが良いんです ? 326 すのが凄い得意そうだから、こう、どんどん難しい動きとかするのかなって﹄ だったら、欠かすつもりはありませんよ。ていうか ? してふざけてはいない。 声は柔らかかった。一夏の言葉は最後だけが茶化すような調子だったが、それでも決 ﹃⋮⋮そうですか﹄ 欠かせないし、欠かしたら姉貴にどやされるのが目に見えてる﹂ 基本みたいなモンなんでしょう 今俺がやってるこのISだってそうだ。先生、実際問題俺が今やってることはみんな よ、やっぱ。体づくりもですけど、基本ができなきゃ。 そりゃあ、高度な技ってやつも使えますし、練習だってしてるけど、基本は大事です きやったやら。 すよ。木刀使って素振りや型稽古なんてしょっちゅうだし、空手なんざもう何回正拳突 例えば俺なんか剣術以外に空手や柔道も齧ってますけど、どれも基本は欠かさないで だってそうだ。 ﹁まぁ否定はしませんけど、やっぱりまずは基本的なトコですよ。ISもそうだし、武術 かのように真耶に向けて言葉を続ける。 納得したと言うように一夏は腕を組みながら呟く。そして、その疑問への答えとする ﹁あぁ⋮⋮、そういうことですか﹂ 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 327 確かに彼の気質は教師としてしばらく見ていて、少しばかり普通とは違うと思えるも のだ。だがそれでも、自分が大事だと思うことに対しての真摯さは間違いなく持ってい る。 少なくとも、今はそれが分かっただけでも十分と言えた。 ﹂ ! ガクッと盛大に崩れ落ちるのが見えた。 モニターの向こうで宙に浮かぶ一夏の体が数メートルほど落ちると共に、その姿勢が ﹃申し訳ないけど、そろそろ時間もギリギリなので今日はここまでです﹄ ﹁はい ﹃織斑君﹄ た、確かに存在していた。 そしてIS学園教師としてもう一つ、今ここで最優先して言わねばならない言葉もま は、彼女が考えるIS学園教師としての責務だと思うからだ。 だからこそ、真耶はその言葉を決して嫌とは思わなかった。その言葉に応えること ﹁まぁそんなわけなんで先生、もうちょっとお付き合いお願いしますよ﹂ 328 ﹂ !! ﹂ ? ﹂ ? も考えていた。 ﹁えっと、またアリーナの使用申請をしてからね 頑張れば良いと思いますよ ﹂ ? ? する一夏に真耶は再度苦笑をする。 ﹁あ∼、そういや先生。ちょっと一つ質問良いですか ﹂ とは言い難いアリーナの使用許可の一連の流れを思い出し、うんざりとしたような顔を まぁた色々紙に書かなきゃならんのかと、訓練機の貸出程では無いもののやはり手軽 ﹁うぃ∼っす⋮⋮﹂ ? なっている。そしてつい先ほどもまただ。ならば、彼女の言葉も相応に重んじるべきと そ れ に 一 夏 は 放 課 後 の 補 習 や ク ラ ス 代 表 と し て の 仕 事 な ど で も 度 々 真 耶 に 世 話 に が意識していたからだろう。 帰路を彼女と共に歩んでいるのは、彼女にかけている負担を彼の思考の片隅にある良心 だがそれでもおとなしく真耶の言葉に従い、手早く撤収作業を進めてこうして寮への りと浮かんでいる。 練習がノリにノッてきたところで中断を喰らったから、一夏の表情には不満がありあ ﹁この世界に神はいないのか ﹁え∼っと、宇宙の法則だからじゃないですか ﹁先生、一日って何で二十四時間しかないんでしょうね 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 329 ﹁何ですか ﹂ ? ﹁え∼っと、ISでも普通に手や足を動かしますよね あの動きって確かISが俺ら 330 くれるって仕組みでしたよね ﹂ 乗り手の体が動こうとするのを瞬間的に読み取って、その通りに機体で勝手に動かして ? ﹂ ? 動きができますし、その作業も流石に今の織斑君一人では大変でしょうけど、少しそっ ﹁そうですね、結論から言えば可能です。腕や足の駆動系の制御系を弄ればより機敏な ら彼の質問に答える。 一夏の質問の意図に納得した真耶は考え込むように顎に手を当て、言葉を吟味しなが ﹁あぁ、そういうことですか⋮⋮﹂ をもう少し早くできやしませんかね ﹁けど、実際に振られているのはISの、あの鉄の塊の腕なわけで。アレ、振るスピード そう言って一夏は目の前に突きだした片腕を上下にブンブンと振る。 剣振るうのに腕も振りますよね﹂ ﹁あ∼っと、それも大事なんですけど、俺が聞きたいのはアレです。こう、例えば持った に動きの細やかさも││﹂ が強ければISの手の握力も、出力限界を超えないまでですけど強くなりますし。それ ﹁そうですね。でも、それもやっぱり乗り手本人との関係は密接ですよ。単純な話、握力 ? 負担は乗り手の体に掛るわけです ちに明るい人に手伝って貰えばすぐにできるものです。少なくとも、私達みたいな先生 の誰かであれば一発ですね。 ただ、あまりやり過ぎはお勧めできませんよ に構いませんけど、ちゃんと自分の体と相談しながらにしてくださいね また今日みたいに私に相談をしてくれても大丈夫ですから﹂ ﹁なるほど、話は分かった﹂ 向けた一夏の目は、何かを考え込むように真剣な眼差しになっていた。 そう言って一夏は真耶に頭を下げて礼を言う。そして上げた顔をまっすぐ真正面に ? 早い動きを希望しているとして、その作業を誰かに手伝ってもらいながらやるのは一向 し、限界を超えてしまえばどうなるかは明らかですから。だから、もし織斑君がもっと ? ﹁わかりました。いや、そんだけ聞ければ十分です﹂ 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 331 ﹁ありがとうございます﹂ 都内にあるとあるビル、その一室では部屋の主である壮年の男性と、彼への来客であ る若い女性の会話が為されていた。 共に着込んでいるのはスーツであり、その会話も二人にとっては自身の職務に関わる 重要なものであった。 ﹂ そしてそのビルの正門には、ビルの内部にある組織の名前が記されている。それは ﹃防衛省﹄。 ﹁だが浅間君。君の腕を信用していないわけではないが、本当に大丈夫なのかね 男の問いかけに女性││浅間美咲は頷く。 ﹁問題ありません。むしろ、私一人の方が都合が良いくらいです﹂ ﹁まぁ、君ほどになればそう言ってもむしろ納得できてしまうのだがね﹂ もっとも、だからこそこうした頼みごともある程度気兼ねなくできるのだが。 がそれゆえにただならないと彼女に思わせている。 というものに欠けているように見えるものの、その表面からは読み取れない巧みな手腕 兄弟子の父とも個人的友好を持っている彼は、兄弟子の父と比べれば纏う空気の重み 部は掛けていた椅子の背もたれに深く腰を下ろす。 そう言って男││美咲も懇意にしており何かと便宜を図ってもらっている防衛省幹 ? 332 ﹂ ? ﹂ ? そして美咲は一礼して部屋を出ようとする。だが部屋を出る直前、その背に再び声が ﹁心得ています﹂ だ。とくに、彼女が大きく動けない今はな﹂ ・・ 寄 こ す 準 備 は 整 え て お く。君 は 防衛省 に、い や。こ の 国 に と っ て 失 っ て は な ら ん 人 材 わ れ わ れ ﹁まぁ良い。当日は君に任せよう。だが、決して無理はしないでくれたまえよ。援護を ではないが、とにかく有名なので否応なしに知っている。 その言葉で男と美咲は同時に一人の少年の姿を思い浮かべる。別に面識があるわけ ﹁例の彼か⋮⋮﹂ は例年とは異なります。何があってもおかしくはないでしょう﹂ ﹁私の職責の履行、私が出ることの必要性、それらを総合的に考えた上です。それに今年 の意識を高めるためだ。 そこで美咲は一度言葉を切る。切って間を置くことによって、より次の言葉への相手 ﹁そうですね。確かに今までの私の任務を鑑みれば、そう思うのも納得です。ただ││﹂ 身に浴びるような仕事は好みでは無いと思うのだが ﹁何故出ようと思った。こう言ってはなんだが、君の気質を考えれば、こんな日の光を全 ﹁はい﹂ ﹁一つ、聞いてもいいかね 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 333 かけられる。 ﹁黒蓮﹂が小さく光を照り返した。 くれん そんな主の思いに同調するかのように、手首に巻かれた待機状態となっているIS るような性格だから今更なことだとは分かっていてもだ。 う自分がいることに苦笑を禁じ得ない。一年三百六十五日、技を振るう機会を求めてい だが、その方が良いと理屈では分かっていても、同時に何かあってはくれないかと思 はゴールキーパー。仕事が無いのがチームにとって一番なのだ。 実際問題としては何事も無いのが一番だ。スポーツ、サッカーあたりに例えれば自分 ハイヒールと床の当たるカツカツとした音を廊下に響かせながら美咲は思案する。 美咲はただ一言、﹁無論です﹂とだけ答えて部屋を辞した。 先ほどまでの気楽さとは打って変わり、少し低くなった重みのある声で男は告げる。 我が国の国際的な信用の一端が乗るのだからな﹂ る。だが、失敗もまた許されないと肝に銘じておいてくれたまえ。当日、君の双肩には ﹁浅間君。先ほど無理をするなと言った後にこう言うのもおかしな話だとは分かってい 334 第九話 クラス代表顔合わせ 更識簪、眼鏡っ娘キャラの需要を狙ってます 335 そうして誰もが各々の日々を過ごし、時は一歩一歩確実に進んでいく。 そしてついに、IS学園学年別クラス対抗代表者ISリーグ戦開催の日がやってき た。 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の 毎年顔ぶれが変わる各クラスより選出された代表者が学年ごとにリーグ形式の総当 トだ。 S同士の規定下での勝負を、学園公式の行事として行うものとしては年度最初のイベン 一対一におけるIS同士の戦闘能力評価試験という小難しい名目の下に行われるI ﹃学年別クラス対抗ISリーグ戦﹄。 およそ数日前から学園の生徒たちの話題はあるイベントに集中していた。その名も 全に覚めた目で食堂へと趣き、見つけた友人とすぐさま歓談を始める。 擦りながら朝食を摂るために食堂にやってくるような生徒も、きっちり制服を着こみ完 その日のIS学園は早朝から興奮のざわめきに包まれていた。常ならば寝ぼけ眼を り上がる。そんな少女達だ。 それも十代半ばという多感な年ごろだ。興味を引くことがあれば仲間内で一気に盛 り、在籍する生徒は皆一様に女子である。 一名という極めて稀な例外が存在はしているものの、IS学園は基本的に女子校であ 咆哮 336 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 337 たり戦を行い、その勝敗を競う。 結果は平素のクラスの様子を、それこそ授業は当然としてそれ以外の休み時間や放課 後などの課外時間に至るまで密かに観察している教師が評価した得点に加算され、それ らを総合して優秀クラスを決定する。そして最優秀のクラスには何かしらの特典が与 えられるというものだ。 とはいえ、このISリーグは半ばそれ自体が独立したイベントのようなもの。既に使 用されるISアリーナは観客である生徒の収容を終え、関係者用に設けられた席には自 国、あるいは他国のISの戦いぶりを見ようと各国各企業研究機関の人間が座ってい る。 三学年それぞれが異なるアリーナを使用するため、この日に用いられるアリーナは三 つ。その三つのアリーナ全てにおいて、観客席は始まる前より興奮が渦巻いていた。 そして、その中でも最も興奮のボルテージが高いのは一年生用アリーナの観客席で あった。 既に在籍する面子がある程度分かっている二年三年とは異なり、この春に入学して初 めて顔を合わせた者同士が大半となる一年生は未だ自分の知らない未知の人物がIS を駆って戦うという光景を間近で見る、人生でも殆ど無かった経験を目前としているた めに、その興奮もある意味必然と呼べるものだった。 それだけではない。出場する四名の内、二名は国家よりその実力を認められた候補 生、一人は世界初の男性操縦者という錚々たる面子。そのことが観客の期待度をより一 層高めていった。 ﹁うーっす﹂ へと出向してきた研究員の一人だった。 関係者ではない。一夏の専用機である白式の開発元、倉持技研よりこの日のために学園 そう一夏の背に声をかけたのはスーツの上から白衣を着た男性だった。彼は学園の ﹁織斑さん、すみませんがこちらに。ISを装備しての最終調整を行います﹂ を装備すれば何時でも出撃が可能という状態であった。 既に素肌の上にISスーツを着用するという姿になっており、後は専用機である白式 るように言う。 アリーナに設けられた四つの出撃ピット、その一つから外の様子を見た一夏が感心す ﹁おーおーおー、まぁ随分と人が入ったもんだ。満員御礼というべきかね﹂ 338 クルリと踵を返すと一夏はハンガーに固定され、幾本ものコードによってピット内に 添えつけられた調整用コンピュータと接続された白式に歩み寄り、そのまま乗り込ん だ。 ﹁何をです ﹂ ﹁しかし織斑さん。一つ、聞いても良いですか ? ﹂ に気を許し、あれやこれやと機体に関しての頼みごとをしていた。 職の、一部門の纏め役にありながら割とフランクな人柄である彼に対しては一夏も早く 対する彼の返事は軽い調子だった。ISという未だ未知の部分が多い物を開発する んですから﹂ ﹁いえ、これが我々の仕事ですからね。きちっとやらなきゃ、給料貰ってる意味がないも 行ってきた調整に付き合い続けてもらったことへの謝意も含めた言葉を言う。 白式を纏いながらその場に立ち続ける一夏は数日前に行われた顔合わせ以来、連日 ﹁いやぁ、本当にすいませんね。色々やってもらっちゃって﹂ の羅列に目を通していく。 たチームの纏め役である男は、コンソールを操作してモニターに表示される文字や数字 そう言いながら今回の試合において一夏のセコンドを務める倉持技研から派遣され ﹁ちょーっとそのままで待ってて下さいよ。不備が無いかチェックしますんで﹂ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 339 ? ﹁なんです ﹂ コ レ ﹁あぁそうだ、織斑さん。出る前にちょっと﹂ く第一試合、一組代表織斑一夏対二組代表凰鈴音の開始時間になる。 言いながら一夏は白式を纏ったまま歩き、ピットの中央に仁王立ちする。もう間もな ﹁そりゃどうも。その方が俺も気が楽ってやつです﹂ 我々は何も言いませんよ﹂ ﹁まぁ、実際に飛んでも上手くやれていたみたいですし、それで勝算があるというなら 式に繋がれたコード等の片づけを始める。 その答えを無言で聞き続け、そしてチェックを終えると﹁終わりました﹂と言って白 ﹁⋮⋮﹂ いつは必要だ。もし、俺の考えが正しければコレは絶対に必要になる﹂ ﹁まぁ、変わってるって言われた以上はそうなんでしょうけどね。断言できますよ。こ 記された内容を見て、一夏はあぁ⋮⋮とだけ呟くと頷き、答えるために口を開く。 そう言って彼は白式のモニター、一夏の眼前に一つのウィンドウを映し出す。そこに すがね。コレばかりはちょいと気になるわけですよ﹂ 動かしやすいようにって感じで、我々もそこまで気にするようなことでもなかったんで ﹁この数日、我々も関わって白式の調整をしてきたワケですよ。基本的には織斑さんが 340 ? 掛けられた声に一夏は首だけを動かして男の方を見る。彼は真剣な眼差しでピット の先のアリーナ、その更に向こうにあるちょうど彼らが居るピットの反対側のピットに 目を向けている。 一夏もそれに倣って視線をそちらへ向け、そういえばあっちは鈴の居るピットだった かと思う。 当然と思える。 の中でも特に中心的な面子の一人が行う試合というのだから気合が入るのはある意味 その言葉に一夏は首を傾げる。まぁ確かに自分の国の候補生、国家に所属する乗り手 気が締まっていたようでして﹂ のですよ。今朝方、こちらに来る途中に向こうの技術者とすれ違ったのですが、かなり ﹁いえ、この場合は相手の候補生というよりもそのバック、つまりは中国という国そのも ⋮⋮﹂ ﹁はぁ⋮⋮。まぁ気合入れるのは俺もですけど。けど、鈴のやつがどれだけなんてなぁ すが、向こうはかなり気合を入れて臨んで来ると思われます。念のため注意を﹂ ﹁そうですか。いえ、ただちょっとね。織斑さん。多分、というかほぼ確実だと思うので ﹁えぇ。一応中学の時のダチなんですよね﹂ ﹁試合の相手は確か中国の代表候補性でしたよね﹂ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 341 だが、彼が言いたいのはそういうことではないのだろうとも分かる。ならば一体どう いうことなのか。 武術的に言い換えるのであれば、これは流派の弟子同士の対決ということになるだろ なるほどと一夏は思った。そして得意の武術思考回路をONにする。 かにここで金星上げんのは意味がデカイ⋮⋮﹂ りゃ次世代のメインになるかもしれない年、ニュージェネレーションだ。となると、確 ﹁ならば今度こそ、この十年の雪辱をってやつですか。まぁ、俺も鈴のやつも言ってみ に、あなたのお姉さんに倒された﹂ 国際エキシビジョン、その双方で向こうは代表として送り出した乗り手と機体を日本 しかし、それでもですよ。単純な例ですが、かのモンド・グロッソ、そしてその後の 撃を被った元凶に、国の軍事の重要な位置の一つを任せるのですから。 ですから、あの国のISに対する思いの複雑さは相当でしょう。何せ自分たちが大打 政の在り方すら大きく動かす程にです。 ﹁十年前の白騎士事件の折、中国側が受けたダメージは非常に大きかった。それこそ国 納得したと言うように頷く一夏に、彼もまた頷いて言葉を続ける。 ﹁あぁ⋮⋮、そういうことっすか﹂ ﹁織斑さん、十年前ですよ﹂ 342 う。双方まだまだこれからとは言え、後継にあたる者同士の勝負の結果というのは非常 に重要だ。 なにせ本人達の格だけでなく、その後ろにある流派や育てた師の沽券にも関わってく る。 向こうさん そしてそれを今の状況に置き換えて再変換する。 んじゃあイッチョ行きますかぁ ﹁織斑一夏、出る ﹂ これから行う動作はもはや慣れた。 ﹁さーってとぉ ! !! ﹂ 要は勝てば良いのだ勝てば。それで八方丸く収まる。 ﹁ま、とにかく全力を尽くして勝ちを拾ってきますよ﹂ いずれにせよ、やることなど端から決まりきっている。 そんなことを考えながら、一夏は白式を宙へと走らせるための体勢をとる。 るか︶ うに行ってからISに関わったっつーなら、IS乗りとしては向こう育ちってことにな 一応鈴は日本に住んでた時の方が長かったはずなんだけどなぁ。あぁいやでも、向こ 俺に勝って、自分とこが作った機体と育てたパイロットの格を示したい、と。 ︵まぁ、要約すると中 国は日本の作ったISと、一応日本生まれ日本育ち生粋の日本人の 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 343 ! その言葉と共に一夏はアリーナの宙へと身を躍らせた。そして歓声がその身を包み こんだ。 鈴がアリーナへと飛び出たのは一夏にやや遅れてのことだった。 ﹁何言ってんのよバーカ﹂ ﹁へぇ、まさか俺が政治家に気を持たれるなんざなぁ。いやいやありえねぇよ﹂ 気にしてるみたいだし﹂ ﹁にしても、あんたが出てきた瞬間、エラい歓声が沸いたわね。ウチのお偉いさんも結構 IS間で交わす通信によって、距離の如何に関わらず二人は会話を可能としている。 だ。 言葉を交わす二人の間は数十メートルは離れている。セシリアとの試合の時と同じ ﹁良いんだよ。細かいことは気にすんな﹂ ﹁ハン、なぁに言ってんのよ。あんただってついさっき飛んできたばっかりじゃない﹂ そんな言葉で出迎えた一夏を、鈴は鼻で笑った。 ﹁遅かったじゃないか﹂ 344 首を横に振る一夏に対し、鈴は軽口で返す。 コッ チ あんたとあ ﹁ア ン タ は 世 界 で 初 の 男 性 I S 操 縦 者 サ マ。そ ん な の、ど こ の 国 だ っ て 欲 し が る に 決 まってんじゃん。中国も似たようなもんよ。 何せね、この学園に来る人間選ぶ時にあたしが選ばれた理由、分かる お前の見立 ? ? たしの間の縁、それを使って上手く引き込めないかだってさ﹂ ﹂ ? ﹂ ? それを実感し、ある種の懐かしさが胸に湧き上がる。思えば、彼女が中国に渡る前は 鈴音が居るのだと自覚する。 そのまま二人はハッハッハと笑う。改めて、こういう軽口の交わしあいで目の前に凰 ﹁違いない﹂ りはだいぶ健全よ﹂ ﹁なぁにが兄ちゃんよ何が。それに、あんたが腹に抱えてるひん曲がった物の考え方よ 付きをするようになるなんて、兄ちゃん悲しいぞ ﹁おうおう随分とまぁ、お主も悪よのぅってな。まったく、一年合わない内にそんな思い まぁ、こっちに来る分に良い口実にはなったわね﹂ ﹁ゼ ロ ね。あ ん た が そ ん な タ マ じ ゃ あ な い こ と く ら い、あ た し は よ く 知 っ て る わ よ。 てじゃどうよ ﹁そりゃあまた随分と熱烈だな。でだ、鈴。それが上手く行く可能性は 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 345 よくこうして軽口を交し合ったものだ。 不意に緩みそうになった気を引き締めなおす。だが今は別だ。互いに倒すべきとし て相対している以上は、その気の緩みは致命的になりかねない。 ﹂ ? ﹂ ? あたしに是非勝てって言ったり。いやぁ、モテる男は辛 ? お前のトコのお上にとっちゃ、この試合は結構大事らしいぜ ﹂ ﹁なぁ鈴。さっきさ、俺のセコンドやってる技術者の人から聞いたんだけどさ。どうも どうせ口を開いたところでロクな台詞が出てこない。 あれは一夏が││鈴の主観ではあるが││しょーもない悪巧みをする時にする顔だ。 そう言って一夏は口元を歪ませる。その表情を鈴はよく知っている。 ファンによ﹂ だ。俺の熱心なファンが居るとはな。となると、こりゃあお返しをしなきゃなぁ。その ﹁いやいや、俺もビックリだよ。まさか海を越えてお隣中国まで、それも政治屋さんに いわねぇ とあんたにご執心みたいよ ﹁ちょっと上の人が妙に気合入っちゃっててさ。どうも上のオッサン連中、本当に色々 言葉を続けようとする鈴に一夏が小さく眉を動かす。 ﹁ん ﹁そういえば││﹂ 346 ? ﹁へぇ と言うと ﹂ ? じゃないのかだと﹂ じ ゃ ど っ ち も ウ チ の 姉 貴 に や っ ぱ り ボ コ さ れ て。日 本 に 負 け 続 き の 雪 辱 を し た い ん ﹁早い話が、白騎士事件でボコされて、自分たちもISを導入はしたものの国際的な大会 ? やろうかと思ってね﹂ ﹁へぇ。随分と気前が良いじゃない。なに ﹁いいや、その逆さ﹂ あたしに勝たせてくれるってわけ ﹂ ? ? ことだ。はて、それが一体どうしてサービスになるのか。 ﹁いやさ、ちょっと観客席見てみたら、あれがお前のトコのお偉いさんかな まぁ随分 どういうことかと鈴は首を傾げる。それはつまり、一夏が勝って自分が負けるという ? ﹁まぁせっかくだ。そんなお前の国のお上さん、俺のファンに一つサービスでもくれて それはさておき、鈴は一夏の言葉の続きを待つ。 い。むしろ、暮らしが長く友人も多い日本の方に愛着を持っているくらいだ。 確かに代表候補をしてはいるものの、そこまで中国という国に執心があるわけじゃな だ。 言われてみれば納得の弁である。とはいえ、それがどうしたというのが彼女の考え ﹁あ∼、すんごいありえるわねぇ﹂ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 347 と得意そうな顔してるんだよ﹂ そう言う一夏の視線は観客席の一角、他の席とは別に設けられたVIP等の来賓用の 席に向けられている。確かにそちらの方には中国からの来賓、早い話お偉いさんが居 る。おそらくは、ISのセンサーのズーム機能を使っているのだろう。 ﹂ ? ﹂ !! ︵ど∼せ、そんなトコだろうと思ったわよ∼︶ 鉄の拳を握りしめながら言い切った。 ﹁ファンサービスだ そこで一夏は言葉を切り、 さんに向けた、俺の││﹂ 期待していたところに、そのショックを叩き込んでやる。それがお前のトコのお偉い ﹁得意気から一転、結局負ければさぞや悔しいし、ガックリいくだろうよ。 クでもない台詞が出てきた。 饒舌な一夏に鈴は小さく眉をひくつかせる。何となく予想はしていたが、やっぱりロ 年前の白騎士と一緒で白いIS。悪夢再びと言うのか 雪辱も込めて勝てると踏んだ試合、ところが結果は自分とこの負け。しかも相手は十 てやろうじゃないか。 ﹁あの得意そうな顔、多分勝てるって期待してるんだろうな。その期待を木端微塵にし 348 突っ込まない、絶対に突っ込んでやるものかと思った。 予想通り本当に飛び出たセリフはロクなものじゃあ無かった。それはまだ良い。一 夏の無茶苦茶な言葉など、もうとっくに慣れている。 ﹂ ? ﹁あぁ、うん⋮⋮。⋮⋮ぶっちゃけ否定はしないわ﹂ つ生理的にダメだわコリャ﹄ってやつとかがガックシいくのってこう、スカッとしね ﹂ ﹁まぁなんだ、その、アレだよ。なんかこう、偉そうにしてる偉い人、それも﹃あ、こい 顔をそらし頬を掻くような仕種をしながら一夏は語る。 あるんだけどさ⋮⋮﹂ ﹁あぁ、うん。まぁさ、俺も春から色々あってちょっと政治屋ってのにイラついてるのも 言わんばかりのようなことはそこまで好まないはずなのだ。 だからこそ、先のような﹁他人の不幸は蜜の味﹂、あるいは﹁人の不幸で飯が旨い﹂と と真っ当な面も持っているというのが鈴の一夏への評の一つである。 確かにやることも言うことも中々にぶっ飛んでいることが多い一夏だが、それでも割 祭などを目前とした時のような、本当に面白いものを期待している顔だ。 そう。心なしか一夏の顔は楽しげな色を浮かべている。そう、例えば中学の時の体育 キウキしてない ﹁まぁファンサービスかどうかはこの際どうでも良いんだけどさ。一夏、あんた妙にウ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 349 ? 何となくだが同意してしまった。確かに一夏の言うとおり、変に偉そうにしている人 間がしょぼくれる様というのは、確かにスッキリしそうだ。 厚い片刃の曲刀を携える。 ? けたりも、あるいは待ち構えるように構えることもせずに鈴を見据える。 鋼鉄の柄を鋼鉄の手が握りこむ。そのまま、一夏は目の前の相手のように刃を突きつ けた白式がその内に収めた刃を、蒼月を顕現させる。 右手を伸ばし念じる。浮かべるイメージは鞘より引き抜く白刃だ。直後、主の意を受 きことをするだけだ。 そう言われることは初めから分かっていた。だから何も思いはしない。ただ、するべ ﹁ふっ、そうこなくっちゃな﹂ そう言って片方だけを一夏に向けて突きつけた。 ﹁勝ちまでは譲らないわよ ﹂ そう言って鈴はそれまで展開していたISに加え、その両手に斧のようにも見える分 ││﹂ ﹁それが今回はそのファンサービスなわけね。まぁ、ちょっと気持ちは分かるわ。けど 通したいことがあるから。いつだってそれだけさ﹂ ﹁ま、俺が戦う理由なんざいつだって俺のためだよ。俺が戦いたいから、ないしは戦って 350 ﹁見た所、お前のISも俺と同じで格闘戦みたいだな。面白ぇ、一つどっちの技が上か競 ﹂ い合いと行こうか。来いよ、小娘﹂ 石は代表候補性と言うべきか。かわされ、離されたと判断するや否や直ちに機体を制 口元に微笑を湛えると、一夏は白式に宙を駆けさせて鈴から距離を取る。だが鈴も流 ﹁ふっ﹂ 闘志を宿すことになった鈴の目と視線が交差した。 自身のすぐ脇を通り過ぎていく鈴に視線をやれば、初撃をかわされたことでより強い るように右の刃を振り下ろしてくるが、それを一夏は体を逸らすだけで回避する。 雄叫びと共に鈴が一夏に向かって来る。間合いにとらえると同時に上段から叩き割 !! ﹂ 幕を上げ、再度歓声が響き渡った。 小娘、その言葉に反応したかのように鈴が動き出す。この瞬間を以って二人の戦いは ﹁上等 !! ﹁でぇりゃああああああ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 351 とうりゃあっ ﹂ 動、切り替えして再度一夏へと向かってくる。 せいっ ! !! ﹁このっ⋮⋮チョコマカと に実感していた。 ﹂ を、一夏は回避を続けながらも鈴の目から視線を外さなかったことにより手に取るよう だが、その悉くを一夏は回避する。そして一撃回避される度に鈴の感情に波が立つの 刀による手数の利点を活かして連続攻撃を仕掛けてくる。 一応日本の剣術に当てはめるのであれば上段、袈裟、逆袈裟、左右からの薙ぎなど二 ﹁だりゃっ ! それでもツいてんの ちったぁ慎みを持てよ になったのよ ﹁あぁもう ﹂ ﹂ !! !? ! ! ! ﹁ほらほら さっきから回避ばっかじゃないのよ あんた何時の間にそんなチキン な余裕があるというのが猶更腹立たしい。 ギリギリでの回避であるというのに、すれ違うたびに伺う一夏の表情にはあからさま 当たると思っても刃が届く直前にハラリとすり抜けるようにかわされてしまう。 リのものであるということだ。 だが、何より鈴の気を逆撫でて仕方ないのは一夏の回避がどれも紙一重に近いギリギ ただ回避をされるだけであればここまで勘に障ることも無かっただろう。 !! 352 ! 流石に最後の一言だけは一夏も看過できなかった。別に自分が罵られたからという わけではなく、曲がりなりにも女子がそのようなことを口に出すということについての あれこれだ。 ナニをと具体的に明言しなかっただけまだ良かったのだろう。 ﹂ ﹁ご名答 ただし、あんたが何もしなきゃこの双天牙月だけでケリが付いちゃうわよ 性に重きを置いている。主兵装は重量型刀剣武装﹃双天牙月﹄、そして謎の新型武装か﹂ ﹁中国第三世代型﹃甲 龍﹄か。白式同様近接格闘戦重視、ただし燃費や経線能力など安定 シェンロン ものではあるが││情報である。 そこに記されているのは試合前に入手できた鈴のISについての││おおざっぱな リと視線を向ける。 そう考えながら一夏は先ほどからモニターの端に展開されているウィンドウにチラ ︵まぁ、そろそろ掴んではきたがな⋮⋮︶ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 ! ! うな形状をしている双天牙月はその重量を威力の基盤としている。 愛用の武器として名高い青竜偃月刀、その柄だけを短くして片手武器ように調整したよ 返答は再度の突撃だった。三国志に登場し、神としても崇め奉られている猛将関羽が ﹁やれるモンならやってみろ﹂ 353 その性質ゆえに決して細やかな取り回しには向かず、武器として振るうにも単調な振 るい方しかできないものであるが、クリーンヒットした時の威力は決して馬鹿にならな いものである。 だからこそ、対処としては受けに回らず回避にあたるべきものなのだが、今度の鈴の ﹂ 仕掛けに対しての一夏の行動は、自身もまた前へと動くことだった。 ﹁はぁっ を利用して死角を取ろうとするなど、想定されるセオリー通りの対処法だった。 誰もが距離を取って射撃装備で遠距離から攻撃する、あるいは使用時の機動の単調さ かった。 真っ向から向かって来るということをする者は思いつく限りの同期先輩の中にはいな 記憶を漁ってみても、少なくとも鈴の覚えている限りで同じような武装への対処に しくない。 龍用の刀剣武装ではあるが、同じような形状、運用方法の刀剣装備は中国では決して珍 だからこそ、真っ向から挑むような一夏の行動には目を疑った。双天牙月は確かに甲 いる。 にした時の対処の仕方、それを相手が行ってきた時のさらなる対処のために把握はして 困惑したような声を鈴は上げる。自分の使う武器だ。その特性はもちろん、逆に相手 !? 354 ︵上等じゃない⋮⋮ めに同様だ。 ︶ の速さで僅かに劣り、機体の加速もまた鈴の上方からに対し下方から迎え撃っているた いる。対して一夏の迎撃は刃の重さは当然として、下方からの切り上げゆえに振り抜き 双天牙月の一撃には刃それ自体の重量、上からの振り下ろし、機体の加速が加わって 蒼月は下段から迎え撃つ。 鈴が刃を振り下ろすと同時に一夏もまた蒼月を振るう。上段からの双天牙月に対し、 すまない。 機体の加速も加わったソレは武器同士で真っ向から打ち合えばまずもってただでは かりに再度上段から刃を振りかぶる。 受け止められるものなら受け止めて見せろ、その守りごと打ち砕いてやると言わんば !! し切れる。 ﹂ 一夏の構える武器は日本刀を象った典型的な日本の近接装備だ。あの細さならば、押 いではないが、それが何の役に立つのかと思う。 一夏はそこまで自分の剣術にこだわっているのだろうか。そのまっすぐさを鈴は嫌 挑んでくるというのであれば是非もない。真っ向からぶつかってやるだけだ。 ! ﹁はぁあああああああ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 355 押し切れると確信した。 そして二つの刃がぶつかり火花を僅かに散らした直後││ ﹂ ガクンッ ﹁えっ ︶ ! などを重視した重い一撃で勝負にかかる武器であることが分かる。 形状を見れば双天牙月は重心が刀身の先の方にあり、細やかな取り回しよりも遠心力 より真っ向から受け止めるつもりなど毛頭無かった。 刃同士の接触の瞬間、一夏は刃を返すことによって双天牙月の攻撃を流していた。元 く青白い光が嫌な汗を首筋に伝わらせた。 そこには、自身に向けて剣を振りかぶる一夏の姿がある。刀身の、刃の部分だけで輝 能が彼女の背後の光景を映像化して目の前に映した。 の体は前方に押し出される。視線を後方に向けようとすると同時に、ISの視界補助機 そのことに気付いた時にはすでに遅かった。未だ残っていた突撃の勢いによって鈴 ︵流されたっ この感じはそう、今までの回避された時のソレと同じだ。 夏の姿が視界の端に消える。 刃を通して手に伝わった手応えが一瞬の内に消えていた。真正面にあったはずの一 !? 356 そのことを一夏は武器を見たその瞬間に八割方、そして最初の一手二手を回避した時 点で完全に確信していたのだ。 その後もしばらく回避に徹したのは間合いやリアクションのためのタイミングの取 り方、鈴の攻撃のリズムなどの情報を得るためである。 鈴の言葉に応じて勝負に訴えたのも、本音を言えば更に様子を見てより対策を盤石な ものとしたかったが、もう対処するのに十分な感覚を掴みイメージが出来上がっていた からであり、本人からしてみれば鈴の挑発に乗ったという意思は皆無だった。 そして今、その鈴は自分に向けて無防備な背中を晒している。先の連続回避によって 甲龍の機動性についてもある程度の把握はしている。 近接格闘型ゆえにそれなりの、少なくとも訓練用としていくらかのデチューンがされ ているという学園の打鉄よりはずっと良い。だが、体感的に白式には及ばずと言ったと ころだ。 自身の技量不足は百も承知している。おそらくより十全に機体の性能を発揮できる ようになれば機動性では後れを取ることはないだろうが、今この時点ではそれもだいぶ 怪しい。 だからこそ、やれるときにやっておいた方が良いのだ。 ﹁悪いが、小回りや切り返しの早さはこっちが上でな﹂ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 357 言いながら一夏はその背に目がけて刃を振り下ろそうとする。表情は見えないが鈴 が穏やかでない心中にあるのは気配から手に取るように分かる。 今度は自分が急降下と共に仕掛ける。ただまっすぐ飛ばせば良いだけだ。伊達に練 習を積んだわけではない。この程度であればもはや難なくこなすことはできる。 狙うのは装甲の及んでいない素肌、あるいはISスーツの部分。この一撃ならばスー ツのあるなしは考慮しなくてもいい。 どちらにせよシールドに阻まれるのは確実だろうが、装甲と共に防がれるよりは大き なダメージを期待することができる。 ﹂ う遅い。鈴も完全にどうこうすることはできないと悟っていたのだろう。 間合いに捉えると同時に一夏は蒼月の刃を振り抜く。一瞬遅れて鈴が反応するがも た。そして、そこから次のアクションへと繋げる時間は、一夏の方が遥かに短かった。 だが、完全に一夏を正面に迎えた時と一夏が間合いに鈴を捉えたのはほぼ同時であっ する。 に下降していく勢いはそのままに、鈴は向きを反転させてせめて正面から迎え撃とうと 背後から襲い掛かる一夏に対して距離を詰められる時間を僅かでも引き延ばすため ﹁くぅっ⋮⋮ !! 358 ﹂ だがせめて受けるダメージを少しでも減らそうと、腕を盾のようにかざす。 ﹁無駄だぁ ﹂ ︶ 向かっていく。 すぐに叩きつけられた刃の勢いも相まって甲龍はもはや墜落という勢いで地面へと ルドを削るのもほんの僅かな間のこと。 元々地面に向けて下降していたのに対し、更に上空から追撃を掛けたのだ。刃がシー だろう虚空より火花と電光が同時に散る。 だが、シールドが減少していることの証左としてか、刃と見えない壁の接触点にあたる 蒼月の刃は完全に鈴の体へと届く直前に見えない壁に阻まれるように進まなくなる。 確かに甲龍のシールドへと届いた。 かざされた鈴の腕はいともあっさりと弾かれる。だが、それでもなお止まらない刃は ﹁きゃあっ !! !! !! を先に貰ったのは痛いが、これで距離を離すことはできた。あとはここから体勢を立て それなりには減らされてしまったが、まだまだ余裕はある。まともなクリーンヒット る。 シールド越しに伝わった衝撃に眉をしかめながら鈴はシールドの残り残量を確認す ︵いっつ∼ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 359 直すだけだ。 地面が背後に迫り、もう数メートル程度という頃合いでPICを働かせて機体を起き 上がらせる。スレスレの所で地面への直撃を回避すると、そのまま地面から僅かに浮き 上がっただけのような低空をスケートのように滑らかに動く。 一夏もまた程なくして地面に達する。だが、一夏は鈴のように直前で減速を掛けるこ とはせずにPICで機体を弾いたかのように、勢いをそのままに鈴同様地面スレスレを 滑空するような形で一直線に鈴へと向かってきた。 一度速さを押し留めた鈴と一度も減速をしなかった一夏の間の速度差は歴然として いる。再び、二人の距離が詰まった。 ﹂ ﹂ 刃を通して手を侵食してくる痺れのような痛みに眉を顰めるが、何とか防いだことを ﹁このっ⋮⋮ しかし高速度で刃を叩きつけられたことによって僅かに押し込まれる。 青竜刀であるために防御には一本で十分だ。 再度自分に向かって振るわれた蒼月の刃を片手の刃で防ぐ。腹にあたる部分が多い 全迎撃態勢を整える。 今度は先ほどとは違う迎え撃つ準備は十分にできている。両手に双天牙月を構え、完 ﹁やるわねっ ! ! 360 確認すると、そのままもう片方の青竜刀を横なぎに振るう。 それを一夏は腰を曲げて上半身を下げることで難なく回避する。この動きに連動し ﹂ て蒼月の刀身も下がったため、今度は下からの切り上げで仕掛ける。 ﹁ととっ ﹂ ﹂ づらい上に威力も高い刺突を交えての連続攻撃を叩き込む。 唐竹、横薙ぎ、袈裟、逆袈裟、刺突、四方八方からの斬撃に点という軌跡の読み取り 受けての戦いだ。この程度の回避などとっくに織り込み済みだった。 これは生身の戦いではない。ISという、オプションというには過ぎた代物の恩恵を ける。 回避されたことに眉一つ動かさず、無言の内に裂帛の気合を込めて一夏は追撃を仕掛 ﹁⋮⋮っ ISだからこそ為せることだ。 例え手足を一ミリたりとて動かさずともPICによって機体を宙に浮かべ動かせる、 こうはならなかっただろう。 これが互いに地に足をつけISなど纏わない、身一つ拳一つ剣一本の立会いであれば 下段から迫る刃を鈴は機体を後ろに下げることで回避する。 ! !! ﹁くっ⋮⋮このっ ! 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 361 怒涛のように叩き込まれる一夏の攻撃を鈴は両手の双天牙月を巧みに駆使して捌い ていく。だが、その表情に徐々に焦りが浮かび始める。 元々双天牙月は細かい取り回しには向かない武器だ。ISの腕による圧倒的な補助 によってそれなり以上に操れるとはいえ、それにも限界はある。 そして一夏の攻撃は、鈴がやられて嫌な部分を狙ったかのようにピンポイントでつい てくる。 この感覚ッッ ﹂ 二刀という手数に優れる状態でありながら、今の鈴は一刀の一夏に押されている状態 だった。 ﹁悪くない⋮⋮悪くないぞっ ﹂ !! 山田先生に教えて貰った調整やってもらって良かったなぁっと ︶ !! 合わせて真っ先に頼みこんだのが、また更に前に真耶に言われた腕部や脚部の装甲の駆 数日前に倉持技研の担当技術者、今も一夏の出てきたピットで控えている彼らと顔を ︵ハッハッハ ! き乱す唸りを上げる。その速さ、動きのキレはセシリアとの試合の比では無かった。 蒼月の柄を握る一夏の腕、白式の腕部装甲は一度振るわれる度に纏わりつく大気をか うとはしない。 興奮に彩られた一夏の言葉に鈴が困惑の表情を浮かべる。だが一夏はそれに応えよ ﹁な、なにがよ !? ! 362 動率の調整だ。 細かい部分は省略するが、技術者立会いで行ったこの調整で一夏が決めた設定は文字 通り限界レベル。肉体への負荷を度外視すればそれこそ生身の時よりも速く、鋭く振る うことができるレベルまで上げてある。 そして今、その成果を存分に発揮できる相手を前にして、一夏はこの学園にやってき てからの中ではかなり高いレベルでの昂ぶりを感じずにはいられなかった。 ガキンッ ﹂ 果となってしまった。 く上に弾かれる。それによって鈴は大きくのけぞり、無防備な胴体を一夏の前に晒す結 十分な体勢での防御は叶わず、逆に十全の力を乗せた一夏の切り上げに青竜刀が大き たことで蓄積してきた動きのズレが致命的に作用した。 から刃で抑え込むような形で防ごうとしたのだが、その瞬間に鈴のこれまで押され続け 一際大きな金属同士の衝突音が響いた。一夏の下段からの切り上げに対して鈴は上 !! !! 思念によって機体に指示を送り、それに従って白式が蒼月に供給するエネルギーを増 できる。 狙うは左肩。そこには装甲も無いため強力な一撃を当てれば大きなダメージを期待 ﹁隙ありっ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 363 やしより凶悪な刃へと変貌させる。 切り上げから更に左肘を弓を引き絞るように折り曲げる。同時にPICを解除して 白式の足を地面につける。地面と装甲がこすれて土煙があがるが、それはむしろ好都合 だった。 両足に踏み込むように力を加える。地面の、脚部装甲との接地面が僅かにへこんだ。 ISも含めた自身の重み、大地という恩恵によって体内を通して増幅された力を刃の先 端に込める意思と共に、一夏は刺突を放った。 ダメ押しと言わんばかりに背後のスラスターによって機体を加速させ、更に威力の増 ア ン ロ ッ ク・ ユ ニ ッ ト 幅を試みる。元々至近距離にあったのだ。刃はあっという間に鈴へと到達する。 ﹂ 鈴。それをほんの一瞬だけ見つめ、一気に勝負を付けようと動き出す。 結果として刺突はクリーンヒットという形で決まった。後方に吹っ飛ばされていく 一撃に全力を注ぐことだけだ。 すでにこちらもどうこうする段階は通り過ぎている。今すべきことはただ一つ、今この それがどうしたというように一夏は刃を押し込む。相手が何かをしたからと言って、 中央部を開くように稼働するのが見えた。 ヒットの直前、ちょうど鈴の頭の両横に並ぶ形で配置された球形の非固定浮遊装備が ﹁このっ⋮⋮ !! 364 ﹂ だが何かが飛 直後、衝撃が一夏を襲った。二つ、一つは腹部のあたりに、もう一つは頭部にだ。 ﹁なっ⋮⋮ 困惑の声が漏れる。何が起きたのか、鈴が何か攻撃を仕掛けたのか んできたようには見えなかった。 ﹂ ? それ以前にさっきのような攻撃がきていたはずだ。 ︶ あれが何なのか。間違いなくあれが何かしらをしたと思って良いだろう。でなくば、 露出した中央部には僅かなへこみが見られる。 そして、その殻は先ほどまでとは異なり球の中央部を露出させるように動いており、 の物体に上から幾つかの殻を張り付けたような形の装備だ。 カウンター。一体何をやったというのか。ふと目に映ったのは鈴の頭の両隣。球状 かにしてやったりと言うような感情のこもった鈴の声が一夏の耳に入った。 一夏が与えたダメージによる痛みは確かにあるのだろう。こらえるような声だが、確 ﹁なんだと⋮⋮ ﹁カウンター成功⋮⋮ってトコね﹂ きをモロに受けたような感触。一体何が││ それでも、腹部と頭に残る衝撃の残滓は紛れもない本物だ。まるで空手における山突 ? !? ︵そういえば甲龍だったか。あれも中国の第三世代⋮⋮ぬっ !? 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 365 思い出した。あれは学園に入学して間もない頃、夕焼けに照らされた道でセシリアと 交わした会話だ。その中で彼女が言った言葉の一つ。 ﹃中国は砲身、および砲弾が不可視という装備を開発していたはず﹄ ﹁カッカッカ⋮⋮。なぁるほど、そういうことかい﹂ オルコット、うちのクラスの くぐもった笑いと共に一人納得するような呟きを発する一夏に鈴が怪訝そうに首を 浮かべた。 イギリスの候補生が言ってたのを思い出したよ。 ﹁正体見たりってな、鈴。さっきのはその両肩の玉だな だ。 ついでにそのコロコロ回りそうな形からして、発射角度の制限とかもねぇな は、第三世代よろしくトリガーはお前の意思だ﹂ ﹁へぇ⋮⋮﹂ あと あたりが絡んでるのかもしれねぇけど、とにかくそいつは砲身も砲弾も不可視の大砲 どういうからくりかはこの際どうでも良い。素人所見で推測するならISのPIC ? ﹁一気にそこまで見抜かれるなんてね。正直驚いたわよ﹂ うに鈴が吐息を漏らす。 ただ一度受け、そして少し見ただけでそこまで看破しきった一夏に対して感心するよ ? 366 ﹁ったりめーだろ。相手が何をしているのか、それを手早く見抜けるかどうかは勝敗に 直結するんだ。武人として、こんなのは当たり前の嗜みってやつだよ﹂ んの 例え仕掛けが分かったところで、この衝撃砲﹃龍咆﹄が何か変わるわけじゃな ﹁ふーん。まぁ、あんたの言い分はこの際どうでも良いわ。で、見抜いてそれからどうす いわ。あんたは、あたしの攻撃が見えないままよ﹂ ? ﹂ !! 未だに一夏は地面スレスレを滑るような形で動いている。そのすぐ脇の地面で一夏 そんなことを心の中で呟きながら鈴は一夏を捉えようとする。 ︵こりゃあ、アレ使う羽目になるかもしれないわねぇ︶ り中々的が絞れないというのはもどかしい。 優れている。その分甲龍は稼働時間などの安定性が非常に落ち着いているのだが、やは 打ちながら鈴は歯噛みする。一夏の白式は単純な速力という点では甲龍よりはだいぶ おそらくは龍咆の照準を定めさせないようにしているのだろう。後退と共に龍咆を がら鈴との距離を詰めようとしてくる。 一夏が動き出す。一度横に大きく動き、まるでスラロームのようにジグザグに動きな ﹁上等 るだけだからな﹂ ﹁見えないままで構わないさ。どっちにしろ、俺のやることに変わりはない。お前を、斬 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 367 に当たらなかった龍咆の砲弾が着弾したことによる軽い爆発と土煙が上がる。 このままでは埒があかない。いっそこちらから仕掛けてみるか。そんな考えが頭を よぎる。このまま続けることに意味があるとは思えないし、先ほどから一夏がこちらに 視線を、目線を合わせるように向けているのがやけに気になる。それを振り払いたくも あった。 だが、それよりも先に一夏が動いた。 ﹂ 地面を蹴るようにして跳躍、鈴に向かって真っ向から向かってきたのだ。 ﹁はっ ﹁あぁもう いいわオーケー分かったわよ それがお望みっていうなら ! ﹂ !! の反発力などを攻撃力に転換する衝撃砲は決して優れた威力を持っているというわけ PICによって敢えて不安定な状態の力場の塊を作り出し、そこに大気も加えて力場 甲が開き、発射準備を整える。 再び龍咆の発射装置である両肩のユニットが動く。ガシャガシャと音を鳴らして装 ! まるでこれが自分の手だというようにまっすぐな表情でこちらに向かって来る。 だが、視界補助のズームで鈴が目にした一夏の表情に自棄になったような色は無い。 は撃って下さいと言っているようなものではないか。 一体一夏が何を考えているのかが分からなかった。真正面から向かって来る、これで !? 368 ではない。 だが、発射から着弾に至るまで完全に不可視であるためそれ自体が相手への牽制にな りうる。そこに他の武装とのコンビネーションも合わせて相手ISの打倒を。それが 龍咆を搭載していることの目論見だ。 ﹂ ! ﹂ ? きない。そして遥か後方の地面にあえて一夏から逸らして撃った一発が着弾し、爆発と 一瞬の内に一夏がその手に握る刀を振るっていた。龍咆の着弾による爆発は確認で ﹁え 何かが閃いた。 は、龍咆の直撃を感じていた。 それこそ、発射してすぐに双方の距離がゼロとなるほどだ。そして発射と同時に鈴 よって距離は一気に縮まる。 そして不可視の砲弾が放たれる。互いに向かって進みあう白式と砲弾の相対速度に 対処できるものならやってみせろ、そんな旧友への意思も込めていた。 する。 れた位置にもう一発を、それぞれ撃ち込む。タイミングは僅かにまっすぐ撃つ方を早く 真っ向から向かって来る一夏に対してまっすぐに一発、そして回避を考慮して少し外 ﹁たんまり味わいなさい 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 369 土煙を上げた。 ﹁オルコット、もしやと思うがアレは⋮⋮﹂ ﹁えぇ、おそらくは間違いないですわ﹂ 観客席で隣り合って座っていた箒とセシリアが頷きあう。一夏が何をやったのか、同 ﹂ 様のことを二人は見たことがあった。箒は観客の一人として、セシリアはそれをされた 当人として。 ﹁あのバカは性懲りもなく⋮⋮﹂ ﹁ま、まぁまぁ織斑先生。良いじゃないですか、結果オーライですし、ね る。 管制室では千冬が困ったように唸りながら額に手を当て、それを隣に立つ真耶が宥め ? 370 観客席では一夏がやったことがなんなのか、それを推測するようなざわめきが所々で 起こっていた。 その一方で、一組の生徒が集まるエリアでは各々が近くの者の顔を見合わせて自身の 記憶による推測を確信へと変えていた。 ﹂ ? 龍咆を、見えない砲弾を ? 言い換えられるだろう。 自分が想像もしないようなことを平然とやってのけたこと、それに対しての畏怖とも 恐怖に近い感情を抱いた。 この時に凰鈴音は初めて、織斑一夏という自分にとって古くからの親友である人物に だが、誰一人としてあんな対処をしたものはいなかった。 度も使った。 同期の者や先輩にあたる者たちとのISを用いた模擬戦闘もあり、その中で衝撃砲は幾 鈴の声には戦慄があった。中国で甲龍を用いた訓練は幾度もこなした。当然ながら ﹁斬ったっていうの⋮⋮ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 371 ﹁凰のやつ、なにやら固まっているようだが⋮⋮﹂ そして真耶は一般的な認識ではなく、自己の基準の下で甘いと断ずる千冬に、そして 千冬と真耶は一夏のやったことに対しての理屈を論ずる。 できる。ゆえにあれでは甘い﹂ ﹁ふん。あの程度ではまだまだ小手先を出んさ。私も同じことはできるし、より完璧に ﹁いや、それができるのが凄いんですって﹂ るだけだ﹂ に叩き込み、より相手のタイミングを精度良く読み、そして上手く合わせて刀を振って やつも同じだ。相手の目の動き、呼吸、筋肉の微細な動き、それらをひっくるめて頭 手のタイミングを読んで動いき回避をし、あるいは楯を構えて守るだろう。 ﹁まぁ特別なことをしているわけではない。我々だって、相手のISの射撃の回避に相 ﹁でも、織斑君もよくあんなことができますよねぇ﹂ 箒とセシリアは動揺によって動きが鈍った鈴の心中を推し量る。 きましたし⋮⋮﹂ ﹁まぁ、無理もありませんわね。正直、わたくしも最初に彼のあのやり方を見た時には驚 372 同じ基準を胸に据えて生きているだろうその実弟に、内心で思わずため息を吐いてい た。 ﹂ !? ﹁ちょ、まっ ISで背負い投げーーーーーー ﹂ !!? て鈴は背中から地面に直行する。 くらった身でも思わず見事と言いたくなるほどに綺麗に決まった背負い投げによっ IS乗りとなって早一年弱、未だ経験したことのない感覚に思わず叫ぶ。 ! 背には一夏が居る感触があった。 掴まれたと思った直後、そんな音が聞こえそうな勢いで視界が回っていた。気付けば グルン 何かしようというよりも早く一夏の、白式の右手が鈴の片腕を掴みとっていた。 ている。 僅かに呆けたのが間違いだった。いつのまにか一夏が自分に接近し、その手を伸ばし ﹁しまった 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 373 仰ぐ空に影がさした。刀を構えた一夏が一直線に向かってきている。 ﹂ ﹂ !! ﹂ !! ﹁こんのっ ﹂ 青竜刀の腹を一夏の視界真正面に持っていき、せめてもの目くらましにしようとす !! ている。 足が地面につき、土煙を上げながら後ろに押し下がる。一夏はその間にも距離を詰め 勢を崩しそうになるが、グッとこらえる。 案の定、一夏は刃を叩きつけてきた。刃の細さからは想像もできない威力に思わず体 青竜刀を片方だけ持って前面にかざす。ここは敢えて一撃を受け止める。 ﹁ちっ が、今度は一夏も自分に合わせて動いてくる。 先ほどと同じように地面ギリギリで減速、体勢を整えて一夏の攻撃をかわそうとする こうむりたい。 何となくだが、衝撃砲のユニットを破壊しようとしているのだろう。それは正直御免 両タマ全摘だ 完全に見切られている。そう判断するしかなかった。同時にあることを心に決めた。 半ば苦し紛れで龍咆を撃つ。だが、その悉くが切り払われる。 ﹁このっ !! ﹁そのタマっころも鬱陶しいからな ! 374 ﹂ る。そしてその脇から一夏の胸に拳を叩き込もうとする。 ﹁甘いわっ ﹂ この状態では青竜刀も振りようがなく、衝撃砲も打ちにくい。 するように止められており、決定的なまでに二人の距離は詰まっていた。 柄を握っていない片方の手で動きが止められた。鈴の拳がギリギリ一夏の胸部に接 !! ! たように、黒い点がそこには浮かんでいた。 IS学園から数キロ離れた海上、その遥か上空。空の青さにまるで墨汁を一滴垂らし た。 唸るような一夏の声が鈴の耳朶を打つ。そして重い衝撃が肉体というものを侵食し ﹁腹括れよ⋮⋮ 第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮 375 ﹁やれやれ、まさか当たるとは思いませんでしたねぇ﹂ 雲以外に何も存在しない虚空で一人、浅間美咲は愛機である黒蓮を纏いながら呟く。 だがその言葉とは裏腹に、声には隠しようのない高揚があった。 ﹂ ! る、乗り手の全身すら装甲で覆い隠した黒蓮同様に黒で彩られたISがあった。 そこには、全身の各所から火花を散らして見るからに劣性に立たされていると分か そう言って両手に握る漆黒の二刀を構えて美咲は前方を見据える。 ⋮⋮ ﹁さぁ、精々楽しませて下さいな。なにせ、ISを相手取るのも久方ぶりなのですから 376 息が漏れると共に、なぜ攻撃をせずに後退をしたのか疑問に思うような声が上がった。 て軽快な動きを見せた一夏に対し、観客席ではそこかしこから小さく感心するような吐 未だ経験浅い身ながらその身に叩き込んだ技量によってフレームの性能を引き出し の一夏がやったことはまさしくそれだ。 その能力を引き出せれば、PICにさほど頼らずして軽やかな動きを可能とする。今 る。 て白式の装甲は防御にこそ難はあるものの、格闘性の高い高機動フレームを用いてい 地面を蹴った一夏はバックステップで鈴から距離を取る。機体コンセプトに合わせ ダンッ なかった。 だが、勝負の趨勢に大きな影響をもたらすだろう一撃を一夏は掲げ││振り下ろされ 決まると確約されているわけではない。 近くで耳を澄ませばジリジリと空気を焼くような音を小さく響かせている。それで 完全に鈴を間合いに捉えた蒼月が刃を輝かせる。 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 377 ﹁ふっ⋮⋮﹂ 鈴の口元に得意げな微笑が浮かぶ。未だ拳は突き出されたままだ。 対照的に後退した一夏は空いた左手を腹部へと添え、睨みつけるように鈴を見つめ る。 おおかた八極拳あたりだろうが、まさかお前がここまでの 声は一段トーンを低くなっていた。その声を聞いて鈴の笑みがますます深まる。 ﹁鈴、お前⋮⋮﹂ い。 ろう。あいにく耐える分には余裕だが、機体の方を考えれば受け続けるのは得策ではな だが塵も積もればの理論で蓄積したダメージが中からその箇所をダメにしていくだ いだろう。 仮に装甲の部分に先ほどの直撃を受けたとして、一撃で壊されるということはまずな ながら損耗がある。 ちょうど直撃を受けた腹部、その脇腹に巻きつくように添えられた装甲の部分に若干 の方のコンディションを確認する。 感心するようなセリフとは裏腹に吐き捨てるような口調だった。それと同時に機体 発勁を使うとは思わなんだ﹂ ﹁寸勁、それも徹しでだと ? 378 だが何よりも気になるのはやはり、そもそもどうして鈴が発勁、それも高度な技能で ﹂ あるはずの寸勁、さらには内部へ徹してということができるのかという疑問だ。 ﹁どこで習った さかここまで早く使うことになるなんて思わなかったわ﹂ にも、うまくやれば結構効くのよ。本当はまだしばらく隠しとくつもりだったけど、ま ﹁軍のIS乗りの先輩にちょっとね。シールドにはともかく、パイロットにも機体本体 ? 一発もらって頭にでもきたわけ 眉根に深い皺を刻み込みながら一夏は無言のままに蒼月を振るい続ける。 !? 撃を迎え撃ちにかかる。 ﹁なによ ! ﹁ほざけ⋮⋮﹂ ﹂ 一夏が動き出したのに合わせて、瞬時に双天牙月を両手に構えなおした鈴は一夏の攻 目の前の相手を打倒するだけなのだ。 ならばそれはそれで良い。やることは変わらない。ただ、自分の持てる技を尽くして うに鍛えれば、それも十分にありうる。 まで上り詰めたのだ。それなりにセンスはあるのだろう。ならばそれだけをできるよ 同時に一夏が動く。文字通り一息の内に距離を詰めて蒼月を振るう。一年で候補生 ﹁そうかよ﹂ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 379 ﹁くぬっ⋮⋮ ﹂ ︵コイツ、こんなにやれたのね⋮⋮ ︶ 流れを一夏が自分の方に引き寄せているのが分かる。 そんなことを考える中でも一夏の連続攻撃は止まない。一撃打ち合うごとに確実に くる。 い。斬り合いをする分にはまだ良いが、どこかで流れを切って仕切りなおす必要が出て 不本意だが鈴にとって長時間一夏と打ち合うことは決して好ましい展開とは言えな であることは理解できた。 鈴の顔に緊張が浮かぶ。元々クロスレンジでの斬り合いになったら一夏の方が上手 !! 大きなアドバンテージになりうるとは予測していなかった。 対する一夏は未だ一か月程度。元々鍛えていたということの知識はあったが、それが り、実力への自負があった。 体で見れば未だルーキーを出ない期間ではあるが、その短期間で国の候補生にまでな だがそれを考慮してもISでならばという思いがあった。一年という、やはり業界全 かった。 一 夏 が 何 か し ら の 武 術 を や っ て い る の は 知 っ て い た。だ が そ の 詳 細 を 殆 ど 知 ら な 正直、心のどこかで今まで侮っていた節があるのは否めなかった。 ! 380 だが現実に今、自分は彼に押されている。双天牙月での近接戦は勝ち目が薄い。甲龍 ︶ の第三世代たる象徴の龍咆はあっさりと対処された。とっておきの発勁は通じたが、あ なんかあたし、結構マズいわよねー の一夏が同じ手を二度も食らうはずがない。 ︵あっれー ? ﹁馬鹿言うな。鈴、俺を見くびるなよ そいつも殆ど 今のお前の胸の内なんざ、よぉ∼く分かるさ。 ? に、背筋が一瞬震えた。 瞬間、一夏の視線が鈴を射抜いた。今まで一度たりとも見たことのない冷たい視線 あるように答える。 冷然と言い放つ一夏に対して鈴はそんなことはないと、まだまだこれからだと余裕が ﹁どうした、結構焦ってるみたいだな﹂ もしれない。 きいため、その辺を考慮して敢えて他に載せることをしなかったが、判断を間違えたか 第三世代兵装である龍咆を装備したことによる機体のリソースの消費はそれなりに大 こ ん な こ と で あ れ ば サ ブ マ シ ン ガ ン な り 他 の 兵 装 も 積 ん で お け ば 良 か っ た と 思 う。 はみるものの、状況はどうにも良くない。 表情には出さない。距離を離して余裕を未だ持っているような不敵な笑みを作って ? その手の青竜刀だけじゃ勝ち目はない。その両肩の衝撃砲だったか ? 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 381 通じない。そして最後の発勁だ。あれもどこまでいけるか分からない。 ないない尽くしじゃねぇか。目を見れば分かるよ、お前の心の焦りがな。俺はそうい うのを読み取る訓練もやってあってね﹂ 一夏はハッタリでもなんでもなく、自分がそうだと思った通りのことを言う。 ISの視覚補助を使えば離れた場所に居る人間の目を間近にあるように見ることも 可能だ。 ひたすらに見つめ続けた、初めて会った五年前から慣れ親しんだ明るい茶色の瞳は、 その持ち主である少女の心境をそれはもう一夏に分かりやすく伝えている。 本来はここから相手の動き、その流れを読み取って相手の攻撃を必要最小限の紙一重 でかわすという師曰く極めて特殊な技法だそうだが、言い換えれば相手の﹃心﹄を読み 取るとも言えるこの技は何かと役立つ。 むろん、今の程度まで扱えるようにはなるまでには結構な期間を要したし、その間に 師に痛めつけられた回数も、数えるのも馬鹿らしいくらいだ。だが、その努力に見合う だけの成果はあった。 と共にはっきりと言い放った。 僅かに顔を伏せて鈴は呟く。だが、すぐに面を上げて一夏を見据えると、力強い視線 ﹁言ってくれるじゃない⋮⋮﹂ 382 構わないわ とにかく今はあんたを倒す そんだけよ ﹂ !! もうなりふり ぶっちゃけピンチ感じてるわ 情けない話だけどね、あんたの言う けど、それであたしが諦めると思ったら大間違いよ ﹁えぇそうよ 通りよ ! ﹂ んばかりに頷くが、直後の鈴の行動に思わず動きを止めて目を見開いていた。 その言葉と共に鈴は双天牙月を勢いよく回す。その姿に一夏はそれでこそだと言わ ! ちょっと不利なくらいで諦めたら候補生やってられるかっつーの ! ! ! !! ! !! ﹂ ! このままでは間違いなく二本の青竜刀は自分に当たる。ご丁寧にどちらも微妙にタ とも言える勘で以ってその軌道を予測する。 左右から挟み込むように向かって来る刃を見て、一夏は積み重ねた修練による武術的 ﹁こいつはっ⋮⋮ 分に向かってきている。 その答えはすぐに分かった。鈴の両手を離れた双天牙月は勢いよく回転しながら自 に邪魔だからか。しかしそれなら普通に量子格納をすれば済む話だ。 自ら獲物を放り投げた鈴の姿に一夏は一体何事かと目を疑った。まさか拳で挑むの わる遠心力が最高潮に高まると同時に、鈴は握りしめていた柄を手放した。 体を回転させながら腕を大きく振る。そして、それぞれの手に握られた双天牙月に加 ﹁でぇりゃあぁぁ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 383 ﹂ イミングが異なっているあたりが余計に手間だ。 よそ見してると痛いわよ ! ! ﹁ぬんっ ﹂ 回転の後に前に出た右足によって計二歩分前進すると、今度は前方に向けて上段から んだ後に軸として一回転。 えたわけではない。だがそう判断した自分の勘を信じて狙われていない左足を踏み込 閃くと同時に体が動いていた。右足に向かって衝撃砲が放たれた││直接そうと見 ! 分は││ すら浮かぶ。だがここで確かな対処をせねば後々に響くことは間違いない。ならば自 思考というエンジンが回転を速くしたような感覚だ。額の内側が熱くなるイメージ するため蒼月で受け止めるよりほかなくなる。その場合隙ができる。 捨てることは可能。だがその場合双天牙月の投擲は回避不能、回避行動の前に自分に達 衝撃砲は自分の右足と胴の真ん中を狙っている。右足の方をかわして胴の方を切り 的に行っていた。 反射的に鈴の瞳を見て、衝撃砲が放たれるタイミングと、そのポイントの探りを反射 入った。 その声に意識を鈴の方へと向けなおすと同時に、衝撃砲の装甲が開いているのが目に ﹁ほらほら 384 唐竹の一閃を振り下ろす。今度は手応えがあった。 だが不可視の攻撃を斬った余韻に浸っている暇は一切無かった。二発放った衝撃砲 が通じなくても依然鈴の顔に闘志は宿ったままだ。根拠は単純。まだ二つの青竜刀が 残っている。 ば十分でもあった。 自らが制する空の圏域に二つの刃が達するのはもう二秒も無い。だが、それだけあれ 領域に入るからには、それがいかなるものだろうと反応する。 イメージするのは自分の間合いを覆うドームだ。不可視の境界線で区切られたその 張と脱力が適度な状態で保たれている。これは悪くない感じだ。 自分の周囲の大気を、自分の領域を定めるように撫でるような柔らかさで動かす。緊 気配を感じたが、今はそんな些末事を気にしてはいられない。 蒼月を一度格納する。同じように一時的とはいえ手ぶらになったことに鈴が訝しむ れでもやったのは自分がやっておいた方が良いと思ったからだ。 この程度のことがISになにがしかの影響を及ぼすなどとは思っていない。だがそ げてため込む。 深く息を吐き出し、そして吸い込む。呼吸と共に腹の下、丹田のあたりに力を練り上 ﹁コオォォォォォ⋮⋮﹂ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 385 ︶ !! ならばどうするか。そんなに難しいことではない。こちらも同じ得物を使えばいい にく自分はそこまでの腕であるとはまだまだ思っていない。 これが師あたりならばそれこそ鼻歌まじりに軽々と対処してのけるのだろうが、あい る。 だが、なんとなく細い得物で大きい得物を受けることに刀使いとして若干の抵抗があ 蒼 月 は │ │ 実 際 の 日 本 刀 を 使 う の と は 異 な り お そ ら く 受 け き る こ と は 可 能 だ ろ う。 メージを防ぐとなると、今度は弾く以外に手はない。 どうする。簡単な話だ。初めからかわそうとしなければ良い。そしてかわさずにダ けえない。 姿勢では回避行動をとろうにも僅かにロスが生じる。そうなるともう片方の直撃は避 だがそれで終わりではない。すぐに次の一刀が別方向から飛んでくる。屈んだこの 屈めることでやり過ごす。 そんな間抜けな展開は甚だ勘弁願いたい。間近に迫った巨大な刃に対し、一夏は身を で守られこそすれ、そのシールドは大きく削られることは間違いない。 元々頭部という人体の中でも特に急所たりえる部位だけに、直撃を受ければシールド 間合いの網に先着の一刀が達したの感じる。狙っているのは一夏の側頭部だ。 ︵││ッ 386 だけのことだ。だがそんなものは白式の装備に無い。だからと言って却下するには早 い。無いのならば持ってくれば良い話だ。 そして今、ちょうどすぐそばにおあつらえ向きのものがあるではないか。 片腕が伸びたのは回避とほぼ同時、双天牙月の一刀が大気を引き裂く音を唸らせなが ら頭上を通り過ぎた直後だった。 ISの視覚補助、そして一夏本人の元々の動体視力があれば青竜刀の回転の軌跡を見 切るくらいはできる。一瞬の中のタイミングに向けて手を伸ばし、一夏は自分がかわし ﹂ た青竜刀をその手に掴み取った。 !? ﹂ ! ばした青竜刀に追いつくと、そのまま空いたもう片方の手でそれを掴み取る。 そんな声と共に真上へ跳躍、PICとスラスターの双方の恩恵によって一気に弾き飛 ﹁とうっ 方の青竜刀に対して下段からの切り上げを叩きつけて真上へと弾き飛ばす。 取った青竜刀に残された勢いに任せて体を一回転させると、そのまま迫ってきたもう片 そんな旧友の反応が微笑ましくて一夏は口元に小さく笑みを浮かべる。そして掴み では予想外だったのか鈴が驚くような声を上げる。 回避されることまでは予測していたのだろう。だが、その後の掴み取るということま ﹁はぁ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 387 ﹁お返しだ ﹂ イ せながらサイドから攻める形だ。 ソ 飛んでった双天牙月はあたしがある程度コントロールできるのよ ﹂ !! ﹁んなの知ってたよ ﹂ 向かうは鈴の真上。そして当の鈴はと言えば双天牙月を取り戻すためにその動きを止 元より、先の投擲はただの仕込みに過ぎない。投擲と同時に一夏は動き出していた。 しらの方法で動きを制御しているだろうことはとっくに予想していた。 手放した武装をまさかそのままということにしておくわけがあるはずもない。何か !! なかった。 だが、そんなことは一夏にとってはどうでも良いの一言で片づけられる些末事でしか る。 組み込んである程度動きを制御できるようにしているのだろうと一夏はあたりをつけ 原理はよくわからないが、おそらくは小型化させたPICの発生ユニットでも内部に 不自然なまでに落とす。 その言葉が事実だと言うように、鈴に向かっていった二本の青竜刀は共にその速度を ﹁甘いわよ ツ 一直線に投げ飛ばし、右手に持った方は鈴がそうしたようにブーメランよろしく回転さ その言葉と共に今度は一夏が鈴に向けて双天牙月を投げつけた。左手に持った方は !! ! 388 めている。 ﹁もう一度言うぞ、舐めるなよ鈴 ﹂ 一夏が鈴の真上に達するのと鈴が双天牙月を回収したのは同時だった。そのまま一 !! 夏は鈴に向けて踵落としを叩き込み、それを鈴は交差させた双天牙月の峰で受け止めよ ﹂ うとする。 !? ゆえに鈴は敢えて次の一撃も受け止めることを選んだ。だが、それは紛れもない失策 による痺れは未だ体を蝕み動きを阻害している。 次なる一撃へと繋げるための一手である。それを直感的に悟ったものの、あの重い衝撃 そ れ を 見 て 鈴 は 背 筋 が サ ッ と 冷 え る の を 感 じ た。こ れ は 攻 撃 を 止 め た の で は な い。 る。 踵落としを叩きつけた際の衝撃による反発力を利用したのか、一夏が僅かに浮いてい だが、その重みも不意に消え去り体が軽くなる。チラリと視線だけを上に向けると、 の想定を上回るものと言って過言では無かった。 なんとか両足で踏ん張って膝を崩すという事態は避けたが、この負荷の半端なさは鈴 ていた体が無理やり地面に押し付けられる。 ズンッと全身に響き渡るような衝撃が鈴に襲い掛かった。それと同時に僅かに浮い ﹁ぐぅっ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 389 であったことを次の瞬間に思い知らされた。 ﹂ ﹁完璧なる白神象の領域ッッ ソ ン ブ ー ン・ ヤ ン・ エ ラ ワ ン ﹂ を持っているそこが鈴を叩き潰さんと迫っていた。 り曲げた膝を自分に向けて落下してきている。白式の脚部装甲の膝部分、鋭角的な尖り その言葉と共に一夏と視線があった。後方転回飛びから太陽を背に向けた一夏は、折 ﹁そんな防御で大丈夫か ? ﹁あぁっ きゃあっ ﹂ !! 受けたその瞬間に更に体が真下へと押し込まれ、こらえるように踏ん張っていた両足 ! 状態の鈴の防御で受けきれるものではなかった。 さながら象が思いきり踏みつけるかのようにして放たれた一撃は、十全とは言えない 飛びからの膝落としという一手。 そして放つのはムエタイ、それも威力の極めて高い古式のものであるという後方転回 うるというのが感想だった。 での教授であったが、実際に稽古を受けた一夏に言わせれば十分にメインウェポン足り あくまで剣術を使えない、つまりは手元に得物が無い時のためという状況を想定して も及ぶ。 一夏が師である宗一郎より手ほどきを受けた武術は剣術のみならず無手の格闘術に !!! 390 の真下では地面がへこみ、周囲に罅を奔らせる。 受け止めたと思われたのもほんの一瞬だった。双天牙月の交差はあっさりと敗れ、鈴 は大きく体勢を下に崩す。 完全に鈴の体勢が崩れたのを確認すると同時に一夏は空中で再び転回、しっかりと足 で着地をすると同時に大きく屈みこみながら蒼月を再展開する。 ﹂ そのまま左右の切り上げによって双天牙月を鈴の手から強引に弾き飛ばす。 鈴 ! ! あれはな││﹂ ! ﹂ ! み、その腹部に拳を添える。 !! き込んだ。 そして鈴が一夏にそうしたのと同様に、一夏もまた極至近距離からの発勁を鈴へと叩 ﹁とっくの昔に通った道だッッ ﹂ 一撃を加え、立て直す間も無いままに体勢を再度崩した鈴の懐へ一夏は一気に踏み込 ﹁俺が ただ言っておきたいだけだ。 聞 こ え て い る の か は 一 夏 に は 分 か ら な い。だ が こ の 際 そ ん な こ と は ど う で も 良 い。 ﹁お前の使った発勁 双天牙月を弾き飛ばした太刀筋をそのまま真正面からの袈裟斬りへと繋げた。 ﹁良いことを教えてやる 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 391 踏み込みによって一夏の足元がへこむと同様に、中心から放射状に罅を入れる。行っ たことは鈴と同じだ。だが、その足元の変化が一夏の放った一撃の威力の大きさを自然 と連想させる。 ほぼ密着状態から衝撃を叩き込まれたため、シールドはほとんど意味を成していな かった。腹の内をかき乱すかのような衝撃に、鈴は苦悶の呻きと共に後方へと大きく倒 れこみそうになる。 ただ拳を密着させただけ、その直後に地面に罅を入れながら相手を大きく倒した一夏 に観客席から大きなどよめきが上がるが、それはもはや一夏の耳には入っていなかっ た。 お前の技も ﹂ 今のこの状況、流れは完全に自分の支配下にある。ならばこの機を逃さずに確実に勝 そのISも ! ! 利を収めるだけだ。 お前の戦いは大したもんだったよ ! ! 胴に叩き込み強引に体を宙に浮かせる。 お前の修行の成果、確かに見届けたッ ! ら地面を転がっていくが、それでもそのまま倒れこむまいと体勢を立て直そうとする。 そのまま上段回し蹴り、小さな苦悶の呻きと共に吹っ飛ばされた鈴は土煙を上げなが ﹁そしてお前の﹃武術﹄も ﹂ 鈴が倒れるよりも先に更に踏み込んで再度距離を詰めると、今度はアッパーカットを ﹁鈴 ! 392 だが、そこに一夏が更に追撃を掛ける。その様に一切の躊躇いもない。例え相手が旧 まるで全然っ ﹂ 友であろうと、目の前で相手としている以上は容赦しない。冷徹なまでの戦いの意思が しかしっ ! そこにあった。 ﹁だがっ ! ﹂ から﹃IS乗り 凰鈴音﹄を削っている。 蒼月の斬撃がシールドを、叩き込む拳が、蹴りがもたらす衝撃が肉体を、二つの側面 の機構は作動させている。 唐竹、左切り上げ、右からの横薙ぎの三連撃を叩き込む。蒼月に搭載された威力上昇 ! !!! ﹂ !! 今度は地面に叩きつけるのではなく、一夏から見て斜め上空、ちょうど放物線を描く の腕を掴み取ると同時に再び投げ飛ばす。 再び切り上げを叩き込むと、そのまま一夏は蒼月を上空高くに放り投げる。そして鈴 ﹁ハァッ けて武人として己を鍛え上げてきたことから来る自身への自負だった。 最高の師に才覚を認められ、厳しい修行に耐えながらも、同じように最高の教えを受 だがそれでも、武人として自分を超えることはありえないと断じる。 その怒号は一夏の意地の叩きつけでもあった。鈴の実力、腕前は確かに認めている。 ﹁この俺を超えるには程遠い 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 393 ように投げ飛ばす。 全身のあちこちを蝕む痛みに顔をしかめながらも、一夏が一体何を考えているのか鈴 は思案する。既にシールドの残量も殆ど残されていない。双天牙月も手元にないため、 使える装備は龍咆だけだ。ここからどうやって逆転を││ ふと目に入った自身と同じように宙に浮かぶ蒼月を見る。そこに大きな別の影が重 なった。それは蒼月を掴むために自身もまた飛翔した一夏だった。 夏。 一年生クラス代表者対抗ISリーグ第一試合、織斑一夏対凰鈴音終了。勝者、織斑一 アリーナ中に甲高いブザーが鳴り試合終了を告げる。 と共に、その数値が0を示した。 ルギーの残量に目を向ければその数値をみるみる減らしていく。そして無情の電子音 そして背中に衝撃がはしる。地面に叩きつけられたことを理解し、ふとシールドエネ りと考えながら鈴は空が遠ざかっていくのを見送った。 瞬時加速からの吶喊攻撃、一夏が止めのつもりで放ったのだろう一撃のことをぼんや れよりも早く、一瞬で一夏が迫り蒼月の切っ先が鈴に叩きつけられる。 空中で蒼月を掴み直し、切っ先を自身に向けた一夏を見て思わず鈴は呟いた。だがそ ﹁やば⋮⋮﹂ 394 観客席から歓声が爆発した。学園初の男子生徒と中国からの編入生である候補生の 試合という、観客たちにとっては最初から見物であったカードにおいて勝負を征したの は男子の方。 既に彼が、織斑一夏がイギリスの候補生を相手に勝ち星を挙げていることは広くに知 られている。 そして今日また、別の国の候補生から勝利をもぎ取った。学園における公式的な試合 では二度連続しての候補生相手、その双方で勝利を飾ったことによるダークホースの登 場で観客のボルテージは一気に上がった。 特に一組に在籍する生徒たちに至っては自分のクラスの最優秀が確かな形として見 えた結果であったために、思わず隣同士でハイタッチを交わす者などがいるほどだっ た。 そんな周囲の興奮など露知らずと言わんばかりに、一夏は静かに鈴の元へと寄った。 いでいた陽光が何かに遮られるのを見た。 地面に仰向けに倒れる鈴はあちこちの痛みに眉をしかめながらも、視界一杯に降り注 ﹁いつつ⋮⋮﹂ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 395 倒れる彼女のすぐ前に、無言で立つ一夏の姿があった。 自分の前に立つ一夏の姿を見た瞬間、鈴は背筋が軽く強張るのを感じ、そして直後に ﹁⋮⋮っ﹂ 自分は一体何を思ったのかと問い詰める。 ︶ 一瞬、ほんの一瞬だが自分は紛れもない恐怖を感じていた。目の前に立つ一夏に、数 年来の付き合いになる友人にだ。 理解する。 その言葉を聞いて鈴は一夏が自分を立たせようとするために手を差し出したのだと ﹁立てるか﹂ ﹁な、何よ﹂ それを見て鈴は訝しむように首を傾げた。 いる。 なくなった。未だISを纏ったままの一夏は鈴に向けて差し出すように手を伸ばして 不意に一夏の手が動いた。一瞬、また背筋がピクリと反応しかけるが、すぐに何とも からと言って拒むような恐怖を抱くのはおかしな話である。 確かに先ほどまでの一夏の猛攻が脅威以外の何物でもなかったのは事実だ。だが、だ ︵な、なに考えてるのよバカバカしい ! 396 正直なところ意外だというのが本音だった。さっきまでのあの容赦のない様子から は想像もできない気遣いだった。 とは言え、差し出された手を断る理由もない。少々戸惑いながらも鈴はその手を取 ﹁あ、ありがと⋮⋮﹂ る。互いにISは装着されたままなので、鋼の手同士が組み合う。 そして一夏が大きく腕を引き、一気に鈴の体を引き起こす。その直後の行動に、鈴は 思考が混乱せざるを得なかった。 ﹂ !? する。 あんた何してんのよ ﹂ !? が上がる。その声に鈴はますます羞恥心によって顔を震わせる。 そして観客席では不意に目に入った仰天するような光景にあちこちから黄色い歓声 言う。 予想だにしていない行動に鈴は手足をばたつかせようとするが、一夏は動くなとだけ ﹁ちょ、コラ一夏 ! 俗に言う﹃お姫様抱っこ﹄の形になり、あまりに唐突な一夏の行動に鈴はあたふたと 裏と背に手を添えて一気に抱え上げた。 鈴の体を引き起こすと一夏はそのまま鈴を引き寄せる。そして僅かに屈むと鈴の膝 ﹁ちょ、ちょっと一夏 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 397 ちなみにこの時、観客席の一角では箒があからさまな怒気をまき散らして周囲に引か れ、その隣に座っていたセシリアは自分は知らないとでも言うように知らんぷりを決め 込んでただ前を見ていた。 どういうことよ ﹂ ? マ ジ ﹁そう、だな⋮⋮。鈴、俺が素人所見でだけど思うにな、ISに乗って戦う時、IS乗り ﹁だから、どういう意味よそれ﹂ 出せなかったっていうべきかな﹂ ﹁さっきの試合、俺は本気だった。それは嘘じゃない。けど、全力は出してない。いや、 ぐ。 鈴の頭上で一夏の視線は前方をまっすぐに見据えたまま口が動いて言葉の続きを紡 いきなりの言葉に鈴は意味が分からないと言うように一夏に振り向く。 ﹁は ? ﹁あれが俺の全部だと思うなよ﹂ そっぽを向き続けながら鈴は答える。 ﹁何よ﹂ ﹁鈴﹂ 勝手にしろと言うように、鈴はそれ以上動いての抵抗を止めるとそっぽを向く。 ﹁あぁもう⋮⋮﹂ 398 は単純に動かし方の上手い下手だけじゃなくって、こう﹃戦い方﹄ってやつの腕も必要 になると思うんだよ﹂ ISに乗って、そして動かすことは同じ兵器と言えども戦闘機や戦車とは違う。 ﹁まぁ、それは分かるわよ﹂ それらは確かに操縦の技術における格差は存在する。しかしできること、想定される 戦い方というものの範囲には限りがある。 しかしISは違う。確かに持ちうる機能、システム、搭載できる兵装に限りがあるの は同じだ。 だが人型をしているがためにその動き方、戦い方には大きな柔軟性を持たせることが できる。そしてその要となるのは、乗り手本人の単純な操縦技術とはまた異なるスキル への習熟に他ならない。 や﹃拳士﹄などパターンはいくつかあるが、とにかく一夏は武術を学んでいる自分を他 一夏が事あるごとに口にする自分を表す言葉だ。あるいは﹃剣術家﹄、あるいは﹃剣士﹄ ﹁﹃武人﹄、ねぇ⋮⋮﹂ な﹂ 単純に操縦の上手い下手だけでなくて、乗り手の﹃武人﹄としての力量も試されるって ﹁そして俺は実際にISを、白式を動かしてこう思った。ことISで格闘戦をやるなら 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 399 と区別するようにこのように呼称することが多々ある。 鈴も数年来の付き合いの中で幾度となく聞いてきた。今更耳にしたところで、特に何 も思うことはない。 があるのもまた事実だ。 今回の勝負は確かに自分が負けた。そのことは悔しくあるが、同時に次はという思い ﹁⋮⋮上等よ。そうでなくっちゃ、面白味がないってもんだわ﹂ ろしくって話﹂ ﹁あ∼、まぁつまりこういうことだ。今後俺は更にパワーアップするんでそこんとこよ それは分かる。だが、そのことから何を言いたいのか、それが鈴には図りかねていた。 出し切れないということだ。 言っていることは分かる。要するに自分本来のスキルが操縦者としての未熟ゆえに ﹁何が言いたいのよ﹂ りてないんだよ﹂ ﹃武人 織斑一夏﹄をフィードバックできるまで、 ﹃IS乗り 織斑一夏﹄のレベルが足 術をISじゃあ完全に出せてない。 ﹁⋮⋮かなり不本意な話だけどな、俺はまだ俺が今まで積んできた修行の成果を、俺の武 ﹁で、それがどうかしたのよ﹂ 400 だが、その次の機会が訪れたとして相手が変わらないままであったら、それでは勝っ ても自分は納得しないだろうと鈴は思う。 自分も、相手も、共に強くなる。その上で勝った方が、その勝利にはより価値がつく というものだ。 そんな会話をしていれば、鈴の出てきたピットにたどり着くのもあっという間だっ た。 アリーナへと突き出したピットの端に静かに降り立つと、一夏は丁寧な動作で鈴の体 を降ろす。 甲龍の足を床に着け背筋を伸ばして立ち上がると同時に、ピットの奥の方に控えてい た中国側の技術者だろう者たちが動き出す気配を見せた。 そして一夏は鈴に背を向け、その場を立ち去ろうと一歩、足を前へと進める。だが、そ る。 皮肉めいた鈴の言葉に、その元凶である一夏はどこかバツが悪そうな言葉で忠告をす すれば良いさ﹂ ﹁⋮⋮そこまで酷くはないはずだろ。次まで多少時間はあるんだ。ゆっくり休んで準備 ﹁あぁ、うん。まぁ、どっかの誰かのせいでちょっと体のあちこちが痛いけどね﹂ ﹁じゃ、俺はもう行くよ。後の試合、頑張れよ﹂ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 401 の一歩で足を止めると首だけを後ろに向けて再び鈴と視線を合わせた。 ﹁ん 何よ ﹂ ? S いくんだろうよ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? 持って生まれた才能、やってきた修行の量と質、積んだ経験、何もかもが俺が上だ。確 俺が負けるなんてなおさらそうだ。 確かに試合の時の発勁は大したもんだと思ったよ。けどな、脅威とは思ってないし、 とお前の間にある差は違い過ぎる。 ﹁はっきり言ってやる。武人の本領、ISなんか使わない素のまま同士でやり合えば、俺 時に見せたような鋭い目で鈴を見据えながら言葉を続けた。 鈴の声が僅かに低くなる。だが、その姿に一夏が動じる様子は一切存在せず、試合の ﹁なんですって えられると思うなよ ﹁IS乗りとしては⋮⋮まだ少しは許容してやる。けどな、鈴。﹃武人﹄として、俺を超 ﹁そりゃまぁ、そうなるわね。それで ﹂ 前もその甲龍を使っていくなら、俺と同じようにIS乗りとしても武人としても鍛えて I ﹁俺はこれからもIS乗りとしての自分を磨く。武人としての俺も当然だ。そして、お ? ﹁鈴、一つだけ言っとくぞ﹂ 402 実にな。そして、お前が強くなる間に俺も強くなる。お前より早いペースでだ。 そのことは、覚えておけ﹂ 断固とした口調だった。自分が積み重ねてきたことに確かな自負を抱くがゆえのそ の言葉には、同時に傲岸と不遜も過分に含まれている。 例え相手が旧友であっても武の道にあっては一切の情を見せない一夏の姿勢に、鈴は 思わず一歩後ずさった。 た二歩目を押し留める。 小さく喉を鳴らして唾を飲み込む。そして心の内で己に喝を入れると、後ずさりかけ ﹁⋮⋮っ﹂ ち望んでいるかのような目だった。 単に気迫で圧迫しているだけではない。その上で鈴がどう返してくるのか、それを待 を待っているように思えた。 その確証があるというわけではない何となくの感覚だが、鈴は一夏がまるで自分の言葉 だが、そこで鈴は一夏の目に気付いた。何かを口に出しているわけではない。ゆえに プレッシャーを鈴は感じ、更にもう一歩を下がりたくなる。 一夏はそのまま黙って鈴を見据える。言葉を発さずとも総身より放ってくるような ﹁⋮⋮﹂ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 403 ﹁それこそ上等よ。あんたが強くなるのはあんたの勝手よ。好きにすれば良いわ。あた しはただ、もっと強くなってあんたに勝つだけよ。見てなさい、その高慢ちきに吠え面 かかせてやるから﹂ 足りることはない。次なる相手には勝つため、気持ちを切り替えることにした。 多少時間が空くとは言え、より機体を万全の状態にするならば時間はいくらあっても る。その彼らと軽く言葉を交わしながら鈴はピットの奥へと戻っていく。 文字通りすっ飛んで行った友人の姿を見送る鈴に、後ろから数人の技術者が寄ってく リーナを突っ切って自分のピットへと戻っていく。 それだけ言って一夏は床を蹴って飛び立つ。そのまま瞬時加速を発動して一気にア ﹁じゃあな﹂ │微笑で以って返した。 い﹂と言われているように見え、同じように││挑戦的な、という補足はつくものの│ 鈴の言葉に一夏は目を閉じて口元で微笑を形作った。その反応が鈴には﹁それで良 ﹁フッ⋮⋮﹂ 404 ﹃あ、鈴。ちょっと言い忘れたことがあるんだ﹄ ﹁何よ、一夏。いきなり通信なんて。まぁ良いわ。なに ﹁言わないわよバカ ﹂ ﹂ ﹃うん。俺のファンサービス、存分に味わってくれたか ﹁へぇ、なんか気になるわね。なんなの ﹂ って││﹄ ﹃うん、お前の国の人に言っておいて欲しいことがあるんだよ﹄ ? ? ? うかと心に決めるのであった。 一瞬でそれをぶち壊してくれた旧友に鈴は頭を抱え、次に会ったら頭を引っ叩いてやろ 怒声と共に鈴は通信を切った。さっきまであれだけ真面目な空気を出していたのに、 !! ら﹂ ﹁とりあえずさっさと奥に行って白式外して下さい。さっさと調整しなきゃなんですか ソイツ ﹁うーっす、戻りましたよー。ついでに勝利のお土産つきでーす﹂ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 405 ﹁も、もうちょっと喜んでも良いんじゃないですかね、川崎さん﹂ 一夏が勝利を引っ提げて戻ってきたにも関わらず、機体の調子を優先する言葉が開口 一番となった川崎││倉持技研における白式開発チームの責任者であり、今回の試合に おける一夏のバックアップチームのリーダー││の言葉に、一夏も困ったように後頭部 を掻く。 く動いている。 息を吐いた時に伏せた視線を上に向ければ、視線の先で幾人もの技術者たちが忙しな 全身に残った緊張の残滓を解き、そして体から追い出すように小さく息を吐く。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ いた鞄からペットボトルのスポーツドリンクを取り出して飲む。 ける。軽やかな足取りで床に降り立つと、そのまま奥にある長椅子に座り、横に置いて プシュッと空気の抜けるような軽い音と共に装甲のロックが外れ、手足がスルリと抜 機状態に戻さずに装着の解除を行う。 ある整備用の台の上に乗り、降りた後も乗りやすいように膝を屈める。そして白式を待 背中を押してまで一夏を急かす川崎に、一夏も自分から動く。いそいそとピット奥に ﹁はいはい分かりましたよっと﹂ ﹁その勝ちを次の試合で負けましたで無駄にしないためです。ほら早く﹂ 406 整備台に乗せられた白式には試合前同様に幾本ものコードが繋げられている。試合 前とは異なり今度は動力充填用のコードも繋がれている。 プロの手による確実な調整と補給、これらに加えしっかりとした時間があれば白式は 確実に万全の状態へと戻るだろう。 ならば後は乗り手である自分が調子を整えればいいだけだ。幸いにして疲労はさほ どでもない。衝撃砲の直撃によるダメージは元々少なく、試合のさなかに気にならなく なった。 発勁を叩き込まれた時の衝撃は未だ腹部に残ってはいるものの、しばらく休めば何と もなくなるレベルだと判断する。 崎の方だった。 それから一夏と川崎の間にしばしの無言が流れる。先に言葉の続きを発したのは川 ﹁言われずとも﹂ 意味がない。白式、お願いします﹂ ﹁そりゃどーも、と言いたいトコですけどね。さっき言われた通りだ。次も勝てなきゃ ﹁お疲れ様でした、織斑さん。初戦の勝利、おめでとうございます﹂ 一通りの自身の仕事は終えたのか、川崎が一夏の近くに歩み寄ってくる。 ﹁ふむ、後は私が監督する必要もないでしょう﹂ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 407 ﹁先ほどの試合のデータも既に取らせて頂きましたが、いやはや興味深い。ISへの搭 乗経験は少ないながら、見事な格闘戦のお点前でした。 いや、我々も中国側の第三世代兵装を生で見るのは初めてですが、まさか斬るという 対応をするとは思いもしませんでしたよ﹂ ﹁へぇ⋮⋮﹂ てから、第二試合になるようです﹂ チ ﹁次の試合は、またちょっと空きますね。アリーナのシステム周りの点検などが終わっ 切っている話だ。ゆえにデータを取ったどうこうにも、何も言うつもりはなかった。 そ ん な 自 分 が I S の 開 発 に つ い て ど う こ う 関 わ れ る わ け が な い の は 端 か ら 分 か り を出ない。 そのことに一夏は何も言わない。何せ自分はISの知識に関しては未だド素人の域 意なわけですが、今後にための良いデータが取れましたよ﹂ ね。四肢の駆動に関しても良い数値でしたし、倉持は知ってのとおり近接戦の機体が得 ウ ﹁ま ぁ こ ち ら と し て は 興 味 深 い デ ー タ が 取 れ た と い う だ け で 文 句 は 何 も あ り ま せ ん が ハハッと困ったような苦笑と共に一夏は言うが、それに川崎も合わせて小さく笑う。 と機動ができてればちゃんとかわせるとかどーとかって﹂ ﹁いやぁ、気が付いたら体が勝手にそうやってて。まぁた姉貴にどやされる。しっかり 408 川崎の言葉に適当に相槌を打ちながら一夏は鞄から、今度は学園の生徒全員に貸与さ れるタブレット端末を取り出す。 学内のネットにアクセスし、今回のクラス対抗戦ように特設されたページを見る。そ こには試合に出場する生徒の所属クラス、生年月日や出身地などの簡単なプロフィール に受賞した賞などがあればそれらの補記などが載せられている。 ﹂ ﹁次の試合は三組のグレーに四組の更識か⋮⋮。川崎さん、確か更識の専用機は倉持の 開発だったはずだ。何か情報はありますかね ? 私が把握している限りでの兵装は白式の蒼月と同じ高周波振動で切断力を上げた刃 弐式は中距離戦が主ですね。 打鉄が兵装としての盾や剣で近接格闘戦を行うことを主眼に置いているのに対して、 トとしては打鉄とはだいぶ異なっています。 ﹁では⋮⋮。打鉄弐式は打鉄をカスタムした後継機という扱いですが、機体のコンセプ ﹁是非に﹂ ﹁そうですね、一応打鉄弐式については私も多少は把握しているので、それならば﹂ ﹁そっすか。あぁ、んじゃあとにかく何でも良いんで。情報は一つでも多く欲しい﹂ が、いやすみませんね。私自身は彼女については特に多くは知らないものでして﹂ ﹁更識さんですか。確かに彼女は打鉄弐式の開発のために倉持に度々出入りしてました 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 409 を用いた薙刀型の近接装備、複数の射撃兵装、そして多数のミサイルですね﹂ ﹂ ? ﹂ ? だがその記述にも一夏は小さく鼻を鳴らしただけであり、今度は簪の紹介に画面を映 と端末にはある。 スーザン・グレーは父親が米軍の佐官であり、親子共に銃の名手として知られている ﹁へぇ、こいつ親父が米軍か⋮⋮﹂ 未だ画面には三組代表であるスーザンのことが表示されている。 そう言って一夏は端末に再び目を落とす。 ﹁なるほど⋮⋮そりゃ厄介だ﹂ 切るのは少々難しいでしょうね。やはり撃たせないのが一番かと。 確かかなりの弾数を搭載していたはずで、アリーナという閉鎖空間の特性上から振り 弾弾頭を基本としていますが、他のものに交換している可能性はあるでしょうね。 ﹁基本的にはAAM、空対空ミサイルのことなのですが、それを用いています。弾頭は榴 ﹁了解。で、ミサイルはどんなのが を搭載している可能性が高いでしょうね﹂ トライフルやショットガンなど、中距離戦で取り回しと威力をある程度両立できるもの ﹁後付装備扱いとしているので詳細は分かりかねます。しかし、スタンダードにアサル ﹁射撃装備の種類は 410 した。 ﹁更識簪。日本代表候補性、入試学力試験最高点⋮⋮﹂ 深く関われるという点で推し量れるというものですが、正直我々も驚かされましたよ﹂ ﹁あぁ、彼女ですか。年の割にまぁ大した頭を持っているんですよ。いや、機体の開発に たてなし ﹂ 変わった名前だな﹂ 微妙に震えている声だった。自分が未だに座学では四苦八苦の身であることからく ﹁⋮⋮勝てば良いんですよ勝てば。勉強の成績が何だってんだ⋮⋮﹂ ﹂ ? る悔しさは⋮⋮おそらく関係ないだろう。 ﹁そうなんですか ﹁あぁ、そのお姉さんなら業界でも有名ですよ ⋮⋮姉が生徒会長ねぇ。名前は更識⋮⋮楯無 ! コ コ ら白い歯と薄紅色の歯茎が覗く。 面白そうだというように一夏の口の端が笑みの形をとる。そして捲りあがった唇か ﹁へぇ、こいつが学園のドン、というわけですか⋮⋮﹂ すね﹂ すよ。そんなものですから、現状彼女がIS乗りとしてはこの学園の頂点ということで ロシアの方で操縦者の特別研修を受けると同時に、代表代理を任せられるほどだそうで ﹁えぇ。やはりIS学園での生徒教育が始まって以来の才女だとか。能力が認められて ? ? ﹁んんっ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 411 ﹂ だが、すぐにその笑みを引っ込めて真顔に戻ると、それよりもまずはこっちだと言い ながら画面を見る。 ﹁川崎さん。確か試合始まるとピットのシャッターが閉まりますよね ﹁えぇ。安全のためですからね﹂ ﹁なら、次の試合の様子が見れるように映像の方、お願いします﹂ ﹁わかりました﹂ 算段を一夏は立てていった。 心を静めて余計な情が割り込まないようにする。そして冷徹に己の刃の餌食とする 次の相手は更識か、それともグレーか。いずれにせよやることは変わりない。 そうすれば自ずと高いところには上れているだろう。 から堅実に勝利を取り、力を積み重ねていく必要がある。 しかしだからと言って近くのことを疎かにして良い道理も存在しない。近いところ すのは当然だ。ならばより強い者に狙いを定めるのも必定。 いずれにせよ、まずは目の前にあることをどうにかしなければならない。高みを目指 ? 412 風が黒髪を棚引かせる。浅間美咲は黒蓮を纏いながら空に留まり続けていた。 目に映る愛機が展開したモニターには目の前の風景と共に、ここから遥かに離れた場 所の映像も映し出されている。 衛星を介した通信で送られてくる、IS学園のリアルタイム映像だ。 同じ剣を学び、武人としての自己を確立してからIS乗りという道にも入った彼がど と育て上げた直弟子。 特に彼女が目をつけたのはやはり一夏だった。兄弟子が才覚を認め己の後継たらん はそれはそれで嫌いではない。 は自分からすればまだまだ未熟過ぎる若者達だが、そんな者達が一生懸命に奮戦する姿 そんな中で今回のイベントはそれなりに楽しみなものであった。競い合っているの れないため、それならせめて職務の中で楽しみを見つけようという努力をしている。 これでも連日職務に追われる日々だ。娯楽をまったりと楽しむという時間も中々取 は受けていますが、やはり見てみたかったものですね﹂ ﹁どうやら彼の試合は終わってしまったようですね。中国の候補生に勝利したという報 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 413 のような戦いをするのか。ひそやかに期待をしていた。 無論、勝利の報には悪くないと思っている。なんだかんだで自国の人間が他国の乗り 手に勝ったと聞いて悪い気はしない。ただ残念なのは、その時の自分が別件でそんな状 態ではなかったことだろう。 ﹂ ? ISは美咲に、その愛機たる黒蓮にまともな損傷を与えることなく、その身を切り刻ま ダラリと垂れ下がった両の手足と頭。少し前まで美咲と交戦状態にあった謎の黒い してその先には剣に刺し貫かれている影があった。 利き手である右手は黒蓮の基本兵装である漆黒の剣を肩に担ぐ形で持っている。そ 自分を笑うように美咲は微笑を浮かべる。 ﹁クスッ、当然ですよね﹂ こない。ただ発した声が空に霧散しただけだ。 首も視線も動かさず、声だけを美咲は後方に投げかけて問いとした。だが何も返って ﹁ねぇ、あなたはどう思いますか 自身本来の手を覆う鋼鉄の手を顎に添えながら美咲は一人ごちる。 ですね﹂ 応の対処で向かってくるはず。それでもなお勝利したとなれば⋮⋮ますます興味深い ﹁しかし、彼が一度候補生を下したことは既に広く知られている。となると相手方も相 414 れていた。 ﹁しかし⋮⋮﹂ 美咲が後方に意識を向けると同時に黒蓮がモニターの一角に後方の映像を映し出す。 当然ながらそこには自身の剣で貫かれている謎のISの姿もある。 そうして完全に滅ぼしてから、自身が戦っていたのがISを動かすロボット、すなわ のかピクリともしなくなった。 そこだけは人と同じと言うように悶えるような動きだけをしながら、最終的に力尽きた どこを切り刻み刺し貫こうが結果は同じだった。苦痛に悲鳴を上げることなく、ただ なく、褐色のオイルと大量の火花。 端的に言って、それは人ではなかった。切り刻んだ時に噴き出したのは血しぶきでは だが美咲が解せないと言うように首を傾げたのは、まさにその乗り手だった。 字通り皮一枚で繋がっていると形容できる箇所がいくつもある。 そしてその下の乗り手の体にあたる部分も同様だ。装甲と同じように切り刻まれ、文 と分かるほどにボロボロに傷ついている。 前進の八割を覆うかのような多数の装甲は、どこから見ても甚大な損傷を負っている ISの様は凄惨たるものだった。 ﹁これは一体⋮⋮﹂ 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 415 ち無人稼働のISであると確信した。 彼女の﹃武人﹄としての矜持のために補足すれば、交戦して程なくした内から違和感 は感じていたし、ある程度切り刻んだあたりで殆ど確信していた。 コ レ だがそれでも最後まで疑いを捨てられなかったのは、同様にして彼女の中にある﹃I S乗り﹄としての思考が疑念を止めなかったからである。 ﹂ しかしそれも過ぎたことだ。今は、自分が切り捨てた無人ISをどうするかだ。 だ。 均的な適応を示すIS適正、さらにはコア毎と個々人で相性があるということくらい とと言えば、一人の例外こそあるが女性のみに起動が可能で、更に女性でもコアへの平 一つ目は間違いなくISコアの起動メカニズムが絡んでくる。現状分かっているこ もそもこれに使われているコア⋮⋮︶ ているロボットの完成度、出力と継戦性を高いレベルで纏めた光学兵装⋮⋮そして、そ ︵見るべきポイントは幾つか。そもそも人を介さないISの起動、さらに素体に使われ 手早く通信を終えると、美咲は再び無人ISについて思考を巡らせた。 いる、自衛隊が学園周辺に正式な警備任務で派遣した部下のISに告げる。 秘匿回線を使った暗号通信で機密級の物体の確保をしたことを地上付近で待機して ﹁ひとまずは回収、かしら⋮⋮ ? 416 人を介さずの起動など、それこそ未だ不明な点が多い起動メカニズムの根幹に関わる ということは想像に難くない。 二つ目は単純な技術力の問題だ。現在のロボット技術は確かに日々進歩をしている とはいえ、まだまだ物語にでてくるようなレベルには至っていない。 無論、工場や特定の現場など使用状況や目的を限定したものに関して言えば相当のレ ベルではあるが、完全に人を模したものは本当にまだまだだ。 あったとして、今まで秘匿できたのか だが、自分が見た限り無人ISの素体はそれこそ人と遜色ない動きをしていた。それ ほどの技術力が現状でありうるのか 三つ目も二つ目と凡そ同じだ。 ? か。 ものになる。だが今回のはまるで、そのコアをヒョイと投げ捨てたようなものではない 数が限られており、同様の物の開発もできない貴重品である以上はその扱いも相応の た。 議の下で、その全てにナンバリングを施した上で先進各国を主とした国々に供給され 篠ノ之束が開発して世界に供給した四百数十幾つのISコアは国際機関の綿密な協 そして最後の四つ目。そもそもどこのISコアが用いられたのか。 ? ︵極めて高い技術力と、ISコアを保持してそれを捨石のように扱える状況が集約して 第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる 417 いる、ということですね⋮⋮︶ しばし瞑目する。いずれにせよ、今回の一件は要調査だ。一つの可能性が浮かんだ この国 が、だとすればなおさら不用意な動きはできない。 最終的には日本の国益、住まう無辜の民の安寧、双方の繁栄を守らなければならない のが自身の責務だ。 個人的嗜好も多分に絡んでいることは否定のしようがないが、それでもその為に武を 奮ってきたつもりはある。 武によって内憂外患を葬り秩序と繁栄を保つ。仮に自身が磨いてきた武芸に大義を つけるのであれば、このような形になるだろう。 そして、IS学園クラス対抗戦は進んでいく。 考えて、美咲は口元の笑みを更に深めていった。 ひとまずは、久方ぶりに古馴染みの顔でも見に行っておくのも悪くないだろう。そう ものだった。 困ったような美咲の言葉。だが、その内容とは裏腹に口ぶりは楽しみすら感じさせる ﹁どうやら⋮⋮久しぶりに忙しくなりそうね﹂ 418 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき クラス対抗戦は一年生の場合は四クラスの代表一名がリーグ形式で総当たり戦を行 う。 よって単純計算で試合数はトータルで六試合行われる計算となり、午前と午後でそれ ぞれ半々の三試合ずつを行う方式となっている。 そして現在の行われた試合は三つ。ここで一度長めのインターバルを挟む形になり、 同時に生徒や来賓を含む観客、試合出場者やそのサポートを行う技術者、そして学園の 職員など、現在学園施設内に居るすべての人間が昼食のために利用できる時間となる。 た結果だ。 まの偶然であるが、この昼食の席に置いても同じ席であるのは二人が互いに申し合わせ アリーナの観客席で同じ一組の生徒が固まった中で隣り合う席になったのはたまた アの会話が交わされる。 主に生徒たちが昼食を摂る学生寮の食堂の一角で、同じボックス席に座る箒とセシリ ﹁ふん、男児たるもの、あの程度くらいこなせなくてどうするというのだ﹂ ﹁現在のところ二戦二勝。おおむね上々と言える結果ですわね﹂ 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 419 ﹁まぁ、男性であるかどうかは分かりませんが、そうですわね。やはりこのくらいの結果 は残してくれなければ負けたわたくしの立場が⋮⋮﹂ 自分で言って思い出したのか、セシリアはバツが悪そうに顔を逸らす。 直ったならそれでいいかと何も言わないことにする。 ﹁そういえば篠ノ之さん。織斑くんに散々にやられたって、どういうこと ? 用者の数がかなり多く、どの席も満員御礼状態になっている。 同じボックスに同席する鷹月静寐と四十院神楽が箒に尋ねる。食堂は普段よりも利 ﹁そうですね。わたしも少々気になります﹂ ﹂ 僅かに顔を俯かせてフフ⋮⋮と小さく笑うセシリアに、箒は若干引きながらも立ち くらでも⋮⋮﹂ ﹁ど、どうも。そうですわね。まだまだ先はありますもの。リベンジのチャンスなどい を掛けられると、セシリアはますますバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。 本音の言葉に同意するように箒も頷きながら言う。両脇からステレオで慰めの言葉 ﹁まぁ、なんだ。私も一夏に散々にされた口だ。その、ウム。気持ちは分かる﹂ く。 そんなセシリアを励ますかのように、彼女の隣に座る布仏本音がポンポンと肩を叩 ﹁セッシー元気出して∼﹂ 420 当然ながらボックス席に空きを作る余裕などあるはずもなく、箒とセシリアの座る ボックスには二人だけでなく、同じ一組に在籍する生徒たちが集まる形になっていた。 そして現在、二人と席を共にしているのは先を布仏本音、鷹月静寐、四十院神楽の三 名だ。 袖口を大きく余らせている様から連想できる、のんびりマイペースという表現が似合 う本音、やや大人し目という以外はごく普通と言える静寐、セシリア同様にボリューム のある長い髪に、セシリアとはまた別のベクトルのお嬢様然とした雰囲気を持ち物腰柔 らかな神楽。 この三名が合流したのもあくまで偶然の産物でしかない。とはいえ、同席になったな らそれはそれということで、五人は各々の昼食を食べながら会話をしていた。 そして、静寐の問いに今度は箒がバツが悪そうな顔になる。だが、さすがに問われて 何も答えないわけにはいかないと思うために、軽く咳払いをして前置きとすると語り出 す。 ﹁それは⋮⋮﹂ ﹁あぁ、なるほど⋮⋮﹂ なかっただけだ﹂ ﹁別に特別なことではない。ただ入学して早くに剣道で挑んだのだが、まるで歯が立た 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 421 さすがに入学してひと月も経つこの頃ともなれば、ある程度一夏の人となりというも のもクラス全体に知れ渡っている。 早朝に寮の周囲でランニングをしていたり、はたまた体育施設のトレーニングルーム でウェイトに打ち込んでいたり、更にはアリーナで一人ISの練習をしていたりなど、 すでに学内のあちこち││それもトレーニングに関係する施設││で一夏の姿の目撃 報告がある。 さらに常日頃の言動もあいまって、彼が自分を鍛えることに並々ならない執着を抱い ていると彼女らが理解するのに、さほどの時間は必要としなかった。 他の一組の生徒ら、特に日本出身の者に言わせれば箒だってやや古風なところがあ り、ちょっと変わっていると思うところがあるが、一夏の場合は時折それに輪をかけて いるように思える節すら感じていた。 ﹂ ただ、直接目にしたことはないが、やはり相当に腕が立つのだろうぐらいには思って いたのだが、どうにも箒の言葉を聞くにそれは本当らしい。 ﹁ですが篠ノ之さん。歯が立たなかったとは言いますが、それはどのように ﹁むぅ⋮⋮﹂ よらない織斑さんがどれほどか興味がありますわ﹂ ﹁わたくしも少々気になりますわね。わたくしはISで立ち合っただけですし、ISに ? 422 困ったというように箒は唸る。一言軽く答えて終わりにしようと思っていたが、まさ か更に突っ込んだ質問をされるとは思っていなかった。 事実として受け止めてはいあるが、やはりまるで歯が立たない敗北と、それに伴う幼 馴染の変容ぶりを目の当たりにした記憶というのは思い出して気分の良いものではな い。 しかしだからと言って口を噤むのもやはり憚られる。 チラリと視線だけを動かせば、問うてきた神楽にセシリアは当然として、静寐や本音 までもが興味を持っているような表情をしている。 そのまま小さく唸り、観念したようにため息を吐くと、素直に箒はありのままを話す ことにした。 前たちはもちろん、クラスの他の皆にも、他のクラスの者達にも遅れはほぼ取らないと ﹁こう言ってはなんだが、一応中学時代には全国大会で優勝もしたし、同じ条件ならばお 存在しているため、多少ゆっくりではあるが食事の続きをしながらである。 話し始めた箒の言葉を四人は静かに聞いている。ただし、時間にも限りというものが いる﹂ るし、自慢をするわけではないが剣道部でも既に先生や先輩方にも良い言葉を言われて ﹁これでも、私もかれこれ十年くらいは剣道を続けてきた。腕にはそれなりに覚えがあ 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 423 思っている。その上で、一夏を相手にして私はまるで勝機が見いだせなかった。 いや、見出す間もなくやられたと言うべきか。打ち込んだ私の竹刀を、摺り上げとい う技術があるのだが、それで簡単に上に弾き飛ばして一本。それで終いだ。 あちらは、鍛練こそ続けてはいたが﹃剣道﹄からはしばらく遠ざかっていたというの に、私はこの体たらくだ。挙句そのすぐ後に部の上級生と剣道とは違う、より実戦を意 識しての立ち合いに夢中になりおって。 正直、あの時の一夏には相当に腹が立ったな﹂ 語る箒の語気にだんだんと力が宿っていく。その時の怒りを思い出しているのか、こ めかみのあたりが僅かにひくついていた。 るのだ 六年 六年だぞ ! 揉んでいるのか分からなくなってくるわ ﹂ もう少し気を使った接し方というものがあるだろう ! ! !? 吸をする。 一体こっちはどうして気を 着きを取り戻したのか、再度バツが悪そうな表情と共に自分を冷静にさせるように深呼 宥められ、周囲からいつのまにか視線が集まりつつあったことに気付くと、箒も落ち ドンドンと机を叩きながら愚痴る箒を静寐と本音がまぁまぁと宥めようとする。 ! ! !? ﹁大体だ あいつはあまりに無神経すぎる いったい何年ぶりに会ったと思ってい 424 ﹁すまない。少々取り乱した﹂ ﹁いや、あんまり少々じゃなかった気もするけど⋮⋮﹂ 箒の言葉に静寐が小声で突っ込みを入れるが、それが箒の耳に入ることはなかった。 ﹂ ﹁まぁとにかくだ。私の場合はそもそも勝負にすらならなかったということだ。それに ││﹂ ? 一夏は、まだ手を隠していると思う。いや、この ? ﹁そうなのか ﹂ その気持ちは何となくですが分かりますわ﹂ ﹁⋮⋮わたくしはあまり﹃武道﹄だとか、その道にそこまで明るいつもりはないのですが、 ときおり、怖さすら感じるよ﹂ とにかく、こと武道に関しては底が知れんのだ。なまじ昔を知っている分、余計にな。 場合はまだ出していないと言うべきか。 あくまで私の想像でしかないぞ ISの試合を見ていても思ったのだが。 ﹁いや。まぁ、さっき言った上級生との立ち合いやオルコットや先ほどの二組の凰との 楽が問いかける。 言いかけて、そこで言葉を止めて何かを考えるように顎に手を当てる箒に、今度は神 ﹁それに、とは 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 425 ? 箒の言葉に共感するセシリアに箒が聞き返す。 み重ねを行ったのか、考えて時々空恐ろしさを感じることがあります。 おそらく、篠ノ之さんが織斑さんに感じるのも、そういった類のものではなくて ? ﹂ ? 織斑さんが勝手に強くなっていって、篠ノ之さんがそれを気にするというのであれ も、本人以外の人間にその人の進歩を止める権利はありませんわ。 ﹁なら、篠ノ之さんも一層の研鑽に励むしかありませんわね。どのような間柄にあって がるのは癪と言えばそうなのだが⋮⋮﹂ ﹁言われなくても分かってる。あいつが勝つなら、それで構わんさ。まぁ、余計に差が広 と箒の肩に手を乗せる。 間延びした声で言う本音に、それも尤もだと言うようにセシリアが頷く。そしてポン いのかな∼ ﹁ん∼、私は難しいことよく分かんないけど、おりむーが勝てるならそれでいいんじゃな ﹁そう、かもしれないな﹂ ﹂ とくに最初期からIS乗りとして活動していた方々なら猶更ですわ。どれほどの積 ね。 もりですが、やはり古参の先輩方相手にそういった感覚を抱くことは時折ありますわ ﹁わたくしも国家の候補生として恥じないようにIS乗りとしての研鑽は積んでいるつ 426 ば、篠ノ之さんも同じくらいに進めば良いだけの話ですわ﹂ ﹂ ﹁そう簡単に言ってくれるがな、オルコット。それができたら苦労はしていない﹂ ﹂ ﹁それで、さっきの試合。織斑くんと三組のグレーさんだっけ なんか怒ってなかった あの試合の時、織斑君 ﹂ まして ﹄とか言っていたが、なんのことか分かるか ? ﹁確か一夏のやつ、 ﹃俺の名前は関ヶ原でもないし夏は六つじゃなくて一つだ や、鬼ヶ島でもピピンでもないわ !! ! スーザン・グレーの試合を思い出す。 そこで五人はこの昼食休憩の直前に行われた第三試合、一組代表の一夏と三組代表の ﹁そういえば、そうだったな﹂ ? ? 静寐の言葉に説明を付け加えるように神楽が言う。 ﹁えぇ。たしか、ISの通信機能とアリーナの放送機能が連動しているはずですが﹂ ? を持ち出してきた。 ﹂ その様子を見て朗らかに笑う三人だったが、そこで静寐がポンと手を打って別の話題 落とす。 返答に困ってとりあえず励ますような言葉を返したセシリアに、箒はガックリと肩を ﹁あぁ⋮⋮えっと、頑張って下さいまし ? ﹁そういえばさ、試合中の選手の会話って私たちも聞けるでしょ 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 427 ﹁さぁ ﹂ そして近距離というのは一夏にとっては絶好の間合いであった。 確かに距離があれば銃器が優位に立てるが、距離を詰められればその限りではない。 での勝負をしかけた。その最中にあったやり取りの一部だ。 駆り、銃器を中心とした攻撃を展開するスーザンに対し、一夏はひたすらに己の間合い 直前の試合であったためによく覚えている。訓練用に用いられているラファールを 同様だ。 問われてセシリアは肩を竦めながら知らないという反応を返す。他の三人にしても ? わ﹂ ? るセシリアの説明は、四人にとっても分かりやすくありがたいものであった。 候補生ということもあってこの場の五人の中では最もISの知識と経験を持ってい このあたり、ISに乗る前の経験を活かしている所は織斑さんと同じですわね﹂ 心得があると見受けましたわ。 ﹁えぇ、四十院さん。実際に彼女の戦いぶりを見ましたが、銃器の扱いにそれなり以上の ﹁まぁ、そうなのですか ﹂ 身で、向こうではジュニアの射撃大会などで優秀な成績を幾度も収めていたらしいです ﹁少々学園のデータベースで見たのですが、三組のグレーさんでしたか。アメリカの出 428 ﹁でもオルコットさん。それでも、その、グレーさんは負けちゃったよね ならないことですね﹂ ﹂ そして、専用機持ちもまたそうでない者に後れを取るということは、あまりあっては は厳しいですわ。 なことを言うようですが、やはり学園に入学して程ない今の時点で専用機持ちに勝つの それに、単純な日頃の訓練の量にも差が表れますからね。あのグレーさんには少々酷 ゆえに乗り手の技量をより引き出しやすい。 専 用 機 は そ れ 自 体 が 乗 り 手 に 合 わ せ て の チ ュ ー ニ ン グ を さ れ て い る の が 殆 ど で す。 斑さんに、四組の確か更識さんでしたか。どちらも専用機持ち。 ﹁まぁ、そのあたりはしょうがないと言う点もありますわね。彼女が相手にしたのは織 ? 世界初にして現状唯一のIS起動者です。やはり厄介なアレコレがあるでしょうし。 織斑さんにしてもそうですわ。あいにくわたくしも詳しくは存じ上げませんが、何せ 機持ちは、その立場に見合う責務などがあるわけですし。 ﹁まぁ、わたくしも皆さんに先んじて本国で経験を積んできたわけですし。それに専用 ような笑みを浮かべる。 肩を落とすような仕種と共にため息まじりの愚痴を漏らす静寐にセシリアは困った ﹁はぁ。そう考えると本当に専用機持ちが羨ましくなっちゃうなぁ﹂ 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 429 決して良いことばかりというわけではありませんわ﹂ ﹁そういえばそうだったね。⋮⋮かんちゃん ﹁あぁ、なるほどね﹂ んなんだよ∼﹂ ﹂ ﹁うん、そうだよ∼。今度のおりむーの相手はね、私の幼馴染なの。更識 簪でかんちゃ かんざし そして本音の言った﹁かんちゃん﹂という聞き慣れない言葉に首を傾げる。 ルなどが記されたしおりを取り出し、それを読みながら確認をする。 本音の言葉に静寐は脇に置いておいたハンドバッグからこの日のタイムスケジュー ? の∼﹂ ﹁そういえば∼、次のおりむーの試合は最後だったよね∼。今度はかんちゃんが相手な 在はしなかった。 思いつめるかのような小さな呟き、そこに隠れた意思を察する者は誰ひとりとして存 の耳にすら入ることなく虚空へと溶けた。 僅かに視線を伏せて箒が呟く。だがあまりにかすかなその呟きは、隣にいたセシリア ﹁専用機、か⋮⋮﹂ セシリアの言葉に続けて箒が静寐の言葉に一定の理解を示すような発言をする。 ﹁まぁ、隣の芝生は青く見えるとも言うからな。いや、正直鷹月の気持ちは私も分かる﹂ 430 ﹁更識さんでしたか。現状見たのは織斑さんの前の、グレーさんとの一戦のみですが、正 直今度ばかりは織斑さんも苦戦を強いられるでしょうね﹂ ﹂ ないと言った面持ちで問いかける。 顎に手を当てながら冷静に分析するかのようなセシリアの言葉に、箒が聞き捨てなら ﹁どういうことだ ? ﹂ ﹁んっとね∼、確か十四歳の真ん中あたりからだったはずだよ ? わね﹂ ? 闘スタイルを取っています。 ﹂ ﹁一応わたくし達はこの試合の出場者全員の試合を見たわけですが、四人とも異なる戦 ると、全員に聞かせるように人差し指を立てながら続きを話し始める。 きが置かれる戦い方とはどういうことなのか。尋ねてきた神楽にチラリと視線を向け ISを駆る上で経験が重要なのはごく基本的な話だ。だが、それを差し置いてなお重 ﹁というと、オルコットさん。それはどういう ﹂ ﹁なるほど。もちろん、そうした経験もありますが、ここで重要なのは彼女の戦い方です ? ましたわ。布仏さん、そのあたりはどうなので くないと聞き及んでいますが、あの更識さんはそれなりの経験を積んでいるように見え ﹁あの二組の凰さんでしたか。確か彼女はまだ候補生になってからの経験もそこまで深 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 431 織斑さんと凰さんは同じ近接格闘戦型ですが、織斑さんはどちらかと言えばテクニッ ク寄りで凰さんがパワー寄り。 三組のグレーさんが典型的な中距離射撃戦型。そして四組の更識さんですが、オール ラウンダーの戦術型というところでしょうか﹂ ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ればそれまで。要は近づけさせなければ良いということ。 ﹁それですわ。近接武器には強力な瞬間威力を持つ物が多いですが、どれも当たらなけ 分だと言うようにセシリアは微笑を浮かべた。 とりあえずは思いついたことを言ってみただけという風な答えであったが、それで十 を取るかなぁ ﹁えっと、正直私も織斑君に近接戦を挑むのは、その、怖いから。えっと、とにかく距離 いきなり質問をされたことに静寐は自分を指さしながら目を丸くする。 ﹁え、私 すれば良いか分かりますか ただ、対処ができないかと問われたら、案外そうでもないのですよ。鷹月さん、どう 経歴を鑑みれば十分驚けるものです。 ﹁そう。とりあえずは織斑さんと更識さんですね。はっきり言って織斑さんの実力は、 ﹁そう、ですね。言われて思い返せばそうでしたね﹂ 432 そうなると射撃型やオールラウンダー型はある程度優位に立てますし、そこに技術や 戦術性が加わればなおさらですわ。 ただ、グレーさんが射撃型にも関わらず織斑さんに完敗を喫したのは、そうした技術 的な部分でも織斑さんが勝っていたからでしょう。まぁ、このあたりは曲がりなりにも 専用機持ちですから。そうでなくては困りますが﹂ ﹂ ? ﹁だ、大丈夫ですわ。お気になさらず。あの時はわたくしにも至らぬ所があったのは事 に難くなかった。 当事者でないために図りかねるが、多分今の箒の言葉は相当に堪えたというのは想像 だに小刻みに震えている。 静寐が小声で箒を窘める。チラリと静寐が視線をセシリアに向けてみれば、彼女は未 ﹁む、す、すまない﹂ ﹁し、篠ノ之さん。ダメ、ちょっとは気を使ってあげようよ⋮⋮﹂ く。 何気なく箒が言った言葉に、痛いところを盛大に突かれたというようにセシリアは呻 ﹁グゥッ !!? と﹂ ﹁では何か その射撃型に乗って一夏の間合いに捉えられたお前は、腕前が及ばない 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 433 実。次はこうはいきませんわ⋮⋮﹂ なんとか気丈に振舞おうとするも、声にはやはり震えが残っている。どうやらダメー ジは結構なものであったらしい。 ﹁ね∼ね∼セッシー。それで、かんちゃんのドコがおりむーに強いの∼ 確かにかんちゃん、すっごーく頭が良いんだけど﹂ ﹁オホンッ 話を戻しましょう。仮にです。織斑さんと更識さんが織斑さんのフィー ですがあの更識さんの場合、そもそもそのフィールドに入らない立ち回りをするで 持っているようですから。 だけは最初の凰さんのように候補生相手にも余裕を持って当たれるほどに高い技量を 確かに総合的に見て織斑さんの腕前にはまだまだな点がありますが、どうにも格闘戦 んに優位に働きます。 ルドで、つまりは刀剣などの装備を用いての格闘戦を挑んだとして、おそらくは織斑さ ! であった。 おそらくは前者であろうが、この本音の言葉はセシリアにとって良い方向に働くもの が気になったのか。 話を戻すことでセシリアを何とか元に引き戻そうとしたのか、それとも単に話の続き こんな状況下にあっても本音は自分のペースを崩さない声で続きを尋ねる。 ? 434 しょう。 グレーさんとの試合を見ていて、彼女の場合はとにかく相手に思うように動かせな ﹂ あまり嫌 い、その上で着実にチェックメイトへと詰めていく戦い方と見受けましたわ﹂ ﹁それはつまり、相手が嫌がる戦い方をするということか そうな顔をしないでくださいまし。 ﹁おおむねその認識であっていますわ、篠ノ之さん。││あの、篠ノ之さん なんとなくお気持ちは分かりますが、それもまた立派な戦術ですのよ ﹂ ? しい。 ? さにありますわ。しかし、おそらくそれも既に相手方には警戒されているはず。 そしてその重要な要因の一つは、彼のIS経歴からかけ離れた近接格闘戦の能力の高 んはわたくしとの試合も含めて三つの公式的なIS戦で勝利を収めています。 ﹁あぁ、話がズレましたね。わたくしの想像が含まれているのもありますが、既に織斑さ ﹁それで、オルコットさん。その更識さんの戦い方のどこが織斑君に不利なの ﹂ 直に言葉を受け止めるが、彼女の生来の気質はやはり納得しきれていないものがあるら 箒自身も理屈の上ではそれも立派な戦術と分かっているために、特に抗議をせずに素 相手が嫌がる戦い方と聞いて嫌悪感を含んだ表情になった箒をセシリアが窘める。 ? ? ﹁あぁいや、すまん。理屈では分かっているんだがな⋮⋮﹂ 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 435 436 わたくしが同じ立場でもそうしますが、戦うとなればとにかくその近接戦を封じる、 活かすことのできない状況に持ち込みますわ。 未だ未知数ですが、候補生であることやその期間、そして布仏さんの更識さんの頭脳 レベルの高さが実際に相当のものとすれば、戦術の構築能力も比例して高くなります。 時として彼我の力量差を戦術や策の類が覆してきたのは、歴史を紐解けばいくらでも 見つかります。下手をすれば、わたくし個人としてはあまりあっては欲しくありません が、織斑さんが完封される可能性もありうると思いますわね﹂ 沈黙が五人の間に広がった。確かにセシリアは入学して間もなくに一夏と戦い敗れ た。 だが、彼女が一国のIS乗りの頂点である﹃代表﹄に近い﹃候補生﹄であることは紛 れもない事実であり、現にその実力、知識は既に一年の中でも随一のものだ。 実際にIS関連の授業、特に座学では指されれば常に正しい解を出し、実技では担任 であり﹃世界中のIS乗り﹄の﹃頂点﹄でもある千冬には厳しい評価を下されるものの、 目にした他の生徒全てにとって十分模範足りうる技量を見せている。 その彼女がここまで言う。同じクラスのよしみであり、自身を負かした人物でもある だけに彼女が一夏を応援していることは分かる。 だが、その個人の﹃感情﹄をいともあっさり押さえつける候補生としての﹃理性﹄が 一夏の圧倒的不利を予期している。 口には出さないものの、 ﹁さすがに次の試合はマズイのではないか﹂という雰囲気が流 れていた。 ﹁ん∼、おりむーもかんちゃんもどっちも応援したいけど、でもでも。セッシーの言う通 りなんだよねぇ。 かんちゃん、色々なことができて凄くって、それでとっても器用だし⋮⋮﹂ ﹂ ? ﹂ ﹁いや、待って欲しい。曲がりなりにも﹃武人﹄を自負している一夏だぞ 技を交わす中の駆け引きならいけるのではないか ? 斬り合いの、 ? 組共通の一夏への認識だった。 そのくせ実技や体育系になると途端に輝きだす。典型的な運動系男子というのが一 る人間ではない。 確かに努力をしているということは分かるのだが、お世辞にも彼は座学で優秀と言え あぁ⋮⋮、と諦めと共に納得するようなため息が広がった。 に、その、織斑さん⋮⋮そういうのが得意そうには見えませんし⋮⋮﹂ ﹁﹃策﹄となれば猶更ですわ。知略という相手のフィールドに乗るわけですから。それ 神楽の質問にセシリアは顎に手を当てて難しそうな顔をする。 ﹁オルコットさん。織斑さんが勝利を掴む策というのはあるのでしょうか 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 437 ﹁その斬り合いに持っていくのが難しいんじゃないかな のって、もっと広い意味みたいだし⋮⋮﹂ オルコットさんが言ってる ? ﹁ふむ、オルコットさん。例えばの話ですが、織斑さんの姉君である織斑先生ならばこの た。 ただ、こころなしかセシリアの言葉にもある種の諦観の念が浮かんでいるようであっ 何とか引き出したような静寐の感想にも、セシリアはあくまで冷静だった。 ﹁そういうものですわ、鷹月さん﹂ ﹁⋮⋮勝負ってシビアなのね﹂ ね﹂ 織斑さんには申し訳ありませんが、どちらも彼には現状望めるものではありませんわ 差で以って叩き潰す。 一つは更に上回る策で以って挑む。あるいは、策を無意味な小細工にするほどの実力 す。 ﹁策を用いて戦いの場そのものを操る相手と相対する場合、思いつく勝利方法は二つで り込んでしまう。 一夏を擁護するような箒の言葉であったが、静寐の至極もっともな指摘にあえなく黙 ﹁むぅ⋮⋮﹂ 438 状況、いかに対処するのでしょうか のですが﹂ ﹂ ブリュンヒルデ ワ ン オ フ・ア ビ リ テ ィ たから。あれほどの攻撃を持っているならば、あるいは織斑さんにも勝機が大いにある ﹁えぇ。IS乗りの間では有名ですが、現役時代の織斑先生には﹃零落白夜﹄がありまし ﹁まだ何かある、と言いたげですね﹂ ⋮⋮﹂ 方 で す わ。わ た く し が 挙 げ た 二 つ の 方 法、策 も 実 力 差 も 完 璧 に こ な す で し ょ う け ど ﹁そこでそれをわたくしに聞きますか、四十院さん。まぁ﹃戦 女 神﹄の異名を取るほどの ? ﹂ ? なんだっけ、単一仕様能力の説明の時に山田先生が例に ? 先生の現役時代には、先生と戦った多くの乗り手たちがその一撃の下に下されていま 相手の操縦者にも軽くない負担がありますから。 元々の威力も高いため一気にシールドは削られますし、絶対防御発動の際のショックで ﹁零落白夜は相手ISのシールドを無視して、強制的に絶対防御を作動させる攻撃です。 か、記憶を掘り起こしてそれが授業の時であると思い出す。 零落白夜という単語に聞き覚えのある箒と静寐は互いにどこでその言葉を聞いたの 挙げてたやつだったっけ ﹁えっと、授業でやったよね ﹁零落白夜と言うと、確か当時の先生のISの単一仕様能力だったか﹂ 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 439 すわ。 実際、あの攻撃は当てればそれで良いというようなものと聞き及んでいますから。対 ﹂ ISという点では反則的なアレさえあれば、織斑さんにも可能性は十分にあります﹂ セカンド・シフト ﹁でもセッシー。おりむーのISは二次移行なんてしてないよ∼ この後にも三試合分の観戦が待っている。エネルギーはしっかりと補給しておかね そう思いながらセシリアは昼食のサンドイッチを食べ進めるのであった。 駄ということですわね﹂ ︵ただ、わたくしの時の最後のアレがあれば、あるいは⋮⋮。いえ、これも考えるだけ無 ただ、同じクラスの仲間の戦いぶりを見守るだけなのだ。 わるわけでもない。 に、所詮観客の一人でしかない自分たちが今ここでどうこう言ったところで、何かが変 冷たい言いぐさだが、事実なのだから仕方がないというのがセシリアの論だ。それ 澄ました様子で言いながらセシリアは飲み物の紅茶に口をつける。 ﹁ま、世の中そんなに甘くないということですわね﹂ ﹁つまり、一夏の勝率は低いままということか⋮⋮﹂ 現する確証もありません。しょせん、妄想の域を出ませんわね﹂ ﹁えぇ。ですから単一仕様能力なんてありませんし、そもそも先生と同じ零落白夜が発 ? 440 ばならなかった。 真耶の言葉には状況が問題なく進んでいることへの安堵と、このまま終わりまで無事 まま無事に終わると良いですね﹂ ﹁学園周辺の空海域の警備からの報告では、特に異常は見受けられないようです。この た教員の一人に全員分の食事の買い出しを任せ、そして今に至るというわけであった。 しかし食事を摂らないというわけにもいかないため、同じ管制室で作業に当たってい めとした学園側のスタッフには仕事がある。 生徒や来賓の観客たちにとっては休憩となる今の時間だが、そんな時間でも教師を始 を昼食にしながら言葉を交わしていた。 アリーナの管制室では千冬と真耶が購買の品であるおにぎりとペットボトルのお茶 ﹁そうですねぇ。でも、何事も無くて一安心ですよ。今年は色々特殊ですからねぇ﹂ ﹁これで半分か。毎度のことだが、やはり気を使うものだな﹂ 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 441 に進んでほしいという願いの両方があった。 今年のクラス対抗戦は、特に一年生がいつもとは違う。 世界初の男性IS操縦者の出場に、参加者の内の二人は専用機を所持した国家の候補 生だ。 特に国政などに良からぬ意を持つ輩の類にとって、現在各国で重要なポジションを少 しずつ、着実に築こうとしているISの、その業界の省庁の一つであるIS学園は格好 の的だ。 ましてや今年に関しては新入生に世界初の男子や一国のIS界の未来を担うだろう 候補生が居る。ますますもって、ターゲットになりやすい。 そうした不安要素から生徒を、ひいてはこの学園そのものを守るのが、ここにいる千 冬や真耶を始めとした教師たち学園スタッフの、あまり表にはされない最重要任務の一 つである。 ﹁別に、このくらいでしたら大丈夫ですよ。それに、山田先生もですけど、今の内にしっ だが、言われた彼女はと言うとなんでもないと言うように首を横に振った。 それまでモニターに向かい作業をしていた教員の言葉に千冬は礼を言う。 ﹁あぁ、すまない﹂ ﹁織斑先生、こちらの作業は終わりましたよ﹂ 442 かり休んで下さいね。まだこの後があるんですから﹂ その言葉に真耶が気恥ずかしそうに照れながら頭を掻く。 ﹁えへへ、そうですね。⋮⋮それより先生は大丈夫なんですか ﹁えぇ。私も今からちょっと休ませて貰うところですから﹂ ﹁あ、じゃあ私が続きをやっておきますね﹂ ﹁すみません、山田先生﹂ ﹁織斑君のこと、やっぱり気になりますか ﹂ その様子を、千冬は静かに見守っていた。 ﹂ そうやって教師たちは自分たちの仕事を止めることなく続けていく。 ? 補生ですよ ﹂ ﹁いやでも、大したものじゃないですか。もう二勝もしちゃってますし、相手の一人は候 るため、千冬も生徒や実弟の前では滅多に使わない敬語を用いている。 カナダ出身の同僚、エドワース・フランシィは一歳だけとはいえ自身より年長にあた れていない返事を返す。 何気なしにため息をつくと同時に隣に座ってきた同僚の言葉に、千冬は言葉を纏めき ﹁フランシィ先生、いや。まぁ色々と言いたくはあるのですが⋮⋮﹂ ? ﹁⋮⋮ふぅ﹂ 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 443 ? ﹁確 か に 勝 利 を 収 め た こ と は 悪 く は な い で し ょ う。し か し、私 に 言 わ せ れ ば ま だ ま だ なってない部分が多い。まぁこれは、織斑に限った話ではないですが﹂ の話ではなかった。 ﹁それで、織斑先生。どうでした 弟さんの試合は ﹂ ? 生徒たちのISを用いた自主訓練の監督官を務めることの多い彼女だが、その中で何 ハッキリと未熟と切り捨てた千冬の姿にエドワースは苦笑を禁じ得なかった。 ﹁努力の跡は見られました。しかし、まだまだ未熟と言わざるを得ません﹂ ? その時、二人の脳裏には同時に同じ生徒の姿が映し出されていたが、それも長い時間 ﹁あぁ、彼女ですか。まぁ、彼女は色々と飛びぬけてますからね﹂ ・・ ﹁まぁ、奴はそれなり以上ではあるのですがね﹂ ・ 際が見えるのだ。 その彼女からしてみれば、この学園の生徒たちのISを動かす様にはどこかしら不手 る目も自然と高いレベルを自然とするものになっていた。 名実ともに世界最強のIS乗りとして活動をしていた内に、千冬のIS乗りの腕を見 ﹁それは私も分かってはいるのですが、やはり目立つのですよ﹂ あげないと﹂ ﹁織斑先生にかかればみんなそう見えますよ。それでも評価するところはちゃんとして 444 度か一夏が訓練を行っている様子を目にしたことがある。 確かに千冬の言う通り、まだまだ未熟な部分はあるものの、常に着実な進歩はしてい ることは間違いないというのが彼女の見立てだった。 それは千冬も分かっているのだろう。だが、分かった上で未熟と言い切る。実弟相手 でも厳しいものだと、笑わずにはいられなかった。 ? 相手の攻撃や装備の特徴を素早く見抜く眼力、そして素早く対処をする能力。確かに これは、決して軽んじられることではない。 が、その時にも一夏はブルー・ティアーズの攻撃の性質を迅速かつ的確に見抜いていた。 最低限の資料として一夏がセシリアと行った試合の記録にも目を通したことがある への対処が評価に値するものであるのは間違いないというのが彼女の見解だったのだ。 ただ、千冬の言うことは尤もであることは間違いないのだが、それでも一夏の衝撃砲 文句が段々と独り言じみてきた千冬の姿に、エドワースは更に笑みを深める。 るのだか⋮⋮﹂ 言ったはずだろうに。また斬り捨てるなどやりおって。なぜ妙な所で恰好をつけたが ﹁その対処の仕方が問題なのですよ。あの馬鹿者ときたら、私は前にきっちりかわせと きっちり対処をしたじゃないですか﹂ ﹁でも、最初の試合の時なんか凄いと思いましたよ 衝撃砲の性質を一気に見抜いて、 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 445 知識や経験を積めば自然と養われるだろうが、今の一夏ではそのどちらも足りていな い。 となると、先天的に持ったセンスがそれを為したということになる。そしてそこから 推し量れる潜在性は、決して馬鹿にならない。 ︵いずれは⋮⋮化けるかもしれないわね︶ 思えば、それに十分な設備が整っていると思っている。それらが彼に加わるのだ。 そして、少なくともエドワースが思うにこのIS学園は﹃自発的に自分を鍛えよう﹄と 確かな高い潜在性に、それを伸ばすだろう非常に強烈な向上心が加わっている。 の向上心の旺盛さはよく知られている所となっている。 そのために、平素の行動などもある程度報告が為されている限りで把握しており、そ て学園でも重要人物の一人として扱われている。 ついでに言えば彼は、本人が気づいているか定かではないが、その立場の問題もあっ 分からなかったが。 位なペースを保ったまま、余裕を持った勝利を収めた。鬼ヶ島とかピピンとかの意味は 続くスーザン・グレーとの試合では相手との地力の差があったために、終始自分に優 最初の凰鈴音との試合では自分のペースに持ち込んだとたん、一気に押し切った。 ︵実際に彼は順調に成長をしているし、それは結果が示している︶ 446 未だ千冬はアレコレと厳しい批評をしている。そのどれもが的確であるのは間違い ないのだが、彼女個人としては一夏の先に興味があるのは事実だ。 一人の教師として、前途有望な生徒の未来に思いを馳せないわけがない。 ﹁まぁまぁ織斑先生。その辺でその辺で﹂ ﹂ とりあえずは、隣の同僚を宥めるところから始めるエドワースだった。 ? ﹂ ? 連絡を終えて通話に用いていた受話器を元に戻した千冬にエドワースが声を掛ける。 ﹁なんでした、織斑先生 ﹁そうか⋮⋮。了解した。こちらも問題はない。引き続きよろしく頼む﹂ 冬が受けることになっていた。 制室の教師チームの責任者は千冬であるため、こうした重要な連絡の際には主として千 どうやら彼女あてに連絡がきたらしい。おそらくは警備関係の連絡だろう。この管 かっていく。その背をエドワースは首だけを動かして追いかける。 片手で制するようにして一度エドワースとの会話を中断すると、千冬は真耶の下に向 ﹁どうした﹂ 事にあたっていた真耶が千冬に声をかける。 エドワースがとりあえず別の話題に千冬を持っていこうとしたところで、交代して仕 ﹁織斑先生、ちょっといいですかー 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 447 ﹁別に大したことはありませんでしたよ。ただの定時連絡です。﹃異常なし﹄、だそうで す﹂ 肩をすくめながら言う千冬だが、心なしか僅かに安堵している様子が伺えた。 ﹂ その気持ちはエドワースにもよくわかる。なにせこちらは警備をしている身だ。何 事も起きないに越したことはない。 ﹁そういえば、この手のイベントの時の警備って日本の自衛隊もよく動いてますよね こ う ﹁そういえば織斑先生は現役時代は自衛隊に ﹂ と、今もなお大国としての威容を保ち続けるアメリカである。 そしてその中でも特に多くの数を有することになったのが、開発者の母国である日本 を経てG8を始めとした先進各国に分配がされた。 篠ノ之束が開発し、その絶対数に限りがあるISコアは白騎士事件から約一年弱の時 雰囲気の中で動かす経験というのは向こうも必要としているらしい﹂ ﹁幸いというべきか、日本はコアの保有数に恵まれていますからね。やはり実戦に近い くるのは、赴任したばかりの頃には驚きましたよ﹂ ﹁重要拠点の防衛、という題目の演習を行うようなものですからね。IS部隊まで出て もっとも、自衛隊も何やら思うところはあるそうですが﹂ 向 ﹁えぇ。一応学園は治外法権的な扱いがされていますが、日本の領内にありますからね。 ? 448 ? ﹁いえ、私の場合は自衛隊というよりも防衛省の方でした。恥ずかしい話ですが、自衛隊 の方のパイロットともそこまで交流があったわけではないので。 おそらく、今回の警備に出ているISパイロットも、私が知らない者達ばかりでしょ う。現役からの古い付き合いと言えるのは山田先生に⋮⋮もう一人くらいです﹂ そんな中でまともに交流があったと言えば直属の部下であり、後輩であり、おそらく たことも理由にはある。 する機会など殆ど持てなかった。そんな時間があれば家で弟と過ごす時間に充ててい エドワースに話した通り、現役時代はとにかく多忙だったために他のIS乗りと交流 言えた。 最後の方、現役時代の交流に関してあまり聞かれなかったのは正直なところ、幸いと ワースとの会話の一部が思い返されていた。 他の教員に指示を出しつつ自分の仕事を片づける最中、千冬の思考の片隅ではエド り掛かる。 残っていたペットボトルのお茶を一息に飲み干すと、手早くゴミを片づけて仕事に取 の腕時計を確認する。そろそろ休憩も終わりにする頃合いだ。 そこでエドワースは会話を止めて腕時計に目を落とした。千冬もそれに倣って自分 ﹁そうですか﹂ 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 449 450 は自分が初めてIS乗りとしての手ほどきをした真耶が第一に挙げられる。 そしてもう一人は⋮⋮正直言ってあまり良い思いを持っているとは言えない。いや、 危惧していると言っても差支えない。 真耶との関係は、とにかく上下がきっちりと区別されているものだった。だがもう一 人の彼女との関係は、良くも悪くも対等なソレだったと言える。 驕りも、慢心も、他者への侮りも、何事も介さない完全な客観的視点で断言できる。仮 に現在この世界に存在する全てのIS乗りの中から二人だけを選び、正真正銘の乗り手 としての頂点を競うということをしようとする場合、戦うことになるのは自分と彼女し かいない。 太極図の陰と陽の関係のようなものだ。常にIS乗りの顔として表に陽として出て きた自分と、ひたすらに影に潜り続け陰を体現してきた彼女││浅間美咲は。 自分が知る限り最強の乗り手にして、IS乗りの中で﹃IS乗り﹄以前に﹃武人﹄と しての己を確立している唯一の人間。 そして武人としての在り方は、おそらく実力というものを境にして真逆に位置してい る。 奴は今どこで何をしているのか。自分という存在全てを使って戦いという行為の肯 定をしていたような女だ。大方、今もIS乗りとして、武人として、国家の庇護下とい う自分にとって都合の良い場所で自分の力を奮う場所を求めているのだろう。 ︵えぇい、何を考えている。今は奴のことなど関係なかろうに︶ 職務の最中に関係の無いことを考えた自分を、声には出さずに自分自身で叱咤する。 現役を引退して以来顔を会わせてもいない人間のことなど、考えるだけ無駄だ。今 は、目の前の仕事に集中するべきだろう。 たりに出向こうかと思ったが、昼食の時間もなるべく削るべしと言わんばかりに事前に 昼の休憩を取っているのは一夏も同じだ。最初は他の生徒たちと同じように食堂あ シャリッという心地よい音と共にリンゴを齧りながら一夏は呟く。 ﹁次の番は最後か⋮⋮﹂ 予感というものが拭えずにいた。 ちょっとした昔の話がきっかけとは言え、唐突に思い出したということに千冬は嫌な ︵しかし⋮⋮︶ 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 451 昼食になりそうなものを買い込んでいたバックスタッフの厚意に甘えて、買い込まれた 分からおにぎりやサンドイッチなどを分けてもらっていた。 この休憩が終わっても二試合分、鈴と更識簪の試合に、続けてとなる鈴とスーザン・グ レーの試合があるため時間に余裕があると言えばそうなるのだが、念のためを考えて昼 食は少なめにしていた。 そして今食べているのは、同じようにして買い込まれた食料の一つであり、厚意から 受け取ったリンゴだ。 丸一個だがわざわざ切るという面倒はしない。そのまま丸齧りだ。 先のスーザンとの試合を観戦し、すでに簪の戦い方が自分にとって厄介なものである となると、簪も勝ちを拾おうと思えば相応の手で打って出ざるを得ないだろう。 後の試合に臨むだろう。 でも候補生同士の試合であるし、すでに一敗している以上は鈴も更に気を引き締めて今 だが次の第四試合は違う。相手は鈴、中国の候補生だ。自分は勝利を収めたが、それ い。 ていた。スーザンには悪いが、地力に差が大きくある分はやはり必然と言わざるを得な 自分もそうだったが、第二試合において簪はスーザン相手に余裕を持った勝利を収め ︵多分次の試合、更識はもっと手を見せてくる︶ 452 ことは大方把握した。 見ていればよく分かった。スーザンが何か行動を起こそうとする度に、絶妙にそれを 阻みにかかる。 大きく突き飛ばすというよりは、軽く足を引っ掛ける程度の邪魔という表現が当ては まるだろうか。 それを繰り返してネチネチジリジリと、しかし堅実にスーザンの駆るラファールの シールドを削る。 夏も大概であるが、それはそれとして割り切る。 と同時に、蒼月でスーザンの両手の武器を払ってシールドが無くなるまで斬り続けた一 もっともそれを言えば、開幕直後に多少の被弾も厭わない突撃で一気に距離を詰める 一方的に近い展開だった。 られるまでには少々時間を要したが、実際には﹁ずっと私のターン﹂と言わんばかりに 一撃型の高威力の攻撃を叩き込んだということも無かったので、完全にシールドが削 の隙を突くようにジワジワと嬲り削られる。 いざと意気込んでアクションを起こそうとしても出鼻を挫かれる形で邪魔をされ、そ 自分が同じ立場だったらと思うと同情を禁じ得ない。 ︵俺が言えた立場じゃねぇが、グレーのやつも可哀そうに⋮⋮︶ 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 453 それに、勝っただけでなく先日の盛大な名前間違いに関しての文句も叩きつけること ができたのだ。これぞまさに一石二鳥。なにも問題などありはしない。 むしろ、このくらいにハードな展開の一つや二つ、無ければ面白くない。 口元に小さい笑みが浮かぶ。せっかくの戦いの機会、自分の技を奮える機会なのだ。 ︵⋮⋮面白い︶ る芯を捨てるためにピットの端にあるゴミ箱へ向かう。 スクッと座っていた椅子から立ち上がると、一夏は食べ終わったリンゴの残り滓であ しか手は無いにも等しいわけだが。 距離を詰めての格闘戦ならこちらにも分があると思う。実際問題としてそれくらい ︵何としてでも、俺との斬り合いに持ち込むしかない︶ それだけは何としても避けたい。そしてそのための方法は⋮⋮ のままゲームオーバーとなる可能性も十分に有り得る。 自分のIS乗りとしての未熟は百も承知している。下手に相手の流れに捕まれば、そ いが最後にあるというのは、まぁ初戦に持ってこられるよりは好都合と言える。 今回のクラス対抗戦、間違いなく更識簪が最大の難敵になるだろう。その彼女との戦 リンゴを齧り、作業に勤しむバックスタッフの動く様を見物しながら一夏は呟く。 ﹁しかし⋮⋮明日ならぬ次は我が身ってのは流石に怖いな﹂ 454 手の内にあったリンゴの芯を強く握り込む。瞬間的に周囲から強い力を加えられた リンゴの芯はいともあっさりと砕け散り、そして破片がゴミ箱へとこぼれていった。 目指すは勝利のただ二文字のみだ。それ以外にはびた一文の価値だってありやしな い。 現実として最後の一戦ばかりは厳しいものになるかもしれないということは理解し ている。それでも、やるからには勝つつもりで挑むより他ない。 負け確を腹に括るなど、師との手合せだけで十分腹一杯というやつだ。 ピットから大きく開かれたアリーナに目を向ければ、それまで殆ど人気の無かった観 客席がどんどん人の影で埋め尽くされていく様子が見える。 もうじき第四試合が始まる。今度の組み合わせは確か鈴と簪の代表候補同士という ﹂ そして、歓声に包まれる中でクラス対抗ISリーグ、一年生午後の部が始まる。 そして、最後の試合に向けて一夏は己の心を研ぎ上げ始めることを始めた。 ! マッチングだったはずだ。 試合始まる時になったらモニターお願いしまーす ! バックスタッフにそんな声を掛けておく。 ﹁すんませーん 第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき 455 勝敗を分けたとすれば、多彩な武装を操る簪の巧さと、あとはやはり同じ候補生で の技量はほぼ互角。 素人所見でしかないと分かってはいるものの、一夏の見立てでは両者の操縦者として だが押し切ることは叶わなかった。 の気性が組み合わさったからこその戦法だろう。 ペックと衝撃砲という不可視の攻撃による牽制が可能な甲龍、そして凰鈴音という少女 勢 い の 強 さ で 押 し て 相 手 の 妨 害 を 無 意 味 な も の と す る。総 合 的 に 安 定 し た 機 体 ス に対して鈴音が取った戦法は、ひたすら攻勢に徹することだった。 アサルトライフルなどの軽火器を複数、細やかに操り相手のペースを崩そうとする簪 結果は更識簪の勝利。 手のレベルという点から特に高い注目を集めていた一戦であった。 第四試合の凰鈴音対更識簪。一国の候補生同士というこのマッチングは、純粋な乗り 午後の部のスタートとなる第四試合、続く第五試合は既に終わった。 既にクラス対抗ISリーグの午後の部が始まってからそれなり以上の時間が経った。 第十三話 武と智の競り合い 456 第十三話 武と智の競り合い 457 あっても経験が物を言ったのだろう。 続くスーザン・グレーと鈴の試合は予想通りというべきか、鈴の勝利。 自分がそうしたように、余裕を持っての勝利となっている。全敗を喫したことになる スーザンには悪いが、ある意味では必然と呼べる帰結だろう。彼女に関しては今後次第 ということになる。 そうして残る一夏と簪の試合のみを残した時点で、すでにある程度の順位というもの は固まっていた。 一勝のみの鈴が三位に、全敗のスーザンが最下位の四位に決まった。そして、最後の 試合で一位と二位が決する。 IS学園の中でも特に優秀な者の代名詞と呼べる候補生。 そしてその候補生を既に二度も下した唯一の男子生徒にしてダークホースでもある ルーキー。 もはや順位など関係なしに、この二人が競い合ってどちらが勝つのか、観客はただそ れのみに注目していた。 そして始まる最終試合。既にうっすらとした夕日の茜が空に浮かび上がってきた頃 のことである。 火薬が炸裂する音と共にアリーナの地面に弾痕が穿たれていく。 次々と穿たれていく弾痕は線を描くように連なっている。巻き上がる土煙と共に描 かれていく線の先には常に一つの影が存在していた。 身を守るシールドを削ろうとする銃弾から己を逃がそうとしているのは白式を纏う 一夏だった。 現在一年生の中に存在する四機の専用機の中でも機動性に抜きん出た性能を持つ白 式に、簪操る打鉄弐式の手に握られたアサルトライフルの弾丸はろくに当たらずにい た。 照準が補足し、発砲のために引き金を引くとほぼ同時に振り切るように白式が宙を飛 ぶからだ。 ﹁はっ、余裕だな﹂ そのため、先ほどの簪の呟きも一夏の耳にはっきりと入ってきていた。 る。 性から管制室と相手方ISとの間に最低でも音声による通信を繋げることになってい 試合の間、試合を行う両者のISは会場全体への放送用、緊急時の連絡用などの必要 ろくに弾が当たらないこともまるで意に介していないように平坦な声で簪が呟く。 ﹁へぇ⋮⋮。速いね﹂ 458 第十三話 武と智の競り合い 459 地面スレスレを滑るように飛びながら一夏は体を半回転、スラスターの噴射口が進行 方向に対して真横を向く形になった所で強く吹かす。 直進している最中に真横へと強く押されたと形容すべきベクトルで力を加えられた 白式は進行方向を急激に変える。 さすがに完全とはいかずとも非常に直角に近い高速の方向転換を行ったことで強い Gが白式に、乗り手である一夏の体にかかる。 体を強く圧迫する感覚に僅かに眉をしかめるが、この程度は織り込み済みだ。それに 耐えられない程ではない。 ISにはGによる体への負担を軽減する機構が備わっている。この機構も働かせる 度合いは、範囲こそ有限ではあるもののある程度調節ができる。 そして白式について言えば、数日前から倉持の技術者の助力の下で行った調整の際の 彼ら曰く、他のISよりも軽減の度合いが低いとのことだ。 メリットで言えば機体内部のコンピュータの処理リソースの増加に伴って、他の機構 の処理が円滑に行われること。デメリットはGなどの負荷が強く体にかかるくらいだ。 方向転換は一度に留まらない。二度、三度とスラスターを瞬間的に強く、地につけた 足で地面を蹴るような感覚で吹かす。 吹かすのは基本的に左右両方ではなく、片方ずつだ。それだけでも十分に加速はでき るし片方だけということで機体の機動を揺らして相手の狙いを妨げられる。両方で吹 かすよりエネルギーの消費が少なくて済むのもある。 右へ左へと動くたびに体に強い圧迫感が襲い掛かるが、伊達に何年も鍛え続けてきた わけではない。 身体的なスペックならば同年代最高峰であるという自負はある。特に耐久力に関し ︶ ては稽古で、幼少期には姉の竹刀と躾の拳骨で、ここ数年では師の訓練用模擬刀と鉄拳 で相当以上にあるとも思っている。 ︵ハッハッハ、武術家ナメんじゃねーぞ、っとぉ それまでの試合の流れを見るに、簪も近接戦を行わないわけではない。現に鈴との試 ろ自分にとってまずい。 との機動力の差がそれなりに大きいため、未だ距離は保たれているが、この状況はむし 打鉄弐式が通常の打鉄に比べると機動性に優れていると見て取ったが、それでも白式 分に追いつこうと確実についてきている。 やはり経験の差からくるものは大きいと改めて思い知らされる。簪の打鉄弐式は自 自分のすぐ近くの地面に弾痕が穿たれたところだ。 い先ほども背筋に流れる電流とも錯覚するような直感に反射的に従って動いてみれば、 それなりに振り回しているつもりではあるが、簪は執拗に自分を狙ってきている。つ ! 460 合では薙刀を模したとおぼしき武装を使っていた。 だが、その本領はおそらく中・遠距離戦だろう。そして決め手になるのは、今は展開 していないが、ミサイルポッドから放たれる多数のミサイルだ。 先のスーザン、鈴の両者ともそれで止めを刺されていた。 離したままだと、俺も連中の二の舞だ︶ ︵この状況、あるいは既に彼奴の術中にあると見ていいかもしれない。このまま距離を 今までこそ射撃を回避するために距離を離していたが、それもそろそろ止めて仕掛け た方が良いかもしれない。 試合前に付け焼刃程度でしかないが、頭に叩き込んだ知識によるならば、ISでミサ イル兵装を運用する場合、ミサイルの方に自動的に敵を探し出すシステムがあるならま だしも、そうでない場合は戦闘機などに搭載されているものと同様に、相手を確実に ロックしてから放たれる。 このあたりは射撃兵装と大差はない。だが違いがあるとすれば、一発分のロックに銃 器より時間がかかること。目標の数の多寡に関わらず、一度に多数のミサイルを放つ場 合は更に時間を要すること。 あるいは、今こうしている時にもそのロックは着々と進んでいるかもしれない。 ︵まずいな︶ 第十三話 武と智の競り合い 461 思 え ば こ の ス タ イ リ ッ シ ュ で エ ク ス ト リ ー ム な 追 い か け っ こ は 試 合 開 始 直 後 か ら だった。 もしかしたらどこからか術中に嵌っているなどという考えは甘すぎたのかもしれな い。 今もピットに控えている川崎の言葉によれば、打鉄弐式に搭載されているミサイル は、それこそ弾幕を張れるくらいの多量だと言う。 初めから簪がミサイルの狙いをつけるためにわざと追いかける振りをして時間を稼 いでいたとするのならば、一夏も流石に苦い表情を浮かべる。 見切った射線上に蒼月の刃を置く。直後に衝撃が蒼月を通して腕に伝わってきた。 分に狙いを定めていた。 体の向きを反転させて視界に簪を捉える。構えられたアサルトライフルの銃口が自 める。そして間合いに捉えて斬り捨てる。 そうなる前に決める。速力に優れる白式の機動性で多少の無茶をしてでも距離を詰 れ始めていたとして、このままズルズルと続ければ状況は更に悪化するかもしれない。 だがそれを悔いている暇は無い。試合が始まったその瞬間から既に簪の策に捕らわ 相手を警戒してやや受け身に回った己の失策だ。 ︵こりゃ本当に被弾覚悟で開幕直後から攻勢に出りゃ良かったか︶ 462 未だに自身と機体は動き続けている。体を反転させる前に動きそのままであるため、 今は後ろ向きに水平移動をしている状態だ。 そして一夏は移動はそのままにして機体を下げる。足裏が地面に触れると同時に強 く蹴り、跳躍で再度上空へと向かった。 跳躍から大きく宙に飛び上がった一夏はそのまま簪の方へと向かってくる。勿論真 込み済みだった。 別に今更驚きはしない。そうやってくるだろうということも、彼女にはとっくに織り ルを撃ったが、手にしていた刀によってあっさりと弾丸は弾かれた。 やることは変わりはしないので、ごく普通にFCSのロックに従ってアサルトライフ こちらに向けていた背を返し、距離は離れているが真正面から向き合う形になった。 けていたわけだが、ここへきて動きが変わった。 先ほどまで自分でもそうと分かるほどにしつこく射撃で狙い、それを一夏は回避し続 声には出さず胸の内で、まるで自分など関係ない他人事のように簪は呟いた。 ︵来る︶ 第十三話 武と智の競り合い 463 正面からというわけではないが、それまでとは異なり明確に簪との間合いを詰めようと している動きだ。 火薬の炸裂音が連続で響く。両手に握った二丁のアサルトライフルを交互に、結果と してほぼ間隙の無い連続射撃が一夏に襲い掛かるが、どれも回避されるか手に持った刀 で弾かれる。 その姿に、試合が始まって初めて簪は﹁嫌そうな﹂顔を作る。 時間が必要だ。 ロックオンさえ完了すればほぼ王手をかけた状態に持って行ける。だが、今しばらく 潤へと繋げようとする思惑もあるのだが、今は関係ない。 当然ではあるが、開発した側には簪のISに搭載し、そのデータを得ることで更に利 全に活かすためのロックオンシステムだ。 夏の白式とは別の、倉持における打鉄弐式の開発チームと共に作り上げたこの兵装を完 それは打鉄弐式の最大火力とも言える兵装である、多連装ミサイルのロックオン。一 とした各種情報が表示されるモニターには、ある工程の完了具合が示されている。 チラリと視線を移す。自分のみに見える打鉄弐式の機体コンディションなどを始め 打鉄弐式のスラスターを吹かして距離を開けようとする。 ︵これだから⋮⋮︶ 464 自分で必要なデータを打ち込めれば手っ取り早いのだが、そんなあからさまな行動を 相手が許してくれるわけではない。 だからこそあえて作業はIS任せにして、自分は適当な射撃で時間を稼いでおこうと したのだが、あの動きを見るにおそらく見破られている。 れるのは当たり前と考えていいだろう。 いや、相手のIS乗りとしての経歴を考えればあまり当てにはならない。 だが、そこからこちらの手を見抜くのはまた話が別だ。何がそれを為したのか 験 ? ﹃才能﹄や﹃センス﹄、そういう言葉を考えて、考えたのは自分であるはずなのに簪は ようがない。 が早い。となるとその要因など、 ﹃才能﹄だとか﹃センス﹄だとかの言葉でしか言い表し 勿論、本人の努力だとかそういうものもあるのだろう。だが、それでも習熟への期間 ぎ。その動きにしたって、既に他の同級生よりもだいぶ上のものだ。 それだけではない。今も続く射撃と、その回避あるいは防御からの間合い詰めへの繋 だこちらも甘かったということだ。 となれば、持って生まれたセンスのようなものだろう。それで見抜かれたのなら、ま ? 経 相手の側にも倉持の技術者がバックでついている。自身の機体の情報がある程度漏 ︵本当に、これだから⋮⋮︶ 第十三話 武と智の競り合い 465 466 嫌気がさす。 努力はしているのだろう。というか、して当たり前だ。それに関しては何も言わな い。 行う努力を、更に持ち前の才能だとかセンスが押し上げる。それもある意味その者に 与えられた幸運のようなものだ。別に否定をするつもりはないが、少しは文句くらい 言っても良いだろう。 一夏の手に握られる蒼月の刃が振るわれ、再び弾丸を斬り弾く。 ・ あの姿を見ていると、自分にとってはとても身近な、一人の人物が思い起こされる。 別に嫌ってはない。なにしろ血を分けた姉だ。むしろ大事さえ思っている。 だがそれはまた別として、目の前の相手同様に、努力は当たり前だが、その努力によっ て更に際立っている彼女の才能やセンスには、色々思うところがある。 あれだけ才覚を見せつけておきながら、あくまで﹃自分は凡人﹄と言い張るのだ。そ りゃ、一言物申したくもなる。 早い話、簪が感じているのは﹃こいつもかコノヤロウ﹄という類の呆れであった。 とにかく、こちらの布陣が整うまでは下手に距離を詰められるわけにはいかない。 簪の打鉄は総合的に﹃安定性﹄というものに比率を置いている。だがあの白式は別だ。 その様はかつて打鉄以前に倉持の名を高めた﹃暮桜﹄、この学園の教師であり相手の実 第十三話 武と智の競り合い 467 姉である織斑千冬のかつての愛機を彷彿とさせる。 その在り方は、対ISの突破力特化。下手に接近を許せば、力ずくでこちらが押し破 られる可能性もある。 なまじ日本の候補生として日本のISに触れる機会が多かっただけに、特に近接戦闘 用に開発された武装の威力の高さはよく知っている。 直接見たことも受けたこともないが、一組教師である織斑千冬の現役時代の切り札で ある零落白夜などその最たるもの。 グ レ ー・ ス ケ ー ル 現在各国で広く用いられているところで有名どころを上げるならば、フランスはデュ ノア社開発のパイルバンカー﹃灰色の鱗殻﹄に、日本の高周波振動刀機構だろう。 既に一夏のISの装備に関しての情報は入手している。それのみを基本装備として いる日本刀型武装﹃蒼月﹄は、高周波振動に加えて強い熱量によって基本威力を更に上 げた代物だ。 さすがにかの零落白夜ほどではないが、直撃を受けた時のダメージは刀剣型武装の中 でも現状頂点を競いうるものだ。 ゆめうつつ 右手に持っていたアサルトライフルを一度格納する。続けて量子展開によって呼び 出したのは薙刀だ。 冗談でもなんでもなく、まさしく薙刀だ。﹃夢 現﹄という名称が付けられているこの装 備は刃の部分に白式の蒼月同様に超振動機構を搭載している。 その極めて長い柄を片手で軽やかに回しながら簪は左手のアサルトライフルを撃ち 続ける。 一夏が不意に簪の視界から外れた。すぐにその後を追う。動かした視線の向かう先 は上方。一度上空に上がってから急降下攻撃を仕掛けるつもりかと身構える。先の凰 鈴音戦で彼はそれを止めとしていた。 ﹂ ︶ ! それによって眩しさに目を焼かれる心配はなくなったが、未だ最初に目を焼かれた時 センサーが過剰な光量を感知して眩しさを大きく抑えた状態で簪の目に出力する。 それはISに乗っている時であっても例外ではない。もちろん、すぐさまにハイパー ぎる。まるで絶対的な格の差というものを突き付けられているかのようにだ。 地表を照らす日光、その光源である太陽はそのまま見ようとするにはあまりに眩しす なった。 射撃の基本は相手を常にその目に捉えることだ。だが、その基本に徹したことが仇と ︵しまったっ、逆光っ⋮⋮ 表現ではあるが、まさしくぴったりなものだった。 思わず呻いた。視線を上げた直後、一瞬視界を焼かれた。焼かれた、というのは比喩 ﹁うっ !? 468 の刺激が視界を蝕み、太陽の光は視界を白く染めている。 光の中心、太陽の真ん中に黒い点が見えた。一体何なのか、考える内にその影は大き さを増し、正体をあらわにする。 ︶ それは、持ちうる攻撃力の全てを叩きつけんと刃を輝かせた蒼月を構える一夏の姿 だった。 ︵そういうことっ⋮⋮ あまりにもシンプルな手にやられたことに己を叱咤したいが、悔いている間は無い。 おいても効果を発揮する。 ど、空中戦におけるセオリーの一つだ。そしてこのセオリーは当然ながらISの戦いに らず、それこそアニメにおけるロボット同士や例えば空を飛ぶ魔法使いや超能力者な 太陽を背にして相手の視界の自由を狭めた上で上空から攻撃を加える。戦闘機に限 ! ﹂ 何せ今も一夏はその距離を一気に縮めてきていて││ ﹂ !! !! それ以外の感覚には微塵たりとも支障は存在しない。 だがそのまま競り合いとはいかなかった。確かに視界はまだ僅かに不自由が続くが、 ギャリギャリという金属同士が擦り合う甲高い不協和音と共に二つの刃が激突する。 ﹁くっ ﹁きぇいっ 第十三話 武と智の競り合い 469 刃同士の接触とほぼ同時に、スラスターを反転させて強く吹かしこむ。当然の帰結と して機体は後方へと飛んでいく。 それで良い。接触によって相手側の速度は大きく削られた。それを上回る速さで後 退すれば、必然的に両者の距離は開かれる。 あんにゃろう逃げやがった ﹂と言わんばかりの表情を一夏がしているのが ! ﹁逃がさんっ ﹂ ﹂ ! 着地と同時に大きく姿勢を屈めて、さながら地面にはりつくような着地をした一夏は 地する。 目的とした着地点より簪が退いたことに悪態をつきながら一夏も同じようにして着 ﹁賢しいっ と移動する。 そのまま姿勢を整えて足が地に着くと同時に、再びスラスターを吹かして再度後方へ とする。 ているのを感じると同時に、今度は通常通りにスラスターをやや弱く吹かして軽い減速 一夏が追って来る。当然の反応だろう。特に驚きはしない。すぐ背後に地面が迫っ ! 六計だ。 見えるが、あいにく相手の攻め手に付き合う義理は微塵たりともない。故事に曰く三十 ﹁あっ ! 470 蒼月の切っ先を地面に突き刺す。 そのまま握った柄を振り抜き、二人の間に土煙を上げる。 呟いた直後に目を見開く。土煙による褐色の幕を突き破って蒼月の切っ先を突き出 ﹁何を⋮⋮﹂ した一夏が高速で向かって来る。文字通り一息の間に距離を詰めるその速さは、間違い なく瞬時加速によるものだ。 反射的に夢現を縦に向けて構えていた。直後、再び耳障りな金属音と共に蒼月の刃と 夢現の長大な柄がこすれ合う。 蒼月の刃を覆っていた青白色の輝きは既に無かった。直撃が見込めないと分かった 時点で余計なエネルギーの消費を抑えるために発動を切ったのだろう。あの距離を詰 めて接触するまでの一瞬でそこまで見切って判断したのは素直に大したものだと思う。 瞬時加速によって齎された速度というのは早々に無くなるものではない。少なくと も、得物同士が擦れた程度ではろくな減速を見込めない。 一夏は殆ど速さを緩めずに簪の脇を通り過ぎようとする。すれ違いざま、一瞬だけ目 があった。不意を突いただろう一撃がかわされたはずなのに、彼の目には明らかな笑み ﹂ があった。 ﹁ぐぅっ !? 第十三話 武と智の競り合い 471 何事かと考えるまもなく体に衝撃が走った。夢現を構えたことにより、真正面に体の 側面を向けるような半身の姿勢を取っていたのだが、その側面に鈍い痛みと共に衝撃が 襲い掛かってきたのだ。 思わず瞑りそうになった目を無理やりこじ開けながら衝撃の元を確認する。夢現の 柄を握る左腕、そこに曲げられた一夏の膝が突き刺さるように叩きつけられていた。 再度の接近から上段の斬りおろしによって迫る刃を、今度は夢現の刃で受ける。接触 上等だ。ならばそのまま、こちらのペースに巻き込み返してやるのみ。 たいのだろう。一夏が追撃を仕掛けてくる。 ようやくまともに叩き込めた一撃、それを皮切りにして一気に自分の流れに持ち込み それを失念していた自分のミスとしか言いようがないだろう。 容易いほどに研ぎ澄まされているはずだ。 けではない。その四肢それ自体もまた、簪の見立てでは生身であっても人を殺めるのは 賢しいのはどっちだと言いたかったが、よく考えてみれば彼のメインウェポンは剣だ みた声を漏らす。 撃によって更に後方へと吹っ飛ばされながら簪は食い縛った歯の間から微かに悪態染 ミシミシと骨を軋ませるような蹴り、その重さを実感し、そして留めきれなかった衝 ﹁こっ、のっ⋮⋮﹂ 472 第十三話 武と智の競り合い 473 点を支点とするようにクルリと柄を回して一夏の側面から柄による打撃で攻め込む。 薙刀のような長柄の武器は、このように柄を打棒のように扱うことができる点が長所 の一つだ。確かに小柄な武器に比べれば全体的な取り回し安さでは後塵を拝するだろ うが、それでも上手く扱えば十分に追いつける。 それに、その長さを利用して相手を迂闊に寄せ付けない打撃の結界を築くことも可能 だ。もっとも、そうした所で彼にどこまで通じるかは定かではないが。 重い風切り音と共に夢現の刃が白式のシールドを切り裂こうとし、長柄が打棒のごと く打ち据えようとしてくる。 上段から刃が迫ったと思えば下段から打撃が襲い掛かってくる。簪の薙刀捌きの手 並みは見事の一言に尽きるものであり、それまで射撃を中心とした中・遠距離での彼女 の戦いをメインに見てきた観客達の一部には感心するような呟きを漏らす者もいる。 だが、対する一夏も負けてはいない。否、見る者が見れば簪の攻撃が一夏へ与える影 響は微々たる者だと分かる。 確かに一見すれば簪の連続攻撃に対して一夏が守勢に回っているように見える。い や、事実としてはそうだが、問題は一夏の守り方だ。 ジリジリと、少しずつではあるが得物同士の接触するポイントが一夏から遠ざかって いる。 一夏の持つ防御の間合い、そこから先には僅かたりとも侵攻を許さず、逆にその守り の結界の範囲を押し広げている。 ││﹃制空圏﹄ 簪の脳裏に、自分と姉に武芸の手ほどきをしてくれた父の言葉がよぎった。 あくまでも概念的な表現であり、実際には自身の保有する間合いの非常に高度なレベ ルでの把握であるが、これを会得している者とそうでない者では実力に大きな開きがあ ると言う。 一度後方に飛び退き、夢現の柄を右手だけで持つと空いた左手にアサルトライフルを 顕現させる。そのまま銃口を真正面に向ける。この距離はさほど離れていない。狙い を精緻に定める必要もなく当てるのは可能だ。 発砲音とほぼ同時、実際には一瞬遅れる形で金属音が響く。放った弾丸は蒼月の刃に 弾かれた。そのまま一夏は一息の内に距離を詰めて蒼月を振るった。 切り裂かれたのは打鉄弐式のシールドではなく手にしていたアサルトライフルだっ た。中ほどから真っ二つにされた銃を見て簪は反射的にそれを投げ捨てる。視界の端 で爆発するアサルトライフルの残骸と、その爆音を意識の片隅で認識しながら再び夢現 ﹂ の柄を両手で握りなおすと、目の前に迫った一夏の上段斬りを受け止める。 ﹁なかなかやるわな。だが、それもここまでだ⋮⋮ ! 474 ﹁どうかな⋮⋮ ﹁はっ ﹂ テメェの薙刀捌きで、どこまでついてこれる ﹂ ! もまた強い闘志を込めて言葉を返す。 グイと剣を押し込みながら物理的に、そして精神的にも圧迫をかけてくる一夏に、簪 ! ︶ そのまま防御を突き崩そうとしてくる。 する一夏の攻撃を前に守勢に回る簪の、守りの中の小さな隙を正確に突き、こじ開けて 言葉は荒々しいが、太刀捌きはその真逆だ。先手からそのまま流れを完全に奪おうと 力ずくで簪の薙刀を押し飛ばし刃の接触を離すと、そのまま一夏は追撃にかかる。 ! !? れらが思考をフル回転させて脳裏が焼けつくような錯覚すら抱かせる。 機体の操作、送り込まれてくる情報の処理、何より自分を押している攻撃への対処、そ 気に突かれ崩されると分かっているからだ。 損傷を気に掛ける暇はない。下手に意識を守りから逸らせば、そこから生じた綻びを一 肩の部分のシールドが僅かに切られ、モニターが示す残量の数値が小さく減少する。 そうして確認した結果はあと少し、あと少しなのだ。それで準備はほぼ整う。 打鉄のシステムを確認する。 少しずつ押されている証拠か、圧力を増してくる剣戟に対して防御で徹しながら簪は ︵打鉄、まだっ 第十三話 武と智の競り合い 475 だが、そんな中でも常に冷静を保つ思考の冷えた一部分がある。その中で簪は、己の 中での一夏の脅威判定が上がっているのを感じた。 確かに、特にあらゆる面で自分よりも秀でた能力を示す姉への劣等感などを持ってい るのは事実だが、それでも決して半端な腕前はしていないと自負は持っている。 だが、その腕前を持ってしても押し込んでくる一夏の剣腕、これが単に元々鍛えてい たのをISに流用しただけというのだから、素直に驚嘆を禁じ得ない。 本来の実力を発揮できるだろう生身ならばどれほどか。あるいはこの学園の生徒で は姉くらいしかまともな相手はいないのではと思う。 そしてもう一つ、専用機を所有することでIS乗りとしてほぼ最初からISそれ自体 を用いての訓練に恵まれた状況にあるとはいえ、一か月そこらで代表候補を二人も下 し、そして自分からも勝利をもぎ取らんとしている成長度合い。 むしろ剣腕などよりそっちの方が簪にとっては空恐ろしく感じる。 だけだ。そのために工夫をすればいい。 相手が自分の腕を頼りにしているならば、その頼りを十全に発揮できなくすれば良い 毛頭ない。 まだ勝機はある。確かに相手の実力は十分に脅威足りうる。だが、負けるつもりなど ︵けど⋮⋮︶ 476 ﹂ 元来、人はそういう生き物だ。だからこそ、人類はこの地上においてもっとも栄えた 種になったのだから。 ﹂ ﹁悪いけど、そろそろ付き合うのも飽きた⋮⋮ ﹁ぬ ! ﹂ 僅か、本当に僅かだが押し込まれる力が緩んだ。 意図の読み切れない言葉に一夏も頭の中で疑問符を浮かべたのだろう。その瞬間に る簪が言い放つ。 夢現ごと上から叩き斬ろうと力を込めてくる一夏に、両手で長柄を握りながらこらえ ? ! あいにくだが瞬時加速を使えるのは彼だけではない。それにこの程度、ちょっとした 目を見開くのが見えた。 相手もまた瞬時加速を、それも後ろ向きに飛ぶという形で使ったことに一夏が僅かに 速を発動する。 ここにきてようやく斬撃の嵐から解放された簪はそのままスラスターを反転、瞬時加 も、弾き飛ばされた勢いで姿勢を崩されては敵わないため自分から剣を引く。 一夏も、不用意に力を緩めてしまった己の不手際に苛立つように舌打ちをしながら 反射的にスラスターを吹かして下から蒼月を弾き飛ばそうとする。 ﹁っっ 第十三話 武と智の競り合い 477 工夫の域を出ないくらいのものだ。 することになったマルチロックオン・システムによって6機 8門のミサイルポッドよ 打鉄弐式のソフトウェア各種において最も開発が難航し、そして切り札たる性能を有 その名を﹃山嵐﹄ ﹁そう、それが私の切り札。そして、あなたに敗北を与えるもの﹂ 表情だけでなく、声にも緊迫感を乗せる一夏の姿に簪の笑みが深まる。 ﹁こいつは⋮⋮﹂ 見開いた。 突然送りつけられてきたデータに何かと一夏は訝しむが、その内容を見て驚きに目を の白式だ。 言いながら簪は手早く幾つかのデータを纏めると、それを転送する。送り先は、一夏 ﹁言った通り。準備ができただけ。あなたを倒す準備が﹂ ての試合を通して初めての笑みを浮かべた。 構えは解かずに警戒を維持したまま一夏は問う。その姿に、簪はこの一日で行った全 ﹁何をするつもりだ﹂ その言葉は確かに一夏の耳に届いた。 ﹁準備完了⋮⋮﹂ 478 × ・・ り最大48発の独立稼働を行う誘導ミサイルを発射する機構だ。 そしてこの48発とはあくまで一度に打てるミサイルの総数であり、機体に格納され ている実際の弾数はその更に上を行く。 送られてきたデータにはそうした簡単な概要と、そのロックオンシステムが全ての工 程を終了し、完全に一夏を捉えたということを伝えていた。 それが示すのは、後は簪が機体にミサイルの発射を命じるだけで最大して48発の、 その各々が独立した軌道を取りながら一夏に向かって来るということだ。 げられない﹂ ﹁君は凄い。腕も立つし、上達も早い。私は素直に君を称える。けど││勝ちまではあ 自分に肝を冷やさせた一夏に紛れもない賛辞を送りながらも、簪は言う。静かだが断 固とした意思を秘めた口調に、一夏は眉根に寄せた皺を深くする。 するのであれば、それは飛来するミサイルを捌き、時にはあえて受け、撃ち終わるまで もはやミサイルの発射は避けようがない状況であり、その上で一夏が勝利を掴もうと のところまで迫っていることは重々承知している。 今から距離を詰めようとしても無意味だ。既にミサイルの雨あられまで引き金一つ ﹁言ってくれるじゃないか。いいさ、やってみろよ﹂ ﹁計48発、そしてその更に上を行く残弾。これならば君でも、捌くことはできない﹂ 第十三話 武と智の競り合い 479 耐え抜いて起死回生の一撃を叩き込むしかない。 そして、その耐え抜くということ自体が最大の関門となっている。 望むところだと思う。その程度、できなくては話になりはしない。 十年前の白騎士事件の折、かのIS﹃白騎士﹄とその乗り手はただ一人と一機だけで 相対する時の中国海軍と戦った。 IS業界の始まりを告げる事件であると同時に、ISが為した最初の逸話として既に 広く知られているかの事件の中での白騎士の武勇伝には、艦船や戦闘機といった兵器群 から放たれた数多の撃墜ミサイルを華麗にかわし、斬り捨て無為に帰したというものが ある。 自分の力量くらいは弁えている。今の自分ではどう足掻いた所で、これから迫りくる 試す価値は大いにある。あの白騎士 だろう無数のミサイルをかわすということなど無理だ。 ・・ だが、鍛えてきた剣腕で斬り伏せることは 在しない。 に、その乗り手である彼女にできたことだ。ならば、自分にできないという道理など存 ? 仮にそんな道理があったとして、それならば無茶を貫き道理をこじ開けるまでのこと だ。 ﹁かかってこい﹂ 480 闘志を内にて凝縮し、あえて多くの言葉とせずに簡素な一言で意思を告げる。 たった数文字から成る一言だが、その内に秘められた静かな、しかし凝縮され強大な 密度を誇る闘志を感じ取ったのか、簪は右手を前にかざす。 ﹂ ﹁いくよ。これが私の、私の打鉄弐式の最大の攻撃。名づけるならば││﹃更識サーカ ス﹄ イル群が放たれた。 スライドした中から現れたのは複数のミサイル発射口。そこから、一気に数多のミサ くスライドする。 思考によるトリガーが引かれた。同時に打鉄弐式の背部のスラスターの一部が大き !! 空から一夏に迫ってきていた一機に狙いを定める。 視線を左斜め後方の上空に向ける。他のミサイルに先んじて背後に回り込み、後方上 は引けない。結末は二つに一つ。やるかやられるかだ。 ギシリと小さく鋼の軋む音を鳴らしながら一夏は蒼月の柄を握りなおす。もう後に がっていった。 ひっきりなしに耳を叩く。簪を中心として、一気にミサイルの軌跡を示す白煙の筋が広 目 を 見 開 き 一 夏 は 小 さ く 笑 う。離 れ て い て も 分 か る ミ サ イ ル の 推 進 剤 の 噴 射 音 が ﹁ハッ⋮⋮﹂ 第十三話 武と智の競り合い 481 スラスターを吹かし真っ向から向かう。彼我の距離は瞬く間に縮んでいき一息の内 にミサイルは一夏の眼前まで迫る。 擦れ違いざまに一閃。白式という高速型のISの加速と乗り手である一夏自身の剣 腕が加わった一閃は、相対者として同じくISを駆っていた簪でさえ﹃閃いた﹄としか 見て取れなかった程に早いものだった。 そして更に離れた場所から見守っていた観衆の目には一様に、構えられていた一夏の 剣がいつの間にか振り抜いた形になっていたという風にしか映らなかった。 それは斬られたミサイル自身も同じだったのか。すれ違い、数メートルほど一夏が遠 ざかってから思い出したかのように中心から真っ二つに分かれる。鮮やかな断面から 内部の構造が見えたのもほんの一瞬。もはや残骸となったミサイルは爆発四散する。 そして斬った一夏はと言えば、そのまま留まるということはせずに流れるように次の 行動に移る。 背後から四発のミサイル。上空から三発。どこに視線を動かしても取り囲むように ミサイルが迫ってきている。 ﹂ じない。感じる暇がない。 IS乗りとして初めて経験する高密度の弾幕だが、それに臆するような心のブレは感 ﹁っ ! 482 視界にミサイルを収めながら一夏は目を見開き続け、できうる限りの集中を引き出 す。思考が加速していくような錯覚すら抱く。急激な脳の激しい活動によってか、前頭 葉のあたりにジンジンとした熱さえ感じる。もちろん、それすらも錯覚かもしれない。 そう意図したわけではない。だが、いつのまにか一夏の目には迫りくるミサイル一機 一機のこれから通るであろう軌跡が映っているような気がした。 もちろん、実際に空にそんな軌跡が描かれているわけではない。目という感覚器から 受け取った映像を処理する脳が勝手に付け加えたようなものだ。 だがそれでも十分過ぎた。目に映る軌跡、その中に一点だけ穴を見つけた。反射的に そこに飛び込む。 迫り、一夏を取り込んだまま収束しようとしていた鋼の檻から一夏が抜け出した直後 に、見出した活路は閉じた。目標を失ったミサイル群は、数発は止まらぬ勢いによって 同士討ちという結果に終わる。 しつこいッッ ﹂ 偶然の采配によってか同士討ちを免れた残りが向きを変えて揃って一夏を再度狙う。 ! !! の煙が上がっている。 で怒鳴る。その左腕の装甲には僅かな黒ずみがあり、一夏を中心とするように幾ばくか 包囲網を抜け出した先でまた二機ほどミサイルを斬り伏せた一夏が怒気を込めた声 ﹁えぇい 第十三話 武と智の競り合い 483 回避も撃墜も不可能の一発だった。となるともはや受ける以外の選択肢は残ってい ない。そのことを理解すると同時に一夏は左腕を盾にしていた。 直撃の瞬間に、金属の塊が叩きつけられたことと爆発による強い衝撃が左腕を襲った が、その程度は十分に耐えられるものだ。それよりもシールドを消費したことが痛い。 ﹂ それでも、腕を盾にせず胴に直撃受けていたよりかはまだマシというものだった。 ﹁このっ ﹁ぐおぉお ﹂ の威力は数本纏めてという前提に相応しいものになる。 すれ違ったというわけでもないため、ミサイルはすぐ近くで爆発する。当然ながら、そ 斬ってから己の間抜けに気付いた。最初と違い、今度は数本纏めてだ。しかも高速で ﹁あ﹂ 今度は数本を纏めて、中ほどから真っ二つに断ち切ってやった。 れ違い様に一刀をお見舞いする。 背後から迫ってきた数発を体を捻ることで何とかやり過ごす。最初と同じように擦 ! うな衝撃が走る。それがまた別のミサイルによるものだと気付いた時には、すぐ傍まで そのまま衝撃によって下方に押し飛ばされた一夏の背に、今度は下から突き上げるよ すぐ近くで発生した火球の衝撃と熱に思わず顔を庇うように腕を交差させる。 !! 484 また別のミサイルが迫っていた。 ﹂ !!! なって表れていった。 サイルを切り払っていく一夏だが、時が進むに連れて機体への損耗が目に見える形と ひるむ様子を微塵たりとも見せず、闘志を振るい立てる雄叫びと共にただひたすらミ ないミサイルが一発、また一発と一夏と白式を削っていく。 だが、今の彼にはそのどちらも足りていなかった。斬り裂くこともかわすことも叶わ サイルは斬り裂かれ無為に帰していたかもしれない。 あるいは彼が更に高次にある剣腕を、IS乗りとしての技量を持っていたら全てのミ れたミサイルを当てることを目的として簪でさえ、思わず見事と思うほど。 休む間もなく振るわれる刀は次々とミサイルを斬り裂いていった。その光景は、斬ら 獅子奮迅という表現がピタリと当てはまるような立ち回りだった。 る。そして再び一閃が閃く。 今度はどこを庇うような素振りすら見せずに、そのまま次のミサイルに狙いを定め ミサイルが爆発し、熱波が一夏を包み込む。 もはや言葉の体裁を為していない雄叫びと共に一夏は蒼月を振るう。切り裂かれた ﹁おおぉぉぉぉぉぉぉああああぁぁぁぁぁぁぁ 第十三話 武と智の競り合い 485 いつの間にかアリーナに響くのは一夏の雄叫びとミサイルの爆発音だけになってい た。 誰もが皆、固唾を飲んでこの剣と兵器の激突の行く末を見守っていた。 肩に当たったミサイルが爆発し、シールドでも僅かに遮断しきれなかった熱波が顔の 皮膚に焼くような熱を伝える。 そこに気を向けている暇はない。目の前に迫りつつあった一機に手を伸ばす。指を 開き、横から鷲掴みにする。 その程度で止まるほどミサイルの推力は弱くない。一夏の腕を跳ねさせながら、五指 の拘束から逃れようと暴れる。 ﹂ 一夏も端から掴んで止めきれるなどとは思っていない。掴んで、この次だ。 ﹁ぬぇああああああ ﹂ !! だが、また背後から迫ってきていたミサイルの直撃を受ける。今度は受けた場所が悪 ﹁がっ 進し、向かってきたミサイルと衝突して爆発する。 掴んでいた手を離す。一夏の手による拘束から解き放たれたミサイルはそのまま直 が迫ってきている。 全身を大きく捻って強引にミサイルの向きを変える。その先にはまた別のミサイル !! 486 第十三話 武と智の競り合い 487 かった。 背中ではあるが、やや首の方に近い。衝撃が背筋を通り首に伝播し、脳を揺さぶる。 一瞬意識を手放しかけるが、歯を食いしばってこらえる。そして未だ揺れ続ける視界 のまま、次に向かって来るミサイルを斬り裂かんと蒼月の柄を握りしめる。 どれだけの時間が経ったのか分からない。既に時を数えるという感覚が一夏の思考 から失せていた。 何も聞こえない。あれほどやかましかったミサイルの噴射音も、爆発音も、試合のさ なかに止むことの無かった観衆の声も、一切合切聞こえない。 どうしてここまで静かになったのかは一夏には分からなかった。理解をするための 思考が回らない。 いつの間にか地上に降りていた。鋼の足が地面を踏みしめている。視界がガクンと 傾いた。膝が崩れ落ちそうになっていると判断するより早く、反射的に蒼月の切っ先を 地面に突き立てて杖としていた。 いくさば 柄を握る腕に力を込めて体を支える。まだ、まだだ。まだ斬っていないものがある。 それを斬るまでは倒れない。いや、たとえ斬ったとしても、戦場で倒れてなどやるもの か。 残りのシールドエネルギーが雀の涙ほどの量まで減り、機体のあちこちにとても軽微 とは言えない損傷を負いながらも、それでも数多のミサイルの集中攻撃を耐え抜いたこ とに彼は気付いていない。土と汗が混じった汚れがこびり付き、乱れ顔に張り付く髪の 毛を鬱陶しく思いながらも前だけを見る。 それが十二分に称えられるべき戦果であることにも気づいていない。いや、例え自分 の為したことを明確に理解していたとしても、それを彼は誇りとしなかっただろう。 彼にとっては﹃勝利﹄の二文字を得られなければ、彼自身がその過程を是とできない のだから。 ガチャリと背後で音がした。何かと思って振り向くより早く、白式のハイパーセン サーが映像を送り込んでくる。 眼鏡の奥に冷めた視線を湛えながら、簪がアサルトライフルの銃口を突きつけてい た。 それは簪の勝利宣言だった。まだ完全に試合は終わっていない。だが、誰の目にも彼 ﹁チェック・メイト﹂ 488 女の勝利は明らかだった。 ただ一度、引き金を引けばそれで決するのだ。そして今の一夏は既に満足に戦える状 態にない。 ││IS学園第一学年クラス対抗ISリーグ戦、これにて全日程終了。 席から割れんばかりの歓声が溢れ出した。 試合終了を告げるブザーが鳴り、場内アナウンスが簪の勝利を告げる。そして、観客 その一部始終を見届け、簪は静かに空いた手で拳を握る。そして天高く突き上げた。 体はその場に倒れ込んだ。 る。阻まれた弾丸が弾き飛ばされると同時に白式のシールドエネルギーは尽き、一夏の アサルトライフルより放たれた弾丸は一夏の後頭部に迫り、白式のシールドに阻まれ 返答は一発の銃声だった。 ﹁これで⋮⋮終わりだと思うな⋮⋮﹂ 第十三話 武と智の競り合い 489 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出 番貰えたよ ﹂ め、そのまま気を失ったのだろう。おそらく、そのまま控えていた学園の機体を装備し ミサイル群と真っ向勝負を挑んだ代償に、あの時の自分は一杯一杯の状態だったた 決めてとなって敗れた。 顎に手を当てて考える。先の簪との試合の最後、自分は後ろから銃弾を受けてそれが 待機形態の腕輪の形で自分の右手首に嵌っている。服装はISスーツのままだ。 そして今の自分の状態のチェック。当然と言えば当然だが白式は展開を解除されて そのまま外の方に目を向ければ、観客席から徐々に人影が消えていく様子が伺える。 者達が慌ただしく動き回っている。 場所はもはや見慣れた自分の待機ピット。撤収準備に掛かっているのか、倉持の技術 直ちに今の自分の状況を確認するように周囲を見回し、そして自分の体を確認する。 た。 自分が気を失っていたのだと気付くと同時に両目を開き、跳ね上がるように飛び起き ﹁ッッ !! ! 490 た教員にでもここに運び込まれたのだろう。 今の自分はピットの中の長椅子に寝かされ、そして上半身だけを起こした状態だ。軽 く自分の体の調子を確かめて舌打ちする。若干ながら疲労が感じられる。 ものの数時間もしないで回復を見込める程度だ。体への影響などはまるで問題ない。 ただそれでも舌打ちをしたのは、たかだか試合一回程度で疲労を感じた自分自身の未熟 に対してである。 ﹁あ、はい﹂ ﹁織斑さん、少々よろしいですか ﹂ かを速やかに考えるのが建設的というものだろう。 さて、となると自分も既に今日に関してはお役御免の状態だ。ならばこの後どうする う。一夏としてもそのあたりは全面的に賛同する。 んだのと時間を食うだけでさして必要性の感じられない手間をかける必要はないだろ まぁ確かにこれだけ人やら機材やらが大掛かりに動く行事で、一々開会の挨拶だのな 散。さっさと撤収しやがれという感じになっていたはずだ。 事前に配布された生徒用の当日日程表によれば、全試合が終わった時点で即全員解 そのまま太ももにおいた肘を支えとして左手で顔の半分を覆う。 ﹁⋮⋮﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 491 ? 考え込む一夏の横から川崎の声が掛けられる。思えばこの日丸一日は彼を始めとし たスタッフには色々と世話になった。 引き上げる前に礼を一つ、きっちり言っておくべきだろう。そう考える一夏を余所に 川崎は手にしたクリップボードに挟み込まれた紙を見ながら自分の要件を告げる。 ﹂ ? 式の展開は控えて下さい。いや、もうするような時間も無いでしょうが念のために﹂ ﹁明日話し合いができるとして、それに関係することなのですが、ひとまず今日一日は白 す。 そう言って川崎はボードに挟まれた紙を一枚捲り、その下のまた別の紙に視線を落と ﹁分かりました﹂ ちらの都合に合わせていいっすよ﹂ ﹁あ∼、とりあえずお願いします。明日は一日暇ですからね。話し合いの時間とかはそ をお伝えできるようにしますが﹂ ﹁学園の方にはこちらからも連絡をさせて頂きます。なるべく今日中にはそちらに仔細 おいた方がいいか⋮⋮﹂ ﹁明日は⋮⋮確か土曜日でしたね。別に大丈夫っすけど、あぁそれじゃあ先生に言って 明日お時間を頂いてもよろしいでしょうか ﹁ひとまず我々はこれで一度引き揚げます。ただ、白式について色々とお話があるので、 492 ﹁あ∼、いや確かに今日はもうこのまま俺も引き上げるつもりですけど、また何でですか ﹂ ? ﹂ ? 不意に川崎が呟いた一言に一夏が反応する。 ﹁え ﹁しかし、正直驚いたというのが本音でしたね﹂ のコリをほぐすように軽く背を伸ばす。 そう言いながら一夏は自分も引き上げようと椅子から降りて立ち上がる。そして体 ﹁えぇ、お願いします﹂ ので﹂ ﹁では後程こちらで学園側に連絡をして、仔細を織斑さんにお伝えできるようにします るっていうならありがたい﹂ ﹁別に大丈夫ですよ。まぁ、ISのことは俺はさっぱりですから、専門家に見てもらえ 斑さんにも立ち会っていただけるとありがたいのですが﹂ 明日時間を頂ければ、そのまま我々の方で調整も兼ねた修繕も行います。その際に織 す。 るほどでもないのですが、ISに休息をさせるという意味で念を押してということで ﹁先の更識さんとの試合で白式に結構なダメージが行ってましてね。そこまで深刻に取 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 493 ﹁一国の候補生に二度も勝利を収め、更識さんとの試合でも敗れこそしましたが、あのミ サイルの嵐を耐え抜いたことですよ。いや、本当に驚くべき結果ですよ、これは﹂ ? ﹁嬉しい ﹂ 予想もしていなかった言葉に一夏が首を傾げる。 ? としてこれを喜ばずにはいられませんよ﹂ チ そんなISが将来性を見込める乗り手に使ってもらえて、確かな結果を残す。技術屋 ら。それに何より自分が開発に関わったISでもある。 ﹁えぇ。その白式は現在、更識さんの打鉄弐式と並んで倉持の今後を担うホープですか ウ ﹁それに、これはあくまで私個人の意見ですが、嬉しいのですよ﹂ 応に困ってくる。 一夏の苦笑が更に深まる。この上過大な期待までされてしまって、ますます以って対 ﹁はは、そりゃどーも⋮⋮﹂ きな期待をしていますが﹂ ﹁ですが、それも今日の話でしょう 少なくとも私は、織斑さんの今後というものに大 放しで喜ぶ気分にもなれない。そんな複雑さを表すかのように一夏は苦笑を浮かべる。 褒められること自体は悪い気はしない。だが、やはり敗北を喫したことを考えると手 ﹁まぁ、勝った試合はともかく負けってのは基本的に嫌なモンですけどね﹂ 494 ﹁そうっすか⋮⋮。まぁ俺も白式は良い機体だと思っていますよ。えぇ、倉持技研って いうのは随分といい仕事をするトコだと思いましたからね。こんだけのを作れるのだ から﹂ 瞬間、川崎の顔に微妙そうな色が浮かんだのを一夏は見逃さなかった。 こうした広い場所で一人というのは中々に落ち着く。 これだけの空間が自分ひとりのための控室にあてがわれているというのはありがたい。 一度に百人以上の使用が可能な広い更衣室に一人で立ちながら一夏は軽く嘆息する。 室も兼ねていた更衣室にたどり着くのに三十秒も掛からなかった。 それを別れの挨拶として一夏は川崎に背を向けて歩き出す。自動扉を潜り抜けて控 ﹁そちらも。じゃあまた明日ということで﹂ ﹁えぇ、では。今日はどうもお疲れ様でした﹂ ﹁じゃあ俺はこれで⋮⋮﹂ れられたくないことくらいあるだろう。自分だってありすぎるくらいだ。 ない。ただ、気づきこそしたがそれを追及しようとはしない。人間誰だって、あまり触 通に見ていれば見逃すだろうが、それを見逃すほど一夏は自分の目が甘いとは思ってい 一夏の賛辞に対して笑顔で返す川崎だが、その表情には僅かなぎこちなさがある。普 ﹁それは、そう言って貰えるとこちらでも光栄ですよ﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 495 ﹁さて、これからどうしようかね﹂ 手近な壁に掛けられた時計に目を向ければ時刻は既に夕方の五時を回ろうかという 時だ。 平素であればとっくに放課後となり、部活動に自主学習に自主練習にと生徒たちは皆 一様に思い思いの時を過ごしている頃合いだ。自分もまたある時は座学の自習に、ある 時はISの自主訓練に、ある時は武の鍛練に、時間を費やしている。 自分たちもそうだが、観客である学園の生徒他大多数も既に解散となっているために 好き勝手にやっているだろう。ならば、自分もそれなりに自由に過ごして良いはずだ。 敗北という事実は不本意甚だしい。だが同時に自分の足りない部分を明らかにして 僅かに一夏の眉に皺が寄る。思い出すのは最後の簪との試合、その結果の敗北だ。 と、すなわち鍛練の内容を定めていく。 日の試合、勝敗の如何に関わらずその内容を可及的速やかに検めて自分が為すべきこ 既に一夏の思考はいつも通りの回転を始めている。これまでの積み重ねに加えて今 しないだろう。 れから自分がやることを考えれば責任というのはそこまで重く考えるものにはなりや もっとも自由というものには常に﹃責任﹄というものも付いて回るわけだが、まぁこ ﹁んっん∼、イイネェ。﹃自由﹄、実に素晴らしい響きだ﹂ 496 くれる重要な指摘でもある。そこから得られる情報は、確実に鍛練に活かさねばならな い。 そう一人ごちながら一夏は軽やかな足取りでシャワールームへと向かっていった。 ﹁確か備え付けのタオルもあったよなぁ。軽く汚れだけ落としてくか﹂ りやしない。 めのものと言っても過言では無い。シャワー程度、使ったところでいささかの問題もあ 幸いにして更衣室にはシャワーも完備されている。現状この更衣室は一夏一人のた れない。 戻した手のひらには土を主とした汚れがついていた。この状態で着替える気にはな ﹁こりゃ先にシャワーだな⋮⋮﹂ ついた感触が触れた手のひらに伝わる。 着替えようとする手を止める。軽く額に手を当てる。ジャリッという音と共にざら ﹁あぁいや、まだだ﹂ ていく。 既に体に染みつく程になれたISスーツから制服への着替えを始めとした作業を行っ 口を噤み無言となった一夏は顎に手を当てる。思考に没頭したまま体は勝手に動き、 ﹁⋮⋮﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 497 IS学園の一年の中でも、最初に執り行われると言って良いイベントであるクラス対 抗ISリーグが終了してから数時間。学生寮はいつになく賑やかな様相を呈していた。 普段は教師の監視の下での授業や放課後の自主訓練で、それこそ限られた行動しかで きないISが、ほとんどの制限を取り払われて雌雄を決し合う様を目の当たりにしたの だ。 会場そのものを包んでいた興奮にあてられたこともあり、日程の終了から数時間が経 過した今も寮に戻った学園生徒たちの殆どは興奮が冷めずにいた。 ﹂ そして学年ごとに分けられた三つの学生寮の内の一つ、一年生寮の食堂では一際賑や かな喧騒が聞こえてきていた。 今日はお疲れさま∼ !! が打ち鳴らされる音が起きる。 誰かがそんな風に声を張り上げる。言い終えると同時にそこかしこからクラッカー ﹁みんな∼ ! 498 誰が発起人なのかは知る由も無い。食堂に集まったほぼ全ての寮生、つまりはほぼ全 ての一年生は半ば流されるようにこの空間へとやってきていた。 ただの集まりを確たるものとするために打たれた銘は﹁クラス代表戦お疲れ様会﹂。 一応は、主として大勢の前でISの腕を競い合った四人のクラス代表者の健闘を讃える と共に、みんなで飲んで食べて大いに楽しもうというのが趣旨だ。 もっとも、そんなのは建前に過ぎない。事実としてそうした趣旨を含んでいるのは間 違いないのだろうが、その本来の目的は間違いなくイベントにかこつけて騒ごうという ものだ。 改めて言うが、誰が発起人かは殆どの者が知らない。それこそ生徒側の頼みを受けて パーティ用に様々な料理を拵えただろう食堂の調理人達も、殆ど唐突に始まったような この集まりを容認した教師陣の殆どでさえもだ。 だが、それを気にする生徒はこの場にはほぼ皆無だった。狭き門を潜り抜けた将来有 望な者達とはいえ、ここに集っているのは十代半ばという年ごろの少女達だ。 そんな彼女たちにとって、外部と隔離されて遊楽というものの要素に乏しいこの学園 での生活。そんな中で突発的に生じたいかにも面白そうなイベント。細かいことなど ﹂ 別に構いやしない。ただ楽しむだけだ。 ﹁凰さんお疲れ様ー !! 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 499 ﹁お疲れ ﹂ 全勝だよ全勝 グレーさん ﹁更識さん凄かったね ﹂ ! ! そして今、このイベントには本来居るべきだろう欠かせない者の存在が欠けていた。 ているということだ。 そこに集まっている者達の共通点は一つ。一人の生徒と在籍するクラスを同じくし そして、そんな空間の中でただ一角、ぎこちない空気が流れている場所があった。 た。 各々浮かべる表情は異なれどただ一つ、間違いなく今この時への楽しみを感じてい で、ある者はいつも通りの涼やかな表情のまま、しかしどこか得意そうな表情で。 る者は結局勝つことができなかったと悔しがりながらも、旧友たちの激励による笑顔 ある者はどこか困ったように、しかし悪い気はしていないようなはにかんだ顔で、あ するクラスの生徒たちに労いの言葉を受けている。 食堂のそこかしこで、今回の集まりの主役格となっているクラス代表達が、各々の属 ! ! 500 ﹂ ﹁いない⋮⋮よね ? 生徒に視線を向けた。 ﹂ ﹁篠ノ之さん、確か織斑くんと同じ部屋だったよね ﹁織斑くん、見てない ﹁いや、そのぉ⋮⋮﹂ ? とにもしやという不安に近い考えを抱いていた。そして今、それは見事なまでに的中を この場に集う者達、一組在籍の生徒たちは一夏の姿が食堂に一向に見受けられないこ 今の自分たちと同じ気持ちだろうということを理解しているからだ。 期待していたような返答ではなかったとは言え、誰も箒を責めはしない。彼女とて、 とす。 その言葉に尋ねた二人だけでなく、その言葉を聞いていた周囲の者達も一様に肩を落 ﹁その⋮⋮すまん。いつの間にか部屋からいなくなっていた⋮⋮﹂ 所在を尋ねられ、箒は言葉に詰まる。 このぎこちない空気が流れる一角の原因、この場にいない一組クラス代表織斑一夏の 問われた生徒、篠ノ之箒は居心地が悪そうに視線を僅かに逸らす。 ? ﹂ 困ったように顔を見合わせる二人の生徒。そして二人は揃って近くにいた、また別の ﹂ ﹁いない⋮⋮ねぇ ? 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 501 していた。 ﹁で、篠ノ之さん。ぶっちゃけ織斑君はどうしていると思う だ。 ﹂ が、今回ばかりは彼女の言葉に同意せざるを得ないというのがこの場の者達の共通見解 普段であれば少々一夏に対して自分の欲求を伝えるのが一方的に思える箒の言葉だ 勢は既に一組の誰もが知るところだ。 彼女の幼馴染として何とか意識し欲しいという想いと、それを一顧だにしない一夏の姿 一夏の振る舞いに対しての箒の文句も一組の生徒たちにとっては聞き慣れたものだ。 一つ言えるとすれば、こちらの気などお構いなしということだろうか﹂ つも思うところあるだろうし。いや、あいつのことだ。勝っても同じかもしれん。ただ ﹁やっぱり、また鍛練ではなかろうか。最後の試合、やはり敗北を喫したことは一夏のや が無いわけではない。 クラスメイトの一人、谷本癒子に問われて箒は顎に手を当てる。一応、思い当たる節 ? ノヤロウ﹂という意思が如実に表れていた。 う。彼女も既に一夏の人となりはある程度把握している。その言葉には﹁やっぱりかコ 他の者達同様にこめかみをひくつかせながらの苦笑いを浮かべながらセシリアが言 ﹁まぁ、何となく彼ならやりかねないとは思っていましたが⋮⋮﹂ 502 ほとんど巻き込まれるような形とはいえ、こうして振り回される身になってようやく 理解した。ただ、その周囲を顧みないまでの姿勢が彼の強さへと繋がっているのだとす れば、自己を高めて是とするを遂行すべきであるIS学園生としては否定はしきれない のだが。 ﹂ ? ﹁仕方ない。一夏、探すとしよう﹂ を四組に持って行かれたのは少々複雑だが、ここはあえて目を瞑ろう。 た彼を労いたいのだ。││優勝者のクラスに送られる食堂のスイーツ半年フリーパス この場には居てほしい。他のクラス同様に、自分たちだってクラス代表として戦い抜い ただ、それでもこちらの都合に合わせてもらうという形になってしまったとしても、 ある。 かもしれない。それゆえの行動というのは各々程度の差はあれど理解できることでは 実際問題、箒の言った通りに一夏も今回の試合の結果に対して色々思うところはある クラスというものだ。その思いが一致する。 でも、せっかくのイベントなのだ。どうせなら、彼も含めて全員で楽しみたい。それが 一夏が何を思ってこの場にいないのか。量り知ることは誰にもできない。ただそれ ﹁だよねぇ。今回ばかりは織斑くんにも来て欲しいよねぇ﹂ ﹁けど、流石にメインキャストが居ないのはマズイでしょ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 503 その言葉に全員が﹁あぁ⋮⋮﹂と納得するように頷く。 は一度頷くと、ただちに踵を返して小走りで食堂を出ていった。 ﹂ それならばということで箒に任せる空気が一同の間に流れる。それを感じ取って箒 私が行く﹂ に一夏が鍛練のためにどこかの施設を使っているなら、教員としてすぐに調べられる。 ﹁先生ならば一夏の動向もより正確に推測できるだろう。いや、それ以前に教師だ。仮 ろう。 みに属する人間の中で現状一夏を完全に制することができるのは、彼女くらいのものだ だが、彼の教師であり実姉でもある千冬ならば話は別だ。少なくとも一組という枠組 取る保証はできない。 仮にこの中の誰かが一夏を見つけたとしても、それで彼がこの場に来るという選択を ? 箒が言う。同意するように他の者達も頷く。 篠ノ之さん﹂ ? ﹁まぁ、なんだ。織斑先生の助力を借りようと思ってな﹂ ﹁そうなの ﹁いや、無用だ。当てがないわけじゃない﹂ ﹁流石にみんなでっていうわけにはいかないし、何人かで良いんじゃないかな 504 ﹁織斑先生、篠ノ之箒です。お聞きしたいことがあります﹂ 一年寮の最上階に寮監である千冬の部屋はある。部屋の前に立った箒はノックと共 に声を張る。 ドアの向こうで人の動く音がして、ドアが中から開かれるのに十秒と掛からなかっ た。 れしかけるが、さすがに目の前で後ずさるのは失礼に当たると思ってこらえる。 そして口を開き要件を告げる。 ? ﹁その、一夏の所在について先生にお聞きしたくって﹂ 確か今は食堂でドンチャンとやっているはずだろう。奴はいないのか ? 待つこと凡そ一分少々だろうか。再びドアが開き千冬が現れる。 を吐くと箒をその場に待たせたままドアを閉めて部屋に戻る。 箒の言葉に、言われてみればそれも大いに有り得ると思ったのか、千冬は軽くため息 に出ているのではという推測を述べる。 千冬の確認に箒は頷き、おそらくは今日の試合に思うところあっていつも通りに鍛練 ﹁なに ﹂ 生徒の誰もが寛げる空間にありながら常の厳格さを漂わせた千冬の姿に箒は一瞬気後 部屋から出てきた千冬は学園での生活で見慣れたスーツ姿のままだった。寮という ﹁どうした﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 505 ﹁分かったぞ、あの馬鹿の居所がな﹂ あの馬鹿とは誰のことか言われるまでもなく一夏のことだと箒は理解する。 ﹁やはり、ですか。ですが先生、その申請はそんな急に通るものなんですか 向かおうとする。だが、その動きを千冬の言葉が制する。 ﹂ 必要な情報を得た箒は千冬に頭を下げながら礼を述べるとすぐに一夏の居る建物に ﹁そうですか。ありがとうございます、先生﹂ い。それに、こんな日のこんな時間なら他に使用する者もいないから猶更だな﹂ このようなトレーニング施設の使用申請は、それこそ右から左へ流すように通りやす 動と言うべきかもしれんな。それ以外の申請に関しては割と甘いところがあってな。 流石にIS実機を使用してのとなればそれなりに煩雑な手順を必要とするが、その反 とする姿勢を止める理由はどこにもない。 ﹁残念ながらな。少なくとも学び舎である学園としては生徒の自発的に自分を高めよう ? 何せ呆れたいのは箒とて同じなのだ。 千冬の言葉にはどこか呆れを含んだ色があった。その気持ちが箒には大いに分かる。 なくだな﹂ やつの使用許可申請があったのを確認した。日付は今日。時刻は、対抗戦が終わって程 ﹁篠ノ之、お前の予想はピシャリだったな。第三トレーニングセンターの施設の一つに 506 ﹁まぁ待て。私も同行する。いや、違うな。お前が行くのは良いが、あの馬鹿を言い含め るのは私がやるとしよう﹂ ﹂ ? 解釈するならば千冬が直接一夏を連れ戻すのに動くということだ。 ﹁あの、先生。お気持ちはありがたいのですが、わざわざ先生が行かずとも﹂ ﹁では聞くが篠ノ之。お前、どうやってやつを引っ張り出すつもりだ 言葉で説得 ? ﹁そ、それはその⋮⋮確かに⋮⋮﹂ ﹂ 馬鹿馬鹿しい。腕っぷしでも技巧でも、お前 ら程度の小娘が太刀打ちできるほど甘くはないぞ ? ﹁まぁ、家でも中々あいつと接する時間というのは無くてな。これもちょっとした姉弟 として表情に影が差す。その様子を見て千冬は小さくフッと笑う。 一夏を前にした時の自身の無力をまたしても思い知らされてか、箒は僅かに視線を落 スだって同じかもしれない。 で一夏を本当に制することのできる者などいないだろう。いや、一組に限らず他のクラ 散々な言われ様だが、否定できないのも事実だ。言われた通り、一組に在籍する生徒 ? したところで聞く耳持たんよ。力ずく はっ、あの鍛練馬鹿の頑固者がお前の、いや。少なくとも生徒の誰が説き伏せようと ? 立ち止まり、千冬の方を向いて箒は目を丸くする。先ほどの千冬の言葉、そのままに ﹁え 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 507 のコミュニケーションと割り切れば中々だ﹂ ﹁なんだ。もう一か月くらいは経つが、まだだったのか﹂ 自動扉の入口から中に入った箒が歩きながら建物内を見渡し呟く。 ﹁ここに来るのは⋮⋮初めてですね﹂ きはするものの、到着までにさほど時間は掛からなかった。 一夏がいるとされる建物も寮からそこまで距離が離れているわけではない。多少歩 に使われる校舎、その他屋内活動用の施設などだ。 を除けば、学園内の施設はなるべく近くに集まるように建てられている。学生寮、授業 ISアリーナやそれに近しい位置に建てられるようにしてあるIS用の整備棟など たのか分かったものではない。 ドアを閉めて歩き出す千冬の後を慌てて追う。置いて行かれたのでは、何のために来 ﹁あ、はい﹂ ﹁何をしている。行くぞ﹂ とりあえずとして千冬はこの状況を悪いものとは思っていないらしい。 ﹁そ、そうですか﹂ 508 先導する千冬が僅かに意外だと言う雰囲気を滲ませながら言う。 すっぽに何をしているか話しやしない。そういうものだと諦めろ。あれはな、武道が絡 ﹁ま、やつは鍛練はあくまでその個人のことだからと考えているからな。私にすら、ろく だと言うのに﹂ ﹁いえ。一夏はそういうことを全然話さなかったので。曲がりなりにも古馴染みで同室 僅かに声のトーンが下がった箒に千冬が聞く。 ﹁なんだ、やけに暗いな﹂ ﹁そうですか⋮⋮﹂ れんな﹂ らしい。仮に施設把握のための散策だとしたら、あるいは大体頭に入っているのかもし ﹁さてな。ただ、入学して数日は敷地内のあちこちを歩き回っている姿が見受けられた ﹁はい。⋮⋮あの、では一夏は施設の把握は﹂ 使わないは別として、覚えておいて損はない﹂ くとも訓練用と銘打たれている以上、存在する施設はどれも何かしらの役に立つ。使う ﹁そうか。まぁ学園の施設をどう使うかはお前の自由だが、一教師として忠告だ。少な 控え目な調子で返ってきた箒の言葉に千冬はあぁ、と納得する。 ﹁その、私は剣道場をよく使うので⋮⋮﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 509 むと妙に淡白になる﹂ やれやれと言いたげに千冬は軽く肩をすくめた。呆れているが、同時にそういうもの だと完全に割り切っているのが分かる。 なぜそれで不安になったりしないのかが箒には分からなかった。大事だと思ってい る人間のことが分からないのにだ。あるいは、家族という繋がりがあるからこそ、割り 切っても問題はないと信じているのだろうか。 ﹁まぁ、こんな日のこんな時間に、こんな場所を使うのは奴くらいだろうな﹂ ているのだろうか。赤いランプが点灯している。 壁に埋め込まれるような形で設置された電子パネルがある。使用中、ということを示し 見ろ、と千冬は扉の横の壁を顎でしゃくる。それに従って視線を向ければ、そこには い奇怪な内容のものもあってな。ここは、どちらかと言えば奇怪の部類に入るな﹂ が、ウェイトトレーニングのような真っ当なものもあれば、どうしてあるのか分からな ﹁こ の 建 物 は 基 本 的 に 部 屋 ご と に 用 途 が 異 な る。他 の ト レ ー ニ ン グ 施 設 全 般 に 言 え る い。 冬の前に立つようにして扉があった。建物の入り口とは違い自動ドアにはなっていな 考え込む箒に千冬の声がかかった。気付いて小さく伏せていた顔を上げてみれば、千 ﹁着いたぞ﹂ 510 半ば独り言のような呟きを漏らしながら千冬は扉に手を掛け、一息に押し開けた。 廊下のものとは違う、扉の向こうの部屋の真っ白な照明の光が目に入ってきた。 部屋を見てまず第一に思ったのが、トレーニング施設という割には物が少なく清潔感 のある部屋だということだ。 部屋はネットによって区切られている。部屋はそれなりに広く、高さもある。その空 間が凡そ七対三、今部屋に入ったばかりの二人が居る空間を三としてネットによって仕 切られている。 だが、そんなことはすぐに箒の思考からどうでも良いと切り捨てられる。 さっきからひっきりなしに室内に響く多様な打撃音。その主たる音源に箒は目を奪 われていた。 何をやっているのか気になり、ネットに近づく。ネットと言っても目はだいぶ粗い。 握っている。 い、見慣れたブルーの国民的なスポーツブランドのジャージ姿で、手には愛用の木刀を ネットの向こうのスペース、その中央に一夏が居る。トレーニング用としているらし しているのだろう一夏の声が耳に入った。 ネット越し、そして距離もやや離れているために判別しかねるが、おそらく仏頂面を ﹁んだよ、二人揃って﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 511 一つの目の大きさは、箒の握り拳よりやや小さい程度か。ゆえに、その向こうの一夏の 行為もよく見える。 バンッ 何かが弾けるような音、耳に入り脳がそれを認識した時には既に一夏が動いていた。 手にしていた木刀をまさしく閃いたと形容できる速さで以って振る。一夏に向かっ て飛来した何かが木刀によって弾かれる。箒をやや逸れる形で飛んできたのは白い野 球ボール程度のボールだった。 飛んできたボールはネットにその動きを阻まれ、そのまま勢いを無くして床に落ち る。よく見てみれば、一夏が居る側の壁にはいくつもの穴が点在しており、そこから ボールが射出されている。そしてその悉くを一夏は木刀で弾き飛ばしている。 好みという千冬の推測を言葉だけでなく、楽しさすら感じる口調でも一夏は伝えてく ﹁いやまったく。これは中々に刺激的だ。つい、訓練ってのを忘れかけちまう﹂ 速さ、間隔、不規則性などはどれもほぼ最高値にしてある。いかにもやつ好みだ﹂ さて、あの愚弟の行った設定を見るに、ボールは硬質ゴム製を使用。そして射出する うするかは、使う者次第だな。 部屋の機械で設定をすれば壁からボールが飛んでくるというだけのものだ。それをど ﹁ここは、まぁトレーニング兼ちょっとしたアスレチックも兼ねていてな。見ての通り、 512 る。 そんな短い会話の間にもボールは次々と、あちこちの穴から射出されてその全てを一 夏は弾く。床に次々とボールが転がり、僅かに床に傾斜があるのかボールは自然と壁際 に寄って行き、一夏の動きの妨げとなるようなことはない。 薄れてきた。信じられるか たかが三十分そこらでだぜ ﹂ ? ︶ ? う。少なくとも、今の一夏の立ち位置に箒が入ったとして、一夏と同じことができる自 その言葉の裏付けになるだろう一夏の技量、その高さを自然悟らされて箒は言葉を失 を悉く弾き落とすだけでなく慣れてつまらないとまで言う始末だ。 もはやひっきりなしと言っても差支えず、それこそリンチさながらのレベルだ。それ でも飛んでくるボールの速さ、射出の間隔などはえらく早い。 声に出さず、胸の内で信じられないと言うように箒は呟く。こうして傍目に見るだけ ︵これを、慣れただと⋮⋮ 間にも一夏の動きが止まることはない。 困ったように言う一夏に対して千冬は割り切れと諭す。もちろん、そんな短い会話の は仕方ないと割り切るより他ないな﹂ ﹁まぁ、定められたプログラムに沿ってでしか動かない以上は、限界もあるだろう。そこ ? ﹁ただまぁ、やっぱ慣れってのは問題だねぇ。すっかり対応できるようになって、刺激が 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 513 身は箒には到底無かった。 それは⋮⋮﹂ ? ? ても、敗北という事実はそれなりに影響を残すはずだ。 ﹂ だが、それだけではないはず。確かに負けた。では負けた要因はなんだ あのミサイル群のよる集中攻撃││ ﹁もしかして、あのミサイル群に対しての⋮⋮ですか ? やはり、 やはりまず思いつくとしたら、敗北を喫した最後の試合だろう。一夏の性格を考慮し 限りの一夏の性格も考慮に加える。 観衆の一人として観戦した今日の試合、一夏が出た三つを思い返す。そこに箒が知る ﹁え 思う﹂ ﹁篠ノ之、今日の織斑が行ったIS戦四試合において、やつが一番気にしたのはなんだと 外なことに、助け船を出したのは千冬だった。 その見ての通りで分からねぇから聞いてんだよと言いたげに箒が顔を歪ませる。意 ﹁いやまぁ、見ての通りだけど﹂ 一夏に問う。その意図は、今やっていることにどういう意味があるのかということだ。 胸の内に湧き上がった焦りや妬み、畏怖や恐怖を理性で強引に押さえつけながら箒は ﹁⋮⋮それで、お前は何をしたいんだ﹂ 514 ﹁だろうな﹂ 概ね合っているという千冬の言葉に一夏は何も言わない。だが、それが無言の肯定で あると箒には理解できた。 に表示されているが、そんなものに関心はない。 パネルの前に立つと千冬は画面を見る。画面上には一夏の行った設定が目立つよう ルだ。その装置が、この部屋の機能を司っている。 組んでいた腕を解くと、千冬は足を動かす。向かうのは壁際に設置されたタッチパネ 少しの間のこと。 千冬は腕を組みながらそう呟くと、しばし一夏の動きを見つめ続ける。だが、それも ﹁ま、分からんでもないがな⋮⋮﹂ ﹁姉貴、それ正解。なにせ、これくらいしか思いつかなかった﹂ やつは、まぁこれを使って一対多の練度を上げようとでもしているのだろう﹂ られなかった。その要因はただ一つ、自身の未熟に他ならん。 違っては無い。だが、それでも敗れた。然るべき対処を行ったにも関わらず、結果が得 今回ばかりは選択肢がほとんど無いようなものだったからな。あの対処法で概ね間 うとすれば、然るべき操縦でもって回避するか、あるいは無力化するかのどちらかだ。 ﹁織斑の白式にはあの蒼月以外の装備が無い。ゆえに、あのミサイル群をどうにかしよ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 515 ﹂ 画面の端の方、 ﹃中止﹄と表記されているその部分を見つけると、千冬は何も言わずそ こを押した。 ﹁あっ、ちょっとぉ たとて、そう上手く満ち足りるか ﹂ ? ても構わないと思っている。いや、俺はクラス代表だ。なら、皆のためにも実力は必要 かく優先してゲットしたいものだし、そのために例えクラスの皆のお誘いでも切り捨て ﹁悪いけど、これは俺にとって必要なことだ。少なくとも俺にとって実力ってのはとに かに言われた通りに無碍にすることはできない。だが││ 僅かに一夏が言葉に詰まる。さすがにクラス全員に気を使われているとあっては、確 無碍にするつもりか は、今日の試合をクラスの代表として戦い抜いたお前を労いたいという想いだ。それを それに、今寮の食堂では生徒が揃いも揃ってはしゃいでいてな。だがその内にあるの ? ﹁さてどうだか。お前、さっき言っただろう。﹃慣れた﹄と。そんなのをいつまでも続け ﹁悪いけど、俺個人としてはもうちょっとやりたいね。この程度じゃあ満足できないぜ﹂ ﹁もう十分にやっただろう。時間も良い頃合いだ。寮に戻れ﹂ て己の要件を告げる。 いきなり中断させられたことに一夏が抗議の声を上げる。だが、千冬はそれを無視し !! 516 だな。皆にゃ悪いけど、我慢してもらうしかないな﹂ ﹂ ! 二人が何の話をしているのか、傍で聞いていた箒には分からなかった。ただ、二人の 俺がそう学んだ、それだけだよ﹂ ﹁まぁ気にしてないって言ったら大嘘だけどさ、それとこれとはまた別の話なんだよ。 してその結果も、全ては私一人に帰結することだ。お前が気に病むことでは││﹂ ﹁三年前、か。あの時のことを言うなら一夏、それは筋違いだ。あれの責は私にある。そ 年前にそう学んだね﹂ ﹁まぁちょっと物騒すぎる言い方かな。けど、半端はダメだよ。姉貴、少なくとも俺は三 ﹁非情、非情⋮⋮か﹂ 協しちゃあ、やっぱダメだね﹂ 良いか姉貴、自分の強さを高める上で大事なのはな、 ﹃非情﹄になることだよ。そこで妥 ﹁それもごもっとも。けどな、姉貴。そこであえて冷たい選択を取るのが肝要なんだよ。 表ならばクラスの総意というものを慮って然るべきだと思うがな﹂ ﹁なるほど、クラス代表ゆえに⋮⋮か。その心がけは認めてやらんでもないが、クラス代 声を荒げる。だが、それを千冬が手で制する。 例えクラス全員の想いを切り捨ててでも自身の実力の向上を取ると言う一夏に箒が ﹁おい一夏 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 517 口調から伝わる重さが、そこで話される内容の重大性を物語っているような気がした。 同時に、その内容はあくまでこの姉弟の問題であり、自分が不用意に首を突っ込んで 良いことではないとも悟った。 ﹂ ! ようとするのが間違いだった。この頑固者め﹂ ﹁まぁ待て。あぁ、認めざるを得んな。そもそもお前に感情だとか、そういうので説得し るようだった。 るのであれば、文字通りただの鬱陶しい邪魔者でしかない。そんな意思がこめられてい どこか鬱陶しそうに一夏が問いかける。たとえ姉であろうと、自分の鍛練の邪魔をす ﹁なにさ﹂ が、千冬の腕が電光石火のごとく伸び、その肩を掴んだ。 無言で、箒や千冬の姿など眼中にないと言わんばかりに通り過ぎようとする一夏。だ かった。 の ま ま 二 人 の 間 を す り 抜 け パ ネ ル の 方 に 向 か お う と す る。そ の 姿 に 箒 は 何 も 言 え な 一度止められた部屋の装置を動かそうと、ネットを潜って一夏が二人の側に来る。そ ﹁一夏 だ。これもみんなを思ってのことってわけで納得させといてくれ﹂ ﹁とにかくだ、二人とも引き上げてくれ。俺は続ける。箒、みんなにゃ悪いが俺は不参加 518 呆れを含んだような口調だった。だが、それだけじゃない。口調の中に明らかに存在 する堅さは、有無を言わせず一夏を従わせようとする必勝を期しているかのようだっ た。 ﹁なぁに、簡単な話だ。織斑、寮の門限は何時だった ﹂ あぁ時計なら、ほれ﹂ ﹁えっと、確か夜の八時だったねぇ﹂ ? ﹂ ? このままだと、あと九分でお前は寮則違反をしてしまうわけになるのだが、それでも 出していなかったはずだ。 お前は確かにここの使用許可申請は出していた。だが、寮の門限外時間での活動許可は ﹁そうだ。七時五十分、あぁたった今に五十一分になったな。さて、私が確認した限り、 ﹁え∼っと⋮⋮七時五十分⋮⋮七時五十分 言って千冬は袖を捲って自分の腕に填めていた腕時計を一夏に見せる。 ﹁そうだ。では、今は何時何分だ ? たえぎみになる。 呆れから転じて、勝利を確信したように得意げな色を伺わせる千冬の声に一夏がうろ ﹁な、なんだよ⋮⋮﹂ あたり妙に真面目だからな。まぁ、姉としては悪い気はせんが﹂ ﹁ゆえに、至極真っ当な理屈でお前をやりこめるとしよう。なにせ基本的にお前はその 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 519 続けると言い張れるのかな ん ん ﹂ ? ? 戻れば良いんだろ戻れば あぁもう 分かったよ帰るよ畜生 どうなんだ と得意げな顔をズイと近づける千冬に一夏は視線を泳 ﹁え∼、あ∼、その∼﹂ ﹂ ﹁わぁったよクソ ! がせながら口ごもる。 ? ろ﹂ いでに支度をした一夏をしょっ引く。寮で引き渡すから、あとはお前が食堂に連行し ﹁篠ノ之。先に寮に戻って、そうだな。エントランス辺りで待っていろ。私は片づけつ だ。 な顔をしているのが余計に気になる。とはいえ、これで問題は概ね解決したようなもの 終わってみればあまりの呆気なさだったことに箒は唖然とする。千冬が妙に得意げ ﹁わ、分かりました﹂ る。さっさと汗を流して寮に戻れ。篠ノ之、そのまま織斑を食堂にしょっ引いてやれ﹂ やっとく。廊下の端にシャワールームがあっただろう。時間も多少は目をつぶってや ﹁よろしい。初めからそう言えば良かったんだよ、この馬鹿者が。ほれ、片づけは私が ! ? 織斑一夏、陥落。 ! ! 520 ﹁あの∼、なんで俺逮捕された犯人みたいな扱いになってんの ﹂ ﹁別に構いやしないだろう。ほら、さっさとお前も支度してこい﹂ ? のだ ﹂ ﹁しかし一夏。仮にあのまま食堂に行かなかったとして、夕食はどうするつもりだった だろう。 の集まりが始まって大体三十分ほど、遅れての到着としてはまだ取り返しの効く頃合い そのまま一夏を引き渡された箒は、彼を伴ってまっすぐ食堂へと向かっていった。例 戻ってきた。 常の涼やかな表情を浮かべた千冬と、あの後に続くようにして仏頂面を浮かべた一夏が 千 冬 に 促 さ れ て 一 足 先 に 寮 に 戻 っ た 箒 が そ の ま ま エ ン ト ラ ン ス で 待 つ こ と 約 十 分。 そんな風に千冬に急かされて一夏はスタコラと部屋を出ていった。 ﹁へ∼い﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 521 ? ﹁ん ﹂ ? 部屋の冷蔵庫に幾つか食材あったろ それで適当に済ますつもりだったけど ? ? そのどれにおいてもこの場にいる生徒たちで一夏と張り合えるものなどほとんどいな ある意味では事実なのだろう。身体的スペック、修めてきた武術的技量、単純な胆力、 る。 ことは少ないが、その言葉には時折他の生徒たちと一夏自身の間にある区別意識を感じ ふと、箒は事あるごとに一夏が口にする己への自負を思い出した。直接的に明言する うは見えない貫禄さえ感じる。 泰然とした一夏の姿は、鍛えられガッシリとした体躯もあって同い年のはずなのにそ 一夏の後を追うという形になっていた。 そんなものなど意に介していないかのように一夏は悠然と歩く。いつの間にか箒が ものもあれば、そうでないものもある。 目立つ存在である一夏に一斉に視線が集中する。向けられる感情は様々だ。プラスな そんな会話をしながらも二人は食堂にたどり着く。遅れてやってきたある意味最も せてもらうよ﹂ ﹁まぁ、食堂に行くなら行くでだ。色々料理もあるらしいじゃないか。精々腹を膨れさ ﹁そ、そうか⋮⋮﹂ 522 いことは間違いない。 それを分かっているからこそ、一夏は自然と自分と他人の間に区別するような意識を 築いているのかもしれない。さながら、それが強者の在り方だと言うように。 ﹄ !! どこで何をしていたのかという問いに対して、センターでトレーニングをと答えて、 て素直に謝ったおかげか割とすんなり一夏は輪に入り込んでいた。 そんな一夏の姿に思わず箒はずっこけかけるが、何とか持ち直す。ただ、叱責に対し ﹁んなっ﹂ 微妙に一夏は後ずさってさえいる。 先ほどまでの貫禄など霞か幻かと言わんばかりに消し去って日和っていた。見れば ﹁ご、ごめんちゃい﹂ れた言葉に一夏は││ そして返ってきたのはほぼ全員によるお叱りの声。見事なまでのステレオで発せら ﹃遅い ろうが、同時に不遜ささえ感じるのはやはりいつも通りの一夏だった。 面々の前に立った一夏は開口一番に詫びの言葉を入れる。一応詫びる意思はあるのだ 一夏が向かった先にある一組の生徒が集まった空間。そこに達し、クラスメイトの ﹁すまん、遅れた﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 523 やっぱりそんなことだったかと言われるなど、至極普通に会話をしている。 ただ、割と普通にしているその姿にどこか安堵を箒は感じていた。 ふと、あることを思い出した。そこから流れるように考えが纏まっていく。あるいは を奪えるのか。どうすれば⋮⋮ ただ、できるなら然るべき方法で一夏を振り向かせてやりたい。どうすれば一夏の心 ︵私は、どうすれば良いのか⋮⋮︶ ただ一人だったらと思っていた。 ただ、朗らかに笑いながら一夏と話す級友たちの姿を見て、その立場に居るのが自分 家ぶりに思わず目を見張るが、それは今はどうでも良い。 である凰鈴音まで輪に入っている。次々と口に入れ、そして腹の内へと収めていく健啖 クラスメイト達と談笑しながら食事を進める一夏を見る。いつのまにか二組の代表 ﹁⋮⋮﹂ わけか不思議と心が静まっていた。 いや、それならば単に輪に、そして会話に加われば良いだけの話なのだが、どういう から外れている。 知らずため息が漏れた。そして気付く。一夏を連れて来たは良いが、今度は自分が輪 ﹁⋮⋮ふぅ﹂ 524 これならば⋮⋮ 床に向けて下ろしていた両手が拳を作る。そのまま握りしめるが、その様子に気づく ものは誰一人としていなかった。 会話は終わる。 時折自分に声を掛けに来る者もいるが、それでもあまり長話などはせず、割と早めに ちこちにある。 になっている。既に部屋に戻った者もいるし、数人でお喋りに興じているグループもあ この頃にもなると流石に盛り上がりもだいぶ鳴りを潜め、喧騒も殆ど落ち着いたもの 自分が来てから約四十分と少々。来る前も加えれば一時間は経っている。 らというのは中々に疲れる。肉体的、というよりは精神的な話であるが。 別に会話をするのは嫌いではないが、やはりバイタリティ溢れる女子に囲まれてひたす 空になったペットボトルを近くのゴミ箱に放り込み、再度壁に背を預けて瞑目する。 持った烏龍茶のペットボトルに口をつけ、中身をあおる。 一しきり食べ、そして話して一夏は食堂の端で壁に背を預けながら一息つく。手に ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 525 ︵さすがにもう良いだろ︶ 出席し、クラスの皆より労いの言葉を受け取るという最低限の義務は果たした。なら ば、自分がこれ以上ここに居る意味はないだろう。 らこそ、その最低限の礼儀としての謝罪だった。 だが、それでも何の因果か一夏はクラスの期待を背負い込む羽目になっていた。だか 北もまた自分一人の問題だ。 それがどんな形であれ勝負とはそれを行う当事者同士のものでしかない。ゆえに敗 ﹃俺は負けた。みんなの期待に応えられなかった。それだけだ﹄ なぜ謝るのかと戸惑う声が聞こえたが、一夏に言わせればあれくらいは当然だ。 スの連中の集まりでさえ視線を向けていたくらいだ。 あの時、クラスの皆にはそれはもう驚かれた。セシリアでさえ目を丸くし、他のクラ 第一声は謝罪の言葉だった。腰を90度に折り、紛れもない謝意を示した。 ﹃すまなかった﹄ す。 箒に連れられて来て、皆の前に立って、何か一言をくれと言われた時のことを思い返 ︵みんな、か⋮⋮︶ 526 いきなりの謝罪発言に一同面喰ってはいたが、それもつかの間のことだった。すぐに 気にするなという旨の言葉と共に労いの言葉をかけてきたが、あいにくそれで気が晴れ たかと問われればノーだ。 本当に、自分自身の問題なのだ。よって、自分自身で良しとしなければ良しとできな い。級友達には悪いが、彼女らに何を言われたところで敗北についてのあれこれは微塵 たりとも晴れる気がしなかった。 の色が上級生にあたる二年を示しているのに気づき、ようやく彼女が誰なのかに思い至 そして、顔だちもどことなく似ている。はて、と考えて彼女の胸につけられたリボン 簪がすぐ隣に居る分、比較は容易だ。 え目というのがピタリと当てはまる簪に対して、彼女は非常に活発的と見える。なまじ 心の内で静かに決意を固める。そこで、簪と話している別の少女が目に留まった。控 潰す。 回は後れを取った。だが次はあのようにはいかない。必ずや、己の刃で斬り伏せて叩き 更識簪。一夏に敗北を与えた者の名だ。あのミサイル群による集中砲火。確かに今 他の生徒と談笑しながら飲み物を飲んでいる一人の少女がいる。 閉じていた目を開き、一夏は食堂の一角に目を向ける。視線の先には椅子に腰かけて ﹁⋮⋮﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 527 る。 おそらくは彼女こそがこの学園の生徒会長である更識楯無なのだろう。なるほど、遠 目に見ても只者ではないと分かる。 二年である彼女が一年しかいないと言っても過言ではないこの場にいるのは、多分対 抗戦を優勝で飾った実妹を讃えにでも来たか。 姉妹水入らずの明るい話題での会話という、リラックスできる状況にありながら座る 姿勢に隙が存在しない。 かといって鋭く気配を砥いでいるわけでもなし。ごく自然体に、あたりに気を張り巡 らせている。 思わずほぅ、とため息をもらすのも致し方ないというやつだ。何せこの学園に来て初 めて、生徒で本物と言える者を見たのだから。なお、次点というか良い線行ってるなと 思うのは、斉藤初音及び沖田司の剣道部の上級生コンビである。 湧き上がる衝動を理性で鎮める。このIS学園、中々に悪い場所ではない。ISとい ︵ま、まだ時期じゃあないかな︶ 振る舞いなら生身も相当のものだろう。むしろ、生身の方での手合せを所望する。 なにせ﹃学園生徒最強﹄の肩書きの持ち主という。ISは言わずもがな、あの立ち居 ︵叶うなら、是非に手合せを願いたいもんだわな︶ 528 う未知の存在に触れたことで、武人としての自分の追及に新たな視点を加えることがで きたのは言うまでもない。 そうしたところから気付いた、鍛えるべき箇所を高めて準備を確実にしてからでも遅 くはないだろう。もっとも、その機会が例えば今、向こうから転がり込んできたという のであれば、それはそれで是非も無い話であるが。 かった。 そ し て 静 か に 食 堂 を 出 る 一 夏。そ の 背 を 追 っ て い た 微 か な 視 線 に 一 夏 は 気 付 か な 飲料の準備を忘れずにだ。 めた。無論、その前に屋上で飲む用の温かい飲み物、具体的にはホットのペットボトル 善は急げという。寄りかかっていた壁から背を離すと、一夏は屋上に向けて歩みを進 ものだった。海上にあるという、メリットの一つかもしれない。 トレーニングセンターから寮に戻る道すがら、ふと見上げた今夜の夜空は中々に良い 夜空でも見上げることにする。 僅かではあるが心が昂っている。ちょうどいい。鎮めがてらに、夜風にあたりながら ﹁ちと、風にあたるかな﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 529 IS学園の屋上は基本的にオープンだ。授業が行われる校舎、生徒たちが寝食を行う 寮、そのどちらでもだ。ほぼいつでも開いており、そして転落防止用の柵を始め、植え 込みやベンチなどの設備が行き届いている。 そんな屋上のベンチの一つに腰かけながら一夏は、食堂を出る直前に購入したホット レモネードを一口飲む。そして天を仰ぎ夜空を見る。 寮への道中でも思ったが、こうして改めて見上げると今夜は中々良い空だ。夏や冬の 長期休業の際に、泊まり込みで赴いた師の邸宅で、師と共に見上げた夜空を思い出す。 叶うならばその時のように、舐める程度に嗜んだ米で作ったジュースや泡の出る麦茶 をお供にとしゃれ込みたいが、流石にそれは無理なので我慢する。なお、基本的に法律 とは守るものであるが、師曰く﹃細かいことは気にするな﹄であり、一夏もそれに倣っ ている。 だが、この海上にあるIS学園でなら、中々どうして悪くない。 なかったのもある。 まぁ実家の方に居る時は住宅が立ち並ぶ街の中ということもあり、あまり雰囲気では うん、悪くはない﹂ ﹁う∼ん、こうやってまったり夜空を眺めるってのも、考えりゃあんまりしてねぇなぁ。 530 ﹁まぁ俺一人の個人的意見だしな⋮⋮﹂ そう呟いて一夏は考え込むように顎に手をやる。しばしの後、その手を離すと一夏は 再度口を開いた。 ? ・ ﹂ ? ﹁いやぁ、ここって言うよりはむしろ君にだね﹂ ・・ ﹁で、こんなところに何の用だよ、生徒会長殿 せるが、それを見ても一夏は小さく鼻を鳴らすだけであった。 軽やかかつ優雅な足取りは自然とその者の内で養われた気品というものを彷彿とさ がる扉の方から人影が歩み寄ってくる。 クスクスという笑い声と共に一夏から見ての暗がり、屋上の入り口でもある階段と繋 ﹁あら、そうなの﹂ ﹁あぁ失敬。友達にね、そういうのが大好きなやつがいるんだよ﹂ 示板みたいだけど﹂ ﹁同感かな。君、結構ロマンチストなのね。ただ、聞き方がちょっとインターネットの掲 答が返ってきた。 張り上げるような声は明らかに別の誰かに向けられたものだった。そしてすぐに返 乙な件について﹂ ﹁ちょっと聞きたいんだけど、あんたはどう思う 一人まったり見上げる夜空が中々 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 531 言いながら影の主、IS学園生徒会長更識楯無は開いていた扇子をピシャリと閉じな ﹂ がら一夏の隣に立つ。 ﹁隣、良いかしら ﹂ ? うって感情は今のトコ全然ないなぁ﹂ ﹁あぁ、いや∼、間違ってないわいのそれ。まぁ実際 確かに別に誰かと恋愛どうこ 片も無いもんで、新聞部の友達がタネが無いって愚痴ってたわ﹂ ﹁そう。IS学園初の男子生徒。その実態は訓練馬鹿戦闘馬鹿の無頼者。浮いた話が欠 ピクリを眉尻を吊り上げながら反応する一夏に楯無は頷く。 ﹁評判 ﹁はぁ。評判は本当だったのねぇ⋮⋮﹂ 空になったペットボトルをプラプラと振る一夏に楯無はため息を吐く。 に、飲み物も終わっちまったしねぇ﹂ ﹁いやさ、申し訳ないけど今日のところは一人でまったりしたい気分だったんだ。それ 一夏はどこ吹く風と言うようにサラリと流す。 サラリと隣は御免被ると言い放った一夏に楯無は困ったように言う。だが、それすら ﹁⋮⋮君ね、ちょっとは気を使おうよ、ねぇ﹂ ﹁残念だけど、それと同時に俺は撤収しちまうぞ﹂ ? 532 ? ﹁うわ∼、言い切っちゃう こんなに良い女の子が目の前にいるのに﹂ 予想外の一夏の言葉に楯無は目を丸くする。 わけじゃあない﹂ ﹁はっ、自分で言うんだからロクなもんじゃねぇな。それに、別に色恋沙汰に興味がない ? あ、まさか恋は恋でもバラ色な⋮⋮﹂ ? とか思うことはたまにある。ただ││﹂ たい ! ﹁ティンと来るのが無い。惚れた とかそんなのを全然感じることがない ﹂ ! 張れと言っとくべきだろうかと楯無は悩む。 なんというか、非常にコメントに困る。とりあえずは、良い相手が見つかるように頑 ﹁あ、そう⋮⋮﹂ ! る一夏の言葉の続きを楯無は興味深そうに促す。 に意外な発見を感じつつ、それでもそうした話がまるでないことの根拠を述べようとす ストイックな武術家と思いきや、普通の少年らしさもあるということが分かったこと ﹂ ﹁ただ ? じゃない。確かに武術ゾッコンは否定しないどころか大賛成だけど、武術家でも恋がし ﹁あ の な ぁ、ん な わ け ね ぇ よ バ カ。俺 だ っ て い い 年 し た 野 郎 な ん だ。興 味 が な い わ け 冷や汗を垂らしながら一歩後ずさる楯無に流石の一夏も怒る。 ﹁あら、そうなの 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 533 ﹂ ﹁あ∼クソ。なんかあんたと話してると変に調子狂う感じがするな﹂ 私は結構君と話すのが面白いと思ってるけど ? ? ﹂ ? ﹁何かしら ﹂ そして私も当然ながらそれに則っているわ。断言しましょう。この学園の生徒にお じゃあないけど、いつの間にかできていた不文律ってやつね。 ﹁いかにも。﹃生徒会長は生徒の模範たるべく最強であれ﹄、別に明文化されているわけ ? ? ﹁噂で聞くにあんたはこの学園の生徒でも随一の使い手と聞く。それは本当か ﹂ つけた含みのある呼び方に楯無は違和感を感じたが、あえて気にせずに応じる。 不意に足を止めて、背を向けたまま一夏が楯無に声を掛ける。苗字に更に肩書きまで ﹁あぁ、そういえば。更識生徒会長殿 後はまた別の時に追々で良いだろう。 間近で見ておきたかったが、ファーストコンタクトとしては悪い方ではない。 がISで戦った相手だからというやや混じった私事情によって、織斑一夏という人間を この学園全域を見回しても限られた者しかしらない、彼女の特殊な事情と、あとは妹 会話はできたのだから、それで良しとしておく。 立ち上がり、一夏はその場を立ち去ろうとする。それを楯無は止めない。一応多少の ﹁あんたの面白味なんぞ知らん。そんなことは俺の管轄外だ。⋮⋮失敬させて貰うぞ﹂ ﹁あらそう 534 いて私、更識楯無こそが最強です﹂ ﹂ ? ﹁あぁ、そういうことね﹂ で。まぁ実質おんなじことなのかなぁ﹂ えればそれをゲットしようとすれば必然的にそれだけの能力を得なきゃならないわけ まぁ肩書や称号なんてそいつ次第で後から勝手にひっつくもんだと言うけど、言い換 いてくるけど、俺が欲しいのは俺が強者であるっていう明確な事実だけだし。 ﹁ん∼、さてどうだか。確かにあんたを倒せば﹃生徒会長﹄とか﹃生徒最強﹄とかひっつ て結構野心家 ﹁まぁ私としては挑戦は一年三百六十五日二十四時間受け付けているのだけども、君っ ﹁もちろんまだやんないよ。今はまだ、な。けどいずれは確実に、取らせてもらおう﹂ であれば自分を打倒するという挑戦の意思に他ならない。 楯無が面白いと言うように反応する。一夏の言った言葉、その裏にある意味を取るの ﹁へぇ⋮⋮﹂ ﹁そうか。そうかそれなら、その生徒会長の座を俺が乗っ取るのも中々に面白そうだな﹂ うか﹄という納得の言葉、そこに紛れの無い高揚の笑いが混じっている。 理解したと言うように一夏は頷く。その姿に楯無は小さく眉を顰めた。呟かれる﹃そ ﹁そうか⋮⋮。そうか、そうか⋮⋮﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 535 納得したように楯無は頷く。つまるところ彼が求めているのは己の強さ、ただそれだ け。何のためにではなく、本当に欲しいから求めているだけというやつだ。 あるいはいずれ、それを用いて為したいことの一つや二つ、できる時が来るのかもし れない。ただ少なくとも今このときは、純粋に実力のみを求めているのだろう。 せた。 口元に扇子の先を当てながらそう呟く。直後、不意に強く吹いた風に小さく身を震わ ﹁ま、なるようになるのかしらね﹂ に立ったまま一夏の去った跡を見つめる。 またな色女、そんな言葉を残して一夏は屋上を立ち去る。残った楯無はしばしその場 ﹁あぁ、精々登らせてもらうさ、会長さんよ﹂ ﹁ま、頑張ることね。少年﹂ 536 時は少し遡る。 相も変わらない我が物ペースで自主トレを行っていた弟をしょっぴき、自身が担任す る生徒であり旧知でもある少女に引き渡した千冬はそのまま真っ直ぐに己の部屋へと 戻っていた。 何事もありはしない。当たり前になれた経路を辿り、当たり前のように部屋の前にた どり着いた。そして当たり前のようにノブに手を掛けてドアを開ける。そこから先も、 いつも通りの当たり前であるはずだった。 だが、その時はその当たり前がズレた。 予期しない来客にして紛れもないIS学園への侵入者、浅間美咲を前にして千冬は静 ﹁なぜ貴様が居る。││浅間﹂ 主は未だ入口に立ち尽くしたままの千冬でも確認ができる。 まるで姉が妹に語りかけるような声は部屋の奥から聞こえてくる。そして、その声の る笑顔を浮かべれば良いのに﹂ ﹁あらあらそんなに怖い顔をして。せっかくの綺麗な顔が台無しですよ。もっと華のあ 張らせていた。 部屋に入った千冬に投げかけられる言葉。その声を聞いた瞬間、千冬は背筋を強く強 ﹁あら、戻ったのですね﹂ 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 537 かに問うた。 ﹂ ? うものだ﹂ ﹁あぁ、それに関しては謝りましょう。なにせ、少々急ぎなものでしたから﹂ ﹁詫 び な ど い ら ん。用 件 が あ る と い う な ら さ っ さ と し ろ。曲 が り な り に も 今の 日 本 の ・・ な時間にIS学園という場所に不法侵入してきて、警戒するなというのが土台無理とい たくない。いや、もっと別の然るべき時や場所ならばまだ良かったさ。だが、このよう ﹁断る。礼を失しているのは百も承知だ。だがその上で、私はあまりお前と長く関わり ようという気はないのですか ﹁久しぶりの再会だというのに、口から出る言葉はそれだけですか。もっと旧交を温め 固い声のまま再度尋ねる千冬に美咲は呆れたようにため息をつく。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ ﹁もう一度聞くぞ。浅間、何用だ﹂ や、元よりこの女はそういう存在だったかと己の迂闊を千冬は叱咤する。 確かに部屋の換気のために少し開けておいたが、まさかそれを利用しようとは。い 示す。 部屋の奥に千冬が設けておいた椅子に腰かけながら美咲は開かれた部屋の窓を指し ﹁何故も何も、ごく普通に外から入らせて頂きましたが。ほら、そこの窓から﹂ 538 ジョーカー 鬼 札たる貴様がわざわざ来たのだ。それなりのことなのだろう﹂ て﹄ ﹁どういうことだ、これは﹂ ﹁どういうことも何も、そこに書いてある通りですが ? そして回収したコアは紛れもなく本物のISコアであること。 ISであること。 敵性ISを撃破した結果、当該機が人型の機械、すなわちロボットによる無人稼働の 機﹁黒蓮﹂が謎のISに遭遇、交戦したこと。 一夏の最初の試合時に学園近くの空域、その上層にて警戒にあたっていた美咲と専用 小さく舌打ちすると共に千冬は紙を捲っていく。 ﹂ ﹃IS学園クラス対抗ISリーグ時における学園近郊空域での無人稼働IS襲撃につい 報告書の類らしい。そしてその表題を見た瞬間、千冬は大きく目を見開いた。 無言で受け取った千冬はその一枚目に目を通す。どうやら紙の束は何かのレポート、 出すとそれを千冬に放る。 どういう意味かと訝しむ千冬に美咲は持参していたハンドバッグから紙の束を取り ね﹂ ﹁そう、ですね。確かにそれなり以上に重大です。ですが、ことあなたなら余計でしょう 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 539 それ、結構重要な機密ですから﹂ ﹁出向いたのが私で幸運でしたね。幸いと言うべきか、他に知れることなく事は終えら れました。気を付けてくださいね ? ﹂ ﹁⋮⋮ そ れ を 私 に 見 せ て ど う す る つ も り だ。何 か 貴 様 の 思 惑 に で も 巻 き 込 む つ も り か 540 ﹂ という窓に歩み寄る。それを千冬は未だ険しいまなざしで見つめる。 ﹂ ﹁そうそう千冬。用事ついでにちょっとお節介を焼きますよ ﹁なんだ ? ﹁聞けばあなたの友達は何やら大変な立場にあるようですから。あなたもきっと気苦労 のごとき精神でそれを抑えつけて表に出さないように努める。 その問いはこの短い会話の中で最大級の緊張を千冬に齎した。だが、鍛えた胆力と鋼 ? ? ﹁いえいえ、大したことではありません。ただ││あなたのお友達はお元気ですか ﹂ 行って美咲は用は果たしたと言うように椅子から立ち上がり、部屋に入る時に使った だ、昔のよしみで気を付けてほしいと思っただけですよ﹂ さすがに広められるのは困りますが、あなたならそのあたりは大丈夫でしょう。た あるISコアのポイ捨てにも等しい行動など、怪しい点が満載ですから。 書きましたが、その事件には高度かつ未知足りうる多数の技術の使用、そして貴重品で ﹁まさか。以前の同僚にして唯一の対等への、ちょっとした心遣いですよ。何せそこに ? が多いでしょう だ。 私も流石に案じるくらいには情はありますよ﹂ が情などと口にした所で信用ならない。それこそ、まだ狼少年の方が信用に足るくらい どの口がそれを言うかと思った。任務において最も情けや容赦からかけ離れた存在 ? ﹂ もう良い大人なのだから、そのあたりのことはしっかりしないと。いつまで も弟君に甘えるわけにはいかないでしょう ? ? ? 保存はしていないので。よく言うでしょう 壁に耳あり障子に目あり、電脳世界に兎 ﹃このレポート、大事に扱って下さいね 何せネットワークにつながるような形での 咲の手書きだろうメモが記されていた。 たものを印刷した形だが、最後のページの一番下、文字通り最後の場所におそらくは美 一人になった千冬は無言でレポートを読み進める。基本的にはパソコンで入力され ﹁⋮⋮﹂ らせる。それっきり、初めから存在などしなかったかのようにその気配が消え失せた。 最後に小さくフフ、と笑って美咲は窓の縁に足を掛け、一気に夜の中へと身を舞い踊 れ以上何も言わん﹂ ﹁それこそ余計な世話だ。用が済んだなら行け。今夜のことはこれで終いだ。私も、こ ? ですよ ﹁では、私は行きますね。あぁそうそう。もうちょっと部屋の片づけは丁寧にやるべき 第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ! 541 542 ありと﹄ それを見て千冬の眉間に寄った皺がますます深まる。しかしそれもつかの間のこと。 やがて眉間の皺を解いた千冬は深くため息を吐く。 経緯はどうあれ、このレポート自体は決して悪いものではない。確かに己が秘する必 要はあるが、それでも知らないままでいるよりはマシというものだろう。 これからの学園でのこと、それらに思いを馳せて千冬は再度深いため息を吐いた。 第二巻 幕間 バカ話 ﹃男子高校生の日常︵休日編︶﹄︿ワーォゥ いや待て││ってもうあんなトコロに ﹂ !? ! 日であるが、そんな日の朝に箒は一夏とばったり遭遇し、そしてすぐに別れる羽目に クラス対抗戦が終わってからしばらく経ってのとある日曜日。天下のIS学園も休 ﹁おい待て開口一番いきなりそれか !? ﹁よう箒。あ、俺出かけるから。じゃな﹂ 幕間 バカ話 543 なった。 ちなみに、入学当初から続いていた一夏と箒の同室問題であったが、教師陣の尽力に よって寮の部屋割りの変更がようやく決定し、先日ついに二人は別々の部屋となった。 この件について箒は不満を抱きつつも大人しく従った。そして一夏はと言えば、一人 になったことに盛大に歓喜していた。 閑話休題。 一夏と別れてからまた更に時が経ち、昼食の際に食堂で鈴と鉢合わせた箒はそのまま 彼女に今朝のことを愚痴ったのだが、思いのほか鈴の反応は平然としたものだった。 ? コ ﹂ ? それを好都合と見た箒は千冬に一夏の外出のことを聞いてみた。 声を掛ける。 愚痴る箒とそれをカラカラと笑う鈴。そんな二人の近く通りがかった千冬が二人に ﹁それはそうだが⋮⋮﹂ ﹁な∼にを今更。一夏があんなのは、今に始まったことじゃないでしょ ﹁しかしだな。人に会っておいてあそこまでぞんざいな態度もないだろう﹂ 外出くらい良いじゃない﹂ つは立場が立場だけど、だからってずっと学園に缶詰めってのも良くないでしょ。別に コ ﹁ふ∼ん。まぁ別に良いんじゃない 別に外出くらい他のみんなもするし。まぁあい 544 ﹁あぁ、それならば家の方に行くという話だったな。家の手入れや、必要なものを取って くるとか言っていたな﹂ いし﹂ ﹁ま、あいつならそんなトコでしょうね。フラフラと町に遊びに行くような性格でもな 千冬の言葉に至極納得できるという風に鈴が頷く。 ﹁そのまま五反田の家に行くとも言っていたな。昼食を馳走になる予定らしい。ついで に中学時代の友人にも会うつもりだと言っていたが⋮⋮凰、どうした﹂ 五反田の家に││そのあたりから急に表情を歪めた鈴を千冬が訝しむが、鈴は何でも ﹁いえ、何も⋮⋮﹂ ないと首を横に振る。 そのまま千冬が立ち去ったのを見送り、鈴は更に顔を歪めるとブツブツと呟く。 ﹁うわー、よりによって弾のトコですって しかもダチに会うって、間違いなくメンツ ﹂ 確定じゃない⋮⋮﹂ ? ? ﹁あぁ、ゴメン。ただ、ちょっと嫌な考えに思い至ってね﹂ 鈴に箒も流石に首を傾げる。 ものすごく嫌そうな、というよりはむしろめんどくさそうな顔をしながら呟き続ける ﹁凰 幕間 バカ話 545 ﹁嫌な考え ﹂ ? く、よくツルんでた仲間の一人よ﹂ ? │﹂ 断言したって構わない。あの三人が一緒になってみなさいよ。そりゃもう一気に│ どやっぱり根性座ってる﹃ツッコミ﹄の弾。 れてる﹃知﹄の数馬、でもって二人の制御役だったりメシ作り代行でかなりまともだけ 幕で、でも積極的に関わろうとしないから趣味も相まって知る奴にはニートなんて言わ けに何か学校の中で変なことがあれば大抵裏のまた奥で一枚噛んでいてしかも殆ど黒 腕っぷし絡みになると負け無し敵無しリアル無双な﹃力﹄の一夏、なまじ頭が良いだ にかく、集まるってのは確実にこのメンツだわ。 弾はかなりまともね。けど、あの二人を同時にに平然と付き合える時点で相当だわ。と 学でも随一の変わり者連中で、しかもそんなのが仲良くツルんでるってことよ。いや、 たのが居るのよ。そいつの名前は御手洗 数馬。で、問題なのはこの三人があたしの中 ﹁まぁ話は最後まで聞きなさいって。でもってね、もう一人。一夏や弾とよくツルんで ﹁その五反田がどうしたというのだ 話を聞くに普通の友人のようだが﹂ 弾。あたしや一夏の中学の時の同級生よ。んでもって、基本武術一筋なあいつには珍し ﹁そ う。さ っ き 千 冬 さ ん が 言 っ て た 五 反 田 っ て い う の は 一 夏 の ダ チ。名 前 は 五 反 田 546 カオス ﹁一気に ﹂ ? ﹁一夏、その程度のことは察しろよ。僕も、既知感なんて感じることもなく想像できる ﹁何がだ、弾﹂ ﹂ そんな五反田邸の最上階の一室、そこが今回の舞台である。 食屋である。 その店の名を﹃五反田食堂﹄。この家の祖父が創業者であり、地域に親しまれ評判の定 一回は、その家が営む店となっている。 と三階である。 が分かる三階建ての家がある。だが、その家において住人が生活圏としているのは二階 元は木造建築であったのだろうが、時の移り変わりに伴って増改築を行ってきたこと 町、その一角。 一方その頃、場所は変わりIS学園に││地理的に見て一応││隣接している臨海の ﹁混沌と化すわ。そりゃもう、何があるかさっぱり読めない空気になるって意味で﹂ ? ﹁んでよ、一夏。実際のとこどうなわけ 幕間 バカ話 547 ぞ。IS学園のことさ﹂ 五反田家長男である││自称五反田食堂の次期店主の││五反田弾の問いに意味が 分からないと告げた一夏に、御手洗数馬がフォローを入れる。 五反田家三階にある弾の部屋、ここに織斑一夏、五反田弾、御手洗数馬の三人は集まっ ていた。特に意味があるわけではない。男子学生特有の意味もなくダベるアレである。 とはどうでも良い。 一番目はかのIS開発者であり一応古い知人でもある篠ノ之束であるが、今はそんなこ う。﹁俺が知る限り世界で二番目、それでも他とはぶっちぎった変わり者﹂だと。なお、 御手洗数馬という人間をどう表すか。そう問われたとしたら一夏はこう答えるだろ ﹁ちーがーいーまーすー。僕はただ毎日に未知と新しい刺激が欲しいだけですー﹂ ﹁仕方ないさ、弾。ある意味で数馬、俺以上にイカれてやがる﹂ ﹁おい数馬、お前興味失くすの早過ぎだろ⋮⋮﹂ まうから、すぐに既知になってつまらない。⋮⋮僕はどーでもいーや﹂ ﹁あぁ、分かるぞその気持ち。想像するのはとても簡単だ。そして簡単に想像できてし かくかましい。俺にゃついていけんこともある﹂ ゆかしいからな。色々と気を使うことも多い。そして女衆が多いともなればまぁとに ﹁別に普通││じゃあねぇな。正直、俺一人が野郎ってのは時々大変だよ。何せ俺は奥 548 同じ男から見ても十二分に整った顔立ち、やや線は細いがむしろ容貌によく合ってい る。運動は並だが、からきしではない。そして何より恐ろしく頭が良い。 単に成績が良いだけではない。一を聞いて十と知るを体現するように理解がとてつ もなく早い。そして思考の回転じたいも早く鋭い。 これだけのプラス要素を持ち合わせているのを知りながら一夏が彼を変わり者とす 学校の勉強なんてそうさ。なまじ答えがあるだけに、あっとい る理由。それは彼の考え方にある。 ﹁だってそうだろう て鍛練に励んでるからな。ウン﹂ ﹁まぁ、俺もその気持ちは分かるさ。うん、日々新しい技法や体捌き、そうしたのを求め く未知や刺激が欲しいのさ﹂ ﹃前から知ってた﹄っていう既知感を感じる。あぁ、詰まらないよ。だから僕は、とにか 他の物事にしてもそうさ。どれもこれも、大体先が読めちまう。だから何にしても う間に結果が分かる。どれだけ新しい内容をやっても、答えがあるなら結局は同じだ。 ? る的意味でも﹂だ。 夏が評して曰く﹁気楽に付き合える良い奴、あとちょっと手伝うだけで定食奢ってくれ したり顔で頷き合う一夏と数馬に苦々しい顔でツッコミを入れたのは五反田弾。一 ﹁俺に言わせりゃオメーらどっちも重度の変人だよ﹂ 幕間 バカ話 549 そんな彼だが、客観的に見れば至って平凡。顔だちはそれなりだが、ずば抜けて学業 に秀でるわけでも、ずば抜けて運動ができるわけでもなし。どこにでもいる普通の男子 高校生だ。 もっとも、彼を知る者に││特に凰鈴音あたりに││言わせれば一夏や数馬と言った ﹂ 一際の変わり者の相手を真っ当に続けられるあたりで相当の剛の者であるとのことだ。 ﹁ていうかさ一夏。IS学園に鈴が来たってマジ ﹂ ? ぞ。なお、これはあえてしなかったのではない。大真面目に忘れてた﹂ ﹁ていうか数馬、なんでお前が鈴のこと知ってんだよ。俺、メールとかした憶えは無い する。 ハモった弾と数馬の言葉に一夏は頬をひくつかせるが、気を取り直すように咳払いを ﹃事実そうなんだよ﹄ ﹁なんだよ、揃いも揃って人を化け物みたいに﹂ の間じゃ相当なことの扱いだぜ ﹁なぁ一夏。お前とやりあうってのはな、少なくとも俺らのようなお前を知っている奴 ﹁おいこらまて数馬。災難とはどういう意味だどういう﹂ ﹁うわー、鈴のやつも災難に⋮⋮﹂ ﹁あぁ、それマジよ。つーかこの間ISでやりあったし﹂ ? 550 ﹁うん、それもすっごく既知だな。別に大したことじゃないさ。ネットを漁ればこの程 度の情報なら幾らでも引き出せるよ。そう、例えば一夏。君が外出一つするのにも尾行 ﹂ やらが付くこととかな﹂ ﹁なにぃっ ﹁まぁねぇ∼﹂ ! ﹁なんだよ弾。急に大声を出して﹂ ﹁いやあのな、それそんな軽く話せることじゃあねぇよな ? ﹂ 装って歩き回ってるとかして目立たないようにしてる。お前じゃあ見つけられねぇよ﹂ ﹁やめとけやめとけ。無駄だぜ弾。大体の連中は電柱の陰とか路地裏とか、後は通行人 言って弾は窓に駆け寄ると外の様子を伺おうとする。それを止めたのは一夏だ。 !? ﹁一夏の言う通りだ。もうちょい落ち着けよ。な もちつけ﹂ 平然とした調子で会話をする一夏と数馬に弾が声を大にしながらツッコミを入れる。 ﹁いや待てよオイ ﹂ ﹁ほぉ、よく分かったな﹂ !? だな。俺が気配を感じたのは。多分これで確定だろうよ。あぁ、多分大したことはねぇ ﹁思ってたよりヌルいな。学園に繋がってる臨海駅からここまで、ざっと九人ってトコ ﹁じゃあ、お前なら見つけられるのかよ﹂ 幕間 バカ話 551 な。単に俺を珍獣よろしく観察してるだけだろう。仮に九人束になっても、俺には全然 怖くはない﹂ そう言って犬歯を剥き出しにする一夏に弾は苦笑いを隠せない。数馬は涼しい微笑 を浮かべているだけだが、弾に言わせれば彼も大概なのでカウントはしない。 一 夏 多分、むしろその九人束というシチュエーションを望んでいるような気がするのは、 間違っていないだろう。 ﹂ 何 や っ ち ゃ っ て ん の コ イ ツ ね ぇ ? !? サーバーにハックしてチラ見してきた﹂ ﹂ ﹁オ イ ィ ィ ィ ィ ィ イ イ イ ナ ニ !!? ﹁いやー、ハッキングして覗き見なんてよくやるし もちろん跡なんて残しはしない 見れば一夏も若干目を見開き、驚きを顕わにした様子を示している。 ちょっと大声でのツッコミの入れ過ぎで喉が痛く感じてきた。 数 馬 も 数 馬 で 聞 き 捨 て な ら な い 発 現 が 飛 び 出 し て き た こ と に 弾 は 盛 大 に 突 っ 込 む。 !!? ち ょ っ と ぉ ﹁ふぅ、まぁこの程度も十分予想の範疇、ではあるけどね。ぶっちゃけ警察とか省庁の にどうして一夏を付けている人間のことを知ったのかと問う。 とりあえず野獣のような顔をしながら小さく笑っている不審者は置いておいて、数馬 ﹁あー、でだ。数馬、お前はそれをどうやって知ったわけ ? 552 ? よ。ぶっちゃけそこから悪さするクラッキングとかしないだけ僕は善良さ。それに、さ れる程度のセキュリティしてる方が悪い﹂ これっぽっちも悪びれる様子もなくいけしゃあしゃあと言ってのける数馬に弾は今 度こそ言葉を失う。そして思う。自分はどうしてこんな連中とダチを続けているのだ ろうと。 そんな具合にへこみかける弾を尻目にまたも一夏と数馬は会話を続ける。 ﹁あ、そういえば一夏。県警のサーバーにあれ残ってたよ。ほら、二年前のあれ﹂ ﹁あぁあれか。懐かしいな﹂ ﹁⋮⋮今度はなんだよ﹂ 二年前のアレと言われても弾にはさっぱりである。そして一夏と数馬の二人しか知 りえない以上、どうせロクでもないことに決まっている。 嫌な予感を思考の片隅感じながらも、弾は一夏にどういうことかと聞く。 たろ ﹂ ﹁いやさ、二年前だよ。ちょうど俺らが中二の夏前くらいか。新聞に喧嘩沙汰が載って 確か学校で先生が気を付けろって言ってたなぁ﹂ 方新聞に一時期載ったこの近辺における暴力事件のことだ。 言われて弾が思い出すのは一夏が語る時期に、県内での出来事を主として取り扱う地 ? ? ﹁あぁアレな 幕間 バカ話 553 暴力事件と言っても死亡者が出たなどという大沙汰ではなく、路地裏などで少々柄や 素行に問題があるような││いわゆるヤンキーな││学生が怪我をした状態で見つか り、何人かは病院に運ばれるということが何度かあったというものだ。 一度や二度程度ならばまだしも、ごく短い期間に頻繁して起こったために地方紙に記 事が載り、不良同士の大規模な喧嘩に発展することを警戒してか、夕刻以降には警官が 町内を巡回するまでになった。 今となってはそんなことなど無かったかのように話題にもならないが、それでもこう して話に出されれば﹁そういえば﹂と思い出すくらいには近隣住民の記憶に残っている。 ﹁あーオホンッ。あれだ。IS学園できたせいか、そこに非常に近いこの町は結構発展 人の流儀である。 例えいついかなる時だれであれ、ボケを振ってきたらツッコミで返す。それがこの三 ﹁出ねぇよバカ。つーか俺デカじゃねぇし﹂ ﹁別に元から楽だけどよ。あ、刑事さん。カツ丼くれ。汁物は鰻の肝吸いな﹂ ﹁で、何がどうしてそうなった。ほら、全部吐いちまえ。楽になるぞ﹂ あっさりとした一夏の告白に弾は大声を出したいのをこらえる。 ﹁⋮⋮もう何も言わねーぞ絶対﹂ ﹁あれ、ボコしたの全部俺﹂ 554 したろ ﹂ ﹁うん。それでだ、発展したのは良いけど、まぁ光あれば影があるって言うの ﹂ ? ﹁知るか。ほら続き﹂ ﹁だって俺が今考えたもん﹂ ﹁んな病名聞いたこともねーよ﹂ ﹃鍛えた技を使いたい、けど相手がいない病﹄だ﹂ 良くな ﹁⋮⋮オホン。さて、そんな二年前のとある日だ。俺はある悩みを抱えていた。それは、 ﹁あぁ、確かに。それとその英語ウザいから止めれ﹂ くようになった。ドゥーユーアンダースタァーンド いこともある。どういうわけか、ちょっと柄のおよろしくないのもチラホーラと目につ ? 構様変わりしたよな﹂ ﹁まぁそうだなぁ。爺ちゃんも昔より客が増えたって言うし、実際駅のあたりとかは結 ? 夕方、ふと町の賑やかな方を考え事をしながら歩いていたら、人にぶつかっちまって まだしもだ。そんなある日だった。 るわけにもいかない。それこそ腕っぷしで全部決まるヒャッハーで世紀末な世界なら かったが、そんなのはいない。かと言って知り合いに﹃おい、勝負しろよ﹄と吹っかけ ﹁ま ぁ そ れ で、相 手 が い な い こ と に と に か く 俺 は 悩 ん だ。い わ ゆ る ラ イ バ ル と か 欲 し 幕間 バカ話 555 な。普通ならそこで謝って終いだけど、その時俺がぶつかったのは、もう髪の毛とか染 めまくってシルバーチャラチャラつけていかにも﹃僕ヤンキーですぅ﹄な感じの人だっ た﹂ な﹂ ﹁ちなみに手早く確実にやることやったら現場からは二分以内に退散がモットーだった ﹁どう考えてもわざとです本当にありがとうございました﹂ てね。何故か。俺はその都度正当防衛をしていただけだよ﹂ ﹁何故かよく繁華街とかで柄の宜しくないお兄ちゃんとかにぶつかっちゃうことが多く ことが多くなったんだと﹂ ﹁そしてそのことに味をしめたこいつは、以後何故かヤンチャなお兄さん方に絡まれる そして一夏の言葉を跡を継ぐようにして数馬が補足を加える。 色々あって一周回ったのか、弾が浮かべる表情はいっそ爽やかな笑顔だった。 ﹁うん、どーせそんなオチだろーと思ったよ﹂ て││気が付いたら全員のしてた﹂ 切なことに向こうからイチャモンつけてきてくれてね。そのまま路地裏に一緒に行っ ﹁おう。正直俺も面倒は嫌だからね。サッと謝ってパッと去ろうと思ったが、なんと親 ﹁あ∼、なんか先が読めたような気がするけど、続き行け﹂ 556 ﹁一度は単独犯って説も上がって犯人像のイメージも出たらしいけど、見事に一夏から 大外れだったな。これも俺の嘘のタレこみやネットの書き込みのおかげかな﹂ ﹁いやー、数馬。お前の手際には本当に世話になるよ。色々と﹂ ﹁気にするなって。僕と君の仲じゃないか﹂ ﹄ たしかそれもある時からパッタリ無くなったろ﹂ ? もんだぜ 一度見ちまえばすぐに既知になって詰まらないけど、それを見るまでは未 ﹁いやぁ、実際やってみたらできたし。それに、衆目に晒されない物ってのも中々面白い とか﹂ ﹁そーかよ。つか、話戻すけど数馬も大概だよな。警察だとか偉い所にハッキングする 自主的に控えた﹂ ﹁あぁ、それね。まぁ、ちょっとあちこちにサツの目が光るようになっちまったからな。 ﹁で、結局どうしたんだ 揃って快活に笑う二人に弾は何も言わず、ただため息を吐くだけだった。 ﹃ハッハッハ ! 知っていうのは中々に良いもんだ﹂ ? ﹁いや、そりゃあ⋮⋮﹂ うわ﹂ ﹁あぁそうかい。ほんと、俺もよくお前らとツルんでるよな。話してると本当にそう思 幕間 バカ話 557 ﹁ねぇ ﹂ ﹃お前が同類だからじゃね ﹄ 愚痴るような弾の言葉に一夏と数馬は顔を見合わせる。そして││ ? ﹃⋮⋮⋮⋮﹄ ﹂ 見事なまでにハモって理由を告げる二人に、弾は慟哭の叫びをあげた。 ﹁チクショォォォォォォオ !! ? 558 不意に三人の間に沈黙が流れる。会話が盛り上がっている時、ふとしたことで話が続 かなくなった時によく見られるあの現象である。 そんな状況を打開する方法は実にシンプルだ。この際なんでも良いので新しい話題 ﹂ を出すことである。そして、会話を続けるために次の話題を持ち出したのは一夏だっ た。 ﹁で、俺ちょっと気になってることがあんのさ﹂ ﹁なんだよ。頼むからまともなこと言ってくれよ ﹁弾、大丈夫だ問題ない。いやな、今日は日曜だろ しかもなかなかの快晴。気候も穏 ? ﹃そうかぁ ﹄ 今度は一夏と弾がハモって疑問を浮かべる。 ? ﹂ ﹂ どうして疑問に思うのか分からないと言いたげに首を傾げる。 首を傾げる一夏に弾はこいつが元凶だと数馬を指さす。指を指された数馬は数馬で、 ﹁一夏、原因はすべてコイツだぜ﹂ ﹁アニメのブルーレイ鑑賞会なんてやってるんだ 言って一夏は部屋に置かれたテレビに目を向ける。 やか。そんな良い日に俺たち野郎三人揃って││﹂ ? ? ﹁いや、休日にアニメ見て過ごすとか⋮⋮普通だろ 幕間 バカ話 559 ? ちなみに一夏の思い浮かべる有意義な休日とは、ただひたすらに、そして存分に鍛練 で己を鍛え上げることである。息抜きに家事や勉強だ。どうせ姉は仕事でいないこと がほとんどだし。 弾の場合は、規則正しくいつも通りに起床し、日中勉学や家業の手伝い、跡取りに相 応しくるための料理の腕磨きを行い、夜になれば家族と団らんの時を過ごすというもの だ。 圧倒的に弾の方が健全なのは言うまでもない。ちなみに数馬の場合は、 ﹃ニート﹄の一 言で表せる。本人いわく親は学校の成績や株での稼ぎなどで黙らせているらしいが。 ちなみにそんな会話を続けている最中でもテレビではアニメが続いている。 御手洗数馬、まず間違いなく変わり者である彼の数少ない熱心な趣味、それがアニメ や漫画、他にもライトノベルなどに代表されるサブカルチャー全般である。 ﹂ 好 み の 作 品 が 関 わ る と あ れ ば 遠 出 し て イ ベ ン ト に も 参 加 す る あ た り か な り 気 合 が 入っている。 ﹁これって確か、中学の時に見せてくれたやつだよな ? ﹁そういやそうだったな。へぇ⋮⋮。しかし、アイドルものか。俺の中ではアイドルも 続きを見せようと思ってな﹂ ﹁そうそう。一夏にも弾にも、まだ途中までしか見せてなかったろ 良い機会だから ? 560 のってもっと低年齢層の女子向けってイメージなんだけどな﹂ 顎に手を当てながら言う一夏に、数馬は分かってないなと言いたげにチッチと指を振 る。 ﹁良いか一夏。確かにアイドルものにはそうしたものが多い。それは事実だ認めよう。 けどな、どんな路線だろうと作り方しだいで対象は変わるものなんだよ。 あぁ、実に素晴らしいね。アニメとは、漫画とは、小説とは。まさに人類が生み出し た珠玉の文化だ。作品一つ一つに世界がある。そしてその行先は様々だ。世界の数だ リアル け異なるエンディングという未知がある。たとえ同じ作品であっても、同好の士によっ てまた彼らそれぞれのエンディングが生み出される。 ま さ に 未 知 の 坩 堝。つ ま ら な い 既 知 に あ り ふ れ た 現実 と 比 べ て 実 に 甘 美 な 世 界 だ。 歓喜も狂気もありとあらゆる感覚の未知が詰まっている。胸を打つ。 これを素晴らしいと言わずして何と言う。これこそ娯楽の極致だよ。異論は認めん、 断じて認めん、これが真理だ黙して従え﹂ ﹁アー、ソーダネー﹂ 一 人 で 勝 手 に テ ン シ ョ ン 上 げ て 盛 り 上 が る 数 馬 に 一 夏 は 適 当 な 相 槌 を 打 っ て お く。 弾に至ってはもはや何か言うことすら放棄していた。 ﹁しかし、このアニメって結構登場人物多いよな。普通アイドルものなんて、アレだろ ? 幕間 バカ話 561 私アイドル目指してま∼すって主人公一人、でなくても精々二、三人程度か。それだ けにスポット当ててのし上がってくようなもんだろ。これなんて、13人も居るじゃ ねぇか﹂ 多い ? ばしそうになったが、なんとか腕を抑えて我慢できた。 急に数馬がズイと顔を近づけてくる。ぶっちゃけ気持ち悪かったので思わず殴り飛 ﹁でだ、我が友一夏よ﹂ よく考えてみればいつものことだった。 軽い疑問のはずだったのに妙に詳しく答えてきた数馬に一夏は軽く引く。ただ、よく ﹁いや、そこまで聞いてねぇし⋮⋮。つかよく知ってんなお前﹂ 略してぴかジェネあたりか﹂ げるとすれば、数年前にその年齢層の間で流行った﹃ぴかりん♪ ジェネレーション﹄、 ちなみに今さっき一夏が言った例はもっと低年齢の女児向けに多いな。代表例を挙 一つ違うだけだよ。 自分の好きな娘を、あるいは全体そのものを応援する。同じ方式さ。ただ次元の数字が とこなんか50人近く、下部組織含めりゃ三ケタいってるのもある。その中でファンは ぶっちゃけリアル見てみりゃ10人超えのアイドルグループなんかざらだろ ﹁ふむ、なるほど多いと感じるか。ただまぁ、この辺りは割とリアルに忠実というか、 562 ﹁な、なんだよ﹂ ﹂ 近い近いと数馬の顔を押し離しつつ一夏は聞く。 ﹂ ﹁いやな、単刀直入に聞こう。誰が好みだい ﹁はい ? とちょくちょくアニメのディスクを見せてきた。お前だって嫌がらなかっただろう ﹂ 少しは興味があって、ぶっちゃけ好みの娘の一人や二人くらいいるんじゃないのか ? ﹁中学時代から今日まで、俺は良作を良き友人であるお前らにも知ってほしいとせっせ ? ! ﹂ ﹁いや、待てお前とにかく落ち着けよな ﹁さぁ ! ﹂ ? ﹂ て弾は何も言わない。もう好きにしてくれと半ばあきらめモードに入っていた。 ドル達が勢ぞろいしている画像が映っていた。ちなみに、映像を止められたことについ と幾つかの操作をして画面を一夏に見せつける。そこには、件のアニメに登場するアイ ピッとリモコンを押して映像を一時停止。数馬はおもむろに自分の携帯を取り出す ﹁フフン﹂ ﹁え、いやそのだな。えーっと⋮⋮﹂ ? ﹁さぁ、誰が好みだ 幕間 バカ話 563 ﹁え∼っと⋮⋮﹂ とりあえず答える必要があるらしい。ならばと一夏は改めて画面を見る。さすがに アニメの中で歌ってる歌も悪くなかったし﹂ 適当な答えを返すわけにもいかない。選ぶなら、まじめに選ぶべきだろう。 ﹁強いて言うなら、この二人か⋮⋮ ﹂ な に ? ﹂ ? 期待しろと言うようにニヤリと笑うと数馬は続きを再生する。その横で弾は昼食の 半でのチハヤの単独シーンは⋮⋮かなりイケるぜ ﹁まぁ良いさ。よし、続きと行こう。なぁに安心しろ一夏。もう後半だ。このアニメ、後 ﹁お、おう﹂ ﹁良いか一夏。世の中な、言って良いことと悪いことがあるんだぜ﹂ 数馬によるツッコミの拳を軽々とかわしながら一夏は冗談冗談と言う。 ﹁黙れ、72言ってやがる﹂ ﹁胸がか ﹁ふむ。どちらも比較的クールな方のキャラとは言え、二人には結構な違いがあるな﹂ 正直そんなセンスを褒められても困ると言うのが一夏の本音だ。 着眼点だ。一夏、やっぱ君センスあるよ﹂ ﹁なるほど、チハヤにタカネか。悪くないチョイスだ。歌にも目を付けるとは中々良い そういいながら一夏が指さした二人のキャラを見て数馬はふむ、と頷く。 ? 564 算段を立て始めていた。 どした ﹂ ﹁あーところで数馬﹂ ﹁ん ? よ﹂ この双子の姉妹のアイドルいるじゃん ﹁ほぅ。なんだ、言ってみろよ﹂ ﹁あぁ、あのな ﹂ ? ﹂ ちなみに俺はマミの、姉の方が好みだな。いやどっちも好きだ けど。で、二人がどうした ﹁あぁ、アミにマミな ﹁ザクカイッ ﹁修正してやるーっ ﹂ ﹁いや、この二人さ。声が鈴のやつにそっくり││﹂ ? ? ? !! に込められた鬼気迫るものに、一夏は思わず意味不明な呻きをあげる。 さたるや、一夏ですら不意を突かれたとは言え反応できず直撃を許すほどだった。そこ 一夏の言葉を遮って数馬のツッコミのチョップが一夏の頭頂部に炸裂した。その速 !? ﹂ ﹁いや、このアニメ、作品それ自体を見始めた頃からかなり気になってたことがあるんだ ? とけ。いや、別に黒歴史とかそんなんじゃなくてな、あえて気にしないのがマナーとい ﹁良いか一夏。それはな、そればかりはな⋮⋮触れちゃダメだ。色々マズい。うん、やめ 幕間 バカ話 565 うやつだ﹂ ﹂ ? ﹁一夏、お前悪くないって思ってるだろ いやいや否定するな。その気持ちはよく分 ﹁この二十話はどう考えても美早回だな。その前回に朱音回か﹂ ﹁二十話。もうあと五話くらいだ。飯食ってしばらくする頃にゃ全部終わるよ﹂ ﹁今何話だっけ ﹁まぁ全員に均等にスポット当てようと思ったらこれが一番手っ取り早いしねぇ﹂ ﹁これも今更だけど、回ごとにメインのキャラが違うんだな﹂ そう言って三人でアニメの続きを見る。見ながらも、会話はなおも続く。 ﹁よし、じゃあ続きだ﹂ 険しい、真剣な眼差しで言うなと念押しする数馬に、流石の一夏も素直に頷いて従う。 ﹁ダメだ﹂ るってのも⋮⋮﹂ ﹁え ∼ っ と そ れ じ ゃ あ、あ の 朱 音 の 声 が や っ ぱ り 俺 の ク ラ ス メ イ ト の 四 十 院 に 似 て い 566 プロダクションの工作によって歌えなくなったチハヤが、仲間たちが作り上げた新曲を そんな取り留めもない会話をしながらもアニメは進んでいく。そして終盤、ライバル らな﹂ かる。僕も、この二十話とその前の十九話が入ってるブルーレイ七巻はお気に入りだか ? 歌おうとする場面。 やはり声が出ずに俯く美早の下に駆け寄る仲間たち。彼女らの歌声に後押しされて、 ﹂ ついに美早が過去のトラウマを振り払い高らかに歌い上げた。 ﹁やった ﹂ ? 姿があった。 それはもう晴れ晴れとした笑顔を浮かべてグッとサムズアップを決めている数馬の ﹁ウェルカム﹂ には││ 右側、すなわち数馬の居る方に嫌な予感を感じつつも振り向く。そして振り向いた先 ヤッベーと冷や汗を流す一夏の肩に、右からポンと手が置かれる。 仕方ないなこいつと言うように弾がヤレヤレと首を横に振る。親友のそんな態度に ﹁まぁ、頑張れや 三人並んだ真ん中に座る一夏は、まず左の弾を見る。 ことに気付く。 瞬間、一夏はそんな声を上げてガッツポーズを決めていた。そして、ハッと己のした ! ﹁否定するな、認めろよ一夏。何にも恥じることはない。好きなことに好きと感じて何 ﹁いや、たまたまだたまたま。ちょっと魔が差しただけだよ﹂ 幕間 バカ話 567 ん ﹂ ? オラ、次の回始まっぞ ﹂ ! ? コイツと言うようにニヤニヤと一夏を見ていた。 ﹂ 実際に声優さんたちがライブで歌っ ﹁別に良いじゃないか。何にも恥じることはないんだぜ ﹁見てみろよ、このライブシーン。良いだろう なぁ、一緒に熱くなってみたいとは思わないか たりもするんだぜ ? 人に公言していたため、それを果たしに行ったのだ。 途中ではあるが弾が一時的に席を外す。この日の昼食は自分が受け持つと事前に二 を突き進みけていることを悟った。 そんな様を見て弾は﹃こりゃそろそろ限界かもな﹄と、友人がまた更に変わり者街道 左右にブーラブーラと揺れている。 引き締め、そんな言葉には耳を貸すまいとする一夏だが、どうにも座りながら上半身が アニメを見る横で数馬がそんな悪魔の囁きを一夏に吹き込む。口を真一文字に固く み出す、それだけでいいんだよ﹂ ﹁怖くなんかないさ。失うものなんざない。ただ、最高の娯楽を得るだけだ。一歩を踏 ? ﹂ ﹁盛り上がるだろう ? ﹂ 強引に数馬を視界から追い払う一夏。追い払われた数馬はと言えば、しょうがないな ! ん が悪いんだ ? えぇい ﹁ちがぁう ! ? ? 568 なお、現在五反田邸にはこの三人しかいない。住人である弾の家族たちは全員出払っ ている。そのため、食堂も今日は休みとなっているが、それはどうでも良い。 事前に仕込みはしておいたため、作り上げるのにさほど時間は掛からなかった。 出来上がった野菜炒めを大皿に盛り、部屋に持っていく。この後にご飯などを運び込 む。部屋に近づくにつれて未だ続いているアニメの音が聞こえてくる。 ハイハイハイハイ ﹄ 友 人 音から察するに、またアニメの中でのライブシーンか何かだろう。特にどうと思いは ハーイ ! !! しないので、そのまま部屋に入る。そして││ ハーイ ! 姿が飛び込んできた。 部屋に入った瞬間、アニメのライブに合わせて見事にコールを入れている馬鹿二人の ﹃せーの ! ただ一言、弾は諦めと共にそう呟くのだった。 ﹁⋮⋮ダメだこりゃ﹂ 幕間 バカ話 569 ﹂ ﹁違う、あれは気の迷いだ。雰囲気にあてられただけだ⋮⋮﹂ ﹂ ! ? ﹂ ? ﹂ な﹄っと﹂ ﹁止めろ ! ! ﹁つーか見つめんなよ気持ち悪い ﹂ ﹁さて、スレ立てるか。﹃俺たちずっと﹄友人二人がホモホモしい件﹃親友︵ツレ︶だよ 二人の視線が交差する。それを見ながら数馬は││ ﹁一夏⋮⋮﹂ ﹁弾⋮⋮﹂ 友人を気遣う弾の言葉に、一夏は静かに首を上げた。 なんて、今更だ。お前が、俺のダチなのは変わりない﹂ ﹁まぁアレだ一夏。少なくともこの程度じゃ俺はどうこう思わねぇよ。お前が変わり者 味方は居ないのかと一夏が肩を落とす。 ﹁弾、お前まで⋮⋮﹂ ﹁まぁさ、一夏。ほどほどにしとけよ アニメに一段落をつけた三人は卓を囲って昼食を摂る。 ﹁うるさいわ ﹁いい加減認めろよ一夏。結構ノリノリだったろう 570 ﹁お前が先だろ一夏 ﹂ ゲームの方も﹂ やいのやいのと決して静まることなく食事が進む。 ﹁でだ、一夏。どうよ ナ イ カ ﹂ ﹁別に家でも良いだろ ﹂ ﹂ それにハードなら俺複数台あるし、貸すぜ どうだ、ヤ ラ ﹁その聞き方やめろマジでやめろ終いにゃしばくぞ﹂ ﹁そう言いつつ拳をポキポキ言わせるのは止めようぜ ﹁つーかお前、そんだけどハマりして、完璧に終わったらどうするつもりなんだよ ? ! ﹁いや、良い。ていうか学園の寮にハードないし﹂ ? ? 中々良いフレーズだな。よし、座右の銘にしよう﹂ だ。俺 は 俺 に こ う 言 い 聞 か せ よ う。未 知 の 結 末 を 知 れ と。ん 今 考 え た に し て は そうさ、終わりだって俺は愛でてやるよ。なにせそれはまだ俺が知らない未知なん てに始まりと終わりはあるのだからね。 ﹁無論、確かに悲しくはあるがそれもまた運命と甘んじて受け入れるさ。元より、物事全 ? ? ? ? やったか分かったものじゃあない。 一人で納得する数馬に一夏と弾が揃って突っ込む。こんなことも、今日でどれだけ ﹃いやどうでも良いし﹄ 幕間 バカ話 571 572 山も無い。オチも無い。ただ延々とダベるだけの行為を、野郎三人は続ける。そこに は生産性もクソッタレもあったものではない。 意義があるか否かと問われれば、ほぼ確実に否だろう。だが、それでも彼らは笑って いた。 友と笑いながら時を共有する。そうすることのできる尊さを彼らが知っているとは 限らない。多分知らないだろう。 だが、ただ笑顔で穏やかな時を過ごすことができるということを尊いとするのであれ ば、彼らにとってこの時間は決して無為なものでないことは、間違いないと言えるはず である。 ることがバカだったら意味無いよなーと﹂ ﹁ていうかさ、俺思うのよ。一夏、弾。どんだけきれいに締めようとしても、結局やって 幕間 バカ話 573 ﹁違いない﹂ ﹃HAHAHA ﹄ ﹁お前ら見てるとよーく分かる﹂ 574 !! りだろう。周りを鉄に囲まれているというのが実によく似ている。 これで何人目か、とっくに数えるのを止めた。場所はきっと、三年前のあの場所あた りに己の血を広げ流しながら事切れる。 当然の帰結として、男は切り口より大量の血を噴き出しながら倒れる。そのままあた ると同時に最高速で男に迫り真正面から逆袈裟に斬り裂く。 伸ばした手で刀の柄を握る。腰を切って抜刀、鞘の中で加速を終えた刀身は抜き放たれ 相手から漏れた殺気に思考より速く体が反応する。一息に内に距離を詰めると、腰に 分に敵意を向けていること。それだけが重要だ。 だが、そんな細かいことに意識を割くことはしなかった。ただ一つ、目の前の男が自 当然というようにそこに存在していた。 きたとか、そのような表現は正しくない。まるで初めからそこにいたかのように、居て 不意に目の前に影が躍り出た。それは黒服に身を包んだ男だ。いや、横合いから出て 本道をただひたすらに歩き続ける。鼻につく錆臭さはとうに慣れてしまった。 一歩、歩くたびに靴底と床の金属がぶつかる甲高い音が響く。周りを鉄に囲まれた一 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 575 576 倒れた男を一瞥もせずにまたいで超える。また一体、ただの肉塊ができあがった。何 もない一本道を延々と歩いている。 歩く最中でいかなるからくりか出てくる敵、その悉くを仕留める。ある者は先ほどの ように斬り伏せた。ある者は組みつき、一息に頸椎をへし折った。ある者は渾身の一撃 で頭蓋を砕いた。方法は異なるが、いずれにせよ結果は同じだった。 道は、周りを囲む鉄以外にも床を浸しかねない程に流れる血でむせ返るような臭いを 漂わせている。だが、慣れてしまったために気になることはない。 ただただ、作業のように同じことを繰り返しながら歩き続ける。そして一つ、また一 つと作業を進める度に、死が積み重なっていく。 そんなことをどれだけ繰り返したか分からない。その内に、道は不意に途切れる。目 の前に鉄の壁が広がり、そこから先に進むことができない。 カチャリと、背後で何かが動くような音がした。淡々と作業を続けていた疲労から か、やや緩慢な動作で後ろを振り向く。そして、黒い塊が視界に入る。 自分に向けられた塊の先には穴がある。塊のカラーリングであるソレよりも更に黒 く、空虚な穴だ。広さは数センチにも満たず、奥行き自体も十五センチあるかどうかの ちっぽけな穴だが、まるで底なしのように思えるのはそれが銃口という﹃死﹄を齎すも のだからだろうか。 ピタリと額に向けられた銃口を無表情で見つめる。銃口よりわずかに奥の方にある 引き金がゆっくりと引かれる。 撃鉄が落とされ装填された弾丸の火薬に火をつける。一瞬の爆発によって弾丸はそ の身に旋条痕を刻みながら銃身を通り、そして銃口から飛び出して一直線に向かって来 る。 飛び出した弾丸が額に達し、皮膚を破り頭蓋を砕き抜き、そして脳髄を貫通するまで 一秒もかからない。その刹那を更に寸刻みにした六徳、あるいは清浄の時の中で静かに 思った。 なんだ、これで終いかと。 そして放たれた弾丸は額に達し││ ﹂ !? を吐きながら静かに自分の状況を把握する。 掛布団を跳ね飛ばしながら一夏は飛び跳ねるように起き上がった。そのまま荒い息 ﹁はぁっ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 577 別に特別なことは何もない。場所はIS学園一年生寮の自室、そのベッドの上。 分ばかり早く目が覚めてしまった。 小さくため息を吐く。これを幸いと呼んでいいかどうか分からないが、普段より三十 ﹁⋮⋮﹂ る。内容はお世辞にも良いと言えるものでないことは確実だが。 夢の内容など忘れるのが大半だが、今回に限って言えば割としっかり記憶に残ってい ﹁またずいぶんと、エキセントリックな夢だったもんだ⋮⋮﹂ 分に他ならない。 ただひたすらに一つの事象を積み上げて、そしてあのような結末に至ったのもまた、自 自分の夢なのだから、その中で動いていたのは紛れもない自分だ。ならば、その中で ﹁ったく、一体全体なんだってんだ、あの夢は。イカれてるにも程があるだろう﹂ 早いことくらいか。 れ、とても静かとは言い難い寝起きとなったことと、その時刻が平素より三十分ばかり ただ、強いていつもと違う点を挙げるとすれば、ロクでもない夢によって叩き起こさ 状態だ。別に何もおかしいことはない。 なんてことはない。今の自分は日々の始まりとして幾度となく行ってきた寝起きの ﹁夢、か⋮⋮﹂ 578 このまま二度寝をしようという気もしないし││そもそも完全に意識が覚醒してし まっている││少しばかりまったりとした朝を過ごすのも悪くはない。 モゾモゾと動いてベッドから這い出る。空調を効かせてあるため、室内の温度は快適 の一言に尽きるのがありがたい。 軽く背筋を伸ばしながら窓際によると、閉めていたカーテンを勢いよく開ける。だ が、それで日差しが室内に差し込むかと言えば否だ。何せ現在の時刻は午前四時半。ま だ日も完全に登っているとはいえない。 夕方とはまた趣きの異なる薄闇に彩られた空を見ながら、窓を開ける。室内の換気の ためであるが、それ以外にも朝の空気を味わうという楽しみも兼ねている。 ただ、今朝ばかりはいつものように気分よくとはいかないだろう。何せ、あんな夢を 見た後だ。 だというのか。全くもって馬鹿馬鹿しい。ナンセンスにも程がある。 あんなことを積み重ねて、その果てにあのような終わりを迎える。それが自分の望み ﹁馬鹿馬鹿しい。どうにかしているにも程がある﹂ なわち自分の願望とは││ 夢はその当人の願望を示すこともある、と。仮にその理屈でいくのであれば、それす ﹁確か数馬が言ってたっけ⋮⋮﹂ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 579 ﹁あ∼、最近派手にやりあうこと多かったしなぁ⋮⋮﹂ ISを装着した上でという補足はつくものの、ここ一か月そこらの間で存分に技を奮 う機会が多かったのは事実だ。いや、技を奮うというよりは戦いという行為に身を浸す というのが正しいかもしれない。それで少しばかり心が昂ったのだろうか。 なにせ師に弟子入りして剣に武術にと学んで早数年とは言うものの、学んだそれを存 分に使っての果し合いなど殆ど無かったに等しい。 師との組手は、そもそもまた別にカテゴライズされるものであるし、二年ほど前に町 のチンピラ相手にやっていたのは、完全な実験だ。一体どこの世界に実験台のモルモッ ト相手に本気の果し合い気分で臨む奴がいるというのか。 ﹁ま、初めての海外旅行にしては刺激的に過ぎる思い出になったけどなぁ⋮⋮﹂ り返る。 えを出し、早朝トレーニングの準備をしながら一夏は意識を己の内へと向けて過去を振 開けたままの窓に背を向けて歩きながら一夏は呟く。部屋のクローゼットから着替 ﹁しかし、もう三年か⋮⋮﹂ 選り好みなどできるわけがない。 とりあえずは時間の経過にまとめて委ねるしかないだろう。なにせ見る夢の内容の ﹁参ったな、ったく。まぁ、またしばらくすればいつも通りになるか⋮⋮﹂ 580 せっかくの姉の晴れ舞台を間近で見物してやろうかと思ったが、それより遥かに刺激 的かつエキセントリックで、そして姉弟の心に紛れもない影を落とすような思い出土産 ができてしまった。 今 も 姉 は 当 時 の こ と に つ い て 責 任 を 感 じ て い る 節 が あ る。は っ き り 言 っ て 二 人 で どっこいどっこいだ。二人揃って非とされるべきところはある。 ﹁けど、忘れろってのも土台無理な話だしな⋮⋮﹂ トレーニング用の黒いジャージを着こみながら困ったように言う。何せ忘れようが ないくらいに重大な事態にまで発展してしまったのだから。 おそらく、姉はこのことについて吹っ切れるということはないだろう。自分も、割り 切ってはいるもののそれ相応に重く受け止めてはいるつもりだ。ならばこそ、そんな動 かしようのない過去ではなく先を見据えるべきだろう。 ジャージの上着を翻しながら着る。二度とあの時のような無様は晒せない。晒すよ りも早く、事態を始末できるだけの実力が必要となる。 まるで込められた執念が具現したかのような重さを伴っていた。 己に喝を入れるかのように正拳突きを虚空に向けて打つ。その拳が空気を打つ音は、 ﹁ぬんっ﹂ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 581 い。 ? 方であのような光景は見られた。理由は単純で、その胸を伝えるプリントなどが教室後 一夏とセシリアの試合の日程が決まった時、クラス対抗戦の開催日が決まった時、双 ぐに分かった。教室の後方に集中しているのだ。 そして教室全体の雰囲気もおかしい。異様なほどに気配の空白が目立つ。原因はす ない。 しながら教室に入れば、一人二人くらいは同様に挨拶を返すが、今朝についてはそれが な立場とは言え、一か月も経てば自分も周囲もそれなりに慣れる。こうして軽い挨拶を 教室に入ってまず真っ先に一夏が感じたのは違和感だ。男一匹などという奇々怪々 ﹁ん ﹂ しても、声こそ間抜けているが寝ぼけ眼を擦りながら登校するということはありえな ぶトレーニングによって一夏は心身ともに完全に覚醒した状態にある。教室に入るに 間の抜けた声でのあいさつと共に一夏が教室に入る。既に早朝の二時間近くにも及 ﹁チョリーッス﹂ 582 方に掲示されるからだ。 そうした情報と今の状況を照らし合わせれば、また何か新しい掲示が、それもクラス の大半の注目を集めるようなものがあるということだろう。 中央列最前にある自分の机に荷物を放るように置くと、一夏も一体何の掲示があるの か確認するために教室の後方に向かう。その途中、一人自分の机に座りながら黙々と授 業の準備を進めている箒をチラリと一瞥するが、すぐに視線を外す。 あぁ、全体トーナメントね﹂ ? 今のところ掲示されている内容は開催とその日どりの旨だけだが、追々これにルール れるのだが、現状一夏らには関係の無い話だ。 ている一クラスの生徒は試合への参加はせず、機体整備などのスタッフとして駆り出さ 形式のIS戦を行うというものだ。ただし、二年三年については技術科として分けられ その内容は至ってシンプルそのものであり、各学年ごとで全生徒参加のトーナメント も特に規模の大きなものだ。 学年別全体トーナメント。凡そ考え得る限り、IS学園における一年間の行事の中で ﹁なになに やつだろうか。 そんな風に声を掛ければ自然と通り道を空けてくれるのはこのクラスの美徳という ﹁はいよー、ちょっと俺にも見せてくれよっと﹂ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 583 など色々と追加されるのだろう。 ﹂ ? り気にしないことにする。火の粉がこちらに飛んでこないのであれば、勝手に燃えてい 後ろの方で不穏な気配を漂わせながらセシリアが闘志を燃やしているが、あえてあま すわよ﹂ ﹁フ、フフ⋮⋮。勿論ですとも、えぇそうですとも。今度こそ、きっちり勝たせて頂きま てもらいたいというのが一夏の本音である。 自分と戦うことになるのかは分からない。だが、やる以上は相手にも相応の気概を持っ そうはさせないけど、という一言は胸の内に閉まっておく。このクラスの内の何人が そうさ。やるなら、優勝狙えよ﹂ ﹁当たり前だ。それ以外、何を狙うって言うんだ。ていうか、鏡にしても他の皆にしても において望むものはただ一つだけだ。 隣にいた鏡ナギが聞いてくる。愚問としか言いようがない。元より、勝負というもの ﹁勝ち続ければなおさらだもんねー。織斑君、やっぱり勝つ気満々 も長くなるのは必然と言うのは分かるが、それでも唸らずにはいられない。 をほぼフル稼働させて大半の生徒が参加するトーナメントを開催するのだ。その期間 学校行事など一夏に言わせれば何であれ祭のようなものだ。限られた学園内のIS ﹁一週間がかりでやるとか、スッゲェよなぁ。祭りが一週間続くようなもんだろ、コレ﹂ 584 れば良い。 ﹂ あれなん いや、俺の白式作った会社の人なんだけどさ、この間の対抗戦あったろ ﹁あ、そういえば織斑くん。この間、なんかスーツ着てる人と歩いてたよね だったの ﹁あぁあれか ? その時にISに記録されたデータの回収だとか、念のための点検だとか、そんなん ? ? ﹂ あとは、ちょっと今後のこととかのオハナシってやつだな﹂ だよ。まぁちょっとした保険サービスみたいなもんだよな。 ? ? ﹁それって、私たちの勝ち目がもっと低くなるってこと ︵そして⋮⋮︶ ﹂ 大変だとは思うが、その上で頑張れとしか言うことはできなかった。 苦笑いを伴ったそんなコメントに、一夏も苦笑を禁じ得ない。 ? な﹂ しいぜ。多分、トーナメントの時の白式はこの間とはまた違う感じになってるだろう やこれはいっか。まぁとにかく、また今度来るってさ。その時に色々大掛かりにやるら ど、例えば補助の設定弄るとか、パーツを一部交換するとか、そんなの。それに⋮⋮い ﹁そう。まぁ早い話、ISのカスタマイズとか調整だよ。武装積むのはカッツカツだけ ﹁今後のこと 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 585 チラリと、再び箒に視線を向ける。彼女もこちらを伺っていたらしいが、一夏と目が 合ったことに気付くとすぐに逸らす。 目を逸らす寸前、その眉間に皺が寄ったのを一夏は見逃さなかった。どうにもご機嫌 が斜めのようらしい。 ﹁ねぇねぇおりむー。しののんの方見てたけど、どうかしたの∼ ﹁いやお前ら、がっつき過ぎだって⋮⋮﹂ ﹂ ことに興味津々というように一斉に一夏の返答に耳を傾け始める。 入るには十分である。一夏が誰かを、それも旧知である箒を注視していた。それだけの 人が集まっているこの状況だ。普通に話しかけるだけの声量でも周囲の面々の耳に を注視し過ぎていたことに気付く。 そんな間延びした声と共に尋ねてきた布仏本音の言葉に、一夏はそこで自分が少し箒 ? を傾げるのもある意味当然と言えることだろう。 視線を箒の方に向けたまま笑みを浮かべ続けていたからか、その姿に気付いた者が首 でいる自分がいることに気付くと、そのことに対してますます苦笑をしてしまう。 そんなことを考えている内に自然と口元が緩む。なんだかんだで、この展開を楽しん つは︶ ︵まったく、仕掛けてきたのはそっちだろうに。はてさて、どこまでやれるのかね、あい 586 その様子に一夏は軽く引くが、考えてみれば仕方のないことかと軽く嘆息する。 ﹁別に大したことじゃあないよ。ただちょっと、箒と賭けをしただけさ。そう、賭けをね ⋮⋮﹂ クックッと含み笑いをしながら答える一夏に周囲は首を傾げるが、別に大したことで はないと言って一夏はそれ以上言おうとはしなかった。 一度掲示を見た以上、もうこの場に留まる意味はない。踵を返して一夏は自分の席に 向かう。 思い出すのは数日前の夜のこと。既に新たな部屋割りの下、一人部屋を満喫していた ︵さて、あいつが一体どこまでやれるのか。まぁ見物ではあるよな︶ 一夏の下に箒が訪ねてきた。 ﹃話がある﹄ ﹄ その言葉と共に箒が語ったのは、近く行われる学年別トーナメント、つまり先ほど掲 示がされていた行事のことだった。 ﹃次のトーナメント、私が優勝したら⋮⋮。一夏、私と、私と⋮⋮付き合ってもらう !! 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 587 部屋の中というのが幸いした。これが廊下で誰かに聞かれようものなら、言葉が言葉 だ。確実に騒ぎになっていた。そのくらいを予見するくらいは一夏にもできた。 そのあたりを分かっているのかと一夏はため息を吐いたが、言っても察するかどうか 怪しいのであえて糾さずにいた。 ントでお前が優勝したら、付き合う⋮⋮それってつまりそういうことか ﹃他にどのような意味がある﹄ ? ? 相手ではなかった。実際問題、この世に生を受けて早十五年と幾月、そうした感情を特 あくまで付き合いが少し長いだけの友人の一人という認識であり、そうした感情を抱く 好意を向けてくれることはありがたいし悪い気はしなった。だが、一夏にとって箒は ﹃はぁ⋮⋮﹄ ﹃どうなんだ。いや、何が何でもそうしてもらうぞ﹄ うより、今この時に初めて一夏は箒が自分に向ける感情を知ったのだ。 正直なところ、どうすれば良いか本気で困ったというのが一夏の本音であった。とい だといやいやマジかよ俺にどうしろっての。 どういうことなのコレ、ていうか付き合えとかマジかよなにそれつまり箒は俺にそう ﹃あー、えー、えぇ∼﹄ ﹄ ﹃正直いきなりで話が見えないんだけど、なにか 台詞から察するに、今度のトーナメ 588 定の異性に抱いたことがないのがこの織斑一夏という人間だが。 本気で言っているのなら、その提案は却下だ。初めか しかし、それ以上に一夏には聞き捨てならない言葉が箒の発言の中にあった。 ら成功なんざしねぇよ﹄ ﹃優勝、優勝ねぇ。箒、本気か 思ったより口から出た言葉の口調は冷たいものだった。だが、そのことは一夏にとっ ? てさして気になることではなかった。 ﹄ !? 見つめながら一夏は言葉を続けた。 るのか ﹄ ﹄ ﹃色々とまぁあるけど、多分問題はこれに尽きるな。箒、お前は優勝と言ったな ﹃そ、それは⋮⋮ ? 表候補性。お前とは知識、経験、腕前が明らかに違う。俺は候補生じゃないし、三人に ﹃オルコット、鈴、更識、そして俺。四人だ。四人の専用機持ちが居て、その内三人は代 げた。 まった。追い打ちをかけるつもりがあったわけではないが、あえて言葉にして事実を告 言われて初めて自分が為そうとしていることの意味に気付いたのか、箒は言葉に詰 ! ? でき 一夏の返答は予想外のものだったのだろう。箒が狼狽えるが、それを冷めた眼差しで ﹃ど、どういうことだ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 589 比べりゃ知識も経験も無い。だが、実力だけなら張り合えるだけはあると自負してい る。 それだけじゃない。三組の代表のグレー。やつだって確かにこの間の対抗戦じゃ全 いやあっ 敗だったけど、それでも他の大勢の皆に比べりゃリードしてるとこはある。そしてそう した連中除いた一年の他全員。 なぁ箒。本気でその全員に、お前以外の一年全てに勝つ自信があるのか ﹃ん、なぁっ⋮⋮﹄ たとしてもそうはさせない。何故なら、優勝はこの俺が頂くつもりだからな﹄ ? ずっと、思っていたと⋮⋮ ﹄ 箒もその言葉には絶句せざるを得なかった。自分が勝つつもりだから初めから勝ち 私がどんな思いで言ったと⋮⋮ ! 目がない。一夏はそう言い切ったのだ。 ﹃ふざけるなっ ! るというもの。 で考えていたことなのだが、それでこのような反応をされてはこちらも対応の仕方に困 だが、その様を見て一夏は困ったように後頭部を掻いた。言ったこと自体は割と本気 ろうか。 でも一夏の言ったことが否定できない事実であると心のどこかで自覚しているからだ 食い縛った歯の間からそんな押し殺した声が漏れた。握る拳が震えていたのは、それ ! 590 このまま帰すのもそれはそれで後味が悪い。ならば、せめて双方に納得できる妥協点 を模索するのが得策ではないか。そう考えた。 後々になってからも、一夏自身この時に思いついた案は中々よくできたものだと言え ﹃ふむ﹄ ﹄ ? るものだった。 ﹄ ﹃なら箒、少し妥協しよう。条件を変えるというのはどうだ ﹃どういう、意味だ ? ﹃やってみせろ。魅せろ箒││俺をモノにしたいんだろうが﹄ するのであれば﹃付き合いたかったら惚れさせろ﹄ということに尽きた。 妙に回りくどい言い方をしているような気がしなくもなかったが、一夏の言葉を要約 ﹃それは⋮⋮﹄ きゃ俺は誰かと付き合うなんざしないからな﹄ み重ねてきた武人の、剣士の何もかも。全部で俺の心を奪ってみせろ。そもそも惚れな ﹃そして第二だ。これが一番肝心だな。全力を見せてみろ。お前の本気、全て、今まで積 人差し指を立てながらの一夏の言葉を箒は静かに聞いていた。 でなきゃ、俺より上位に食い込んでみせろ。これが第一﹄ ﹃別に優勝なんざしなくて良い。だが、仮に俺と当たったなら、この俺を倒してみせろ。 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 591 低い声だったが、同時に重さがあった。その言葉に打ちのめされたように、そして水 を掛けられたように箒はハッとする表情を見せた。 ︵まぁ、俺はいつも通りにやるだけだ。俺自身も白式も、万全に整えて勝ちを取りに行く う。 なっていく様を見て、そして自分自身で相手をするというのも良いものではないかと思 まるで未知の強者というのも悪くないが、こうして考えてみると知己の人物が強く ると中々どうして心が湧くような気分になる。 れるのか。そしてその時の自分と彼女の果し合いがどのようなものになるのか。考え 果たして自分に挑むまでに至り、そして自分に勝つために箒がどこまで自分を高めら けでもなく平穏に時は進んでいる。 そんなやり取りがあったのが三日ほど前の夜。それからと言えば、特に何事があるわ ﹃加減無用だ。楽しませろ﹄ ﹃望むところだ。見ていろ、一夏﹄ 592 だけ︶ その中で、箒とも戦う機会があったのであれば存分に果たしあうだけだ。その結果と ︶ して自分が箒に心奪われるようなことがあれば、まぁ希望に沿ってやっても良いだろ う。 きすぎているのだ。 どうしてかと思えば、原因などはっきりしている。あまりにも、師の姿が強く焼きつ かれるというのはまるで無かった。 グだとかプロレス、柔道の五輪などもひっくるめて色々と見てきたが、どれも心から惹 今まで形はどうであれ人が戦う様というのは、それこそテレビでやるようなボクシン ︵あーけどなー、考えると俺の中のハードルって結構高くね ? って感じで一つ頑張ってもらうしかないな箒にはうん︶ ! 百と飛んで七度くらいひん曲がった感じで始まるのであった。 ﹁今日は皆さんに転校生を紹介します。二名、新しい仲間がこのクラスに増えますよー﹂ を取り出す。そして今日も今日とていつも通りの日常が││ 完全に他人事のように心の内で箒に適当なエールを送りながら一夏は鞄から教科書 ガンバー ︵まぁあれかな。こう、実力的にはまるで及ばんでも、迸る若さと青春でガッツな感じで 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 593 ﹂ ! けでも大事だし、その後の学園側の許可もそれなりだ。 試験の受験許可に出してもらわなければならない。この国から推薦を受けるというだ 一夏が鈴から聞いた限りでは、まず第一に国家から推薦を受け、そして学園側に編入 が、編入はそれに輪をかけている。 IS学園への途中編入というのは相当に難しい。入試自体もかなりの狭き門である 園に転校してきたという事実そのものだ。 別に転校生の挨拶などあまり気にならない。気になるとすれば、転校生がこのIS学 気だが。 にはさほど勢いがあるとはいえず、周りの流れに合わせて適当にやっているという雰囲 一夏もまた、最前列の席でパチパチと拍手をする一人であった。もっとも、その拍手 の拍手があがり、程なくしてそれはクラス全員による歓迎の拍手へと変わった。 は極めて友好的な印象を見る者に与え、自然とクラスのあちこちから自己紹介に対して 金髪を首の後ろで束ねた少女、シャルロットが挨拶をする。顔に浮かべた満面の笑み す ﹁シャルロット・デュノアです。フランスから来ました。みなさん、よろしくお願いしま 594 編入試験自体は内容的に通常受験のそれと変わりない。筆記試験もあれば、母国の施 設などで行う実技審査もある。無論、難易度はこちらの方が上である。そこへ更に面接 などが加わる。 一夏が鈴より聞き及んだのはこの辺のおおまかなところである。鈴としては更に詳 細を話そうとしたのだが、それは一夏自身が﹁もういい﹂と断っている。理由は単純で、 とにかく至極面倒くさいということが分かれば十分で、そんな細かいところまで聞く気 が起きなかったからである。 なんにせよ、今日からクラスに加わる二人はその至極面倒くさいのを潜り抜けてこの 場に居るのだ。ならば、相応の能力を持っていることは疑いの余地もない。学力や人間 性、そして実力。小奇麗な表現をするのであれば花が咲くと言うのだろう。そんな笑顔 を浮かべているシャルロット・デュノアがその内にどれだけの実力を秘めているのか。 一夏が気にするのはその一点に尽きる。 そしてもう一人。 隣に立つシャルロットと比べても明らかに小さいことが分かり、一見すれば小学生に らかに医療用のソレとは異なる黒の眼帯が印象的な小柄な少女だ。 無言で教室全体を見渡すような視線の少女に目を向ける。腰まで届く長い銀髪と、明 ﹁⋮⋮﹂ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 595 見えないこともない。だが、その見た目に反して纏う雰囲気は硬質だ。シャルロットを ﹂ 花、ヒマワリあたりと例えるならば銀髪の彼女は氷だろうか。 ﹁あの、ボーデヴィッヒさん ﹂ ! ﹂ ! いをこらえるかのようにピクピクと引きつっているのを。正直、それを見て良かったと 何とも言えない沈黙がクラスを覆う。一夏は見逃さなかった。千冬の頬の筋肉が笑 噛んだ。 ﹁ラ、ラウリャ・ボーデヴィッヒだ した様子でボーデヴィッヒは改めてクラス一同を見る。 自分ではなくクラスの方を向けと嘆息混じりの言葉に諭され、またしてもあたふたと 敬礼を千冬に返す。 千冬の言葉に反射的とも言える反応を示すと、慌てた様子でドイツ語での返事と共に ﹁ヤ、ヤー 口脇に立っていた千冬がボーデヴィッヒに声を掛ける。 教卓の前に立つ真耶と、転校生二人をちょうど左右挟み込むような形で教室角の入り ﹁ボーデヴィッヒ、自己紹介だ。とりあえずは名乗れ﹂ 彼女の名が﹃ボーデヴィッヒ﹄であると知る。おそらくは姓だろう。 中々口を開こうとしない少女に真耶が声を掛ける。そこで一夏含めクラスの一同は ? 596 思う。見ていなければ、自分がそうしていただろうと思ったからだ。 ﹁⋮⋮ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む﹂ 努 め て 何 事 も 無 か っ た か の よ う に 言 い 直 し た ラ ウ ラ に 対 し て 指 摘 を す る 者 は い な かった。流石にさっきのアレを蒸し返すのはあまりに酷だと、一同が暗黙の内に了承し ていた。 ﹁えーっと、デュノアさんはフランスの、ボーデヴィッヒさんはドイツの、候補生だそう です。ボーデヴィッヒさんはドイツ軍のIS専門部隊にも所属していて、二人とも優秀 な能力を持っているので皆さんにとっては先達ということになりますね。 ですが、この学園での生活ということに関しては皆さんが先達です。お互いに色々な ことで助け合って、仲良くしていって下さいね﹂ そんな真耶の言葉に揃ってハイと返事を返す。そして改めて二人を歓迎する拍手が 沸き起こる。そんな最中、ふと一夏とラウラの目が合った。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ い、拍手も自然と収まる。 無言でラウラが一夏の方に歩み寄り、机を挟み一夏の前に立つ。その一連の動きに従 ﹁⋮⋮﹂ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 597 一夏とラウラが無言で視線を交わす。互いに静かな眼差しだが、そこには僅かだが緊 張感がある。それに感化されてか、自然と沈黙が広がる。 顔をしている。別に手の動きに敵意や害意があるわけではない。ラウラも、静かに事を く。一体何をするのかと周囲が緊張の面持ちになるが、それに反して当の二人は涼しい 不意に、一夏の手が動いた。静かに持ち上げられる右手はラウラの頭へと向かってい に見下ろす形になるのは物の道理だ。 立ち上がった一夏は何をするというわけでもなく、静かにラウラを見る。身長差ゆえ ﹁ふむ⋮⋮﹂ に誰もが息をのみ、特に一夏の周囲の生徒に至ってはあからさまに体を強張らせる。 そんな声と共に一夏が静かに椅子から立ち上がる。先にアクションを開始した一夏 ﹁よっこらせと﹂ そんな些細な音ですら、静寂に包まれた今の教室ではよく響く。 それだけのやり取りをして再び二人は無言になる。誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。 ﹁なんだ、姉貴の弟子かい。それはそれは⋮⋮﹂ ﹁私はお前を見極めたい。お前が、教官の弟であるというお前がどのような人間か﹂ ﹁いかにも﹂ ﹁お前が織斑一夏か﹂ 598 見守る。 ポスッ そんな効果音が聞こえそうな感じで一夏の右掌がラウラの頭頂部に置かれる。何が 目的なのか理解しかねているラウラは怪訝そうな顔になる。 そのまま一夏は高さをラウラの頭頂部からずらさずに右手を自分の胸に引き寄せる。 だいたい一夏の胸の真ん中あたりで手と胸が接触した。 そこへきてようやく、一同は一夏の行動の意味を理解した。彼は、自分とラウラの身 長差を測っていたのだ。 あまりに予想外の行動にラウラだけでなく、誰もが疑問の表情を顔に浮かべる。ラウ ラも一夏の行動の意図を理解し、そして同じように疑問を浮かべている。 一体何がしたかったのか。その意図を聞こうとしたラウラは一夏の顔を見上げ、見下 ろす一夏と視線が交差する。そして││ 対するラウラは、先述したように同年代の女子と比べても更に小柄。結果としてこの に見えるくらいだ。 に入る。百七十後半の背丈に鍛練の証拠である筋肉は、体格だけならもう何歳かは年上 勝ち誇ったように一夏が鼻で笑った。一夏は同年代の男子と比較しても大柄の部類 ﹁ふっ﹂ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 599 二人の体格差は、文字通り大人と子供のソレであり、一夏が得意そうにしたのもそこか らである。無駄なくらいにニヤリとした表情が、どうにも見ていてイラツくものを感じ させる顔だった。 ﹁むぅっ﹂ やはりと言うか、ラウラは明らかに不満そうな様子を顔に出す。だが、僅かに頬を膨 らませた膨れっ面に、更に何とかして身長差を縮めようと努力しているのか爪先立ちで ﹂ 背伸びをする様子は、どうにも迫力というものに欠けており、むしろ幼子の微笑ましさ しか感じない。 ﹁あーほらほら。悪かったなぁ。機嫌直せよ、な ﹁ふ、ふんっ 良いか フ ロ イ ラ イ ン ﹂ 私はお前なんかに負けないからな ! ﹁おぅおぅ、威勢が良いねぇ。頑張れよ、お嬢ちゃん ? ! ﹂ 千冬も、どこか呆れながらも小さく笑みを口元に浮かべている。 面々もいつのまにか緊張を解き、やはりラウラの様子をどこか微笑ましげに見ている。 もっとも、実際に微笑ましい様子なのは事実であり、成り行きを見守っていた教室の る。ラウラの様子を面白がっているのはもはや明らかだった。 る。それを見てますます一夏は笑みを││どう見てもからかう気満々だが││を深め とか何とか言いながら頭を撫でる一夏に、ラウラは更に頬を膨らませてムームーと唸 ? ! 600 ﹁むぅ∼っ く。 ﹂ の抜けた返事と共に一夏は素早く椅子に座り、千冬の言葉に従ってラウラも素早く動 そろそろ事の収拾をつけるべきと判断した千冬がそんな声を掛ける。﹁へーい﹂と気 ヴィッヒは最後に何か一言あるのならば、言っても構わん﹂ 鹿筆頭、お前もさっさと座れ。でなくば穴掘って埋まってろ。あぁ、デュノアとボーデ ﹁あー、時間の無駄だ。デュノア、ボーデヴィッヒ、さっさと空いてる席に着け。おい馬 がりつつあった。 く。そしてラウラはますますむくれる。見事なまでに意味のないスパイラルができあ うにしか見えないため、一夏もカッカッと笑いながらポンポンとラウラの頭を軽く叩 ラウラ本人は怒っているつもりなのだろうが、はっきり言って子供がむくれているよ ! 前の硬質さが漂っていた。 線を向ける。先ほどとは一転、ラウラの表情からは子供っぽさが鳴りを潜め、自己紹介 そんな取り留めもないことを考えながら一夏は、再度教室の前方に立ったラウラに視 ︵一人称が﹃僕﹄ねぇ。数馬あたりだったら良い反応するんだろうなぁ︶ そう言ってシャルロットは教室後方の二つある空席の一つに向かっていく。 ﹁えーっと、僕は特にないですね。みなさん、今日からよろしくお願いします﹂ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 601 ﹁仔細は省くが、私は以前母国で教官、織斑先生の教えを受けたことがある﹂ その言葉にクラス中がどよめくような反応をする。そんな中で一夏は特に何の反応 も示さなかった。 このクラスの内の何人が知っているかは知らないが、千冬が一時期ドイツでIS操縦 の教官職に就いていたことは知っていたし、先ほどのラウラの千冬への教官という言葉 から、彼女が当時の千冬の教え子であることは想像に難くなかった。 よ ﹂ コ コ ﹁ねぇねぇ織斑君。あんなにからかっちゃって大丈夫なの 彼女、ちょっと怖そうだ ラウラが一夏のすぐ脇を通り抜けた直後、隣の生徒が一夏に小声で声を掛けてきた。 そしてラウラもまたシャルロットと同じように自分の席に向かおうとする。 つことを望む。以上だ﹂ い。だが私はお前たちに、教官の教えを受ける者として確かな意識と心構え、矜持を持 ちの間には確かな実力差があると私は自負している。それをとやかく言うつもりはな このクラスの大半はIS学園で初めてISを学ぶ者達ばかりだ。ゆえに、私とお前た を受けている。 り根幹だと思っている。そして今、このクラスに居るお前たちは同じように教官の教え ﹁私にとって教官の教え、教えを受けたことそれ自体は、私のIS乗りとしての誇りであ 602 ? ? ﹁別に平気さ。あの時のあいつの反応は割と素だった。多分、ありゃ本質的には結構素 直なんだろうな。ただ、それをちょっと軍人気質で背伸びさせてるようなもんさ。それ に、弄ると実に面白い﹂ ククッと小さく笑いながら答える一夏の言葉に邪気はない。本当に、ラウラを面白く て可愛げがあると評している言葉だった。 そのまま視線を後ろに向けてラウラの背を追った一夏は││ せいではないだろう。 ! ︵ま、またこれから少し騒がしくなるってことかな︶ まった瞬間でもあった。 なんとなくであるが、一組におけるラウラ・ボーデヴィッヒという少女への認識が固 えていた。 むくりと起き上がったラウラは自分に言い聞かせるように言うが、その声は微妙に震 ﹁⋮⋮こ、この程度どうと言うこと⋮⋮。ド、ドイツ軍人は狼狽えない⋮⋮ ﹂ 再び沈黙が教室中に広がる。先ほどの噛みに比べてやや重苦しいのはおそらく気の ﹃⋮⋮﹄ そんな声と共に床に躓いて転んだラウラの姿を目の当たりにした。 ﹁あうっ﹂ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 603 604 そんなことを思いつつ一夏は小さく鼻を鳴らすのであった。 この日の授業はISの実機を用いての授業から始まる。一限と二限を通して行うこ の授業は一組と二組の生徒が合同となって行う。 今日の内容は基本的な移動操作の確認が主となる。二クラスの専用機持ちは計五人。 この五名を除いた一組二組の生徒全員を出席番号順に五つのグループに分けて専用機 持ちをリーダーとしてのグループを作る。 そして教員の││今日に関しては千冬と真耶がメインである││指示を指標として リーダーである専用機持ちがそれぞれ自分の担当するグループの生徒を見ていくとい う方針だ。 なお、この出席番号順はグループ分けをする時点で素早く一夏が千冬に進言したもの である。千冬もこの進言をすぐに受諾。自由に組ませたところで誰か一人に人が集中 して時間がかかることになるだろうということを、姉弟揃って事前に見抜いていた結果 である。 な要素だ﹂ ﹁さぁて、手早く始めるとするか。タイムイズマネー、修行において時間とは非常に重要 そ ん な こ と を 言 い な が ら 一 夏 は 自 分 の 周 り に 集 ま っ た グ ル ー プ メ ン バ ー を 見 回 す。 一夏のグループに入れたことに何かしらの期待をしているのか、明るい顔をしている者 が殆どだ。それを見て一夏は苦笑をせずにはいられなかった。 ﹂ ? デュノアなんかもう始めてやがる⋮⋮。ほら、全員整列 急げぃ ﹂ ! 各グループに貸し出された練習用の打鉄の横に立つと、その装甲を拳で軽く叩きながら 声を張り上げて一夏は自分を囲むように立っていた面々を一列に並ばせる。そして ! ﹁ま ぁ 良 い さ。任 さ れ た 以 上 は 真 面 目 に や ら せ て も ら う。早 い な、ボ ー デ ヴ ィ ッ ヒ や に、半ば鳴り物入りのような形で専用機を持つことになった人間とは違う。 各々の国で名実ともにIS乗りのエリートの一角として選ばれた人間だ。自分のよう 何せ自分を除くこの場の四人の専用機持ちはすべからく国家より選出された候補生。 本気で上手くなりたいなら俺よりも他の四人のトコが良いんじゃないかと思ってさ﹂ ﹁あぁ、相川。いやさ、俺のトコに来るのがそこまで良いもんなのかとね。ぶっちゃけ、 ﹁どしたの、織斑君 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 605 言う。 ﹂ レッツゴー ! ! ﹂ ! ﹁まぁそんなことも早々無いだろうが、その時は俺が止めるよ。なぁに安心しろ。周り た一夏の姿があった。 同時に一夏の体を一瞬光が包む。次の瞬間には光は消え去り、そこには白式を展開し ﹁あぁ、それなら││﹂ ﹁あの、ISがいきなり変に動いたりしたらどうすれば良いのかな﹂ げながら言った。 一同揃って首を縦に振る。そこでメンバーの一人が恐る恐るといった様子で手を挙 つはデコピン一発だ。良いな ﹁良いか、降りるときは屈んで降りろ。でなきゃ次のやつが乗れないからな。忘れたや すまでの間にも一夏の言葉は続く。 一夏に指示を受けた相川清香が急ぎ足で打鉄に駆け寄り乗り込む。そこから動き出 ﹂ ﹁あ、了解 ! たは機体にマニュアルがあるらしいから、それを見ろ。てなわけで、一番手相川ぁ 次に軽くジョギング程度で走る。そしたら少しだけ浮いて軽く走らせてみろ。やりか ﹁これから並んだ順にこいつに乗り込んでもらう。やることは単純。まずは少し歩く。 606 に迷惑かかる前に俺が武力鎮あ││確実に止めてやる﹂ 今何かものすごく物騒な単語が聞こえたような気がしたのだが、気のせいなのだろう か。それはグループの誰もが首を傾げながら思ったことである。既に打鉄に乗り込ん でいる清香など、微妙に引きつった顔をしている。 そこから言わせてもらうとな、多少痛みを伴った方が覚えは早い。痛みは、同時に体に ﹁まぁ、こういうコトに関しちゃIS以外も含めて俺はお前らよりも経験はずっとある。 叩き込まれ刻まれる証だ。あぁ、だから今の内に言っとくぞ。俺は手取り足取りなんて しない。そうさな、ちっとは痛いの我慢しろ。そして感じるんだ。﹃あぁ、自分は今││ 上達している﹄と﹂ ︵⋮⋮ゴメン、今になって思うと織斑君ってそういうタイプだわ︶ ︵あれ、絶対自分にも他人にも厳しいってやつよね︶ ︶ やられて覚えろとかそういうハードな体育会系 段々と言葉に熱がこもっていく一夏の様子にますます沈黙が深まる。 ︵もしかしなくても織斑君ってあれ ︶ ? ︵あれだよね、どっかのゲーム的に言うなら死んで操作を覚えろとかそういうの ? そんなことを考える彼女らに、一夏はゆらりとした動作で視線を向ける。クックと小 ? ﹃⋮⋮﹄ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 607 さく笑っているのが微妙に怖い。 ﹂ ? ﹃なん、だと⋮⋮﹄ ﹁よし、このまま刀使った練習いくか﹂ は確保されたと。だが、その歓喜は直後に粉微塵に粉砕されることとなる。 そんな呟きを耳で拾い上げた少女らは静かな歓喜に身を震わせた。ひとまずの安全 るな﹂ ﹁まぁ、こんだけできれば上等か。この分なら誰がどうこうしなくても勝手に上手くな 気が付けば最後の一人が浮遊移動をもう少しで終えるというところまで来ていた。 受ける程度で致命的なミスをする者もいない。 きのそこかしこにぎこちなさのある者も少なからず居たが、それでも精々が軽く指摘を だが、そんな彼女らの予想に反して移動の練習は思いのほか平和に進んだ。確かに動 た。もしかしたら外れくじ引いたかもしれないと。 この時、彼女らは一夏の目から不気味に光る怪光線を幻視したと言う。そして思っ ﹁覚悟だけしといてね ゴグリと一夏のグループ全員が唾を飲み込んだ。 ││﹂ ﹁まぁとりあえずアレだ。俺も頑張るからみんなも頑張れ。それでみんなはとりあえず 608 思わず絶句する少女らを尻目に、一夏は白式の通信を使って離れた場所で他のグルー プを見ている千冬のインカムに繋げる。 ﹃どうした、織斑﹄ ﹁あぁ先生。こっちのグループは一通り移動の動きを見ましたがね、全員及第点はイケ ﹂ るラインだと思うんですよ。ですので、ちょっとブレード使って細かいこととかやらせ てもらっても良いですかね ? ﹄ ? ﹁じゃあ、もう一度軽く流してみよっか ﹃は、はい⋮⋮﹄ ﹂ ? た。 にとって、まるで悪魔が口を三日月形に開きながら笑っているようにしか見えなかっ 通信を終えた一夏は小さく口元に笑みを浮かべた。だが、その様はグループの少女ら ﹁アイアイマム﹂ ﹃結構。では精々小娘どもをしごいてやれ﹄ ﹁はい了解﹂ ろ。良いな 装備だけだ。飛び道具は流石に許可できん。当然ながら、安全への配慮を最優先にし ﹃ふむ、良いだろう。ただし、その前にもう一度確認をしておけ。それと、使うなら近接 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 609 そして再び清香から打鉄に乗り込んで移動練習を行う。一人、また一人と終えていく たびに彼女らの緊張は高まっていく。そして最後の一人が打鉄から降りると同時に、一 夏は口を開く。 ﹁さぁ諸君、今から楽しい楽しい撃剣練習だ﹂ ︶ ﹂ できるなら声を大にして突っ込みたかったが、できなかった。できようはずもない。 ︵それは君だけだよ !! ﹂ ? ﹁よーしお待たせ。とりあえず、これ使うぞ﹂ 要なものを持ってきた一夏が戻ってくる。 どこか悲壮感を漂わせながらも覚悟を決めつつある面々。そんな彼女らのもとに、必 ﹁主よ、どうか我らを守りたまえ下さい﹂ ﹁あぁもうこうなったらヤケだわ。とことんやってやろうじゃないの﹂ ﹁なんで自信なさげなのよ⋮⋮﹂ は私たちにとってもラッキーって思えば⋮⋮良いんじゃないかな ﹁ぶっちゃけ織斑君のブレードの使い方が凄いのは分かってるし、それに教えて貰うの 夏は必要なものを白式装備の上で格納庫に取りに行っているため、この場には居ない。 一人の言葉に、それはどういう意味かという疑問の視線が集まる。ちなみにこの時一 ﹁ねぇみんな、こうなったら覚悟決めようよ。ていうか、考え方変えない ? 610 そう言って一夏は格納庫から持ってきた日本刀型の近接用ブレードと西洋のロング ソードを模した近接用ブレードの二本を地面に突き立てる。 向いていると思うやつな。途中で変えてみるのもアリだ。 ﹁やることは至って単純。打鉄に乗ったら、この二本のうちの好きな方を使え。自分に なぁに安心しろ。動きの基礎の基礎くらいは教えてやる。でもって、ただひたすらに 俺の剣を防ぎ続けろ。まぁ慣れれば、近接戦でならそれなりに戦えるようにはなるぜ。 さて、じゃあさっそく一人目行こうか。相川﹂ 一夏に促されて清香が打鉄に再び乗り込む。その表情は固かったが、どこか覚悟のよ うなものを決めた目をしていた。 ﹂ ? 力みと脱力のバランスが肝要だからな﹂ ﹁もう少し背筋を伸ばせ。それと、変に力むな。まったく力を入れないのも問題だけど、 と見よう見真似の正眼を取る。 そして地面に突き立つ二本の内、日本刀型ブレードを手にした清香は一夏の前に立つ ﹁あぁ、任せろ﹂ ﹁よろしく、お願いします﹂ ﹁ん ﹁織斑君﹂ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 611 冷静に指摘しながら一夏もまた白式の武装である蒼月を展開し、刃を振り上げたよう な八相の構えを取る。 ﹁じゃあ、始めようか。精々体に叩き込め﹂ その言葉と共に一夏は一息の内に清香との距離を詰め、ここに織斑グループの撃剣訓 ﹂ ﹂ それじゃあ守りも攻めもできない んなザマじゃ剣弾かれて直撃くらうぞ 練が幕を上げた。 ﹁脇が甘い ﹂ ガ チ ン コ ﹁打たれる度に後ろに下がるな 腰が引けてる マジモン ﹂ 一に気合いの勝負があるんだからな ﹂ まず第 危険を察知するセンサー これが真剣使った死合いなら七回は首が飛んでるぞ だが逃げるな 恐怖を飼いならせ いっそ死にやがれの精神で斬りに来い ! ﹁遅い ﹂ ﹁怖がるのは良い にしろ ! ﹁何があっても相手の気迫に呑まれるな そうなったら後は負け一直線だ ﹁隙ありと見たら斬りに来い ! ! ! ! 恐怖に歯を鳴らしながらも、それでも自分を高めるためと果敢に一夏の剣に立ち向か た。 別に拡声器を使っているわけでもないのに、広いアリーナに一夏の怒号はよく響い ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! 612 う少女達と、その意思をくみ取ってなお押しつぶさんばかりの気迫と攻めを加える一夏 の姿は、いつの間にか他の者達すべての注目を集めていた。 勿論、よそのグループに見とれて自分たちの動きを疎かにするような者はいなかった が、それでも熱の入り様という点で現状一夏らが最もであるのは明らかだった。 ループの面々を一夏が評して曰く、 ﹃さすがに候補生とか相手はきついだろうけど、それ なお余談ではあるが、授業の終了時刻が迫ったために練習を終えた段階での織斑グ と真耶の教師二人は、顔を見合わせて互いに小さく笑みを浮かべるのであった。 そうして、自然とアリーナ全体の活気が高まっていく。その一部始終を見ていた千冬 上を目指すための、次の指示を下し始める。 だろう。改めて自分が受け持つ同級生たちに向き直ると、一層気を引き締めた上でより 一夏の姿に同じく各々のグループを預かる専用機持ちとして思うところがあったの とも苛烈だろう練習を行っている一夏らの姿を、真剣な面持ちで見ていた。 セシリアも鈴も、転校したてのシャルロットもラウラも、今現在このアリーナでもっ ト以下一夏を除くこの場にいる四人の専用機持ち候補生である。 その様子を無言で、そして真剣な眼差しで見つめる者達が居た。セシリア・オルコッ ﹃⋮⋮﹄ 第十五話 新たな祭の予感、金と銀の来訪 613 614 以外の連中相手ならまぁ近接で勝てるかは知らないが負けはしないだけの下地はそこ そこできたし、このままちゃんと高められれば良い線いける﹄と、自分が受け持った者 達の呑みこみの早さにそこそこ満足げにしていた。 その評を受けて面々は、短い時間の中で少しではあるが結果が出たことに安堵すると 同時に、まだこれから授業が他にもあるにも関わらず、息も絶え絶えの様相を呈してい た。そして一夏はと言えば、この程度なら余裕なのは当然と言わんばかりに涼しい顔を しており、﹃こいつ本当に人間なのか ﹄と信じられないような視線を向けられるのだ が、余談なので特に関係はなかったりする。 ? だ。そんな剣道場だが、あいにく今日は部活での使用予定はない。 る。それこそ、県などの大型自治体の管理下にある公共のものと比べて遜色ないくらい ても破格と言っていいくらいにしっかりとした作り、充実した施設機能が備わってい 学内の他の施設にも言えることだが、剣道場も高校で使用するものということを考え などない。 れば丁度いいだろう。そのあたりは、本人達次第だ。彼女の行動には、まるで一切関係 二人は編入して早々に週末の休日となったわけだが、学内の施設を把握することを考え そして授業を終えた箒は誰を伴うこともなく一人で剣道場を訪れていた。転校生の ら、土曜日も午前中のみ授業がある。 ない。そのため、週休二日制となって久しい二本のスケジュールをベースにしていなが に取り入れている性質上、授業などに割く時間を一般の学校に比べて多く取らねばなら IS学園は一般の高校で学ぶ教育課程の他にISに関する各種カリキュラムを教育 翌日の土曜日、その午後に篠ノ之箒の姿は剣道場にあった。 シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒの両名が一年一組に編入してきた 第十六話 黒兎との小突き合い 第十六話 黒兎との小突き合い 615 IS学園における部活とは、一般高校にもあるようなものであってもどちらかと言え ば同好会としての色が強く、部活としての活動があるのは平日くらいだ。基本的に土日 に部活は無く、それでも活動をしたいものはご随意にというスタンスを取っている。 ﹁失礼します﹂ そんな挨拶と共に箒は道場の扉を開けて中に入る。まだ土曜の授業が終わったばか りだ。これから、部活はなくとも自分自身でという箒と同様の考えを持った生徒がチラ ホラと加わっていくのだろうが、まだ道場内に人気はほとんどなく、シンとした静寂が 箒を迎えると同時に包み込む。 ﹁来たね﹂ だが、その静寂を貫いて凛とした声が箒の耳朶を打つ。そのことに特に驚きはしな ﹂ い。声の主は耳にした時点で分かっていたし、その人物がここに居ることについても、 既に分かっていることだった。 ﹁お待たせしましたか、斉藤先輩、沖田先輩﹂ ﹁別に﹂ なんなら、一緒に準備する ? 道場で箒を迎えていた。 斉藤初音と沖田司、名実ともに剣道部実力ツートップに数えられる二人が先客として ﹁私たちも今来たばかりだし、別に全然平気よ ? 616 上級生への礼を込めた挨拶に初音はいつも通りの淡白な返事で、司は箒の遅参を気に していないと朗らかな様子でそれぞれ迎える。 そう言って初音はスタスタと歩いていく。言われてみればその通り、何をやるにして ﹁とりあえず、準備﹂ もまずは始められる体勢を整えなければならない。道場を使えるようにする準備、自分 自身が動けるようにする準備、必要な準備をするために、箒と司も初音の後を追った。 ﹁今日はお呼び立てしてすみませんでした﹂ 各々道着に着替えて道場の中央に立つ。初音と司、二人の上級生の前に立った箒はそ う言って頭を下げる。今日、この場に二人が居る理由は箒が呼び出したからに他ならな ﹂ い。上級生への礼節として、まずはそのことへの謝意を告げるのは道理というやつだ。 ﹁ま、後輩の頼みごと聞くのも先輩の務めってね。で、どういう用かな ﹁はい。率直に言って、二人に特訓を付けて欲しいのです﹂ ﹁へぇ⋮⋮﹂ 特訓を付けて欲しい、そう言った箒を司は面白そうに見る。初音は無言で箒を見据え ? ﹁別に。暇だし﹂ 第十六話 黒兎との小突き合い 617 たままだ。 ﹂ ? ? がら、司が箒に確認を取る。 ? つ、あるいは一夏より上位に食い込まねばならない﹂ ﹁正確に言えば、今度行われるトーナメントです。詳細は言えませんが、私は一夏に勝 ﹁なるほど、彼に勝ちたいと。剣で ﹂ 一夏の名を口にした瞬間、初音が小さく反応を見せる。それを一瞬の横目で確認しな ﹁一夏⋮⋮織斑君のことだね﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁端的に言えば、一夏に勝つためです﹂ か、箒も自然と口を開いて理由を話し始める。 に邪気はなく、話す相手の心を自然とほぐして会話を行いやすくする。それによって 基本的にあまり喋らない初音に代わって司が話を進める。ニコニコと浮かべる笑顔 けど、個人的に興味があるんだ﹂ ﹁うん、まぁね。良かったら、話してもらえるかな 理由を聞きたいっていうのもある ﹁分かりますか﹂ ざわざこんな形で頼むってことは、ちょっとばかり事情が違うね ﹁まぁ、それも言っちゃえば上級生の務めってやつだから別に構いやしないよ。けど、わ 618 ﹁トーナメントはISでやる。剣だけじゃ、意味がない﹂ 初音が静かに箒を正す。だが、そんなことは分かっていると言わんばかりに箒は頷い て言葉を続ける。 ﹁分かっています。ですが、一夏のIS戦は近接戦が基本、というより現状ではそれしか ありません。ならば、ISに乗らないままでもある程度は鍛えられる。お二人ならば、 その指導を仰げると思いました﹂ ﹁ま、私らもどちらかっていうと彼寄りだしねぇ﹂ 初音と司の二人は剣道部の実力ツートップでもあるが、同時に二学年におけるIS戦 の上位成績者でもある。そして両者とも近接戦を主体にしており、そのことは既に箒も 聞き及んでいた。 初音も、箒の言わんとしていることは分からないでもない。確かに、今のところ生徒 結局のところ、そこに収束するのだろうというのが初音と司の共通見解だった。 ﹁そう﹂ 思い﹂ ﹁先輩は一夏と直接手合せをした。だからこそ、 ﹃一夏に勝つため﹄の対策も学べるかと ﹁どうして﹂ ﹁それに二人しか、特に斉藤先輩しかいないと思ったから⋮⋮﹂ 第十六話 黒兎との小突き合い 619 で純粋な剣術勝負を一夏としたのは自分のみだと分かっている。他の者とそのような 仕合をしたという噂は聞かない。 それに、箒の推測通りに対策を立てようと思えば立てることができる。とはいえ、そ れも効果があると確約できるものではないが。 さてどうしたものかと思う。後輩の気持ちを汲んでやることは吝かではないが、向こ うが求めている通りに事を運べるかは、初音自身でも分からない。 ? ﹂ ? 一体どのような言葉が出てくるのか。再び表情に緊張を浮かべる箒だったが、特に気 ﹁は、はい﹂ ﹁ただ、今の内に言っておきたいことがある。いい 承諾、そう取れる初音の言葉に箒は僅かに表情を明るくした。 ﹁⋮⋮はぁ。分かった﹂ 固唾を飲んで待っているという様子だろう。 び正面の箒を見る。目の前の後輩の面持ちは固い。自分がどのような返事をするのか、 あっさりと良いのではないかと言う親友を初音は半眼にした横目で見る。そして再 ﹁司⋮⋮﹂ 調子を整えなきゃだし。私は別に良いよ﹂ ﹁やるだけ、やってみればいいんじゃないかな 私たちだって、トーナメントに向けて 620 に留めずに初音は利き手である左手の人差し指を縦ながら言う。 ﹁一応やる以上はこっちもやれる限りのことはする。まず、彼への対策云々の前に最低 限それなりの順位に食い込めるくらいにはなってもらう。だから、私たちのIS訓練に も付き合ってもらう﹂ 疑問を浮かべる箒に答えたのは初音ではなく司だった。 ﹁それは、むしろ願ってもない話ですけど、それなりの順位が最低限とは⋮⋮﹂ ﹁あぁそれね。ほら、彼は専用機持ちでしょ だから、一応トーナメントにもシード権 ただ、今年の一年生は専用機持ち多いらしいからね。今はたしか六人でしょ 驚き桃の木だけど、多分専用機組は何かしらがあると思うよ、何かしらウン﹂ まぁ ? の順位に行く実力は必要だよ。 れでも例年専用機持ちは上位に入ってるし優勝もザラって言うから、やっぱりそこそこ があるんだよ、多分ね。まぁ、そこまで一足とびってわけじゃないんだけどね。ただ、そ ? なってもらわなきゃならない﹂ ? ﹁⋮⋮分かりました。全力は、尽くします﹂ ﹁じゃあ、今のところはそれで。とりあえず、今日は延々立会い形式でもする ﹂ 過ぎれば相性が関係なくなるのは割とよくあること。そういう意味でも、それなりに ﹁どちらにせよ、それ相応の実力が無ければ対策も意味がなくなる。レベルに差があり 第十六話 黒兎との小突き合い 621 ﹁私は構いません﹂ ﹂ ならそれでと言って初音は手に持っていた自分の木刀の柄を握りなおす。箒も、司も ﹁篠ノ之ちゃんに同じく﹂ 自前の木刀は用意してきており、二人も初音に倣って木刀を持ち直す。 ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ﹁邪剣っていうのは、彼の剣の狙い。アレは、急所だけ狙ってる。まず第一に、人を切り があることを悟ると黙ってそれを待つ。 まるで矛盾しているとも取れる評価に箒は目を丸くするが、まだ初音の言葉には続き ﹁邪剣で、真っ当 剣だけど真っ当な剣 ﹁じゃあ、私が言わせてもらう。正直言って驚いた、あの剣術自体が。なんというか、邪 促す。 そこで初音と司は互いに顔を見合わせる。司が顎で初音をしゃくって﹁言いなよ﹂と ﹁剣 ﹁彼の﹂ 会が無かったが、今が頃合いだろう。 それは今日ここで二人に会ったら聞いておきたいと思っていたことだ。中々問う機 ﹁あの、二人に聞きたいのですが、二人から見て一夏の剣はどうでしたか ? 622 殺してなんぼの剣。今、あちこちにある古流にもそういう殺人剣要素があるのはそこそ こあるけど、多分あれはソレしかない。相手を殺す以外をまるで考えていない。だから 邪剣。 でも、実際に相手をした感じ、あれはちゃんと技術を積み重ねて伝えてきたっていう 流派だとも思う。だから、そういう意味では真っ当﹂ ﹁なるほど⋮⋮﹂ 得心いったというように箒は頷く。確かに、それでは邪剣というより他ない。殺人と いうある種の禁忌のためだけにしかないなど、他にどう形容しろと言うのか。 だが、なるほど確かに言われた通りだ。視点を変えてみれば、歴史の中で技術を積み 重ねながら連綿を受け継がれてきたというのであれば、そういう意味では真っ当とも言 える。 とじゃあ追いつくなんてできないよ。そりゃあ、才能はあるのだろうけど、それにきっ ﹁あぁ、私からも言っとくよ、篠ノ之ちゃん。その彼のレベルだけどね、ちょっとやそっ ﹁⋮⋮確かに﹂ 弱いってわけじゃない。ただ、彼と比べればって話﹂ えれば良い。弱い内は、そんな理念だの良し悪しなんて語れない。あぁ、別にあなたが ﹁まぁ、そんなことは今は割とどうでも良い。それは、もっと上のレベルになってから考 第十六話 黒兎との小突き合い 623 ちり生半可じゃない訓練叩き込んでるはずだから。動き見れば一目だけどね。基礎に したって、ガッチガチに固めてるはずだよ﹂ ﹂ ﹁望むところです。それに、剣道ばかりではありません。篠ノ之流、篠ノ之箒、参ります どこまでやれるのかも。斉藤初音、参る﹂ ﹁まずはどれくらいにできるか見せてもらう。剣道全中優勝とか言ってたけど、それで とは違う、刺すようなプレッシャーを感じて箒も反射的に構える。 言うや否や、初音は目を細めて箒を見据える。一夏のような押しつぶそうとするもの ずは底上げが必要﹂ ﹁となると、こっちも相応に腰を入れるべき。篠ノ之、すぐに始める。何はともあれ、ま 欠かしていないようですし﹂ ﹁それは承知しています。私も、そのことは知っていますから。今でも、毎日基礎トレは 624 ﹂ ? ? られるようにするのが良い。そう思い、司は二人の動きを静かに見つめ始めた。 てしまったものは仕方がない。ならばせめて、じっくり観察して後で適切な助言を与え 一気に木刀同士を打ちつけ合う二人を見ながら司は苦笑を漏らす。とは言え、始まっ なかったの ﹁やれやれ、二人ともいきなり 私が先に篠ノ之ちゃんの相手をするって案は浮かば ! ﹁そういえば、件の彼は一体今どこで何をしているのかなぁ ﹂ ﹁わざわざ言う必要がありまして よ ﹂ ﹂ ﹁来たばっかりの転校生といきなり試合ねぇ。ねぇセシリア、誘ったのはどっちなわけ ? それこそ、ただしくIS学園における新顔を言って過言で ンジだ。白い方はもはや言うまでもない。織斑一夏が専用機、白式だ。 二人が見つめる先では空中でぶつかり合う二機のISがある。片方は白、片方はオレ よって物理的に阻まれているものの、見えているのだから問題は何もない。 二 人 の 視 線 が 向 く 先 は 同 じ だ。ア リ ー ナ の 内 側 と 観 客 席 と を 遮 断 す る シ ー ル ド に で天気の話をするような調子で話す。 ほぼ同時刻、セシリアと鈴の二人はアリーナの一つ、その観客席に腰かけながらまる ﹁そーよねー﹂ ? ? ではオレンジ色の方は ? 第十六話 黒兎との小突き合い 625 は無いだろう。事実、鈴とセシリアだけでない。観客席に居る他の生徒、あるいは訓練 機を纏ってアリーナに居る生徒、その大半の視線を集めている。 機体名を﹃ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ﹄と言う。学園の訓練機の片割れで もあるフランスはデュノア社製第二世代IS﹃ラファール・リヴァイブ﹄のカスタムタ イプだ。 当然ながら訓練機ではない。そもそも、広く使われていることから打鉄と並んで便宜 的に汎用機と称されるタイプのラファールいえど、カスタム仕様となればそれは専用機 ﹂ 以外に他ならない。そしてその操縦者はシャルロット・デュノア。先だって一組に編入 を果たした、フランスの代表候補生である。 ﹂ ﹁確かさ、この間の対抗戦の時に一夏が負けた四組の代表いたじゃん ﹁更識さん、ですか ? ﹁なんて言うか、あの転校生の戦い方って、その更識って子に似てない ﹂ 遥か上空で激突を繰り返す二機のISを見ながら鈴とセシリアの会話は続く。 ﹁そうそうそいつ﹂ ? ﹁でも、あの子に近いスタイルっていうなら一夏にとっては苦手ってことよね││あ、 すから。ただ、あの更識さんとは違ってその場その場の戦術重視と見ますが﹂ ﹁そう、ですわね。見たところ、機体の特性を十全に活かしたオールラウンダーのようで ? 626 ショットガン。ありゃあ嫌よねぇ。絶対一夏も嫌そうな顔してるわよ﹂ ﹁面での攻撃ですものね。それも弾が一つというわけではありませんし。あればかりは 切り払うなんてこともできないでしょうから、かわすしかないですわね﹂ ﹁一夏も何とか懐に入り込もうとしているみたいだけど⋮⋮﹂ おいては既に彼は一年随一とも言われていますもの。ねぇ、凰さん ﹂ ﹁おそらく、デュノアさんもそれを一番警戒しているのでしょうね。現状、近接格闘戦に ? いや、実際勝てなかったのは事実だけどさぁ。まぁで ? だろう。 わってそれなりに知識を持っている者なら一夏の行ったことに少なからず驚きを抱く スラスターの噴射を利用しての移動だろう。表現するのは至極簡単だが、IS操縦に関 見て右側から迫ってくる一夏の姿が入る。直前に爆発音のようなものが聞こえたから、 不意に一夏の姿がブレた。直感的に視線を逸らしたシャルロットの視界に、彼女から 一夏が彼女に迫る頃合いを見計らって的確に射撃を撃ちこんで妨害をしていく。 ロットの裏を取ろうとする。当然ながらシャルロットもそれを易々と許すはずがなく、 真正面から突破することは愚行と判断したのか、一夏は大きく旋回しながらシャル デュノアって子、地上で一夏に近づかれたら半分詰み、チェックかかってるわね﹂ も、地面に足がついているわけでもないのに一夏もよーやるわ。ていうか、多分あの ﹁それ、あたしへの当て付け 第十六話 黒兎との小突き合い 627 一夏は左右のスラスターの片方のみを使って移動をした。別にそれでも加速する分 には問題ないが、左右両方を使用するのに比べて安定性は遥かに劣る。使っていない片 方の分を補おうと出力を上げれば猶更にだ。そして、その不安定によって機体が明後日 リ ボ ル バ ー・ イ グ ニ ッ シ ョ ン の方向にすっ飛ばないようにするために、PICなどの利用やスラスターの向きの調整 など、同時に複数の制御が乗り手に求められる。 片方ずつのスラスターを用いて連続の加速を行う個別連続瞬時加速という、IS保有 各国でも最上位の乗り手の間でも高難度技能と認識される加速技術があるが、一夏の やったことはそれに連なる。 一夏が既に経験の浅さに見合わない戦果と能力を示していることをシャルロットは 知っている。だが、まさかこんなことまでやってのけるとは。知らず冷や汗を流してい た。 ﹁マジで うわちゃー、無茶苦茶なのも大概にしときなさよね、あいつ﹂ よ。それも初のISの試合で。一週間そこらの経験しかないのに﹂ 感ですわ。ただ凰さん。実は彼、私との試合で織斑先生のあの超加速を使ったんですの ﹁何せリボルバー・イグニッションのきざはしみたいなものですからね。わたくしも同 もん﹂ ﹁多分、デュノアの方もさぞビックリしたでしょうね。ていうか、あたしも軽く驚いてる 628 ? 心底呆れたと言わんばかりの鈴にセシリアも同意せざるを得ないのか、ヤレヤレと言 いたげに小さく嘆息する。 ﹂ いやさ、確かにあの子はかなりの腕前よ。ただ、近接戦ならあたしでも分 ﹁それで凰さん。先ほどの、地上で近づかれたら詰みというのは、どういう意味ですの だ。 二世代機ではその技術の有無で実力に確かな差が出るとまで言われる高度技能の一つ なバリエーションの装備を特徴とする、シャルロットが駆るラファールに代表される第 機体の性質上、装備に限りのある鈴やセシリアにはやや縁遠い技能ではあるが、様々 言う高 速 切 替である。 ラピッド・スイッチ 装備の量子格納、並びに展開の間にあるタイムラグをほぼゼロにするのがセシリアの すが、それもあの技能あってのことでしょう﹂ ﹁あの高 速 切 替がかなり効いていますわね。見るに、かなりの装備を積んでいるようで ラピッド・スイッチ 変えて攻撃って感じだし﹂ があるの。というか、あの子の場合はナイフで相手の攻撃を受け流して、それで銃器に ﹁あぁそれ ? ? ﹁まぁラピッドはこの際置いといて、まぁナイフなわけじゃん 多分あの子、近接もそ 第十六話 黒兎との小突き合い 629 れ相応にできるけど、専門って感じじゃないのよね。だから、そこに徹底して持ち込め ? ﹂ ばあたしでも多分押し切れる。で、それが一夏なら猶更。多分、下手したらかわすとか できずに一気にズバーッって斬られるんじゃない ? 構えはできていた。 たるIS乗りとしては紛れもないライバルだ。そのあたりは、鈴もきっちり割り切る心 鈴の言葉は冷静だ。見知った間柄、同じ学び舎で励む友同士とは言え、その立場の最 ないけどね。だから、あいつがそこらへんどうやって対応するのかは、結構気になる﹂ ﹁まぁ、不得手をいつまでもほったらかすなんてマネ、一夏がするわけないし楽観はでき ﹁なるほど⋮⋮﹂ なフィールドに入ったら、多分すぐに片がつくわよ。近づかれたら、ほぼ一気にね﹂ 逆にいつも通りにやれるデュノアがやっと一夏の相手をできるの。これで一夏の得意 つまりあたしが見立てるに、空中という一夏が十全に実力を出せないフィールドで、 じゃない。 ラダラよ。あいつの培ってきたものの内の、どれだけを発揮できてるか分かったもん 足が着いているかどうかなんてその最たるもの。一夏もきっと、内心空中戦には文句ダ めてようやっと学んだって感じなんだけどね、格闘って足腰が重要なのよ。特に、地に ﹁そりゃあんた、アレよ。単に一夏に制限が掛かってるってだけ。あたしも、IS乗り始 ﹁ですが、今のところデュノアさんは織斑さんの攻撃に対処をしていますが﹂ 630 ﹁まぁ、一夏の場合は近接戦もテクニック重視だからね。あたしみたいに重量系の武器 を叩きつけるようなのは空でもあんまり影響無いんだけど﹂ ﹁とりあえず振れば何とかなりますものね﹂ ﹁そうそう。あたし小難しいのは苦手だからさ。単純なんて言われるのは癪だけど、結 構性に合ってると思ってるわけよ﹂ ﹁得手不得手は人それぞれですわ。凰さんがそれで良いというならそれで││織斑さん が仕掛けに入りましたわね﹂ 夏攻めてるわね。地面踏んで腰入れてるわけでもないのに、よくもまぁあそこまでやれ ﹁思いっきり横に振り回してから瞬時加速で突撃ね。まぁよぉやるわと、あぁ一気に一 るわ﹂ ? 斬りこんでくる刃の鋭さ、ナイフ越しに伝わってくる重さ、どれもが生半可なものでは 理屈などよりも先行して、直感や本能、そういった領域で危険度合いを察知していた。 冷たいものを感じずにはいられなかった。 最初にIS装備であるナイフで一夏の一太刀を受け流した時、シャルロットは背筋に ﹁確かに、あいつならそんくらいやるわね﹂ か﹂ ﹁おそらくですが、PICを何かしら使っているのでは それで体を制御していると 第十六話 黒兎との小突き合い 631 ない。 候補生二人を下し、早くも一学年近接戦のエースにして学園のダークホースとされる 評に偽りなしということを実感させられた。 正直な所、最初の一撃も流せたのは運が良かったからと言えるとシャルロットは思っ ている。そして下した結論は、例え防御や回避に徹そうが一夏の得意とする領域、すな わちクロスレンジでの戦いを行ってはいけないというものだ。 例え耐えることができても、遠からず限界が来て守りを抜かれ、無防備となったシー ルドに刀の直撃を受けるビジョンを容易に想像できたからだ。ゆえに、今この状況は最 悪と言っても過言では無い。 ︶ 刀を前に、シャルロットは次の手を考える。 今も断続的に金属音を響かせ、火花を散らしながらこちらのナイフと削り合う一夏の とくべし﹄と文句をつけてやりたいくらいだ。 聞きしに勝るとはまさにこのことだ。正直、評判そのものに﹃もっと上方修正を掛け 徹してなお追いつけるか怪しい一夏の剣捌きには驚嘆を禁じ得ない。 ナイフという取り回しの良い武器で、単純手数なら上回れるはずなのにそれでも守りに 両手で持ったナイフで一夏の太刀筋を何とか捌きながら思う。こちらは二本、しかも ︵早く、離れなきゃ⋮⋮ ! 632 というか、彼はもしかしてこれが互いの腕前を確かめる軽い手合せということを忘れ ているのではないだろうか あれだろうか いわゆる始まると手に負えないとか、 ? に大型のショットガンを顕現させる。近距離から直撃させれば、ISだろうが他の兵器 を使えるとは言え、しまう時間も惜しい。ナイフが手から離れると同時に、空いた右手 好機と見るや否や、シャルロットは右手に持っていたナイフを放り捨てる。高速切替 には、僅かだがタイムラグが生まれることは間違いない。 刀を振り下ろしたことによって、一夏の腕は大きく下がっている。ここから元に戻す でシャルロットは一つの機を見つけた。 り過ぎた瞬間、その一撃に込められた気迫とも言うべき圧力に息を呑みかけたが、そこ 上段からの一撃が振り下ろされる。何とか体を捻ってやり過ごす。目の前を刀が通 そういう系の人間なのだろうか。 ? ﹂ だろうが軽くない損害を与えられる代物だ。 チェック ! る暗闇を前にしても一夏は涼しい顔でそういうだけだった。 IS用であるため、通常の拳銃などとは比較にならない大きさの銃口、その奥に広が ﹁やるな﹂ そう言って一夏の眼前に銃口を突きつけながらシャルロットは宣言する。 ﹁王手 第十六話 黒兎との小突き合い 633 ﹁けど、果たしてそいつを撃てるかな ﹂ ! ﹂ ? ロットは一夏の提案を受け入れた。 そ い つ 何はともあれ、ひとまず今のところはここで一区切りを付けよう。そう考え、シャル ﹁⋮⋮そうだね﹂ がどうなるかは、また別の機会に確かめようぜ﹂ ﹁ま、頃合いだ。今日は試し、この辺で切り上げしよう。今このシチュエーションの結果 いた。それこそ、傲慢や不遜を感じるほどに。 はったりを疑った。だが、はったりと断言するには一夏の言葉には自信があり溢れて してやるよ﹂ お前がそのサインを発して、引き金引き終わるより早く、ショットガンを真っ二つに 多少離れてようが俺はその辺見切る自信はあるからな。 とか、そもそも﹃撃つ﹄っていう意識だとか、小さいけど結構なサインがある。悪いが、 ﹁銃は引き金引けばそれでオーケーさ。けど、その直前に筋肉の動きだとか目の動きだ 一体いつの間に、その驚き混じりの疑問を口にするより早く一夏が言葉を続ける。 からショットガンに添えられている。 不敵さを含んだ一夏の言葉を訝しむより早くそれに気づいた。一夏の刀、その刃が下 ﹁っ 634 ﹁あ、切り上げたみたい﹂ ﹁では、わたくし達も││どうします ﹂ ﹁いえ。今から、大丈夫でしょうか ナの使用許可貰ってた ﹂ ﹂ ﹁いや、どうするってあんた、あたしに聞かれても困るわよ。ねぇ、あんたここのアリー ? ﹁ん∼、まぁ何とかなるんじゃない 一応あたしらは自前のISあるし。ちょっくら、 ? ? せを終えた一夏とシャルロットが地上へと降りる。 入る必要がある。その許可を教員に貰うためだ。そして二人が観客席を去る間に手合 な計画立てをしているわけではないが、一夏とシャルロットの下に行くにはアリーナに 互いに確認し合って二人は席を立つと管制室に足を向ける。別に何をしようと明確 ﹁では、まずは先生がたに許可を頂きに参りませんとね﹂ あたし達も何かしら混ぜてもらおうじゃないの、あの二人に﹂ ? てにならないね。聞いてたよりも、よっぽど凄かったよ﹂ ﹁ならそっちこそ、と僕も言っておくよ。いやぁ、データや人づての話なんてあんまり当 手並みだ﹂ ﹁まずは見事、というべきかな。さすがは候補生、と言ったところか。あぁ、実に大した 第十六話 黒兎との小突き合い 635 互いに互いの腕前を讃え、そして二人は同時に噴き出すように笑う。何となく、今の この状況が面白く感じられたからだ。 ﹂ ? ﹂ ? んどる。察するに、元の装備幾つか外してその分装備を積んでるな あぁ、確かにそ ﹁ナイフ、アサルトライフル、マシンガン、グレネード、ショットガン、一体幾つ積みこ ただ、やっぱり僕としてはできるのはかなりプラスになってるね﹂ て言うのかな。そういうのが必要な部分もあるなって、使ってて思うこともあるから。 ﹁そう、だね。僕も初めからできたわけじゃないし、それにやっぱりそれなりにセンスっ ﹁だが、やっぱり簡単じゃないんだろう から半分奇襲みたいに攻めることができるんだ﹂ ﹁うん。やっぱりそのラグで警戒されたりするからね。それに、いきなり装備が変わる の攻撃に繋げられるわけか﹂ ﹁なるほど、武装の切替におけるタイムラグをほとんど無くすことで、よりスムーズに次 その内容に一夏も時折相槌を打ちながら、興味深そうに耳を傾けている。 そして先述したような内容でシャルロットは高速切替についての説明を一夏にする。 ﹁うん、 高 速 切 替 って言うんだけどね││﹂ ラピッド・スイッチ テクニックか ﹁そういえばデュノア、試合の時に武装を変えるのがやたら早かったけど、あれは何かの 636 ? の高速切替は強力と言わざるを得ないな。うまく言えんが、その機体の特性って言うの か。そいつを十二分に引き出せてると俺は見るよ﹂ のカスタム﹂ ﹁ありがとう、って言いたいけどそれより驚いちゃったかな。よく分かったね、僕の機体 一夏の指摘は紛れもない事実だ。シャルロットのラファールは元々装備されている 実体盾など幾つかの基本パーツを外し、その分を他の装備を積み込み、更に通常のラ ファールよりもやや高速戦に対応できるようにしている。 か、その辺からちょっと予測立てたんだけどよ。実際のとこ、幾つくらい積んでるんだ ﹁いやさ、ラファールの見てくれ自体は学園ので覚えてるつもりだからな。その違いと ﹂ ? 大したやつだ﹂ ? ﹁ん∼、まぁ僕としてはこの倍くらいあっても良いんだけどね﹂ 万遍なく使えるんだろ ﹁また大した数字だな。多くても五つ六つ程度と聞くが。いや、大したもんだ。で、割と 仰ぐ。 具体的な数字を聞き、一夏はカーッとまるで参ったと言うように額を抑えながら天を くらい﹂ ﹁一応二十前後かな。積み込む武装のサイズでちょっと変わったりするけど、大体その 第十六話 黒兎との小突き合い 637 ﹁いやいやお前さんそれは多すぎだろう﹂ ﹁そういえば、織斑くんのISって第三世代機だっけ どな。あいつらみたいな曲芸みたいな武装はねぇよ﹂ ﹂ ? 何せその辺は技術屋の領分だからな。俺は、ただ勝つだけだよ。ただ││﹂ ﹁へぇ。けど、いずれはそういうのも搭載するのかな ﹁さぁ ? 倉持技研の技術者達との面会での一幕が鮮明に思い出される。 一夏が思い出すのは対抗戦の翌日のことだ。白式の整備も兼ねた川崎を始めとする ﹁いや、何でもない﹂ ﹂ ﹁ただ ? ﹂ の良い刀一本だからな。オルコットや鈴、二組のクラス代表やってる中国の候補生だけ ﹁いんや、確か三世代﹃相当﹄だと。機体のスペック的には高いけど、何せ装備が切れ味 ? 割り切りを付ける。 戦い方に何を求めるかは各個人次第であり、自分がどうこう言うようなことではないと 一夏もシャルロットの言葉にコメントに困るような顔をしているが、それでも自分の 元々の器量良しもあって可愛げに見えるのだろうが、その発言の内容は中々に物騒だ。 そう言いながら困り顔で小首を傾げるシャルロットの姿は、何も知らない者が見れば ﹁そうかなぁ。でも、今でもまだ満足しきれてないんだよねぇ﹂ 638 一夏と川崎、そして倉持側の技術者もう一人の計三人のみで行った、 ﹃倉持技研﹄から ﹃白式専属搭乗者﹄への説明で一夏が聞いた内容の一つ。 シャルロットとラウラが転校してきた朝にクラスの数名に話した白式の再びの調整、 その際に可能であれば搭載を検討しているシステムがあるいはその﹃第三﹄に当てはま るのではないかと思う。 その時は一部のパーツの交換の提案や、交換するパーツの候補の説明などもあった が、やはりそのシステムの話が一番印象に残っている。何せ、その概要を聞いた時はま るで運命と錯覚するほどに自分に合っていると思ったくらいだ。実現の可否はまた別 として。 それを思い出したわけだが、殊更吹聴するような内容でもないため、適当にお茶を濁 すことにする。 ﹁いやいやなんの。そういうやつに勝ってこそ華、俺の格も上がるというやつだ﹂ ﹁いや、ハハ⋮⋮。なんか照れくさいね。けど、ありがとう﹂ 表するよ﹂ じゃない﹄なんて有名な台詞があるが、まさにソレだよな。あぁ、そこは素直に敬意を I S の 性 能 を 思 い き り 引 き 出 せ て い る っ て 分 か る。﹃機 体 の 性 能 差 が 絶 対 的 な 戦 力 差 ﹁ただまぁ、やっぱりあれだ。お前は大したやつだと思うよ。素人目でも、お前が自分の 第十六話 黒兎との小突き合い 639 ﹁あぁ、うん⋮⋮﹂ 褒められるのは悪い気はしないが、まさかそのすぐ後に自分がいずれは勝つ的な宣言 をされるとは思っていなかったのか、シャルロットは思わず苦笑いを浮かべる。 まぁ確かに結果をどう ? るよ﹂ ﹁あぁ、ただはっきり言わせて貰えばな、デュノア。俺は、お前にだって勝つ見込みはあ る。 戦いに臨む己の矜持、その一端を語る一夏の横顔をシャルロットは静かに見つめてい ﹁⋮⋮﹂ どうせなら、ダメ元でも勝つつもりでいかんと﹂ ﹁なんて言うんだろうな。それで始めから何もかもダメってつもりも、嫌なんだよなぁ。 から昇ろうが、師に挑み勝てる見込みはない。だが││ 一夏の観点で言うならば、自身と師がまさにそうだ。現状、逆立ちしようが太陽が西 う﹂ やっても覆せない場合はあるし、そこに関しちゃそういう結果になる覚悟も必要だろ 狙って何が悪い。実力差があるから初めから勝てないだと ﹁いやさ、確かに否定はしないけど、仮にも勝負事に身を置いているんだ。なら、勝ちを ﹁噂には聞いていたけど、織斑くんって結構勝ち気なんだね﹂ 640 ﹁本当に、言うことに遠慮がないね。そのあたり、聞いていた通りだよ﹂ ﹁ふっ⋮⋮﹂ 小さく笑みを浮かべる一夏だが、すぐに口元を真一文字に引き締めると、目つきを鋭 ﹂ いものとする。その明らかな表情の変化はシャルロットも目にしていた。 ﹁どうしたの ﹁え ﹂ ﹁あぁ、ちょっとな。俺に用があるやつがいる﹂ ? リーナの一角、アリーナ内に突き出したピットの上に視線を向ける。 どういうことかシャルロットが尋ねようとするより早く、一夏は後ろを振り向くとア ? 視線を向けている。 であろう黒いISを身に纏い、上から見下ろすような形で一夏とシャルロットの二人に シャルロットと同じ一組への転入生、ラウラ・ボーデヴィッヒがそこに居た。専用機 夏の視線の先にいる通信相手は、目で見て確認するより早く理解した。 オープンチャンネルの通信で行われる会話はシャルロットの耳にも入ってくる。一 ﹁あぁいや悪い悪い。いやいや、中々に可愛らしい見てくれしてるからな﹂ ﹃その呼び方は、止めて欲しいのだが。私はお前と同い年だぞ﹄ ﹁よう、どうしたお嬢ちゃん﹂ 第十六話 黒兎との小突き合い 641 ︵あれがドイツの⋮⋮︶ 一夏から数歩後ろの位置に佇みながら、シャルロットはじっくりとラウラのISを観 察する。確か機体名はシュヴァルツェア・レーゲン。日本語にするなら﹃黒き雨﹄だ。 現状欧州各国で開発されている第三世代型ISの中では性能面では随一と言われて おり、IS絡みでの欧州におけるドイツの発言力強化に確実に影響を与えるだろうと言 われているシュヴァルツェア・シリーズの片割れである。 機体それ自体については前々から知っていたし、その専属搭乗者であるラウラについ ても、直接的な対面はこの学園が初めてだが、知っていた。だが、シュヴァルツェア・ レーゲンの実物を見るのはシャルロットにもこれが初めてだった。 ﹁へぇ 何かな ﹂ ? ﹄ ? ﹂ ? で二人のやり取りを見守っている。 たのかと首を傾げる。シャルロットも状況をよく分かっていないのか、不思議そうな顔 僅かに間を置いて呆けたように首を傾げる一夏に、ラウラも自分の発言に不備があっ ﹃え ﹁⋮⋮え ﹃簡単な話だ。私と勝負しろ。この国では、目が合ったら勝負すると聞いている﹄ ? ﹃まぁ、戯言はこの際どうでも良い。織斑一夏、お前に用がある﹄ 642 ﹁あー、いや待てちょっとタイム。あのね、勝負は良いんだよ勝負は。けど、目が合った らってどういうことだよ。いつから日本はそんな世紀末になったんだよ﹂ すると。そして敗者は勝者に賞金を差し出すシビアなものだと。嬉しそうに教えてく ﹃ぶ、部隊の部下が言っていたぞ。この国では目が合ったらその者の下に寄って勝負を れたぞ﹄ ﹁今すぐその部下ここに呼んで来いしばいてやる。それは世界的に有名な携帯で獣なR ﹄ PGの世界だけだ。ていうか嬉しそうにって絶対面白がってるだろソレ﹂ ﹃ち、違うのか ﹁違います﹂ はやんわりと間違っていると指摘する。 まさか自分が正しいと思っていた作法が間違っていたと知って慌てるラウラに、一夏 !? 先生なりに聞け。なに、転校生だからって言うんで素直に教えてくれるさ﹂ ? ﹃う、うむ⋮⋮。では、改めて言わせてもらおう。織斑一夏、私と勝負をしろ﹄ ﹁あぁ、そういえばそうだったな。勝負はISで、今からここで。そういうことか ﹃そうだ﹄ ﹁あー﹂ ﹂ ﹁まぁアレだ。この国、この学園で何か分からないことあったら素直にクラスの奴なり 第十六話 黒兎との小突き合い 643 さてどうしようかと言うように一夏は周囲を見回す。アリーナには他にも訓練機を 用いての自主練習に励んでいる生徒が複数居る。先ほどのシャルロットとの模擬試合 の場合は、予め彼女らにも連絡をして互いに配慮しあっていたが、この場合はどうなる か分からない。 立て続けでこちらの都合に合わせてもらうのも悪いとは思うし、何より直感が告げて いる。ラウラとやり始めたら、互いにガチに入ると。とすれば、今は決して適した頃合 いとは言い難いだろう。 に気落ちしているようにも見える。それを見て一夏はふむ、と呟いて立ち去ろうとする それだけ言ってラウラは踵を返して場を去ろうとする。だが、心なしかその姿は僅か ﹃すまない、邪魔をした﹄ 一夏の言うことも道理だと言うように、ラウラも頷く。 ﹃確かに。言われてみればそれもそうか⋮⋮﹄ と思うんだよ﹂ タイミングが違う気がする。もっとこう、ちゃんとした時と場合っていうのが別である ﹁まぁ簡単に言えばTPOが整ってないって言うか。周りに迷惑掛かるし、なんつーか ﹃何故だ﹄ ﹁あー、お前の要件は分かった。俺としても悪くない申し出ではあるんだけど、ダメだ﹂ 644 ラウラの背に待ったの声を掛けた。 ﹁ちょい待ち。一つ妥協案が思い浮かんだ﹂ ﹄ ﹂ ? ﹂ 二人を呼んだ一夏は、すぐに状況を説明して手伝いを願う。 終えてISを纏いながらこちらに向かって来るセシリアと鈴の姿を見つける。 どこか比較的空いているスペースは無いかとあたりを見回した一夏は、諸々の準備を ﹁よし、じゃあちょっと準備を││っとちょうど良い﹂ ﹃なるほど。良いだろう、その提案を受けよう﹄ ずつ仕掛け合う。そういうのはどうだ ﹁まぁ本格的にやり合うのは無理だが、一手だけ合わせるのはできるだろ。互いに一回 呼び止められたラウラは足を止めると再度一夏に向き直る。 ﹃なんだ ? ? きますわ﹂ ﹁分かりましたわ。ドイツの新型、わたくしも興味があります。そのお手伝い、させて頂 きたい﹂ ないようにしてほしい。ついでにそのまま俺らの動きを見ていてくれ。後で意見を聞 ﹁いや、大したことじゃない。俺とボーデヴィッヒを囲むような感じで、他の奴らが入ら ﹁で、あたしらは何をすりゃ良いの 第十六話 黒兎との小突き合い 645 ﹄ ? ﹁あ、じゃあ僕も一緒にやるよ﹂ あのあたりが空いているようだが、どうだろう ? ﹁一応寸止めにするけど、それ以外はマジだぞ﹂ ? くなんてこともあるかもしれない﹂ ﹁いつでも。タイミングは自由だ。お前から仕掛けてきても良いし、あるいは俺から動 ﹁いや、それで構わない。私は問題ないが、そちらは ﹂ ﹁了解した。そういえば、そちらの武装は剣だが││﹂ が、動きを止めるために足を狙うとかは特に回数制限無し、こういう解釈なわけだが﹂ ﹁あぁ。そうさな、ライフルがあったとして、死に腐れ上等なヘッド狙いは一度きりだ ﹁あくまで妨害であって、明確な攻撃でないものは構わないわけだな﹂ 俺の接近に対してのお前の妨害は問題ないとする﹂ 距離と俺のISの武装から分かるように、俺は一度お前に近づく必要がある。だから、 ﹁じゃあ、ルールの確認するぞ。基本的に攻撃を仕掛け合うのは一度ずつ。ただし、この ルロットの三人が空中で待機している。 合う。地に足を着けた一夏とラウラに対し、二人を囲むようにしてセシリア、鈴、シャ 揃ってその場所に移動する。そして、距離を取った上で一夏とラウラが一直線に向かい そ う し て 手 早 く 話 を 纏 め た 一 同 は ラ ウ ラ が 示 し た 場 所 が ち ょ う ど い い と 見 計 ら い、 ﹃話は纏まったか 646 ﹁分かった﹂ それっきり二人は無言になる。一夏は蒼月を居合のように構えたままラウラを睨み、 ラウラもまた特に装備を手に持ってこそいないが、僅かな隙も見逃さんと言わんばかり に一夏を注意深く見つめている。 トがドイツは相手の動きを止める装備がどうの言っていたが、仮にそうなら一番食らう ︵デュノアから機体の名前だけは聞いたが、それっきりだな。そういえば前にオルコッ わけにはいかん︶ 自分の記憶にある限りある情報を引っ張り出しながら一夏はラウラとそのISにつ いての考えを纏めていく。 ︶ ? ︶ ? らば、やはりあの剣が最大の脅威か︶ ︵日本のISは開発思想に教官の影響が大きい。やつのISも明らかな近接格闘型。な にらみ合いの最中に相手について考えているのはラウラも同様だ。 ︵僅かに動いたな。私に届きやすくするためか 僅かに横に立ち位置をずらし、腰に添えた蒼月の位置も微妙に調整する。 の大砲か て、ダメージソースはあの大砲と考えて良いな。となるとやはり、仕掛けるとしたらあ ︵気になるのはあの右肩の筒、察するに大砲の類か。切り札が例のストップ兵器だとし 第十六話 黒兎との小突き合い 647 今は自分の担任をしている、自分にとって最大限の敬意を持てる人物のことを思い出 しながらラウラは白式を見定める。 ﹂ !! 一夏が動いたと確認するや否や、半ば反射的に機体に指示を下していた。 い。 らずに詰めることが可能だ。だが、その間を何もせずに呆けるほどラウラは愚鈍ではな 彼我の距離は数百メートルはある。それでも、白式の速度を以ってすればさほど掛か を強く吹かし、一気に機体を加速させてラウラへと迫る。 先に動いたのは一夏の方だった。瞬時加速は使わない。だが、可能な限りスラスター ﹁っ ものだった。 だが、緊張状態にあった二人にとってこの銃声は、きっかけとしてあまりにも過ぎた る。 所で練習をしていた生徒が、装備していたライフルで的を撃ったというだけの話であ 不意に銃声が轟いた。別に特別なことは何もない。ただ、同じアリーナ内の離れた箇 ︵真に脅威は大砲じゃないな。目に見えない物ほど恐ろしいとは、よく言った││︶ やはりアレで止めるのが最善││︶ ︵確かに剣の威力は、教官のアレほど脅威ではないやもしれない。だが、油断は禁物か。 648 ガゴンッ そんな重い音と共に右肩の大筒が動く。一夏の見立て通り、それは大砲だ。だが、た だの大砲ではない。火薬を用いずに、火薬を用いるより速く砲弾を飛ばすソレはレール ガン。まさに技術進化を体現したような代物だ。 量子変換によって砲弾が装填される。それと同時に砲塔の先端部に刻まれたスリッ トの間を紫電が奔り、発射に必要な電力をチャージしていることを示す。そして必要な チャージは数秒も掛からずに終わる。 ︶ ﹂ とに予測を立てていた。 対照的にセシリアと鈴は何ともないような顔だ。二人は、この後に一夏がするだろうこ そんな一夏の選択を上空で見ていたシャルロットは驚くような表情を浮かべている。 門に向かって一直線に突き進む。 仕掛ける攻撃は自分の見立て通りに大砲によるものだと確信した一夏は、そのまま砲 ︵やはりかッ ! !? すと、静かにレールガンの照準を一夏に合わせる。あくまで正面から挑むならばそれで に、ラウラも困惑するような声を上げる。だが、すぐに元通りの引き締まった表情に戻 まさか回避の﹁か﹂の字も知らないと言わんばかりの真っ向突撃を仕掛けてくる一夏 ﹁真正面からだと 第十六話 黒兎との小突き合い 649 良し。真っ向から撃ち抜くだけだと言わんばかりに。 照準が定まってから発射まではコンマ以下のレベルだった。一瞬、マズルフラッシュ のように砲身のスリットが強く発光し、それとほぼ同時にライフルなどとはくらべもの にならない大きさの砲弾が音速を超えて飛び出す。 一 夏 と 砲 弾 は 互 い に 求 め 合 う よ う に 接 近 す る。そ の 間 の 距 離 は 相 対 速 度 に よ っ て あっという間にゼロへと近づいていく。 ︶ ! 事前の調査で一夏が二度の対候補生戦において相手の射撃兵装を﹃弾を斬る﹄ことで ︵やはりかっ ﹃砲弾斬り﹄の炸裂であった。 ウラの放った弾丸もまた真っ二つに両断されていた。半ば一夏の十八番となっている、 だ。そして、セシリアのスターライトによる光弾に、鈴の衝撃砲にそうしたように、ラ 砲弾が一夏を撃ち抜こうとする直前、一夏の前に閃くものがあった。それは蒼月の刃 れぞれ呟く。 セシリアと鈴はやはりと言いたげに、シャルロットは信じられないと言いたげに、そ ﹁うっそぉ⋮⋮﹂ ﹁やりやがったわねぇ﹂ ﹁やはり、ですか﹂ 650 無力化していたことは聞き及んでいた。ゆえにこの可能性も考慮していたが、まさか本 当にやってのけるとは思わなかった。いや、十分に有り得るとは思っていたのだが、ま ︶ さか初見のぶっつけ本番でやるとまでは思えなかったのだ。 ︵面白いっ ︵白式っ ︶ この時点でラウラは判断した。ならば、あとは彼がどのように攻めてくるかだ。 だが、その予想を覆してのコレである。悪くはない。そこそこ及第点には足りうると ! ︶ で以ってラウラへと迫る。もはや、数秒たらずで両者の距離は無くなるだろう。 そして相手の攻撃が終わった以上、次は自分の番だ。白式に指示を下し、更なる加速 ければ、弾速などあまり意味がない。 い。ゆえにタイミングをきっちり見計らって、適切なタイミングで適切な箇所に刃を置 つまるところ、基本は変わらないのだ。撃たれてからでは遅いのは何であれ変わらな に重い手応えを感じながらも一夏は成功を実感していた。 やはり音速を超えた鋼鉄だからだろう。セシリアの光弾や鈴の衝撃砲よりもはるか ! ! うだそのまま来い。お前が間合いに捉えた時、私もまたお前を捕える。そんな捕食者の あるいはレールガンの狙いを定めた時以上の集中で一夏の一挙一動に注視する。そ ︵来るかっ 第十六話 黒兎との小突き合い 651 ごとき思考でラウラは一夏を迎え撃とうとし││ ﹂ ﹂ ﹁そらっ ﹁なっ ! ︵即席の目つぶしのつもりかっ ︶ ま振り抜き、大量の砂埃をラウラに浴びせかけたのだ。 一夏の行動に再びラウラは戸惑う。蒼月の切っ先を地面に突き立てた一夏はそのま !? ﹂ ! ﹁熱源のフェイク、ということか⋮⋮﹂ あれはスラスター空ぶかしで作った、囮だ﹂ ﹁砂の目くらまし、ありゃ仕込みだ。お前、赤外線で俺の位置探ろうとしたろ。悪いな。 ﹁馬鹿な⋮⋮﹂ 突き立てられた蒼月の刃があり、一夏はラウラに横で静かに止まっていた。 た。何か嫌なものを感じながら視線を下に落とせば、そこには頸部に添えるようにして 掴み取ってやろうと手を伸ばした直後、本能がそれ以上はいけないと緊急停止を告げ ﹁そこっ チ、前方に強い熱源を発見。 る自分に苦笑しながらラウラは素早くハイパーセンサーの情報を頼る。赤外線でサー 最後の最後まで小癪なやつと思いながらも、だからこそやりがいがあるとも感じてい ! 652 一 夏 の 行 っ た こ と を 理 解 し た ラ ウ ラ は 僅 か に 悔 し さ を 滲 ま せ な が ら 言 う。そ し て、 ゆっくりと緊張を解くと数歩後ろに下がる。それを見て一夏もまた、臨戦態勢を解除す る。 ﹁今回はしてやられたよ。見事だ﹂ で早いんだもん。ちと焦った﹂ ﹁お前もだったよ。いや、あのレールガンで良いのか あれ、こっち向いてから撃つま ント、ぶつかるのを期待しているぞ﹂ ﹁今回はここまでだ。いずれは、きっちりと決着をつけよう。近くあるというトーナメ 互いに緊張を解いたことで息を深く吐きながら互いを讃える。 ? りたくない性分でな﹂ ﹁言ってくれるじゃないか。悪いが、勝ちは譲らんぞ。果し合いでの勝ちと金は人に譲 ﹁悪くはない。だが、まだだな。何せ次に、然るべき形で戦う時は私が勝つからだ﹂ の俺の評価は﹂ ﹁あぁ待った。お前、転入した時に俺を見極めるとか言ってたな。どうだい、今のところ た﹂ ﹁じゃあ、私は一足先に行かせてもらうぞ。少なくとも、今日のところの目的は果たせ ﹁あぁ、それは俺もだ。是非にいい勝負をしたい﹂ 第十六話 黒兎との小突き合い 653 654 フッと小さく笑ってラウラはそのまま立ち去る。その背を一夏を見送る一夏の目は まるで、久しぶりに狩り甲斐のある獲物を見つけたような獣のごときものだった。 そ し て 上 か ら 降 り て き た 三 人 を 迎 え た 一 夏 は、先 ほ ど の 手 合 せ に つ い て の 議 論 や、 シャルロットの武器を借りての射撃兵装の体験などでこの自主練習の時間を過ごして いった。 第十七話 黒兎の聞き込み調査 ﹃君への処分が決まった﹄ 女の前に並ぶ壮年の男たち。その一人一人が国において確固たる地位を築いている ことを考えると、女の前に並ぶ彼らはある意味で国家の権力が一つにまとまったような ものだろう。 そう静かに答える彼女││かつての織斑千冬の言葉には一切の恐れはない。彼女は ﹃いかなる処分も、甘んじて受ける所存です﹄ 己が最もすべきと思ったことを為しただけだ。その結果として生じる責任、処断であれ ばただ受け入れるより他はあるまい。 それは千冬の本心であった。何よりも自分の心を、それが最も大事とするものを優先 ﹃寛大なご処置、痛み入ります﹄ が、君のISへの搭乗に関しても制限を掛けさせてもらう。後程、書面を確認したまえ﹄ るわけにはいかない。君と、しかるべき第三者の下での管理下におきたまえ。無論だ 格は剥奪、君の専用機も貴重なデータの塊だ。リセットこそしないが、君の携帯を認め ﹃君が日本所属のIS乗りであるという登録についてはそのままだ。だが、国家代表資 第十七話 黒兎の聞き込み調査 655 したとは言え、そのために自分がやったことの重大性は重々承知している。それを考え れば、IS乗りとしての自分に制限が掛けられる程度のこの処分は軽すぎると言っても 良かった。 のものとしてはもはや規格外と言っても差支えない。それが私事によって職責を投げ 君には今更言うまでもなかろうが、あえて言おう。ISを駆る君が有する戦力は個人 あっさりまかり通るほど世の中甘くはない。 に結構。人として称賛されるべき美徳だとも。だが、美徳であるからと言ってそれが ﹃あぁ、結構。何よりも大事である肉親のため、何もかもを捨ててその者を守り抜く。実 ﹃後悔は、していません。私は、私の最も信じるものに従っただけです﹄ というものだろう﹄ ﹃当たり、のようだね。いや、それも当然か。天秤にかけ、選んだ結果を見れば一目瞭然 だ、無言と感情を揺らさない静かな眼差しを保つだけだ。 並ぶうちの一人の、まさしく千冬の心を言い当てた言葉に千冬は何も言わない。た ﹃⋮⋮﹄ 要なことではないようだ﹄ のが殆どだが、さして気にしていない。察するに、IS乗りであることは君にとって重 ﹃ふむ、思いのほか落ち着いているな。今回の処分はIS乗りとしての君を制限するも 656 出した上に勝手に行動をされる。我々は、これを見過ごすわけにはいかない。それだけ ではない。 今回の件でドイツにできた借りの対価として、君を向こうでの教官職につけることに もなっている。一定期間とはいえ、いざという時の虎の子たりうる君を手放し、あまつ さえ我が国が有していた君の持つ技術が外に流れる。これも、決して軽いことではな い。改めて言うが、とんだことをしてくれたものだ﹄ ﹃そのへんにしましょう。過ぎたことを責めても仕方ない。然るべき責任は処罰という 形で取らせるのだ。ならば、これ以上は無用というもの。それに、今回の件でIS乗り の究極的な弱点というものを再認識させられた。あとは、それも含め今回のことを糧と して前に進むのみ﹄ ? つ思い至ることがあってその足を止めた。 ﹃一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか ﹄ 腰を折って頭を下げると、千冬はそのまま場を辞そうとする。だが踵を返す直前、一 ﹃はい、失礼します﹄ ている。まぁ、一つの道として考えておきたまえ。下がって結構﹄ ね。君がドイツより戻った後のことだが、IS学園の方に行ってはどうかという話が出 ﹃そうですな。織斑くん、詳細は後程追って通達しよう。それと、少し先の話になるが 第十七話 黒兎の聞き込み調査 657 ﹃何かね 君の弟君についてならば心配は無用だ。一定以上の実力を持った乗り手の 身内の安全確保、そのプログラムのテストを兼ねて他の者の家族同様に然るべき││﹄ ? のものだ。そう形容するにふさわしいと思うがね﹄ ﹄ ? べきものならば命令などにも従うことに疑問は持たない。 ・・ 反、あるいは職務放棄だ。だが、今回は事が事だからであり、普段であればそれが然る それは間違いではない。確かに、端的に言って今回問題となった千冬の行動は命令違 いをするが、君という力は我々の指示などでそれなりに御せると思っているからだ﹄ ﹃今回は問題とはいえ、我々が君に信を置くのは実力だけではない。あえて乱暴な物言 ﹃それは⋮⋮重々﹄ は、君とて知っているだろう ﹃なるほど。君の言い分も尤もだ。だがね、彼女の場合はそう単純ではない。その気質 て十分でしょう﹄ ﹃そうした評価もありがたく思いますが、なぜ私が 単純、実力という点ならば彼女と ? に相応しい君だ。いや、対ISという視点以外であっても、ISを駆る君の強さは相当 ﹃ふむ、確かに。だが間違ってはいまい。ISに最も効果的な抑止力たるIS、その最強 て虎の子と仰った﹄ ﹃いえ、違います。お気遣いはありがたく思いますが、別のことです。先ほど、私を指し 658 ﹃だが、彼女は違う。確かに彼女もまた我々の命令、あるいは指示は遂行してくれるだろ う。だが、君ほどに容赦をしない。相対すれば須らく滅尽滅相とでも言わんばかりに、 冷徹だ。まぁ、時としてはそれが必要だろうが、いつもというわけではない。そういう 意味で、だよ﹄ そう言って改めて千冬は部屋を辞した。今より三年ほど前、国際的なISエキシビ ﹃⋮⋮承知しました。ありがとうございます。では﹄ ジョンにおいて千冬が突然の現役引退を表明した後のことである。 と思っているのも事実だが。 るかと問われれば素直に肯定はできないというのが千冬の論だ。もっとも、ありがたい どにより日々の負担が生徒以上に重い教師を慮っての措置であるが、それで気が楽にな 生徒の部屋に比べれば寮監室は全体的に設備がワンランク上のものである。職務な つまりは学園内における千冬の生活スペースである。 そんな呻くような呟きと共に千冬の意識は覚醒した。場所は一年生寮二階の寮監室、 ﹁む⋮⋮﹂ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 659 ﹁いかんな。少し、寝ていたか﹂ 椅子に腰かけている千冬の目の前にはデスクと、その上に並べられた数枚の書類があ る。部屋に持ち帰った仕事を片づけていて、一段落したところで少し気を抜いている内 にいつの間にか寝てしまっていたようだ。 もっとも、片づけておきたいと思っていた分は既に終わっている以上、この軽い睡眠 も丁度いい休憩になった。まだ寝起きで少し頭が重いような感じが残っているが、程な くしてスッキリとした気分に変わるだろう。決して、悪いものではない。 の行動があったからこそ弟を助けることができ、何の因果によってかもう一人、別の少 過ぎたことに今頃思いを馳せたとして、何かが変わるわけでもない。何より、あの時 ︵まぁ、今更か⋮⋮︶ る。 のことと割り切っているが、それでも良い夢と思わないのは、単純な客観論での話であ 千冬自身は、当時のことについて自分がしたことの重大性を踏まえた上でそれも当然 げられた時など、夢として見るにはあまり良いものとは言えない。 折、本来すべきはずだった仕事を放りだしてその結果として自分に課せられた処分を告 うっすらと記憶に残っている、直前の夢の内容を反芻する。三年前のとある事件の ︵しかし、またなぜあのようなことを⋮⋮︶ 660 女の心を救うことができたのだ。自分一人が少々の不自由を負っただけで、二人の子供 を助けられた。それは十分に過ぎることだろう。 少し休憩の続きをしようと、部屋に備え付けられたセットで茶を淹れようとしながら ︵いや、そうでもないか。少なくとも一夏は⋮⋮︶ 千冬は血を分けた弟に思いを巡らせる。 ひとえに自分の不徳が招いた結果だ。それが、弟の心に一生残るだろう影を落とし た。思えば、IS乗りとしての制限を掛けられた時に特にどうと思いもしなかったの は、ISで最強と謳われようが確かに存在する限界を思い知ったからかもしれない。 今回もそうした手合いだろうと思いながら、千冬はカップをデスクに置いてドアに歩 いであり、時たま自分に何がしかの相談を持ちかける者もいる。 く。別に珍しいことではない。時刻は既に夕方だ。生徒の多くは寮に戻っている頃合 緑茶を注いだカップを持って再び椅子に腰掛けようとした時、部屋にノックの音が響 いうのが千冬の持論であり矜持だった。 はいえ、そんな眼差しを向けられている以上は情けない様を見せるわけにはいかないと の者の多くは特に生徒をその中心として自分を慕う者が多い。望んだことではないと 自嘲するように小さく鼻で笑いながら千冬は耐熱のカップに緑茶を注ぐ。この学園 ︵こんなザマ、人前では晒せんな︶ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 661 み寄る。そしてノブに手を掛けてドアを開いた。 来客の姿を確認した千冬の目に意外だという感情が浮かぶ。転校生でありかつての ﹁なんだ、お前だったか﹂ ドイツでの教え子、ラウラ・ボーデヴィッヒがそこに居た。 とりあえずは入れとラウラを部屋に招き入れた千冬は、先だっての美咲の来訪をこの 時に初めて幸運と感じた。一応、去り際の部屋の片づけ云々は至極真っ当な言葉だった ため、それから可能な限り部屋を、特に衣類などを中心として整頓するように心がけて ﹂ いたのだが、そのおかげか今の部屋は人を招き入れても何ら恥じることのない状態だっ た。普段がどうなのかは、あえて割愛するとする。 ﹁で、一体どうした。さっそく学園生活に不便でも感じたか ﹁いえ、そういうわけでは⋮⋮﹂ 一だ。何か言いたいようだが、構わん。言ってみろ﹂ ﹁まぁ固くなるな。一応は私はここの教師だからな。お前たち生徒のためにあるのが第 まいちキレというものが掛けていた。まるで、何を言い出そうか悩んでいるように。 用意した椅子に座り、同じように椅子に座る千冬と向かい合うラウラの言葉には、い ? 662 ﹁では、教官。ドイツでの、教官が日本に帰る少し前のことを覚えていますか ﹃強さ﹄とは何なのでしょうか ﹂ ﹂ ﹁はい。その時のことです。その、あの時と同じようなことなのですが、教官にとって ﹁ドイツで、私が帰る前か。そういえば、その時もこうやって二人で話をしたか﹂ ラウラに問われたことを脳内で反芻する。 固くなるなと言ったのはこちらであるため、変に縛るのもおかしな話かと思って千冬は 教官という学園では少々似つかわしくない呼び方を﹃先生﹄と訂正させようとするが、 ? ところか﹂ ﹁なるほど、察するにあの時の答えがまだ分からず、今一度私に聞きにきた。大方そんな ? その当時のことを思い出すように千冬は目を軽く閉じる。そのまま言葉を続ける。 よって全体的なバランス感覚の狂いがあったのが││いや今は良いか﹂ ﹁ま ぁ 今 更 な が ら に あ の 時 の お 前 の 問 題 を 言 う の で あ れ ば、左 目 と い う よ り も そ れ に たちに指導をして下さり、私は今に至る﹂ ﹁あの時の私は、左目のせいで酷く落ちこぼれていました。そんな折にあなたが私に、私 してドイツに出向いた時に端を発する。 千冬とラウラの出会いは、現役の操縦者を引退した千冬が一時的にIS操縦の教官と ﹁はい﹂ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 663 ﹁昔のことは今は置いておくとして、そう。確かにあの時にお前は私に聞いたな。﹃なぜ 強いのか﹄と﹂ ﹁凡そは﹂ イツに赴いたか、その理由をお前は知っているな ﹂ だがな、そんなものは強さの一側面でしかないんだよ。ボーデヴィッヒ、なぜ私がド かにそれは強いと言えるだろうさ。間違いではない。 んど頂点にあるようなものであるということは否定はせんし、そうした自負もある。確 ﹁ボーデヴィッヒ、まぁ確かにお前の言う通りだ。あぁ、確かにIS乗りとして私がほと は初めて見るものだった。 して話すまで、常に凛然としたものしか知らなかったラウラにとって、今の千冬の表情 そういう千冬の表情はどこか困ったような苦笑だった。初めて会った時から今こう さ﹄、それは私も分かり切っていないんだよ﹂ それでも私は真面目に答えたんだよ。そして今も同じように大真面目に答えよう。﹃強 ﹁まぁ、ほとんどはぐらかしてしまったようなものだからな。いや、悪かった。ただな、 貰えませんでしたが⋮⋮。その、強さとは何か考えろと言われただけで﹂ でもある。私は、あの時も今もその理由を知りたい。ただ、以前はちゃんとした答えは ﹁はい。私が知る限り、教官は間違いなく世界最強のIS乗り、ひいては世界最強の個人 664 ? ﹁ならば話は早いな。その理由だよ。当時、それだけの個人としての戦力があっても、私 は弟を完全に守ることができなかった。なにが世界最強だという話だ。お蔭で腕っぷ しなんぞ欠片も信用が置けなくなった。だからこそ、私自身も未だに強さというものの 意味を見いだせずにいる。 すまんな。おそらく、今も私はお前が求めるような答えは返せない﹂ ﹁そうですか⋮⋮﹂ ﹁そもそもだがな、私が考えるに﹃強さ﹄なんてものは善悪と同様に抽象的なものでしか ないんだよ。だから明確な答えなんてものは存在せず、自分自身で自分だけの確固たる ものを見つける。そういうものだと思っている。 そうだな。私だけではない。まずはクラスの連中を始めとして、他の生徒にも同じよ うに聞いてみろ。﹃お前の考える強さとはなんぞや﹄という具合にな。良い機会だ。つ いでに他の生徒との親睦もそれで深めて来い﹂ 分かったら早速行け。なぁに安心しろ。少なくとも私が見る限り、お ? れたラウラも慌てた様子で椅子から立ち上がると、挨拶もそこそこにトコトコと小さく そら行け早く行けさっさと行けと千冬は追い立てるようにラウラを急かす。急かさ 前は連中からは好意的に見られているよ。あとは、お前が自分で動くだけだ﹂ ﹁分かったな ﹁は、はぁ⋮⋮﹂ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 665 駆けながら部屋を出ていく。 その小さな背を見送って千冬は小さく鼻を鳴らすと││ すことになったラウラにとって、そこから今のところまで引き上げてくれた千冬は正し 道を志して邁進していた最中、とある事故によってIS乗りとしての能力を著しく落と ラウラにとって千冬の存在は非常に大きなものである。早期からIS乗りとしての の眩しさもあまり気にはならない。 り、窓から差し込む夕焼けが少々眩しい。だが、深く思考に没頭しているラウラにはそ 千冬の部屋を出た後、廊下を歩きながらラウラは呟く。時刻は既に夕方になってお ﹁他の者に⋮⋮か﹂ 冷めており、千冬はそれを何とも言えない表情で一息に飲み干すのであった。 うデスクに置いたままの茶に思いを馳せた。ちなみに、案の定と言うべきか茶は見事に 淹れたは良いがラウラの来訪によって中々飲めず、もうすっかり冷めてしまっただろ ﹁茶、冷めたかもしれんな⋮⋮﹂ 666 く救いの神そのものだった。 救われたその事実に深く感謝をし、同時にその凛とした在りようと他者を寄せ付けぬ 強さに強烈なまでに惹かれた。一度どん底に落ちて、そしてやっとまともなラインまで 持ち直したラウラはそんな千冬の姿を一番の理想とする自分として、どうすればかく強 くあれるのかと聞いたが、昔も今も答えは変わっていなかった。 ただ、キーパーソンだけは分かっている。それは千冬の実弟であり唯一の肉親である 一夏だ。 膨らませた。 ものであり、更にはドイツに来てからも度々気にかけている様子がなお一層その怒気を 千冬をこの上なく敬愛しているラウラにとって、一夏は千冬から栄光を奪ったような た。 千冬は当時行われていたエキシビジョン大会を投げ出し、栄冠を自ら手放すことになっ を返すためであるが、その事件の中心にあったのが一夏であり、事件があったからこそ 千冬がドイツに来たのは、とある事件の解決の折にドイツ軍が千冬に協力をした貸し ろ、最初は一夏を恨んでもいた。 昼間のやり取りを思い出して改めて自分の中での一夏の認識を確認する。実のとこ ﹁まぁ、ただの愚鈍では無かったが⋮⋮﹂ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 667 もしも編入するまでにこの怒りを抱えたままだったら、おそらくは一夏の顔を見た瞬 間に張り手の一つでもかましていたかもしれない。成功するか否かはまた別の話とし て。 それでも今こうした心境でいられるのは、やはり同じ部隊に所属していた仲間たちの お蔭だろう。件の事件に関して、それがあったからこそラウラは千冬と会えたというこ と。千冬が一夏を気に掛けることにしても、肉親を気にかけ愛おしむのは自然なことで あり美徳であるなど、多くのことを悟らせてくれた。 そういう点で、ラウラは仲間たちに千冬にこそ劣るが深い感謝の念を感じている。た だ、それでも一夏が気になっているのは事実であり、だからこそ専用機のデータ取り、他 国の機体及び生徒のデータ収集のために学園に向かうことが決定した際には、一夏がど のような人間なのかを見極めると決めたのだ。 だがそれでは不十分だと言われた。だから他の者に聞けと。 ? らば、まずはその通りにそうするとしよう。 考えていても埒が明かない。言われたのは他の生徒の意見を聞けということだ。な ﹁まずは、とにかく動くか﹂ いのだろうか そこで改めて千冬から課された課題を思う。強いとは優れた戦力であることではな ﹁強さとは何か⋮⋮﹂ 668 動くと決めたは良いものの、誰か聞く相手がいなければ何もできていないのと同じ だ。となるとまずは話を聞く相手を見つける必要がある。そこでラウラが足を運んだ のは食堂だった。ここであれば、いつもそれなりの人数が居るため、話を聞く相手を見 つけるのに困ることはないと思ったからだ。 食堂に入って程なくした所で手頃な相手はいないかとあたりをキョロキョロと見回 ﹁誰か、いないかな⋮⋮﹂ す。生徒の姿はそれなりに見つかるものの、おそらくはクラスが異なるのだろうか、ま だ知らない顔の生徒ばかりだ。 千冬には一組誰か適当な者をと言われたが、それを抜きにしてもやはり聞くのであれ ば多少なりとも顔を知っている者の方が良い。まったく知らない者に聞くとして、どの ように話しかけたら分からない。 ﹂ ! の頭だ。少々距離は離れているがそれでも目立つウェーブのかかった金髪に、何よりも そこでラウラの目があるものを見つけた。食堂に置かれた観葉植物の影から除く人 ﹁む 第十七話 黒兎の聞き込み調査 669 目立つ縦にクルクルと巻いているあの髪型。こちらに背を向けているため顔は見えな ︶ いが、あれは同じクラスのセシリア・オルコットに間違いないはずだ。 ︵よし もしここで話に入り込んで、それで場の空気を悪くしてしまったら、それで嫌われでも 言っていたが、それが事実かどうかはさておき、自分がまだ馴染んでいるとは言い難い。 そこに飛び込むのがこの上なく戸惑われた。千冬は自分が好意的に見られていると ることから、きっと普通に歓談でもしているのだろう。 だけでなく、どうやら揃って何やら話しているということも分かる。時折笑い声も混じ セシリアを含めればボックスには一人、二人⋮⋮しめて五人ほどいる。近づいて人数 ﹁う、うぅ⋮⋮。どうすれば良い⋮⋮﹂ 補生だ。 ている。その中の一人は同様に見覚えがある。確か凰鈴音、昼間の時にもいた中国の候 植物の影にあったから見えなかったが、セシリアはボックス席に他の生徒と共に座っ ︵ひ、一人じゃない⋮⋮︶ 意を決してセシリアの下へと歩み寄って、話しかける前にその足が止まった。 いうこともない。話しかける一人目にはちょうど良いだろう。 昼間の一夏との手合せの時にも少し話はしたし、同じクラスだから互いに知らないと ! 670 したら、そんな考えが頭を巡って足を動かせなくする。 そうして立ち往生することしばし。席で話し込んでいた鈴の視線が唐突にラウラの 方を向いた。視線が向いたのはたまたまだったのだろう。だが、視界に入った立ち往生 ﹂ するラウラの姿をスルーするというのはこの上なく難しい。視界に入れば、ごく当たり 前に気付かれる。 ﹁何やってんのあんた コ どうすれば良いか分からないもどかしさによって胸の前で手を動かすラウラの下に からない。 者達ならばもっとスムーズに話せるのだが、学園は故国とはまるで違うために勝手が分 コ されるのではないか、ではもっと上手い言い方はないのだろうか。これが故国の部隊の なんと答えれば良いのか、 ﹃強さ﹄とは何かを聞きたいと馬鹿正直に言っても変な顔を ﹁あ、いや、その⋮⋮﹂ やや離れているため、少し張るような声で鈴がラウラに声を掛けてくる。 ? 席を立ちあがった鈴が歩み寄ってくる。 ﹂ ? ﹁ふ∼ん﹂ ﹁いや、その。オルコットに、聞きたいことがあって⋮⋮。それで⋮⋮﹂ ﹁どしたの 第十七話 黒兎の聞き込み調査 671 しどろもどろに答えるラウラを見て鈴は納得するように頷く。 大ざっぱに状況をまとめるのであれば、ラウラはセシリアに用があってこっちに来 た。しかしよく見てみればその場にはセシリア以外の面々もおり、どのように輪に入れ ば良いか分かりかねていた。大方そんなところだろうと鈴はあたりをつける。 があるんだって﹂ ? おぜん立てをしてくれた鈴にラウラは小さくではあったが礼を言う。それに何てこ ﹁別に、良いってことよ﹂ ﹁す、すまない﹂ アはラウラの方を見る。 ラウラから聞きたいことがあるという、予想外の内容にキョトンとしながらもセシリ せながらセシリアに話を向ける。 席を立つ前よりやや詰めるように座った鈴は、それによって空いた隣にラウラを座ら ﹁わたくし、ですか ﹂ ﹁悪いわね。この子もちょっと混ぜるわよ。ていうかセシリア、あんたに聞きたいこと 何気なしに鈴はラウラの手首を掴むと元居た席まで引っ張っていく。 ﹁あっ﹂ ﹁ほら、来なさいよ﹂ 672 とはないと返しながら、鈴はラウラに本題に入るように促す。 ﹂ ﹁セシリア・オルコット。お前に聞きたいことがある﹂ ﹁はぁ﹂ ﹁その、だな。お前が考える﹃強さ﹄とは何だ ﹂ ? し始める。 なぜそのようなことを聞くのかに至った経緯、すなわち千冬との会話でのやりとりを話 ラ ウ ラ も セ シ リ ア が 質 問 の 意 図 を い ま い ち 理 解 し て い な い こ と を 察 し た の だ ろ う。 ﹁その、だな⋮⋮﹂ 想外な内容にセシリアはますます目を丸くする。 どんなことを聞かれるのかと思ってみれば、聞きたいことがあると言われた以上に予 ﹁はい ? ⋮⋮﹂ ﹁そうよねぇ。まぁ確かに言われてみれば、﹃強さ﹄なんて色んな見方があるわけだし いのですが、また随分と哲学的な質問ですわね﹂ ﹁それでわたくしに、ですか。いえ、頼りにされたのでしたらお答えするのも吝かではな ことが分かりかねてて、とりあえず他の連中の意見聞いてこいと﹂ ﹁なるほどねぇ。千冬さんになんでそこまで強いのかって聞いて、でも本人も強いって 第十七話 黒兎の聞き込み調査 673 聞かれた当人であるセシリアは勿論のこと、鈴を始めとしてボックスに居た面々全員 が各々頭を捻りながら考え出す。鈴の言う通り、改めて言われてみれば確かに答えに悩 む哲学的な問題だ。 ﹂ ? ﹂ ? いますわ﹂ レるようですが、 ﹃強く在る﹄ということはすなわち、 ﹃気高くある﹄ということだと思 ﹁いえ。ではわたくしセシリア・オルコットが考える強さですが、そうですわね。少々ズ ﹁そうか、すまない。その、参考にさせてもらう﹂ に考えれば良いかと﹂ さんのご質問にお答えするとしますわ。それで、あとでボーデヴィッヒさんが自分なり ﹁いえ、別に恥じる必要など無いと思いますが。良いでしょう。まずはボーデヴィッヒ ﹁う、うむ。その、恥ずかしい話だが⋮⋮﹂ よく分かっていらっしゃらないのでしょう た違うものになりますからね。ボーデヴィッヒさんも、自分の意見というものが自分で ﹁実際、意見など人それぞれですし、わたくし達の意見とボーデヴィッヒさんの意見はま 別の生徒の確認にラウラはその通りだと頷く。 を聞いてこいって言ったんでしょ ﹁でもボーデヴィッヒさん。織斑先生は答えなんて出さなくて良いし、とりあえず意見 674 ﹁気高さ ﹂ ウラは真剣な面持ちで耳を傾けている。 最後の一言は言うのがやや気恥ずかしかったのか苦笑交じりのものだった。だがラ 一つと言えますわね。もっとも、わたくし自身まだまだとも思っていますけど﹂ 常に誇れる自分で在り続けること。これができることは、わたくしにとっての﹃強さ﹄の 位高ければ徳高く在れ。貴人に相応しい振る舞い、心がけ、そしてそれを掲げながら したわ。 系です。そこに生まれた以上、わたくしも家に相応しいものとしての薫陶を受けてきま ﹁ご存じかどうかはこの際置いておくとして、わたくしの実家は古くより続く貴族の家 の中の一つ、というものですわね﹂ 味合い以外での強さとなるとあとは精神的なものに限られてしまうのですが。ただ、そ ﹁えぇ。というよりも、あなたが織斑先生に尋ねたような直接的な、つまり武力という意 ? ﹁ラウラ もしもし もしもーし ? ﹂ ? ﹁凰、凰 鈴音よ﹂ ﹁はっ。あ、あぁなんだすまない。えっと⋮⋮﹂ ? そのまま顎に手を当てるとブツブツと呟きながら考え始める。 ﹁なるほど、精神的な強さか。では教官の強さの源はやはりあの強い心にあるのか⋮⋮﹂ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 675 なんのことだ ﹂ ﹂ ﹁そうだった。あ、その、昼間は手伝ってくれたこと、感謝する﹂ ﹁他 ? ? ? を鈴に述べる。鈴も、少々締まらない形だがまぁ別に良いかとそのままラウラが自分に 耳打ちされてようやく事を理解したラウラは自分が思い至らなかったことへの謝罪 ﹁あぁ、うん。まぁ分かればいいのよ。うん﹂ ﹁む、そうだったのか。それはすまなかったな、凰﹂ ラに耳打ちする。 でその気配がないことに焦れていたのだ。そして、それを悟った別の者が何事かをラウ 早い話、鈴は自分にもラウラが聞いてこないかと期待していたのだが、ラウラにまる ﹁あのね、ボーデヴィッヒさん││﹂ 答に鈴はどう言ってやればいいのかと困ったように顔を歪ませる。 考えていたことを答える。邪気など欠片もない、純粋にそう考えていたというだけの返 微妙に顔を近づけながら聞いてくる鈴にラウラはポカンとした表情をしたまま元々 うかと﹂ ﹁いや、私は初めからオルコットに聞くつもりだったぞ 他の者はまた別の時にしよ ﹁いや、だからさ。他の子に聞いたりしたりはしないのかなーってことよ﹂ ? ﹁別にあのくらいは良いわよ。でさ、他にはないの 676 聞いてくるのを待ち││ ﹁お前にはまた今度の時に聞かせてもらうぞ﹂ 満面の笑みと共にそう言ったラウラに盛大に崩れ落ちた。 ワナワナと震えながらくぐもった笑いをもらし続ける鈴と、それを苦笑しながら宥め ている面々に一言挨拶だけして食堂を出たラウラは身支度のために一度自室へと戻っ た。同じ転校生であり同居人のシャルロットはその時点で部屋には居なかったが、夕食 の折に食堂の一角に居たのを確認できた。 そして夕食を終えてしばらくした、凡そ八時半ぐらいのことである。寮の廊下を歩い ていたラウラはたまたま通りがかった部屋の前で足を止めた。 の違いを挙げるとすればそこを使っている人間だ。 見た目それ自体は何の変哲もない、寮に数ある部屋の一つだろう。だが、他の部屋と ﹁ここは確か⋮⋮﹂ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 677 今、ラウラが立っているドアの向こうの部屋、その使用者は織斑一夏。彼女が最大の 敬意を払う人物の実弟であり、ラウラにとっても複雑な心境を抱く相手だ。 世界唯一の男性IS操縦者などという大仰な肩書きが乗っかっているが、少なくとも ラウラにとってはそんな肩書き以上に、自分が彼に抱く内心の複雑さの方が重要だっ た。 の機会に聞くが、彼ならばなんと言うのだろうか。 他の連中の意見を聞いてみれば良いと言われてセシリアから聞いた。鈴にはまた別 なのだろうか。それとも、彼もまた教官のように迷っているのだろうか。 持っているのか。あれほどの肉親を持ち、その姿を見てきた彼が考える﹃強さ﹄とは何 では彼は、肉親としておそらくはもっとも身近に接していた彼はどのように考えを ことだ。 まり、あの時語っていたことが千冬にとってはそれだけ重要な意味を持っているという に答えられないことに苦笑を浮かべてはいたが、語りは真剣そのものだった。それはつ そして、あの時の千冬が語る姿には確かな真摯さがあった。教え子である自分に満足 に本当の意味での強さというものを模索しているという。 教官、千冬は自分自身が武力的な面で強いと認めていながらも、それだけでは足りず ﹁あいつは⋮⋮どう思っているのだろう﹂ 678 ﹁よし ﹂ そう考えたラウラは何気なしにノブに手を伸ばして握ってみる。ノブはあっさりと 自然ではないだろうか。 転校してきたばかりだから普段がどうかは知らないが、今の状況では返事が無いのが不 間はとうに終わったし、寮の門限も過ぎている。大半の生徒は部屋に居るはずだ。まだ そのままドアの前に立つとラウラは軽くノックをする。だが、返事はない。夕食の時 てみることにした。 小さな手で拳を握り、意を決したように力強く鼻を鳴らす。とにかく、聞くだけ聞い ! 動き、鍵が掛けられていないことが分かる。 ﹂ ? 仮にそうだとしたら見過ごせない事態だ。学園の生徒の一員として、世に貢献する立 うした手合いに⋮⋮ か。立場が立場だ。良からぬ考えを持つ輩に狙われても可笑しくはない。あるいはそ 小声で言い、忍び足で部屋にそっと入る。もしや何かトラブルでもあったのだろう ﹁⋮⋮失礼する﹂ たままだ。ますます以って不自然だ。 首を傾げながらそのまま小さくドアを開けて部屋の中を覗いてみる。明かりは点い ﹁ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 679 場にあるIS乗りとして、軍人として、何よりラウラ・ボーデヴィッヒ個人として看過 するわけにはいかない。仮にこれが一夏以外の誰であっても同じ対応をしていただろ う。 ゆっくり気配を殺しながら歩みを進める。そして部屋に入ってすぐ隣にあるトイレ、 ﹄ 並びにシャワールームに繋がる脱衣洗面所のドアの前を通り過ぎた時だ。 ﹃ヌウゥゥゥゥゥンッッッ ﹂ ﹂ ! そんな危機感に溢れる声と共に踏み込んだラウラが見た光景は││ ﹁何事だ !! ! ﹂ ハッ ダブルバイセップス サイドトライセップス アンドサイィィッ ﹁フンッ ! ! ! ﹁⋮⋮﹂ だった。 ヘンジン 鏡の前でポージングをキめている上半身裸︵下はジャージのハーフパンツ︶の一夏 ﹁⋮⋮﹂ アドミナブル する。だがすぐに落ち着くとすぐさまドアを開け放ち洗面所に踏み込む。 突如としてドアの向こうから響いてきた低い唸り声にラウラは思わずビクリと硬直 ﹁ッッ !? !! 680 なんだこれはなんなのだ一体というか奴はなんで鏡の前でポーズを決めているだア レかボディビルのつもりだろうかいやいやしかしボディビルというには少々筋肉の体 積が足りていないたしかによく鍛えられてはいるようだがやはりボディビルとは方向 性が違うようなそうじゃなくてどうしてやつはこんなことをやっているのだろう。 言葉を失い固まったままラウラの思考が迷走を始める。元通りに復旧するまで数秒 程度で済んだものの、その間バッチリと一夏のポージングを目に焼き付ける羽目になっ なんだボーデヴィッヒか。どうした﹂ たのは必然であった。 ﹁む ﹁そうか。では、失礼した﹂ して言えば微妙に鬱陶しく思える。というか、端的に言って全体的に鬱陶しい。 の隙間から除く白い歯は、普段であれば清潔的に見えるのだろうが、なぜかこの時に関 フフンと得意そうに答えながら一夏は腕を曲げて力コブを作る。笑みを浮かべた唇 ファクターだからな。こうやって、自分で調子を確認しているのさ﹂ ? る﹂ いや、大したことじゃない。筋肉っていうのは武術家にとって超重要 まぁそういうことなんだがな。だが、一つその前に言わせてくれ。お前は何をやってい ﹁いや、その、なんだ。まぁ要件を聞かれたらお前に聞きたいことがあると言うかその、 ? ﹁あぁ、コレ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 681 予定変更。何も見なかったと自分に言い聞かせながら踵を返す。もうさっさと部屋 に戻ろう。戻ったら同室のシャルロットが淹れてくれるココアでも飲んでさっさと休 もう。とりあえず一つ、織斑一夏についてまた分かったことがある。腕はそれなりにあ るし、そういう意味では凡夫ではなく評価はできる。だが、別の意味合いでこいつはバ カだ。いや断定するにはまだ早いかもしれないしかしやっぱりバカにしか思えない。 ﹂ ! ﹁わざわざ来てくれたんだ。聞きたいことがあるんだろう 折角だから答えようじゃ 背を向けて一歩踏み出した直後、ガッシリと肩を掴まれて思わず声を上げる。 ﹁ひぅっ ﹁まぁ待ちたまえ﹂ 682 のことを指しているのだろう。だが、なぜか今のこの状況は微妙だ。 が、あの真面目な部下が鼻血を出すほどなのだから、きっと熱い友情で結ばれた益荒男 がピッタリな声だとラウラは思った。薔薇がどういう意味を指しているかは知らない 容すべきなのだろう。部下が親しい男性同士を表す時に使う﹃薔薇のよう﹄という表現 手くマッチしていて、洗面所という閉所ゆえか妙にエコーがかかり、それらがなんと形 HAHAHAという笑い声が洗面所に響く。なんだか声の低さと快活さが無駄に上 だ﹂ ないか。なぁに気にするな。明日はちょっと予定があってな。今日はもう殆ど暇なん ? ﹁分かった、分かったから。あぁ、お望み通り聞いてやる。だから手を離してくれ﹂ そうラウラが言うと一夏はあっさりとラウラの肩から手を離す。そしてもう一度一 夏の方を向く。 ﹁さぁ、ドンと来い﹂ なんだ ﹂ ﹁あぁ。だがその前に一つ言わせてくれ﹂ ﹁ん ? ? 自得であるのは言うまでもない。 がら思っていた一夏だが、それを口に出すことはしなかった。なお、どう考えても自業 見た目小学生な女子に気持ち悪いと言われるのは地味に堪えるなぁ、などと着替えな 座る。当然だが、一夏は既に服を着ている。 場所を洗面所から部屋の机の前に改めた二人は、互いに向かい合うようにして椅子に にピクピクさせているあたり﹂ ﹁とりあえず服を着ろ。正直、その、言いにくいのだが││気持ち悪い。特に胸筋を微妙 第十七話 黒兎の聞き込み調査 683 ﹁で、聞きたいことって言うのはなんだい﹂ なんだろ 久しぶりに師弟二人、ゆっくり語らいたかったとかか ﹂ ? ﹂ ? ﹁その質問、姉貴にもしたんだろ 姉貴、なんて答えてた﹂ あぁ、愚痴だし完全な嫉妬だがな、織斑一夏。私はお前が羨ましいよ。あれほどの力 ると。 故にソレへの信用を置けなくなったと。だから、未だ﹃強さ﹄というものを模索してい ﹁⋮⋮実力、戦力という意味で強いということは認める。しかし、弟を満足に守れずそれ ? が宿っている。 口ではそんな風に面倒臭げに言うものの、細められた目には面白がっているような光 ﹁俺の考える﹃強さ﹄、ねぇ。また随分と哲学的な質問がきた﹂ 考える強さとは何なのだ ﹁そうだ。理解が早いようで助かる。ならさっさと聞くとしようか。織斑一夏、お前の 察するに、何がしかの意見と見て良いな﹂ ﹁なるほど。姉貴に何かしらを聞いて、同じ質問を俺にか。複数名に聞くってところを ﹁否定はしない。ただ、聞きたいことがあったのだ。そしてそれは、お前にも同じだ﹂ ? ﹁教官、つまりは姉貴か。詳細聞いてるわけじゃないがお前、姉貴のドイツ時代の教え子 ﹁先刻、といっても夕方のことだが、教官の下に行ってきた﹂ 684 を持ちながら、それへの信用を失くすほどに教官から想われているお前がな﹂ ﹁⋮⋮まぁ、俺だって姉貴のことはそれ相応に重んじてるつもりだし、逆もそうだって感 じちゃいるが、こうやって他人に言われるとどうにもこそばゆいな﹂ 一夏は姉を嫌ってはいない。育ててもらったこともあるし、何よりも血を分けた姉弟 であるのだ。嫌う理由はないし、それなりに好いてもいる。 千冬も千冬で一夏のことを深く想っており、面と向かって言われたことはなくとも、 一夏はそれを幾度となく肌で感じ取ってきた。それゆえに姉弟の関係は良好と言える のだが、それを改めて第三者から指摘されるのはどうにもくすぐったいものを一夏に感 じさせた。 ﹁おい、自分の世界に入り込まないで欲しいのだが﹂ く、実に七面倒な﹂ だとして、それでも俺がヘマこかなきゃそもそもあんなことは無かったわけで。った ﹁姉貴め、まだ引きずっていやがるのか。まぁ確かに原因の一端が姉貴にあんのは事実 らない。 どまでと異なり固さが混じっている。理由は単純で、姉の側の意見を聞いたからに他な こそばゆさを振り払うように一夏は話題を進めようとする。だが、その表情には先ほ ﹁まぁいい。なるほど、それが姉貴の意見か﹂ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 685 ﹁あ、あぁスマン。ちょっと昔をな。よし、じゃあお望み通り、お前さんの質問に答える とするか﹂ ブツブツと独り言に没頭していた一夏をラウラが咎め、それに詫びながら一夏は話を 進める。 ﹂ ? 美徳仁徳って言うのかね。そういうのも大事だと重々承知している ? さ。だが、それでもあえて﹃強さ﹄というならまず武威だな﹂ なんて言うの ないしやっていけないのが世の中であって、義理人情だとか慈悲情愛だとか、そういう ﹁一応言っておくが、俺は別にそれだけとは言わない。まぁ、腕っぷしだけじゃ成り立た 語るうえで武力的な意味合いでのソレこそが大事だと言い切った。 断言した。声には微塵も遊びが無い。心から大真面目に、一夏は何よりも﹃強さ﹄を ﹁あぁ、そうだ﹂ ﹁つまりは、武力か 俺がまず第一に重要とするのは、直接的な強さだ﹂ あぁ、別に否定はしないよ。それも非常に大事さ。だがな、はっきり断言してやる。 大体やれ心の強さだとかそんなメンタル的なもんと相場が決まってるんだが。 まぁ俺なりに﹃こうだろう﹄って言うのはあるよ。まぁこの手の質問で返ってくるのは ﹁俺の考える﹃強さ﹄、だったな。さて、これが答えになっているかどうかは知らんが、 686 ﹁それは⋮⋮何故だ﹂ ﹁さて、何と言おうか。公共電波に乗っけられそうな感じで言うなら、健全な精神は健全 な肉体に宿るだとか、精神は体に引っ張られるだとかの世間で言われてる理論に即し て、まずフィジカルでの強さがメンタルの強さに繋がる。だからこそ心身共に強くある にはまずフィジカルの強さが必要、とでも言っておこうか﹂ ﹁だが、そればかりではないのだろう﹂ ﹁そうさ。俺はな、ボーデヴィッヒ。物心ついた時から武道に浸っていたよ。気が付け ば竹刀を振って剣道をやっていて、それが木刀に、真剣に変わって行って。技もそう。 競技から、正真正銘のずっと昔から伝わってきた実戦流派になって。それと一緒に格闘 術も磨いていって。 今の俺は、単純に誰かを叩きのめすって点ならそれなりのレベルにある。それこそ、 スポーツ格闘技のプロに喧嘩吹っかけたって良い。人ボコすだけのことだけど、俺に とっては人生の半分以上みたいなもんだからさ。 誇りでもあるんだよ、俺にとって。大好きだ。だから、その﹃強さ﹄を何よりも重ん じたい﹂ 一夏の気持ちは何となくだがラウラにも理解ができた。というよりも、彼女自身と非 ﹁⋮⋮﹂ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 687 常に良く似ていると言うのが正しいのだろう。 ﹂ ! ような圧迫感を叩きつけてくる眼差しはラウラをして思わず引かせるものだった。 までの穏やかな口ぶりからは想像もできないものであり、更に冷たいながらも荒れ狂う 無機質、無感情、まさしくそうとしか言えない能面のような表情をしていた。先ほど て一夏の顔を見て、ラウラは小さく息を呑む。 背筋を氷水が流れたと錯覚した。それほどに一夏の言葉は冷たかった。そして改め ﹁っ⋮⋮ ﹁おい、ボーデヴィッヒ。なぜお前が知っている﹂ ていたからかもしれない。だが、その言葉が齎した影響はこの上なく大きかった。 れたものだった。あるいは、会話を重ねる中で多少なりとも気分が緩やかなものになっ ラウラ本人は特に意識をしたわけではない。その言葉は、何気なく自然と口から紡が ﹁一応事情は知っている。三年前の、お前の誘拐事件だろう﹂ でも気にされるのもこっちも困るな﹂ ﹁当の教官は自分の力なぞ信用できんと。いやぁ、半ば俺のせいとはいえ、やっぱいつま 私は心から尊敬しているのだが﹂ 事も軍を、そこで必要になる﹃力﹄を優先している。だからこそ、とてもお強い教官を ﹁似ているな、私とお前。私もそうさ。私は、少し育ちに事情があってな。それゆえに何 688 ﹁う、あ⋮⋮﹂ ﹁答えろ、ボーデヴィッヒ。何でお前が﹃俺が誘拐された﹄と知っている。そして、どこ まで知っている﹂ ﹁それは⋮⋮﹂ ほんの数センチ、一夏はラウラに顔を近づけた。数センチだ。まだ二人の顔の間には 十分な間がある。だが、ラウラにはまるで一夏がすぐ目の前に迫ってきているように思 えた。 これほどまでの反応を示すのかがラウラには図りかねた。今も感じるこの凶悪な圧力 ﹃誘拐﹄、このワードが一夏の中の何かに触れたことは想像に難くなかった。だが、なぜ で上手く思考が回らないのも原因だろう。 だが、とにかく答えないわけにはいかない。逃げるという選択肢は取りようがない。 それを目の前の男は許さないだろうし、ラウラ自身もそのようなことはしたくない。だ から、言葉に詰まりながらもラウラは言えるだけのこと言った。 だけだし、他言はしていない。本当だ ﹂ の見返りとして教官が赴任したと。それしか知らない、本当だ。私も、上官より聞いた 出にあたった教官が試合を放棄し、その後現役を引退したと。その際のドイツの協力へ ﹁きょ、教官の赴任理由を調べた時だ。三年前の国際試合の際にお前が誘拐され、その救 第十七話 黒兎の聞き込み調査 689 ! ﹂ ﹁あ ま り 言 い た く は な い が、姉 貴 の こ と は こ の 際 良 い ん だ。も う 一 度 聞 く ぞ、ボ ー デ ﹂ 俺が誘拐された、それだけしか知らんのか それ以外は何も知らない ヴィッヒ。それだけか ﹁そうだ ! ? ? い。だが、力不足への憤りなら理解できる。さっきの詫びに少しばかり私の恥も話す ﹁そう、だな。私は誘拐などされたことがないから、お前の気持ちは完全には分からな けの話なんだからな﹂ るから。理解しろなんて言いはしないさ。ただ、俺にとってはそれくらい噴飯物ってだ 拉致られるなんて無様を晒した自分が嫌だから、殺してしまいたくらいに、憎んでい 耳ざわり良く言ったりもしたけど、もっとシンプルなんだよ。 な意味での力を﹃強さ﹄の第一とする理由なんてな、さっきは色々理屈こねまわしたり ﹁ただまぁ、事件の話が出たのは今この場じゃある意味好都合だな。まぁさ、俺が直接的 ﹁い、いや、私の方も無遠慮だった。すまない﹂ くらいなんだ。あぁ、悪かった。ただ、察してくれ﹂ アレには色々思うところあってな。正直、自分でも時々神経質になってやないかと思う ﹁分かった。本当に、それしか知らないみたいだな。⋮⋮悪かった、脅して。ただ、俺も 宿らせる。それをしばし無言で見つめ、ようやく一夏は圧力を解いた。 徐々に、まるで首を絞めるように強さを増すプレッシャーに、ラウラも声に必死さを ! 690 が、教官の指導を受ける前の私は周囲のIS乗りと比べてもいわゆる落ちこぼれという やつでな。明かせないが、明確な理由もあったが。あぁ、力不足への無念は私も分かる﹂ だ。折角来てもらったのに、役に立てなくてすまない﹂ ﹁⋮⋮そうか。悪いな、ボーデヴィッヒ。どうも俺にはこれ以上言うことはないみたい 結局のところ、自分の話したことなどラウラにとってはさしたる影響を与えないだろ うと思った一夏は苦笑混じりに謝る。 ﹁いや、収穫はあったぞ﹂ ﹂ る一夏にラウラは真っ向から見つめ返して言う。 しかしラウラの言葉は一夏の予想とは異なるものだった。意外だという目で見てく ﹁ほう ? ﹁いいさ。まぁ同じクラスのよしみだ。次に来るようなことがあるなら、その時は茶の それと、ありがとう﹂ ﹁では、時間も良い頃合いだ。私はこれで失礼する。手間を取らせてすまなかったな。 ﹁そうか⋮⋮﹂ であっても考え方に共感ができる者が居るのは、正直嬉しい﹂ は浅いが、誰もかれも私とは違うような者ばかりで戸惑っていた。だから、たとえお前 ﹁お前と私の考え方が似ているということだ。⋮⋮正直、この学園にやってきてまだ日 第十七話 黒兎の聞き込み調査 691 一つでも出そう﹂ ﹂ ? ﹂ ? は祖国ドイツに育てられたようなものだからな。義務と、何より恩返しのために、IS ﹁特別﹃これ﹄というものはない。だが、私はドイツ軍に身を置くIS乗りだ。そして私 だ腕を数秒程度で解くと一夏の問いに答え始める。 ラウラはその場で腕を組み、しばし考える。だがすぐに考えは纏まったらしく、組ん ﹁やりたいこと、か⋮⋮﹂ はあるのか ﹁じゃあ聞かせてくれ。お前は、それでどうしたいんだ。その強さで、何かやりたいこと ﹁そうだ﹂ が﹃強さ﹄の第一理念である、ということだよな﹂ ﹁ボーデヴィッヒ。お前は、俺とお前が考え方が似ていると言った。それは、互いに﹃力﹄ 立ち止まったラウラはその場で振り向く。 ﹁なんだ ﹁待て、ボーデヴィッヒ。一つ、答えてくれ﹂ に一夏が声を掛ける。 そのままラウラは立ち上がると踵を返してドアの方へと向かっていく。だが、その背 ﹁あぁ。ではな﹂ 692 乗りとして国のために私ができる働きをしたいとは思っている﹂ ﹂ ﹁⋮⋮そうか。まったく、オルコットの時もそうだけど、候補生っていうのはどいつもこ いつも皆、そんな風に大層な考えを持っているもんなのかね﹂ ﹁それが候補生というものだからな。聞きたいこととは、それだけか に預ける。 て再び一人に戻った一夏は、ラウラを見送るために立ち上がっていた己の体を再び椅子 そうしてラウラは部屋を去っていく。一人部屋に残った、というよりも部屋の主とし ﹁望むところだ。ではな﹂ にしているよ。この間の手合せに、白黒きっちり付けよう﹂ ﹁あぁ。引き留めて悪かったな。じゃ、また。今度あるトーナメント、当たるのを楽しみ ? 立ち上がり、冷蔵庫に向かって歩きながら一夏はぼやく。冷蔵庫の中からスポーツド ﹁しかし参った。二人分、いささか情報が少ないんだよなぁ﹂ 物が一人加わったが、それはそれで面白くなりそうだ。 手は思いつくだけでも相対するに十分な者ばかり。つい最近、そのリストに予想外の人 分けられるとは言え優勝という明確なトップが存在し、そこに至るまでに戦うだろう相 いずれ行われる学年別の全体トーナメントは一夏も非常に重要視している。学年に ﹁そうだよなぁ。トーナメントがあるんだよなぁ﹂ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 693 リンクのペットボトルを取り出し、飲み口に口をつける。 敵を知り己を知らば百戦危うからず、孫子の兵法に記された有名な言葉だ。まったく もってその通りであり、情報があるのと無いのでは実際の場面で大いに違いが出る。 やるからには本気で。そこには当然、そうした情報面も含まれている。 シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ、この二人についてはまだまだ知 らないことが多い。さてどうやってこれから二人のことを知って行こうか。 そういえばこういう時に便利に使えそうなやつが一人いたなぁ、と一夏はふと思いつ く。同時刻、IS学園にほど近い一夏の地元のとある家の一室で、一人の少年がパソコ ンに向かいながらくしゃみをしたが、きっと関係はないだろう。 ﹁ボーデヴィッヒは言った。自分には強さで、力でやりたいことがあると。その時点で、 に語り聞かせているかのように聞こえる。 呟かれるそれは実際問題としてただの独り言だろう。だが、その口ぶりはまるで誰か はやっぱり違うと思うね。あぁ、そうだともさ﹂ ﹁あぁ、ボーデヴィッヒ。確かに俺とお前は似ている部分があるよ。けど俺は、俺とお前 の会話、その最後だ。 未だ多くを知らない二人の転校生の片割れに一夏は思いを馳せる。思い出すのは先 ︵ラウラ・ボーデヴィッヒ⋮⋮︶ 694 違うんだよなぁ﹂ そ ん な も の では誰に語っているのか。言葉の中にいるラウラか。 否。 ﹁俺はなぁ、ボーデヴィッヒ。やりたいことなんて、無いんだよ﹂ い つ とボーデヴィッヒの違うところさ﹂ あ ﹁あるいはこれから、出てくるかもしれない。けど今は、ただ実力が欲しい。そこが、俺 一夏自身にである。 元々そこまで量の残っていなかったドリンクのボトルはすぐに空になった。空きボ トルをゴミ箱に放り込むと、一夏はそのままベッドに転がる。 なんにせよ、当面は今まで通りのスタンスで良いだろう。ただ、もうちょっとブース てそっちの道に行く価値もあるだろう。 ズレた観点から見出せるものもあるかもしれない。それが自分にとって有用なら、あえ だが今のところはそれで良いと思っている。狂気の沙汰ほど面白いとは良く言うし、 不具合だ。 という行為が目的に転じている。察しが良い者なら小学生だって気付くような思考の 今の自分は多分、いや確実にどこかがおかしい。本来手段であるはずの﹃力をつける﹄ ﹁まぁ、おかしいってのは分かってるがね﹂ 第十七話 黒兎の聞き込み調査 695 トを掛けても良いかもしれない。 いつの間にか、一夏の脳裏ではトレーニングの内容に関する様々なアイデアが駆け 巡っていた。その中でふと思いついたこと、それは意外にもラウラが席を立つ直前のや り取りだった。 カ ことにこの時、この一夏はまるでこれっぽっちも気が付いていなかった。 バ などと呟いていた。なお、実際にやらかした場合はほとんどセクハラも同然だという ﹁次は、フロント・ラッドスプレッドからサイドチェストのコンボで迎えてみるか﹂ と思う。そして││ 宣言した通り、部屋に備え付けのセットのものではあるが、茶の一杯くらいは出そう ﹁次にあいつが部屋に来たら、か﹂ 696 感じているのは紛れもない事実であるが。 からだ。そして必要である以上は、それ相応に真面目に向き合わねばならない。面倒に ﹃学生﹄という身分において上手くやっていくのに、何だかんだで一番必要になってくる 力こそが最重要と思っているが、だからと言って座学もおろそかにはできない。 と軽く復習でもしようかと机の前に座りノートを開く。ISに乗る上で一夏は単純実 思って一夏はメッセージを残さないままに通話を切る。そのまま携帯を机の上に置く 自分からの電話があったことに気付けば向こうから掛けなおしてくるだろう、そう は無機質なアナウンスだけだ。 だけの時に、一夏は携帯でコールを掛けていた。だが、相手は出ない。聞こえてくるの 夜、既にその日のトレーニングも終えて後は部屋で就寝までの時間を気ままに過ごす 元々設定されていただろう機械的な女性の声を聴きながら一夏はスッと目を細める。 ﹁⋮⋮﹂ ﹃ただいま電話に出ることができません。発信音の後に││﹄ いのがこの作品です 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かな 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 697 698 ノートに向かい始めて少し経った頃だろうか。机を響かせる振動と共に携帯が着信 を伝えるメロディを流す。友人に教えられた個人のサイトからフリーでダウンロード できるものを使った一夏の着信音は基本的に有名な音楽を打ち込みで再構築したもの を用いている。 今、携帯から流れているのはドヴォルザーク作曲の﹃新世界﹄だ。複数の着信音をよ く電話をする相手によって使い分けているため、着信の時点で一夏は相手が誰かを判断 できる。 そして新世界を着信音に設定している相手はただ一人。一夏が親友として名を挙げ ることのできる数少ない一人である御手洗数馬であり、先ほど一夏が電話を掛けた相手 だ。 ちなみに、他のパターンを僅かだが挙げると、弾の場合にはベートヴェンの﹃第五番﹄、 一般的には﹃運命﹄として名を知られているかの有名な曲を使っている。ちなみに選曲 の理由は曲冒頭の﹁ダダダダーン﹂というピアノの音と﹁弾﹂という名前を掛けている 一夏の洒落だ。 続いて実姉千冬の場合はヴェルディ作曲のレクイエム。理由は﹁ボスっぽいから﹂で あり、ただ二人、数馬と一夏の師である宗一郎はこの理由に爆笑をしている。 そしてその師の場合には日本国国家﹁君が代﹂。込めた理由はただ一つ、敬意の念だけ である。 ﹄ ? 欲しくなったんだよ﹂ ? ﹁正直、勘弁して欲しくはあるけどね。織斑一夏は静かに暮らしたいんだよ﹂ じゃないか﹄ ﹃そ う い え ば、こ の 間 テ レ ビ の ワ イ ド シ ョ ー で 君 の 話 題 が 出 て た な。す っ か り 有 名 人 も波長が合うと思っていた。 入学の当初からずっと顔を突き合わせ続けてきた縁だが、一夏も数馬も互いに互いを最 電話越しに二人は小さく笑いあう。一夏、弾、数馬。この三人は最初に出会った中学 ﹃フッフ、それはまた光栄だ﹄ はどっちかと言えばお前だよ﹂ ﹁この時間帯ならあいつは料理修行の真っただ中だろ。それに、一番腹割って話せるの ﹃それなら弾って選択肢もあるんじゃないのか ﹄ ﹁いや、ちょっとした頼みごとがあるのと、後はアレだ。少し暇でな。話し相手の一人も ﹃で、一夏。一体どうしたね そんな何気ないやり取りから二人の会話は始まる。 ﹃あぁいや、悪かった。ちょっと風呂入っていてね﹄ ﹁数馬、珍しいな。お前が電話に出ないなんて﹂ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 699 ﹃だが、それと同時にその腕っぷしを奮いたくてウズウズしている。違うかね ﹄ ? ﹂ どうだった ? うだ なぁに、お前なら十分出れるくらいにはキャラが濃いよ﹂ ﹁楽なのは結構じゃないか。どうだ、数馬。お前もそういうのに出るのを目指したらど けでギャラが貰えるんだ﹄ のかもあやふやな余所から拾っただけの意見を壊れたスピーカーみたいに垂れ流すだ れたようなことの焼き直しだ。テレビ出演とは随分とヌルい仕事らしいね。自分のも どれもこれも他のテレビ、雑誌のコラム、ネットの掲示板、あちこちでとっくに言わ からどうなるのか、今後の活躍が期待できる。 ど、話している内容はあまりに既知に満ちていたよ。世界初の男の子にビックリ、これ ﹃あぁ、そのことね。別に、たまたまテレビ点けたらやってたからそのまま見ていたけ ﹁あー、俺についてどんなことを出演者が言っていたかとかさ﹂ ﹄ ﹃どう、とは ? ﹁まぁ俺もそこまで頓着しちゃいないが⋮⋮。そういえば、そのワイドショーとやらは 飯事だ﹄ ﹃結構じゃないか。人間なんて都合の良い生き物さ。言ってることの矛盾なんて日常茶 ﹁あぁ、いや。言われればその通りだ。いや、参ったね。見事に矛盾していやがる﹂ 700 ? ﹃それは僕のニートという評価を指してかい まったく、君や弾はからかっているだ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です ﹂ ﹄ ! 意見を垂れ流すだけのものなんだけど、その中に一人だけ愉快なのがいてねぇ﹄ ﹃いやさ、件のワイドショーな、まぁ色んな出演者たちが机に座ってあれこれ詰まらない ﹁どうした﹂ ﹃まぁいいさ。しかし、やっぱり一番笑えたのがねぇ⋮⋮﹄ けの話なのだろう。 にするということは一夏にもできそうにない。というよりも、単に数馬が筋金入りなだ どう足掻こうが自分たちはそのリアルに生きているわけであり、流石にそれまで無碍 ﹁いや、それは流石に不味いんじゃないかなぁ まったくもって素晴らしい。リアルなんてクソゲーだ ﹃然り然り。次元を表す数が一つ減る。それだけで何もかもが色鮮やかに見えてくる。 ﹁それがネットサーフィンにアニメ漫画観賞でイベント参加のための遠征かよ﹂ 日々未知を探して努力しているというのに﹄ な い だ ろ う。面 白 い こ と が 少 な い ん だ。や る 気 も 削 が れ る と い う も の。む し ろ、俺 は けだからまだしも、本気で言っているような輩には迷惑千万だと言ってやりたい。仕方 ? ? 先ほどまで散々にこき下ろしていたのから転じて、愉快と数馬が評したことに一夏も ﹁へぇ、愉快ねぇ﹂ 701 興味を引く。いや、確かに愉快と面白がってはいるが、好意的なものではないことは明 らかだ。まるで無様な道化を見て侮蔑するような、厭味ったらしさを含んだ声だ。そん ﹂ な喋り方をよくするからウザイとか言われるんだと思ったが、今更なことなので特に何 も言わずに言葉の続きを待つ。 ﹁で、そいつの何がどう愉快なんだ もないから忘れたけど、ISの性能とかパイロットの制限を根拠に女性優遇をのたまっ ﹃何者かっていえば、アレだよ。なんか最近頑張っちゃってるなんだっけ。名前は価値 ﹁で、どんなことを言っていたんだよ。ていうかそいつ何者さ﹂ 歩むならそれを肴にドリンクを楽しんでやると言わんばかりに、本気で嘲笑っていた。 に自分より程度が劣っており、しかし手助けをしようともせずむしろそれが破滅の道を わせる。数馬はそのアンチ一夏の意見を言ったゲストを心底馬鹿にしている。明らか アッハッハと心底馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの笑いが電話越しに一夏の鼓膜を震 ど﹄ ね、過激な発言は当たり前だけど無かったね。まぁ意見の要点はバカ丸出しだったけ ﹃まぁそれも必然というやつかね。十分に既知の範疇さ。ただ、流石にテレビだからか ﹁あー、やっぱいるんだな﹂ ﹃まぁ端的に言うなら、君へのアンチだよ﹄ ? 702 てるアレ﹄ 元々低かった女性の社会的地位を、より大勢の人間が活躍し社会の発展を促せるよう る人間がどれだけいるやら。虎の威を借るにしても程度があるだろうに﹄ かにISの社会への貢献は間違いないものだけど、果たして連中の中にそれをやってい 幾らでも権利を要求すれば良いさ。ただ、連中の場合はちょっと違うからねぇ。まぁ確 ﹃まぁ別にさ、その辺は良いのよ。やることきっちりやって、然るべき成果出してるなら 活躍が急進するようになった。 基本法などの法整備が整えられ、それまで男性の多かった社会の第一線における女性の 実際、二十一世紀への突入付近より日本でも男女雇用機会均等法や男女共同参画社会 れらの団体の基本理念である。 女性層が家の内だけでなく社会の事柄の多くに関わり、貢献できるようにというのがこ なった新婦人協会が有名どころだろう。元々参政権など社会に関わる権利の薄かった 女性の権利向上を求める団体は古くからある。日本で言うならば、平塚雷鳥が主体と 上げる権利団体のことである。 ISが世に広まってからほどなくして現れた、特に徹底した女性優遇社会を求める声を 固有名詞を省いた﹁アレ﹂だけで二人は互いの意思を疎通する。二人が言うアレとは、 ﹁あぁ、アレね﹂ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 703 に向上させる。それまでならまだ良い。しかしながら、女性側を意識しすぎるあまり に、時折本来の公平性から外れたような事例も見受けられるようになったのだ。いわゆ る痴漢冤罪などその好例だろう。 ﹄ ? いることもあるが、それも各国に同様の団体があることからの規模を考えればある意味 一般に﹃主義者﹄などと言われている団体は、時に過激とも言えるデモなどを行って ﹁カルトとかの連中よりはまだかわいいもんだと思うがね﹂ がするんだけど、そこんとこどう思う ﹃言論の自由が憲法で保障されているとはいえ、いささかフリーダムに過ぎるような気 とである。 ての男性優位をそのまま女性優位にひっくり返したかのような論を展開する団体のこ 性を根拠として、要約すると﹃女性こそが社会の中心を担っていくべき﹄として、かつ 常に優れた性能と、一夏という例外が生まれたものの基本女性にしか扱えないという特 一夏と数馬が今現在会話の軸に据えている団体は、数馬が言ったようにISのその非 なわち、ISの登場である。 そうして多少ながら歪みを抱えたままの社会情勢が進む中、一つの転機が訪れた。す が明確な形を持ったものだと思うんだよ﹄ ﹃僕が思うにね、連中はその確かに存在した、けどそこまで表立ちにはならなかった歪み 704 当然だ。 だが、多少やかましくとも口だけでならまだマシであり、時に犯罪、酷い時にはテロ まがいの行動を起こすカルトの方が問題というのが一夏の持論だ。曰く、﹁単に当人の 心の支柱の一つというだけであれば良い宗教を利用して自分勝手に世間様に迷惑かけ る性根が気に食わん﹂ということである。 ﹂ ? おうとどうでも良いさ。知らぬ存ぜぬ。心底纏めてどうでも良い﹂ ﹁まぁ、人が何を信条にして何を言おうがそれは人の自由だろ。俺はそいつらが何を言 も﹄ ね。受けている支持なんて、たかが知れるよ。規模も、指示する連中される連中の程度 もんだし。世の中だけじゃない、その大本の権利団体からすらも疑問視されているから ﹃まぁね。元々、女性の権利団体の中から特に強硬論を言ってる連中が分裂したような な方なんだろ ﹁俺もそこまで詳しい方じゃないんだけど、その主義者連中だって世界で見れば少数派 まりさ。いやぁ、程度の低さが知れるねぇ﹄ なんて、今日日小学生だってできる。彼女らのやってることは、しょせんそのレベル止 きょ う び こそすれ、社会をその持論通りにするなんてのは無理だ。自分の意見を世界に発信する ﹃ま、確かにまだ口だけだしね。それに、多分そこまでだ。持論を展開して世に発信でき 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 705 一夏の反応はどこまでも淡白だ。自分を批判したければ勝手にすれば良い。自分は 自分でやりたいようにやるだけだ。そう言わんばかりに切って捨てる。この自分とい うもののブレの無さがある意味で織斑一夏という人間の強さの一端を担っているのだ ろうと数馬は携帯に耳を傾けながら思う。 今はIS学園だっけ ﹄ そこなら大丈夫だろうけど、弾の家に来たみたいに外にも出るんだろう ﹃⋮⋮まぁ、親友として言わせてもらうなら気をつけなよ までは無いと思うけど、夜道で刺されて良い船になったりするなよ 流石にそこ ? ﹂ ﹃言ったろう 結構過激だって。連中はISが女だけっていうのを根拠に自分たちの ﹁いや、まぁ俺もパンピーのアマに遅れは取らないけどさ。そこまでかね ? ? ? ? 706 できるんだから││って言っても、お前には釈迦に説法か﹄ ﹃悪い悪い。まぁ用心はしとけよ。単純に人殺すだけならナイフ持った幼稚園児だって ﹁いやいや、そこはもっと上手く合わせろよ﹂ ﹃いや、そんなネタはいらないから﹄ ﹁俺を倒しても第二、第三の俺がだな││﹂ ないIS乗りの業界に戻るわけだし。マジで過激な手段に出る可能性だってある﹄ はただ一人。言っちゃなんだけど、お前さえいなくなれば連中の望む元通りの女しかい 論を通したいんだよ。そこへ行くとお前の存在はただ邪魔者でしかない。しかも現状 ? ﹂ ? 君の言い草も同じだよ。全部が全部ってわけじゃないし、そこまで薄情ってわけでもな 握 れ る。き っ と ラ イ オ ン は 他 の 動 物 な ん て 大 し た こ と な い と 思 っ て い る ん だ ろ う ね。 知ってる。だからこそ、大抵の人間相手にもライオンと同じように一方的に生殺与奪を 僕 は 君 の 本 気 を 見 た こ と は な い。そ れ で も 生 半 な も の じ ゃ な い っ て こ と く ら い は だよ。君だってそうさ。 の動物の殆どは餌になるしかない。つまり、生殺与奪を一方的に握っているということ ﹃ライオンは知ってのとおり百獣の王なんて言われてる。サバンナとかじゃ文字通り他 ﹁その心は オンとかそういう類だよ﹄ ﹃いや、そういう君の言い様がね。前々から思っていたけど、お前はなんていうか、ライ ﹁どうしたよ﹂ ﹃フフッ﹄ 感じ取った数馬は面白がるように小さく含み笑いを漏らす。 て、自分以外の他大勢がその程度の有象無象でしかないという意識もまた然り。それを 確実に、最小限の周辺への影響で済ませられるという明確な自負に満ちている。そし そう言い切る一夏の声は冷淡だ。やろうと思えば人に危害を加えることなど手早く ﹁まぁな。確かに、人より人を壊す手管に通じているのは間違いないさ﹂ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 707 ﹄ いけど、やっぱり他の連中との間に意識してるかどうかは知らないけど、壁を作ってる んじゃないかな ? ﹃多分、件の主義者連中に君が無関心なのもそこから来ているんじゃないかな 所詮 者達の間にある武術的実力だ。 識の壁があったのは事実だ。何が根拠となっているかは言うまでもない。一夏と他の ただそれでも、言われて初めて気づいたようなものだが、他の者達の間にそうした意 りすれば時折参加して一緒に遊んだりもした。 わけではない。他の者達とだって、休み時間に人が足りないからとサッカーに誘われた 別に侮蔑しているわけではない。中学時代も別に数馬や弾、鈴とばかりつるんでいた ﹁それは⋮⋮言われて見ればそうかもな﹂ 708 な。うん、確かに。けど││﹂ そ ﹁あぁ、確かにそうだな。本当に、言われりゃその通りだ。まぁ、好きにさせときゃ良い い。だからこそ歯牙に掛けもしない﹄ はごくごく普通に育った人間の集まりだ。君にとっては実力的弱者の集まりでしかな ? もお構いなしなくらいには情けも無い。どうでも良いから、どうなろうが知らない﹄ こまで行っても無関心なほど、君は甘くもない。ついでに、それが相手にどうなろうと ﹃けど、直接的な手段に出るならば話は別。しかるべき形で以って報いる、だろう ? 超能力者か何かか ? 俺の考え読み過ぎだろう﹂ ? まぁ、言いえて妙ってやつかな。実際人を弄るのは好きだし、あぁそうい ! ﹁それ、洒落になんねぇ状況だぞ﹂ ? けど丸腰は⋮⋮さすがに死ぬかも﹂ ? 下の格闘技場にでも参加するよ﹂ ﹁いずれはできるようになりたくても、まだ無理だな。できるようになったら、ドーム地 ﹃素手でも蛇を絞め殺したりしないのか ﹄ ﹁苦手っつーかなんつーか、いやさ。刀あればまだ何とかできる。頑張って首刎ねる。 ﹃あれ、お前もやっぱそういうパターン苦手 ﹄ で巨大アナコンダに襲われるパニック映画は中々面白かったな﹄ えば。神話でアダムとイヴを騙して知恵の実食わせたのも蛇だったな。蛇、ねぇ。密林 ﹃アッハハ あたり特に﹂ ﹁俺がライオンなら、お前は蛇の類だよ。なんというか、人を唆したり微妙に意地が悪い はそのままの方が何かと都合が良いかもしれない﹄ 獅子や獣の類だな。けど、俺はお前のそういうところが嫌いじゃないし、何となくお前 思考で纏めれば、割と簡単にはじき出せる結果だよ。まったく、つくづく以ってお前は ﹃まぁお前の人となりはそれなりに分かってるつもりだからね。持ってる情報を論理的 ﹁お前はアレか 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 709 ちなみにアナコンダの獲物の捕食方法はまず対象に巻き付いて絞め殺してから丸呑 みである。この時に締めつける強さは、全身が筋肉の塊という蛇の体とその大きさも あって、数百キロにも達するという。更に余談だが、件のパニック映画では普通に人も ﹄ 食われるが、実際に蛇に人が食われたという事例は殆ど無かったりする。それでも怖い ものは怖いが。 ﹃つーか、話だいぶ逸れたな。なんか頼みがあるんだろ ﹂ ? だからね。数に限りはあっても、派生技術からの恩恵ってやつも期待はできるだろう は何だかんだで国防とかそういう面でも割と重要なポストに着けるのよ。性能が性能 ﹃IS学園なんてところに居る以上は一夏も分かっていることだろうけど、やっぱIS 何を言うべきか選ぶようにゆっくりと数馬は言葉を紡いでいく。 と言うべきかな﹄ ﹃何を藪から棒に。⋮⋮まぁいいや、そうだな。可能ではある、けどそう簡単でもない、 のもの。それってネットとかにどのくらい転がってるかね ﹁なぁ数馬。IS乗りの情報、そいつのプロフとか戦い方、はては専用機持ちならISそ えない顔をする。そう、本題というのはそれなりに大事な内容なのだ。 気が付けばすっかり本題とは別の話題で盛り上がっていたことに一夏もなんとも言 ﹁あ、あぁ。そうだった﹂ ? 710 し﹄ あれって小さくして持ち運べるんだし﹄ ? ? うのを何とかして見ようとしたり、純粋な知的好奇心から情報を集めようとしようとす ISだってそれぞれの国じゃ基地とかで訓練飛行とかやっているんだろう。そうい しろそういうものだからこそ徹底したような人もいる。 戦艦、戦車、果てはそういうのをひっくるめた軍事そのもの。そういう方面にだって、む ﹃けど、それだけじゃない。どんなジャンルにだってオタクってやつは居る。戦闘機や ﹁だから難しいと﹂ はありそうだからね。国としても、そうそう情報は外に漏らしたくはないだろう﹄ 困る。けど頼らないわけにもいかない。そんなものだ。それに、まだまだ開発の伸び白 ﹃そう。だからやっぱり国としちゃISは、まぁ変わり種すぎるものだから正直扱いに じゃない。どこの国でも同じようなことやれば同じ結果になる﹂ 暴れすれば国家中枢にそれなりにダメージは食らわせられるだろうよ。別に日本だけ ﹁あぁ。実際俺も持っているし。確かに、霞が関とかのド真ん中で使って見境なしに大 だっけ ﹃あとはまぁ私見だけど、ISを兵器として使うなら完全に奇襲用とかだろ 専用機 手っ取り早いし、そういう点じゃ、あぁ確かに重要だ﹂ ﹁ま ぁ そ う だ な。実 際 問 題、I S の 相 手 を す る な ら や っ ぱ り I S に や ら せ る の が 一 番 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 711 る人もいる。間違いなく。だからそういう面子とコミュが取れれば、あるいは可能だ ね﹄ 知っていると ﹂ ﹃可能性は十分にあるね﹄ て情報なんて引き出せるかね ﹂ オタクだって。自分で言うのもなんだ ﹁だが、仮にそういうのが居たとしてコミュが取れるのか ﹃あぁ、その点なら心配ない。言っただろう ? ? そのまま数馬はブツブツと方策を呟きながら思案する。海外系のサイトがねらい目 わりになる最低限の情報をゲットして、コミュに飛び込んで⋮⋮﹄ 存の軍事系のコミュの中にもあるかもしれないね。僕が飛び込むとして、まずは挨拶代 のオタクにしたってどこかしらでコミュ用の掲示板なりを作っているはずだ。いや、既 結論を言おう。多少時間は貰うよ。けど、報告は出せると思う。多分だけどIS絡み 間が欲しい。そのあたりの生態は、百どころか千も承知しているさ。 違ってもその本質は一緒なんだよ。誰かと知識を共有したい、語り合いたい。新しい仲 けど、僕だって一種のオタクだ。そして一夏、オタクというのはね、奉じるジャンルが ? ? いやそもそも、取れたとし こどこのISはどうであんなだとか、あのISの専属パイロットはどんなやつだとか、 ﹁つまり、あっちこっちに居るだろうISオタク、あるいはマニアならそういう情報、ど 712 かとか、言語はどうするか、翻訳機能付きのブラウザを使うかとか、目玉のためにどこ かしらにハックをかけるかとか、微妙に簡単に聞き逃せないような内容も混じってはい たが、様子から察するに数馬の中では既に確固たるビジョンができあがりつつあるのを 一夏は感じ取っていた。 ﹄ ? ﹁⋮⋮﹂ を可憐と、見目麗しいとしか言えないのなら、まさしくその一言に集約されるのだろう﹄ も必然、物事は究極に、より本質に近づくほど形容する言葉は陳腐になるもの。彼女ら 敬に他ならんと言うのに、それしか言えないこの身のなんたる矮小さか。あぁだがそれ 花。いやさ、陳腐な表現でしかその華を形容できない自分がもどかしい。彼女らへの不 じゃないか。まさしく国家という積み重ねた歴史という土壌が生んだ一輪の可憐なる ﹃了解。オーケー、早速検索でヒットだ。いや中々どうして華のある見目麗しい少女ら な装備があるとかどんな戦い方するとか、とにかく何でもいい﹂ のIS専門部隊の隊員だそうだ。その線から行くと良いかもしれん。情報は、まぁどん レーゲン。デュノアはフランスのIS大手デュノア社令嬢、ボーデヴィッヒはドイツ軍 スタムⅡ。ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒおよび専用機シュヴァルツェア・ ﹁フランス代表候補生シャルロット・デュノアおよび専用機ラファール・リヴァイブ・カ ﹃一夏、一応確認しておくよ。どこの誰の、どんな情報が欲しい 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 713 何やら一人でみょうちくりんな言い回しを始めた数馬に一夏は閉口する。またか、と 思うと同時に感想はただ一言だけ。すなわち、ウザい。 御手洗数馬、決して悪い奴ではないしむしろ親友と呼んで差支えない良い友人でもあ るというのが一夏の認識だが、どうじにその悪癖もまた承知している。 彼はテンションが上がったり緊張したりすると、とにかく面倒な喋り方になるのだ。 イチカ 無駄に言葉を多用して何やら複雑な言い回しをする。端的に言って胡散臭く、そして時 には親友ですら﹁ウザい﹂と感じる程になるのだ。 中学時代、数馬のせいで程度の大小の差はあれども迷惑厄介を被った者達の間では、 一時期﹁御手洗数馬超ウザい﹂が流行語になっていたるするほどだ。 そして更に厄介なことに、数馬は一般的に﹁美少年﹂と言っても差し支えはない顔立 ちであるため、そのウザさすらどこか様になっているのだ。こうなると一夏としてもは やウザいというより﹁知るかめんどくさい﹂と呆れてしまうばかりなのだった。 なお、今回の場合は検索でヒットしたというが、大方シャルロットとラウラが数馬と しては十分に気に入るに値する容姿だったためにテンションが上がっているのだろう。 確かに、客観的に見て二人が見目麗しい容姿をしているという点については概ね賛同は できる。 ﹃ん、まぁ要件は概ね理解したよ。そうだね、IS関連は僕も知らないことが多い。良い 714 機会だ。僕を楽しませてくれるような未知がないか、少し潜ってみるとしよう﹄ ﹂ ? ﹄ ? 納得したと言うように一夏は鷹揚に頷く。至極尤もな話だし、一夏としても欲しい情 ﹁あぁ、そういうことか﹂ は見返りを要求する権利はあるんじゃないのかな ﹃何てことはない。依頼成功の暁には報酬が支払われて当然。となると、こっちも多少 る。 自分の依頼が成立したことによってできる話題。一体なんなのかと一夏は首を傾げ ﹁なに できあがる﹄ ﹃さて、これでお前からの頼みは受諾したわけだが、となるとここで一つ。新しい話題が ﹁あぁ、頼む﹂ ﹃とにかく、一夏は気長に待ってろ。僕も、可及的速やかに情報を伝えるとしよう﹄ ると言っても過言では無かった。 気楽な調子で答える。出会ってから三年、積み重ねてきた友情の一端がここに表れてい 頼ることしかできないために素直に礼を言う一夏に、数馬はどうということはないと ﹃別に良いさ﹄ ﹁悪いな、恩に着る。なにせ、こういうのを頼めるのはお前しかいない﹂ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 715 報が得られたなら対価を払うことは吝かではない。 幸運というべきか、倉持開発の白式を拝領するにあたって技術開発への協力報酬とい う名目で月々幾らかの報酬を受け取っている。エライ高額というわけでもないが、高校 生の小遣いと呼ぶには過分に過ぎるくらいにはあるため、ここ一、二か月で一夏の口座 は一気に残高を増やしている。多少の金銭くらいなら、問題はないだろう。 ﹂ ? ﹃そう。夏ど真ん中だから学校も休みだろう いやさ、ちょっとイベントのチケット ﹁付き合ってほしいこと あのね、ちょっと付き合って欲しいことがあるんだ﹄ ﹃あのね、別に何か寄越せってわけじゃないんだよ。いや、強いて言うなら時間、かな。 先回りした数馬が金銭は要らないと言って来る。では、何を払えばいいのか。 ﹃あ、別にお金とかは良いよ。ぶっちゃけ俺も月にかなり稼いでるし﹄ 716 ﹃アイ○ルマスター アニバーサリーライブ。場所はSSAな﹄ そこで数馬は僅かに言葉を切る。その間に、一夏は耳を傾けた。 ﹃それはね⋮⋮﹄ ﹁イベントって、何さ﹂ ないんだよ﹄ があるんだけど、二枚あってね。一枚、奢るからそれにさ。チケットを無駄にはしたく ? ﹂ ? ? ﹁あぁ、そういやそんなこと言ってたねぇ。何か それでお前はチケットが取れて、一 てるって﹄ ﹃えーっとね、ほら。この間の弾の家で話したろ 声優さんたちが実際にライブやっ アニメである。 なお、過日に一夏が弾の家で数馬に誘われて見ていたアニメはこのアイドルマ○ターの るアイドル育成型シュミレーションゲーム、および関連商品その他諸々の総称である。 ここで説明しよう。﹃アイドルマ○ター﹄とはゲーム開発会社バン○ムが開発してい 思わず聞き返した。 ﹁⋮⋮はい 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です に勧められたとはいえアニメを全話見たりしない。 さてどうしようかと思う。別に嫌いではない。というより嫌いだったらいかに親友 ﹁あー⋮⋮﹂ ﹃そゆこと﹄ 枚余ってるから、俺にくれてやるから一緒に来いと﹂ ? さえとくべき曲のは伝授しよう。どうだ ﹄ ト各種の無料レンタルもやってやる。更によりライブを楽しむための曲のコールも押 ﹃よし、更にオマケだ。今ならチケットタダに加えてライブ用のTシャツ及びペンライ 717 ! ﹁それだと、俺の実質負担は交通費くらいじゃないのか ﹂ ? ﹃この戯けぇっ ﹄ ﹂ ? でせめて自分の代わりに楽しんでくれとチケットを託す。買う側はそうした意思をく 売る側はそもそもからして行けないという悔しさを噛みしめることになるし。それ う真っ当な背景があるならまだ許容はできるんだよ。 はチケットを正規の販売で取れなかった人で、ついでに額も割増になる。けど、そうい 取った。でもどうしても外せない用事で行けないから、誰かに売ると。基本的に買う側 さ。いや、正当な理由があるなら良いんだよ。例えばだけど、行きたいからチケットを ﹃あぁ、すまない。いやゴメン。ただ一夏、某は転売という行為がどうにも許せなくて ﹁お、おい数馬 不意に鼓膜を揺らした怒声に思わず一夏は携帯を耳から離す。 !!!! ﹁それだったらネットで転売したりとか││﹂ ケットをどうにかしたいんだよ﹄ ﹃まぁね。多分、弾はそこまで乗り気にはならないだろうし。それに、本当に余ったチ ﹁随分と至れり尽くせりなんだな。そこまで俺を誘いたいのかよ﹂ るけど。どうせ推定出費ははした金で片付くし﹄ ﹃それに加えて会場の物販で買うグッズとかもあるね。なんだったら幾らかカンパはす 718 み取った上で売る側の支払ったチケット代、プラスで行けないことへのお見舞いも込め しじんかん て、まぁ実際は需要と供給の関係とかだけどさ、割増の額で買う。そういうのならまだ 良い。まぁ、そんなの私人間でくらいしかないだろうけどね。 ただ問題なのは初めから転売する気で取ってるやつだよ。そういうやつが数を無駄 に取るから真面目に行きたい人がチケットを取れない。そんな人たちの無念に付け込 んでぼったくり価格で売りつける腐れテンバイヤー共。もうね、思うわけよ。蚊とゴキ ブリとテンバイヤーは絶滅しちまえと。あとeプ○ス死ね﹄ ジ ここで言うプロデューサーとはファンの基本的呼称のことである。名前の後にPと ﹃その言葉を待っていたぜ。ようこそ、プロデューサー道へ﹄ なら、本気になるべきだろうよ﹂ マ ﹁まぁ、やれることには真面目に取り掛かる必要があるからな。あぁ、ダチのためになる ﹃そう言ってくれると信じていたよ、親友﹄ ん、わかった。何とか都合をつけて、その提案を受けよう﹂ ﹁まぁ、なんだ。お前の気持ちは分かったし、色々とサポートしてくれるみたいだし。う も理解を示す。 腹の底から湧き上がるような怒りを押し殺した数馬の言葉に一夏も若干引きながら ﹁お、おう⋮⋮。まぁなんだ、お前の心意気は分かったよ﹂ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 719 付けるのが基本であり、例えば数馬の場合ならば﹃御手洗P﹄あるいは﹃数馬P﹄とな るわけである。 うが無かった。 ﹄ ﹁しかし、アイドルか⋮⋮﹂ ﹃どうした ﹄ ? その、なんだろうね あのね、俺もまさかこうなるとは思って無かったんだけどね ? よ。物によってはお前と話すために幾らか中身も覚えとこうと思ったんだがな。⋮⋮ ﹁あぁ。だから、俺なりに似たようなジャンルでどういうのがあるのか調べてみたんだ ﹃ふむ、それで で役に立つと思ったんだ﹂ 間のアイマイの一件で、そっちの方面の情報を仕入れておくのはお前とやっていくうえ ? ? ﹁いやさ、さっきも言ったろう 俺は必要なことなら真面目にやる。少なくともこの りにサマになっている絵だが、そこで交わされている会話の内容はどこまでもどうしよ 電話越しに二人はニヤリとした笑いを交し合う。何も知らずに傍から見ればそれな ﹃その意気だとも親友﹄ ないか﹂ ﹁まぁ、プロデューサー道云々は置いといてだ。やる以上は、本気で行かせてもらうじゃ 720 ? そのぉ、良いかな ﹄ ? って思うのが⋮⋮あったの﹂ ? 日本語ひっくり返すなよ 絶対だぞ ﹄ 目の付け所がイケてるねぇ ! ﹁いや知らねーよ。でだ、結局何かっていうと⋮⋮﹃ラブラ○ブ﹄なんだ⋮⋮﹂ ? 流石だぜ親友 !! ﹄ 同で立ち上げたプロジェクトの総称である。アイマイ同様、CD発売を始めとしてアニ なお、ラブ○イブとは主にアニメやコミック関連を主とする三つの企業グループが合 げる。 一夏の選択が相当に気に入ったのか、非常にハイなテンションで数馬が歓喜の声を上 ﹃ヒィィィヤッハァァァァァァ ! ? ﹃アニメは見たけど男でも楽しめたですしお寿司。あと、ミュージックと王子を英語と ﹁いや違う。まぁ調べる過程で名前は知ったけど、あれどう考えても女向けだろ﹂ ﹃待て。俺が予想しよう。そうだな⋮⋮ずばり、ミュージックの王子様あたりか﹄ したから、まぁその延長だと思えば良いかなと。で、結局何なのかと言うと││﹂ 俺は修行以外は割とインドアだったし、元々漫画もアニメも人並みに読んだり見てたり ﹁いや、俺も本当に不覚を取ったとしか言えない。けどまぁ、よくよく思い出して見れば ような色が混じる。 その言葉を聞いた瞬間、数馬の目があからさまに輝いた。同時に声に何かを期待する ﹃ほっほう 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 721 メ、コミック、更にはキャラの声優によるライブなど多方面に展開している。 ちなみによく似た響きにラフロイグがあるが、あっちはウィスキーである。 ﹃察するにアニメだな 今ちょうど旬だ。聞けばIS学園はその辺の環境も完璧と言 722 ﹂ ﹁あ ぁ。俺 も ま さ か こ う な る と は ま る で こ れ っ ぽ っ ち さ っ ぱ り 思 っ て 無 か っ た け ど ね う。視聴にさしたる問題はあるまい﹄ ? 鮮烈に輝かせる。既知であるが、これは良い。 一夏、分かるぞ。君も、ニコ先輩の﹃ニ○コ○ッコニー ﹄にやられた口だろう ﹄ ? !! なんだけど⋮⋮﹂ だがナイスチョイス ! 任せろ この御手洗数馬、しっかり網羅している ! 今度C ! 見せることはない。 ﹃オーケーオーケー ! 一夏の行動が相当に気に入ったのか、数馬のテンションは上がったまま下がる気配を ﹃そっちかー ﹄ ﹁いや、俺は、そのぉ、ウミちゃんの﹃ラブアローシュート﹄にハートをBANされた口 ! う、友情とはかくも美しきものだ。駆け抜ける刹那の青春、その一瞬のきらめきをより 縁は更に盤石なものとなった。あぁ、感じるぞ、既知を。だが、決して悪くはない。そ ﹃良いさ良いさ。何も恥じることはない。一夏、我が盟友よ。今この時より我らを結ぶ ! D貸してやる。あぁ、そういえばライブもあったな。よし、チケットは任せとけ ﹄ ! ﹃ところで一夏よ。ぶっちゃけ、アニメの方はどうだった ﹁何で見てること前提で話進んでるんだよ﹂ 象を抱けるものなのだ。 ﹄ るが箒も当てはまる。なんだかんだで真面目であるということは一夏にとって良い印 周囲の人物に当てはめてみれば、セシリアなど良い例だ。あとは少々固すぎる所があ 真面目な方であるキャラを気に入ったのも、あるいは自然な流れなのだろう。 た形だ。ちなみに一夏は真面目な人間というのは嫌いではない。作品の中でもかなり そういえばそんなことをつい口走ってしまったなと思う。見事なまでに墓穴を掘っ ﹃だって﹃ニッ○ニッ○ニー﹄とか﹃ラブアローシュート﹄とか知ってるじゃん﹄ ? 聞き流す。 プレーヤーにでも放り込んでおこうか。そんなことを考えながら一夏は数馬の言葉を まぁタダで貸してくれるというならそれはそれでありがたく受けて、適当に曲を音楽 断れない。 りにグイグイと押し付けてくるだろう。それも善意が百パーセントなのだから断るに 別にそこまで頼んだつもりは無いのだが、多分数馬はそれ行けやれ行けと言わんばか ﹁あ、いやオイ⋮⋮﹂ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 723 ではそれが男女の云々に発展するかと言えば、それは難しいと一夏自身思っている。 客観的に見て良い女子であるのは間違いないのだろうが、何せただの一度でも互いの ﹄ ? 俺はマキとミコの絡みが好みです﹄ ﹂ こう、キャラ同士の絡みとか。あ、ちなみに ﹁まぁ悪くは無かったさ。ただアレ、アイドルっつーよりむしろノリはスポ根じゃね ? ﹁否定はせんよ。あぁそうそう││﹂ ﹃とことん体育会系だもんねぇ、一夏﹄ ハイ﹂ ﹁あるいは、それだからかもしれないな。ぶっちゃけそういうド根性とか割と好きです に出て学校盛り上げようってノリだからねぇ﹄ ﹃まぁシナリオの根幹は野球に例えりゃ、廃校寸前の学校助けるために野球部が甲子園 ? ﹃ふむふむ。で、全体的な感想はどうだ じゃないけど、テレビを気兼ねなく見るのには役立ってるよ﹂ る時とかに流してる感じかな。部屋は防音もしっかりしてるからな。それに限った話 ﹁どうってそりゃ⋮⋮まぁ部屋のテレビのHDに録画はできるから、部屋で筋トレして ﹃で、アニメはどう見てる うのだ。こういうのを職業病というのだろうかと考えてしまう。 ﹃武﹄を交わしてしまったのが運の尽きか。色恋以前に武人としての感性が働いてしま 724 軽くフッと笑ってから一夏は何かを思い出したように人差し指を立てた。 ﹂ ? 先ほどまでと一転して、一夏の声に一気に硬質さが宿る。頼みごと、つまりはシャル ﹁なに ﹃さて││あぁ一夏。さっきの頼みごとの件だけどね、中々面白いトコが見つかった﹄ か。何か、妙な所でズレが生じているような感覚を一夏は否めずにいた。 可能性があると言われるのは良いのだが、果たしてそれは素直に喜んで良いものなの ﹁あ、あぁうん。ありがとう﹂ がり流れるものだろうよ﹄ もない才覚がある。自分を武術家としているが、その可能性はそれに留まらず無限に広 ﹃やはり僕の見込みに間違いは無かった。断言しよう、一夏。我が盟友よ。君には紛れ 識である。 数馬には向けないのかと問われれば、彼についてはとっくに手遅れというのが弾の認 と言いたげな哀れむ視線を一夏に向けていただろう。 馬はと言えばただそれを称賛するのみ。仮にこの場に弾が居たとすれば、もはや手遅れ さらっと自分がかなりダメな発言をしていることに一夏はまるで気付かず、相手の数 ﹃そこに気付くとはやはり天才か﹄ ﹁マキで思い出したがな、彼女は受け専門だと思うんだよ俺﹂ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 725 ロットとラウラの情報についてだ。 最近の軍隊にはこういう方面が趣味の人も多いって言 ? イントが見つかったよ﹄ ? 荒らしの類も殆どいない。ここまで自浄作用が機能し ? ? まぁ多分何とかなるだろう﹄ ﹁数馬、そのサイトは俺でも見れるか ﹂ て い る 掲 示 板 も 稀 有 だ ね。そ れ な り に 予 備 知 識 を 持 っ て 新 参 で 入 る 必 要 が あ る け ど、 ら参加者が限られるのかな 体も、この手の自由参加型にしてはかなり纏まってるね。内容が結構専門的みたいだか か対応してないとはいえ、自動で翻訳ルビ振ってくれるブラウザ使ってるし。掲示板自 辺の対策はしてるし。言語も、まぁ英語やフランス語、ドイツ語だとかメジャーなのし ﹃あぁ。海外系でまずはウィルスやフィッシングの類には気を付けたいけど、まぁその ﹁幸先が良さそうなのは良いが、大丈夫なのか その、色々と﹂ うけど、これは中々⋮⋮。あぁ、使えそうだ。まだ探してはみるけど、いきなり良いポ 人とかも混じってるのかな 案の定と言うかね、話題はIS関連がやっぱり多いらしい。これは││多分現役の軍 らしい。 示板だね。一応海外のサイトだけど、確認できるだけで十カ国以上の人が参加している ﹃まだ見つけたばかりだから本格的なのはこれからだけど、これは多分自由参加型の掲 726 ﹄ ? かな 摩訶不思議は﹄ にはなったけど、中々どうして摩訶不思議な代物だ。いや、むしろ作った人間の方なの ﹃しかし、ISか。君がまぁ、今のような立場になったからこそ、僕も色々と調べるよう じて待つのみ。それが今の一夏のすべきことだ。 られる。実際、そこまで言うからには算段も付いているのだろう。ならば後はそれを信 余裕すら感じさせる数馬の言葉には事が上手く運ぶということへの強い自負が感じ ﹃任されよ、ご期待には添えるとしよう﹄ ﹁ふむ。まぁ良い。この手のことは俺よりお前の方が遥かに専門だ。全面的に任せる﹂ いし。いや、勉強すれば何とかなるかもしれないけど、時間も掛かるからね﹄ ﹃というか、ぶっちゃけ俺もこの翻訳機能付きブラウザじゃなきゃ全部読める自信が無 の方一度もない。 語など土台無理な相談だ。そこまで言語能力に秀でていると思ったことは生まれてこ 即答する。そもそも学校教育で習う範囲の英語ですら怪しいのに、そこへ更に他の言 ﹁無理だな﹂ 国語も入り混じってるページを解読できるか を回るなら厄介ごと抱えないようにそれなりに慣れる必要があるし。何より一夏、何カ ﹃別にURL教えるだけなら良いけど、ちょっとお勧めはしないかな。海外系のサイト 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 727 ? ﹄ ﹁束さんか。まぁ確かにそうだ。ただ、摩訶不思議というよりはむしろ奇天烈だな﹂ どんな人だったんだい ? ? り同様に不世出で史上最強クラスのコミュ障だ﹂ ? 拳が飛んでたのが懐かしいや﹂ ﹁まぁ、姉共々色々と振り回されたからなぁ。あぁ、何かあの人がやらかす度に姉貴の鉄 ﹃随分と辛辣に言うじゃないか。口ぶりに出てるよ ﹄ めほんの数人を覗いて、他人と真っ当に接していた記憶はないな。いうなれば、天才ぶ の大天才と言って間違いないよ。けどその反動というかね、人としちゃ劣等だよ。俺含 ﹁そうだな。まぁ作ったものがものだ。実際、開発者としちゃ間違いなく不世出クラス だった。 この時も数馬にとっては一夏と束の関係など話を進める一要素の一つでしかない認識 事としか受け止めていない。一夏もこのあたりを信用して話したのだが、事実として今 夏の知り合いだからと言って自分に何かあるわけでもない﹂と割り切って些事の中の些 して軽くはない。だが、例えばこの数馬や、同様に彼女との関係を教えた弾などは﹁一 ISという世界規模で影響を与えた兵器の開発者を知り合いに持つということは決 ことを話したことがある。数馬もそうした一人だ。 あまり吹聴はしていないが、ごく一部の人間には篠ノ之束と自分が知己であるという ﹃そっか。確か知り合いって言ってたっけ 728 ﹁あぁでもアレだ。一つ、たった一つだけな、俺はあの人に関して完全に肯定せざるを得 はない。 か自分にも友好的に接してきていたくらいだ。その程度、別段特別視するようなことで ﹃人間﹄として見れば一夏もそこまでなついた記憶はない。精々が姉と親しく、その関係 束は確かに能力という面で見れば﹃余程﹄という言葉でも過小評価が過ぎるだろうが、 など、よほどの人間でもなければ持ってはいない。 齢にもなっていない頃のことだ。そんな昔の、少々縁があった程度の知人に向ける関心 束の失踪が箒の連続転居コンボのきっかけとなったため、時期的には一夏がまだ十の こう騒ぎはしないよ﹂ 所の変わり者だったからな。冷たいと言いたきゃ言え。今更、あの人の生死程度でどう 直接会ったのなんざ一体何年前やら。あの人がどうかはともかく、俺からしてみりゃ近 ﹁嬉しいとか嫌とか、そういうんじゃないんだよな。なんつーか、どうでも良い。最後に ﹃あまり嬉しそうじゃないね﹄ らしい﹂ よ。なんか律儀に毎年年始には写真付きの年賀状送ってきてるからな。息災ではある ﹁ま、雲隠れして世界中の追跡からトンズラこいてるんだ。バイタリティはあるだろう ﹃へぇ、あの千冬さんとねぇ。また随分とタフな﹄ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 729 ﹄ ? ないことがある﹂ それは博士の発明⋮⋮じゃないね ? ﹁バッチリコピーは取って俺が処分するという名目の下、姉貴からぶんどって部屋の最 ﹃永久保存ものか﹄ れもビキニ姿と来た﹂ ﹁マジだ。何せ毎年の年賀で確認できるからな。去年など暑い地域に居たのか水着、そ ﹃マジか﹄ 違ったとかも含めてだ。束さん、乳のでかさは半端じゃない﹂ ﹁いや、少なくとも今まで俺が見てきた中で、それこそテレビに出てるだとか道端ですれ 野郎二人、揃ってダメな発言をかました。 ﹃そうか、それは否定のしようがないな﹄ ﹁ずばり、乳だ﹂ 葉を静かに待つ。そして、一夏の唇が動く。 そこで一夏は一度言葉を切って息を吸う。携帯を手にする数馬はその後の一夏の言 │﹂ きゃな。ISは、まぁギリギリ許容ラインか。で、何が認められるかって言うとだな│ ﹁あ ぁ。ぶ っ ち ゃ け 束 さ ん が 何 作 ろ う が 知 っ た こ と じ ゃ な い。俺 に 厄 介 を 持 ち 込 ま な ﹃へぇ 730 奥に保存済みだ﹂ がある。そう、大きさの貴賤など些末なことなのだよ。真の魅力とは存在そのもの全て ﹃全くもって同感だ。俺も、それこそ72センチから91センチまで平等に愛でる自信 いものだと思う﹂ ﹁あぁ。俺は大きさで貴賤を決めるような無粋な真似はしないが、でかいはでかいで良 ﹃実に素晴らしいな﹄ ショックサスペンスだ﹂ ﹁うむ。どたぷ∼んでバルンバルンしよってダァイナマイトッでビッグバァンでスリル か﹄ ﹃ほほぅ。どたぷ∼んでバルンバルンしよってダァイナマイトッでビッグバァンなわけ ﹃あぁ。どたぷ∼んでバルンバルンしよってダァイナマイトッだ﹄ ﹃そうか。どたぷ∼んでバルンバルンしよるわけか﹄ ぷ∼んって感じだ﹂ ﹁ぶっちゃけカップサイズとかは詳しくないから抽象的になるけど、こう、アレだ。どた ﹃ちなみに参考までに聞かせてくれ。どのくらいだ﹄ ﹁オーケー、任せろ﹂ ﹃今度見せろ。ていうかデータ頂戴﹄ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 731 より燦然と遥か天上で燃え盛る太陽のように、あるいは静謐に佇む月、宝石のように散 り散り煌めく星々のように、鮮烈さと、厳かな優美さと、感嘆に足る輝きのように、た だ在るだけで溢れるものなのだから﹄ 数馬など一見冷静を装っても内心大興奮に違いない。 に あ り が ち な リ ビ ド ー に 悩 ま さ れ て い た に 違 い な い。弾 な ら 確 実 に 反 応 す る だ ろ う。 としての闘争本能が反応しているから良いものの、そうでなかったらさぞや年頃の男子 での武技のおける自分の教師であり優秀な乗り手の一人であるという認識による、武人 全くもって自分の武術家思考の都合良さを感じる。何よりも彼女に対して現状IS 覚えている。 言ったのを耳に挟んだ﹁サイズが合わなくてISスーツを特注した﹂という言葉は今も アレはもはやただただ感嘆するより他ない。何かの時だったか、彼女本人がチラリと BMだ︶ ︵とりあえず、山田先生のことは黙っとくか。束さんがロケットなら先生のは⋮⋮IC 性質が悪い。 引く。この面倒なノリはこうやって不意打ちのように、いつ訪れるかが分からないから またしても妙なテンションが入った数馬に話を振ったことを棚上げして一夏は軽く ﹁そ、そうだな﹂ 732 ﹂ ? ﹂ ? かじゃないけど、上に立つ人間ってのは多かれ少なかれ、自分の方式ってやつを周りに からこそ、自分のやり方、理屈を正しいものとして通してる。本人は意識してるかは定 もしもその人が凡俗なら、そのやり方は評価されないだろう。けどその人は最高峰だ のやり方を持っていて、それを駆使してそこまで上り詰めたとする。 ポーツで文字通り世界最高峰の選手がいるとする。その選手は自分で編み出した独自 野である種そういう理屈を握っているんだよ。例えばだけど、種目は何でも良いからス ﹃何事においてもだけど、最前線や最上位のレベルにいる人達っていうのはね、各々の分 ﹁というと ﹃いやいや一夏、それは違うと思うな。むしろガンガン押してくべきだよ﹄ ないだろ の楽しさとかをみんなとも共有したいと思うけど、俺の理屈を押し付けるわけにもいか ﹁いや全く。まぁとは言っても、しょせん俺一人の理論だからな。そりゃあ、できればこ ﹃変わらないねぇ、そういうトコ﹄ 楽しいと思えてきたからな。バトルとなるとなおさらだ﹂ ﹁あぁ、もちろんそのつもりだよ。何せ最近ようやっと本格的にIS動かすのが純粋に ら、そっちはそっちで頑張っとけ﹄ ﹃っと失敬。少し興奮した。まぁアレだ。とにかく頼みごとの件は何とかなりそうだか 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 733 認めさせて、それが正しくて当然と思わせてるのさ。 もちろん、さっきも言ったようにそれは相応のレベルにあるからこそだ。けどねぇ、 レベルが高いから自分流を通せたのと、自分流を徹したから高いレベルに上がったのな んて卵が先か鶏が先かのことだから。どっちありきは関係ないね﹄ ﹄ かしら傲慢なところがあるんだし、そういう王様気質は割と一夏にあっていると思うよ ﹃そう。そしてそうだと思ったならいっそ周りに押し付けても良い。上位者なんてどっ ﹁つまりアレか。お前はこう言いたいわけだ。迷わずに俺の理屈を貫けと﹂ 734 ││なぁ一夏。さっきの自分ルール云々の話だけどさ、実はすごい分かりやすい表現 り取りでの数馬の言葉を思い出していた。 が盛り上がったことにちょっとした充足を感じつつ、一夏は電話を切る直前の最後のや そのまま二人はカラカラと笑いあい、二言三言会話をして電話を切る。思いのほか話 ﹃あいにく、他力本願は僕の十八番でね﹄ ﹁皮算用がすぎるだろうがよオイ﹂ その暁にはぜひ僕を厚遇してくれ。あぁ、弾も一緒だと楽しそうだな﹄ ﹃いやいや、割と本気で僕は思ってるよ。それで、もしも君がそういう人間になれたら、 ﹁はっ、買い被りすぎだ﹂ ? があるんだ。それも、この理屈のある意味究極の。││ ││僕たち人間誰もが従わなきゃいけないルールってのもあるだろう ││神様って言うのさ││ 万有引力、 は出たよ。あまりにも、当たり前すぎる答えだけどね。一夏、そういうのはね││ う世の法則を決めたやつがいるっていうなら、そいつはなんて言うべきか。すぐに答え ││自分で言ってて飛躍しすぎだとは思うけどね、それでも僕は思うんだよ。そうい 他もろもろの惑星、宇宙全体に共通する法則がある。││ ルー ル 熱力学第二、相対性理論、果てはそもそもの生物の生死。人間どころかこの地球、その ? ﹂と疑ったくらいだ。 ? ﹁あ∼でも、あれかぁ﹂ 更気にするようなことでもないとすぐに片を付けた。 ちなみに中二病云々は、思えば昔からこんな感じだったからデフォのようなもので今 で、﹁こいつ中二病患ってるんじゃねぇの ウェだとかニャルラトホテプだとかそういう類だ。あまりに話がかっとんでいるせい 本当に飛躍しすぎだろうと思った。何せ神さまである。釈迦とかキリストとかヤハ ﹁神、ねぇ﹂ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 735 ふと思いつく。今自分の右手に嵌っている腕輪、専用機白式の待機形態だ。これを、 ISを、生み出したのは彼女だ。そういう意味で言うなら彼女は、篠ノ之束はISの創 造主と言うべきだろう。 確か万物の創造主と神がイコールなのはキリストだったか。宗教にはそこまで明る くないため断言はできないが、そんな理屈もあったはずだ。となると短絡的ではある が、ISという限られた範囲で考えれば束はその範囲における神にも等しいのではない かと思う。 意外に身近な所に分かりやすい例えがあったことに何とも言葉に形容しがたい思い が出る。あるいは、数馬はこのあたりのことを見越してあのようなことを言ったのだろ うか。だとしたら、相変わらず大した慧眼の持ち主だと言えよう。 つものように鍛練と共に過ごすだけだ。 タ ﹁けど、そうだな。いずれはっていうのも、面白そうだな⋮⋮﹂ ネ 神に苦虫噛みつぶさせた事例など、古今の神話を見れば意外とありふれている。 吹っかけるのも悪くないかもしれない。思い出して見れば、神に人間が喧嘩吹っかけて あるいは姉すら超える程の領域に至った時、その時はかの創造主に真っ向から喧嘩を バ まだまだ絶賛精進中の身。あまり余計なことは考える必要はないだろう。日々をい ﹁まぁ、今はまだ詮無いことってやつか﹂ 736 そして自分の相手はそう比喩できるだけで、実際には極まった能力を持っただけのた だの人間。別にオカルトに足突っ込んでいるわけではない。やりようなどいくらでも あるだろう。 もしもそれが実現したらどうなるのか。その時自分はどれほどで、一体どんな規模の 戦いを繰り広げることになるのだろうか それこそ大迫力のバトルもののアニメや それを考えると、それだけで興奮に体が震える。 漫画みたいに﹁お前らの喧嘩で世界がヤバイ﹂くらいのレベルにもなるかもしれない。 ? めにも、今日の努力を欠かしてはいけない。そう、武人は一日にしてならずなのである。 とりあえずは腕立てから始めようと決めた一夏であった。明日のキレてる筋肉のた ﹁レッツ、筋トレマラソン﹂ 出るには少々遅い。ならばすべきは決まっている。 胸の内からフツフツと湧き上がってきた衝動を発散させる。とりあえず今から外に ﹁あぁ、こうしちゃおれん﹂ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 737 はぁっ ﹂ ほぼ同時刻、既に寮の門限も過ぎた刻限にありながら明りのついている施設がある。 ﹁やぁっ ! ﹁あ、ありがとう、ございます﹂ ﹁数日だけど、だいぶ進歩してる。正直、驚いた﹂ そのまましばらく稽古を続け、キリの良い所で一度動きを止めてから初音が言う。 ﹁やるね﹂ 出していたため、二人の稽古は学園が公式に認めたものとなっている。 反している。だが、今回に関しては事前にそうした門限外での学内施設の利用申請を提 本来であれば今の時間に二人がこの剣道場で稽古を行っていることは寮の門限に違 は固く、共に真剣にのめり込んでいることは伺える。 箒の止めどなく打ち込まれ続ける木刀による打撃を初音は無言で捌く。二人の表情 ﹁⋮⋮﹂ ある上級生、斉藤初音に向けて幾度も斬りかかっていた。 のある掛け声の主は篠ノ之箒。竹刀ではなく木刀を持った彼女は、自身の稽古の相手で 伝統的日本建築そのものの外観を持っているこの建物は剣道場だ。中から響く張り ! 738 僅かに消耗は見られるものの、涼しい表情を保っている初音に対して箒は明らかに疲 ﹂ 弊している。基礎体力や腕前、他にも稽古の方式など要因は諸々あるが、これが二人の 差を示す一端であるとも言えよう。 ? れらは誰の耳に入ることもなく夜の帳へと溶けていく。 道場から響き渡る掛け声、竹刀が打ち合う音、床が踏み鳴らされる音、外に漏れるそ く。 を用いての訓練が控えているが、それでもお構いなしに二人の稽古は勢いを増してい そうして再度立ち合い方式の稽古が始まる。翌日には使用許可を取ったISの実機 見て初音も静かに木刀を構える。 そうして箒は急いで息を整えると、再び木刀を正眼に構えて初音に向き直る。それを ﹁はい﹂ ば、負けることはない﹂ ﹁じゃあ、少し息を整えたらまた始める。とにかく、まずは守りを固めて。倒れなけれ ﹁えぇ。百も、承知しています﹂ ﹁けど、せめてこのくらいどうにかできなければ話にならない﹂ ﹁しょ、正直かなりのものです﹂ ﹁とりあえず、私が再現できるだけの彼の攻め手はやってみた。どう 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 739 明朝には一夏は白式の調整のために姉と共に倉持技研へ赴く。箒は初音、司と共に対 一夏に主眼を据えた訓練を行う。他の者達も、専用機を持つ者持たぬ者、代表候補の肩 トー ナ メ ン ト 書を背負う者背負わぬ者、立場経歴肩書きは違えど学園に在籍する一人として自分のす べきことをするために次の一日を過ごす。 こうして夜は更けていき、少しずつ、少しずつ、学園の誰もが主役となる一大舞台の えぇ、調子は良いですよ。今のところは色々上手くいってます。はい、そ 開催は近づいて行った。 ﹁もしもし あ、また﹂ いえば今度機体の調整があるとかって。えぇ、そろそろかなぁとは思ってます。じゃ のことはちょっと待って下さい。流石にいきなりは無茶ですよ。準備とか整えて、そう ? 740 携帯電話の通話を切った少女はため息を一つ吐く。本当はもっと気楽に過ごしたい のに、とんだ面倒を背負ったものだと思う。しかも厄介なことに、それでもやらなきゃ ならない以上、行動しなければ自分が満足できないのだ。たとえそれがチグハグなプラ ンに基づく無茶であったとしてもだ。 そう言って少女は整ったその顔立ちに苦笑を浮かべた。 ﹁あ∼あ、本当にこんなんじゃあ満足できる学園ライフは遠いなぁ⋮⋮﹂ 第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です 741 ように行動ができないこともある。この日も、そんな自分の好きなようにとはいかない であるのだが、それも毎週毎週というわけではない。何かしらの用事が入ってそう思う そんなわけで一夏にとって日曜日は思う存分に鍛練ができるという素晴らしい曜日 ともあったが、どれも丁重に断っていた。 足の速さだとか何かしらの競技をすればプレーについての何やらで部に勧誘されたこ に時間を割くなら鍛練に回した方が効率的だと思っているからだ。体育の時間などで だが、それはしない。特に部活というものが明瞭となる中学などそうだったが、それ ろにどの部だろうがエースの座を掻っ攫う自信がある。 の者達と比べても群を抜いている域にあるため、仮に運動部などに所属すればたちどこ 基本的に一夏は部活動に所属しないがモットーである。持ち前の身体能力は同年代 えているとなればまた話は別であるが。 だのと無縁の学生ならば尚更だ。もっとも、その学生にしても部活のハードな練習が控 ある日曜日は基本的に誰もが歓迎して然るべきだろう。それこそ、バイトだの休日出勤 日曜日、この曜日は基本的に一夏にとって諸手を挙げて歓迎できる日だ。否、休日で 第十九話 レッツゴー陰m⋮⋮倉持技研、白式改修計画 742 日曜日であった。 姉と共に学園を出たのは午前九時のこと。別に姉弟揃って水入らずというわけでは な い。思 い 返 し て 見 れ ば 二 人 で ど こ か に 純 粋 に 享 楽 目 的 で 出 か け た こ と な ど 殆 ど 無 かったと思いつつも、二人は公共の交通機関を用いて目的地へと移動する。 場所は車であれば片道でも五時間以上、新幹線でも二、三時間は必要とする本州中央 部付近の郊外である。だが、時代と共に技術も進歩した現在、新幹線よりも速いリニア モータートレインなるものが存在し、実際に着いたのは一時間と少々程度であった。 駅より更にタクシーに乗ること三十分ほど、ようやく二人は目的地である倉持技研の 技術開発専門の施設に到着した。 社会でやったっけな﹂ ﹁あぁ確かに。集積回路の向上だとかは埃一つさえ許さない徹底ぶりだとかって中学の が多いからな。必然、そうしたものを扱う施設はそれなりに清潔性を求められる﹂ ﹁荒い使い方をされることも多いが、ISは内部部品などは精密機械と呼んで良いもの た。 部屋に案内された。そこで出されたコーヒーを啜りながら一夏は感心したように言っ 受付で名前と要件を告げるとすぐさま二人は丁重な態度と共に応接室とおぼしき小 ﹁へぇ、中々どうして小奇麗な建物だこと﹂ 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 743 ﹁別にISや精密機器に限った話ではないが、物作りの場ではやはり清潔性はあるに越 したことはないな﹂ ﹁ん∼、理屈じゃ筋は通ってるけどさ、俺としては小汚い作業場とかも嫌いじゃないぜ 趣としてはアレ ? ﹁果たしてその減らず口に呆れるべきなのか、それとも純粋に腕前の向上を褒めるべき あからさまな舌打ちをする。それを見て一夏は得意そうな笑みを顔に浮かべる。 無言で振るわれた拳骨をかわしながらその手首を掴んで動きを止めた一夏に千冬は ﹁なるほど。食った年の功というわけか。さすが││っとぉ﹂ ﹁ふっ、伊達に年長者をやっているわけではないのでな﹂ ﹁あぁ、なるほど。そりゃ納得だ。さすが姉貴﹂ が近いだろう﹂ だからこそ、輝いて見える。ジーンズのヴィンテージ物というのか が、同時に一種の﹃味﹄に転じたものだろう。年月や連綿と受け継がれてきたものの証 感だが、そこへ私見を付け加えさせてもらうとお前が良いと言ったのは汚れではある ﹁ふむ。それは単に﹃汚れ﹄などとして区別できるものではないな。私もその意見には同 かそういうので汚れた雰囲気が良いなって思ったよ﹂ あるけど、お世辞にも綺麗とは言えなかったけどさ、俺はそういうちょっと煤汚れだと 前に師匠に連れられて師匠の知り合いっていう刀工さんの工場にお邪魔したことが ? 744 なのか、一体どちらをすればいいのだろうな い攻防が応接室で繰り広げられていた。 ﹂ 手で抑え込もうとする一夏の図が出来上がっている。一進一退、進む気配の感じられな いつのまにか両の手で作っていた拳骨を一夏に振り下ろそうとする千冬と、それを両 ﹁何事にも例外というものは付き物だぞ。お前などその例外の極致ではないか﹂ ﹁そりゃあ勿論後者でしょ。褒めた方が伸びが早いってよく言うじゃないの﹂ ? ﹂ ﹂ 何せお前ときたら移動中終始だんまりだったろ で、やっとまともに口きいたと思ったら何この状況 ﹁あぁ、そういえばそうだった、な う﹂ ﹁そりゃお互い様、だっと ﹁お前が原因だお前が﹂ ? ? ﹁口だと そんなの決まっている。日々の糧を摂取し、どこぞの愚弟に説教をかます 管が浮かび、二の腕は小刻みに震えている。 互いに眉間に皺を寄せながら互いの動きを封じようとする。こめかみには小さく血 だ、っと﹂ ﹁い や、姉 貴 が す ぐ に 手 を 出 さ な き ゃ い い 話 で し ょ。何 の た め に そ の 口 は つ い て る ん ! ! いの ﹁つーかよ姉貴、思えば今日学園出てからまともに会話したのってこれが初めてじゃな 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 745 ? ためだ﹂ し。あんま大人ぶりすぎるなよ ﹂ ﹁ふぅんっ ! 老けが進むぞ ﹂ ? た腕を離すと同時にやや荒れていた着衣を整えながら呼吸も平静そのものに整えてさ クが鳴ってからドアのノブが回されて開くまでの数秒にも満たない間に、組み合ってい そんな音と共にノックの音が響き渡る。それからの二人の行動は一瞬だった。ノッ コンコン える。だが、それだけの妨害を受けてなお千冬はジリジリと拳を一夏に近づけていく。 き始める。手の甲に浮かんだ血管から、今の一夏は相当な力を手に込めていることが伺 ギチギチと手が人体を握りしめるにしてはいささか物騒な音が千冬の二の腕から響 ﹁ふんぬっ⋮⋮﹂ ﹁ぬぬぬ⋮⋮﹂ いるのか、昔からの疑問がますます強まっていく。 ととはいえ、モデルをやっても一流でいけそうな細見のどこにこれだけの力が備わって 唐突に膂力を増した千冬の腕を一夏も更に力を振り絞ることで抑え込む。今更のこ ﹂ ﹁ぬぅんっ ! ? ﹁あ い に く 説 教 な ら 師 匠 で 間 に 合 っ て る よ っ と。つ い で に 師 匠 の 方 が 姉 貴 よ り 年 上 だ 746 も何も無かったかのように澄ました顔でソファに座りなおす。仮にこの場に第三者が、 具体的には二人をよく知る箒や鈴、真耶あたりがいれば確実に苦笑いを浮かべていただ ろう体裁を整える早業であった。 ﹁お待たせして申し訳ありません。少々打ち合わせが長引きまして﹂ そんな詫びの言葉と共に部屋に入ってきたのはクラス対抗戦で一夏のセコンドを務 めた川崎だった。スーツの上に白衣を着こみ、脇に資料を挟んだクリップボードを抱え ている。その後に続くようにして男女一人ずつ、二人の職員が部屋に入ってくる。 よろしいでしょうか ﹂ ﹁さて、お待たせしてしまって早々に申し訳ないのですが、早速本題に入らせて頂いても だっただけにそれを横目で見ていた千冬は口元だけを苦笑いの形にしていた。 す。浮かべる笑顔は爽やかな好青年そのものであり、先ほどまでのやり取りがやりとり 再開の挨拶と共に先の試合への賛辞を贈る川崎に、一夏も謙遜したような言葉を返 があったからです﹂ 感させられましたよ。それに、あれだけの試合をこなせたのもスタッフの皆さんの助力 ﹁いえいえ、そんなことはないですよ。結局一敗をしてしまった。まだまだ未熟だと痛 したと言わせて下さい﹂ ﹁お久しぶりです、織斑さん。先日の試合はお疲れ様でした。改めて、お見事な手並みで 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 747 ? ﹁えぇ、是非にお願いします。いや、正直俺もちょっと楽しみでして﹂ 適した形に整えるものです﹂ ? ﹁是 非 乗 っ け ま し ょ う そ う し ま し ょ う。え ぇ、実 装 段 階 っ て こ と は ち ゃ ん と 動 か し て た機体制御の新システムがようやく実装段階に入ったので││﹂ あとはそうですね。先日のことなのですが、政府機関との連携研究の下で開発してい た、腕部のパーツなどはより格闘戦に適したものに交換するなどでしょうか。 精密な動きができるものにしたり、あるいは損耗が少なく済むもの変えたります。ま による格闘も多いですね。ですので、それに合わせてアクチュエータ部のパーツをより ﹁そうですね。織斑さんの場合、特に四肢のアクチュエータの稼働が多く、また徒手空拳 ﹁川崎さん。具体的には何が当てはまるんですか ﹂ すが、こちらでも記録させて頂いた織斑さんの試合データ、戦術などを基により機体を パーツの交換を行いたいからです。パーツの交換についてはそちらの資料にもありま ﹁本日ご足労頂いたのは先日お話した通り、一度こちらで白式の総点検、および幾つかの 一夏に川崎の声が掛かる。 のレポート用紙をホチキスで留めることで纏めたそれを捲りながら中身を読んでいる 言いながら川崎はクリップボードに挟んでいた資料を一夏と千冬に手渡す。幾枚か ﹁それは良かった。ではこちらを。お二人の分はありますので﹂ 748 データ取らなきゃなんでしょう 今でしょ ﹂ 俺がやりますとも。大事なことなんだから早くや らなきゃですよね。いつやるのかって ! いこうと思っています﹂ ﹁⋮⋮と、仰られるだろうとは想定していましたので、そちらも込みで色々と調整をして ? ? ? ます﹂ ﹁分かりました。そういうことなら早速移動しましょう。川崎さん、よろしくお願いし しての詳細な説明をさせて頂くという形で﹂ ﹁では早速移動ということでよろしいでしょうか 移動先で白式の調整と、それに関 出したいため息をこらえるようにこめかみをひくつかせていた。 シーを感じ合っている二人に川崎に着いてきた職員二人は苦笑いを浮かべ、千冬は吐き そうして一夏と川崎は視線を交わすと互いにニヤリと笑う。何やら妙な所でシンパ ﹁恐縮です﹂ ﹁見事なお手並み、恐れ入ります﹂ ので﹂ を先読みして必要な時にすぐに提供できるようにするのもまた責務だと思っています ﹁技術屋は単に作れば良いだけではないので。ニーズに、あるいは顧客の要求するもの ﹁流石川崎さん。俺の考えなぞお見通しでしたか﹂ 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 749 そうして一同立ち上がって部屋を出る。そして白式の調整のため、施設内の移動を開 始するのであった。 このようにして一夏が千冬の付添いの下、倉持技研の施設に白式の調整に行っている のとほぼ同時刻、晴天に照らされたIS学園ISアリーナの内の一つ、その一角に箒の 姿はあった。ISスーツこそ纏っているが、それだけである。そして、その隣には訓練 用の打鉄を装備した沖田司の姿がある。 ﹂ ? ﹁それなら良いのですが、その斉藤先輩はどこに ﹂ でやるのも面白そうだしね。何せ普段は初音としかやってないから﹂ ﹁良いって良いって。別にそこまで不自由はしてないし、たまにはいつもと違った面子 ﹁あ、いえ全然大丈夫です。むしろ、その、すみません。大事なお時間を頂いて⋮⋮﹂ うけど、良いかな ﹁悪いね篠ノ之ちゃん。打鉄、二つしか借りれなくてさ。悪いけど私と交代になっちゃ 750 ? ﹁ん まだ準備してるんじゃないかな まぁもうちょっと待って││お、噂をすれ ? ﹂ ば一夏の白式に近い趣をその打鉄からは感じ取った。ただ、白式と決定的に異なるのは 防御に主眼を置いている打鉄にしてはいささか守りに危うさを感じ、どちらかと言え 腰部のロングスカート状のパーツも太ももの中ほどまでの長さになっている。 持つ丸みを帯びたラインではなく流れるような流線型、そして打鉄の中でも特に目立つ 基本的なパーツの構成は同じだが、特に腕部と脚部のパーツについては通常の打鉄が いぶ見た目が違っている。 めて見るものだった。おそらくは打鉄で間違いない。だが、箒の記憶にある打鉄とはだ そう聞いてしまったのも致し方なしというべきか。初音が纏っているISは箒も初 ? に疑問符を浮かべる。 ものであり思わず箒は感嘆のため息を漏らした。だが、すぐにその感嘆は失せて頭の上 れた様子で制動、空中での静止をやってのける。それは一言、見事と言える手並みその そこからはすぐだった。加速して一気に二人の方までの距離を詰めると初音は手慣 を向けながら司は初音が準備を終えてやってきたことを箒に告げる。 今いる位置から直線距離でも軽く百メートル単位で離れた場所にあるピットに視線 ばってやつだね﹂ ? ﹁あの、斉藤先輩。それは⋮⋮打鉄ですよね 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 751 かのISとはまるで対照的な黒に染め抜かれていることだろう。 ﹁さて篠ノ之ちゃん。突然だけど、この学園に配備されているISは何機でしょう あ、専用機は除いてね﹂ ﹁え、それは、三十ですよね﹂ そんな箒の様子を微笑ましそうに見ながら司は説明を続ける。 打鉄ではないと分かる。その実感が、箒に黒の打鉄をまじまじと見つめさせる。 まだ説明は始まったばかりだ。だがそれだけでも、今初音が纏っている打鉄がただの ﹁シングル、ナンバー⋮⋮﹂ では﹃シングルナンバー﹄って言われてるやつなんだよ﹂ ね。一番から三十番までの内、たった九機しかない一番から九番までの機体、この学園 割り振られているんだ。今、初音が乗っているのはその中でもちょっと特別なやつで 師から生徒までみんなで仲良く使っていくわけ。で、当然だけど各機体にはナンバーが ﹁そう。まぁ諸々の事情で一時的に前後したりはするけど、基本はそう。その三十を教 ? いての説明を始める。 常日頃通り寡黙な態度を崩さない初音に代わって司が率先して初音の纏う打鉄につ と良いよ。一年の内からコレを拝めるなんてそうそうないんだから﹂ ﹁そっかぁ、こりゃあ篠ノ之ちゃんにはちょっとしたサプライズかな。きっちり見とく 752 ﹁元々シングルナンバーは二年生からある整備課の実機調整練習や、この学園のもう一 つの側面であるIS戦術研究施設のために優先的に使用されるようにって感じの代物 なんだけどね。 なんかその過程で色々されたせいか、打鉄とラファールしかないのに色々なタイプの 機体ができちゃって。で、せっかくだから生徒にも使わせてみようと、時折生徒の練習 に 回 さ れ る ん だ よ。そ れ に シ ン グ ル ナ ン バ ー は そ れ ぞ れ で 調 整 の タ イ プ が 全 然 違 う。 だから経験できるISのパターンも増えるって点でも、重宝されてるね。 まぁもっとも、一年にはまず回らないし、二年以降にしても成績優秀者じゃないと回 してもらえる資格はないんだけどね。ちなみに初音はこんな無愛想なナリでも成績は 優 秀 だ か ら。そ れ こ そ、実 機 の 近 接 戦 じ ゃ 全 学 年 ひ っ く る め て も 上 位 に あ る か ら ね。 あぁ、そういえば最近例の彼もその近接だけなら上位リストに入りそうだったっけ﹂ 無愛想と評されたことに不満そうな視線を初音が向けるが、どこ吹く風と言うように 司は受け流して説明を続ける。 うにって感じかな。 撃力に回してる。例えばマニピュレータの出力だとか、直接ぶっ叩く時に強くやれるよ ね。あの織斑君のISに近いかな。ただ、彼のほど速くはないね。その分、ちょっと攻 ﹁今、初音が乗っているのはシングルナンバー七番機。打鉄ベースでタイプは、そうだ 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 753 一応射撃もできなくはないんだけどねぇ。初音も然り、時々使う私もそうだけど、こ れに乗る子は大体近接に傾倒してるようなのだから、もう寄って斬るしかしないよね。 まぁその分、メインの剣も企業からテストで回されてきた新型だとかを優先的にのっけ こ れ あ、いや、私も て 貰 え る ん だ け ど。確 か 今 は 倉 持 の 高 周 波 振 動 刀 だ っ け。織 斑 君 の も 似 た よ う な の だって聞いてるけど﹂ ﹁なるほど。あの、沖田先輩。七番を訓練で使いたい時はどんな風に 乗りたいとかではなくて、純粋にやり方というか⋮⋮﹂ ﹁シングルナンバー全部が使えるのではないのですか ﹂ さっきも言ったけど、今の時点の一年生でシングルを知っている子は殆どいない。け 人のスタイルとかも含めて、先生たちが審査してくれるの。 や私の場合、そんなのに乗ってもただの打鉄に乗るより下手すれば弱くなるからね。本 ﹁もちろんだよ。シングルの中には変則的な射撃戦だとかに特化してるのもある。初音 ? を先生が判断して、何番が使えるって通知する﹂ するだけだよ。まぁ先生に聞けば手っ取り早いけど。それで座学実技両方の成績とか あぁちなみにシングルナンバーの使用資格だけどね、二年になってからその旨を申請 だけ。それで都合が合うなら、回してもらえる。 ﹁別に大したことじゃないよ。ISの使用申請する時に﹃何番使いたい﹄って書けばいい ? 754 どそれも二学期とかその辺になればどんどん増えてく。授業で先生が話したりするか らね。だから、今の段階で生で見れた篠ノ之ちゃんは幸運だよ。今から頑張れば、二年 になってすぐにってのもありうるよ﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ 腕を組み、口を真一文字に閉じながら瞑目して司の話が終わるのを待っている初音。 その身を覆っている黒の打鉄を見ながら箒は頷いた。あるいは、これを使えるだけの生 徒になり、その上でこれを使えば、一夏の完全な打倒も叶うのではないか。 ﹂ ? ﹁求道者だねぇ、相変わらず。知ってる、篠ノ之ちゃん 初音ってさ、まぁ近接なら腕 力の方が大事﹂ ﹁さぁ。縁があれば、機会も回ってくる。肩書きは所詮肩書き。私は、それよりも私の実 けどね∼。ねぇ初音、私らも結構良い線いけるんじゃない ﹁まぁでも何だかんだで一番良いのは国の候補生、更には専用機持っちゃうことなんだ 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 ﹂ ル。そういうのが原因で﹃黒鉄﹄、とかさ。黒鉄の初音とか、ウケない くろがね ? ﹂ 見なよ、この鉄面皮。しかも肩書きどうでも良いとか言う何その一昔前の求道者ソウ てるんだよ。 が立つことやこの七番を結構多めに回してもらったりしてるから面白いあだ名がつい ? ﹁は、はぁ⋮⋮。あの、えっと、強そうで良いんじゃないですか 755 ? どうと言われても何を言えばいいのか分からない箒は適当な言葉で何とか流すこと にする。ケラケラと笑い声を挙げている司を射抜く初音の視線がどんどん鋭くなって いっているのだが、果たして司が気づいているのか実に怪しい。 で、色も黒だからあの白騎士になぞらえて﹃黒 ? ﹁あぁ、彼女ね。うん、まぁ、仕方ないんじゃないかなぁ ﹂ ﹁けど、あだ名云々はもっと別にある。一番困るのはあいつ﹂ 打ち解けたのはこの辺りで当人達も知らない内に気が合っていたからだろうか。 その姿勢。思えば入学してまもなくの立ち合いの直後から一夏と初音の二人がすぐに 力を持っていて自負もある。だが欠片も満足することなくあくまで実力の探求をする その言い方は一夏にとてもそっくりだと箒は思った。間違いなく周囲よりも高い実 ﹁それはそっちの判断。私はまだ納得してない﹂ の実力をみんなが認めてくれてるってことなんだから﹂ ﹁まぁまぁ良いじゃん初音。あだ名っていうより二つ名だよむしろコレ。そんだけ初音 小さく吐き捨てるように初音は自分のあだ名への不満を漏らす。 ﹁流石にアレは私も言い過ぎだとは思う﹂ 騎士﹄だとか﹂ 冑そのままに見えなくもないでしょ ﹁あとはアレだね。ほら、この七番って普通の打鉄よりちょっとスマートだから、割と甲 756 ? その時の初音の顔は箒も初めて見る、苦々しげなものだった。事情を知っているのだ ろう初音が同意しながらも諌め、何のことか分かっていない箒の方を向いて顔を寄せる と小声で説明する。 ﹁あのね、同じ二年なんだけど一人だけ、初音のあだ名絡みでからかってくる子がいる だから、ね。反りが合わないって の。まぁその子にしてみれば悪意の欠片も無い、本当にスキンシップのつもりなんだろ うけど、知っての通り初音はああいう性格でしょ ? いうか、初音が一方的に嫌がってるだけなんだけども﹂ ﹂ ? 司ちゃーん ヤッホー ﹂ ! 言葉の最中だった。 ﹁初音ちゃーん ! ﹁噂をすればなんとやら、かねぇ﹂ に眉を歪めると盛大に舌打ちをして、司はあちゃーと言いながら額に手を当てた。 そんな底抜けの明るさを感じさせる声がアリーナに響いた。直後、初音は忌々しそう ! ﹁まぁ、そういうのができちゃう度胸と、腕っぷしもあるからねぇ。何せその子││﹂ に、その初音をからかい倒すことができる人間というのが箒には信じられなかった。 いる中で初音の、そして司の人となりというものは箒もそこそこ分かってきている。故 そこまで長い付き合いであるわけではないが、こうして稽古をつけてもらったりして ﹁そんな人、いるんですか 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 757 ﹁⋮⋮﹂ どこか呆れたような調子で呟く司と、眉根に皺をつくりあからさまに不機嫌を発散し ﹂ ている初音。一体誰なのか、その箒の疑問はすぐに氷解することとなった。 ﹁いやぁ奇遇奇遇。二人とも訓練 彼女の姉だよ﹂ ? ﹁あら、新顔もいるのね。珍しいじゃない、普段なら二人っきりでやってるのに。何か心 言葉という外部からの刺激でそのことを明瞭に思い出す。 の一角に居たはずだ。少々視界に入った程度であるため中々思い出せなかったが、司の ことを思い出す。確かあの対抗戦の後の食事会で、一夏を倒した四組の代表と共に食堂 司の耳打ちに箒は納得したように声を漏らす。それと同時に楯無の姿を知っている ﹁あぁ⋮⋮﹂ 斑君が負けたって子がいたでしょ ﹁更識楯無。私らと同じ二年で生徒会長、つまり生徒最強ね。ほら、この間の対抗戦で織 一年生の箒でも然りだ。必然、それが専用機であることを悟らせる。 これを見て打鉄やラファールと言うような蒙昧はこの学園にはいない。それは例え れと申し訳程度の腰部の装甲くらいしか装甲として目立つ部分は無い。 鉄七番も装甲が多いとは言えないが、このISはそれに輪をかけて少ない。手と足、そ そんな言葉と共にその場に降りてきたのは水色のISだった。初音が纏っている打 ? 758 境の変化でもあったかな かな ﹂ ? ﹁いやん、初音ちゃんコワーイ。一年二年って同じクラスのよしみじゃないの﹂ 行って。でなくば、私が追い出す﹂ ﹁大したことじゃない。ただ、後輩に稽古をつけているだけ。⋮⋮邪魔だからどこかに ? 司ちゃんのマブダチよ。よろしくね ? ? マブダチという楯無の言葉に二者二様の反応を返す初音と司、そして何より初対面に ﹁は、はぁ。よろしく、お願いします﹂ ﹁別に私はどっちでも良いんだけどねぇ﹂ ﹁誰が﹂ ﹂ ﹁篠ノ之箒ちゃんだったかしら 私は更識楯無、この学園の生徒会長で初音ちゃんと そう言いながら楯無は素早く箒に近寄ると満面の笑みと共に手を差し出す。 ﹁でも、本当に珍しいわね。初音ちゃんが誰かにものを教えるなんて﹂ これでは確かに嫌がるはずだと箒は何となく初音の心情を理解していた。 上げるが、傍から見ればどう見てもおちょくっているようにしか見えない。なるほど、 心底鬱陶しいと思っているような態度の初音に楯無はしなを作りながら抗議の声を ﹁あ∼んもう、初音ちゃんのいけず∼﹂ ﹁私にしてみればただの悪縁﹂ 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 759 も関わらず一気に距離を縮めてくるような楯無に困惑しながらも箒は差し出された手 を握り返す。 ISを展開しているため金属の装甲に覆われているが、それでも不思議と柔らかさを 感じるような繊細な力加減で楯無も箒の手を握り返す。 かは分からないが、流石に面識も殆どない上級生とはいえ一方的に拒絶されている様子 箒は初音と楯無の関係を殆ど知らない。ゆえに普段の二人のやり取りがどんなもの ﹁あの、斉藤先輩。折角ですから││﹂ にため息を吐く。 胸の前で手を組みながら上目使いで懇願する楯無に、初音は心底面倒と言わんばかり 緒に居させて∼﹂ ﹁そんなこと言わないでよ∼。なんだかんだで私もボッチは嫌なの。だからお願い。一 ﹁それを教える義理はない﹂ なっちゃって﹂ んだけど、ちょっと予定を変えちゃうわ。初音ちゃんがどんなことを教えるのか気に ﹁ん∼、そうねぇ。まぁ確かに、最初はちょっと調整したISの具合を見るつもりだった 場所が同じなだけ。やることは違う。なら、もう私たちのところに居る意味は無い﹂ ﹁⋮⋮楯無、そろそろ失せろ。あなたはあなたの用事でここに来た。私たちはたまたま 760 を見かねたのか、初音に折角だからと進言しようとするも、初音はそれを断固とした口 調で一蹴する。 が、上手くやっていくのに丁度いい﹂ ﹁甘い、篠ノ之。こいつはこうやって人を誑かして弄繰り回す。軽く無碍にするくらい ﹂ ? というか、私だってたまにはイケイケゴーゴーするわよ 初音 ? ? に首をゆっくりと横に振りながら、ダラリと垂れ下げていた右腕が腰まで持ち上がり│ 本当に心の底から面倒と思っているような言い草だ。やっていられないと言うよう ﹁分かった。これ以上、言ってもどうしようもないみたいだし││﹂ 目に小さな輝きを灯す。 仕方ないと言うようなため息だった。初音も承諾してくれたのか、その期待に楯無が ﹁⋮⋮はぁ﹂ ちゃんがどういっても、今回は私も混ざります﹂ ﹁ね、良いでしょ かべている。状況についていき切れていない箒はただ当惑するだけだ。 二人のやり取りは見慣れているのか、司はまたかと言いたげな呆れ交じりの苦笑を浮 ﹁ぶー、初音ちゃんのイジワルー﹂ ﹁モース硬度10な上に脱毛剤も裸足で逃げ出す剛毛の心臓の間違いじゃない﹂ ﹁もう、初音ちゃんの意地悪。私のハートは柔らかで繊細なのよ 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 761 │ ﹂ 同時に風を切る音と金属同士の激突音が響き渡った。 ﹁力ずくだ﹂ ﹁なっ け止めていた。 ﹁ちょっとちょっと初音ちゃ∼ん いきなりそれはおっかないわよ∼﹂ 無は不意の一撃であったにも関わらず初音同様に武装のランスを展開してその柄で受 いたものだろう展開した武器を、初音は一切の容赦なく楯無に振るっていた。そして楯 驚きの声は箒の、やはりかと納得するような声は司のものだ。おそらくは格納されて ﹁あ∼あ、こうなっちゃうか﹂ ! ﹂ ? ﹂ ? ﹁篠ノ之ちゃん。まぁ色々びっくりする気持ちは分かるけど、気にしない方が良いよ。 ﹁いや、あの⋮⋮﹂ よねぇ。少し時間もらっちゃうわね ﹁ゴメンね、箒ちゃん。どうもこのまま何もなしに収まりがつくってのは無さそうなの ﹁ちょっとこの腐れ生徒会長を潰す。危ないから観客席に下がってて﹂ ﹁え、斉藤先輩 ﹁涼しい顔で受け止めておいてよく言う⋮⋮。篠ノ之、悪いけど下がって﹂ ! 762 これがこの二人のいつもみたいなものだから。うん、観客席に戻って今日はちょっと上 級生のバトルの見学と洒落込もうか﹂ 未だ困惑気味の箒の背を司が押す。そのままアリーナと観客席を隔てる通用口前ま で来ると司がパネルを操作して分厚い隔壁を開く。 と、ねぇ 聞いた話 ? まってついでに専用機も貰ったと。あ、あのISがその専用機ね﹂ 釜が中々決まらないもんだから、そのまま代理的だけど実質今のロシアの代表格に収 これは割と最近の話らしいだけど、一線からの引退を発表したロシアの代表さんの後 かしてね。 じゃ学園入学前からすっごい実力があって有名らしくて、ロシアの方に出向研修だか何 ちゃんね、そりゃ生徒会長で生徒最強だけど、実際のレベルはすごいのよ ﹁まぁさっきも言ったけど、ちょっと今日は趣向を変えて見取り稽古ってことで。楯無 ﹁はぁ⋮⋮﹂ で、二人とも腕っぷしはあるからISか生身かはさておいてよくバトっちゃうのよ﹂ ? ところがあってね。普段はそうも見えないし、実際そうなんだけど楯無ちゃんが絡む ﹁あぁうん、まぁあの二人なりのスキンシップだと思ってよ。初音、アレで結構気が短い ﹁あの、沖田先輩。その、一体何が⋮⋮﹂ 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 763 ﹁それってつまり⋮⋮﹂ あれに参加していたIS乗り達のレベル、 ? ? ﹁ま、適当に一暴れすれば二人とも落ちつくだろうからさ。それまで観客席でのんびり ないのだろう。 題なのだろう。自分がまるで与り知らぬことである以上、あまりとやかく言えることは 色々と言いたいこと、聞きたいことはある。だが、実際に司の言う通り当人たちの問 ﹁⋮⋮分かりました﹂ 分かっているから、篠ノ之ちゃんはそこまで気にしなくて良いよ﹂ ちょっとだけは目があるかもしれない。まぁそのあたりの事情は当人たちが一番よく ﹁強 い て 言 う な ら、ク ロ ス レ ン ジ の ガ チ ン コ な ら 初 音 も 相 当 だ か ら そ こ だ け で 行 け ば い。 実力差が存在してしまっているのだ。ならば、どのように言い取り繕っても仕方がな あっさりと親友の勝ち目が限りなく薄いと司は言い放った。厳然たる事実としての 力だと完全に楯無ちゃんの方が上だし﹂ ﹁まぁ、それなりの勝負はすると思うよ けどぶっちゃけ勝てないだろうねぇ。総合 ﹁それは⋮⋮いやでも待って下さい。それだと斉藤先輩は﹂ 文字通り世界の第一線を張れる実力ってことだね﹂ ﹁うん。昔あったISの国際大会だっけ 764 見物してなよ。あ、そっちの用具室にインカムがあるから、それ使えば私と通信できる よ。一応、私もアリーナに残って二人の様子を監視するつもりだから。何かあったら何 時でも話してきて良いよ。聞きたいこととかあったらじゃんじゃん言ってね﹂ ﹁は、はい﹂ す﹂ ﹁いえ、元々織斑さんは我々のお客様という立場ですので。このくらいはむしろ当然で ﹁いや∼、すいません川崎さん。昼飯までごちそうになって﹂ た。 無の激突の開始を告げる轟音が鳴り、アリーナの地面がえぐられ大きな土煙が上がっ らインカムを拝借して、階段を上り観客席へと躍り出た。それとほぼ同時に、初音と楯 背後で大重量の隔壁が閉じる音を聞きながら、言われた通りに通路わきにある用具室か そう言ってにこやかに手を振りながら司は打鉄を飛翔させてアリーナへと舞い戻る。 ﹁じゃ、また後でね∼﹂ 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 765 昼時、一夏は川崎と共に訪れた施設内にある社員食堂で昼食を馳走になっていた。な んでも頼んで良いとは言われたものの、流石に一番値が張るものを頼むのは少々気が引 けたので全体的に真ん中ちょっとのグレードである焼きサバ定食を頼んだ。 ちなみにこの場にいるのは一夏と川崎の二人のみだ。午前中は白式のメンテナンス もかねて交換するパーツなどの案を詰めていたのだが、昼食もかねて一度話を切り上げ ﹂ た際に別の職員たちからの開発に関しての千冬の意見を欲しいという申し出によって、 千冬は一時的に別の場所にいる。 ﹁この後の予定ですが、メンテナンスに引き続く形でパーツの交換でよろしいですか みに一夏のサバもそうであるが、ここの食堂の魚類は毎朝責任者自ら河岸に出向いて仕 自社の製品を誇らしげに語りながら川崎が食すのはアジのフライ定食である。ちな ることで、そのまま武器となるようになっています﹂ 我々としても中々の自信作でして。指を始めとして要所要所に特殊カーボンを採用す 実機で扱えるというのは好都合でして。今回新たに交換する手のパーツですが、これは ﹁もちろん、全力は尽くさせて頂きます。いや、正直言いますとこちらとしてもパーツを いっそ誇らしげと言わんばかりに胸を張りながら一夏は丸投げを宣言する。 まぁ、そのあたりは本当にさっぱりなんでおまかせします﹂ ﹁はい。確か手と装甲の一部、それにスラスターのパーツと中のプログラムでしたよね。 ? 766 入れているのが自慢らしい。 ﹁指がそのまま武器ってことは、殴るとか貫手だとかがより効果を発揮すると すから。一応性能試験で10センチ以上の鉄板を貫いたのも確認済みです﹂ ﹂ ﹁えぇ。構造上、貫手のように指をそろえればそのまま指先が剣先になるようなもので ? ? それを装甲とかに使ったりは⋮⋮﹂ ? ありますから。無論メリットがある使い方というものもありますが、一概にそれにすれ ﹁疑問はもっともです。ただ、やはり装甲と武器では構成のコンセプトなどにも違いが かも相当なんでしょう ﹁ていうか川崎さん。その特殊カーボンでしたっけ 武器に使えるってことは堅さと を。さながらモグラのようだと思ってしまう。 じ込められた自分が白式を展開し、その手でザックザックと掘り進めながら脱出する姿 ふと一夏は想像する。シチュエーションは問わない。とにかく限定された閉所に閉 ﹁まぁ、用途が多いってのはそれだけ需要確保できるってことですからねぇ﹂ すので﹂ 大型の機械を使用できない時などですね。何もISに載せずとも、活用法はあるわけで あると思っているのですよ。例えば災害時の障害物の撤去や破砕で、場所が狭いために ﹁物が物ですから戦闘用のイメージが強いですが、私としてはそれ以外の用途も十分に ﹁へぇ、そりゃ凄い﹂ 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 767 ば良いというわけにもいかないのですよ。それに、カーボンの方は少々値が張りまし て﹂ チャカ いや、俺も銃の腕にそこまで自信があるってわけじゃないんで ﹂ ? ﹂ ? それに一夏はきっぱりと首を横に振った。 が、良いですか ﹁一 例 で は あ り ま す ね。よ り 具 体 的 に 説 明 す る と な る と 専 門 的 な 話 が 多 く な る の で す ﹁へぇ、それってFCSと機体の動きがうまく合致しないとか、そんな感じですか ちょっと。搭載自体は可能なんですが、微妙にかみ合わない部分が出てくるんですよ﹂ は、より近接機としての方向を突き詰めるようなものでして。とくにシステム周りが ﹁それについてですが、少々申し上げにくいことなのですがね。今回の白式に施す改修 て﹂ すけどね。やっぱ一つ二つくらいはあった方が良いんじゃないかなぁと思うわけでし 詰めないんですかね ? ﹁あ∼、それで川崎さん。ちょっと話を白式の方に戻すんですけど、やっぱり銃器の類は 人は年の差を超えたシンパシーを感じながらガックリと首を落とす。 何をするにもまず必要なのは金。とにかく金。何より金。そんなシビアな現実に二 ﹁えぇ、本当に世の中というのは中々に無情なもので﹂ ﹁世知辛い話っすね﹂ 768 ﹁いや、良いです。まぁ、その辺は技術者さんたちの領分ってことで。俺はただ、作って くれたものを駆って勝つだけです﹂ ﹂ に期待をしていますので。是非頼って下さい。私個人としても、それは望むところで ﹁すみません。えぇ、今更な話ですが、男性とかそういうのを抜きにして我々は織斑さん す﹂ ? ? は技術畑ですが、やはりISを動かしてみたいという気持ちは無きにしもあらずですか さんに比べれば遥かに見劣りするものです。いや、実を言えば少々羨ましくもある。私 ﹁いえいえ。本当に、色々な幸運に恵まれただけですよ。それに、私程度の運など、織斑 ことだと思いますよ﹂ ﹁へぇ。でもそれってチャンスをいい感じに掴めたってことですよね それって凄い 私もチャンスに恵まれまして。おかげで、今があるようなものですよ﹂ みんなゼロに近い状態からの同時スタートみたいな形になったので、当時は若造だった 幸いというべきか、IS自体が新しいもの過ぎてキャリアなど関係なしに関わる者が いものを作ってみたい。そんな思いで飛び込んだんですよ。 れましてね。端的に言えば、一目ぼれとでも言うのでしょうか。とにかく関わって新し ﹁元々理系で工学畑な学生だったのですが、ちょうど修士を卒業したあたりでISが現 ﹁えぇ、それが必要な時は。⋮⋮そういえば川崎さんって、どうしてISの技術者を 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 769 ら﹂ ﹂ ? 程度の差や ? 自分が良ければそれで良し。一夏の語ることを要約すればそうなる。ゆえに彼は、そ えない性質ですから。とりあえず自分が思いきり楽しめれば良いって具合﹂ ニュアンスの違いはあっても大体そんな感じで。けど俺は違う。周りとか、あんまり考 ですよ。家のため国のため周りのためって、滅私奉公って言うんですか 俺の周りのIS乗り、専用機を持ってるような連中はどいつもこいつもまぁ立派なん もんでして。 してきて。三つ子の魂百までじゃないけど、この年になってもそんな気質が抜けてない ら好きなことを自分が目一杯楽しむことしかやってなくて、姉貴をメインに色々振り回 ﹁まぁ早い話、俺がそこまで高尚な人間ってわけじゃないってことっすよ。ガキの頃か ﹁と、言いますと どね。果たして俺という人間は、また違うんじゃないかと思うんですよ﹂ ﹁まぁ単純実力だとか腕前のセンスだとか、そういうのだけ見ればそうなんでしょうけ 白式関係メンバーの共通見解です。いや、だからこそあなた以上の││﹂ ﹁何を仰る。少なくともIS乗りとしての織斑さんは紛れもない逸材であるというのが で良いのかとも思ったりしますよ﹂ ﹁はは⋮⋮。いや、幸運っちゃ幸運なんでしょうね。ただまぁ、俺個人としちゃ本当に俺 770 んな自分の人間性が他者、もっと具体的に言えば帰属する国家などのために奉仕するべ ﹂ き立場ではないかと考えるIS乗りに相応しくないのではと思っているのだ。 ﹂ ﹁別にそれでも構わないのではないのでしょうか ﹁はへ ? あまりにもあっさりとした川崎の言葉に一夏は思わず呆ける。 ? それこそが織斑さん ? ﹂ ? ﹁共有 ﹂ でしょう ? ﹂ ただそれでも、やはり周りとかが気になるのでしたら、そうですね。共有してはどう じません。ですが、それを追及することには何らおかしな所はありませんよ。 ﹁えぇ勿論です。織斑さんがISに乗ることの何に心地よさを見出しているかは私は存 ますけど、やっぱり問題ないものですかね ﹁⋮⋮まぁ変に考えるのも嫌なんで、確かに俺は俺だからって納得させてたトコもあり ものですし﹂ も、仕方がないと思いますけどね。私自身、元々自分のためにこの業界に入ったような のモチベーションに繋がるのなら、それが一番だと思います。変に考えて立ち止まって ら、というのでしたらそのままでも良いのではないでしょうか ﹁別 に 難 し く 考 え る 必 要 も な い と 思 い ま す よ。織 斑 さ ん が 自 分 で 良 い 思 い を し た い か 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 771 ? ﹁はい。何事も楽しみというのはやはり他者と共有すると良いものですからね。私も、 ﹂ 同 好 の 士 と あ れ こ れ と 議 論 に 華 を 咲 か せ て い る 時 な ど 良 い 気 分 に な れ る も の で し て。 どうでしょう、そういうのは ? 理屈は抜きだ。その全てで、思いきり心から戦ってみたい。各々が世界という巨峰に挑 てそう在るのかは一夏の与り知ることではない。ただ仮に祈り叶うのであれば、細かい 悪くはない。この世界に存在するIS乗りとIS、その各々がどのような思いを持っ ﹁あぁ、そりゃ⋮⋮良いっすね﹂ で心行くまで武を交わすということ。 仮にそれを一夏の楽しみとして川崎の理論を適用するならば、それは己も互いも全力 玉の楽しみとしているかと問われれば否と言えない。 無論、一夏も一夏なりに結果というものを重んじているが、やはりその過程こそを珠 ともただの手段、過程に過ぎない。その先には何かしらの結果がある。 更なる刺激を求めて││その繰り返しだ。実力をつけることもそれを行使して戦うこ 自分が強くなることが好きだから鍛練に励み、それを奮いたいから戦う。そしてまた 無論、技術の向上を図っての練習なども悪くはないが、それも結局はそこに行きつく。 考える。一夏の思うISを駆ることによる楽しみとはただ﹁戦う﹂という点に尽きる。 ﹁それは⋮⋮﹂ 772 戦するかのようにだ。 別に何も悪くはないだろう。果たしあうのはそれを望む者同士。特段他者に迷惑を かけるわけではない。なるほど、考えれば実に悪くない。 ﹁えぇ、本当にそうなれば良いんですけどね﹂ だが所詮は子供の絵空事、ふと夢想する物語のようなことだ。そこまで世界は自分に 都合良くはありはしまい。ならば、せめてIS乗りとしての自分はそこまで重く考えな くとも良いという確信への安堵を噛みしめつつ、一夏は苦笑を浮かべるのであった。 ﹁そういえば織斑さん。先に説明したシステムですが、大丈夫ですか 難しいと思う 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 ですよ。俺なりに噛み砕いて考えてみたんですけど、ありゃ俺向きだ。ていうか川崎さ ﹁いえ、貰った資料も端から端までじっくり読ませて貰いましたけどね、何とかいけそう のでしたら搭載は見送って今回はパーツの交換だけという形に留めても良いのですが﹂ ? ﹂ ん。はっきり言いますけどアレ、使い手かなり選びますよ 多分ですけど、ギュイン ギュイン回せる人間なんて相当限られるんじゃないんですかね ? ? ⋮⋮﹂ ﹁やっぱりそう思いますか いや正直、我々もなんで作ったのだろうという節が少々 773 ? ﹁それマズくないっすか ﹂ ? それでも、中々よくできたとは思うのですよ﹂ ﹁反省はしてる、けど後悔はしていないってやつっすか﹂ ﹁まぁ有り体に言ってそうなりますね﹂ チ ? ﹄って、それはもう威勢よく﹂ ﹃打鉄だけってのもそろそろマンネリな感じするから取ったデータで新しいの作るぞー こ う 破 天 荒 と い う 表 現 が ピ タ リ な 方 で し て。織 斑 さ ん と 白 式 に つ い て も そ う で す よ。 ﹁それが罷り通っちゃうのが倉持ですからねぇ。今日は会議で外してますが、普段から ウ ﹁ていうか所長がそんな会議でハイテンションって良いんですか ﹂ メンバーも含めて篝火所長個人のロボット物コレクションを見ていたのも⋮⋮。いや 一番ノリノリだったのは篝火所長ですし。正直、前日の休みにその会議に参加していた ﹁いやその、企画会議もなぜか妙に全員テンションがおかしくて。実は私もちょっと。 774 そうして昼食を終えた二人は別行動をしていた千冬やスタッフ達と合流。そしてい がらそんなことを思っていた。 る。自分こそ割と当たり前に人を振り回していることなぞ自覚せず、完全に棚上げしな あぁ、きっとその所長はさぞや面倒くさくて皆苦労してるんだろうなぁと一夏は悟 ! よいよ以って白式の改修へと移った。 数時間にも及ぶ作業、白式が少しずつではあるが姿に変化が現れてく様を一夏は川崎 の説明を受けながらじっくりと見つめていた。 ただの人のソレを金属で模しただけの手は、その内に秘めた鋭利な刃を顕わにするだ けで触れることそれ自体が相手を危める毒手へと変わる。 白式という機体がそのコンセプトである高機動機である要、スラスターはより強力な 瞬間出力を持つ物へと内部部品を中心として交換される。 装甲はより空力抵抗を軽減させるためにシェイプアップを図り、その外観をより細見 へと変貌させた。 そして、それまで機体の基本性能という点のみであった故に正式には第三世代﹃相当﹄ に留まっていた白式は、一つの牙を与えられたことで真の意味で第三世代へと昇華す る。 ながら台座に鎮座するその光景は、周囲が無機質な鋼材やケーブルに囲まれながらも、 調整も兼ねて磨かれた装甲は新品同様の輝きを放っている。ある種の清廉さを放ち の工程を終えた白式が調整台に鎮座する様を見ながら感嘆のため息を一夏は漏らす。 既に空に夕日の茜色がうっすらと射した頃、施設内の一角で予定されていたほぼ全て ﹁へぇ、中々どうしてこりゃあ⋮⋮﹂ 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 775 まるでRPGに出てくる伝説の武器のようにも思えてくる。 ﹂ ? たら使用して下さい。ご用命があればこちらからも提供させて頂きます﹂ らなのですが、格納装備で一丁二丁程度でしたら銃器の搭載も可能です。必要だと思っ ﹁いえいえ、当然のことです。あぁそれと、これは装甲の交換の際に少々余裕ができたか ﹁お見事な手前、それしか言えませんね。本当に、ありがとうございます﹂ 斑さん。いかがですか ﹁もちろんです。篝火所長も、あなたからのお礼の言伝とあれば喜ぶでしょう。さて、織 謝意を告げよう。今日はいないようだが、よければ伝えて頂きたい﹂ ﹁あぁ、奴か。まぁ、IS学園の教師として生徒への協力に尽くしてくれたことは素直に んね﹂ は実にありがたい。所長の発案ですが、このあたりはさすがに慧眼と言わざるを得ませ ﹁色々とパーツを作っておいて正解でしたよ。こういう時に、使える物が多いというの コメントをした千冬に、川崎はこれがベターだと応じる。 全体的に細見になったことでより甲冑然とした佇まいを見せた白式に呆れるような タイル、双方を適用した結果です。おそらくは、以前以上に馴染むかと﹂ ﹁織斑さんのご希望、並びにこちらでデータを纏めた結果としての織斑さんに適したス ﹁また随分と様変わりをしたものだ﹂ 776 ﹁お、マジっすか﹂ ﹁はい。ただ、基本的に近接特化というスタンスに変わりは無いので、仮に搭載したとし てもそこまで劇的な変化があるというわけではないのですが﹂ ﹁いや、戦術に幅が出るってだけでも十分ですよ。そうですね、ちょっと学園に戻ったら 練習してみようかな⋮⋮﹂ そして一夏は再び白式に目を向ける。調整前と比較してやや細見になった各部の装 甲は、同時に鋭利さも目立つようになった。その攻撃的な様は一夏の感性とピッタリ合 うものである。 装いを新たにした白式と共に躍り出る戦舞台。それを夢想し、知らず口元には三日月 形の笑みが浮かび上がっていた。 時をほぼ同じくしてIS学園の寮の一室。備え付けられたシャワールームで箒は訓 練の汗を流していた。 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 777 778 全身が洗い流される心地よさに身を任せながら、箒は訓練の時のことを思い出してい た。 司と交代で打鉄に乗りながらのIS訓練も確かにタメになった。上級生の経験則に 基づく指導は司や初音が単純な腕前だけでなくそうした方面でも優れていたのが幸運 だったのだろう、授業のものとは違った感覚ながらも確かな実感を与えてくれた。 だがそれ以上に鮮烈に記憶に残ったのは、やはり初音と更識生徒会長の一騎打ちだろ う。 先のクラス代表戦で見た専用機持ち同士、代表候補生同士の戦いを彷彿とさせるほど に苛烈で、そしで不思議と目を惹かれるものだった。 両者共に見事な空中機動、特に生徒会長にあっては流石世界最高達の領域にあると言 われるだけあり、もはやただただ﹁凄い﹂という言葉しか出ないものであった。 だがそれで初音が見劣りするかと問われればそうでもない。キレのある鋭角での方 向転換、瞬間的な加速や制動、瞬時加速まで行使しての吶喊、近接戦を行う上で見本と すべき動きがそこにはあった。 近接戦は間合いを詰め、武器を当ててこそだ。その間合いを詰めてからの剣戟は、一 夏も相当だ。司が評して曰く初音でも余裕で勝ちは取れない、現時点ですら勝つには本 気と全力を出す必要があると言わしめたくらいだ。だが、そこに至るまでの一連の動 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 779 き、それは確実に初音の方が上であると断言できる。 動きだけでなく攻撃もまた見物だった。専用機の特性として﹁水﹂を操る生徒会長の 攻撃はまさしく変幻自在。水であるが故に如何様にも形を超えるあの攻め手を前にし たら、生半可な者など何もできずただ踊らされながら蹂躙されるだろう。 対する初音はただひたすらに愚直だった。七番の特徴として腕につけられたPIC 制御装置を用いて剣先に力場を発生、あえて不安定化させる反発を衝撃として攻撃に転 じることで刺突の威力を底上げし、ただそれで一撃を見舞う。アリーナの地面をまるで とろけたバターのような柔らかさを錯覚させるほど容易くえぐる一撃は、その威力の苛 烈さを自然イメージさせる。 ISによる刃物の攻撃を仮に人が受けたとする。致命には変わりないが、精々が大き すぎる刀傷を作るくらいだろう。だが、アレは違う。ISに比して遥かに脆弱な人の身 で受ければそれが終焉。木端微塵に砕け散り、人生という舞台に否応なく即座に幕を引 かれるだろう。 何もかもが激烈。結果として生徒会長の勝利で終わり、満足したらしい生徒会長が 去った後の箒を交えての訓練で、どこか熱に浮かされたような感覚があったのはそんな 試合を見たからだろうか。 だが一つ、断言できることがある。すなわち、今日の経験は紛れもなく箒にとって大 きな糧となったことだ。 物々しい空気は今現在部屋に居る者によって作り上げられているということに他なら る。な ら ば そ こ に 満 ち る 空 気 の 色 を 決 め る の は、そ の 中 に 居 る 人 間 だ。つ ま り、こ の 部屋それ自体は他と何ら変わることはない。一律して、同じ設計での建築となってい は物々しい空気が満ちていた。 IS学園が学生寮の一室、例外的に一人用としての使用が為されている一夏の部屋で ﹁⋮⋮っ﹂ ﹁⋮⋮﹂ それより約二日の後のことであった。 に。静かに、しかし心の内では確かな熱を発しながら、箒は決意を新たにした。 い。あ れ は 間 違 い な く 自 分 に プ ラ ス だ。な ら ば 十 全 に 活 か す。そ し て 勝 つ の だ、一 夏 シャワーを止めて箒は小さく握りこぶしを作る。今日の感覚、興奮を忘れてはならな ﹁⋮⋮よし﹂ 780 第十九話 レッツゴー陰m……倉持技研、白式改修計画 781 ない。 確かに部屋の空気は物々しい。だが、余人が今の一夏の部屋を見ればその空気を感じ るよりも早くただならない事態を察するだろう。 やや青ざめた微動だにせず表情で立ちすくすシャルロット・デュノア、そしてその首 に鞘より抜き放った日本刀、その刃を宛がっている織斑一夏。日頃の明るさとはかけ離 れた光景が、そこにはあった。 第二十話 シャル﹁クラスメイトに喉元に刀を突きつけ そのことに何よりも焦りを感じたのはフランス政府だ。欧州各国がISの戦力の広 遅れる形になってしまった。 いく中で、フランスはラファールのロールアウトの遅さもあり、完全に開発競争に一歩 力国が次々と第三世代と銘打った新型装備、およびそれを搭載した試作機を作り上げて 国のIS技術の進歩だった。イギリス、ドイツ、イタリアと言ったEU圏内における有 だが、そんな名機を生み出したという国家の栄光を脅かしつつあったのが周辺欧州諸 ファール・リヴァイブはIS界に名を残す名機に相応しいものだった。 と言える。間違いなく彼女の、シャルロット・デュノアの祖国フランスが生み出したラ 単純な利益というだけでなく、実際に乗り手としての立場で見ても十二分に良いIS を取り付けているかのISは、間違いなく企業と国に莫大な利益を齎した。 ISを保有するG20を中心とした先進諸国の内の十を超える国からライセンス契約 祖 国 の 企 業 が 開 発 し た I S は 間 違 い な く 優 秀 な 機 体 で あ る と 言 っ て 過 言 で も な い。 彼女が日本の地に降り立ったのは、端的に言うのであれば﹃データ﹄が目的である。 られてピンチです﹂ 782 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 783 域にわたる安定したコントロールを目的とした協定の成立に向けて動きつつある中、よ り 優 れ た 機 体 を 生 み 出 す こ と は 協 定 に お け る 発 言 力 強 化 の た め に も 必 須 課 題 で あ る。 一刻も早い新型の開発を、と政府が急かしたのは件のラファールを開発した欧州有数の 企業であるデュノア社だった。 元々欧州でも名の知れた機械メーカーであったデュノアはIS登場以前よりフラン スへの貢献が顕著であり、IS分野に裾野を広げてからのラファール開発に端を発する 急激な躍進はそれに大きく拍車をかけると同時に、政府のIS関連へのデュノア社への 依存度を上げる結果にもなってしまった。 そうしてしつこいまでにせっついてくる政府に対してデュノア社も対応に困り果て ていた頃、IS業界を揺るがす一方が世界中を駆け巡った。すなわち世界初の男性適格 者の発覚である。 この事件に対して業界のあちこちで話題が持ち上がる中、デュノア社の反応はむしろ 淡白と言えるものであった。確かに男がISを動かしたというメカニズムが興味深い ものであることは事実だが、それとは別に社としてやらねばならない務めがある以上 は、何よりもまずそちらに力を傾注すべしという上層部の方針によるものであった。 だが、ここでまたしてもフランス政府の介入が生じる。当時、デュノア社が抱えるテ ストパイロットの中で最年少ながらも国家の候補生に抜擢された才媛が居た。それこ 784 そがシャルロット・デュノアだった。 次世代型の装備の開発と並行しながら、それを搭載して十全に運用できるベースの機 体開発のために社の名機であるラファール・リヴァイブのデータ収集を主な職務として いた彼女に対して、発見された男性適格者が赴く日本領内にあるIS学園へ向かわせ件 の人物に関する各種データを得るようにという働きかけがあったのだ。つまりはスパ イ行動を命じられたに等しい。 そしてもう一つ、フランス政府はデュノア社を動かすために一つの札を切った。確か にフランス政府のデュノア社への頼り具合が大きいのは確かな事実だが、それは政府だ けでなくデュノア社にも言えることだ。そもそも開発のために社が保有するISの核 であるコアは元々フランス政府の所有物。デュノア社はあくまでそれを貸し与えられ ているに過ぎず、それ以外にも種々の点で政府よりの援助を受けていた。 そうした援助の先行きをチラつかされては社としても断固拒否の姿勢を取ることは できない。かくして適齢であることや各国からの生徒が集う中での実地データ収集の 必要性などの面からの後押しもあり、シャルロット・デュノアのIS学園行きが決まる 運びとなった。 た。だが、そうしなければ自分が所属し働きへの見返りをくれる社に、そして血縁上で 元々政府の意思など彼女にとって従う義理などこれっぽっちも存在しないものだっ し、あとは普通に学園生活を謳歌すれば良い。 タ、それを入手して本国に送ればそれで事は完了だ。シャルロットの一番の役目は終了 感じた。近く行われるという改修によって一夏の手元に転がり込むだろう最新のデー 一夏の専用機に改修が行われると耳にしたのはそんな矢先のことだった。好都合と 備を進めていた。 に彼女本人の意思もあって一夏や彼の周囲、他の者達との良好な関係の構築という下準 のデータを入手するためにはより交友を深めておく必要がある。そうした打算や、純粋 いずれにせよ、まずは近づかねばならない。そしてより深く近づき、悟られずに目的 ていた。 彼に関わっているIS技術、それのみを一応のクライアントであるフランス政府は欲し してのデータの収集であった。別に人格や人間関係などは求められていない。純粋に シャルロットがIS学園に編入するにあたりまず第一の目的とされたのが、一夏に関 しいまでの沈黙が緊張で早鐘を打っている鼓動を明確に音として伝えてくる。 喉に触れる鉄のヒヤリとした感覚にシャルロットは言葉を失う。場を支配する重苦 ﹁あ⋮⋮く⋮⋮﹂ 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 785 786 はあるが社長でもある多大な不利益があるというのであれば、否を通すことはできな い。 それならば思惑通り指示に従った振りをして、最低限の仕事だけしたら後は素知らぬ 顔でラファールに磨きを掛けつつ、自分が満足できるような生活を送れば良いと思っ た。というより、会社からはそれで十分だとも支持をされた。 そうして行動に移したのが今夜だった。いや、元々明確に何時と決めていたわけでは ない。ただ、準備の一環として一夏の部屋を見るだけ見ておこうと思った折、一夏の部 屋を訪ねた時に好機と捉えたのだ。 ノックをしても返事はなく、部屋の鍵は開いたまま。静かに入ってみれば無人の部屋 の中央、寮の各部屋に備え付けのデスクとその上に置かれた起動したままのパソコンが あるのみだった。 デスクの上に広げられた幾つかの紙、そしてパソコンの画面に表示された内容を何気 なく見たシャルロットは小さな驚きと共に目を見開いた。そこにあったのは、紛れもな く一夏の専用機である白式に関するであろう内容だからだ。 あまりにも無防備に曝け出された情報に数瞬シャルロットは思考が止まった。だが 即座に意識を切り替えて状況を好機と見た。何でもいい。元々そこまで乗り気な仕事 ではなかったのだ。この際まるで大したことのないものでも良いからこの場から情報 を回収する。それを本国の会社に送れば、あとは社長でもある父が手を打ってくれるだ ろう。 そう思って手を伸ばした直後だった。 間違いなく動き出したのは自分が早かったはずだ。ドアをくぐり廊下に出るまでは ﹁おっと﹂ が別の生き物、それも自分にとって決して歓迎できるべくもないモノに見えたのだ。 として共に過ごしてきた織斑一夏のはずだ。だが、この時のシャルロットにはまるで彼 う。それと同じことだ。間違いなく彼は決して長い間では無いとはいえ、クラスメイト ごく普通の草食動物がライオンで出くわせばどうするか。何より早く逃げ出すだろ したかのような錯覚を与えたのだ。 を掛けてきただけだ。だが、それはシャルロットにまるで本能が恐怖する天敵に出くわ 性にそうしたくなったのだ。別に一夏は何か特別なことをしたわけではない。ただ声 反射的に逃げようとした。そんなことをして何か意味があるとは思えない。だが、無 の男子生徒である織斑一夏だ。 声音で背後からシャルロットに掛けられたのだ。声の主は他でもない。この学園唯一 このIS学園という領域内において決して聞き間違えるないだろう声が、驚くような ﹁ほぉ、まさかマジで釣れるとは﹂ 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 787 788 一直線。だが、それよりも早く文字通り一息の内に距離を詰めてきた一夏がシャルロッ トの手首を掴んだ。 触れられたと認識した直後、ガクンと力が抜けて膝が崩れ落ちそうになる。それを何 とかして倒れまいと踏ん張ってどうにか堪えた頃には、いつの間に手にしていたのか鋭 利な刃が首筋に突きつけられていた。そうして冒頭の状況に至るのだ。 一夏が優れた近接戦闘の心得を有していることは知っている。本人いわく本来の腕 前を封じられているIS戦ですら代表候補生すらあしらう腕前から想像に難くはなく、 事実として体育の時間に行われた護身術指導においても彼はあの千冬から直々に指導 役の一人に任ぜられていた。彼の担当することになった級友たちが絶えることない悲 鳴と共に授業が行われていた室内をある者は投げ飛ばされ、ある者はボールのように転 がされ、ある者はギブアップを宣言しながら関節を極められていたのはある意味当然の ように繰り広げられた光景だったのは記憶に新しい。 ただ手首を掴まれただけで何故力が抜けたのか。これが噂に聞く日本のジュージツ かと思いつつ、首筋に当てられたジャパニーズ・カタナにシャルロットは完全な手詰ま りを理解させられた。シャルロットとて候補生の最低限の必修技能として生身での徒 手空拳の訓練は受けている。流石にバリバリの専門家やベテランの手練れには遠く及 ばないと自覚はしているが、身を守る、あるいはいざという時に相手を抑えるという目 的を果たすには十分なものだ。だが、それを一夏は遥かに上回っている。なまじ心得が あるだけに、その差をより強く実感させられた。 ただ、ちょっと気配を消していただけだよ﹂ ? 釣れた、って。まぁ、俺もちょっとした遊びのつもりだったん ? ない。ただ倉持から自分が参考にできるようにと渡され持ち帰った幾つかのデータを その言葉を受けて一夏はすぐに行動を開始した。と言ってもそれは特別なことでは を付けて欲しいと言われていたのだ。 な技能を有していないために、徹底してとまでは言わないがなるべくその手の輩には気 白式は唯一の男性IS適格者の専用機にして、日本の最新鋭機の一つである。専門的 みのために動くと。 と。それは学生、十代半ばという少女という前提など容易く無意味にし、冷徹に利益の 曰く、IS学園の中では時に各国が送り込んだエージェントによる動きも存在する 担当の技術者から耳打ちされたのだ。 そうして一夏は語る。二日前、改修を終えた白式と共に倉持技研を辞す直前に一夏は だがね﹂ ﹁さっきも言ったろう ﹁ど、どうしてそんなこと⋮⋮﹂ ﹁初めから部屋にいたが ﹁なんで、というか、いつの間に⋮⋮﹂ 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 789 さも無防備に部屋に置いておき、自分はそれを目的に部屋に忍び込むかもしれない輩を 待って、部屋の死角になっている奥の棚と壁の間のスペースで身を潜め続けるだけとい うものだ。 元々行っていた気配を殺し、なおかつそのまま瞑想を行うという訓練にワンアクセン ト加えただけのものなのでそこまで大したものではなく、そもそも本当にそういう類の 輩が現れるかも分からなかったため、一夏としてはちょっとした趣向凝らしのつもり だったのだ。 だが、仮に本当にそうした存在が現れた場合は、軽く後悔をしてもらうとも決めてい た。元々そういう気があった。だが、三年前の誘拐事件を契機にまるで自身の中で何か が噛みあったように一夏の心境に変化が現れ、その一つとして自分にとって﹃敵﹄であ る者への冷徹さがあった。 別に血も涙も無い冷血漢ではない。友人は大事だと思っているし、今この学園で共に 過ごす女子ばかりの級友達とて嫌いではない。そうした情は間違いなくあるが、同時に ごく一部への非情、自分にとって不利益な者への排除性も持ち合わせていた。 ゆえに、仮に本当にもしもの展開が訪れた場合は容赦無用と決めていたのだが、まさ かその第一号が当の級友だとは、さしもの一夏も驚きを隠せずにいたのだ。 ﹁いやぁ、実に残念だ。お前とは良いダチになれると思っていたんだがなぁ。まさかそ 790 いつが産業スパイというのか それだったなんて。あぁ、悲しいなぁ﹂ つかぬことを聞くけど、この後は僕をどうするつもりで ﹂ そうは言うものの、口ぶりはそこまで悲嘆に暮れていないように感じたのは気のせい ? ? なのかと、状況を忘れてシャルロットは思わず首を傾げたくなった。 ? ﹁ま、まさか 僕に乱暴するつもりでしょ エッチな本みたいに ! ﹂ ! もしやとは思うが、実は腐海の住人だったりはしないだろうか。そんな疑念が渦巻く。 そういえばフランスでは日本のサブカルが非常に人気と言うが、彼女もその類なのか。 何 で 彼 女 が そ ん な 言 い 回 し を 知 っ て い る の か。実 は ネ ッ ト に 入 り 浸 っ て い る の か。 馬が教えてくれたのだから十中八九そうだろう。 確かその言い回しはどこぞのネットで流れてたネタか何かではなかったか。あの数 がら一夏は突っ込む。 一体どうしてその発想に至ったのか分からないと言いたげに呆れのため息をつきな ﹁いやしねーよ﹂ ! ルロットはその意図を察して顔を強張らせる。そして表情を切迫したものに変える。 けた問いに対して愚問と言うようにニヤリと口の端を吊り上げている一夏を見て、シャ 首を傷つけないようにシャルロットは静かに後ろを向いて一夏の顔を見る。投げか ﹁決まっているだろう﹂ ﹁あ、あの∼、織斑くん 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 791 ﹁えぇい、んなことはどうでも良い。お前の貞操なんざ興味はないっつーの﹂ ﹁ストップ ﹂ ﹂ 織斑くんちょっとストップ というかタイム ! タイムを要求します ! ﹂と言うように胡乱な目を向ける。まぁ思い返せば ? ﹁あ、どうも。いや、えっとね、今回の件にはとてもふっか∼くて裁縫糸の固結びよりも ﹁よーし、何か言い残すことがあるなら聞いてやろう﹂ に潰していただろうことを考えれば遥かに良心的だろう。 しみで言わせてやっても良いだろう。これが三年前の誘拐犯みたいな輩だったら、即座 少しばかり自分が一方的に喋っていた。何か言っておきたいことがあるなら、級友のよ トに一夏は﹁何言ってんのコイツ 無駄にキレのあるビシッとした動きで一夏を制しながら時間を要求するシャルロッ ﹁はぁ ? ! ! たら今ここしかない。そう判断したシャルロットはすぐに行動に移した。 そのまま一夏はシャルロットの襟首を掴もうと手を伸ばす。タイミングがあるとし れと思って動いて失敗しちゃいましたぁ、ゴメンチョ﹄とでも謝っとけ﹂ う。後は知らん。勝手に退学なりなんなりになって国に帰っちまえ。雇い主には﹃良か ﹁だまらっしゃい。とにかくだ、突き出すとこに突き出す。まぁ先生のトコが打倒だろ ﹁それはそれで女としてちょっと微妙なんだけどなぁ⋮⋮﹂ 792 面倒くさくて複雑な事情があってね でもやっておかなきゃいけなくて﹂ れたら無きにしもあらずなんだけど、でもやっぱり僕にとってはどうでも良いことで。 いや、確かに織斑くんが予想した通りで僕にそういう意図があったかどうかって言わ ? ﹁じゃあ、良いかな ﹂ どうこうという意思はないということを強調していた。 話す中でシャルロットはあくまでデュノア社もシャルロット本人も積極的に一夏に 関しての指示。 れへの政府の焦り、それに伴うデュノア社への政府からのプレッシャーと、今回の件に そうしてシャルロットが今回の事の経緯を話し出す。周辺国と比較しての開発の遅 ﹁あぁ、聞かせてみろ﹂ ? だった。 一しきり言葉を整理し終えて頭を上げ、再び一夏と視線を交わすまでおよそ一分ほど ツと口の中で言葉を紡いでいく。 そうしてシャルロットは軽く俯くと自分の中で言葉を纏めようとして小さくブツブ ﹁あ、ハイ﹂ ﹁あー、とりあえず落ち着け。そして言葉を整理して事情を説明しろ。分かりやすく﹂ 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 793 ﹁つまりね、僕個人としてはとりあえず動けば良くて成功かどうかはどうでも良いんだ よ。とりあえず実際に行動して最低限の義務は果たして、後は知らない顔だよ。そのあ たりは社長とかがやってくれるって言うし。⋮⋮多分﹂ こっ ? を次をなんてせっつくんだもん。 ? ﹂ ち に。それであちこちに供給して内部部品のシェアとか牛耳ろうとか考えないのかな ねぇ織斑くん。その方が満足できるよね ? ? だいたいウチの会社はISそれ自体以上に中のパーツの方が本領出せるっていうの だよ。どれだけ皮がつっぱてるのさ。それこそ無茶も良い所だよ。 で満足も何もできないって話だよ。というか要求があれもこれもって欲張り過ぎなん 後の最後で美味しいトコ持ってって満足すれば良いんだからさ。今やっても中途半端 実って言われてるんだから、もうちょっと時間かけさせてくれたっていいじゃない。最 リスもイタリアもドイツも物はできててもまだまだ全然じゃん。絶対もう何年かは確 なに ヨーロッパの共同トライアル 何今から焦っちゃってるのさ。大体イギ 業界にちゃんとした足場とか足がかりを作っておこうって時なのに、それをさっさと次 いうかさ、酷い話だと思わない いまデュノア社はラファールのクオリティを上げて ? ﹁あぁ、うん。一応これから報告するつもりだったから。まだ分からないんだよね。と ﹁多分かい﹂ 794 となったシャルロットを一夏は宥める。 ︵というか、俺が問い詰めてたはずだよな 何で俺、こいつ宥めようとしてんの ︶ ? ありがとう ﹂ ! ことで済ませるとか﹂ そうしてくれるの ? まさか何も無かったという ? ﹁む あぁ、良いけど﹂ ﹁あ、織斑くん。ちょっと電話して良いかな ? 社長に一応報告しときたくて﹂ れていた。面の皮の厚さや図々しさはお前も結構なものだと。 満面の笑みと共に言い切ったシャルロットを見て一夏は思わず内心で突っ込みを入 ﹁え ? ﹁⋮⋮だが、それでこの状況をお前はどうするつもりだ この学園が気に入っているからさ。もっと楽しく過ごして満足したいんだ﹂ 正直失敗してホッとしてるんだよ。変に気に病んだりも嫌だからね。何だかんだで僕、 ﹁うん。さっきも言ったけど、実際に行動したって事実があればそれで良いし。それに、 ﹁とにかくだ、デュノア。お前としては俺にバレて失敗ってなっても特に問題ないと﹂ るものだった。 ふと湧いた疑問はある意味当然と言えるものだったが、その答えはこの場で導き出せ ? 実は結構鬱憤が溜まっていたのだろうか。堰を切ったように文字通り不満タラタラ ﹁あー、満足でもサティスファクションでも良いから、ひとまず落ち着け﹂ 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 795 ? ﹁オッケー、ありがと ﹂ 口に何かを話していく。 始める。電話の相手はすぐに応じたらしく、その相手とシャルロットはフランス語で早 言うや否やシャルロットはポケットから取り出した携帯電話を操作して電話を掛け ! ﹁どうした﹂ ていた。 り返れば、どこか戸惑ったような表情のシャルロットが携帯を持ったまま一夏の方を見 に背後のシャルロットが驚くような声を発した。一体どうしたのかと思って後ろを振 そんな風に一人で納得しながら一夏はシャルロットの電話が終わるのを待つ。ふい ろ大いに推奨されるべきことだ。 かもしれない。それならば別に何も言うことはないし、一夏の主観で捉えるならばむし あるいは例え家族であっても公私は厳格に分けるとかそういう方針を取っているの ︵まぁ、家庭の事情ってやつだろう︶ ことは今の電話の相手は父親なのだろうが、それを彼女は﹁社長﹂と呼んでいた。 だったはずだ。というより、本人がそうだと編入して間も無くに明かしていた。という 確かシャルロットは苗字からも察することはできるが、そのデュノア社の社長令嬢 ︵そういえば社長と言っていたけど⋮⋮︶ 796 ﹁俺 社長 デュノアの ? ﹂ ? ﹁代わりましたが﹂ ﹂ ﹃ふむ、君がイチカ・オリムラくんで相違ないかね ﹁はい。あなたがデュノア社長で ? ﹃いかにも、そこにいるシャルロットの父親、クロード・デュノアだ。わが社の社員が世 ? ﹄ 比べればまだ好感が持てる。となれば、こちらも相応の態度で以って臨むべきだろう。 くれてはいる。少なくとも、IS適正が発覚してからの一方的に押し寄せてきた連中に したいと言っているのだ。それにシャルロットの口ぶりから察するにこちらを立てて 携帯を受け取る。いずれにせよ、紛れもなく一流と呼べる企業の社長がわざわざ話を ﹁分かった﹂ あるデュノア社長が居るわけだが、果たして一体自分にどんな要件があるのか。 シャルロットの手の中の携帯を見る。今、あの電話の向こうにはシャルロットの父で ﹁むぅ⋮⋮﹂ ﹁ん∼、一応社長は日本語も話せるから多分大丈夫だと思うけど﹂ ﹁俺、フランス語はボンジュールくらいしか知らんのだが⋮⋮﹂ ﹁うん﹂ ? ﹁そのぉ、社長が織斑くんと話をしたいって。無理にとは言わないみたいだけど﹂ 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 797 話になっているようだね。このような形で申し訳ないが、礼を言わせてくれたまえ﹄ 失礼を承知で言 ? も想定の内と言うようだった。それを聞いて一夏は軽く目を細め、再び口を開く。 クロードの言葉に安堵したような色は見られない。一夏がこのような反応をするの ﹃そう言って貰えるとこちらも助かる﹄ ﹁いや、それは別に良いんですけど。まぁあまり大事にならずに済みそうだし﹂ でね。今回は要らぬ手間を掛けさせてしまい申し訳なかった﹄ ﹃特別なことは何もない。ただ、今回はこちらの問題に君を煩わせてしまったようなの をする。 だが、一夏の言葉にもクロードは微塵も気を悪くした様子は見せずに落ち着いた対応 いから安心してくれたまえ﹄ ﹃あぁ、どうやら余計な気を遣わせたようだ。いや、申し訳ない。そうした意図は一切な ばならないのだ。 うなるのかおっかなびっくりというやつだろう。だが、こればかりは明確にしておかね 背後でシャルロットが緊張を漂わせているのを感じる。何せ物言いが物言いだ。ど にこの電話を切らねばならない﹂ わせて頂きますが、個人的な国家あるいは企業への勧誘ということでしたら、俺はすぐ ﹁いえ、それはお互い様ですから。で、失礼ですが自分に一体何用で 798 確か日本とフランスの時差はざっと9時間。今こちらは夜な ? ﹄ ? よ。で、お話は まだあることは事実なのでしょう ﹂ ? ﹂ ? ﹃そうだ。そこに居るデュノア候補生から凡その事情は聞いているのだろう 確かに ﹁言葉での協力 い。言葉での協力をしてほしい﹄ もらおう。私も暇が多いわけではないのは事実だしな。端的に言うとだね、一言で良 ﹃なるほど、中々どうして話に聞くよりも面白い⋮⋮。失礼、そうだな。話を進めさせて ? ﹁ですが、それだけです。それが無ければ俺はどこにでもいる市井の一人に過ぎません とすら捉えられるものだ。 その言葉に一夏は小さく笑う。別に喜んでいるわけではない。むしろ自嘲している が話をするに十分と思うが、どうかね ﹃一男子学生、か。だが、その前につく男性IS適格者という肩書きは企業社長である私 一男子学生にかかずらうほど大企業の社長は暇なご身分ではないはずです﹂ とりを持って仕事をしている、なんてのは昔から言われてますけど、それでもたかだか ので、そちらは昼真っただ中でしょう。フランスの方は日本人に比べてかなり時間にゆ ﹁して、他にご用件は 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 799 デュノア社は現状さして必要ともしていない。いささか長期的ではあるが、確たるプラ 我々 男 性 I S 適 格 者 と そ の 専 用 機 の デ ー タ、興 味 が 無 い と 言 え ば 嘘 に な る が 少 な く と も ? ンもある。ゆえに、こうしてデュノア候補生の行動が君に露見した時点で我々がこれ以 上スパイじみた真似をする必要はなくなった。 後は我々の仕事だ。フランス政府は適当に言いくるめておく。だが、事をより確実に ﹂ 収めるために君からの言葉を欲しいのだよ﹄ ﹁それは 国への抗議の意思を私に内々に通してくれれば、後はそれも上手く使って事を収めよ そうならないためにも、この件は今この時点で留めて欲しい。いや、君からフランス 確実に居ると言えよう。 と言わんばかりにこちらを責め立てるだろう。そのどさくさで同様の行動に出る者も い。そんな中で我々の行動が表だってしまえば、おそらくどこも格好の獲物を見つけた ﹃そ う だ。現 状 不 安 定 な 立 場 の 君 に は ど の 国 も あ ま り 派 手 な ア ク シ ョ ン は 起 こ し に く 思いをすると﹂ ﹁つまり、俺が然るべきところに娘さん引っ張って事の顛末を報告すれば、そっちは痛い なるかは君次第でもある﹄ むことになる。我々は、わが社も政府も今その一歩手前なのだよ。そしてその先がどう れている。だが、原則秘匿して行われるのが常であり、露見すれば途端に厄介を抱え込 ﹃想像に難くないが、スパイ活動などというのは実のところごく自然にあちこちで行わ ? 800 ﹄ う。収まり方が良ければ、何もない状態まで持ち直せる見込みはある。これは、互いに とって悪くない話だと思うがどうかね ? ﹂ ? はわが社にとっても必要な人材だ。そちらで彼女が得る物は我々にとっても有益足り 押しているのでね。これで失礼させて貰おう。あぁそれと、そこにいるデュノア候補生 ﹃あぁ、結構だ。賢明な判断と協力に感謝する。││では勝手ですまないが少々仕事が で良いですか 何もないことにするのであれば、今回もこちらはどこに何を言ったりはしません。これ 伝えてください。同時に、そちらで上手く折り合いをつけて事を大きくせずにそのまま ﹁分かりました。では、あなた個人を通じて今回の件についてフランス国に遺憾の意を にとって益となるか否かのみを考える。そして││ ない。栄えるならば勝手に栄えれば良いし、廃れるなら勝手に廃れれば良い。ただ自分 からさしたる問題は見えない。別にデュノア社もフランス政府もどうなろうが興味は だが、ここでクロードの提案に乗れば、そもそも何も無かったということになるのだ 多少の障害であれば徹底して完膚なきまでに踏み潰せばいいだけとも思っている。 はそこまで明るいわけではない。だが、直接的武力という明らかな力が手中にある今、 すぐには答えを返さずに間を置きながら一夏はしばし瞑目して考える。政治ごとに ﹁⋮⋮﹂ 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 801 うるものとなるであろう以上は、社として気をっけたりもする。君さえ良ければ、今後 もわが社の社員をよろしくしてやってくれ﹄ ﹂ ? てくれるよ。そのあたりは信用して良いと思う﹂ とかは二の次にしているから。多分それが会社のためになるならちゃんと完璧にやっ ﹁ん∼、まぁ社長はやるって言ったらやる人だし、何より会社の利益第一主義で国の都合 か ﹁しかしだ、今更こんなことを言うのもなんだけどな。お前の親父、本当に信用できるの 着けると言わんばかりにため息をつきながら肩を伸ばす。 自分に課せられていたことが本当に重荷だったらしいシャルロットはようやく落ち 足できそうかな﹂ ﹁みたい、だね。ふぅ、正直肩の荷が下りた気分だよ。これでこっちでの生活ももっと満 この後に何事も無ければ、それで終いだろうよ﹂ ﹁あとはお前の親父さんが上手くやってくれるそうだ。これでこの件は当面チャラだ。 一夏は携帯を耳から離し、持ち主であるシャルロットに返した。 その言葉を残してクロードの方から通話が切られた。無機質な電子音を聞きながら ﹃それは重畳だ。では、改めて失礼しよう。今日、君と話せた幸運に感謝しているよ﹄ ﹁えぇ。俺も、彼女には色々助けられている。お互い様ですよ﹂ 802 ﹂ ? ﹂ ? ? を細め、射抜くような視線をシャルロットの視線を真っ向ぶつける。その視線の鋭さ 瞬間、僅かにシャルロットの表情に強張りが浮かんだのを一夏は見逃さなかった。目 れないけど、それにしてもだ﹂ ﹁それにしちゃやけに他人行儀じゃなかったか いや、公私を分けているだけかもし ﹁うん。そうだけど﹂ ﹁いや、さっき話した社長さん、お前の父親だよな﹂ ﹁なに ﹁なぁ、さっきから気になってることがあるんだが﹂ おける唯一の他人である一夏は眉一つ動かさなかった。 はチロリと舌先を出す。間違いなく可愛げがあると言える所作だが、あいにくこの場に 自分でもおかしなことを聞いたと思ったのか、後頭部に手を当てながらシャルロット ﹁だよねぇ﹂ ﹁いや知らんよ。俺に聞くなって﹂ ん。日本あたりに亡命とかしたら何とかなるかな ﹁そうなったら僕もお尋ね者かなぁ。ん∼、国に戻っても捕まりそうだし、ねぇ織斑く もらうさ﹂ ﹁⋮⋮まぁ良いさ。これで何か厄介になったら、その時は俺もやるべきことをやらせて 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 803 に、シャルロットも自分が思わず反応してしまったことに気付いたようだ。 から血縁以外で娘として扱うことはほとんどできないって。ただ、その時に僕にISの ﹁社長と初めて会った時にきっぱり言われちゃったんだよね。奥さんへの建て前もある て彼女の前に現れたのが父親であるデュノア社長の使いだと言う。 だがその母も数年前に病に倒れ、治療空しく故人となってしまう。それから程なくし 育費だとかは振り込み続けてくれたんだって﹂ を育ててくれたんだよ。ただ、これは社長が言うには最低限の義務とかって言うので養 ﹁僕のお母さんも社長に迷惑を掛けたくはなかったみたいだからね。田舎町で一人で僕 係を持ち、その時に相手の女性が宿した子がシャルロットと言う。 だ父親が夫人と結婚をする前に仕事で赴いた先の町で出会った女性と流れで一夜の関 そうして彼女は語る。曰く、自分は父親とその夫人の間に生まれた娘ではないと。ま ちゃったからね。お詫びも兼ねて、少し事情を話すよ﹂ ﹁ま ぁ あ ん ま り 公 言 で き る よ う な こ と で も な い ん だ け ど、君 に は ち ょ っ と 迷 惑 か け りはないと言う一夏だが、それにシャルロットは首を横に振る。 どこかバツが悪そうにシャルロットは視線を外しながら言う。別に無理に聞くつも ﹁うん、ちょっとね⋮⋮﹂ ﹁なにかあるのか﹂ 804 高い適正があるって分かってね。デュノアの専属パイロットになることで、生活とか 諸々の保障をしてもらえることになったんだ。だからまぁ、僕と社長の関係は血筋の上 で親子ってこと以外は完全に社長と社員のソレだよ﹂ 別に何とも思ってないけど ﹂ ? ﹁あ、さいでっか﹂ それに見合う報酬をくれる。うん、僕と社長の関係は今がベターなんだよ﹂ たらそれも紛れるし、社長は良くも悪くも公正な人だから。僕がちゃんと成果を出せば まぁちょっとお母さんが居なくなってさびしいのもあったけど、ISの訓練とかして くないんだよ。 たから父親がいないってことに不満足は無かったし、それに何だかんだで今の関係も悪 ﹁いやぁ、正直僕もお母さんと二人での生活に満足してたからね。それが当たり前だっ な顔で答える。そのあまりの軽さに、今度の一夏の顔はポカンとしたものに変わった。 どこか慎重に探るような調子で尋ねた一夏にシャルロットはケロリしたと涼しそう ﹁え ? ﹁まぁ、お前自身のことだから俺はとやかく言わんけどさ。お前はどう思ってるわけよ﹂ かった方がよかったのではないかとも思うくらいだ。 予 想 外 に 重 い 事 情 に 一 夏 も ど こ か 苦 い 顔 を 浮 か べ る。こ れ だ っ た ら い っ そ 聞 か な ﹁⋮⋮そりゃまたけったいな﹂ 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 805 つまるところ、シャルロットは自分の現状に一切の不満を抱いていないということ だ。 一夏には話していないが、シャルロットもシャルロットでいきなり父親が現れたとい うことに戸惑いは感じたし、今更ながらに親子としてやっていけるのかという不安も あった。それを考えれば少々ドライではあるが今くらいの関係が一番心地よいのだ。 なり、時間も遅いから部屋に戻ると言った。 をそこまで害していないと分かったのかシャルロットも僅かにほっとしたような顔に 元々さして深入りするつもりも無いため、あえて気に掛けないようにする。一夏気分 ﹁いや、別にそうでもないさ﹂ ﹁ごめんね、楽しくないこと話しちゃって﹂ ていた。そう言えるくらいなのだから、本当に不満は無いのだろう。 そう本人が言うのならばそうなのだろう。何せここまで都合五回以上は満足と言っ ﹁そうかい﹂ とまた悪い気もしないっていうか。うん、やっぱり僕は今に満足しているよ﹂ も仕事のことばっかりだけど、あれが社長なりに気を使ってくれてるのかなぁって思う とは、時々ちょっと会食をしてくれたりするかな。さすがに奥さんは抜きだし話すこと ﹁それに、父親とかそういうのを抜きにして僕は社長を凄いと思ってもいるからね。あ 806 そのまま二言三言挨拶を交わしてシャルロットは部屋を出る。心なしか、その足取り はどこか軽さを感じるものだった。 は気持ちが良いだろうが、まだシャワーも浴びていないしその他諸々の就寝支度も整え そんなことをぼやきながら無造作にベッドに身を投げ出す。このまま寝れたらそれ ﹁あ∼疲れた∼﹂ ろう。 いやそもそも、そんなことにならないようにやはり立ち居振る舞いに気を配るべきだ きだろうか。 ず、疑わしきは罰せよの血も涙も無いくらいの方針で不審者発見即撃滅の精神で行くべ な調子なのだとしたらもうやってられない。次があるとしたら言い訳泣き言一切聞か そもそもちょっとした気まぐれが発端の今回の件だが、まさかこれから毎度毎度こん 思っていなかった。 面倒の一言につきた。まさかお国事情に会社事情、更には身内事情まで語られるとは 再び一人になった一夏はほっと息を一息つく。色々と要因は挙げられるが、とにかく ﹁やれやれ、本当に面倒だった﹂ 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 807 ていない。少しこのまま横になったらまた起きようと心に決めたときだった。 ﹂ を押して耳に当てる。 ﹁はいもしもし。こちら捜査一課﹂ ﹃お前は太陽に向かって吼えでもするつもりかい﹄ 開口一番でボケの振りと返しのツッコミから二人の会話は始まる。 ﹁いやちょっとした冗談じゃないか。で、どうした数馬。この間のことかい ﹂ ベッドわきに手を伸ばして着信音を発している携帯を手に取る。そして通話ボタン があったということだろう。だとすれば、出ないわけにはいかない。 向こうの方からわざわざ掛けてくるということは、先日の頼みごとに何かしらの進展 ﹁あ∼ハイハイ。今出ますよ∼っと﹂ 馬からの着信を伝える音楽だ。 室内に流れる電子音で構成されたドヴォルザークの﹃新世界より﹄。一夏の携帯の、数 ﹁あん ? ? よ﹄ ﹁それは重畳。てことは、それだけ情報も入りやすかったってことか ﹂ ても、結構話してみれば中々どうして良い人が多くてね。つい盛り上がったりもした ﹃あぁそうそう。いやぁ、あの掲示板が思いのほか面白くってさ。掲示板の上とは言っ ? 808 ? ﹂ ? ? うん。結構ノリの良い人が多かったよ。いや、基本コテハン方式 ? ? すいから好都合なんだけど﹄ ﹁あぁ、うん。プラスに働いてるなら良いんじゃね ﹂ ﹃まぁその辺りから内情は結構お察しな感じだよねぇ。いや、こっちとしては馴染みや でもある。 に固定ファンの熱狂性が高いキャラの一人である。なお、作品におけるロリ担当の一人 大企業の令嬢という設定からくるいかにもなお嬢様キャラと担当声優人気もあって、特 とは一夏及び数馬お気に入りのアイドルマイスターに登場するアイドルの一人であり、 何のことか分かってしまうだけに突っ込まずにはいられない。ちなみに﹁ミオリン﹂ ﹁おい、米海軍おい﹂ だし﹄ だけどさ、例えばとある米海軍少尉という方は日本語にすれば﹃ミオリンは俺の女王様﹄ か、そのぉ、なに ﹃あぁ、うん。そこは俺も最初は懸念したんだけどね まぁ割と何とかなったという ﹁ほぅ。けどさ、その、なんだ。本職が多いっていうけど、ついていけるのか たまげた。そっちの方はガチで本職の人とかも多くてさ。情報が半端じゃない﹄ そのおかげか板の人から招待方式のSNSにも入れてもらえたよ。いやぁたまげた ﹃あぁ。更に幸運と言うべきかね。ほら、俺って本気出せば完璧な外面作れるじゃん 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 809 ﹃ハハ、まぁね。まぁそんなだから割と目的も果たしやすかったというか。お前がご希 望の二人の情報、そこそこだけど入手はできたよ﹄ ﹁あぁ、それはありがたい。じゃあ早速、報告を聞こうか﹂ 同時に一夏の目が細まり怜悧な光が瞳に宿る。友人と話していた故の朗らかさは既 ﹂ に消え去り、どこまでも冷たく相手を屠る算段を立てる獣の目がそこにはあった。 ﹁ところで、実際情報貰うにあたって何かお返しとかはしたんだろ 頼んでもいないのにあれもこれもってくれたよ﹄ ? ﹁あ、そうかい﹂ ﹃まったく、たかだか乳の大きさ程度であそこまで興奮するかね ﹂ ﹃あぁそれね。いや、この間お前に貰った篠ノ之博士のビキニ画像上げたら大反響でさ。 ? 810 以外の美早を認めるつもりはないぞ﹂ ! の伝達を行う二人の時間は過ぎていくのであった。 などという間抜け極まる会話もあったが、そんなどうしようもない会話も含めて情報 ﹃一夏、その言葉はまさしくプロデューサーの鑑だ。誇れよ﹄ を愛でている﹂ ﹁いずれにしろ、俺はその程度で区別するような狭量なことは言わんさ。あぁ、俺は総て ﹃きっとあれだよ。アイマイ随一の歌唱力の引換なんだよ⋮⋮ ﹄ ﹁然り然り。無いには無いで良さがあるというものだ。俺はな、ぶっちゃけ72センチ 第二十話 シャル「クラスメイトに喉元に刀を突きつけられてピンチです」 811 の状態がさして特別ではないということも絡んでくる。 に居る人の数がそれほど多いわけではないというのもあるが、別の理由としてすでにこ がるものだが、この場ではそうした周囲の反応というものは一切ない。勿論、元々食堂 通常、それだけの面々が一同に会していれば周囲は何かしらのざわめきの一つでも上 ることができる面子だ。 ウラ・ボーデヴィッヒ。間違いなくその大半が現状のIS学園における﹃顔﹄となりう 織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラ には揃っていた。 一夏を始めとして一学年に在籍する専用機持ち、あるいは比較的彼に近しい者がその場 おそらくはこの学園でも特に多くに知られているだろう唯一の男子生徒である織斑 る。 なのだが、それもそこに居る顔ぶれによっては﹃ただの﹄と形容することはできなくな までの間を生徒が食堂で何かしらで時間をつぶしているというだけのありふれた光景 夕日の茜色が差し込む食堂の一角で席に腰掛ける影がある。単純に放課後から夕食 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 812 つまるところ、ごく自然な光景になってしまっているのだ。何しろこの五人の内四人 は同じクラスに在籍している。別に他の生徒たちとの交流が無いわけでもなく、むしろ 同じくらいに専用機持ち、候補生でない級友達との交流もあるこの面々だが、なんだか んだでそれなりに近しい立場にあれば自然と会話を交わすことも多くなり、いつの間に かこうして集っていてもよくある光景の一つと捉えられるようになっていたのだ。 病む必要はないさ﹂ ﹁気にするなボーデヴィッヒ。お前は自分がやるべきことをやっただけだ。何も、気に そんな彼女に助け船を出すかのように横から声を掛けたのは意外にも一夏だった。 本 当 に 不 本 意 極 ま り な い と 言 っ た 風 の 二 人 の 言 葉 に ラ ウ ラ の 肩 が ビ ク リ と 震 え た。 ﹁不本意ですが、見事にやられましたわねぇ﹂ ﹁完敗、ね﹂ とも思っていないように平坦な、各々の表情を浮かべながら見ている。 その様子をシャルロットは苦笑いを、箒とラウラはどこか当惑気味に、一夏は特に何 シリアもどこか複雑そうな表情で視線を俯かせている。 鈴があえて大仰にしたかのように大きなため息を吐いて項垂れる。その隣に座るセ ﹁⋮⋮﹂ ﹁はぁ⋮⋮﹂ 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 813 いささか不十分なのだ。 とでありこれから先どうなるかは分からないが、それでも今の時点では相手とするには 然たる差が生まれている。種々の巡り会わせの帰結とも言えるし、それも現時点でのこ 言える。彼女ら自身得意げに吹聴する気も無いが、やはり他の大勢の者達との間には厳 そういう点では現状の一学年に専用機を持った候補生が複数居るというのは幸運と かった。 めるのもアリだが、そこまでする必要がない以上は手合せを行うことに二人とも否は無 修めてある身だ。一夏のように経験でのハンデがあるならばひたすら基本の反復に努 いう点を求めるならこれが丁度いいのだ。そもそもとして両者とも修めるべき基本は だ。勿論、基本的な技能の反復などを疎かにするわけではないが、より手っ取り早くと アリーナの一角を借りての模擬戦闘。何だかんだで試合の練習には試合が一番なの 来たる試合に備え鈴とセシリアが行動を共にしたのもこれが理由だった。 することは異なれど、自分の準備をしなければならないのは彼に限った話ではない。 入れ始めていた。例として挙げるのであれば、一夏の倉持技研での白式の調整だろう。 づいてきたこの頃、他の大勢の生徒たちと同じように専用機持ち達もその準備に本腰を 話は少々時間を巻き戻すところから始まる。いよいよ以って全体トーナメントが近 ﹁う、うむ。その、すまない⋮⋮﹂ 814 こんな風に前置きをしてみたが、結局のところ事実はトーナメントに向けての調整と して鈴とセシリアの二人が模擬試合をしようとしていたということだ。していた、とい う表現になったのは実際にあったことがその予定通りではなく別の形になったからで ある。 相応の相手を求めているという点ではラウラも一緒だった。だが、中々そうした機会 に巡り合えなかった彼女はせめて平素通りの基本練習を行おうとアリーナの一つを訪 れ、そこで模擬試合を行おうと鈴とセシリアの二人に出くわしたのだ。 私はいつも通りなのだが﹂ ? 言われたことで刺激された意地やら何やらで最初は鈴もセシリアも乗り気ではなかっ とも言える内容だった。流石に無理があるのではないかという心配と、それでやれると だが、申し出た内容は鈴とセシリアの二人に対してラウラ一人の二対一という挑戦的 態度はどこかぎこちなく、明らかに緊張しているのが分かる程だった。 曰くおっかなびっくりしている兎のようだと言う。加えてもらっても良いかと尋ねる 模擬試合をしようとしていた二人に声を掛けたラウラは、二人しか見た者は居ないが ﹁そ、そうなのか 絶対武器になりますわよ﹂ ﹁しかも演技じゃなくて素というのがまた厄介ですわね。ボーデヴィッヒさん、あれは ﹁正直あたし、ちょっと油断してたわ。何よあれ、試合やる前と試合じゃ別人じゃない﹂ 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 815 たが、そこばかりは明らかな自信を持って大丈夫と答えたラウラにそれならばと承諾。 その、ギャップが ﹂ かくして候補生同士の二対一戦という珍しいマッチメイクが為されたのだが、結果は 先に鈴とセシリアが語った通りである。 ﹁確かに私も凄い腕前とは思ったが、そんなにあるのか ? ﹁ふん﹂ ﹁そこでIS乗りって出ないあたりがアンタらしいわね、まったく﹂ ﹁まぁな。相手の観察、武術家の基本だろう﹂ ﹁そういえば織斑くん、すごいガッツリと試合見てたもんね﹂ メントの時の、参考になりそうだ﹂ ﹁まぁギャップ云々はこの際どうでも良い。俺としては、良いものが見れたよ。トーナ 勝ったような何とも言えない表情で鈴は首を竦める。 負けたことへの悔しさもあるが、それ以上にラウラが見せたギャップへの苦笑いが きなり猟犬になったようなもんよ。あれは、まぁビックリするって﹂ ﹁いや箒。あれ見て戸惑わないやつなんていないわよ。なんていうか、ちっこい兎がい たのは見事な技術で以って鈴とセシリアをあしらうラウラの戦いぶりだった。 人も見ていた。だがそれも途中からのことであり、始まる前を知らないだけに三人が見 箒が聞く。試合それ自体は他の多くの者達と同様に話を聞きつけた当事者以外の三 ? 816 鼻を鳴らして一夏は席を立ちあがる。そのままどこかに行ったかと思うと、数分後に また戻ってきた。ただし、先ほどと違うのはその手に握られているものがあることだろ うか。 ﹁ほれ、ボーデヴィッヒ﹂ そう言って一夏は持っていたものをラウラの前に置く。何かと思って全員が覗きこ 良いものを見せてもらったと。そのちょっとした礼 むが、それは何の変哲もない一個のプリンとプラスチックの使い捨てスプーンだった。 ﹂ ? ﹂ ? ﹁装備の相性ではわたくしは五分ですが、凰さんは完全に封殺されていましたものね﹂ の高さは聞いてたけど、本当に半端無かったわ﹂ ﹁こうして見る分には本当に可愛げのある子なんだけどねぇ。まぁドイツの新型の性能 逃さなかった。 ンを一口頬張る。その瞬間、確かにその顔に紛れもない笑顔が浮かんだのを四人とも見 それならと貰うことに否は無いラウラは素直にカップの蓋をあけてスプーンでプリ ﹁良いぞ﹂ ﹁良いのか と、ついでに二人相手に勝ったご褒美だ。俺の奢りだ。遠慮せず食え﹂ ﹁なに。さっきも言っただろう ? ﹁これは、なんだ 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 817 ﹂ ﹁言わないでよ。まぁ後で報告書なりを送っとくとしようかしらね。さすがにそれで何 もしない程、うちの国も馬鹿じゃあないでしょ。セシリア、あんたは ? 女、世界の冷たさを知りながらもそれでも笑顔を浮かべる少女、そうあれかしと育てら たる矜持を胸に誇りと共に生きる淑女、生来の気質の強さを頼りに自分を磨いてきた少 何よりも自分を武人と定めた少年、その血縁ゆえに不条理に身を置かれた少女、貴人 と尋ね、その口元についたプリンの欠片に気付いた全員が笑い声を上げる。 そしてプリンを食べることに夢中だったラウラが話を聞いていなかったのか何事か 言うと親指と人差し指でピストルを象り、 銃の方が好みだと言ってやんわり断る。 そっち セシリアに武道への勧誘をしかける一夏に対して鈴がツッコミをいれ、セシリアはと ﹁お誘いはありがたいですが、どちらかと言うとわたくし、コチラの方が好みですの﹂ ﹁なにアンタは人の道を捻じ曲げようとしてんのよ﹂ 非武術をやりたまえ﹂ を求めているからな。てなわけでオルコット、そんな日々の刺激をゲットするために是 ﹁良いことじゃないか、オルコット。刺激があるってのは大事さ。俺も日々新しい刺激 活も思ったよりは刺激が強いですわ﹂ 未熟さを痛感させられましたわね。織斑さんとの試合もそうでしたが、この学園での生 ﹁わたくしの場合はさっきも言ったように武装の面ではまだ大丈夫なのですが、本当に 818 れながらもそれでも純真さを失わずにいる少女。 五人が五人とも決して世間一般の同年代の少年少女たちと同じであるとは言えない 身だ。だが、それでもそうした者達と同じところは確かにある。今ここには、その一端 が確かに表れていた。 四人と別れた一夏は一度部屋に戻るために量の廊下を歩いていた。あの後、特に何を するでもなくなんとなしの惰性を帯びたままその場に居座っていた四人だが、携帯電話 で何某かに呼び出されたらしい箒が場を辞すと同時にそれなら自分もという形でいつ の間にかお開きとなっていたのだ。 夕食までまだしばらくは時間がある。良い具合に腹を空かせるために少しばかり筋 トレでもしておこうかと思いながら階段に差し掛かった時だ。 ﹂ ? ﹂ ? 予想外の人物と出くわした。制服の胸元に着けられた二年生であることを示す色の ﹁む ﹁あら 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 819 リボンと、右手に握られた扇子。こうして間近で見るのは二度目だが忘れようもない。 ﹂ そう。あのクラス対抗戦の日の夜に屋上で言葉を交わしたIS学園生徒会長。名を ﹁あんたは││﹂ ││ よ 楯無だってば ﹂ ! ! がたいのだ。 ﹂ マチじゃねぇし ﹁まったく、いきなりご挨拶ね。名前を間違えられるのって私も結構ショックなのよ ﹂ あと夏が七つばかり多い ! 織町八夏くん ムラだし ﹁いやあんただって間違ってるだろ しかもちょっとずつ微妙に ! ! ? ﹁いやぁ、意気の良いツッコミありがとうね。お姉さん、嬉しいなぁ﹂ ! ? 言う。何だかんだで、自分が振ったボケにきちんとツッコミを返してもらえるのはあり 一夏の振りの内容を知っているのか的確に突っ込みを入れてきた楯無に一夏は礼を ﹁いや冗談冗談。威勢の良いツッコミをどうもありがとう﹂ ! ﹁何でそうなるのよ 私別に悪食じゃないし、あそこまで口数少なかったりしないわ 瞬間、ドッと目の前の少女がずっこけた。 ﹁更識⋮⋮カオナシ ! 820 先ほどのお返しのつもりなのか、今度は一夏の名前を敢えて間違える楯無に一夏が ツッコミを入れてそれを楯無が軽く受け流す。ともあれ、これでおあいこと双方とも理 ここ、一年の寮だけど﹂ 解しているのか、それ以上何かを言ったりはしない。 ﹁つーかあんた、何やってんの ? ちょっと簪ちゃんに会いにね。軽くお茶してたの﹂ ? ﹂ ﹁フフッ、ありがとね。けど、それを言ったら君だって同じようなものじゃないかしら ﹁結構じゃないか。仲良きことは何とやらか﹂ ても何も悪いことはあるまい。むしろ大いに推奨されて良いだろう。 ことなら十分に有り得るだろうと思う。せっかく同じ場所に居るのだ。姉妹で語らっ 何せ一度はISで武を交えた間柄だ。簪のことも一夏は当然知っている。そういう ﹁あぁ、あいつね﹂ ﹁あぁそれ 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う まぁごくまれに有り得るが、基本ねぇよ。このあたり意外にクールなの ? が俺ら姉弟なんでね﹂ 笑って話す ﹁ハ ッ、余 所 は 余 所。う ち は う ち だ。俺 と 姉 貴 が ツ ラ 突 き つ け あ っ て 茶 を 飲 み な が ら ? いんじゃない 何か、あるってこともあるかもしれないし﹂ ﹁ふ∼ん。まぁあんまりどうこうは言わないけど、せっかくなんだからそういうのも良 821 ? ﹁⋮⋮﹂ 後の一言が何か含みを持つように僅かにトーンが下がったものだったのを一夏は鋭 敏に察知していた。ではその含みとは何か。考えて、何となくあたりをつける。 なら猶更よ﹂ ? ﹂ ? への図太さじみた乾いた諦観を持つようにはなったものの、同時に一度きりの人生とい たった一度の経験だが、それでも得られたものは多かった。確かに﹃死﹄という事象 ﹁まぁ忠告は肝に銘じとくとするさ。いや、俺だってそのくらいは弁えている﹂ を経験すると存外に神経が図太くなるものらしい。 通するのかあるいは自分を含むような極少数例なのかは知らないが、一度そういうもの 何せ一度目と鼻の先まで迫った﹃死﹄を実感しているのだ。果たしてこれが万人に共 ﹁重々承知はしているさ。けど、そういう気性なんだから仕方がない﹂ いの ﹁あのねぇ、話を振った私が言うのもなんだけど、その考え方はちょっとマズイんじゃな で、きっちり受け入れるだろうよ。そしてそれは、俺もだ﹂ ﹁だがな、そうなったらなっただ。姉貴だってそのあたり弁えている。なったらなった ﹁でしょう なることもあるかもしれんわな﹂ ﹁まぁ確かにお互い立場が立場だし、もしかしたら和やかにお茶なんてこともできなく 822 うものの重さも心底感じたのも事実だ。 ﹁だから、そうだな。あんたの言う通り、今度姉貴の所にでも行ってみようか﹂ 命は、死は重いのだ。ならばこそ人は、それを知った自分は真摯に生きねばならない だろう。だからこそ三年前の事件以降にはより深く武に傾倒してきたのだが、言われた 通りに折角機会に恵まれているのだからもう少し姉と語らうのも良いかもしれない。 考えてみればごく当たり前のことなのだが、それを今更ながらに考えた自分に一夏は 軽 い 驚 き を 感 じ る。ど う も 本 当 に 自 分 は ど っ ぷ り と 武 に 心 身 共 に 浸 っ て い た ら し い。 だが反省も後悔もしない。むしろ胸を張る自信だってある。 ﹂ ! にこの場はさっさと立ち去った方が良いと思った。 いきなり飛び出した変態性の高い暴露に思わずこめかみが引きつる。そして直感的 ﹁へ、へー⋮⋮﹂ はいけちゃうわ ﹁ふっ、もちろんよ。その気になれば簪ちゃんとにゃんにゃんする妄想だけでご飯三杯 ﹁まぁ随分と妹のことを猫可愛がりしてるじゃないか﹂ 大仰に身を震わせるような仕種をする楯無に一夏は鼻を鳴らす。 んて簪ちゃんと話せなくなったらって考えたら⋮⋮ゾッとするわね﹂ ﹁うんうん、そうしなさいな。姉の立場からすればね、下の子は可愛がりたいのよ。私な 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 823 過日の屋上での会話でまず厄介だと感じた。この上なかなかに高度なレベルの、下手 したらごく一部に限定してあの数馬並みの変態具合もあるとしたら、絶対に面倒くさい ことは確実だ。 ﹁あら、そう もしかして引き留めちゃったかしら ﹁あぁいや。別に気にしてないし﹂ ﹂ それならごめんね﹂ ? あぁまぁ大体いつも。まぁ他の連中はどうだか知らないけど、基本的には俺は ﹁そう。なら良いんだけど。││トレーニングって一人でするの ? ﹂ ? 構一人で練習したりしているってのも人伝で聞いたりで知ってるんだけど⋮⋮君って、 知っているべきと私は思っているし、そうあるようにしているわ。だから実の所君が結 ﹁い や、こ れ で も 私 は 生 徒 会 長。だ か ら こ の 学 園 の 生 徒 の 誰 よ り も こ の 学 園 の こ と を ﹁な、なにか その、明らかに何かを考えているような表情に一夏は小さく眉根を寄せた。 一 夏 の 言 葉 に 頷 き な が ら 楯 無 は 手 を 顎 に 添 え る と 一 夏 の 顔 を マ ジ マ ジ と 見 つ め る。 ﹁ふ∼ん﹂ いえば、最近は他の専用機組も結構誰かとツルんでなんてってのを聞いてるな﹂ 一人でトレーニングする派だから。というか一緒にやれる相手もいないし。あぁそう ﹁え ? ? ﹁あー、じゃあ俺行くんで。夕飯前のトレーニングがしたいんで﹂ 824 ボッチ ﹂ ﹁な、ななななな、ぬぁにをいきなり ﹂ ? ﹂ とかのアドレスも知らんかったな。確かクラスのメーリスは登録してたけど⋮⋮あれ、 ﹁ダチだから師匠や姉貴は一応除外で、ひぃ、ふぅ、みぃ⋮⋮そういや何気にオルコット そして今度は携帯を取り出してアドレス帳の登録を確認する。 十 人 も 数 え な い 内 に 止 ま っ た 指 に 一 夏 は こ め か み を ピ ク リ と 動 か し て 首 を 傾 げ る。 とは新月⋮⋮あれ ﹁待てよ、弾、数馬、蘭に鈴や箒もか。あと高校の前なら桐生、斎央に丸富士もだな。あ を数えていく。弾、数馬は当然だ。弾の妹である蘭もそれなりに親しいと言える。 言いつつ一夏は指を折ってIS学園入学以前で比較的親しい部類に入れられる人間 行動派だよな。いや待て舐めるなよ、この学園に来る前だってな、それなりに⋮⋮﹂ はクラス代表だぞ。そもそもその時点でボチなどなりようも⋮⋮いやでも俺割と単独 ? ある。 失敬な。俺だって人並みの交友関係くらいはあるわ。第一俺 や、確かに言われてみればそう取れるような言い方だった気もするが。それにしてもで んでいるのも否定はしない。しかしだからと言って、ボッチはあんまりだと思った。い いくらなんでもあんまりだと思った。確かに一人で行動することが多いし、それを好 !? ? ﹁お、俺がボッチだと 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 825 全然アド知らん⋮⋮﹂ 携帯を操作する一夏の声が徐々に小さくなっていく。ちょうど今の一夏は楯無に背 を向けて携帯を操作しているのだが、その後頭部にダラダラと冷や汗が流れているよう な錯覚をいつの間にか楯無は抱いていた。 あれ、おかしいな、俺ってこんなに知り合い少なかったっけ。そんな独り言を呟きな ﹂ ﹂ がらポチポチと携帯を弄っている一夏の背に楯無はそっと歩み寄る。そしてポンと、そ ﹂ の肩に手を乗せた。 ﹁なに ﹁えっと、その、頑張ってね ﹁大きなお世話だよチクショウ ? がら一夏は己に言い聞かせるように呟いていた。 うして部屋に戻った今、元々するつもりだったトレーニングであるダンベル上げをしな その後、どこか生暖かい眼差しを向けてきた楯無の下を一夏は早々に立ち去った。そ ! ? 826 ち ゃ ん と 友 達 だ っ て い る し、コ ! ? いない。Q.E.D﹂ ボッチじゃない。そう、俺は訓練されたボッチだ。うむ、やはり俺の青春はまちがって 俺。良いさ、あの会長の言う通り、ぼっちとでも何とでも呼べばいい。だが俺はただの いうことだ。最低限の社交性は必須として、それ以外は意外に何とかなる。ソースは つまりこれはこういうことだ。自分を高めれば高める程に集団に拘る必要はないと 単に仲良いだけか。 往々にして集団作ってる時限定で騒いでた連中はだいたい程度が知れてたな。あとは 中学は⋮⋮類は友を呼ぶだったなぁ。いや、俺も似たようなもんだったけど。マテ そもそもどうしてあぁまでツルみたがる。オーケー、俺。記憶を整理だ。手近な所で は一人でこなしてるし、待て待てここは考え方を変えよう。 一人でもどうとでもなることなんて意外にあるもんだ。そもそも俺だって大体のこと そもそも誰かと居たとしてどうにかなることなんて存外たかが知れてるし、逆説的に り前という考え自体がおかしいんだよ。 そもとしてぼっちという言い方自体がおかしい。というよりも誰かと一緒にいて当た いやさ確かにそう見えるって言われたらそうかもしれないし。いや違う違う。そも ミュ力だってあるさ。やるのが面倒だけで。 ﹁あ ぁ そ う だ。俺 は 断 じ て ボ ッ チ な ど で は ぬ ぁ い 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 827 グイッとダンベルを持ち上げながら一夏は己に言い聞かせるように頷く。そうとも、 自分の在り方は何一つとして間違ってはいない。ならば、今まで通りに振舞っても何一 つ問題ないということだ。 人の間じゃそれなり以上に有名らしい﹄ ﹃ラウラ・ボーデヴィッヒとシュバルツェア・レーゲン。このコンビはドイツ国内の業界 の感覚だったが、つくづくもって友の有能さを思い知った。 親友である御手洗数馬に頼んだ情報取集、あくまで良い情報が得られたら御の字程度 りだったな﹂ ﹁ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲン。なるほど、確かに数馬の言っていた通 そのリラックスした所作とは裏腹に、目は細められ鋭い光を宿している。 一 度 持 っ て い た ダ ン ベ ル を 床 に 下 し て 一 夏 は 体 を ほ ぐ す よ う に 大 き く 背 を 伸 ば す。 ﹁さ、て、と⋮⋮﹂ ば、早々に捨て去って他のことを考える方が建設的というものだろう。 別にいつまでも記憶していた所で何か益があるようなことでもない。解決したなら とを切り捨てる。 自分の中での﹃織斑一夏、実はボッチ疑惑﹄に決着をつけるとすぐに思考からそのこ ﹁よし、これでこの問題は解決だな﹂ 828 そんな前置きから数馬の言葉は始まった。 ﹃なんかプライベートに引っかかりそうな情報も入ってきたけど、どうせ気にしないだ ろうから敢えて省くよ。 まず第一に彼女の所属はドイツ軍内にあるIS運用に特化した部隊らしい。その部 隊とやらはISが広がり始めた割と早い段階から作られたらしくてね。ヨーロッパの 中じゃ特にIS使うことに長けているらしい。 部隊自体は例えば後方で指示やサポート出したりする部門に分かれてたりとかする らしいけど、件の彼女はその中にある実働部隊、つまりは何かあったらすぐにIS乗っ て 飛 ん で い く の が 仕 事 な 連 中 の 頭 張 っ て る ら し い よ。ち な み に 階 級 は 中 尉 だ っ て。 まぁもっとも、実際には先任の人とかが居て、そっちがだいぶ頑張ってるらしいけど﹄ そ ? その性能の高さは一夏も直接目の当たりにしたことで実感した。一見すれば現状一 のISの中じゃ性能は随一だそうな﹄ ツェア・レーゲン。何でも、ヨーロッパで今の所発表されている第三世代だっけ で、素の腕前もさることながら更に厄介にさせているのが専用機って言うシュヴァル 相手はそう納得できるくらいのベテランの腕利きだとか。 ピカイチらしい。情報くれた人が言うには、戦績は殆ど負け無しで負けたにしてもその ﹃けどね、曲がりなりにもそんな荒事専門の所のヘッドなわけだから、腕前は間違いなく 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 829 夏が知るどの専用機よりも重厚な装甲に覆われているレーゲンは鈍重そうな機体に見 える。だが、実際の動きはそんな印象とは真逆であり、乗り手の腕前もあるのだろうが 鈴とセシリアの二人を相手取って翻弄する程にキレのあるものだった。 数馬曰く、欠点らしい欠点を上げるとすれば性能が高いせいでコストが他の国のIS に比べてだいぶ割高であったり、整備性に難があったり、一部の内部パーツなどは﹃ド イツ製のフェラーリ部品﹄などと揶揄されるほどに繊細だったり、なまじ性能が高いだ けに乗り手を選ぶなどがあるらしいが、裏を返せばそれらをクリアすれば非常に強力な 機体になることは確実だとか。 もっとも欠点なんてものはイギリスやイタリアのものにだって色々あるからどっこ いどっこいで、欠点でどっこいだからその分性能の高さが何だかんだで目立っていると のことらしい。 確かにラウラの実力は見事の一言に尽きるものだったが、それでも手札を隠したまま だった。 そのあたりは一夏とて理解できる。そしてその点に関しても既に一夏はクリア済み 流石に汲んでやらなきゃだから勘弁して欲しい﹄ すがにそこまでは分からなかったね。まぁ相手側の事情ってのもあるし、そこらへんは ﹃あとは、そのISを第三世代たらしめているとかいう新型の装備があるらしいけど、さ 830 二人の専用機持ちを下せるほどではなかったらしい。試合中、その装備を使っている場 面を幾度も見た。 AIC、アクティブ・イナーシャル・キャンセラーと呼ばれる特殊な力場発生装備が ラウラの切り札だった。 その能力は発生した力場に触れたものの動きをその場で止めるというもの。一度捕 まったが最後、攻撃を攻撃たらしめる要である運動エネルギーを根こそぎ奪われるた め、下手に楯などで防ぐよりもよほど防御面に優れた代物だ。 そして仮にISそのものごと捕まればどうなるか。あの右肩の大型カノンでただ削 り切られるだけだろう。 その他にもいくつかの情報の伝達を以って数馬からの報告は終わった。そうして事 前に得ることのできた情報と、実際に見て得た情報、これらを合わせることで一夏の中 では明確な戦いのビジョンが構築されつつあった。 地のコピー用紙を取り出し、同時に引き出しから鉛筆を一本取り出す。 机に歩み寄った一夏はそのまま椅子に腰掛ける。そして備え付けの棚から一枚の無 く可能性はあるだろう。まぁ、それはさせんがな︶ ソツなくこなせる。間違いなく、一年の中じゃ十分トップ争いができてその上で勝ち抜 ︵確かに奴は強い。実際に見てもそれは間違いなく断言できる。どんな戦い方をしても 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 831 ︵一番注意すべきはやはりAIC。近づかなきゃダメージを与えられない以上、あれを 食らう可能性は俺がダントツだ。となると、食らわずにAICだけは徹底的に回避すべ きだろう︶ 紙の中心に一つの点を打つ。それをラウラが駆るレーゲンと見立てて、実際に描く図 に起こすことでAICへの対策を考えようとしていた。 ぶつくさと呟きながら時に円を、時に直線を、時に数字や文字を次々と書き込んでい く。どこまでも無機質に淡々とした瞳は、おそらく既に一か月以上を同じ学び舎で過ご した一夏の級友らの誰もが見たことがないだろう。 一人でいる時だからこそ本人も知らない内に発露する彼の冷徹さ、その一端が発露し ている証だった。 そして集中しすぎて危うく夕食に遅れそうになったのはまた別の話である。 は少々特殊な状況となっているため、上級生と比べて若干変則的な運行をすることにな ﹁というわけで、今度のトーナメントに関しての大まかな概要が纏まった。諸君ら一年 832 る。これから配布するプリントをよく読み、各自しっかりと準備をしておけ﹂ とある終業前のSHRでそんな前置きをしてから千冬がクラス全員にプリントを配 布した。内容は全体トーナメントにおける種々の情報だ。 日程、運行の仕方、準備や注意をしておくこと。プリントと言っても何枚かのそれを 束ねてちょっとした冊子にしたものであるため、実際には行事などにおけるしおりに近 いだろう。 どうした鈴﹂ もあるのだろう。 ﹁ん か﹂ ﹁あぁ、そういえばそうだったな。まぁ確かにペアで纏めてやれば時間の短縮にもなる ? ? ﹁いやさ、あんたはトーナメントどうすんのかなって。ペアでやるじゃん ﹂ る。ちょうど入れ替わるような形でラウラが教室を出て行ったが、大方千冬に何か用で そんなことを言いながら隣の教室からやってきたのだろう鈴が一夏の下に寄ってく ﹁やっほー、一夏。ちょっと邪魔するわよー﹂ ぼ同時に湧き上がった喧騒をBGMにしながら一夏は冊子をパラパラとめくる。 そう言い残して千冬が教室を去り、また放課後がやってくる。千冬が教室を出るとほ ﹁では、これで今日は終了だ﹂ 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 833 ﹁あぁうん。そうなんだけど、あたしが言いたいのは別でさ。あたしら専用機組のこと よ﹂ 戦制トーナメントにする。 と希望者、あるいは専用機持ちが選出した一般生徒のペアとして四組のペアによる二回 ・ただし人数の都合上、専用機持ちトーナメントは参加を四組、内二組は専用機持ち ・各専用機持ちは他の生徒同様にペアを組んで別枠でのトーナメントを行う。 増えるのを防ぐためのが、今回の措置だ。それらを総括すると以下のようになる。 この専用機持ちが揃って他の面々に混じることにより十全な結果を残せない生徒が になる。だが、今年度の一年生に関しては少々人数が多かった。 し、その上で優勝をしても構わない。というより、むしろしなければおかしいという話 別段他の生徒たちに混じって専用機持ちがトーナメントに出場することは構わない 生徒たちとは明確に一線を画した実力を備えている。 う例年と見比べても異例の状況下にあった。そしてその専用機持ちは全員が全員、他の 現時点で一年生における専用機持ちは六名。一夏を除いて全員が各国の候補生とい 機持ちのみ別枠でトーナメントを行うというものだ。 今回のトーナメントにおいて一年生のみ限定的な特別措置が取られた。それは専用 ﹁⋮⋮それか﹂ 834 ・専用機持ちのトーナメントに参加した生徒には成績における特別点を考慮する。 ・専用機持ちの部を勝ち抜いた組はそのままシード枠として一般生徒のトーナメント に参加。ただしその際に専用機ペアには制限を設ける。 ・なお、各ペアは全員各々で作ること。また一般生徒については期日までに決まらな い場合は機械抽選によるランダムでペアを決定する。 ﹁あたしも同感かしらね。もういっそ運任せでも良いんじゃない 前書いてそこから選ぶとか﹂ ほら、カードに名 ? ればそれも面白そうですわね﹂ ﹁わたくし個人としてはまたあなたと手合せ願いたいところですが、組むというのであ さて、誰にしたものか﹂ ﹁まずボーデヴィッヒは俺が戦いたいから除外で、となるとお前ら三人の誰かだよな。 鈴の問いかけに一夏はフムと顎に手を持っていく。そして目の前の ﹁んで一夏。あんたは誰と組むつもりなのよ﹂ 躍の機会を減らすわけにもいかない。そうですわね、妥当なところですわね﹂ ﹁わたくし達専用機持ちには勝利が求められている。しかし、さりとて他の皆さんの活 ばこうするよなぁ﹂ ﹁まぁ、落としどころとしてはこんなもんかね。やっぱなるだけ公平性を出そうとすれ 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 835 ﹁続きはウェブでってか。馬鹿言え。俺の勝ち負けに関わることだぞ。早々適当に決め られんわ﹂ ﹁うぉい ﹂ けど、二人は良いかな ﹂ ﹁いや冗談冗談。別に良いよ ? !? ﹁乗らせて頂きますわ。というわけですので織斑さん。今度のトーナメントはお覚悟下 悪いけど、今度はボコにしてやりましょう﹂ ﹁丁度いいわね。セシリア、お互い一夏に負けた者同士よ。シャルロットは巻き添えで ﹁別に構いませんわ。そうなるというのなら、その流れに従いましょう﹂ いうように鷹揚に頷く。 確認するようにシャルロットが鈴とセシリアに水を向けるが、二人は何ら問題ないと ? となると、凰さんとオルコットさんでもペアができる ﹁ごめんパス。凄く疑わしさ満載なんだもん。なんていうか、詐欺くさいんだよね﹂ ﹁よし、決めた。おいデュノア。俺と組んでトーナメントに出てよ﹂ 契 約 し て と組もうとするのか。四人は談笑を交えながら時折視線を奔らせ牽制し合う。 組むならより勝ち星を狙いやすいペアの方が良いというのが人情というもの。誰が誰 とりあえずこの場に四人居るのだからそれで二組作ってしまえば良い。だがどうせ ﹁まぁそこらへんは僕たちもだよね﹂ 836 さいまし ﹂ ﹁とのことだがデュノア。コレどう思うよ ﹂ ﹂ ? 俺はいつでもオールオッケーさ。その上で勝たせてもらうだけだよ。今更良い ﹁いや、挑戦されてるの織斑くんだよね ﹁あ ? ? のお前的にはどうなのよ ﹂ か悪いかなんて聞くのは愚問ってやつだ。で、さっき鈴も言ったがとばっちり受ける形 ? ? ﹁は 一体何よ ﹂ ? 気がするんだよな。こう、何か用意する時に出しとかなきゃいけないのを忘れているよ ﹁いや、このペア決めに関わることだとは思うんだけど、とにかく何か忘れているような ? ﹁⋮⋮なぁ。ところで俺、何か忘れているような気がするんだよ﹂ めるものは誰もいない。 も言えるが、元々当事者たちでどうにかしろという沙汰が下っていることだ。それを咎 これを以って専用機持ちトーナメントのペア二組が決定した。極めて場当たり的と 待ってろ﹂ ﹁と ま ぁ こ ん な わ け で、こ っ ち も 勝 ち に 行 か せ て も ら う ん で な。試 合 当 日 は 首 洗 っ て たせて貰いたいよねぇ﹂ ﹁まぁ僕もおおむね同じかなぁ。やっぱり負けたら満足できないし、そこはやっぱり勝 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 837 うな⋮⋮﹂ どうしたよ布仏﹂ ? ﹂ ﹁あのね、さっきのペアのことなんだけどね∼。かんちゃん、四組の簪ちゃんは良いの∼ ﹁む 女が声を掛けながらチョンチョンと一夏の腕を突いていた。 月の人生でも初めてなあだ名で呼んできたのは同じクラスの布仏本音だった。その彼 唸る一夏に横から声を掛けられる。﹁おりむー﹂などという一夏の人生十五年と数か ﹁ねぇねぇおりむー﹂ ﹁はてな⋮⋮﹂ 切り捨てているのだが、なぜだか今回はそういう気にならなかった。 はて一体何かと一夏は腕を組み首を傾げる。普段だったらさっさとどうでも良いと ﹁はぁ、今のに関わってる、ねぇ﹂ 838 で現状唯一の一夏を負かした彼女だ。いや、鈴やセシリアが一夏にそうであったよう そうだ。専用機持ちと言えばもう一人居たではないかと。更識簪、四組のクラス代表 上げた。 言われてしばし間を置いて、そこで一夏は初めて思い出したと言うように呆けた声を ﹁⋮⋮あ﹂ ? に、一夏もまた彼女への雪辱をという気持ちはある。だがそれとは別にペアの候補とし ても何も問題は無い。 無いはずなのだが、こうして指摘されるまで完全に忘れていた。 ﹁あ∼、まぁもうペア決めちまったからどうにもならんが、完全に忘れてたわ⋮⋮﹂ いや失念失念と小さく笑う一夏の制服の腰のあたりからから電子音が鳴る。何事か と集まった視線に、メールだと言いながら一夏は制服のポケットから携帯を取り出して メールを確認しようとする。 ﹂ ? ない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない ﹃許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さ 何はともあれとりあえずは中身を見てみようとメールを開いた。 くらいはできるだろう。 か居ないというわけでもない。それなりの行動力があれば一夏を介さずして知ること 教えた覚えはないがと疑問に思うが、別にこの学内に一夏のアドレスを知らない者し ﹁というか仮に更識だとして、どうやって俺のアドレスを⋮⋮﹂ 簪﹄とだけ記されている。つまりこれは簪からのメールなのだろうか。 受信したメールは知らないアドレスからのものだった。だがその件名の欄には﹃更識 ﹁なんだこりゃ 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 839 840 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さ ない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない 許さない許さない。 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許 さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな い許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許 さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな い許さない許さない。 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許 さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな い許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許 さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな い許さない許さない。 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許 さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな い許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許 さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな い許さない許さない。 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許 さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな い許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許 さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな い許さない許さない。 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許 さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな い許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許 さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さな い許さない許さない﹄ 一体何個許さないとあるのだろうかと数えるのも馬鹿らしい程の許さないの連続を いる。 る。ただ本音だけが、 ﹁うわ∼、簪ちゃん張り切ってるね∼﹂と呑気そうな反応を示して せる。後ろ、あるいは横から覗き込んだ鈴、セシリア、シャルロットも盛大に引いてい ズラリと並んだ﹁許さない﹂という単語。その不気味さに一夏は思わず顔を引きつら ﹁あ、あばばば⋮⋮﹂ 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 841 ﹂ ひたすら下スクロールで読み飛ばす。ようやく許さない連打が終わり空白が現れた。 これまだ下があるのか ? ﹃さよなら﹄ ︶ してようやく終わりに達した時、現れたのはごく簡素な一言だった。 い。一体何があるのかとそのまま今度は真っ白な画面を下にスクロールしていく。そ だがメールにはまだ続きがあるらしく、空白からしばらくスクロールができるらし ﹁ん ? ﹂ !? ﹁酷い、酷いよ織斑くん。私のこと、忘れるなんて﹂ ﹁あ、更識﹂ 真面目にビビっていた。 に近づかれたことを察せなかった己の未熟さを内心で叱咤しつつ、この時の一夏は割と 背後からの声に思わず飛び上がる。いくらメールの衝撃が大きかったとは言え、背後 ﹁フォウ ﹁酷い⋮⋮﹂ 諸々のあれこれを。まさしく以ってこのメールはアレと一緒だ。 タッフからも満場一致のクズ認定された主人公の男のとある凄惨な末路と、それに伴う そ う。忘 れ も し な い。数 馬 が 散 々 に 語 っ て く れ た と あ る 作 品 の 視 聴 者 は お ろ か ス ︵ナ、ナナナナナ、ナイスボオォォォォォォォォォウトッッッ !!? 842 ﹁あ∼悪い﹂ ヨヨヨとあからさますぎる泣き真似をする簪に遠い目をしつつ、元々彼女のことを忘 れていた自分に非があるのだからと、一夏は素直に詫びの言葉を言う。 ﹁酷い。君の中では私はそんなに軽かったんだね。あの対抗戦の日、二人であんなに燃 あと え上がったのに。織斑くん、あんなに激しかったのに私、すっごく痛かったのに﹂ !? ! ﹂ ! ! かしいな えぇい ﹂ この間あの会長と話しても思ったけど、お前も大概お あれか、更識姉妹は揃って変態か ﹁イケなくて良い ! ! ﹁おっけ∼だよ∼﹂ 私と組んで﹂ ﹁まぁとりあえず君はどうでも良い。ペア、できたんでしょ さっき聞いてた。本音、 自分は姉に比べてまともだと言う簪に思わず一夏は突っ込む。 ﹁いや、割と真面目にお前の方が重症だからな﹂ ﹁お姉ちゃんがどこかおかしいのは同意するけど、私まで一緒にされるのは不本意﹂ ! ! ﹁大丈夫だよ、織斑くん。私はそういうプレイだってイケ││﹂ て痛かった お前も何だかんだで強烈だった││というか むしろ最終的には俺の方がボコされ ﹁誤解を招くようなこと言うなや 燃えてたのは爆発したミサイルとかだろ 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 843 ? ﹁これで三組目決定。じゃ、私は戻るから。バイバイ﹂ それが本来の要件であり、それを達した以上はもはやこの場には無用となったのか、 そのまま簪は自分の教室へと戻っていく。 たのだ。 にあった。だが、期日まではまだ時間があるためそう急くこともないだろうと思ってい 無論、その間にもラウラの脳裏には確かに専用機持ちの部におけるペアのことも確か 過ごしたいという極めて個人的感情もあったのだが、この際はあえて気にしない。 の質問があったために千冬の下へと行っていた。そこには敬愛する師と二人の時間を 夕刻、寮の一角でラウラは己の不覚に打ち震えていた。放課後になってすぐに幾つか ﹁で、出遅れた⋮⋮﹂ れに同意するかのように周囲も無言で肯定の頷きをしていた。 立ち去っていく簪の背を見ながら、一夏はそう呟かずにはいられなかった。そして、そ 散々場を引っ掻き回すようなことをしながらさも何事も無かったかのように平然と ﹁な、なんつー奴だ⋮⋮﹂ 844 そのまま千冬との話を終えてしばらく自分の用事をこなして寮に戻った所で知らさ れたのが、既に四組中三組が決まっているということだ。専用機持ち同士の二組は既に 決まっているため、残るはラウラと一般生徒の誰かによるペアだけだと。 別に誰と組もうが全力で試合に挑むという気概には微塵の揺らぎも無いが、それでも やはり組むならばより腕の立つ者をというのは彼女も考えている。ゆえに同室のシャ ルロットあたりでも誘おうかと思っていたのだが、結果はこの現状である。 ﹁く、私としたことが何たる不覚⋮⋮ いやまだだ、まだ終わりではない。そも彼我の 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 良いだろう。そのくらいの要求はしても叱責は受けまい。 ではない。やはり組むならばそれなりに実力を持ち、なおかつ自分と相性の良いものが 誰と組んでもやることは変わらないとはいえ、それが相手を適当に決めるとイコール 悩みどころである。 しだ。だが思い立ったは良いものの誰を相手にしようかと考えればまたそれはそれで 自分を鼓舞するように言い聞かせグッと拳を握る。そうと決まればさっそく相方探 戦力比が勝敗に直結するわけではない。そうだ、ドイツ軍人は狼狽えないっ﹂ ! おうかと思った。喉を潤せば少しはいい案の一つでも浮かぶかもしれない。 むんむんと唸りながらラウラは廊下を歩く。とりあえずは考えがてら飲み物でも買 ﹁さて、どうしたものやら⋮⋮﹂ 845 ﹁む、ボーデヴィッヒか ﹂ ﹂ ﹁あ、あぁ。そうだが、お前は練習か何かか ﹁なんだ、お前も飲み物か ﹂ のだろう、道着に片手には竹刀という出で立ちの箒がそこに居た。 寮の自販機コーナーに着いたラウラはそこに居た先客と出くわした。練習上がりな ﹁お前は、篠ノ之箒⋮⋮﹂ ? ? するものであった。 ﹁ところで、ボーデッヴィッヒは今まで何を ﹂ も、こうして積極的に向上に努めようとする姿勢はラウラは嫌いではないし、評価に値 と比してはどうしても凡庸に見える。だが、それは篠ノ之束が異常なだけだ。少なくと あの篠ノ之束の妹、と言ってしまえば箒はどうしても見劣りしてしまう。その肩書き 本人を見るまではしても意味がないというのがラウラの持論だった。 はとうに聞き及んでいる。だが所詮は血縁があるというだけのことであり、その評かは 箒がかのIS開発者、希代の大天才である篠ノ之束の実妹であるということはラウラ ﹁そうか。それは良い心がけだ﹂ 外にも色々だが、タメにはなっているよ﹂ ﹁あぁ。今度のトーナメントに向けて先輩に少し稽古をつけてもらっていてな。IS以 ? ? 846 ﹁いや、少々教官の、織斑先生の所に用が。その後に少し私用をこなしていたのだが、ど ﹂ うにも不覚を打ってしまったらしい﹂ ﹁不覚 そこでラウラは自分のペア決めにおける出遅れと、その結果を箒に話す。 ﹁あぁ。実は││﹂ ? ﹂ だろうか ? その意外な申し出はラウラにとって予想外のものだった。だが、予想外だからと言っ ﹂ ﹁お前が ? ﹁ボーデヴィッヒ、そのペアの相手だが、お前さえ良ければ私が組ませてもらっても良い 時、その背に箒の声が掛けられた。 して適当なスポーツドリンクを選び、取り出し口に落ちてきたボトルを取ろうとした けでもなかったが、とりあえずは元々の要件を果たそうとラウラは自販機に近寄る。そ ラウラの言葉に箒はどこか考え込むような素振りを見せる。それが気にならないわ ﹁そうか⋮⋮﹂ はいないかと、考えていたのだ﹂ ﹁私の不覚が招いたこととはいえ、やはり簡単にいくとは思えなくてな。誰か良い相手 ﹁なるほど⋮⋮﹂ 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 847 て半端な対応をしていいほど軽い申し出でもない。 ﹁その、心遣いは嬉しい。だが、良いのか 二人ペア四組の内、専用機持ちでない者の 848 ﹂ ? ラウラは考える。別に組むこと自体は吝かではない。自分からという意思があるの ﹁そうだ。だからボーデヴィッヒさえ良ければ私をお前の相方にしてほしい﹂ ﹁確かに、単純確率なら奴とぶつかる可能性は大きいな﹂ なると話は違ってくる﹂ であって。単純に勝ち進むとなるとやはり厳しいのだ。だが、そちらの部に参加すると ﹁あぁ。私も自主的に訓練はしているが、その、それはとにかく一夏を相手に考えたもの し、そこまでの過程は決して楽ではないだろう﹂ ﹁それは、まぁそうだな。最悪、決勝までいかねば戦えないということも十分に有り得る のだが、やはり普通に考えれば難しい。そもそも戦えるかも分からない﹂ や、もっと端的に言えば一夏と戦って勝ちたい。だが、これは一夏に言われて気付いた ﹁詳しくは言えないが、私は今度のトーナメントで一夏よりも上位にいきたいのだ。い ﹁⋮⋮聞かせて欲しい。何が根拠だ﹂ ﹁あぁ。それは百も承知だ。だが、そのリスクを冒す価値はあると私は思っている﹂ だ。あえて言わせてもらうが、お前には少々厳しいのではないか 枠は二人のみ。それ以外は全て専用機持ちで、あの織斑一夏以外は全員が各国の候補生 ? であればそれは尊重すべきことだ。少なくとも嫌々ながらの者と組むよりは遥かにマ ﹂ シだ。実力面は不安こそあるが、この問題に初めから付きまとっていることだ。今更ど うこう言うつもりは無い。ただ一つ、問題があるとすればその目的くらいか。 ﹁一つ、前提に問題がある﹂ ﹂ ﹁そうだ﹂ ﹁お前は織斑一夏と戦い、そして勝ちたいがゆえに私とのペアを希望するのだったな ? ﹁聞こう。何故お前は奴に勝ちたい どうしたものか⋮⋮﹂ ﹂ ﹁私は、奴の強さを見たい。それで奴を認められるか確かめたい。それが理由だが、さて 当にそれに値するのかを。他の誰でもない、自分が納得したいからこそだ。 いからこそという思いが強い。誰よりも敬愛する師が、誰よりも気にかけている彼が本 自分とは逆だとラウラは思った。自分はむしろ、自分が認められるかどうか確かめた ﹁それは⋮⋮一夏に私を認めさせるためだ。その、色々とな﹂ ? ﹁む⋮⋮﹂ 人いるならまだしも、一人しかいないのであれば分け合いというわけにもいかない﹂ ﹁あいにくだが、奴に関しては私も直接戦い、そして勝ちたいと考えているのだ。奴が二 ? ﹁なんだ 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 849 折角の申し出だ。できることならばこのまま無下に終わらせたくはない。だが、その ためには互いの目的の衝突がネックとなる。どこか上手い落としどころはないかとラ ウラは考える。 ﹂ ? ﹂ ? 仮に、いやそんなことはないようにしたいが、私が一夏に敗れた ? としてもお前は希望通り一夏と戦える﹂ れるのではないか ﹁ではその私が一夏に勝ったとする。となるとそれは間接的にお前の方が上だと証明さ ﹁それは、まぁ事実だな﹂ より下というわけだ﹂ ﹁はっきり言って私は今の時点でお前の勝てるとは思えない。つまり、私の実力はお前 ﹁それだけを聞くとお前にだけ利があるようだが、何が根拠になっている 一対一の状況を作ってほしい。つまり、ボーデヴィッヒにはデュノアを抑えて欲しい﹂ ﹁そうか。それでだな、身勝手な申し出であることは百も承知だが、その際は私と一夏で ﹁あぁ、そうだが﹂ の相手はデュノアと聞いているが﹂ ﹁あぁ。これはあくまで仮にだが。私とお前のペアが一夏の組と当たったとする。一夏 ﹁む、何だ ﹁一つ、思いついたのだが﹂ 850 ﹁なるほど。少しイメージとは違うが、概ね私の目的には合致しているな﹂ 一理あるとラウラは箒の案に理解を示す。 れるな﹂ ﹁だが、そのために私にもう一人の抑え込みを頼むか。中々どうして、人を振り回してく ﹂ ? ﹁望むところだ﹂ ﹁面白い。││良いだろう、お前の提案、受けた。当日、働きを期待しているぞ﹂ の一夏への判定にかかる手間を私が省いてやる﹂ ﹁こちらこそ、甘く見ないでほしい。デュノアは任せてしまうが、一夏は私が倒す。お前 は箒も見ていた。 ラウラが言っているのは先日の鈴、セシリアとラウラが行った二対一のことだ。あれ 実、私はそれを為したからな﹂ ゲンが抑えられない道理はない。別段、二人掛かりでも何ら問題はないくらいだ。事 ﹁私をなめるなよ、篠ノ之箒。一世代前の機体とたかだか一介の候補生ごとき、私とレー 挑発とも取れる箒の言葉に面白いことを聞いたと言うようにラウラは小さく笑った。 ﹁言ってくれる﹂ いのか ﹁そこは認めるしかない私の未熟ゆえだ。それとも、お前はデュノアを抑える自信がな 第二十一話 トーナメント直前、かくして役者は出揃う 851 そして再び日にちは流れ、ついに大舞台の日がやってくる。 れる運びとなった。 ここに、全校トーナメント第一学年専用機持ちの部における第四組目のペアが結成さ した箒はその右手を同じく右手で強く握り返した。 そうしてラウラはスッと右手を差し出した。僅かな間それを見つめ、その意図を理解 ﹁では││﹂ 852 その初日。一年生の試合が行われる第一アリーナはその観客席が文字通りの満員御 がこの全体トーナメントという一週間である。 教師も生徒も外部からの関係者も、とにかく関わる者全てが慌ただしく動き続けるの 出番になったら自らが直接ISに乗り込み戦舞台に立つ。 GMに課題に励み、あるいは直接アリーナに足を運び試合を生で見る。そして、各自の 試合の準備をしつつ時には各教室のモニターが伝えるアリーナで行われる試合をB 題が出される。 年以上の整備課の生徒は便宜が図られるなどあるが││この期間中に仕上げるべき課 に学校側も対策をしている。生徒全員に││たとえば期間中ほぼ終始駆り出される二 事が関わっていると言っても過言では無いくらいだ。無論、学業が疎かにならないよう 学園の贔屓目に見ても急ぎ足と言えるカリキュラムの進み方の原因の大半はこの行 る。 試合日程を消化していくのだ。当然ながらこの間、通常の授業カリキュラムは休講とな IS学園の全体トーナメントは一週間をかけて行われる。連日ほぼ丸一日を通して 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 853 854 礼状態にあった。生徒は勿論のこと、各国政府のエージェントや各企業、研究機関の職 員といった外部からの観客席、果ては他の席とは隔離された所謂VIPスペースすら も、全てが埋め尽くされていた。 まず間違いなく、総合的なレベルの高さという点では一年生の試合は最下級にあると 言っても良い。それは参加する者達の経験などを考慮すればごく自然なことだ。確か に外部からの観客にすれば早期の内に有望株を見出すという意義はあるが、観衆の内の 大多数を占める生徒からすれば常に手に汗握る緊迫した試合を見れるというわけでも ないため、結果として総合的注目度は他二学年に比べて低くなりがちだ。 実に簡単な答えである。 だが、今この時ばかりはその定石を覆してもっとも注目が集まっていると言えた。な ぜか ある。 まだ始まったばかりだし何とかなるなる。それより専用機持ち達のシード としても見る側からすればイベントのいの一番に目玉を持ってこられたようなもので るシードペアを決めておこうという実にシンプルな理由なのだが、それを分かっていた 学園側としては早いうちにさっさと専用機持ちの中から一般トーナメントに参加す たのだ。 一年生シード枠決定戦、専用機トーナメント。初日の、最初の最初にこれを持ってき ? 課題 ? 枠の奪い合いの方がよっぽど面白そう。そんな感じの理由で多数の生徒がアリーナに 詰めかけたのだ。 勿論これは外部からの観客にしても同様で、各国が開発した新型機が入り乱れ戦う場 面を見逃す手はないと言わんばかりに、こちらもこちらで軒並み揃って流れてきてい る。 余談ではあるが、別のアリーナで並行して行われている二年、三年の試合はこの影響 か非常に観客数が少なくなっているらしい。もっとも、それでコンディションに影響が 出るような甘い者がいるほど、上級学年は温くは無い。特に何事もなく、平常運転で日 程をこなしていた。 試合開始の時刻が刻一刻と迫っていく中、既にISスーツに着替えた一夏とシャル ロットの二人は静かに出番の時を待っていた。ちなみに、二人の名誉のために補足して おくと、着替えは片方が着替える間、もう片方は外で待つという方式である。 ﹁もうすぐ、だね﹂ も関わらず、堂々と平常心を保てるその胆力は素直に尊敬せざるを得ない。 の姿にシャルロットはある種の敬意に近い感想を抱く。間近に大舞台が迫っているに 長椅子に座りながらシャンと背筋を伸ばし、腕を組みながら一夏は瞑目している。そ ﹁⋮⋮﹂ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 855 だがシャルロットは違う。やはり若干の緊張があるのだろうか、小さな声でそう呟 く。 ﹂ ? ﹂ ? は、強いて言うならば驚きに属するものだった。それは一夏とて例外ではなかった。 そしてこのことに関して最も関係性が強いだろう専用機の部に参加する者達の反応 純粋な驚きなど知った者の反応は様々だ。 に広まっていた。その度胸への感嘆、ある意味身の程知らずとも言える選択への苦言、 箒とラウラがペアを組んだことは、二人が互いにそれを了承した翌日にはクラス全体 ﹁篠ノ之さん、か。正直、驚いたっていうのが本音かな﹂ つもそうだろうな。となると後はアイツだけだが⋮⋮﹂ クラスリーグの時に経験はしてる。まぁ問題はあるまいよ。多分、ボーデヴィッヒのや ﹁残念ながら俺はさほど。やることは何一つ変わらんし、それにお前は居なかったけど、 ﹁も、ってことは織斑くんも 機してるだろうよ。落ち着かんのは、どこも一緒だろう ﹁更衣室は四つでピットも四つ。多分オルコットと鈴、更識に布仏のペアもそれぞれ待 体の直前チェックは終わっている。残すはただ一つ。本番のみだ。 既に倉持、デュノア両社からそれぞれ派遣された技術者及び整備課生による二人の機 ﹁あぁ。あと十分そこらだ。もう少ししたら、ピットに出てそこからアリーナだな﹂ 856 ﹁だが、まぁ考えてみれば分からないでもないんだ。なるほど、確かにあいつの目的を果 たそうとすればこれが一番手っ取り早いだろうさ﹂ ﹂ として臨んだのだろうと一夏は言う。その目的とは何か あるいはその血縁に関係 誰の、かは言うまでもなく箒だ。その彼女は目的を持ってこの専用機の部への参加者 ﹁目的 ? で渦巻く。 することなのか。あえて表には出さないが、やや深いと言える疑念がシャルロットの中 ? 目的だ。取り立てて特別視するほどではない。 確かにそこまで大したことではなかった。誰かに勝ちたい、そんな誰しもが持ちうる ﹁なるほどね﹂ び込んだのはまぁ、中々悪くないチャレンジだよな﹂ いが、それならやはり俺に勝つのが手っ取り早い。そういう点で、俺らの方にあえて飛 ﹁あいつな、俺に勝ちたいんだと。まぁもっと噛み砕けば俺より上の順位取りたいらし を飲み込んでいた。 は無い。まるで、お前の中にある疑惑なんてお見通しだと言われているようで思わず唾 そう言う一夏の口調は軽快なものだが、シャルロットを見据える眼差しに笑みの要素 ﹁まぁ、そんな大したことじゃないよ﹂ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 857 そして一夏の言う通り、確かに豪胆なチャレンジではあるがより確実に一夏と戦う機 その篠ノ之さんのチャレンジに﹂ 会を得て、更に勝ちまで狙いに行くとなればこちら側の部に挑むのは手法としても納得 がいく。 ﹁で、織斑くんはどう思ってるの 生で、俺は││まぁとにかく目立つ。しかも初戦だ。あのボーデヴィッヒも居るとは言 生徒としてはその他大勢と変わりは無い。だが俺たちは専用機持ち、加えてお前は候補 ﹁そもそもにして、箒はまぁ確かに厄介な血縁があるとは言っても、それでもIS学園の となって記憶に残っているのだ。 たとは言え、あの首筋に刃を添えられた感触は今でも忘れようがない。感じた恐怖が楔 の発言しかり、先日のトラブルの際の対応然りだ。後で流石にやり過ぎたと謝罪を受け が、必要とあらば冷徹な対応も一切辞さない性格もしている。先の箒への対応について 間違いなく一夏は箒にも、そしてシャルロットにも親しみの感情を持っている。だ ﹁この間の時にも思ったけど、本当におっかないね、君は﹂ すよ﹂ ない。あぁ、そのチャレンジ精神は大いに評価する。だが、やる以上は加減無用だ。潰 ここ最近は結構いい感じだしな。まぁ向こうから挑んでくるっていうなら、断る道理は ﹁評価はするさ。入学して何年振りで再開して、どうも女々しさが出てると思ったけど、 ? 858 え、いやだからこそ、負けるわけにはいかない﹂ ﹁そうだね﹂ 負けるわけにはいかない。全くもってその通りだ。理由は色々挙げられるが、この際 語る必要はない。とにかく、結局はそれに尽きるのだから。 ロットも続く。 ? ﹁出陣﹂ をかけた。 き締めると厳かさを漂わせる声音で己に、そしてパートナーであるシャルロットに号令 フッと小さく口の端を上げて一夏は笑みを浮かべる。だが、すぐに唇を真一文字に引 ﹁良いノリだ﹂ ﹁もちろん。さっさと行って、サクッと勝って満足してこようね﹂ ﹁準備はいいな ﹂ る隔壁の前まで歩み寄り、そこで一旦立ち止まる。数歩後ろを付き従うようにシャル 試合開始まで残り時間も少ない。スッと立ち上がると、一夏は更衣室とピットを隔て ﹁うん﹂ ﹁時間だな﹂ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 859 そして││ ﹁あぁ、参る﹂ ﹁では、行くぞ﹂ そうして二人もまたピットへとつながる隔壁の前に立つ。 ﹁それなら良い。ならば私はお前の心意気に多少だが報いるとしよう﹂ わけではないが、全力は尽くす﹂ ﹁あぁ、分かっている。そのためにできる準備はしてきた。それで大丈夫と胸を張れる で、結果はどうとでも動く﹂ と当たるのだからな。だが、そこから先は私には分からん。すべてはお前次第だ。それ ﹁それよりもお前だ。ここまでは概ねお前にとって望み通りの展開だろう。初戦から奴 を行っていた。 一夏とシャルロットがそうしていたように、箒とラウラもまた試合前の僅かな語らい ﹁そうか。それなら良いのだが⋮⋮﹂ ﹁本当に今更だな。││気にすることじゃない。私は既に納得している﹂ ﹁今更だが、すまないな。その、私の無理を聞いてもらって﹂ 860 アリーナ そうしてISを纏った四人が舞台へと躍り出た。 コソやってたんだ。その成果は見られると期待して良いんだな ? ? ﹁あぁ。だから一夏、心置きなく私に敗れろ﹂ ﹂ 俺も自分のことに掛かりきりでお前が何をしているか詳しくは知らんが、何かコソ ﹁そこは俺も同じだね。││さて箒、早速チャンスが巡ってきたわけだが、調子はどうだ ﹁そうか。まぁ良い。どのような機体で来ようが、やることは変わらん﹂ だ﹂ 心許なくなった部分はあるが、そのぶん攻め手に回るなら前よりいい感じに行けそう ﹁たしかに。自分でもだいぶスリムになったと思うよ。まぁ見てくれ通り、少し守りに て以前とは異なる姿への感想を漏らす。 だった。言葉は一夏に向けられたもの。倉持技研での改修が行われた白式の姿に改め 四者全員が各々のISを纏ってアリーナに降り立ち、最初に口を開いたのはラウラ ﹁改めて見て思ったが、以前とはだいぶ趣が変わったな﹂ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 861 ﹁は、言ってくれる﹂ そこで一夏は一度会話を切ってやや後方に控えるシャルロットを見遣る。現在四者 はペア同士が100メートル弱の距離を離しながら向かい合い、一夏とラウラが前衛に 立つという形になっている。 これだけ距離が離れていながら会話ができるのは単に通信を使ったからに過ぎない。 そして、今度はシャルロットに対して一夏は通信を繋げる。 ﹂ ? 準装備のブレードを構える。そして唯一ラウラのみが武装を展開せずに両手を空けた 対する箒もまた左腕の二の腕に打鉄の標準装備である実体楯を展開しつつ、同じく標 ライフルとマシンガンを両手で持つ。 試合開始まで残り十秒を切った。一夏は蒼月を両手で構え、シャルロットはアサルト ﹁任せておけ。││遅れは取らん﹂ いだろうから、そっちに対処しながらだと⋮⋮﹂ くん、メインはお願い。僕もアタックはするけど、多分ボーデヴィッヒさんの妨害も早 ﹁ボーデヴィッヒさんが何かするより先に篠ノ之さんを集中攻撃、一気に落とす。織斑 り俺が迎え撃ってあしらう。あとは、分かるな 込んでくるような気がする。やけに気合い満々だからな。仮にそうなったらお望み通 ﹁デュノア、ボーデヴィッヒが前衛に出てるが、どうも俺の勘は開始直後に箒が俺に突っ 862 ままにする。しかしわずかに腰を落とし腕を軽く開いた姿勢は獲物に狙いを定める獣 のような鋭さを醸し出しており、武装を出していないことなど意味を為さないような警 戒を抱かせる。いや、むしろ何も持っていないからこそか。 残り五秒を切る。いつのまにか観客席から絶えず湧いていたざわめきも鳴りを潜め、 開始の刹那にあるだろう交差への観客たちの緊張を伝えてくる。 そして全てのカウントが終了し、試合開始のブザーが鳴ると同時に四人が一斉に動き 出す。 ﹂ !! 飛び去った直後に彼の背後でレールガンの弾頭が地面に着弾する轟音が鳴り響くが、当 瞬時加速、ではないがスラスターを強く吹かすことで前方への急加速を行う。一夏が つが、ロックオン警報の瞬間に一夏は状況を把握できていた。 まレールガンで一夏に狙いを定めていた。シャルロットの警醒の声が一夏の耳朶を打 は大きく旋回するような機動で一夏とシャルロットの横合いを取ることを試み、そのま 白式のOSがロックオン警報を告げてくる。箒同様に開始直後に動き出したラウラ 機動のキレに一夏は僅かに目を見開くが、すぐに迎え撃つ体勢を整える。 ウラにぶつからないように交わしつつも一気に一夏への最短直線ルートを取ったその 気勢を上げながら打鉄のスラスターを吹かした箒が突撃を仕掛けてくる。前方のラ ﹁はぁあああああああああっっ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 863 たらなかったのだから気にする必要はどこにもありはしない。 急加速によって一夏と箒の間の距離が一気に詰まる。もう数秒を数えることもなく その距離はゼロになる。長年の修行で鍛えてきた勘と着実に積んできた技量と経験を 頼りに最適なタイミングを待ち、来たと確信した瞬間に蒼月の刃を振り抜く。 ﹂ ﹂ ﹁はぁっ ! 実力ではクリーンヒットはギリギリ避けられても完全な防御は不可能な一撃のはず の手合せで再算出し、その後の様子などからある程度の推測を立てた一夏の中での箒の れば確実に首を刎ねていた一刀だった。少なくとも、六年ぶりの再会とそれから程なく てもシールドは大きく削られるだろうし、さすがに実際にやるつもりは無いが生身であ 確実に初手のクリーンヒットを確信していた。たとえ堅牢な守りを持つISであっ えのある一刀だった。 への軌道、そして肝心の剣の威力。どれを取っても至高とまではいかずとも大いに手応 るった。タイミング、体に充実させた気力、距離を詰める速さに狙った場所である頸部 先の初手、初手であるにも関わらず、いや初手だからこそ一切の容赦なく一刀を振 の結果に一夏は僅かな驚きを覚える。 小さく苦悶の呻きを上げつつも箒は構えたブレードでその一刀を確実に防いだ。そ ﹁ぐぅ ! 864 だった。 りっとく 加速の勢いをそのまま利用しての一撃だったため、一切の原則をしていない一夏はそ のまま箒の脇をすり抜ける。互いが交差する刹那、更に短い六徳の間に二人の視線も交 差する。そこで箒の瞳の中にあった、手ごたえを感じているのだろう得意げな色を一夏 ︶ は見逃さなかった。 ! を取る。 ターを吹かして後方への移動に歯止めをかけると同時にそのまま再度箒への突撃の形 箒 の 脇 を 通 り 過 ぎ て す ぐ に 一 夏 は 機 体 を 反 転 さ せ て 箒 に 向 き 直 る。同 時 に ス ラ ス ︵なら見せて貰おうじゃないか。お前の成果の全てを︶ めくのを実感していた。 決して大仰なことではないものの、確かに自分の予想を超えた展開に一夏は心がざわ 向かってきているらしい。 ては未だに疑いがあった。だがどうやら、本当に彼女はそれなりの準備を整えて自分に それでも、いざ試合という段になって自分と渡り合うことができるかという点につい その影響によるものだろ微細な変化があったことにも気づいていた。 箒が何やら自分らとは別で鍛練を行っているのは知っていたし、立ち居振る舞いにも ︵面白い⋮⋮ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 865 白式の調子はすこぶる良い。操縦の感覚を手触りで表現するのであれば、改修前とは その滑らかさに格段の差があった。一夏は本来技巧派の武人である。 勿論豪快さや爆発性を感じさせるパワーの武も嫌いではない。むしろ武である以上 は大歓迎である。だが実際に自分で実践するとなると、 ﹁静﹂と表現すべきだろう心を静 めて技巧を駆使する方がしっくりくる。この辺りは師と概ね同じだ。 その思想はISにおいても多分に反映されている。これまでの試合における一夏の 剣戟を見ればそのあたりは瞭然と言えるだろう。そしてそれは剣戟以外の機動につい てもまた同じだ。勢い任せよりも、よりスマートに動かす方が好みなのだ。 そういう点で、滑らかと言える今の白式の操作性は非常に一夏の好みに合っていると 言えるものだった。流石はIS界に名機と名高い打鉄を生み出した倉持謹製のシステ ムである。純粋に見事とその仕事を讃える。 ﹂ ﹂ ﹁しぃっ ! 袈裟がけの一撃が振るわれ、振り抜いたと見えた直後には既に真横からの一刀が箒に まに切りつけていく。 がらも防ぐ。だがそんな箒の苦悶など知ったことではないと言うように、一夏が続けざ 再度箒に迫った一夏は蒼月を振るう。だがその一撃も箒は顔を険しいものに変えな ﹁くっ ! 866 迫っている。袈裟がけの一撃を何とか受け流すと箒はそのまま真横からの一撃を迎え 撃つ。箒にとって紛れもなく一夏の放つ一太刀一太刀がやっとのことで捌けるものだ。 た だ 一 撃 を ま と も に 受 け な い よ う に す る だ け で 心 身 共 に 軽 く な い 負 担 を 強 い て い る。 しかしそれでも箒は未だにクリーンヒットを避け続けていた。 始めは一夏も時間の問題だろうと思っていた。一夏の見立てではよほどの劇的な飛 躍的進歩でも無ければ、先ほどのように初めの数撃こそ捌けてもすぐに守りに綻びが生 じ、それがすぐに致命的な決壊を齎すと思っていたのだ。だが、一杯一杯の苦しげな表 ﹂ 情を浮かべつつも箒は既に十を超える太刀を捌き、それもすぐに二十を超えた。 ﹂ !! ! 通信で相方に呼びかける。試合が始まり最初の一合が交わされてから実の所、まだ三 ﹁デュノア﹂ 燃え上がってすらいた。 目に宿る闘志には微塵の陰りも無い。むしろ、一夏の連撃を受けきったことでより強く えて一夏を見据える。既に息は上がっており肩を大きく上下させてはいるものの、その れた。後方に吹っ飛ばされた箒はそれでも何とか体勢を立て直して再び刀を正眼に構 一際力を込めた下からの切り上げで一夏は箒を突き飛ばす。この一撃もやはり防が ﹁ぐあっ ﹁ぬんっ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 867 十秒程度しか経っていない。そこに至るまでシャルロットのアクションを一夏は見て いなかった。自分が箒に構っている間に彼女もラウラから自分の援護に対する妨害あ ちょっと無理 ﹂ たりはあったのだろうが、果たして今の現状は。そう思っての確認だった。 ﹁ゴメン織斑くん ! ﹁曰く、私に負ける程度であればそれまで、だそうだ﹂ よく承諾したな﹂ マンのお膳立てを頼んだって所か。あいつもあいつで俺に執心していた節があったが、 ﹁なるほどな。さしずめボーデヴィッヒにデュノアの足止め、正確には俺とお前のタイ のだ。一夏、お前がすべきことは一つ。今ここで、私と尋常に立ち合うことだけだ﹂ ﹁ボーデヴィッヒには感謝している。この状況、私にとってはまさしく望んだ通りのも 作り出された状況は一夏対箒、シャルロット対ラウラの一対一の同時進行だ。 ﹁そういうことか。まさか本当にこうなるとはな。予想外と言えば予想外だよ﹂ を見て一夏は小さく舌打ちをした。 無言で一夏は再び箒を見遣る。視線の先、箒の顔に僅かに得意げな笑みが浮かんだの ﹁⋮⋮﹂ ロットの切迫した声だった。 返 っ て き た の は ラ ウ ラ の 猛 攻 を 前 に 完 全 に 一 夏 へ の 援 護 行 動 を 封 じ ら れ た シ ャ ル ! 868 ﹁ほぅ。気付いているのか それ、自分を卑下しているようなものだぞ ﹂ ? 者だったような気がするけどな﹂ ﹁はっ。随分と物分かりが良くなったもんだ。昔のお前はもう少し融通の利かない頑固 くれるならその程度は我慢する﹂ ﹁私がボーデヴィッヒに及ばないのは事実だからな。それに、望み通りの状況になって ? ﹄ !! そして二人は同時に機体を前進、一秒と僅かを数えて再度互いの刃を激突させた。 ﹃参るっ ような雰囲気が漂っている。 ロットが激突する銃声や衝突音が響くが、二人の周囲にはそんな音など存在しないかの せるかのように、一陣の風が吹き砂埃が舞う。二人からやや離れた所でラウラとシャル 互いに正眼に剣を構えて交わされる会話。二人の間に流れる緊迫した空気を際立た ﹁言ってくれる。一夏、今日こそは私が上を行かせてもらうぞ﹂ えよう。その上で、勝つのは俺だ。そしてボーデヴィッヒにもな﹂ ﹁違いない。││良いだろう箒。それがお前の望みだというなら、俺は素直にそれに応 だって同じ穴のムジナだ﹂ ﹁それはきっと、良い先達に鍛えられたからだろう。それに、頑固者という点ならお前 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 869 ﹂ ││時はほんの少しだけ遡る。 ﹁はぁっ ﹂ ! ﹁舐めないで ﹂ ! ﹂ こまで深く潜り込まれたらショットガンを使うわけにもいかない。そもそもとしてま だがラウラはすぐに身を捻りシャルロットの左側面から懐に潜り込もうとする。そ ﹁ふんっ き揉めばそれはそれで多数の弾丸を相手に集中させる大ダメージを期待できる。 弾丸を拡散させる性質上、面攻撃に用いる物としてのイメージが強いが、近距離から叩 空いた右腕にショットガンを展開し、近距離から叩き込もうとする。ショットガンは ! いでいた。 として武器としての側面を徹底強化され腕部装甲に取り付けられた電動鋸だ││を防 レーゲンの基本装備の一つである腕部一体型の回転刃││つまるところISの兵装 シールドでラウラの攻撃を防ぐ。 間 近 で 響 く 不 快 な 金 属 音 に 顔 を 歪 め な が ら シ ャ ル ロ ッ ト は 左 腕 に 取 り 付 け ら れ た ﹁ぐぅ !! 870 ともな攻撃を加えることすらできない。仮にできるとすれば、一夏並みに卓越した近接 戦闘技術を持っている場合のみだ。 そしてラウラは現役の軍人だ。一夏と比較してどれほどかは定かではないが、こうし た 密 接 状 態 で の 相 手 の 制 圧 術 に も 相 応 の 心 得 が あ る こ と は 想 像 に 難 く な い。シ ャ ル ロットとてその手の訓練は受けてきたし、人並み以上にできる自信はあるが、それがラ ウラを封じることができる保証はない。ならばこのままラウラを迎え撃つというのは 愚策と言っても良いだろう。 ﹂ !? フラッシュグレネード シャルロットが放ったのはいわゆる閃光手榴弾である。テロ鎮圧などで警察機関や てきた。 持っていく。直後に軽い破裂音と共に目を庇うようにした腕の隙間から強い光が溢れ 張った。それが何なのか理解するとほぼ同時に、反射的に顔を庇うように両腕を前面に シャルロットの懐に潜り込もうとしたラウラは目の前に落とされた物を見て目を見 ﹁む トの掌中に現れ、それを一度強く握るとあっさりと手放した。 た物を取り出す。ラピッドスイッチの恩恵により握り拳大のソレは直ちにシャルロッ そんな小さな掛け声と共にシャルロットは量子データに変換して機体に格納してい ﹁えい﹂ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 871 軍隊も使用する、既に業界におけるベテランと言って良いくらいに古くからある極めて シンプルな兵器だが、このようにして相手の行動を阻害するという点では時代が進んだ 今でも十分な役割を果たしてくれる。 ラウラの動きが止まったのを見ると同時にシャルロットは距離を取る。事前に使用 する閃光手榴弾の光はISの視界補助機能で緩和するように設定してあるのでラウラ のように自分の視界を庇うことなく次の行動として両手に展開した二丁のマシンガン の銃口をラウラに向け即座に引き金を引く。秒間で十を優に超える多量の弾丸が二つ の銃口から一斉にラウラへと殺到していく。だが、その悉くがラウラのレーゲンのシー ルドを削ることなく空中でその動きをピタリと止めた。 うにソレを通して見る光景を歪ませながら無数の弾丸の前に立ちはだかり、その全てを 展開されたAICのフィールド膜が透過する光を屈折させることでまるで水面のよ 開だった。 いう機体の兵装の傾向を鑑みればこうするのが適切と判断しての前方へのAICの展 な攻撃が来るのかという仔細までは図りかねたが、それでもラファール・リヴァイブと よってできた隙をシャルロットが突いてくることを予測していた。さすがにどのよう 忌々しげにシャルロットがその絡繰りの正体を呟く。視界を庇ったラウラはそれに ﹁AIC⋮⋮﹂ 872 無力化した。そしてAICの解除と共に役目を果たせなかった弾丸が金属音と共に地 面に落ちる。 ん、部屋じゃあんなに可愛いのに、やっぱりこういう時は普段と違うんだ﹂ ﹁まぁそうそう通用するとは思ってなかったけど、やっぱりやるね。ボーデヴィッヒさ ﹁望むところだ。なら私は勝利と共に美酒の代わりにそのココアを貰おうか﹂ 貰うよ﹂ ﹁ふふ、ありがと。今度美味しいココアを淹れてあげるからね。││けど、この場は僕が る﹂ 私の知る限りではラファール使いとしては紛れもない指折りだ。それを、どうして侮れ ファールの高い評価は私とて聞き及んでいる。そしてシャルロット・デュノア。お前は ﹁面 白 い こ と を 言 う。だ が、笑 わ な い ぞ。第 二 世 代 だ か ら と 言 っ て 侮 り も し な い。ラ らね﹂ シュヴァルツェア・レーゲンに勝ったとなれば、僕の評価もグンとアップするだろうか だよ。けど、やっぱり勝ちたいんだよねぇ。それに、現状EUの統合プランの最右翼の ﹁ごめんね。僕もね、ボーデヴィッヒさんのことは嫌いじゃないんだ。むしろ好きな方 のような手管を見せられると正直複雑な気分だ﹂ ﹁そういうお前も中々賢しいな。正直、日頃の寮でのお前の助力には感謝しているが、こ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 873 互いに言葉と共に交わすのは笑みだ。だが、それは日頃寮で交わすような穏やかなも のではない。互いに相手に対して親愛の念を持ちながらも、それに構うことなく打倒せ んとする強い闘志を秘めた戦士のソレだった。 れ わ れ ? 確かにISは極めて高い個として独立した戦力を有しうるが、現状世界のどこを見て タッグ方式を提案したのは他でもない千冬だ。 管 制 室 で 千 冬 は こ め か み を 指 で 押 さ え な が ら 呟 く。今 回 の ト ー ナ メ ン ト に お け る ﹁⋮⋮あいつら、これがタッグ戦ということを忘れてないか ﹂ 組が言葉を交わし終えて再度激突したのはほとんど同時のことであった。 そしてシャルロットとラウラもまた激突を再開する。奇しくも離れた場所で戦う二 させてもらうよ。さぁ、よからぬことを始めようか﹂ とかBT兵器とか、そんなオシャレなものはないからね。あの手この手で、勝って満足 ﹁オッケー。そっちがその気なら僕だってお構いなしだよ。僕のラファールにはAIC る。ドイツの黒ウサギを舐めるなよ。黒ウサギは、狩る側なのだ﹂ わ ﹁来い、シャルロット・デュノア。私とシュヴァルツェア・レーゲンの力を叩き込んでや 874 もISが単騎で動く場面など殆ど無い。そういった点を鑑みて将来の操縦者育成を担 う学園としても早期の内に他者と連携してのIS操縦の習熟を深めるべしと、そのよう な旨を主として提言したのだ。 そして、過日に古い知り合いより渡された一つの資料もまたこの提案における大きな ファクターになっているのだが、それは千冬の胸に留まるのみになっている。 どもというわけか。まったくこれだから⋮⋮﹄ ﹁そういうのを踏まえた上で然るべき連携を取るのが望ましいが、まだまだ未熟なガキ 人志向の強い性格をしていますし﹄ ﹃特に織斑くんとボーデヴィッヒさんがそうですよね。二人とも、どちらかと言えば個 留まることが危険と判断された生徒の回収や非常時への対応にある。 機しているのだ。その主な仕事は試合中にシールド残量が尽きるなどしてアリーナに 事柄への対応のために教師陣に割り当てられたラファールの一機に乗り込みながら待 ピットとは別のアリーナと建物をつなぐ通用口の中でトーナメント期間中の諸々の いない。 抗戦では管制室でモニタリングを請け負っていた彼女だが、今回に関してはこの場には そう通信越しに声を掛けてきたのは真耶だった。一夏とセシリアの決闘やクラス対 ﹃いやぁ、でも、状況を見ると何となく納得できちゃうんですよね∼﹄ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 875 それに会話ログから察するに、この状況は篠ノ之さんとボーデヴィッヒさん ﹃あ、あはは⋮⋮。でもまだ一年生ですし思いきりやらせてあげるのも良いんじゃない ですか のペアの立てた作戦のようですし﹄ ? ﹄ ? ては剣の道における同門の後輩、二人と千冬の間にある繋がりはそれなり以上には深 織斑一夏、篠ノ之箒。片や実の弟であり片や旧知の友人の実妹、そしてどちらもかつ 教師として、かつてのIS乗りの勇としての客観的視点から千冬はそう評価を下す。 早々倒れはしないだろうが、あれでは倒すのは厳しいだろうな﹂ か ら な。先 ほ ど も そ う だ。確 か に 直 撃 を 免 れ こ そ す れ、防 御 で 手 一 杯 だ っ た だ ろ う。 篠ノ之が挑もうとしているクロスレンジにおける織斑の技量はアレでも確かなものだ ﹁あぁ。特化分野は当然として、トータルパフォーマンスでも機体性能に差がある上に、 ﹃やはり、篠ノ之さんの方が不利ですか そうだな。さて、篠ノ之はどこまで織斑のやつに食い下がれるか⋮⋮﹂ ﹁まぁ大胆という点についてはアレの身内に更に突き抜けたのがいるわけだが、確かに 織斑くんにこんな形で一騎打ちだなんて、大胆なことをしますねぇ﹄ ﹃結局のところ、どう戦うかは生徒たちの自由ですからね。それにしても、篠ノ之さんも 無いことか﹂ ﹁仮にそうだとして、私情が過分に含まれているのが問題なのだが⋮⋮今更言っても詮 876 い。それゆえ彼女は二人のことを個々の腕前も含めよく分かっており、分かっているか らこそこうやって客観的な評価を出せるのだ。 ﹄ ア レ ﹃そ う い え ば 篠 ノ 之 さ ん は 二 年 の 斉 藤 さ ん に 沖 田 さ ん と よ く 訓 練 を し て い た そ う で す が、それもこのためでしょうか ? その内の三人が、先に千冬が挙げた初音、司、楯無の三人というわけである。 そんな中で一夏と対等以上に渡り合うことが堅実視されている者が少数ながら居る。 下している実績が教師陣の多くにそのような感想を抱かせていた。 ての以前から積み重ねてきた技量をフィードバックさせた戦いで既に二人の候補生を もちろん何かしらの目に見える形でそうした結果が出たわけではないが、IS乗りとし スレンジでの格闘戦となるとその数は途端に減るどころか、殆どいないに等しくなる。 総合的に一夏を上回るものなど学内にはいくらでも居る。だが、彼が得意とするクロ 迫るほどにだ。 ては非常に高い。それこそ名実ともに全校生徒の頂点に君臨する生徒会長更識楯無に と際立ってはいないが、実技における評価は特に一夏も得意とする近接戦闘の面につい 初音も司も二年の中では確実に優等生と言える部類に入る。座学の成績は上の中程 いは更識あたりでも引っ張ってくるしかないな﹂ ﹁あの二人か。まぁ確かに本気で一夏を剣でどうにかするのであれば、あの二人か、ある 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 877 ﹁いずれにせよ、篠ノ之にとっては良い起爆剤になっただろう。織斑のやつも、まぁ元々 あぁいう気質だ。放っておいても勝手に自分でどうにかするだろう。そこまで、私たち ﹄ ﹂ がとやかく言う必要もあるまい。山田先生、現場は頼むぞ﹂ ﹃了解です ﹁ぐっ、くぅっ ﹁⋮⋮﹂ 中での認識を更新したうえで次の手を講じた。 だにしなかった守りに驚いたが、すぐにそれくらいはできるようになっていると自身の ただ冷静な眼差しで箒を見据えながら、無言で攻撃を加えていく。初めこそ箒の予想 ない。 る一夏の攻撃は決して変則的であったり奇をてらったような動きをしているわけでは 唐竹や袈裟といった基本的な攻撃の連続の中に時折徒手空拳の攻撃を織り交ぜてく で荒れ狂う一夏の攻撃に耐える。 苦悶に表情を歪めながらも箒は決して刀を取り落すまいと柄を強く握りながら眼前 !! ! 878 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 879 先の攻防においても一方的に攻撃を加える一夏と、それを懸命に防ぐ箒という構図 だった。これでもっと準備期間が、凡そ倍くらいはあればどうにかなったのだろうが、 今の時点での到達度では守りに徹することで精一杯らしい。 そしてその守りにしても様子から察するに完全とは言い難い。そもそも今の時点で も既にあちこちに守りの綻びを見つけている。繰り出す攻撃は全てそこを突いている。 そしていずれは破綻が訪れるのは想像に難くない。その時に、一気に勝負を決めれば良 いだけの話だ。 果たして今の状況を観客たちはどのように見ているだろうか。クラスメイト達はど んな感想を抱いているだろうか。そんなことをふと一夏は思った。 上段からの斬り下しを箒の刀が受け止める。刃同士の接触からすぐに一夏は蒼月の 刀身を滑らせて鍔迫り合いのような形を取りながら箒との距離を詰める。そのまま蒼 月の柄を握る両手の内、右手だけを離して貫手の形を作り真っ直ぐに頸部へと突き進ま せる。 古くから国内有数の企業として名を馳せている大亜重工が開発した特殊カーボンを 使用したブレードマニピュレーターはただ撫でるだけで鋭利な刃物で切り付けるのと 同等の効果を発する。勿論のこととして刃にあたる部分の収納機能もついているが、今 の白式は迂闊に人体に触れるべきではないものになっている。 それを明確な相手への害意を持った凶器として突き立てる。必然、威力は押して然る ﹂ べしというものである。 ﹁うっ ﹁ガハッ ﹂ そして箒の顎に柄を叩き込みながら、腹部に膝蹴りを叩き込む。 好 機 と 見 た 一 夏 は 再 び 刃 を 滑 ら せ な が ら 左 の 順 手 で 持 っ て い た 柄 を 逆 手 に 持 ち 帰 る。 そして半ば無理な姿勢の回避を行ったことによって箒の体が僅かに崩れる。それを た指が火花を散らしながらシールドをこすれ合いその残量を僅かながらだが減らす。 らか、何とか首を横に逸らして直撃をかわす。だが完全に回避することは叶わず、掠め は言え紛れもない人体の急所である頸部を狙っているということへの直感的な恐怖か 箒は白式の手の仕込みを知らない。だが迫りくる貫手がシールドに守られていると ! 月のクリーンヒットを叩き込むにはあまりにも最適な間隔だった。 膝蹴りによって箒の体は後退し、一夏との間に僅かな間ができる。そしてその間は蒼 きれずに息を強く吐き出す。 実質的に生身の喧嘩で思いきり腹を殴られたに等しい衝撃が箒に襲い掛かり、こらえ によってその効力が薄まるクロスレンジでの一撃だ。 シールドで直接的な外傷は無いとはいえ、衝撃は通る。ましてやシールド同士の干渉 ! 880 膝蹴りから姿勢を素早く整えなおすと同時に一夏は蒼月の柄を再び両手で持ち、横薙 ﹂ ぎの一閃を振るう。だがその一刀は空を切る。ほとんど反射に近い形だが、箒が打鉄の スラスターを吹かして宙に逃れたのだ。 ﹁空に逃げるか。だが、ISの空戦機動だってお前になら負けるつもりはないぞ かそれなりのものになってきている。 としても未だ習熟に不完全なところはあると自認しているが、それも練習の甲斐あって 宙を舞いながら斬りつけるのは地に足をつけての剣術とは勝手が違う。ゆえに一夏 比べて明らかに精彩を欠いていた。 込ませることで直撃は免れるが、その捌き具合は受けたダメージの影響か先ほどまでと これもまた箒は防ごうとする。どうにかして持っていた刀を蒼月と自身の間に割り 月で斬りかかる。 力強く地を蹴って一夏は白式を飛翔させる。そのまま箒へと一直線に向かい、再度蒼 ? それを振るうのに今の消耗した箒は格好の獲物だった。獅子は傷つけ弱らせた獲物 を子の狩りの練習台にすると言う。まさしくその理論だ。 ﹂ ! 全身を使う。上下左右縦横無尽に機体を奔らせながら一撃一撃を叩きつけるように斬 気合いの一喝と共に連続で斬りかかる。空中での斬り合いは地上と違って文字通り ﹁はぁっ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 881 りかかるのだ。 先ほどまでと比べて全体的に大ぶりの攻撃になるが、その分だけ一撃の重さは増して いる。そして常にほぼ真正面に一夏が居た地上での斬り合いとは異なり、空中というほ ぼ無制限のフィールドの特性上、箒は視界から瞬間的に一夏を失うことがしばしばあ り、それが対応の遅れに繋がる。 結果として、宙に逃れてもなお箒の劣勢は変わることが無かった。 みろ あるのならばいつ出すんだ ﹂ 今だろう ﹂ ! ! いる。 ! 猛攻に耐えながらも箒は歯を食いしばって機を待っていた。 ︵違う、まだ⋮⋮まだだ⋮⋮ ︶ か、一夏の攻撃の間隔が徐々に短くなっていき、同時に一撃の威力もまた増していって そんな悔し紛れの言葉しか返すことができない。空中での機動に慣れが出てきたの ! ! ﹁言って⋮⋮くれるっ⋮⋮ ! ! ﹁どうした箒 このまま守りに徹しても勝てはしないぞ 何か手があるなら見せて 882 初音と、そして司も交えての特訓は紛れもなく自分を向上させたという自覚があっ た。だが、こうして実際に本番になって対峙してみて理解した。未だに、自分は一夏に 及ぶレベルではないということを。 おそらく一夏に勝てる確率は限りなく低いだろう。それこそ、誰もが度肝を抜くよう ︶ な大番狂わせでも起こらない限りは一夏の勝利はほぼ確定的と言える。 ! ていたのだ。それをここまで耐え抜いた。打ち込んだ攻撃の数など優に百を超えてい た。出力というものにセーブをかけてこそすれ、その中で一夏は本気で箒を倒そうとし 箒はよくやったと思う。全力、とは言い難いが手を抜いているつもりは一切無かっ 謐さを保っている。 の展開への驚きから来るざわめきも既に消え失せ、鏡のように空を映す湖面のごとき静 怒涛のような苛烈な猛攻を加えながらも一夏の心は冷めていた。開始直後の予想外 ︵ふむ⋮⋮︶ 初音に司との特訓は、唯一その報いる一撃を成功させる可能性を箒に与えていた。 くない。せめて一撃報いる、それくらいはしないと箒の意地が許せそうにない。そして 仮に負けるのがほぼ確実だとしても、ただ一方的にやられて負けることだけは認めた ︵それでも⋮⋮ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 883 る。ひたすら守りに徹していたゆえに帰結とはいえ、多くの同級生たちならばとうに倒 れていただろう。 そうならなかったのは紛れもない箒自身が出した明確な成果であり、同じ一学年の中 でも実力に明確な隔たりを持っている専用機持ちのソレと比しても遜色のない戦果 だった。それを一夏は素直に称える。 ︵こいつ、基本クソ真面目だからなぁ⋮⋮︶ だがそれは一夏のやり方であって箒のやり方ではない。 問題は無い。何より一夏自身の戦いへの臨み方がそれなのだ。 してテンパらずに打っていく。そうして何より、その駆け引きそれ自体を楽しむ。何も 法と言える。常に相手の技を、手を、戦術を吟味し自分はそれに対応した堅実な手を決 別に考えながら戦うということそれ自体は何も問題はない。むしろ至極真っ当な手 和感を感じさせているのだ。 戦っているのだろう。太刀筋からある程度は読み取れる。そこだ。そこが何よりも違 きっと箒はあれこれと考えてきて、そして今もどうにかしようと考えながら自分と た。 認めるし、褒め称えもする。だが釈然としないものを感じているのもまた事実だっ ︵だが、やっぱり違うんだよなぁ︶ 884 箒の気質は正しく堅物と言って良い。そこが一夏もそれなりに気に入っている長所 であると同時に、短所なのだ。おそらくは、指導をしてくれた上級生の教えをそのまま 律儀に実践しているのだろう。 さして興味を向けなかったため分からなかったが、ここまできてようやくその上級生 に目星がついた。自分同様に心を落ち着かせ地に足を付けながら、守りを疎かにしない 戦い方。そして後輩に指導を施し実力の底上げを、それこそ自分とまともにやりあえる までにできる実力の持ち主。ついでに言えば箒が指導を頼めるくらいにはそこそこ近 い関係。思いつくのはただ一人だ。 して良いことではない。曲がりなりにも古い付き合いがある者として、何よりそれを理 だ少しだけ、相性の悪いところがあったというだけのこと。そしてそれは、決して看過 したという結果を見れば、彼女が行ってきたことはそのほとんどが間違いではない。た 言うなれば、ほんの少しだけ巡り会わせが悪かったのだろう。ここまで箒が腕を伸ば している節があるゆえに多少は致し方なしな部分もあるのだが。 ているが、彼女は輪を掛けている。もっとも、自分の場合は本質的に攻撃こそを至上と ろう。自分とて基礎の積み重ねや防御に始まる﹁やられない﹂ための地盤固めは重んじ あの上級生のことだ。どうせ口を酸っぱくしてまず守りを固めろとでも教えたのだ ︵斉藤先輩、だよなぁ︶ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 885 解してしまった武の道の先を行く者として。 締めに取り掛かろうと、まるでコンビニに行くことを思いついたかのような気楽さと 共に、一夏は箒の完全な打倒を決意した。 ﹂ その後で、少しばかりの老婆心で自分からも手心を加えてやれば良いのだ。 ﹂ ! かってきていることを察した。 がり切った呼吸と共にほとんど反射で何とか直撃を避けながら、箒は一夏が決めに掛 斬撃が今まで以上の苛烈さを持って怒涛のように箒を押し潰し切り刻もうと迫る。上 唐竹、左右の横薙ぎ、袈裟、逆袈裟、左右切り上げ、剣術の基礎である八方向からの せたと思ったその矢先に、巻き上がった土煙を吹き飛ばしながら一夏が迫る。 痛みに耐える間もそこそこに箒は直ちに体勢を立て直す。どうにか致命的な隙を消 ﹁ぐぅ 落される運びとなった。 必然、それまでとは一転するように重さを増した一撃に箒は打鉄ごと再度地へと叩き えていた。 除することで重力の影響を受けることになった白式はその分の重さを蒼月の一刀に加 一喝と共に上空から叩きつけるように蒼月を振り下ろした。落下の瞬間、PICを解 ﹁いぇあっ !!! 886 間違いなくこれまで以上の一撃が近くに迫っている。そしてそれを通したが最後、後 は一方的に蹂躙されて敗北を喫するだろう。 刻一刻と迫る勝負の分水嶺へのカウントダウンを前に、しかし箒の心には一抹の光が あった。何故なら、勝負の分かれ道と全く同時に、ようやく一矢報いる機会が見えたの だから。 ││彼の剣はどちらかと言えば王道。けれど邪剣。相手を追いつめながら、ここぞと 言う時に確実に止めをさせる一撃を狙うタイプ。││ ︶ 教えを授けてくれた上級生は一夏の剣をこう評した。 ! ほとんどこちらが守勢に回っていたためよく分からなかったが、きっとそうなのだろ 固めている。││ ││彼は防御だって甘くは無い。むしろ、一見攻撃重視に見えてあれで防御はかなり 回目の太刀だっだ。本当によく持ちこたえたと思う。だが、それもここまでだ。 左上から右下にかけての斬り下しで箒の剣が大きく弾かれた。数えること百と十三 ︵終わりにしよう、箒。今、この時は、俺の勝ちだ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 887 う。 ︵勝機 ︶ ﹁うあぁぁぁぁぁぁああああああ ﹂ ている時だけ、もしかしたら薄まった守りを付けるかもしれない。││ ││タイミングはただ一つ。彼が、止めの一撃を打つ時。攻撃に意識の大半を集中し いう意味では、まさしく決着の一撃だ。 いが、決まれば後はそれを皮切りに一方的に自分が攻めたてて終いとなるだろう。そう 蒼月の刃は吸い込まれるように箒へと向かっていく。これで削り切れるとは限らな を見据える。 弾かれた刀を握る手に思いきり力を込めた。歯を食いしばり、迫りくる幼馴染の凶刃 ││けど、少しだけその守りが薄れることもある。││ 完全に空いた胴の真ん中目がけて両手で握る蒼月を思いきり振り切ろうとする。 !! !!! 888 ﹁なにっ ﹂ ここしかない ︶ !! ﹂ だ、自分の一撃を通すことだけに全霊を集中させる。 もはや後先何も考えずに箒は前へ進む。迫る一夏の太刀への守りなど考えない。た ︵ここだ の大きく隙を作った状態からはとても信じられない、キレのあるものだった。 一夏は目を見張った。最後の最後で、箒が雄叫びと共にこちらへ踏み込んできた。あ !? ! !!! ︵認めるしかない 箒のやつ、これを狙っていたか ︶ !! 末転倒であり、何より恰好がつかない。 ことは厳しい。無理をすればできないこともないが、それで余計に大きな隙を作れば本 もはや完全な攻撃としての動きを取っている以上、それを急激に守りへと転じさせる 初音の入れ知恵があった結果だろう。だが、それを今更どうこう言うつもりはない。 十中八九箒だけで思いついたことではあるまい。間違いなく箒を手助けしただろう ! そうして厚みを欠いた守りの意識という壁を箒は突き崩そうとしてきているのだ。 隅に置いていた。だが、この決め手を放つ一瞬だけ、その意識が薄らいだのだ。 撃を加えてきた中で一夏は常に何が起きても対処できるように守りの意識を思考の片 怒声と共に一夏が蒼月を振り抜く。箒の狙いは既に見抜いている。これまで箒に攻 ﹁舐め、るなぁああああ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 889 ﹃攻撃は最大の防御﹄という言葉がある。そう、圧倒的攻め手で以って倒してしまえば相 手の攻撃などもはや無為に帰す。ならばその先人が生み出した言葉に従って、その試み ごと箒を打倒するのみだ。 爆発的に膨れ上がったプレッシャーが箒の本能的な恐怖を痛いほどに刺激してくる。 ﹂ だがここで臆して動きを鈍らせるわけにはいかない。もう、後には引けないのだ。 ﹁と、ど、けぇぇぇぇええええええええ ﹂ !! 射音や銃器の砲火の炸裂音が響く中、その激突を伝える甲高い金属音だけはアリーナ全 二人の影が交差する。上空ではシャルロットとラウラの交戦によるスラスターの噴 賜った教えをそこへ載せていた。 も言える剣道の積み重ねを載せてきたのと同様に、一夏もまた誰よりも尊敬する師より 通る切り上げだ。それ自体は一見ありふれた一太刀に見える。だが、箒が自身の根幹と 咆哮と共に一夏が放つのは箒の刀を弾いた一刀から繋げた右斜め下から胴の真芯を ﹁おぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお てきた人生の中でたった一つ、手放さずに持ち続けたものだからか。 ている余裕などない中でそれを無意識に選んだのは、それが大きなうねりに振り回され いつの間にか慣れ親しんだ剣道の打ち込みの形を取っていた。もはや技の選択をし !!!! 890 体に澄み渡るように響き、その瞬間だけ衆目をそこへ完全に集める結果を齎した。 そ し て 刹 那 の 交 差 は 互 い が 互 い の 横 を す り 抜 け る よ う に 駆 け る と い う 形 で 終 わ る。 ﹂ 背を向けあう一夏と箒、先に結果である反応を動きで示したのは箒だった。 ﹁ぐぅっ⋮⋮ むしろ能面のような無表情を形作っていた。 自分が勝った側であるにも関わらず、微塵も喜ぶような素振りは無かった。その表情は そしてそれだけのダメージを与えた一夏はと言えば、明らかに先のやり取りにおいて 身の腕の肉を打ち、骨を軋ませていた。 撃は箒が駆る打鉄の左腕装甲の一部に罅を入れ、更に深く通った衝撃がその奥にある生 がその分の全てを請け負っていた。シールドエネルギーの残量を削りなおも貫いた衝 苦悶の呻きと共に左腕を抑えて箒は蹲る。胴への直撃は免れた。だが代わりに左腕 ! リーナ各所のモニターが示していた。 まで減ることのなかった白式のシールドエネルギーの残量が僅かに削れたことをア ロットとラウラ、管制室や待機所の教師陣、そして観客の全てに伝わる形として、それ あった。あの交差の刹那に何が起きたのか、一夏自身だけでなく離れた場所のシャル 無 言 の ま ま 一 夏 は 左 手 を 自 身 の 左 頬 に 添 え る。そ こ に は 僅 か に 痺 れ に 近 い 感 覚 が ﹁⋮⋮﹂ 第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁 891 第二十三話 発露する兇武、その一端 一夏と箒の交差、その結果は一件すれば目立って特別なものではない。 二人のIS乗りが激突し、実力的に大きく上回っている一夏が箒に軽くないダメージ を与え、箒の側の結果はと言えば運よく少しだけ、精々が薄皮一枚程度に相手を削った 程度。傍から見ればそんなごくありふれた展開であり、事実として観衆の大多数の反応 に特別なものは何も無かった。 ﹂ だが││ ﹁マジで ウラについて、シャルロットは意外そうに、ラウラは感心するような吐息を漏らす。 当事者二人からやや離れた場所で回転刃と楯の拮抗を繰り広げるシャルロットとラ ﹁ふむ﹂ ﹁へぇ⋮⋮﹂ ターで試合を見ていた鈴とセシリアは互いに驚くような反応を示す。 この試合のすぐ後に控える自分たちの試合のために別の更衣室で待機しながらモニ ﹁なんと、まぁ⋮⋮﹂ ? 892 ﹁ねぇ、今のってさ、篠ノ之さんが織斑くんを削ったんだよね ﹁そうよね。それも、剣で⋮⋮﹂ ﹂ ? によって、大小程度の差はあれどダメージを受けている。 スーザン、四組の簪との戦いにおいてはアサルトライフルなどを始めとした各種銃火器 を 受 け た。鈴 と の 戦 い で は 衝 撃 砲 が 主 と し て 一 夏 に ダ メ ー ジ を 与 え て い た。三 組 の セシリア戦においてはブルー・ティアーズのライフル、及びビットによってダメージ ルギーを削られていた。だが、ここでのポイントはその削り方にあるのだ。 抗戦の各試合、それら試合においても一夏は当然のことながら少なからずシールドエネ 一夏が行ってきたIS戦でも主なものとして挙げられる最初のセシリア戦、クラス対 たそうだということだ。 も、そして今現在アリーナで戦っている四人も、誰も例外ではない。つまり、一夏もま それはこの観客席の生徒たちも、更衣室で待機しているシード決定戦の参加者四人 えて考慮から除外する。 も削られることなく相手を完封するという場合もあるが、それは極稀な例であるためあ る。IS同士の戦いはすなわちシールドエネルギーの削り合いと同義だ。中には微塵 観客席では一組の生徒たちが集まっているエリアのそこかしこからどよめきが上が ﹁あたし、ちょっとビックリしちゃってるんだけど﹂ 第二十三話 発露する兇武、その一端 893 ・・ だが、近接装備でダメージを受けたことは一度も無いのだ。 近接装備を使う者など一夏が戦ってきた一年の中を見てもいくらでも居る。専用機 持ちにしても凡そ全員が各々のISに装備をしている。だがそれでも居ないのだ。短 剣で、戦斧で、槍で、刀で、細剣で、一夏にダメージを与えた者は誰一人として。 候補生クラスの者を以ってしても堅牢な守りに防がれ、逆に斬られ削られていく。そ の実績こそが一夏をこの入学して程ない段階でありながら一年生最強剣士の評価を確 たるものにしていたのだ。 その一夏が初めて剣でダメージを負った。その事実に比較的IS乗りとしての彼を 知っている候補生たちと彼が属する一組の生徒たちは驚きを隠せずにいたのだ。 そして驚きなり感心なり、何がしかの反応をした者は他にも居た。 ﹁ほぅ、篠ノ之のやつめ。どうして随分と気張ったじゃないか﹂ い 基本。無論、その練度は公正に評価するが、今ばかりはそれを抜いた篠ノ之を認めるべ ちらは一度斬られればほぼそれで終いだ。そうならんように守りを固めるのは基本の ﹁そうだな。奴の近接戦の基礎は全て今日日まで培ってきた武芸にある。ISと違いあ しょうか﹄ や、近接戦の織斑くんの固さも相当ですけど、ここはやはり篠ノ之さんを評価すべきで ﹃そうですねぇ。織斑くん、近接戦でダメージ受けるのはこれが初めてですよね ? 894 きだな﹂ ﹃そうですよね。いやぁ、これはポイント高いんじゃないですか ﹄ ? ﹄ 間違いなく千冬は箒を褒めていた。だが、続けてすぐに飛び出した厳しい言葉に真耶 ﹁さてどうだか。それに評価はするがそれも今だけだ﹂ は一瞬言葉を失った。 ? あぁ、そう大したことではないさ。考えればすぐに分かることだが││﹂ ﹃あの、それはどういう ﹁ん ? ﹂ ﹁ん∼、篠ノ之ちゃんは間違いなく頑張ったんだけどねぇ。やっぱこれだけじゃ厳しい もあるがそれ以上にやはり自分たちが手ほどきをした後輩の活躍が気になったのだ。 一夏の白式が改修を行ったという噂は彼女らも聞きつけており、それが気になったの 合に備えていた初音は司と共にモニターで一夏らの試合を見ていた。 場所は離れて二年生のトーナメントが行われているアリーナ、その更衣室の一角で試 しいか﹂ ﹁あそこまで追い込まれて、それで一矢報いても薄皮一枚削っただけ⋮⋮。やっぱり厳 第二十三話 発露する兇武、その一端 895 ? ﹁当たり前。あそこまで追い込まれて、そこでやっと相手の守りが薄れた所に捨て身の 特攻。それで結果は薄皮一枚。結果だけは評価できるけど過程も見れば最初の一回だ け。毎度この調子じゃとても。仮に成績にプラスされるとしても、せめて安定して立ち 回れるようにならなきゃダメ﹂ 捕捉した野獣のように光った。 親友の励ましに初音は素直に礼を言う。それを聞いた瞬間、ギラリと司の目が獲物を ﹁司⋮⋮すまない﹂ られていたかもしれない。だからさ、初音のやったことは全然無駄じゃないよ﹂ 初音が、私が何も教えなければもしかしたら文字通り手も足も出ずにあっという間にや ﹁けどさ、それでも篠ノ之ちゃんがあそこまでやれたのは間違いなく初音のお蔭だよ。 そんな親友の姿を司は温かい目で見る。 そ こ ま で 箒 を 持 っ て い く こ と が で き な か っ た 自 分 の 至 ら な さ を 初 音 は 気 に し て い た。 あり、おそらくはそこまで決して至れないというビジョンが明確に予測できたために、 になって教えた間柄だ。せめて良い結果を出してほしいと思うのが人情というもので ポツリと呟かれた初音の言葉には僅かな後悔の色があった。短い期間とは言え親身 ﹁⋮⋮せめてもう少し時間があれば良かった。少し、悪いことしたかも﹂ ﹁手厳しいねぇ﹂ 896 ﹁あぁんもう 初音は可愛いなぁ ﹂ このこのぉ り心地の良い桃ちゃんを二つも持っちゃって ! お、ま、け、にぃ、こんなにさわ ! おぉっととっ ! ﹁⋮⋮ふんっ﹂ ﹁おろ ﹂ 初音は小刻みに体を震わせながらこめかみをひくつかせる。 した両手で年相応の発育を示している初音の胸を鷲掴みにする。そんな親友の所業に 初音の後ろに立っていた司はそんなことを言いながら初音の背に抱きつき、前面に回 ! ! 目を向けた。 本当にその気があるのか怪しい謝罪を口にする司を一瞥すると、初音は再びモニターに 面に叩き込もうとするが、それを司は軽やかなステップでかわす。メンゴメンゴなどと 素早く司の腕を振り解いた初音はそのまま体を回転させて上段回し蹴りを司の横っ ? ﹁⋮⋮そうだね﹂ れでも、一撃を受けたのは間違いない。本番は││ここから﹂ ﹁手負いの獣ほど恐ろしいと良く言う。今の彼は、まだ手負いというほどじゃない。そ 面持ちでモニターを見る。そして無言の視線でもって初音のその言葉の意味を問う。 真剣みを帯びた声音に、司も浮かべていた笑顔をすぐに消し去って初音同様真面目な ﹁けど、これは少しまずいか⋮⋮﹂ 第二十三話 発露する兇武、その一端 897 親友の言葉の意味するところを察した司は静かに同意する。そして心の内で自分た ちが教えた後輩にささやかなエールを送るのであった。 そして最後に、この展開を興味深そうに見つめる者がもう一人、観客席の中でも一際 高い位置に用意されたVIP席用のブースに居た。 思えば自分も彼らくらいの年の頃には学生生活以上に兄弟子との修行に夢中になっ い、この学園は面白いですね。千冬が気に入るのも分かるというものです︶ は精々が学生剣道の全中チャンプという程度ですが、随分と面白い。以前の彼女とい ・・ ︵篠ノ之箒、報告によればかの篠ノ之博士と血縁である以外はごく普通の少女、特記事項 ちらりと、今度は一夏から箒へと視線を移した。 ︵そして││︶ を得られる行動を行える能力の持ち主であるが故に、彼女がこの場に派遣されていた。 その警護と、そして何かしらの非常事態が起きた場合には日本国にとって最大限の利益 そ う 浅 間 美 咲 は 思 考 の 内 で 呟 く。こ の V I P ブ ー ス に は 日 本 の 官 僚 も 訪 れ て い る。 うべきでしょう︶ らばやはり評価できますね。そこのあたりは流石、兄さんが認め手塩に掛けた弟子と言 ︵彼の手並みについては概ね予想通り。とはいえ、やはり純粋にIS乗りとしてみるな 898 ていた。それはそれで大事な経験であるしそのことに微塵の後悔も無いが、こういった ﹂ 面白い光景に出合えるのであればもっと学校と言うものを満喫していても良かったか もしれない。 ﹁浅間くん﹂ けてきた。 ? 良いながら、唇を妖艶な三日月形に歪めた。 ﹁ですが、きっと面白いものがみれると私は期待していますわ﹂ そこで美咲は一度言葉を切った。 │﹂ の試合、例えばあの彼とその相手の彼女の勝負は確実に彼の優位でしょう。ですが│ ような番狂わせが起きるのか。時として我々の予想を超える展開があるものです。こ ﹁このようなことを申しても今更でしょうが、勝負の世界は水物です。何が起きてどの 形の良い顎にほっそりとした指を添えながら言葉を吟味する。 ﹁そうですね⋮⋮﹂ この試合﹂ そこで美咲のすぐ傍の椅子に座る、彼女の護衛対象となっている防衛省幹部が声を掛 ﹁はい、何でしょうか ? ﹁率直に問うが、君の目から見てどう思うね 第二十三話 発露する兇武、その一端 899 を鳴らす。だがその一瞬前に一夏は後方にバックステップで下がる。直後、一夏の元居 淡々と事実を確認するように一夏は呟く。ふいに白式のOSがロックオンアラート ﹁そうか、削ったか。箒、俺に剣で手傷を与えたか﹂ らている打鉄の刀を見遣る。 を見せない瞳でこちらを睨みつけてくる箒を見据える。そして、押さえている左腕に握 背後を振り返り未だ膝を折り左腕を押さえてはいるものの、宿した闘志に一切の陰り て、剣によってシールドを削られたということを。 一瞬にも満たない思考の中で一夏は改めて理解した。自分が初めて、近接武器によっ のような感覚を一夏は知らない。 だ。だが、今まで受けてき射撃兵装によるものにはこのような熱や痺れは無かった。こ ・・・・ ぞった衝撃は紛れもなくIS戦の中で感じるシールドエネルギーを削られた時の感覚 無言のまま一夏は自身の左頬の感覚に神経を集中させる。あの交差の刹那に頬をな ﹁⋮⋮﹂ 900 ﹄ た場所にラウラのレールガンの弾頭が叩き込まれた。 ﹃織斑くん をする。そして一夏は改めて箒を見る。 そんな相方の言葉に呆れるように嘆息しながらもシャルロットは再びラウラの相手 は無い。だから心配はするなと、平静の中に断言するような強さを含めて答えた。 でそこをラウラが突こうとするのも尤もだが、その程度でやられてやるほど自分は甘く は軽く流すような受け答えで応じる。確かに今のは紛れもない隙だったし、攻防の最中 動きを止めるという隙を見せていた一夏にシャルロットの叱責が飛ぶ。それを一夏 !! のとなる。 ﹁フッ⋮⋮クックック⋮⋮アッハッハッハッハッハ アーハッハッハッハッハ ﹂ !!! 突如として高らかに哄笑し始めた一夏に誰もが目を向ける。だがそんな会場中から !! 最初にそれに気づいたのは箒だった。だがその不振はすぐにこの場の全員共通のも ﹁っ⋮⋮っ⋮⋮﹂ が小さく揺れた。 数秒にも満たない時間、二人が無言で視線の交差をさせる。そこで、不意に一夏の体 ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 第二十三話 発露する兇武、その一端 901 こんな、予想外 ﹂ これは何だ一体 こんな展開、俺は知らんわ ! 向けられる視線などお構いなしと言わんばかりになおも一夏は笑う。 なんだ ! ! あぁ数馬、今ならお前の気持ちが何となく分かるぜ。これは確かに、面白い⋮⋮ ! の 距 離 少 な く と も 師 匠 に つ い て か ら は 部 活 の や つ だ と か 町 の チ ン ピ ラ だ と か に ? か色々揃っちまってるから基本完勝ばかりだしなぁ。誇れよ箒。あの瞬間、間違いなく 何度かアマの格闘家なんかとやりあいもしたけど、何せ俺ときたらセンスとか環境と だって貰わなかったし。 かなぁ も一発貰ったのは。あぁもう、同じくらいのやつに手傷負わされるとかどのくらいぶり ないんだ。あぁ、なんて言えば良いんだろうな。久しぶりだよ、近接格闘で多少なりと 俺 ﹁あ、あぁ悪い悪い。いや、そんな怖い顔をしないでくれ。別にからかっているわけじゃ ぐに気付いた一夏は目の端の浮かべた笑い涙をぬぐうこともせずに箒を見る。 そんな中で箒だけが険しい視線のまま一夏を見据えていた。そんな視線だからか、す ﹁⋮⋮﹂ 無防備な敵手の隙を突くことを、それぞれ忘れて呆然と一夏を見ている。 ルロットとラウラですら交戦する手を止めて、片や無防備な相方を叱責すること、片や とうとう腹まで抱えだして大笑いを続ける一夏に会場全体が呆気に取られる。シャ ! !! ﹁クッ⋮⋮ハッハッハ 902 第二十三話 発露する兇武、その一端 903 お前は俺に迫って、もう少しで超えるかってとこまで踏み込んでたんだぜ ククッ、 なぁ箒。結構前に、俺に勝負吹っかけた時のこと覚えてるか くて、最高に面白い。 別にお前が俺に勝っ 全く⋮⋮どうしてこいつは中々。ものすごく不可思議で腹立たしくてわけが分からな ? というまた別の次元での話だ。 が初めてかもしれない。単純に言葉を交わすなどとは違う、互いの根底にあるもの同士 思えば、これほどまでに真正面から一夏と向かい合ったのは学園で再会してからこれ 結果だった。だがこうして直接相対して、別の考えが湧き上がってきた。 そもそもこの場のきっかけである一夏への宣言にしたって、そうした考えが現れての それに苛立ち何とかして自分に意識を向けさせようと思った。 が肝心の彼は自分のことなどそこまで考えていないのかぞんざいな態度を取っており、 からも変わらず、むしろ再会をしたからこそより想いは強くなっていったと言える。だ 箒にとって一夏は長年にわたる一途な恋慕の対象だった。それはこの学園に入って のが流れるのを感じた。 そう言って獰猛に唇を歪める。その一夏の表情を見た瞬間、箒は一瞬背筋に冷たいも たよ﹂ たわけじゃない。けど、さっきのは少しばかり刺激的すぎた。あやうく、魅せられかけ ? 入学してまもなくの剣道場でのものとは違う、本気で打闘しにかかってきている一夏 を見て箒が感じたのは一種の恐怖だった。目の前に居るのは紛れもなく見知った幼馴 染だ。だが、間違いなく顔形には何も変化が無いはずなのにまるで別人に見えるのだ。 ﹂ ? ごちゃ混ぜになっており、もはや何が何なのか分からない。ただ一つだけ、この場で勝 痛みの残る体を何とかして立ち上がらせて箒は再び刀を構える。あまりにも思考が ﹁くっ⋮⋮﹂ ﹁来い﹂ いる自分がいることに箒は動揺し言葉を失っていた。 モノにして積年の想いを成就させようと思っていた。だが今、そのことに疑問を感じて そのはずだった。この戦いで一夏を倒し、例え強引だの無茶苦茶と言われようが彼を ﹁あ、う⋮⋮﹂ やる。魅せてみろよ、俺を物にしたいんじゃなかったのか ﹁さぁ、来いよ箒。この俺に掠らせたご褒美だ。お前にも攻撃に回るチャンスをくれて 考えが箒の脳裏を占めていく。 で地中から一気にせり上がっていくように、募ってきた恋慕を上回るほどの疑念に似た 一体何なんだ。そう言いたかった。本当にお前は自分が知っている彼なのか。まる ﹁一夏、お前は⋮⋮﹂ 904 たねばならないという思いだけは強く自覚でき、無意識のうちに箒の体はそれに従って いた。 見ている。やるならやっちまえよ。別に、俺と箒の戦いを見学していたいというならそ ﹁いいねぇ⋮⋮。││おいデュノア、ボーデヴィッヒ。お前らいつまでポカンとこっち れでも構わないけど﹂ そんな一夏の言葉にシャルロットとラウラは弾かれたように動き出して攻防を再開 する。互いに相方の求める状況を作りつつ、相手の片方の妨害をするということを現状 での念頭に置いている。必然的に、シャルロットとラウラはこの組み合わせで交戦を行 ﹂ うよりほかなく、それを分かっているからこそ一夏はチラリと一度視線を向けると、そ のまま箒へと戻したのだ。 !! いく。 ? 距離は瞬く間に縮まり、振りかぶった刀は間違いなく一夏を捉えていた。そしてその刃 呆然とするような呟きが箒の口から洩れた。打鉄での吶喊により一夏との間にある ﹁え⋮⋮ ﹂ 噴射する打鉄のスラスターがそれを纏う箒の体を走らせ、一気に一夏との距離を詰めて 一夏が箒に視線を戻すのと雄叫びと共に箒が斬りかかってきたのはほぼ同時だった。 ﹁らあぁぁぁぁぁぁああああああ 第二十三話 発露する兇武、その一端 905 の間合いと一夏の間合いが重なった直後、箒の刀は弾かれ大きく体を仰け反らせていた のだ。 ﹁⋮⋮﹂ ﹂ その様を一夏は無言で見つめている。反撃の意思は持たず、ただそれで終わりかと目 で問いかけてくる。 ﹁くっ、このおぉぉぉぉぉぉおおおおお の 間 合 い の 内 く ら い は あ る 程 度 把 握 で き る だ ろ う 基 本 は そ れ と 何 も 変 わ ら な い。 ﹁別に大したことじゃあないんだ。お前だってそれなりに武道に心得があるなら、自分 何ともない様子で箒の攻撃を弾き飛ばし続ける一夏が声を掛けてくる。 ﹁分からない、って顔をしているな、箒﹂ でしか存在しえない間合いに、物理的に堅固な壁ができたかのような錯覚を箒は抱く。 う。それも刃が一夏の間合いに入った直後にだ。まるで、あくまで抽象的な概念として 二撃、三撃と立て続けに一夏へと斬りかかっていく。だがその悉くが弾かれてしま !! 906 ンサーと同時に、ある種のバリアーだよな。そしてこれが結構重要なんだが、この守り それが感知したなら、もうほとんど反射の域で対応ができるようにはなっている。セ 俺の間合いの限界ラインまで高感度のセンサーを張り巡らせているようなもんだよ。 ただ俺の場合、それを実戦仕様に砥いだだけだ。まぁ分かりやすく言うなら、今の俺は ? は格下じゃ基本抜けんぞ あるいはさっきみたいな爆発的な一発もあれば可能性は とすれば、現状自分ではこの守りを突破することは叶わないということになる。 るだけで、格下であるという自覚はとうに持っていた。だが仮に一夏の発言が真である 絶句する。今の自分が一夏を相手に防戦に徹すればそれなりの時間持ちこたえられ ﹁なっ⋮⋮﹂ こまで期待は持てんか﹂ 見えてくるけど、俺も攻撃に回って守りが薄れている時ですら薄皮一枚程度だしな。そ ? ﹂ ? 息を切らしもはや肩で息をしているような状態の箒を見つつも、まるでお構いなしと ﹁そしてもう一つ。これが結構重要なことなんだがな﹂ ﹁ぜぇっ、はっ⋮⋮﹂ らんがあの会長殿だって素養ないしちゃんとした心得はあるんじゃないのか の親父の柳韻先生だって心得はあるだろうさ。あとは、斉藤先輩や沖田先輩、よくは知 流の使い手ならば持ち得て当然の技術でもある。まぁ受け売りだけどな。姉貴や、お前 まぁ流派によって色々表現は変わるが、これは割と通ってる概念らしいな。そして一 りの授業だ。まずは覚えておけ。この間合いの知覚、把握による守り。名を﹃制空圏﹄。 ろは色々あるけれど、アレは素直にお前を褒め称えるよ。だから箒、俺からも少しばか ﹁箒、一応言っておくがあの一撃は間違いなく俺にとって予想外だった。まぁ思うとこ 第二十三話 発露する兇武、その一端 907 言うように一夏は言葉を続ける。 ﹂ ? ﹁映像とはいえ、よく分かったよ。あの試合、お前の太刀筋にはこの上ないまでにお前の 誇れないのだ。 た相手に失礼と思われるかもしれないが、箒にしてみればむしろ相手を考えるからこそ だが箒はそれを一度として誇ったことはない。それではそこに至るまでに勝ってき た事実としては知っていた。 ということは知る者は知っている。少なくとも剣道部の面々はほぼ全員だし、一夏もま それは箒にとってあまり突かれたくない話題だった。箒が剣道の全中優勝者である ﹁それはっ﹂ もらったよ﹂ ﹁去年の中学生剣道全国大会女子の部決勝戦。ネットに上がってた映像だけど見させて ﹁な、なに⋮⋮ だ。だがな箒。それはお前の戦い方じゃない﹂ あぁ、それも一つの立派な戦い方だ。というか実のところを言えば俺もそっちの側 ら自分のペースを崩さないようにしている。 それにどんな風に対処するか、どういう風に攻防をつなぐか、そうやって色々考えなが ﹁箒。今お前はこうやって戦っているだろう。一体俺がどういう手を使って来るのか。 908 ﹂ 感情が現れていた﹂ ﹁うるさいっ た相手を見て、箒は自分がしたことを自覚しこの上ない後悔に襲われた。 めつけるだけの試合をしてしまった。試合の後、悔しさに蹲り面の隙間から涙をこぼし 結果として、箒に言わせれば剣道も何もあったものではない、ただ一方的に相手を痛 いう思いに刺激をされて爆発してしまった。 生活の中で積もり積もった鬱積が、大きな試合へのプレッシャーや勝たねばならないと 巡り会わせが少し悪かったのだろう。実姉の失踪以来自分を縛りつけてくる窮屈な の感情をむき出しにして戦っていた。 それ以上を言われたくなかった。そう、一夏の言う通りだ。あの試合、箒は終始自分 ! ﹂ !!! ﹁え ﹂ ﹁だが、あれで良いんだよ﹂ ているだけに等しい。何しろ、勝つビジョンがまるで見えないのだ。 夏の間合いの境界より僅かでも先に進むことは一度として無い。もはやただ刀を振っ さっき以上に大きな声が出た。それと同時により力を込めて一夏に斬りかかるが、一 ﹁うるさいっっ ﹁確かに、まぁあまり褒められるような内容じゃなかったけど﹂ 第二十三話 発露する兇武、その一端 909 ? 否定されると思った。だが、一夏の口から出てきたのはあの試合の自分への肯定の言 葉だった。 ﹁手本、だと ﹂ 本を見せるとしよう﹂ まぁ詳細はまた別の機会に腰を落ち着けてとしてだ。一つ、ここは俺が先達としての手 ﹁まぁいきなりそんなこと言われても分からないことだらけだろうよ。状況が状況だ。 れて素直に受け入れらるほど柔軟な思考までは持ち合わせていなかった。 一夏の語る概念は理屈の上では理解できる。だがいきなりそれを自分に当てはめら ﹁な、いきなり何をそんな⋮⋮﹂ 姿だ﹂ マックスで戦う。そんな﹃動﹄の者としての戦い方こそが、篠ノ之箒のあるべき武人の 箒、お前は紛れもなく後者だよ。気持ちを、感情を昂らせてテンションアゲアゲの か。いや、全部受け売りなんだけどさ。 のお前みたいな心身共に爆発させるような勢いのある戦いは、 ﹃動の状態﹄とでもしよう がらの戦い方をその十時のメンタルに倣って名づけるなら﹃静の状態﹄、そしてあの試合 に暴れるように戦う。それもまた戦い方の一つだ。そうだな、さっき言った色々考えな ﹁それでも良いんだよ。自分の感情を爆発させる。思いきり高揚させた気持ちで、存分 910 ? 意味が分からなかった。一夏の言葉を額面通りに受け取るならば彼は彼が語る概念 に曰くの﹃静﹄に属するのだろう。﹃静﹄と﹃動﹄、この二つがタイプとして真逆なのは 字面からも想像に容易い。そして静の彼が動である箒に手本を示すとは一体。 ﹁一つ、宣言しておこう。この勝負、俺が貰った。そしてお前は、記憶に焼き付けろ。自 分があるべき戦い方を。俺なりの、お前への気遣いだ﹂ 直後、まるで目の前で爆発が起きたかのように強烈なプレッシャーが一夏から叩きつ けられた。思わず怯んだ直後、既に目の前に一夏が差し迫っており、何をすべきか考え るより早く今まで以上の重さを持った一撃が箒の胴に叩きつけられた。 た。 データが映し出される。そして現在、彼女が見ているのは一夏が駆る白式の状態だっ ターには学園のシステムと連動させることで状態の観察をできるようにした各ISの 管制室でモニタリングをしていた教師の一人が驚きの声を上げる。彼女の見るモニ ﹁これは⋮⋮﹂ 第二十三話 発露する兇武、その一端 911 これは、操縦の精密さを捨てて瞬間出力重視にしている ? より外へと出ることは決して無かった。 胸の内で、千冬は一夏の師に対して湧き上がった疑念をぶつけるが、それが千冬の内 ︵宗一郎、お前は一体一夏をどこまで鍛えたのだ︶ い感覚を抱いていた。 白式の絡繰り、その内容を知っているだけに千冬はそれを扱う一夏に対して驚きに近 ︵しかしあいつめ、よもやあそこまでやるようになっていたとはな⋮⋮︶ 知っている。ゆえに事情の理解はすぐにでき、彼女は再びモニタリングへと戻った。 一夏と千冬が白式の調整のために先日倉持技研へ赴いたという話は教師陣の殆どが ﹁そういう機体なんだよ、今の白式は。先の倉持への用事の際に、な﹂ 意図を図りかねる彼女に千冬が簡単な説明をする。 困惑する彼女の背後から千冬の声が掛かる。問題ないとはどういうことなのか、その ﹁あ、織斑先生﹂ でもいき ﹁なにこれ、急に機体の出力に上昇が⋮⋮うそ、駆動系のエネルギーバイパスの配列が入 れ替わってる なりこんな⋮⋮﹂ ? ﹁いや、それで問題ない﹂ 912 ﹂ !!!! のまま剣道で言うところの逆胴の要領で斬りつけると同時に、柄の部分で箒の頸部にピ 低い姿勢からの切り上げで刀を弾き飛ばすと同時に蒼月の柄を逆手に持ち帰る。そ た。 の一撃一撃が重く響いてくるのだから、より一層箒は苦境に立たされることになってい 術は無かった。しかも今度は剣だけでなく、拳や蹴りまで攻撃の中に織り交ぜられ、そ ここに至るまでに大きく消費していたことも相俟って、もはや箒に一夏の猛撃を捌く かけられる形になる。 とき一撃を再び叩き込む。その繰り返しにより、箒は全方位から連続して猛攻を浴びせ せる。一撃、正面から叩き込んだ直後にすぐにその場を飛び去り、別方向から吶喊のご 一歩踏み込む度に背のスラスターが爆発音と共に強い推力を噴出して一夏を加速さ が生じていた。 の比では無い。まるでスイッチが切り替わったかのように、ガラリとその戦い方に変化 咆哮と共に一夏の猛攻が箒へと襲い掛かる。その重さ、勢いの激しさ共に先ほどまで ﹁ヌゥエアァァァァァアアアアアアアアアア 第二十三話 発露する兇武、その一端 913 ンポイントで打撃を加える。いかにシールドがあると言っても頸部は元々人体の急所 だ。傷は負わずとも受けた衝撃だけでも十二分に箒の動きを阻害する。 大きな隙を見せた箒の更に懐深くに潜り込んだ一夏は地面を強く踏み込むと同時に てつざんこう 肩から箒の胴の真芯に強烈な体当たりを見舞う。見る者が見ればすぐに中国拳法が八 極拳の一手、鉄山靠と分かるだろう。現に更衣室で試合を見ていた鈴は一夏が八極の一 手を使ったことに驚きを顕わにしていた。 胴の真ん中に受けた衝撃で箒の体が後方に飛ばされそうになるが、それより更に早く 再度踏み込んだ一夏が今度は顎の下目がけて貫手を放つ。特殊カーボンの刃を有した 指による貫手に、更に手首を回す螺旋回転を加えた一撃はシールド諸共箒を大きく削 ﹂ る。そのまま仰け反った所へ、既に順手に持ち直された蒼月の一刀が振るわれる。 ﹁がはっ 立ち上がることそれ自体は打鉄の補助もありすぐにできた。だが、仮にこのISの補 すむ視界の中で未だ痛みを響かせている腹部を押さえながら立ち上がろうとする。 頭部、頸部、胸部、凡そ人体の急所が集中する箇所に連続して攻撃を受けた箒は、か ﹁あ⋮⋮ぐっ⋮⋮ぐぅ⋮⋮﹂ バウンドし、そのまま倒れ込む。 肺の空気を纏めて吐き出しながら箒は吹っ飛ばされる。そのまま二度三度と地面を !!! 914 助が無ければ果たして立てていたか、そう思わせる程に体中に力が入らないほどのダ メージを受けていることを箒は実感していた。 一夏の攻撃に一切の加減が無いことは嫌と言うほどに理解できた。常々ISでは全 部が出し切れないとぼやいている彼のことだ。培ってきた武技は、まだその全てをIS 戦に限定すれば発揮されていないのだろう。だが、その上で本気で箒を倒そうと、否、押 し潰そうとしてきている。曲がりなりにも古馴染みであるはずなのに、振るわれる技に は一切の情を感じなかった。 ﹁っっ ﹂ ていない。だが、そこから繰り出される技はまるで別物だ。 は大真面目な表情で返す。あぁやって武道絡みになると変に律儀な所はまるで変わっ 苦し紛れ、あるいは自分を奮い立たせるためか、途切れ途切れに言った言葉にも一夏 ﹁あぁ、舐めちゃいない。お前が何をしてこようが、俺は本気で相手をするさ﹂ ﹁な、舐めないで⋮⋮ほしいな⋮⋮﹂ ところ、昔は無かったような所もある。こと、武道においてはそれが顕著だ。 の一夏を見た気がした。昔と変わらない所だって多くある。だが同じように変わった 入学し、再会してもう二か月が経とうという頃合いだ。ここへきてようやく、箒は今 ︵そうか、今更なのか⋮⋮︶ 第二十三話 発露する兇武、その一端 915 !! もはや叫ぶ体力すら惜しい。どうせ勝てないのは目に見えている。ならばせめて、先 ほどのように一矢報いて敗れたい。もう後先など考えない。とにかく、渾身の力をこの 一撃に込める。 フェイントも何もあったものではない、愚直を通り越して間抜けとも言えるような真 正面からの吶喊にも、一夏は眼差しに宿した真剣さを微塵も揺らがせずに箒を迎え撃 つ。 振りかぶった刀を思いきり振り下ろす。ただひたすら、我武者羅に。あるいはこれが 一夏の語る﹃動﹄の戦いなのか。なるほど、確かにこれは自分にしっくりくる。渾身の 一撃を放つ最中だというのに、なぜかぼんやりと思考の片隅でそんなことを考えてい た。 一際大きな金属音が響く。結果として、箒の渾身の一撃はそれまで同様に弾かれて終 わった。今まで以上に強く弾かれたせいか、手から柄が離れて刀のみが宙を舞う。青色 ﹂ の凶刃を構える一夏を前に、箒は丸腰の上に隙だらけという致命的な状況に陥った。 ﹁がぁっ 段として箒が一夏の喉元を食い破ろうとしているようにも見える光景だった。 したいのかも分からないままに一夏へ近づこうとする。近くで見れば、まるで最後の手 それでも動けたのは最後の意地だろうか。もはやなりふり構わず、箒自身自分が何を !! 916 ﹁天晴れ﹂ そ ん な 一 夏 の 箒 を 讃 え る 言 葉 が 聞 こ え て き た。箒 は 視 線 を 上 げ て 一 夏 の 目 を 見 る。 讃える言葉とは裏腹に、一夏の目はどこまでも冷え切っており、漆黒の瞳はまるで底な しの奈落のようだった。 何でこんなことを今になって思うのだろうか。勝負に何か関係があるわけでもない。 ︵あぁ⋮⋮︶ きょうぶ だというのに、何故か箒は一夏の振るう技を言い表す言葉を思いついていた。それは、 サポーターのように装甲が設けられている。ISの膂力で放たれる鋼鉄のひじ打ち、そ じ打ちが箒の頭頂部に落とされた。白式は肘の部分にも関節の動きを阻害しない上で そんな音が聞こえてきそうな程に、見ている者達にもその重さを想像させるほどにひ ズン││ 撃によって意識を闇の中へと落としていった。 そしてまだシールドエネルギーには余力がある中にも関わらず、箒は頭部に響いた衝 ﹃兇武﹄。 第二十三話 発露する兇武、その一端 917 の威力はシールドがあったからこそ頭部全体に響く強い衝撃からの脳震盪による気絶 だけで済んだものの、仮に生身であったならそのまま押し潰されて肩口までめり込んで いただろうほどだ。無論、即死であることは言うまでもない。 遠くから倒れた箒を気に掛けるようなラウラの声が聞こえてくるが、微塵も取り合う 気配も見せずに一夏は残心を行う。 極めて高い興奮状態にあって針孔に糸を通すような精緻な操作は行いにくい。逆に 分類し、それに合わせて出力重視や操縦の精密性の比率を変化させる。 のアドレナリンの分泌量や心拍、脳波などから乗り手の興奮状態を幾つかのパターンに 態を生物学的、科学的に置き換えた上での内容も含まれる。ポイントはそこだ。乗り手 ISは常に乗り手のバイタルを観察している。当然ながらそこには乗り手の心理状 向において白式に宿った新たな力だ。 この一夏自身の状態の変化に合わせての機体状態の変化、これこそが先の倉持への出 視の仕様に変わる。 態での瞬間出力重視の仕様から平時の﹁静﹂の状態での操縦のしやすさとその精密性重 と同時に白式のOSが機体の状態の変化を告げる。先ほどまで、箒に語った﹁動﹂の状 体の内に溜まり抑えきれなくなった闘気を排出するかのように深く息を吐く。それ ﹁ハァー⋮⋮﹂ 918 極 小 の 一 点 を 突 く よ う な 静 謐 と し た 集 中 下 に あ っ て も 必 要 以 上 の 出 力 は 無 用。そ の 時々、幾重にも渡るテストと、それを経てなお稼働時には常にデータを収集しパターン を再編しながら乗り手がその時に最も扱いやすいように駆動用エネルギーのバイパス の構成や出力比を変えていく。 使う者次第でまるで別の顔が現れるようなこのシステムこそが、倉持が第三世代と銘 すくな 打ち世に放つ現在各国が開発した第三世代兵装のどれとも趣きを異にするOS及び駆 動系補助システム﹁宿儺﹂の概要である。その名の由来は日本書紀などに登場する二面 を持つ鬼にある。まさに名は体を表しているの典型と言える。静と動の異なる二面を 操り持ち前の武技で鬼のように相手を屠る。名前とその由来の説明を受けた時、まるで 運命的なものを一夏が感じるほどだった。 ﹁よいしょっと﹂ かった。 可能性に期待をしたかったが、いずれにせよこのままでは箒は戦いの邪魔にしかならな 現れるか、はたまた目を覚まして再び参戦するかどうかを待つか、一夏としては後者の る。果たしてこの状態を教師陣がどう受け取るか。完全な戦闘不能を見なして回収に 気を失って倒れる箒を一夏は見下ろす。まだシールドは尽きていないし生きてもい ﹁⋮⋮﹂ 第二十三話 発露する兇武、その一端 919 920 箒の首に手を伸ばすとそのまま片手で鷲掴みにして持ち上げる。ぐったりと項垂れ 呻く箒を片手に一夏は一息飛びにアリーナの壁際まで寄ると、掴んでいた手を離して箒 を壁を背にするようにして座りこませる。 仮に戦闘不能判定が下されているのであればとうに教師陣が回収に出てきているだ ろう。それが無いと言うことは教師側はまだ箒にも可能性があると見たらしい。実に 懸命な判断だと思う。 シールドは生きているためアリーナ内にいても多少は問題ない。気を失ってはいる が、それも一時的なものだろう。そこまで追い込んだ本人として、気絶もそう長くは無 いと断言できる。 これで目を覚ました箒がどのような動きに出るか。なおも闘志を燃やすか、はたまた 折れるか。そう期待するように思って、しかし結局やることは変わらずただ打倒するだ けという結論に至った一夏はおかしそうに小さく笑う。 そして視線を動かして離れた場所で戦うシャルロットとラウラを視界に収めると、一 気にその場に向かっていった。 シャルロットとラウラの攻防は完全に千日手の状態にあった。基本的に実弾装備を 中心としているシャルロットではラウラのレーゲンに搭載されているAICにはこの 上なく相性が悪い。 対するラウラもまた、AICという極めて特異な武装を装備しているが故に他に搭載 する装備、引いてはそこから構築させることにできる戦術に限りが生じ、トータルパ フォーマンスは高いものの一点機動性という点でシャルロットのラファールに後塵を 拝しているためこちらも満足な攻撃を加えることができない。 ﹂ 完全に一夏優位で進んでいる一夏対箒とは真逆の構図だった。 ! それはラウラのレーゲンにしても同じことだ。AICを除けば武装らしい武装は両 ばならないのが現実なのだ。 いうよりも、多くの第三世代はその要である第三世代型兵装によって搭載装備を限らね 武装の数の多さは間違いなく自分が一番であるとシャルロットは自負している。と を得ない。 るが、それは向こうも同じこと。ライフルをAICで防ぐためにその動きは止まらざる つつアサルトライフルでラウラを狙い撃つ。防御に回ることでこちらの動きが阻まれ 隠しきれない苛立ちを滲ませながらシャルロットは楯でレーゲンのワイヤーを防ぎ ﹁あぁもう、鬱陶しいなぁ⋮⋮ 第二十三話 発露する兇武、その一端 921 922 手に装着された回転刃、右肩のレールガン、そして腰部のホルダーから左右三本ずつ放 たれるワイヤーブレードくらいしかない。だがその少ない武装をAICを切り札に据 えた戦術の高いレベルでの構築により補いラウラは一年でも特に高い実力を誇ってい る。 結果として、武装の豊富さとそこから成る先述の幅広さを武器とするシャルロット と、性能の高さと限られた戦術を高いレベルで詰めたラウラが互角になるという構図が 生じたのだ。 二人の戦いはまず距離の奪い合いにある。理由は単純でありラウラのAICに集約 される。ラウラはとにかくシャルロットとの距離を詰めようとしていた。一度でも捕 えればそれで良し。その時点でラウラの勝利はほぼ確定する。逆に捕えられさえしな ければいくらでも芽があるシャルロットはとにかくラウラから距離を取ろうとする。 交わされる攻防など、その距離の奪い合いの結果生じたおまけのようなものだった。 ラウラの攻撃はとにかく堅実の一言に尽きる。一手一手を確実に、本命であるAIC に捉えるために着実に相手の逃げ場を封じていく。やられる側からすればねちっこさ すら感じる攻め方だった。しかしその一方で時折大胆かつ豪快な攻めも展開してくる のが、また読みにくさに繋がって性質が悪い。 自分でなければとっくにやられていたかもしれないとシャルロットは思いつつ、同時 にセシリアに鈴の二人を同時に相手取り勝ちを奪い取った実力を改めて思い知った。 その実力は大真面目に評価するし敬意も払う。だが、厄介さという点を見れば先ほど のように思わず悪態の一つもつきたくなってしまう。 だがそんな文句を垂れながらもシャルロットの目には依然として冷静な光が宿り続 けている。ラウラの一手一手を見切り、それぞれに合わせた的確な回避、あるいは防御 を選択していく。同時に自分からも攻撃を加え、例え防がれたとしてもそのままラウラ の動きの妨害へと繋げる。 ﹂ ! ﹁ぬ ﹂ ﹁誰がただのミサイルって言ったかなぁ ? ﹂ 足らない。眉一つ動かさないラウラの鉄面皮はそう物語っている。 かって急降下してくる。たかだか四発の単調な機動の垂直ミサイル程度ならば取るに 発射角の関係上、四発のミサイルは一度上空まで上がり、そして今度はラウラに向 クから切り離されて打ち捨てられる。 れたミサイルは都合四発。それで装填していた分を撃ちきったポッドはそのままラッ と思うと、高速切替で瞬時に装着された小型のミサイルポッドが姿を現す。直ちに放た その言葉と共にラファールの右肩に取り付けられたラック部分に一瞬光が奔ったか ﹁これなら 第二十三話 発露する兇武、その一端 923 ? どこか嬉しげなシャルロットの言葉にラウラが疑問を覚えた直後、四発のミサイルそ れぞれから小さい何かが大量にばら撒かれた。レーゲンのOSが直ちに散布物を解析、 ﹂ ﹂ 僕 な り の サ ー ビ ス、存 分 に 受 け そしてその全てが小型の爆弾であるとの結果をラウラに伝えた。 ﹁まさか 取ってね ﹂ ﹁良 か れ と 思 っ て ク ラ ス タ ー 弾 頭 に し て み た ん だ ﹂ ! ﹂ !! に撃ちこまれる。AICを展開していなかったために銃弾の掃射をモロに浴びたこと チャンスを見出したシャルロットの声が耳朶を打つと同時にマシンガンがレーゲン ﹁いっただき るような姿勢を取って堪える。 一斉に起爆する。周囲から襲い掛かる爆風、衝撃、熱波の三重攻めをラウラは身を縮め 広範囲にばら撒かれた子弾の雨から抜け出そうとするも、それより僅かに早く子弾が ﹁くっ ても予想外のことだった。 は吼える。本当に、ここまでルームメイトが意地の悪さを持っていたとはラウラにとっ サービスどころか嫌がらせ以外の何物でもないシャルロットの所業に思わずラウラ ﹁何がサービスだぁ ! ! ! ! 924 ﹂ でレーゲンのシールドエネルギーの値が減少していく。 ﹁舐めるな 迫る銃弾の嵐をレーゲンにできる限りの機動、時折瞬時加速も織り交ぜたソレで交わ 気に押して来ようとしてくる。 のか、マシンガンによる絶え間ない掃射とショットガンによる面圧攻撃の同時展開で一 流れを一時的にとは言え掴んだシャルロットとしてはここで一気に勝負を決めたい ぐに脱出しなければという嫌な仮定をラウラの脳裏に想起させた。 ガンの掃射を抜ける一瞬直前にショットガンの攻撃の一部が脚部を掠めており、仮にす 被弾しているという事実を無視した強引な動きでラウラは射線から逃れる。マシン ! ﹂ しつつシャルロットとの距離を詰めようとする。 !! 行うことができる。これにより六本のワイヤーは全てが異なる方向からシャルロット ICの発生装置が搭載されており、IS本体には遠く及ばずともある程度機動の操作を ワイヤーの先端に取り付けられたエッジ付きのペンデュラムには小型、簡易化したP 射出し、それぞれに蛇のような複雑な機動を伴いながらシャルロットに向かわせる。 ロットを狙い撃つ。同時に腰部のホルダーから左右計六本のワイヤーブレードを全て 上手く飛び込めた攻撃の空白地帯からラウラは素早くレールガンを展開してシャル ﹁くらえ 第二十三話 発露する兇武、その一端 925 に襲い掛かることが可能なのだ。 ﹂ ﹄ を沸かせ、その歓声に当事者の二人の闘志も高まっていく。 大きなものになっている。目まぐるしく動きながら繰り広げられる高度な攻防は観衆 一夏と箒の戦いとは対照的に二人の戦いはアリーナ全域を縦横無尽に駆ける動きの からぬこと﹂をされるのも嫌なので、今度は動いての回避を試みる。 どのように﹁良かれと思って﹂などと言いながらクラスター爆弾を放ってくるという﹁良 の同時射撃をラウラに仕掛ける。AICを使えば無力化は容易いが、その間にまた先ほ 煙幕を突き破って上空へと飛翔したシャルロットがマシンガンとアサルトライフル ルガンで撃ち抜こうとしていたラウラは目論見が外されたことに小さく歯噛みをした。 ルロットを中心としてあたりに煙をばら撒く。シャルロットが防御に回った隙にレー 時限起動式の信管が作動し地面に落ちた球体から大量の煙が吹き出し一瞬にしてシャ 防御の最中でシャルロットは格納していた発煙弾を取り出しそのまま地面に落とす。 あえてワイヤーをナイフに絡ませ、それを手放すことで回避を試みる。 腕での防御を試みる。更に一度銃器を格納し両手に一本ずつ大型ナイフを展開、時には 小さく舌打ちしながらシャルロットは左腕のみだったシールドを右手にも展開し、両 ﹁っ ! ﹃ッッ !! 926 その最中、唐突に二人はハッとした表情と共に同時に勢いよく顔を振り動かして同じ 方向を見る。重い何かが叩き落されたような重低音が突然に響いてきた。 本来であれば特別気にするようなものではなかったが、その音が本能に感じさせた ﹃嫌な感覚﹄に二人揃って反応を強制させられたのだ。 ﹂ 一撃を頭頂部に直撃させられた箒が全身から力を失い崩れ落ちる様があった。 ない切羽詰まったような声が響いた。二人の視線の先、地上の一角では一夏の肘打ちの ラウラの、比較的時間を共有することの多いシャルロットでもほとんど聞いたことの ﹁篠ノ之 !! 脳震盪かそれに類する症状だろう。一時的に気を失った程度なら目を覚ませば戦線復 しかしそれを直接目の当たりにしたのはこれが初めてだ。おそらく箒が倒れたのは そういったことが起きる可能性もある。 互干渉によって衝撃の緩和などが弱くなる近接戦で強い一撃を頭部に受けたりすれば 手を戦闘不能に追い込むという芸当を一夏が為したということ。確かにシールドの相 だが箒は倒れた。それが示すところは、シールドを削るよりも先にその内に居る乗り のシールドエネルギーがまだ尽きていないことを知る。 チラリと一瞬だけアリーナの大型モニターに視線を向けたシャルロットは箒の打鉄 ︵篠ノ之さんは││︶ 第二十三話 発露する兇武、その一端 927 帰の可能性はあるが、それでも実質箒が倒れた事実に変わりは無い。 シールドを削るのとは異なり、一夏が行ったのは直接的に乗り手を害する戦法だ。一 ︵本当に⋮⋮︶ 歩間違えればとんでもない事態になりかねないというのに、離れた場所に立つ彼の佇ま いには一切の躊躇や容赦といったものは感じられない。そんな冷たさを幼馴染である 者にすら向ける。本当に、この間の一件と良いゾッとしない。もしかしたら、あの場を ﹂ 上手く収められたのは自分にとっても相当な幸運だったのではないか。そう思わざる を得なかった。 ﹁はぁあああああああああ ︶ を選ぶのは道理だ。 時に相手取れる腕を持っていたとしても、より勝率の高い選択があるなら迷わずそちら ラにとっては、可能ならば片方を落とせる内に落としておきたいはずだ。たとえ二人同 このままいけば一夏とシャルロットの二人を同時に相手にしなければならないラウ 出しにしながら腕の回転刃の切っ先を向けつつ迫ってくる。 咤する。我に帰ったのはラウラの方が早かったらしい。先ほどまで以上の闘志をむき 思考に一瞬とはいえ耽っていたせいで隙を晒していたことにシャルロットは己を叱 ︵しまったっ !? !! 928 ﹁くっ﹂ 苦し紛れに左腕の楯を構えてラウラの回転刃を迎え撃とうとする。まずはとにかく 守り、そして直ちに距離を取りAICに捕らわれないようにする。 そしてラウラがもう後少しというところまで迫り、回転刃が接触する耳ざわりな金属 音が鳴り響いた。 ﹂ ﹁なっ││﹂ ﹁え 揃って挙がった疑問の声はラウラ、そしてシャルロットのものだった。 ? だ声でそう言い放った。 二人の間に割って入り、あっさりと止めた一夏は静かに、しかしどこか傲慢さを含ん ﹁舞台の主役は俺だ。ここから先は、俺が仕切らせてもらおうか﹂ 楯を抑えている。 左手に握られた蒼月の刃はラウラの回転刃を鬩ぎあい、空いた右手はシャルロットの の静かな口調だった。 耳朶を打つ声は一夏のもの。箒を倒した際の残心の名残か、掛けられた声はやや低め ﹁双方、引け。これ以上は無用だ﹂ 第二十三話 発露する兇武、その一端 929 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 一夏の割り込みはシャルロットとラウラにとっても予想外のことだった。剣でラウ ラを、空いた手でシャルロットを制しながら一夏は二人に交戦の停止を告げる。 ﹂ !? てラウラの全身も少々ではあるが傾く。そしてその﹃少々﹄は一夏にとって十分すぎる 鬩ぎあいのバランスを崩された回転刃はそのままあらぬ方向に力を流され、結果とし あった蒼月の刃を、手首を僅かに動かすことでその位置をずらす。 二人の返答を待つよりも早く一夏が次の行動に移る。ラウラの回転刃と拮抗状態に ﹁むっ ﹁そら﹂ かりましたと頷けるものではなかった。 なものだ。驚くなり押し黙るなり反応は様々であるだろうが、少なくともすぐにハイ分 二人にしてみればいきなり割り込まれた挙句に一方的に停戦を突きつけられたよう ﹁むぅ⋮⋮﹂ ﹁なっ⋮⋮﹂ ﹁双方引け。これ以上は無用だ﹂ 930 ﹂ ほどの隙であり、ラウラが体勢を崩したのと同時にただちに蒼月の一刀を見舞う。 ﹁くっ ﹂ に距離を空けてからラウラは小さく舌打ちをする。 ドエネルギーの残量を削る。ほんの小さな数値とはいえ、確かに減ったシールドの残量 いのほか一夏の太刀筋が速かったために僅かにシールドを掠め微量ではあるがシール スラスターを逆噴射させることでラウラは一夏の攻撃をかわそうと試みる。だが、思 ! ? きたよ。いや、本当にありがたい﹂ ? ボーデヴィッヒのやつとは、タイマンの約束があったからな﹂ ﹁割り込みかけて邪魔したことは謝るけどさ、ここはちょっと俺に任せてもらえないか ﹁あ、うん。それは良いんだけど、えっと⋮⋮どういうこと ﹂ ﹁さて、デュノア。ボーデヴィッヒの足止めご苦労。おかげで俺も自分のことに集中で ﹁お、織斑くん 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち ? ポートを主体とする。別にサポートに回るのは一向に構わないし、立場を逆にしても一 役割分担をした上での各個撃破、その主軸となるのは一夏でありシャルロットはサ は一夏の言葉で元々の計画を思い出した。 綱渡りのような攻防を続けている内に当初の予定を完全に忘れていたシャルロット ﹁そういえばそんな話だったね﹂ 931 夏が上手くサポーターを務められる保証はない。 戦術の安定性を考えるのであれば特に異論を挟むことは無かった。 ﹂ ? ないか ﹂ だけは分かる。その想いと努力、せめて報われて欲しいと思うのはごく自然なことでは かは知らない。だが、お前と戦い勝つという一点を目指して力を振り絞ったということ ﹁そうだな。思うところが無いと言えば嘘になってしまうか。私はやつが何をしていた た。 指摘しない理由はどこにもない。生じた疑問を一夏は遠慮せずにぶつけることにし ているのか ﹁意外だな。もうちょっと淡白な反応をすると思ったけど、結構メンタルに効いたりし で箒の敗北に心を痛めているようだと一夏の目には映ったのだ。 の様子に一夏は眉を顰めた。先ほどの声のトーン、そしてこの視線の動きといい、まる 冷然と箒の敗北という事実を再認識させる一夏にラウラは僅かに視線を伏せた。そ ﹁そうか⋮⋮﹂ ﹁あぁ、確かにあいつはよくやったけど、まだ俺には届かなかったな﹂ ポツリと呟かれたラウラの言葉が通信回線越しに一夏とシャルロットの耳に入る。 ﹁篠ノ之は⋮⋮及ばなかったのか﹂ 932 ? ﹁⋮⋮そうだな﹂ ラウラの言わんとすることはよく分かる。自分とて何年も修練を積み重ねてきた身 だ。その自覚と自負があるからこそ、自分の積み重ねてきたものが実を結んで欲しいと 思うし、他人が行う同様のソレに対しても同じだ。 いうもんだ。それが分からないお前じゃあないだろう ﹂ ﹁けど、競い合えばどっちかが勝ってどっちかが負ける。残酷なようだけど、勝負はそう ? ︵あぁ、それにしてもまったく、俺は本当にとんだ人でなしだな︶ を再認識させられる。 いう場所に、自らの意思で以って離れた後に立った少女の心遣いを見て自分という人間 何時の間に自分はこうなったのだろうか。幼い頃は自分が立っていた幼馴染の隣と あっても、血を分けた姉であっても武にあっては一切の妥協や甘えすら認めない。 があった。自他共に認める武の邁進者、その強い意志から成る姿勢はたとえ幼馴染で まいしん そう静かに抱いた感想を素直に吐露した一夏の表情にはクシャリと歪むようなもの のようには振舞えない﹂ ﹁そうか。⋮⋮良い奴だな、お前は。良かったよ、箒の相方がお前で。俺はきっと、お前 くした仲だ。気遣いの一つくらいはするさ﹂ ﹁あぁ、無論そこは承知している。だが、曲がりなりにもチームの相方として矛先を同じ 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 933 今は試合の最中だ。隙を晒すわけにはいかない。だがそうでなければ思わず天を仰 いでいただろう。そんな感傷すら戦いの中にあるということを僅かに再認しただけで あっという間に思考の片隅に些末事として追いやられる。 自嘲するような歪んだ苦笑は徐々に消えていき、冷たく、鋭い眼光を真一文字に唇を 引き締めながらラウラに向ける。 ﹁え なんだって ﹂ ? 一夏としてはここで颯爽とラウラに一人果敢に挑もうとする心づもりだったのだろ ﹁⋮⋮﹂ ? な一夏の方をシャルロットは向いて││ だが、今ここでは求めてはいない。故に一夏はシャルロットに下がるように促す。そん そう隣に立つシャルロットに告げる。助勢の意思がありがたいのは紛れもない事実 だったんだ。手助けはありがたいけど、今は要らない﹂ ﹁デ ュ ノ ア、お 前 は 下 が っ て い ろ。元 々 俺 と ボ ー デ ヴ ィ ッ ヒ で タ イ マ ン を す る つ も り うようにシャルロットが立つ。 八相の構えを取る一夏にラウラもまた身構える。そして一夏の隣に助太刀すると言 ﹁来るか﹂ ﹁要らない世間話をしちまったな。悪い、続きを始めようか﹂ 934 う。だがそんな彼の目論見の出鼻を見事に挫くシャルロットの言葉に一夏は思わず閉 口する。ラウラもまた構えはそのままにどうすれば良いか決めあぐねているような様 ﹂ お前絶対聞こえてるよな ﹂ いやだからな、デュノア。ここは俺がやらせてもらいたいわけなんだが 子を見せていた。 なんだって ﹁ん、んんっ ね﹂ ﹂ !? なに何なのさっきから なんだって ﹁だからあいつは俺が一人で││﹂ ? ! ! ﹁え ﹁あーもう ! ? !? どね、通る無茶と通らない無茶っていうものがあるの。割り込んできたのはまだ良いと ﹁あのねぇ、君が結構無茶苦茶な所あるのは僕もそれなりに分かってるつもりだよ。け トはと言えば、呆れたようにハァ、とため息をつくとジト目で一夏を見ながら口を開く。 ラだった一夏が声を荒げるのも無理なからぬというものである。だがそのシャルロッ つまりシャルロットは意図的に一夏の言葉を聞こうとしていないのであり、それにイ いし、そうだったらそうでとうに医者通いでもしているはずだ。 えない理由などあるわけがない。そんな都合の良い突発性難聴を患っているわけがな 確認するまでもない。シャルロットは間違いなく一夏の言葉が聞こえている。聞こ ! ﹁え 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 935 して、いきなり一人でやるから引っ込んでいろっていうのは流石に僕でもどうかと思う ﹂ よ。だいたい、僕みたいに器用に何でもソツなくこなせるIS優等生、その上いたいけ とにかくだ ? 今のセリフで色々台無しになってんの分かって でかわいい女の子の手伝いを跳ねのけるって男の子としてどうなの えぇい ﹂ 元々俺がやつとタイマンする予定だったんだし、そ ﹁いたいけとかテメェで言うか普通 るか ! もそもからしてお前だって一応の了解はしていただろう ! ? 管制室の千冬は後で二人纏めて説教をしようと心に決めるのであった。 ラは構えたままどうして良いか途方に暮れ、控えていた真耶は苦笑いを浮かべ、そして やいのやいのとラウラをそっちのけにして言い合いを続ける二人。そんな姿にラウ ﹁いや、人を振り回すっていう点なら君も大概だからね﹂ ﹁は、感情に流されて人を振り回すようなのに一々構っていられるか﹂ き合えるかどうかが、男の子のポイントなんじゃないかなぁ﹂ ﹁仕方ないよ。女の子っていうのはね、結構移り気なものなんだよ それに上手く付 ﹁この⋮⋮はた迷惑な心変わりだな﹂ できっちり決着をつけたいっていうのかな﹂ ノ之さんと戦っている間に僕も僕でやっていて、まぁ気分が変わったんだよね。最後ま ﹁あーそれかぁ。うん、僕も最初はそれで良いかなぁなんて思ってたんだけどね、君が篠 ! !? !? 936 ﹁デュノア﹂ なおも口論を続けそうな二人の間に別の声が割って入った。誰のかを確認するまで というか、前々から言ってるけどシャルロットでも良いんだよ もしくは もない。完全に蚊帳の外に置かれていたラウラだった。 ﹁なに お姉ちゃんでも僕としてはポイント高いかな﹂ ? ? ﹁なんで、っていうのは聞いちゃダメかな 番に片づけたいだけだ﹂ ﹂ あまりにも知恵の足りていない方法というのは百も承知だが、私としては一つずつ順 間でやって納得のいく結果にできるほど器用なつもりはない。 先約を反故にもできない。いっそ二人纏めてというのも私は構わないが、二人共を片手 方が先にあっただけだ。私とてお前との勝負はしっかりと着けたい。だがそのために ﹁別に構わん。そう難しい話ではないよ。単に、そいつとまず果たしあうという約束の ? ながらも、シャルロットは改めて尋ねる。 その隣でそれ見たことかと勝ち誇ったようなドヤ顔を浮かべた一夏に若干イラッとし 予想外の、ラウラからの一夏との一対一を望む言葉にシャルロットは思わず面喰う。 私からも意見させて貰おう。悪いが、ここは私とやつでやらせて欲しい﹂ ﹁いや、お前の呼び方についてはこの際どうでも良いのだが、いやそうじゃなくてだな。 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 937 ﹁なるほどねぇ⋮⋮﹂ ラウラの真剣そのものな言葉にシャルロットは言葉に困るように額に手を添える。 ﹂ ? ? いに臨む一夏は、間違いなくあのシャルロットの目論見が露見した夜に見せた、まず何 決して長くない付き合いながらもシャルロットは畏怖を禁じ得なかった。これから戦 まるで別の誰かと入れ替わったのではと錯覚するほどの切替の早さとその度合いに のは他ならぬ一夏だ。 シャルロットは肌で感じ取っていた。その大本、周囲の雰囲気をきつく縛り上げている 直前までの漫才じみたやり取りで弛緩していた空気が一気に引き締まっていくのを ﹁やるからには勝つさ。あぁ、案じる必要はないよ。俺は、負けん﹂ 存在しかったかのように消え、獲物を狙う猛禽のような鋭い光が双眸に宿る。 シャルロットの忠告に一夏は微笑と共に答える。そしてその微笑はすぐに初めから ﹁ふっ、分かってるさ﹂ 引きうけるけど、ここで負けたら物凄く恰好悪いよ ﹁織斑くん、せっかく譲るんだしちゃんと勝ってね まぁ負けたら負けたで僕が後は そう言って決着を一夏に委ねることを決めて、一夏の隣より一歩分後ろに下がる。 い、ここは織斑くんに譲ることにするよ﹂ ﹁分かったよ。二人揃って意見が同じになっちゃったら、僕も何も言えないね。仕方な 938 よりも恐怖を感じさせられた彼なのだろう。となれば、今からの彼から容赦は確実に消 え去る。そう、幼馴染に対してすら無慈悲な一撃を見舞ったように。 正しくIS界に彗星のごとく現れたダークホースと言っても良いだろう。対するは 世界でも有数のISに長けた舞台、その中でも若年ながら指折りの実力を持った、確か な経験の裏打ちを持つプロ。 ﹂ ? 戦いの最中にありながらもシャルロットの思考はどこか呑気なものであった。 ︵ほ∼んと、こんなに気遣いができる僕ってすっごく良い女の子だよね∼︶ ように。 るため、目を覚まさないにしても突然の具合の変化をきたしたとしてすぐに対応できる 仮に彼女が目を覚ましたとして相方の戦いに余計な茶々を加えられないように見張 をチラリと見遣り、そちらの方へと行くことを決めた。 そう言って二人は別れる。一夏から離れたシャルロットは未だ倒れたままの箒の方 ﹁あぁ、無論だ﹂ ﹁じゃあ織斑くん、あとよろしく。ちゃんと勝ってね 悪くは無いだろう。そうやって、シャルロットは一夏に事を任せた己を納得させる。 自分で直接舞台に立つのも良い。だがこうやって興味深いカードを傍から見るのも ︵ま、何だかんだでこれも結構面白そうかな︶ 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 939 下がったシャルロットを背に一夏はラウラを改めて見据える。 ﹂ ﹁ぜぇぇぇぇええええいっっ !!! ﹂ 手の顔がやってくるという形になった。 絡ませたまま自分の方に少し引き寄せようとする。結果として、互いのすぐ目の前に相 つかった。インパクトの瞬間、激突の衝撃を和らげるように二人同時に敢えて刃同士を 袈裟がけに振るわれた蒼月の刃とラウラの右手に取り付けられた回転刃がまずはぶ 気勢を伴う吶喊で互いが互いに向かっていき、それぞれの刃同士を激突させた。 !! ﹁はぁぁぁああああああ 改めて一夏とラウラは互いに得物を構えなおす。睨みあうこと数秒、そして││ ﹁あぁ。これで準備は整った﹂ ﹁どこで私の階級やらを知ったのか。まぁ良い。何はともあれ、だ﹂ ﹁実に耳が痛いな。いや、ここは中尉殿の高説を甘んじて受け入れるとしようか﹂ らこうなるのだ。これが軍務ならば大問題になっていたのかもしれないのだぞ﹂ ﹁まったくだ。この際だから言わせてもらうが、事前に計画をしっかり立てていないか ﹁悪いな、少し手間取った﹂ 940 ﹁ぐっ﹂ ﹁ふん﹂ 回転刃が蒼月とぶつかり合う耳ざわりな金属音をBGMに予想以上に重い一夏の一 撃にラウラが僅かに歯を食い縛る。対する一夏はこの程度何ともないと言うように涼 ﹂ しい顔で受け止める。 ! ﹂ ! ラウラの左半身側に自分の位置をずらすと同時に回転刃をかわす。 かって来るが、それよりも早く一夏はラウラの左腕を掴む右手を支点として体を捻り、 ラ の 回 転 刃 が 滑 る よ う に 蒼 月 と こ す れ て い く。そ の ま ま 回 転 刃 の 切 っ 先 が 一 夏 に 向 く捻り蒼月の位置を微妙にずらす。これにより拮抗していた力のバランスが崩れ、ラウ 両手を使ってラウラの攻撃を抑え込んだ一夏はすぐに次の行動に移る。左手首を軽 右手だけを離してレーゲンの左手首の部分を掴んで腕の動きごと回転刃を抑え込む。 一夏の反応は早かった。鍔迫り合いはそのままに蒼月の柄を握っていた両手のうち ﹁はっ 左腕を振り抜いてくる。 である。そして当然とも言えるが、空いた左腕の回転刃で一夏を攻撃しようとラウラは 蒼月と絡み合っているのは右手の回転刃だ。左腕に取り付けられた方は自由なまま ﹁せい 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 941 ﹂ そのまま前進を使って思いっきりラウラを真下の地面に向かって投げ飛ばした。 る。 ﹂ 仰ぎながら背中から落下しているのだ。驚きの一つもあるのは仕方のないことと言え ウラにしてみれば隙を突いたつもりがいつの間にか地面に向かって投げ飛ばされ、空を 実際の所、左腕を振るってから投げ飛ばされるまでの間は2秒と掛かっていない。ラ ﹁ぬぅっ ! 地面が爆ぜる音と共に土煙が大量に舞い上がる。その中からギリギリのところで一 りつぶすような重い風切り音と共に一夏が双腕を振るう。 人の腕ではまずもって起こせないだろう大気を切るのではなく、荒々しく引き裂き捻 たのはほぼ同時だった。 追撃を仕掛けた一夏がラウラに追いついたのとラウラが地面スレスレの所まで落ち けるわけにはいかない。落ちながらラウラは次の行動を思案する。 あの両手に鋭利な刃が備えられていることは既に把握している。となれば素直に受 で熊手を象りながら吶喊してくる。 ていた。腰部装甲のホルダーに蒼月を括りつけ両手を自由にした彼は、空いた二つの手 そして投げ飛ばした当の一夏はと言えば落下するラウラに追って追撃を仕掛けてき ﹁はぁぁぁぁぁぁぁああああ !!! 942 夏の攻撃を回避したラウラが飛び出してくる。何もない地面に刃を仕込んだ凶手を叩 き込んだ一夏は、自分の為した結果がただ地面に大量の斬り傷をつけただけという結果 に舌打ちをして前方のラウラを再度睨みつける。 逃げるというのであれば是非も無し、再び追いつめるだけと言わんばかりに、一夏は ﹂ 再度ラウラへの接近を試みる。 ! ﹂ ! デュラムを狙って行われた。 もう一本を左手で払う。どちらもワイヤー自体ではなく、その先端に付けられたペン らワイヤーへと突き進む。右手に握った蒼月を振るって一本のワイヤーを弾き飛ばし、 だが迫るワイヤーを前に一夏は微塵も臆する様子を見せないどころか、逆に真っ向か ﹁はっ のワイヤー、どれか一本にでも捕えられたら途端に一夏は不利になる。 大きく動きを阻害されるのは必定だ。それは一夏の白式とて例外ではない。都合四本 いかに機動性に優れた機体であっても、そのどこか一部をワイヤーに絡め取られれば の本来の扱い方、つまり相手を拘束するための部分にある。 ればワイヤーそれ自体が備えるエッジの切れ味が脅威と見えるが、この装備の真価はそ レーゲンの腰部から四本のワイヤーブレードが飛び出し一夏に襲い掛かる。一見す ﹁させんっ 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 943 甲高い金属音と共に二本のワイヤーがあらぬ方向に弾かれ残り二本が迫るも、既に一 夏は活路を見出していた。ちょうど、ワイヤー同士の間にラウラへ向けて一直線に向か うこのことのできるルートが開いていた。 迷うことなくそこへ飛び込む。獲物にすり抜けられた二本のワイヤーはそのまま何 もない虚空を飛び、射出時の運動エネルギーによる推力を失より早く巻き戻されてい く。 ワイヤーをあっさりとかわした一夏はそのまま一息の内にラウラとの距離を詰めよ ﹂ うとする。白式のOSがロックオン警報を発したのはその時だった。 ﹁やはりそこへ来たな れれば文字通り刹那の内に一夏へと達する。放たれればそれまでだ。ならばどうすれ した火薬による圧倒的な加速を、更にリニア機構により速さを跳ね上げた大砲は、放た 肩部のレールガンが狙いを定め、砲身に紫電を迸らせる。プラズマ化するほどに加熱 た。そこへ飛び込んだ一夏は、まさしく狙い通りの動きをした獲物に他ならない。 一夏が見出した隙間、そこはラウラが意図的に作ったワイヤーによる陣の空白だっ 対処してくれた方が予定通りと言えた。 効果を発揮したらしたでそれは御の字だが、別段対処されてもまるで痛くない。むしろ 得意げなラウラの声が聞こえた。端的に言って、ワイヤーは囮でしかなかったのだ。 ! 944 ば良いのか。 ︶ !! どうだ、これが織斑一夏だ。その意思を乗せて更に突き進む。蒼月のコバルトブルー る。 れを武技で以って上回ってこそが織斑一夏の矜持の発揮のしどころというものでもあ そこまで状況を持っていったラウラの手並みには一夏も素直に見事と讃える。だが、そ ワイヤーでルートを限定させてからの狙い澄ましたレールガンの一撃、流れるように きが聞こえてくるが、知らぬ聞こえぬ。 裂いた感覚が手に伝わった。背後では衝突に続いて爆発音。観衆の一際大きなどよめ た。刃を振り下ろしたのはほぼ反射によるものだった。手応え、確かに重い何かを斬り によるズーム機構がその動きの仔細を一夏に伝え、僅かに瞳孔が絞られるのを一夏は見 視線の先にはラウラ、彼女の眼帯で覆われていない右の瞳がある。ハイパーセンサー 感じつつも、一夏は持てる膂力を振り絞り蒼月の刃を天にかざす。 スローモーションになる。まるで年度の高い液体の中をかき分けるような重さを体に な負荷を掛けると同時に、確かな効果を彼に与える。僅かに、ほんの僅かにだけ周りが 集中は、間違いなくこの学園においても最高峰の身体スペックを誇る一夏をしても明確 前頭葉の辺りが加熱するような錯覚を抱く。アラートと同時に一気に高めた極限の ︵││ッッ 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 945 に輝く凶刃で以ってレーゲンの装甲を斬り裂かんと迫り、ラウラの瞳に浮かんだ﹃笑み﹄ ﹂ を見た瞬間、一夏の危機回避本能が最大限の警鐘を鳴らした。 ﹁チィッ ﹁やはり、というか本命はAICだったか。俺の勘も捨てたもんじゃないな。あのまま ウラの腕が払われると同時に砂の膜はその形を崩し宙へと散っていく。 対するは何ともないかのようにそう呟き、さっとかざしていた腕を払うラウラだ。ラ ﹁ふむ、見抜かれてしまったか﹂ 小さく、しかしどこか安堵を含ませた声で一夏は呟いた。 ﹁あっぶね∼⋮⋮﹂ た。 出されたラウラの右手から少し離れた所に砂でできた薄膜のようなものが広がってい がまるで虚空で固められたかのように留まっている。その場所はラウラの前面。突き 一夏は小さく舌打ちをする。そのほとんどは宙へと流されていった。だが、一部の砂埃 加速を食い止めバックステップで後退すると、自分が巻き起こした砂埃の行方を見て ウラの方へと向かっていく。 れを減速に用い、そのまま蒼月を振り抜く。結果として発生した大量の砂埃は纏めてラ 忌々しげに一夏は蒼月の刃を地面に突き立てる。スラスターの逆噴射と合わせてそ ! 946 突っ込んでたら捕まっていたよ﹂ ﹁私としてはその方が良かったのだがな。まぁ、決まれば御の字程度の小細工だ。あえ て何も言うまい﹂ ﹁イケるかと思ったんだがねぇ。世の中そう上手くはいかんか﹂ 確かに初見ならば狼狽えもするだろうが、一度見ている﹂ ? けという何も変わらない結果だけが残った。 わった。そうして一連の攻防が終わってみれば、二人の間にはただ距離が空いているだ のだ。本命はその先にあるAIC。もっとも、直前でそれを察知されて結局は不発に終 ワイヤーブーレドのコンビネージョンも、レールガンも、どちらも囮に過ぎなかった はやってのけると予想をしていたのだ。 評価に値して決して侮ってはいけない相手として認識されている。ゆえに、このくらい ・・・・・ る。そして、既にラウラの中でIS乗りとしての一夏は一定のラインを超えた然るべき だがラウラは一度だけではあるが同じことを一夏が行ったのを目の当たりにしてい かれるものではない。 真っ二つにすることで無力化するなどというやり方、世界を見渡してもそうそう目に掛 一夏の為した芸当に観客の大半は驚愕の声を上げた。何せ音速を優に超える砲弾を 斬り、とでも呼ぼうか ﹁あいにく、貴様がレールガンを対処するところまでは織り込み済みだ。さしずめ砲弾 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 947 ﹁まぁ良い。収穫があったのは俺だって同じだよ﹂ ﹂ ? オル ? コットの武装のような熱量系には効果が薄いと聞いているが、それはそいつに実体がな ら、小さいが穴はいくつかある。ついでに言えばものが小さすぎても問題だな のを見ても気付いたが、どういうわけかAICは格子状に展開されるらしいな。だか 一見すればとんでもない防御兵装だが、意外に完璧じゃあない。さっきの砂埃止めた 物はピタリ止まると。 動は乗り手の思考がトリガー。発動すると何かしらのフィールドを展開、それに触れた が、細かい原理はこの際どうでも良い。そんなのは技術屋の領分だ。第三世代らしく起 AIC、アクティブイナーシャルキャンセラー。まぁ大方PICの技術の応用だろう 当たってる保証はないが、俺としては良い線は行っていると思う。 ﹁別に大したことじゃあない。単に、俺なりにAICというものを考察してみただけだ。 に戻すと、どういうことかを問う。 その言葉に一瞬ラウラから表情が消えかけた。だがすぐにいつも通りの冷静な表情 ﹁AIC、見切ったり﹂ 一夏は小さくフッと笑うと人差し指を立てる。 予想外の一夏の言葉にラウラは小さく眉の端を上げる。そんなラウラの様子を見て ﹁なに 948 いから。だから多少弱められても透過を許しちまう。 展開位置は乗り手のお前を起点にして凡そ2、3メートルか。範囲はお前がすっぽり 入る程度。まぁ上手く気付ければかわせないこともないな。 はっきり言ってさっきもそうだったが、かなり気配が分かりやす そして俺が思うある意味一番のウィークポイント。発動させるのに結構強めな意識 ﹂ の集中がいるな かったぜ ? ? ﹁むぅ⋮⋮。ふぅ⋮⋮﹂ とに気づき、自制をしきれなかった己を内心で叱咤する。 ラウラの動揺を鋭敏に感じた一夏が言い放つ。言われてラウラは態度に出ていたこ ﹁図星、か﹂ き出した。その事実に一瞬、確かな動揺を感じた。 は幾度かあった。その折に見ていたのだろう。だが、それだけで彼はここまでの解を導 話した記憶など微塵もない。そもそもからして話す理由も無い。AICを使う機会 すれば全て当てはまるのだ。 関する考察、指摘は間違っていない。それが全てとは言わないが、言われた内容に限定 一夏の言葉にラウラは無言のまま目を見開いた。間違っていない。一夏のAICに ﹁⋮⋮﹂ 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 949 心の揺れを静め深呼吸、すぐに気分は落ち着いた。 お前、鈴││凰 ? 自分から切り札を使い渋るような真似をして ? ? で勝つしかないわけだ﹂ 良いのかよ ? に強力だが、そればかりに頼るわけにもいかんのでな。一つ教えてやろう。これは教官 ﹁使おうとしてそのたびに見抜かれるくらいなら使う意味がない。それにAICは確か ﹁ほぅ ﹂ ﹁こうも見抜かれては、そうそうAICに頼るわけにもいかないな。ならば後は、私自身 放つ気配は徐々に研ぎ澄まされていき闘気が高まっていくのを一夏は感じ取った。 そういってラウラは再度両手の回転刃を起動して構えを取る。口ぶりは穏やかだが、 違いなく褒められて然るべきだろう。あぁ、前言の撤回はしないよ﹂ ﹁なるほど。いや、それも含めてだ。偶発的な機会を無意味にすることなく活かす。間 つけることはできる﹂ とオルコットを相手にした時に何度AICを使った。あれだけ見せられれば、あたりを ﹁恐悦至極、と言いたいところだが、半分以上はお前自身が原因だぜ も良い。あぁ、こればかりは手放しに讃えるとするよ。その眼力、見事だ﹂ ﹁あれだけの反応をしてしまったのだ。今更しても無意味だろう。そんなことはどうで ﹁否定はしないのな﹂ ﹁あぁ、正直驚いたな。よもやそこまで見抜かれるとは﹂ 950 の、織斑先生の薫陶だよ。 そして今この瞬間、私の中での貴様は既に脅威と認識するに足る乗り手になった。全 霊を以って、打倒させてもらう﹂ ﹁面白い⋮⋮﹂ 言葉は静かながら、一夏もまた闘気を立ち上らせる。その様に軍属として磨かれたラ ウラの勘が刺激され、一瞬肌の産毛が逆立つような感覚を抱かせる。 右手に蒼月を携えたまま一夏は号令をかけるように空いた左手を払う。それと同時 ﹂ に、白式の腰部に量子展開の燐光が奔った。 ? ﹁追加の武装、しかし変わらず剣か。部隊の仲間が日本の剣豪には三本の刀を操る者も 剣を下げるためのものだろうとラウラはあたりをつけた。 に上に何も下げていない空のホルダーがある。おそらくは今現在手に持っている方の そして一夏から見て左側の腰部装甲には、追加のブレードを取り付けたホルダーの更 もやや長さが短いことだろうか。 られた蒼月と同じ日本刀型ブレード。強いて蒼月との違いを挙げるのであればどちら 問符を浮かべる。左右に一本ずつ、腰部装甲に取り付ける形で現出したホルダーに下げ 何が現れるのかと一瞬警戒したラウラだったが、実際に出てきた物を見て頭の上に疑 ﹁む 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 951 いると言うが⋮⋮﹂ ﹂ ? いの第二幕があがろうとしていた。 振るわれた蒼月の一閃を交差させたレーゲンの回転刃が受け止めて、ここに二人の戦 スラスターを吹かして一夏がラウラに向かっていく。 言葉を交し合ったのはそこまでだった。軽いステップで跳躍したかと思うと、一気に 教えてやる﹂ ﹁構わん。全て、真っ向から倒すだけだ。来い、織斑一夏。貴様に本職の格というものを ればただ増えただけだがな、やれることは見た目以上にあるぞ だ。銃器とかでも良かったんだけど、やっぱり俺には刀の方が性に合っている。一見す ﹁別 に ど う と い う こ と は 無 い よ。単 に 整 備 し た ら 要 領 に 空 き が で き た か ら 載 せ た だ け 正を入れ、そして言葉を続ける。 真剣な、しかし明らかに間違っている解釈のラウラの言葉に一夏は軽く呆れながら訂 ﹁そりゃ漫画の世界の話だよ。現実に三刀流なぞ、無茶にもほどがある﹂ 952 ﹁ふ、む。千冬の薫陶ですか。中々、あのドイツの子は見所があるようですね﹂ アリーナのスピーカーがラウラの言葉を観衆に伝える。VIP用ブースで防衛省幹 シュヴァルツェ・ハーゼ 部護衛の任の最中にある美咲はそれを聞いて小さく感心するように呟いた。 ると聞いているが、やはり君にかかっては見所がある程度に収まるかね ﹂ ﹁ラウラ・ボーデヴィッヒか。ドイツの黒 ウ サ ギの実働隊で最年少ながら隊長を務め 男、赤木防衛事務次官であった。 そう美咲に尋ねるのは彼女の護衛対象であり、現在彼女の隣で椅子に腰掛ける初老の ? それが業界で見てみれば大ベテランに当てはま ? 茶目っ気を含むような美咲の言葉に赤木はカラカラと笑う。千冬と並んで日本の、世 すよ﹂ るなんて。まだ三十にもなってないのに古い時代の人扱いされるのは少々困りもので ﹁全くです。私、まだ二十七ですよ はな。つくづく空恐ろしさを感じる進歩の速さだ﹂ ﹁だがその黎明期も数えてみればたかだか十年前から少し程度。それが既に一時代前と を知らないのですから﹂ に収まりますよ。次代の違いゆえに致し方なしとは言え、今の娘たちは黎明期の過酷さ ﹁あいにくですが、私や千冬から見れば今現在の現役の乗り手など殆どがその程度の枠 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 953 界レベルで見てもIS乗りとしての最古参にあたる彼女は防衛省とのつながりも相応 の長さを持っている。 まだIS関連の各方面の整備がままならない頃からの付き合いが美咲と赤木の間に はあり、親子ほどに年が離れて立場の厳然たる違いを持ちながらも、こうして冗談交じ りの会話ができるほどには親交があった。 ﹂ ? の腕だと言うのに。 めの内。すぐに解析され、対策をされ、意味を失くす。本当に必要なのは何よりも本人 かに新型や目新しい武装というものは往々にして高い戦果を挙げられますが、それも初 どうにも最近の子たちには新型や目新しい物を重宝したがる傾向があるようで。確 ことにはいささか物申したくあります。 否は言いません。いえ、むしろ私とて推奨はします。ですが、作ってそればかりになる ﹁常に新しい物を生み出す。それ自体は人類全体にとって必要な発展的行為である故に きっぱりと言い切った。 ﹁無論です﹂ ね いっそ摩訶不思議な新型の装備にも面白味を感じることができるが、やはり君は違うか ﹁ま ぁ 私 は I S な ど 動 か せ ん か ら ね。こ う し て 観 客 に 徹 し て 見 て い る。だ か ら こ そ、 954 幸いと言いますか、この学園の卒業生からそのままIS乗りに進んだ子は比較的そう した意識もあるのですが、やはりそれ以外の方面から来たとなると。特に企業のテス ターにその傾向が見受けられますね﹂ ﹁まぁそっちはその新型などの最前線だ。必然、それに合わせた考えに傾いてしまうの だろうよ﹂ 三世代の新型ISに新装備 新進気鋭のホープ 無意味、等しく無意味ですよ。何 ? 乗り手の思考で動く自立砲台 不可視の砲弾を放つ 賢しいの一言に尽きますよ。 ? 相手の動きを止める ? ? 露見させるのが嫌だから物珍しげな武器を引っ張り出して強いとでも思わせたいので 足りていないのはただただ当人たちの強さのみ。それが足りていない。けどそれを なんですかそれ ? れる第一世代の暮桜であっても、一刀の下に屠られるのが目に見えている。 をどんな組み合わせで持って来ようが、彼女に、たとえ駆るのが今では時代遅れと言わ ? ﹁真実強者たる者はただ在るというそれだけで十分なのですよ。千冬などその好例。第 を引っ込めて美咲にその言葉を放った意図を問う。 一転、美咲の口調から温度というものが消え去った。赤木もまた、浮かべていた笑い 思ってしまうのですよ。新型、第三世代││何もかもが馬鹿馬鹿しい﹂ ﹁はぁ、ますます自分が古臭い人間に思えてきて、さすがに参りますね。ですが実際こう 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 955 すか オモチャ それで卵でも立てたようなつもりにでもなっているのですか ? ﹁お恥ずかしながら、少々⋮⋮﹂ ﹁もしかしなくともだが、結構不満が溜まっていたりするのかね ﹂ の桁が違えば、やれ相性だの武装の特異性だのは無意味に帰するのですよ﹂ わ。それをつまらないと言うのであれば、それはその者がつまらないということ。実力 ぎるのは逆に白けるというもの。少なくとも私は純然たる衝突こそが王道と思います 別に特別なものなどさして必要ないのですよ。あれやこれやと変に趣向を凝らし過 ものがとんと見当たらなくなりました。 からはっきり言いますが、技術の進歩、広まっていく新型、それに伴って圧倒的という る道具に過ぎない。道具を主役にしている時点で愚かの一言に尽きますよ。この際だ 笑止。真に王道とは、ただただ当人だけに帰結する力ですよ。すべてはそのためにあ 高尚な戦いのように演出して悦に入る。 まるで曲芸じみた武器で自分が高みに上ったような気になったまま踊り、それがさも ? りましたが、どうにもファッションの類と勘違いしているような意見もチラホラ。本当 ﹁本当に。主に十代を主軸に据えた女性へのISの意識調査、などというのが以前にあ 辛かろう﹂ ﹁まぁ、なんだね。心中は察するよ。後進にあたる者に見所を見出しにくいのは、確かに ? 956 に困ったものです﹂ 少なくともこの悩みは美咲にとっては実に深刻なものである。IS乗りである以前 に武人としての自己を確立している彼女にとっては、後進の育成もまた必要なことと考 えている。 だがその後進としてふさわしい者が少ないとなると、そもそも育成をする以前の話に なってしまう。 苦し、このIS学園も教育施設ではなく研究施設だった頃、今もなお黎明期の名立たる 美咲と赤木の言葉には共に懐かしさが宿っている。まだISの扱いに各国が四苦八 は君くらいなものだ﹂ ﹁黎明期の傑物達か。今となっては、少なくとも我が国が把握している一線での活動者 は千冬だけじゃない。他にも多くの良き競い相手達が居たものです﹂ ﹁本当に、ただくだに高みを目指すだけだった昔が懐かしく思えてきますね。あのころ まえよ﹂ ﹁苦労は察するよ。だが、それも含めて君の仕事だ。月並みな言葉だが、頑張ってくれた 安はありますね﹂ 中の何人かが正真正銘の高みへ登れるかと問われたら、彼女らには悪いですが多少の不 ﹁一応、私の部下の子たちにはそれなりに教えを施しているつもりですが、はたしてあの 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 957 ブリュンヒルデ ライト・エンプレス デア・ザミエル 一流の乗り手たちとして知る者ぞ知る敏腕が研鑽に励んでいた頃を美咲は懐かしむ。 ﹁もっとも、それに我々が助かっているのも事実だ。私個人の意見としては、君には可能 もありますよ﹂ ととはいえ未だに一線に立ち続けている自分が実はただの頑固者なのでは、と思うこと 方も分からなくなった者もいる。いささか寂しいとも思いますし、好きでやっているこ 立場から去った者もいれば既に後進の育成に従事する者もいる。表舞台より去って行 ﹁今となっては当時の面子も殆どが一線を退いてしまいました。IS乗りであるという いると言わざるを得ない。 かつての自分と研鑽し合った者達と比較すればどうしてもその執念に、気迫に、劣って るということは美咲も重々承知している。それを決して貶めはしない。だがそれでも 今現在の主役と言える若い世代たちにもまたそうしたIS乗りである理由、気概があ れの理由を持って研鑽に励んでいた。 挑戦のために、ある者は名声を求め、ある者は己が奉ずる祖国のために、各々がそれぞ の先駆けたちだ。他にも多くの者がISという未知なる兵器を物にして、ある者は己の 美咲が呟くのはISの黎明期においてとりわけ高い技術、実力を誇っていたIS乗り ヴァイセンブルク⋮⋮、本当に懐かしい﹂ ﹁我が国ならば﹃戦 女 神﹄の千冬、アメリカの﹃姫 光 帝﹄ミューゼル、ドイツの﹃大 魔 弾﹄ 958 な限り現役でいて欲しいものだよ﹂ ﹁ふふ、そう言ってもらえると私も仕事人冥利に尽きますわ﹂ 赤木の言葉に美咲は微笑と共に謝意を告げる。そして再びアリーナに視線を戻すと 浮かべていた微笑を怜悧に値踏みする硬質なものへと変え、空中で繰り広げられる白と 黒の攻防を見据えた。 !! とめて受け止めるが、片腕のみで両腕から繰り出される攻撃を受け止めたことで一瞬押 一夏の振るう二式中型近接刀の二振りがラウラへと迫る。それを回転刃の一本でま ﹁せあっ ﹂ であることの証左だった。 その非情の刃故に﹃斬魔姫神﹄と知る者に畏怖された当代最高峰の武人にしてIS乗り イビル・ゴッデス その瞳に宿った冷たさはまさしく絶対零度。彼女が回顧した歴戦の猛者達と同様に の、私が奉じる道の次代を担うあなたたちの実力、この場で検めさせてもらいます︶ ウラ・ボーデヴィッヒ、我が最強の好敵手たる戦女神の教えを受けた黒兎。武の、IS ︵では、見せて頂きましょう。織斑一夏、我が最強の兄弟子が後継たる若き刃。そしてラ 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 959 960 し切られそうになる。それを避けるためにより力をこめて踏ん張ろうとするが、直後に 体を捻った一夏の膝蹴りがラウラの側面を叩く。 密着状態が解除されたのを契機としてラウラは後退、そのまま空いている左手に予備 の装備として格納していたハンドガンを展開し、照準を定めるのもそこそこに一気に弾 丸を放っていく。かわしては行動のロスが多いと即座に断じた一夏は二刀を乱舞のよ うに振るい弾丸を纏めて弾き飛ばす。いくつか斬撃の防御をすり抜けた弾丸もあった が、元々IS戦という規模で見れば小口径に分類される弾丸だ。直撃も無く掠めた程度 なのでダメージらしいダメージは無い。 弾丸が途切れたのを見ると一夏はすぐさまラウラに向けて吶喊する。元々高い機動 性を主軸に開発された白式だが、近接格闘を主体とすることもあって特に前方方向への 直進の速さは他の専用機と比較しても群を抜いたものがある。AICで迎え撃とうと しても察知されてかわされるだけと、今度はラウラも回転刃で迎え撃つ。 一夏の左腕に握られた刀が振り路される。交差させた回転刃で受け止めたラウラは インパクトの瞬間に思いきり腕を押し込む。左腕から伝わったラウラの抵抗による押 し返そうとする重さに対して一夏が取った対応は、更に力を込めて抵抗するのではなく そのまま力の流れに腕を任せることだった。 押し返された刀はそのまま一夏の手から離れる。だが直後に一夏の右手が握る刀を 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 961 振るう。狙うのは左の太刀を押し返したことで伸びたラウラの上半身側面。回転刃の 交差を解いたラウラは左腕を払うように奮って回転刃を迎撃に向かわせるが勢い、乗せ る力といった要素の不足によって今度はラウラの腕が弾かれる結果となる。 ラウラの腕を弾くとほぼ同時に一夏は、左手から離れて一回転半した刀を逆手に掴ん でそのまま振り抜く。ラウラから見て右側からの攻撃を、左半身の体勢が若干崩れたま まではあるものの、何とか整っている体勢の右腕の回転刃で受け止める。そのまま棒の ように腕をその場に留めつつ押し込まれまいとラウラは力を込める。この拮抗による 硬直の中、一夏は逆手に柄を握る左手を離す。 元々左の太刀を受け止めるラウラの回転刃はその場に留まろうとするだけで押し返 そうという力は込められていない。持ち主の手から離れても刀は弾き飛ばされず、すぐ に重力に従い真下へと落下を始めようとする。だがその先走りである水平状態の崩れ に先んじて一夏は一度離した左手で今度は柄を順手に持ち直す。 そして両腕を一度引くと、そのまま連続して突きの猛攻撃を繰り出した。数秒の間に 十を超える刺突の連続、更に一夏は勢いを利用しての連続回転切りへと繋げる。元々超 近距離でのクロスレンジにおけるマニュピュレーターや腕部の運動性では白式に分が ある。ラウラも応戦はするものの、捌ききれなかった数撃が装甲を掠めてシールドの残 量を減らす。 962 回転斬りの勢いをそのままに一夏はラウラの上方に飛ぶとそのまま二刀を振りかざ して叩き斬るように落下をしてくる。スラスターを逆向きに吹かしたラウラは一夏の 落下軌道から外れるとそのまま逆噴射のままに瞬時加速を使用する。予想だにしない 後方移動の瞬時加速に一夏が目を見張るのも一瞬。後退と共に宙から地面に降り立っ たラウラはレールガンの砲身を伸ばし一夏に向けて照準を合わせる。 今度は一夏も回避を選択した。楕円形のアリーナの境界に添うように大きく旋回飛 行し、レールガンの照準を振り切ろうとする。その大きさから似つかわしくない連射性 を持つレールガンは次々と砲弾を撃っていく。だが照準のロックが白式の速さに間に 合わないため、放った砲弾の悉くがアリーナと観客席を隔てるシールドに弾かれて地へ と落ちていく。すぐ目の前のシールドで爆ぜる砲弾の爆発と轟音に観客席の生徒たち の悲鳴じみた声があがるも、それを気に掛ける余裕は二人には無かった。 土 煙 を 上 げ な が ら ラ ウ ラ 同 様 に 地 に 立 っ た 一 夏 が 蒼 月 を 振 る う。振 る わ れ た 刃 は 迫っていた砲弾を真っ二つに斬り飛ばし半分になった弾体を後方にすっ飛ばす。その まま一夏はスラスターを吹かす。 照準を定めさせないためのジグザグとした機動、加速と方向転換を対になっているス リ ボ ル バ ー・ イ グ ニ ッ シ ョ ン ラスターの片方ずつによる瞬時加速によるものと見たラウラは今度こそ瞠目する。何 せそれは一般に個別連続瞬時加速と呼ばれるスラスターを用いた加速技術の中でも現 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 963 状特に高い難易度を誇る技術なのだ。ラウラとて挑戦はすれども確実にできるという 確証はほとんど持てない。そんな技術を知ってか知らずかやってのけた一夏に、ラウラ は更なる闘志を燃やしてそれを獰猛な笑みの形に吊り上げた口の端という形で表情に 表す。 蒼月をホルダーに下げると再び二刀での連続攻撃でもって斬りかかる。順手、逆手の 持ち替えを織り交ぜながら縦横無尽に斬りつけていく。更に一夏は二刀の柄同士を接 触させる。パーツ固定用のボルトを加工したものを取り付けた柄は甲龍の双天牙月の ように長柄の武器に二刀を一本の武器に転じさせることができる。 重い風切り音と共に二刀が変貌した両刃の薙刀を高速で回転させる。横合いからの 一撃を防いだと思えば既にそこに刃はなく今度は真上から迫ってくる。先ほどまでの 二刀とは似ていながらも趣を異にする連撃にラウラは守りのリズムを僅かに崩される。 一度仕切り直しをしようとラウラはバックステップで下がろうとする。それを当然な がら許す一夏ではない。すぐに追撃をしようとするが、レーゲンの腰部から放たれたワ イヤーがそれを阻もうとする。小さな舌打ちをしながら一夏は薙刀を前面で扇風機の ように回転させて放たれたワイヤー二本をまとめて弾き飛ばす。そして再度ラウラに 迫り斬りかかる。 違 和 感 に 気 付 い た の は 最 初 の 一 太 刀 か ら だ っ た。明 ら か に ラ ウ ラ の 反 応 速 度 が 上 がっていた。変化に気付いたのはその次だ。ラウラの左目を覆う黒い眼帯、それが外さ れ今まで封じられていた左目が顕わになっていた。 ヴォーダン・オージェ 一 夏 は 知 る 由 も 無 い が、ラ ウ ラ の 左 目 に は あ る 生 体 技 術 が 収 め ら れ て い る。名 を 体では起こりえない現象だ。ならば起こらないはずの事象を起こし、なおかつ敵を打倒 振るわれる斬撃、その悉くを見切らんとする左目は金色に輝いている。それは本来人 夏の評価はIS学園第一学年中最高のものとなっている。 ためだ。それすらも使わねば完全に勝利を得ることは難しい。今やラウラの中での一 封じると決めていた忌むべき左目、その封印を解いたのは他でもない確実なる勝利の げ、同時に不完全な目の御し方を彼女に伝えたのがかつての千冬である。 はラウラをIS乗りとして地に貶めた苦い記憶の象徴なのだ。そしてそこから引き揚 何故ならばラウラの目に宿る越界の瞳は稼働が不完全、効果を発揮しこそするがかつて 本 来 で あ れ ば 始 め か ら 使 っ て い て も 良 い 能 力 だ。だ が そ れ を ラ ウ ラ は し な か っ た。 れが齎す意味は非常に大きい。 るものではない。だが、このような近接格闘戦において動体視力が強化されること、そ その効果の一つは一言で表すならば﹁動体視力の飛躍的強化﹂だ。決して突飛と言え ISパイロット用の身体強化技術の一つだ。 ﹃越 界 の 瞳﹄。欧州でも比較的早くIS、関連技術の研究に着手したドイツが開発した 964 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 965 するためにあるこの目は正しく魔眼と呼べるものだろう。 当然ながら一夏はラウラの左目に関するアレコレを一切知らない。だが、武人として 反応速度が上がっている 磨き上げてきた勘が凡そのことは告げていた。つまり、反応速度が上がったというこ と。認識などそれだけで十分。 決まっている。視えている ? それがどうした。それ以上を誇る正真正銘の魔人とも言える存在を彼は知ってい ならばどうするべきか ? と言うのはこの技法を彼に授けた彼の師の弁だ。実際今現在でそこまでできるかと の流れに巻き込み完全に手玉に取ることもできる。 ば動きの先読みから自身の動きを相手の流れにトレース、更には逆に相手の動きを自分 で疑似的な未来予知にも等しい動きの先読みを行う。より練度を高めることができれ に対して相手がどのように対処をしてくるのか。そんな読みを数手分先まで行うこと 正確に言うのであれば思考のトレースに近いだろう。自分が行おうとしていること ボーデヴィッヒという人間の思考だ。 一夏の双眸がラウラの双眸を射抜く。視るのは瞳、瞳孔、網膜、その更に先、ラウラ・ て迎え撃つまでだ。 視えているならばそれで結構。ならばそれですら対処できない技を、技量を以ってし る。今更その程度で驚きやしない。 ? 966 問われたら、一夏自身の技量とラウラ自身の腕前から相対的に見積もって難しいだろ う。だが、最初の段階の先読みくらいならば完全にできる。 思考の予測による動きの先読みを行う一夏と、このアリーナに集う誰よりも高い動体 視力を以って完全な見取りを行うラウラの攻防は、次第にそれまで火花を幾度も散らす ような激突から陣取り合戦のような牽制の応酬になっていく。互いに突かず離れずの 距離を保ちながらもアリーナを目まぐるしく駆け巡っていく。突き出された拳をいな し、振り上げられた蹴りをかわし、横に払われた剣を同じように剣で以って捌く。 このままでは状況が膠着すると一夏が判断したのは流れが移行してから数秒経った すぐのことだった。ラウラの攻撃に対処することは十二分に可能だ。だがそちらは向 こうも同じこと。ならばどうすべきか。答えはすぐに出た。 両刃薙刀だった二刀の柄のロックを外して再び元の二刀の状態に戻す。そして二振 り 同 時 に 下 か ら の 渾 身 の 切 り 上 げ。先 ほ ど ま で の 相 手 の 出 方 を 伺 う よ う な 牽 制 と は 打って変わった思わず気圧されるようなプレッシャーと共に振るわれた刃にラウラも 反応しこそすれ回避が間に合わなかったために回転刃を交差させて防御を試みる。だ が激突した二振りの刀と回転刃が拮抗したのも束の間、二刀は回転刃を大きく弾き飛ば し振り抜かれる。 回転刃が弾かれたことで必然的にラウラの体勢も崩れる。振り抜いた二刀を一夏は 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 967 そのまま手放す。白式の手、そこに仕込まれた凶爪が獲物を捉えたからか陽光を反射し てギラリと光る。両手それぞれが貫手を形作りラウラへと迫る。迫る二本の腕を見て ラウラはこの試合で最大級の危機感を覚える。 回避しようにも逃げ場が封じられていた。腕の微妙な動きの変化で、それを操る一夏 自身が全身で牽制に牽制を重ねてラウラの退路を封じていた。 これが一夏の出した答えだ。見切られているならそれでも結構。ならば視えていて もかわせない技を、攻撃を放てばいい。絶対に当たる、それは常軌を逸した速さや決し て逃がさない追尾なのではなく、初めから逃げようがないということによって真実為さ れるのだ。 そしてこの逃げ場のない双腕の貫手に対してラウラが取る選択肢は二つだ。かわす ことができない。ならば素直に受け入れ当たること。そしてもう一つは真っ向から迎 え撃ち打ち破ること。 ラウラが取ったのは後者の選択肢だった。否、選択の余地など初めから無かった。そ れ以外にどうしろと言うのがラウラの弁だ。 迫る二本の貫手、その最中に右腕の動きが僅かに鈍ったのをラウラの左目は見逃さな かった。反射的に両腕を伸ばしその右腕を掴み取る。これで片腕を封じた。あとは身 を捻り残る左腕をかわすだけ、そう思った矢先だ。掴まれた一夏の右腕、その先にある 968 手が貫手の形を解いて大きく開いた。そして開かれた腕はそのまま自身を捉えるラウ ラの腕の片方を掴む。瞬間、ラウラの視界が上下逆さまになった。 捉えた、ということは言い換えれば自分もまた相手に捉えられかねないということ だ。そこを突いた一夏の二重の仕込みだった。大きくラウラをレーゲンごと振り回す ように投げ、そのまま真下に叩き落そうとする。すぐ目の前を落ちるラウラ、その頭に 向けて一夏は膝を思いきり振り上げた。厳密にどの武術に属するというわけではない、 強いて言うならば我流の産物と言えるこの技は相手を投げ、その勢いを利用して頭部へ の蹴りのダメージを増幅させるものだ。 その威力たるや推して知るべし。今度こそ回避も守りも間に合わなかったラウラは 落下の勢いが加わった合金の装甲による膝蹴りを脳天に直撃させられる。目の前で火 花が散るような光が奔ると共に激痛が頭部全体に広がる。そのまま吹っ飛ばされたラ ウラは二転三転と地面を転がるものの、それでも歯を食い縛って痛みにこらえながら意 識を明確に保ち倒れまいとする。 クリーンヒットを与えた一夏はこのまま流れを一気に自分の方へ持っていこうと間 発入れずに追撃を掛ける。スラスターを吹かしながら跳ねるようにラウラへ直進し、今 度は右手による熊手を叩きつける。だが、その右手はラウラに届くことなく止まった。 いや、止められた。 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 969 今度は一夏が狼狽えた。まるで右手だけがその場に縫い付けられたように動かない。 もしやと思ってラウラを見る。そこには、歯を食い縛りながら目を見開き、それでもし てやったりと言う笑みを口の端に浮かべたラウラの顔があった。AIC、正しく自分と 白式にとって最大の弱点にも等しい枷に捕らわれたことを一夏は悟った。 ラウラにとってもこれは賭けだった。AICがその発動、維持に求める乗り手の思考 のリソースはブルー・ティアーズや衝撃砲に比べて非常に大きい。それもその凶悪な性 能を考えれば当然の代償と言える。だからこそラウラはそれを可能な限り減らすため に腕によるアクションなどの指標も加えていた。 だからこそ、何の身体動作による補助もなく、なおかつ決して平静とは言い難い心理 状態でAICを発動するのはこれが実質初めてだった。せめて迫る手だけでも、そのた めに展開範囲を平素のそれに比べて極小と言える小ささにし、今現在の持てる集中の殆 どをつぎ込んだ。その結果が、一か八かの賭けの成功だった。 レールガンの砲身が動き、再度一夏に狙いを定める。この至近距離、なおかつ動きの 大半が封じられた状態、もはや当たらない道理はない。 舐めるな、吼えるような怒号が一夏から発せられる。自由に動く左手が二刀の片割れ を掴む。それを一夏は迷うことなくレールガンの砲身に投げ込んだ。刀が飛び込むの とレールガンの発射指示が下ったのは同時だった。 砲身内に大きな異物を取り込んだまま砲弾が放たれる。齎される結果は﹃暴発﹄とい うあまりにも予測に容易いものだった。レールガンの砲身、そして投げ込まれた刀が爆 散する。砲身の爆発はレーゲン本体とラウラだけでなくそのすぐ間近に動きを縫いと められていた一夏すらも襲った。 苦悶の声を上げシールドの残量を大きく削りながら互いに反対方向へと吹き飛ばさ れていく。そのダメージは決して軽くなく、一夏もラウラも吹き飛ばされそのまま立ち ﹂ 上がることはなく、どちらも一度地面にその身を伏した。 ﹁ガァッ 中でもより威力に優れた古流に属する一手だった。雷神の鉄槌のように振り下ろされ 上方からの肘の打ち降ろし、肘と膝による打撃を主とするタイの国技ムエタイ、その がら落下してきていた。 ると共に飛翔していた一夏がラウラの真上まで移動し、そして大きく肘を振りかぶりな をAICで何とか動きを止めることで防ぐ。直後、ラウラの視界に影がさす。刀を投げ ラウラに向かって投げつける。一夏に遅れる形で立ち上がったばかりのラウラはそれ 立ち上がった一夏は距離を詰めるよりも先に無事なまま片割れを失った残る一刀を う点では彼の方が圧倒的に優位に立っている。その差がここで表れた運びである。 獣のような唸りと共に先に立ち上がったのは一夏だった。元より素のタフネスとい !!! 970 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 971 る肘に思わず左腕をかざして防ごうとしたラウラだったが、それはどちらかと言えば悪 手だった。振り下ろされた肘の一撃は刃を回転駆動させていない回転刃の刀身半ばに 当たった。元々そこまでの厚みを持っていない回転刃はこの試合の最中で想定以上の 酷使を強いられ、そこへ追い打ちをかけるように強烈な一撃を叩きつけられたのだ。そ の結果、刀身は中程が砕けて真っ二つに折られた。 技の直撃で落下の勢いを殺された一夏はそのまま身を捻り膝蹴りをラウラの側頭部 に叩き込む。今度こそ完全に流れを取ったと確信した。白式に残った最後の武器、白式 本来の刃である蒼月の柄を握り、地に足をつけると同時に思いきりラウラの胴を切り上 げた。 火花を散らしながら蒼月の刃がレーゲンのシールドを削る。振り抜いた勢いのまま 左手を伸ばしてラウラの頭を鷲掴みにする。そして、攻撃の直撃によって完全に怯んだ ラウラに一夏は最後の手札を切る。 すさまじい爆音が白式の背から鳴り響くと共に、白式が掴んだレーゲン諸共にその場 から掻き消えた、その直後には轟音を響かせながら一夏がラウラをアリーナの隔壁に叩 きつけていた。 オーバード・イグニッション ISの加速技術、その中でも難易度最高峰にして、かの零落白夜に並んで織斑千冬を IS乗り最強たらしめた絶技﹃超 瞬 時 加 速﹄の発動だった。過日のセシリア戦におい 972 て一夏が使用、そして見事に自滅をしたあの大技を再び一夏は使ったのだ。 イヤ 姉には完全に物にできないなら使うなと言われ、一夏自身それに従うことに否は無 かった。だがラウラが顕わにした左目、それがきっとラウラが己で秘すと決めた奥の手 であろうと悟った一夏は同時に刺激されたのだ。向こうがそう来るのならば、こちらも 相応の返礼をすべきと。その想いが、彼にこの技の使用を決意させた。 未だに加速の制御はできていない。何せ通常の瞬時加速でも軽々対応してのける白 式のハイパーセンサーですらまともに周囲の認識ができない程の超加速なのだ。だが その制御できないということを逆手に取る。一切の勢いを殺さぬままに一夏は鷲掴み にしたラウラを壁へと叩きつけた。 激突の衝撃はラウラだけでなく彼女を掴む腕を通して一夏すら侵し抜く。左腕にこ れまでのどの試合でも感じなかった強い痛みが走るが、この程度の痛みなど修行で茶飯 事と己を鼓舞して耐える。そのまま一夏はラウラを壁に押し付けたまま加速に身を委 ね、おろし金のようにレーゲンを削っていく。 完全に勢いがなくなったのは意外に早く壁への激突から数秒程度だった。やられて いたラウラは当然として、無理を押していた一夏もまた壁から離れて投げ出されるよう に宙を舞う。その最中、アリーナのモニターに示されたレーゲンのシールド残量が残り 僅かであることを見た一夏は正真正銘最後の一手に打って出る。 ﹂ ! 勝利を告げ、ここのタッグトーナメント第一試合、専用機の部一回戦第一試合が決した。 場内アナウンスがラウラ、箒両名の戦闘不能を告げる。そして一夏とシャルロットの 未だ戦闘不能状態のまま。もはや勝敗は決していた。 甲高いブザー音がアリーナに鳴り響く。片やシールドを0にされ、そしてもう片方は 起き上がることなくモニターに映るレーゲンのシールド残量は0を示していた。 を上げながらその上を滑るレーゲンとラウラ。その動きが完全に止まった時、ラウラは 未だ宙を舞うラウラへと接近、蒼月の一撃を叩きつける。地面へと叩きつけられ土煙 ﹁らぁっ 第二十四話 ぶつかるは共に最強に憧れし者たち 973 ﹁ぐぁああああああああああああああああああああ ﹂ く悲鳴は、さながら続く第二幕の幕上げを告げる号砲のようであった。 そして、観衆の歓声が爆発するよりも前に、一人の少女の悲鳴が響き渡る。苦悶に呻 !!! 974 ﹂ 第二十五話 偽りの戦女神 ! 不意に視界が閉じた。それが己を頭を鷲掴みにしている一夏の、白式の手であると理 ける。 も、主武装である回転刃はその片方を折られ、そのまま一撃二撃と続けざまに攻撃を受 早く立ち直ったのは相手の方。この機を逃すまいと迫る攻撃を何とか凌ごうとする ものだけが物を言うのだ。 だ。IS、優れた武器、特異な能力、何も関係ない。一人の戦士として積み重ねてきた とせずに相手を倒そうと己を動かせるかだ。そこに必要なのは徹頭徹尾自分自身のみ 互いに同じだけの傷を受けたのであれば、後はいかに早くそこから立ち直り、苦を苦 お互い様だ。 ザマだ。もちろん、そこに至るまで相手にも決して軽くない損傷は与えた。だがそれは 苦い経験の象徴でもある左目の封印を解いてまで取りに行った勝利だが、結果はこの 気を無理やり吐き出させられていた。 背中から壁に猛スピードで叩きつけられた衝撃にラウラの体はたまらず肺の中の空 ﹁ガッ、ハァッ⋮⋮ 第二十五話 偽りの戦女神 975 解するよりも早く体がバラバラになるのではないのかと思えるほどの衝撃を受けてい た。 それが敬愛する恩師の切り札の一つによるものであると理解することもできぬまま、 今度は束の間の浮遊感が全身を包み込む。そして、激痛により朦朧とする意識の中、胴 の真芯に叩き込まれた衝撃に無理やり意識を叩きこされたラウラの目に映ったのは遠 ざかっていく空、再度の背中への衝撃と共に舞い上がった土煙、そしてその値がゼロへ ︶ と一気に減っていくレーゲンのシールド残量の数値だった。 ︵私は⋮⋮負けるのか のが自分にとって良いことなのかを考えることができた。 分の置かれた環境にただ悲嘆するでもなく、その中で自分に何ができるのか、どうする 持って生まれた才覚によるものか、ラウラ・ボーデヴィッヒは聡明な少女だった。自 ら聞かされていた。 ることができなかった、そう彼女は生まれ育った国軍の援助で運営される孤児院の者か れる可能性のあった遠縁の親戚も家庭の経済状況の厳しさゆえに彼女を引き取り育て 彼女を産んだ血の繋がった両親は彼女が乳飲み子である時分に事故で他界し、唯一頼 てきたわけでもないし、コウノトリがどこからともなく運んできたわけでもない。 ラウラ・ボーデヴィッヒには親が居ない。だからと言って別に彼女とて木の股から出 ? 976 そして全世界を雷鳴のように駆け抜けた白騎士事件の勃発、そこから端を発するこの 世界におけるISの歴史の開闢から数年が経過した時、彼女が選んだのはIS乗りとし て身を立てることだった。 どこの国を見渡しても、それこそ開発者の出身国ですらISの扱いに手をこまねてい るなか、ドイツもまた同じような状況にあった。そうして時の軍が打ち出した一つの方 策が、優れた適正を持った搭乗資格保持者︵つまりは女性、それも少女のことである︶に 早期から軍、さらには政府の援助の下で専門的教育を受けさせ、将来的には世界でも トップレベルの質を持ったIS乗り達を国家として保有するというものだった。 それこそ皮算用と言われてもおかしくないような方策、そこから国中に広げられた募 集にラウラは迷いなく志願したのだ。 そこへ突如として立ちはだかった壁であり挫折、それが彼女の左目に宿るものだ。途 道のりを辿っていた。 を踏み出したラウラは、その意思と国家に認められた才覚を如何なく発揮し順風満帆の 同じ道を志した同胞たちの中でも最も若年でありがながら確固たる意志を持って一歩 た国への恩義を奉仕という形で返す。当時十と少しを数えたばかりの、それこそ正しく 身を立てると同時に、乳飲み子でありながら天涯孤独となった自分を養い育ててくれ ︵私が、黒ウサギの栄誉ある一員の私が⋮⋮︶ 第二十五話 偽りの戦女神 977 978 端に落ち込む成績、純粋に気遣う同輩たちの言葉すらまともに受け入れられなくなって いた中、彼女の前に現れたのが織斑千冬であった。 何てことは無い。自分が教える以上は他の者達と同じように相応のレベルになって もらう。そう示すような姿勢で授けられた教えは、ラウラを文字通り救った。再び返り 咲いたトップの座、それは数字としての成績だけでなく、祖国唯一のIS運用専門部隊、 その実働部門の隊長に任ぜられたことが示していた。 だが、それだけの結果を出した頃には既に千冬は彼女の前から去っていた。それも当 然の話だ。元々そういう契約であり、千冬にもまた帰るべき場所が、そこで待つ者が居 るという当たり前の事実があっただけのこと。そのことをラウラは十分に承知してい た。そ れ で も、思 っ た の だ。も っ と 一 緒 に 居 た い と。嫉 妬 だ と も 分 か っ て い る。け れ ど、千冬が帰るべき場所と定めたそこは、本当にそれほどの価値を持っているのかと 疑ったのだ。 それを確かめる機会を不意に訪れた。白騎士事件以来の衝撃とも言える初の男性I S適格者の発覚、その調査と同時期に開発された新型の実地データ取得、それらを目的 としてのIS学園への編入の話がラウラの下に舞い込んだ。 二つ返事での了承だった。海を渡り日本へと渡る最中、ラウラは一人の人物について 考えを巡らせていた。件の騒動の中心人物、織斑一夏。はっきり言ってISを男の身で 動かしたなど彼女にはどうでも良かった。そればかりは男であるならどこの誰であれ 同じことだ。重要なのは、彼こそが千冬がラウラの前から去り故郷へと帰って行った言 うなれば楔そのものであるということ。 そう、ただの嫉妬でしかないと分かっていた。だがそれでも、どうしても納得した か っ た の だ。自 分 自 身 で、織 斑 一 夏 は 織 斑 千 冬 に と っ て 必 要 な の だ と、い い や 違 う。 もっと単純に、自分が彼を認められるかどうかを、直接知りたかったのだ。 ︵あぁ、もう⋮⋮認めているさ︶ 転校したばかりの、最初の顔合わせ。不敵な笑みと共にからかわれた。授業での彼の 檄を飛ばしながらの同級生への指導は自然と自分の意識も刺激された。初めての手合 せの時、突然の申し出にも出来うる限りの対応をしてくれたことには素直に感謝した。 そしてその後の妙技には思わず舌を巻かされた。 久方ぶりの恩師との二人きりでの会話、その後に彼と二人で話した時の彼の﹃力﹄、 そうして今日、ようやく訪れた大舞台での本格的な勝負。機体の要である最新装備は 良いものだった。 二人の候補生を同時に相手取り勝利を収めたあと、奢ってくれたプリンの味はとても ではなかった。 ﹃武﹄への真摯な思いは、決して直接的な解答にはならなかったが、聞いていて悪いもの 第二十五話 偽りの戦女神 979 見抜かれ、封印を解いた左目すらも通用しきらなかった。だが実際に技を交えたからこ そ分かる。彼もまた、今の時点で出せる力を出して本気で立ち向かってきていた。 互いに本気で勝ちたいと願い、片方だけに与えられる勝利を目指して競い合う。否定 できない。そこにラウラは確かな充足感を見出していた。 認められるかどうか分からなかった相手を認められた。敬愛する恩師と再び身近に 接することもできるようになった。刺激を与えられる競い相手達も多くいる。そして、 戦いそのものにすらこんな気持ちを持てる。これを満ち足りていると言わずして何と 言うのだ。 ︶ そしてこれだけ多くのものが揃ったのだ。ここまで来たのであればもういっそのこ と││ ︵勝ちたい⋮⋮ 強く思っていたからだろうか。ふと聞こえてきたその小さな言葉に迷うことなく肯 ││カチタイノカ││ る。勝ちたい、勝ちたい。 胸の内に満ちていた全てが勝利への欲求に置き換わる。まだ、まだ動ける。まだ戦え ! 980 グッ あぁああああああああああああ ﹂ !!! 定で返していた。直後、異変は起きた。 ﹁あぁっ !! ︵ち、違う 違う違う ︶ そのことに全身がサッと冷えていくような恐怖を覚えた。 かが自分を塗りつぶそうとしているかのように意識が闇に堕ちかけていくのを感じた。 全身に痺れるような痛みが奔る。たまらず苦悶の叫びを上げる中、ラウラはまるで何 ! ! 分自身で水を差してしまったことに、彼への申し訳なさが募る。 見えた。こんな無様を晒してしまっていることが悔しい。何より、せっかくの勝負に自 ぼやけ始めた視界の先で自分の方を見つめる一夏が驚愕の表情を浮かべているのが その引き金を自分自身で引いてしまったことが堪らなく悔しい。 だろう戦いができていたのだ。それがこんな形で邪魔をされてしまったことが、何より 悔しい。せっかくこの上ないまでに爽快な心持ちで、間違いなく互いに納得のできる ︵私は⋮⋮私は⋮⋮︶ だがそんなラウラの抵抗も空しく意識を覆う闇は止まることなく広がっていく。 堂々と勝利を勝ち取りたいのだ。こんなことでは断じてない。 こんなことは望んでいない。自分はただ、もっとちゃんと彼と競い合ってその果てに ! ﹁ ﹂ 第二十五話 偽りの戦女神 981 せめて一言だけでもとラウラは口を開き動かす。だが口から洩れるのは息が吐き出 される掠れた音だけだ。しかし、それを見た一夏の表情は間違いなく変わった。驚愕の 感情を引っ込め、眉根に皺をよせながらも真剣な眼差しを向けながら頷いた。 伝わった、それを自覚したことによる安堵で気が緩んだことによってか、ラウラの意 ﹂ 識はそのまま闇へと落ちていった。 ﹁なに、あれ⋮⋮ シャルロットの視線の先でシュヴァルツェア・レーゲンに明らかな異常が起きてい 如としてラウラの絶叫が響き渡り、思わず呆然としてしまう事態が引き起こされた。 別れる直前の約束もきっちり遂げたのだから何も言うことはない。だがその矢先に突 激戦の果てに一夏はラウラに勝利を収めた。結果としてそれは悪いものではないし、 とした呟きを漏らしていた。 アリーナの片隅で倒れた箒の様子を見ていたシャルロットはこの状況に思わず呆然 ? 982 た。装甲があちこちから紫電を迸らせながらその形を変えていた。時折量子変換特有 の燐光を発しながらも、レーゲンは装甲の各所を変化させていく。 他の欧州各国のISと比較しても重厚さをイメージさせる四肢の装甲は、打鉄や一夏 の白式を彷彿とさせるようなスラリとした流線型に変わっていく。一夏によって破壊 されたレールガンのパーツの名残や腰部のワイヤーをマウントしたパーツは不要と言 うように機体から脱落し排されていく。 どちらかと言えば小ぶりな背中のスラスターは次々と、まるで角が生えるように鋭角 的な形に姿を変えていき、まるで翼のような形になる。 そして最後に、両腕に取り付けられた二振りの回転刃は他の不要とされたパーツと同 じように装甲から切り離される。だが、形を変えたレーゲンの手が取り外された回転刃 を掴むと、まるでそれを芯として溶液中での再結晶化を行うかのように量子展開の燐光 が刃を包み、やがてそれはなだらかな曲線を描く二振りの剣、それも一般に﹁刀﹂と呼 ﹂ ばれるソレへと姿を変えた。 !!! 当人は自覚しているかどうかは定かではないが、シャルロット・デュノアという少女 の変化が起こる直前のことだった。 シャルロットが叫ぶように通信で管制室の千冬に通信を入れたのは一連のレーゲン ﹁織斑先生ッッ 第二十五話 偽りの戦女神 983 は要領が良い部類の人間に当てはまる。置かれた立場ゆえか、自身の危機への回避、あ るいは受け流すということについては特にそのあたりのスキルが働く。 それゆえか、何よりもこの状況がマズイといち早く判断すると同時に自身が打てる最 良の手を選び取っていたのだ。 既に管制室側も事態を把握しているらしく、シャルロットの状況の危うさを伝える言 葉を聞くやいなや、すぐさま千冬が指示を下していく。 観客席に向けての、選手のISに不具合が生じたという旨のアナウンス、降りていく 観客席とアリーナを隔てる曲面上の隔壁、アナウンスはなおも続き観客には不具合の対 処に学園があたることや、おそらくはパニックを回避するためなのだろう、ただちの避 難の指示は出ていない。 観客席の遮断隔壁が開くと同時にアリーナの壁の一部が開き、中から待機していたの だろう学園の打鉄やラファールを装備した教師陣が飛び出してくる。先陣を切ってい るのは真耶であり、常の様子からは信じられない程に険しい表情をしている。あの真耶 ﹂ 篠ノ之さん 起きて ピンチ 危ないよ ! ! エマージェンシー にそれだけの表情をさせていることが、事態の緊急性を容易にイメージさせる。 だって ﹁篠ノ之さん ! ! ガクガクと揺らしながらシャルロットは箒を起こそうとするが、箒はただ低く呻くだ ! ! 984 けで目覚める気配はない。ウンともスンとも言わなかった先ほどまでに比べて呻いて いるとはいえ、若干の反応をしている以上そう遠くない内に目は覚めるかもしれない ﹂ が、この状況でそれは遅すぎる。 ﹁デュノアさん ﹁すみません 篠ノ之さんをお願いします 僕は織斑くんの方に ﹂ ! が、あまりに重い一撃だったのだろう、そのまま後方へと吹っ飛ばされる。 思うと、両手に持った二刀の一振りを振る。それを咄嗟に蒼月でガードする一夏だった 近接特化型そのものとしか言えないような圧倒的速さで一夏の方へと向かったかと そうしてシャルロットが動き出そうとした直後、変貌したレーゲンもまた動き出した。 言葉も手短にシャルロットは箒のことを教師に託すと一夏の方へと向かおうとする。 ! 教師の一人がラファールを纏いながらシャルロットの方へ寄ってくる。 ! ﹁分かったわ、任せて﹂ ! ﹂ ! いよいよ以って事態がより深刻になったと断じたか、教師陣が各々の武器を構える。変 一言、簡潔に礼を言うと一夏はすぐに体勢を整えなおす。生徒に危機が及んだことで ﹁すまん﹂ 一夏が飛ばされた延長線上に割り込むとシャルロットは一夏を受け止める。 ﹁織斑くん 第二十五話 偽りの戦女神 985 今のレーゲンにはシールドが無ぇんだぞ ﹂ 貌したレーゲンが明らかに近接型のソレであるからか、武装は全て銃器だ。 撃つな !! それを見た瞬間、一夏が血相を変えながら叫ぶ。 ﹁やめろ !! に攻撃を加えればそれが晒された生身の部分のどこに当たってもおかしくはなく、齎さ の火器はもっとも小口径のものにしても大型拳銃のソレを普通に上回っている。下手 間違いなく急所とも言える胴の真芯は晒されたままであるし、そうでなくともIS用 わったくらいで、あとは四肢や腰部、背後のスラスターくらいしかパーツはない。 頭をスッポリと覆う目の部分に赤いラインの入ったフルフェイスのヘッドセットが加 形を変えたとはいえ、レーゲンの基本的な装甲の比率に目立った変化はない。精々が ISの業界においてシールドの消失と戦闘不能がイコールで結ばれている所以なのだ。 しているに等しい状態になる。そんな状態での戦闘など自殺行為も同然であり、それが くなった丸裸も同然の状態であり、当然ながら乗り手はISを装備しながらも生身を晒 る以上は機体自体は十分に動ける。だが、シールドが尽きている以上は一切の守りが無 ISがコアから供給される動力とシールドエネルギーは別物だ。コアが稼働してい 失った。 シュヴァルツェア・レーゲンは先の一夏との戦いによってそのシールド残量を残らず その声に教師陣が一様にハッとした様子で動きを止める。そう、一夏の言う通りだ。 ! 986 れる結果は想像に容易い。 周囲を敵性と認識できる存在に囲まれているせいか、レーゲンはその場から動こうと ﹂ しない。偶然とはいえ生じた膠着状態に好都合と感じた一夏はそのままレーゲンの観 察をする。 それにデュノアさんも ! ﹂ ? にどういうことかをシャルロットが問う。 ているかは分からない、しかし何をされたかは分かっているというような口ぶりの一夏 言葉の後半は真耶にというよりも自身に問うているような口ぶりだった。何が起き がいきなり変わったかと思えば、寄りにもよってあの剣だと⋮⋮ ﹁俺は平気ですよ。まぁガードはできたんで。つーか先生、ありゃ何です一体。見た目 ことは決してせず、何か動きがあれば即座に対応ができる姿勢を取っている。 二人の傍に真耶が寄ってくる。二人を気に掛けながらもレーゲンから意識を逸らす ﹁大丈夫ですか織斑くん ! ? 自分の姉の剣筋くらいは、分かっているつもりだ﹂ ﹁つまり、あのおかしくなったレーゲンは織斑先生の動きってこと でも確か、ボーデ んだろうがな。伊達にアレの弟を産まれてこのかたずっとやってるわけじゃないんだ。 傍目にゃ単に速い踏み込みからの更に速くてついでにべらぼうに重い一撃としか見え ﹁信じられないけどな、俺が食らった一撃。あれは紛れもなく姉貴の剣筋だったんだよ。 第二十五話 偽りの戦女神 987 ヴィッヒさんは織斑先生の指導を前に受けたって。その時に⋮⋮﹂ ﹂ ? く双眸に険しい光を宿すと白式、真耶のラファールそれぞれに会話ログを残さない設定 疑問を漏らす。二人の言葉を無言で聞きながら考え事をしていたシャルロットは、珍し 動きだけではない。ISの形状までかつての姉のソレと同じだという事実に一夏は ﹁どうなってんだ一体⋮⋮﹂ ます﹂ ツェア・レーゲンの形状、暮桜にそっくりなんですよ。間違いありません、私が保証し ﹁同じなのは動きだけじゃないですよ。ボーデヴィッヒさん、いいえ。今のシュヴァル し始める。その傍らで今度は真耶も口を開く。 一夏の説明に思い当たる節があるのか、シャルロットは顎に手を当てて記憶を掘り起 ﹁個人スキルの⋮⋮機械的な再現⋮⋮ 動きを、文字通り機械でなぞっているだけだ﹂ れしかない。あいつの、ボーデヴィッヒの意思ってやつはまるで感じなかった。姉貴の に、こいつは直接受けた俺の感想だがな、動きがあまりに機械的するぎる。というかそ 慮に入れたとしてだ。そもそも、そこまでできるなら普段から使っているだろう。それ あたり。それだけの期間で叩き込めるようなレベルじゃない。その後の自己研鑽も考 ﹁ねぇよ馬鹿野郎。ボーデヴィッヒが姉貴に指導を受けたのがざっと三年から二年半前 988 にした上での個別回線を開く。 ﹂ ﹁どうした、デュノア﹂ ﹁デュノアさん ││大丈夫ですね 織斑くん、当たりがついたよ。多分だけど今のレーゲンは、VT ﹁山田先生、ログなしの個別回線を織斑くんとも。この三人だけの状態にしてください。 ? ﹁何ですって ﹂ システムが発動している﹂ ? 迫さを増した真耶の反応からロクなものではないと予想はできているらしい。 いう意味なのかを知らないからか未だ疑問符を頭の意上に浮かべている。だが、更に緊 シャルロットの言葉に真っ先に反応したのは真耶の方だった。一夏はと言えば、どう !? ﹂ ? ﹁VTシステムの目的は優れたパイロットの機動データなどをコピー、再現することで れる。 一夏は眉を顰める。そしてシャルロットの言葉を引き継ぐ形で真耶が補足の説明を入 そんな如何にもろくでもなさそうなものがレーゲンで使用されている。そのことに ﹁なに よ。ただし、国際条約で研究開発・使用が禁止されている、ね﹂ ﹁VTシステムっていうのはね、まぁ端的に言えばISの操縦サポートシステムなんだ 第二十五話 偽りの戦女神 989 より簡潔にISの個としての戦力を高めることです。実質動きはほぼオートになりま すから、サポートとは若干違いますね。織斑先生以外にも、ISの黎明期には今も超一 流 レ ベ ル の 乗 り 手 が い ま し た。そ う し た 人 た ち の デ ー タ が 使 わ れ た と 聞 い て い ま す。 けれどこれには欠陥もあった。その代表例が、パイロットに極度の負担を強いることで す﹂ 湧出があったことにより禁止に至ったんです。でも、それが何でボーデヴィッヒさんの いことへの倫理的問題、技術の一極化によって技術的広がりが阻害されるなどの意見の 身に強いる高い負担、そこから発生する事故や乗り手をISのパーツとしてしか扱わな の戦力向上を目的とされて用いられていたのですが、開発過程でそうした乗り手への心 ﹁もちろん初めから禁止されていたわけではありません。最初は純粋に研究やIS全体 りさせる、それが齎す結果など素人であっても想像には難くない。 かりと説明をすれば誰だって理解はできるだろう。本来の限界を超えた動きを無理や 識は持ち合わせている。ゆえにすぐにその危険性をさっすることができた。いや、しっ 曲がりなりにも武術家の端くれ、人体の構造的なアレコレについては人並み以上の知 る﹂ ボーデヴィッヒのあの体じゃ姉貴の動きについていくのは無理だ。下手したら、壊れ ﹁そうか、乗り手なんてお構いなしにハイレベルな動きをすれば乗り手は⋮⋮。確かに、 990 ISに⋮⋮﹂ ﹁今はそれは置いとくべきでしょう。まずは、この状況をどうにかするべきだ﹂ なぜレーゲンにそんな物騒なものが積まれていたのか、一体いつ、どこで誰が、そん な疑念が浮かぶのはごく当たり前のことだが、今この場では無用の考えと切って捨て る。何しろ、事態は急を要しているのだ。 何よりもまずは現状の鎮圧を、そう提言する一夏の言葉に真耶はすぐに頷く。 ﹁えぇ、それは私たちも把握しています。ですから織斑くん、デュノアさん。二人は退避 ﹂ してください。後のことは、私たち教師陣で対処します﹂ つまり、このまま ? ﹁なっ⋮⋮ その言葉には一夏も絶句した。今、何と言われた 退避しろ 何もせずに立ち去れということか。 ? ! ? にさせないためにだ。 ﹁ふ ざ け る な よ。や れ る こ と が あ る か も し れ な い 中 で 何 も せ ず に 引 き 下 が れ と るのだろう。だがそれを押して引くことを一夏に勧める。何より、これ以上の無理を彼 シャルロットとてこのまま自分が何もしないまま引き下がることに思うところはあ 君はそれなりに消耗しているはずだよ﹂ ﹁織斑くん、気持ちは分かるけどさ、ここは引こうよ。先生たちに任せて。何より、今の 第二十五話 偽りの戦女神 991 ガ キ オトナ あぁ、理屈としちゃ間違いなく正しいだろうさ。生徒は引っ込んで教師が後始末をす る。実に正しいな。知るかンなもん。これは俺のプライドの問題だ﹂ ! 僕 な、なに ﹂ ? ﹂ ﹁あの見た目変わったレーゲンだが、あの胸の部分にある変なユニットはなんだ いきなり話を振られたことに軽く驚きつつもシャルロットは要件を聞く。 ﹁え ? ﹁あれさぁ、いかにもシステムの中枢っぽいとは思わないか ﹁確かに⋮⋮﹂ ﹂ ? ある。それらが言い知れない不気味さを示していた。 ﹂ ようなものと、そこを起点に伸びている何本かの同じように赤く発光しているラインが 一見すれば胸当てのように見えるパーツだが、中央部にある赤く発光しているコアの 確には乗り手であるラウラの胸部には変化前には見られないパーツがある。 言われてシャルロットは改めて確認する。確かに言われた通り、今のレーゲンの、正 ﹁胸のユニット ? ? ? は減るだろうし⋮⋮。ところでよデュノア、さっきから気になってることがあるんだ﹂ ﹁命の危険は先生たちだって一緒でしょう。それに、手が多けりゃそのリスクもちっと ! ! なんてこと、認められるわけがありません ﹂ ﹁織斑くん 命の危険があるかもしれないんですよ そんな中に自分から飛び込む 992 いっそ怪しさすら感じるあからさま具合だが、それでもそう見て納得ができるくらい には説得力のある存在だ。 やってぶっ壊すんですか ま さ か シ ー ル ド が 無 い 状 態 で 貫 通 の 恐 れ が あ る 銃 器 で ﹁多分だけど、アレをぶっ壊せばまぁ事態は解決すると思うんですよ、先生。で、どう る。 今度は真耶が言葉を失い唖然とし、シャルロットはやれやれと言いたげに首を横に振 自分が刺すから教師陣はサポートに回れと言う。いっそ傲慢とも言える一夏の言葉に 欠片の謙遜も見せずに己こそが最も武技に長けていると断言すると、そのまま止めを そ、し、て、この場に居る人間でそれに一番長けているのは、間違いなく俺だ﹂ ブ ッ パ っ て わ け に も い か ん で し ょ う。と な る と 後 は、殴 る か 蹴 る か 斬 る か の ど れ か。 ? ﹁舐 め る な よ 木 偶 の 坊。姉 貴 の 剣 っ つ て も そ ん な ま が い 物、俺 に 通 用 す る と 思 う な よ うに一夏もまた蒼月を振るい、甲高い金属音と共にレーゲンの一撃を弾いた。 再び詰まる距離、間合いに捉えると同時に振るわれる片腕の一刀、それを迎え撃つよ つ。それに対してレーゲンが取った反応はただ一つ、攻撃あるのみだった。 言うやいなや一夏はそのまま動きだし、誰よりもレーゲンの近くに、その真正面に立 加入済みなんで、そのあたりの心配は無用﹂ ﹁つーか時間ねーし。もう待ってられん、俺は行くぞ。あぁ、一応各種保険には姉弟共々 第二十五話 偽りの戦女神 993 ⋮⋮ ﹂ れだけだ。恐れなど微塵も感じない。 だけのそれは、確かに速く、重く、鋭くと三拍子そろった十二分に脅威たるものだが、そ 織斑千冬の剣は織斑千冬自身が揮ってこそ真価を発揮する。機械でなぞり模倣した ! ﹂ ! んだゴラァ だからこんなトコで負ける道理があるわきゃねぇ ﹂ !! ! 調子くれてんじゃねーぞドサンピン !! ﹁通過点の一つにすぎねぇんだよ で交差させながら構え、上段から振り下ろされた二刀の打ち降ろしを受け止める。 右手に蒼月を握りながら今度は左手にも二刀の残った片割れを掴む。それを頭の上 ﹁いくら姉貴の剣と言えどもな、俺にとっては││﹂ 音をBGMに、白と黒の剣舞が繰り広げられる。 われてきた左腕を受け止めて思いきり押し返す。ひっきりなしに続く金属同士の衝突 流しながら一夏は蒼月に力を込めてレーゲンの右腕を弾くとそのまま返す刀で振る らの一撃を受け流す。 れる。先に到達した左腕の一撃を屈んでかわすと同時に蒼月を縦に構えて続く右手か 今度は一夏の方から踏み込む。レーゲンの両腕がタイミングをずらしながら振るわ 子、つまり俺はその後を受け継ぎ師と同じ領域に至る。この意味が分かるかぁ ﹁そして覚えておけ。俺の師は、その剣の更に上を行く真の達人だ。そして俺はその弟 994 押し潰そうとするような上からの圧力を、更に上回る膂力で以ってして押し返す。そ のまま、一夏が振るった腕はレーゲンの二刀を完全に弾き飛ばした。 距離を保ちつつ牽制射撃 直後に連続して銃声が鳴り響く。真耶の指示の下、教師陣のISが各々の構える武器 ﹂ ! の引き金を引いていた。 決して直撃はさせないでください ﹁全員織斑くんをサポート 止めの一撃は彼が行います ! ! ちこんでいく。 私たちがサポートします だから無事にやりきって下さい ﹄ ! それと同時にレーゲンとの距離を常に開くように旋回機動を取り始める。 ! して帰ってきたら、みんなでお説教ですからね ! い話だ。そしてそこまでされた以上は、負けるわけにはいかない。 こちらの意思を汲み取ってくれて、それでなお気遣ってくれる。全くもってありがた ︵まったく、頭が上がらないな︶ ウラも無事に戻ってきてほしい。何よりも生徒の身を案じている教師としての願いだ。 通信越しに掛けられる真耶の声、そこに込められた意図は明白だ。一夏も、そしてラ ! 怪我を ゲン本体、ひいてはそこに捕らわれたラウラに攻撃が当たらないように牽制の射撃を撃 真耶の指示と共に教師陣が一斉に動き出す。レーゲンの周囲、地面などに決してレー ! ﹃織斑くん 第二十五話 偽りの戦女神 995 ﹁行くぞぉ ﹂ ﹂ ﹂ ! ﹂ !? なコピーとはいえ、IS界において最強を称された千冬の動きする存在なのだ。その僅 ればその遅れも挽回できただろう。だが今回はその相手が並みではなかった。機械的 レーゲンの標的にされた教師は突然の事態に反応が遅れる。これが並みの相手であ と魂胆なのだろう。 はライフルを構える教師の一人だった。おそらくは小うるさい邪魔者から排除しよう 一歩出遅れた自分に舌打ちしながら一夏もレーゲンを追う。レーゲンが向かった先 ﹁えっ ﹁離れろ まレーゲンを目で追い、その目的に気付いた瞬間に表情を強張らせる。 不意にレーゲンが跳躍と共に一夏から離れる。何事かと動きを止めた一夏がそのま ﹁抜かれた 交っていく。 白式とレーゲンがアリーナの中を駆け巡り、その最中を教師陣の牽制の銃弾が飛び !! !? 996 かな遅れすら、十分すぎるほどの隙となる。 轟音と共に振るわれた一撃がラファールに叩きつけられる。特別な機能など何も働 いていない、ただ斬りつけただけの一撃であるにも関わらず、攻撃を受けたラファール ﹂ はシールドエネルギーの大半を奪われて継戦が危ぶまれる状態まで追い込まれた。 ﹁い、一撃で⋮⋮﹂ ﹁なんて、デタラメ⋮⋮ 勝機はあります ﹂ 高山先生、マクラミン先生の援護に ! のだと、改めてその事実を叩きつけられた。 あなたも気を付けて ! たとしても自分たちの相手はIS界にその者ありと称されたIS乗り最強の代名詞な 動きを緩ませずにいながらも教師たちの間に戦慄が走る。そう、例えまがい物であっ ! ! ! ﹁狼狽えないでください ﹂ ! ﹁チィッ ﹂ どうにかすると意気込んでみたは良いものの、それでどうにかなるほど現実は甘くは ! た。 いた一夏が攻撃を引き受け、二人が安全圏まで離れられるようにレーゲンを阻んでい 真耶の指示で教師の一人が攻撃を受けた教師の援護に回る。既にレーゲンに追いつ ﹁了解 第二十五話 偽りの戦女神 997 無い。腐ってもかつての最強を模しているのだ。脅威を、恐怖を感じないのは事実だが それとは別として手強いのもまた事実だ。 早々敗れるつもりも無いが、現状では攻めきって勝つということも難しい。その上、 先ほどの教師への攻撃で新しい思考ルーチンでも獲得したのか、牽制の攻撃とかく乱を 続ける教師陣への攻撃行動を行おうとする回数も徐々に増えていた。それを妨害する のに更にこちらの動きも制限される。 ﹂ 結果として延々交戦が続く膠着状態から抜け出せずにいた。 ﹁お、のれぇ⋮⋮ う状態だ。 一撃、直撃を受ければそれでアウトになるのは確実であり、さらに長期戦も不可能とい 開始からの分の消耗も含めて、既にシールドの残量は四分の一弱まで落ち込んでいる。 直撃こそ避けてはいるものの時折掠めた一撃がシールドを徐々に減らしている。試合 それだけではない。一夏にしたところで完全に攻撃を捌き切っているわけではなく、 ついたことで実質四人が満足に動けない状態に陥った。 ど、誰が予想できようか。これで二人目がやられ、そのカバーのためにまた別の教師が ま、空いたもう片方を視線を動かすことすらせずに背後を通った教師の機体に当てるな また一人、教師がレーゲンの攻撃を受けた。まさか片方の剣でこちらと競り合ったま !! 998 ︶ 何とかして早期に決着をつけねばならない。しかし状況は膠着している。自然と湧 だと言うのに !! き上がってきた苛立ちに一夏の眉根に深い皺が寄る。 ﹂ ︵後一手、もう後一手だけ加われば打開できる ﹁織斑くん ! 二人揃ってやや息を荒くしながら一夏と真耶が呟く。 か。改めて相手にすると本当にすごいですね﹂ ﹁織斑くんを責めるつもりは毛頭無いですけど、やはり織斑先生の動きというべきです ﹁はぁクソ、完全に状況が固まってやがる﹂ 引っ掴んで後退し離脱。それと同時に真耶も下がりレーゲンの間合いから逃れる。 込 ん だ 真 耶 が 大 型 の 盾 で 防 ぐ。そ の 隙 に 一 夏 の 傍 に よ っ た シ ャ ル ロ ッ ト が そ の 肩 を レーゲンの右手の攻撃を受け止めていた最中、迫ってきたもう片方の一撃を間に割り ! 先生たちが出てきてすぐに先生の一人に後を任せたけど⋮⋮﹂ ? 戦 闘 不 能 の 要 保 護 者 ま で い る と な る と い よ い よ 以 っ て 事 態 の 早 期 解 決 が 望 ま れ る。 ﹁そうですか﹂ ですから。今は佐伯先生が付いています﹂ ﹁篠ノ之さんはまだアリーナの中に居ます。この状況で下手に動かすわけにもいかない ﹁篠ノ之さん ﹁そういやデュノア、箒のやつはどうした﹂ 第二十五話 偽りの戦女神 999 だが、状況を動かすことができない。それが一夏に歯噛みをさせる。 一夏の吐き出す息が大きく、そして荒いものとなる。思わず背筋の毛が逆立つような らなきゃならない﹂ な茶々を入れられたことを嫌がっている。なら俺は、武人としてその心意気に報いてや て言ったんだよ。これは、あいつにとっても不本意な状況だ。あいつ自身、勝負に余計 ﹁それに、あいつの顔があのヘルメットで見えなくなる直前、あいつは俺に﹃すまない﹄っ せるように一夏は独白する。 誰に聞かせるでもない、あるいは闘志を更に燃え上がらせるために己自身に言い聞か ら最後まできっちり締めなきゃいかんだろう﹂ 何より、俺とやつは武人として技を競い合った。その勝負はまだ終わっていない。な 子みたいに美味そうに食うようなやつをだ。 だ。見捨てるのは、寝覚めが悪いだろう。それも、俺が奢ったプリンを小学生のチビッ ﹁さすがにさ、曲がりなりにもクラスメイトとしてそれなりに一緒にやってきた仲なん 初めて、悔しげな感情を乗せた言葉を発した一夏をシャルロットが静かに見つめる。 ﹁織斑くん⋮⋮﹂ ソッタレ﹂ ﹁さ っ さ と ボ ー デ ヴ ィ ッ ヒ の や つ を 何 と か し て や ら ん と い か ん の に、何 て ザ マ だ よ ク 1000 ﹂ 気配をシャルロットと真耶の二人は感じた。その直後││ ﹁舐めるなぁぁぁあああああああああああああ ﹂ としてまるで棒高跳びのようにレーゲンが一夏の頭上を取る。 レーゲンは左手の刀を地面に突き刺す。一体何をと思うより早く、突き刺した刀を支え レーゲンの右手が振るわれて上段からの斬り下しが迫ってくる。それを捌いた直後、 斬り、突き、払い、流し、周囲にひっきりなしに火花を散らしながら攻防が続いていく。 嵐のように荒れ狂う漆黒の二刀による攻撃を一夏は蒼月の一振りのみで捌いていく。 通り一瞬、そして間合いが詰まった直後から剣戟が再開される。 怒気を全開にした咆哮と共に一夏がレーゲンへと迫る。間合いが詰まるまでは文字 !!! き直った一夏だが、間発入れずに振るわれた一撃に押され気味の守りで対処せざるを得 そのままレーゲンは一夏の背後に着地する。それとほぼ同じタイミングで後ろに向 ﹁んなぁっ !? ﹂ なくなる。 ! される。だがこの程度のことは今までいくらでもあった。すぐに体勢を立て直そうと 刀を防ぐことに集中していた一夏の胴にクリーンヒットし、その体が後方へ大きく飛ば そこへ追い打ちをかけるようにレーゲンの、今度は足が振るわれる。放たれた蹴りは ﹁がぁっ 第二十五話 偽りの戦女神 1001 し、その頃には既に眼前まで迫ったレーゲンが二刀を一夏に向けて振り下ろそうとして いる直前だった。 ﹁しまっ││﹂ 己の迂闊に大きく目を見開いた一夏にレーゲンの二刀が交差するように振るわれる。 直撃すれば戦闘不能は必至、それでいて既に回避も防御もままならない。手詰まりに近 い状況に一夏は憤怒に顔を歪める。 ﹂ ﹁織斑くん ! ﹁グゥッ、ウゥゥゥゥゥゥ ﹂ を、シャルロットが左手の刀を、それぞれ展開した盾で受け止める。 だが、すんでの所で二つの影が割り込む。真耶とシャルロットだ。真耶が右手の刀 ﹂ ﹁このぉっ ! ﹂ ﹁デュノアさん ! ﹂ 一夏と真耶がそれぞれ声を張り上げる。真耶の方には目立った異変はなく、完全に攻 ! ﹁デュノア 傷が生じている。 の重さにどんどんと押されてきているのだ。さらに刀を受け止める盾にも僅かだが損 異変は攻撃を防いだ直後、シャルロットの方で起きた。受け止めたは良いものの、そ !!! 1002 第二十五話 偽りの戦女神 1003 撃を受け止めているのが分かる。同じラファールでありながら真耶とシャルロット、二 人に差が生じたのには要因がある。 まず第一に装備。今回教師陣が用いているISはラファール、打鉄双方共に防御とい うものに比重を置いた調整がされている。確かに非常時の対応も彼女らの仕事だが、そ の最優先目的は安全確保の一点に尽きるのだ。それは盾といった基本的な防御装備も 同じことで、真耶が構える盾はシャルロットのソレよりも一回り以上は面積が広く、厚 さも二倍以上はあるものを用いている。だがそれでも直撃を受けた教師が一撃で大き く削られたのはひとえにレーゲンの、ひいてはそこに宿る千冬の模倣がそれだけの武威 を誇るというだけのことである。 第二に﹃慣れ﹄の差だ。IS学園所属教員となる以前、真耶は日本国所属のIS乗り を務めており、その直属の上司であり先輩にあたる立ち位置に千冬が居た。一夏がレー ゲンをその間合いで相手取れたのは当人の剣腕もあるが、何より﹃織斑千冬﹄という剣 士を深く知っていたということが大きい。真耶もまた同様なのだ。ISを駆る千冬を 多く間近で見てきて、時として訓練のパートナーを務めたことも数知れず。一夏が﹃剣 士﹄あるいは﹃武人﹄としての千冬を深く知るならば、真耶は﹃IS乗り﹄としての千 冬を深く知っていると言える。織斑千冬という人間が繰り出す攻撃、それがどれほどの ものかを知っているからこそ、経験があるからこそ完全に受け止めることができたの だ。 装備としての守りの充実、攻撃そのものへの慣れ、それらが模倣とは言え織斑千冬の ソレを受け止めるのにシャルロットには足りていなかった。その結果は、徐々に押し切 ﹂ られそうになる防御が結果として示している。 ぐぅ ! ﹂ ﹁ぜぇえりゃぁああああああああああ ﹁なに ﹂ に押し返されそうになる。それを好機と見た真耶とシャルロットはすぐに更に力を込 レーゲンの左手の刀に叩きつける。二人分の抵抗を受けたレーゲンの左手が今度は逆 更に新たな影が割り込んできた。影は手にしていた刀をシャルロットが封じていた !? !!! 迫により強張る。その瞬間だった。 ていく刃は、確実に一夏が間に合うより早くシャルロットを襲うだろう。三者の顔が緊 歯を食い縛って一夏は立ち上がろうとする。だが眼前でシャルロットに押し込まれ レーゲンの刃は徐々に進み、いよいよ以ってシャルロットに限界が訪れそうになる。 んだのか、このタイミングに来て全身に奔った一瞬の痛みに動きが止まる。その間にも うとする。だが、一度倒れ地に膝を着いたことでようやく蓄積したダメージが一夏を蝕 真耶は動けない。ゆえに自分しかいないと一夏はすぐにシャルロットの援護をしよ ﹁デュノアッ ! 1004 める。そして完全にレーゲンの二刀を跳ね除けた。 シャルロットの隣、刀を振り抜いたことで一つ縛りにしていた長い黒髪が尾のように ﹂ 宙に舞う。纏うISは打鉄、その姿に一夏は驚きを込めた声で確認するように呟く。 ﹁ほ、箒 ││時は少しだけ遡る。 気付いたのね !? のラファールや打鉄だ。あまりに理解からかけ離れた状況に思わず呆然とする。 は二刀流を振るう漆黒の謎のISと、それと刃を交える一夏、その周囲を飛び交う学園 光に目が慣れたことで今度こそちゃんと瞼を開く。瞬間、箒の目に飛び込んできたの それと共に聞こえてくる大人の女性の切迫した様子の声。 も、箒は己の意識が暗闇の水底から浮き上がってくるように覚醒していくのを感じた。 半開きにした瞼から差し込んでくる陽光の眩しさに再び瞼を閉じそうになりながら ! ﹁う、うぅ⋮⋮﹂ ﹂ 己の手で倒したはずの少女、篠ノ之箒がそこに立っていた。 ? ﹁篠ノ之さん 第二十五話 偽りの戦女神 1005 ﹁篠ノ之さん 大丈夫 ﹂ !? ﹂ じゃあ、あの黒いISにはボーデヴィッヒが 彼女は、ボーデヴィッヒは大 走。駆けつけた教員たちが一夏、シャルロットを交えて事態の鎮圧に動いている。 が両者戦闘不能のため敗北となり試合が決した矢先にシュヴァルツェア・レーゲンが暴 行った末に一夏が勝利。その時は未だ箒が目覚めていなかったため箒・ラウラのチーム そして箒は手短に状況の説明を受ける。箒が倒れた後、一夏とラウラが一騎打ちを 惑気味のものであった。 漠然とながら理解する。だが未だ状況の理解がさっぱりであるため箒の尋ねる声は困 自分に話しかける教師の緊迫感に満ちた声に何か良くないことが起きているのだと ﹁あ、ええと、はい。あの、これは⋮⋮﹂ ! 丈夫なのですか ﹁なっ ! ﹁そんな⋮⋮﹂ いるわ﹂ を傷つけないようにアレを抑える必要があって、その決め手役を織斑くんが請け負って ヴァルツェア・レーゲンはシールドが機能していないの。だから、ボーデヴィッヒさん のままだとボーデヴィッヒさんはかなり危険な状態に陥るとしか。それに、今のシュ ﹁それはまだ分からないわ。ただ、私たち教員チームの指揮官の山田先生が言うには、こ !? !? 1006 愕然としたように箒は顔を青ざめさせる。チームメイトとして自分を受け入れて、あ まつさえ自分の望みを通してくれたクラスメイトが危険に晒されている。更にそれを 抑えるために別のクラスメイトが、中でも幼馴染は最も危険な矢面に自ら立っている。 ﹂ その事実は箒の心を揺さぶるのに十分過ぎた。 私も加勢します ! ﹂ で私たち教員のISが二機、大ダメージを負ったのよ れない ﹂ ﹁お願い 気持ちは分かるわよ 暴走したシュヴァルツェ ! 現に直撃を一発受けただけ そんな中にあなたを行かせら わたしたち けど、あなたたち生徒を守るのが教 師の仕事なの ! ア・レーゲンは高いレベルの戦闘能力を持っているのよ 態でまともに戦えるわけがないわ それだけじゃない ! 本当は私たち全員不本意なのよ 生徒を危険の矢面に立たせるのは 確かに今、織斑くんとデュノアさんが戦っているわ。けどそれだってそうするし かないから ! よ ! ! ! ﹁無茶を言わないで 今のあなたは気絶状態から回復したばかりなのよ そんな状 る。 殆ど反射的にそう言っていた。だが、その言葉はすぐに厳しい一喝によって否定され ﹁わ、私も ! ! ! ﹂ ! ! ! ! ! ﹁で、ですが 第二十五話 偽りの戦女神 1007 ﹁っ⋮⋮ ﹂ だが、彼女とて納得できないのだ。 この本末転倒具合を間違いなく悔やんでいる。それが察せないほど箒は愚鈍ではない。 納得をしていないのだろう。生徒を守るために、その守るべき生徒の手を借りている。 教師の顔には紛れもない悔しさがあった。事実として、生徒の力を借りている現状に ! も、お父さんも、お母さんも、雪子おばさんも、箒の友達のみんなもだ﹄ ﹃みんなのために剣道をするとな、皆が幸せで笑顔になれるんだよ。箒も、お姉ちゃん を感じさせる温かい手で箒の頭を撫でながらこう言ったのだ。 父はフッと表情を穏やかな笑みに変えると、ゴツゴツとしながらも大樹のような安心感 当時幼かった箒にはまだ難しい言葉だった。だから率直に分からないと言ったとき、 きであり、それは自分を、他の者を救うことができる﹄ ﹃武道の原点とは身を守ること、すなわち活人にある。何よりも、守るために使われるべ は彼女にこう説いた。 幼少より続けている剣道、箒にとってその道を志した原点であり最初の師であった父 Sなど世界のどこにも存在せず、家族で共に暮らしていた時だ。 幼い頃、まだ姉がただの︵というには少々度が過ぎていたが︶変わり者の少女で、I ﹁私は⋮⋮﹂ 1008 あの時の言葉は今でも忘れたことはない。確かに環境の目まぐるしい変化に伴うス トレスや、認めざるを得ない心の未熟もあって時には箒自身﹃外れている﹄と思えるよ うな振る舞いをしてしまったこともある。それでも、かつて父が語った活人の理念は忘 ﹂ れたことが無い。 あった。 ﹂ ﹁私はぁああああああああああ ﹂ い。ただそれだけのことである。 はできなかった。クラスメイトが困っているから助ける、小難しい理屈など存在しな でも、時分にもできることがあるかもしれない中でただ安全圏に居るということが箒に はとてもありがたいし、感謝している。できれば素直にその意思に従いたい。だがそれ るような、制止するような声が聞こえるが敢えて無視する。守ろうとしてくれる心遣い 気付けば箒はレーゲンに向けて打鉄を全速力で走らせていた。背後から教師の咎め !! !!!! そこにはレーゲンの刀を受け止め、しかし今にも押し切られそうなシャルロットの姿が る。そこで遠くから一夏と真耶の緊迫した声が響いた。反射的にそこへ目を向ければ、 倒れていても手放さず、今も握られたままの打鉄の装備である刀を握る手に力がこも ﹁私は⋮⋮ ! ﹁篠ノ之さん 第二十五話 偽りの戦女神 1009 実際問題として無茶なのだろう。そんなことは百も承知だ。ついでに言えば、一夏か ら受けたダメージがまだ残っているのか、頭の奥ではまだズキズキとした痛みが残って いる。 だがそれがどうした。無理を通せば道理もねじ曲がる。ここで動かずしていつ動く ﹂ のか。動かないという選択肢を、彼女は選べなかった。 ﹁ぜぇえりゃぁああああああああああ 私が剣を志した理由を通させろ そんな意思 ! ! ﹂ ? ﹁篠ノ之箒 助太刀に参戦する ﹂ !! 在りし日の最強を模した漆黒のISを前に一切臆することなく、真っ直ぐに刀を構え ! 暇はないだろうということは理解している。だから、一言で全てを伝える。 一夏の戸惑うような声が耳に入ってきた。事情を説明するべきなのだろうが、そんな ﹁ほ、箒 んなことを気にしている余裕はこの場の全員に存在しなかった。 はいえ、自分がIS界に雷名を轟かせた女傑の攻撃を弾いたという事実にだ。だが、そ 知らない。腕利きの候補生と教員を含めた三人がかり、その上相手が機械的なコピーと 後の結果は見ての通りだ。シャルロット、真耶の協力によりレーゲンを退ける。箒は を込めて裂帛の気合と共に刀を振るう。 私のクラスメイトに手を出すな !!! 1010 たまま箒は高らかに名乗りを上げた。 ﹁むぅ⋮⋮﹂ 低く唸りながら立ち上がった一夏はゆっくりと前に出る。そうして真耶、シャルロッ ト、そして箒に並ぶように立つ。 ﹁正直、予想外っちゃ予想外だったよ、箒。ていうかどうして﹂ ﹁どうして、か。上手く言えないのだが、放っておけなかったから、かな﹂ ﹂ ? ﹂ 実のところ、まだ痛むんだぞ﹂ ﹁あの∼、この状況でコントはやめてくれる ﹁お前やっぱ引っ込んで休んでろよ﹂ ? おそらくは軽口の応酬だろうやり取りをする一夏と箒をシャルロットが諌める。 ? 原因じゃないのか ﹁助けにきた者に失礼な奴だな。だいたい、仮にバカだとするなら、それはお前の肘鉄が じゃねぇの ﹁それでここに飛び込んでくるかね。あ∼、こんなことは言いたくないけどよ、お前バカ 第二十五話 偽りの戦女神 1011 ﹁まぁ無茶っていう織斑くんの意見には僕も同感だけど、それを言うなら僕たちもそう だし。それに、その、ありがとう篠ノ之さん。正直、助かったよ﹂ のリードとサポートの両方を頼む﹂ ﹁⋮⋮すいません。で、もう片方をデュノアと箒だ。デュノア、悪いがお前には箒の動き ﹁構いません。元より、そのつもりですから﹂ ノアと箒の二人掛かりでだ。先生には無理をさせますけど││﹂ いでに弾き飛ばしてやる。さっきのアレだ。割り振りは片方を先生で、もう片方をデュ そこで俺が一度引くから、そのままレーゲンの攻撃を三人で飛び出して受け止めて、つ ﹁やることはシンプルだ。まず俺が出る。それをレーゲンは迎え撃とうとするだろう。 その言葉に三人とも否は無かった。早々に決められるなら、何も言うことは無い。 イヤ た。悪いが時間が無い。次で一気に勝負を決めに掛かりたい﹂ ﹁分かった。いや、確かにお前がきたのはラッキーだったな。欲しかった後一手が揃っ を言ってくれ﹂ ﹁一夏。私は状況を詳しく知らない。だが聞いている時間も無い。私がやるべきこだけ そして改めて四人は真剣な面持ちで真正面のレーゲンと睨みあう。 ﹁⋮⋮そうだね﹂ ﹁礼には及ばない。それに、まだボーデヴィッヒが残っている﹂ 1012 ﹁オッケー、任せてよ﹂ ﹁全力を尽くす﹂ 話は纏まった。何をすべきか決まれば、後にすることは一つだけだ。勝負を決めるの み。 ﹂ ﹂ ! ﹂ ﹂ ﹁くぅっ 重さに苦悶の呻きを上げながらも、断じて負けるものかと歯を食い縛って踏ん張る。そ 右手の一刀を真耶が、左手の一刀をシャルロットと箒が、それぞれ受け止める。その !! !! ﹁これしきぃっ ﹂ シャルロット、箒が飛び出してレーゲンの前に姿を晒す。 速、そのまま交代する。下がる一夏の居た場所に入れ替わるように、彼の背後から真耶、 レーゲンの剣の間合いに入る直前、一夏は白式のスラスターを逆向きに吹かして減 ﹁あらよっ││とぉ 刀を振りかぶって迎え撃とうとしてくる。 いく。当然ながらそのまま案山子でいるレーゲンではない。それまでと同じように、二 先陣を切ったのは一夏だ。白式の機動性を活かして誰よりも早くレーゲンに迫って ﹁行くぞ !! ! ﹁ぐっ 第二十五話 偽りの戦女神 1013 ﹄ して、気合いの方向と共に先ほどの焼き直しのようにレーゲンの両腕を同時に弾き飛ば した。 ﹃織斑くん/一夏 ﹁はぁっ ﹂ 加速により、レーゲンとの距離はすぐに詰まる。 スラスターを爆発させる。瞬時加速、今となってはだいぶ手慣れた技だ。その圧倒的 る。ならば猶更、負けるわけにはいかない。いや、負ける気がしない。 がその値を飛躍的に上げていく。実に好都合、己の気合入れにISまで応えてくれてい すぐ目の前の白式のモニターウィンドウに表示されたあれこれの数値やグラフやら れて鼻の奥や歯茎で出血でもしているのだろう。だが全て無視する。 心臓の鼓動が更に早まり、鼻の奥と口内に鉄臭さが広がる。おそらくは毛細血管が切 ていく。 なく、内に閉じ込めることで余すことなくそのエネルギーの全てを体の燃料へと変換し だが、その爆発し荒れ狂う闘気を強引に収束させる。その一切を外に放出させること かすさまじい興奮状態になっていくのが分かる。 内で練り上げた気が爆発し荒れ狂う。心臓の鼓動が早鐘を打ち、脳内分泌物質の影響 三人が一夏の名を呼ぶ。その時、既に彼は準備を終えていた。 !! 1014 !! 気合い一閃、会心の一太刀と呼べるほどに心技体が揃った爽快さすら感じる一撃を放 てた。刹那の内にレーゲンの前を通り過ぎた一刀は、ラウラの体を傷つけることなくV Tシステムのコアだけを斬り裂いていた。 レーゲンの横をすり抜け、そのまま急停止する。冷や汗が流れた。最後の一撃の瞬 間、レーゲンはせめてもの一撃とばかりにこちらを迎え撃っていた。大きなダメージこ そ無かったものの、僅かに掠めたことでISスーツの上半身の部分が見事に裂けていた のだ。 ﹂ なる練磨が必要か。 い状態とは言え、あまりに効率の悪い消耗に思わず眉をしかめる。やはり、今一度の更 してあの短時間で相当の負担が体を蝕んだ。元よりダメージの蓄積で万全とは言い難 り無茶をした。現状自分にできるトップクラスの無茶を行使し、結果は出せたが代償と 僅かに膝を崩しながらも倒れまいと踏ん張りながら一夏は荒く息を吐く。少しばか ﹁ガッ、ハァッ ! それと同時に機体よりラウラの体が解放され、ただちに教師たちの手によって抱えら そ完全に機能を停止したレーゲンが力なく地に膝を着いたのだ。 そう一夏が言い放った直後、背後で何か重いものが地に落ちる音が聞こえた。今度こ ﹁だが、終わりだ﹂ 第二十五話 偽りの戦女神 1015 れ救護のために連れて行かれる。それを首だけ後ろに向けることで見送った一夏は事 態の終息を実感すると、蒼月を地面に突き立てて天を仰ぎ、大きく息を吐いた。 急の指示であり、別に彼女は職務放棄の類は一切していない。件の赤木氏の警護は既に 身を潜めて事の顛末を見ていたのだ。なお、これはその場にいた赤木防衛事務次官の緊 そのまま監視カメラの類が存在せず、なおかつアリーナを見渡せる手近なポイントに 定の空間がある︶が閉まる前にその隔壁の外へ身を躍らせたのだ。 た。観客席とアリーナを隔てる隔壁︵隔壁とアリーナを覆う半球状シールドの間には一 事の一部始終を見届けた美咲はそう呟く。緊急事態宣言のすぐ後、彼女は動いてい ﹁面白いものが見れると踏んではいましたが、まぁ随分と派手なことになったものです﹂ 顔を青くするのであった。 で迎えた一夏は、そのまま真耶から告げられた後で千冬から説教という旨の言葉に再び 仕事をやり終えた一夏の下に箒が、シャルロットが、真耶が寄ってくる。それを微笑 ﹁ミッション、コンプリートってな﹂ 1016 彼女の部下がついている。 そうしてそのままアナウンスで事態の終息が宣言され警戒状態の解除と共に隔壁が 開くのに合わせ、美咲はさも何事も無かったかのように再び日本国VIP来賓用ブース へと戻る。 ﹁報告は後程。少々、デリケートな扱いを要すると思いますので﹂ ﹁分かった。十三番会議室を空けておこう。君には早々に報告を纏めてもらう。急です まないが││﹂ ﹁構いませんわ。元よりそのつもりですので﹂ ﹁そう言って貰えると助かるよ。あぁ、報告だがね、君にも意見をだいぶ求めることにな ると思う。頼りにさせてもらうよ﹂ なるのでしょうか︶ ︵それにしても、少々気に入りませんね。仮に私の予想通りだとすれば、ちょっと手間に いてこの二人はまさしく最上級の位置にあった。 ができるか、そこにその者の能力が示されると言っても良い。そしてそのポイントにお く。この平静と保つということが肝要なのだ。非常の事態においていかに冷静に対応 淡々と、まるで今日の天気を話すかのように平静を保ったまま二人は話を進めてい ﹁承知しました﹂ 第二十五話 偽りの戦女神 1017 会場アナウンスで少々時間を繰り下げていくらか変更をするものの、このまま試合プ ログラムを続行するという放送を聞きながら美咲は試案する。その目には僅かだが不 満そうな光が宿っている。 何しろそれで幸福になる者などろくにいないのですから︶ ? ることに誰も気づかぬまま、トーナメントはその日程を進めていくのであった。 畏怖され、 ﹃魔女﹄とも﹃邪神﹄とも忌み名をつけられた者が、冷然な眼差しを向けてい 見下ろす。かつて﹃戦 女 神﹄と称された女傑に唯一対等足る乗り手として知る者にこそ ブリュンヒルデ 暗い愉悦から成る毒華のごとき妖艶な微笑を浮かべたまま美咲は眼下のアリーナを ︵いいえ、悪いのかしら そこまで考えて、ゆっくりとその口元に歪んだ微笑が浮かぶ。 もしれない︶ ︵ですが見方を変えれば私が動くことができるということ。これは良いことと取れるか 1018 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る ﹁いや∼、流石に今回はマジでヤバイって思ったわ。もうどんくらいヤベーかってーと、 なんか何もする気が起きないくらい疲れるくらいヤバかったわ﹂ ﹁そう、それはお疲れ様。私は何も見てないけど﹂ そんな気の抜けた会話を一夏と簪は交わす。場所は一夏らが使用した第一ピットの 隣にあたる第二ピット、簪と本音のペアが使用しているピットである。 暴走したシュヴァルツェア・レーゲンの鎮圧に成功した後、一夏とシャルロットはそ のままピットへと戻り追って指示があるまで待機を言い渡されていた。待機と言って もそこまで拘束性があるわけではなく、変にあちこちへフラつかないのであればある程 度好きにして良いと言う半ば自由行動の許可に近いものである。 そんな指示を受けたために一度シャルロットと別れ、さてどうしたものかと考えなが ら廊下を歩いている最中にバッタリ出会ったのが簪である。そのまま立ち話もなんな ﹂ のでということで彼女のピットに場所を移してこうして会話をしているという運びに なった。 ﹁まぁそこまで深く聞くつもりはないけど、そんなに大変だったの ? 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1019 ﹁そりゃな。試合、俺がボーデヴィッヒ倒すとこまでは見ていたんだろう なら箒が ? やられたのも見ていたはずだ。そのぶっ倒れた箒も回復してからは加わって、とにかく ﹂ その時アリーナに居た全員で取り掛かった大仕事だよ﹂ ﹁ふ∼ん。あ、グミ食べる ﹂ ? かった。 ﹁で、その織斑先生は何をしているの ? ﹂ 箒に説教中だ。しかも姉貴だけじゃない。山田先生とか他の先生も参加という 豪華特典付き﹂ ? ﹁⋮⋮篠ノ之さんは何をしたの ? ﹁ん ﹂ ツッコミを入れるが、それに一々相手をするような性格を更識簪という少女はしていな 姉、すなわち千冬からの説教と言って即座に一夏に向けて合掌する簪に一夏は思わず ﹁うぉい﹂ ﹁ご愁傷様﹂ ﹁いやさ。この後な、お説教なんだよ、姉貴の﹂ ﹁どうしたの 差し出されたグミをぱくつきながら一夏は深くため息を吐く。 ﹁もらうもらう。どもども﹂ ? 1020 千冬が説教をするのは、まぁよくある光景だから今更何も言わないとはいえ、そこに 他の教員たちも、ましてや学園の教員でも温厚筆頭株の真耶まで加わるとはただ事では ない。当然のように湧いた疑問に何てことは無いと一夏は答える。 ﹁あ∼、件の大事件な、わりとマジでヤバかったんだよ。下手したらくたばっておかしく ないレベルの。何せ俺やデュノアすらまず最初に逃げるよう言われたし。まぁ無理や り納得させたんだけどよ。そこへ行くと箒なんかは病み上がり不完全状態、しかもまぁ 機体とか腕とか色々足りちゃいない。だから他の先生が言い聞かせて下がらせようと ﹂ したのをほとんど無視しての突撃だからな。いや、正直言ってそれに助けられたところ もあるんだけど、流石に無茶が過ぎるってんでよ﹂ ﹁あぁ、仕方がない﹂ ﹁で、織斑くん。実際問題箝口令はどのくらいのレベルで働いているの そうだな。流石に何かあってそれに皆で対処したくらいなら、まぁこうやって ? ﹁そっか。まぁ普通そうだよね﹂ えないな﹂ は通じんだろ。いや、それでもあまり吹聴することじゃないけど。でも詳細は流石に言 お前に話したように言っても問題はないな。まぁ流石にあれで何もありませんでした ﹁ん ? ﹁それなら仕方がないね﹂ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1021 ﹂ ﹁けどまぁ、頑張れば自力で調べ出せるかもしれんぞ いや、できるかどうかは知らん が。ただまぁ、案外お前の姉貴なら知ってんじゃないの ﹁⋮⋮多分だけど把握してるよ、確実に﹂ る。 ﹁ほぅ。あれか、この学園の生徒会長っていうのはそこまでの権限があるのかい ﹂ ﹁生徒会長もそうだけど、お家柄っていうのもあるかな﹂ ﹁家柄 ﹂ ? とにかく、そういう裏稼業でそこそこ名の知れた家なんだ ? よ。ほら、あのイギリスのスパイ映画みたいな﹂ 代々由緒正しい⋮⋮忍者 脳裏に思い浮かべた実姉の姿に、一夏の推測は紛れもない正解であることを簪は告げ ? ? ﹁そ、家柄。私とお姉ちゃんの実家、つまりは﹃更識﹄って家は何て言うんだろうね ? ? めすぐに思い浮かべることができた。 ﹂ ﹁⋮⋮チョイ待ち。それ、喋って良いのか ﹁⋮⋮さぁ ﹁おい﹂ ? ﹂ 簪が例として挙げたスパイ映画は一夏もそれなりに愛好しているシリーズであるた ﹁あ∼、なる﹂ ? 1022 ﹁別に私はどうとも思ってないし﹂ 一応実家に関わる非常に重要な情報であるにも関わらずこの扱いのぞんざいさ。そ れで良いのかと突っ込みを入れる一夏だが、簪は態度を変えることなく適当な扱いのま まを通す。 ﹁まぁ君は立場が立場だし、覚えといて損は無いと思う﹂ ﹁そういうものかねぇ﹂ ﹁そういうもの。で、お姉ちゃんは一応長女なわけだから次期当主で、というかもう当主 の仕事の一部はやってるから。必然的にそういう機密情報とかにも耳を伸ばせるわけ﹂ ﹂ ? だよ﹂ ? 前でポーズ取りながら﹃かしこい、かわいい、タテーナシ﹄とかやっちゃってるのを私 ﹁あんなのでも能力だけはあるから。そう、例えば寮が一人部屋なのを良いことに鏡の ・・ ﹁あの悪乗りを生きがいにしてそうなのが ﹂ ﹁それは初耳だけど、まぁそう。あんなチャランポランだけど、アレでも家の跡取りなん ﹁あの実の妹で変な妄想してるようなアレが いえば妹がどうこう言っていたなと思いだし、思わず一夏は頭を捻る。 思い出すのは数少ないとは言え数度の接点がある学年が一つ上に生徒会長だ。そう ﹁はぁ、あの会長殿がねぇ⋮⋮﹂ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1023 ・・・ に見つかっちゃうような、あんなのでも能力は優秀だから﹂ ﹂ ? ほむほむなるほど、あ、本当です ? じゃあそれでお願いします。いや、急に無理言ってすいません。││いやいや、 ? 失礼します﹂ 本当に色々とお世話になりまして。はい、はい、それじゃあお願いします。はい、では。 か ﹁もしもし。あ、どーもどーも。さっきの件ですか のベンチから立ち上がると、そのまま懐から携帯を取り出して通話を始める。 不意に一夏の懐から電子音が鳴る。失礼、と一言だけ断って一夏は座っていたピット が、それがこの二人の会話と関連性があるかどうかは余人の知るところではなかった。 て二年生が使用しているアリーナの一角で一人の女生徒が小さなくしゃみをしたのだ しばしの無言の後に二人揃って小さく噴き出す。余談だがこれとほぼ時を同じくし ﹃⋮⋮プッ﹄ ﹁顔真っ赤にするお姉ちゃんの想像が余裕でした﹂ りたくなるな。ネタにしてやる意味で﹂ ﹁K︵かしこい︶K︵かわいい︶T︵タテナシ︶だ。いやぁ、ぜひ全校生徒に流布してや ﹁その心は んでやろう﹂ ﹁何それマジでウケるんだけど。よし決めた、今度からあの会長のことは﹃KKT﹄と呼 1024 会話を終えて通話を切った一夏は再び簪の下へと戻ってくる。どうしたのかと問う てくる簪に一夏は大したことじゃないと前置きをしてから事情を話す。 んだよ。一応予備はあるけど、所詮予備だからな。できればちゃんとしたのが欲しいの ﹁いやさ、さっきの騒動の時にISスーツの上が破けて使い物にならなくなっちまった が人情ってわけで。だから倉持の人に新品無いかって聞いたら即答で﹃ある﹄って返っ ﹂ てきたから。その確認﹂ ﹁ふ∼ん。どんなの ? ﹂ ? でも、なんで黒なの ﹂ ? ﹁ブッ﹂ 方は俺が選んだ黒だ。もう片方は⋮⋮ショッキングピンクだぜ﹂ ﹁いや、それがさ、それ以外に選びようがないんだよ。だって色は二色しかなくてさ、片 それを問われて一夏は視線を逸らすと表情をどこか苦みを含んだものに変える。 ﹁うん、良いんじゃないの ? 色だったソレを黒に置き換えてイメージする。まぁアリなのではないとか思った。 そこで簪は記憶にある一夏のISスーツ姿を思い浮かべ、どちらかと言えば深めの青 ﹁黒﹂ ﹁何色なの ﹁いや、今まで使ってるやつとそう変わらないよ。まぁ色は違うけど﹂ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1025 ショッキングピンクと言われた瞬間、そんな弾けた色のISスーツを纏っている一夏 の姿を思い浮かべてしまった簪は反射的に噴き出していた。一夏も簪がいきなり噴き 出した理由を察したのか、仕方ないと言いたげな様子でガクリと首を落とす。 ﹂ ? の試合を行うのは予定通りだが、その後に行う前半二試合の勝利ペア同士での本選出場 この後にアリーナの調整などの諸準備を行ってセシリア・鈴のペアと簪・本音のペア な変更が生じている。 た。本来であれば今日中に専用機の部を終了させる予定であったが、その予定にも大き ラウラの一件があったおかげで一年の部に関しては試合の日程に大幅な遅れが生じ ﹁⋮⋮ふむ、そろそろ時間かな しようとしているだけまだ遥かにマシだ。 れが鈴あたりであれば腹を抱えて盛大に大笑いしていただろう。それを考えれば自制 も無理のないことだと納得してしまう。それに、簪の反応などまだ大人しいものだ。こ ショッキングピンクなどを纏っている姿を思い浮かべてみると確かに笑いたくなるの 未だに笑いを抑えきれない簪に一夏は一言物申したく思うが、しかし自分でそんな ﹁べ、別に良いけど⋮⋮プッ﹂ マジで﹂ ﹁いや、もうホントにショッキングピンクとかは聞かなかったことにしといてくれ、いや 1026 ペアの決定戦、ならびに敗北したペア同士での三位ペア決定戦は今日に関しては中止で 後日改めて行うことが決定している。もっとも、三位決定戦に関しては医務室に担ぎ込 まれたラウラが機体共々トーナメントに参加できるか怪しいため、場合によっては執り 行わないという可能性もあるとのことだ。 そして現在、その専用機の部の二試合目を行うべく急ピッチで準備が進められてお り、ピットから見えるアリーナの様子から察するにそろそろその準備も片が着こうかと いう頃合いだった。 ﹂ ? ﹂ ? ﹁分かった。ならしっかり見ていって。私と打鉄弐式、そのショータイムを﹂ よ﹂ ﹁む、あぁそれもあったか。そうだな、先にお前らの試合を見ていくか。そうさせて貰う ﹁織斑くん、試合は見ていく 本音が間延びした声と共にピットに戻ってくる。 言って二人は同時に立ち上がる。それと同時にどこか別の場所に行っていたらしい ﹁そう、なら私もそろそろ準備するかな﹂ デヴィッヒの見舞いでもしてやるか﹂ ﹁あぁ、この後おもいきり暇になっちまってるが、そうだな。医務室に担ぎ込まれたボー ﹁行くの 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1027 ﹁はい ﹂ ﹂ れ、一瞬にして簪はその身にISを纏っていた。 それと同時に指輪が発光、一夏も見慣れた待機状態からのISの展開が目の前で行わ ﹁変身﹂ 弐式に添える。そしてサッと指輪のカバー部分を下にスライドさせながら言った。 そんな感想を抱いている一夏の前で簪は空いた右手を静かに左手の指輪、待機状態の あるようなと。 は既視感に近いものを感じた。この姿、というよりもポーズだが、どこかで見たことが ビシッという効果音が付きそうなほどにきっちりとした立ち姿を披露する簪に一夏 ﹁あり 金属のカバーのようなものが取り付けられている。 中央部の核のような青い結晶体はひし形から円形に変わっており、その上にまた別の ずだ。だがそれが今では違う。 わっていないが、以前一夏が見た際には青いひし形のクリスタルのような意匠だったは 伸ばした左手、その中指にあるのは待機状態の弐式だ。指輪という基本的な構造は変 べる一夏を余所に簪はスッと左腕を胸の前で上向きに伸ばす。 なぜに試合をショータイムなどと気取った言い方をするのか、疑問符を頭の上に浮か ? ? 1028 ﹁どう ﹂ ﹂ うか。だとしたらあまりにも努力の方向性が間違っているのではないか。 まんまだったのだ。というか、それをやるためにわざわざ待機形態の形を変えたのだろ そして簪の取った一連の動きは、現在放映中の日朝特撮の主人公の変身のソレにその 時半から9時までがっつりである。 幼い頃より日曜朝のヒーロー物特撮にも理解が深かったりするのだ。ちなみに午前7 なりに早い。それゆえに朝のテレビ番組を視聴する機会にも恵まれており、何気に彼は 幼少の頃より比較的規則正しいと言える生活を送ってきた彼は、当然ながら朝もそれ だった。有り体に言って見覚えがあり過ぎた。 ど こ か ら 突 っ 込 ん で 良 い の か さ っ ぱ り 分 か ら な い と い う の が 一 夏 の 偽 ら ざ る 本 心 ﹁どうって言われても∼﹂ ﹁どう 楽しそうな声が反響している。 どこか得意そうな表情で感想を聞いてくる簪にただ一夏は無言。ピットには本音の ﹁しゃばどぅびしゃばどぅび∼﹂ ﹁⋮⋮﹂ ? ? ﹁いやいや待て待て待ちなさいよ。ちょーっと待て、いや本当にどこからどう何を突っ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1029 込めばいいのかまるで分からない。お前はそれで俺に何を期待しているんだ﹂ ﹂ ? た。 いことだと思いつつ、案外数馬あたりだったら上手くやれるのだろうなと思うのであっ Tもとい楯無も揃って会話の調子というものを崩しにかかってくる。何ともやりにく 去りながら一夏は思う。こうして会話をして改めて実感するが、更識姉妹は簪もKK そのままヒラヒラと手を振りながら一夏はピットを立ち去る。 ﹁うっせー﹂ ﹁意外に君もこの手の知識があるんだね﹂ が良いと思うんだよ﹂ ﹁え∼っとだな、俺が思うにISを着けるわけだから変身より﹃装着﹄、ないしは﹃蒸着﹄ 感想だけを言ってこの場を退散しよう、そう一夏は心に決める。 どうにも上手く纏まった言葉に変えられる気がしない。とりあえずは、求められた通り はぁ∼と疲れたように一夏はため息を深く吐く。色々と言いたいことはあるのだが、 ﹁まぁまぁ、細かいことは気にしないで﹂ ﹁いや、首かしげながら言うなよ。お前も分かってないのかよ﹂ ﹁何って⋮⋮感想 1030 ﹁うっ⋮⋮﹂ IS学園の校舎、その一角に設けられた医務室のベッドの上でラウラはゆっくりと目 を覚ました。 ﹁なんかまだ寝ぼけてね ﹂ ﹁ここは⋮⋮それに私は⋮⋮﹂ こした。 かを未だ判別できず、そのままラウラはゆっくりと横たえられていたベッドから身を起 して目覚めて間もないまだぼやけたままの思考は声の主である二つの人影が誰のもの 耳に入ってくる。明らかに違う男女の声だが、どことなく似通った調子の声だった。そ まだぼやけている視界に映る二つの人影を認識すると同時に、二人分の声がラウラの ﹁ふむ、この分ならそう大事はなさそうだな﹂ ﹁あ、起きた﹂ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1031 ? ﹁ま ぁ あ れ だ け の こ と が あ っ た 後 だ。相 応 の 負 担 が 掛 か っ て い て も お か し く な い だ ろ う。それを考えれば無理もない﹂ 自分の様子を見ながら言葉を交わす二人の声を聞きながら、ラウラは徐々に意識が それに、織斑一夏 ﹂ はっきりとしてくるのを感じた。それに伴い視界も思考も明瞭なものへとなっていく。 ﹁教官 ? ﹁そんな、レーゲンが⋮⋮﹂ ウラはこの医務室に担ぎ込まれたことなどをだ。 決した後にレーゲンが暴走、教師陣と一夏らの手で暴走したレーゲンを鎮圧した後にラ 一夏とラウラの一騎打ち、その勝負がレーゲンのシールドエネルギー喪失という形で ラウラの状況把握の度合いを素早く察した千冬は手短に経緯を説明する。 ﹁なるほど、そのあたりは覚えていないか﹂ ﹁あの、教官。私は一体⋮⋮﹂ の反応にも首を傾げざるを得ないのだ。 かった。だが当のラウラにしてみれば、未だ状況がつかみ切れておらず、こうした二人 少なくとも二人ともラウラが無事であることを喜んではいる。口ぶりからそれは分 ﹁それに関しては私も同感だな。何かあれば寝覚めが悪い﹂ ﹁よう、無事なようで何より﹂ ? 1032 ﹁正確にはシュヴァルツェア・レーゲンがというよりも、それに組み込まれていたVTシ ステムが原因なのだがな。レーゲンに非があると言うわけではない﹂ ﹂ 会へ通達、近くドイツには査察が入るだろうよ﹂ のではないかと推測できることくらいだ。箝口令が敷かれているが、既に学園から委員 ム系の深部に巧妙に隠されていたのと、そこからおそらくはドイツに居る間に積まれた 生徒問わず腕利きを総動員してな。現状で分かっているのはVTがレーゲンのシステ ﹁まぁ驚くのも無理はないか。レーゲンは現在も学園の技術員で調査をしている。教員 驚愕を隠せなかった。 る知識はある。そんなものが自分のISに載せられていたという事実に流石の彼女も 国際条約で禁止指定されているような代物だけに、当然のごとくラウラもそれに関す ﹁VTシステムが !? お前に返還される。あぁそれと、大事を取ってもうしばらくの間は医務室暮らしだな。 の類は一切ない。レーゲンも、VTシステムの除去が完了次第予備部品から修復を行い れた被害者だ。事件の詳細についての箝口令は守ってもらうが、それだけだ。お前に咎 じゃあない。あぁ、お前の処遇に関してだがな、お前はあくまでISの暴走に巻き込ま ﹁なに、生徒が教師に迷惑をかけるなどあって当たり前のことだ。お前が気に病むこと ﹁そう、ですか⋮⋮。申し訳ありません、私のせいでご迷惑を⋮⋮﹂ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1033 まぁゆっくり休むと良い﹂ い。それに、何て言うんだろうね。あぁいう形で横やり食らってキッチリ締まらなかっ ﹁まぁ、事故だったしな。それに終わったことだから今更どうこう言ってもしょうがな い以前の問題だ。だからこそ、一夏がラウラにかける言葉は穏やかな声音をしていた。 べる出来事だったのだ。ラウラに責められるべき謂れがほとんど無い以上、許す許さな ならばこそ、ラウラを責める道理はどこにもない。そもそもからして不運な事故と呼 ﹁別に良いさ﹂ 知している。あのレーゲンにラウラが呑みこまれる瞬間、確かにそれを悟ったのだ。 ラウラの言葉には紛れもない悔恨の念があった。だが、そんなことは一夏もとうに承 ﹁⋮⋮﹂ めていたと言うのに、この体たらくだ。何も言い訳ができない﹂ ﹁私のせいで勝負に水を差してしまった。何より私自身、あの試合を決戦の舞台と見定 ﹁何がだよ﹂ ﹁すまなかった﹂ ばし視線を交差させると、ラウラはそっと視線を伏せる。 そこでラウラは腕を組んだまま無言で自分の方を見ている一夏に視線を向ける。し ﹁はい。あ⋮⋮﹂ 1034 たのは、きっとあそこで締まるべきじゃなかったんだろう。まぁ世の中は色々と不思議 な縁があるもんだ。多分、いずれちゃんと白黒つける機会が来るさ。あ、でもISの色 的には俺の勝ち確じゃないか、これ﹂ ﹁え、いや、その⋮⋮﹂ 手にできたのは実にいい経験だったよ﹂ ﹁あとはアレだ。何だかんだで良い経験もできた。模倣とは言え、現役時代の姉貴を相 ワタシ ﹁おい一夏。一つ断っておくがな、あれが当時の私そのままだと思うなよ。だとすれば 私を舐めすぎだ。あれに一人で対処できる者など、世界を見渡せばザラだ。本物は、あ の遥か上を行く﹂ いじゃないか﹂ ? ﹁まぁそうだな。確かに余計な水を差されたことに関しちゃ日本人固有スキル﹃イカン と。 本意な出来事であった以上はラウラを責める理由も存在しない。故に怒ってはいない きっぱりと一夏は断言する。レーゲンの暴走はあくまで事故、ラウラ本人にしても不 ﹁だから言ったろう。お前に怒る理由が無い﹂ ﹁怒って⋮⋮ないのか ﹂ ﹁あーはいはい分かってるよ。実際良い経験だったのは確かなんだよ。それはそれで良 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1035 ノ=キワミ﹄を発動してやりたくはあるが、それにしても向ける先は仕掛けた黒幕だ。 お前には何も思っちゃいない。まぁなんだ、言うのが遅くなったけどな、無事で何より だ。流石に目の前でクラスメイトに何かあれば俺も寝覚めが悪いからな﹂ そう言って一夏はポンと右手をラウラの頭の上に乗せる。転校してすぐ、からかいの 意味をこめて行われたソレとは違う、ある種の真摯さがこもった掌だった。そしてその 手はさほど長く置かれずしてラウラの頭から離れる。 ﹂ ? は一夏の視線を見据えたまま顎でラウラの方をしゃくり﹁残ってやれ﹂とジェスチャー どこか躊躇いがちにラウラが発した問いかけに一夏と千冬が顔を見合わせる。千冬 ﹁その、織斑一夏。少し、良いか 立ちながらもどうかしたのかという視線をラウラに向ける。 立ち上がる二人を見て反射的にラウラは何かを言いかける。それに気づいた二人は ﹁あっ⋮⋮﹂ そんな軽口をかわしながら一夏と千冬が揃って立ち上がる。 ﹁無理言うなって﹂ かうのが職員室ではなく家ならば待っているのがアルコールだというのに﹂ ﹁そうだな、私もそうさせて貰おう。この後も、仕事が待っている。あぁくそ、これで向 ﹁さて、俺はそろそろお暇するかね﹂ 1036 で伝える。それを受けて一夏もまた無言の首肯で返答とし、再びラウラのベッドわきの 椅子に腰を下ろす。 ﹂ そして千冬が医務室を出たのを待ってラウラは再び口を開く。 ﹁ISの、クロッシング・アクセスというものを知っているか 伊達ではない。どうしても周りに比べて後れを取りがちという意味でである。 聞き慣れない言葉に一夏は素直に首を横に振る。現状唯一の補習対象者の知識量は ﹁⋮⋮いや、知らん﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ラのイメージが流れ込んできたなどという記憶はないが、逆の場合があったとしてその 訝しげに眉を顰める一夏だが、思い当たる節が無いでもない。あいにく一夏にはラウ ﹁なに お前が居た﹂ だな。だが、おそらくはその時など思うが、私の中にあるイメージが流れてきた。⋮⋮ ﹁レーゲンが暴走していたという時、私には意識が無かった。記憶に無いのだから当然 ﹁ふむ、それで Sが電位的な接続状態にあることが関係していると目されているのだが﹂ 者同士の意識が共有状態になるというものだ。おそらくはISの搭乗時に乗り手とI ﹁そうか。簡潔に説明するとIS同士の接触時、特に強い衝撃を伴う時にごく稀に搭乗 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1037 切っ掛けになり得る条件、つまり機体同士の接触と言えば、まず真っ先に思いつくのは 止めの一撃の瞬間だろう。とはいえ、このことに関してあれこれ考えても仕方がない。 ﹂ 何せ分からないことだからけ、考えるだけ無駄というやつである。 ﹁で、俺が居てなんだと ﹂ ! 当然ながらラウラも一夏の表情の変化には気付いた。そこで再び言葉を切りかける 言った手前上、すぐに表情を元に戻す。 それを聞いた瞬間、明らかに一夏の表情が変わった。だが、落ち着いて受け止めると ﹁っ ﹁私が見たのは、どこかの廃工場のような場所で立つお前だった﹂ 一夏の後押しにラウラは意を決したように頷く。そして言った。 ﹁⋮⋮分かった﹂ み﹂ ﹁まぁ、なんだ。何言われてもそれなりに落ち着いて受け止める自信はあるから、言って ではないか、そんな逡巡をしている様子だった。 そこでラウラは言葉に詰まる。本当に言って良いのか、あるいは言わない方が良いの ﹁⋮⋮﹂ ゆえに一夏は続きを聞くことにする。 ? 1038 が、すぐに表情を元に戻した一夏の続きを促す視線に話を続けることを決めた。 ﹂ ﹁正直、あくまでイメージにしか過ぎなかったし、断片に分かれすぎていたから詳しくは 分からないが、あれは、お前が巻き込まれた誘拐事件の記憶なのか ﹁⋮⋮そうだ﹂ はかなりの反応を示したな﹂ ﹁以前、私が教官に関しての調査の過程で事件のことを知り、そのことを言った時にお前 廃工場で立ち尽くす自分、そう言われて思い当たる節などそれしかない。 ? が放ったのは、一夏にとっても予想外であった謝罪の言葉だった。 もはや隠しても仕方が無いというようにあっさりと打ち明けた一夏に対してラウラ ﹁⋮⋮すまなかった﹂ だ。あの事件の時、俺は現場に居た犯人グループの何人かを││殺した﹂ ﹁あぁそうだよ、お前がどこまで見たかは知らんが、それでもお前が知っちまった通り ラウラの口ぶりから一夏は観念したようにため息を吐きながら投げやりに言う。 ﹁⋮⋮そうか、知っちまったか﹂ になっていると思った。いや、普通はそう思うのだろうな。だが実際は、違ったのだな﹂ ﹁あの時、私は単純に事件のことがお前の中で一種のトラウマ、あるいはそれに近いもの ﹁あぁ、そういえばそうだったな﹂ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1039 ﹁⋮⋮なんで謝る﹂ ? はないのだ。 ﹁で、言いたいことっていうのはそれだけかい ﹂ だが、ラウラは気付いていない。犯人を殺した、一夏にとって問題なのはそんなことで あのまま自分の身に何かあればということを考えれば、あの結果でも良かっただろう。 思い出すのは自分の救助に駆けつけてきた姉、ISを纏ったままの抱擁だ。確かに、 ﹁俺が無事で、ね﹂ 居たのだ。ならばそれは、決して悪いことじゃない﹂ を責めるのはお門違いというやつだろう。何より、お前が無事であったことを喜ぶ人も に終わってしまったことで私には何ら関係が無かったことだ。ならば、それで私がお前 抗の結果と考えればある程度の理解はできし酌量の余地だって大いにある。それに、既 ﹁そう、だな。確かにお前がやったことは決して善行ではない。だが、状況を鑑みても抵 の大馬鹿野郎の一言でも言われると思ったが﹂ ﹁⋮⋮別に良いさ。その気遣いだけで十分だよ。むしろ意外だったな。何やってんだこ ないにも関わらず、こんなことを言ってしまって、すまない。配慮が足りていなかった﹂ お前に何も言わないというのも道理が通らない。お前にとっても決して良い記憶では ﹁いや、こんなことは本来話すべきではなかった。だが知ってしまった以上、事が事だ。 1040 ﹁あ、あぁ。すまないな、時間を取らせてしまって﹂ ﹁いや、良いさ。まぁ知っちまったのはしょうがないとして、ありがとな。わざわざ言っ てくれて。それと、なんだ。今更忘れろとは言わないさ。土台無理だろ。ただ、なんだ。 ここだけの話ってことにしといてくれ﹂ ﹁あぁ、それは固く誓う﹂ ﹁助かる﹂ そして一夏も場を辞すために椅子から立ち上がる。 たって聞いた他の連中も、みんなお前を心配しているんだからな﹂ コ ? そうして一夏も医務室を去っていく。そうして一人、夕日に照らされた医務室のベッ ﹁あぁ、任せとけ。勝者の義務は果たしてきてやる﹂ ﹁そうか、健闘を祈る。私に勝ったのだ、無様は認めんぞ﹂ 合は続けるさ﹂ ﹁俺ら一年は少し予定を変更して続行、上級生は通常通りだ。俺も、予定がずれるけど試 ﹁あぁ、そうさせてもらうよ。││そうだ、トーナメントは結局どうなった ﹂ アも箒も山田先生も、現場に居た他の先生たちも、ついでにお前が医務室に担ぎ込まれ コ たんじゃないかって内心でハラハラしてたらしいからな。姉貴だけじゃない。デュノ ﹁じゃあ、俺も行くよ。ゆっくり休んで養生しろよ。姉貴、何だかんだでお前に何かあっ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1041 ドに残ったラウラはフッと小さく息を吐く。口元に緩やかな微笑を浮かべたその表情 は彼女が心から安堵していることの何よりの証左であった。 ﹁⋮⋮﹂ だ。 だがそんなことは関係ない。肝心なのはその時の彼の心理状態と、それに伴う行動 倒から目を覚ました彼が居たのはどことも知れない廃工場だった。 ツを訪れていた一夏は何者かの手により誘拐の憂き目に逢った。スタンガンによる昏 三年前のIS国際エキシビジョン決勝戦当日、姉が出る舞台の見物のために単身ドイ カツカツと足音を廊下に反響させながら一夏の意識は過去へと遡っていく。 それっきり一夏は口を開かない。ただ無言で歩き続ける。 いないみたいだったな﹂ ﹁けどまぁ、所詮は見ただけか。ボーデヴィッヒも、俺にとって何が問題かは分かっちゃ 医務室を出た後、廊下を歩きながら一夏はぼやくように独り言を漏らす。 るで意味が分からんぞ﹂ ﹁まさかボーデヴィッヒにバレるとはなぁ。なんだよクロッシング・アクセスって。ま 1042 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1043 歩きながら一夏は無言で己の右手を見つめた。 敢行した縄抜け、すぐそばに居た見張りに不意打ちを食らわして武器の拳銃を奪った 直後、異変に気付いた別の犯人一味の一人に、考えるよりも早く持っていた銃を向け、そ して、戸惑うことなく引き金を引いた。なぜそのような行動に出たのか。きっと無我夢 中だったのだろう。何せその時の心境の詳細を思い出すことができない。防衛本能が 機能をしたとでも言うべきだろうか。だとしても決して軽々しいことではない。今で も、あのとき無意識のうちにその行動を選択し実行に移していた自分には疑問を浮かべ るのだ。 あの時に持っていた銃と、引いた引き金の重さは今もなお鮮明に思い出せるほどに体 に染み込んでいる。単純な質量、引き金の重さという点で見れば一夏の力からすれば軽 すぎるものだ。だというのに、下手な大荷物を持つよりも重みを持って感触が残ってい る。あるいは、それこそが命の重みというべきなのだろうか。 四。千冬の手で事が終わるまでに一夏が引き金を引いた数、そしてその結果として倒 れた犯人グループのメンバーの人数を示す数だ。撃った時点で息はあった。だが、状況 が状況だ。そのまま死に至っただろう。 今の状況が示す通り、そのことで一夏が咎に問われることは一切無かった。身近で たった二人、事情を知る一人である姉が曰く、解決に協力したドイツ軍が上手くもみ消 したということだ。もっとも、状況が状況だけに正当防衛も適応し得ると一夏個人は 思っていたが。あるいはそのこともまた千冬がドイツに協力した理由の一つであるか もしれない。だがそんなことはどうでも良いのだ。少なくとも一夏にとっては。 ︵そう、犯人始末したことはもう今更だ︶ まかり間違っても早々に容赦されて良いことではないとはいえ、それは既に終わって しまったことなのだ。何より一夏が問題としていることはまた別にある。 ︶ それだけではない。身の安全が確保された瞬間、姉の抱擁を受けたあの瞬間のことを かねないのだから、更に性質が悪い。 に苛まされることが無い。むしろ迂闊に気を緩めればそれがごく自然と思ってしまい 凡そ人が犯す禁忌の中でも最大級のソレを行って置きながら、まるで良心の呵責など ︵ろくでなしにも、程があるだろう︶ それ自体に一言物申しても罰は当たるまい。 この疑念が頭の中で渦巻く羽目になってしまったことについては、ラウラではなく悩み ラウラに恨み言を言うつもりは無い。だが、改めて他人の口から言われたことで再び れているということだ。 誘拐犯とは言え、自分自身の手で殺めたという事実を、彼自身驚く程に冷静に受け入 ︵何も思わないとは、一体全体俺はどうなっていやがる⋮⋮ ! 1044 思い出すたびに、どういうわけだか嫌な感覚が全身に広がるというのも一夏にとっては 問題ごとであった。 あの瞬間に自分が何を思ったのか、何となくというレベルで覚えてはいるが、より細 かいところまで思い出そうとすると、まるで本能がそれ以上を進ませようとしないかの ように反射的に思考を途切れさせられる。 ︵本当に、俺はどうなっているんだ⋮⋮︶ 人とはズレた感性をしている自覚はあるが、同時にそれなりに良識というものも弁え てはいるつもりだ。それが自分自身への疑念を強める。 禁忌の一線を踏み越えることにまるで動じないこと、そして家族の抱擁という歓迎す べき行為に伴う記憶の不明瞭をだ。 そこに身を置き続けることであるいは何か光明を得られるかもしれない。そうである 再び開かれた口から洩れたのはごく小さな呟きだった。IS学園という特異な環境、 ﹁俺も、マジでどうにかしなきゃなのかな⋮⋮﹂ いるのだ。 して歓迎できるものではない。思考のブレは剣を、拳を曇らせるものと相場が決まって 今の一夏が感じているものは紛れもない迷いだ。それは武人としての彼にとって決 ︵このままじゃあ、いかんよな⋮⋮︶ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1045 1046 ことを願い、彼は歩み続けた。 初日から一年生の部で大きな事件があったものの、その反動と言うべきか、以降の トーナメントのプログラムは滞りなく執り行われる運びとなった。 各学年共に優勝を飾ったのは大方の予想を裏切らず専用機を要するペア、特に二年の 部においては生徒会長更識楯無の文字通りの独壇場と呼べるほどに圧倒的な結果に終 わっている。 そして、初日の事故によって予定に遅延が生じた一年生の部の決勝戦はトーナメント の最終試合に持ち込まれ、事前の本選出場専用機ペア決定トーナメントにおいて、篠ノ 之・ボーデヴィッヒペアとオルコット・凰ペアを下した織斑・デュノアペアが優勝を飾 る運びとなった。 ちなみに更識簪・布仏ペアはセシリア、鈴のタッグを相手に接戦を繰り広げたものの、 第三世代二機というパワーに押し込まれて惜敗という結果に終わっている。 なお、余談ではあるが試合後に同級生の健闘を讃えようと簪の下に赴いた四組の生徒 が、更衣室でブツブツと﹁次は潰す⋮⋮燃料気化弾頭にクラスターでレッツパーティ ⋮⋮もういっそ戦艦の主砲でも⋮⋮80cm口径砲の4.8t榴爆弾でアリーナごと 木端微塵に⋮⋮フフ﹂などと不気味に呟く様を目撃したとかなんとか。 そんな色々な過程を経て行われた一年生の部決勝戦であるが、ここでまた一騒動が起 きた。 試 合 自 体 は 相 手 側 も 決 勝 ま で 勝 ち 上 が っ て き た だ け あ り 善 戦 は し た も の の、織 斑・ ﹂ デュノアペアが安定したを収めるという形で終わった。だが、この後である。 ﹁やはり、優勝者が二人っていうのは正直微妙じゃないか ? て、直前の試合以上の接戦の果てに一夏が勝利。 どと呼ばれることになる一夏とシャルロットの戦いは専用機同士ということも相俟っ そして一年生の部決勝戦に引き続いて執り行われた、後に﹃真・一年の部決勝戦﹄な としても都合がいい、などなどの諸々の理由によるものであった。 い。両者共に消耗しているため決着も比較的早く着くことが予想され、エキシビジョン 元々最終試合ということもあり、この後にプログラムが詰まっているということも無 ぎ試合の許可を取る。そして管制室に居た千冬が出した結論は、﹃許可﹄であった。 どよめきに包まれる観客席を余所に一夏とシャルロットは平然と管制室に通信を繋 わした言葉の一部である。 決勝戦に勝利をした直後、互いに武器を突きつけあいながら一夏とシャルロットが交 ﹁全くもって同感だね。僕も思うよ、多分これに勝てば僕は凄く満足できるって﹂ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1047 かくして一年生全体におけるチャンピオンの座をもぎ取った一夏はアリーナの中央 で盛大に高笑いを披露したのだが、その姿がばっちり大型モニターに映されていたこと で同級生を中心に﹁まるで鬼か悪魔の仲間みたい﹂と評され、自室で膝を抱えたりする 羽目になったのだが、あくまで余談である。 こうして、IS学園における全体トーナメントは例年以上の盛況のうちに幕を閉じる のであった。 一様にスーツを纏った彼らは誰も彼もが政争を長きにわたって潜り抜けてきた老練 まっていた。 都内某所、政府の管理下にある施設の地下にある一室にはおよそ十人ほどの人間が集 ﹁では、今回のIS学園にて起きた暴走事故についてご報告させて頂きます﹂ 1048 な重みを醸し出している。 プロジェクターによって映し出されるモニターのみが光源となっている薄暗い室内 において、彼らを前に立つのは美咲であった。 要人の会議などで用いられる部屋は政府の管理下にあって多くあるが、この部屋は特 に外部との遮断性に力を入れた構造となっている。 電波の遮断は勿論のこと、ネットワークの類からもほぼ完全に隔離、室内の電力にし ても隣接する部屋に設置された発電機から供給される電力で賄われるという徹底ぶり だ。 地下にあるということも相俟って、有事の際にはシェルターとしての利用もできるこ の部屋は、特に機密性の高い会議を行う場合などに用いられる。 されています﹂ ﹁なお、現場に居合わせた生徒は三名、内二名は織斑一夏及び篠ノ之箒であることが確認 認しながら美咲は事務的な口調で言葉を続ける。 美咲の言葉を聞きながら室内の面々は各々手元の資料に目を通していく。それを確 生徒及び学園の教師の手により鎮圧されました﹂ メント、その初日において試合に参戦したドイツの第三世代が暴走。現場に居合わせた ﹁概要についてはお配りの資料の通りです。過日行われたIS学園における全体トーナ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1049 一瞬室内の空気に緊張が走った。織斑一夏と篠ノ之箒、IS学園に在籍する日本人生 ﹂ 徒は多く居るが、この二名に関してはその重要度が文字通り桁が違うというのが彼らの 共通見解である。 ﹁浅間君、このISの暴走が二人を狙ってのものである可能性はあるかね ﹁資料には違法とされているVTシステムによるものとあるが、浅間君。この情報は確 意の線は無いと美咲は伝える。 格者に何かあったとなれば、ドイツにとっては﹃泣きっ面に蜂﹄の状態となる。故に故 なっていた。ただでさえ非難を受けて当たり前のところを、更に世界唯一の男性IS適 故を起こしたという事実は、その情報の精密性に差はあれどほぼ各国が知るところと 一人の男の質問に美咲は淀みなく答える。既にシュヴァルツェア・レーゲンが暴走事 いう形が正しいかと﹂ ん。完全にリスクとリターンが釣り合っていない以上、二名に関しては巻き込まれたと ことは必至でしょう。また、両生徒を害してドイツが得られる利益もあまり見込めませ る調査が進んでいます。仮にこの二名に何かがあれば、ドイツは国際的な批判を受ける 件については既にドイツに非があるとした上で国連の委員会を中心とした調査団によ 渉が必要となりますが、あの状況下でそれはほぼ不可能と言えるでしょう。また、この ﹁いえ、おそらくその線は薄いかと。仮にそうだとすればISに対しての外部からの干 ? 1050 かかね 何せ事件のことはあちこちのルートから伝わってきてはいるが、VTシステ 後の言葉へ意識を集中させる。 をする。何気ない所作だが、その些細な所作にもこの場に集った彼らは意識を傾けこの でいく。そして一しきり質問の類が出尽くし、室内が落ち着いた所で美咲は一度咳払い その後もあちこちから質問が出ては、それに美咲が答えていくという形で会議が進ん はいささか様相が異なりますが、まずもってVTシステムと見て良いでしょう﹂ して断言させて頂きます。禁止が制定される以前に実験運用されていた当時のものと 始終の記録を行いました。現在モニターに映している映像がそうですが、一IS乗りと と見て良いでしょう。事故当時現場に居合わせた私は赤木事務次官の許可の下で一部 がVTシステムの関与を把握しているのは確実として、各国への情報の浸透は未だ浅い ﹁はい、確実です。現状では対応にあたったIS学園、及び学園が報告を提出した委員会 ムが関わっているということは君の方からしか来ていないのでね﹂ ? 今回の事件には見過ごせない点が一つあります﹂ しています。本来、これだけで済むのであればもっと簡素なご報告で済んだのですが、 件の不始末を盾にした必要以上の干渉も、今後の関係を考慮して控えるという結論に達 た被害も無いままに終息し、既に委員会が動いている以上日本国としてのドイツへの事 ﹁さて、今回のドイツのISによるVTシステム暴走事故。既に事故それ自体は目立っ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1051 前置きをすることで美咲は一同の意識を一気に自身の言葉へと集中させる。 を流用したものであると見ることができます。無論、本物の織斑前代表及び当時の彼女 録映像にあるVTシステム発動後の当該ISの動きは紛れもなく本物の千冬のデータ すが、それで再現できるのは本物のデータの六割程度が関の山です。しかし、ご覧の記 勿論、公の記録に残されている戦闘映像などからある程度の再現は可能でしょう。で ものとなります。そしてそれは織斑前代表のものも例外ではありません。 者達のデータは国家の戦力に関わる重要な要素であるため必然的にその管理は厳重な の場で活躍をした者のデータなどまさしく都合が良いものでしょう。ですが、そうした 乗り手のものでなければならない。かつて二度にわたり異なる形で行われた国際大会 単騎の戦闘能力の底上げを図るものです。当然ながら用いられるデータはより優れた ﹁ご存じの通りVTシステムは優れた乗り手のデータを用いてよりインスタントにIS も含め、改めて事を確認させるため美咲は説明をする。 の諸事情というものがあるために責めるわけにはいかない。事態を把握している者達 のは活躍する分野の関係上、事の把握が不完全である者だ。とはいえ、その辺りは各々 その言葉に反応を示したのは室内のおよそ半数ほどの面々だった。反応が無かった 前国家代表、彼女の現役時代の戦闘データということです﹂ ﹁今回の事件で私が最も問題と考える点、それはVTシステムが再現したのが織斑千冬 1052 の専用機﹃暮桜﹄と比較すればやく五割から六割弱程度でしょうが、いくつかの制限を 課せられているとはいえおよそ十機ものISを相手取り苦戦せしめるとなれば、もはや 本物のデータを用いている以外にありえません﹂ ﹁それが示すところは何だ﹂ 低い声が美咲に問う。この会議が始まって初めて発せられたその声には、生半可な神 経を持つ者なら問答無用で萎縮させるような、この場にあってなお異様さを感じさせる 重みを持っていた。 それを美咲は涼しい顔で受け止める。幼い頃より見知った男の、実父のものだ。子供 であった時分から聞き慣れた声に今更どうこう感じたりはしない。 そして美咲は一度言葉を切り、室内の一同を見渡す。全員の視線が自分に集中してい るのを改めて確認し、小さく息を吸ってその言葉を言った。 するような気配があちこちから立ち上がる。 に状況から各々がこのことを予想していたのだろう。驚きよりむしろやはりかと納得 その言葉に対する室内の反応は静かなものだった。おそらくは美咲が言うよりも前 ﹁内部からの情報漏洩、内通者の存在です﹂ 第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る 1053 ﹁国家代表操縦者のデータを扱える以上、技術系の相応の権限を持った人間に絞られる でしょう。調査は、早急に行った方が良いかと﹂ ﹁それもそうだな。直ちに内部調査の準備をしよう﹂ ﹂ 美咲の推測にすぐさま対応を取る旨の返答が上がる。 ﹁それで、仮に下手人が見つかった場合はどうするね そう、下手人への処刑宣告を美咲は告げた。 るのが吉。であるならば││私が直接処断をしましょう﹂ は捨て置くことはできません。この国の繁栄に揺らぎを齎す不穏分子は早々に摘み取 ﹁仮に明確な国家への反逆、あるいは体制への攻撃の意思を持っていたのであれば、それ ですが、とそこで美咲は言葉を切り目を細める。 ぎが目的程度ならば真っ当に法の裁きの下に送るべきでしょう﹂ す。捕え、目的やつながりなどを洗いざらい調べ上げたのち、そうですね。仮に小金稼 則り捌くべきでしょう。ですが、事が事だけに一切の妥協は許してはならないと考えま ﹁一般論に則して言えば確保の後、各種の機密保持法に反しているため、それぞれの法に ? 1054 by一夏 ? ば 鼻 歌 の 曲 は 最 近 贔 屓 に し て い る 二 次 元 ア イ ド ル コ ン テ ン ツ の 夏 メ ロ に な っ て い る。 土曜の朝、半日授業前の早朝練習の準備を整えながら一夏は鼻歌を鳴らす。気が付け ﹁サマーウィーング﹂ いうオーラを振りまいていた。臨海学校││字面通りの行事が控えているからである。 付もそろそろ六月の終わりが見えつつある中、IS学園一年生たちは一様に﹃楽しみ﹄と そんな中、また今年も夏という季節が日本全体を包む頃合いとなっていた。そして日 のIS乗りへの道を邁進しようと日々を過ごしていく。 てIS学園の名実ともに一員と呼べるほどに学園での生活に親しみ、これから更に未来 波乱を含んだ全体トーナメントから更に月日が過ぎた。既に新入生も﹃一年生﹄とし ﹃臨海学校直前 一夏の模様そのいち﹄ らなくね 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要 第三巻 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1055 が、そんなことは微塵も気にしている様子はない。既にアイドルマイスターともに彼の 生活に完全に浸透している故に、それを疑問と思う思考が麻痺しきっているのだ。早い 話が手遅れである。 いつも通り日が昇り始める頃合いにきっちりと目を覚まし、洗面所に直行し冷水で洗 顔、更に意識を覚醒させる。そして軽い柔軟で体をほぐすとそのままベッド脇に置いて ある携帯を手に取る。 下は小学生から上は高齢者まで、広く普及している携帯電話だが一夏も例に漏れず所 持している。既にいわゆる﹁ガラケー﹂と言われるタイプが市場における超マイノリ ティになってから久しく、一夏を始めとして周囲の面々が所持する形態は一様にタブ レットタイプのもの、早い話がスマホとなっている。 多機能高機能が売りの現代の携帯だが、元々一夏の携帯の使用用途は限られる。ガラ ケー全盛期とさほど変わらず電話、メール、ウェブをそこそこ程度だ。だが、そんな彼 の携帯に珍しく楽しみと言えるものが最近加わった。 カーニバル﹂という。 そう呟きながら起動するのは一つのアプリ、名を﹁ラブステージ スクールアイドル ントたりとも無駄にはできん﹂ ﹁さて、さっそく朝ステージといきますか。今はイベント期間だからな。LPは1ポイ 1056 件の二次元アイドルコンテンツ﹁ラブステージ﹂を元とした、いわゆる﹁音ゲー﹂に 分類されるアプリゲームだ。 この手のソーシャル系アプリゲームらしくカードの収集が一つの大きな要素である が、他多くのそれとは異なり他者との競争要素は比較的薄く、課金要素もゲーム内の一 種の通貨に必要というだけ、その通貨にしても無課金であっても溜まりやすいと相当に 良心的というのは一夏にこのゲームを勧めた親友の言である。 そして物は試しと始めてみた一夏だったが、結果はこの通りである。見事に彼の琴線 にストライクであった。 ルコンボをするという非常に努力の方向性を間違えたことをやっていた。 なものから高難度のものまで││持ち前の動体視力と反射、身体操法力で以って初見フ 向に万遍なく発揮するという馬鹿な真似をしており、ほぼ全ての曲を││それこそ簡単 ところがこの織斑一夏という男、積み上げてきたスキルというのを明らかにズレた方 経験を積んでこそというものばかりだ。 うのが通例だ。特に難易度の高い曲はそれが顕著であり、譜面を覚え幾度と数をこなし ちなみにこの手の音ゲーと呼ばれるものは反射や経験が物を言うゲームであるとい 拘束時間は精々五分少々である。すべきことを終えた一夏は満足げに頷く。 ﹁よし、これで一通り消費したか﹂ 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1057 唯一苦戦したとしても、それはネット上の掲示板などでプレイヤー達からゲーム随一 の鬼畜曲と呼ばれる通称﹁ソルゲハード﹂と言うものであり、しかしそれすら五回以内 でフルコン達成と相成っている。 ちなみにこのことを聞いた、彼にこのゲームを勧め彼同様にプレイヤーである御手洗 数馬はしばらく空いた口が塞がらなかったという。だが同時に着実に自分と同好の士 として深まっていく親友の姿に、 ﹁計画通り ﹂と非常に悪い顔でほくそ笑んだのはここ だけの話である。 閑話休題。 夏はニンマリとする。 曲を終えたことで経験値や報酬と言った各種ポイントが加算されていくのを見て一 ! ? 寮を出るにあたって建物の構造上、必ず談話スペースの脇を通ることになる。いつも ﹁ん ﹂ と着替え始めた。 よしよしと頷きながらアプリを終了、そして日課のランニングをするためにいそいそ ﹁よし、イベントSRゲット。ハラショー⋮⋮﹂ 1058 通りに準備を整えて寮の外へ出ようとした一夏だが、そこまでに至る見慣れた光景に今 日は普段と違う点があるのに気付いた。 ﹂ ? ないかな﹂ ﹁まぁそういうこともあるさ。折角なんだ、朝の静けさってのを楽しむのも良いんじゃ 験談によっているのだが。 段からして朝が早いためそのような経験はあまりなく、もっぱら数馬から聞かされた体 ままガッチリ目が覚めてしまうということは時折ある。もっとも一夏にしてみれば普 そこまで早起きをするつもりは無いのに自分でも驚く程に早起きをしてしまい、その ﹁あ∼、確かにそういうことあるよなぁ﹂ が無いからこうして、ね﹂ ﹁うん、なんか今日は早く目が覚めちゃって。目もバッチリ冴えちゃって。で、すること ﹁どうした、随分と早いな﹂ くただソファに座っていた彼女は一夏に声を掛けられたことで彼の存在に気付いた。 一夏同様にTシャツとハーフパンツという簡素な出で立ちをしながら、何をするでもな 談話スペースに設けられたソファに腰掛けていたのは同じクラスの相川清香だった。 ﹁あ、織斑くん﹂ ﹁相川か 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1059 ﹁う∼ん、そうは言ってもあんまり分かんないんだよねぇ、そういうの﹂ ﹂ ? まぁ日課のランニングをな。いつもこのぐらいなんだよ﹂ ? ﹂ ? ﹂ !? そう言って一夏はヒラヒラと手を振りながら歩き去っていった。 ﹁いいさ。相川も、せっかく早起きできたんだから朝を楽しみな﹂ ﹁あ、うん。ごめんね、なんか引き留めちゃって﹂ ﹁じゃあ、俺はもう行くから。時間、余裕あるってわけでもないからな﹂ ﹁ふ∼ん、なんだか凄いねぇ﹂ ﹁おうよ。それにちょっと筋トレとかで、だいたいこれで朝のメニューかな﹂ ﹁10キロ を五周で毎朝10キロだ﹂ ﹁あぁ、寮の周りとちょっとその先とかをね。大体一周で二キロくらいになるから、それ ﹁でもランニングってどのあたりを走るの 感心するような清香に一夏は習慣だからと特別なことではないと言う。 ﹁へぇ∼、凄いねぇ﹂ ﹁俺 ﹁うん。⋮⋮織斑くんは ﹁ハハ、まぁ普段からやってるわけじゃないならそれも仕方ないか﹂ 1060 一夏が去った後も清香は談話スペースに居続けた。一夏にはあのように言われたも のの、実際これほどの早起きはあまり経験がないため何をすれば良いか思いつかず、結 局こうして談話スペースに居座り続け、自販機で買ったお茶を飲みつつ備え付けられて なんだ相川、まだ居たのかい﹂ いる新聞や雑誌に目を通していたのだ。 ? ﹁って、早ぁッッ ﹂ 秒、そして事実を認識した清香は││ たはずだ。そして今、時計の針が指し示す時間は六時十分だ。それを認識するまで約二 確かランニングに出向く前の一夏と話したのがまだ五時四十分とかそのあたりだっ ふと違和感を感じた。そして何気なく時計を見遣る。 それだけ言って一夏は部屋に戻るためにそのまま歩き去ろうとする。そこで清香は ﹁ま、そういうこともあるか﹂ ﹁あ、織斑くん。戻ってきたんだ。うん、なんだかすることが思いつかなくて﹂ かべている一夏の姿があった。 一夏だ。振り返ってみればランニングを終えた後なのだろう、額に幾つかの汗の玉を浮 そんな彼女に再び声が掛けられる。誰かは確認するまでもなく聞いただけで分かる。 ﹁ん 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1061 !!? ﹁ん どうした ﹂ いくらなんでも早すぎない ﹂ だって、10キロ走るのに⋮⋮30分切ってない ﹂ だって確か10キロって⋮⋮﹂ !? ﹁あぁうん、いつも通りに10キロ走ってきたけど。それがどうした ﹁いや織斑くん 驚きの声を上げる清香に一夏が歩を止めて振り向く。 ? り替えるもので当時の一夏の中学の陸上部顧問が一夏が陸上部に居ないことに涙を流 陸上大会の各種目で陸上部のレギュラーをぶっち抜いたことや、その記録が県記録を塗 余談ではあるが後日、何気なく行われた会話の中で一夏が中学時代に校内で行われた 中学時代、陸上部所属だった彼女の呟きは一夏に届くことなく虚空に掻き消える。 ﹁織斑くん、10キロで30分切るって世界狙えるレベルだよ⋮⋮﹂ ながら、清香は小さく呟く。 それだけ言って呆然としたままの清香を置いて一夏は歩いていく。その背を見送り ﹁まぁだいたいこんなペースだよ、いつも。んじゃな、また後で﹂ そして事もなさげにそう言う。 ﹁うん、そうだな。確かに30分切ってるわ﹂ 時間を確認するとポンと手を叩いて頷く。 言われて一夏は廊下の壁に掛けられた時計を見る。そのまましばらく時計を見つめ、 ? ? ﹁いや、その、えぇ ? ? ! 1062 したとか何とか。 ﹂ 半日の授業を終えた一夏が向かったのはアリーナの一つだ。 ! において正しく別次元の強さを誇っていた。 冬本人に並外れた技量も相俟って極限られた同等の実力を備えた傑物達を除き対IS 持った機体に正しく﹁一撃必殺﹂を体現した零落白夜という剣を持ったかのISは、千 現在から見れば旧式の装備に多い時節とは言え、その中でも飛び抜けた直線突破力を た﹁暮桜﹂などその典型だろう。 殺の間合いに入ることができる突破力だ。かつて一夏の実姉である千冬の愛機であっ 行の自由性などよりも相手の懐に、刃の威力を余すことなく叩きつけることができる必 白式の機動は直線が多い。元々近接格闘戦を主とする機体に必要なのは旋回性や飛 縦横無尽に駆ける。 と大差ない程に地面スレスレの高度で浮きながら、まるで滑るように白式はアリーナを 鋭く息を吐き出すと同時に白式のスラスターが唸りを上げる。殆ど着地しているの ﹁フッ 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1063 やや話が逸れたが、白式もまた機体総体として持つ機構は暮桜と根本的な部分でほぼ 共通している。姿勢制御系やスラスター機構などの時を重ねることによる技術向上に よって旋回性なども上がってはいるが、置かれた主眼には一切変更は無い。 過日に搭載された宿儺を以ってようやく本当の意味での完成に漕ぎ着けたと言える 白式、そして幾度と踏んできた試合の中で積み重ねた一夏自身の経験、それらがようや く結集しようかという実感を一夏はこの数日感じていた。 た感触で言えば、これまでのISでの機動訓練の例に漏れず要は慣れだ。数をこなす以 あるいはここぞという所で勝敗を分ける可能性も大いにある。実際に何度かやってみ とが最優先だろう。オートでは対処しきれない細かい操作、そこから繋がる飛行機動が 既にPICのマニュアル操作にも手は出しているが、現状まずこれの習熟を深めるこ ブツブツと小声で呟きながら一夏は思考を整理していく。 ﹁やはり、変に旋回なぞするより直進の方が良いな⋮⋮﹂ できるためここしばらくは練習の合間などは大体このスタイルを取っている。 だ。少しばかりPICを操作することで意外と簡単にでき、思った以上にリラックスが む。プカプカと浮遊したまま椅子に座るような姿勢を取るのは最近見つけた待機姿勢 他の邪魔にならないようにアリーナの端に近い方で一夏は宙に浮かんだまま腕を組 ﹁ふむ⋮⋮﹂ 1064 外には無い。 続 い て 旋 回 と 直 進。元 々 白 式 と い う I S は そ の 性 質 上 直 進 の 加 速 性 に 優 れ て い る。 となればこの長所を活かすことを第一に活かすべきだろう。真正面からの突撃などと 侮れない。その速さが相応のものであれば下手に右へ左へと動くよりも遥かに相手の 虚を突きやすいのだ。 しかしそれだけというわけにはいかない。真正面からの中央突破、これを一つの武器 と す る の で あ れ ば そ れ を よ り 活 か せ る よ う に 補 え る 種 々 の 技 能 の 習 熟 も 必 要 と な る。 それに使えそうなものとは何なのか。 別々で瞬時加速を使うというレベルだ。 使っているが、この場合はその更に上を行く必要がある。それこそ、左右のスラスター も一夏は左右のスラスターを交互に吹かすことで素早い方向転換を行うという手法を あっちこっちへと飛び跳ねて相手を攪乱する、それには相応のスピードが必要だ。今 ︵だが、問題はそこなんだよなぁ⋮⋮︶ ければそれが旋回機動か直線機動かなど些末な違いだ。 直線移動であちこちに飛び回れば良いだけだ。そもそも相手が捉えられないほどに動 うーむと唸りながらぼやく。やることはそう複雑ではない。要は変に旋回などせず ﹁結局、直線移動に限られちまうのだがなぁ⋮⋮﹂ 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1065 リ ボ ル バ ー・ イ グ ニ ッ シ ョ ン だがそこまで行くと生半可なレベルではない。なにしろそれは﹁個別連続瞬時加速﹂ と呼ばれる加速技能の中でも特に難易度の高い部類に当てはまるのだ。 ただ君の姿がちょっと見えて、アリーナの中にいるにし ? ては珍しくリラックスしてたから、ちょっとね﹄ ﹃⋮⋮いや、本当にごめんね ﹁嘘を言うな。手が滑ってあぁも見事に人の背中にピタリ弾を飛ばせるものかよ﹂ ﹃いやぁゴメンゴメン。ちょっと手が滑っちゃって﹄ ロットの姿があった。 視線の先、300メートルほど離れた所にラファールを纏いライフルを構えたシャル 明らかに穏やかとは言い難い口調で一夏は後ろを向きながら言う。振り向いたその ﹁デューノーアー、お前いきなり何しやがる﹂ 動くほど彼はヤワではない。 のだ。その衝撃は当然ながら蒼月を伝いそれを握る一夏の右手にも届くが、その程度で 直後、甲高い金属音が鳴り響く。超高速で飛来した何かが蒼月の腹にあたり弾かれた いく。 蒼月を展開して柄を握るとそのまま刀身を背に、背と刀身の腹が平行になる形で持って 体をほぐすようにグッと背伸びをする。そしておもむろに何も握っていない右手に ﹁あ∼あちくせう、まだまだ前途多難だなぁっとぉ﹂ 1066 ﹂ ? ﹂ !? トーナメント前の一夏の部屋での一騒動、その時のことを思い出して知らずシャル の羽音を低くしたような音がシャルロットの鼓膜を震わせていた。 気が付けばシャルロットの首筋に蒼月の刃が添えられていた。高周波振動による蚊 ﹁まぁ、このくらいの仕返しはありだろう﹂ ﹁ッッ 竦めるとクルリと背を向ける。 すぐ傍までやって来て謝罪の言葉を述べるシャルロットに一夏は呆れたように肩を ﹁全く、悪ふざけも大概にしてくれ﹂ ﹁いやぁ、本当にごめんねぇ﹂ 方の機体であるため、一夏の下までたどり着くのはさほど掛からない。 シャルロットのカスタムラファールもまた他の専用機と比しても機動性に優れている そ の 間 に も シ ャ ル ロ ッ ト は ラ フ ァ ー ル を 駆 っ て 一 夏 の 下 へ と 向 か っ て き て い る。 当に反省する気があるのかと疑問に思ってしまう笑顔でゴメンゴメンと謝ってくる。 どうにも怒るのも馬鹿らしく感じてしまい、呆れ顔になった一夏にシャルロットは本 ﹁悪戯でライフル撃ってくるなんぞお前くらいだろうよ﹂ ﹃テヘッ﹄ ﹁悪戯でもしてみようと 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1067 ロットは固唾を飲む。刃を突きつけられたこともそうだが、本当に緊張させられるのは 自分に背を向けたまま、気づかれずにそれをやってのけたことだ。あの時もそうだっ た。そしてゆっくりと蒼月が首筋から離れていく。 ﹁あまり悪ふざけはやめてくれよ﹂ 口調は静かで落ち着いたものだったが、それだけに不気味さを感じる。ただ頷くこと しかシャルロットにはできなかった。 ﹂ ﹁あれ、そういえば織斑くん﹂ ﹁ん、どうした ていなかったはずだけど⋮⋮﹂ ﹁さっきさ、僕のライフルの弾を弾いたの、あれ背中を向けてたよね ロック警報は出 背を向けたまま片手でクルクルと蒼月を弄ぶ一夏にシャルロットが声を掛ける。 ? 弾は弾けるし、お前だって気付いたのは弾いた後にハイパーセンサーで後ろを見てから ﹁あぁそれか。いや、直感。なんか背筋に嫌な感じがしてね。とりあえず腹に当てれば が、それを一夏は完全に対処していた。それも背を向けたままだ。 できる。ゆえにロック警報が相手に出ないFCS未使用での射撃を一夏に行ったのだ FCSの補助を借りずともそこそこの距離までなら狙い撃つことがシャルロットには 互いに激しく動いている戦闘中ならともかく、両者ともに静止した状態であるならば ? 1068 だな﹂ ﹂ ? いと思えるほどに執心をしていた。 うのはあまりない。そんな中で現れた時間の掛かりそうな課題なのだ。一夏自身珍し り口に出したことはないが、体を動かすことに関連することで習得に苦労した経験とい 時加速、ここ最近はそれをどうにかできないかということが頭から離れないのだ。あま そして一夏が語った直線機動と鋭角の方向転換、それに深く関わるだろう個別連続瞬 ﹁あぁいや、ちょっと考え事をな﹂ だからこのような質問をするのもごく自然と言えるだろう。 ﹁どうかしたの けを向いているような姿が印象深いだけ余計にだ。 ような姿は珍しいというのが率直な感想だ。ことISに関わる中では常に毅然と前だ そして再び無言になって視線を落とす一夏にシャルロットは首を傾げる。彼のこの ﹁⋮⋮﹂ くなると思うのは気のせいではないとシャルロットは感じていた。 刃を首筋に添えるその早さもそうだが、一夏を相手にしていると本当に時々頭を抱えた もはや理屈ですら無い理由にシャルロットは絶句する。先ほどの気付かれない内に ﹁なにそれぇ⋮⋮﹂ 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1069 ﹁ふ∼ん⋮⋮﹂ ﹂ 考え込むような一夏を見てシャルロットも何かを考える。 ﹂ ﹁ねぇ織斑くん。悩むんだったら気分転換でもしてみたら ﹁気分転換 ﹂ ? ⋮⋮﹂ な ﹂ ﹁明日は日曜日で学校もお休みでしょ ? 僕は明日は買い物に行くよ。ラウラと一緒にね、臨海学校の準備とかするんだ﹂ ? トーナメントが終わって少ししてからあった小さな変化、それはシャルロットとラウ ﹁僕 前はどうなんだよ﹂ ﹁まぁ明日は元々家の掃除やら入用の買い物とかに行くつもりだったけど、そういうお ? 少しくらい羽を伸ばしても良いんじゃないか ﹁息抜き、なぁ。まぁトレーニングスケジュールの管理はきっちりやってるつもりだが んじゃないかな すっごく真面目なトコ、僕は凄いと思うし嫌いじゃないけど、詰まったら息抜きも良い んだろうけど││あ、その顔図星でしょ。うん、何て言えば良いのかな。君のそういう ﹁そうそう。アリーナなんて場所で織斑くんが考え事なんて、どうせISの操縦絡みな 不意に予想外の言葉を掛けてきたシャルロットに一夏は首を傾げる。 ? ? 1070 ラが互いに名前で呼び合うようになったことだ。同時に授業以外の時間でクラスメイ ト達と積極的に会話をしようとするラウラの姿も一夏はチラホラと見ていた。 数日前にこのあたりの事情をラウラと同室のシャルロットに聞いたところ、ラウラの 方からシャルロットに相談があったらしい。もっとクラスの者達との交友を深めたい と。一夏は知る由も無いが、モジモジと恥ずかしそうに頼んでくるラウラの姿にそれは もうハートをキャッチされたシャルロットは頼んだラウラですら思わず後ずさる勢い であれやこれやと提案をしていたのだ。 ﹂ ? 折角の機会だからね、ちょっとこの辺りでオシャレとかも覚えさせようと思っ ? あるのだ。 ﹁買い物はどこでやるんだ やっぱり駅の ﹂ ? ﹁うん。というか、ちょっと調べたけどこの辺りだとそこしかないからね﹂ ? てしまった一夏は納得するように頷く。なにせその辺りは一夏も共感できるところが 外出にしても制服で十分ときっぱり言い切るラウラの姿があまりに容易く想像でき ﹁あー、確かにあいつそういうの興味無さそうだものなぁ﹂ て﹂ しょ ﹁そ。ラ ウ ラ っ た ら 学 校 の 指 定 水 着 で 良 い と か 言 っ ち ゃ っ て。特 に 制 限 は 無 か っ た で ﹁臨海学校の準備というと⋮⋮水着とか 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1071 一夏とシャルロットが話すのは学園と本土を繋ぐモノレール、その本土側にある臨海 駅に直通している大型のショッピングモールだ。 IS学園が近くにあり、集まる人間が国際色豊かであるという近隣の土地事情によっ てモールには様々な店が並んでおり、近隣住民には﹁楽しみ﹂としての買い物ならそこ 以外には無いとまで言われている。 ちなみにこうした大型モールの建設に伴って、周辺の地元商店などと摩擦が生じるな どの問題も常ならばあるのだが、このケースに限ってはモール内の店と地元商店の被り が少ないため、意外に影響は少なかったりする。要するに消費者側の需要のバランスが 上手く取れているのだ。一夏も中学時代、鈴や弾、数馬などと共によく足を運んだ場所 だ。もっとも鈴に関しては弾と数馬が二人とも揃った時は来るのを控えていた節があ 水着を新しくするとかさ﹂ るが、それが何故かは一夏も未だに分かっていなかったりする。 ﹁で、織斑くんは臨海学校の準備とかしないの ﹁黒がベースだが何か ﹂ ﹁ふーん。ところで参考までに、何色なの ? ﹂ デザインだって悪くは無いと思っているから新調の予定は無いな﹂ るようなチャラついた奴なんか気にするだろうが、俺はな。まだ前からのが使えるし、 ﹁あー、あいにく俺はその辺をあまり頓着しなくてなぁ。態度と頭の軽さが比例してい ? 1072 ? ﹁いやそれがね、結構クラスの皆も臨海学校用に水着を∼とかって言ってる子が多くっ ﹁まぁそうなるけど、それがどうしたよ﹂ ﹁でもそっかぁ。織斑くんは水着の買い物にノータッチかぁ﹂ その言葉に二人揃って小さく噴き出す。 や﹂ ﹁確かにそうかもねぇ。なんか派手な格好してる織斑くんて⋮⋮ダメだ、想像できない ﹁かもな。あまり派手なのは似合わないって自覚は前々からあるし﹂ いね﹂ ﹁普通真っ黒なんて地味だと思うけど、君の場合はむしろそれが合ってるのかもしれな うに見えるラインがせめてもの飾りと言った具合だ。 あるサポーターのような隆起や、同じ黒色ではあるものの濃淡の違いによって模様のよ たISスーツは一見すれば見栄えというものに乏しい。せいぜいが肘や膝、肩の部分に 物から、倉持技研より給された新しいものに変わっている。徹頭徹尾、黒で染め抜かれ 既に一夏のISスーツはトーナメント中の事故の際に使い物にならなくなった前の ﹁確かに、なんとなく黒が合ってそうだよね。そのISスーツも、結構似合ってるし﹂ そこで一度シャルロットは言葉を切って一夏をまじまじと見つめる。 ﹁いや、ね﹂ 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1073 てね。役得って言うんだっけ ほら、僕だってそうだし﹂ 織斑くん、可愛い女の子の水着姿が一杯見れるよ ? ? ﹁え、そう いやぁ、てれるなぁ。でもフランスに居た時はみんな僕のことを良い子 ﹁⋮⋮お前、本当に良い性格してるよな﹂ 1074 ﹁あれ 誰とも行かないの ﹂ しかしたらバッタリ会うかもな﹂ ﹁まぁどのみち明日は俺も買い物に出る。特に誰かと一緒に動くつもりはないけど、も もよくなってしまった。 突っ込む気力も失せた一夏は呆れたようにため息を吐く。お蔭で水着云々もどうで ﹁そういう意味じゃねぇよ⋮⋮﹂ だって言ってくれたし、エヘヘ﹂ ? ? ? ? みんなとか、織斑くんと一緒に買い物に行くとかってなったらすごく喜ぶと思うよ 何だかんだで君は結構みんなに慕われてるんだから﹂ ﹁いやぁ、何となく分かってはいたけど、それで良いの 多分だけど、例えばクラスの 言い切る一夏にシャルロットが何とも言い難いような表情を浮かべる。 れに、一人の方が落ち着く﹂ ﹁元々俺個人にしか関わりのない用事で行くからな。他の奴が居てもしょうがない。そ ? ﹁あれ どこ行くの ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ﹁あぁ、うん。それは良いんだけどさ。そういえば、さっきは何のことで悩んでいたの 習、剣の型でも確かめようかとな。悪いけど一人でやらせてもらうぞ﹂ ﹁あぁいや、あっちの方で良い感じの空きスペースができてたからさ。ちょっと別の練 ? さて、と言いながら一夏はシャルロットの横を通り抜けようとする。 ﹁たまには、な。そういう機会があればの話だ﹂ いや。ただ、たまにはそういうことをしても良いんじゃないかな ﹁⋮⋮まぁ君がそれで良いなら僕もとやかく言わないけどさ。でも││あぁやっぱり良 よ﹂ ﹁まぁ好意的に見てもらえるのはありがたいがね。どちらにしろそういうつもりは無い 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 の有用性や、その難度についてもだ。 話を聞いたシャルロットも一夏の考えには概ね賛同の意を示す。個別連続瞬時加速 ルロットに伝える。当然、その中には個別連続瞬時加速のことも含まれている。 そこで一夏は白式の飛行機動における特性と、それを活かすために自分の考えをシャ ﹁それか。いや、ちょっと加速技術についてな﹂ ? ﹁実際に軽く試してみたが、中々に大変だな。神経に響く響く﹂ 1075 ﹁ま ぁ 瞬 時 加 速 の 派 生 形 と し て は ト ッ プ ク ラ ス の 難 易 度 だ か ら ね ぇ。確 か ア メ リ カ の トップガンでも成功率はそこまで高くないって言うし﹂ デュノア、決勝でお前とやり合った時に見せたろう。あのジグザグに細かく動くの﹂ ﹁まぁ練習の過程でもっと落ち着きのあるやり方が見つかったのは僥倖だけどな。ほら る自信はほとんど無いくらいだ。 の制御の難度は更に上がる。正直な所、シャルロット自身もやれと言われたとしてでき そしてこれが直進ならばともかく、一夏の考える方向転換を組み込むとなると噴射角 した上で立て続けに出さないといけない。 通常の瞬時加速並みの出力を、しかも姿勢や機動が崩れないように噴射角を精密に制御 しかし個別連続瞬時加速の場合は通常以上の加速を出すために、一機のスラスターで なっている。 ターを一度に全て吹かすことでスラスター各機の出力を抑えつつ制御しやすいものに そ う 唸 る 一 夏 の 気 持 ち は シ ャ ル ロ ッ ト に は よ く 分 か る。通 常 の 瞬 時 加 速 は ス ラ ス ﹁そのへんはとりあえず置いといてだ。しかしマジで大変なんだよな、これ﹂ 不思議だよホント﹂ ﹁何も知らずにトップ難度の技をやろうとしてたんだね、君だと逆に自然に思えるから ﹁実は思いついたのと名前を知ったのじゃ思いつくのが先だったりするのだ、これが﹂ 1076 ﹂ ? ﹁どうしたの ﹂ た所で足を止めると再度シャルロットの方を向く。 じゃあ行くわと言って一夏はそのまま立ち去って行こうとする。だが、一歩踏み出し ﹁ま、そうなんだけどもよ、実際﹂ のかな ﹁けど、時間だってまだ一杯あるんだからさ。焦らないでやっていけばいいんじゃない のままじゃ、まだまだだよ﹂ 速での連続方向転換、それで完全に相手を翻弄しての一気に畳み掛けるってとこだ。今 ﹁実際便利なのは確かだが、結局は本命のおまけだよな。理想としては個別連続瞬時加 け、一気に間合いを詰めて勝負を決めるというのが一夏の取った戦法であった。 一対一の試合においても一夏は使用、シャルロットに狙いを付けさせず揺さぶりをか 過日のタッグトーナメント決勝戦、その後に急遽執り行われた一夏とシャルロットの を素早く揺さぶることができるため、既に一夏も重宝するようになっているものだ。 でいるこの技は、ごく最近使うようになったものであり、移動距離こそ短いものの相手 移動を短距離で行う、というのが件の技である。一夏自身は﹃短距離瞬時加速﹄と呼ん シ ョ ー ト・イ グ ニ ッ シ ョ ン 瞬時加速よりも更に出力を下げて、制御を更に行いやすくした上で連続での方向転換 ﹁あぁ、あれかぁ﹂ 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1077 ? ﹁いや、一応参考意見を聞いときたくてな﹂ ﹂ ? ﹂ ? おそらく彼は自分が言っていることの意味を理解はしていないだろう。聞いてきた る。だがこれほどとは思っていなかった。 一夏がISに関わって日が浅い身として破格の実力を有しているのは既に分かってい それを知っているからこそ、シャルロットは言葉を失ったのだ。知らず固唾を飲む。 エースですら成功率が五割に満たないと言われている技術をだ。 個別連続瞬時加速だが、それを一夏は安定してできると言った。国家代表に選抜される 調整を施された四機のスラスターをそれぞれ用いて計四回の加速を行うのが彼女の ソレと同じだ。 なアメリカのイーリス・コーリングの専用機であるファング・クエイクが行える回数の 四回の個別連続瞬時加速、それは現在個別連続瞬時加速を使うトップガンとして有名 気が付けば言葉を失っていた。それだけ一夏の言ったことは衝撃的だったのだ。 ﹁え、あ、いやゴメン⋮⋮﹂ 行けるんだが、このあたりどう思う││どうした ﹁その個別連続瞬時加速での連続方向転換さ、よっぽど気を抜かなきゃ四回は安定して 首を傾げるシャルロットに一夏は頷く。 ﹁参考 1078 声の調子からそれは一目瞭然だ。いやそもそも、仮に分かっていたとしてもきっと同じ ような調子だろう。 彼が求めているのはあくまで参考としての一般意見だ。だが所詮は一般意見、口ぶり から察するに彼自身未だに満足しきってはいないだろう。そして自分が求めているレ ベルに到達していない以上、どれだけ他者と相対的な比較をして上にあったとしても、 それを決して良しとはしない。予想でしかないが、クラスメイトとして過ごす中で把握 した彼の性格から察するにこう考えることは間違いない。 ﹂ ? か、とだけ言って頷くとそのまま立ち去って行った。 ﹁血、なのかな。それとも、本人のセンスなのかな⋮⋮﹂ 頃からの鍛練の賜物でもあるらしい。それを血筋だけで全てとするのは無粋というも 並々ならない程のものであるということは分かる。そして彼が言うには全ては幼少の 彼が自分の技術に乗せている想いは、全てが分からずともこの学園の誰と比しても と言うべきか。いや、そのような評価の仕方はきっと彼は好まないだろう。 離れていく一夏の背を見送りながらシャルロットは呟く。さすがは織斑千冬の実弟 ブリュンヒルデ シャルロットの言葉に一夏はしばし無言でジッと顔を見つめてくる。そして、そう だからこんな曖昧な言葉で流すという選択肢しか思いつかなかった。 ﹁ん∼とね、結構良いんじゃないかな 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1079 のだ。 とすれば後に残るのは彼自身の才能、あるいはセンスだ。経験が多いとは言えない以 上、もはやこれ以外にはない。 彼はこの日曜日と言う日が想定以上に暇になっており、たまには外に出ようともう一人 奇特な立場に置かれた親友二人の片割れとは異なり、ごく普通の高校生をやっている そうホクホク顔で手に持ったビニール袋を数馬は眺める。 ﹁いやぁ、取った取った﹂ を訪れていた。 その日、御手洗数馬は親友である五反田弾を連れてショッピングモール﹃レゾナンス﹄ た。 ゆえに、シャルロットが自然と呟いた言葉は紛れもなく彼女の本心から来るものだっ ﹁本当におっかないよ。織斑くん、君って人は﹂ 1080 の親友である弾を連れ立ってこのモールまで来ていた。 計画というものをこれっぽっちも立てていなかった二人のモール散策はまずゲーム センターに始まり、そこのクレーンゲームなどで多くの景品を仕留めていたのだ。 ねぇぞ﹂ ﹁でも誘えば来てくれるだろ ? に関しては優れたものを持っていると自負し、同時に付き合いの深さというポイントも わけでもないため一見すれば分かりにくいが実際は相当なものだ。人間観察の洞察力 弾が料理というものに懸けている想いは、常日頃から表立って周囲に振りまいている ﹁まぁ、な﹂ ﹂ ﹁い や、俺 は 俺 で 料 理 の 練 習 で も し よ う か と 思 っ て た ん だ け ど。別 に 暇 っ て わ け じ ゃ ﹁確かに。その反動というべきか、俺らはどっちも暇だからねぇ。部活もやってないし﹂ ﹁あいつも忙しいから仕方ないだろ﹂ なぁ。あいつが居れば重心のバランスとかも分かるからもっと上手くやれるんだけど﹂ ﹁ま ぁ そ れ な り に 経 験 は あ る か ら ね。た だ、こ れ で 一 夏 も 居 れ ば 完 璧 だ っ た ん だ け ど 手順は見事の一言に尽きるほど効率的なものだった。 感心するように隣を歩く弾が呟く。少なくとも彼が見ていた限り、数馬が景品を取る ﹁よくそれだけ取れるよなぁ﹂ 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1081 活かした上で見立てるに、その度合いは一夏が武道に懸けているソレに匹敵すると数馬 は思っている。 この辺りは一年以上前に一度彼らの前から去った彼らと交友の深かった鈴も同意見 であり、まだ三人が﹁普段三人時々四人﹂という状態だったころ、 ﹁一夏の武術をそっく り料理に置き換えたのが弾﹂と評していたくらいだ。 しかしそれだけ強い想いを持っていながらも、こうして呼びかければ素直に応じて着 いてきてくれる。それは一夏も同じだった。そんな二人が数馬にとっては面白く、だか らこそこうして親友をやっているのだ。 な目線で見ても可愛らしいと言える容姿から兄妹の実家である五反田食堂の看板娘と 女でもある弾の妹は隣の市にある中高一貫の女子校、その中等部に通っており、一般的 数馬が弾に聞いたのは彼の妹ことだ。蘭と名付けられた五反田家の第二子にして長 ど﹂ ﹁そ う い え ば 蘭 ち ゃ ん は ど う し た の さ。な ん か 来 る な り 一 人 で ど っ か 行 っ ち ゃ っ た け なったことに二人は揃って肩を落とす。 ゲーセンでの景品乱獲に一区切りをつけたところで一気にすることが思いつかなく ﹁俺も特に行きたいところがあるわけじゃないから別に良いんだけどよ、さすがになぁ﹂ ﹁しかし、結局午前中はゲーセンだけになったね﹂ 1082 して常連客には親しまれている。ちなみに客からの弾の認識は跡継ぎの若大将である。 そんな彼女だが、モールに向かう途中で弾と合流するために五反田邸の前で待ってい た数馬の前に兄共々現れ、自分も着いていくと言ったのだ。だがモールに着くなり一人 別行動を開始し、そのまま現在に至るというわけだ。 帰る時とかに﹂ ? ﹂ ? ﹁いや、あのチャラそうなお兄さんがたがね。どうもナンパにミスって痛い目みたよう ﹁どうしたんだよ、数馬﹂ か見えない姿をその二人はしていた。 どは上、小麦色に焼けた肌にやたらと色彩の目立つ派手な服、どうしても軽薄そうとし 駆けていく姿があった。ただ二人と異なるのはその雰囲気だ。年は彼らより四、五歳ほ るように弾も同じ方向を見る。二人の視線の先では彼ら同様に二人組の男が小走りに 話しながら辺りを見回していた数馬が何かを見つけたような反応をしたので、つられ ﹁そっか。それなら良いんだけど││ん てよ。そのまま一緒に動くと。帰りも自分でどうにかするみたいだ﹂ ﹁それならさっきメールが来てた。なんか学校の友達とばったり鉢合わせしたらしくっ ﹁ふーん。連絡とかは取らなくて良いのかい いて行くって言ってよ。でまぁ、今のこの状況だ﹂ ﹁あー、なんかあいつも用立てがあるとかなんとかでさ。俺が行くってんで、ついでに着 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1083 な感じだったから﹂ ﹂ ? ﹂ ? 挙げる。この得意分野に例えればすぐに理解が及ぶあたり、やはり一夏とよく似ている 数馬の例えで言葉の意味を理解した弾は全くもってその通りだと言うように諸手を ﹁あ、そりゃキツい﹂ ロクに感じられないって言えば分かるかな ﹁そうだねぇ、弾にも分かりやすく言うなら、新作メニューを思いついた時の喜びとかが ﹁どうにもよく分からないんだけどよ。やっぱ大変なのか 知ってるってなってるんだよ。だからどうにも既視感が多くてね。参るよ﹂ 俺の頭は勝手にやってくれてね。おかげで意識してるわけでもないのにいつの間にか ﹁ただ、喜んで良いのか悪いのか、このあたりの思考と答えの弾き出しがどういうわけか 事もなげに肩を竦めながら数馬は言う。 ﹁まぁちょっとした観察と理論的推察ってやつだよ﹂ ﹁はぁ、よく分かるな﹂ 反撃を食らったってところでしょ﹂ ね。おおかた、誰か女の子に声を掛けて、ちょっとアプローチが強すぎたせいで手痛い ﹁いや、痛そうに顔しかめながら手首の片方は手首を、もう片方は肩を押さえてたから ﹁何でそんなのが分かるんだよ﹂ 1084 ななどと数馬は何気なしに思う。 しばらく歩き続けると自販機や長椅子が幾つか並んだ休憩スペースがあったため、二 人はそこで一度座って足を休めることにした。 ﹂ ? ﹁話を戻そうか。あれだ、きっと善意の助けってやつがあったんでしょ。まぁ実際そん 別に嫌っている相手でもないのでそれ以上は二人とも言及を控える。 ﹁ま、まぁそうだな、あぁ﹂ ﹁いや、別に千冬さんは良い人だけどさ。流石に、ね﹂ によく知っている二人は、自分が思い浮かべた光景に揃って肩を震わせる。 とも言われている女性だ。その豪傑ぶりをなまじそれなり以上の付き合いがあるため 二人の脳裏に浮かぶのは親友の実姉にして二人も良く知る、世間一般で世界最強の女 ﹁⋮⋮そ、そうだな﹂ 考えてみなよ、千冬さんみたいな女傑しか女性は居ない世界とか﹂ ﹁あのね、世の女みんながナンパ男を撃退できるような腕前の持ち主じゃないんだよ。 に数馬は首を横に振る。 先ほどの光景を思い出して首を傾げる数馬に弾はすぐに考え付く答えを言うが、それ ﹁え、そりゃあ声を掛けた女にじゃねぇの ﹁しかし、さっきのお兄さん方は誰にやられたのかねぇ﹂ 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1085 なとこだと思うよ﹂ ﹂ ? 決まっているさ、助けるよ。ただし人を呼んで﹂ ? 任の特攻切り込み隊長が居るだろ﹂ 誰のことかは言うまでもない。 この場に居ない親友を思い浮かべて何とも言えない表情を弾は浮かべる。 ﹁なんかすっげー分かっちまうのがなぁ﹂ を狩ったついでの土産みたいなもんだろ﹂ られたらしめたもの、後は返り討ちだ。女の子助けるなんてのはあいつにとっちゃ獲物 ﹁助けるだろ。ただしメインの理由はむしろ野郎の方だと思うけどね。喧嘩を吹っ掛け ? ? ﹁確かに一夏ならそういうのも対処できるだろうけどさ。けど一夏が助けるのかね ﹂ ﹁あのねぇ、他力本願は俺の十八番だぞ 第一、そういう荒事だったら俺らの間には適 呆れたような弾の姿に数馬は分かっていないと言うように首を横に振る。 ﹁人頼みかよオイ。そこは自分でどうにかするもんだろ﹂ ﹁俺 ﹁そこは同感だな。数馬、お前ならどうする んじゃないよ。居たとしたら、そいつは褒めても良いと思うね﹂ ﹁まぁ相手のガラが悪そうだったら、下手したら自分が被害くらうからね。早々居るも ﹁絡まれてる女子を助けて、ねぇ。けどそれって実際にやれるやつって居ないよな﹂ 1086 ﹁と言うと ﹂ て良いのかよ﹂ ﹁ていうかちと気になったんだけどさ。一夏のやつ、そんな路上喧嘩なんてやりまくっ 自分だけが知らなかったというのは些か釈然としないものを感じるのも事実だ。 じだったらしい。その心遣いは純粋に嬉しく思うが、それでもいつも一緒のこの三人で 弾としては中々に無茶な真似をしている親友を案じているのだが、それは向こうも同 ﹁⋮⋮まったく、気遣いはありがたいんだけどな﹂ トラブルの火種を飛び火させるわけにもいかない﹂ 口、頭を使ってどうにかできる。けど弾、お前はそういうわけにもいかないだろ。店に のはかなり嫌がってたな。まぁ俺は自分から首突っ込んだ口だし、あいつとは違う切り うなったとして、あいつは腕っぷしでどうとでもできる。けど俺らが巻き込まれるって かってるし、俺も忠告してた。あるいは向こうの反撃だってあるかもしれない。仮にそ ちょっと脳筋なトコはあるけど馬鹿じゃない、うん。自分の行動のリスクくらいは分 ﹁一 夏 が 弾 に は な る べ く 伏 せ た い っ て 言 っ て た か ら ね。あ い つ だ っ て 馬 鹿 じ ゃ ⋮⋮ ﹁この間その話を聞いた時もそうだったけど、俺は全然知らないんだよな﹂ 報告してたけど、凄く嬉々とした感じだったからなぁ﹂ ﹁まぁそんな性格してなきゃヤンキー狩りなんざしてないさ。時々俺に電話とかで戦果 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1087 ? 弾がふと思いついた疑問に数馬がその意を問う。 ? ほら、ボクサーとか良い例だろ﹂ 嘩とかには結構うるさいんじゃなかったか ? さ。コンビニ行く感覚でそういう連中の集会に乗り込んで纏めて叩き潰したとか。 暴走族とかチーマーって言うのか。そういうのがかなり目立つ感じであったらしくて つーか師匠本人も昔は同じようなことしてたらしいし。なんかその頃は今と違って 的にやれとも言ってたな。 ら別に良いって。というか実戦経験磨く良い機会になるからチャンスがあるなら積極 ﹃んー、なんか無関係な人間巻き込んで迷惑広げずに当人だけでやったやられた程度な ちなみにその時の一夏の言は以下のような内容である。 当暴れてたらしいから﹂ しいよ。というか、一夏からの又聞きだけど、その先生ってのも僕らくらいの頃には相 んかすごい腕の立つ先生に個人指導してもらってるらしくて。で、その人が結構寛容ら ﹁実はそのあたり僕も前に気になったから聞いてみたんだよ。でさ、一夏の場合ってな 馬に今度は弾がその意図を視線で問いかける。 この場に一夏が居て直接彼に確認をしたわけでもない。なのに大丈夫と言い切る数 ﹂ ﹁あぁ、そのことね。いや、大丈夫らしいよ ? ﹁いや、だってあいつがやってるのってちゃんとした格闘技だろ そういうのって喧 1088 地方とかにも行ってたらしくってさ。なんか所属してるだけでその地域一帯のワル のトップグループ扱い、ヘッドになれば文字通りの地域のワルのトップになれるってい う、そういう連中の間じゃ有名な少数精鋭構成のゾクのチームも壊滅させて、旗とかも 切り刻んで心まで完全にへし折ったとかなんとか﹄ 数馬が語る当時の一夏の言葉を聞いた弾は頬を完全に引きつらせていた。 ﹁ま、知らない人の話をこれ以上しても仕方ないよ。それより、この後どうする 時間 ていうか全世界の強さランキングが軒並みワンランク下がる﹄と言ったとか何とか。 件の師匠について聞いてみたところ、 ﹃仮に師匠がIS使えたら勝てる奴がいなくなる。 ちなみにこんなことを話していたからか、後日数馬が一夏と電話で話している最中に ﹁もう化け物じゃねぇかソレ﹂ ﹁さらに、あの千冬さんよりも強いとか何とか﹂ ﹁なんだよその完璧超人﹂ とかっていう、もう色々揃っちゃった人らしいよ﹂ は知らないけど結構な資産を持ってて、その上で旧帝大を卒業してて顔はすごい男前だ ﹁まぁこれも又聞きなんだけどね。なんかその人、実家は資産家で本人も、一夏も詳しく ゾクやチーム潰して回るってどんな人だよ﹂ ﹁なんつーか、すっごい似た者同士感じがするんだけど。ていうかコンビニ行く感覚で 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1089 ? 帯的にはちょうどお昼時だけど﹂ ﹂ ? てる所から話は聞いてた﹂ ﹁えーとだな、歩いてたらたまたまお前らの後姿を見つけてな。近づいて、昼飯の相談し 顕わにする。 背後から声を掛けられてようやくその存在に気付くことができた親友に弾が驚きを ﹁ま、いつもツルんでる三人だし別に││って、おい一夏。お前何時の間に居たんだよ﹂ ﹁あぁ一夏か。別に良いよ﹂ ﹁なぁ、俺も一緒に良いか ち上がる。そして歩き出そうとした二人の背に声が掛かる。 りあえずは値段と味が釣り合いの取れている店を探そうかと、二人は揃って椅子から立 色々言いはするものの、選択肢が限られている以上はそこから選び取るしかない。と ﹁いや、それは俺じゃなくてうちの爺ちゃんに言ってくれ﹂ 比較しちまう﹂ 弾。五反田食堂が美味い、早い、安いの三拍子を取り揃えちゃってるから。どうしても ﹁まぁそれしかないよね。ただ、やっぱり割高なんだよなぁ。君の家がいけないんだぞ、 アとかで食べるしかないだろ﹂ ﹁ウチだったら俺が軽く作ってやれるんだけどなぁ。こういう所じゃ、レストランエリ 1090 学校は、休みか。お前も買い物 ? ﹂ ? ﹁けど、IS学園の臨海学校ってやっぱ普通とは違うんだろ ﹁ふーん、てことはやっぱりアレかい ﹂ 海で遊んだりとかするの ﹂ ? クは怠らない。 数馬、一夏、弾、三人が歩きながら言葉を交わしていく。その間にも手頃な店のチェッ ﹁お前そういうところは本当に変わらねぇな﹂ ね。部屋で休んでるか、いつも通りにトレーニングか﹂ ﹁さてどうだか。他の連中は水着の新調とかしたりしてるらしいけど、俺はどうするか ? らとかあるな。まぁ先生たちの準備とかで初日は丸ごとフリーだけど﹂ ﹁あぁ。なんか普段の限定された空間とは違う、開放空間でのISの機動訓練がどーた ? たし﹂ ﹁あぁ。それでちょっと消耗品とかの足しをな。午前中はちょっと家の掃除とかしてき ﹁へぇ、IS学園の臨海学校ねぇ﹂ 揃っての行動がこの場所からスタートした。 そ う 言 っ て 一 夏 は 二 人 を 促 す。そ し て 彼 ら に と っ て は 当 た り 前 の 光 景 で あ る 三 人 ﹁まぁな。とりあえずは歩こうぜ。その間に話してやるよ﹂ ﹁そっか。つーかお前どうしたの 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1091 ﹂ ﹁それにしても海か。ていうことは全員水着⋮⋮。一夏、確かIS学園はお前以外みん な女子だったね ? ? ﹂ !? ﹂ !? ? ﹁え ﹂ ﹁悪い一夏。爆ぜろとか物騒なことは言わねぇけどさ、こればかりは数馬に賛成するぜ ﹁ファッ 爆ぜちまえコノヤロウ﹂ ﹁へぇ、なるほど。同級生は可愛い子揃い、そして全員が水着と。なるほどなるほど⋮⋮ 眉を顰める。 口ぶりは穏やかな調子を保ったままだが、明らかに調子が変わった数馬の声に一夏は ﹁へぇ、そう⋮⋮﹂ 記憶しているけど﹂ ﹁何を藪から棒に。⋮⋮まぁ、世間の水準がどうかは知らないけど、悪いやつはいないと かは﹂ ﹁あぁ、いや。確認ついでに聞くけどさ、どうなんだい 同級生の娘たちのルックスと 確認するまでもなく分かり切っていることを聞いてくる数馬に一夏が首を傾げる。 ﹁そうだけど、それがどうしたよ。今更だろ﹂ 1092 予想外のダブルアタックに一夏が戸惑いを見せる。そして数馬は言葉を続けて理由 を説明する。 て ? ﹁いや、そうは言うけどさ。この立場も結構大変だぞ 注目はいつだってされてるか のことだった。 あんまりな親友二人の言葉に一夏も口を半開きにして言葉を失う。だが回復はすぐ ﹁え、え、えぇ∼﹂ らな。悪いな一夏、やっぱり数馬に賛成だ﹂ ﹁まぁ俺だって普通の男子なわけだし、女子とお近づきになりたいって気持ちはあるか がこれっていうのは⋮⋮ナシで。こんな未知は望んじゃない。ぶっちゃけ羨ましい﹂ た。まるで未知だったよ。あぁ、実際すごく興味深いことではあったよ。けどその結果 いや確かにさ、一夏がISを動かせてIS学園に行くなんて俺は考え付きもしなかっ 回帰でやり直しリテイクすべきだよ。 いうかもうあれだよ。歴史修正すべきだよこれは。一度世界の時間経過リセットして ﹁なんだよ、自分以外みんな可愛い子揃いでしかも水着とか。それなんてエロゲ 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1093 最後の一言だけは二人だけに聞こえる小声で、一気に温度を下げた表情と共に発せら れに⋮⋮今も尾行が張り付いている﹂ ら無様は晒せない。なんかデータの提出やら色々あるし、勉強だって楽じゃないし。そ ? れた。それを聞いた瞬間、二人の表情にも険しさに近いものが浮かび上がる。 ﹂ ? ﹁なぁ一夏、その、なんだ 危ないとかそういうのは無いのか ﹂ ? 前らに手を出して見ろ。下手人黒幕関係者全員一族郎党まで全部滅尽滅相。誓って、全 ﹁お前らに危害なんて、そんなこと絶対にさせない。絶対に許さない。万が一にでもお ぐに一夏はさせないと、断固たる口調でやや声に熱を含ませながら言う。 数馬の考えはごく真っ当なものだ。それは否定のしようがない。だが言い終えてす ﹁させねぇよ﹂ れる可能性もある﹂ ションを起こそうとして、場合によっちゃ俺か弾のどちらか、あるいは両方が餌に使わ ﹁ふむ、これは俺たちも気を付けた方が良いかもしれないな。何かの目的で一夏にアク えずにいた。 安心させるように一夏は言うが、それを聞いても数馬は依然として難しそうな顔を変 分これ以上はどこも早々できないと思う﹂ ﹁いや、大丈夫だよ弾。今までもそうだったけど、まだ俺を遠目に眺めている段階だ。多 ? しょうがない。蚊と違って永久に黙らせらないのが曲者だけどな﹂ ﹁あぁ。というか、外出する時は必ずだ。蚊が飛んでいるようなものだよ。煩わしくて ﹁この間、弾の家に集まった時も言っていたけど、今もかい 1094 部素っ首刎ね飛ばしてやる﹂ て、頼もしいと言うべきか、それとも││おっかないと言うべきか﹂ ﹁どうやら、俺たちに手を出すってのは一夏の逆鱗に触れることらしいよ、弾 レ ﹂ ? ﹁そういえば一夏さ、学校で気になる子とか居ないの はてさ もちろん、こういう意味で﹂ そして数馬はやや重くなった空気を払拭しようと思ったのか、話題の転換を試みる。 ﹁うん、頑張る﹂ ﹁あー、まぁなんだ。頑張れや﹂ だったんだけどね。ついつい余所へ置いていたみたいだ﹂ ﹁ま、一夏も一夏で大変っていうことは分かったよ。いや、すぐにでも理解して然るべき の変化を見て二人がカラカラと笑う。 ほか激情に駆られていた自分を思い出して一夏はバツが悪そうな顔をする。そんな彼 肩を叩きながら二人が揃って一夏を宥める。そこでようやく我に返ったのか、思いの ﹁そうだな。一夏、とりあえず落ち着きなって﹂ ﹁なぁおい数馬、一夏どーすんの コ さえ漂っており、それを彼を良く知るからこそ二人は鋭敏に感じ取った。 そんな事態を考えただけでも怒るほどなのか、一夏の言葉にはもはや狂気じみたもの ? ﹁一夏⋮⋮﹂ 第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏 1095 ? 言いながら小指を立てる数馬に、一夏は小さくフッと鼻で笑う。 行った。 そうして笑い、時に目の端に浮かんだ涙をぬぐいつつ、三人はモールの中を歩いて そしてそれを見て一夏も吹き出し、そのまま三人は揃って笑い声を上げる。 なぜか真面目くさって言う一夏に、それが琴線に触れたのか二人は同時に噴き出す。 よ。受け入れよ﹂ なかったら話は違ったろうけど、それも今更だ。悪いけどな、これが俺の、武人の道だ ﹁仕方ないさ。骨身に染みついたものはどうしようもない。もし俺が武術なんてやって うように困ったような微笑を浮かべている。 と言いたげに肩を竦める。そのあたりに関しては数馬も同意なのか、しょうがないと言 数馬の推測による補足混じりの一夏の説明に、弾は本当にどうしようもないなコイツ ﹁お前、本当に筋金入りだな﹂ ﹁それなりに仲良くはやらせてもらってるけどねー﹂ ﹁つまり色恋云々以前にライバルとかそういうのが来ると﹂ う方向での意識を強くし過ぎてくれちゃって﹂ 何せIS学園の生徒は殆どがIS乗ってバトるわけで。もう俺の武術思考がね、そうい ﹁あいにくだがな。いやぁ、俺もね。そういうのに興味がないわけじゃないんだけどね。 1096 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんは ! 染、一夏と、何より自分自身だ。 り模様を呈していた。その原因が何なのかは既に理解している。再会を果たした幼馴 IS学園に入学して早三か月となろうかというこの頃、ここ最近の箒の胸中は常に曇 ︵私は、どうすれば良いんだろう⋮︶ きた両腕を休ませながら、箒は静かに意識を思考の内側へと埋没させていく。 不意に竹刀を振る手を止め、切っ先をゆっくりと床に下ろす。長時間の運動を行って ﹁はぁ⋮⋮﹂ いるだろう。 ろ落ち着かない心を鎮め、自分自身を見つめなおすための精神的修養の方がより適して だがこの居残り練習が技術的修練を目的としたものかと言えばそうでもない。むし 時間を過ぎてはいる時刻だが、箒は一人道場に残って素振りを続けていた。 鋭く吐き出された呼気と共に両手で握る竹刀が縦に振り抜かれる。既に部活の終了 ﹁フッ ﹂ できそうにない 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1097 1098 幼少の頃に抱いた思慕が学園での再会によって再燃し、自分への異性的な意識など露 とも示さない幼馴染をどうにかして自分の想いを成就させようと今まであれこれと やってきた。だが、そんなある意味ではまっすぐと言える思いも先日ついに綻びを見せ 始めた。 待ち望んだ一対一の尋常なる勝負の舞台、そこで彼が見せた闘争への狂気的な昂ぶ り。敗北の直前にそれを真っ向から受けた瞬間からだ。今までまっすぐを貫いてきた はずの想いに揺らぎを感じ始めたのは。 抱いてきた思慕は紛れもなく本物だ。それは胸を張って断言できる。だが今、それを 揺るがしかねない程の疑念が彼女の中で渦巻いている。 それをどう言い表せば良いのか、疑念を抱いてから既にそこそこの日数が経つが、未 だそれに適した言葉を見つけることはできない。それほどに言い表しがたいモヤモヤ としたものだ。 あえて、その断片を取り出して何とか言葉で形を与えるとすれば、それは幼馴染であ る彼への疑念だ。いや、この場合は疑うというよりも純粋に分からない、彼が何を思っ ているのか、何をしようとしているのか、彼への理解ができないという類のものだろう。 勿論これは渦巻く疑心の総体から見れば氷山の一角程度だ。他にも言い表しがたい、 釈然としないことなど幾らでもある。だが、こうして断片的にとは言え一部として言い 表せるとしたら、おそらくそれが全体の中でも重要な意味合いを持っているということ なのかもしれない。 るいは、それだけの実力に自分も至れば、何か分かるかもしれない。だがそれは生半な 持って生まれたものの恩恵もあるだろうが、そこに至るまでの努力も相当だろう。あ な言い方をしてしまえば相当なものだ。 の速さでしている実力、二つの実力から弾き出される総合的な彼の力は、ざっくばらん 生身での同年代と遥かに隔絶した実力、そしてISでの着実に進歩を、それもかなり れる。 の後に為すすべなく一方的に打ち伏されたのを思い返せば、否応なしに差は認識させら 然に偶然が重なっただけであり、それでいて薄皮一枚削った程度のものでしかない。そ ISの戦闘能力もまた同様だ。過日の一騎打ちでは一撃撃ちこめたとはいえ、それも偶 そして素の実力もそうだが、箒と一夏、この二人だけに限定して比較するのであれば る。それこそ、もはや超高校級と言っても過言では無いだろう。 は優れている武芸の腕前を持っていると自負はしているが、彼はその更に上を行ってい 占めているのが﹃武人﹄としての在り様だ。箒自身、同年代と比べれば間違いなく数段 織斑一夏という人間を構成する要 素として特に重要な意味を持ち、そしてその多くを ファクター ︵あるいは、あいつと同じレベルへと行けたなら⋮⋮︶ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1099 ことではない。なにしろ彼は今現在も修練に励み続けているのだ。自分が今まで以上 に励んだとしても元々あいていた距離を亀かかたつむりの歩み程度の極めて遅々とし た速さでしか追いすがるだけかもしれない。 いや、あるいはそもそも距離を縮めることなど土台無理な話でこれ以上のひらきがで きるのを防ぐのが関の山という可能性だってある。 鍛練を行うことに関して否はどこにもない。だが、その目標とする点を考えるとどう しても気が重くなってしまう。 野への特化性など多くの点で専用機とは差がある。 と同じ、学園側から貸し出される訓練機だ。基本スペックは当然として、得意とする分 れた新鋭機を駆る一夏に対して、自分が扱うことができるISは未だ他の多くの級友達 ISでの実力はその専用機である白式の恩恵によるところも多い。専用の調整を施さ そしてIS戦における最大のファクターとは﹁IS﹂本体に他ならない。一夏の今の きたのだから。 望は見出せる。少なくとも決死の一撃を薄皮一枚分削る程度には掠めさせることがで わってくる。確かにISでの実力も現時点ではかなりの差があるが、まだ追いすがる希 素の実力差については正直どうしようもない節がある。だがISでとなると話は変 ︵せめてISだけでもなんとかなれば⋮⋮︶ 1100 せめて自分も自分に合った高い性能を持つ専用機さえあれば、あるいはISに限定さ ︶ れるが一夏に匹敵することができるのでは。そんな考えが広がっていく。 何を考えている、私は ! ! 自主練の最中にも纏わりついて離れなかった釈然としないような感覚はきっとこれが のか、 ﹁これだ﹂と言えるものを見いだせない。先ほどの自主練、その切っ掛けでもあり 今の自分が何をしたいのか。自分にとって本当の意味での望みと言えるものは何な いうものも分からなくなりつつあった。 夏への想いに対する疑念が僅かではあるが湧いてからこれというもの、箒は自分自身と 振り払った考えの代わりに脳裏を巡り始めたのはそんな迷いに似た考えだった。一 ︵私は、本当に何をしたいのだろうか︶ むしろそちらの方だったのだろう。 を思い浮かべたのと同時に脳裏にチラついた一つの人影、本当に振り払いたかったのは だが振り払いたかったのはそれだけではない。IS、そして専用機。それらのワード い。 るのであればそれは願っても無い話だが、そればかりに縋るということはしてはならな 具の利便性に頼るというのは良しとできることではない。それは勿論、良いISが使え だがすぐに首を横に振って箒は自分に喝を入れなおす。自分の未熟を棚に上げて道 ︵えぇい 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1101 原因なのだろう。 突如として道場内に電子音が鳴り響く。それが自分の携帯電話の着信音であるとす ぐに分かった箒は一度袖で額の汗を拭うと、壁際に置いておいた荷物の下に歩み寄り着 信音を発している携帯を取り出して発信者の名前を確認する。 ﹂ 動と電子音は止むことがないだろう。止める方法は二つ、このまま通話を切るか、ある 着信が止む気配は一向に無い。おそらくこのまま通話ボタンを押さなければこの振 ﹁⋮⋮﹂ 理由としてはあるが、何より直感的に嫌な予感を感じ取ったのだ。 思わず通話を切りそうになる。発信者、姉への長年に渡るわだかまりのようなものも る直前の考えが引き戻されるように脳裏に浮かび上がってくる。 手の中で震え、着信音を鳴らし続ける携帯を見ながら箒は固唾を飲んだ。着信がかか のコア製造者、希代の大天才と称される篠ノ之束以外に他ならない。 というだけの話になる。だが箒の場合は違う。箒の姉、それはISの開発者にして唯一 これが普通の少女であれば特別な意味などありはしない。単に身内から電話がきた とだけそこにはあった。 画面に示された発信者を見た瞬間に箒は息を呑む。ただ簡素に一文字の感じで﹁姉﹂ ﹁ッッ !! 1102 いは通話に出るかだ。 二つに一つの選択を箒は瞑目して考える。時間にして数秒のことだったが、そこまで に箒が巡らせた思考の密度は彼女の体感時間をそれ以上と感じさせた。 学校の宿泊先の旅館前へとやってきた。 バスに乗り込み揺られること数時間。一夏らIS学園一年生全員は目的地である臨海 モールと直結している一夏も御用達の駅である││のロータリーから貸し切りの大型 早朝、IS学園と本土を結ぶ海上モノレール、その本土側の駅││例のショッピング み殺しつつ首を回して肩の骨をポキポキと鳴らす。 空調の効いたバスから降りて夏の日照りと暑さに身を晒しながら、一夏はあくびを噛 ﹁あー、よく寝た寝た﹂ した。 自分を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く。そして、ゆっくりと着信ボタンを押 ﹁はぁー⋮⋮﹂ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1103 ﹁織斑くん、よく寝てたね﹂ 半眼のジト目で一夏を見ながらそう声を掛けるのは一夏のすぐ後にバスから降りて きた谷本癒子だ。厳正なるくじ引きの結果、バスにおいて一夏の隣の席に座ることに なった彼女は道中に多少なりとも期待を抱いていたのだが、そんなことを我が道まっし ぐらを貫く一夏が気にするはずもなく、バスに乗り込み席に着くなり早々に﹁寝る﹂の 一言と共に寝息を立て始めたのだ。 そんな彼の姿に近くの生徒、そして状況を知った千冬は揃ってコメントに困っている ような顔を浮かべ、同時に﹁あぁ⋮⋮﹂とどこか納得するようなため息も吐き出したの だが、それを彼が知る由は無かった。 ︵地味にみんなの中でポイント上げてるんだけど、気づいてないんだろうなぁ。いや、気 だったりする。実はこのあたりのギャップを狙っているのではと勘ぐるくらいだ。 固い表情をしていることが多いからとっつきにくいかと思えば、意外と対応は真面目 をするのだから扱いに困るというのが癒子の本音だ。 ぶっきらぼうならまだ楽なのだが、こうやって言葉を掛ければ何だかんだで律儀に返答 癒子の言葉に一夏は自分が寝ていた理由を答える。これでいっそ何も言わない程に 英気を養うのが吉だよ﹂ ﹁ま、ここ最近練習に根詰めてたからな。動きようのない時間がしばらく続くなら、寝て 1104 づいていても平気でスルーしそうなのよねぇ︶ 非常にざっくばらんな分かりやすい女子的表現を使うのであれば、﹁織斑くんって結 構イイよねー﹂なんて意見の持ち主が増えつつあるのだが、何よりも自分の実力向上を 第一としているのが傍目に見ても非常に分かりやすい彼のことだ。元々そういう意思 を持っている生徒たちにしても目立つほどそういう言葉を表立たせているわけでもな いので、気づいていないことは確定的に明らかだろう。 癒子自身は一夏のことを良きクラスメイト程度と認識しているが、そうやって客観的 な立場に立てるからこそ色々と分かってしまい額を押さえたくなったりするのだ。 を満喫する運びとなった。 意を受けて列は解散。生徒たちは各々割り当てられた部屋へ向かい、そのまま自由時間 千冬からの諸注意、宿泊する旅館の女将からの挨拶、そして再度千冬からの指示や注 冬の号令と共に列を作って旅館前に一同が整列する。 そして丁度ほぼ全ての生徒がそれぞれのバスから降りてきた頃合いになっており、千 ている箒に癒子は心の中でエールを送る。 既に一夏への好意を持っていると周囲の多くに、少なくとも一組のほぼ全員に知られ ガンバ︶ ︵これ、本気で惚れる子とか居たら大変だろうなぁ。⋮⋮あ、篠ノ之さんが居たか。⋮⋮ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1105 少し離れた別の部屋に泊まることになっている真耶はこのまま一旦千冬と別れても ﹁あ、良かったら荷物の整理とか手伝いますよ﹂ 並んで歩く二人が先に辿り付いたのは千冬に割り当てられた部屋だった。 ﹁さてと、着替えでも出しておくことにしようか﹂ できない事情があったのだ。 る。本来であれば二人は同じ部屋になっていたのだろうが、千冬の側にそうすることが 一組の担任副担任である二人だが、宿に割り当てられている部屋は別々となってい それぞれの部屋に向かう途中であった。 だったが、ここで二人の仕事に一区切りがついたため、軽い休息と荷解きなどを兼ねて の解散とするなり、翌日より行われる実機訓練のための各種準備に追われていた二人 旅館内の廊下を歩きながら千冬と真耶は言葉を交わす。生徒たちを自由行動のため りそういう年頃なんですよ﹂ ﹁初日は食事以外は丸一日自由行動ですからね。折角海に来ているわけですし、やっぱ ﹁やれやれ、小娘どもは随分とはしゃいでいるようだな﹂ 1106 良いのだが、人が良い彼女は手伝いを自ら申し出る。 てるって。しっかりしてますよねぇ、織斑くん﹂ ﹁はは、そこまで立派なやつじゃあないのだがな﹂ ? 徒たちがむやみやたらに一夏の部屋に押し掛けたりするのを防いだりすることを目的 と比べてのセキュリティ面における不安や、もっと単純な問題として活気盛んな他の生 当初は学園の寮と同じように一夏のみを一人部屋にという意見があったのだが、学園 る。 弟で寝泊まりするものであり、また教員用の部屋は二人用でもあるというのが実情であ になっている理由である。仔細は至極単純なものであり、千冬の部屋は一夏と千冬の姉 部屋の入口で話す二人の話題に挙がっている一夏、彼こそが千冬と真耶の部屋が別々 ﹁いやいや、胸を張って自慢にして良い弟さんだと思いますよ ﹂ すか。だから自分が家の管理をしなきゃいけないからって掃除や洗濯とか料理とかし ﹁そんなことありませんでしたよ。織斑先生、お家の方を結構留守にしてるじゃないで ﹁あいつは⋮⋮。何か変なことは言ってないだろうな﹂ とを話したんですけど、家でのこととかも話してくれましたよ﹂ ﹁確かに、織斑くんならそういうのやってそうですよね。補習の時にちょっと色々なこ ﹁あぁ、別に大丈夫だろう。多分、アイツが勝手にやっているかもしれん﹂ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1107 ﹂ として、姉であり教員でもある千冬と同室にすることが決まっていたのだ。 ﹁さて、アイツはどうしているやら﹂ ﹁今頃はみんなと一緒に外に飛び出しているんじゃないですか ﹁織斑先生 ﹂ ﹂ ! 千冬が何をしようとしているのか気付いた真耶は思わず制止の声を上げようとする。 ﹁ちょっ に立った千冬はスッと右足を後ろに振り上げる。 無言で一夏の下に歩み寄っていく千冬に真耶が首を傾げる。そして一夏のすぐ傍ら ? ﹁⋮⋮﹂ 千冬は冷え切った眼差しを向けている。 揃って二人は無言になる。真耶は若干困ったような苦笑いを浮かべているのに対し、 ﹃⋮⋮﹄ ちよさそうに寝息を立てている一夏の姿が二人の視界に飛び込んできた。 部屋の真ん中でTシャツにハーフパンツという軽装に身を包みながら横たわり、気持 ﹁くー⋮⋮すぅ⋮⋮くかー﹂ をあける。そして││ そんな言葉を交わしながら千冬は部屋に入り、部屋の玄関スペースと室内を隔てる襖 ? 1108 だが、その矢先に視界に飛び込んできた光景に言葉の続きを失った。 振り上げられた千冬の足が勢いを乗せて振り抜かれ、一夏の胴に蹴りとして叩き込ま れそうになった直前、それまで完全に寝入っていたはずの一夏の目がパチリと開いたか と思うと、千冬から離れるように身を横たえたまま体を転がして蹴りをかわす。 そのまま両手で畳を叩くと、その反動を利用してほぼ横たわっていた状態から一気に 後方宙返りへと繋ぎ、スタリと殆ど音を立てないまま着地しスッと立ち上がって背筋を 伸ばす。 流れるような一連の所作に真耶は思わず言葉を失って見入り半ば呆然としていたが、 それを姉弟の二人が気にかけている様子は無かった。 ﹁いやいや、普段のはあれだよ。俺なりに修行スケジュールはしっかり管理しているか の気遣いも無視して修練に励んでいるどの口が言う﹂ ﹁何が安息日だ馬鹿者。普段休みなど知ったことかと言わんばかりに、それこそこっち うわけだから少し体を休めようと思ってね。あれだ、安息日ってやつよ﹂ ﹁何って、見て分からないのかよ。昼寝だよ昼寝。この畳、中々寝心地が良いね。そうい 良い。お前、何をやっている﹂ ﹁なぁに、そうやってかわせるんだから別に構わんだろう。││そんなことはどうでも ﹁あのさ、いきなりキックは流石にどうかと思うのよ、俺﹂ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1109 ﹂ ら、それに余計な口出しは無用ってことで。今もそうさ。休んで良いと思ったから休ん でるだけで﹂ ﹁だが外に出て跳ねまわるくらいは余裕なのだろう ﹁そりゃモチロン﹂ 確かにお前を私と同室にしたのは他の連中の余計な干渉を抑えるためだが、お前 ? 合いだ。女子の水着が見放題だぞ、役得とは思わんか ん ? ﹂ ﹁とにかく、少しは外に顔を出してこい。今頃どいつもこいつも海ではしゃいでいる頃 く。 あからさまに面倒くさそうな声を上げる一夏に千冬は再び呆れるようなため息を吐 ﹁そこは少しでも前向きに考える所だバカモノ﹂ ﹁えーめんどくさーい﹂ 気持ちを汲んでやれ﹂ とこの臨海学校を楽しみたいと思う連中はそれなりに居るんだ。少しはそのあたりの だ ﹁まったく、せっかくの機会なのだから少しは外に出て他の連中と騒いだりしたらどう 貫した姿勢は思わず呆れを覚えてしまう。 本位かつ我の強い性格をしている弟だとは思っていたが、こういう時でも変わらない一 もはや慣れた仕種である額に手を当てながらのため息を千冬は吐き出す。割と自分 ? 1110 ? ﹁いや別に﹂ ﹁一応、普段からクラスのみんなとは上手くやっているつもりなんだけどねぇ﹂ に、少しは周りに合わせろということだ﹂ 別にそれに全力を傾けろとは言わんさ。ただ、集団という中で上手くやっていくため に求める行動というのもあってな。それが、他の連中と少しははしゃぐということだ。 とは言え、同時に今は集団行動の只中でもある。その中にあってある程度周囲がお前 間だ。確かに、お前が何をしようが自由だ。あぁ、確かにそうだろうさ。 ﹁まぁ休養を取りたいというお前の気持ちは分からんでもない。そもそも今は﹃自由﹄時 両手を腰に当てて再び嘆息、そして今度は別の方向からアプローチを掛けてみる。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ うが、やはり気がかりにはしてしまう。 はないだろうか。流石に同性になんたらという特異な性癖は持ち合わせていないだろ への関心が特に高まるだろう十代半ばという年頃になってもこれでは少々マズいので 昔から色沙汰というものにさしたる興味を示すことは殆ど無かったが、そうしたこと だった。そんな弟の姿に千冬は別の意味で額を抑えたくなる。 少し趣向を変えて色香をベースにおいて促してみるものの、やはり一夏の反応は淡白 ﹁⋮⋮﹂ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1111 ﹁それは重畳。ならば今もそうしてもらおうか﹂ そこで一夏はしまったというように小さく舌を打つ。対する千冬はしてやったりと 言うようにニヤリと得意げな笑みを浮かべている。 ﹁あの、織斑先生﹂ そこで未だ部屋の入口付近で立ったままだった真耶が千冬に声を掛ける。何事かと ﹂ 後ろを振り返った千冬は、真耶の隣に一人の女生徒が居ることに気付く。 ﹂ ? ﹁ほぅ、誰かしらこいつを誘いに来るとは思ったが、まさか更識とはな。これは意外だ﹂ 部屋の奥から入口まで歩きながら確認する一夏に簪は頷いて肯定の返事とする。 ﹁なになに、俺に用だと も軽い驚きを表情に顕わとする。 用件を尋ねてくる千冬に簪は簡素な言葉を返す。その内容に千冬、そして一夏に真耶 ﹁織斑くん、借りに来ました﹂ て様子を伺っている。 部屋の奥の方に居た一夏も予想していない訪問者に一体どうしたのかと首を伸ばし クラス代表、更識簪。その彼女が千冬と一夏の部屋を訪れていた。 この臨海学校に来ている者の中で更識という苗字の持ち主は一人しかない。四組の ﹁何だ、更識か。どうした、何か用か ? 1112 心底、本当に意外だと言うように千冬が呟き、それに同意するように真耶も頷く。 元々簪がこのような状況で活発的な行動を取るような生徒ではないと認識していた 上に、一夏を誘いに来るというオマケ付きだ。 先ほど千冬が呟いたように、遊びたい盛りの女子の誰かしらが一夏を誘いに来るだろ うとは予測していたのだが、これは本当に二人にも予想外だったのだ。 ﹁一狩り行かない 自販機とか売店がある丁度いい休憩スペースがあったんだ。そこ ズの新作が出て話題にもなっている二つ折りにできるハードだ。 だ。一夏も、弾や数馬と遊ぶ機会が多々あった関係で持っており、最近では人気シリー 言って簪が肩に掛けていた小さめのバッグから取り出したのは一つの携帯ゲーム機 ﹁うん、これ﹂ ﹁で、俺と何をしようって言うんだよ﹂ になる。それが何なのか、一夏は気になっていた。 こに来ている面々の中では一夏と簪の二人くらいしかやろうとしないことということ 簪の言葉に一夏の目が僅かに細まる。言葉通りなら、簪が誘おうとしていることはこ ﹁へぇ、俺だけねぇ﹂ り乗ってはくれないだろうし﹂ ﹁別に、織斑くんくらいしか思いつかなかったので。多分他のみんなじゃ誘ってもあま 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1113 ? でどう ﹂ り出す。 ﹁よし行くか﹂ ﹁じゃあこっち﹂ ﹂ 即答だった。ダッシュで部屋の奥に引き返し、同様に鞄から持ち込んだゲーム機を取 ﹁よし乗った﹂ ? ざる﹂ 強いて言えば、次元が一つばかり上の世界に向けて ? ﹁誰に言ってるの﹂ ﹁さぁ ? ﹁電波乙﹂ ﹂ ﹁結局、俺は姉の特に理由のない強引さによって外へ行くことが決定してしまったでご のはある意味で必然であったのかもしれない。 そそくさとゲームを抱えて部屋を出ようとした二人をたまらず千冬が怒鳴りつけた ﹁お前ら外に出んか外にっ !! 1114 誰に向けるでもなく発せられた一夏の言葉への簪の問い、そしてその返答を簪はばっ ﹂ ? さりと切り捨てる。 本当に海に行くの ? ﹂ ? 代のお父さんがサポートについているけど、実際に一族の中でトップクラスの権力を ﹁前に言ったよね、ウチはちょっと特殊な家だって。お姉ちゃんはその現当主。一応、先 そこで簪は一度言葉を切って一夏の方に顔を向ける。 てベターな方向へ事を転がそうとする﹂ ションおかしいけど、あれでかなりしたたかだから。ぬらりくらりと上手く自分にとっ ﹁確 か に ウ チ の お 姉 ち ゃ ん は、一 見 す れ ば 不 真 面 目 だ し チ ャ ラ ン ポ ラ ン だ し 時 々 テ ン を思い出し、分析し、どうしてもそうとは思えないのだ。 首を傾ける。言葉を交わした回数は片手で数える程度しかない。だが、その少ない経験 廊下を歩きながら二人は言葉を交わす。簪に、自分の姉に似ていると言われた一夏は ﹁あの会長殿に ﹁君って本当に我が強いよね。なんかお姉ちゃんみたい﹂ が俺の好きさ﹂ まぁ海も良いトレーニングスペースだ。要するに行けば良いんだ。そこで何をしよう ﹁水着とか着替え一式押し付けられて、その上でばっくれたらまた後でうるさいからな。 ﹁で、どうするの 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1115 持っているのは確か。そんな立場、ただのチャランポランに勤まると思う ﹂ ? ﹂ ? はどうかしたのかと尋ねる。 一夏の言葉に何か思う所あるのか、簪は顎に手を当てる。その仕種が気になった一夏 ﹁キャラ、か⋮⋮﹂ ﹁良いさ、そういうキャラだと思えばまだやり様はある﹂ ﹁本当に面倒な姉でごめんね﹂ 言葉を掛ける。 本当にしょうがない姉でごめんなさいと項垂れる簪に一夏は気にするなと励ましの ﹁あ、そっちの方向ね﹂ ンポランぶりに振り回されてストレスがマッハになる方が﹂ ﹁そうだね、それも間違いじゃない。間違いじゃないんだけど、その、むしろあのチャラ ﹁さもなければ、良いように利用されるってか ない。けど、お姉ちゃんを相手にするなら気は抜かない方が良いよ﹂ うっていうのもあるけど、別にお姉ちゃんは悪人ってわけじゃないし、多分君の敵でも の忠告。君と言う世界で唯一の存在だからこそ、あえて言っておくよ。妹だからこう言 ﹁そうとも言えるけど、同時にアレもお姉ちゃんの素顔だから。││これは、本当に善意 ﹁つまり、あのニコニコと浮かべた笑顔は張り付けた仮面ってことか﹂ 1116 ペ ル ソ ナ ﹁あ、うん。そのキャラって言うのがね。そうだね、確かにお姉ちゃんのキャラはあの チ ャ ラ ン ポ ラ ン だ よ。け ど、キ ャ ラ な ん て 所 詮 は 被り物 の 一 種 で し か な い。さ っ き は 少な あぁ言ったけど、お姉ちゃんだって伊達に裏稼業一家の当主なんてやってるわけじゃな いから。妹の私から見ても、ちょっと怖い所があったりするんだよ﹂ ﹂ ﹁けど、それって割とよくあることなんだよね。君だってそうじゃないのかな くとも、普段とISで試合やってる時は結構違うって話はよく聞くよ と言えるのだろう。 何を藪から棒に﹂ ﹁ところで、君から見て私はどういうキャラなのかな ﹁は ? あえず思ったままに答えることにする。 質問の意図を図りかねる一夏だが、質問自体はそこまで難しい内容ではないためとり ﹁良いから﹂ ? ﹂ くような感覚を覚える。それが表に出ているのであれば、確かにキャラが変わっている い時はその辺りの差が顕著だ。戦いに臨む時は自然と思考が冷えて、研ぎ澄まされてい 思い当たる節は多々あるため否定はできない。特に試合など技を揮う時とそうでな ﹁言われて見れば⋮⋮﹂ ? ? ﹁ほぉ﹂ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1117 ﹁そう、だな。まず第一に大人しい。根暗ってわけじゃないけど、いつも冷静って感じか な。後は、そうだなぁ。勤勉とか、堅実とか。まぁ相対的に静かな印象か﹂ ﹁え あ、おう﹂ ﹂ ﹁そう。なんだったらここで少し実演してみせようか ? 光を背に一夏を見据える。 ? ﹁選んで、キャラのパターン﹂ パターンなんてあるの ? ﹂ ? ﹂ ﹁とりあえず﹃和風部活アイドル女子高生﹄とか﹃人神様系現代っ娘﹄とか﹃超毒舌子供 ﹁あ、そうなの。で、どんなのがあんの ﹁勿論。色んな状況に対応できるように﹂ ﹁え ﹂ 返して廊下を照らしている。一歩、簪は庭の方に近づくとそこでクルリと振り返って陽 歩いている廊下は旅館の庭の一角に繋がっており、敷き詰められた白砂が陽光を照り ? ? ﹁それは、つまりキャラを変えるってことか て、その気になれば別の人間を演じることだってできる﹂ ﹁けど、所詮は被り物に過ぎないんだよね。確かにそれも本当の私なんだけど。私だっ ﹁というか、それしか無いと思うけど⋮⋮﹂ ﹁ふーん。だいたいみんなと一緒なんだね﹂ 1118 体系日舞少女﹄とか﹃ホワホワ系超能力探偵少女﹄とか﹃現役ユニットアイドル兼カー ドファイター﹄とかあるけど﹂ ﹂ !? ﹁これ、ちょっと持ってて﹂ 声などスルリと受け流して簪は眼鏡を外す。 あんまりな簪の言葉に思わず一夏は声を荒げて突っ込む。だがそんな一夏の抗議の ﹁チゲェよ ﹁なるほど、それが君の性癖なんだ。君は和服や浴衣萌えでアイドルオタクと﹂ ﹁えーと、それじゃあ﹃和風部活アイドル女子高生﹄で﹂ 中からどれか選べと言われても返答に困ってしまう。 いきなり明後日の方向にぶっ飛んでいるようなタイプのキャラを持ち出されて、その ﹁いや、そうは言ってもなぁ⋮⋮﹂ ﹁細かいことは気にしない。じゃ、選んで﹂ すぎて逆に不自然だぞ﹂ ﹁絶対そのニーズはごく限られた範囲だと思うんだが。つーか字面だけでもキャラが濃 よ﹂ ﹁色々な状況に対応できるようにだよ。織斑くん、世の中には色んなニーズがあるんだ ﹁何そのレパートリーおかしいだろ常識的に考えて。どんなチョイスだよ﹂ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1119 ﹁え、眼鏡外して良いのか ﹂ 払いをし、スゥと息を吸った。そして││ !! ラブアローシュート ﹂ みんなのハート 眼鏡を一夏に手渡した簪は数歩下がって一夏と距離を離す。そしてコホンと軽く咳 ﹁ありがと。じゃ、やるよ﹂ ﹁お、おう﹂ ﹁それ、度が入ってないから。ちょっと邪魔になるから持ってて﹂ ? 今日はありがとーー 私の愛情一杯込めた矢で を撃ち抜くよーー ﹁みんなーー !! !! ﹁ふぅ⋮⋮。どう ﹂ うに目はパシパシと瞬きを繰り返している。 ドン引きだった。呆然と口は半開きになっており、信じられないものを見たと言うよ ﹁なぁにこれぇ⋮⋮﹂ 言えば││ そしてもはや元の面影も何もない変貌ぶりを見せた簪を目の当たりにした一夏はと いるのか、左手を伸ばし人差し指で真正面を一直線に指しているあたり芸が細かい。 口上を言い上げた。右手でマイクを握っている形を取り、矢を射るという言葉を示して 見たことのないキラキラとした笑顔と共にノリノリの動きでアイドルのMCっぽい !! ! 1120 ? あくまで一瞬の演技を終えた簪は眼鏡を回収しつつ一夏に感想を求める。だが、完全 に呆然としている一夏は何も言えないまま口をパクパクと動かすだけだった。 ﹂ !? 向こうのことは良く知らんが﹂ ? いると意識していてこのような振る舞いを取っているのか、それとも本当に自覚が無い 当人は否定しているが、その実際の所は定かではない。あるいは彼女自身が姉に似て ﹁うっそだー﹂ 心なんだから﹂ ﹁またまた冗談を。私はあそこまでチャランポランじゃないよ。立派な更識家随一の良 ﹁お前、案外姉と良く似てるんじゃねぇの り回されると。それはつまり今現在のような状況なのではないだろうか。 先ほど、彼女は言っていた。彼女の姉である更識楯無は気を抜けばこっちがひどく振 ぐ。そこではたと気が付いた。 面白いから、ただそれだけでこうまで人を振り回す簪の言動に思わず一夏は天を仰 ﹁理由がヒデェ ﹁だって君の反応が面白いんだもん﹂ ﹁人の言葉を原型留めないレベルに曲解するのは止めてくれないかな、マジで﹂ ﹁なるほど。アイドルを演じる私の魅力が詰まった愛の矢にハートを射抜かれた、と﹂ ﹁ゴメン、何と言うかこう⋮⋮色々と衝撃的すぎてコメントに困る﹂ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1121 のか、一夏には分からない。 ただこのやり取りは一夏にとっても得る物があった。それが何時になるかは分から ないが、仮に彼女の姉である更識楯無が本格的に自分と接点を作ろうとしてきたら││ いや、話に聞く彼女のお家事情から考えればいずれ確実にあってもおかしくない。今ま でのようなちょっとした会話程度では済まないレベルでのアプローチがだ。とにかく そのような場合になったら、振り回されないように警戒しつつツッコミを入れる用意を しておくべきだろう。 ﹂ ? るデータ元が││﹂ 継になる新型の汎用機の開発を考えているみたい。そしてそのプロジェクトの要にな ﹁私と君のISは同じ倉持製。その繋がり。これは噂なんだけど、今倉持では打鉄の後 なっている打鉄弐式がある。 し て 同 時 に 簪 は 自 身 の 左 手 を 自 分 の 前 に 掲 げ る。そ の 中 指 に は 指 輪 型 の 待 機 形 態 と 問う一夏に対して簪は一夏の右腕を指差す。そこにあるのは待機形態の白式だ。そ ﹁その心は もしれない﹂ ﹁そうかな。私は結構面白いと思っているけど。それに、案外これからも機会はあるか ﹁まったく、前々から思ってたけど、なんかお前と絡んでいるとどうにも疲れるな﹂ 1122 ﹁俺の白式、そしてお前の弐式か﹂ ﹂ ? けど気分次第で海に行くかもしれない﹂ ? ﹂ ? なくなり、気配が注意しなければ分からない程に希薄になるほど遠ざかったと判断した それだけ言って先を歩いていく簪の背を一夏は見送る。そして簪の姿が完全に見え ﹁そう、じゃあ私はこれで﹂ ﹁いや⋮⋮なんだ、どうにも忘れ物をしたらしい。ちょっと取ってくるよ﹂ ﹁どうしたの を動かすと足を止める。 言って一歩踏み出そうとした一夏だが、そこで何かに気付いたかのようにピクリと肩 ﹁そうか、なら俺は先に││﹂ ﹁さぁ ﹁お前はどうするんだ﹂ ﹁そう﹂ ﹁あぁ、流石にな﹂ ﹁で、ちょっと話を戻すけど、本当に海に行くの 明らかな皮肉を込めた一夏の言葉だったが、それを簪は小さな笑いで受け流す。 ﹁あぁ、そりゃあとても道中疲れそうだな﹂ ﹁そう。だから、案外二人揃って倉持に呼び出されたりなんてこともあるかもしれない﹂ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1123 所でようやく一夏も動き出す。 首を横に動かして白砂が敷かれた中庭に視線を向ける。その眼差しは先ほどまで簪 ﹁さて⋮⋮﹂ と会話していた時とは異なり、冷めきった硬質な光を宿している。 少し視線を動かして、客が庭に出られるようにと旅館が置いたのだろう、小さな下駄 箱とそこに収められているサンダルを見つける。下駄箱に歩み寄った一夏はサンダル ﹂ を取り出すと、それを履いて中庭に出る。そして数歩前に進むと、誰もいないはずの虚 空に向けて声を張る。 ﹁もう周りには誰も居ない。そろそろ出ても良いんじゃないのか 応答はあった。 ひっさしぶりだねー、いっくーん ﹂ ! でできたワンピースを着こみ、腰には背中の方で大きな蝶結びをしたリボンが巻かれて そこには一人の女性が立っていた。まるで童話の登場人物のような水玉模様の生地 る。 を吐くと一夏は後ろを振り返って視線を上に向け、自分が出てきた旅館の屋根の上を見 底抜けの能天気さを感じさせる声が一夏の頭上に浴びせかけられる。小さくため息 ﹁やぁやぁやぁ ! 傍から見れば独り言を言っているようにしか見えないだろう。だがその声に対する ? 1124 いる。リボンによってウェストが絞られているためにその上にある胸部が強調され、明 らかに平均的と言えるサイズを遥かに凌駕した大きさを際立たせている。そしてなぜ か頭に付けているウサミミ。 スタイル抜群の美人が童話をモデルにした幼児のような恰好をしているとしか言え ない、どう見ても変わり者と呼んで良い女性に一夏は見覚えがあり過ぎた。というより も、一夏自身甚だ不本意とは思っているが、何気に昔の知己だったりするのだ。 つでもどこでも我が道まっしぐら ﹁あぁ、そう﹂ それが束さん流なのだよー ﹂ !! ﹁まぁアンタの恰好なんてどうでも良いのだけど、一つ﹂ 帯を弄りながら彼は口を開く。 まま一夏の視線は携帯の画面に向けられ、束の方を見ようともせず片手でポチポチと携 出してカメラ機能を起動する。そして屋根の上に立つ束の姿をパシャリと撮る。その 心底どうでも良いと言うように適当な返事をすると、一夏はポケットから携帯を取り ! ﹁フッフッフー、この束さんは世の凡俗の流行りなどに流されたりはしないのだよ。い ある箒の幼馴染にして、ISという存在の生みの親でもある女性だった。 呆れたような声で一夏が話しかけた女性の名は篠ノ之束。同級生にして古馴染みで ﹁相も変わらずぶっとんだ衣装をしているようで、束さん﹂ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1125 ﹁ん 何かな ? ﹂ ? ﹂ ? ない嘲笑だった。 ﹁にゃ、にゃ、にゃ∼∼∼ ﹂ !!!!? 言って、鼻でフッと笑った。それこそ語尾に︵笑︶とかついていてもまるで違和感の 引きますよ﹂ ﹁それにしても、服はガキっぽいくせに下着は黒のレースとか。なんか狙い過ぎて逆に ようやく状況を理解してきた束に、一夏は追い打ちの一言を告げる。 のポジションからは自分のスカートの中が丸見えなのではないか。 淵の部分に立ったままの束と、その眼下に立つ一夏。そう、よくよく考えてみると一夏 そして一夏と束の立ち位置。先ほどから一切変わっておらず、建物の屋根の上、その る。さらに生地の下に仕込んだ針金によって若干外側へ開くような形ともなっている。 るワンピース、腰から下のスカート部分はフリフリ感を出すためにやや短めとなってい 数秒後、ある程度の復帰を果たした束は自分の状態を確認する。彼女が身に纏ってい うに束の動きが止まる。表情も固まり、瞼も瞬きをすることなく開かれたままだ。 人がフリーズするとはどういうことなのか、その正しい見本はまさしくコレと言うよ ﹁にゃ ﹁スカートの中、見えてる﹂ 1126 完全にパニックを起こした束はあたふたとしながらも両手でスカートを抑えて下か ら見えないように隠そうとする。だが、そうこうしている内に足を滑らせた束は言葉に ならない悲鳴を上げながら屋根の上から落下、そして地面に思いきり尻餅をつくことに なる。 ﹂ !! ! 今写真撮ってたよねぇ !? 以下、二人の間で交わされたメールのやり取りの一部を抜粋する。なお、会話は一夏、 のだ。 数馬へのメールだった。そしてそのメールには、撮ったばかりの写真を添えつけていた 一夏が束のスクープショットを撮った後も続けていた携帯の操作、それは親友である 見て束も一応は納得をしたが、実はこの時点で既に手遅れだったりする。 事でそれを認めつつ画像データを消去した画面を束に見せることで黙らせる。それを る。だが絶対にそうだと抗議の声を張り上げる束に面倒くさくなった一夏は適当な返 痛む尻を擦りながら立ち上がった束の指摘に、一夏はわざとらしい棒読みですっ呆け ! あるため一夏は冷静に内心でのツッコミを入れる。 いっくん ﹁うぅ、イタタタ⋮⋮って ? ﹂ ﹁エー、ナンノコトカナー ﹂ そりゃあ2メートル以上ある高さから尻で落ちれば痛いだろうと、文字通り他人事で ﹁いったーーーい 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1127 数馬の順で交互に行われるものとする。 ︵写真付き︶﹄ ! ﹄↑この時点で直ちにUSBなどの外部メモリに保存済み ! やるww﹄ ﹃もう独身︵30︶で良くね ? そ れ は 流 石 に マ ズ く ね あ の 人 一 応 世 界 中 が 血 眼 で 探 し て る 人 な ん だ け ど ? ﹃紳士は紳士でもHENTAIという名の紳士です︵キリッ﹄ ﹃何その紳士の集い﹄ shsしてる方が建設的だって言ってんのよww﹄ ﹃それがさー、スレの人が揃いも揃っておっかけて捕まえられるわけないからパンツh ⋮⋮﹄ ﹃え ? ﹃つーかいつものスレに上げたら早速大反響なんだけどww﹄ ﹃ww﹄ ww﹄ 4歳居ない歴イコールだから、このまま六年経ったら篠ノ之束︵30︶独身って呼んで ﹃もうアレだな。この調子で言ったらアラサーになって婚期がーって焦るんだよ。今2 ﹃言ってやるな。本人はそれが良いと思っているんだプークスクスww﹄ ﹃つーか良い大人がこのフリフリはないわーww マジでウケるww﹄ ﹃ナイスだお ﹃篠ノ之束のパンチラ撮ったどー 1128 ﹃やーい、このヘンターイ、ニートー、ストーカー、変質者ー﹄ ? 回はとってもとっても特別なのだよ﹂ ﹁そうだねー。確かに束さんも普段だったらこんな所には来ないんだけどねー。けど今 らと言ってこんな昼日中の人が多くいる場所を堂々と出歩けるわけでもない。 その悉くを煙に巻いているのだから束のそのあたりの能力は確かなのだろうが、だか な組織が追っている。 一の製造可能な人物である束の足取りは世界中の組織、それこそ合法非合法問わず様々 ISという存在の開発者、そして世界に存在する絶対数が限られているISコアの唯 束に来訪の目的を問う。 直前まで友人とメールでしていた会話からは想像もつかない程に冷めた声で一夏は 場じゃないでしょうに﹂ ﹁はぁ。で、一体全体こんな所に何の用で 曲がりなりにもアンタ、早々表を歩ける立 である。 散々に喚き散らした挙句、半日布団にもぐりこむことになるのだが、それはまた別の話 写真がネット中に拡散していることを知った束は自身の隠れ家にてパニックに陥って このようにバカ丸出しの会話である。ちなみに後日の話ではあるが、自身のパンチラ ﹃俺の親友がこんなに毒舌すぎるわけがない﹄ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1129 ﹁特別 ﹂ ﹁ねぇいっくん。明日は何月何日 ﹂ 目を細める一夏に束は面白そうに人差し指を口元に当てながらフフフと笑う。 ? ﹂ ? ? を数える頃であったためにやや印象という曖昧なものに頼る部分もあるが、一夏の記憶 一夏と千冬の織斑姉弟、そして実妹の箒。最後に直接顔を合わせたのがまだ齢が一桁 種の破綻者である束にとって箒は正しく唯一無二と言える存在だ。 そ大多数とのコミュニケーション能力というものにおいてもはや壊滅的とも言える、一 あるのだ。他者への興味、共感というものが限りなくゼロに近いほどに希薄であり、凡 七月七日、それは今より数えること十六年前に篠ノ之箒がこの世に生を受けた日でも ている。 ちこちで見受けられる日であるのだが、ごく一部の人間にとってはまた別の意味を持っ 翌日である七月七日は世間一般では七夕と称され、それにちなんだ各種イベントがあ ﹁確かに、アンタにとってはそうだろうが⋮⋮﹂ この束さんもちゃんとお祝いしなきゃでしょ ﹁企むだなんて人聞きが悪いなぁ。明日はとってもお目出度い日なんだよ だったら 低く唸るように問う一夏に束は更に笑みを深めながら答える。 ﹁⋮⋮確か、七月七日の七夕だが⋮⋮オイ待て。アンタ一体何をたくらんでいる﹂ ? 1130 にある限り束がまともなコミュニケーションを取ろうとしていたのはこの三人だけだ。 中でも唯一の親友と言っていた千冬、そして血を分けた実妹である箒への思い入れよう は並ではなかった。 間違いなく篠ノ之束とコミュニケーションを取れ、なおかつその人物性というものを 把握しているという意味では世界を見渡しても五指に入るだろうと自負している一夏 だが、それでも束にとって殊更の特別だった二人に比して見ればランクが僅かながら下 がる。 だがだからこそ、冷静に篠ノ之束という人間を客観的に見ることができ、それゆえに 警戒であった。 ﹂ ? さっすがいっくん いやー、私の事をよく分かっていて嬉しい ! ! 細める。 ? るとは思っているが﹂ しろ簡素ながら日本的美というやつを感じさせるような一品があいつの好みに合致す ﹁何を、くれてやるつもりだ ちなみにこれは俺の私見だが、変に豪華にするよりもむ 当てずっぽうに言ってみた推測だが、まさかのドンピシャリだったことに一夏は目を よ﹂ ﹁お、あったりー ﹁何だよ、誕生日だから箒にプレゼントフォーユーとでも洒落込もうってか 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1131 じ、つ、は、何と││おぉっとっと、メンゴメ ﹁ノ ン ノ ン ノ ン。こ の 束 さ ん が た っ た 一 人 の 妹 の た め に 用 意 し た プ レ ゼ ン ト が そ ん な チャチなものなわけがないでしょー ﹁俺は姉貴がストレスで胃のあたり抑える絵が思い浮かぶけどな﹂ る顔が目に浮かぶなぁ﹂ ていてよ、絶対驚くからさ。うんうん、箒ちゃんだけじゃなくていっくんもびっくりす ンゴ。これはいっくんでも教えられないんだよねぇ。まぁとにかく、明日を楽しみにし ? ち ー ち ゃ ん だ っ て き っ と 認 め て く れ る は ず だ よ。 ! ﹂ じゃじゃ 束さんは明日の素敵奇跡なビッグイベントに向けての準備があるから ﹁ん っ ふ っ ふ ∼、ダ イ ジ ョ ー ブ まったねー ! 世界中の捜索の手をすり抜け続けて早数年になろうかという存在が現れたというこ 筆頭とした教員に知らせておくべきだろう。 いなく現在世界でも特に影響力のある人間の一人の唐突な来訪、普通に考えれば千冬を ISという存在、ひいてはそこに関連する業界を陰ながら完全に牛耳っている、間違 ﹁さて、どうすべきかねこれは﹂ 見えなくなるが、依然として彼の顔からは固い表情が消えずに残っていた。 まう。追いかける気にもなれない一夏は黙ってその背を見送り続ける。やがて完全に 一方的に捲し立てるようにそう言うと、束はあっという間にその場から走り去ってし ! ! 1132 とを即座に信じる者は少ないだろうが、そこは﹁受け入れよ﹂と言うしかない。思いつ く限りすぐに信じるとすれば千冬くらいか。 まであった。 元々向かう予定だったビーチへ向かう彼の眼差しは、しかし細められ鋭い光を宿したま こ の 場 で 立 ち 止 ま っ て 考 え て い て も 仕 方 が な い と 判 断 し た 一 夏 は 再 び 歩 き 出 す。 ﹁⋮⋮行くか﹂ た。それが、篠ノ之束という存在なのだ。 どうすべきかはまだ決まっていない。だが、どうしてもそう思わずにはいられなかっ ﹁この臨海学校、少しばかり荒れるかもな⋮⋮﹂ 第二十八話 動き出した天才兎、こころぴょんぴょんはできそうにない 1133 第二十九話 夏だ 海だ ! 水着だ ! 筋肉だ ! ! ? いったこととは少々縁遠かったですわね﹂ ﹁確かに、そうですわね。わたくしも、思い返してみれば両親が亡くなって以来、こう んな暇も無かったし﹂ ﹁そうね。行けるなら行ってたけど、日本に居た頃ならまだしも中国に行ってからはそ ていたのですが﹂ ﹁あら、そうですの 凰さんは機会があれば積極的にこういった場に繰り出すと思っ ﹁それにしても、こうして海で遊ぶのもだいぶ久しぶりね﹂ 憩もかねてこうしてパラソルで作った日陰で休んでいたのだった。 一部だ。だが一しきり海での遊びを満喫すると少しばかりの疲れも感じてきたため、休 自由時間となるや否や海へと向かっていった者は多い。この二人もそうした面々の は日差しの強さとその暑さに愚痴を漏らす。 砂浜に突き立てたパラソルの下に敷いたシート、その上に腰掛けながら鈴とセシリア ﹁そうですわねぇ。レンタルとは言え日除けのパラソルがあるのはありがたいですわ﹂ ﹁あっついわね∼﹂ 1134 ﹁お互い苦労してるわね﹂ ﹁えぇ、本当に﹂ 向かい合って二人は揃って苦笑を浮かべる。砂浜、そして海の双方で同級生たちが キャッキャと声を挙げながら各々遊びに興じている。 少し離れた方の砂浜に目を向ければ、ビーチバレー用に整理されていた区画で何人か の生徒がビーチバレーをしている。その中にはシャルロットとラウラの姿もあり、ちょ うどラウラが小柄な体格からは想像できない程の高さのジャンプから鋭いスパイクを 打ち込んで驚きの声を受けていたところだ。 ばちゃんと応対してくれるし、頼みごととかもできることは受けてくれる。最低限の社 ﹁こういう自由行動の場じゃ基本的にスタンドプレイよね。昔からそうよ。話しかけれ 教室での様子を見る分には決して非社交的というわけでも無いのですが││﹂ ﹁彼ともそれなりの長さの間柄にはなっていると思いますが、どうにも分かりませんわ。 ﹁どうせあいつのことだから一人で何か勝手にやってるんでしょ。そういう奴だから﹂ は逆説的に学年唯一の男子生徒がこの場に居ないということの証左だ。 女子率百パーセントのビーチの様相を見て二人は揃って呟く。女子しか居ない、それ ﹁あたしは何となく予想していたけどね﹂ ﹁⋮⋮織斑さん、いませんわね﹂ 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1135 交性は持ってるのよ。けど、あいつは基本単独行動派だから。 例えばだけどさ、中学││ジュニアハイスクールの時なんだけどね。結構クラスのみ んなでやれ海に行こうだの山に行こうだの、近場だったらどっかテーマパークに行こう だのなんてことをやったりしたのよ﹂ ﹂ ? 言える方じゃなかったのよ。例えば夏休みに海に行かないかって電話口で誘うとする ﹁それで一夏に話を戻すけどね、あいつはそのあたりの付き合いはお世辞にも良いとは きるところであった。 の経験は深くないが、女同士の付き合いのあれこれということに関しては大いに同意で などの指導の下でこなしてきたため、日本における学校内でのソサエティというものへ セシリアは鈴の言う中学、いわゆる義務教育における教養課程などは専属の家庭教師 も同性の間での社会性というものへの意識が強い生き物だ。 鈴の言わんとするところをセシリアはすぐに察した。女というのは男と比べてみて ﹁あぁ⋮⋮﹂ しょ らね。そういうのも結構あったかな。セシリア、あんたも女ならそのあたり分かるで ﹁ん∼、そうとも言えるんだけどね。何て言うか、中学生なりの付き合いって言うのかし ﹁あら、随分と仲がよろしいクラスだったのですね﹂ 1136 でしょ 速攻で﹃行かない﹄って返してくるわよ﹂ ﹁でしょ んなもんだから、結構あいつの接し方に困ってるやつは居たのよ。何せそ ﹁⋮⋮すっごく、想像しやすいですわね﹂ ? しょ 腕 っ ぷ し、運 動 能 力、ど れ も 学 校 の 中 じ ゃ ぶ っ ち ぎ り。部 活 の エ ー ス だ っ て れだけだったら単に付き合い悪いだけの根暗なんだけど、あいつはほら、運動が凄いで ? よ。実際、あいつが学校や学校の外でもよく一緒に居た奴はみんな変わり者だったし﹂ ヤされても良いけど、なんかみんなとは馴染まない所がある。もう変わり者も変わり者 あっさり打ち負かす。しかも時々妙な凄みがある。普通だったらそれだけでもチヤホ ? ﹁あら けどその論調から推測すると織斑さんはプライベートで付き合う相手をだい 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 言って鈴は肩を竦める。直後、二人の背に声が掛けられる。 ないけどね﹂ い何人かでまったりってタイプだし。ただ、なんでそんなスタンスにしたのかは分から ﹁そうね、確かにそのとおりね。あいつはみんなでワイワイって言うより、本当に仲の良 ぶ絞っているように聞こえるのですが﹂ ? を掛けられるまで近づいてきたことに欠片も気付かなかった。 その声に二人は勢いよく後ろを振り向く。いつの間にか一夏が立っていた。だが声 ﹁そんなの決まってる。面白いか、面白くないか、だ﹂ 1137 ﹁まったく⋮⋮心臓に悪い登場の仕方するんじゃないわよ﹂ 驚かされたことに対する鈴の文句に一夏は素直に謝るが、どうにも言葉の歯切れが悪 ﹁ん、あぁ、悪い⋮⋮﹂ い。そもそも視線にしても二人の方を向いているというわけではない。視線はおろか、 意識さえもだ。 心ここに在らず、とでも言うのだろうか。別に考え事をしていて、それに没頭しかけ ﹂ ているようにも見える。当然、そんな様子の一夏に鈴もセシリアも首を傾げる。 ﹂ ﹁あの、織斑さん。どうかなさいまして ﹁え ﹂ ? ﹁はぁ⋮⋮﹂ れ﹂ ﹁ちょっと気になることがあってな。そうか、顔に出ていたか。いや、気にしないでく セシリアの言葉に一夏はあちゃーと言いたげにバツの悪そうな顔をする。 ﹁えぇ、それはもうはっきりと﹂ ﹁えっと、顔に出てたか え込んでいるようでしたから﹂ ﹁いえですから、何やら考え事をしていたようですから。それも見た所、だいぶ深刻に考 ? ? 1138 いまいち納得しきっていない様子だが、あまり深く尋ねた所で話さないだろうし、尋 ねる必要もそう感じなかったためセシリアはそれ以上を聞こうとしなかった。それは 鈴も同様であり、珍しく考え事に没頭しすぎている一夏の姿を珍しいと思いつつ、そう いうこともあるかとあっさり納得して一夏の考え事への興味を失くす。 んて派手な色を着るなんて﹂ ﹁それにしてもアンタ、随分と変わってるTシャツ来てるわね。珍しいじゃない、黄色な 今の一夏の出で立ちはハーフズボンタイプの黒の水着の上にTシャツを着るという ありふれたスタイルだ。だがそのシャツの色、黄色という少なくとも鈴の覚えている限 りでは一夏があまり身に着けないような色をしていることが彼女には珍しかった。 言われた一夏も鈴の言葉には概ね同意なのか、頷きながらもシャツについての説明を する。 ﹂ のよ ? 二千円。あぁそれと、これの色は正確には﹃黄色﹄じゃなくて﹃イエローゴール ﹁ん ? ﹁いや、あんたら三人揃ってる時はだいたいどっかしらおかしいわよ。で、いくらだった 買ってたわ﹂ は何故か三人揃って妙なテンションでな。値段が安かったのもあるけど、殆どふざけて ﹁これな。いや実はな、前に数馬や弾と服屋に行った時に買ったんだよ。いやー、その時 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1139 ド﹄らしいぞ﹂ ﹂ ? ﹁﹃Ich Liebe Alle﹄でしょうか ちょっと文字が大きい上に崩し気味 そんな鈴に助けを入れたのは横に座るセシリアだった。 る限り英語には見えないのが彼女が首を傾げる原因だった。 それ自体はありふれたデザインであるため特にどうというものではないのだが、鈴の見 一夏のTシャツは胸の部分にアルファベットの短文のようなものが印刷されている。 ﹁んなの些細な違いよ。それに、えっと、何て書いてあるの 1140 語ですのよ﹂ ﹃え、そうなの ﹁⋮⋮﹂ ﹄ の字体なので絶対とは言いませんが、多分そうだと思いますわ。凰さん、これはドイツ ? oveでAlleは全て、Allですわ。中々、博愛精神に溢れている言葉ですわね。 ﹁Ichは私、あるいは自分という英語でのIですわね。Liebeは愛する、つまりL ことにする。 シリアだったが、そこはあえて何も言わずに置き、軽くコホンと咳払いをして説明する 人が自分の服に書かれている言葉を知らないというのは問題なのではないかと思うセ セシリアの言葉に反応したのは鈴だけでなく一夏もだった。というより、着ている本 ? まぁもっとも、着ている人は少々問題があるようですが﹂ ﹁何が言いたいんだよ、オルコット﹂ ﹂ 勝てば官軍 ﹂ を鷲掴みにして壁に高速で叩きつける真似はどうかと思いますが。トーナメントの時、 ﹁いえ何も。強いて言えば、いくらある程度何でもありのISでの試合言えども、人の頭 私の周りの何人かは怯えていましたわよ ﹁まぁ、そういうことにしておきましょうか﹂ ! ﹁そういえば一夏、あんたがそのシャツ買った時さ、数馬や弾はどうしたのよ ﹂ 弾は何も買わなかったけど、数馬もなんか面白がって一枚買ってたな。確か色 ? あんたのソレみたいに﹂ ? ﹁フッ、あぁ思い出した思い出した。いや、中々面白くてね。背中の方には星みたいなの 顎に手を当ててその時のことを思い出す。そして不意に、一夏は小さく噴き出した。 ﹁あぁ、それなぁ。確か││﹂ ﹁へぇ。で、数馬のやつには何か書いてあったりしたの が﹃シルバーグレー﹄だったかな。完全にただの灰色だったな﹂ ﹁ん ? うとあえて口を紡ぐことを選ぶ。この借りは、後で試合の時に返せば良い。 をひくつかせるも、涼しい顔をしているセシリアには何を言った所で暖簾に腕押しだろ 何とかして言い繕おうとする一夏をセシリアは軽く流す。その姿に一夏はこめかみ ! ? ﹁いや、あれはだな、その、なんだ。⋮⋮勝てば良いんだよ勝てば 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1141 が印刷されてるんだよ。確か水星だとか言ってたな。でだ、前の方。俺のこのドイツ語 と同じでアルファベットなんだがな。まぁ、その、アレだ。﹃NEET﹄だった﹂ あぁオルコット、そのニートだよ﹂ ? ﹂ ? ﹁ただ、親友として弁護させて貰うならあいつは別にモノホンのニートってわけじゃな 度は知っていた。一夏に尋ねたのはその確認である。 しての言葉自体は知っており、数か月になる日本での生活で日本における意味もある程 な言葉だが、一応欧米でもそれなりには知られている言葉だ。セシリアも元々の意味と ほぼ日本国内だけでその言葉と意味が独り歩きをしてしまっている状況にあるよう わずもがな。 r Training の略であるNEETと表記するのが正しい。意味はもはや言 ニート、正確には Not in Education,Employment o ﹁ククッ。ん ﹁あの、織斑さん。ニートとは、あのニートのことですか ﹁いやな、ククッ、あの時はそうだよ、確か三人揃って大爆笑したんだった、フヒッ﹂ ﹁ニ、ニ、ニートって、ヒヒッ。何それすっごくおかしい﹂ 笑いを口の端から漏らし始める。 聞いた瞬間、鈴も真顔のまま噴き出す。そして一夏と鈴、二人揃って押し殺すような ﹁ブッ﹂ 1142 い。むしろ下手な同年代よりずっとハイスペックさ。ただ、あいつは結構な変わり者で なぁ。俺は友人として気に入ってるけど、実際正確にえげつない所があるし、学校じゃ 嫌っている奴も居た。そういう嫌っている奴が蔑称としてな、言っていたんだよ。そい つのことをニートって。まぁ本人はむしろ面白がってたくらいだけど﹂ それでいいのですか 自分へのそのような謂れなき侮蔑を放置しておくなど﹂ ﹁はぁ⋮⋮。あの、まるで事情を知らないわたくしが言うのも変な話とは思うのですが、 だが││ 面々の、彼への蔑称は十分名誉毀損、とまではいかずともそれに準ずるレベルだろう。 確かにセシリアの言うことも一理あるとは思う。一般論で言えば数馬を嫌っていた ? ﹂ ? う。 そうして一夏は語り出す。まだ一夏と数馬が出会う前、数馬が小学生の頃のことと言 たことがあるらしいから⋮⋮﹂ ﹁いやな、元々そういう性格のやつだし。それに俺は話に聞いただけだけど、実際にやっ 若干引くように聞いてくるセシリアに一夏は頷いて肯定する。 ﹁え、えげつないのですか でもするさ。⋮⋮多分やり口はえげつないだろうけどな﹂ ﹁ま、心配しなくても大丈夫だろうさ。所詮相手は同級生程度。数馬なら自分でどうと 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1143 仔細はあえて割愛するが、当時の数馬が所属していたクラスに影響力が強いという意 味で声が大きい数人の女子のグループがあった。 そんな存在があると聞けば自然と想像できることだが、案の定というべきか特定の誰 かへの陰口などのいわゆる﹃イジメ﹄、あるいはそれに準ずることがあったらしい。 当時の数馬はそれを完全に他人事で無関心を貫いていたのだが、ある時にそのグルー プの矛先が数馬に向きかけたことがあった。常に教室の片隅で読書をしていた彼だっ たが、件の集団に運悪くいつも無口な根暗野郎として目を付けられたというところだっ たらしい。 ﹂ ? 真実と嘘を混ぜた噂とかを無差別レベルであちこちにぶちまけて、その全部がそいつら それでアイツはどうしたか。本当に壊したんだよ、その関係を。あることないこと、 の纏まりが要なら、それを壊してやれば良いっていうのが数馬の考えだった。 の連中が集まってたらしくてな。その影響とかが相乗して云々らしいけど、とにかくそ ﹁そのグループが変に強かったのは集団として纏まっていたかららしい。元々派手な方 この場の三人では一夏に次いで数馬を知る鈴が警戒するように続きを聞いてくる。 ﹁な、何をしたのよ あいつは、即座に対策をしたらしいんだ。ただ、それが実にエグくてねぇ﹂ ﹁まぁ本人から聞いた話でしかないんだけどな。そこで自分への厄介事の気配を感じた 1144 に関することらしくてな。それも誰が誰を狙っているとか、知られたくない隠し事だと か。嘘も混じっていたらしいけど、事実もあるんだ。もうどれが嘘か本当かなんて判別 がつかない。 かくして、互いに疑心暗鬼に陥ったその女子グループは見事にバラバラ。もはや友情 なんてものは木端微塵に粉砕されて、もう誰か個人を狙っていびるなんて土台無理。数 馬は危険を回避。ちなみにその出来事に数馬が関わっていたという疑惑はこれっぽっ ちも上がらなかったそうな││やっぱ引くよなぁ。俺も最初聞いた時は耳を疑ったも ん﹂ 小学生のやり口にしてはあまりに酷いやり方に空いた口が塞がらないという風な鈴 とセシリアに一夏は同意せざるを得なかった。 自分もたいがいロクな性格はしていないと自負しているが、それでも初めて聞いた時 は唖然としたものだ。 ﹁あいつ、保身はかなりしっかりしてるからな。それに曰く﹃自分は脚本家だから表に出 リアは唖然としつつも感心するような感想を述べる。 それだけ大それたことをしておきながら微塵も疑われることの無かった数馬に、セシ のですわね﹂ ﹁何と言いますか、本当にエゲつない⋮⋮。いえそもそも、よく疑われたりしなかったも 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1145 ることは無い﹄だとさ。あぁ、あれ言ってた時のあいつ、やたらウザかったなぁ。てい うか脚本って何だよ脚本って。まさか周りの人間の行動全部読み切ってたのかよ。何 それ怖い﹂ 弾もだけど、日本に戻ってきても全然接点作れないのよね﹂ ﹂ まぁ割と普通にやってるみたいだぞ。夏休みあたりまた会うつもりだから、そ ? の時は鈴もどうだよ ? ﹂ ? それだけの淡白な反応をすると一夏は砂を踏みしめながら前へ歩いていく。 ﹁ふ∼ん﹂ ﹁わたくしも、正直日に焼けすぎるのは少々抵抗がありまして﹂ ﹁見りゃ分かるでしょ、暑いからこうして日陰に避難中よ﹂ ﹁で、今更だがお前ら何してんの が、二人がそれに気づいている様子は無い。 つまりはそれだけ一夏も、そして数馬も話題に事欠かない人間ということになるのだ ﹁確かに﹂ もんだわ﹂ ﹁考えとくわ。ていうか、随分と話が逸れたわね。Tシャツからよくもまぁぶっ飛んだ ? ﹁ん してんの ﹁まぁアイツの無茶苦茶ぶりはアンタに並ぶから今更だけど。ていうかアイツは今どう 1146 ﹁なに、アンタは泳ぎにでも行くの る。 ﹂ ﹁⋮⋮別に構わないけどさ、人前でいきなり脱ぐのはどうかと思うわよ なんて学校のプールとかで結構見慣れてるから良いけどさぁ﹂ そこで言葉を切った鈴は隣を見る。 ? ﹂ ? ﹂ ? ﹁そういうものなの。だから││さっきからやってるその上腕二頭筋とか胸筋とかピク ﹁そ、そうか ましてやアンタのようなムキムキは猶更ね﹂ ﹁一夏、セシリアのようなご令嬢様にはいきなりの男の半裸なんて刺激が強すぎるのよ。 ﹁えーと、オルコット だけでなく、微妙に一夏を視線から逸らそうとしている。 微妙に上ずった声で鈴に賛同するセシリアがそこには居た。調子がおかしいのは声 ﹁あ、あの⋮⋮、わ、わたくしも些かどうかと思いますわ﹂ いや、あたし 言って一夏はTシャツを脱ぐ。そして手早くかつ丁寧に畳むとヒョイと鈴の方に放 いとな﹂ ﹁さぁてね。ただ、海も砂浜もトレーニングには中々良い環境だ。少しは体を動かさな ? ﹁悪いけど、そこらへんに置いといてくれ﹂ 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1147 ピクさせるの止めろってのよ 反応ということだ。 ﹂ 嬢として育てられたセシリアには些か刺激の強い光景だったらしい。それゆえに、この とは言え、学校のプール授業などでそれなりに見慣れている鈴はともかく、生粋の令 チョの段階に留まってはいるが。 よる隆起が見られる。もっとも、完全なガチムチである彼の師に比べたらまだ細マッ 然のように腹筋は六つに割れ、力瘤など当たり前。全身のあちこちに鍛えられた筋肉に の肉体は、同年代の男子と比較しても明らかな程に筋肉などの発達が目立っている。当 かれこれ数年単位でハードと言って差支えないトレーニングを課し続けてきた一夏 ! ? いる様子を見ると、それなりには上手くやっているらしい。それを見て、どこか呆れる 彼女の視界に入ってくることになるが、走りながら同級生たちと軽快に言葉を交わして ブレないなと思いつつ鈴は一夏を見送る。やがて延々ビーチを走り続ける一夏の姿が ビーチに行ってまずすることとして思いつくのがトレーニングであるあたり、欠片も 来るよ。さて、まずは足場の悪い砂浜でランニングと行こうか⋮⋮﹂ ﹁ま、俺は俺で勝手にやらせてもらうだけだがね。まぁ良いさ。じゃ、ちょっくら行って るのをそれなりには楽しみにしているはずよ﹂ ﹁とにかくよ。脱いだんならさっさと海の方に行けば 他の子たちだってアンタが来 1148 ように鈴は小さく嘆息着くのであった。 ︿サーブイックヨー ︿フフーン、ワシワシノケイヤデー ︿チョッ、コラヒッパラナイデー ︿ダブルバイセェェップスッッ ︿チョットー、イマミズカケタデショー ! な気がしたが、気のせいだと鈴は自分に言い聞かせることにした。 ビーチから聞こえる同級生たちの喧騒、その中にやたら野太い声が混じっているよう ﹁⋮⋮﹂ ︿アドミナブルッアンドッサァイィッッ ︿チョットマッテテー ︿ダレカタスケテェー ︿アー、ワタシノジューストッター ︿サイドトライセェェップスッッ 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1149 いかに夏の陽気の下とは言え、一日中海で遊ぶというわけにもいかない。時刻も夕方 と言って良い頃合いになれば、自然と全員がビーチから引き揚げて宿へと戻る。 そうして宿に戻ったら戻ったで、カードゲームやテーブルゲームなどの屋内での娯楽 に誰もが興じ始める。中には参考書を広げて自習に勤しむ者も少なからずいるが、あく まで今日一日は自由時間。どのように過ごすかは個人の自由なのでそれをとやかく言 う者は誰もいない。 そして、温泉に海鮮物で彩られた豪華な夕食と言った楽しみも終わりしばらく経っ た、夜は八時半を回りそろそろ九時に達しようかとという頃合いだった。 一夏の昔話を面白おかしく話しているというのが実情だ。 の真っ只中だ。というより、ビールの缶を開けて気分よくほろ酔い状態になった千冬が 持ち達を始めとした、もちろんそうでない者も含めて生徒数人、揃ってガールズトーク ちなみに今現在、千冬の部屋は女子率100パーセントとなっている。千冬や専用機 を出ていたのだ。 る教員用の部屋に居たのだが、その最中にちょっとした用足しがあったために一度部屋 軽く息を吐きながら箒は館内の廊下を歩いていた。先ほどまで千冬と一夏が宿泊す ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 1150 ではその一夏はどうしているのかと言うと、部屋に集まった面々が揃うよりもしばら く前に、他の生徒たちとは時間をずらした上での温泉堪能に行っているという寸法だ。 千 冬 に 聞 い た 一 夏 が 温 泉 に 出 向 い た と い う 時 間 か ら 既 に 3 0 分 以 上 が 経 っ て い る。 ︵とは言え、一夏のやつもそろそろ上がっている頃か︶ 普通に考えればそろそろ上がっている頃合いだろう。あるいは、既に部屋に居て会話の 輪に混ざっているかもしれない。そう考えた矢先だった。 こ の 旅 館 に は 他 の 多 く の 温 泉 宿 泊 施 設 と 同 様 に 休 憩 を 目 的 と し た ス ペ ー ス が あ る。 館内の一角を使い、自販機やゆったりとしたソファや雑誌コーナーなどが置かれている スペースだ。ここ、花月荘もその多分に漏れず、そうした休憩スペースを設けている。 再び千冬の話の続きでも聞こうかと、再度元の部屋へと戻る途中で件の休憩スペース ﹂ を通りがかった箒は、そこに人影があるのを見つけた。 ﹁一夏 あぁ、箒か﹂ ? ている。 確か千冬さんから温泉に行ったと聞いたが﹂ 子はマッサージチェアだろうか、ウィンウィンとモーターが駆動する音が小さく聞こえ そこに居たのは一夏だった。他の皆と同様に浴衣に身を包んでいる。座っている椅 ﹁ん ? ﹁な、何をしているんだ ? 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1151 ﹁あぁ、見りゃ分かるだろ。もう上がった。で、今どうせ行っても人がいるだろうから な。こうして一人でゆったりと夜の時間を楽しんでいるというわけだ。それに、飲み物 もつまみもある﹂ 言って一夏が掲げて見せたのはノンアルコールビールの缶とスルメの入った袋。ど ちらもすぐ近くの売店で仕入れたのだろう。 スルメを肴にノンアルコールとは言えビールを飲みつつ、マッサージチェアに身を預 ける。思わず箒の脳裏に﹁オッサン﹂という単語がよぎったのは仕方のないことだろう。 よ﹂ ? ﹁あ∼、この臨海と被ったからすぐに何か渡すってのは無理だけど、後で何かしらはくれ 一夏の言葉の内容を理解すると、まだ若干しどろもどろながらもありがとうと言う。 あまりに唐突に言われた言葉に一瞬箒は理解が追いつかなかった。だが数秒経って ﹁え ﹂ ﹁あぁそうだ。箒、明日お前誕生日だったよな。一足早いが先におめでとうと言っとく ﹁⋮⋮それもそうだな﹂ ないとな﹂ ﹁まぁね。折角何もないんだ。明日から忙しくなるだろうし、こうして英気を養っとか ﹁随分と、リラックスしているようだな﹂ 1152 てやるから、そこは待っててくれ﹂ ﹁え、あ、あぁ﹂ どうやら一夏は誕生日のことを覚えていたばかりか、プレゼントのことも考えていた らしい。遅れてしまうのは仕方のないことだが、それはこの際どうでも良い。覚えてい て、渡してくれるという事実の方が重要なのだ。 それ自体は決して悪いことではない。むしろ嬉しく思う。だが、誕生日とプレゼン ト、この二つの単語を思い浮かべた途端に箒は思わず表情に影を落としていた。 箒の表情の変化に一夏はすぐに気付いた。だが敢えてどうしたなどと聞こうとはし ない。相談があるとすれば箒の側から言って来るだろうと思い、何も気づかないふりを する。 箒の問い、それを聞いた瞬間に一瞬一夏の目が細まるが、すぐに元通りのいつもの眼 ﹁その、姉さんのことは、どう思っている﹂ ﹁どうした﹂ 共々空き缶を置く。そして箒に向き直った。 飲み干して空にすると、マッサージチェアの脇に置かれたサイドテーブルにスルメの袋 来たか、と一夏は思った。残り少ないノンアルビールの缶に口をつけ、一気に中身を ﹁なぁ一夏、少し聞きたいことがある﹂ 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1153 差しになる。 箒が姉さんと呼ぶ相手、それはこの世にただ一人しか存在せず、その人物に彼は昼間 既に会っていた。 格的な面も含めて奇特極まりない人間だ。いかに実姉いえども敬遠はするだろう。仮 思い返せば箒は束にどこか一歩引いたところがある。その能力もさることながら、人 もない。 されていくタイプだ。ちなみに最も頭が素早く回るのは武術関連なのは今更言うまで 要な案件であるほど、その重要さが分かっているから真剣に考え思考が自然と研ぎ澄ま も自覚はしていないが決して馬鹿ではないし頭の回転とて悪い方ではない。むしろ重 織斑一夏という人間は、いわゆる学業成績という面では凡庸と自負し、その上で本人 いは束本人から知らされていたのは確定的と見て良いだろう。 細までは知らずとも、明日の誕生日に束のアクションがあると事前に知っていた、ある で束の話題が箒の口から出た以上、箒も束の動きを知っていると思って良いだろう。仔 すというものだ。その時はサプライズでも仕掛けるのかと思ったが、今このタイミング 昼間に遭遇した束の目的は、箒の誕生日に合わせて彼女に何かしらのプレゼントを渡 唐突、とは言ってみたものの既に一夏の頭の中ではある程度の算段が立っていた。 ﹁束さん、か。また唐突だな﹂ 1154 に一夏が箒の立場だとしても同じように思った。それに、その束のせいで箒は何かと窮 屈な思いをしてきたと聞いている。やはり、複雑な心境となるのは無理もない話だ。 しかし、今ここで言うべきは己の考えである。 ﹁束さん、ね。俺からすれば昔から同じ、知り合いの変わり者さ。あの人は俺にもフレン ドリーだったが、実はこいつはここ最近になって思ったんだがな。お前や姉貴のついで なんじゃないかと思うようになってな。あぁでも、んなのはどうでも良いか。別に好き でも嫌いでもない。俺にメリットのあることをしてくれたら素直に礼は言うし、逆なら 怒る。まぁ普通かね﹂ 良いけど ﹂ ﹁その、変なことついでにもう一つ、良いか ﹁ん ? か、純粋に気になって一夏は続きを促す。 ﹂ ﹂ ﹁お前は、その、目的とかそういったのはあるのか ﹁目的というと、具体的には ? 一口に目的と言っても色々だ。例えば勉強だったら次のテストでは前回より20点 ? ﹂ このような切り出し方となると先ほどの束の件とはまた別だろう。どんな内容なの ? ? ﹁別に良いさ﹂ ﹁そうか⋮⋮。すまない、変なことを聞いたな﹂ 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1155 は上げるとか、料理ならば次は同じ料理を更に美味しく仕上げるとか。 具体的にどういうことでの目的なのか、それを言ってくれないことには一夏も答えよ うがない。 上での義務 やって当然のこと そういうのもあるんだけど、俺自身が純粋にその ? なトコかな﹂ ? 無いな。いや、実は俺もこのあたり不思議に思ってるんだけど、明確にこれって言える ﹁理由、理由ねぇ。う∼ん、気が付いたらそう思っていたし、そこまで深く考えたことは ﹁じゃあ、その﹃極み﹄に達したいと、そう思った理由は何なのだ ﹂ 領域に達したい、そこまで達した時、世界がどんな風に見えるのか知りたい。まぁそん ? 通りそこまで行っちまった人が居るわけだし。まぁIS乗りなり武術家なりやってる ﹁ISにしろ武術にしろ、目的は﹃極み﹄への到達さ。何せ身近な所にそれぞれで、文字 してそして言葉とする。 うまでもない。だが、改めて言葉とするためにどう言うべきか、僅かに頭の中で推敲を 納得したと言うように一夏は頷き、顎に手を当てる。何が目的か、そんなのは今更言 ﹁なるほど、そう来るか﹂ りたてる、その目的は何なのか聞きたい﹂ ﹁お前は、いつも鍛練に励んでいるだろう。武芸にしろ、ISにしろ。そこまでお前を駆 1156 理由が無い割には、かなり強い目的意識なんだよ。ただ、理由を考えようとするとどう ﹂ いうわけかあまり良い気分はしなくてね。あれかな、武術家として極みを目指すのは当 然、そこに理由を求めるなんて愚の骨頂、なんていう天の啓示かね ﹁いや、それを私に聞かれても困るが⋮⋮。そうか、極みか﹂ ﹂ ? とっても意外なものだった。 真面目な気質を持っている箒は真剣に答えようとする。だが、出てきた言葉は一夏に めているというわけではない。聞けるなら聞きたい質問だったが、この辺りでやたら生 今度は一夏が尋ねる。どうしてそのような質問をしたのかと。別に答えを絶対に求 ﹁まぁな。で、なんでまたそんなことを ? ﹂ ? すぐに答えることはせず、しばし一夏は口を閉ざす。何かしら言葉を掛けてはやるべ ﹁⋮⋮﹂ 疑問に思ってしまったのだ。私は、ISで、武芸で、この先どうしたいのかを﹂ し、武芸││剣道にしてもとにかく我武者羅にやってきたようなものだ。それで、ふと は、そもそも学ぶ切っ掛けだったこの学園への入学にしろ私がそう望んだことではない ﹁私は、お前ほどではないが学んでいることは殆ど同じだ。IS、そして武芸。だがIS ﹁と、言うと ﹁その、分からなくなっているんだ。私自身が何をしたいのかが﹂ 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1157 きだろうが、言う内容はしっかりと選ぶ必要がある。 ﹂ ? 俺だって何も考えずに武術やってたら、いつの間にか目標ができてた ? な表情をしているかは一夏には見えない。ただ、明るい顔はしていないのだろうなと 一夏の言葉に箒は俯きながらも頷く仕種を見せる。垂れた前髪に隠されて箒がどん ﹁⋮⋮それも、そうか﹂ いれば良いさ﹂ ようなもんだし。そう焦るもんでもないと思うぞ。やるべきことを、一生懸命にやって じゃないのか ﹁まぁそんな大したことじゃあないけどな。アレだよ、とにかく頑張ってみれば良いん ﹁助言 │けど、助言くらいはできる﹂ ﹁だから俺はお前のその質問に、はっきりとした答えを返してやることはできない。│ 一夏の言うことは紛れもなく正論、それは箒も十二分に分かっていた。 ﹁あぁ、それはその通りだ﹂ な﹂ ﹁だから俺がどうこう言うよりも、お前自身で何をしたいかを見つけるべきなんだろう それを一夏は言葉の始めとした。 ﹁はっきり言って、そいつはお前自身の問題だ﹂ 1158 思った。声にもどこかそんな感じのほの暗さがある。 ﹁休んでいる所を邪魔してしまったな。私は先に行くよ。余計な忠告かもしれんが、早 めに戻ると良いぞ﹂ それだけ言って箒は歩いていく。その背を一夏はただ黙って見送る。 千冬と箒への思い入れの強さを語っていたことを思い出す。だが││ るし、それ相応に交流もあった。そうして会うその都度その都度、まるで口癖のように そしてその全ての原因である箒の姉、篠ノ之束。一応幼少の頃よりの顔なじみではあ 情の一つや二つはしたくもなるというものだ。 ても箒の場合はこれまで心身双方で窮屈な生き方を強いられてきた。それを思えば同 勿論、双方の姉の人格の及ばない影響力という点での差異もあるが、それを差し引い その差が二人の境遇にどういった違いを生み出したのか。 当かつ高潔なことであり、箒の場合は姉がもはや破天荒そのものであるということだ。 十分に共感できる。ただ違いがあるとすれば、一夏の場合は姉の人格がまだ遥かに真っ 共に著名に過ぎる姉を持つという身の上だ。その弟妹であるがゆえの悩みは一夏も い念さえ抱く。 幼馴染の背を見送りつつ、考えるのはその姉のことだ。むしろ箒に対しては憐憫に近 ︵本当に、引っ掻き回してくれる人だな︶ 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1159 ︵あの人、それでも絶対に自分第一が来ているよなぁ︶ 束はまず第一に﹁自分﹂というものを何よりの優先に置いているのではないかと思う ことがある。確かに言葉通り、千冬も箒も大事にしているのだろう。だがそれはまず第 一に束が何より束本人という絶対を置いた強烈なまでの唯我の上にある感情なのでは ないか。 こうしてある程度物事に考えを巡らせる年頃になって改めて考えてみると、そうなの ではないかという思いが非常に強く感じる。 夏は部屋へと戻っていた。 ルメとビール︵ノンアル︶は部屋で楽しもう、そう思いつつゆったりとした足取りで一 もうそろそろ自分ら姉弟の部屋から他の生徒たちも失せている頃合いだ。残りのス る。 むと、残った未開封のスルメの袋とノンアルビールの缶を持って休憩スペースを後にす き缶を握りつぶす。そのまま空になったスルメの袋共々近くのゴミ箱に分けて放り込 誰もいない虚空に向けて呟き、すぐに意味のないことだと小さく鼻で笑うと一夏は空 ね、あの人は﹂ ﹁まったく、せっかくの遠出だっていうのに。もうちょっと自重をしてくれないもんか 1160 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1161 部屋に戻った一夏の目に飛び込んだのは壁にもたれて小さく寝息を立てている千冬 と、その周りに置かれた空のビール缶数本だった。 姉もせっかくの機会ということでそれなりに気分よく飲んだのだろう。それを考え て微笑を浮かべると一夏は後始末に取り掛かった。 まずは空き缶の処理。纏めて持って部屋の外にあるゴミ箱へと持っていく。空き缶 用のゴミ箱は廊下にしかないのだ。途中で見回りの途中らしき真耶と出くわし、手に 持っているビールの空き缶を見られた途端に一瞬真耶の目が険しくなったものの、千冬 のものであることを告げたらすぐに納得の様を呈した。 そして空き缶を片づけて部屋に戻った一夏は、出る前には壁にもたれかかっていた千 冬が畳に横たわっているのを見ると、その体に静かに布団を掛ける。本来ならばきちん と布団を敷いて、そこに寝かせるべきなのだろうが、そのために動かして起きたら本末 転倒だ。それに弟としての経験則で言えば、酔って寝入った千冬はさほど時間をおかず して一度起きる。多分今回もそうなるだろう。布団に放り込むのはそれからでも遅く は無い。 一しきり部屋の片づけを終えると、一部の僅かな照明を残して部屋の電気を消す。目 を凝らせば何とか室内が見渡せる程度まで暗くなった部屋を何にも躓くことなく滑ら かに歩くと、部屋の窓の傍へと歩み寄りそのままそこへ腰掛ける。 ﹁う∼ん、いいねぇ﹂ 文字通りの肴が無ければ口さびしく感じる辺りはまだまだなのだろうが。 もっとも、師のように飲み物単品だけでは物足りず、今も口にくわえたスルメのような せ、月を静謐に佇ませる無限に広がる夜空を眺めながらというのは中々に乙なものだ。 そう言っていた師の心、今ならば分かる気がした。確かに静かな空間で星々を煌めか なると言う。 たが、師曰く季節によって移り変わる景色と夜空の月や星、それらだけでも十分な肴に 子供ながらに料理の心得をそれなり以上に持っていた一夏は簡単なつまみを用意し だけという頃合いに師はよく邸宅の縁側で酒を飲んでいた。 らっていた。そんな日々の中、一日の稽古を終え夕食や風呂なども済ませ、あとは寝る 休みといった纏まった休暇には必ず師の下へと泊りがけで出向いて稽古を付けても ふと思い返すのは敬愛する師だ。数年前に弟子入りしてからというもの、夏休みや冬 星は中々に風情を感じる。 に向けて軽く掲げる。あいにくと満月ではないが、雲が殆ど無い夜空で輝く月と満天の 小声でそう言うと一夏は持ち帰ったビール︵ノンアル︶の缶を開け、窓から見える月 ﹁かんぱーい﹂ 1162 思えばIS学園に入学してからというもの、確かにそれなり以上に面白く充実さも感 じる日々ではあったが、同時に止むことのないある種の喧騒が常に付きまとっていた。 そこから解放され一人静かに夜の時を楽しむ。知らず、心に癒しのようなものを一夏は 感じていた。 ﹂ いる。それを見て思い出すのは昼間の一幕だ。 兎。満月ではないため一部が欠けているが、兎と判断するには十分なくらいに形は出て 蟹のように見えれば女性の顔のようにも見える。そしてここ、日本から見える形は え方が違う。 ぶ模様、本来は月面のクレーターだが地球上では模様に見えるソレは世界の各地域で見 そうして何気なく見上げた夜空、そこに浮かぶ月を見て思わず唸る。月の表面に浮か ﹁ん ? 不意に背後から千冬の声が掛けられる。 ﹁なんだ、暗い部屋で月見酒など。あいつの真似か ﹂ そうとするかのように、グイとビール︵ノンアル︶をあおる。 ない知人を思い出し、一夏は思わずため息を吐いていた。そうして沈んだ気分を紛らわ 招かれざる、とまでは言わないものの個人的感情で言えばできることなら歓迎したく ﹁はぁ⋮⋮﹂ 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1163 ? ﹁あぁ、起きたのか﹂ 少し寝入ったことである程度持ち直したのだろう。目を覚ました千冬は上半身だけ を起こして窓際の一夏を見ていた。 声を掛けられたことで千冬が起きたのを確認した一夏はすぐに立ち上がると、部屋の 端の方にどけられていたテーブルの上にあるティーセットの方へと歩いて行き、籠に 入った湯呑を取るとその隣に置かれていた水差しから水を一杯注いでそれを千冬に手 渡す。 ﹁すまんな﹂ ﹂ 水を受け取った千冬は一言、簡単な礼を言うと一息で飲み干し、大きく息を吐く。空 結構飲んだんだろ。明日もあるんだし、今夜は寝たらどうだ 千冬が手伝おうと立ち上がりかけるが、酔っ払いが下手に動くなと言ってそのまま座ら 言いながら一夏は部屋の襖を開け、中に畳まれている布団一式を出して敷いていく。 ﹁それもそっか﹂ ? になった湯呑を受け取った一夏は、それを再びテーブルの上に戻す。 ﹁布団、敷いとく ﹂ ? ﹁あぁ、分かっているさ。でなくば許しはせんよ﹂ ﹁一応言っとくけど、ノンアルだぜ ﹁そうだな、そうするとしようか。で、お前は私が寝ている横でまた月見酒か﹂ ? 1164 せ続ける。 別に布団を敷くのが不得手なわけではない。むしろそこいらの同年代連中よりは遥 ﹂ かに手際よくできる自信がある。伊達に留守がちな姉に代わり家の管理をしてきたわ 明日だって早いんだろう ? 一体束が何を企んでいるのか、未だ一夏には見当がつかない。だが、当人たちにとっ それも人目を忍んでなどという気遣いは欠片もせずにだ。 箒の誕生日当日、仮に昼間の彼女の言葉が正しいのであれば確実に明日行動を起こす。 昼間に会った束のこと、言うのであればこれが最後のチャンスになるだろう。明日は もぞもぞと動きながら再び寝入ろうとする千冬の背を見ながら、一夏は目を細めた。 ﹁⋮⋮﹂ ない千冬はやや足取りをふらつかせながらも言われた通りに布団へ潜ろうとする。 背を押して急かすように一夏は千冬を布団へ追い立てる。まだ酔いが抜けきってい ? けではない。 ﹁ほれ、布団敷いといたからさっさと寝たら ﹁で、人が寝ている横でまだ飲んでいると﹂ ﹂ ? ﹁分かってるって。ほら、休んだ休んだ﹂ ﹁ほどほどにしておけよ ﹁だって中身残ってるし﹂ 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1165 てはどうかは知らないが、高い確率で周りを騒がせるようなロクでもないことだろうと は予想できる。何しろ、昔から何かやらかすたびに大事にしていたからだ。 ﹂ ? ? ﹁え、あ、それは⋮⋮﹂ ていることを﹂ を楽しめているか、それが気がかりだったらしい。感謝しとけよ それだけ心配され まぁお前を気遣って敢えて何も言わず、私に報告しただけだがな。お前がこの臨海学校 か考え込んでいる様子だったが。私だけじゃない、山田先生も気付いてはいたぞ ﹁今日一日、いや正確には私がお前を外に追い立ててからだな。それからというもの、何 わず呆けていた。 布団に横たわり、自分に背を向けたままの千冬から不意に掛けられた言葉に一夏は思 ﹁え ﹁一夏、何を悩んでいる﹂ だった。 気が引ける。あるいは、もういっそどうにでもなれと諦めようかと思った直後のこと 分は更に良いに違いない。そこへ頭痛の種になるような要件を伝えるのは少しばかり 今の姉は酔ってそこそこに気分が良い状態だろう。そこから眠ろうというのだ。気 ︵さて、本当にどうしたものかねぇ︶ 1166 ? 言葉に詰まり、すぐに言い繕おうとしても無駄だと悟る。となればもう話してしまう べきなのだろうが、では今度はどう切り出すべきかと悩んでしまう。だが、その解決の 糸口は思わぬ方向からやってきた。 ﹁束か﹂ 何気なく千冬の口から呟かれた言葉に一夏は息を呑む。目立たない反応だが、一夏の ﹁っ⋮⋮﹂ 動揺を千冬に悟らせるには十分なものだった。 たし﹂ た ﹂ ﹁なに ? 互いに状況は既に把握済み、となれば余計な説明など不要だ。必要なことのみをただ ? 篠ノ之もだと││いや、考えればそれも当然か。一夏、お前はそれをいつ知っ ﹁てことは、俺が知らされたのはドンケツってことか。箒も前々から知っていた風だっ に直接電話で言ってきた﹂ ﹁明日の篠ノ之の誕生日、確実に束は何か行動を起こすだろうよ。あいつめ、少し前に私 もしやと言うような一夏に千冬は横になったまま頷く。 ﹁﹃も﹄ってことは、姉貴﹂ ﹁そうか。もしやと思っていたが、やはりお前にもか﹂ 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1167 伝えるだけで事足りる。 ﹁姉貴、あの人は箒に誕生日のプレゼントをくれたやるつもりだって言ってた。一体、何 た一夏は、昼間より気になっていたことを千冬に聞くことにした。 フンと鼻を鳴らす千冬に、それもそうかと一夏はどこか納得していた。そして納得し ﹁でなければ、アレと付き合ってなどられん﹂ ﹁すっぱり割り切ってるのなぁ﹂ からな。無駄だ無駄。今更どうこうしたところであいつは止められんよ﹂ 付いたらあいつの起こした騒動に火消しに奔走していたということなど幾らでもある そうさ。奴を相手にするのであれば、ほぼ常に後手に回ることになる。私だって、気が ﹁その通りなのだがな、実は何も考えていない。というより、考えるだけ無駄だ。昔から あないだろう﹂ ﹁で、どうするつもりだよ。あの人は、白昼堂々人様の前に早々ツラ出せるような人じゃ ても今更か⋮⋮﹂ ﹁そうか。しかし、既にここまで来ているか⋮⋮。いや、あいつの行動パターンなど考え と﹂ ちょうど昼間に直接会ったばかりで、明日のことを聞いていたから、こりゃあ当たりだ ﹁さっき、部屋に戻る前に。箒とバッタリ会ってな。そこであの人の話題が出たからよ。 1168 なのか分かるか ﹁⋮⋮さてな﹂ ﹂ そうか、とだけ言って頷くだけだった。 の予想は立てられるが、所詮は確証の無い憶測でしかない。ゆえに何も追及はしない。 答える直前の僅かな間、それが何を意味するかは一夏には分からない。﹁何となく﹂で ? 驚く者が殆どだろう。常の二人の立ち居振る舞い、言葉からは想像しにくい穏やかさに 交わされるおやすみの言葉、学園の教師や生徒たちがこれを聞けば程度に差はあれど ﹁あぁ。おやすみ、姉貴﹂ み﹂ ﹁そういうことだ。││じゃあ、私はもう寝るぞ。お前もあまり遅くなるなよ。おやす い、でもってさっさと引き上げれば良い﹂ ﹁そっか⋮⋮。いや、確かに姉貴の言う通りだよな。確かに、やることやればそれで終 のだよ﹂ ことだ。本来の目的やすべきことを見失いさえしなければ何とかなるさ。そういうも しっかり学んで、私たち教師はそれを滞りなく進め、この臨海学校を無事に終わらせる が、私たちがここに来た目的に変わりは無い。お前は、お前たち生徒は学ぶべきことを ﹁いずれにせよ、今の私はIS学園の教員で、お前はその生徒だ。誰が来て何をしよう 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1169 満ちていたものだったからだ。 そ し て 静 か に 寝 息 を 立 て て 寝 入 っ て い く 姉 を 一 夏 は 穏 や か な 眼 差 し で 見 つ め る と、 打って変わって苦笑と共に小さなため息を漏らす。 う限定空間ではない開放された空間という、常とは違う状況でのIS運用をこれまでの この日の予定は日中のほぼ全てをISの実機を用いた訓練に当てる。アリーナとい そして夜が明けて臨海学校の二日目が始まる。 明かりは、まるでそこに住まう兎が笑っているかのような趣きを醸し出していた。 そう不敵な笑みと共に言うと、一夏は缶の中身を一気に飲み干す。その姿を照らす月 ﹁加減無用だ。楽しませてみろ﹂ に、それを象徴する一人の女性へと宣言するかのような姿だった。 持つと、窓から見える月に向かってソレを掲げた。その姿はまるで月に映しだされた兎 言って、一夏は再び窓際へと戻り腰を下ろす。飲みかけのビール︵ノンアル︶の缶を ﹁確かに、あの人相手なら今更だよなぁ。良いさ、来るなら勝手に来れば良い﹂ 1170 授業では用いなかった装備と共にひたすら学んでいくのだ。 そして、専用機を持った生徒は別としてそれぞれの母国より送られた試作装備の稼働 テストや、そのデータ収集を行う。それが、本来のこの日の予定だった。 だが、この本来の日程の消化のために海岸へと集まった者達は、生徒教師皆一様に驚 場 ! 私が篠ノ之束だよー ! ﹂ きに思考が支配されていた。その原因は全員が海岸に集合し終えた直後に現れた一人 登 ! ! の人物の存在だった。 世紀の大天才が大 ! ながらまるで睨むかのように旧知の人物を見続けていた。 そして一夏は、千冬や箒とは更に離れた場所で静かに、しかし眉間に小さな皺を作り は何かに迷うような、緊張の面持ちで姉を見つめている。 そこにあった。その姿を千冬はいつも通りの鉄面皮を貫いたまま見つめる。実妹の箒 周囲の様子など気に留める様子を欠片も見せずに、高らかに名乗りを上げる束の姿が ﹁じゃんじゃじゃーん 第二十九話 夏だ! 海だ! 水着だ! 筋肉だ! 1171 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 臨海学校の二日目は早朝からスケジュール詰めになっている。 早朝の起床の後に少しの時間を置いて早々に朝食、そしてまた少々の準備の時間を 取ったら生徒一同揃って海岸へ向かうという運びだ。 それ急げやスタコラとISスーツに身を包んだ全員が海岸に向かってみれば、そこに は既に学園がスタッフが直接装備するという、極めて安直かつある意味で堅実な手で輸 送してきた訓練機のラファールと打鉄が数機ずつ、そして今回の訓練で使う装備が用意 されている。 離れた一角に目を向ければ、そこには各専用機持ち、及びその機体を担当する各国の 技術者たちが、これまた試験運用のための装備を引っ提げて待ち構えているという状況 だ。ちなみに、技術者は技術者同士で面識があったり、あるいは何がしかの媒体から名 を聞いているのかやらで意見交換や討論めいたことを始めたりしている。 ﹁⋮⋮﹂ 1172 準備の一通りを終え、指示を受ければすぐにでも白式を展開して行動ができる用意を 整えた一夏は腕を組みながら口を真一文字に結んでいた。眉間に僅かに皺を寄せた視 線は、正面ではなく横の方を向いている。 専用機持ちは各自別々のプログラムが組まれており、一度他の生徒たちとは離れた場 所 で 集 合 を す る こ と に な っ て い る。離 れ て い る と 言 っ て も 専 用 機 持 ち と そ れ 以 外 の 面々の間の距離は互いに互いを視認できるくらいのものだが、この物理的距離がそのま ま立場の違いを示しているかのような様相を呈していた。 セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、一夏。一年生の専用機持ち六名が千冬の 指示の下、横一列に並んでいる。だが、列に並んでいる者がもう一人、この場に居た。 いるものだった。 不意に一夏が口を開く。千冬に向けられたその言葉は何かの予想を、確信と共にして ﹁姉││織斑先生、まさかとは思うけど﹂ ことが、彼女らの疑問を更に深めていた。 かべている。そしてこの場の面々の監督を預かっている千冬が認めている様子である 何故箒がこの列に並んでいるのか。一夏を除いた五人が一様に疑問符を頭の上に浮 一夏同様沈黙を保ったまま、しかし表情には緊張を湛えた箒がそこに居た。 ﹁⋮⋮﹂ 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1173 ﹁あぁ、そのまさかだ﹂ 頷き肯定した千冬に一夏は何も言わず、ただ眉根の皺を深めるだけだった。そして再 ﹂ び箒へと視線を向ける。 ﹁箒、本気か ﹂ ? ﹁あの、お三方だけで納得をされても困りますわ。わたくしたちにも状況の説明を求め が口を開いた。 そして、いい加減事情を説明されないままでいることに業を煮やしたのか、セシリア 外すと、元居た場所に戻り列に並びなおす。 おおよそを察した一夏はもう聞くことは無いというかのようにフイと箒から視線を ﹁そうか﹂ にかするために打てる手を打った。それだけだ﹂ ﹁⋮⋮私なりに、ここで、一夏達と、皆とやっていく中で、私に必要なもの、それをどう ても良いか ﹁まぁ、それがお前の選んだ道って言うなら俺は何も言わないさ。けど、何でかは、聞い れてはいない。 一夏の問いかけに箒は一言答えて頷くだけだった。依然、他の面々は状況を把握しき ﹁⋮⋮あぁ﹂ ? 1174 ます﹂ セシリアの意見に賛成するように、彼女の言葉に続いて残る四人が一斉に頷く。それ に答えるため口を開いたのは、それが誰よりも早いのは彼女らにとっても予想外なこと に一夏だった。 る。だが箒は専用機を持っていない。じゃあ何故ここにいるのか、これから手に入れる ﹁簡単なことだ。今ここに集まっているのは一年の専用機持ち。そしてその中に箒が居 んだよ、専用機を﹂ ﹄ !? いる。 ? を箒が手で制し、自分から言い出そうとする。 いう点では彼女が特に高かったかと思い出しながら、一夏は答えようとする。だがそれ はあるが、やはり疑念や驚愕は隠しきれていない。思えば専用機を持つことへの意識と 代表して問うのはまたしてもセシリアだった。下手な藪蛇を突くまいと慎重な声で ﹁な、なぜ、篠ノ之さんが専用機を⋮⋮ ﹂ 当然の反応かと、想像に容易いだけに一夏はこの反応をさも当然のように受け止めて の表情を浮かべる。 その言葉に五人が、そして彼女ら同様にようやく理由を把握した真耶も、一様に驚愕 ﹃っ 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1175 ﹁実は││﹂ だが言いかけた所で箒の言葉が途切れる。誰かを呼ぶような声が遠くから、この場の ﹂ 全員の耳に入ってきていた。その声が聞こえる方向を全員が一斉に向いたのだ。 ﹁ちーーーーーーちゃーーーーーーーん ﹁ちーちゃんヤッホー とうっ ﹂ ! ﹁ふんっ﹂ !? ヨヨヨと泣く真似をしながら束がゆっくりと立ち上がる。だが言葉の割には衣服の ﹁う、うぅ⋮⋮相変わらずちーちゃんのラヴが痛すぎるんだよぉ⋮⋮﹂ 外の面々が絶句するが、千冬は知ったことではないと言わんばかりに堂々としている。 がらその場に倒れ落ちる束の姿と、いきなり容赦のない一撃を放った千冬に一夏と箒以 空中から迫る束に千冬が容赦のないラリアットを見舞っていた。うめき声を上げな ﹁ゲフゥッ ﹂ 駆けてきた束は千冬に抱きつこうとしたのか跳躍をする。だが││ !! 駆けてくる人物、それは昨日一夏が遭遇した篠ノ之束その人であった。 せ、一夏はため息を吐きながら項垂れる。 てくる人影があった。それが誰なのか、分かった瞬間に千冬と箒は僅かに表情を強張ら 底抜けの、それこそ能天気とも言える程に明るさを持った声と共に一夏らの方へ掛け !!!! 1176 汚れを払う余裕を見せており、目立った外傷もどこにもなく無傷そのもの。間違いなく 千冬の容赦ない一撃を受けたにも関わらずピンピンとしている様に、再び一同は驚きを 顔に浮かべる。 ﹁気にするな、いつものことだよ﹂ フォローをするつもりなのか、一夏が言う。だが一夏本人も言った後に、 ﹁俺も見るの ﹂ は数年ぶりの光景だけどな﹂と付け加えて僅かに目を細める。 こちらの女性は一体 ? ? 意味するところを理解した瞬間、先ほど以上の驚愕と、緊迫がこの場の全員の表情に現 一夏が言いきるより先に箒が一言そう言った。姉さん、篠ノ之箒が発するその言葉が ﹁姉さんだ﹂ ﹁このみょうちきりんな格好をした人はだな││﹂ 問に答えようとする。 一人自分を納得させるように言ってから一夏は一度咳払いをし、改めてセシリアの質 まりメディアに出たりしなかったからな。仕方ないか﹂ ﹁なんだオルコット、お前候補生なんてやってながら知らなかったのかよ。あぁでも、あ だが聞かれた一夏は意外だと言うように目を丸くする。 突 然 の 乱 入 者 に 未 だ 困 惑 か ら 抜 け 出 し き れ ず に い な が ら も セ シ リ ア が 聞 い て く る。 ﹁あ、あの、織斑さん 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1177 れた。 ﹂ ? ﹂ ? ﹁悪い、当面静かにしていてくれ。というか、何もするな﹂ 渡し、何もするなと言うように首を横に振る。 そして並んだ五人と、数歩離れた場所でやはり緊張の面持ちを浮かべている真耶を見 する鈴だったが、更にそれを阻むように一夏が鈴の前に立つ。 手をする千冬の方に箒は無言で歩いて行く。それを思わず止めようと手を伸ばそうと 未だハイテンションなまま捲し立てる束と、それをややしかめっ面を浮かべながら相 ﹁⋮⋮﹂ するがために知っていた陰の評を、それぞれ呟く。 ラウラが公に知られている篠ノ之束という人間の評を、簪が﹁更識﹂という一族に属 ﹁時の日本政府の最大の頭痛の種、ね⋮⋮﹂ ﹁ISの、その全ての生みの親⋮⋮﹂ 慄するようにセシリア、鈴、シャルロットが言葉を漏らす。 今自分たちの目の前に居る人物、その人がそこにいるということが信じられないと戦 ﹁篠ノ之束博士⋮⋮ ﹁ちょ、ちょっと待ちなさいよ。それって⋮⋮﹂ ﹁篠ノ之さんの、お姉さま⋮⋮ 1178 ﹁ちょ、どういうことよ﹂ 箒が自分たちにロクに何も言わないまま何かをしようとしている、直感的にだがそこ に良くないナニカを感じ取ったために咄嗟に止めようとしたのだが、それを有無を言わ さないと言うように阻む一夏に鈴が訝しむ。 だが、六人を見回して首を横に振った一夏の表情はあまりにも真剣で、逆に鈴達の方 が慎重な雰囲気にさせられるほどだった。 かせようとする。変に騒ぎを大きくしないようにと配慮しているのが伺えるあたり、教 それを千冬が一喝と共に制し、そこでようやく我に返った教師陣も生徒たちを落ち着 困惑が驚きと共に湧き出ているのがこちら側まで聞こえるどよめきで分かった。 と一夏はあたりをつける。だが、乱入者の正体がかの篠ノ之束と分かったことで一層の 大方その辺りを解消するために身分を明らかにしろと、千冬にでも言われたのだろう 者に戸惑っているのだ。 場の面々はまだしも、離れた場所で待機している他の生徒や教員らは未だに突然の乱入 そこで一夏らの背後で高らかに自分の名前を張り上げる束の声が耳朶を打つ。この ﹁あぁ、それは約束する﹂ りに、納得のいく説明を求めるぞ﹂ ﹁織斑、当然だが私たちはお前が私たちを止めた理由を知りたいと思っている。それな 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1179 師たちは既に状況をそれなりに呑みこめているらしい。 ノ ヒ ト ﹂ ? るより、ある程度進んで先も予想できる頃合いになってから対応をした方が良いのさ﹂ りに付き合いがある方だ。だから言える。下手に動いてこっちから状況をどうにかす いたくなることまで、範囲も種類も色々さ。一応、姉貴にくっついてあの人とはそれな とからご近所一体巻き込むはちゃめちゃ、これは一体どこのギャグ漫画の世界だよと言 ﹁あの人が動くってことは確実に何かしらがある。それこそちょっと騒がしい程度のこ 揚に頷く。 ラウラの指摘は一夏にとっても我が意を得たりと言えるものであり、その通りだと鷹 くのか経過を観察すべきと、そう言いたいのか ﹁つまり織斑、お前はそのある程度まとまった流れをそのままにして、どのように事が動 と無茶苦茶で強引ではあるけど、ある程度まとまった筋書の上にあると言える﹂ の所は篠ノ之束の想定している通りな流れだと思うんだよね。そういう点では、ちょっ ア ﹁それ言われたらどうしようもないんだけどさ、これもどう言うべきか。少なくとも、今 至極尤もな鈴の指摘に一夏も反論のしようがないのか、腕を組んでウンウンと頷く。 ﹁いやいやアンタ、今この時点で十二分に面倒くさいことになってると思うんだけど﹂ 言うならあまり状況を面倒くさくしたくないからとでも言うのかな﹂ ﹁││話が途切れたな。理由だけどさ、実はまだ上手く言葉にしにくいんだけど、強いて 1180 ﹁けど織斑くん、もう先の予想はできるんじゃないのかな﹂ わ た し た ち 簪がクイと眼鏡を持ち上げながら言う。 も篠ノ之さんの身内﹂ ﹁専用機持ちが居る場所に篠ノ之さんが居る。そして出てきたのはISの開発者、しか だ。姉から妹に誕生日プレゼント、それが専用機ってことなんだろう﹂ ﹁あぁうん。そのくらいはね、十二分に予想できるんだよ。││今日は、箒の誕生日なん 何気ないことのように箒が束から専用機を受け取ることになるという事実を告げる 一夏に、各々ある程度の予想はできていたのか、表情を僅かに強張らせながらも冷静に 受け止めている。それを一夏は僅かに目を細めながら見る。 だった。 言葉の最後は誰に向けたものでもなく、一夏自身が自嘲するかのような皮肉気なもの あぁ、参ったね。この臨海学校、本当に一荒れするかなぁ⋮⋮﹂ く る。専 用 機 を 箒 に 渡 す、こ れ が 楽 に 想 像 で き た こ と っ て い う な ら、ま だ 何 か あ る。 ﹁少なくとも俺の経験から言えば、あの人のやることは大体こっちの予想を飛び越えて にこの上まだ何かあるのかと表情の緊張は解けない。 IS開発者から直々に専用機を手渡される。それだけでも十二分に大事だと言うの ﹁だが、さっきも言ったようにこの程度は十分に予想の範疇だ。問題はここから﹂ 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1181 ﹂ !! セーット、アーップッッ ! ! ﹂ さんが腕によりをかけて、箒ちゃんのためだけに作ったワンオフのハイエンドIS その名を、﹃紅椿﹄ ! ! に鮮やかな紅色に染め上げられた一機のISだった。 そしてカプセルが開く。白色の煙を吐き出しながら中から現れたのは、カプセル同様 ていた。 きのソレに酷似していることに気付いた一夏は、流石は篠ノ之束かと思わず内心で唸っ のような大型の物体が顕現する。その直前の発光現象がISの量子展開が行われると 言葉と共に束がパチンと指を鳴らす。直後、何もなかった砂浜の上に紅色のカプセル ! ﹁ハッピーバスデー箒ちゃん これがお姉ちゃんからの誕生日プレゼント この束 ていた。 把握しているのか、視線が一斉にこちら側に向いているのを一夏はヒシヒシと感じ取っ の頃になると更に離れた場所に立つ他大勢の生徒たち、教員たちも凡その状況、事情を 離れた所から束の声が届く。おそらくは箒に渡すISの準備が整ったのだろう。こ ﹁準備カンリョー 1182 ? ているのだ。 ﹁そういえば、俺たちは何をするか知っているか ﹂ 専用機の開発元が同じ企業であるためにこうして簪と共に指定された場所へと向かっ 徒たちは各々の本来のスケジュールをこなすこととなった。それは一夏も同じであり、 た箒は束直々の最終調整に取り掛かることとなり、その間に他の専用機持ち達や一般生 隣を歩く簪の言葉に一夏はさもありなんと頷く。束が持ち込んだ紅椿、それを受領し て何かしらは思う﹂ ﹁あれで何も思わない人はISの業界には居ない。受け止め方の差はあっても、誰だっ ぞ﹂ ﹁しかし、よもや第四世代と来るとはなぁ。みんな頭ぶん殴られたような顔をしていた 砂浜を歩きながら一夏は一人ごちる。 ﹁﹃紅椿﹄、箒の専用機か﹂ 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1183 ﹁確か、新装備を間に合わせられたのは私の打鉄の方だけだって。だから、君は普通に性 能検証だと思う。あ、そういえば担当者たちのチーフは川崎さんみたい﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? 代表。あとは基本的に代表候補生からの選抜。ISを持っている各国それぞれで、本当 ﹁専用機を与えられるのは、まず第一に各国でその国の最優のパイロットとされる国家 ﹁と、言うと ﹁ISを乗りこなせるかどうかなんて些末なこと。問題は周り﹂ ことを指摘され、一夏は首を傾げる。 箒を案ずるような簪の言葉に頷く一夏だが、自分の考えと簪の考えに食い違いがある え ﹁あぁ、いきなり凄いISをポンと渡されてな。上手く扱えるのやら ﹁そうじゃない﹂ ﹁⋮⋮けど、篠ノ之さんも大変だね﹂ りがたさを分かっているだけに揃って二人はしみじみと頷く。 このような状況下で確かな腕を持った信用のおける人間の助力が得られる。そのあ から﹂ ﹁それは同感。あの人、本来の担当は白式だけど、私の打鉄の時にも色々お世話になった ありがたい﹂ ﹁お、マジで そりゃありがたいな。やっぱ信用のおける知り合いがいてくれるのは 1184 に一人握りだけが専用機を、その所持資格を持てる。 当然だけど、そのためにはそれだけの知識や技術とかが必要。それを国に認められた からこそ、私も、さっき別れた皆も専用機を持っている。そして国に認められたからこ そ、他の周りの人たちも認めている﹂ そこまで聞いた時点で一夏は簪が言わんとすることにあたりをつけるが、あえて沈黙 を続け言葉の続きを待つ。 それを考えれば、一夏を除くIS学園に在籍する専用機持ち達は正しく国家に信を受 る。 だけで大半がふるい落とされ、更に実際に機体を持てるか否かでまたふるい落とされ けて実際に専用機を持てる者は更に限られる。複数居る候補生たちの中から、まず資格 だが、その中で専用機の所持資格を、さらに国家、あるいは企業のバックアップを受 する場合もある。 国家の規模が大きければ﹁国家代表候補生﹂という肩書きだけを持つ者が数十人と存在 例 え ば 代 表 候 補 生。国 家 代 表 は 各 国 に 一 人 し か い な い。だ が 候 補 生 は 複 数 名 居 る。 やっかみだってある﹂ 専用機持ちは誰からも認められて専用機持ちでいられる。││けど、やっぱり嫉妬や ﹁君の場合は、凄く特殊なケース。でも、特殊だからある意味認められている。つまり、 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1185 けた、各々の国のIS界の将来を背負って立つことになるだろう期待の星だ。だが、そ うして輝く者達を、ふるい落とされたためにそこへ至れなかった者達はどう思うだろう か。 その能力が認められているからこそ選ばれた、その理屈については何ら疑問を挟む余 地が無い。だが、理屈では分かっていても感情ではどうともし難いことが往々にしてあ るのが人間だ。例え誰もが認めていようと、その陰に確かに嫉妬やなどの怨嗟に近い負 の想いはあるのだ。 た し た ち いきなり文字通りの最新型を専用機として受領したのだ。面白く思わない者など居な で専用機持ち足るとして認められるような実績を上げたわけではない。だというのに、 用して手に入れたことへの周囲からの風当たりだ。まさしく先の言葉通り、箒はこれま 彼女が危惧したのは箒が専用機を、少々乱暴な言い方をしてしまえば身内のコネを利 がらの苛立ちに近いものが含まれていた。 簪自身も箒の専用機のアレコレについて思うところがあるのだろう。声には僅かな Sよりも最新型なものをあっさりと貰った。そんな理不尽、認める方が少ない﹂ 大きく欠けている。なのに、ただ身内だからって理由で専用機を、それも現行のどのI でもない。そもそも候補生ですらない。悪いけど、専用機持ちに求められるものが全て わ ﹁けど篠ノ之さんは違う。何か功績を立てたわけでもない。際立った能力を示したわけ 1186 いわけがない。現に、箒が新型機を専用機として受け取ったということを知った一般生 徒 た ち の 輪 か ら は そ の こ と へ の 不 満 に 近 い 声 が 散 発 的 な が ら も 確 か に 上 が っ て い た。 それ自体は束の一声で収まったものの、内心で燻る不満は消えることは無いだろう。 ﹁イジメとか、なきゃいいのだがね⋮⋮﹂ そのあたり男よりも女の方がやり口はおっかないものと知っているため、さすがの一 夏も幼馴染を案じずにはいられない。 彼自身は、親友の片割れが下手なイジメよりもはるかに陰湿かつ外道非道極まりない 手法を平然と取ったり、そもそも彼自身にしても自分にそうした火の粉が掛かるならば 全て力ずくでねじ伏せるなどという主義だったりするために、そうした問題には少々縁 遠かったりするが、やはり気になると言えば気になる。 ﹂ ? ス以上に必要とされる知識とかを覚えるとか。あとは、ちょっと一足飛びなやり方だけ ﹁私たち一年の専用機持ち全員に勝って、あとは最低限専用機持ち、ひいては候補生クラ ﹁成果、ね。例えば 応しいと、みんなが認めるような成果を出せば、多分心配はいらない﹂ ﹁けど、手が無いわけじゃない。篠ノ之さんは今の所順序が逆なだけ。専用機持ちに相 至極尤もな簪の言葉には一夏も頷くしかない。 ﹁そうだね。けど、それは篠ノ之さんが頑張るしかない﹂ 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1187 ヒーロー ど、何か大きな事件の解決の立役者、つまりはみんなの憧れの偶像になること﹂ ﹂ ? が彼のISに相応しいと見せつけるか。 か るのか、あるいは纏わりつくしがらみやら風評やらを実力で以って跳ね除け、自分こそ ただの姉の七光りに甘んじ、性能が優れているISを持っているということだけに縋 は彼女次第﹂ ﹁ただ、いずれにせよ篠ノ之さん自身のスキルアップは必須。結局、これからどうなるか もそれ以上をとやかく言わない。 バッサリと切り捨てるような一夏の言葉だが、実際に事実を言い当てているために簪 ﹁する意味も無い﹂ ﹁君も意外に容赦がないよね﹂ ﹁つまり張りぼてということか﹂ ていなくても多少はごまかしが効く﹂ 果を挙げたっていうその瞬間の事実を殊更に強調するから、例え本来必要なものが足り ﹁別に難しい話じゃない。先に言った、成果を挙げるっていうこと。ただ、この場合は成 な顔つきだった。 飛び出た単語の予想外さに思わず一夏は聞き返す。だが、言った簪本人は至極真面目 ﹁ヒーロー 1188 果たしてどちらの道を行くのだろうと、一夏は幼馴染の先を想う。だが願わくば後者 であって欲しい。曲がりなりにも古馴染み、自分に比較的近しい人間だ。そんな人物が より高みへと昇って行くことは、一夏自身にとっても良い刺激になる。そうして互いに 上り詰める所まで達した末にこの手で以って││ 不意に一夏の足が止まる。突然歩みを止めた彼に、簪も振り返りながら怪訝そうな顔 ﹁││っ﹂ をする。 ﹂ ? 首を振って自身に冷静を促す。 ︵環境が変わって、柄にもなくハイになっちまったか。全く、自重自重っと︶ 彼は理解していた。そして馬鹿馬鹿しいと胸中で吐き捨てる。 本能的な働きがそれ以上の思考の進行を止めたが、自分が何を思いかけていたのか、 ︵俺は今、何を考えた⋮⋮︶ が、やがて何事も無かったかのように視線を前へと戻す。 明をしながら一夏は再び歩き出す。再び隣を歩く一夏、その横顔をしばし見つめる簪だ 気が付いたら立ち止まっていたと、言った自身でさえ説明になっていないと分かる説 ﹁いや⋮⋮何でもない﹂ ﹁どうしたの 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1189 ﹁俺らも、ウカウカはしていられないな﹂ 専用機持ちの先達としてかくあるべきと、己に言い聞かせるような一夏の言葉には簪 も概ね同意なのか肯定の頷きで返す。だが、その言葉が本当にそれだけの理由で発せら れたのか。あるいは直前の自身の思考を脇へ追いやるために無意識のうちに発してい たのか。その疑念を一夏が抱くことは無かった。 待機していた倉持技研から派遣された技術者たちの下へ着いた一夏と簪は、そのまま ﹂ 各々の担当者の方へ向かい別れる運びとなった。ここまで来れば後は当初の予定通り にスケジュールをこなしていくだけである。 ﹁織斑さん、先ほどの機動テストの結果ですが││﹂ ﹁ほむほむ、これは前より良くなってると見て良いので ﹁現在白式に搭載した後の宿儺の稼働データを基としてシステムのバージョンアッププ 白式担当の川崎が言葉を交わす。 パネルに表示されたデータを見ながら一夏と、既に一夏にとってはお馴染みとなった 改善されていますね﹂ ﹁はい。やはり宿儺の搭載が大きいようですね。飛行機動時のエネルギー消費がだいぶ ? 1190 ランも進めているのですが、それを実装した際には更なる改善が見込めますね﹂ ﹁へぇ、そりゃあ﹂ セカンド・シフト まだまだ機体に進化の余地があるという事実の再認識に一夏も頬を緩ませる。 ﹁まだまだこんなものじゃあ無いですよ。白式にはまだ二次移行も残っています。それ がいつなのかは我々も把握しかねる所ですが、それが為されれば更なる機能の向上は見 込めると言って良いでしょう﹂ ﹂ 斑さんのお姉さんのISもそうだったんですよ ? まで言われている。 た戦闘能力は今もなお世界に存在するIS、IS乗り達を相手にして無双の域にあると ﹁零落白夜﹂と、今もなおIS乗り達の間で語り継がれる千冬の実力、それらが合わさっ 第一世代とされていながらも、二次移行を果たした後に発言した単一固有能力である ワ ン オ フ・ア ビ リ テ ィ に、最初期の日本国専属操縦者として登録された千冬の専用ISだった機体だ。 ﹃暮桜﹄、未だISの各国への浸透率や技術の進度が大きくないものであった黎明期 ﹂ ﹁姉貴のってことは、あの﹃暮桜﹄でしたっけ ? ﹁えぇ。ISの業界全体で見れば圧倒的少数ですが、発現例自体は幾つもあります。織 起こすっていうISの進化でしたか﹂ ﹁二次移行、確か専用機よして設定されたIS、中でも特に練度を積んだ機体がたま∼に 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1191 ﹁暮桜は防衛省の技研を中心として政府主導で開発が行われましたが、倉持も色々関わ ら せ て 貰 い ま し て ね。そ の 時 の ノ ウ ハ ウ が 打 鉄 や 白 式 に 活 か さ れ て い る わ け で す が。 いやぁ、我々も機体しているのですよ。現行で稼働している専用機が二機、しかも乗り 手は双方ともに有望株。あるいは両方とも二次移行をするのではと期待が高まってい ましてね﹂ ﹂ ? ﹁いや、すぐ近くには篠ノ之束と、その謹製の最新鋭機があるっていうのにみんな落ち着 不意に呟かれた一夏の言葉に川崎がその意図を問う。 ﹁と、言いますと ﹁それにしても意外ですね﹂ 種データを取るだけである。 ちなみに今回、白式に新装備の類はなく、一夏がやることと言えば延々飛び回って各 規模としてラウラのレーゲンに搭載されているレールガン級のものなのだろう。 した海水による水蒸気が立ち上る。おそらくはセシリアのISと同じ光学兵装、ただし ニット、砲のようなソレから光条が奔ったかと思うと、離れた海面に大きな水柱と蒸発 装備らしき物のテストをしているところだった。簪の打鉄に装着された見慣れないユ チラリと一夏は視線を動かす。その先ではまた別の技術者達を侍らせながら簪が新 ﹁いやぁ、そこまで期待されると、ちと気恥ずかしいんですけどね﹂ 1192 いていると言うか、もっとそわそわしてるもんだと思ったんで﹂ ﹁あぁ、そういうことですか﹂ すぐに一夏の言いたいことを把握した川崎は納得したように頷く。 質もあるのだろうがいつも通りの静かな眼差しで見極めるように紅椿を眺めるだけ を震わせながら呟いていた。そしてもっとも平静を保っていたのが簪であり、彼女の気 作れてないのに⋮⋮。いきなり第四だなんて、こんなのじゃ満足できないよ⋮⋮﹂と肩 であることにやはり思うところがあるようで、俯きながら﹁ウチだってまだ第三世代を シャルロットは故国、ひいては自分の居所と言える会社が未だ開発が第二世代止まり うとしながらも戦慄を禁じ得ない風だった。 て唖然とし、ラウラは僅かに眉間に皺を寄せて紅椿を睨み付け、セシリアも驚愕を隠そ 第四世代型IS、それを聞いた面々の反応は様々だった。鈴や真耶は口を半開きにし 級生たちの反応を思い出しながら思う。 下げる。このあたり、積み重ねてきた年の功の差と言うべきなのだろうなと、一夏は同 胸を張るようにきっぱりと言い切るその姿に、一夏も感服したと言うように軽く頭を けじゃありませんよ。すべき仕事は確実にこなす。それがプロというものです﹂ 興味が無いと言えば嘘になりますが、それで本来の仕事に支障をきたすほど我々も間抜 ﹁仰ることはごもっともです。ISの開発者、そしてその開発者が直接手掛けた新型機。 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1193 だった。 ﹂ ? ﹁我々に、織斑さんにできることと言えば、何かあった時に最良の結果を出せるよう常に も良いとは思うが、そもそも助力できることがないのであればどうしようもない。 曲がりなりにも古馴染みだ。助力できることがあるならば、可能な範囲でしてやって ﹁⋮⋮そうですね﹂ どうしようもない﹂ ﹁とは言え、それも結局は篠ノ之嬢ご自身の問題です。我々では、それこそ織斑さんでも 棄した一夏は適当な調子でそんな感想を漏らす。 一体どれほど面倒なのか、考え始めてコンマ五秒でそのややこしさに考えることを放 ﹁ウワータイヘンダー﹂ 属先を巡って、下手をすれば織斑さん以上に荒れに荒れるでしょうね﹂ わけでもなし、ISにしても開発者自ら手掛けたという、どの国にも属さない機体。帰 ﹁はい。それもありますが、何しろ篠ノ之嬢はどこかの国の候補生として所属している ですか ﹁さっき、更識とも話したんですけど、いきなり専用機をもらったことへのやっかみとか 少々気がかりではありますね﹂ ﹁ただ、その新型を受け取った篠ノ之箒さんでしたか。一個人として言わせて頂くと、 1194 できることを尽くす、そこに尽きるのでしょうね﹂ ﹁ごもっとも﹂ 至極真っ当な川崎の言葉に一夏は肩を竦める。そしてスケジュールの続きを消化し ようと動き出した時だ。一夏が肩に引っ掛けていた鞄からアラーム音のような音が鳴 り響いていた。 失礼、と一言だけ断ってから一夏は鞄を開け、音の出どころである学園生徒用の端末 を取り出す。タッチパネル式のソレを少し操作し、そこにあった内容を読み取った瞬 間、一夏の表情に険しさが宿る。 それを見て瞬時に只事では無いと判断した川崎は、自身も自前の端末で同行した倉持 の技術者、今現在は簪の担当に着いている者に連絡を取る。案の定、簪の方にも連絡の 類が行っていたらしい。 葉に、一夏もその通りと言うように頷いてから口を開いた。 だが、一応の義務として可能な範囲で事の把握をしようとする。問いかけるような言 ﹁何か、あったようですね﹂ う。異論を挟む余地はどこにも無いために川崎もすぐに頷いて了承の返答とする。 伺うような調子はどこにも見られない、それが決定事項だと断じるように一夏は言 ﹁すみません、川崎さん。ちょっとスケジュールは中断です﹂ 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1195 に面白そうな存在も現れたわけではあるが、当面そちらは成り行きを見守ることにす 尤も、数か月前にその﹁本物﹂と﹁どうでもいいその他﹂のどちらにも属さない、中々 有象無象、木偶の組み合わせなど、歯牙に掛ける必要も感じない。 組のみ。親友と実妹、そして自身が手がけたIS。この組み合わせだけだ。それ以外の なっては世界のあちこちに拡散したソレだが、開発者として真実認められるのはただ二 同 時 に 思 う。こ れ こ そ が 本 物 だ と。I S と、そ の I S を 駆 る こ と が で き る 女。今 と いるだけで自然と頬が綻んでくる。 いできた妹が、自分が丹精込めて作り上げたとっておきの作品で雄姿を披露する。見て 篠ノ之束は宙を駆ける実妹の姿に感慨深いものを抱いていた。幼い頃より愛情を注 れた臨海学校中のIS運用の管制部から発せられた時刻より少し前。 専用機持ち全員に同時に渡った招集命令、それが旅館の一室を使って一時的に設けら の場には居ないある人物への悪態をつくのであった。 まったことに。あんにゃろう、やっぱ疫病神の親戚か何かじゃねぇのかと、心の内でこ そう言って一夏は小さくため息を吐いた。当たってほしくないもしもが当たってし ﹁専用機持ち全員に招集命令。どうにもデカいヤマのようですよ﹂ 1196 る。自然の流れに任せて、どう転んでいくのかを見るのもまた一興というやつだ。 ﹁いいねぇ、箒ちゃん。実にチョベリグーだよ﹂ 朱色に染め抜かれた装甲を纏い、陽光を照り返し煌めかせながら二刀を振る箒の姿 に、束は思わず感慨を言葉にして漏らす。だが気にしない。良いと思ったことを言って 何が悪いと言うのか。 ︵本当にウザイなぁ。有象無象の分際でちーちゃんに並んでるのもそうだし⋮⋮︶ た。 定外のイレギュラーに不満を募らせるだけだったが、後々になってその正体を思い出し 曜石か、あるいは色が深まり過ぎた紫水晶のごとき輝きを持っていた。あの時はただ想 だがそこに乱入した一つの存在。駒と同じ漆黒を纏いながらも、その黒はさながら黒 させてから今回再びという計画だった。 で悪態を吐く。元々の予定では過日の一夏の試合の場に送り込み、一度その存在を認知 最高の舞台に相応しくと用意した演出、その駒を完膚なきまでに破壊した存在に胸中 ︵まったく、なんなんだよアイツは︶ そうなった原因は、今でも思い返すたびに苛立ちを感じる。 そのために丁度いい代物があるにはあるのだが、あいにく今回は持ち込んでいない。 ﹁でもせっかくのお披露目なんだし、もっと派手にいっときたいよね﹂ 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1197 ISのことで、少なくとも今現在この世界で束以外の誰かが一人でも知ることのでき るISの情報は須らく束の掌中にある。その全てを一々把握しているわけではないが、 その気になればいくらでも情報は集められる。 それが篠ノ之束、ISという存在の母にして絶対的な創造主だ。知らぬことと言え ば、未だ見ぬ可能性の先くらいなものだ。もっとも、それにしてもその気になれば幾ら でも仮説、検証が可能なのだが。 ﹁はぁっ ﹂ 気合いの掛け声と共に左腕を振るう。紅椿の主武装は二振りの日本刀型のブレード ! 力を注ぐのにこれほどまでに意義があることは早々ない。 何よりも今、彼女にはやらなければならないことがある。実の妹の晴れ舞台、自分が の誰よりも優れていると自負するが故の上位者としての矜持のようなものだ。 ざわざ自分から低レベルな所に関わる必要などない。いうなれば彼女自身の、凡そ人類 有象無象は有象無象同士、勝手に低い次元であくせく這いずり回っていれば良い。わ だがその程度で一々篠ノ之束自ら動くことなどしない。 そ れ は 自 分 自 身 へ の 絶 対 的 な 自 負 か ら 来 る 自 信 だ。不 快 に 思 う も の は 不 快 に 思 う。 ︵まぁ、有象無象が何しようが、束さんは揺るぎやしないんだけど︶ 1198 からわれ だ。形状それ自体はありふれたものだが、有する機構は篠ノ之束謹製の名に恥じないも のを持っている。 今しがた振るわれた左手に握られた双刀の片割れ、 ﹁空裂﹂は高密度のエネルギーで構 あまづき 成された光刃を飛ばすことによって遠距離からの攻撃を行うことができる。 もう一本の武器である﹁雨月﹂も同様の機構を有しており、違いを挙げるとすれば前 者が放つのが﹁飛ぶ斬撃﹂であり、後者が﹁飛ぶ突き﹂という点か。 最新鋭の名に相応しく、空を駆ける機動も速さと自在性を両立している。打鉄を駆っ ていた時には叶わなかった、より上位にある﹁ISに乗る感覚﹂に箒は自然と頬が綻ん でいた。 端的に言えば、今の箒は専用機を駆っているということに確かな喜びを感じているの だ。だがそれを心の未熟、短慮浅慮と叱責することはできない。自分のために用意され た専用機、他の多くの汎用機と比して必然的にトータルのパフォーマンスに優れている 機体を操ることへの歓喜、それを感じることは箒だけの話ではないのだ。 一夏も、セシリアも、鈴もシャルロットもラウラも、簪に楯無の更識姉妹も、専用機 を持つ人間ならば誰もが最初に感じる喜びなのだ。それはかつてIS乗りの世界に君 ︶ 臨した﹁最強﹂も、その陰にあり続けた魔女や彼女らに並ぶ古豪たちも例外ではない。 ︵これならば、或いは⋮⋮ ! 第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感 1199 1200 気持ちが逸るのを抑えられない。この紅椿であれば、手を伸ばしても届かなかった一 夏達のレベルへと届くのではないか。半ば確信に変わりつつある期待に心が弾む。 久方ぶりの充足感、それを箒は余すことなく甘受していた。 そして、遥か下の地上で箒の姿を見守っていた彼女の姉が、艶を持った唇を三日月形 に曲げて笑っていたことに、箒は終始気付くことは無かった。 ﹂ ! 害はどれほどになるのか、あまり想像をしたいものではない。 そんな物が暴走をした。仮にそれが起きたのが市街地などであった場合、齎される被 軍が正式に運用、つまりは本物の戦場で戦果を挙げることを目的としたISだ。 の実験機としての側面が強いこの場の面々の第三世代の専用機とは異なり、文字通りに その言葉に専用機持ち一同の表情に緊張が走る。軍用IS、どちらかと言えば新装備 した﹂ ﹁先刻、ハワイ諸島沖で稼働試験中にあった米軍の新型第三世代軍用ISが暴走を起こ き無しに話し始めた。 作られた仮の指揮所に一年の専用機持ちが全員揃ったことを確認するなり、千冬は前置 生徒たちの部屋から特に離れた大部屋に、学園より持ち込んだ多数の機材を設置して 持ちの招集、場所は旅館内に設けられた臨時の管制室だ。 旅館の一室で千冬が口を開く。実機演習全体を中断すると同時に掛けられた専用機 ﹁状況を説明する﹂ ぶっ○すぞアメ公 第三十一話 千冬﹁こんな時にトラブル持ち込むとは、 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1201 ﹁当該ISは鎮圧にあたった現場の米軍ISを撃破し演習宙域を離脱。そのまま太平洋 を横断するルートを取っていることが確認されている。米軍から国際委員会に方に連 絡が行き、そのままこちらに指令が来たというわけだ﹂ 見るが、すぐに視線を全体に戻して言葉を続ける。 ことだ。だが、一人箒だけが僅かに表情を強張らせている。その様子を一瞬だけ千冬が その言葉に全員の目が細まった。その反応は、全員がこの展開を予想していたという ﹁お前たちに出てもらう﹂ が意味するところを。 全員が分かっているのだ。このような非常事態に自分たちが招集を受けた、そのこと いる様子の者は居ない。冷静に、状況を受け止めている。 だが、これは一夏にも当てはまるが、パニックになっていたり怖気づいていたりして の面々も、肩を竦めたり首を振ったりと、各々異なる反応を示している。 その言葉にやっぱりかと、ため息を吐きながら一夏は肩を落とす。集った専用機持ち ﹁そうだ。我々IS学園に福音の鎮圧指令が下った﹂ るように問う。そして返ってきた千冬の答えの第一は、ゆっくりとした首肯だった。 片手を挙げながら一夏が、彼自身殆ど確信を抱いているのだろうが、それでも確認す ﹁あのー、その指令というのはまさか⋮⋮﹂ 1202 ﹂と問う。 ? ﹂ ? 意思に感謝する﹂ ﹁よろしい。では、専用機持ちは全員作戦への参加を了解したものとする。││諸君の 間だけ視線を交え、そして頷く。 箒も、ゆっくりとではあるが確たる意思を携えて千冬に言う。先の一夏同様、僅かな ﹁私も、出ます﹂ して千冬は静かに頷くと一夏の意思を受け取る。 即答で一夏は参戦の意思を表明する。一夏と千冬、姉弟の視線が僅かに交差する。そ は出ますよ﹂ ﹁この状況で引いたら恰好がつかないでしょうよ。それに、俺自身が認められない。俺 か うわけでもない。他の連中と違って専門の訓練を受けたわけでも無い。それでも行く ﹁織斑、篠ノ之。お前たちはどうだ。お前たちは専用機持ちだが、別段どこの候補生とい 言のまま﹁良いのか そして千冬は一度言葉を切り、再度一同を見回す。一人一人と目を合わせていき、無 IS学園の生徒だ。ならば我々学園は、生徒の意思を第一に尊重する﹂ を伴う。確かにお前たちは国家の候補生で専用機持ちだが、少なくとも今はそれ以前に ﹁無論、無理強いはしない。今回の一件は学園での演習などとは違う、正真正銘命の危険 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1203 添えられた一言はやや硬質さが薄れていた。そのことに千冬のどのような想いがあ るのか、あえて問いただそうとする者はこの場にはいなかった。そして、千冬の号令の 下でブリーフィングが始まる。 千 冬 の 言 葉 を 聞 き な が ら 一 同 は す ぐ に モ ニ タ ー に 表 示 さ れ て い る 情 報 を 読 み 込 む。 うべきポジションに立つ機体だな﹂ クについては知る者も居るだろうが、クエイクに並ぶ米軍IS戦略の今後の先導役と言 た軍用前提の第三世代機だ。米国のコーリング代表、その彼女が駆るファング・クエイ ﹁目標ISは﹃銀 の 福 音﹄。以後福音と呼称する。米、イスラエルの共同で開発が行われ シルバリオ・ゴスペル 禁止の旨を事前に伝えた上で室内前方の大型モニターに情報を表示する。 千冬もその辺りは言われるまでもなく重々に承知しているのか、情報の機密性と口外 作戦として話にならない。 アだ。そも、自分たちがどのようなISを相手取らねばならないのか、知らないのでは ブリーフィングの開始早々、千冬の言葉のすぐ後に挙手と共に発言をしたのはセシリ ﹁では先生、目標ISの詳細なスペックを要求します﹂ だ﹂ ドエネルギーの喪失に伴い、システムが停止する設定になっているらしい。狙うはそこ ﹁第一となる作戦目標は福音を迎撃、シールドエネルギーをゼロにすることだ。シール 1204 使用されている言語が英語であるために、この辺りに少々難がある一夏、箒、鈴の三名 が英語を母国語とするセシリアの解説を受けながら情報を読み取っていく。ちなみに、 この時モニターにズラズラと並べられた英文を簪が至極普通に読み取っていたのを横 目で確認した一夏は何とも言えない表情を一瞬浮かべたのだが、それは今はどうでも良 いことなので詳細は割愛する。 ﹂ ? ﹁織斑先生、当然米軍側も福音の鎮圧を試みたと思うんですけど、成果はどのくらいあっ 眼鏡の奥の瞳に沈着さを宿しながら呟く簪の評をラウラが不要と断ずる。 やはり複数で多方向から同時に攪乱しつつ削っていくのがベストか﹂ ﹁そう見えても不思議は無いが、今は関係ない。これは単騎では苦戦を強いられるな。 の牽制 の一騎打ち寄りなら、こっちは広域殲滅タイプ。⋮⋮イスラエルとの共同開発、中東へ ﹁開示されているファング・クエイクとはだいぶコンセプトが違う。クエイクが対IS と武装が融合したウィングスラスターの説明を読みながらセシリアが苦々しげに言う。 開示された福音の情報でまず最初に目についた福音の主武装、飛行補助のスラスター るなんて、随分とキザを感じますわね﹂ スターとしての性能も申し分なし、こんな仰々しい代物に﹃銀の鐘﹄なんて名前を付け シルバーベル ﹁主武装は新型装備というウィングスラスター、そこにある計36門の砲ですか。スラ 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1205 たんですか ﹂ ? への攻撃の密度は薄れるだろう。全員が距離を取りつつ、攪乱しながらの立ち回りを行 ﹁この広域への攻撃性は確かに厄介だが、攻撃範囲を広げれば広げる程に一か所あたり 言って一夏は一同を見回す。 ﹁出るとしたらやはりチームを組んで、だろうな。さてどうする﹂ いものへと早変わりする。 S乗りとISのコンビ、その三組掛かりを振り払った結果だと思うと到底楽観視できな きたのはありがたい。だがそれが国家代表を含む、間違いなく腕利きと言えるだろうI データの一部を見ながら苦々しげに鈴が呟く。相手の手の内を事前に知ることがで ﹁なるほど、こっちにある戦闘データはその時のってわけ﹂ 同の眉根が僅かに皺を寄せた。 シャルロットの質問に千冬が答え、福音がさしたる手負いでない状態であることに一 えなかったようだ﹂ クエイクも、撃墜された二機や友軍への被害を抑えながらの応戦だったために十分に戦 クエイクが即時鎮圧を試みたが、イーグルの方がすぐにやられたらしくな。ファング・ ていた米軍所属の第二世代コンバット・イーグル型二機とコーリング代表のファング・ ﹁結果だけを言えば少しばかりシールドエネルギーの残量を削ったくらいだな。同行し 1206 えば福音の攻めを弱めることができるかもしれん。まさか、単騎でそこまで対応できる ほど器用ではないだろう﹂ ﹂ ? 難があってな。シャルロット、すまないが││﹂ ﹁私とレーゲンもこちらに回らせて貰おう。如何せん、火力はあるのだが機動性に少々 ﹁火力ならあたしもね。衝撃砲のオプションがあるから、それで行けるわ﹂ ﹁それなら、私が⋮⋮。山嵐は前より磨きが掛かっているし、火力重視の新装備もある﹂ た。 も必要だ。シャルロットの言葉はそれ故なのだが、真っ先に名乗りを上げたのは簪だっ ただ攪乱するだけでは埒が明かない。最終的な目標が福音の撃墜である以上、攻撃役 の役割をできるかな。これで三人。で、アタッカーはどうするの ﹁そうだねぇ。うん、そうだね。僕の場合、今回のパッケージは防御型だから、多少は壁 する。そして一夏の言葉を受けてシャルロットも頷く。 ラウラのプランにセシリアが自分が当てはまるだろう役割を言い、それに一夏も追従 ﹁機動性なら俺の白式もだろ。あとは、デュノアか﹂ がちょうど適していますわね﹂ ティアーズならば先ほどの演習の際に装備した﹃ストライク・ガンナー﹄のパッケージ ﹁となると、陽動を主に行う役が必要ですわね。必要とされるのは機動性、わたくしの 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1207 ﹁分かってるよ。いざって時はかばってあげるから﹂ ラウラが言うより早く、シャルロットがその意図を汲み取る。すまないという言葉と 共に小さく頭を下げるラウラに、シャルロットはただ穏やかに微笑む。 そして話を纏めると言わんばかりに一夏がパンと手を打ち鳴らす。膨らませた紙袋 が弾けるような音に、視線が彼に集まる。 ﹁実のところな、箒。俺はお前が一番放り込む場所に悩むんだ﹂ 線を向ける。それと同時に、他の五人の視線も彼女に集まる。 ここまで殆ど喋っていないと言っても良いくらいに口数が少なかった箒に一夏は視 ﹁⋮⋮﹂ ﹁さて、ついでにもう一つ決めとくか。箒、そして紅椿だ﹂ て、一夏は話題を切り替えるかのように軽い咳払いを一つする。 一夏とラウラの言葉で纏められた案に各員異論はないのか、各々頷いている。そし て、これをベースに後は現場で調整するしかないだろう﹂ ﹁現実の戦場がそこまで計画通りに行くわけではないがな。あくまで大まかな計画とし ボーデヴィッヒ、更識がとにかくぶっ放す。こんな所か﹂ 音 の 陽 動 攪 乱 お 邪 魔 コ ン ボ。 奴 さ ん が 俺 ら に ヘ イ ト 溜 め て 攻 撃 散 ら し て る 隙 に、鈴、 やっこ ﹁さて、これで大まかな振り分けは決まった。俺、オルコット、デュノアが動き回って福 1208 はいないのではないか そういうものなのだ。確かに我々も持つ専用機は、私たちに 鋭IS、確かにその性能は相応に高いだろう。だが、お前自身がまだその機体に慣れて ﹁先ほどの織斑とはまた別の理由だが、その紅椿が問題なのだ。篠ノ之博士謹製の最新 に振る。 ラウラの指摘に何とか箒は食い下がろうとするが、言い切るより先にラウラが首を横 ﹁そ、それは分かっている。だが、この紅椿ならばそれなりには││﹂ やはりお前自身の経験不足は見過ごすことはできない﹂ ナーとして一時を戦った間だ。お前が格段劣っていると言うつもりは毛頭ない。だが、 ﹁問 題 は 機 体 だ け で は な い。篠 ノ 之、お 前 個 人 の 問 題 も あ る。曲 が り な り に も パ ー ト 他の面々もウンウンと頷いている。 至極もっともな一夏の指摘に箒は言葉を詰まらせ、そこばかりは庇いようがないのか 備だ。⋮⋮どう見ても燃費悪そうだろ﹂ それに、お前が動かしてるところを少し見たけど、あれだけの動きにエネルギー系の装 ﹁紅椿は間違いなく超高性能機だ。けど、だからこそ放り込むポジを考える必要がある。 がらゆっくりと言葉を発していく。 予想外の一夏に箒は思わず問い質す。それに答えようとして、一夏は顎に手を当てな ﹁ど、どういうことだ﹂ 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1209 ? 合うように調整されている。だが、やはり物にするにはそれなりに時間と訓練を要し た。ましてや紅椿ほどの高性能機、いつお前の制御を振り払って暴れ馬のように動いて もおかしくはない。そうなった時、最も危険に晒されるのはお前なのだ﹂ 諭すようなラウラの言葉には純粋に箒を慮る意思が込められている。それを察せな いほど箒も愚鈍ではなく、真摯な光を湛えたラウラの目にそれ以上を言えなくなる。 ﹁じゃあ僕と篠ノ之さんだけが二人組で動くって形で良いかな 今回の僕のパッケー ツーマンセル 皆が頷く。そして真っ先に名乗りを上げたのがシャルロットだった。 ラウラ、鈴、二人の指摘を解決する妥協点にあたる案を呟く簪に、それがベターだと 椿のデータを得られる立ち回りが必要⋮⋮﹂ ﹁そうすると、一番現場に不慣れな篠ノ之さんのカバーをしつつ、私たちがそれなりに紅 鈴の指摘もまた真っ当なものだ。 達になる。そんな面倒はゴメンね﹂ しい所でしょうよ。あたしたちが下手な扱いしたら、それで難癖付けられるのはあたし ち以外も居たわけだし。政治屋のオッサン達からすれば、是が非でも情報をいち早く欲 もらったことは、少なくともここに居る面子のお国は把握済みよ。現場には、あたした ﹁けど、だからと言って出さずにハブってわけにも行かないわよね。多分、箒が専用機を 1210 ジは防御向きだし、篠ノ之さんとはちょっとだけだけど、連携を取ったこともあるから﹂ ? 箒とシャルロットが連携を取ったのは、今も箝口令が敷かれているレーゲンの暴走事 故の際の僅かなひと時の事である。それを知っているのは一夏、箒、シャルロット、そ して千冬や真耶と言った数名の教師だけである。 だが、そのあたりはシャルロットが編入以来コツコツと積み重ねてきた信用の賜物と 言うべきだろう。特に異論を挟まれることなく、その方向でという形で話が進んでい く。 状況は我々も逐一モニターしているため、こちらからの指示も出すことはあるが、基 ドを削りにかかれ。 トも頼む。そして更識、凰、ボーデヴィッヒが火力の主軸となり、一気に福音のシール ルコット、デュノアと篠ノ之のペアは高機動による攪乱だ。デュノアは篠ノ之のサポー あるが、専用機全機投入の短期決戦。各員散開し、福音の攻撃の密度を下げる。織斑、オ どお前たちは議論していた通りだ。長期戦は望ましくないからな。少々賭けの要素も ﹁よろしい。大まかなプランは纏まったようだな。では作戦方針を伝える。基本は先ほ 葉を引き継ぐことを了承した。 めかやや軽快な口ぶりだが、それを千冬は咎めることをしない。ただ小さく頷いて、言 言って一夏が千冬を見遣る。必要以上に緊張を、自分も周囲もしないようにさせるた ﹁さて、これで話は一通り纏まったな。じゃ、司令官サマにお伺いを立てるとしようか﹂ 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1211 本的に現場のお前たちの判断を優先する。状況の変化には適宜対応。ボーデヴィッヒ、 全 体 の 指 揮 を お 前 が 執 れ。更 識 は 現 場 で の 状 況 分 析 で ボ ー デ ヴ ィ ッ ヒ の サ ポ ー ト だ。 少々負担が重くなるが、お前たちの能力を評価しての任命だ。心して取り組んでほし い﹂ 千冬から下された指示、作戦の最終決定案に誰もが異論を挟まず、真剣な面持ちで耳 を傾けている。 そして、再度千冬は専用機持ち一同の顔を見渡す。 ﹂ !! ﹁じゃんじゃじゃーゲフッ ﹂ 天井の板を開けてヒョッコリと現れた束が千冬に飛びつこうとする。だが千冬はそ ! 降ってきた。 その声の主が誰なのか、聞き覚えのある面々が揃って察した瞬間にその影は天井から と千冬に真耶、箒が紅椿を受領した現場に居合わせた面々だ。 唐突に室内に大声が響き渡る。その声に特に反応を示したのは9人。各専用機持ち ﹁ちょーっと待ったーーー そうして千冬は作戦行動の開始を告げようとする。だが││ ジの確認など準備を││﹂ ﹁出撃は現在より十分後だ。それまでに各員、先の演習でインストール済みのパッケー 1212 れを受け止めることなく、腰の入った回し蹴りを束の胴へと叩き込んでいた。 ﹂ !? ちー、ちーちゃんもいっくんも酷い⋮⋮﹂ ! ﹁何の用だ束。いや、言わんでいい。どうせ大したことじゃあないだろう。出口はあっ ちをしたのを見て、再び周囲の面々の顔が引きつる。 がヨロヨロと室内に入ってくる。それを見た一夏と千冬の姉弟が揃って嫌そうに舌打 年頃の女性が人前でするには憚られるような豪快な咳き込みと共に、障子を開けた束 ﹁ゲホッゴホッ、グェゲェッゴォ 同が揃って何とも言えない表情を浮かべる。 そして何事も無かったかのように話を続けようとする千冬に、一夏を除いた室内の一 ﹁さて、話を戻そうか﹂ と、そのまま束を廊下に転がす。そしてピシャリと障子を閉ざす。 いつの間にやら、束の飛んで行った先に先回りしていた千冬は無言で障子を開ける ﹁ふん﹂ る障子の方へと束は吹っ飛ばされる。 れたラリアットによって、潰れたカエルのような呻き声を上げながら今度は廊下に繋が り振り抜き、ラリアットを飛んできた束に見舞う。吸い込まれるように頸部に叩き込ま 蹴り飛ばされた束の先に居たのは一夏だった。素早く立ち上がった彼は腕を思いき ﹁ゲグッ 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1213 ちだからさっさと帰れ﹂ ビシリと束が入ってきた障子の方を指差しながらきっぱりと言う千冬。その足に束 が縋る。 ﹂ ? くんの白式があれば十分おけおけかな∼。特に紅椿 なんてったってこの束さん特 ﹁べっつにさー、そんな難しい話じゃないんだよ。ぶっちゃけ紅椿と、そうだねー。いっ る。 りだった専用機持ち達も予想外の束の言葉に、その真意を探るような視線を向けてい 到底聞き流すことのできない言葉に千冬の眉尻がピクリと吊り上る。出撃するつも ﹁なに ﹁ちーちゃん酷いよぉ。せっかく束さんが福音をぶっ倒すアイデア持ってきたのにぃ﹂ 1214 ﹁ドクター・シノノノ。確かにISという存在そのものを生み出した貴女にとってはそ 口を開いたのはセシリアだった。 ﹁お言葉ですが││﹂ らさまな侮蔑が込められた言葉に聞いていた面々は各々表情に苦い物を含ませる。 曲がりなりにも世界最大級の大国が作り上げた新型のISを指して凡呼ばわり、あか れなんて取らないんだよ﹂ 性のISだからねぇ。ヤンキーのボンクラがせせこら作ったような凡ISごときに後 ! の程度の物でしょう。あなたが持つISに関わる知識、技術力、きっとわたくし達の想 像の遥か埒外にあるものなのでしょうね。篠ノ之さんの紅椿を見てもその一端は伺え ます。 ですが、例え貴女から見れば遥かに劣る物であっても、そこには作り上げた技術者達 の、それを確かな物にしようとするテストパイロット達の、矜持や誇り、祖国への忠誠 心や同胞を、家族を守ろうとする意志が込められていますわ。それすらも蔑ろにするの は、些かどうかと思いますが﹂ 語るセシリアの声には毅然さがあった。確かにIS開発者にとってはどのISも凡 百の一つに過ぎないのかもしれない。そこについては重々に承知している。だがだか らと言って、ソレに込められた意思まで道端の小石扱いとするのを、彼女は見過ごせな かった。他でもない彼女こそが、おそらくこの場に居る誰よりも矜持や誇り、責務の 真っ当を重んじているが故にだ。 だがそんなセシリアの言葉に束は、彼女を一瞥して小さく鼻で笑うだけだった。 そんなのはボンクラ同士が自分の無能 ? を棚に上げて傷をなめ合うための体の良いお題目だよ﹂ が悪いのさ。意思だ何だってバッカじゃん 劣っているって事実に変わりはないじゃん。劣っている奴に劣っているって言って何 ﹁何言ってんだか。どんだけ逆立ちしようが太陽が西から昇ろうが、結局この束さんに 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1215 ﹁っ ﹂ ﹁織斑さん ﹂ の眉尻が吊り上る。そして身を乗り出し口を開きかけるが、それを一夏が手で制する。 なおも侮蔑を隠そうとしない、本当に虫か何かを見るような態度を取る束にセシリア ! ﹂ ! 明らかに落ち度は束にあると言うような千冬の言葉に束が抗議の声を挙げるが、それ ﹁ちょ、ちーちゃん 見ての通り、コイツはこういう奴だ。それを踏まえた上で分別ある対応をしてくれ﹂ ﹁オルコット、それに他の連中もだが、気を悪くしたなら代わりに私が謝っておく。まぁ 千冬に態度を咎められても反省するような様子が見えない束に千冬はため息を吐く。 ばっかりなんだもん﹂ ﹁で も で も ち ー ち ゃ ん。仕 方 な い ん だ よ ∼。ど い つ も こ い つ も 本 当 に つ ま ん な い 愚 物 つもりだが﹂ だが、お前のそのいつも他人を蔑ろにし過ぎる姿勢は止めておけと私は常々言ってきた ﹁束、ほどほどにしておけ。確かにお前の言うことも決して否定しきることはできない。 ﹁はっ﹂ うだけ無駄だという無言のメッセージにセシリアは僅かに俯くと、再び座り直す。 咎めるようなセシリアの言葉に一夏は無言で首を横に振る。その目が伝えてくる、言 ! 1216 を千冬は一睨みで強引に黙らせる。束も不必要に千冬を怒らせるつもりはないのか、不 満げな様子を隠そうとしないものの、それ以上何かを言うようなことはしなかった。 んじゃ耳の穴かっぽじってよ∼く束さんのグレイトフルなプランを聞い 束さんの試算によると、これでほぼ確実に落とせるね ﹄ ﹂ ! ! 何かなこの反応 というかさっきは随分とゴチャゴチャあーだこーだ言い ? ? ね。シンプルイズザベストって言葉を知らないのかな ﹂ 式の武装の威力とか、そういう要素を全部ひっくるめた上で束さんが算出したんだから 白式の加速性を加えた上で、近接攻撃時のシールドの相互干渉による防御力の低下、白 合ってたけどさ。ぶっちゃけそんな必要ないんだよ。福音の今の損耗率、紅椿の速力と ﹁ん∼ える程に束の提示したプランは安直に過ぎるものだった。 呆けたような声は誰が漏らしたのか。だが誰が言っていてもおかしくはない、そう言 ﹃⋮⋮は ? ! ! ! ズバリ 箒ちゃんが紅椿でいっくんと白式を福音の所に連れて行く てねー ! 紅椿で運んだ時の速さと、白式からの加速を加えていっくんが一発ドカン そして ! ﹁オッケー 浮かべると、ビシリと拳を宙に突き出しながら高らかに言い放つ。 話の続きを求める千冬に、それこそを待っていたと言わんばかりに束は満面の笑みを ﹁それで束、アイデアとは何だ。時間が惜しい。さっさと言え﹂ 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1217 ? そういうことを言いたいんじゃねぇんだよと、出かかった言葉を一夏は呑みこむ。 しかし不本意ながら束の持つ能力は本物だ。彼女がそう言うのであれば、そうなのだ ﹂ ろう。だが姉はどう判断するのか、一夏は視線を千冬の方へと向ける。 ﹁⋮⋮それは、確かと言えるのか ﹂ ! 親 友 が 自 分 の 言 葉 を 信 じ て く れ た と い う 嬉 し さ か ら か ニ コ ニ コ と 微 笑 ん で い た 束 ﹁だが、全面的にお前の意見のままとするわけではない﹂ 真っ向視線を交わす。 千冬の決定に思わずラウラが声を挙げる。だがそれを千冬は手で制すと、改めて束と ﹁教官 の意見を採用させて貰うこととする。作戦の主体は、織斑と篠ノ之だ﹂ ﹁分かった。お前が言うのであれば相応に信じられるのだろう。IS開発者、篠ノ之束 のか、誰もが無言で見守る。 僅かに眉間に皺を作りながら千冬はしばし口を紡ぐ。彼女がどのような判断を下す ﹁⋮⋮﹂ 認する千冬に、束はただ底抜けの明るさを維持したまま勿論と頷く。 だろうが、それでもやはり確認をせずにはいられない。そんな慎重さを含んだ声音で確 仮にも篠ノ之束がISに関わることでの発言だ。早々嘘であるということはないの ? 1218 だったが、続けられた千冬の言葉にその笑顔が固まる。 ﹂ ? ﹁ち、ちーちゃん ﹂ ! 経験でディスアドバンテージがある以上、サポートは必要だろう。抑えられるリスクは 観点で人数を絞るお前の案にはある程度の理はある。が、その当のメンバーがどちらも 楽観的な思考をしているつもりはない。確かにリスクを負う連中を少なくするという ﹁お前がそう思っているのならそうなのだろうよ、お前の中ではな。あいにく、そこまで ! ! 居なくたって問題ナッシングだよ ﹂ ﹁何でさちーちゃん いっくんと箒ちゃんだけ居れば十分だって 他の連中なんざ ないと言うように千冬は一夏、箒、セシリアの三人に準備をするように言う。 予想だにしていなかった千冬の発言に束が狼狽える。だがそんなことなど意に介さ !? させておくぞ﹂ ポートに付ける。他の連中にしてもこちらで待機はしてもらうが、出撃準備自体は整え る こ と は 想 像 に 難 く な い。故 に 高 機 動 型 パ ッ ケ ー ジ を 装 備 し て い る オ ル コ ッ ト を サ 高機動がウリの一つになっている機体だ。仮に通常戦闘に突入した場合、高機動戦にな 戦それ自体に参加するのはもう一人、オルコットも加える。福音、白式、紅椿。それも ﹁お前の言う通り織斑と篠ノ之を作戦のメインに据えてやろうじゃないか。ただし、作 ﹁ど、どゆこと 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1219 抑えておく必要がある﹂ ﹁で、でもさ 折角凄い活躍ができるかもしれないんだよ ﹂ !? お前とて、何を優先すべきかは分かっているものと思うが﹂ ? ﹁ならばこれ以上何も言う必要はないだろう。││織斑、篠ノ之、オルコット、準備をし ﹁それは⋮⋮そうだけどさぁ⋮⋮﹂ でもあるまい 持って行こうが変わりは無い。別に、篠ノ之が活躍しなければならない理由があるわけ ﹁そ れ が ど う し た。必 要 な の は 速 や か な 福 音 の 制 圧 と、安 全 の 確 保 だ。手 柄 な ど 誰 が ! らん危険に晒す。││あってたまるか、認められるかそんなこと﹂ ことをするさ。私たち教師の打った手の不足で生徒に必要以上のリスクを負わせる、要 けはしなければならない。例え織斑と篠ノ之の立場に他の者が居たとしても、私は同じ 昔からの縁がある。だがそれが一番じゃない。私の生徒だから、私たち教師ができる助 我々ができることはしなければならないだろうよ。確かに織斑は私の弟だし、篠ノ之も たさ。だがそれができず、本来は我々が守らねばならない生徒を矢面に立たせるのだ。 なければ私が直接出向いてさっさと始末をつけて、生徒たちには本分の学習をさせてい ﹁弱気かどうかは知らんが、多少なりとも案じているのは事実さ。面倒なしがらみさえ 束の言葉に千冬はフッと、どこか自嘲気味に鼻で笑う。 ﹁そ、そんな弱気なの、ちーちゃんらしくないよ﹂ 1220 ろ。余計な時間を食った。用意が整い次第、すぐに出撃だ﹂ 束がこれ以上言葉を発するよりも早く千冬が三人に行動を促す。その意を受けて頷 いた三人は無言で立ち上がると各々の準備に入る。箒の紅椿に関しては束が直接調整 ﹂ をすると言ったため、箒のみが別れて残る専用機持ち六人は連れ立って部屋を出る。 ﹂ ? ? く事情についてある程度把握しているラウラだけだった。だがラウラも、二人の極めて ような意味と意図が込められていたのか、察することができたのは一夏と千冬を取り巻 俯いたまま低く呟かれた言葉は連れ立って歩く全員の耳に入ったが、その言葉にどの ﹁それに、姉貴が出たくても出れないんだ。なら、それは俺がしなきゃならんだろうよ﹂ 言って、一夏は僅かに俯く。 て自分の仕事をするだけさ﹂ ﹁こうなったらもう仕方ないだろ。責任者の姉貴がそうと決めたんだ。なら、俺は黙っ 案ずるようなシャルロットの言葉に一夏は詰まらなそうに鼻を鳴らす。 ﹁あぁ、それか﹂ 僕も、楽観視が過ぎると思うんだよね﹂ ﹁いや、確かに篠ノ之博士は君と篠ノ之さんの二人で十分って言ってたけどさぁ。正直 ﹁大丈夫って ﹁まさか、こんな展開になっちゃうなんてね⋮⋮。織斑くん、大丈夫 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1221 プライベートに関わり、なおかつ取扱いに非常な慎重さを要することだと分かっている ため、悟られないように顔を僅かに曇らせるだけで何も言おうとはしない。 こ ある。豊富な財、高い立場、それらは決して彼女だけで成り立っているわけではない。 高貴なる者の務め、幼少の頃より貴人たらんと教育を施されてきたセシリアの信念で ノ ブ レ ス・ オ ブ リ ー ジ ュ こそ、貴族というものです﹂ り明らかですわ。そしてその時に被害を蒙るのは無関係な無辜の人々。それを守って む ﹁お気になさらず。軍用ISの暴走、放置すればどれほどの被害が出るかは火を見るよ ﹁分かっているさ。ただ、悪いな。キツい仕事に巻き込むことになって﹂ たる気概を感じるくらいだ。 あまり感じられない。むしろ、己の責務を理解し、それを十全に全うしようとする確固 セシリアの言葉には少人数での実戦任務、そのメンバーに選出されたことへの緊張は めすぎないようにしてくださいな。そのために、わたくしも出るのですから﹂ 必要な力みはいざという時に足かせとなります。能天気も考え物ですが、あまり張りつ ﹁あまり気負い過ぎないことを勧めますわ。言われるまでも無いかもしれませんが、不 つも通り、スッと背筋を伸ばした綺麗な姿勢で歩きながら不意に彼女は口を開いた。 六人の先頭を切って歩くのは一夏だが、その隣に並ぶ形でセシリアが歩いている。い ﹁意思があるのは結構ですが││﹂ 1222 多くの、それこそセシリア自身は顔も名前も知らないだろう者達も含めて、彼女に尽く してくれる者達の支えあってこそのもの。 故にセシリアは上の立場に立つ者としてそれに報いねばならない。同時に位の高さ に見合う徳の高さ、誰に向けても胸を張れる振る舞いをしなければならない。その信念 を己を律する主柱としてきたからこそ、セシリアは無関係な人々が災禍に晒されるかも しれない状況を防ぐための作戦への参加に否を唱えるつもりは欠片も無かった。ある いは、一夏や箒以上に作戦遂行への気概に溢れているのではないかと、その口調から思 うほどだった。 お気になさらずと﹂ ? ところがあるのか、言葉にはしないものの何かしらを感じているような表情をする。 悔しさを滲ませたラウラの言葉は待機を命じられた他の三人も気持ちを同じくする の命令と言えども、ただ待つだけというのは不甲斐なさを感じるな﹂ ﹁本来であればこのような任務、本職である私が先槍となるべきなのだが。いかに教官 この場にはいなかった。 の、それこそ不遜とも言える態度からはかなり想像しにくい姿だが、それを茶化す者は 一夏も今の状況は十分に把握しているため、声にはやや殊勝さが含まれている。常 ﹁先ほども言ったでしょう ﹁⋮⋮スマンな。今回は、大きく頼るかもしれない﹂ 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1223 ﹁言っても仕方ないさ。もう決まったことだ。││となれば、後は俺ら次第だ﹂ 落ち込み気味な級友たちを励ますつもりなのか、一夏は力を込めた声でやり遂げると 言外に宣言する。敢然とした表情をしていた彼だったが、不意にその顔に憮然とした色 が現れた。 ﹂ ? ﹂ !? たし⋮⋮。ハッ もしや香水をつけすぎたのでしょうか⋮⋮ ﹂ ! 臭 う と い う 言 葉 が 自 分 の こ と を 指 し て い る と 早 合 点 し て 慌 て た セ シ リ ア に 一 夏 が ろ﹂ もっとこう抽象的というか、とにかくお前の身だしなみに関しちゃ文句ないから安心し ﹁あーいや、ごめんオルコット。俺が言ったのはそういう直接的なことじゃなくてね。 ! ﹁そ、そんな⋮⋮、身だしなみは完璧のはず、昨夜もきちんとお風呂に入らせて頂きまし たふたとする。 一夏が言った瞬間、先ほどまでの毅然とした姿から一転、慌てた様子でセシリアがあ ﹁エッ ﹁なんかさ、臭うんだよな﹂ 首を傾げたセシリアに一夏は頷くと言う。 ﹁気になること ﹁ただ気になることがあるんだよなぁ﹂ 1224 ? もう妖しさがダブリーの倍満だろ﹂ ? ﹁あんた、それをわざわざ言うのは今更よ﹂ ﹁織斑くん、気持ちは分かるけど﹂ だ、言わずにいただけなのだ。 そう、彼女たちとて感じていたのだ。この事件から漂うこの上ないキナ臭さを。た 一夏の言葉に聞いていた五人は揃って何とも言えないような反応を返す。 ﹃あぁ⋮⋮﹄ 実妹をがっつり押しメンアピールだと 用機としてポン、と思ったら今度はそこに米軍の新型機が暴走事故でその開発者サマは ﹁いきなり絶賛雲隠れ中のIS開発者が白昼堂々登場、と思ったら実妹に最新ISを専 そこで一夏は一度言葉を切る。そして軽く嘆息すると、再び口を開く。 だ。気付いていてるかもしれないんだけどさ﹂ ﹁いやさ、お前らだってそれなりに、というか間違いなく俺なんかよりずっと学があるん ガク フォローを入れる。不意に訪れた緩んだやり取りに思わず誰もが小さく噴き出す。だ ﹂ が、そんな笑いもすぐに仏頂面に戻った一夏の姿に引っ込んでいく。 織斑 ? 確認するように問うてくるラウラに一夏は頷く。 ﹁あぁ﹂ ﹁キナ臭いという意味、そうだろう 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1225 簪と鈴の言葉に一夏は、だよなぁと腕を組みながら言いつつため息を吐く。 ビーチの一角に各々の専用機を展開して立つ一夏、箒、セシリアの三人に指令室から ﹃ではこれより作戦を開始する﹄ を定めた猛禽のごとき光を湛えていた。 そうして歩幅を上げる一夏は、口元に挑戦的な笑みを形作りながらも、瞳の奥に狙い ﹁さ、て、と、気合い入れて行くとするか﹂ そして一夏は己に喝を入れるようにパァンッと両の手で自分の頬を張る。 フッ、そうだよな。後のことは、その時になってから考えれば良いや﹂ ﹁大 丈 夫 だ よ。仕 事 見 間 違 え る よ う な ボ ケ は し な い。ま ず は 福 音 を 黙 ら せ る。│ │ 諌めるようなセシリアの言葉に一夏は分かっていると返す。 のはエレガントではありませんわね﹂ ﹁ですが、それも所詮は憶測。疑わしいというお気持ちは分かりますが、決めつけで憤る 1226 の通信越しで千冬の声が届く。 ﹁箒、大丈夫か ﹂ ような過ぎた緊張は見受けられない。だが、やはり確認をしておくことにした。 紅椿の装甲に手を掛けながら、一夏は後ろから箒の顔を見る。ブリーフィングの時の セシリアが続くという形だ。 先頭を行くのは紅椿、正確には攻撃役の一夏を乗せた紅椿が駆ける。その少し後ろを ﹁あぁ、心得た﹂ ﹁じゃあ箒、現場までの足役、頼むぞ﹂ す。 千冬の言葉に三人揃って了解の返事を返す。そして千冬の号令の下、一斉に動き出 こを忘れるな﹄ 何も言わん。良いか、三人。任務遂行も確かに大事だが、まずはお前たちの安全だ。そ い。二人を、特にお前たち三人の中では特にキャリアがあるオルコットを頼っても誰も 合の行動に関してはオルコットと織斑が主立って決めろ。篠ノ之、お前はまだ経験が浅 継続的な戦闘状況に移行する場合は現場の状況に応じて適宜対処をしろ。なお、その場 オルコットには二人の各種補助を行って貰う。基本は奇襲で一気に決める形だが、仮に ﹃再度確認だ。作戦の基本は篠ノ之の紅椿の速力と織斑の一撃を要とした短期決戦だ。 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1227 ? ﹁あぁ﹂ まず返ってきたのは簡素な返事だった。 ン キー ミッションスタート ﹂ !! げた。 ﹁出撃ッ ! その言葉に、紅椿とブルー・ティアーズのスラスターが加速を始めるための唸りを上 ﹁さて、一つ米国野郎の鼻っ柱を叩き折りに行くとするか﹂ ヤ 吸を一度だけする。そして、眼前に広がる蒼穹に睨み付けるような視線を向けた。 セシリアにスタートのタイミングを委ねられた一夏は、気力を充実させるように深呼 ﹁あぁ、分かった﹂ たが﹂ ﹁お二人とも、こちらの準備はできましたわ。何時でもいけます。織斑さん、合図はあな シリアの声が掛けられる。 目的達成への強い意志が籠った言葉に一夏は静かに頷く。そして二人に背後からセ ﹁そうか﹂ が私の手にあるのが、せめてもの幸いだ。だから、絶対にやり遂げる﹂ は全力で取り組む。少し複雑だが、紅椿も、姉さんの調整も見事としか言えない。それ ﹁大丈夫だ。確かに私はお前たちには及ばんだろうが、それでもやらねばならないこと 1228 第三十一話 千冬「こんな時にトラブル持ち込むとは、ぶっ○すぞアメ公!」 1229 そして大量の砂を巻き上げながら三機のISが飛翔し、その軌跡がトリコロールを描 きながら目標へ向けて突き進んでいった。 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 雲海の狭間を抜け、蒼穹を三機のISが疾駆する。いや、三機というのは語弊がある だろう。 ﹂ 確かに三機と言えば三機なのだが、現状飛行行動を行っているのは二機のみだ。残る これよりデータを転送します 一機は、飛んでいる一機の背に掴まっている。 ﹁座標の確認ができましたわ ! ﹁座標の確認、完了 ていく。そして││ ﹂ 刻一刻と迫る接敵の時間、一秒が平素よりも長く感じる只中を三人は無言で受け止め ﹃⋮⋮﹄ 一夏と箒の顔にも緊張が増す。 撃墜目標であるIS﹁銀の福音﹂との会敵が間近に迫っていることを受けて残る二人、 ﹁エンゲージまで⋮⋮一分切ってるな﹂ ! しに情報を伝える。 飛翔する二機の片割れ、ブルー・ティアーズを纏うセシリアが同行する二人に通信越 ! 1230 ﹁見えたぞ ﹁一夏 ﹂ ﹂ ﹂ ており、既にその手には蒼月が握られ、背部のスラスターは瞬時加速の準備をしていた。 音を目視したのは三人ほぼ同時だ。ゆえに箒が声を発した頃には一夏もその姿を捉え 銀の福音を視界に捉えた。ハイパーセンサーによる望遠諸々の視界補助によって福 ! に移り流れゆく全てを見取る。 福音を間合いに捉えるまで一秒と掛からなかった。コンマ以下の世界で一夏は視界 言えば羽が生えた人だろう。これで頭に輪でもあれば物語の天使そのままと言える。 福音との距離が詰まっていく中で、その姿がはっきりと分かっていく。手っ取り早く の噴射音と共に一気に加速する。 中にも保ち続けている平常心のままにスラスターを吹かし、瞬時加速特有のブースター 常とはまるで違う状況だが、行うこと自体に特別な変化があるわけではない。緊張の 結ぶと、一夏はもはや慣れたとも言える瞬時加速の発動プロセスをなぞる。 応えることすら惜しいと、練り上げた闘気を全身に巡らせるように固く一文字に口を 夏の身を宙へと躍らせたのはほぼ同時だった。 箒とセシリア、二人の声が一夏の鼓膜を震わせるのと白式の足が紅椿の背を蹴り、一 ! ! ﹁織斑さん 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1231 コースは理想的、握る蒼月は高周波振動と熱線による威力強化を最大出力で行ってい る。加速も上々。確実に決めておきたいこの状況にあっては理想的とも言える出だし だ。 そして、間合いに捉えている以上は仕留めに掛かることに何ら躊躇は無い。狙うは 首、確実に一撃で決めるためにもより大きなダメージを見込める箇所を狙う。 必殺を狙った刃が吸い込まれるように福音の首へと向かっていく。一瞬が数秒にも 引き延ばされるような感覚の中、ふと一夏に目に福音の││フルフェイスのヘルメット のように乗り手の顔を覆う││頭部が映った。 ちょうど両の目があるあたりだろうか。まるで全ての流れを見取っているかのよう ﹂ に、キラリとアイセンサーのようなものが光るのが見えた。 ﹁なっ⋮⋮ そいつただの暴れ馬じゃない ﹂ そのまま一夏は福音の脇を通り過ぎ、福音もまた一夏の脇を通り過ぎる。 しかないだろう。 いたのか剣先に紫電と火花が散るものの、期待できるダメージなど雀の涙程度のもので 重の所で、福音はいっそ見事と言える動きで回避してみせた。シールド自体には掠めて ありえない、と思った。吸い込まれるように福音の頸部に向かう刃、だがそれを紙一 ! ﹁気を付けろ ! ! 1232 ただ暴れているだけの存在があそこまで精緻な回避動作を行えるわけがない。思わ ずこめかみを伝った冷や汗の感触を実感しながら、一夏は箒とセシリアに注意を促す。 鳥の鳴き声を模したような電子音と共に福音が動きを止める。しかしそれはただ隙 ﹁││﹂ シルバー・ベル を晒したというわけではない。宙に留まる福音は背の両翼を広げている。その両翼こ そが福音のISとしての要、空を飛ぶための翼であると同時に主武装﹁銀 の 鐘﹂の砲門 ﹂ ! なのだ。 ﹂ ! ﹂ ! ︵これは、迂闊に近づけないな⋮⋮︶ ことが、光弾の一発が持つ威力を自ずと想像させる。 も関わらず着弾時の海面の爆発が一つ一つはっきり分かる程の大きさで起きたという 時に爆発し爆風と同時に水飛沫を大きく飛び散らす。それなりの高度を保っているに 両翼から放たれた光弾はその殆どが海面へと落ちていき、そして海面に着弾すると同 ﹁これは⋮⋮また厄介な 異なる方向に飛んだ直後、蒼穹に白銀の火矢が舞い散った。 セシリアの言葉のすぐ後に続けて一夏が散開を呼びかける。そして三人がそれぞれ ﹁散れ ﹁来ますわ 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1233 姉ならばどうにかできるのだろうが、自分の腕ではおそらく近づいたとてあの銀色の 弾幕にやり返されるのがオチだろうということは想像に難くない。かといって機を伺 い過ぎて長期戦に持ち込むこともできない。 となれば、後は連携によってどうにか隙を作り、その瞬間にとにかく攻撃を叩き込む というものに限られる。 開幕の狼煙のつもりなのだろうか、広範囲にわたって派手に光弾をばら撒いた福音は そのまま何をするでもなく、散開したままそれぞれ睨み付けてくる三人の中央に留まっ たままだ。だが囲む三人もまた迂闊に動き出すことができない。人の意思が介在しな ﹂ い、暴走した機体を相手に睨み合いという奇妙な状況が一時的にではあるが生じてい た。 ﹁やるなら短期決戦だな。オルコット、悪いけど頼りにするぞ﹂ ﹁えぇ、どうぞご自由に。それがわたくしの務めですもの。それで、どうしますの さん、大丈夫でして ﹂ ﹁些かエレガントさに欠ける気がしますが、この際選り好みはできませんわね。篠ノ之 く当たって動きが止まったら、一気に仕留める﹂ お前の銃の、ほらアレ。俺との最初の試合で使ったデカイ一撃。あれをぶち込め。上手 ﹁俺と箒で動き回って福音をどうにか混乱させようと思う。で、そこにだ。オルコット、 ? 1234 ? ﹁大丈夫だ。まだ、何も問題は無い﹂ 通信越しに戦闘の方針を決めた三人は再度福音へと視線を向ける。そして、セシリア が放ったスターライトの一撃によって再び戦闘が開始される。 おそらくこの戦闘で最も酷な役回りにあるのはセシリアだろう。自身も高機動パッ ケージを活かした陽動を行いつつ、隙を作るためにスターライトでの射撃を行い続けて いる。 陽動を行いつつ相手の攻撃を受けないように回避を行い続け、その上で精密な射撃を 連続して行う。心身共にどれだけの負担が掛かるかは想像に難くない。そしてそれだ けの負担を掛けていると分かっているからこそ、一夏と箒も何とかして勝負を決めに掛 かろうとするが、福音はとても暴走しているとは思えない程の精緻な動きで二人をやり 過ごし、逆に二人を落とそうと仕掛けてくる。それが余計に二人の中に焦燥を募らせつ つあった。 ﹁││﹂ 再び電子音の鳴き声と共に光弾がばら撒かれる。そして、その内の幾つかが回避しき ﹂ れなかった一夏へと当たる。 ﹁ぐおっ !? 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1235 咄嗟に左腕で庇ったものの、白式のシールドが明らかな損傷と言える程にその残量を 減らすのを見て目を見張る。交戦開始から初めての被弾であるが、受けるダメージはた だの一撃とて馬鹿にはできない。 ﹂ ﹂ ! ﹁一夏 そっちは ﹂ ﹁大丈夫だ ! ﹂ ! ﹁応ッ ﹁一夏 ﹂ 音に更なる隙を生じさせるという結果を生み出した。 に叩き込まれ、目に見えての損傷こそ無いもの、確かなシールドエネルギーの減衰と福 じぬ素早さと精度、間違いなく見事と言える手並みで放たれた射撃は一直線に福音の翼 の攻撃直後、僅かに動きを止めたその瞬間をセシリアは逃さなかった。候補生の名に恥 そのセシリアの声と共に福音の片翼に青い光弾が撃ち込まれる。一夏と箒を狙って ﹁隙、頂きますわ 思ったが、すぐに場違いな思考だと頭を奮って追い出す。 ることで難を逃れていた。それを見てやはり飛び道具の一つもあった方が良いのかと 箒も回避しきることはできなかった。だが、空裂と雨月の二刀から放つ光刃で撃墜す ﹁何とか ! ! 1236 ﹂ !! ! 箒が呼びかけると同時に一夏は福音へと向かっていく。それに続き箒もまた福音へ と吶喊する。 ︶ だが、より大きなダメージを受けるくらいならばと言うつもりなのか、先ほどの一夏が 福 音 を 間 合 い に 捉 え る と 同 時 に 蒼 月 を 振 る う。今 度 は か わ さ れ る こ と は な か っ た。 ︵これで一気に片を付ける ! したように左腕で受け止めてそれ以上を阻もうとする。 ﹂ ! いく。 ﹂ ﹁ウゥオオオオオオオオオオオオオオオオ ﹁箒 いうものがどうしても欠けやすい。 ﹂ く目を見開いた。箒が行う二刀術、確かに手数こそ稼げるが代わりとして一撃の威力と 雄叫びを放つ箒から発せられる闘気は生半なものではない。それを見て一夏は小さ !? !!!! 二刀による、一夏とはまた別のベクトルから成る手数の多さで以って連撃を叩き込んで 叩きつけられた一撃に福音は再度仰け反る。そこへ追い打ちをかけてきたのが箒だ。 上へと体を移動させる。そのまま折り曲げた膝を福音の頭部へと叩き込んだ。 叩きつけた蒼月と受け止めた福音の左腕、その接触点を支点として身を捻り福音の真 ﹁甘いんだよ 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1237 それもそのはず。本来は両手で扱うべき刀を片手で扱っているのだ。そのあたりの 理屈のあれこれは一夏にとっては今更過ぎる程に分かり切っていることだ。無論、尋常 でないほどの筋トレを積むなどして少々強引ではあるが、力技で通すということもアリ と言えばアリだ。 だが箒のフィジカルのスペックは同年代の女子に比べてそこそこ優れているレベル のもの。無論ISを装備していることによる膂力補助もあるとはいえ、そのあたりは自 分と比較してもなお劣るだろう。 だが、今の箒が福音に加える攻撃は一撃一撃が目に見えてその重さ、威力を感じさせ るほどのものだ。何故、と一瞬疑問に思うが、肌に感じる箒の気迫に一夏はすぐその答 えに思い至った。 い。仮に感覚的に、元々持ち得ていたセンスを頼りに行ったというのであれば、それは ろう。だが、それをこのような一か八かの場で発揮できるというのは滅多なことではな おそらくは敗北と共にということが箒の記憶に強く刻み込まれる原因となったのだ 揮する力をも底上げする段階へと己を持ち上げるものだ。 一夏が以前に試合の最中に見せた﹃動の状態﹄、精神を高ぶらせることによって身体が発 箒本人に自覚があるかどうか定かではないが、今の彼女が行っているのは間違いなく ︵まさかここまでの気とはなぁ︶ 1238 これだから武は面白いッ ︶ そのまま彼女の持つ素養の高さを証明していることとなる。 ︵面白いッ ! そう思うや否や、一夏は蒼月を握り直すと再び福音へと吶喊していった。 潜ってきたものとして才覚だけではない、積み重ねによる更なる上を示すべきだろう。 箒があれだけの才覚の片鱗を見せたのだ。ならば自分は、箒以上に長く、深く武に 興奮を抑えきれそうになかった。 己の命ばかりか仲間たちの安全も掛かっている最中だというのに、一夏は湧き上がる ! ︶ ? 元々一夏を決め手と据えていた作戦だが、現状を見る限りではむしろ箒の方が挙げて うか 駄が消えている。ワンアクション、その都度で無駄を省き動きを洗 練しているのでしょ リファイン ︵織斑さんはまぁいつも通りとして、篠ノ之さん。驚きましたわね、動きからどんどん無 た。 取っていたセシリアは状況をこの場の三人の中では最も俯瞰的に観測できる位置に居 箒と一夏、二人の怒涛の猛攻が福音にくらいついていく中、役割上離れた位置に陣 ︵流れは⋮⋮こちらに傾きつつありますわね︶ 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1239 いる戦果の度合いは大きいだろう。休みなく浴びせる二刀の連撃は間違いなく福音を 押している。それこそ、こうして俯瞰的に戦闘を見ていても明確な流れの傾きを理解で きるほどに。 ︵いける 体が動く ︶ ! 歯を食い縛り、無我夢中で二刀を振りながら箒は全身を満たす充足感を確かに感じ ! それでも今の流れならば押し切れると、そうセシリアは思った。 重視したものらしい。となると、完全に削り切るまでもう少し時間がかかるだろうが、 て集約させている分、それ以外のパーツの構造は比較的シンプルかつ、守りと継戦性を ブリーフィングで得た福音のスペック情報による所では、福音は両翼を戦闘の要とし 維持するのみ︶ ︵いえ、余計なことですわね。状況は我が方に有利なのは事実。ならば後はこの流れを い感覚だ。 言うのに妙なフナ騒ぎがする。まるで不安定な足場に立っているかのような、もどかし スターライトでの一射を打ち込みながらセシリアは考える。明らかに状況は有利、だと 連撃の一瞬の隙を突いて福音が反撃に打って出ようとするが、それを更に潰すように ︵しかし、妙に引っかかりますわね⋮⋮︶ 1240 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1241 取っていた。 姉の強い推薦によって参加することになったこの作戦、だが出撃メンバーの中で自分 が最も実力が劣っていることは箒自身が百も承知だった。 紅椿にしても、姉が太鼓判を押すだけあって秘めたポテンシャル、トータルでの性能 は間違いなく最高峰と言っても良いだろう。それは実際に動かした、初めてのその瞬間 にはっきりと理解した。 だが肝心の乗り手、箒の腕前が問題だ。確かに紅椿によってIS戦における箒の戦闘 力は大きく底上げをされたが、それでもやっと一夏達専用機持ち組と真っ当な勝負にな る程度の水準に達しただけに過ぎない。 姉が自分を作戦に強く推したのは、姉妹だから、自分の作ったISに絶対の自信があ るから、色々あるだろうがまぁとにかく割と感情的な側面が強い理由ばかりだろう。 本音を言えば不安も緊張も大いにあった。だがそれでも決して臆することなく敢然 と作戦への参加の決意を固めたのは、箒なりの意地の表れだった。 しかし意地だけで埋まるほど、実力の大小は甘いものではない。それでも、失敗する ことができないこの作戦に臨むにあたって、箒なりにどうすれば良いかを考えた。そし て、今のこの状態へと思い立ったのだ。 先のタッグトーナメント、その時に一夏が見せた一つのスタイル。自分に合うと言っ たそれを、箒はこの場を切り抜けるための一つの方策とした。 実の所、成功させる自信はミッションをこなすこと以上に無かった。何せ武人として 自分より軽く数段は上に居る一夏が使い、学生剣道ではあるもののそれなりに長く武道 の道を歩んできたと自負している箒にとっては一夏との試合で見て、初めてその存在を 知ったようなものだ。 しかもコツが感情の爆発などという、酷く抽象的なものしか聞いていない。むしろ成 功する方がおかしいと言えるレベルだ。だが、できた。勝ちたい、やりとげたい、とに かく眼前の敵を打倒したいという気持ちを闘志と変えて絞り出さんばかりに滾らせた。 ﹂ その時、フッと体が軽くなったような感覚を抱いた。そして今に繋がる。 ﹂ 自分でも驚いているくらいだ ﹁やるじゃないか、箒 ﹁あぁ ! ! かぶ。 ﹂ ﹂ ! 失敗しないか不安だったが、行けそうだよ ! ﹁正直心配してたんだよ ﹁実は私もだ ﹂ ﹁それは結構 ! お前がヘマこかないかってな を交わす。高揚した戦意によるものか、口の端には自然と野性味を感じさせる笑みが浮 攻撃の空白を作らないため、交互に攻めては引いてを繰り返しながら箒と一夏は言葉 ! ! ! 1242 片方が正面から斬りかかり、反撃に出ようとした福音の気配を感じ取ると同時に離れ たかと思えば、今度はもう片方が背後から斬りかかる。 あらゆる方向から絶え間なく襲い掛かる攻撃の連続に、福音も対処しきれていないの か動きから精彩が次々と欠けていく。もはや誰の目にも戦いの流れが一夏らの方に傾 いていることは明らかだった。 ﹂ そんな中、現れた異変はあまりにも唐突だった。 ? ﹂ ﹁篠ノ之さん !? ﹂ 箒と紅椿に現れた突然の異変に一夏とセシリアも同様を隠し切れない。だが、最も驚 ! ﹁箒 あっという間に動き全体を鈍重なものに変えていった。 異変は急激な速度低下、そして装甲の各所から排熱の蒸気を吐き出しながら、紅椿は 先ほどまでの高揚が嘘のように、呆然とした呟きが箒の口から洩れた。最初に訪れた ﹁え⋮⋮ 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1243 いているのは間違いなく箒本人だろう。 目は見開かれ、唇は震えながら半開きのまま、思考を支配する動揺が隠し切れない有 り様だった。それでも何がどうなっているのか、原因の探ろうとした箒はすぐにそれを 見つけることができた。 シールドエネルギー自体はまだまだ余裕がある。だがそれ以外の、機体を駆動させ光 ﹃ENERGY EMPTY﹄ ﹂ 学兵装などを発射させる、動力用のエネルギーが枯渇寸前まで陥っていた。 ﹁箒 ﹂ 通り抜ける無数の光弾が目に映った。 ﹁どうした箒 ﹁そ、それが、エネルギー切れを起こしたんだ ! ﹁マジかよ⋮⋮﹂ ﹂ え、白式のスラスターを吹かす一夏の姿を認識した直後、先ほどまで自分が居た場所を 切迫した一夏の声が聞こえたと思ったら、不意に箒の視界がブレる。腰のあたりを抱 ! ﹁少し掴まってろ ﹂ が不利に傾いたことへの焦燥が強くあった。 愕然とするような一夏の声には、不手際を打った箒への叱責というよりも、突然状況 ! 1244 ! 箒を抱えたまま一夏は速度を上げ、福音の追撃を振り切ろうとする。既に通信越しで 状況を把握したセシリアがスターライトを連射して福音の動きを妨げる。 ︶ ﹂ い。即断即決、逃げるを選ぶ。何も恥じるところは無い。あくまで戦略的撤退なのだか 土下座、逃げる。このどれかだ。続きはWebでなどと言っている余裕はどこにもな どのような選択をすべきか、脳裏に三枚のカードとなって浮かぶ。継戦、フライング ︵どうするよ俺︶ 少、戦闘を続けるには分が悪い。 を彼女に掛けた場合、どうなるか分からない。セシリアの援護の低下、単純な戦力の減 ができるとしたら、一夏よりもむしろセシリアの方が適任だろう。だが、今以上の負担 しかし無理を押して戦闘を継続するとなれば、箒を庇いながら戦う必要がある。それ ればあっという間に尽きることは想像に難くない。 できない。シールドにはまだ余裕があるが、仮に福音の総火力の前に晒されることにな ガス欠になったということは、実質箒と紅椿はもはやまともな戦力として動くことは 箒を抱えたまま一夏は打つべき手を考える。 ︵どうする⋮⋮ ! それにオルコット ! ら。 ﹁箒 ! 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1245 ﹂ 手 傷 は 負 わ せ た ん だ 一 度 戻 っ て 体 勢 を 整 え 箒に、そして通信でセシリアにも一夏は呼びかける。 状 況 が 悪 い ! て、今度は全員でボコにするぞ くっ⋮⋮ ﹂ ﹂ ! ! 自分自身でも珍しいとは思うが、一夏は箒に気遣うような言葉を掛ける。それに箒は ﹁箒、あまり気に病むなよ。俺らもヘマったようなもんだから﹂ ができれば上々、一度戻って体勢を立て直せる。 る様子はまだ無い。セシリアも無事に着いてきている。このまま上手く逃げ切ること チラリと背後を見る。こちらもかなり飛ばしての撤退であるために、福音が迫ってく 言える。 それを分かっていながらこの状況に持ち込んでしまった自分たちにこそ非があると 闘をしていればその消費だって凄まじいものになって当然だ。 きた後のお披露目ですぐに見ていた全員が分かったことだし、あれだけの激しい機動戦 一夏に箒を責めるつもりは無い。元々紅椿のエネルギー消費の激しさは束がやって 頬の筋肉の強張りから箒が歯を強く噛みしめているのが分かった。 一夏の言葉に箒は何かを言いかけるも、すぐに口を噤んで俯く。僅かに見えた横顔、 !! ﹁い っ た ん 引 く ぞ ﹁一夏 ! ﹁了解ですわ ! ! 1246 小さく頷くものの、依然表情に射した影は消えない。 無理もないかと思う。あれほどまでに意気込んでいたのだ。事実、その意気込みに見 合うだけの働きはしつつあった。だがそんな最中でのコレだ。気落ちしてしまうのも 分かる。仮に一夏が箒の立場だったとしても、箒ほどにあからさまな落胆こそはしない だろうが、色々と複雑な胸中になっていただろうことは想像に難くない。 ︵さて、どうしたものか⋮⋮︶ ﹂ とりあえずは戻ったらメンタルの方のフォローでも試みてみようかと思った。その 後ろです ! 直後だ。 ﹂ !? ! ﹂ それより撤退に集中しろ 弾幕を打ち込んでくる。 ﹁くっ ! スターライトを構えて迎撃しようとしたセシリアを一夏は制す。まだ光弾も適当に ! ! ﹁構うなオルコット ﹂ こちらが気付いたことを向こうも察したのか、高速で向かってきながら銀の鐘による ずの福音が確実にこちらとの距離を詰めてきていた。 セシリアの声に後方を見て一夏は驚愕を顕わにする。間違いなく引き離していたは ﹁嘘だろぉ ﹁織斑さん 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1247 動けばそれだけで回避できるくらいには距離が離れている。むしろ、下手に迎え撃とう として距離を詰められる方が状況的には不味い。 ﹂ ? ﹁一夏 ﹂ くまで寄ると半ば強引に箒を押し付ける。 一夏の突然の言葉に箒もセシリアも怪訝そうな顔をする。だが一夏はセシリアの近 ? ? ﹁ど、どういうことですの ﹂ ﹁オルコット、箒を預かってくれないか﹂ セシリアに呼びかける。 しばし口を噤み、一夏は真正面を見据える。そして一度深呼吸をすると、再度通信で ﹁⋮⋮﹂ の近くでの交戦に持ち込むことはとても良いとは言えない。 既に他の専用機持ちの面々も出張りに来ているとはいえ、旅館に、というよりも人里 女の言う通りだ。このまま逃げ続けても福音は追って来る。 状況としては非常に良くないケースである一夏の予測にセシリアは無言で頷く。彼 ﹁下手すりゃ旅館近くを戦場にする、か に入っているとのことですが、このままでは⋮⋮﹂ ﹁ですが、このままでは追いつかれますわ。既に司令部から他の皆さんたちが出撃体勢 1248 ﹁おい、おい一夏 どういうことか説明しろ ﹂ ﹁篠ノ之さんに同じく。何か策でも思いつきまして ! ﹁織斑さん ﹂ ﹂ ﹁オルコット。ここから先は全速前進、振り向くな。旅館まで一気に突っ走れ﹂ と視線を後方の福音の方に向ける。そして再度箒とセシリアの方を向く。 理由を求める箒とセシリアに一夏は策があるわけじゃないと首を横に振ると、チラリ ? ! 無い雰囲気にセシリアが小さく眉を顰める。 静かに、しかし有無を言わさない力強さを込めて伝えられた言葉から感じる言い様の ? ﹂ !! でしょう ﹂ ! ! ! ﹁だがこのままでもジリ貧だろ ﹂ ﹁自惚れないで下さい そんなことをすれば、どうなるか分からないあなたではない セシリアが声を張り上げる。 ﹁何を馬鹿なことを ﹁俺が殿をやって福音を足止めする。その間に、二人とも逃げ切れ﹂ しんがり は今まで以上に蒼白なものになっていた。 先に察したのは箒の方だった。一夏が考えていること、それを理解したからか箒の顔 ﹁一夏、お前まさか⋮⋮﹂ 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1249 セシリアの一喝に一夏も声を大にして反論する。 なぁに、逃げまわってりゃそのくらい ? 一夏が ! !! と真正面から向かい合う形になる。 離してくれ ! 込む。 飛び続けながらも腕の中で自分を振り解こうともがく箒をセシリアは力ずくで抑え ﹁オルコット ﹂ そして一夏は飛ぶ速度を大きく落とすと同時に全身ごと後方を向き、迫ってくる福音 ﹁あぁ、お前たちも気を付けて﹂ ﹁⋮⋮では﹂ ﹁まぁ、善処はするよ﹂ もしません。無事に、戻ってきてください﹂ ﹁ご武運を。ですが一つだけ約束しなさい。どんなに無様でも良い、決して笑いも非難 そして僅かに瞑目し再びを目を開くと、まっすぐに一夏の目を見ながら言った。 う。それを見てセシリアは口を紡ぐ。 心配など不要、そう言い聞かせるように一夏は余裕を含んだ笑みを浮かべながら言 の時間は稼げるだろうさ。別にケツまくって逃げるのが苦手ってわけでもないからな﹂ に、もう他の連中も出張りに来ているんだろ ﹁俺に構うな。良いから先に行け。今一番安全を確保しなきゃいけないのは箒だ。それ 1250 ﹁オルコット ﹁だが ﹂ でください﹂ ﹂ ただでさえ本来のミッションは失敗、この上さらにわたくしに責務の不履行をさせない ﹁できない相談ですわ。わたくしは、彼にあなたを無事に帰還させるよう頼まれました。 !!! ﹂ なおも言い縋ろうとする箒を、セシリアもまた声を張って抑える。 ﹁彼は !! !! 篠ノ之さん、通信で本部に連絡を ﹂ 後発隊の到着を急がせて まだ間に合う、いいえ。間に合わせなければいけない ﹁速度を上げますわ 下さい !! ! 残してきた級友の事を考えつつも、二人はただ真っ直ぐに拠点への帰還を急ぐ。後方 ﹁⋮⋮っ、分かった﹂ !! ! さ、苛立ち、無念、そんな諸々が入り混じった感情だった。 僅かに震えるセシリアの声、歯を食い縛っていることが分かる表情に浮かぶのは悔し ﹁オルコット⋮⋮﹂ はできない﹂ 事に戻ることができなければ、彼の覚悟が無駄になります。わたくしには、そんなこと ﹁彼は、そのことも承知の上でそうすることを選んだのです。今ここでわたくし達が無 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1251 ﹂ の遠く、何かが爆発するような音が断続的に聞こえてきたが、それでも二人が振り返る ことは無かった。 ﹁私は、なんて無力なんだ⋮⋮ だ。あまりとやかくは言わないで欲しい。 まぁ色々言いたくなる気持ちは百も承知なのだが、自分なりに腹を括っての選択なの 切断していた。特に管制室、姉や副担任があーだこーだと喧しくてたまらなかった。 誰も聞いている者は居ない。旅館にある管制本部からのものも含めて、通信は軒並み 二人が飛び去って行ったのを確認しながら一夏は自嘲気味に呟く。 るんだよなぁ﹂ ﹁さてと、オルコットにはあぁ言ったけど、大概において殿の末路なんてものは決まって だけであった。 れたその声はセシリアの耳にも届いていたが、何を言うでもなくただ速度を更に上げる 通信を終え、セシリアの腕の中で箒は震えながらか細い声を絞り出す。悔しさにまみ ! 1252 ﹁味方の女二人を庇って一人果敢に殿、か。ヤベーよオイ。今の俺最高に決まってるぜ。 見た目どころかメンタルまでイケメンとか、時代は俺に傾いたか﹂ こんな軽口が自然と口を突いて出るのは、きっとどこかで張りつめたものがあるから なのだろう。だが、これから挑む状況を考えればこのくらいの精神状態の方が丁度い い。 ふうっと軽く息を吐くと、一夏は浮かべていた笑みを消して鋭い眼差しで真正面を見 つめる。 !! だ彼ら彼女らと共に過ごしたいし、一緒にやりたいことだって山とある。 シルバリオ・ゴスペル ﹁だから、お前を叩き落とすその時まで盛大に足掻かせて貰うぞ、 銀 の 福 音 ッッ ﹂ 姉、師、弾に数馬の二人の親友、互いに切磋琢磨を誓い合った学園の級友達、まだま ﹁けど、まだ未練はあるんだよ﹂ のつけ方だと思う故にだ。 んじて受け入れる、そう三年前に決めたのだ。唯一それが、かつての出来事へのけじめ たとしても、一切の文句は言わない。どれだけ足掻こうが、最後に訪れる結果だけは甘 覚悟はできている。自分で選んだ結果だ。例えこの場が自分の命運尽きる場であっ いつも通りに進むんだろうけど││︶ ︵さて、一体どう転ぶやら。まぁ、よしんばくたばったとしても、きっと世はことも無し、 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1253 ついにハイパーセンサーに頼らない肉眼でも視認できる程に迫り、交戦の意思を示す ように背中の両翼を大きく開いた福音へ向けて一夏は吼えた。 蒼月の刀身が高周波振動の嘶きを上げ、奔る熱線は紫電を散らす。長く時間を掛ける ﹂ つもりは無い。増援が間に合おうが間に合わなかろうがどうでも良い。短期決戦、一気 に片を付ける。 ﹁行くぞぉおおおおおおおお ﹁⋮⋮ハッ、結局このザマか⋮⋮﹂ そして││ た光弾が各所に当たっていき、シールドを削り、装甲を砕く。 払っていき、刃が届く範囲まで己を近づかせようとする。その最中にも捌き切れなかっ 迎え撃つ福音が放つ光弾の雨、かわす素振りなど一切見せず、ただ我武者羅に切り 雄叫びと共に真っ向から福音への吶喊を敢行した。 !!!! 1254 小島と言うこともできない、たまたま海面から顔を覗かせただけだろう小さな岩礁に 立ちながら一夏は呟く。 既にシールドの残量は一割を切った雀の涙、装甲の各所は砕け焦げ付き、機動性の要 であるスラスターもほとんど使い物にならない。 蒼月も刃から輝きを失い、高周波振動機構も切れた、ただ少しばかり他の刀剣型武装 より威力がマシなだけの平凡な刀に成り下がった。 切っ先を岩に突き立て、刀を杖のようにして立ち続ける自身の姿に、一夏は何気なく クラス対抗戦での簪との試合を思い出す。そういえば、結局あの時の借りを返していな かったなと思いつつも、今更なことかと小さく笑う。 ﹁⋮⋮良いぜ、来いよ﹂ りもないことは誰が見ても明らかだ。 う。 銀 の 鐘、計三十六に至る砲門からの光弾による一斉掃射、今の状態で受ければ一溜 シルバー・ベル ゆっくりと、福音が両翼を広げる。もう見慣れた動きだ。止めを刺しに来るのだろ は、ただ無機質にこちらを見下ろす鋼鉄の頭部だけだ。 うな頭部装甲からは、その中にあるだろう人の顔を窺い知ることはできない。見えるの 見上げれば太陽を背にして福音が宙に佇んでいる。フルフェイスのヘウメットのよ ﹁まったく、何が暴走機体だよ。下手に人が動かすよか強いだろ、アレ﹂ 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1255 これが最期だと言うのであれば、変に足掻いて晩節を汚すのは格好がつかないだろ う。ならば、最後までしかと全てを受け止める。 そうして光弾の一斉射が放たれた。 福音の光弾は何とも奇怪なことに、その一つ一つが羽のような形をしている。 自身に殺到する光弾、それを見ながら一夏の胸中に沸いたのはある種の感動に近いも のだった。 燦然と輝く陽光の下、輝く羽が無数に降りしきる光景は宗教観念などにお世辞にも関 心があるとは言えない一夏を以ってしても、思わず見事と唸りたくなるような一種の荘 厳さを持っていた。 だが、その羽は自分に文字通り生命の危機を齎すものだ。実に矛盾していると言える かもしれないが、間近に命の危険が差し迫ったこの状況で、一夏は常以上に自分が今こ の場に生命を持って立っていることを実感した。 ﹂ 荘厳さと生命の脈動、二つの大きな存在の実感に紛れもなく今この瞬間、一夏の心は アーッハッハッハッハ !! 打ち震わされていた。 ハッハッハッハッハ !! する恐怖、今の状況が生み出す強烈な、言い表しがたい感情に一夏は血の沸き立ちを、 自然と哄笑が湧いてくる。荘厳という光景に立ち会えた歓喜、生命の危機に本能が発 ﹁は、はハ、アはハ ! 1256 ﹂ 心、あるいは魂の猛りを感じていた。 ﹁俺は今、生きている⋮⋮ し、ぼんやりと思う。 が海へと放り出される。耳朶を打つ水の音に一夏は己が海に沈みつつあることを理解 岩礁が砕け散り、白式が負荷限界によって強制解除されたことで身一つとなった一夏 呑みこまれていった。 至った結果は敗北だというのに不思議と充足感を感じながら、一夏の総身は爆発へと !! そしてゆっくりと、一夏の視界は漆黒の闇に染まっていった。 ていた。 んな所で倒れる無様、果たせなかった約束、諸々への詫びの言葉がその一言に集約され 最後に思ったのがこの四人なのは、やはり一夏にとって本当に特別だからだろう。こ ︵悪いなぁ、姉貴、数馬、弾。あと、スンマセン師匠︶ 第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル 1257 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は⋮⋮ 福音迎撃作戦が失敗に終わった後の旅館、その一角では集った専用機持ち達が一様に 沈痛な面持ちを浮かべていた。 単身福音の足止めを行った一夏の援護のため、待機していたシャルロット、ラウラ、 鈴、簪の四名が現場に急行するも、通信切断時点で観測された交戦ポイントに到着した 時には一夏も福音もその場に姿は無かった。 即座に一夏が福音に撃破され、福音は既に場を去った後ということを察したラウラの 指示の下、四人は周囲一帯を捜索。そして捜索開始から20分の後、海面に浮かんだ岩 ﹂ 礁の一つに引っかかる形で倒れ込む一夏が発見された。 ﹁致命的な損傷は回避しているとのことだったな かされている部屋の前だ。今も一夏は閉じられた襖の無効で布団に横たわり、意識を 一夏の容態を確認するラウラにシャルロットが答える。彼女らが居るのは一夏が寝 ど、そこまで酷いものじゃないみたい﹂ 除、そこから来るショックが原因だろうって。火傷とかもあちこちにあるみたいだけ ﹁う ん。気 を 失 っ て い る の も 絶 対 防 御 の 発 動 と ダ メ ー ジ の 過 負 荷 に よ る I S の 強 制 解 ? 1258 ﹂ 失ったままの状態にある。 ﹁白式はどうなってんの 上の重さが籠った音に一同が音のした方を振り向く。 不意に何かを叩くような音が廊下に響く。決して大きな音ではないが、単純な音量以 ドン││ 言える。気になった鈴に一夏と同じく倉持技研を専用機の開発元とする簪が答える。 損傷を負ったのは一夏だけではない。むしろ彼が纏っていた白式の方が傷は深いと てるから、ほとんど総掛かり状態﹂ ﹁倉持の人達が予備パーツとかで修復作業に入ってる。私の弐式のチームも駆り出され ? これでは、一体何のための代表候補生、何のための専用機だと言うのです⋮⋮ ﹂ ! れをセシリアは感じずにはいられなかった。 らない故に、それに伴う責務を、今回の場合は任務を果たせなかった自身への憤り、そ 抑え込もうとする激情を隠し切れない言葉だ。自分の持つ肩書きへの自負が並々な ! ﹁任務を果たせないばかりか、味方をただ一人残して逃げることしかできないなど⋮⋮ 顔には険しさがありありと浮かんでいる。 四人から少し離れた場所でセシリアが握り拳を壁の柱に叩きつけていた。俯いた横 ﹁無様この上ないですわね⋮⋮﹂ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1259 ﹁落ち着きなさいな、セシリア。あんた、ちゃんと箒を無事にここまで連れてきたじゃな い。それだけでも十分よ。それに、一夏があそこで残ったのは一夏自身が選んだこと。 まぁあいつなりに覚悟は決めてたんだろうし、あんたがそこまで気負う必要もないわ よ。それに││命があるだけ御の字だわ﹂ そもそも出撃自体できなかったんだし﹂ ? 声を掛けようとする鈴だが、箒はそれを掲げた手で遮る。 ﹁箒││﹂ くりと出てくる。 言って鈴は閉じられた襖に目を向ける。直後、静かに襖が開き中から俯いた箒がゆっ ﹁あと気になると言えば箒だけど││﹂ べた表情から各々鈴と同じような思いを抱いていることが伺えた。 としかできなかった自分へのいら立ちが滲んでいた。残る三人も何も言わないが、浮か 飄々とした調子で言っているが、鈴の言葉には福音との戦いをモニター越しに見るこ るのよ ﹁気持ちは分かるわよ。というか、戦わなかったあたしら四人だって結構ズッシリ来て です﹂ れ言うことは彼の覚悟に泥を塗るようなものなのでしょう。ただ、どうしても悔しいの ﹁凰さん⋮⋮。そうですわね、申し訳ないですわ。えぇ、きっとここでわたくしがあれこ 1260 ﹁すまない。少し、一人にさせてくれ。気持ちを、整理したい﹂ それだけ言うと箒は歩き去っていく。その背が見えなくなった所で、鈴は小さくため 息を吐く。 ﹁参ったわねぇ。ありゃかなりへこんでるわよ﹂ ﹁無理もないだろう。おそらく、作戦の失敗は自分に原因があると思っているはずだ﹂ ﹁あいつ結構お堅いものねぇ。思い込んだら一直線って言うか、考えが悪い方にループ 入ってるかもね﹂ どうしたものかと鈴は肩を竦める。 はいえ⋮⋮﹂ 回ばかりは教官の考えに疑念がつきないよ。いかに篠ノ之博士の提言を受けたからと れでも全員が無事に帰投をすることはできただろう。⋮⋮あまり言いたくはないが、今 確実にこのような事態は防げたはずだ。よしんば福音の撃墜が叶わなかったとして、そ ﹁失敗の要因など他にもある。そもそも三機だけでなく、残っていた我々全員も出れば 続く。 そうラウラは言うが、言葉に箒を非難する調子は無い。だが、と前置きをして言葉は な⋮⋮﹂ ﹁確かに、紅椿のエネルギー切れが失敗の直接的要因になっているのは否めないのだが 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1261 腕を組みながらラウラは渋面を浮かべる。 出すつもりだった﹂ ? ウラもそのような話の裏付けになる証拠を見たことが無い故に、自分で話していながら 簪の話はラウラも聞き覚えがあるのか、納得するように頷く。だが、簪もそうだがラ かったことは無いから、まさしくただの噂話でしかなかったが﹂ ﹁聞いたことがあるな。とは言え、どれだけコアを精査しようがそのような痕跡が見つ 掛けるくらいはできる﹂ 噂。もしもそれが本当だとしたら、きっと私たちに、正確には私たちのISに何かを仕 にはそのコアに対して開発者としての管理権限とかを握っているのかもしれないって ﹁ISの業界のあちこちで結構前から言われてることだけど、篠ノ之博士は全IS、正確 わりはないと判断したのか、再度眼鏡を持ち上げ直して続きを言う。 問うてくるセシリアに簪は答えようか一瞬逡巡する。だが言っても言わなくても変 ﹁更識さん。変なこと、とは ﹂ 度は妥協する必要があったんじゃないかな。現に、織斑先生だって最初は私たち全員を ﹁なんていうか、上手く言えないのだけど、篠ノ之博士が変なことをしないようにある程 クイと眼鏡の位置を整えながら簪は言う。 ﹁多分だけど、篠ノ之博士が居たからだと思う﹂ 1262 もどこか疑いを拭い去れない様子だ。 ﹁て い う か さ、な ん で 篠 ノ 之 博 士 が あ た し ら に ち ょ っ か い 掛 け る っ て の よ 私たちが動くのは邪魔ってこと﹂ あ の ブ 出撃前に言っていたこと、それが事実なら博士は篠ノ之さんを目立たせたい。だから、 ﹁これも予想でしかないけど、博士は篠ノ之さんをかなり強く推していた。織斑くんの リーフィングの様子だとあの人、あたしらのことなんてまるで眼中に無かったわよ﹂ ? そんな、無茶苦 ? ﹄ ? ﹁同じ変わり者の姉を持つ妹の勘﹂ け簪は至極大真面目な顔で言った。 人差し指を立てて別の理由を挙げる簪に四人が揃って首を傾げる。そんな面々に向 ﹃ た方が良い。あと、もう一つ根拠がある﹂ パラメータがバグを起こしてるレベルの異常。ありえないことだって有り得ると思っ ﹁私も、少し飛躍しすぎかなとは思ってる。けど、向こうは不世出の大天才、ゲームなら を微塵も揺らがせない。 信じられないと言うように鈴は頭を振る。だが簪は眼鏡の奥で瞳に宿した怜悧な光 茶よ﹂ ﹁⋮⋮いやいや、いくらなんでもちょっと話がぶっとび過ぎじゃない 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1263 ﹃⋮⋮﹄ さてどう返すべきか、あるいはツッコミを入れるべきなのだろうか。そんな風に迷う 四人だった。そしてもっとも早くレスポンスを返したのは鈴だ。 ﹂ ? ? いでしょ。今大事なのは、あたしたちがどうするかだと思うんだけど 言って鈴は四人一人一人に視線を合わせていく。 何かできるなど⋮⋮﹂ ﹂ ﹁凰さん、わたくし達がとは言いますが、織斑先生より待機を命じられているのですよ ? 一夏の回収が終わり、昏睡状態にある彼を除く専用機持ち六人に命じられたのは他の ? ﹁⋮⋮まぁ良いわ。そこはそっちの姉妹の問題だし。というか、博士がどーのも別に良 言わないことにした。 るものの、この場でそれを聞くのは何となく時間の無駄になるような気がするので何も アレなどと物扱いすることのどこがコミュニケーションなのかと問い詰めたくはあ ﹁大丈夫、ただのコミュニケーション法だから﹂ ﹁いやいや、曲がりなりにも実の姉をアレ呼ばわりは無いでしょ﹂ ﹁そう。高スペックと編み物下手とチャランポランが服着て歩いてるアレ﹂ 長っていう人だっけ ﹁えーと、変わり者の姉で、妹の勘 えっと、あんたのお姉さんって確か学園の生徒会 1264 生徒達同様の待機だった。 そんなことは分かっていると鈴は吐き捨てる。 よ。けどね、これは命令とかそういうのじゃなくて、意地の問題。別に、最初の出撃に ﹁分 か っ て る わ よ。あ た し だ っ て 鶏 じ ゃ な い の よ。言 わ れ た こ と く ら い は 覚 え て る わ 出なかったことはもう過ぎたことだから何も言わない。織斑先生にだって文句は無い。 けどね、一夏を、箒を、セシリア、あんたもよ。あたしのダチを、仲間を、傷つけた挙 句ノウノウと好き勝手してて、しかももしかしたらもっとあたしのダチや仲間、知り合 いを傷つけるかもしれない奴。それをほっとくなんてあたしにはできないのよ﹂ 唇の間から犬歯を覗かせ、唸るように言う鈴の言葉には福音への怒りが滲んでいた。 備でもしに行くのだろう。それを止めるべきだとセシリアは思った。だが、引き留める そして鈴は踵を返すとそのまま歩き去ろうとする。おそらくは福音に挑むための準 良い話よ﹂ しょうけど、一発ぶん殴るくらいはできると思うわ。そしたら、さっさと引き上げれば ﹁別 に み ん な が 行 か な い っ て な ら あ た し 一 人 で も 行 く わ よ。ま ぁ、勝 つ の は 厳 し い で ﹁凰さん⋮⋮﹂ うだとは思うわよ。けど、それとこれとは話が別。きっちり落とし前はつけさせるわ﹂ ﹁そりゃね、暴走した福音や、運悪くそれに乗ってたアメリカのパイロットさんも可哀そ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1265 言葉が喉まで上がってきたのにそこから先へ進まない。どうしても言うことができな かった。 何故と自問する。そうこうしている内にも鈴は行ってしまうだろう。どうしようも おそらく指揮 できないもどかしさ、それが胸中で渦巻いていく中、ラウラの声が鈴の背に掛けられた。 ﹂ ? ﹁織斑の回収が終わって程なくしてからだがな、母国の部隊の者に福音の衛星での追跡 に唇に笑みを浮かべながら言う。 る。そんな四人の小さいながらも驚きのこもった視線が面白いのか、ラウラは得意そう その言葉に鈴が小さく目を丸くする。他の三人もどういうことなのかとラウラを見 でなくては、私や私の部隊の仲間の働きが水泡に帰してしまう﹂ 一人は無謀だ。こういう時だからこそ、仲間を頼るべきだろう。私のような、な。そう ﹁まったく、その思い切りの良さや勢いはきっとお前の長所なのだろうが、それにしても た表情を浮かべる。 そんな無計画とも言える鈴の言葉にラウラはため息を吐く。その姿に鈴はムッとし ﹁決まってるじゃない。飛んでれば、どっかしらで見つかるわよ﹂ くつもりもないだろう 所の、教官達ならば捕捉しているだろうが、まさか教官の下に命令違反の宣言をしに行 ﹁まぁ待て、凰。お前が行くとして、福音の現在位置の当てはあるのか ? 1266 を頼んでおいた。米国の新型ISの暴走はドイツとしても放ってはおけん。例えばそ う、暴走した福音が日本本土に進行したとして、それで日本国内のドイツ大使館など関 連施設に被害があっては大変だからな。それを防ぐために、追跡監視を頼んでおいたの だ﹂ 探りを入れるような鈴にラウラは再度小さく笑う。 ﹁ラウラ⋮⋮。まさか、あんた﹂ ﹂ ? 織斑先生の、あんたの教 ? だからこそ、その千冬の命に敢えて逆らうという選択を取ったラウラに鈴は首を傾げ ちの殆どが知るくらいにはだ。 言えるだろう。それこそ、多少なりとも同じ学び舎の生徒として時間を過ごした生徒た 一組の生徒を始めとして彼女を慕う者は多いが、中でもラウラは群を抜いた慕いぶりと ラウラの千冬に抱く敬意は生半なものではない。IS学園には、千冬が担任を務める ﹁そうだな、お前の言う通りだよ。実の所、私も自分で自分に驚いている部分がある﹂ 官サマの命令に逆らうのよ ﹁⋮⋮いや、正直助かるってのが本音なんだけどさ。良いの その言葉に鈴はラウラも始めから福音の追撃に赴くつもりだったことを悟る。 が、私一人で無くて良かったよ。同士が居てくれるというのは、心強い﹂ ﹁ふっ、このまま何もせずに終わるというのは、私としても認めがたい所なのでな。だ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1267 たのだ。 ﹁まぁ、やらなきゃいけないことだし⋮⋮。あとは、お姉ちゃんにドヤ顔で自慢 ﹂ 間接的に自分たちも出ると意思を示したシャルロットと簪を交え、今度は四人が笑み ? しかないね﹂ よ。それに、ここで米軍の新型を倒したとなれば僕の評かは更にアップで大満足。やる ﹁正直ね、僕も友達がやられたのに回収以外できなかったってのは結構頭にきてるんだ 鈴とラウラに向けられる。 どこか呆れ気味のシャルロット、そしていつも通り淡々とした調子の簪、二人の声が ﹁仲間外れは、イヤ﹂ ﹁あのー、二人だけで満足してもらっちゃあ困るんだけどなー﹂ そして鈴とラウラはフッと微笑を交し合う。 ﹁⋮⋮オッケー。んじゃ、頼りにさせて貰うわ﹂ 威を野放しにしておけないのもそうだ﹂ すべきだと思ったまでだ。凰、同じだよ。倒された仲間の仇討ちもそうだ。このまま脅 強制力は落ちる。それに、以前に私自身で考えろと言った。そして自分で考えて、こう 遵守しただろう。だが今はあくまで学生、教官とも教師生徒の間だ。この時点で命令の ﹁確かに、これが本国の軍の作戦中で上官より下された命令だというなら私はあくまで 1268 ﹂ を交し合う。そして四人は同時に残る一人、セシリアへと視線を向けた。 ﹁な、なんですの⋮⋮ 取りながら言う。 四人の視線を受けて狼狽え気味になるセシリアに鈴が下から覗き込むような姿勢を けど、というか、むしろ出ない方をお勧めするけど﹂ ﹁いや、あんたはどうすんのかなーって。まぁ命令違反なわけだし、無理にとは言わない ? ﹂ ? ﹁はぁ、分かりましたわ。はっきり言わせて頂きますが、みなさん揃いも揃って大馬鹿で その一つ一つを見ていき、やがてセシリアは観念したように大きなため息を吐く。 取りの軽快さに反して四人がセシリアに向ける眼差しは真剣な色を帯びている。 即答で命令違反を犯す理由を答えた四人にセシリアは頬をひくつかせる。だが、やり ⋮⋮﹂ ﹁み、みなさん⋮⋮というか更識さん、いくらなんでも流れは流石にどうかと思いますの ﹁流れ ﹁満足できそうだし﹂ ﹁軍人として民衆の安全は第一だ﹂ ﹁福音ボコしたいから﹂ ﹁お、お勧めしないのならばどうしてっ﹂ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1269 すわ﹂ 歯に衣着せぬ物言いだが、それに反論する者はいない。馬鹿なことをしている、それ は当の四人が一番よく分かっているのだ。 どうか選ぶ権利がある。あいつの意思を確かめないのは、筋が通らないわ﹂ たちに比べたら個人としての戦力はちょっと低いだろうけどさ、あいつにだって出るか ﹁まだ、箒が残ってるわ。あいつだって出ようと思えば出られる。そりゃ、確かにあたし セシリアが参戦意思を表したことで話のまとめに入ろうとしたラウラを鈴が制す。 ﹁ちょい待ち。まだあるわよ﹂ ﹁よし、話は纏まったな﹂ わたくしも、このまま虚仮にされたままでは済ませられそうにないですもの﹂ ﹁えぇ、ここにわたくしセシリア・オルコットの福音追撃への参加を表明しますわ。││ その言葉が意味するところを察し、四人が浮かべていた笑みが深まった。 ﹁そして、どうやらいつのまにかわたくしもそのバカの一員になっていたようですわね﹂ 笑を浮かべた。 フッと、穏やかな微笑をセシリアは湛え、そして今度はどこか自嘲するかのような苦 ませんわ。むしろ小気味よさすらある﹂ ﹁ただ、不思議ですわね。愚か者とは本来気に入らないはずなのに、不思議とそうは思え 1270 ﹁だが、今のあいつはむしろそっとしておくべきでは⋮⋮﹂ 去り際の酷く気落ちした様子の箒を案じてか、ラウラは不用意に接触するのは控える べきだと言う。 ﹁ううん。むしろそういう時だからこそ、発破をかけるべきなのよ。それに、あいつは基 本クソ真面目だから下手に一人にさせとくと間違いなく考えが悪い方向にスパイラル するものって相場が決まってるのよ﹂ ﹂ ? のは鈴だ。歩きはじめと同時に己に喝を入れるように両頬を自分の手で張る。 ラウラの号令で五人は一度それぞれの準備のために歩いて行く。最後に動き出した 合だ。くれぐれも、先生方にバレるようなヘマはしないように。では、解散﹂ ﹁よし、それでは⋮⋮少し遅くなるがマルフタマルマルに最初の出撃を行った海岸に集 備しといて﹂ ﹁なら言い出しっぺてのもあるけど、あたしが箒に話しに行くわ。あんたたちは先に準 ﹁分かった。では篠ノ之の意思確認をしてからの出撃としよう﹂ ば、何かしら落ち着きはするんじゃないの きなのよ。あたしら全員で掛かれば、福音もなんとかなるでしょ。それをその場で見れ ﹁発散かどうかはしらないけど、とにかくあいつの中で何かしらの割り切りをさせるべ ﹁なるほど、つまりは多少無理にでも動かして発散をさせるということか﹂ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1271 ﹁さてと、あたしもチャッチャとお話しタイムと行こうかしらね﹂ そのためにはまず箒を見つけなければならないが、おそらく割り当てられた部屋には いないだろう。今の箒の精神状態から推察するに、どこか人気のない場所で一人で居る 可能性が高い。まずは旅館内、そして外と当てはまりそうな場所をしらみつぶしに探し ていこうと考えた。 の生徒たちが知るところとなっている。 一夏が特別任務で負傷をしたという事実は、仔細こそ除かれているものの、ほぼ全て ︵なまじ皆、良い者が多いだけに申し訳ないな︶ もすぐに黙るなりで対応ができる。 ごそうと思ったのだ。それに、トイレならば居てもさほど不自然ではないし、人が来て 聞かれるだろうから、それを回避するために就寝時間までは部屋以外の場所で時間を過 必要があったからではない。ただ部屋に戻っても間違いなく同室の者達にあれこれと ラウラは部屋に戻らず、廊下の途中にある女性用トイレの個室に居た。別に用を足す ︵さて、篠ノ之に関しては凰の手腕を頼りにするとしよう︶ 1272 千冬直々の説明によって事態の機密性などを知っているため、積極的に何事かを探ろ うとする者は居ないだろうが、それでも聞いてくるだろうということは想像に難くな い。 それも、教員ほぼ全員が緊張感に包まれたこの現状ならば仕方のないことと言える。 小柄な手に力を込めて拳を握りしめる。眼帯に封じられていない右目に強い意志の ︵だから、皆の不安を払拭するためにも福音は必ず倒す︶ 光が宿る。 ﹁ご苦労。現地時刻マルフタマルマルを出撃時刻としているが、間に合いそうか ﹂ ﹃おそらく9割方で間に合うでしょう。居場所以外の、確認できる情報も可能な限り間 ? ﹃既に衛星の使用許可は下りました。目下、福音の居場所を捜索中です﹄ 通信に応じた相手、クラリッサ・ハルフォーフ少尉にラウラは素早く状況を聞く。 ﹁ラウラ・ボーデヴィッヒ中尉だ。少尉、状況はどうなっている﹂ ﹃受諾、クラリッサ・ハルフォーフです﹄ は非常時と言える状況であるため言い分など幾らでも立つ。 の部隊に繋がる特別な回線だ。使用には色々と面倒な決まり事やら何やらがあるが、今 制服の懐からドイツから持ってきた、愛用の携帯端末を取り出す。呼び出すのは祖国 ﹁さて、状況はどうなっているのか⋮⋮﹂ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1273 に合わせます﹄ ? しない方がよろしいです、ハイ﹄ ﹁無論そのつもりだが、どうしたのだ ﹂ ﹃中尉に限ってそのようなことはありえないと私は信じていますが、決してヘマの類は 首を傾げながらもラウラは言葉の続きを待つ。 それまで凛々しかったクラリッサの口調が急に言いよどむ様な調子になる。それに ﹃ご武運をお祈りしています。それと、その⋮⋮﹄ ことはやるさ﹂ ﹁フッ、そこまで野心家なつもりはないが。いずれにせよ、祖国のためになるならやれる 採取ができれば中尉の評価は上がるものと思いますが﹄ ﹃上も米軍の新型に強い興味を示しています。私見ですが、何かしらの有用なデータの はラウラにとっても非常に助かることだった。 今回のような急な、それも少しばかり無茶がある頼みごとにも快く応じてくれたこと 思っている。 て姉のように頼れるクラリッサの存在はラウラにとって巡り合えたことを常々僥倖と 祖国の部隊では右腕であり、軍属の経験の長さとしての先輩であり、時に公私に渡っ ﹁よろしく頼む﹂ 1274 ﹃いえ、今回の案件に関してはなるべく情報の伝達を必要最低限に抑えていたのですが、 いつの間にやらヴァイセンブルク少佐の耳に入っていたらしく。それで少佐から中尉 に言伝がありました。曰く、﹁ドイツの名に泥を塗るような真似をしでかしたら覚悟し ておけ﹂と﹄ ﹂ ! とは今も思い出すだけで苦い顔をしたくなるほどに厳しいものであった。千冬の期間 有望株である。そうして歩む中でエデルトルートの指導も受けたのだが、その期間のこ ラウラもクラリッサも共に将来のドイツIS乗りを背負って立つことを嘱望される 女傑と言える人物だからだ。 ルトルートが自他共に非常に、それこそ下手をすれば千冬以上に厳しい女傑を超えた超 しかしながらラウラが戦慄し、クラリッサがややビビり気味になる理由。それはエデ ず、現在の世界全体を見渡しても最上級。早い話がドイツ版織斑千冬である。 火器を巧みに操る実力は一線を退き後進の育成に従事する今もなお微塵の衰えを見せ 連邦軍少佐、ドイツ国内のIS乗りとしては最古参であり、大口径の砲を始めとした重 エデルトルート・フォン・ヴァイセンブルク。それが件の人物の本名である。ドイツ の言葉の中に出てきた人物は、ラウラにとってそれだけの意味を持つ者なのだ。 クラリッサから伝えられた内容にラウラの顔に戦慄に近い色が浮かぶ。クラリッサ ﹁なん⋮⋮だと⋮⋮ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1275 限定の訓練もそれはそれで厳しかったが、それでも耐え抜けたのはそれ以上に厳しい経 験をしていたからに他ならない。 もしも万が一のことになったら、夏は色々な意味で熱くなりそうかと ? ﹁福音、弱ってると良いなぁ⋮⋮﹂ そう、分かっているのだが言わずにはいられなかった。 ︵このようなことを考えるのは不謹慎だと分かっているのだが⋮⋮︶ そして端末での通話を切ったラウラはふぅ、と軽く息を吐くと天井を仰ぐ。 ﹃承知しました。隊長もお気を付けて﹄ の成否に大きく関わるのだ﹂ ﹁と、とにかくだ。分かったことがあったら頼むぞ。そちらが齎してくれる情報が、作戦 火に晒されることになるだろう。さすがにそれは御免こうむりたい。 を晒すようなことをしでかしたら、今年の祖国で過ごす夏は轟音と熱波をまき散らす砲 れ以上に気を抜けない理由ができてしまった。もしもクラリッサの言う通りに不手際 声に緊張を隠し切れないのがラウラ自身分かった。使命感もあるが、下手をすればそ ﹁う、うむ。そうだな、肝に銘じておこう﹂ ⋮⋮﹄ 定でしたね ﹃確かそちらの夏休み頃に、一度報告やレーゲンの調整も兼ねて一時帰国をされるご予 1276 後々のことを考えるとそう思わずにはいられないラウラだった。 も含めて案外自分に合っているのではないかとこの頃思うようになってきた。 元々は母を亡くしてから身を立てるために飛び込んだIS乗りの道だが、適正のこと きる︶ ︵世の中そんなに美味しい話はないからねぇ。それに、少しはリスクがある方が緊張で している。それを踏まえた上で、シャルロットは是とした。 だがこれは場合によっては命を掛けなければならない実戦、それなりにリスクも存在 た。 ができるというのはそれだけでシャルロットに参戦の意思を固めさせるには十分だっ もちろん敵討ちのつもりもある。だが、米軍が開発した新型の性能を間近で得ること ﹁ま、織斑くんには悪いけど、せっかくの機会だからね。存分に使わせてもらうよ﹂ 廊下の一角で窓から夜空を眺めながらシャルロットは一人呟く。 ﹁まさか、こんな展開になるなんてねぇ﹂ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1277 ﹁とりあえずは、良かれと思って会社に貢献しとこうかなぁ。特別手当とか出たら大満 足なんだけど⋮⋮﹂ そんな自分でも俗物的だと思わず苦笑してしまうようなことを呟いて、シャルロット オルコットさん ﹂ は不意に背後に感じた気配に静かに後ろを向いた。 ﹁あれ ? ﹂ ? ﹁う∼ん、概ねはラウラと一緒かなぁ。放っておけないっていうのもあるし、織斑くんの うに小首を傾げてから答える。 先に言葉を発したのはセシリアだ。投げかけられた問いに、シャルロットは考えるよ ﹁デュノアさんは、なぜ追撃に参加を そのまま二人は並んで立って夜空に視線を向ける。 ﹁ありがとうございます﹂ ﹁ううん、僕も気持ちは分かるから。うん、仕方ないよ﹂ ﹁えぇ、お恥ずかしい所をお見せしましたわ。あのように激してしまうなど⋮⋮﹂ ﹁気分は、だいぶ落ち着いたみたいだね﹂ いたものになっていた。 立っていたのはセシリアだった。一度別れる前とは違い、纏う雰囲気はだいぶ落ち着 ﹁デュノアさん⋮⋮﹂ ? 1278 敵討ちや、あとはちょっと我儘みたいだけど、このまま何もしないでいるっていうこと への抵抗とか。そんなところかな﹂ データを取って会社に云々は言わないでおく。あるいは既に察せられているかもし れない。何せ追撃に参加するメンバーは現状では分からない箒と、昏睡中の一夏を除け ば全員が祖国の候補生。ISに関わることで祖国の利になる行動ならば積極的に取っ て然るべき立場だ。 米国という、ISの登場による国際社会の大きな動きを経ても依然世界最大級の国家 としての威容を誇る国が作った新型のデータなど、取れる機会があるならば取ってしま うに越したことはない。どうせ、全員がその辺りの考えを候補生としての思考が多少な りとも巡らせているのだ。言っても言わなくても、特に変わりはしない。 しは⋮⋮﹂ ? ﹁もちろん、倒れた織斑さんの敵討ちや、候補生として他の皆を危険から守る責務なども 浮かべる。 する。そしてドンピシャリに正解だったのか、セシリアは恥ずかしそうに曖昧な笑みを セシリアが福音の追撃を志す理由、その内の最も強いだろう理由をシャルロットは察 ﹁意地とか、プライド ﹂ ﹁そう、ですわね。えぇ、それはきっと間違っていないのでしょう。ただ、やはりわたく 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1279 強く感じていますわ。ただ、それでもわたくしは、わたくし自身の雪辱を果たしたい ⋮⋮﹂ ﹂ 本当に自分勝手と自嘲気味に呟くセシリアを、シャルロットは静かに見つめる。 ﹁別に、それでも良いんじゃないのかな ﹂ 僕の中では大きいし。 それに、オルコットさんはきっとそういう自分の不手際とか放っておけないでしょ よ﹂ とも、この作戦だって五人は出るのが決まってるんだから。カバーしあえば何とかなる 身をしっかりさせてから、守るとか敵討ちとかは、それからでも良いと思うよ。少なく だから、まずはそれをスッキリさせるのを優先した方が良いと思うんだ。まず自分自 ? 思う所があるからね。この作戦だって、そのモヤモヤを解消するためっていうのが結構 もそも僕らは最初出撃さえできなかったんだから。それだけでも僕らにとっては色々 うよりも、僕もそうだしラウラや凰さん、更識さんもきっとそうだと思うんだけど、そ ﹁僕は、オルコットさんのような理由、考え方だって全然間違っていないと思うよ。とい する。 思いもよらなかったシャルロットの肯定の言葉に一瞬セシリアは呆けたような顔を ﹁え ? ? 1280 ﹁デュノアさん⋮⋮。えぇ、そうですわね。その通り⋮⋮。まずはわたくし自身がしっ かりせねば。そうでないのに守る、仇を討つなど、おこがましいですものね﹂ 胸の前に両手を運び、自分自身に言い聞かせるようにセシリアは静かに言う。そして 再びシャルロットに視線を向ける。澄んだ瞳の奥に、強い闘志の炎が滾っているのが シャルロットには見えたような気がした。 考えるのはこれから戦うことになるだろうISについてだ。数の上では間違いなく ︵福音、どうしよ︶ べきか、このような静かな空間で一人で居るというのが彼女にとっては心地よかった。 廊下を歩きながら簪はカチカチと打鉄の待機形態の指輪を弄ぶ。生来の性分と言う ﹁⋮⋮﹂ 返した。 改めて決意を表明するセシリアにシャルロットもまた静かに、しかし力を込めて頷き ﹁⋮⋮うん﹂ ﹁勝ちましょう、デュノアさん。必ず﹂ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1281 こちらが優位なのだが、決して楽観視することはできない。 ﹂ ? ﹁いえ、白式の応急処置がひとまず終了したので織斑さんの下に戻そうと。これ以上と ﹁川崎さんは、どうしてここに れなりに見知った間柄ではある。 る。簪自身、打鉄の制作にあたって彼には何度か世話になったことがあるので互いにそ 倉持技研において白式のサポートチームのリーザーを務めている技術者、川崎であ ﹁川崎さん﹂ ﹁おや、このような場所でとは意外ですね﹂ そうして部屋の前に差し掛かった簪は意外な人物と鉢合わせをすることになる。 姿を見ることで自分自身を引き締めさせるといったところだろうか。 本当に何も理由など無いのだが、強いて何か理由を付けるとしたら敗れ、倒れた彼の る部屋へと向かうことにした。 特別何か用があるというわけではないが、何となく思い立ったので簪は一夏が寝てい ︵ちょっと、見ていこうかな⋮⋮︶ 覚はあるが、それなりに意地やプライドだって持ち合わせているのだ。 候補生の肩書は決して伊達ではない。あまり感情を表に出すことが少ないという自 ︵けど、やるしかない︶ 1282 確か全生徒に自室待機が言い渡されていると聞いていますが﹂ なると最低でもIS学園の整備課に準じる設備が必要ですからね。││更識さんは何 故 一夏の腕に取り付ける。 川崎は静かに彼の傍まで歩み寄ると、懐から取り出した待機形態の白式である腕輪を 言って部屋の襖を開ける。開いた襖の奥、部屋の中では依然として一夏が眠っている。 涼しい顔でそう答える。川崎も特に疑問に思うことはないのか、そうですかとだけ ﹁ちょっと彼の様子を見に﹂ ? ﹁少し、意外ですね⋮⋮﹂ んていくらでも壊しても構いませんから﹂ 晒されることもあるかもしれません。その時は、まずご自身を優先して下さい。ISな ﹁更識さんも、これからIS乗りとしてご活躍をなさっていく中で時には大きな危険に 眠る一夏を見下ろしながら川崎は言う。 は壊れてもまだ修理が効きますが、人命はそうはいかない﹂ ﹁詳細は我々にも伏せられていますが、いずれにせよ彼が無事で良かったですよ。機械 直した以上はやることもなくなったのか、すぐに立ち上がる。 その光景を簪は川崎の一歩後ろで立ったまま眺めている。川崎も白式を一夏に付け ﹁これでよし、と﹂ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1283 それは簪の本音だった。川崎は紛れもない技術者だ。本人は謙遜をよくするが、少な くとも簪の目では一流と言っても良いレベルの腕前の持ち主だと思う。 そんな彼にとって自身が手掛けたISは彼にとって誇るべき作品と言えるもののは ずだ。それを壊してしまっても良いなどと。 にいつまでも居るのもあまり良くないと思い、簪もそれに続いて部屋を出ようとする。 最後の方だけ苦笑気味に言って、川崎は部屋を出ようとする。怪我人が寝ている部屋 でして。私も、流石にそう呼ばれるのは勘弁願いたいですかね﹂ して共感を覚える部分もあります。ただ、そういう人たちはいわゆるマッドというやつ める技術者も居るでしょう。そうした人たちを否定する気はありませんし、一技術者と 勿論、世の中にはそうした部分を度外視して、ただひたすらに技術や性能の追及を求 のです。 機のような他の兵器を上回りかねない。だからこそ、最優先すべきは人命とその安全な すが、その機能が十全で無くなった時、乗り手に降り掛かる危険はあるいは戦車や戦闘 ですが、それ以上に優先すべきことがあるというだけです。ISは確かに強力です。で ﹁自分が持つ技術を結集して作り上げた代物です。壊れて、何も思わないはずがない。 簪の考えを察したのか、川崎は静かな口調で語り出す。 ﹁確かに、何も思わないと言えば嘘になりますよ﹂ 1284 ﹁では、私はこちらなので﹂ ﹁あ、はい﹂ 部屋を出た時点で簪と川崎は向かう先が別々であるため、そのまま二人は別れようと する。だが歩き出す前に再び川崎が簪の方を向く。 さらないように。ご武運を﹂ ﹁余計なお節介になるかもしれませんが、最後に一つだけ。更識さん、決してご無理はな ﹂ ! ﹁お、見ーつけた﹂ 僅かに拳を握ると、眼鏡の奥に怜悧な光を宿らせて簪は再び廊下を歩き出した。 の表情に戻る。激励まで掛けられた以上は確実に任務を成功させなければならない。 そうして自分が一本取られたことを悟り僅かに頬を膨らませるも、すぐにいつも通り ﹁バレて、いたんだ⋮⋮﹂ そう言って悠々とした足取りで去っていく川崎を簪は呆然と見つめる。 ﹁あぁ、特に教員の方々に言うつもりもありませんのでご安心を。それでは﹂ ﹁えっ⋮⋮ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1285 ﹁凰⋮⋮﹂ 鈴が箒を見つけたのは探し始めてから30分ほど経ってからだ。旅館の中をくまな く、教師陣にばれないように配慮したうえで探してはみたものの見つからなかったた め、今度は外に捜索の足を向けたのだが、そうしたら予想外に早く見つけることができ た。 旅館の入り口を出てほんの数分歩いた、樹木が何本か生えているだけの広場に箒の姿 はあった。 励まそうとしてみるもすっかり思考がネガティブな方向に行っている状況に鈴はど ﹁ありがとう⋮⋮。あぁ、そうだな。本当にそうだよ。私は、本当に弱い⋮⋮﹂ んだけどあんたのキャリアを鑑みてもしょうがないとは言える﹂ あんたを責めるつもりは毛頭無いわよ。元々無理はあったようなもんだし、言っちゃな ﹁ま、気持ちは分からないでもないけどさ。ただ、これはみんなの共通意見だけど、別に 良くないモノであることを悟る。 べるだけでそれ以上を言おうとしない。それを見て鈴は瞬時に箒の心理状態が中々に 憂いを帯びた箒の表情を茶化すように鈴は言葉を掛けるも、箒は力の無い笑いを浮か ﹁すまないな。今は、そんな気分にはなれなさそうだ﹂ ﹁随分と浮かない顔してるじゃない。出撃前のシャンとした顔はどうしたのよ﹂ 1286 私が一夏に惚れていると﹂ うしたものかと内心で頭を抱える。数秒、互いに言葉を発さない沈黙が続いて、先に口 を開いたのは意外にも箒の方だった。 あぁ、そういえばそうだったわね﹂ ﹁なぁ凰。前にお前は、すぐに気付いただろう ﹁え ? 確か編入してすぐの頃だったかと鈴は記憶を掘り返す。 ? から素直に自分を鍛えれば良いのに、安易な道具に頼ってしまった﹂ ? 鈴としては自信を持たせるつもりで言った言葉だった。だがその予想に反して箒の ﹁⋮⋮﹂ だから。あたしだってそうだし﹂ の前のトーナメントで一夏に一撃当てたじゃない。あれ、結構驚いてる子が多かったん ﹁紅椿のことはこの際置いておくとしてよ。結構脈はあるんじゃないの あんた、こ ど、私は力が足りていなさすぎた。罰、なのかもしれないな。未熟は分かっている。だ て、昔以上に武道にのめり込んでいた。だからそれでだったら見てくれるかと思ったけ IS学園で再会したのは、だいたい六年ぶりくらいだったかな。随分と変わってい に私を見て欲しかった。 なかった。むしろ渡りに船とも思ってしまった。結局、そこだったんだよ。ただ、一夏 ﹁姉さんが誕生日にという理由でISを用意してくれた。拒否はできたんだよ。でもし 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1287 表情には更に影が射す。 ﹂ ? ﹁あたしも、あんたの境遇は一応話としては知っている。気持ちは分かる、なんてのはと 最初の一言は率直に感じたことだ。 ﹁あんたは、抱え込み過ぎなのよ﹂ は始まらない。 んな言葉を掛ければいいのかがすぐに思いつかない。それでも、何かを言わないことに ている。その姿を鈴は痛ましそうな表情で見つめる。何とかしたいとは思う。だが、ど 声を震わせながら箒は膝を抱え、組んだ腕の中に顔をうずめる。全身が小刻みに震え かも、もうどうしたら良いか⋮⋮。分からないんだ⋮⋮﹂ れないって思って。でもできなくて。何のために私は姉さんからこれを受け取ったの それでも、それでもだ。この紅椿でせめて一夏と肩を並べられれば何とかなるかもし という心すらもあやふやになって。私自身どうしたらいいか分からなくて。 んどんどん広がって。おかしいな、あんなに何年も私の中にあったはずの一夏が好きだ トーナメントのあの日、直接戦ったからこそ感じた違和感のようなもの。それがどんど ﹁分からなくなっているんだ、何もかも。一夏のこともそう。私自身のことすらもだ。 ﹁どういうこと ﹁トーナメント、そうだな。トーナメント、そこなんだよ﹂ 1288 ても言えないけど、それでもあんたもあんたでかなりしんどかったってことだけは理解 できてるつもり。 それでIS学園に来て、一夏に会って、でもあいつが変わってて動揺して、お姉さん にISに福音にって一杯あって。あんたは誰が見ても分かる真面目なやつよ。あたし はあんたのそういう所、嫌いじゃないしむしろ好きな方よ。でも、それのせいであんた は自分の身に掛かってることを真正面に受け止めすぎて、今こうして悩んでる。だか ら、抱え込み過ぎる﹂ もしかしたらとんでもない勘違いをしているのではないかと思いつつも、一度放たれ た言葉は止まることなく口から紡がれていく。 ﹂ ? ? したわ﹂ ﹁それは、先生たちの指示か ﹂ 確認したいから。あんた以外の専用機持ち、あたしも含めて全員福音を追撃することに ﹁なんかやっと本題入れたって感じだけどね。あたしがここに来たのはあんたの意思を ﹁凰⋮⋮ 部ぶん投げるわ﹂ い。けど、もしもあたしがあんたのように色々一杯あったら。あたしだったら、一度全 ﹁あたしはあんたとは違う人間だからこれが正しいなんてやり方を教えることはできな 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1289 その問いに鈴は首を横に振って自分たちが勝手に決めたことだと言う。 ﹂ ! ﹂ ? そしてようやく発せられた言葉は微かで、そして震えてもいた。だが、確かな箒自身 ﹁倒し、たい⋮⋮﹂ 差しの真っ直ぐさに箒は何かを言いかけるように数度口元を震わせる。 イエスかノーか、聞きたいのはそれだけだと言う。じっと自分を見つめてくる鈴の眼 ﹁できるかどうかじゃない。したいかしたくないかよ﹂ ﹁そ、それは⋮⋮できることなら⋮⋮﹂ ﹁福音、倒したいかどうかよ。あんたがこのままで良いのかどうか、聞かせて﹂ ﹁ど、どうしたいとは⋮⋮﹂ たはどうしたい お願いするようだけど、まずはそれ全部脇に置いといて無視して。それで答えて。あん ﹁さっきの言葉であんたが抱えてる悩みとか色々分かったわ。その上でちょいと無理な そこで鈴は一度言葉を切ってズイと自分の顔を箒の顔に近づける。 るって気にもなれないのよね。どうにも我慢ができなくってさ﹂ なーって自覚はあるわよ。けど、先生の指示だからハイそうですかって指咥えて視て ﹁セシリアも最初はそんな反応だったし、まぁあたしらみんな揃って馬鹿なことしてる ﹁そ、それはいくらなんでも 1290 の意思が込められていた。 ﹁オッケー。それで良いのよ﹂ 満足げに鈴は鷹揚に頷く。 一つずつ、ゆっくりやって ﹁まぁ何 色々あって大変かもしれないわよ。ただ、これはあくまであたしのやり方 だけど、別に一度に相手しなくっても良いんじゃないの ポンと鈴は箒の肩を軽く叩く。 をどうにかするのに力を入れれば良いと思うのよ﹂ も心残りだった福音、あんたは倒したいって思ったんでしょ だったら、まずはそれ きなさいよ。一夏がどうとか、あんたがどうとかは一先ず置いといて。あんたにとって ? ? ? いた。 かったが、あえて何も見ていない振りをして、ただ黙って箒の肩を優しくさすり続けて た そ れ は ポ ツ ポ ツ と 濡 れ 跡 の 点 を 作 っ て い く。そ れ に 鈴 は 気 付 か な い わ け で は な 無 その言葉に箒は再び顔を伏せて体を震わせる。伏せた顔から何かが落ち、地面に落ち ﹁⋮⋮﹂ とそうだと思うわ。だから、もう自分をどうこう思うのはよしなさい﹂ い。少なくとも、あたしはあんたの力になってやりたいって思う。他の連中だってきっ ﹁大 丈 夫 よ。あ ん た な ら ち ゃ ん と 全 部 や っ て い け る。い ざ と な っ た ら 周 り に 頼 れ ば 良 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1291 何のこと あたしはな∼んにも見ちゃいないけど ? ﹁⋮⋮すまない、みっともない所を見せた﹂ ﹁んー ? ﹂ ﹂ ないって話だし。それよりもしっかり気合い入れ直しときなさい。次は、勝つんでしょ ﹁⋮⋮別に良いわよ。ただ、あたしが人の落ち込んでるのを見るのがあんまり好きじゃ ﹁あ、あぁ。その、凰。すまない、いや、ありがとう⋮⋮﹂ 定だから。それまでにあんたも休んどきなさい﹂ ﹁まぁとにかくよ。落ち着いたなら早いとこ戻りましょ。一応今夜の二時に出るって予 り続ける。その姿に箒は何かを言いかけるが、結局言わずにそのまま呑みこむ。 ひとしきり落ち着いた箒がどこか恥じるような様子で言うが、鈴は素知らぬ態度を取 ? 1292 ﹁凰 ﹂ が、歩き出してすぐに不意に足を止めた鈴に、自身もまた足を止めて首を傾げる。 そのままスタスタと旅館の方へ戻ろうとする。その後を追って歩き出そうとする箒だ いつも通りの落ち着いた口調に箒がだいぶ調子を戻したこと悟り、鈴は小さく頷くと ﹁あぁ、無論だ﹂ ? ? ﹂ ﹁あー、そのさっきの一夏云々の話だけどさ。いや、見てて思ったんだけどあんたちょっ ﹂ と押しが弱くない ﹁え ? と思うんだけど﹂ ﹁いやだからさ。もうちょい肉食系で行けば、あいつだって男子なんだからイチコロだ ? ﹂ ! ﹂ !? ﹂ ! 吐く。 箒の胸から手を離した鈴は視線を落とし自分の体に目をやり、そして大きくため息を ねー。同い年でなんでこんなにも差が出るのよチクショー﹂ ﹁あ ー、あ ん た の こ と を 嫌 い じ ゃ な い の は 本 心 だ け ど、や っ ぱ こ の 胸 だ け は ど う に も 感触にあからさまに眉を顰めていく。 している箒の胸を鷲掴みにする。突然のことに困惑する箒を余所に、鈴は両手に伝わる 箒に近づいた鈴は迷うことなく両手を伸ばすと、制服の上からはっきりと自己主張を ﹁ひゃう ﹁そのデカいの使って落とせって言ってんのよ 業を煮やしたように鈴は振り返ると大股で箒に近づく。 ﹁だーかーらー、つまりはよ ﹁ま、待て凰。どういうことだ。まるで意味が分からないぞ﹂ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1293 ﹁あ、あの、凰﹂ ﹂ ? ﹂ ﹁クラス対抗戦のちょっと後に話さなかったっけ ? あいつのダチ、その一人よ﹂ 言って鈴が見せた携帯の画面には﹃御手洗 数馬﹄と記されていた。 ? ﹁確認と言うが、誰に確認するつもりだ 言いながら鈴は携帯電話を取り出しアドレス帳を開く。 多そうだし。あいつ、そこらへんはだいぶガッチリしているからね﹂ ﹁そりゃアレよ。意識してそうしてたんでしょ。女の園に男一人、考えてみりゃ気苦労 ﹁だ、だがあいつは同室の時には特にどうということは無かったのだが﹂ ﹁そう。あいつがあんたの胸に反応するかどうかよ。もっと言えば好みかどうか﹂ ﹁確認 ど、念のため確認でもしてみましょうかね﹂ ﹁まぁそれはあんたやあたし個人の問題ね。今は一夏の方よ。まぁ多分大丈夫だろうけ て鈴は更に大きくため息を吐く。 今まさに言おうとしていたことを先回りで封じられた箒は言葉に詰まる。それを見 ﹁うっ⋮⋮﹂ んなナメたこと言ったらはっ倒すわよ﹂ ﹁ストップ。肩こりがーとか街で視線がーだとか大きいは大きいで大変だーだとか、そ 1294 ﹃え 一夏の好みの胸 もも派だし﹄ ﹁なん⋮⋮ですって⋮⋮ あいつ胸の大きさは気にしないよ というかアイツ、太 ﹂ ? 葉は二人の予想の斜め上を行くものだった。 スピーカー機能で箒にも聞こえるようになっている電話口、そこから届いた数馬の言 ? ? ? こう、包容力とか穏やかさとか柔らかい感じ が良いのかな この前に会った時だ ? サーだよな﹂とか言ってたし﹄ けど、俺がやってたソシャゲ見てて﹁やっぱ25歳児最強に可愛いでファイナルアン ? ﹃更に重ねて言うなら、あいつは割と年上が好みな方らしいね。でも千冬さんとは違う、 撃に思考が麻痺しているだけなのかもしれないが。 配慮が出ているが、幸いにもそれは効果を発揮していたらしい。あるいは単に受けた衝 本来ならばキャラと言うべきところを敢えてタイプと表現するあたり彼の友人への ﹁あ、そ、そうなの﹂ あいつの好きなタイプの片割れはB72だし﹄ ﹃まぁ大きいに越したことはないだろうけど、そこまで気にするほどでもないと思うよ。 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1295 ﹁ゴメン何言ってるか分からない﹂ た。 ? ﹁凰﹂ なに ? ﹁何よ、もったいぶらずに言いなさいよ﹂ ﹁その、だな⋮⋮。いや、何でもない﹂ 歩きながら箒が声を掛ける。 ﹁ん ﹂ 互いに納得させるように頷くと、そのまま何事も無かったかのように歩き出していっ ﹁そうだな﹂ ﹁この話、無かったことにしましょ﹂ ﹁それはこっちの台詞だよ﹂ ﹁なんか、すんごく予想外だったんだけど﹂ しまい、鈴は箒と顔を見合わせる。 そのまま二言三言、言葉を交わして鈴は通話を切る。役目を終えた携帯を制服の懐に ﹃うん、それが良いと思うね﹄ 1296 ﹁いや、言うつもりだよ。だけど、皆が居る時に言う。正直、どこまでやれるかは分から ないが、頑張るつもりだ﹂ そう言って、鈴は口元に微笑を浮かべた。 ﹁そう、じゃあ頑張りなさいな﹂ そして時間は過ぎていき、時刻は午前二時前となる。既にほぼ全ての生徒たちが寝静 まっている中、一夏を除く六人の専用機持ち達の姿は旅館から離れた海岸近くにあっ た。 ﹂ ? 報を受け取った五人はそれぞれその内容を確認していく。 言うと同時にラウラは五人のISに部隊の仲間から受け取った情報を転送する。情 た。それぞれのISに座標を送るから確認してほしい﹂ ﹁よろしい。では、作戦に移るとする。先刻、母国の衛星が太平洋上の福音の姿を確認し だと言うように頷く。 無論そんなことはあるわけないのだが、一応として確認を取るラウラに全員が大丈夫 いないだろうな ﹁全員、揃ったようだな。念のため確認しておくが、先生方に見つかるようなヘマはして 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1297 ﹁ここから、おおよそ40分の飛行と言ったところか。そこで滞空中らしい。おそらく は昼間の戦闘のダメージなどを回復させているのだろう。つまり、今現在やつは消耗し ているということだ。この機会、逃す手は無い﹂ そしてラウラは全員の顔を見回す。 ﹁では皆さん、そろそろ参りましょうか﹂ る。 そんな二人の言葉はラウラ自身も尤もだと思っているらしく、同じように苦笑をす 許してくれるわけないと肩を竦める。 シャルロットはラウラの予想だにしなかった言葉が面白く、鈴は言い訳程度で千冬が ﹁正直、言い訳程度で千冬さんがどうこうしてくれるなんて可能性は薄いけどねぇ﹂ ﹁プッ、ククッ。言い訳って、ラウラったら﹂ その言葉に六人は一度目を丸くし、そして揃って噴き出す。 ﹁各員、叱責を受けた時の言い訳を考えておくように﹂ 出撃直前になってのこの言葉に六人が一様に頭の上に疑問符を浮かべる。 つ、やっておいてもらわねばならないことがある﹂ たとして、我々は少なくとも教官のお叱りを避けることはできないだろう。そこで一 ﹁改めて言っておくが、この行動は明らかな命令違反だ。よしんば福音の撃墜に成功し 1298 セシリアの言葉に従って皆が海岸に向けて歩き出す。 ﹁あ、あの。ちょっと良いか﹂ 歩き出してすぐに発せられた箒の言葉に全員が足を止めて箒を見る。 ﹁どうした、篠ノ之﹂ 代表して尋ねるラウラに、箒は目を閉じながら二、三度自分を落ち着かせるように深 呼吸をすると閉じていた目を開く。 その姿を皆が静かに見つめていた。箒は依然として頭を下げたままだ。頭を下げて して、こんな私でも、みんなの力にならせてくれ﹂ るみんなのために、ここに居るみんなのために、勝ちたいから、力を貸して欲しい。そ ﹁こんなことを言うのはおこがましいと分かっている。だけど、一夏のために、旅館に居 そこで箒は深く腰を折って頭を下げる。 ら││﹂ ﹁それでも、私は自分の意思でここに来ると決めた。そして行く以上は勝ちたい。だか 鈴が案ずるように箒に歩み寄ろうとするが、それを箒は手で制す。 ﹁箒⋮⋮﹂ い。今も、私がみんなの足手まといになってしまうのではないかと怖くもある﹂ ﹁正直な所、まだ不安もある。確かに私の紅椿は性能は高いかもしれない。だが、私が弱 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1299 いるために他の者達には見えていないが、目は固く閉じられ口元も真一文字に引き締め られている。どのような言葉が返ってくるのか、あるいは思い上がるなと言われるかも しれない。覚悟はしているが、そのことが箒には怖かった。 ﹂ ? セシリアと簪も先の二人に続く。 う﹂ ﹁私の見立てでは戦力的には優位。だから、変に気負わないで思いきりやれば良いと思 ば、それ以上を求めることはしませんわ﹂ ﹁必要なのはあなた自身の意思です。あなたにそうしたいと強く思う心があるのであれ ラウラに続けてシャルロットが言う。 るんじゃないかってちょっとヒヤヒヤしているんだよ ンスは中々のものだと思うんだよ。それに紅椿もある。実を言うとね、僕は出番取られ ﹁そうそう。それに篠ノ之さん、自分ではそう言ってるけどさ。僕の見立てだったらセ から﹂ 助けるつもりだし、お前の力も頼りにさせてもらうつもりだよ。私たちは、仲間なのだ ﹁これは集団、チームでの戦いだ。皆で力を合わせるのは当然だ。無論、私たちはお前を 最初に口を開いたのはラウラだった。その声音は穏やかで、確かな優しさがあった。 ﹁何を当たり前のことを言っているんだ﹂ 1300 ﹁みんな⋮⋮﹂ 四人の言葉に頭を上げた箒はどこか信じられないといった面持で見回す。 ない。あたしたちは、仲間よ﹂ ﹁言ったでしょ。あんたが必要とすればみんな手を貸してくれる。ラウラも言ったじゃ ゆっくりと箒に歩み寄った鈴はポンと箒の背を軽く叩く。 ﹁凰⋮⋮﹂ ﹂ ! ﹂ ﹂ ﹁ブルー・ティアーズ ﹁甲龍 ﹁ラファール ﹂ ! ! ! ! ﹁シュヴァルツェア・レーゲン ﹂ ある空間を広々と作り出していた。 く離れているためか夜空には満天の星空が広がっており、海が波打つ音も相俟って趣の 程なくして着いた海岸から見える景色は昼間とは大きく違っていた。都会から大き み。それを見て皆が満足げに頷き、海岸へと歩いて行く。 既に箒の瞳に不安も惑いも無かった。あるのはただ一つ、福音の打倒に燃える闘志の ﹁⋮⋮あぁ ﹁さ、行きましょ。福音、ぶっ倒すわよ﹂ 第三十三話 決意の少女達、そして彼女は…… 1301 ﹁打鉄弐式 ﹂ ﹂ ! ﹁行くぞ、出撃 ﹂ 各々が己の愛機の名を呼び展開、その身に纏う。 ﹁紅椿 ! 幕が人知れず静かに開いた。 ラウラの号令の下、六機のISが一斉に夜空へ向けて飛び立つ。ここに福音追撃戦の !! 1302 第三十四話 人の心と機械の心 箒たちが独断での出撃を行う時刻から遡ること少々、千冬は昼のミーティングでも ﹂ 使った指揮室で小さく唸りながら目頭を抑えた。 ﹁織斑先生、少し休憩をされてはいかがですか で追撃などの具体的手段を取れずにいた。 けだ。捕捉して以降は太平洋上空で滞空して休息状態にある福音をただ監視するだけ の教員たちは衛星からの監視によって早期に福音の捕捉を行っていた。しかしそれだ 専用機持ちの生徒達にも、おおよそバレてはいるだろうと推測はしているが、指揮室 見つめる先は一点、大型モニターに映された福音だ。 わってからこれまでというもの、千冬はほとんど休憩を取ることなくこの部屋に居た。 同じく指揮室に詰めている同僚の言葉に千冬は平気だと首を振る。一夏の処置が終 ? 屋の外へ追いやろうとする。周囲の他の教師たちも止めるどころかその教師を支持す 同僚の教員はやや強引に千冬にコーヒーの入ったカップを押し付けると、そのまま部 らすぐに呼びますから、部屋の外でコーヒーの一杯でも飲んで休んできてください﹂ ﹁織斑先生の体力は重々承知していますけど、それでも根を詰め過ぎです。何かあった 第三十四話 人の心と機械の心 1303 るような雰囲気であり、結果として千冬の方が折れる結果となった。 ﹁そう、ですよね。織斑くんは強い子ですから﹂ 敏に悟った千冬もまた﹃真耶﹄と名前で呼ぶ。 らかといえば今の会話は私人として行う色が強いという彼女の意思表示だ。それを鋭 ての先輩後輩の立場にある。真耶が先ほど千冬を﹃先輩﹄と呼んだということは、どち 普段は互いに先生と呼び合うが、元々二人は公私に渡り親交の深かったIS乗りとし るだけだ。そのうち目を覚ます。お前が気にすることはない、真耶﹂ ﹁案じることはない。幸い、後々に響くような大きな怪我も無い。今はただ、寝こけてい ﹁先輩、織斑くんは⋮⋮﹂ 千冬の横に立つと、同じく手に持ったコーヒーを啜る。 背後の襖が開くと同時に真耶が声を掛けてきた。自分も休憩を頂いたと言う真耶は ﹁ん、真耶か﹂ ﹁先輩⋮⋮﹂ ことを悟った。 を吐き出し、直後に全身に染みるように広がった重さに予想以上に疲れがたまっている 部屋の外に出た千冬は仕方なく渡されたコーヒーを一口飲む。同時に思わずため息 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 1304 案じるなと、無事だと千冬は断言するように言ったが、その言葉の中にどこかそう あって欲しいという願いの色を真耶は感じ取っていた。 付き合いが長いからこそ、千冬が一夏に掛けている情を知っている真耶は小さく顔を 伏せて痛ましそうに表情を歪める。 ちは、今できることを確実にしなければならない。これで私たちが変なヘマをして、そ ﹁それに、ここで私たちがどうこう言って、それであいつが目覚めるわけではない。私た れをあいつが聞きつけてみろ。盛大に笑われるぞ﹂ 最後の方は軽口めいた調子の千冬の言葉に真耶は苦笑する。心身ともに疲弊してい ﹁それも、確かに織斑くんらしいですね﹂ るだろう千冬を気遣って声を掛けたわけだが、いつの間にか逆に自分が緊張を解されて いたというある種の本末転倒へのおかしさもあった。 に被害が及んでいるのに何で﹂ ﹁このままだと民間にも被害がでるかもしれないのに⋮⋮。いえ、ただでさえ既に生徒 よ﹂ あたるべきなのだろうが、なにせ相手は米国の新型機だ。向こうがうるさいのだろう ﹁現状の福音の居場所を考えれば一番近いのは日本だ。だから日本のIS部隊が鎮圧に ﹁けれど、既に事態が起こってから大分経つのに政府側の動きが中々無いなんて⋮⋮﹂ 第三十四話 人の心と機械の心 1305 腰を上げようとしない為政側への非難を含めた真耶に千冬は言ってやるなと肩を竦 治 める。 政 る﹂ ? るだろう。だがそれには相応に時間がかかる。そしてその間に福音が復活し、本土に、 たりは流石と言うべきだし、おそらく然るべき準備を整えれば福音を抑えることもでき ﹁ISに関わる質、量の双方で米国は間違いなく世界全体で見ても上位にある。このあ でいる節があるように思えた。何故そうなのか、それが真耶には疑問に感じたのだ。 もりはない。だが、千冬の口ぶりからはむしろ日本が関わらずに事が終わることを望ん り立てて大きな問題にするようなことではない。だから千冬の言葉にも異を唱えるつ 解決することに異論は何もない。そこにどの国が関わるかも、現場からしてみれば取 ﹁それは、どういうことですか ﹂ 米軍が自分たちで解決するというのであれば私はそれでも一向に構わないと思ってい ﹁それに、本音を言ってしまえば本国からの派遣、あるいは在日、どちらでも良い。米国、 ﹁それは、確かにそうですけど⋮⋮﹂ が、そればかりを求めるわけにもいかんだろう﹂ きないレベルの事も含まれている。勿論、現場を考えてくれるならそれはありがたい コチラ ﹁向こうには向こうでそれなりの事情があるんだ。それは、時に私たちではどうにもで 1306 ジョーカー 例えば東京のような首都圏で暴走活動をするような事態になったら、流石に日本政府と ﹂ て何もせずにはいられない。そうなると、おそらくは鬼 札を切ることも辞さないはず ジョーカー だ﹂ ﹁鬼 札 それでも二人掛かりで挑んだとして浅間ならば一蹴するだろうよ﹂ ターシャ・ファイルス、その本来のタッグ。間違いなく世界でも有数の実力者だろうが、 リングとファング・クエイク。そして目下暴走中の福音と、それに捕らわれているナ れでもやつには及ばんだろうよ。例えばとして現状米国のトップガン、イーリス・コー ﹁浅間美咲だよ。確かに米国のIS、IS乗り共に高い質を持つ者は多く居る。だが、そ ? ﹁ですが、浅間さんが出ることの何が問題なんですか 私もあの人とは何度かお話を りに知っていた。 悪しは別として比較的近しい間柄であり、千冬と親しい真耶もまた美咲のことはそれな そしてなまじ実力がほぼ同格であるために千冬と美咲は、互いが互いに抱く感情の良し を、それこそ各国のトップエースすらも一蹴するほどに圧倒的なレベルで持っている。 織斑千冬と浅間美咲、日本国におけるIS乗りの最古参であり今もなおその実力は他 ﹁浅間さんですか。確かに彼女なら﹂ 第三十四話 人の心と機械の心 1307 したり、先輩に代わって訓練を見て貰ったりしましたけど、私は尊敬できる素晴らしい ? 先達だと思います。むしろ、このような事態ならば適任のはずでは﹂ 種の恐ろしさすらある﹂ その言葉を聞いた瞬間、真耶は我が耳を疑った。今、目の前の人は何と言った ろしいと ? ﹁主な理由としては私がIS関係で目立つ事柄の殆どに日本の代表として選出されてい るにしてもそういう人物が居るという話を聞いた程度だろう。 一般人にはほぼ確実にゼロ、業界内でも古株や一部の実力者などしか知らず、知ってい おかしくない。だが、IS乗りとしての美咲の知名度は少なくとも業界に関わりの無い そしてその千冬と互角の域にあった美咲、本来ならば彼女とて注目を浴びてもなんら それほどまでに、IS黎明期における千冬の活躍はめざましかった。 日本を代表するIS乗りは誰か、そう聞けば誰もが迷わず千冬の名を挙げるだろう。 ﹁それは、確かにそうでしたけど⋮⋮﹂ 現役時代もそうだが奴はほとんど表立っての活躍をしようとはしなかった﹂ 役だ。あるいは、いや、確実に私が現役の頃よりも力を付けているだろう。だが、私の ﹁確かに浅間の実力はもはや異論を挟む余地がない程に信用できる。私と違い、今も現 ? 恐 からこそ、なのか。少なくとも私は、奴が出る戦場に安堵は感じないよ。むしろ、ある ﹁そうだな。本当に、あいつが心底の善人なら良かったのだろうが、あるいはあの実力だ 1308 たからと言えるだろうが、よくよく考えてみればそれすら浅間にとっては好都合だった のだろうよ。自分で言うのも可笑しい話とは分かっているが、仮に私を光とするならば ﹂ 奴は影。いや、それすら生温い、底なしの闇そのものだ﹂ ﹁闇、ですか⋮⋮ ﹂ 済まんぞ。パイロットは、最悪死亡も十分にありうる﹂ ﹁単刀直入に言おう。奴が出てみろ。かなりの高確率で、福音もパイロットも無事では とても穏やかではない千冬の表現に真耶が眉を顰める。 ? ﹃死亡﹄、あまりに物騒すぎる単語に真耶が絶句する。 ﹁なっ⋮⋮ !? ﹂ ? そこで千冬は真耶の顔を真正面から見据える。 りたいと私が考えているで納得してくれれば良いのだが﹂ し、こう言っては悪いがとにかくさっきも言った理由で浅間が出るような事態は御免蒙 ﹁正直、聞いてあまり気分の良い話ではないぞ。私としてはむしろ聞かない方を進める ﹁浅間さんの、ことですか﹂ が、どうする ﹁それが浅間美咲という人間だからだよ。お前が望むなら、奴という人間のことを話す ﹁そんな、なんで⋮⋮﹂ 第三十四話 人の心と機械の心 1309 ﹁どうする、聞くか ﹂ ? ﹁当時、日本は色々な意味で目立っていた。まぁ、大半は束の馬鹿にあるわけだが。当の 込んだ喉を鳴らし、千冬の言葉の続きに耳を傾ける。 その言葉が意味するところを察せないほど真耶は蒙昧ではない。ごくりと唾を飲み ﹁裏仕事、ですか⋮⋮﹂ を浴びる陰で、奴は文字通りの裏仕事をしていた﹂ ﹁私が表立って活躍し、メディアなどにも顔を出して、自分で言うのも本当に何だが脚光 ﹁修羅⋮⋮﹂ はあるし、それもまた奴自身なのだろうが、その下にそうした気性があるのは事実だ﹂ を傷つけ、時には││殺めることすら厭わない。確かに一見すれば奴はかなりまともで ﹁端的に言って浅間の、奴の本質は修羅のソレだ。己の目的のためなら、己の手で、誰か する。そして少し歩いた廊下の一角で二人は立ち止まり、千冬は話を再開する。 少し移ろうと言って千冬は人気のない場所を選ぶように歩き出し、真耶もそれに追従 留めるだけにしておけ﹂ ﹁分かった。ただし、これはとても公にできる話じゃないからな。聞いたら、自分の内に ことはほとんど知りません。だから││﹂ ﹁⋮⋮お願いします。少なくとも、私は今でもあの人を尊敬しています。けど、あの人の 1310 日本政府すら扱いに困り果てていたIS技術だ。黎明期、本当の意味で有益と言える情 報の大半は束が独占的に握っていて、日本も他の各国同様に子細な情報など持たず、む しろ教えて貰えるなら教えて欲しい、そんな状態だった。 もちろん時の政府首脳陣もそうした旨を公式に述べていたわけだが、まぁ裏をかいて なんぼの政治だ。余所の国々のお偉方はそうは思わなかったのだろう。やり方の程度 に差はあれど、何とかしてこの国から情報を引き抜こうとあれやこれやと手が迫ってい たらしい。浅間は、そうした動きに対しての対応をしていた。そしてそれはとても守り と言えない、それでも防衛と言うのであれば触れれば問答無用に屠る超攻勢防御とでも 言うべきか。本人は草むしりと言っていたが、国内でそうした国外の者の怪しい動きが あれば即座に飛び││後は想像がつくだろう﹂ る。そうだな、事実は本当に単純。単に、敵対者には容赦をしない、それだけのことな う。事実、身内には寛容な部分もあったし、指導者としても申し分ない手腕を持ってい ﹁確かにお前が見てきた奴の姿も、さっきも言ったが間違いなく奴の本当の姿なのだろ を強張らせる。 察するのはあまりに容易だった。そして理解したからこそ、真耶は戦慄するように表情 国家防衛のため美咲がしてきたこと。千冬の言葉からそれがどういうことなのかを ﹁⋮⋮﹂ 第三十四話 人の心と機械の心 1311 のだろう﹂ ﹂ ? ﹁⋮⋮﹂ いただけだと私にはよく言っていたな﹂ だ。奴自身の、単純な好みというやつだってあるだろうよ。本人も仕事と好みが合って ﹁あぁ、それは間違いなく事実だろうな。ただ、さっきも言った通りあいつの気質は修羅 ﹁けど、やはりそれは国家のためとか⋮⋮﹂ のか図りかねていた。 の隠された一面、それも極めて剣呑なものであるということに、どう受け止めたら良い だった。正直なところ、真耶も心中は複雑なものだった。純粋に敬意を抱いていた先達 吐き捨てるような物言いはそのまま千冬が美咲に抱いている感情を表しているよう ら、奴と比べたら可愛いものだ﹂ トップ、あるいはそれに近い位置にいるだろうさ。世間を賑わすような凶悪殺人犯す い世だが、そうした物に寄らずに己の手で仕留めた数。間違いなく奴は今現在の世界で が、それでも私は確信を持って言える。いまどき大量破壊ができる兵器など珍しくも無 とだ。正直、私もあいつに関しては知らんことが多い。ただ、あくまで推測でしかない ﹁さてな、どれくらいかは私も知らん。その手の稼業は、別にISに乗らずともできるこ ﹁浅間さんは、それをずっと⋮⋮ 1312 本人がそれを望んでやっていると言われてしまってはそれ以上真耶には何も言うこ とができなかった。 直関わること自体御免だが、関わるには関わるで今まで通りに接すれば何も問題はない ﹁まぁ、これもさっき言ったことだが奴も問答無用の非情というわけではない。私は正 さ﹂ ﹁その、今まで通りっていうのが一番厄介なんですけどね。ちょっと、先輩を恨みたく なっちゃいましたよ﹂ 冗談めかして言う真耶に千冬もまた苦笑で返す。 ﹁いや、それはすまなかった﹂ ﹁なんだと どういうことだ ││分かった、私も山田先生とすぐに向かう。状況 刀直入に説明を求める。そして相手の話を聞くこと数秒、千冬の表情に緊張が走った。 通信先が指揮室の同僚であることから状況に何か変化が生じたこと察した千冬は単 ﹁どうした﹂ 冬の懐あたりからそこに入れておいた端末の着信を知らせる小さな電子音が鳴った。 そう言って千冬はふぅと軽く息を吐くと背後の壁に背を持たれかけさせる。直後、千 ればそれで良いさ﹂ ﹁いずれにせよ、この際どこの誰が出張るにしてもだ。落ち着いた結末に終わってくれ 第三十四話 人の心と機械の心 1313 !? !? の監視と、コンタクトを続けてくれ﹂ 端末の通信を切った千冬は真耶に行くぞとだけ言って指揮室へ足早に戻ろうとする。 その背を追いながら真耶は何事かと千冬に聞く。 ﹂ !? あった。 !? ﹁依然、専用機持ち六名と福音は交戦中です。ボーデヴィッヒさんが総指揮を、更識さん 指揮室に戻った千冬は襖を開けて部屋に入るなり報告を求める。 ﹁状況は ﹂ 歩きながら悪態を垂れる千冬だが、言葉の端々に出撃した六人を案じるような色が るとはな。チッ、こんなことなら連中にも見張りを付けておけばよかったよ﹂ ﹁確かに、殊勝に押し黙ってるような連中じゃないと分かってはいたが、まさか本当に出 信じられないと言いたげな真耶の表情に千冬も内心で心底同意していた。 ﹁そんな ご丁寧にこちらとの通信を遮断した上でな﹂ が居ないことに気づいて、それからすぐ後に監視中の福音が連中と交戦状態に入った。 ﹁動ける専用機持ち六人、揃って福音に挑みに行ったらしい。初めは教員の一人が連中 1314 がそのサポートを行う形になっています。概ねは、昼のミーティングで話された内容と 同じ形です﹂ 部屋を出るまでの定位置だった中央のモニター前に、再び腕を組みながら立った千冬 ﹁そうか﹂ は映像から状況の把握をする。 戦 況 は 数 の 差 も あ る こ と か ら 専 用 機 持 ち チ ー ム 側 の 優 位 に あ っ た。簪 が 解 析 し た データを基にラウラが指示を出し、機体の機動性が高い箒とセシリアが福音を引き付け て攪乱する。 そうして出来た隙に、鈴、シャルロット、簪、ラウラが一気に攻撃を叩き込むという スタンスだ。圧倒しているというわけでもないが、確実に福音の守りを削り一歩一歩と 勝利へと歩を進めている。 側の有利に変わりはない。ならば何を心配する必要があるというのか。そう己に言い 何をバカなことをと千冬は思考から振り払うように頭を振る。状況を見てもこちら な気がするのだ。 ではない。ただ単純に、このままというわけにはいかないのではと勘が告げているよう そう願う千冬だが、どうにも釈然としないものも感じていた。明確な根拠があるわけ ︵できれば、このまま何事もなく終われば良いのだが⋮⋮︶ 第三十四話 人の心と機械の心 1315 織斑くんの容態に変化が ﹂ ! 聞かせる。その直後だった。 ﹂ ﹁織斑先生 ﹁なに ! る。 ﹂ が担当しているモニターを指す教師の言葉に、千冬はそのモニターを見るために近寄 別の教師の言葉に千冬は敢えて平静を保ちながら応じる。これを見て欲しいと自身 ? ﹁つまり、寝ているはずなのに頭の方はしっかりと起きている、ということか ﹂ ? ﹂ ﹁彼の生命の安全に問題がないのは事実ですが、この異質な状態を放置しておくのも私 ﹁どう、とは﹂ ⋮⋮。どうします ﹁お お ま か に 言 え ば。本 来 だ っ た ら 普 通 に 目 覚 め て い て も お か し く な い の に こ れ は ? の意識は覚醒状態にあるんです﹂ ているんです。間違いなく、今の彼は昏睡状態にあるのですが、脳波から読み取れる彼 ﹁安全面では心配するようなことはありません。ただ、彼の意識状態が妙な状況になっ かが波が高くなったり低くなったりと大きく動いているのが確認できる。 モニターには幾つもの波線のようなものが表示されている。そしてそのうちの何本 ﹁これは、どういう状態だ ? 1316 としては賛成できません。彼の意識は一種の興奮状態にあります。軽い鎮静剤などの 投与などをすべきと思いますが﹂ そこで千冬は顎に手を当ててしばし考え込む。そして数秒後、千冬は自分の意思を目 の前の同僚に告げる。 今のところは大丈夫だろう。ひとまずは様子見だ。ただし、何かあったら報告をしてく ﹁いや、ここで下手に外部から手を出すのも良くないかもしれん。命に別状が無いなら、 れ﹂ 頼むぞと言って千冬は再び元の立ち位置に戻る。何も思わないはずがない。だがそ ﹁分かりました。ではそのように﹂ れを表に出すことは千冬にはできなかった。 何故ならば千冬はこの指揮室を取り纏める立場にある。そんな自分が、いかに身内の こととはいえども取り乱すわけにはいかないからだ。故にできることは一つだ。 た。 弟の気丈さが必ずや彼の回復を齎すと信じながら、自分の職務を果たすことだけだっ ︵戻って来いよ、一夏︶ 第三十四話 人の心と機械の心 1317 最初に感じたのは﹁妙﹂としか言えない感覚だった。目が覚めたにしては体が軽いと ﹁う、あ⋮⋮﹂ 言うべきか、どれだけ調子の良い目覚めでも避けられない起き抜けのあの体の微妙な重 さというかダルさというか、そうしたものが一切感じられないこと。そしてもう一つ、 瞼を開くというよりは何も見えなかった状態からぼやけた絵があって、それが段々と鮮 明になっていくと言えば伝わるだろうか。このような視界の開け方も寝起きのソレと ﹂ してはおかしい。 ﹁あん⋮⋮ 普通に考えれば旅館の中で目覚めるところだ。 分死んではいないのだろう。多分ちゃんと回収され、然るべき処置がされたに違いな 覚えている限りでは福音にやられて海に落ちたあたりまでだ。こうしている以上、多 ﹁なんだこれ﹂ ぼお目に掛かれないだろう光景だ。 しす限りに広がる砂浜と海、地平線と水平線が同時にあるという少なくとも日本ではほ 潔に言うならば夕方の海岸というべきだろうか。というかそうとしか言えない。見渡 とりあえずは起きようと上体だけを起こし、周りを見て首を傾げた。周囲の風景、簡 ? い。だが、この光景は何だ ? 1318 ﹁まさか、夢とかそういうのか ﹁まさか、なぁ ﹂ ﹂ たら空間はこうなるのではないかと思わされる。 一夏も名前や主要キャラくらいは知っている往年の有名漫画じゃないが、時間を止め 砂は一粒たりとて動かない。 べきか固まっているのだ。ペタペタと触る感触は学園の教室や廊下の床みたいであり、 感触と言えば、今自分が座っている地面も変だ。間違いなく砂浜なのだが、何と言う と何ら変わらないし、体が何かに触れている感触もしっかりと感じ取れる。 その割には随分とはっきりしている。少なくとも意識の感覚は普通に起きている時 ? 衣でもISスーツでもない、既に着なれた学園の制服だ。これもおかしい。 い。普通に学校の廊下を歩いて行く感じだ。そこでようやく気付くが、服装も旅館の浴 て行く。歩きながら足元の感触を確かめるが、砂浜を歩いているという気はまるでしな 何となく頭に浮かんだ予感に疑いを感じつつも、一夏は立ち上がって海の方へと歩い ? 触で水の上に下りる。これではまるで普通の床にトリックアートもかくやと言わんば い。一歩、海面に歩を進めてみれば足は水に沈まず、砂浜同様に廊下をあるくような感 波打ち際まで来て一夏はいよいよ予想を確信へと変えた。海も、まるで動いていな ﹁さてと﹂ 第三十四話 人の心と機械の心 1319 かりにリアルな海岸を描いた、あるいは映し出したようではないか。 ﹂ ! ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ﹁福音、今度はみんなで倒しに行くの ﹁んなっ ﹂ 再び振り返ってみれば、そこには白いワンピースを纏い、同じく純白の大きな日除け とも言える少女の声に一夏は驚きと共に反応する。 すぐ後ろから聞こえてきた、目の前の騎士らしき女の凛然としたものとは違う、無垢 !? ? 欠片も探れない女だ。 ザーのような面で覆っているため、見えるのは口元くらい。とにかく素性というものが には生身の露出面積が多い気がするが、とにかく鎧と言える物を纏っており、顔もバイ 振り向いた先に居たのは一人の女だった。しかし分かるのはそれだけだ。鎧、という ﹁だ、誰だよ ﹁次は、福音に再び挑むと 気配を感じ取った時点でそれは在り得ないことではなくなっているのだから。 気配を感じ取ったからだ。いや、在り得ないと言うのは間違いだろう。何しろ今、その 悪態を独りごちかけて一夏は振り向く。これが夢だとしたら在り得ない、何かが居る │っ ﹁っ た く、一 体 ど う な っ て い る ん だ よ。夢 な ら さ っ さ と 起 き ろ よ リ ア ル の 俺。次 は │ 1320 ︶ 帽子を被っている少女がすぐ側に居た。 ︵な、なんだこれは 場の女二人には土台無理だろう。 ? う期待も込めて、一夏は応じることにした。 も、別に答えられない問いではない。それに、話せば何かしら分かるのではないかとい 再度騎士が問いかけてくる。依然、分からないことばかりの現状に困惑はしている ﹁福音に、再び挑むつもりですか ﹂ 限レベルの達人ならば己の気配くらい自在に操って同様のことはできるだろうが、この 言い、まるでそこに突然現れたかのように気配が湧いたのだ。それこそ、師クラスの極 近づいてきたならその気配を感じるはずだ。だが先ほどの騎士女と言い、この少女と ? に合っているので現状は胸が良いかなどと思いつつ、一夏は気になっていることを聞く と心に決める。とりあえずスカート捲りからのパンツコンボは、既にパンチラ写真で間 腹いせに次にあったらスカート捲りか胸を揉むかのどっちかで仕返しをしてやろう で大丈夫だ。もう一人加えた三人でもダメだったのに、二人でどうしろと言うのか。 思い返せば束はよくもまぁ出任せを言ってくれたと思う。何が箒と自分の二人だけ だ﹂ ﹁あ ぁ。さ っ き は 不 覚 を 打 っ た か ら な。や っ ぱ 三 人 は き つ い。今 度 は 全 員 で 出 て ボ コ 第三十四話 人の心と機械の心 1321 ことにする。 なら早く起こさせてくれ﹂ ? ﹂ ? ﹁私もあの人も、あなたをずっと傍で見てきた。あなたが戦うところ、全部。ずっと傍で 再び困惑に首を傾げる一夏に構わず、少女は語り続ける。 郭もパーツの位置も、とにかくどんな顔立ちなのかがさっぱり分からない。 界に映っているはずだ。だが、認識できない。間違いなく見えているはずなのだが、輪 見えている、間違いなく少女の顔は見えているのだ。遮るものは何もない、確かに視 て、少女の方の顔を見ようとして一夏は再度首を傾げた。 だが自分はこの二人に見覚えが無い。騎士の方は顔が隠れているから仕方ないとし ﹁俺を知っている のように話し出す。 黙したままの騎士を問い詰めようと声を出しかけた一夏に、背後の少女が代弁するか ﹁私もあの人も、あなたを知っている﹂ ﹁おい││﹂ し騎士は黙したままだった。 向こうが聞いてきた以上はこちらにも聞く権利がある。単刀直入に問う一夏に、しか こだ。ていうかこれ夢か ﹁まぁ何で福音のことを知っているかは置いとくとしてだ。お前ら誰だ。そしてここど 1322 一緒に居た﹂ ﹁何を言って⋮⋮﹂ 目の前の少女にしろ、後方の騎士にしろ、こんな奇怪な人物を二人も周囲に侍らせた 記憶は無い。自分の戦い、IS学園に入ってからはやたらと増えたが、確かに周囲は女 生徒だらけだがこんな色物は見たことが無い。 まさか⋮⋮︶ 第一、戦いの最中でもずっと自分の傍にいたなど││ ︵いや、待てよ ﹂ ? は││小さく頷いた。 そんなオカルトありえん ﹂ ! ﹁それは⋮⋮﹂ ﹁ですが、私も彼女もここに、自身の心を持ってあります。そして、あなたと話している﹂ 第三者が見ていたとすれば、少女の姿はどこか悲しげなものに見えたと言うだろう。 を少女はじっと見つめている。その表情は誰にも窺い知れない。だが、仮にこの光景を 否定と言うよりは自分に言い聞かせるように一夏はありえないと繰り返す。その姿 ? おそるおそると、常ならばまずしないような慎重さで一夏は少女に問う。そして少女 ﹁まさかお前、白式なのか⋮⋮ ふと、副担任が前に授業で言っていた言葉を思い出す。いわく、ISには心があると。 ? ﹁馬鹿な、いやいや嘘だろ。機械に心だと 第三十四話 人の心と機械の心 1323 騎士の言葉に一夏は確かにそうだがと呟くが、依然として表情に納得した様子は無 い。 ﹁だったら、ここは何なんだよ。あれか ロボットものによくあるなんか心だけで会 1324 がばら撒かれたりしているのか ﹂ 話してるとかそういう空間かよ。オカルトなフレームが共振してたりオカルトな粒子 ? そして目を閉じると、ゆっくりとした深呼吸を数度する。その後に再び目が開かれる。 こ こ ま で さ れ て は 信 じ る し か な い。そ の こ と を 突 き つ け ら れ て 一 夏 は 呆 然 と す る。 ﹁馬鹿な⋮⋮こんなことが⋮⋮﹂ も見覚えのあるものばかりだった。 たとおぼしき光景が映し出されている。試合らしきものからただの練習風景まで、どれ そして映し出されていく映像には全て白式を纏う一夏、あるいはその一夏の視点で見 かりやすい表現だろうか。 れていく。床、壁、天井を全てモニターで作った部屋の中に居るイメージというのが分 直後、映し出される光景が一気に切り替わった。四方に異なる映像が次々と映し出さ 持つのでしたら、その証拠をお見せしましょう﹂ という認識に間違いはありません。そして、私たちがあなたを知る、そのことに疑問を ﹁言葉の意味は分かりかねますが、ここがあなたと私たちが意思疎通を行うための空間、 ? その瞳から動揺は既に消え失せ、いつも通りの平静を湛えていた。 ﹁オーケー、落ち着いた。ここまでされたらもう仕方ないな。良いぜ、ひとまずはそうい うことにしておくとしよう﹂ 状況を肯定するという旨の一夏の言葉に騎士も少女もどこか満足そうに頷く。 に居る。いや、お前らの言葉から察するに、今ここにあるのは俺の意識だけなんだろ。 ﹁でだ。さっさと本題に入るつもりだったけど、少し予定変更だ。なんで俺はこんな所 だったら、なんで俺の意識がここに飛ばされた﹂ たちの世界の中にしか居られず、できるのは同胞の世界と意思を通じあうことだけ﹂ ﹁私たちは確かに心を持ちます。ですが、私たちの持つ世界はとても狭い。私たちは私 抽象的な表現に首を傾げる一夏に、騎士は捕捉をするように説明を続ける。 つに一人になるだろ。それともお前らはあれか 二人で一つのISとかふたりはI ﹁いやタンマ。じゃあなんでお前らは二人で居るんだよ。さっきの話ぶりだと、コア一 果か一夏は意識を飛ばされているというわけだ。 つまりここは、本当に信じ難くはあるが、白式の中ということだろう。そこに何の因 ﹁あぁ、そゆこと⋮⋮﹂ るものによって、私たちは同胞と繋がる﹂ ﹁私たちの世界はあなた方がコアと呼ぶもの、そして同じくコアネットワークと呼ばれ 第三十四話 人の心と機械の心 1325 ? Sとかそんなニチアサのノリなのか ﹂ ? ﹂ ? ということになるのではないか。 はないか。だとすれば、自分は男ながらのIS起動以外にもレアケースの一つになった も世間に認知されないほどに些細なレベルでしか起きていないということになるので だがそのような話を聞いたことがないということは、他の例がない、あるいはあって 飛びついておかしくない。 中にあってコアの意識との接触など、その解明を進める足掛かりになるだとかで誰もが ないはずだ。今もなお、世界中の科学者技術者がISの解明に挑んでいるのだ。そんな 仮にあったとしたら、確実に何らかの事例として教科書などに載っていてもおかしく 限りではそのような話は聞いたことがない。 コアの持つ意識と乗り手の意識がコンタクトを取る。少なくとも一夏の記憶にある か ﹁じゃあ質問を変えよう。俺がここにいる。このことは、他の奴にもありうることなの た。 の、そこまで重要なことではないとも思ったためにそれ以上を追及しようとはしなかっ 今度の問いには騎士も少女も答えない。そのことに釈然としないものは感じるもの ﹁⋮⋮﹂ 1326 ﹁数は少ないですが、あります。ですが、それは人々に認知されなかった。接触の、その 多くは微かなものであり、誰もが己の夢物語としかしなかった﹂ ﹁⋮⋮﹂ エニシ 騎士の言葉を一夏は黙って聞き、続きを待つ。 も形は歪。一人である我らの母は、ただその言葉を伝えるだけ﹂ ﹁今のあなたと同じ、明確にして確固たる縁を持てたのは二人のみ。しかし、そのどちら ﹁母って⋮⋮﹂ ISが母と呼ぶ。IS製造に携わる技術者はあちこちに多くいるが、このコアを、仮 に目の前の存在がISの根幹であるその人格としたら、それを生み出せるのはただ一人 しかいない。即ち篠ノ之束だ。 一夏の推測を肯定するように騎士は頷き、言葉を続ける。 ﹂ ? 語る口調こそ変わらず静かなものだったが、一夏はそこにこれまでの会話で初めて騎 てしまった同胞は魅入られ、呑まれた﹂ でしょう。私たちにとってあの存在は闇の塊としか見えなかった。そして、それに触れ ﹁私は、あの存在が恐ろしい。私だけではない。我が同胞は皆須らくあの存在を恐れる ﹁は ﹁そしてもう一人。ですが、私はその存在を語りたくない﹂ 第三十四話 人の心と機械の心 1327 士の感情を見たような気がした。それは言葉通りの恐怖だ。見れば一夏の傍らに立つ 少女も同じように、騎士が語る存在を思い出してか恐怖しているような様子が伺える。 とにかく体のほ ? 俺は、福音を倒さなきゃならない﹂ ? ﹂ !? これはどういうことだ 答えろ ! ﹂ ! をして一夏は再び周囲の映像に目をやる。 半ば怒声じみた声で騎士に問うも、騎士は何も答えない。チィと苛立たしげに舌打ち ﹁おい ! 学園一年の専用機とその乗り手達が移っていたのだ。 中を自在に舞う福音と、それを囲むようにして攻撃を加える見知ったISの集団、IS 周囲に広がる映像を見た瞬間、一夏は絶句した。そこに映し出されていたのは夜空の ﹁なっ の景色が再び変わり、今度は四方が同じ映像によって統一された。 に一夏は眉を潜める。そして文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた瞬間、周囲 頼みかける一夏に騎士は何も答えない。一番肝心なことなのにまるで無反応な騎士 ﹁⋮⋮﹂ お前が白式だっていうなら分かるだろ うが大丈夫ならだけど、動かさせてくれよ。俺は、やらなきゃならないことがあるんだ。 本題入るだけだ。早いところ、俺を││起こしてくれで良いのかな ﹁その闇とやらのことは││あぁ良い。話したくないってツラだな。なら良いよ。なら 1328 ﹁これは、まさかリアルタイムなのか ﹂ なんであいつらが⋮⋮いやでも、やりそうだ し、俺も気持ちスゲー分かるし⋮⋮えぇい ﹁分かり切ったことを聞くな 俺も出るんだよ あいつらが何で福音と戦ってるの ﹁何をするつもりですか﹂ ける。 痺れを切らしたように一夏は大股で歩きだす。そこでようやく騎士が一夏に声をか !! ? ! ﹂ か、何となく想像できる部分もあるけど、このまま指咥えてみてるなんて俺にはできん ! ﹁それが、あなたの意志ですか﹂ ! ﹂ ? 歩を止め、一夏は騎士の方へと向き直る。 ﹁なに ﹁ならば私はこのまま貴方を目覚めさせるわけにはいきません﹂ めざるを得なかった。 だが、騎士を押しのけて歩き、程なくして背後から掛けられた声に一夏はその足を止 なかった騎士の体はあっさりとどかされ、一夏はそのまま進もうとする。 歩き、騎士に近づいた一夏はその肩を掴むと退けと言って押しのける。特に抵抗をし ﹁あぁそうだ﹂ 第三十四話 人の心と機械の心 1329 ﹁どういう意味だ﹂ ﹂ ? ﹂ ? 肯定するように騎士は沈黙で返す。 ﹁何を根拠に⋮⋮と言っても多分答えちゃくれないよな﹂ 今のままの貴方を、このまま進めてはいけないと﹂ ﹁このままあなたを戦いの場へは赴かせられない。共に在ったからこそ分かるのです。 予想外の言葉に眉根に寄せた皺はそのままながら、一夏はどういうことかを問う。 ﹁俺のため ﹁ですが、それ以上にこれはあなたのためでもある﹂ 機嫌そうに眉の皺を深める。 それではまるで自分が件の危険人物と同類だと言われているようだと感じ、一夏は不 れに近くある。それを、見過ごせない。他の同胞たちのためにも、それが私だから﹂ ﹁かつて同胞を呑みこんだ闇と。いいえ、まだ違う。けれど私は感じる。あなたは今、そ ﹁同じ ﹁あなたは同じだ﹂ ﹁はっ、何を根拠に、何の権利があって﹂ 場へと向かわせるわけにはいかない﹂ ﹁言葉通りの意味です。あなたを、このまま目覚めさせるわけにはいかない。そして戦 1330 ﹁気遣いは痛み入るけどね、けど俺はこのままじっとしてるなんて無理なんだよ。俺を ここに押しとどめたいって言うなら、腕づくでやってみろ﹂ 半ば分かっていたと言うような声だった。 ﹁⋮⋮やはり、そこへ達しますか﹂ が、それが真実貴方のためとなるならば、私はそうしましょう﹂ ﹁言葉で通じぬならば、力で以て。私は貴方の敵ではない。そうは在りたくない。です そう語る騎士の手にはいつの間にか一振りの長剣が握られていた。侍の刀とは違う、 騎士のその姿に相応しい西洋の長剣だ。強いて変わった点を挙げるとすれば、少しばか り刀身の幅が広いことくらいか。剣は、まるで初めから騎士の手に握られていたかのよ うに自然に存在していた。 そしてここが、仮に心だの意識だの、そういう世界だと言うのならば、その在り様を 間は一夏にとっての現実としてある。 に出くわすなど、ISを動かした以上に想像をしていなかったが、それでも今という瞬 だが、ここは現実とは異なる一種の異空間。まさかこんな漫画やゲームのような展開 差し込まれたかのように、いつの間にかその手に剣を持っていた。 その光景を一夏は黙って見ていた。まるでフィルムに突然剣を持った騎士のコマが ﹁⋮⋮﹂ 第三十四話 人の心と機械の心 1331 決めるのは当事者の意思なのだろう。だとしたらやることは簡単だ。 気づけば一夏の手にも鞘に収まった一振りの刀が握られていた。別に何てことはな い。ただ、刀を持った自分をイメージしただけだ。それだけでコレなのだから、ますま すもってオカルト染みているなと思わず苦笑する。 だが、すぐに眼光を鋭くし騎士を睨む。心は既に固まっている。ここ数か月で慣れ た、戦う時の心だ。そういう意味ではIS学園での生活は本当に武の錬磨に役立ってい ると言える。 静かに刀を鞘から抜き放ち、空いた鞘は静かに下へ置く。そして刀を構える。騎士も また、静かに剣を構えた。 それ以上言葉は不要。ここに、誰も知ることのない決闘が静かにその幕を開いた。 選びましょう﹂ ﹁不愉快は百も承知です。ですが、それが貴方のためとなるならば、私は敢えてこの道を ﹁気遣いは有難く思うよ。けど、口を出すな﹂ 1332 ﹂ ! 試み始めたのだ。 ﹂ そしてたった今、不利を悟った福音はこの状況を脱しようと高速で戦域からの離脱を とで薄れ、結果としてアタッカーが落ち着いて攻撃を加えることができた。 これが功をそしたお蔭で、福音の攻撃の厄介な一面であった面制圧性も攻撃が散るこ していた。 あり、なまじ攻撃に割く思考のリソースを充てることで昼間以上の機動力を紅椿は発揮 篠ノ之束謹製の新型の性能に恥じない機動性は、福音のソレと比較しても高いもので 主に行った。 し、箒はエネルギー消費の多い二刀での攻撃を控え、機動力を活かしての福音の攪乱を 状況は素人目に見ても専用機持ちチームの優位にあった。昼の戦闘での反省を活か 福音との交戦の最中、箒は不意にその名前を呟いていた。 ﹁一夏⋮⋮ ? 追いかけるわよ ! に徹され見失ってはまた面倒なことになる。 手傷を負っていようとも福音の機動性が高いものであることに変わりはない。逃げ ﹁箒 第三十四話 人の心と機械の心 1333 すぐに後を追いかけようと先陣を切ったセシリアに続いて動き出した鈴が箒に呼び ﹂ かける。それを受けて箒もまたすぐに動き出し、鈴と並走する形で福音を追い始めた。 ﹁どうしたのよ、箒。なんか気になることでもあった ﹁いや、その⋮⋮﹂ 飛び回ってるおかげで、福音もだいぶ攪乱できたもの﹂ ﹁あ、ありがとう。いや、そういうことじゃないんだ。凰、お前は感じなかったのか ? ﹂ りで脈アリなんじゃないの ? ﹂ ﹁か、からかわないでくれ ! ﹁それとも、もしかしたら一夏が寝ながらあんたのことを考えていたとか。箒、案外かな ﹁そうか⋮⋮気のせいだったのかな﹂ ﹁ふぅん、あたしはぁ⋮⋮特に何も感じなかったわねぇ﹂ のだが、それを感じた時になぜか一夏のことが、な﹂ ﹁私自身、なんと言えば良いのか分からない。ただ、何かを感じたとしか言いようがない らも箒は率直に言う。 となればこれは自分だけなのか。あるいは気のせいなのではないか。そう思いなが ﹁何をよ﹂ ﹂ ﹁戦闘のことなら平気よ。むしろあんたは十分に貢献してるわ。あんたがビュンビュン ? 1334 ﹁いやぁ、あたしは結構真面目に言ってるんだけどなぁ﹂ だが、しかし、とやや慌てる箒に鈴は面白そうにカラカラと笑う。そんな二人に簪か ら通信でもうちょっと気を引き締めた方が良いという旨の言葉が伝えられ、それを受け た二人は揃って顔を見合わせて苦笑をすると、共に福音の向かった方へ真剣な眼差しを ﹂ 向ける。 ﹁凰﹂ ﹁なに 校の欠席なんて、基本サボりだけだし﹂ ﹁心配いらないわよ。年中健康優良児なのがあいつの取り柄の一つみたいなもんよ。学 ﹁一夏、無事だと良いな﹂ ? そして二機のISは今度こそ敵を仕留めるために夜空を猛スピードで駆けて行った。 ﹁当り前よ﹂ ﹁凰、勝つぞ﹂ そう言葉を交わし、二人は視線を前方へまっすぐ向けたまま顔に笑みを浮かべる。 ﹁そうよ﹂ ﹁それもそうか﹂ 第三十四話 人の心と機械の心 1335 今の状況から見れば彼にとって有り得ないことがもう一つ。何も感じないのだ。痛 ﹁ぐっ⋮⋮うぅ⋮⋮﹂ のに、この現状はどういうことだ。 くされていた。絶対にこうなることはないはずだった。その確信があった。だという 馬鹿な、ありえない、こんなことあるはずがない。一夏の思考は否定の言葉で埋め尽 きになった口は周囲の筋肉をヒクヒクと痙攣させている。 そこには呆然とした表情を浮かべた一夏の姿があった。目は限界まで見開かれ、半開 ﹁がっ⋮⋮はっ⋮⋮﹂ 騎士がそのような表情を浮かべる原因、それは騎士の視線の先にある。 げなものをしていることは間違いなかった。 騎士の顔は面に隠れて見えない。だが、露わになっているとしたら間違いなく痛まし 方に突き出されている。 騎士の声には深い悔恨があった。突き出された手に握られた剣は、同様にまっすぐ前 ﹁やはり、こうなってしまった⋮⋮﹂ 1336 みも、異物感も、あって然るべきはずの感覚がない。 いや、感じるものはある。それは喪失感。本来ならば痛みがあるはずだろう場所、そ こから流れ出るべき生命の雫すらも流れない代わりに、自身という意識が流れ出そうに なる。 必死に動こうとするもできない。それどころか、目覚めた時の流れを逆再生するかの ﹁あぁ⋮⋮﹂ ように、徐々に視界が暗くなっていく。 既に全身から力は抜け落ち、両腕はダラリと垂れ下がっている。だが、彼の体が地に 崩れ落ちることはなかった。その原因は、いま彼の身に起きている全ての原因でもあ る。 突き刺さっていた。 騎士が向ける視線の先には一夏の胸がある。そこには騎士が突き出した剣が深々と 全てを見た騎士は、ただただこうなってしまったことを嘆く。 言い切れなかったその言葉を最後に、ついに頭もダラリと垂れる。そこに至るまでの ﹁ち⋮⋮くし⋮⋮﹂ 第三十四話 人の心と機械の心 1337 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 実のところ、切りかかってすぐに一夏は少し逸り過ぎたかと思いもしたのだ。 勢いに任せて勝負に挑んだは良いものの、相手の騎士は、騎士と言えば騎士なのだが その見た目はよくよくしっかり見てみれば完全にISのソレだ。 ISに生身で挑むことなどまさしく愚の骨頂、よしんば卓越した力量で善戦したとし ても、できるとしたら精々死なないようにしつつの時間稼ぎくらいだろう。無論、周辺 環境などの条件も整えた上でだ。 だからこそ切りかかりながら一抹の不安も感じてはいたのだが、それは刃を交し合っ てすぐに杞憂と消えた。 はしません﹂ を表現する姿で顕現させるだけ。私の姿もそう。そしてそれ以外は、只人と何も変わり ﹁この世界に映る全てはあくまで仮初めです。ただ、我々が姿を形作るのに、最もその者 軽快に動くことは素直に賛辞を送れることだが、それ以外は特別な点など何一つない。 そう。騎士の動きは至って普通の人間そのものだ。ゴテゴテと色々くっつけながら ﹁なんだ、そんな見てくれだから空でも飛ぶかと思ったが、存外普通じゃないか﹂ 1338 ﹁それは重畳﹂ つ ま り 相 手 は 自 分 を 表 現 す る た め に コ ス プ レ を し て い る よ う な も の と い う こ と だ。 ﹂ 別に姿形など些末な問題。それ以外も普通だと言うなら、やりようなど幾らでもある。 ﹁せいっ 要だ。そして、数合刃を交えてそれは十分に可能だと判断した。 無論、相手は徒手空拳になろうがそれなりに戦えるだろうが、武器の有無は中々に重 その剣を奪ってしまえば良い。 まず第一に目的とするのは相手の無力化だ。これが剣による果し合いである以上は 必要もない。 それで以って適度に痛めつけて、従わせれば良いだけの話だ。それくらいならば容赦の ・・・・・ やることは変わらない。どうせ生身では無いのだ。多少の無理も問題はないだろう。 ! のソレだ。そこに内包する騎士の人格の精神年齢が幾つくらいかまでは知らないが、と そのついでに分かったことだが、騎士の体格から察するに肉体は自分と同年代の少女 をある程度把握していた。 伊達に経験を積んできたわけではない。ごく短時間の切り合いで、一夏は騎士の実力 ﹁何を、でしょうか﹂ ﹁だが、解せないなぁ⋮⋮﹂ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1339 にかく体つきはそのくらい。 そして技の腕前もまた、その体格に見合った程度だ。だが、仮に騎士が自分の姿を形 作るのにモデルとした人間がいるとしたら、それはかなりの人物だろう。騎士の実力は 一夏の見立てでほぼ互角。それがどういう意味かを、一夏は重々に承知している。 そして解せないと言った理由、それは騎士の太刀筋にある。 それともまた違うようだけ ? 貴方のためにありたいと思う。そして、どうかここで今しばし安らいでいてもらう。そ ﹁⋮⋮今一度言います。どうか刃を収めて下さい。私は、貴方とは戦いたくない。私は それだけなのかもしれないな﹂ ﹁もしかしたら、さっきお前が言った通りに俺の傍に居た、だから自然と太刀筋が似た。 得させる。 それを受けて一夏は小さく鼻で笑うと、別に重要なことじゃないかと自分で自分を納 保ったままだ。 もしかしたら何か言ってくれるかもしれないと期待してみたものの、騎士は沈黙を ﹁⋮⋮﹂ ど、何となく覚えがあるような気がする﹂ 不思議とそんな感じがしない。既視感っていうのかな ﹁不思議なんだよ。俺はお前とこうして会って、剣を交えるのは初めてなんだ。だけど、 1340 ﹂ れが何よりも貴方のためなのです﹂ ﹁くどいぞ 決めるのは俺だ お前が、俺にどうこう言う謂れは無い ﹂ ! 夏の意見だ。 いざ知らず、自分が赴く戦いのことにまでとやかく言われる筋合いは無いというのが一 実際問題、自分を慮ってくれることは有難いと思っているのだ。だが、他のことなら ! 思っているんだろう。あぁ、それはありがたく思うさ。嬉しいよ。だがな、どうするか ﹁確 か に、お 前 が 本 当 に 白 式 だ と 言 う な ら き っ と お 前 は 相 方 の 俺 を た め に な り た い と 懇願するような騎士の言葉に一夏は一喝する。 ! ましてや、三年前の事件の時からより確固たるものとしたこの気持ちは││ てきたか、たかだか数か月の付き合いの存在にどうこう言われたくはない。 そうだ。自分の人生とも言っていい存在なのだ、武は。そこにどれだけの想いをこめ よ﹂ ﹁あぁ、そうだ。言っておくがな、俺の武に懸けるこの心、お前ごときが量れると思うな ﹁武人、ですか⋮⋮﹂ こそ、自分の武をどう扱うかは、俺が決める﹂ ﹁これは俺の戦いだ。どうするかは、出るか引くかも俺が決める。俺は武人だ。だから 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1341 ﹂ ﹁ですが、それは貴方の真実なのですか﹂ つもりかぁ ﹂ お前は ﹂ 俺の 俺の武人としての ! ! 心が ! 偽物だとでも言う ! そして今まで以上に勢いを増した攻め、本来であればとっくに勝負がついていてもお だが少しばかり一夏が総合的に上回っているという塩梅だ。 自分の見立てにはそれなり以上に自信がある。確かに騎士と一夏の実力はほぼ互角、 ︵なんで、こいつはやられない︶ いう時、依然怒りを覚えながらもふと一夏は脳裏の片隅に疑念を生じさせた。 だが、その全てを騎士は静かに受け流す。そうして切り結ぶ回数が数十に達しようと いる斬撃を繰り出している。 がらも冴えを曇らせない技巧は、既に生半可な腕の持ち主ならとうに幾度も切り刻んで 振るわれる太刀筋は更に苛烈なものになっていた。速さと鋭さと重さ、そして怒りな !! ﹁ふざけるな ! 今までとは違う、純粋な怒声と共に一夏は騎士へと切り掛かる。 ﹁ふざけるなぁ 言葉の意味を理解した瞬間、一夏の脳裏は憤怒によって染め上げられた。 騎士の口から紡がれた言葉は一瞬、一夏の思考を停止させる。そして、騎士が言った ﹁な⋮⋮に⋮⋮ ? !!! 1342 かしくはない。だと言うのに、騎士は倒れるどころか押される気配すら一向に見せな い。むしろそれどころか││ ︶ 間違いなく、今も攻め立てているのは自分の方だ。だが、突破口というものが徐々に 逆に自分の方が気圧されているような、そんな錯覚を抱いた。 ある種の戦慄に近いものが一夏の中で膨らみつつあった。騎士は倒れないばかりか、 ︵なんだ、これは⋮⋮ ! その数を、大きさを、減らしていっている。そんな感覚を抱いた。 ﹂ !! 間違いなく俺の方が強い なのに何で ︶ !? から怒りは吹き飛び、逆に先ほど以上の動揺が生まれる。 ︵有り得ない、有り得ないこんなこと ! 騎士の声は咎めるでも叱責するでもない、ただ子供に語り掛けるかのように静かな声 ﹁分かりませんか﹂ 吐き出す息の荒さは、まるで今の一夏の動揺をそのまま表したかのようである。 というのに尋常でない疲労感じみたものが襲い掛かってくる。 本物の一夏の肉体は未だ眠りに就いたままであり、ここにあるのはただの意識だけだ ! て無理やり騎士と距離を話したかのようでは無いか。それを自覚した瞬間、一夏の思考 一際力を込めた一撃で騎士を弾き飛ばす。だが、これではまるで自分の方が耐え兼ね ﹁はぁっ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1343 音だ。 いて万象全てを決するのは││﹂ ﹁心、か⋮⋮﹂ ﹂ 引き継ぐように言葉を続けた一夏に、騎士は正解だと言うように頷く。 ﹁なら何で勝てないんだよ 吠えた一夏の怒声には、怒り以上の困惑がある。 武人として、俺の武の心がそう決めた 有り得ない ! 勝利への望みに綻びがあったとでも言うの ! を倒すと決めた心は本物だ ﹂ ! ﹁俺が勝てないのは俺の心が足りていないとでも言うのか 馬鹿を言え ふざけんな ! !? !! ! 心の鍛錬だって欠かさなかったんだ かよ !! 素直にこの場に留まってくれていたらまだやりようはあった。だがこうなってしまっ その姿に騎士は僅かに俯く。できれば、こうなっては欲しくなかった。もしも、彼が ない何かを彼が感じ取っているかのようでもあった。 怒声は段々と悲鳴染みたものへと変わっていった。それはまるで、一夏自身認めたく ! 俺がお前 というものを創造できた。ここはそれと同じくして生まれた世界。即ち、この世界にお プログラムの産物です。ですが、生み出されてから今までの時の中で、私たちなりの心 ﹁ここは、極めて簡略な言い方をすれば意識の、心の世界。確かに、私たちはただの機械、 1344 ては、彼自身が悟り始めてしまった以上は手遅れだ。 もはや、騎士に取るべき手段は一つしか残されていなかった。 か。私はそれを素晴らしいと思う。けれども、だからこそ見過ごせなかった。もはやこ ﹁貴方が語る武の心。私は知っています。貴方がどれだけ真摯にソレに打ち込んできた れしか残されていない、私を恨んでくれて構いません。それでも、貴方のためには必要 なのです。このことを言わねばならないのが﹂ ﹁やめろ⋮⋮﹂ ﹁貴方の矜持である武への想い、心は││﹂ ﹁やめろおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお ない。 ﹂ 一夏は刀を地面に突き立てることで体を支えて防ぐ。だが、それでも体の震えは止まら 小さく口元を震わせ、一夏は呆然とする。揺れる足が崩れ落ちそうになるも、それを ﹁あ⋮⋮あぁ⋮⋮﹂ 夏の鼓膜を震わせ、その意味を彼に届かせる。 悲痛に彩られた絶叫が木霊する。だが、騎士の言葉はそれにかき消されることなく一 !!!! ﹁今の貴方のソレは、破綻、そして矛盾から生まれた歪なものです﹂ ﹁やめるんだ⋮⋮﹂ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1345 ﹁そんな⋮⋮そんなことが⋮⋮ありえない⋮⋮﹂ あの時どう自分が思ったのか、何を感じたのか、そうしたことを思いだそうとしてもで その言葉に思い出すのはISを纏った姉の手で救われたその瞬間だ。今まで詳細を、 よって砕かれた﹂ 方は窮地を脱しようとした。けれど貴方をそう駆り立てた貴方の心は、他ならぬ同胞に た。それは無力、無意味の理解。持てる全てで最善を尽くし、禁忌すらを犯してまで貴 三年前の事件、貴方が救われたその瞬間に、貴方の心には同時に一つの破綻が生まれ ﹁本来は、貴方自身分かっていることなのです。だから貴方は今そうなっている。 いよ以ってどうにもならないと一夏自身分かっていた。 皮肉そうに言うのは精一杯の強がりでしかない。それすらもできなくなったら、いよ ﹁ハハッ、とんだプライバシーの侵害だよ⋮⋮﹂ の中で貴方の過去を知った。貴方の想いの真実を知ってしまった⋮⋮﹂ ﹁確かに、私と貴方の関係は短い。ですが、私は貴方の想いをずっと傍で感じてきた。そ 知るはずもないのに。 白式との関係はたかだか三か月程度。騎士が語る三年前の事件、一夏の誘拐事件など ﹁どうして、お前がそのことを⋮⋮﹂ ﹁貴方に責はありません。全ては、悲劇が齎した災厄です。そう、三年前の事件が﹂ 1346 きなかった。急にブレーキを掛けられたようにそれ以上思考が進まなかった。 だが今ならば鮮明に思い出せる。そうだ、あの瞬間、自分は思い知らされてしまった のだ。どれだけ武を鍛えてもどうしようもないことがあること。結局、圧倒的存在の前 には無意味であること。どうしようも無い諦観の念を感じたのだ。姉の抱擁を受けな がら、ISの力を目の当たりにしたことで。そしてその瞬間に彼はその心を││砕かれ た。 果てにはあるのは、貴方自身の破綻と、破滅です 騎士の懇願を一夏は呆然と聞いてた。 どうか⋮⋮ ﹂ ! から一夏の中にあった。けど、認めるのが嫌だった。あれほど打ち込んできた武道を否 そうだ。とうに分かり切ってたのだ。このどうしようもないという諦観は、ずっと前 ! 方の武の心は破綻から生まれてしまった以上、いずれ綻びそれが大きな傷となる。その 入ってしまった。お願いでう。どうかここで今一度留まってください。事実として、貴 かった。ですが、貴方は我々と縁を持ってしまった。戦の舞台に身を投じ続ける定めに それだけなら良かった。そのまま日々を暮らし、穏やかに武の錬磨をするだけなら良 作り上げて覆い尽くし、外界から保護した。 貴方自身ですら察せない程の無意識下でその心を守った。武への矜持、信念という殻を ﹁ですが、貴方という人間は強かった。心砕かれ、しかしそれを良くないと悟り、誰も、 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1347 定するような心を、認めたくなかった。 姉に誘われ入り、幼馴染と共にその最初の道を行き、師によって極みの域へと導かれ てきた武を、無力と否定したくなかったのだ。 ﹂ ! た。 !!! われていた。ただの意地、それだけで我武者羅に動いていた。 雄叫びと共に一夏は騎士へ向けて吶喊する。既にその動きからキレというものは失 ﹁おおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお ﹂ 了承する騎士の言葉は静かだが、同時に何かの決心を固めたような強さを持ってい ﹁⋮⋮分かりました﹂ も関係ない、織斑一夏という個人の持つ意地がそうさせるのだ。 声も体も未だに震えが取り切れていない。それでも動こうとするのは、もはや武も何 できないだろ⋮⋮ だって間違ってたって、今までずっとそれでやってきたんだぞ。今更、宗旨替えなんて な い。け ど、そ れ で も 俺 は 行 く よ。だ っ て ⋮⋮ そ れ 以 外 ど う し ろ っ て 言 う ん だ よ。歪 ﹁それでも、俺は行く。確かに、俺のこの心は、想いは、破綻や矛盾が本質なのかもしれ ゆっくりと、腕に力を込めて刀を握る力を強める。そしてゆっくりと立ち上がる。 ﹁けど⋮⋮それでもさ⋮⋮﹂ 1348 騎士を間合いに捉えた一夏は上段からの唐竹で騎士に切り掛かる。迫る刃に、騎士は ﹂ 握っていた剣を無造作とも呼べるような動きで一振りしただけだった。 いた。 て、薙ぎ払いから返すように突き出された騎士の剣、その切っ先が深々と一夏の胸を貫 騎士の言葉に、それもそうかと一夏はどこか皮肉気な笑みを口元に浮かべる。そし ﹁その刀は、貴方の心を映す鏡のようなものです。これは、必然です﹂ あれほどまでに打ち合ったにも関わらず、だ。 騎 士 の 振 る っ た 剣 と 触 れ 合 っ た 瞬 間 に ま る で 硝 子 細 工 の よ う に あ っ さ り 砕 け 散 っ た。 だが、それが齎した結果は一夏の目を驚愕に見開かせる。一夏の振り下ろした刃は、 ﹁っっ ! 穏やかな騎士の声が耳朶を打ち、意識の暗転を加速させていく。 善です﹂ ﹁どうか今は眠って下さい。時が、いずれは貴方を癒す。それこそが、貴方にとっての最 い。刺される前と違うと言えば、否応なしに視界が暗くなりつつあることか。 胸を剣で刺し貫かれたというのに、不思議と痛みはなかった。血が流れる気配もな ﹁あっ⋮⋮かっ⋮⋮﹂ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1349 これではまるで、何もかも騎士の都合の良いように進んでいるようだと薄れ行く意識 の中で思った。 ﹁ち⋮⋮くし⋮⋮﹂ 言い切ることのできなかった悪態はそんな騎士に、そしてただただ不甲斐なかった自 分へ向けての精一杯に憎まれ口だった。 しっかりしろこの馬鹿者 ﹂ そしてそれ以上抗うことはできず、一夏の意識は深く深く沈んでいった。 聞こえるか !! ﹁おい一夏 ! クソ 一体どうなっているんだ ﹂ ﹂ !! た。 ! 脳波、脈拍、共に安定しません ! ﹁おい ﹁駄目です ! ! 内容の深刻さに、千冬はその時ばかりは血相を変えて部屋を出て弟の下へと向かってい 不意に起きた。一夏の容態を見守っていた教師から告げられる容態急変の報せとその 眠る一夏に千冬が怒声を浴びせる。福音と専用機持ち達の戦いを見守る最中、それは ! 1350 ﹁鎮静剤などは ﹂ ﹁既に投与しました ですが││﹂ ﹂ れを理解すると余計に無力感が強まる。 投薬などの効果も無い。そうなるともはや成り行きに任せることしかできない。そ 自分の無力さに奥歯をかみ砕かんばかりに歯を食い縛る。 眠りながらも大粒の汗を大量に額から流し、苦悶に呻く弟の姿に千冬は何もできない 明らかなほどだった。 突如として乱れだした一夏の脈拍と脳波、その乱れ方が尋常でないことは素人目にも ! !? ! かけるが、千冬はそれでも職責の放棄だけは認めようとはしないのか、苦悩しながらも 時として家族の存在が患者の快方に働くこともあると心得ている教師が千冬に声を ﹁だが、福音の方の状況も││﹂ ﹁織斑先生、そのまま織斑君を見ていてください﹂ 彼女にとって弟の身に何かあるなど、到底受け入れがたいことだった。 人の子だ。身内にかける情は人並みに、あるいは生い立ち故にそれ以上にある。そんな それでも今目の前で起きていることだけは別だ。他の事はままだ良い。だが千冬とて 想定を超えた事態の連続に弱音こそ堪えるも、絞り出すような声で悪態を吐く。だが ﹁一体何だというんだ⋮⋮ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1351 戻ろうとする。それを教師は首を横に振って止める。 学時代に体育授業のプールで﹁土左衛門ごっこ﹂などと数馬や弾とふざけてプールに仰 底にいるのか、沈んでいる最中も分からない。感じるのは微妙な浮遊感、ちょうど中 いるのだから、状態もへったくれも分からないというのが現状だ。 前も後ろも上も下も分からない。そもそも周囲三百六十度全てがまっ黒に染まって 自分の状態を確認しようとする。 朦朧としているわけではない。だがどこかぼんやりとして定まらない思考で一夏は ︵俺は⋮⋮︶ ら眠る弟と二人の部屋で、千冬はただ一夏の手を握る力を強めた。 小さく告げられた謝意の言葉に教師は小さく頷くとそのまま部屋を出る。呻きなが ﹁⋮⋮すまない﹂ です。彼の教師として、彼の家族として﹂ 生無しでも十分だと。ですから、彼の傍にいてあげてください。それが今の貴方の仕事 ﹁指揮室の方から未だ大きな問題はないとのことです。それと、まだしばらくは織斑先 1352 向けやうつ伏せになっていた時の感覚が近いか。筋肉質なせいで基本的に沈んでいた が。 本当にそれしか言うことができなかった。もう何が何だか自分でも分からなかった。 ﹁俺は⋮⋮何やってんだろうなぁ⋮⋮﹂ 自分では正しいと思って、それを芯にしてやってきたつもりが、その芯を木端微塵に壊 されて。 おかげで何が良くて何が悪かったのかも分からない。何だかんだで何も間違っては いなかったかもしれないし、逆に全部間違っていたかもしれない。 と存外頭は働くようになっていた。自分の方針は別として、あくまで別人を対象とした 自分自身のことは未だどうすれば良いのか皆目見当が付かない。だが、一度落ち着く ﹁どうすりゃ良いんだよ。それとも、武から離れろって言うのかよ⋮⋮﹂ でどうこうできるとは思わない。 識が途切れる直前の騎士の言葉を思い出す。何が時間が癒すだ。こんなの、とても時間 だが、騎士の言葉は一夏の中にある武そのものを大いに揺らしてくれた。一時的に意 でも武こそが人生そのものと言っても良い生き方をしてきたつもりはある。 この時世にしては珍しいどころかドが付くほどのマイノリティな自覚はあるが、これ ﹁結局、俺の人生なんだったって話だよ⋮⋮﹂ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1353 うえでの意見じみたものだったら多少は思い付きはできるようになった。 ︵分からないでもないんだけどさ⋮⋮︶ うのを美徳としていそうな性分だ。 案外当たっているかもしれないなと思う。短い間のやり取りだが、あの騎士はそうい など、やろうとすればできるだろう。 ISならば孤立した地域に物資を運ぶだとか、あるいは危険な現場での対処や人命救助 あるいはそれこそ騎士が望んでいることかもしれない。例えば災害が起きたとして、 ﹁それとも、殊勝に人助けでもしろってか﹂ だ。 義している。武から離れろとは、そもそも今の自分の立場の意味すら失うということ IS学園で学ぶのはIS同士で相対した場合に、その相手を倒すための術と一夏は定 ﹁でも、だったらIS学園居る意味無いだろ﹂ たま生まれたおまけ程度でしかなくなる。 ば、自分にとっては助けたということなど暴漢という体の良い獲物を仕留めた結果たま ている。例えば誰かを助けたとして、それが暴漢を返り討ちにして守った結果であれ 確かに自分の武は何かしらを壊して何ぼだ。生産性には、結構じゃないレベルで欠け ﹁武じゃなくて、どうしろってのさ⋮⋮﹂ 1354 その美徳云々については一夏も理解は示せる。ただ、重要視するものの違いと言うべ きだろうか。その思想に賛同はできるが、それでも一夏にとって最も重きを置きたいの は武なのだ。 ﹁できないよ⋮⋮今更⋮⋮﹂ 身を震わせながら、膝を抱えて縮こまる。どうあっても武から離れるなどできない。 それは三年前の事件の時に決定してしまったのだ。騎士が語る一夏の中の歪さ、破綻の 原因、それは間違いなく一夏の中に一種の呪いを残していた。 ﹂ ! 良しとしない。 でこんな状況だ。誰かが応えてくれるわけではない。そもそも彼自身の意地がそれを できることなら大声で誰かに助けを求めたい。だができない。助けを呼んだところ ﹁どうすりゃ⋮⋮良いんだ⋮⋮ 反応を咎めることは誰にもできないだろう。 も含めて、たとえ歪だろうが破綻していようが、心に防壁を張ろうとした彼の本能的な 禁忌を犯した事実は当時の一夏の心には余りにも重すぎた。その後の心が受けた衝撃 どうあっても五人の命を奪ったという事実は消えない。どれだけ気丈に振舞おうと、 ﹁俺に⋮⋮できるはずがない⋮⋮﹂ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1355 ﹂ 一夏││ ﹁え ││うん 見覚えのある景色に一しきりあたりを見回し、そこで一夏は思い出す。篠ノ之神社、 ﹁あれは⋮⋮そもそもここは⋮⋮﹂ し年下ぐらいの少女とまだ幼子と言っても良い男の子だ。 そして一夏から少し離れた場所では二つの人影がある。姉弟なのだろう、一夏より少 取り込まれていた。 前というのは語弊がある。今一夏が膝を抱え込み座っている場所、そこも境内の一部に 気づけば目の前にはどこかの神社の境内らしき場所に移り変わっていた。いや、目の ! ││また練習か。本当にすきだなぁ、お前は いた。 して抱えた膝に埋めていた頭を上げた一夏の眼前には思わず目を疑う光景が広がって ふと聞き慣れた、しかしどこか懐かしい声が聞こえたような気がした。その声に反応 ? 1356 箒と束の生家にしてかつて一夏と千冬の二人が剣道を学んでいた場所だ。境内の一角 に悠然とそびえ立つご神木は鮮明に覚えている。 ではあの小さな姉弟は││ ││ケガはするなよ、一夏。 ││大丈夫だよ、姉ちゃん。 やはりそうだ。あれは間違いなくかつての、千冬と一夏だ。千冬の方は面影が大いに ある。どうしてすぐに気づかなかったのか不思議なほどだ。 そのまま一夏は二人の姿を見続ける。すると、千冬の方が一夏に一言二言何かを言っ てその場から立ち去る。その姿を目で追おうとするも、どういうわけか千冬の姿はいつ の間にか掻き消えており、残された幼い一夏がその場で熱心に竹刀を振っていた。 の際チビと言うことにしよう。チビは近づいてくる存在に気づかないのか一心不乱に 気づけば自然と足が動いていた。静かに幼い自分の下に歩み寄る。幼い一夏、もうこ ても笑わずにはいられなかったのだ。 な形ではあるがこうして過去の自分の姿を見るということの可笑しさもあって、どうし 手かったわけではないし、そもそも今と比較すること自体が馬鹿げている。ただ、意外 竹刀を振る姿の、その未熟さに一夏は思わず苦笑を漏らす。別に一夏とて初めから上 ﹁ハハッ、しょぼいなぁ⋮⋮﹂ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1357 竹刀を振っている。 近づきながら一夏は声を掛けようか否か、掛けるとしてどんなことを言おうか考えて ﹁やぁ、こんにちは﹂ いた。だが、話すのに不便ない距離まで近づくと、自然に言葉は紡がれていた。 こ、こんちわ﹂ れでも挨拶は返してくれた。 ﹁君は、ここの道場の生徒なのかい ﹂ て驚かない子供は居ないだろう。チビもその例の漏れず、驚くような反応をした後にそ いきなり見ず知らずの男、それもデカい︵身長170cm代後半︶のに話しかけられ ﹁へぅ !? ﹂ !! ﹂ ? 清々しいまでの即答だった。この晴れ晴れとした笑顔を見てみろ。本当に、好きで好 ﹁うん ﹁そっか。⋮⋮剣道、好きかい ようになったが、このぐらいのころはまだその呼び方をしていた。 篠ノ之姉妹の父を呼ぶ際に使っていた言葉だ。年を重ねるにつれて普通に先生と呼ぶ 随分と懐かしい言葉を聞いたものだと思う。それはかつて一夏が道場の師範であった 知ってるけどなとは思っていても言わない。それにしてもおっちゃん先生とは、また ﹁う、うん。おれと、ほうきと、姉ちゃんで一緒におっちゃん先生に教わってるの﹂ ? 1358 きでしょうがないと言った顔だ。別に光っているわけではない。だが、その笑顔が一夏 にはとても眩しく見え、思わず目を細める。 ﹂ ﹁そっか⋮⋮。俺もね、剣道をやってるんだ﹂ ﹁ほんと 休めば良いじゃん﹂ ﹁けどね、何だか疲れちゃったよ﹂ 一夏はその場で腰を下ろすとチビと目線を合わせる。 ﹁あぁ、そうだよ﹂ ? いや、そうじゃないんだよと一夏は苦笑する。 ﹁疲れたの ? いざ、例え子供相手でも話して見れば意外に言葉は出てくるものだ。しかし相手は子 ﹁ふーん﹂ 考えても、分からなくて。本当に、どうしたらいいのかな﹂ て、でもそしたら、今度はいつの間にかそれでどうしたいかが分からなくて。考えても ││けど、俺は分からなくなっちゃったよ。強くなりたいって思って本当に強くなっ 本当に色々できるかもしれないんだ。 したらヒーローになれるかもしれないし、逆にすごく強い悪者になれるかもしれない。 ﹁俺はね、実はとっても強いんだよ。強いとさ、色々できるかもしれないんだよ。もしか 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1359 供。話を聞いてくれこそするが、顔はどう見ても内容を分かってる顔ではなかった。 て聞こえた。 ? ﹂ あ、あぁ。好きだよ﹂ ﹁兄ちゃんはさ、剣道好き ? ﹁なら良いじゃん ! ﹁え、俺 ﹂ その一言はあまりに何気ない一言だった。だが、その言葉は不思議と一夏の心に響い ﹁え⋮⋮﹂ ﹁うん。だって、おれ剣道好きだから﹂ ﹁そっか。そうだと良いな﹂ ﹁でもさ、兄ちゃんのことは分かんないけど、おれは、ずっと剣道やるんだ﹂ 変なことを話しちゃったなーと、一夏はチビに謝る。 ﹁そうだよな。そう、ごめんな﹂ ﹁んーとさ、おれ、難しいことは分かんないよ﹂ 出てきたのだろうか。声にも力が乗らない。 いに酷い状態だ。受けた衝撃が大きすぎて、知らずため込んで蓋をしてた疲れが一気に 落ち着けば落ち着くほどに自分のメンタルの有り様が分かる。もうかつてないくら ﹁だからさぁ、俺思っちゃったんだよ。俺、剣道やってても良いのかなーって﹂ 1360 そう言ってチビはニパッと笑う。 ﹁俺、おっきい人のこととか全然分かんないし姉ちゃんとかおっちゃん先生とか見てて、 ﹂ 大人って大変だなーってのは分かるんだ。兄ちゃんもでっかいから大変なんでしょ でもさ、剣道好きならそれでいいじゃん ? それを自覚して、一夏は腹の内から笑いがこみ上げてくるような気がした。ただ、そ ら﹄、これに尽きるのだ。 論理武装をしたりもしたが、何だかんだで結局今まで武を学んできたのは﹃好きだか やっていく中で色々なことがあって、時には騎士にやれ矛盾だ破綻だと言われた妙な ︵そっか⋮⋮、そういや、好きだからやってたんだよなぁ︶ 夏はいつの間にか自分自身の内を見ていた。 そう言い切るチビの顔にはこれ以上ないというくらいの自身があった。その姿に、一 ! れもどちらかと言えば自嘲の苦笑に近いものだが。 ﹂ ? ︵なんだ、分かってみればこんなに単純なことだったじゃないか︶ た。 突然笑い出した相手にチビが首を傾げるが、一夏にとってはそれどころではなかっ ﹁兄ちゃん ﹁くっ、くくっ﹂ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1361 1362 好きだからやる、実に明快で良い。それを自覚してみれば、自分のそれまでの何とも まぁ滑稽なことか。 ふと師の姿を思い出す。武人として偉大すぎる実力、圧倒的存在感、師の全てに惚れ 込み、いつかは自分もあのようにと思った。それは今も変わらない。ただきっと、その ためと言ってあれこれと考えすぎたのが原因なのだろう。早くあのようにならねばな らない。早く一人前にならねばならない。 騎士が語った通りに、自分の心の傷を隠すためでもあったのだろう。張りぼてとも言 える義務感を矜持と騙り、見たくない部分を直視しないためにそればかりを見てきた。 そうしていつの間にか、そればかりが先行して、元々あった傷ついても色褪せてもいな い原点すら見失ってた。本当に、滑稽な話だ。 思い返せば師にしたって、いつの間にかこうなってたと自分のことをいつだったか 語っていた。きっと師も、気に入ってたから続けていただけなのだろう。それで良かっ たのだ。好きこそ物の上手なれ、あれこれと考えずとも好きでやっていれば自然と身に ついていくものなのだ。 つまりはそういうことだ。成るように成る。世の中は複雑だが、時にはとてもシンプ ルな時がある。きっと、これもその一つなのだろう。好きだから続け、学ぶ。もちろん 考えなしにというわけにはいかないが、それさえ忘れなければ大丈夫だ。 ︵まったく、本当に馬鹿だな、俺は︶ 確かに口では常々武が好きだどうの言っていたが、振り返ってみればいつの間にかそ れは条件反射としてのものになっていて、心はどこかにそれを置き去りにしていた。 代わりにあったのは、早く強くならねばならない。早く成熟を、大成をしなければな ﹂ らない。焦燥とも違うが、そんな想いだけだ。少し、肩肘を張り過ぎていたらしい。 ﹂ ﹁兄ちゃん、なんで泣いてんの ﹁あれ ? するようで爽快さすら感じる。 自分は涙を流していたんだと思いつつ、それを恥とは感じない。むしろ、心がすっきり 指摘されて初めて気づいた。いつの間にか頬を水分が伝う感触がある。いつの間に ? ﹂ ? な。坊やのおかげだ﹂ ﹁本当にありがとう。少し、いやかなり気が楽になったよ。救われた、と言ってもいいか ポンとチビの頭に手を載せると、優しく撫でる。 い。ただ、それを忘れなければ良いだけ﹂ ﹁坊やの言う通りだよ。好きだから、それで良いんだ。難しいことなんて考えなくて良 ﹁え ﹁坊や、ありがとうな﹂ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1363 ﹁え、う、うん。どういたしまして﹂ そして一夏は幼い自分の顔を改めて見る。純真さを宿した顔だ。そこから発せられ る輝きには、いっそ愛おしさすら感じる。 関わる立場ではない。そのまま歩き出そうとして││ 一瞬、振り返りそうになる。だが止めた。彼女はあの男の子の姉だ。自分がどうこう ての姉だ。 歩きながら一夏は一人の少女とすれ違う。見間違えるはずがない。間違いなくかつ ﹁あ﹂ わけではない。だが、歩き続ければたどり着く、その確信があった。 そして一夏は静かに後ろを振り向くとそのまま歩いていく。特別行先を決めている ﹁じゃあ、俺はもう行くよ。頑張れよ﹂ むと、ゆっくりと手を離し立ち上がる。 チビは未だに頭を撫でられていることに戸惑っているようだ。その姿に一夏は微笑 ﹁うん﹂ 凄い人たちに、いつか参ったって言わせてやれ。俺も、兄ちゃんも、頑張るからさ﹂ ﹁なぁ、坊や。これからも、剣道頑張れよ。君の姉ちゃんも、先生も、凄い人だ。そんな 1364 ││頑張れよ 懐かしい声が背中にかけられたような気がした。その声に一夏は小さく目を見開き、 やがて口元に微笑を浮かべるとそのまま歩き出す。 いつの間にか手に暖かさが残っていた。それを実感すると共に、かつて姉に小さな自 分の手を握って貰いながら歩いたりしたことを思い出す。 ︵ありがとう︶ 歩きながら心の中で礼を言う。年頃から考えて確実に今の自分の方が年上なのに、励 まされるという体たらくだ。どうやら千冬と一夏の関係はどこまで行っても姉弟らし い。そのことがおかしくて仕方ない。 この手で命を奪った事実は永劫付きまとう。それはもはや拭えぬ宿命だ。 ﹁だけど、俺のしたことが消えないのは事実だ﹂ 悟ったその心に変わりはない。 ﹁好きだから、あぁ、それで良いんだよ。小難しいことは適当で良い﹂ 内の景色は消え、最初と同じ黒に包まれた空間に立っている。 いつの間にか微笑は消え、静かな眼差しで一夏は詫びも心の中で告げた。気づけば境 ︵そして││すまない︶ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1365 ﹁ならばそれで良い。全部受け止めてやる。俺にとって大事な、大好きな、武の一環なん だ。全部受け止めて、背負って、纏めて愛してやる﹂ かつて自分が命を奪った五人のテロリスト、彼らはきっと今わの際に自分を恨んだだ ろう。そして彼らにも当然居る家族、友人、知人、彼らを知る者もまた、自分を恨むだ ろう。 全て受け入れる。賢しい理屈は何も言わない。自分が愛し、学んできた武の結果の一 つだ。ならば全て背負うのみ。だがそれは負担にあらず。自分を立たせ、先へと進ませ る支えとする。 る⋮⋮ ﹂ 部受け入れてやる。認めてやる。尊び、慈しむ。そうしてこそ、俺はきっと極みに至れ ﹁もう迷わない。歓喜も絶望も、親愛も怨嗟も、俺の武の道で、その中で生まれたなら全 感謝と、敬愛を送る。 大さを。だからこそ、そこへ至る道に導き、至る心を与えてくれた五人の敵に心からの 見えるのだ。これから自分が進もうとする先、その果ての、そこに至った自分の、壮 していられる。今、自分は更なる一歩を新生と共に歩みだそうとしている。 かつて散った五人に一夏は心からの礼を言う。彼らの存在があったからこそ、今こう ﹁感謝を﹂ 1366 ! 総身に活力が漲るような感覚がある。かつてない程に心が充足感を感じている。そ の感覚に、歓喜で震えそうになる。 夢の中でまで自分の背を押してくれた姉、本当に嬉しかった。だが、今こうして決意 ︵すまない、姉貴││姉さん︶ した自分の武の道、それはきっと修羅と彩られるかもしれない。 きっと、根は優しい姉はこんな自分の選択を喜びはしないだろう。つくづくもって不 肖の弟だ。だがそれでも、一夏にだって譲れないものはある。だから、せめて詫びはす る。それが姉にできる精一杯だった。 目を閉じ、ゆっくりと大きな深呼吸を一度だけする。そして再び静かに目を開く。 ﹁あぁ、そうだ。今だったら言える。満天下に謳い上げられる﹂ きっと自身を極みへと導くだろう。 何であれ取り込む以上は経験値になる。そして積み重ねられていくそれは、いつか ﹁全てが、俺にとっては俺を高める宝だ﹂ ちふさがる怨敵、何もかもだ。全てを、最後には讃え受け入れる。 守った感謝、結果として奪った怨嗟、得た技、受けた技、相対した素晴らしき好敵手、立 自分が武の道を征く過程にある何もかもを。勝利の歓喜、敗北の悔恨、結果として ﹁あぁ、全部だ。全部受け止めよう﹂ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1367 ﹁俺は、オレは武を││その総てを愛している 飛んだ。 ﹂ 高らかな宣言をした彼の目には喜悦が浮かんでいる。そして、周囲の闇が一斉に吹き !! 騎士から少し離れた場所で、少女もまた俯きながら沈黙を貫く。 ﹁⋮⋮﹂ り続ける。 うか、もっと穏やかに済ませる方法があったのではないか、そんな思いが騎士の内を巡 決して間違いであったとは思わない。だが、他により良い手があったのではないだろ の内へ、彼自身の深奥へと潜っていく一部始終を見ていた。 手にした剣で一夏の胸を刺し貫き、崩れ落ちた一夏がまるで吸い込まれるように地面 夕焼けに彩られた海岸で騎士は悔いるように呟く。 ﹁果たして、これで良かったのか⋮⋮﹂ 1368 騎士も少女も、本質は人のためにありたい。パートナーのためにありたいという忠の 意思だ。故に、結果としてそのパートナーに痛みを与えることになってしまったこと ﹂ に、例えそれがその者のためとはいえ、良かったのかと自問自答を繰り返す羽目になっ ていた。 ことこそが、真の望みと言える。 のだ。他にもできること、したいことはある。戦いではない、本当の意味で人を助ける 自分たちは、ISは、他にもできることなど色々ある。本音を言えば戦いなぞ御免な いるものが大きい。だがそれだけではないのだ。 彼は武に執着し過ぎている。確かにISの、自分たちの持つ能力は今現在それに傾いて そしてもう一つ。歪みとはまた別の彼自身の、気性の問題だ。歪み云々関係なしに、 滅だ。そんなことはあってはいけない。 かない事態を引き起こしていたかもしれない。そしてその果てにあるのは彼自身の破 彼の心の内にあった歪み、放置すればきっとそれは大きくなっていき、取り返しのつ ﹁それでも私は、あのまま見過ごすことはできなかった⋮⋮ ! どうか全てが丸く収まって欲しい。そう騎士が祈った直後だ。 ﹁どうか⋮⋮﹂ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1369 !! ・・ ││││││ ﹂ ﹂ ﹁なっ ﹁っ !? ﹁そんな⋮⋮こんなことが⋮⋮ を見開いた。 ﹂ 士は困惑しながらも周囲を見渡す。そして視界に映った光景に、仮面のしたで騎士は目 母と呼べる創造主の手により生み出されて以来、一度も経験したことのない状況に騎 ﹁これは⋮⋮﹂ ように、総身を震わせる振動が広がったのだ。 取り巻く空間に、夕暮れの海岸を映して広がる空間そのものに巨大な衝撃が奔ったかの そして世界が揺れたと評したように、揺れたのは足元だけではない。騎士を、少女を る以上地震など起こるはずもない。 突如として世界が揺れた。地震などではない。そもそも、ここは一種の仮想空間であ ! そして広がった罅は完全に地平線と水平線を、空間の全てを覆い尽くし││その全て 黒の線が奔り渡り、今も急速に広がっている。 しめる地面にも、頭上の空にも、すぐ目の前の虚空にも、触れれば砕けるような罅の漆 ピシピシと不安を煽るような音を立てながら、空間に無数の罅が広がっていた。踏み ! 1370 ﹂ が一斉に砕け散っていった。 ﹁ぐぅうううう ﹂ !! ﹂ 近いものを感じつつ、騎士はゆっくりと腕を下ろして前方を見る。 もしや、と騎士は思った。生身の体を持っていれば冷や汗を流していただろう戦慄に 音は徐々に二人の下に近づいてくる。 痛いほどの静寂が広がる中に一つの靴音が響いた。カツカツと一定のリズムでなる ││カツン を理解していても、警戒に依然かざした腕を下ろそうとしない。 衝撃が走り抜けていった時間はさほど長くなかった。すぐに訪れた静寂に既に無事 覚はなかったが、受けた衝撃の大きさに思わず身を庇う様にして腕をかざす。 揺れ以上の衝撃が騎士と少女の全身を突き抜けていく。体が吹き飛ばされるような感 景色が散り散りになっていき、何もない漆黒が逆に空間を塗り替えていく。先ほどの ﹁きゃっ ! ! 織斑一夏が、騎士自らの手で眠りへと落としたはずの存在がそこに立っていた。 ﹁や、また会ったな﹂ 視認した存在に騎士は息を呑んだ。 ﹁貴方は││ 第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕 1371 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒 い。それでオレを恨む奴がいるなら、恨みの罵詈雑言は幾らでも受け止める。批判され ﹁確かに、オレは取り返しのつかないことをしてしまった。それから逃げるつもりはな か。そう問うような騎士に一夏は頷く。 時間の経過で落ち着かせるのではなく、自分自身で意思を、心を改めて築き直したの ﹁まさか、本当に自力で⋮⋮﹂ ら変にこじらせた﹂ て。││認めたら良かったのかもしれない、自分の弱さを。けど、できなかった。だか ﹁本当に、オレは馬鹿だったよ。変に難しく考えすぎてさ、それで自分を雁字搦めに縛っ 沈黙を続ける騎士に構わず一夏は言葉を続ける。 だったねぇ。改めて顧みてみると、もう笑っちゃうよ﹂ ﹁一応ね、オレもお前がどうしようとしたのかは分かったよ。いや、本当にオレは馬鹿 戦慄に固まる騎士に一夏はそれも仕方ないかと思う。 ﹁何故、って言いたい雰囲気だな﹂ の雄叫びをあげる 1372 ようが嫌われようが、全部真っ向受け止めるよ。 それでもオレは武が好きなんだよ。愛してると言っても良いね。だからこそ真摯で ありたいし、例えとんでもないことにしても、オレの武の一部である以上は死ぬまで付 き合う。三年前の、あの名前も知らない五人もそうさ。彼らのことをオレは何も知らな い。きっと知ることはできないかもしれない。 けど、オレは忘れずにずっと覚えて、向き合うつもりだよ。あいつらの存在は、オレ にとって大きな意味を持っている﹂ 真っ直ぐに騎士を見つめてながら語る一夏の表情には一切の陰りが無い。 敗れる直前の弱々しさは完全に消え失せ、堂々とした佇まいでその場に立っている。 あたりは明かりも何もない黒に覆われているというのに、騎士の目には一夏の姿がはっ きりと見える。まるで、彼自身が光源として燦然と輝いているかのごとくに。 だがそう錯覚させる程に纏う雰囲気が違う。凛然と澄み渡り、肌を刺すような冷たさと 見た目に変化があったわけではない。というよりも見た目はまるで変わっていない。 しばらくの、前の時以上の存在感を放っていた。 実として言える。復活を遂げた一夏は心を砕かれる前、この空間において目を覚まして ここに一夏は自身の再臨を宣言する。その姿に一瞬騎士は気圧された。厳然たる事 ﹁改めて言おうか。織斑一夏││完全復活だ﹂ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1373 痺れさせる様な圧力を放っている。決して邪な気配ではない。だが思わず警戒を取ら せる程に力強さを持っている。 ﹂ ! せた。自分の本当の想いを、どうしたいのかを見つめ直して、より自分自身というもの 感じた悪寒は間違いではなかったと騎士は悟った。確かに彼は自分自身を持ち直さ ﹁ッッ 修羅道の深奥を行くとしても、オレは武と共に在り続けるよ﹂ ﹁このまま行ってどうなるのか、実のところオレにも分からない。けど、例え結果として その言葉に騎士は嫌な予感を感じ取る。 はどこまでも行ける﹂ レは武が好きなんだよ。それだけで良いと気付いたのさ。それさえ忘れなければ、オレ ﹁そう。そして気付いたのさ。まぁ色々あったし、これからも色々あるのだろうけど、オ ﹁己を、ですか﹂ ﹁そう難しい話でもないさ。ただ、今一度自分というのを見つめ直しただけだよ﹂ を持ち直した﹂ ﹁私は、時の流れが貴方を自然に癒すことを想定していた。ですが、貴方は自分自身で己 それは騎士の嘘偽りない素直な感想だ。 ﹁⋮⋮驚きました﹂ 1374 を正しく表せるようにした。だがその結果は騎士にとっては望まざる結果だった。 倒れる前の彼だけではない。今の彼もそうだ。あるいは、本当に彼という存在はそれ こそが本質なのかもしれない。同じなのだ。かつて、同胞を呑みこんだ闇に、その同胞 のパートナーであった人間に。 ︶ !! る。その言葉を騎士は俯きながら聞いていた。 一騎打ちをする前の命令口調とは違う、頼みかけるような声で一夏は騎士に語り掛け いこうじゃないか﹂ ﹁なぁ、お願いだ。いい加減にオレを起こさせてくれ。そして、これからも一緒にやって を開く。 縋るように投げ掛けた問いに一夏は一切の迷いなく答える。そして今度は一夏が口 ﹁そうだ﹂ ﹁それが、貴方なのですか﹂ た。 ばたけるかもしれないと思った。だが、そんな望みは今この瞬間に叶わないものとなっ と同じ志を持てるかもしれないと思った。共に手を取り合い、真に人のために世界を羽 俄かには受け入れがたかった。彼ならば或いは彼女と、かつて騎士と共にあった存在 ︵そんな、こんな、こんなことが⋮⋮ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1375 今度は一夏も答えを急いたりはしなかった。静かに、騎士の返答を待ち続ける。 ﹂ ! ですが、それだけが我々ではない ラ かつて母が宇宙 ソ 確かに今の私たちは戦いのための剣として、盾として、鎧と してその多くが使われている ! ! の果てまでと思い私たちを作ったように、私たちの望みは人の未来です それは、戦 ! ﹁どうかご理解ください はっきりと強い声で騎士は己の意思を告げる。 込むかもしれない。そんなこと││私は嫌だ まう。それは、私たちだけではない。未だ世界に散らばる同胞たちも何らかの形で巻き ﹁このままでは、貴方はいずれ戦いに囚われてしまう。そこから抜け出せなくなってし いない。それでも是と答えられなかった。 絞り出すような声で騎士は否と答えた。一夏の力になりたい、その意思は変わっては ﹁⋮⋮﹂ ﹁││できません﹂ 1376 ! ﹂ いだけではない。私たちの力は人に多くを齎せる。人の、可能性を私たちの名が示すよ うに無限に広げられる ﹁ありがとう﹂ 怒るでも失望するでもなく、ただそうかと一夏は静かに頷く。 ﹁そうか。それが、お前の意思なのか﹂ ! 続いて彼が発したのは騎士にとっても予想外の感謝の言葉だった。 ﹂ ならば、お願いです。今の貴方の立場は承知しています それは、私が望むことではない ですが、どうか 言ってくれて、うん。嬉しいよ。お前がどう考えて ? いるのか、聞けて良かった。意思疎通は大事だからな﹂ ﹁ならば 戦いに囚われないで下さい ! ! 残念だが、オレの前に立ち塞がるなら仕方ない。斬る﹂ ﹁オレも、残念だとは思うよ。けど、もうどうにもならないらしい。そしてこれも本当に 悔しさを声に滲ませながらも騎士もまた剣を取る。 ﹁それしか、ないのですか⋮⋮﹂ はこれしかない。悪いけど、力づくでいかせてもらうよ﹂ ﹁本当に残念だよ。オレは、きっとお前とは相容れない。そして、そうなるともう選択肢 りを立場を逆にして再びやり直したかのようだった。 気づけばいつの間にか一夏の手には刀が握られている。ちょうどそれは、先のやり取 ﹁そんな⋮⋮﹂ ﹁すまないな。││残念だよ﹂ のままの状態を続け、やがて再びゆっくりと目を開いた。 騎士の懇願に一夏は黙ったまま目を閉じる。そのまま何かを考え込むかのようにそ ! ! ﹁それがお前の本音なんだろう 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1377 静かに、一夏は騎士の必殺を宣言する。 ﹁││できるのであればご随意に。ですが⋮⋮それでも私は貴方を諌める ︶ !? ﹂ !? ﹁くっ ﹂ 一夏の胴を肩から裂いていたはずなのだ。だが一切の手応えが無かった。 ﹂ 先ほどとは別の驚きが騎士の思考を支配する。間違いなく騎士が振り下ろした剣は ﹁なっ その姿に不審を覚えつつ、それでも騎士は剣を振りぬいた。 わんばかりに無防備だ。 て垂れ下がっており、構えらしきものは一切取っていない。それこそ斬って下さいと言 一夏は一切の防御も回避もしようとはしなかった。刀こそ持っているも、手は下向け ︵何故、構えない ぶった剣を一夏に振り下ろし、そして表情を強張らせた。 爆 ぜ る よ う に 駆 け た 騎 士 は 一 息 で 一 夏 と の 距 離 を 詰 め て 間 合 い に 捉 え る。振 り か !! の内に刻み込む﹂ に、オレは大真面目に迎え撃たせて貰うよ。そして、愛すべきオレの武の一つとして、こ ことが影響しているのは事実だね。やろうと思えば、やれるよ。来い、その意思に、技 ﹁以前の五人のことがあったから、なんて軽々しく言うつもりはないけど、それでもあの 1378 ! 困惑を残しつつも騎士は連続で一夏に切り掛かる。そして幾度と攻める内にようや く気付いた。間違いなく当たっていて良いはずなのに、まるで幻を斬ったかのように手 応えはなく一夏は健在のまま。 十を超えた斬りかかりでようやくその絡繰りに気づいた。言葉にしてみれば至極単 純、一夏は騎士の剣を見切って紙一重で、最小限の胴さで回避をしていた。あまりに動 きがなかったために、かわされたことに気付かず幻を相手にしているような錯覚を抱か されていたのだ。 回避の最中、一夏が半歩だけ右足を前に出す。軽く右半身を晒した姿に、騎士はその 右肩を狙って剣を突き出す。 ﹂ !? 撃する。 を通り抜けた直後、勢いの乗った回転と共に放たれた一夏の肘打ちが騎士の後頭部を直 吸い込まれるように騎士の体が一夏の傍へと寄っていく。そして騎士の体が一夏の脇 まるで一夏を中心に不可視の流れが生じ、その流れに巻き込まれ逆らえないように、 その動きが途中から騎士の意思を介さないものになっているような感覚があった。 だった。剣を突き出したのだから、それを操る体が前方に向かうのは自然なことだが、 突 き 出 し た 剣 は ま た も す り 抜 け る よ う に か わ さ れ る。だ が 今 度 は ま た 違 っ た 感 触 ﹁うっ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1379 ﹁ぐぁっ ﹂ いた。その立ち姿があくまで自然体であることが、余計に騎士の不安を煽る。 一夏は追撃を仕掛けるでもなく、肘打ちを見舞った位置から殆ど動かずに騎士を見て えようとして一夏の方を向き直る。 頭から前方に吹っ飛ばされた騎士はそのまま転がり、転がりながらも何とか体勢を整 !! 知らない。騎士の知識には一片たりとも存在しない。故に、一体何なのかという疑念が うに、その戦法の多くは何かしらの武術を参考としている。だが、こんな動きは騎士は 一夏はIS乗り以前に武術家として自己を定めている人間だ。彼自身が公言するよ く、騎士も全容とまでは行かずともそれなりの知識は蓄えていた。 て、一夏のように格闘戦を主体とする者には既存の武術体系を取り入れる者も少なく無 当然、その中には自分たちISを纏って戦う人間たちのことも含まれている。そし てから今に至るまで、ISとして多くの経験を知識として積んできた。 騎士はISとしてはかなり古い部類、言うなれば年長者としての存在だ。生み出され ﹁貴方の、その動きは⋮⋮﹂ して、まるでコンディションを確かめているかのような動きをしている。 だが一夏も一夏で、唸りながら自分の手を握ったり開いたり、あるいは軽く振ったり ﹁う∼ん﹂ 1380 沸く。 オレの取って置きの一つだよ。そんなに使った覚えは無いし、いやこれ ? び表情を引き締め直すと再度騎士を見る。 悪い気はしていないのか、穏やかな顔で自分の手を見ながら一夏は言う。そして、再 くなったからかな﹂ ﹁まぁコレに限らずなんだけどね、不思議と体が軽い気がするよ。色々、縛ってたのが無 の変化に彼もまた驚きを隠せずにいた。 なまじ自分のことだけあって、その変化は一夏自身がもっとも感じており、この突然 とはせずとも必要な動きができるオートマチックな運用に変わっている。 アルな運用に対し、今は自然と相手の動きが感覚的に捉えられ、自分でどうこう動こう が、今とは感覚が違う。以前のような先読み、見切りからのギリギリでの回避とマニュ 使うこと自体は前々からできたし、IS学園入学以降も近接戦闘では何度か使った のだ。 こちらの疲労を抑えつつ相手に色々と錯覚やら精神的揺さぶりやらをかけるというも レベルでの攻撃の察知、その鋭敏化によって必要最小限の動きで相手の攻撃をかわし、 元々師から取って置きとして伝授されたこの技法は、相手の動きの先読みと薄皮一枚 がオレ自身驚いてるのだけど、今までにないレベルの精度で使えるんだよ﹂ ﹁これかい 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1381 ﹁さてと、あまり時間を掛けすぎるのも問題だよな。正直なところ、負ける気がしないん だ﹂ そう、まさしくその通り。明確な根拠を提示しろと言われたらそれはそれで返答に困 るのだが、それでも勝つという揺らぎない自身が全身から湧き上がってくるのを一夏は 感じていた。故に てる。 んだ一夏はスルリと騎士の懐に入り込み、震脚を効かせながら肘打ちを騎士の胸部に当 軸とするようにグルリと切っ先の向きを真逆にする。その流れに合わせて更に踏み込 の手に移っていた。突き出した刀の柄を逆手に持ち替え、騎士の剣に刀身を押し付けて 逆に騎士の剣が一夏の懐を狙える形になり、その隙を突こうとするも、既に一夏は次 騎士は立てた剣の腹で刀を受け流しやり過ごそうとする。 ヒュンという鋭い風切り音と共に刀が突き出され騎士の首を狙って向かって来るも、 既に刀は鞘から抜かれ、切っ先が騎士に狙いを定めている。 騎士が一夏に仕掛けた時と同じように、一夏もまた一息で騎士との間合いを詰める。 の打倒を宣言した。 まるでコンビニに行くことを思いついたような呑気さを含んだ、至極自然な声で騎士 ﹁そろそろ終わりにしよう﹂ 1382 ﹂ ! ﹂ ? 浜が広がっている。 うな目をしてあたりを見渡す。いつの間にか漆黒は消え去り、また元通りの夕暮れの砂 確認するような一夏に騎士は肯定で答える。その反応に一夏はどこか遠くを見るよ ﹁はい⋮⋮﹂ 純に言えば人助け、そうだろ ﹁さっきも言ったけど、オレもお前が何を望んでいるのかは理解したんだよ。極めて単 に立ち上がりながら騎士は一夏の言葉の続きを待つ。 ゆっくりと、剣から足をどかしながら一夏が語り掛ける。剣を引き戻し、それを支え る﹂ ﹁別に、オレはお前が嫌いじゃないよ。ただ、終わらせる前に言っておきたいことはあ 高い金属音を立てて剣は地に抑えつけられる。 ずだった一閃を、上から右足を振るわれる最中の剣の腹に踏みつけるように落とす。甲 振る。それを一夏は直前に一歩引いただけで間合いから逃れ、更には空振りに終わるは 再び転げる騎士に一夏は近づき、騎士は倒れながらも一夏の足目がけて横薙ぎに剣を 士の顎を叩き、引いた腕を戻す勢いで飛び膝蹴りを腹に当てる。 仰け反りたたらを踏む騎士に一夏は更に追撃を掛ける。逆手に持ったままの柄で騎 ﹁ガハッ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1383 一夏の視線に合わせて騎士もまた辺りを見渡す。何も変わってはいない。だが、違和 感を感じる。そしてそれは一夏を見てすぐに気づいた。空間を照らす唯一の光源、金色 に輝く夕日は、まるで一夏を照らすかのように輝いていた。それはさながら、この世界 の中心が彼に移ったかのようだ。 だがそのことに気付いていないのか、あるいは興味が無いのか、再び騎士をまっすぐ 見て一夏は言葉を再開する。 可能性だって。よくよく考えれば凄く簡単で、それこそ小学生だって ? その言葉で騎士は一夏の意思を悟る。同時に理解もする。一夏は騎士の想い、願いを さ﹂ 単にオレは、 ﹃武﹄で以ってISの、人の、早い話がオレ自身の可能性を追求したいだけ なんだろうな。良いことに使うのも可能性、逆のことにしても可能性。簡単な話だよ。 分かることだけどさ、可能性はそれだけじゃない。色々と先があるから、きっと可能性 ﹁言ったろう ﹁ならば、それが分かっていながら何故⋮⋮﹂ し、応援もする。あぁ、それだってISの、引いては人の可能性なんだしさ﹂ ういう方向に傾けて全力でやるっていう奴がいるなら、オレはそいつを素直に尊敬する でISの技術開発を、そうだな。災害の時の救助だとか、危険な場所での活動だとか、そ ﹁別に、オレもそれは否定しないよ。むしろ賛成すると言っても良い。例えばの話、本気 1384 理解しているし、賛同もしている。だがそれは一夏個人にとっては別の問題であり、理 解賛同をしてもあくまで一夏個人は別の方向を進むということ。なまじ理解していな がら別の道を選んだだけに、一夏は決して騎士が望む存在にはならない。ここへきてよ うやく、その現実を理解させられた。 変容していた。 に似合わない穏やか含んでいた先ほどまでから一転、非情を感じさせる冷たいものへと 反射的に騎士は頭を上げた。一夏の口調がガラリと変わっていた。果し合いの最中 ﹁っ﹂ ﹁だが、言っておきたいことはまだある﹂ れを見て一夏は僅かに目を細め、そして小さくため息を吐いた。 一夏と騎士、双方の間に存在する意思の隔絶、それを実感してか騎士は項垂れる。そ ﹁⋮⋮﹂ れる﹂ だけど、オレの本道はあくまで﹃武﹄だ。そのためなら、修羅になることだって受け入 にオレの力が必要でオレもオレの判断機銃によるけど有意義だと思ったなら手を貸す。 けど、それは大抵相手がしょうもない奴の場合だし。助力を必要とされて、そこに本当 ﹁別にオレだって人助けは吝かじゃないよ。知るかボケで見捨てることだって多々ある 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1385 そしてそれは眼差しも同じ。僅かに眉尻は上がり、険しい顔つきで一夏は騎士を見据 えていた。 ﹂ ? ﹁押し、つけ⋮⋮ ﹂ て、本気でお前と、お前たちと手を取り合っていこうとするやつもいるかもしれない。 ﹁も し か し た ら 他 の 奴 は 別 の 受 け 取 り 方 を す る か も し れ な い。逆 に お 前 に 全 面 賛 成 し い。その想いに嘘偽りはない。それが押しつけとは何故││ それはどういうことか、自分たちは本当に人のことを考えている。人の力になりた ? んだよ﹂ だけど、だからと言ってそれをオレに、人間に押しつけがましく言うのはどうかと思う オレたち 人のためという点を考えれば正しいこと、良いことだっていうのは十分理解している。 ﹁さっきも言ったけど、オレはお前の望みが間違っているとは言わない。いや、世のため 冷たさに加えて、怒気も含んだ問いだった。 ﹁お前、一体何様だ それは何なのか、騎士が問おうとするより早く一夏が言う。 だ﹂ レ個人が認められないこと。そして、確実に世界中に同じことを思うやつがいること ﹁あぁ、これだけは物申して置きたいんだよ。武人とかそういうのじゃなくて、単純にオ 1386 だけどオレは違う。 良いか、何をどうするか。お前たちISに関わって、ISでどうするか、それはオレ がオレで決めることだ。お前たちにどうこう言われる筋合いは無い。確かにお前たち が示す道は悪くないものなんだろうよ。だが最終決定をするのはオレだ。例えその結 果がロクなものじゃなかったとしても、それはオレの選択だ。全部オレが背負う。オレ のものだ﹂ だからお前たちは口出しをするなと、そう一夏は言う。 す。仕掛けてくると感じた直後、騎士の視界が揺らいだ。 瞬間、騎士は反射的に後退をしようとした。それに合わせて一夏が小さく身を動か ﹁頭が高いんだよ﹂ 騎士の目の前に立った一夏が冷然と見下ろす。 も指導者ぶって人を騙るな、導こうだなんてするな﹂ ﹁例え意思を、心を持っていようとお前たちISはあくまで道具だろう。道具風情がさ 徐々に距離が縮まっていく。騎士は動かない。動けなかった。 ﹁しつこく、何度もこっちの気なんてお構いなしに﹂ 言いながら一夏は騎士の下へ歩み寄っていく。 ﹁この方が良いからこっちにしろと﹂ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1387 ﹁え ﹂ に尻餅をついていた。 呆けたような声が騎士の口から洩れる。いつの間にか騎士は足をもつれさせその場 ? チェック き飛ばし、切っ先を騎士の胸に突きつける。 ﹁これで詰みだ﹂ まだ可能性のある王手ではない、完全に勝敗の決まった詰 みを一夏は宣言する。 チェックメイト 騎士が剣を取って立ち上がろうとする。だが一夏は刀を振って騎士の手から剣を弾 だがそれはまた別の機会に考えれば良い。今は、他にすべきことがある。 一夏も内心では軽く驚いていた。 率が高くなかっただけに、あっさりと上手くいったこの状況に表情にこそ出さないが、 言うなればフェイントをかける技の、その応用系であるこの足崩しだがそこまで成功 ︵あんまりできたことなかったけど、本当に驚きだな︶ だ。 は無理な重心の移動を強いられ、結果としてそれが転倒に及んだというのがこの絡繰り での牽制を行うことによって騎士に反射的に反応をさせていた。だがそのために騎士 呆然とする騎士の姿に一夏は不遜に鼻を鳴らす。騎士が動き出した瞬間、一夏は動き ﹁ふん﹂ 1388 そんな一夏の顔を騎士はしばし見つめ、やがて力なく肩を落とした。 小さく力を込める。 チャキリと音を立てながら一夏は突きつけた刃を水平にする。そして柄を握る手に かなものだった。 えぇ、と騎士は頷く。その表情は訪れるだろう自分の結末を受け入れ、納得した穏や ﹁なら、覚悟はいいな﹂ 貴方に従います﹂ でしょう。ですが、既に手遅れな話。││どうぞ、私の処断はご随意に。私はあくまで ﹁確かに、それでもしも貴方が私の言葉を受け入れてくれたのなら、それが正しかったの だ、お前はもう少し謙虚に行くべきだったんだろうな﹂ し、良いことではあるんだ。そうしようとする奴は、案外多くいるんじゃないのか。た に、お前の望みもオレ以外の他の誰かが実践するかもしれない。別に間違ってはいない ﹁別に救われたいと思ったことは無いさ。ただ、オレは極みに至りたいだけだよ。それ かった。貴方の選んだ道は、いずれは貴方から救いを奪うかもしれない﹂ ﹁くどいと言われることは百も承知。ですが、それでも私は貴方に別の道を志して欲し その一言にどれほどの想いが込められていたのか、一夏も察して何も言わない。 ﹁無念です⋮⋮﹂ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1389 ﹁さらばだ。短い間だったけど、お前との時間は有意義だったよ。敬意と、感謝を。お前 の心、技、すべてオレの記憶に、この身に、終生刻み続けることを約束する﹂ そして一夏は刀を振るう。夕焼けに照らされた砂浜に小さな影が一つ舞い、やがて崩 れ落ちた大きな影と地に落ちた小さな影、二つの影が消え失せた。 ﹂ ? 依然沈黙を保ったまま騎士が居た場所を見続ける一夏に少女は首を傾げ、一夏の横に ﹁⋮⋮ ﹁⋮⋮﹂ 決断だったのだろう。それを根掘り葉掘り詮索する気は起きなかった。 全く気にならないわけではない。だが、多くのことを思った末に何らかの覚悟をしての か、とだけ答えるそれ以上何も言わなかった。少女が何を思ってその選択をしたのか、 決してそれを恐れたわけではない。だが少女は小さく首を横に振った。一夏はそう は容易いことだった。その返答の如何によっては騎士の後を追うことになるだろう。 一夏は問う。言葉こそ短いが、一夏が何を言わんとしているのかを察するのは少女に ﹁お前はどうする﹂ ゆっくりと少女が歩み寄ってくる。 一夏は眼前を、既に何も居なくなった空間をじっと見続ける。そんな一夏の背後に、 ﹁⋮⋮﹂ 1390 立ちその表情を伺う。 吐くと、改めて少女の方に向き直る。 自分自身に戒めるように一夏は呟く。そしてある程度は落ち着いたのか大きく息を けないんだ。例え兇気を受け入れても﹂ ことにはならなくなるかもしれない。だけど、この重さを忘れることだけはあっちゃい ﹁けど、重いな。あぁ、重い。これは忘れちゃいけない重さだよ。きっと、いつかこんな れ、認め、己の糧とすると決めたのだ。 だが泣き言を言うことは、逃げることは他ならぬ一夏自身が許さない。全てを受け入 ﹁オレは、全部受け止める﹂ とは一夏に相応の精神面でのプレッシャーを掛けていた。 分の確たる意思で奪った。どれだけ腹を括っていてもいざ行い、その事実に直面するこ 例え現実に肉体を持たない意思だけの存在と言えども命は命だ。それを今度こそ自 ﹁大丈夫だ。何とも、ない﹂ かを堪えている姿だった。 僅かに震えている。見れば刀を握っていない左手も小刻みに震えている。明らかに何 思わず声を漏らしていた。一夏の目は見開かれながら前を凝視し続け、結ばれた唇は ﹁あ⋮⋮﹂ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1391 ﹁すまないな﹂ ﹂ ? にも何か変わることがあるかもしれない。強敵との戦いや窮地が成長を促すなんてよ れた。けど、そのおかげで今こうしている。もしかしたらだけど、福音と戦うことで皆 ﹁福音は、少なくともオレの浅い経験が根拠だけど、今までにない強敵だ。現にオレは敗 戦いの様子を見続ける。 椅子が存在している。自身の椅子に静かに座ると、まるで映画鑑賞でもするかのように いつの間にか一夏と隣に立つ少女のすぐ後ろに、それぞれの背丈に合わせた大きさの のかな。││いや、それは今は良いか。このまま見続けることにするよ﹂ ﹁これ、原理は何なのかね。もしかして、ISが見ている光景をコアネット経由で見てる 出される。 の通りになった。再度夕暮れの海岸は消え去り、四方に福音と戦う学友たちの姿が映し 言って一夏はパチンと指を鳴らす。何となくだが、できるような気がした。そしてそ ﹁いいや、考えが変わった﹂ だが一夏は意外にも首を横に振った。 そうするのかと少女は問う。 既に一夏がここに留まる理由は無くなった。ならばあとは目覚め、福音を倒すのみ。 ﹁行くの 1392 くある話だ。オレは、それを見てみたい﹂ ただ現在の戦況を見る分には専用機チームの方が有利な状況を安定して継続してい る。このまま何事もなく終わるのか、それとも更に一波乱あるのか。どちらに転んでも それはそれで良いと思う。 打鉄弐式が立体モニターに表示する状況を確認しながら簪は自陣の優位を確認する。 ︵戦況は⋮⋮悪くない︶ がけて向かっていく。 静かに発せられた言葉と共に、格納ポッドから数十にも達する数のミサイルが福音目 ﹁山嵐、斉射開始﹂ 葉を贈った。 だが最終的には勝って欲しい。だから頑張れと、一夏は心の内で友人たちに応援の言 ︵さて、見せて貰おうか︶ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1393 この分であればわざわざ武装の搭載数を削ってまで積んできた新装備も衆目に晒す 必要はないかもしれない。 オルコット││﹂ ! ﹁オラもういっちょ行くわよ ﹂ れたミサイルの爆発に呑みこまれる結果となる。 シルバーベル ほぼ四方を囲むような形で迫ってくるミサイルに福音の対応は間に合わず、叩き込ま 迎撃を免れた、簪が放ったミサイルの残りが殺到する。 光弾の回避によって福音は一時的にその動きを阻まれる。直後、そこへ銀の鐘による も当てることが目的ではなかった。 きまわっていることもあるが、別にセシリアは意に介した様子を見せていない。そもそ だが連続して放たれた青い光弾はその悉くが当たらずに終わる。双方共に高速で動 る威力減衰などの問題を克服して福音を狙い撃つことができた。 ケージに合わせてのカスタムによってスターライトは威力、有効射程を増大、距離によ 距離にはだいぶ開きがあったが、ブルー・ティアーズが現在装備している高機動パッ ラウラの指示を受けてセシリアがスターライトを連射する。セシリアと福音、両者の ﹁了解だ そうすれば私の山嵐も幾らかは当たる﹂ ﹁ボーデヴィッヒさん、オルコットさんに連射の指示を。それで福音の動きを妨げて。 1394 !! ﹂ ! ﹂ ! ﹁生憎、加減はしませんわ﹂ 徐々に煙が晴れていく中、真っ先に福音を確認したラウラが声を張り上げる。 ﹁見えた 子を見守る。 そして福音がその中心から出てこないのを確認しつつ、一同は取り囲むようにして様 居るだろうと目される位置には更に爆炎が起こる。 多数のミサイルに加えて火力を重視した武装による集中砲火を受けたことで、福音が 込む。 だ。発射時の反動は半ば力技で強引に抑え込み、打てる限りの榴弾を福音目がけて叩き そして衝撃砲と同時にシャルロットが放ったのが両手による二丁持ちのグレネード より、不可視を捨て威力を上げた衝撃砲が火球となって福音の下へ殺到する。 不可視がウリの衝撃砲だが、現在甲龍に搭載された火力の底上げを図ったパッケージに 甲龍の両肩、衝撃砲のユニットが開き二発同時発射の砲弾を連続で叩き込む。本来は 弾位置に居るということだ。それさえ分かれば狙いもすぐにつけられる。 爆炎の中から福音が飛び出した様子は無い。つまり、福音は依然としてミサイルの着 勇ましさを伴った声と共に鈴とシャルロットが追撃を掛ける。 ﹁この程度で満足してもらっちゃ困るよ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1395 険しい声でセシリアが言うと共に、チャージを終えたスターライトの砲撃が福音に直 撃する。 一瞬の隙を突かれたことで集中砲火を受けた直後の福音にそれをかわすことはでき ﹂ 決めてやんなさい ﹂ ず、掠めただけでもISのシールドを大きく削る光条が福音を呑みこむ。 ﹁箒 ﹁心得たッッ !! ﹁Ga Keyy⋮⋮ ﹂ !! 無論、福音をしかと討ち取ったことに諸々思うことはあるが、それ以上に今は無事に 静かに箒が呟く。おそらく、この場の誰よりも決着に安堵しているのは彼女だろう。 ﹁終わった、か⋮⋮﹂ く全員が安堵の息を吐いた。 へと落ちていく。そして水柱を立てて海面に叩きつけられた福音を見て、そこでようや 断末魔にような、うめき声とも聞こえる電子音と共に福音は切り落とされた翼諸共海 ! いざまに切り落とす。 それを受けた箒は上空から福音目がけて急降下、手にした二刀で福音の両翼をすれ違 る。 完全に満身創痍となった福音に止めの一撃を刺すべく、鈴が箒に向けて声を張り上げ !! ! 1396 終わってよかったという気持ちが先行していた。 !! に寄ろうとしたその瞬間だった。 海中に高エネルギー反応 ! 突如、轟音と共に海面が大きく爆ぜた。 下がって !? ﹁な、なんなのよ⋮⋮ ﹂ ? える。 ﹁まさか、福音ですの⋮⋮ ﹂ 更に目を凝らして見れば水蒸気の根本、その中心部にドーム状の発光体があるのが見 周辺の海水が吸い込まれていく。 海面から巨大な柱のように水蒸気が立ち上り、更にその発生地点にまるで渦のように 眼下の光景に戸惑いを隠しきれない声が鈴の口から洩れる。 ? から距離を取る。 珍しく声を大にした簪に、只ならぬ自体が起きていることを察して一同が一斉に海面 ﹁っ ﹂ む余地は存在しないため、一同が福音の着水ポイントを中心に周辺を捜索しようと海面 海中に没した福音と搭乗者の迅速な回収をラウラが指示する。当然ながら異論を挟 うが、このままというのも良くない﹂ ﹁よし、すぐに福音および搭乗者の回収を行うぞ。最低限の保護機構は働いているだろ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1397 わずかに見えた人影のようなシルエットにセシリアがその正体に当たりをつける。 ﹂ ! 再起動の上に二次移行だと ﹂ !? ﹁馬鹿な ! ラウラが最大級の警戒を孕んだ声でその事象の名を口にした。 ﹁二次移行⋮⋮ セカンド・シフト が、それが起こる瞬間は初めて見る。 プレッシャー 特に箒を除く五人は母国の候補生としてそれを為した機体を見たこともあった。だ 何なのかをこの場の全員が程度に差はあれど知識として知っていた。 明らかな形態の変化、更にはただの機械相手だというのに感じる強大な圧 力、それが いく。 それも明らかに熱量を持ったエネルギー体で構成されていると分かる輝く羽が伸びて 両翼を失い、ただの人型に戻っていた福音だが、その背にまるで蝶の羽化のように羽が、 そしてシルエットに変化が訪れる。まず最初に、シルエットを覆う光の膜が消えた。 で放っていることにシャルロットが戦慄を露わにする。 太古から存在し続ける巨木のごとき水蒸気の柱、それを発生させる熱量を福音が単機 ﹁エネルギー量が多すぎて、周りの海水を蒸発させているんだ﹂ 1398 旅館内の指揮室も現場同様に緊迫に覆われていた。箒の最後の一撃によって福音が 海中に没し、その沈黙を確認したことで指揮室内にも安堵の空気が流れていたのだが、 突如として室内のモニターが一斉に警報を鳴らし、そして現在に至る。 二次移行自体は決して特別なことではない。十分な経験と技量を積んだ乗り手の、長 くその相方を務めた専用機としてのISならば十分に起こりうることだ。現にかつて の千冬の愛機である暮桜も二次移行を果たしていたし、千冬に並び古豪として知られる 乗り手達の愛機もまた、その多くが二次移行を果たしていた。 だが今ばかりは状況が違う。そもそも撃墜され、最低限の搭乗者の保護機能を残して ほぼ完全に沈黙をしたはずなのに、そこからシステムを纏めて再起動させて挙句二次移 ﹂ !? ﹁クソッ 無事に戻れよ⋮⋮ ﹂ ﹂ ! 冬はただ教え子たちが無事に戻ることを願っていた。 この場の自分たちにはただ見守ることしかできない。その歯痒さを痛感しながら、千 ! 声を大にしながら真耶に問うも、返ってきた答えは無情であった。 !! 通信は ! 行を行うなど、そんな事例は聞いたことがない。 ﹁山田先生 ! 依然繋がりません ﹁ダメです 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1399 ﹁これが、二次移行⋮⋮ ﹂ ﹁全くもってエレガントではないですわね﹂ ﹁なまじ暴走しているだけに手が付けられない⋮⋮﹂ ものかは想像に難くない。 熟練と言える実力者であるのが常。優れた機体と乗り手、この組み合わせが如何ほどの の性能を持っているのが常だ。その機体性能が更に上がる。そしてその乗り手もまた、 当然ながら専用機として調整されたISは他の大勢で乗り回す一般機に比べて高め るのは個人用にチューンされた専用機というのが原則とされている。 理由は至極単純だ。ただシンプルに強い、それだけだ。基本的に二次移行を発生させ いう現象は持っていた。 ラウラの言葉に追従するようにシャルロットも言う。それだけの意味を二次移行と ﹁二次移行なんてされちゃあ、ね﹂ ﹁悔しいが、最悪撤退もありうるぞ。できれば、だがな﹂ 露わにする。 面々の中では最もISに携わっている経験の浅い箒が初めて見る二次移行に戦慄を ! 1400 簪とセシリアがたまらず文句を口にする。 ﹁交戦開始 ﹂ ﹂ ! シャルロットの声が響く。福音が真っ先に狙ったのはパッケージの影響によりこの ﹁ラウラッ えて砲撃をかわす。明らかにキレが増している動きに全員が揃って眉を顰める。 三方向から放たれた砲撃だが、発射と同時に福音は身を捻る様にしてポジションを変 イトを、鈴が衝撃砲を撃ち、散るようにして散会した他の三人に続いて移動を試みる。 その言葉と共にラウラがレールカノンを福音目がけ撃ち、同時にセシリアがスターラ ! た。 そうして遂に光の膜が消え去り、完全に形態移行を果たした福音が再び宙に舞い踊っ える。 える二門のレールカノンを福音に向ける。それを皮切りに他の五人も各々の武器を構 ガシャリと重い音を立てながらラウラは追加パッケージ﹁ブリッツ﹂の主兵装とも言 ぞ﹂ ﹁いずれにせよ、二次移行をしたからと言ってすぐに撤退もできん。やれる限りは、やる 眼前の脅威を前に流石の鈴もとことん勝気ではいられない。 ﹁ハハッ、あたしちょっとだけブルって来たわ﹂ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1401 中で最も機動性が欠けているシュヴァルツェア・レーゲン、ラウラだった。 当然ラウラも距離を取ろうとするが、二次移行を果たした福音は単純な速力も向上し ﹂ ており、一気にラウラとの距離を詰めていく。 ﹁このっ ﹂ ? ﹂ !? く。 直後背中から強烈な衝撃が叩きつけられ、シャルロットは一気に海へと落とされてい ﹁ガッ た光翼は一瞬シャルロットの視界を遮り、次の瞬間には眼前から掻き消えていた。 せる。エネルギー体で構成されている故か、切り落とされた元の翼以上の大きさを持っ 福音がシャルロットの眼前まで迫った瞬間、唐突に福音は光を両翼を大きく羽ばたか ﹁え 信がシャルロットにはあった。 た。今の福音の攻撃力が先以上であることは想像に難くないが、それでも耐えしのぐ自 に重きを置いた装備だ。形態移行前の戦闘も、これのおかげで損耗は軽微に抑えられ シャルロットのラファールに搭載されたパッケージ﹁ガーデン・カーテン﹂は防御力 み福音を遮ろうとする。 元々はラウラのガード役を買って出ていたシャルロットが何とか両者の間に割り込 ! 1402 ︶ ! ﹂ ! ﹂ !! ﹂ !! は六本のワイヤーブレードも織り交ぜる。 自分を庇おうとした仲間をやられ、怒りを露わにラウラがレールカノンを放ち、更に ﹁おのれ くことになる。 れこそしたが、激突の際に頭を強かに打ち付けて意識をふら付かせながら岩にしがみ付 く吹き飛ばされてたまたま海面から顔を出していた岩柱に激突する。シールドで守ら 装備していた盾を構えることもできず、光弾の雨の直撃を受けてシャルロットは大き ﹁キャアアアアア そして体勢を立て直したばかりのシャルロットにそれをかわす術は無かった。 の一発一発の大きさ、放てる光弾の総数、密度、どれも先ほどの比ではなかった。 阻もうとする仲間たちの砲撃を掻い潜りながら福音が光弾の雨を降らせていた。そ は目を見開いた。 軽くカチンと来ながらも、海面スレスレで落下を抑え福音に向き直ったシャルロット ﹁やってくれるね が視界を塞いだ一瞬に、福音は素早くシャルロットの背後に移動、一撃を当てたのだ。 落ちながらも体勢を取り戻そうとしながらシャルロットは状況を理解した。あの翼 ︵まさか 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1403 怒っていながらも正確さを失わない攻撃ではあったが、福音は難なく砲撃をかわしワ イヤーは翼を振るってまるで羽虫を払う様に弾き飛ばす。そうして今度こそラウラと ﹂ の距離を詰める。 ﹁させん ﹂ ! 攻撃を││﹂ ! きが漏れる。 首だけを動かして振り向きながら言いかけてラウラは目を見開いた。何故、という呟 ﹁今の内だ して待ち構えていた本命のAICに捕われることになったのだ。 ていれば対処は容易い。そしてラウラの狙い通りに福音はラウラの後ろを取り、結果と され背後に回る。それこそがラウラの狙いだった。例え背後に回れようが、予め分かっ 左手から放たれたAICが福音を捉え、その動きを停止させる。右手はブラフ、回避 ﹁止まれ││ 伸ばす。先に動いた右手からAICは発動していなかった。 直前の激昂が嘘のように静かな声と共に、ラウラは後ろを振り向かずに左腕を背後に ﹁読んでいたぞ﹂ かわしてラウラの背後を取ろうとする。 停止の結界、AICに捉えようとラウラは右手を伸ばす。だが福音はそれをスルリと !! 1404 確かに福音の動きは停止させた。現に今も福音はラウラの背後で動きを止められ留 まっている。手足も動かせない状況だ。だが、その背の両翼だけは違う。 バチバチと、AICの力場と干渉し合い弾くように火花を散らしながら確かに動いて いた。 ﹁できん ︶ AICの解除を 私に構うな 早く奴を撃て ! 離れて ﹂ !! ﹂ ! ということか ﹁ボーデヴィッヒさん ! ! ﹂ ! ﹂ ﹂ ! ﹁すまない ! ﹁感謝を ﹁ごめん⋮⋮ ﹁すぐに拾ってやるからね ﹂ い方だ。故にラウラは福音を止め続けることを選択した。 このままやられても構わない。それで福音を倒せるならば、コストとしては十分に安 い。動きを止めている今こそがチャンスなのだ。 ここでAICを解除すれば福音を拘束から解き放つことになる。それだけはできな ! セシリアの声がラウラに撤退を促す。だが││ ! ︵オルコットのライフルのような光学兵装はAICで止めにくい。まさか奴の翼も同じ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1405 ! ラウラの覚悟を汲み取り、四者四様の攻撃を放つ。青い光弾が、火球が、ミサイル群 が、紅の光刃が福音目がけて殺到する。どれも福音のみを狙っているが、着弾による爆 発などはラウラも巻き込むだろう。だがそれをラウラは咎めない。そしてそのラウラ の覚悟を理解したからこそ、四人も攻撃に加減は加えなかった。 ﹂ ﹁ボーデヴィッヒさん ﹂ うに振るわれる。そして福音とラウラを包むように爆炎が広がった。 攻撃が達する直前で遂に福音の両翼が完全に束縛から解放され、迫る攻撃を薙ぎ払うよ 意識の集中を強めてラウラは何としてでも福音を抑えようとする。だが奮闘空しく ﹁間に合えよっ⋮⋮ ! ﹂ ! ﹁なっ ﹂ えるほどに接近していた。 きが増したように見えたその瞬間、爆音と共に福音は一気にセシリアと簪を間合いに捉 イルのロックを定める。二人に向き直った福音はピンと両翼を伸ばし広げる。一瞬、輝 福音を睨みつけながらセシリアがスターライトの狙いを定め、すぐ傍で簪も再度ミサ ﹁仇を││ が悲痛な声を上げる。 爆炎の中から、福音の攻撃を受けたのだろうラウラが力なく落ちていく姿にセシリア !! 1406 ! ﹂ !? ﹂ ﹁そういうこと⋮⋮ ! ﹂ ﹂ ﹂ ! !! ﹁たたっ殺してやるわ ﹂ !! ﹂ ﹁貴ッ様ァァァァァアア 受けたことによる影響か、ラウラ同様に落ちていく。 シリアと簪は受けたダメージに苦悶の声を上げ、今まで以上の至近距離からダメージを おそらくは光弾を放つ要領で翼からエネルギーを放出したのだろう。捉えられたセ ﹁ぐぅううう⋮⋮ ﹁キャアアアアア を増やしたのか肥大化し、左右それぞれでセシリアと簪を巻き取るように捉える。 すぐに距離を取ろうとするも、それより早く動いた福音の翼が供給されるエネルギー シリアもその理屈に歯噛みする。 おそらくは両翼からも推力を発射し、加速を劇的に高めたのだろう。簪が見抜き、セ ! ﹁その翼⋮⋮ ブースターだけでこれ程の速さは出せない。では何が。 する。だが速過ぎる。開示されたスペックデータにある両手足にそれぞれ備えられた 一瞬にして間近に迫った福音にセシリアと簪は揃って瞠目し、すぐにその原因を看破 ﹁瞬時加速 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1407 !! 一気に仲間を四人も落とされ、動けるのが自分たちだけとなってしまった箒と鈴が怒 声と共に挟み撃ちを仕掛ける。 箒と鈴、共に二刀を扱う二人の計四つの刃が福音に迫るも、それを福音は両翼であっ ﹂ さり受け止める。 ﹁なっ ﹂ ! ! ﹁嘘でしょ⋮⋮ ﹂ 箒と鈴を一か所にまとめるように弾き飛ばす。 闘能力を上げているのだ。僅かに攻撃のリズムがずれた瞬間に、福音は両翼を振るって しかしそれも長くは続かない。ただでさえ手を焼いた福音が形態移行をして更に戦 た。 のだ。数の利を一気に落とされた以上は、それを手数で以って補わなければならなかっ 仲間を落とされたことへの怒りもある。だがそれ以上に、こうしていないと持たない の箒と鈴は止まらない。斬撃と砲撃を織り交ぜてひたすら福音を攻め立てる。 それを福音は時に両翼で弾き、時に精緻な動きでかわして、全てやり過ごす。それで 刃を放つ。同様に鈴も距離を取り衝撃砲を放つ。 止められたと分かると同時に箒は下がり、二刀を振って雨月から光弾を、空裂から光 ﹁ならばッ ! 1408 二人から距離を話した福音は、両翼を頭上で円を描くように丸める。そして円の中心 ﹂ 部に光が結集した直後、収束して放たれた大量の光弾がまるで光線のように二人に向か い、そして呑みこんだ。 ! る。 ﹁一度ならず二度までも⋮⋮ ﹁さすがに、これは気分が悪い⋮⋮﹂ ここまでだって言うの⋮⋮ !? ! セシリアと簪も不満を露わにする。 ! 鈴の声はこの場の全員の心を代弁していた。悔しい、諦めたくない。だが認めざるを ﹁ちっくしょう⋮⋮ ﹂ これでは祖国に顔向けできませんわね⋮⋮﹂ シャルロットの声は自嘲気味ではあるが、やはりラウラ同様に無念の想いが籠ってい ﹁酷い有り様だよ。こんなのじゃあ、満足できないや⋮⋮﹂ 福音は追撃を掛けようとはせずにただ悠然とラウラたちを見下ろしている。 なダメージを負い、交戦に支障が出るレベルまで達していた。それを理解しているか、 海面から少し上の場所でラウラは悔しさを滲ませながら呟く。既に六人全員が深刻 ﹁これまで、なのか⋮⋮ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1409 得ない。福音に、たった一機の相手に敗北を喫しかけているということを。誰もが、悔 ﹂ しさを隠しきれずにいながらも諦めかけていた。 ﹁まだ、だ⋮⋮ ﹁まだ、だ⋮⋮ まだ終わっていない⋮⋮ ﹁箒、あんた⋮⋮﹂ た。 ! 穏やかな声で話し始めた。 ﹂ 止めようとする鈴の言葉を遮って、箒は先ほどまでの鬼気迫る表情からはかけ離れた ﹁凰、それにみんな﹂ ﹁無茶はやめなさい アンタまさか││﹂ まだ箒には戦う意思はある。だが同時に、自身の無事を捨てた覚悟までが表れてい 的に言えば、不味い。 共に落とされたことで近くにいた鈴は箒の表情を見て僅かに表情を険しくした。端 ! 立ち上がり、福音を睨みつける。 小さく、箒が言った。砲撃を受け、落ちた先の岩礁で箒は二刀を杖としてゆっくりと ! ! 1410 ﹂ 冗談じゃないわ アンタそれ 何 ! アンタがす 一夏の、あのバカの真 !? あんなバカはバカにやらせときゃ良いのよ ! ﹁ふざけたこと言ってんじゃないわよ 似 る必要はない ! ﹁だから││みんな行ってくれ ﹂ る。本当に、箒は命を捨てることすら辞さないつもりなのだ。 鈴の声は震えていた。箒の表情は穏やかだが、目には強固なまでの覚悟が宿ってい ﹁箒⋮⋮﹂ ためなら、命だって惜しくは無い﹂ めてくれた。本当に、嬉しかったんだ。だから、私だって、力になりたいんだよ。その みんなに会えて、不器用な私をそれでも友としてくれた。そして、一緒に戦う仲間と認 だと、言ってくれたのが。本当に嬉しかったんだ。ずっと、一人だった。けど、学園で ﹁嬉しかったんだ。こんな私を仲間と言ってくれて、力を貸してくれると、私の力を必要 そう、鈴の方を見ながら箒は笑って言った。 ﹁真似じゃないよ﹂ 確かに発破をかけたのは自分だが、こんなことまでは望んでいない。 絶対に止めなければと思った。そうでもしなければ、箒は本当に命を捨てかねない。 ! !? ! ﹁私が、奴を抑える。だから、その間にみんなは引いてくれ。何としても、持たせる﹂ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1411 !! ﹂ その言葉と共に箒は福音目がけて吶喊する。鈴の制止の声が聞こえるが、聞き入れる 覚悟ォオオオオオオオオ ことはできなかった。 ﹁福音 !!! る。 ︶ ! ﹂ !! 箒に向かって来る残りの光弾を箒の前に割り込んだシャルロットが構えた楯で防ぐ。 ﹁これならいけるね﹂ サイル群が突っ込み、その過半数を迎撃する。 簪の声に思わず箒は福音と距離を取る。直後、残っていた片翼から放たれた光弾にミ ﹁篠ノ之さん、下がって﹂ を見た先で、ラウラが発射を終えたレールカノンを構えていた。 だが、光弾が放たれる直前、福音の片翼が爆発する。何事かと箒が思わず振り向き下 ﹁篠ノ之ォ 射準備を整える。 腹を括り、箒は再度吶喊しようとする。その間にも福音の翼は輝きを増し、光弾の発 例え刺し違えてでもッ さりと両翼で受け止めて逆に弾き飛ばす。そのまま両翼は発光し、光弾を放とうとす 愚直なまでの正面からの特攻。距離を詰めた箒が振るった二刀を、しかし福音はあっ ! ︵まだだ ! 1412 とっとと引く ! ﹂ ! ﹁あのね、篠ノ之さん。僕らは仲間、この意味分かる ﹁戦うも引くも一緒﹂ のに何で⋮⋮﹂ ﹂ ﹁そんな⋮⋮だがしかし、これは私の勝手だ。それにみんなが付き合う必要はない。な 続く簪とセシリアの言葉に箒は僅かに俯く。 には看過できませんわ﹂ ﹁織斑さんの時は致し方なくですが、仲間を一人置いておめおめと逃げるなど、わたくし ? く。 鈴とラウラの苦言に反論しようとする箒だが、その肩にポンとシャルロットが手を置 ﹁いや、しかし⋮⋮﹂ ﹁流石に今のはどうかと思うぞ﹂ ﹁全く、無茶するんじゃないわよ﹂ そして三人は近くの岩場に降り立ち、そこへ残る三人も集まってくる。 る。 を引き離す。三人を追撃しようとする福音は、セシリアがスターライトの連射で妨害す そしてその間に二人の下に寄ってきた鈴が二人を引っ掴むと一気に福音からの距離 ﹁ほら 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1413 ﹁んじゃあアレよ。あたしも、勝手にやらせてもらうだけだわ﹂ それなら文句は言えまいと鈴は箒に問い掛けるような視線を向ける。 紅椿に応えてくれと。まだ力があるならばそれを貸してほしい、大事な仲間たちを守 箒は強く思った。 箒は祈った。ただの道具頼みの二の舞、そんなことは百も承知だ。しかし、それでも │﹂ ﹁私は弱いよ。けど、この戦いに勝ちたいんだ。私の仲間を、守りたいんだ。だから│ ゆっくりと箒は歩き出す。一歩、一歩と進み、今度は仲間たちの前に立つ。 ﹁私は⋮⋮﹂ た。 自身の前に立つ仲間たちの背に、箒は激情が胸の奥底からこみ上げてくるのを感じ ﹁みんな⋮⋮﹂ ロットが、簪が続く。 そう言って鈴とラウラは箒の前に立ち、福音を睨む。その後にセシリアが、シャル ﹁巻き込んだ、などと思うな。私たちは、私たちの意思で戦い続けることを決めたのだ﹂ ペーのあんたが根性見せたんなら、あたし達だって泣き言は言ってられないわね﹂ ﹁礼を言うわ。正直、あたしもみんなもちょっとだけ諦めかけてた。けど、一番のペー 1414 るために。だから応えて欲しい。 ﹂ !! ﹂ ! る。 そうしてエネルギーを回復させた六人は再び宙に上がり、福音と真っ向から相対す と同時に、五人のISもまた真紅に包まれてエネルギーを完全回復させる。 その言葉に五人は静かに頷くと、各々の手を箒の手に重ねる。そして手が重なり合う ﹁待たせてすまない。今度こそ、私がみんなの力になる時だ﹂ 背後に立つ仲間たちに向けて手を伸ばす。 ﹁みんな、手を﹂ 自分が為すべきことを理解していた。 その光景を箒は半ば呆然とした様子で見ていた。だがすぐに我に返る。既に彼女は、 種駆動のためのエネルギーが一気に完全回復したのだ。 じられない光景が映る。モニターに映し出されたシールドエネルギーを初めとした各 絢爛舞踏、おそらくは紅椿の機能か何かだろうか。それが発動した直後、箒の目に信 ﹁これは た直後、紅椿はその名よりも尚赤い真紅に包まれた。 直後、箒の目の前に一行の文字が表れた。記されたソレは﹃絢爛舞踏﹄。そして認識し ﹁紅椿ィィイイイイイイイイ 第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる 1415 ﹁決着をつけよう﹂ 六人の中心に立つ箒が静かに宣言する。そして、右手に持った刃の切っ先を福音に突 きつけた。 して仲間を守ること﹂ そう。ようやく見つけることができたのだ。 私は前に進める ならば私は喜んで仲間のための防人となろう ! ﹂ 決して甘くは無いぞ 貴様にその意思があるならば、その翼を構えるが良い ﹂ この戦場は、私たちの勝利でもって華と飾る ! ら ﹁確かに私は弱い。だが、だからとて それで諦めることはしない さぁ行くぞ、銀の福音 括目せよ 仲間を守ると、防人と己を定めた私の覚悟 この紅椿、無双の戦装束と友の結束の力 だが心しろ ! ! そして各々が一斉に己の武器を構える。 ﹁行くぞ !! ! ! た。 その言葉を号令として全員が散開し、福音との決着をつける最後の戦いが幕を開い ! ! !! ! ! ! ! 仲間がいるか ﹁やっと分かったよ。少なくとも今、私が一番やりたいこと。それは仲間と共に戦い、そ 1416 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやって くる ﹂ ! ﹂ ! ガコンと重い音を立てて二門のレールカノンが砲塔を動かす。同時にブリッツの搭 ﹁それならそれで、手を講じるだけだ﹂ た。 この場の六人の中で一番機動性が低いのが自分であることなど、とうに自覚できてい シ ャ ル ロ ッ ト の 警 鐘 に ラ ウ ラ は 心 得 て い る と ば か り に 落 ち 着 き 払 っ た 様 子 で 返 す。 ﹁分かっているさ﹂ ﹁ラウラ ルなものだ。そして倒しやすいかどうかの判断基準、その一つは移動速度だった。 ゆえに福音が取った行動は倒しやすそうな相手から倒していくという至ってシンプ は持ちえていない。 化された機体言えども、さすがにバラバラの方向に散らばった敵を一掃するような手段 箒の言葉に従って六人が一斉に別々の方向に向けて飛ぶ。いかに二次移行により強 ﹁散開ッ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1417 載によって追加されたバックパック状のユニットの上部が開く。 ﹂ ! ら福音はそれを迎え撃つべく行動を起こす。 その言葉と同時に多数のミサイルが一斉に放たれ福音へと殺到していく。当然なが ﹁征け だが今は戦いの最中、すべきことは敵の打倒だけだ。 きを隠せない。 以って極めて迅速に整えられた福音のロックオン、ミサイルの誘導にラウラは純粋に驚 故に簪がそのロック処理を代行したのだ。システムと簪自身の演算処理能力、それを ﹁見事な処理だ。驚嘆に値する﹂ 込むだけ。だがそれでは今の福音ならばあっさりと全て迎撃してみせるだろう。 際に細かな制御はできない。精々が動きの少ない単一の目標にミサイルを纏めて叩き 事実として、レーゲンに搭載されたシステムでは一度に多数のミサイルの発射をする だろうか。 打鉄弐式に搭載された山嵐とほぼ同様、違いがあるとすればそれを運用するシステム面 開いたユニットから除いたのは垂直発射式のミサイルだ。武装としての性質は簪の ﹁心得た﹂ ﹁ボーデヴィッヒさん、データ﹂ 1418 ﹁だが、視えているぞ﹂ 眼帯を外し解放した左目、その奥に秘された魔眼が力を発揮する。一気に高まった動 体視力は福音がどう動くのか、どのように光弾を放ってミサイルを迎え撃ち、どのよう な動きでミサイルをかわすのか、その全てを捉える。 ︶ !? ︶ ! あくまで予測でしかない。だが、不思議とラウラにはそれが間違っていないという確 ちに福音の動き、その先をイメージしていた。 撃、回避行動、それらの情報がラウラの中に蓄積されていく内に、ラウラは無意識のう 突如天啓めいたイメージが脳裏に飛来する。決して長くない福音のミサイルへの迎 ︵見切ったッ が捉える動きもその把握の精度が高まる。 リアになった。だがそれは集中が途切れたわけではない。むしろ逆、より澄んでいき目 意識を集中させ続ける中、不意にラウラは不思議な感覚に覆われる。思考が一気にク ︵これは││ も鈍ったところで、それを叩き込む。 れよりも遥かに高い威力を持ったレールカノンだ。ミサイルの対処に福音の動きが最 ミリ単位の些細な動きも見逃すまいと神経を尖らせる。本命はミサイルではなく、そ ︵視える││視えるぞ︶ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1419 信があった。それはもはや予測ではなく未来予知とも言えるほどに。 脳裏のイメージに従ってレールカノンの狙いを定める。そこは外れも外れ、砲弾を 放ったとして福音に掠りもしないだろうポイントだ。だが、そこに来るという自信が あった。 ﹂ ! ﹂ !! ﹁さっきのお返しだよ ﹂ じた明らかな隙を突かない者などこの場には居なかった。 声にならない金属音と電子音の入り混じった悲鳴を上げて福音が苦悶に悶える。生 ﹁││││ そ見事と言えるまでの直撃を果たす。 にならない速さを有している。回避する余裕など与えられず、二発の砲弾が福音にいっ 福音が躍り出た。放たれる砲弾はレーゲンの通常装備であるレールカノンとは比べ物 そして躊躇なく引き金が引かれると同時に、レールカノンが狙いを定めたポイントへ ﹁絶対だ 思考によるレールカノンのトリガーにイメージの中で指を掛ける。 ﹁これは、私の眼が見た先は││﹂ ミライ 独り言のように小さな声でラウラは呟く。 ﹁いいや、違う﹂ 1420 ! 海面スレスレの高さから一気に急上昇してきたシャルロットが福音目がけて吶喊す る。明らかに動きの鈍った今ならば、仕掛ける最大の好機と見ていた。 だが福音の反応は早かった。なまじ機械であるからためにダメージからの立ち直り も早いのか、両翼を振るってシャルロットを迎え撃とうとする。その対処の早さにシャ ﹂ ルロットは思わず目を見開く。 ! その程度、想定の範囲内だよ ﹂ ! 字面とは裏腹に謝る気などゼロ、それどころか﹁ザマァみろ﹂と言わんばかりの調子 ﹁ごめんね。君の動き、貰ったよ﹂ シャルロットの姿は無かった。 そして今度こそシャルロットを迎え撃たんと福音は前方を見やり、だが既にそこに る。 も先にシールドに当たり、当然の結果としてシールドはあっさりと虚空へ弾き飛ばされ 既にシャルロット迎撃のために振るわれていた両翼は目標であるシャルロットより げつける。 言うや否や、シャルロットは左腕に装備していたシールドをパージ、福音目がけて投 ﹁何て言うと思った ? 戦慄を浮かべる端正な顔は、しかしすぐに得意さを含んだ笑みに変わった。 ﹁そんな││ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1421 で福音の背後からシャルロットの声が掛けられる。 シャルロットの姿が福音の目の前から消えたのは至ってシンプルな理屈だ。それは 先にシャルロットがやられたことを、そのまま返しただけ。 シャルロットの投げつけたシールドが福音の両翼と当たった瞬間、ごく僅かではある が、福音の視界が福音自身の両翼によって阻まれた。その瞬間に、シャルロットはアー チを描くような動きで福音の背後に回り込んでいた。 ﹂ に今度は福音が海に向かって叩き落された。 シールド・ピアース そして放たれた鉄杭の先端が福音の背に直撃し、先のシャルロットとの攻防とは真逆 た状況はシャルロットにとって当てるには十分過ぎた。 れる。威力と同時に当てにくさにも定評のあるパイルバンカーだが、完全に背後を取っ 振りぬいた左腕の装甲に取り付けられた鉄杭が、炸薬による加速機構により打ち出さ カーである。 の近接装備の中ではトップクラスの威力を持つと言われる兵装、早い話がパイルバン それを形容するとしたら鉄杭だ。名を﹃灰色の鱗殻﹄、盾 殺 しの異名で以ってIS用 グ レ ー・ ス ケ ー ル た左腕には、シールドが失われたことで初めてその姿を現した存在がある。 殴りつけようとするかのようにシャルロットが左腕を引く。シールドがパージされ ﹁そしてこれも││お返しだよっ ! 1422 海面目がけて落ちていく福音だが、スレスレのところで両翼を広げて減速、海中に飛 び込むことだけは避けた。だが直後に青い光弾が福音目がけて降り注いでくる。 言うまでもなくセシリアのスターライトによる射撃だ。海上という湿度の高い空間 であることも影響し、距離による威力の減衰こそそれなりにあるものの、決して無視し て良い攻撃でもないために福音も回避をしようとする。 だが、できなかった。動けないというわけではない。ただ、かわそうと動くたびに、間 違いなく回避できるはずの動きをしているのに、光弾が当たるのだ。腕に、足に、翼に、 福音を削り取っていくように一射の外れもなく。 そしてその射撃を放っているセシリア本人は参戦している六人中の誰よりも福音か ら離れている場所に陣取っていた。 そう。放つ光弾には、今までとは遥かに違う強い意志を載せている。だからこそ、セ 一射一射にわたくしの誇りを載せる︶ ︵故にわたくしはわたくしのすべきことを為すのみ。できることは全て尽くし、そして シリアの心に一切の昂ぶりは無い。 放つ射撃が全弾命中という目を見張る結果を出し、その記録を更新し続けながらもセ る︶ ︵この戦い、ただの暴走機体の制圧戦ではありません。わたくしの、誇りも掛かってい 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1423 シリアは確信と共に言い切れる。 うとする。 ! ﹁ぬぅっ ﹂ 迫る両翼を二刀で受け止めた箒は一瞬後ろに押されかかるも、すぐに踏ん張って拮抗 ! す。 みち追って来るから無意味と判断したか、福音はそのまま突っ込み前方に両翼を突き出 だが飛翔する福音の先で二刀を構えた箒が立ち塞がる。わざわざ回避するのも、どの ﹁行かせるものか ﹂ それと同時に福音も追撃を避けるべく、一気に海面上空を掛けて敵からの距離を取ろ に移動をする。 は小さく眉を顰めるも、すぐに元の落ち着いた表情を取り戻して福音に狙われないよう どれだけ正確に放とうとも、遮蔽物があっては意味をなさない。そのことにセシリア 構いなしに両翼を海面に叩きつけて巨大な水柱を起こす。 執拗に自身を攻め立ててくる射撃に痺れを切らしたのか、福音は光弾が当たるのもお となど、ありえませんわ﹂ ﹁できることを尽くし、尽くすため、そしてわたくしの誇りを載せた射撃です。外れるこ 1424 状態に持っていく。バチバチと火花を散らしながら両翼と拮抗する二刀を構えながら 箒は眼前の福音を睨みつけ、唐突にその視界に影が差す。 ﹂ !! ﹁箒 ﹂ ちょい下がって ﹁心得た ﹂ ! を離し、再び攻撃の機会を伺うために旋回をする。 ! ﹂ ! だが鈴の右手には何も掴まれていない。だというのに弾かれたはずの青竜刀が福音 たはずの青竜刀が福音に襲い掛かる。 を福音は僅かに身をそらすことであっさりかわすが、直後にもう片方の、弾き飛ばされ 微塵もひるまずに鈴は身を捻って今度は左手の青竜刀を叩きつけようとする。それ ﹁なんのぉ ていないところを片翼に叩かれ、そのまま青竜刀は鈴の右手を離れる。 右手に持った青竜刀を叩きつけようとする。だが振り下ろし始めの勢いが乗り切っ ﹁ちょっと強くなったからって、チョーシくれてんじゃないわよ ﹂ 箒の代わりと言わんばかりに福音に切り掛かる鈴の言葉に従って箒は福音から距離 ! ! 後ろへと動くことでかわし、かわされた鈴が箒と福音の間に入り込む形になる。 福音の頭上から、上段に振りかぶった青竜刀で鈴が斬りかかってくる。それを福音は ﹁どうりゃあああああ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1425 に当たった理由は至極単純であり、ナックルガード状いなっている柄に先を引っ掛ける ことでコントロールを取り戻していた。それだけのことであった。 だが言うは易く行うは難し、全身の動きを正確にコントロールすることがこの手法に ﹂ は必要だ。それを鈴は本人すら無意識のうちに、それこそ勢いでと言っても良い具合に 行っていた。 ﹁さっさと││落ちろぉおおおお ﹂ ? くできない。 者の動きの流れというものが見えてくるのだが、今の鈴からはそれを読み取ることが全 りの心得を持っている。だからこそ鈴が現在行っているような格闘戦では段々とその 得意とするスタイルの違いこそあれど、この場に集った全員は格闘術などにもそれな してラウラの言う通りだと合点する。 通信を介してその呟きを聞いた鈴を除く四人全員が一斉に鈴の動きを注視する。そ 真っ先に鈴の動きの異常さに気付いたのはラウラだった。 ﹁リズムが、読めない⋮⋮ どに変則的な流れに乗っている。 使って得物を操ったりフェイントを織り交ぜたりと、相手取る福音が後退しあぐねるほ 流れるような連続攻撃は身体の各所の捻りや回転運動、更には先ほどのように足を !! 1426 ﹁まさしく天衣無縫、戦場に舞い踊る戦姫というわけか﹂ フォー ム レ ス アー ツ 納得しながらも同胞の敏腕に感嘆し、同時に更に高ぶった闘志の熱を秘めながら箒が 呟く。その言葉が何よりも今の鈴の戦いぶり││型無き戦闘術を現していた。 槍のように突き出された片翼をかわす。身を捻るような回避の流れに乗せてそのま ま青竜刀の横薙ぎを見舞う。 するのだろう。だが無意味だ。そんなもので今の自分を止められるものかと思った。 福音の翼が発光する。自分を引きはがすため、多少の無理をしてでも光弾を放とうと い、そんな万能感すらあった。 全てに反応ができる。見切れる。どころか、今なら誰を相手にしても負ける気がしな ではない。福音がどう動くのか、どう自分の動きに反応してどう返してくるのか、その かつてない程に目の前の相手に、いや、戦闘そのものに集中ができている。それだけ だが、いけると思った。 んどん深みに沈んでいくような感覚すらあった。それが何なのかは鈴には分からない。 段々と口数が少なくなっていった。間違いなく心は高揚しているはずなのに、逆にど ﹁⋮⋮﹂ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1427 ﹁今のアタシを止められるのは││﹂ 青竜刀を振るった勢いで勢いよく身を捻る。グルリと一瞬視界が回転した直後、目の ﹂ 前には回り込んだことによって捉えた福音の背があった。 ﹁アタシだけよ く。周辺の環境、与えてきたダメージ、これまでの福音の戦闘行動から予測したルーチ 機械のアナウンスもかくやと言えるような無機質な声で簪は坦々と支持を出してい イル。篠ノ之さん、刀の遠距離攻撃をボーデヴィッヒさんに続けて﹂ ﹁オルコットさんは福音の三時方向に射撃、ボーデヴィッヒさんはそれを覆う様にミサ 次々と現れては消えを繰り返している。 現在も彼女の指はひっきりなしに動き続け、目の間のモニターには幾つもの演算式が その様を簪は眼鏡の奥で瞳に怜悧な光を宿らせながら見下ろしていた。 ﹁⋮⋮﹂ て迎撃される。 阻まれ、残った幾ばくの光弾も全てシャルロットが横合いから放ったショットガンに全 る鈴目がけて光弾を放つ。だが、放った光弾は直後に飛来したミサイル群にその大半を 再度海へと落ちていった福音は減速をしながらも上空に向き直り、距離を取ろうとす そう吠えると共に両手に握った二振りの青竜刀を同時に福音の背に叩きつけた。 !! 1428 ン、得られた情報の全てを、そして得続ける情報の全てを、投入して簪は戦況分析と予 測を立てていく。 扱う情報の量が量だ。当然システムだけでは処理しきれず、簪自身が自ら演算処理を しなければならない。そして簪自身にかかる処理の負担も相応に大きい。だが簪は行 う 演 算 の 悉 く を 凄 ま じ い 速 さ で 処 理 し て い く。そ し て そ の 結 果 に は 微 塵 の 狂 い も な かった。 ﹁私の計算に、狂いはない﹂ 絶対的な自信を以って告げるように言う。それは先のラウラの姿に通じるものがあ る。感覚からか、理論からか、違いはあれどどちらも未来予知と呼べる正確な読み。そ して情報の共有が為されている以上、完全に福音の動きは全員に把握されるところと なっていた。 青い光弾が、紅色の光刃が、燃え盛る砲が、無数の銃弾、ミサイル群が、完全に動き を読まれた福音に引っ切り無しに襲い掛かる。 ﹂ 既に形態移行をした時の猛威は消え失せ、ただ止むことない砲火に蹂躙されるだけと なっていた。 ラウラ、頼むよ ! ﹁デュノアさん、行って﹂ ﹁オーケー ! 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1429 ﹁任せろ ﹂ ﹁一斉攻撃 ﹂ 踏ん張りを効かせることで封じる。 翼ごと身をワイヤーに絡めとられる。何とかして離脱しようとするも、それはラウラが 度重なる猛攻に完全に動きを抑え込まれた福音にワイヤーをかわすことはできず、両 福音目がけてワイヤーを投げつける。 はレーゲンから伸びたワイヤーが握られ、シャルロットは福音の影を確認すると同時に 未だ爆炎が晴れない内にシャルロットが福音目がけて突っ込んでいく。その片手に ! 背部に搭載されたバックユニット、そこに取り付けられた筒のようなユニットが稼働 の装備を使う。 の離脱を抑えんと踏ん張るラウラの代わりと言うかのように、これまで秘してきた最後 簪も山嵐のシステムによる制御の下、残るミサイルを更に撃ちだしていく。更に福音 ﹁全弾、発射﹂ ガトリングなど、手持ちの兵装を次々と打ち込んでいく。 惜しみは無しだと言わんばかりに衝撃砲を撃ち続ける。シャルロットもグレネードや 箒は二刀を振るい、紅色の光刃と光弾をこれでもかと浴びせる。同じように鈴も出し 箒の号令に合わせて今こそ最大の好機とばかりに全員が猛攻を加えていく。 !! 1430 し、右肩に担ぐような形となる。それは砲だった。 未だ試作段階を出ていないために銘こそないが、スペックデータ上の威力はこの場に ある射撃兵装の中では特に威力の高いビーム砲だ。 引き金によって放たれるのを待つのみだ。 ﹁構造相転移砲││﹂ ﹁最大出力スターライト││﹂ ﹄ ! アレ、中のパイロット大丈夫なの 既に両翼の光を薄れさせ、完全に満身創痍の状態だった。 ﹁ちょっとばかしやり過ぎたかしらね ﹂ ﹁どうだろうね。というか凰さん、一番凰さんが福音倒すのに乗り気じゃなかった ? オーバーキルになってやしないかと今更な心配をする鈴とシャルロットだが、そんな ? ? ﹁いや、ちょっと頭が冷えてきたって言うか。うん、頭冷えたのよ﹂ ﹂ 満たない熱戦が通り過ぎた後、ワイヤーが焼き切れたことで拘束から解放された福音は 同時に放たれた青い光条と白い光条が十字砲火となって福音を呑みこむ。数秒にも ﹃発射 クロスファイア 簪の言葉にセシリアが頷く。既にスターライトのチャージは完了、最大出力の一撃を ﹁えぇ﹂ ﹁オルコットさん﹂ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1431 軽口とは裏腹に二人の眼差しは他の者たちと同じく鋭く福音に向けられている。 福音が完全に沈黙していない以上、まだシールドは生きているのだろうが、それとは ﹂ 別に完全に戦闘不能に陥るのか、それを見極めようとしていた。そして││ ﹁むっ ││ ﹁箒ッ ﹂ !? !! ﹁くっ⋮⋮せいっ ﹂ させた二刀でガードするも、そのまま福音ともども大きく飛ばされてしまう。 のままに福音は拳を握り、箒に叩きつけようとする。それを箒はすんでのところで交差 鈴が警告をするも、それより早く福音が瞬時加速で箒に迫っていた。加速の勢いをそ ﹁ぬっ ﹂ そうして囲まれた中央で福音はゆっくりと首を動かす。そして箒を視界に捉えた直後 セシリアとラウラの言葉にこれで最後と全員が気を引き締め、各々の得物を構える。 ﹁だが既に奴も限界が近いはずだ。気を緩めなければ、勝算は大いにある﹂ ﹁まだ終わりではないということですか﹂ の輝きも戻っていくのが分かる。 箒が福音の様子の変化に気付く。少しずつ、少しずつだが、動いている。段々と両翼 ? 1432 ! 吹っ飛ばされながらも何とか腕を振って福音の拳を弾いた箒は、それによって福音よ ﹄ り更に離れた位置で止まる。そしてすぐに福音の追撃に備えようと構えるも、そこで異 すぐに援護に行くわ 何かおかしい⋮⋮﹂ !! 変に気付いた。 ! えるかのような姿勢を取る。 どういうことよ﹄ ﹁まさか、一騎打ちのつもりか ﹃は ? ﹄ ? ? もっともな疑問だと箒は思った。だが、それでもそうだという直観が強く箒の脳裏で の ﹃何馬鹿なこと言ってんのよ。相手は暴走機体よ そんな高尚な意思があるっていう るんだ。私との﹂ ﹁正直、確証があるとは言えない。だが、私には福音が一騎打ちを求めているように見え 箒が呟いた言葉に鈴がその意味を問う。 ? ﹂ 福音もまた箒を見据えていた。そして自然体さながらに両手を両翼を開き、まるで構 にする鈴を他所に、箒はじっと福音を見る。 通信越しの鈴の言葉に箒は制止を掛ける。どういうことかと通信越しに疑問を露わ ﹁待て ! ﹃箒 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1433 自己主張をしていた。それに││ ﹃尋常なる一対一での決着。そうですわね。率直なところ、わたくし個人としてもそう がないわね﹄ ﹃あーもう、好きにしなさいよ。発破かけたのもあたしだし、やるって言うなら、しょう 更ながらに箒は思う。だが、続けて返ってきた言葉は箒にとって予想外だった。 通信越しに全員が呆れるような溜息を洩らしたのを聞き、やはり無理があったかと今 らば、最後くらいは奴の意思を汲み取っても良いと思うんだ﹂ ﹁最後だ。だから、奴の望み通り一騎打ちで決着をつける。どのみち奴も満身創痍。な ずに言葉の続きを待った。 箒が何を言おうとしているのか、全員が次の言葉を予測していたが、あえて何も言わ ﹁みんな。この戦い、最後に我がままを言わせてくれ﹂ 確かにそういう見方もありと言えばありだが、それでも鈴には納得がし難かった。 ﹃いや、まぁ⋮⋮﹄ のだ。だから、そういうことだってありうる﹂ れだとしたら、例え私たちにとっては暴走だとしても、それは奴の明確な意思によるも 言ってもそれは私たちの都合なんじゃないかな。これまでの戦闘が奴自身の意思の表 ﹁確かに、お前の言う通りだ。だが、それでも私は奴の意思を感じた。それに、暴走と 1434 いうのは嫌いではありませんわ﹄ ﹃何て言うんだろうね、こういうの、サムライの心って言うやつなのかな さん﹄ ねぇ、更識 ? らばッ、その覚悟を構えて私にぶつけてみろ ﹂ その言葉と共に福音が光弾を放った。 決闘の合図が狼煙か ! 私は鞘走るのを止めんッ ﹂ ! の だ っ た。弾 幕 の 隙 間 を 縫 う よ う に し て 紅 椿 は 福 音 に 近 づ い て い く。し か し 福 音 も だが既に光弾もその密度を遥かに薄めており、紅椿の機動性ならば十分にかわせるも ﹁古風なっ ! ! であるそのIS、お前自身が居るこの場所、全ては常在戦場の意思の体現と見た。しか ﹁行くぞ、福音。お前が何を思ってこうして戦場に居るかは分からない。だがお前自身 る。 一言、しかし全力の感謝を乗せた言葉を伝えると箒はそのまま福音に意識を集中す ﹁感謝する﹂ て箒はしばし呆けるも、すぐに表情を引き締め直して福音を見遣った。 仲間たちからの言葉はどれも箒と福音の一騎打ちを認めるものだった。それを受け ﹃危険を感じたらすぐに援護に向かうぞ。そのくらいは許せよ、篠ノ之﹄ ﹃さぁ。私サムライじゃないし﹄ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1435 黙って迎え撃とうとはせず、ある程度の距離まで紅椿が迫ればすぐに退避行動に移る。 おそらくは傷つき切った身に相当の負荷を掛けているのだろう。依然福音の速力は かなりのものであり、紅椿の速力で以てしても追いつくには少々手間と言えるほどだ。 無論、篠ノ之束謹製の新型に恥じぬスペックとして、実際の速力という点では紅椿の 方が上だ。しかし、弾幕の回避のために速度を落とした状態からの追撃になるため、ど うしてもその間に福音との距離を広げられてしまうのだ。そうして距離が開くと同時 埒があかん ﹂ に、再び弾幕が襲い掛かる。一騎打ちが始まってしばらくはこの繰り返しだった。 ﹁えぇい ! ﹂ ! 福音が何を思って戦っているかは知らない。だがここまで追い詰められて尚も戦う のかッ⋮⋮ ﹁が、それは好みじゃない。くっ、これが尋常なる果し合いを求める私の傲慢とでも言う 選ぶのもまた兵法だ。 だ。このまま持久戦に持ち込めば遠からず向こうの方が先に力尽きるだろう。それを 今の福音はいつ倒れてもおかしくない状態なのを無理やり動かしているようなもの ﹁しかしそれも長くは続かんだろうが⋮⋮﹂ を卑怯とは罵らない。実際問題、福音の戦い方は現状では理に適っているものだ。 何度目になるかの引きはがしを受けて箒がじれったそうに吠える。だがそれで福音 ! 1436 といことは、福音なりの強い意志があるのだろう。それと真っ向ぶつかり合いたい。そ れが箒の偽らざる本音だった。 ﹂ !! ﹂ ! となくその中へと飛び込んで福音に向かっていく。 く。光弾同士がぶつかり合うことで幾つもの爆発が眼前に現れるが、微塵も躊躇するこ 向かって来る光弾は全てを、やはり二刀を振るうことによる光弾と光刃で迎撃してい ﹁その程度、恐れるに足りんッ れる福音ではない。両翼を発光させ、光弾の連射で以って迎え撃ってくる。 して馬鹿と言われてもおかしくない程に正直な真正面からの吶喊を、当然黙って受け入 前面で二刀を交差させながら箒は福音めがけ一直線に吶喊していく。愚直を通り越 ﹁往くぞォ ようになったことだ。ここでやっても、何もおかしいことはない。 分から動かねばならない。今まで中々できず、本当に少し前にようやく少しずつできる 腹は括った。しかし面持ちは穏やかそのものだ。そう、相手に伝えるならばまずは自 ﹁そうだな。まずは、私から動かなければな﹂ きずり込むだけだ。 真っ当なぶつかり合いにしたくとも、向こうが乗ってこない。ならば、強引にでも引 ﹁やはり、やるしかないか⋮⋮﹂ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1437 ︵この程度で、臆してたまるか ︶ ︶ だがもう一つ、恐怖云々以上に引けない理由もある。 ら先ずっとし続けることなど断じて御免だ。 セシリアに抱えられて逃げるしかできなかった時のあの想いを、僅かな躊躇でこれか できずに無力感に苛まされることだ。 多少のリスクがある、その程度はもはや怖くもなんともない。本当に怖いのは、何も ! けて切り下ろす。 ! ﹂ ! ぶって連続で斬りかかっていく。砲戦主体の福音相手ならばもしやと思ったが、厄介な 防がれた二刀をそのまま福音の腕と押し合いにするということはせず、再度振りか かけて勝負を決める心算だった。 この好機を逃す術は無い。防がれようとも間合いに捉えたことは事実。一気に畳み ﹁捉えたぞ こすれ合う甲高い音があたりに鳴り響き、接触点からは火花が飛び散る。 迫る二刀をかわす余裕はなかったのか、福音は交差した腕で受け止める。金属同士が ﹁絶対に勝つとッ ﹂ 煙が晴れ、福音の姿をすぐ目の前に捉える。迷うことなく両手を振り上げ、福音目が ︵約束したんだ⋮⋮ ! 1438 ことに福音は近接戦闘でも高いパフォーマンスを持っているらしく、一手一手を確実に 対応される。 そ れ だ け で は な い。福 音 も ま た、一 手 合 わ せ る ご と に 学 習 を し て い っ て い る の か、 徐々に反応が早まってきている。更にはより力を振り絞っているのか、両手足のブース ターから常に噴射炎を出しながら動きの速さまで上がってきている。 ﹁ハァッ、ハァッ⋮⋮ ︵どうするっ︶ ない。 ﹂ 再度絢爛舞踏を使えば回復はできるだろうが、それでも今までの焼き直しにしかなら ある。 定打を打ち込む瞬間を見いだせないばかりか、回復したエネルギーが再び無くなりつつ 荒い息を吐き、肩を大きく上下させながら箒は福音を睨みつける。まずい状況だ。決 ! す。 二刀で何とか受け流すも、防御によって動きが止まった隙に福音は再度箒から距離を離 福音の攻撃を何とかしてかわすも、そのすぐ後に両翼が槍のように迫ってくる。それを 右手での一撃を防がれた直後に晒してしまった一瞬の隙を突いて背後に回り込んだ ﹁くっ﹂ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1439 必要なのはまず十分な動力源、そして福音を圧倒する機動性、更には確実に沈黙させ るための火力。これらだ。 単に絢爛舞踏で回復しただけではどれか一つしか補えない。ではどうすれば良いの か。脳裏に熱を感じるほどに思考をフル回転させる中、それを思いついたのは唐突だっ た。 ﹂ ! 気合の掛け声と共に再び箒は吶喊し、福音はそれを迎え撃とうとする。 ﹁はぁっ つ﹄という意思それだけである。 とってはどうでも良かった。既に、そのような事に割く意識は無く、あるのはただ﹃勝 静 か に 呟 い た そ の 言 葉 が 福 音 に 届 い た か は 定 か で は な い。だ が そ ん な こ と は 箒 に ﹁福音、決着をつけるぞ﹂ れまでだ。ならば、やるしか選択肢は残されていない。 そもそもの大前提である絢爛舞踏自体も再び使えるか怪しい。だが、できなければそ ﹁一か八か、だな⋮⋮﹂ だけ。ならば、常に回復を続ければ、あるいは││ 絢爛舞踏は確かに強力な回復能力だ。だがただ回復しただけでは再度消耗していく ﹁そうか⋮⋮﹂ 1440 ︵燃え上がれ⋮⋮︶ 己の体にそう言い聞かせる。体力の全てを振り絞って、持てる技を眼前の相手に叩き つける。 ︶ ! 紅椿ィィイイイイイイイイ ﹂ !!! ﹂ ! 蹴りつけてくるなど、普通は考えられない。 に違いないだろう。真正面にいたはずの相手が突然掻き消えたと思ったら、横合いから 一体いつの間に││仮に福音が人語を発することができたとしたらそう言っていた ﹁隙ありぃいいいい ら衝撃が襲い掛かってきた。 雄叫びと共に相手の姿が掻き消えたことに動揺し、一瞬動きを止める。直後、横合いか 性懲りもなく真正面からの吶喊を仕掛けてきた相手を迎え撃とうとした福音は、突然 ﹁烈火を纏え ! ある闘志は冷まさない。むしろ逆だ。言葉通り、更に苛烈なものへと変える。 ただ意識を勝利のみへ沈んでいくかのように深く深く集中させる。だが、決して芯に ︵燃え上がれ⋮⋮ れに無理やりにでも付き合ってもらう。 紅椿に語り掛ける。これからやろうとしているのは確実にとびっきりの無茶だ。そ ︵燃え上がれ⋮⋮︶ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1441 そして箒の蹴りをまともに受けた福音はその直後に今度は背後から切りつけられる 更には右側面から、次々と様々な方向から連続して攻撃が襲い掛かってくる。 そんな中で二刀による斬撃を受け止めたのは偶然だった。刀と腕甲の押し合いによ りようやく紅椿はその動きを止め、今の姿を福音の前に晒す。 文字通り、その総身は烈火に包まれていた。全身の装甲という装甲から真紅の燐光が 勢いよく放出されている。さながら箒の闘気を具現化させたかのようだ。 ﹂ 回復に回されなかった余剰エネルギーが装甲の各所から噴出する様は、箒の言葉通り は、今の状況が示している。 をも無制限に行う。本当に、思い付きを賭けで試しただけであった。そしてその結果 ギー供給を持続させることで、どれほどエネルギーを大量に消費するような機動、攻撃 箒が行ったこと、それは絢爛舞踏の発動持続である。常に動力を全回復させるエネル もない。ただ、勝ちたいという想いだけが彼女の中で燃え盛っていた。 そして箒は、ひたすらに我武者羅だった。目論見が成功したことへの達成感など微塵 かなかった。 ている。一体何事なのか、何が目の前の相手に起きているのか、福音には皆目見当が付 雄叫びと共に箒が両腕を押し込む。明らかに先ほどまで以上に機体の出力が上がっ ﹁お、ぉ、おぉぉおおおおお !! 1442 ﹂ 烈火を纏っているかのようである。 ﹁せぇええええいッッ ││否ッ ﹂ ! 向き、その手を箒に向けて伸ばす。 !! そう箒は己の勝利を告げた。同時に福音の総身から力が失われ、ついに完全に沈黙を ない。この戦い││私の勝ちだ﹂ を、友達を守る防人だ。だから、たとえ私自身がどれだけ弱くても、戦場では負けられ てくれる仲間を守りたいから、そのために剣にも盾にもなると。私は、私の大事な仲間 ど、たかが知れている。だけど、負けられないんだ。決めたから。こんな私を受け入れ ﹁私 は 弱 い よ。こ う し て 優 れ た I S が あ っ て や っ と ま と も に 勝 て る 程 度 だ。私 自 身 な た。 再生を停止させたかのように福音の動きは止まり、紅椿からも真紅の燐光が消え失せ スッと、静かに福音の懐をすり抜け、同時に一閃を見舞った。それと同時に、ビデオ ﹁銘打って是即ち、﹃剣爛舞闘﹄ッッ ﹂ 両翼を切られても福音の飛行能力が潰えるわけではない。最後まで足掻かんと振り ! 福音の背後へと先回りすると、最大の難点でもあった両翼を根本から切り飛ばす。 箒の両腕が振りぬかれ、福音が大きく弾き飛ばされる。それと同時に箒も動き一気に !! ﹁これぞ我らが奥義、﹃絢爛舞踏﹄ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1443 する。そのまま海へと落ちそうになった福音をすんでのところで受け止め、ようやく箒 は安堵の溜息をついた。 それは彼に心からの言葉だ。強敵に仲間たちと力を合わせて立ち向かい、最後には持 ﹁あぁ、素晴らしい﹂ いた。 夕焼けに照らされた海岸で、事の顛末を見届けた一夏が満足そうな表情で拍手をして 数秒続く。 パン││と、何かを叩くような音が鳴った。それは一度では終わらず、一定の感覚で 持ちで感じていた。 出し、日の光が頬を照らす。それを暖かいと、箒は心底久しぶりだと思える穏やかな気 飛んでくる仲間たちの姿に箒は知らずそう呟いていた。既に水平線には朝日が顔を ﹁勝ったよ、みんな﹂ 1444 てる力を振り絞って一対一で決着をつける。 まるでよくできた物語だが、それは現実に起きた出来事だ。だからなおさら眩しく思 える。 これには一夏のただただ感嘆するより他なかった。 そして思う。仮に自分が同じ立場なら同じことができただろうか レを相手取るとしたら、果たしてどうなるのだろうか ? 少なくとも、未だ技の練度など多くの点で一夏の方が上にある。だがそんなのは些細 ﹁認めよう、箒﹂ べきだろう。 ある相手だ。そんな存在が明確な成長を遂げた。それは喜びで以って受け入れて然る そのことを一夏は純粋な喜びで以って迎えた。元々古馴染でそれなりに思うところ に彼女はそれを遥かに上回り、それこそ脅威すら感じる存在になっているではないか。 てきたことは自分もできること。そんな存在だった。それがどうだ、この短い時間の間 答えは分からないだ。以前の箒は、一夏にとっては戦っても十分に勝てる相手、やっ ? 仮に自分がア 絢爛舞踏もそれはそれで大概だが、それ以上にその絢爛舞踏を持続させての猛攻撃、 レの想像を遥かに超えていた﹂ ﹁見事、それしか言いようがないよ。箒、素晴らしい。お前がそこまでやれるなんて、オ 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1445 な問題だ。 らす夕焼けが一瞬、一際強く輝いてあたりが黄金に染まったかと思うと、既にそこに一 傍らの少女にそう語り掛ける。少女は首を動かし、一夏を見上げた。直後、空間を照 ﹁じゃあな。また、縁があったら話でもしようか﹂ そろそろ良い頃合いだ。自分もそろそろ起きる時だと一夏は己に言い聞かせる。 ﹁さて、となるといつまでもこうしちゃいられないな﹂ 心持で考えてみると何とも素晴らしい。勝利も、敗北も、余さず貴重な糧になるだろう。 これほどまでに素晴らしい好敵手たちと共に競い合えるということが、こうして新たな 一夏にとって武は愛するものだ。その一端を追求できるIS学園という場にあって、 ﹁ふふ、これからが楽しみだよ﹂ そして誰もが、各々が持ち合わせる肩書に相応しい実力を持っていると再認識した。 セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、誰もが一筋縄ではいかない好敵手たちだ。 ﹁そして皆もだ。改めて実感したよ。皆、本当に強い﹂ 上を想定して良いレベルだ。 許されない。他の専用機持ち達と同様、いや、絢爛舞踏による爆発力を考えればそれ以 ゆえに一夏は自分自身に戒める。これより先、箒を相手取るのであれば一切の油断は ﹁お前は強いよ。オレは認める。お前は紛れもない、強者の一人だ﹂ 1446 第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる 1447 夏の姿は無かった。そうして少女は、一人静かにそこへ立ちすくしていた。 ﹂ 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種 を見初める ﹃⋮⋮﹄ まったく以って驚きだよ﹂ 六人もいたとはな。しかもそれが学年を代表する専用機持ちと来たものだ。いやはや、 ぞの愚弟くらいしかやらかさない馬鹿だと思っていたが、それをやらかす大馬鹿が他に ﹁いやぁ、実に驚いたものだ。命の危険があるかもしれん輩を相手に無断出撃など、どこ 教員に引き連れられ今に至るということである。 物であり、米軍の方に停止した福音を纏ったままのパイロットを引き渡すと、そのまま 海岸に戻った彼女らを出迎えたのは学園の教員と米軍の関係者を含めた何人かの人 ともども仲間の手を借りて元の海岸へと戻った。 あの後、箒自信も消耗の激しさのために自力での帰投が難しい状況となり、結局福音 揃って並んでいた。 旅館の入り口で仁王立ちをする千冬の前に、無断出撃をした六人がISスーツのまま ﹁さて貴様ら、私の言いたいことは分かっているな ? 1448 口では驚いているとは言うものの、褒める要素は微塵も含まれていなかった。むしろ その逆が百パーセントと言えるぐらいである。 ﹁それと││﹂ ていく。 そう言うと千冬は六人の背後に回って旅館に促すように一人一人の背をポンと叩い は今日一日休みだ﹂ め。他の生徒たちは少々タイムテーブルを変更して予定通りの訓練を行うが、お前たち に疲労はしているだろうから、今のところはこれで勘弁してやる。早めに中に戻って休 ﹁まぁ、ここで私がいつまでもグチグチ言っても仕方ないだろう。お前たちもそれなり つきで言い渡された罰を受け入れる。 ぐうの音も出ないほどに自分たちが悪いと自覚しているだけに、六人揃って神妙な顔 ﹃はい⋮⋮﹄ ぞ﹂ ずるが、学園に戻り次第反省文の提出と各自に割り当てられる懲罰訓練はやってもらう 措置をと言ってきたことや、結果として更なる被害を抑えたことなどを鑑みて厳罰は免 逸脱し、下手をすれば国際問題になりかねんことなのだ。当の米国側がお前たちに温情 ﹁分かっていると思うがお前たちがやったことはただ事ではない。学園の規則の範囲を 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1449 とりあえずは旅館に戻ろうとした六人の背に千冬の声が掛けられる。 どうした ﹂ ? ﹁あ、おい待て いや実はな││﹂ せると千冬の返事も待たずに旅館へと掛けだしていた。 が、箒にとってはそうでもなかったらしく、何かに思い至ったかのように顔を青ざめさ 千冬自身としてはどういう表現で伝えようかと考えているだけのつもりだった。だ ﹁あ∼、あいつはだな、その、なんだ﹂ 問われて、千冬はどこか言いよどむ様な素振りを見せる。 ﹁あいつか﹂ ﹁あの、一夏は⋮⋮﹂ 傾げる。 旅館に入ろうとした直前で何かを思い出したかのように質問に来た箒に千冬は首を ﹁ん ? ﹁あの、織斑先生。よろしいですか﹂ た。 温かみのあるその言葉に六人は揃って振り向いて千冬を見る。そして一斉に破顔し ﹁よくやった。そして、よく無事で戻ってきた﹂ 1450 ! とりあえず状況だけでも伝えようとするも、既に箒は旅館の中へと飛び込んだ後だっ た。結果として伝えるべきを伝えそびれたことになってしまった千冬だが、やがてまぁ 良いかと納得すると自身もまた旅館に向かって歩き出した。 マナー違反も何も忘れて箒は旅館の廊下を走っていた。途中、先に中に戻っていた五 人に合流し、五人は五人で突然慌ただしくやってきた箒に何事かと首を傾げる。 ﹂ ! ﹂ と勢いよく襖を開けて箒が部屋に飛び込む。そして彼女の視界に入ってき た茶碗を片手に、もう片方の手を挙げてまるで日常の挨拶のようである。 膳の上に乗せられた朝食であろう和食を食べている一夏の姿だった。ご飯の盛られ ﹁おー、箒か。お疲れー﹂ たのは││ バン ! ! ﹁一夏 かっていく。 一人が今度は六人になって、慌ただしい足取りで一夏が寝かせられている部屋へと向 ではないかと五人が思うのに時間は要らなかった。 箒の切羽詰まった表情と、発せられた一夏の名。それらから一夏の身に何かあったの ﹁一夏が、一夏が 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1451 ﹁い、一夏⋮⋮ ﹂ ﹂ ? どうした ? ﹁あー、なんだ。よくは分からんが、皆お疲れ。倒してきたんだろ、福音 ﹁あぁ。ちゃんと、終わらせてきたよ﹂ 言って一声かければ用意してくれると思うぞ ﹂ ﹁そうか、なら良いさ。じゃあアレだ。お前らも飯でも食ったらどうだ ﹂ 厨房の方に ? 事を確認できたからか、後ろの五人も安心はしている様子だった。 そう安堵するように呟くと、箒は大きく息を吐いて肩を下ろす。少なくとも一夏の無 ﹁いや、何でもない。そうか、早とちりだったか⋮⋮﹂ てきた五人にしても、どういうことかと首を傾げている。 予想していたのとだいぶ、いやかなり違う光景に箒が固まる。彼女の後に続いてやっ ﹁ん ? ら、改めて言っておきたいんだ﹂ ﹁到底信じられないかもしれない。けど、オレは見ていたよ。お前たちをずっと。だか だが歩き出す直前に一夏の言葉が足を止めさせる。 ﹁あぁそうだ。一応、言っておこうと思うんだ﹂ 方向を向く。そして顔を見合わせて頷くとまずは食事をという流れで話が纏まる。 その言葉にようやく六人、空腹を自覚したのかどこか気恥ずかしそうに各々明後日の ? ? 1452 見ていたとは福音戦のことだろうか それはどういうことか、そして言いたいこと とは何なのか。疑問はあったが、ひとまずは一夏の言葉を待つ。 ? ﹁あんたを打ち負かすのは、あたしの目標の一つなのよ﹂ ﹁生憎、早々超えられるつもりはありませんわ﹂ ちらも一夏を名前で呼んでも良いくらいだ。だが、一つ聞き逃せないことがある。 一夏の説明に一同は納得する。別に名前で呼ぶくらいは一向に構わない。何ならこ 戻すけど﹂ まぁそれに伴っての自分への喝入れみたいなものさ。もちろん、嫌だって言うなら元に ﹁オ レ な り の、割 り 切 り だ よ。オ レ は も っ と 上 に 行 く。お 前 た ち を 超 え て な。今 の は、 以外は姓で読んでいた。それが何故急に名前で呼ぶのか。 その言葉に六人が揃って反応を示した。今のはどういうことか。今まで彼は、箒と鈴 ﹁セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、そして箒﹂ そして一夏は六人の顔を順に見ていく。 で居られることが嬉しい﹂ ﹁改めて分かったよ。やっぱり、お前たちは強い。だからこそ、オレはお前たちと好敵手 そして告げられたのは予想外の、礼の言葉だった。 ﹁ありがとう﹂ 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1453 ﹁君に勝てるんだったら、それはすごく満足できそうだからねぇ﹂ 想定外の事件こそあったものの、本来の予定を潰すことはできないために専用機持ち 行える最終日だ。 校、四日目は昼頃には旅館を後にしなければならない関係上、この三日目が学習活動を その後は極々穏やかに時間が過ぎ去って行った。元々三泊四日の予定である臨海学 を象っていた。 静かに、狂的なまでの歓喜を孕みながら呟きは発せられ、その口元は三日月形の笑み ﹁あぁ、やはり最高だよ﹂ いき、再び一人となった部屋で一夏は持っていた茶碗に目を落とした。 それを見て一夏はむしろ嬉しそうに頷くと、早く行けと促す。そうして六人が去って 箒もまた自分の意思を宣言する。 ﹁私とて、同じ気持ちだ﹂ それぞれ上等と、ならば自分こそが逆に超えてやると宣言する。 ﹁悪いけど、このまま勝ち越させてもらう﹂ ﹁トーナメントの時の負けは忘れんぞ。いずれは、些細な一敗に変えてやろう﹂ 1454 を除く大多数の生徒たちは海岸で実機演習に励む運びとなった。一方で一夏をはじめ とした専用機持ちには休息が与えられ、各々その休息を思い思いに過ごしていた。 寝かされていた部屋から元々割り当てられていた姉との部屋に戻った一夏の携帯に メールが届いたのは、休息を部屋でごろ寝をして過ごしていた午後のことだった。 そして再び時間は過ぎて夜。既に夕食も終わってしばらく経ち、あとは就寝時間を迎 えて寝るだけとなった刻限に一夏は一人で海岸まで赴いていた。 元々夜目はそれなり以上に効く方である。海岸に立つ人影、身にまとった学園の制服 ﹁お、いた﹂ 聞かないことにはどうにもならないためにこうして赴いたのだ。 うだけで他には何も言わずじまいだった。そのことに首を傾げたものの、とにかく話を どういうことかと夕食の席などでさりげなく問おうとしたものの、その時に話すと言 出人は箒、内容はこの時刻にこの海岸にて話があるという旨だ。 懐から携帯を取り出した一夏は昼に届いたメールを開いてその内容を確認する。差 ﹁さて、確かこのあたりだったはずなんだけど⋮⋮﹂ この海岸だ。たった三日程度なのに、密度が濃いせいで随分と長い時間に感じられた。 颯爽と出撃し、そして傷ついた状態で戻り、今度は仲間たちが飛び出していったのが ﹁まったく、とんだ大騒ぎだったな﹂ 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1455 と長い黒髪のポニーテールは目的の人物の特徴を大いに表していた。 ﹂ ? その反応は一夏にとっても予想外だった。気にするなというのは一夏の本心だが、箒 ﹁⋮⋮すまない。正直、そう言って貰えて助かるよ﹂ う、何も気にする必要はないよ﹂ ﹁別 に 良 い さ。オ レ は こ う し て 無 事 だ。そ れ に 事 件 自 体 も 解 決 し て 終 わ っ て い る。も 第一戦の時のことだろう。 言って箒は頭を下げる。彼女が何に謝っているのかは問わずとも分かる。福音との かった﹂ ﹁その、だな。色々言いたいことがあるんだ。まずは、そうだな。福音の件だが、すまな 夏だが、それに箒は何も言わずに素直に応じる。 時刻も時刻だ。あまり余計な話で時間を延ばすのも良くない。直球で本題に入る一 なんだ ﹁いや、別に結構暇してるから良いけど。それで、メールにもあったけど、話ってのは何 ﹁すまない、このような時間に呼び出してしまって﹂ 背後から歩み寄って声をかけた一夏に箒は振り返って彼を迎える。 ﹁あぁ、来たか﹂ ﹁箒﹂ 1456 ならそれでも、と食い下がってくるだろうと思っていたのだ。随分と聞き分けが良く なったと思いつつも、別に悪いことではないためにとりあえずはそれで納得することに した。 ? 一体何なのか 一夏は雰囲気で箒に言葉の続きを促す。 箒はまっすぐ一夏を見つめている。その眼差しは学園で再開してから今に至るまで ﹁⋮⋮﹂ だ、どこかでもしやと思ったことは何度かあった。 それに、言われてどこか納得もしているのだ。確信を抱いていたわけではない。た だがすぐに元通りに戻す。 あまりに唐突な想いの告白だった。唐突だっただけに一夏も流石に小さく身じろぐ。 ﹁っ⋮⋮﹂ ﹁一夏、私はお前が好きだ。離れ離れになる前から、異性として﹂ ? した﹂ 本当にそうなのかと疑ってもいる。だから、面と向かって言ってけじめをつけることに ﹁あぁ。むしろ、こっちが本題だ。⋮⋮実のところ、これは私自身でもあやふやなんだ。 けじゃないだろうし﹂ ﹁それで、まだ何かあるんだろ まさかそれだけのためにこんな場所に呼び出したわ 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1457 で、もっとも真摯さに満ちたものだった。目をそらすことはできなかった。そしてはぐ らかすことも許されないと分かっていた。 りに頭を上げて、そこで気づいた。告白を断られたというのに箒の表情には穏やかなも だが、返ってきた答えは一夏にとって予想外のものだった。とりあえずは言われた通 ﹁頭を上げてくれ。││良いんだ﹂ 方ないと一夏は腹を括る。 だろうか。まぁ告白を断るなんてことをしたのだし、そのくらいはされてもある意味仕 頭を下げたまま一夏は箒の反応を待つ。あるいはこのまま蹴りの一つでも食らうの い﹂ 中とは違う様にも思ってはいる。けど、すまないな。それでも、そういう風にはなれな ﹁正直、ありがたいことだとは思うさ。それに一応は幼馴染なんだ。それなりに他の連 深々と頭を下げながら言った。 ﹁すまない。その気持ちには、答えられない﹂ 夏は意を決して答えを告げる。 きたのだ。ならば、こちらも相応の誠実さを以って返すのが道理というもの。そして一 小さく息を吐いて一夏は言葉の準備を整える。箒は大まじめに自分の想いを告げて ﹁ふー⋮⋮﹂ 1458 のだった。 ﹁さっきも言ったろう あやふやだと。それをはっきりさせるためにこうして告白し 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める じゃない。すまないな、我が儘に付きあわせてしまって﹂ 受けてくれたらそれはそれで嬉しいけど、こうして断られても気分はそこまで悪いもの ﹁小さい頃からずっと私の中で燻っていたものに区切りを付けられたんだ。もちろん、 る。 語る箒の表情はまるでのしかかっていた重りを取り去ったかのような軽やかさがあ ら、良いんだ﹂ うのも勝手な話だと分かっているのだけど、うん。自分の中では区切りをつけられたか たのだが、なんだろうな。逆に断られてスッキリした気分だよ。いや、告白した身で言 ? していれば良かったのではないかと、今更ながらに思う。 分の中での武への優先度の高さを変えるつもりは毛頭無いが、もう少し対応をちゃんと だが、思い返せば自分はそれに対して少々対応が不真面目だったのではとも思う。自 えられていたのだ。 に、ある程度感づいてはいた。そもそも、先のトーナメント前にそういう旨の言葉を伝 ともすれば、謝るのは自分の方なのかもしれないと一夏は思う。さっきも言ったよう ﹁いや⋮⋮﹂ 1459 ﹁まぁ、お前の態度にも色々思うところはあったのも事実だが﹂ 案の定言われた。そしてそれを言われてしまうと一夏には何も言い返せない。何せ ﹁うっ⋮⋮﹂ ﹂ 自分でも思い返せばちょっと悪かったかなぁと思うくらいなのだ。反論などできよう はずもない。 ﹁ちょっとは反省したか んだよ﹂ ? いし、まるで不釣合いもいいところだ。だけど、福音との戦い時に、そんなどうしよう ﹁知っての通り、私はまだまだ弱い。姉さんに良いISを貰っても十全に使いこなせな ﹁それは ﹂ したいことができるよ。一夏。私な、なりたい自分が、成し遂げたいことが見つかった たものを下ろせたからかな、だいぶすっきりした気分だよ。これでやっと、私も本当に ﹁いずれにせよ、もうこれは解決したことだ。だから、もうお終い。あぁ、ずっと抱えて 竦めた。 思わぬ形で一本取られたことに気付いた一夏は目を丸くすると、観念するように肩を るだけだった。 だが箒はそれ以上の追及をすることはせず、むしろしてやったりというような顔をす ? 1460 もない私に皆は言ってくれたんだ。力になると。力を貸してくれと。 ││嬉しかったよ。今まで私を当てにするような人は多くいた。だけどそれは皆、姉 さんという私のバックだけしか見ない大人ばかりだった。けど、私と同じ年頃の仲間 が、本当なら私の手なんて要らないかもしれないのに、それでも私を頼ってくれた、信 じてくれた。姉さんじゃなくて、私を見ながら、私に。 だから、私は応えたいんだよ。そんな皆に。もっと、この紅椿に相応しくなって、もっ と成長して。私を仲間だと言ってくれた、私を助けてくれた皆を、今度は私が助けたい、 力になりたい。皆が困難に挑むならそれに打ち勝つ剣に、脅威に晒されたのならそれか ら守る盾に、そして仲間として力になる防人でありたい。やっと見つけられた、私の本 当だよ﹂ 胸に手を当てながら、誓いを立てるように語る箒の姿を一夏は静かに見つめていた。 そして言い終えた箒に一夏は柔らかい笑みを向ける。 ﹁ヒーローだなんて、よしてくれ。照れるだろう﹂ 戦う強さを得る、か。ハハッ、まるでヒーローじゃないか﹂ ﹁確かに、まだお前は色々足りてないかもしれない。けど、それを乗り越えて皆のために 手放しの賛辞には焦がれるような熱すらあった。 ﹁││あぁ、最高だよお前﹂ 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1461 ﹁いやいや、オレは割と大真面目に言ってるつもりなんだけどな。素晴らしい、立派な願 ﹂ いだよ。生憎オレがその目標について何かしてやれるってのはパッと思いつかないけ ど、応援はするぞ ? ﹁さて、案外いけるんじゃないのかな お前、素養はありそうなんだし。諦めなければ るんだ﹂ ﹁そう、言ってくれるだけで十分だよ。正直、私も自分で大言壮語に過ぎるかなと思って 1462 ﹁問題 ﹂ ﹁それが良いな、ウン。しかしだ、一つ問題があるぞ﹂ ﹁だと良いけどな。ただ、さしあたっては手近な目標から少しずつやっていくよ﹂ 味がある﹂ その夢、いつか必ず叶うだろうよ。少なくともそこまで強くなるというのは、案外現実 ? ﹂ ? なんだそんなことかと箒は軽く笑う。 昔から世界共通の必須事項だぜ は敵対する悪役が必要だろ。ニチアサの特撮でもアメコミでもその他諸々でも、もう大 ﹁いや、お前がそういうヒーロー的なの目指すのは良いけど、お前アレだよ。ヒーローに を脳裏で反芻しながら一夏にどういうことかを問う。 果たして自分の語った内容に何か良くない点があったのだろうか。箒は自分の言葉 ? ﹁別に敵だの悪役だの、そんなものは求めてはいないよ。確かに、私がそうした者から友 を守れるようにと望んでいるのは確かだが、別にそうする必要が無いならそれに越した ことはない﹂ オレがやればお前も少しは張り合いが出るだろう ﹂ ? 先ほどの箒との会話、それを思い出しているが自然と笑いが込み上げてくる。別に面 ﹁クッ、ククッ⋮⋮﹂ 夜空を見上げた。 はお開きとなり、箒の方が先に旅館へと戻っていく。残った一夏は波の音を聞きながら それなら良かったと箒は胸を撫で下ろす。話すことはもう無いからと言うことで話 ﹁別に良いさ。色々、来た甲斐はあったよ。あぁ、有意義だった﹂ わせてしまって﹂ ﹁ふぅ。話したいのは、これくらいかな。すまないな、一夏。遅くにこんな場所に付き合 そして二人は揃ってカラカラと笑う。 ﹁いや確かに﹂ なく大変だろうからできればしたくないし、そもそもお前が言うと冗談に聞こえない﹂ ﹁オイオイ、それこそ勘弁してくれ。そんなことをするようなお前の相手なんてこの上 ? ﹁ま、それもそうだな。そうだ、何だったらいっそオレが悪の魔王役でもやってやろうか 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1463 白いとかおかしいとかではない。では何故か、強いて言えば興奮が一番近いだろうか。 は消えていた。 そして流れる雲が月を覆い隠し、地表を照らす光が薄れると同時に海岸からも一夏の姿 喜悦を孕んだ呟きは誰の耳にも入ることなく、潮騒と共に夜空へと溶け消えていく。 ﹁あぁ、本当に楽しみだ﹂ いだ。 ることだろう。それを考えると今すぐにでも学園に戻ってトレーニングをしたいくら 義が今まで以上に明確になった。きっと、今後の修練はより高いモチベーションで行え 練に精を出していればそれで良いだろう。だが、今までとは違う。そうすることへの意 どんな結末になるにせよ、今の自分はとにかく実力が足りていない。今しばらくは修 ﹁まぁ、そんなのまだまだ先なんだろうけどな﹂ 方のみの決闘を繰り広げるというのも一夏は大いにアリだと思っていた。 事実だ。互いに頂点を極めて、その果てに半端など許さない、存在を許されるのは片一 冗談めかして箒に言った自分が魔王云々だが、それはそれで面白いと思っているのも から武はやめられない﹂ ﹁本当に、これからが楽しみだ。あぁ、IS乗ってて良かったよ、本当に。全く、これだ 1464 そして箒と一夏が海岸での会話をしていた頃とほぼ同刻、同じく旅館から離れた場所 にある崖ではまた別の人物の組み合わせによる邂逅があった。 やっほー ! ! ら千冬が立っていた。 ﹁お、ちーちゃん ﹂ そんな束に背後から声が掛けられる。直前まで気配を消していたのか、腕を組みなが ﹁相も変わらず呑気だな﹂ 扱うあたりに、篠ノ之束という人間が持つ技術的な底知れ無さがある。 ているのは専門の機材を必要とする空間投影式のモニターだ。それを携帯電話感覚で 彼女の周囲には他に特別な物は何もない。しかしながら彼女が先ほどから手で操っ る。そこに座りながら束は妹の挙げた戦果に喜びを隠さずにいた。 観光用スポットでもあるこの崖には当然ながら安全対策としての柵が設けられてい 虚空に映し出された空間投影式のモニターを見ながら束は満足げに頷く。 持続させての戦闘。うんうん、嬉しいよー﹂ ﹁ふむふむ、いやーさすがは箒ちゃん。中々の稼働率だねぇ。絢爛舞踏の発動に、それを 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1465 ﹁ふん﹂ 振り向き、親友に朗らかな挨拶をする束に対して千冬は険しい表情を崩さないまま鼻 自分の演出が成功したことは﹂ を鳴らすだけだった。 ﹁そんなに楽しいか 結果としては概ね束の思惑通りに事は進んだのだろう。だが、同時にそれは多くに被 たい、そんなところだろうとあたりをつけていた。 傾向を考えるに箒を暴走ISを鎮圧したヒーローとして世界に華々しくデビューさせ わけではない。だが、ほぼ同時に行われた紅椿の披露目と箒への譲渡、そして束の思考 何故束がそんなことをしたのか、同時に千冬が推測したのは動機。これも確証がある 行える。束以外にありえないと千冬は断ずることができた。 の忠誠を利用して﹃防衛﹄として無差別撃破をさせるような、そんなISの思考誘導を だが千冬にはそれだけで十分だった。そしてそんな真似を、大方ISのパイロットへ かに周囲への認識を操作された﹂というこれまた確証の無い証言だけだ。 尉が意識を取り戻した後の千冬含む学園関係者を同席させての事情聴取で、﹁福音は何 強いて挙げるとすれば、救出された福音の操縦者、ナターシャ・ファイルス米空軍中 けではない。 言外に今回の一件の黒幕はお前だろうと千冬は言う。もちろん確たる証拠があるわ ? 1466 害を齎した。福音のコアの凍結が決定されたと聞いた時のナターシャの、まるで我が子 を亡くした母のような姿は今も千冬も瞼の裏に焼き付いている。そうした事も踏まえ て何か思うところは無いのか、その意図を込めて千冬は問うたのだ。楽しいのかと。 もうどうこうは言わん。だが敢えて言わせてもらうぞ。あまり、世間を引っ掻き回すよ 既に、福音の案件も箒の紅椿の案件も起きて、過ぎてしまったことだ。それについて う。 時にはその者のために苦言を呈することも必要だろう。そして今がその時だと私は思 ﹁少なくとも私は、友とは何も相手の肯定をするばかりのものではないと思っている。 らないと己を律するかのように。 行動にどのような想いを、それこそ怒りすら抱こうとも、それだけは決して崩してはな その言葉は束ではなく、むしろ千冬自身に言い聞かせるようなものだった。例えその ﹁束、お前は私の親友だ﹂ そのまま黙って束を見つめる。 その言葉に一瞬、千冬の眼がこの上ないまでに険しさを増す。だがすぐに元に戻すと ないもん﹂ どうでもいいね。なって当然の流れだし、それで何がどうなろうと私の知ったことじゃ ﹁んー、楽しいか楽しくないか、かぁ。箒ちゃんが活躍したのは嬉しいけど、それ以外は 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1467 うな真似はよせ﹂ ? れん﹂ ﹁だったら私は人でなくって良いよ。そうなると何だろう、神様かな ﹂ ら人なんだろう。一人で全てが完成している奴など、それはもはや人ではないのかもし ﹁だとしたら、私が単に優れているわけでもない、平凡な人間だという話さ。いや、だか があるのも、また篠ノ之束という人間だった。 れば馬鹿なと一蹴される大言壮語だろう。だが、それを言っても認めざるを得ないもの それは己が人類の中で最も優れているという強固な自負から来る言葉だ。本来であ せない﹂ れている人を飼い殺すためのくっだらない理屈だよ。だから私は誰にも私の邪魔はさ い分は、未完成で不出来な有象無象が自分たちのために、ちーちゃんみたいに本当に優 て私に及ぶ奴なんていない。そして私はもう私一人で完成してるの。ちーちゃんの言 ﹁ごめんちーちゃん。そこだけは私は反対するよ。断言する。この地上で、誰一人とし れも必要な営みだと思うがな﹂ ﹁そうだろうさ。だが、人は集団で生きる生き物だ。時に周囲を鑑みて己を抑える。そ だけど。けど、私にも事情ってものがあるからなー﹂ ﹁う∼ん、ちーちゃんの頼みだから聞いてあげたいんだけどね∼。いや、本当にそうなん 1468 ﹁さぁな。興味などないのでな、そういうことには﹂ 話がそれたなと千冬は咳払いをして話題を戻す。 な。これ以上は御免こうむる﹂ ﹁さて、それはこの世界次第かな∼﹂ ﹁どういうことだ﹂ ? れって変かな ﹂ 世界を楽しいと思えるな。ねぇ、ワクワクしたいからそのためにできることをする、そ ちゃん。私は見たいの。私でも理解や想像が及ばないものを。そうすれば、私はきっと ﹁そ っ か ぁ。│ │ 私 は つ ま ん な い よ。ワ ク ワ ク す る こ と が 何 も な い。だ か ら ね、ち ー ぎたくらいに価値あるものだ﹂ 実を見出している。それ以上はあまり望まんな。今の落ち着いた生活でさえ、私には過 ﹁楽しいこともあればそうでないこともあるさ。だが、私は今の暮らしにそれなりに充 も、無視しても面倒なので答えることにする。 また何をいきなりと思う。何となく話が先ほどのことに蒸し返されそうな気がする ﹁ねぇちーちゃん。ちーちゃんはさ、この世界は楽しい ﹂ ことだ。お前の起こす騒動に振り回されるのは、学生時代にもう一生分経験したから ﹁とにかくだ。妙に哲学的な話になったが、私が言いたいのはもう少し自重しろという 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1469 ? ﹁その望み自体は分からんでもないし、そのための行動云々についても理解はできるが な。だが私が問題にしているのはその度合いだ。極論、何から何までお前一人で完結す るならばまだしも、まるで無関係な大多数を否応なしに騒動に巻き込む様な真似は控え ろ。言いたいのはそれだけだ﹂ れっきりにしてほしいものだと、千冬は天に祈らずにはいられなかった。 思い返せば騒動だらけの臨海学校となってしまったが、願わくばこんな大騒ぎはこ ある。 する。明日の昼頃には学園への帰路につくのだ。色々とやっておかねばらないことも 破天荒の極致にある親友に頭を悩ませながらも、千冬は大人しく旅館へと戻ることに は居られなかった。 起きた諸々、これからあるだろう諸々。漠然とそれらを纏めて考えて、そう呟かずに ﹁全く、面倒なことだよ﹂ いと分かっているため、千冬は特に慌てたりはしない。 から見れば自殺行為以外の何でも無い行動だが、今更その程度で死ぬような人間ではな 言いたいことだけを言い切ると、軽い挨拶を残して束は柵から崖へと身を投じる。傍 バイチャー﹂ ﹁それができたらねー。じゃ、私はもう行くよ。ここでやることはなくなっちゃったし。 1470 そこに載っているのは皆十代半ばの少女たち。記された名は五名、セシリア・オル だ。 今彼女が見ているのは部下に個人的に頼んでおいた数人の人物についての調査資料 ﹁それにしても、織斑少年も然りですが、本当に興味深いことになっていますね﹂ 言いながら美咲はペラペラと紙を捲っていく。 なかったですし﹂ ﹁福音の暴走事故、結果として事は収まったから良しとしましょうか。私が出る程でも 美咲は手元の資料に目を向ける。 言える意義を持った施設の一つだ。その中に立場故に専用の執務室を与えられている 防衛省に関係するこの建物は日本政府にとっても主要というわけではないが、重要と がら呟く。 首都に無数に存在するビル、その中にまた無数に存在する一室で美咲は腕時計を見な ﹁今頃、学園の子たちは帰路についている頃合いでしょうか﹂ 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1471 コット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪。 一人一人について、経歴や戦歴、IS戦におけるスタイルなどが簡単に纏められてい る。どれも公に発信されている、少しそういう方面に明るければ比較的容易に手に入る 情報から一歩二歩程度進んだものであるため、情報としての機密性はそこまで高いもの ではない。 単に、美咲個人が彼女らを知りたいと思い集めただけのものである。 う。 だ。だが、仮にそちらを見たとしても、やはり注目されるのは一夏と箒の二人だけだろ ことだろう。だが、美咲にとって本当に見るべきはそれを相手取った七人の若者たち 仮にISに携わる者がその映像を見たのであれば、多くの人間は福音にばかり目が向く 福音と多数の専用機の戦闘を記録した映像、当然ながら見られる人間は限られるが、 鈍いところがありますし、あとはエデルトルートくらいしか思いつかないですけど﹂ ﹁さて、一体どれだけの人間がこの子達の真価を見出せるか。千冬は意外にそのあたり そこからどれだけの情報を得られるかだ。 ていた。別にそれ自体は他の国もやっていることだろうから問題は無い。重要なのは、 福音とIS学園の専用機持ちたちとの交戦は日本政府も衛星によって映像を入手し ﹁他の方々はただの候補生の一角とお思いでしたけど。いえ、現状では仕方ないですね﹂ 1472 世界唯一の男性IS操縦者と、篠ノ之束の実妹でありその彼女から最新鋭の謹製IS を受け取った人間だ。それも無理なきこと。だが美咲に言わせれば他の五人も十二分 に見る価値があると言える。 ﹁私も、千冬も、エデルトルートも、何処とも知れないミューゼルも、黎明を切り開いて における最大の収穫だと美咲は考えている。 随を許さない絶対とも言える才を秘めている。それを見出せたことが、この一連の事件 しかし断言できる。福音と対峙した若者たち、その誰もが内には唯一無二、他者の追 ていないのだろうから。 くは片手で足りる程度なのではないかと思う。何しろ当の本人達ですらまだ自覚はし 一体どれほどの数の人間が気付くだろうか。第一に美咲自身を挙げるとして、おそら 中で片鱗を見せた才覚ゆえだ。 美咲が福音と戦った候補生達に注目した理由はただ一つ。記録された戦闘映像、その ますね﹂ ﹁このような時節にこれだけの才が同時に一か所に集う。何やら運命的なものすら感じ 味合いを持つものだが、それはISにも当てはまることなのかと美咲は思う。 ISが世に解き放たれてから十年。何事においても十周年などというのは特別な意 ﹁節目、になるのでしょうか﹂ 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める 1473 きた人間。しかし既に私たちは時代の過去となってしまった。であれば世代交代は必 然。そして今度は、この子たちが中興を為すということでしょうか。クスッ、どうなる のかとても楽しみですね﹂ 見出した才の行く末、気にならないわけがない。表に出ることなく埋もれていくの か、あるいは開花し、他にとっての導き、象徴となる奇跡に至るのか。 同時に、自分が何をすべきかも考える。これほどの才を目にしてただ眺めているとい うのはどうにもつまらない。何かしらで、少しは関わってもバチは当たるまいと思う。 そしてふと思いついたことに、美咲は面白そうに口元に微笑を浮かべた。 そうして過ぎていく日々の中で何が起こるのか。それを完全に知る者は誰一人とし かくして蘭月の一騒動は幕を閉じ、猛暑が盛る時節へと時は移っていく。 在が伝えられていた。 防衛省の情報本部から齎されたソレには、IS学園周辺で確認された未確認勢力の存 差しを向ける。 言いながら美咲は再び紙を捲る。現れた次の資料に書かれた文字に美咲は冷たい眼 ﹁ですが、まずはこちらをどうにかしなければなりませんね﹂ 1474 1475 第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める て存在していなかった。 第四巻相当 極端な話だが、母の腹からこの世に生れ出る誕生、生命の灯が消え大地へと還る死、こ ものは往々にしてある。 さて、そんな人生ではあるが、過ごしていく中で避けることのできない出来事という 生があることだけは、絶対とも言える世の摂理だ。 たく同じ人生などというものは一つ足りとて存在はせず、一人一人にオンリーワンの人 する要素が似通っているということは決して珍しいことではない。だがそれでも、まっ い。もちろん、持って生まれた才能、育った環境や持ちうる財産などなど、人生を構成 そしてその数十億にも存在する数多の人生において同じものなど一つもありはしな プラス十億をした凡そ七十億というのが現在の世界における総人口だ。 地球上に存在する全人口は凡そ六十億などと言われていたのも既に過去の話、そこへ 一口に人生と言えどもそれは実に多様だ。 と思う。異論は認めぬ 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だ 1476 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1477 の二つはどんな人間も決して避けることができない、人生における二大儀式と言っても 過言ではないだろう。 もちろん、前置きした通りにこれは極端な例である。だが、人生において何かしらそ メガフロート うしたものが付き物であるということはおそらく万人が理解や共感をできるところで あろう。 そして今、洋上に建てられた人工島、その上で日々を過ごす少年││織斑一夏││も またそうした避けられぬ人生の関門に直面していた。 只の高校一年生の男子、と言うには彼は些か特殊に過ぎている。世界で唯一の男性I S適合者、IS業界で雷名を轟かせた無双の女傑を実姉に持ち、更にはそのIS全ての 生みの親とも知己。加えて彼自身の能力に目を向けて見れば僅か数カ月ながら各国の 候補生にも劣らぬ実力を備えたIS乗りへとなり、ISに寄らぬ純粋な武芸においても 確実にその年頃としては世界規模で上位に食い込む。 何も知らない、それこそ凡そ日本の学生のスタンダードとも言える生活を送っている 同年代の少年少女らが聞けばまさしく特別とも言える存在だ。彼自身はそれを殊更に 吹聴するような気質ではないが、特別であるということは自他共に認めざるを得ない事 実だろう。 だがそれほどまでに特別とも言える彼は今、学道に邁進する立場として避けられぬ壁 に立ち向かっていた。 それは彼だけではない。彼と同じく、洋上の学び舎に籍を置く少女達も、全世界に存 在する﹁学生﹂という立場にある者ならば誰もが直面する壁だ。 勿論、一人一人に違いはある。目覚ましい成績をたたき出す優等生も、教師すら匙を 投げたくなる成績不振者も、裕福な家庭に育った者も決してそうとは言えない家庭に 育った者も、男女も関係ない。 それに差し掛かる時期、その困難さはまた各々によって変わってくるものの、学生で あるならばそれは決して避けては通れぬ試練である。 その名は│││テスト。 にIS学園第一学期期末考査の学力考査が終了を迎えた。 七月頭の波乱に満ちた臨海学校を終えてから丁度二週間程度、第三週が終わると同時 と同時に一年一組試験監督を務めていた真耶が教室中に声を掛ける。 キーンコーンカーンコーンという、毎日定刻に同じリズムと同じ音階で鳴るチャイム ﹁それでは試験終了です。後ろの席の人から回答用紙を前に回していって下さいね∼﹂ 1478 数学や社会学、出身国に分かれた選択式外国語などの所謂通常の学校で言われる主要 五教科にあたる科目に加え、IS学園ならではのISに関する各種理論などの専門科目 を加えた試験は誰もがそれなりに負担に思っていたらしく、真耶の言葉で試験終了と相 成った瞬間に教室のそこかしこからざわめきが上がる。 厳密にはまだ試験自体は終了してはおらず、この後土日の休日を挟んだ後にISの実 機を用いての実技試験もあるのだが、それでも試験そのものに一区切りが付いたことに 変わりはない。答案の回収のために自分が書いた紙を回しながら、あぁだったこうだっ たと試験を振り返る会話が織りなされていく。 誰かの机の周囲に何人かでグループを形成し会話に興じるという光景が室内のあちこ 内のざわめきは一気に喧騒へと度合いを上げる。ある意味で女子らしいと言える光景、 そして生徒たちに残る実技試験へのエールを送った真耶が教室を出ると同時に、教室 アしていれば学年最下位の順位でも補習は回避できるのだ。 準は順位ではなく純粋な点数によって決められる。極端な話、点数さえボーダーをクリ IS学園の学力試験は当然ながら成績不振者への補習を課している。しかしその基 ているので、残る実技試験を落ち着いて、全力で頑張って下さいね﹂ さんに伝えられます。私は皆さんだったら補習のボーダーもクリアできていると信じ ﹁はい、皆さんお疲れ様でした。学力考査の結果は一週間後、実技試験が終わった後に皆 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1479 ちで確認できるようになった。 そんな教室の中の一角、中央列最前部だけは他とは異なる空気が漂っていた。 ﹁あ∼⋮⋮﹂ 当該のエリアに座席がある相川清香は何とも言えない表情で言葉を濁らせる。テス トが一つの区切りを迎えたことについては他の級友同様に安堵などあるものの、それ以 上に気になることが今の彼女にはあった。 チラリと、清香は隣の席の方へと視線を向ける。そこにある光景を見て更にコメント に困る。だが流石に無視もできそうにないので、意を決して清香は声を掛けることにし た。 ﹂ え尽きたソレだ。これが漫画やアニメの類だったら﹁チ∼ン﹂という仏壇の鐘を鳴らす もたれに身を委ね、虚空を見つめながら乾きに乾いた薄笑いを浮かべる様はまさしく燃 常の毅然とした立ち居振る舞いからは想像もできないような、ダラリとした恰好で背 ﹁⋮⋮﹂ も比較的交友が深い方だと思っているクラスメイトは││屍と化していた。 機を用いた授業で彼と同じグループであることなどもあり、清香としてはクラスの中で 彼女の隣の席に坐する校内唯一の男子生徒、織斑一夏。席が隣ということやISの実 ﹁え∼と、織斑くん ? 1480 擬音が添えられていること間違いなしだろう。 少し姿勢を変えて前のめり気味になったらなったで、どこぞのボクシングバンタム級 東洋チャンプよろしく﹁燃え尽きたぜ、真っ白にな⋮⋮﹂とかモノローグで言っていて ﹂ も良いだろう。要するに、日頃からは想像もつかない程に打ちのめされた姿ということ だ。 ? りする珍妙なテンションに多々なるようになったのは、まぁご愛嬌だろうか。 価と言えるところだろう。その意識改革に伴ってか、妙に暑苦しかったり堅苦しかった 日々の修練に取り組んでおり、それを目撃したクラスメイトが多いからこその自然な評 臨海学校の後、箒自身も専用機を持つことで意識が変わったのか、今までにも増して に接することができている。というより、一組自体がそういう雰囲気である。 りしたため、やや思うところがあったこともあるが、、今では特に気にすることなく普通 清香自身、箒が専用機を受け取った場面や陰で言われるアレコレなどを見たり聞いた で何かと言われることになった彼女だが、当の本人は知らぬ存ぜぬを通している。 い言い方になるがコネで最新鋭の専用機を受け取ったということで、臨海学校以後に陰 どうしたものかと思案する清香に箒が声を掛けてくる。IS開発者から直接、少々悪 ﹁あ、篠ノ之さん﹂ ﹁一夏は、大丈夫そうか 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1481 ﹁私もそれなりに苦戦はしたが、こいつの場合は更にだろうからな﹂ IS学園を志す生徒はその多くが早い者では小学生にあたる年齢からそれを見据え ﹁まぁスタートが違うもんねぇ⋮⋮﹂ た学習を行っている。 学園側もそうした受験者、そこから選抜された生徒たちのそうした事前の学習を見越 したうえで授業のカリキュラムを組んでいるのだが、それが一夏にとっては何よりの壁 だった。 何せ一夏は受験シーズンに至るまで、あくまで普通の高校受験を見据えた勉強しかし ていない。そこへいきなりIS学園への入学である。単純に積み重ねた土台が違うの だ。 勿論学園側、というよりは教師の方もそれは弁えており、副担任の真耶が主導となっ て個別の補習を行ったりもしてきた。だがそれだけでどうこうできるほど差は甘いも 確か篠ノ之さんもこっちに来させられたっ のではなく、その現実をこのテストで彼は見事に叩きつけられたというわけである。 ﹂ ﹁そういえば篠ノ之さんはどうだったの て前に言ってなかったっけ ﹁あぁ、そのことか﹂ 一夏とは経緯が異なるものの、箒もまたIS学園への入学を強制された立場にある。 ? ? 1482 その詳細は、彼女の姉にあると言えばそれだけで凡その説明はつくだろう。 ﹁大丈夫かなぁ、織斑君。半分壊れたスピーカーみたいだけど﹂ いうものだ。 机の間からブツブツとうめき声のような音が聞こえるあたり、彼の重傷具合が伺えると そこで箒は再び一夏に視線を戻す。いつの間にか一夏は机に突っ伏している。顔と ﹁で、問題はこっちなわけだが⋮⋮﹂ た。 だった以前と比べて、何となく深みが出てきたというのが清香の何となくでの印象だっ 語 る 箒 の 眼 差 し は 穏 や か で あ り な が ら も 強 い 意 志 の 光 を 宿 し て い る。ど こ か 頑 な 今回以上を目指すがな﹂ 字と言ったところだろう。少なくとも私は、今回はそれ以上は望まないよ。無論、次は ﹁いやいや、それこそだ。まぁ私も一夏も、ひとまず補習のラインをクリアできれば御の ﹁いや、そんなことは無いと思うけどなぁ﹂ 込んできた皆とは差があるのだと痛感させられたよ﹂ だが、私もまだまだだな。所詮流されるに従ってでは、自分の意思でこちら側に踏み を伝えられていたからな。まだ対策を立てることはできたよ。 ﹁私の場合は、これを幸いと言うべきかは分からないが、それなりに早い段階からその旨 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1483 ﹁まぁ健康面については心配ないだろうが⋮⋮いや待て。壊れたスピーカーか。なるほ ど、妙案だ﹂ 一人したり顔で頷くと、何のことか分からずに首を傾げている清香に構わず箒は一夏 ﹂ の隣まで移動する。 ﹁な、何するの ﹁奥義 斜め四十五度お婆ちゃんの家電直しチョップ ﹂ ! 止していた。 い。それ以前だ。箒の手は彼の頭に届くことなく、その頭上数センチの所でピタリと停 しかし振り下ろされた手刀は一夏の頭に当たることは無かった。外れたわけではな 見えた。理由なんて存在しない。強いて言えばその場の雰囲気とノリだ。 撃するのには一秒もかからない。だがその瞬間が清香には何故かスローモーションに そんな取ってつけたような適当な技名と共に箒は手刀を振り下ろす。一夏の頭に直 ! あった。 作に何をしようとしているのか察した清香が慌てて止めようとするも時すでに遅しで 言いながら箒は右手で手刀を形作り、はぁーと静かに息を吐く。その明らかな予備動 た家電を直すのには、古くから日本に伝わる由緒正しい方法がある﹂ ﹁いや何、単純な再起動だよ。壊れたスピーカー、実に良い例えだ。そして不調を起こし ? 1484 箒自身が止めたわけではない。そもそも箒は本気で当てようとしていた。止める道 理が無い。であれば、必然それは別の外的要因によるものだ。 ﹁で、どうなのだ実際 随分と酷い様子だったが﹂ けでそれ以上を言おうとはしなかった。 う。それに一夏は何かを言いたそうにするが、それも億劫なのか小さくため息を吐くだ パッと自身の右手を掴む一夏の手を振り払いながら箒は悪びれる様子を見せずに言 していた。それに、一応復活したのなら私はそれで良い﹂ ﹁これぐらいできるなら全然大したことはないだろう。どうせこうなるだろうと予想は ﹁箒、オレ一応グロッキーなんだけど﹂ 上った。 僅かにモゾモゾと身動ぎをすると、掴んだままの箒の手をどかしつつゆっくりと起き 欠片も想像していなかったぶっとんだ光景に清香はあんぐりと口を開ける。一夏は ﹁うっそー⋮⋮﹂ 込んでいる。 いたはずの右手はいつの間にか箒の右手首をガッチリと掴んでおり動きを完全に抑え 突っ伏したまま、どこか疲れ気味な声で一夏が言った。そしてダラリと垂れ下がって ﹁いきなり止めてくれ⋮⋮﹂ 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1485 ? ﹁どうもこうも、見ての通りだよ。一般科目は、まぁ中学の延長だ。まだ目はある方だと 思ってるけどね。IS系の専門は、いかんな。お察しレベルだ。補習回避できればもう それで良い﹂ ﹂ ? ちゃ良くてさ。中学の頃はテスト前にはよく世話になったよ﹂ ? 方がないと怒りはしない。する必要もない。何故なら彼には確信があるからだ。 一夏もそれを分かっているからこそ、少々親友が軽んじられているような言葉でも仕 会が無い男子では厳しいのではないか、そう思っての発言であった。 とその内容は曲がりなりにも専門教育だ。どれだけ成績が良かろうと、それに接する機 清香は純粋に疑問としてそう思った。IS学園での学業、その主たるIS関連の授業 ﹁へぇ∼。けど、それでもココのテストは厳しいんじゃないかなぁ ﹂ ﹁オレの親友だよ。それともう一人、本当に一番な親友さ。数馬、あいつ成績めちゃく 凰が一夏の親友として名前を挙げていたなと聞きながら思い出した。 聞き慣れない名前に問うてきた清香に一夏はそうだと頷く。箒も、そういえば以前に ﹁それ、織斑君の友達 ﹁クソッ、数馬さえいればこんなことにはならないのに⋮⋮﹂ そこで二人そろってハァとため息を吐きながら肩を落とす。 ﹁まぁ、私も似たようなものだからあまりとやかくは言えないがな⋮⋮﹂ 1486 きだと私は思うがな﹂ ﹁まぁ、終わったことをあれこれ言っても仕方ないだろう。それより、もっと先を見るべ カ月の中で、そのように思える人物に出会ったことは殆ど無い。 い教師であるというのが一夏の認識するところだ。少なくとも一夏の人生十五年と数 色々と言い表す言葉はあるが、あえてシンプルに言うならば真耶は本当に良い人、良 す。 日々、放課後に時間を工面して補講をしてくれた真耶に一夏は胸中で深い感謝を示 生には感謝だ﹂ 応補習回避が狙えるレベルっていうのは我ながらよくできたものだと思うよ。山田先 ﹁でも、無いものねだりしても仕方がないからな。それに、正直まるでゼロの状態から一 の凄さは実際に関わってみないと分からない。 納得しているのか否か曖昧な清香だが、それも無理のないことだと一夏は思う。親友 ﹁ふ∼ん﹂ で頭に叩き込んでくるぞ。あいつは、その辺の知識欲が凄いからな﹂ もポイと渡して放っておいてみろ。あっという間にオレらじゃ追いつけないレベルま 無い。とりあえずはオレ達が普段から使ってる教科書や参考書、オプションに専門書で ﹁まぁゼロじゃ厳しいな、それは勿論。けどな、断言できるんだよ。あいつの頭は並じゃ 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1487 ﹁それもそうだ﹂ 箒の言葉に一夏はごもっともと肩を竦めながら同意をする。同時に、言葉には出さな いものの本当に前向きになったものだと、幼馴染の変化に感心をする。 ﹁一夏、今日はどうするつもりだ 私は道場で斎藤先輩と沖田先輩に稽古をつけても 1488 事だが、何よりもまず私自身の成長が必要と踏んだまでだ。おそらく、半端な自力では ﹁あぁ。私も、先日の件でとことん未熟を思い知ったからな。紅椿を使いこなすのは大 ﹁そういえば箒、最近先輩とよく稽古しているよな﹂ それが今日の場合は箒は上級生との稽古、一夏の場合は自主練というわけである。 のやり方で訓練に励んでいる。 試験。専用機持ちは当然ながらに相応の結果を求められるために、それぞれがそれぞれ そうして適当なところで会話を切り上げて各々戻り支度を整える。残る試験は実技 ﹁そうか。なら仕方ないな﹂ い﹂ ﹁いや、悪いけど遠慮するよ。ちょっと別で考えていることがあってな。それをやりた らう予定だが、お前も加わるというなら歓迎するぞ﹂ ? 紅椿を十全に扱うなど無理そうだからな。そういう点で、先輩との稽古は有意義だよ。 剣士とIS乗り、双方で良い先輩方だ。ためになる﹂ 悪いが、この間 ? ﹂ ? という実感があった。 かす時の自分自身の感触と言うべきだろうか。それがよりクリアなものになっている 箒に言った通り、臨海学校を終えてからというもの、自身の技、もっと言えば体を動 焼けに照らされた砂浜での一連の流れは今も確かに覚えている。 夢と言える出来事であった故か、詳細はおぼろげになりつつもあるも、あの永久の夕 ﹁⋮⋮正直、自覚はある﹂ 外なことに、一夏は思いのほか深刻そうな表情になると静かに己の手を見つめた。 ふと何気なく、会話を続けるために投げ掛けたつもりの問いだった。だが箒には予想 学校からこっち、技の冴えが増してないか ﹁しかし先ほどの手刀を止めた時もそうだが、一夏。私の気のせいかもしれないが、臨海 るタイミングが重なったために、二人はそのまま共に校舎を出ることにしていた。 別々に訓練をすると言っても、校舎を出るまでの道のりは一緒だ。たまたま教室を出 ﹁当然だな。むしろそうでなければ私も張り合いが無い﹂ の件はオレも中々に堪えてね。あぁ、まだまだこれからさ﹂ ﹁それは重畳。あぁ、だがな箒。オレを簡単に超えられると思うなよ 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1489 そして何が切っ掛けかと問われれば、間違いなく夢での出来事だろう。変わったのは 心持ちだけかと思いきや、一夏自身が驚くほどにそれはフィジカルへの影響もあった。 ﹂ ? 他の皆のことも﹂ ? えての成長ってやつじゃないのかな ﹂ ツ 姉さんがその辺りを言っていた。オレの私見だけど、やっぱりそれなりの苦難を乗り越 ﹁程度の差はあるけど、みんな明らかにその辺が前と違ってる。実際、この前の授業でも ここで言う皆とは、即ち一年における専用機持ちのことである。 ﹁⋮⋮まぁな﹂ ら気付いているだろう ﹁一夏、先ほどお前は動きや技のキレが良くなった自覚があると言ったが、いや、お前な すことにした。 そうして二人は校舎を出るための足を止め、廊下の一角で共に壁に背を預けながら話 ﹁ちょっとだけ、良いか のだが、今度は逆に箒が固い表情をしていた。 むしろ信用などされない方が良い内容だ。だから一夏は適当な言葉で流すことにした だが夢の中のことは誰にも言えない。言ったところで信用などされるはずもないし、 なっちゃむしろ好都合だよ。そういう点じゃ、福音には感謝かな﹂ ヤ ﹁ま ぁ、い っ ぺ ん 手 酷 く や ら れ て 何 か 変 な ス イ ッ チ で も 入 っ た ん じ ゃ な い か な。今 と 1490 ? ﹁あの戦いの後、私たち全員は丸一日の休息を貰っただろう かけてきてな。二人で話をしたのだが││﹂ ? ﹂ ﹁箒、ちょっと良い ? その時に、凰が私に話し とりあえずは簡単なもてなしでもと箒は部屋に備え付けられているティーセットで ﹁話、か﹂ のがあってさ﹂ ﹁悪いわね、急に。ちょっとあんたに聞きたいことっていうか、話っていうか、そういう ろ、一人部屋で暇を持て余していた箒は唐突に訪ねてきた鈴を部屋に招き入れた。 三日目、休養を命じられた専用気持ちを除く全生徒が訓練のために出払っているこ ﹁どうかしたのか ﹂ 答える箒が語りだしたのは臨海学校三日目の最中のことだった。 ? 問う。 どうにも釈然としかねているような箒に一夏も気になり、何が気になっているのかを ﹁なら良いのかもしれないが⋮⋮﹂ 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1491 湯呑に居れた緑茶を二つ用意し、一つを鈴に渡す。 た ﹂ ﹂ ? 妙な感覚だったのよ﹂ ﹁あ、うぅん大丈夫。えっとさ、何て言うのかな。福音と戦ってて、途中からあたしさ。 だろう﹂ ﹁それは構わないが、専門的なことになると無理だぞ。むしろその辺りはお前の方が上 ど﹂ ち分かんない部分があってさ。それであんたに意見とかを聞きたいって思ったんだけ ﹁いや、別に悪いことがあったってわけじゃないんだけど、ちょっとあたしの中でいまい ﹁何かあったのか どうにも活気というものに欠けているような鈴の姿に流石の箒もおかしいと思った。 ﹁そっか⋮⋮﹂ ﹁正直、どうと聞かれてもな。あの時は、ただただ必死だった。それだけだよ﹂ をしたのか分からなかったが、とりあえずは聞かれた通りに福音との戦いを思い出す。 思い返すのは激闘を繰り広げた宿敵のことだ。鈴がどういう意図を持ってその質問 ? ? ﹁福音と ﹂ ﹁ありがと。早速で悪いんだけどさ、箒。あんた、福音とやりあってた時どんな感じだっ 1492 ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? え、なにそれ聞かせて﹂ ? ﹁剣道のことだから少しイメージしにくいかもしれないが、本当にまれにだが、あるんだ する。 いつになく話に食いついてきた鈴に箒は若干たじろいだが、一応は話してみることに ﹁マジ ﹁ただ、同じものかは知らないが、似たような経験は⋮⋮あるかもしれない﹂ 箒の返答もある程度は予想していたのか、そうだよねーと鈴は軽く笑いながら言う。 言ってしまう方が良い。 即 答 す る。実 際 知 ら な い の だ。な ら ば 適 当 な 言 葉 で 適 当 に 答 え る よ り も ス パ ッ と ﹁いや、知らん﹂ れない。そんな感覚。あんたは、そういうの分かる くてアンタや一夏や、他の候補生の連中が相手だったとしても負けない、誰にも止めら もできて、頭はまっさらで福音倒すってことだけ考えられて。正直、あれが福音じゃな ﹁そう。体が思い通りに、それ以上に動く。なんか周りが見えまくってて、全部どうとで ﹁万能感 能感﹄よ﹂ ﹁そう。それが何なのか、本当に分かんない。けど、それでも敢えて一言で言うなら﹃万 ﹁妙な感覚 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1493 よ。こう、自然と面が入ると確信できる時が。ただそれもその時ではなく、試合で勝っ て、終わって、ふと思い返してその時初めて気づくという感じだ。そこで、じゃあどう いう流れだったかを思い出そうとすると、それがなかなかできない。無心、というべき かな。あるいはそれに通じるものなのかもしれない﹂ ﹂ ? ﹂ ? その不安に箒は何も答えることができなかった。 にかなっちゃうのかも、そう考えるとね﹂ けど、そのまま沈み続けてどうなるかが分からない。もしかしたら、あたし自身がどう ど、沈んでくのよ。どんどん深いところに、沈めば沈むほどにレベルが上がっていく。 ﹁なんかね、本当に今になって振り返ってみて、それでやっと分かったって感じなんだけ は高いパフォーマンスをたたき出せる良い傾向のはずだ。 うん、と頷く鈴に今度は箒が首を傾げた。怖いとはどういうことか。話を聞く限りで ﹁怖い、というのは、その福音と戦った時の感覚が ﹁うん、何て言うかね。ちょっとだけ、怖いっていうのかな﹂ ﹁何か、気になるのか そうして鈴は顎に手を当てると何か考え込むような仕草をする。 ﹁いや、結構参考になったわ。あんがと﹂ 1494 ﹂ ? ば野生動物の勘とかそういうの。 ? ﹂ ? ﹁やはりそこに落ち着くか。いや、すまないな。妙なことを聞いて﹂ か 入るようなのが。それや、あとは箒が話した無心の境地だとか、そういう類じゃないの なんか心理学関係で実際にスポーツ選手にもあるらしいぞ。そういうスーパーモード 逆に落ち着いてくとか。オレも師匠に聞いて、ちょっと調べてみたけど、なんだっけな。 ランナーズハイとかって言うけど、それと同じじゃないかな こう高まりまくって いうか鈴は間違いなくオレとはタイプ違うよ。むしろ箒、お前と同じ側さ。もっと言え も冷静にとか周りを見てとかはよくやってるけど、どうも話を聞くに違いそうだし。と ﹁う∼ん、いやなぁ。前に、静と動の話をしたろ。オレは基本前者だから、そういういつ ﹁一夏、お前は分かるか 話を聞き終えて一夏も納得するように頷く。 ﹁なるほどなぁ﹂ ﹁と、いうことなのだが﹂ 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1495 ﹁良いよ。オレも得るものはあった﹂ 言いながら一夏の眼は僅かに細められている。その奥に潜んだ眼光に、しかし箒は気 付くことはなかった。 練習の合間、首を回したり腕を伸ばしたりしながら一夏は箒の話を振り返っていた。 ︵しかし、そっかぁ。鈴が⋮⋮︶ そして二人は当初の予定通り校舎を出た所で別れ、各々の練習へと向かっていった。 ﹁ん、あぁ﹂ ﹁すまない、時間を取らせてしまったな。行こう﹂ だった。 それしか一夏には言うことはできない。箒もそうだな、とどこか自嘲的に言うだけ ﹁けど、それは結局鈴の問題だからな⋮⋮﹂ れないということに﹂ れない。そうした果てに凰が、仲間が、友が、手の届かない遠くへ行ってしまうかもし ﹁正直、こうして話してみて、思い返して、それで思うんだよ。一夏、私も怖いのかもし 1496 アリーナとは違う、屋内施設での練習であるため周囲に自分以外はおらず、静かに思索 にふけることができるからか、スイスイと考えが流れていく。 ことだが、決して負けも悪いものではないとも思えるようになってきたのも事実だ。 当然負けるのは嫌だし勝つ方が嬉しいに決まっている。しかしながらこれは最近の ﹁まぁ、その方がこっちも気合入るけどね﹂ がジワジワと追い上げられつつある。それこそ、焦燥や危機感を覚える程にだ。 ち間での模擬戦において、今まで一夏は全体で高めの勝率を維持していたものの、それ 箒にしても粗削りながらも日々動きに磨きがかかってきている。現実問題、専用機持 上がっている始末。 引っ掛けようとしてくる。簪の戦術は更に巧妙かつ、一度嵌った後の対処の難易度まで ラウラは明らかに見切りのレベルが増しており、極めて絶妙なタイミングでAICに こちらの動きを真似てきたり、あるいはそれを応用してあっという間に対策を立てる。 に動きが俄然良くなっている。シャルロットも然り、時には意趣返しと言わんばかりに セシリアの射撃は今まで以上に狙い澄まされたものとなり、鈴は先の箒が語ったよう 磨きがかかりつつあるのは紛れもない事実なのだ。 箒も言っていたが、臨海学校を終えてからというもの、専用機持ちそれぞれの動きに ﹁けど、鈴に限った話じゃないんだよなぁ﹂ 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1497 気持ちの変化と言うべきだろうか。負けたら負けたで、今ではむしろ逆に冷静になっ て何が原因かを見つめ直すことができるし、そもそもにおいて自分が愛してやまない武 の一環なのだ。どこに嫌う要素があるのかという話だ。 そればっかりで負け癖がついては本末転倒だからある程度は自制をするが、最近では 形勢が不利な負け戦にこそ面白味を見出してきている。なまじISの特性上、強力な一 撃を撃ちやすく、そこから一気に逆転劇へ持って行けた時など実に心が躍る。 要するに、ここ最近の箒ではないが、何事も前向きに受け止めていこうというわけで ある。 無論、親友との約束であるライブも忘れてはいけない。こればかりは中々に楽しみの 期に地獄を見無いような程度で勉強もしておけば何も問題はあるまい。 く。あとは、中学まであった夏休みの課題などという下劣畜生が無いのに浮かれて新学 ISについては師を頼るわけにもいかないので、夏休み中の学園ではISに重きを置 を図る。 れ。姉にどうにか調整をしてもらい、久方ぶりに師に稽古をつけてもらい自力の底上げ まず第一の関門が補習を回避できているか否かだが、できていればもはやこっちの流 おおよそ一カ月に渡る長期の休みだ。これを利用しない手は無いだろう。 ﹁やっぱり、肝は夏休みかな﹂ 1498 比重が大きいから誰にも邪魔をさせるつもりはない。 ﹂ ? を持って訓練室を出ることにした。 正直ISをつけたままの方が片づけが楽なので、残り時間をこの片づけに充てて余裕 もないブロックだったのだが、訓練によって見事に木端微塵と相成ったわけである。 視線を向けた先にはバラバラに飛び散ったコンクリート片がある。元々は何の変哲 ﹁これだものなぁ⋮⋮﹂ はと思う。 ると残りの十五分程度をどうするかになるのだが、そろそろ片づけをした方が良いので 使用時間の延長申請をしても良いのだが、正直手続きも面倒なのでやめておく。とな わりが近いから自然とクールダウンを始めていたのかもしれない。 よくよく考えてみてどうしていきなりこんな思考に耽っていたのかと思うと、案外終 十五分程度になっている。 ふと気になって時間を確認する。気が付けば申請していた訓練室の使用時間が残り ﹁む 算用になっているが本人はまるで気付いていない。 まだ安泰な夏休みになると確定したわけでもないのにこの余裕ぶり、見事なまでの皮 ﹁いやぁ、夏休みが楽しみですねぇ﹂ 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1499 ﹁まぁ、思いのほか早く成果は得られたしな⋮⋮﹂ コンクリートブロックを幾つも叩き壊したが、それに見合う成果はあった。元々ある 程度できていた技の延長、もう一工夫を加えただけのものに過ぎない。 しかしそれでもこれだけ早くほぼ完成と言えるレベルに漕ぎ着けたのは一夏自身意 外と言えば意外だった。思い返せば箒に、一夏もまた動きのキレが増していると言われ たが、あるいはそれが影響しているのかもしれない。いずれにせよ良い傾向なのは確か だ。 徹し勁による内部への衝撃の浸透、それ自体は生身の時からそれなりに使え、ISを 理由はただ一つ、ブロックは全て内部から破砕されたからだ。 しかし現実として一夏の持つ破片にそれは無い。 盾していると言えるだろう。拳でブロックを砕けば、絶対に外面部にその痕跡が残る。 そして、珍しくこの訓練で一夏は剣を使っていない。ブロックは全て拳で砕いた。矛 せば元通りの綺麗なコンクリートブロックが組みあがるほどだ。 破片は全て外面に当たる部分に目立った損傷はない。それこそ、破片を集めて組み直 異常性に気付くだろう。 砕いた破片の一つを掌中で弄びながらどこか自嘲的に言う。見る者が見れば破片の ﹁尤も、早々使うことなんざ無いだろうけど﹂ 1500 纏ってもそこそこにはできた。そして今日、それは更なる飛躍を見た。 それは良い。純粋に喜ばしいことなのだ。なのだが⋮⋮ ﹁えーと、レンジがクソ短い、使用条件が結構キツイ、安全上あまり思い切り撃てない もしもそれで万が一になれば、後々面倒だ。 ない。というかそこまで危ない技をアリーナを使うような模擬戦で使えるわけがない。 のが肝だ。限定された閉鎖空間内ならまだしも、宙もだだっ広いアリーナでは早々使え ることになるかもしれない。そもそもにおいてこの技、その特性上足が接地状態にある 司法解剖をしたら下手なR│18指定のグロテスク画像よりも酷い有り様を目にす ﹁内臓ミンチ待った無しだなこりゃ﹂ 広がれば││ 放つよりも威力を跳ね上げた衝撃を人体に叩き込む。そしてそんなものが人体内部で ら、ISの重量とかPICを使った慣性制御とかISそもそもの重量だとかで、生身で い効力が薄れ気味になるクロスレンジで、更にシールドの効きを悪くする密着状態か ISのシールドは優秀だが、完全無欠ではない。特にIS同士でシールドが干渉し合 なかった。 まさかまともに相手に当てたら内臓吹っ飛ばしかねない程になるとは予想もしてい ﹁いやぁ、ちょい気合い入れ過ぎたよなぁ﹂ 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1501 ⋮⋮産廃だろ﹂ 自分で考えて編み出した技なのにこの評価、しかしこう評価せざるを得ないくらいに 改めて見直すと酷い有り様だった。 これが訓練機を用いての訓練ならばまた更にISの返還というプロセスが待ってい 終わる。 しているだけに室内言えどもそれなりに広いが、片づけもISを使えばそれなりに早く 一通り片付け終えた室内を見て大丈夫だろうと頷く。ISを装着しての訓練を想定 ﹁よし、こんなもんかな﹂ は上手く折り合いをつけていけば良いだけなのだ。 だがそれが自分なのだと既に悟ってもいる。だから今更悩むことなど何もない。要 相手の結果そのものにはまるで頓着をしていない。 いるのは、それを向けた相手の結果ではなく、その更に後に待ち受ける諸々の面倒だ。 考え、やはり自分は外れていると再認する。結局、自分がこの技の一番の問題として 誰も咎めはしないだろう。 が、使い切り抜けなければいけない時があるかもしれない。そしてそういう時ならば、 使えるに越したことは無い。立場が立場だ。あまりあるのは望ましいとは言えない ﹁まぁ、幾らかは空中戦でも応用効きそうだし、それが成果だな。それに││﹂ 1502 るが、白式は専用機なので待機形態に戻すだけでOKというのも楽で良い。申請時間の 終了三分前、全ての片づけも終えて一夏は訓練室を出た。 た。 ? 考えて段々気分がウキウキしてくるのを感じる。 姉は特にそういうことはしていないから、二番煎じとなるようなこともないだろう。 落ち着きを見たら本当にそんな具合で纏めてみるのも良いかもしれない。 織斑流空機動戦闘術なんていうのもアリだろう。というか、ある程度総合的な習熟に ﹁いっそ、オレの新流派でも開いてみるか ﹂ 不可能さも感じてはいない。いずれ全てを物にできる。不思議とそんな予感があっ ﹁良いさ、それでこそ挑み甲斐がある﹂ ができるようにすることだ。無論、そちらの試みも試しているが、やはりまだまだだ。 理想としてはPICの制御を向上させて、技を振るうその瞬間だけ、地上同様の動き のは、今更分かり切っていることだが決して楽ではない。 るとしても、元々は地上で行うことが前提の技だ。それを空中用にチューンするという 帰りの途につきながら一夏は今日の反省をする。いかに自前の技をベースにしてい ﹁次は、ちゃんと空でも真っ当に使えそうなのを編み出さなきゃな﹂ 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1503 ﹁目安は、みんなに勝率が安定する頃かな﹂ 自分自身の実力の指標として専用機持ちの学友たちは申し分ない。とりあえずはそ ちらの方面でも、一夏の内々で上手く利用させてもらうとすることにする。 いや、伸びてんのが自然なんじゃない。伸びた結果の今が自然、それが ? どの天才じゃないの ﹂ ﹁まぁオレもセンスある云々結構言われてるけど、もしかしなくても連中の方がよっぽ 直前でふと思いついたことが妙に頭にこびり付いて離れない。 結果として諦めたようにため息を吐いてそれ以上の考えを止めることにしたが、その りで結論は纏まりそうになかった。 感じた印象を確たるものにするために口に出す。だがそれでもブツブツと呟くばか 本来の⋮⋮﹂ ﹁なんだ⋮⋮ えるはずのソレが、不思議と自然に思えるのだ。 確かに各々グイグイと今まで以上に伸びを見せている。だが、本来なら急な成長と言 とここ最近の専用機持ちを思い出すと、逆に違和感を感じないのだ。 気味だった。そこは一夏も分からないでもないのだが、そこでじゃあどれほどのものか 再び箒との会話を思い出す。箒自身は専用機持ちそれぞれの急な変化に若干戸惑い ﹁みんな、か⋮⋮﹂ 1504 ? 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1505 ヤッバーこれもっと着合い入れないとオレやばいパターンだわーと、思わず頬をひく つかせる。 とりあえずは、早く来い来い夏休み。そうしたらガッツリ修行やと一夏は一人静かに 己に喝を入れるのであった。 ちなみに││ 期末試験全日程が終了した後の一組では、既に採点や集計の終わった学力考査の結果 が各人に返されていた。 気になる一夏の結果についてだが⋮⋮ 一般科目︵国語とか数学とか普通の高校でやるようなの︶ :並 of the 並、ど こまでも没個性、凡庸、存在感がミスディレクション 専門科目︵ISに関する各種理論とか諸々︶ :順位はお察しレベル、姉からのコメント ﹂ ! レの中の良い女の人リストぶっちぎりトップだわー﹂などと言ったせいで﹁織斑一夏、ま た一夏が、本人は純粋な感謝のつもりだったのだが﹁山田先生マジサイコーだわー。オ かけっこを繰り広げたり、一しきりの騒ぎが落ち着いた後、再び燃え尽きモードに入っ まった鈴が、その点数に思わず爆笑したところ、割と本気で切れた一夏との壮絶な追い 他にも、たまたま一組に突撃をかまし、偶然にも一夏のIS関連科目の点数を見てし などと奇声を上げている姿が目撃されたとかされてないとか。 知った一夏は結果の書かれた紙を天に掲げて﹁あんめいぞぉぉ、ぐろぉおりぁああす 特に職員室で裏話のような内容の会話があったことなど露とも知らず、補習回避を このような感じになっている。 間で認識されていたりする。そのくらい特にIS関連科目がアレだった。 裏話:一夏の補習回避が確定した時点で今年は補習受講者はほぼ無いものと教師陣の 構ギリギリ︶ 結果:一部順位こそアレだったけど、何だかんだで補習のボーダーはクリア︵でも結 総合:上中下なら間違いなく下 ﹁馬鹿でもISで戦える。だが、馬鹿では勝てん﹂ 1506 第三十九話 テストが嫌なのは学生の普遍的共通意識だと思う。異論は認めぬ 1507 さかの教師ルート突入か る。 ﹂などという噂がまことしやかに囁かれたりするなどあった が、いずれにせよ無事に彼らの一学期は幕を閉じ、夏休みが始まることとなったのであ !? 第四十話 のワの︿夏休みですよ、夏休み 後のHRを行うのみだ。 夏休みの過ごし方云々の講釈、そして集会がお開きとなれば後は各教室で終業前学期最 生徒会長といった学園の顔たる面々からの話の後に学園側から生徒に向けての、正しい 終業式の日は通常の一限目にあたる時間に講堂で全校の集会が行われる。学園長や 公立、それ以外の私立問わず他の日本の一般的な高校のソレと同じだ。 に存在する教育機関ということもあり、学校としての基本的な運営の流れは文科省下の 生徒の多様性や扱うカリキュラムその他諸々、色々と特殊な点は多いが日本国領域内 七月も終わりが差し迫ったころ、IS学園は全校で一学期の終業式を迎えていた。 ! やらを眺めていたり、近くの席の者と小声で会話をしていたりするものだが、このクラ これが普通の学校であれば教師の話なぞなんのその、各々配られたプリントやら課題 一年一組では担任の千冬がこのようにしてHR最後の言葉を締め括る。 休暇を過ごすように﹂ 分がIS学園の生徒であるということを忘れず、その肩書に見合う行動の上で有意義な ﹁これで本学期は終了だ。親元に一度戻る者、学園に留まる者、色々居ると思うが全員自 1508 スに限ってはそのようなことはない。それがクラス全体の意識の高さによるものか、そ れとも単に担任がそのような行動を取るにリスクが高すぎる相手だからか、どうなのか は定かではないが雰囲気としての統制が取れている分だけHRはつつがなく進行をし ていった。 がやれ﹂ ﹁ではこれでHRを終わりにするが、そうだな。クラス委員、折角だ。最後の締めはお前 教壇に立つ千冬はすぐ目の前の実弟に言う。姉兼教師である千冬の言葉に言われた ﹂ 当人、一夏も特に異論はないのか素直に応じて席を立ち教壇に立つ。 ? 個人はこのクラスの皆が、まぁ好きだね。良い友達、良い競い相手だ。競い相手云々に け加えておくとだ、男女の色沙汰あれやこれは完全に考えないものとして、オレという うして改めて皆を見回すと中々どうして感慨深いものがある。誤解を避けるために付 ﹁え∼、というわけで締めの挨拶を任されることになったわけだが⋮⋮何だろうね。こ 中を見渡し、そして口を開いた。 夏に纏めて任せることにする。姉の言葉を受けた一夏はでは、と軽く咳払いをして教室 学期終わりということもあり千冬もとやかく言うつもりはないのか、好きにしろと一 ﹁あぁ、よほど変なものでなければ自由にして構わん﹂ ﹁先生、とりあえず締めれば良くって、口上は何でもOK 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! 1509 ついては純粋にISの実機だけの方な 学力の方は自分でも認めるくらいにお察し 無い、よくあるジョークの一つとそれに対する適切な返しである。 軽く自虐の入った言葉に教室のそこかしこから小さく笑いが起こる。なんてことは なんだから。そこばかりは比べられると流石にへこむ﹂ ? とある。実のところ、結構これからに期待もしてる。 ? んなのもう気配がそう言ってるよ。武術家舐めんな。というわけで、そんな風 あー、リアーデ。分かった、いい加減話締めよう。え ? そして最後の準備を終えた一夏は再度クラス全体を見回すと、スゥと息を吸い込んで に真剣な眼差しで見つめている。 そこで一夏は一度言葉を切って数度咳払いをする。その姿をクラスメイト達は一様 と休みの始まりを宣言させて頂く﹂ その後に、今まで通りにやっていこう。というわけで、最後にオレの方から学校の終了 に有意義な学校生活だったわけだが、ここでいったん休憩タイムだ。とりあえずはまた たか 言ってないのに何で分かっ ろがなんと、まだ一年の一学期だ。あと一年は三分の二は残ってて、その後に二年三年 もオレはこの学園に来たことは間違いなくオレにとって良いことだって言える。とこ は初めてだ。ぶっ飛んだ大騒ぎからここに来て、来てからも色々とあったけど、それで ﹁正直、小中合わせて九年、義務教育を受けてきた中でクラス全体にこんな風に思えたの 1510 夏休みの始まりだーー ッシャオラァァァアア ﹂ !! 声を張り上げた。 ﹁お前らーー ﹄ !! するという者で構成されている。 して後者の慌ただしい方に属するのは、基本的に日本国外出身者で夏休み早々に帰郷を 片やのんびりと行動をする者、片や慌ただしく行動をする者、この二パターンだ。そ けるスタンダードだった。 休み開始直後における生徒の行動パターンは概ね二つに分けられるのがIS学園にお HRの終了に伴い夏休みに突入した生徒たちは各人自由行動となる。そしてこの夏 S学園一年一組は本年度の一学期を終え、夏休みへと突入したのであった。 高らかな宣言に続き一組全体がそれに同調するように盛り上がる。これを持ってI ﹃イエェェェェェェエエイ !! !! りの日となっている。 国する生徒は予め飛行機のチケットの手配を学園側に申請しており、今日がその受け取 動きざわめく生徒たちの喧騒の中でも良く通る声で千冬が指示を飛ばす。母国へ帰 ろ﹂ ﹁帰 国 を す る 生 徒 は 二 時 半 に 教 務 部 に 向 か え。そ こ で 各 人 飛 行 機 の チ ケ ッ ト を 受 領 し 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! 1511 いつごろ帰国するのかはまた生徒個々人によって異なるが、早い者になると二、三日 以内には帰国の途につかねばならず、そうでなくても諸々の荷物の整理などもあるので せわしなく動くことを余儀なくされる。 正直││わたくしちょっと今キレたいくらい忙しい ! あ、いや、篠ノ之さんに非は無くって、むしろ早く戻って来いと無茶をふっ ! ﹂ ! いた。 コ ク ニ ﹁結局、暇こいてんのは日本が故郷ってやつだけなんだろうよ。他の教室もそうだった コ を向けてみれば、二人も箒の視線に気づくと申し訳なさそうにしながら首を横に振って セシリアがこの有り様なのだからもしやなどと思いつつ、シャルロットとラウラに目 みるものの、こんな具合に忙しさを理由に断られる。 特に火急の要件も無いためとりあえずは昼食を取ろうとした箒はセシリアを誘って ﹁あー、うん。それなら仕方ないな﹂ いですわー かけてくる本国の担当官に書面一杯の文句は多々あるのですが││とにかく申し訳な んですの ﹁申し訳ありません篠ノ之さん ﹁オルコット、もし良ければ一緒に昼食でも││﹂ 1512 けど、外国組は程度に差はあるけど、皆忙しそうだったし﹂ ﹁やはりそうなるか。いや、致し方のないことなのかもしれないな﹂ テーブル席について和食の昼食セットを食べながら一夏と箒はどこか悟ったような 様子で言葉を交わす。 セシリアに断られ、シャルロットとラウラも無理と分かった箒は一夏を始めとして、 他のクラスメイト達にも一緒に昼食をどうかと声を掛けたのだが、結局承諾してもらえ たのは日本人ばかりという結果だった。例外と言えば話を聞きつけて至極当たり前の ように入り込んできた鈴くらいなものである。 コッ チ 半ば呆れ気味な一夏を鈴は涼しい顔で流す。 ﹁それで良いのかよ、中国代表候補﹂ ﹂ いや、あたしはそこまで急かされちゃいないし、それに居なきゃいけ ? ない時以外は中国じゃなくてずっと日本に居るつもりよ ムコウ ? ﹁べっつにー ぶっちゃけあたしにとっちゃ日本の方が故郷って感じだし。あたしが ? ﹁あー、あたし 言われてるみたいだけど﹂ ﹁というか鈴、お前は良いのかよ なんか候補生はどいつも国からはよ戻れ的なこと 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! 1513 し。それが落ち着けばお母さんだってまた日本に戻る気満々よ﹂ お母さんと一緒に中国に戻ったのだってお母さんの実家でちょっとごたついたからだ ? ﹁お前、セシリアとはまるで真逆だな。国へのあれこれとかまるで感じないわ﹂ それ ? ﹂ ? ﹁休みねぇ。やっぱり、みんな実家に帰るの ﹂ 気楽な調子で言う鈴に一夏はふむ、と顎に手をやる。 ﹁ま、折角の休みなんだから気楽にやらせてもらうわよ﹂ 集まった面子に講釈するような形で鈴は言葉を締める。 徒が集まっている。そしてこの中で正式な国家代表候補生であるのは鈴のみだからか、 大きめのテーブル席には一夏に箒、鈴以外にも一組の日本出身者を中心に何人かの生 要なんてどこにもないわ﹂ 必要最低限、まぁサービス精神でちょいプラスしても良いけど、自分を全部差し出す必 い、立場や肩書なんてね、まず自分のために使うもんよ。向こうに還元してやることは え方とか見る面接だってあるけど、あんなの猫被ればいいだけの話よ。覚えときなさ ﹁いーのよ。基本腕さえありゃ何とかなるし。そりゃあ、候補生の選抜にはそういう考 箒もやや困惑気味な表情を浮かべているが、鈴は何も問題は無いと胸を張る。 ﹁何というか、候補生がそれというのは大丈夫なのかな しの将来の決定事項。少なくとも、骨は日本に埋めときたいのよ﹂ に、どれくらい先になるか分かんないけど、IS引退したら即日本にゴーよ。これあた ﹁だってそこまでする義理ないし。最低限の義務はやるけど、それ以上はねぇ 1514 ? ﹂ ﹁そりゃあ⋮⋮﹂ ﹁ねぇ⋮⋮ た、清香とは異なりどこか恍惚とした表情で口を開く。 そう言いながら腕を組み、祖父母の作る味に想いを馳せる相川清香の横で神楽もま だよねー﹂ ﹁んー、私は田舎のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家に行くかなー。野菜が美味しいん す。 投げ掛けられた問いに集まった面々はそうなるだろうと言うニュアンスの返事を返 ? ﹂ ? ﹁しかし夏休みなぁ。まぁオレもオレで色々予定はあるけどさぁ﹂ 分はあれこれをするだのと、各々思い思いに夏休みの計画を語り合う。 そして二人が休みの予定を話し出したのを皮切りに、自分はどこそこに行くだの、自 と、日頃学食でラーメンを食べている神楽の姿を思い出しつつ一夏は思う。 キッパリと断言する神楽に、こいつお嬢っぽい雰囲気の割にラーメン大好きだよなー ﹁もちろん、らぁめんです﹂ ﹁ちなみに四十院、一番食べたいのは 介される美味なる物の数々、その味を、食感を、直に確かめずにはいられません﹂ ﹁わたくしは、実は各地の名店を回りたいと思っておりまして。テレビや雑誌などで紹 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! 1515 ﹁そういえばHRが終わってから千冬さんに何やら書類を貰っていたが││﹂ あぁそうそれだよ。外出届の諸々の書類一式。よう読んで名前書いとけだと。 ﹁なぁ一夏、しかしだぞ やはり書類が多いとは思わないか ﹂ 事前に受け取っているため、その気持ちは十分に理解できるものだった。 一夏ほどではないが、箒も外出に関しての申請はしているためそこそこの量の書類を 筒を思い出して一夏はゲンナリ顔をする。 持たされた瞬間にズッシリとした重みを両手に伝えてきた書類の束が収められた封 割と散発的に、家に帰ったりあっちやこっちに行ったりするからな﹂ ﹁ん ? ? ﹂ ? ? ﹁なんで男のIS乗りオレだけなんだよ。もっと出て来いよ。あと一万人くらい出て来 ない気持ちになる。 る。そしてその理由が一夏も箒も十二分なくらいに分かっているために余計やり切れ し両方の意味で取ることができるが、この場合においては間違いなく後者が当てはま だよねーと悟ったような顔で二人は揃って肩を落とす。特別扱いというのは良し悪 ﹁つまり⋮⋮オレらが普通じゃないということか﹂ ﹁いや、普通はないだろう。普通は﹂ 普通 ﹁だよな オレもそう思う。つーか、たかが外出外泊程度であそこまで書かされるか ? 1516 いよ。そしたらオレは男の乗り手その一程度で済むのに﹂ ﹁早々そんな都合の良いことがあるとは限らんが⋮⋮しかしそれで済むだけお前はまだ マシだよ。私の場合なんて、誰かに代われるようなものじゃないからなぁ﹂ ﹁血の繋がりは選べないなんてよく言うからなぁ﹂ しては少々文句は言いたい﹂ ﹁紅椿の件については感謝もしているが⋮⋮いやしかしなぁ、流石にこういうことに関 二人揃って仲良くため息を吐く。お互い難儀な境遇なものだと昼食を食べながら慰 めの言葉を掛けあう。 ﹁いやだって、例えばあんたが普通に高校に進学したとするわよ ? えてくる鈴に一夏は何も言わない。 それで、よ。正直そ 漫画にするならタイトルは﹁世紀末不良伝 一夏﹂なんてとこかしら、などと付け加 うにしながら﹂ 暴れるんじゃないの それも数馬あたりと手を組んで周りにはちっともばれないよ が忙しくて家に中々いないのはあたしも知ってるけど、それをいいことにあんただいぶ こで大人しく良い子ちゃんな学生やってるあんたなんて想像できないのよ。千冬さん ? そう話に入ってきた鈴にどういうことかと一夏は問う。 ﹁けどあたしは一夏、あんたがココに来たのはそう悪いことじゃないと思うわよ﹂ 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! 1517 それを見て箒が一夏の気に障ったのかもしれないと鈴を諌めるような声を掛けるが、 この時の一夏の内心は箒が予想した憤りとはまるで違うものだった。 ? ? 実際にやらかしてしまっていた中学時代の﹁どういうわけだかガラの悪いお兄さんた だろう。 いたセルフの緑茶を啜る。とりあえず予想されている程度で済むなら何も問題はない そんな風に声を掛けてきた箒を尻目に一夏はズズ、とプラスチックの湯呑に入れてお あぁ、うん﹂ よ ﹂ ﹁え ? ﹁おい一夏 凰も悪気があるわけじゃないんだから、あまり目くじらは立ててやるな ばそこまで思い至ったとしてもどうこうなるというわけでもない。 には至っていない。そこまで考えを進めさせなければいいだけの話だ。それに、よしん もっとも、今の段階ではまだそうなるのではと予想しているだけであり、事実の確信 る。以前 ラと流れている。つくづく察しが良いと幼馴染の慧眼に感心しつつ内心で舌打ちもす 先ほどの鈴の例えではないが、これが漫画なら今の一夏の後頭部には冷や汗がダラダ ているという事実︶ ︵ヤッベー、無茶苦茶当たってるよドンピシャだよ。ていうか、既に中学時代にやらかし 1518 ちに絡まれることが多くてその都度正当防衛をちょこっとやりすぎちゃったぞテヘペ ロッ☆事案﹂については既に地元でも過去に埋没した出来事だ。気にすることは何もな い。真相を知るのは実行犯である自分、共犯者の数馬、そしてそのことを打ち明けた弾 のみだ。隠蔽は抜かりない。姉ですら感づいていないのだ。何も問題は無い。 いってことよ。あたしも、あんたが居る分には張り合いが出るってものだしね﹂ ﹁話を戻すけど、まぁ結局あんたがこの学園に来たのは決して悪いことばかりじゃあ無 ﹂ ? ? 合おうとする姿を嬉しく思っている笑顔だった。 笑を浮かべる。からかいなどと言った無粋な感情は一切無い、純粋に二人の互いに高め 自然と互いに拳を作り、気合を入れるように軽く打ち合わせる二人を見て、一夏は微 ﹁モチOKに決まってるじゃない。二人でこの剣キチ、はっ倒すわよ﹂ るとやはりな﹂ ﹁凰、私も付き合っても構わないか 剣の方は部の先輩方にお世話になるが、ISとな 明けたらギャフンと言わしてやるわ﹂ ﹁良いわよ見てなさいよ、夏休みはアリーナの予約取り巻くってバンバン練習して、休み ﹁はいはいそうでござるますね﹂ ﹁うっさい。あんたがおかしいだけよ。あたしは至って候補生としてスタンダードよ﹂ ﹁ま、確かに。近接戦でオレに優位に立てたこと無いものなぁ、中国候補生 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! 1519 ﹁あん なにニコニコしてんのよ ﹂ ? 何気なく一夏の方を見た鈴が嬉しそうな笑みを浮かべている一夏に首を傾げる。 ? あぁ、やっぱり武は良いよ。それが面白いところだ﹂ ? ﹂ ﹁あ、そうだ篠ノ之さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど良い ﹁どうかしたのか ? て本当 ﹂ ﹁あのね、ちょっと小耳に挟んだんだけど、篠ノ之さんの実家が結構近いところの神社っ 割って入ってきたことにも特に気にせずに応答をする。 会 話 に 入 り 込 む よ う に し て 箒 に 質 問 を し て き た の は 谷 本 癒 子 だ。し か し 箒 は 話 に ? ﹂ 剣道家としてその心境に通じるものを感じるのか、同意するように頷く。 噛み締めるように語る一夏の姿に箒は何かを思う様に僅かに言葉を止めるが、やがて ﹁⋮⋮確かに、そういう見方もできるな。一理ある﹂ 合うことができるんだぞ 例えば試合の時に互いに敵として戦って、勝つか負けるかしかない。なのに互いに高め 楽しいし、それがあるからオレも自分の鍛錬に張り合いが出てくる。考えてもみろよ、 ﹁いやいや、良いなぁと思ってさ。お前らがそうやって頑張って強くなる様を見るのは 1520 ? ﹁あぁ、そうだ。学園直通モノレール、その本土側の駅だな。その市にある神社、 ﹃篠ノ 之神社﹄が私の実家だ。元々は私の一家が住んでいたが、今では親類が管理をしていて 宮司も別の場所から赴任してきた人に任せている状況だが﹂ ﹁ちなみにオレの家も同じ市内、てか結構近くだったりする。ついでに鈴が中国に戻る 前の家の中華屋もな。あとはオレのダチ二人の家もそうだ。思いのほかニアミスして るな。案外、いつもの三人に箒と鈴を入れた五人でツルむ、なんてものあったかもしれ ん﹂ 改めて思ってみれば中々に面白い偶然が重なっているものだと一夏は感心するよう にひとりごちる。 確かいつごろの開催だったか﹂ ? だったらしく、横から一夏が手助けを入れる。 身 の 上 の 事 情 に よ り 長 く 地 元 を 離 れ て い た 箒 は 流 石 に 詳 細 ま で は 記 憶 が お ぼ ろ げ ﹁八月の半ばだろ。オレは毎年通ってたからな﹂ いるという形だったな。む ﹁確か、元々の祭りの主催は地域の自治体で、神社の方はそのためのスペースを提供して そういえばそんなものもあったと、思い出すように箒はポンと手を叩く。 ﹁あぁ、確かにやっているな﹂ ﹁それでね、その篠ノ之さんの実家の神社で夏にお祭りやってるって聞いたんだけど﹂ 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! 1521 ﹁そのお祭りなんだけどね、私も行ってみようかなーって思うんだ。他にも何人か興味 がある子はいるみたいなんだけど﹂ ﹂ ? しみじみと言う箒の言葉には誰もが同意するように頷く。 ﹁しかし夏祭りか。やはり日本の夏の風物詩と言うべきだな。良いものだよ﹂ ことが分かっていればそれで良いかとそこで納得する。 るようなものでもないとも思っているため、とりあえず同じように祭りに出向くという 同士の付き合いのあれやこれがあり、結局叶うことは無かった。もっとも、そこまで拘 鈴としてはそこに加わりたい気持ちはあったのだが、そこはやはり年頃の女子。女子 把握した。つまり一夏は例によっていつもの三人で祭りに出向くということだ。 傍らで一夏と鈴がそんなやり取りをする。ごく短いものだが、それだけで鈴は凡そを ﹁やっぱりね﹂ ﹁いつも通りだ﹂ ﹁一夏、あんたはどうすんの ろう。故にそこへ行きたいという級友の言葉に箒は顔を綻ばせる。 やはり実家で行われていた催し物というだけあり、それなりに思い入れもあったのだ くれ。やはり祭りは人が集まってこそだ﹂ ﹁そうか、それはありがたい。私が言うのも何だか妙な感じだが、歓迎するよ。是非来て 1522 ﹁春ならお花見、夏ならお祭り、秋は⋮⋮まぁ色々あるよね。で、冬にはクリスマスとか お正月。いや∼、日本人で良かったわ∼﹂ 季節ごとの象徴とも言える行事、それを指折り数えながら癒子が満足満足と顔を綻ば せる。 な﹂ ﹁まぁ日本人の場合、イベントにかこつけて騒ぎたいってのが多いのかもしれないけど 前々から言われてることだけど、と補足を付け加えながら一夏が苦笑と共に言う。そ こはそれ、楽しければ良いという癒子に一夏はそれもそうかとさらに苦笑する。 ﹂ ﹁ク リ ス マ ス か ぁ。冬 休 み に な っ た ら 寮 で ク リ ス マ ス パ ー テ ィ ー と か で き な い か な ぁ 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! る。 何気なく発せられた静寐の言葉にルームメイトでもある箒がどうだろうと首を傾げ ? 外国の宗教にそこまで明るいわけでもないが、西洋の方の出身の者たちは特にその辺 ではと思うよ。 家もそうだろう。私もその案には賛成だが、やはり皆まずは家族との時間を優先するの たが、それでも家族で少し豪華な食事をというくらいはあったからな。それは他の皆の ﹁私の家は、知っての通り神社だからクリスマスにそこまで盛大にということは無かっ 1523 りに関してはしっかりと考えていそうだし﹂ うことも多々あったものだ。 の手の会に呼ばれたりだとかで一晩中帰って来ず、明け方に酔いながら帰ってくるとい 特に顕著なのが千冬が成人を迎えてからで、クリスマスだ何だと祝い事の時節にはそ 手となったために姉弟二人でクリスマスをということもほとんど無くなった。 それとほぼ同時に千冬がIS乗りとして一気に頭角を現し、一躍日本を代表する乗り 走になったりもしたが、その後は当然そんなことはない。 箒と一度離れ離れになるまでは篠ノ之家に御呼ばれをして、共に少し豪華な夕食を馳 自分にはそのような記憶がロクになかった。 実際、クリスマスは家族で過ごすものなのだろう。だがよくよく思い返してみると、 そんな女子トークを横で聞きながら一夏は無言で己の過去を振り返っていた。 ︵クリスマス、かぁ⋮⋮︶ フォローするような箒に静寐もそれもそうかと納得し一区切りを付ける。 改めて考えれば良いさ﹂ ﹁そこまで深く考える必要もないと思うよ。まだ先の話なんだ。その時になって、また るからやっぱり皆帰っちゃうか﹂ ﹁確かにね。う∼ん、となると寮に残ってる人だけでとか││あぁでも、年越しとかもあ 1524 別にそのことについて恨み言を言うつもりは微塵たりとも無い。それが姉の仕事な のだ。むしろ一夏はクリスマスなどに一緒に過ごせないことを詫びながら中々家を出 ようとしない千冬に、﹁仕事なんだから早く行け﹂と追い立てる側だったくらいだ。 今 年 は ど う な る や ら と 思 い つ つ、こ う し て 振 り 返 る と そ れ は そ れ で 良 い 思 い 出 だ。 もっとも、良い思い出と思えるからと言って誰かに話すつもりはない。こんな話など聞 いても誰も良い気分になどなりはしない。それに、話せない理由だってある。 オトコ ! あった千冬のアルコール群からも幾つか胃袋に収めたぐらいだ。 のを用意して派手にやった飲み食い。その時はさらに調子にのり、大量にストックが 会場提供を一夏、料理提供を弾、そして全経費を数馬という分担で高い肉だのなんだ の陣∼﹄、ガチでアルコール入れたもんなぁ︶ ︵懐かしいなぁ。﹃飲め食え騒げ、 漢のクリスマス・ザ・パーリィ ∼ボンバイエ 冬 クリスマスだ。 オで速攻お断りし、自身の家で派手にやったこと数知れず。特にはしゃいだのは中二の 折角なんだからクラスメイト達と集まらないかという鈴の誘いを三人揃ってステレ 二人を招いて何度馬鹿騒ぎをしたことか。 そう、あれは中学に入って弾や数馬と知り合ってからだ。姉が留守なのを良いことに ︵ちょっと⋮⋮ハジけ過ぎちゃったもんなぁ⋮⋮︶ 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! 1525 ※未成年者の飲酒は法律で禁止されています。本作は決してそのような行為を推奨 するものではありません。また、成人年齢に達していても飲酒は適度に行いましょう。 調子ぶっこいて派手に飲み、ついでにおつまみパクパクしてるとあっという間に腹に肉 がつきます︵迫真 そしてその時は更なるハプニングとして、一しきり飲み食いし終えた後に三人揃って 会場の織斑邸居間で寝ていた時に千冬が帰ってきたことだ。仕事の夕食会で結構な量 を飲んだらしい千冬も派手に酔っており、そのまま三人に混ざって居間で寝ていた、と いうのが一夏の推測だ。 なぜ推測なのかは、その瞬間を誰も見ておらず起きた時の状況しか分からなかったか らである。ちなみにその際、酔って寝ていた千冬はいつの間にか寝ながら数馬に横四方 固めを極めており、起きた一夏が目の当たりにしたのは顔を青ざめさせながら苦悶の呻 きを漏らしピクピクと震える数馬の姿だったりする。 慌てて弾を起こし、数馬を救出してから三人で千冬が寝こけている間に証拠隠滅の徹 底に奔走したのも、今となっては良い思い出である。ついでにそれ以来、数馬は微妙に 千冬を苦手とするようにもなっている。 そんな過去を振り返りながら茶を一口。夏休みの予定の中には一度家に戻って掃除 ︵流石にその時はガチで焦ったけどなぁ︶ 1526 など家の手入れをすることもある。折角だからその時に二人を読んで軽く飲み食いで もしようかと思いつく。 そうこうしている内に昼食を終えた者が一人、また一人と席を立っていく。日本国外 への帰省組で無くとも、彼女らとて帰省する以上はそれなりに準備に追われることにな る。 そのために昼食を終えたら誰もが簡単な挨拶と共に食堂を去って行った。 ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ﹁あぁ。聞けば夏休みが始まってしばらくは二人とも学園に残ると言う。その間、基本 ﹁箒は、今日も先輩たちとやるのか 食器を返却口に返し食堂を出ると二人はこの後の予定を話し合う。 ﹁私も似たようなものだよ﹂ 何かしら鍛錬でもするかな。箒は ﹁そうだな。食休みがてらに何時でも家に戻れるように荷物の整理とかして、そしたら ﹁一夏、お前はこの後はどうする まだ食事を終えていない鈴に軽く挨拶をすると席を離れていく。 食べ終えた食器一式を持って席を立つ一夏に続いて箒も席を立つ。そのまま二人は ﹁私もそうしよう。午後には少し予定があるからな﹂ ﹁よし、じゃあオレもそろそろ行くかな﹂ 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! 1527 ﹂ 的に練習は毎日するらしくてな。主に沖田先輩がだが、一緒にどうかと誘ってくれたん だ。だから厚意に甘えることにしたよ﹂ ﹁そうか、そりゃ良かったな。⋮⋮なぁ、オレには声が掛からないの ﹁あぁ、それか﹂ るのも悪いと﹂ お前にそのつもりがあるなら私の方から話は通しておくが ﹁そっか。なんか気遣ってもらって悪いな﹂ ﹁どうする ﹁そうだな。ちとスケジュールの確認をしてからだな。それでもいいかな ﹂ ? が分かれる場所でもある。 そこで二人は寮の廊下の一角で立ち止まる。行先が分かれているそこは同時に二人 ? ? ﹁あぁ、多分大丈夫だろう﹂ ﹂ 前の鍛錬が剣だけで無いのは二人も知っているし、無理に自分たちの都合に付き合わせ ﹁私もそのことは提案したのだが、斎藤先輩が一夏には一夏の都合があるから、とな。お いし、むしろ他の上級生と比較したらそこそこに付き合いはある方である。 一夏は軽く疑問に思ったのだ。斎藤初音と沖田司、どちらも一夏とは知らない仲では無 内でも高いクロスレンジでの格闘戦の腕前を持つ自分にまるで声が掛からないことに 箒を誘うのは別に一向に構わない。ただ、驕るつもりは無いが明確な自負として学園 ? 1528 ﹁じゃあ、またな﹂ ﹁あぁ、それじゃあ﹂ そう軽く言葉を交わして二人は各々の部屋に戻っていく。 テッテッテー♪ テッテッテテー♪ テッテッテー♪ テッテッテテー、テッ♪ 軽い振動と共に一夏のズボンからリズミカルなメロディが流れる。すぐに携帯の着 信だと分かった一夏は素早くズボンから取り出すと相手を確認する。 ﹂ ﹁もしもし、織斑です﹂ ︶ ﹃あぁ、織斑さん。お忙しいところ申し訳ありません﹄ ﹂ ﹁いえ、ちょうど今日で終業式ですし、今はむしろ暇ですけど。どうかしたんですか また白式関係とか ? ﹂ いやでも、テスト前にいっぺんオーバーホールしたばっ かだし。夏休み中のアポとかかな ? そんな要件の予想を立てながら一夏は着信ボタンを押して通話に入る。 ? ︵なんだろ。白式のことか 画面に表示された発信者は白式関係でもはやお馴染みの川崎である。 ? ﹃いえ、それはまた追々ということになるのですが、今回は少々別件でして﹄ ﹁別件 ? ? ﹁川崎さん 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! 1529 川 崎 と 話 す な り 会 う な り す る 時 は 基 本 的 に 白 式 絡 み と い う の が 今 ま で の パ タ ー ン だった。それも向こうの要件によるものがほとんど。だが今回はその向こうから明確 に違うと言ってきた。 今までにないパターンに一夏の興味は一気に川崎の話へと向く。 い楽しみを見つけた子供のようなものだった。 さてどうしようかなぁと一夏は歩きながら呟く。心なしかその足取りは、まるで新し ﹁ふっ、これは少しばかり面白いことになりそうじゃないか﹂ その後に二言三言会話をしてから一夏は電話を切る。 ﹃助かります﹄ 頂きますよ﹂ ﹁分かりました。どこまでお力添えになるかは分かりませんが、えぇ。お手伝いさせて 口元には面白げな微笑を浮かべつつも目にはやや鋭い光が宿っていた。 そうして一通り話を聞き終えた頃、一夏の表情は電話の前とは様変わりをしており、 いていく。 そうして川崎が話す内容を一夏はふんふんとそこかしこで軽く相槌を打ちながら聞 ﹃実はですね、少々織斑さんにお願いしたいことがありまして││﹄ 1530 第四十話 のワの〈夏休みですよ、夏休み! 1531 かくして、IS学園全生徒のそれぞれの夏休みがこうして始まっていくのであった。 第四十一話:夏休み小話集 ラウラ・ボーデヴィッヒの帰国 同じドイツ国内でも目的の空港がベルリンだったりミュンヘンだったりと違う場合 て同じ飛行機に乗っているわけである。 つまり、今回のラウラの場合は同じ時期にフランクフルト国際空港へ行く生徒が纏め 殆どである。 や、最終的な目的の空港が違う場合などを除いて国ごとに同じ飛行機で帰郷することが ちなみに、IS学園の夏休みに伴う帰国者は基本的にスケジュールに違いがあること 同じ飛行機に乗って帰国した同郷の学友たちに別れを告げてからラウラも歩き出す。 ﹁うむ、お前たちも壮健でな。また休み明けに、だ﹂ ﹁ボーデヴィッヒさん、またね﹂ た。言わずもがな、ラウラ・ボーデヴィッヒである。 八月の頭、ドイツ最大の空港であるフランクフルト国際空港に一人の少女が降り立っ ﹁ふぅ、ようやくか⋮⋮﹂ 1532 もあるが、その場合はそこへ行く便に対象となる生徒が纏められる形になる。 さらに捕捉すればこれはドイツに限らず、例えばシャルロットは目的地がフランスの シャルル・ド・ゴール国際空港なのだが、ラウラ同様に同時期に目的の空港を同じくす る同郷の生徒と便が同じであり、目的の空港が別の空港の生徒はそれはそれで同じ便で 纏められている。セシリアのようなイギリス組もまた同様だ。 ﹁さて、急ぐか﹂ 学友たちと別れて一人になった所でラウラは歩く速さを上げる。この後ラウラは用 意された迎えによって原隊、ドイツ連邦空軍所属の﹁黒ウサギ部隊﹂に戻る。 事前に飛行機の到着予定時刻は伝えてあり、迎えに出向くのも部隊の仲間だ。万が一 の事態でもない限り予定に狂いが生じるということは無い。そしてそのような連絡も ないことから、既に迎えは空港に到着しているだろう。待たせるわけにもいかない。 ゲートを通り預けていた荷物を受け取ってからラウラは空港内を見渡す。そしてあ る一角で目を止めると、その方へ向かって歩いていく。向かう先に居る人物もラウラの 存在に気付いたのか、ラウラの方に向き直ると背筋を伸ばし居住まいを正して彼女を待 つ。 ﹁お帰りなさいませ、ボーデヴィッヒ中尉﹂ ﹁出迎えご苦労、ハルフォーフ少尉﹂ 第四十一話:夏休み小話集 1533 短い敬礼を互いに交わし再会の挨拶をする。ラウラを迎えたのは真耶と同じ年くら いの女性と、その一歩後ろに下がった所で控える少女だ。 女性の名はクラリッサ・ハルフォーフ。ドイツ軍少尉であり、ラウラの原隊において はラウラが指揮する部隊の副隊長として敏腕を奮う才媛だ。後ろに控える少女はクラ リッサと同じくラウラの部下である。 二人とも、公共の場で目立つことをさけるためかラウラ同様に軍服ではなく、簡素な 私服に身を包んでいるが、同時に左目を眼帯で封じているのもラウラと同じだ。 ﹂ ? 受けましたが、仔細は後ほど報告書をお渡ししますのでその際に。それ以外は特筆すべ い我々部隊は潔白の証明を得られました。上の方で数人、関与が疑われた幹部が処分を が黒ウサギを始めとした関係各所に政府、国連の委員会などの査察が入りましたが、幸 ﹁過日のIS学園におけるトーナメントにおいて発生したレーゲンの事故について、我 ﹁クラリッサ、私の出向中に何か変わりは ロータリーで控えていた車に乗り込むと、車はすぐに目的の基地へ向けて走り出した。 言 う や 否 や ク ラ リ ッ サ が 先 導 す る 形 で 三 人 は 歩 き 出 す。そ し て 空 港 を 出 て す ぐ の ﹁うむ。久方ぶりだからな。私も早く皆に会いたいものだ﹂ しています﹂ ﹁お車を用意してあります。早速参りましょう。部隊の者たちも隊長の帰還を心待ちに 1534 き点はありません。隊員一同、部隊の名に恥じぬよう日々精進を続けております﹂ ﹁そうか、それは結構だ。││トーナメントの件はすまなかった。優勝はおろか、初戦で の脱落となってしまった。これではとても示しが付かんな﹂ 顔を伏せて寂しげな表情と共に詫びの言葉を述べるラウラにクラリッサは首を横に 振る。 ﹁お 気 に な さ る こ と は あ り ま せ ん。隊 長 は ま だ お 若 い。ま だ ま だ 道 は 続 い て い る の で す。その中で勝つこともあれば負けることもある。その経験を糧として、先へ活かすこ とができたのであれば、その負けは決して悪いものにはならないでしょう﹂ の面で年長者としての彼女を頼っている。本当にいい仲間に恵まれたとラウラは小さ それはラウラも同じであり、唯一クラリッサよりも上の立場にあるが、それでも多く けでなく、公私にわたり頼りになる姉のような存在として慕っている。 の中にあってクラリッサは最年長であり、部隊の隊員たちはクラリッサを上官としてだ ラウラが指揮する部隊はほぼラウラを含めほぼ全員が若年層で構成されている。そ ラリッサは大きな存在と思っている。 ラリッサ、上官とその部下という間柄にあるが、ラウラにとっては単純な部下以上にク 優しく諭すような部下の言葉はラウラにとってありがたいものだった。ラウラとク ﹁そうだな、確かにその通りだよ﹂ 第四十一話:夏休み小話集 1535 く口元を緩めた。 ﹂ ? ﹂ ? 下さったデータより、 越 界 の 瞳の運用について隊内での練度向上に目下務めていると ヴォーダン・オージェ ﹁そうですね、劇的と言えるほどのものはありませんが、隊長が定期的に本部に提出して 発見などはあったか だろう。皆も知りたがっているだろうからな。クラリッサ、そちらの方では何か新しい ﹁色々と向こうのことについて話したいことはあるが、それは部隊に戻ってからで良い をしてこれたということが分かっただけで何よりだ。 いたのだが、この様子を見るにそれは杞憂だったらしい。良かったと、そう言える経験 そのラウラが単身で極東への留学をするとあって、内心では多少なりとも心配をして 眼帯の理由もあることから、クラリッサにとってラウラは特に気にかけていた。 ウラだが、年齢の差などもあって時には妹のように思うこともある。特に左目を封じる 満足げなラウラの言葉にクラリッサも顔を綻ばせる。彼女にとっての上官であるラ ﹁そうですか、それは何よりです﹂ 者は疑いようのない実力を備えている。私も良い刺激を受けるよ﹂ と同等と言うわけにはいかないが、それでも多くを学ばせてもらった。それに、一部の ﹁あぁ、良い場所だったよ。流石に訓練のレベルや所属する者の総合的な質の面で部隊 ﹁それで隊長、IS学園はいかがでしたか 1536 ころです。開発部の報告によると、このままデータが集まればより安全性の高い処置も 可能になると﹂ 言って眼帯に手を添えるラウラの姿にクラリッサは口を紡ぐ。施したナノマシンの ﹁そうか。それは実に結構なことだ。もう、私のような者は出してはならないからな﹂ 異常作動による能力評価の墜落、そしてそこから今のレベルまで持ち直すために這い上 がってきた様を間近で見てきたクラリッサはラウラの心中を察するが、すぐに心の内で 首を振る。 当時の彼女の辛さは当時の彼女しか知りえない。それをどれだけ推測しようが、初戦 ﹂ は推測。完全な解ではない。ならば、むしろ下手にあれこれと勝手に思わない方がラウ ラのためである。 ? うなラウラにクラリッサは怪訝な表情を浮かべる。 その言葉に一先ずは安堵と共に胸を撫で下ろす。だが未だに何かを考え込むかのよ ﹁具合は変わらずだよ。本当に、何もない﹂ うならば、すぐに対応をするつもりでもいる。 あれば既に報告をしているだろうが、直に確認をするということも必要だ。何かあるよ とはいえ、これくらいは聞いておかねばならない。もし何か更なる異常を感じたので ﹁して、隊長。その後、目のお具合はいかがですか 第四十一話:夏休み小話集 1537 ﹁隊長 ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? ﹁分かりました。それでは部隊に戻ってから隊員との比較試験と、それと念のための検 そこにいきなり機能の向上などが生じたとしても戸惑いしか感じないだろう。 のの、本来当然であるそれに稼働非稼働の部分での異常だけがあった状態だったのだ。 ラウラの考えも尤もだとクラリッサは頷く。基本的な機能は真っ当に働いているも いない。だから報告は保留にしておいたのだがな﹂ ただ、先ほども言ったがあくまで私の感覚でしかないし、私自身もよく把握しきれて 訓練の相手をしてもらっているが、そういう時は特に実感する。 織斑教官の弟だが今更説明は要らないか。あいつは中々に腕が立つからな。時々格闘 きない、あくまで私の感覚の上での話だが、間違いなく精度が上がっている。織斑一夏、 ﹁あぁ。とは言え、同じ﹁目﹂を持つ者が学園にいるわけでもないから他者との比較がで ﹁それは本当ですか だが、明らかに今までより精度が上がっているのだ﹂ ﹁うむ。平時からそうというわけではない。そうしようと意識を集中して初めてなるの ﹁と、言いますと 近少し変わったと言えば変わっていてな﹂ ﹁ん、あぁすまない。いや、問題というか、悪いと言うようなものは無いんだ。ただ、最 1538 査も行いましょう﹂ ﹁うむ、そうしてくれ﹂ クラリッサは手荷物のカバンからタブレット端末を取り出すと、戻ってからの予定に ラウラの目の事についての必要事項も加える。 ラウラが言った通り、部隊員全員が目の処置を施している黒ウサギ隊ならば調査は行 いやすいだろう。 ﹁ところでクラリッサ、そちらの方では目について何かあったか 分からないことも 多いが、折角機能が上がったのだ。役立てることは取り入れたい﹂ ? ﹁そうですね、取り立てて目立つようなことはありませんが、一つ。少々面白い発見はあ ﹂ りましたよ﹂ ? ﹁ほぅ。それで ﹂ 手側の足のバランスが崩れたらしく、それが転倒に繋がったらしいのです﹂ 握できなかたのですが、後ほど記録映像を見返してみたら、ちょうど切り返しにより相 同時に相手が足をもつれさせてその場に転倒しまして。その時は私も何があったか把 ﹁以前、眼を使用しても格闘訓練を行っていた時のことですが、私が動きを切り返したと 信頼する部下が面白いと語る発見、その内容にラウラは一気に興味を惹かれる。 ﹁ほう 第四十一話:夏休み小話集 1539 ? ﹁はい、調べてみたところ対人での接触や動きの切り返しの多い、サッカーやバスケット ヴォーダン・オージェ ボールなどの球技では稀に見られる現象らしいのですが、根幹をなすのがバランスの把 握と切り返しのタイミングを合わせることならば、 越 界 の 瞳によって意図的な誘発も 可能なのでは、という結論に検証した隊員と達しまして。目下、研究中であります﹂ これは良いことを聞いたとラウラは部下の発見に嬉しさを感じる。もしそれが可能 ﹁なるほど、それは興味深いな﹂ ﹂ になれば、格闘戦において大きな力となるだろう。そうすれば、一夏との格闘訓練も優 位に運べるかもしれない。 ﹁それで、その方法には何か名前はあるのか ﹂ ? させ、それを相手の頭を下げさせたように見立てての表現なのでしょう﹂ という意味で言った言葉が語源と推測されています。おそらくは強制的に相手を転倒 時の権力者が目下の者に自身の権威を示す叱責として﹃頭が高い﹄と、即ち頭を下げろ トクガワ、少々遡るとゲンジなどいわゆるサムライが政治の実権を握っていた時代に、 ﹁はい、何でも﹃ズガタカ﹄と言うそうです。語源として中世、日本ですと有名なオダや ﹁それは何なのだ ていく中でどうも日本では別の呼び方もあるということが分かりました﹂ ﹁はい。スポーツの用語としては﹃アンクルブレイク﹄と言われているようすでが、調べ ? 1540 ﹁なるほど、古くから伝わる言葉を分かりやすい形にしたうえで現代の用語と合わせた ということか。未だに難解に感じることは多いが、このあたりの語感の豊富さは流石と 言うべきだな﹂ 部下たちだった。 そして目的の場所に着くと同時にラウラの視界に入ってきたのは、整然と並んだ隊の 替えをすませると、隊員たちが待機している場所へと足早に向かう。 到着するや否や、基地内にある元々ラウラ用に割り当てられていた部屋で軍服への着 せた車は目的となる基地へと到着する。 そうして軍務に関する連絡や他愛のない雑談を交わしていくうちにラウラたちを乗 ことになったのだが、その辺の仔細は割愛することにする。 た数人の生徒たちも含め、一様に何とも言い難いコメントに困るような表情を浮かべる ラウラがこのことを一夏に得意げに話したところ、一夏を始めとして話が耳に入ってい 感心するようにしきりに頷くクラリッサとラウラ。ちなみに後日、IS学園に戻った う﹂ 的な台頭が目覚ましいですが、やはりその背景にはこうした文化の歴史があるのでしょ ﹁全くもって同感です。最近は日本で生み出された若者向けのライトカルチャーの世界 第四十一話:夏休み小話集 1541 ﹁お帰りなさいませ、ボーデヴィッヒ中尉 ﹂ それを受けてラウラも敬礼を返すと、一度だけ並んだ面々を軽く見回して口を開く。 隊員たちも敬礼をする。 敬礼と共に再び同じ言葉でラウラの帰還を迎えたクラリッサに続くようにして、並ぶ ! ﹂ ! ! ﹄ ! ﹂ ! ﹄ ! ﹂ ! に励もうと気を引き締めたその矢先のことだった。 そうしてラウラは悠然と一歩を踏み出す。気持ちを新たに舞い戻った祖国での研鑽 ﹃ハッ で以上の祖国ドイツへの貢献、報恩のために、諸君。気を引き締めていくぞ ﹁そして、私もまた貴官らが私が不在の間に積み重ねてきた研鑽を学ばせて貰う。今ま ﹃ハッ る限り伝える。各員、余すことなく取り込め と、再びお会いした織斑教官より教授賜ったこと、得てきたものをお前たちに伝えられ ﹁そ し て 日 本 に 戻 る ま で の 間 の 隊 の 訓 練 も 私 が 主 導 を 取 る。私 が か の 地 で 見 て き た こ それは言われるまでもなくこの場の全員が承知していることだ。 に赴くまでの間、黒ウサギ隊の指揮は私が執る ﹁出迎え感謝する。私の留学中の貴官たちの働き、ご苦労だった 以後、私が再び日本 1542 ﹁││ほぅ、極東のぬるま湯で性根が鈍ったかと思っていたが、思いのほかまともではあ るようだな﹂ 氷のように冷たく、鋭く、それでいて秘めたる烈火のごとき気性を隠し切れない声が ﹂ 背中に投げ掛けられたのは。 ﹁ッッ せてその場に立ちすくしている。 ラウラだけでない。クラリッサ、以下黒ウサギ隊の隊員全員が、緊張に表情を強張ら 立ち止まる。 その声を聞いた瞬間、ラウラの背が一瞬ビクリと震えるとその場に直立不動の状態で !? ﹁ご無沙汰しております、ヴァイセンブルク少佐﹂ うだ﹂ ﹁久しいな、ボーデヴィッヒ。ここに来たのは気まぐれだが、どうやら来た甲斐はありそ 側の挨拶にも関わらず、ラウラはただ畏怖するような姿勢を崩さない。 唐突に背中から不遜な口調で声を掛けられるという、少しばかり礼に欠けている相手 あるいは千冬と話す時以上の緊張と共に、ラウラは後ろに向き直り声の主を迎える。 ﹁い、いらしておられましたか﹂ 第四十一話:夏休み小話集 1543 敬礼で迎えたラウラに、相手もまた最低限の礼儀として敬礼を返す。 長く伸びた燃えるような赤毛をシンプルに一つ縛りで纏めているシルエットはまさ しく女性のものだが、軍服を纏う総身から発する気迫は﹁女﹂という認識を完全に吹き 飛ばしている。 仮に彼女の姿を一夏が見ればこう言うだろう。﹁姉にそっくりだ﹂と。そしてこう付 デア・ザミエル アーティレリィ・グーニッヒ け加えもするだろう。﹁いや、下手したら姉よりも豪傑の気迫がある﹂と。 彼女の名はエデルトルート・フォン・ヴァイセンブルク。﹃大 魔 弾﹄、﹃火 砲 の 王﹄ などの二つ撫で知られるドイツ最古参のIS乗りにして、一線を退き後進の育成を主と する今もなお、ドイツ国内では最強、欧州全体を見ても三指に入ることは確実と言われ ているIS界における千冬に並ぶ古豪の一人だ。 そしてラウラやクラリッサたちにとってはかつての教官の一人でもある。 ﹂ 気まぐれにここの連中に稽古でもつけて ﹁して、少佐殿。本日はいかなるご用件でしょうか ? ﹁それは⋮⋮光栄であります﹂ 良い機会だからな。纏めてしごいてやろうと言うのだよ﹂ 一つ。温い練度など認められんからな。そこで来てみれば久しい顔があるじゃないか。 やろうと思ったのさ。曲がりなりにもこの黒ウサギは我が国におけるIS部隊の顔の ﹁二度も言わせるなよ、小娘。言ったろう ? 1544 そんなのは理由としてはチンケなものだ。もっと単純に、 そう答えるしかラウラにはできなかった。下手な異議申し立てなどできようはずも ない。階級差があるから 生徒の一人にすぎない。不興を買わない内にすぐに対応しようと動き出すラウラだが、 その言葉に部隊員たちが慌てて動き出す。隊長言えども今このときは指導を受ける ﹁では、早速始めようか。総員、位置に着き給え﹂ ない。 エデルトルートという女傑の存在それそのものが逆らえない理由と言っても過言では ? 何か⋮⋮ ﹂ その肩にいつの間にか接近していたのか、エデルトルートの手が置かれる。 ﹁しょ、少佐殿 ? ? からな。腰を据えて臨めよ﹂ ﹁なに、一つ事前に言っておこうとな。ボーデヴィッヒ、貴様は特に念入りに揉んでやる ﹂ ! 理由を告げるとガクガクと恐怖に肩を震わせるラウラの背をバンッと力強く叩いて 覚も然りだ﹂ の小僧に敗れたのを見逃すほど私は甘くは無いのでな。それに、先日の太平洋沖での不 ﹁先のIS学園におけるトーナメント。それなりに素養や下積みがあるとはいえ、素人 その言葉にラウラはただ愕然とする。 ﹁││ッ 第四十一話:夏休み小話集 1545 隊員たちの下へと合流させる。 ? ぶっちゃけオレが一番そこなら動きや 野郎ズ・トーク ∼ヤマ無しオチ無し好き放題∼ 自重 │とある通話系アプリでの会話から抜粋│ 一夏:休みktkr 数馬:とりま集まるか 弾:また俺ン家で良いか 一夏:あーいや、駅のモールとかで良くね ? ? ! そんなものは知らんよ ルートのISによる火砲の轟音がひっきりなしに響き渡ることになったのであった。 そして黒ウサギ隊の基地にはしごきに苦しむ隊員たちの悲鳴と、展開されたエデルト 後々に語っている。 そう告げるエデルトルートの目からギラリと光る怪光線を部隊員たちは幻視したと、 ﹁では、訓練開始だ﹂ 1546 第四十一話:夏休み小話集 1547 すい 数馬:あー、それならしょうがないね。じゃあモールの、どっか適当な店で 弾:賛成 一夏:おk 一夏:つーか、そっち最近どうよ ? 荒事ならオレに任せろー︿バリバリ 弾:︻速報︼数馬、またもやらかす︻もう慣れた︼ 一夏:なにごと 一夏だー ! ・ω・`︶ショボーン 弾:呂布だー 一夏:︵ ! 数馬:うん、一夏が出るとただの苛めだからね、腕っぷし関係の荒事は ? 一夏:なんなの 一夏:その頭脳を少しで良いからオレに分けろ 弾:五科目平均97点で何を言うか 数馬:まぁ言われるだろうとは思ってた。実際、僕にとっても大したことじゃない 一夏:なんだそんなことか 数馬:俺氏、一学期の期末考査学年一位︿ドヤァ ? 弾:⋮⋮まぁアレだ。そう悪いことじゃあないから ´ 1548 数馬:だが断る ・ω・`︶ショボーン 一夏:弾、結局なんだったの 数馬:︵ 弾:変態ニート 一夏:変態ニート 弾:ニートだしな 一夏:まぁ貰っても変態が移ったらな ! 一夏:なになにー 軽くない 一夏:あ、そうなの 数馬:え 数馬:相変わらずの脳筋である 弾:あ、そーゆーの き残る自信あるぞ 一夏:いや。すげーはすげーけどさ。オレだって全国の高1集めてバトロイしたら生 ? ゆーて対象は俺ら一年だけのやつだけど。それで数馬、全国一位取りやがった 弾:I S 学 園 は ど う か 知 ら な い け ど よ、俺 ら 全 国 の 模 試 を 受 け さ せ ら れ た わ け よ。 ? 弾:あー、まぁ成績絡みではあるな。まぁ高校入ったからこそってやつだけど ? ´ ? 第四十一話:夏休み小話集 1549 一夏:うるさいよ痩せチャビン 数馬:お黙りなさいよバカチャビン 弾:座布団全部ボッシュート 一夏:なんでや 数馬:阪○関係ないやろ 一夏:は 良い成績取って校長室送り ? 数馬:いやしかし、たかだかあの程度で校長室行きはちょっと驚いたね 弾:そしてこの連携である ! ! 一夏:だってオレ達 数馬:仲間だもんげ ! てつるんでるのが何より楽しいわけであって 数馬:その気になればカイセーだろうがナダだろうが余裕だがね。ま、二人とこうし わな 弾:まぁあんなどこにでもあるような高校から全国トップの成績出ればビックリする 励のお言葉を頂いたのさ。特にありがたみも何も感じなかったけど 数馬:いや、なんか学校内でも初めてのレベルの成績だから。校長直々にお褒めと激 ? 1550 一夏:じゃあ明日の昼前にモールのセントラルなー 弾:把握 数馬:おk 一夏:あ、レア駆逐泥 一夏もやってたん 弾も ? 数馬:mjkオメ 弾:あ 一夏:へ ? ? 数馬:イベ海域は完徹で突破しますが何か 一夏:廃人 一夏:え 数馬:お、溶鉱炉行っちゃう 弾:景気づけだ景気づけ。ダン、いっきまーす ! ? 弾:よし、ちょっと溜まったから大型回してみる ? 一夏:良かったやん。オレそこまでinできないしなぁ 数馬:そうそう、こないだ弾も始めたんだよ。祝・提督デビューさ ? ? 第四十一話:夏休み小話集 1551 弾:やなこった 数馬:寄越せ 一夏:くたばれ 弾:大和キタ┃┃ヽ︵゜ω゜︶ノ┃┃ ? 一夏:17分に1ペソ 数馬:マイクチェック来ちゃうか 弾:︵写真︶ 8時間 一夏:なん⋮⋮だと⋮⋮ 数馬:え ? 弾:バーナー行くぞオラァ ? マッハだし、今ので結構とんだろ 弾:しばらく溜めに徹するわ 一夏:ですよねー 弾:つーかさ、武器どうすりゃ良いの らしいけど 数馬:んんww ︵写真︶ なんかネットだとお勧めは主主水上機電探 ? ? 数馬:まぁぶっちゃけると弾の段階じゃまだ十全に運用はできないけどね。資材消費 !! ! ? 一夏:大和型はww うっしゃー 消し飛ぶ鋼材⋮⋮何故だマヤッ ﹂ 景気づけに今夜の飯は気合いれるわ ﹁確かレストランフロアに例のコーヒーチェーンが入ってたはずだよ。そこにしないか ﹁なぁ、どこ行くー の一角に一夏、弾、数馬の三人の姿があった。 IS学園に直通するモノレールの本土側駅、そこに隣接する大型ショッピングモール 所と日付が変わってとある日曜日。 以下どうでもいい会話がダラダラ続く⋮⋮ 数馬:だからね、そういう危ない発言は控えろとあれほど︵ry 一夏:クラスメイトのイギリス人お嬢で何故か脳内再生余裕ですた !? 数馬:やめろトラウマを引き出すんじゃない。青ビーム、ワンパン大破、纏めて三隻、 ! 数馬:主砲四積み以外ありえませんぞww 弾:ハッハッハー ! 一夏:祭りですね分かります。\カーニバルダヨッ/ ! ? 1552 ね ﹂ メニューも当てはまり、料理人の自負が強い弾も興味を惹かれた様子だった。 度々夕方のニュースや昼のワイドショーなどでも取り上げられる店の名物にはその の大手に名乗りを上げた店である。 とで固定客をガッシリ掴もうという経営戦略が功を奏し、一気にコーヒーチェーン業界 チェーン店である。同種の他のチェーンとは違い、長時間の居心地が良い空間を作るこ 数 馬 が 候 補 に 挙 げ た の は こ こ 数 年 で 一 気 に 全 国 展 開 の 波 に 乗 っ た コ ー ヒ ー 喫 茶 の ﹁あそこか。メニューには前々から興味があったからな。俺も良いと思うぜ﹂ 上げる。 学生特有の適当さで行先に迷った三人。どうするかと話を振った一夏に、数馬が候補を 目的地に着いたは良いものの、そこからどうしようかをまるで考えていなかった男子 ? ボックス席に腰掛けて軽く周りを見回した一夏が感心するように呟く。他のボック ﹁この店、来るのは初めてだけど、本当に長居向けだな﹂ 席へ通される。 の買い物客で賑わっているが、幸いにして件の店は待たされることもなく入ってすぐに 数馬の先導で一行は目的の店へ向かう。休日の昼日中ということでモール内は多く ﹁じゃ、行こうか﹂ 第四十一話:夏休み小話集 1553 スとは高めの壁で仕切っており、ボックスごとの独立性を維持している。確かにこうい う空間なら、メイン客層の主婦方が好む長時間のお喋りにはもってこいだろう。 ﹂ ? し、そうすりゃケロっと治るだろ﹂ ﹁なんか相当気に入ってたみたいだからな。ま、どうせまた次の﹃嫁﹄が見つかるだろう ﹁あ∼、こいつ難民だったか﹂ が居た。 一夏が視線を向けた先にはテーブルに突っ伏しながらピクピクと体を震わせる数馬 ﹁こころ⋮⋮ぴょんぴょん、したいです⋮⋮﹂ カラカラと笑いながら流す一夏に弾は無言で数馬の方を見ろと指を指す。 ﹁いや、冗談だ冗談﹂ た、淀みなく流れるようなボケとツッコミの構図がその場にあった。 数馬の振りにボケで返す一夏、そこにすかさずツッコミを入れる弾。高度に洗練され ﹁いやそれはおかしい﹂ ﹁うさぎで﹂ ﹁一夏、君の注文は テーブルの上に置かれたメニューを開きながら数馬がどれどれを品選びを始める。 ﹁とりあえず、まずは頼むものを決めなきゃだ﹂ 1554 ﹁というか、お前も結構分かってんのな、弾﹂ ﹁ブーメランブーメラン﹂ 人のことは言えないだろと言う弾に一夏もそれもそうだと頷く。 ﹂ ﹁まぁ僕としては親友二人が理解を示してくれて嬉しいところなのだけどね﹂ ﹁そりゃあ、ね ﹂ ﹂ ﹂と黒い笑みを浮かべる。 ﹁とりあえずコーヒーかね ﹁で、結局注文はどうすんだよ ! ﹂ ? どうもこうも、まぁ普通だよ。毎日普通に授業受けて訓練して、ついでに自分の ? いさ﹂ 鍛練もして。内容はそりゃ変わってるけどさ、やってることの根っこは二人と変わらな ﹁ん ﹁そういえば一夏、学校はどうだね しつつ、三人はただ適当に言葉を繋いでいく。 店員を呼んで各々の注文を済ませる。程なくしてやってきたコーヒーや軽食を堪能 ? ? のうちで﹁計画通り 友人の義理として趣味に付き合っていると言う二人に数馬も満足げに頷くと共に心 ﹁あそこまで薦められたら見ないってわけにもいかないし﹂ ? ﹁それに適当な軽食だな﹂ 第四十一話:夏休み小話集 1555 ﹁ま、曲がりなりにも学校だからねぇ﹂ なるべくIS、あるいはそれに関わるワードは出さないように努めながら言葉を交わ す。まさか世界規模の有名人がこんなショッピングモール内のコーヒーチェーンに居 るとは予想していないのか、他の客などに一夏の存在を気付かれてはいないが、それで も不用意な言葉は控えるに越したことはない。 始末。柔道や剣道はもはや言わずもがな。 ロよろしく一人で相手五人を全抜き、挙句には調子に乗って一人アリウープまで決める エース投手以上の速球と、4番以上の打率を叩き出す。バスケをすればどこぞのガング 短距離走や長距離走などでは陸上部の面々を軽々追い越し、野球をやらせれば部の して破格のレベルにあり、その手の競技ではまさに独壇場であった。 本人曰く鍛練の賜物であるフィジカルのスペックは中学時代においても、同年代と比 しみじみと思い出すように弾は呟く。 ﹁中学の体育大会とか無双状態だったからなぁ﹂ るし﹂ ﹁リアル幻の六人目やっちまうか。いやでもなぁ、並みのが相手なら普通にやって勝て ﹁あれだよな、チームのスポーツとかそれ使えるだろ。バスケとかやってみようぜ﹂ ﹁ま、オレならその気になれば目立たないように気配殺すくらいできるけどね﹂ 1556 ﹁サッカーくらいだっけ 少し手こずったのは﹂ ﹂ ? だったと思うけど ﹂ ﹁道 理 で。あ い つ だ け は 他 の 連 中 と 比 べ て 頭 一 つ 抜 け て た か ら な。確 か、見 目 も 中 々 ど、評判はよく聞く。何でも一年で既にレギュラーを勝ち取ったとか﹂ ﹁羽山、だね。彼も僕らと同じ藍越だよ。クラスは同じだけどあまり絡まないかな。け 上手かった。あいつ、何て言ったっけ カーは足メインだからな。ちょっと慣れるのが大変だったし、相手にした部のエースも ﹁いや、野球やテニスは割とシンプルだし、バスケも手が使えるから良い。ただ、サッ 数馬の問いにあぁ、と一夏は頷く。 ? ﹂ おい数馬、そりゃどういう意味だよ。羽山なら俺も知ってるけど、いやそもそ とって良いかは知らないがね﹂ く誰とでも仲良くなれる。早くも学内の王子様扱いさ。まぁ、はたしてそれが本人に ﹁いかにも。品行方正、成績優秀、運動神経抜群、爽やか系の甘いマスクに人当たりもよ ? も俺や数馬と同じクラスだし。そんな風には見えないぞ ? う。だが、非の打ちどころがないのは彼の評判、外野が作り上げた彼という人間の像だ。 ﹁そ の ま ま だ よ。確 か に 彼 の 評 判 は 非 の 打 ち ど こ ろ が 無 い。そ れ は 僕 も 素 直 に 認 め よ 同じ高校、同じ教室に通う故に件の人物を知る弾が言葉の意図を数馬に問う。 ? ﹁あん 第四十一話:夏休み小話集 1557 だが、肝心の彼自身は、その内側はどうかな はたして、本当に非の打ちどころのな い人間などいるのか、いいや否だとも﹂ ? 数馬は、単純な学業成績に秀でているだけではない。頭を使うという行為に長け、時 他者に向ける冷たさも持っている。 に時や相手は本人にとって然るべくと選ぶが、もはや凶器にまで至ったそれを容赦なく 間に﹁天才少年現る﹂などと報じられるだろう武芸の能力を持っている。そして、同時 鋭などとそちらの方面で評されているが、それでなくとも然るべき場所で広めれば瞬く 一夏は、現在でこそ世界唯一の男性IS適格者や、IS乗りの業界における期待の新 に振るだろう。 だが彼らがそれで素晴らしい人間かと問われたら、まず最初に当人たちが否と首を横 されるべき要素を持ち合わせている。 めとした各種生活スキルに精通しておりメンタル面も非常に落ち着いているなど、称賛 そして一夏はずば抜けたフィジカルを、数馬はずば抜けた頭脳を、弾もまた料理を始 しろ良い方に入る顔立ちをしている。 手洗数馬、五反田弾。三人が三人とも、まずパット身で分かる点として悪くは無い、む 友の言葉に一夏も弾も静かに耳を傾ける。まったく以ってその通りだ。織斑一夏、御 ﹃⋮⋮﹄ 1558 として様々な知略を巡らせられる。そして、時にはそれを己の利のために、あるいは興 味や嗜虐心、あるいはただの気まぐれや暇つぶし気分で、他者を陥れ絶望や悲嘆の慟哭 の上げさせるために仕向ける非道、一種の悪辣さも持ち合わせている。 弾も、先の二人に比べれば遥かに良識的だ。自分から誰かを害そうなどとは滅多に思 わないし、友人二人の手にかかった者を憐れむ心もある。だが、それでもその二人の友 の非道を友であるが故に致し方なしとあっさりと受け入れ、余程のことで無い限りは然 程咎めもしない、ある種の淡白さがある。 そうした気質を本人達が誰よりも理解しているため、三人とも自分が﹁良い人間﹂で あるとは、少なくとも声に出して外へ発するということは絶対にしないのである。 件の羽山少年を指して数馬は言葉を続ける。 ﹁彼もそうさ﹂ 生憎僕らは中学からの彼しか知らず、その時から今に至るまでその原因にようなもの あるとも。 いはあった上で蓋をしているか、おそらくは後者だろう。彼の内には紛れもなく淀みが 紛れもなく彼の本心だとも。だが、それだけではない。彼に自覚があるのか否か、ある に面白そうだから人間観察の対象によくしているが、あぁ、現状を良しとしているのは ﹁これでも人を見る目はあると自負しているのでね。同じクラスでもあるし、それなり 第四十一話:夏休み小話集 1559 を知らない。自然、それ以前にあると見るべきだが、流石に僕もそこまでは見抜けない。 いやいや、我が身の不手際を嘆くばかりだよ。ただ、そうしたものがあるのは事実さ。 そして彼は周囲の評ゆえにそれを表に出せない。出すことができないのだよ。既に﹁理 想の王子﹂とも言うべき偶像を周囲の全てから張り付けられた彼は、斯くあるべしとい う周囲の認識に従ってそう動くしかできない。 彼自身、その行動は間違いなく彼の主体によって行っているだろうが、そこに周囲の 意思が介入しているのも間違いないだろうね。いやはや、難儀なものだ。もっと自由に 生きられれば彼も楽だろうに﹂ 相も変わらずよく人を見ているものだと一夏は思う。とはいえ、だからどうしたと然 程興味が無いのも事実。確かに知己ではあるが、既に通う学び舎は異なり、そもそも接 点も少なかったのだ。今となってはほぼ無縁に等しい。そのような相手を気に掛ける 必要性は欠片も感じはしなかった。 弾も弾で、それがそいつという人間で本人が自分でそうしているのならそれで良いだ ろうと、あえての無関心を貫く。 そんな友人二人の態度に数馬も﹁ま、僕にとってもどうでも良いがね﹂と自分の中で の重要性の低さを告げる。 ﹁ただ、仮にだよ。早々そんなことはありはしないだろうけど、彼に対して僕が何かしら 1560 ﹂ のアクションを起こすことになったら、それはそれで面白そうだとは思うけどね﹂ ﹁と言うと なので今更何も言いはしないのだが。 揃って閉口する。とは言え、そういう奴であるということはとうに百どころか千万承知 親 友 を 自 負 す る 二 人 を し て 擁 護 不 可 能 と 言 え る 程 に 下 衆 い 笑 み を 浮 か べ る 数 馬 に ﹃⋮⋮﹄ 子様フェイスがどう崩れるのか。それは興味があるなぁ﹂ らねぇ。彼がそういう状況に陥って、にっちもさっちも行かなくなって、張り付けた王 ﹁これでも人のトラウマ抉ったり、メンタルをどん底に叩き落すのは割とできる方だか 意図するところは何なのか、興味が湧いた一夏が問う。 二人の親友を除き、基本的に他者の扱いがぞんざいな数馬が面白そうと評する。その ? 自身満々に言い放つ数馬に二人は再度閉口し、やれやれとため息を吐く。 後に笑うのはこの御手洗数馬さ﹂ ﹁否定はしないけどねぇ。けど、届かせないさ。早々僕の裏をかける奴が居るかよ。最 きた教師だとか、三十代半ばで高校生やってるヨネ○ラ・リ○ーコ的なのとぶつかるの﹂ こうクラスの空気とかを裏で操っててさ、でもってやたら熱血な転校生だとか赴任して ﹁お前アレだよな。学園モノドラマとかじゃ絶対ラスボスみたいなタイプだろ。ほら、 第四十一話:夏休み小話集 1561 ﹁そういえば、さっき一夏がいったその手のドラマの典型だとさ、ヒトノキモチガワカラ ﹂ ナイノカーなんて台詞があるけど、それも僕にとっては失笑ものでねぇ﹂ ﹁何だよ、自分なら分かるとでも がどうこうなるわけじゃあない﹂ そう言って数馬は話題の転換を試みる。 お前以外みんな女子だろ ﹂ ? で互いに気を使ったりすることもあるけど、上手くやれてるさ﹂ ﹁別に、前々から話してる通りさ。男がオレ一人だけっていうのもあって、そこのあたり て当人の口から聞きたいという考えによるものだ。 交えてチャットやらで話したりもしているが、こうして直に会っているのだから、改め 口火を切ったのは弾だ。一夏からはIS学園での日々についてちょくちょく数馬も ﹁そういや一夏、お前クラスとかはどうだよ ? ﹁まぁ良いじゃないか、そんなことは。こんな所で話していても、別に僕や弾の高校生活 いると思うが、既に今更な話だ。それに、親友であることにも変わりは無い。 コーヒーを一口啜り弾は遠い目をする。我ながらよくもまぁこんなのと付き合って ︵今更だけど親友の下衆っぷりが半端じゃねー︶ せてもらうけど﹂ ﹁イェス。だからこそ、動かせるんじゃないか。まぁきっちり把握したうえで踏み躙ら ? 1562 ﹁ふ ∼ ん。う ∼ ん、で も し か し、や っ ぱ り も う ち ょ っ と イ ン パ ク ト と か 欲 し い ん だ よ ねぇ﹂ ﹁何だよ、インパクトって﹂ ア サ シ ン ﹁いや、だからさ。一人きりなわけだろう つまりオンリーワンだ。そんな君を狙っ うのはどうかね ﹂ て刺客が送り込まれてるとか。キャッチコピーは、 ﹃クラスメイトは全員暗殺者﹄、とい ? ﹁そして任務にミスれば即退学。そして待ち受けるCDデビュー⋮⋮﹂ 待った無しだな、それ﹂ ﹁⋮⋮ 寮 が オ レ を 除 い て 基 本 的 に 二 人 部 屋 な ん だ け ど、同 室 で の 百 合 カ ッ プ ル 乱 立 が ? で不憫なん ﹂ ﹁マンガにするならタイトルは﹃ISのリドル﹄か。なぁ、なんでシエナちゃんあそこま ? ﹁ちなみに僕はその不遇なシエナちゃんで﹂ ﹁スズさんはいつまでも乙女なんだよ﹂ 上過ぎるだろう﹂ ﹁ババ専と申すか。いや、君がどちらかと言えば年上好みな傾向なのは知ってたけど、年 ﹁ちなみにオレ、カプならチタヒツが鉄板だが単独でならスズさんが一番良いわ﹂ ﹁いや、それは僕も言いたいがね﹂ 第四十一話:夏休み小話集 1563 ﹁チョイスは悪くないな﹂ やいのやいのと建設的も何もあったものじゃない会話を続ける一夏と数馬。それを 聞いていた弾はふと何かを思い出したかのように手をポンと叩くと、横から会話に入り 込む。 ﹂ ? 閑話休題 ﹁いや、だから数馬が熱心に進めるからさ⋮⋮﹂ ﹁もう地雷確定だな、ソレ。そしてさらっとネタについてきてる弾は⋮⋮﹂ ングってことで﹂ ﹁じゃあアレだ。最初からクライマックスってことで初回から最終回用の全員エンディ あまりに想像に容易い光景に数馬と、一夏本人ですら納得するような声を挙げる。 ﹃あぁ∼﹄ ら仕掛けて、ついでに全滅させるだろ﹂ よ、そもそも一夏だったら全員集まったその場で先手必勝とでも言わんばかりに自分か ﹁その話の流れで行くと、一夏に一人一人予告上送りつけて仕掛けるって形になるけど 聞き返す数馬に弾が頷く。 ﹁問題 ﹁待て、それ一つ問題があるぞ﹂ 1564 ﹂ ﹁あぁそうだ。僕は飲み物追加するけど、二人はどうする ﹁ん∼、じゃあオレは別のコーヒーにするかな。弾は ﹁俺もそんな感じかね﹂ ﹁じゃあそれで﹂ ﹂ ? 最後のカフェラテは数馬の注文だが、そこで店員から予想外の言葉が飛び出てきた。 ﹁とりあえずコーヒーの、これとこれを一つずつ。あと、カフェラテで﹂ る。 程なくして呼び出しを受けた店員が三人の居るボックスまでやって来て注文を受け ? ﹁ただ今サービスでラテアートをさせて頂きますが、何かデザインにご要望はあります ? 画像を渡してくれればそれを再現することもできるという。 ? チェーン店にしては大したサービスだと唸る三人は、同時にデザインを思案する。 ﹁まぁ⋮⋮﹂ ﹂ をしてくれるらしい。お任せや口頭でのイメージの注文もできるが、資料となるような 三人揃って目を丸くする。聞けば話通り、カフェラテを注文すると希望のラテアート ﹄ か ﹂ ﹃へ ? ﹁僕は特別推したいっていうわけじゃないけど、二人は何かデザインの希望とかある 第四十一話:夏休み小話集 1565 ﹁ちょっとは、な ﹂ れの希望のデザインを言う事にする。 じゃあ折角だし﹁せーの﹂で合わせて言ってみるかという結論に達し、三人はそれぞ ? ﹂ ? 極めて真剣な顔で言う数馬に、一夏もまた眼光を光らせながら言う。 リーだと﹂ 択を受け入れるとも。だが、敢えて言わせてもらおうか。││チノちゃんが超絶ラブ ﹁とは言え、咎めはしないさ。むしろ、この方が望ましいとも言える。故に僕は二人の選 無駄にニヒルさを出しながら弾も言う。 ﹁三人、結局は別の人間なんだ。不思議じゃないだろうよ﹂ いや、それも宿命かと無駄に厳かな雰囲気を出しながら一夏が言う。 ﹁まさか三人、見事に好みが分かれたか⋮⋮﹂ す。 とりあえず無難なウサギのデザインを頼んでから店員が去った後、数馬がそう切り出 ﹁どうやら、これはそういうことかな 人の間で一瞬、鋭く視線が交わされたことに店員は気付かなかった。 順に一夏、数馬、そして弾である。見事に三人バラバラの意見、だがそれと同時に三 ﹃せーの、戦車/ピカソ風/丸っこいウサギ﹄ 1566 ﹁まぁ、下手に被って内紛勃発なんて始末よりは良いだろう。そしてオレも言わせて貰 おうか。││リゼちゃんのクールだけど可愛い物好きとかギャップ萌えは大いに有り だと﹂ 乗るしかない、このビッグウェイブにと言わんばかりに弾も続く。 の選択は紛れもない正道だと言えるな﹂ ﹁俺はやっぱり王道とでも言うべきか。昔から主人公が好きな方だからよ。││ココア ﹁フフフ、こころがぴょんぴょんするじゃないか⋮⋮﹂ 三人は視線を交わし、笑みを浮かべる。その様に数馬が喜びを隠し切れない表情を浮 かべる。 おわれ オチが無い そうして三人は再び飲み物と軽食を口へ運び始めるのであった。 ﹁さて、せっかくだしもう少し舌鼓を打たせてもらうとしようか﹂ 第四十一話:夏休み小話集 1567 第四十二話:夏休み小話集2 あいつは結局お前と同じ側を選んだと ﹃武人の会談﹄ ﹁それで ﹂ ? ﹂ ? そして家主でもある男の名は海堂宗一郎、世界初の男性IS適格者として知れ渡った ば、その佇まいは立派の一言に尽きるものだ。 ある土地に一軒家を、更には頑強な練武のための道場も兼ね備えている敷地全体を見れ 土地柄ゆえに地価も決して無理難題な価格では無いとはいえ、そこそこの広場以上は 軒家は二人の内の片方、男が自らの住まいとしている。 町に隣接する山の中腹、偶然のように存在するひらけた一角を整地して建てられた一 某県某所、都市部からは大分離れた田舎町の一角で若い男女の言葉が交わされる。 ﹁分かり切っていたことだ。弟子に迎えた時から、あいつがどちら寄りかなどな﹂ うか なく私と同様の物でしょう。貴方ともです。フフッ、流石は師弟と言ったところでしょ ﹁明確に私と同じ道、というわけではありませんが。ですが、武人としての気質は間違い ? 1568 織斑一夏の武芸の師である。対する女性は浅間美咲、宗一郎にとっては妹弟子にあたる 存在だ。 もっともこの二人、単に武芸の兄弟子妹弟子以外の間柄もあったりはするのだが、そ のことは話の大筋には関係が無いので今のところは割愛するものとする。 あるのか ﹂ ﹁しかしお前の話、明らかに外部に漏らして良いものじゃないだろう。その辺の自覚は 子の無い姿に思わず呆れ顔をする。 その立場も相俟って他言など明らかな問題になりそうなものだが、まるで悪びれる様 が彼の弟子が暴走した米国の新型ISを矛を交えたという国家機密級の話だ。 珍しく妹分の方から用があるから尋ねたいとの連絡が受けて迎えてみれば、開口一番 ⋮⋮﹂ ﹁まぁ元より誰かに話すつもりなど毛頭無いが、そこまで開き直るといっそ清々しいな ﹁ご心配なく。兄さんであれば一切の口外は無いと信じていますので﹂ ? 言って美咲は己の右手首に巻かれた飾り紐を撫でる。紐を結ぶ飾り共々にただの糸 ということ。この子が、教えてくれましたよ﹂ ﹁然り。ですが、肝心なのはその敗れた彼が、福音が力尽きるまでに一体どうしていたか ﹁だが、肝心の我が弟子は件のISに敗れ、結局はその学友の小娘どもが仕留めたと﹂ 第四十二話:夏休み小話集2 1569 の束とは違う、金属質めいた光沢を放っているが、それはただの飾り紐ではない。これ こそが、美咲の専用機である黒蓮の待機形態だ。 ﹂ ? ﹁強いて言えば、相互の理解、あるいは共鳴でしょうか 結局の所、月の兎は上から見 ﹁であるとすれば、それは何を根拠にしている﹂ しで見つめる。 しかしそれを指してただ一つの点に関しては己が上と言う美咲を宗一郎は静かな眼差 ISという存在において実質全てを握っていると言っても過言では無い一人の天才、 も凌ぐと自負はしていますよ きる者が居ればとうに察しています。こと、この感覚という一点に関しては生みの親を こうして、ISを通じて他を感じ取るなど、できるのは私くらいなものですよ。他にで ﹁かもしれませんね。ですが、それを誰しもが引き出せるかと問われたら話は別です。 はオカルトの領域まで踏み込んだか﹂ 信じがたいものだ。身に着けるISを通じて遠く離れた他者を感じるなど、本当に科学 ﹁進歩し過ぎた科学は魔法と同等、などという言葉を何かの折に耳にしたが、にわかには 1570 対して私は、相互理解の果ての今なので。そこの違いでしょう﹂ そ現存の人類全てを見渡しても比類ないでしょう唯我の精神の持ち主。 下ろしているだけなのですよ。言うなれば独裁を敷き周囲を一切受け付けない王侯、凡 ? ﹁では何か、我が弟子は機械と心を通わせたなどと言うつもりか イプなのかもしれませんね﹂ ﹂ いう希少性も或いは影響しているのかもしれませんが、存外彼は周囲に影響を与えるタ ﹁聞けば学園では彼に触発されて研鑽を更に重ねる子も多いとか。世界でただ一人、と ﹁覇道、か﹂ て、しかし対極にある覇の精神ですよ﹂ して否応なしに己の一部として組み込み、果てなく進軍していく。先の兎とは似てい 受け入れた上で、しかしあくまで己を第一として通し、阻むのであれば踏みつける。そ ﹁当たらずも遠からず、でしょうか。彼は彼なりのアプローチをしていますよ。理解し、 ? ﹁修羅道か﹂ 行く道は自然想像ができます﹂ しょう。もし彼のこれからにおいてその線を超えざるを得ないことになった場合、彼の した気質があったことに加え、一度でも経験をしている以上、次に超えるのは容易いで す。重要なのは彼自身。彼は一度、一線を超えている。それも本能的にです。元々そう ﹁さて、話を戻しましょう。彼が周囲にどう影響を与えるかはこの際どうでも良いので 数年に渡って見続けてきた弟子の姿を思い浮かべながら宗一郎は軽く嘆息する。 ﹁さて、それほどの器だったかな。あいつは﹂ 第四十二話:夏休み小話集2 1571 ﹁えぇ。私がそうであるように。そして、あなたも﹂ 一瞬、二人を包む空気が重みを増したかのような錯覚を美咲は感じた。いや、錯覚で はない。宗一郎は僅かに、本当に僅かに眼光を鋭くした。それこそ、針の先を軽く砥い だ程度のものだろう。だがそれだけで美咲ほどの武人にも重さを感じさせるまでに周 ﹂ 囲の空気を塗り替えるのだ。つくづく、途轍もない兄弟子だと実感する。 ﹁それで、そこまで話してお前は俺にどうしろと おそらく、この夏もそうするでしょう。その時の、兄さんの指導の一助になれば ? いうのはいかがでしょう 互いに久しぶりですし、少々本気を出して││﹂ ﹁そう、ですね。えぇ、折角ですので。なら、兄さん。久しぶりに一手、手合せをすると 限るまい﹂ ﹁他に何かあるのか。まさか、都会からこんな田舎くんだりまで来て話がそれだけとは する。 そして二人の間にしばし沈黙が流れ、互いの前に置かれた茶が啜られる音のみが木霊 ﹁そうか、わざわざご苦労なことだ。とは言え、その忠告は受け取っておこう﹂ と伝えただけですよ﹂ う ﹁どうとも。確か彼は学校が長期の休みの際には兄さんの下で修業をしているのでしょ 自身が発するプレッシャーなど素知らぬと言うような口ぶりで宗一郎が問うてくる。 ? 1572 ? 刹那、美咲は三度殺された。一度目は刀の切っ先で喉を一突き、二度目は胸部を横薙 ぎに一閃、三度目は首に振るわれた一閃による斬首。 ハァ⋮⋮フフ、相変わらずの手並みですね﹂ して死を悟らせたのだ。 と集中して向けたソレは、美咲の武人としての感覚を刺激し、同時に三つのイメージと 突如として放たれた宗一郎の殺気、あまりに膨大でありながらその全てを美咲へのみ るわけがない。 吸も震えてはいるが五体満足でこの場に居る。そも、人の命は一つきりだ。三度も殺せ 勿論、実際に美咲は死んでなどいない。一瞬の内に額に大粒の汗を浮かべ、僅かに呼 ﹁││ック ! ﹂ ﹁けど、改めて思いましたよ。ねぇ、兄さん。そろそろ下りる頃合いではありませんか ような声で美咲は返す。 妹弟子の不手際を指摘する宗一郎の言葉に、未だ受けた衝撃の余韻である疲れを残す 早々いませんよ﹂ ﹁そうでなくとも、確実に一度は殺されていたでしょうね。そこまでできる人なんて、 が、それが隙となったな﹂ ﹁俺とお前の仲だ。お前が気を許すのは分からんでもないし、別に悪いことではない。 第四十二話:夏休み小話集2 1573 ? どこからかなどは言うまでもない。今、居を構えているこの山からだ。 娘に当代の座を譲って、それなりに暇を持て余している頃合いだったはずだが ? ﹂ か ﹁俺でなくとも当てはあるだろう。剣と拳という違いはあるが、奴でも良いのではない ・ に振るわけにもいかない。自分が武を揮う意味、それを宗一郎は重々に理解している。 妹弟子が心から助力を願い出ているのは分かる。とは言え、そこで馬鹿正直に首を縦 です。そして、兄さんの持つ武であれば、切り開けないものなど無い﹂ ﹁あまり意地悪をしないでください。所詮、ISも道具。最終的に全てを決するのは人 ﹁かの戦 女 神に並び称されるIS乗りが言っても皮肉でしかないぞ﹂ ブリュンヒルデ 私の立場で以って断言します。これから先、兄さんの力が必要になる時が必ず来ます﹂ ﹁私だけではありません。兄さんの力を正しく評価している人は多くいます。そして、 1574 ﹁私、これでも世界トップクラスの武術家としての自負はあるんですよ それを殺気 ﹁お前に化け物呼ばわりされると流石に人として心外だがな﹂ ましたね。本当に、兄さんもあの人も揃って化け物ですよ﹂ ど、やはり跡を継がれた息女のフォローがまだ必要なようで。後、その時は二回殺され ﹁勿論、既に話しましたよ。あの方もお立場がお立場ですから、協力的ではありましたけ ? だけで殺すイメージさせるんですから。もう超人とか化け物とか、それ以外にどう言え ? と ﹂ ろう、と答えた。 ピクリと宗一郎のこめかみが動く。そして少しの間、無言で何かを考え込むと良いだ ﹁亡霊が、動き出しつつあります。その狙いの一部には、おそらく彼も﹂ 宗一郎はどういう意味かと視線で続きを促す。 軽口の言い合い染みたやり取りから一転、真剣な眼差しで改めて訴えてくる妹弟子に それ以上に、本当に必要なのです﹂ けではありません。確かに兄さんやあの方の助力が得られれば楽になるは確かですが、 ﹁もう良いです。││話を戻しましょう。兄さん、別に私は楽がしたくて言っているわ お前相手でも早々ヤワな所は見せられんという話だ﹂ ﹁まぁ、俺は剣で。奴は拳で。曲がりなりにも頂点を自負している身だからな。いかに ? ﹂ ? いるのが見える。 める。夏らしく通り雨でも降っているのか、遠く離れた場所の空に黒い雨雲が広がって 厳かに頷く美咲を宗一郎は黙って見つめると、部屋の窓からその先に広がる空を見つ ﹁えぇ、十分です﹂ に行う。それが済んで、後は身辺の整理が整ってからだ。別に遅くはあるまい ﹁考えておこう。だが一つ、大前提がある。少なくとも、まずは今夏の奴の修行を徹底的 第四十二話:夏休み小話集2 1575 それがまるでこれから起こるだろう波乱の予兆のように宗一郎には見えた。 そして、今よりも先の時節のこと。世界初の男性IS適格者、天才科学者唯一の妹、国 際的IS教育機関、様々な人物を、組織・集団を、あるいは物を、巻き込んだとあるテ ︵by作者︶∼﹄ ロリズムとの抗争の最中、かつて裏の世界の一部で囁かれた﹁剣神﹂が再び刃を揮う時 が来ることになるのだが、それはまた別の話となる⋮⋮ ﹃一夏の夏休み ∼副題が思いつかないのだがどうしたら良い そしてもぞもぞと布団にくるまっていた人間が動き出し、むっくりと頭を上げる。 る。 渡る。枕元に置かれた目覚ましにはすぐに布団に潜っていた手が伸びてアラームを切 早朝、閉じられたカーテンの隙間から朝陽が差し込む室内に目覚まし時計の音が鳴り ? シャーッとするやつをシャーッとしながらカーテンをシャーッと開けて一夏は軽く ﹁朝か⋮⋮﹂ 1576 目をこする。そして軽く室内を見回す。 見慣れたIS学園の寮、本来二人用の部屋を特例で一人で使っている贅沢空間ではな い、寮以上に見慣れた一夏の本来の自室がその目に映っていた。 ちなみに一夏が外泊届けを出したのは三回分。一回目は夏休みが始まって間もない ら親友二人を家に迎えることになっているからである。 回はそれだけではなく、わざわざ外泊届けまで出して帰宅をしたのには、今日はこれか 今回の帰宅も今までのそれと同様、家の手入れが目的の一つである。しかしながら今 にスキルが残念極まるので、一夏がやらねば誰がやるという状態なのだ。 それ以前にその手の家事においては精々が荷物やごみ運び程度にしか使えないくらい をしていたのだ。姉は多忙ゆえに一夏以上にそうしたことのための時間を取りにくく、 そもそも夏休み以前であっても月に二、三度ほどは家に戻って掃除などの家の手入れ い。 基本的には学園の寮に残る方針でいる一夏だが、別に全く家に帰らないわけでもな た。 欠かさない日課であるランニングでもしようと、一夏はベッドから出て着替えを始め ﹁とりあえず、走るか﹂ 第四十二話:夏休み小話集2 1577 頃に数馬に伴われ行ったライブ。二回目が今回。そして三回目が師の下での泊まり込 みの修行のためである。 修行のことについては追々語ることとなるが、ライブに関しては以下のようなダイ ジェスト形式で振り返ることとする。 ∼前夜∼ 絶対だぞ ﹂ 絶対に洗濯機を弄ろうとしたり台所に立ってまともに料理をしようなん て考えるなよ ? ? ﹁良いか くれぐれも家事関係に余計な手出しはするなよ それで帰って来た時に ﹁ぐっ⋮⋮﹂ 定できんだろうし、料理に関してはもうお察しなのは姉さん自身が理解してるだろ﹂ ﹁いやだって、洗濯機使わせれば絶対水量の設定や洗剤の量トチるだろうし、そもそも設 ﹁⋮⋮そこまで信用が無いのか、私は﹂ ? 良いか て。飯はコンビニやスーパーで買うなり外食するなり出前を取るなりにして。 ﹁家の掃除は一通り済んでるから気にしないで、洗濯物が出たら洗濯機の前に置いとい ﹁あぁ、気を付けて行って来い﹂ ﹁というわけで姉さん、オレは明日から二日間、泊りで家にいないから﹂ 1578 ? ? めちゃくちゃなことになっていてでも見ろ。 し ば く ぞ ﹂ ? ﹂ ﹁分かったからそれ以上言わんで良い そんなこと、私自身が一番よく分かってるん だよ ! 午前四時、会場へと向かうため最寄りの駅で数馬と合流、始発電車に乗り込む。 ∼当日早朝∼ かった。 出されて大惨事となっては敵わないため、一夏の舌鋒には一切の容赦というものが無 家事がまるで駄目な姉と、それに対してもはや匙を投げている弟の一幕、下手に手を ! ﹁んで、どうする 適当に暇でも潰すか ﹂ ? ? からね﹂ ﹁と言うと ﹂ ﹁いや、経験者として言うならここは休んでおこうか。はっきり言って、この後が大変だ ? 始発故にガラガラもガラガラな車内で一夏と数馬はそんな軽口を叩き合う。 ﹁その言葉、そっくりそのまま返してやるよ﹂ いなかったよ﹂ ﹁いや、まさか本当にこんな時が来るとはね。正直、初めて君と会った時には想像もして 第四十二話:夏休み小話集2 1579 ﹁良いかい一夏 僕らが現地に着くのは六時前。そこから物販開始時刻まで数時間は になってくる。そんな中にずっといるんだ。これは中々大変だよ ﹂ ひたすら待機だ。今ぐらいならともかく、八時を回ったあたりから日光とか暑さも相応 ? ? ﹂ !? ? から宿を取る者、あるいは近くのコインパーキングで車中泊をする者、猛者は遥かに早 そして数馬は語る。早い者は駅からの始発列車の到着時刻には並んでいると。前日 ﹁悲しいけど、現実なのよねコレ﹂ るレベルで人並んでるの ﹁なぁ、まだ六時にもなってないよな なんでさぁ││もう軽く百人単位で数えられ 露わにする。それを隣に立つ数馬は分かっていたと言いたげに肩を竦める。 目的の会場に隣接した駅に着き改札を出て、一夏があんぐりと口を空けながら驚きを ﹁言うと思ったよ﹂ ﹁なぁにこれぇ﹂ そしてちょっと時間は飛んで現地到着。 そのまま二人は寝息を立て始める。 ﹁おう﹂ ﹁そういうこと。さて、詳しいことは現地に着いてからで良い。今は、休もう﹂ ﹁なるほど。だから暑さ対策はしっかりして来いと言ってたわけか﹂ 1580 く並ぶと。 ※作者は二月下旬にSSAにて行われた某ライブにて、友人と二日間車中泊で臨みま した。真冬の寒空の下で午前四時とかからの列待機は中々にハードなものです。とい うか、始発に合わせた午前四時とかで既に二、三百いるとかおかしいだろ絶対。 ﹁僕も免許取れれば車中泊くらいやってのけるんだけどねぇ﹂ ﹁いや、この時期にそれはしんどいだろう﹂ 時節は夏真っ盛り。車内温度などあっという間に高くなる。故に車中への幼児の放 置による、幼児の熱中症死亡事故などの痛ましい事件も毎年のように起きている。極め て難しいが、一件でも多くこのような悲劇が無くなるのを望むばかりだ。STOP、子 供の車内放置。 プレイ喰らったわけだが﹂ ? と自分の境遇を笑い飛ばすように言う一夏に流石の数馬も苦笑い ! を隠せない。とりあえずは早く並ぼうと、急いで列の最後尾へと向かう。 HAHAHA ﹁⋮⋮いや、それジョークにしてはちょっとヘビーだからね ﹂ ﹁いや、全く以ってその通りだ。まーオレの場合、車中どころか人生そのものが親に放置 話だと思うのだよ﹂ ﹁別にさー、パチスロ行くのは構いやしないけど、まずは親としての責任を全うしろって 第四十二話:夏休み小話集2 1581 ︵そういえば⋮⋮︶ 歩きながら一夏はふと考える。以前、何かの機会があって一組の専用機持ちズで生い 立ちなどについて軽く話をしたことがあった。そこで得られた各自の家族関係の情報 を纏めてみると││ 一夏:両親蒸発、姉が頑張って家計を支える 箒:姉は失踪、両親とは引き離された挙句にまともに連絡も取れず、短いスパンでの 引っ越し連続のコンボ付き 鈴:夫婦仲の決裂というわけではなく、互いの事情故に致し方無しとはいえ両親が離 婚。まだ復縁の余地があるだけマシか ての関係は希薄。本人がある程度納得してる分、こちらもまだマシ 思考な分、マシと言える。 ラウラ:幼少期に両親が死亡、以後施設育ち。こちらもそうした点については前向き ? シャルロット:父親の不義の子、母親の逝去により父親に引き取られるも、家族とし セシリア:両親が事故死。以後、若年ながら一族の中核として奮起 ? して││ 改めて学園の友人たちの家族関係の事情を思い出して一夏はしばし無言となる。そ ︵⋮⋮︶ 1582 ︵うそっ、オレの周りの家族関係ヘビー過ぎ ︶ 暑いものは暑い。曲がりなりにも鍛えてはいるため寒暖どちらも厳しかろうがそこそ 開始までの待機場所は日陰を確保できたため直射日光は回避できているものの、やはり 日が出てくると流石に気温も高くなってくる。幸いというべきか、列が動き出す物販 ﹁暑い∼﹂ ∼物販列待機中∼ なるしかない。それが精神安定のためだと一夏は己に言い聞かせた。 ブンブンと頭を横に振って思考から追い出す。止めるべきだ。考えても気分が暗く !? ﹂ こには耐えられるが、暑い時は暑いし寒い時は寒いものだ。 ? 飲み物の買い出しに行ったり、あるいは現場に集まった知人同士の交流などで移動をし 軽く周りを見回してみれば、待機場所に荷物を置くなりして場所の確保をしたまま、 ︵ふむ⋮⋮︶ これから更に数時間、この暑さの中はキツイに違いない。 大丈夫と言うものの、数馬のフィジカルはそこまで頑強というわけではない。流石に ﹁ま、僕も経験者ではあるから何とかね﹂ ﹁数馬、お前はどうだ 第四十二話:夏休み小話集2 1583 ている者も多い。 ﹁あぁ、是非に頼む﹂ そんなこんなでまた数時間││ ﹁おい、まだか﹂ ﹁もうそろそろなんだけどねぇ﹂ ﹂ ﹂ うん、場合によりけりだけど、今回は大丈夫そうだね。どっか行くなら、荷物見 ﹁数馬、これって多少動いても良いのかな ﹁ん ? ﹁じゃあ頼む。オレはちょっと飲み物とか仕入れてくるよ。数馬、スポドリで良いか とくけど﹂ ? ﹁⋮⋮怖いな﹂ ていく﹂ で誘導して、それ以降は列で待機を繰り返すから。そして││その間にも物は無くなっ ﹁けど、まだまだこれからさ。売り場の混雑回避のためにある程度まとめて売り場前ま ﹁やっとか﹂ ﹁始まったみたいだね﹂ が大きくなり少しずつだが人が動き始める。 チラリと腕時計を確認した数馬はもう間もなく物販の開始だと言う。直後、ざわつき ? 1584 ﹁うん、怖いね﹂ またまた待つこと十数分。 スマホを確認した数馬が信じられないと言う様に顔を歪ませる。何事かと問う一夏 ﹁うわぁ⋮⋮﹂ に数馬は苦笑いと共に答える。 早すぎるだろ。第一、オレ達の後ろにどれだけいると思ってるんだよ﹂ ﹁始まってまだ三十分も経ってないのに完売の物が出てきたらしい﹂ ﹁嘘だろ の完売。一体何事なのか。 後ろを見渡せば埋め尽くさんばかりの人人人。軽く千は超えているというのに早々 ? ﹂ それがあるから、多分こっちに回す分は少なく設定されたんだろう﹂ ﹁なるほど。それで数馬。お前の見立てだとこの後の在庫の流れはどうなる ? セット。多分それ用のポーチもすぐに無くなるね。というか、事前物販にあった品は殆 良いのがあるから、それはすぐに捌けるだろうね。今完売してるのがペンライトのミニ ﹁少なくともTシャツはまだまだ残るだろうね。ただ、今回は一種類デザインの評判が ? シャツね そっちで入手済みなんだよ。それは僕らも然り。あ、先に私説いたペンライトとかT 定発売のCDを除けば殆どが事前の通販で手に入る代物。本当に欲しい人はとっくに ﹁単純なことさ。多分、元々そこまで量を用意していなかったんだよ。パンフと会場限 第四十二話:夏休み小話集2 1585 どが早く無くなるよ﹂ ﹂ ? ﹂ ? ﹁あぁ、分かってる﹂ ﹁さて、一夏﹂ 時に立ち上がる。 物販を終えた二人は近くの広場で互いの戦利品を確認すると、示し合わせたように同 ﹁さぁ ﹁誰に言ってんの ﹁と言うわけで、無事に目的の品は買えた僕と一夏なのであった﹂ 番がやってきた。 グッと互いに握った拳を軽く打ち合う。そうこうしている内に列も進み、一夏たちの ﹁良いってことさ﹂ ﹁なんか、本当に何から何まで悪いな﹂ ズはもう渡してあるのがそうだし﹂ まぁ、安い買い物にはならないから今のうちに選んどきなよ。ライブに必要そうなグッ ﹁パンフ、それにキーホルダーやポートレートみたいな飾り物の要素が強いグッズだね。 ﹁ということは後は∼﹂ 1586 ﹂ そのまま二人は同じ方向を向く。視線の先にあるのは会場のすぐ近くにあるビジネ スホテルだ。ぶっちゃけた話が東横○ンである。 ﹁さっさとチェックインして荷物置こう。でもって休もう。僕は疲れた ﹁オレはー、ぶっちゃけまだ平気だけど﹂ ﹁いや、そこは合わせてよ﹂ ﹁だって実際大丈夫なんだもん﹂ その手際の完璧ぶりに一夏は﹁こいつマジ有能﹂と感嘆の念を禁じ得なかった。 そ ん な こ ん な で 二 人 は 一 度 宿 へ。ち な み に そ の 辺 の 手 配 も 全 て 数 馬 が や っ て い た。 ! ﹂ 多分メインは⋮⋮あっち﹂ その後、部屋でしばしくたばって体力回復に努めた後、いよいよ以ってメインのライ ブ本番である。 ∼ライブ∼ ﹂ ﹂ アリーナ席とかマジかよ しかもステージ超近いじゃん ﹁何せ一番早い段階で取れたからねぇ ﹁ちょっ ! ﹁うん、でもほら、あそこにセンターステージあるじゃん ! ! ﹁⋮⋮ちょっと遠いね∼﹂ ? ! ! ﹁おいやべーよ 第四十二話:夏休み小話集2 1587 ﹁悔しいでしょうねぇ﹂ ハーイ フワフワフワフワ ﹂↑負 ハイハイハイハイ ﹂↑肺活量を無駄に活かして一際 開演前のちょっとしたやり取り。 ﹁ま、近いだけ良しとしよう﹂ ﹁せーのっ、ハーイ オーッ、ハイッ オーッ、ハイッ 大きなコールをする一夏 ! ! アーッ ウワーッ ﹂↑すぐ目の !! あと、やっぱ目が ! ﹁オーッ、ハイッ ウォオオオオオッッ !! けじと声を張り上げるも、どうにも音量で追いつかない数馬 ﹁オーッ ホワーッ ! ! 前のステージで特に推してる人が歌ってる時のハジけた一夏 ! ハーイ ハーイ ハイハイハイハイッ ⋮⋮ゼェッゼェッ⋮⋮﹂↑ ! ! いる数馬 ﹁ハーイ ! ︵オレはまだ大丈夫だけど⋮⋮こいつそのうちぶっ倒れるんじゃないか ︶↑終盤に差 し掛かっても余裕の体力でコールしつつ、隣でヤバい感じになってる親友を分析する一 ? になってきてる数馬 ライブ終盤に差し掛かり息も絶え絶えになりつつ表情が恍惚としてなんかヤバい感じ ! 太ももに行くのね︶↑コールをしつつもテンションが振り切れた一夏を冷静に分析して ︵やばい、想像以上に一夏が発狂してる。というか、正直耳が痛い ! ! ! ! ! 1588 夏 そしてライブ終了後 初めてだが大いに楽しめた一夏。 ﹁いやー、良かった良かった﹂ チーン ﹁肩貸して∼﹂ ﹁おい、数馬。終わったぞー、はよホテル戻ろーぜー﹂ ら声を掛ける。 半分死にかけと言っても過言ではない親友に一夏はため息を吐くと、肩を揺すりなが 楽しむには楽しんだが、代償として元々多くない体力を使い果たして虫の息な数馬。 ﹁⋮⋮﹂ ? ﹁ちっとは体力つけろよ。何だったらメニュー組んでやるぞ﹂ ﹁いや∼、正直助かったよ∼。毎回こんな調子でねぇ﹂ そこの大きさの荷物二人分。しかしそれらを一夏は軽々と抱えている。 口へと向かっていく。同年代の男子一人に、可能な限り最低限に抑えたとはいえ、そこ 数馬の片腕を自分の肩に回すと、一夏は二人分の荷物を抱えて席を立ち、そのまま出 ﹁う∼い∼﹂ ﹁⋮⋮ほれ﹂ 第四十二話:夏休み小話集2 1589 ﹁まぁそれはまたの機会でってことで。いや、本当に一夏が居て助かったよ﹂ ﹂ ? で、部屋で食って早く休もうや﹂ ? ︵楽 し か っ た の は 事 実 だ け ど な ぁ、流 石 に 二 日 目 ま で 数 馬 の 面 倒 見 る の は 大 変 だ っ た ∼回想終わり∼ うだな∼などと一夏は予想する。そして、見事にそうなったのであった。 依然ウダウダとした感じの親友を支えつつ、この分だと二日目もこんな感じになりそ ﹁そうだね、それが良い﹂ 夕飯買い行くか ﹁ほれ、もうちょいシャキッとしろ。ホテル戻って荷物置いて、それからコンビニにでも た。 る。ならば、これくらいはしてやっても良いだろうと言う判断に基づいてのことだっ た。そも、このライブに来るまでのアレコレで数馬には色々と面倒を見てもらってい 完全に自分が当てにされていると聞かされても一夏は特に文句を言うことは無かっ ﹁そうかい﹂ ﹁お察しの通り∼﹂ ﹁⋮⋮もしかしなくても、オレを誘った目的の一つはこれか 1590 なぁ︶ ト レ ー ニ ン グ 用 の ジ ャ ー ジ に 袖 を 通 し な が ら 一 夏 は ラ イ ブ の 時 の こ と を 振 り 返 る。 帰りの電車に至っては完全に体力が尽き果てた状態だった。それこそ、事情を知らない 人間が見たら何かあったのではと人を呼ばれることは確実なほどにだ。 ついでに言えば、同性から見ても整った容姿をしている数馬だが、そんな彼の息も絶 え絶えな表情というのは中々にシュールなものであった。 ︵そ の く せ、駅 に つ い て 後 は 家 ま で 帰 る だ け っ て 段 に な る と 一 気 に シ ャ ン と す る か ら なー︶ 良くも悪くも切り替えがしっかりしていると言うべきか。いや、そういう節は元々 持っている。特に他人を相手にしている時はそれが顕著だ。おそらくはそういう気質 なのだろう。 と駆けて行った。 予定を考えながら、一夏はロードワークに繰り出すために玄関の扉を開けて早朝の外へ そうだ、どうせ今日家に来るのだからその時に話をしてみよう。そんな風にこの後の 人で行きたいものだ。 良い思い出が作れたのは間違いない。また次の機会にも一緒に、今度は弾を交えて三 ﹁ま、オレも楽しませてもらったから良いんだけどね﹂ 第四十二話:夏休み小話集2 1591 1592 後半へ続く。 第四十三話:夏休み小話集3 ﹃刃への誘い﹄ さて、話は少々タイムリープして一夏が泊りがけで実家への帰宅をする少し前に遡 る。 ﹁⋮⋮﹂ 寮の自室にて一夏は頬杖をつきながらデスクに置かれたパソコンの画面を眺めてい た。 カチカチとマウスを動かしつつ、時々手を顔の方に持って行き目の保護のために掛け ているPC用の偏光眼鏡の位置を直す。 そんなこんなで画面を眺め続けることしばらく。一段落した一夏は画面に開かれて いたウィンドウを閉じると軽く首を回して肩をほぐす。 個人情報云々のアレコレに配慮して載っているデータはそこまで大したものではな から一夏が選んだのは学園生徒個々人の簡単なプロフィールを載せたものだ。 続けて一夏は生徒用のデータベースを開く。生徒レベルでも閲覧可能なデータの中 ﹁やっぱり目ぼしいレベルはこの人たちだけか⋮⋮﹂ 第四十三話:夏休み小話集3 1593 い。顔写真、氏名、生年月日、出身地、学園における簡単な経歴など、その気になれば 聞き込みでも分かる程度のものだ。 そしてそれらに加えて、学園側が公式のものとして監督下に置いたISでの試合の戦 績、二年生以降に設けられる整備課生についてはそうした試合の際などにどのような機 体に携わったかなどの、学園での活躍が載っている。 更にそこから、その生徒が行ったIS戦の記録映像に映像データベースにアクセスす ることで閲覧ができるようになっている。 目を付けた者のデータページをプリンターで印刷しながら一夏はデスク脇に置いて おいた携帯を手に取る。 電話をかける相手は現在絶賛夏休み真っ只中で時間がありまくっている自分とは異 ﹁出るかな⋮⋮﹂ なり、既に立派に職を持っている社会人だ。或いは仕事中につき出られない、なんてこ とも決して不思議ではない。 ﹄ ﹂ その時はその時でメールを送っておくなりするだけだが、やはりこれが一番手っ取り 早い。 ﹃もしもし。どうされましたか、織斑さん ﹁あ、お忙しいとこスイマセン。今、大丈夫ですか ? ? 1594 出てくれたことにほっとしつつも一夏は電話の相手、川崎に話をしても大丈夫かと問 う。ちょうど休憩中だから全然問題ないと言う返事に、一夏は早速要件を伝え始める。 言っても、二人しか当てはまらなかったわけですが﹂ ﹄ ﹁この間の件ですけど、一応オレの方でも目ぼしい人をピックアップしましたよ。とは ﹃そうでしたか。して、その二人について織斑さんの見立てではどうですか 人、成績も良いですし﹂ 何せオレと似たようなもんですから。あと、もう一つの方も大丈夫そうですよ。その二 た資料、少なくともアレに載っていたスペを見る限りじゃその二人が一番合いますね。 ﹁いや、オレなんかの見立てが早々重要かは自信無いですけどね。この前メールで貰っ ? ﹄ ? う一枚には前者とは対照的に明るめの色のショートカットに軽快さを含んだ微笑を浮 一枚に映るのはややウェーブの掛かった緩やかな黒髪を称える物静かそうな少女、も した紙にはそれぞれ二人の生徒の顔写真と名前がある。 言って一夏はプリンターが印刷し終えた二枚の紙を手に取る。データベースを印刷 ﹁えぇ、良いですよ﹂ お二人、名前を伺ってもよろしいですか こうして事前に候補に目星を付けられるというのはありがたいですからね。││その ﹃そうでしたか、それは重畳です。学園側には後日正式に申し入れをするつもりですが、 第四十三話:夏休み小話集3 1595 かべている少女だ。そして、どちらも一夏にとっては良く知る顔でもある。 顔写真と共に記されている氏名、そこには﹃斉藤 初音﹄、﹃沖田 司﹄とあった。 そう言って一夏が入っていったのは剣道場だ。一夏の記憶が正しければ、今頃は箒が ﹁邪魔するぞ﹂ あった。 を立ち上げる。数馬に勧められて始めたものだが、思いのほか一夏もハマっているので 部屋を出ようとする直前、思い出したように一夏は最近お気に入りのブラウザゲーム ⋮⋮おのれダイソン⋮⋮﹂ ﹁っと、行く前に艦隊遠征に放り込んどかなきゃ。クソ、凄まじい消費だったからなぁ 1596 初音と司の二人を交えての稽古をしている頃合いである。箒自身の口からそう聞いた のだから間違いない。 案の定、道場の中には箒が居た。胴着では無く制服であり、時刻も昼食時ということ を考えれば一度練習を切り上げて休憩に入るつもりなのだろう。 ﹂ 唐突にやってきた一夏に箒は目を丸くするが、すぐにいつも通りの佇まいに戻ると一 夏を迎える。 ﹁どうした一夏。珍しいじゃないか﹂ ﹁いや、ちょいと用があってね。││斎藤先輩と沖田先輩は り気があるのが見て分かる。 言われてみれば、ドライヤーである程度は乾かしたのだろうが、箒の髪には僅かに湿 ﹁二人なら今頃は奥のシャワーで汗を流しているよ。私も先に使わせてもらった﹂ ? 急ぎか ﹂ 稽古に加わるというなら私は歓迎するし、二人も大丈夫と言っ てくれるだろうが⋮⋮多分昼食の後となるな﹂ ﹁そっか。じゃあ少し待たせてもらうよ﹂ ﹁ふむ、何だったら私が言伝を承っても良いが、どうする ? ? ﹁いや、時間は大丈夫だよ。ただ、ちょっと大事なことだから直に伝えたくてね﹂ ? ﹁あぁ。で、どうした ﹁そっか。じゃあ、ちょうど練習終わったばかりか﹂ 第四十三話:夏休み小話集3 1597 ﹁そうか﹂ そのまま二人は道場の端で壁に背を預けながら二人を待つ。 ﹂ ? 頷く。 ﹁そういえば、紅椿はそれからどうよ ? ﹁正直、臨海学校の時は無我夢中というか、その場の勢いに任せていたところもあるが、 一夏の問いに箒はスッパリと答える。 ﹁大変だな﹂ ﹂ どこか皮肉気に言う一夏に箒も否定するつもりは無いのか、そうだなと苦笑交じりに ﹁いや全くだ。ま、お互い抱える事情が事情だからなぁ⋮⋮﹂ たし、それを考えれば何年も勿体ないことをしていたような気がするよ﹂ ﹁そうか。やはり気持ちが力んでばかりもいかんな。ここ最近でつくづくそれを実感し いうのを見直してみたらね、なんか変に気負い過ぎる必要も無いかなって﹂ ﹁似たようなものかな。少しばかり心境が変わったと言うか、ちょっとばかり自分って かな。そういうお前こそどうなのだ しているが、今まで以上に気力が充実しているような気がする。色々、吹っ切れたから ﹁そうだな、概ね良いと言えるよ。まだ、腕前という点では足りない部分も多いと自覚は ﹁どうだ箒、最近の調子は﹂ 1598 こうして落ち着いてから乗りこなそうとすると中々にじゃじゃ馬だよ。全く、あの時は よくあそこまでやれたものだと、こればかりは自分に感心するくらいだ﹂ ﹁ま、勢いとかノリってアレで意外に馬鹿にできんからなぁ﹂ ﹁以前、お前が私のタイプについて言ってくれたろう 改めて考えて、まさしくピシャ できてこそなんだろうな﹂ ﹁勢いが強い分、手綱握るのも難しいからな。至極当然の道理だろうさ。ま、それを制御 からな。どうにもその辺りの折り合いが難しい﹂ にしてもそうした方が良いのだろうが、だからと言って気分任せにというのも良くない リと言うか確かに私は気を昂ぶらせている方が性に合っているし、あるいは紅椿を扱う ? それは││﹂ ? とに間違いないが、いささか浅慮に過ぎたとも今では思うよ。少々、気が鞘走り過ぎて ﹁やはり、まだ私には分不相応な代物なのかな。確かに姉さんに頼んだのは私であるこ ﹁ん ﹁まぁ、紅椿と言えば大変なのは乗りこなすこと以外もあるがな⋮⋮﹂ る。 困難だが悪くは無い、前向きな意思を見せる箒に自然と一夏の口元も穏やかな形にな さ﹂ ﹁まだまだ先は遠いな。とは言え、挑み甲斐のある目標なんだ。そう悪いものじゃない 第四十三話:夏休み小話集3 1599 しまったかとな﹂ ﹁だからその、なんだ。どう対応すりゃ良いかなんてよくは分からないけどさ、受け身に 夏は喧嘩を売っちゃいけない奴ランキング堂々のトップに入ってたらしい。 ていた。ならば直接的手段はと言えば、これも論外。中学時代、弾曰くいつの間にか一 そうなる前に仕掛けてきそうな輩は大抵数馬に目を付けられて弄ばれて慟哭を上げ ﹁⋮⋮正直、オレはそういうことを受けた経験は無い﹂ そこの回数もあったからな。流石に慣れる﹂ ﹁今のところはちょっとした陰口や、面と向かってにしても皮肉嫌味程度だ。もうそこ 仕方のないことだと箒は肩を竦める。 ﹁今のところは、な﹂ ﹁大丈夫なのか﹂ その予感は的中しているらしい。 というわけでもないが、多少は危惧したのも確かだ。そして箒の口ぶりから察するに、 鋭の専用機の受領、それに伴う妬みやっかみその他諸々。そればかりに気を向けていた 身内のコネを利用して、立場的にも実力的にも公への証明ができていない中での最新 思い出すのは臨海学校での一幕、箒が紅椿を受け取った直後の簪との会話だ。 ﹁そいつは⋮⋮﹂ 1600 なってるってのも良く無いと思うぞ。少しは反論とかしても││﹂ ﹁それこそどうにもならんさ﹂ 首を横に振って一夏の助言に否と示してから箒は続ける。 ﹁言われる理由など私自身が百も承知だ。この身が紅椿という刃に相応足らんのは動か ぬ事実。皆、それを言い方の差は在れど指摘しているに過ぎない。事実なのだからそれ に反論してどうなる。千万言ったところでそのことが変わるわけでも無し。言葉など 既に意味を為さないよ。 故に、私にできることはこの身を以って証明することだけだ。私が本当の意味で紅椿 に相応となるよう研鑽し、その背で語るだけだよ。そうすれば、皆自ずと認めてくれる はずさ﹂ ﹁そうか﹂ ならばこれ以上自分がどうこう言うのは無粋と、一夏はそれ以上を言わないことにす る。 ﹁⋮⋮来たか﹂ ﹂ 道場の奥の方から人が来る気配を感じ取る。誰のものかは今更言うまでもない。初 音と司の二人のものだ。 ﹁あり、織斑くんじゃん。珍しいねー、どったの ? 第四十三話:夏休み小話集3 1601 ﹁⋮⋮﹂ 手をひらひらと振りながら司が一夏に声を掛けてくる。一夏も軽く一礼をしてから 二人の上級生に歩み寄ると、手短に要件を告げる。 ﹁へぇ、君が私らに大事な要件⋮⋮。そりゃ気になるね﹂ ﹁なら早速││﹂ ﹂ いや、それは構いませんけど、どうかしたんですか ﹁気になるけどさ、ちょっと待って貰って良い ﹁へ で、私らも練習の後だからちょっとお腹空い ? ? ﹂ ? ﹁あ、織斑くんも一緒にどう どのみち篠ノ之ちゃんと一緒に食べる予定だったし、一 人増えても全然かまわないよ﹂ ? まらない。 挟むくらいはまるで問題ない。それに、確かに硬い話題を抱えたまま食事というのも詰 司の言うことも尤もだ。大事な内容なのは事実だが緊急というわけでも無いし、昼を ﹁あぁ、そういうことですか。いや、良いですよ全然﹂ ら、まずは先にお昼貰っちゃっても良いかな ちゃってるんだよねー。でさ、あんまりヘビーな話題抱えたまま食事ってのも微妙だか ? ? ﹁いやねー、ちょうど今は昼時でしょ ﹂ ﹁ちょっと、二人に大事な話がありまして。それで来ました﹂ 1602 ﹁じゃあご相伴に預かりますけど、斎藤先輩は良いんですか さっきから無言ですけ ど﹂ 了承した初音に、捕捉するような司の言葉に一夏はなるほどと頷くと今度は後ろの箒 ら﹂ 必要な時はちゃんと言うから。今まで黙ってたのも、それで構わないって意思表示だか ﹁だってさ。あんまり気にしなくて良いよ。初音、普段はあんまり喋らないけど、本当に ﹁⋮⋮別に、どっちでも構わない﹂ と、念のため一夏は初音にも確認を取る。 でいるこの場においても無言のままだ。流石に全く意見を聞かないのも不味いだろう 言って一夏は司の隣に立つ初音を見る。普段から寡黙な上級生はどんどん話が進ん ? の方を向く。一連の話を聞いていた箒も特に異論は無いらしく、首を縦に振って了解の 意思を示す。 ﹂ ? そう司が先導する形となり、一行は寮の食堂へと向かって行った。 ﹁じゃ、行こっか 第四十三話:夏休み小話集3 1603 ﹁さて、それじゃあ聞かせて貰おうじゃないの、その話とやら﹂ 昼食を終え軽い食休みも済ませた所で司が話を切り出す。一夏は頷くと軽く周囲を ﹁⋮⋮﹂ 見回す。食事時も終わり頃なので食堂内に人は殆ど居ない。今、四人が居るボックス席 何だったら席を外すが﹂ も隅の方だから、声量に気を付けさえすれば人に聞かれる心配も無いだろう。 ﹁待て、一夏。私は良いのか コピーしてある同じ内容の書面を一夏も手に持ち、静かに見つめる。横合いからその な笑みは鳴りを潜め、真剣な面持ちで書面を見つめている。 初音は常に保たれている無表情ながら、僅かに眉間に皺を寄せる。司も日頃の朗らか 情が変わっていく。 音と司にそれぞれ手渡す。受け取った二人はすぐにその内容を確認していき、徐々に表 そう言いながら一夏はプリントアウトした同じ内容が掛かれている二つの書面を初 ﹁二人とも、これを﹂ そしてようやく話は本題へと入る。 ﹁そうか。ならばそれは遵守しよう﹂ ﹁いずれは公になる話だし、基本的に他言無用ってことで通してくれれば良いよ﹂ そう確認してくる箒に一夏は少々考え、大丈夫だと返す。 ? 1604 ﹂ 内容を覗き込む箒もまた、表情が真剣なものに変わっていった。 ﹁織斑くん、これマジ ラファールなどである。 一般に第二世代と呼ばれるISの大半がこのカテゴリーに属し、その代表格が打鉄や 用をすることを目的とした機体のことだ。 機の用に数の限定はありながらも複数の同型を多人数によって継続的かつ安定した運 汎用機、学園に在籍する代表候補の筆頭格が所有する専用機とは異なり、学園の訓練 く、新型の汎用機の開発に着手しています﹂ 内唯一にして世界でも大手シェアのISの総合メーカー、倉持技研。そこが打鉄に続 ﹁ご存じ学園訓練機の打鉄、オレの白式、四組の更識簪の打鉄弐式。これらを開発した国 そう言って一夏は持っている紙を軽くピンと弾く。 ﹁えぇ。大マジ、です﹂ する。 話の進行は彼女に任せるという意思なのだろう。その前提で一夏は話を進めることに 問うてくる司に対し、初音は依然無言のままだ。先ほどの司の言葉通りなら、これは ﹁⋮⋮﹂ ? ﹁いわゆる第三世代、この学園の専用機の過半ですが、その第三世代たる所以はそれぞれ 第四十三話:夏休み小話集3 1605 の顔とも言える専用の特殊武装です﹂ ブルー・ティアーズの遠隔砲台、甲龍の衝撃砲、シュヴァルツェア・レーゲンの停止 結界、白式の補助システム﹁宿儺﹂。 聞く三人の緊張が僅かに高まる。 ﹂ ﹁織斑くん。確認させてもらって良いかな ﹁何です ? す﹂ ﹁極めて分かりやすい例えをありがとうございます。思いっきりぶっちゃけるとソレで 回のはヴィン○ントってことで﹂ ﹁つまりこの目標の機体ってのはアレだよね。織斑くんの白式がラン○ロットなら、今 ? ﹂ 紛れもない、IS界における一つの大きな躍進。それを為そうとする存在を知り話を よっては特殊兵装の搭載も可能な汎用機。それが今の倉持の目下の目標ですよ﹂ 来の打鉄よりも基礎スペックで上回り現行の第三世代と真正面から張り合える、場合に ﹁白式と打鉄弐式、更には打鉄の開発から今までに蓄積されたデータ。それらを基に従 上回っている。今回のポイントはそこですよ﹂ だ。まぁ、機体の特性上一部の点では劣る、なんて場合もありますが、基本総合的には ﹁けどそれだけじゃない。第三世代は、機体の基本スペックだって並の第二世代より上 1606 自分自身で納得できる呑み込みをした司がしたり顔で頷く。一夏には意外なことに 初音も司の言わんとすることが分かっているのか、納得するような顔で小さく頷いてい た。 唯一分かっていないらしい箒がどういうことかと聞いてくるが、細かく説明をしてい る暇は無いのでアニメを例に出したということで一先ずは納得しておいてもらうこと にする。 ﹁で、ここからが一番の肝心﹂ そう言って一夏が開いたのは書面の最終ページだ。 ﹁倉持側はこの新型の試作タイプを二機、用意するそうです。そのテストパイロット、一 機は自衛隊だか防衛省だか知りませんが、とにかくお上が用意したテストパイロットに あてがわれる。そしてもう一機は││﹂ が選抜された場合、その成果次第で倉持からの推薦で候補生認定試験を受けられる、か。 ﹁選定基準は当該機の運用に適する技術の持ち主。候補生か否かは問わない。非候補生 定、更に学園での実機運用を担当するテストパイロット一名をその中から選ぶと﹂ ﹁なるほど。学園に在籍する生徒、日本人限定なのはまぁ当然だね。そこから候補を選 一夏の言葉に繋げる形でようやく初音が口を開く。その通りと一夏は頷く。 ﹁この学園の生徒から﹂ 第四十三話:夏休み小話集3 1607 また大盤振る舞いだ⋮⋮﹂ 感心するように、そして常の平坦さのままに、司と初音がそれぞれ概要を読み上げて いく。そしてある程度読み終えた所で初音が小さく睨むように一夏を見ながら聞いて きた。 ﹁新型は、ソフトウェアの面でこそ乗り手もそっち方面に秀でた簪の弐式の物も反映し その言葉に三人の目が僅かにだが見開かれる。 ピックアップですね﹂ 目から見て候補に相応しいと推せる人を選んで欲しいと。つまりは少し早めの候補の のことと学園の生徒からテストパイロットの候補を選ぶこと。そしてもう一つ、オレの 懇意にしていますが、その人から先日連絡があったんですよ。その内容はこの新型開発 ﹁この新型の開発には、オレの白式の担当の技術者も関わっています。その縁で何かと すことにする。 そして、隠してもしょうがなく、隠す必要も無いことのために一夏はありのままを話 いなく何か、二人に関わることがある。そう予感しながらも敢えて二人は聞いてきた。 話を聞いているのは箒もだが、何故初音と司の二人にこんな話をしたのか。まず間違 ﹁別に、無性に誰かに話したくなったから、なんてことはまず無いだろうからねぇ﹂ ﹁織斑、何故私たちにこれを見せた﹂ 1608 ますが、基本的には全体的にオレの白式をベースにしているとも言えます。その人は、 だからこそオレなんだと言いましたよ。曰く、オレは白式と相性が良いと。故に、その オレならば白式の後継とも言える新型に相応しい人材を見抜けるだろうと。 まぁ正直買いかぶり過ぎだとも思いましたよ。でも、そこまで評価してくれて頼んで くれたのなら無下にもできない。ならばちゃんと選んでやろうとね。いや、大変でした よ。近接戦メインでデータベース漁って試合映像とか見まくりでしたからね。で、そう やって探して選んだ結果が││﹂ その通りと一夏は頷く。 ﹁私と司、か﹂ 初音はあくまでも平静を保ったまま、司はどこか面白そうな笑みを浮かべながらよう ﹁なるほど、そりゃ面白そうじゃない﹂ ﹁⋮⋮そうか﹂ と思いまして﹂ ね。本番は、そこからですよ。ただ、一応候補として推挙した以上は伝えておくべきか の辺り諸々の申し入れがあるでしょう。多分、他にも何人か候補は出てくるでしょう で二人はまだ比較的早期に見つかった候補に過ぎない。後日、倉持から学園に正式にそ ﹁勿論、確実に選ばれるというわけじゃありません。こういう言い方も何ですが、現時点 第四十三話:夏休み小話集3 1609 やく事の大筋を理解する。 かですよ﹂ それは光栄だと司は小さく笑い、続けて問う。 ﹂ ﹁じゃあさ、仮に最後まで残ったのが私と初音のどっちかだとするよ が選ばれると思う ? ? すると箒の方を見る。 ﹁篠 ノ 之 ち ゃ ん、ご め ん ね。ち ょ っ と 午 後 の 練 習 は 無 し で 良 い か な 流 石 に 私 ら も それで納得したのか司は立ち上がり、初音もそれに続く。そして二人は一瞬目配せを ﹁そっか﹂ ﹁オレには何とも。どっちが選ばれてもおかしくない。後は神のみぞ知る、ですかね﹂ る。答えにくい質問だと苦笑しながらも、一夏は素直に思ったことを言う。 言葉を発しこそしないが、初音もまた一夏の答えが興味深いのかじっと見つめてく ﹁⋮⋮﹂ ? それで、どっち ﹁なら良かったですよ。ただ、言わせてもらうなら選ばれるのは、多分二人の内のどっち ﹁こっちとしちゃあ実に有益だったよ﹂ ﹁別に、構わない﹂ ﹁これで話はお終いです。すいませんね、時間を取らせて﹂ 1610 ちょっとビックリしたからさ。少し落ち着きたいんよ﹂ ﹁え、それは⋮⋮えぇ、大丈夫です﹂ 申し出に了承してくれた箒にゴメンネと謝りつつ礼を言うと、それじゃあと言って二 人は二年寮に戻っていく。そしてその場には一夏と箒が残される形となった。 ﹁あー、なんか悪かったな箒。午後の予定潰しちまって﹂ ﹂ ﹁いや、あれも十分に大事な用事だ。それに、元々二人が私を見てくれているようなもの だったからな。二人の都合を優先するのは当然の筋だろう﹂ その申し出に箒は別に良いよと首を横に振る。 ﹁そっか。じゃあアレだ。詫びと言ったらなんだけど、この後少し練習付き合おうか ? ならそっちをやれば良い。それは、またの機 ? ﹁あぁ、またな﹂ ﹁では一夏。また、だ﹂ 苦笑しながらも箒は席を立ち、一夏も続く。 ﹁だから良いと言っているに﹂ ﹁そうか。いや、すまなかったな﹂ いが、久しぶりに一人での稽古をしてみるよ﹂ 会に改めてということにしておこう。今日は、そうだな。お前に倣うというわけではな ﹁お前にもどうせ予定があるのだろう 第四十三話:夏休み小話集3 1611 そう言って二人も別々の方へと向かって行く。そして後には静けさだけが残されて いった。 ﹂ ? ﹂ ? いっそ白式くらいできても ? リボルバー・イグニッション ﹁ま、確かにねぇ。ていうか彼、いつの間に連 続 瞬 時 加 速なんて使えるようになったの 汎用機なら、もっと万人向けであるべき﹂ ﹁アレは機動性で尖り過ぎている。普通に乗りこなす織斑も大概だけど、機体も機体。 良いんじゃない ﹁ふ∼ん。けど、それはちょっとマイルドじゃないかな ﹁さぁ⋮⋮。けど、予想はつく。大方、今の打鉄の上位互換というところ﹂ ﹁しっかし織斑くんの白式ベースの新型ねぇ。どんな機体かなぁ りながら、初音は椅子に腰掛けながら、それぞれ手渡された書面を眺めている。 寮の部屋に戻った初音と司はそんな風に言葉を交わす。司は自分のベッドに寝転が ﹁あぁ⋮⋮﹂ ﹁いやぁ、去年と変わらずの夏休みになるかと思ったけど、とんだ話が来たもんだねー﹂ 1612 やら﹂ ﹁知らない。けど、相手にしてもやりようはある。なら少し面倒以外は何も問題は無い﹂ かな﹂ ﹁相変わらずだねぇ、初音は。けどそうだね。やっぱり多少は落ち着いた感じになるの ﹂ ﹁⋮⋮専用機として与えられる以上はそれなりにチューンも施されるはず﹂ ﹁ちなみに初音はどんな感じが良いの ﹁七番﹂ る機体でもある。 初音や司も使用の許可が下りているもので、特に初音にとっては最も実力を発揮でき 機の一つだ。 園にある訓練機の中でも特殊な仕様にされている一桁台の番号を割り当てられた訓練 司の問いに初音は一言で答える。それだけで司には十分伝わる。七番と言うのは学 ? 結果。それを改めて問う。 先に沈黙を破ったのは司だ。二人を推挙した一夏でも分からないと言った仮定、その ﹁ねぇ、仮にさ。仮に本当に私と初音が最後まで残ったら、どっちが選ばれるかな﹂ そのまま二人の間にしばしの沈黙が流れる。 ﹁ま、結局私たちはそこに落ち着くよねぇ﹂ 第四十三話:夏休み小話集3 1613 ﹁私にも分からない。けど、やれることをやるだけ﹂ 初音の答えはあくまで愚直そのものだ。如何にも初音らしいと、司は親友の答えに微 笑む。 まぁ、私もそうかな。成るように成る、それで良いよ﹂ ? ﹂ ! ﹂ ! 彼女にとっては珍しいことに声を大にしながら初音は親友の側に駆け寄る。 ﹁司っ に結ばれ、額には脂汗が滲んでいる。 そこで初めて気付く。一見すれば普段通りだが、口元は何かを堪えるように固く一文字 その言葉に初音は弾かれたように振り向くとベッドに仰向けになっている司を見る。 ﹁っ ﹁││だって、私は来年もこうしていられるとは限らないし﹂ にも聞き逃せないものだった。 馬鹿なことを言っていると初音は親友の言を一蹴する。だがその直後の言葉は初音 ﹁何を﹂ ﹁私は別に初音に譲っても良いとは思ってるけどね﹂ けど、と前置きして司は言葉を続ける。 ﹁私 ﹁そういう司は﹂ 1614 ﹁あぁもう、大げさだなぁ。ちょっとズキッと来ただけだって﹂ 大丈夫だと親友に言い聞かせながら司は自分の胸を軽く撫でる。 沖田司はいわゆる母子家庭で育った人間だ。頼れる縁者は殆どおらず、既に鬼籍に ﹁⋮⋮司、母親の方は﹂ 入っている司の母の両親、司の祖父母が遺した蓄えと母の働きを糧に彼女は育ってき た。 司がIS学園に奨学金の使用で入学し、IS乗りとして身を立てることを志したのは そんな母への恩返しのためである。そして現在、その母は心臓を患っているために病床 に伏してもいた。 それを見届けると初音は静かに立ち上がり、再びデスクの方へと向かい書面を手に取 呼吸は穏やかでありそれを示すように胸は規則正しく上下している。 初音の言葉に司は素直に従ってゆっくりと目を閉じる。既に具合も落ち着いたのか、 ﹁うん、そうしとくよ﹂ て落ち着いたのか、口元に込めていた力を解くと、今は休んだ方が良いと司に忠告する。 困ったねぇなどと苦笑気味に言う司の姿に初音は唇を噛み締める。だがしばらくし いざとなったら、整備課に移るしか無いのかな﹂ ﹁まだ、大丈夫だよ。私も、まだね。けど、ちょっとヤバいかなぁくらいは感じてるよ。 第四十三話:夏休み小話集3 1615 る。 は決して譲らないという殺気交じりの闘志だけがあった。 塵も気にしない。今の初音の内には、ただ誰にもこのチャンスを、少なくとも司以外に 紙を握る手に力がこもり、クシャリと音を立てて紙に皺が走る。だがそんなことは微 認めるということは既に初音の中では有り得ないものとなった。 他に誰が候補として挙げられようとも、最終的に残るのは初音と司のみ。それ以外を ﹁誰であれ認めない。有象無象に、これは渡さない﹂ 手は無い。 あった。だとすれば、今こそがその機会なのだろう。巡って来たチャンス、物にしない 以前、縁があれば専用機を持つ機会が巡ってくるかもしれないなどと話したことが ﹁司、私とお前だけだ⋮⋮﹂ うな気迫の炎が爛々と瞳の奥で盛っている。 や、つい先ほどまでの平坦な色をした目は既に消え失せ、今にも叩きのめさんとするよ 既に何度も見返した内容を初音は睨み付けるように見る。一夏の話を聞いていた時 ﹁⋮⋮﹂ 1616 第四十三話:夏休み小話集3 1617 阻む者は誰であれ容赦はしない。例え修羅に魂を委ねようとも、これだけは成し遂げ る。静かに、初音は断固たる意志を一人固めた。 第四十四話:夏休み小話集4 一夏の夏休み そのに ∼高校生が駄弁ってるだけの話にオチも何もありはしない ∼ 数馬と二人で出向いたライブの思い出に浸りつつ朝のトレーニング諸々を終えた一 夏。それから数時間経ち、ピンポーンとよくあるベル音が織斑邸の中に響き渡る。それ を受けて居間やキッチンを行き来しながらいそいそと何かの支度をしていた一夏は﹁来 たか⋮⋮﹂と呟いて来客を出迎える。 ﹁あと││これが例のブツな﹂ ないからである。 ためにどれだけ乱痴気騒ぎをしようと、ご近所から苦情でも出ない限り誰にも咎められ めに驚くことは無い。ちなみに一夏の家がチョイスされた理由は、この三人しかいない やって来たのは弾と数馬。元々この日に一夏の家で三人で集まると約束していたた ﹁おう、上がれ上がれ﹂ ﹁お邪魔するよー﹂ ﹁よーっす一夏、来たぜ﹂ 1618 言いながら弾は玄関先に停めた自前のママチャリ、その荷台に固定して載せてあった 荷物を運びこんでいく。クーラーボックスから為るそれを受け取った一夏は玄関でそ の中身を確認し、満足げに頷いて弾を見る。弾もまた、得意げに頷いてサムズアップを する。 ﹂ えっほえっほと荷物を居間に、更に奥のキッチンまで運び込む。三人のその足取りは ﹁まぁとにかく奥に行こう。一通りの用意はできている﹂ 心なしかウキウキとした軽やかなものだった。 ﹁一夏、一応俺の方でも確認させて貰って良いか ﹁どうぞどうぞ﹂ 言って一夏は弾をキッチンに招き入れる。 ? そもそも彼らは何故こんなことをしているのか。事の発端は数日前に遡る。 弾特製の漬けダレに一晩以上漬け込まれた鶏肉だった。 改めてクーラーボックスを開けた一夏は中からビニール袋を取り出す。袋の中身は ﹁じゃ、ご開帳﹂ 中にはなみなみと油が注がれている。 ウ ン ウ ン と 頷 く 弾 の 視 線 の 先 に は ク ッ キ ン グ ヒ ー タ ー に 置 か れ た 鉄 製 の 鍋 が あ る。 ﹁よし、これならすぐにでも取りかかれそうだな﹂ 第四十四話:夏休み小話集4 1619 1620 L○NEのトークを一部抜粋 一夏:なぁ、唐揚げ食べたくね 数馬:何を藪から棒に レよ、漫画読んだらちょっとな。ほら、月曜のアレ 数馬:あぁ、アレね 弾:アレか 一夏:アレだよ。週刊マンガ誌の最大手のアレ。アレのでな⋮⋮ 弾:確かに唐揚げ回あったな 数馬:リアクションが一々エロいんだよなぁ。⋮⋮ふぅ 一夏:単行本、買ってるんだけどさぁ。合間合間にある料理のレシピあるじゃん ? 一夏:ま、数こなせば割と何とかなるもんけどさ。料理って 難易度だってある 手軽﹂とか銘打ってあって、中には実際そういうのもあるけど、明らかにそうじゃない 弾:そりゃ気のせいじゃないな。後、レシピ本なんざそんなものよ。﹁簡単﹂とか﹁お あれ、段々難易度上がってるような気がするんだが⋮⋮ 一夏:いや、確かに夕方のニュースの食い物特集は実に食欲をそそられるけどさ。ア 弾:はて、ここ数日の夕方のニュースの特集じゃ唐揚げは扱って無かったような ? 弾:そりゃ何事も練習と経験だからな 数馬:時に一夏。それで唐揚げ食べたいから何だって 食べれば良いじゃない ちゃけ最近一人で飯作って食うのもつまんないというかさ。またウチ来ない 弾:良いけど 数馬:行くのは構わないけど、行ってどうするのかね 一夏:それなんだが、弾。仕込みを頼めるか。鶏の 弾:あぁ、そういうことな 数馬:なるほどね なったのである。 かくして、ノリと勢いだけで織斑邸での野郎ズ唐揚げパーティが開催される運びと るぞ 一夏:あぁ。ウチで思いっきりやろうじゃないか。唐揚げ食いたい。だから││揚げ ? 一夏:あぁ、うん。そうなんだけどさ、ちょいとたまには拘ってみたいというか、ぶっ ? ? 夕方から漬け込んである﹂ ﹁ところでそのつけダレのレシピは ﹂ ﹁おう。用意したのは鶏ももと鶏胸だ。どっちもこの五反田弾特製のつけダレに昨日の ﹁というわけで弾、お肉の説明よろしく﹂ 第四十四話:夏休み小話集4 1621 ﹁そこまで特別なモンじゃないぞ。オーソドックスに醤油やみりん、おろしたリンゴと か玉ねぎとか。味は保証する﹂ 胸を張って言い切る弾に、一夏も数馬もそれならば大丈夫だと頷く。一夏が武に対し そうであるように、弾も料理への強い思い入れを持っている。その意思の強さと実力に ﹂ 裏打ちされた保証だ。信頼する理由としてはお釣りがくるくらいに十分と言える。 ﹂ ﹁ところで弾。もう一つ確認しても良いか 何だ ? ﹂ ? るって言うからさ。で、セールだったもんでつい⋮⋮﹂ ﹁あー、それな。いや、肉の仕入れは数馬と一緒に行ったんだよ。費用はほぼ出してくれ いた。 く食べる方だ。だがそれでもなお、多すぎるのではないかと思わされる量が用意されて 一夏も弾も元々食欲は盛んな方だし、数馬も細身の体躯の割には男子高校生らしくよ い。 み︶が入っている。全部が唐揚げ用のものなわけだが、明らかに三人で食べる量ではな クーラーボックスの中にはこれでもかと言わんばかりに大量の鶏肉︵下ごしらえ済 ﹁流石に、これはちょっと量が多すぎやしないかね 一夏はクーラーボックスに歩み寄ると、中身を指さして真顔で問う。 ﹁ん ? ? 1622 ﹁一杯買って全部処理をしたと ﹁おう﹂ ﹂ ﹂ そこで一夏は数馬と弾の顔を見る。二人は共に﹁分かっている﹂と言う様に頷く。 ﹁さてと、それじゃあ││﹂ を手に感じながら思わず口元が緩んだ。 そして一夏は改めて手に持った鶏肉入りのビニール袋を見る。ズッシリとした重み ﹁オレが持ってくかは一先ず置いといて、始末に問題が無いならソレで良いよ﹂ いきたいって言うなら良いぜ﹂ ﹁残りは俺が持って帰る。店で出すなり、家の飯にするなりできるしな。一夏も持って ﹁一部は僕の方で引き取るよ。そのまま我が家の食卓にでも並べさせてもらうさ﹂ 至極当然の質問に先に応えたのは数馬だ。 ﹁で、余ったらどうすんのコレ ? ? ﹂ ここに野郎ズ唐揚げパーリィの幕が切って落とされた。 ﹃揚げるか﹄ ﹁うっしゃあ揚げろ揚げろー ! 第四十四話:夏休み小話集4 1623 ﹂ ﹂ ﹁まぁ待て落ち着け。あんまり入れ過ぎると油の熱が分散する﹂ ﹁一夏ー。テレビーつけて良いー ﹁良いよー﹂ ﹁ん∼、晩の本命があるし程々で良くね ﹁揚げる量はどんくらいにしようか﹂ ? ﹁ん まぁそりゃな﹂ ﹁そういえば一夏。そっちの学校も期末試験とかあったんだろう ? ﹂ にサボり魔である。こんなのだから陰でニートなどと揶揄されることがあるのだ。 だからこそ一夏も弾も何も言わないのだが、事情を知らない人間が傍から見れば完全 全然取れている。 ネックである費用の面でほぼ全面的に対応しているので、トータルで見ればつり合いは も、数馬はその高校生としては有り得ない財布ポイントで以ってこの集まりの最大の 一応テーブルのセッティングなどもしているが、明らかに働きの度合いが低い。最 何をやっているかと言えば、居間の方でテレビを見たりしている。 料理スキルが纏まったレベルで持っている弾と一夏が主な調理を担当する。数馬は ﹁じゃあそれで﹂ ﹁足りなかったら追加で揚げれば良いか﹂ ? ? 1624 ﹂ 一しきりテーブルのセッティングを終えた数馬がリビングのソファに腰掛けながら 声を掛けてくる。 ﹁どんな試験だったんだい ﹁やっぱりそういう内容か。で、筆記の方はどうだったかね ﹁⋮⋮お察しください﹂ ﹁あっ⋮⋮﹂ ﹂ ? 門科目とかあるし﹂ ﹁普通の試験だよ。筆記に、あと変わり種と言えばIS使っての実技か。筆記の方も専 ? というか、筆記にしても副担の先生が補習つけてくれなきゃ専門科目はオール赤 ﹁そもそも中学の時も受験勉強だって、数馬が居なきゃオレまじでヤバかったんだから な 点だったよ間違いなく﹂ ! ﹁当然。勉強だって別に自学で事足りるし、学校生活における僕ら生徒側の諸問題にし ﹁そういえばお前、前々から教師とかどうでも良いって言ってたな﹂ ﹁ふむ。君にそこまで言わせるとは、であれば本物なのかね﹂ よ。うん、本当に尊敬できるレアな人だ﹂ ﹁いや全くだ。本当に、感謝してもしきれないよ。何というかな、本当に良い人なんだ ﹁それはそれは。その先生の功績は大きいねぇ﹂ 第四十四話:夏休み小話集4 1625 たって、確固たる解決をできるわけじゃない。少なくとも、僕が学校に行くのはそれが 必要なことだからであり、後は人から教わらずとも自分で吸収できたことばかりだと 思っているよ﹂ ﹂ ? ﹄だ。こう、何か無いのホントに いやだって、周り女子で何も無いとかそ ? ? ﹁ま、その編は俺も概ね同意だけどな﹂ ういう考えが起きないとか、普通無いだろ﹂ エロゲ ﹁ふむ、それもそうか。いやそれでもだよ、端的に言って君の状況はまさしく﹃これ何て ﹁ねーよ阿呆。んなことになってみろ、オレは針のむしろ状態だ﹂ タッチやらスカートへのヘッドダイビングをかますToLOVEる展開だよ﹂ ﹁つまりアレだよ。桃色でストロベリってるような、例えば廊下で躓いてコケればパイ ﹁何もって、何がだよ﹂ 女子女子女子アンド女子な空間に放り込まれて、本当に何もないのかい ﹁それはそうとだよ、一夏。僕は前々より気になってはいたんだがね。周囲を見渡せば しまう一夏に数馬もまた一夏も似たようなものだと返す。 数馬のともすれば傲慢とも取れる物言いに、分かっていたこととはいえ思わず呆れて ﹁さて、腕っぷし絡みに関して言えば君もどっこいだとは思うがねぇ﹂ ﹁本当にお前、大した自信だよなぁ⋮⋮﹂ 1626 探りを入れてくる数馬に、唐揚げをひたすら揚げている弾も同調する。 どうと言われても、と若干困るように一夏は腕を組む。 るさ。ただ、やっぱり環境が特殊だしオレ自身もそうだ。だからそういうのもちょっと ﹁まぁオレだって男だよ。そりゃ、女子と良い感じになりたいとかってのは人並みにあ ﹂ は気を付けなきゃいけないところもあるし、それにその身近な同級生の女子ってのが問 題なんだよ﹂ ﹁それが意味するところは をって思って、どうしてもそっちを優先させるんだよ﹂ てると、何だろうね。もう本能レベルって言って良いのかな オレ自身がもっと上 しても思わずこっちが刺激を受けるような所を見せてくる奴もいる。そういうのを見 補生っていう、要はエリートポジションに居る奴は当然腕が立つし、そうでない連中に ﹁みんな、同級生や友達であると同時に競い合うライバルでもある。故郷の国の代表候 ? ? ﹁俺はよくは知らないけど、数馬がやってるそのギャルゲーとかか そういうのの主 ﹁いや、分かってはいたがね。本当に一夏は、こう、何だろうね﹂ 混ぜる。 数馬も弾も揃って黙り込み、時折﹁はぁー﹂だとか﹁うーむ﹂などの溜息や唸り声を ﹃⋮⋮﹄ 第四十四話:夏休み小話集4 1627 ? 人公には絶対ならないタイプだな﹂ ﹂ ! ﹁弾うるさい。いや、それも確かにそうでそういうケースが多いのも否定はしないよ。 ﹁どうせ声優とかだろ﹂ どさ。けどね、別に僕だってリアルの女子に惹かれないわけでも無いんだよ、うん﹂ ﹁自覚はあるんだけどねぇ、改めて言われると中々⋮⋮。いや、まぁ確かにそうなんだけ りの連中とか基本見下しスタンスなお前とか、オレ以上に無理あるだろ ﹁そ、そういう数馬はどうなんだよ。話す女子は画面の向こうの世界のやつばかり。周 とができない。 言う通りかもしれないと他ならぬ一夏自身がそう思えてしまうので、それ以上を言うこ 容赦の無い評価を下す数馬と弾に一夏も流石に苦い顔をする。とは言え、概ね数馬の ﹁お前ら揃って酷いなオイ﹂ ﹁なんか分かる気がするわ﹂ かどうでも良い系の﹂ は主人公よりも敵の方がよっぽどしっくりくる。それも自分の目的のためなら世界と 開ってのに力を入れているものもあるから。そういうのなら⋮⋮駄目だ。一夏の場合 割と普通にやれるその手のゲームには、そういう要素よりもバトルだとか﹃燃える﹄展 ﹁いやいや。ギャルゲーはともかくいわゆる十八歳未満お断りな、でもやろうと思えば 1628 けどねぇ、僕だって普通の女子にちょっとドキッとすることくらいあるさ﹂ 一夏と弾は顔を見合わせて﹁うっそだー﹂と棒読みで言い放つ。日頃が日頃だけに信 用性が薄いのは数馬とて重々承知しているが、流石にここまでの反応をされると微妙な 気持ちになってくるものである。 ﹂ ﹁じゃあ数馬。試しにその例を話してみてくれ﹂ ﹁⋮⋮言って信じるのかね 直に話すことにした。 顎に手をやり少し思案する。そして、話しても問題は無いかと結論付けると数馬は素 ﹁ふむ⋮⋮﹂ ことは無いし、あるならそういうことがあったってことで﹂ ﹁いや、そもそも嘘をでっち上げてどうこうって話でもないだろ。無いなら無いで話す ? 持ってたクレーンの景品らしき人形が床に落ちかけてね。慌ててキャッチして渡した らちょうど曲がり角の所で人が出てきて不覚にもぶつかってしまってね。で、その人が でアキバに行ってね。その時、ちょっとゲーセンにも寄ったんだよ。で、見て回ってた 少し前、夏休みに入るしばらく前の日曜さ。パソコンの部品だとか漫画とかの買い物 初めてのことだから僕自身も図りかねているのだけど⋮⋮ ﹁そう大したことじゃないがね。いや、正直なところを言えば結構最近のことで、しかも 第四十四話:夏休み小話集4 1629 んだけど、その時に、その、顔を見た時にね、いや、本当に僕自身驚いてもいるのだけ 外見のイメージは ? ど⋮⋮﹂ ﹂ ﹁ときめいたのか。で、どんなやつだった パッと見の年齢は 特徴とかは ? で、うん。まぁ、可愛い部類では、あるんじゃな ? いつまでもニヤニヤしてんじゃないよ ﹂ 無いからね。慣れない状況に少しばかり戸惑ってしまっただけだろうさ。だから││ ﹁まぁ、よくよく考えてみれば僕自身女子との交流なんてそれこそ鈴を除けば満足には は純粋に興味を馳せる。 果たして数馬にそこまで言わせた女子というのは一体どのような人物なのかと、二人 象と見下しがちであるあの数馬から、まさかこんな台詞を聞く日が来るとは。 けば常に満ち溢れた自信と、自他共に認める親友でもある二人を除いて他多数を有象無 面白いことを聞いたと言うように、一夏と弾が揃って顔をにやけさせる。あの口を開 ﹃ほほ∼﹄ いかな﹂ 分かった。多分ファッションかな ておとなしいって感じだったけど、眼鏡は多分ダテで度が入ってないね。レンズ越しで ﹁意外に食いつくね、一夏⋮⋮。年は、多分僕らと近いだろうね。あとは、眼鏡をかけて ? ? 1630 ! そうは言うものの、さっきのような話を聞いた後で笑うなという方が無理だと言うの が一夏と弾の意見でもある。そんな二人の様子に﹁だから言いたく無かったんだ﹂と数 馬は唇を尖らせる。 ﹁まぁ良いじゃないかよ数馬。そうへそ曲げるなって。面白い話聞かせてくれた礼に、 美味い唐揚げ食わせてやっからよ﹂ ﹁その肉、代金出したの殆ど僕なんだがね﹂ ﹁その礼も含めて、だ﹂ そろそろ揚がった唐揚げもそれなりに纏まった数になった頃合いだ。いくらか大皿 に移そうと食器棚に一夏が寄った所で、ポケットに入れておいた携帯が着信を知らせ ││││あれ、鈴だ﹂ ﹁ん ? る。 ﹁え ? いや、それは⋮⋮ちょっと待って オレ いや、今は家に居るけど。そりゃこの間話した ? え、マジで 今からか ? ﹁もしもし、どうしたよ。え 数馬も反応を示し、何事かと顔を見合わせる。 携帯の画面が知らせる着信の主は鈴であった。良く知る名前が出てきたことに弾も ﹂ ﹂ ﹁鈴 ? ろ。うん、うん。は ? ? ? 第四十四話:夏休み小話集4 1631 くれ﹂ そこで一夏は携帯を顔から話すと弾と数馬をそれぞれ見遣る。 ﹄ ? 三人の想定とは違った流れを呈しかけているのであった。 野郎オンリーで騒ぐ予定だった唐揚げパーティ ∼晩飯時には本命もあるよ∼ は、 沈黙が流れた。 予想だにしなかった内容に二人も揃って目を丸くする。そのまま三人の間に僅かな ﹃はい ﹁鈴が今からココに来るって。箒と簪││学校のダチ二人を連れて三人でだと﹂ 何かあったのかと聞いてくる弾に、一夏は状況をそのままに伝える。 ﹁どうした、一夏﹂ 1632 三人:前回のインフィニット・ストラトスッ すじのBGMを脳内再生の上でどうぞ︶ デンッ ︵ラ○ライブの前回のあら ? 弾:それは俺達もよく知るとある奴からの突然の電話 ﹄ ﹁鈴が、学校のダチ二人を連れてここに来るって⋮⋮﹂ ﹃はいぃい 数馬:突然の介入に思わず戸惑う僕たち 弾:そうこうしている内にも唐揚げは揚がっていく ! 数馬:特に滞りなく進む準備の最中、予想だにしていないイレギュラーに見舞われる 一夏:ノリで集まって唐揚げパーティをすることになったオレ達 ! 一夏:そして、たっぷり用意されたお肉の行方は何処へと この茶番﹂ ! !? ? ﹂ ? と揚げる量を決めたいんだよ﹂ ﹁おい一夏、数馬。良いから決めちまえ。俺は別に人が増えても構わないから。さっさ ﹁いや、それは、つい⋮⋮﹂ がね ﹁いや、やってみたら面白いかなぁって。それに一夏も結構ノリノリように見えるのだ ﹁⋮⋮なに 第四十四話:夏休み小話集4 1633 ﹃あ、はい﹄ ﹂ 一夏の夏休み そのさん ∼強いて言うなら﹃一夏のグルメ﹄ ﹁でだ、数馬、弾。どうする ∼ ? まぁ、別に招いてどうというわけでもなさそうだ﹂ ? グの追加を行う。いそいそと二人が行き来するのはキッチンとリビングだ。 更に本腰を入れた弾に料理は任せることにして、一夏は数馬を顎で使ってセッティン ﹁任された﹂ ﹁数馬、この皿をそっちに頼む﹂ で済む胸肉も加えていく。 る。加えて、女子が加わることへの配慮か、もも肉メインで揚げていた所に低カロリー 流石に六人分となると相応に量も必要となるため、弾は鶏肉を揚げるペースを早め ﹁よーし揚げるぞー、どんどん揚げるぞー﹂ 結論。招く、OK。昼食、折角なので三人も頂くということで。 ﹁あいよ。││あぁ、鈴か。あのな││﹂ ﹁俺も別に良いぞ。あ、昼飯要るか聞いてくれ。必要ならその分も追加で用意しとくわ﹂ IS学園の生徒なのだろう ﹁僕は別に構わないがね。鈴はよく知っているし、あとの二人に関しても音に聞こえし ? 1634 ﹂ 本来はダイニングで食べる予定だったが、人数が増えたために急遽折り畳み式のテー ﹂ 料理は仕上がったぞ一夏 何時でもお迎えできるぞ 唐揚げ、揚がった 汁物、出来た ! ! ブルを幾つかリビングの方に出してそこで食べる方針に切り替えていた。 ﹁飯、炊けてる ﹁こっちもセッティング完了 ! ! ﹂ そういうと一夏は﹁はいよー﹂などと玄関の方に返事をしながら向かって行く。 ﹁オレが出るよ。二人はちょい待ってて﹂ ﹁ふむ、来たようだね﹂ 後、弾と数馬がやってきた時と同じようにピンポーンとベルが鳴る。 互いに完璧に仕上げた準備に一夏と弾は見合い頷くと、力強くサムズアップする。直 ! ! ? ﹃ここも久しいな⋮⋮。失礼する﹄ ﹃そりゃありがたいわね。お邪魔するわよー﹄ ﹃おう、来たな。ちょうど飯も仕上がってるぜ﹄ 接会って話すのは初めてだ。さてどのようなものかと考える。 徒、駅のモールでそれらしき人物を見かけたことは二人も何度かあるが、このように直 思えば二人にとっても鈴との再会は軽く一年以上ぶりとなる。加えてIS学園の生 ﹁さぁな。けど、ここに来るって聞いても一夏が嫌って言わないならそれで充分だろ﹂ ﹁さて、鈴はともかく後の二人とは一体どういう人なんだろうね、弾 第四十四話:夏休み小話集4 1635 一夏の後に続いて二人分の声が玄関の方から聞こえてくる。片や久しぶりとなる鈴 の声に、もう片方は初めて聞く声だが、おそらくは件の友人の一人だろう。鈴とは異な り、声の響きだけでも生真面目な気質を感じ取れた。 来る予定は三人。ということは、まだもう一人いるはずだろう。そう数馬が考えた矢 先に三人目の声が聞こえた。 ﹂ ? ﹂ ? ﹁お邪魔します﹂ ともあり、やや緊張気味だがそれでも律儀に挨拶をする。そして││ 悪いことではないのか、表情は僅かに綻んでいる。対する箒は初対面の者の前というこ 先に入ってきたのは鈴と箒だ。何だかんだで久しぶりに会えたことは鈴にとっても ﹁失礼する。む、そうか。お前たちが話に聞いていた一夏の友人か。突然にすまないな﹂ ﹁ウッソ、マジで弾に数馬じゃない。うわー、久々だわー﹂ て玄関と居間を繋ぐ廊下から四人がやってくる。 まる。予想外の反応をした数馬に弾が何事かと聞こうとした瞬間、ガチャリと音を立て 聞こえてきた三人目の声、それを聞いた瞬間に数馬は小さく声を漏らしてその場に固 ﹁数馬 ﹁⋮⋮え ﹃お邪魔します﹄ 1636 最後に入って来た簪を見た瞬間、表情こそ変えないものの数馬の雰囲気が明らかに変 わったのを弾は感じた。 ﹁あれ、君は⋮⋮﹂ ﹁や、やぁ。その節はどうも﹂ ﹂ 数馬を見た簪の、明らかに初対面では無いだろう反応に数馬もやや上ずった声で挨拶 どうした を返す。 ﹁ん ? ﹂ う思ったように何事かを尋ねてくる。 最後にやってくる。そして、居間に入る前から数馬の変化に気付いていた一夏は弾がそ おそらくは、否。確実にこの場においてもっとも人の気配というものに敏感な一夏が ? ? ﹁なに もしかして知り合いだったとか ﹂ ? うに小さく頷く。 瞬間、一夏と弾は鋭く目を細めると同時に視線を交わし、互いに確信を確認し合うよ ﹁少し前に、秋葉原のゲームセンターでちょっとだけ話をしたことがある﹂ ﹁僕もだいぶ驚いているがね、その通りだよ。以前に、ちょっとね﹂ ? 数馬を指して聞いてくる簪に一夏は﹁そうだけど﹂と素直に答える。 ﹁あぁ、織斑君。彼、君の友達 第四十四話:夏休み小話集4 1637 ︵なるほど、そういうことか︶ ︵それが指し示すところはつまり││︶ ! ﹁更識 簪。一応、日本の代表候補生﹂ は剣道で同門でもあった仲だ﹂ ﹁今度はこちらだな。篠ノ之 箒だ。一夏とは古馴染でな。10歳の時に転居するまで 一夏の紹介にジト目を向ける数馬に鈴が呆れるように言う。 ﹁いや、アンタ見てくれは良いけど中身が終わってるじゃん﹂ ﹁よろしく、というか一夏。見た目とはどういうことかね﹂ ﹁よろしくな﹂ た目優男が御手洗 数馬だ﹂ ﹁というわけで、箒と簪は初めてだよな。こっちのロン毛が五反田 弾。で、こっちの見 の表情がアリアリと語っていた。 確信した瞬間、一夏と弾の口元に小さな笑みが浮かぶ。﹃面白いことになった﹄と、そ ︵数馬が一目でホの字になった相手││ ︶ ︵この眼鏡の子が数馬が言ってたゲーセンでぶつかったって奴︶ 1638 箒の名乗りに数馬は僅かに目を細め、候補生と名乗った簪にその意味を一夏経由で 知っている弾は驚いた様子を示す。 ⋮⋮﹂ ﹁篠ノ之さん、で呼び方は良いかな 間違っていたらで申し訳ないのだが、君はもしや いるのは事実だが、そう立派な人間というわけでもない﹂ ﹁あぁ、改めて。それと、姉をそう褒める必要は無いよ。確かに抜きんでた能力を持って はかねがね聞き及んでいるが、それはそれだ。では改めて、よろしく﹂ ﹁あぁいや、そういう意図は無いよ。ただ気になったから確認をしたまで。姉君の高名 があっても私では力になれそうにないからな。そこは予め断らせておいてほしい﹂ ﹁察しの通りだよ、御手洗。私の姉は篠ノ之束その人だ。ただ、姉に関して知りたいこと ? ﹁私も、言った方が良い ﹂ はない、好感を覚える姿勢だ。 芯の通った箒の声に数馬と弾は内心で感心するように頷く。有り体に言って嫌いで ﹁おう、よろしく﹂ だったな。改めて、よろしく﹂ ﹁仮にも血の繋がった姉妹だ。このくらいは遠慮なく言わせて貰うさ。それと、五反田 ﹁おや、これは中々手厳しい﹂ 第四十四話:夏休み小話集4 1639 ? ﹁さて、それはご自由に﹂ 簪の確認に一夏は好きにすればいいと答える。 ﹂ ? 繋がりのない弾と箒も纏められるよう、二人の連絡先を知っている一夏が起点となっ のチャット︵つまりはトークよ︶機能によるものだった。 四人の携帯に共通して投入されている通話アプリ︵今更だがL○NEのことである︶ ﹃一夏、弾、鈴、箒﹄ 箒の携帯が一斉に振動での通知を告げた。 に共通らしい話題をする二人を見ながら一夏は携帯を操作する。直後、弾と鈴、そして アキバに居たことなどから簪がそうした方面への趣味を持っているのか、そんな互い ﹁いやいや、あの程度なら全然。ところで、もしかして君は││﹂ ﹁うん、全然平気。私もあの時はボゥッとしてたから。ごめんね﹂ ﹁しかし、その節は申し訳なかった。荷物は、大丈夫だった 驚いていることは事実だと、声の調子に表す数馬に簪も同意するように頷く。 ﹁それは私も﹂ ﹁こちらこそ、改めて。いやしかし驚いた。よもや君が一夏の知り合いだったとは﹂ ﹁あぁ、よろしく﹂ ﹁じゃあ、私も改めて。更識 簪。二人とも、よろしく﹂ 1640 て広げられていた。 一夏:さて箒、鈴。面白いことがあるぞ 箒:いきなりどうした。わざわざこんなものを使うとは、つまりは今話してる二人に は内密か 何であたしよ 一夏:そういうこと。いや、本当にマジで驚くぞ。特に鈴 鈴:は 鈴:はぁ 一夏:うん。実はな、数馬のやつ。簪にホの字だ 鈴:弾うっさい。で、何なのよ 弾:まぁ良いから聞けや。あぁ、大声とか出すなよ。お前その辺かなり甘いからな ? 箒:ほぅ。いや、確かに初対面というわけではなさそうだが。一夏、どういう経緯だ !? 一夏:実はな││︵秋葉でのアレコレを手短に説明︶││というわけだ 鈴:はぁー、数馬がねぇ。そりゃ確かに驚きだわ 弾:何せ俺らも驚いたからなぁ 箒:なるほど。確かに意外と言えばそうだが、しかしそこまで驚くほどのことか ? ? 鈴:驚くほどのことなのよ。箒、あんたから見て数馬はどんな印象 ? 第四十四話:夏休み小話集4 1641 1642 箒:む そうだな。どちらかと言えば一夏とは逆の、文学的なタイプ、かな 後 ? それは ? 箒:なるほどな。確かに、私も姉さんがいきなり愛だの恋だの言いだしてそれにかま よ。いやホント 見下しているようなアイツが同い年の女子に一目ぼれってのはマジで驚いているんだ 一夏:流石にな。まぁとにかくだ、そんな輩が、ましてや特に同年代とか基本大半を ないようだが 箒:⋮⋮あぁ、それだけで十分に察せるよ。まぁ、流石にあの人ほど突き抜けてはい もっと分かりやすい言い方があるぞ。割と束さんよりの性格と言えばわかるだろう 一 夏:ま、平 た く 言 え ば と て も 面 倒 く さ い 性 格 し て る ん だ よ。そ れ と 箒。お 前 に は ど チの俺らとか、あいつがそうすべきと判断した相手には誠実的であるのも事実なんだけ 弾:良いダチではあるんだけどな。性格の悪い部分は擁護できないんだよ。まぁ、ダ 一夏:ところがかーなーり事実なんだよなぁ 箒:いや、言い過ぎではないか 実際のトコは、性格も性根も性癖も何もかもねじまがったトンデモ野郎よ 鈴:まぁ概ね合ってるわね。華奢で知的な優男、確かにそれは間違ってないわ。けど は、頭もよさそうだな ? けたら驚くどころじゃ済まないだろうな。天変地異前触れか、あるいはいよいよ以って 世界の終わりでも近づいているのではと勘繰るところだ 鈴:それで、わざわざ話してどうすんのよ。別に数馬を冷やかそうだとか邪魔しよう だとかってわけじゃないんでしょ 成り行きに任せて見てようぜってことで 鈴:そういうことね。ま、いいんじゃないの 大作戦だ 一夏:なに、いざとなったらオレ達で数馬を応援しえやろうじゃないか。名付けて、 弾:というわけで、俺は皆の親睦を深めるべく料理を用意するんで 箒:そうだな。わざわざ変に絡む必要も無いだろう ? 一夏:勿論だ。ただ、特別どうこうってわけじゃないよ。一応知らせておいて、後は ? ミッション・あなたのハートにラブアローシュート 弾:一夏、ねーわ 鈴:無いわね ・ω・`︶ショボーン 箒:流石にそれはな⋮⋮ 一夏:︵ ´ ! ﹁さて、そろそろ頃合いだろ。飯の用意もできてるから、みんなで食べようぜ﹂ 第四十四話:夏休み小話集4 1643 そう言いながら弾が立ち上がり、一夏もそれに続く。 ﹃いただきます﹄ 作り上げた椎茸をメインにした吸い物もある。 デン、と大皿に盛られた唐揚げの山。そして各人の前には各々のご飯と、弾が即興で てくれ﹂ ﹁さて、ちょっとしたハプニングもあったけど、これで準備は完了だ。さぁ、存分に食べ いるのだが、二人が気づく気配は無かった。 まま座り続け、再度雑談に興じる。その様子を、準備をしながら四人がチラチラと見て 以上増えても仕方がないと一夏が二人を制する。そういうことならと数馬と簪はその 箒に続いて鈴も立ち上がり、更に数馬と簪も手伝おうと立ち上がろうとするが、これ ﹁それじゃあたしも手伝うわ﹂ ﹁心得た﹂ ﹁じゃあ、盛り付けた皿を運ぶのだけやってくれ﹂ ﹁そうは言うがな、ただ馳走になるだけというのも流石に心苦しい﹂ ﹁いや、大丈夫だよ箒。とりあえず座ってて全然OKだぞ﹂ ﹁む、私も手伝うぞ﹂ 1644 第四十四話:夏休み小話集4 1645 その言葉と共に全員が一斉に箸を動かし始める。とりあえず数馬が簪を前にどんな 様子を見せるのか、依然気になってはいるものの一夏は一先ずは目の前の料理に集中す ることとした。 思えば、こうして弾の料理を食べるのもそこそこに久しぶりのことである。 まずは白米。日本の食卓の基本にして王道、しかしそれ故にある意味で最も重要な意 味合いを持つ品だ。スゥ、と鼻で息を吸い香り立つ湯気を鼻腔一杯に取り込む。 炊けたご飯の匂いは、悪阻などが酷い妊娠初期の妊婦には辛いものであるらしいが、 そうした特殊な例外を除いて好まない日本人など早々居ないだろう。一夏もれっきと した日本人。白米の香りには否応なしに日本人としての血を刺激させられる。 箸で一掴み、一気に頬張る。美味い。静かに口内で米を噛みながら、噛むほどに存在 感 を 増 し て く る 甘 味 を 堪 能 す る。自 然 由 来 の 優 し い 甘 さ と で も 言 う べ き だ ろ う か。 キャンディーなどから得るものとは違う、自然と溶けていくような甘さに心穏やかにさ せられる。 そして白米を飲み込むと同時に箸を伸ばした先は大皿の唐揚げだ。今回の唐揚げは 急遽女子が参加するということもあり、女子が気にするだろうコレステロールにも配慮 した胸肉を使ったものも含んでいるが、一夏は食べ盛り育ちざかりの男子。迷うことな 1646 くカロリーばっちこいなもも肉をチョイスする。 一つ、箸で持った瞬間に揚げた弾の腕前を実感させられる。肉が持つずっしりとした 質感がありながらも、箸の当たる衣は実に軽やかな触り具合だ。食べるまでも無く、そ の食感を自然とイメージさせてくる。口元に近づけ間近で見ると更に揚がり具合の良 さを感じさせられる。キッチンペーパーで余計な油は取り除きつつも、うっすらと残っ た油が衣を照り輝かせている。色合いも鮮やかなブラウン、焦げ付きなど微塵もありは しない。 そ し て、一 気 に 頬 張 っ た。う む、美 味 い。心 の 中 で 思 わ ず 感 嘆 の 声 を 呟 く。ま ず 伝 わってくるのは衣がサクッと割れる感覚だ。あの独特の軽さを持った音が口内から頭 蓋を伝わって直接脳内に響いてくる。衣としてしっかりとした硬さを持ちながらも、一 噛みで軽やかに割れる食感はただ見事と言うより他ない。 衣のすぐ下にはいい塩梅で火の通った肉がある。牛や豚と比べれば柔らかい鶏肉だ。 スッと抵抗なく歯による分断を受け入れ、途端に中からジュワリと肉汁を溢れさせる。 予め下味用に漬け込んでおいたタレと、肉それ自体の元々の旨みが混ざり合い口中に弾 けて広がる。加えて下味用のタレに入っている香辛料の香り。これが口内から鼻腔へ と一気に広がり、味との相乗で美味さを格段に跳ね上げる。もはやあれこれと語る必要 はあるまい。美味い、ただその事実だけ分かれば十分だ。 曰く、物事は本質に迫れば迫るほどにそれを表す言葉はむしろ陳腐なものになるとい う。火は火としか言わないし、水も同様だ。 或いは競技で例えてみる。その道のプロ、それも最上級と呼んでいい選手の動きは、 時としてそれへの心得をある無し問わずに見る者を圧倒させると言う。そうした、自身 では及びもつかないとしか言いようのないものを前にした時、その者にとってソレの本 質はそのままだ。とんでもないもの、ということになる。映画のアクション、スポーツ におけるプロの試合、それらを見て﹁すげぇ﹂としか言葉にならないという経験は誰し もが思い当たるものだろう。 この唐揚げもそうである。言おうとすれば、あれこれを理屈付けめいた言葉の装飾を 付けることは、まぁできる。しかしそれを忘れさせるほどに食べるものを圧倒してくる 美味さ。それも唐揚げという料理の特性上、同じものを何度と口に入れることで幾度と なくその圧巻が襲ってくるのだ。もはや美味の集中砲火と呼んでも良い。それを前に すれば出てくる言葉はただ一つだ。 このまま唐揚げの怒涛の連打といきたいが、ここで舌を小休止させる。今度は別の椀 来だったのか満足そうに頷いている。 この場の誰もが同じような感想を述べる。作り手である弾にとっても納得のいく出 ﹁美味い﹂ 第四十四話:夏休み小話集4 1647 1648 に注がれた吸い物だ。ご飯には味噌汁、これもまた定番中の定番にして王道と言える。 特にあさりの味噌汁など堪らない。 が、今回は味のしっかりした唐揚げが主役でもある。よって、今回はあえて味が主張 をし過ぎない吸い物をチョイスした。 干しシイタケを使った出汁を薄口醤油や塩など、少量の調味料で味付け。出汁に使っ た椎茸をそのままに、さらに別で用意した普通の椎茸も具に加える。それに留まらず、 豆腐に刻み葱、溶き卵も加える。 透き通った汁に椎茸と豆腐、そこへ刻み葱が彩を加えて、溶き卵がまるではためく レースのように飾りとなる。 まずは汁だけを一口。椎茸の旨みが溶け込んだ、ほっとするような味わいだ。今度は 具も一緒に。汁を吸いこんだ椎茸の美味さは言うに及ばない。豆腐の柔らかさと存在 感が口内でホロリと崩れる食感と、葱のシャキシャキとした食感のコンビネーションが 楽しい。特に葱はその風味が口の中をリフレッシュさせる。汁の熱で僅かに固まった 溶き卵の優しい舌触りと甘さは、口の中の疲れを取り除くようだ。 吸い物で一時のインターバルを終えると、再び唐揚げに箸を伸ばす。だが今度はただ そのまま頬張るのではない。 別の小皿に用意されたタレ、ピリリとした刺激を与えてくるチリソース、甘味と酸味 が絶妙に入り混じった胡麻マヨソース、これら二種のソースをそれぞれ用のスプーンで 一垂らし。 美味さと美味さの相乗が新たな昂ぶりとなって口内に広がる。こうなるともう止ま らない。ただ一心不乱にご飯を書き込み、吸い物を啜り、唐揚げを頬張る。 最初の内こそ団欒とした雰囲気で会話も弾んでいた食卓だが、その会話も徐々に減 り、誰もがただ目の前の料理に集中するだけとなっていた。 ﹁ごちそうさまでした﹂ 気が付けば用意された料理は綺麗に平らげられていた。もっとも、唐揚げに関しては まだ下ごしらえをした段階の肉が幾ばくか余っているのだが、それについても処遇は決 まっているので問題は無い。 ? ながらも味を認める。 ﹁五反田くんは、料理店か何か ﹂ 料理自体にもそれなり以上の心得を持っているため、その腕前に若干の悔しさを滲ませ 箒は素直に味への賞賛を送り、鈴は自身も元とは付くが弾と同じ料理店の子であり、 理じゃ弾が上かぁ﹂ ﹁揚げ物は中華にもあるからあたしも得意な方なんだけどねぇ。悔しいけど、やっぱ料 ﹁いや、実に見事な味だったよ。堪能させてもらった﹂ 第四十四話:夏休み小話集4 1649 ﹁ん あぁ、そうだよ﹂ 簪の問いに弾は頷く。 ? ぜひご贔屓にってことでよろしく﹂ ﹁あぁ、その折には是非馳走にならせてもらおう﹂ 勧誘に色よい返事を返す箒と簪に弾は内心で﹁よし、ご新規二人確保 ! ﹁楽しみにしてるね﹂ ズをする。 ﹂とガッツポー ﹁よせよ数馬、照れるだろ。まぁお二人さん、来たら少しはサービスさせてもらうから、 よ。味は、僕が胸を張って保証させてもらうとも﹂ ﹁更 識 さ ん。そ れ に 篠 ノ 之 さ ん も。良 け れ ば 今 度 機 会 が あ れ ば 立 ち 寄 る こ と を 勧 め る ンと頷く。 野郎三人衆の三大溜まり場の一つ、五反田食堂を思い出しながら数馬と一夏はウンウ 安く飯にもありつける。もう一石二鳥だよ﹂ ﹁何が良いって、厨房仕事の手伝いとかすると安くしてくれるのがな。仕事で体を鍛え、 ﹁ちなみに僕や一夏もその常連よ﹂ ね。実家だし、馴染みの常連さんとかも多いからその辺の思い入れは深いよ﹂ ﹁別にミシュランだとか三ツ星だとかそんなのとは無縁の、しがない町の定食屋だけど 1650 その後、食器などを一通り片付けると六人は揃って居間で歓談に興じる。話すのは各 人のこと、あるいはそれぞれの学校や私生活のことなどだ。 んたら、本当にそっくりよ﹂ ﹂ ﹁けど、本当に弾の料理馬鹿も相変わらずよねぇ。一夏とつるんでるのも納得だわ。あ ﹁ほう、凰。それはどういうことだ ﹁なるほど、それは納得だ﹂ 弾よ﹂ 言うか。ぶっちゃけ一夏の武術を料理に置き換えて、でも気持ちマイルドめにしたのが ﹁簡単な話よ。一夏ほど露骨じゃあ無いけど、弾も料理に関しちゃかなり意識が高いと ? 違うの ﹂ ﹁待て鈴。それじゃオレや弾がまるでただの武術馬鹿と料理馬鹿みたいじゃないか﹂ ? ? ﹁ほう 何だそれは ﹂ ? 本、お題は先生の方で決めるんだけど、最後の調理実習だけは好きに決めて良いって ﹁一つ目、調理実習やり過ぎ事案よ。家庭科の授業で何度か調理実習をやったのよ。基 ? ﹁というわけで箒。あんたに弾がやらかした中学時代の料理エピソードを一つ話すわ﹂ ﹁ま、俺も料理に手は抜けないからな﹂ ﹁⋮⋮否定しきれないのがなぁ﹂ ﹁え 第四十四話:夏休み小話集4 1651 なったのよ。もちろん、材料とかは自前で。 で、その調理の班員が弾、一夏、数馬のいつもの三人だったんだけど、この三人だけ ﹂ 気合入れまくって││フルコース作りやがったのよ﹂ ﹁ふ、フルコースだと ﹁どうせなら最後は盛大に行きたいじゃん ﹁だまらっしゃい馬鹿一夏に馬鹿弾﹂ ﹂ ﹂ そんな風に鈴が過去の思い出を語ったりもすれば││ ﹁へぇ、更識さんはISの組み立てまで自分で ? い、いや、いきなり名前は流石に失敬ではないかね ﹁で、では、か、かん、簪さんと⋮⋮。いや、いかんね。こうして女子と対等に話すとい ? ? ﹁少しだけ、関わらせて貰っただけだよ。あと、簪で良いよ﹂ ﹁はぃ !? ﹁別に気にしないから。それに、苗字はちょっと⋮⋮﹂ ﹂ 事前にできる仕込みは済ませといたから現場での手間もそうでもないし﹂ ﹁いやだって、好きに作れって言われたからさ。一夏や数馬と相談してだな、食材だって わ﹂ デザートまで完備よ。あの時の家庭科の先生のドン引きした顔、今でもよく覚えてる ﹁そう、フルコース。まぁだいぶ簡略化はされてたけど、前菜、スープ、魚に肉、更には ? 1652 うのはどうにも慣れない﹂ ﹁意外だね。そういうの得意そうだと思うけど﹂ いる自信がある。だから、どちらかと言えば上から見下ろす高慢ちきが付いていてし ﹁恥ずかしながらね、自分で言うのも何だけど、僕は他の同年代の大勢よりは少々優れて ﹂ まってね。一夏や弾、鈴くらいなものだよ。例外は﹂ ﹁へぇ。じゃあ、私は は弁えているつもりだよ﹂ ﹁い、いや、聞かせて貰った実績を鑑みれば当然のことだとも。これでも、払うべき礼節 ﹁ふふ、ありがと﹂ ﹁むしろ敬意すら払おう﹂ ? していた。 トランプやUNOをやったりと、何でもないごく普通の過ごし方で数時間を六人は過ご そうして、一夏が部屋の奥から引っ張り出したゲーム機で対戦に興じたり、あるいは ながらも簪と話を弾ませていたりしている。 こんな感じで数馬が彼にとっては実に珍しいことに、少々言葉につかえやや緊張をし ﹁⋮⋮⋮⋮いや、一夏や弾以外にそう言われたのは初めてだよ﹂ ﹁そうなんだ。君、結構面白いね﹂ 第四十四話:夏休み小話集4 1653 ﹁あちゃー、もうこんな時間か﹂ 時計を見た鈴の言葉に箒と簪も時間を確認し、そろそろかと頷く。事前に実家への帰 宅のために外泊手続きをしていた一夏とは異なり、三人はあくまでただの外出。校則に て定められた時間までには学園に戻っていなければならない。 ﹁悪いけど、あたしたちはそろそろ帰らせて貰うわ。弾、ご飯ありがとね﹂ ﹁色々と馳走になったな。今度はお店の方に寄らせてもらうよ﹂ 立ち上がり帰り支度をする三人に合わせて一夏らもいそいそと居間の片づけを始め ﹁どうも、ごちそう様でした﹂ る。ゲームやら漫画やらなにやら、色々と広げ過ぎていた。 その間にオレと弾で片づけやっとくからさ﹂ ﹁あ∼、もう夕方だし女子だけってのもアレだろ。悪い数馬、駅まで見送り頼めるか しよう﹂ そう申し出る数馬に鈴は思わず苦笑する。 あたし達三人、腕っぷしには結構自信あるのよ ﹂ ﹁数馬ねぇ。ボディガードにしちゃ、ちょいと頼りないんじゃないかしら ? ﹁ハッハッハ、その程度の事は無論承知済みだとも。国家代表候補生、その身分は各国の ? これでも ﹁ふむ。まぁ別に構わんよ。というわけでお三方、不肖ながら駅まで同行させて貰うと ? 1654 軍部に組み込まれる。当然、然るべき心得はあるものと理解しているとも。篠ノ之さん にしても、かなりの使い手と一夏から聞き及んでいる。が、そこはアレだよ。少しばか りは恰好を付けさせてもらいたいのさ。それに、僕自身も腕には覚えがある。一夏ほど とは口が裂けても言わないがね、チンピラの一人二人程度ならどうということはない﹂ その言葉に彼を良く知る鈴は目を丸くする。彼女が見てきた御手洗数馬という人間 は徹頭徹尾頭脳プレー派。少なくとも殴り蹴りだのの荒事とは常に無縁のスタンスを 取り続けていた姿が記憶に残っている。そんな彼から喧嘩の腕に自信ありと聞くとは、 夢にも思っていなかった。 ﹂ ﹁あぁ、実際数馬はそこそこやるぞ。というか鈴、タイマンならお前とだっていい勝負は ﹂ できるんじゃないか ? ? ﹂ ? いし。始めはオレが少し教えた程度だけど、数馬。確か後は独学に近いよな ﹂ ﹁流石に喧嘩で猫以下の雑魚ってのもな。どこぞの追放されたシスコン皇子じゃあるま する。 数馬の体格を観察しながら所見を述べる箒に一夏は指を鳴らしてその通りだと肯定 の類に心得が ﹁ふむ、しかし体つきは少々細いな。筋肉質というわけでも無さそうだ。となると、合気 ﹁マジで 第四十四話:夏休み小話集4 1655 ? ﹁いかにも。いやはや、時代の進歩とは便利なものだよ。今では優れた指導者の技術を 収めた映像が通販で取り寄せられる時代だ。まぁ、役立たずにはならないから安心して ﹂ 欲しい。もっとも、こんな腕っぷしの荒事ばかりは僕も完全とは言えないがね﹂ ﹁何よ。なんか弱点でもあるの 関で靴を履いた四人を一夏と弾が見送るところまで来ていた。 やいのやいのと漫才染みたやり取りをしながらも、準備のあれこれは進む。そして玄 ﹁はい、数馬は大丈夫です﹂ ﹁備えあれば憂いなしって霧島さんも言ってるだろうが﹂ 立ち回るだけだよ﹂ ﹁いやいや、あくまでこれは僕にとっても非常手段だからね。基本、そうならないように ﹁だからあれほど体力つけとけってオレは常々言ってるのにさー﹂ のしようがないため、仕方がないと言いたげに肩を竦める。 その言葉に三人揃って﹃あぁ⋮⋮﹄と納得するような声を漏らす。数馬としても否定 よ。ただ││悲しいくらいに体力が無い。したがって継戦能力に難ありだ﹂ ﹁こいつ、技のレベルは間違いなく高いんだよ。素養があるかどうかと言えば大有りだ に振る。 例えば動きに癖があるだとか、そういう類なのかと当たりをつける鈴に一夏は首を横 ? 1656 ﹁じゃあ一夏。また学園でな﹂ ﹁あぁ、またな﹂ 帰る三人とその見送りの数馬を送り出して一夏と弾は再び片づけへと取り掛かって いった。 ﹁ここまでで大丈夫よ。悪かったわね、数馬﹂ 駅の入り口まで来たところで鈴がもう大丈夫と数馬に言う。流石にここまで来れば 危ないも何もないだろうと、数馬の素直に頷く。 ものの、意を決し数馬は声を掛けることにした。 最後に簪とも挨拶を交わし、簪は駅へと入ろうとする。その背に、一瞬迷いこそした ﹁あぁ。並に君も気を付けて﹂ ﹁じゃあ、御手洗君。またね﹂ を告げると駅へと向かって行く。 手を振って駅の中へと入っていく鈴、それを追って箒も﹁では﹂と簡単な別れの挨拶 ﹁相変わらず面倒くさい喋りしてるわねぇ。まぁ良いわ。それじゃね﹂ ﹁ではここまでで。一応礼儀として、気を付けてとは言っておくよ﹂ 第四十四話:夏休み小話集4 1657 ﹁簪さん﹂ ﹂ 一気に吐き出す。 だったのでね﹂ ﹁良かったら、メアドの交換でもどうかな 君との話は、僕にとっても有意義なもの 振り向いた簪に、数馬は一呼吸して言うべき内容を素早く脳内で整理すると、それを ﹁なに ? 軽く手を振りながら数馬は簪を見送る。その背が見えなくなると同時に手を下ろす ﹁あぁ、それじゃあ﹂ ﹁それじゃあね、数馬くん﹂ は頷く。そうしてアドレス交換が終わり、今度こそ簪は駅へ向かうことになる。 最後の方だけ少しばかり憤りを滲ませながらも伝えた要求に、これまたあっさりと簪 それに、苗字だとトイレネタでからかう輩もいるもので﹂ ないよ。というより、一夏や弾、鈴のような親しい人は大抵名前で呼んでいるからね。 ﹁あぁそれと、君を名前で呼ぶからというわけではないのだがね、僕のことも名前で構わ に口元に笑みを浮かべてアドレス交換のための操作を行う。 実にあっさりとした承諾の返事に、数馬は一瞬肩すかし気味なものを感じるも、すぐ ﹁うん、良いよ﹂ ? 1658 ﹂ も、しばしその場に立ち続ける。そして、おもむろに小さくガッツポーズを決めた。 ﹁っしゃあ、キタコレ⋮⋮ 抑え込み、グッと拳を握る。 口をぶち開けるクラ○キー並に飛び跳ねて喜んでいただろう。そうしたいのを理性で 公共施設の入り口までなければ、ド○キーに鍵を開けて貰い、次のステージへの入り ! 怪しい奴そのもののだったりなかったりしたと言う。 そうして喜びを噛み締めながら一夏の家に戻る道中、数馬の姿は時折妙な動きをして 考えているわけでは断じて無い。 どん底に叩き落すために2クールに渡っての友情ごっこをしようだとか、そんなことを 別に希望を与えた挙句それを奪ってファンサービスと言おうだとか、騙した時により に喜んでいるだけである。 JCよろしく下衆な顔つきになっている。彼の名誉のために言うが、今現在の彼は純粋 まったのか、まるでカードゲーム中に相手の心理を読みぬいて口撃フェイズに移行する 本人的には喜んでいるつもりなのだが、浮かべている表情はそうする癖がついてし うより他あるまい﹂ じゃない。この僕の、御手洗数馬のラッキーだ。御手洗のラッキー、ミタラッキーと言 ﹁ふっふっふ。あぁ、実に幸運。ラッキーとしか言いようがない。いや、ただのラッキー 第四十四話:夏休み小話集4 1659 ﹂ ! ﹁いざ ご開帳 ﹂ ! サザエでございまーす それが嫌いという理由でも無けれ ! 広がる。 蟹だ ホタテだ ! の太っ腹によるものである。 本命、唐揚げよりお高い海の幸ディナーコースのメインである。ちなみに出資者は数馬 ば見る者全てがゴクリと喉を鳴らすような海の幸三種がそこにあった。これぞ今回の ! 抑えきれない興奮と共に一気に全てを箱の蓋を開ける。直後、箱の中から磯の香りが ! 別の発泡スチロールの箱がある。 いたものとは別の、そして何としても女子には見つかるまいと家の最奥に隠しておいた を作る様にしゃがみ込んでいた。三人の視線の先、輪の中央には弾が鶏肉を保存してお 日も落ちて夜と呼べる時刻になった夕飯時、野郎三人は揃ってキッチンに集まって輪 たぜ本命がよ⋮⋮ が乱入かましてくるようなのに比べればまだ容易いイレギュラーこそあったものの、来 ﹁さて、女子三人の乱入という、虫狩りのつもりがなんかスンゴイことになった金ゴリラ 1660 ﹁さて弾。最終確認だ﹂ ﹂ ﹁おう、来い﹂ ﹁蟹の準備は ﹁ホタテの準備は ﹁サザエは ﹂ ﹂ 庭用七輪が既に火をつけてある。後は網に乗せるだけだ﹂ ﹁お前が出しておいてくれた、千冬さんがホームセンターでノリで買ってきたという家 ? り込むだけだ﹂ ﹁この家で一番目と二番目にデカい鍋一杯に張った湯を今も沸かしてある。後は蟹を放 ? ﹁同じく七輪で。焼いている最中にバランスを保つためのセッティングもできている﹂ ? ﹁完璧だ、弾﹂ ﹁光栄の至り﹂ 準備ができているのであれば何も言うことは無い。もはや言葉は不要。ただ眼前の ご馳走を頂きにかかるだけだ。そしてこの宴はそれだけではない。 ﹂ ﹂と一夏も首を傾げる、 そう言いながら一夏は冷蔵庫を開ける。中には冷やされた飲料の入った缶が幾つも ﹁フフフ、こっちも完璧よ⋮⋮ ! あった。普段から千冬が自身のために、時折﹁買い過ぎじゃね ? 第四十四話:夏休み小話集4 1661 諸般の事情によりどういう品かを明言できないこれらの飲料の数々。 三人とも、何だかんだでこれらへの少々の嗜みを4、5年ばかり早いが持っているわ けだが、今回はこっちも思い切って行っちゃうことにする。 ﹃乾杯 ﹄ チョリースハーイ ? ! 本当の意味で幕開けと相成ったのである。 なんか一名変なことを言った奴もいるが、ここに三人だけの夏のちょっとした祭りが ! 手にそれぞれの缶を持った三人は視線を交わしあう。そして││ ﹁んじゃ、やるか﹂ ﹁バレなきゃ犯罪じゃないんですよ∼﹂、とある美少女宇宙人の名言である。 1662 第四十五話:夏休み小話集5 宗一郎自身も本来なら用などあるはずも無いが、わざわざこんな場所に来たのは来るだ した工場跡地と分かる。本来であれば文字通りの関係者しか立ち入らないだろう場所、 在するプレハブや建材、中途半端にコンクリートで舗装された地面。一目で操業が停止 車が止まったすぐ先には高いフェンスで囲まれた広い敷地がある。そこかしこに点 れる二十三区からは外れた場所だ。 りのスポーツカーが止まったのは確かに都内ではあるが、いわゆる都市部として総括さ キッとブレーキ音とタイヤが地面を踏みしめる音が混じった高めの音が鳴る。黒塗 を運んでいた。 に差し掛かろうというこの日、彼は珍しく車を飛ばして県境を越え、首都は東京まで足 言い換えれば必要があれば遠方にも出向くということでもある。そして夏も最盛期 のは最小限に留める性質だ。 でも無いが、必要が無い以上はする意味も無いと日々の生活において行動範囲というも 海堂宗一郎という男は基本的に遠出というものをあまりしない。出不精というわけ ﹁閑話:武人の会談 弐﹂ 第四十五話:夏休み小話集5 1663 けの用があったからだ。 エンジンを止め車から降りた宗一郎は何気なく閉じられた金網の門の前に立つ。す わざわざご足労頂き恐縮です﹂ ると、程なくして奥の方から黒服に身を包んだ男が小走りでやって来た。 ﹁海堂様ですね の詰所然としたプレハブであるのに対し、この建物は構造からしてしっかりとしたもの しばし敷地内を歩いた二人は無数に点在する建物の一つに入る。他の建物が作業員 在、男を直接的に動かしている上役は彼女を置いて他ない。 ・・ る。今、彼の前を先導する男にしてもそうだ。その所属は政府に帰属する。そして今現 そう、この場所はただの工場跡地などではない。それを宗一郎は始めから理解してい の工場跡にしては大仰に過ぎる。 ぬよう設置されているし、他にも幾つかの警備システムを取り入れているだろう。ただ 半可なものではない。各所には今も稼働中の監視カメラが死角を作らないよう、目立た 一見すればただの寂れた工場跡でしかないこの場所だが、セキュリティに関しては生 ながら周囲を気配のみで探り、なるほどと納得するように小さく頷く。 開けられた門から敷地内へ入ると宗一郎は男の案内に従い奥へと進んでいく。歩き ﹁はい。どうぞこちらへ﹂ ﹁あぁ。早速だが案内をしてもらおうか﹂ ? 1664 であることが一目で分かる。仮にここがその通りに工場ならばこの建物が作業場と言 われても十分に納得できるだろう。 建物の中に入ると、今度は少し先に進んだ所にある階段を下りていく。螺旋状の階段 の下には暗闇が広がっており、地下から吹き上げて来る空気の音がまるで異界へと誘う かのような不気味さを醸し出している。そして階段を降りると今度は最小限の照明で 照 ら さ れ た 細 い 通 路 を 進 ん で い く。そ の 先 に は 作 業 用 と お ぼ し き 機 構 が む き 出 し に ﹂ なっているエレベーターがある。それに二人とも乗り込むと、先導する男の操作でエレ ベーターは下降を始める。 ﹁こちらへいらしたことはありますか ﹁いや。話では何度か聞いたことがあるが、実際に来るのは初めてだ﹂ ? いる。見えるものも限られている。だが、不意にその視界が急激に開けた。 まっすぐ進む。未だ歩いているのは狭い通路故に周囲はコンクリートの壁に覆われて に到達する。金網で組まれた扉が開くと同時に二人はエレベーターを降りてそのまま そして最初の階段から数えてどれほど深く地下に潜ったのか、エレベーターは最下層 ﹁あぁ。忠告、痛み入る﹂ 段差などがありますので十分にお気を付けください﹂ ﹁そうですか。このエレベーターを降りればすぐですが、足元が暗いうえにあちこちに 第四十五話:夏休み小話集5 1665 ﹁ほぅ⋮⋮﹂ 眼前に広がる光景に宗一郎は珍しく感嘆するような声を漏らす。 彼の眼前に広がっているのは広大なまでの空間だ。とても地下深くとは思えない、ま るで巨大な建造物の中にでもいるかのように錯覚するほどの広さを誇っている。眼下 を見れば更に興味を引く光景がある。 地下深くにありながらも視界がはっきりしているのは照明がある証だ。それ自体は 決して不思議なことでも何でもない。むしろごく当たり前のことだ。だがその照明は 眼下の││便宜上このように呼ぶとして││地面の各所に建てられたポールの上に、ま るで街灯のように存在している。 更に水のせせらぎのような微かな音を感じ取り、そこに目を向ければ照明の光を照り 返す水面が見える。そしてそこから分かる水の動きは一定の向きに、線を描くように流 れている。つまりはれっきとした水路として存在することだ。加えて各所に存在する コンテナの山や、それが形作る道路のようなラインを描く地面。これはまるで││ れというわけか﹂ という話を聞いたことがあるが、結局計画は成就せぬまま終わり、その成れの果てがこ の生活圏拡大を目的として、その試作型にちょっとした地下都市の建造を目論んだなど ﹁さしずめ作りかけの地下都市、というわけか。だいぶ昔にどこぞの企業だかが地下へ 1666 ﹁ご明察の通りです。件の企業が計画より手を引いた後、支援のために一部絡んでいた 政府がこの空間を管理下におきました。なにぶん、既に世間の記憶からも殆ど忘れ去ら れて久しいもので。政府も周辺の監視はすれどこの場所自体は最低限の保守以外は放 置の状態ですよ﹂ 宗一郎の言葉に男は頷く。彼をこの場に案内するように命じた男の上司と、彼の関係 ﹁それを、奴は良いように使っているというわけか。我が妹弟子は﹂ は上司である彼女自身から聞いている。一体どのような人物なのか、男には宗一郎とい う人間の仔細を知る由もないが、信頼のおける上司が大丈夫だと保証をするのであれば 何も言う必要は無い。 そこで、男は宗一郎が何かを気にするように周囲を伺っているのを見た。スンと、何 かを嗅ぎ付けようとするかのように微かに動く鼻が真っ先に目についた。 ﹂ ? ﹁いや、そうじゃない。すまないな、そういう直接的なものではないのだよ。些か抽象的 言えば排水のソレですからね。少々ご不快とは思いますが、どうかご勘弁を││﹂ 棄された機材の数々もあります。それに各所を流れる水路ですが、その水もどちらかと ﹁あぁ││それは仕方のないことです。換気も十全にというわけではありませんし、廃 ﹁いや⋮⋮少し臭うと思ってな﹂ ﹁いかがなされましたか 第四十五話:夏休み小話集5 1667 な表現になる、故にお前が察せなくても無理なからぬことと分かっているから気にしな いで良いがな。満ち満ちているよ、死の臭い、あるいは気配とでも言うべきものがな﹂ その言葉に男は口を噤む。隣に立ち、平然とした顔で眼下に広がる空間を睥睨する宗 ﹂ 一郎の横顔を見ながら静かに問う。 ﹁ご存じでしたか ﹁失礼ながら、そういったものは感じ取れるものなのでしょうか ﹂ ここもそうだ。 ? 宗一郎の言葉で男は、上司である彼女が彼をここに招いた目的の一つでもある、この な﹂ ﹁なるほど、俺をここに連れてきたのはそれが目的か。見世物にしては少し趣味が悪い そこで宗一郎は視線を離れた一角に向ける。 は当てはまる﹂ る。察せる奴はすぐに察するだろう。特に裏の稼業にはそういう輩も多い。俺も、一応 あいつらしく後始末は徹底しているが、それでも残った微かな気配が積りに積もってい きの建物や場所はそれらしい雰囲気を持っているなどと言うだろう ﹁あくまで例えだが、やれ惨殺事件の現場だとか自殺の名所だとか、死にまつわる曰くつ ? ここに来て知った所だ﹂ ﹁あいつがそういう生業にあるというのはな。その一部だろうが、ここでというのは今 ? 1668 第四十五話:夏休み小話集5 1669 場所で行われるとある事が始まったのを察する。必要があれば説明をしてやれとも言 われたが、どうにもその必要は無さそうだ。事の、言うなればスタート地点は現在二人 が居る場所よりも遠く離れた、それこそ端から端と言っても良いほどに距離のある場所 だ。 それほどまでに離れていながら、一体どれほどの察知能力を備えているのか、彼は凡 そ起きているほぼ全てを認識し把握している。もはや超人的というより他あるまい。 僅かな照明で照らされた薄闇の中に、予め設置されている照明とは別の、強い光源に よる光点が一つ浮かび上がる。地下街の迷宮に放り込まれた哀れな一人の人間、とある 女に用意された懐中電灯だ。 光点の、女が動き回る様を宗一郎は静かに見つめていた。恐怖に染まり切った表情 と、常に後ろを気にするような様子。何かに追われているのは明らかだ。それを確認し て宗一郎は思わず額を押さえ思う。つくづく趣味が悪いと。 やがて女の動きが止まり、今まで以上の恐怖に駆られた半ば恐慌状態に陥りながらも 何かをまくし立てる。どうやらあの分では追いかけてきていた者に、言うなれば鬼ごっ この鬼だろう。それに捕まったというところか。趣味が悪いという感想は相変わらず だが、女を助ける義理も特段存在はしないため黙って胸の内で念仏を捧げる。もはや命 運など決まったようなものだ。これを考えた者の性格から見るに、どこかしらに別の出 入り口なりがゴールとして設定されていたのだろう。そこまで逃げ切れれば、まだ助か る見込みはあったのかもしれない。だが、やはり無理だったらしい。 ││刹那、この地下空間中の空気が限界まで張りつめたように引き攣ったものにな る。既に女の口から言葉は途切れ、周囲の空気同様に総身はピンと張りつめ、何かに堪 えるように小刻みに震えている。やがて女の全身からガクリと力が抜けて一気に崩れ 落ちる。だが、地面に倒れこむことは無い。女の胸から突き出る棒状の何かが、薄闇の 中で照明を照り返しながら既に事切れた女の身を支えていたからだ。 程なくしてそれは女の身から引き抜かれ、今度こそ力無く地面に倒れ崩れる。そし て、周囲の柵やコンテナといったものとは違う、ある種の新鮮さを持った微かな鉄の臭 いが宗一郎の鼻腔をくすぐった。さながら魔女の狩り場とでも言うべきか、などと宗一 郎は受けた印象を感想とする。 ﹁お待たせして申し訳ありません。できれば私が直接出迎えたかったのですが、少々立 音の方に向き直ると一礼をしてやってきた人物を迎える。 二人の下に近づく足音が聞こえてきた。宗一郎は依然眼下を見据えたままだが、男は足 そんな短い言葉を交わして、再び沈黙が宗一郎と男の間に流れだし程なくしたころ、 ﹁そのようで﹂ ﹁終わったか﹂ 1670 て込んでいまして﹂ ﹁あぁ、その立て込んでいた要件というのはきっちりと見させて貰った。率直に言えば 趣味が悪い。が、あれも一応はお前の仕事ならば、あえて俺は何も言うまい。それで、こ の間は俺の下にわざわざ来たと思ったら、今度は俺を呼びつけるとは何事だ、美咲。ま さか、わざわざアレを見せるためでもあるまい﹂ 宗一郎の問いに浅間美咲は勿論、と頷いて本題に入るよりも先に宗一郎を案内した男 ﹂ に下がって良いと伝える。再度一礼をして立ち去っていく男の背を見送り、完全に見え なくなってから美咲は再び口を開く。 ﹁ところで、アレについてはお聞きにならないので ごっこだ。そして今、彼の目の前にいる妹弟子こそがその鬼の役に他ならない。 アレとは言うまでもない。先ほどまで宗一郎が見ていた、名も知らぬ女の命がけの鬼 ? 思いますが、思想的にも些か以上に現行の社会秩序に対し攻撃的。総合的に判断し、速 だったのですが、肝心の取引相手がテロ組織に繋がり、更にはよく隠し通せたものとは に あ り な が ら の 愚 行。た だ の 小 金 稼 ぎ 程 度 が 目 的 で し た ら 表 の 司 法 に 任 せ て お 終 い ﹁端的に言えば機密の漏洩ですよ。曲がりなりにもそれなりの情報を扱える相応の立場 んでまでの始末とは、一体何をやらかしたのか﹂ ﹁凡そは予想が付くが、一応聞くだけは聞いておこう。わざわざこんなところに連れ込 第四十五話:夏休み小話集5 1671 やかに摘み取るのが利としたまでです﹂ ﹂ ? ﹂ ? しりリターンが高い方です﹂ めた被害の全て。それを未然に防げるなら、その可能性の芽を纏めて摘み上げるのはむ まったものではありません。それにより齎される人的、物理的、経済的、諸々ひっくる ﹁生来そのような気性なのでしょう。それに、放置して実際にテロなど起こされてはた いなく断じることができるものだ﹂ ﹁ま、お前の性格はよく知っているからな。敢えて止めろとは言わんが、よくそこまで迷 ﹁またまたご明察。流石は兄さんです﹂ めて始末する、か ﹁主だった思想者はだいたいピックアップしているから、そうなりそうならば即座に纏 ませんよ﹂ 現行の体制を崩し自分たちが主導にとでも思っているのでしょうが、そうは問屋が卸し ﹁典型的過激型女尊思想の所謂﹃主義者﹄であり、末端とは言えテロにも繋がる。大方、 兄弟子の的確な予想に心からの賛辞を美咲は送る。 ﹁ご推察の通りです﹂ 様子にこの頃の女が抱きそうな攻撃的思想、主義者か ﹁テロに思想、な。テロはさしずめ亡霊の一端。思想は、あのやたらとヒステリー気味な 1672 言ってしまえば大のための犠牲の小という理論だ。宗一郎もそれは分からなくも無 いし、理解も示すが、なにせ妹弟子はこのように気質が気質なのでどうにもろくでもな いものに思えて仕方がない。 ﹁まぁ良い。お前の仕事に関しては今更とやかく言わん。あまりに目に余るようであれ ば俺が直々に止め立てするが、お前はその辺りの際も弁えているからな。││本題に入 るとしよう。何用だ﹂ ﹂ ﹁この夏、織斑一夏くんの修行を終えた後に兄さんに少々助力を頂くことになっていま す。それは相違ありませんね ﹁あぁ﹂ カード状のそれを受け取り、見た瞬間に宗一郎はあからさまに眉を潜めた。 そ う 言 っ て 美 咲 は 懐 か ら 取 り 出 し た も の を 宗 一 郎 に 手 渡 す。身 分 証 明 書 の よ う な 手渡すことにしました﹂ ﹁その上で、上より兄さんにこれをと。郵送などできるような物でもないので、私が直接 ? への﹃特定行動に対する国家保障許可証﹄の引き渡しを完了したものとします﹂ ﹁ある意味では相応しい者の手に戻ったと言えますよ。ではこれを以って海堂宗一郎氏 独り言のように吐き出された言葉には過去への逡巡もあった。 ﹁まさか、これを再び手にする時が来るとはな⋮⋮﹂ 第四十五話:夏休み小話集5 1673 仕事でもあるため、事務的な口調で美咲は自身の任の完遂を述べる。宗一郎もまた、 潜めていた眉を戻し表情を引き締め直すと同時に受け取ったカードを受領するように 懐にしまう。 特定行動に対する国家保障許可証││それは所持する者に対して行動に対する極め て強力な権限を与える物である。早い話、所持者の行動はその一切が国家により合法な ものとして認められ、世論に要らぬ声を挙げさせないための手回しなどといった後処理 など、文字通りのあらゆる保障がそれこそ国外であっても日本政府の可能な範囲で行わ れるというものだ。 過去、これを発行された者は片手で数える程しかない。そして現代において日本政府 が認めるこれを持つ者は三人だけである。一人は浅間美咲、一人は国家間暗部において 名を知られるとある男、最後の一人である三人目がかつての保持者であり、自ら手放し てから数年、再び手にすることになった宗一郎だ。 ﹂ そしてこのライセンスはその真の意味と、所持者から知る者の間ではこう呼ばれてい る。即ち、﹃殺人許可証﹄と。 ﹁⋮⋮それで、俺への依頼の予定はもうあるのか になるかと。ご存じのとおり、宗教内紛が続いて久しいですが、どうにもそこにきな臭 ﹁まだ確定というわけではありませんが、おそらく中東の方へ少々行っていただくこと ? 1674 い手が伸びかけているらしく。念のための確認をということです。後は、邦人もそうで ・・・ すが向こうの過激派に外国人が拘束される、更には最悪の場合に至るケースも今までに 多々ありましたから。それを鑑みて、安全のための草刈りもお願いするやもしれませ ん。目につく草は、片端から刈り取って欲しいとのことです。枯草も若草も雌雄も一切 に﹂ 言わんとすることを理解して宗一郎は小さく肩を竦める。早々の人使いの荒さや、そ の中身など、理由は諸々だ。それをひっくるめたものが、思わず行動に出てしまったら しい。 ﹁良いだろう。準備は整えておく﹂ しかし、そうすることが必要なのであればそうするだけだ。そう言葉の裏と態度に乗 せて伝えると宗一郎は踵を返す。既に用件が終わった以上はこの場に留まる意味も無 い。 ﹂ ? いるんですよ ﹂ ﹁そうですか。では、良かったら夕食をご一緒しませんか ? 私、良いお店を結構知って くは特別な予定も無い。今夜は適当な宿にでも泊まって、明日戻るとするか﹂ ﹁久方ぶりの東京だからな。適当に都市部の方でも見て回って、そうだな。もうしばら ﹁あぁ、兄さん。お送りしますよ。それと、この後のご予定は 第四十五話:夏休み小話集5 1675 ? ﹁お前、あれだけやらかした後でよくそんな誘いが││いや、今更か。そうだな、俺もテ レビで時折紹介されるような名店には興味があったからな。それに、積もる話をするの も悪くは無い。お前に付き合うのも良いだろう﹂ かんでいた。 た処刑者の顔は既に消え失せ、まるで楽しみを目前にした少女のような微笑みだけが浮 追いつき、宗一郎の少し後を美咲は歩く。その整った顔からは容疑者を冷徹に処断し そうか、とだけ言って歩き出す宗一郎の後を美咲は慌てて追いかける。 が増えました﹂ ﹁ではそのように。後ほど、改めて仔細をお伝えしますわ。ふふっ、仕事終わりの楽しみ 1676 第四十六話:夏休み小話集6 ﹁ interlude ∼修行前の一幕∼﹂ い。そもそも基本的には家大好き派を自負する一夏は基本的に外泊を面倒とするタイ 本来であればそこまで煩雑な手続きを経てまで眺めの外泊をしようなどとは思わな 上に渡る外泊の申請を終えていた。 いに書類書類アンド書類の怒涛のサインラッシュを潜り抜け、ようやく一夏は数日間以 他の生徒なら、それこそ候補生の立場にある者たちも含めて、まだマシと呼べるくら おいて余計な心配は不要と分かっているが、手続きというものはそうはいかない。 はなく、軽く一週間は超える外部への宿泊だ。その行先を心得ている千冬は諸々の点に 泊りがけの帰宅は夏休み中に既に数度行ったが、今回ばかりは違う。一泊二泊などで 合いにあって、一夏はこの夏休み最後の大事に臨もうとしていた。 夏休みも既に過半が過ぎ去り、そろそろ休暇の終了と新学期の幕開けが見えてきた頃 一段落するように軽く息を吐く。 家の玄関先に着替えなどを詰め込んだ泊りがけ用の荷物を整えた物を置いた一夏は ﹁よし、準備完了っと﹂ 第四十六話:夏休み小話集6 1677 プだ。 だが今回は事情が違う。今回の外出の目的は、おおよそ一夏の価値観に照らし合わせ て言えばあらゆることにおいて優先されて然るべきと言えるものだ。 準備は終わったのか﹂ ? テーブルの前に座りソファを背もたれ代わりにしている彼女は幾つかの簡単なつまみ そして帰ったら必ずそうしているように、ダイニングテーブルとは別の居間のガラス え、時々はこうして家に帰って寛いでいる。 学園に留まっていることが殆どの彼女だが、一夏に比べても頻度は格段に劣るとはい そんな言葉で彼を迎えたのは千冬だ。普段はIS学園の教師の中心的な存在として ﹁ん 居間に戻る。 改めて纏めた荷物を確認し、不備が無いことを確認すると一夏はそのまま歩を返して 貰った方が良いに決まっている。 ずっとそうであったように一人での自主稽古もできるにはできるが、やはり師に見て 弟子入りして久しく、既にある程度以上のレベルにも達しているため、ここしばらく り修行を付けて貰うというわけだ。 出向く先は彼是数年は通い続けている師の邸宅。そこで泊まり込みで数日間、みっち ﹁久しぶりに稽古つけてもらえるんだからな。楽しみだよ﹂ 1678 と共に酒精を楽しんでいた。 ﹁別に止めやしないけどさ、あまり飲み過ぎるなよ 後に響くと辛いぞ﹂ ? が年の割に残念過ぎることに関しては流石に一言物申したいと思っているのも事実で 夏の家におけるスタンスとなっている。ただし、だからと言って炊事洗濯などのスキル 故に、千冬が家に居る間はどのように寛ごうと特に何も言わずに容認する、それが一 ことができる。 たその瞬間から彼女の弟をやっているわけではない。その辺りの機微は十分に察する いないというわけじゃない。人前では決して見せないだろうが、曲がりなりにも生まれ 千冬本人に言わせればそれも行って当然のことと言うだろうが、まるで負担になって められている振る舞いを外向けとして振舞っているようなものだ。 はいわゆる世間一般における﹁世界最強のIS乗り 織斑千冬﹂という評価に基づき求 だが、一夏に言わせればむしろ今の千冬こそが千冬本来の素の姿であり、学園での姿 年相応の女性といった感じだ。仮に学園の生徒が今の千冬を見ればまず驚くだろう。 今の千冬は学園で見せる姿とはまるで違う、心底リラックスした何もない一時を寛ぐ そうかいと一夏は苦笑する。言った通り、止めるつもりは本当に欠片も無いのだ。 残っても、寝ていられる時間はあるよ﹂ ﹁その辺は心得ているさ。それに、明日も丸一日休みで家に居るつもりだからな。多少 第四十六話:夏休み小話集6 1679 ある。 ﹁まぁ師匠には当然だけどね。確かに、柳韻先生にも本当に世話になったよ。ある種、剣 め、今日に至るというわけである。 そうして一夏は宗一郎と出会い、宗一郎もまた一夏を見初めたために弟子入りを認 知己としての関係を持った宗一郎を新たな師として紹介したのだ。 行動によりそれも叶わなくなったため、転居しても未だコンタクトを取れる内にかつて でその才を育て続けたいと考えていた。しかし、愛娘の一人のある種の暴走とも言える 姉共々にその内の才覚を認めていたために、柳韻としては可能な限り適切な指導の下 を数えるかどうかという一夏はそうではなかった。 に﹁もはや教えること無し﹂と一人前の太鼓判を押されていた。だが、同時に当時齢十 当時の段階でその若さに対して破格とも言える実力を有していた千冬は、当時の柳韻 の織斑姉弟の剣道の師であった篠ノ之 柳 韻、箒と束の実父があった。 りゅういん 一夏が師である海堂宗一郎と出会ったのは偶然ではない。その間に仲介として、当時 ﹁そうか。いや、本当に柳韻先生には世話になったものだ﹂ だったから﹂ ﹁ほぼ五年、かな。小5になるかどうかってトコで箒が越して行って、そのしばらく後 ﹁しかし、どのくらいになるだろうな。お前が宗一郎の下に弟子入りしてから﹂ 1680 ﹂ 士としてのオレの生みの親みたいなものだし。育ての親とはまた違った意味で特別だ よ﹂ ﹁フッ、一応お前に剣を勧めたのは私なんだがな 一つに伸ばす。 る。コップと一緒に出した箸も手には握られており、自分も相伴に預かろうとつまみの 一夏は冷蔵庫からペットボトルの烏龍茶を出すとコップに注ぎ、千冬の真向かいに座 小さく微笑を浮かべて千冬はクイと杯を傾ける。 ﹁それもそうだな﹂ だの、そんなの全部ソレの前には些細なことだよ﹂ 姉さんは姉さんだよ。姉と弟、それだけだ。剣士がどーたらだの、IS乗りとしてこう ﹁親を名乗れるような年齢じゃ無かったろ。それに、オレにとっちゃどこまで行こうが ? ﹁それは、IS学園のこともか ﹂ それからまたしばし無言が続き、飲み物を飲み、箸を動かす音だけが室内に響く。 ﹁そうか﹂ ﹁勿論。少なくとも、悪いところじゃないさ﹂ ? 思うよ﹂ ﹁ま、色々あったけどね。けど、振り返ってみれば至った今はそう悪いもんじゃないとも 第四十六話:夏休み小話集6 1681 ﹂ ﹁なぁ、一夏﹂ なに 千冬の言葉に一夏は箸を動かしたまま応じる。 ﹁ん ? ﹂ それって、入学して一週間そこらの時だっけ ﹁ISを、白式を手にした時の言葉を覚えているか ﹁白式を ﹂ ? ? ﹂ ? ﹁ほぅ。ということはあるのか どら、一つ聞かせてみろ﹂ ﹁ま、無いってわけじゃないけどね﹂ しばし考えるように一夏は宙を仰ぐ。そして再び千冬に向き直ると改めて口を開く。 ﹁そうなぁ、やりたいことね﹂ いついたりはしたか ﹁別に無理に答えろとは言わんさ。ただ、あれからそこそこ経っているからな。何か、思 なることかと思ったが、存外慣れるものなんだなと思わず苦笑する。 それだけISに携わる今の生活に慣れ親しんだということだろうか。初めの内はどう こうして思い返すと入学直後のセシリアとの試合も随分懐かしく感じる。あるいは ﹁あぁ、そういえばあったねそんなこと﹂ は無いのかと﹂ ﹁そうだ。あの時、オルコットとの試合の後に聞いただろう。お前は、何か為したいこと ? ? 1682 ? ﹁別にそこまで具体的ってわけでも無いさ。ただ、オレの武にしろ、このISにしろ、 どっちも﹃力﹄ってやつだ。折角なんだから使いたいわけだけど、それで何するかだよ。 ま、当たり障りないところで世の中のために、って感じかね。まぁ実際、オレの力で世 の中のために何かできるってなら、それは理由にしちゃ上々だと思うけどね﹂ 心なしか千冬の声は穏やかなものだった。 ﹁そうか﹂ ﹂ ﹁何と言うべきか、一夏。お前も変わったな﹂ ﹁変わった になったとな﹂ ﹁あぁ。特に臨海学校の後からな。生徒の連中がよく言っていたよ。少しばかり穏やか ? 三年前、それを口に出した瞬間に千冬の表情が目に見えて固くなる。 ﹁まぁ、だからと言って三年前のことを忘れたわけでも無いけどね﹂ ﹁なるほどな﹂ 考えが変わってね。あんまり、気負わなくても良いかなーって思ってさ﹂ ﹁まぁ、自分でも自覚はあるかな。福音に一発思い切りぶちかまされて、ちょっとばかり 千冬の語る境目、臨海学校の時のことを思い出して一夏は納得するように頷く。 ﹁あー、それね﹂ 第四十六話:夏休み小話集6 1683 ﹁一夏。何度も言うが、あれはお前ばかりに非があるわけじゃない。むしろお前は擁護 されて当然だ。だから││﹂ 千冬としては一夏に必要以上に心的な負担をかけまいとするために言ったつもりな のだろう。それは一夏も分かっている。分かってはいるが、それでも一夏はその言葉を 途中で遮る。 にしとけよ ﹂ ﹁オレは一足先に休ませて貰うよ。もういっぺん言っとくけど、止めやしないけど程々 チンの方へと向かう。 そう言って肩を竦めながら一夏は立ち上がると、空になったコップと箸を以ってキッ ﹁そりゃ怖い﹂ シ、しごいてやるからな﹂ ﹁お お か た 酒 が 入 っ て い る か ら だ ろ う。新 学 期 が 始 ま っ た ら こ う は い か ん ぞ。ビ シ バ ﹁そういうこと。なんだよ、今夜は随分と素直じゃないか﹂ ﹁そうか。お前も成長しているということか﹂ あまり気にし過ぎないでくれ。オレは、そこまでヤワじゃないよ﹂ 部オレのことなんだから、きっちり受け入れて前を進むだけさ。だからまぁ、姉さんも ﹁そいつもひっくるめてだよ。忘れるつもりもないし、引きずられるつもりもない。全 1684 ? ﹁分かっているさ﹂ さてどうだかと思い苦笑しながら一夏は歯を磨くために洗面所に向かう、どうせあの 分だと、まだしばらくは飲んでいるだろう。そうして寝る前の身支度を整えると再び一 夏は居間に向かう。 ﹁じゃ、おやすみ﹂ ﹁あぁ、おやすみ﹂ そして今の扉を閉めると一夏は二階にある自室へ向かって行った。 今の自分の立場を見てもそうだ。男でISが使える、それだけの理由で自分はIS学 と昇る者、踏まれる者の比率も上下するが、そういう風になっていることは確実だ。 幸福になろうとすれば、必ずその足元で倒れ踏み台になる誰かが居る。時として幸福へ みんな平和で仲良く、理想はそれだが所詮理想は理想。現実には有り得ない。誰かが ﹁そのために必要なら、やるしかないんだろうね﹂ 電気も消した闇に包まれた部屋で一夏はカーテンを開けて夜空を見上げながら呟く。 ﹁ま、世のため人のためは事実なんだけどね﹂ 第四十六話:夏休み小話集6 1685 園に入学した。だがその時、同時に名も知らない誰かから、入学の枠を一つ理不尽に奪 い取ってもいるということだ。例えるならそういうことである。 それでも、より大勢の人に幸福にと願うならば、より世のためにと思うならば、確実 に切り捨てなければならないものも出てくる。そして幸か不幸か、一般的な善悪基準で 見れば着られる側はかいつまんで言えば悪党だ。かつて、一夏が手に掛けた五人のよう に。 仮にあの五人が健在だったらどうなっていただろうか。どこかのテロ組織かどうか は知らないが、きっとあの時から今に至るまでに自分以外のごく普通に暮らしている人 間に不幸を与えていた。だが、三年前に彼らはその命を絶たれた。結果として、彼らの 手により不幸を被るだろう人々は救われたわけだ。あの五人の、たった五人の犠牲に よって。 言ってしまえば、三年前の事件は今の自分にとっての重要な起点とも言える。あの 時、あの場所での自分の選択、行動こそが為そうとすることの本質だ。そしてそれを為 すためには、何より力が不可欠だ。 改めて師に語ろう。一つ、見つけられたかもしれない己の武の在り様を。世のため、 立場も立場だ。相応の振る舞い、成果は求められる。上等、ならば為すのみ。 ﹁そうだな。これが、オレの武の道だよ﹂ 1686 第四十六話:夏休み小話集6 1687 人のため、ひいては能動的平和のため、討つべきを討つ。 己の心を再認した一夏はその瞳に夜空に輝く月を映す。静謐な輝き同様に、その眼差 しは冷たい色を帯びていた。 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 ︵12/31 追 うか、まずは師匠の家まで一直線で、道中で現地の知己に会ったら軽く挨拶もしとこう いたが、こうして無事に出向くことができるようになった。向こうについたらどうしよ の修行だ。今年については色々と身辺のゴタゴタがあったために厳しいかとも思って 今回の外出の目的は師の下に弟子入りしてより続けてきた、長期休暇中の泊まり込みで 時計を確認しながら呟く。ポケットから携帯を取り出すと師にあててメールを送る。 ﹁この分なら昼前には着くかな⋮⋮﹂ 荷物を多く持っているためにこれは好都合だった。 の姿は殆ど見られない。元より人混みというのは好む性質ではないし、用事の関係上で 夏休みまっただ中の、朝の時間帯の田舎の私鉄ということもあり電車の中に他の乗客 る私鉄の電車に乗っていた。 乗った一夏は幾つかの乗り換えを経て日が昇る頃合いには実家から離れた別の県にあ ガタンゴトンと揺れと共に音が一定のリズムで一夏に伝わる。早朝、始発の電車に ﹁夏休みの修行編 1st ∼でも多分修行シーンはざっくりなんだよなー∼﹂ 加︶ 1688 か、携帯を弄りながら先の行動を考える。 それにしても暇だと思う。この道程は何度も辿っただけに慣れていると言えばそう なのだが、だからと言って長時間の移動で暇を感じないというわけではない。暇なもの は暇なのだ。 一夏:数馬ー、起きてるー 数馬:んー起きてるよー。どったの 待ち給えよ。確か今日って例の先生のトコに行く日じゃない ? 一夏:向かってるナウ。電車が田舎の私鉄まで使うからさ、暇なんだよ。マジで一時 ? 数馬:おk把握。ん 一夏:いや、いま電車乗ってんだけど暇でさー。暇つぶしにな ? 例によってL○NEを通じてこんな具合で声を掛ける。返事は程なくやってきた。 ? 何をしているかまでは一夏にとっては左程大事ではないが。 活リズムというものはしっかりしているため、もう起きている頃合いだろう。その上で 朝方とは言え、平日ならば学校に向かっている最中のような時間だ。数馬もあれで生 が過ぎ去るのだから、今のような状況では申し分ない。 こういう時の暇つぶしに数馬は実に便利だ。ただグダグダと話しているだけで時間 ﹁仕方ない、数馬を引っ張り出すか﹂ 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加) 1689 1690 間に一本とかってレベルだからな。 数馬:比べて東京とか凄いからねー。時刻表はビッシリ、とりあえずホーム行けば割 とすぐに電車が来る。 一夏:都会だもん。ちかたない。 あ れ か ら 簪 と 結 構 メ ー ル と か し て ん だ っ て こ の 前 数馬:うん、ちかたないね。 一 夏:そ う い や さ、な に 言ってたぞ ? のを止めた数馬︶ 一夏:これは数馬さん、春が来ちゃったにワンチャンあるか 数馬:いや、それはね、うん。そうなれば良いけどさ 一夏:夏デビュー行っちゃう 数馬:もう八月も後半戦ですが ? ? 数馬:うむ ︵↑この時点で一夏も十分仲間入りしていると思っているが、あえて言う 一夏:オタ友ができたようで何より が一番だよ 合うものだから。一夏も最近はよくノッてくれるし、それは嬉しいがね。現状では彼女 数馬:いやぁ、改めて言葉を交わして実感したがね、彼女とは何かと趣味の面で気が ? 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加) 1691 一夏:何だかんだでさ、何気なく昼のテレビを見てさ。こう、なに 睦ましげにウェーイwwとかしてるの見ると死ねよと思う。 いのは人の心理そのものか。特に愛情だのはその典型か 男女が実に仲 数馬:僕も相当だという自覚はあるけど、君も大概に面倒くさいね。いや、面倒くさ 一夏:それはそうなんだけどさぁ。けどそういうノリでってのも何と言うかね いるだろう、選り取り見取りだと 数馬:そう思うならさ、君だってそういう相手を作れば良いじゃないの。常々言って ? 一夏:言い方回りくどいな。言うことは分かるけどさ。いや本当に、愛ってなんなん だ で、実際どうなの 一夏:なにこの流れ 数馬:さぁ ? た厄介なものだけど ると互いに抱える事情が事情だったりするからな。一番問題なのがオレというのがま 一夏:まぁ、好感を持てるやつってのは多いよ。ただまぁ、そういうのを考えるとな ? 数馬:戦いの場所は心の中なのだよ 一夏:力で勝つばかりじゃ何か足りないよなやっぱり 数馬:正義ってなんなんだー ? 1692 上級生や後輩、は居ないから年下とかで。 数馬:あっ⋮⋮︵察し︶ う∼ん、じゃあちょっと方向を変えて、同級生以外はどうか ね なった 数馬:その心は し、無いものを求めるのが人の性。理解はできるよ。で、弟妹ならどちらが良いかね 一夏:んー、妹 数馬:ふむ、ちなどういう子が良いとかあるのかね ? ? 一夏:チノちゃん 数馬:⋮⋮え ? ? 数馬:なるほど。まぁ居ない兄弟姉弟を欲しがるというのはそう珍しい話でもない かとか てたかなーとかさ。後は家のこととかも、姉さんみたいじゃなきゃ多少は楽になってた 一夏:いや、姉さんに不満がどうとかじゃないんだけど、下が居たらもっと何か違っ ? 一夏:そういえば年下と言えばだが、最近妹や弟が居ても良かったかなーと思う様に 数馬:あ∼、それじゃあ厳しいねー でそれだから。精々今が時々気の合う上級生と話したり一緒に剣の訓練やる程度だよ 一夏:余計思いつかんわ。そもそも上も下も接点殆ど無いからな。マジで入学するま ? 一夏:チノちゃん 数馬:あぁ、うん。君、リゼ派じゃなかった 一夏:それはそれ、これはこれ 一夏:だろ あの声で﹁お兄ちゃん﹂とか上目づかいで言われてみろよ。何をおね 数馬:あぁ、そう⋮⋮。いや、気持ちはすっごく分かるのだけどね ? 一夏:そうかな 下級生相手じゃどっちが良いかね なところがな 数馬:千冬さんェ⋮⋮。で、さっきの妹じゃないけどさ、どういう子が良いの ステージ ﹂と言う。 でも何だかんだで仲良くなって、立場が立場なオレが厄介ごとに巻き込まれた時に一緒 の立つ一つ下の後輩だが、実は特殊機関からオレの監視のために派遣されてるんだよ。 一夏:例えばだぞ、こんなのはどうよ。割とよく話しかけてくる礼儀正しくて結構腕 ? 一夏:そいつは、やっぱり下かな。というか、上の年齢ってのはもう姉さんで手一杯 ? 数馬:そうだよ。うん、少し話を戻そうか。さっきの好みの話だけど、実際上級生と ? 数馬:うん、さっきは言うのを止めたけどやっぱり言うよ。君も大概に手遅れだわ だりされてもホイホイ受けるぞ。甘やかすぞ ? に戦うことになる。で、オレがかっこよく決めて﹁ここからはオレの戦場だ ! 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加) 1693 1694 ケンカ そしたら隣に立って﹁いいえ先輩。私たちの戦場です と。 数馬:妄想乙。ラノベの読み過ぎだ ﹂と言って一緒に戦ってくれる 一夏:あぁ、うん。でもさ、そういうのも面白そうだとは思わない めたい相手は坑道で爆破まである 夢があるだろ 数馬:人の夢と書いて儚いと読むのだよ。これでもリアリストなんでね。確実に仕留 ? 数馬:寝言は寝て言うから寝言なんだよ 一夏:うん、ツッコミは予想してたけどすっごい真顔で言われたのが分かるわ ! 一夏:お前そういう直接的な手段に出る前にメンタルとかの方から潰しにかかるだ ろ。自分が直接手を下さないで 数馬:ばれたか 一夏:今更タウンだろ 数馬:だよねー じゃあ切り上げる 一夏:あ、もうすぐ駅着くわ 数馬:そうかい ? トラブルがあって進化したオレは言うなればネオ織斑。そしてこの修行で更に進化し 一夏:うん。フフフ、これからの修行で更に強くなってやる。休み前のちょっとした ? てネオニュー織斑となるのだ んじゃ、支度すっから落ちるわー ! ! 数馬:ネオニュー織斑さん、マジ強すぎっすよ 一夏:オゥ、イェース 数馬:ノシ ! られていたことで固まった体をほぐすように大きく体を伸ばす。それと同時に深く息 電車を降りてホームに立った一夏は改札を抜け、一度荷物を下ろすと長時間電車に揺 て車内アナウンスが電車が目的の駅に着いたことを告げた。 いても良いコンディションで修行に臨めるだろう。幸先は上々だ。それから程なくし 修行前に親友と会話をしたことで良い感じに気分が解れた。この分なら師の下に着 ﹁∼♪﹂ 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加) 1695 を吸い、自然に囲まれた空気を目一杯に堪能する。 邸宅を前に一夏はうん、と頷く。 とした公園並みの庭には、一戸建てと隣接するように道場が建っている。見慣れた師の 町のやや外れの方、山の麓から坂道を登って行くと一気に拓けた場所に出た。ちょっ 流は幾度かあった。そんな中でこの町での知己が増えたのである。 一郎は住民からの評判も良く、その関係で一夏も修行で出向いている最中に住民との交 だけに、住民同士は殆どが顔見知りだ。そして比較的高齢の者が多い町にあって師の宗 道中ですれ違う町の住人とも挨拶を交わしていく。元々決して大きくはない田舎町 の道はすでに体で覚えている。特に何も考えずとも自然と足が向かっていく。 一しきり体をほぐし終えると、再び荷物を持って歩き出す。目的地である師の邸宅へ 疾患から回復するのもこんな感じなのだろうかと思う。 レッシュしたように感じる。健康優良児を自負するゆえにあまり経験は無いが、重めの 全身が普段とはまた異なる気持ちよさを持った空気に包まれたからか、一気にリフ じた。 いただけに木々の香りを運んでくる山間の空気というのは今まで以上に趣を違って感 学園は海洋上にある関係上、受ける風は潮風であることが多い。なまじそれに慣れて ﹁空→気が旨い﹂ 1696 玄関前までやってくるとインターホンを鳴らす。戸を隔てた中から電子音が鳴るの が聞こえたが反応は無い。予め到着の予定時刻は伝えてあるし、実際に着いた今の時間 もほぼ予定通りだ。だとしたら一夏を迎えるために待っていても良いはずだろう。首 を傾げつつも引き戸のドアに手を掛けると、鍵が掛かっていないのかあっさりと戸は開 いた。お邪魔しまーすと挨拶をしつつ中に入ると一先ずはと荷物をエントランスに降 ﹂ ろす。持ったままなのは竹刀袋に入れた彼個人の刀くらいだ。 ﹁ッ 迫っていた。 いいえ、師弟の会話です∼﹂ 振り向き終えた直後、一夏の眼前には風を斬り、陽光を照らして銀閃を発する白刃が た。 背筋に一瞬電流が奔ったような感覚を感じると共に、反射的に一夏は振り向いてい ! ﹁夏休みの修行編 2nd ∼これは修行ですか ? 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加) 1697 1698 一夏を、程度の差はあれどとりあえず知る者が彼を評する言葉の一つとして﹁肝が据 わっている﹂というものがある。 事実、小学校中学校と彼の同級生であった者たちは一夏があまり同様するタイプでは ないというのを見て知っていたし、プライベートでの付き合いが特に深い弾や数馬はそ のあたりは非常によく心得ている。 特に数馬は一夏と共に中学時代に少々のヤンチャをしていたため、彼が自分よりも体 格の大きな年上の素行の悪さが風貌から察せられるような相手を前にしてもまるで身 動ぎもしないところも幾度となく見てきた。 持って生まれた才覚とそれを伸ばすのに必要な要素、それらに高水準で恵まれた彼 は、何度も語ってきたように十代としては破格、それこそルール無用の勝負であればプ ロの格闘家にだって引けを取らないどころか十分に安定した勝利を見込める腕っぷし の強さというものを持っている。それが彼の肝っ玉の要因の一つなのは間違いない。 だが、それは決して恐怖を感じないとイコールでは無い。確かに一夏は人並み以上に 肝が据わっているし、生半可なことでは恐怖を感じたりもしない。だが、それでも時に 動揺することもあるし、恐怖にしても感じる時は感じるのだ。そして恐怖感に関して言 えば、なまじ人よりもそう感じるラインが高いだけに、感じ取る時は人並み以上に鋭敏 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加) 1699 に感じ取る。むしろ、一度本物と呼べる命の危険を感じただけにその精度と鋭さは常人 のソレを超えていると言っても過言では無い。 言うなれば、恐怖を危機回避のためのセンサーとして用いていると表現するのが適確 だろう。これもまた修練の中で培った技能の一つだ。 そして今、眼前に迫ってくる白刃にその感覚は一気に覚醒状態に入った。 何がどうしてどのようになどと過程だの仔細だのを素っ飛ばした、 ﹁命の危機﹂という 極めてシンプルな事実の認識によって反射が脳に痛さと錯覚するほどの警鐘を鳴らす。 それに対して一夏はただ冷静だった。刃の軌道、速さ、自分に達するまでの時間、下手 人の推測やその理由、諸々のことを無意識下で処理しながら同時に対処法を弾き出し実 行に移す。 肩に提げた竹刀袋をそのままの位置に保ったまま、提げてある右肩をスルリを身を捻 ることで抜き、振り向きざまに左手で持ち帰る。瞬間、市内袋まで達した刃が一夏との 間を阻むようにある袋、その中身の鞘に当たりやや軽い音を立てて弾かれる。振るった 下手人の力量を示すような音の軽さに反しての重い衝撃を左手一本で抑え込みながら 右手は袋の口を開け、中の柄を握ると同時に一気に刃を抜き放つ。狙うは振り向いたす ぐ目の前、逆光で影としか見えない下手人に向けてだ。 奇襲を仕掛けてきた刃の側も相当だが、それに対する一夏の反応もまた見事なもの カウンター だ。一夏の知人で言えば箒や初音を主とした、多少なりとも剣や刃物を用いての武技と いうものに心得がある者ならば誰もが見事と思う理想的な反 撃だ。しかしそんなカウ ンターも相手の側からしてみればまだまだなのか、あっさりと後方に飛ばれることでか わされる。それっきり、一夏は追撃をしようとしないし、相手も反撃に対しての更なる 反撃を加えようとしない。 何故ならこの時点で既に両者は互いの認識を共通のものとしており、もはやそれ以上 を必要とはしていないからだ。 向かうと手早くできるだけの荷物の整理を始める。その間に宗一郎は台所へ向かい、二 二人そろって家に上がってからの行動は二人とも実に手慣れたもので、一夏は居間に 軽く腰を折って挨拶をする一夏に宗一郎も小さく頷くと家に上がるように言う。 ﹁また少しの間、お世話になります﹂ ﹁何はともあれ、直接会うのも久々か。よく来たな﹂ ら右手に握る刀を左手で持つ鞘に納めた。 刀を収めながら苦笑する一夏に師匠と呼ばれた相手、宗一郎もフッと小さく笑いなが ﹁なに、この程度ならまだ軽い方だ﹂ ﹁いきなりキツイ挨拶ですね、師匠﹂ 1700 人分のグラスに入った冷えた麦茶を用意する。そしてテーブルを挟んで向かい合う様 に二人がソファに腰掛け、その前に麦茶が置かれるのは同時だった。 ﹂ ? ﹁で、一体何でまたいきなりそんなバッサリと﹂ 一夏の軽口に宗一郎も小さな笑いで応じる。 ﹁タ○リじゃあるまいに﹂ ﹁グラサンとスーツで言えればもっと良かったんですけどね﹂ の爺様婆様どもにも一々言われた﹂ ﹁開口一番がそれか。いや、言われるとは分かっていたんだがな。実際、切った時には町 長さになっていた。 没個性と言うわけではないが、無理のない言い方をすればおよそ男性として極々普通な バッサリと切られていた。人ごみに居ても割と目立つだろう特徴だったのだが、今では 宗一郎の見た目の特徴の一つとして肩を軽く超える長さの髪があったのだが、それが なかった。 一夏も色々と話したいこと聞きたいことはあるのだが、まずそれを言わずには居られ ですか ﹁おかげさまで。まぁボチボチやらせてもらってますよ。師匠は││あの、髪切ったん ﹁お前に関してのあれこれは色々と聞いているが、まぁ特に変わりは無いようだな﹂ 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加) 1701 ﹁ふむ、じゃあ試しに当ててみろ﹂ 理 由 を 聞 い て 考 え て み ろ と い う 宗 一 郎 の 言 葉 に 一 夏 は 軽 く 顎 に 手 を 当 て て 考 え る。 婚活で失敗しドブロァアッ ﹂ そして数秒、これぞというものを思い浮かべた表情で一夏は自信満々に答えた。 ﹁ズバリ !!? でも師匠の親って凄い堅物って前に⋮⋮﹂ ? ﹁それは親父の方だ。親父はそれこそ、ウェーバーの著書で言われるような理想的官僚 ﹁マジっすか。あれ え実家のお袋が急かしてきて見合い写真までこまめに送り付けてくる始末なんだ﹂ ﹁まだそういう時期でもあるまい。それと、お前まで俺にそんな話を振るな。ただでさ で。ていうか、できるのにしないんですか﹂ 気がして。姉さんの後輩の、オレのクラスの副担やってる先生の方がよっぽどできそう ﹁いや、姉さんと比べちゃいかんですよ。姉さんは、何と言うか、致命的な部分で駄目な が揃っている男だぞ、俺は。少なくとも千冬よりかは遥かに容易い﹂ ﹁だいたい、俺がその気になれば結婚なぞ容易い容易い。高学歴、高身長、高収入と3K ろと思いつつも、頭をさすりながら一夏は﹁ですよねー﹂と答える。 極限まで洗練された、一種の極みと言っても良い武の発露になんという無駄な使いどこ 言い切るよりも早く宗一郎の鉄拳が一夏の脳天にクリーンヒットしそれ以上を阻む。 ﹁阿呆か。なわけないだろう﹂ ! 1702 と言って良いくらいに度がつく堅物だが、お袋は真逆でな。気が良いし世話焼きな性分 なのだが、本当にアレは勘弁してほしい﹂ そう言って宗一郎は居間の一角の方を顎でしゃくる。それに倣って一夏もそちらの 方を見てみると、そこには何やら察しのようなものが積まれている。一目見て装丁の良 さが分かるそれは、なるほど確かに一般的に見合い写真と呼ばれるもので相違ないだろ う。 異性への誘惑に心揺れ動くことだって普通にあるのだ。 一 瞬 心 が 揺 れ 動 く 一 夏。し か し 彼 を 責 め る な か れ。一 夏 も 基 本 的 に は 普 通 の 男 子。 ﹁え⋮⋮いや、良いっす⋮⋮﹂ う変わらん者もいるからな﹂ かりだぞ。それこそ、優良物件が選り取り見取りだ。大半はお前より年上だが、まぁそ 家はそれなりの家柄だからな。その見合い写真の山も、載ってるのは良いとこのお嬢ば うことを決めておくのは大事だとかなんとか言ってな。それに曲がりなりにも俺の実 ﹁他に居ないからな。なに、お袋ならノリノリでやってくれるぞ。若いうちからそうい ﹁や、それは遠慮しますよ。てか何でオレなんですか﹂ ﹁何だったらお前が少し引き取れ。俺の代わりにお袋の世話焼きの餌食になってくれ﹂ ﹁また、結構ありますね⋮⋮﹂ 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加) 1703 更に優良物件が選り取り見取り。電車では数馬と﹁妹なチノちゃんぶひぃ﹂的なこと をのたまっているが、どちらかと言えば年上派の一夏にとっては割と近い年上が多いと いうのは心を揺さぶるのに更に倍率ドン。目をしぱしぱとさせながら視線があっちへ フラフラこっちへフラフラしている。 だが今は違う。今の宗一郎が纏う空気は彼と一夏の関係を確固たる一つのものとし 弟。年の近い親子。先ほどまでの会話はそうした親しい間柄同士で交わされるものだ。 一夏と宗一郎、二人の関係は色々な形容の仕方がある。年の離れた友人、あるいは兄 そう言った直後に宗一郎の纏う雰囲気がガラリと変わる。 ﹁さて、本題に入ろうか﹂ ら影響を齎すわけでも無いなら、その必要性は無いと言える。 どんな仕事なのかは特に聞こうとは思わない。聞いたところで、それが一夏に何かし ﹁然様で﹂ 場合によっては海外にも行くのだが、それの準備のようなものだ﹂ ﹁髪のことはそう特別なものじゃない。知人の依頼で少々一働きすることになってな。 埒が明かないので宗一郎は話を進めることにする。 微妙に挙動不審に陥った弟子を眺めているのもそれはそれで面白いが、このままでは ﹁まぁ冗談だ。その気になったら言えば良い﹂ 1704 て固めるものだ。その関係の名は師弟。何よりも二人の関係を端的に、そして強く表す ものだ。 銀の福音 にまつわる一連の出来事のことだ。 " キャリア 凡そ武術家として、その経歴に至るまで宗一郎は一夏の完全上位互換と言って良い。 と思う念が湧き上がる。 呆れるのか、それとも思わず憐れんでいるのか。宗一郎自身もどう言い表したものか ︵まったく、そんな年でそうなるとはな⋮⋮︶ る。 者は数える程しか存在しないだろう程に気づきにくいが、確かな変化というものがあ うして直に顔を合わせれば察しただろうと宗一郎は考える。世界を見渡しても分かる について説明を受けていたからというのも確かにある。だが、それが無くともやはりこ 宗一郎が断言するように言ったのは、少し前に妹弟子から機密情報である福音の一件 " 面持ちの中に緊張を浮かべる。死線││言うまでも無く過日の臨海学校におけるIS 問うのではなく断言するように言う。気づかれていたかと言うように一夏は真剣な が多い。だが、一つ断言できることはある。││死線を超えたな﹂ も多少は知っているが、実際にどのようなことがあったのか、仔細は知らないことの方 ﹁IS学園、そこでお前がどのような生活を送って来たのか。時折の電話やメールで俺 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加) 1705 や 鉄火場 一夏が何がしかの壁を超えたとしても、宗一郎はその時の一夏よりも若い段階で乗り越 修羅場 " えたものばかりだ。 だがこればかりは、極めて特殊な経験、強いて言うのであれば " というのが相応しい経験は一夏の方が宗一郎よりも早く積むことになったらしい。 " を考えれば纏うには剣呑過ぎるものだ。 まった、いわば外れた存在。そんな存在達が纏うものに極めて近く、そして一夏の年齢 のように武の極みに達しながらも同時に人として致命的なほどに一種の破綻をしてし 気、あるいは雰囲気に滲み出ている。それは宗一郎自身や妹弟子の美咲、宗一郎の友人 加えて今日に至るまでのことが一夏にある種の悟りに近いものを与え、今の彼が纏う 生と死の狭間に晒され、ただの一度とは言え決定的な一戦を超える。そうした下地に " て、悟り││は流石に言い過ぎかもしれないですけど、色々吹っ切れたというか。少し られましてね。いや、心身共にですよ。その時に色々自分を見つめ直すことがありまし ﹁一応、緘口令が敷かれてるんで仔細は話せないですけど、夏休み前にいっぺん手酷くや に頷く。 分が秘めていたことを看破した師の眼力に敬意交じりの苦笑を漏らしつつ一夏は素直 宗一郎の考えていることに気付いてはいないのだろう。流石は師匠と、ただ一瞬で自 ﹁えぇ、お察しの通りです﹂ 1706 ばかり心境の変化ってやつがあったんです﹂ ﹁なるほどな。それで 元々喧嘩っ早いところがあったのが余計に手に負えなくなっ たわけだ﹂ ? ﹁ま、そこら辺は結構自覚してる節はありますよ﹂ まぁ、それも後の祭りのようだがな﹂ ﹁や め と け や め と け。こ ん な 現 代 日 本 で 俺 と そ っ く り な ど、ろ く な こ と じ ゃ な い ぞ。 ﹁ハハ、師匠とそっくりなんて。そりゃ光栄っすわ﹂ いことだ。 にはほぼ同じ。であれば、その大本となる思想、思考の傾向を推察することな造作もな 大きい。そして程度の差はあれど、今の一夏のソレは宗一郎や美咲の纏うものと本質的 そう、さっきも言った通りに一夏が纏う剣呑な気は当人の思想的な面に因るところが ﹁なに、理由としてはそう難しいものじゃないさ。そっくりなんだよ、俺とな﹂ 分まで見抜かれていた。これには思わず一夏も顔を引き攣らせる。 でも十分に驚きだったのだろう。だが実際はそれに加えてそのより深く突っ込んだ部 一夏としては自身の身に起きた危機とそれに伴う心境の変化、それを見抜かれただけ ﹁当然だ﹂ ﹁⋮⋮そこまで見抜けますか﹂ 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加) 1707 一夏が死線をくぐったことで至った宗一郎と同種の思想。本人が大局的に見て是で あると判断したのならば、鍛え上げた武を容赦なく奮い例えその結果、相手に最悪の事 態が起ころうともあくまで己の奉ずる大義を貫く。聞きようによっては確固たる信念 を持った者と言うことができるが、その本質は相手を傷つけることを厭わず、最後の一 線を阻む鍵まで存在しない人でなしだ。 人でなし、それは自身でそこまで思い至った一夏も、一夏よりも遥かに前にそこへ 至った宗一郎も、暗黙の内に共通の見解としていることだ。だが更に性質の悪いことに そう理解していても宗旨替えをしようとは思わない。そんな皮肉を込めて一夏は自嘲 するように頬を吊り上げ、宗一郎も深いため息を一つだけつく。 ﹂ ? ってやつでしょう﹂ んだ。もしもこれからのオレがそういう剣呑な道を突っ走ったとしても、そりゃ " 宗一郎が何を考えているのか、一夏にはその全てを見通すことはできない。だが、自 ﹁⋮⋮そうか﹂ " 業 ﹁心得てますよ。そもそも、オレは三年前の時点で背負い込むことを義務付けられてる 貰うが、重い道だぞ る意味では自衛という点において適切と言えるやもしれんがな。先達として言わせて ﹁力だけではどうにもならんことも多いが、逆も然りだ。いや、お前の立場を考えればあ 1708 身の武の道においてもっとも信頼し、心の支えとなっている師が自分の在り様を認めて くれている。それを自覚するとスッと心が軽くなるような気がした。 ﹁けど、それがオレの選んだことですから。師匠もでしょ ﹁あぁ、そうだな﹂ ﹂ ﹂ ? 凄みを含めた言葉に挑戦的な笑みで返してきた弟子に、宗一郎も口の端を吊り上げ ﹁そういえばそうだったな﹂ ﹁元より覚悟の上ですよ。というか、そんなのいつものことでしょう 何よりお前自身の底上げ。少々スケジュールは短いが、きっちり叩き込んでやる﹂ は今まで以上のものだ。もとよりお前には大半の技は仕込み終えている。その残りと、 ﹁腹は括っておけよ。お前がそこまで至ったのであれば、武人として要求されるレベル 静かに、師弟は修行の開始を申し合わせる。 ﹁えぇ﹂ ﹁始めるか﹂ ゆっくりと宗一郎は立ち上がる。それについていくように一夏も立ち上がる。 ? でなし。あぁ、そうだな。どうにも俺もお前も業が深い﹂ りは無い。そういう意味で、俺もお前も良くも悪くも本質に忠実か。迫れば迫るほど人 ﹁どれだけ大層な題目を並べようとも、剣が凶器であり剣術が殺人術であることに変わ 第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加) 1709 る。 ﹂ ? は確かな力強さが共に宿っていた。 あらた そうして二人は同時に歩き出す。足音が殆ど立たない静謐な足取りながらも、そこに ﹁うす﹂ ﹁行くぞ。まずは道場だ。今のお前の実力、 検めさせてもらおう﹂ のイメージを創出した結果だ。 刹那、室内に風が舞うような錯覚を抱く。師弟がそれぞれに発した気迫が、自然とそ ﹁そいつはまた、俄然やる気が出るってもんですね﹂ に辿り着くぞ での枷が無いようなものだ。そして幸運にもお前には才がある。長ずれば、俺と同じ域 ﹁そうだな。では一つ、発破をかけてやろう。今のお前の心、そこには武を突き詰める上 1710 第四十八話:夏休み小話集8 修行2 ﹂ ﹁夏休み修行編 3rd ∼ぶっちゃけると修行って言うほど修行シーン無いよ、マジ で∼﹂ ﹁にょわー に幾度となく起きたことだ。 者ともに特に何も驚きなどはしてはいない。そして既にこの夏の修行開始から数日、既 師弟関係を結んで早五年、もはや見慣れ当たり前過ぎることになってしまっただけに両 の稽古の最中、痛烈な一発を貰った一夏が派手にぶっ飛んだというだけのことである。 別にきらりんなきゅんきゅんパワーでハピ☆ハピしているわけではない。宗一郎と !! ﹁周りは女ばかりと言うが、どうして良い使い手に囲まれているようじゃないか﹂ だ。 はどう足掻いても彼から一本取るなど土台無理なこと。であれば見るべきはその過程 一夏が吹っ飛ばされたことに関しては宗一郎も今更何も言わない。そも、今の一夏で と思ったが、中々面白い伸び方をしているじゃないか﹂ ﹁なるほど、学生いえども今までとはまうで違う環境に放り込まれてどうなっているか 第四十八話:夏休み小話集8 修行2 1711 ﹁いつつ⋮⋮えぇ、はい。同級生と、あと上級生にも。強い人はいますよ﹂ け﹂ ? をするところもあったが││いや、千冬や美咲も以前に似たような反射をしたことが ︵剣の方は静動それぞれの典型的な使い手が相手と言ったところか。妙に変わった反応 早く元の場所に仕舞い、ササッとモップを掛ければ終わりだ。 るが、元よりそこまで片付ける程に物が散らかっているわけでも無い。使った道具を手 そう言って一夏は準備のために一足先に道場を出る。残った宗一郎も片づけを進め ﹁はーい﹂ 食い物は俺が出す﹂ ﹁そうだな、七輪でも出すか。勝手口の方にあるから縁側に持って行って火を着けとけ。 ﹁うす。今日はどうしますか ﹂ ﹁一夏、道場の片づけは俺がやっておく。お前は汗を拭いて、先に昼飯の支度をしてお づけを始める。 貰った頭をさすりつつ同じように模擬刀を鞘に納めると、軽く一礼をしていそいそと片 言 っ て 宗 一 郎 は 構 え て い た 練 習 用 の 模 擬 刀 を 腰 に 差 し た 鞘 に 納 め る。一 夏 も 一 発 しよう。ついでに、その辺も少し聞こうじゃないか﹂ ﹁そうか。そういえば、その手の話はまだしていなかったか。⋮⋮頃合いだな。昼飯に 1712 あったな。となるとISを用いたことの影響か。まぁ特段目くじらを立てるものでは ないし、上手く取り込めば相手の虚を突くのにも使えるか︶ 道場の中に一夏が置いていった彼の模擬刀、それを鞘から抜き刀身を眺めながら宗一 郎は弟子の腕前を更に分析する。積み重ねた経験というのはその技に出てくるものだ。 技術 というものには共通してそういう側面がある。 何も武芸に限った話ではない。スポーツでもそうだし、農耕や機械工作、はたまた事務 仕事など。とにかく " のなのである。 ることは決して不可能なことではない。一流の技量を持つ人間は一流の見識を持つも そしてその分野において一流の人間であれば、その技術からそこへ至る過程を読み取 " そこではたと思い出す。およそ世界で自分が知る限り唯一対等な実力と呼べる相手、 ︵そういえば││︶ 分の狂いも無い。もしや見ていたのではと一夏が疑うだろうほどに的確なものだ。 ﹁御見それしました﹂とそれはもう深々と頭を下げているだろう。宗一郎の分析には一 仮にこの宗一郎の思考を彼が言葉にして発し、それを一夏が聞いたら彼は間違いなく の相手も多い︶ 重視か。相手は同じ年頃の小娘だろうが、中々良い腕をしているな。それに、長柄武器 ︵しかし、動の相手は一人の影が濃いが、静の相手は二人は目立つな。一撃重視に、速さ 第四十八話:夏休み小話集8 修行2 1713 少々年の離れた友人の二人の愛娘はどちらも例の学園に所属していたはずだ。確か妹 の方は一夏と同学年のはずで薙刀を得意としているはず。 二人そろって暇が重なった日に連れ立ってパチスロを打ちに行って、景気良く勝った 帰りにガード下の屋台で飲みながら話した内容だから若干曖昧な部分もあるが、殆ど外 してはいないはずだ。 一夏が現代の男子高校生としては珍しい点の一つとして、完全に彼個人の所有物であ ﹁さて、このままで行ってあいつの刀は持つのやら﹂ とはまた別で問題もある。 の随所に見られる。それは良い。それもまた修練という積み重ねの証だ。しかしそれ 長く使っている模擬刀は手入れは怠っていないが、それでも隠し切れない損耗が刀身 ﹁こいつも、良い感じに消耗してきたな⋮⋮﹂ 感じさせない軽やかさで回し弄ぶと、ヒュッと風を切る音と共に刀身を眼前で止める。 そのままヒュンヒュンと、決して軽くは無い金属の塊でもある模擬刀をまるで重さを はいたが、思わぬところで繋がった縁にニヤリと口の端を吊り上げる。 達としていずれは紹介をし、ついでに無手の技の手解きも頼んでみようかなどと考えて 自分が至り、いずれは一夏にも到達させるつもりの武の最深奥。そこへ至った別の先 ﹁ふん、こいつは中々面白いじゃないか﹂ 1714 る刃引きをしていない本物の日本刀を持っていることがある。依然シャルロットに突 きつけたアレのことだ。 実家に刀がある││などというのは決して珍しいことではないが、それはあくまでそ の家の所有物と言うべきだろう。一夏の場合、諸々の手続きは殆ど宗一郎が代行したも のの、完全に彼個人の所有物としてあるのだ。 そして宗一郎が気になるのはその刀の、極めて単純な耐久のことだ。知人の少々偏屈 な老刀匠の作であり、宗一郎が件の翁より譲り受けた数本のうちの一本が今の一夏の愛 刀なわけだが、決して悪いものではない。刃引き云々美術的価値云々を抜かして機能面 で見れば一般的水準より上の物と言っても良い。だが、この修行の初めに改めて知った 弟子の気質、そしてその立場故に予想されるこれから。それを考えると必ずしも事足り るとは言い切れないのが宗一郎の本音だ。 蔵のような作りになっている倉庫、その最奥には収められている物の中で最も丁寧に、 識を向けるのは道場の裏手にある倉庫だ。彼の趣味が多分に入った結果、ちょっとした 実のところ、仮に新たなものを渡すとしてその目星はつけてある。そこで宗一郎が意 破してもらう予定だ。あるいはその際に暁として一振り、新たな刀を渡すか。 この後の昼食の時にでも一夏には話す心算だが、今回の修行で一夏には一つ段階を踏 ︵そろそろ、頃合いでもあるからな︶ 第四十八話:夏休み小話集8 修行2 1715 と 影打 " の関係では無く強 " そして最も厳重に保管がされている物がある。 それは二振りの刀だ。例の翁の渾身の作、所謂 真打 " の候補でもある。 いて言うならば兄弟、あるいは双子の刀だ。その片割れ、それが一夏に譲り渡す一振り " ヒ ヒ パタパタと団扇で七輪の火を煽りつつ一夏は即興で作ったフレーズに一人突っ込み 部のオッサンみたいじゃん﹂ ﹁燃えろや燃えろ∼笑いが止まらん火っ火っ火∼って、これじゃキチガイ犯罪集団の幹 ヒ していた刀を鞘に納め元の場所に戻し道場を後にした。 離れた所から自分を呼ぶ弟子の声を聞いた宗一郎は一言だけ返事を返すと、再び手に 論だ。 軽々しく臨むつもりもないが、かといって身構えすぎもしない。それが彼の出した結 の中意外にあるもので、特に武道というものに浸っていると特に実感することがある。 と首を横に振る。運命論者を気取るつもりはないが、物事成るように成るというのは世 物が物だけに宗一郎もそれなりには慎重になる。だがすぐに考えても詮無いことだ ﹁いや、あいつの手に渡るべきならば自然とそうなるか﹂ 1716 を入れる。 あのマンガ面白かったなー、電子ド○ッグとか何それヤベェって思ったなー、そうい や数馬がやろうと思えば似たようなの作るのは可能だよとか言ってたなー何それコワ イなどと独り言を呟きながら一夏は淡々と七輪の火力を高めていく。 そう言いながら家の奥から宗一郎がやってくる。手には七輪で焼くための具材を乗 ﹁待たせたな﹂ せた皿がある。 ﹁ほれ﹂ ものを幾らか移したおひつと二人分の茶碗や箸を持って宗一郎が戻ってきた。 言われて一夏は網の上に肉や野菜を置いていく。程なくして炊飯器に炊いてあった ﹁うぃーっす﹂ ﹁あぁ、そりゃ良い。少し待ってろ、飯を持ってくる。先に適当に焼いといてくれ﹂ ﹁もうちょい時期が遅かったら秋刀魚もアリでしたね﹂ る性分である。 宗一郎は割と雰囲気を楽しむ気質が強い。それは弟子の一夏も影響されて持ってい ういうのもアリだろう﹂ ﹁肉に野菜に、まぁありきたりなものだ。別に普通に台所で焼いても良いが、たまにはこ 第四十八話:夏休み小話集8 修行2 1717 茶碗に白米を盛り、さぁ食べ始めようとしたところで宗一郎が飲料の缶を一夏に手渡 す。 ﹁お、良いっすねー﹂ 渡されたのはノンアルコールビールだ。ぶっちゃけ一夏は本物もイケる口だが、まさ か真昼間からやるわけにもいかない。午後も修行の予定はあるのだ。 ﹃乾杯﹄ ﹂ カンッと音を立てて手に持った缶を打ち合わせる。そしてゴクリと喉を鳴らしなが ら一口を飲む。 ﹁時々一人でやるのだがな。悪いもんじゃないだろう 鹿にはならん。浮かせられるなら浮かせるものだ﹂ ﹁貰い物も多いがな。まったく、気の良い年寄りばかりだから助かる。食費も決して馬 焼けたものを宗一郎と共に次々に取っては頬張りながら一夏は味に唸る。 ﹁う∼ん、肉も野菜も旨い﹂ エーションだ。 意 す る よ う に 頷 く。平 た く 言 え ば 夏 場 に や る よ う な 缶 ビ ー ル の C M の よ う な シ チ ュ ビールを飲む。夏の陽気も相まって成るほど確かに良いものだと一夏も師の言葉に同 縁側で七輪を使って肉や魚、貝類などを焼きながら白米を食べ、ノンアルとはいえ ? 1718 宗一郎はこの田舎町にあって数の少ない若い男性だ。その上ガタイも良いものだか ら力仕事も難なくこなし、本人もそういう必要があれば積極的に駆り出て地域への貢献 を 惜 し ま な い た め に 住 民 か ら は 概 ね 好 意 的 に 受 け 入 れ ら れ て い る。そ う し た こ と も あってか、町で第一次産業に従事する者などはよく彼に収穫物のお裾分けをしている。 今回二人が食べている肉や野菜もそうした経緯で宗一郎の下に渡ってきたものだ。 ﹂ ﹁さて、一夏。まぁ食いながらで構わん。そのまま聞け﹂ ﹁なんです を続ける。しかしその目は鋭い光を宿しながら宗一郎から視線を離さずにいた。 その言葉に一瞬、一夏の箸を動かす手が止まる。だがすぐに元通りに動かし始め食事 ﹁今後の方針、というやつだ﹂ ? ? ととしよう﹂ ﹁具体的には ﹂ るにしても二十歳頃かと考えていたのだが⋮⋮気が変わった。少々ペースを早めるこ ﹁だが、さすがにそこまで急ぐこともないだろうとも考えていてな。伝承をほぼ完了す 一夏と同じように、宗一郎も食べる手を止めないままに話を続ける。 るし、事実としてその年で既に奥伝の一部すらも会得している﹂ ﹁幸運、そう言うべきなのだろう。お前は才に恵まれた良い弟子だ。俺も教え甲斐があ 第四十八話:夏休み小話集8 修行2 1719 ﹁まだ伝えていないものも含め一気に叩き込んでいく。その時点で可能か否かはさてお き、知識として技とその理合も伝えていこう。その上での俺の目算だが、そうだな。1 7だ。順当に行けばお前が17になる頃には極伝まで達する見込みだ﹂ ﹁そいつはまた、皆伝超えますか⋮⋮﹂ 免許皆伝 " というものがある。この中の皆伝とは伝位、早 師の口から語られる今後の構想、その結果に一夏は思わず口元をひくつかせる。 比較的耳に慣れた言葉に の通り 道 における全てを伝えられたという証である。流派によっては異なる呼び " ﹁単純な流派の後継者じゃない。文字通り、俺の全てを教えてだ。断言しよう、それらを るのか。 かない。そこに漕ぎ着けるだけでも相当だが、では宗一郎は何を持って極伝と言ってい しかしながら一夏と宗一郎、二人が扱う剣の流派は実のところ皆伝にあたる技までし 伝、流派における最高機密すら伝えられたことの証でもある。 などに記されている全てを示すなら極伝はそこにすら記されない秘中の秘、家伝中の家 そして宗一郎が一夏に語った極伝、それは皆伝の更に上位にある。皆伝が流派の伝書 これらの仔細はあえて割愛するものとする。 方をすることもあるが、一般的にはこの皆伝の下に奥伝、中伝、初伝などがあるのだが、 " い話がその道において技などを習得した段階を示す言葉の一部であり、皆伝はその字面 " 1720 海堂 宗一郎 という一人の武人がその類稀なる才で持っ 全て納め極めたならば、お前は間違いなく俺と同じ領域まで上がってくることになる ぞ﹂ 流派の奥義だけでなく、 " 郎は気にしないことにした。 げられた左手には茶碗が握られたままであり、どうにも締まらない光景だがあえて宗一 ビシリとまるで授業中の生徒のように片手を挙げて一夏は質問の許可を求める。挙 ﹁はい、師匠。質問良いですか﹂ として伝えると、彼は言っているのだ。 て作り上げた、言うなれば彼のオリジナル、我流とも言うべき技の全て。それらを極伝 " ﹂ ? ? ﹁こんなこともあろうかとな。前々より伝書の再編や動きの映像での記録を行っていた 一夏に宗一郎は何だそんなことかと言うように鼻を鳴らす。 繁にこちらに来るわけにも行かない身の上でどうやって伝授を行うのか。そう問うた 修行のペースを早め、密度を高めてくれるのは構わない。だが普段IS学園に居て頻 ﹁なに、案ずるな。抜かりはない﹂ 通り、普段のオレは海の上ですよ ﹁技を教えてくれるとかその辺は一旦置いといて、実際どうやるんですか 知っての ﹁なんだ﹂ 第四十八話:夏休み小話集8 修行2 1721 ﹂ んだよ。それを使うと良い。いやはや、時代の進歩とは便利なものだ、実に﹂ 略してさすししょ ! ! 可能性としてはあり得る。嫌な連鎖だ︶ るやもしれん。厄介を乗り切るための技がまた更に呼び込む。あって欲しくは無いが、 うにと教えを授けるつもりだったが、あるいはそれこそが更なる波乱の呼び水に成り得 ︵今更、こいつに穏やかな先を望むのは難しい。ならば艱難だろうと切り抜けられるよ 続ける。 脳裏で巡らせる思考、その素振りを欠片も表に出すことは無いままに宗一郎は思案を わってはいるがここへ来て心が急激に強まっている︶ ︵だが、現実問題としてこいつならば十分に可能だろう。心技体、どれも元より十分に備 笑を浮かべてはいるが、その内心はおよそ笑顔とは程遠いものだった。 箸を進めながら一夏は宗一郎を褒めちぎる。それに気を良くするように宗一郎も微 ﹁またまた謙遜謙遜﹂ ん﹂ も後々困るからな。そのための措置だ。それが、たまたま功を奏したというだけに過ぎ ていてな。百年以上前のものなどザラだから当然と言えばそうだが、これで何かあって ﹁なんだそれは。いや、実際のところ伝書の方もだいぶ年月を経てかなり傷んだりもし ﹁流石です、師匠 1722 少し前に妹弟子から手渡された殺人許可証││悪魔のパスポートとも言うべきソレ を思い浮かべる。思えば、それを一度手放したのはそうした厄介ごとの連鎖を疎んじて でもあったはずだ。 ︵だが、それがこいつの宿命となるのならば俺のやることも自然決まってくるか︶ 己も腹を括り弟子の宿業に付き合うべきなのだろう。その一端でもある技を伝えた 者としての責任と、何よりも彼の師である故に。 ︵まったく、何が当代最高峰の武人だ。所詮は腕っぷしが強いだけの一人の人間でしか ないというに︶ あるいはこれより弟子が相対するのは世界となるかもしれない。世界、たった二文字 で表される、しかしあまりに巨大なソレを考えると改めて己の小ささ、細やかさを実感 させられる。 ﹂ ? ﹁これからの修行もそうだが、まぁ今後も何かと苦労は絶えんだろう。だが、励めよ﹂ ﹁はい ﹁一夏﹂ かできることなどない。 せめて、何に相対しようと打ち倒せるための技の伝授。結局のところ、それくらいし ︵許せよ、一夏。俺にできるのはこのくらいだ︶ 第四十八話:夏休み小話集8 修行2 1723 ないだろう。だが、期待するような言葉に彼は弟子として力強く頷いていた。 宗一郎がどのような思いとともに言ったのか、おそらく一夏はその全容を察してはい ﹁えぇ、当然っすよ﹂ 1724 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 ﹁夏休み修行編 4th ∼反省はしてる。だが後悔はしていない∼﹂ ﹁今日は軽い慣らしで行くぞ﹂ ﹂ がそのためのウォーミングアップ、調整のためのものになっていた。 たせるなどということも行ってきたのだが、そういう時はほぼいつも直前の修行の内容 して時には宗一郎の伝手を利用して別の門下の者との試合を行いより経験に深みを持 そういうことだ。弟子入りしてより剣術を始め、無手での武道も共に学んできた。そ ? 想を立てていた。 ﹂ ただ、伊達に数年間師弟をやっているわけではない。既にこの時点で一夏は凡その予 た矢先に師の口から出てきた言葉に一夏は思わず聞き返していた。 朝、いつも通りに早朝の基礎トレや朝食など諸々を終えていつも通りに修行をと思っ ﹁はい ? ﹁また、どっかで試合でもやらされるんですか 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1725 今回もそういう手合いだろう。そして一夏の問いに宗一郎はそうだと頷く。当たり だ。さて、ならば今回はどのような相手が出てくるのか。一夏の興味はそちらに向く。 ﹁で、師匠。今回はどこの道場のどなたさんとやるんですか けど﹂ ﹂ ﹁さぁな。誰とやるかは俺も知らん﹂ ﹁はい なんか時間も半端です 方をするのか。そんなのは向かい合ってから初めて分かるものだ﹂ ﹁まぁ何人かと連続で戦ってもらうことになるだろうが、相手がどんな奴か、どんな戦い 投げかけた質問に返された答えに一夏は思わず呆ける。 ? ? 座って高速道路を走っていた。 そして時間は飛んでその日の夕刻、一夏は宗一郎の運転するスポーツカーの助手席に た。 出る時間帯の中途半端さに疑問を抱くも、とりあえずは返事を返しておく一夏であっ ﹁は∼い﹂ おけ﹂ ﹁まぁそんなところだ。今回は少々特別だが⋮⋮夕方ごろに出るからな。支度は整えて 1726 ﹁な、なんなんですかソレ ﹁地下格闘さ﹂ ﹂ せつけるように大仰に口元に笑みを浮かべる。そして一言││ そこで宗一郎は視線を前方から外さないまでも、自分の方を見ているだろう弟子に見 ? というやつだ﹂ " 自由 " ﹁そういうことだ。とはいえ、今回のはルールに縛りが無いから賞金もそれなりに入る すか﹂ ﹁あぁ、そりゃ納得です。で、その大会っていうのはそういう筋の連中の興業ってわけで 業 いが、そこのは違う。ま、バックが少々表には出にくい連中だからな。いわゆる ﹁最近じゃあ地下格闘を謳っていても割とちゃんとした団体が仕切っているケースが多 かっているのは臨海部の倉庫街。その中の一つで行われている地下格闘の大会である。 やっとこさ受けた仔細の説明で一夏はようやく状況を理解する。今現在の二人が向 ﹁そういうことだな﹂ ﹁はぁ、それでオレはその地下格闘のリングで適当に戦ってこいと﹂ 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1727 上に、その手の連中の興業にしては割とまともな運営をしているからな。ギリギリのラ インではあるが、条件としては悪いもんじゃない﹂ ﹂ マッチって言うんですか ? たことにより途切れた。 そのまましばらくの間、車内には無言が続く。だがそれも程なくして一夏が口を開い ﹁⋮⋮ウス﹂ だリングに上がり、眼前の相手に勝つことだけを考えれば良い﹂ ﹁まぁお膳立てや引き際の見極めは俺がきっちりやってやるから心配するな。お前はた 愉快だったな等と、宗一郎は過去の思い出に一瞬馳せる。 思えば強面の大柄な男連中が揃いも揃って土下座しながら泣き頼みをしてきたのは れとお願いされたが﹂ ﹁何せそこは俺も昔は出たからな。まぁ、少し暴れすぎて出禁食らった、いや、控えてく ﹁なんか随分詳しいですね﹂ 応じてくれるのもポイントだな﹂ ﹁あぁ、その認識で構わんな。出る奴には脛に傷持ちな輩も多い。素性を隠したいなら ? そんな感じのやつに出てましたけど、あんな感じですかね ﹁へ ぇ。し か し 地 下 格 闘 で す か。昔 に 見 た ス ○ イ ダ ー マ ン の 映 画 で 主 人 公 が 金 網 デ ス 1728 ﹁師匠、確かその地下格闘ってファイトマネーとか出るんでしたよね ﹁それ、オレも貰えたりしますよね ﹂ ﹂ になって所謂トトカルチョの方式で金を賭けて稼ぐかだな。今回は両方で行くが﹂ ﹁あぁ。とはいえ、相応の額を取ろうと思ったら相手もそれなりになるが。後は観客側 ? ﹁ちなみに稼げればどのくらい ﹂ そこで宗一郎はふむ、と考える。 ﹁え ﹂ あ、はい﹂ ﹁楽しかったか ﹂ ﹁当たり前だろう。お前が勝って稼ぐんだ。相応の分配はあって然るべきだ﹂ ? ﹂ ? スで負担してくれた部分もあるが、それも数馬の並みの高校生レベルをかけ離れた懐周 少し前に数馬と行ったときには初めてということもあったので数馬が色々とサービ ﹁そ、そうですね。結構掛かりますね﹂ がな。これは俺の想像でしかないが、結構金も掛かるのではないか お前がそれで満足しているなら、むしろそれで良いとも思う。さて一夏、そのライブだ ﹁そうか、それは結構。別に俺はお前のそういう趣味にとやかく口を出すつもりはない。 ﹁めっちゃ楽しかったッス﹂ ? ? ? ? ﹁一夏、何やら最近お前は声優のライブとかに行ったらしいな 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1729 りがあってのこと。一夏も負担した分はあるし、それだけでも決して少なくない額だ。 そこへ本来掛かるだろう部分も加味すれば、総額は決して軽くは無い。 ﹁ですね﹂ ? ﹁マジですか ﹁マジだ﹂ ﹂ ﹁ウハウハですか ﹁金稼ぐだけに、ですか ﹂ ﹁まったく、現金なやつだな﹂ 普通の男子高校生。その感性も人並みには俗なのだ。 途端にこのやる気の出しようである。織斑一夏十五歳、何だかんだ言って中身は割と ﹁師匠、オレやります。頑張って稼││じゃなくて勝ってきます﹂ ? ? ﹁ウハウハだ﹂ ﹂ その言葉に一夏は目を丸くする。 ﹁それがな、行き放題だぞ ﹂ な。総額で数万は確実だろう﹂ がけなら宿泊費もか。あとは、会場ではグッズなどの販売もあるらしいからそれらもだ ﹁詳しくは無いが、まずチケットだけでもそれなりにするだろう。更には交通費や、泊り 1730 ? ﹁上手いこと言ったつもりか ﹁⋮⋮おい﹂ 押した。 バカ弟子が﹂ ヤーを繋ぐ。そしておもむろに窓を少し開けたかと思うと、プレーヤーの再生ボタンを 言 い な が ら 一 夏 は 音 楽 プ レ ー ヤ ー を 取 り 出 し カ ー ス テ レ オ の A U X 端 子 と プ レ ー ﹁あ、そーだ。師匠、オーディオ借りますねー﹂ そんな風に軽口を言い合う師弟。 ? ﹂ 運転を続けながら宗一郎は一夏に声をかける。心なしか眉が微妙に顰められている。 ? いや、ゲームのサントラですけど﹂ ? 思わず頭を押さえたくなる宗一郎だが、ハンドルを離すわけにもいかないので堪え ﹁いや、何となく高速を飛ばしてる今の状況に合うかなーって﹂ ﹁あぁ、それは分かる。有名なゲームだ。俺も知っている。で、なぜこれだ﹂ ﹁この曲ですか を持った軽快な音楽が車内に鳴り響く。 が流れている。人の歌声が無いそれは所謂サウンドトラックというやつだ。ポップさ カーステレオからはAUX端子を通じて再生されるプレーヤーに取り込まれた音楽 ﹁その曲のチョイスはなんだ﹂ ﹁なんですか 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1731 る。一夏との付き合いも数年来になるし、多感な少年期でもある。成長につれて人格と いうものにも変化が出たのは幾度と無く見てきたし、今回の修行で久しぶりに会った時 はより顕著に感じた。 今の一夏は以前に比べればだいぶ落ち着いている。やや荒っぽい、どこか自分を持て 余しているような気質は鳴りを潜めた。武人としても、成長には良い傾向と言える状態 だ。ただ、それはそれでいいのだが、同時に妙にボケる要素が強くなったのは気のせい であると思いたい。 ﹂ ﹁何なら前の車吹っ飛ばしてトップに躍り出ます ? ﹂ この車、スターでも取ったの ? ﹂ ? ﹁それで吹っ飛ばされてコースから転落とかしたらもう最悪ですよねー。絶対ぶつけた れるというオマケつきでな。雷が無ければあるいはト○ゾーか れて踏んづけらるのがオチだ。更には元に戻ったと思ったら後ろから赤甲羅ぶつけら ﹁大事故だ馬鹿野郎。第一、そう上手く行くものか。無敵状態が解けた瞬間に雷落とさ ? か ﹁マ○オの無敵BGMはネタに走り過ぎだろう。何か 学生時代の嗜みで知っている故にあえて否を言うことはしない。しないのだが││ 日本どころか世界的に見ても有名なゲームの代表的とも言えるBGMだ。宗一郎も ﹁まぁ、確かにチョイスとしては間違ってはいないかもしれんがな⋮⋮﹂ 1732 やつ、﹃ねぇどんな気持ち 今どんな気持ち ﹄ってゲス顔﹂ ﹄って煽るような顔してますよ。でな きゃ﹃もっと面白いものを見せてやるよぉおおお ? つに付き合って貰ったりはしましたけど﹂ ﹁何それウケるんですけど。ていうか、師匠もゲームやってたんですね。いや、オレのや 仕掛けたバナナに自分で引っかかるという珍プレーをやらかした奴が居たな﹂ ている部屋に出向いてな、何人かで集まってそのゲームをしたのだが、前の周に自分で ﹁なんだそれは。あぁ、そういえば学生時代の話だがな。休日に友人が一人暮らしをし !! ? るなら、頼れる者に頼れば良い。千冬でも良い。学校の教員でも良い。なんなら俺でも 前がそうしたいのであれば、そうしようと決めて動けばいい。それだけだ。手助けが要 はある。けどな、その行動は、最終的にどうするかを決めて動くのはそいつ自身だ。お ﹁確かに、立場だとか肩書きだとか、そういった者は本人にもどうしようもできないこと た気持ちも十分に察することができた。 今の一夏の立場の厄介さは宗一郎も重々承知している。故に一夏の呟きに込められ ﹁そうだったんですか。オレも、できるかな﹂ 日に友人と遊んだりもした。お前が思うよりかはずっと普通だ﹂ い学生生活でも無かったよ。普通にゲームをしたりマンガを読んだりもした。休みの ﹁ま、確かにそれなりに良い学歴は持っているとは自負しているがな。そんなに堅苦し 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1733 構わん﹂ ﹂ ? ﹂ ? が、どの車も少々派手だ。微妙に偏見交じりな言い方をすれば、そういうヤンチャが好 言われて一夏は同じパーキング内に停まっている他の車を見る。少し見て気付いた ﹁停まってる他の車を見てみろ﹂ ﹁そんなの分かるもんですか ﹁ここからは歩きだ。ふむ、近いな。それなりに人は来ていると見える﹂ は手ごろな24時間営業のコインパーキングに停まる。 そうして高速を降りてまた走ることしばらく。そろそろ海も近いというところで車 一郎であった。 流石にそんな下らないことで要らない注目を浴びるのは御免こうむりたいと思う宗 ﹁お前今すぐその曲止めろ馬鹿野郎﹂ れ、オレらじゃないですかね ○オの無敵BGM流しながら走ってるスポーツカーに抜かれたんだけどww﹄って。こ ﹁あ、師匠。なんかツイッターで検索してみたらこんなんありましたよ。﹃○○高速でマ 師の言葉に一夏は微笑み、そしてふと手にしていた携帯に目を落とす。 ﹁⋮⋮そうですね﹂ 1734 きそうな者が好みそうな飾りつけだったり車種のチョイスだったりする。 ﹁これから俺達が向かう会場は、出る奴もそうだが観客もそういう威勢の良い輩が集ま りやすい。無論、そればかりでは無いが、そういう傾向にあるのは事実だな。どの車も、 そういうのが好きそうなやつだろ﹂ 最低限の荷物を収めた鞄と、愛用の木刀を収めた竹刀袋を持って一夏は宗一郎の後に ﹁言われればそうですねぇ﹂ 続き歩く。更に歩くこと十数分、二人が着いたのは海に面した倉庫街だ。倉庫街とは言 うものの、集まっている倉庫はどれも大きさこそそれなりのものだが隠し切れない古さ が滲み出ている、はっきり言ってそれほど積極的に使われてはいないような場所だ。 黒服を来たいかにもな面構えの男が立っている。 口が入り口にでもなっているのだろうか。それを示すように、裏口と思しき扉の脇には そう言って宗一郎が向かったのは倉庫の裏手だ。おそらくそちら側にあるだろう裏 ﹁こっちだ﹂ 催しを考えれば大いに納得ができる。 夏でも分かる。中から伝わる無数の人の気配と、興奮の嵐。既に聞き及んでいる中での 納得するように一夏は頷く。目的となる倉庫の前まで来て、流石にここまで来れば一 ﹁なるほど、確かにこりゃ⋮⋮﹂ 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1735 ﹁話をつけてくるから待っていろ﹂ 扉から少し離れた所で一夏を待たせ、宗一郎は一人で男の下へと歩み寄る。当然、気 づいた男が宗一郎に近づき声を掛け二言三言、言葉を交わす。それからすぐに男は居住 まいを正して宗一郎に頭を下げる。その宗一郎はと言えば、手招きで一夏を呼び寄せて 一夏も素直にそれに従う。 ﹁これは、お久しぶりですな。お元気そうでなによりです、海堂さん﹂ てくる。 思しき匂いや、照明の薄暗さなどはこの場がアウトローな場所であることも同時に伝え 者たちの闘気はまさに格闘場と呼ぶに相応しい。そして鼻腔を僅かにくすぐる煙草と も伝わってくる観客の歓声と興奮、熱気、何よりも今もなおリングで戦っているだろう いま歩いている廊下は会場のメインから離れた裏側と言うべきだろうが、そこに居て るほどと一夏は改めて納得する。 薄暗い廊下を歩きながらそんな言葉を師と交わす。そうしながらも周囲を観察し、な ﹁一応、俺もここじゃ顔が利く方だからな﹂ 入りながら自分たちの方に頭を下げている男を見遣る。 ﹁ウス。随分と丁寧な対応ですね﹂ ﹁入るぞ﹂ 1736 ﹁おう、そっちもまだ現役だったか。とっくに刺されてるか、ムショに放り込まれてるか と思ったがな﹂ は渡りませんよ﹂ ﹁いや手厳しい。とは言え、一応は堅実にやらせてもらっとりますんで。早々危ない橋 不意に現れた人影が歓待の言葉を宗一郎に掛け、宗一郎もどこか親しみを込めた皮肉 交じりの言葉で応じる。 ︵なるほど、このオッサンがここの胴元か⋮⋮︶ まだ彼が何者かは知らされていないが、雰囲気で分かる。パッと見で推測できる年齢 もそうだし、相応の経験を積んだ者らしいどっしりとした佇まいだ。少なくとも、建物 に入ってから見かけたチンピラ崩れみたいな若衆などとは格が違うのは素人目で見た としても明らかだろう。 ﹂ ? 敢えて何も言わない。話が自分に向けられたことに気付いた一夏は一歩前に出て軽く 馬鹿と言うことには一言物申したくもあるが、決して否定しきれることではないので ﹁あぁ、俺の愛弟子さ。少々馬鹿だがな﹂ ちらが や、お弟子さんを取っていたことも驚きですが、年齢を聞いても驚きましたよ。││そ ﹁しかし驚きましたな。久方ぶりに連絡があったと思いきや、弟子を出したいとは。い 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1737 頭を下げる。 見ての通りこいつは若い。何 ? 宗一郎の言葉に従う。 ? ﹁分かりました。では、お弟子さんの方は私が準備の手伝いをしましょう。││おい、誰 ﹁あぁ、支度の類は任せる。俺はマッチメイクの方をさせて貰おうか﹂ ﹁では海堂さん、早速準備の方をしても ﹂ を隣に立つ一夏は感じ取る。職業柄、そういう気配にも敏感なのだろう。胴元も勿論と 余計な事を言われる前に宗一郎が釘を刺す。僅かだが鋭くなった気が発せられたの ﹁なに、構わん﹂ 気を付けていますが、少々臭うかもしれませんがそこは容赦を﹂ ﹁えぇ、当然ですとも。何でしたらマスクなどの小道具もお貸ししましょう。保管には 配慮はしてもらおうか﹂ せ学生だからな。そんな身上でこんな場所に出ていると知られても事だ。無論、相応の ﹁出場者のプライバシーは厳守。此処の売りだったな れってもしかして⋮⋮﹂という具合で周囲に気付かれたことは何度かある。 上だ。休日に学園の外に居て、直接声を掛けられるようなことは殆ど無いものの、﹁あ 胴元は確実に一夏のことに気付いただろう。何せ全国放送で顔写真が晒された身の ﹁なるほど。確かに若い。が、腕は立ちそうですな。それに、なるほど⋮⋮﹂ 1738 か海堂さんを案内して差し上げろ﹂ 胴元が離れた場所に居る部下に声を掛け、やってきた男に幾つかの指示を出すと宗一 郎と連れ立って別の場所へ歩いていく。 ﹁では君はこちらの方に。選手用の更衣室があるから、そこで支度をしてもらいます﹂ 相手が堅気の人間ではないとは言え、不慣れな場で面倒を見てくれる相手だ。不躾な ﹁えぇ、お願いします﹂ 対応はできない。素直に謝意を示す軽い礼と共に胴元の案内で宗一郎が向かった先と は別の場所へと一夏も歩いて行った。 今回は胴元側からの厚意で更衣室にあるものならば好きに着用して構わないと言わ 和感は無い。 だ場合の衣類の汚れや損傷については自己責任となるが、それも当然と考えれば特に違 通り、衣類の着用にもそれほど制限は掛かっていない。もっとも、着用して試合に臨ん 避のためのマスクは必須として、それ以外をどうするかだ。縛りが緩いという師の言葉 案内された更衣室で一夏は身支度をどうしようかと思案する。とりあえず顔バレ回 ﹁さて、どうするかな⋮⋮﹂ 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1739 れているので、折角の興業でもあるわけだし少しはショー性を出しても良いかと思う。 言うなればエンタメ武術というやつだ。幸いというか、置いてある衣服は全てクリーニ ング済みらしい。その筋の者の興業にしては随分と細かいところに気が利いているも のだと思わず苦笑いを浮かべる。 さにそういう時︵ネタ回︶なのだから ﹄ ! いる。レスラーがよく着用するようなリング用のパンツにスキンヘッドと隆々と鍛え 場内アナウンスの言葉に観客席からは歓声が沸く。今、リングには一人の男が立って ターにニューチャレンジャーの登場です ﹃えぇ∼、続きましての対戦カードの紹介です。現在リングに立っております∼K・ム ! 誰にも咎められない。どれだけふざけようとも笑って済まされる。何故ならば、今はま ないネタに走ったってと一夏は胸の内で自己弁護をする。そう、今ならば何をしようと 馬や簪あたりが見れば確実にツッコミを入れてくるだろうチョイスだ。けど良いじゃ 引っ張り出した服を手に一夏はニンマリ顔を浮かべる。見る者が、具体的に言えば数 ﹁う∼ん、これに⋮⋮これかな。うん、いいかも﹂ 1740 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1741 られた体。K・ムターと呼ばれた男はこの日、連勝を重ね観客の興奮と歓声を一身に受 けていた。そんなこの日のヒーローに挑む新たなチャレンジャー。その者とムターが 繰り広げるだろうルール無用のガチンコに場内の期待は止むことなき歓声となって表 現される。 不意に場内の照明の殆どが落とされ、リングとチャレンジャーがやってくる通路のみ が照らされる。一体どのような人物なのか、歓声は細やかなざわめきに切り替わりこれ から来る者を迎える。 ヒュゥー 笛を鳴らすような音と共に彼はやってきた。僅かに窄められた口から押し出される 足 できそうなメロディーを奏でな サティスファクション 呼気は口笛となって場内に響く。どことなく 満 がら彼はゆっくりとリングへと歩んでいく。 キタ⋮⋮キタ⋮⋮、観客の小声すらも聞こえるほどになった場内で彼の口笛の音色は よく響いていた。そしてリング脇までやってくると、片足をリングにかけ、片手でリン グロープを握ると颯爽とリングに降り立つ。 チャレンジャーは素顔を隠したいのだろう。肌色のマスクを被っている。額のあた りから顔の右側面にかけて縦に描かれた黄色のマーカー、もといペイントはこのマスク 唯一の飾りと言うべきか。そして身にまとう衣装は、黒のタンクトップにオレンジ色の 作業用ズボンという工事現場やレ○ンボーラ○ン、じゃなく電車の保線作業員でもやっ ていそうな格好である。 色んな意味で目立つ姿をしながら、しかし集まる観客の注目を意に介さず彼は真っ直 ぐに対戦相手であるムターを見つめ、大声ではなくともよく通る声で言った。 ここでようやく司会が我に返り、場を進めようと試みる。さっさと進めないと場がグ ざるを得なくなっていた。まるで世界に強要されたかのごとく。 最後の方が少し聞き取りづらかったような気がしないでもないが、誰もがそう突っ込ま 今度は会場一同揃って同じツッコミが言葉にされないままに入る。どういうわけか ︵呼びません︶ ﹁人の心に澱む影を照らす眩き光。人はオレをナ○バーズハ○ターと呼ぶ﹂ そしてそんな周囲の反応などお構いなしに彼は言葉を続ける。 か同日夕方五時半のまたまたテレ東だとか。 と。具体的には土曜朝七時半のテレ東再放送だとか日曜朝同じく七時半のテレ朝だと か、同じ考えで一致していた。なにか、どこかで見たことあるようなのが混ざっている ここへきて遂に一同無言。この時、場内の観客の幾人かの心は偶然かはたまた必然 ﹃⋮⋮﹄ ﹁ここがオレの死に場所か﹂ 1742 なんと未成年という ! ダグダになる、そんな確信が司会にはあった。 ﹄ 今夜のニューチャレンジャー セイヤ・イチジョウ︵匿名希望︶です ﹃えぇ∼、ご紹介しましょう 若き新鋭 !! ! 挙げることで答える。 司会の紹介にワッと歓声を上げ、謎の覆面ファイターセイヤ、もとい一夏も軽く片手を とは言え、ようやく行われたまともな紹介に観客も元のテンションを取り戻したのか ぽい苗字である。 相手がいるのにマフィアのボスの娘と演技で恋人関係させられそうな極道のせがれっ まるで潰れかけの魔法の国産の遊園地の支配人代行を頼まれそうな名前に、片思いの ! ﹃それでは改めて説明しましょう 試合時間無制限、技も無制限 さぁ、 勝敗はどちらか が完全に試合続行不可能となるまで ルール無用のガチンコ一本勝負です 観客の皆様は是非掛け金のベットをお願い致します 締め切りはゴングが鳴るまで さぁ、 !? ! ! 既に何人ものファイターを屠ってきたムターに謎の少年セイヤは勝てるのか ! ! いるため悪人面のレスラーもどきには微塵も臆したりはしない。 一夏に向けるが、当の一夏は何のその。生憎、もっとおっかない存在が身近に二人ほど 一夏の対戦相手となるムターは拳をボキボキと鳴らしながら威圧するような視線を ﹁ヘヘッ、とんだハリキリ☆ボーイがやってきたじゃねぇか﹂ 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1743 ! そしてそれはもう間もなく ﹄ ! いる。 ﹁あぁ、師匠。何です ﹂ か、隣に案内をしてくれた胴元を伴って宗一郎が一夏の立つコーナーのすぐ下に立って 不意にリングのすぐ下から師の声が聞こえた。振り向いてみればやはりと言うべき ﹁おい、一夏﹂ る。倍率が高いのは一夏の方、つまり試合は相手の方に有利と取られているわけだ。 はこれから始まる一夏の試合の組み合わせと、同時に行われる賭けの倍率が示されてい チラリと一夏は壁に備え付けられている大型の電光モニターに目を向ける。そこに ! ﹂ ? 手もゴロツキチンピラ、まぁ真っ当な堅気とは言えん輩ばかりだ。故に、どれだけ痛め ﹁なに、お前の好きなようにやると良い。が、そうだな。強いて言うなら一つだ。所詮相 茶化すように言う一夏に宗一郎も鼻で笑って返す。 に何かアドバイスとかは無いんですか ﹁そりゃ分かりやすくて良いですね。ところで、これから野蛮な地下試合に臨む愛弟子 ておいてやる﹂ る相手をとにかく仕留めれば良い。切り上げ時も、こちらで見計らって分かるようにし ﹁いや、改めて確認だ。俺がお前のセコンドとしてマッチメイクを行う。お前は出てく ? 1744 つけようと禍根なぞ残りはしない。中学時代にこっそりやってた喧嘩なぞよりは、思い きり暴れられるから好きにしろ、とでも言っておこうか。なに、向こうもこういうのに は慣れていてそれなりに頑丈だからな。早々大事にはならんよ﹂ ﹁あぁ、そりゃあ⋮⋮やりやすい﹂ それなりに自分を律することはできるし、ここ最近でその辺りがだいぶ穏やかになっ たという自覚はある。が、それでも存分に技を奮えるというのはやはり気分が良いもの である。 単純それだけならば中学時代にこっそりやっていた不良相手の喧嘩や、あるいは今な らばIS学園での訓練などで多少は発散できている。だが、そのどちらもやはり不十分 だった。 ストリートの喧嘩はあまり大事になり過ぎないように加減をする必要があったし、今 のISについては自身の未熟が原因とはいえ、奮える技に制限が掛かっている。だから ﹄ こそ、このような一切の制約が無い場というのは一夏にとっては非常にありがたい状況 3、2、1、レディイイイ⋮⋮ゴォウッッ ! !! とも言えた。 まもなくゴングが鳴ります ! に先に動いたのはムターの方。決して広くは無いリングの中央を一気に突っ切り一夏 司会の言葉と共にゴンクが甲高く鳴り響き試合開始を告げる。湧き上がる歓声と共 ﹃さぁ 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1745 へと真っ直ぐに向かって来る。 ただし、歯の二、三本は覚悟しなぁ ﹂ ! ! ! 無防備な脳天に直撃したムエタイの肘打ち、そのダメージにムターが悶える。だがそ ﹁爆ぜる斧を打ち振る雷神﹂ ガ ー ン ラ バ ー ラ ー ム マ ス ー ン ク ワ ン カ ン 舞う。 素早く背後に迫り跳躍、起き上がろうとしたところに思い切り跳躍からの肘打ちを見 れる。そうなればもう隙だらけ。 時に手で軽く上体を押してやる。駆けてきた勢いも相まってあっさりと巨漢は転ばさ 感じさせない程に低く身を屈めるとあっさりとムターの懐に入り込み、足を掛けると同 170cm代後半の身長を持つ一夏は同年代の中でも背が大きい方だ。だが、それを られる。そしてその時はすぐにやってきた。 一夏の方が上。であれば、間合いに捉えたその瞬間に流れは一夏の方へと強制的に変え 既に制空圏は展開されている。そして確実視できる見立てとして技巧という点でも いる化け物のような存在を知っている身としては迫りくる巨体も脅威とは感じない。 つ。何てことは無い、眼前の相手とはもはや次元が違う、否、比べることすら間違って そんなテンプレじみたヒール役らしいセリフに嘆息しつつ、一夏はムターを迎え撃 ! ﹁ヘヘッ これでも俺は慈悲深いほうだからよ 一発で優しくネンネさせてやるぜ 1746 れに構うことなく一夏は着地と同時に回し蹴りを横っ面へと叩きこみ、転がったムター の顔面が天井に向いたところを容赦なく踏みつけた。 バキリと何か固いものが砕けるような感覚が足裏に伝わってくる。おそらくは鼻の 骨でも折ったのだろう。足をどかせば、その下にあるムターの顔は赤く腫れ上がり、鼻 はあらぬ方向へとひん曲がって鼻血を両方の穴から垂れ流している。そして両目は白 目を剥いており、誰がどう見ても意識を失っているのは明らかだった。 僅か三十秒足らずの決着。十代の少年が一回りは体格で上回るファイターをあっさ り沈めたことに場内は静まり返る。そして次の瞬間には試合終了を告げるゴングと共 に歓声が爆発していた。賭けに勝った者の歓喜、もしくは負けた者の悲嘆、それぞれの 叫び。敗れたムターへの野次もあれば勝った一夏への声援もある。 ぜ ウハハハハ ﹂ ﹂ !! ﹁病院のベッドが待ってるぜぇ、ボクちゃあん ﹁三人なら余裕だろーがよぉ ! ! 許可した模様です ﹄ ﹂ リ ! ! 観 客 の 皆 様 は 掛 け 金 の ベ ッ ト を 速 や か に お 願 い し ま す ミットは試合終了まで ! ! ﹃な、なんと今度は三人同時にセイヤに襲い掛かる ど、どうもセイヤ側のセコンドが !! !! ! ﹁ヒャッハー 次は俺らだァー 守りさえ固めときゃ問題ねぇって兄貴が言ってた 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1747 突然リングに上がりこんできたチンピラスタイルの三人組が襲い掛かると同時に、戸 惑い気味ながらも事情を説明する司会のアナウンスが場内に伝わる。その内容で一夏 はだいたいのことを理解した。つまりは全部リングの下に居る師の差し金ということ だ。 いずれにせよ、やることに変わりは無い。このリングに上がってきた以上は叩きのめ すだけである。 ﹂ ら、迫るスッコケ三人組︵一夏命名︶を迎え撃つ。 ? ﹁そうは言いますがね⋮⋮﹂ だ。止める理由などありはせん﹂ ﹁事 前 に 今 日 出 る 予 定 の 連 中 は 見 さ せ て 貰 っ た。そ の 上 で 俺 が 問 題 な い と 判 断 し た の る。 リング下で胴元が宗一郎にそう忠告するも、宗一郎はそれを鼻息一つで切って捨て ﹁海堂さん、いくら何でも三人同時は無茶じゃないですかね ﹂ 少女な後輩でもいたら一夏的にポイント高いんだけどなーなどということを考えなが どうせならここで隣に立って﹁いいえ先輩、私たち︵以下略﹂とでも言ってくれる美 ﹁ここからは、オレのステージだ ! 1748 胴 元 は 確 か に 堅 気 と は 言 え な い 稼 業 の 人 間 だ が、筋 は 通 す 方 だ と 自 覚 し て い る し、 真っ当な感性もあると思っている。 隣に立つ男が太鼓判を押すのだから間違いなく腕は立つのだろうが、ここは文字通り ルール無用の場だ。万が一の事故だって十分に起こりうる。それを彼は危惧していた。 見ろ、と促されてリングに目を向け、胴元は目を見開く。 ﹁なに、言ったろう。心配など無用だと﹂ 同時に一夏に飛び掛かってきた三人、しかし厳密には同時と言うにはまるで程遠いも のだ。であれば、一夏の間合いに入っている時点で対処など容易い。 ﹂ 掌底、回し蹴り、貫手、迫ってくる順に適格に応じながらあっさりと三人をリングに 言ったろう ? 沈めた。 ? だが、オレはレアだぜ﹂ ? ﹁フ、いずれ分かるさ。いずれな⋮⋮﹂ ﹁な、何言ってんのか⋮⋮まるで意味が分からねぇぞ⋮⋮﹂ ﹁オレをそこいらのガキとでも思ったのか リング下で行われているそんなやり取りを背に一夏は倒れ伏した三人を見下ろす。 ﹁いや別に殺しちゃいないがな﹂ ﹁な、あっという間に三人を⋮⋮。ワンターンスリィーキゥー⋮⋮﹂ ﹁な 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1749 ﹁いずれって、いつだよ⋮⋮﹂ そうして完全に気を失った三人がリングから運び出され、また次の相手がリングに上 ﹁知らん。そんなことはオレの管轄外だ﹂ がってくる。そして一夏もまた、すぐに思考を切り替えて次の相手に狙いを定め、どの ように倒そうかとイメージを練り始めた。 そうして連戦連勝を重ねていく一夏に場内のボルテージは最高潮となる。それと同 時に増えていく一夏の勝ち金。一度挑戦者が途切れた段階で師に確認した金額は、聞い た瞬間一夏の目が$マークになったほどだ。 そしてその時は訪れた。 ﹂ ﹃つ、続いてのチャレンジャーです﹄ ﹄ 観客の皆様、ご期待ください この一戦、間違いなく今宵一番のものとなるでしょう ﹃本日連勝を重ねるニューフェイス、セイヤにあの男がチャレンジを仕掛けました 驚き、ないしはそれに近い感情を含んだ司会の声に一夏は僅かに反応する。 ﹁ん ? ! 期待を煽るような司会の言葉に一夏はどのような相手なのか興味が沸く。直後、一夏 ! ! 1750 が入場した時と同じように照明が落ち、新たなチャレンジャーを迎える用意が整った。 ∼♪ ﹂ 当競技場伝説のファイター 蛇駆・欧です ! ﹄ !! その紹介と共に現れた男の姿に一夏は思わず頬を引き攣らせた。初戦のムター同様 ! 満ちているということだ。その名は、﹁○○○○○︵大人の事情で完全伏字︶﹂ だが何よりもその曲を特徴付けるもの。それはその曲が、ウホッ♂なイメージに満ち ト上で話題となり人気を博し、元の曲への風評被害というジョークまで作られるほど。 の替え歌となってネット上に出回った。無駄にイイ声で歌われるそれは瞬く間にネッ かつて、とある女児向けアイドルアニメのオープニングだったその曲はある日、一つ ど出ているはずもない。 そういう理由によるものではない。そもそも、とある歌の替え歌であるからしてCDな 流れてきた曲は一夏も知っているものだった。それはCDがミリオンを出したとか ﹁いや、待てよオイ。なんでこの選曲なんだよ⋮⋮﹂ こういう演出もありだろう。だが⋮⋮ 界でもメジャーな演出だ。地下格闘とは言え、一応はショーパフォーマンスなのだから 不意に場内に音楽が流れる。それは、まぁ良い。入場時に音楽を流すなど、プロの世 ﹁あん ? ﹃それではご紹介しましょう 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1751 に一夏より一回りは大きな体格。隆々とした筋肉はムターのもののように飾っている だけのようなものではなく、実用性を以って鍛えられた良質なものだ。それだけでも相 手の男、蛇駆が優れたファイターだと分かる。 だが問題はその恰好。何しろ肌色面積がやたら多い。身に着けているものと言えば、 ピッチリと彼の股間部を覆う赤いブーメランパンツと、まるでバケツのような形をし た、ロボットの頭にも見えるマスクだかヘルメットだか分からないものだけ。はっきり 言って、怪しさ全開である。 蛇駆はリングに上がると一夏と真っ向向かい合う。なんというか、ふざけた格好をし ているのに立ち居振る舞いがやたらしっかりしているのが癪に障った。とは言え、ふざ けた格好云々については一夏も人のことを言えた立場ではないのはここだけの話であ る。 ﹂ ? ﹁ひぅっ ﹂ ﹁君のニクマクだ﹂ ﹁⋮⋮それは ﹁蛇駆・欧。しがないファイターであり、君の挑戦者。そして私の目的はただ一つ﹂ ﹁あんたは⋮⋮﹂ ﹁ようやくか。この私が出るに相応しい戦士の登場⋮⋮。遅かったじゃないか﹂ 1752 !? かつてない程の悪寒が一夏の背筋を走り抜ける。入場の曲、恰好、何となくだが嫌な 想像はあった。だが、これで確信した。こいつ、真正だと。 一歩、一夏に歩み寄る。一夏は一歩後ずさる。 ﹁私が勝った暁には君をハメさせてもらう﹂ ﹁じっくりハメさせてくれ﹂ ﹁や、やだ﹂ ﹁ずっぽりハメさせてくれ﹂ ﹁こ、断る﹂ ﹂ ! 織斑一夏十五歳、真夏の夜の ︵自主規制︶になるのを避けるための決死の勝負が膜 ⋮⋮ではなく幕を開けた。 ︵後半へ続く︶ ×× あいにくと自分はノーマルであり、この年で痔になどなりたくはない。 い。もう賞金だとかそんなのはどうでも良い。それ以上に負けられない理由ができた。 この時、一夏はこの日一番の固い決心をした。何が何でもこの勝負は勝たねばならな ﹁断固拒否する ﹁やらしくハメさせてくれ﹂ 第四十九話:夏休み小話集9 修行3 1753 は⋮⋮。 !!! ﹁リ・コントラクト・ユニバース ??? ﹂ 全ての責任を負った織斑に対し、車の主、暴力団員谷岡に言い渡された示談の条件と 追突してしまう。 撮影所を抜け出して家路へ向かう織斑たち。疲れからか不幸にも黒塗りの高級車に しかし小林たちの強引なやり方に、織斑の怒りは抑えきれなくなる。 び止められ戸惑いながらも出演に応じる。 しかしその道中、新宿の街角でフリーター織斑はホモビデオのスカウトマン小林に呼 用意していた完璧な計画を実行するために⋮⋮。 或る真夏の昼下がり、田所は密かに思いを寄せる後輩織斑を自宅へと招待する。 前回のあらすじ︵ぶっちゃけ読まずに下スクロール推奨、マジで︶ 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1754 ﹁我はこのあらすじを書き換えたのだ﹂ 順調に勝ちを進めていく。 そこへ現れる一人のファイター、蛇駆・欧。アッー ! コ ギ ト ユ リ ゴ ス ム に行かないための負けられない戦いが始まるのであった⋮⋮。 若くして痔にならないため、そして踏み入れてはいけない︵薔薇の︶輝きの向こう側 れば一夏の安全は色々な意味で保証できない。 チの方面に真正である彼に敗れ 若い身である彼を案ずる胴元の心配も余所に、師である宗一郎の見立て通りに一夏は 師匠に連れられ腕試しと小遣い稼ぎを兼ねてアングラな地下格闘場に出場した一夏。 前回のあらすじ ??? は無かった。 試合開始を告げるゴングが鳴り響いても向かい合う二人がすぐにぶつかり合うこと ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁夏休み修行編 5th ∼我思う、ゆえに百合あり∼﹂ 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1755 互いに構えを取りつつも、ジリジリと円を描くようにゆっくりと動き、互いの出方を 探る。技量がどれほどのものかは知らない。しかし、蛇駆の体は相応に眼力を養った一 夏の目から見ても純粋に見事と、戦いのために研ぎ澄まされたものであると認めざるを ﹂ 得ないものである。 ﹂ ﹁一つ、聞いても ﹁何かね う。我が家は代々、戦いの時はピッチリブーメラン派だ﹂ ﹁なるほど。確かに君がそう尋ねるのも致し方なし、か⋮⋮。が、敢えて言わせてもらお ももフェチなのだから。 外の何物でもなかった。どうせ見るなら美少女の脚線美の方が良い。織斑一夏、彼は太 してもごく一部分がやたらに強調されてしまう。正直言って、一夏にとっては目の毒以 チの赤いブーメラン一丁である。あまり詳細な表現はしたくは無いが、その特性上どう 改めて言うが、蛇駆の恰好は首から上を覆うバケツのようなマスクを除けばピッチピ もうちょっとどうにかならないのかよ﹂ ﹁その恰好、まぁ上を脱いでいるのは格闘技なら自然だから良いとして、下のチョイスは 一夏は聞いておきたいことを確認した。 依然続くにらみ合いの状態、しかし会話をする余裕くらいはある。よって今のうちに ? ? 1756 ﹁テメェは一体どこの将軍だよぉおおおおおおおおおお ﹂ その脚力は動き出しから瞬時に最高速に達する敏捷性を齎している。 そのため、日頃の基礎トレーニングにおいても一夏は下半身を重点的に鍛えており、 ものにおいて下半身が持つ重要性は非常に大きい。 の身体能力、その中でも特に高いのが下半身による脚力だ。おおよそ全ての武術という 動き出した、そう観客が認識した時には既に一夏は蛇駆の懐に潜り込んでいた。一夏 ︵先手必勝だ︶ だ倒すだけだ。 渾身のツッコミである。とは言え、一応は恰好の理由も分かるには分かった。後はた !!? 予想外の結果に思わず苦笑いがこぼれる。クリーンヒットした一撃、間違いなくこの ﹁マジかよ⋮⋮﹂ 反射的にその場から飛び退く。直後、一夏が居た場所を蛇区の両腕が通り抜けた。 ︵手応えあ││︶ ションが上がった状態の理想的な一打であった。 も明らかなクリーンヒット、そして一夏にとっても相手が難敵ゆえに自然とモチベー 鋭く呼気を吐き出すと共に、震脚を聞かせた正拳を蛇駆の腹に叩き込む。素人が見て ﹁シッ﹂ 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1757 日に幾度と無く行った試合の中でも特に良いと言える一発であり、これまでリングで 屠ってきた相手はたとえ万全の状態だったとしても、そこから一発で倒せていたと言え る一撃だった。 だが蛇駆はそれを耐えきったばかりか瞬時に反撃に転じてきた。その事実に一夏の 中での警戒のレベルが更に跳ね上がる。同時に、蛇駆の入場時の司会の言葉も尤もだと 実感する。この試合がどのようなものになるかは定かではないが、間違いなく相手はこ の日一番の使い手、それも今までの相手とは明らかに格が違うレベルだ。下手を打て ば、こちらがやられかねない。 のまま夜のエクシーズ召喚するとかそういうのが良い ﹂ らせた羽黒ちゃんが意を決して酒が入った状態でオレに決死の夜戦を仕掛けてきて、そ 愛い女の子の方が良い。もっと具体的に言えば日頃艦隊指揮に勤しむオレに想いを募 ﹁良くねぇよふざんけんなマジで。オレは普通だ至って健全だ。どうせ襲われるなら可 ﹁そう恐れることは無い。安心したまえ、最初は少し傷むがすぐに良くなる⋮⋮﹂ ﹁そりゃどうも。ならこのまま勝たせてもらうぞ﹂ う﹂ 見事だ少年。私個人の性癖とは関係なしに、純粋に一人のファイターとして賛辞を贈ろ ﹁出だしの動き、放った一撃、そして私の反撃に対する反応、どれを取っても申し分なし。 1758 ! ﹁ふっ、若さに溢れた良い情熱だ。ならば、強引にでもその向きを変えるまで よほどのことが無ければ勝機は十分にあるというのが一夏の出した結論だ。 ﹂ これまでの相手に比べればレベルは高いものの、それでも一夏と比べればまだ低い。 れば問題は無い︶ ︵やはり根本的な実力と言う点ではオレの方が上。焦ることは無い、落ち着いて対処す 出される打撃を捌き、隙を見ては反撃の一撃を加えていく。 たが、それでも対処はまだ容易いものでしかない。中国拳法における化勁の要領で繰り 連打を繰り出す。耐久力だけでなく腕前も一夏の見立て通りにレベルの高いものだっ 今度は蛇駆が仕掛ける。一夏へ向けて駆け、間合いに捉えると同時に両腕を用いての ! そしてその真価はそれに留まらない。水底のごとき静寂を湛えた一夏の双眸が蛇駆 一つとして伝えられた奥義だ。 身を纏う。より最小限の動きで相手の攻撃を捌きロスを少なくする技法、師より秘伝の 静かに息を吐き出すと共に展開していた制空圏が一気に縮まり、薄皮一枚レベルで総 ﹁ふぅー﹂ が、その僅かな時間でも一夏には十分すぎる隙だった。 懐に潜り込んでの肘の一撃で一度蛇駆を後退させる。すぐに向かって来ようとする ︵ならばっ︶ 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1759 の視線と重なる。この技の神髄は流れを制すること。それは視線を通して相手の意思 すらも読み取り、その流れへの同調から最終的には己の流れへと巻き込むことにある。 これはその第一の段階と言うべきだろう。マスクに開けられた視界を得るための二 つの穴、そこより覗く蛇駆の瞳を視線で射抜いた一夏はその心を読み取った。 ﹂ !? ﹂ ! ﹁察するに、私の意思でも読んだかね 興味深い技法だが、しかし我ながら驚きだ。あ 並外れた反応で捌くも、明らかに先ほどまでと比べて精彩を欠いたものだった。 気合いの込められた蛇駆の拳が迫る。それを天性のものと修練によって鍛えられた ﹁ふんっ まった隙でもあった。 素っ頓狂な声を挙げながら後ずさる。それは彼にとっては完全な不覚、明らかにしてし 例え文章でも表現することが憚られるようなあんまりにも酷い内容に一夏は思わず ﹁はぁん ﹃自主規制自主規制自主規制自主規制※お見せできません﹄ 1760 のだった。先の蛇駆の言葉、間違いなく一夏のやろうとしたことを察知していた。それ 感心するような蛇駆の言葉に一夏は軽口で返すも、表情は苦いものを隠し切れないも ﹁あぁ、我ながら不覚を取ったね﹂ くまで私は私自身に忠実なだけのつもりだったが、それが功を奏するとは﹂ ? が直感によるものか理屈によるものかは定かではないが、あの一瞬で看破した眼力、そ して理解した洞察力は本物だろう。フィジカル、技量に加えて頭も切れる。増々以って 厄介だ。 ﹂ ﹁しかし、分かってはいたことだがやはり私では君の技量を上回ることはできないよう ﹂ だ。となると後は心の持ち様次第。この昂ぶり、久方ぶりだ││ ﹁っ ! ﹂ ﹁早い話、心技体における心が強いということだ﹂ 身の守りが押されつつあるのを一夏は感じ取っていた。 の、それでも対処できないレベルではない。だが徐々に、ほんの少しずつではあるが自 勢いと重さを増した拳打が襲い掛かる。先ほどまでよりは捌く難度は上がったもの ! 気だ。 おける本質はそれとは逆。一夏が知る中で良い例は箒や鈴のソレと同じ、爆発する動の 夏は理解した。一見すれば性癖こそあれだが理知的、落ち着き払った言動だが、戦いに 突如として蛇駆の放つ気が爆発的に増大する。それを見た瞬間、考えるよりも早く一 !? ﹁はぁっ 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1761 ﹁心、ですか﹂ 依然平坦な眼差しで弟子の戦いを見つめる宗一郎に、隣に座る胴元が聞き返す。 ﹂ ? 隔 ? ﹁しかしその口ぶりですと、今の彼には難しいと ﹂ 同じやり方で、念の強さを以って抗い打ち破る、それだけだ。そして我が弟子ならばそ ﹁余裕だ。決まりきっている。さて、力ずくが通じないとなれば後は自ずと絞られる。 ﹁ちなみに海堂さん、貴方ならば││﹂ だ修行中の身だからな。仕方ないと割り切るにしても、責めはしないでおくとしよう﹂ う遠くない内にそれができる域には達するだろう。が、今はまだだ。まぁアレもまだま ﹁身内贔屓を抜きにしても、我が弟子は才に恵まれている。このまま研鑽を続ければ、そ ? 果だ﹂ しらの働きをしたとしても、それは偶然、あるいは僅かな積み重ねが幾重にも成った結 絶し過ぎた力量の前には念の強さが為し得ることはたかが知れている。よしんば何か のだ。最近知った言い回しだが、 ﹃レベルを上げて物理で殴れば良い﹄と言うのか ﹁まず一番簡単なのはその念すら跳ね除ける圧倒的な力で以て強引に押し切るというも ﹁して、その対処はどのように のだ。目には見えぬ、しかし拳を通して伝わる重さは確実に相手を押し込んでいく﹂ ﹁その気色はだいぶ異彩なものだが、あの蛇駆という男の拳に乗せられた念は中々のも 1762 ちらの方法で十分に相手を御せるだろう。だが││﹂ そこで宗一郎は僅かに目を細めて蛇駆を見る。 少々、いやかなり特殊だ。あのバカ弟子も流石にあんなものには慣れていないからな。 ﹁あ の 蛇 駆 と い う 男 の 念、あ ま り 俺 も 口 に 出 し た く は な い か ら 適 当 な 言 葉 に す る が、 ある意味で邪念と呼べる奴の念、気にどうにも圧されていると見える﹂ これは思わぬ形での修行となりそうだと、宗一郎は口に出さずに思う。さて、手塩に かけた弟子は一体どのようにしてこの窮地を打破するのか。宗一郎はどこか面白げに 戦いの行く末を見守ることにした。 ︶ ! ﹁ぐぅっ ﹁ぬんっ ﹂ さに抗う術を見つけなくてはいけない。 て一夏の拳から強さというものを減ずる。念の強さ云々以前の問題だ。まずはその邪 倒す、その一念の下にこちらも拳を繰り出すも、蛇駆の放つ邪念はその異形さを以っ になりたくないのにやたら強さがこもっているのだから始末に負えない。 拳と共に迫る蛇駆の念、あるいは気迫とでも言うべきか。できればあまり関わり合い ︵なんて、やりにくい⋮⋮ 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1763 ﹂ !! !! 一際重い一撃が放たれる。交差した腕で防ぐも一夏は大きく後退を余儀なくされる。 ︶ そしてそれ以上に、イメージしたくもない薔薇に彩られたむさ苦しい光景が脳裏をよぎ りかける。 ︵ダメなのか⋮⋮ ﹄ ! まるで同級生の簪によく似た声が一夏を叱咤する。その姿に一夏は思わず声を漏ら ﹃あなたは、最低ですっ ろう右手を振りぬいたままの、長い髪の少女の姿がある。 かの学校の屋上のような光景が広がっていた。そして、目の前には張り手を見舞っただ 思わず見上げる一夏の眼前には、先ほどまで戦っていたリングではない。まるでどこ に浮かぶ。 実際にされたわけではない。だが、頬に鋭い平手打ちを受けたようなイメージが脳裏 パァンッ もはやこれまでかと膝が折れかける。直後││ ︵無念っ⋮⋮︶ 末路なのか。 ま、この邪念に抗いきれずに敗れてしまう︵ついでに︽自主規制︾される︶のが自分の 己の内を侵食するような邪念に一夏の思考の片隅に一欠片の諦めが浮かぶ。このま ! 1764 す。 ﹁ウミ、ちゃん⋮⋮﹂ 見間違えるはずもない。ス○フェスで覚醒SR以上オンリー艦隊まで作っているの だ。 それだけではない。自身のイメージが齎す幻聴か、あるいは本当に聞こえているの か。﹁ミトメラレナイワァ﹂とか﹁ダレカタスケテー﹂だとか、 ﹁オコトワリシマァス﹂な んてのも聞こえてくる。 相手が、蛇駆が放つ念が 男 " という一色で染め上げられてそれが一夏の念を蝕む。な そこで一夏はようやく悟る。理解してしまえば簡単なことだ。要するに相性の問題。 ﹁そうか⋮⋮﹂ だ。これから彼女たちは、ステージという輝きの向こう側へ。 始まりから彼女たちを見守り続けてきた青年の声が背後から響く。そう、飛び立つの ﹃俺は忘れないからな。ずっと、このステージを﹄ その絆を示すように手を握り合っている。 ステージの裏側と言うべきなのだろうか。これから舞台に解き放たれる少女たちが、 思わず茫然自失する一夏。気が付けば目の前の光景は別の物に切り替わっている。 ﹁⋮⋮﹂ 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1765 " らば自分はその真逆で挑めばいい。火に挑むなら水で、エスパーなら悪、ドラゴンには ﹂ 妖精、電気には地面だ。なお草結びは勘弁な模様。 ﹁見えた、勝利のイマジネーション そして視界が晴れる。 ﹂ ﹂ !? は全ての体勢を整えていた。 唐突に掴まれていた拳が弾かれ蛇駆の体が僅かに仰け反る。次の瞬間には既に一夏 ﹁ぬっ 一色、それに対抗するかのように真逆の、少女達で彩られる一夏の念を。 静かに告げる一夏。その目を見た蛇駆は確かに感じ取った。蛇駆の思念を占める男 ﹁さぁ、終わらないパーティを始めよう﹂ 宙で止められていた。 た一夏の左腕があり、蛇駆の渾身の一撃はその手によって真正面から掴まれ、ピタリと 零れた蛇駆の呟きには隠し切れない驚愕が含まれている。その眼前には突き出され ﹁なんと⋮⋮﹂ た。 一際強く念を込められた拳が一夏に迫る。だが、それが一夏の体を打つことは無かっ ﹁これで ! ! 1766 ﹁かしこい ﹂ ﹂ ﹂ !! ﹂ !! ﹂ !! ﹁まだっまだぁっ ﹂ 可愛い ! かきくけこ かーらーのー、スピリチュアル ラブニ あれば一気に畳みかけるのみだ。 捉えた好機、それを逃すほど一夏も愚鈍ではない。流れはこちらに乗りつつある。で ! のではなかった。 に覆われた首は何とか大けがとなるのを防いだものの、受けたダメージは決して軽いも 一瞬にして蛇駆の横まで回り込んだ一夏が裏拳を首へと叩き込む。鍛えられた筋肉 ﹁ハァラッショーーー とは比べ物にならないダメージを伝えてくる。 今まで耐えきってきたはずの一夏の拳、しかし今しがた叩き込まれたのは先ほどまで ﹁ぐ、ぉおおお 僅かに蛇駆がよろめいた次の瞬間、今度は右の拳が蛇駆の腹部に叩き込まれた。 ﹁エ○ーチカァ だが防いだ直後には既に放たれていた左拳が蛇駆の胴に突き刺さる。 ﹁かわいい 右アッパーが蛇駆に迫り、なんとか防いだ腕に強い痛みを与えてくる。 ! ! ﹁マキちゃん ! ! ! 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1767 コッ ラブアローシュート ﹂ ! でいた。そしてこうなれば一夏のステージというわけである。 己を染めることにより一夏は邪念の侵食を跳ね除け、純粋な力比べ、技比べに持ち込ん だが今、その不利は既に覆された。蛇駆の性癖による彼の念、それとは真逆のもので の不利の原因だ。 しかしそれが蛇駆の邪念の特異性により本来の力を削がれていた。それが先ほどまで 元より念の強さという点では一夏は蛇駆と互角、あるいは上回ることも可能だった。 侮るなかれ。 の勢いに乗せてラッシュを仕掛けている。それだけである。しかしただのラッシュと 何を言っているのかさっぱり分からないと思うが、極めて単純に言ってしまえば言葉 ! 何もないのどかな田舎の、のんのんできる日々の日和を。流暢な英語が混じる金色の 員して何よりもイメージする強さで補う。 う。だが今の一夏は数馬ほどにはいかない。だがそれでも、イメージできる全てを総動 あるいは一夏以上にもうどうしようもない数馬ならより純度の高い念を作れただろ ミマミ、ピヨピヨ⋮⋮︶ ホノウミ、ホノコトウミ⋮⋮ハルチハ、ヤヨイオ、タカヒビ、ユキマコ、マコミキ、ア ︵ニコマキ、リンパナ、ノゾエリ、ウミエリ、ホノエリ、ユキアリ、ホノツバ、ホノコト、 1768 モザイクで彩られた光景を。レンガの街並みの中でコーヒーの香りと共に沸き立つこ ころぴょんぴょんを 位になるのは火を見るよりも明らかだ。 ﹁だが負けられん、我が望みの成就のため⋮⋮、何よりも 一人の戦士として ﹂ ! ﹂ 両の腕に気血を送り込む。人生の多くを費やしてきた鍛錬によって鍛え上げられた ! るものが。 い。何故ならば彼にもあるからだ。眼前の敵の邪念に対抗でき、彼の背中を押してくれ 少し前までの一夏ならばこの気迫に呑まれていたかもしれない。だがそうはならな イレテクレナイト⋮⋮、スキニハメ、リフジンニイク。ソレガワタシダ⋮⋮。 イ、ヒカレルナ⋮⋮、シゲキテキニヤロウゼ、ナカマハズレハヨクナイナァ、オレニモ テコズッテイルヨウダナ、シリヲカソウ⋮⋮、イイゾォ、サエテキタ⋮⋮、アタラシ 対する一夏に蛇駆の背後に守護霊のごとく顕現する彼の想念を幻視させる。 ここへ来て更に蛇駆の闘気が高まる。自身を鼓舞する雄叫びと共に増大する気は、相 ! なった以上、勝負は完全なガチンコにもつれ込む。そうなれば、地力で上回る一夏の優 今 度 は 蛇 駆 が 押 さ れ る 側 に 回 っ て い た。自 身 の 念 に よ る プ レ ッ シ ャ ー が 通 じ な く ﹁ぬ、ぬぅううう⋮⋮﹂ ! ﹁砲雷撃戦、用意ッ⋮⋮ 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1769 彼の五体は剣と同様に彼にとって強く信頼をおける武器だ。今この瞬間、二本の腕は敵 ブラックホール の想念ごと守りを打ち抜く砲と化す。爆発するような蛇駆の気に対し一夏が纏うは対 極の静。しかし際限なく内へと凝縮していく様はさながら光すら飲み込む暗黒天体、否 応なしに内へと引きずり込む気迫が周囲を歪ませ存在感を顕著にする。 静と動、まるで真逆の存在なれど行き着く先が同じようなものであるのは武術の妙と 言うべきだろうか。蛇駆は見た。対戦相手の少年、その纏う極限に凝縮された闘気が周 ﹂ 、 、ハルナ、ゼンリョクデマイリマス 、ビッグ7ノチカラ、ア 囲を歪ませ幻視させる戦場の女神たちを。 バーニングラァーブ ッッ !!! リ リ ー プ ラ チ ナ 百合の白銀 " 、ギッタギタニシテアゲマショウカネ ! には、あらゆる強敵に立ち向かう覚悟があるッッ " ! ! ナドルナヨ、ココハユズレマセン、センジョウガ、ショウリガワタシヲヨンデイルワ ゴバイノアイテダッテ⋮⋮ササエテミセマス " ﹂ ! ! 、アメハイツカヤムサ、キューソクセンコー、シャキーン、アイハ、シズマナイ 薔薇の塔 タワー オブ ローズ ﹁叩きのめせ⋮⋮ ﹁私の !! ! ! ﹁百合百合百合百合百合百合百合百合百合ィィッッ ﹁薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇ァァッッ ﹂ ﹂ !!! !!! けだ。 もはや小細工など不要、どちらかが倒れるその時まで渾身の拳打を叩き込み続けるだ " 1770 互いに猛スピードで放つ拳打の連撃は時に真正面からぶつかり合い、時に競り合うこ とで軌道が逸らされ、しかしそれでもいくつかは相手に当たりダメージを蓄積させてい く。あるいはこのまま続くのではと思われる拳の応酬、観客のボルテージも最高緒に達 している。だがそれも永遠には続かない。終わりの時は││やってきた。 ﹂ ﹂ 大きくよろめかせこれまでで一番の隙を作る。 の胴の中心を打つ。もはや守りなど殆ど捨てている状態にその一撃は響き、蛇駆の体を 敢えて次への繋がりを捨ててより深く叩き込まんと押し込まれた一夏の右拳が蛇駆 ﹁かぁっ !! ! ﹂ !!! 苦悶の呻きが蛇駆の声帯を震わせる。もはや防御は間に合わないと判断した蛇駆は ﹁ぐぉおおおおおおおおおおおおおお 合った瞬間にがら空きの蛇駆の胴めがけて一気に両拳を叩き込んだ。 クを定めるように一夏は自身の内で放つ最高のタイミングを狙い、脳裏で全てが噛み 魚雷だ。放つイメージはシャッ、シャッ、シャッ、ドーンのタイミング。FCSがロッ 戦いの終盤にして華、夜戦においてまさに放たれるその瞬間を待つ53cm艦首酸素 だ打ち貫くだけではなく、その炸裂を以って更なる威力の向上を狙う。 構えた両腕に気を集中させる。ただ押し固めただけではない。既に火は通った。た ﹁終わりだ⋮⋮ 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1771 全霊を以って耐えきることを選んだ。力を籠め守りの状態に移行する蛇駆の胴。だが 一夏の拳が直撃した瞬間、全てが瓦解した。鉄壁とすべく送り込まれた気血が絶たれ無 防備な肉へと変容していく。自身の意思を無視して崩れていく守り、それを為した一夏 の技に蛇駆は何もかもが思考から吹き飛び、ただ賛辞の念だけが湧き上がった。 ﹁⋮⋮なんぞこれ﹂ あった。 倒れ伏す蛇駆に深く頭を下げる。それを以って、一夏と蛇駆の戦いは決着を迎えるので 司会が興奮覚めぬままに一夏もといリングネーム・セイヤの勝利を告げる中、一夏は あったのは、一人の強敵、自身の武の更なる糧となった勇猛な漢への敬意だった。 オトコ と し て お り 蛇 駆 へ の 嫌 悪 感 も 左 程 の も の で は な く な っ て い た。そ れ 以 上 に 彼 の 胸 に 色々と受け入れられない部分はあるものの、終わってみれば不思議と気分はすっきり ﹁あぁ。あんたも、大したもんだったよ﹂ 落ちリングに倒れ込んだ。 最後の力を振り絞ってどうしても伝えたかった一言を発すると、蛇駆の体は遂に崩れ ﹁み、ごと⋮⋮﹂ 1772 全てを見届けた宗一郎は思わず呆けた声で呟いていた。弟子が勝ったことは良い、一 つの成長を見せたことも予想外だったためにむしろ更に良い。良いのだが、それでも何 とも言えない心境が宗一郎の胸中にはあった。割と真面目に彼は反応に困っていたの だ。 出した結論は明後日の彼方へぶん投げるというものだった。些か理解が及ばない部 ﹁⋮⋮まぁ、良いか﹂ 分もあるものの、それが弟子の向上に繋がっているなら咎める必要も無い。もしも良く ないと判断すれば、その時に諌めれば良いだけだ。 の目からすればまだまだ甘いがやってのけた。 照らし合わせれば一夏は知らないはずの守り破りの一撃だ。だがそれを一夏は、宗一郎 技。あれは本来一夏に伝授する予定だった技の一つであり、少なくとも宗一郎の記憶に どこか面白そうな含みのある声で呟く。最後に一夏が蛇駆へ叩き込み、トドメとした ﹁しかし、よもや教えてもいないのにあそこまでやるとはな﹂ に従う。 隣に座る胴元に今日の一夏の出番は終わりだと言外に告げ、胴元もすぐに察して素直 ﹁承知しました﹂ ﹁潮時だな。すまんがここまでだ﹂ 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1773 あの蛇駆という男は耐久力など守りは中々にレベルの高いものだったため、それを貫 くために即興でやったのだろうが、即興でその発想に至ったということは無視できな い。あるいはそれも一夏の才ということになるのだろうか。いずれにせよ、できる以上 は物にさせてやるのが師の務め。後で細かく教えてやらねばなと宗一郎は弟子の修行 プランに追加をする。 ﹂ ? 間も掛からないだろうとは思いますので、ゆっくり観戦でもしてて待っていて下さい。 ﹁海堂さんでしたら、野暮用があるとのことで少々外に出ていますよ。まぁそんなに時 サービスとして差し出されたドリンクを受け取りながら一夏は胴元に尋ねる。 ﹁あの、師匠はどこに のはVIP用と思しきボックスの観戦スペースだった。 の案内で再び身支度を整えた。軽く汗を流して元の服に着替えると胴元に案内された 蛇駆との試合のあと、司会によってそれが最後の試合であることを知った一夏は胴元 る者全てが竦みそうな程に鋭い光を放っていた。 誰にも聞こえない小さな声で呟く。どこか気だるげな言い方ではあるが、その目は見 ﹁さて、今度は俺も一仕事というわけか﹂ 1774 私は運営もありますので席を外しますが、何か御用がありましたら近くの者に申し付け てください﹂ ﹁あ、はい﹂ ﹁それでは私はこれで。どうもお疲れ様でした。もしよろしければまた次の機会にもご 参加下さい。良い盛り上がりでしたからね。歓迎しますよ﹂ ﹁えぇ、その時はまた﹂ 会釈をして立ち去る胴元に一夏も軽く頭を下げて返す。それからしばらく他の試合 を眺めている内に宗一郎が戻り、程なくして二人は再び車で帰路に着いていた。 ﹂ ? ﹁うす ﹂ う日もそんなには残っていないことだしな﹂ は冷めぬ打ちに叩けと言う。戻ったらこのおさらいも兼ねてまたみっちりやるぞ。も ﹁そこは俺も同感だな。さて、良い経験結構。ならば次にすることは決まっている。鉄 いですけどね﹂ ﹁そうですね。はい、良い経験でしたよ。特に最後のは、もういっぺんってのは遠慮した ﹁どうだった、一夏。中々面白かっただろう 第五十話:夏休み小話集10 修行4 1775 ! 1776 そして既に日も回ったその早朝、当局の者により日本で麻薬頒布を目的としていると されていた国外マフィアの構成員が取引現場とみられる場所で軒並み死体となって発 見された。誰もがまるで内部から破壊されたかのような奇怪な最期を迎えていたその 事実は世に報じられることなく、日が差すと同時に生まれる影、それよりなお深い闇へ と人知れず葬られた。 そしてその場所は、一夏が地下格闘を行った会場の比較的近くでもあったのだが、そ のことに関連性を見出せる者は誰一人として存在はしなかった。唯一、それを仕向けた 魔女を除いては。 更に時は進み、一夏のこの夏休みの修行も大詰めを迎えようとしていた。 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 だ。怪我や疾病とは無縁、気性も落ち着いたものであり学業も突出しているというわけ まるで無能というわけではない。むしろ大多数と比較すれば十分に良いと言える方 見せた能力は決して突出したものではなかった。 しかし、そんな周囲の期待とは裏腹に成長していき少年と呼べる年頃になった少年が あったのは必然というべきだっただろう。 とも言うべき人物であったため、生まれた長男もさぞやという水面下での期待が多々 そんな家に生まれ、ましてや父は若くして出世街道まっしぐらの花形エリートの典型 者もいる間違いなく名家と言って良い家格だ。 実務に携わる業界では重要なポストに就く者を何人も輩出し、時には政界に馳せ参ずる どというわけでもないため、世間一般での知名度こそ薄いものの官僚社会などの国家の 東京郊外に居を構える夫婦に長男が誕生した。夫婦の家は巨大企業の創始者一族な は間違いなしとされるISの登場よりも更に十年以上は遡っての時だ。 今より時を遡ること昔、間違いなく後世においても歴史的一大事と語れるだろうこと ﹁夏休み修行編 final ∼選んだ道は∼﹂ 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 1777 1778 では無いが十分良しと言える。しかし少年を見る大人、特に警察官僚という道を選び破 格のスピードで昇進、大役を歴任していく彼の父と比べればどうにも見劣ってしまう。 それが多くの、特に件の父に取り入ろうとするような者が大多数を占める者達の意見 だった。 そんな少年に人生の転換期が訪れたのは齢を十と少し過ぎた頃だ。健康に過ぎると 言っても良いようなくらいに身体的に恵まれて育った少年は、そういう体である故の必 然かスポーツなども精力的に行ったが、特に心を惹かれたのが数々の武道だった。 己の五体全てを駆使して、総身に刻みこんだ技で以って相手とぶつかり合い勝利を奪 い争う。高度情報化が減速することなく一分一秒の間に進み続け、むしろ頭脳や策謀を 競い合うことの多い現代社会においてその逆を地で行くような、人間の、生物のある種 プリミティブな姿を進歩と共にぶつけ合う武術というものは少年の魂を一気に奪って とも揶揄されることがあるほどに職務に対して実 行った。そんな少年に父はごく自然な流れで武道を始めれば良いと進め、少年は特に心 冷徹な機械 惹かれた剣の道を志した。 少年の父親は時に " そ学生時代の同期であったり昇進前の上司であろうと関係ない。常に眼前の仕事とい は守り助けるべき者は助ける。そして処すべき者は処す。相手が誰であろうと、それこ 直に取り組み、その上で常に高い成果を上げてきた。詩情はまるで挟まず、守るべき者 " 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 1779 うものに対して速やかに最善手で処理を行ってきた。そのような人物だからさぞクソ 頑固で厳格なのだろうと、おそらく少年の父をまるで知らない者であっても話を聞けば そう思うだろう職務における振る舞いをしている父だが、息子である少年に言わせれば 一概にそうでもないというのが事実である。 厳格、それについては否定はしないと少年は頷くだろう。だが超ド級のクソ頑固なの か、これについてはむしろ否と答える。 確かに厳格だ。求める結果も決して温いものではない。だが無理が過ぎたりするも のや何が何でもと強要したりするようなことはしない。勿論、結果を出せば更なる向上 を促しもするが、それもやはり無理は言わない。 言い換えれば結果主義者と言えてしまうのだろうが、相応の結果を出しているのであ れば大抵のことは容認する、早い話が娯楽に興じようが特段咎めたりしない思考の柔軟 性も持ち合わせている。 そして何より、あるいはこれこそが父が息子に与える愛情の表れなのだろう。少年が 自らの意思で何かを為そうと思えば、それに最大の成果を出せるようできる助力はきっ ちり行う。そしてそれは少年が剣の道を志した時にも行われ、それこそが少年にとって 人生を大きく動かすものとなった。 キャリアを積み重ねていく過程で少年の父は多くの人物とコネクションを持ってい 1780 た。 それは少年の父と同じ官僚の世界のみならず政財界を始めとして、学術や芸術など多 岐にわたる分野に及んだ。少年が父に弟子入りを勧められた古流の剣術家もそんな父 のコネクションの一部だった。 かくして少年は順調且つ健やかだった学生生活の傍らで剣術家としての道を歩み始 むしろその真逆。順調という言葉すら過小に過ぎる めたのだが、それは剣から離れた学生生活とは程遠い域にあった。順調、健やか、そう 言えるものでは無かったのか だがそれは少年が才に恵まれていないとイコールなのか そうではない。仮に人 一人が生まれ持つ才というものに総量が存在し、それが様々な分野に振り分けられてい ? いることだ。 なれない。これは何よりも少年自身が物心ついてから否定のしようもないと自認して 序列では父には及ばないだろうし、更に先の官僚ともなればまず間違いなく父ほどには しては一見すれば同等と言えるだろう。しかし、最高学府の域まで行けばその内部での には及ばない。仮定として少年が父と同じ道を歩もうとしたとして、学歴という点に関 た。確かに、少年の父が歩んできた道、あるいは活躍をしてきた分野で見れば少年は父 かつて少年を父と比して才で及ばずと評した者たちは、ある意味では正鵠を突いてい ほどに早い成長、そして天才、鬼才、神童、そんな表現すら生温い才覚の発露だった。 ? 武 という存在に偏っていた。ただそれだ るとしよう。結論だけを言って、少年の持つ才の総量は父ですら足元に及ばないほどに 圧倒的なものだった。そしてその多くは けのことだったのだ。 " う し て 年 月 が 過 ぎ、少 年 か ら 青 年 と な っ た 彼 は 師 か ら 免 許 皆 伝 と 共 に こ う 言 わ れ た。 ことでは動じない翁ですら内心で戦慄を感じずにはいられないほどのものだった。そ い、まるでそうなるのが当然、既定路線であるかのような、人生も円熟に達し並大抵の そして少年は凄まじい速さで成長を遂げていく。一を聞いて十を知るどころではな たのに、それをあっさりと大きく上回る才の持ち主が現れたのだから。 に彼は内に秘める莫大な才覚を見て取り、当代でこれほどの才の持ち主はいないと思っ からやや時を置いてから弟子に、つまりは少年の妹弟子となった翁の孫娘、その幼少期 これを知った時、少年の剣の師である翁は思わず言葉を失った。少年が弟子となって " うとしていた。 子を抱える師匠という身分になり、その生涯でも間違いなく重要と言える事柄を決めよ 一郎はかつて師より免許皆伝を授けられてよりおよそ十年の歳月が過ぎた今、自身も弟 そして再び年月は経ち、老齢の師が世を去り流派の正当継承者となった彼││海堂宗 るかどうかだろう﹂と。 ﹁この先、お前の人生でお前より強い武人はいない。精々が、同格が片手で数える程度い 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 1781 夜、宗一郎は広い庭の中央に佇み月を見上げていた。これからどこに出かける用事が あるわけでもない、にも関わらず宗一郎はスーツに身を包んでいた。一般的なビジネス スーツとは違う、特別に仕立てた彼にとっての仕事用であり、同時に特に心身の引き締 まる戦装束の一つでもあった。そしてその手には鞘に収められた刀が二振り、握られて いる。 ﹂ ? ﹁お前を弟子に迎え入れてもう五年だ。あの時も、夜はこんな風に月が顔を覗かせてい 隣に立つ弟子を見ないままに宗一郎は語り掛ける。 ﹁え ﹁変わらんな、月は﹂ れが自然と彼の気をいつも以上に引き締めていた。 葉に従ったまで。しかし、言葉を掛けられた時の雰囲気から一夏は何かを感じ取り、そ 過ごし、夕食を食べることもなくただ沈黙が大半を占める中で唐突に師より言われた言 一番気合の入る、ついでに動きやすい恰好で外に来い。何となく口数も少ない一日を ている。 で着用しているものと変わらない。だがその身に纏う気配はいつも以上に引き締まっ 母屋の方からやってきたのは胴着に身を包んだ一夏だ。胴着そのものは普段の稽古 ﹁師匠、来ました﹂ 1782 た﹂ ﹁まぁ、満ち欠けを繰り返しているだけですからね﹂ 以来、殆ど連絡が取れていないのでな﹂ ﹁お前を弟子にしたのは、篠ノ之の親父殿の頼みだったが、その後どうしている あれ から。オレも、正確に言えば姉さんですけど。そうですね、オレが師匠に弟子入りして ﹁まぁ、知ってることでしょうけど柳韻先生ンとこの家はちょっと複雑な事情持ちです ? からか。どんどんコンタクトが取れなくなって言って、今じゃ音信不通状態ですよ。姉 さんはどうだか知らないけど、多分同じじゃないですかね﹂ ﹂ ? そのまま二人の間にしばし沈黙が流れる。おそらくこれが話の本題というわけでは ﹁人の縁って本当に不思議ですよねぇ⋮⋮﹂ たがな﹂ いうわけだ。その頃には、まさかその教え子の一人を弟子にするとは夢にも思わなかっ の親父殿には、その頃の俺が他流派のやつと交流試合をするのに何かと助けて貰ったと いない超ド級の零細流派だ。それは俺が俺の師匠に学んでいた頃も変わらん。篠ノ之 ﹁あぁ。お前も分かっちゃいるとは思うが、うちの流派は俺やお前くらいしか使い手の ﹁そうだったんですか ﹁そうか。いや、俺も学生時代には剣のことで少々世話になったからな﹂ 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 1783 ないだろう。だが、話を急くようなことを一夏はしない。本当に大事なことなら師は ちゃんと話すだろう。だったらそれまで付き合えばいいだけのことだ。 ﹁師匠⋮⋮﹂ て、弟子にはそうならぬようにと考えていると自覚したりした時にはな﹂ ﹁故に、俺も時には人並みに悩むことだってある。あぁそうだ。自分のことを棚上げし なそうだから敢えて黙っておくことにした。 間違っていないのではと内心ちょっと同意してしまうのだが、言うとろくなことになら 生返事を返すものの、一夏もその宗一郎の師匠という人物が言ったという言葉は存外 ﹁はぁ⋮⋮﹂ り込んだなどと失敬極まりないことを言っていたがな﹂ 俺も、これでも人の子だ死んだ俺の師匠は俺のことを閻魔が鬼を人の姿にして人界に放 違いなのかと、あるいはもっと別の変わり方もあったのではと悩むこともあるだろう。 うではなくとも、変わらないままの方が良かったのかもしれないと、変わったことは間 ﹁だが、変化が必ずしも当人にとって良いものとなるとは限らない。あるいは、明確にそ ﹁そうっすね。えぇ、昔とはだいぶ変わったと思いますよ﹂ わる。俺も、そして一夏。お前もだ﹂ ﹁さっきも言ったが、月は何も変わってはいない。遥か以前から、何もな。だが、人は変 1784 心なしか宗一郎の言葉には僅かだが憤りのようなものが含まれていた。だがそれは 一夏に向けられてのものでもなければ、この場には居ない別人へのものでもない。宗一 郎、その本人に向けられてのものだった。 ﹁これだけは断言できる。一夏、俺はお前という人間にとって間違いなく大きな変化を 齎した要因だ。俺の存在が、お前に力を持つという変化を与えた﹂ ﹁そりゃまぁ、オレの師匠なわけですからねぇ﹂ ﹁そうだな。だが、ふと俺は自分自身でこんな仮定をしてみた。もしも、お前が俺の弟子 ﹂ にならなければお前はどうなっていたかとな﹂ ? ﹂ ! く俺の存在だ。俺がお前に技を授けたからこそ、お前はあの選択を選ぶことができてし にある種の楔を打ち込んだだろう。そしてお前がそうしてしまった要因は、まぎれも無 つもりはない。だが、それは間違いなくお前の人生、その行き先を決めるお前自身の心 ﹁勘違いするな。俺は三年前、お前がお前を捕えようとした五人を殺めたことを責める た。 相手は師だ。だが関係ない。例え師であっても、一夏は声を荒げずにはいられなかっ ﹁師匠 ﹁あるいは、三年前のようなことにもならなかったかもしれん、ともな﹂ ﹁師匠 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 1785 まい、そして選んでしまった。だからこそ、俺はお前の師としてこれだけは言っておか なければならない﹂ そこで宗一郎はようやく一夏の方を向く。首を動かしてではなく体ごと向きを変え て。まっすぐに一夏の目を見つめる。 思いますよ。だから、オレは師匠に剣を、武を学んだことは間違いなくオレにとって良 そのままでISなんて動かしてたら、きっともう酷いくらいにとんだザマになってたと がったりして⋮⋮。あぁでも、強がりは今もそう変わんないですかね。それに、もしも もがいていたかもしれません。大して何ができるってわけでもないのに大口叩いて粋 どっちにしろ、オレはそのことを悔やんでいたでしょうし、もしかしたらもっと無様に ﹁どう、ですかね。どっちにしろ、姉さんにも重荷を背負わせちまったのは変わらない。 シな暮らしをできていたのかもしれんな﹂ ﹁あるいは、お前がただ千冬の助けを待つだけしかできなかったのなら、お前はもっとマ 情に戻ると師の言葉の続きを待つ。 予想だしなかった師の詫びの言葉に一夏の目が見開かれる。だが程なくして元の表 ﹁すまなかった﹂ 1786 かったと思えてます﹂ ﹁そうか⋮⋮﹂ 一夏の言葉は嘘偽りの無い本心だ。やはり、弟子に直にそう言われたことは宗一郎に も効いたのだろう。その表情が幾分か柔らかくなる。 影響するものになっている。だからこそだ、一夏。今一度、選び直すことができる﹂ ﹁そう、ISだ。それは、あるいは三年前のことを帳消しにするほどにお前の人生に強く ﹁それは、どういう⋮⋮﹂ ﹂ !? いうだけの話。少なくとも今後も学び続けるつもりだ。きっと師匠もそんなことは百 何故そんなことをわざわざ言うのか。つまりは自分がこれから先を選ぶかどうかと そこで一夏の理性の一端がふと思考を開始する。 それはきっと今まで師に言われた言葉の中で最も衝撃的だったかもしれない。だが、 ﹁なっ⋮⋮ でも良し、教えをここまでとしても一向に構わん﹂ 意思をお前が受けるか否か。お前が望むならば俺は教えよう。だが望まぬならばそれ う、義務だ何だと飾った独りよがりに過ぎん。だが一夏、お前の意思はまた別だ。俺の の人間として、有り体に言えば欲だよ。自分が培ってきたものを後進に伝えたいとい ﹁お前には俺の全てを伝えると言った。だがそれはあくまで俺の意思。俺が一つの武門 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 1787 も承知だろう。だが、それでも敢えて選択肢を与えてきた。それは、そうするだけの理 由があるということだ。 すね﹂ ﹁あぁ﹂ ? ﹂ ? おいてお前は、少なくとも他多数と比べて優秀と言われるくらいにはなるだろうさ。だ だがそうなった時、いずれお前の人生において重要な要素となるIS乗りという点に いだけだ。 き合ってやるし、お前が俺を師と思い続けても構わん。ただ、もう何も教えることがな た方だ。あぁ、別に俺とお前の縁が切れるわけじゃない。その気があれば剣の相手も付 ﹁この選択は、そうなった時にどうなるかだ。そうだな、先に俺とのこの先を選ばなかっ 宗一郎の確認に一夏は黙って頷く。 だろう ろう。どうせお前自身も乗り気なのだろうから、いずれはIS乗りの一端となる。そう 世界初の男性IS適格者、その肩書は否応なしにお前の将来の方向性を狭めにかかるだ ﹁⋮⋮あくまでビジョンの一つだ。だが、そうなる可能性が高いとも考えているがな。 ﹁それは、具体的はどういう ﹂ ﹁オレがこれから先を望むと望まない、そしてその更に先。それぞれは違うってことで 1788 が、そこまでだ。少なくとも一線にいた頃の千冬に追いつけるかどうか、そこでお前は 止まるだろう。 だが仮に今後も続けるというならば、断言してやる。一夏、お前を俺と同じ領域まで 連れて行ってやる。武の極み、もはや余人とは比べることすら叶わない真の達人の領 域、人を超えた超人の域までな。そうなった時、お前は千冬をも超えられるだろう。ま してやIS、ただでさえ属する者が限られるあの世界ならば猶更、並ぶ者無き真の頂点 に至ることすら夢ではない﹂ ぞ﹂ 、 世界最強 " ブリュンヒルデ 戦女神 " 、彼女を讃える言葉は多くある。だがそれ故に彼女に近しくあろうとする 言われて一夏が思い出したのは他でもない実姉のことだ。 " 者は殆ど居ない。 のIS乗り " 合い高めあう関係は何も変わることなく続くだろう。だがな、後者はそうはならない ば、何も変わらない。お前や、その友やライバル達が世界に飛び立ったとしても、競い ライバルも多くいるだろう。時としてそうした関係は長く続くものだ。仮に前者なら ﹁なぁ一夏。お前も曲がりなりにも学生だ。今の学び舎に、共に学び切磋琢磨する友も、 一夏の言葉に宗一郎はそうだと頷く。 ﹁けど、それだけじゃあない﹂ 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 1789 身近なところで言えば同じ学園に通う生徒ですら千冬を妄信的に信仰するような者 は多くいるのだ。では調べる括りを世界に広げればどうなるか。同じようなものは本 当の意味で千冬を理解しようとする者は限りなくゼロに等しい。きっとこの世で千冬 を尤も理解しているのは自分、ギリギリ同等かどうかで千冬と互いに親友を自認しあう 束くらいのものだろう。次点に来るとして、プライベートでの親交もある箒や鈴、弾や 数馬、目の前に立つ師や副担任の真耶あたりだろうか。全く居ないわけではない。だが 非常に少ないのも事実だ。そして普段の彼女を取り巻くのは、それら以外の理解のでき ていない者達だ。 すれば⋮⋮想像はできる。脳裏に浮かぶのは共にIS学園で学ぶ級友たちだ。専用機 宗一郎の言葉を一夏は黙って聞く。想像はできる。師が描いたビジョン、それが成就 ﹁⋮⋮﹂ 者はいるだろう。だが、本当の意味で並び立てる者は居なくなる﹂ ば、正真正銘お前は頂点ゆえの孤独に至るぞ。従う者、あるいはそれでも追おうとする でさえ着いてこれる者は少ない険しいものだ。その上で何者をも凌駕する力まで持て この際だからはっきり言っておいておこう。お前が見据え行こうとする道、それはただ おいてある種の孤独に陥った。そして一夏、お前の場合ならばそれは千冬をも超える。 ﹁そう、千冬だ。ことISの業界では顕著だろう。あいつは強すぎた。故に、その世界に 1790 組みを始めとし、同じ一組に在籍する者達、同学年の別のクラスの者達、はたまた上級 生、そしていずれ来るだろう下級生。知る者、知らない者、両方をひっくるめて考えの 中に表れていく。 皆、良い仲間だと言える。だがそれ故に確信もできる。良い人物であるが故に、その 殆 ど は 一 夏 が 見 出 し た 彼 自 身 に と っ て の 大 義 と は 決 し て 相 容 れ る こ と は な い だ ろ う。 愚鈍な者は一人もいない。理屈の上では一定の理解を示す者はそれなりに居るだろう とは思う。だが納得し、賛同するかと言えばむしろノーだ。特に箒や鈴あたりは﹁ふざ けんな﹂とどなり声を浴びせてくることは想像に難くない。思わず苦笑をしてしまいそ うになるくらいだ。仮に同調してくれる者を挙げるとしたら、数馬くらいなものだろ う。弾は、あえて肯定も否定もしない。ただいつも通りに自分と接し、時にはお節介で やり過ぎるなよとやんわり諌めてくるくらいだろうか。 千冬という身近な例を知っていて、そして彼女がそうした状況の只中にいる姿も見た ことがあるだけに容易に想像はできてしまう。だが自分の場合はそれをも上回るだろ う。 だが││ 今更ここで立ち止まるという選択肢は選べそうにも無かった。 ﹁それでも、オレはこの先を望みます﹂ 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 1791 自分で望んだこととはいえ、その果てにある誰にも理解を得られない心の孤独、本音 を言えば怖いと思うところもある。だがそれ以上に、進み続けたその先を見たいという 想いが強いのだ。 た場面の一つ、若気の至りもあったが自分はその問いに応と頷いたのだ。自分にできる かつての自分のそうだった。背を見てばかりだった父との数少ない面と向かい合っ 時、まずその当人の意思こそを重んじる。その上で成果を求める。 怒鳴りつけて否定もしなかった。父はそういう人間だからだ。何かを為そうとする われたのだ。それで良いのかと。 て、妹弟子が身を置く世の闇というものに彼女よりも早く飛び込んだ。その時に父に問 を抑える。自分もそうだった。自分自身でも途轍もないと自負する速さで実力を付け あぁ全く、この弟子はつくづく自分に似ていると宗一郎は思わず天を仰ぎたくなるの ﹁⋮⋮そうか﹂ あるけど、それ以上にオレがそうしたいんですよ﹂ ら、師匠と同じところまで行きたい。勿論、門派の一員としての義務感だとかってのも 師匠の教えが絶対に必要です。それに師匠、オレは師匠を心底尊敬してるんだ。だか とを通したい。そのためにはオレ自身がもっと高みに行かなくちゃで、それには師匠。 ﹁腹は括ってるつもりですよ。オレは、オレがそうすべきだと、正しいと、そう思ったこ 1792 からこそ為すべきことを為したいと。 ﹁あぁ、一夏。お前の意思は分かった。どうやら、揺らぎも無いようだな﹂ この弟子も、自分なりに世の中というものを見てその結論に思い至ったのだろう。理 解は容易い。自分もまた似たような道のりをたどってきたのだから。そしてその意思 が固い以上、もはや自分も考え込むことは不要だ。弟子の先行きのため、師としてでき ること、すべきことを為すだけだ。 ﹁ならばその意思、刀でも示して見せろ﹂ その時は、今この瞬間からだ。 唐突に宗一郎は携えていた刀の一振りを一夏に放って渡す。驚きつつも難なく受け 取った一夏はそれが普段の稽古でも使用している訓練用の刃引きをした模擬刀である と分かった。 その衝撃に感覚が一瞬にして麻痺、機能停止を起こしたのか声も出ない、指ひとつ動 され、その全てが一夏に向けて叩きつけられる。 直後、宗一郎の総身から膨大なまでの量、そして途轍もない密度を持った殺気が放出 かって来い。俺もまた、本気で応えよう﹂ ﹁明日には戻るのだ。故に、これが今回の修行の最後となる。一合いだけだ、本気でぶつ 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 1793 かすことも叶わない。死を悟るとはこういうことを言うのか、ただただ事実のみが意識 に伝わってくる。 弟子入りして五年、ようやく垣間見た師の本気は一夏の想像を遥かに超えるものだっ た。千冬が本気で激したとしてもこれには及ぶまい。もはや同じ人類なのかと疑うほ どに、ただ凄まじいとしか言うことのできない気迫だ。 ﹂ ! な力を持っていようと相手は師という一人の人間。ただ一人の意思に耐え切れずして、 師の言葉に目を醒めさせられたような気がする。そうだ、言われた通りだ。例え絶大 ﹁っ して超越の域だ﹂ 場所こそがお前の望む道だ。例え世界に異 端と見られようとも余人には及ばぬ絶対に イレギュラー めなどするものか。今この瞬間は何も考えるな、ただ飛び越えろ。そうして降り立った お前が望む域、そこは時として世界すら相手取る領域だ。この俺一人に臆して世界に挑 ﹁どうした。これで臆するならばお前の望む先へ行くことなど夢のまた夢で終わるぞ。 何せこうして身が竦みかけているのだから。 ありがたいのか、それともぶっちゃけ意味が無いのかいまいち分からない気遣いだ。 容赦はないと思え﹂ ﹁力は加減してやる。でなければ模擬刀でも殺しかねん。が、それ以外は別だ。一切の 1794 ﹂ この先世界に挑む時が来てその重圧に耐えきれるわけがない。 ﹁⋮⋮っはぁっ の様相を呈していく。より深く極めた宗一郎から見ればまだまだ未熟、だが確かに形に それは一夏の体だけに留まらない。手にした刀にも一夏の心、気は及び徐々に一体化 茶に相応しい成果を上げて一時的に一夏のポテンシャルを一段階上まで引き上げる。 収束されていく。爆発と収束という矛盾を強引に押し通した禁忌の業は、しかしその無 全身を躍動させるような爆発的な気が、勢いはそのままに一夏の体より殆ど漏れずに 在の全てを込める。 後に続く余力など残すことは不要だ。この一撃に培ってきた全てを、織斑一夏という存 相手は初めて相手にする本気の師だ。そして打ち合うのはただ一合いのみ。ならば ﹁いざ⋮⋮﹂ る。宗一郎もまた、半身になり切っ先を向けた刀を目線の高さまで上げて構える。 数歩下がり一夏は手にした刀を鞘より抜くと、鞘を静かに地に置いて八相の構えを取 力を吹き飛ばし、ようやく五体の制御を取り戻させた。 腹の底から気勢を上げ、一夏もまた総身に気を満ちさせる。それは彼を縛っていた圧 !!! ﹂ はなっている剣の道の深奥を一夏はここに体現していた。 ﹁参るっ !! 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 1795 ﹁来いっ ﹂ ︵届かせる││││ ︶ えるところまで縮まり、その頃には両者共に剣を奮いはじめていた。 一夏が掛けると同時に宗一郎も動き出し、二人の距離は一瞬にして互いに間合いを捉 !! そして内で刻まれる時が引き伸ばされていく。 も 暗 く な っ て い く 有 り 様 だ。だ が そ れ に 反 し て 一 夏 の 意 識 は よ り 怜 悧 に な っ て い く。 音は既に意識から遮断された。他の感覚も曖昧になり、遮断される。ついには視界すら 脳 の 内 側 が 沸 騰 し て い る よ う な 錯 覚 さ え 覚 え る。全 神 経 を こ の 一 瞬 に 集 中 さ せ る。 い。 ゼロが幾つも並んでようやく1が出てきた程度の確率かもしれない。だが、やるしかな い。そこを見つけ出す。できるかどうか分からない、確率があるとしても小数点以下に 交差の只中に、どこかに突くことで師に刃を届かせられる機が存在するかもしれな ジが浮かび上がる。それは機を突くという余りに単純過ぎるものだ。 る。どうすれば良いのか。考えるより先にまるで湧き水のように自然と脳裏にイメー 力、速さ、技、根幹を為す全てにおいて一夏は宗一郎には及ばない。それでも届かせ るということだけ。結果など意識せずとも勝手についてくる。 勝ち負けも一夏の思考から吹き飛ぶ。あるのはただ、全霊を込めた一撃を師に届かせ !!! 1796 第五十一話:夏休み小話集11 修行5 1797 分、厘、毛、糸、忽、微、繊、沙、塵、埃、渺、漠、模糊、逡巡、須臾、瞬息、弾指、 刹那、六徳、虚空、清浄、阿頼耶、阿摩羅、涅槃清浄、一夏の内で、その魂が時を無限 に加速させて広がるのと同時に彼の知覚する時は一瞬にも満たない、言葉で表現するこ とすら叶わない域へと収束されていく。この瞬間、一夏はおおよそ世界の誰と比較して 時 をモノにしていることに由来する。 も圧倒できる程に空間というものを支配していた。それは今の彼が余人では及びもつ かない程に " 闇が広がるだけで、背後には師の気配がある。一体どのようにしてどうなったのか。本 そして肝心の立ち合いはと言えば、既に終わっていた後だった。目の前にはただ夜の 景色を伝えてくる。意識の中で流れる時間の流れもいつも通りだ。 全てが元通りになっていた。五感はいつも通りに機能し、周囲の音を、匂いを、温度を、 もはや己すらも曖昧な原初の闇の中、極めて微細な一つの光が灯った。次の瞬間には まま相手の動きすら認識の支配下に置く。 か。彼が為した一瞬を意識の内でそれ以上に引き伸ばし留めるという時の戒めは、その じる状態にある。一瞬一瞬が勝負の武の競い合いにおいてそれがどれほど有利に働く 示すかは想像に難くない。今の一夏は一秒すら彼にとってはそれ以上の長い時間と感 とする。その一部の時間をどれだけ詳細に認識できるかという差がどれだけの優位を 少し考えれば分かることだ。同じ時間の流れの中にいるとして、その中の一部を対象 " 1798 来であればすぐに気になるところだろう。だがそこまで意識を割くことはできなかっ た。視界が揺れた、それに気付いた時には既に一夏の体は地面に向けて倒れ始め、完全 に落ち切るよりも先にその意識は失われていた。 第五十二話:夏休み小話集12 修行6 ﹂ ﹁夏休み修行編 Epilogue ∼切り開いていくこれから∼﹂ ﹁んが 側だと一夏は認識する。 目が覚め、体を起こしてキョロキョロと周囲を確認して自分がいる場所が師の母屋の縁 そ ん な 間 抜 け な 声 を 漏 ら し な が ら 目 が 覚 め た。い つ の 間 に か 日 は 高 く 上 っ て い る。 ? 追って道場に向かった。 て一夏はいまいち状況を飲み込めてはいないが、それでも言われた通りにして師の後を それだけ言うと宗一郎は踵を返して一人でさっさと先に向かってしまう。依然とし ﹁とりあえず道場に来い﹂ 片づけてあるのだろう。 いつの間にか背後に宗一郎が立っている。服装も普段着であり、昨夜のスーツは既に ﹁あ、師匠﹂ ﹁起きたか﹂ 第五十二話:夏休み小話集12 修行6 1799 ﹁まぁ座れ。あぁ、胡坐でも良い。楽にしろ﹂ かった。 ? ﹁あぁ、分かっている。往くと言うのだろう ならば止めん。だがな、お前は俺の弟子 あります。けど、それでもオレは││﹂ ﹁確かに、そうかもしれません。正直、自分でもまだ甘いんじゃないかって思うところは りも遥かに険しいものだ﹂ 廻を彷徨い続けることになる可能性だって大いに在り得る。それは、お前が想像するよ ﹁ただし、覚悟はしておけよ その道、決して生温くはないぞ。あるいは、修羅道の輪 正直、まだ若干混乱しているところもあるので合格と言われてもただ頷くしかできな ﹁あ、はい﹂ てお前の望み通り、今後も俺の技の伝授を続けよう﹂ ﹁さて、結論だけ言おうか。││合格だ。お前の意思、その剣よりしかと伝わった。よっ 一郎もまた同じように胡坐で、一夏に向かい合う様にして座った。 何だかんだで固い床の上に正座も正直言って辛いので、素直に甘えて胡坐で座る。宗 ﹁はぁ﹂ 1800 ともに俺はお前の味方であることは固いわけだ。そこだけは忘れるな﹂ で、俺はお前の師だ。師は弟子を導くと同時に支えるもの。少なくとも現時点で、今後 ? そう言う宗一郎の表情には確かな暖かみがあった。それを見て一夏の顔にも自然と 笑顔が浮かぶ。 そう言って立ち上がった宗一郎は道場の奥の方、床の間に向けて歩いていく。そこで ﹁さて、これでこの夏の修行は一段落となったわけだが、少し待て。渡すものがある﹂ ようやく一夏は気付いたのだが、床の間には普段は置いていない、掛台に置かれた二振 りの鞘に込められた日本刀がある。柄や鞘の拵えは見覚えのあるものではない。少な くとも一夏の記憶に照らし合わせれば初めて見るものだ。そしてどちらもほぼ同じ長 さを持っている。 掛台に置かれた二振りの内の一振りを手に取ると、宗一郎は再び一夏の下へと戻って くる。そして手にした刀を一夏に向けて差し出した。 ゆっくりと鯉口を切って刀身を露わにする。全体像を現した刀身を一夏はじっくり チャキ││ というのに、どうにも異様な気配をこの刀からは感じる。 ら刀を受け取った一夏はじっとそれを見つめる。依然、刀身は鞘に収まったままだ。だ 先ほどまでの頭の混乱はとうに彼方へと吹き飛んでいた。ゆっくりと宗一郎の手か ﹁⋮⋮﹂ ﹁これをお前にやろう。今回の修行、お前は一つ大きな段階を乗り越えた。その証だ﹂ 第五十二話:夏休み小話集12 修行6 1801 1802 と見る。典型的な打刀、鎬造りで先反り。その反りが浅く切っ先もつまっている。作風 としては兼定の系譜が一番近いだろうか。とは言え、兼定の作風も幅が広いために一概 には言い切れないが。 しかし有名どころで言えば幕末期の会津︵現在の福島県西部から栃木、新潟の一部︶に おける兼定、かの新撰組副長の土方歳三が愛用したとされる和泉守兼定に近い。時節ゆ えに実戦に向く質実剛健な刀が好まれたと言う。なるほど、確かにそう見れば刀本来の 役割として扱われるのに十分であろう。現代の日本刀、求められる要件として特に比重 が大きいだろう美術品としての価値は一夏の目からしても決して高いとは言えない。 だが純粋に武器として見たのであれば、これほどのものはないと言える。何と形容す 何が何でも斬る 、そんな刀の本質を徹底的に、あ べきだろうか、あえて言うならば執念。単純に強いという言葉では表現しきれない製作 者の念が全体から伝わってくる。 " 切れ味だろJK﹂と言いたげな作者の念はこの辺からも伝わってくる。 掘られた溝︶も一本だけ掘られた棒樋と飾り気は皆無だ。﹁見た目や飾り それより 改めて刀身をじっくりと見る。刃紋は有名な村正と通じる直刃で樋︵刀身の峰の方に に違いない。 くに養っていないずぶの素人が見たとしても他の刀とは違うということだけは分かる るいは魂か人生そのものを込めたと言われても納得できるほどだ。たとえ審美眼をろ " ? そして問題は刃だ。あいにく一夏も人並み以上には刀に関しては見る目を持ってい ると自負するが、本職の鑑定家などには遠く及ばないだろうし、とにかく色々な点で未 熟と言えるところも多いと自負している。だがそれでも断言できるのは、この刃はこれ まで見てきた刀の中で最上の物、そして最高の切れ味のものということだ。ただ見てい る、それだけで意識が引き込まれそうになる妖しい鈍色の輝きを放っている。 なかご なかご セオリー通りの手順で目釘を抜いて茎を確認する。彫ってあるのは作成した年月日、 数年前の日付だけだ。この刀を打った刀匠の名も何も刻まれてはいない。 茎を柄に戻 して元の体裁を整えると改めて刃を見る。現代の作だというのに博物館で見る室町期 ヤバさ 、この刀が尋常のものではないことがよく分かる。というか不味 や戦国期などから伝わる名刀にも勝るとも劣らない存在感、刃から発せられる噛み砕い て言えば " ﹂ ﹁師匠、これ何ですか ﹂ 作られたのは数年前、現代刀にしてもおかしいっすよ。これ、 ろうが、刀を手にしてこんな状態になったのは初めてだ。 慌てて鞘に納める。危ないところだった。若干疲れが残っているのもあったからだ ﹁っはぁっ ツフツと良くない衝動が沸いて││ い。この刃の吸い込まれそうな妖しさ、意識が引き込まれていくと同時に胸の奥からフ " !? ? 魔剣だの妖刀だのと謳っても全然通じますよ ? 第五十二話:夏休み小話集12 修行6 1803 ﹁だろうなぁ。何せその刀、むしろそういう風に作られた節があるからな﹂ 何てこと無いように宗一郎は顎を撫でながら一夏の言葉に頷く。そして再び立ち上 コイツ ソイツ がると奥の床の間に置かれたままのもう一本を手に取り戻ってくる。 らば双子刀とでも言ったところか﹂ オレがこんなこと言うのも何か変な感じしますけど、物騒にもほどがありますよ﹂ ﹁なるほど。で、こいつは一体どこのどなたがどういう経緯で打った代物なんですか 躍などせず知名度などロクにない、それでも一級品の腕前を持つ。そんなのがいるなど 半信半疑な一夏に宗一郎は世の中などそういうものだと言う。表舞台で華々しく活 ﹁そんな人がいるんですか﹂ 然出やしなかったがな﹂ しと言えただろう。もっとも、さっきも言ったようにかなりの偏屈だったから表には全 皮肉か。とにかく、存命の間は美術品として打たせても武器として打たせても並ぶ者無 んとあらゆる技法を吸収していてな。それができたのも技術が廃れつつある現代故の 爺そのものな人物だったが、その腕前だけは超一級のものだった。ただ最高の刀を打た ﹁⋮⋮そいつを打った刀匠はとうに墓の下だ。俺の師匠の代から付き合いがあった偏屈 ? 真打と影打ち、どちらも違うな。二本とも殆ど同一の物として打たれた。強いて言うな ﹁俺が今持っている刀とお前が今持っている刀は同じ刀匠の手によるものだ。兄弟刀、 1804 さして珍しくも無いと。 ﹁この二振りはその刀匠が最後に仕上げた遺作とも言うべき刀だ。見ての通り、銘も無 ければ飾りらしい飾り気も無い。ただ斬ることのみを考えた人斬り包丁。何故俺に託 そうと思ったのか、真意はあの世に行って直接本人にでも聞かなければ分からんからど う見積もっても数十年は軽くかかる。ただ、己の全てを一念と共に込めたとは言ってい たな﹂ ﹁その一念っていうのが⋮⋮﹂ 刀の本質、武器としてのソレだ。その至高を、とな﹂ ? ﹁師匠、何故オレにこれを ﹂ もちろんこれほどの業物を貰えたことは素直に嬉しい。純粋に武器としての性能で ? く働きかけてくる。 にする分には容易い。だが確かに込められているだろう重みは持っている己の心に強 量としての重さだけではない。込められた目には見えないものの重さだ。こうして手 かされて一夏は手に感じる重さをより鮮明に感じたような気がする。単純な物体の質 人物がその人生の全てを強烈な一念と共に注ぎ込んで作り上げた刀。それを改めて聞 改めて一夏は手にした刀に目を落とす。一つの分野において文字通り技術を極めた ﹁その一つをオレに⋮⋮﹂ ﹁お前も察しているのだろう 第五十二話:夏休み小話集12 修行6 1805 見れば、江戸時代に定められた刀の格付け、その最高である最上大業物にも劣らないこ 言葉 とは間違いない。だからこその疑問だ。これほどのもの、むしろもっと後の方が、例え ば自分が免許皆伝、あるいはその先の極伝に到達した時でも良いのではないか と共に投げ掛けた視線でそう訴える。 ? ﹂ ? ﹂ ? た中学時代の一時期、それとなく不良などとの喧嘩にもつれ込むようにしては幾度とな それは言われずとも重々承知していることだ。やや精神的にも荒れている節のあっ ﹁⋮⋮﹂ る、な﹂ 誤れば容易く他人を傷つけられる、その気になれば羽虫を潰すかのごとく死に追いやれ 力。それらが組み合わさり生まれるお前の技はとうに凶器の域に達している。扱いを ﹁自覚していないとは言わせんぞ。お前の五体に刻み込まれた技術とお前自身の身体能 ﹁オレ、ですか を誤ればあっと言う間に大惨事だな。それは一夏、お前自身もそうだ﹂ ﹁お前もとうに分かっていると思うが、その刀の物騒さは折り紙付きだ。少しでも扱い ﹁それは、何故です が、それでも今だと思ったまでだ﹂ ﹁お前の考えも分からんでもないし、他ならぬ俺自身もそこには一理あると思っている。 1806 く叩きのめしてきた。あの時からできる限りの自制を働かしても相手は病院沙汰レベ ルの怪我、なんてことはしょっちゅうだったのだ。今の一夏はその頃よりも更に上の域 うつしみ にある。その自分が一度暴走すれば⋮⋮ ﹁その刀はお前の現身だと思え。あるいはお前自身を映す鏡とでも言えば良いか。託し た以上はお前のものだ。如何に扱うかは全てお前に委ねよう。振るうも、抜かずに封じ るもお前次第。そしてその刀を御することは、他でもないお前がお前自身を御すること になる﹂ ﹁さて、今後への課題も出したところでこの夏の修行も終いと言うわけだ﹂ ところだ。そんな想いが刀を持つ手に力を込めさせる。 師の言葉に静かに耳を傾け、湧き上がってきたのはある種の挑戦心だ。面白い、望む ﹁ハハッ、こりゃ手厳しい。でも、その通りですね⋮⋮﹂ そんな刃物一つくらいは御せねば話にならんぞ﹂ はその刀一本など遥かに凌駕するものだ。それを完全に己の物として制するのならば、 だ。それ単体が為せることなどたかが知れている。一夏、お前がこの先手中に収める力 として、お前ならば素手でも軽く封じ込めるだろう。腕の立つ者が振るってこその武器 ﹁どれだけ武器として性能が高かろうと所詮は刀の一本だ。仮にずぶの素人に持たせた ﹁オレが、オレを⋮⋮﹂ 第五十二話:夏休み小話集12 修行6 1807 ﹁ご指導、ありがとうございました﹂ 修行の終わりを告げる宗一郎に一夏は居住まいを正すと深く頭を下げて謝意を告げ る。そして一夏が頭を上げたのを見計らって宗一郎は言葉を続ける。 ﹁あぁ、気をつけてな。それと、次に会う時までに教えておく技はものにしておけよ﹂ ﹁それじゃ改めて、お世話になりました。また、次に来れる時に来ます﹂ 間にかどこか険しさを宿したものになっていた。 どういうことかと視線で問うてくる一夏。その目を見据える宗一郎の表情はいつの わけではないのだがな﹂ ﹁それともう一つ、お前には与えておくものがある。とは言っても何かしらの物という ﹁はい﹂ れを元に励むと良い﹂ ﹁今後のお前への技の伝授だが、それは追って然るべき資料をお前に送っておこう。そ 1808 ﹁勿論、そのつもりです﹂ そんな風に言葉を交わして支度を整えた一夏が立ち去っていく。その背を見送り、見 えなくなったところで宗一郎は一つ息を吐く。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 何かを考えるように宗一郎は玄関で佇みながら目を閉じている。そして││ ﹁ぬぅ⋮⋮﹂ 小さく呻くと僅かに膝を折っていた。 ﹂ ? ﹁当然だ。お前、途中から混ざりたくてウズウズしていただろう。上手く気を隠しては ﹁あら、お気づきでしたか ﹁それでどうだ。昨日から盗み見をしていた感想は﹂ 美咲は居た。 玄関の脇、陰になって少なくとも玄関と真正面に向き合っては分からない位置に浅間 ﹁相変わらずですね、兄さんは﹂ いがな﹂ ﹁ふん、この程度ならば大したことは無い。まぁ、まるで効いていないというわけでも無 不意に若い女の声が宗一郎に掛けられた。 ﹁弟子の前とは言え、随分と我慢をなさっていたようで﹂ 第五十二話:夏休み小話集12 修行6 1809 いたが、俺の目を誤魔化すにはまだ足りなかったな﹂ ﹂ ? とはな。もう二年、いや、早くて一年と考えていたが﹂ ﹁あぁ、察している通りだ。出来得るように仕込んできたつもりだったが、ここまで早い ﹁事の次第は全て見届けましたが、やはりあの一太刀は⋮⋮﹂ ちょうど袈裟懸けの一撃を受けた跡のような形になっていた。 その下には見る者誰しもが思わず表情を歪めるだろう痛々しい青あざがあり、それは 手当の終わった宗一郎の上半身には左肩から腰の右部分にかけて包帯を巻いてある。 ﹁ん﹂ ﹁はい、これでお終いです﹂ 咲も続く。 さっさと家の中に戻っていく。その後を追ってお邪魔しますと一言挨拶をしてから美 いつの間にか玄関前まで移動していた美咲にそれだけ言うと、宗一郎は背を向けて ﹁⋮⋮好きにしろ﹂ からしましょうか。上がらせて貰っても ﹁あら手厳しい。そうですね、その辺りのお話もしたくはありますが、まずは手当のほう 1810 ﹁まぁあのぐらいの年頃は急激な成長を見せるなんてことはザラですから。きっとそう いう類なんでしょう﹂ 治療道具を片づけながら意見を述べる美咲に宗一郎はニヒルに口元を曲げながら返 す。 ん﹂ ﹁そういうものか。何しろ俺はいつでも急成長だったからな。いまいちその辺が分から ﹁相変わらず大した自信ですねぇ﹂ 呆れるように言う美咲だが、実際否定しきれない部分も多いのが始末に負えない。確 かに彼女が昨夜に直接見届けた一夏の技量、それを為す潜在能力は破格のものだ。だが それも、この兄弟子の前にかかっては劣るものとなってしまう。 故にこうなったが、でなければもう少し軽くは済んだな﹂ 受けるにはリスクが高すぎた。故にあの瞬間だけは全力で防御に回った。一瞬遅れた ﹁⋮⋮あの瞬間、当たることは避けられなかった。そしてあの状態で直撃を何もせずに すね﹂ ンパクトの瞬間の気の炸裂による強引な防御破り。そのあざは最後の影響が大きいで したが。相反する気の強制的な融合による地力の増強、心身と刀の三位一体、それにイ ﹁とは言え、あの時の場合は他の技も重ね掛けをしていたために若干荒い部分もありま 第五十二話:夏休み小話集12 修行6 1811 じかい 奥伝・時戒ノ太刀 ﹂ " 時 すらも使い手の の虚を突くことで相手の流れを一時的に完 " たようなものだ﹂ 全な支配下に捉え、固める。相手からすれば時が一瞬止まって、気が付けば斬られてい " " てこの時戒ノ太刀もそんな極みの一つだ。そして極めた者が振るうこの技を前にすれ 咲。この三人の修める剣の積み重ねは幾つかの無双とも言うべき技に行き着く。そし それこそが一夏が宗一郎に向けて無意識の内に放った一撃。一夏、宗一郎、そして美 時戒ノ太刀 ││ なものを挙げるとしたら技そのものだろう。それこそが美咲が語った技の名。 無い事実である。それに一夏が競り勝った要因、色々な重なりこそあるものの最も大き だが例え力を抑えていようとも、宗一郎という男の振るう技が脅威であるのは紛れも るよりも早く一夏は倒れていた。 大きく抑えてのことであり、仮に宗一郎が本当に全力ならばそもそも何かをしようとす 宗一郎の胴を打ったという結果に終わった。勿論、加減はせずとも宗一郎が本来の力を 前の夜、たった一合いの一夏と宗一郎の交差は宗一郎に先んじて一夏の放った一撃が ﹁改めて受ける側に回ると脅威を実感しますね、 " ば最後、相手に防ぐ手立ては無い。その名が示す通り、この技は 支配下に戒めるのだから。 ま ﹁相手の呼吸、意識、それらを総括した 間 " 1812 そして放たれる一撃もまた必殺の域。そこまでを成立させるために使い手は持ちう る能力を存分に引き出すことを要求される。自然、振るう剣の冴えが増すのも道理とい うものだ。更にその一太刀はどのように振るわれるかも分からない。 認識する時間ごと流れの全てを奪われた状態で使い手のポテンシャルを総動員させ た一撃が、どのように来るかも分からないままに迫る。それが如何に脅威となるかは推 して知るべし。 ﹁ところで知っていますか兄さん そういうの、世間一般じゃポル○レフ状態と言う らしいですよ﹂ ? それはどういう意味だ﹂ ? ﹁実はですね││﹂ ﹁ん ﹁それでしたら私も、いずれお手伝いができる日が来るかもしれませんね﹂ ﹁まぁあいつもこれで感覚くらいは掴んだだろう。後は、あいつ自身で磨くだけだ﹂ きだったよなぁ、美咲のやつとどこか呆れ顔で納得するのだが、それは別の話である。 であった。そして調べた結果が漫画に起因すると知り、そういえばマンガとか昔から好 あっさり話を打ち切った美咲にとりあえず後で調べてみようと内々で決める宗一郎 ﹁いえ、知らないなら結構です﹂ ﹁何だそれ﹂ 第五十二話:夏休み小話集12 修行6 1813 そこから美咲が話した内容を聞いて宗一郎は思わず呆れかえりそうになったが、この 妹弟子ならば仕方がないかと軽く諦めた風で首を振る。 ﹂ ? ︵あぁ、だからこそだ。人でなしと言われようが構わん。一夏よ、勝て。そして生き続け は言え、歯痒さを感じるのも事実だ。 のを信じるばかり。必要以上に弟子のことに手を出さないのが師範たるの振る舞いと そこで自分にできることと言えば、伝えてきた技を駆使して自力で弟子が切り抜ける られるように厄介ごとも寄ってくるに違いない。 問題は弟子の方。アレはこれからも力を付け続けるだろう。そしてそれに引き寄せ れる、それだけの実力と度胸は培ってきた。 自身のことについては特に心配するようなことはない。何が起ころうと切り抜けら 弟子のこと、自分のこと。 つ い で だ か ら と 美 咲 が 淹 れ て く れ た 茶 を 一 口 啜 る。考 え る の は こ れ か ら の こ と だ。 ﹁なら良いがな﹂ ていますとも﹂ ﹁ご安心を。これでも他にも教え子を持ったことはありますし、その辺りの加減は弁え が認めよう。ただ、あまり派手にやり過ぎるなよ ﹁まぁ敢えては止めんし、それが一夏のためになるならば││諸手を挙げてとは言わん 1814 ろ。そのためにお前が修羅を選ぼうと、俺は認めよう︶ 窓から見える蒼穹、同じ空の下に居るだろう弟子に向けて宗一郎は胸の内でそう語り 掛けていた。 の話だろう、分かっている﹂ ﹁それと兄さん、もう一つ別件が﹂ 仕事 " あの方 と共に、ということになるのですが﹂ " 取り出したのは電子端末、そこに記された地図上のある地域が 仕事場所 となる。 " かかる先を狙い定めていた。 在そのものが人の域を外れた二つの異 端。天災にも等しき暴威は、人知れずその降り イレギュラー かくして準備は着々と進んでいく。極東に生まれた剣と拳を司る最強にして最凶、存 " そうですか、と言って美咲は満足げに、そして妖艶に笑みを浮かべる。次いで彼女が ﹁心得ている。既に二人である程度の段取りも整えているからな﹂ " じる憂いは既に無く、見る者の背筋を震わせる鷹の鋭眼を光らせている。 美咲の言葉に宗一郎の意識は一瞬にして切り替わる。その表情に弟子の行く先を案 ﹁ " ﹁えぇ、以前にお話しした通りに 第五十二話:夏休み小話集12 修行6 1815 1816 第五十二話:夏休み小話集12 修行6 1817 オ・マ・ケ ﹁その頃の一夏くん︵電車なう︶﹂ L○NEにて 死ねよ空母BBAAAAAA 数馬:ゴッメーン、いっぴー。お先に達成しちゃったー つ磯風 一夏:テメェふざけんじゃねぇゴルァアアアアアア AAA ?! 磯風 ⋮⋮ 磯 ⋮⋮ 居 る じ ゃ な い か 脱出を 磯 風 な ぜ 磯 風 が こ こ に 一夏:くそ、なんでオレはこうも手こずるんだ。答えろ 数馬:すぐに叫び出す提督は嫌いだ⋮⋮ 一夏:磯風ぇええええええええええええええ 数馬:彼女は磯風ではない︵無言の腹パン ! 逃 げ た の か 自 力 で 答えてみろ、数馬ぁ ? 一夏:まぁそうなんだけどさぁ。で、でもお前だって結構余裕無かったんでねーの︵震 がそこまで行けてるってことに驚きだよ。 数馬:いや、僕の方が艦隊の練度高いし。資材もあるし。ていうか、むしろ一夏の方 ! ? ! !!! ! ! 一夏:ハハ、ふざんけまじって話よ。俺だって磯風くらい⋮⋮磯風⋮⋮磯風⋮⋮。磯 ではレア掘りに余裕をできる身、随分と差が付きました。悔しいでしょうねぇ 数馬:ですが笑えますねぇ。貴方は時間が中々取れずに未だ削り止まり。一方僕は今 !! ? 1818 え声 数馬:はぁ 余裕が無い 冗談言うなよ。こんな海域、キャンディー舐めながら ? していることなど露知らず、そう電車の中で決心する一夏であった。 とりあえず帰ったらダッシュでPCの前に張り付こう。師匠がシリアスな空気を出 数馬:ア、ハイ 一夏:嘘乙。本気でやってるだろお前 だって僕にはできる。遊びさ。本気でやるわけないじゃん。 ? 第五巻 第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪 ここでちょっと夏休みが終わる直前の一幕を。 時刻は夜、場所はIS学園の寮。凡その生徒はベッドに入っていても良い時間だ。と は言え今は夏休みで、そのあたりは多少緩くなる。 一夏もそうだ。普段ならばそろそろ寝る支度を整えているのだが、今夜は違った。未 だ全然寝る体勢にはなっていない。その気も無かった。それ以上に意識を割かれるこ ﹂ とが目の前にあった。 ! ﹁行け⋮⋮行け⋮⋮ ﹂ 戦いは既に終盤だ。 夜戦 と呼ばれる第二段階、高火力が乱舞する決戦だ。一人、 " ! くない流れだ。 また一人と敵へ砲火を浴びせ、逆に敵の痛烈な一撃を食らう。だが強いて言うならば悪 " ウザゲームが起動しており、ただ戦いの結果に至るまでだけを映している。 見開いた目で一夏は目の前のパソコンのモニターを凝視している。画面上ではブラ ﹁来い⋮⋮来い⋮⋮ 第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪 1819 攻撃を残すのは最後に配列しておいた一人。手持ちの中でも最大の火力を有する不 動の切り札。そして残る敵はHP残量を大きく削らせた敵のボス。これさえ倒せば全 てが終わる。 画面が暗転する。 ﹂ ︵行けよぉおおおおおおおおおおおおおお の敵の耐久力を示すゲージが消滅する。 ︶ !!! ﹁ヒャア こうしちゃいられねぇ ! 祭りだ祭りだ ! もう磯風の太ももhshsす の周辺はまだ戻ってきている者は居ない。遠慮など無用だ。 などはきっちり施されているため隣の部屋にすら早々伝わらない。そして一夏の部屋 迷惑など気にしやしない。そもそもこの部屋は一夏の一人部屋であり、部屋ごとの防音 座っていた椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり歓喜の雄叫びを上げる。周囲の部屋の ﹁Yeahhhhhhhhhhhhhhhhh ﹂ は││ボボボボという爆発のSEと共に敵のボスの撃沈判定が下り、同時に画面右上部 大口を開け、心の内で絶叫する。真っ直ぐ敵のボスに吸い込まれる最強の一撃。結果 !!!! と共に最後の一人の装備が映し出され、台詞と同時に最後の一撃が放たれる。 最も期待していた展開に一夏の胸が高鳴る。シャッシャッシャッというカットイン ﹁来たっ ! ! 1820 るしかねぇぜFoo ﹂ 外出身の生徒が特に一年生には毎年数名出るとかなんとか。 して九月には二学期が始まる。余談だが、このあたりの感覚の違いで首を傾げる日本国 S学園の学校としての基本的なシステムは日本の教育機関に則ってのものなので、こう などではこの九月が学校の新年度の始まりとなっていることもある。しかしながらI 九月に入ると同時にIS学園は二学期を迎える。どこぞの魔法学校もそうだが、欧米 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ちなみに一夏的には﹁太ももがヤッベェ﹂らしい。 い た 画 面 に は 美 少 女 化 し た ア ー サ ー 王 っ ぽ い 声 の 黒 髪 ロ ン グ な 美 少 女 が 映 っ て い た。 完全にタガの外れたテンションではしゃぐ一夏。狂喜乱舞する彼が先ほどまで見て !! 朝のHR直前、席に座る一夏が隣の席の清香とそんな風に言葉を交わす。程なくして ﹁普通の学校なら半日で終わっちゃうもんね∼﹂ ﹁初日からいきなり授業か。まぁ最初に全校集会あるとは言え、飛ばしてんなぁ∼﹂ 第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪 1821 予鈴と共に千冬が教室に入ってくる。 教壇に立つと同時に千冬が発した言葉はある意味お決まりと言うか、夏休み感覚を抜 けて勉学に励むようにという旨の薫陶だ。だが今回はそれに加えてもう一つある。 る。 ? ないのだから箒も理由など知るはずがない。それ故に理由が分からないということに 教室を出る直前、箒が声を掛けてくる。一夏が生徒会室に呼ばれる理由、一夏も知ら ﹁一夏、何事だ ﹂ の下で全員が講堂に向かう用意をし、それと共に一夏も一人生徒会室に向かおうとす それだけ言うと千冬は教室を出ていき、残った真耶が取り纏めを引き継ぐ。その指示 会室に行け。何でもお前に用があるらしい﹂ ﹁あぁそうだ。この後すぐに講堂に移動するわけだが、織斑。お前は教務棟二階の生徒 以上だ、と言って千冬は教壇を降りる。 使ってどのような出展にするか決めるように﹂ ならない。全校集会自体は一時間目の半分もしない内に終わるだろう。残りの時間を にあるのでそちらを読むように。だがその前に、まずはこのクラスでの出展を決めねば いてのことだ。凡そのスケジュール、準備などに関してはまた改めて配布するプリント ﹁今月は学園祭が実施される。この後、一時間目に予定されている全校集会もそれにつ 1822 よる訝しげな表情を浮かべていた。 ﹁分からない。まぁ、ほら。オレって一人だけの男子じゃん ないな﹂ ロンリーボーイっての。 ﹁そうか。私にも引き止める道理は無いが、一応心構えはしておいた方が良いかもしれ ど、行かないわけにもいかないからな﹂ だから色々あるんだろ、向こうさんとしても。まぁちょいとばかり面倒くさそうだけ ? ﹁ま、振り回されないように気を付けますか﹂ 間話などという類では無い。 その一端を窺い知ることはできる。そんな人物が直接呼びつけてくる。まずもって世 その後に簪から言われた﹁姉はとても厄介﹂という言葉は、あの夜のことを思い出せば 会って、直接面と向かって話したのは一度だけ、クラス対抗戦が終わった夜のことだ。 う。 一夏を呼び出したのは生徒会だが、実質的にその長である彼女と見て間違いないだろ しい友人と呼べる更識 簪の実姉であり、名実ともに生徒最強と呼ばれている実力者。 の 少 女 の こ と だ。I S 学 園 生 徒 会 長 更 識 楯 無。一 夏 に と っ て こ の 学 園 で 比 較 的 親 じゃ、とだけ言って一夏は生徒会室の方へ向かう。その道すがら、思い出すのは一人 ﹁あぁ、そうするよ﹂ 第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪 1823 簪の言葉を思い出しながら一夏は改めて注意をするようにひとりごち、目の前の生徒 会室に繋がる扉を見つめた。 ノックと共にどうぞと扉の向こうから声が掛かってくる。 けじゃないから早速本題に入らせて貰うわね。織斑一夏くん、今回私が、生徒会が君を ﹁さて、急な呼び出しには本当に申し訳ないと思っているのだけど、時間も余裕があるわ 楯無の紹介に虚がペコリと頭を下げて、一夏も軽く頭を下げることで返す。 しょ。そう、君のクラスの布仏 本音ちゃん。あの子のお姉ちゃんよ﹂ 楯 無 よ。こ っ ち は 生 徒 会 会 計 で 私 の 右 腕 の 布 仏 虚 ち ゃ ん。あ、い ま ピ ン と き た で ﹁その点については謝るわ。それと、来てくれてありがとう。改めて、生徒会長の更識 急な呼び出しで﹂ ﹁こうしてお話をするのは二回目ですかね。前回から随分と間が空きましたけど、また にも見覚えを感じるのだ。 色から三年生と分かるが、どうにも気になる。間違いなく初対面なはずなのだが、どう く。その隣には控えるように生徒会の役員らしき眼鏡をかけた生徒がいる。リボンの 前に立っている。てっきり座ったまま迎えられるかと思っていたが、気にしないでお ドアを開け部屋に入る。部屋の奥には生徒会長用と思しきデスクがあり、楯無はその ﹁失礼します﹂ 1824 ここに呼んだのは一つ、君の協力││その約束を取り付けたいことがあるからなの﹂ ﹁協力、ですか﹂ の出し物ごとで競争が行われているのを知っているかな ﹂ ? ? 出し物対抗で人気投票でもするので ﹂ ﹁そう。この後の全校集会で今年の学園祭についての説明をするんだけど、君は学園祭 ﹁いや、そりゃ初耳ですけど⋮⋮なんです ? ﹂ ? ﹂ ﹁えぇ。一つ確認なのだけど、君はどこの部活動にも所属していない。そうだったよね すね ﹁オレの協力、ですか。わざわざオレを指名ということは、オレが関わると見て良いんで いと思うの。そして、そのためには君の協力が何よりも必要なの﹂ 言った諸待遇のアップとか。それが定例なんだけど、今年は一つ、別の試みをしてみた されるのよね。例えばクラスなら食堂の優待券を全員にとか、部活なら部費や設備と うの。この辺りの説明もまた集会でするんだけど、優勝したクラス、部活には特典が渡 関わったすべての人にどのクラス、もしくは部活の出し物が良かったかを投票してもら ﹁その通り。話が早くて助かるわ。当日、学外からの来訪者、生徒、教師、とにかく当日 第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪 1825 をやる意義を見出せないからやらない。それだけの話である。 頷いて肯定する。別に部活を否定するわけでは無いのだが、単に一夏が個人的に部活 ? ってもの﹂ ﹁そのことでね、幾つか似たような要望が生徒会に寄せられているの。その内容は、 非、織斑一夏を我が部に迎え入れたい " 是 " ﹂ ? ﹂ ! 返ってそれを見る一夏の目が僅かに細められているのに気付いていないのか、あるいは もう少し交渉を粘りたいのだろう、楯無が慌てて一夏の肩を掴んで引き止める。振り ﹁ちょ、待って待って 素早く回れ右、さっさと部屋から立ち去ろうとする。 ﹁却下で。じゃ、サヨナラ﹂ の獲得権を与える、というものなんだけど││﹂ ﹁対象は部活限定になるけど、出し物の投票でトップ票を稼いだ部活に君の部員として を促す一夏の言葉に楯無もついにそれを口にする。 何となく嫌な予感はしているのだが、それでも確認しないことには始まらない。続き ﹁もったいぶらずに早く言ってください﹂ するつもりよ﹂ い浮かんだの。もしも君が承諾してくれたら、すぐにでも集会で今年の目玉として発表 ﹁うん。そこで今回の学園祭。より生徒のモチベーションを上げるために一つの案が思 ね。で、それが一体どうオレがそちらに協力することに繋がると ﹁ま ぁ 剣 道 部 と か か ら 誘 い を 受 け た こ と は あ り ま す か ら。そ う い う の も あ る で し ょ う 1826 ﹂ 気づいていて敢えて見ぬ振りをしているのか、楯無は続ける。 ﹁どうしても、ダメ もある程度は知っているみたいですし﹂ オレのライフサイクル も、これ以上の話はなさそうなのでそれではと言って部屋を出ようとする。だが一夏が 思っていたほどあっさり話が終わったことに少々肩透かしを食らったのを感じつつ してもここは譲るつもりはない。 ションボリとした様子で謝る楯無の姿に一抹の罪悪感を覚えないでもないが、一夏と ﹁そう、そうよね。ゴメンね、無理を言っちゃって﹂ けど、その提案ばっかりは無理ですわ﹂ ﹁まぁ気持ちは分からんでもないですし、そういう心構えは立派だとは思いますけどね。 ね﹂ せたいしもっともっと盛り上げたいのよ。だから、やれることはやっておきたいのよ ﹁うん、そうなんだけどね。でもね、私は生徒会長だからさ。折角の行事、絶対に成功さ ? かっていたような表情をする。 絶対受けるもんかという意思を示す一夏に楯無はやっぱりかぁとぼやき、内心では分 ﹁駄目です。受けません。却下です。オコトワリシマァス﹂ ? ﹁⋮⋮オレの返事なんて分かっていたはずじゃないんですか 第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪 1827 ﹂ ﹂ 扉に達するよりも早くガチャリと扉が開き、別の人物が生徒会室に入ってきた。 ﹂ 話、終わってたの ? 簪 ﹁あれ ﹁ん ? ? に事が終わっていたことを察する。 ? いや、なんかオレの部員としての獲得権を部活の出し物の人気トップの景品 ﹁終わったみたいだけど、織斑くん。お姉ちゃん、どんな要件だったの ? ﹂ ? ﹁うん。臨海学校の時に言ったでしょ お姉ちゃん、すごく厄介だって。だから織斑 ﹁え、そうなの やると思ったけど﹂ ﹁けど、ちょっと意外⋮⋮。お姉ちゃん、てっきり織斑君への確認とか平気でスルーして 若干呆れ気味な簪の視線に楯無はバツが悪そうに目を逸らす。 ﹁い、いやぁ⋮⋮﹂ ﹁ふ∼ん⋮⋮。相変わらずハチャメチャだね、お姉ちゃん﹂ にしたいから、オレの承諾が欲しいとかなんとかって﹂ ﹁あん ﹂ やってきたのは簪だった。入り口の所で立ったまま室内を軽く眺め、その様子から既 ﹁簪ちゃん ? ? 1828 君の意見とか平然と無視すると思ったんだけど﹂ ? 簪の見立てに一夏はうわ∼と信じられないようなものを見るような顔つきで楯無を 見る。妹に散々な言い様をされて心に刺さるものがあったのか、楯無は俯き加減ながら も弁明をする。 ﹁い、一 応 は 確 認 と か し と こ う か な っ て。そ う し な き ゃ 後 で 先 生 の 方 と か に 却 下 さ れ ちゃいそうだし。というか、簪ちゃん酷い⋮⋮﹂ ﹁あ∼、ところでだ。オレ、もう行っても良いかな コ ﹁どういうことかな、簪ちゃん ﹂ ﹂ ある程度立ち直った楯無が簪の言葉にその意図を問う。 ? いのに﹂ ﹁手口が回りくどいね。生徒会に欲しい││手元に置いておきたいなら素直に言えば良 コ を確認して簪は再び姉に向き直ると口を開く。 これで生徒会室に残るのは更識姉妹に虚の三人だ。完全に一夏の気配が遠ざかったの そ れ な ら と 一 夏 は 部 屋 を 出 る。ク ラ ス に 合 流 す る た め に 講 堂 に 向 か っ た の だ ろ う。 ﹁大丈夫だと思うよ。私は、ちょっとお姉ちゃんに話があるから﹂ ? 笑いを浮かべる。 楯無の抗議を簪は一言でバッサリと切り捨てる。その容赦の無さに一夏も思わず苦 ﹁自分の過去を振り返って﹂ 第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪 1829 " ってやり方で生徒会の出し物を一番にして、多少強引にでも引き込む ﹁白々しいね。部員としての獲得権を競わせるなんてただのカモフラージュ。どうせ 姑息な手を⋮⋮ そして何気ない風に言葉を続ける。 がチラついているみたいだし﹂ なにか、変な影 との繋がりを今の内に強めるのもある。 けど、本当はいざという時に近くに居ればすぐに守れるからでしょ ﹁そうまでして引き込みたいのは、多分 更識 " 参った、と言うような視線を向ける楯無を、しかし簪は依然冷やかな目で見つめる。 ﹁⋮⋮やっぱり、簪ちゃんにはバレちゃうか﹂ つもりだったんでしょ﹂ " えていった。 更識 更識 の当主、十七人目の 楯無 楯無 。それは私も だよ。 の意思も尊重はするけどね。だから、 としての織斑君へのスタンス、意思には同調するつもり。その上 更識 " ﹁簪ちゃん﹂ ﹁お姉ちゃん。確かにお姉ちゃんは " 認めるし、お姉ちゃんの意図は尊重しようと思う。けどお姉ちゃん、私も " で、私は私がベストと思う方法を取る。 少なくとも " " " " " " 一瞬、虚を突かれたような表情になる。だがその直後、楯無の顔から一気に表情が消 ﹁⋮⋮﹂ ? " " 1830 私もお父さんに聞けることは聞いた﹂ ﹁⋮⋮そう﹂ 色々言いたいこと、思うことは姉として、一門の長として、両方である。だが今の簪 チ ﹂ の言葉から余計な心配は無用と判断する。だが、その後の言葉は流石に聞き逃すことは ウ 更識がちょっと特殊だってことは ? ? できなかった。 ﹂ ? 気が違う。ごまかしは効かない、そう伝わってくる。 更識 ﹁嘘は、言っていないみたいね﹂ 織斑一夏の身辺の安全の確保、そこから繋がる日本の国益保全 " という " 更識 " の意 ﹁善処はする。││お姉ちゃん、別に織斑君を生徒会に引き込むのは止めない。それが まぁ、ちょっとは気を付けて欲しいところではあるけど﹂ ﹁そ う ね。⋮⋮ そ う、い ず れ は 知 っ て も ら う つ も り の こ と だ し、特 別 咎 め は し な い わ。 ﹁言うだけ無駄﹂ が裏稼業の古い一門で、 " カウンターテロの忍者みたいなことをやってるってことだけ﹂ ﹁話したのは私。けど詳細は流石に省いた。あくまで " 楯無の言葉は別に語調が変化したわけではない。だが、明らかに先ほどまでとは雰囲 ﹁どういうことかしら ﹁それと、一応織斑君も知ってるんだよ 第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪 1831 " 図に則ってのものなら私も手伝えることは手伝う。だから、手伝いとして忠告をする。 確かに織斑君は、まだ守るべき人かもしれない。けど、だからって知らないままで良い わけがない。彼を狙う何かがあるなら、それは本人がきっちり理解していなきゃダメ。 それに、織斑君なら自分からそれに立ち向かうって意思もあるはず。それが分からない お姉ちゃんじゃないはず。 加えて言うなら、中途半端な隠し事は逆効果だよ。誠意、というわけじゃないけど、伝 ﹂ えるべきことは伝えた方が良い。その上で、こっちの側に付いてもらう。それが一番確 実﹂ ﹁そう、かな ﹂ ! 残った楯無は顔を引き攣らせながらも時間も圧していることを確認すると虚に指示を 楯無の抗議もどこ吹く風と、言うことだけを言うと簪もさっさと部屋から出ていく。 私だって普通に結婚願望くらいあるんだから ﹁やめて簪ちゃん、なぜかリアルに想像できて他人事な気がしない怖い想像はやめて。 フォーになっても独身のままで焦りに焦ってアラフォー幻摩拳使えちゃうまであるよ﹂ いよ。彼、そういうメンドクサイ女は嫌いだろうから。そんなんじゃお姉ちゃん、アラ じゃあ、私も行くね。別にからかうのは良いけど、大事なことは真っ直ぐ言った方が良 ﹁少 な く と も お 姉 ち ゃ ん よ り は 織 斑 君 の 性 格 は 知 っ て い る つ も り。│ │ 友 達 だ か ら。 ? 1832 して全校集会の準備を整え始めた。 ﹂ ﹁簪お嬢様﹂ ? ﹂ ? ﹁え ﹂ はい、それは当然。あの、簪お嬢様 ﹁なに ? ? ﹂ ? ん、そういう時はフォローよろしく﹂ ﹁あぁでも、お姉ちゃんの場合だと変にからかって織斑君を怒らせそうだよね。虚姉さ ﹁それは、はい。そうですが⋮⋮﹂ それで良いでしょ ﹁別に良い。それに、何だかんだでお姉ちゃんなら最終的には上手く持って行くはず。 ﹁楯無様のことですが││﹂ 故に、虚は簪に対しても従者としての礼を取るのだ。 本音は簪の従者だ。が、実際のところは布仏姉妹が更識姉妹の従者という方が正しい。 一人、講堂に向かう簪の背に虚の声が掛けられる。虚は楯無の従者であり、その妹の ﹁ん 第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪 1833 ﹁その、もしかして楯無様が 楯無 " であることにご不満とかが⋮⋮ " ﹂ ? の十七代目当主に選ばれたのは、一門の他の大人や老人の推挙もあ その懸念は当主制を執る一門に仕える者が、候補が兄弟姉妹であることに対して抱く 更識家 当然のものだ。 楯無が " いるからこそ、虚は問うた。 とは言えない意思。そういった者を簪が抱えていないか、楯無も簪も両方ともに案じて そうして選ばれなかったことへの不満、それが募ったことによる楯無への決して良い ことなのだ。 それだけの器を持っている。ただ、楯無のソレに比べれば見劣ってしまうというだけの 簪が当主に不適格かと言えば、そんなことはない。少なくとも虚からすれば簪も立派に るが、何より楯無本人がそれに相応しい能力を備えていたからだ。では選ばれなかった " ならそれで良いでしょ。それに、当主とかちょっと面倒くさそうだし⋮⋮﹂ 私でやるべきこと、私にしかできないことがあるって思うし、お父さんもそう言ってる。 んなら大丈夫って認めてるから。それに、お姉ちゃんはお姉ちゃん、私は私だよ。私は ﹁お父さんがお姉ちゃんを指名した時だって、別に何とも思わなかったもの。お姉ちゃ だが虚の懸念を簪はあっさりと否定する。 ﹁別にそんなものは無い﹂ 1834 最後の一言は小声だったが、バッチリと虚の耳に入ってた。その内容に苦笑いを浮か べつつも、虚は自分の考えが杞憂だったと安堵する。 ﹁ただ、ちょっと甘いというか優しいというか、そう感じることはあるよ﹂ ﹁甘い、ですか﹂ ﹁虚姉さん、お姉ちゃんに伝えておいてもらえる 多分、織斑君は私たちに賛同してく 多分だけど、と付け加える簪の言葉に虚はただ無言のままだ。 けど、自分の敵にはそれを通用させないと思うから﹂ 斑君とは意見が割れる。彼は、優しいかもしれないし甘いところもあるかもしれない。 自分でも甘い、優しい、そう思うかもしれない判断をするなら、その時は間違いなく織 の敵に最後の最後で処遇をどうするか。それを決める段になって、もしもお姉ちゃんが れるし、味方にもなってくれる。きっと、同じ脅威にも立ち向かってくれる。けど、そ ? そう、いつも通りの平坦な声音で告げた。 ﹁私は織斑君の側に付くよ、多分だけどね﹂ がら言った。 簪は度が入っていない多機能付きの伊達眼鏡を外すと真っ直ぐに虚の目を見据えな ﹁そしてそうなった時││﹂ 第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪 1835 ! ものだったが、夏限定のいわゆる イベント の終わりが間近に差し迫っているから " のゲームについては上級者の域にあるため、この辺でも話があっさりと合う。何でも最 話の内容はちょうど見ていたスレッドで扱われるゲームについて。簪、数馬ともにこ う点では初めてとも言える友人だ。 り、短い間に交流は一気に深まった簪の交流関係から見ても数少ない、そして異性とい 格的な部分でも何かとウマが合うということがこうしたメッセージのやり取りで分か でちゃんとした交流を持つようになった友人。趣味だけでなく知識や種々のスキル、性 れてきたメッセージの主は数馬だ。夏休み前に僅かに接点を持ち、夏休み中に一夏の家 不意にデスク脇に置かれた携帯が通知音を発する。通話アプリのトーク機能で送ら か、喜怒哀楽の叫びが混じった中々にカオスな様相を呈していた。 " 何気なく覗いたネット掲示板、そのスレッドはとあるネットゲームについて語り合う いた。 て寮に戻っていた簪は特にすることも無かったためにPCでネットサーフィンをして 夏休みもそろそろ終わろうかというとある晩、他の生徒たちよりもほんの少し先んじ 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ 1836 近では素振りこそあまり表には出さないものの、一夏もがっつりハマったらしく結構な 勢いで練度を上げているとか何とか。簪自身は一夏のそうした点での素振りをあまり 見たことは無いが、彼の親友を双方で認め合っている数馬が言うのなら確かなのだろ う。なんなら、今度話を振って反応を見てみるのも面白い。 ﹂ ? い。それはおそらく本音も同じだろう。 本音 という素直な名前だが、彼女も彼女で " 自分には言えないことくらいはあるはずだ。ならばお互い様というやつだ。 " いずれは知られる時も来るだろうが、そうなったらなったで別にわざわざ言う必要も無 しかし気の知れた間柄言えども言わないことはある。この数馬のことはその一つだ。 ﹁うん﹂ ﹁また、最近できた新しいお友達∼ が、当の二人にとってはむしろ気の知れた幼馴染という方がしっくり来る仲だ。 背後から同室である本音の声が掛けられる。立場上は主と従者という二人の関係だ ﹁楽しそうだね∼﹂ が、こうやってウマの合う相手と語らうのも嫌いではない。 向としてはむしろ一人であることを好み、そういう時間を大事にするタイプではある 画面に表示された文面上とは言え、弾んでいく話に思わず微笑が零れる。性格での傾 ﹁フフッ⋮⋮﹂ 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1837 ﹂ ﹁そういえばね∼、最近楯無お嬢様が﹃簪ちゃん⋮⋮男⋮⋮﹄とかって呟いてたんだけど、 ﹂ かんちゃん知らない∼ ﹁さぁ ? ﹂ ﹁あれ、かんちゃ∼ん ﹁ちょっとね﹂ どこ行くの∼ ﹂ ? 室の一つに入ると、簪は身を小さく震わせ││ 屋ごとにトイレが設けられているが、各階の廊下の端にも共用のトイレがある。その個 野暮用とだけ答えて簪は部屋から出る。一直線に向かうのは廊下の端だ。寮は各部 ? に見て、簪は不意に椅子から立ち上がると携帯を懐にしまって部屋から出ようとする。 ふと続いてた会話の中で今度は画像が送られてきた。同時に送られた文と共に交互 ﹁⋮⋮ 方がきっと面白いことになるに違いない。 まぁ仮にそういう関係に発展したとしても、明かすようなことはしないだろう。その 相変わらずな姉だとつくづく思う。だからこそ、からかうと非常に楽しいわけだが。 れ ば 自 分 の 知 ら な い 男 の 交 友 関 係 と い う こ と で 気 を 揉 ん で い る と い う と こ ろ だ ろ う。 づいているらしい。簪としては現状では比較的仲の良い男子という感覚だが、姉からす 清々しいまでに白を切って返す。本音の言葉から察するに、姉は数馬の存在に薄々感 ? ? 1838 ﹁⋮⋮ふっ⋮⋮ぷふっ⋮⋮﹂ 堪え切れなくなったのか小さく噴き出した。その表情を見れば普段の彼女を知る者 は誰もが驚くだろう。あの平然とした顔を崩さない簪が、あからさまに口の端を上げて 笑いを堪えていた。そのまま簪は大笑いを堪えながら小さく体を震わせ、時折小さな吹 き出し笑いを漏らす。 が、 ネタ というものには鮮度があるのだ。 " では最近太ももフェチ、もっと正確に言えばヒップから太ももにかけてのフェチに目覚 余談だがこの画像とメッセージが簪に送られる少し前、同じ寮の少々離れた別の部屋 " う、これはなるべく早くにネタとしてからかいに掛からねばならない。何事もそうだ 何故かイメージの中では数馬が無駄に爽やかな顔でサムズアップを浮かべていた。そ 噴 き 出 し つ つ も 簪 は 非 常 に 面 白 い ネ タ を 提 供 し て く れ た 友 人 に 胸 の 内 で 礼 を 言 う。 ︵とりあえずネタは確保できた。数馬くん、ありがとう︶ き出して、これ以上見ても何ともならないようにしなければどうにもできないだろう。 ゆえに我慢できたが、一度噴き出してしまえばもう無理だ。こうなってはひとしきり噴 確認しようとして携帯を取り出し、画面を見た瞬間再度噴き出す。先ほどは本音の手前 原因は先ほど送られてきた数馬からのメッセージwith画像にあった。もう一度 ﹁か、数馬くん⋮⋮ダメ、面白すぎっ⋮⋮ひ、卑怯⋮⋮﹂ 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1839 めたらしいどこぞの剣術バカが歓喜のスーパーハイテンションに身を委ね、攻撃力が跳 ね上がって紫のオーラを出しちゃう感じになっていたのだが、それが関係しているかは 定かではない。 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 結局のところ、全校集会はつつがなく終わったと言える。どうもその直前に会った時 と違い、壇上に立つ楯無の顔がやや気落ちしているようにも見えたが、まぁ良いかと軽 く流すことにした一夏は次いで教室で行われるLHRで結構久しぶりに感じるクラス 委員の役目の最中にあった。 ・織斑一夏とポッキーゲーム 候補として挙げられたのは以下の三つである。 ﹁ゴメン、やっぱオレが仕切る方が良かった感あるわ、コレ﹂ わせて三つあるソレを見遣る。 そこで一夏は電子黒板に目を向け、一年一組の出し物候補として挙げられた項目、合 レが仕切るのもメンドクサイから案がある奴に書いて貰ったわけなんだけどー﹂ ﹁はい、それじゃあね。とりあえずウチのクラスが学園祭で何やるかってことで、もうオ 1840 ・織斑一夏とツイスターゲーム ・織斑一夏とツーショット&触れ合い会 君たち、∼IS学園で僕と握手 ∼ ! ﹁まぁね、確かにオレって看板にぴったりだよね 28歳並感でわかるわと言えるよ。 見が出てくる。 ﹁いや全くだ、セシリア。というかさ、もういっそセシリアがクラス代表やらない ? ﹂ ? ﹂ してくれたゲーム。じゃあさ、シャルロットさ∼ん。どうよ ﹁え、何だって ? ﹄って。ソースは数馬が貸 ﹂ ! ? 兵大尉も言ってた、 ﹃諦めなければ、いつかきっと夢は叶う ﹁仰る通りです反論のしようもございません。だがオレは足掻く。そうだ、どこぞの憲 こそ殿方の誉れでなくて は承諾しかねますわ。曲がりなりにも一度は仰せつかった任、気概があるなら全うして ﹁正当な手続きを踏んでということでしたら吝かではありませんが、そのような理由で ぶっちゃけザ・模範生なセシリアなら先生たちだって諸手挙げて歓迎するでしょ﹂ 一夏的にはやんわりとした感じを意識して抗議をするものの、あちこちからNOの意 思うの、オレ﹂ オレは25歳児派だけどさ、いやそうじゃなくて。あのね、これは流石に露骨すぎると ? ﹁丸投げしようとするからこうなるのですよ。一つ、学べましたわね﹂ 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1841 ﹁もういいよその返しは。分かった、そういうわけね。じゃあラウラ ﹂ ! ﹂ ﹁あー、うん。その、なんだ。頑張ってね。じゃあ箒 ﹁やれ、いいな ﹁ア、ハイ﹂ る。 ? ﹂ ﹁一つ目、 ﹃織斑一夏とポッキーゲーム﹄。悪いな、オレはポッキーよりトッポ派なんだ。 コンコンと黒板を叩きながら一夏は改めて視線を全体に向ける。 ﹁じゃ、とりあえずこの三つの確認な ﹂ 流石に観念したのか、小声でぶつくさと言いながらも一夏は素直に続けることにす ﹁あーもう、良いよ分かったよ、やるよもー﹂ すも、揃って視線を逸らす始末であった。 れ、箒にはバッサリと切り捨てられる。かくなる上はと他のクラスメイトの面々を見渡 セシリアに正論で丸め込まれ、シャルロットには流され、ラウラにもやんわりと断ら ? ! う﹂ だにそうした部分については精進中の身の上だ。すまないが、私も遠慮させてもらお 国の軍でのことだ。こうした、学生生活の場ではまた勝手が違うだろう。如何せん、未 ﹁すまないが私も辞退しよう。人を率いるという経験が無いわけではないが、それは母 1842 最後までチョコたっぷりだしな。 で、二つ目。﹃織斑一夏とツイスターゲーム﹄か。ツイスターってあれだろ でもない気にするな聞き流せ。 二人組 三つめ、﹃織斑一夏とツーショット&触れ合い会 君たち、∼IS学園で僕と握手 ○ムシ○ィとかか 分かるよ、オレ昔から毎週見てるもん、カラオケ行ったらニチア ∼﹄。あ∼、ニチアサの特撮のCMでやってるよね。後○園遊園地とか、最近じゃ東京ド ! しょ。いや、割と本音を言えばプライベートならちょっと││ゲフンゲフン。いや、何 結 城 ○ ト 大 先 輩 み た い な 何 こ れ 以 下 略 展 開 は 無 い だ ろ う け ど さ ぁ、色 々 良 く な い で てやるのも遠慮願いたいんだけど、お前ら女子とやるのもどうなんよ。流石に偉大なる でなんかマットの指定されたマスをタッチするっての。正直オッサンとかおばさん来 ? オレか ? ﹂ らIS取ったら只の武術剣術バカで学力平均レベルなだけのどこにでもいるようなつ て金ぴかになるくらいゴールドレアだけどさ、握手だとかそんな価値あるか は現状世界唯一なんて1ターンで三人仕留めるレアどころかオゾンより上行っちゃっ てみたいよ。あぁ、で、こっちな。うん、それでどうしろとお前ら。そりゃ確かにオレ ん、ダチと。というかオレも行きたいよヒーローショー。ぶっちゃけ握手とかだってし サ特撮主題歌メドレー時々プ○キュアたまにお○ゃ魔女とかやるまであるくらいだも ? まらねーただの男子高校生その1だぞ ? 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1843 いったいオレなんぞ出しにしてどうするんだかと言いながら、やれやれと言いたげに 首を横に振る。そして││ う声が上がる。 ﹁流石に問答無用は酷いと思いま∼す ﹂ ﹂ だの何だのとい ! このくらいはしてもバチは当たりはしまいよ。良いか、これが ざけたのは即ゴヨウだからよろしく﹂ 権力 だ " あんまふ ! ﹁でだ、オレとしても一つアイデアがあってな。大丈夫、特に教室の内装を弄るだとかそ は続ける。 ブーとあちこちから抗議が出てくる。それをまーまーと言う様に手で制しながら一夏 そ ん な 蟹 形 ヘ ア ー の 男 に 開 口 一 番 決 闘 を 挑 ま れ そ う な 一 夏 の 口 ぶ り に な お も ブ ー " ﹁良いんだよ別に。曲がりなりにもオレはこのクラスのクラス代表、クラス委員なんだ。 そんな感じで挙がる抗議の声を一夏は喧しいの一声で切って捨てる。 ﹁というか、横暴も良いところだよ∼ ﹁織斑君が目立つのは事実なんだし、そこは有効活用しなくちゃ ! ! ! ﹂ 一気に三つ纏めて消し去った。直後に教室のあちこちから、え∼ リ・コントラクト・ユニバース、我はこの内容を書き換えたのだーってなー﹂ ﹁というわけで全部却下。はい、消去消去∼。艦隊のアイド││カーンカーンカーン、 1844 んな手間は要らない、ただ全員で頑張れば成功は容易い。まぁ一つ注目を浴びやすいの は確実と思えるものだ﹂ その言葉に室内の興味が一夏の言葉に向く。それを感じ取って一夏はどこか得意げ な笑みを浮かべると、バンッと少し強めに黒板を叩く。それと同時に予め入力されてい た文字が黒板に映し出される。 ∼﹄ ? 反応を返す。 ﹁あの∼、織斑君 それって、どういうこと ﹂ ? ﹂ ? んどが示したのを確認して、一夏は机間を歩きながら話す。 それである程度のイメージは伝わったのか、納得はともかく理解に関しては概ねほと ﹁概ねその認識で構わない。理解が早くて実に助かる﹂ をアイドル風にするとか ﹁あ∼、よく高校の学園祭とかで有志のバンドがライブステージやったりするけど、それ ﹁どういうことも何も、見てのまんまだよ﹂ ? よほど自信があるのか、黒板の前でドヤ顔を晒す一夏にそれ以外の一同が揃って同じ ﹃⋮⋮はい ﹄ ﹃ス ク ー ル ア イ ド ル プ ロ ジ ェ ク ト i n I S 学 園 ∼ I S 学 園 ミ リ オ ン ガ ー ル ズ 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1845 感じの言葉が聞こえてくる。そも、ISを扱う国の大半は先進国であり、この学園の生 スラスラと澱みなく紡がれる一夏の言葉に、教室のそこかしこからなるほどと言った スに働く﹂ ことだ。ましてや学園祭なんて一つのお祭りの只中だ。そういう雰囲気は確実にプラ つまりだ、ステージの上に立ってのパフォーマンスってのは支持をされやすいという ンターテイメントに関しちゃ進んでいる方だろ。 も、今でもスター発掘なんて感じで銘打ったオーディション番組はあるし、そういうエ ツを参考にした、似たような形態のアイドルも増えてる。アメリカとかヨーロッパで 過言じゃあない。国外に目を向ければ、最近のアジア各国じゃ日本のアイドルコンテン て、例えば江戸時代とかじゃ歌舞伎なんかの花形役者はある意味でアイドルと言っても ずアイドルと呼ばれる芸能人が多くスポットライトを浴びてきた。それ以前にしたっ 例えばこの日本なんか良い例だろ。特に顕著になったのは昭和からだけど、男女問わ はやはり切っても切れない関係にある。 と言っても良い。そしてそういった大衆に向けたコンテンツとアイドル性のある文化 たとえばオレら生徒の殆どが身内なりを呼んだとしたら、来るのは殆ど一般の客、大衆 いだが、それでも外部から来る人は多く居る。勿論、業界の関係者だって居るだろうが、 ﹁学園祭、まぁさっきの全校集会の話の内容を鑑みるに来場者もある程度限られるみた 1846 徒もほぼ全てがそうした諸国の出身だ。そして先進各国においてアイドルやアーティ ストなどのエンターテイメント文化は各国ごとにそれなりに根付いており、単純なエン ﹂ ター性というものに関しては誰もが理解を示せる状況にあった。 ﹁でも織斑君、具体的には何をするの 出せば良いアピールになるな。トークもIS学園ならではって感じで普段ISを使う 問題はあるまいよ。あぁでも、折角だから日本以外の国の曲とかも取り入れて国際色を 同じようなことは少なくとも日本の高校探せばやってるところなぞ幾らでもあるから い。所詮は学生の舞台よ、歌とかに関しちゃ既存のアイドルや歌手の曲を使えば良い。 場所の確保はできるだろうな。後はそこで歌って踊って適当にトークしてをすりゃ良 やっぱりこういうステージ的な出し物もあったみたいだし、多分そういう申請を出せば ﹁うん、そこな。そんなに複雑なことじゃ無いよ。なんか配られた資料見ると以前には ? 時のこととかも話せばウケは良いだろうよ﹂ ﹂ ? その言葉に制服で学外に出向き、 ﹁あれはもしやIS学園の⋮⋮﹂などと囁かれた経験 よ﹂ なりにブランド力みたいなのがあるみたいだし、それだけで十分絵にはなると思うんだ ﹁制服そのままで良いと思うな。オレも話に聞いた程度だけど、IS学園の制服はそれ ﹁衣装とかは 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1847 ﹂ ﹂ ? がある幾人かが頷く。 なに ﹁ところで、一つ良いかな ﹁ん ? オレ以外クラス全員﹂ スクリーム屋は関係無いぞ﹂ ? と後に語る。 ﹂ その言葉に待っていたと言わんばかりに一夏の目に光が宿ったのを誰もが幻視した ﹁そ、そうなんだ。ところで、織斑くんはどうするの ﹂ 発動するアレでも台所の憎きアイツでもない。31はサーティワンと読む。別にアイ SG31﹄というのを考えている。ISはそのまま、Gは学園のGだ。決して手札から ね。ちなみに、このクラスは32人。オレを除けば31人だ。よってユニット名は﹃I 与えてやる。勿論、本人の意思で遠慮願いたいというのであればそこは尊重するけど ﹁そもそもオレらの祭りだろうが。やるなら全員は基本だよ。全員に等しくステージを を当たり前のことをと言う様な顔をする。 あまりにあっさりと言い放たれた言葉に一同再度無言となる。その様子に一夏は何 ﹁え ﹁その実際にステージに立って歌ったり踊ったりするのって、誰がやるの 別の方からの質問を求める声に一夏が振り向く。 ? ? ? 1848 ﹁オレの役職 決まっているだろう。たった一日の内の数時間のアイドル、その活動 ﹂ ! 様。 是非オレのことは織斑Pと呼んでくれと付け加える。なお、先ほど以上のドヤ顔の模 ﹁オレがプロデューサーだ そこで一夏は言葉を切り、溜めるように拳をグッと握ると力強く言い放った。 を支えるのがオレの役目だ。そうオレこそ││﹂ ? ﹁なに、話題性だって十分に見込めるぞ まずはIS学園というだけで一つブランド 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! い。そしてオレ。 世界唯一の男性IS適格者がプロデュース 、宣伝文句としちゃ 更に国際色も豊かだ。最近、そういう多国籍でできたグループとか流行りらしいじゃな いはあれど容姿という点も間違いなく問題ない。一人の野郎として太鼓判押してやる。 ら見ても、みんな十分に器量良しだよ。可愛い系、美人系、カッコいい系、タイプの違 力は大きい。加えて、まぁ少し俗な意見だけどな。純粋な一男子学生の客観的な目線か ? " よくあるだろ あの何某がプロデュース とかってどこまで真実なのか、よしんば 上々だと思うね。こういう形でオレの名前を使うのは全然オレは問題無いとも。なに、 " " !" んだから見込みはあるよ。それにオレだって真面目にやるつもりなんだし﹂ そうだとしてもどのくらいの食い込み具合なのか分からん宣伝文句。それでも釣れる ? ﹁なるほど、確かに⋮⋮﹂ 1849 上がった納得の声に段々と周囲が同調して行っている。これは良い傾向だと一夏は 内心でグッと拳を握る。 必要でしょ その辺りはどうするの ﹂ ? は私も含まれるんじゃないだろうな﹂ ﹁いきなりそんなことを言われても困るぞ。まさかとは思うが、専用気持ちというのに ﹁どうした、箒﹂ ﹁いや待て一夏﹂ う声がそこかしこから出てくる。 でも敢えて選ぶならという意見を述べる。薄々予想はしていたのか、だよねーなどとい 一夏としても悩みどころなのだろう。非常に困った様子を顔に浮かべながらも、それ 機持ちに頼むことになりそうなんだよなぁ﹂ でも、現実に敢えて誰かを据えるとするなら、どうしても宣伝云々も出てくるから専用 ﹁オレの大真面目な意見としては全員を等しく目立たせてやりたいトコなんだよ、マジ。 しやすい。 そう、問題はそこである。現実にA○Bとかあの辺を見れば非常に問題のイメージは ﹁あーそれね。うん、それなんだよなぁ⋮⋮﹂ ? ﹁でも織斑君、そういうユニット制、しかもこの人数ってことは絶対にセンター決めとか 1850 ﹁いや、当たり前じゃん﹂ ﹂ そんな只でさえ歌って踊ってなど難しいのに、 無茶を言うな。お前、私がそんな柄に見えるか ﹁待て、待つんだ。落ち着け、良いか それも真ん中でだと ? ? 抗議を上げた箒に一夏は大丈夫だろうと事も無げに言う。 きるだろ。運動神経は良いんだし、神楽舞とかこの前の夏休みに祭りでやったじゃん﹂ ﹁いやでもお前、歌上手かったろ。覚えてるの小学生の頃だけど。それに踊りだってで ? こんな人間だ。そのような派手なものは合わん﹂ ? なにやら突拍子もないことを言い出した一夏に思わずツッコミを入れる箒。だが困 ﹁待て、その理屈はおかしい﹂ かは好きに白。オレ的には後者推奨。相手はオレがしてやる﹂ がら目立たせる。⋮⋮そうだ、箒。もうお前いっそ戦いながら歌え。生身かIS使って ﹁あ∼でも待てよ。変にキャピらせるのも確かにアレだな。となると箒らしさを出しな ﹁いや、誰だそれは。妙に他人な気がしない名前とは思うが⋮⋮﹂ コで行け﹂ も何もかなぐり捨てて、篠ノ之箒という殻を打ち破れば良い。もうただのヒ○サ・ヨ○ ﹁まぁキャラ的なのもあるけどさー。そこはもういっそハメ外していけばどうよ。外聞 な。分かるだろう ﹁いや、確かに単に歌って踊るくらいなら何とかなりそうだが、私の性格の問題と言うか 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1851 惑の声は彼女だけが上げたものでは無かった。 その、わたくしも少々自信が⋮⋮。確かに本国ではそうした宣伝な ﹁でもセシリア、ダンスも歌もできるだろう 多分﹂ どの仕事もしたことはありますが、このようなことは経験が無いものでして⋮⋮﹂ ﹁あの、織斑さん ? ﹁織斑くん 僕も ﹂ ? ﹂ ? も最近はシャルロットと一緒に覚えようとしてるんだろ な ら こ れ も そ の 一 " 上に縁遠い生活を送ってきたからな﹂ び ﹁いやでもラウラも十分素養はあると思うけどなぁ。それに聞いた話じゃそういう 環ってので良いと思うな﹂ " 遊 ﹁織斑、正直私は篠ノ之以上に自信が無いのだが。如何せん、そのような娯楽とは些か以 ﹁ぶ、豚⋮⋮ い。多分それだけで豚が十分に釣れる﹂ んでも良いと思うよ。あくまで自然体なままで、必要な通りに歌ったりしてくれりゃ良 ﹁当たり前だろ、シャルロット。あぁ、オレが思うにだけどお前はそんな特別なことはせ ? ﹁ならそれで十分だよ。なに、あとは練習を積めばいいだけの話だ﹂ として習ってはいましたから﹂ ﹁それは、まぁ。ダンスも社交ダンスなどですが、できますわ。歌も、ダンスと共に教養 ? 1852 ? 回れや回れ、我が頭脳と舌先三寸。半ば勢いに身を任せている部分があるのは一夏も 自覚しているが、そうでもしなければ自分の思い描くようにはいかないと言う自覚もあ る。これが数馬ならばもっと鮮やかに、自在に皆の心理を言葉巧みに操って状況をス スタンバッて ムーズに持って行くのだろうが、生憎と一夏が思考を冷静なままに事を運べるのは武術 くらいなものである。 ﹂ 不意に教室の扉がガラガラと音を立てて開かれたと思ったら、まるで ﹁あの、なんであたしまで と言うかのように簪が一組に姿を現した。何故か鈴まで引っ張ってきている。 " ﹂ ? 一組へ来た経緯の説明に一夏は納得を示す。が、ぶっちゃけそんなことはどうでも良 たら、いきなり簪に拉致られたわけよ﹂ コイツ ﹁と言うわけよ。ちなみにウチのクラスも決まってるわ。で、紙を職員室に出そうとし た。凰さんはその途中で見つけたから引っ張ってきた﹂ ﹁四組の出し物は決まった。後は紙に書いて先生に出すだけ。その前にちょっと見に来 ﹁む、簪か。良いタイミングで来た。けどその前に││なんで居んの その鈴はいまいち状況を呑めていないのか、やや戸惑い顔をしている。 ました " ? ﹁アイドルと聞いて﹂ 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1853 かった。勢い任せな状態にある一夏にとって、二人の来訪は好都合以外の何物でも無 かった。 ﹁丁度いい。実はだな││﹂ ﹂ そこで一夏は自らの企画を二人に話す。その上でこう持ち掛けた。 ﹂ ? よ﹂ スクールアイドルに ﹂ ? 言った。 そ こ で 一 夏 は 言 葉 を 切 る と 軽 く 喉 を 鳴 ら し て 調 子 を 整 え る。そ し て 再 び 低 い 声 で だけどさ││﹂ ﹁理由なぁ。う∼ん、まぁ鈴に限った話じゃなくて他のみんなにも当てはまることなん 一夏の確認に鈴はそうだと頷く。 ﹁なんでって、誘った理由 ? ﹁というか、話がいきなり過ぎて何が何だかってのもあるんだけど、なんであたしなの 簪の問いに一夏は心底残念と言うようにウンウンと頷く。 ﹁持ってないんだよなー、残念ながら﹂ ﹁名刺は出さないの 頑張って可能な限りの低い声でそう持ち掛けた。 ﹁アイドルに、興味はありませんか ? 1854 ﹁笑顔です﹂ ﹁ネタ乙﹂ 多分状況が違ったら女子に対しての良い感じな口説き文句になったのだろうが、間髪 入れない簪の切り返しに敢え無く効果は無効となる。 この言葉を使えばアイドルになるのでは無いのか ﹂と内心 それが原因かは定かではないが、鈴の反応は色よいものというわけではなく、そんな 鈴の反応に一夏は﹁何 で狼狽する。 !? !? 何だってのよ一体﹂ ? ﹂ ? 話というやつだ。 アイドル をやれる素養は間違いなくあると思うんだ " ﹂ ? 覚はあるからさ。お偉いさんも、あたしを上手く宣伝だか広告塔に使おうって腹なんで ﹁まぁ、一応はね。ここまでのし上がってきたスピードとか、ちょっとレアな部類って自 だって よ。前にちょっと調べたんだけど、なにお前、向こうでモデルみたいなのもしてたん ﹁いやね、鈴。お前だって十分 " 誘いをかけてきたのにこの言い草である。鈴が訝しげな顔をするのも無理なからぬ ﹁はぁ にも足りないものを感じると言うか、ねぇ ﹁まぁ実際問題として鈴も十二分に素養は高いと思っているけどね。オレとしてはどう 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1855 しょ。まぁ、候補生だの代表だのはそういう宣伝仕事の打診も結構あるらしいから﹂ を務めるオレのことを 兄ちゃん と呼んでくれれば更にカンペキ﹂ ? " も数馬に比べれば可愛いもの、というより普段は数馬なんぞに比べてよっぽど常識人 時々訳分からないと言いたくなるような言動、振る舞いをすることはあった。だがそれ あぁ何ということだと鈴は思わず頭を抱えたくなる。そりゃあ確かに一夏も一夏で れも数馬特有の雰囲気のパターンの時の。 これはアレだ。数馬がよく分からないことを言っている時と同じだと分かった。そ と思い返してみれば意外に早く答えは見つかった。 言っている意味が分からないのに何故だか雰囲気に既視感を感じる。はて何だったか 割とマジな顔で素っ頓狂なことを言うのだから鈴も理解に負えない。ただ、さっぱり ﹁いや、あんた何言ってんの。まるで意味が分からないわ﹂ " ﹁鈴、お前双子の姉妹とか居ない それならもっとイケる気がするんだよ。そしてP 定外だった。 に愛想を振りまくのだって、やろうと思えばやれる。故に、続く一夏の言葉は完全に想 それは一体どういう意味だろうか。自慢じゃ無いが猫を被るのには自信がある。客 素養はあると思うんだけどさ、オレ的にちょっとキャラが足りてないと思うんだよな﹂ ﹁うん、その辺の仔細はまた後日ってことで。いやね、そういう経歴も込みで間違いなく 1856 だった。それがどうだ、いつの間にか数馬と似たような感じになっている。ただでさえ 面倒くさい変なのが更に拗らせている。鈴が思わず天を仰ぎたくなるのも無理なから ぬ話というやつだ。 ﹁織斑君、私は心配は無用だから﹂ ﹁あぁ。お前は臨海学校の時に見せたラブアロでもう行け﹂ ? き、鈴は前方に意識を向けながらもジト目で一夏を見ていた。 を傾げる。その両隣を簪と鈴が歩いており、簪はいつも通りの様子で前を見ながら歩 決まった一組の出し物の内容が掛かれた紙を持ち廊下を歩く一夏は不思議そうに首 ﹁⋮⋮あっるぇー ﹂ 合いは進行をしていった。 クラスの中に伝播していく。そうして引っ切り無しにざわつき続ける教室の中で話し 内心で悲嘆に暮れる鈴を他所に一夏は簪と盛り上がり、更にそのテンションは次々と ﹁パーフェクトだ﹂ ﹁それでも行けるし、カードファイター兼任アイドルでもイケるよ﹂ 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1857 と首を左右交互に傾げながら一夏は歩く。結論から言って一夏の目 ﹁おっかしーなー。いけると思ったんだけどなー﹂ あっるぇー 言 葉。接 客 用 の 衣 装 は 教 室 の 飾 り つ け は 器 具 や 食 器 な ど は ? 全 部 業 者 任 せ あくまで自分の名 に関しては出す品の一部を一夏プロデュースと銘打つという で良いじゃん。これでアッサリである。ちなみに一夏が提言した " と相成ったのである。 かくして、一夏の画策したスクールアイドルプロジェクトは泡沫に帰したという運び けだ。 形で落ち着いたりしている。よくある芸能人プロデュースの商品と同じ手法というわ 前のみを使うアピール ? " ? てんやわんやの様相を呈していた中で不意に誰かが言った﹁喫茶店はどうか﹂と言う 茶店に落ち着いた。 論見は潰えた。では出し物がどうなったかと言うと、学園祭としてはスタンダードな喫 ? ﹁ん どした ﹂ ? ﹁良かったね、ダブルダイソン突破できて。随分とはしゃいでたみたいだけど﹂ たこともあり、一夏はすぐに簪の方を向く。 廊下を歩いている中、それまで無言だった簪が発した第一声が自分への呼びかけだっ ? ﹁ところで織斑君﹂ 1858 ﹁え、いや何で知ってるの そんな││﹂ オレ、話した覚えは無いんだけど。てかはしゃいだって、 携帯のフォルダに保存されていたある画像を開くと、それを一夏に見せる。どれどれ ﹁これ証拠﹂ ? ﹂ と画面を覗いた瞬間、一夏の表情が大きく変わった。 !!? ︶ !!! もそんな写真自撮りする方が悪いんじゃんとか正論言われてもしょうがないという自 心の内で親友への怒声を上げる。そりゃあ、ちょっとハジけ過ぎたこととか、そもそ ︵おのれ数馬ぁああああああああああああ そこで一夏は気づいた。簪が持つ写真の出所を。 !? ! ど、なんでその写真を簪が あの写真を送ったのは││︶ ︵なぜ簪がこの写真を 確かに磯風をゲットした嬉しさでちょっとハジけちゃったけ あまりの衝撃に言葉を失った一夏はパクパクと魚のように口を開け閉めする。 しているという、とっても恥ずかしい写真だ。 でのバルログ持ちをし、もう片方の手で持った携帯で鏡に映るそんな自分の姿を自撮り か上半身だけは脱いでおり、鏡の前に立ちながら片手でウルトラオレンジのサイリウム 画面に映し出されていたのは一夏の写真だった。それもただの写真ではない。なぜ ﹁ファァーーーーーー 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1859 覚はあるのだが、それはそれ、これはこれである。 とがある。 理由により学園の内外に名を知らしめる更識 楯無の在籍するクラスであるというこ 名前の挙がるクラスだ。その理由としては生徒会長として、あるいはそれ以外の種々の 二年一組、IS学園で目立ちどころのクラスを挙げろと生徒の誰かに問えば、確実に ﹁⋮⋮﹂ みこんだりするのだが、それはまた別の話である。 を割とシャレにならないマジ殺気を出した一夏が制したり、簪に写真の削除を一夏が頼 は見逃さなかった。ちなみにそのあと、なになにーと言いながら写真を見ようとした鈴 励ましの言葉を掛けられるも、その頬が笑いを堪えるためにひくついているのを一夏 ﹁ドンマイ﹂ ポン、と簪の手が一夏の肩に乗せられる。 ﹁織斑君﹂ 1860 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1861 だが何もそれだけに限った話ではない。例えばの話、同じように話題どころのクラス として挙げられる一年一組で最も目立つと言えば一夏だが、何も彼に限った話ではなく 時には箒やセシリアを始めとする専用機持ちも話題に挙がることがある。同じ論理が この二年一組にも通じる。 今、腕を組みながら自身の席に座っている斎藤 初音もそんなクラスの目立ちどころ となる生徒の一人だ。 普段から初音は口数の少ない人物と周囲には認識されている。とは言え不愛想だっ たり人付き合いが悪いというわけでも無く、話しかければ普通に応対もするため話しか けるクラスメイトも多いのだが、この日は違った。誰もがはっきりと分かる程に話しか けにくい雰囲気を発していた。 敵意を発している、などという剣呑なものではない。だが、何か深く考え込んでいる ような他者と明確に線引きをした上で自己に埋没している、そんな雰囲気だ。 依然、寡黙を保つ初音の意識は数日前まで遡っていた。夏休みが終わる少し前に学園 に集められた初音を含む日本出身の何名かの生徒。彼女たちの前に現れたのは打鉄で 有名な倉持技研から来たという技術者だ。 そして語られた倉持技研の新型ISの開発と、そのテストパイロットの選抜。川崎と 1862 ついに来た と改めて強く実感もし 名乗った男性技術者からその内容を伝えられた時、集まった誰もが驚きにどよめく中で 初音はただ一人静かに聞き入れていた。同時に、 た。 " 辞退をした後の司の様子は普段と変わりない。それは初音を前にしても同じだ。だ だろう。だからこそ、辞退という選択をしたのだ。 それが病であるのは明白、どれほどのものかは知らないが司本人はよく理解している した晩に起きたように普段こそ問題ないが、司は時折胸の発作を生じていた。 職員の一部と初音のみだろう。その理由は、体調の悪化。一夏が二人に選抜のことを話 都合とされている。だが、その真相をしるのはこの計画に携わる学園、倉持技研双方の 集められた面々の中で唯一の辞退志願者、それが司だった。理由はあくまで一身上の けて親友だからこその競り合いをする││はずだった。 音と司は共にこの新型のテストパイロット候補の召集に集められ、たった一つの枠を懸 そして残りの二人、既に知っていると同時に選抜の候補者として一夏に推挙された初 関係の話となる。 もしれない。だが、既に専用機を持つ織斑、篠ノ之、そして更識姉妹にはある意味で無 斑一夏、篠ノ之箒、斎藤初音、沖田司。あるいは更識姉妹も自身の伝手で知っているか 誰もが初耳だっただろう話は、IS学園の生徒については四人の例外が存在する。織 " 何か を覚悟したような が初音の脳裏には辞意を表明した瞬間の、司が自身に向けた言葉と顔が焼き付いてい た。 穏やかな声と笑顔だった。だが、その笑顔と声の裏にある " を纏って剣を交えたこともある。あぁ、確かに優秀だ。上手いと言える。それは間違い 候補になった者は初音が知る者ばかりだ。時にその試合を観戦し、あるいは直接IS だからどうした。 もそれぞれの学年で上位に入っている。 秀者と呼んで良い。特に新型の機体特性上必要とされる近接戦での格闘能力はいずれ れている。一夏の推挙があったとは言え、初音も司もそこは変わりない。いずれも、優 候補者はいずれも学力、実技、素行など学園での全てを総合的に調査した上で選抜さ た。自らが侮ったものが自らを敗北に叩き落したという現実を。 三年生の下の者を侮る顔を。表面しか見えない者の節穴の目に叩きつけてやると誓っ 三年生からの選出だ。忘れない、司が辞退をした瞬間の二人の同学年生の安堵の顔を、 候補として選ばれたのは初音、司を含めば二年生はもう二人の四人。それ以外は全て があろうと勝ち残ると。 意思を初音ははっきりと感じ取っていた。あの瞬間、初音は断固たる決意を固めた。何 " ﹃私はいきなりリタイアだけど、初音は││頑張ってね﹄ 第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ! 1863 1864 ない。だが、欠片も脅威とは思えない。 織斑一夏や更識楯無のような隔絶した圧倒的技量を持っているわけでもない。篠ノ 之箒のような、例え腕前で劣るとも何が何でも食らいつくという力強い執念があるわけ でもない。それらと比べれば、ただ浅いとしか思えない。 時に格下であっても背筋を冷やさせるような気迫、自身が挑む側と認識させられるブ レることのない実力、言うなれば鉄の意思と鋼の強さ。それを殆ど感じないものばかり だ。だからこそ親友が、司があのような表情をして拒否せざるを得なかった座を譲るわ けにはいかない。 先ほどから話題に挙がっている学園祭。初音自身も、クラスの一員としてできる限り の協力をするつもりはある。だが、真に見据えるのは選抜に勝ち残ること、それだけだ。 今後始まるだろうただ一つの席の奪い合い、その過程で他の者達全てを蹴落としてい く己の姿をイメージしながら、初音は静かに拳を握りしめた。 第二次世界大戦の終戦よりわずか数年後に始まった第一次を皮切りとした四度に渡 ドが一つある。それは﹃戦争﹄。 地帯だの、挙げられる特徴はある。そんな種々の挙げられる特徴の中で特に目立つワー る、なんてことは日本なら中学レベルの地理で学ぶ。それ以外にも途上国が多い、砂漠 アラブ首長国連邦やサウジアラビアなどが世界における原油産出の多くを占めてい ろで言えば原油だ。 どは色々と挙がるが、中東もその点に関しては例外ではない。例えば分かりやすいとこ さて、いずれかの国、あるいは複数の国を内包する地域を紹介するならばその特色な ほぼひっくるめて良いだろう。 スタンだけは含まれるかどうかは曖昧なところだが、単純に場所をイメージする上では 狭義の地域概念ではインド以西の西アジアとアフリカ北東部を総称する。アフガニ する何かしらを学んだはずだ。 等教育か、どちらにせよ学生生活を送る中で地理や歴史を学ぶならほぼ確実にそこに関 中東。近年の歴史を学ぶ上で聞かないことは無いワードだ。あるいは義務教育か高 第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼 第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼 1865 1866 る中東戦争、イラン・イラク、湾岸、イラク、現在に至るまで大規模なものは少なくなっ たとは言え武力衝突は途絶えてはいない。 何が原因か、それを語るとしたら更に軽く百年単位で歴史を遡らなければならないた めにその辺りの事情は敢えて割愛する。だが原因の一部、中東の情勢を語る上で決して 欠かせないものを一つ挙げるとしたらそれは宗教だろう。 イスラム教スンニ派、シーア派。これは多くの人が耳にしたことがあることと思われ る。世界でも有数の規模を持つ宗教であるイスラム教における宗派だ。特に近年の中 過激派組織 と呼ばれる集団だ。他国の人間がそれ 東での武力衝突とこれらが密接な関係を持つのは想像に難くない。特に昨今目立つの はこれらから更に派生した所謂 " 力ずくというのも可能だろう。そう、例えばそうした武装勢力の一拠点を叩き潰す、あ 近の問題ごとの解決は試みることができる。それを可能な用意さえできれば、あるいは だが、問題そのものの抜本的解決は望めなくとも、対処療法と言うべきだろうか。直 が少なくなる程度で完全解決など未来永劫成りはしないのかもしれない。 続く宗教の、かなり根幹に近い部分で古くから在り続けた問題だ。あるいは精々が衝突 これらの問題の完全解決は少なくとも数年程度では済まないのは確実だ。何世紀と た。 らの手の者により拉致され、痛ましい結末となったというニュースも幾度と報道され " 第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼 1867 るいはそれらに拉致された人質を助け出すなどだ。とは言え、現実にそれを為そうとす れば必要とされる人材、装備の準備は相応のものとなる。故に現実的には中々に難しい 方法とも言うことができる。だが、仮に実現できるとしたらどうか。勿論、長期的に見 て大きな効果があるかどうかはまた別の問題となるが、ごく短期的な眼前の問題の解決 という点では非常に有効と言えるかもしれない。 某日、そんな非常識で困難な力ずくとも言える手法が中東の一地域で取られた。送り 込まれた戦力はどれほどか。国連軍か、米軍か、武装勢力の台頭を良しとしない中東諸 国の軍か。否である。仮に結果のみが世界に報じられたとして、その過程で何があった かを知る者は殆ど居ないだろう。報じたところで無駄だ。誰もが信じようとはしない。 だがそれでも現実に起きたのである。およそ人の所業とは思えない、魔人の御業とも言 うべき事態が。 砂漠地帯の一部、そこには古い集落があった。町と言うには小さすぎ、精々が村落の レベルだろう。現代の日本人にある程度通じやすい表現を使うとしたら、やや規模の大 きい住宅地と言うべきだろうか。 中東情勢などをテレビのニュースなどで見ていれば、地域や町一帯が丸ごと過激派勢 力の支配下に置かれている、などということを聞いたことがあるかもしれない。ここも そんな場所の一つだ。だが、ニュースなどで聞くそうした地域との違いを挙げるとすれ ばそれらの地域が過激派勢力の支配下にあるだけで、内部では勢力や組織外の民間人も 暮らしているのに対し、この集落は完全に勢力の構成員のみしか居ないということだ。 集落というよりはむしろ勢力の基地の一つと呼んでも良い。 仮にこのような場所を落とそうとすれば例え装備を固めた先進国の軍でも一苦労は 確実だろう。特に人質などが収容されていると判明している場合など。それが普通だ。 では、仮に普通では無い者が実行をすればどうなるか。知る者は決して多くないだろう 実例が、そこには繰り広げられていた。 夜の砂漠の中にあってその集落基地は非常に目立っていた。原因は一目瞭然、集落の ほぼ全てから発せられる光が辺り一帯を照らしているからだ。だがそれは照明などの 人口の光に因るものではない。そもそもこんな辺鄙な場所における電気などたかが知 れている。 赤、朱色、橙色、幾つかの暖色系の光はある種の圧迫感を持って集落全体を包み込み、 ユラユラと揺れている。それは燃え盛る炎だ。 るだろう場所に駆け込んだ若い青年は恐怖に震えていた。この集落基地を支配する過 飲み込まれれば一たまりもない炎から逃げ続け、どうにかある程度の安全は確保でき ﹃あ、あぁ⋮⋮あぁああああ⋮⋮﹄ 1868 第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼 1869 激派武装勢力の一員でもある青年はいつも通りの一日を過ごしていた。朝に起きて日 中は奉じる宗派への信仰と、それこそが正義と信じる戦いのために鍛え、そうして夜に は眠りに就く。今日もそんな一日になるはずだった。 一体何時からおかしかったのか、気が付いた時には既に事態は決定的に手遅れなとこ ろまで来ていた。基地の入り口の警備をしていた者はいつの間にか息絶えていた。そ の第一の異変は内部には伝わらず、ようやく基地内で異常が一部の者に認識される頃に は多くの同胞が他の同胞に気付かれぬまま死んでいた。そして基地内部全体に異常事 態として通達され慌ただしくなり、青年も動き出した頃には既に多数の同胞が討たれ、 基地のあちこちから火の手が挙がっていた。 国連軍か、米軍か、あるいは対立宗派の武装勢力か。青年の脳裏にイメージとして浮 かんだ敵は精強な軍団だ。だがそれでも臆さずに戦うつもりだった。神の加護を信じ 最後まで勇敢に戦う、そのつもりだった。 この異変の原因とおぼしき存在を見つけたのは武器を手に基地内を駆けていた時だ。 既に火の手は内部の建物の多くに回り大火の様相を呈している。そんな中で銃声が耳 に届き、反射的にその方を向いた。 振り向いた先、やや遠かったがそこには銃を構える仲間の姿があった。彼らは一様に ある方向を向き、その先には火という光源からの逆光で影としか見えないが、一人の人 間 が い た。遠 目 で も 分 か る 背 の 高 さ や ガ ッ シ リ と し た 体 格 か ら 男 で あ る と す ぐ に 分 かった。砂漠用として見慣れた外套らしきものを羽織り、手には何か長い物を持ってい る。間違いなくアレはこの異変の元凶である存在だろう。そして死んだ仲間の中には 鋭利な刃物でバッサリと斬られていた者もいた。ということはあの手にある長物は刃 ﹄ 物の類だろう。 ﹃死ねっ ﹄ そんな疑問がふと湧き上がったのを認識し ? たちを殺されたことの怒りも、この基地の兵の一人としての義務感も、何もかもが頭か それを目の当たりにして青年はただ震えて立ち尽くすことしかできなかった。仲間 動かない。気が付けば男を囲んでいた仲間たちは全員が死んでいた。 物で斬っていく。一撃で急所を絶たれ事切れたのか、倒れた仲間はそれきりピクリとも 追いかけるのが殆どできなかった速さで男は仲間たちに接近し、次々と手にしていた刃 た瞬間、更に信じられない光景が飛び込んでくる。今度は謎の男の方が動く。遠目でも アレは正真正銘の影かナニカなのか ち抜かれるはずだ。だというのに全然当たっていない。 のか、男はまるで倒れる様を見せない。多方向から一気に放たれる銃弾、間違いなく撃 離れていても聞こえる怒声と共に仲間たちが一斉に銃を撃つ。だが当たっていない ﹃チクショウッ !! !! 1870 第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼 1871 ら吹き飛んでいた。ただただ、離れたところに立つ男の存在に圧倒され、思考が真っ白 になっていた。 相変わらず炎による逆光のため、男の姿は影としか認識できない。だがその首が動 き、視線がこちらへ向けられたことが分かった。次の瞬間には持っていた銃を放り棄て て一目散に逃げ出していた。敵の男も仲間たちの亡骸も放り出してただ逃げ走る青年 の思考は恐怖に彩られていた。 この騒動の最中で死者の数は次々と累積していき、その数は基地内に存在する人間の 総数に一気に迫っていた。そして、死を迎えた者達が一様に感じたのは生涯に類を見な い理不尽と恐怖だった。 ある場所では一つ、銀閃が閃くたびに一人が命を落とし、時には二、三人纏めて息絶 える。散っていった彼らの宗教上ではあまり縁があるとは言えないが、まるでコミック に出てくるテンプレな死神の持つ鎌だ。振るわれる度に無慈悲に命を奪い去っていき、 こちらが何をしようとまるで意味を為さない。ただ無抵抗に命を刈り取られていく。 ほぼ同じ刻に別のある場所では打撃音や破砕音が絶え間なく鳴っていた。次々と基 地の戦闘員たちが頭蓋を、頸椎を、脊柱を砕かれ、あるいは内臓を一気に潰されて、時 にはその場に倒れ、時には吹っ飛ばされ壁に激突し、いずれにせよ一瞬で命を奪われて いく。無数の重火器、あるいは刃物や鈍器などの武器を前に繰り広げられる殺戮劇はた だでさえ信じられない光景だ。何せそれを行っているのはたった一人の人間。更に信 じられないのは、それがその人物の四肢によってのみ為されていることだ。 一人は先ほども見た男だ。片手には仲間たちを斬ってきただろう刃物が収まってい 祈る。そうして遂に彼らは青年の視界に入ってきた。 になるだろう。どうかそうなって欲しいと、生涯でも全霊を掛けたと言えるほどに強く 仮に影の主がこのまま歩き続ければ、そのまま入り口まで達し基地の外へと出ること で一直線に続いている。 地の、元となった集落の言わばメインストリートのようなものであり、そこは入り口ま 時にもう一つのことに気付く。影が伸びている場所、青年が隠れている場所の近くは基 地面に人影が映し出され、それがこちらの方に向かっていることに気付いたからだ。同 とする。だが動き出そうとしたその瞬間に再び固まる。チラリと炎の明かりによって そんな環境音しか聞こえない、ある種の静寂の中で青年は蹲っていた場所から動こう と、燃え散った建物が時折崩れる音だけになっていた。 地内のどこからも銃声や人の声は聞こえなくなり、耳に入ってくるのは炎が燃え盛る音 ガチガチと歯を鳴らす程に震えながら青年は恐怖に押し潰される。何時の間にか基 ﹃あ、悪魔だ⋮⋮悪魔がやってきた⋮⋮﹄ 1872 第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼 1873 カタナ の呼び方で通っているものであることを彼は知らない。 るらしい鞘が握られている。それが極東の島国に古くから伝わる武器であり、世界的に も " 青年の居る前を気付いていないのか素通りし、そのまま出口へと向かって歩いていく。 滅なのか、はたまた両方か。グルグルと考えが回るが、途中で全部放り出した。四人は 元凶の二人の目的は人質の救出なのか、それともそれはついでで目的はこの基地の壊 要求を行っていたはずだ。 という上の判断で捕えられ、この基地で拘禁されると同時にそれぞれの母国への身代金 の場所で捕えた自称フリージャーナリストだ。しかし敵対する軍のスパイの疑惑有り りはおっかなびっくりだ。共に欧米人と分かる二人に青年は覚えがある。少し前に別 の二人と違い、今度の二人は程度は違えど青年同様に恐怖が心の大半にあるようで足取 業火があちこちを嘗め回すという惨状の中でそれを為した張本人ゆえか悠然と歩く先 そして元凶の二人の後に続くように、また別の男が二人歩いてくる。死体が積まれ、 はあちらは丸腰で仲間を殺しまわったのか、そんな恐怖交じりの疑念が湧き上がる。 おり、まるで武装をしている様子が無い。もう一人は刃物だけで仲間を殺していた。で というのに企業家のごとくキッチリと素人目でも仕立てが良いと分かるスーツを着て 分な長身だ。おそらくアレもまた元凶の一人。そして奇怪なのはその恰好。砂漠の中 もう一人、刃物の男に並んで歩く男が居る。背丈は刃物の男より少し低い程度だが十 " 早く行け、早く行け、そう念じ続ける。やがて四人の背中が遠くなってきたところで ようやく危機が去ったことを実感したのか、青年は安堵の息を小さく吐き出す。そして ﹄ 再び離れていく四人の方を見て、刃物の男の片手が動いたように見えた。 ﹃え れていった。 ? ﹁どうかしたのかい ﹂ く。それと同時に、崩れる建物のすぐ下で事切れていた青年の体も残骸と共に炎に包ま しばらくして、回ってきた炎は未だ無事だった建物を呑み込み、それもまた崩れてい 永遠の闇の中にあった。 う認識した時には青年の体は既に倒れ始め、完全に地に落ちた時には既に青年の意識は ドスッと何かが刺さる音、そして額に何かが当たったという衝撃を同時に感じた。そ ? 1874 ﹁いや、少しな。放っておいた奴が居たが、それも片付けた。それだけだ﹂ ﹁そうか﹂ 基地を出る直前、青年曰くの刃物の男もとい宗一郎はおもむろに背後の一方向に向け て持参していたクナイの一本を投げていた。その意図を隣を歩く男が問い、それに宗一 郎が答えたのだ。 ﹁別に生かそうが殺そうがどちらでも構わなかったがな。が、些細なものでも潰せるな ら潰せというのがアイツの言い分だったからな。俺も特に拒否をする必要が無かった。 故にあぁしただけだ﹂ 思っているからねぇ。それに、上の娘は 楯無 ﹂ ? 楯無 ﹂ とは言えまだ若い、故に未熟が出てし " 、意図的にこの言葉を使う者は世を見渡してもそうはいない。そしてそれを まうところがあるのも事実。ならば手を貸してやるのが先達の務めではないかな " 彼の顔立ちは一見すれば若く見える。精々が宗一郎よりも少し年を重ねた程度だろ 名前として使う者、それを指して身内と呼ぶ者は更に限られる。 " ? " ﹁なに、父親としては当然のことだよ。私は基本的に娘にはある程度自由にさせたいと た割にはあれこれと手を焼き、妹の方にも随分と寛大と聞くが ﹁さて、どうだか。それに甘いと言えばそれはお前もだろう、煌仙。娘に当代の座を譲っ おうせん ﹁前々からそうだとは思っていたが、君はやはり美咲くんには甘いね﹂ 第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼 1875 う。パッと見の若さは先ほどから、それこそ基地を襲撃している最中ですら変えなかっ た微笑み交じりの穏やかな表情も相まって猶更そう見える。しかし宗一郎もまた年の 割には非常に若く見える類に入る。それは彼もまた同様だ。実際のところ、彼は宗一郎 よりは齢にして十は上を行く、早い話がアラフォーであり既婚者かつ高校生の娘を二人 おうせん も持つ二児の父だったりする。 更識 煌仙、かつては更識家十六代楯無と呼ばれた人物だ。そして彼こそが宗一郎と 共に過激派宗教勢力の基地を襲撃、壊滅せしめた張本人である。宗一郎が刀を振る傍 ら、無手で敵を屠り時には建物すら破壊していったのが彼だ。片や剣で、片や無手で、真 実その道を極めた魔鬼とも言うべき存在がこの二人。それを知る人間は世界を見渡し ても極めて限られるだろうが、事実としてここに並び立つ二人は武人として今現在の世 界において頂点に並び立つ両雄である。 ﹂ 一応依頼された仕事とはいえ、妹弟子の頼みでもある任をきっちりこなすところを指 ﹁十分に甘いと言えるがな﹂ 美咲くんにもそうだが、弟子にも中々らしいと聞くが ? して甘いという煌仙に、宗一郎も彼の娘たちへのスタンスを指して言い返す。 ﹁それは君もだろう ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ? 1876 しばし無言で互いの顔を見合う。ただそれだけで圧力を増す周囲の空気に付いてい くだけでも一杯一杯の後ろの二人はただ慄くしかない。だが程なくして互いに馬鹿ら ﹂ しいと判断したのか、緊迫した空気をあっさりと雲散霧消させると再び歩き出し、後ろ の二人にも遅れないように促す。 ﹁時に宗一郎、久しぶりの実戦はどうだったかね 仰を掲げている連中だ。あるいはその信心による執念が齎す たが、アテが外れたようだ﹂ 何か " を期待してもい ﹁慣らしには妥当だが、それでも物足りなさがあったのは事実だな。過激派とは言え信 ? " 軍の特殊部隊でも宛がおうかね 人関係に二人はある。互いに ﹂ うわばみ " であるというのも理由の一つかと問われれ 人としての人間的なアレコレで通じるところがあるからなのか、その年齢差を超えた友 年にしてほぼ十は離れているが、互いに道を極めた武人として、あるいは純粋に一個 ﹁否定はしないがね。友人のためとあらば一度くらいは我慢もしよう﹂ 皮肉気な視線と共に返した言葉に煌仙は確かにと肩を竦めながら頷く。 ? ? ﹁それこそお前が出向きたいのではないのか ﹂ はありふれたそういう手合いというのは。しかしそうか、足りないか。では次は先進国 ﹁最近は多いらしいからねぇ。信仰を謳っていても、結局はただの名目でしかなく、実態 第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼 1877 " ば否定はできないが。 今後メディアの取材とか色々あるだろうが、その時には後で伝え ? ﹄ ? の言葉に二人は揃って表情を強張らせると強く何度も頷く。雰囲気は無視して、言われ 軽い口調で、それこそ世間話でもするようなフレンドリーさを以って掛けられた煌仙 ら頼むよ 家族や友人が再び悲しむことになってしまうからねぇ。いや、本当にそれは避けたいか 言いたくないのだが、もしものことがあれば折角君らが助かって喜んだであろう君らの られるだろう台本通りにやってくれたまえ。君たちを助けた立場でこのようなことは いでくれたまえよ ﹃あぁそうそう。君たちの救出の経緯についてだが、くれぐれも我々のことは口外しな き上がったのか、二人の顔を万遍なく覆い尽くす歓喜が浮かび上がる。 流暢な英語で煌仙は背後の二人にそう告げる。その言葉に安堵やら諸々が一気に湧 ﹃喜びたまえ、迎えの車が見えた。君ら二人とも、祖国に帰れるよ﹄ たちは別路でまったり帰路に着くだけである。 こまでたどり着けば宗一郎と煌仙の仕事は終了である。救出した人質二人を預け、自分 にも良いとは言えないこの環境下においても力強い走りをすることができる車だ。そ 少し先に二台の車両が停まっているのを確認する。どちらも砂やら何やらでお世辞 ﹁ま、縁が巡ってきたら考えてはやるさ。⋮⋮あれか﹂ 1878 たことに込められた意味に気付かないほどこの二人も愚鈍では無い。せっかく拾った 命なのだ。つまらないことでそれをフイにはしたくない。 それから少し歩き、停まっている車の下に到着した一行は煌仙が代表として待ってい た者の一人と何度か言葉を交わし、救出した二人を預けるとすぐに宗一郎と共に車に乗 り込む。そうし四人をそれぞれ収容した車は互いの目的地へと向けて走り出した。 ﹁さて、もうすぐこの中東ともしばしお別れだ。中々面白い場所ではあったが、やはり祖 ﹂ 国が一番だね。帰る家、そこで待っている妻と娘。実に良いものだよ﹂ ﹁それは名案だ。そうしよう、是非とも﹂ ? ? なんなら私のツテで紹介するのに﹂ ? んだで美咲くんあたりに落ち着きそうな気がするんだよ。ほら、彼女は君の妹弟子だが ﹁まぁ、君に考えがあるならそれでもいいのだがね。だがそうだね、私の予想では何だか ばかりだ。しばらくはこのままで、弟子のことも込みで落ち着いたら考えるさ﹂ ﹁お前までお袋のようなことを言うのは止めろ。││ただでさえこういう稼業に戻った ないのかい 早々相手に困るというのも君のことだからなさそうだが、そろそろ身を固めるつもりは ﹁善処はするつもりだがね、それも愛と思えば中々。君も、妻子を持てば分かるよ。まぁ ﹁飲み過ぎて、帰ってまた奥方にシバかれるなよ ﹂ ﹁どうする。日本に着いたら軽く一杯、引っ掛けていくか 第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼 1879 同時に元カ││﹂ それ以上は言うなと宗一郎は殺気をありありと込めた視線を送る。その凄まじさた るや、意識を煌仙のみに向けたはずが彼に留まらず車内中を満たし、特に耐性の無い運 転手に途轍もない恐怖感を与えたほどだ。 そんな殺気を真っ向から浴びた当の煌仙はと言えば涼しい顔そのもの。付き合いが 長いだけに彼はよく分かっていた。要するに、一種の照れ隠しのようなものだ。何だか んだで宗一郎もまだ三十と十分に若い。そういうこともあると思えば大したことは無 いというものだ。 ? ﹂ ? かな 実際のところ、彼には見込みがあるのかな ? 我々の側への﹂ 人ができるというのは父親として素直に喜ばしいよ。で、君の弟子の話なのだが。どう いたからね。いや、簪も中々変わり者な性格をしているからねぇ。そういう気の合う友 それなりに仲良くやっているらしい。割と気兼ねなく接することができるとも言って ﹁一応、それなりにはだがね。簪、下の方の娘なんだが、使うISの開発元が同じとかで だ知らんことも多い。その辺りはむしろお前の方が詳しいのではないか ﹁俺の弟子としてはそれなりに良い伸びとは思っているがな。が、IS絡みとなるとま か﹂ ﹁ふむ、では話を変えてだ。どうかね 君の弟子は。中々、活躍しているそうじゃない 1880 ? ﹁⋮⋮﹂ 我々 とは世界でただ二人、煌仙と宗一郎のことだ。凡そ一個人が鍛えられる 軽々しく答えられる問いではないため、宗一郎もすぐには答えずに少し考える。煌仙 が言う " ブリュンヒルデ 達に並ばずとも、食い下がれる域にはなるのではないか ﹂ ﹁⋮⋮見込みはある。このまま順当に育てばな。少なくとも、二十歳に達する前には俺 一夏は達することができるか否か。それを煌仙は問うていた。 領域としては世界最高峰にある千冬や美咲、その最高峰すら超える絶対的な存在の域に " ? る域、か。中々に深いものだ。であれば美咲くんや戦女神は、それでもその定めに選ば ﹁それはそれで一つの才だと思うがね。だが、我らの領域は達するべき者が必然に達す る俺とお前。我が弟子は、一夏は、あくまで可能性があるという話だ﹂ めそう成る者だけが到達できる域だ。それが判明しているのが、既に結果として出てい 言われて納得もしたさ。なるほど、自分で言うのも変なものだが確かにこの領域は、予 はなく、その道を歩み始めた瞬間からここへ、この領域に達することが決まっていたと。 く俺がこの域に達したのは必然だと。才や歩んだ道のりによって変動する類の結果で ﹁成るならば成る。成らないなら成らない。それだけだろう。死んだ師の言葉だが、曰 ⋮⋮﹂ ﹁そうか、それは結構。となると美咲くんや戦 女 神に比する、あるいは凌駕せしめるか 第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼 1881 れなかったか。こと戦女神に関しては、その可能性は弟の方にこそ委ねられた。なるほ ど、興味深い。いや、もしかすると二人にも可能性はある、いやあったのかもしれない。 だが扉を開けなかった、それも在り得るか。であれば何かの拍子になんて可能性もあ る。うむ、増々興味深いものだ﹂ 依然穏やかな表情を変えぬままに煌仙は顎に手を当てて何かを思案する。それを見 て宗一郎は一つ釘を刺しておくことにした。 躇いは無いとも。彼のことは ら安心したまえよ﹂ 更識 としても重要な案件だ。悪いようにはしないか " 持った人間である。力は力を引き寄せる、などといった感じの台詞が何かにあったよう だが更識 煌仙は一国家の暗部の中枢に身を置き、本人も一個人として絶大な力を 言ったならば、一夏に対しても友好的に接するつもりだろう。 する。いや、実際のところ煌仙はこういうことで嘘を言うような性質では無い。そう 当然のことと言うような煌仙の態度に宗一郎は内心でどこまで本当なのやらと嘆息 " ﹁あぁ、勿論だとも。むしろ君が認めさえすれば私は一夏少年に技を伝授することに躊 だぞ﹂ 時的な手解きを頼むやもしれんが、あいつがどう成長していくかは流れに任せるつもり ﹁とはいえ、これは俺とあいつの師弟の問題だ。あるいは、無手の稽古のためにお前に一 1882 な気もするが、煌仙もその例に漏れずと言うべきか、時にはいつのまにか荒事が傍にあ り、その対処をしているなどということがある。それが弟子に要らない飛び火をするの ではと気になりはするのだ、これでも。だが思案しても意味が無いかもしれない。いざ そうなったらなったで、あの弟子も何とかして切り抜けるだろう、そんな予感もある。 そう言うと宗一郎は僅かに姿勢を整えるとシートに深く身を預けた。夜空に浮かぶ ﹁全ては必定。なるべくしてなる、か﹂ 星を見上げながらふと思う。こうして己と煌仙という武の二極が共に動き、これまで影 に隠れていた浅間美咲という剣の魔鬼が一人すらも表に出ようとしている。 すことにした。 吐きたい溜め息を胸の内に押し留めると代わりに後頭部を一掻き、それで思考から流 ︵まったく、かくも世は平穏とは程遠いということか︶ 第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼 1883 る。時間も時間なため、やっているのはニュース番組だ。ちょうど今の報道の内容は中 ちょっと視線を移せば壁に掛けられた大型のディスプレイにテレビ番組が映ってい 摂っていた。和洋どちらかはその日の気分次第だが、今日は和食セットである。 そんなわけでいつも通りに始まった一日の朝、一夏はいつものように食堂で朝食を く、意外と時間に余裕ができるということだ。 つまりどういうことかと言うと、クラス委員としての一夏の仕事はそんなに多くは無 すれば良いだけの話だ。 る。後は届いた道具をパパッとセッティングし、事前に仕込んでおく飲料や食品を用意 主にそうした面に明るいセシリアが中心となって業者への手配を行うことになってい それは一夏のクラスも例外では無く、喫茶店を行うにあたり食器や内装などの準備は セットなどの類はその殆どをそういったものを取り扱う業者任せにしている。 まり文化祭準備ばかりに時間を割くというわけにもいかないので、小道具や飾りつけの 勿論、準備を進めていくのは確かなのだが、IS学園はそのカリキュラムの都合上、あ 文化祭が近いとはいえ、学園での日常生活に目立った変化があるわけではない。 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1884 東における過激派勢力の基地の壊滅という朝から物騒なもの。しかも中東情勢に大な り小なり関係しているどの各国も軍部の介入を否定しており、一人の生存者も残ってい ないという基地跡に残された死体はどれも殴打や刃物による殺害という。現地、各国軍 部、番組のコメンテーターやリポーター、専門家、揃いも揃って﹁何が何だかわけワカ メ﹂と匙を暁の水平線の向こうにシュゥウウウトッしている有り様だ。 いや全く以って同感だと、味噌汁を啜りながら一夏も心の内で頷く。そこは普通銃と か爆撃でねぇのJKと言うのが率直な感想である。 ﹂ ? は﹂ ? ﹁そう﹂ ﹁そういえばそっちはIS関連のパネル展示だっけ どうよ﹂ はイギリス貴族、とでも言うべきかね。その辺りのお茶事情への造詣の深さってやつ ﹁まぁ幸先は良いかな。セシリアが主導で食器類の手配とかをしてくれているよ。流石 何をとは言うまでもない。文化祭の出し物準備のことだ。 ﹁進捗はどう だろうサンドイッチのセットをトレーに載せた簪だ。 確認をするまでもなく空いていた目の前の席に座ってくる人物がいた。同じく朝食 ﹁ここ、座るね。答えは聞いてない﹂ 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1885 ﹁こっちも悪くは無い。中心は私だけど、授業でやることとか豆知識みたいなもの、使え そうなネタはピックアップしてある。後はそれを学園の関係者、招待客の業界の人や一 般の人全員に興味を持ってもらえるように組み立てるだけ﹂ ﹂ 喫茶店 ﹂ っ て 銘 打 っ た だ け じ ゃ 味 気 無 い。セ ン ス は と も か く、名 前 が ﹁そっちのクラスの喫茶店、名前はどうするの ﹁名前 ﹁そ う。た だ " さてどんなものが良いか、どうせなら店の雰囲気に合うものが良い。内装やら食器や ファクターだ。これは早急に考えねばならないだろう。 その指摘に一夏はそれもそうかと頷く。店名、確かにあまり目立ちはしないが重要な あった方が人目にはつくと思う﹂ " ? ? る。 逸らしながらぼやく一夏などお構いなしにそういえば、と思い出したように簪も続け も出ない正論なので何も言い返せない。いや頑張ってるけどさー中々ねーと軽く目を 淡々と紡がれた痛いところを突いてくる言葉に思わず顔を顰める一夏だが、ぐうの音 ﹁そのあたりの自負はあるけど、君はもうちょっと座学も頑張った方が良いと思う﹂ たもんだ﹂ ﹁ほぅ。いや、どうにもそういう頭を捻りそうな類は苦手でね。流石は座学主席殿、大し 1886 らの手配を主導してくれたセシリア曰く、アンティーク調の落ち着きある空間をイメー ジしているということだったはずだ。ならばそれに見合う名前が良いだろう。 朝食を食べ進めながら一夏は考える。そして一しきり食べ終えたところでまるで脳 ﹂ 内に明かりが灯ったかのようにフッと案が浮かんできた。 ・マミヤ&イラコ ・あーねんえるべ ・アンテイク ・ラピッドハウス ラサラと書きつける。そうして簪に提示された一夏の点名案が以下だ。 近くにあった備え付けのペーパーを一枚取り、そこに懐から一本取り出したペンでサ ﹁とりあえず候補はこんな感じ ? 一つは頭に丸っこいウサギ︵ジジィの霊が憑依なう︶を乗せた女の子とかが働いてる、 のは二組の凰さんの役割だと思う。 然るべきだろう。だがあまり勢いの乗ったツッコミは簪のキャラではない。そういう 妙に変えてはあるが、どれも見覚えのある名前だ。理解ある者ならばツッコミを入れて とりあえずこれはツッコミ待ちということで良いのだろうかと簪は判断に悩む。微 ﹁⋮⋮﹂ 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1887 こころがぴょんぴょんしそうな名前だ。 一つは雰囲気の良い店だが実は店員の全員が食性として人を喰う種であり、しかもそ のほぼ全員が種の中でも実力者、一部は完全に化け物クラスという、そんな感じっぽい。 しそうなホモホモしい変態が居そうだ。 あと客には血の付いたハンカチをクンカクンカハーッハーッカネキクンッしてフォル テッシモッッ 一つは⋮⋮課金アイテム、以上。 ﹁とりあえず、他の人とも話して決めたら ﹂ 間かもしれない感じがする。ちなみに店がある町は死亡フラグの溜まり場だ。 一つは猫っぽい二頭身だか三頭身くらいのナマモノが跳梁跋扈しているカオスな空 ! ﹂ ? ﹁始まったみたいだよ、倉持の新型のテスター選抜﹂ で簪は別の話題を切り出す。 話しながらも食事は進めていたため、そろそろ互いに食べ終わりそうになった頃合い ﹁ん ﹁あともう一つ﹂ 論だ。 れは別のクラスの問題。であれば自分がとやかく言う必要は無い。そう判断しての結 出した結論はスルーであった。そもそも自分が言い出したこととはいえ、あくまでこ ? 1888 ﹁⋮⋮そうか﹂ 聞いた瞬間、一夏の目が僅かに細まり纏う雰囲気もやや硬質なものになる。そも簪の 打鉄弐式は白式と同じ倉持技研の開発。更に簪はその年としては類稀な知識と技術で 既に開発の一線に携わっている。白式のメンテナンスや改修などで少し意見を出す程 度の一夏と違い、現場へのかかわりは遥かに濃い。ならば彼女が知っているのも自然な ことと言える。 ﹁夏休みが終わる少し前に候補者が集められたって。そろそろ一気に話が広がる頃だと 思う。お互い、質問攻めになるかもね﹂ ぶった、実に慣れた感覚の気が近づいてくるのを察知し、その直後に幼馴染の声が一夏 うと、早いところ食器を下げて身支度を整えようとする。だが席を立つより早くやや昂 そして朝食も食べ終わった。空になった食器を軽く整えてごちそうさまと小さく言 ﹁⋮⋮ま、部外秘を楯にすれば通じるかね﹂ ﹁禁則事項です、って﹂ そこで簪は人差し指を立てて口元に当てながら言う。 ﹁そういう時はこう言えば良いと思うよ﹂ けど﹂ ﹁そうか。参ったな、いざ聞かれてもオレに答えられることなんてそう多くは無いんだ 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1889 の耳朶を打った。 ﹂ ﹁一体どういうことだ 傾げる。 ﹂ てやってきた。姿勢こそ整っているものの明らかな早歩きに何か急ぎの要件かと首を 決して大声というわけでは無いが、凛とよく通る声で一夏に呼びかけながら箒が歩い ﹁一夏 ! ﹁⋮⋮知らないのか ? ﹂ ﹁すまん、少々気が急いていたらしい。朝から騒々しくしてしまったな﹂ 再び一夏を見る。 眉を潜めると、何かを考えるように顎に手を当て、すぐに落ち着き払った態度に戻って ごまかしなど一切無く、大真面目に分からないと言うような一夏の問いに箒は僅かに ? ﹂ ﹁どういうことって言われても、何が何だか分からないんだけど。一体どうしたんだよ ものかと、一応確認はとってみることにする。 でもしてしまったかと、ここ最近を思い返してみるもまるで心当たりがない。どうした われても一夏にはさっぱり覚えが無い。はて、もしや知らず知らずの内に箒に何か粗相 目の前までやってきて開口一番、箒が発した言葉はそれだった。どういうこと、と言 ! 1890 ﹁いや、そりゃ良いんだけどさ。どうした ﹁あぁ││﹂ なんかただ事じゃなさそうだが﹂ ﹁夏休みが始まってすぐ、お前が斎藤先輩と沖田先輩に話した件は覚えているな﹂ いても問題ないと判断しているからだろうか。 し素直に顔を近づける。すぐ傍に立つ簪に何も言わないのは、あるいは箒も簪ならば聞 と手で顔を寄せるように指示する。おそらくは内密に近い話だろうと一夏もすぐに察 言い出そうとする前に軽く周囲を見回し、あまり衆目が向いていないことを確認する ? ﹂ ? ﹂ ? ﹁箒、いったいどういうことだ ﹂ ? ? 一夏の脳裏を占めているのは何故 という疑問だけだ。自分が推したにも関わら いた簪もやや目を見広げて驚きを露わにしている。 箒の言葉は到底聞き流すことなどできないものだった。見ればすぐ傍で話を聞いて ﹁なんだと⋮⋮ 後に沖田先輩が辞退を表明した﹂ たからかは分からないが、斎藤先輩と沖田先輩も選ばれたらしい。だが、選抜開始の直 ﹁そうか、それを知っているなら話が早い。そのことだ。件の候補者、お前の推挙があっ まったって ﹁あぁ。いや実はな、ついさっきまで簪とその話をしてたんだよ。ちょっと前に選抜、始 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1891 ず、などというつまらない憤りは欠片も存在しない。そもそも、あの二人の武人として の気質からして辞退などとても考えられない。それでも、ということは何かしら相応の 理由があるはずだ。それは一体何なのか。 ﹁そりゃな。ま、聞かれても詳しく知らないで通すしかないだろうさ﹂ の練習に出ていた部員は知っているし、そこから話が広がる可能性は大いにあるぞ﹂ ﹁心得ている。早々他言はしないさ。ただ、人の口に戸は立てられぬと言う。既に今朝 事は││﹂ 少なくとも今は、斎藤先輩に頑張ってもらうしかないってトコか。箒、一応だけどこの ﹁だよな⋮⋮。オレも気になるけど、どうにも簡単に聞けるって感じじゃ無さそうだし。 い。それでもってことは、やっぱり相当﹂ 可能性もかなり高い確率である。それをみすみす手放すような人はこの学園には居な ﹁今回の選抜、最終選考に残れば新型のテスターだけじゃない。国家の候補生になれる 一夏の推測をフォローするように簪も続ける。 ﹁てことは、沖田先輩のプライベートに関わる結構マジな理由ってわけか﹂ を聞き入ることのできる雰囲気ではなくてな﹂ うな斎藤先輩にしても一身上の都合としか。時間が無かったのもあるが、どうにも仔細 ﹁私も剣道部の早朝練習で聞いただけだ。当の沖田先輩は休みだし、事情を知っていそ 1892 食器の片づけを終え、再度身支度を整えるために箒と一夏は共に寮へ向かっていた。 ﹂ 二人の部屋はそれぞれ比較的近しい位置にあるため、こうしたことは割とよくある方 だ。 ﹁しかし先ほどの話の最後の方、やはり一夏として斎藤先輩を推すつもりか ? ﹁ま、上級生の中じゃ割と絡む方だしな。オレだって人の子よ、そういう情はあるさ﹂ ﹁気持ちは分からんでもないな。いや、私も似たようなものだよ﹂ ﹂ ? 先輩と沖田先輩は日頃世話になっているのもあるからな。別格だよ﹂ ﹁そうだな、そのあたりは私も同感だ。見習うべきと思う先輩は多く居るが、やはり斎藤 その言葉に箒もあぁ、と納得の表情と共に頷く。 うんだよ。こうね、乗っけてる気持ちの強さってやつかな﹂ ら結構参考にさせてもらったりもしたけどさ、やっぱ斎藤先輩と沖田先輩はな、剣が違 るって上級生の映像とか。そりゃまぁみんな上手い人ばっかりだし、オレも映像見なが ﹁一 応 な、先 輩 を 推 薦 す る 前 に 色 々 見 た ん だ よ。そ う い う 近 接 系 で 優 秀 な 成 績 出 し て それは何かと箒は目で問い掛けてくる。 ﹁ほう ﹁けど、他にもあるぞ﹂ 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1893 ﹁けど、だからだよ。沖田先輩の辞退の理由、一体何なのかね⋮⋮﹂ ﹁あぁ、しかと伝えよう﹂ 言っといてくれ﹂ ﹁箒、どうせ部活でも斎藤先輩には会うんだろ なんならオレも何時でも力になると うするしかなくなった時でも良い。 ちの問題もまずは自分たちでの解決を試みるだろう。仮に手助けをするのであれば、そ 箒の言う通りだ。初音も司も、人としての芯の部分でも強い人間だ。であれば自分た ﹁だな⋮⋮﹂ 斎藤先輩は。今は、まだ私たちも見守るに徹するしか無いのではないだろうか﹂ ﹁とは言え、そうあっさりと人の手を借りることを良しとするような人でも無いだろう、 だが、どうすれば良いのかは現時点でさっぱりである。 は同じ気持ちだ。だからこそ助力になれるならなりたいというのは嘘偽りない気持ち 初音と司、二人を優れた上級生として慕っているのは箒だけではない。一夏とてそこ ﹁できりゃあ力になりたいもんだけどな。まったく、難儀な話だよ﹂ くれるのを待つしかないやもしれないな﹂ 入るというのは些か躊躇われる。いずれ、斎藤先輩か沖田先輩か、どちらからか話して ﹁そこは私もずっと気掛かりだが、どうにも込み入った事情らしいからな。やはり踏み 1894 ? そうこうしている内に二人は一夏の部屋の前まで到着する。箒の部屋はここから少 し歩いた先だ。 ﹁じゃ、また教室で﹂ ﹁あぁ﹂ 軽く挨拶だけ交わして二人はここで一度分かれる。どのみち教室に行けば嫌でも顔 を合わせることになるわけだが、どうにも今日は落ち着いて話をなんていうわけにはい かなそうな気がする。 簪が言っていた通り、今日中には倉持の新型の話があちこちに伝わるだろう。それは 一夏らのクラスとて例外では無いはずだ。であれば、確実に興味津々となるだろうクラ スメイト達は倉持技研に特に近しいだろう一夏に話を聞きにくることは容易に想像で きる。 というわけで少々時間は飛んで授業の合間の休み時間、案の定と言うべきか一夏の席 来たら来たでそれなりには応じてみようかと決めた。 聞かれてもそんな大したことなんて答えられないのになぁとぼやく。いずれにせよ、 ﹁あ∼、めんどくちゃい﹂ 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1895 の周辺にはクラスメイト達が集まっている。理由は当然、既に広まっている新型のテス ター選抜についてのことだ。 かれているだろう。となると、今の時点で分かっていることを話しても問題は無いので とは殆どが川崎氏から伝えられたものだ。おそらくこの段階で秘すべきことは全て弾 義務の発生する事項もあるのだろうが、そもそも一夏がこの案件について聞いているこ しかしながら実際問題、箒にも語ったように答えられることは多くない。当然、守秘 何だかんだで気になっているのか、箒までこちらの様子を伺っている。 い 者 に し て も 聞 き 耳 を 立 て て い る の は 明 ら か だ。専 用 機 持 ち に し て も 例 外 で は 無 い。 の話題、ほぼクラス中が気にしていると言っても良い。直接一夏の下にやって来ていな そうしてやっとこさ喧騒が収まった所で、さてどう答えたものかと思案する。何せこ り手振りを付けて落ち着かせるところからする羽目になったくらいだ。 やって行うのか。あんまりにも囲い込んで聞いてくるものだから答えるより先に身振 やれ誰々が候補に選ばれているのか、やれ新型はどういう機体なのか、やれ選抜はどう 休み時間になるや否や一夏を取り囲んでの質問攻めだ。やれ新型の噂はマジなのか、 ど、細かい部分は詳しくないんだってマジで﹂ ことでお世話になってる人がプロジェクトの担当者だからその辺話も聞いたりしたけ ﹁ん∼、いやだからね。オレもそういうのがあるって言うのは知ってるし、いつも白式の 1896 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1897 はないだろうか。 そこまで考え、まぁとりあえず当たり障り無い感じでテキトーにいっとくかと一度思 考を放棄する。そうして聞かれたことについて分かっていることを簡潔に説明する。 Q.新型の開発ってマジ A.マジよマジ、大マジっぽい。 Q.テスターの候補って誰が選ばれてるの Q.新型ってどんなの 分以上は三年で後は二年っぽい。 徒の中から成績の上位者中心に学園側と倉持の担当側が何人か選んだっぽい。ちな半 A.なんかそのまま日本の候補生選抜にも掛かるかもしれんとかってんで、日本人生 ? ? Q.選抜の方法って ぽい。 つもりは無いけどさ、打鉄あるやん 要はアレのバージョンアップ版みたいなやつっ A.いや、オレも詳しく知らんし、知っててもそこはお察しってことでそう多く言う ? ? も、最終選抜みたいなのは流石に知らんし、スケジュールもよく知らん。誰か候補に選 接だとか、筆記だの実技だのの試験とか。まぁ割とありがちっぽいと言うか。あぁで A.それも詳しく知らんけど、なんか日程の決まった何段階かあるみたいっぽい。面 ? ばれた人に聞いてみるしかないっぽい Q.ひょっとして、結構隠してることとかあるんじゃないの∼ る。 ﹁えっと、じゃあ織斑君もそんなに詳しいことは分かってないってこと ﹂ 怒っているという雰囲気は無く、むしろ窘める方が近いため一夏もサラリと流して応じ ジロリとした視線を向けてくる箒だが、あくまでポーズ的なものでしかない。実際に ﹁いや、それは心得ているがな。妙に好かん﹂ ﹁まぁ落ち着けよ箒、軽いお茶目じゃないか﹂ A.20cm連装砲でぽいしちゃうのは止めてくだちぃ Q.その語尾にやたらぽいぽい付けるのやめておけ by 箒 い、存分に酔って微睡めば良いっぽい まどろ A.お前がそう思うのならそうなのだろう、お前の中ではな。それが全てだ。愛い愛 ? ? る。 清香の確認に一夏はその通りと頷く。すると今度は癒子が別の疑問を投げかけてく で﹂ も知れることだと思うんだよ。それをオレの場合はちょっと早めに知ってるってだけ ﹁まぁそうだな。多分、今の段階でオレが知っているようなことは少し時間がたてば皆 ? 1898 ﹂ ﹁あれ、でも確かそのプロジェクトのスタッフに知り合い居るって言ってたよね そ の人から詳しく聞くってのはできないかな ? ? ﹂ ? 時と場所は移り替わり、放課後の生徒会室。室内には二人の人間が居た。生徒会長で りの一日の流れを進めていった。 言の相互理解の下に動き次の授業の準備を始める。かくして、IS学園はまたいつも通 ないと全員が納得する。そうして気が付けばもうそろそろ予鈴の鳴る頃合い。一同、無 ない。その辺の事情というものに関しては理解も早いので、すぐにそれならばしょうが そのことに申し訳ないという意思を伝えるも、そこでごねるような者もこの場には居 わらず、結果として一夏から与えられる情報はそう多くは無い。こういうことになる。 らない。ただ一夏のスタンスとして、話せることは話すが話せないことは話さないは変 る。無論、人の口に戸は立てられぬという諺通り、どこから意外な話が流れるかは分か 結論から言えば、関係者でもない限りは細かい情報を知るのは難しいということにな われちゃそこまでだぞ なことだろうし。そもそも皆が知りたがるような穿った内容にしても、他言無用って言 ﹁聞こうと思えば聞けると思うけどなぁ。でも基本話すのは多少外に漏れても良いよう 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1899 は仕掛けてきそうかしら ﹂ あ る 楯 無 と 書 記 の 虚 だ。会 長 用 に 与 え ら れ た デ ス ク に 座 り な が ら 楯 無 は 眼 前 の モ ニ 連中 ? ターを見続け、虚はその隣に控え続ける。 ﹁やっぱり、 " 多くの情報を記されたそれ以外にも二人の帰属する 更識 " が調べた彼に関する情報 のパーソナルデータだ。他大勢の生徒たちが閲覧できるよりも、持ち得る権限によって 眼前のモニターに映し出されているのは学園のデータベースに登録されている一夏 ﹁いずれにせよ、まずは彼をどうするかよね﹂ のだ。愚痴の一つや二つは言いたくなる。 果たすべき職責はきっちり果たす。だが楯無とて人間、それもまだ十代半ばの少女な よ。やってらんないわ﹂ 見込んで向こうも策を練ってくるでしょうね。裏の取り合い、化かし合いのエンドレス ﹁それは向こうさんも同じでしょ。こっちが来るって見込んで対策を立てている、そう ﹁現在、それを見越しての対策も検討していますが││﹂ に限った話じゃないわ。どうしても、セキュリティが薄くなりがちなのよね﹂ ﹁その日も予想通りってことね。ま、不特定多数が学園に来るんだもの。何もここだけ ││﹂ ﹁はい。各方面より得た情報の分析の結果から八割以上の確率と。そして来るとしたら " 1900 " もデータベースのそれとは別ウィンドウで表示されている。 ﹁意外にやんちゃしてたのね、彼﹂ データベースとは別、更識が調べた一夏のデータには彼の大まかな経歴が記されてい る。当然、そこにはデータベースを始め公にはされていないものもある。その一つ、中 学時代に幾つかの暴力沙汰有りというものを指して楯無はやんちゃと評した。 ﹁数人では済まない数が病院送りのレベルで痛めつけられたそうですね。当時の地方紙 でも不良グループ同士の抗争という予想で何度か記事になっています。当時は警察も 傷害事件で捜査をしたそうですが、織斑君にはまるで触れてさえいませんね。ただ、楯 無様。これは⋮⋮﹂ ﹂ ? ﹁問題は、それが誰なのかまるで掴めていないこと⋮⋮﹂ 害、ないしは一夏くんの存在に対して隠蔽工作を行っていた﹂ 多分真実にはたどり着けるはず。それが掠りもしなかった、ということは何者かが妨 ﹁情報操作の可能性あり、それは良いのよ。警察だって馬鹿じゃないわ。本気になれば にある。 二人が共通の見解として気付いた違和感。それは当時の警察の捜査と一夏の関連性 ﹁はい、見る者が見ればすぐに気付くでしょう﹂ ﹁やっぱり、虚ちゃんも気付いた 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1901 ﹁誰なのか分からないと言えばもう一つ。彼の技よ﹂ そう言って楯無が開いたのはこれまでに一夏が学園でIS、生身それぞれで自身の技 を奮って来た場面を捉えた映像、その一部だ。 そこに加えて彼女の攻撃をかなりギリギリのラインで躱し ? てくれた師は多く居るが、その中心的存在は彼女の父親、先代 楯無 の煌仙だ。 " た技もある。今、映像の中の一夏が行っている技法、見る者ならば見て分かる制空圏が そして楯無が煌仙から受けた教えの中には、希代の武人として煌仙が独自に磨き上げ " でいる。その中には更識家が歴史と共に研鑽してきた独自のものもある。教えを授け 楯無はその生まれ、立場故に戦闘技能の一環として様々な武術体系を高い練度で学ん ﹁楯無様、これはもしや││﹂ いるわ﹂ き、というか対処の仕方だけど、これは護身術授業の組手とか他の場面でも確認されて てる、それも意図的にね。多分、いいえ確実に無駄な動きを省くために。似たような動 線を外してないでしょ ﹁ここね。よく見ると分かるんだけど、ほら││彼、ボーデヴィッヒちゃんから一度も視 の一部だ。 そう言って楯無が虚に促したのは過日の学年トーナメント、一夏とラウラの一騎打ち ﹁特に生身の時とか顕著だけど。虚ちゃん、これ見て﹂ 1902 極限まで絞り込まれたこの技は、そんな煌仙独自の技の一つに相違ない。何より、教え を授かった身として楯無も、そして門弟の一人として虚もまた知識として知っている技 法なのだから。 ﹁なんで彼がこれを使っているのか。そりゃ、お父さんは﹃まぁ制空圏のある種応用法み たいなものだし、案外他に思いつく人間は居るかもねぇ﹄なんて呑気に言ってたわ。だ から他にそこへ思いついて、できる人がいるって可能性もあり得なくはない。けど彼の は違う、明らかに誰かから教えを受けたものよ、これは﹂ 当然だが、楯無の記憶で煌仙が一夏に教えを授けたというものは一度も無い。だとい うのに一夏は明らかに煌仙独自のはずの技法を何者かより習い、磨き上げたという練度 で使用している。その教えた人物は何者なのか、それは当然一夏の師ということにな る。 そも、一夏が師と仰ぐ人物に武の教えを受けているということはこの学園に入学後も 様々な場面で言っている。彼の属する一年一組など、ほぼ全員が知っているレベルだ。 だが、それが何という流派の誰なのか、それを知る者は居ない。そして││ ぶってところかしら ﹂ チ しいだろう人間に二人も更識の調査を掻い潜る人間が居るなんてね。特異は特異を呼 ウ ﹁この調査報告でも一夏くんの師は掴めず終い⋮⋮。さっきの隠蔽工作と言い、彼に近 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1903 ? 簪はむしろ一夏をこちらに引き込んだ方が良いという忠告をしていた。それに関し ては楯無も一理あると認めるところだ。だが言葉そのままに内に引き込むのに、この二 人の謎の人物というのは不安要素でもあった。あるいはそれこそが楯無に、更識にとっ て敵である存在かもしれないからだ。 ﹂ の彼の戦績からも明らかです。仮に実際の場合に Sが絡むとなれば猶更。 向こう が行動を起こし、そこにI " ﹁ですが、同時にこの未確認人物が不安要素であるのも事実です。仮にこちら側に引き ても、調査報告を見る限りでは学園への影響は薄いかと思われます﹂ 貰えるようにする方がリスクは低いかと思われます。彼に関係する未確認人物につい 下手に勝手に動かれるよりはある程度の情報を開示、その上でこちらの指示で動いて " は賛成です。現状、彼が有事に際して独力である程度対処が可能というのは学園入学後 ﹁私としましては簪様のご意向もあってというのもありますが、彼を引き入れることに り出す。 主の意を受けて虚はしばし脳裏で自身の意見を纏め、やがて口を開いてゆっくりと語 に問う。 一夏を引き入れることに対して是か否か。長年傍で支えてくれた親友でもある忠臣 ﹁虚ちゃんは、どう思う ? 1904 入れるにしても、そうした点や彼の人格などについて見定める機会を設けた方が良いか と﹂ 虚の言葉に楯無は無言で頷く。 ﹁そうね、確かにそれが良いのかもしれないわね。下手に独自に動かれるよりは、把握で きてる方が良いわけだし。けど、人格ね⋮⋮﹂ ﹁三年前のドイツの件は非常事態ゆえに致し方の無かったことかと。決して褒められた ことではありませんが、責めるわけにもいきません﹂ 彼はそんな優しくな ? ながら虚に言づける。 けを始める。そして実家より送られた一夏の調査報告のデータが入ったメモリを渡し 一先ずこの場における結論を出すと楯無は開いていたウィンドウを全て閉じて片づ ﹁そうね、一度腕試しも兼ねてそこらへんを検めさせてもらいましょうか﹂ かないという保証は無い故の懸念だ。 こもまた懸念事項の一つ。その優しくないと簪が評した部分、それが自分たちに牙を剥 れはつまり彼が非情さを持ち合わせているということを伝えているに他ならない。そ それは数日前に虚経由で伝えられた簪の言葉だ。敵と見なした相手に優しくない、そ いって﹂ ﹁そりゃ分かってるわよ。けど、簪ちゃんが言ってたんでしょ 第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ 1905 ﹁悪いけど、お父さんの方に言っておいてもらえるかしら 他に何か分かったら教え てちょうだいって﹂ ? 誰一人として存在はしていなかった。 して虚からそれらの報告を受けた煌仙は静かに微笑を浮かべるのだが、それを知る者は の疑いをこれっぽっちも湧き上がらせず、共に疑念を抱かせたのだ。そうして、程なく そして父親、あるいは先代当主、それらから来る絶対的な信頼感が楯無と虚に煌仙へ 友、武芸の師、それぞれを分からなくしていたのは間違いない。 ことだが、いずれにせよ煌仙こそがデータから二人の人間、隠蔽工作を行った一夏の親 う。他ならぬ煌仙こそが、データを弄った張本人だ。その真意は煌仙本人しか知り得ぬ それが煌仙から楯無に渡る間に不明となっている。聡い者ならばすぐに気付くだろ 師も、そのどちらも記されている。 など存在しない。警察の捜査が一夏に及ばぬよう隠蔽工作を行った人物も、一夏の武の 実のところ、メモリに記録された一夏の調査報告のデータ、その大本には一切の不備 た。 ある。そしてその事実こそが楯無と虚、二人に疑念を抱かせる根源的な原因でもあっ 一礼と共にメモリを受け取る虚。それは煌仙から直接楯無の下に送られたデータで ﹁かしこまりました﹂ 1906 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 ﹁それでは、改めてご挨拶をさせて頂きます。今回のプロジェクトの管理を務めさせて 頂いています、川崎です。本日はよろしくお願いします、斎藤初音さん﹂ 談である。面談と言ってもそこまで形式ばった堅苦しいものではない、と川崎は思って そんな彼のこの日の仕事の一つは新型機のテスター候補に選ばれた学園生徒との面 のであるため両機体に通じたスタッフが必須、などの理由からの抜擢である。 ていること開発する新型は白式と打鉄弐式の双方からデータをフィードバックしたも 既に川崎が掛かり切りになるべきという段階は過ぎ、別の仕事を任せられる状態になっ そして今回、彼は新型機の開発チームにおける要職にも就いた。白式、打鉄弐式共に 技術者の中でも中心メンバーの一角とされている人物だ。 発主任を務め、簪の打鉄弐式の開発に関しても深く関わっている、倉持技研に所属する 机を挟んで対面に座るのは倉持技研よりやってきた技術者の川崎。一夏の白式の開 音は学内に設けられた面談用の部屋の一室に居た。 いよいよ以って学園祭の準備、その主流に校内全体が乗ろうという某日。放課後に初 ﹁⋮⋮よろしく、お願いします﹂ 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1907 いる。勿論、ある程度定型文的な質問などもあるにはあるが、どちらかと言えば世間話 に近い感覚で改めて候補者の一人と開発陣の一人として一対一でゆっくり話したい、と いう意図がある。何故ならば、その方が相手の人柄というものが分かりやすい。 この後にも何人か別の候補の生徒が控えているが、この日の最初の面談者は初音で あった。同時に、彼女がこの面談の最初の相手となる。そして、既に辞退を表明したも う一人と共に川崎が個人的に気になっていた少女だ。 ﹁織斑、ですか﹂ 早期から伺っていたのですよ﹂ ﹁さて、実はですね。存じているかは知りませんが、こちらとしては貴女のことは比較的 ﹃やや寡黙﹄というものがある。 の後に改めて学園側に申し入れ受け取った学園側の評価、双方で共通している見解に もしれない。彼女のことを知る切っ掛けになった一夏からの推挙に添えられた言葉、そ なりに肩の力を抜いているということだろうか。むしろそちらの可能性の方が高いか 言ってはみたものの、眼前の少女の雰囲気は依然変わらない。あるいはこれでも彼女 ﹁⋮⋮はい﹂ してください﹂ ﹁とりあえずあまり肩肘は張らなくて結構ですよ。世間話でもするつもりでリラックス 1908 ﹁えぇ、そうです。どうやら彼の方からも既に聞いていたようですね﹂ ﹁私と司││沖田司が推挙をされた、ということは﹂ 寡黙とは言うが、ずっとだんまりというわけでも引っ込み思案というわけでもないら しい。彼女の意識は先ほどからこちらにはっきりと向けられているのが分かるし、必要 であろうことは言っている。察するに無駄な言葉は発しない、語るのは己の姿勢でを旨 としているのだろう。先ほどから眉一つ動かさない所からも、緊張をしていないわけで は無いのだろうが過ぎたるものではなく、自己を律するための程良い刺激にしているの だろう。年頃の少女としては珍しい硬派な姿勢だ。それが好ましいとも感じるし、改め て印象に残りやすい。 ﹂ ? 司を推挙した、ということまでです﹂ 楯無の妹の専用機の物をフィードバックすること。それを聞いた上で織斑が私と沖田 ﹁⋮⋮今回の新型が、織斑の白式の実質的後継であること。ソフトウェアの面では更識 ムーズに進むのは言うまでもない。 て い る か と い う こ と を 把 握 し て お き た い だ け だ。双 方 の 理 解 が 深 ま れ ば 話 も よ り ス 特に何か含む意図があるわけではない。単純に初音が現時点でどの程度事情を知っ いうのは、具体的にどのような ﹁では話が多少は早くて済みそうですが、念のために確認を。織斑さんから伺った話と 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1909 ﹁なるほど、機体の基本構想までは聞いていると﹂ それならば話が早い。説明もやりやすいというものだ。 計画の概要です﹂ ? 評判は二年の方にまでちょくちょく届く。おそらくは三年の方にも伝わっているだろ そこは初音としても同意するところだ。学園唯一の男子ということもあって一夏の は勿論、プロアスリートと比べても高いレベルでの勝負ができるほどに﹂ もしれませんが、彼の身体能力は非常に高い。同年代の多くと比較して圧倒しているの ﹁話を伺うに、斎藤さんは織斑さんと比較的親しいそうですのでもしかしたらご存じか ける。 示す。川崎も初音の些細な疑問を感じ取ったのか、その通りですと頷きながら説明を続 何となく察しはついている、だがそれでも僅かに引っかかったワードに初音が反応を ﹁⋮⋮扱いやすい ﹂ を発揮でき、なおかつより多くのパイロットが扱いやすい新型汎用機を作る。これが本 くれたデータ、これらをベースに従来の打鉄よりもより高いスペック、パフォーマンス れた出来に仕上がっています。そして織斑さんや更識簪さんが中心となって蓄積して ありません。現在の白式は第三世代機の名に相応しく、機体のトータルスペックでも優 ﹁既に聞いているとは思いますが、今回の新型は白式の実質的後継機、その点で間違いは 1910 う。 短い経験ながら、鍛えてきた技を地盤にして扱いの難しい近接特化機を操り、専用機 を持った代表候補と日々競り合っている。そして評判はISだけに留まらない。 もう一つが生身での戦闘能力の高さだ。むしろこちらの方が手に負えないというの が専らの評判である。聞けば護身術の訓練では最初の内から教師に並ぶ指南役に任ぜ られたと言うし、純粋な生身でも腕に覚えのある上級生が幾度か勝負を挑み、その都度 完勝を収めてきたとも言う。かくいう初音自身、彼に剣で勝負を挑み負けた口だ。次は あのようにはいかないというつもりはあるが。 まぁそんな評判から察することは十分にできるのだが、何より直接手合わせをして、 その後も時折稽古を共にしているからこそ実感している。一夏の身体能力は非常に高 い。単純な身体能力のスペック、その総合値では楯無すらも凌駕し得るだろう。あの二 人が直接ぶつかったという話はまだ聞いたことは無いが、正直ISならばともかく︵楯 無の勝ちは現状固い︶生身となればどう転ぶか分からない。例えば単純な膂力であった という括りに限定すれば現 り、敏捷性や柔軟性であったり、とにかくどれもが高いレベルにあるのは初音も実感を ISパイロット " 通じて理解しているところだ。 " 時点でも世界全体のトップレベルにあると言っても良い。正直、私は彼を上回るのは彼 ﹁実際のところ、彼の身体能力の高さは 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1911 のお姉さん、ここの織斑教諭以外に思いつかないほどです﹂ そこもまぁ分からないでもないと、初音は小さく頷いて同意を示す。 ﹁確かに、参考になりません﹂ た初音は紙を見るために伏せていた顔を上げて一言だけコメントをした。 された紙を見る。じーっと無言で紙に印刷された内容を見ていくこと数十秒、見終わっ やや歯切れの悪い川崎の言葉に何となく嫌なものに近い予感がしながらも初音は渡 いませんよ。それに、見てあまり参考になるかどうかは⋮⋮﹂ の生徒の皆さんも目にすることの多い項目の抜粋ですので、そこまで気にしなくても構 ﹁あまり口外をしないというのであればそれはそれで構いませんが、基本的にこの学園 ﹁これ、守秘性などは﹂ きた最近の白式の調整数値というものを見る。 最後の方が苦笑い気味なのに首を傾げつつ、一部ですがと言いながら川崎が手渡して が⋮⋮中々のものでしてね﹂ を手伝いの下行っているそうで。そのデータも我々は受け取っているのですよ。それ いうべきか更識簪さんと親交が深いという点を活かしてこの学内でもよく細かい調整 調整に積極的でして。勿論、我が社に直接お出で頂いてというのもありますが、幸いと ﹁中でも反応速度などは群を抜いて高いのですが、実は織斑さんは特にここ最近、白式の 1912 素直に思った感想を言う。川崎もその反応は予想通りだったのか、やはり苦笑いを浮 かべる。 も高い。男性、ということを差し引いても尚です。我が社にも機体テストのためのパイ ﹁見てお察し頂けたかと思いますが、要求される反応速度や身体の基本的な能力がとて ロットを務められる職員は幾らか在籍していますが、口を揃えて﹃体の方が持つか分か らない﹄と言う有り様ですよ﹂ りISのアシストの恩恵を大きくするために腕の筋肉の膂力や、負担に耐える筋肉のし 振る。より素早く、より強く、それらを両立させながら剣を振り続けようとするなら、よ きくした、加速によるGなどの負担に耐える頑強さが求められる。例えば近接戦で剣を い、もしくはコアの演算リソース確保のために敢えて軽減率を下げて受ける度合いを大 例えば瞬時加速、それを応用した種々の瞬間的な加速技術を用いるなら緩和しきれな さだ。 変貌していた。そしてその第一であり最重要とも言える条件が基本的な身体能力の高 プの下で調整を行って来た白式は、いつの間にか最初の状態以上に乗り手を選ぶ機体に 細々とした説明は敢えて省くが、一夏が本人的には納得のいくように簪や本音のヘル れば誰だって無理かと﹂ ﹁でしょう。私も⋮⋮正直怪しい。近接戦と、基本のフィジカルを相当に鍛えていなけ 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1913 1914 なやかさや関節の柔軟性を要求される。 機密事項故に初音も川崎も仔細を知らされていない過日の学年別トーナメント第一 学年の部で発生した事故、その際にラウラの駆るレーゲンが起動させたVTシステムも 危険性の一部はこのことに関連する。先の事件で発動したVTシステムは現役のIS 乗りとしてほぼ絶頂の時の千冬、時の彼女が纏っていた暮桜の動きを機械的ながらもほ ぼ完全に再現していた。であれば当然、自由意志は無いとはいえ機体の乗り手でもある ラウラもその動きを強制的に行わされていたことになる。そして偽の暮桜が行ってい た挙動はラウラの身体能力で行えるレベルを上回るものだった。ここまで来れば凡そ の人間が察することだろう。ハードウェアにスペック以上の働きを要求すればどうな るか、壊れるのが当たり前だ。ラウラの場合に関しては救出も比較的早かった事があ り、しばらく体の各所の痛みに悩まされる程度だったが、それでもVTの危険性を示す には十分だ。 話を戻す。結論のみを簡潔に言えば、今の白式は一夏の身体能力や蓄積させてきた技 術があってこそ操れるものであり、それを満たさない者が駆ったところで振り回される のがオチというわけだ。その事実を十分に理解しながら初音は乗り手を自身に置き換 えて考える。 果たして自分が白式を駆る時、どれほど十全に操れるのか。一口に近接戦と言っても タイプは色々だが、同じ 刀 を主眼に置く剣士として白式は相性的には初音に通じて " いるという自信はある。近接戦という枠に限れば性能も十分に高い。その上でいざ白 " ﹂ ﹂ 式、あるいは同等の機体を得た時に満足に動かせるか、考えて僅かに眉間に皺が寄る。 ﹁一つ、聞いても ﹁はい、何でしょうか ? ? ﹂ ? ﹁私は、IS乗りである前に一人の剣士です。それは、織斑もおそらく同じ。私も、純粋 それだけ聞ければ十分だ。なればこそ、決意は固まった。 ﹁⋮⋮そうですか﹂ 女も例外では無い﹂ その者の望むチューンを、改装を、可能な限り行うつもりです。それは勿論斎藤さん、貴 い。ですが、例えばこの選抜で選ばれた生徒のように専用的に扱えるのならば、我々は 塵を拝するものとなるでしょう。先ほども言ったように、今の白式は常人には扱いにく ﹁今後、新型が正式に打鉄に代わる存在となれば、その性能やチューンは流石に白式に後 静かに、だが重みを以って発せられた初音の問いに川崎もゆっくりと頷く。 ﹁不可能ではありません﹂ と ﹁今回の新型、白式の実質的後継機。つまり、やろうと思えば白式と同等の機体にできる 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1915 な私だけの力で示します。この新型、勝ち取るのは私のみだと﹂ 脳裏に親友の顔が過った。彼女のこともあると言えば嘘では無い。だがそれ以上に、 初音自身がこの選抜を勝ち抜きたいという意思の方が勝っていた。 ﹁その後、沖田さんの方はどうされていますか 私もある程度の事情は伺っています れは初音の親友、とある事情により辞退をした司のこと。 りのないものだが、一つだけおそらく初音との間にしか出ないだろう話題もあった。そ その後も少しの間だが会話は行われた。やはり内容はこの手の面接として当たり障 程での貴女の活躍、楽しみにさせて頂きます﹂ ﹁なるほど、良い目です。貴女の決意、確かに聞き届けさせて頂きました。今後の選抜過 1916 ﹁そうですか。││慰め、と申しますか励ましと申しますか、もしも今後、沖田さんがそ ﹁いえ。司も、前向きではあるので﹂ ﹁そうですか⋮⋮。何かと大変でしょう。心中、お察し致します﹂ その辺りで先生と話しているはずです﹂ 部活も、少々休みがちです。⋮⋮正直、整備課への転科も現実味が深まってます。今も、 ﹁⋮⋮特に変わりは無く。ただ、今後のこともあるので教師との話し合いは増えました。 話しづらいなら無理にとは申しませんが﹂ が、やはり彼の推挙ということで注目もしていたので少々気掛かりでして。あぁいえ、 ? ちらの方面での進路を考えているのでしたら、将来的には是非我が社も視野に入れて欲 しいとお伝え下さい﹂ 不意の言葉に初音はどういうことかと小さく首を傾げる。 ﹁もちろん、入社に際しては我が社の方で求める能力が要されますが、それをクリアでき ればむしろ願っても無いことなので。資料として沖田さんの経歴や戦績、実際の映像な ども拝見させて頂きましたが、素晴らしい腕前です。彼女のように乗り手としての高い 経験もある技術スタッフというのは願ったりですからね﹂ と考える。この辺りはやはり現代的な少女の性というやつだろうか。何もすることが 用を全て済ませた初音は手持ち無沙汰となってしまったためにこの後どうしたものか 部屋を出た初音は近くで待っていた次の生徒にそろそろだと伝える。それを以って ﹁失礼しました﹂ 思えた初音が浮かべた表情、それは小さな笑みだった。 に僅かな変化が生じる。川崎もかろうじて気付き、気付いたからこそ話して良かったと 小さな、本当によく見なければ気が付かないほどの小ささだが、初音の浮かべる表情 ﹁⋮⋮一応、話してはおきます﹂ 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1917 思いつかないとふと携帯を取り出してメールなりのチェックをする。 ﹂ ? スクに座したまま一夏を迎えた楯無の姿に、瞬時にこの前とは別件かつそれなりに真面 もするわけにはいかないので素直に生徒会室に向かった一夏だが、最奥の生徒会長用デ 徒会室への呼び出し。またこの前の学園祭の頼み事に関することかと思いつつ、無碍に 同時に届いた簪からのメール、そこに記された楯無からの要件ありという理由による生 放課後になり程なくして、一夏は再び生徒会室に足を運んでいた。HRが終了すると ﹁いや、こっちも予定詰まってるってわけでもないんで﹂ ﹁またまた急な呼び出しでごめんなさいね﹂ 内容は要約するとこのようなものであった。﹁織斑一夏vs更識楯無 in 道場﹂ う先は武道系の部活や授業のために設けられた道場の一つ。送られてきたメール、その いた。そして読み終えると同時に携帯をポケットに仕舞うと早歩きで動き出す。向か に表示された文面を読み進める内に初音の表情は見る見るうちに険しいものになって 同じクラスの生徒だ。珍しいと思いつつも何事かと思い送られたメールを開く。画面 ちょうど運良く、というわけではないのだろうがメールが一通届いている。差出人は ﹁ん 1918 目な話ということを察する。 ﹁それで、今度の要件は何ですか どうにも雰囲気が少しばかりマジなんですが﹂ 君は、自分で自分のことをどう思っているのかしら ﹂ ﹁そうね。マジ、うん。結構マジね。ねぇ一夏くん、一つ質問をさせて貰って良いかしら ? ? なので疑問は残しつつも真面目に答えようと考える。 またいきなり意味不明な問いで来たもんだと思うも、一応雰囲気自体は真面目なもの ? そりゃあ、世界初で現状唯一の男の ? ない。そこは楯無も理解したのか頷いて了解の意を示す。 うだと思っている。口ぶりこそ軽いものの、言う様は大真面目だ。欠片もふざけてはい 別に謙遜をしているわけではない。大真面目に、心から、一夏は自分という人間がそ らの一般市民の男子高校生A程度のもんじゃないですかね﹂ てる方が楽しいですし。ISのアレコレだとか武術だとか、そんなのが無ければそこい い物の好き嫌いや人付き合いの好き嫌いだってあるし、学校の勉強よりダチと馬鹿やっ 個人という人間はそんな大層な人間でも無いと思いますよ。頭の出来だって人並み、食 いうか変わってるというか、そういう部分があるのは自覚してますけどね。けど、オレ IS乗りだとか、この辺自覚はありますけど武術家としてのレベルとか、そりゃ特異と ど、そんな大した人間でも無いとは思いますよ ﹁そ う っ す ね ⋮⋮。ど う っ て 言 わ れ て も す ぐ に こ う だ っ て 言 え る わ け じ ゃ な い で す け 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1919 君の言う通り、君は至って普通の男の ﹁そうね、確かに君自身の言う通り。実はね、君のことは簪ちゃんからちょくちょく話は 聞いていたのよ。別に悪い意味じゃないわよ 別な人間﹂ 子よ。けど、それは君自身の人間的、人格的な話。公の立場にある君は、紛れも無く特 ? オ リ ム ラ イ チ カ と 願 っ て い る け ど、 私 た ち 更識 と い う 国 家 に 仕 え る 者 に と っ て、 " も、ね﹂ ? んですけどね、簪がオレと絡むのは結局││﹂ 嬢とそれなりに仲良くやってるわけですわ。で、さっきの貴女の言葉でちょっと思った ﹁自意識過剰乙、なんて言われたらそこまでなんですけどね。オレは簪と、貴女の家のお 楯無としてそれを拒む理由は無い。特にどうということも無く続きを促す。 話を遮っての一夏の質問。だが一夏に関することであれば可能な限り引き出したい ﹁一応、お察しはしますよ。⋮⋮一つ、聞いても良いですかね ﹂ ﹃世界唯一の男性IS適格者﹄は見過ごしておくことはできない存在なの。良くも悪く " 家が特殊な存在ということを知っている。なら、その辺りの事情の理解もしてもらえる ﹁簪ちゃんから軽く話は聞いているって聞いたけど、君は私や簪ちゃんの家、更識という 否定できない事実の指摘に一夏も肩を竦めるしかない。 ﹁困ったことに、そうなんですよね﹂ 1920 ﹁それは無いわ﹂ 一夏が言わんとすること、それを察した楯無はすぐに否定する。 ウ チ にとってはプラスになる。そういう面が多少なりとも含まれているのは事実だけど、同 ﹁そうね、まったくってわけでもない。何だかんだで君との良好な関係ってものは更識 時に簪ちゃんが純粋に友人として君と接しているというのも、紛れも無い事実よ﹂ ろあるじゃない だから友達付き合いとか大丈夫かなーって私も結構気にしてるの ﹁そりゃもちろん、あの娘のお姉ちゃんですもの。ほら、簪ちゃんって結構風変りなとこ ﹁言い切るんですね﹂ 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 ﹁ちょっと驚いたわね。なんて言うか、そういうのを気にするなんて﹂ 割と本気で安堵した様子の一夏に楯無も意外そうに首を傾げる。 ﹁さいですか。けどまぁ、ちゃんとしたダチってなら良かった﹂ よ。だから、その点に関しては君にも感謝の念はあるわ﹂ ? その答えに楯無も微笑を浮かべる。 とはダチと思ってるんだから﹂ た相手が実は打算だけってのは流石に寂しいでしょうが。こっちは大真面目に簪のこ 一カ月半の男子ですよ。別に打算ありきの付き合いでも良いですけどね、ダチと思って ﹁さっきも言ったでしょうよ。オレって人間は結局普通の青春まっただ中の十五歳と十 1921 ﹁そう。あの娘のお姉ちゃんとしてその言葉は素直に嬉しいわ。そして、できれば私も 君とは仲良くなりたいとは思っている﹂ 私は 更識 楯無 なの。君という存在が、未だに不明瞭である以上は早々簡単に事を " ? 瞭であるということ﹂ ﹁つまり、その不明瞭な部分をオレ自身で明らかにしろ、と ﹂ いかない理由、それはさっきも言ったように私たちにとって君という存在が未だに不明 た暁には色々と表にはできないような話もしなきゃならないから。そしてそう簡単に てくれたとしてそうホイホイ入れるわけにもいかないの。何せ、こちら側に着いて貰っ ど、お願いをする立場で勝手なことを言ってるって自覚はあるけど、仮に君が話を受け たちの、そうね。今のところは生徒会って認識で良いかな。その側に着いてほしい。け 今度の学園祭にも関連することだけど、その裏事情ってものについて君には是非とも私 ││ちょっと話が寄り道しちゃったけど、私が君をここに呼んだ本題を伝えるわね。 運ぶわけにもいかない。 " も、君も、特別でも何でもない普通の男の子と女の子なら話は簡単なのだけど、生憎と ﹁ありがとう。けど、けどね。残念なことにそう上手くは行かないのよね。私たち姉妹 オレも同意させてもらいますよ﹂ ﹁そりゃどーも。まぁ友達の身内と仲が悪いってのもどうかと思いますからね。そこは 1922 ﹁そうね、その認識で構わない。けど、もしかしたら聞いても君からは言ってくれないか もしれない。ならばどうするのか、こりゃもう私たちが折れるしかないのよね。一か八 か、君を信じるという選択を取るってことしか。だから、せめてそれだけは、君が私た ちが信じるに値するかどうか、それを確かめたい﹂ そう言って楯無はデスクから立ち上がると一夏の目の前まで歩いてくる。 ﹂ ? 顔だ。 答えなど決まりきっていた。 ﹁必要な手配は既にしてある。後は君の承諾だけ。一手、手合わせを願えるかしら ? 学園敷地内の一角、そこは普段ならばそこでの用がある者のみが出向き、それ以外の ﹂ レベルでこの先の展開を分かっている。だがその上で敢えて聞いているというような 聞く一夏の顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。何となく、いや、ほぼ確信に近い ﹁それで、どうすると て自覚はあるし、君と同じように武術家ってものへの自負もそれなりにはある﹂ なのよ。お家柄ってのもあるけど、結構色々仕込まれていてね、腕もそれなりに立つっ ﹁聞くに君は武術家としての自負ってやつが中々に強いらしいじゃない。奇遇ね、私も 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1923 あのバカ 時はほぼ立ち寄る者など居ない場所だ。敷地内に幾つかある道場、だがこの日に限って そこにはギャラリーの塊ができていた。 に喧嘩吹っかけたってわけ ﹂ ﹁ちょっと違う。お姉ちゃんの方が仕掛けた﹂ ﹁だとしても、なんでまた﹂ ﹂ ? ﹁そう、だな。一夏はいつも通りだな。普段と何ら変わらん。特に気負っている様子も ﹁どちらもだ﹂ ﹁どちらだ ﹁篠ノ之、どう見る﹂ た結果、現在に至るというわけだ。 に同じ専用機持ちや候補生、学内限定のコミュニティページなどを使って情報が拡散し 知れ渡っているのだが、その情報をいち早くキャッチしたのが簪だ。そして彼女を起点 集ったギャラリーの存在が示すように、一夏と楯無の突然の試合は既に学内の広くに いるが、同じギャラリーの最前には一年の専用機持ちの他の面々も揃っている。 ギャラリーの最前、いち早くやってきた鈴と簪がそんな言葉を交わす。少々離れては ? ? ﹁さぁ、お姉ちゃんにはお姉ちゃんなりの考えがあるんじゃない ﹂ ﹁まったく、いきなりクラスの娘からメール来て何事かと思えば、一夏は今度は生徒会長 1924 無い。事の経緯は知らんが、この様子だと案外重大な理由でも無いと思うが、何にせよ 普段の調子を崩していないのは大きい﹂ ラウラが隣に陣取る箒に道場の中央で佇み、互いに手足を回したりなどのウォーミン グアップを行っている両者の見立てを問う。 り気負っている様子でも無さそうだ。そこは一夏と同じだな。あとは││どうにも掴 ﹁そして更識会長の方だが、どうにも分からん。あの人の普段の様子など知らんが、あま みどころが見つからん。雰囲気が飄々としていると言うか、どうにも厄介そうだ﹂ の最低限の心得として軍でそれなりに格闘術も教えられた。けど、結局は心得止まりな 底及ばないんだから。実に満足できないことにね。君もそうだし、僕もだけど、候補生 ﹁仕方がないよ、セシリア。ISならともかく、こういう生身じゃ僕らは織斑くんには到 がわたくしたちの為したことではないというのは少々悔しいですわね﹂ ﹁さて、この勝負でどれほどに織斑さんの深部を見られるのか。仮に叶ったとして、それ それはセシリアとシャルロットも例外ではない。 はラウラ以外にもこの場に集ったギャラリーの中でも一夏を知る者が共有するものだ。 う両者の全てを見抜かんとする意気込みの表れだ。その意気込みには理由があり、それ ラウラは眼帯を外し、秘められた片目を表に出していた。始まる前からして、立ち会 ﹁そうか﹂ 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1925 んだよねぇ。彼の場合は、文字通り人生そのものなわけだし﹂ ﹁おそらくだが、可能性は高いだろうな﹂ 識楯無にそれだけの実力があればの話となるが。 を見ることが叶うのではないかという期待を抱いていたのだ。もちろん、相手である更 そうして今まで誰もが実は目にした事の無かった織斑一夏の武人としての全貌、それ アイツ手が付けらんねぇ誰か何とかしろマジで︵要約︶﹄的なことを言ったほどだ。 そ少ないものの、夏休み後の授業で一夏をその手の練習をした面々は口を揃えて﹃もう が高いだろう眼帯を外し本気になったラウラでさえも届かなかった。更にまだ回数こ 表情を欠片も崩さないままに練習の組手では相手を封じ込める。一夏を除き、特に実力 特に臨海学校以降はそれに輪が掛かっており、少し穏やかになったと言われる普段の いからだ。 にはない。理由は至極単純、生徒の誰一人としてそこまで一夏に迫ることができていな 状態において一夏が本気、あるいは全力を出したことは少なくとも集まった面々の記憶 は幾度と無くあった。だがその本来の技量を制限されたISでならばともかく、生身の 授業で行われる護身術指導を始めとして、ISに限らず生身でも一夏が技を奮う場面 りませんわね。興味深く、観戦させて頂きましょう﹂ ﹁その努力と勝ち得た実力には素直に敬意を表しますが⋮⋮。いえ、今は言う時ではあ 1926 静かにラウラは呟く。聞き取ったのは隣に立つ箒だけだ。箒の意識が自分の方に向 いたことに気付いたラウラは説明するように言葉を続ける。 初めてだが、あの女はISの業界では少々名が知れていてな。どういう経緯かは知らん ﹁あのサラシキという生徒会長、実力は間違いなく本物だ。実物を見たのはこの学園が が、特別研修とやらの名目でロシアに特別訓練生として派遣されたかと思いきや、ちょ うど当時のロシア国家代表が一線を退き後釜の決まらないまま空いたその座に、正式な 代表が決定するまでとは言え代理で納まったという﹂ ﹂ ? にやることは間違いない﹂ によってはこのような形での試合は本領ではないかもしれんが、それでもそれなり以上 シアがその座に納めたくらいだ。伊達で無いのは間違いない。用いるISのスタイル に並ぶというわけだな。実力差はどうか知らんが、曲がりなりにも代理とは言えあのロ ﹁そういうことだ。つまり、肩書の上では教官││織斑先生や私の母国でのとある上官 あると公に認められた証に他ならない。 たと言って良い今でも、その肩書はISを保有する国家においてIS乗りとして最上に の折だ。国家の代表操縦者として選出された故の国家代表。件の競合自体が殆ど潰え 国家代表、その言葉が生まれたのはかつて二度だけ行われたISの国際的な戦闘競合 ﹁つまり、正式ではないとは言え国家代表の一員ということか 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1927 国家に正式に所属登録がされたIS乗りはその殆どが各国軍部の預かりとなる。で あれば、先のセシリアやシャルロットの会話にあったように相応の戦闘技術も修めてい る。そして仮に近接戦を行う機体の乗り手ならば、その実力は格闘技のプロたちと比べ て何ら遜色はない。 一つの例としては米国国家代表のイーリス・コーリングが挙げられる。ほぼオールレ ンジに対応するとは言え、ファング・クエイクという近接型の新鋭機を操る彼女はその 技術の下地にボクシングを選び学んでおり、純粋それだけでもトッププロ級の腕前とい う。そしてもっと分かりやすい例が千冬である。こちらに関しては言わずもがな。更 に付け加えるならば別例としてドイツの元国家代表エデルトルート・フォン・ヴァイセ ンブルクが挙げられる。ISこそ砲撃戦のスタイルだが純粋な生身の実力でも相当な ものであり、同時に剣の名手でもあるという。 小さく喉を鳴らして唾を呑み込み、箒は改めて道場の中央に立つ両者を見る。勝敗の ﹁⋮⋮﹂ 行方だとかどっちの勝ちを望むとか、そんなことはまるで考えていない。ただ、これか ﹂ ら見る全てを糧とすべく目に焼き付けてやろうという意思のみがあった。 ﹁さて、そろそろ頃合いかしら ? 1928 ﹁です、ね。んじゃあまぁ、やりますか﹂ ﹂ ﹂ そんな風に軽く言葉を交わして一夏と楯無は改めて向かい合う。 何かしら ﹁あぁ所で会長さん。一つ聞いても良いですか ﹁ん ? ? 言ってたんですけど、マジですか ﹂ ﹁いやね、簪にお宅のお家事情ってのをチョロッと聞いた時に、何か忍者の家系とかって ? ? ﹂ ? ﹂ ? ガクッ、もしくはズルッと、ギャラリーの一部が崩れるような気配が挙がった。簪は ﹁ドーモ、サラシキ・ニンジャ=サン。オリムラ・イチカです﹂ た。 両手を胸の前でピタリと合わせてキビキビとした動きで腰を折って挨拶の口上を言っ る。そんな彼女の様子などお構いなしに一夏は背筋を伸ばし居住まいを正すと、開いた はて、いま忍者の読み方が妙に変だと思ったのは気のせいだろうかと楯無は首を傾げ 思ったんですよ。ニンジャ相手なら ﹁あぁいや、だったら一応礼儀というか、ちゃんとした試合の手順は踏んどかなきゃって く覚えてないのよ、必要ないから。実家行けば分かると思うけど、それがどうしたの な有名どころってわけでも無いんだけどね。実は私もそこらへんは細かいところはよ ﹁そうねぇ。一応、そういうのが源流にあると言えばそうね。ただ、伊賀とか甲賀みたい 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1929 崩れこそしなかったものの、額に軽く手を当てて﹁アイツやりやがったよマジで⋮⋮﹂と 言いたげな様子を示している。同時に携帯で数馬に事の流れを送っており、それを見た 数馬が爆笑することになるのだが、それは今はどうでも良いので置いておく。 ﹂ ! 明確に理解した最善に陣取る者達を始めとする一部の面々は改めて緊張の面持ちとな るギャラリーの発する空気をいとも簡単に塗り替えた。その事実が指し示すところを れた。たった二人、一夏と楯無が臨戦態勢に入った気配はそれより遥かに多い人数であ もまた構えることで応じる。直後、脱力しかけていた場の空気が一瞬にして緊張に包ま それはそれでマーイーカと思ったのか、一夏はスッと流れるように構えを取り、楯無 け言う。 れっぽいことで流そうと楯無はペコリと頭を下げながら﹁よろしくお願いします﹂とだ AA略ということで。正直何のことだからもうさっぱりだったので、とりあえずそ で。というわけで会長││お辞儀をするのだ ﹁あー、とりあえず適当に挨拶を返してくれりゃ良いですよ。あぁでも、お辞儀は必須 を出すことにする。 は不真面目なのか、判断がしにくい。そんな楯無の困惑が分かったのか、一夏も助け舟 どう返せば良いんだろう、それが楯無の率直な感想だった。丁寧なのか、それとも実 ﹁えーっと⋮⋮﹂ 1930 る。 ﹁いざ││﹂ さながら相撲の立ち合いの如し。互いに呼吸を合わせたかのように同時に動き出し、 ﹁参る││﹂ 次の瞬間には腕が交差していた。 繰り出された一夏の拳、一見すれば普通の拳に見えるが、その実は必殺を狙ったもの 無い。精々が三十秒と少し程度だ。それはあまりに唐突だった。 体感するほどに密度の濃い内容だ。故に実際に技が交わされたのは時間にして一分も き動きの柔らかさで軽やかにかわしていく。一秒一秒がそれ以上に長く見える、それを 繰り出される技の応酬、奮う剣のごとく鋭く放たれる一夏の拳や蹴りを楯無が水のごと 始まった手合わせは素人目で見たとしてもハイレベルと言えるものだった。高速で 様の反応はギャラリーの多くが共有している。 箒の口から驚愕とも、戦慄とも取れる呟きが漏れる。直接口に出してこそいないが同 ﹁一夏っ⋮⋮﹂ 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1931 かもしれない。ギャラリーの目にはそれは定かではないが、何にせよ一夏が一撃を繰り 出した。直後、一部の者はまるで楯無の動きが一夏と一体化したように見えた。そうし て殆どの者の目に見える形で映ったのは、いつの間にか一夏の懐に潜り込んだ楯無がガ ラ空きとなった一夏の胴に一撃を叩き込み、受けた一夏が驚愕の表情と共に数歩後ろへ 下がり膝を着いた光景だった。 ﹁⋮⋮﹂ 誰もが無言の中、楯無は静かに一夏を見つめている。間違いなく会心のクリーンヒッ トを叩き込んだはずなのに、その表情には喜びなどのプラスの色は欠片も無い。むし ろ、より警戒を増しているようにすら見える。 ﹂ ﹁本番は││これからよ﹂ から普段の軽さが完全に抜けているのが分かった。 首を横に振り否と言う。ギャラリーの内、多少なりとも楯無と交友のある者はその声 ﹁いいえ、違うわ﹂ に否定で反応したのは他ならぬ楯無だった。 静まり返った道場ではその呟きも全員の耳に届いていた。そしてその呟きにまっさき 呟いたのは誰だったのか。ギャラリーの内の一人だろう。小さな声だったが、シンと ﹁会長が、勝った⋮⋮ ? 1932 第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達 1933 それはどういうことか、誰かが訪ねようとした。だができなかった。ギャラリーの誰 もが言葉を発することができなかった。理由は単純、それどころではなくなったから だ。これから││楯無がそう言った瞬間、両者が構えた瞬間の緊張すらぬるま湯に感じ る、寒気に近いものが全員の背を走り抜けた。 楯無は静かに前方のみを見つめている。ギャラリーを襲った寒気、恐怖感という正体 の発生源はその視線に先にこそあった。 そこにあるのは依然床に膝を着いた一夏。だがその目線は上を向き、真っ直ぐに楯無 を射抜いている。そしてその瞳にはただ一色、闇が広がっていた。 第五十八話:流水 対 修羅 手強い││そう認識したのは仕掛けてから二手目だ。師という例外中の例外を除い て、生身の状態で一夏にそう感じさせた直近の記憶はあのゲイ││もとい蛇駆・欧だ。 だが目の前の少女、更識楯無はそれを上回ると一夏の思考は瞬時に判断を下した。総 合的に見ても蛇駆よりは上回っているだろうし、結果としては勢い任せ地力任せのゴリ 押しが通じた蛇駆とは異なり、ただ技を叩きつけるだけでは勝機は殆ど見えない。 回避。続く三手以降はより出力を上げていく。この段階で既に同級生たち相手には出 二人が引き出せるかというレベルで始めた。そして結果はあっさりと余裕を持っての 言え同級生たち相手には殆ど一切、ラウラや箒と徒手空拳での組手をした時にギリギリ 初手、二手目││楯無が実力者であるという確証は持っていたため、抑えているとは 挑んでいる。 を抜いては居ない。引き出す分こそ限ってはいるが、その上で一切の容赦もない本気で 撃を繰り出す。初手から全てを出してはいない、様子見にあたる段階とはいえ決して気 鋭く息を吐き出すと共に空気を切り裂きながら絶え間なく拳と蹴りを織り交ぜた攻 ﹁シッ﹂ 1934 したことのないレベルだ。視線こそ向けないが、ギャラリーの中にある知己の面々が驚 きを露わにする気配を感じる。仮に彼女ら相手にこの状態で相対したとすれば、文字通 コチラ り何もさせずに無力化をできるだろう。級友たちには悪いが、それだけの実力の開きが あるのは事実なのだ。なにぶん学業ではむしろ劣等生の身の上、せめて実技でくらいは 勝っておかないと格好がつかない。 さて、では相手の楯無はどうかと言うと、出力を上げても依然変わらずに対処を続け ている。こちらの攻撃をいなし、かわし、逆に反撃をしてくる。無論一夏も素直に相手 の技を受けるつもりは無いので同じようにいなしかわし、反撃する。その繰り返しだ。 接近し、互いの制空圏が重なっていることで両者共に相手の動きを反射に近いレベルで 感知し対応している。加えて、共に技の交差の最中であっても冷静な思考の維持を是と する静の武人。ギャラリーがどよめく高速での技の応酬の最中でも次の仕掛けの練り、 相手の分析は途切れることなく行われていた。 ︶ ? ころでかわす。お返しとばかりに回し蹴りを出してきたのを、今度はしゃがんでかわし る。それを振り払いながら前蹴りを出せば楯無は僅かに後ろへ身を引きギリギリのと こちらが貫手を繰り出し捌いた楯無がそのまま懐に潜り込んで投げを取ろうとしてく 技の応酬が始まって十秒少々経ってから一夏の思考の片隅に一つの違和感が生じた。 ︵なんだこの感じ⋮⋮ 第五十八話:流水 対 修羅 1935 て足払いに繋げようとする。 絶え間ない技の応酬と互いの手の読み合い、戦略構築の中でごく小さいながらも生じ たその違和感を一夏は無視しなかった。伊達に人生の殆どを武道に費やしてきたわけ ではない。師に弟子入りしてからは修行の一環とはいえそれなり以上の状況に直面し たことはあるし、少々恥ずかしながら一夏自身でも路上の喧嘩などで、いわゆる勝負勘 というものは培ってきた。こんな仕合の只中に生じた違和感などその勘の産物以外に ありはしない。 そしてただ違和感が生じたからと言って漠然と警戒するだけではまだ足りない。そ の違和感が何なのか、より理論的に解して正しい対処を取るために意識を新たにして再 度楯無の動きを観察する。だが始めから特に変わって見えるところは無い。あるいは このまま千日手になるのではと予測がチラつくくらいに延々と攻防が続く。 ような回避はそうした頑強性の不足をカバーするため、ついでに無駄な体力の消耗を避 発達という点で男女の有利不利が生じるという事実を避けることはできない。流れる 見れば分かる当たり前のことだが、楯無は女性だ。生物学的にどうしても身体能力の つを思い浮かべる。だが楯無の場合は格別と言える。 当てにいった拳を流され、ある意味当然と言えば当然なのだが手応えの無さに諺の一 ︵それにしてもこの感覚、暖簾に腕押しってやつかね︶ 1936 けるためだろう。理に適っている。 更に楯無の動きは中々に掴みどころを見つけにくい。続く技の応酬は目まぐるしく 状況を変えている。その状況状況に応じて最も適している動きを選択、流れるように 取っている。 は今は問わないでおく。 ? 不足も挙げられるか。 の高さ、それこそが仇になったと言える。加えるとすればもう一つ、相手に対する情報 一夏が気づかなかった原因は何か 強いて上げるとすれば彼の武人としての自負 を引き出すことになったのだから、それはそれで一つアリとも言えるのだが、その正否 避けられたかもしれない。とは言え、その展開があったからこそ仕合はより互いの深奥 思い立った時点でもしも彼がその意味するところに気付いていればその直後の展開は 一夏はここで気付くべきだった。水の流れを纏うかのような楯無の動き、その表現に ものに変え、自在に形を変える流水││ だと言う。こうして直に相手をするとなるほどと思う。受けた衝撃を散らし無意味な 前に楯無がISを駆るところを目撃した箒の談によれば楯無のISは水を操るもの ︵まさしく水、か︶ 第五十八話:流水 対 修羅 1937 1938 紛 れ も 無 い 事 実 と し て、一 夏 は 十 代 と し て は 最 高 峰 の 域 に あ る 実 力 を 有 し て い る。 持って生まれた際、それを育てた師、積み重ねた修行などの経験、どれも特上の物が揃っ ている以上はある意味で必然だ。少なくとも一夏と同年代で彼より明確な差を付けて 上の実力を持っているのであれば、それはもう彼の師やその盟友に匹敵するイレギュ ラーだ。そんな存在、世界には早々存在しない。 十代に限らず、より上の年代を見ても彼を打ち負かせる人間は少ない。可能性はある かもしれない、というレベルならそれなりには居るが勝ちが確実視できるとなればその 数は激減する。当てはまるとすれば、武人として今の一夏より明確な格上としてある者 くらいだろうか。そんな強者としての自負、それは本人すら気付かない、叱責できると すれば彼の師くらいしかいない極めて希薄な慢心、でなくば枷となったいた。己こそ強 者、その自負の強さがである。 そしてもう一つの理由が楯無という人間そのもの。 先に挙げた一夏に勝ち得る可能性を持つ者、その枠組みには彼女も含まれる。流石に 確実にというわけでは無いが、可能性自体はむしろ高い方だ。武人としての総合を見る のであればむしろ一夏の方が若干ながら上回っている。だが今の状況、無手での仕合に おいてはその限りでは無い。忘れてはいけないのが、一夏はあくまで剣士こそが本業だ ということ。師の方針で無手も十分に鍛えられているが、剣こそが本領であること、そ の本領に比して無手はやや劣ること、それは厳然たる事実だ。 対する楯無はその真逆。各種武器術も十分なレベルで習得しているが、最も得意とす るは無手による戦い。両者の違いはそれぞれの師を考えればごく当然のこと。片や剣 を極めた者、片や無手を極めた者、より得意とするのが師の専門分野であることはある のは想像に難くない。 即ちこの戦いは総合的に見てほぼ互角の、だが本領で無い一夏と本領である楯無とい う構図になっている。この時点でどちらに優位に働くかは議論するまでも無い。 そしてもう一つの情報の差。一夏は楯無がどのような戦い方をするのか殆ど知らな い。対する楯無は一夏がどのような戦い方をするのか、記録を見ることで情報として 知っていた。ごくシンプルなそれだけのことだが、これも大きく響いたのは確かだ。 そして、以上の要因が機能したことにより一夏は仕合が始まったその瞬間より楯無が 狙っていた仕掛けに気付けなかった。 そしてその瞬間は訪れる。 ﹂ !? なければ良い。当たることに、接することに、意味がある一打を放った瞬間にそれは起 小さな、だが確かな驚きの声が一夏の口から洩れる。流されるのであればそれを許さ ﹁なっ││ 第五十八話:流水 対 修羅 1939 きた。 確かに当てにいった一打、それは紙一重の所で楯無に躱される。そしてその光景は一 夏の目にはまるで拳が楯無をすり抜けたように見え、次の瞬間にはピタリと一夏の動き の流れに完全に合わせながら懐へと潜り込んでくる楯無の姿を捉えていた。そして拳 を躱されたその瞬間から変わらずにあること、それは楯無と一夏の視線が交差したまま ︶ ということ。そして、いつの間にか楯無の纏う制空圏が薄皮一枚レベルまで絞り込まれ ていたこと。 ︵馬鹿な、これはっ から。それを知らない二人は共にこの技を 頂点と信じる 師の唯一、そしてそれを伝 " 共に感じた衝撃は同じ、だが状況が違う。特に何かを迫られているわけでもない状況 の瞬間に一夏と続く形でだ。 授された自分だけの技と思っていた。その認識が覆された。数日前に楯無、そして今こ " い盟友関係にある二人の師。この技はそんな二人の師が共同で編み出したものなのだ 全く同じ疑問を一夏は楯無に対して抱いた。理由は極めて単純。互いの弟子は知らな 何故この技を生徒会長が、奇しくも数日前の楯無が影像での一夏に対して抱いたのと 技、師より奥伝の一つとして伝授された技法なのだから。 それが何であるか、一夏はすぐに気付いた。当然のことだ。それは一夏もまた使える ! 1940 故に何事も無く対応ができた楯無。対する一夏は仕合の、それも危機の真っ只中。そし て一夏に関して言えばこの状況下でその衝撃はあまりに決定的なものだった。スルリ と一夏の懐に潜り込んだ楯無、その眼前に晒された一夏の胴はがら空き状態だ。すぐに 後ろへ下がり間合いより抜け出そうとするも既に手遅れ、それよりも早く楯無の一撃は ﹂ 繰り出された。 ﹁ぐぅっ ほか響いたダメージに思わず膝をつく。 れず数歩後ろへ下がらずを得なくなる。そして楯無からやや距離を取った所で思いの てしきれなかった不安定な状態での一撃だったために、流石にバランスを保ってはいら れない程ではない。このまま仕合を続行するのにも支障は無い。だが回避しようとし 瞬時に受けたダメージを判断、間違いなく効いた中々のダメージではあるものの耐えら 繰り出された掌底が一夏の腹部を打つと共に炸裂するように衝撃が胴全体に広がる。 !? さか師から伝授された秘奥を逆に受けることになるとまでは考えていなかった。一発 いや参ったものだと胸の内で小さく苦笑する。手強いだろうとは予想していたが、ま むしろその逆、一発貰ったからこそより冷静となるべく冷えていく。 小 さ く 息 を 吐 く。手 痛 い 一 撃 を 貰 っ た が そ れ で 怒 り に 思 考 が 沸 騰 し た り は し な い。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 第五十八話:流水 対 修羅 1941 1942 貰ったのが効いて頭が冷えているとは言え、これでも驚いてはいる。というより、今の ような状況だから落ち着いて受け止められているのであって、そうでなければ大口を開 けて唖然としていただろう。 なんにせよ、これは少々意識を変えて臨まねばマズイと判断する。想定していた楯無 の実力を上方修正、現状の無手という状況限定ではあるが、格上であることも可能性大 として織り込む。同時に一夏自身もギアを変える。先ほどまでの状態では勝ちを取り に行くことは困難、改めて全身を巡る気を奮い立たせ出力を上げる。同時に相手への認 識も変更、少々物騒になりかねないため一夏自身も好き好んでそうしようとは思わない が、目の前の上級生を何が何でも倒すべき相手と見なす。 それら一連の心身の転調は一振りの刀を鞘から抜くイメージと共に行われる。抜か れた刀は師より授かった極限の業物。そして抜き放たれたのは刃に留まらない。刃よ り更に奥底、織斑一夏が技を奮う上で決して避けられない、だが彼自身の自制によって 制御され押し込まれ、凝縮された殺気もまた開放される。楯無に向けたはずのそれは、 しかし一度瞬間的に周囲全体へと拡散した。 ゆっくりと立ち上がり軽く両肩を交互に払うと改めて楯無に向き直る。楯無の方も 先の一撃で終わったつもりなど毛頭無いらしい。一夏がそうであるように、彼女もまた ここからが本番と認識している。 あたしも付き合いはそれ ﹁いや、恥ずかしいところを見せた。汚名返上││と意気込むというわけでもないけど、 続き、やろうか﹂ ﹁マジなんなのよコレ⋮⋮。これが一夏の本気って言うの なりに長い自覚はあるけど、こんなん初めてだわ﹂ ﹁⋮⋮﹂ は別の場所に立つラウラと、その隣に立つ箒だ。 こそしたものの、それでも身を竦めずに受け切った者だ。そしてその様子が見られるの いるが、それもごく少数だ。更に人数が絞られるとすれば、それは簪のように多少反応 を見せている。セシリアやシャルロットのように早い者は既に落ち着きを取り戻して えかなりのものだった。軽く周囲を見回してみれば誰もが一夏の気迫に圧された様子 既に霧散し楯無のみに向けられているとは言え、確かに先ほどの殺気は一瞬だけとは言 隣で震えを隠し切れない声で呟く鈴を見ながら簪は静かに事の推移を見守っていた。 ? ければ、まぁこれは耐えられるだろう。だが箒に関しては少々意外というのが簪の偽ら げたのは業界でも千冬に並ぶ女傑として有名な人間だ。そんなのを相手にしごきを受 ラウラが耐え抜いたことは分かる。少し調べれば分かるが、ドイツでラウラを鍛え上 ︵へぇ⋮⋮︶ 第五十八話:流水 対 修羅 1943 ざる本音だ。 別に侮っているつもりは無い。確かに現状では他の専用機持ちと比して実力面で不 足している点は多くある。だが操る機体のスペックが高いのは事実であり、それは決し て見過ごせない要素だ。そして何より重要なのは彼女自身の気の持ち様。臨海学校に おける騒動の終盤、福音に一人果敢に挑み勝利をもぎ取ったあの気迫、執念は生半可な ものではない。そして最近は目に見えて実力面での成長も示している。これらのこと から簪個人としては箒のことを十分に認めてはいる。ただ、それでもこの場面において は厳しいものがあるだろうと客観的に判断していたのだが。 だったものを諦めなければ何とかなると根性だけで強引に乗り切ったというのか。一 その会話は簪にもバッチリ聞こえていた。つまり何か、箒は本来なら耐えるのも無理 もっとも、それでもだいぶ足に来るくらいには危ういところだったが﹂ は 気 合 と 根 性 し か 無 か ろ う。せ め て 気 持 ち の 強 さ く ら い で は、張 り 合 い た い か ら な。 たという自負があるとはいえな。だがそれだけで耐えるに足りないならどうするか、後 ﹁腕前という点でまだまだ至らないのは百も承知。これでも多少は以前より実力もつい ラに、箒は一目で強がりと分かる笑みを浮かべながら答える。 大丈夫かと、自身も冷や汗までは隠せないまでも気遣わしげな視線を向けてくるラウ ﹁正直、割と一杯一杯なところはあるかな﹂ 1944 瞬、バカじゃねぇのコイツ的な考えが脳裏を過ったが、これはこれで一つの成果と認め る。少々、箒に関しては認識を改めてもう少し上方修正をした方が良いらしい。さて、 耐えた者、気圧されながらも立ち直りが早い者は別に良い。問題は別の方だと簪はラウ ラと箒に視線を向けたまま考える。視線を向けられていたことに気付いたのか、箒とラ ウラが同時に簪の方を見てくる。一度視線が重なり、三者ともに各々周囲を見回し、再 び視線が重なる。そして何かを示し合わせたように小さく頷き合うと簪は口を開く。 ﹁みんな、少し下がって﹂ 簪の言葉は特に声を大にしたものでは無かったが、依然静かなままの道場内ではよく 聞こえる。先ほどの一夏の殺気が駆け抜けた瞬間の恐怖感が拭えていないのか、ギャラ リーの半数近くはすぐに二人が立つ中央から距離を取る様に下がる。 残る半数少々は簪が何を理由としてそのようなことを言ったのか、雰囲気で簪に問う てくる。その反応に簪は小さくため息を吐く。先ほどの一夏が、おそらくは無意識にだ ろう放った殺気に対して恐怖感を感じるなり圧倒されるなりしたのは、まぁ仕方がな い。だがそれを感じた上でこれは少しばかり察しが悪いのではないかと思う。 達。お姉ちゃんの顔を見て。あのお姉ちゃんがあんな顔をしてるんだから、事のレベル 事で居られる人は、このギャラリーには私を含めて一人も居ない。それに、上級生の人 ﹁ここから先は、ちょっと危ないかもしれない。少なくとも今の織斑君を相手にして無 第五十八話:流水 対 修羅 1945 1946 は察せるはず﹂ その言葉に楯無を多少なりとも知るギャラリーの内の二、三年は揃って楯無を見る。 そして申し合わせたように驚愕を顔に浮かべた。 楯無の表情からは笑みが完全に消えていた。一年と半年近く前、IS学園に新入生と して入学したその日から決して絶やすことの無かった余裕を示すような微笑。ISを 駆り数多の相手と向かい合ってきた時を始めとする、学園生活の中で幾度と無くあった 緊張を強いられてもおかしくない場面でも決して崩れる事の無かった笑みが完全に失 せていた。眼光は鋭く真剣そのもの、唇は真一文字に引き締められ、隠し切れない緊張 が表情に出ているのが分かる。 それが意味するところ、現IS学園生徒最高、不動の頂点を欲しいままにする更識楯 無に脅威を感じさせているということに他ならない。おそらく、楯無はこの場のギャラ リー全員に一度に勝負を挑まれようとも微笑を消さないだろう。だというのに、一夏は たった一人でそれを消しおおせた。それはつまりこの場のギャラリー全員よりも一夏 一人が上回っているということ。ステゴロという限定的な状況下とは言えたった一人 に他の全員の総力が劣っているという事実を突き付けられ、重ねてきた研鑽に自負を 持っているだけに一部の上級生は悔しさを表情に滲ませる。だが事実は事実、そこにセ ンチメンタルな同情をしてやる義理も無い簪はただ淡々と事実を伝える。 ﹁察せたようだから改めて。いま、お姉ちゃんと織斑くんが相当に本気の状態でぶつか ろうとしている。分かったら下がる﹂ 言い終えると簪はそれ以上他のギャラリーにかかずらうつもりは無いのか、一人で さっさと距離を取る。それを見て他のギャラリー達もようやく動き出し、一夏と楯無の 周囲には空白地帯が広がる。 ﹁随分とキッツイ言い方するわね﹂ どこか呆れたように横から鈴が簪に言う。だが彼女の言葉から不機嫌さは感じ取れ ない。簪の物言いに思う所はあれど、事実であるために割り切っているのだろう。 ﹁事実だから。それに、そのあたりの差も分からないならそれは馬鹿としか言えない﹂ 隠すことのない本音に鈴はハイハイそーですかと肩を竦める。 自身でも感じている。今は下であることに甘んじよう。だが、何時までもそのままで居 細かい部分ではやや違っているところもあるが、この辺りには通じるものがあると簪 候補生に押し上げたのだろう。 無い。あるいはこの生来の気質とも言うべき長所が、凰 鈴音という人間をごく短期で このすぐに諦めたりはせずにあくまで自己の向上を目指す姿勢、それは簪も嫌いでは ど、いつかはギャフンって言わせてやるんだから﹂ ﹁いーわよ別に。とりあえずステゴロじゃあ今はあたしが下、それは認めてやるわ。け 第五十八話:流水 対 修羅 1947 1948 るつもりは無い。あまり表には出さないが、更識簪はどちらかと言えば自分本位な部分 が強いのだ。 姉か、友人か。いずれはどちらかを超えてやろうと思う。そのために今は見よう。二 人が一体どれほどに本気をさらけ出すのか、それをじっくり観察し糧にする。そのため に簪は平坦な表情を崩さないままにこの場の誰よりも強く勝負の盛り上がりを望んで いた。そうして、自分の役に立ってもらうとしよう。 再度構えた一夏が小さく指の骨を鳴らす。さながら捕食者の威嚇行動のようだが、そ の程度で楯無は欠片も動じない。ただ静かに睨み合いが続く。 ギャラリーには感知しえない、相対する二人の間だけで交わされるイメージの攻防、 このまましばらく続くかと思われた矢先にそれは弾けた。 動き出す両者、動き出したその瞬間がギャラリーの目に映り伝達神経を通って諸々の 情報が整理される。そして一瞬の後にギャラリー全員が二人が動いたと認識したその 時には、既に重い音と共に一夏と楯無の腕が激突し交差していた。 轟っと大気の乱される音がギャラリーの鼓膜を震わせる。 片方が拳を繰り出せば相手は受け流し反撃に転ずる。その反撃をいなしたと思えば 更に反撃で返す。行っている流れ自体は仕切り直し前と大差は無い。だが、その動きの 第五十八話:流水 対 修羅 1949 質は激変していた。 比較的動きを見取りやすい離れた場所からの観戦でさえ、少しでも気を抜けば目で追 うことができなくなる速さ、加えて先ほどから鳴り止むことのない大気を打ち据える音 が一撃一撃の持つ重さを感じさせる。正拳、貫手、熊手、掌底などの種々の拳。前蹴り、 蹴りおろし、上中下三段の回し蹴り、目まぐるしい技の応酬の最中で流れにギャラリー は息を呑むしかない。おそらく集ったギャラリー中で最も鮮明に流れを捉えられるは ずのラウラでさえ、眼帯の封印を解いたにも関わらず必死で追いすがろうと眉間に皺を 寄せている。 その流れも一度途切れたのか、示し合わせたように両者は距離を取る。片手を天に、 片手を下に、威圧と殲滅の意思を前面に押し出した天地上下の構えを取るのは一夏。対 して両手を前にかざし守りの意思を示す前羽の構えを取るのは楯無。見る者が見れば すぐに二人のそれが空手の構えと分かる。 この距離を取った再度の仕切り直しで再び変化を見せたのはまたも一夏の方。構え を解くと今度は別の構えを取る。やや上半身を小さく纏め、まるで肩を竦めているよう に も 見 え る。武 道 経 験 者 も 少 な く は 無 い ギ ャ ラ リ ー も 見 慣 れ な い 構 え に 首 を 傾 げ る。 唯一楯無だけが思い当たる節があるのか、更に守りを固めて万全の迎撃を整える。 動き出したのは一夏。一気に距離を詰めると再度ラッシュを仕掛ける。そして構え の変化による攻めの転調はギャラリーの目にも明らかとなっていた。時折牽制のよう にジャブを撃ちながらも攻撃の中心は肘、そして膝にシフトしている。ただでさえ肘や 膝による攻撃は相手に大きなダメージを与えるものが多い。現にルール化された現代 格闘技では肘や膝の使用を禁じていることも珍しくない。だが一夏の技に、少なくとも ギャラリーの目には不慣れさは見受けられない。明らかに慣れた、肘や膝の使用も常態 化している動きだ。例えば古流の空手には肘を用いた技などもあるし、そうした類を学 んでいるのかと考える者もいるが、それも違う。今の一夏の動きは多様な技の一部とし てではなく、完全に動きの中心として肘膝を用いている。そんな格闘技は││ある。知 名度においては世界有数、立ち技に関しては上位にあるとも言われる格闘技が。 ﹂ に伴ってスポーツ化も進み多少は安全面にも配慮がされたものになっている。だが一 みればそれはごく自然なことだ。だが他の多くの武術がそうであるように、現代へ至る かにムエタイは現在の格闘技の中でも比較的強力な部類に入る。肘や膝を使う点を鑑 重機関銃の掃射のごとき一夏の猛打を捌き続けながら楯無は内心で否と唱える。確 ︵そう、確かにムエタイ。けど、これは厳密には違う︶ うにハッとする。 もっとも早く気付いたのはラウラ。思わず発した言葉に周囲の面々も得心いったよ ﹁ムエタイか││ ! 1950 夏の技にはそれが無い。一撃一撃、全てが必殺狙い。護身という武術の原点と同じ本質 にして対極の位置にある効率的な必殺という果てを突き詰めようとするソレは、まさし ム エ ボー ラ ン く古き時代の戦乱の只中で奮われたものだ。故に一夏のムエタイはムエタイでありな がらまた別のもの。古式ムエタイと見て相違ないだろう。 両者の距離が僅かに縮まった瞬間、一夏の両腕が楯無の首目がけて伸びる。身を逸ら すことで掻い潜ろうとするも一歩遅かった。何かが首に触れた、そう感じた次の瞬間に はまるで万力が締め上げるかのように凄まじい圧力が頸椎に襲い掛かる。だがそれを 気にしている余裕はない。今の一夏の技はムエタイにシフトしており、この首へのホー ルドも首相撲と呼ばれる言ってしまえば技の前段階だ。本命はこの次。 骨を軋ませながらグイと一夏の両腕が引かれ、それにつられて楯無の体も前面に、つ まり一夏の方に寄せられる。それと同時に迫ってくるのは楯無の胴を打ち抜かんとす る膝蹴りだ。あんなものの直撃を受けては堪ったものではない。両腕をクロスさせて ﹂ 襲い掛かる膝蹴りを真っ向から受け止める。 ! 幸いと言うべきか、膝のインパクトの瞬間に首のホールドが緩んでいたため、楯無は た腕に骨が砕けるのではと錯覚させるほどの衝撃と痛みが襲い掛かる。 できればしたくはなかったが行わざるを得ない真っ向からの受け止め、ガードに使っ ﹁くぅうううっ 第五十八話:流水 対 修羅 1951 防 い だ 膝 蹴 り の 威 力 も 利 用 し て 強 引 に 一 夏 の 手 を 首 か ら 振 り 払 い な が ら 後 退 す る。 バックステップで素早く距離を取ろうとするも、すぐ背後に壁が迫る。未だ腕には痛み と痺れが残っている。その感触に僅かに顔を顰めたその瞬間に一夏は追撃に移ってい た。 助走もつけずにその場で跳躍、立ち幅跳びの要領で一気に楯無との距離を詰める。大 きく肘を振り上げながら飛び掛かってくる一夏に楯無は今の状態では真っ当な防御も 受け流しもできないと判断する。今までの乱打でさえそれなりに気を張って捌いてい たのだ。もう少しすれば支障ない程度に回復するとは言え、腕へのダメージが残り体勢 ﹂ も整っていない今の状態では回避一択しかない。 ガ ー ン ラ バ ー ラ ー ム マ ス ー ン ク ワ ン カ ン ﹂ ﹁爆ぜる斧を打ち振る雷神 ﹁ぐっ が続けて聞こえてくる。一瞬、不発に終わり壁を打ったことで一夏の腕の骨が折れたの バキリと固いものが砕ける音が楯無の耳に入りギャラリーの悲鳴交じりのどよめき 楯無を捉えることなくその背後にあった壁に直撃する。 て転がる。楯無が転がった直後に一夏が振り下ろした鉄槌のごとき肘打ちが宙を切り、 に無理だ。無様だとかそういう見栄を全て放り棄てて楯無は横へ大きく身を投げ出し いかに一夏言えども跳躍の最中でその軌道を大きく変えるなどということは物理的 ! !! 1952 ではと僅かに顔を青ざめさせながら楯無は振り返る。楯無の方を睥睨しながら佇む一 砕けたのが一夏の骨で無いのならば││ 夏。特に負傷をしたわけでは無いのか、表情に苦痛の類は見られない。では先ほどの破 砕音は何なのか ﹁ッ⋮⋮﹂ からと言ってそう簡単に壊れただろうか 否である。だがそれを一夏は破砕せしめ 壁に木材を用いていることも多いが、思い出して見て欲しい。そうした壁を殴りつけた が可能だからと言って実際に壊せるということは早々無い。教育機関の運動施設は内 デザイン性なども兼ねて木材など人の手で壊し得る素材も用いている。だが、壊すこと いた。道場は外壁こそコンクリートなどの頑強性の高い物を素材にしているが、内壁は 道場の壁、おそらくは一夏の肘打ちが直撃したであろう場所には一つの穴が穿たれて たものに一夏の負傷という懸念による切迫とは別の驚愕が表情を塗り替えられる。 一夏への注意は怠らないままに楯無は一夏の横に視線を移動させる。そして目にし ? してその周りの木壁には放射状に罅が奔っている。 た。肘の直撃部分は大きく凹み、その奥の別の建材が覗いている。そして凹みを中心と ? は苦笑いを浮かべる。そして追い打ちをかけるように一夏が動き出す。 流石に予想だにしていなかったことだけに楯無は表情から驚きを引っ込めると今度 ﹁うっそでしょ∼﹂ 第五十八話:流水 対 修羅 1953 ﹁でぇあっ ﹂ ︵ウソでしょ 今度は││シラットまで ︶ !? 動きと共に回転蹴りを繰り出す。 離を再度詰める。間合いに捉えたところで一夏の両手は畳を掴み、アクロバティックな 上で一度動きの流れを変えることにした。構えを変え、低く身を屈めながら楯無との距 破損個所が増えていく壁は一顧だにせず一夏は冷静に楯無の動きを観察する。その ︵ふむ︶ どの肘打ちによるものより小さいとは言え穴や罅を穿っていく。 回避していく。そして一夏の放った拳、蹴りは躱されるたびにすぐ側の壁を叩き、先ほ 夏は追撃のラッシュを仕掛ける。回転で勢いを付けた連撃を楯無は後ろ飛びの連続で 裏拳、回し蹴り、掌底、肘打ち││楯無が体勢を整え切れていない今を好機と見て一 !! 広さはあるとはいえ、一応は閉所である道場内を利用したアクロバティックな攻めを捌 壁を蹴り、時には壁蹴りから天井に達し上方からの攻撃を仕掛けてくる。そこそこに の中国拳法、ムエタイ、シラットを使うことが判明した。 で使って来るというのは予想外だった。これで確認されている限りで空手、柔術、一部 な武術だ。当然楯無も知識として知っているし、心得もある。だがまさか一夏がそれま 現在の軍隊格闘術の基盤の一つでもあり、欧米では日本における空手並にポピュラー !? 1954 き、時に反撃を試みながら楯無の内では疑念が更に深まる。 スタンダードである剣術に加えて五種に及ぶ格闘術。会得できたのは勿論一夏自身 の才能やら吸収力やらもあるのだろうが、それでもそれを授ける師が居なければ成り立 たない。そして彼の言動などから察するに師は一人のみ。では彼の技は全て一人の師 から学んだということだろうか。だとすればとんでもない人物だ。そんなビックリ武 術人間など実父くらいしか居ないものと思っていたが。 までの過程であったり、彼が今どのような心境でこの勝負を行っているかであったりす らこそ感じ取れるものがある。それは繰り出された拳、それが彼の技として確立される 余裕は無い。だが今の楯無のように拮抗できているならば、こうして渡り合えているか だただ圧倒的な脅威そのものだ。対抗しようのない暴威に対して好感など抱いている 今の一夏は、今まで見たことがないだろうレベルで実力というものを開放した一夏はた この場に集うギャラリーにそう感じられる者は殆ど居ないだろう。彼女らにとって 一夏という個人に対して悪い気はしないと言うべきか。 思議とそうした感覚は薄れる。いや、疑念があるのは変わらないのだが少なくとも織斑 きり言ってしまえば怪しさ満点と言ったところなのだが、こうして技を交えていると不 分からないことばかりな上に一夏の使う技はどれもが物騒極まりないものだ。はっ ︵けど、悪い感じはしないのよね︶ 第五十八話:流水 対 修羅 1955 る。 ﹁会長も、そういう経験はお有りで ﹂ ﹁当たり前じゃない。私だって未熟も未熟なペーペーの頃があったんだから。その頃は ? そうなるわよ﹂ しょうし。自分じゃどうしたって敵わないくらいに強い存在、そんなの見れば誰だって ﹁ま ぁ 仕 方 な い わ よ ね。さ っ き ま で の 君、み ん な か ら す れ ば さ ぞ や お っ か な か っ た で も気丈さを見せてはいるが、戦慄を隠しきれてはいない。 攣り気味のものまである。それなりに腹も括れているだろう最前に陣取った級友たち すっかり離れてこちらを見ていた。浮かぶ表情はどれも固いものばかり。中には引き 道場のあちこちを目まぐるしく移動しながらの攻防に転じていたからか、ギャラリーは 顎をしゃくって促す楯無に従い、一夏も軽くギャラリーの様子を伺う。何時の間にか ﹁見てごらんなさいよ、周り。み∼んなビビっちゃってる﹂ 据える。 るものがあったのか、警戒や構えは解かないものの一夏は追撃を止めて静かに楯無を見 雨あられと降り注いでいた猛打が不意に止む。楯無の口から洩れた言葉に何か感じ ﹁む⋮⋮﹂ ﹁ホント、素直というか真っ直ぐというか﹂ 1956 周りはそんなのだらけだったし、今だって私の師匠とも言える人にはそう。次元が違い 過ぎて最近じゃ逆に笑えてくるわ﹂ たりにしましてね。ビビってチビるなんてレベルじゃない。そんな神経すら無くなる ﹁奇遇ですね、オレも同じようなもんですよ。前にいっぺん、師匠の本気って奴を目の当 レベルでしたよ﹂ 先ほどまで殆ど無言、ただ必殺の意思だけを瞳に宿して剛拳を奮っていた姿から転じ て、会話によって普段の調子に少し戻ったのか一夏の表情や言葉には小さく笑みが浮か んでいる。話に共感できるというのもあるのだろう。とは言え、その点に関しては双方 の師のことを考えればある意味当然だが。 ﹂ ? 会長から見てオレってのは﹂ ? でも個人的には君のこと、悪いとは思わないわ﹂ なんだか聞いてもあまり話してはくれなさそうだし、無理に聞こうとは思わないけど。 ﹁そうねぇ。まぁぶっちゃけまだ分からない所もあるからそこが疑問と言えば疑問ね。 て馬鹿じゃあないですよ。で、結局どうなんです ﹁そりゃまぁ、ほんの少し前の話ですからね。流石にこの短時間で忘れるほどオレだっ の目的、覚えてるかしら たちってわけ。けど、私たち二人の間なら違う。ねえ一夏君、一応確認だけどこの試合 ﹁まぁそんな私たちからすればおっかないくらい強いのが、周りのみんなからすれば私 第五十八話:流水 対 修羅 1957 へぇ、と意外そうな表情をする一夏に楯無は続けて理由を語る。 ﹂ 素直だって。伝わってきたわよ、君がどれだけ真摯に技を 鍛えてきたのか。好きだから、かしら ? ﹂ 一応試合の理由ってやつは解消されちゃったわけですけど、この辺で切り 上げにします ? せに﹂ ﹂ もう、心にも無いこと言わないで頂戴。そんなつもり、全然無いく ﹁ありゃ、やっぱバレてます ! ﹁そりゃそうよ。君の性格をちょっとでも考えればすぐに分かることだわ。別にそうす ? ﹁アッハッハッハ その申し出に楯無は思わずキョトンとした表情を浮かべ、続けて声を挙げて笑う。 ? うします ﹁そりゃどうも。んじゃあ当初の目的って奴はこれで達成されたわけだ。で、会長。ど だけど、今のところは信じても良いかなって思う﹂ の。だから、そうね。いずれは君の分からない部分もきっちり検めさせてもらうつもり ﹁けど、それもまた美点の一つ。少なくとも私は嫌いじゃないわ、そういう真っ直ぐな ね。結局オレが今までやってきた理由はそんなもんですよ。ガキとそう変わらない﹂ けど、根っこのトコだけは変わって無かった。好きこそものの上手なれってやつですか ﹁えぇ。││まぁ、恥ずかしながらやさぐれたり迷走したりしてた時期もありますよ。 ? ﹁さっきも言ったでしょ 1958 ﹂ る必要性があるわけでも無い。なら、ここまで盛り上がった勝負を途中で止めるなんて 選択肢、君の中にあるわけ無いでしょ 染め上げていく。 ﹁良いですね。そういうスパッとしたケリの付け方、嫌いじゃないですよ﹂ ? ている。それだけでは無い。この積み重ねてきた技という結晶は、授けてくれた父や共 一夏がそうであるように、楯無もまた自信が蓄積してきた技というものに自負を持っ る。手を添え、祈りと共に力を込める。 本流は自己の深奥へと沈んでいく。沈んでいった先、イメージの中に巨大な扉が現れ スッと楯無の瞳に静謐さが宿る。一夏の一挙手一投足に注意を払いながらも意識の そう示し合わせて二人は最後の一手を繰り出しにかかる。 ﹂ いる。だがそれ以上に張りつめた気配が一夏と楯無の二人から発せられ、辺りの空気を 言いながら互いに改めて構えを取る。会話の余韻とも言える和やかさは未だ残って ﹁実にごもっとも﹂ キッチリ締めるとこまで締めておきたいもの﹂ ﹁それに、私だってこんな中途半端で終わらせるつもりは毛頭無いわ。結果がどうあれ、 図星を言い当てられたのか、一夏は小さく肩を竦めて肯定の意思を示す。 ? ﹁あんまりダラダラ続けるのもアレだし、お互い決めに掛かるってのはどうかしら 第五十八話:流水 対 修羅 1959 1960 に学んできた妹との絆の証でもある。故に楯無はそれを誇ると共に、祈るのだ。絆の結 晶が紡ぐ勝利を。そして祈りによって踏み込んだ深奥は極限の集中となって彼女の意 識から全ての無駄をシャットアウトし、持ち得る全てを発揮させる。 総身に気が満ち満ちていくのを感じながら、同時に一夏はその流れを制御していく。 発散では無く収束、最大量の燃料を最大効率で運用させる。だがそれでは足りない。目 の前の相手、更識楯無はこの無手という状況にあっては一夏よりも優位になり得るとい うのが一夏の見立て。であれば、それを覆すには更に上を目指さねばならない。 ワザ 故に一夏が選び取ったのはその最適解でもある禁忌でありながら決め所で最も頼り とする業。内へと収束させながらも点火というトリガーを引かれた気は一気に爆発す る。全身が内側から燃え盛るような力の解放感を強引に内へと押し留め、そのエネル ギーを余すことなく運用させる。 互いに出せる最大出力の開放、そのシークエンスの完了と行動への移行は全く同時 だった。先の仕切り直しの激突を超える速さで接近、互いに相手を間合いに捉えると目 まぐるしい早さで技を掛けあう。 先のシラットを彷彿とさせる、手を支えにするアクロバティックな姿勢から一夏は両 足で楯無に組み付き、そのまま関節を極めにかかる。後少しの所で楯無の緩急を自在に 織り交ぜた身体操法により振りほどかれるも、一連の技の第三段階││貫手のラッシュ アギト ││が楯無に襲い掛かる。 キ バ 組み付いた足は獣の咢、一度でも組み付けば獲物の骨を噛み砕き、皮膚を切り裂き血 をまき散らす牙が襲い掛かる。 だがその柔肌を食い破らんとする貫手が迫った瞬間、一夏の視界に映る楯無の姿がブ れる。直後、貫手を掻い潜った楯無の姿が一夏の懐まで迫っていた。 序盤と同じ流れ、だが質は別物だ。楯無が迫ったことを認識した時には既に一夏の視 界は上下が反転していた。背中への衝撃を感じつつ反射的に受け身を取った││時に は既に視界が再び動き更なる衝撃が襲い掛かる。自分が投げられているということを 認識した時には既に三度投げられていた。そして四度目の途中で強引に振り払い、互い の体が離れた直後には既に追撃に移っていた。 楯無の首を喰い破らんと放たれる貫手、一夏の胴を打ち据えて地に倒れ伏させんと繰 り出される掌底、全く同時に放たれた互いに決め手とする一撃はそれぞれに狙いと定め た場所に吸い込まれていき││ 共に薄皮一枚の距離でピタリと止められていた。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 第五十八話:流水 対 修羅 1961 あの楯無だ。そのくらいのことは分かっているだろうが、それでも日頃の彼女の鬱憤 ﹁けど楯無、勘違いはするな⋮⋮﹂ すると認めざるを得ない。 した。口惜しい話だが、この無手という状況に関して言えば自分はまだ二人に後塵を拝 ついては認めざるを得ない。一夏にしても楯無にしてもその実力の一部を改めて再認 余り乗り気にはなれないが一夏と楯無、両者が繰り広げた手合わせのレベルの高さに ﹁流石、と言ったところ﹂ の。 無い。気が乗った時にでも一夏に聞けば済む話だ。重要なのは二人の手合わせそのも このような流れに至った経緯については初音も知る所では無いが、別に特別な興味も 識していることだろう。直にギャラリーの認識にもこの結果は伝わる。 前方のギャラリーの誰にも届いていない言葉だが、この結果については当の二人も認 を見取っていた初音は小さく呟いた。 ギャラリーの最後尾より更に数歩離れた場所、最も遠い所に居ながら最も勝負の流れ ﹁引き分け、か⋮⋮﹂ 1962 への憂さ晴らしも兼ねて小さく唸るように言う。 あれで一夏の実力を引き出しきれたかと言えば答えは否である。忘れてはならない。 あくまで一夏の本領は剣士。確かに無手でも一夏は高いレベルを持っているが、それで もその扱いはあくまでサブウェポンの域を出ない。あの後輩のことだから案外両方と もメインになどと考えているかもしれないが、少なくとも今現在はそう見ても良いだろ う。いずれにせよ、真の意味で一夏の全てを引き出したいのであればまず彼に剣を持た せるところから始めなければならない。そして││ 向こうで既に踵を返して歩き去っていく初音の背が映っていた。 気を叩きつける。すぐにそれを察知し振り返った二人が見た先では、ギャラリーの壁の 故に織斑一夏、更識楯無、首を洗って待っていろ││その意図を込めて二人に向け闘 その自負が、彼女により高みを目指させる。 あれば、自分以外の誰にも譲るつもりは無い。自分とて一介の剣士という自負はある。 その役目を引き受けるのは自分。少なくともこの学園の生徒という括りで見るので ﹁それは私だ﹂ 第五十八話:流水 対 修羅 1963 第五十九話:特撮バカ&親バカ 会長は随分と迷ったらしいですけど、別にさっさと話してくれても ? ﹁まぁ君だけに限った話じゃないけどね。そもそも不特定多数の来場者が来る学園祭、 処に当たるということを楯無に約束した。 事が起こった場合には生徒会を中心にした学園側との協力の下、必要とあらば事態の対 んでくる学園の保安部門の裏の目的、その中心となり得ると聞かされた一夏は、もしも をしてから始まった楯無の話。来たる学園祭におけるIS学園生徒会、一部の教師も絡 確かにそれも尤もと一夏は頷く。生徒会室に着き、盗み聞きの類が無いかのチェック 気を使うものなのよ。そこらへんは察して貰えると助かるわ﹂ ﹁そうやってすぐに承諾してくれるのはありがたいけどね、話すこっちもこっちで結構 良かったのに。事情が事情だ、協力するのは一向に構いませんよ﹂ ﹁まぁ、なんです いるという点だろうか。 会室まで戻っていた。行きと違うのは戻ってきたのが二人だけでは無く簪も加わって 一応は引き分けという結果に終わった道場での手合わせの後、一夏と楯無は共に生徒 ﹁だいたいの事情は把握しました﹂ 1964 必然的にセキュリティは薄くなるわ。そこを狙って││なんて輩が来ちゃうのは簡単 すぎるくらいに予想できるもの。君に話した内容そのままってわけじゃないけど、君の クラスメイトの候補生たちを始めとして学内の腕利きにはそういう事態の際に協力を 求められるって話が行くはずよ﹂ 殊過ぎるから、ですか。全く、モテる男は辛いもんですね﹂ ﹁そこへオレだけこういう形で、他の連中より穿った内容をってのは、オレだけ事情が特 予想される不測の事態、その際に最も狙われる対象と見なされているのが一夏だ。だ が今回の楯無のプランでは、その狙われている本人を敢えて対応に動かす、言ってしま えば餌にするということだ。別にそれを非難するつもりは一夏にも無い。方法として 有効なのは認めざるを得ないからだ。ただ、それでも自分が狙われる立場にあるという 事実を再認して、皮肉の一つも言いたくなるのが人情というやつだろうか。 ﹂ ! ﹂ ? 向けているも気分を害したという様子は無く、むしろどこか納得している様子さえ見受 わず声を大にし、伺う様に一夏の方を見る。そして一夏はと言えば、鋭い眼差しを簪に 入り口近くで腕を組みながら立っていた簪が事も無げに言う。その内容に楯無は思 ﹁簪ちゃん は無いんでしょ ﹁けど、別にこれが初めてってわけじゃ無いんだし。まさか二度も捕まるなんてつもり 第五十九話:特撮バカ&親バカ 1965 けられる。 ﹁しっかしまぁ、本当に居るんですねぇ。テンプレな悪者って連中は﹂ くれれば良いという取り決めを交わすということに終わった。 は生徒会や学園側で組み上げるので、一夏については必要な時に指示の下で手を貸して おいてはまだまだだ。よってこの場で決まったことと言えば、細かい計画などについて も、現状で一夏は単に個人としての戦闘能力が優れているだけでそうした策という面に その後に二言三言、今後はどうなるのかという軽い打ち合わせをする。とは言って ﹁⋮⋮そうね。そこについては改めてお礼を言わせて貰うわ﹂ めってなら、オレにできる限りのことは協力しますよ﹂ も 友 人 と し て そ れ な り に 思 っ て は い る ん で す。そ い つ ら が 楽 し く 学 園 祭 を 過 ご す た ﹁まぁとにかくですよ、会長。オレだってこの学園は気に入ってるし、クラスの連中とか 何かを堪える様子を僅かに見せているが、簪はそれを一瞥するとすぐに意識から外す。 その言葉が意味するところを理解し、一夏はそうか、とだけ答える。その奥で楯無が ら﹂ れで責めるつもりはサラサラ無いし、私はむしろその方法も一つの正解と思っているか ﹁一応はね。あぁ、別に負い目を感じる必要は無いよ。少なくとも私もお姉ちゃんもそ ﹁なんかオレの身辺調査やったとか言ってたけど、やっぱり知ってたんだ﹂ 1966 ドッカリと室内のソファに座り込みながらどこか呆れ交じりに言う一夏に、楯無も まったくだわと同意するように頷くも、表情に崩れたものは無い。 の出番は無いまま終わるのが良いのだけど、当日だけじゃなくて当日まで、それにその ﹁けど、決して侮って良い相手でも無い。むしろ最大限の警戒が必要なの。できれば君 後も身辺には気を付けてね﹂ ﹁いやあの、前も後もって⋮⋮それってエブリディピンチってことじゃあ⋮⋮﹂ ﹁あー、うん、まぁもしもってこともあるし﹂ マジかよと言いたげな一夏に楯無も目を逸らし気味に答える。そんな気まずい空気 に意外なことに簪が横から助け舟を出す。 わたしたち ﹁別に間違ったことは言ったつもりは無いけど。元々、 更 識はそういう人間でしょ お姉ちゃんのそういうトコロ、嫌いじゃないけど私は違うから。仮に私が織斑君と同じ ? らず平坦な眼差しを姉に向ける。 先ほどとは違う、静かに窘めるような楯無の言葉が簪に向けられるが、簪は相も変わ ﹁簪ちゃん﹂ ど、相手がそういう手合いだって認識したらサクッとやっちゃって良いと思うよ﹂ は大事だけどそれも夜道の一人歩きとかそういう類。あと、これは私の個人的意見だけ ﹁流石に街中とかでいきなり人目も憚らずに派手に来るなんてことは無い。勿論、警戒 第五十九話:特撮バカ&親バカ 1967 訳に立たないどころか有害で 立場としてもそうする。私の生きる上で役に立たない、それでも無害ならまだ良い。け ど、害があるなら早目に摘む。それだけのことでしょ しかない、排除して何が悪いの﹂ 吐くだけで終わる。 は姉として、本人の納得の如何は別として慣れてしまっているのか、ただ深くため息を 冷え切った簪の言葉には情け容赦の類は無い。だが、そういう遠慮の無い様子も楯無 ? 私もそう、お姉ちゃんもそう。そして││﹂ ? ﹂という意図を込めて小 ! るって思うような物を使ってて、挙句お誂えな感じの悪者まで出てくるだ 全く、特 ﹁I S な ん て、出 て き て 十 年 経 っ て る 今 で も よ く よ く 考 え て み り ゃ ト ン デ モ 発 明 過 ぎ ついでに話題も変えてやろうと今度は一夏の方から口火を切る。 ﹁まぁしかしですよ﹂ さくサムズアップだけ返しておくことにした。 感じになりそうなので、楯無に見えないように﹁それあるぅ いるが、何となくこれ以上を言うと場の雰囲気がどんどん重加速││もといどんよりな 向けられた視線に一夏は無言のまま眼差しだけで返す。言わんとすることは察して ﹁生まれつきの性格 ちゃんはこうかなー﹂ ﹁ハァ、何だろうなー。そういう鉄火場とかは私の方が慣れてるつもりなのに、なんで簪 1968 ? 撮の世界じゃねぇんだぞって話だ﹂ ﹁そこに関しては私も同感だわ。案外、ISが無ければ私もちょっと実家が変わってる 普通の女子高生やってたかもしれないし﹂ 共感するような楯無の言葉を聞きながら一夏は右手首につけられた腕輪型の待機形 態をとる白式を見つめる。ただじっと、己の相棒たるISを見つめる一夏の眼差しには どこか憂いのようなものが混じっている。それを楯無は見逃さなかった。そして僅か に胸が痛むような感覚になる。 そう、どれだけ武技に優れていようと、どれだけ戦闘者として適した思考回路を持っ ていようと、彼は少し前まで普通の暮らしをしていた少年なのだ。それがいきなり世界 唯一の存在となって、本人の望むに関わらず政治、思惑、陰謀、世界全体を巡るかもし れない巨大すぎるうねりに巻き込まれようとしている。それは彼も多少なりとも察し ているのだろう。楯無や簪のように家柄故の教育としてそうした事情にも通じ、受け止 める気概を持てるよう育てられたわけではない。あの憂いを帯びた眼差しの奥ではそ うした現実への不安が渦巻いているのではないか。それを考え、せめてそうした気持ち の面だけでも今この場で力になれないかと思考を巡らせる。 漏れた呟きにもどれほどの想いが籠っているのか。何か声を掛けようと、楯無は座っ ﹁白式、腕輪⋮⋮か⋮⋮﹂ 第五十九話:特撮バカ&親バカ 1969 ていたデスクから腰を上げようとして、それよりも早く一夏の方に歩み寄る簪の姿を見 た。 ﹂ ? は見せていた。それは姉である楯無でさえ思わずドキリとさせられるものだ。 に及ぶ姉としての生活の中で殆ど、一度もと言って良い程に見たことのない姿を今の簪 生を受けたその瞬間から今に至るまで、楯無は姉として簪を見てきた。だがその十五年 そこで楯無はようやく簪の声音に混じるものを悟る。それは色香だ。簪がこの世に いんでしょう ﹁君の手にはISがある。そしてそれを悪い奴らが狙っている。だから││ねぇ、シた きに混じる吐息すら聞こえるほどになる。 指を這わせる。必然二人の間の距離も縮まる。そして簪の顔は一夏の耳元に近づき、囁 簪は一夏の後ろに回り込むと、背後から手を伸ばして一夏が依然眺める白式の腕輪に に彼を励まそうとか、そういうものだけではない。何か別のものも感じる。 先ほどの楯無の会話とは違う、優しさを含んだ声音だ。だがそれだけでは無い。単純 ﹁私は、君の考えていることが分かるよ﹂ リと羽毛に触れるような柔らかさで二の腕までを撫で下ろす。 小さく、囁くように簪は一夏に声を掛けるとそっとその肩に手を乗せる。そしてスル ﹁織斑君﹂ 1970 ﹁か、簪ちゃん⋮⋮ ﹂ ? ﹂ ? を失い、口をパクパクとさせている。 ︶ 簪ちゃんも一夏くんも、何なの 吐き !? ? 何なの 何をシたいって言うの ナニを !? かるの﹂ 出したいって何を ? て堪らないんでしょう ﹂ ﹁だから⋮⋮言っちゃえば良い。思い切り、大声で。君がシたいことを。ね ? シたく から先の冷静さは残っていたが、それ以外では殆どパニック状態と言っても良い。 煙突のごとく吹き出ているだろう。事実、鍛えられたメンタルのおかげで一定のライン これが漫画やらアニメだったら楯無の頭頂部からは湯気がプシューと蒸気機関車の !? !? シたくて、シたくて、堪らないんだよね クスッ、私だって同じようなものだから、分 ﹁強がってても無駄。今はガマンしてても、本当は思い切り吐き出したいんだよね 言葉の端々に色っぽい吐息を交えながら、誘惑するように囁く簪に楯無はもはや言葉 ﹁分かってるくせに。私だって君と同じ。だから、分かるんだよ﹂ ﹁何をだ﹂ ﹁ね、織斑くん 戸惑い気味に楯無が声を掛けるも、簪はまるで意に介した様子は無い。 ? !? ︵何 第五十九話:特撮バカ&親バカ 1971 ? あわあわと、口はパクパクさせたまま行き所の無い両手を虚空でフラフラさせている 楯無を尻目に簪は顔を、その唇を更に一夏に近づける。そしてその言葉をついに言っ た。 ﹁ヘ・ン・シ・ン﹂ ﹂ ヘンシン へんしん ? 返信、変針、変心、変身││多分一番最後のが当てはまる 声を漏らす。さて、先ほど愛しき実妹は何と言ったのだろうか。 余りに予想外な言葉に楯無は口を広げたまま自分でも間抜けだなーと思えるような ﹁⋮⋮は ? ︶ ? ﹁そうだね。私も、同じようなことは考えてるから﹂ ﹁⋮⋮はぁ。やっぱり同好の士ってやつだからかな。分かっちまったか﹂ やり取りを見続けようと決める。 はて、何がどうなってそう繋がるのか。首を傾げる楯無はとりあえずそのまま二人の ︵変身 sisとか。意味は大まかに
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