ゼロの忠実な使い魔達 ID:30083

ゼロの忠実な使い魔達
鉄 分
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︻あらすじ︼
これはかつてゼロと呼ばれた伝説のメイジ:ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・
ラ・ヴァリエールの物語。
それは使命を果たすために苦渋に満ち夥しいほどの試練に立ち向かった誇り高い貴
族の経た軌跡。
圧倒的な力を得た彼女は、その力を持つが故に悩み苦しむ。
美しい少女が召喚したのは、﹃死と破壊﹄を司る鋼鉄の使い魔だった。
それは後に伝説と呼ばれた物語。
目 次 第一章 貴族としての誇り
初めての贈り物 │││││││
第八話 強くなりたい ││││
第九話 伝説の始まり ││││
第十話 絶望を抱えた少女 ││
第三章 寄る辺
第一話 ゼロのメイジと大帝との出会
い ││││││││││││││
第十一話 メガトロンの存在 │
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲
第七話 コミュニケートとイヤリング
トー │││││││││││││
第十五話 ヴァリエールとツェルプス
物は, ││││││││││││
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲
第十三話 新たなる道標 │││
物は, ││││││││││││
第二話 主従と忠誠 │││││
第三話 鋼鉄の獣 ││││││
第四話 ドクタースカルぺル │
第五話 ヴェストリの決闘とルイズの
意思 │││││││││││││
第 六 話 新 し い 武 器 と の 出 会 い 39
153 118
181
201
第二章 誓い
62
71
79
86
104
19
1
30
8
58
│
最終章 ゼロの忠実な使い魔
第二十六話 閑話 ゲルマニア特別経
第十六話 閑話 双月の下 ││
第四章 覚悟
第 二 十 九 話 閑 話 雪 風 と 情 報 参 謀 ストー ││││││││││││
第二十八話 ヴァリエールとツェルプ
第二十七話 始祖の祈祷書 ││
済区 │││││││││││││
第十八話 使い魔品評会 │││
第十九話 アルビオンへ │││
第二十話 鋼鉄の罪科 ││││
第二十一話 アルビオン王国崩壊の前
夜 ││││││││││││││
第二十二話 来襲 ││││││
第二十三話 覚悟と誇り │││
第二十四話 ワルドの望み ││
第二十五話 決別 ││││││
431 417
443
第三十話 終わりの始まり ││
第三十一話 竜の顎門 ││││
第三十二話 ヨシェナベ │││
第三十三話 故郷 ││││││
第三十四話 懺悔 ││││││
562 548 526 502 478
464
バサの場合 ││││││││││
第十七話 新しい武器との出会い タ
217
289 272 256 240
385 358 349 330 316
│
第三十五話 戦端 ││││││
第三十六話 目覚め │││││
第三十七話 虚無の光 ││││
エ ピ ロ ー グ 2 R e v e n g e i
s mine ││││││││
そして││ │││││││││
幕間1 壊れた王様 │││││
︿ギャグ﹀ │││││││││││
︿if﹀ ありえたかもしれない物語 865 835
916 902
第三十八話 辿り着いた答え │
第三十九話 最後の戦い │││
第四十話 脱出 │││││││
第四十一話 邂逅 ││││││
第四十二話 予兆 ││││││
第四十三話 辿り着いた答え │
最終話 ゼロの忠実な使い魔 │
エピローグ 破壊と創造
754 730 717 697 684 670 658 631 608 590
エ ピ ロ ー グ 1 土 く れ と 枢 機 卿 815
│
第一章 貴族としての誇り
堂々とした体躯には阿修羅を想起させる恐ろしい相貌をした頭部が搭載され、太陽の
そして、最も特異な特徴はその顔だ。
ゴーレムの異様さを更に際立たせていた。
重厚でアシンメトリーとなっている。均一さを欠落させる不格好なアンバランスさが
腕部は共に丸太を通り越して土管のように太いが、右腕部が対となる腕よりも明らかに
脚部の半ばまでをカバーしているキャタピラには鋭く尖った無数の棘が確認できる。
頑強な装甲が全身を覆い、見る者にそれの剛健さを如何なく印象付けている、
それは全長が10メートルを超えるような巨大なゴーレムだった。
した存在なのかと疑問に感じてしまうほど異質な物体がそこには在った。
前に存在している物体は何なのか、そもそも本当に自分がサモン・サーヴァントで召喚
ラン・ド・ラ・ヴァリエールは自身の眼前に広がる光景に唖然としていた。自身の目の
トリステイン魔法学院に在籍しているとあるメイジ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブ
第一話 ゼロのメイジと大帝との出会い
1
第一話 ゼロのメイジと大帝との出会い
2
光をうけて鈍色に輝いていた。
これが、かつてゼロと呼ばれた伝説のメイジ:ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・
ド・ラ・ヴァリエールと、死と破壊を司るディセプティコンのリーダー:破壊大帝メガ
トロンの初めての邂逅であった、
物語は時を少し遡る⋮⋮⋮、
ここはハルケギニア大陸北西部に位置する小国トリステインが保有するメイジ養成
所、トリステイン魔法学院、
魔法学院では現在二年次に進級する生徒たちが自身のパートナーとなる使い魔を召
喚、契約するサモン・サーヴァントと呼ばれる儀式を執り行っていた。
3
こ の 儀 式 は 術 者 の 魔 法 属 性 と 専 門 課 程 を 見 極 め る 意 味 合 い も 兼 ね て 行 わ れ て い る。
自身のこれからが強く左右される儀式であるため、取り掛かる生徒たちの表情は真剣そ
のものだった。
今年度の儀式もその殆どの過程が終了し、大多数の生徒たちは各々が召喚した互いの
使い魔を褒めあったり自慢しあいながら何気ない会話を楽しんでいた、
ただ一人を除いては、
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエールは杖を一際固く握りしめ、
焦る気持ちを抑えつけながら自身の精神を集中させていた。
蒼茫とした草原にいるのはもはや彼女を除けばルイズのクラスを担当している火属
性のメイジ、コルベールのみである。そう彼女は未だにサモン・サーヴァントの儀式を
成功させることが出来ないでいた、
使い魔召喚のための呪文﹁サモン・サーヴァント﹂を唱えては爆破を繰り返すルイズ
に周囲は呆れ、彼女を置いて学院に一足早く帰還していたのだ。彼女の同級生である
キュルケは他の生徒が帰還してもしばらくはルイズの召喚魔法を見守っていたのだが
ちょっとした諍いが原因で彼女もルイズを置いて学院に帰ってしまっていた。
﹂
オスマン学院長には私から伝えておきますから。﹂
チャンスを下さい
!!
はまた明日に持ち越しませんか
﹁ミス・ヴァリエール、もうすぐ日が沈みます今日のところはそこまでにして召喚の儀式
﹁もう一度、もう一度だけお願いします
!!
?
ないだろう、
正な生徒であり、大切な生徒の一人である彼女を退学にするようなことは決してありえ
オールド・オスマンはルイズが仮にサーヴァントを召喚することが出来なくても品行方
ば 退 学 を 通 達 さ れ る こ と す ら あ り え た の だ。ト リ ス テ イ ン 魔 法 学 院 の 学 院 長 で あ る
そのためもしルイズが召喚に成功することが出来なければ、彼女はよくて留年悪けれ
このサモン・サーヴァントの儀式は進級試験も兼ねている。
せずに前方を見据える。
日を改めないか、とコルベールはルイズに提案したが、ルイズは譲るそぶりを一切見
す、次の召喚を最後にしましょう、リラックスですよ、ミス・ヴァリエール。﹂ ﹁はぁそうですかまだ諦めないのですね⋮⋮分りました、ですがそれでも限度がありま
第一話 ゼロのメイジと大帝との出会い
4
しかし、ルイズのプライドがそれを許容できるはずがない、
加えて彼女は名門公爵家ヴァリエール家の息女である。
この世界では魔法が使えるメイジこそが貴族であり、貴族は平民を統治する支配階級
に位置している、貴族であることを示す絶対の証は魔法が使用できることである。公爵
家の娘がサーヴァントを召喚することすらできずにいる、などという事実は到底受け入
れられることではなくルイズがサーヴァント召喚に失敗した場合、世間体を気にした公
爵家によってルイズは家に呼び戻されてしまうことすらありえるのだ。
コモン・マジックですら碌に扱えないと周囲の生徒たちに嘲笑され続けていたルイズ
にとってサモン・サーヴァントの儀式は他の生徒を見返す絶好のチャンスである、
︶ 何でもい
あれだけ練習したじゃない、必ず次
並々ならぬ決意を胸にルイズは儀式に臨んだのだが、結果は前述の通りである。
何で何も出てこないのよっ
次は絶対に成功するわ
?!
ドラゴンとかグリフォンとか贅沢は言わないから
!
!
︵何で
は成功させてみせる
︶ !!
︵大丈夫よ⋮絶対大丈夫
いからお願い
!
!
!?
5
︵でも、カエルはちょっと嫌かなぁ⋮⋮︶
ルイズは同級生である水のメイジ・香水のモンモランシーが召喚したカエルの使い魔
ロビンを思い出して、独りごちた、そして彼女は自身の持つ杖を握る手に更に力を込め
る。
﹂
五つの力を司
自分を見下し嘲笑する貴族子弟たちの笑い声を掻き消してやる、かくの如き強い使い
魔を⋮⋮⋮、
杖を振り上げ、強い決意と想いを込めて呪文を唱えた、
我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ
!
るペンタゴン
!!
その場を覆う粉塵が時間と共に晴れていく、次第に明らかになるその全貌、ルイズの
女を襲い、小柄な体は地面に背面から投げ出される、
その呪文と共に今までとは比べ物にならないほどの爆発が起きた。強烈な爆風が彼
!!
﹁我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール
第一話 ゼロのメイジと大帝との出会い
6
7
身体から震えが湧き上がる。
やっと召喚することが出来た喜びか、その身震いは収まることはなかった。
そして物語はプロローグへと至る、
第二話 主従と忠誠
﹁コルベール先生、これは一体なんなのでしょうか
﹂
が判然としないため、彼女は引率担当教官であるコルベールに尋ねてみた。
く気配がないところを見るとこれは生物ではないのであろうか。自身では明確な解答
ルイズの目の前には巨大なゴーレムが横たわっている。しばらく観察してみても動
?
凄いですぞ
!
ミス・ヴァリ
!!
でに精緻で精巧なゴーレムは見たことが無い、﹂
凄い
!!
﹁⋮⋮随分と巨大ですが、これは見たところゴーレムのようですね。しかし、これほどま
さあ契約を﹂
!
ていた。動かず生き物ですらないこんな物体をどうやって使い魔にしろというのか、ル
矢庭に興奮しだしたコルベールとは対称的にルイズは己の顔に落胆の色を張り付け
エール
﹁しかも、未知の物体で構成されている部分がある
第二話 主従と忠誠
8
イズは唇を噛みしめると目の前に横たわっているゴーレムの顔にあたる部分によじ登
り呪文を唱えた。
﹂ 跳ね上がった。
﹁きゃっ
﹁大丈夫ですか
!!
!
る状況の変化に気を取られてしまう。目の前に横たわっていたはずのゴーレムが動き、
再び地面に放り出されたルイズの安否を気遣うコルベールであったが、目の前に広が
ミス・ヴァリエ・・・・・・これは﹂
すると、心停止した人間が電気ショックを受けた時のようにゴーレムの胸部がドンッと
を交わす。ルイズはゴーレムの恐ろしい表情にやや気圧されながらも契約をこなした。
コントラクト・サーヴァントの呪文を紡ぐとゴーレムの口にあたる部分に軽く口づけ
この者に祝福を与え、我の使い魔となせ。﹂
五つの力を司るペンタゴン。
﹁我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
9
赤く輝く双眸で自分たちを睨みつけていたからだ。
そして、目の前のゴーレムは言葉を発した。
ルゴンの塊であるキューブをその身に受け止めたことが原因なのかは誰にも分らない。
失っていた。彼の記憶消失がサモン・サーヴァントによるものなのか、はたまた、エネ
事柄を二度と忘れることは無い。しかし、メガトロンは自身を除いた凡そ全ての記憶を
それは異常なことである。金属生命体である彼は言葉どおりの意味で一度記憶した
も何も見つからない、
ない。己には何か重要な目的があったような気がするが、自身の記憶領域を探ってみて
ことは間違いなく記憶している。しかし、自身が何を思い何を為していたのかが分から
自分自身が何者であったのかが分からない。自分自身の名前・兵装等の自分に関する
ロンは困惑の極致にあった。
小さな少女によって召喚された身の丈10メイルを越える巨大なゴーレム。メガト
﹁ここは、どこだ⋮⋮⋮俺様は⋮⋮何だ⋮⋮⋮、﹂ 第二話 主従と忠誠
10
ただ一つだけ分っていることがある。
それは少女の目の前にいるゴーレムはディセプティコンのリーダーであるメガトロ
ンではなく、独りのメガトロンそのものが其処には在った。
﹁凄い
言葉が喋れるのね
﹂
!!
?
よ
﹂
﹁私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。あなたのご主人様
﹁貴様は誰だ
﹂
てこれほど喜ばしいことはないだろう。
置物ではなく、ハルケギニア全土でも希少な人語を解するゴーレムだった。メイジとし
は限られた高位のゴーレムか幻獣だけだからである。自身が召喚した使い魔が巨大な
子からは考えられないようなはしゃぎっぷりだ。それもそのはず、人語を理解できるの
困惑するメガトロンを余所にルイズは弾んだ声をあげる。先ほどまでの落胆した様
!!
﹁ここは、どこだ⋮⋮俺様は⋮⋮何だ⋮⋮、﹂ 11
!
﹂
メガトロンの質問に答えるようにルイズは叫び返す。
﹁あなたの名前は
﹂
﹁先ほど貴様は主人といったがそれは一体どういう意味だ、﹂
せている。
それは重い声だった。 悠久の年月を感じさせながらも、闘争の感情をその内に孕ま
ルイズが名を尋ねたのに対し彼は答えた。
﹁俺様は、俺様の名前はメガトロンだ、﹂
?
!!
一通りコルベールの説明を聞いたメガトロンは大笑した。
入った。
い。何とかして穏便に済ませよう、とコルベールは仲裁するために両者の間に割って
これまで感じたことが無いほどに凶悪で恐ろしいその殺気を放置するわけにはいかな
コルベールは拙いと思った。 目の前にいるゴーレムから発せられる剣呑な雰囲気。
﹁それは、﹁それは、わたくしが説明しましょう
第二話 主従と忠誠
12
﹁こんなものが俺様を使役するだと
笑わせるな
本心から発せられたであろう嘲りの言葉。
﹂
﹁おい貴様、笑わせたいのならばもっと面白いジョークを持ってこい﹂
!!
ご主人様に向かってそんな口きいていいと思ってるの
ルイズはメガトロンのその傲慢な態度に食って掛かる。
﹁貴様ってなに
!?
﹂ 私はルイズ
﹂ ルイズ・フランソワーズ・
だから私はあなたのご主人さ
!
ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ
﹁というかさっきちゃんと名乗ったでしょう
﹁メガトロン、あなたは私に使い魔として召喚されたの
!
!
!?
相対することすら忌避されるそのゴーレムに少女は叫んだ。
う装甲とその修羅の貌。
ルを超えるゴーレムだ。頑健という言葉がそのまま当て嵌まる肉厚な身体。全身を覆
恐れ知らずな少女だった。坐しているとはいえ相手にしているのは身の丈10メイ
!?
?
13
まなの
使い魔は一生メイジの手となり足となり従うのよ
分かった
!
﹂ ?!
た。
﹁何よ
﹂
?!
ぬ方向へ一歩歩を進めると、自身の左腕を徐に翳した。
しかし眼前のメガトロンはルイズを見ていなかった。ルイズと向かい合わずにあら
ルイズは震えながらも杖を取り出して構える。
ややややるっていうの
即座に立ち上がる。全身を纏うその恐ろしい雰囲気はそのままにルイズを睥睨してい
無言で話を聞いていたメガトロン。啖呵を切ったそのルイズの言葉を聞き終わると
言壮語できるものはこの宇宙には存在しなかった。
切った。無知ゆえの蛮勇か否かは分からない。あの破壊大帝を相手にしてここまで大
メ ガ ト ロ ン の 素 性 を 知 っ て い る 人 が 聞 け ば 卒 倒 す る よ う な セ リ フ を ル イ ズ は 言 い
!
!
﹂
ガコン、とその左拳が外れると鎖で繋がれた拳が振るわれる。
﹁え
?
第二話 主従と忠誠
14
ルイズは唖然とした。
ただ軽く振るわれただけの左腕。
自身の使い魔であるゴーレムが何でもないように左腕を振るっただけで巨大な大穴
が生まれたからだ。メガトロンは自身の左拳をアイアンメイスとして地面に向かって
叩きつけた。その一撃は大地を深々と抉り、土ぼこりを巻き上げる。叩きつけたアイア
ンメイスを振るって土を落とす。鎖を巻き取って拳を取り付けなおすとメガトロンは
ルイズに向かって再び話しかけた。
は全て破壊されるか従属を強制されたからである。死と破壊を司る破壊大帝。その本
にあぶれるものは存在しない。メガトロンに対抗できるものは存在せず、敵対するもの
媚び諂い服従するか、それとも破壊されるか。破壊大帝を前にしてその絶対の選択肢
ければ鍍金はすぐに剥がれ襤褸が出るだろうという至極実直な目論見。
もしれない。絶対の力を持っているメガトロンらしい考えだった。その片鱗を見せつ
目の前にいるゴーレムは先ほどの言葉の真偽を、そしてルイズ自身を試していたのか
ルイズの前方には人間が軽く20人は入れるような大穴がぽっかりと空いている。
﹁どうだ、これが俺様の力だ。これでも貴様ごときが俺様を使役するとのたまうか、﹂
15
性は破壊そのもの。その恐怖に対抗できるものなど存在するわけがなかった。
その筈だった。
メガトロンの目論見は大きく外れた、
メガトロンの持つ巨大な力を見せつけられてもルイズは退かなかったのである。眼
前で強大な力をまざまざと見せつけられても彼女の眼の光は失われず、しっかりとその
先のメガトロンを見据えていた。
だから 私に仕えなさい
メガトロン
﹂
!!
だから⋮⋮⋮
!
手がちっぽけな勇気生命体であることがこれ以上ないほどの驚きを誘った。メガトロ
生き物は自身の力を見ても一切物怖じせずに自分を見つめている。自身を見つめる相
ルイズの決死の叫びに対してメガトロンは内心驚嘆していた。目の前にいる小さな
!
てみせるわ。強くなってあなたが誇れるようなメイジになってみせる
モン・マジックすらもまともに使えない⋮⋮⋮、でもいつか絶対に強くなる、強くなっ
﹁メガトロン、あなたは私の使い魔よ、それは絶対に変わらない。私は確かに弱いわ、コ
第二話 主従と忠誠
16
ンの目の前にいる存在は何も持っていなかった。小さく貧弱で、高度な知性もまともな
武器すらも有していない。にも拘らず、メガトロンが持っている強力な力、その彼我の
差 を 見 て も 少 女 の 視 線 が 揺 ら ぐ こ と は な か っ た。鮮 烈 で ど こ ま で も ま っ す ぐ な 視 線。
何も持っていないものでは醸し出すことが叶わない誇り高い雰囲気を纏うピンクブロ
ンドの少女は一体何者なのだろう。
媚び諂い服従するか、それとも破壊されるか。その絶対の二択に当て嵌まらない何か
の存在はメガトロンに強い衝撃を与えた。 記憶が失われたメガトロン。その姿はま
るで刷り込みを行われた雛鳥が親を認識するようにメガトロンの中でルイズの存在が
段々と大きくなっていく。非力であるにもかかわらず、力に屈しないルイズの強さにメ
ガトロンは興味を抱いた。気が付けば彼は目の前にいる小さな少女に片膝を付き、その
頭を僅かに傾けた。
そしてメガトロンの投げかけとも取れるその言葉をしっかりと吟味し、答える。
ルイズは片膝をついたメガトロンを見上げながら微笑む。
絶対の服従を。先ほどの言葉をどこまで貫けるかを、な﹂
強き者よ。この俺を使役するというのならば、捧げさせてみせるがいい。永遠の忠誠と
﹁ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。力に屈しない心をもつ
17
﹁メガトロン、私は必ず貴方からの忠誠を勝ち取って見せるわ、必ずよ﹂
その宣誓を少女によって召喚されたゴーレムもまた受け止めた。その様子を見たル
イズは自身から湧き上がる確かな高揚を噛み締めるようにして身震いすると、一呼吸置
いたのちに言った。
・メガトロン:元ディセプティコンのリーダー strength rank 10
きた瞬間だった。
それはこの物語のすべての始まりであり、ゼロと呼ばれるルイズに初めて使い魔がで
﹁これからよろしくね、メガトロン。私の大切な使い魔。﹂
第二話 主従と忠誠
18
第三話 鋼鉄の獣
使い魔召喚の翌日、ルイズは自身の部屋のベットの上で目覚めると大きく伸びをす
る、
窓から差し込む明るい日差しが、よく晴れた朝だということを教えてくれていた、
ルイズはまだ半分寝ている頭を振りながらも日頃の習慣に従い、学院の制服に着替え
る。
その様子は寝起きにも関わらず上機嫌だった。
自身の身支度を済ませると朝食の時間が近づいていることに気づき、部屋の扉に手を
かけた、
ルイズが朝食を食べるために部屋の扉を開ける、
すると隣の部屋からも人が出てきたことを確認した、
﹁おはよう。ルイズ。﹂
19
燃えるように赤い髪が印象的な少女がそこにはいた、
褐色の肌をした豊満な肉体、そしてほりの深い整った顔立ちは美しいと多くの人が感
じずにはいられない、
大きな胸を強調するようにしてブラウスのボタンを幾つも外しているその姿はやや
過剰なほどの色気を周囲に振りまいている、
しかし、両家の間には因縁深い事件が多く二人は犬猿の仲にあった。
こう側にある。
またツェルプストー家はルイズの実家であるヴァリエール公爵領と国境を挟んで向
トリステイン王国の隣国、帝政ゲルマニアの伯爵令嬢である。
ツェルプストー。
声をかけてきた少女の名はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・
その顔はやや不機嫌そうな色に染まっていた。
かけられた声に気づいたルイズは少女のほうを向き挨拶を返す。
﹁おはよう。キュルケ。﹂
第三話 鋼鉄の獣
20
またルイズはキュルケのプロポーションを少々妬んでいる事もあり特に仲が悪い。
もっとも、その面白い反応からキュルケはルイズをからかう事はあれど悪い感情を
持っているかどうかまでは分からないが。
ルイズはキュルケに尋ねた。
﹁ふーん。﹂
わ。﹂
尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ。 好事家に見せたら値段なんかつかない
﹁見て立派な火トカゲでしょう。この見事な尻尾の炎、ここまで鮮やかで大きい炎の尻
先からは揺らめく様にして炎が踊っている、
背は1メイルほどもあり、その大きな体を支える四つの足は力強く、太かった、尾の
キュルケの部屋から呼び出したのは深紅の皮膚をもったトカゲだった。
ルイズの問いに答えるようにキュルケは話を進めた。
﹁私は一発で成功よ、しかも⋮⋮フレイムーおいでー。﹂
﹁昨日はどうだったのよ、﹂
21
﹂
?
?
ルイズは震えるフレイムをニマニマと見つめると傍らに控える使い魔に声をかける。
のすぐ傍から爛々と輝く巨大な赤い単眼が 覗いていたからだ。
キュルケは再びルイズに目を向けるとヒッ、と軽い悲鳴をあげた。何故ならばルイズ
その視線はルイズに釘付になっている。
か
震えているフレイムに彼女は声をかけるが様子は変わらない。一体何が原因だろう
だった
大きな身体を持ったサラマンダーが恐怖に身を震わせるなど、見たことが無い光景
すると、キュルケは自らの使い魔であるフレイムの様子がおかしいことに気が付く。
むしろあり余る余裕すら感じられる。
ない。
何らかの反応が見られるはずだが、いまのルイズからはそのような様子は欠片も見られ
キュルケは拍子抜けたように首をかしげる。いつものルイズであれば悔しがるなど
﹁
第三話 鋼鉄の獣
22
うに巨大な単眼を細めて彼女にすり寄った。その様子を 口をパクパクさせながら眺
ややトリップ状態にあるルイズがそのジャガーの首筋を撫でるとジャガーも嬉しそ
﹁ふふふ、私の使い魔、ラヴィッジ、ふへへ﹂
掲げられている。
を想起させるS字状の形状をしており、先端には三つの棒状の物体がアンテナのように
けられていて、その先端はキュルケに向けられている、長くしなやかな尾は人間の脊椎
前のサラマンダーを威嚇していた。背中の後脚部には一対の円筒形をした筒が取り付
口にはのこぎりのような乱杭歯が無数に生えそろっており、歯を剥き出しにして目の
覆い、身体の堅牢性が一目見て分かる。
あるルイズの肩口に届くほどの巨体を有している。メガトロンと同様に全身を装甲が
ラヴィッジと呼ばれたそれは巨大な獣のような何かだった、それは小柄だが人間で
﹁だめよー、ラヴィッジ。怯えちゃってるじゃない、この子は敵じゃないわ。﹂
23
生き物じゃないなん
見たところ動いているようだけれど。﹂
めていたキュルケはルイズに話しかける。
﹁ちょちょっと⋮⋮それ、何
﹂
ラヴィッジは生きてる。だってこんなにかわいいのよ
本当に生き物なの
﹁ラヴィッジよ、私の使い魔 甘えん坊でかわいいのよ。﹂
?
学年別に分かれているらしく、ルイズはラヴィッジを連れて二年生所定の真中のテー
中には百人はゆうに座る事ができるテーブルが幾つか並んでいた、 中も豪華絢爛という言葉がぴったり当てはまるほどの内装が施されていた、 物である そこは、食堂とは言えとても華やかな作りが施されたいかにも貴族趣味、といった建
一人と一匹は朝食をとるために、アルヴィーズの食堂へと向かう でるルイズをみてキュルケは嘆息した。
どう見積もってもかわいいとは思えない凶悪な人相をしている獣を愛おしそうにな
!
?
?
﹁で⋮⋮でもそれ金属でできてるわよね
!
てありえない。﹂
﹁そうよ
第三話 鋼鉄の獣
24
25
ブルへと進み、 ルイズは自分の席へと進み着席すると朝食を食べ始める、
ラヴィッジがルイズの周囲を油断なく歩き回る中、彼女は内心鼻高々であった。
周囲からは自分の使い魔であるラヴィッジに対する 畏怖と関心の入り混じった声
が聞こえてくる。彼を召喚したのが自分であるという自負が彼女を良い気分にさせて
いるのかもしれない、
朝食と周囲からの良い意味での注目をタップリ味わったルイズはラヴィッジをつれ
て教室へと向かうことにした、
肩で風を切りながら廊下を進むルイズ、こんなにも一日が上機嫌で始まったのは生ま
れてから初めての経験だった、誰もが恐ろしい風貌の使い魔を伴ったルイズに道を空
け、顔を逸らした、これまで蔑まれてきたルイズにとってはさながら天にも昇るような
心持だった、まるで自分が皆から手放しで称賛されているような錯覚、自分が偉いもの
になったのではないかという誤解、
その威容が張りぼてであり自分のものではないと分かっていても自然と嬉しく感じ
第三話 鋼鉄の獣
26
てしまうものなのだった
ルイズは教室でラヴィッジを撫でながら教科担当の先生を待っていた。
彼女に撫でられているこの巨大な獣の存在に初めて気づいたのはコルベールであっ
た。メガトロンがルイズに使い魔としての忠誠を問いかけていた際に彼の巨体の陰に
横たわっていたラヴィッジを発見したのだ。メガトロンはコミュニケートをとるとル
イズにこの獣についての事実を話し始める、
どうやらこの獣は自分に仕えているらしい、と。そして、自分はルイズに付き従うよ
うなことはしない。代替としてこの獣をルイズの周囲に配すること、この獣はラヴィッ
ジという名前を持っていることをルイズはメガトロンから通達される。
メガトロンの命令を受諾したラヴィッジは今朝からルイズに付き従っている。当初
は四足獣であるラヴィッジの見た目に押されていたルイズも自身に甲斐甲斐しく仕え
るこのしもべに対する愛情が湧いてきたのだろうか、いまではラヴィッジを周囲が引い
てしまうくらいに可愛がっている。
ラヴィッジを可愛がっているのか、ラヴィッジが使い魔であるという恩恵を崇めてい
るのかはルイズ自身も分らなかった、
教室で待機していると他の生徒も自らの使い魔を引き連れてやってきた。教室内に
は様々な使い魔がいる、フクロウにキュルケのサラマンダー、モグラなど十人十色多種
多様だ、ただしひときわ異彩を放っているルイズの使い魔・ラヴィッジを皆が恐れてい
るという共通点を除いては、だが、
教壇に中年の女が現れた、おそらく教師なのだろう、一旦教室が静かになる 先ほどの喜びに上ずった様とはうって変わった様子で、シュブルーズはルイズとやや
﹁あらあら、な⋮⋮中々変わった使い魔を召喚したようね、ミス・ヴァリエール﹂ と満足そうに生徒と使い魔を眺めるシュヴルーズは
にしているのですよ。﹂
こうやって春の新学期に、皆様が召喚した様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみ
﹁皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。この赤土のシュヴルーズ、 27
第三話 鋼鉄の獣
28
怯えながらルイズの傍に佇むラヴィッジを交互に見た、教室にそうだそうだと同意を主
張する声が木霊したのも致し方が無いことなのかもしれない、紅の単眼を持った巨大な
獣、ラヴィッジは異様を通り越して異常な存在である、これまでに見たことがない容姿
ゼロのルイズ
﹂
であることにも加えて、金属で構築されている生物など、ハルケギニアの常識では考え
られないからだ、
﹁気持ちの悪いもんを召喚しやがって、檻にでも閉じ込めておけよ
!
の役目の一端を果たすこと、そのために配されたのがラヴィッジである。
た。儀式の後に一応の主従関係を結んだメガトロンが主であるルイズの使い魔として
ラヴィッジが通達された命令はただルイズの周囲で無聊を囲うことだけではなかっ
たかもしれない、
ルイズが止めなければラヴィッジは己の持つ鋭利な爪で彼をズタズタに引き裂いてい
した少年│マリコルヌに今にも跳びかかろうと身構えるラヴィッジがいた、 おそらく
ルイズは席を跳ねるように立ち上がりラヴィッジを宥め始める。見るとヤジを飛ば
!!
29
ラヴィッジにとっての主人はルイズではない。
だが下された命令を忠実に果たすためにラヴィッジはルイズの身辺を警護していた。
故に彼女に何らかの危害が加わることは現状ありえない。下された命令を確実に遂行
するだけの戦力をラヴィッジが有しており、ラヴィッジを脅かすだけの脅威も現状見当
たらないからだ。
自分が馬鹿にした少女によって命を救われたことを知らないマリコルヌはいまだに
ルイズを罵っていたが、
ラヴィッジの巨大な単眼によって射竦められていた、
加えて、﹁ミスタ・マリコルヌ。友達を馬鹿にするものではありません﹂ というシュヴルーズの言葉とともに目の前に現れた赤土に口を満たされていた、 第四話 ドクタースカルぺル
教室の黒板まで吹き飛ばされるシュブルーズ、爆発に驚いた使い魔達が騒ぎだし、加
させたのだ。 ルイズの錬金の魔法によって教卓の上に置かれていた石が爆発をおこし、教室を半壊
題は発生した。
しかし、シュヴルーズが錬金の実演を行い、それをルイズにもやらせたところから問
詳らかにしながら授業は問題なく進められていた、 魔法と生活との関係性、トリステインが歩んできたこれまでの大まかな歴史、などを
である虚無、 火・水・土・風、魔法の四大系統、ブリミルが用いていたという失われし伝説の系統
そう言ってボロボロの姿のルイズは散らかった教室の片づけを行っていた。
﹁ちょっと失敗したみたいね﹂ 第四話 ドクタースカルぺル
30
ゼロのルイズ
﹂ えてあらかじめ机の下に避難していた生徒たちにも甚大な被害が及んだ、
﹁何やってんだ
そんな怒号がラヴィッジがいるにも関わらず教室の内に響き渡った。 ﹁ちょっとじゃないだろ、いつだって成功する確率は、ほとんどゼロじゃないかよ
!
﹁わかったでしょ
私がゼロのルイズって呼ばれてる理由⋮﹂ 笑っちゃうわよね、魔法も満足に使えない癖にあなたを従えているなんて﹂
のルイズ、 ﹂ ﹁そうよ、私は魔法を一度も成功させたことが無い成功できたためしがない、だからゼロ
?
しばらくするとルイズが唐突に口を開いた ラヴィッジも片づけを彼女と一緒に手伝っていたが重い沈黙が場を支配した。 行った。
失 敗 魔 法 に よ る 爆 発 で 半 壊 し た 教 室 の 片 付 け を 命 じ ら れ た ル イ ズ は 黙 々 と 掃 除 を
!
!
31
ルイズも本当に不思議に思っていた。
劣等生である自分が何故メガトロンのような強大な使い魔を召喚することが出来た
のか、メイジにとってサーヴァントは自身を映す鏡である。自身の持つ特徴や性質が
サーヴァントには色濃く反映されている。逆説的に召喚したサーヴァントを観察し自
身の能力を鍛える指針とすることも普通に行われていた。
そして優秀なメイジには優秀なサーヴァントが召喚されるものであるが、果たして召
喚者である自分はメガトロンやラヴィッジを監督できるだけのものを持っているのか、
ルイズは考えぽつりとつぶやいた。
﹁こんな主じゃ、直ぐにメガトロンも私に愛想をつかしちゃうかもね﹂ 半ば自暴自棄気味に呟くルイズ、未熟な自分に果たして召喚した使い魔を御しきれる
かどうか、あの強力な使い魔を考える中、この時点で彼女はすでに強い不安に駆られて
いた。
そして深い懊悩の中で彼女の声に応えるものがいた。
﹁ルイズ様、顔をお見せください。傷がついています。﹂
第四話 ドクタースカルぺル
32
﹁
﹂
﹁あなたは誰
見たところラヴィッジと同じように金属でできているみたいだけど、﹂
それが感覚器官として目の役割を果たしているのだと理解できる。
身体を支えている、顔には円柱上のパーツが二つあり片面の部分が赤く光っているため
顔程の大きさをした虫のようなものであった。それは細く長い六本足を器用に使って
ルイズは始めラヴィッジが喋ったのかと思っていたが、喋ったのは目の前にいる己の
!!!
?
﹁それで、私の傷を見てくれるの
﹂
管しているというのだから驚きだ。
まっていて、仕事の際にでてくるらしい。他にもラヴィッジは似たような存在を複数保
体を保守・点検するメカニック医師であるという。普段はラヴィッジの胸部格納庫に収
ルイズが問うたところ目の前にいる虫のような物体はメガトロンやラヴィッジの身
師でございます。﹂
﹁申し遅れました、俺はドクター。ドクタースカルペル。メガトロン様に仕えている医
?
33
﹁ええ、メガトロン様にもルイズ様が傷を負った際には治療にあたるようにと、言い含め
られていますから。﹂
とスカルペルは述べると右肩に跳びついて爆発の際に生じたルイズの右ほほの軽い
切り傷を治療し始めた。
﹂
何かよく分らない光線を傷口に照射しているドクターにルイズは尋ねた。
﹁ドクター、メガトロンは今どこで何をしているの
﹁メガトロン様は今現在南西400リーグの上空で大陸を測量しています。﹂
?
﹁そうね。あいつだったら﹂
けたのでしょう。ご安心くださいもう少々でお戻りになると思います。﹂
﹁メガトロン様及び私たちはこの大陸のことを何も知りません、故に早急な測量に出か
ました。﹂
﹁まずは周囲の地形、生物の分布、気候などの情報を集めなければならないと申しており
﹁な⋮⋮何をしているのよあいつは﹂
第四話 ドクタースカルぺル
34
ルイズは昨日の出来事を思い出す。軽々と大穴をつくるあの力、人型からヴィークル
モードに変形して高速で空を滑空することもできるあのゴーレムの優秀さを彼女は思
い知ることになる。
エイリアンタンクにしがみついていた彼女は余りの速さから学院につくまでに己の
意識を手放していた。その後学院では、空を飛ぶルイズの巨大な使い魔に関する話題で
騒然となったのは当然の帰結と言える。
﹁えっ
もう終わったの
すごいわ、ドクター。あなたは、優秀な医師ね﹂
?
ように自分も更に努力を重ねようと決意を新たにした。
のであろう。ルイズは己の使い魔の優秀さを痛感した、それとと同時に彼らに負けない
その中で魔力を使わずに怪我を治療することが出来るドクターのような存在は貴重な
ア 大 陸 で は 怪 我 人 や 病 人 の 治 療 と 言 え ば 水 属 性 の メ イ ジ に よ る 治 療 が 一 般 的 で あ る。
彼は満更でもないように自らの手腕を誇っていた。魔法が普及しているハルケギニ
とルイズは頬を触って頬の傷が消えたことを確認するとドクターを褒める。
!
﹁ルイズ様、治療が終わりました。﹂
35
第四話 ドクタースカルぺル
36
しかし、その決意は自発的な生優しいものだけでなかった。強大な使い魔に引っ張ら
れるようにした強制性のある悲壮な思いも多分に含まれていたのかもしれない。
自分がやらなければならない
ルイズ以外にそれができる人もその立場にいる人もいなかったからである、
・ラヴィッジ:追跡、潜入のエキスパート strength rank 4
・スカルペル:膨大な解剖学の知識を有する、医師 strength rank 1
メガトロンは大国ガリアに連なる火山山脈上空を亜音速で滑空しながら考えに耽る
、
何かがおかしかった、呼び出されてから自分に何かが起こっていることは明白だっ
た、 今までのメガトロンの言動には不可解な点が多すぎるからである、 37
なぜ一応とはいえ使い魔などという関係を受諾しているのか、
通常のメガトロンであればルイズを即座に叩き潰していたはずだ。宛ら人間が小さ
な子虫を踏みつぶすかのように。
しかし、メガトロンはそれをしなかった。何故か 何度か考えてみたが答えは判然と
しない。
の一つとすることが出来る。
正確に把握することでこれから何をするべきか、行動の指針を模索する際の有力な要素
とだった。今自分の置かれている状況は何か、ここはどこなのか、周囲の環境と状況を
膨大な記憶を失ったメガトロンの目下の懸案事項は自身の境遇と現状を確立するこ
する。
メガトロンは自身の記憶に関する思考を打ち切ると元々の目的へと己の思考を傾注
しまった。
記憶が失われている、という事実が改めて浮き彫りになったことを再確認して終わって
失敗に終わった。残留していた記憶を繋ぎあわせてみたが自分を除いた殆どすべての
加えて、今のメガトロンには記憶が大幅に失われている。幾度も復元を試みたが全て
?
何をするにしてもまずはそれからだった。
継続してメガトロンは真下に広がる雄大な山脈の詳細な地形データを記録し続ける。
だが、急速に極超音速まで加速すると自身のレーダーが探知した大きな熱源反応へ向
けて降下を始めた。
喚したこの世界にも宇宙にもどこにも存在していないのだから。
だとしか言いようがない。死と破壊を司る破壊大帝に対抗できる生物などルイズが召
せそうな寝息をたてている、メガトロンにターゲットにされたそれには、全く以て残念
山脈の火口付近には、ターゲットにされたことに気づかずに眠りこけている生物が幸
ることは彼にとってはごく自然なことであり自らの本性その物だからだ。
自らの力をふるう際にメガトロンが際立って何かを思うことはない。何かを破壊す
﹁⋮⋮⋮。﹂
第四話 ドクタースカルぺル
38
第五話 ヴェストリの決闘とルイズの意思
ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内、風と火の塔の間にある中庭のことである。
そこにはこれから行われる決闘を見物しようとする生徒たちで、広場は溢れかえって
いた。 青銅のギーシュとゼロのルイズの決闘はあっという間に広まり、殆どの学生たちの知
決闘だ
﹂ るところとになる。
﹁諸君
!
見物人から歓声が巻き起こった。 広場の空気は完全にギーシュを後押ししている。
ギーシュは薔薇の造花を掲げ高らかに宣言をする。するとそれに応えるようにして
だった。
名はギーシュ・ド・グラモン。トリステイン軍を統括するグラモン元帥の一人息子
その広場の中心には決闘を申し込んだ男子生徒がいた。
!
39
相手はゼロのルイズだ
!
﹂ !
分厚い階級の壁が存在するトリステインでは当たり前の光景だった。如何に国家を背
囲も分かっているはずだが、誰もそれを注意することはない。それは貴族と平民という
付け叱責した。完全な八つ当たりである。 二股が露見した原因が彼にあることは周
ギーシュのプライドは大いに傷つけられた。そしてギーシュはその原因を彼女に擦り
その香水を切っ掛けにしてひと悶着あり結果彼の二股がバレたわけだが、その結果
た香水を拾ったことだった。
事の発端、それはシエスタという名の学院に従事しているメイドがギーシュの落とし
アングル・メイジのみがいるだけだった。
その周囲のみは巨大な獣の迫力に気圧されて、キュルケとタバサという二人のトライ
赤い単眼でねめつけている。
一方、人だかりの最前列では、ルイズの使い魔であるラヴィッジがギーシュを巨大な
一方、決闘を受けたルイズは杖を握りしめ目の前の男子生徒を睨みつけていた。 ギーシュは腕を振って、歓声にこたえている。 ﹁ギーシュが決闘するぞ
第五話 ヴェストリの決闘とルイズの意思
40
負う貴族であるといっても彼らはまだ幼くそして、無邪気に残酷だった。時々、野次や
歓声を飛ばすことはしても目の前の罪無き少女を救おうとする気は無いらしい。
平民と貴族との壁、階級制という根深い闇が見え隠れする光景だった。
少女の顔は、既に気の毒なほど真っ青になり今にもその場に倒れそうなほどだった。
ルイズの顔に怒りがこみ上げ始める。何故ならば、この光景は彼女の目指す貴族の姿
﹂
とは似ても似つかないものだったからだ。その光景を見過ごせるほどルイズの心根は
腐っていなかった。
更なる言葉を畳み掛けた。
入れようとする者はいなかった。変わらない態度を維持するギーシュたちにルイズは
はルイズに理があったが、発言権の乏しいルイズが何を言おうがその言葉を素直に聞き
肩を竦めた。またゼロが何かを言っている、位にしか思わなかったのだろう。道徳的に
出どころへ視線を向けたが、その諫言の出所がルイズであることを知ると呆れたように
ルイズはそういって毅然と彼を諌める。ギーシュを含めその場にいた何人かが声の
﹁ギーシュやめなさい
!
41
﹁も う そ れ ぐ ら い に し た ら
い。﹂
﹂
元 は と い え ば あ な た が 二 股 す る の が い け な い ん じ ゃ な
お前が悪い
!
?
らが背負う家をこれ以上なく貶すことと同義だからである。
訳にはいかなかったのだろう。面子を傷つけられてもただ黙っているということは自
殊更強かった。面子を傷つけられる状態に追い込まれた以上ギーシュもやり返さない
をおいても重視されるものである。伝統を重視するトリステインにおいてその傾向は
にプライドを傷つけられたギーシュの顔がさっと紅潮する。貴族にとって面子とは何
ルイズの尻馬に乗った誰かがそう言うと周囲がどっと笑い出した。嘲笑によって更
﹁その通りだギーシュ
!
﹂
?
かった。決して悪びれることのないその姿を見てルイズは一層の怒りを募らせる。ル
りに思っているのか。畳み掛けられたルイズの諫言にもギーシュが耳を貸すことはな
続けざまの侮辱発言。彼は全く懲りていないのか、それともそれだけ自らの家を強く誇
ギーシュは怯むことなく薄い笑みをこぼしながらそういい捨てた。ルイズに対する
﹁なんですって
をしてくれるのは平民だけだからな。﹂
﹁ふん。確かにゼロのルイズは平民と仲良くしているのがお似合いだろうな。君の見方
第五話 ヴェストリの決闘とルイズの意思
42
イズにも相手の面子を毀損してしまったという落ち度はあったが、それでも言葉上の上
でも態度でも一切の譲歩を許容しないギーシュのその意固地さには腹の虫がおさまら
なかった。
諸君
﹂
﹁その通りだ
﹁魔法も使えないゼロは黙ってろ
!
!
﹂
ラヴィッジに怯えながらもギーシュは黙らない。腐っても軍人の家系ということだ
﹁つ⋮⋮使い魔に擁護されるとはやっぱりゼロはゼロだな。﹂
を逃げ出した。しかし、
とは無理があるのだろう。恐ろしい音に恐怖した幾人かの生徒は脱兎のごとくその場
おどろしい鋼鉄製の躯体で構成されている。年端も届かない少年たちが平静を保つこ
嚇する。体高が一メートルを軽く上回る猛獣の威圧感は生半ではない。しかもおどろ
ルイズを罵る言葉に反応してラヴィッジは周囲にいた生徒たちを唸り声をあげて威
!
﹂
﹁魔法が使えないゼロは平民と仲良くするのがお似合いだと言ったんだよ。そうだろう
43
ろうか、その胆力や度胸は生まれついてのものなのだろう。軟派な見た目とは裏腹にや
はり彼も軍人の血を引いていた。
更なる侮辱の言葉を浴びせられ、ルイズは堪えることが出来なかった。これ以上の侮
辱の言葉を聞くことも、これ以上の不毛な掛け合いを繰り返すことにもである。自らの
誇りを守るために互いが互いを罵り合う現状をルイズは受け入れることは出来なかっ
た。
﹂
私、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァ
﹂
リエールはあなたに貴族として決闘を申し込むわ
!
貴族にとっての誇りとはその魂・生命と同義であるほどに大切なものであり、その誇
いよいよピークに達していた。
ところ変わってここは、ヴェストリの広場である。周囲のやじ馬たちの盛り上がりは
▲
た。
その一言で周囲の声がピタリと止まり、それまでの喧騒がまるで嘘のように静まっ
﹁もちろん、使い魔抜きの一対一よ
!!
!
﹁ギーシュ・ド・グラモン
第五話 ヴェストリの決闘とルイズの意思
44
りをかけた一騎打ちともなれば思い入れも一入である。注目が集まらないわけがない。
その勝敗は当事者だけのものではなく自身が帰属する家にまで降りかかる。
故にそうやすやすと決闘を仕掛ける貴族はいない。リスクが高く、勝っても負けても
何かしらの遺恨を残すであろう荒事に好んで首を突っ込む愚か者はいないからである。
本来の貴族では滅多に見られない、まっすぐな心根を持つルイズのような変わり者を除
いては。
れほど腕が立ったとしても好んで相手にはしたくないだろう
だけでなく周囲の人間全員にとっても恐怖の対象だった。金属でできた巨大な獣。ど
ギーシュはラヴィッジを戦々恐々と言った感じで指さすと彼女に問う。彼にとって
﹁と⋮⋮所であれは本当に介入してこないんだろうね。﹂
﹁誰が、逃げるものですか。﹂
ギーシュが余裕の態度でそう言ったのを見て、ルイズは答える。
﹁とりあえず、逃げずに来たことはほめてやろうじゃないか。﹂
45
﹁ええ、私が命令したんだもの。あなたの相手はこの私よ
その姿を見てルイズは、
してなかった。
だれにも邪魔はさせない。﹂
ヴィッジはルイズの身を案じるかのようにして鳴いたが、下された命令を破ることは決
も し 眼 光 に 力 が あ る の な ら 彼 は ラ ヴ ィ ッ ジ に 睨 み 殺 さ れ て い る か も し れ な い。ラ
不利な状況なのだった。
の花にも力がこもった。決闘をする上で、真面な魔法が使えないということはそれだけ
ギーシュが膝をつくことは起こりえなかった。ほっとした安心と共に右手に握る造花
であれば問題は存在しない。好不調といった時の運がどれだけルイズに味方しようが
だけであれば心配することは何もないということだろう。邪魔をするものが居ないの
とルイズが言うのを聞いてギーシュは安堵したように息を吐く。相手がルイズ一人
!
果たして戦いになるのか、大多数の人間はそう思っていた。そしてその思いは的中し
いわけではない。
だが真面に魔法が使えないルイズにとってそれは決闘以前の問題だった。不安がな
と声をかける。
﹁大丈夫よ、ラヴィッジ。あなたの主を信頼しなさい。﹂
第五話 ヴェストリの決闘とルイズの意思
46
47
ているのだが、一点だけ、読みたがえていることがある。
それはルイズが自身の誇りに抱いている思いの強さである。彼女が自らの誇りを貶
されて黙っていられるわけがない。誇りに懸ける思いの強固さ、それが彼女の強みであ
り弱みでもあった。
そして、二人の決闘が始まった。
決闘は終始ギーシュの優勢で推移した。
ギーシュが錬金した青銅の女兵士、華美な装飾が施された甲冑を身に着けた乙女は容
赦なくルイズを蹂躙した。青銅でできた兵士の体当たりや脚撃は次々と彼女の体に傷
をつける。
爆発しかしない魔法を発想転換し、ルイズも錬金の魔法で幾体かの兵士を破壊したが
無駄だった。魔力が続く限りギーシュは青銅の乙女を精製しその支配下に置くことが
出来るからだ。一体二体を破壊されたところでどうということはない。新しく乙女を
精製しなおせばそれで済むからである。周囲の観客のさらなるヒートアップも手伝っ
てルイズへの攻撃はやむことなく続けられた。
ラヴィッジはルイズが痛めつけられる様を見て爪を打ち鳴らし牙を剥いてギーシュ
を威嚇したが、ルイズの命を破ろうとはしなかった。それがルイズの身を案じてのもの
なのか、それとも自身に課せられた命令の未達成を予期してのものなのかは誰にもわか
らなかったが。
﹁なかなかやるじゃないか、ルイズ。僕のワルキューレを相手にここまでやるなんてね。
見直したよ。だが、ここまでだ。どうだい、そろそろ降参してみては如何かな。﹂
ギーシュは額に浮かんだ汗を拭いながら問う。
しかし、ルイズはにべもない。返す刀できっぱりと言い放つ。
女を召喚。これで合計5体のワルキューレがルイズと対峙していることになった。じ
わらず一切退かないルイズを見て彼は覚悟を決める。右手の造花を振り、更に二体の乙
あいつやドクターとは誰なのか、ギーシュには分らない。しかし、満身創痍にもかか
て。﹂
﹁約束したのよ、ラヴィッジにドクターにそしてあいつにも⋮⋮私は絶対に負けないっ
﹁まだよ、私は絶対にあきらめない。﹂
第五話 ヴェストリの決闘とルイズの意思
48
﹂
りじりとルイズとの距離を詰め下される命令を待つ青銅の乙女たち。各々が槍や剣を
構えて次なる攻撃に備えていた。
敵を気絶させろ
!!
﹁いいだろう、ルイズ。これで終わらせる
ワルキューレ
!!
﹂
と言うと、キュルケはタバサと呼ばれた青髪の少女があらぬ方向の虚空を見つめてい
てあげなさいな。﹂
﹁まったく、あの娘ったら。無茶ばっかりして。タバサ、これが終わったら直ぐに治療し
の身を案じていた。
したその少し前、観客の最前列で決闘を観戦していたキュルケはため息とともにルイズ
ギーシュがこの決闘の幕引きを行うために、最後の命令を甲冑の乙女たちに下そうと
▲
かりの関心を抱いてしまった理由なのだった。
志の強さと誇りの確かさ。それがルイズの強みであり弱みでもあり、破壊大帝が僅かば
はそれでも前を見据え杖を構えていた。敗北を前にしても決して挫けることのない意
げる。魔力が底をつき全身に負った傷や打撲で、満足に体を動かすことが出来ない彼女
残存している全てのワルキューレがルイズの意識を断とうと武器を構え、腕を振り上
﹁いけっ
!! !!
49
るのに気が付く。
持ち込んでいた書籍に注がれていた目線を上げ、何かの様子を探るように目を細め
る。
タバサ。﹂
いつの間にかルイズの使い魔であるラヴィッジも同様の方角を見つめていた。
﹁どうしたの
﹁来るって何が
﹂
そして端的に一言呟く。
するとタバサは虚空へ指をさした。
?
して何事かと騒ぎ始める。
きくなる音に反応して周囲の学生たちも黒点の存在に気が付いたのか、一斉に空を指さ
に伴って見知らぬ音が辺りに響くようになる。鼓膜を劈くような風切り音。次第に大
に小さな黒点があることを知った。それはグングンこちらに接近しており、黒点の接近
のすぐ後にはタバサの指摘した何かを見つけることが出来た。キュルケは地平線の先
キュルケはその方向を見据える。しばらくは何も確認することが出来なかったが、そ
?
﹁来る。﹂
第五話 ヴェストリの決闘とルイズの意思
50
風と水を操るトライアングルメイジであるタバサであるからこそ空気の微細な変化
を感じ取って一足早くそれの存在に気が付いたのであろう。その飛来物が発生させる
轟音はますます大きくなり音とともに叩きつけられる突風によって真面に立てる人は
居なくなっていた。耳を押さえ蹲る人々を横に音速を超える速度で飛来したそれは轟
音を辺りに撒き散らしながら広場に着陸した。
それはラヴィッジから緊急信号を受け取って急ぎ学院に帰還したメガトロンであっ
た。人型にトランスフォームした彼は広場に着地する。そして一応とはいえ自分の主
となっているルイズに危害を加えたであろう相手を見つける、すると左腕から幾本もの
ややめてくれぇえエッッ
﹂
細い金属製アームを出現させ一瞬でギーシュを地面に押さえつける。
﹁う゛あああああああああッ
!!
出現した巨大な刃を見たギーシュは気絶していた。口からはブクブクと泡を吹いて
ないほどに長大で禍々しかった。
たそれは、ルイズの身の丈を遥かに超えるほど巨大で果たして刃と呼んでよいのか分ら
左腕とは反対側の腕から巨大な刃を取り出した。ジャキンッという音とともに出現し
まり悲鳴をあげる。メガトロンはギーシュの悲鳴に構うことなく、彼を捉えているその
メガトロンの形相と身動きできなく拘束された現状を見てギーシュは恐ろしさのあ
!!!
51
いる。しかし、ここまで気絶していなかったことを褒めたほうがよいかもしれない。そ
れほどまでにギーシュにとって現状は絶望的だった。
ルイズと一応は主従関係を結んだメガトロンも使い魔としての責務を何とはなしに
果たそうとしたのかもしれない。彼にとって敵を破壊することは枝葉よりも些末なこ
とでありごく自然な何気ないことでもあった。一人の人間を補足し、両断することなど
メガトロンにとっては道端に落ちている小石を拾い上げる事よりも簡単なことだ。少
なくとも自身の目的が達成されるまで主人の命は繋がなければならない。一呼吸をす
る間に終わる労力であればメガトロンも構わないと思ったのだろうか。
そうして、ギーシュを切断し絶命させようとするメガトロン。そのままギーシュはそ
の命を散らせるかと思われたが、メガトロンの金属製アームに取り縋る一人の少女がい
﹂ た。振り下ろされる断頭台を止めようと必死でもがいている。
お願い
!!
!!
彼を殺さないで
!!
ではいないのであろうか。ギーシュの延命を必死の形相で叫ぶモンモランシ│。
の恋人であるモンモランシ│であった。二股を掛けられても彼に対する愛情は揺らい
そう叫び声を上げギーシュを抑えつけるアームに何かが飛びかかる、それはギーシュ
﹁や⋮⋮止めて
第五話 ヴェストリの決闘とルイズの意思
52
しかし、道端に落ちている石ころが何を喚こうとも聞き入れることはないようにメガ
トロンは意に介さない。小さな有機生命体の懇願などを受け入れる理由も意思もメガ
トロンは持ち合わせていなかった。当初の目的を達成するためにギーシュを両断しよ
うと 刃を振り上げる。
その天高く掲げられたギロチンを見て、キュルケやタバサは杖を構えた。同級生が殺
害される光景を黙ってみている訳にはいかないからだろう。成功するかどうかは未知
数だが、それでも二人は呪文を唱えその死刑執行を止めようと魔法を放とうとした。
その寸前、
ンがルイズと主従関係を結ぶに至った要因の一つだった。
ガトロンは可笑しくてたまらないといった風にルイズに目を向ける。それは、メガトロ
その言葉。その反応。満身創痍の体とは思えないほどの気丈な瞳。それらを見たメ
決してない。だが、極々まれに例外も存在するのだった。
ロチンの刃を停止させた。道端に落ちている小石が何を喚こうとも聞き入れることは
熱砂の中の一筋の冷水を思わせるルイズの言葉。その言葉を聞いてメガトロンはギ
﹁やめなさいメガトロン。まだ決闘は終わっていないわ。﹂ 53
﹁傷だらけだな。﹂
﹂
﹁ええ、少し苦戦しちゃったわ。でもここからよ、逆転して勝利してみせる。﹂
﹁グハハッ、その風体でよく言えたものだな。本当に戦いを続けられるのか
?
破壊を本性とするメガトロンは強さに対して平等である。
さを堅持できているのか。そのひた向きな健気さは何故ここまで強固なのか。
目の前にいる生物は何なのか、この強さの源は何か、何故ここまで弱い生き物がその強
し く て 可 笑 し く て 堪 ら な い。メ ガ ト ロ ン は こ の 少 女 に よ り 強 く 惹 き つ け ら れ て い た。
メガトロンは自らが気遣われていることをしって内心愉快で仕方がなかった。可笑
トロンの質問にも笑顔で気丈に答え続ける。
いのだろうに、それでもルイズは決してその苦痛を表情に表すことはしなかった。メガ
さ死んでも少女の誇りを汚すことは叶わないのかもしれない。本当は痛くて仕方がな
目の前にいる少女は諦めるという言葉を知らないのだろうか。恐らく死ぬまで、いや
うかを決めるのはあなたじゃない、私よ。﹂
﹁当然よ、メガトロン。あなたのご主人様を見くびらないで欲しいわね、続けられるかど
第五話 ヴェストリの決闘とルイズの意思
54
強大すぎるメガトロンに対抗する勢力は滅多に見当たることはない。敵対する存在
は悉く破壊されるか、メガトロンに媚びへつらい服従を約束するかの二択のみであっ
た。そのメガトロンに対して二択の選択肢に収まらない存在が彼の眼前にはいる。記
憶が失われた彼にとってもそれは非常に珍しい特筆するような経験だった。その例外
がここまで小さく弱い存在であったのはもはや望外と言うしかないだろう。強大過ぎ
るメガトロンは異常な存在だったが、同様にルイズもまたメガトロンに見合うほど異常
な存在だった。
相当に高位なゴーレム。それを従えるということはこの上なくメイジの実力を保障す
いたルイズの命令に従っていることが観客に強い衝撃を与えた。知性を持ち合わせた
イズの発言にもそうだが、何よりも目の前の光景。巨大な使い魔が今までゼロと侮って
その様子を見守っていた周囲の観客は驚愕としていた。決闘を継続すると言ったル
メガトロンはルイズの命に従って武器を収めた。
﹁それは済まなかったな、従おう。﹂
い。﹂
﹁私が戦うと言ったんだもの、決闘は継続中よ、だから早くギーシュを離してちょうだ
55
るものだからだ。
﹁⋮⋮⋮、﹂
﹁あーあ、これじゃあ決着は次の機会に持ち越しね。とっても残念だわ。﹂
気絶しているギーシュを見てルイズはあまり残念じゃなさそうにいった。痛む体を
摩りながらメガトロンに向き直り、優しく言葉を投げかける。異常なルイズが異常な使
い魔に礼をする。その二人の間に割り込めるものなど存在しない。目の前の光景はそ
れほど自然でこの上なく理に従ったあるべきままの姿だった。
﹂
?
メガトロンの中にもさまざまな葛藤や折り合いがあるのだろう。石ころのような存在
ルイズは微笑みながらメガトロンに謝辞を述べた。その謝辞を使い魔も受け止める。
ない。﹂
﹁ふん、使い魔としての役目があるからだ。それだけだ。深い意味など持ち合わせてい
私を心配してきてくれたんでしょう
﹁決闘は台無しになっちゃったけど、でも礼を言っておくわ。ありがとうメガトロン。
第五話 ヴェストリの決闘とルイズの意思
56
57
を守るためにメガトロンが行動するなど、通常では考えられない事柄だからだ。返答後
何も言わずに変形しその場を後にしたメガトロン。メガトロンがどのような心持でル
イズをサポートすることにしたのか、それは主人であるルイズ自身にも分らなかった。
だが、ルイズはそれでもよかった。すべてを明確にする必要などない。時には曖昧なま
まに委ねておいた方が上手くいくこともある。恐ろしく、そして強大な使い魔との関係
性を曖昧にしたまま継続することが出来ることも、ルイズの度量の深さが無ければ成り
立たない関係だったのだろう。ルイズ以外の人間がメガトロンを召喚していれば、メガ
トロンとの繋がりや関係に耐えられず直ぐにでもその関係性は崩壊していたはずだっ
た。
ルイズは駆けつけるキュルケやタバサを横目に見ながら滑空する自身の使い魔を見
送った。
こうして、ギーシュとルイズの決闘は終了した。多くの人々に十人十色の衝撃を与え
たこの決闘。確かなことはこの決闘の後にルイズをゼロと罵るものは学院には一人も
いなくなっていたことだった。
第二章 誓い
第六話 新しい武器との出会い
トリステイン魔法学院から南へ5リーグの森の中、パンッという小気味の良い音が周
囲に響く。森の中にある広場には、桃色がかったブロンドの長髪・鳶色の瞳を持った小
柄な少女と一匹の巨大な獣がいた。鋼鉄製の巨大な獣は手持無沙汰に欠伸をし伸びを
﹂
だとしたら承知しない
するように体をくねらせていた。のんびりとした空気が流れる中一人の少女だけが自
身の至らなさを理由として悶絶していた。
﹂
?
!!!!
まさか不良品を寄越したんじゃないでしょうねえ
白状しなさい
﹁ドクター
わよ
!!
ばれたものもその身体から出てこようとはしなかった。
その叫びに反応する者はいない。巨大な獣も、その体中に格納されているドクターと呼
小柄な少女、ルイズは己の両手で持っている小さな鉄の塊を振り回しながら叫んだ。
!!
!!
﹁うぎぎぎぎッ、どうして当たらないのよぉおッ
第六話 新しい武器との出会い
58
つまり不良品ではないということである。
ルイズの叫びは八つ当たりだった。誰でも好き好んでまともに相手をしようとは思
わなかった。たとえそれが使い魔であったとしてでもある。
気を取り直してもう一度、塊を構えて引き金に力を込める。的に向かって高速の何か
﹂
が放たれた。その塊から射出された何かは真一文字に空を切ると、一瞬で的を射貫きそ
当たったわよ
の先にある地面に突き刺さった。
当たった
!!
﹁や⋮⋮⋮やったわ
!
森の中で木霊した。
﹁ルイズ様、もう気は済みましたか
﹂
退屈で仕方がない早く切り上げてしまいたいと言ったように、その獣の胸部格納庫か
!!
?
﹁何を言っているのよドクター。練習はまだまだこれから始まったばかりよ
﹂
その様子を見たルイズは一人孤独に諸手を揚げて喜んでいる。快哉を叫ぶ声だけが
!!
59
ら這い出てきた虫のような何かは言った。だが返ってきた溌剌とした返事を聞いてう
んざりとしたように再びズルズルと格納庫へと戻るのだった。的に当たったかどうか
といったようなことは彼らにとっては児戯に等しいのかもしれない。
その虫のような何かだけではなくその鋼鉄製の獣もまた蜷局を巻いて一ミリも動こ
うとはしなかった。もう既に飽いているのかもしれない。
だが、目の前にいる少女にとっては全てが初めてのことだった。ビギナーである彼女
﹂
は一歩一歩地保を固めるために少しづつでもここから始めなければならない。
!!
それが何れ必ず必要になると、必ず自分のためになると彼女は内心確信していたから
誰に言われるでも強制されるでもなく彼女は一人発奮し、研鑽を積み重ねる。
は赤くごつごつとした皮がまかれている。
は全長で5サントほどであろうか。小柄なルイズの手のひらにフィットした持ち手に
ていた。円柱状の穴が5つある部品が独特の形をしたフレームに覆われている。砲身
そういってルイズは、それを構えなおす。その鉄塊は洗練された美しいフォルムをし
﹁さぁもっと練習しましょう
第六話 新しい武器との出会い
60
61
だ。
第七話 コミュニケートとイヤリング 初めての贈り物
時は少し遡るー
少女であるルイズがその可憐な容姿からは考えられないほどに不釣り合いな金属の
塊を駆って訓練に励むようになる契機となった話。何故彼女が魔法に代わるような新
しい力を身に着けようと思ったのか、
ギーシュとの決闘の翌日、ルイズは自身の右腕に巻かれた包帯を外しながら窓外にい
る自身の使い魔に話しかける。寮塔の三階に位置している彼女の部屋は本来であれば
もう後も残ってないわ﹂
何者も覗きこむことは出来ない。しかし、10メイルを越える体躯を有しているメガト
ロンには関係の無い話であった。
!!
ターの治療を受け今日にはすっかり完治していた。今となってはどこを怪我していた
昨日までルイズの身体の至る所には酷い打ち身や打撲痕が散見されていたが、ドク
﹁ドクターの治療ってば凄いわね
第七話 コミュニケートとイヤリング 初めての贈り物
62
のかを改めて探すことのほうが難しいくらいだった。
ルイズは腕を振って自身の健常性をメガトロンにアピールするが当のメガトロンが
真面目に聞いているかどうかは分からなかった。
﹁邪魔
邪魔って何よ
伝統のある決闘を続けようとしたことの何が邪魔だっていうの
!
ばかばかばかッ
やり過ぎだって、何度も言っているじゃない。加減しなさい、
!!
話している内容は先ほどから一定の間をあけて繰り返しループしている。
ルイズはメガトロンに向かい合う。そして言った。
を握らなければならないのは変わらなかった。
がどこまで通用するのかは分からない。いざというときはルイズ自らがより強く手綱
とルイズは癇癪を起しながらも必死にメガトロンに自らの主張を訴えるがこの懇願
加減を。﹂
﹁馬鹿
!
﹁ああ、そうなるな。おしいことをした﹂
?!
?!
ていうの
﹂
それに芋虫ってどーいうことよ。私がとめなければギーシュは芋虫になっていたっ
?!
﹁あともう少しで芋虫にしてやれたのだがな。下らない邪魔が入ってしまった。﹂
63
ルイズが主張する。メガトロンが否定する。この繰り返しだった。
﹁私はあなたの主として、あなたを監督する義務があるのよ﹂
﹁だから出来うる限りでいいの、私の目の届くところにいて欲しい﹂
メガトロンはにべもなく否定した。
﹁それを許容することはできないな﹂
ロンの影響力の強さを考慮した上での提案なのかもしれなかった。
僅かでも発揮しておきたいと願うのは主という立場の役目だろうか。もしくは、メガト
イズがメガトロンという使い魔の主なのである事は変わらない。ある程度の影響力を
トロール下に置くことが出来ないのはルイズ自身がよく知っている。だがそれでもル
それはルイズにとって大幅に譲歩した交渉内容だった。自らの使い魔を完全にコン
たがどこにいるのかを私が把握していないという状況を減らしてほしいのよ。﹂
﹁そうよ。でも完全に枷をつけるわけではないわ。勝手に出かけることを控えたりあな
﹁ほう、俺様の行動を制限するということか﹂
第七話 コミュニケートとイヤリング 初めての贈り物
64
程度の違いこそあれメガトロンにとってそれはつまり首輪を嵌められた犬となって
尻尾を振れということだからだ。メガトロンの存在が何者かによって制限されるとい
うことはありえない。起こりうる筈がないようなことを記憶が失われているとはいえ
メガトロン本人が受け入れることもまた出来ないのだった。
じゃなくてもいい、一部だけでもいいから何とかしてこの条件を呑ませたいのよ﹂
﹁はァ、ねえドクター。どうすればメガトロンを説得することが出来るのかしら。全部
使い魔を監督し御するためには。
らないのだった。ほんの少しでも有利な形で。メガトロンという圧倒的な力を持った
この滑稽な関係をルイズは石に噛り付いてでも駄々を捏ねてでも維持しなければな
張りぼてのご主人様と優秀な使い魔。
う関係性だったが。そのような単純な関係性でないことはルイズが一番知っている。
ルイズとメガトロンとの関係性は未だ不透明だった。建前上は主とその使い魔とい
両者は言葉を発することなく向かい合っていたが議論は平行線だった。
﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂
65
﹁交渉の手練手管に長けたメガトロン様を正面から相手取り説得することは困難でしょ
う。ほぼ不可能だと思われますが﹂
変形し再びどこかへ飛び立ってしまったメガトロン。
説得がかなわなかった残念感からルイズはため息をついた。思えばメガトロンを説
得するのは土台無理だったのかもしれない。優秀な使い魔であるメガトロンと全くつ
りあいの取れていない出来損ないメイジである自分。交渉のテーブルにまともについ
てくれているだけありがたいのかもしれないが、
そしてごく身近な相談相手から発せられた正論にルイズはがっくりと項垂れる。ル
イズがメガトロンを召喚した日時からいくばくも経ていない。だがその短い期間に交
わしたメガトロンとの会話から読み取れる知性の高度さを鑑みても、ドクターの言をル
イズは棄却することが出来なかった。
ということは可能性は
しかし、ルイズは諦めない。膠着した議論の風穴となる希望を含んだ言葉尻を捉える
とドクターにがっぷりと向き直った。
﹁ねえドクター、あなたは今、ほとんど不可能だと言ったわよね
?
第七話 コミュニケートとイヤリング 初めての贈り物
66
零ではないということよね
ん
﹂
一度言ったんだもん、嘘だとは言わせないわよ
?
﹁もう一度聞くわ。何でもいいの、何か有力な手段や方法はないかしら
?
﹂
?
ろ、遥か彼方を滑空しているであろうメガトロンに話しかけた。返ってきた返答は若干
ルイズは右耳に取り付けられたイヤリングを摩りながらルイズの与り知らないとこ
▲
﹁それは、こちらの主張を全面的に諦めることです。﹂
期待していた返答は端的で、それでいて辛辣だった。
つ。
希望を持たせるようなドクターの発言を聞いてルイズは目を輝かせながら返答を待
抜いてきた彼だからこその達観した意見だった。
はこともなげに言った。それはルイズよりも遥かに長くメガトロンとともに戦い生き
追い詰められているルイズのやや脅迫的な懇願は置いておき、質問を受けたドクター
しょう﹂
﹁あります、というよりも現状メガトロン様を説得するためにはこれしか方法はないで
?
67
﹂
のノイズが混入していたが概ねクリアであり、会話に不都合することはなかった。
メガトロン、こっちの声が聞こえる
?
﹁どう
﹁ああ、聞こえている。﹂
?
ドクターの主張したそれはつまり、言い換えを行えということであった。
自らの主張を諦めること。
うそれをルイズは大切にしようと決めた。
ドクターから渡されたそのイヤリング。恐らく自分のために作ってくれたのであろ
していた。
丈夫なそれはハルケギニアの科学力では到底なし得ないであろうほどの高機能性を有
ていなかったが、落ち着いていて上品な雰囲気を感じることが出来る。驚くほどに軽く
縦横ともに数センチメートル。薄板上の長方形型をしたそれは華美な装飾は施され
そのイヤリングは黒い結晶体のような外観をしていた。
﹁そう、よかった。じゃあ実験は成功ということでオーケーね。﹂
第七話 コミュニケートとイヤリング 初めての贈り物
68
69
こちらの主張を相手に認めさせるのではなく、相手側の主張を損なうことなくこちら
側の要求を満たすこと。通常とは異なるアプローチをすることで、ルイズはメガトロン
の主張と自身の主張、その両方を引き寄せることに成功した。むろんドクターの協力な
しには不可能であった交渉の成立ではあるが、ルイズの粘り強い説得が功を奏したとい
うのも大きな理由の一つであった。
ルイズはメガトロンの現状を把握していたい。
メガトロンは行動に制約をかけられたくはない。
この二律背反を攻略する為にドクターが提示したのは簡易の小型双方向無線機だっ
た。
これがあればいつでも相手のいる位置が分かるうえに離れていても互いに意思の疎
通を図ることが出来る。結晶体のような黒い小型無線機は有事を問わずに役立つだろ
うとルイズは思った。何かがあればメガトロンを呼ぶこともできるし、こちらから赴く
こともできる。使い魔を監督するルイズとしては願ったりかなったりの品物である。
これがあればメガトロンを完全に掌握できるというわけでは決してない。だがメガ
第七話 コミュニケートとイヤリング 初めての贈り物
70
トロンとの緊密なコミュニケートを築きあげていくためには欠かせない代物だった。
毎日着実に邁進していた。
が誇れるような自分にいつか必ずなってみせる。その明確な目標に向かってルイズは
の自分を受け入れその上でどうやって成長していくのか。メガトロンやその他の彼ら
そもそもルイズにはさらけ出せるそのままの自分しか持っていない。等身大のまま
間に築くことは出来ないとルイズは感じていたからだ。
自分を詐称したり、などの小細工を弄したところでした本当の繋がりをメガトロンとの
だがルイズは怯むことなく体当たりでメガトロンとの交流を続けた。媚を売ったり
隔たりを感じることもあった。
かどうかは分からない。会話の端々から感じるあまりに高い知性からルイズは大きな
して、積極的にメガトロンと交流を築き上げようと奮闘していた。その甲斐があったの
イヤリング型の小型無線機を手に入れたルイズ。自身の学修と魔法の訓練とを並行
第八話 強くなりたい
71
第八話 強くなりたい
72
とある日の出来事。魔法の研鑽と使い魔との交流を積み重ね続ける日常を送る中、ル
イズはヴィークルモードへと変形したメガトロンに乗って自然あふれるハルケギニア
大陸の景観を堪能していた。空からの風景を見てみたいという昔からの希望。ルイズ
の粘り強いお願いと、決してへこたれることのないひた向きさ。安直に言い切ってしま
えばそのしつこさにメガトロンが根負けしたのかもしれなかった。
もしくは、メガトロンがルイズの使い魔であるという点も影響しているのかもしれな
い。サモンサーヴァントの儀式によって召喚される使い魔をメイジは選択することが
出来ない。だが使い魔とその主であるメイジは多くの場合強い絆で結ばれることにな
る。
これは使い魔として召喚されるものは魔法によって主人と相性のいい存在を抜き出
され、あらかじめの選別がなされているからだ。もしくは儀式による契約を果たした時
点で使い魔とメイジの間には友好的な関係が結ばれるよう、お互いに魔法によるある種
強制的な呪いがかかっているのかもしれなかった。記憶が失われているメガトロンに
とって、このような魔法による誘いはより強力に働くのかもしれない。そうでなければ
メガトロンが少女にほだされるということもあり得ない事柄だからだ。あの破壊大帝
が一定の主従契約を結んだとはいえ、ただの少女が強く望んだ周遊旅行に従っているな
ど、メガトロンを知る人が見れば愕然としてしまうだろう。それだけの光景がそこに
あった。
6千メイル級の山々が連なる火山山脈、ライカ欅と呼ばれる落葉樹を中心とした植物
が多く群生したゲルマニアとの国境を埋め尽くす大森林地帯。荘厳な雄姿を誇る浮遊
大陸アルビオン。
野生のヒポグリフの群れよ
あんなにたくさん
﹂
あっちに向かって飛んでちょうだい
!!
﹂
まだまだ幼い少女であるルイズは無邪気な子どものようにはしゃぎまわり、年相応に
あっちよ
!
!!
空の旅を楽しんでいた。
メガトロン
!!
﹁メ
見て
!!
﹁広い⋮⋮こんなに海は広かったのね⋮⋮⋮、﹂
﹁み
!
にいられることがルイズにはうれしかったのかもしれない。たった一人だけの寂しい
メガトロンがルイズの嬌声に反応することはなかったが、それでも自身の使い魔と共
やや行き当たりばったり気味の旅程をこなしていた。
ルイズをコックピットに搭載したメガトロンは概ね順調にルイズの気まぐれによる
!!
!
73
第八話 強くなりたい
74
歓声ではあったがルイズも興奮した面持ちで旅を楽しんでいた。
だが数時間もすると落ち着きを取り戻したのかゆったりと窓外の景色を眺めるよう
になる。これまで体験したことのなかった空の世界。自分が属している世界がどのよ
うなものだったのか、今までの自分はその世界の一端を知るのみだったことをルイズは
思い知る。
いままでの自分が抱いていた世界が破壊され急速に広がりを見せるこの感覚。メガ
トロンとの交流と出会いはこれまでに積み重ねられた修練も手伝って元々のルイズを
確実に成長させていた。
だが、
﹁足りない﹂
右耳に取り付けたイヤリングに音声が拾われることがないように、ルイズはぽつりと
囁いた。
自身の使い魔に乗って空をかけるルイズの姿は満ち足りていると同時にどこか寂し
げであった。ルイズは地平線の果てまで続く広大な砂漠を物憂げに眺めながら考える。
75
私はなんて弱いのだろう、と。
誇れるような主になる、と大見得切ったにもかかわらず、自身が有している実力はそ
の見栄とは全く釣り合いが取れていなかった。使い魔と比較することすら出来ないあ
まりにも小さな自身の実力がルイズは許せなかった。
彼 女 は 自 分 自 身 の 力 量 と 使 い 魔 と の 隔 絶 し た 隔 た り を 埋 め よ う と 必 死 に 努 力 し た。
使い魔の主であるメイジとしての誇りが、ルイズが弱い実力のままでいることを許さな
かったからだ。
だが、その積み重ねだけでは全く足りなかった。
メガトロンやラヴィッジがもしあの決闘に介入していればどのような結末を迎えて
いたのだろうかとルイズは考える。何の労力もなく勝利を手にすることが出来たかも
しれないし、自分が苦戦したゴーレムたちが何体出現しようと悉く引き裂きさかれて、
蟻と象が戦うような勝負という勝負になっていなかったかもしれない。
いつまでも成長が見られず使い物にならない自身の魔法、釣合の取れない自身の実力
と存在を客観視してルイズは焦る。
このままではいけない、と、
その強い焦燥と思いがルイズを駆り立てる。より早くメイジらしい実力を身に着け
て自身の使い魔たちに顔向けできるようになりたい。使い魔である彼らが使い魔であ
ることを誇れるような存在に。
そのためには、
である。ともに戦い苦しみ喜びを共感する。自分だけが弱いのであればよかった。そ
しかし、今の彼女は一人ではない。自身の召喚した使い魔とメイジは一心同体の存在
られるのは彼女だけだった。自分一人が苦痛を味わうのであれば耐えることが出来る。
かい続けることが出来る彼女は強い心を持っている。今まで通り一人であれば傷つけ
からの誓いだった。相手を見下し、嘲笑う醜い感情を前にしても挫けることなく立ち向
それはゼロと蔑まれ続けても誇りと自信を失わずに、保ち続けてきた一人の少女の心
切感じられない。
その声は貴人のように高尚な気風を有し、凛とした彼女の雰囲気からは雑念の類は一
﹁手段は選ばない、何が何でも、必ず強くなってみせる﹂
第八話 強くなりたい
76
の弱さは自分一人だけの責任であり自分一人だけのものであるからだ。
しかし、今のルイズは使い魔を召喚した立派なメイジである。
もはや彼女自身の身柄は彼女だけのものではなくなった。自身の振る舞いや評価や
存在が、そのまま使い魔にも影響される。自分自身でもあり自分ではない使い魔に自身
の不手際や己の無力さによる被害が及ぶこと。貴族としての誇りを持つルイズだから
﹂
こそ、それは耐え難いほどの苦痛であった。
﹁⋮⋮⋮
積み重なる研鑽と鍛錬、人並み外れた覚悟のもとで行われる練習は嘘をつかず、何時
加速度的に増すルイズの成長の始まりはこの日の決断から始まった。
を後にしながら夕闇に沈んでいるハルケギニアの豊かな自然に目を零す。
をルイズは遮ることなく沈黙していた。ゆっくりと西の果てへ沈みゆく太陽の断末魔
つまり、漫遊旅行はこれで終わりということである。メガトロンが示した帰還の意思
振動とともに機体の方角が大きく変わったのを感じた。
!
77
第八話 強くなりたい
78
かの花開く時を待っている。
ルイズが魔法だけでなくその他のアプローチで強くなる方法を模索する中で、結局は
自身の使い魔であるドクターに頼らざるを得なかったのはよい皮肉だったのかもしれ
ない。人は一人では最後まで戦いきることができない生き物である。周囲の協力を上
手く引き出し自分のものへと昇華したものが最後には揺るぎのない勝利を手に入れる
のだった。
そして舞台はトリステイン魔法学院から南へ5リーグの森の中へと移った。
使い魔であるドクターに対して自身の知識を教える。
自身の持っているハルケギニアの知識とドクターからの助力との等価交換、
をルイズは掲げた。
ち出したのであろう大量の書籍を前にして途方に暮れていたドクターを見てある提案
け出せたのは自身の使い魔であるドクターの存在があったからである。図書館から持
しかし、失敗という本来あるべき結末には至らなかった。ルイズがその枠組みから抜
すことは本来ではありえないことだった。
た。その努力は何の準備もなく始められた。ルイズの行った拙速な努力が直に目を出
泊り込んだりしながら、魔法だけではない様々な分野からのアプローチ方法を模索し
ハルケギニア大陸の漫遊旅行から帰還したルイズ。彼女は勉学だけでなく図書館へ
そして舞台はトリステイン魔法学院から南へ5リーグの森の中へと移った、
第九話 伝説の始まり
79
第九話 伝説の始まり
80
そのようなこと本来であれば積極的に無償でやることである。けれども、手段を択ば
な い と い う 自 身 の 誓 い と 一 般 的 道 徳 と を 天 秤 に か け た と き ル イ ズ は 前 者 を 選 択 し た。
自身の心を痛めながらも意図的に不平等を押し付ける交渉によってドクターからの強
い助力を取り付けたルイズ。それは召喚された使い魔であるが故の問題を抱えていた
ドクターを相手にしたからこそ通用したウルトラCである。ハルケギニアに関する前
提知識を持たないドクターの足元を見たややえげつない取引だった。
ルイズの教えたハルケギニアに関する情報をドクターは芋づる式に引出、そのすべて
を理解した。勉強熱心なルイズの教えが良かったのも幸いしたが機械生命体の中でも
特筆して優れた頭脳を持っているドクターであれば当然すぎる結果でもある、
しかし、使い魔への知識の伝達が上手くいったからと言ってその逆が上手くいくとは
限らない。
ルイズはメイジである。
だが未だ学生の身分であり実戦経験もなく身体も成長しきっていない、熱意と素質が
あ る と は い え 幼 い 少 女 で あ る 彼 女 に で き る こ と は 限 定 的 だ っ た。強 く な る と 一 言 に
いってもどのようにすればよいのか。ドクターはルイズとの対話と彼女の身体能力と
81
を加味し、彼女に適しているであろうプランを提示するために頭を捻らなくてはならな
かった。
長引くであろう指導と綿密さを求められるプラン、ドクターにとっては完全に徒労で
ある。
だがメガトロンも逃れ切ることが出来なかったルイズのバイタリティとしつこさに
は如何にドクターでも逃げられなかった。餅のように張り付いてくるルイズにどこか
らそんな元気が湧いてくるのかと、やや辟易としながらドクターはプランを練る。
そして幾つかに分けて提示された計画の中から、銃器が含まれたものを選択したのは
ルイズであった。
これまでの人生の中でただの一度も見たことがない銃という武器の存在。その存在
も何も知らない彼女が何故それを選択したのか、それはルイズ自身も分からなかった。
渡された銃の現物を見たとき、ルイズは確信した。
銃というパーツが自分の体を構成する様々な要素と組み合わさりピタリと嵌る感覚。
自身が生涯にわたって使い続けるであろう重要な武器を、使い魔の助力のもとでルイズ
は手に入れた。
第九話 伝説の始まり
82
基礎的な体力トレーニングから銃の分解・メンテナンスなどプランの中からルイズが
自身に課した訓練は多岐に亘った。授業が始まる前の早朝、終わったのちの放課後等の
比較的自由な時間帯に訓練は行われたのだが、決して楽ではないそれらの訓練を彼女は
歯を食いしばり、時には泣き出しそうになりながらも必死でこなしていく。
ド ク タ ー の 提 示 し た プ ラ ン の 中 で も っ と も 辛 い メ ニ ュ ー を 選 ん だ の も ル イ ズ 自 身
だった、だが不思議と彼女から泣き言の類は一切発せられなかったという。使い魔に誇
れるようなメイジになるという誓いと積み重ねる訓練が少しづつでも確実に為になっ
ているという自覚がルイズを支えていたのかもしれない。
▲
ハ ル ケ ギ ニ ア 漫 遊 旅 行 か ら 数 週 後。ル イ ズ は 休 日 で あ る 虚 無 の 曜 日 を 利 用 し て ラ
ヴィッジとの模擬実践訓練を行っていた。無理矢理に巻き込む形でラヴィッジを連れ
出すと、行おうとしている訓練の内容を共有する。ルイズの勝利条件はラヴィッジの身
体にただの一回でもよいから用意されたマーキング弾を当てること。逆にラヴィッジ
の勝利条件はルイズからの攻撃を回避して、傷つけることなくルイズを身動きできない
ように拘束することだった。
その内容はルイズが自発的に行おうとしルイズ発案であるものらしく随分とルイズ
にとって有利なものだった。もしかすれば、自身の使い魔を負かしてやろうというある
種の気概があったのかもしれない。ルイズはやる気満々であったがその対戦相手とし
て選ばれたラヴィッジには彼女ほどのやる気は見られなかった。
そしてラヴィッジにやる気が見られないままに訓練は開始された。
訓練が始まってしばらくしての事。右手で銃を構えたルイズは木陰に己の身を隠し
て辺りの様子を伺っていた。
勝負が始まってはや十数分経過していたが未だにラヴィッジを見つけることが出来
ないでいた。その焦りからかルイズの表情からは必死さが読み取れる。自分からまき
こんでおいてあっけなく敗れるほど見っともないことはないからだろうか。
︶﹂
自身の使い魔に、これまでの修練の成果を見せてやろうとルイズは鼻息を荒くする。
だが、
﹁︵ねえ、ドクター。本当にラヴィッジは森の中にいるのよね
﹁はい、います、きちんと指定された森の中に﹂
﹁︵うぎぎぎ、いないいない。でもさっきから全然見つからないじゃないどこに隠れてい
?
83
るのよもう︶﹂
一向にラヴィッジを見つけることが出来ないでいるルイズ。そのじれったさからイ
ヤリングを使ってドクターに伺いまで立てるがラヴィッジを見受けることは出来な
かった。歯ぎしりをしながらも周囲への警戒を怠ることなく近辺を隈なく探す。朽木
のうろの中や樹木の根の隙間など。巨体を誇るラヴィッジではとてもではないが隠れ
られない、あり得ないと思うような場所もである。
しかし、ラヴィッジはルイズの直ぐ傍にいた。
舞台として指定された森の中、ルイズが意気揚々と侵入してきたその始めからルイズ
の背後で身を潜めていたのである。潜入と諜報のスペシャリストであるラヴィッジに
﹂
と前方に転んでしまったルイズは足元を見る。だが、ルイズの足
とって穏身は十八番。ルイズの目を掻い潜りつづける程度の所作はお手の物であった。
木の根に躓いたか
!
そのままずるずると引きずられるルイズ。地面の上を引っ張られながらもあわてて
首に巻き付いているものは見たことのある長い長い尻尾であった。
?
﹁痛ッ
第九話 伝説の始まり
84
銃を構えようとする。だが、先ほど転んだ際に取り落としていた事にようやく気づいた
ルイズだった。巨体を支える四足の間まで引っ張られると、ラヴィッジの巨体がのっし
りとルイズに伸し掛かる。ルイズを傷つけることがないように手加減しながらもそれ
は彼女の身動きを封じるのに十分だった。
うなものである。
後に語り継がれる伝説のゼロも最初はこの程度の物だった。始まりは誰でもこのよ
そうに負けを認める。ルイズの挑戦はまだ始まったばかりだった。
暫くもがいていたルイズだが自身の力では抜け出すことが出来ないと感じると、悔し
﹁⋮⋮まいりました﹂
85
第十話 絶望を抱えた少女
しい。おまけにそのメイジは見たこともないような強力な使い魔を従えている。とも
族の中の変わり種。平民として見下すのではなく一人の人間として尊重してくれるら
かなりの好感をもたれるようになっていた。貴族であることに胡坐をかいた傲慢な貴
ギーシュとの件の決闘が評判を呼び、トリステイン魔法学院の中でルイズは平民から
考えられた手の込んだ昼食を食べながらルイズは空を眺めた。
寝そべっていた。ほほをなでるそよ風が心地よく流れる。ルイズの好みに合うように
だがその視線を受ける当のラヴィッジはどこ吹く風という風に蜷局を巻いて草原に
じった視線をラヴィッジに放ち続ける。
た。複数回の訓練の中で何度も後れを取ったルイズは気恥ずかしさと悔しさの入り混
ラヴィッジを睨んだルイズ、模擬実践訓練の後に彼女たちは森の広場の中で休憩してい
シエスタに前もって頼んでおいたサンドイッチをもそもそと口に運びながら無言で
﹁⋮⋮⋮﹂
第十話 絶望を抱えた少女
86
87
な れ ば 平 民 で 構 成 さ れ て い る 召 使 の 人 々 が 期 待 を 抱 く よ う に な る こ と は 当 然 だ っ た。
ルイズに関わっていれば何らかの余禄に与れるかもしれない、という思惑があったのか
もしれない。只々見下され奉仕を強要される現状に平民たちは嫌気がさしていたから
だ。
特別に思われ敬われる現状をややむず痒く感じながらも拒否するべき理由をルイズ
は持っていなかった。
そして、召使たちからの尊敬が自分だけの実力で獲得したものではないこともルイズ
は重々承知していた。魔法を十全に使いこなすことが出来ない自分の言葉に相当の重
みと実が伴っているのは自身の使い魔が強力であることも確実に影響している。
そうでないならば誰が自分の言ったことに耳を傾けただろうか。魔法の使えないゼ
ロの戯言だと一蹴されてしまっていたにきまっている。実力無き綺麗ごとなど絵に描
いた餅にすぎないことを今回の件でルイズは学んだ。現状に奢ることなく実力を身に
着け、そして強力な使い魔の威光だけに頼っている状況を変える。ルイズの抱く決意は
より強いものになっていた。
ルイズの現状に対する認識は概ね正しかった。
しかし、彼女は強力な使い魔という己の抱いていた認識が甘すぎることを後に嫌とい
うほど思い知らされることになった。自分が何を召喚してしまったのか。この時のル
イズはまだ何も知らない。自身のおかれている現状を彼女が自覚した時。彼女の真価
が問われるのはもう少し後だった。
﹁ねえドクター﹂
﹁何でしょうかルイズ様﹂
勘違いしないでね
﹂
それこそ数百丁も作ることは出来るのかしら。もちろん、私が作らせるなんてことはし
﹁この銃は鉱石に特殊な加工を施して素材にしたっていったけれど。もっとたくさん。
ない仮定でよ
?
そして一考の後に答えた。
ふむ、と言ってドクターは腕を組む。
?
が、辞めておいたほうが良いと思われますが。御渡しした銃の性能は俺の知る限りこの
りません、必要量となる素材と労働力が揃えば短期間で御覧に入れるでしょう。です
﹁あり得ない仮定であると理解した上でですが、可能です。それほど難題なことではあ
第十話 絶望を抱えた少女
88
89
世界の技術水準を遥かに凌駕しています。魔法を基礎とした階級制、少数の貴族と多数
の平民、量産化することによってその基本構造が根元から揺らぎかねません。平民によ
る貴族の打倒を促すのであれば最適な方法です。ですが貴族であるルイズ様にとって
このような不要な未確認要素や問題を招くことは避けたほうがよろしいかとおもいま
すが。ですので、ルイズ様もそのお持ちになっている銃を見せびらかさないよう注意し
てください。
ルイズは軽い気持ちでドクターに問いを投げかけた。
だが、返ってきた返答はルイズの想定をはるかに超えるものだった。ドクターの説明
を聞いたルイズは右手に持っているそれをじっと見つめる。
小柄な少女である彼女でも自由に持ち運ぶことが出来る携帯性。加えて一度に五発
までの銃撃が可能である高い攻撃性能を持つそれは、確かにここハルケギニアでは類を
見ないほどに優れているのだろう。
魔法が普及しているハルケギニア大陸でも銃という物の存在は確認されている。
しかし、単発式であることや装填に時間がかかること。重量があり運搬に不向きであ
るなど複数の欠点があるためもっぱら式典や鑑賞などに用いられ戦闘にはほとんど用
第十話 絶望を抱えた少女
90
いられてはいない。魔法という簡易で利便性が非常に高い技術形態が科学技術の発達
を阻害している環境では銃を始めとした武器の改良が進まないのも致し方ないことだ
ろう。
どこかの変わり者な中年教師にでも見せれば返ってくる反応は少しは変わったかも
しれないが、魔法という特権に与る支配層が自身の権力基盤が揺らぐ可能性の芽を育て
ようとするわけがなかった。
もしこの武器が量産され大衆に出回ったらどうなるのか。貴族による支配に喘いで
いる平民たちにもしそれらが手渡ったとすれば。ルイズはブルッっと体を震わせると
自身の思考を打ち切った。答えは明確で考えるまでもなかったからだ。
間違いなく争いが頻発することになる。魔法にはかなわない、負けると分かっていた
からこそ平民は黙って従わざるを得なかった。しかし、一矢報いる方法があるとすれば
話は別である。これまで受けてきた苦汁をやり返す方法が見つかれば、平民たちは喜び
勇み、貴族に対して反旗を翻すようになるだろう。
ルイズは自身の使い魔からの勧告を何度も反芻した、そして頷き返す。
ら手持ち無沙汰に二人の会話が終わるのを待っていた。ゆらりゆらりとたゆたう長い
ルイズがドクターと銃器についての会話をしている中、ラヴィッジは蜷局を巻きなが
は痛感していた。
としてメイジとして考えるべきこと、知るべきことはまだまだ山ほどあることをルイズ
の形。ドクターとの会話を通じてルイズは自身の不勉強さを思い知った。一人の貴族
世界でなくとも、一人の人間として尊重されるようなそんな現実的な目指すべき世の中
あるべき貴族の姿。あるべき世の中の形。一人一人全員が幸福に与れる夢のような
の混乱を世の中にもたらそうとするようでは元の木阿弥だからである。
イズは安直ではなかったし、暴力的でもなかった。傷つく人々を減らすためにより一層
れをただ良しとはしていなかった。だがいきなりそれをひっくり返そうとするほどル
貴族による問答無用の支配形態。平民ばかりが虐げられる現状の世界。ルイズはこ
﹁ご英断だと思われます。御渡しした俺も溜飲が下がる思いです﹂
﹁分かったわ、この銃の存在は誰にも教えない。見せびらかすなんて以ての外よ。﹂
91
尾部が会話が長引いていることを教えてくれていた、
﹂
!
と、ラヴィッジが駆けて行った森の方角から騒々しい叫び声が聞こえる。ギャーという
行っても追いつくわけがないから何か別の方法を考えなければ。と思案を重ねている
どこかへ駆けて行ってしまった使い魔を追いかけようか、いやいや自分が追いかけて
唖然とするルイズ。
まった。
速度まで加速する。そしてルイズが声をかける間もなくその視界から消えて行ってし
軟さを併せ持っていた。着地した後もグングンとその巨体からは考えられないほどの
を一足飛びで跳躍し身を翻す。美しい弧を描く形に反らされた身体はしなやかさと柔
たのは自身の背丈の倍以上の高さを跳躍しているラヴィッジだった。驚くほどの距離
すわ何事だろうかと話を中断しルイズは振り返るが、振り返った際目に飛び込んでき
気が剣呑なものになる。
ピクリ、とラヴィッジの身体が反応を示す。尻尾の揺れが止まりその身にまとう雰囲
﹁⋮⋮
第十話 絶望を抱えた少女
92
典型的な叫び。人間の男があげたような叫び声だったようにルイズは感じた。
いよいよ何が起こったのか胸の内から込上げる不安が彼女を襲った。湧き上がる不
安そのままにルイズは走る。自身の使い魔が駆けて行った方へ数十メートル移動する
と恐らく帰ってきたのであろうと思われるラヴィッジの姿を確認した。自身の使い魔
の無事な姿を確認して安堵するルイズ。
しかし、安堵したのもつかの間に、彼女の視界に写ったのはラヴィッジだけではな
かった。
﹁キ、キュルケ
ギーシュに、どうしてタバサまで
﹂
!!
ばれていた。
二人であるキュルケとタバサはラヴィッジの背中に乗って悠々とルイズのもとまで運
ラヴィッジに袖襟を咬まれてずるずると地面を引きずられているギーシュ。残りの
現れた三人の人影はルイズの同級生であるキュルケ達であった。
!
﹁ハロー、ルイズ、こんなところで合うなんて奇遇ねぇ﹂
93
﹁なーにがハロー
よ馬鹿じゃないの
あんたたちいったい何をしてたのよ﹂
?
ラヴィッジに対する驚きのままにキュルケは話した。
後ろめたいことなど彼女は抱いていなかったのだろう。
と り と し た 視 線 を 向 け ら れ て も キ ュ ル ケ は 飄 々 と し た 雰 囲 気 を 崩 す こ と は な か っ た。
うろちょろと監視まがいのことをされた疑念が晴れることはない。ルイズからのねっ
とした疾走の原因が自分の知り合いだったという安心感が先行したが、だからといって
飄々と白状するキュルケを見ながらルイズはため息を吐いた。 ラヴィッジの突如
よ。﹂
黙 っ て こ そ こ そ し て る の よ。い き な り ラ ヴ ィ ッ ジ が 走 り 出 し た か ら こ っ ち は 大 慌 て
﹁ちょっと私の話を聞きなさいよ。っていうか何で逃げる必要があるのよ。それに何で
い魔は見かけによらず足も速いのね。﹂
﹁あわてて逃げようとしたらもうギーシュが捕まっちゃってたわ。ルイズ。あなたの使
たのに、あっというまにきづかれちゃうんだもの。﹂
﹁とっても驚いたわ。タバサにも気を使ってもらって十分に距離をとっていたはずだっ
!
からついてきただけよ。偵察任務を背負っている兵士じゃあるまいし。人を付け回す
﹁あら、私はただギーシュが何かこそこそと動きまわっているのをみて面白そうだった
第十話 絶望を抱えた少女
94
趣味なんて持ち合わせてないわ。﹂
というと、魘されているギーシュの身体を揺すりはじめた。キュルケの介抱の甲斐も
あり魘されていたギーシュも徐々に覚醒し始める。
﹂
﹁ほら、そろそろ起きなさいギーシュ。あなたルイズに言いたいことがあったんでしょ
﹁うーん、うーん、ううう。﹂
95
﹁別にお礼なんて必要ないわ。学則を破って決闘をしたのはお互い様なんだしね。﹂
い。だからどうしても一言お礼を言わずにはいられなかったんだ。﹂
﹁モ ン モ ラ ン シ │ か ら 全 部 聞 い た よ。君 が 止 め て く れ な け れ ば 僕 は い ま こ こ に は 居 な
行の行き先の後を辿って魔法学院近くのこの森まで来たのだと。
ルイズに対して件の決闘について礼をしたかったのだそうだ。そのためにルイズ達一
ヴィッジの口から放られた際衣服に付着した土を払いながら言った。話を聞くと彼は
ギ ー シ ュ は プ ル プ ル と 首 を 振 る と 自 身 の 意 識 を 確 固 と し た も の に す る。そ し て ラ
﹁あ、ああ。そうだね。そうだった。﹂
?
話すギーシュの謂いを聞いたルイズは半ば呆れながらも彼の謝罪を受け取っていた。
根が悪い人物ではないとルイズも知っていたからである。ギーシュにもギーシュなり
の立場とプライドがある。グラモン元帥という偉大な父親を持つ彼には偉大な父親を
親として持つプレッシャーを抱えている。人知れない苦悩の存在がまだ若いギーシュ
後私に謝る
にはいきり立ったプライドとして表出していたのかもしれない。ヴァリエール公爵家
を出自とするルイズにもギーシュの人知れぬ苛立ちがよく察せられた。
﹁でもだからってそんな付け回すような真似をしなくても済んだでしょう
ら決闘の続きをしてやってもいいんだから。﹂
くらいならシエスタに謝っておきなさいよ。今更平民だからってごねるんならこれか
?
女の従える強大な使い魔の影がギーシュのプライドを軽く凌駕するほどに色濃くちら
身の柔軟さを持った思考。その二つだけが挙げられるのではないのだろう。確実に彼
の主張をころりと撤回した理由には、ルイズの述べた言が正論だったこととギーシュ自
修羅のように恐ろしい貌をもった鋼鉄の巨人がギーシュの脳裏を過った。これまで
﹁そ、それもそうだね⋮⋮わかったよ﹂
第十話 絶望を抱えた少女
96
ついていたからだ。
。次覗き見をやったら咬まれるのはあんたなんだから。﹂
?
せていた。
﹁どうしたのよタバサ。あなたは戻らないの
?
遠くなり始めても青髪の少女はその場を動こうとはしなかった。タバサの視線の先を
キュルケに続く形でギーシュが森の中の広場を後にする。だが、ギーシュの後ろ姿が
﹂
吐いたキュルケの言葉。揺るぎのない正論だからこそルイズの反駁も若干の鈍りを見
い魔を従えている事実は誰でもないルイズが一番知っていた。意図せずともに正鵠を
憎まれ口を叩くキュルケを見てルイズは憤る。しかし、自分よりも圧倒的に優秀な使
﹁まあ、ちびルイズに忠告される日が来るなんて夢にも思わなかったわ。﹂
事するんじゃないわよ
﹁うるっさいわね。用が済んだらさっさとどっかいけばいいじゃない。もう二度と同じ
優秀なのね。﹂
と何をしていたか分からずじまいだったけれどね。ちびルイズの癖に使い魔は随分と
﹁それじゃあ用も済んだみたいだし、私は学院に戻るとするわ。結局あなたがこそこそ
97
ルイズが読み取って身じろぎをする。しかし、既に知られてしまった事実を覆すことは
不可能だった。
﹁私にもそれを教えて欲しい﹂
それって何のことかしら、私にはさっぱり分からないわ﹂
?
い潜りつづけることに気を窶すのは現実的方法ではない。 ならばいっその事積極的
まえばいくら念入りに気を付けたとしても、早晩秘密は露呈するだろう。監視の目を掻
らの不必要な注目を日常的に浴びることになってしまうかもしれない。そうなってし
しまうほどタバサの物わかりが良いとは思えなかった。そうなってしまえばタバサか
しかし、そのままではすまないだろう。ルイズが言えた立場ではないが、簡単に諦めて
否 で あ る。 無 理 や り に で も 隠 蔽 を 強 行 す れ ば こ の 場 は 誤 魔 化 せ る か も し れ な い。
もにわかる。
なタバサを欺き通せるほどのしたたかさを自分は持っているのか。自問自答をせずと
出てしまうとは思わなかったからだ。とっさに嘘をついて誤魔化そうと試みたが聡明
ルイズの背中を迸るような緊張が走った。まさかこんなに早く隠すべき秘密が漏れ
確実に知られてしまっている。
﹁そ、それ
第十話 絶望を抱えた少女
98
に情報を開示して秘密を共有し、これ以上の漏洩を水際で食い止める。
残された手段はこの一つしかない、とルイズは考えた。
況から推測を立て判断を下し高確率で正解へたどり着けるだけの聡明さと賢さを彼女
を高める。そして自分の目で実際に得た情報との比較を行い更なる微修正を行う。状
タバサは優秀だった。不確実性が高くとも情報を集め複合的な見地から情報の確度
といって、タバサはルイズの腰に吊られた鉄の塊を見る。
﹁何かを貫く音、﹂
﹁何かが打ち出されて﹂
﹁見えなかったけれど聞こえた﹂
﹁見えない﹂
た。
当然の疑問をルイズは投げかける。 しかし、こともなげにタバサはそれを否定し
﹁あれだけ距離が合ったのによく分かったわね﹂
99
は併せ持っていた。
﹁で、でもどうしてタバサはこれを習いたいと思ったのよ﹂
﹁その質問には答えられない、﹂
﹁でも、どうしても必要だから﹂
てただ黙っていられるほどルイズの物分りもタバサと同様に良くなかった。
その影響を撥ね退けるだけの実力を彼女は持っていなかった。しかし、だからといっ
する。
き。強力な使い魔の威光。メガトロンの影がここでも顔を出すのか、とルイズは歯噛み
自身が蔑ろにされているとは言わないが使い魔と対等に扱われていないと悟ったと
ちへも自分の主張を訴えていたのだ。
ルイズではなくその使い魔であると理解していたから。ルイズの脇に控える使い魔た
かもしれない。ルイズとその使い魔との複雑な関係を見抜き、判断を下す要となるのは
かった。ルイズとは異なりタバサはルイズだけを相手にしていたわけではなかったの
投げかけられた問いにタバサは事もなげに答えるが返答の矛先はルイズだけではな
﹁どうしても成し遂げなければならないことがあるから﹂
第十話 絶望を抱えた少女
100
この悔しさを払うようにドクターへ意見を伺うことなくルイズは独断する。
腰に吊られた鉄の塊を手で押さえながら言った。
そのタバサの眼をみたルイズは奇妙な既視感をその身に抱いていた。
成し遂げなければならないことがあると語った時のタバサの顔。
この時のルイズはまだ知らない。
院への道を歩き始めた。
むドクター。そしてルイズとタバサを背中に乗せ、ドクターを格納したラヴィッジは学
上の反応を見せることはなかった。シャカシャカとラヴィッジの胸部格納庫へ引っ込
見えていた。 ルイズの独断にドクターは一瞬驚いたように身じろぎをするが、それ以
感情を表に出すことが少ないタバサだがその表情には僅かながらも与望の色が垣間
﹁感謝する﹂
日はもう学院へ戻りましょう。﹂
かれることが無いように気を付けて。詳しいことはドクターから追って伝えるから今
﹁いいわよ、これについて教えてあげる。ただし他言は厳禁、タバサもこれが誰かに感づ
101
第十話 絶望を抱えた少女
102
初めてメガトロンと合ったとき感じた何か。
まるで水面に反映された模造のメガトロン。それと同じ何かを瞳に写した時のよう。
その既視感が何なのか、ルイズはまだ知らない。
鋼鉄の巨人と青髪の少女。死と破壊を司る破壊大帝と水と風を操るメイジの騎士。
似ても似つかない両者に繋がりなど存在するのだろうか。
その既視感が何なのかをルイズが知るのは遥か先のことである。
深い憎しみと力への渇望を宿したタバサの瞳。 それはオール・スパークを得る為に
手段を問わず何百体もの同胞を虐殺したかつてのメガトロンと同じ光を放っていた。
凍てついた目をした少女はどのような思いをその胸に抱いているのだろうか。 小
柄なルイズよりも更に小さい少女の青い瞳にはおよそ年齢に見合わないであろう様々
な感情が灯っていた。
増悪、怨毒、悔恨、怨嗟
103
それらの負の感情は心を蝕み精神を侵食し、憎しみのままに生きる彼女の強力な糧と
なり少女を支えていた。
とある男の手によって父親を、母親を、果てには自分自身の存在すらも奪われてし
まった少女は何を思い何を為そうとしているのか。
圧倒的な絶望を抱えた少女にはこれから先、幾多の試練と様々な困難が待ち構えてい
る。
青い瞳を持つ少女。タバサはそれらの艱難辛苦を一人孤独に、或いは大切な仲間とと
もに克服し、乗り越えていくことになる。
だが、それはまた別のお話。
ここではないどこかで語られる物語は少女が憎しみから解き放たれる一つの過程。
孤独な少女が得難い仲間と大切な友人を手に入れる一つの成長譚。
いつか来る未来。少女は偽りの己を捨て、本当の自分を取り戻す。
第三章 寄る辺
第十一話 メガトロンの存在
虚無の曜日同時刻、ルイズやキュルケ達一行が森の中の広場にて相対していた頃。
緑髪が美しく伸びた妙齢の女性と中年の男性がトリステイン魔法学院内一角を占め
る塔の廊下にて四方山話に花を咲かせていた。現代日本でもよく見かけられる上司と
その部下との他愛のない会話が交わされる風景。窓から射す光が彼女の長い緑髪を美
しく煌めかせた。
彼女はトリステイン魔法学院学院長であるオールド・オスマンの秘書を務めているミ
ス・ロングビルという名前の女性だった。 中年の男性はミスタ・コルベール。トリス
テイン魔法学院のれっきとした教師の一人だった。図書館からの帰りであろうか彼は
幾つかの書籍をその手に抱えている。
二人はにこやかに時には笑いも交えて会話を楽しんでいた。
﹁いやあそれにしてもミス・ロングビルはお若いのにとても博識ですなあ﹂ 第十一話 メガトロンの存在
104
﹂ ﹁研究熱心な先生にはとても敵いませんわ。もっと色々なお話を聞かせてくださらない
かしら
﹁そういえばミスタ・コルベール、宝物庫のことはご存知
﹂ に推移していたことにコルベールは終ぞ気づくことはなかった。
く。 会話に熱中するあまり会話として話していた内容がロングビルの誘いそのまま
彼女はコルベールの話に相槌を打ちながらも時折質問を返し、会話を盛り上げてい
しれない。興奮した面持ちのままによく回る舌がより饒舌に語った。 ロングビルの言葉に気をよくしたコルベールはより彼女の気を引こうとしたのかも
?
﹂ ?
見分した品々を紹介していく。 宝物庫に入ったことがあるという彼の話を聞いた際、
コルベールはロングビルの期待に応えようと記憶を探り、かつて宝物庫に入った際に
はさみまして、中には一体何があるのかと少し興味がありましたの﹂ ﹁ええ、あの場所にはあまりにも厳重に固定化や対魔法の術がかけられていると小耳に
な。それがどうかされましたかな
﹁貴重で価値のある、もしくは危険性があるマジックアイテムを封印している倉庫です
?
105
ロングビルの美しい瞳は一筋の妖しい煌めきを放った。
話です。﹂
﹁確かに、そのような品々が保管されているのであれば、あれほどの厳重な管理も頷ける
﹁盗難の被害に遭うことなど有り得ないのでしょうね﹂ ミスタ・コルベール﹂
﹁ふむ、一見すればそうなのですが、私にはそうは思えないのですよ﹂ ﹁まあ、どういう意味です
いなかった。 ロングビルはいかにも興味津々といった風に聞き入っていた。
く、会話相手が名高い泥棒であるなどという可能性などコルベールも露程も思いついて
良いスパイスとして軽い気持ちで話したのであろう。情報が外部に漏れる心配も少な
コルベールに宝物庫をどうしてやろうといった意思はない。コルベールもまた会話の
じた宝物庫の弱点についての自説を話し始める。トリステイン魔法学院の教師である
そして、ロングビルに乗せられるがままにコルベールは以前宝物庫に入室した時に感
?
防をおろそかにしているような気がするのです。例えば⋮⋮⋮、﹂ ﹁あの扉は魔法に対する対抗措置にばかり重きを置きすぎて、物理的な衝撃に対する予
第十一話 メガトロンの存在
106
熱心に己の見解を喋り続けるコルベール。 コルベールが話を終えるとミス・ロングビルはにこやかに笑って答える。 碧落の座標に存在する自然豊かな惑星。
ら力不足となってしまう場所にその奇跡は存在していた。
ハルケギニア大陸を持つ惑星より遥か彼方。遠い遠い遠い位置。光年という単位す
▲
難しいことだった。
前を自覚することは誰にとっても必要な考え方だがその普通を意識することはとても
ごく自然な風景の中にこそ、危険が狙い澄ましたように忍び寄っている。この当たり
会話を続けながら二人はその後も学院の廊下を連れ立って歩いていった。
﹁とても興味深い話でしたわ、ミスタ﹂ 107
第十一話 メガトロンの存在
108
地表の七割ほどを紺碧の大海が覆い。残りの三割に広々とした大陸が広がっている。
無数に散在する諸島の群れ。墨絵を思わせる外見を有した壮観な陸地達。
膨大な生命にとって欠かせない揺籃の役割を果たした綿津見の塊。
熱的な属性を持った惑星との距離が絶妙であるため、有機生命体にとって恵まれに恵
まれた生態環境が整っている。
哺乳類、鳥類、魚類、爬虫類、両生類、その他諸々の諸処族群││。
地上や海中では各々の特徴をもった種族の有機生命体達が栄華を極めた繁栄を享受
している。
垂れ流された化学物質によって汚染された河川。原初の状態を保ち内に深層を孕む
天然湖沼。 灼熱の熱線が降り注ぐがために形造られた皓皓冽々たる粗砂の集塊。欝蒼と茂る原
生林が蔓延った千仞の深山幽谷。
混沌と多様性が薄皮一枚隔てて共生している奇跡の星。地球。
そんな神の気紛れに愛されに愛された、その惑星を血眼で見つめているものがいた。
それは有機生命体ではない何か。後背部に掲げられている鶴翼のような基幹部品が
特徴的な知的金属生命体。
だが、そのような彼ほどのディセプティコンが不動心をかなぐり捨てて秩序だった動
実力者。二つ名に含まれた参謀の文字は伊達ではないのだ。
お飾りのものではなかった。粒ぞろいのディセプティコン内でも一目置かれるほどの
ティコンのブレインポスト。破壊大帝からの厚い信頼をも勝ち取っている彼の実力は
どのような有事に直面しても激することなく、物事を理性的に対処できるディセプ
サウンドウェーブを支配している。
着きは欠片も感じ取ることが出来なかった。傍から見ただけでも分かるほどの焦りが
しかし、そんな機械よりも機械然としている彼だが、今の面貌からはそのような落ち
彼は有名である。
冷静かつ沈着、どのような時でも平静の態度を崩さない立ち居振る舞いをすることで
彼は今全身が焼けついてしまうのではないかというほどの焦燥に駆られていた。
﹃情報参謀﹄サウンドウェーブ。
109
きからかけ離れた行動を取っている。
否、取らざるを得ない状況に追い込まれるということがどれ程の異常事態なのかを正
確に把握できるものは恐らくいない。言葉にすることが困難なほど、サウンドウェーブ
が追い込まれている現在の状況はそれほどまでに異常なのだった。
情報参謀サウンドウェーブ。彼を含めた全ディセプティコンが今現在置かれている
状況とは、
ような出来事。貴重な戦力の喪失が色褪せてしまうほどの出来事。それが破壊大帝の
だが、今の状況はそれを更に上回る。ラヴィッジの喪失がまるで些事に思えてしまう
して軽くない。
員損耗の観点から見ても追跡と潜入のエキスパートであるラヴィッジを失う痛手は決
己が部下である斥候兵の行方が不明であることだけでも十分な異常事態である。兵
サウンドウェーブはこの事案を対処するために今の今まで忙殺されていたのだった。
、である。
﹃破壊大帝、加えて斥候兵一体︵個体識別ネーム・ラヴィッジ︶の消失﹄
第十一話 メガトロンの存在
110
111
消失だった。
消失、消えて失せること。そう、破壊大帝メガトロンが地球上から消失してしまった
のだ。
その天変地異にも等しい尋常ならざる出来事をサウンドウェーブが知ったのはコン
ストラクティコン達の報告を受けてからだった。 最上級の警戒が施されたアメリカ
海軍籍の保管基地から悠々とオールスパークの欠片を奪取する。その後に大海の底に
投棄された大帝をオールスパークの欠片を用いてリビルドする。
ここまでは全てディセプティコン建てた計画通りに物事が進行していた。 欠損を
補うための素材となったコンストラクティコン一体の損失は発生したが、欠片に宿るエ
ネルゴンが触媒となって体内の暗黒物質が再稼働し、破壊大帝は蘇る。
実行された任務は恙無く進行。往年の実力を破壊大帝は取り戻し、完全復活の首領を
得たディセプティコンは満場を以てその活動を再開する筈だった。
コンストラクティコン達からの報告はサウンドウェーブを混乱させた。
金属生命体である彼らは感情に惑わされることなく冷徹に事実を認識して行動する。
第十一話 メガトロンの存在
112
何故メガトロンが消失したのかを彼らは考えない。彼らが思考を注力するのはメガト
ロンが消失したという事実だけである。その上でどうするのか、メガトロンなしのまま
に何ができるのかを考える。
ドクタースカルペルが押し付けたオールスパークの切片。その欠片から発せられた
エネルゴンの波動が大帝を包み込んだ瞬間。眩く光る何かが大帝を覆いかくした。
彼らは知的金属生命体である。
コンストラクティコン達が実際に体験した出来事を特殊に兌換して共有することは
極々簡単なことだった。逆説的に言えば、コンストラクティコン達からの報告が嘘偽り
のない現実の事柄であることが確実なものとしてディセプティコン達には分かってし
まうのだった。
破壊大帝が消えた、確実に、本当に、真実の出来事として消えてしまった。
破壊大帝に多かれ少なかれ忠誠を誓っているディセプティコンにとって大帝の消失
という事実を簡単に受け止めることは押し並べて出来ることではなかった。ディセプ
ティコン達にとって破壊大帝の存在とはそれほどのものだったのである。
113
ディセプティコン達は元々軍事用ロボット群であるミリタリー・ハードウェアを祖先
とする種族であった。トランスフォーム能力を獲得したのはオートボット達よりも後
の事ではあったが、軍事用ロボットを祖先としているディセプティコン達は戦闘能力に
関してオートボット達の追随を許すことはなかった。
彼らとオートボットとの対立が顕在化した後も彼らは圧倒的な火力を武器にオート
ボット達を守勢に追い込んでいたのだ。
だが、良く言えば我が強い。悪く言えば、纏まりがないディセプティコン達では統率
された指揮系統を構築することが出来なかった。そのため戦闘行動は単体による散発
的なものになり、一日の長がある高い戦闘能力を上手く活かしきることが出来ずにいた
のだ。
ディセプティコン達の能力が局地的にしか発揮できなかった問題をそこで解決した
のが何を隠そう破壊大帝メガトロンそのお人である。荒くれ者ぞろいのディセプティ
コン達を叩き潰し、屈服させた彼の存在が無ければ現在の巨大勢力を誇るディセプティ
コン軍は存在しない。破壊大帝を頂点とする強権的な支配体制を得たディセプティコ
第十一話 メガトロンの存在
114
ン軍は弱点を解消し、その後急速に勢力を拡大。オートボットとの戦闘を終始優勢に進
めていった。
メガトロン不在の弊害はディセプティコン軍がディセプティコン軍であるが故の特
性に由来する。
高い戦闘能力を誇るディセプティコンの面々は確かに軍団で見れば恐ろしい存在で
はあるが、個々で彼らを見た場合、あくまでも単なるディセプティコンにすぎないので
ある。彼らは強いが故に群れるのを嫌い、個人個人で行動したがる側面を持っているた
め、メガトロンという存在が無ければ組織だって行動することが出来ないのだった。
幾ら個々が強くても集団で攻撃されれば一溜りもない。事実孤立していた所をオー
トボットの集団に攻撃されて破壊されたディセプティコンは山ほどいるのだ。
だからこそサウンドウェーブは頭を抱える。
メガトロンという司令塔の不在は最悪、ディセプティコン軍という組織の瓦解を意味
するからだ。メガトロンの不在が限られた短期的なものであればまだ堪え得ることが
115
出来たかもしれない。軍団の面々も大帝の威光の下、組織の規律を乱すような自由行動
を控えるだろう。軍という集団の建前は保たれた筈だ。
だが司令塔の不在が長期的で、帰還がいつになるかも分らない、となればどうなるの
か。
元来組織立って行動することに慣れていないディセプティコンの面々は直ぐさま自
分勝手な行動に乗り出すだろう。大帝という枷の外れたディセプティコンは自由気ま
まに破壊に勤しみ、己の本能を満たすために唯々邁進することになる。ディセプティコ
ン軍という集団は何もせずとも壊滅し、残った幹部連中が勢力争いを続けるだけの内部
闘争に明け暮れる単なる一つの集団に成り下がるだろう。
大帝の不在という間隙を縫ってオートボットの連中が勢力拡大に乗り出してくるか
もしれない。総参謀を自称する胡麻擂り野郎がディセプティコン軍を統括する地位を
正当に主張したすかもしれないなど数々の悩みの種は尽きることなくサウンドウェー
ブを苛んだ。
大帝探索の任務に己が思考を振り分ける。
第十一話 メガトロンの存在
116
大帝に絶対の忠誠を誓っていたサウンドウェーブにとって大帝の消失は事実である
が故に受け入れられないものだった。エイリアンサテライトにトランスフォームして
いるサウンドウェーブはアメリカ所有の軍事衛星に憑りついてありとあらゆる情報を
再び掻き集めていた。軍事衛星を介することで無数に存在するネットワークその全て
に侵入し、収められた情報を奪取する。衛星通信、流通データ、気象予想トラフィック、
高解像度スパイ画像、
荒れ狂う電子の海そのものを飲み干すがごとく、溢れ出す0と1の波濤をサウンド
ウェーブは泳ぎ回った。
だが、それでも見つからない。所在の痕跡すら掴めなかった。強制的な回線強奪によ
る大量の情報の収集をもってしても彼の御人を示すものは何も見つからなかった。つ
まりメガトロンはこの地球上のどこにもいないということである。命令が届く地上部
隊から続報も無い。証拠らしい証拠も、希望らしい希望も、望みらしい望みも、目ぼし
いものは何もなかった。
己が忠誠を誓った司令塔を探すため、サウンドウェーブは止まらない。それが徒労だ
と理解していても今の彼には奔走に奔走を重ねることしか出来ないのだった。
の空域に虚しくも響き渡った。
周囲に漏れ出ることのない電子的な絶叫。サウンドウェーブの悲痛な叫びは成層圏
トロン卿よ、﹂
﹁││││││││││どこだ、どこに在らせられるのだ。││││││││││メガ
117
ケの認知度が高まる一助となっている。貴族を毛嫌いする平民の中では貴族がフーケ
という。その貴族をあざ笑うかのような行動をとることもトリステインにおけるフー
盗みを行った犯行現場の壁には己の犯行であることを誇示するサインを残していく
しかし、それ以上の正体は誰にも知られておらず、その全貌は謎に包まれている。
賊 は ト ラ イ ア ン グ ル ク ラ ス に 位 置 す る 強 力 な 土 系 統 の メ イ ジ で あ る と い わ れ て い る。
身の丈およそ30メイルの巨大なゴーレムを操って盗みを行う時もあるため、その盗
それ故にその盗賊には土くれという冠名が自然と付いて回るようになった。
壁は、その強力な錬金によって敢え無く土くれへと変えられてしまう。
化し、その後に侵入して目的の品を奪い取る。 固定化や硬化の魔法で守られている防
に対策を講じることが難しかった。宝物を守る防壁を強力な錬金の魔法を用いて無効
法を使って頑強な扉や壁をただの粘土や砂に変えてしまうことだった。それは単純故
ジの盗賊がいる。その盗賊が用いる盗みの手法は単純だ。何のことはなく只錬金の魔
土くれのフーケと呼ばれ、トリステイン中の貴族にとって恐怖の的となっているメイ
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
118
119
によって面目を潰されていることを皮肉った小噺が流布しているくらいだ。
支配層に位置しているプライドの高いトリステインの貴族たちが土くれのフーケに
対して抱く憎しみの感情も一角のものだろう。
現状のトリステインにおいて土くれのフーケは最も有名な盗賊の内の一人だった。
虚無の曜日深夜、蒼と紅の双月がハルケギニアの景観を彩っている時分、トリステイ
ン魔法学院敷地内に建立されている本塔の前に一つの人影が現れた。頭部が隠れるよ
うにすっぽりと黒いフードを被っているためその人物の表情や性別を窺うことはかな
わない。それは辺りを見渡すようにして人の目が無いことを確認すると片膝をおり両
手を地面に接触させる。その両手が大地に触れた途端、異変はおこった。
地面が噴出する泉のように隆起してあっという間に巨大なゴーレムがその場に構築
されたのだ。ゴーレムはその巨腕を振りかざして拳を塔の壁に叩きつけた、本塔を伝っ
て大きな衝撃が辺りに伝わる。本塔の壁が一撃で崩落しないことを確認したゴーレム
は連続して拳撃を浴びせ続けた。岩と岩のぶつかり合う籠りの強い重低音が辺り一帯
に響く。
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
120
その音を聞きつけた当直の警備兵は各々が剣や槍を持ってゴーレムの元に集結し、本
塔を護衛しようと武器を構えるが、30メイルもある巨大なゴーレムに魔法も使えない
平民の兵士が対抗できるはずもなく、奮戦むなしくも鎧袖一触で彼らは叩き伏せられて
しまった。
しかし、不思議と重傷を負った兵士は無く、身動きが取れない程度に抑えて攻撃され
ていた。
兵士たちから発せられる悲鳴や拳撃によって生じた破砕音を聞きつけいち早く現場
にルイズが駆けつけた時には、巨大なゴーレムは大きな地響きとともに悠然と学院から
去っていってしまった。その際にゴーレムが胸に何かを抱えてことに気づくことが出
来たのはルイズを含めあまり多くない。負傷した兵士があげる呻き声や学院に所属し
ている水属性治療師による搬送の指示が辺りに響く中。
一 台 の 戦 車 と 一 匹 の 獣 が そ の 一 部 始 終 を じ っ と 観 測 し て い た こ と を 知 る 者 は い な
かった。
翌日のトリステイン魔法学院は蜂の巣を突いたかのような喧騒に包まれていた。
トリステインを揺るがしている盗賊﹃土くれのフーケ﹄の来襲。
固定化や硬化などの厳重な防衛魔法がかけられてたはずの宝物庫が破壊。
保管されていた秘宝の強奪。
阻止しようとした兵士たちの負傷など、まさに学院が創設されて以来の大事件である
と同時に、過去に類を見ないほどの大きな失態でもあった。
のにもかかわらずに﹂
!
話が進まんわ。﹂ ﹁今はそんなことを言っている場合ではないでしょう
静まれ、静まらんか
!!
﹁君は当直の兵を除けば誰よりも早く現場に駆けつけたそうじゃが、昨夜見聞きしたこ
呼びつけた理由は他ならぬ土くれのフーケに関することじゃ。﹂
﹁さて、うだつのあがらん様を見せてしまってすまんが、ルイズ・フランソワーズ。君を
黙らせたトリステイン魔法学院、学院長オールド・オスマンが口を開く。
多様な意見が噴出する中で、責任の所在の押し付け合いを行っていた教師を一喝して
学院長室では教師達が集まって今回の事件に関する対策会議が開かれていた。
﹁何だと⋮⋮﹁ええい
!!
、慎みなさい﹂
﹁やはり、平民の兵士などに任せていたのが間違いだったのですよ、あれほど私が仰った
121
とをなんぞ説明してはくれないかの
﹂
﹁当直の兵士からは話を伺わないのですか
居並んでいる教師の中から声が飛ぶ。
﹂
?
?
昨夜の出来事を事細かに語るルイズ。それに対してオスマンは厳かに頷きながら彼
学院から遠ざかるゴーレムの肩には黒いフードを被った人物が乗っていたことなど、
かっていたこと、
悲 鳴 の 出 所 を 探 し 出 し て 本 塔 へ 駆 け つ け た 時 に は す で に ゴ ー レ ム は 学 院 か ら 遠 ざ
人間の悲鳴や轟く重低音を耳にして何事かとベッドから跳ね起きたこと、
場で見たことを詳しく説明した。
足気味なのか彼女の目はやや充血している。彼の命に従いルイズは昨日の夜に己が現
かった。彼の目線の先には今ルイズとその使い魔である一匹の獣の姿があった。寝不
視の言葉の意趣返しと感じたのかもしれないが、オスマンからは一顧だにされていな
オスマンの言葉を聞いた教員の人々の中には顔を顰める者もいた。先ほどの平民蔑
のじゃよ。﹂
みを取らせたい。昨夜必死で職務を果たした彼らにこれ以上の無理をさせたくはない
﹁兵士たちの中で重傷を負ったものはおらなんだ。しかし、今は出来ればゆっくりと休
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
122
女に言葉を返す。
オスマンの問いかけを受けてロングビルは掛けているメガネの蔓をきらりと光らせ、
﹁のう、ミス・ロングビル。土くれのフーケに関する調査は如何ほどじゃな、﹂
た。
教員の出した提案を取り下げるとオスマンは傍に控えていた美しい女性に声を掛け
ぐずしていれば盗まれた宝物ごととんずらされるのがおちじゃろうて。﹂
﹁ならん。時間がかかり過ぎる上にそんなことをしていればフーケに気取られる。ぐず
られるはずです。﹂
﹁オールド・オスマン、王宮に連絡しましょう。王宮衛士隊を増援に呼べばフーケを捉え
悩ましい声をあげるオスマンに対して教員の一人が対応策を提案する。
ばかり重点を置いていたことが徒になったようじゃ。﹂
﹁まさか魔法を直接使わずに力押しで宝物庫を破壊してくるとはの。対魔法用の魔術に
うて。﹂
﹁うむ、報告の中でも触れられていたがその人物が土くれのフーケで間違いないじゃろ
123
はきはきとした声で自身の調査結果を話し始めた。
﹁はい、周辺住民の聞き込みから土くれのフーケと思しき者の足取りが掴めました。﹂
被った人物が這入っていく姿を度々目撃したものがいたそうです。﹂
﹁と あ る 農 民 か ら の 情 報 に よ り ま す と、近 郊 に 位 置 す る 森 の 中 の 廃 屋 に 黒 い フ ー ド を
﹁さすが、仕事が早いの。ミス・ロングビル。﹂
満足そうな顔で労を労うオールド・オスマン。
彼は周囲を見渡しながら声を張り上げる。
﹂
!!
?!
ば、この場合圧倒的にリスクが上回っていた。
﹁どうした、フーケを打ち取って名をあげようという貴族はおらんのか
﹂
戦いに自ら赴きたいと思う人物はそうそう居ない。得られる功名とリスクを勘案すれ
せる土くれの勇名は教師たちも知るところなのだろう。幾ら煽てられようと分の悪い
声とは対照的に教師たちの視線は伏し目がちに揃えられていた。トリステインを賑わ
しかし、教員の中にはオスマンの声に応えるものは見られない。勇ましいオスマンの
じゃ。我と思うものは杖を掲げよ
﹁我 々 の 手 で 盗 ま れ た 宝 物 を 奪 還 し、盗 賊 に よ っ て 汚 さ れ た 学 院 の 名 誉 を 取 り 戻 す の
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
124
オスマンは慌てたような声をあげるが現状は変わらない。
ルイズは周囲の様子をちらちらと伺ってばかりいる教師陣を見て堪らずに杖を掲げ
た。ゼロという汚名を雪ぐため自身が持つ貴族としての誇りがため、目の前の問題を見
逃すわけにはいかなかったのである。固い決意とともに杖を掲げるルイズは凛々しく
も美しかった。
﹂
ミス・ヴァリエール。君が参加してくれるのか。さすがは優秀なメイジを多数
﹁私が志願いたします
!
な鋭い眼差し。
それは一体何を意味するのだろうか。
!!
﹁では、ミス・ヴァリエール。君にフーケ追補の任を﹁ちょっとお待ちになって
﹂
ものである。何かを内に秘めた視線。物事のさらにその先を見通そうとするかのよう
ルイズは気づかなかったが、この時のオスマンの顔はにこやかだったが目は真剣その
オスマンは志願者が名乗り上げてくれた安堵からか、喜びの声をあげる。
輩出している誉れ高きヴァリエール公爵家の息女じゃ。﹂
﹁おお
!!
125
どうしてここに
﹂
オスマンがルイズに命を下そうとしたとき一人の女性が学院長室の扉を開けて入室
してきた。
﹁ツェ、ツェルプストー
!!
取れた。
!!
お礼なんて言ってあげないんだから
!!
の記憶している限りたった一人しかいない。
れたものだった。身の丈を上回る節くれだった杖。その杖を振るうメイジはキュルケ
たのか彼女の横にはもう一本の杖が掲げられていた。その杖はキュルケにとって見慣
素直じゃないわねぇと呆れながらキュルケは一人呟く。すると何時の間にか傍にい
﹁べ、べべ別に嬉しくなんてないわよ
﹂
ないように、前もって配慮するその賢明な姿勢から彼女の有する思いやりと賢さが見て
述べたのはキュルケなりの配慮なのだろう。ルイズの高いプライドを逆立てることの
せながら自身の杖を掲げる。ルイズに負ける訳にはいかない、という尤もらしい理由を
室内に入室したのはキュルケであった。彼女は燃えさかるような赤い髪をたなびか
﹁ヴァリエールには負けられませんわ、私も任務に志願させていただきます。﹂
?!
﹁あんただけじゃ心許ないでしょ。私も一緒に行ってあげる。﹂
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
126
﹂
?
ミス・ルイズと協力して必ずや宝物を取り戻してくれるじゃろう。﹂
﹁ミス・タバサ、ミス・ツェルプストー、両者ともに優秀なメイジであると聞いている。
﹁うむ、ではこの三人にフーケ追補の任を頼むとしようかの。﹂
たからである。
え手練れのメイジ二人の存在が霞んでしまう何かがオスマンの脳裏の大勢を占めてい
いる存在はここにはいない、という意味が底冷えした態度から読み取れる。学生とはい
改善が見込める吉事だが、オスマンは然程態度を変えていなかった。彼が注目を注いで
こうして二人のメイジが土くれ追補の任務に加わったことになる。戦力的に大幅な
サであっても気をそそられてしまうのは致し方のないことだった。
深い二人が盗賊追補に向かうと息巻いているのだ、如何に起伏の乏しい感情を持つタバ
は日頃一緒にいる機会の多いタバサが一番よく知っている。日常生活において親交の
が、それはタバサの心からの言葉だったのだろう。キュルケとルイズの性急さと危うさ
キュルケの問いに青髪の少女、タバサは事もなげに応える。平易な調子の言葉だった
﹁二人が心配、﹂
﹁タバサも付いてきてくれたのね、一体どういう風の吹き回しかしら
127
彼女たちに激励の声を掛けるオスマン。随分と事も無げな声だった。まるで、すぐに
済ませて帰ってくるだろうと予想していたかのように。そして、トリステイン魔法学院
長である彼は杖を掲げるとルイズ達に感謝の意を述べた。
﹁魔法学院は諸君らの努力と貴族としての誇りを評価する。﹂
﹁オールド・オスマン、私が案内役として同行いたします。﹂
﹁その必要はない﹂
はすぐです、﹂
﹁さあ皆さん行きましょう、表に馬車を待たせてあります。それに乗っていけば目的地
かべた彼女は目の前にいる三人の少女に踵を返した。
とを予期していたか否かはさておいて、了承したオスマンに対してにこやかな笑みを浮
謝辞を述べるオスマンに自らルイズ達との同行を申し出るロングビル。こうなるこ
﹁もとよりそのつもりです。﹂
﹁そうしてくれるか、ミス・ロングビル。﹂
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
128
突如として発せられた音。重々しく厳かなおよそ人間とは思えないような冷たい声
音に反応して、ルイズを含めその場にいた全員による驚きの声がその場に響いた。
▲
トリステイン魔法学院近郊に位置する森の中。一台の巨大な戦車が内部をはしる小
道を進撃していた。戦車の両輪を担っている厳つくものものしいキャタピラが発する
独特の鳴動が一帯に響いている。森に生息しているらしい動物たちはその音を聞いて
先を争うように逃げ出していった。
その戦車には三人の少女と一人の女性が思い思いの場所に腰かけており、目的地に到
着するまでの暇を会話によって潰している。最初は渋っていたキュルケやミス・ロング
ビルもだんだんと慣れてきたのか己が戦車に乗車しているという事実に対しての動揺
は見られない。それは、厳つい巨大戦車と四人の女性という不思議な光景だった。
なんでしょう
﹂
﹁何で土くれのフーケは盗賊なんかやっているのかしら。魔法が使えるってことは貴族
129
?
ルイズは自身が感じた疑問を話題に投じるとミス・ロングビルがそれに反応した。戦
艦砲のように巨大な砲門の付け根。戦車基幹部に座っているロングビルは居心地の悪
さを自身の仕草で表現しながらも、平然とした様子でルイズ達との会話に参加してい
た。加えてメガトロンという鋼鉄の巨人に対する畏怖を感じさせるどころか、まるで見
慣れたものであるというようにも振舞っている。線の細い整った美貌とは対照的に、割
と豪胆な性格をしているのかもしれない。巨大なキャタピラによって木々がなぎ倒さ
れている周囲の景色を悠々と観賞する程の余裕を持っていた。
﹂
?
?
いった内容の話にキュルケは目が無いのである。詳しく掘り下げることは失礼である
が貴族であり、他の貴族子弟子女と同様に漏れなく噂好きであることも災いした。そう
れないが、この年代の女の子にとっては特に興味をそそられる内容でもある。キュルケ
ロングビルの告白にキュルケが重ねて質問を投げかけた。やや下世話な質問かもし
持つ方が務める職務ではないのかしら
﹁えっ、ミスロングビルはオスマン氏の秘書なんでしょう 本来であれば貴族の位を
いうこの私も貴族の位を無くした者ですから。﹂
多いのです。その中には身を窶して傭兵になったり、犯罪者になる者もいますわ。かく
﹁メイジが全員貴族であるという訳ではありませんわ、様々な事情で平民になった者も
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
130
と分かっていてもついつい追加の質問が口を吐いて出てしまうキュルケだった。
﹂
?
﹁こーらッ
失礼よ、ツェルプストー
﹂
!!
答えを催促したキュルケに対して釘を刺すルイズ。このまま制止しなければキュル
﹁はいはい、ちょっとお喋りしただけよ。身元を詮索するつもりなんてないわ。﹂
!!
﹁いいじゃない、お聞かせ願いたいわ。﹂
にでも知ることになった。
ほどの修羅場を経験してきたということだろうか。その答えをルイズ達はこの後すぐ
長者の功が発露したからだろうか。はたまた様々な含蓄を積み重ねなければならない
心をスマートに捌くためには沈黙という手段が一番だった。その如才のない行動は年
ングビルも沈黙の大切さをよく知っているようだ。若い少女が向けてきた無邪気な関
キュルケの問いに沈黙で返答するロングビル。沈黙は金なりという言葉があるが、ロ
﹁⋮⋮﹂
﹁では、どういった事情で貴族の地位を
﹁オスマン氏は平民や貴族などの身分に拘らないお方ですから⋮⋮⋮⋮。﹂
131
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
132
ケは何時までも似たような質問を繰り返すだろうと簡単に想像できたからである。そ
うしてルイズはキュルケの関心を中断させ、必要となるだろう質問を投げかけた。いざ
という時になって行動に破綻が生じてはどうしようもない。土くれに関する目撃情報
の精査を行い互いの認識を一致させる。その上で様々な状況を想定し、どのようなオプ
ションが有効になるのかをルイズ達とロングビルは検討していた。
彼女たちは広場につくまで会話を続けていたが、重厚という文字をそのまま顕現した
かのような戦車。もといルイズの使い魔であるメガトロンが木々を容易くなぎ倒しな
がら驀進する様をみて口を噤んだ。幾重にも重ねられ縒り合された繊維質が強引に捩
じ切られる断末魔。土中深く張った根を丸ごと引き抜かれた木々が次々と倒壊してい
る破砕音をまざまざと耳にして、その場にいた全員の背筋に一筋の怖気が走った。
ルイズは気持ちが悪いくらい素直なメガトロンを見て訝しむ。プライドの高いメガ
トロンが唯々諾々と下された命令を聞くとはとても思えなかったからだ。ましてや自
分から協力を申し出るなど以ての外。ここまで従順なのには何か理由があるのではな
いかとルイズは考えた。右耳のイヤリングでドクターに尋ねてみようかとも思ったが、
寸前まで指を伸ばして辞める。
何か目的が、狙いがあるのではないかと、と考えても埒が明かないからだ。
土くれのフーケを捕え秘宝を奪還すること。今のルイズの使命はそれである。重要
視するべきは何か勘違いしてはいけない。自身の使い魔の企みを受け入れる度量、いっ
そのこと利用してやろうというしたたかさが自身には求められているのかもしれない、
とルイズは思った。
﹂
実力無き理想は絵に描いた餅にすぎない、自身の誓いをルイズは忘れていなかった。
この誓いにメガトロンの影響が無いとはまた言い切れないのではあるが。
﹁もう、そろそろですね﹂
﹁ミス・ロングビル、もしかしたらあれが目撃情報にあったという廃屋ですか
ルイズはロングビルに確認を求める。
杖を構え、互いに目配せを配りあいながらじりじりと廃屋への距離を詰めるが。
ロングビルのお墨付きを得たルイズたちは散開し、小屋を取り囲む。
﹁農夫の目撃証言とも一致しています。﹂
﹁ええ、間違いありません。﹂
隠れながら小屋の様子を伺っている。
目的地である廃屋に到達していた。小屋の中から見えないよう、彼女たちは森の茂みに
森の中の小道が随分と広くなって街道という呼称が適切になった頃、ルイズ達一行は
?
133
﹁やっぱりもう居ないようね。﹂
朽ちた窓枠の隙間から中を伺ったキュルケ。しかし、目当てのものは一切見つからな
﹁中は空っぽ、フーケどころか秘宝も見当たらないわ。﹂
かった。キュルケの言葉を聞き落胆しながら杖をおろすルイズたち。半ば覚悟してい
たとはいえ実際に目で確認してみるとまた違った徒労感が降りかかってきた。
トライアングルメイジであろうと目されているフーケ。手練れの盗賊との戦闘が今
か今かと始まるのではないか、という緊張感。その軛から解き放たれた影響もあって
か、ルイズたち一行はメンバーが一人欠けていることに未だ気づいていなかった。
幾度の戦闘を経験していたタバサにしても非常にらしくもない失態だった。
この場所が廃屋であることだけが改めて確認されただけだった。
いたということを示す僅かな痕跡も見当たらなかった。目ぼしい発見は何もなく、ただ
無造作に中に入るとキュルケは廃屋の内部を見分し始めた。しかし、誰かが生活して
も随分と汚いわ。埃だらけで本当にフーケはこんな所を塒にしていたのかしら。﹂
お目当てのものを見つけてさっさと何処かへ言ってしまったのかしらね。それにして
﹁あーあ、結局無駄足だったわねー、ぐずぐずと何時までも逗留しているわけがないし。
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
134
フードで口鼻を覆いながら埃が舞う廃屋内を見分していたキュルケが思い出したよ
うに言った。
?
﹁玉
どんな外見をしているのよ、それ。﹂
﹁フーケは宝物庫にあった﹃破壊の玉﹄っていう秘宝を盗んでいったそうよ﹂
ていたが、その苦渋が何を意味していたのか、ルイズにはまだ分らなかった。
可能だった。説明をするオスマンからは隠しきれていない微かな苦渋の心情が漏れ出
りそのまま反芻することは出来ないが、重要な部分だけを掻い摘んで話すことは十分に
ルケ達と共有する。忘れてしまった部分もあるためオスマンが説明した内容をそっく
それでは知らなかったことも致し方ないかと、ルイズは自省し自身が聞いた話をキュ
そんなに大切な代物なのかしらね。﹂
ら詳しく知らないのよ。盗み出された宝物が何なのか。あんなに大騒ぎするだなんて、
﹁私が学院長室に入った時にはもう終わっていたんじゃないかしら。そのお話は。だか
してくれたじゃない。﹂
﹁キュルケ、あなたオスマン学院長の話を聞いていなかったの あれだけ詳しく説明
﹁ねえ、フーケは宝物庫から何を盗んでいったのよ。﹂
135
?
﹁オスマン学院長はみれば分かるって言ってたけど⋮⋮﹂
不安そうな声をあげながらルイズは宝物を探し続ける。もし見つからなかったらど
うなるのだろうか。任務の失敗による責任の所在を一介の学生であるルイズが問われ
ることはないだろう。だがそれでもむざむざと宝物を盗まれてしまったことには変わ
りない。トリステインが誇る有数の魔法学院にとっては大きな汚点となるかもしれな
い、在籍する母校のことを思うルイズの探す手には熱がはいる。
しばらく探索を続けていると同じく宝物を探していたタバサから声があがった。
﹂
?
縦横ともに2メイルを越えるほどに大きな玉を見上げる三人の少女。
大量に集積して構築されているような独特の構成をしていることが見て取れる。
た。鈍い銀灰色を放つそれは全体で見れば確かに球体だが、特殊な形状を有した部品が
その球面はなだらかな滑面ではなく所々ごつごつと隆起している歪な形状をしてい
それは埃舞う廃屋の中ではなくその外、近隣する森の中に隠されるようにしてあった。
コ ン コ ン と 杖 で 自 分 の す ぐ そ ば に 鎮 座 し て い る 大 き な 玉 を 突 っ つ い て い る タ バ サ。
﹁これ
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
136
装飾だらけのゲルマニアには分からないでしょうけ
トリステイン人の品性を疑っちゃうわねえ。﹂
衣服に纏わりついた塵を叩き落としながらキュルケは言った。
﹁こ、こんな物が秘宝なの
﹁宝物に品性は関係ないでしょう
どね。﹂
つごつとした滑面の全てがルイズの視界に収まる。そうしてルイズはその球の全体を
二人とは異なってルイズはその球の全景を見渡すように一歩引いて観察していた。ご
からず、二人は曖昧な推測を導き出すことしかできなかった。その球を直接触っている
無言でペタペタと件の玉を触り続けるタバサとキュルケ。しかし、結局の所は何もわ
﹁何かしら、これ。何か見たことがあるように思うんだけれど。﹂
﹁⋮⋮﹂ 道があるとは思えなかったからである。
ないか、位にルイズは思っていた。どうみてもこの不格好な銀灰色の球体に有用な使い
い道に困るこんなものを処分してくれるというのであればくれてやっても良いのでは
と驚きを隠せなかった。内心フーケがこれを盗んでいった理由も分からなかったし、使
強がりを見せるルイズだが、ルイズ自身もこんなものが秘宝として扱われていたのか
?!
?
137
ゆっくりと上から順に見聞した。そして、ルイズは気付いた。直接触っているキュルケ
やタバサでは見ることが出来ない高い場所にあるその刻印の存在を。その刻印は夕焼
﹂
けに染まる丘で見たあのマークと同じものだった。
﹁この模様は⋮⋮ッッ
うかというほどの巨体はどんな策を弄されるよりも遥かに強力で厄介なものだった。
翳している。その偉容は土でできたゴーレムらしく不格好なものだったが、天にも届こ
を放つ土の巨人はまさに昨日の再現だった。ルイズ達を叩き潰そうとその巨腕を振り
し前進を続けるゴーレムは森の木々を踏み潰しながら広場に迫った。圧倒的な威圧感
ら重力に逆らわない形で巨重を傾けるとその巨大すぎる足を踏み出した。すぐに加速
巨大な土のゴーレムが音を立てて顕現していた。不格好な巨人は佇立していた姿勢か
盛り上がり、不格好な巨人が形成される。キュルケの視線の先には30メイルを越える
る。緩んだ雰囲気は一掃され三人の少女は杖を構えた。奇妙な地鳴りとともに大地が
何かを発見してしまったルイズの全身に戦慄が走るのと同時に事態は急展開を迎え
?!!
フーケよ、ゴーレムの肩にのってるわ。﹂
!!
ルイズが大声で指摘する。目を向けるとゴーレムの肩には黒いローブを纏った黒づ
﹁見て
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
138
くめの人物が確認できる。
青髪の少女、タバサが真っ先に反応して杖を振る。彼女が自分の背丈よりも長い節く
れだった杖を呪文とともにふるうと氷雪混じりの竜巻が発生し、ゴーレムにぶつかっ
た。続けてキュルケが己が得意とする炎系統の魔法であるフレイム・ボールをゴーレム
にお見舞いするも、桁の違う膨大な質量を止めることは出来なかった。
﹂ 土の巨人は全く意に介さずに前進を続ける。その超重につられるようにますますと
敵わないわ
速度を高めて広場へと進撃を続けた。
﹁全然効かないじゃない
!!
潰そうと迫る中。森の中の広場には一台の巨大な戦車と一匹の獣、そして一人の少女が
だが、ルイズは退かなかった。30メイルを越える巨大なゴーレムが眼前の敵を圧し
ある。
かった。距離をとり機会を伺う、戦術的撤退は戦場においては最も常套な方法の一つで
ないのであれば、搦め手や側面からの攻撃機会を狙う、という彼女たちの判断は正し
ルケとタバサは一目散に広場から森の中へと駆け出した。正面から立ち向かって敵わ
得意とする魔法が目の前にいるゴーレムに効かないことを目の当たりにするとキュ
﹁一時退却。﹂
!!
139
ただ取り残されていた。ルイズには戦略的な思考が欠けていたのだろうか。若しくは
互いの圧倒的な実力差が分からないほど生粋の愚か者なのかもしれない。圧倒的な強
敵が迫る中、只立ち尽くすルイズは愚かだったが、自身の使い魔を置き去りにして一目
散に逃げるほど賤しくはなかった。
意思を持つ戦車と可憐な少女。今の今まで一言も言葉を発していなかった使い魔は
ようやくその時が来たとばかりに話し始めた
ズにとっては乗り越えなければならない試練である。
頼には応えなければならないのだった。それがどれだけ理不尽で残酷であろうと、ルイ
ルイズはメイジである。使い魔を従えるメイジである以上、その使い魔が投げかけた信
話しかけられた少女は傍らに在る戦車に自らの答えを返した。どれだけ幼かろうが
は死地にある者とは思えないほどに安穏としたものだった。
というのに、一切の焦りが感じられないメガトロン。その落ち着いたメガトロンの反応
面した少女の反応を楽しんでいたのかもしれなかった。巨大なゴーレムが迫っている
日常の中のワンシーンにあるかのように澱みなく話しかける使い魔は来る困難に直
﹁どうした、お前は何故動かない。何故この場から逃げださないのか。﹂
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
140
﹁ルイズ
ルイズーーー
﹂ !!!
にその手を伸ばすが、到底間に合わない。予想された凄惨な光景は彼女に瞼を瞑らせ
ルイズを助けるために森の木陰から走り出したキュルケが届かぬと知りながら必死
!!
太陽の光が遮られることによって生じた影がルイズの視界を覆った。
巨大な土のゴーレムがその巨腕を高く掲げるのを見てキュルケは叫ぶ。
関わらずである。
レムが巨腕を振り翳しているにも関わらず。その命は今まさに散ろうとしているにも
しかし、少女の瞳に宿る光に一切の揺らぎは見られない。ルイズを叩き潰そうとゴー
と滑稽なほどに震えていた。
目の前に迫る強大な脅威に対する恐怖からか、少女の身体や構えられた杖はブルブル
事も無げにルイズは言った。
者を、真の貴族と呼ぶのよ。﹂
﹁私は貴族よ、使い魔を置いて先に逃げる者を貴族とは呼ばないわ。敵に後を見せない
141
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
142
た。
ゴーレムの腕部を構成していた大量の土砂が持つ位置エネルギーの解放。
大質量を持った物体どうしがぶつかり合う轟音、そして衝撃波が辺りに轟く。
ただ振り下ろされただけでこの威力、真面に目もあけていられないほどの突風が森の
中の広場を所狭しと吹き荒れた。
しばらくして、キュルケは恐る恐るその瞼を持ち上げるが、その瞳に映ったものは衝
撃だった。
森の中にある広場の中央。
そこにはゴーレムの巨大な右腕を自身の左腕で受け止めている鋼鉄の巨人が凛然と
聳えたっていた。
鋼鉄の巨人はその凶悪な相貌を浮かべた顔面を愉快そうに歪めた。瞬時に身体を戦
車形体からトランスフォームさせ、振り下ろされる腕を受け止めることなどメガトロン
にとっては造作もないことである。メガトロンが笑っていたのは自らの破壊を振るう
場 を 獲 得 し た こ と で は な か っ た。自 身 の 傍 に 立 つ 小 さ な 少 女 の 存 在 が メ ガ ト ロ ン に
とっては可笑しくて堪らなかったのである。
刹那の直前、傍らに立つ少女の声がメガトロンの耳孔には微かだが確実に到達してい
た。
﹁共に戦う﹂
ギリギリとゴーレムの巨腕を握りこんでいる鋼鉄の巨人に浮かぶは、狂喜か欣快か。
未だメガトロンには分からなかった。遥かに小さく弱い存在のルイズが何故ここま
での強さを持っているのか。何故自分は使い魔の身分に甘んじているのか。メガトロ
ンが抱いた些細だが確かな関心。その興味の行く末は依然不透明で曖昧だ。破壊大帝
が動くには値しないあまりにも小さなものだった。
しかし、
死ぬ直前でも死んでいたとしてもけして砕かれることはないだろうその偉容。
遥かに小さく弱い存在にも拘らず、乞わず、嘆かず、壊れない。
可笑しかった、愉快だった。
﹁グハハッ﹂
143
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
144
可笑しかった、愉快だった。だからこそ、それは破壊大帝を動かした。
自身よりも巨大な存在を目前に戴いているにもかかわらず、一切の焦燥や切迫の感情
が見られない。メガトロンはうろたえることなく冷静に、端然と目の前にいるゴーレム
を見据えている。抑えきれていない身体の震えを露わとしているルイズとはまるで対
照的だった。
ルイズを含めてその場に居合わせた人々は土塊のゴーレムが優勢ではないかという
共通認識を抱いていた。
鋼鉄の巨人が如何に強力な力を持っているとはいえ、己の二倍近い体躯を有した敵を
相手取ってまともに戦えるわけがない。
だからこそ、ルイズは一緒に戦うために広場に残り、キュルケやタバサは広場から距
離をとったのだ。
しかし、彼女達は知らなかった。
全宇宙で恐れられ、忌避された破壊大帝と呼ばれる存在を。
外見だけで判断するならばメガトロンは確かに他のディセプティコンより見劣りす
るかもしれないだろう。彼は広域殲滅武器であるプラズマ砲や六連の多連装砲身など
を保持するブラック・アウトのように豊富な武装を有しているわけでも、複数のディセ
プティコンが合体することによって出現するデバステイターのような巨躯を有してい
るわけでもない。
しかし、彼は強かった。
前述の事柄が取るに足らない些末な事実に成り果ててしまうほどに、彼は強いのだ。
暗 黒 物 質 で あ る パ ワ ー コ ア を 常 食 と す る 逸 脱 し た 剛 力。不 死 身 に も 近 い 耐 久 力 を
もった堅牢無比を誇る鋼体。高い戦闘能力を持った数々のディセプティコン達を己が
力のみで屈服させ、従属させた彼は絶対的な力を持っている。部下の反乱すらも大した
問題としない彼の力は最早馬鹿馬鹿しいという表現すら生ぬるい。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、
周囲からゼロと罵られた少女はそれほどの存在をここハルケギニアに喚んだのだ。
一国どころか世界を傾ける力がここにあるのだということを彼女が自覚するのはも
う少し先の話である。
一つだけ確定された未来がそこにはあった。
後に時を於かずして土くれのフーケは徹底して思い知らされることになる。破壊大
﹂ 帝を敵として相対することがどれほど愚かで恐ろしい行為なのかを。
﹁ッッ
!?!
145
ゴーレムの巨腕が弾き飛ばされる。ゴーレムの肩に取りついたフーケは驚愕の眼差
しを向けた。メガトロンは唯振り払っただけだった。何をするでもない。唯振り払っ
ただけでゴーレムの巨腕を吹き飛ばしてしまったのだ。どれだけの剛力があればその
ような所業が出来るのだろうか。土で構成されているとはいえ、強力な魔力が練りこま
れた土である。通常の鉄に近い硬度を持つその巨腕を吹き飛ばすなど、普通ではありえ
ないことだった。
フーケが驚いたのもつかの間、メガトロンは自らそのものである破壊を披露する。
た。
ようという気持ちすら湧き上がらず、唖然とした様子で彼を見守ることしかできなかっ
桁違いのスケールで繰り広げられる大立ち回りを目にして三人の少女たちは助力し
に倒れ、大質量を持った物体が大地に接地する轟音が地響きとともに辺りに轟く。
い後ろ回し蹴りをお見舞いした。剛脚による強烈な一撃を食らったゴーレムは仰向け
メガトロンは上体が揺らいだゴーレムの隙を見逃すことなく、腹部にソバット、もと
悪魔は嗤う、そして、メガトロンもまた笑った。
﹁グハハッ﹂
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
146
︶
土塊ゴーレムの肩に取り付いていた土くれのフーケは目論見が外れた不満を唾とと
もに吐き捨てる。
︵なんてえ馬鹿力をもってやがるんだい、化け物め
︶
?!
ければそれはただ嵩張るごみである。盗み出した宝物。その使い方を知るためにゴー
所蔵されていた宝物だといくら主張しても有用な利用法。そして使い方が分からな
壊大帝そのものである。
加えて、今、フーケが相手としているのは通常の鋼体を持つ金属生命体ではなく、破
からこそのものなのだ。
していた。メガトロンの繰り出す一撃が途方もなく強力なのはその鋼体が強靭無比だ
物質の密度に差がありすぎるのだ。見掛け上の体格の差は大きいが両者の重量は拮抗
フーケだがここでも彼女の憶測は見誤っていた。そもそも土と鉄では物体を構成する
巨大な体躯で以て力圧せるとの腹積もりが崩れ、新たな戦略を練るために深思に耽る
︵長期戦は不味いね、奴らにさっさと宝物を使わせるように仕向けないと⋮⋮︶
てくるだと
︵身長が二倍でも体重は二倍じゃ収まりきらないってのにこっちのゴーレムを蹴り上げ
!!
147
レムを召喚し強制的なプレッシャーをかけ宝物を使わせるように仕向けるという単純
な考え。
学院に在住するメイジであれば宝物について何か知っているのではないか、特にあの
金属でできた使い魔であれば、宝物について何かを見出すかもしれないとフーケは算段
していた。だが、その安っぽい算段も全ては無駄である。破壊大帝を前に対抗できるの
は、唯の一人を除いて存在しなかったからだ。
倒れていた土塊のゴーレムが起き上がろうとしている様を見て、メガトロンはヴィー
クルモードに変形、離陸する。
﹂
?
何処へ行くつもりだい
?
に搭載されている巨大なスラスターノズルから蒼白い猛火が噴出し、一気に加速。
わせるメガトロン。フーケやルイズの視線が彼に集中する中。エイリアンタンク後部
フォルムへとトランスフォームする。数瞬の滑空でゴーレムの胸部に衝角の照準を合
か ら 一 定 の 距 離 を 取 る と ブ レ ー ド を 展 開。突 撃 衝 角 を 髣 髴 と さ せ る エ ッ ジ の 効 い た
直ぐに閉ざされることになった。ヴィークルモードで飛行するメガトロンはゴーレム
フーケはあらぬ方向に向けて飛行する鋼鉄の巨人を見て戸惑った、しかし、その口は
﹁⋮なんだ
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
148
ゴーレムに向けて己自身という巨大な弾丸を撃ち込んだ。
間近で見ていたルイズですら目で追えぬ程の速度。空を疾駆するメガトロンは土塊
のゴーレムを豆腐のように抉り抜き、穿通した。ゴーレムの背面に躍り出たメガトロン
は瞬きする間に人型に変形。急激な停止を伴って中空で身を反転させゴーレムに生じ
た惨たらしい洞穴に向けて照準を合わせる。構えられた右腕の砲門から幾つもの光弾
が解き放たれた。
暴れ狂っていた煌めきは一点に集束し、爆散した。
光に耐え切れずにルイズやキュルケ達が瞼を閉じようとしたその時。
レムを覆い目も開けられないほどの蒼光が辺り一帯に撒き散らされた。
メガトロンの右腕から迸った光体がゴーレムに着弾した瞬間。赫奕とした炎がゴー
メガトロンの破壊は絶対であり、その宣告もまた絶対である。
﹁終わりだ、﹂
149
パラパラとゴーレムの身体の一部を構築していた土くれが周囲に降り注ぐ中。三人
の少女は白痴のように唖然とすることしかできなかった。目の前で起こった出来事は
完 全 に 埒 外 の も の だ っ た。3 0 メ イ ル を 超 え る ゴ ー レ ム が 苦 も 無 く 消 滅 さ せ ら れ た。
体を構成していた一片の欠片もなく完全に。
これだけのことをその他の誰が出来るだろうか。
破壊はメガトロンの本性そのものである。
故に、メガトロンに破壊できないものもまた存在しないのだった。
右腕の砲門を再び拳へと組替え直したメガトロンは地面に座り込んでいるルイズに
自分に絡まりついている鋼鉄の罪過。その重みがより一層増した気がした。
生半可なものではないことを深く心に刻みつけていた。
只々疑問を投げかけることしか叶わないルイズは己の双肩に圧し掛かっているものが
以 て の 外 だ。自 分 に 何 が 出 来 た と い う の だ。目 の 前 で 繰 り 広 げ ら れ た 光 景 に 対 し て
ルイズは少し前の自分を酷く滑稽に思った。あの力を前にして、助力を申し出るなど
なのか、自分は何を使い魔として喚んでしまったのか。
ひゅーひゅーという咽喉を通る空気の流れを感じながらルイズは考える。あれは何
ルイズの口からは己の使い魔を労わる言葉ではなく乾いた吐息しか漏れ出てこない。
﹁⋮⋮﹂
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
150
向き直った。
い物語の最中、その端緒を潜り抜けてしまっていることを。ルイズ以外にこの役目を成
そして、ルイズは感じた。自分はもう戻れない場所にいるのだと。取り返しのつかな
しまうのだった。
召喚してしまったし、これから先歩まねばならなくなる棘の道を諦めることなく進んで
えることが出来てしまっていた。出来てしまっていたからこそ、ルイズはメガトロンを
の瞳に宿る強い光は一切の揺らぎなくその先にあるメガトロンを見据えていた。見据
相も変わらずに身体は震え、未だ自力では立ち上がることすら出来ていないが、少女
修羅の貌を持った鋼鉄の巨人に対して毅然とした態度で接するルイズ。
ら信じきることが出来ないものを貴族とは呼ばないわ。﹂
﹁見縊らないでと言ったはずよ、メガトロン。私はあなたを恐れない、使い魔を心の底か
﹁⋮⋮、﹂
た。
無言の返答、だが無言のままのメガトロンを見て次に言葉を発したのはルイズだっ
﹁⋮⋮、﹂
﹁震えているのか、それとも恐れているのか﹂
151
第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,
152
し遂げられる者はなく、ルイズ自身もそれを理解していた。
自分がやるしかないのだ。悲壮な覚悟のまま、ルイズは進むしかなかった。
メガトロンのその本性を垣間見たルイズ。
破壊大帝を召喚した少女は困難に負けない強く誇り高い心を持っていた。
それが最大の悲劇であることを、知る者はいない。
フーケの身柄を探さなきゃ
第十三話 新たなる道標
﹁そ、そうよ
﹂
!
﹁ハアッハアッハアッハアッゼエハアッ⋮⋮、﹂
佇立していた存在が周囲に見当たらないことにようやく思い至っていた。
盗賊の身を按じて憂いを含んだ表情を浮かべるルイズだが、つい先刻まで自身の傍で
裏を過る。
フーケも土塊のゴーレムと諸共に粉々になってしまったのだろうか、陰惨な想像が脳
ばだ。
底的に破壊された、しかし、本来の任務である盗賊土くれのフーケ追補の任務は未だ半
自身の使い魔の手によってフーケの魔力によって生成されたであろうゴーレムは徹
藪から棒に慌てだすルイズ。
!!
153
広場からやや離れた森の中。一人の女性が悪路の道程を懸命に駆け走っていた。
長い緑髪を振り乱し、大雑把に腕を振るいながら必死に走る彼女の様子は鬼気迫るよ
うだ。背後から迫る何かから逃げるように。何かから逃れるようにして森の中の悪路
を道なき道を走り続ける、暴れまわる心臓の拍動と口から発せられる喘鳴が彼女を苛む
がその腕をその足を止めようとはしなかった。
元を別にするほどの何かを感じたフーケの全身は戦慄いた。
見た瞬間、フーケは背骨に氷塊を詰め込まれるかのような錯覚をその身に味わった。次
ゴーレムの肩に乗っていた彼女は鋼鉄の巨人が構えた砲門。その最奥で蠢く蒼光を
為からくもゴーレムとの巻き添えを逃れたのだった。
の巨人が右腕の光弾を解放する寸前、フーケはフライの魔法を使って森に離脱していた
かった。自身の物差しでは計り知れないほどの何かを見たとき人間は恐怖する。鋼鉄
心 の 中 で 悪 態 を 吐 き な が ら も フ ー ケ の 全 身 を 戦 慄 か せ る 震 え は 収 ま ろ う と は し な
臓腑を針で突かれるような慄然が断続的に彼女を襲う。
︵化け物めッ化け物めッくそッ何だあれは、︶
第十三話 新たなる道標
154
無数の修羅場を潜り抜けてきた彼女の内にある生存本能は、自身の要であるゴーレム
をあっけなく諦めた。
損得勘定を含めた脳内の思考全てを放棄。考え得る最短の速度と手順で彼女の身体
を森へと逃がした。
数多の経験から培った感覚は嘘を吐かない。逃避の過程で杖を失ってしまったが、事
実彼女は五体満足の身体であの鋼鉄の巨人から逃れることに成功していたのだから。
しかし、彼女は知らない。
鋼鉄の巨人の魔手は限りなくどこまでも伸びるのだということを。
歴戦の経験を積んだ彼女の優秀な感覚は己の背後を恐ろしい速度で追躡する何かの
紅の単眼が深い傷孔のように迸る。
た。音もなくその影もなく、淡々と淡々と得物を追い詰める狩人の存在。
フーケの鼓膜には何も感じ取ることが出来なかったが、確かに存在しているのだっ
確かに迫ってきていた。
﹁⋮⋮⋮、﹂
155
存在をも鋭敏に感じ取っていた。
成長した木々が乱立する森の中の隘路を強引に走り回った影響で彼女の身体はボロ
ボロだ。全身を擦過傷が覆い、所々に酷い打撲痕が散在する身体はいつ停止してもおか
しくはない。だが、それでも彼女は止まらなかった。否、止まれなかった。
紅の帯を曳いて薄暗い森の中を這いよるように迫る一匹の巨大な追跡者。その魔手
から逃れるために彼女は止まるわけにはいかなかった。しかし、いずれ限界はやってく
る。
恐怖に耐えかねて振り向いた彼女が最後に見た光景は、鋸の様な乱杭歯が無数に生え
揃った口内だった。
▲
しい緑髪を持つ妙齢の女性が地面に磔にされ苦しそうに呻いている。身に着けている
突風の影響でもあったのだろうか。倒壊してしまった廃屋のある森の中の広場。美
﹁あがががっががが⋮⋮﹂
第十三話 新たなる道標
156
157
衣服は何かの突起物にでも引っ掛けたのか所々引き裂かれており、最早服としての役割
を十分には果たしていない。森の中の隘路を何かから逃げ回ったかのように体中至る
所が傷だらけだった。
彼女は手足を振り回して自由の身になろうと努力する。だが腰を落として脚立する
鋼鉄の巨人、その左腕から出現している複数の金属製アームで女性の腕や足は地面に縫
い止めているために、自由になることは叶わなかった。
巨大な虫のような奇妙な外見をした存在がこれまた見たことがないような奇妙なイ
カを持っていた。
より正確に言うならばイカの様な何か。八本の足を持ち、金属質の光沢を放つそれは
表皮に滑りのある黄緑色のジェルを己に纏いつけている。
巨大な虫がイカを持って女性の顔に飛び乗る。
すると、イカの様な何かはずるりと艶めかしい音を立てて女性の口内に入り込んだ。
口腔から鼻腔へと侵入したそれは触手を伸ばして甲高い耳障りな機械音を奏でている。
女性は己の身が置かれている現状を理解することが出来ないのか驚愕の表情を浮かべ
ていた。
それも当たり前である。自身の鼻の穴から幾本もの触手が生え揃っている姿を想像
するなど、およそ人間には考えられないような強烈な辱めだった。
美しい女性の鼻の穴から触手が生え揃っているという極々一部のマニア垂涎の光景
が繰り広げられている様を目の当たりにして、すぐ傍で控えている三人の少女は顔を顰
める。
彼女たちの口からはげんなりとした言葉が自然と漏れ出ていた。
無口な青髪の少女は元からなのか否かはわからないが絶句していた。
それこそ断絶的な電気ショックによる拷問を受けるスパイのように。
身もだえをしている。
妙齢の女性は白目を剥き、強引に侵入してきた触手による苦痛に耐まらずピクピクと
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁うええええッッ⋮⋮﹂
第十三話 新たなる道標
158
﹁あがっがッががっ﹂
異物の侵入という不快感から端正な彼女の顔は見る影もなく歪められている。地面
に縫い止められた彼女の惨めさは採集された昆虫のように哀愁を漂わせる。瞼を限界
まで見開いて苦しんでいる女性を尻目に少女たちは嘆息するかのように息を吐いた。
イズはよく知っていた。
ルイズだった。だが、無暗に暴力を振るうような気性を持った使い魔ではないこともル
ジ。負傷したロングビルを連れて森の中から姿を現した自分の使い魔を見て動転する
傷だらけのロングビルを引き摺りながら、再びルイズたちの前に姿を現したラヴィッ
事の発端はルイズの周囲から姿を消したラヴィッジだった。
して夢にでてくるだろうなあ、とやや後悔しながらキュルケは呟いた。
長い人生の中でも中々お目にかかれない。寧ろ積極的に忌避するだろう光景を前に
﹁まさか、ミス・ロングビルが土くれのフーケだったなんてねぇ⋮⋮﹂
159
故に、これまでの情報に現在の状況を加味して考えた結果。土くれのフーケとロング
ビルが同一人物であるということは容易に導き出すことが出来た、
ついさっきまで行動を共にしていた教員が世を賑わせている件の盗賊であるという
俄かには信じがたい答えである。しかし、その答えに辿り着くことが出来たのはルイズ
の使い魔であるラヴィッジが標的を見誤るような過失を犯すとは考えられなかったか
らだ。本来味方である筈の存在が実は敵であったという事実は誰も好んで信じようと
は思わない。だが、血の通わない優秀な鋼鉄の使い魔たちを疑ってかかるにはそれだけ
では弱すぎる材料だった。
ロングビルの治療を行っているドクターを遠巻きに見ながらルイズたちは待機して
いた。
何はともあれ彼女が目を覚まさねば事は進展しないからだろう、ドクターの治療が終
わり、身体の怪我がある程度まで癒えた後。ルイズ達が拘束されたロングビルに動機な
どを尋ねるも彼女がだんまりを決め込んだところから物語は冒頭の部分へと移行する。
え、﹂
﹁ミス・ロングビルも素直に事情を話してくれればこんなことにはならなかったのにね
第十三話 新たなる道標
160
気だるげにキュルケは呟くも今となっては元の木阿弥だろう。キュルケ自身もまさ
かこんなことになるとは思いもしなかったのだから。
と宣告したメガトロンを見てロングビルの自信は粉々に打ち砕かれた。ルイズが止
﹁いいだろう、その口を引き裂いてやる﹂
しかし。
辣さでも持たなければである。
有用な何かを引き出すことは困難だろうと思われた。それこそ、拷問を施すくらいの悪
笑みには経験に裏付けされた自信が見て取れる。ちょっとやそっとでは彼女の口から
らしい覚悟を持っていた。生半な修羅場を潜ってきてはいないのだろう、ロングビルの
と為された治療の礼も言わずに不敵に笑う。フーケもといロングビルは歴戦の盗賊
れどさ、﹂
﹁あたしを吐かせたいんだったら口を引き裂いてでもみるんだね、まぁ無駄だと思うけ
161
める間もなく複数のアームを出現させロングビルを地面に縫い付ける。鋼鉄の獣が胸
部格納庫に保管していたドクターの存在はロングビルの経験を嘲笑うかのように情報
を奪取していた。
鼻からのびている複数の触手がもぞもぞと動き回る光景は例え肯定的に捉えてもあ
まり見れたものではない。その悍ましい光景を嗜虐的な笑みを浮かべながら眺めるメ
ガトロン。やがてケポッという排出音とともにロングビルの口内からイカの様な何か
が吐き出される。
すると彼女の胸元でもぞもぞと蠢いていたドクターは排出されたそれを捕まえ、己の
胸部に押し当てた。
た実際の経験。
しかも、ロングビル自身の視点でである。第三者視点ではなく、その物本人が体験し
しているロングビルの姿が克明に写しだされていた。
空中に浮かび上がるようにして、ゴーレムによって破壊された宝物庫に侵入しようと
﹁興味深い﹂
﹁な⋮⋮なによこれ⋮⋮、﹂
第十三話 新たなる道標
162
イカの様な何かを胸部に押し付けているドクターの眼部から現実なのかと見紛うほ
どの高精細な3Dホログラフが投影され続けていた。自身の尺度では計り知れないテ
ク ノ ロ ジ ー の 光 景 を 見 て 少 女 た ち は も は や 幾 度 と も し れ な い 驚 愕 を 味 わ っ て い る。
、これは一体何なの
﹂
次々と移り変わる映像のストリームは水面に写る魚群のように揺らめきながら少女達
の視線を一身に集めていた。
﹁この光景はロングビルの記憶
?!
﹂
﹁ロングビルの記憶を映し出しているっていうの
﹁そんなこと一体どうやって
﹂
言い換えれば人の頭の中を覗き見しているに他ならないのだから。科学技術の発展
ルイズ達の口からは次々に驚きと疑問が投げかけられる。
!?
?
切見たことが無い現象を目の当たりにして彼女たちが驚かないはずがなかった。
アにおいて﹃映像﹄という存在は物珍しいを通り越して未知のものである。今までに一
ルイズは唖然としながら思わず叫んでしまった。科学の発展していないハルケギニ
?
163
した現代世界においても明らかにオーバーテクノロジーな光景は驚嘆に値するのだろ
う。
ルイズたちの疑問にメガトロンは答えない。
ドクターもまたメガトロンに倣ってか口を噤んだままだった。そもそも説明をして
も伝わらないと分かっていたからかもしれない。仮に理論が理解できたとしてもだか
らどうするという話である。歴戦の経験を積んだ盗賊の口を割らせる技量をルイズ達
は 持 ち 合 わ せ て い な い。な ら ば ル イ ズ が メ ガ ト ロ ン を 止 め る 必 要 も ま た 見 当 た ら な
かった。一般的な道徳や倫理を無視した上で考える。フーケ追補の任を帯びたルイズ
にとって眼前の光景は都合の良いものだった。
自分でも驚いてしまうほどの冷徹な思考を持ってルイズは呟く。
ロングビルの記憶達は変わらずに次から次へと移り変わっていった。
ルイズ達にとって理解の範疇を越えた光景は続く。
﹁でも、これを見ればロングビルの目的が把握できるかも、﹂
第十三話 新たなる道標
164
鼻の下を伸ばしただらしがない表情をしたオールド・オスマン。
にこやかに笑いかけているコルベール。授業に臨んでいる学生たち、
大声で商いをしているのであろう露店の商人たち。
疲れ果てた表情の物乞い。
肥え太った高慢な貴族たち。
物言わぬ動かない人間であったもの。
煌めく財宝の山。
時には歌劇的に。時には喜劇的に。時には悲劇的に変遷する群像劇に少女たちは自
然と引き込まれている。
ロングビルの経験した数々の記憶達。ロングビルそのものである一欠けらは途切れ
ることなく流転して、
彼女の過去を紐解く端緒を誘った。
﹁⋮これ⋮⋮モード大公よ、﹂
165
﹁も、もーどたいこう
誰なのよそれ﹂
早く誰なのか話しなさいよ、﹂
!!
﹁確か、アルビオン現国王ジェームズ一世の王弟だった貴族の名前よ。10年位前に会
される形でキュルケは自分が知っている限りのことを話し始めた。
な光景が続いた今そんな癇癪もどこか懐かしく感じられた。騒ぎ立てるルイズに急か
辟易とするような声音のキュルケに対して普段通りの癇癪を起すルイズ。非日常的
﹁う、うるさいうるさいうるさ∼い
﹁はぁ∼、これだから田舎者のヴァリエールは仕方がないわねえ﹂
?
﹂
食でお会いしたことがあるから間違いないわ、﹂
?
タバサの問い掛けにキュルケは飄々とした正確通りあっけらかんと返答した。
い方はしないはずだからである。
い着眼点だった。王弟であるモード大公が存命であれば態々そんな含みを持たせる言
間を取り持つようにしてタバサが疑問を投げかける。鋭い視点を持ったタバサらし
﹁だった
第十三話 新たなる道標
166
﹁処刑されたのよ。表向きの理由は謀反を企んだから、とかいう理由だったけどね。見
た感じとても謀反を企むような人物には見えなかったから他に理由があったんじゃな
いかと私は思ってるわ。﹂
﹂
?
も憧れたわ∼。あ
ほら、これよ、この殿方よ
﹂
!
にいた。
金髪で柔和な顔をした壮年の男性と緑色の髪を短く刈り上げた彫の深い男性がそこ
そこには満面の笑顔を浮かべがっちりと握手している二人の男性が投影されている。
だ声をあげる。キュルケによって示されている中空に映し出されていたその映像。
男絡みかよっと二の句が継げない絶句したルイズをほったらかしてキュルケは弾ん
!
モード大公はそのついでに覚えていたのよ。ダンディでかっこよかったから子供心で
﹁ふ ふ ふ っ、会 食 の 時 に モ ー ド 大 公 と 連 れ 立 っ て 歩 い て い た 殿 方 が い ∼ い 男 で ね え。
ジト目で睨みつけるルイズの疑惑の念をキュルケは軽くあしらった。
ないわよね
﹁どーしてそんな大昔のことをはっきりと覚えていられるのよ、適当な言ってるんじゃ
167
﹁この緑髪の殿方よ
いいわよね∼。ムキムキでいかにもダンディ∼って感じ。幼いな
ために出来ることをする従うべきことに従う。それだけだった。
投げやりな思考に陥るのではなく、少しでも被害を減らすために何が出来るのか。その
抵抗することが無意味だと分かればあとは簡単である。野となれ山となれといった
こともない謎の技術は、歴戦の盗賊が積み重ねてきた経験を悠然と上回っていた。
く喋りはじめた。最早彼女も諦めてしまったのだろう。鋼鉄の使い魔たちの持つ見た
て横たわっていた。ロングビルはは別の意味での初体験を済ませた生娘のように力な
パッと声が聞こえた方へルイズ達が顔を向けるとロングビルが不貞腐れた表情をし
よねえ、もし機会があればお名前を﹁ヘンリー・オブ・サウスゴータ﹂
りに大人の魅力を感じたわぁ。惜しむらくはあの場では名前をお伺いできなかったの
!
﹁わ分かったわ、ドクター
それをとめて頂戴、﹂
もうこれ以上あたしの記憶を覗かないでおくれ。﹂
﹁それがその男、あたしの父親の名前だよ。何でも話すからさ、それを止めておくれよ。
第十三話 新たなる道標
168
!
ルイズの慌てた呼びかけに応じて記憶の照射をドクターは停止する。
をしらないのかい
﹂
ことになるだなんて思わなかったのよ
﹂
﹁それはあなたが中々事情を話さないからでしょう
!?
?
んだけれどもね。﹂
いったいどうなっちまうんだい。ま、盗賊をやっているあたしの言えたことじゃあない
に覗き見る事ほど、人を侮辱する行為もないんだからさ。覗き見られた本人の尊厳は
らうけどね。そう簡単にホイホイとこんな真似をするんじゃないよ。人の記憶を勝手
﹁そうかいそうかいお嬢様方もいろいろ大変なんだねえ。でも老婆心ながら言わせても
た。だが、ぽりぽりと頭をかきながらフーケは忌々しげに呟いた。
なかったルイズの立場を理解できたのかフーケがそれ以上の愚痴を言うことはなかっ
まった。マチルダが諦めて自供を始めたのも致し方のないことだろう。如何とも出来
され、歴戦の経験を積んだ盗賊の固く閉ざされた口はあっと言う間に引き裂かれてし
思惑を超えていたというルイズの言は本当である。止める間もなくマチルダは拘束
!
というより私たちもまさかこんな
﹁ったく人の記憶を勝手に盗み見るなんてね、貴族のお嬢様方はプライバシーってもん
169
フーケの忠告を聞いた際、ルイズの表情に影が差した。記憶、という単語に何かしら
の心当たりがあったのかもしれない、表情に表れていたやきもきとした感情がすっかり
と何処かへ消え失せていた。沈痛な表情を浮かべるルイズだったが、そのルイズの変化
にフーケは気づかなかった。
そのまま事の顛末をぽつぽつと話し始めるフーケ。これまで置かれていた自身の境
遇。魔法学院に保管されている宝物を盗むために教員として潜入していたこと、盗賊と
﹂﹂
して生活してきた己の半生、
そしてー
?!
き出したいことは全て聞き出し終わっていた。
ムをけしかけたのだということまでを聞き出した時点で、ルイズたちがマチルダから聞
ロングビルは案の定といった風に従容と続けた。宝物の使い方を知るためにゴーレ
きを隠せないルイズ達。
ハルケゲニアでは恐怖の対象として忌み嫌われるエルフの存在が出てきたことに驚
﹁﹁ハーフエルフ
第十三話 新たなる道標
170
しかし、マチルダが淀みなく話し続ける告解を聞くうちに知らず知らず任務を忘れて
しまうほどのめり込んでしまっていたのだ。それだけ、マチルダがこれまで経験してき
た半生は半端なものではなかった。加えてルイズたちも最後まで聞き届けなければな
らないと思ってしまうほどに、マチルダの口調にも熱がこもっていた。
なっている。
現在進行形で残積している人とエルフに纏わる問題はとても根深く奥が深いものに
貴族であるルイズにとって考えさせられるものだった。
からだ。議題に登った疑問が氷解していくにつれて明らかとなっていく事件の全容は
森の広場に向かうまでの会話内容から鑑みても彼女の説明は得心が行くものである
ロングビルの説明を聞いたキュルケは合点がいったという風に首肯する。
原因だったとわねえ。﹂
いったわあ。まさか妾とその子供だったハーフエルフを匿っていたことが爵位剥奪の
﹁な る ほ ど ね え、こ れ で モ ー ド 大 公 が ロ ン グ ビ ル の 記 憶 の 中 に あ っ た こ と に も 納 得 が
ギニアで恐れられているエルフの血をね。﹂
﹁ああそうさそうさ。ティファニアは半分だがエルフの血をひいているよ。このハルケ
171
第十三話 新たなる道標
172
ハルケギニア全土に普く存在する精霊の力。
その力を用いた既存の枠に収まらない先住魔法を自由自在に操るエルフは一人で人
間の兵士数十人分に値する力を持っているという。これでは凡百の兵士たちがいくら
束になろうとも人間の手で彼らの住まう東の地を侵せるはずがない。事実ハルケギニ
アの諸王国は6000年という途方もない年月の中で唯の一度でも彼らを打倒できた
試しはないのだから。
故にハルケギニアの人々にとって﹃エルフ﹄とは恐怖の象徴に他ならない。
自身の境遇が原因で不遇の扱いを甘んじさせられているティファニアの様な存在は
元々の個体数こそ少ないもののここハルケギニアでは決して珍しいことではなかった。
同じ人間であるにも拘らず平民と貴族という区分けが存在するほどだ、エルフの血が混
じっているという事実は人々を迫害に駆り立てるには十分過ぎ得るものなのだろう。
ハーフエルフの少女が此れまでに過ごしてきたのであろう苦難に満ちた生活。それ
を偲ぶルイズの心には自然と沈んだ気持ちが去来した。ティファニアとルイズが実際
に出会ったことは無いが、周囲からの迫害という点ではルイズにも一日の長がある。
トリステイン有数の名門公爵家の三女として生まれたルイズは日常生活における苦
労という苦労を殆ど味わうことなく暮らしてきた。だが、貴族である証。その前提条件
として求められる魔法が使えないルイズには異なる地獄が待っていた。尊大で傲慢、横
柄で高飛車な貴族の人々にとって真面な魔法ひとつ使えないルイズの存在は肥大した
悪意にとって格好の的だった。
授業で、食事で、生活で、日常における様々な場所で迫害を受け続けた経験を持つル
イズにとってただハーフエルフであったが故に苦境にあったティファニアのことを他
人事として無遠慮に断じられるわけがない。
事の進展に伴ってルイズの中にあったロングビルに対する猜疑心は綺麗サッパリ溶
け切っていた。貴族としての位を失い、盗賊に身を窶しても苦境にある少女のことを。
そして無数の孤児たちの成長を支え続けたロングビルに対して十分すぎるほどの好意
をその身に抱くルイズ。
その思いは思わず口に出さずにはいられない程に強くなっていた。
その様子をポカンとした表情で眺めるキュルケ。
ルイズは頭を下げた、マチルダに対して明確な謝意と裏表のない好意を表すために。
と言って。
るとは思わないけれど私にできることがあれば何でも協力させていただきます。﹂
﹁フーケ⋮⋮⋮⋮。いえ、ミス・マチルダ。先程の非礼を詫びるわ。御免なさい。許され
173
プライドの高いルイズが事情があるとはいえ盗賊であるマチルダに頭を下げるとは
思わなかったのだろう、その驚きも当然である。ほんの少し目を離しただけで大きく、
そして力強く成長していたルイズの姿がキュルケには僅かばかりの寂寞と共にやや遠
く見えていたからだ。
俯き目線を大地へと向ける彼女は沈痛な面持ちを浮かべていた。やや暗澹とした空
罪には罰が必要だと話すマチルダを見て居たたまれない気分になるルイズ。
あるが、結果としてこれまで一人背負ってきた重しが随分と軽くなっていた。
の精神に僅かばかりの安息をもたらしたのかもしれない。強引に奪取された記憶では
自分が抱えていた重みを他者と共有できたこと。告解によって生じた安堵感が彼女
晴れとした表情を浮かべていた。
朗々とここまで言葉を紡いできたマチルダ。まるで憑き物が落ちたかのように晴れ
ばいいさ。﹂
はあたしが然るべき罰を受けるだけさね。さっさと身柄を軍でもどこにでも引き渡せ
はどうあれあたしは罪を働いたんだ、あんたらがしたことは間違っちゃいないよ。あと
﹁はっ、急にしおらしくなっちゃってまあどうしたんだい、ヴァリエールの御嬢さん。何
第十三話 新たなる道標
174
気がその場を支配するが。罪は罪であり罰は罰。こちらとそちらが入り混じることは
ないし、ルイズが任務を放棄することもまた起こらない。理性と感情を厳密に軛する、
メイジであるルイズは背負ったその責務をしっかりと完遂した。
マチルダ・オブ・サウスゴータ。
別名土くれのフーケは三人の少女の手によって捕縛され、軍へ身柄を渡されることに
なる。あの土くれを捉えたのが三人の幼気な少女であることは驚きをもって人々の間
に広まった。だが、その中核を担った鋼鉄の使い魔が噂の俎上に挙がることは奇妙なほ
どに起こらなかった。
まるで何かの意思が介在しているかのようにすっぽりと抜け落ちている鋼鉄の使い
魔。その存在は未だ陰に覆われたままだった。
▲
マチルダに施された拘束を解きながら鋼鉄の巨人は言う。
﹁持てるだけ持っていくがいい、﹂
175
第十三話 新たなる道標
176
真夜中を少し超える時間帯。トリステイン内に建設された重罪人を収容するチェル
ノボーグの監獄へ通じる街道の何処か。周囲すら上手く見通せないほどの濃厚な闇の
中。恐ろしい修羅の貌。朱に染まる瞳がぼんやりと浮かび上がっている。
煌々と煌めくハルケギニアの蒼月と紅月。大自然の生み出す美しい輝きすら見劣り
してしまうのではと感じてしまうほどの瞬きがマチルダの前に並んでいた。
これでもかと積み上げられた宝石の山。財宝の塊がそうだった。
大きさ、煌めき、色、カッティング、それら全ての要素が高い水準に保たれた極上の
一級品たち。
宝飾品について殆ど造詣が深くないマチルダでさえ一目でわかる稀少性。
一体こんなものを自分に渡して一体何が狙いなのだ、と目の前にいる鋼鉄の巨人が持
つ真意を汲み取ろうとせんがためにマチルダは必死で頭を回転させていた。
直ぐに脱獄してやるよ。
土くれのフーケもといマチルダ・オブ・サウスゴータは護送用の馬車の中で呟いた。
手荒い騎乗にうんざりとしながらも刑務所内においてどうやって脱出してやろうかと
想像を巡らせる。罪は罪であり罰は罰だ。
177
しかし、だからといって脱獄を企てないとは一言も言っていない。寧ろ、善悪はとも
かく罪人が脱獄を企て実行しようとするのは当然だろうとすら彼女は考えていた。人
民を統治するものが貴族の権利であるのならば、それに対抗するのもまた人民の権利だ
ろう。元貴族で現役の盗賊らしいマチルダの意見である。
加えて彼女には守るべきものがあった。
ウェストウッド村の孤児たち。そして実の妹のようにすら思っているハーフエルフ
の少女を思い出す。このまま黙って静かに刑期を全うするには時間がかかり過ぎるだ
ろうと思われた。自らの金銭的援助なしには彼ら彼女たちの生活は直ぐにでも成り立
たなくなるはずだ。
だからこそ、どうしても脱出する必要があったのだ。
護送中の脱出をマチルダは最初から諦めていた。メイジの罪人を移送する際にはス
クウェアクラスのメイジを一人監視役として付ける義務がある。杖を紛失し、真面な魔
法が使えなくなっている今スクウェアを相手に一戦仕掛けることはどう考えても分が
悪い。
今は待つ。そして来たる機会を逃さずに注意を配ることが吉。そう考えたマチルダ
は全身の拘束具を煩わしく思いながら窓のない馬車の旅が終わる時を待っていた。
▲
第十三話 新たなる道標
178
しかし、予想に反して馬車の旅は唐突に終わりを告げることになった。
スクウェアクラスの護衛メイジが苦も無く躱され、罪人を強奪される事件が発生した
からだ。
土くれの異名を持った盗賊は再び野に放たれ、トリステイン中の貴族は喜びから一
転、再び恐怖に曝されることになると思われた。
▲
スクウェアクラスのメイジをどうやって躱し切ることが出来たのか、マチルダは聞か
なかった。これまでにも嫌というほど実際に経験してきたからだ。態々聞くまでもな
く分かる。この鋼鉄の巨人にかかれば幾らでも方法を導き出すことが出来るのだろう
から。
自身が強奪されたことを自覚した時、マチルダは一瞬死を覚悟した。あの巨人がここ
ま で 追 っ て く る と い う こ と は 自 身 の 止 め を 刺 し に 来 た の だ ろ う か と 推 測 し た か ら だ。
しかし、違うようだった。止めを刺すのが目的であるならばとっくに目的は達成されて
いる。
では、何故自分は生かされているのか。マチルダは必死に考えるが答えは出ない。
煩悶を続けるマチルダだったがそのマチルダをよそ目に鋼鉄の巨人は言った。有無
を言わせない絶対の選択肢がマチルダに投げかけられる。
ビオンの名門貴族、故サウスゴータに違わないものだった。
なればこそ毅然とマチルダは言った、盗賊を生業にしているとはいえその風格はアル
けだった。
自分自身を守るためには。必要条件を勘案するとマチルダに残された選択肢は一つだ
だけでも貰い物と言うべきか。ウェストウッドの孤児たちを、ティファニアを、そして
らは逃れられる訳がないのだ。ならば選べる選択肢は多くない。寧ろいま生きている
迎えてみれば随分と清々しい心持である。何をしようが目の前にいる鋼鉄の巨人か
無言の儘瞼を閉じる。そして暫しの一考。
拒否は出来なかったし、する心積もりもまたマチルダは持っていなかった。
感覚。自分に盗賊としての適性があることを初めて自覚したあの時と同じ感覚だった。
自身の目の前に道が開かれるような錯覚。これまで歩んできた人生の中で二度目の
マチルダもまた例外なく課せられた役割と共に繋がりを持つことになった。
何かに巻き込まれようとしているのだということを。それは後に伝説と呼ばれた領域。
この一言でマチルダは悟った。これからの自身の運命と、自分が大きなとてつもない
﹁手足が必要だ、﹂
179
地獄の沙汰も金次第である。マチルダは、それで良しとした。
がたく万人を惹きつける。
れない。歴戦の経験を積んだ盗賊、その冷静な判断も狂わす魔性の引力は何物にも代え
前に堆積する宝石の数々。滲み出す艶めかしい煌めきがマチルダを惑わせたのかもし
しかし、不安に駆られている精神とは対照的にマチルダの表情は穏やかだった。目の
は荒れ狂う大海へ漕ぎ出す自分の姿を想像した。
出来るのか、マチルダは何も分っていなかった。 全身を不安が覆っていた。マチルダ
としているのか、何に巻き込まれていくのか、自分の守るべきものを本当に守ることが
何が正しい結果だったのか、マチルダには分らない。これから自分がどこへ向かおう
鉄の巨人と整った美貌を持つ妙齢の女性。相対する二人が鮮やかな紅葉色に彩られた。
僅かに見える朝焼けの光明がハルケギニアの大地に降り注ぐ。凶悪な貌を持った鋼
﹁分ったよ使われてやる。土くれのフーケはメガトロン、あんたの幕下に加わった。﹂
第十三話 新たなる道標
180
一体これは何なんだい、ヴァリエールの御嬢さん方。教えてくれないかね。﹂
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲物は,
﹁⋮⋮で
?
マチルダの言い分は本職の盗賊が聞けば眩暈がするようなものだった。
に使わせようと思って態々ゴーレムを嗾けたんだがそれも徒労に終わったし。﹂
ちものだろうと踏んでこれを盗んだんだが何せ使い方が分からなくてねえ。あんたら
﹁ああ、そうさ。あのオスマンが特に口酸っぱくして厳重に管理していた一品だ。値打
﹁これが何なのかを知らずに盗んだってこと
﹂
そんな彼女を見て少々戸惑いながらルイズは聞き返す。
かに高い玉を見上げながら嘯くマチルダ。
物である﹁破壊の玉﹂が何事も無いかのように平然と鎮座している。己の背丈よりも遥
るのだろうタバサによる移動の指示にも素直に従っていた。彼女の眼前には件の玉、宝
後ろ手に拘束されたマチルダがそこにいた。捕縛されたという現状を受け入れてい
?
181
盗んだはいいが使い方が分からない。
そんな得体の知れないものの為に骨を折ったというのだろうか。宝物を盗むため、学
院に教員として潜入するという周到さからは不釣り合いな手落ちからマチルダのやや
向こう見ずな性格が伺える。価値があれば盗むという性急さは評価できるが、見境がな
いのはやはり盗賊らしい盗賊といえた。
わっていたドクターは確信とともにその口を開いた。
そして極細の節足達を忙しなく動かしながらそれの器壁をしばらくの間這いずりま
で﹃破壊の玉﹄に取り付いた。
ラヴィッジの胸部格納庫から姿を現すドクター。彼は綿埃を思わせる軽やかな跳躍
あるドクターだった。
渋い表情をしたマチルダに答えを返したのはルイズ達ではなくメガトロンの部下で
マチルダの問いかけに頭を振るルイズ達。
くれなかったから。﹂
﹁私たちにも分らないわ、オールド・オスマンは﹃破壊の玉﹄に関することは何も教えて
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲物は,
182
﹁これは共生者です。﹂
、あなたはこれを知っているの、ドクター、﹂
?
のだということを。そして、これから自分が立ち向かっていかなければならないだろう
明していたからだ。自分の持つ認識よりも遥かに世界は広く深い奥行きを持っている
メガトロンのような存在が他にも多数存在しているのではないかということを暗に証
ドクターの口から展開された説明はルイズの想像の範疇を遥かに超えるものだった。
個ではなく、宿主となった金属生命体とともにその一生を過ごす者。
それ故に﹃共生者﹄
るのだそうだ。
官を生まれながらに保持しておらず、他者からの供与といった形でエネルギーを得てい
活動している。しかし、目の前にあるこの勤続生命体はエネルギーを体内で生成する器
ラヴィッジやドクターは己の体内で必要なエネルギーを自己生成することによって
ならば似て非なる者らしい。
の類型に分類されるとはいえその根本や成り立ちは若干異なっており厳密に定義する
形で語りつづけた。この球状の物体は自分と同種の金属生命体であること。但し、同様
細長い前足がその半ばから折れ曲がり、腕を組んだドクターはルイズの質問に答える
﹁きょうせいしゃ
183
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲物は,
184
困難の一端を垣間見たような気がした。
ルイズは考える、
自身の使い魔である鋼鉄の巨人は全て計算づくだったのではないか、と
恐ろしいほどの鋭敏な感覚器官を持っているラヴィッジが。何もかもに抜け目ない
メガトロンが。自身の身近にいる敵の存在に気付かなかった訳がないのだ。
ロングビルと土くれのフーケが同一人物であることを知っていて。敢えて沈黙を貫
き、土くれ追補の任務に協力を申し出ていたのではないか。ともすればルイズ自身に難
問を与えその根本を試そうとしたのではないか。そこまで具体的にルイズの思考が及
んだのかどうかは分からない。
だが、ルイズにはどうしても考えられなかった。何の目的もなく唯の同情ではメガト
ロンは動かないことを知っていたからだ。
そして、ルイズの思考は見事的中していた。
ようやく御目当てのものを手に入れることが出来た、とばかりにメガトロンは立ち上
がる。
すると件の玉に徐に近づいた。
何をするつもりなのよメガトロン。﹂
!
りで目撃した蠢く蒼光を思い出したからだ。
特に、マチルダは身体の身震いを止めることが出来なかった。つい先ほどの大立ち回
見るものに恐怖を与える漆黒の稲光。それを見て思わず後ずさるルイズやマチルダ。
るような煌めきとは懸け離れた異様な輝きがメガトロンの右前膊から溢れていた。
無言のままにメガトロンは動く。すると彼の右腕から黒色の紫電が迸った。見惚れ
﹁⋮⋮、﹂
のは道理であった。
物を破壊されるのだけは避けたいところだろう。使い魔の責任をメイジが取らされる
かだった。トリステイン魔法学院の一生徒であるルイズにとってそれがなんであれ宝
がどれだけ丈夫だろうとメガトロンの手にかかればどうなるかは火を見るよりも明ら
学院の宝物である﹃破壊の玉﹄の安全を思ってのことなのかもしれない。﹁破壊の玉﹂
ルイズは問いただすがメガトロンは答えない。
﹁ちょっと
185
メガトロンは己の右掌に漲る黒色の輝きを躊躇うことなく﹃破壊の﹄に押し付けた。
黒色の紫電は﹃破壊の玉﹄を覆い始める。
メ ガ ト ロ ン の 右 腕 が 接 触 し た 場 所 を 始 点 と し て 既 存 の 銀 灰 色 が 艶 の あ る 黒 灰 色 に
ゆっくりと移り変わっていった。
黒が全ての銀を侵食し終わるとそれの変貌が始まった。
ここにきてルイズはやっと理解する。
何故メガトロンが進んで協力を申し出たのか。
何故これが﹃破壊の玉﹄と呼ばれていたのか。
何故オスマンが此れを他の宝物よりも厳重に管理していたのかを。
▲
わしも耄碌したものじゃのう。﹂ ﹁しかし、まさかミス・ロングビルが﹃土くれ﹄のフーケだったとはのう。謀られるとは
﹁よくぞ賊を捉えてくれた、学院長である儂も鼻が高いわい。﹂
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲物は,
186
あの後に、学院に戻ったルイズ達はオスマンに事の顛末を報告していた。 広場にて起こった一連の出来事を全てそのままオールド・オスマンに話すわけには行
かないため、ロングビルがフーケだったこと、そして彼女を捉えたことなどの事実だけ
を掻い摘んで事務的に報告したルイズ。
既にルイズの中で広場での一件は過去のものとなっていた。聞かなければならない
大切なことがルイズにはあったからだ。それこそ、捕縛して軍へと身柄を移されたフー
ケのことなどどうでもよくなってしまうほどに。
﹁本当ですか
﹂
ら、精霊勲章の授与を申請をしておくとしようかの。﹂ じゃろうからそのように。ミス・タバサはすでにシュヴァリエの爵位を持っているか
﹁シュヴァリエの爵位を君たちに配するよう宮廷に申請しておこう。追って沙汰がある
学長室にて起立しているラヴィッジ以外の三人は粛々と一礼を返した。
はこれほどの功を無下にするわけにはいかん、﹂ ﹁かの有名なフーケを捉えた諸君の苦労、これはとても大きな功績じゃ。学院長として
187
!?
思わず反応せずにはいられないと、 キュルケがやや興奮気味に聞き返す トリステイン有数の魔法学院学院長を務める老獪な魔術師は、来たるべき時が来たよ
まるで何かを見通すような、見透かすような視線を受けたオスマン。
ズ。
しかし、ルイズ達はその場から動かなかった。じっとオスマンの目を見つめるルイ
に促した。
オスマンはポンッと手を軽く叩きながら言った、そして、ルイズ達を自室へ帰るよう
も締まらぬからの。﹂ は、間違いなくお主達じゃろうて、せいぜい着飾るように。主役がしっかりせんと舞台
じゃ、差支えが無くなった以上今夜予定どおり執り行うとしよう。ほっほ、今日の主役
報酬を受け取るのは当然じゃて。おお、そうじゃそうじゃ、今日はフリッグの舞踏会
﹁もちろんじゃよ。何せ君たちはあの悪名高き土くれを捉えたのじゃからな、然るべき
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲物は,
188
うに従容と頷いた。
﹁⋮⋮⋮やはりのう、ルイズフランソワーズ。君があの使い魔を召喚した時から、予想は
普段の態度からは考えられないような表情にルイズは確信の色を深くする。
やはり何かある、オスマンの反応を見たルイズは確信した。
くを見つめた。
ルイズの言葉を聞いたオスマンは目を僅かに細め、遠い過去を思い出すようにして遠
あれが学院の宝物庫にあったのですか。﹂
﹁オールド・オスマン。お願いです、話してください、あの﹃破壊の玉﹄のことを、何故
ルイズは目の前にいる偉大な魔法使いに臆することなく言い切った。
スマン。
その場から動こうとしないルイズ達に対してわざと恍けたようにして問いかけるオ
﹁どうしたのじゃ、ミス・ヴァリエール。部屋へ戻らぬのかね。﹂
189
していたよ、出来れば外れていてほしかったが、予兆というものは往々にして悪いもの
を感じた時ほど正確にはたらくものじゃからなぁ﹂
﹁どういうことですか、オールド・オスマン、﹂
さながらこの展開を知っていたとでも言うかのようにオスマンは語る。
オスマンのその反応を見てルイズは自身の確信が正しいものだったのだということ
を知ってしまった。もう戻れないのだということを。取り返しがつかないのだという
ことを。
オスマンがさっと杖を振るう、金色の粒子が学院長室の中で浮遊した。ディティクト
マジック、他者の目や耳が無いかを確認するために使用される比較的安易な魔法だっ
た。
つまり引き下がることはないということだった。
キュルケとタバサは無言で頷いた、
会は今しか残されておらん。﹂
いるミス・ヴァリエールは別にして。前途ある2人は覚悟をして欲しい、引き下がる機
く資格があるじゃろう、ただし、知れば二度と引き返すことは出来ん。既にその渦中に
﹁ミス・ヴァリエール。ミス・ツェルプストー。ミス・タバサ。功績大なる君たちには聞
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲物は,
190
自身の居室である学院長室でもわざわざディティクトマジックを掛けるほどの念の
入れよう。これから彼が話すことはよっぽど他者に聞かれてはならない重要なことな
のだろう。ルイズはゴクリと口内の唾液を飲み込んだ。目の前に座る偉大なる魔法使
いから発せられる只ならぬ雰囲気がルイズ達の緊張を誘ったからだ。
そしてオスマンは語り始める。﹃破壊の玉﹄と呼ばれる物の真相を、過去に何があり何
を彼は知ったのか。
それはハルケギニアでも随一の魔法使いであるオスマンが闘いを放棄した決定的な
きっかけだった。
かくて青年は杖を捨てる、
あの時のことは忘れようがないからの、それだけは幸いじゃわい。
は問題ではない。
すまぬの、少々頭が呆けてきたようじゃ、しかし、時期は問題ではないのじゃ、時期
るよりもずっと前のことじゃ。
﹁あれはそういまから百年、否二百年ほど前のことじゃったかの。そなたたちが生まれ
191
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲物は,
192
ゲルマニアでのことじゃ、当時儂はスクウェアに成りたてのメイジでの。史上最年少
でのスクウェアとして煽てられたもんじゃわい。まあ、若気の至りじゃな。儂は自分自
身がだれよりも強いと言って憚らなかったのじゃからな。今思い出すと恥ずかしくて
仕様がないの。
そ ん な 儂 に と あ る 依 頼 が 舞 い 込 ん で き た の じ ゃ。ゲ ル マ ニ ア か ら の 特 使 が 来 た と
言っての。
内容は怪物退治じゃった。トリステインとゲルマニアで腕利きのメイジを出し合っ
てゲルマニアの東端で暴れまわっているその化け物を合同で倒さないかと言う旨のも
のじゃった。
当時のゲルマニアは建国してからまだ4∼50年しかたってなくての、そんな新興の
国家に力を貸すべきか否かと言うみみっちい議論もあったのじゃが隣国に貸を造る絶
好の機会ということで申し出は受理されたのじゃ。
儂を始め複数のスクウェアクラスのメイジがその化け物退治に参加することになっ
ての。驕る儂は一人で十分だなんだと言ったりもしたんじゃが、儂の旧友が必死で説得
し て く れ て の、結 局 当 初 の メ ン バ ー で そ の 化 け 物 退 治 に 参 加 す る こ と に 相 成 っ た の
193
じゃ。
その化け物は幾つもの村を壊滅させている。早急に打ち取らねば甚大な被害は避け
られない。と風竜に乗っての移動の際に聞かされたのじゃが、儂は未だに楽観視して
おったのじゃよ。おろかなことにのう。これだけの手練れが集まればトロル鬼どころ
かあのエルフでさえも相手取れるとたかを括っておったのじゃからの。
異変に気付いたのはゲルマニア側のメイジ達と合流する予定のポイントに到達して
からじゃった。
合流地点である広場に行ってみても誰の迎えもなかったのじゃ。初めは礼儀知らず
のゲルマニア人のことだから仕方ないことだなんだと笑っておったのじゃが、直におか
しいと隊員の一人が気づいた。
キャンプ用の資材と焚火の火が立ち上っているのに誰もいないのはおかしい、と。
、決まっておろう。ゲルマニア側のメイジ達じゃよ。皆生きてはいなかったが
皆で手分けして探したのじゃがこれまた直ぐに見つかった。
何が
のう。
?
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲物は,
194
散開した儂達が見つけたのは肉の山じゃった。人であると判断できるものは一つも
なかったからの。皆尽く、例外はなかった、千切れ跳んだのであろう腕についていた腕
章からゲルマニアのメイジだと判断したんじゃ。
今思えばこれが間違いじゃった、⋮いや今更じゃから自省は置いておこう、もしやり
直せるのであれば離れるなんてことは絶対にせんわい。何せ儂の唯一無二だった友人
達が串刺しにされたんじゃからの。
それは巨大な蠍じゃった。今までに見たことが無い程巨大での、一瞬呆気にとられ
た、とられてしまったのじゃ。鈍色に光り輝くそれはまず儂らが乗ってきた風竜を狙っ
た。唖然としたの、儂らに一目散に駆けてくると思ったら儂らに見向きもせずに竜たち
を襲撃したのじゃから。
蠍の巨大な爪甲で竜たちはあっという間に解体されてしまった。
その瞬間儂たちは逃げ足を失ったのじゃ、この場から逃走するための足を。
信じられない程狡猾な相手じゃった。恐らく解っておったのじゃろう。儂たちなど
いつでも殺せる、と。
儂たちを逃がさぬように周到に周到に襲いかかってくるそれを見たとき儂は悟った
よ。狩られるのは、こちら側だということを。
皆必死に戦った。持てる力の限りを振るって戦った。しかし、無駄だった、全て無駄
だった。
大海を闊達に泳ぎ回る大魚のように土中を移動するそれに全く歯が立たなかったの
じゃ。一人また一人と殺されていったよ。巨大な爪に引き裂かれた者もいた、絶叫とと
もに土中に引きずり込まれる者もいた、大矛のような三叉の靱尾に刺し貫かれた者もい
た、さながら百舌鳥の贄のように掲げられてしまったのじゃ。﹂
かくて青年は我を忘れ
めにの。だが、そもそもの話、儂一人でどうこう出来る話ではなかった。歴戦の経験を
胸に戦い続けたのじゃ。友の仇を、打ち捨てられたメイジ達の無念をこの手で叶えるた
﹁一人残された儂は死力を振り絞って戦った。有らん限りを杖に込め、メイジの誇りを
195
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲物は,
196
積んだ幾多のメイジ達を襤褸雑巾のように葬り去ったあれに敵う訳がなかった。
鉄を錬金して造ったゴーレムを粉々に粉砕された時。
もう身体に残された余力が何もないと理解した時。
儂は、恐怖した、慄いた、怖れた。
奮えるものは何もなかった。死にたくない、死にたくなかった、唯それだけじゃった。
杖を失った儂は命乞いをしたのじゃ。惨めにみっともなくのう、誰に憚るでもなく、
地べたに這いつくばり両手を投げ出して必死に懇願したんじゃ。死にたくない、殺さな
いでくれ、いのちだけは、と。その時儂の中の何かが壊れたような気がしたよ。友を奪
われ、仲間を殺されたにも拘らず、その元凶ともいうべき怨敵に自らの命を助けてほし
いと願ったんじゃからな。
儂が命乞いをした幾許かの後じゃった。それは動作を停止したのじゃ。
動くのを辞めた、と言ってもいいかもしれん。取り敢えずそれの動きが止まったの
じゃ。
後 は 分 か る と 思 う が 蠍 は 球 体 上 の 何 か に な っ て い た。そ れ で 儂 は 命 を 救 わ れ た の
197
じゃ、今ここにいることが出来るのも蠍がああなったからに他ならぬ。期間を置いて学
院長となった儂はその玉を﹃破壊の玉﹄として学院の宝物庫に保管したのじゃ。誰の手
にも渡ることが無いように、のう﹂
かくて青年は誇りを捨てた。
オスマンの告解ともいうべき昔語りは沈黙を持って迎えられた。
血を吐くように、絞り出すようにして紡がれた言葉はルイズ達に強い衝撃を与えた。
ここハルケギニアでもその名を知らぬものはいないとまで謳われたオールド・オスマ
ンにこんな屈辱の過去があったとは。
ルイズは思い返していた。変貌した﹃破壊の玉﹄の姿かたちを。
光沢の有る鈍色の装甲を、見るもの全てに恐怖を与える巨大な爪甲を、相手を睨む二
対の赤い双眸を。
それらの外見的特徴はまさしくオスマンの述べた鋼鉄の蠍そのものだった。
メガトロンはこれが目的だったのか、と考えルイズは戦慄した。
メガトロンを宿主とすることによって破壊の玉は復活した。その結果鋼鉄の四足獣
とともに巨大な黒蠍という強力無比な手足を破壊大帝は獲得することに成功したのだ。
すべてメガトロンの画策した通りに物事が進んだのではないか、とルイズは訝るが真相
がはっきりすることはない。
只々現実に起こったことを起こったこととして報告するしかルイズにはできなかっ
た。
ルイズの説明を聞いたオスマンはやはりといった様に首肯した。オスマンが言うに
はルイズがその蠍を配下に加えるのは構わないそうだ。
ルイズがメガトロンを使い魔として召喚した時から薄々と予感していたらしい。
ヴァリエールの使い魔と﹃あれ﹄は同じものだと。
我々がどうにかできる範疇を超越した何かなのだと。
学院長となった後、破壊を試みようとしないわけがない。しかし、破壊の玉が傷一つ
なく現存していることが何よりの答えだった。
﹃破壊の玉﹄に関する全てを話し終えたオスマンは深く深く息を吐いた。小さく肩を屈
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲物は,
198
めるオスマンはいつもよりも二回りほど縮んでしまったようだった。 泰然とした普
段の態度からは考えられないような表情をルイズは自身に重ねてみていた。
ルイズは願ってしまったから。望んでしまったから、もう戻れない。取り返しがつか
ない道程を自分は進んでいるのだということをルイズ自身も確信していた。
消沈するオスマンにルイズが話した言葉。それは自分自身に向けても投げかけられ
ていたのかもしれない。
吐き出された言葉は静寂を取り戻した室内にしじまを伴ってゆっくりと溶け込んで
﹁頼んだぞ、若き勇者たちよ。﹂
三人の少女が退出した後にオスマンは誰ともなく呟いた。
も一礼の後に彼女の後を追った。
何の臆面もなく言い切るとそのまま学院長室を後にするルイズ。キュルケやタバサ
せます。杖に誓って。﹂
﹁私は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは彼らを導いてみ
199
200
第十四話 土くれの敗北 捕われた獲物は,
いった。
第十五話 ヴァリエールとツェルプストー
スクウェアクラスの土メイジ数十人が力を結集しても創り出せないであろう精緻を
身体は鋼で出来ている。その身に宿すは奸智と暴虐。
た。
スコルポノック。ルイズの新しい使い魔、それはとてもとても巨大な鋼鉄の蠍だっ
が醸し出されていた。
を交わす少女たち、普段とは異なるガラリとした廊下には戯れを許さない神妙な雰囲気
う従来の賑わいは失せ、ルイズとキュルケの言葉だけが響いていた。 硬い声音で会話
中なのか彼女たちの会話を聞く者はいない。人影が存在しない廊下には学生が行き交
な黒蠍であるスコルポノックを会話の題材としていた。本棟ではいまだ授業の真っ最
自室へと戻る最中、寮塔内の廊下でキュルケとルイズは新しく仲間入りした彼。巨大
﹁そうよ、メガトロンがそう言ったんだもの。間違いないわ。﹂
﹁スコルポノック⋮⋮と、言うのよね。あの蠍は。﹂
201
第十五話 ヴァリエールとツェルプストー
202
極めたその造形、それは見事という他になかった。頭胸部の遮蔽殻一つとっても分かり
得る。彼がどれほど洗練された存在なのかを。
しなやかな靭尾はより鋭く、岩盤を砕く穿爪はより硬く。徒爾な部品を極限まで省い
たそのボディ。
敵を殺す、対象を破壊する。
彼の存在は絞り込まれた一つのベクトルへと磨き上げられていた。
一口に言ってしまえば彼はとてもシンプルなのである、単純でいて無駄がないシンプ
ルな存在。
四つの眼球。二つの巨爪。 彼が蠍であることを象徴するアイコンは何らの瑕疵も
齟齬もなく彼を称えていた。尾部を含めた全長は6∼7メイル程。蠍という概念上、節
足動物門鋏角亜門クモ綱サソリ目の規格では考えられないほどの巨体を有していた。
何故彼が異なる惑星であるハルケギニアに遥か昔から存在していたのか、それは誰に
もわからない。その真相は闇に覆われたままだった。冷酷なディセプティコンとして
名を馳せたブラックアウト。その眷属たるスコルポノック。この度の件で彼は新しい
主人をその身に戴くことになった。
破壊大帝メガトロン、それが彼の新しい主人の名前である。
最強の名を欲しい儘にしたディセプティコンの独裁者。強力無比なメガトロンの存
在力はメガトロンの眷属となったスコルポノックにも例外なく働いた。鈍色に輝いて
いた銀灰色の装甲は艶のある黒檀のような深黒色へ。相手を注視する四つの目は朱に
染まり紅色に煌めいた。
でありスコルポノックではない。桁外れのエネルギーを供与された彼の身体はそのエ
引き上げられたスコルポノックの存在。今現在のスコルポノックはスコルポノック
げた。宛らガソリンに代わってニトロメタンを注入された普通自動車のように。
食とするメガトロンから供与されたエネルギーはスコルポノックの存在自体を引き上
今回の件はその特性が災いしたことになる。暗黒物質であるダークマター。それを常
そのため宿主となる金属生命体からエネルギー供与を受けなければならないのだが、
﹁共生者﹂たるスコルポノックは自生するためのエネルギーを己自身で精製できない。
203
ネルギーに適応するため進化した。身体は組換わり、装甲は強化された。
銀から黒へ、白から赤へ、ブラックアウトから破壊大帝メガトロンへ、
彼もまた、伝説を縒り合せる一つの重要な要石となっていくことになる。
﹁共生者﹂スコルポノック。 この世に顕現した畏怖の黒蠍。
▲
だろうか。自室に戻ったルイズは今夜学院で開催されるフリッグの舞踏会にて何を身
ルダとの戦闘を通じて深まった彼女たちの間柄から鑑みれば戦友とでも言うべきなの
だが、そのルイズの言葉を遮ったのは彼女の友人であるキュルケの存在だった。マチ
いた。
てそれは喜ぶべきことなのかもしれない、鼻歌を呟きながらルイズはドレスを吟味して
それがどれだけ惨たらしい事実だろうと使い魔が新しく増えたこと。メイジにとっ
わ。もう覚えちゃったもの。ってどうしたのよキュルケ。あんたの部屋は隣でしょ、﹂
﹁∼♪∼♪、スコルポノック⋮⋮かぁ、ちょっと変わった名前ね。でも凄く覚えやすい
第十五話 ヴァリエールとツェルプストー
204
に着けようかと、思案に耽っていたのだが扉を開いて入室したキュルケを見て食指を止
めた。
見るとキュルケは未だに学生服から着替えていないようだった。マントを脱いでい
るためやや身軽そうではあるが、ブラウスにスカート。代わり映えのしないその恰好は
派手好きのキュルケには似つかわしくないものだった。 キュルケは暗い表情を貼り
付けたまま室内にあった椅子に腰かけると。
ると言った。
ルイズはキュルケに先を話すように促した。だが、居心地が悪そうにラヴィッジを見
ラヴィッジしかいないのでルイズが持ち前の癇癪を起すことは無い。
に涎を垂らすのだろう。けれども今この部屋にはルイズと血の通っていない獣である
艶かつ妖美。誘い込まれるようなその視線は男であれば誰であれパブロフの犬のよう
足を組み頬杖をつくキュルケの姿はツェルプストーの名に違わないものだった。妖
と、言った。
﹁ルイズ。あなたに話しておきたいことがあるのよ﹂
205
﹁出来れば二人だけにして欲しいの、いいかしら
﹂
ジはドアから外へ出た。そして部屋には二人の少女と静寂だけが残される。
通して連絡するまで時間をつぶしてきて欲しい、というルイズの言いつけ通りラヴィッ
そんなことしないわよ、と苦笑しながらキュルケはベッドに腰掛ける。イヤリングを
﹁変な事するんじゃないのであれば、別に構わないわ、﹂
?
走れ走れ、その命が続くまで、
名を惜しむな、命を惜しめ、
闘おうと思ってはならない、立ち向かおうと思ってはならない、
眠るときは片目を閉じて残った目で大地を見ろ、
起きているときは両の目で大地を見ろ、
験を後世の人々に残すために紡がれた一つの名残だった。
といってキュルケは歌い始めた。 それは惨たらしい苦難を味わった人々が、その経
いわ。聞いてちょうだい。﹂
はまだあなたには話してないわよね。そもそも話すつもりも無かったんだけど、まあい
﹁私の出身がゲルマニアだということはルイズ、あなたも知ってると思うけど。この話
第十五話 ヴァリエールとツェルプストー
206
気を配れ、注意を怠るな、彼のモノは常にお前を見ている、
淡々と淡々とその歌は紡がれた。キュルケの顔にはルイズの部屋に入った際の時と
変わらずに暗い表情が浮かんでいる。思い起こすように、思い出すようにして歌うキュ
﹂
ルケ。そんな彼女を見てルイズはキュルケが何を言いたいのかを理解した。
﹁キュルケ、⋮⋮その歌は
アルデンの鬼、土中の暗殺者、皆殺しの怪物。おどろおどろしい二つ名の羅列。
目の前にいる友人が何を言いたかったのか、何のためにここに来たのか。
ルイズの疑問に答えるキュルケ。ルイズはこの時点で確信した。
いころからよく聞かされたわ。その度に泣いちゃって爺やを困らせたものよ。﹂
れちゃうわよ∼っていう躾のためのものかしら。お転婆だったからね、私はこの歌を幼
違いがあるけれど、子どもに歌って聞かせる小噺の様なものよ。良い子にしないと襲わ
よ。童話と呼んでもいいかもしれないわね。ほらよくあるでしょう。細かいところは
﹁アルデンの鬼、土中の暗殺者、皆殺しの怪物。この歌はそう呼ばれた怪物を謳った寓話
?
207
それは、
﹁⋮⋮スコルポノックね、其の歌が表しているものは私の使い魔、﹂
オスマンの話を聞いて見当を付けたのだとキュルケは言った。
オスマンを含めた手練れの精鋭たちを、スクウェアクラスのメイジ達を撃退し全滅さ
せることが出来る怪物などそう多くない。悪名高い悍ましきその怪物を類推すること
はそう難しいことではなかった。
恐ろしいほどに狡猾で、身震いするほどに強力で、狂おしいほどに残虐な。
その怪物の名を。
け れ ど も、と キ ュ ル ケ は 続 け る。 次 第 に 熱 を 帯 び て い く そ の 口 調。い つ の ま に か
し、どう感じればいいのかも分からないしね。今更と言えば今更のことよ。﹂
るわけじゃないのよ、私が生まれるよりもずっと大昔の話なんか忖度のしようがない
の勇者﹂よりも有名よ、このお話。一応言っておくけれどルイズ。私は別に憎しみがあ
け物を謳った民話なんてありはしなかった。ゲルマニアに限って言えば﹁イーバルディ
﹁この民謡はゲルマニア固有のものよ。ガリアにもトリステインにもこんな恐ろしい化
第十五話 ヴァリエールとツェルプストー
208
キ ュ ル ケ の 話 に 聞 き 入 っ て い る ル イ ズ が そ こ に い る。間 接 的 に で も そ の 恐 ろ し さ を
知っているからこそ、キュルケの言葉にはその真剣さ以上の説得力が込められていた。
﹂
のオスマンが対処を放棄した、放棄せざるを得なかった怪物よ
なモノを使い魔として使役できるっていうの
!
!
人の可憐な少女に委ねられるなど本来ではありえないことである。だが、どれだけあり
の脅威の手綱は一人のメイジに委ねられることになった。あれだけの脅威がたった一
だが結果はご覧のとおりである。スコルポノックは破壊大帝の眷属として復活し、そ
度か破壊しようと相対したに違いない。
なかったが、誰にも手出しできなかったというのが真相なのだ。恐らくはオスマンも何
態々学院の宝物庫に保管した理由はそこにある。オールド・オスマンはルイズ達に語ら
も推測できる。 キュルケの推測は正しかった。球体上に変化したスコルポノックを
虚偽や誇張がある程度含まれているとはいえ建国史の記載を鑑みればその恐ろしさ
!?
。ルイズあなたはそん
た数週間でそれだけの損害をゲルマニアは被ったのよ 。あれはそんな存在なの。あ
怪物によってゲルマニアの被った損失は10年分の国力に匹敵するだろうって。たっ
つ、どころじゃあないわ。ゲルマニア建国史にはこう書いてあるの。件の化け物、あの
﹁私は心配なのよ、ルイズ、あの蠍は間違いなく怪物。やろうと思えば集落の一つや二
209
えないと思われることがあろうと、実際にその状況が成立する以上該当の場にはその状
況を生み出した自然な理由や要因が必ず存在しているのだった。
口調に熱が籠っていくのをキュルケは止めることが出来なかった。溢れ出す奔流の
ように次から次へと漏れ出る言葉。中には暴言も含まれるそれらの言葉を流れに任せ
て ル イ ズ に 叩 き つ け て い る 自 分 に 気 付 い た 時 キ ュ ル ケ は 口 を 噤 ん だ。や り す ぎ た と
キュルケが思う間もなくルイズは喋り始める。
その表情は焦るキュルケとは対照的に晴れやかだった。
もしかすれば、その少女は狂っているのかもしれなかった。
けれども、この責務を背負えるのもまたその少女しかいなかった。
キュルケの頭の中に様々な思いが駆け巡る。
驚き。困惑。
スコルポノックが悲しむもの。﹂
しいわ。でもあれとかそれとか言っちゃ駄目よ。ちゃんと名前で呼んであげなくちゃ。
﹁ありがとう、キュルケ。私を心配してくれてるんでしょう。その気遣いはとっても嬉
第十五話 ヴァリエールとツェルプストー
210
211
自分の知っているルイズ・フランソワーズという人物からかけ離れた態度にキュルケ
は思わず、はいと答えるしかなかった。
罵倒した相手を気遣うその度量。懐の深さとでもいうのだろうか。ルイズの可憐な
美貌も伴ってまるで聖女とでも言うべき存在がキュルケの前にいる。
キュルケは理解した。何故目の前にいる幼い少女があのように恐ろしい存在を使い
魔として召喚したのか、出来たのかを。それはきっと必然だったのだろう。もしくは始
祖ブリミルの思召しだったのかもしれない。あの存在を従えることでハルケギニアを
守護できるのは後にも先にもこの少女しかいない。そう確信させる何かをキュルケは
ルイズから感じ取ったのだ。
数瞬の戸惑いから覚めた後キュルケは見た。震えているルイズの両手を。
晴れやかな表情とは対照的にスカートの裾を掴んでいるルイズの両手は小刻みに震
えていた。
キュルケは苦笑する。何だかんだと言っているが自分もまだまだ年端もいかない小
娘であるのだとキュルケは思う。自分を心配させないようにとルイズに気遣わせてし
ま っ て い る 自 身 が 滑 稽 で 仕 方 が な か っ た。態 々 自 分 に 言 わ れ ず と も ル イ ズ が 一 番 わ
かっているのだろう、彼らの主であるルイズが一番理解しているのだろう。
ルイズの双肩に圧しかかっているものがどれほど重いのか。一体で万人力を超越す
る使い魔を従えている自分に課せられた責務がどれほど巨大なものなのかを。
そして、ルイズは語った。
眦に涙をためながらも、溢れ出る思いを自分の中に収めておけないといったように。
何故自分が彼らから離れられないのかを。その罪と絆。そして鎖のような軛と枷を。
は、それだけの課せられる責務が、責任があるんだって、私は何も分かっていなかった。﹂
は知っていても、実際には全然分かっていなかった。それだけの力があるんだってこと
でもね、私は何もわかっていなかったの。力には責任が伴うんだってことを。言葉だけ
かった。鋼鉄の彼らが来てくれて。誇らしかったし有能で強力な彼らが頼もしかった。
よ う な 使 い 魔 が 来 て 欲 し い っ て。願 っ て し ま っ た か ら。も う 戻 れ な い の。私 は 嬉 し
をゼロだって苛む何もかもを吹き飛ばせるような。その世界全てから解放してくれる
ら。もう戻れないの。召喚の儀式のとき、私は思ったの。強い使い魔が欲しいって。私
﹁それに、ね、⋮⋮私は望んでしまったから。願ってしまったから。求めてしまったか
第十五話 ヴァリエールとツェルプストー
212
分かっていなかった、とルイズは繰り返す。
自戒を込めるように、まるで自分を戒め苛むようにして繰り返しつぶやいた。
そんなことはないやり直しはあると、言おうとしたキュルケを遮ってルイズは続け
る。
そして、ルイズは明かした、
誰にも話したことがない自分だけの確信を。
何故ルイズは戻ることが出来ないのか。
何故取り返しがつかないのか。
その身に背負わされた鋼鉄の罪過をルイズは明かした。
の大切な友人であるルイズを守るためには、何もかもを投げ出してしまえばいいとすら
逃げてしまえばいい、当初キュルケはそう考えていた。背負わされた責任から、自身
キュルケは愕然とした、
﹁そんな⋮⋮、﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮。﹂
213
第十五話 ヴァリエールとツェルプストー
214
思っていた。強力な使い魔を召喚してしまった責任など、自分に課す必要などない。そ
んなメイジの責務などルイズの身を守る事に比べれば些末なことだと思っていた。責
任に押し潰されてしまう前に、故郷であるゲルマニアにてルイズを匿うことまで考えて
いたキュルケだが。
その考えは木端微塵に打ち砕かれた。
ルイズの言ったそのことが本当であれば、あの鋼鉄の使い魔は地の果てまでも、ルイ
ズを追ってくるはずだ。 その追跡を躱し切ることが出来るとはとてもではないが思
えなかった。人間ではない超絶な力を持った鋼鉄の彼らが、血眼になって草の根を分け
てでもルイズを捉えにやってくる、となれば匿うことは不可能である。ハルケギニア中
のすべての国家が束になったとしてもルイズを守りきることは出来ないだろう、ハルケ
ギニアが火の海に包まれるという結果を生み出すだけだった。
もう何もかもが手遅れなのだということをここにきてキュルケも理解した。
物語は既に始まっている。その始まりを変えることなど誰にも出来ないのだった。
キュルケは思う。自分に何が出来るだろうか、と、自分を心配させないように必死で
笑顔を浮かべる少女に何をしてあげられるのだろうか、と。何か特別な理由があったわ
けではない。何か特別な思いがあったわけでもない。
しかし、キュルケの身体は勝手に動いていた。椅子から腰を上げると、ベッドに腰掛
けるピンクブロンドの少女を慈しむように抱きしめる。豊満な胸部にルイズの顔が包
まれた。
に押し付けられたものはどうすればよいのか。果ての無い苦悶と葛藤。
ンドラの箱が委ねられている。強大すぎる力は破滅しか生み出さないが、それを一方的
強く抱きしめれば折れてしまいそうな線の細い矮躯に世界を如何とでも出来うるパ
世界は残酷だ、と、
感じながらキュルケは思った、
ルイズは泣いていた。涙を流す顔は窺えない。しゃくりあげる様な振動を己の胸に
﹁⋮⋮⋮。﹂
まに終わりだなんて死んでも御免だわ。ツェルプストーはあなたの味方よ。﹂
出来ないかもしれないし、出来ることはもう無いのかもしれない。けれど、何もないま
﹁頼りにならないかもしれないけれど、ルイズ。私に何でも相談してちょうだい。何も
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第十五話 ヴァリエールとツェルプストー
216
終わりのない究極の責任が幼い少女に課せられている。 ならばとキュルケは自分
に命じた。
自分も背負おう、と。
雁字搦めに繋縛する軛から少女を解き放つことが出来ないのであれば自分もそれを
受け入れよう、と。
ルイズだけに責を負わせない。ルイズだけに原因を押し付けることはしない。
もうできることは何もないのかもしれない。これからの抗いも全てが藻屑となり巨
大な奔流に飲み込まれてしまうのかもしれない。
だが、何も出来ないままに終わってしまうのを指をくわえて見ていられるほど、彼女
たちは弱くない。
ヴァリエールとツェルプストー。対立する両者は今日、少しだけ仲良くなった。
第十六話 閑話 双月の下
紅月と蒼月。二色の月光がハルケギニアの草木を美しく彩っている時分。
トリステイン魔法学院のダンスホールでは楽士達の奏でる軽やかなパーティー音楽
が木霊し、賑やかな雰囲気に包まれていた。弦楽器であるレベックやフィドル。管楽器
であるクルムホルンやゲムスホルン。絶えてしまい現代では奏でられることはない中
世音楽が、ここトリステインでは飽きることなく浴びる様に奏でられている。
貴族子弟達は各々がパーティーの主役であることを主張せんが為に豪奢な衣装に身
を包み、対照的に平民の召使たちが忙しく配膳に汲々としている。 ここハルケギニア
﹂
ではごく一般的な、貴族たちが集い踊るパーティーの一幕だった。
﹁⋮⋮おかしいわね、未だ来ないのかしら
るで女王蜂のような優雅さを持って、群がる男子学生たちをキュルケらしく巧みに相手
デザインが、キュルケの学生とは思えない豊満なプロポーションを強調している。 ま
キュルケが呟いた。紅色に燃える長髪と衣装が美しい。 胸元が開いている大胆な
?
217
取っていた。そして、男子学生の相手をしながら周囲を見渡すが、ルイズの姿を確認で
﹂
?
きない。
﹁ねぇ、タバサ。ルイズを見てない あの子まだダンスホールにも来てないのかしら
?
大切な友人であるルイズが何れ来るだろうその時を。
子弟達を手玉に取りながらキュルケは待ち続けた。
人並み外れて発育の良いキュルケの身体。その美貌に鼻の下が伸びっぱなしの貴族
子のものへと曲調が変わっていた。
も我もとダンスに興じる。楽師達の奏でる音楽も場の盛り上がりを反映し、より強い調
ダンスパーティーはいよいよ佳境を迎えていた。ホール内の雰囲気が盛り上がり我
そんな光景をタバサらしいと苦笑しながらキュルケは破顔する。
い出ている。
男女ペアになって人々が踊っている風景には一瞥もくれず、料理のお代わりを給仕に願
りと料理を胃袋に詰め込むことに集中している彼女はダンスに興味がないようだった。
小柄な体に似つかわしくない大量の料理を盛り付けているタバサが答える。もりも
﹁見ていない。おそらく、まだ寮。﹂
第十六話 閑話 双月の下
218
219
サーヴァント召喚の儀式を行った丘のほど近く。松籟に靡く草原のほとりにて、肌に
柔らかいハルケギニアの薫風が吹き渡る。夜気に濡れた下草が紡ぎだす聖譚曲を聞き
ながら少女は踊った。
少女の傍には鋼鉄の獣。そして巨大な黒蠍が、ただ静かにその身を留めてる。
草原の片隅にて蒼と赤の月光に照らしだされる一対の存在。
紅の単眼を迸らせる鋼鉄の獣、あまりにおぞましきその姿。
黒鋼の装甲を纏った巨大な蠍、あまりに惨たらしいその巨爪。
月明かりの元、照らし出される畏怖の顕現。見るものを悉く恐怖させる彼らの傍に、
余りに似つかわしくない美しい少女がいた。
それは、純白のパーティー衣装に身を包み、ピンクブロンドの長髪を夜風に靡かせた
妖精のような少女だった。 ピンクブロンドの長髪は一つに結わえられ、肘まで伸びた
白い手袋が少女の持つ清廉な雰囲気を演出する。少女はその美しさとは対照的に残念
さを声音に含ませながら言った。
﹁見せてあげたかったな、彼奴にも。今頃何しているんだろ。﹂
と自分の与り知らない何処か。
その場所で悠々と飛行している自分の使い魔を思い出す。 蒼と赤の月光の下。鈍
色のボディを煌々とさせながら飛行する鋼鉄の巨人を考えながら。
嬉しいわドクター、御世辞が上手いのね。﹂
﹁とても御似合いですよ﹂
﹁本当に
﹁フフッ、ありがと。﹂
﹁御世辞ではありません、本当です。﹂
?
したのは使い魔たちに見て欲しかったからだ。晴れ着を纏った自分の姿だけではなく、
使い魔と一緒にいたい。少女はそう思った。パーティードレスを身に着けてから外出
学院のダンスホールで豪奢な衣装に身を包んだ貴族子弟達と踊っているよりは、今は
よ。﹂
﹁いいわよ、見せてあげる。一口にダンスって言っても色々と種類があって奥が深いの
﹁きっとダンスもお上手なのでしょうね。﹂
第十六話 閑話 双月の下
220
221
自分の喜びを、自分の思いを、その全てをである。
使い魔とメイジは一心同体の間柄である。
ともに喜びを、苦しみを、悲しみ、その何もかもを味わい分かち合う、一蓮托生の共
同体。
そんな間柄を彼らとの間に築くために。 貴族としての誇りを貫き通すために。 真の貴族という目標に辿り着くために。 少女は歩み続ける。
鋼鉄の輩をその身に抱いて
ハルケギニアの双月の下、少女は踊り続ける。
たった一人だけのワルツ、だが少女は孤独ではなかった。 可憐な妖精と物言わぬ鉄
塊たち。美しい少女と畏怖の顕現。 空を埋める満点の星々だけが彼らを見守ってい
る。
その光景は美しかった。
額縁を持って覗いてみれば、まるで、永遠を切り取ったかのような、一枚の絵画だっ
た。
高名な芸術家がその一生を費やしても届かない。とてもこの世のものとは思えない
幻想的な美しさ。
第十六話 閑話 双月の下
222
ゼロと呼ばれた少女は、その生涯を共にする掛替えのない大切な使い魔を手に入れ
た。
◆
紅月と蒼月、二色の月光がハルケギニアの草木を美しく彩っている時分。
峡谷をくり抜いて建設された交通の要衝。トリステインとアルビオンを中継する港
町ラ・ロシェールは国境を越えるために集まった人々で今夜も賑わっていた。
本来であれば常住している数百人しかいない物寂しい山間の村である。だが、日程や
天候の都合が重なれば今夜のようにその数倍以上の人数で賑わうこともままあるの
だった。商売人にとっては逃がすことが出来ない大切な稼ぎ時である。より沢山の売
り上げが期待できるとなっては張り切らないわけがない。普段以上に咽喉を張り上げ
て客寄せに邁進する売り子たち。中には未成年の子供も混じっているが、もしかすれば
孤児なのかもしれなかった。そんな光景からも階級制の色濃い闇が見え隠れする。
双月を肴に酒を酌み交わしたり、渡航計画の綿密な打ち合わせを行ったり、労働力の
為に人を売り買いしたりと、様々な目的の為、人々は各々の行動に勤しんでいる。大通
りから少し離れた看板のない酒屋にも、目的を達成する為の行動にいそしんでいるそん
な人々の集団がいた。町全体が活気に満ちているが、その活気も裏通りの寂れた店子ま
では届かない。
店内には一目で、一般社会ではないアンダーグラウンドな裏社会を根城としていると
分かるような、刺々しい目つきをした男たちが集っていた。乱雑に置かれた酒瓶や積み
上げられた煙草の吸殻。そんな雰囲気たっぷりのなかで一人、場違いな人間がいた。
すっぽりと頭部全体を覆うようにフードを被っているためその詳しい様子は伺いし
れない。
だが、女性だった。フードを被っていても分かる美貌を持った妙齢の女性。
大柄で粗暴な雰囲気を漂わせる男共の中、たった一人だけが女性であり、しかも、そ
の男共を従えているとなればもはや異様というほかないだろう。フードの女性はパン
パンに膨らんだ金貨袋を机の上に叩きつけると、目の前の男共へ向けて言い放った。
!
、次だ次、早く前へ出な
﹂
!
血が出ても働いてもらうよ。﹂
﹁そらそら何ぼさっとしてるんだ
矢庭にその場の空気がざわついた。
!
﹁払うもん払ってんだから、きりきり働きな 相場の倍以上の金を払ってるんだ。鼻
223
そのざわつきは決して悪いものではなかった。寧ろ喜び、具体的には安定した食い扶
持を得ることが出来た心からの安堵だった。貴族の中には様々な事情で平民に身を窶
したものは大勢存在している。生活費を稼ぐため、手っ取り早く金を稼ぐために、止む
に止まれず魔法を使った犯罪に身を染めるものもまた同様にだった。
また、一般の生活に戻りたいと思っていても、指名手配などで顔が割れ一般社会から
拒絶された結果取り返しがつかなくなってしまったものも中にはいる。そういった人
間の中で比較的信用のおけるものに、片っ端から声をかける人物がいた。 それが先ほ
どのフードの女性である。
つながれた犬のようにおとなしくなる男共。つい何日か前に脱獄させられたとは思え
まった袋をぶら下げれば準備は完了だった。先程までの剣呑な雰囲気が雲散し、首輪に
ジを生かして有用となるだろう人材をマチルダは大量に呼びつける。そして金貨が詰
賊の彼女は様々な経緯を経て今ここにいる。盗賊であるコネクションとアドバンテー
アルビオンの元名門貴族サウスゴータの血を引いている女性だった。元貴族で現盗
土くれのフーケ。本名マチルダ・オブ・サウスゴータ。
﹁ありがてえありがてえ助かったぜ土くれ。﹂
第十六話 閑話 双月の下
224
ないようなバイタリティで次々とそれらの男共に矢の様な指示をマチルダは出してい
る。
何かの命令を達成する為に彼女も必死だった。
彼女の振る舞いや所作から感じられるほんの小さな同じ貉の特徴が、身を窶した人々か
の中でも信頼を集めた。また、元貴族というマチルダの境遇を知る者はいなかったが、
風のいい威勢と筋の通った心根。実力と性格が伴ったマチルダのような人間は裏社会
腕の立つトライアングルメイジであるマチルダに寄せられる信頼は少なくない。気
静に天秤にかけていた。
どれだけ拠出できるのか、頭目たちは自らの組織の内情と目の前にぶら下がる人参を冷
ある程度信頼がおけて、尚且つそれなりに腕の立つ人材。それらの要求に能う人材を
裏社会の隙間を根城としているだろう小集団、その頭目と思しき男たちは言った。
﹁よしよしよし。全員買ったよ。毎度ありだね。﹂
﹁同じく10だ。﹂
﹁10までなら都合できる。﹂
﹁こっちは5人だ。﹂
225
ら共感を呼んだのかもしれない。大量の餌を持ったマチルダの求めに、続々と応じる
人々の姿がそこにあった。
﹁はぁ、﹂
﹁お疲れさん、まぁ一杯やりなよ。﹂
雇用した男共に資金の分配と指示を与え終えたマチルダは息を吐く。器に注がれた
エールを喉を鳴らして飲み干した。男共が颯爽と飛び出していった酒場からは活気が
うせあっと言う間に元々のうらぶれた静寂さが戻ってきていた。 エールを注いだ彫
の深い男、マチルダと比較的付き合いの長い情報屋の男が言った。
﹁貴重な金蔓が腐るのを黙っていられないからな。口もうるさくなるもんだ。﹂
﹁ふん、碌な情報を寄越さないくせに口だけは一丁前じゃないか。﹂
首突っ込んでるんじゃないだろうな。﹂
がセオリーだ。こんな目立つ真似をして、何が目的なんだ。まさかもっとやばいヤマに
きたんだよこんなの。脱獄したとは聞いているが、ほとぼりが冷めるまで雲隠れするの
﹁おい土くれよ、お前さん急にどうしたんだ。こんな山ほどの金抱えて、どこから持って
第十六話 閑話 双月の下
226
そっけない雰囲気の男を見てマチルダは内心苦笑していた。この情報屋の男は金を
払えばその分しっかりと働いてくれる。金で動く人間は安心できる。その相も変わら
ない男の様子を見てマチルダは今までの鬱憤を晴らすように思った。今の自分にはこ
の男が必要だ。唸るほど金を渡して精々こき使ってやろうと。
訝しげな視線を注ぐ情報屋の男に対してマチルダは自分の首を掻き切る仕草を見せ
つけた。
﹁ああ、分かった。傭兵達を次の町に集めている。交渉は追々と進めていくつもりだ。﹂
﹁それで、次はどこだい。案内しな。﹂
ばこの男は動く。精々藪蛇を突かないように気を付けるだけだった。
その事実を理解しても情報屋の男が思うことは変わらなかった。金さえ払ってくれれ
それだけの大きな影響力を持った何かに彼女は使われているのだということを。だが、
情報屋の男はそれだけで事の内容を理解した。腕の立つマチルダが粛々と従う相手。
たしも自分の命が惜しいんだ。あんたが金を惜しむようにね。﹂
﹁あんたには色々と世話になっている。けれど、それでも言うわけにはいかないね。あ
227
ボサボサする時間なんかありゃしないんだ。﹂
﹁馬はもう用意してある、今からでも向かえるぞ。﹂
﹁よし、いくぞ
期だが身に着けている衣服も随分と季節はずれの軽装だった。
うと奮闘している。痩せ細った身体から粗末な栄養状態が見て取れた。まだ肌寒い時
た。 まだ年端もいかないような少女だった。道行く人に必死でお金を恵んでもらお
だったがピタリとその動きが止まる。マチルダが目端に物乞いの姿を認めたからだっ
だが、大通りの店子にて大量に並べられた品物には一切目もくれていなかった一行
ラ・ロシェールを出ようとするマチルダ一行。
しフードを着付けなおして出口へ向かう。裏通りのさびれた酒屋から表通りを通って
大量の紙束を纏めながらマチルダはその提案に応じた。 転がった酒瓶を蹴り飛ば
﹁元気な奴だ。骨が折れるな。﹂
!
﹁うるさいね、報酬減らされたいのかい
﹂
﹁素晴らしい活動だ。まるで女神の祝福のようだな。神もお前の行いを祝福してくれる
?
思えないな。﹂
﹁またか、いったいこれで何人目だ土くれ。慈善事業も度が過ぎるぞ。盗賊とはとても
第十六話 閑話 双月の下
228
だろう。﹂
くるりと手のひらを裏返す情報屋の男は放っておいて、マチルダはその少女の元へ向
かった。
膝をつき少女と目線の高さを合わせると話しかける。
﹁こんにちは。﹂
﹁こ⋮⋮こんにちは。﹂
急に話しかけられた驚きから少女は身じろいだ。 今まで見向きもされていなかっ
たのに急に声をかけられればやはり戸惑ってしまうだろう。その少女の心情を察した
のか、マチルダは少女と他愛のない会話をして少女の緊張を和らげようとする。そして
﹂
少女が十分に落ち着いただろう頃合いを見計らって本題を切り出した。
﹁かわいらしい御嬢さん。お父さんやお母さんはどうしているのかな
﹁これからも、ずっとこういうことをしていくのかな
﹂
﹁かわいらしい御嬢さん、だから何日もこういうことをしていたんだね。﹂
でも100エキュー貰ってくるまで戻ってくるなって、⋮⋮それで、﹂
﹁お父さんは⋮⋮知りません。私にお父さんはいないんです⋮⋮、お母さんがいます。
?
229
?
マチルダの問いを聞いて、少女は震えるように俯いた。
まだ何も分からない年齢でこの質問は少々酷だったかもしれない。自分の絶望的な
状況を浮き彫りにするような必要だが冷徹な質問。貰える筈のない大金を要求した母
親は果たして何をしているのか何所に行ってしまったのか。
少女は何を思っているのだろうか。マチルダは微かだが確かに首を振る少女の反応
を見て満足そうに頷いた。情報屋の後ろに控える二人の用心棒。そのうちの一人に金
を渡して耳打ちをする。
ていうのであればうちへ来るかい あたしは住むところを用意してやれる。そこに
﹁かわいらしい御嬢さん、これからどうすればいいか分からない。行くところがないっ
第十六話 閑話 双月の下
230
食べ物という言葉に思わず反応したのだろうか、お腹を鳴らしている少女を見て苦笑
から、好きなものを食べてくるといい。﹂
はしないよ。もし来たければ、この髭のおじさんに付いていくんだ。お金を渡してある
きたければいつでも出て行っていい。御嬢さんがいいというまでいればいいさ。強制
は食べ物もいっぱいあるし御嬢さんみたいな身寄りの子供も何人かいるんだ。出てい
?
しながらマチルダは言った。
髭のおじさんと呼ばれた用心棒。その男に連れられて少女は飯場へ向かった。徐々
に遠ざかる少女の背中を見て情報屋の男は自身の計画が狂ったことを嘆いた。
女たちもまた何か大きな流れに乗せられるようにして、伝説を縒り合せる一本の糸と
二色の月光が、闇に沈んだ草原を疾走しているマチルダ一行を浮かび上がらせる。彼
するべきか傭兵との交渉をどうやってまとめるかという思考へ注がれていた。
打ち合わせをマチルダは欠かさない。既に頭の中は切り替わり、次の目標へ向けてどう
る少女見送るとマチルダは踵を返す。町を出るルートを進みながらも情報屋の男との
まるで護衛を蹴散らしたようにしているが、決してそういうことではない。 遠くな
﹁あたりまえだよ馬鹿野郎。危害が及ぶ前にあたしが潰してやるよ。そんな連中。﹂
とはないから安心しろ。﹂
﹁ああ、言っておくが護衛の連中は気のいい奴らだ。間違っても危害を加えるようなこ
﹁ふん、次からは5人でも10人でも連れてくるんだね。何度でもこうしてやるよ。﹂
﹁5人以上いた護衛がこの有様だ。恐ろしい女だな、お前は。﹂
231
第十六話 閑話 双月の下
232
なっていくのだった。
課せられた目標を達成する為に、
自身の命を守るために、
身寄りのない少年少女たちのために、
マチルダは走り続ける、
鋼鉄の意思をその身に帯びて、
◆
紅月と蒼月、二色の月光がハルケギニアの草木を美しく彩っている時分。
北の小国トリステインより内陸部へ千リーグ離れた場所。ハルケギニア最大の大国
ガリア、その首都があった。 名 前 を リ ユ テ ィ ス。人 口 数 十 万 人 を 誇 る ハ ル ケ ギ ニ ア 全 土 で も 有 数 の 都 市 で あ る。
繁栄を謳歌する都市リユティス。 その東端には見上げなければその全容を確認で
きない程に巨大な宮殿ヴェルサルテイルが見るものを威圧するように聳え立っている。
ヴェルサルテイルはガリアを統治するガリア王家の一族が生活の本拠としている宮殿
233
だ。壮麗かつ洗練された美しい宮殿。それはハルケギニア最大の国家その首都らしい
偉容を持っていた。
ヴ ェ ル サ ル テ イ ル 宮 殿 の 中 心 に は 青 色 の 煉 瓦 を 用 い て 建 立 さ れ て い る 建 物 が あ る。
それはグラン・トロワと呼ばれガリア王家一族を象徴する青の髪色と揃えられるように
して鮮やかな青を主張していた。その建物に男はいた。
男は双月の月光がハルケギニアの雄大な大自然を彩っている様を鑑賞していた。 だが、その表情はまるで道端に転がっている小石を眺めているかのように何も感じてい
なかった。
ハルケギニアの自然が奏でる雄大さも、ヴェルサルテイル宮殿の持つ壮麗さもまた、
その男の心を震わせることは敵わなかった。その淀んだ瞳に何かが映ることはあるの
だろうか。男自身もその何かを求めて止まないのだった。
その男は絶望していた。
目の前の光景に、目の前の世界に、目の前の人間に、そして何よりも自分自身に絶望
していた。
無能王と呼ばれるその男、現国王ジョゼフ1世である。
第十六話 閑話 双月の下
234
ガリア王家一族を象徴する青色の髪。思わず息を呑むほどの整った美貌。その鍛え
上げられた肉体を豪奢な衣装が一部の隙もなく覆っている。ハルケギニアの双月を眺
めているその姿は絵本の中に登場する理想の王様像そのままだった。
現国王ジョゼフ1世は青の建物グラン・トロワ。その最上階の一室にて佇んでいる。
最上階の特等席でジョゼフは探す。自身の心を震わせることが出来るものはないか
と。 そしてジョゼフは考える、自身の空っぽな心、その虚無を震わせることが出来る
ものは何かを考える。
いつからだろうか、ジョゼフが人間の心を失ってしまったのは。
いつからだろうか、ジョゼフにとってこの世界が色を失ってしまったのは。
自分自身も尊敬し自慢の弟であった王弟シャルル。彼を毒矢でもって亡き者にした
あの日からジョゼフにとってこの世界は意味がないものになっていた。壊れてしまっ
た ジ ョ ゼ フ の 心。シ ャ ル ル の 妻 を そ の 娘 を シ ャ ル ル を 慕 っ て い た 大 勢 の 部 下 を 悉 く、
ジョゼフが考えうる残虐な方法で毒牙にかけても、ジョゼフの心が震えることはなかっ
た。
そしてジョゼフは自覚したのだ。シャルルに代わる存在などありはしないのだとい
うことを。自身も敬愛し尊敬した掛替えのない存在を自らの手でもって葬り去ってし
235
まったのだという取り返しのつかない罪過を背負っているのだということを。壊れて
しまったジョゼフにはその事実すらも届かなかったが。
もう二度と自分の心が震えることはないのではないか、という考えに辿りついたと
き。ジョゼフはこの世界を滅ぼすことに決めた。
この世界の全てを引っくり返し、その何もかもを洗い浚い攫ってみれば自身の心を震
わせるものが見つかるのではないかという希望。シャルルのいないこの世界に何か意
味を見出すとすれば、自身にとってこの世界とシャルルどちらが上なのか、それを見定
めるくらいしかジョゼフにはできなかった。
民を国をそのすべてを滅ぼしたとき、ジョゼフの心は震えるだろうか。それは誰にも
分からない。
もしジョゼフが、心の壊れてしまった王様が、死と破壊を司る破壊大帝、その混じり
気のない純粋な破壊を目の当たりにすることがあれば、壊れてしまったその心にも去来
する震えがあっただろうということを思わずにはいられない。
だが、彼は出遭わなかった。
第十六話 閑話 双月の下
236
破壊大帝と無能王。血の通わない鋼鉄の心を持った王様は混じり気のない破壊とは
終ぞ出遭うことなく破滅への道を直走ることになる。
ゼロのメイジと壊れた王様。両者の争いが描かれることはない。
しかし、近い将来彼らは戦う運命にあった。彼らが背負うその何もかもを賭けた戦い
はハルケギニア全土を巻き込む巨大なものとなっていく。様々な勢力が入り乱れ数々
の混乱と混沌がハルケギニアに降りかかる。夥しい苦痛と犠牲を伴うその衝突はだれ
にも止めることは出来なかった。
後に暗黒の時代と呼ばれたその戦争を無能王は戦い続けた。
壊れた心は何を感じることもなく血の通わぬ鋼鉄の心を持って淡々と、人々の思いを
願いを命を容赦なく踏み拉きながらジョゼフは進む。自身の心を震わせる何かを夢見
て。
◆
紅月と蒼月、二色の月光がハルケギニアの草木を美しく彩っている時分。
ハルケギニアではない何処か別の惑星。打ち捨てられた星の打ち捨てられた母船の
中でそれは呟く。
巨大な穴が穿たれている船腹。その最奥に腰掛ける一人の鋼鉄の巨人がいた。重症
何かが生まれ出るその時を待っていた。
にその機能の一部は無事なようだった。破損の影響が及ばない場所では卵に包まれた
不時着に失敗したのであろう母船にはそこかしこに衝撃の残滓が見て取れるが、未だ
群がまるで忘れ去られ朽ち果てた墓標のように佇んでいる。
痛いほどの静寂に支配されていた。強烈な寒暖差と厳しい環境によって摩耗した岩石
生命体など存在しない。見渡す限りの砂の海。無機物しか存在しないこの空間は耳に
繰り返し訪れる灼熱と極寒。およそ数百度という日常的な寒暖差に耐えられる有機
その星に生命は存在していなかった。
乾ききった砂と岩石だけがどこまでも続く死の星で、墜落せし者は苦笑する。
﹁弟子というものは、何時の時も手がかかるものだ。﹂
237
を追った患者のように全身に管がつながれた身体。自立できない活かされているその
有様は息も絶え絶えといったようだった。だが混じり気のない朱色に染まった瞳には
言葉では測れないおぞましい力を感じることが出来る。
かつて古代民族が崇めた神の姿。
その顕現ともいうべき恐るべき外見。
エジプト王を思わせる特徴的な面。
タランチュラのように長い腕と脚。
無駄な装飾や武装を排した痩身はまさに災厄を振りまく異形そのものだった。 そ
の姿はそのおぞましさは死の星が塒として相応しいく思えてしまうほどに凶悪だ。
何処か遠い場所自身でも薄らとしか位置を感じ取れない星にいる愛弟子に、墜落せし
者は思いを馳せる。
ディセプティコンのリーダー破壊大帝メガトロンから師として仰がれる唯一の存在。
原 初 の ト ラ ン ス フ ォ ー マ ー で あ る 7 人 の プ ラ イ ム の う ち の 一 人。死 と 破 壊 を 司 る
﹁俺はお前を待っている。その時が来ることを待っている。﹂
﹁なぁ、そうだろう。わが弟子よ。﹂
第十六話 閑話 双月の下
238
239
兄弟を裏切り反乱の狼煙をかかげた逆賊の徒。
墜落せし者、ザ・フォールン。
紀元前17、000年から連綿と続く戦いの歴史、
血で血を洗う闘争の果て、
全ての始まり、
墜落せし者は進み続ける、
裏切られたプライムへの復讐を果たすために、
その身に刻まれた屈辱を晴らすために、
第四章 覚悟
第十七話 新しい武器との出会い タバサの場合
トリステイン魔法学院より数リーグの森の中。程好い広さを持ったその広場には自
身 よ り も 長 い 節 く れ だ っ た 杖 を 持 っ た 少 女 が い る。少 女 の 顔 は 真 剣 そ の も の だ っ た。
強張ったその表情からは強い緊張が見て取れる。必死に頭脳を回転させ、最善だろうと
思われる次手を導こうとしていた。
肉食獣による捕食を避けるために抗う草食動物のように、その全力を持って立ち向
かっている。
一斉に飛び立つ小鳥の群れ。空間を引き裂くような絶叫が少女の鼓膜に突き刺さる。
﹂
!!!
ないほどの陰惨さ。金属質的な要素を含む重低音の絶叫。その余りにもおぞましい鳴
た。その叫び声を発したものが果たして生き物なのかどうかも判然とすることが出来
それはまるで地獄の窯の底、その奈落の闇を遊び場としている悪鬼のような咆哮だっ
﹁■■■■
第十七話 新しい武器との出会い タバサの場合
240
241
動が森の中の広場に轟く。
氷のように冷たい瞳と青い髪の少女タバサはその背中を伝う汗を止めることが出来
なかった。
鋼鉄の黒蠍・スコルポノックが何故タバサと対峙しているのか。それは何を隠そうそ
のタバサ本人から訓練を持ちかけられたからである。北花壇騎士団の7号として日夜
危険な任務を強制されているタバサ。彼女は更なる力を求めていた。危険な任務から
生きて帰ってくる実力だけではない、自身から何もかもを奪い取った怨敵に復讐を遂げ
るための力を求めていたのだ。その余りにも遠い彼岸を埋めるためにはタバサはより
強くならなければいけなかった。
この鋼鉄の蠍との実践は貴重な経験になる。
自分の刃をより磨き、届かせるためには必要になるだろうと、タバサは思ったのだ。
任務だけでは足りない。目の前にその絶好の機会が転がっているのであれば見過ご
すわけにはいかない、と考えたのかもしれない。
だが、その考えは甘すぎるものだと直ぐにタバサは理解する。
オスマンの告解は過たずに全てが真実である。スクウェアクラスの手練れを苦も無
く葬り去るという黒蠍の実力。ゲルマニアにて唄われ恐れられた怪物を今、少女は眼前
にしているのだ。
明朝。他人の視線のない時間帯。
森の中の広場にてそれと対峙したタバサを戦慄が襲う。
六つの紅眼が煌めいたとき、それまでとは全く異なる雰囲気がその全身から発せられ
た。
闇に浮かぶ紅眼が迸る。陰に沈む日常の雰囲気。その場は既に戦場だった。
手で触れるのではないかと錯覚するほどの濃厚な殺気。その全身から噴出する暴虐
な威圧感。
北花壇騎士団の7号として様々な任務に携わってきたタバサでさえ感じたことがな
いそのおぞましさ。
訓練を持ちかけた自分が恥ずかしくなる。自身の全力をもってしても歯牙にもかけ
﹂
られないだろう絶対の実力差をタバサは身を持って痛感することになった。
﹁││││││クウウッ
!
第十七話 新しい武器との出会い タバサの場合
242
﹁■■■■
﹂
﹁ウィンディ・アイシクル
﹂
切り裂かれ血をふきだすタバサの身体、
ていたがタバサの身体を着実に傷つける。
なっていた。繰り出される斬撃は致命傷を与えることがないように手加減して行われ
がまるで山津波のようにして襲いかかってくるとタバサはその攻撃を防ぎきれなく
が繰り出される黒蠍の巨爪と巨矛。徐々に徐々に突き出される速度が増していき、黒蠍
白刃となった杖でタバサは黒蠍の爪に立ち向かった。黒蠍と互角に切り結ぶタバサだ
すると節くれだった杖の周辺に魔力が高密度で集積し青白い刃のようになる。その
ブレイドの魔法を使うタバサ。
!!!!
る氷矢は朝焼けの光を受けて眩く輝いた。
水と風の複合魔法。無数の氷の矢が中空に形作られる。怪物を討とうと狙いを定め
た。
堪らずタバサが距離をとり、自身の最も得意とする魔法を繰り出さざるをえなかっ
!
243
余裕をなくし追い詰められたタバサは渾身の力を込めて杖を振るった。
引き絞られ放たれた氷矢は雨のように降り注ぐ。日光を遮るほどの大量の矢。逃げ
道を塞ぐようにして全方位から黒蠍を覆っていた。
だが、
黒蠍の巨爪によって砕かれた氷矢。布石となった策が功を奏し事前に撒き散らされ
森の中の広場にて暴風雨が吹き荒れる。
の魔法を展開させた。
焦燥がピリピリとタバサの首筋を突く。更なる詠唱と魔力を杖に込めアイスストーム
るタバサ。出し惜しみをする余裕はない、でなければ直にでも決着をつけられるという
砕かれた氷矢が織成す大量の水分が舞っている。周囲の環境を確認し呪文を詠唱す
れはまだ想定の内だった。
得意とする魔法が通用しない、心が折れかけるような光景だったがタバサにとってそ
た野菜のように氷矢は微塵に砕かれた。その重厚な装甲には一本の矢も届かない。
そのおぞましい一対の巨爪を躍動させる黒蠍。まるで強力なミキサーに放り込まれ
﹁■■■■■■■ッッ﹂
第十七話 新しい武器との出会い タバサの場合
244
た大量の水分。それまでも取り込んだ竜巻はより巨大なものになっていた。
前
後ろ
?
それとも、︶﹂
?
だけではその黒蠍の位置を捉えることは出来なかった。彼女が土属性を備えていれば
水と風を操るトライアングルメイジのタバサであっても、地面から伝わる微弱な動き
その両目を大地に凝らし、タバサは杖を構えなおした。
玉のような汗が頬にびっしりと浮かんでいる。
?
﹁︵地下を移動している、⋮⋮⋮不味い、全く予想がつかない、⋮⋮⋮どこから出て来る
面と接地した両足から伝わるその振動は十分にタバサを絶望させた。
どこへ、という疑問を感じる前に、タバサは地面から感じる鈍い振動を察知した。地
す。だが竜巻が濡らした下草しかそこにはなかった。
る筈の手応えが杖から感じられない。タバサはアイスストームを解除して辺りを見渡
荒れ狂う竜巻に飲み込まれた黒蠍を確認しても、タバサの表情は硬いままだった。有
﹁手ごたえがない⋮⋮、﹂
245
第十七話 新しい武器との出会い タバサの場合
246
話は変わっていたかもしれないが、大地を闊達に泳ぎ回るこの怪物を捉える手段を現状
のタバサは持ち合わせていなかった。
魔力消費を覚悟して土中を凍らせようか、とタバサは考えた。
すこしでも黒蠍の動きを阻害し、何か反撃の芽を見つけることが出来れば、と思考を
実行に移そうとしたその瞬間。
タバサの目の前に花が咲いた。
思わず目を剥いたタバサだが、その大輪の花は本物の花ではなく、死を連想させるス
コルポノックの巨爪だった。
バカリ、と開かれた爪の中心。三連の多連装砲身は同時に迫撃砲を発射した。
思わず身構えるタバサだったが、狙いはタバサではなかった。
タバサを囲うようにして着弾する三連の迫撃砲。頭ほどもある巨大な弾丸は地面を
抉り土煙を巻き上げた。
予め土中を泳ぎ回り十分に地面構成が緩んだであろう頃合いを見計らってのこの行
動。
一連の姦計を見てタバサは戦慄した。
凡そ通常の生物では考えられないこの奸智。オールドオスマンも言っていた。周到
に周到に襲い掛かる黒蠍の怪物、その実力と狡猾さは手練れのメイジ数人を簡単に葬り
地面の振動が無くなった、一体何処へ、︶﹂
去ってしまうのだ。
﹁︵どこ⋮
﹁
﹂
いなければ全身とまではいかずとも手足の一本二本は潰されていたはずだ。背中を滴
今まで自分がいた場所には巨大な黒蠍がその巨爪を突き立てていた。もし回避して
無言で絶句するタバサ。
!!!
びずさる。
焦るタバサだが自身の足元。その揺らめく影が徐々に巨大になっていくのを見て飛
の振動もなくなった。
に注意を向ける。しかし。どこにも怪物の姿はいない。その上に両足から伝わる地面
煙はタバサの視界を封じていた。その間に黒蠍の動向を見失ったタバサは改めて周囲
ウィンドブレイクの魔法で辺り一帯の土煙を吹き飛ばす。広場全体を覆っていた土
?
247
る汗は止まらなく流れる。
ほんの僅かな間だけでタバサは何度死線を潜り抜けたのだろうか。相手が手を加え
ているとはいえ、相手の実力が実力である。手加減しても到底埋まらないその実力差。
黒蠍の怪物。強大な力に何とか抗しようと死力を振り絞るタバサには自然夥しい経験
が蓄積されていった。
着地したままの勢いで突進する黒蠍。
自分めがけて猛然と突進する巨大な蠍を視界にとらえるとタバサは死に物狂いで杖
を振るった。この咄嗟の身の熟しも以前までのタバサでは出来なかったかもしれない。
巨大な異形との戦いは確実にタバサを成長させていた。飛びずさり転がってしまった
姿勢の悪い状態でも杖を構え、自身の中にある少ない魔力を振り絞る。
﹂
!!
﹂
!!!
波堤は立ちはだかった。
タバサの前に構築される。怪物の進行を食い止めようと、数十センチの厚みを持った防
死力を振りぼって放たれた氷の防壁。数メートルはあるかという巨大な壁が一瞬で
﹁■■■■
﹁アイスウォール
第十七話 新しい武器との出会い タバサの場合
248
249
だが、ほんの数瞬だけだった。
残り少ない魔力を全て注ぎ込み構築された氷の防壁。その練られた魔力が注入され
た堅固な壁も怪物の前では意味をなさない。高速回転する一対の巨爪。叩きつけられ
た惨たらしいその爪は豆腐を小分けに分割するように氷を破壊した。いつかのゴーレ
ムのように粉々にされていく防壁を見てタバサは思う。かつてスクウェアメイジにな
り立てだったオスマンもこんな気持ちを抱いたのかもしれない、と。
黒蠍の突進は僅かしか鈍ることなく、そのままの速度を維持してタバサに迫る。そし
て接触。黒蠍の巨体はタバサの身体を木端のように吹き飛ばし、木の葉のように宙を
舞ったタバサは地面に叩きつけられる前にその意識を手放した。
体中至るところを切り裂かれ、噴き出た赤に衣服が染められている。咄嗟に両腕で身
体を防御したお蔭か、取り返しのつかない怪我を負うことはなかった。だが、最早魔力
も残されていない。杖をも取り落しタバサに振るえるものは何もなくなっていた。
巨大な黒蠍。アルデンの鬼と呼ばれたスコルポノックが少し遊んだだけでタバサは
再起不能になった。訓練をお願いした立場としては些か益体な結果ではあるが、それで
も優秀なトライアングルメイジであるタバサだからこそ、短い間ではあるが真面な戦い
を行うことが出来た。これがその他の未熟なメイジであれば戦いにすらなかったはず
た。
広場の脇で控えていたドクターは出番が来たとばかりにやってきた。ふわりとタバ
サの身体に舞い降りると横たわっている彼女の身体を治療し始める。治療がある程度
まですすめられタバサの意識が明瞭になる。すると、ドクターは普段の敬語口調はどこ
へ行ったのか吐き捨てるようにして言い放った。
だが、それはたった一つだけの特別な例外であり、優れた頭脳と高いプライドを持つ
るドクターだった。
従関係を結んでいるというルイズに対しては、破壊大帝と同様の態度でもって接してい
何故ならこれがドクターの通常の態度だったからだ。あの破壊大帝が一応とはいえ主
荒 い 口 調 で 喋 り な が ら 治 療 を 続 け る ド ク タ ー を 見 て タ バ サ は 驚 い て は い な か っ た。
﹁態々こんな所にまで連れ出しやがって、お前ほど暇じゃねーンだよ、こっちはよ、﹂
﹁いい加減諦めやがれボケが、テメーにはどうやったって勝てねーよ、﹂
第十七話 新しい武器との出会い タバサの場合
250
ドクターが其処ら中にいる有機生命体の人間という生き物に頭を垂れる筈がない。
機械生命体である自分たちよりも遥かに下等で劣った生き物だ、というのがドクター
が持つ人間観だった。
ルイズを除いたその他人間全般に対して接するとき、ドクターは見下した態度を隠さ
ない。
金属でできた身体を持つドクター達に自分から話しかけようとする人たちは殆どい
ないため、ルイズ以外の人間と話す機会自体全くと言っていいほどに訪れなかった。故
にドクターのその見下した態度を知る人は殆どいない。何か意図があってのことなの
かはわからないが、ルイズに対して意図的にその態度を隠しているため、キュルケやタ
バサなど数少ないルイズと親交が深いものしか彼ら本来の姿を知る者はいなかった。
尚も悪態を吐くドクターや言うことを聞かない傷ついた身体を無視してタバサは立
つ、
そして再び怪物の下へ向かおうとした。
﹁馬鹿かテメーは、何度やっても無駄だって言ってんだろ、﹂
﹁もう一度、⋮⋮相手、⋮を、して欲しい﹂
251
足を引き摺りながらタバサは向かった。治療もまだ終わっていないにも拘らずであ
る。動けるようになって直ぐに再戦を希望する、起伏の乏しい感情を持つタバサからは
考えられないような熱意だった。
こんな所で立ち止まっている暇はなかったからかもしれない。この黒蠍との戦いを
通じて更なる力を手に入れること、それすらもまだ序章だった。やり遂げるべき本懐は
遥か遠く、頂への道のりは始まったばかりである。ハルケギニア有数のメイジである
オールド・オスマンでさえ敗れ去ったその実力。ましてや学院生であるタバサには過ぎ
たものだった。
だが、その氷のような瞳に宿っている決然とした意志と燃え盛るような憎しみが、踏
みとどまることを許さない。
﹁さっさと辞めちまえ、そんな身体で何ができるってーンだよ﹂
﹁ま、⋮⋮だ、まだ⋮⋮、﹂
﹁無理だ無理だ、諦めろ、﹂
﹁まだ、戦える、⋮⋮私、は、まだ、﹂
第十七話 新しい武器との出会い タバサの場合
252
、私は
、取り戻して見せるッ
﹂
ミシリと軋むタバサの身体、それでも息を大きく吸い込み、力の限り叫ぶ、
成し遂げてみせるッ
!!
!!
﹁出来るッ
!!
常な意識で目の前のものを見る。タバサの前にあるそれは自身の記憶にあるその金属
新しく腰に下げた金属の塊がそうだった。混濁した意識が次第に明瞭さを取り戻し正
た。今までに一度だけ似たようなものを見たことがある。ゼロと皆に笑われた少女が
傷だらけの身体で杖を支えに立っているタバサの前には不思議なものが転がってい
ドサリ、と何かがタバサの前に放られる。
その悲願ともいうべき本懐をタバサは諦めることが出来なかった。
かもを何時か必ず。
奪われたものを取り戻す、狂乱の檻に囚われた母を、人形となった自分を、その何も
味合いを取り違えてしまったのかもしれない、
で話しかけていた。だが、地面に酷く叩きつけられ意識がやや混濁したタバサはその意
どの気迫が込められていた。ドクターは傷ついた身体で無理をするな、という意味合い
裂帛としたタバサの叫び。それはアルデンの鬼と呼ばれた怪物が思わず身構えるほ
!!
253
の塊とは大分異なる造形をしていた。
節くれだった自身の長い杖とほぼ同様の銃身長、
8ミリ程の口径、 放熱性を高めるために溝を施された銃身、
同時に10発まで装填できるデタッチャブルボックスマガジン
ボルトアクション式を採用したシンプルかつ無駄を省いた美しい構造。
無骨な見た目からは考えられないほどの軽量性、
壊れにくくどんな環境でも働いてくれるであろうドクター謹製の逸品はタバサの腕
にしっかりと馴染んだ。
まるで最初から持っていたように掌に吸い付く持ち手を握って、タバサは感嘆の息を
吐いた、
渡し忘れるとまたうるせえからな、と憎まれ口を吐くドクターに一言、お礼を言わず
にはいられなかった。
﹁ありがとう、﹂
第十七話 新しい武器との出会い タバサの場合
254
255
氷の瞳を持つ少女、
タバサはその生涯にわたって使い続けることになる新しい武器を手に入れた。
第十八話 使い魔品評会
トリステイン魔法学院にて古くから行われてきた伝統ある催し物であったが、今回は
タスだった。
の使い魔が評価されるということはそのままメイジの名誉にも寄与する大切なステー
コンテストのようなものだ。使い魔とはメイジを映す鏡でありその分身でもある。そ
使い魔品評会とはメイジが召喚したその使い魔たちがどれだけ優れているか、を競う
論は導き出すことが出来た。
品評会をどうやって乗り越えようか、ルイズは思案を巡らせるが巡らせるまでもなく結
う伝統ある催し物がここトリステイン魔法学院にて数日後に開催される。その使い魔
の使い魔であるメガトロンにどうやって説明しようか考えていた。使い魔品評会とい
ルイズは溜息を吐きながら空を見る。寮塔の自室にて窓枠にもたれ掛りながら自身
﹁どうしよう、﹂
第十八話 使い魔品評会
256
257
ゲルマニア遊行より帰還したアンリエッタ女王陛下も見分に来るとあっては、学院生た
ちが張り切らないわけがない。魔法学院校舎のあちらこちらでは使い魔の良さを引き
出すために各々が奮闘している光景が散見された。沢山のメイジが使い魔との練習に
励んでいる中で、ルイズだけは溜息を吐いている。
使い魔品評会を辞退する腹積もりをルイズは固めていたからだ。
誇り高いメガトロンたちが使い魔品評会。言い換えてしまえばそんな見世物のよう
なものに参加する訳がなかった。加えてルイズ自身もメガトロンたちを皆に見せびら
かすような真似はしたくなかった。衆目に晒すことでメガトロンたちの名誉を傷つけ
たくはなかったし、品評会の評価云々といったことで使い魔たちとの関係を悪化させた
くもなかったからである。
メガトロンたちとの友好を思えば、使い魔品評会の辞退という不名誉なことも十分に
耐えられる。
それでもルイズは溜息を吐いていた。
矢張り不名誉なことは不名誉なことである。強力な使い魔達を皆に自慢したいと思
う気持ちはあったしアンリエッタ姫殿下にも彼らを一度見て欲しかった。加えて教員
への諸諸の説明、周囲や実家からの反応、それらの雑音を考えるとやっぱり心が重くな
る。
その雑音を振り払うように頬を叩く。
まずはメガトロンたちへの説明を済ませようと、右耳のイヤリングに手を伸ばす。日
常的に身に着けているため最早体の一部のように感じられる黒い結晶体を指先で弄り
ながら、どこか遠いところ、自分の与り知らない場所を飛んでいるだろうメガトロンへ
呼びかけた。
そして一通りの説明をするが、
からなかったからだ。
あの誇り高いメガトロンが何故見世物のような真似を受け入れたのか、全く理由が分
使い魔品評会へ出場する意向を示したメガトロンに対してルイズは慌てた。
明するルイズ。その説明を聞いた後にメガトロンは素っ気なく言い返してきたからだ。
使い魔品評会を辞退する旨と辞退について何も気を遣わなくていいということを説
その返答はルイズの予想していたものとは全く違うものだった。
﹁何故辞退する必要がある。﹂
第十八話 使い魔品評会
258
﹁如何してよメガトロン、品評会っていっても見世物みたいな真似をするのよ
してでも出なくていいのに、﹂
無理を
?
﹂
?
は上機嫌だった。一応とはいえ自身の使い魔であるメガトロンを皆が評価してくれる
使い魔品評会の客席を大いに賑わせる自分の使い魔たちが容易に想像出来て、ルイズ
くれるのかということを。
期待していたからだ。ルイズの使い魔であるメガトロンが品評会において何を見せて
会において何か粗相をするのではないかという不安もあったが。それ以上にルイズは
それ以上の喜びの気持ちも心の内から湧いてきていた。あのメガトロンが使い魔品評
るのかと訝るルイズだった。あのメガトロンがただでこんな事をする訳がない。だが、
と、くぐもった重々しい笑い声を残してメガトロンは通信を切断した。何か企みがあ
﹁ククッ。貴様にもわかるだろう、何れな。﹂
な真似を受け入れるなんて、何か品評会に出なければならない理由があるの
﹁それは⋮⋮、確かにそうね、ごめんなさい、でもらしくないわメガトロン、貴方がそん
理解したような口をきくんじゃない。不愉快だ。﹂
﹁ふん。それは貴様の都合だな。こちらにはこちらの都合があるのだ。軽々しく俺様を
259
かもしれない、メガトロンへの評価であればルイズは手放しで喜べる。
これまで吐いていた溜息はどこへ行ったのか、今度は溜息ではなく鼻歌を歌いながら
窓枠に腰掛け、空を眺める。
自身の使い魔が品評会に出場してくれるその事実が嬉しかった。どこか自分の与り
知らないところ、雲一つない天空を飛び回っているだろう使い魔を想像しながら。
▲
使い魔品評会はトリステイン魔法学院郊外の草原に特設されたステージにて開催さ
れる。伝統ある催し物らしくそれなりに確りとした造りのステージが建設されていた。
舞台裏では使い魔を引き連れた学院生達が今か今かと出番を待ちわびていたが、表舞台
を覗き見した学院生の一人が悲鳴のような叫びをあげる。
その声に反応した何人かもつられるようにして叫んだ。
﹁本当だ。
大公もいるし△△伯爵もだ。何で品評会なんかに、﹂
﹁それだけじゃないぞ、トリステイン側も何人かいるみたいだ、﹂
××
﹁おい皆見ろよ、あれゲルマニアの○○公爵だぞ﹂
第十八話 使い魔品評会
260
ただの催し物でトリステイン国家としての威信その全てが問われる訳ではないが学
参加するという事実を教員側も知らなかったのかもしれない。
安をより募らせるような激励を言うことしか出来なかった。ゲルマニア側の有力者が
学院生からは、自身の技量を疑う弱気な意見が自然と噴出していた。教員は焦るが不
うだ。
けではなくその御帰還に付き添ったゲルマニア側の貴族何名かが来席しているのだそ
曰く、今回の使い魔品評会にはゲルマニア遊行より帰還されたアンリエッタ姫殿下だ
る。
準備が整えられいよいよ開催が近づいた直前になってようやく教員からの説明が入
立ての若い貴族子弟にとってはやや酷すぎる試練かもしれない。
ルマニアの有力者が大勢参加するとなればその負担は倍増である。まだメイジになり
も学院生にとっては大変な精神的負担だった。しかし、トリステインのみならず隣国ゲ
トリステインを統べるトリステイン王家王女アンリエッタ姫殿下が来席するだけで
学院生の全員を更なる緊張が襲った。
﹁何で今年だけこんなにお偉いさんがいっぱいいるんだよ、嘘だろう。﹂
261
院生側の負担は確かに増していた。
﹁一体どうなっているのかしら、本当に沢山の方が来ているわねぇ、﹂
﹁関係ない、ただ済ませるだけ、﹂
してから幾日もたっていないその学院生たちの使い魔品評会は余り素晴らしいもので
らがメイジであるとはいえまだ経験も少なく成りたてて間もなかった。使い魔を召喚
伝統ある催し物といっても言い換えてしまえばお遊戯会の様なものである。幾ら彼
だった。
を 呼 ば れ る 学 院 生 達。こ れ ま で の 成 果 を 発 揮 す る 為 に 緊 張 を 背 負 い な が ら も 皆 必 死
有力者の来席という驚きもあったが使い魔品評会は予定通り開催された、次々と名前
をしながら待っている。
サはそれらの有力者も全く気にしていないようだ。使い魔であるシルフィードの相手
参加しているゲルマニア側の有力者が本物だと確認したキュルケは訝しんだが、タバ
うかしら﹂
﹁ふふっタバサらしいわね、その方が無駄な緊張しなくていいかもしれないわぁ見習お
第十八話 使い魔品評会
262
はないのだろう。
ステージ上で頑張っている学院生を見ながらも退屈そうな表情を浮かべる有力者た
ち。中には欠伸を噛み殺しているものもいた。キュルケのサラマンダーやタバサの風
竜など数少ない目を惹かれるような使い魔もいた。だがあくまでもそれは例外であり
所詮はお遊戯会程度のものである。退屈そうな雰囲気を醸し出す有力者たちは間違っ
てはいなかった。
最後の発表者であるルイズを除いては、
ない。ルイズにとっても余計な説明をせずにすみ好都合だった。
たルイズだったが、三体だったとする事前説明はオスマンからの配慮だったのかもしれ
ルイズが壇上に呼ばれると教員によるマイクが入る。本来は二体の使い魔を召喚し
ことになります、それではお願いします、﹂
喚いたしました、故に本発表会においてもそのそれぞれの使い魔を御披露していただく
﹁ラ・ヴァリエール嬢はコントラクトサーヴァントの儀式において三体もの使い魔を召
263
第十八話 使い魔品評会
264
いよいよ登場したぞという期待と怯え、それら学院生たちを余所にルイズは壇上に登
る。
鋼鉄の使い魔を引き連れて登場したルイズを見て有力者たちの目の色が変わった。
その変わりようは、鋼鉄の身体を持った使い魔たちを初めて見た時の反応としてはや
やおかしいものだった。
何だあの使い魔はという一般的な反応ではなく、相手を見定め伺うような冷静な視
線。
有力者のその反応を横目で確認するルイズ。
有力者たちは既にメガトロン達を知っていたのかもしれないとルイズは思った。メ
ガトロン達がこのトリステイン内でどこまで名が広まっているのか、普段学院にいるル
イズには分からない。雁首を揃える有力者たち。ある程度まで知れ渡ってしまってい
るのかと感じたが、耳聡い有力者たちがその目で直接確認に来たとあれば相当広まって
しまっている証拠でもある。しかし、態々こんなところまでご苦労様だとただルイズは
思うだけだった。
265
一番初めに登場したのはラヴィッジだった。
周囲の観客の恐れを十分に伴ってステージに登場する。紅の単眼がまるで刺し傷の
よ う に 迸 っ て い る。コ ル ベ ー ル に も 協 力 し て も ら い 果 物 を 宙 高 く 浮 か び 上 が ら せ る。
唸り声をあげながらラヴィッジはそのよく実ったリンゴを噛み砕いた。一足飛びでそ
の巨体が数メートル飛び上がるさまは迫力満点だ。発表から観戦へと移った学院生達
からもどよめきが上がる。幾つも浮かび上がっているそれらの果物は一つ残らず鋸の
様な乱杭歯の錆になる。
続いて登場したのがスコルポノック。ステージ手前の地中から躍り出るようにして
現れた。その巨体が宙をうねり木製のステージを踏み砕きながら着地する。一対の巨
爪をガチガチと打ち鳴らし六つの紅目で観客たちを見つめている。巨大な黒蠍という
異様は観客を更に恐怖させるのに十分だった。
土属性を持つ教員が杖を振るう。すると青銅で出来た騎士像が黒蠍の前にずらりと
並んだ。突然に高速回転しだす一対の巨爪。金属と金属が奏でる強烈な不協和音は観
客たちの耳を覆った。怪物の手により次々と砕かれ打ち倒される青銅の騎士。ゴロリ
と転がる首を見て学院生達は思わず顔を顰める。観覧席につくオールドオスマンは身
体の内を甦るその畏怖に必死で耐えていた。時を遡って甦る畏怖の顕現、伝説に唄われ
第十八話 使い魔品評会
266
たアルデンの鬼を前にしてゲルマニア貴族は何を思うのだろうか。
そして最後を飾るのが破壊大帝メガトロン。
観覧席上空擦れ擦れに轟音を響かせながら現れた。タバサが品評会にて披露したシ
ルフィードの飛行。それがまるで児戯に見えてしまうほどの見事な滑空。飛翔するエ
イリアンタンクは急加速と急停止、急激な方向転換を伴う曲芸飛行を繰り広げ観客の視
線を掻っ攫った。
そして極めつけはその砲門より放たれた光弾だ。
落下するようにして高度を下げるメガトロン。その降下の勢いそのままにして光弾
を解き放つ。解き放たれた一発の光弾。フュージョンキャノン砲により打ち出された
反物質は品評会会場よりほど近い場所にあった小高い丘を跡形もなく消し飛ばす。放
たれた光弾が着弾すると同時に周囲全てを巻き込み収束。そして爆散するさまは恐怖
を通りこして最早憧憬に値した。混じり気のない純粋な破壊。メガトロンはその全霊
を思う存分披露した。
ルイズの使い魔である彼らはその各々の力を存分に発揮した。
観戦していた学院生達は結果を待たずして品評会の優勝者が誰かを理解する。
居並んだ有力貴族には賞賛よりも、恐怖や畏れの表情が強く伺えた。メガトロン達の
実力を目の当たりにすれば当然かもしれない、だがそれら有力貴族の面々の中で何故か
枢機卿であるマザリーニだけは蒼白を通り越して土気色の表情を浮かべていた。その
反応が気になったが、無視して最後のあいさつにルイズは出向く。
違いなくルイズは今までの人生の中で絶頂の居心地を味わっていた。
ことがあるだろうか。トリステインの評判を守ることが出来たという自負もある。間
だけではない隣国ゲルマニアの有力者が居並ぶ重要な場面でである。これ以上痛快な
今まで散々蔑まれ見下されていた自分が皆の賞賛を一身に集めている。しかも国内
山の賞賛を受け取る。何も言うことはない。それらの賞賛を受け入れるだけである。
賛である。ルイズは嬉しかった。自身の使い魔たちが存分にその才を披露し、そして沢
が入り混じった拍手だった。しかし、多かれ少なかれ恐怖が内包されていても賞賛は賞
皆も拍手する。中には本心からの賞賛で拍手をする者もいたが、その殆どは恐怖と賞賛
真っ先にアンリエッタ王女殿下が反応して拍手を送る。王女の拍手を待たずに他の
ます、種族は、ゴーレムです。ありがとうございました。﹂ ﹁これが私の使い魔達です、名前は順にラヴィッジ、スコルポノック、メガトロンといい
267
使い魔品評会は満場を持ってルイズが最優秀賞を獲得した。概ね皆の予想通りの結
果に終わり、つつがなく全ての過程が粛々と進められた。
アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下が壇上に登りその他の学院生達からの声援に
応える。儀礼に乗っ取ってルイズは跪きアンリエッタ姫殿下への忠誠を示す。姫殿下
より賜れる表彰授与。トリステイン貴族としてこれ以上ない誉れの一つだった。
静々と高貴な雰囲気を纏って姫殿下はルイズの前に立った。
﹁おめでとうルイズ、貴女は素晴らしい使い魔を召喚しましたね。﹂
た。そのルイズとは対照的な無言のメガトロン。ルイズが直垂を貰う様を眺めていた
立ち上がって一礼、肩に懸けられた直垂を触って恍惚の表情を浮かべるルイズだっ
はオスマンより受け取った褒章の直垂をルイズに渡した。
のあるルイズとアンリエッタの深い仲を感じさせる光景だった。そしてアンリエッタ
彼女はその後にルイズにだけ聞こえるようにして言葉をかける。幼少の砌より親交
礼法に乗っ取った勅を朗々と読み上げるアンリエッタ。
﹁姫殿下自らのお褒めの言葉、この身に余る光栄です。﹂
第十八話 使い魔品評会
268
がゆっくりとまるで先程のルイズに倣うようにして膝を折る。
護衛の従士がメガトロンの動きに反応し剣を構えた。アンリエッタ姫殿下何事かと
狼狽えるが、
す故に、﹂
﹁あ、あありがとうございます、ですが姫殿下ここは抑えてください。衆目の眼がありま
すね。﹂
られない貴重な使い魔だわ。ルイズあなたは本当に素晴らしい使い魔を召喚したので
﹁まぁ何て素晴らしいのかしら。言葉を解するだなんて高位なゴーレムの証。滅多に見
エッタ殿下だけでなく既に様々な意味で手遅れだったのだ。
て し ま っ た の だ ろ う。そ れ ら の 様 子 を 見 た マ ザ リ ー ニ が 溜 息 を 吐 い て い た が ア ン リ
ぐのではないかという程の喜びようだ。喋るゴーレムを前にして思わず素の自分が出
と重々しく述べられた謝辞を聞いてぱっと顔を綻ばせた。女王としての権威が揺ら
アンリエッタ姫殿下に御目通り願うことが出来てとても光栄だ、﹂
﹁恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、トリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、
269
この時ばかりは何時も以上に頼もしく見えた。ちっとも光栄だなどとは思っていない
膝を折りアンリエッタ姫殿下への敬意を表すメガトロン。修羅の様な恐ろしい貌も
文句などありはしない。
けでなくアンリエッタ姫殿下への配慮も万全。自分に対する株も鰻登りだろう現状に
かった。メガトロンの主としてはこれ以上ない状況である。使い魔品評会最優秀賞だ
しくない。何がメガトロンを変えたのかを考えるが特筆すべき出来事などありはしな
品評会に自ら出席したいと言い出した時から既におかしかった。普段のメガトロンら
謝辞を述べるだなどメガトロンは一体どうしたのかとルイズは思ってしまう。使い魔
今 の ル イ ズ は ア ン リ エ ッ タ 姫 殿 下 よ り も メ ガ ト ロ ン に よ り 強 い 懸 念 を 抱 い て い た。
だ。
に居住まいを治すことが出来たため学院生たちへの影響も少ないだろう。それよりも
分を自覚したようだ。咳払いをして居住まいを正しメガトロンの謝辞に応える。直ぐ
小声でルイズは窘める。はっとしたようにアンリエッタは素が出てしまっている自
思えませんわミスタ。﹂
﹁そ。それもそうですね。んんッ。ご丁寧な素晴らしい返礼、とても使い魔のものとは
第十八話 使い魔品評会
270
271
にも拘らず何故畏まった謝辞を述べたのかルイズには分からなかった。
だが、大勢の有力者が軒を連ねた使い魔品評会はルイズにとって、そして何より重要
なのはメガトロンにとっても大成功を納めることが出来たのだった。
第十九話 アルビオンへ
﹁ルイズ、あなたにしか頼めない重要な依頼があります、﹂
た。
その二人に、学院長であるオールドオスマンとルイズを加えた総勢四人が揃ってい
テインの重臣。
マザリーニ枢機卿、事実上のトリステイン宰相でありアンリエッタを補佐するトリス
継承者。
アンリエッタ・ド・トリステイン。トリステインを統治するトリステイン王家の王位
その部屋にはルイズを含め四つの人影があった。
それは僅か一日の逗留とはいえそれなりに設えられた広い部屋だった。
トリステイン魔法学院寮塔。アンリエッタ姫殿下が為に用意された部屋。
帯。
使い魔品評会が開催された日。太陽が完全に沈みハルケギニアが夜に包まれる時間
﹁今から話す事は決して誰にも話してはいけません、﹂ 第十九話 アルビオンへ
272
273
何時かの日のようにディティクトマジックが施された部屋は重々しい緊張感に包ま
れている。硬い表情を浮かべるアンリエッタ。ルイズがアンリエッタ姫殿下より話さ
れた内容もその硬い表情に違わないものだった。
アルビオンの貴族が王家に対し反乱を起こし、王室側が倒れるのも時間の問題である
こと。勝利した反乱軍はその矛先を止めることなくトリステインへと向けるかもしれ
ない。トリステイン側は対策協議の結果ゲルマニア側との同盟を考えている。
だが、トリステインとゲルマニアとの同盟を妨げるためにアルビオンの貴族は血道を
あげている。トリステインはどうしても同盟を成功させたいが、その同盟を妨げるだろ
う材料となるものがある。アンリエッタ直筆の手紙がそれだ。同盟を妨げる恐れがあ
るその手紙は反乱軍と戦う王室側のウェールズ皇太子が持っている。遅かれ早かれ反
乱軍は勝利する。そのため何時その手紙の存在が露見してしまうか分からないのだと
いう。
手 紙 の 存 在 が ゲ ル マ ニ ア 側 に 伝 わ り 同 盟 が 破 棄 さ れ れ ば ト リ ス テ イ ン は 孤 立 す る。
単独で反乱軍が支配するアルビオンと対峙することは何としても避けなければならな
い。ならば反乱軍へとその手紙が渡る前に何とかしなければ。
そしてアンリエッタはルイズにその手紙の奪還を依頼した。
﹁貴族派と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険な事を、大切な
友人である貴女に依頼するのは心が痛みますわ、﹂
﹁姫殿下⋮⋮、﹂
を受け入れるという判断もまた当然だった。
同盟を成功させトリステイン国家と国民を守るために、王族としての宿命を背負い結婚
王族であるアンリエッタは自身よりも国家を念頭に置いて行動しなければならない。
思ってやりきれない表情を浮かべるルイズだった。
以前に一人の人間である自分の感情との板挟みにあっている。アンリエッタの苦悩を
礼がアンリエッタの望むものでないことは明白だった。王族という立場と義務。それ
う。王族である義務としてアンリエッタはそれを受け入れなければならないが、その婚
見越してゲルマニア側はアンリエッタの輿入れを同盟の条件として提示してきたとい
トリステインは小国であり大国であるゲルマニアへ同盟をお願いする立場。それを
アンリエッタの表情は依然硬いままだった。
す、﹂
﹁ですがゲルマニアとの同盟を成功させるためにはどうしても、あの手紙が必要なので
第十九話 アルビオンへ
274
だが、理解と感情は別である。
王族としてゲルマニア皇帝との婚礼を受け入れなければならないということは理解
できても、一人の人間として納得するのは難しい。ルイズはその手紙の内容を伺うこと
は出来なかったが、アンリエッタとウェールズの友好は明白だ。ウェールズ皇太子への
恋文であることは容易に想像できた。募らせた恋慕を蔑ろにしてでも手紙の奪還を依
頼する、互いに思いを寄せあう関係を壊してでも同盟を成功させる。
国民を思うその心。断片でもその覚悟を感じたルイズは杖に誓った。
﹁ははっ、﹂
に、﹂
を 期 待 し て い る。猶 予 は 残 さ れ て い な い 可 能 な 限 り 速 や か に 任 務 へ と 取 り 組 む よ う
ることに相成った。 未だ学院生であるとはいえ彼の土くれを捉えたというその手腕
﹁アルビオンの貴族派から気取られることを防ぐために、自由に動ける其処元に依頼す
け賜ってまいります、﹂
すわ、その一件はこの私めにお任せください、ウェールズ皇太子殿下より必ず手紙を受
﹁例え戦火渦巻くアルビオンであろうと、姫殿下の御為とあらば何処なりとも向かいま
275
﹁教員への説明は儂が仲介しておこう、後陣の憂いは考えずともよい、﹂
ビーだった、
羊皮紙にしたためられた手紙。そしてトリステインに古来より伝わる秘宝。水のル
したものを見てルイズの思考は途切れた。
ある。一体どうしたのだろう、と思考するルイズだった。しかし、アンリエッタが手渡
トリステインを支えてきた忠臣がこの事態に慌てないはずがない、それがこの落着きで
国家存亡の危機だというのにオスマンも同様、その雰囲気は随分と寛いでいた。長年
だがその表情は妙に落ち着いてる。
ているだろうとルイズは思った。
ない人間で王家への忠誠心も高いマザリーニ。相対する現状に対して一際心労を貯め
痩せこけ頭髪も髭も真っ白なその外見は年齢よりも遥かに年老いて見えた。私心の
友も加味してその判断を下したはずだ。
あれば身元ははっきりしているしフーケ追補という功績もある。アンリエッタとの交
イズを選出したのも彼だろう。アンリエッタと幼少の砌より付き合いのあるルイズで
アンリエッタの脇に控えるマザリーニから指示が飛ぶ。大勢の学院生達の中からル
﹁感謝します、オールドオスマン、﹂
第十九話 アルビオンへ
276
封蝋の施された手紙と指輪を持ってアンリエッタは言う。
アンリエッタとルイズは二人の間にある繋がりを確かめるように手を取り合う。ア
ように。﹂ が、⋮⋮⋮そして鋼鉄の使い魔たちがアルビオンに吹く猛き風から、あなたを守ります
﹁この任務にはトリステイン国家の、そして人民の未来がかかっています。母君の指輪
そしてルイズが返上しようとした指輪をゆっくりと押しとどめる。
首を振りながらアンリエッタはルイズの手を握った。
﹁姫殿下、これは⋮⋮こんな大切なものとても受け取れませんわ。﹂
す、。﹂
われるとは思っていません。ですがせめてものお守りと思って受け取って欲しいので
﹁そしてこれは母君より授かった水のルビーです。大切な友人を死地に送り出す罪が贖
う、﹂ ﹁ウェールズ皇太子にこの手紙を渡してください、すぐ件の手紙を返してくれるでしょ
277
ンリエッタの瞳に宿る不安、後悔、諦め、傲慢それら様々な感情が入り混じり渾然一体
となっている様を見てルイズは思った。幼少の頃毎日玩具を取り合ったり取っ組み合
いの喧嘩をした腕白でお転婆だが純真だったアンリエッタはもういない。
今自分の目の前にいるのは国の象徴的存在として昇華したアンリエッタだった。
統治者たる統治者へ。人を、国を、治めるべく魑魅魍魎の貴族や王族と渡り合い、そ
してアンリエッタも一つの魍魎として戦えるようになっていた。杖を捧げた部下とし
てはこの移り変わりを喜ぶべきなのだろう。純真なだけである女王など神輿にするに
は不適格だ。この変化は正しかった。
けれども一人のルイズとして見た時の一抹の寂しさは拭えない。踵を返し、寮塔の自
分の部屋を目指すルイズ。またあのお転婆なアンリエッタと出遭うことは出来るだろ
うか。ルイズには分らない。幼いころ無邪気に遊びまわった日々がただ懐かしかった。
▲
ることは出来ない。皇帝への上申書は何としてでも通さなければならないな。既に手
﹁認めざるを得ないだろう。あんなものを見せられてしまっては非常に嘆かわしいが断
第十九話 アルビオンへ
278
は及んでいるだろうが。﹂
何者かの掌で踊らされている姿など夢にも思っていなかった。
その実力本位な世界をその卓越した手腕でもって生き抜いてきた髭面の男。自身が
されている。
り立ちを持つゲルマニア。貴族としての格よりも経済力や財力などの実力がより重視
双月が煌々と灯る様を見て溜息を吐いた。伝統を重んじるトリステインとは異なる成
笑い声をあげた髭面の男は紙束に目を通しながら横目で窓を見る。ハルケギニアの
も最も権力と広大な領地を持っている者二人が紙束を片手に話し合う。
色濃い懸念が表情から伺える。品評会に参加したゲルマニア側の有力者。その中で
逗留地へと向かう馬車の中で彼らは話し続ける。
髭面の男はそういって天を仰いだ。
﹁ははッ全くだ、﹂
﹁部下に欲しいくらいだな、﹂
なければ態々我々を招待はしないはずだ、﹂
﹁ああ、恐らくは、あそこまで手際のいい連中だ。その反応まで織り込み済みだろう。で
﹁ふん、随分と手際がいいことだ。我々が尽力するまでもないということか。﹂
279
﹁どうせ踊らされるのであれば精一杯踊らなければ損か、﹂
髭 面 の 男 の 呟 き は 轍 が 刻 ま れ る 音 に 紛 れ て い っ た。馬 車 が 休 み な く 逗 留 地 へ と 向
かっている。
二人の男が持っている紙束には共通の文字列が並んでいた。
基本から実践まで詳細に記載された目的の骨子。
っていうかまた
何でここにいるのよ
﹂ 今までに見たことがないほどに練られ充実している計画書及びその概要。
契約者履行者共に利益のある魅力ある提案。
表題となっている一際大きく記載されたそのタイトル名は、
▲
タバサまで
!?
!?
?
﹁ハァ∼イルイズ、遅かったじゃない待ちくたびれたわ、﹂ ﹁キュルケ
!
︻ゲルマニア特別経済区設立案草稿︼
第十九話 アルビオンへ
280
アンリエッタからの依頼を受けたルイズ。彼女が灯りの少ない廊下を通ってトリス
テイン魔法学院寮塔にある自室に辿り着いたとき、既に部屋には万端の準備を整えた
私たちもついていくか
キュルケとタバサが待っていた。身軽な旅装に服装が整えられいつ何時でも出発出来
るように見える。
しかも、
らよろしくね、﹂
﹁御姫様の手紙をアルビオンまで取り戻しに行くんでしょう
﹁依頼された。報酬ももらっている。協力は惜しまない、﹂
う既に準備は整えられているようだった。
る。ルイズを急かすようにして手を差し出している。任務への協力を申し出る前にも
トロン。部屋の窓枠の外からはハルケギニアの双月ではなく修羅の様な貌が覗いてい
か、ルイズは訝しむがその疑惑を払ったのはタバサだった。そしてその極めつけはメガ
事も無げに言うキュルケ。最早頭の中はアルビオンへ思いを巡らせているのだろう
﹁何で手紙のことを知ってるのよ。私だってついさっき聞いたばかりだったのに。﹂
?
281
第十九話 アルビオンへ
282
そういって貨幣が詰まった小袋をタバサは捧げている。どことなく顔つきも満足そ
うだった。この分ではキュルケも同様なのだろう。何という手際のよさだろうか、話が
とんとん拍子で進んでいくさまに思わず頭を抱えそうになってしまう。だが必死でル
イズは堪えた。膝をついてしまいそうになる身体を奮い立たせて思考を巡らせる。
タバサが依頼を受けた相手も矢張りメガトロンなのだろう。その金貨の出所が何処
なのかルイズは分からなかったが、キュルケが何故手紙のことを知っているのかも含め
て、メガトロンを絡めて考えればある程度まで筋道の通った結論を見出せるのだ。
キュルケやタバサの眼も気にせず服を脱ぎ始めるルイズ。クローゼットにマントを
仕舞い込み適切な旅装を見繕う。
超特急で着替えを済ませ、杖と荷物があることをしっかりと確認してメガトロンに飛
び乗った。窓枠にはメガトロンの巨大な掌が差し出されている。キュルケとタバサも
ルイズに倣って窓から飛び移る。ラヴィッジは少女が乗り込む前から既に乗っていた。
蜷局を巻いてルイズを待っている。三人の少女がコックピットに乗り移る様子を認め
たメガトロンはエイリアンタンクへとすぐさまトランスフォームし離陸した。
コックピットには巨大な獣と荷物を背負った三人の少女が乗り込んでいた。荷物と
ラヴィッジがスペースを占有しているため、詰め込まれるようにして座っている。互い
の肌が触れ合う距離。ゆとりの少ないその様子は少々窮屈そうだった。
いるタバサ。そのタバサも見慣れていない新しいハルケギニアの一面は少女たちに強
よってぼんやりと浮かび上がっている。普段から風竜であるシルフィードを足として
沈み彩りを失ったハルケギニアの景観。黒で塗りつぶされたその景観が二色の月光に
感嘆するキュルケ。そのキュルケに同意するようにしてタバサも首肯した。太陽が
わね。空から見る夜のハルケギニアは初めて見たけれど趣があって本当に綺麗。﹂
バサのシルフィードには何度か乗せてもらったことがあったけれどそれとはまた違う
﹁それにしても綺麗ね∼、空からの眺めがこんなに美しいだなんて思わなかったわ。タ
で。﹂
ま し ょ う。で も こ の ペ ー ス で 向 か え ば す ぐ に で も 着 い ち ゃ い そ う よ。ア ル ビ オ ン ま
﹁荷物が当たっただけで別に触ってないわよ、少し窮屈だからしょうがないわね我慢し
﹁キュルケちょっとあんた変なところ触んないで、もっと奥に詰めなさいよ﹂
283
第十九話 アルビオンへ
284
い印象を残すものだった。
ルイズの部屋を離れたエイリアンタンクは浮遊大陸アルビオンへの道を一路直走る。
現存の最大戦力を搭載するエイリアンタンクが飛行する様子は驚くほど静黙としてい
た。その快適な空の旅を特等席でルイズたちは堪能する。夜の姿を浮かび上がらせる
ハルケギニアの景観を横目にルイズは考える。
キュルケやタバサはアルビオンへの任務内容を知っていた、メガトロンが二人に報酬
を払って雇い入れる際にでも聞かされたのだろう。それはまだ理解できる。雇用され
たキュルケやタバサが何に協力すればよいのかを予め知っておきたいと思うのは当然
だろう。
問題は何故メガトロンがこの秘密任務を既に知っていたのかだ。
ウェールズ皇太子殿下が持っているだろう手紙の奪還。ゲルマニアとの同盟を成功
させるためにトリステインはその手紙を取り返す必要がある。国家を揺るがしかねな
い重大事項。その詳細な内訳を知っているのは限られた人物だけである。
ルイズを除けばその当事者であるウェールズとアンリエッタ、そしてアンリエッタの
側近である重臣のみだ。その限られた人物しか知らない事柄をメガトロンが把握して
285
いる。
アルビオンにて反乱軍と穂先を削りあっているだろうウェールズはありえない。そ
して品評会の様子を見てもアンリエッタとメガトロンの間に何らかの交流があったと
は考えづらい。残された該当者はアンリエッタの重臣のみ。消去法で考えれば、立場上
その重大事項を知らざるを得なかった重臣たちとメガトロンには何らかの交渉があっ
たのだと予想できた。
高空からの眺めを見ながらルイズは歯噛みする。その湧き上がる悔しさを止めるこ
とが出来なかった。
何のことはないルイズも、そしてアンリエッタもまた道化だったのだ。
既に交渉は終わっていたのだろう。
マザリーニ枢機卿が浮かべていたあの安堵。それもメガトロンとの交渉を穏便の内
に 纏 め ら れ た こ と が 理 由 の は ず だ と 考 え れ ば 自 然 と 納 得 で き る。メ ガ ト ロ ン と マ ザ
リーニ含めた重臣たちとの間に結ばれた何らかの約束事。ルイズは普段メガトロンが
どのようなことをしているか完全には把握していない。その時間を利用すれば何らか
の働きかけを行うことも出来たのだろう。メガトロンと重臣達との間には以前から少
第十九話 アルビオンへ
286
なくない交流があったはずだ。
あの使い魔品評会もその布石。態々ゲルマニア側の有力者までもを連れてきた理由
はそこにあるのかもしれない。誰が裏で働きかけてゲルマニア側の有力者を連れてき
たのかは分からない。
だがメガトロンが何故品評会に参加したのか、見世物のような真似を受領したのか、
今ではよく分る。
品評会は合法的に利用されたのだ。その場を利用してメガトロンの存在を双方の有
力者相手に存分に披露する。圧倒的な力を見せつけられた有力者たちはメガトロンの
存在を重視せざるを得なくなるだろう。そしてメガトロンは自らの実力を持ってその
交渉を有利に進めていったはずだ。
これはあくまでも予想の範疇に過ぎないが、マザリーニ側は品評会を利用したゲルマ
ニアへの牽制、そして手紙の奪還をメガトロンへ依頼したのではないかとルイズは思っ
た。メガトロンの高い知能と実力。以前から交流があり互いをよく知っていたとすれ
ばマザリーニが安堵するのも当然だろう。メガトロンが手紙の奪還などという任務に
しくじるとはとても思えないからだ。
メガトロンがどのような目的を持っているのか、交渉で何を要求し何を獲得したのか
287
は不明だが、手紙の奪還をメガトロンが了承したのであればそれは既に成し遂げられた
も同然だろう。トリステインとゲルマニアの同盟を妨げる障害はなくなる。マザリー
ニの安心も納得できる。
アンリエッタとルイズのその全ては茶番だったのだ。
使い魔であるメガトロンが優先されるべく優先され、ルイズはそのついで。アンリ
エッタとルイズを飛び越えたところで既に話は決着していたのだ。既に為された依頼
の為にアンリエッタは秘宝を自分に差し出したのか、既に為された依頼の為に自分は意
気込み杖を捧げていたのか、と。
そう考えるルイズの心は本心から燃え滾っていた。
何と健気で無様で滑稽な姿だろうかとルイズは自嘲する。
だが、このままでは終われない、任務は絶対に成し遂げてみせるがメガトロンの掌の
上でただ踊らされるわけにはいかないのだ。マザリーニは正しいのだろうとルイズは
思う。国を思う枢機卿としてより確実でより安心できる方法を彼は選択したのだろう。
第十九話 アルビオンへ
288
だが幾ら正しかろうと、ルイズの持つ貴族としての誇りはこれ以上ないほどに蔑ろに
された。ルイズはマザリーニに対する憎しみはこれっぽっちも抱いていない、寧ろ枢機
卿として強く尊敬しているくらいだ。
だが、自身の貴族としての誇りの為に、このまま済ませる訳にはいかなかった。ただ
メガトロンの付属物として終わってしまう。そのことだけは受け入れられなかった。
必ず何かの力になってみせる、アンリエッタ姫殿下の期待に応えて任務達成に寄与し
てみせる。
ルイズはその覚悟を強く心に刻み込む。二度と忘れることがないように強く、強く。
コックピットの窓辺からハルケギニアの夜景が視界に入る。
月光に照らされた雄大で荘厳な光景。その美しいハルケギニアの自然もこの時だけ
は何故か色褪せて見えた。
アルビオンへの旅はまだ半ばを過ぎたところだった。
いた。
アンタンクはトリステイン魔法学院と浮遊大陸アルビオンを直接結ぶことに成功して
本来であれば港町ラ・ロシェールを経由しなければ向かえない。だが空を飛ぶエイリ
二つの月が重なる日まで丸二日残していたが、ルイズ一行はアルビオンへ到着した。
▲
か。鋼鉄の罪科。少女を雁字搦めに縛る永遠の関係はその瞬間から始まった。
横たわる鋼鉄の巨人。その修羅の貌に口づけをした、その部分から流れ込んでくる何
は望んでしまったからもう戻れない。
その選択。この時であればルイズは引き返すことが出来たかもしれない。しかし少女
約を結んだあの時から、ルイズはその身に背負うことになってしまった。運命の分岐点
これまで何度も見てきた光景だった。使い魔召喚のあの日あの丘でサーヴァント契
この光景は夢ではない。そうルイズは確信している。
第二十話 鋼鉄の罪科
289
第二十話 鋼鉄の罪科
290
風石を燃料とする移動船は風石の使用量を抑えるためにアルビオンとラ・ロシェール
が最も近づく日、スヴェルの月夜を待って航行するのが普通だ。その通常のルートを
とっていればラ・ロシェールに待機することを余儀なくされ少なくとも移動に三日は要
していただろう。貴族派が襲撃する絶好の間隙となっていたかもしれない。
メガトロンの力はその手間すら省いてアルビオンへ到達することを可能とした。魔
法学院からアルビオンへの旅を妨げる障害は何も現れず無事終了する。
白の国と通称される浮遊大陸アルビオン。
白い霧が浮遊している大陸の下半分を覆っている。その霧は大陸の山河から溢れ出
た水が空に落ちることで生まれている。溢れ出た水は霧となり、何れは雲となってハル
ケギニア全土に雨を降らせる。現代ではありえない幻想的な光景だった。
ドクターから聞いた情報、
反乱軍からの猛攻撃を受けた王軍側は陣を引き、現在はニューカッスル城へ籠城して
いるのだという。
291
無事にウェールズ皇太子殿下へ御目通り叶うことが出来るだろうか、とルイズは不安
に思った、
苦戦している王軍側は反乱軍によって包囲されている。通常の連絡手段は使えない。
反乱軍の目を掻い潜って連絡をとることも難しいだろう。では、どうすればいいのだろ
うか。
その王軍側へコンタクトをとるには陣中突破を敢行しなければならないのではない
か、と ル イ ズ は 考 え た。ア ン リ エ ッ タ 姫 殿 下 よ り の 依 頼 を 達 成 す る に は ど う し て も
ニ ュ ー カ ッ ス ル 城 に い る で あ ろ う ウ ェ ー ル ズ 皇 太 子 と 連 絡 を 取 ら な け れ ば な ら な い。
そのニューカッスル城が包囲されているとなれば反乱軍との一戦は避けて通れないだ
ろう。
では自分にその覚悟はあるのか、とふとルイズは思った。
至る所に待ち受けている貴族派の刺客をニューカッスルを包囲する反乱軍を、その彼
らを蹴散らせと打ち倒せとメガトロンへ命令出来るだけの覚悟はあるのだろうか。命
令されれば彼らは容易に成し遂げるだろう。ゆうにそれだけの力を彼らは持っている。
血に塗れるメガトロンが自然と想像できた。
だが、それだけの屍を築き上げる覚悟は自分にあるのだろうか。それだけの犠牲を受
け止めることが自分に出来るのだろうか。
投げかけられた重い問い。ルイズの中で不安と混乱がむくむくと湧き上がり頭の中
を至高の渦が急速に駆け巡った。
コックピットの窓辺からキュルケが身を乗り出すようにして辺りを見渡す。
、正面から向かえば
﹁竜騎士が沢山飛んでるわ、あの旗色はきっと反乱軍側の部隊でしょうね、こんな有様
じゃあ王軍側が負けるのも時間の問題かしら。どうするのルイズ
手紙も取り戻せないわ。﹂
反乱軍とかち合っちゃうわよ、何とかしてニューカッスル城へ入り込まないと御姫様の
?
あれば追っ手を振り切ってニューカッスル城へ向かうことも出来る筈だ。そう言おう
反乱軍側の監視に映ることを覚悟して突入してもらおうか、メガトロンのスピードで
ルイズは苦悩する。哨戒をする竜騎士の姿が遠目に確認できる。
﹁分かってるわよ、でもどうすれば⋮⋮⋮ううん、﹂
第二十話 鋼鉄の罪科
292
としたルイズだったが、それら全てを嘲笑うようにしてメガトロンは飛行する。
ガクンッと機体が大きく振動する。目的地であるニューカッスルがどんどんと遠く
へ離れて行った。距離が広がるにつれて反乱軍側の監視網に捕まる畏れが少なくなる
だろうが、これでは本末転倒である。
何処へ行くつもりなのよ
ニューカッスル城から離れてるじゃ
突然の進路変更に反応してルイズたちは慌てて叫んだ。
﹂
﹁ちょっとメガトロン
ない
?
のかしら
﹂
潜り込む。そしてニューカッスル城の真下、王族側だけが知る秘密の港に一度も迷うこ
アルビオンの下半分を覆う濃密な霧の中、メガトロンはその雲を通り浮遊大陸真下に
その灯火はゆっくりと揺れておりまるで何かを誘導するようにして瞬いている。
視界が全く効かない濃密な霧の中、次第に見えてきた灯りをタバサは指さす。
?
?
﹁⋮⋮⋮迎え火
﹂
﹁このままじゃあアルビオンの下へ回り込んじゃうわ、ミスタは一体何処へ向かってる
!!
!
293
となく着陸した。光る白い苔が秘密の港を照らしている。月明かりの届かない鍾乳洞
は不思議な雰囲気に包まれながらも王軍側の兵士が忙しく働いていた。
﹁さっすがミスタだわ、こんな所に港があったなんてきっと王軍側もここを拠点に活動
しているのね。あれが御出迎えの兵士かしら。こっちだって手を振ってるわね、﹂
ニューカッスル城を兵士の案内で進みながら歯軋りをするルイズ。
た。事前の打ち合わせがなければあり得ないことだ。
迎えられた。戦時中の張りつめた雰囲気がニューカッスル城を包む中での出来事だっ
衛兵の先導の下メガトロンは秘密の港に着艦し、ルイズたちは歓迎の言葉でもって出
たのだろう。
はないかと思いたくなるほどだった。この時間帯に訪れることも恐らく計画済みだっ
バサも内心驚いている。この分ではアルビオン王族側と何かしらの交流があったので
けれども恐ろしいほどのその手際の良さに頭を抱えるルイズだった。キュルケやタ
そう言ってタバサは冷静に分析しキュルケは呑気に手を振りかえしている。
ない。﹂
﹁恐らくニューカッスル城の真下に続いている、反乱軍もこの拠点の存在に気づいてい
第二十話 鋼鉄の罪科
294
つくづく道化だ、とルイズは自嘲した。すべてはルイズを通り越した頭の上で決めら
れている。役立てていない自分、その事実を受け入れざるを得ない自分の不甲斐無さが
何よりも許せなかった。
ウェールズ皇太子殿下への御目通りは叶った。アルビオン大使であるルイズだけが
王族とは思えないほど質素なウェールズの部屋に招き入れられる。アンリエッタの肖
像が描かれた小箱、その中に納められていた依頼の手紙をルイズは受け取った。
﹁ありがとうございます﹂ 曇らせる雲も晴れるだろう。トリステインとゲルマニアとの同盟も成立するはずだ。﹂
﹁姫からいただいた手紙はこの通りだ。確かに返却したぞ。これでアンリエッタの心を
ニューカッスルまでよくぞ来てくれた。﹂
﹁任務ご苦労だった。ラ・ヴァリエール嬢よ感謝する。反乱軍が厳戒態勢を敷いている
295
第二十話 鋼鉄の罪科
296
拭いきれない名残惜しさを残しているがそれでもウェールズは手紙を差し出した。
自身の死を覚悟しているのだろうか、アンリエッタ姫殿下よりルイズが預かった手紙
にはアンリエッタがゲルマニア皇帝と同盟の為に婚姻をすることも記されていたはず
だった。それでもウェールズは色濃い哀惜を表情に浮かべるだけで、叫びだしてしまい
たいだろうその気持ちを決して洩らすことはなかった。
愛しい恋人が誰かのものになってしまう。それでも死期が迫る自分に何かをするこ
とは出来ない、とアンリエッタの婚姻を受け入れてしまったのかもしれない。
ウェールズの言葉を聞いても同情することしか出来ない現状にルイズは懊悩する。
この手紙がアンリエッタの恋文であることは簡単に察せられる。もしこの手紙がゲ
ルマニア側の皇室へ渡ればアンリエッタが皇帝に誓う愛が偽物であると露見してしま
う。そうなってしまえば同盟の破綻は避けられないだろう。トリステインがアルビオ
ン貴族派と一国で対立することを避けるためには、ウェールズとアンリエッタ、両人の
関係は蔑ろにされなければならなかった。
国家という大きなものの為に踏み躙られる二人の思い、王族の勤めであると捌いてし
まえばそれまでであるが、それでも思うところはある。苦悶の表情を浮かべるルイズ
だったが、次にウェールズの放った言葉の内容を理解してはたと動きが止まった。
﹁メガトロン卿
ラ・ヴァリエール嬢の使い魔だということは本当だったのだな。声の
﹁未だ健在のようだな、ウェールズ、﹂
ルイズは考えるが、右耳のイヤリングからルイズの思考を中断するように声が響いた。
何故メガトロンは王族側と交流を持っているのか何か目的があってのことなのかと
とが出来た。何かしらの援助をメガトロンがしたということだろうか。
港の位置する場所を知っていたしルイズたちはスムーズにニューカッスル城へ入るこ
メガトロンと王族側は何らかの接触があったのだ。だからこそメガトロンは秘密の
間違いなかった。
しかもウェールズ皇太子からは卿と呼ばれている。かなり親密な間柄であることは
やっぱりか、と半ば確信していた事実だった。
ル嬢よりも一言伝えておいて欲しいのだ、感謝している、と﹂
﹁卿の御助力もあり我々は未だ何とか戦いを続けることが出来ている。ラ・ヴァリエー
﹁そうだ、忘れるところであったな。﹂
297
!
出所はそのイヤリングか。我々が持っているものとは形状がことなるが卿のものだと
間違いなく分かるぞ。﹂
メガトロンの重い声がウェールズの部屋に木霊する。
ウェールズの態度はその重々しい口調を以前から知っていたと伺わせるものだった。
ルイズのイヤリングとはまた違う相互通信機をウェールズにも貸与しているようだ。
ま た、自 分 の 与 り 知 ら な い と こ ろ で 話 が 進 ん で い く の か、と ル イ ズ は 憤 慨 す る が、
ウェールズ皇太子の明るくなった表情を見てその場は我慢するしかなかった。
生半なものではないようだ。どのような関係があるのかルイズには分からなかったが、
一体メガトロンは何をしたのだろうか。アルビオン王室との間に結ばれた繋がりは
と感謝の言葉を述べるウェールズ。
我々が我々であることを示す檜舞台がここにあるのだ。﹂
た。感 謝 の 言 葉 を 贈 る こ と し か 出 来 な い こ の 身 が 悔 し い、感 謝 す る メ ガ ト ロ ン 卿 よ。
﹁多勢に無勢の我々がここまで抗することが出来たのも卿の協力なしにはあり得なかっ
第二十話 鋼鉄の罪科
298
ウェールズは相当の信頼をメガトロンへ抱いてるようだった。
くぐもった笑い声をあげるメガトロン。礼はいらないと前置きをした上で問いかけ
る。
拒める者は存在しない。愚かな有機生命体を拐すことなどメガトロンにとっては造作
案。メガトロンの持つ悪辣な本質が垣間見えた瞬間だった。本来であればその提案を
いがたい極上の提案だろう。アンリエッタとウェールズの関係を踏まえたうえでの提
アンリエッタ姫殿下の御身を思気遣うウェールズ皇太子殿下にとっては何よりも抗
がるだろうその蜂蜜。武力を用いた下手な脅しよりもずっとずっと悪辣だった。
六万人からの反乱軍を如何とも出来る力。権力者であれば咽喉から手が出るほど欲し
メフィストフェレスのような甘美な誘い。まるで悪魔の様なメガトロンのその言葉。
﹁どうだウェールズ、この申し出を受諾するつもりはないのか、﹂
に済む。﹂
て屍に替えてやる。アルビオンは再び王家のものになる。無駄な混乱を隣国へ齎さず
﹁ウェールズ。一言了承すれば貴様は王になることができるぞ。この俺様が反乱軍を全
299
もないことだからだ。例え、救いの先に破滅が待っているとしても。誘蛾灯に誘われる
蛾のように、差し出された救いの手にふらふらと縋ってしまう筈だった。││││││
だが、
﹁断る。﹂
ルイズ自身もウェールズにトリステインへの亡命を申し出る心積もりだった。
がって部屋を出た。
ドギマギしながら二人の会話を聞いていたルイズだったが、ウェールズの促しにした
なるのはもう少し後の話である。
だがメガトロンが抱く精神には僅かな綻びが生じていた。その綻んだ縫目が明らかに
ン は 少 し も 残 念 で は な さ そ う に 通 信 を 切 る。相 も 変 わ ら な い メ ガ ト ロ ン の そ の 様 子。
ウェールズの持つ誇りはその甘露の誘因を断ち切った。その反応を聞いてメガトロ
ズバリ、と返す刀でウェールズはその申し出を断った。
﹁残念だがその申し出だけは受け取るわけにはいかないのだ。メガトロン卿よ、﹂
第二十話 鋼鉄の罪科
300
301
アンリエッタ姫殿下の気持ちを考慮すれば愛しいウェールズが窮地にある現状を受
け入れることは出来ないだろうからである。またアルビオン王家の命脈が保たれる上
にアルビオン貴族派との有力な交渉材料として期待できるかもしれない。ウェールズ
の生存はトリステイン国家として好都合な部分も存在するからである。
しかし、メガトロンの誘いを断ったウェールズ、その決然とした姿を見てルイズは何
も言えなくなってしまった。その潔さは何を語りかけたとしても揺らぐことはないだ
ろう。アルビオン王族だからではなく、ウェールズだからこそ纏っている確固とした芯
のある気概だった。
ルイズたちに設えられた一つの部屋。手狭で調度品も粗末なベッドが窓辺に置かれ
ているだけだった。
ルイズたちは客人でありトリステイン大使でもある。しかし、戦時下であり余裕もな
い 中 で 用 意 さ れ た も の だ。資 源 に 限 り が あ る 中 で 必 死 に 準 備 し て く れ た の で あ ろ う。
その苦労を考えればルイズたちから文句の一つが出る訳もない。
自然三人の少女は同じベッドで一緒に眠ることになる。
キュルケとタバサは先に眠っていた。
第二十話 鋼鉄の罪科
302
ルイズがウェールズ皇太子殿下の部屋から戻ってくると、素っ裸のキュルケに抱き着
かれているタバサが目に映る。抱き枕のようになっているタバサ、うんうんと唸ってい
るその表情は寝苦しそうだった。
寝巻を着ているタバサと異なって何も身に着けていないキュルケ。豊満なプロポー
ションをタバサに蛇のように絡みつかせている様を見て、何かを着ろよとルイズは苦笑
する。身体が火照るからとか何とかよく分らない理屈でも捏ねたのではないだろうか
と、あて推量しながらルイズも着替えを済ませ、ベッドに入った。
もう夜更けだった。戦時下の城でも夜は静かなのか、としみじみ思う。窓の外ではハ
ルケギニアの双月が何の変わり映えもなく煌めいていた。
二つの月が重なるスヴェルの夜まであと二日。
ウェールズから聞かされた話。反乱軍から通達された総攻撃の日時もあと数日だっ
た。あと幾日もないうちにニューカッスル城を包囲する6万の反乱軍が蜂起する。3
00人も残っていない王軍側は抵抗の甲斐なく壊滅するだろう。
アルビオン王国終末まであと数日だった。
王国崩壊が迫る中ルイズは思う、自分に何が出来るだろうか。
303
▲
この光景は夢ではない。そうルイズは確信している。
これまで何度も見てきた光景だった。ルイズがその身に背負った鋼鉄の罪科。
使い魔召喚のあの日から、ルイズは度々夢を見ていた。その夢が夢でないと気付いた
のは使い魔を召喚した日より余り時を経ていない時のことである。
今までに見たことがない光景。どこまでもどこまでも見渡す限りの鉄の平原。天を
支えるようにして伸びる鋼鉄の柱。複雑な形状の部品を幾つも重ね合わせたような構
造物、夥しいほどのその構造物が奇妙な連続性を持って並んでいる。
一定の構造モジュールを組み合わせた無駄のない建築は遥かな先進性を感じさせた。
この光景がハルケギニアのものではないとルイズは理解できる。ここが何処なのか
は理解できなかったが、ハルケギニアではないことだけは理解することが出来た。異世
界であると前提知識のないルイズでも確信してしまうほどの異様な光景がそこには
あった。
第二十話 鋼鉄の罪科
304
その鋼鉄の集塊が夥しく積み重なっている光景で、自分の使い魔であるメガトロンの
姿が見える。
メガトロンの様な鋼鉄の巨人はやはり一人ではなかった。ほかにも多数存在してい
るのではないか、というルイズの予想は当たっていた。
メガトロンは戦っていた。
武骨な骨組みを伝ってくる無数の鋼鉄の巨人。メガトロンよりはやや小さく異なっ
た外観を有する鋼鉄の巨人たち。その様子から判断すれば、彼らは力を合わせて共同で
メガトロンに戦いを挑んでいるようだった。
死と破壊を司る破壊大帝メガトロン。その破壊の権化に立ち向かうとはどういうこ
とか。
戦線を張るその他の巨人とは異なってメガトロンは一人だった。一人で十分だった
のだろう。次々と破壊される鋼鉄の巨人たち。踏みつぶされ引きちぎられ人型を為し
ていた身体が複数の部品へと姿を変えられていく。
どれだけ仲間が倒されようと鋼鉄の巨人たちは諦めなかった。勇敢に戦いを継続し、
いくら傷つけられようともメガトロンに挑み続ける。その様子を見て、メガトロンの修
羅の様な厳しい顔つきがより一層険しくなる。
更に苛烈さを増す破壊の嵐。
ライオンの様な猛々しい咆哮を轟かせながらメガトロンは修羅のように戦い続ける。
メガトロン。﹂
破壊に浸るメガトロンの姿を見てルイズは言葉を投げ掛けずにはいられなかった。
﹁泣いているの
屍の積み上げられた丘陵の頂で、メガトロンは吠える。
兆しを見せた。
夥しいほどの死骸がその場に築かれる。そうしてやっと破壊大帝の暴虐は沈静化の
破壊した。皆尽く例外はなく。鋼鉄の巨人たちの勇気と思いを踏み拉く。
メガトロンに食らいついていく。そしてそれら勇敢な鋼鉄の巨人たちをメガトロンは
どれだけ痛めつけようとも鋼鉄の巨人たちは諦めなかった。決して諦めることなく
?
305
第二十話 鋼鉄の罪科
306
その叫び声とともにメガトロンの奔流のような思いがルイズの身体を駆け巡る。そ
の余りに膨大な思いの量と激しさに引き千切られそうになる。だがルイズは身体を両
腕で抱きしめ必死で耐えた。
全身を朱に染めメガトロンは叫び続けた。
身体全てが引き千切った鋼鉄の巨人たちの体液に塗れている。故にメガトロンのそ
の表情を詳しく伺うことは出来なかったが、ルイズにはどうしても泣いているようにし
か見えなかった。
鋼鉄の巨人が折り重なった丘陵。積み重なった屍の頂で叫ぶ姿。それは暴虐に溢れ
破壊を本性とする破壊大帝に見合ったものだった。
だが、ルイズは思った。
暴悪の叫び声をあげながら、ホロホロとした静かな落涙を修羅の貌に張り付けるメガ
トロン。
あの破壊大帝でも涙を流すことはあるのだろうか、とても哀しい光景だと。
そして場面が移り変わり、目の前の光景が変化する。
何処か分からない場所、先ほどまでと同じようなハルケギニアではない何処か、何も
かもが鋼鉄で形作られているその場所で、メガトロンと一人の鋼鉄の巨人をルイズは確
認する。
我らが故郷を。サイバトロン星を。貴様は見捨て
目を凝らし詳しく様子を伺う、するとメガトロンともう一人の鋼鉄の巨人はどうやら
口論をしているようだった。
﹂
﹁何故だ。わが友よ何故理解しない
るつもりなのか
だが、そのルイズですら見たことがない光景だった。
送っていた。
ンが普段何を思い何を考えているのか、ルイズはそれを汲み取ろうと汲々とする日々を
メガトロンのことを知ろうと努力している。より良い友好を築き上げる為に、メガトロ
メガトロンを召喚してからまだ余り日が経っていない。とはいえそれでもルイズは
必死で何かを訴えているメガトロン、その光景は衝撃的だった。
?!
?!
307
あのメガトロンがここまで必死になっている。何かを訴えているその姿は懸命その
ものだった。
あの残虐で恐ろしいメガトロンも友人のためには必死になるのか意外と優しいとこ
ろがあるのかもしれない、とルイズはメガトロンの新しい一面を見て頷いていた。
張りつめた空気がその場に満ちる。薄皮一枚で包まれたその雰囲気は針で突けば忽
ち破れてしまいそうだった。
が、それでも他の種族を滅ぼしてまでサイバトロン星を優先することは出来ない。わが
﹁わが友よ、私にとっても故郷となるこの星は大切だ。掛替えのない唯一のものだ。だ
﹂
堪らずに掴み掛った。説得が通じない苦悩がその姿からありありと感じられる。
らもその訴えを否定した。苦悶を浮かべる鋼鉄の巨人。その反応を見てメガトロンは
説得にあたるメガトロンの必死な訴え。だが、鋼鉄の巨人は苦渋の表情を浮かべなが
ならば我らが故郷が滅んで行くさまを貴様はただ黙って見ていろとい
友よ、故郷を思う気持ちと破壊とを見誤らないでくれ。﹂
﹂
﹁馬鹿なッッ
うのか
?!!
!!!
!!
﹁ーーーーッッ
第二十話 鋼鉄の罪科
308
309
メガトロンが何かを叫ぶ。何を叫んだのかルイズには分からなかった。その叫びが
掛け替えのない兄弟の名前を呼ぶメガトロンの声なのだということをルイズが知るこ
とは終ぞない。
メガトロンと鋼鉄の巨人。
互いを友柄と呼び信頼しあう二人だからこそ、幾ら説得しても通じない分かり合えな
い最後の一線が其処にはあるのだった。
メガトロンの悲痛な叫び、全身を貫くような感情の慄然がルイズの身体を襲った。
そして再び自分の身体を抱きしめて必死で身を保とうと努力する。奔流のような感
情の波濤を何とか受け流す。
すると再び場面が変わっていることをルイズは確認する。
ここがフーバーダムのほど近く、ロサンゼルス市街地の郊外であることはルイズには
分からない。ハルケギニアにいるルイズが地球という惑星の存在を知ることになるの
は、彼女が青年の使い魔を新しく召喚した後の事である。
鉄の平原が広がる先程までの光景とは随分と異なる、鉄とコンクリートで作られてい
る ビ ル デ ィ ン グ。鬱 蒼 と ビ ル デ ィ ン グ が 立 ち 並 ぶ 場 所 で メ ガ ト ロ ン と 鋼 鉄 の 巨 人 が
戦っていた。鈍色だった全身の装甲が赤と青を基調とする鮮やかなものへとその外見
は変わっている。だがそれでもメガトロンと共にいたあの鋼鉄の巨人だと、ルイズには
直感で分かった。
メガトロンがここまで語気を荒げる相手はあの鋼鉄の巨人以外に居ないのだろうと
察することが出来たからである。
﹁何故そこまで危険を冒す││││││││あの虫けらの少年のために。﹂
﹁我々の種族全体の未来の前で、たった一人の人間の命に何の価値がある たとえお
﹂
﹂
前が無意味にこだわる相手だとしても。数字を理解して論理に従う能力をこの星でし
?
したところ、
どちらが正しいとか間違っているということではない。簡単な善悪の二分法を超越
!!!
ばらく暮らすうちに失ったのか
だから貴様は勝てんのだッッ
?! ?
赤と青の装甲を纏った鋼鉄の巨人をメガトロンは投げ飛ばす、
﹁弱いものを守るために戦うだと
第二十話 鋼鉄の罪科
310
互いの思う正しさと信念の為に両者は衝突している。メガトロンとその鋼鉄の巨人
は互いが掛替えのない友人であるからこそ対立し戦うのだった。
メガトロンは言った。
常食とする暗黒物質が活発に働き始め、メガトロンの全身から膨大なエネルギーが溢
これまでと全く変わらないその信念を見たメガトロンは覚悟を決めたようだった。
運命を選ぶ権利がある、と人間を尊重する態度を見せる鋼鉄の巨人。
結末は変わらないようだった。
最後の最後まで二人は分かり合うことが出来ないのか、迎えることになるその運命の
ルイズは見た。苦渋に歪むメガトロンの顔を、
﹁彼らにも運命を選択する権利がある、﹂
鋼鉄の巨人は反駁する。
﹁人間は生きるに値しない、﹂
311
れ出す。破壊大帝メガトロン。その圧倒的な強さの秘密はエネルギー源として常食す
るパワーコアという暗黒物質にある。暗黒物質を摂取するメガトロンは通常のトラン
スフォーマーとは比べ物にならないほど耐久性とパワーがすば抜けている。他のトラ
ンスフォーマーが暗黒物質を摂取してもその暗黒物質のパワーに耐えきれず一時的な
パ ワ ー ア ッ プ と 引 き 換 え に 身 体 が 崩 壊 し て し ま う。暗 黒 物 質 を 常 食 と し て 莫 大 な パ
ワーを発揮し続けることが出来るトランスフォーマーはメガトロン以外に存在しない。
メガトロンは生まれながらにしてメガトロンであり、その本性は破壊そのもの。破壊
﹂
﹂
大帝の破壊より逃れられるものはいない。メガトロンが対峙している掛け替えのない
友人を除いては、
﹁ならば貴様も死ね
てルイズの視界は黒に染まった。
放たれる光弾。赤と青の鋼鉄の巨人を紙切れのように吹き飛ばすその蒼い閃光を見
その圧倒的な殺意を前にしてルイズは身体の震えを止めることが出来なかった。
!!
!
﹁人間諸共、滅びるがいい
第二十話 鋼鉄の罪科
312
313
そしてルイズは目を覚ました。
自分が設えられたベッドの上にいることを確認し安堵の息を吐いた。
びっしょりと汗をかいている、額に張り付く髪の毛が煩わしかった。
窓からはハルケギニアの双月が煌々と輝いている。
ルイズが寝入ってからまだ幾分もたっていないようだった。
メイジと使い魔にある繋がりは、稀に記憶の共有を伴うことがある。その記憶を頼り
にしてより使い魔との友好的な交流を紡ぐために努めたりもする。使い魔を召喚した
メイジの間ではある程度知られた普通の出来事だった。
ルイズは思う。そのような生易しいものであればよかった、と。
ルイズの背負う鋼鉄の罪科、
破壊大帝を召喚した少女にはより重い枷が圧し掛かっている、
﹁メガトロンは、自分の故郷の為に戦っていたのね、﹂
﹁すごく悲しそうな顔をしていた、メガトロンもあんな表情をみせるんだ、﹂
﹁何て説明すればいいのかな、私の中に貴方の失われた記憶があるんだなんて。﹂
願ってしまったから、求めてしまったから、もう少女は戻れない。
これ以上の罪科が果たして他に存在するだろうか、
の使い魔として使役している。
課せられた使命の為に戦い続けるメガトロンから記憶と目的を奪い去り、そして自分
た。
何て事をしでかしてしまったんだろうか、後悔も罪悪も何もかもが最早手遅れだっ
どうしても溢れて止まらない。
泣き出しそうになるルイズ。瞼を強く閉じてそれ以上の落涙を止めようと努めるが
ルイズの独白を聞く者はいない。
﹁謝っても許してはくれないわよね、﹂
第二十話 鋼鉄の罪科
314
315
可憐な少女が進まなければならない茨の道。
その険しい行く先と対比するようにハルケギニアの双月は眩く輝いた。
第二十一話 アルビオン王国崩壊の前夜
ニューカッスル城の真下、反乱軍側も気づいていない秘密の港にてルイズはメガトロ
ンと睨み合っていた。
巨大な戦車であるエイリアンタンクと向き合っているルイズ。並んでみればその戦
車の大きさがより際立って見えた。
キュルケはハラハラしながら成り行きを見守っていたが、話の決着は未だ平行線を
辿っている。それにしてもとキュルケは思う。あのメガトロンとよくも対等に向かい
あうことが出来るのはなぜなのだろう。 ルイズがメイジだからか、それ以外の理由が
あるのかキュルケには分からなかった。
まだ終わってないわ、﹂
!
まだ終わっていないのよ。ウェールズ皇太子殿下を説得してトリステインへの亡命を
﹁任務よ、手紙を取り戻して貴方への依頼は終わったかもしれないわ、でも私への依頼は
﹁ほう、何が終わっていないのだ、﹂
﹁まだよ
﹁手紙を無事取り戻し、依頼された項目は全て満たした、アルビオンを離脱するぞ、﹂
第二十一話 アルビオン王国崩壊の前夜
316
とメガトロンは眉根を顰める。
御決断いただくんだから、﹂
何
メガトロンに声が届かないよう口を窄めながらルイズを問いただした。
イン魔法学院へ帰還するものと思っていたキュルケは慌てる。
と王軍が激突する主戦場となるというのに。 任務を終了しこのまま安全にトリステ
断だった。態々戦時下のニューカッスルで何を言い出すのか、もうすぐこの城は反乱軍
そんな依頼が無いであろうことくらいキュルケにも分かる。間違いなくルイズの独
キュルケは驚いたようにして仰け反った。
れなかった。
メガトロン。もしかすればそのメガトロンに対抗意識をルイズは抱いているのかもし
いない内容だったからだ。最早手紙の件を依頼されたことすら隠そうとはしていない
ウェールズへの亡命を促すということはマザリーニからの依頼では全く触れられて
?
ニューカッスルはもうすぐ戦場になるのよ
﹂
さっさと帰れば安全じゃない。ま
?
だここで何かしなければならないことがあるっていうの
?
?
﹁ちょっとルイズ。貴女いきなりどうしたのよ。このまま学院へ戻って任務終了でしょ
317
﹁そうよ。アンリエッタ姫殿下とトリステインのためにまだ私は帰れない。でもキュル
ケそれにタバサも学院へ帰りたいなら帰ってもいいわ。私は引き止めないから。﹂
よ。﹂
﹁反 乱 軍 の 一 斉 蜂 起 ま で ま だ 時 間 は あ る。や れ る こ と は 全 て や っ て か ら 後 悔 し た い の
﹁ルイズ⋮⋮⋮、貴女はやっぱりお馬鹿さんね。でも嫌いじゃないわよ、そういうの。﹂
溜息を吐きながらキュルケはルイズを見た。
その様子は相変わらずだった。聡明で気品に溢れる雰囲気も、悩み苦しんで出した結
論を梃子でも曲げない強情さもそのどれもがいつも通りのルイズフランソワーズだっ
た。
ここからキュルケが何をしても、こうなってしまったルイズを言い包めることは出来
ない。その他の誰かでも結果は同じだ。出来るとしたらここにいるメガトロンだけだ
ろう。交渉の手練手管に長けたメガトロンであれば苦も無くルイズを動かすことが出
来る。
しかし、当のメガトロンは、
﹁勝手にするがいい、﹂
第二十一話 アルビオン王国崩壊の前夜
318
319
といって沈黙してしまった。
秘 密 の 港 に は 物 言 わ な い エ イ リ ア ン タ ン ク が 静 か に 鎮 座 し て い る。何 も 言 わ な く
なってしまったメガトロンを後にしてルイズは踵を返す。そして、ニューカッスル城に
いるウェールズ皇太子の下へ向かった。
ルイズの後を追ってキュルケも踵を返した。
メガトロンのらしくない沈黙が気にかかった。あのメガトロンが何故何も言わない
のかルイズの我儘な独断など普段からしているように無視してしまえばいいのに。何
か特別な理由でもあるのだろうかとキュルケは考える。
普段の姿からは想像もできないメガトロンの様子が気にかかったが、いまはルイズを
助力することに集中しようとキュルケは思った。動かないメガトロンよりも動いてい
るルイズだ。そう思い燃えるような赤い髪を掻き揚げるいつもの仕草を取っていた。
▲
三方を急峻な崖に囲まれたニューカッスル城は天然の要害だ。
急 峻 な 崖 が 天 然 の 防 壁 と な り 攻 撃 側 は 馬 鹿 正 直 な 正 面 攻 撃 を 強 い ら れ る。自 然
ニューカッスル城を攻め落とそうとすれば、それは大変な手間を擁することになった。
圧倒的に優勢な反乱軍が一息に王軍側を襲撃しないのもそれが理由だった。攻める
反乱軍とは異なり籠城する王軍側は正面に対する備えにだけ執心すればよくこの
ニューカッスルの恵まれた立地を最大限に生かしている。そのため如何な大軍勢を擁
するとはいえ反乱軍は攻めあぐねているのだった。
しかし、
しきることが出来るとは思えない。
カッスル城が天然の要害であろうと300もいない王軍側があの反乱軍の大陣営を抗
て い る。物 々 し い そ の 陣 容 か ら 反 乱 軍 側 の 軒 昂 な 士 気 が 見 て 取 れ た。如 何 に ニ ュ ー
だった。完全に包囲されたニューカッスル城。夥しいほどの軍勢が城の前方に陣取っ
ニューカッスル城テラスの上、周囲の地形を一望できる場所だからこそ分かる現実
そういってキュルケは溜息を吐いた。
じゃねぇ。﹂
落ちるまでもう秒読みって所かしら。いくらニューカッスル城が守りに易くてもこれ
﹁あっちゃーこれは無理ね。見渡す限り敵だらけじゃない。アルビオンが貴族派の手に
第二十一話 アルビオン王国崩壊の前夜
320
風前の灯であるニューカッスル城には何時までも逗留することが出来ないのは明白
だ。さっさと城を離れなければ戦火がこちらにまで及んでしまう。そうなってしまえ
ば道連れは必至だった。幾ら褒章を貰っているとはいえ割に合わないのではないかと
キュルケは思う。
タバサは不思議な長い棒をテラスに持ち込んでいた。長い棒を構え何かを覗いてい
﹂
る。反乱軍側の陣容を確認しているようだったがこの遠距離からそんなことが出来る
のか、とキュルケは興味をそそられた。
こんなに遠くても見えるの
﹁ねぇ、何してるのよタバサ、﹂
﹁敵情視察、﹂
﹁視察っていってもその棒で
﹂
本当ね、こんなに遠いのに兵士の顔の見分けまで確りと出来る
﹁見える、ドクターはスコープと呼ぶんでいた﹂
?
わ。もしかしてそれもミスタから
!
﹁そう、依頼して作ってもらった、﹂
?
﹁どれどれ、⋮⋮わぉ
?
321
﹁ふぅんそうなのね、それにしても残念ねぇ。タバサのものだけじゃなくてこの件でも
ミスタに協力してもらえば何とかなりそうなのに。﹂
﹁そういう訳にはいかないのだ、残念だがね。﹂
しげしげとタバサの棒を見るキュルケだったがそのキュルケの疑問に答えたのはタ
バサではなかった。後ろから聞こえてきた声に反応して弾けるように振り返る。
するとウェールズ皇太子殿下の姿があった。
恐らくルイズをいなしてきたのだろう。餅のように張り付いてくるルイズのしつこ
さにはあのメガトロンも根を上げたくらいなのだ、如何にウェールズが対人能力に優れ
ていようと一朝一夕で対処することは出来ないのだろう。
こ、これは失礼をば。﹂
!!
げかける。
急に居住まいを正すキュルケに対して、ウェールズは椅子に腰かけ楽にしていいと投
﹁ああ、構えなくてもいい。堅苦しい挨拶は抜きで構わない。﹂
﹁ウェールズ皇太子殿下
第二十一話 アルビオン王国崩壊の前夜
322
そういうウェールズの姿は随分と疲れて見えた。ルイズのバイタリティにやや辟易
としているのかもしれない。
何故メガトロンがルイズの使い魔をしているのか、その理由がよく分ったと苦笑しな
がらウェールズは前置きした。
そして一転、真剣な表情と確固とした意志を感じさせる瞳が煌めく、
メートルにも渡って続いている。
ニューカッスル城その正面には幅深さ共に数メートルはあるだろう堀が延々と何百
勝 利 を 納 め る こ と が 出 来 る と い っ た ウ ェ ー ル ズ に 嘘 は な い、と キ ュ ル ケ は 思 っ た。
りを持っている。﹂
がその彼らを排除してもらうことは出来ない。私は王族であり王族としての義務と誇
メガトロン卿であれば反乱軍その全てを相手取り勝利を納めることが出来る筈だ。だ
﹁反乱軍であるとはいえ、彼らもアルビオンの国民だ。その事実に何らの変りもない。
ン卿へ何故ご依頼をすることが出来ないのかも出来れば知っておいてほしいのだ。﹂
﹁メガトロン卿の付添であるとはいえ君たちもアルビオン王国最後の客人だ。メガトロ
323
この堀も反乱軍の一斉蜂起を鈍らせる重要な一因になっている。そのことは想像に
難くない。この堀を造ったのがメガトロン以外にいないことはウェールズに聞くまで
もなく分かることだった。
ウェールズがメガトロンに寄せる強い信頼もこういった助力が積み重なった末のこ
となのだろう。
前もってルイズからメガトロンとアルビオン王室側の友好関係を聞かされていたの
でメガトロンを語るウェールズの姿を見てもキュルケは驚かなかった。
までも此度の件は反乱軍と我々王軍側のアルビオン国内における内政問題だ。援助を
﹁民からの反乱を自力で治めることが出来ない王政など既に王政として不適格だ。あく
力依存する王政など民の為に滅んでしまった方がいい。﹂
まえばアルビオン王家の誇りは地に落ち二度と戻ることはないだろう。反乱の度に他
一蹴し君臨を続ける王政などにどのような意味があるのか。その提案を受け入れてし
﹁だが、その提案だけは了承するわけにはいかないのだ。民よりの反乱を他力を用いて
﹁反乱軍を打倒しアルビオンを取り戻すことを、メガトロン卿よりも既に提案された。﹂
第二十一話 アルビオン王国崩壊の前夜
324
乞うことは出来ても解決の糸口を他力に求めることは王家として許されないことだ。﹂
﹁反乱軍の軍勢六万人を皆殺しにでもしてもらう
?
すようにメガトロンに命令するということは、六万人の命を奪い取るという途方もない
﹁でもねキュルケ。大きな力には大きな力に見合う責務と責任が伴うのよ。反乱軍を倒
てくれるわよ、﹂
メガトロンだったら直ぐにでもやっ
断られても連れない態度をとられようとウェールズの亡命を粘り強く主張している。
ある。キュルケは早々に飽きて脱落していたがルイズは諦めていなかった。どれだけ
イズは主張していた。秘密の港でメガトロン相手に啖呵を切った後からずっとこうで
ましたとでもいうようにウェールズの脇にピッタリと寄り添い離れる気などないとル
とルイズのしつこさを受け入れてしまったのかもしれない。まるで最初からここにい
何処からともなく現れたルイズを見てウェールズは天を仰いだ。最早躱し切れない
語り続けるウェールズに続いたのはルイズだった。
ばいいのよ、﹂
﹁そうよキュルケ、メガトロンに協力してもらうっていっても具体的にどうしてもらえ
325
大きな責任を背負わなければならない。その覚悟を持たなければならないの。だから
そう簡単にメガトロンへ命令する訳には行かないわ。その命令を聞いてくれるかもわ
からないし六万人を一蹴できる力の矛先が私たちに向かない保証なんて何もないんだ
から。﹂
いる訳じゃあないわ。ただミスタに御力添えしてもらえば現状でも何とかしてくれる
﹁ご、ごめんなさいルイズ。でも別に反乱軍を皆殺しにだなんてそういうことを望んで
とおもっただけよ、﹂
れまでの認識を改めなければならないと自省した。
キュルケに謝罪するルイズを見て納得の頷きをするウェールズ。ルイズに対するこ
か、とウェールズは憶測する。
あのメガトロンを使い魔として使役できている理由はこの聡明さにあるのではない
力と責任に関する意識も幼い年齢からは考えられない程に成熟している。
いる。
力に溺れるでもなく傲慢に身を浸すでもなく、しっかりと自分を律することが出来て
ほう、とウェールズは感嘆の息を吐いた。
﹁うん、分かってる。分かってるわキュルケ。ごめんねキツくあたって。﹂
第二十一話 アルビオン王国崩壊の前夜
326
そしてルイズに向き直りこれからの予定を話し始める。
ルイズとウェールズ、ともに譲れない立場にあることを理解しての提案だった、
いていても有用な結果を得ることは出来ない。一度腰を据えてとことん話し合いをす
断る理由などなかった。二つ返事で了承するルイズ。このままウェールズに張り付
﹁必ず皆を説得し、ラ・ヴァリエール嬢の為に幾らかの猶予を作ると約束しよう。﹂
るのは卿だけだ。この依頼が受諾されればこれ以上心強いことはない。﹂
﹁非戦闘員を多数乗せた移送船は余り速度を出せない。その移送船を最後まで護衛でき
ないよう、イーグル号の護衛を卿に依頼したいのだ。﹂
になる。多くの非戦闘員が乗船しているそのイーグル号が反乱軍の牙にかかることが
することなく最後まで戦うという我々の心積もりは変わらない。つまり最後の移送船
﹁明日、非戦闘員を乗せた移送船イーグル号がここニューカッスルから出航する。降伏
﹁そこで一つ提案をしたい。﹂
難しいのだ。﹂
ならない。譲れない貴殿の立場も汲み取れるが、余り貴殿の為だけに時間をとることは
﹁ラ・ヴァリエール嬢よ。皇太子として私は様々な軍議や打ち合わせに参加しなければ
327
る席が欲しいと思っていたルイズにとってはその提案は渡りに船だった。
ウェールズがルイズにその提案を投げ掛けたのはウェールズなりの配慮だったのか
もしれない。通常のウェールズであれば態々ルイズを通してメガトロンに依頼などし
ない。そのまま直接メガトロンへ依頼するはずだ。
一応はメガトロンを使役するルイズの面目を立てるためにルイズを介したのか、それ
ともルイズを信頼をするに足るメイジとして認識したのか、そのどちらでもないのかル
イズには最後まで分からなかった。
ニューカッスル城内には戦闘に備えて作業に走り回る兵士の姿が見かけられる。兵
所定の通路を通り設えられたあの手狭な部屋へのルートを辿る。
そう言ってルイズたちは部屋へ向かった。
まだ残ってるし城内で作業をしている人達の邪魔をしたくはないしね。﹂
﹁そうね。出来るだけ私たちの部屋で静かにしましょう。メガトロンへの護衛の依頼も
ロチョロするとウェールズ皇太子殿下も迷惑だってことね。気をつけましょう。﹂
﹁はぁ取り敢えずはこれで話は纏まったわね。本番は明日からって所かしら。あまりウ
第二十一話 アルビオン王国崩壊の前夜
328
329
士以外にもその家族であろうか幼い子供や女性の姿もその中にはあった。老いも若き
も様々な男女が城内に避難している。人々は崩壊間際の王国を象徴する悲壮な表情を
貼り付けていた。
その一様な表情を見てルイズは思う。崩壊する国家とはここまで惨めで哀惜に塗れ
たものなのか、と
一歩異なっていればトリステインも同様の末路を辿ることになるのだった。 他人
事ではないのだということを強く心に刻みつけ、ルイズは歩を進めた。トリステイン王
家に杖を捧げるメイジとして。崩壊するアルビオン王国と同じ結末をトリステインへ
もたらす訳には行かない。
そのためにルイズとしては何としてでもウェールズ皇太子殿下に亡命を御決断願わ
なくてはならないのだった。
第二十二話 来襲
ニューカッスル城本棟より東へ数百メートル、そのニューカッスル城敷地内の外れに
は礼拝堂が建立されている。
ハルケギニアに広く普及するブリミル教を象徴する建物だった、その始祖ブリミルの
像が置かれた礼拝堂にてウェールズとルイズが向かい合っていた。
ルイズの後ろにはキュルケとタバサが控え立ち事の成り行きを見守っていた。
軍服に身を包んだウェールズの姿。寸暇を惜しむほど繁忙を極める中やっとのこと
で時間を捻りだしたのだろう、服を着替える暇すら惜しいウェールズの立場が見て取れ
る。
しかし、ウェールズの表情は身に着けたその厳めしい軍服からは考えられないほどに
優しく柔らかだった。
うか。﹂
﹁ウェールズ皇太子殿下、トリステインへの亡命をどうしても御決断願えないのでしょ
第二十二話 来襲
330
﹁申し訳ない、昨晩の検討を経ても私の意思は変わらなかった。﹂
﹁御仲間と共にトリステインへ陣を引き、今一度アルビオン王家復興のために雌伏為さ
ウェールズはルイズを見た、まるで自分と同じ種類の人間を認めるようにして。
深甚な思い。そのどれもがあの日のルイズを想起させた。
更に相手を思いやることが出来る深みのある度量。通常の人間では持ちえないだろう
その姿はさながらあの日のキュルケとルイズのようだ。自身の窮状を認めその上で
うだった。
切の迷いが感じられない。自然体でにこやかに微笑みかけるその様はルイズを慮るよ
仲間と共にアルビオン王国へ殉じることを決意したのだろう。その雰囲気からは一
ウェールズは静かに微笑んだ。
から離れることが出来るだろうか。﹂
何よりもこれまで死んでいった忠臣と今も戦っている仲間達を思えばどうしてこの場
﹁だが、それでも私の意思は変わらない。アルビオン王族としての誇りと義務が、そして
﹁愛しいアンリエッタを思えばこの身かわいさで思わず逃げ出してしまいたくなる。﹂
331
れては
﹂
?
つウェールズだからこその決断。
軍の討滅をメガトロンへ依頼できる訳がなかった。国民を愛し王族としての誇りを持
反乱軍とはいえ彼らはアルビオンの国民である。その彼らを思うウェールズに反乱
誉を全うするためにはどうすればいいのかをウェールズは確りと理解していた。
把握し客観視するだけの器量と賢さを持っている。アルビオン王家としての誇りと名
皇太子という外面だけがウェールズではない、彼は自身の置かれている現状を正確に
だ、﹂
ビオン王家の名誉は失われてしまうだろう、その結果を受け入れる訳には行かないの
ることになる。結局は他力に依存した反乱軍の鎮圧という落着は避けられない。アル
の激突は確実だ。我々の避難が完了するころには既に屍の山が幾つも積みあがってい
向かってくるはず。そうなってしまえば時間を稼ごうとするメガトロン卿と反乱軍と
威光が働いているとはいえ反乱軍も必死だ。数日後の一斉蜂起の際には決死の覚悟で
そメガトロン卿が反乱軍を打ち砕く方が簡単に済むだろう。如何にメガトロン卿の御
﹁その案も勿論考慮した。だが、我々全員が避難をするための猶予を稼ぐよりも、それこ
第二十二話 来襲
332
333
その決断を聞いてルイズは自分に出来ることはないと悟る。
このアルビオンにおいて状況は完全に定まっていた。
王族としての誇りと使命を全うするウェールズ皇太子。アルビオン王族に殉じるこ
とを選択した忠臣の人々。革命が為されるその寸前まで王軍側を追い詰めた反乱軍は
後もう一息とばかりに大挙してやってくるだろう。如何にメガトロンでもその反乱軍
に危害を加えることなく時間を稼ぐことは困難だ。亡命を促すルイズの試みを敢え無
く失敗に終わった。
それこそメガトロンの力を借りて力づくでウェールズ皇太子をトリステインまで拉
致でもしてやろうか、とルイズは画策していた。だが、王族の誇りを全うするという
ウェールズ確固とした意思を無碍にすることはどうしても出来なかった。
移送船イーグル号は明朝出航を済ませていた。
現アルビオン国王ジェームズ一世の促しもあり乗組員には非戦闘員だけでなく戦闘
続行を諦めた兵士も幾人か乗船していたらしい。負けると分かりきっている戦争を忠
義だけで乗り切れる人々は多くないということだろう。
第二十二話 来襲
334
現状のニューカッスル城には昨夜までの雑然とした高揚は失われていた。300人
居るかいないかという戦闘員だけが残ったことになる。城内の雰囲気は沈んでいたが、
この状況でも残ることを選択した兵士は真の忠臣だった。アルビオン王家の華々しい
最後を飾るには十分すぎるほどだろう。
最早自分に関われる領域は残されていないのか、ルイズは護衛任務に就いているメガ
トロンを思った。今頃メガトロンは何処かの空を飛びながらイーグル号を無事に送り
届けるために哨戒を続けているはずだ。
大量の人員を乗せたイーグル号は船足も遅い。ウェールズがメガトロンへ護衛を依
頼 し た の も 頷 け た。あ の メ ガ ト ロ ン が 移 送 船 護 衛 と い う 任 務 を こ れ ま た 素 直 に 受 け
取ったのは意外だったし、その理由もルイズには分からなかった。しかし、その事実だ
けでルイズは十分すぎるほど満足だった。
だが、それと同時にルイズは自分の不甲斐無さを強く感じた。メガトロンは自分の任
務を忠実にこなしているにも関わらず、大見得を切ったルイズはこの有様だ。不甲斐な
いにも程がある。
だから、ルイズは質問を投げ掛けた。細やかな口惜しさを隠しきれずに滲ませなが
ら。
ルイズはウェールズを見た、まるで自分と同じ種類の人間を認めるようにして。
﹁そして、ラ・ヴァリエール嬢よ。恐らくは貴殿もまた私と同じ選択を⋮⋮ッッ
?!
遠方からまるで地鳴りのようにして響く号砲を聞いてウェールズは驚愕し思わず振
突如として轟く轟音と怒声。
﹂
それはほんの僅かだったが、笑みを投げ掛けられているのだとルイズには分かった。
そしてウェールズはその口角を僅かに持ち上げる。
からその未来に恐怖はない、私は一人ではないからな。﹂
する為に、王族としての誇りを全うして殉ずるつもりだ。忠義を捧げる皆がいてくれる
﹁その通りだ、ラ・ヴァリエール嬢よ。私は私であるが故に我々が我々であることを証明
﹁ウェールズ皇太子殿下。殿下は自らの誇りの為に、死を受け入れるおつもりですか。﹂
335
り返った。
その号砲は治まりを見せない。それどころか溢れる波濤のようにしてますます膨張
を続けていた。
膨れ上がる雄叫びの嵐を聞いてウェールズは歯噛みする。
この事実を予見していない訳ではなかったがそれでも早すぎた。
﹂
通達の日時までまだ幾日もあるというのに、あの通達は謀りだったとい
!!
戦場だからとて義を捨て去るなど言語道断だ
!!
﹁馬鹿なッッ
うのか
?!
羽帽子を取り男は一礼する。
だった。
い な く 貴 族 の も の だ と 感 じ さ せ た。そ れ は 長 い 髭 を 蓄 え た 2 0 代 後 半 の 苦 み 走 る 男
のない所作と一部の乱れもない衣服の着こなし。その身に纏う洗練された気品は間違
いつの間にかそこには長身の痩躯に羽帽子を身に着けている男が現れている。如才
戦場としては似つかわしくないほどの爽やかな声。
ていることですよ。ウェールズ皇太子殿下。﹂
﹁そう驚かずともいいではありませんか、戦場にて裏切り、騙し討ちは当たり前に行われ
第二十二話 来襲
336
えるような真似をすることはないと理解していた。
ルイズ説明しなさいよ。この殿方は誰
急に出てきて一体何なのよ
﹂
グリ
?
﹁ちょっと
!
フォン隊隊長って言っていたけれどもしかして貴女の知り合いなの
﹁⋮⋮⋮、﹂
?
?
タバサにはルイズが杖を構える理由は分からない。だが、ルイズが理由もなく武器を構
その様子を見て傍に控えていたキュルケやタバサも慌てて杖を構えた。キュルケや
だが、ルイズは即座に杖を構え警戒する素振りを見せる。
礼拝堂入口に佇んでいたその身体が前進を続ける。
そういってワルドは一歩足を踏み出した。
ることを命じられた。遅ればせながら助力に馳せ参じたよ。﹂
子爵です。以後お見知りおきを。そしてルイズ、アンリエッタ姫殿下より君達に同行す
﹁アンリエッタ姫殿下にお仕えする魔法衛士隊、そのグリフォン隊隊長を務めるワルド
337
キュルケは説明を求めるがルイズは答えない。
矢庭に警戒態勢を露わにし続けるだけだった。その瞳には疑心の色がありありと浮
かび上がっていた。
ワルドはその光景を見て満足そうに頷く。
まるで最初からわかっていたというように。
ろう。君達だけで本当に任務を達成できるのかどうか、とね。﹂
﹁トリステインの未来がかかっている重大な任務だアンリエッタ姫殿下は不安を抱くだ
い。そこで、ある程度腕が立ち身元が保証されている僕が同行に指名される。﹂ ﹁けれどこれは秘匿性の高い任務だ。多勢の部隊を援護につけて目立つわけにはいかな
﹁そういう筋書きだったんだ、本当はね。﹂
その整った端正な顔立ちが見る影もなくなっていた。その表情には確かな憎しみと
ギリリ、とワルドの顔が歪められる。
﹁そういう成り行きでことは進む筈だったんだよ。﹂
第二十二話 来襲
338
不満が読み取れる。険しい顔つきが更に険しくなる。
眉根に刻まれた深い皺がワルドの積み重なった苛立ちを表しているようだった。
そして、歪んだ顔つきはそのままにワルドは微笑んだ。
苛立ちを無理やり加工したおぞましい笑みをルイズに投げ掛ける。
い。
徐々に露わになっていく狂気、ルイズやキュルケ達は目の前の現状に困惑を隠せな
いる。
最早隠そうともしていない、眉根に皺を深く刻みつけながらルイズたちを睨み付けて
そしてワルドはその身に抱く狂気を露出させた。
﹁君は、本当に、聡明すぎる。﹂
﹁ああ、ルイズ。僕のかわいいルイズ。﹂
かったのに。﹂
﹁僕のかわいいルイズ。君はどうしてそうなんだろう。もっとお転婆で愚かだったら良
時も何時も何時も何時も何時も何時も君はそうだったね。僕のかわいいルイズ。﹂
﹁ああ、ルイズ。僕のかわいいルイズ。君は何時もそうだった。何時も何時も何時も何
339
﹁人目を引く多数の応援よりも、目立たない一人の腕利きを。グリフォン隊体長という
肩書もある。任務への動向に僕が指名されるのは寧ろ自然な成り行きだ。何の不自然
もない。﹂
が一番よく知っているよ、幼いころから何時もそうだった。﹂
﹁けれどルイズ。君がこんな上っ面のことに騙されるほど愚かではないということは僕
無いだろう
君は何時も僕の手中から擦り抜け
﹁君は余りにも聡明すぎる。それこそ僕が苛立ちを隠せないほどに。一度でも僕の思う
通りに動いてくれたことはあるかい
てしまうからね。﹂
?
?
係ないとばかりに歩を進めた。四人のメイジから杖を向けられているというのにワル
只ならぬ雰囲気を感じ取りウェールズも杖を構えた。だがワルドはそんなことは関
それらの指を一本づつゆっくりと折り畳みながら自身の目的を明らかにしていく。
そしてワルドは指を三本立てた。
悟していたよ。﹂
い。口先だけで君を上手く丸め込めれば最善だった。まぁ上手くいく訳がないとは覚
﹁ど ん な 理 由 が あ ろ う と も 急 に 現 れ た 僕 を 諸 手 を 挙 げ て 信 用 す る ほ ど 君 は 馬 鹿 じ ゃ な
第二十二話 来襲
340
ドの表情には一片の不安も見当たらない。
それだけの実力と自信があるということだろうか、無造作に歩き続けるワルドは警戒
すらしていなかった。
だとすれば貴様
貴族派の手先か
﹂
ウェールズの叫びに反応してキュルケ達も構えた杖に力を込める。同盟を成功させ
ズは断定した。
破綻を望むのはアルビオン支配を目論む貴族派以外にはいない。瞬時にそうウェール
アンリエッタ姫からの手紙を知っている。そしてトリステインとゲルマニアの同盟
?!
い取らせてもらうよ。﹂
﹁手紙だと
?!
そう叫び、ウェールズは杖を突きつけた。
!
させるためにはその手紙が必要だからね。ルイズ、君が持っているだろう手紙は必ず奪
﹁一つ、それはアンリエッタ姫殿下の手紙だ。トリステインとゲルマニアの同盟を破断
﹁ルイズ、僕が今日ここに来た目的は三つあるんだ。﹂
341
るためにはこの手紙を奪われるわけにはいかなかった。目の前の存在が明確な敵だと
判断できれば容赦は最早必要ない。キュルケ達が纏う雰囲気も剣呑なものになり、その
場の空気が張り詰める。
﹂
これだから物を知らない王子様は困る、国も滅ぼうというものだ﹂﹂
だが、叫んだそのウェールズに応えたのは一人ではなかった。
﹁﹁貴族派
﹁││││何ッ
間隙を見逃すほどワルドの実力は低くない。
突然の事態にウェールズ達は硬直した。身体が反応を要するまでの僅かな時間、その
ウェールズは驚愕し後ろを振り返った。もう一人のワルドがそこにいる。
?!
?
エアカッ﹁ウェールズ・テューダー、貴様の命だ、﹂
!!
前後にいる二人のワルド、そのどちらでもない三人目が現れる。
﹁くそッッ
﹁﹁そして二つ目の目的、それは│││││、﹂﹂
第二十二話 来襲
342
後 方 の ワ ル ド へ 向 け て 杖 を 構 え る ウ ェ ー ル ズ を 新 し く 出 現 し た 三 人 目 が 襲 撃 し た。
エアカッターを放とうとするウェールズに背後から接近、その心臓へ向けて杖を突き立
てる。高濃度に風の魔力を纏った杖は本物の刃物を凌ぐ鋭さを持っている。突き出さ
﹂
れたその一撃。風の刃はマントを切り裂き、過たずウェールズの心臓を貫いた。
﹁ウェールズ皇太子殿下ッッ
だが、そのルイズの懸命な姿を嘲笑うように分身のワルドは続ける。
い、手足が血に染まってもルイズは傷口を押さえ続けた。
れ以上ないほどに決定づけていた。押さえても押さえても夥しい量の噴出は止まらな
吹き上がる血液がその場を濡らす。噴水のようなその光景はウェールズの絶命をこ
う。
る身体を支える力をルイズは持っていない。そのままウェールズごと倒れ込んでしま
ルイズは叫び、ウェールズを抱き留めることしか出来なかった。だが完全に崩れ落ち
ることすら出来ない僅かの間。
言葉をあげることなくウェールズは崩れ落ちる。ほんの数瞬のことだった。反応す
!!!
343
﹁﹁我々はレコン・キスタ、ハルケギニア全土を支配し封じられた聖地を奪還するため結
成された組織だ、障壁となるものには容赦はしない、アンリエッタ姫殿下の手紙を渡し
てもらう、﹂﹂
自身の正体を明かしたワルド、杖を構え追加の呪文を唱える。一所に集結した三体の
ワルド、徐々にその姿が揺らめき三つだった人影が七つへと増加していた。風は常に偏
在している、一か所に留まらず風の吹く所であれば何処にでも、場所を選ぶことなく彷
徨い現れる。
タバサの頬を一筋の汗が伝った。
同様の属性を持つからこそ備わった実力のほどを理解することができる、
﹁偏在の魔法、﹂
﹁本物は一人だけ、その一人を見抜いて倒すことが出来なければ私たちは死ぬ、﹂
﹁七つ全てが本人そのもの、複製されるゴーレムとは根本が違う、﹂
の手練れだわ、あらあら、私たち生きてこの場から帰れるかしら、﹂
﹁間違いなくスクウェアクラスのメイジね、属性は風、タバサも反応できないなんて相当
第二十二話 来襲
344
タバサの冷静な分析にキュルケは頷き返した。
位置を変え分身した複数のワルド全員を視界に納める。
ちらりと横目でルイズの様子を伺う、未だ大量の血を吹き出し続ける胸の傷口をルイ
ズは必死で押さえていた。
最早ウェールズが助かる見込みは残されていない。それをルイズも理解しているの
だろう、その様子は呆然としている。身体だけが動いていて目の前の凄惨な光景に精神
が追いついていないのだろうか、ルイズの瞳は虚ろだった。
気が抜け落ちてしまったルイズの姿。
キュルケは溜息を吐いて言った。
﹁絶体絶命、﹂
ニューカッスル城はもうすぐ反乱軍に攻め落とされるしでもう散々ね。﹂
﹁手 紙 を 狙 う 追 っ 手 が ス ク ウ ェ ア ク ラ ス の 手 練 れ で、護 衛 任 務 の ミ ス タ も い な い し
﹁了解、﹂
紙を守りきらなきゃ、﹂
﹁今のルイズはあてに出来ないわ、私たちだけでやりましょう。何とかして御姫様の手
345
七人の偏在に囲まれながらもタバサは冷静だった。普段と変わらないその様子を見
てキュルケは苦笑する。これ以上心強い味方も早々ないだろう。
意識を集中し魔力を高める、絶対の死地に追い込まれた身体が火照り始めるのをキュ
ルケは感じた。身体の内より沸々と湧き上がる微熱はツェルプストーの血縁故だろう
か、身体の芯を心の底より湧き上がる微熱が焦がしてゆく。
堪らずキュルケは宣言した、
御相手仕りますわ子爵様、この身に猛る微熱の炎と共に是非とも踊ってくださ
燃えるように赤い髪を掻き揚げ高らかに。
﹁さぁ
だが、
?!
﹂
タバサも杖を構え二人は臨戦態勢に突入していた。
朗々と開戦の狼煙があがる。
いな、﹂
!!
﹁│││││ッッ
第二十二話 来襲
346
タラリ、とキュルケの頬を伝う何か。
何かに引き裂かれたようにして頬に一文字が刻まれていた。薄皮一枚という絶妙な
力加減の切り傷。
見ると七体の内の一人が杖を構えていた。メイジであれば誰でも教わる何気ない普
通の構え。だが、もう既に魔法を放った後だったことを除けばの話である。臨戦態勢に
あ る タ バ サ と キ ュ ル ケ が 反 応 す る こ と す ら 出 来 な い ほ ど の 早 業。放 た れ た エ ア カ ッ
ターは瞬きの間すら与えない。
偏在で分裂したワルドはそれぞれが笑みを浮かべていた。口角を吊り上げながらニ
タリと笑う。驕る学生にお灸を据えてやったというように、七人のワルド達は余裕綽々
と意趣を返した。
﹂ ?
グイッとキュルケは頬を拭った。
子爵様。﹂
﹁御気づかいなく。この程度で吹き消えてしまうほど、微熱の炎は乏しくありませんわ
所詮は学院生である君たちが果たしてどれだけ抗することが出来るかな
﹁僕の二つ名は閃光。最強の系統である風を操るスクウェアメイジ、閃光のワルドだ。
347
第二十二話 来襲
348
頬を伝う血は拭えたが、背筋を伝う汗の粒は拭えていない。
全身を襲う慄然を何とか噛み殺しながらキュルケはワルドを見据えた。倒すべき敵
を前にしてこちらが先に倒れる訳には行かなかった。その後ろに仲間がいるならば尚
更だ。
ちらりと後ろに控えるルイズを見る。負けられない自身の立場を確認しキュルケは
ワルドへ立ち向かった。
礼拝堂を舞台にしたキュルケとタバサの戦いは、まだまだ戦端を迎えたばかりだっ
た。
もしれない。
み外界から距離をとる。死という目の前の現実から自身の心を守ろうとしていたのか
外界の出来事が急速に遠ざかり思考が内面へ集中していく、殻を作って内側に潜り込
遠くへ行ってしまったのはルイズの方だった。
彼らは未だ礼拝堂で戦いを続けている。
否、それは違う。
キュルケやタバサ、そしてワルドは何処か遠くへ行ってしまったのか、
景からルイズは実感を感じ取ることが出来なかった。
かった。目に見えない薄い膜を隔てた向こう。テレビ画面を眺めているようにその光
ま る で 彼 ら が 何 処 か 遠 く へ 行 っ て し ま っ た よ う に そ の 光 景 は 現 実 味 を 伴 っ て い な
キュルケとタバサ、そしてワルドの激戦が視界の端で踊っている。
第二十三話 覚悟と誇り
349
第二十三話 覚悟と誇り
350
ルイズの腕の中でウェールズ皇太子は息を引き取った、心臓を貫かれた傷跡は既に乾
き始めている、最早吹き出す血液も残っていないのだろう、徐々にそして確実に冷たく
なっていくその身体。
力の込められていない身体はそのもの巨大な砂袋のようだった、その活動していない
様が揺るぎようのないウェールズの死をルイズに突き付ける。
受け入れざるを得ないウェールズの死はルイズに強い衝撃を与えていた。
メイジであるとはいえルイズは未だ幼い少女である、生死という厳然とした存在、そ
の惨い現実を直視できるほどまだ成熟していなかった。人間の死という陰惨な現実の
存在から普段は向かい合わずに目を背けて生活することをどうして責められるだろう
か、メイジとしての義務があるとはいえまだルイズは成り立てであり若すぎた。
メガトロンを召喚し様々な難関を乗り越えてきた今現在であってもルイズは一度も
人の死というものを直接経験したことはない。ルイズが監督しきれていない領域では
定かではないが、それでもルイズはメガトロンに命令を下していたからだ。無暗に人を
傷つけたりましてや殺すようなことをしてはならない、という唯一の禁止命令。
351
命というものの尊さをルイズは理解していたから。
そして何よりも、人を害するという明確な覚悟をメイジが持っていないにも拘らず、
その責任と罪を使い魔だけに押し付けるようなことをしたくなかったからである。自
分だけが綺麗なままでいるために使い魔を都合の良い傘として扱う。そのような陋劣
な行為は願い下げであった。もしそのような傲慢に浸ってしまえば、貴族としての誇り
は絵に描いた餅となり、使い魔との間に培われた信頼は水泡に帰するだろう。
汚れるのであればともに汚れたい。戦うのであれば轡を並べてともに戦いたいとル
イズは思っていた。
使い魔の実施した行為に責任を持たないメイジはメイジとして失格である。
特にメガトロンのような存在が使い魔であれば尚更だった。
もしその命令を下さざるを得ない状況に追い込まれるのであれば、先ずは自分が率先
するくらいの覚悟を見せなければメガトロンからの信頼は得られないだろうとすらル
イズは考えていた。
第二十三話 覚悟と誇り
352
ではその状況に追い込まれた時、自分は人の死を命じることが出来るのか。その覚悟
を持つことができるのか。
これまでにも何度も考えてきたことだった。思考を繰り返すたび結論を先送りにし
てきた絶対命題。
だがこれまで曖昧に暈かしてきたルイズだったがもう逃げることは出来なかった。
厳然とした現実に追い込まれ退路を断たれたルイズは選択しなければならない。
人が死ぬとはこういうことか、という揺るぎのない現実を今ルイズは直視していた。
自分がこれから背負わなければならない覚悟とはこれだけ重いものなのか、それがど
のようなものなのか、ほんの僅かの遊びもなくその覚悟を想像できた。
氷点下まで冷却された十字架を抱きしめるように、その覚悟は容赦なくルイズを苛む
だろう、だがそれでも、ルイズはその十字架を受け入れて抱きしめなければならないの
だった。
自らの誇りと名誉、そして仲間や大切なものを守るためにはどうしても避けては通れ
ない道だった。
353
ウェールズの亡骸を抱いて、ルイズは思う。
亡骸となってしまったウェールズの姿はとても他人事とは考えられなかった。
ウェールズは死んだ。
誇りに殉じた高潔な精神も民を最後まで愛した心優しさも、その面影の欠片すら何も
残っていなかった。
死んでしまえば一つの遺体が転がるだけである。誇りも名誉もそこには何も残って
いない。
ウェールズは何のために死んでいったのだろうか、王族としての義務と誇りを滔々と
薫陶したウェールズの姿も今となっては余り思い出せなかった。吹き出した血液がル
イ ズ の 手 足 を 朱 に 染 め て い る。身 に 着 け て い る 衣 服 が た っ ぷ り と 血 を 吸 い こ み 重 く
なっていた。元々の色すら判然とはしない赤黒さ、余りに吸い込み過ぎたためか鼻腔を
突く鉄の臭いも曖昧で知覚できないようになっていた。
血に塗れた自分の姿と心臓を貫かれ打ち捨てられたウェールズの姿が重なって見え
る。
第二十三話 覚悟と誇り
354
ウェールズがルイズを、ルイズがウェールズを。
言葉には表れてはいないが互いに認め合ったように貴族と王族という立場の違いは
あれど、二人はとても似通っている存在だった。
誇りを胸に抱き、理想とする正しさと名誉を守るため。襲いくる困難に対して果敢に
立ち向かっていく。
その誇りを途中捨てることも出来ただろう、捨ててしまえればどれだけ楽に生きるこ
とが出来ただろうか。
易きに流れることもなく、只々苦行のようにして茨の道を進み戦い続ける。
全ては誇りを守るために、ありとあらゆる災禍に勇気をもって立ち向かう。
その崇高な本性を全うするということが、どれだけ困難で意義深く気高いことなの
か、理解できる人は殆どいない。
ウェールズは死んだ、無様にそしてあっさりと死んでいった。
だがその死様は確実に意味があり掛替えのない尊さを持っている。
355
その偉容は同様に戦う者へ勇気を与え、進むべき黄金の道を指し示してくれる。
ルイズは自身の未来をウェールズの姿に重ねていた。貴族としての誇りと名誉のた
め、恐らくは自分もこのようにして死んでいくのかもしれない。無様にみっともなく、
道半ばにして力尽き打ち捨てられた石ころのようにして死んでいく未来を簡単に想像
することができた。
けれども、ルイズはその迎えるかもしれない未来に一片の嫌悪も抱いていなかった。
その誇り高い鮮烈なウェールズの姿は例えようもない気高さを持っていた。
立派な先人を敬うように、そっとウェールズの頬を撫でる。
陶器のように冷たくなっている肌を慈しむようにしてなぞった。
惜しみない敬意と尊崇を込めてルイズは言った。
その眼差しは死体に対する忌避など一切感じさせない清廉で慈愛に満ち溢れたもの
だった。
最後の言葉をウェールズに投げかけ、そしてルイズの意識は再び礼拝堂へと復帰し
敬の念を抱いた。
皇太子としての名誉と誇りを全うしたウェールズの気高い姿に、自然ルイズは強い尊
ウェールズの死を看取る可憐な少女の姿がそこにはあった。
聖女のように奇怪だが見る人をどうしようもなく惹きつける。
ウェールズを慈しむルイズの姿は間違いなく異様だった。さながら死体を抱きしめる
全 身 が 返 り 血 に 染 ま り ピ ン ク ブ ロ ン ド の 美 し い 長 髪 も 斑 の 紅 朱 に 色 づ い て い る。
でしょう。﹂
立派に戦い抜きました。アルビオン王家の名誉は僅かの曇りもなく燦然と輝き続ける
﹁御見事でしたウェールズ皇太子殿下、王族としての誇りを全うする為、殿下は最後まで
第二十三話 覚悟と誇り
356
357
た。
第二十四話 ワルドの望み
四人の偏在に包囲されながらもタバサは未だ冷静だった、
左右から二人の偏在が迫る、それぞれが放とうとする魔法を確認し最も最善の次手を
展開する。
速度では敵わないならば予想される魔法の軌道を先読むしかない。
杖の構え相手の視線、その全てを冷静に観察、脳みそをフル稼働しタバサは解答を導
き出した。
そして照準を前方の空間へ定め空気の塊を発射する。
﹂
!
魔法を放ちながらバックステップ、距離をとったタバサをエアカッターが追尾する、
﹁エアハンマー
﹁﹁エアカッター、﹂﹂
第二十四話 ワルドの望み
358
だがタバサを切り裂こうと迫る二対の風の刃はエアハンマーによって打ち砕かれた。
風の塊を放つことによって辛くもタバサは難を逃れた。
じゃあこれはどうだろう、﹂
だが、気を抜くことは出来ない。四人の偏在は変わらずに健在だった。タバサを追い
詰めるため耽々と隙を狙っている。
﹂﹂﹂
﹁随分と筋がいい、誰かに師事でもしているのかな
﹂
﹁﹁﹁ウィンドブレイク
﹁アイスウォール
!!
腕が立つタバサを前にしても、ワルドはその不敵な笑みを崩さなかった。タバサの出方
う絶対の優位性がワルドを安心させていたのかもしれない。学院生とは思えない程に
だが、放たれた魔法が防がれようとワルドはまるで気にしていなかった。四対一とい
は積んでいる。
を受け止められないのであれば捌いてしまえばよいだけだ。その経験もすでにタバサ
受け流す、氷壁に斜面を前もって作り出し力を止めるのではなく受け流す。圧倒的な力
つ強力な濁流となってタバサに迫った、だが前方に生み出された氷の氷壁が風の暴風を
三人の偏在が空気の波濤を繰り出した、繰り出された波濤は互いを吸収しより巨大か
!!
?
359
を伺うだけの余裕すら感じられる。学院生との戦いなどワルドにとってはお遊戯その
ものなのだろう。
﹂
!
﹁そらそらそら、余所見をする余裕はないぞ
﹂﹂﹂﹂
!!
殺気、あの戦いを経験していたからこそ、この様な死地でも惑わず平静を保つことが出
活きている。まるで海水の中を動いているのではないかと錯覚してしまう程の濃密な
ウェアクラスの実力も萎んでしまった。スコルポノックとの戦いの経験がここにきて
あの森の中の広場での恐怖が去来する、巨大な黒蠍の畏怖に比べれば目の前のスク
サには無い成長があったからだ、
倒的に劣勢な戦いを未だ対等に継続することが出来ている。何故ならこれまでのタバ
各々が自律して行動する四人の偏在、スクウェアメイジであるワルドを相手取った圧
バサは必死で戦い続けた。
う。それこそ先ほどのウェールズのようにである。四方から隙間なく魔法が迫る中、タ
一点集中の近接戦闘魔法、風を纏った青白い杖は一度食らえば人体に風穴が空くだろ
﹁﹁﹁﹁エア・ニードル
第二十四話 ワルドの望み
360
来る。これまでを上回る技巧で淀みなく身体が動いてくれる。
だが、自身の成長を実感しながらもタバサは負けを確信していた。
たんだけどこの有様だわ。﹂
﹁流石にスクウェアクラスは伊達じゃないわねぇ、見た目だけの張りぼてを期待してい
ワルドを睨み付け戦闘続行の意思を示すが既に身体は限界を迎えていた。
言うことを聞かない左腕を摩りながらキュルケは立ち上がる。
を上げている。杖を持つことすら左腕では難しそうだった。
散見している。痛々しい痣が美しい褐色の肌を汚していた。防御に使った左腕が悲鳴
加減されているとはいえ攻撃魔法の直撃を被ったのだろう、身体には幾つもの打撲痕が
満身創痍のキュルケ、四人のワルドを相手取っているタバサよりも傷を負っている。
周囲への警戒を怠ることなくタバサはキュルケを気遣った。
﹁ゴホッケホ、⋮⋮大丈夫、大丈夫よタバサ、まだやれるから⋮⋮まだ、﹂
﹁キュルケ⋮⋮﹂
361
死を選択しなければならなくなってしまう。
どうしても本体を見つけださなければ、
では、どうするのか。七人の偏在を一度に相手取るわけにはいかない。
えない。
ていた。だが、キュルケは既に限界だった。とてもではないがこれ以上は戦えるとは思
こちらが四人を相手取りつつキュルケが本物を炙り出す、その展開をタバサは期待し
たからである。
はここまで積極的に近接魔法を使用している、こちら側に本物がいるとは考えづらかっ
ろうか、タバサはキュルケの方に本体が紛れ込んでいると予想していた。こちらの四人
実力を鑑みてワルドは人数を割り振ったのだろう、果たしてどちらに本物がいるのだ
タバサに四人キュルケには三人のワルドが対峙していた。
差し挟む隙は無かった、
キュルケは歯噛みするがその実力が余裕綽々の態度を裏打ちしているのだろう言葉を
い け し ゃ あ し ゃ あ と ワ ル ド は 羽 帽 子 を 取 っ て 一 礼 を 返 し て い る。そ の 様 子 を 見 て
﹁お褒めに与り光栄だね、﹂
第二十四話 ワルドの望み
362
!
!!
﹁ウィンディ・アイシクル
﹂
身体を一気に反転、最大の魔力を杖に込めキュルケの三人へ向けて必殺を投じた。
そのほんの僅かな間隙をタバサは狙った。
﹁︵││││││隙ッ
︶﹂
ていた、わざわざ杖を構え直しキュルケへ止めを刺そうと殺意を向ける。
気分を害されたのか、こめかみに青筋を浮かべている、初めて笑顔以外の表情が覗い
かながらも反応を示していた。
キュルケの相変わらずの減らず口、満身創痍の自分の姿を皮肉った言葉にワルドは僅
差し出せないわ、﹂
﹁あらあら、随分と覚束ないステップですわね、これじゃあダンスパーティーの招待状は
みもなくすぐに終わらせてあげるよ、﹂
﹁さて、そろそろ終幕としよう、僕は弱者をいたぶるような真似は好きじゃないんだ。痛
363
﹁﹁﹁│││ッ
た。
﹂﹂﹂
﹂
!!
?
││││だが、
﹂﹂﹁ウィンドブレイク
﹁余所見をする余裕は無いと言ったはずだが
﹂
!
﹂
三人は天井近くまで飛翔、キュルケへの攻撃を中断し防御に専念せざるを得なかっ
虚を突かれたのか、驚いた表情を浮かべるワルド、
突如として放たれた氷の槍、無数の氷槍は唸りをあげて三人へ迫った。
?!
﹁﹁エアハンマー
?!
り越えた後には空気の鉄槌が待っている。
辛うじてウィンドブレイクの魔法だけは何とか相殺することが出来た、だが波濤を乗
れる空気の波濤と塊。
三人へタバサが注意を向ける間中四人が待ってくれるわけもなかった、時間差で放た
﹁くゥッ
第二十四話 ワルドの望み
364
﹁カハッ││││、﹂
直撃する空気の塊、瞬間に電気の様な疼痛が脳天を貫いた
両腕で身体をガードしても衝撃は全身を伝って拡散する。拉げた肺が空気を吐き出
し、悲鳴をあげる肋骨と内臓がタバサを苛む。強力な魔法の前ではタバサの身体など木
の葉も同然だ、全身を伝わる衝撃そのままにタバサの矮躯が空を飛ぶ、そして幾何の後
に壁に叩きつけられた、
礼拝堂の石壁は衝撃を全身余すことなく伝えてくれる。小柄であるタバサの姿はそ
のものが木の葉のようだった、
石壁に叩きつけられたダメージは決して少なくない、だが未だタバサは戦闘を続ける
石壁を支えにしてタバサは立ち上がった。
十人にも分裂して見えていた。フラフラと震えながらも頼りにならない足に活を入れ、
チカチカと舞う星が頭の中で踊りだす。目の前の視界が歪み七人いる筈の偏在が数
手放しそうになる意識、必死で手を伸ばして何とか覚醒を繋ぎ止める、
﹁ゲェホッ、カハッ⋮⋮ゴホッ⋮⋮⋮、﹂
365
為の余力を持っている。
額からの出血をローブの袖で拭い取る、傷口への刺激は良い気付けとなった。
必死で頭を振り意識を取り戻す。ワルドは既にタバサへの追撃を仕掛けているよう
だった。
追撃の弾丸を躱すためにタバサは杖を振るい呪文を唱えようとする。
﹁ハハハッ﹂
﹂
?!
選択肢を採るわけにはいかない。
自身の回避とキュルケの保護が同時に行えない以上タバサはその場にとどまる以外の
キュルケは壁に直接激突し取り返しのつかない怪我を負うかもしれなかった。タバサ
クの魔法でキュルケを吹き飛ばすわけにはいかない。そしてタバサが回避することで
撃を食らったのだろう石壁へ向かって身体ごと吹き飛ばされている。ウィンドブレイ
追撃の弾丸として放たれたのはキュルケだったからだ、タバサと同じように魔法の直
だが、その弾丸を避ける訳にはいかなかった。
﹁││││ッッ
第二十四話 ワルドの望み
366
恐らくはワルドもそこまで読み切っているのだろう。
くぐもった笑い声をあげるワルド、戦闘はもう終了したとばかりに既に杖を仕舞って
いる。
吐き気がするほどの冷徹な思考、スクウェアクラスの実力は卓越した魔法だけでな
く、様々な修羅場を潜り抜けてきた経験と実力こそが保証するのだ。間隙を突いたタバ
サの急襲もワルドには意味をなすことはなかった。
こうしてキュルケとタバサ。礼拝堂における二人の戦いは終幕を迎える。
すんでいた。だが再起不能であることには変わりがない。
タバサの身体が緩衝になったお蔭か、取り返しのつかない怪我をキュルケは負わずに
それぞれが気を失った。
タバサは壁とキュルケに挟まれた衝撃で、キュルケはタバサに叩きつけられた衝撃で
音を上げることも出来ずキュルケとタバサはその意識を手放した。
肉体同士がぶつかり合う湿った衝撃音が場に響く、
﹁﹁││││、﹂﹂
367
最強の系統を操るスクウェアクラスのメイジ、ワルドはその名に違わぬ実力で二人を
完封した。
手練れのメイジ二人を相手取っての余裕の勝利、優雅さを残した様子は戦いだとすら
思っていないようだった。
▲
そしてワルドは最後の目的を果たすために踵を返した、
レコンキスタの忠実な手先であるワルドはどこまでも組織のためを思い行動してい
る。
ウェールズの心臓を貫いた張本人とは思えない程にその語り口は軽妙で爽やかだっ
七人の偏在はそのままにワルドはルイズへと向かい合う。
﹁あぁルイズ、僕のかわいいルイズ、君と二人きりになれて僕はとてもうれしいよ、﹂
これでゆっくりと話をすることが出来る。﹂
﹁やぁルイズ、僕のかわいいルイズ、邪魔者は居なくなった、やっと二人きりになれたね、
第二十四話 ワルドの望み
368
た。
その軽妙な語り口でルイズへと語りかけているが、対照的にルイズはワルドを見てい
なかった。
未だ視線はウェールズの亡骸へ注がれている。まるでワルドなど視線を注ぐ価値も
ないと言わんばかりにその挑発を取り合っていなかった。
自身を居ないもののように無視するルイズに痺れを切らしたのか、目の前の瓦礫を踏
み砕きワルドは一歩前へ進んだ。そのワルドが苛立った様子を経た後にようやくルイ
ズは口を開く。
どうでもいいわ、どうでもいいの、﹂
﹁ねぇワルド、どうしてウェールズ皇太子殿下を殺したの
して許されないことをしたのよ、﹂
?
そしてルイズはワルドを見つめた、亡骸に注がれていた視線をワルドへ移す。その視
貴方はトリステイン貴族と
参加しているのかだとか色々問いただしたいことはあるけれど、でももうそんなことは
﹁何故ここにいるのかとか、レコンキスタだとかいう訳の分からないものに何故貴方が
﹁もう二度と貴方と合うことはないと思っていたわ、ワルド﹂
369
線は淑やかだった。
激しく怒りを露わにすることのない、静かだが相手を見通すような鋭い目線。
スクウェアクラスのワルドを前にしても、ルイズの瞳に宿る確かな意思ははほんの僅
かも霞んでいなかった。
その揺るぎのない瞳を見てワルドは苦渋の表情を浮かべる。まるで幼いころからの
仇敵を前にするように、目の前にいる幼い少女のルイズを睨み付けていた。歯噛みして
その湧き上がる怒りを必死で押しとどめる。表情に現れそうになる苛立ちを無理矢理
に加工し、ワルドはルイズへと微笑みかけた。
﹁│││││ッッ
﹂
﹁お話にならないわワルド、あの時から貴方は何も変わっていないのね、﹂
から存分に僕を恨んでいい、その覚悟はもう出来ている、﹂
ないよ、ただ任務だからどうしてもね、君が僕を恨む理由もよく分るし理解できる、だ
うしても犠牲が必要になる。僕だって好きでウェールズ皇太子殿下を殺した訳じゃあ
﹁組織の崇高な目的のためには致し方ないことなんだ、尊い目的を達成するためにはど
第二十四話 ワルドの望み
370
!
371
ワルドのこめかみにはっきりと青筋が刻まれた。握りしめられた拳はブルブルと震
えている。眉間には深い皺が生まれ口元は噛み締められていた。その苛立ちを耐えき
ることはワルドには出来なかった。はっきりと苛立ちと憎しみを込めた表情をとうと
う露わにしてしまう。
古傷を容赦なく抉り取るように、投げ掛けた言葉はルイズの意図せずにワルドのプラ
イドをこれでもかという程毀損していた。手紙を奪いウェールズ皇太子を亡き者にす
る。組織の先兵としてのワルドの任務は既に終了している、だがワルド自身の本当の目
的はこれからだった。過去との決別をするためにはどうしてもワルドはルイズを越え
なければならないのだった。
ひょい、とワルドは軽く杖を振るった。
小さい空気の塊が飛び、ルイズの頬を掠る。
キュルケのように一文字の切り傷がルイズの頬に刻まれる、一筋の血液が頬を伝って
もルイズは微動だにしなかった。瞳に宿る光も僅かも変わっていない。その様子を見
てワルドは更なるフラストレーションを募らせた。最早微笑みを投げ掛ける余裕すら
ない。
しかし、増悪を前面に出すワルドを前にしても、ルイズは侮蔑する視線すら向けるこ
残っているあと
とはなかった。激高するワルドとは対照的にただ静かに平然とワルドを見つめるだけ
だった。
。﹂
﹁さっさと言ってちょうだいワルド、貴方には目的があるんでしょう
一つは何
?
たと思っていいだろう、﹂
ここまではいい、皇太子殿下は殺したし手紙はもう取り返したも同然だからね、達成し
もう説明した通りだ、アンリエッタ姫殿下の手紙、そしてウェールズ皇太子殿下の命だ、
﹁アぁルイズ、僕のかわいいルイズ、そうだよ僕には目的があるんだ。一つ目と二つ目は
?
壊れないように気を付けながら優しく優しく、手を伸ばす。
まるで大切な宝物を受け取るように両手を差し出している。
そしてワルドは更に一歩進んだ。
﹁そして次だルイズ、僕にとって最も大切で重要な目的はまだ残されている。﹂
第二十四話 ワルドの望み
372
﹁君は間違いなく我々レコンキスタの障害になるだろう、﹂
いたんだけれど、その悩みも徒労に終わってしまったね。﹂
たか、アルビオン国内において戦火に巻き込まれてしまったか、どちらにするか悩んで
﹁アンリエッタ姫殿下の手紙を奪還する任務の途上で貴族派の刺客によって餌食になっ
壇上の舞台俳優のように語り口は演技じみている。
自分に酔いしれているのかその姿はどこか滑稽だった。
その視線から逃れるようにワルドは語り続ける。
出来の悪い子供を射竦める母親のように、その視線は穏やかで鋭かった。
ていなかった。
ワルドの宣告、命を奪いに来たという通達を聞いてそれでもルイズは何の反応も示し
﹁君の命だ、僕は今日君を殺しにここへ来たんだよ。﹂
373
﹁僕には分かるんだ、ルイズ君は聡明すぎる、あの鋼鉄の使い魔もそうだ、君みたいな物
分りの悪いメイジがあんなに強力な使い魔を使役しては駄目だ、このまま君が成長すれ
考えられないほどの損失を被って崩壊は避けられないはずだ、君はいいんだ、
ば、何時の日か必ず君とレコンキスタは衝突するだろう。そうなってしまえば組織はど
うなる
が見えていなかったのだろう。猶もワルドは語り続ける。
だが、ワルドはルイズのその反応に気付いていなかった。語り口に熱中する余り周囲
でにも何度も経験してきたことだった、
分とが比較対象にすらならないことを悲しんでいたのかもしれない。ルイズがこれま
ピクリと眉根をあげ悲しそうに視線を下げる。メガトロンという優秀な使い魔と自
鋼鉄の使い魔、という言葉を聞いて初めてルイズは反応を見せた。
ルイズ、君を殺すことは何時でもできる、問題は君の使い魔だ、﹂
?
したよ、﹂
かった、それだけの力を持った使い魔、それを召喚したのが君だと知ったときは愕然と
でもそれでも分かるよ、あの使い魔は不味い、敵対してはいけないことだけは僕にも分
﹁誰かに邪魔でもされていたのか、色々と調べても分からないことだらけだったけどね、
第二十四話 ワルドの望み
374
﹁あの使い魔と正面から衝突する訳にはいかない、ならばどうするか、それは簡単だ、﹂
だから。
げたかったのだ。この過去を乗り越えることが出来なければワルドは前へ進めないの
はないのだろう。自身の過去への決別とルイズへの復讐をワルドはどうしても成し遂
任務にない三つ目の目的を態々果たそうとしているのも、組織への忠誠だけが理由で
くるようだった。
ルイズの瞳に宿る確固とした意志を汚す、というワルドの欲望がありありと伝わって
そのものこの時が来ることを待っていたように、悲願の成就を待ちわびている。
そしてワルドはにやりと笑った。
持つ者があの巨人の力を使役するだなんて不安に怯えなくともすむようになる、﹂
人と対立することがないように気を配ればいいだけだからね、君の様な下らない誇りを
ば一先ずは安心だ、組織とあの巨人が正面からぶつかることはなくなるだろう、あの巨
﹁使い魔契約が破棄されればあの使い魔も自由になることが出来る、そうなってしまえ
﹁使い魔契約を結んでいるメイジを殺して契約を破棄させてしまえばいい、﹂
375
この提案を受け入れ
﹁でもルイズ、君がレコンキスタへ加入し僕たちの為にあの使い魔の力を役立ててくれ
るというのであれば、君を殺す必要はなくなるんだ。﹂
﹁僕も愛しい君を手にかけるようなことはしたくない、どうかな
て欲しいんだ、﹂
その提案をルイズは一顧だにしていなかった。
た。
だが、レコンキスタという組織にルイズが協力するはずがない。それだけは事実だっ
余り的を得ているとは言えなかった。
スタとの衝突、ルイズが鋼鉄の使い魔を自由に使役している、といったワルドの危惧は
が通るかどうかの裁量は全てメガトロンへと委ねられている。メガトロンとレコンキ
に繊細で曖昧な関係に保たれているのだ。ルイズが命令したところで実際にその命令
そもそもワルドは何も分かっていない。鋼鉄の使い魔たちとルイズとの関係は非常
?
﹁そうかな、一概にそうとは言い切れないかもしれないよ
﹂
﹁断ると分かっている質問を態々投げ掛けるのは懸命じゃないわね、﹂
第二十四話 ワルドの望み
376
?
ルイズの貴族としての誇りがそのような提案を受け入れる訳がないと、ワルドは知っ
ていて敢えてその提案を持ちかけたのだろう。
ルイズの持つ誇りを蔑ろにするためにルイズ自身にその誇りを汚させる。
ルイズにとってこれ以上の辱めは存在しない。思惑が成功しワルドは会心の笑みを
浮かべていた。現状はワルドにとってこれ以上のない最高のシチュエーションだった
からである。
壁際に倒れ伏しているキュルケとタバサ、その首筋に偏在が杖を突きつけていた。風
の魔力を纏った杖は簡単に二人を切り裂くだろう。ワルドの手によって散々に痛めつ
けられ、タバサとキュルケは既に再起不能に陥っている。もしルイズがそのまま放って
おけば確実に二人は死を迎えることになった。
古典的だが効果的な脅しの方法にルイズは歯噛みをすることしか出来ない。
?
君が一言了承してくれればお友達の命は助かる、
?
自分の誇りを優先しても僕は別に構わないけどね、まぁその場合は君のお友達が目出度
ら、果たしてどっちが大切なのかな
﹁交渉と言って欲しいね、それで、どうする ルイズ、大切なお友達の命と君の誇りとや
﹁卑怯者、﹂
377
くウェールズ皇太子殿下の仲間入りを果たすことになるだけだ。﹂
﹁そうそう、もし組織へ協力するというのであればそれ相応の態度でお願いしてもらわ
﹂
ないと、こちらは協力させてあげている立場なんだからね、頭の一つでも下げてもらわ
ルイズ、君はどうするんだ
?!
?!
なければ筋がとらない、﹂
どうする
!!
いはずだ。そうワルドは確信していたし、それこそがワルドの狙いだった。
が大切だと思っているもののためには例えルイズだろうとその誇りを曲げざるを得な
されようともその誇りを曲げることは決してしないだろう。だが自分以外の誰か、自分
を殺した張本人である自分に間違いなく嘆願をする筈だ。誇り高いルイズは自らが殺
ならばどうするのか、とすれば必死に二人の助命をルイズは乞うだろう。ウェールズ
だからと言って友人二人を見殺すわけにもいかない。
の甚大な影響を考えれば聡明なルイズは組織への協力を断る筈だ、
人の力を組織の為に利用することなど受け入れられるわけがなかった、ハルケギニアへ
聡明なルイズは鋼鉄の使い魔の恐ろしさをよく理解している筈、だからこそ、その巨
ワルドはルイズが拒否すると算段していた。
勝ち誇った様子でワルドはルイズに選択を迫った。
﹁さあ
第二十四話 ワルドの望み
378
屈辱に塗れたまま頭を下げるルイズの姿を堪能し、その誇りを穢す、そうしてやっと
自分を縛り苦しめる清廉な瞳を台無しにすることが出来る。
乗り越えるべき障害を越え、過去からの決別を達成する、
悲願の達成は相違なく成し遂げられ。
その10年来の思いをやっと達成できる、
その筈だった。
そしてワルドの予期していた通りにルイズは頭を下げる、
殆ど土下座のようにして地面を拝んでいる、
そこまではいい、だがルイズは、││││││ワルドへの屈従を申し出ていた。
ルイズのあっさりとした様子を見てワルドはどうしようもなく驚愕した。
す、私はどうなってもいいから、二人だけは、二人の命だけはどうか御容赦を、﹂
から、その代り二人の命だけは助けてちょうだい、どうかどうかそれだけはお願いしま
﹁分かったわワルド、私の負けよ組織へ協力します、メガトロンへは私から説明しておく
379
聡明なルイズが協力を申し出る訳がないとか、虚偽の申し出をして隙を狙っているの
ではないかとか、予測されることは沢山あった。
だが過去との決別を望むワルドにとって、それらの要素はどうでもよかったのであ
る。
土下座しているルイズの元へフラフラと近よる、
そして徐に襟首を掴んでルイズに掴み掛った、
その表情は苦渋と混乱を孕んで不自然に歪んでいる。
そのもの訳が分からないといったようだった。
﹂
!?
それがどうしても納得できず、ワルドはルイズに迫る。
決別したい過去、乗り越えるべき障害は未だにワルドの前に立ち塞がっていた。
もなく煌々と煌めいている。
これだけ侮辱しルイズの誇りを辱めた、にも拘らずルイズの瞳に宿る光は一筋の曇り
ワルドは叫ばずにはいられなかった、
﹁何故だ、何故その目で僕を見る
第二十四話 ワルドの望み
380
襟袖を掴んでいた腕はルイズのか細い頸にかけられていた。
何故
何故
何故変
?!
何故だ
?!
﹂
﹁その目、その目だルイズ、その目で僕を見るんじゃない
わらない
?!
狂気に包まれたワルドは異なる方法に救いを求めずにはいられなかった。
いなかった。
ウェールズは心臓を貫かれ、満身創痍のキュルケとタバサは未だ意識を取り戻してすら
の 眼 を 潰 そ う と 杖 を 構 え て い る。礼 拝 堂 に は ワ ル ド を 邪 魔 す る も の は 誰 も い な い。
とうとうワルドは狂気極まったのかもしれない、エアニードルの魔法を用いてルイズ
来ずに悶々と懊悩を繰り返し続けることにワルドはもう耐えられなかったのである。
穢すことが出来ないのであれば壊してしまうしかない。過去を切り捨てることが出
かった。気道が圧迫され咽喉が新鮮な酸素を求めて鳴っている。
を 掴 ま れ 宙 吊 り に な っ て い る 状 態 で は 抵 抗 も で き な い。何 か を 喋 る こ と す ら 出 来 な
何を言っているのか分からない、とルイズは混乱していた。だがワルドによって襟首
?!
!!
381
第二十四話 ワルドの望み
382
ルイズの眼を潰してようやく解放されるのではないか。自分を射竦めるあの清廉な
瞳から逃れることが出来るのではないか。と狂った思考は止まることなくワルドを支
配する。
ワルドの狂気はとうとう行く場をなくして暴走し始めた。
来たるべき過去との決別を目前にしてワルドは歓喜する、そして風の刃を纏った杖を
振りかざした、
しかしワルドは知らなかった、ルイズが従える鋼鉄の使い魔。
それは鋼鉄の巨人だけではないのだということを、
鋼鉄の獣にとって穏形と潜入は十八番、
礼拝堂の影に潜む猛獣の存在、
鋼爪が振るわれる寸前までワルドは猛獣を察知することが出来なかった。
その一撃を躱すことが出来たのは幸運にもワルドの属性が幸いしたからだ。
風の系統を極めたワルドはタバサ以上に大気の動きを感知することが出来る。
髪の毛一房ほどの空気の揺らぎ、その変化を感じ取ったワルドは一歩身体を後退させ
ていた。
数々の経験を積み重ねてきたワルドだからこその一歩、
その一歩にワルドは救われる、
﹂
身の丈を超える巨大な獣が音もなく跳んでいた、
﹁││││││ッッ
!!!
﹁まだけだもの退治が残っていたか⋮⋮、﹂
﹁■■■■ッッ
﹂
雄叫びを響かせる。
銀影を鈍く光らせながら猛獣は現れた。ワルドとルイズの間に割って立ち凄まじい
を初めての慄然が襲った。
ワルドがつい先ほどまでいた場所が瓦礫と変わる。この礼拝堂の中でワルドの背筋
の皮膚を切り裂いていた。
頬を切り裂いた鋼鉄の爪撃、その余りの鋭さは直接触れていないにも関わらずワルド
?!!
383
第二十四話 ワルドの望み
384
七人の偏在全てが思わず身震いするほどの凄絶な咆哮、
その叫び声を聞いてワルドは覚悟した。自身の過去を乗り越えるまでにもう一山を
越えなければならない、その邪魔をするものは排除しなければならないと。
まるでルイズを守るようにして猛獣は佇立している、その姿を明確な憎しみを込めて
ワルドは睨み付けた。
風を極めたスクウェアメイジと紅の単眼を迸らせる鋼鉄の獣、
両者は互いに睨み合いそして激突する。
そうして礼拝堂における戦いは最終章を迎えた。
ルイズとワルド、二人が近い未来確実に迎える決別はすぐそこまで迫っていたのだっ
た。
第二十五話 決別
キュルケとタバサ、二人の手練れメイジを容易に完封できるほどの実力をワルドは
持っている。最強の系統である風を極めたワルド。スクウェアクラスとしての頂に登
り詰めたと自負するほどの修練と経験をこれまでに積んできていた。
そのワルドだからこそ理解することが出来る。
目の前にいる鋼鉄の猛獣。この獣の実力はスクウェアクラスである自らがその本領
を発揮しなければ倒せない、と。礼拝堂をおぞましい咆哮が震わせる。鋸の様な乱杭歯
﹂
を口内からのぞかせながら、鋼鉄の猛獣はその本能を剥き出しにしてワルドへ襲い掛
かった。
﹁■■■■ッッ
﹂
!
七人の偏在が瞬時に散開。礼拝堂内を所狭しと飛び回る。
﹁けだものが喚くなッ
!!!
385
散 開 す る こ と で 猛 獣 に 攻 撃 の 狙 い を 絞 ら せ ず 遠 巻 き に 攻 撃 を 繰 り 返 し て 削 り と る。
それがワルドの基本的な作戦だった。こちらが攻撃を仕掛ける側であり猛獣が逃げ惑
い刈り取られる側だ、というワルドの思惑。ワルドの思惑そのままに、偏在それぞれが
﹂﹂﹂﹂
杖を構え自慢とする速攻を猛獣へ向けて叩き込んだ。
﹁﹁﹁﹁ライトニング・クラウド
僕の腕がアアァアァアァアッッ
﹂
?!!!
ない。
腕がッ
?!
││││その筈だった。
腕ッ
?!
力は更に倍増である。大砲の弾丸よりも速いその稲妻を回避できる存在などいる訳が
るほどの強力な威力を持っている。風を極めたスクウェアメイジのワルドが放てば威
ワルドが得意とする風系統の雷撃魔法だった。人間が直撃すれば間違いなく即死す
が迸った。
紫電が滞空し濃密な魔力がその場に満ちる。四人の偏在が杖を振るうと四筋の電撃
!!!
!!
﹁ギィヤアアァアアァアッッ
第二十五話 決別
386
猛獣の背後に回り込もうとしていたワルドから絶叫が飛ぶ。
持っていた杖ごとその右腕を齧り取られ、貪られた右腕の傷口から噴水のように出血
していた。前腕から除く白い前腕骨がプラプラと揺れている。
鋸の様な乱杭歯を噛合せながら猛獣は肉を磨り潰していた。ぐちゃぐちゃと筋繊維
を切断し咀嚼する粘着質な音が猛獣の口内から発せられている。見れば元々猛獣がい
たであろう場所には猛獣の足形が彫り込まれていた。石畳を削り取るほどの力を持っ
たその剛脚。巨体を覆い潰すようにして放たれた雷光、その悉くを猛獣は躱し切ってい
たのだった。
信じられないものを見たとばかりに残りの偏在は驚愕の表情を浮かべている。一筋
の悪寒がワルドの背中を走る。だが10年来の復讐をこの程度の慄然で諦める訳には
いかないのだった。杖を構え直し即座に自身の計画を修正する。
﹂
散らばっていては猛獣の攻撃に対応しきれない、ならば││││、
﹁けだものがッ図に乗るなァッ
た。各個撃破を免れるため、一人一人ではなく二人一組で互いの動きを援護する。
散開していた偏在を集合させ、ワルドは残った六人を使って二人組のペアを構築し
!!
387
そして偏在全員が攻撃に回り猛獣を仕留めるという基本原則をワルドは捨て去った。
全員の一斉攻撃すらこの猛獣は躱してしまうかもしれない、攻撃の後の隙をその都度
狙われてしまっては最悪全滅も考えられた。
ならばとワルドは覚悟を決める。幾つかの偏在を盾として使い捨ててでも猛獣を仕
留める。致命傷を与えてしまえば如何な鋼鉄の使い魔だろうと再起不能にすることが
出来るだろう、とワルドは新たに目論んでいた。
﹂﹂
!!
花が散華する。交わされた数合の鍔迫り合いの後に、突き出したエアニードルが鋼爪に
出されたエアニードルを鋸の様な乱杭歯が迎え撃った。網膜を焼切るような強烈な火
猛獣と二人のワルドの視線が交差する刹那、紅の単眼が深い傷痕のように迸る。突き
声と共にその巨体を躍らせる。
ルドを前にして猛獣も黙してはいない。咀嚼していた肉片を吐き出して凄まじい吠え
らまるで鋏のような鋭利さで以てその息の根を断とうと猛獣へ迫った。間近に迫るワ
閃光の字名を持つワルドの刺突はその二つ名に違わない速度を持っている。左右か
風の刃を纏った杖が猛獣へ振るわれた。
﹁﹁エアニードル
第二十五話 決別
388
よって弾かれる。そして、
﹁グギャアァアアァアッッ
│││││そして、
﹂
が、首筋を食い千切られそうになりながらもニヤリとした笑みを浮かべている。
噛み千切ろうと鋸の様な乱杭歯を突き立てる。大量の鮮血を吐 き出した偏在だった
た。杖を無くし無力化した偏在、その隙を猛獣が見逃すことはない。肩の肉ごと首筋を
依然猛獣と剣戟を交わしあっている偏在が、突如として何処かへ杖を放り投げてい
だがそれはワルドの計略の内だった。
いられている。
ない超硬を誇る金属生命体である。一人は腕を食い千切られもう一人は未だ苦戦を強
傷つけられない訳がない、だがワルドが相手取っている猛獣はハルケギニアには存在し
い掛かるが、全身を覆った鋼鉄の装甲が風の刃を通さない。ただの鉄であればワルドに
を上げて石畳を転げまわった。もう一人のワルドもエアニードルを振るって猛獣に襲
勢いそのままに飛び掛かる猛獣はワルドの顔面を貪った。痛みのあまり偏在は絶叫
!!
389
﹁ゴボォッ
﹂﹂﹂﹂
い゛ま゛だッ
﹁﹁﹁﹁エアハンマー
﹂
!!!
﹁何だとッ
﹂
だが、その性急さが仇になる。
出た。 その様子を見て四人のワルドは魔法の直撃を待たずに追撃を仕掛けようと即座に前へ
なって有する敏捷性が殺されていた。抱きつかれたままその場を動こうとしない猛獣。
猛獣は押し寄せる波濤を回避しようとするが、そのワルドの目論み通り偏在が重石と
法を叩き込み決着をつける、というワルドの計画に抜かりはなかった。
アハンマーが直撃すればただでは済まない、与えた損傷を利用して四人が一気呵成に魔
偏在を囮として使い捨て、猛獣諸共魔法を命中させる。如何に猛獣だろうと四連のエ
るためか、首筋に食いつかれながらも偏在は猛獣に抱きついていた。
空気の鉄槌が混ざり合いまるで一塊の波濤のようにして押し寄せる。身動きを封じ
つ。
一人のワルドが合図を出したと同時に残り四人のワルドが一斉に杖を構え魔法を放
!!!
!
?!!
第二十五話 決別
390
391
ワルドの死体だけが、波濤の直撃によって石壁に叩きつけられていた。直撃の影響に
よって巨大なローラーに均されたように肉体がぐずぐずに潰されている。
猛獣は何処へ消えてしまったのか、とワルド達は急ぎ辺りを見渡すが、重石になって
いた偏在を踏み台として波濤の直撃を猛獣は既に回避していたのだった。
剛脚を弓形に撓らせながら跳躍、銀影を浮かび上がらせるその巨体を中空へ躍らせ
る。ギョロリと動く紅の単眼が遥か高所から得物を見下ろしていた。後脚部へ搭載さ
れたガトリングガンがワルドを追尾し、一瞬の内に狙いを定め火を噴いた。乱射された
無数の鋼弾が雷光のように迸る。
降り注ぐ鋼鉄の雨によって次々とハチの巣状に刳り貫かれていく偏在達。
前進を選択し意識を前方へと集中していたため、偏在達は急な回避行動をとることが
出来なかった。一瞬早く躱していたためワルドは刹那の差で命拾いをしていた。だが
原形を留めていない見るも無残な偏在達、その惨状を見て本体のワルドは自身の命の危
機を悟る。
多種類のセンサー群を搭載している猛獣に身代わりは通用しない。どの偏在が本物
なのか、容易に見抜き本体のみを常に目標として猛獣は攻撃を加えていた。本物のワル
ドが生き残ることが出来たのは、偏在を盾として使い自身の身を常に守っていたからで
ある。
だが、猛獣の手によって偏在は全て失われてしまった。残るワルドは本体のみであ
る。偏在を再び作り出す呪文詠唱の間を猛獣は与えてくれないだろう。ワルドの運命
は定まってしまったように見えた。
﹂
?!
しかし、
これが見えないのかァッ
!!
動くなッッ
!!
確 認 し て 隻 腕 は ニ タ ニ タ と 笑 み を 浮 か べ て い る。貪 り 取 ら れ た 右 腕 が 痛 む の か び っ
を込めればルイズの首筋は切り裂かれてしまうだろう。猛獣の動きが留まったことを
隻腕のワルドは風の魔力を纏った杖をルイズに突き付けている。ほんの少しでも力
こそ出来た捨て身の裏ワザだった。
だろう、錬成されたゴーレムとは異なり一人一人が本人その物である偏在の魔法だから
持っている。恐らくは猛獣の重しになった偏在が放り投げた杖を新しく手に入れたの
その腕を貪られた一人目の偏在。猛獣によって腕ごと砕かれたはずの杖をどうしてか
見 れ ば 白 い 前 腕 骨 を プ ラ プ ラ と ぶ ら 下 げ た 隻 腕 の ワ ル ド が ル イ ズ を 拘 束 し て い る。
ワルドの叫びが響き渡るとガトリングガンの連射が停止した。
﹁けだものがァッ
第二十五話 決別
392
しょりと玉のような汗を張り付けていた。
私はどうなってもいいから
﹂
ワルドを倒してッ
﹂
!!
﹁ラヴィッジッ
﹁五月蠅いッお前は黙っていろッッ
!!
﹂
!!
!!
黙れと言っているんだッッ
!
﹁私はどうなってもいいからッ
﹁このッ
﹂
とすら叶わず、僅かに呻きを漏らすことしか出来なかった。
膝を起点として背中に体重を乗せた状態でルイズは拘束されていた。身動きするこ
緩めようとはしていない。
た。強烈な猛獣への狼狽からワルドも保てる余裕が殆どないのであろう、拘束の手腕を
ドが覆いかぶさる。魔法の使えないルイズだからとてワルドは一切の遠慮をしなかっ
しかし、叩きつけられた衝撃に喘ぐ暇もなく、石畳に倒れ込んだルイズの上からワル
ない量の出血も確認できる。
その衝撃でルイズの脳天に星が廻った。ルイズからは見えていないが鼻から少なく
ルイズは叫ぶが、隻腕のワルドの手によって石畳へ叩きつけられてしまう。
!!
!!
393
﹁う゛ああッ、﹂
﹁よーしよしよし、﹂
そのまま動くなよ
﹂
動けばどうなるか分からないからな
お前のご主人様をズタズタに引き裂くことなんか簡単に出来るんだぞ
﹁ハハハハッ、そうだいいぞ
?
わたしのことなんて何も考えなくてもいいのよッ
﹂
十全に魔力は残っていなかったのか、七体全てを再生産することはしなかった。だがそ
猛 獣 が 動 か な い 合 間 を 使 っ て ワ ル ド は 杖 を 振 る い 失 わ れ た 偏 在 を 再 び 生 み 出 し た。
られなかったからである。
が原因となってラヴィッジが集団で甚振られるなど、想像することすらルイズには耐え
その身体の悲鳴を無視してでもルイズは叫ばずにはいられなかった。不甲斐無い自分
石畳とワルドの膝に挟まれてルイズの身体はミシミシと悲鳴を上げている。しかし、
は借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった。
そのルイズの姿を見て、つい先ほどまで礼拝堂内を縦横無尽に暴れまわっていた猛獣
?
!!
?!
れでも五人の偏在が散開し、猛獣へ向けて杖を向けている。
どうして
?!
﹁そんな
!
第二十五話 決別
394
動かなくなってしまった猛獣へ向けてルイズは猶も叫び続ける。
だがそれでも猛獣はその場を動こうとはしなかった。
皮膚をびりびりと刺激する程の濃密な魔力がその場に満ちる。呪文詠唱が終わり五
人のワルドは杖を振り下ろした。その場に満ちていた全ての魔力が猛烈な雷撃へと変
換され、放たれる。ライトニングクラウドよりも更に強力な威力を誇る風系統呪文がそ
﹂﹂﹂﹂
の場を動こうとしないラヴィッジへ向かって餓えた獣のように突進した。
﹁﹁﹁﹁ライトニング
は違った。如何に全身が鋼鉄で出来ている金属生命体でもその生命としての限界は存
その俊敏性が発揮されている限りは防御力の低さが問われることはない。だが現状
ラヴィッジは凄まじい俊敏性を持っているが、反面その防御力は余り高くない。
獣の全身を指先から足先まで隙間なく蹂躙し、ダメージを蓄積させていった。
いる。伝導体であるその身体は雷撃にとっては最適なターゲットであった。雷撃は猛
轟然たる稲妻が迸り次々と猛獣へ降り注ぐ。猛獣の全身は鋼鉄によって構成されて
五人のワルドが放った紫電の剛槍は過たず命中し猛獣を撃砕した。
!!!!
395
在する。濃密な魔力が練り込まれた雷撃は相応の威力を持っている。回避することを
禁じられ連続でその雷撃を食らい続けるラヴィッジは確実に死へと近付いていた。
抵抗を封じられただただ痛めつけられている自身の使い魔を見てルイズの心は張り
裂けそうになっていた。
夥しい電影は鋼鉄の身体を彩り続ける。
﹂
ルイズの叫びが瀕死のラヴィッジへ届くことはない。
!!
任務にはキュルケやタバサの命は含まれていないからである。
めつけられようと、ラヴィッジは何も感じなかった。ルイズの身辺警護という下された
情や余分な思考をラヴィッジが抱くことはない。実際にキュルケやタバサが手酷く痛
ラヴィッジの思考は下された命令を達成することのみに傾注されている。無駄な感
た。
何故ラヴィッジはワルドに従ったのだろうか、それはラヴィッジ本人も分からなかっ
﹁ラヴィッジッ
第二十五話 決別
396
397
ルイズがワルドに取り押さえられようとラヴィッジは慌てていなかった。この状態
からでもワルドを倒し十分にルイズを奪還することが出来るだけの戦闘能力をラ
ヴィッジは持っている、恙無くワルドを倒し任務は無事に達成されることになる。
ただし、それはある程度までのルイズの負傷を考慮すればの場合であった。
隻腕のワルドは杖をルイズに突き付けている。如何な手段をとったとしても無傷の
ままルイズを救出することは不可能だった。至極当たり前で当然の結論。順当に思考
パターンを進めこの考えに辿り着いた時、ラヴィッジは動くことが出来なくなってし
まった。猛獣の無意識が反応したのか否かは判然としない。
無機質で無感情の金属生命体ラヴィッジ。
忠実なディセプティコン兵である彼にいったい何が起こったのであろうか、
如何な犠牲を払おうと任務達成を至上のものとするこれまでのラヴィッジでは考え
られない行動の変化である。召喚されたあの日から始ったルイズと過ごしたこれまで
の日常が、何かの影響をラヴィッジへ与えていたのかもしれない。ルイズへ危害が及ば
ないように自らに縄をして首輪を嵌めた猛獣は、どこまでも健気で相手の攻撃をただ耐
えているその姿はどこまでも哀愁を誘った。
﹂﹂﹂
!!!
﹂﹂
﹁﹁﹁ライトニングクラウド
!!!
自身の無力さを呪う気持ちは煌々と煌めいていたルイズの瞳を曇らせた。意思の強
そのルイズの瞳を無力感が支配する。
ていることを強制される。
まらずに瞳を濡らしている。襤褸の様に使い魔が痛めつけられていても、ただ黙って見
か細い声を上げて鳴いているラヴィッジを見てルイズは泣いていた。零れる涙は止
迸る雷撃に抵抗することすら出来ないのか蹂躙されるがままに身体を委ねていた。
死の淵に立たされていることを証明しているのだろう、今や身じろぎすらしていない。
める。深い傷痕のように迸っていた紅の単眼が終いには点滅し始めた。ラヴィッジが
とうとう強烈な電撃に耐えきれなくなったのか、躯体の各部から饐えた黒煙が登り始
依然として降り注ぎ続ける雷閃の雨。
﹁﹁ライトニング
第二十五話 決別
398
さを感じさせた瞳の光が分厚い雲に覆われる。その様子をワルドは見逃していなかっ
﹂
とうとう
た。ルイズの瞳に宿る強い意志を挫かせることで、ワルドはその清廉な軛からようやく
やったぞォッ
!!
解放されたのだった。
やった
!!
自由だあゝッッアッハハハハハッッ
アッハハハハハッッ
僕は解放されたんだァッ
!!
穢してやった
!!
﹁ハハハハハハハハハハッッ
!!!
大切な使い魔がこれでもかと暴虐の嵐を浴びせられているにも拘らず、助けることも
ルイズを拘束していた隻腕のワルドまでもがその凌辱に参加していた。
い。杖も持たない幼い少女であるルイズなどどうとでも出来ると思っているのだろう。
まるで狂ったようにして猛獣へ向けて魔法を放つ、最早ワルド達はルイズを見ていな
のか、今もなおこれまでの鬱憤を晴らすようにして雷撃を浴びせ続けている。
年越しの悲願を達成し自身の勝利を確信したワルド。その昂ぶりを抑えきれていない
乗り越えるべき障害、決別するべき過去は音を立ててワルドの前から崩れ去った。十
だ。
十年来の悲願を達成した喜びは如何ばかりか、狂喜に震えながらワルドは快哉を叫ん
!!
!!
399
何かをすることすら出来ない自分。そのあまりの悔しさからルイズは口内を噛みしめ
ていた。皮膚を噛み切ったのかジワリと舌の上に滲む鉄の味。口の中に染み渡る生暖
かい液体を躊躇わずルイズは一息に飲み干した。
自身の目の前でウェールズ皇太子殿下が心臓を貫かれようと、大切な友人であるキュ
ルケとタバサが赤子の手を捻るように叩き伏せられようと、その最後の一歩を踏み出す
覚悟を抱くことは出来なかった。
だが、自身の大切な使い魔の存在がルイズの中で一線を踏み越えるその覚悟を固めさ
せた。集団で痛めつけられるその様子が、無抵抗を強いられるその悲哀が、苛まれ悲鳴
をあげるその身体が、淀んでしまったルイズの瞳に失われた光を取り戻す。
聡明なルイズが今まで持ち得なかった漆黒の光。
澱のように溜まっていくどす黒い感情が清いだけだったルイズを更なる高みへ導い
た。
よくも僕の身体に傷をつけた
!!
﹂
!!
生まれ持った清廉さと培った憎しみが混ざり合い、渾然一体となって昇華する。
なその報いだ思い知れェッ
﹁ハハハハハッッアッハハハハッッこのけだものがァッ
第二十五話 決別
400
再び火を灯したルイズの瞳、復活したルイズはその右腕を自然太股へと添えていた。
スカートの陰に隠されたその鉄塊を、ゼロと蔑まれていた以前までのルイズは所持し
ていない。
右太股に吊られた鉄の塊が、その肌から伝わる鉄の質感が教えてくれる。
ヴァリエール伯爵邸に設けられた中庭、誰も訪れない湖に浮かぶ小舟その中でただ一
人孤独に泣き伏せる少女はもういない。
その肌に触れる鉄の質感。揺るぎのない確かさをそのままに新しい力をルイズは構
えた。
隻腕を加えた六人のワルド、そのどれが本物なのかをラヴィッジの残した爪痕が教え
てくれる。
頬に傷跡が刻まれているそのワルドへ向けてルイズは照準を定めた。
培った覚悟と責任が、その指先を動かす。
﹂
!!!!!!!
溢れる涙は視界を歪めるがこれまで積んできた修練を身体は忘れていない。留まる
頬を伝う落涙をそのままにルイズはトリガーを引き続ける。
﹁う、ううう、⋮⋮う゛あ゛あああああああッッッッ
401
ことなくあとからあとから涙は頬を伝い続ける。その頬を濡らす涙にはどのような感
情が込められているのだろうか。ラヴィッジを助けたい、ワルドが憎い、新しい力への
喜び、そしてそのどれでもない決別の気持ちをも洗い流すようにして湧き上がり続ける
ルイズの涙。
だがどれだけルイズが涙を流そうが、銃口の照準を定め撃鉄を戻しトリガーを引く、
何度も積み重ねてきたこれら一連の動作は僅かの齟齬もなく滑らかに行われ続けた。
﹂
?
、え
?
が血が止まる気配はない。痛みを堪えるように顔を顰めるが、余りに強い痛みを身体が
の銃弾が撃ち込まれている。残された腕を使ってワルドは必死に傷口を押さえている
というまにワルドの体力を奪い取る。胴体の急所に四発、杖を持っていた利き腕に一発
心臓の拍動と共にどくどくと血液が溢れ出る。赤い奔流は留まることを知らずあっ
た。
漂っているのだとワルドが自覚した時、その場にいた偏在が掻き消えるように霧散し
何かが焼け焦げたような生臭い匂い。その匂いが身体にぽっかりと空いた銃創から
何が起こったか分からないというように、ワルドは呆然としていた。
﹁あ⋮⋮⋮⋮
第二十五話 決別
402
受け付けていないのかもしれない。ワルドは苦痛よりも困惑の表情を浮かべていた。
それも当然だろう、スクウェアメイジである自分が何者かに倒される、それも魔法す
ら使えない幼い少女に倒される姿など誰が想像できるだろうか。
残弾の数を確認しながらルイズは無造作に歩を進めワルドの脇へ立つ、そして取り戻
え
﹂
した瞳の光をワルドへ注いでいた。しかし、ワルドはルイズを見ていない。ただ只管に
⋮⋮⋮僕、の身体⋮⋮⋮が
?
何が起こったのか分らないと困惑し続けている。
何⋮で
?
﹁ゴホッゲボッ、これは⋮⋮
?
領地を並べるフランシス家とヴァリエール公爵家との交流が深まる中で、その末尾に
その中で最も年が近く容易に誑かせそうな出来の悪いお転婆な末娘。
ヴァリエール公爵家が誇らかな三人の娘たち。
ど近い大領地を誇るヴァリエール伯爵家に狙いを定めることにした。
より多くの権威と名誉が欲しいと願うごく普通の性格が災いし、ワルドは自領地にほ
ワルドは人一倍出世欲の強いごく普通の青年だった。
ワルドが歪んでしまったのは何故だろうか、始まりは本当に些細なことだった。
?
403
名を連ねるルイズにワルドが粉をかけようと狙いを定めるのは当然のことだろう。
何れの日かヴァリエール家に取り入って所有する資産と名誉を掠め取る。
浅はかだが明確なその目標のためにワルドはルイズを拐すことに決めた。手慣れた
様子でルイズに接近し、あらん限りに褒めそやす。土砂降りの様な自己肯定の雨。この
年代の女の子に対しては効果は覿面だろう。
幼いとはいえワルドも貴族の一員である。歯の浮くようなセリフを駆使して女性を
籠絡する技術など当然のように身に着けていた。整った容姿という素養もワルドは持
ち合わせている。周囲に対する気配り等々抜かりはなかった。
お転婆な末娘など簡単に取り入れる。ワルドはそう確信していた。
はその言葉を送られた。
ヴァリエール公爵家が主催した何時の日かのパーティー。それに参加した折ワルド
﹁子爵様の御心、その何処を探しても私は見当たりませんわ、﹂
第二十五話 決別
404
405
心の内を見透かすような清廉な瞳。ワルドから投げ掛けられた数々の讃嘆がまやか
しであるとルイズは早々に看破していた。出来が悪いと周囲から疎んじられている少
女。その利発さを初めて見出したのがまだ若きワルドであったことはこれ以上のない
皮肉だろうか、
身体を支えている心芯に一筋の亀裂が生まれる感覚。
お転婆でじゃじゃ馬だと見下していた少女のその言葉。思えばそれが契機となって
ワルドの歪みは成長を始めたのかもしれない。その後どのような手管をもってしても
ワルドはルイズを自身の影響下に置くことは出来なかったし、どれだけ努力を積み重ね
ようともその清廉な瞳の光を忘れることは出来なかった。周囲が理解出来なかっただ
けでルイズは生まれ持って明達だったのである。
ワルドがどのような経緯を経て組織へ加入するに至ったのか、それは誰にも分からな
い。
ハルケギニア全土を支配し聖地奪還を掲げる組織、レコン・キスタ。
ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
他人より偉くなりたいという強烈な願望を生まれ持っていたが故の屈折した欲求か、
はたまた自身を射竦める清廉な瞳からの脱却を実現するためか、トリステインに誇る魔
法衛士隊グリフォン隊隊長を務めながらもワルドは組織の重要な先兵を担っている。
ワルドが所属するレコンキスタという組織にどのような目的があるのか、その組織に
所属しているワルドには背負う何かの理由があるのではないか、とルイズは考える。
だが、最早そんなことは関係がないのだった。
ウェールズを殺し、仲間を痛めつけ、使い魔を瀕死に至らしめた張本人であるワルド。
ルイズが抱く漆黒の意思が情状酌量の余地を許さない。
ただこれまでの修練の成果を繰り返すだけである。
る。﹂
来たのも、模範として貴方の姿を見ていたお蔭かもしれない。そのことだけは感謝して
かったわ。まともに魔法が使えない私がそれでも魔法の練習を継続し続けることが出
ル ド。ど ん な に 苦 し く て も 諦 め ず 直 向 き に 修 練 を 繰 り 返 し て い た 貴 方 は 嫌 い じ ゃ な
﹁貴方が私に向けていた好意は全部嘘っぱちで、虚構なんだって分かってた。けれどワ
第二十五話 決別
406
弾を込め直し、額に銃口を密着して突き付ける。
リボルバーの弾倉が回転しその時が来たことを示していた。
﹂
?!
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエールはここに生まれて初めて人
なかった。
まるで初めから定められていたような自然な結末、その様子を見届けるものは誰もい
た。
暴走を始めたワルドの狂気は、狂気の原因となった少女の手によって止めを刺され
れる。
手元から伝わる確かな手応えと石畳に飛び散る白い脳漿がワルドの絶命を教えてく
を確認する。燻る消炎の煙がルイズの鼻腔をくすぐった。
る覚悟をルイズは持っていたからである。自らの平静を保ち、額から流れ出る血液の筋
自分が何を思い、何を為そうとしているのか。その事実をしっかりと把握し受け止め
トリガーを引くルイズの顔は驚くほど冷静だった。
﹁ま、まってく││││ッッ
﹁さようならワルド、貴方は私の初恋だった。﹂
407
第二十五話 決別
408
を殺めた。
それは偶然でも避けることのできない事故でもない、確かな覚悟と自らの意思で以て
行われた明確な所業。
自らの誇りと大切なものを守るために、ルイズは修羅の道を歩むことを選択したの
だ。
脳天を射抜いて打ち倒されたワルドと共に、湖に浮かぶ小舟の中で一人孤独に泣いて
いた少女もこの場で失われてしまったのかもしれない。自分だけが知る拠り所、その秘
密の場所を必要とする少女はもうどこにも見当たらなかった。
寒風を浴びる岩稜のような高潔さと清廉さ。その雰囲気を身に着けた現在のルイズ
を見てただの幼い少女だと評する者は恐らくいない。
確かな覚悟を持った者だけが、伝説を紡いで行くことが出来る。
その覚悟を手に入れたルイズによってここにハルケギニアに語り継がれる伝説の幕
があがった。
開幕の狼煙は朗々と、そしてどこまでも凄惨に血塗られていた。
夥しい血に塗れた茨の道を。氷点下まで冷却された十字架、その覚悟を持ってルイズ
ここにまだ残党が残ってるぞォッ
は進むことになる。
﹁おい
﹂
!!!
することが出来た。
こいつ杖を持っているぞ
メイジだ
目のものがないかを確認している。
気を付けろよ
﹂
に与ろうと報奨金目当てに残党狩りへ精を出しているのだろう、眼を皿のようにして金
ニューカッスル城にて餌にありつくことが出来なかった者たちがせめてものお零れ
!!
﹁おい
!
礼拝堂の中には続々と傭兵たちが集合していた。
!!
300余りの人員のみで相手取った王軍側は既に壊滅しているだろうことだけは理解
乱軍との間にどのような関わりがあったのか、ルイズには分らない。だが六万人を僅か
いることが何よりの証拠だった。ワルドの加入していたレコンキスタという組織と反
落したのだろう。ニューカッスル本棟より最も離れたこの礼拝堂にまで戦火が届いて
戦場の足音が礼拝堂にまで及んでいた。ニューカッスル城は反乱軍の手によって陥
!!
!
409
第二十五話 決別
410
礼拝堂内には今ルイズの仲間は誰一人いなかった。キュルケやタバサは未だ意識を
取り戻しておらず、ラヴィッジとウェールズも地に倒れ伏している。所持していた弾丸
は全て打ち尽くしており太股に吊られている拳銃は文字通りただの鉄塊になってし
まった。
だ が 礼 拝 堂 内 に い く ら 傭 兵 た ち が 集 結 し よ う と ル イ ズ は 一 切 慌 て て て い な か っ た。
ウェールズ以外のアルビオン王族や忠臣の人々も各々の誇りに殉じることが出来ただ
ろうか、と危機感すら抱かず思案に耽る姿はいっそう清々しかった。
傭兵たちはルイズを囲みじりじりとその距離を詰めている。
何れ倒れ伏しているキュルケやタバサにも気づくだろう。ワルドの脅威を退けるこ
とが出来たルイズたちだが、再びその命が失われる瀬戸際に追い込まれていた。
そしてルイズは選択をする。
人の生命がまるで玩具のように扱われる凄惨な世界。その修羅の道を歩むには早す
ぎる年齢だった。
しかし、自身の誇りと大切なものを守るために、最早ルイズは自らの意思で修羅の道
を歩み始めたのだ。
傭兵たちへ向けてその右手を振り下ろす。
メガトロンッッ
﹂
清 と 濁 を 併 せ 持 ち 渾 然 一 体 と な し た 瞳 の 光 は そ の ま ま に 血 塗 ら れ た 伝 説 の 幕 が あ
がった。
﹁彼らを殺しなさいッ
!
、こいつは今何を言った││││ッッ
とか、ここに来てルイズは初めて理解することが出来た。
、めが⋮⋮何
?
﹁あ
?
﹂
鋼鉄の装甲が全身を覆うその巨人の登場は傭兵たちの末路の決定を意味していた。
天井を踏み抜いて礼拝堂に破壊が現れる。出現したのは死と破壊を司る破壊大帝だ。
そうしてルイズと最も距離が近い場所にいた傭兵は全身を引き裂かれ四散した。
?!!!
覚悟と責任を備えた今であれば命令できる。鋼鉄の使い魔を使役するとはどういうこ
それは使い魔召喚の日、あの草原の丘で召喚契約を結んでから初めてのことだった。
確かな意思と覚悟を以てルイズは命令を下した。
!
411
引き千切り、叩き潰し、両断し、目の前の得物を肉塊へと加工する。
吹き荒れる鋼鉄の暴風、重装の傭兵十数人が血煙となって跡形もなく消えていく。
悲鳴を上げる間すらもそこには存在していない。この鋼鉄の巨人は何なのか疑問を
差し挟む隙間すら生まれなかった 。
体軸を中心に身体を旋回、エナジーブレードとチェーンメイスが豪風と共に唸りをあ
げる。叩きつけられる鉄塊は傭兵たちをその場の石畳ごと刳り貫いた。麦を刈る農夫
のようにメガトロンは破壊を振るう。メガトロンの本性は破壊そのもの。降り注ぐ自
然の雨を躱すことが出来ないようにメガトロンの破壊から逃れられるものは存在しな
い。周囲に飛び散る臓物の雨。元々が人間であったことを示す欠片すら残すことなく
傭兵たちはこの世から消え失せる。 十数人いた傭兵たちは瞬く間に肉へと変わった。
元々が何だったのか、分からなくなったそれらの肉を見て思わずルイズは吐瀉物を吐
﹂
き出してしまう。
!
手綱を付け、倒れ込もうとする身体をルイズは必死で支えた。
胃袋から込上げる酸性の液体が内側から咽喉を焼いている。遠ざかりかける意識に
﹁⋮⋮⋮⋮⋮ッ
第二十五話 決別
412
413
壁にへばり付いている砕かれた脳漿、血溜まりの中には誰とも知れない内臓がプカプ
カと浮いている。
始祖ブリミルへ祈りを捧げる神聖な礼拝堂は凄惨な地獄絵図と化していた。
この世のものとは思えないほどのおぞましい光景。その残虐さは疑問が割り込む余
地などなく破壊大帝の所業である。イーグル号の護衛任務より戻ったメガトロン。ま
るでルイズの命令に同期するように存分とその破壊をもたらした。何故メガトロンが
ルイズの命令を受諾したのか、もしかすればルイズが獲得した覚悟と責任を、ルーンを
通じてメガトロンも感じ取っていたのかもしれない。
夥しいほどに散らばった肉片、吐き気を催す惨澹を見てルイズは荒い息を吐いてい
た。
目の前の光景を生み出したのは全て自らの意思であることをルイズは深く肝に刻ん
だ。
背負わなければならない罪に言い訳はしない。
メガトロンはただ実行しただけでありその意思と責任はメイジである自分が一身に
担わなければならないのだ。
その現実をルイズは受け止めなければならなかった。
第二十五話 決別
414
メガトロンとルイズは互いの手を取り合った。身体中が共に血と肉と皮に塗れてい
る。
全身を朱に染めた鋼鉄の巨人と可憐な少女。互いが手を結んだその光景は美しくそ
してどこまでも凄惨だった。
既存の道徳に泥を投げ掛けながらも、野に咲く草花のように素朴で美しく、大地に張
り巡らされた樹木の根のようにしなやかな強さを持っている。
血に塗れるメガトロンの手を取って、ルイズはその意識を手放した。
メガトロンを見て安心したのか、それとも皆の命が救われたことによる安堵なのか、
はたまた血肉塗れた目の前の凄惨な光景に耐えきれなくなってしまったのか、そのうち
のどれかなのかは分からない。力を失った身体は崩れ落ちるようにしてメガトロンの
手の中に収まった。
倒れ込んだルイズを見てメガトロンは僅かに目を細める。そして手中のルイズ、壁際
にいるキュルケとタバサ、全身が傷だらけとなったラヴィッジをメガトロンは自身の身
体に積み込むと、踵を返してウェールズを見据えた。
ウェールズを敬うように恭しい態度で亡骸に接するメガトロン。
ワルドの一撃によって千切れとんだマントを掴み、ウェールズの亡骸へ丁寧に被せ
る、そして言った。
らもウェールズが殉じたアルビオン王族としての誇りは燦然と輝き続けるのだった。
さを垣間見ていた。その誇りの尊さはメガトロンですら壊せない。今もそしてこれか
トロンだからこそ理解できるものもある。ウェールズの死様にメガトロンは誇りの尊
血と肉と皮に塗れた鋼鉄の巨人。死と破壊を司る破壊大帝。破壊を本性とするメガ
間でなかったのは高慢な貴族たちへの良い皮肉となるだろう。
は殆ど存在しない。だがここに一人、何かを見出すことが出来る存在がいた。それが人
無残に打ち倒されたウェールズ、その亡骸から何かの価値を見出すことが出来るもの
メガトロンのその視線には人間を見下すような侮蔑の色は一切含まれていなかった。
﹁だが言葉の鎧は立派だ、その勇気は賞賛に値する。﹂
滲み出る怖れを隠しきれていなかった。﹂
﹁国を思い民を愛する、王族としての誇りに殉ずるといった貴様の声音は震えていたな。
415
齎したその旅路をルイズが忘れることはない。
中へ姿を隠していた。風と共に過ぎ去っていく浮遊大陸アルビオン。様々な出来事を
ルイズが意識を取り戻し、コックピットから振り返った時にはアルビオンは既に雲の
幾多の試練を潜り抜け、ルイズたちは今ここにいる。
浮遊大陸アルビオンの姿は徐々に小さくなっていた。
識を取り戻していないにも関わらず、少女たちは何処か満足げな表情を浮かべていた。
に最後まで戦いきったという自負が少なからず影響していたのかもしれない。その意
少女たちはアルビオンへ出発した時よりも遥かに傷つき疲労していた。しかし、立派
コックピットにはルイズたち三人が折り重なるようにして詰め込まれている。
る。グングンと加速しエイリアンタンクは疾風よりも早く飛行する。
ンクはアルビオンを脱出した。後部の巨大なスラスターノズルが青白い猛火を噴射す
人型からエイリアンタンクへトランスフォーム、礼拝堂屋根を突破してエイリアンタ
メガトロンが主従契約を結んでいる少女と奇しくも同様のものだった。
投げかけられたその言葉。
﹁見事だウェールズ。このメガトロンが見届けた、貴様の誇りは本物だ。﹂
第二十五話 決別
416
最終章 ゼロの忠実な使い魔
の上で男は呻いた。
館内の一角に設けられた程狭い執務室、その不釣り合いに立派で頑丈な造りの執務机
高い事業に関われるということは自身の幸福な未来を保障してくれるからだ。
ば、経済的成功への期待を抱くのも致し方のないことかもしれない。成功する可能性が
ち足りていて高揚を伴っている。新しく始まったばかりの領地経営に携われるとあれ
追われ忙しく働いていた。大量の書類を相手に格闘しながらも彼らの表情はどこか満
それなりに巨大で確りとした拵えの館が建っている。その館では大勢の人々が仕事に
ア側の領土にて新しく建設された館。貴族の所有する華美な豪邸、とまではいかないが
トリステイン・ゲルマニア・ガリアと国境を接する緩衝地帯。その何処か。ゲルマニ
第二十六話 閑話 ゲルマニア特別経済区
417
﹁一体どうなってやがる、﹂
が開くほど見つめているが記載された内容が変わることはない。
そのマチルダを余所目に彫りの深い情報屋の男は首を振る。だが、手に持った書類を穴
従容と自らの運命を受け入れ機械のようになっているマチルダ。黙々と働いている
巨大になり動かす人数がどんどんと増えて行った。
分は最早人型の機械だ。仕事が上手くいけばいくほど仕事が増えていく。規模はより
る兆候を見せることはない。ウンザリとした表情を張り付けながらも腕を動かす。気
作業を繰り返していた。朝から同じ作業を繰り返しているが一向に書類の山は減少す
ばハンコを押して書類を通す。大公の認印を右手に装着したマチルダはひたすらその
はないか書類へ眼を通す。不備が見つかれば事務員へ差し戻し、問題が見つからなけれ
する大公は山のように積みあがっている目の前の書類と戦っていた。記載内容に不備
土くれのフーケ改め、マチルダ・オブ・サウスゴータ。ゲルマニア特別経済区を統括
雨が降ってくるんじゃないかと心配しているよ、﹂
﹁まったくだねえ、賤しい一介の盗賊が何時の間にか大公様へ格上げだ。そのうち槍の
第二十六話 閑話 ゲルマニア特別経済区
418
﹁そうじゃない。嫌確かにそれも十分可笑しいんだがな。卑しい盗人が恐れ多くも大公
様へ格上げだとは成り上がりにも程がある。幾らなんでも不自然だ。その上、上申の
数 々 は す ん な り と 承 認 さ れ る。普 段 は 傲 慢 な 貴 族 連 中 の 頷 き が 軽 い 軽 い。物 事 が ス
あの魑魅魍魎のよう
ムーズに進み過ぎだ。幾らゲルマニアが名誉よりも実利を重視する御国柄だとはいえ
不自然なことこの上ないな。﹂
﹁全くお前のご主人様は一体どんな脅しの手段を持っているんだ
これからはその本を売って生活することにするよ。﹂
?
まるで犬だな、大公の御
?
ね。大公の位もおまけで後から付いてきた。これ以上は罰が当たるってもんだ。何も
﹁必死こいて尻を振らされてはいるが、まぁ実入りが言い分こっちの方が遥かに益しだ
が不特定多数から専属に変わっただけさ。﹂
をもらうだけさ。やってることは盗賊時代から何も変わっちゃないよ。尻を振る相手
﹁ああ、そういうことだね。精々尻尾を振って上手に芸を振舞って御主人様からご褒美
犬様ということか。随分と綺麗なお犬様がいたもんだな、﹂
﹁ご主人様の判断を伺わなければ何も出来ないということか
いんだよ御主人様にお伺いもたてずにそんなこと言えるかいね、﹂
﹁ごちゃごちゃ五月蠅いね、言えないって何度も言っているだろうに、こっちも命が惜し
して出版してくれないか
な貴族連中がへこへこ頭を下げてくる。少なく見積もっても異常だ。その手管を本に
?
419
欲しがりゃしないよ。﹂
ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世直々の下知。領地を保有する大貴族からも不自然
なほど反対意見が述べられ無かったことも理由の一つ。これまでの慣例では到底考え
られないようなスピードでゲルマニア特別経済区は設立された。他国と国境を境にす
る一区画。職にあぶれた破落戸が傭兵団を結成するような治安の悪い地域だった。い
ざ他国と戦争となれば最前線及び戦場となる危険な場所。幾ら土地が残されていると
はいえそんな場所を開発しようと思う奇特な人間はいない。
余り良質な領地とは言えなかったがそれが却って功を奏した。様々な問題は抱えて
いるが未だ手が付けられていない広大な土地をマチルダは手に入れた。それはあくま
でも特別経済区という体裁だった。だが事実だけを見れば間違いなくマチルダは領地
を束ねる大公の地位を獲得したのだった。
ることだ。﹂
﹁ここら一帯を根城としていた破落戸だの傭兵団だの悪党だのが、次々と姿を消してい
﹁話がそれたな、俺がおかしいといった本題はだな。﹂
第二十六話 閑話 ゲルマニア特別経済区
420
言って情報屋の男は持っていた紙束をマチルダに放った。その報告書には領地一帯
の治安状況が急速に回復していることを示すデータが載っている。御主人様の指令通
り領地経営を始めるにあたってマチルダは大量の人員を必要としていた。そのためか
なりの人員を現地から選別、そして雇用している。職にありつけなかった人々が嬉々と
して働き始めたことも治安の回復に一役買っているのだろう、それは間違いない。だが
急速に増えた雇用を加味してもその治安状況の回復は異常だった。僅か数日で辺り一
帯を支配していた盗賊団は姿を消した。特別経済区として指定された領地一帯におい
その悪党どもがいなくなって何か不都合があるっていうのかい
﹂
て何が起こっているのか、情報屋の男はその理由を探るために汲々としていたのだっ
た。
﹁で
?
が溜まってしょうがないよ。﹂
たってことかねぇ。軽口だけじゃなくこれからもその調子で働いてもらわないと仕事
﹁へぇ、すらすらとそんなことが言えるようになったのか。随分と領地経営が板に付い
と喜んでもいいのだろうよ。﹂
少なくとも済んだんだからな。領地経営者側の立場としては無駄な費用が抑えられた
﹁まぁ悪いことではないんだ。農場や建設した工場施設を警護する為の人員が想定より
?
421
御主人様と繋がりの
土くれ、ここ最近お前も行き先を告げずに何処か
﹁ふん、情報屋としての俺の立場がどんどんとなくなっているのもまぁ気にしなくても
いい。だが一体どうなっているんだ
へ姿を晦ましていたな。それも何か関係があるんじゃないのか
あるお前なら何か知っている筈だろう、﹂
溜息を吐きながら情報屋の男は言った。
ダの表情に僅かの変化が現れた。
ている。だが次に情報屋の男が発した言葉、その単語を聞いて整った美貌を持つマチル
情報屋の男に問われてもマチルダは何も答えなかった。ただ黙々と書類を捌き続け
?
?
﹁伝説ねぇ、具体的に傭兵たちは何て言っているんだい
﹂
餓鬼の戯言ではないんだ
?
誰も彼も狙いを付けずに殺し回っていたんだそうだ。いる訳がないだろうにな、そんな
だよ。アルデンの鬼だの皆殺しの怪物だのと呼ばれた怪物がここに住んでいた人々を
﹁ああトリステイン出身のお前は知らないか。ここらには大昔から伝説が残っているん
?
いいかげん傭兵たちも真面目にやって欲しいもんだ。﹂
る。口々に﹃伝説が甦った﹄だのなんだのと喚くんだ。伝説
﹁傭 兵 た ち が 怯 え て い る ぞ。安 全 な の は い い が こ れ じ ゃ あ 仕 事 に な ら な い か ら 困 っ て
第二十六話 閑話 ゲルマニア特別経済区
422
怪物が。﹂
い。﹂
?
マチルダは門外漢であり情報屋の男を通じて何とか話をすることは出来たがあくまで
きないかとマチルダは苦慮していた。しかしトリステインをホームコートにしていた
ルダは心底安堵した。領地一帯を根城としていた盗賊たち。彼らを何とかして懐柔で
していた破壊の玉。その本来の姿を見て盗みが失敗に終わって本当に良かったとマチ
人々を虐殺していく凄惨な光景を。トリステイン魔法学院の宝物庫より盗み出そうと
ゆっくりと認印を執務机へ置く。そしてマチルダは思い返していた、巨大な黒蠍が
も何度も呟いた。
情報屋の男は馬鹿馬鹿しいと繰り返す。まるで自分に言い聞かせるようにして何度
﹁巨大な蠍の怪物なんぞいてたまるかというものだ。﹂
﹁地中から六つの赤い眼が見つめてくる
全く以て馬鹿馬鹿しいな、いる訳がない。﹂
ものだ。数少ない俺のトラウマだな、今でもその歌を聞けば身震いがしてしょうがな
さいころからよく聞かされたものだ。よくもまああのような恐ろしい歌を言い伝えた
えようとその恐怖を怪物に模して歌にしたんだ。俺の出身はゲルマニアだからな。小
﹁恐らくは土砂災害や疫病などを模した言い伝えだろう。疫病や災害の恐怖を後世に伝
423
第二十六話 閑話 ゲルマニア特別経済区
424
もそれだけだった。多量の金を以ても盗賊団を説得できず逆にマチルダの方が殺され
かけるという有様だ。天井知らずに金を要求する盗賊たちはそもそも交渉をする気す
らなかったのかもしれない。軍門へ下るかそれとも領地を出るかという交渉は決裂し
マチルダ達は盗賊団と対立することになる。マチルダ達は領地経営と並行して盗賊対
策まで配慮しなければならなかった。
しかしその対立も長くは続かない。
ゲルマニア特別経済区。その領地一帯を支配していた盗賊たちはたったの数日で壊
滅した。
緑髪を揺蕩わせた美しい妙齢の女性。その女性が引き連れた使い魔は対立の全てを
終わらせた。領地経営の障害となるだろう規模の大きい盗賊団はその悉くが壊滅、生き
残った少数も散り散りとなりそれぞれが他の地方へと散逸した。巨大な黒蠍の復活を
人々が噂するようになったのはその盗賊団の僅かな生き残りが方々へと自らの体験を
伝えたからである。アルデンの鬼、皆殺しの怪物。ゲルマニア地方にて伝説に唄われた
怪物の復活。そんな戯言を信じることが出来る人はどれだけいるだろうか、この目で本
当に確認してみるまでは信じないという人が大半を占めるだろう。実際にマチルダが
黒蠍の存在を交渉の材料として用いても盗賊たちは信じなかった。
425
その結果が盗賊団の壊滅である。
何故ゲルマニア人がその伝説を古来より語り継いだのか、その理由を盗賊たちは身を
以て知ることとなった。
巨大な黒蠍がその本領を発揮するまでもなく盗賊たちは血祭りにあげられた。その
様子を思い出してマチルダも溜息を吐く。この世のものとは思えない凄惨な光景が脳
裏に過る。無数の臓物が木々の枝に垂れ下がる光景は幾つもの修羅場を潜り抜けてき
たマチルダにとってもこれ以上ない衝撃だった。黒蠍の実力をしっかりと記憶したマ
チルダだったがそれと同様に自身の手落ちを悔やむ。交渉を成功の内に納めることが
出来れば大勢の人々の命が救われたはずだ。盗賊団であるとはいえ彼らもまた一人の
人間であることには変わりない。虐殺の嵐が森を臓物と血に染める。それは避けられ
た未来のはずだ。自身の手落ちがなければ無用な犠牲は避けられたしご主人様に新し
い借りを作らずとも済んだ。六つの紅眼を持つ黒蠍。その恐ろしい実力はマチルダが
持っていた反骨の芽をすっかりと摘み取った。逆らおうとする僅かな気持ちすら抱け
ない。加えてマチルダが尻を振っている御主人様はただ恐ろしいだけの単純な存在で
はないのだった。
思い出したようにしてマチルダはその懸案事項を問質す。
問われた情報屋の男は懐からまた新しい紙束を取り出してその質問に答えた。
﹂
﹁その伝説なんちゃら言うものも落ち着いたらゆっくりと話してやるよ。御主人様が御
許し下さればの話だがね。﹂
﹁それよりもアルビオンからの難民受け入れの進捗状況は
﹁ああ、そうそう。労働者用のものを最優先して作らせているから孤児どもが住居する
かったな。﹂
も で は な い が 安 全 と は 言 い 難 い。随 分 と 思 い 切 っ た 決 心 だ と は 思 っ た が 成 功 し て よ
解だったな、いまアルビオンは革命が成功したばかりで治安状況が悪化している。とて
窓口の一本化と並行して進めているぞ。ウェストウッドからの移住を決意したのは正
?
も済ませてある。﹂
孤児どもの移送も移民
け入れる態勢を整えてこっちは対応するつもりだ。そのための人員の割り振りと指示
としている。難民を受け入れる余地も十分にあるだろう。一括でアルビオン移民を受
掘・建築等々指示通り幅広く事業を拡大しているからな、一帯は今幾らでも人員を必要
﹁その件なら明日か明後日の頃合いに詳細な報告が挙がってくる予定だ。食糧生産・採
?
﹁それよりもお前が心配しているのはあの孤児どもの話だろう
第二十六話 閑話 ゲルマニア特別経済区
426
箱はまだ未完成だ。その間はテント暮らしを強いられることになるがまぁ大丈夫か
﹂
?
船に見つからずに済み、見つかったとしても巡洋艦が原因不明の航行障害に見舞われて
て、たまたまアルビオンを脱出する手筈が整っていて、たまたま移送船イーグル号が敵
﹁しかし、よく考えてみれば不思議なもんだ。たまたま金を持っていた盗賊が支援をし
た。
男の持つ先々を見据えた計画性と段取り能力にマチルダはすっかりと頼り切ってい
存在を欠かすことは出来ない。
合うだけの働きを見せていた。領地経営が順調に進行している要因を語る際この男の
見た目とこれまでの経歴以上に有能なこの男はマチルダから貰った莫大な褒章に見
情報屋の男は持っていた紙束を纏めながら喋り続ける。
な。﹂
﹁は は っ そ い つ は す ご い な、貴 族 子 弟 達 に も 見 習 わ せ た い く ら い だ。将 来 が 楽 し み だ
る位元気だからさ、連中は。﹂
う。寧ろ働きたいと子供たちも自分から言い出すかもしれないね。日銭を稼ごうとす
﹁食 う も の が な い よ り も ず っ と ま し さ。あ た し か ら も 言 っ て お く か ら 我 慢 し て も ら お
427
動けなくなる。結果、戦火溢れるアルビオンを無事脱出することに成功した、か。おま
けに難民たちを受け入れるための働く場所まで整備されている。まさに至れり尽くせ
りだ。﹂
﹂
﹂
﹁まるで孤児の中に馬鹿でかい胸をぶら下げた幸運の女神でも居るみたいだな。﹂
﹁フンッ
恐怖という手綱だけではなく惜しみない支援という飴を忘れない。
の御主人様を於いて他に無い。
員を傷つけず艦船のみを航行不能に陥れる。そんな異常な芸当が出来るのはマチルダ
船だけでなく巡洋艦に乗員していた乗組員にも死傷した者は一人もいなかった。乗組
に襲撃されて無傷のままいられるわけがない。しかも情報屋の男の報告によれば移送
様々な物事の背景には必ずあの御主人様が関わっているはずだった。移送船が巡洋艦
情報屋の男に言われずともマチルダも理解していた。幾らなんでも都合がよすぎる、
は再び仕事に取り掛かる。
ながら執務机から墜落する。そのまま動かなくなった情報屋の男を無視してマチルダ
軽口を叩く情報屋の男に腰の入ったマチルダのパンチが命中した。鼻血を噴出させ
?!
!!
﹁ブゴォッッ
第二十六話 閑話 ゲルマニア特別経済区
428
巨大な黒蠍の残虐さをこれでもかと見せつけておいて、ウェストウッド村の孤児たち
を無事に地上まで送り届ける。このような所業を見せつけられてマチルダが服従しな
い訳がなかった。単純な脅しだけであれば誰でも出来る。強力な鞭と飴をその場その
場で自由自在に使い分ける、その巧妙な手管をマチルダは何よりも恐ろしく思った。
マチルダは自らに課せられた首輪がより強固なものになったことを確認し、目の前の
運命を受け入れた。
大した産業もなく貧困に喘いでいた現地の人々、新しく孤児院に加わった子供たち。そ
ることを辞める訳にはいかなかった。マチルダには新しく背負うものが出来たからだ。
はないことも理解している。御主人様の掌の上で踊らされていると分かっていても踊
達の活動は悉く不自然なほど成功した。それが自分たちの力量だけで為し得たもので
りも遥かに労せずしてマチルダは貴族社会の一員に復帰することが出来た。マチルダ
必要とした。だが何者かの働きかけもあって俯瞰してみれば通常の手段を採択するよ
領地取得は、コネクションを利用した幾多のロビー活動や多額の金など夥しい労力を
情報屋の男が気絶していることを確認して、マチルダはしみじみと呟く。
﹁メガトロン様には逆らえないね、﹂
429
れら新しく背負い込んだものを放り出す心算はマチルダにはなかった。
巻き込まれる形でマチルダはここに来た。だが、大きな流れに巻き込まれる形だろう
と自分の意思で歩み続けようとマチルダは思う。額に汗して懸命に働いている人々、笑
顔で遊びまわる子供たちを見てその思いを強くする。ご主人様の目的がどこにあるの
か、全く判然とはしていない。
だが、
た。紙同士が擦れる乾いた音だけが執務室に漂っている。
かけなおした。そうして右腕に大公の認印を装着し、マチルダは再び書類を捌き始め
てマチルダは苦笑する。飼い犬としての自分が板についてきたことを自嘲しながら腰
身体の奥深く。その髄にまでメガトロンの懐柔が行き渡ってしまったことを自覚し
悪は回避できる。︶﹂
その時はその時さね。少なくともメガトロン様に逆らわなければいい。そうすれば最
﹁︵やれるだけやってみようじゃないか、駄目だったら駄目なりに足掻いてみればいい。
第二十六話 閑話 ゲルマニア特別経済区
430
第二十七話 始祖の祈祷書
トリステイン魔法学院本棟。その最上階の一室にてオールドオスマンは佇んでいる。
パイプを口に含み水ギセルを燻らせながら目の前の書籍を見つめている。ページを
捲るその姿一つとっても泰然としており、悠久の時を過ごしてきた魔法使いに備わる凄
みを感じさせた。眼を僅かに細めながら書物を捲る。﹁始祖ブリミルの使い魔たち﹂と
いう文字列が書物の表紙に記載されていることを再び確認してオスマンは言う。
﹂
オスマンの目の前には、呼び出しを受けたコルベールが偉大なる老魔術師と向かい合
﹂
うという緊張を伺わせながらその場に直立していた。
﹁のう、コルベール君。君はどう思うかね
﹁は⋮⋮、どう思うとは何を指しているのでしょうか
ふむ、と頷いてコルベールは腕を組む。
﹁ミス・ヴァリエールとその使い魔のことじゃよ。﹂
質問に返答しようと頭を捻るがそれらしい答えを導き出すことが出来なかった。目
?
?
431
の前にいる偉大な魔術師の本意が見えてこないからである。使い魔という質問だけで
あれば納得できた。鋼鉄で構成された巨人。あの使い魔は異質過ぎる存在だからであ
る。全身を覆う装甲、高すぎる知性。如何に高位のゴーレムであるとはいえ普通の生物
であるとはとてもではないが思えなかった。報告によれば、土くれのフーケ捕縛やアン
リエッタ姫殿下の手紙を取り戻したのも実質的にはあのゴーレムが一人で成し遂げて
しまったそうだという。その報告がどこまで正しいのか定かではないが、ただの優秀な
使い魔に出来る芸当でないことだけは確かだった。
その存在は余りにも異質過ぎている。それこそ何処か違う星からやってきたのでは
ないかと疑ってしまう程に。
未だに魔法が使えるようになった気配はありませ
?
﹂
たまたま召喚してしまっただけで彼女自身に何か思うところがあるとは思えませんが
んが、学業は非常に優秀ですし特に問題もなく模範的な生徒です。彼女はあの使い魔を
同じ俎上に並べたのでしょうか
これまでに見たことがありません。ですが、何故ミス・ヴァリエールをそのゴーレムと
いことだけは察せられますからね。言葉を解しあれほど強大な力を持ったゴーレムは
﹁あの使い魔⋮⋮⋮、あのゴーレムのことは確かに気にかかります。ただの使い魔でな
第二十七話 始祖の祈祷書
432
?
コルベールから帰ってきた無難過ぎる答えを聞いてオスマンは溜息を吐いた。自ら
の抱いている思いを理解されない歯痒さが表情に表れている。
コルベールもまたその当たり前の人々の内の一人だった。
?
て考えるのはどうかと。始祖ブリミルが使ったという虚無の系統が実際に存在してい
おうとすれば爆発を引き起こすばかりです。だからと言ってそれを﹃虚無﹄に結び付け
らなんでも論理が飛躍しすぎです。確かに彼女は真面に魔法を使えません。魔法を使
﹁オールド・オスマン。彼女が伝説の系統を司ると言いたいのでしょうか
それは幾
だ が お 伽 噺 の よ う な 逸 話 の 存 在 を 真 面 に 信 じ る こ と が 出 来 る 人 は 殆 ど い な い だ ろ う。
り、コルベールの額に汗の粒が浮かびはじめる。その可能性がないわけではなかった。
れている書籍を見てコルベールも息を呑んだ。纏う雰囲気が落ち着かないものに変わ
れたその本を左腕でなぞり、表面に印字された文字を確かめる。オスマンの視線が注が
手に持っていた書物のページを閉じ表面が見えるようにして置いた。机の上に置か
思し召しのようなものがのう。﹂
い魔を召喚したことには何か理由があると思うのじゃよ。何か納得できるブリミルの
﹁たまたま⋮⋮⋮⋮、のう。とてもそうだとは思えぬがな。ミス・ヴァリエールがあの使
433
﹂
たのかすらも分かっていないのです。その可能性が高かろうとも彼女にその可能性を
伝えてしまっては徒に混乱を招いてしまう恐れがあるのでは
独白を続けている。
後ろ髪引かれる思いがあるのか目の前にいるコルベールが反対していてもなおその
質感を指先から感じ取っていた。
オールドオスマンは未練がましく本の背表紙を触っている。古書独特の時を経た紙の
さずに済んだ安堵から自然と体が弛緩する。だが、安堵したコルベールとは対照的に
その言葉を聞いてコルベールは安心したように息を吐いた。余計な混乱を生徒に齎
う。﹂
﹁そう慌てずともよい。ミス・ヴァリエールにまだ儂の考えを話すつもりはないからの
?
る。学院生の中で彼女ほど熱心に魔法の訓練に取り組んでいるものはそう居らんじゃ
優秀、決して自堕落な生活に身を浸すことなく弛まぬ鍛錬を継続して自身に課してい
テインの中で屈指の名門ヴァリエール公爵家を出自とする血筋に問題はない。成績も
﹁ミス・ヴァリエールは何故魔法が使えないのか。明らかにそれは不自然じゃ。トリス
﹁しかしのう、考えてもみて欲しいのじゃよ。﹂
第二十七話 始祖の祈祷書
434
ミス・ヴァ
ろうて。まぁちと血気盛んな部分もあるがそれは十分許容範囲内じゃろう。寧ろあれ
位の気位が備わっていればこれからも安心じゃろうて。﹂
﹁そして、何よりも彼女自身じゃ。コルベール君、君も感じているじゃろう
故に儂は思うのじゃよ、ミス・ヴァリエールはこれ
?
まれるはずです。私は今年度のコントラクトサーヴァントの儀式を監督していました。
﹁彼女が﹃虚無﹄であるならば、彼女の召喚した使い魔には﹃虚無﹄の証たるルーンが刻
﹁しかし、一つ疑問があります。﹂
そのどれにも当てはまらない﹃虚無﹄であると仮定すれば十分に説明できる。﹂
法が失敗し続けることも、真面な魔法ひとつ使うことが出来ないのも、彼女が四大系統
﹁確かにオールドオスマンの仰られたことにも一理あります。ミス・ヴァリエールの魔
﹁なるほど。だから﹃虚無﹄ですか。﹂
することが出来るとのう。﹂
以上ないほどに魔法の才を受け継いでいる。そう考えればこの不自然を矛盾なく解決
処へ行ってしまったのじゃろうな
﹁彼女ほどの条件を揃えているのに魔法が失敗し続ける。受け継いでいる魔法の才は何
かの萌芽を意味しているのではないかと思っているのじゃよ。﹂
リエールからは強い魔力の片鱗を見受けることが出来る。失敗する魔法そのものが何
?
435
その際に全ての使い魔のルーンを確認しています。ミス・ヴァリエールの使い魔も、そ
の他の使い魔と例外なく通常のサモンサーヴァント同様のルーンが浮かび上がってい
ました。彼女の使い魔の場合は左肩にルーンが刻まれていましたが、特筆する点はそれ
﹂
位です。あのゴーレムが異質であるということ以外には何か変わった様子があるとは
思えませんでしたが
基準が何所を探しても見当たらないのだった。
するところまでは簡単に辿り着くことが出来た。しかし、
﹃虚無﹄であることを証明する
ルイズが四大系統そのどれでもない﹃虚無﹄の系統を有しているのではないか、と推測
ところでメガトロンに刻まれているルーンは変わりなく通常のものだったからである。
コルベールの指摘を受けてオスマンは天を仰いだ。オスマンが実際に何度確認した
﹁そうなのじゃよ。問題はそこなのじゃ。﹂
?
ガトロンにそのルーンは刻まれていなかった。メガトロンの異質さが先んじて、ルイズ
が伝説の系統を受け継ぎし者であるという事実を観測することができた筈だ。だが、メ
れば監督官であるコルベールが誰に忠告されずとも自ら気付いていただろう。ルイズ
無﹄独自のルーンが刻まれる。ルイズの召喚したメガトロンにそのルーンが刻まれてい
﹃虚無﹄の系統を持つ者が召喚する使い魔には召喚者が﹃虚無﹄であることを証明する﹃虚
第二十七話 始祖の祈祷書
436
が﹃虚無﹄の伝説を受け継いでいるのではないかという推測はこれまで触れられること
なく置き去りにされていた。
ズの元へ手渡ることになるだろう。﹃虚無﹄が﹃始祖の祈祷書﹄を所有した時何が起こる
ずともに重なっている。なればこの﹃始祖の祈祷書﹄は何れ巫女として選出されたルイ
た。アンリエッタ姫殿下の意思とその後ろに控えるマザリーニ枢機卿の思惑は意図せ
貴族より選出される巫女には誰が選ばれるのか、蓋を開けずともオスマンには分かっ
らない。貴族より選出された巫女が﹃始祖の祈祷書﹄を手に式の詔を読み上げる。
だった。古来よりの習わしで王族同士の婚姻の際には必ずこの秘宝を用いなければな
物も市中に沢山出回っているが、オスマンが持っているものは嘘偽りなく本物の祈祷書
﹃始祖の祈祷書﹄。始祖ブリミルを称えたトリステイン王家に伝わる秘宝の一つだ。偽
そういってオスマンは固く封印された小箱を取り出す。
﹃始祖の祈祷書﹄が必ず何かの反応を見せるはずじゃ。﹂
祷書﹄が必要になったのじゃからのう。彼女が本当に伝説を受け継いでいるのであれば
いかないじゃろうて。トリステインとゲルマニアの同盟が無事成立し、この﹃始祖の祈
﹁ミス・ヴァリエールが﹃虚無﹄であるか否か、という疑問をこれ以上放っておく訳には
437
のか、未だ未知数である。だからこそ、オスマンはその行末を注視しなければならない
のだった。
﹁そうなればより一層あの使い魔⋮⋮⋮、そう、メガトロンといったかの。ミス・ヴァリ
エール本人だけでなく、そのメガトロンにも注意を配らねばならぬじゃろうて。ミス・
ヴァリエールが﹃虚無﹄であるならば必ずその片鱗が使い魔にも表出している筈じゃ。
使い魔はメイジを映す鏡なのじゃからな。その異質さに囚われて本質を見逃すことが
ないよう気を付けるように。﹂
﹁了解しました。オールドオスマン。﹂
じゃぞ
コルベール君。﹂
私には何を指しているのか
﹁そ し て ト リ ス テ イ ン 魔 法 学 院 教 師 と し て の 威 厳 が 損 な わ れ な い よ う に 気 を 付 け る の
び出しを受けた本当の理由はここにあったのか。コルベールは自身のこれまでの企み
ややかなオールドオスマンの視線がコルベールを諌めるようにして注がれている。呼
コルベールは恍けた様にして誤魔化したが、伝説の老魔術師の眼は掻い潜れない。冷
?
?
そ、それは一体どのような意味合いなのでしょうか
?
さっぱり⋮⋮⋮、﹂
﹁は
第二十七話 始祖の祈祷書
438
が筒抜けであることを理解した。
﹁まぁよいわ。してコルベール君。今制作中の水汲み動力は完成しそうなのかね
も
オールドオスマンがあの機構の素晴らしさを理解してくださるとはこ
?!
れ以上のない行幸です。ドクター様からお教えいただいたあの動力装置は本当に素晴
﹁本当ですか
いのじゃがな。﹂
しそうなのであれば資材を発注して本格的に学院へ配備することを検討しても構わな
?
たが、こうして釘をさすこともまた忘れていなかった。
ルベールの研究熱心な部分を高く評価していたため、表だって口を荒げることもなかっ
のだろう。研究熱心なコルベールがその誘いを断れるはずもなかった。オスマンはコ
であると分かってはいてもドクターのもたらす未知のテクノロジーは魅力的に写った
額に浮かぶ汗を拭いながらコルベールは閉口していた。教師としてあるまじき行い
﹁は⋮⋮⋮あははは。も、申し訳ありません。オールドオスマン。﹂
は前代未聞じゃな。﹂
学生の様に教えを乞うとはのう。トリステイン魔法学院の教師が使い魔に弟子入りと
ドクターといったか。ミス・ヴァリエールの使い魔の内の一人。そのドクターにまるで
﹁熱心な探究心は評価するがのう。些か行き過ぎている所もあるかもしれんぞ。そう、
439
第二十七話 始祖の祈祷書
440
らしいのですよ
あの無駄のない機構 効率的な設計
まさに革命的です !
まず量産化に成功した暁にはどれだけ日常生活が楽になるか││││、﹂
ハルケギニアの生活が根底から変わってしまうかもしれません。いいでしょうか
!
小さな呟きだった。
いう油断が働いてオスマンの口を緩ませたのかもしれない。それは自然に漏れ出た極
頃、オスマンは小さく呟く。何者かが盗み聞きをしている訳がない、出来る訳がない、と
コルベールの主張にはより熱が入りまるで大勢の人々を前にした演説の様になった
マンが知ることになるのはもう少し先の話だった。
あり、鋼鉄の彼らが及ぼしている影響はより広い範囲に及んでいることをルイズやオス
れは鋼鉄の彼らしか知りえないことだった。目に見える変化はあくまでもその表層で
及ぼし始めている。その影響力が意図されたものなのか、何を目的としているのか、そ
ルイズやオスマンの眼にも届く形で鋼鉄の使い魔たちはその影響力を様々な領域で
ンには判断しきれていない。
褒めるべきなのか、それともあの使い魔たちの人心掌握術を恐れるべきなのか、オスマ
がらオスマンは再び水煙草のパイプを燻らせ始めた。コルベールの飽くなき探求心を
我が意を得たりと熱心に喋りはじめる。急に饒舌になったコルベールを横目にしな
!
?
!
羽音は人間の耳には届かない。可聴周波数の外側を行動する小さい何かを感知するこ
と言わんばかりに意気揚々と。羽音周波数が8∼10Hzに定められているため、その
オスマンの足元から何かの虫が飛び出していく。まるでお目当ての情報を略取した
﹁■■■■﹂
にも引っかからない物理的な諜報員にまでオスマンの気は回らなかった。
いた。オスマンの居室で情報を盗み取ることが出来る人間はいない。しかし、探知魔術
ることが出来る手段を日常的に行使するようオスマンの身体は自然と習慣付けられて
験から情報の重要さを理解している。情報を留め機密性を守ること。そのために講じ
関わってきた。情報を盗み出そうとする様々な魔手を経験してきたオスマンは、その経
いる。トリステイン魔法学院学院長という立場上、オスマンは否応なしに重要な機密に
オスマンは自身の居室にて誰かと会話する際必ずディティクトマジックを使用して
終わればよいんじゃがのう。﹂
じゃからな。このことを知る者は居らぬし、ミス・ヴァリエールに関する心配も杞憂に
﹁秘 宝 は 単 独 で 真 価 を 発 揮 す る こ と は な く、そ の 他 の 秘 宝 が な け れ ば ガ ラ ク タ も 同 然
441
第二十七話 始祖の祈祷書
442
とは如何なオールドオスマンでも叶わなかった。
蠅よりも小さい鋼鉄の虫。インセクティコン。
それらメガトロンの眷属たる忠実な手足は学園やハルケギニアの至る所に配置され
ている。情報を収集し、メガトロンへ献上する。物事がメガトロンの謀通りに進行して
いるのも彼らインセクティコンの働きが一役買っていた。
重要な要因を隠しているのは自分たちだけだと思うのは大間違いである、オールドオ
スマンは知らない。
破壊大帝の魔手はどこまでも伸びるのだということを。
よってキュルケとタバサの治療が行われた。その治療の甲斐あってキュルケやタバサ
ルイズたちがアルビオンよりトリステイン魔法学院へ帰還してすぐ、ドクターの手に
に籠り続けている。
がアルビオンより帰還して既に一週間が過ぎていた。この一週間の間もルイズは自室
まされた。手紙奪還の任務が成功した、という報告が済ませられたこの時点でルイズ達
オールドオスマン。代理人であるオスマンによってアンリエッタ姫殿下への報告は済
はそれすらもオールドオスマンに代理させていた。ルイズの申し出を快く受け入れた
王宮殿に赴き、優先して行わなければならないアンリエッタ姫殿下への報告。ルイズ
しまったのだろうか。
辛い事態だった。一体ルイズは何を思って引き籠っているのだろうか、何故引き籠って
していた授業すら無断欠席する有様だ。成績優秀で模範生であるルイズにとって考え
トリステイン魔法学院寮塔、その自室にてルイズは引き籠っている。欠かさずに出席
第二十八話 ヴァリエールとツェルプストー
443
第二十八話 ヴァリエールとツェルプストー
444
は意識を取り戻し、三日後には傷一つ残さず健常へと復帰することが出来た。キュルケ
とタバサが意識を取り戻した際にはさしものルイズも引き籠っていた部屋を後にして
いた。任務へと巻き込んでしまった謝罪と多大な貢献を惜しみなく労うルイズ。そう
してキュルケとタバサに対して惜しみのない感謝を表明し終わると、再びルイズは自室
へ引き籠ってしまった。
人通りの少ない時間帯を狙って食事や入浴を済ませているようで、ここ数日の間、学
院生の中でルイズの姿を見かけた人は殆どいない。人目を避けるようにして生活をし
ているルイズ。
そのようなコソコソとした様子をキュルケがただ黙って見過ごすわけがなかった。
最初は静観に徹していたキュルケだったがとうとう堪忍袋の緒が切れてしまったの
か も し れ な い。ル イ ズ た ち が ア ル ビ オ ン よ り 帰 還 し て 十 日 目。つ ま り ル イ ズ が 引 き
籠って一週間以上が過ぎた今日。キュルケはルイズの部屋へ押し入ることにした。夕
食と入浴を済ませたキュルケは自室ではなくそのままルイズの部屋へ直行。自分の頬
を叩き気合を入れる。そして鍵のかけられたドアをアンロックの魔法で解除した。何
の遠慮会釈もなくずかずかと室内へと歩を進め、ベッドの上で読書をしていたルイズを
認めた。
寝巻としている薄布のネグリジェを一枚身に着けているだけだったが、傷心している
様子もなくルイズは元気そうだった。引き籠っていたとは思えない程溌剌としている
その姿を見て一先ずは安心するキュルケ。
書籍へ注がれていた視線がキュルケへと移動する。ジトリとしたルイズの視線をさ
らりと受け流してしてキュルケは微笑む。感情の機微を細やかに扱えるキュルケらし
い所作だった。
を見て鼻の下を伸ばさない男子はいない。だがこの部屋に男子はいないし、ルイズは溜
布面積の少ないエロティックな下着だけを着ているキュルケ。その濫りがましい姿
美しい褐色の肌が部屋に燈っている灯火を写して橙色に煌めいていた。
纏った状態になった。16歳とは思えないほどの見事なプロポーションが露わになる。
る。するすると身に着けていた衣服を脱ぎ捨て、扇情的なデザインの下着のみを身に
ルイズの皮肉を無視してキュルケはベッドに腰掛けた。そして何故か服を脱ぎ始め
﹁ハロー、ルイズ。もうハローっていう時間じゃあ無いけれど、御邪魔するわね。﹂
﹁ドアを開けるときはノックをしなさいよ。レディとしての慎みを見当たらないわね。﹂
445
息を吐くだけだった。
れてないじゃない﹂
﹁キュルケあんたアホなの
レディとしての慎みを見当たらないって忠告が全然活かさ
?
少 し の 間 だ け だ か ら 我 慢 し て 頂 戴。そ れ と も ル イ ズ。
?
﹂
?
その瞳は詰に取り掛っている棋士のように熱を帯びていた。
しようと必死で頭を巡らせている。じりじりと女豹のポーズで近づいてくるキュルケ。
ついて遊んでいるように見えるが二人は真剣だった。特にルイズは危機的状況を打開
ネグリジェ姿のルイズと下着姿のキュルケ。外側から見れば可憐な少女達がじゃれ
詰められ逃げ場をなくしたルイズの姿はまるで蛇に狙いを定められた蛙のようだった。
てくる。天蓋付きベッドの端でキュルケは得物を追い詰める。とうとう壁際まで追い
ケは何故か満足げだ。ルイズが若干引いているにも拘らずグングンとその距離を詰め
そのままでいい、と身の危険を関じてルイズは渋々承諾した。その様子を見てキュル
次第は変わるわよ
あなたが私の相手を務めて私の身体の火照りを鎮めてくれるっていうのであれば事の
だから別に構わないでしょう
﹁お風呂上りだから身体が火照ってしょうがないのよ。誰が見てるって訳じゃあないん
第二十八話 ヴァリエールとツェルプストー
446
トリステインとゲルマニアの同盟が無事結ばれたそうよ。ア
?
﹂
?
新政府を樹立したアルビオンからも不可侵条約が打診され
?
えるのかしら。あとキュルケ近いから
たの
それとも違うだれかから
もっと離れて
﹂
!?
まぁ誰から聞いていても事情を知っているのであれ
?
﹁だから近い
励ましてくれるのは嬉しいけど。もっと離れてても出来るでしょ
!!
﹂
?!
んじゃないかしら。﹂
件落着とはいかないけれど。開戦を食い止めることが出来たことだけは誇ってもいい
おいそれと攻め入る訳にはいかないだろうし。レコンキスタの件も残っているから一
ば話が早くていいわ。アルビオン革命派もゲルマニアと同盟を結んだトリステインを
?
﹁あら、ずっと引き籠ってたから何も知らないと思ってたわ。ミスタから教えてもらっ
!
れると思う。これで均衡が保たれればいいんだけれどね。一応は平和になったともい
たわ。トリステインはアルビオンからの特使を迎え入れたから多分この条約は締結さ
盟を締結するんでしょう
﹁私も流石にそれ位は知ってるわよ。一か月後の婚姻に合わせて両国間に緊密な軍事同
ことが出来るんじゃないかしら
ンリエッタ王女様とアルブレヒト三世の婚姻も発表されたし、これで一先ずは落ち着く
﹁ねぇルイズ。知ってる
447
キュルケの進行は止まらない。対抗してルイズは必死で自分の身体とキュルケとの
間にクッションを差し込んでいるがキュルケは気にしていないようだ。燃えるような
赤い髪がピンクブロンドの長髪と触れ合い、絡まる。ルイズは必死で抵抗するがその抵
抗は実る気配を見せていない。ルイズの華奢な矮躯に圧し掛かるようにしてキュルケ
﹂
ルイズ。あ
やっぱりあの子のことを気にかけているから
どうして
は迫った。細い手首をがっしりと掴み、絶対にここから逃がさないという決意表明を見
せるキュルケ。ベッド上の攻防は佳境を迎えている。
なたはどうして部屋に籠っていたの
?
である。
ワルドの激烈な攻撃を受け続けその身体は破壊されてしまったのだろうか、それは否
いなかった。ピクリとも動かないラヴィッジ。
普段と変わらない様にも見えるが深い傷痕のように迸っていた紅の単眼は何も映して
ルイズの部屋。その隅にはラヴィッジが蜷局を巻いて寝そべっている。一見すると
?
?
勿論、それも理由の一つになるわ。でも私自身まだ整
?
理がついていない部分が沢山あるから少しだけ一人で過ごしていたのよ。﹂
﹁あの子ってラヴィッジのこと
?
﹁離れてもいいけれどその代わりしっかりと話してもらうわよ
第二十八話 ヴァリエールとツェルプストー
448
金属生命体であるラヴィッジは半永久的な生命を持つ。その生命は通常の有機生命
体を遥かに超越していた。生物としての格がとても高度なのである。一度身体を破壊
されれば動くことは出来ないし、回避することのできない死を受容することになる。だ
が、その身体を修復してエネルゴンを全身に循環させることが出来れば金属生命体は何
度でも復活することが可能だ。一度の死で全てが終了する有機生命体のように柔では
っていうもの
ない。ラヴィッジは仮初の死亡状態のままルイズの部屋の置物となっているが、完全に
死亡してしまった訳ではなかった。
﹁ドクターが言うには、身体はもう修復し終わっているけど、えねるごん
心 底 安 心 し て い る ル イ ズ を 見 て キ ュ ル ケ は 自 身 の 推 測 が 外 れ て い た こ と を 知 っ た。
耐えられないから。ドクターの言葉を聞いて本当に安心したの。あぁ良かったって。﹂
﹁うん、本当に良かった。ラヴィッジが居なくなってしまうなんて絶対に無理。私には
﹁そう、よかったわねルイズ。大切な使い魔を失うことにならなくて。﹂
しなくてもいいって。﹂
でしまった訳じゃなくてダメージから身体を守るための一時的な仮死状態だから心配
を動かすための触媒がないからまだ完全に治療することが出来ないそうよ。でも死ん
?
449
重傷を負い動くことすら出来ない使い魔への心配。その心配が引き籠った理由の全て
ではないということは、その他の理由は何処にあるのだろうか。ルイズへ襲い掛かって
いるその魔手を一時休止してキュルケは考える。
夜這いの進行が治まったことを確認してルイズはキュルケの身体の下から這い出よ
うともがいていた。しかし、がっしりと掴まれている両腕はルイズの力では動かせな
かった。巨大な乳房を伊達に普段からぶら提げている訳ではない。重力に従って乳房
が揺れる日常生活の賜物か、矮躯のルイズを抑え込めるだけの腕力をキュルケは持って
いた。
そ し て キ ュ ル ケ は 片 腕 で ル イ ズ の 両 手 を 押 さ え つ け、残 っ た 腕 を 背 中 に 回 し ブ ラ
ジャーを外し始めた。惜しげもなく晒されたキュルケの裸。目の前に露わになってい
何がしたいのよ
﹂
る巨大な乳房を見て流石のルイズも赤面した。さっぱり意味が分からないと狼狽し、赤
馬鹿なの
?!
?!
くなった顔そのままにルイズは叫んだ。
あんたアホなの
?!
!
いるし何をギャーギャー騒いでいるのよ
﹂
ブラジャーは外したけどまだパンツは履いて
まだ安心してていいのよ
?
?
?
ように抑え込まれているだけでしょう
﹁ぴーちくぱーちく煩いわねぇ。耳元で叫ばないでちょうだい。ただ身動きが出来ない
﹁キュルケ
第二十八話 ヴァリエールとツェルプストー
450
﹂
﹁これが安心できる状況ッ
腕を放しなさいよォッ
?!!
それにまだって何よ
?!
まだってッ
?
馬鹿ッ
?!
アホッ
!
早く
!
ているから最後まで聞かせてちょうだい。﹂
?!!
アルビオンで何があったのかその顛末を。﹂
?
キュルケは気を失っていたから何があったのか知りようがない。
?
だからもう一度話すわ。あの後に何が起こったのか。﹂
て。この後からよね
﹁ワルドが来て、ウェールズ皇太子殿下を殺されて、キュルケとタバサがワルドと戦っ
てるでしょう
﹁えっと。どこからどこまでを話せばいいのかな。もうキュルケとタバサには全部話し
れないという恐怖も手伝って、ルイズは全てを話すことにした。
だされて、そしてこのまま状況を放っておけばパンツすら脱ぎ捨てて迫ってくるかもし
を差し挟む余地がないほどに、キュルケの瞳は真剣そのものだ。キュルケの真剣さにほ
れる。最高に意味の分からない状況がルイズを取り囲んでいる。しかし、ルイズが言葉
パンツだけを身に着けたキュルケに身動きできないように抑え込まれて説明を迫ら
﹁分かったから。話すからちゃんと手を放しなさいよッ
﹂
﹁放しても良いけれど次は全部話して貰うわよ。何で引き籠っていたのか、黙って聞い
451
そしてルイズは語った。
態々思い起こす必要もなく語ることが出来る。脳裏を過ぎる一連の顛末。ルイズの
更なる成長の契機となった重要な事件。
ルイズたちはアルビオンで何を経験したのか、引き籠っている間中ルイズはそのこと
について葛藤を巡らせつづけていたのだから。
﹁あ れ だ け ワ ル ド を 圧 倒 し て い た の に、私 に 杖 を 突 き つ け て い た ワ ル ド の 命 令 に ラ
から。﹂
﹁でも出来なかった、ラヴィッジが撃ち洩らしたワルドの偏在に私が捕まってしまった
う。﹂
で き て い な か っ た か ら。あ と も う 少 し で ラ ヴ ィ ッ ジ は ワ ル ド を 引 き 裂 い て い た と 思
﹁やっぱりラヴィッジは強かった。スクウェアメイジのワルドでもラヴィッジには対抗
して駆けつけてくれたみたい。﹂
機していてほしいってお願いしてたから間に合わないと思っていたけど。異変を察知
ラヴィッジが来てくれたの。ウェールズ皇太子殿下とお話がしたいから私の部屋で待
﹁キュルケとタバサがワルドに倒されちゃったあと、私がワルドに殺されかける寸前に
第二十八話 ヴァリエールとツェルプストー
452
ヴィッジは素直に従っていた。ラヴィッジは私の身を案じてくれていたのかな、こんな
出 来 損 な い の 御 主 人 様 な ん か 見 捨 て て よ か っ た の に。偏 在 達 の 猛 攻 を た だ 黙 っ て 食
らって、ラヴィッジはどんどん傷ついていった。﹂
止めることが出来たわ。﹂
﹁覚悟をしていたから、人を殺したんだという事実を慌てずに喚かずにしっかりと受け
引き続けたの。﹂
﹁相手を害する、という明確な覚悟。その責任と自覚を持って銃を構えて、その引き金を
﹁ワルドへの増悪も手伝って、私はその覚悟を固めることが出来た。﹂
﹁だから私は覚悟した。﹂
ろうって。不甲斐無くて申し訳なくて苦しくて堪らなかった。﹂
だ足を引っ張るだけ、誰も私を見ていないし私は何なんだろう私は何をやっているんだ
されたわ。私は所詮メガトロンのおまけで、おまけですらなくて、助力も出来ない、た
の加虐に参加して、私は一人になった。礼拝堂の中で一人になって嫌が応にも思い知ら
れても、何もできない自分がただただ悔しかった。私を捉えていた偏在もラヴィッジへ
﹁ウェールズ皇太子を殺されてもキュルケやタバサが倒されてもラヴィッジが傷つけら
﹁瀕死になったラヴィッジを見て私は本当に悔しかった。﹂
453
自 身 の 中 に あ る 葛 藤 を ル イ ズ が キ ュ ル ケ に 話 し た の は こ れ で 二 度 目 の こ と だ っ た。
キュルケの様な気にかけてくれる良い友人の存在はルイズの確実な支えとなっている。
ルイズの中に溜まっていた夥しい葛藤。たった一人で背負い続けるには重すぎるもの
だった。覚悟をしていても、理解していても、実際に体験するまでは分からないことも
あるのだろう、その瞳は哀しげな色を浮かべている。
キュルケに抑えられていた右腕をすっと引き抜き、差し出すようにして掌を掲げてい
る。
哀しげな瞳はそのままにルイズは言った。
﹂
!!
額を打ち抜いたときの感覚が甦って苦しい。その厳然とした事実をキュルケが知っ
のか分からないと困惑している。
意外なことにこの場で驚いていたのはルイズだった。眼を見開き何が起こっている
﹁││││ッッ
生活から距離をとっていたのよ。﹂
﹁日常生活の中でも何かのふとした拍子にその触感が甦って苦しいから、少しだけ日常
﹁ワルドの額を打ち抜いたとき、その引き金の触感がまだ掌に残ってる。﹂
第二十八話 ヴァリエールとツェルプストー
454
た時、キュルケの腕は自然と動いていた。掲げられているルイズの掌を自身の乳房に押
し付ける。ルイズの右手によって形の良いキュルケの乳房が形を崩した。適度な弾力
と肌のきめ細やかさを両立させた乳房の感触が掌を通じてルイズへと伝わった。まる
少しはましになったかしら
﹂
で引き金の冷たい感触を覆い隠すようにしてその柔らかな質感が掌中に広がっている。
﹁どう
?
﹁態々服を脱いで裸を私に見せるのも、もう傷一つ残ってなくて元気だってことを私に
﹁でもありがとう。あんたがいてくれて凄く救われてる。﹂
﹁キュルケ。あんたやっぱアホで馬鹿ね。﹂
友人の裏心のない真っ直ぐな気遣いの気持ちがルイズには眩しく感じられた。
る。
暖かな気持ちが心に広がり、自身の中に燻っていた葛藤の澱が薄れていくのを感じ
がキュルケらしい奇天烈な試みにルイズは苦笑せざるを得なかった。
き金を引いた感覚を乳房を触った感覚で中和し誤魔化せるのではないか。目茶苦茶だ
キュルケは大真面目に、自身の乳房で憔悴しているルイズを慰めようとしていた。引
?
455
直接確認させるためでしょう
キュルケらしく私が気負わないように配慮してくれて
ることなく戦い続けることが出来るのだった。
ルイズは一人で戦ってはいない。だからこそ重い枷を背負っていてもルイズは倒れ
に思っているのだった。築かれた強固な信頼関係はルイズの心に安心を齎してくれる。
ルイズが友人たちを大切に思っているように、友人たちもまた同様に、ルイズを大切
るのは分かったわ。でも、急に服を脱ぎ始めるのは驚くから止めてよね。﹂
?
こっちは報酬ももらって自分の意思
?
い優しさに触れて、思わずルイズは甘えたくなってしまった。友人だからと言って全て
自分を理解し、心を配ってくれる友人の存在。そのキュルケが注いでくれる裏心のな
ルイズが思っていた以上に、ルイズは理解されていた。
﹁そうなんだ。うん、分かった。ごめんなさい、心配をかけて。﹂
わよ。もう大丈夫だから。心配しなくてもいいって。﹂
で依頼を受けたんだから少しくらいの修羅場は承知の上よ。タバサも気にかけていた
て幾ら言っても貴女は気に病んじゃうでしょう
﹁あら、隠していたつもりだったけれど分っちゃうのね。だって気にしなくてもいいっ
第二十八話 ヴァリエールとツェルプストー
456
を打ち明ける必要はないが、それでもルイズはまだ幼い少女である。優しくて理解して
くれる友人に時には依りかかってしまいたくなることもあるのだろう。
その気持ちの揺らめきが影響したのか、ルイズは残っているもう一つの葛藤を打ち明
けることにした。
を抱くことがないように一人になって自分を戒めていたの。﹂
から私は引き籠ったの。ほんの僅かでも強力な力に酔いしれるような感情を、その萌芽
重なれば山となって何時の日か、私を支配してしまうかもしれない。その恐怖があった
﹁その気持ちは本当に僅かなものだった。けれど、どれだけ小さい気持ちだろうと積み
﹁ほんの少しでも、そう思ってしまったことが、私には許せなかった。﹂
強力な力を惜しみなく振るうことがこんなにも素晴らしいこのなのかって。﹂
こんなに簡単に手練れのメイジを葬ることが出来るなんて、爽快だった。痛快だった。
無く殺すことが出来た。なんの力も持っていなかった私が、ゼロと蔑まれていた私が、
﹁強力な力は何もかもの障害を吹き飛ばす。あのスクウェアメイジであるワルドを労力
﹁ああ、力は何て素晴らしいんだろうって。﹂
﹁銃を使ってワルドを撃ち殺したとき。少しだけ。本当に少しだけ、私は思ったの。﹂
﹁でもね、まだ全部じゃない。もう一つだけ、引き籠っていた理由があるの。﹂
457
﹁メ ガ ト ロ ン と い う 強 力 な 使 い 魔 を 従 え る 私 は、ほ ん の 少 し で も そ ん な 気 持 ち を 持 っ
ちゃいけないから。﹂
なければならない義務だと思うから。﹂
﹁それがメガトロンへ捧げなければならない最低限の敬意だと思うし、私が必ず満たさ
敬意と義務について語るルイズの姿を見てキュルケは再認識していた。何故、目の前
にいる少女があの鋼鉄の使い魔たちを召喚することが出来たのか、その根本がここにあ
る。強大な力に酔いしれることなく、自身を保ち続けることが出来るその芯の強さ。使
い魔への敬意と自身の持つ誇りを忘れることのないその直向きさ。
同 年 代 の 少 女 と は 思 え な い 程 に 成 熟 し た そ の ル イ ズ の 姿 は 凛 々 し く も 美 し か っ た。
上っ面の美しさだけではない実を伴った確固とした心意気。そのルイズを見てキュル
ケはしみじみと呟いた。
どんと遠くへ行っちゃうようでちょっと寂しく思っちゃうけれど。﹂
﹁ほんの少し目を離しただけであなたは見違えるように成長しているのね。まるでどん
た程の立派な気概を持ったメイジは滅多に居ないと思うわ。﹂
﹁あなたはとても立派になったわね。一人前のメイジとして、ううん、それ以上よ。あな
第二十八話 ヴァリエールとツェルプストー
458
良いのだろうか、とキュルケが不安に思うのも当然のことだろう。明達なルイズに自分
そのルイズと自分は果たして友人で居られることが出来るのだろうか友人で居ても
身に着けているルイズだからこその選択だった。
も自らの意思でその道を選択する。並の人間では到底持ち得ないだろう高潔な気風を
難が待ち構えている。その厳しい未来を理解しているにも関わらず、誰に強制されずと
強大な力をコントロールし監督するという茨の道。歩く先に数えきれないほどの苦
だった。
貴族としての誇りと義務を自覚し、鋼鉄の使い魔たちを導いていくことを選択したの
だがルイズは違った。
くはない。
相当のものだろう。普通の少女であればこの時点で何もかもを投出していてもおかし
強靭無比な鋼鉄の使い魔。その使い魔を従えなければならないという重圧だけでも
それはキュルケの本心から下したルイズへの評価だった。
どんと成長していく貴女を見て本当にそう思う。﹂
でも、弱い私に出来ること何て必要のない、余計なお節介なのかもしれないわね。どん
﹁あなたの友人としてあなたの為に出来ることは何でもしてあげたいと私は思ってる。
459
の助けなど要らないのではないかという疑問がキュルケの心には浮かんでいる。
不安げな目の前のキュルケを見てルイズは反撃に転じることにした。
気が緩んだキュルケの隙をついてルイズ側から逆に押し倒す。マウントポジション
を取り、馬乗りになったルイズは片手ではなく両腕で以てキュルケの乳房も鷲掴みにし
た。これまでいいようにやられてきた鬱憤をお返しするように、巨大な双丘をこれでも
かというほど揉みほぐし捏ね繰り回す。
様変わりをしたルイズの様子を見てキュルケは驚くが、ルイズが次に発した言葉を聞
いて安心を取り戻した。
出ないんだから。﹂
﹁だから、いつものように笑顔でいなさいよ。アンタが元気じゃないとこっちも調子が
てしないから安心していいわ。﹂
くない訳がないわ。それに何も変わりなく私は私よ、何処か遠くへ行っちゃったりなん
それでも私の大切な友達よ。その大切な友達が心を砕いて私を気付かってくれる、嬉し
んて悲観的な言葉、キュルケから聞きたくないわ。アンタはアホで馬鹿でエロいけど、
て何時もみたいに飄々と振る舞ってればいいじゃない。後、自分に出来ることがないな
﹁なーに不貞腐れてるのよキュルケ。アンタらしくないわね。人をおちょくった風にし
第二十八話 ヴァリエールとツェルプストー
460
461
そうしてルイズははにかんだ。
その笑顔は幼い少女らしさを残した悪戯っぽいものだった。キュルケらしさを踏襲
して、ルイズも大切な友人であるキュルケを安心させたかったのかもしれない。ルイズ
の配慮を受けてキュルケも共に笑った。
ルイズは矢張りルイズだった。
凛々しく美しい姿も、幼い少女らしい姿も共に変わらずにルイズだった。どれだけ立
派に成長してもルイズは変わらずにルイズである。そのことを知ったキュルケは安堵
する。ルイズとの掛替えのない親密な関係をこれからもずっと持ち続けることが出来
る。ルイズが何処か遠くへ居なくなってしまうのではないか、というキュルケの不安は
綺麗に解消された。
しかし、不安が解消されたことまではいい。
だが不安の去ったそのキュルケの胸の内、ムクムクと不安に変わるようにして今度は
欲 望 が 湧 き 上 が っ て き た。ル イ ズ の 姿 を 見 て キ ュ ル ケ に 本 能 的 な 欲 望 が 去 来 す る。
キュルケの心配をするルイズの姿は健気でいじらしくて可愛かった。そのような可憐
なルイズを性に奔放なキュルケが黙って見逃がせる訳もまたなかった。
その身を案じて熟んだ瞳で見つめてくるルイズの可憐さは堪らなくキュルケを狂わ
せる。
自身を鎮めていた枷が限界を迎えていることをキュルケは自覚する。
乳房を揉んでいるルイズの腕をがっしりと掴みなおして、そしてキュルケは言った。
﹂
﹁悪いわね、ルイズ。もう我慢が効かないみたい。﹂
﹁は
﹁こら
痛くしないから暴れないの
。﹂
然なところはどこにも見当たらなかった。
照りを目の前にいるルイズへ向けるのはごく自然のことだと言えるだろう。別に不自
を求めている。キュルケの目の前にはお誂え向きの相手がいた。火照った体がその火
食しようとキュルケは侵攻を再開した。火照った体はその火照りを鎮めるために相手
散々乳房を揉まれまくっていたキュルケの微熱に火が燈る。目の前にいる得物を捕
たが時は既に遅かった。
肉食獣のように妖しく煌めいたキュルケの瞳を見て今更にルイズは身の危険を感じ
?
!
本格的に燃え盛り始めた鮮烈な炎を止める手だてなどなかった。
!
﹁あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛﹂
第二十八話 ヴァリエールとツェルプストー
462
463
ラヴィッジは一時的な行動不能に陥っているし、メガトロンも学院を離れている。二
人の逢瀬を邪魔できる存在は今何処にもいない。石造りの強固な壁は木霊する嬌声を
完全にシャットアウトした。室内は密室に保たれており異変を察知したその他の学院
生 が 入 っ て く る こ と も 終 ぞ な か っ た。ハ ル ケ ギ ニ ア の 双 月 だ け が そ の 成 り 行 き を 見
守っていた。ルイズとキュルケが対戦したベッド上の攻防がどの様なものだったのか、
知る者はいない。
ヴァリエールとツェルプストー。互いが互いの理解者であり、大切な友人同士である
両者は今日、肉体的にも少しだけ仲良くなった。
﹂
その二つの行為に
貴方たち人間が牛や豚を殺して食べることと、私が人
第二十九話 閑話 雪風と情報参謀
何か違いがあるの
間を殺して血を啜ること。ねぇお姉ちゃん教えてよ。何が違うの
?
いものだった。 今回の任務はそのサビエラ村を脅かしている吸血鬼を討伐しろ、という危険極まりな
ガリアの北花壇騎士団に所属し数々の危険な任務を強制されているタバサ。 ハルケギニア全土に悪名を轟かせる、最悪の妖魔、吸血鬼。
の血を吸い尽くされた無残な姿で発見された。 幾人もの村人と、要請を受けて派遣されてきたメイジが被害にあい、その死体は体中
人口数百人ほどの小さな村は数か月前から吸血鬼の恐怖に晒されていた。
ある。 サビエラ村はガリアの首都リュティスから遥か南東に位置している山間の片田舎で
?
?
﹁ねぇお姉ちゃん。何が違うの
第二十九話 閑話 雪風と情報参謀
464
ねえお姉ちゃん。黙っていないで答えてよ。ああ喋れないんだっけ。クスクス、そう
よね。蔦に絡まりつかれては喋れるものも上手く喋れないもんね。﹂ 他の人間と見分けが付かないことである。どのような探知魔法を使おうとも決して峻
使うことが出来るその高い戦闘能力も理由の一つだが、畏れられている最大の理由は、
ハルケギニアにおいて何故吸血鬼が最悪の妖魔と恐れられているのか。先住魔法を
隠そうとすらしていない。
眺めていた。その表情には満面の笑みを浮かべ、身に着けている人間ではない雰囲気を
もう一人の幼い容姿を持った少女は目の前にいる女性が囚われている様子を悠然と
の恐怖から震えていた。
り裂かれたのか、豊満な肢体が露わになっている。 青髪の長髪は目の前に迫る吸血鬼
女性はまるで鎖のように伸びた蔦に手足を縛られその身を囚われていた。衣服を切
月夜に照らされたその光景は奇怪だった。
女と一人の女性が向かい合っている。 サビエラ村郊外の森。ムラサキヨモギが密生して生え揃っている群生地で一人の少
﹁⋮⋮⋮⋮、﹂ 465
別できず、咽喉に牙を突き立てられるその瞬間まで吸血鬼だと分からない。日常生活に
馴染み、人間社会に巧みに溶け込む。人間は何時か来るかもしれない、という恐怖に耐
え続けることは出来ない。オークやドラゴンのような分かりやすい脅威ではなく、どの
場所でも身近に存在するかもしれない恐怖だからこそ、人々は吸血鬼を最悪の妖魔とし
て恐れるのだった。
青髪の女性は吸血鬼の罠に嵌り、身動きが出来ないように拘束されていた。 吸血鬼
の用いる先住魔法によって蔦が手足に絡みつき、ほんの少しも身動きが取れない。青髪
の女性がメイジだったとしても、拘束され杖を取り落している現状では吸血鬼に対抗す
る術は残されていない。 青髪の女性は必死で目の前の吸血鬼を睨み付けるが、溢れ出る恐怖を抑えきれていな
かった。
吸血
何とかこの場を離れようと必死でもがき続けるが、その努力が実ることはない。先住
魔法で操られた蔦はその程度の力で千切れてしまうほど貧弱ではなかった。
﹁私はただ聞きたかっただけよ。どうして私だけが糾弾されなければいけないの
鬼は最悪の妖魔だなんておかしくてもう笑っちゃう。毎日大量に牛や豚を殺している
?
﹁そんな目で見ないで、お姉ちゃん。﹂
第二十九話 閑話 雪風と情報参謀
466
人間が狩って当たり前。そんな誤解を当たり
人間は、その動物たちから最悪の妖魔とでも呼ばれているんじゃないかしら。ああ、そ
んなことを考えたことすら無いのかな
前のように思っていればお馬鹿さんなのもしょうがないのかな。﹂
?
それってとても素敵だと思わないかしら
﹂
陶酔したように吸血鬼は喋りつづけた。そして、目の前にいる美味しい得物をその手
?!!!
?
﹁お姉ちゃん、愛してるよ、大好│││││ギッ
﹂
続けるの。私が血を吸って、私と混ざり合って、一緒に永遠の時を生きることになる。
﹁大丈夫。そんなに怯えなくてもいいんだよ。これからお姉ちゃんは私の中で生き
うように優しい声音で話しかけた。
女性は必死で身をよがらせる。女性の怯えた様子を見て吸血鬼は笑った。女性を気遣
している。鋭い牙が突き立てられる未来を想像したのか、蔦が皮膚を裂くことも構わず
程発達した牙は女性の目の前にいる少女が吸血鬼であることをこれ以上ないほど主張
口元から除いた犬歯が月夜を受けてギラリと輝いた。およそ人間では考えられない
﹁殺して殺されて当たり前、それが世界で、世の中なのよ。﹂
467
にかけようした。ギラギラと目を光らせ、牙を首元へ運ぼうとしたその時、吸血鬼の視
界は暗転した。もう二度と暗転した視界が回復することはない。その場に崩れ落ちる
吸血鬼の身体、女性を捉えていた蔦も吸血鬼の死と同調して力を失った。
フ ェ イ ク に 誘 い 出 さ れ た 吸 血 鬼 は サ ビ エ ラ 村 村 長 の 家 に 居 候 し て い た 幼 い 少 女 で
あった。その事実は驚きだったが燃え盛る冷たい憎しみは迷わない。幼い少女だろう
と標的であることには相違ない。任務続行に支障はなかった。
弾丸が吸血鬼の上顎ごと頭部を吹き飛ばす。どす黒い紅花が咲いた様子をスコープ
から確認。
一帯を見渡せる丘で俯せになっているタバサは呟く。
れ ま で 身 体 に 積 み 重 ね て き た 修 練 の 成 果 は 嘘 を 吐 か な い。タ バ サ の 身 体 と そ の 手 に
帯の風向き、湿度、温度。大気の全てを敏感に感じ取り、照準を調整。ルイズと同様、こ
風を司るトライアングルメイジであるタバサだからこそ可能となった芸当だ。周囲一
塊 を 躱 す こ と は 出 来 な か っ た。ゆ う に 8 0 0 メ ー ト ル を 超 え る 遥 か 遠 方 か ら の 狙 撃。
如何に人々から畏れられる吸血鬼であろうと、音速の3倍程の速度を以て飛来する鉄
﹁任務終了。﹂
第二十九話 閑話 雪風と情報参謀
468
469
持った狙撃銃との境界が曖昧になり、一体となる感覚。
放たれた弾丸は空気を、吸血鬼の苦悩を、その何もかもを綯交ぜにして切り裂いた。
ドクターより戴いた狙撃銃をタバサは徹底的に利用した。狙撃技術と魔法を組み合
わせて運用される強力なハイブリッド。タバサは元来持ち得た才能を開花させ、より高
度な戦闘技術を次々と身に着けて行った。右腕には節くれだった戦杖を、左腕には武骨
な狙撃銃を以て、タバサ独自の戦闘スタイルはより高度な頂きへと進化した。
この後、どれだけ危険な任務を課せられようとタバサは怯まなかった。
鋼鉄の武器から伝わる鉄の質感。揺るぎのない確かさは万言の言葉をはるかに上回
る安心をタバサへ与えてくれる。
心の中を支配する冷たい憎しみを糧として、獲得した鋼鉄の武器を槍として、棘の道
をタバサは進む。
タバサの一言で以てサビエラ村を脅かせていた吸血鬼は永遠の眠りへと堕ちて行っ
た。
銃口からうっすらと立ち上る紫煙は双月輝くハルケギニアの夜空に溶け込み、紛れ
た。
▲
﹁⋮⋮⋮。﹂
サウンドウェーブはブルブルと震えていた。無論、この震えは喜びから来るものでは
ない。激しい怒りのあまり身体の制御をとることが出来ないからである。
後背部に掲げられている鶴翼のような基幹部品が特徴的な知的金属生命体
ウェーブが受け入れることは天地がひっくり返ってもあり得なかった。
冷 静 で あ る 彼 が こ れ ほ ど ま で に 怒 り を 露 わ に す る。直 面 し て い る 現 実 を サ ウ ン ド
サウンドウェーブを支配している。
着きは欠片も感じ取ることが出来なかった。傍から見ただけでも分かるほどの怒りが
機械よりも機械然としているサウンドウェーブだが、今の面貌からはそのような落ち
ティコンのブレインポスト。
どのような有事に直面しても激することなく、物事を理性的に対処できるディセプ
で鬩ぎ合いを演じている。
も平静の態度を崩さない立ち居振る舞いは今にも崩壊寸前だ。理性と怒りが極限の所
彼の全身は今燃え盛るような怒りで支配されていた。冷静かつ沈着、どのような時で
﹃情報参謀﹄サウンドウェーブ。
第二十九話 閑話 雪風と情報参謀
470
﹄
﹃お前らよく覚えておけ
スクリームだ
!
この私が
!!
ディセプティコン軍団のニューリーダー、スター
!
ぞ
﹄
だッッ
﹄
﹃ディセプティコン軍を統括するのはこの私だ
いいか
ほかの誰でもないこの私なの
?!
!!
スタースクリームが発した次の言葉はそれだけサウンドウェーブを苛立たせたから
だが、冷静沈着なサウンドウェーブの堪忍袋も限界を迎えた。
らである。
の通信を切断しなかったのは、溢れ出る怒りのため、通信を切ることすら忘れていたか
め取ろうとするスタースクリーム。メガトロンへ心酔しているサウンドウェーブがこ
既成事実を積み重ねることで、これまでメガトロンが持っていた軍団内での地歩を掠
を手を変え品を変え主張しているにすぎなかった。
と演説は続いているが、ようするに自分は偉いからこれからは自分に従え、ということ
この回線はサウンドウェーブを含めた全ディセプティコンへと繋がっている。長々
サウンドウェーブの通信回線より甲高い耳障りな声が侵入していた。
!!
!!
﹃正式な手続きを踏みフォールン様より新しく軍団の統帥権をも頂戴した。証拠もある
471
だ。
﹃時代は新しい力を欲している
私の時代がやっと到来したのだッッ
ワハハ、ワハハハハハッッ
﹄
﹄
最早ディセプティコンにメガトロ
これからはニューリーダーである私が指揮を執る
﹃次世代に古い価値観古いリーダーは必要ではない
﹄
!
た。
ティコン幹部の一員として加えているのか、サウンドウェーブは常々疑問に思ってい
格を備えているとは思えなかった。そもそも何故メガトロンがこの小悪党をディセプ
スクリームの人望は薄い。部下の数も少なくとてもディセプティコンのリーダーたる
る。実力を台無しにするその小悪党ぶりが祟って、ディセプティコン内におけるスター
分から手を汚すような真似はせず、他人の手柄を奪い取り自らの失敗を誰かに押し付け
をスタースクリームは持っている。しかし、スタースクリームは姑息だった。決して自
確かな知性と高い実力を備え、戦闘狂であるブラックアウトを圧倒できるほどの実力
!!!
!!
!
サウンドウェーブの中で何かの回路が捩じ切れた音が木霊した。
!
ンはいらないのだ
!!! !!
│││││ブチリ。
﹃ワハハハハッッ
第二十九話 閑話 雪風と情報参謀
472
メガトロンが居なければ大軍勢を誇るディセプティコン軍団は存在しない。欠点も
多いがメガトロンは偉大なリーダーである。だからこそサウンドウェーブを始めとす
る多くのディセプティコンはメガトロンを崇拝した。そしてディセプティコン軍団は
従来の欠点を克服し、オートボットを相手に終始優勢な戦いを繰り広げることが出来た
のだ。
それをこれまでメガトロンへ胡麻をすり、こそこそと動き回っていたスタースクリー
ム如きが蔑ろにする。メガトロンの莫大な恩恵と偉大さをよく理解しているサウンド
ウェーブには、耐えることの出来ない侮辱だった。
あの姑息な小悪党を確実に仕留めるためにはどのような陣を敷けばよいか、そう頭を
仕留めることが出来る筈だ。
ろう、そのディセプティコンを束ねて戦陣を敷けば必ずスタースクリームを逃がさずに
る。自分以外にもスタースクリームへ反旗を翻そうと画策しているものも大勢いるだ
フォームした。大帝を侮辱する愚か者に捌きを与えるため、本拠基地へと向かってい
柳 眉 を 逆 立 て た サ ウ ン ド ウ ェ ー ブ は、サ テ ラ イ ト 型 の 身 体 を 戦 闘 体 系 へ ト ラ ン ス
﹁││││││殺す。﹂
473
巡らせていたサウンドウェーブに1通のメッセージが届いた。
そのメッセージを読んでサウンドウェーブは本拠基地への進行を停止した。
まるで熱波を和らげる打ち水のように、その文面はサウンドウェーブを落ち着かせ
た。
﹃ALL HAIL MEGATRON、this is not his Dece
p t i c o n s t o r u l e. M E G A T R O N s h a l l r i s e a
gain.﹄
なっているからである。だが、その信奉を忘れてはならないと、他者に窘められるとは
負 し て い た。サ ウ ン ド ウ ェ ー ブ の 中 で メ ガ ト ロ ン へ の 信 奉 は 最 早 自 然 の 摂 理 と ま で
数百年ぶりのことだった。誰よりもメガトロンを崇めているとサウンドウェーブは自
冷静沈着な、機械よりも機械然としているサウンドウェーブが笑みを浮かべたのは凡そ
揺らぎのないメガトロンへの信奉をその端々から感じてサウンドウェーブは苦笑した。
端的で素気のない文面。文面にある奴とはスタースクリームのことを指すのだろう。
トロンは甦る。﹂
﹁偉大なるメガトロンに栄光を。ディセプティコンは奴の支配するものではない。メガ
第二十九話 閑話 雪風と情報参謀
474
475
思ってもみなかった。
突撃隊長ショックウェーブ。
サウンドウェーブと肩を並べるディセプティコン軍団の大幹部がその文章の送り主
だった。独自に進められた交配の下、異常進化させた建設用ワームを用いて敵陣を縦横
無尽に荒らし回ることを持ち味としている。メガトロンからの信頼も厚い、欠かすこと
の出来ないディセプティコン軍団の重要戦力だった。
サウンドウェーブにとっては、どちらがよりメガトロンに貢献することが出来るかを
争う競争相手の様な存在でもある。その競争相手から窘められてしまうとは。無骨で
サウンドウェーブ以上に寡黙、かつ社交性の欠片も持っていないショックウェーブ。普
段 は 苦 手 意 識 を 持 つ 相 手 だ っ た が こ の 時 ば か り は、サ ウ ン ド ウ ェ ー ブ も 好 敵 で あ る
ショックウェーブに感謝していた。
まさか当の自分自身がメガトロンへの敬意を蔑ろにしてしまうとは。
サウンドウェーブは自身を恥じ、そして再び大帝探索の任務へと着任した。
破壊大帝が消えた、だから何なのか。何を心配する必要があるのか、自分が信奉して
いる御方はあの破壊大帝メガトロンである。心配をする必要など何もない。サウンド
ウェーブは再び笑った。
第二十九話 閑話 雪風と情報参謀
476
メガトロンは甦る。ショックウェーブの言うとおりだ。
破壊大帝メガトロンは何度でも甦る。堅硬極まる装甲と無限の再生能力を併せ持つ。
不死身を誇るそのメガトロンを殺し切ることは実質上不可能だ。どれだけ攻撃を受け
ようが、どれだけ反乱を企てられようと、メガトロンは全く意に介さない。
その全て、尽くを破壊して頂きに君臨するのが破壊大帝メガトロンだ。何か心配をす
るだけ無駄である。何もせずとも破壊大帝は復活するだろう。何故ならば、死と破壊は
メガトロンの本性そのものだからだ。心配することなど何もない。
サウンドウェーブがすることは待つことだった。
出来ることといえば復活した後、大帝に余計な面倒をかけることがないよう、ディセ
プティコン軍団をある程度までコントロールしておくことくらいだろう。情報参謀の
二つ名を精々腐らせることがないようにしなければ。そう自覚するサウンドウェーブ
は戦闘形態を解除して再び軍事衛星に憑りついた。衛星隅々まで触手を這わせ、世界中
の回線に潜り込む。地球上に待機しているディセプティコン軍への指示を出しながら、
大帝探査の任務も忘れない。
破壊大帝は甦る。自らの本懐を全うしながら、その時をサウンドウェーブは待ち続け
477
た。
鶴翼の様な基幹部品が特徴のエイリアンサテライトは変わることなく地球を見つめ
ていた。
第三十話 終わりの始まり
当たり前だと思われているものは当たり前ではない。逆に非日常のものとして普段
は意識の彼方に追いやっているものは案外身近なものなのかもしれない。普段自分達
が過ごしている日常はとても貴重なものであり、決して無為に過ごしてよいものではな
いのだ。日常生活の其処此処には、非日常と思われていた異なる物が口を開けて待って
いる。何も知らない愚かな子羊達が迷い込む瞬間を待っている。
愚かな子羊を噛み砕き、日常という光り輝く世界から引き摺り下ろすことを夢見て。
﹁そうですか 。ですがそういう訳には行きません。私はルイズ様をスパイしなければ
﹁別に着替え位は自分で出来るから、シエスタが態々手伝わなくてもいいわよ﹂
第三十話 終わりの始まり
ならないのですから。しっかりとお世話させていただきますね。﹂
?
凡そスパイの意味が分っていないであろう目の前のメイドの少女を見てルイズは溜
﹁ああ、⋮⋮⋮そう。﹂
478
息を吐いた。
アルビオンの秘密任務が無事成功の内に終了して大分経つ。新しく樹立されたアル
ビオン王国との間にも一定の交流が生まれ、トリステインは平和を享受することが出来
た。ゲルマニアとの間に結ばれた同盟も一役買っているのだろう、トリステインにはこ
れまでと変わらぬ安定が訪れている。
トリステイン魔法学院もその例に洩れず、戦争か、ゲルマニアとの同盟が、アルビオ
ンの革命が、などといった学内の狂騒も鳴りを潜めた。特権階級にある貴族子弟が望む
のは乱世よりも安定だ。この点だけは市居の人々と同様、誰も好んで戦争などしたいと
は思わない。自然と従来の学院生活を貴族子弟達は過ごすようになっていた。
ルイズも部屋に引きこもらなくなり、魔法学院は完全に本来の姿を取り戻したように
﹂
見えた。だが、ルイズは知らない。ルイズが引き籠っている間にも絶え間なく変化は訪
れ続けているのだということを。
﹁ねぇシエスタ。貴方スパイの意味分かって言ってるの
なので
スパイの意味ですか。うーん実のところよく分ってないんです。けど、メイドと
響きが似ているので。スパイもメイドも似たような意味合いのものですよね
?
ルイズ様のお世話も私の大切なお仕事になります♪﹂
?
﹁え
?
479
そう言ってシエスタははにかんだ。天真爛漫のこの笑みはどう見ても作り物には見
えなかった。なのでシエスタの言っていることは本当なのだろう。逆にルイズのこの
反応まで織り込んで、スパイをやっているのであれば主演女優賞ものの演技として賞賛
しても良いくらいだった。スパイの意味をやっぱり分かっていなかったシエスタ。ス
パイの意味が分らなかったことは問題ではない。問題は何故シエスタがスパイをやっ
ているのかだ。
﹂
﹁誰からお願いされたのよ。私のスパイをして得をするような立場の人が学内にいるの
﹂
一介のメイドである私に沢山の御給金を渡して、
?
様のスパイとして寛大なルイズ様の御心に見合うような御奉仕をしたいと思っていま
す。沢山お金を貯めることが出来たので私自身も精神的に余裕が持てました。ルイズ
したが、とても助かったんです。これで故郷の村へ倍以上の仕送りをすることができま
私のスパイをして欲しいと御依頼くださったじゃないですか。あの時は本当に驚きま
﹁お忘れになってしまったのですか
?
?
﹂
かしら
?
私が御依頼されたのはルイズ様御自身ですよ
﹁はい
?
﹁は
第三十話 終わりの始まり
480
す。なのでルイズ様。なんでもお申し付けください。私に出来ることであれば何でも
いたしますから。﹂
後にした。
める必要もない。シエスタの介助をありがたく頂戴し着替えを済ませルイズは部屋を
既にその理由をルイズは知っていたからだ。応えられないシエスタをこれ以上問い詰
追求を諦めた。シエスタが何故ルイズを依頼主という立場にしたいのか、確証はないが
下手くそな口笛を吹きながらはぐらかし続けるシエスタを見てルイズはそれ以上の
かった。
べるが、誰から依頼されたのかどれだけ問質してもシエスタは頑として答えようとしな
イズから依頼されたということにして欲しいようだった。ルイズへの感謝の口上は述
す腹積もりらしい。まるで依頼に含まれているように、シエスタとしてはどうしてもル
何時でも構わないようだ。そもそも露見しても構わず、シエスタはごり押しで誤魔化
ことにしましょう♪﹂
﹁一昨日明朝の中庭で、
﹁一昨日はずっと部屋にいたわよ。﹂⋮⋮⋮では先週の明朝という
よ。﹂
﹁その意気込みは嬉しいけど、何時よ。私が何時シエスタにスパイになれって言ったの
481
﹁ルイズ様。いつもお世話になっています。見てくださいこの水汲み機を。この絡繰り
の お 蔭 で 井 戸 か ら の 水 汲 み が 随 分 楽 に な り ま し た よ。負 担 は 今 ま で の 十 分 の 一 で す。
我々平民の生活にも配慮してくださるルイズ様の寛大な御心に感謝しています。﹂
き割がこんなに楽になるなんて思いもよりませんでした。腰を悪くしていた私にこん
﹁ルイズ様。この間貰ったまき割りの絡繰りは大変重宝しています。一日仕事だったま
なに良いものを下さるとは、本当に感謝しています。この絡繰りを私の出身村でも使っ
てもいいと、快く承諾していただいたルイズ様の慈悲深さには感服するばかり。ルイズ
様の様な素晴らしい方にお仕えすることが出来てとても光栄でございます。﹂
﹂
!
働いている平民の使用人たちから投げ掛けられたものだ。ギーシュとの一件もあり、学
教室へ向かっているルイズに絶え間ない感謝の言葉が浴びせられた。魔法学院内で
よ
をくれたぜ。これからも腕によりをかけて上手い飯を作ってやるからな。期待してろ
だ、たまんないね。持ち手も手に吸い付く様だし言うことなしだ、あんた本当いいもの
だが使ってみるとこれがまた素晴らしいんだよ。どんな固い食材もスパスパ切れるん
﹁おいルイズさんよ。改良されたこの調理器具だが、最初は全然期待していなかったん
第三十話 終わりの始まり
482
院内における平民たちからの高い支持をルイズは獲得していた。
召使の人々曰く、貴族であることに胡坐をかいた傲慢な貴族の中の変わり種、平民と
して見下すのではなく一人の人間として私たちを尊重してくれる、そうである。只々見
下され奉仕を強要される現状に平民たちは嫌気がさしていた。見たこともない強力な
使い魔を従え現状のあり方に疑問を抱くルイズの様な存在に平民で構成されている召
使の人々が期待を抱くようになることは当然だろう。ルイズに関わっていれば何らか
の余禄に与れるかもしれないからである。
﹂
しかし│││││││、
﹁ルイズ様
﹁ルイズ様
﹁ルイズ様
﹂
﹂
ていた。だが、あくまでも疑問に思っていただけであり、階級制となっている現状の社
魔法を基点とした貴族と平民という絶対の階級制に対してルイズは常々疑問に思っ
えは無いからだ。
幾らなんでもこれは異常である。そもそもルイズは平民たちに何かをしてあげた覚
次々とその他の召使の人達からも声をかけられルイズは困惑した。
! !! !!!
483
会よりも皆がある程度の平等を享受することが出来るあるべき社会の姿がその他にあ
るのではないか、と思考を巡らせるに留まっていた。
平民たちからこれ程の感謝をされる謂れは決してない。それがこの有様である。感
謝を向けられる相手が高い支持を得ている平民たちだけであればかろうじて納得する
筋道もあった。自分の機嫌を取ろうとする平民たちからの胡麻刷りだ、と好意を強引に
捻じ曲げて解釈することも出来たかもしれない。だが、そもそもこれ程の感謝を受ける
ような行いはしていないし、ルイズへ向けられる感謝はこれだけではなかったのだ。
例えば香水のモンモランシ│。
ヴァリエール公爵家が資金援助をしてくれるなんて。大金をあんな低利子で借款して
﹁いやー本当に助かったわよルイズ。領地経営の上手くいっていない私の家に、まさか
くれるなんて普通じゃあり得ないわ。流石はヴァリエール公爵家ってところかしらね。
トリステインでもっとも由緒ある公爵家の看板は嘘じゃないって精々思い知らされた
わよ。モンモランシ家にとってはまさしく九死に一生ってやつだったけどね。﹂
いってね。ヴァリエール公爵家だけじゃなくて貴女にも正式に感謝状が届くはずだか
﹁お父様も感謝してたわよ。モンモランシ家はもうヴァリエール公爵家に頭があがらな
﹁⋮⋮⋮。﹂
第三十話 終わりの始まり
484
ら確認してね。﹂
﹁ルイズ
﹁ルイズ
﹁ルイズ
﹂
﹂
! !! !!!
を向けてくる。土砂降りの様な感謝の雨をどうにかこうにか受け流し、ルイズは廊下を
平民だけではなく今まで自分を見下していた貴族子弟達までもが次々と感謝の言葉
﹂
たちはその援助によって大なり小なり助かっているのだそうだ。
題を解決する効果的な援助をヴァリエール公爵家が提供しているらしい。各々の貴族
家に何かしらの問題を抱えていた貴族子弟が多いようにルイズは感じた。それらの問
備が整ったとでもいうようにその他の貴族子弟達からも感謝の言葉を向けられた。実
感謝の矛先を向けてくる相手は香水のモンモランシ家だけではなかった。まるで準
てルイズは頭を抱えた。
感謝を向けられる相手が平民だけではなく、とうとう貴族にまで及んだことを理解し
﹁⋮⋮⋮。﹂
485
進んだ。
ヴァリエール公爵家はルイズの実家である。実家がそのような支援をしているので
あればルイズの耳に入らない訳がない。しかし、そのような情報は一切ルイズの耳には
入っていない。それにも関わらずヴァリエール公爵家の支援が行われている。つまり、
ヴァリエール公爵家を騙って莫大な支援をする存在がいるということだ。そのような
﹂
ことが出来る存在、そのようなことをする存在はたった一人しかいない。その身近な存
在を思い浮かべルイズは複雑な表情を浮かべた。
少しは手加減しなさいよッ
?!
!!
因となっていた。
その問題こそがルイズを悩ませる理由であり、メガトロンを問質すことが出来ない原
題をルイズは抱えていたからである。
はない。メガトロンへの恐れがないと言えば嘘になるが、メガトロンへの恐れ以上の問
問質すことが出来なかった。これはルイズがメガトロンを恐れているからという訳で
そうやってルイズは叫ぶが、直接メガトロンに問質すようなことはしなかった。否、
﹁メガトロンの馬鹿ッッ
第三十話 終わりの始まり
486
▲
よ。﹂
態々こんなところまで連れてきて相談したいことって何よ
彼女たちの向かう先は、使い魔召喚の儀式を行ったあの小高い丘だった。
る。
夕日が学院郊外の草原を彩る中、ルイズとキュルケそしてタバサが並んで歩いてい
?
﹁アンタが得しかしてないんだけれど、まぁそれでいいわ。﹂
﹁それで
怒っているルイズをサラリと捌いてキュルケは会話の先を促した。
?
今日行われた授業を無事に終えた後のこと。
﹂
回してきた人間のいうことじゃあないわ。両者痛み分けということで我慢しましょう
﹁まぁ怖い。随分と恐ろしいことをいうのねルイズ。最初にあれだけ私の胸を捏ね繰り
と焼き尽くしてあげるわ。﹂
倍以上の損失をゲルマニアに送り付けてやるからね。ツェルプストー領なんて領地ご
け て 伝 説 の 再 来 を 高 ら か に 歌 い 上 げ て や る わ。今 度 は 国 力 十 年 分 じ ゃ あ 済 ま さ な い。
﹁また、あんなことをしたらただじゃおかないから。スコルポノックをゲルマニアに嗾
487
﹁ミスタに元気がない
どういうことよ。それ。﹂
﹂
?
れだけの衝撃をルイズに与えたのだ。
抱えることが出来なかったからだろう。あのメガトロンに元気がないという事実はそ
のだろうか、ルイズが心配に思うのも当然だ。悩みを抱えず他者に相談したのも一人で
言ったルイズの言葉にも頷ける。一体何故あのメガトロンが横たわったまま動かない
ピ ク リ と も し て い な い メ ガ ト ロ ン の 姿 を 見 て キ ュ ル ケ は 得 心 し た。元 気 が な い と
かった。
るで死んでしまったのではないか、と見る人が錯覚してしまう程に微動だにしていな
としていない。在来持っていた暴虐な雰囲気は何処へ行ってしまったのだろうか。ま
ルイズが指差した先にはメガトロンがいた。ただし、仰向けに横たわっていて動こう
よ。メガトロンがいるでしょう
﹁私にも分からないのよ。だからキュルケとタバサに相談したんじゃない。ほらあそこ
?
がないなんて空から雨の代わりに槍でも降ってきそうね。槍で済めばいいけれど。い
﹁あら本当、丘の上で横たわってるわね。一体どうしちゃったのかしら。ミスタに元気
第三十話 終わりの始まり
488
﹂
つからミスタはああなって動かなくなっちゃったの
んでしょう
?
最初からああだった訳じゃない
?
﹂
時期的には丁度マッチ
。だとすれば、ルイズ貴女が引き籠っ
?
ていたからミスタも元気を失くしちゃったんじゃないかしら
わ私が原因だっていうの
するわよ。﹂
﹁ええッ
?
﹁そうよ。ミスタも御主人様である貴女が引き籠っちゃったもんだから。つられて気が
?!
?
アルビオンから帰ってきてからのことでしょう
れまでは普段と変わらなかったから、ミスタが動かなくなったのは少なく見積もっても
﹁あらあら、それは大変ね。呼びかけにも答えないなんて一体何があったのかしら。そ
な普段の姿を知っているからこそ、募る不安も増していく。
らといってもやはり不安なのだろう。有り余るエネルギーを持て余しているほど元気
イヤリングを摩りながらルイズは言った。強力無比な使い魔であるメガトロンだか
こないのよ。﹂
あったのか知るために色々と声をかけているんだけど、メガトロンからの反応が返って
﹁そ こ な の よ。何 時 か ら メ ガ ト ロ ン が 動 か な く な っ た の か が 分 か ら な く て ⋮⋮⋮ 何 が
489
滅入っちゃったんじゃないかしら。ああ、可哀そうなミスタ。御主人様を気遣う余り自
分が寝込んじゃうなんて。でもとてもロマンチック。破壊の権化みたいなミスタが御
主人様であるルイズを心配して寝込んじゃうなんて。お伽噺に登場しても可笑しくな
いわ。﹂
⋮⋮そんな私を気付かって寝込んじゃうなんて。そんな⋮⋮⋮でも、ちょっと、ちょっ
﹁で ⋮⋮ で も で も。メ ガ ト ロ ン が そ ん な 殊 勝 な 性 格 を し て い る と は 思 え な い わ よ。そ
とだけ嬉しいかな。﹂
様が引き籠ったくらいでどうにかなるなんて絶対ありえないわ。むしろ﹃ずっと引き
﹁でもよくよく考えればおかしいのよ。ミスタはそんなに柔じゃない。覚束ない御主人
籠 っ て ろ 二 度 と そ の 顔 を 見 せ る ん じ ゃ な い﹄、と で も 言 い 放 っ て 笑 う ん じ ゃ な い か し
﹂
!!
ら。﹂
言われなくても分かってるわよそんなこと
!
壊大帝のメンタルはその鋼の身体以上に強靭だ。精神的脆さなどという言葉とは無縁
引き籠ってしまった程度のことで、あのメガトロンが弱ってしまうなどあり得ない。破
キュルケはメガトロンと深い中ではないが、それでも理解できることはある。ルイズが
こ ろ り と 態 度 が 変 わ る キ ュ ル ケ。そ も そ も 本 気 で 言 っ た つ も り は な い の だ ろ う。
﹁うるさいわね
第三十話 終わりの始まり
490
の存在なのである。
ギャーギャーとキュルケとルイズが喧嘩をし始めたころ、その喧嘩を遮るようにタバ
サが言葉を投げ掛ける。
喧嘩をする両者の間に杖を差し込み、逸れていた会話内容を本題に軌道修正。
り続ける余裕は無い。
ロンを召喚したのだった。使い魔召喚の日を懐かしく思うルイズだったが、思い出に浸
た。ルイズは一人成功することが出来ず、日が暮れるその直前になってようやくメガト
まだ、まるであの時の再現だった。使い魔召喚の日も同様の強い西日が差し込んでい
契約を為したものだ。夕暮れの肌寒い空気もさわさわと揺れる下草もそっくりそのま
全体を見渡すことが出来ないほどの巨体。よくも自分はこのメガトロンによじ登って
使い魔召喚の日をルイズは思い出していた。横たわっていても見上げなければその
巨人は夕焼けを反射して橙色に彩られている。
キュルケとルイズが会話をしている間に、目的の丘に到着したようだ。聳える鋼鉄の
言って、タバサは目の前に横たわっているメガトロンを見据えた。
﹁直接本人に聞けばいい。﹂
491
随分元気がないようだけれど、こんな所に横たわるな
込上げる焦りを落ち着けながらルイズはメガトロンへ話しかける。
教えて欲しいわ。一体どうしたの
メガトロン。何か思うところがあったの
﹂
んて貴方らしくないわ。話したくないのであれば私も無理は言わない。でも出来れば
﹁ねぇメガトロン。どうしたの
?
?
ケも黙っていられなかった。
微動だにしない。ルイズの表情に更なる不安が募った。不安げなルイズを見てキュル
ルイズが声をかけてもメガトロンは何の反応も示さなかった。まるで置物のように
?
?
貴方のことを教えてよ。﹂
ご機嫌いかが
?
頂戴。﹂
その心配を蔑ろにする理由はないと思うわ。何か一言でもいいから声をかけてあげて
じゃない。ルイズは一人の人間として大切な存在であるミスタのことを心配している。
配してる。この子はこの子でミスタのことを気にしているの。ミスタが使い魔だから
﹁ミスタ
まだ眠るに早すぎる時間じゃないかしら。ルイズがとても心
﹁ねぇメガトロン。答えてよ。黙っていては何も分からないわ。お願い、お願いだから。
第三十話 終わりの始まり
492
キュルケの言葉に反応したのか、草原に横たわっている鋼鉄の巨人に変化が現れた。
鋼鉄の巨人そのものに何らの変化はないが、ルイズのイヤリングを通して反応が返って
きた。
﹂
!?
めてよ。本当にミスタなのかと疑っちゃったくらい。本当にどうしちゃったのかしら
﹁ミスタは本当に元気がないみたいね。あんなに弱弱しげなミスタの声を聞いたのは初
である。
これまでに聞いたことがないほどにメガトロンの声音が余りにも弱弱しかったから
からだ。だが、そのルイズでさえ応えに窮せざるを得なかった。
はない。餅のようにしつこく粘るバイタリティは一筋縄で如何にかなるものではない
その言葉を聞いてルイズは押し黙る。失せろと言われて失せるほど、ルイズも素直で
ない。﹂│││ッッ
﹁何の用って。メガトロン私は貴方のことが心配で﹁失せろ。貴様に出来ることは何も
﹁何の用だ。﹂
493
ねミスタは。﹂
脇に立つキュルケは必死でそのルイズを慰めていた。
その事実に呆然として幽鬼のようになってしまったルイズ。
を話しかけても応答が返ってこない。
た。大切な使い魔であるラヴィッジも行動不能。加えてメガトロンにも元気がなく何
しまう恐れもある、今日中の解決を諦めてルイズたちは再び来た道を辿って帰り始め
けてもメガトロンは何の反応も見せなくなってしまった。日が暮れかけて夜になって
破壊大帝メガトロンに一体何が起こったのだろうか、その後ルイズたちが何を問いか
た。
いってしまったのか、横たわったまま動こうとしないその姿も何処か哀愁を感じさせ
程 に 今 の メ ガ ト ロ ン か ら は 覇 気 が 抜 け 落 ち て い た。漲 っ て い た エ ネ ル ギ ー は 何 処 へ
落ち込んでいる、と言い換えても当て嵌まるだろう。そうルイズたちが感じてしまう
ガトロンとは思えない程に力がなかった。
声の内容は勇ましく他者を一切近づけない剣呑さを感じさせるが、その声音はあのメ
﹁意外な一面。﹂
第三十話 終わりの始まり
494
﹁元気出しなさいよルイズ。ほらミスタも今日偶々調子が悪かっただけかもしれないで
しょう。ミスタも明日になればまた元気になって何時も通り何処かを飛び回っている
わよ。あまり気落ちしないでルイズ。あなたに元気がないと私も哀しいから。﹂
まるでゾンビのようにトボトボと歩いているルイズの前では、さしものキュルケの励
ましも何処か空回りしていた。
どうにかしてルイズを励ますことが出来ないか、と思案を巡らせるキュルケ。ポンッ
と手を叩き自身に閃きが訪れたことを始祖ブリミルに感謝する。そして、思い出したよ
うにして、胸元に差し込まれていた紙束を取り出すと嬉々としてルイズに差し出した。
!
﹁ルイズ
落ち込んでいる暇があるんだったらこの連休を利用して宝探しをしましょう
呆れたように言うルイズを無視してキュルケは続けた。
めておいたの。﹂
﹁宝の在り処を示した古地図よ。こういうこともあるんじゃないかと思って前々から集
﹁何よこの紙束。﹂
495
よ
﹂
﹁宝探し
急にどうしたのよ。宝さがしをして一体何になるっていうの
﹂
?
ミスタ以外にもミスタの様
?
の提案は渡りに船だった。
?!
﹁│││││確かに。﹂
ドクターの言っていたしょくばい
とかいうものも見つかるかもしない
ければ、という考えに遅かれ早かれルイズは到達していただろう。だとすればキュルケ
は危険である。メガトロンという対処法を有している自分が探索に赴いて何とかしな
かった。メガトロンの様なゴーレムが他に存在したと仮定すればこのまま放置するの
もある。ここハルケギニアの何処かにメガトロンの様な存在がいないとは言い切れな
を思い出したからだ。破壊の玉として長らく眠りについていたスコルポノックの存在
その言葉を聞いてルイズはハッとする。キュルケの指摘で今まで失念していた考え
実に他にも似たような何かがここハルケギニアに存在していると思うのよ。﹂
なゴーレムが何処かに存在するかもしれないって。スコルポノックの件もあるわ。確
もあるし仕方がないかしら。ほら貴女も言ったでしょう
﹁あらあらルイズ。貴方らしくないわね少しは考えてもみなさいよ。まぁミスタのこと
?
!
﹁で し ょ う
?
第三十話 終わりの始まり
496
し、何処かにいるかもしれない御仲間を見つけることが出来ればもしかしたらミスタも
喜んでくれるかもしれないわ。一石二鳥よ言うことなしね。﹂
﹁タ バ サ。貴 方 に も 力 を 貸 し て も ら う わ よ。シ ル フ ィ ー ド を 移 動 の 足 と し て 使 い た い
のことだけは忘れないで。自分の命を最優先に考えて頂戴。﹂
ましょう。私たちだけで如何にかできる可能性は少ないから。何があったとしてもそ
﹁けど本当にメガトロンの様な何かを見つけたら、先ずはその場を離れて安全を確保し
しょう。何かあった時対処できるし用心棒としても期待できる。﹂
メガトロンには頼れないけど、代わりとしてスコルポノックを宝さがしに連れて行きま
﹁キュルケ随分とアンタらしくない冴えた提案ね。でもその提案に乗らせてもらうわ。
ズは確実な成長の証を見せていた。
た。様々な修羅場を潜り抜けてきたからこそ、淀みなく判断を下すことが出来る。ルイ
はないのか、現状をしっかりと把握し内実に即した判断を次々とルイズは下していっ
即座に頭脳を回転させ持ち前の明達さを如何なく発揮する。何が必要で何が必要で
キュルケの提案を聞いて幽鬼のようにふら付いていたルイズの身体に力が戻った。
﹁そうね、⋮⋮うん。そうしましょう。﹂
497
の。何かあった時万が一の為の逃走手段は確保しておきたいから。構わないかしら
﹁了解した。﹂
﹁ありがとうタバサ。協力に感謝するわ。﹂
﹂
仮初の死を強制されているラヴィッジを慈しみ、その額を優しく撫でながら呟いた。
欠かさない。
たことを報告することが最近のルイズの日課になっていた。そして、今日もその日課を
微風を感じながらルイズはラヴィッジの脇に立つ。動かないラヴィッジに今日経験し
ケギニアの夜風が開いた窓から流れ込み、ピンクブロンドの髪を揺らした。頬を撫でる
ルイズの自室には動かないラヴィッジが朝と変わらない姿で寝そべっている。ハル
門限の時間ぎりぎりで、寮塔にある其々の自室へと辿り着く。
ルイズの一言でこの場はお開きとなった。
日の朝ということでいいわね。﹂
ましょう。もう日も暮れるし、このまま外で話し合えば風を引いちゃうわ。詳しくは明
﹁えっ⋮⋮と、今のところ下せる判断はこれくらいかしら。後のことは追って話し合い
?
﹁今日もまた散々褒められちゃった。別に私は何もしていないのにね。メガトロンが私
第三十話 終わりの始まり
498
とても
の見えないところで色々としているみたい。何をしているのかは絶対に教えてくれな
いのよね。何でだろう、メガトロンは意外と恥ずかしがり屋な所もあるのかな
じゃないけど本人の前では絶対に言えないけどね。﹂
?
刷新を忘れない。課された試練を乗り越えれば、それに見合う形でメガトロンは必ず応
い、本当の意味での忠を尽くしてくれている。相手が仕えるに足る存在なのか、という
﹁悪辣で暴悪だけれど、これ以上ないほどにメガトロンは忠実よ。盲目的な忠誠じゃな
だけじゃない。私如きが推し量れるような、単純な存在じゃなかったのよね。﹂
してしまったんだって最初は思ってた。でもやっぱり違うのよ。メガトロンは暴悪な
﹁キュルケも誤解していたように私も誤解をしていた。悪辣で暴悪で何て使い魔を召喚
﹁私には何となく分かるの。﹂
﹁でも、多分試練としてだけじゃない。﹂
た。﹂
の主として適格なのかどうか、メガトロンはそういうところを見ているんだと思って
何をすることが出来るんだこの俺様にみせて見ろ﹄、っていうことよ。私がメガトロン
﹁つまり、﹃俺様は使い魔としてこれだけのことが出来るぞ、じゃあお前はどうなんだ。
試練だと思っていたの。﹂
﹁色々と裏で工作をして私に賞賛を集めたことも。最初はね、メガトロンが私に与えた
499
えてくれる。栄光と名誉は私に、その労苦は全て自分が背負うだなんて、メガトロンそ
のものが使い魔の身本みたいね。戦力としても使い魔としてもメガトロンは最高の存
在なんだって思い知らされる。﹂
﹁メガトロンは使い魔としての責務をしっかりと果してくれている。﹂
﹁だから、今度は私の番。﹂
﹁メガトロンを元気にして、少しでも主としての役目を果たさなきゃね。﹂
なり、物語は加速する。ハルケギニアに降り注ぐ災禍の顕現。夥しい人々の死骸が積み
い。しかし、既に賽は振られたのだ。物語は止まらない。ルイズたちの宝探しが契機と
ルイズがこの選択肢を採択することがなければ、その結末は避けられたかもしれな
た。
はまるで濡れているようで、耽々としたルイズの報告に応えるように艶やかに煌めい
窓から射し込むハルケギニアの双月の光。蒼と赤の月光を反射したラヴィッジの身体
そ う し て 日 課 と な っ て い る ラ ヴ ィ ッ ジ へ の 報 告 を 済 ま せ た ル イ ズ は 眠 り に 入 っ た。
もう少しだけ待っててね。﹂
﹁今日の報告はここまで。お休みラヴィッジ、また明日。必ず貴方を治してあげるから
第三十話 終わりの始まり
500
501
上げられるその時、メガトロンとルイズは最大の岐路に直面することになる。死と破壊
を司る破壊大帝は何を選択するのか、ルイズとの交わりはメガトロンに何を与えたの
か。
終末と再生。始まりと終わり。破滅と創造。その相反する未来が待っていることを
ルイズは知らない。
第三十一話 竜の顎門
ここにある宝物の名称は何
﹁地図に従えば、ここら辺のはずよ。﹂
﹁それで
﹂
﹁えっと⋮⋮⋮竜の⋮⋮何て読むのかしら
?
文字が擦れていて上手く読めないわ。﹂
り組んでいたが、いまだ目ぼしい成果を上げることが出来ていなかった。
レム。またはそれに準ずる何かを見つけるために、ルイズたちは緊張感を以て探索に取
連休を利用してトリステインの彼方此方へと向かう三人。メガトロンのようなゴー
なった。
全員が賛成し、取り敢えずはシルフィードの手が届くトリステインに範囲を絞ることに
範囲を網羅したものだった。だが、時間の猶予と現実的視点を考慮したルイズの提案に
キュルケの持っていた何枚もの古地図は、ゲルマニアからトリステインまでと幅広い
の集めていた古地図を頼りにして秘宝が眠っているとされている場所へと赴く。
キュルケ、ルイズ、タバサの三人は連休を利用して宝探しに勤しんでいた。キュルケ
?
?
﹁これで五ヶ所目ね。初日とはいえこの結果も仕方がないのかしら。見つけたのは古ぼ
第三十一話 竜の顎門
502
けた空箱ばっかり。宝物はおろかゴーレムの気配なんて欠片も見当たらないわね。﹂
ルイズ。﹂
?
は薄れていなかった。何処かにメガトロンの様な何かがあるのではないか、という不安
欠片もゴーレムの存在を示す痕跡は見当たらなかったが、それでもルイズの持つ緊張
いが、見つからないのであればそのまま現状維持でよかった。
外のものだ。野放しにしていいとは思えない。見つければ対策を講じなければならな
性を持っている。ルイズとメガトロンの様な関係性はどう考えても一般的ではない例
たことはないからである。メガトロンやスコルポノックの様な存在は途轍もない危険
箱だけ、ルイズはこの結果に不満は持っていなかった。可能な限り見つからないに越し
宝物探しを始めて既に一日の半分が過ぎていた。古地図を元にして得られたのは空
だけどね。何処にもないのであればそれが一番幸いなんだけれど。﹂
形態としての痕跡が必ずどこかに残っているはずよ。その何かが何処かにあればの話
クの様な何かが与える影響は半端じゃない。童話だったり童謡だったり、何かしら別の
も、スコルポノックの件に学んだ方がいいかもしれないわ。メガトロンやスコルポノッ
﹁うーん、この古地図みたいに秘宝が眠っているんじゃないかって場所を探索するより
以上の探索もあまり意味がないかも知れないわ。どうする
﹁やっぱり準拠が古すぎたのかしらね。この古地図の信用も高が知れたものだし、これ
503
はいまだ心の中で燻り続けている。だが焦っても仕方がないとルイズは肩の力を抜き
大きく息を吐いた。
今日まだ一回も見か
﹁もうすぐお昼だから、取り敢えずはここにある宝物を探して、その後に小休止をとりま
しょう。﹂
﹁それがいいわ。でもルイズ、スコルポノックは何処にいるのよ
けていないけれど、本当についてきているの シルフィードは空を飛んでいるから地面
?
たちが心配することなんて別にないわ。﹂
﹂
﹁心配しなくても大丈夫よキュルケ。スコルポノックはちゃんと付いてきてるから。私
迷っている、何てことになってないのかしら
を進むスコルポノックには私たちが進んできたルートが分からなくて、まだそこら辺を
?
?
でもこのあたりにはオーク鬼が巣を作って群生しているから
?
キュルケの指摘にルイズは笑って答えた。あっけらかんとした態度からやや過剰な
﹁だから、大丈夫だって言ってるじゃない。その件も問題ないわ。﹂
しいのだけれど。﹂
気を付けて進まないといけないわ。出来ればスコルポノックにも行動を一緒にして欲
﹁本当にそうなのかしら
第三十一話 竜の顎門
504
信頼が伺えるが、ルイズの信頼を肯定するように続けてタバサも呟いた。タバサもルイ
ズにならって随分と落ち着いていた。オーク鬼がいる、というキュルケの指摘にもまる
私には何処にいるか分からな
で動揺していない。むしろのんびりとした雰囲気すら感じられた。
﹁居る。朝からずっと私たちを見ている。﹂
﹁見ているって言われてもねぇ。土の中からどうやって
いわ。﹂
怯えていた。
潜んでいるオーク鬼が何時出現するのかと、周囲を見渡しながらビクビクとキュルケは
していた。如何に黒蠍が守っていると言われても、怖いものは怖いのだろう。森の中に
ないシルフィード。風竜の怯えが感染したのかキュルケもまた戦々恐々と辺りを見渡
シルフィードは森の入り口で待機している。何故か怯えており、森の中に入ろうとし
配らせることを忘れない。
イズは銃と杖を構えて臨戦の態勢を整える。森の中を油断なく進み辺り一帯に視線を
そして彼女たちは宝物が眠るとされる森へと入った。キュルケとタバサは杖を。ル
キュルケは周囲を見渡すが、スコルポノックの視線を感じ取ることは出来なかった。
?
505
﹁ねぇルイズ。本当に大丈夫なの
オーク鬼は危険だわ。もし群れで一気に現れたらこ
?
大丈夫だってば
オーク鬼何かよりワルドの方がまだしも怖かったわよ。
の人数じゃあ対処できないかもしれないし。﹂
﹁だ、か、ら
!
もスコルポノックがいるんだから安心していいって何度も言ってるじゃない。﹂
ワルドと戦って生き残ったんだからこの位のことでおたおたしないで。それに何より
!
向かえば如何な実力者であっても苦戦を強いられるだろう。
必要である。通常であれば討伐隊を編成して対処をすることになるが、仮に単体で立ち
に恐れられている。また、群れで行動する習性を持っているため相手取る際には注意が
体躯に子供を好んで捕食する残虐さ。その力は大人5人分に匹敵し人々の間でも非常
オーク鬼は討伐難易度の高い危険なモンスターである。二メートルを超える屈強な
だ。
イズやタバサはこんなにも落ち着いていられるのか、キュルケには分からなかったから
キュルケだったが、どうしても浮かべる笑顔はぎこちないものになってしまう。何故ル
そ う し て タ バ サ も ま た キ ュ ル ケ を 気 遣 っ て 声 を か け た。そ の 気 遣 い を 嬉 し く 思 う
﹁そう。安心して。﹂
第三十一話 竜の顎門
506
優秀なメイジであるタバサがオーク鬼の危険性を知らない筈がない。にも拘らず何
﹂
故こんなにも落ち着いていられるのか。その理由はキュルケの目前にまで迫っていた。
﹁│││││││ッッ
﹁⋮⋮⋮⋮⋮酷い有様ね。言葉もないわ。﹂
あるスコルポノックを於いて他に無い。
つかない有様だ。オーク鬼の群れを相手にこんなことが出来るのは、ルイズの使い魔で
鍋に放り込まれた具材はトロトロになるまで煮込まれて最早その他の土と見分けが
まれたシチューのようだった。
は本来あるべき色を失い、血と皮と肉が入り混じって塊となり、まるでぐつぐつと煮込
鬼だった群れの成れの果て。残されたものは朱に染まったグズグズの大地のみ。地表
それと表現することが出来ないのは、残骸が欠片も残っていないからである。オーク
辺りに漂う濃厚な血の匂い。森の中の一画にそれはあった。
は決して盲目的なものではなく、確固とした理由があって寄せられるものだった。
そしてキュルケは知った。何故タバサは落ち着いているのか。ルイズの寄せる信頼
?!!!
507
﹁まだ温かい。こうなって殆ど時間は経ってない。﹂
マントで口元を押さえながらキュルケはえづいた。目の前にある光景はキュルケの
想像をはるかに超えるほど凄惨だった。込上げる吐き気と戦っているそのキュルケと
は対照的にタバサは落ち着いていた。肉塊シチューとなっている一画に近寄ってその
場所を見分している。失われきっていない温かさを持った肉片。その一欠けらを指で
摘まんでいた。
身体を細切れに分割され土中に漉き込まれていたため、この程度の異臭で済んでいた
のだろう。でなければルイズたちがもっと早くに異変を察知していたはずだ。
﹁オ ー ク 鬼 の 群 れ ね。多 分 辺 り 一 帯 を 根 城 と し て い た ん だ と 思 う け ど、で も ス コ ル ポ
ノックにかかればこの有様よ。逃げられるもの何ている訳ないわ。オーク鬼もアルデ
ンの鬼には敵わなかったってことね。﹂
﹂
﹁やっと気づいたの
?
アンタも結構鈍いのね。﹂
﹁そうよ。スコルポノックが私たちを警護しているんだもん。モンスター何て私たちに
?
らそれも
﹁⋮⋮⋮宝探しの間中、一回も危険なモンスターに出会わなかったけれど。もしかした
第三十一話 竜の顎門
508
509
近づく前に細切れよ。このオーク鬼の残骸は例外ね。私たちが気付く距離まで近づい
たってことは、スコルポノックも少しは苦戦したんじゃないかしら。手間取らせてスコ
ルポノックを怒らせたオーク鬼はこんな風になっちゃったけどね。本来であれば私た
ちの与り知らないところで起こっていたはずよ。﹂
えづいていたキュルケも少しづつ落ち着いてきたようだ。
そ も そ も キ ュ ル ケ と シ ル フ ィ ー ド は 怯 え て い た 対 象 が 異 な っ て い た。キ ュ ル ケ は
オーク鬼の群れを恐れていたが、シルフィードはスコルポノックを恐れていたのであ
る。風韻竜に備わっていた本能が、スコルポノックという黒蠍の怪物が放つ殺意を感じ
取っていたのかもしれない。宝探しをしている間中シルフィードに元気がなかったの
もスコルポノックが原因だろう。猛烈な殺意など知らずに済むのであればそれに越し
たことはない。
肉塊シチューの現場を超えて更に森の中を進む、と森が途切れたその先でルイズたち
は古ぼけた建物を発見した。大きな一軒家ほどの広さを持っている。その外観は古ぼ
けているがよく見れば、どうやら何かを安置する寺院であるらしかった。中には何が安
置されているのか、真っ先にキュルケがその寺院へと向かって歩を進めた。
│││だが、
﹁│││ッッ
何かがいるわッ
﹂
﹁気を付けてッ
﹂
!!
﹂﹂
イズが瞬時に思考したその時。
命を失うよりはシエスタの足を打ち抜いてその場に伏せるよう強制させようか、とル
待することも出来ないだろう。
目前に迫る火球に圧倒されシエスタは身動きが出来なくなっていた。咄嗟の回避を期
焔が直撃してしまう。直撃すれば大火傷は避けられない治療が遅れれば命に関わった。
の中の寺院にいるのか、その理由は何でもよかった。だが、このままではシエスタに火
ルイズとキュルケは叫ばずにはいられなかった。学院にいる筈のシエスタが何故森
?!!
るが、その影の前には一人の少女が驚きの表情を浮かべて立っていた。
の巨大な影へ向かった。良好な魔力が練られた火球は巨大な焔となって影に襲い掛か
刀し、自身の司る炎系統魔法を解き放つ。キュルケのフレイムボールは唸りを上げてそ
だがルイズの叫びを聞いて即キュルケは杖を振るった。流れるような動作で杖を抜
期待が先走りし過ぎて、その巨大な影にキュルケは気づくのが遅れた。
!
?!
﹁﹁シエスタッッ
第三十一話 竜の顎門
510
振るわれた鋼鉄の巨腕がシエスタに襲い掛かろうとする火球を叩き潰した。
▲
ルイズ達一行が宝探しに向かった日の朝。
シエスタは手に入れた珍しいお茶を持って歩いていた。向かう先は使い魔召喚の丘、
目的はメガトロンである。
トリステインから遥か東方。ハルケギニアの東端にあるロバ・アル・カリイエから産
出した一品だった。普段のシエスタであれば回ってくる行商から購入することは出来
ない高価なものである。だが、とある事情によって今シエスタは比較的リッチなのだっ
た。
自分の雇用主が寝そべっている丘に到着したシエスタ。
御機嫌いかがでしょうか
﹂
鋼鉄の巨人の頭部までぐるりと移動して大きな声で話しかけた。
﹁メガトロン様
?
返ってきた声は、草原の丘を撫でる爽やかな風とは掛離れていた。メガトロンの不機
﹁貴様か。何の用だ。﹂
!
511
嫌な様子を感じて思わず身構えてしまうシエスタだったが、持ち前の胆力でぐっと堪え
た。表情に現れそうになる怯えを何とか誤魔化すことに成功。努めて笑顔を浮かべる
ように意識してメガトロンにお茶を差し出した。
した。﹂
﹁珍しいお茶を手に入れました。メガトロン様も如何かと思ったので、お持ちいたしま
﹁いらん。﹂
分厚い岩盤のようにその拒絶の言葉は強固だった。にべもないメガトロンにシエス
タは気後れしてしまう。あのメガトロンを相手にしているのだ。とても自分では目の
前にある岩盤に亀裂を刻むことなどできない、とシエスタが諦めてしまうのも無理はな
いだろう。差し出したポットを恥ずかしげに仕舞い込んだシエスタは俯いてしまった。
を 伸 ば し た メ ガ ト ロ ン。そ の 巨 体 に 見 合 わ な い 繊 細 な 動 作 で シ エ ス タ が 持 っ て い た
怯えているシエスタを不憫に思ったのか、メガトロンの気まぐれかは分からない。腕
﹁あッ⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ふん。﹂
﹁二度と、こッこのようなことがないように気を付けますので⋮⋮。﹂
﹁も、申し訳ありませんでした。わ⋮⋮私は、私はメガトロン様に何て失態を、﹂
第三十一話 竜の顎門
512
ポットを摘まみあげた。シエスタが驚く間もなく摘まんだポットごとお茶を呑みこん
だ。
横たわっているメガトロンの口内に味わい深い渋みが広がる。お茶に含まれている
ポリフェノールの一種、カテキンには抗酸化作用や抗菌作用が含まれている。その働き
は有機生命体だけでなく機械生命体にとっても非常に有用であり無碍にすることは出
来 な い。味 と 高 機 能 性 を 両 立 さ せ た こ の お 茶 を メ ガ ト ロ ン は い た く 気 に 入 っ た よ う
だった。
﹂
どこか満足げなメガトロンを見て、俯いていたシエスタの顔がぱっと明るさを取り戻
した。
﹁お味の方は如何でしょうか
ありがとうございます。﹂
!
お洋服の着替えを手伝ったり、お部屋を掃除させていただいたりしました。ですがルイ
﹁えっと、報告ですよね。メガトロン様のご依頼通り今日もルイズ様をスパイしました。
﹁本当ですか
お茶に気を好くしたのか、やや機嫌のよいメガトロンだった。
﹁それよりも状況を報告しろ。報告如何によっては報酬を倍にしてもいいぞ。﹂
﹁まぁ悪くない。錆止めの代用に使えないこともないな。﹂
?
513
ズ様は非常にしっかりとした方なので、召使へ丸投げすることなく日常的に自分が出来
る こ と は 自 分 で 行 わ れ て い る よ う で す。私 の ス パ イ も 必 要 と さ れ て い る の か ど う か
⋮⋮⋮⋮。お役にたてているのか不安です。﹂
﹁ですが頑張ってこれからも誠心誠意スパイさせていただくつもりです。﹂
だがその良機嫌も長くは続かない。
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
スパイの部分をお世話と交換しても成り立つシエスタの報告を聞いてメガトロンは
再び天を仰いだ。シエスタの持つ胆力や才気を見込んで雇用していたメガトロンだっ
たが、望んだ結果は得られなかった。自身の失った記憶の痕跡をルイズに見ることが出
来るのではないか、という目論見は泡と消えた。召喚者であるルイズ本人に何の痕跡も
こんなに沢山のお金は初めて見ましたよ
﹂
﹂
見られないというのであれば、あとは何所を探せばよいのだろうか。再び振り出しへと
戻ったことを悟るメガトロン。
﹁わーっわーっ凄ーい
!!
﹁故郷のお父さんやお母さんにいっぱいお土産を買ってあげられます
!
!!
﹁報告ご苦労。更に資金を渡す。より一層の励起を期待する。﹂
第三十一話 竜の顎門
514
追加の報酬をもらったシエスタは喜んでいて気付かなかったが、メガトロンの姿は目
に見えて落ち込んでいた。
雲一つない晴天が広がっている。眼前に広がる穏やかな青空はメガトロンにとって
似つかわしくないものだった。数千年にも渡るオートボットとの闘争の歴史。闘争に
次ぐ闘争。分厚い暗雲と入り乱れる鉄塊の群れ。止め処なく降り注ぐ砲煙弾雨。ドラ
ム缶のように巨大な弾丸が無数に飛び交う中を掻き分けるようにしてメガトロンは進
んできた。大量のオートボットを破壊し、大量のディセプティコンを破壊されの繰り返
し。夥しい数の死骸を積み上げ丘とする日常。屍の頂きがメガトロンの本来いるべき
場所である。
と振るってきたメガトロンにとってこのハルケギニアは余りにも平和過ぎた。ぬるま
記憶を失っていようとメガトロンの本性は破壊そのものであり、その本性を思う存分
﹁⋮⋮⋮。﹂
すから。﹂
洗濯をするのであればメガトロン様も私にお申し付けくださいね。一生懸命頑張りま
﹁いいお天気ですねー。今日は絶好のお洗濯日和だったので朝から張り切りました。お
515
湯の湯船に頭までどっぷりと浸かる感覚。ハルケギニアの雄大な自然と穏やかな雰囲
気はメガトロンの存在をふやかせた。使われない戦場刀は徐々に力を失い錆びついて
ゆく、メガトロンもその例外ではない。振るわれない力は存在する意義を持たない。メ
ガトロンに漲る莫大な力は振るわれる場を常に求めているが、その力は余りにも過ぎた
ものであり、このハルケギニアでは受け止めることの出来ないものだった。
メガトロンの奸智は留まるところを知らず、このまま時間が経過すれば何れゲルマニア
りえないが、既にこのトリステインでメガトロンの手が届かない場所など存在しない。
発揮してきた。圧倒的な実力と卓越した交渉の手管でもって勢力を拡大。ルイズは知
その本性は何ら変わることはなく、ここハルケギニアでもメガトロンは自身を存分に
記憶を失おうとメガトロンはメガトロンである。
のかが分からない。その現状はメガトロンをこれ以上なく苛立たせた。
ロンは目的の喪失に喘いでいた。心の内を覆う焦燥。自分が何を思い、何を為していた
使い魔にされた破壊大帝。かつての栄光は何処にも見当たらず、記憶を失ったメガト
それはメガトロンの心からの叫びだった。
﹁︵俺様は⋮⋮⋮⋮何者なのだ。︶﹂
第三十一話 竜の顎門
516
やガリア、果てはハルケギニア全土を支配下に置くことも夢ではないだろう。手駒とす
る人間を隠れ蓑にして、裏から世界をその手中に収める筈だ。
だが、メガトロンには目的があった。
その目的の前にはハルケギニアなどどうでもいい些末な存在である。共に育ち、互い
を兄弟と呼び合った掛け替えのない存在を裏切ってまで守りたいものがメガトロンに
はある。
故郷サイバトロン星の復活がそうだ。
目の前に二つの大切なものがある。その二つの内どちらか一つしか守ることが出来
ない、となった時。大切なものを失う恐怖から通常であれば選択を躊躇するだろう。
だが、メガトロンは違う。メガトロンは迷わなかった。
どちらを選択するべきなのか、どちらがより大切なのか。大切な親友とサイバトロン
星。そのどちらかしか手に入らないと理解した時。自身にとって最も大切な二つを天
秤にかけ、その決断をメガトロンは下したのだった。その選択は峻厳だった。どれだけ
の犠牲が生まれようと、どれだけ大切な友人を傷つけようと、メガトロンは揺らぐこと
なく戦い、自らの決断に従った。だが、今のメガトロンには何も残っていなかった。
﹁﹁⋮⋮⋮。﹂﹂
517
目的を失った戦場刀はただその場に身を横たえるのみ。ハルケギニアの薫風も雄大
な自然もメガトロンの空虚さを穴埋めすることは出来なかった。
ピクリとも動かないメガトロン。シエスタはそのメガトロンに黙って勝手にその身
体を触っていた。メガトロンの身体は、これまでシエスタが触れたことのある鉄の中で
最も硬く頑丈な質感を持っていた。こんなに硬いものを触ったのは初めてだ、とシエス
タは驚いていた。
そして、シエスタは思い出す。
メ ガ ト ロ ン の 堅 硬 極 ま る 装 甲。そ の 揺 る ぎ の な い 質 感 が 契 機 と な っ て シ エ ス タ の
眠っていた記憶を呼び覚ました。シエスタの奥底に眠っていた記憶は親愛の深い自ら
の祖父に纏わるものだった。
﹂
?
しみじみと呟いたシエスタ。昔を懐かしむように何処か遠くを見つめていた。
﹁⋮⋮⋮何
思い出しました。﹂
﹁メガトロン様はとても頑丈な身体を持っていますね。幼いころに触った﹃竜の顎門﹄を
第三十一話 竜の顎門
518
だが、そのシエスタとは対照的にメガトロンの表情には真剣さが漲っている。
他の有機生命体とは比較にならない程の知性をメガトロンは持っている。ドクター
にも比肩しうるその高度な知性は、目の前に現れた尻尾を逃さない。シエスタの一言だ
けでもメガトロンにとっては十分だった。たったそれだけで状況を看破し、自身の記憶
を探してメガトロンは動き出す。
横たわっていた状態から瞬時にエイリアンタンクへトランスフォーム。
トランスフォームの際に無理やりコックピットへと引きずりこんだのでシエスタも
中に連れ込まれていた。
﹂
。﹂
何処かへぶつけたのか頭のコブを押さえているシエスタ。
﹁痛た⋮⋮。﹂
メ、メガトロン様急にどうしたんですか
﹁行くぞ。貴様の故郷はタルブの村だな
﹁ええっ
?
﹁ま待ってください。﹂
メガトロンへ懇願した。
ズルを噴射させ今にも空へ飛び立とうとしている。その様子を見てシエスタは慌てて
突然のことに慌てるシエスタだったがメガトロンは気にしていない。スラスターノ
﹁貴様の故郷へ向かうと言っている。﹃竜の顎門﹄まで案内してもらうぞ。﹂
?
?
519
﹂
﹁﹃竜の顎門﹄までは勿論案内致します。ですが私は休暇を利用して丁度よくタルブへ里
帰りするつもりだったのです。出発する前に荷物を取ってきても良いでしょうか
し学院へと向かった。
に何かを要求できる人間は殆ど存在しない。急ぐメガトロンはシエスタの願いを了承
がシエスタの腹積もりである。意外と図太いシエスタだった。あのメガトロンを相手
なのであれば現状に逆らわずタルブへの帰郷をついでに済ませてしまおう、というの
メガトロンの行動は何者にも妨げられないということはシエスタにも分かっていた。
何故メガトロンが﹃竜の顎門﹄に興味を持ったのか、シエスタには分からない。だが、
?
あのメガトロンがメイドの少女の言うままに行動する。その光景はシエスタ持ち前
の胆力が為し得た一つの奇跡だった。
ありがとうございます。﹂
!
を放った張本人であるキュルケをメガトロンが睨み付けたところで物語は冒頭へと
していたルイズたちと劇的に邂逅した。シエスタに襲い掛かった火焔を叩き潰し、火焔
シエスタの案内でメガトロンはタルブの村郊外に建てられた寺院に到着し、宝探しを
そうしてシエスタを乗せたエイリアンタンクは勢いよく飛び立った。
﹁はい
﹁⋮⋮⋮学院に到着したぞ、急げ。﹂
第三十一話 竜の顎門
520
至った。
▲
叩きつけられた巨腕はキュルケの火焔を掻き消すに止まらず、次いでとばかりに大地
を 叩 き 砕 い た。勢 い 余 っ た そ の 余 波 は 強 烈 だ っ た。ル イ ズ た ち 一 行 に ま で 届 く ほ ど
長々と生じた地割れはぽっかりと口を開けている。
裂け目に転落しそうになった恐怖とメガトロンに睨み付けられた恐ろしさ。その二
つの原因から先ほどオーク鬼の出現を怖がっていた時よりも更にキュルケは怯えてい
た。
確認して自身の使い魔であるメガトロンと向き合う。
ガトロンへの恐れを感じさせない程に堂々としていた。シエスタに怪我がないことを
そのキュルケを横目にルイズは寺院へと歩を進めた。その様子は地割れを作ったメ
る。辛くも命拾いしたキュルケは助かった安堵からその場に座り込んでしまった。
裂け目に危うく落ちそうになったキュルケ。そのマントをタバサが掴んで支えてい
﹁危機一髪。﹂
﹁あわわわわわ。﹂
521
元気を取り戻したのだろうか、メガトロンには活力が戻ってきていた。
その姿を見て一先ずルイズは安心し、そして口を開いた。
﹁元気そうでよかったわ。﹂
相変わらずにべもないメガトロン。だがルイズもその程度では怯まない。表情を僅
﹁ふん。貴様には関係がないな。﹂
かも変えることなく、無愛想なメガトロンに対応した。
﹂
?
その話し合う時間を省略するため、メガトロンは地面を叩き命令を下した。
一筋縄でいかない者同士が交渉すれば時間を食うことは必然。
向かいあえば大量に時間を浪費してしまうことをメガトロンは経験則から学んでいた。
た。だが何度も簡単に説得されるほどメガトロンも温厚ではない。ルイズとまともに
本来であればここで餅のように粘り強いルイズのバイタリティが発揮される筈だっ
にいるの
るのは当然よ。それじゃあ理由を教えて頂戴。どうしてメガトロンとシエスタがここ
﹁関係なくなんかないわよ。私は貴方の御主人様なんだから。使い魔である貴方を気配
第三十一話 竜の顎門
522
﹁スコルポノック
さないんだから
私も中に入れなさいよ
﹂
!
貴方一人だけだなんて許
俺様が許可するまでこの中に誰も踏み入れさせるな
﹂
!
全てを完全に無視。
二進も三進もいかない現状に包囲されてルイズはギャーギャーと騒いでいるが、その
メガトロンから視線を注がれたシエスタ。怯えながらもメガトロンの要求に頷いた。
﹁わ、分かりました。任せてください。﹂
﹁貴様が話せ。俺様が戻るまでにあの五月蠅い口を黙らせておけ。﹂
移動した。
コルポノック。その様子を見たメガトロンはスコルポノックの次にシエスタへ視線を
全長七メートルの巨体を活かして寺院ヘ向かおうとするルイズたちを遮っているス
められては流石のルイズもお手上げだった。
を見てルイズ達一行の動きが止まる。掲げられる一対の巨爪、煌めく六つの紅眼に見つ
地割れから躍り出たスコルポノックはルイズ達一行の前に着地した。出現した黒蠍
メガトロンのその命令に従ってスコルポノックが現れる。
﹁黙れ。貴様はそこでしばらくおとなしくしていろ。﹂
!!
?!!
!!
﹁な、何を言っているのメガトロン
523
そうしてメガトロンのみが寺院の中へと侵入した。閉ざされていた扉をでこピンで
破壊。巨体を折りたたむようにして収納し、メガトロンは中を覗き込んだ。
﹁何だこれは。﹂
寺院の中に安置されていた﹃竜の顎門﹄を見てメガトロンは困惑した。複雑な形状の
部品を幾つも重ね合わせたような構造物。シエスタの言った通りだった。その目の前
にあるものはメガトロンのような鋼鉄の異物だった。捻じれた二本の柱が互いに複雑
︶﹂
に絡み合っている。見様によってその姿はまるで天に上る双龍のように見えなくもな
かった。
とは何か、それの意味するところを知ることが出来た。
記憶のないメガトロンとは異なりドクターは知っていた。目の前にある﹃竜の顎門﹄
かな跳躍で﹃竜の顎門﹄に飛びついた。﹃竜の顎門﹄の表面をはい回りその確信を深める。
心の中でドクターは呟いた。メガトロンの身体から這い出ると、綿埃を思わせる軽や
﹁︵ふざけるなよ。何でこれがここにあるんだ
?
アンカーポイント。それがこのマシーンの名前である。
﹁これは⋮⋮⋮⋮アンカーだ。﹂
第三十一話 竜の顎門
524
525
目 の 前 に あ る 構 造 物 を 見 て ド ク タ ー は 悟 っ た。ハ ル ケ ギ ニ ア の 崩 壊 と 太 陽 の 喪 失。
大災害を超越する二つの災禍は逃れられない絶対運命として定められたのだった。
第三十二話 ヨシェナベ
高度な知性を有するメガトロン。どれだけ複雑で難解な機構があろうとメガトロン
の前では何の意味も持ちはしない。どのような仕組みなのか、どのような構造を持って
いるのか。どのような作用を持っているのか。一見しただけでメガトロンには使い方
が理解できてしまうのだった。
捻じれた二本の柱。複雑な構造を持つ金属的異物の存在。
自 身 の 失 わ れ た 記 憶 を 求 め る メ ガ ト ロ ン が そ の 異 物 を 黙 っ て 放 っ て 置 く わ け が な
かった。失われた記憶への一抹の期待を込めて自然その装置をメガトロンは作動させ
た。
う所業など天地を逆さにするよりも難しかった。
失っていようとメガトロンはメガトロンである。ドクターにとってメガトロンに逆ら
ある思いからドクターは何が何でもその起動を中止させたかった。だが、例え記憶を
﹃竜の顎門﹄がアンカーポイントというマシーンであることをドクターは知っていた。
第三十二話 ヨシェナベ
526
﹁そういう経緯を経て私はメガトロン様を﹃竜の顎門﹄までご案内したんです。ですがと
﹂
ても驚きました。ルイズ様やキュルケ様、タバサ様まで御一緒されているなんて。一体
何をなされていたんですか
?
﹂
やっぱりメガトロンから依頼を受けて私のスパイをしてたってこと
それとも貴方が自分で言った通りお金で買収されたのかしら
?
脅迫されたの
?
﹁ねぇシエスタ。メガトロン様って何よ。随分メガトロンと親しいようだけれど、貴方
した。
内を買って出たこと。シエスタが一通りの経緯を説明し、ようやくルイズは現状を理解
は行われた。メガトロンが﹃竜の顎門﹄の興味を持ち、タルブ出身である自分がその案
らされる一対の巨爪。巨大な黒蠍がルイズ達一行を見張っている中で、シエスタの説明
という恐ろしい見張りがいては流石のルイズもその場を動けない。ガチガチと打ち鳴
見張りがいなければ直にでも寺院へと直行していたところだったが、スコルポノック
シエスタの説明の甲斐もあってルイズはようやく納得することが出来た。
ことも全部偶々の偶然よ。私も驚いたけれどね。﹂
ただけ。ここがタルブの村に近かったことも、おまけにシエスタの出身がタルブだった
﹁別に大したことじゃないわ。宝探しよ。何かお宝を見つけようと方々を探し回ってい
527
?
﹁まっまままさか、そんなことある訳ないじゃないですか。一介のメイドである私が貴
族であるルイズ様に虚偽を申し上げるなんて。恐れ多くてそんなことは出来ません。﹂
下手くそな口笛を吹きながら焦っているシエスタを見てルイズもげんなりとしてし
まう。本当に誤魔化せているとはシエスタ本人も思っていないのかもしれない。しか
し、メガトロンから依頼されているということが例え形式上であってもルイズに露見し
てはいけないのだろう。他ならぬメガトロンの意思がそう望んでいるのだ、シエスタに
逆らえるはずもない。
この寺院に安置されている﹃竜の顎門﹄って何なのか教えなさい
シエスタへの追求を諦めルイズは先を促した。
ているんだか。﹂
よ。気になって仕方がないわ。メガトロンも寺院に籠りっぱなしだし、中で一体何をし
﹁まぁいいわ。それで
?
の柱が空に上ろうとする二匹の竜を模しているからだ、と言われていますが本当に竜な
のではありません。あのオブジェが顎門と呼ばれているのは、互いに絡まりあった二本
﹁﹃竜の顎門﹄はタルブの村に伝わるオブジェのようなものです。決して秘宝のようなも
ないのですが、﹂
﹁はい。勿論ご説明いたします。ですが﹃竜の顎門﹄のことであまり話せるようなことも
第三十二話 ヨシェナベ
528
のかどうかは分かっていません。これはお祖父ちゃんから聞いたことなんですが、最初
一体どういうことよ
﹂
は﹃竜の顎門﹄ではなく、﹃竜の羽衣﹄だったらしいんです。﹂
﹁顎門じゃなくて羽衣だった
?
い人だっていつも笑われてましたね。﹂
れたそうです。結婚をして村に家庭も持ちました。けれど、村の人達からは少しおかし
いました。お祖父ちゃんは勤勉で働きもので村に住みついて直ぐに皆から受け入れら
へ失くしてしまって、ますますお祖父ちゃんの言うことを信じる人は居なくなってしま
な鉄の塊でとても空を飛べるとは思えなかったそうです。終いにはその羽衣も何処か
衣はその世界の空を飛ぶ道具なんだって。見たことがある人によればその羽衣は大き
機会が有れば何時もお祖父ちゃんは言っていました。自分は異世界からやってきて羽
たんだそうです。何処かからの流れ者だって、村の人は誰も信じませんでした。けど、
ちゃんは、何処か遠いところから最初はあったその羽衣に乗ってタルブの村へ飛んでき
ない、とお祖父ちゃんは言ってましたけれど一体誰と約束をしたんでしょうね。お祖父
か何時入れ替わったのか、詳しいことは話してくれませんでした。約束があるから話せ
気付いた時には既に﹃竜の顎門﹄になっていたそうですよ。何故羽衣が顎門になったの
﹁﹃竜の顎門﹄は﹃竜の羽衣﹄と入れ替わるようにして寺院にあったそうです。村の人が
困惑しているルイズにシエスタは苦笑しながら答えた。
?
529
明の中で特に気にかかった、その友人について。
からである。そう思ったルイズは重ねてシエスタに質問を投げ掛けた。シエスタの説
門﹄に興味を持ったのか、その理由の端緒がシエスタの会話の中に隠れていると感じた
シエスタの話はルイズにとって興味深いものだった。メガトロンが何故その﹃竜の顎
た。
信じてることが出来たのだろう。その表情に祖父を厭う感情は少しも現れていなかっ
直な祖父の人柄をよく知るシエスタだからこそ、異世界などという突拍子もないことを
ての説明を終えた。しみじみとしたその姿の端々から祖父への信愛が感じられた。実
キュルケやタバサを含めた三人の視線が集中する中、シエスタは﹃竜の顎門﹄につい
ればお祖父ちゃんが哀しそうだったことにも頷けますから。﹂
ば﹃竜の羽衣﹄はその異世界の面影を残す最後の品物だったのかもしれません。だとす
少しだけ哀しそうでしたね。お祖父ちゃんが本当に異世界からやってきたんだとすれ
のは友人の為だから気にしても仕方がない、と笑っていましたけれど、お祖父ちゃんは
いってお祖父ちゃんは﹃竜の顎門﹄を大切に保管していました。﹃竜の羽衣﹄を失くした
かどうかはわかりません。ですが、異国の地で同じ境遇を持った友人の願いだから、と
﹁私がしっているのはお祖父ちゃんが思い出話として話してくれたことだけなので本当
第三十二話 ヨシェナベ
530
﹂
聞いていれば﹃竜の
顎門﹄と深い関わりを持っているようだけれど。まだ存命だったりするのかしら
?
何処から来たとか、些細なことでも何でもいいのよシエスタ。その友人に関
?
﹁いえ、いいんです。ルイズ様のお役にたてたようで私も安心しています。﹂
﹁そう⋮⋮⋮分かったわシエスタ。ありがとう色々と教えてくれて。﹂
んは言いませんでした。他に詳しいことは何も⋮⋮。﹂
まだ信じられない⋮⋮とか。友人にはもう会えなくなった、程度のことしかお祖父ちゃ
﹁申し訳ありません。本当に分からないんです。えっ⋮⋮っと⋮⋮⋮⋮確か、自分でも
だが、残った思い出の中に話せることはないかと必死で記憶を振り返った。
まう。
シエスタに詰め寄った。その必死なルイズに気圧されてシエスタはおろおろとしてし
理由は分からないが必死になってしまうルイズ。何かに追い立てられるようにして
して貴方の祖父が言っていたことを教えて欲しいの。﹂
﹁本当に
ばかりでその友人が誰なのか最後まで教えてくれませんでした。﹂
﹁申し訳ありません。私も分からないんです。お祖父ちゃんに聞いても笑って誤魔化す
?
﹁シエスタのお祖父ちゃんが言ってたその友人って誰のことなの
531
これ以上シエスタを問い詰めるのは酷だ。そう思ってルイズはシエスタの肩から手
を放す。そうして眉根に皺を寄せてルイズは考え込んでしまった。そうしたルイズと
は対照的にシエスタの表情は晴れやかだった。シエスタは驚いていた。自分の話をこ
こまで真剣に聞いてくれる人など今までにいなかったからだ。しかも、大多数の平民で
はない、貴族であるルイズがそうだった。沢山の賞賛を集めるルイズは、その賞賛に見
合 う 実 が 伴 っ て い た。そ の こ と を 知 っ て シ エ ス タ は 自 然 強 い 好 感 を ル イ ズ に 抱 い た。
ギーシュとの一件もある。シエスタがルイズのスパイを受け入れたのも、メガトロンの
懐柔と報酬だけが理由ではないのかもしれない。
の思いを蔑ろにしたくなかったのよ。ただそれだけ。特別なことはしてないわ。﹂
﹁褒めすぎよシエスタ。真剣に話している貴方の思いが私にも伝わってきたわ。私はそ
ルイズ様のスパイとして私も誇らしいです。﹂
ま し た。噂 だ け で は な く て 本 当 に ル イ ズ 様 は 素 晴 ら し い お 人 柄 を お 持 ち な の で す ね。
ちゃんの話を笑わずに最後まで聞いてくれた人はルイズ様が初めてです。私は感動し
﹁ル イ ズ 様 は 不 思 議 な 方 で す ね。私 が 知 る 貴 族 の 方 々 と は 全 然 違 い ま す。私 の お 祖 父
第三十二話 ヨシェナベ
532
しみじみとしたシエスタの賞賛に背中がむず痒くなるルイズだった。
そのむず痒さを抱えながらもルイズの脳内では思考が始まっていた。筋道立てて当
て嵌まるかどうか、パズルのピースを片端から確かめる。シエスタの説明から得られた
キーワードが組み合わさり何かを示した。だが、それは透かし彫りのように曖昧で具体
的に何を指しているのかまでは明達なルイズにも分からなかった。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮駄目だわ、何も見えてこない。何か、⋮⋮⋮もう少しで何かがつなが
?
ているメガトロン。ルイズは悶々としていた気分を無理やりリセットした。そして気
そうやってルイズが悶々としている内に、メガトロンがやってきた。何処か憮然とし
鱗すら見つけることすら出来なかった。
激する危機感。大切な何かを見逃している焦燥がルイズを苛むが、何か重要な軌跡の片
までシエスタの説明が気にかかるのか、ルイズにも分からなかった。ピリピリと項を刺
ルイズは歯噛みするが、それ以上物事を進展させることは出来なかった。何故これ程
りそうなのに。︶﹂
い
⋮⋮⋮⋮竜を模したオブジェ⋮⋮異世界⋮⋮⋮消えてしまった友人⋮⋮⋮、信じられな
﹁︵空 を 飛 ぶ 道 具 ⋮⋮⋮ 鉄 の 塊 だ っ た 羽 衣 ⋮⋮⋮、何 時 の 間 に か 現 れ て い た 竜 の 顎 門
533
を取り直して、寺院で何をしていたのか問い詰めようとメガトロンににじり寄る。だ
が、触媒を発見したというドクターの一言を聞いてルイズはこれまでの姿勢を180度
翻した。ラヴィッジを治すことが出来る。その考えにルイズの頭はいっぱいになって
しまった。ルイズの脳内から押し出される﹃竜の顎門﹄の存在。即座に学院へ帰ろう、と
メガトロンへの追求も忘れてルイズは踵を返した。キュルケやタバサはやや呆れなが
らもルイズの行動に従い、シルフィードへと乗り込む。そのまま上手くいけば一行はル
イズの言うとおりタルブから学院へと帰還する筈だった。
直前になって、シエスタからある提案が飛び出るまでは。
シエスタの振る舞うヨシェナベを食べるまでは一歩も動かない、と主張するタバサ。
今すぐに学園へと帰還してラヴィッジを治したい、と主張するルイズ。
そこで意見の対立が発生した。
意志に思わずルイズは気圧されそうになった。
も、タバサはまるで根の生えた木のようにその場を動かない。瞳に宿った燃え盛る強い
をしているのか、とタバサを問い詰めたが無駄だった。いくらルイズが肩を揺らして
その言葉を聞いてするりとシルフィードから飛び降りるタバサ。ルイズも降りて何
⋮⋮、残念ですね。また違う機会を待とうと思います。﹂
﹁ル イ ズ 様 達 に は タ ル ブ 特 産 の ヨ シ ェ ナ ベ を 御 馳 走 致 し た い と 思 っ て い た の で す が
第三十二話 ヨシェナベ
534
主張は平行線どころか、真っ向からぶつかり合い激烈な火花を散らしていた。どちら
も一歩も譲らず掴みあいの喧嘩にまで発展するのではないかと、思ったところでキュル
ケの仲裁が入った。
感じられた。
空腹は最高のスパイスとはよく言ったもので、普段の食事よりも五割増しで美味しく
そして、調理は終了し取り分けられたヨシェナベを三人は続々と口へと運んだ。
ギラリと光った。
大なべに振る舞われたヨシェナベ。立ち広がる旨みの匂いを感知してタバサの眼が
の献身的な働きそのままにくるくると無駄なく調理を進めた。
う提案は問題無く進められた。母と協力してヨシェナベを調理するシエスタ。学園で
あって直ぐに落着きを取り戻した。村の特産であるヨシェナベで御出迎えをするとい
突然現れた貴族の登場に当初は慌てていたシエスタ一家だったが、シエスタの説明も
直ぐに学園へと帰還する運びとなった。
りをする二人。結局はキュルケの提案した折衷案が採用され、ヨシェナベを食べてから
二人は反省し、キュルケの仲裁を受け入れた。互いの主張を少しづつ譲歩して歩み寄
﹁こんな所で喧嘩をしている場合じゃないでしょ。正気に戻りなさいな。﹂
535
﹁美味しいわねー。具材にしっかりと味がしみ込んでいてホクホクしてるわー。普段の
豪奢な食事も悪くないけれどこういった家庭的な味もおつなものね、中々侮れないわ。﹂
振る舞われたヨシェナベに三人は舌鼓をうった。本来具材の持っている良さを十分
﹁⋮⋮⋮。﹂
に引き出した優しい味。出汁の効いたコクのある味わいが味来を刺激した。
キュルケは貴族らしい丁寧な所作で。タバサは掻き込むような仕草でヨシェナベを
貪 っ て い る。よ ほ ど お 腹 が す い て い た の か 一 心 不 乱 に ヨ シ ェ ナ ベ を 咀 嚼 す る タ バ サ。
周りが一切見えていないその様子を見て、キュルケは苦笑した。そして、思い出した疑
問が温かい吐息と共にするりと口を吐く。
何よそれ。美味しいの
﹂
?
だったら普段から何かを食べ
?
てキュルケの思考が停止した。暗黒の物体とは何事か、それは答えたルイズにも分から
返ってきた答えにキュルケは目を丸くする。今までに聞いたことがない単語を聞い
﹁あんこくぶっしつ
?
﹁⋮⋮⋮ドクターが言うには暗黒物質ってものを食べてるらしいわ。﹂
てなきゃおかしいわ。﹂
ら。ゴーレムとはいえミスタも生きているんでしょう
﹁このヨシェナベを食べていて思ったのだけれど。ミスタは普段何を食べているのかし
第三十二話 ヨシェナベ
536
なかった。
殆ど忘れちゃったわ。﹂
﹁ええ⋮⋮⋮と、⋮⋮⋮何だったっけ。ドクターから説明してもらったけど難しすぎて
門用語だらけで判然としない文字の羅列を何とか文章として加工し、読み上げる。
そして、ルイズはこめかみに手を当てて御目当ての記憶を引き摺りだそうとした。専
出来ないだろう。
砲の凄まじさをキュルケは忘れていなかった。残りの生涯を以てしても忘れることも
かと堪能することになるからだ。暗黒物質が引き起こす対消滅。フュージョンカノン
キュルケ。もしメガトロンの機嫌が悪ければ文字通り全身で暗黒物質の味をこれでも
何の知識を持たずとも、その危険性だけは察することが出来た。ごくりと喉を鳴らす
に戻れない気がするわ。﹂
﹁何か、知りたいけど聞きたくないわね。暗黒物質の味。知っちゃったらもう元の自分
ないわよ。暗黒物質の味をね。﹂
てみればいいんじゃないかしら。機嫌が良ければメガトロンも教えてくれるかもしれ
﹁美味しいかどうかなんて本人に聞かなきゃ分からないわよ。知りたければ、今度聞い
537
﹁⋮⋮目に見える世界はほんの僅かなちっぽけなもので、⋮⋮それ以外にも宇宙という
広大な世界がどこまでも広がっていて、⋮⋮その宇宙を構成している大部分の物質で、
⋮⋮目に見える中性子や陽子とは異なり、⋮⋮電磁波では決して観測されない目に見え
ない物質がダークマターで、⋮⋮そのダークマターに含まれているダークエネルギーを
電磁波
中性子
知らない専門用語ばっかり。﹂
摂取してメガトロンは動いているらしいわ。﹂
﹁宇宙
?
?
推できたからだ。
戯っぽく笑った。この後に言う内容を聞けばキュルケはもっと驚くだろうと、簡単に類
まるでちんぷんかんぷんだ、と言いたげなキュルケの姿。その姿を見てルイズは悪
は何も分かってないもの。﹂
﹁そうよね。私も何が何だか分からないわ。いま言ったこともドクターの受け売りで私
?
﹁爆発
何でミスタはそんな危険なものを食べているのよ。強力すぎるエネルギーじゃ
だって。それ位強力なエネルギーをメガトロンは食べているの。﹂
だから、他のゴーレムが暗黒物質を食べれば身体が暴走して終いには爆発しちゃうん
でもメガトロン以外のゴーレムは暗黒物質が持つダークエネルギーに耐えられないの。
﹁ドクターが言うにはその暗黒物質を常食出来るのはメガトロンしか居ないそうよ。何
第三十二話 ヨシェナベ
538
?!
ないと栄養にならないということかしら。やっぱりミスタは相当ぶっ飛んでるわね。﹂
いけれど、とても名誉なことなんでしょう
﹂
﹁ふぅん。良かったじゃないルイズ。祈祷の巫女に選ばれるだなんて。詳しくは知らな
なんだから。﹂
でいかないと。その巫女として選ばれたのが私ってわけよ。詔を考えたり色々と大変
伝統なんだって。黴臭い古びた伝統なんだけれどね。でも、伝統は伝統だから守り継い
わ。選ばれた巫女が王族の結婚式で詔を詠みあげることが代々トリステインに伝わる
﹁始祖の祈祷書よ。来月開かれる婚姻式で必要になるの。オールドオスマンが言ってた
何の本なのか、と問われたルイズはこともなげに答えた。
ない雰囲気を放つその本をキュルケは見過ごさなかった。
す。古ぼけた装丁をもった何の変哲もない普通の本だった。だが、どことなくただなら
苦笑するルイズが身動ぎをした。すると、マントの陰に隠れていた一冊の本が姿を現
反応をした。驚くキュルケの姿は過去のルイズそのままだった。
笑しかったからだ。初めてドクターからの説明を受けた時ルイズもキュルケと同様の
驚くキュルケの姿を見てルイズは苦笑した。まるで過去の自分を追憶するようで可
﹁それだけ分かれば十分よ。﹂
539
?
﹁名誉
そうね。本当にそうだったらいいんだけどね。﹂
﹁どういうことよ。随分と気乗りしていないようだけれど。﹂
やら違うようだった。
視線を下に落し、俯くルイズ。元気を失くしたのかと最初キュルケは思ったが、どう
理解することは出来ても受け入れることは絶対に出来ないからである。
ではないだろう。付属品でしかない自分を思い知らされるのは何時の時でも辛かった。
ぶつかり合う軽質な音が小気味良かった。口に含んだスープの苦みが増したのは偶然
プーンが程好く蕩けた具材を掻き分け新しい彩りを作り出す。木製のスプーンと器が
温度を失い、やや冷たくなってしまったヨシェナベをルイズは掻き回す。木製のス
?
ながらルイズは言った。
何が本懐なのか判然とせず、未だキュルケは首を傾げている。そのキュルケに自嘲し
がどのような意味を持つのか。
ルイズが巫女に選ばれたこととアンリエッタ王女がどの様な関係があるのか。それ
狡猾さだから別に怒ってはいないわ。﹂
に、お腹の中に色々なものを飼っているってことよ。王族として見に着けていて当然の
﹁分かってないわねキュルケ。つまり、アンリエッタ王女様はアンリエッタ王女様なり
第三十二話 ヨシェナベ
540
王女様の本当の目的は私じゃないの。メガトロンよ。﹂
?
にも左右されない。そんな当たり前のことすら分からないなんて。その浅はかさに呆
﹁私が何をしようと私がどうなろうと、メガトロンはメガトロンよ。メガトロンは何者
騙されて一番大切な中身は何にも分かっていないんだから。﹂
とっても最善の方法だけれど。浅はかね、姫様もワルドも変わらない。見かけの鍍金に
全とゲルマニア側への圧力を同時に行える。それはトリステインにとっても王室側に
﹁私を釣れば、なし崩しにメガトロンも付いてくるって目論んでいるのよ。結婚式の安
察せられた。
女様本人なのか、それとも重臣の誰かなのか、判然とはしないがその目的だけは簡単に
用してルイズを、引いてはメガトロンを引っ張り込む。その目論見を思いついたのが王
の意向で幾らでも左右されたはずだ。結婚式における形骸化した伝統。その伝統を利
かび上がった。巫女として選ばれる人間は誰でもよかったのだろう、アンリエッタ王女
メガトロンの名前が出てきたことで、納得のできる筋道がようやくキュルケの中で浮
ああ、と納得の頷きをするキュルケ。
﹁まだ、分からないかしら
541
第三十二話 ヨシェナベ
542
れるわね。でも、メガトロンを知らないものにとっては仕方のないことかしら。計り知
れないほどにメガトロンは凄まじすぎるから。﹂
王室への信頼と憂いが入り混じった複雑な顔。トリステインを統治する君主の至ら
ない所を心配するルイズ。その憂いはアルビオン崩壊を目の当たりにしたルイズだか
らこそ表出したものだった。国家崩壊前夜の瞬間をまざまざと見せつけられたアルビ
オンでの顛末。その経験があるからこそルイズは心配なのだ。トリステイン貴族とし
て、アルビオン王国の結末をトリステインへと齎すわけにはいかなかった。
国家運営とは絶え間ない綱渡りのようなものだ。おいそれと決断を下してよいもの
ではない。メガトロンの凄まじさは理解できる。だが、いくらメガトロンが凄まじかろ
うと、未確認要素が多い力に頼ることは危険だ。そんなことも分からないのか、ルイズ
は苦慮する。だが所詮は一介の学院生である。自分が何を考えようと何も変わらない。
そう理解はしているが、それでもルイズの思考は止まらなかった。指導者層がそうやす
やすと巨大な力に頼って良いわけがない。指導者がその程度では早晩国政も行き詰っ
てしまうのではないか。
徐々に深まっていくルイズの思慮。
しかし、そうして思考の湖に沈もうとしていたルイズをキュルケの言葉が引き上げ
た。
﹁白紙の本に価値なんてないわ。本当に白紙だったらこの本はただの粗大ごみよ。﹂
いいのよ。﹂
かったわよ。とても本物とは思えないわ。白紙の本なんて、それこそどうやって使えば
﹁本 物 っ て い わ れ て も ね ⋮⋮⋮⋮。全 部 目 を 通 し た わ、で も こ の 本 に は 何 も 書 い て な
よ。本物じゃない筈がないわ。﹂
て、少しは頭にも栄養回して考えなさいよ。あのオールドオスマンから渡された一品
﹁そ ん な 訳 な い で し ょ キ ュ ル ケ。ア ン タ 少 し は ぶ ら 提 げ て る で か い も の だ け じ ゃ な く
ていた始祖の祈祷書を取り返した。
やルイズは感謝した。そして、巨大な双丘をやや嫉妬がましく見つめ、キュルケが持っ
力を抜き、呼吸の調子を整える。意識を引っ張り上げてくれたキュルケの能天気さにや
あっけらかんと言うキュルケを見てルイズは溜息を吐いた。大きく息を吐いて肩の
の秘宝じゃあ大したことがないのかしら。﹂
﹁何も書いていないのね。白紙の秘宝だなんて。肩透かしだわ、やっぱりトリステイン
543
ぱらぱらと始祖の祈祷書を捲るルイズ。キュルケの指摘通りそのページには何も書
かれていなかった。古ぼけた装丁に何も書かれていない白紙のページ。通常であれば
ゴミとして一瞥もされない無用の長物だった。しかし、この本は無用の書物ではない、
と既にルイズは見抜いていたから自信を持ってキュルケの指摘に反論できたのだった。
ルイズの瞳が煌めき持ち前の明達さを披露する。
﹁この秘宝は本物にも拘らず白紙で何処にも文字は書いてない。この矛盾を解決するた
めには発想の転換が必要よ。﹂
﹁つまり、文字は書いてあるけれど、ただ見えないだけ。﹂
培った持論を展開するルイズ。
しか発揮できない。秘宝が秘宝たる所以ね。﹂
えてみればこの本も随分と秘宝っぽく見えるでしょう
本当の真価は本当の持ち主に
そうやって不要な干渉を防いでいた、と考えることも出来るわね。どうかしら。そう考
たほうが自然じゃないかしら。関係のない人物や盗賊からは白紙の本にしか見えない。
よ。この本には何かが書いてあるけど、普段は見えないように加工されている、と考え
﹁ド ク タ ー の 話 に も 合 っ た け れ ど。目 に 見 え る も の は 物 事 の 極 一 部 を 占 め る だ け な の
第三十二話 ヨシェナベ
544
?
ルイズ一人では辿り着くことが出来なかった結論だった。解決の糸口はドクターの
説明から偶然にも得られたものだ。
目に見えるものは物事の極一部を占めるだけであり、目に見えない多様な存在がこの
世界を構成している。
獲得した新しい見識と視野は持ち前の明達さも相まって簡単にルイズを正解へと押
し上げた。元々持ち合わせていた明達さと鋼鉄の使い魔が齎した変化。この二つの要
素 が 意 図 せ ず に 入 り 混 じ り ル イ ズ に 更 な る 成 長 を 促 す。ル イ ズ は 意 識 し た こ と は な
かったが、鋼鉄の使い魔が与える変化はこのような領域にも明確に表れているのだっ
た。
確信を以て持論を展開したルイズ。理路整然とした詳らかな説明にキュルケも頷か
ざるを得なかった。
しら
何か特定の条件でもあるとか
﹂
?
式が終わればそのまままたお蔵入りよ。﹂
じ ゃ な い か ら 気 に し な い こ と に す る わ。ど う せ 式 典 儀 礼 用 に 使 っ て 終 わ り で し ょ う。
色々と興味をそそられるけど、でも始祖の祈祷書に書いてある内容なんて私にはお呼び
﹁多分そういうことよ。何かの条件か、キーとなる何かが他にあるのかもしれないわね。
?
﹁ふぅーん。なるほどねぇ。じゃあ書いてある文字を読むためにはどうすればいいのか
545
最後にルイズは嘘を吐いた。始祖の祈祷書は自分には関係がない。それは、事実では
なくルイズの願望だった。まだ友人の隣に在りたい、という幼い少女らしいささやかな
願望。
オ ー ル ド オ ス マ ン か ら 感 じ ら れ た 張 り 詰 め た 雰 囲 気。真 面 な 魔 法 の 使 え な い 自 分。
そして、異常とも呼べるメガトロンの存在。これまで感じてきた様々な要素、様々な片
鱗。答えを導き出す材料は十分すぎるほどに列挙されている。丁寧に舗装された道路
の先。向かうべき目的地へ明達なルイズ辿り着かない訳がなかった。
始祖の祈祷書を初めて触った瞬間。それは僅か一瞬のことだったが、ルイズは確信せ
ざるを得なかった。伝わる確かな力の脈動。自身の身体を流れる伝説の系統をルイズ
は確かに感じたのだった。
大切な友人を欺いてしまった居心地の悪さが心をつついた。
残ったヨシェナベを器に盛り付け、食事を終えて人心地ついている二人の脇をルイズ
は後にした。
けど、一応ね。﹂
﹁メガトロンにもヨシェナベを持っていこうと思ったの。食べてくれないかもしれない
﹁あら何処へ行くのよ。﹂
第三十二話 ヨシェナベ
546
547
キュルケの問い掛けにぎこちない笑顔でルイズは答えた。だが、その身に抱く良心は
更にルイズを追いつめる。
▲
み出す。
ならば、シエスタがすることは単純である。勇気を振り絞りメガトロンへの一歩を踏
一つの場所に共存している。この絶好の機会を逃す訳にはいかなかった。
かった。報いたい恩人と自身の大切な宝物である美しい草原。その二つが奇跡的にも
だが、シエスタにとってメガトロンが草原を眺めているこの現状はとても都合が良
原を見つめているのか、察することは出来なかった。
ガトロンに何かしら報いたい、と思っていたシエスタ。メガトロンが何を思いながら草
しに行った。誰から命令されたわけではない自発的なものだった。多大な恩があるメ
ルイズたちのヨシェナベを配り終わった後、姿の見えないメガトロンをシエスタは探
ら来たシエスタが勝手に合流した形になる。
に広がる草原を見つめていた。より正確に言えば、草原を眺めていたメガトロンに後か
ルイズたちがヨシェナベを堪能していた時、メガトロンとシエスタはタルブの村郊外
▲
第三十三話 故郷
第三十三話 故郷
548
﹁メガトロン様にもこの景色を一度見てもらいたかったんです。﹂
長を促したのかもしれない。貧しくても歯を食いしばって必死に生きてきたシエスタ
女には似つかわしくない達観したものだった。村での厳しい生活環境がシエスタの成
耳にかかる髪を整えシエスタは微笑んだ。そうやって穏やかに笑う姿は年相応の少
す。とっても不思議ですよね。タルブが私にとって故郷だからでしょうか。﹂
景色を思い出せば元気が湧いてくるんです。何故かは分りません、ですがそうなんで
はこの光景が大好きなんです。心がどれだけ苦しくても辛くなっても。このタルブの
﹁とても綺麗ですよね。草原が細やかな光を反射して波間のように揺らめいている。私
しい光景はシエスタにとって一番の宝物だった。
け、メガトロンと同様にその美しい草原を見渡す。さわさわと揺れる下草の漣。その美
肯定と受け取ったのか、シエスタは続けてメガトロンに語りかけた。隣に腰を落ち着
何の反応も示さなかった。地面に座り込みただ目の前の光景を鑑賞している。無言を
機嫌を伺いながらシエスタはおずおずとメガトロンへ近付いた。だが、メガトロンは
﹁⋮⋮⋮。﹂
549
は逞しかった。苦しみの中からでも光る宝石を見つけ出すしなやかさを持っている。
て生きています。助け合いの大切さや尊さを故郷での暮らしが教えてくれました。こ
﹁タルブは田舎で何もないところです。けど、村の人達は互いに手を取り合って頑張っ
の美しい草原も村での生活も皆が私にとって掛替えのない宝物なんです。﹂
下草が刳り貫いた夕日の光。そよ風に揺れて踊る影絵がシエスタの横顔を彩った。
故郷を語るシエスタの姿は美しかった。それは上辺で左右される不確かなものでは
ない。人間が持つ揺るぎのない根源的な尊さ。皆が生来生まれ持ち、そして忘却してい
く人間的な美しさに溢れていた。
ルイズやウェールズが持っている誇りと何処か通じるものがあったのかもしれない。
死と破壊を司る破壊大帝。その破壊大帝だからこそ分かることもある。あのメガトロ
ンも人間的美しさ溢れるシエスタを自然と称えていた。
﹂
!
今まで無言無反応を貫いていたメガトロン。そのしみじみとした賞賛の言葉を受け
﹁⋮⋮はいッ
﹁⋮⋮故郷を思う気持ちは尊い。⋮⋮大切にするがいい。﹂
第三十三話 故郷
550
てシエスタは強く頷いた。今まで無言だったメガトロンが何故言葉をかけてくれたの
か、シエスタには分からなかった。だが、メガトロンが無言を破って話しかけてくれた
だけでもシエスタにとっては好ましかった。
この流れを繋ぐことが出来れば自然と恩人に礼を言えるかもしれない。そう思った
シエスタは必死で頭を回転させ、話題を探す。そして思いついた疑問を何気なくメガト
ロンへ投げ掛けた。
﹁そういえば、メガトロン様は何処からおいでになられたんでしょうか 。私の故郷が
551
郷が有る筈ですよね
。﹂
タルブであるように。ルイズ様に召喚される前は、メガトロン様にもメガトロン様の故
?
目的を失くした破壊大帝。振るわれない力は行き場を無くし、存在する意味を持たな
喪失はメガトロンを煩悶の渦へと追いやった。
その二つを天秤にかけ、故郷を選択したメガトロン。自身の存在意義にも等しい目的の
トロンの苦悩。使われない戦場刀が悩む原因はそこにある。大切な故郷と大切な友人。
た。投げ掛けられたシエスタの疑問は意図せずに確信を突いた。記憶を失くしたメガ
シエスタの質問を聞いてメガトロンの瞳が一瞬見開かれ、そしてまた元通り細められ
?
くなった。
るということは、俺様は⋮⋮⋮何処かから来た。⋮⋮⋮出所となる場所。⋮⋮⋮故郷と
﹁⋮⋮⋮⋮在った筈だ。在った筈なのだ。⋮⋮⋮⋮俺様がここにいる。⋮⋮⋮存在があ
﹂
呼べる場所がある⋮⋮⋮ということだからな。﹂
﹁⋮⋮⋮メガトロン様
そして、ルイズは絶妙かつ最悪のタイミングでメガトロンに合流した。
がる叫びは悲哀に塗れたものだった。
だった。猶もメガトロンの言葉は続く。目的を失くした破壊大帝。心の内より湧き上
本当にあのメガトロンが発した言葉なのかと疑ってしまう程、その言葉はか細いもの
絞り出すようにして紡がれた言葉。その言葉を聞いてシエスタは首を傾げてしまう。
?
﹂﹂
!!
トロンにとって故郷は掛替えのないものである。夕日の細やかな光を反射して波間の
大切な友人を打倒してでも守りたいと思った珠玉の至宝。記憶が失われようとメガ
﹁﹁│││ッ
﹁俺様は⋮⋮⋮⋮何処から来た。そして、⋮⋮⋮⋮これから何処へ行けばいい。﹂
第三十三話 故郷
552
553
ように揺らめく草原。その美しい自然の光景が失われた故郷への郷愁を誘ったのかも
しれない。失われた故郷に思いを馳せるメガトロン。絞り出された哀惜の言葉。浮か
び上がる問い掛け。それは誰に向けられたものではない自身に向けられた独白だった。
だが、その言葉を聞いた二人にとっては全く違う印象を与えた。
一人目はルイズだった。
メガトロンとシエスタが一緒になって何を話しているのか。木陰で様子を伺ってい
たルイズだったが、漏れ聞こえてきたその言葉を聞いて奈落の底へ突き落された。持っ
ていたヨシェナベを取り落し、震えはじめる膝を止めることが出来なかった。度々メガ
トロンの記憶を垣間見るルイズには分かった。メガトロンから発せられた哀惜の言葉。
その言葉がどれだけの重みを持っているのか。その重みを知っているからこそ、ルイズ
の全身を夥しい罪悪感が襲った。身体に突き刺さるような鋭利さと奈落へと引きずり
込まれるような重みを持ってルイズに降りかかる。
大切な友人を打倒してでも成し遂げたい目的。故郷の復活はメガトロンにとっての
悲願である。その事実を知ってもルイズに出来ることは何もなかった。記憶の譲渡な
ど出来る訳もない。自信の平静を保つために、心の中で様々な言い訳を作って普段は何
とか誤魔化してきた罪悪感だった。しかし、メガトロン本人の言葉でその防壁は突破さ
第三十三話 故郷
554
れた。滞留した罪悪感は容赦なくルイズの精神を蹂躙していく。ズタズタに引き裂か
れ、傷ついた心から止め処ない血液を垂れ流す。
これまでのルイズであれば耐えることは出来なかったかもしれない。ただの幼い少
女に背負いきれるはずもない。全てを投出して自身の責務から逃げ出してしまうこと
が、予期される自然な落着だった。
だが、ルイズは最早普通の少女ではない。確かな覚悟を持った決断した者だった。
歯を食いしばり頬を噛み締める。口内に広がる生臭い液体、それを一息に飲み干し
た。咽喉を伝う生ぬるい液体の触感。罪悪感で崩れ落ちそうになる身体をルイズは傷
の痛みと鉄臭い血の味で繋ぎ止めた。
背負うべき罪に言い訳はしない。ワルドの額を打ち抜いたとき、ルイズはその覚悟を
既に固めているのだった。
平静を取り戻したルイズ。心の中を暴れ狂う罪悪感をそのままに、踵を返しその場を
離れた。夥しい罪悪感を乗り越えたルイズ。その姿はこれまで以上に高潔で美しく感
じられた。背負うべき罪を増やしながらルイズは進む。最早その歩みを止める訳には
行かないのだった。
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あ、あの。⋮⋮も、ももも⋮⋮もし
メガトロン様が良ければのお話ですが
!
そのままメガトロンへと叩きつけた。
﹂
その上でシエスタは提案した。抱いている恐怖を抑え込み内側から湧き出た思いを
ているのだと勝手に思い込んでしまった。
言った文面の端々から内容を推測したシエスタ。メガトロンは故郷への郷愁を募らせ
メガトロンから記憶が失われていることをシエスタは知らない。だが、メガトロンの
シエスタだったが、メガトロンへ恩返しをする絶好の機会だ、と自らを更に発奮させた。
これまでに見たことがないほどに弱弱しいメガトロン。その姿を見て当初は慌てた
二人目はシエスタだった。
!
人が何処にいようとどの様な苦境に喘いでいようと。心に活力を与え励ましてくれる。
﹁メガトロン様が仰られた様に、故郷というものはとても尊いものだと思います。その
た。
れにも似たメガトロンからの視線をひしひしと感じながらも必死で二の句を継ぎ足し
その提案を聞いてメガトロンの眼が丸くなる。何を言っているんだ此奴は、という呆
﹁このタルブをもう一つの故郷としていただけないでしょうか
?
555
心の拠り所、心穏やかに過ごせる安住の場所。それが故郷の大切さだと私は思います。﹂
﹂
一度区切って息を吸い直し、シエスタは真っ直ぐな視線でメガトロンを見つめた。
﹁メガトロン様にもその大切さを知って欲しいんです
!
﹂
!!
タル
!!
に言い訳がましく捲し立てた。
恥ずかしさのあまりシエスタは顔を手で顔を覆った。そして、その場を取り繕うよう
らずである。幾らなんでも礼儀知らずな行為だ。
そもそもメガトロンが故郷への郷愁を募らせていたかどうかすら曖昧であるにも関わ
か も し れ な い。あ の 恩 人 で あ る メ ガ ト ロ ン に 対 し て 何 て こ と を 言 っ て し ま っ た の か。
から暫くは荒く息を吐いていたが、その頬を叩く冷えた風を受けて正気を取り戻したの
の中で既にタルブはメガトロンのもう一つの故郷になっているようだった。強い緊張
あのメガトロンに対して臆さず言い切ったシエスタ。随分勝手な提案だが、シエスタ
ブの草原は何時でもメガトロン様の味方ですから
何時でもメガトロン様の傍にいて、メガトロン様へ活力を与えてくれるはずです
様は故郷を感じることが出来ます。苦しくても辛くても、どんな時でもタルブの草原は
﹁タルブをメガトロン様のもう一つの故郷と思っていただければ、いつでもメガトロン
第三十三話 故郷
556
﹁⋮⋮私の家は大家族でいつも金銭的に苦しんでいました。⋮⋮私が魔法学院へ御奉公
に出た理由もそうです。ですが、メガトロン様のご支援があったお蔭で下の兄弟は奉公
に出ずとも済みました。⋮⋮家族の生活も随分と楽になって、それでですねメガトロン
様に何かお礼がしたくて。い⋮⋮いろいろ考えたのですが、私が送れるものなんてこの
失礼します
﹂
故郷の景色くらいしか⋮⋮⋮、差し出がましいことを言って申し訳ありませんでしたッ
!!
紅に染まる眼房を僅かに細め、メガトロンは自嘲する。
は無事に済ましてしまったのか、それはメガトロン本人にしか分からなかった。
命体であれば尚更である。では何故シエスタは無事でいられたのか。何故メガトロン
破壊大帝に無礼を振るい、無事でいられるものなど存在しない。それが矮小な有機生
きることなく大帝を労った。
横目にしてメガトロンは再び美しい草原へと視線を移す。黄金色に彩られた草原は飽
たのか、頭を下げてこれ以上の会話を切り上げた。小走りで走り去ってゆくシエスタを
顔を真っ赤に染めたシエスタ。言葉を重ねるたびに墓穴を掘っていることを自覚し
!!
﹁⋮⋮⋮⋮ふ。俺様も焼きが回ったか。﹂
557
第三十三話 故郷
558
小さな有機生命体程度に諭されるとは、高位種族である金属生命体にとってあるまじ
き姿だった。下等な有機生命体などメガトロンにとっては路傍の石刳れと同じ。何の
意味も価値もメガトロンは持ち合わせていなかった。夥しい屍の上。積み上げられた
死体の丘。その頂が本来あるべきメガトロンの居場所である。死と破壊を司る破壊大
帝にとってこのハルケギニアは余りにも平和過ぎる場所だった。
だが、悪くない。
雄大な自然が奏でる素朴な美しさを前にして、心のどこかでそう思ってしまうメガト
ロンがいた。記憶を失った心が、無意識の内に拠り所を求めていたのかもしれない。小
さな有機生命体が何を言ったところでメガトロンは一顧だにしていない。だが、金属生
命体にとっても有機生命体にとっても故郷の尊さは等しく価値を持っていた。それは
どこまでもメガトロンらしくない、そしてどこまでもメガトロンらしい感傷だった。故
郷の復活を悲願とするメガトロン。記憶を失くした現在であっても目指すべき故郷へ
の渇望が身体を焦がした。
そして、メガトロンの装甲を鮮やかに彩り続けた夕日は地平線の果てへ沈んだ。
橙色に輝いていた装甲が従来の姿を取り戻す。ハルケギニアの双月に照らし出され
る鋼鉄の巨人。蒼と赤に染まる凶悪な面貌。その銀影は眼の光を取り戻し、一切の齟齬
もなくメガトロンそのものだった。僅かに目を細め遠方を見つめる視線の先。まるで
何者かの到着を予感するように、破壊大帝は聳え立たっていた。
ハルケギニアの双月がこの時ばかりは何故か妖しく輝いた。
▲
乾ききった砂と岩石だけがどこまでも続く死の星。厳しい環境に晒され摩耗した岩
石群が打ち捨てられた墓標のように佇んでいる。見渡す限りの砂の海。生物の存在し
ない寂謬の最果て。耳に痛いほどの静寂に支配されたこの空間で悍ましい災禍が産声
を上げた。エジプト王を想起する奇怪な面貌が狂喜に歪み、タランチュラのように長い
手足が喜びに震えていた。
ように強く変化した。空間に打ち込まれた座標の存在がメガトロンの存在を揺るぎな
い碧落の場所。そこに、メガトロンはいる。陽炎のように仄かな感覚が燃え盛る篝火の
で堕ちたものは観測した。何処か遠いところ。自身でも幽かにしか存在を感じ取れな
ハルケギニアではない何処か別の惑星、打ち捨てられた星の打ち捨てられた母船の中
﹁⋮⋮⋮遂に、⋮⋮⋮来たか。﹂
559
く証明している。受け入れの準備は整った。後はこちらが赴くだけである。
母船の最奥で蠢く災禍。原初のトランスフォーマーは全身に繋がれた管を引き抜き、
これまで座していた場を後にする。穿たれた船腹を抜け、満を持して死の空間へと躍り
出た。
空間に打ち込まれた座標を感知したのだろう。そこには既に物々しいディセプティ
コン軍の軍勢が待機している。死の空間を埋め尽くす異様な軍勢。全宇宙で最大の勢
力を誇るディセプティコン軍の大軍勢がその偉容を湛えていた。来たるべき号令の瞬
間を今か今かと待ち侘びる仮初の静寂。
その期待に応えるように堕ちたものはその腕を振り上げた。
を頼りにしただけでは不十分。打ち込まれた座標と強力なサイキックエネルギー。そ
座標の位置。目的の場所へ続くワームホールが音もなくその場に現れた。仄かな感覚
空間の悲鳴。世界の理を無理やり加工する不協和音がその場に響いた。打ち込まれた
動し、注ぎ込まれるサイキックエネルギーの強力さを物語る。無理やり捻じ曲げられた
死の空間に濃密なエネルギーが満ちた。乾ききった砂とうらぶれた墓標が微細に振
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮時は来た。﹂
第三十三話 故郷
560
の二つが揃って初めて可能となった直通路だった。
堕ちたものはその大孔を指差して、言った。
何処にも存在しなかった。
進撃を開始するディセプティコン軍の群れ。その蠢動を止めることが出来るものなど
移動の準備が整い、雪崩を打って大孔を目指す漆黒の奔流。穿たれた座標軸へ向けて
流体金属ボディが傷つくことはありえない。
た。防御力に優れたこのモードであればどのような衝撃を受けようと、その超高密度の
る惑星への移動を行うために高い耐久力を誇るトランジッション・モードへと移行し
プティコン達は次々と潜行を開始した。身体を戦闘体型からトランスフォーム。異な
朗々と告げられた宣告。ハルケギニアの崩壊を意味するその狼煙に反応してディセ
﹁⋮⋮さぁ行くぞ、皆のものよ。⋮⋮俺の弟子が待っている。﹂
561
第三十四話 懺悔
二つの大切なもの。そのどちらかを選択しなければならない時、迷いなく選択できる
ものは殆どいない。大切なものを失う恐怖。本当に正しい選択なのかを疑う不安。大
切なものを切り捨てる恐れ。それらの不安を考慮して、思考を深めゆっくりと選択を決
定するものが大半ではないだろうか。そして自分にとってより大切なものを取捨選択
する。それが普通の行動である。
だが、中にはそのどれにも当て嵌まらないものもいる。
どちらを選択するべきなのか、どれだけ煩悶を深め悩みぬこうと決められない。選択
を受け入れられない弱さを持った者。メガトロンやルイズのように決断できる者がい
るということは、反面その選択自体を放棄して諦めてしまう者がいることもまた道理
だった。必然的に決断は様々な恐怖を伴っている。確固とした覚悟を固めなければそ
の恐れに耐えることなど出来ないのだ。
﹁あぁ良かった∼♪。ラヴィッジ∼♪。﹂
第三十四話 懺悔
562
復活したラヴィッジにルイズはじゃれついていた。触媒を使った修理も終え、健常へ
と復帰したラヴィッジ。全身に付いた傷は未だ生々しいが色を失っていた単眼が紅色
に爛々と燈っている。全身の傷跡も時間の経過と共に自己修復が行われるだろう、鋼鉄
の獣は強制されていた仮初の死から無事脱却することが出来た。
ルイズたちがタルブの村より学院へ帰還して既に二日が経過した。ラヴィッジの一
刻も早い修復を望むルイズ。しかし、当初ドクターが予想していたダメージよりも酷い
損傷がラヴィッジに残されていた。想定よりも修復に手間取らされ多量の時間を経る
ことになったが、それ以外の問題は発生せず無事躯体の修復は終了した。
そして、仕事が終わったと判断したドクターはそそくさとルイズの部屋を後にする
たちの関係は繊細で曖昧なグレーゾーンに保たれている。ルイズにとっても鋼鉄の使
ルイズが普段ドクターやメガトロンの行動を制限することはない。ルイズと使い魔
だが、窓から部屋を出ようとするドクターをルイズが引き止めた。
﹁ちょっとまってドクター。貴方に聞きたいことがあるの。﹂
﹁ルイズ様も満足為されたようなので、俺はここで失礼いたします。﹂
563
い魔たちにとっても現状の関係は都合がよかった。その曖昧な境界を何故かは不明だ
が、ルイズは踏み越えてきた。
﹁はぁ。何でしょうかルイズ様。﹂
﹂
?
イズに露見することがないように確りと言い含めてある。周囲への警戒も万全。ルイ
度をとっていた。キュルケやタバサ。ドクターが平時の態度を露わにした相手にはル
探られることになるとは夢にも思わなかっただろう。故にドクターも最初は恍けた態
反則同然のウルトラC。まさかドクターもメガトロンの記憶から遡ってその内実を
うしても判然とせず、ルイズはドクターを呼び止めたのだった。
何故ドクターはここまで態度を軟化させて自分と交流しているのか。その理由がど
を敬うようにドクターはルイズを丁重にもてなしていたのだ。
はメガトロンの記憶にあるドクターの姿と大きく異なっていた。それこそ、メガトロン
の頻度で、ルイズはメガトロンの記憶を追体験していた。ルイズの知っているドクター
記憶を持っていたから分かったことだった。つい昨夜もそうだったように数夜に一回
ターが慣れない敬語を使いルイズに配慮している。その事実はルイズがメガトロンの
その都合がいい関係を踏み越えてまで聞きたいことがルイズにはあったのだ。ドク
﹁⋮⋮⋮その喋り方。辞めましょう
第三十四話 懺悔
564
ズに分かるわけがないという思いから、その場を有耶無耶にしようと見込んでいたよう
だ。だが、ドクターに搭載されたセンサー群がルイズの確固とした疑念を感じ取った。
この場を有耶無耶にして抱かれた疑念を躱し切ることが敵わないと知った時、ドクター
はその本来の態度を表出させた。
をしたこの機会を利用して、メガトロンの記憶に関する相談をルイズはするつもりだっ
ターの率直な見下しを受けて、ルイズはやや強気になってしまった。ドクターへの質問
ば れ て は 仕 方 が な い と 開 き 直 っ た ド ク タ ー。有 機 生 命 体 で あ る 自 分 に 対 す る ド ク
ただろう。
えないことだった。特別な理由がなければルイズとの交流すらドクターは拒絶してい
で蒙昧。貧弱で原始的。そのような有機生命体と真面に付き合うことなど本来はあり
かった。そもそもドクターは有機生命体に対する敬意など欠片も持っていない。短命
豹変したドクターはルイズへの蔑視を隠さない。醜い言い訳をしない様子は寧ろ潔
﹁⋮⋮そんな下手な敬語を使われれば幾らなんでも分かるわよ。﹂
かったんだ。﹂
﹁よ く 分 っ た な。て め ぇ み た い な ボ ケ ナ ス に 見 破 ら れ る と は 思 わ な か っ た ぜ。何 で わ
565
た。だが、ボケナスという蔑称を受けてルイズの中から持ち前の反骨心が頭を見せる。
﹂
貴方の偽りは御見通しよ、という強気の態度が理性に競り勝つ。意図せずに見栄を張っ
てしまう自身の幼さに溜息を吐きつつ、ルイズは話を進めた。
た疑問の山だった。
﹁てめぇだ。てめぇ何だ。てめぇは一体何者だ
﹂
ちを露わにする。その苛立ちはドクターがこのハルケギニアに召喚されてより堆積し
かった。そのもの自身の中に積み重なった鬱屈を発散するようにしてドクターは苛立
そうしてルイズは疑問を投げかけたがドクターはルイズの質問を一顧だにしていな
﹁ねぇドクター。貴方は何でわざとらしい敬語を使ってまで私に気を使っていたの
?
一にして絶対の理由でもある。
?
幾ら記憶を喪失しているとはいえ不自然すぎる。回復すること
?
のない記憶領域も不自然だが、それよりも万倍は可笑しいぜ。あのメガトロン様をだぞ
を使いやがったんだ
どういう絡繰り
それはドクターが抱いた心からの疑問だった。そしてルイズに敬語を使っていた唯
?
﹁てめぇみたいな下等な有機生命体が何でメガトロン様を従えている
第三十四話 懺悔
566
567
死と破壊を司る本物のメガトロン様だ
下
。あのメガトロン
そこら辺にいる有象無象の金属生命体じゃねえ。全宇宙最大のディセプティコン軍
を統括する破壊大帝だぞ
様を使役する。それがどれだけとんでもないことなのかお前は分かっているのか
!!
になったからこそ、苦しい訓練をルイズはここまで継続出来たのだった。
か、ルイズにはまだ分からない。だが、このような焦燥にも似た強い疑問が一つの要因
か。そして自分はメガトロンに釣り合うだけの器量を持っているのか。その答えは何
いるものであるからだ。真面な魔法も使えない自分が何故メガトロンを召喚できたの
ドクターの疑問がルイズには痛いほど察せられた。その疑問は常々ルイズが抱いて
連れる可憐な少女という構図が成り立ったのだ。
うのも自然な物事の成り行きだ。このような過程を経たからこそ、鋼鉄の使い魔を引き
命体だった。その事実を知ればドクター自身が自分でその有機生命体を調べようと思
れが理由なのだろう。それほど異常な事態を引き起こした元凶が一介の下等な有機生
も解析できない程異常だった。ドクターが平時の態度を隠してルイズに迫ったのもそ
下等な有機生命体が破壊大帝を使役する。その事実は高度な知性を持つドクターで
えねえ事柄だぜ。﹂
等な有機生命体如きがメガトロン様を使役するだなんて天地が引っくり返ってもあり
?!
?!
?
﹁まぁもう全部が終わったことだ。メガトロン様を使役するてめぇが何者なのか、時間
、とルイズの中で疑問が燈った。突如出現した意味の通じないフレーズ。全部
をかけて見極めるつもりだった。だが、もう関係ないことだ気に病んでも無駄だな。﹂
うん
悲しさとドクターは折り合い続けた。
最早目の前にいるルイズすら見ようともしていないようだ。黙々と自分の中に燻る物
が終わるとはどういうことなのか、そうルイズが問質す前にドクターは独白を続けた。
?
じゃねえか。俺以外の誰がやるんだ。﹂
を 渡 り 歩 く メ ガ ト ロ ン 様 に 誰 が 休 息 を 与 え て さ し あ げ ら れ る ん だ よ。俺 し か い な い
に休息を取らせる。それも悪くないと思ってたんだ。闘って闘って闘って、戦場に戦場
のねぇ 休息位問題ない。誰も目をかけることがない寂れたこの場所でメガトロン様
んなに長く見積もっても休める期間は数百年。たったそれだけだ。そんな大したこと
メガトロン様だ。運命がそうするように何時かはまた戦場へ戻らなきゃならねぇ。ど
様が使命を忘れたままのんびりと過ごす。記憶を失くしたといってもメガトロン様は
﹁俺は別にこのままでも構わねぇと思ってたんだよ。この辺境の田舎星で、メガトロン
第三十四話 懺悔
568
メガトロンは一体どれだけの長い間を闘争に費やしてきたのか、と驚愕するルイズ。
そのルイズを余所に自分の腹積もりが崩れた不満をドクターはぶちまけた。メガトロ
ンへ忠誠を誓っているドクター。ドクターはドクターなりにメガトロンを敬い、そして
慮っているのだった。メガトロンにもし記憶が残っていればルイズに使役される現状
はありえない。だが、今のメガトロンに記憶はなく、メガトロンを慮るドクターにとっ
て記憶の失われたメガトロンは渡りに船だったのだろう。このまま上手くいけばメガ
トロンにも健やかな休息が待っていたのかもしれない。ルイズはまだ知らないがその
未来も最早失われてしまったのだ。
俄かには想像し辛かった。
ロンを使役するルイズには言えたことではないが、何者かに利用されるメガトロンなど
だが、メガトロンの故郷への思いを利用するとは何を意味しているのだろうか。メガト
と だ ろ う か。メ ガ ト ロ ン が 自 身 の 故 郷 の 為 に 戦 っ て い る こ と は ル イ ズ も 知 っ て い た。
また意味の通じない単語が現れた。掌の上で転がされるメガトロンとはどういうこ
見たくねえ。故郷への思いを利用されてひたすらに戦い続ける姿は見るに辛すぎる。﹂
﹁メガトロン様は騙られてるんだよ。掌の上で転がされているメガトロン様はこれ以上
569
そして、ドクターは忌々しげに積年の恨みを込めて言った。
それは、メガトロンへ忠誠を捧げるドクターだからこそ抱いた憎しみだった。
﹂
﹁⋮⋮⋮あいつが、⋮⋮⋮来る。﹂
﹁⋮⋮⋮あいつ
クターの言葉に耳を傾けた。
続ける警報のアラーム。湧き上がる心の怯えを何とか噛み殺し、ルイズは続けられるド
待とう。その先は危険すぎる、とルイズの直感が警報を発していた。狂ったように喚き
これ以上その先を聞いてはいけない。瞼を閉じて耳を塞いで危機が過ぎ去ることを
ルイズの背中を一筋の冷や汗が伝った。
?
理やり利用したんだろう。随分と粗雑な造りだったが、まぁ機能自体に問題はなかっ
作ったのは間違いなくディセプティコン軍に属した金属生命体だ。数少ない部品を無
送 信 す る。送 信 設 定 は デ ィ セ プ テ ィ コ ン 軍 に 定 め ら れ て い た。ア ン カ ー ポ イ ン ト を
ンカーポイントっていう緊急時用のマシーンだ。空間に座標を打ち込み今いる地点を
﹁てめぇらが﹃竜の顎門﹄って呼んでいたオブジェ。あれはただのオブジェじゃねぇ。ア
第三十四話 懺悔
570
た。軍団を呼び寄せる意図はなかったが、もうメガトロン様が起動させちまったから
な。今更マシーンを破壊しても無駄だぞ。座標は既に送信済みだ。マシーン自体は俺
が止めたし、コアとなっていたエネルゴンは修復用の触媒としてもう使っちまったから
な。今は文字通りただのオブジェだ。ガラクタ同然、放っといても自然と壊れるだろ。﹂
いよいよドクターの言っていることがルイズには分からなくなった。ドクターとル
イズが有する知識の間に無視できないほどの隔たりが生じたのだろう。ルイズの中に
メガトロンの記憶があることをドクターが知らないように、ルイズが知らないドクター
だけが知り得る情報もまた存在するのだった。
ドクターも会話に付いていけないルイズの困惑を既に感じ取っていたのだろう。会
話の噛み合わせに生じた齟齬を解消するため、ルイズが意を決してドクターに説明を求
めようとした時だった。ドクターが何かをルイズに放り投げた。慌ててドクターが投
げたものを掴みとるルイズ。それは三角形の形を持った何か。随分と小さいがメガト
ロンやドクターと同様の金属的異物だった。
していたが読める部分だけを抽出してあるからよ。前もってこっちの言葉にも変換し
﹁けッ。直接俺が言うよりもてめぇの眼で確認したほうが早いだろ。所々データは破損
571
てある。勝手に読みやがれ。﹂
ドクターがルイズに渡したものは特殊な記録媒体だった。三角型の異物が微細に震
え、起動する。仄かに青い明滅を繰り返す金属質のボディは直接視認できない程の強い
光を放射した。その場に投影された精細な3Dホログラフ。眩い光と共に現れた文字
列 に ル イ ズ は 釘 付 け に な ら ざ る を え な か っ た。部 屋 一 面 に 浮 か び 上 が る 克 明 な 記 録。
絞り出されるようにして紡がれた告解は、杖を捨てた過去を話すオスマンの姿をルイズ
に思い起こさせた。
それは一人の金属生命体が綴った懺悔の記録だった。
▲
﹀
××××××
周囲を残存したセンサー群でスキャンする。確認した結果によれば機械文明が発達
い、そうして俺は未知の惑星へと墜落した。
い。一体この時空嵐は何だったのか、まるで異常だった。航行中の機体統制の大半を失
惑星移動途上に未知の時空嵐に巻き込まれた。機体の制御を維持することが出来な
︿
第三十四話 懺悔
572
573
し て い な い 未 開 の 星 で あ る こ と が 分 か っ た。原 住 生 命 体 の 集 落 を 見 る こ と が 出 来 る。
下等な有機生命体のコロニーだった。傷ついた身体を引き摺り近くの森へと身を隠す。
俺が航空していた領域では、あんな生物の存在など確認されていない。つまり、俺の
知っている座標とは全く違っているということか。俺は愕然とした。あの時空嵐は座
標を歪めるほど強力だったらしい。差し詰め巻き込まれた俺を何処か違う場所まで転
移させてしまった、ということだろう。
墜落を余儀なくされた影響で防御モードをとる間もなく、俺は地面に叩きつけられ
た。機体の損傷が酷い。果たしてこの損傷でどれだけ活動を存続することが出来るか、
不 安 に 駆 ら れ て し ま う。一 抹 の 望 み だ っ た 機 械 文 明 の 存 在 も 確 認 す る こ と が 出 来 な
かった。躯体の修復を期待することは出来ないだろう。希望は何処にも見当たらない。
恐らく俺はこの未開な星で死を迎えることになるのだろう。
だが、偉大なるディセプティコンの名誉を気付付ける訳には行かない。課せられた
シーカーとしての責務は果たさなければならない。不幸中の幸い、この星は求めていた
生贄に最適だ。燃え盛る恒星との距離も適性。この地にグレート・マシーンを築けばエ
ネ ル ゴ ン の 結 晶 で あ る マ ト リ ク ス を 獲 得 す る こ と が 出 来 る。原 住 生 命 体 を 尊 重 す る
オートボットでは何億年かかろうが為し得ることが敵わないだろうが、我々ディセプ
ティコンは違う。どれだけの犠牲を払おうがサイバトロン星の復活は必ず成し遂げて
みせる。我らが故郷を復活させるためであれば、在住生命体の命など些末なことだ。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
﹀
××××××
無理だ。自分の命には代えられない。そうして飛行機械を解体し自分の身体に組み込
ルゴンを使って進化を促しディセプティコン軍の仲間としたいくらいだ。だが、現状は
しばらくは命を繋ぐことが出来る。見事な構造を持ったこの機体。可能であればエネ
思し召しだろう。何とか助かることが出来た。この機体を使って損傷を改善すれば今
その飛行機械を見つけて俺は本当に安堵した。これもきっとサイバトロン星の神の
をしていることが分かった。
旧型の飛行機械だった。旧型だったが、よく観察すれば無駄の省かれた機能的な構造
応元を見つけることが出来た。
を引き摺りながらだったのでかなり大変だったが、センサー群に映し出された幽かな反
墜落した後のこと。森の中を移動して俺は古びた建物を見つけた。損傷の酷い躯体
な感覚が揺らぐことになってしまった。
ティコンが聞けば大笑いされてしまうだろうが、本当だ。そして、俺の中にある一般的
下 等 な 有 機 生 命 体 で あ る 現 地 生 命 体 と 交 流 を 結 ぶ こ と に 成 功 し た。他 の デ ィ セ プ
︿
第三十四話 懺悔
574
575
むことで、俺は何とか命を繋げることが出来た。
この古びた建物を塒として活用しようと思ったとき。一匹の有機生命体と出遭った。
アマダシローという個体識別ネームをもっているそうだ。アマダと俺との出会いは必
然だったのだろう。アマダの存在が俺を救ったようなものだ。
俺は当初アマダを殺すつもりだった。警戒されて他の有機生命体を呼ばれては面倒
なことになる。損傷した身体は応急処置程度の治癒しか行えなかった。この飛行機械
を身体に組み込むことで幾許かの猶予を獲得したが、それは仮初だ。一時的なものにし
か過ぎない。何れ俺が死ぬことには変わりない。シーカーとしての責務を終える前に
死ぬわけにはいかないのだ。それを下等な有機生命体の群れに邪魔されるわけにはい
かなかった。だが、修復を終えたばかりの身体は動きが鈍い。全身へ命令を送信する経
絡路、その接続が悪化していた。アマダに見つけられても俺は身体を動かすことが出来
ず、自然アマダと向かい合うことになった。そのアマダは最初俺を訝しんだ様子で見つ
めていた。それも当然だ、下等な有機生命体にとって金属生命体の高次さが理解できる
はずもない。俺は自身の任務失敗を覚悟した。
だが、そうはならなかった。
正直、驚いた。アマダは驚きも怖がりもせず、俺を心配してきたのだ。息も絶え絶え
でやっとの所で命を繋いでいる無様な俺の身体。その惨状を見て配慮をしてくれたの
かもしれない。俺の提案をアマダは首肯して受け入れてくれた。俺の存在がアマダ以
外の有機生命体に露見することは避けられ、俺は任務を続行することが出来た。下等な
有機生命体に助けられた、という事実は苛立たしいが助けられたことに変わりはない。
感謝しなければならないだろう。アマダの胆力と種族の違いを超えて配慮をしてくれ
たその慈悲深さに。
有機生命体にも話が通じる個体がいる、その事実が俺にとって一番の驚きだった。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
﹀
××××××
体という一律の蔑視は改めねばならないだろう。反省しなければ。
ダは俺を見ても恐れない豪胆さや思慮に富んだ落着きを持っていた。下等な有機生命
当であるならば、同じ不遇を託つものとしてやや親近感が増したように思う。このアマ
い。センサー群が健在であれば判断することも出来るが今は出来ない。仮にそれが本
みたいと思ったが現状では不可能だった。この情報が本当なのかどうか判然とはしな
突っ込んでこの惑星に辿り着いたらしい。もし躯体が健常であれば日食への進行を試
らやってきた漂流者であったのだ。時空嵐だった俺の場合と異なり、アマダは日食に
アマダとの交流が進む中で様々なことが分かった。アマダも俺と同じ異なる場所か
︿
第三十四話 懺悔
576
そして俺は幸運だった。アマダ以外の原住生命体に見つかっていれば俺の任務は確
実に失敗していただろう。俺の身体と飛行機械のパーツ。その二つを使えば何とかア
ンカーポイントを設置することが出来る。俺が死ぬまでにシーカーとしての責務を果
たせる。それまでの猶予をアマダのお蔭で獲得することが出来た。
座標位置を打ち付けるということはこの惑星をディセプティコン軍に知らせるとい
うことだ。自然アマダもその他の有機生命体コロニーの連中もその命を散らせること
になる。アマダの好意を利用して無碍にする形になるが仕方がない。惑星サイバトロ
ンの復活のために僅かな犠牲を惜しむわけにはいかないのだ。我々ディセプティコン
軍は夥しいほどの犠牲を払ってきた。今更後戻りすることなど出来ないのだというこ
とを自覚しなければならない。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
﹀
××××××
された命脈も余り多くないのだ。そのことを努々自覚しなければ。
純な構造をしているといっても使用できるエネルゴンやパーツに余裕は無い。俺に残
トの設置は内密にしかし、迅速に行わなければならない。いくらアンカーポイントが単
アマダ以外の有機生命体に気取られることがないよう、注意を払う。アンカーポイン
︿
577
第三十四話 懺悔
578
他の有機生命体への注意を払う日常。アンカーポイント作成の合間を縫って、俺は有
機生命体のコロニーを観察した。文明水準が低ければここまで苦労しなければならな
いのか。有機生命体たちが厳しい環境の中で必死に農地を耕している様子を見て俺は
そう思った。機械文明どころか、鉄製農具の普及すら進んでいないようだ。木製の農具
では大した作業効率は挙げられない。だが、それでも有機生命体達は懸命に頑張って働
いていた。
あのアマダもそうだ。誰よりも必死で歯を食いしばって働いている。厳しい環境に
対して諦めず果敢に立ち向かう姿は歴戦の勇者のようだ。やはり下等な有機生命体と
いう一律の蔑視は改めねばならないだろう。その認識は彼ら有機生命体に対する侮辱
になってしまう
。我々ディセプティコンは金属生命体を至上と扱うが、それでも勇気溢れる他の種族
を 馬 鹿 に す る よ う な こ と は し な い。そ れ が デ ィ セ プ テ ィ コ ン 軍 本 来 の 誇 り の は ず だ。
ディセプティコンの大半を占めるならず者が軍団の悪評を広めているが、元々持ち合わ
せていた軍団の誇りはより高潔で尊かった筈だ。現在地も分からない惑星で、そして下
等に見ていた有機生命体から我々ディセプティコンが持つべき尊い誇りを再認識させ
られるとは。全く以て皮肉でしかない。俺は深く反省し、この事実を肝に銘じた。
ふとした思いつきでアマダに改良した農機具を渡してみた。これで農作業が楽にな
る、と喜んでくれた。アマダは俺に感謝をしたが、感謝の言葉を贈りたいのは俺の方だ。
ディセプティコンが持つべき尊い誇りを思い出させてくれたのだから。感謝してもし
きれない。誇りの尊さは金属生命体も有機生命体も変わらないのだ。そのことを俺は
見下していた有機生命体から学んだ。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
﹀
××××××
正直に言えば俺は戸惑ってしまった。アマダは俺を友人として見ているらしい。た
かってよかったよ、と言ってアマダは俺に微笑んだ。
違う惑星に飛ばされた不遇の者同士、互いに助け合うことが大切だ。大切な友人が助
れ位は分かる。俺を気遣って無理やりに笑みを浮かべているだけだ。
は笑って許してくれた。その微笑みは恐らく嘘だろうセンサー群が失われていてもそ
ればそれでいい。このまま異世界で放置して腐らせるよりはましだ、そう言ってアマダ
していなかった。飛行機械を身体に組み込むことで命を長らえることが出来たのであ
その魂の片割れを俺は分解しパーツとして利用してしまったのだ。だが、アマダは気に
大 切 な も の だ っ た。ア マ ダ に と っ て は 魂 の 片 割 れ と い っ て も よ い も の だ っ た ら し い。
随分と悪いことをしてしまった。俺が組み込んだ飛行機械はアマダにとってとても
︿
579
第三十四話 懺悔
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かが有機生命体が何様のつもりだ、という気持ちは勿論ある。だが、死にかけている所
をアマダに助けてもらったことやアマダの慈悲に俺が甘えてることも間違いのない事
実 だ っ た。時 空 嵐 に 巻 き 込 ま れ 見 も 知 ら な い 惑 星 に 墜 落 し た。そ う し て 俺 は 一 人 に
なってしまった。その孤独さが俺に影響を及ぼしたのかもしれない、アマダから友人と
して扱われることを俺は自然と受け入れてしまった。心の何処かでアマダに対する親
交を抱いてしまっている。アマダの慈悲深さや内面は間違いなく尊敬に値する。矮小
でちっぽけな有機生命体であるにもかかわらず何故そのような性格を築くことが出来
たのか、不思議でしょうがなかった。
アマダ程の素晴らしい性格を持った有機生命体はどれほど存在するのか気になった。
もし、アマダの性格がアマダだけのものではなくごく普通の一般的なものだとしたら、
俺は湧き上がる恥ずかしさを抑えることが出来ないだろう。何が高次な金属生命体だ。
何が下等な有機生命体だ。見下していた種族が自分たちの種族よりもずっと誇り高く
寛容だったなど、ただの悪い冗談だ。恥ずかしすぎて笑えない。
ふと俺は疑問に思ってしまう。アマダのような成熟した性格を備えたディセプティ
コンがどれだけいるだろうか。有機生命体を下等に見る我々がアマダほどの器量を持
ち合わせているのか。当て嵌まる該当のディセプティコンが直ぐ脳裏に浮かばないこ
とが哀しかった。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
﹀
ようとしているというのに。アマダの好意に付け込んで俺は一体何をしている
。彼
仕方がない。俺はお前の魂の片割れを使ってこの惑星をマトリクス精製の生贄に捧げ
れていた。何てことだろうか。アマダの微笑みが心に痛い。その慈悲深さが眩しくて
夕焼けに凪ぐ草原で自分の子供の話をするアマダは朗らかで生命としての尊厳に溢
︿
××××××
完成するまで僅かだが時間は残されている。それまでに結論を出せばいい。今はま
しているだけだ。純朴で健やかな彼らの生活を踏み拉くことが俺に出来るのか
使命を選択することが出来るのか。有機生命体である彼らはただ普通に穏やかに暮ら
ろうか。課せられたシーカーとしての責務と彼ら有機生命体を天秤にかけて俺本来の
ことが出来る。だが、アンカーポイントが完成した時、俺はマシーンを起動できるのだ
もうすぐアンカーポイントも完成する。課せられたシーカーとしての責務を果たす
卑劣すぎる。それは俺の目指したディセプティコンの姿では断じてない。
行ってしまった。相手の好意に付け込み利用し、裏で破壊工作を仕組むなどあまりにも
ティコンの誇りと言えるのか。俺が心がけるディセプティコンの在るべき姿は何処へ
ら有機生命体を殺す算段を着々と組み立てているではないか。それが、それがディセプ
?
?
581
だ、明確な決断を下すことが出来ない。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
﹀
××××××
シーカーとしての責務は大切だ。ディセプティコンの偉大な歴史に泥を塗る訳には
が。俺に残された時間は殆どない。早く結論を出さなければ。
しい。密やかの内にアンカーポイントは完成した。故に、その展開も最早起こりえない
か。彼らに露見することがないよう気を張っていた俺の注意深さが今になっては呪わ
だが、何も分からないものの良心を利用して破滅させるなど邪悪そのものではない
果ての結末であれば俺も覚悟を決められる。
俺と対峙してくれればどれだけ楽になることが出来るだろうか。正当な戦いを超えた
姿か。俺が迎える末路はこのような畜生以下の無残なものなのか。彼らが武器を以て
しての責務を果たすことが出来るのか。それが、俺の目指していたディセプティコンの
俺にそれが出来るのか。この身を畜生以下にまで貶めてまで課せられたシーカーと
を染めるものがいるとすれば、それは恐らく畜生以下の唾棄すべき存在だ。
暮らしている彼らを命の恩人諸共生贄として捧げる。そのようなおぞましい行為に手
命を救ってくれた恩人を裏切り、その慈悲深い心に付け込み利用し、健やかに懸命に
︿
第三十四話 懺悔
582
行かない。この使命は絶対に果たさなければならない。サイバトロン星の復活。その
ためにはどうしても大量のエネルゴンが必要となるのだ。恒星を利用してマトリクス
を精製すればその悲願達成まで大きく前進することが出来る。
だが、そのために無辜の彼らを犠牲にすることが俺に出来るのか。多大な恩のあるア
マダを欺いてこの手にかけることが俺に出来るのか⋮⋮⋮。こうして考えている間に
もアマダや健やかに暮らしている彼らの笑顔が頭を過ぎる。気が狂ってしまいそうだ。
しかし、狂う訳には行かない。逃げる訳には行かない。選択して答えを導き出さなけれ
ば⋮⋮⋮。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
﹀
××××××
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
︿
583
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
俺は如何すればいい、分からない⋮⋮。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
﹀
××××××
力 す ら 残 さ れ て い な い。⋮⋮ リ ミ ッ ト が 来 て し ま っ た。俺 は も う 間 も な く 死 ぬ。⋮⋮
はない。⋮⋮何故だろうかそれすらも俺には分からない。⋮⋮俺にはもう思考する気
偉大なディセプティコンの歴史に泥を塗ることになってしまった。だが、不思議と後悔
⋮⋮父よ、⋮⋮母よ、不甲斐無い俺を許してほしい、愚かな俺を許してほしい。⋮⋮
︿
第三十四話 懺悔
584
585
エネルゴンが尽きかけて最早身体を動かせなくなってきた。
俺は結論を神に委ねることにした。
俺自身の身体をアンカーポイントへ組み込むことで、アンカーポイント内に巡る最低
限のエネルゴン量を確保する。そうすることで俺の中にあるエネルゴンが核となり、超
長期に渡るマシーン機構の保持が可能となる筈だ。⋮⋮俺が死んだあと、この惑星がど
うなるのか、マシーンが誰の手に渡るのか、彼らの平和な暮らしがどこまで守られるの
か、⋮⋮ 俺 の 与 り 知 ら な い 所 で 全 て が 定 め ら れ て し ま う の だ ろ う。⋮⋮ そ れ で い い。
⋮⋮それが俺にとってお誂え向きの結末だ。
俺に代わって神が定められるべき結末を決めてくれるはずだ。俺如きが考慮してい
い領域ではない。⋮⋮俺は捨てることが出来なかった。シーカーとしての責務を、健や
かに暮らす有機生命体の彼らを。どちらかを選んで切り捨てるなど。⋮⋮俺にはどう
してもできなかった。⋮⋮何と薄弱でだらしがない結末だろうか。⋮⋮ディセプティ
コンの風上にもおけない軟弱さだ。⋮⋮それでも俺にはどうしても選べなかったのだ。
ア マ ダ シ ロ ー。未 知 の 惑 星 で 出 会 っ た 同 境 の 漂 流 者 よ。俺 の 掛 け 替 え の な い 友 よ。
ありがとう、そして済まない。託したマシーンの保持を頼む。最後の最後まで他ならな
いアマダの慈悲に甘える結果となってしまった。結局別れの言葉は伝えられなかった
な。それだけが心残りだ。偉大なるサイバトロン星の神に祈る。その御威光によって
第三十四話 懺悔
586
様々な災厄から健やかで誇り高いアマダ達を守ってくださるように。
俺の名はジェットファイア。ディセプティコン軍に所属する特殊潜行兵。惑星探査
の任を課せられたシーカーだ。
こ こ に 記 録 を 残 す。こ の 惑 星 へ 墜 落 し て か ら の 俺 の 全 て が こ こ に 記 載 し て あ る。
⋮⋮本来であればこのような記録など残すべきではないのだろう。だが、⋮⋮俺は選択
することが出来なかった。⋮⋮選択して切り捨てることに耐えられなかった。この記
録を残すことが俺に出来る最後の足掻きだ。この記録を読んだ者よ。名も知れぬ者よ。
この記録が誰かの選択の助けとなることを願う。それが俺にとって小さな心の拠り所
になるからだ。弱い俺でも、これまでの無様な軌跡を残す羞恥に耐えることは出来る。
名も知れぬ者よ、どうかその良心を働かせて選択をして欲しい。始りの災禍。全ての始
まりは常にこちらを見て闇への手招きをしているのだということを忘れないでくれ。
決してこの惑星が、墜落せしものへ知られてしまうことがないように⋮⋮。
▲
記録を読み終わったルイズの中でパズルのピースが音を立ててくみあがった。全て
が 一 つ に 繋 が る 感 覚。明 快 で 何 処 ま で も 残 酷 な 結 末 が ル イ ズ の 眼 前 に 広 が っ て い く。
587
何故シエスタの説明がここまで気にかかっていたのか、判然としなかったその理由が今
やっとルイズにも分かった。
全ては一切の齟齬もなく自然の顛末がそこにあったのだ。
空を飛ぶ道具
鉄の塊だった羽衣
何時の間にか現れていた竜の顎門
竜を模したオブジェ
異世界
消えてしまった友人
信じられない
ピースが組み合わさり形作った一つの絵図。それはこのハルケギニアにとって最悪
の結末だった。
こ の 場 合 一 体 誰 に 過 失 が あ っ た の だ ろ う か。ハ ル ケ ギ ニ ア が 崩 壊 す る 原 因 は 誰 に
あったのだろうか。選択を放棄したジェットファイアか、祖父の思い出を説明したシエ
スタか、メガトロンを召喚してしまったルイズか、自身の失われた記憶を求めるメガト
ロンなのか。メガトロンを止めることが出来なかったドクターか。それは誰にも分か
らない。
だが、一つだけ確実に予期されることがある。それは、このハルケギニアにおぞまし
い災禍が降り注ぐということだ。恒星の消失、ハルケギニアの崩壊は絶対運命として定
められた。それを回避することなど叶わない。人々はただ逃げ惑い自身の無力さを呪
い、絶対の力に踏み拉かれるだけだった。
導かれた答えの果てをルイズは見た。
全ての始まり、暗やみのしじま。堕ちた反逆の徒。闇へ手招きをする災禍の根源その
姿を。
分すぎるほど残酷だった。固めた覚悟が融解し、根元から折れそうになる。あの恐ろし
た、あの災禍がここハルケギニアへとやってくる。その事実はルイズを絶望させるに十
ような怖気、全身の肌が泡立ち意識が遠のきそうになる。有するメガトロンの記憶で見
そのおぞましさや恐ろしさが手に取るように理解できた。背骨に氷柱を詰め込まれた
呟いたルイズの全身を慄然が襲う。メガトロンの記憶を持つルイズであれば分かる。
﹁⋮⋮⋮フォールン。﹂
第三十四話 懺悔
588
589
い面貌をみて平常を保つことが出来るものなど存在しない。先程からドクターが何度
も終わりだ、といったことも頷ける。終わりだった。このハルケギニアは崩壊するの
だ。その事実を知って呆然と立ち尽くすルイズ。
血相を変えたキュルケが部屋に飛び込んできたのは、そうしてルイズが絶望の闇を
漂っている時だった。
第三十五話 戦端
ルイズたちが宝探しを終えて学院へ帰還した日より二日後のこと。記された懺悔の
記録に目を通し終わり全身を慄然で震わせていたルイズと、それは奇しくも時を同じく
してのことだった。学院長であるオールドオスマンはトリステイン魔法学院最上階の
自室にて普段と変わらない日常を過ごしていた。身についている習慣に従い水煙草を
燻らせながら自らの思索を深める。オスマンが自らの静かな精神を保つために行って
いる日課の一つだ。水煙草を燻らせた偉大な老魔術師が佇む何時も通り何気ない学院
長室の風景。これまでの魔法学院長としての生活そのままに今日も変わらない普段の
日常が訪れる筈だった。
だがそのオールドオスマンを邪魔する者がいた。
﹂
!!
オールドオスマン
!!
息せき切って部屋に飛び込んで来る中年の男性。静寂に保たれていた学院長室の雰
﹁⋮⋮何かねコルベール君。⋮⋮落ち着いてゆっくりと話してくれぬかね。﹂
﹁││たッたた大変ですッ
第三十五話 戦端
590
囲気を乱し、足音荒く部屋へ飛び込んできたコルベールの姿を確認してオスマンは眉を
顰めた。本来であればこの時間帯の学院長室は入室厳禁である。自らの静かな時間を
守るためにオスマンは生徒や教師の区別なく室内への入室を禁じていたからだ。室内
に飛び込んできたコルベールのように入室厳禁の指示が破られた経験がなかった訳で
はない。これまでにも過去何回かオスマンの判断を仰ぐ教師の訴えを通して入室を認
めたこともあったが、大抵の問題は態々オスマンが出張るまでもなく解決出来るもの
だった。この度もそのような大したことがない問題が持ち込まれたのだろうか、と推量
してオスマンは鼻白んだ。
﹂
だが、その不機嫌なオスマンの様子も乱入者であるコルベールがもたらした報告を聞
それは確かなのかねミスタコルベール
いて即座に翻されることとなった。
﹁││││何じゃとッ
!!
ち上がった。
もたらされたコルベールの報告を聞いてオスマンは驚きのあまり椅子を蹴立てて立
旗艦レキシントン号を中心としたその軍勢。総数凡そ五万から六万である、と。﹂
早馬の報告によれば新生アルビオン王国の軍勢がタルブへ集結しているとのことです。
﹁はい、信じられませんが間違いありません。アルビオンがトリステインへ宣戦布告。
?!
591
アルビオンがトリステインに対して宣戦を布告したという事実はまだ予期できる事
だった。賢王と名を馳せたこれまでの王から王位を簒奪したオリヴァークロムウェル
という男。新たに樹立した新生アルビオン王国を統べる新たな王に纏わる素性はオス
マンの耳にも届いていた。市中に出回るクロムウェルについての噂。アルビオンを攻
め滅ぼしても治まらない野心の行き先としてトリステインはうってつけの標的である。
野心溢れるその人となりを鑑みれば、その支配欲の矛先をトリステインへ向けても何ら
おかしくはなかった。
不可能じゃ
出来る訳がない
﹂
こんな短期間でそのような軍勢をどうやってトリステインまで運ぶとい
だが、六万という桁違いな数字は想定していた予想の範疇をあまりにも超越したもの
だった。
うんじゃ
!
来ないことがある。六万にも及ぶ軍隊の移送など従来のアルビオン軍に出来る訳がな
浮遊大陸を本拠とし、精強の空軍を擁するアルビオンだからといっても出来ることと出
ある。大貨物を運搬できる車両もエンジンによって航行する航空機も存在していない。
手段が確立されているのであればまだしも理解できた。しかし、ここはハルケギニアで
オスマンが疑問を抱くのも当然である。現代社会のように科学が発達し、豊富な運搬
?!
!!
?!
﹁馬鹿なッ
第三十五話 戦端
592
かった。
科学が発達していないここハルケギニアでアルビオン軍は一体どうやって六万もの
軍隊を移送したというのだろうか。オスマンの驚愕をコルベールも予想していたのだ
報告の内
ろう。冷静さを失った老魔術師を落ち着けるようにコルベールは自らの考えを語った。
﹁⋮⋮⋮⋮恐らくですが、他国の支援を受けているのではないでしょうか
コ ル ベ ー ル の 冷 静 な 分 析 を 聞 い て オ ス マ ン も 動 転 し て い た 意 識 を 取 り 戻 し た。泡
﹁なるほどのう⋮⋮、その筋から考えられないこともない、⋮⋮か。﹂
なく連なっている事象なのかもしれません。﹂
⋮⋮⋮⋮、アルビオンにおける革命もこの度のトリステインへの進撃も其々が別個では
における革命は成功を収めました。これらの事案を加味して考えれば、もしかすると
の旧王政に目立った問題は見受けられないにも拘らず、不自然なほど迅速にアルビオン
たと考えればこれまでにあった出来事も説明することができます。実際にアルビオン
に何者かの勢力があれば不可能ではないかもしれません。⋮⋮⋮⋮他国の支援があっ
アルビオン王国だけでは到底実施できません。ですが、一国の国力では無理でもその裏
容によれば僅か二日間の間に繰り広げられた所業だとあります。そのようなこと新生
?
593
立った精神を落ち着かせ思案を巡らせる。ガリアか、それともロマリアか、はたまたそ
れ以外の勢力なのか。トリステインがいま相対している敵はどの国家なのか。見当を
付けようとオールドオスマンはそうして思案を巡らせるが直ぐに頭を振って自らの思
索を打ち切った。侵攻は既に成されたことである。新生アルビオン王国の背後で手薬
煉を引いている国家がどこであろうと後手後手に回ってしまった現状は変わらないか
らだ。今自身がどれだけ思索を深めようとも有用な結果は得られない。次に打つべき
最も大切なことは、現状を把握しどのような対応をとるべきなのかを検討することだ。
そして、オスマンは自らの意識をこれからの対策を練るために注いだ。だが、続けら
れるコルベールからの報告は現状を打破しようとするオスマンの展望を粉々に打ち砕
くものだった。
﹁して、我々トリステイン側はどのような対応策を打ち出すことになったのじゃね。﹂
﹁むうう⋮⋮⋮、なんてことじゃ⋮⋮⋮。﹂
ですが果たして参集が間に合うのかどうか⋮⋮。﹂
した五千のトリステイン直轄軍を伴われました。各諸侯にも増援を申し出ているそう
率いてタルブへ向かうことに相成ったそうです。急造ですが手練れのメイジを主体と
﹁⋮⋮早馬の報告によればアンリエッタ姫殿下たっての希望もあり、姫殿下直々に兵を
第三十五話 戦端
594
その報告を聞いてオスマンは頭を抱えた。目の前に聳え立つ困難はオスマンの想定
しているもの以上に巨大で複雑なものになっていたからだ。姫殿下に仕えている重臣
は一体何を考えているのだろうか。常識的に考えてどれだけの手練れが揃おうとも五
千の軍隊が六万の軍隊にかなう訳がない。幼子でも理解できる事実だ、馬鹿正直に六万
の軍勢に立ち向かうなど愚の骨頂である。自らの意思で死にに行ったようなものだっ
た。勇ましいのは喜ぶべきだが、誰も姫殿下を御停めすることが出来なかったのか、と
オスマンは重臣への不満を心の中でぶちまけた。
敵対するアルビオン軍は数と経験で勝る陸軍だけでなく、精強を誇る空軍をも擁して
いるのだ。様々な修羅場を潜り抜けてきた六万の陸軍と浮遊大陸を本拠とする精強な
空軍。陸と空を支配する隙のない軍容。現状において万に一つもトリステイン軍が勝
てる要素は存在しなかった。どのような小細工を備えていようが、所詮は小手先の対応
である。蓋を開けずともに戦争の結果は自然と予想された。予想されるトリステイン
の未来を見てオスマンは自らの杖へと手を伸ばした。
戦争に敗れるだけであればまだ受け入れることも出来た。トリステイン領内には複
﹁︵⋮⋮杖を、⋮⋮取らねばならぬか。︶﹂
595
数の自治領土が点在している。トリステイン直轄軍が敗れたからと言って国家として
の命脈が断たれるわけではない。一見して絶望的だが、反撃するなり従属を選ぶなり、
トリステインが執りうるべき手段はいくらでも残されていた。
だが、アンリエッタ姫殿下が従軍するとなれば話は全く異なった。此度の戦争でアン
リエッタ姫殿下自らが軍を率いるということはそれだけ姫殿下自身に危害が及ぶ可能
性が高いということである。軍隊は代替を効かせることが出来るが、統治者たる血脈に
は変わるものが存在しない。国家における象徴的存在の消失とは、そのまま国家として
の命脈が断たれることを意味していた。もし、アンリエッタ姫殿下が現地にて戦死する
ようなことになればトリステインは国家として成立しなくなってしまう。ハルケギニ
ア有数の伝統を誇るトリステインはここにきて消滅の危機に瀕していた。
にした罪科。その鎖がオスマンの全身を呪縛していた。どれだけの長い年月を経よう
に杖を捨てた身であった。黒蠍の襲撃という死地において自らの大切な友人を見殺し
しなかった。戦陣へ赴く恐怖に気圧されたわけではない。だが、偉大なる老魔術師は既
いか、と考えていた。だが、杖を持つ手は震え、掴んだ状態のままそれ以上動こうとは
国家の崩壊という最悪の結末を防ぐためにオスマンは自ら戦陣へと赴かねばならな
﹁︵⋮⋮⋮⋮だめ、⋮⋮⋮⋮か。︶﹂
第三十五話 戦端
596
が過去に背負った罪科がオスマンを許さない。国家存亡の危機などという都合のいい
︶﹂
理由づけで逃れられるほどオスマンが自身に課した制約は緩くなかった。
﹁︵⋮⋮⋮⋮ッ
軍勢に立ち向かう恐怖から逃れられるものなどいない。ましてや六万の軍勢と聞け
じゃろうな。﹂
﹁そう⋮⋮か。行くのかミス・ヴァリエール。矢張り、⋮⋮君は伝説を受け継ぎし者なの
を想像しながら、オスマンはしみじみとその少女の名前を呟いた。
脳裏を過ぎる。巨大なスラスターノズルから青白い猛火を噴出するエイリアンタンク
認せずともオスマンには分かった。重厚という言葉をそのまま顕現した頑健な鋼体が
鉄の使い魔を伴って貴族としての義務を果たそうとしているのだということが、直接確
しい少女が召喚した鋼鉄の使い魔が轟音の発信源である。ピンクブロンドの少女が鋼
触れたものだった。進級試験である使い魔召喚を行ったあの日。ピンクブロンドの美
裂く烈風の轟音。その音は学院に在籍している者であれば誰でもが聞き慣れている有
そうして自縄自縛に陥っているオスマンの鼓膜を強烈な噴射音が刺激した。大気を
!
597
第三十五話 戦端
598
ば誰もが足を竦めて縮こまってしまうだろう。誰もが足を竦め縮こまっている中で、率
先して軍勢に立ち向かう者がいるとすれば、その者は異常者か英雄かのどちらかであ
る。ルイズは紛れもなくその後者に当て嵌まる存在だ。
ルイズは、皆から魔法が使えないと笑われ蔑称であるゼロという字名で罵られてい
た。これまで何度も挫けそうになったり、諦めの沼に囚われそうになった。だが、それ
でも自らの歩みを止めようとはしなかった。歩んできた道程は決して順風ではなかっ
たが、傷つきながらも苦しみながらもルイズは自らの譲れない誇りを貫き通してきたの
だった。
使い魔を従え導いていく、と臆面もなくかつて言い切ったルイズの姿は凛々しくも美
しかった。
様々な障壁が立ちはだかろうとも決して諦めず、健やかに成長し続けたルイズであれ
ば大丈夫だろうとオスマンは思った。苦境を乗り越える中で身に着けたしなやかな強
さ。鋼鉄の使い魔と共に歩んできたこれまでの経験を糧にして、ルイズは必ず何かしら
の命脈を切り開いていてくれるはずだ。どの様な困難が立ちはだかろうとも、強力な力
を持った鋼鉄の使い魔までもがルイズの後ろに控えているのだ。これ以上の後ろ盾は
存在しないし望むべくもなかった。
何もすることが出来ない自身の姿を無様に思いながらも、オスマンは従容とその運命
を受け入れた。国家の命脈を左右する重要な岐路。国家の命運を賭けた戦いは自身如
き が 関 わ っ て は い け な い 領 域 な の だ と い う こ と が オ ス マ ン に は 自 然 と 理 解 で き た。
ロートルはただ黙って身を引き若手の成長を見守るのみである。
巨大な鉄塊が離陸して迷うことなく真っ直ぐと何処かへと直走る。目指すべき行き
先は決まっている。グングンと加速しあっというまに小さくなってしまったエイリア
ンタンク。無骨な鋼体とは対照的なその清冽な後ろ姿を見送りながらオスマンは心の
中で祈った。
も出来ただろう。
てきた百戦錬磨の彼らがその気になれば、僅か五千のトリステイン軍など一蹴すること
を睥睨している。大軍勢を誇るアルビオン軍である。幾つもの激しい戦闘を潜り抜け
を築いていた。五万を超える陸軍と旗艦レキシントン号を中心とした空軍が辺り一帯
タルブの草原においてアルビオン軍とトリステイン軍が互いに向かい合う形で陣容
▲
﹁次代を担う若き勇者たちに、始祖ブリミルの加護があらんことを⋮⋮。﹂
599
第三十五話 戦端
600
だが、何故かそうはならなかった。両軍は睨み合いを続け戦況は膠着状態に保たれて
いる。もしかすれば、アルビオン軍はトリステイン軍と直接対決をして無駄な兵員損耗
を避けようと思ったのかもしれない。例え弱小の軍隊が相手だろうと、自軍の犠牲が最
小限に住むのであればそれに勝る結果は存在しない。態々効率の悪い愚策を採択する
必要もないということだろう。
そうして両軍が膠着状態にある中、旗艦レキシントン号から複数の竜騎士部隊が出撃
した。アルビオン軍からトリステイン軍へと送られた挑戦状である。精強で知られる
アルビオン軍竜騎士隊を前にして馬鹿正直に戦いを挑むなど下策中の下策ではあるが、
トリステイン軍はその挑戦状を馬鹿正直に受けざるを得なかった。
五万を超えるアルビオン軍陸上部隊を前にしているのだ。アルビオン軍陸軍が一気
呵成に侵攻を開始すれば壊滅は必至である。トリステイン軍側に許されている選択肢
は多くない。アルビオン軍からの挑戦状は黄泉路へと続く奈落への道であったが、トリ
ス テ イ ン 軍 も 本 丸 で あ る 陸 軍 司 令 部 を 守 る た め に そ の 道 程 を 歩 ま ざ る を 得 な か っ た。
絶対的な空戦の不利を承知していてもトリステイン軍は自軍が率いてきた竜騎士隊を
出撃させた。
そうして両陸軍の睨み合いが続く中、タルブの上空にてトリステインの命運を左右す
る決戦の戦端が開かれた。
圧倒的な劣勢に立たされていたが、トリステイン竜騎士隊の志気は極めて高かった。
トリステインが敵国による支配下に置かれるか否かの分け目。そして国体の頂たるア
ンリエッタ姫殿下までもが国家の命運を左右する一戦とあって御身自らが直々に軍を
率いて出陣しているのだ。これだけの条件がそろって、軍の士気が上がらない訳がな
かった。兵士たちにとってこれ以上の檜舞台は存在しない。多勢に抗う現状でもトリ
ステインの竜騎士隊は死に物狂いで戦うだろう。士気のみに絞って比較すればトリス
テイン側がアルビオン竜騎士隊を遥かに上回っていた。そして数刻の後、トリステイン
竜騎士隊とアルビオン竜騎士隊が激突し、両竜騎士隊による前哨戦が繰り広げられた。
設置された最奥からでも確認することが出来た。マザリーニは軍を率いるその立場上
枯葉のように命を散らしてゆく竜騎士達。その無残な光景はトリステイン軍司令部が
トリステイン竜騎士隊が次々と墜落していく。火竜のブレスを浴びせられ燃え堕ちる
憐憫の感情を滲ませながらマザリーニは心の中で呟いた。勇ましく出撃していった
﹁︵⋮⋮⋮⋮やはり、⋮⋮⋮⋮駄目か。︶﹂
601
ほんの少しもその落胆を表情に出す訳にはいかなかったが、それでも色濃い罪悪感が精
神に降り積もった。傍に立つアンリエッタも同様の罪悪感を感じていた。その表情に
ははっきりとした苦渋の色が浮かび沈痛の面持ちで視線を下げる。率いてきた兵士た
ちが討ち死にしていく光景は見ていて気持ちの良いものでは決してない。老獪なマザ
リーニですらやっとのことで平静を保つことが出来たのだ。例え国体を象徴する姫殿
下であり、様々な責務を背負っていると言ってもアンリエッタはまだ若い女性である。
積み重ねるべき経験も身に着けるべき覚悟もまだ不十分である。泣き喚かなかっただ
けでもうら若きアンリエッタには及第点を与えても良いかもしれない。
士部隊や旗艦レキシントン号を中心とした戦列艦を擁しているアルビオン。五万を超
本拠とするアルビオン軍にとって空戦は十八番である。精強でその名を知られる竜騎
ける錬度においてもアルビオン側がトリステインを遥かに上回っていた。浮遊大陸を
知で立ち向かう勇気は並大抵のものではなかった。だが、単純な数でも兵士個々人にお
国家を守るために決死の覚悟を以てトリステイン竜騎士隊は戦った。圧倒的不利を承
自身の所属する国家が他国の支配下に置かれるか否かを左右する瀬戸際にあるのだ。
﹁︵⋮⋮⋮⋮間に合ってくれ。︶﹂
第三十五話 戦端
602
えるその規模の大きさからついつい陸上部隊に目が行ってしまいがちだが、アルビオン
軍の核となる戦力は間違いなく空にあった。有象無象の寄せ集めである五万の陸上部
隊と比較すればその錬度の差は歴然である。精兵ぞろいのアルビオン竜騎士隊を相手
取って弱小のトリステイン竜騎士隊が鎬を削れるわけがなかった。
縦横無尽の攻撃によって隊列をズタズタに乱されたトリステイン竜騎士隊は散開し、
孤立したところを徹底して狙われた。トリステイン竜騎士一騎に対して三騎のアルビ
オン竜騎士が襲い掛かる。一騎が搖動を担いその他の二騎が止めを刺す。定石通りの
戦法、基本を忠実に守った隙のない攻撃を受けてトリステイン竜騎士は抵抗すら出来ず
に次々とその命を散らしていった。研ぎ澄まされたアルビオン竜騎士隊による攻撃は
そうして易々とトリステイン竜騎士隊を引き裂いていった。
﹂﹂﹂
テイン兵に去来した。燃え堕ちる木の葉のように死んでいく味方の姿を見せつけられ
た。次に敵の手によって歯牙にかけられるのは自分ではないのか、という不安がトリス
舞する猛烈な歓声が飛び、対比するようにトリステイン軍からは強い怯えが感じられ
前哨戦の勝敗は強い衝撃を兵士たちに与えた。アルビオン軍からは味方の活躍を鼓
﹁﹁﹁うおおおおおおおおおッッ││││
!!!!!!
603
ては怯えを抱いてしまうことも致し方ないだろう。その怯えはトリステイン軍の大多
数に波及し、戦意を喪失させるに十分なものだった。多くのメイジがトリステイン軍に
従軍しているとは言っても、埋められる戦力差に限界はある。六万と五千、単純比較で
10倍以上の戦力差である。元々有している地力が異なるのだ。勝敗の匙加減は間違
いなく彼らアルビオン軍の掌中に合った。
本来であればこの状態で既に決着はついていた。何故ならば、アルビオン軍首脳部が
ら現れた。
たのだろうか、命令を下されていないにも拘らず先走りをする者がアルビオン軍の中か
ン兵を見てアルビオン軍の軒昂な士気は更に高まった。その軒昂な士気に後押しされ
しては失格だが、その心境は十分に理解できるものだった。後ずさりをするトリステイ
線に控える兵士たちの恐怖は相当のものだろう。敵前を前に後ずさりをするなど兵と
いう数の力は明白だ。トリステイン軍は守りに易い街道に陣を敷いているとはいえ前
ビオン軍に従軍している大部分は魔法の使えない平民や傭兵であるといっても六万と
ジリ、と前線に配置されているトリステイン軍の兵士達が後ずさりをし始めた。アル
﹁﹁﹁││││││││││ッ。﹂﹂﹂
第三十五話 戦端
604
画策した﹁自軍の犠牲を最小限に抑えて勝利を収める﹂という思惑はほぼ成功したも同
然だからである。前哨戦を圧倒的な勝利で彩った時点でアルビオン側から講和を持ち
かける。竜騎士隊の撃滅と共に制空権を喪失し、圧倒的不利に立たされたトリステイ
ン。怯えている五千の兵士と意気軒高な六万の兵士。その彼我の差を鑑みれば、例えど
のように不利な条件の講和でも承諾せざるを得ないだろうからである。自軍の犠牲を
最小限に抑えながら戦争に勝利し、アルビオンにとって大幅に有利な条件での講和条約
を推し進める。そうして、アルビオンとトリステインの命運を左右する戦争の結果はア
ルビオン首脳部が想定した内容通りに進む筈だった。
だが、アルビオン首脳部が想定した思惑は思いもよらぬ方向へ進み始めた。
軒昂すぎる自軍の士気が裏目に出たのだろうか、停戦指令が届く間もなく侵攻を開始
するアルビオン兵達が現れた。端緒を切り開く一人が現れれば最早均衡は崩れたも同
然である。限られた功を焦る気持ちも手伝ってアルビオン兵士たちは我も我もとトリ
ステイン軍へ向けて侵攻を開始した。
山津波のように膨れ上がる敵兵の姿、そして死の恐怖に怯え後ずさりをする味方の兵
﹂
士たち。勝者と敗者。その厳然とした戦争の結果を見てマザリーニは死を覚悟した。
﹁││││
!
605
第三十五話 戦端
606
このままアルビオン軍六万の猛攻を受けてトリステイン軍は潰走してしまうのだろ
うか。しかし、そうはならなかった。マザリーニは驚愕の眼差しを前方へと注いだ。マ
ザリーニ以外のトリステイン兵も、そしてアルビオン軍の兵士達もその驚きを隠せてい
ない。
トリステイン軍が陣を敷いている街道の入り口に巨大な堀が突如として出現したか
らだ。縦横ともに数メートルはある巨大な堀。これまで地続きだった平原は大きく陥
没し、両軍は強制的に隔たれた。まるで流砂のように地面が土中に引きずり込まれ、そ
の堀は形成された。トリステイン軍を守るように出現したその障害を前にして流石の
アルビオン軍も躊躇せざるを得なかった。アルビオン軍にとってはニューカッスル城
侵攻の際以来二度目の悪夢である。そして、その堀の出現を受けて戦況には傍目にも分
かる大きな変化が表れた。
自軍の兵士達が後ずさりを辞め、山津波のように膨れ上がった敵兵士たちが堀に阻ま
れ攻めあぐねている。六万のアルビオン軍による蹂躙をトリステインは免れることが
出来た。その奇跡的な光景を見てマザリーニは自らが仕掛けた一世一代の賭けが成功
したことを理解した。
607
▲
領域にまで配慮する必要もまた何処にもなかった。下された命令に合致する範囲内に
る。無暗な殺傷を禁止したルイズの命令には従っていたが、その命令に含まれていない
それらの謀略活動はそのものが呼吸のように自らの内から発露した自然な行動であ
せずにはいられないのだった。
記憶を失おうともメガトロンはメガトロンであるが故に、自身以外の他の存在を支配
トロンはトリステイン各地に強力な罠や謀略を張り巡らせていた。
送られてきたそれら各地の情勢と有り余る財力。それらの下地を元にすることでメガ
ン セ ク テ ィ コ ン や 飼 い 馴 ら し 部 下 と し た 人 間 を 通 じ て メ ガ ト ロ ン へ と 送 ら れ て い た。
随した複雑に絡み合う貴族間の人間関係等々。多種多様な情報が、自らの手足であるイ
情報に精通している必要があるからである。物資の移動・生産、資金の流れ、それに付
を始めとする幾つかの斥候を放っていた。数多の謀略活動を行うためには各種様々な
ルイズが認知する裏でのこと。メガトロンはトリステイン各地にインセクティコン
▲
第三十六話 目覚め
第三十六話 目覚め
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おいてメガトロンは自身の奸智を思う存分に発揮した。脅迫と懐柔。飴と鞭を適切に
使い分けるえげつのない交渉術。有り余る財力や優秀な手足の働きもあり、破壊大帝の
奸智は思う存分に披露された。そうしてルイズの知らぬ間にメガトロンはトリステイ
ン内において自らの地歩を着々と築き上げることに成功したのだった。
だが、そのメガトロンが何故此度に行われたアルビオン軍の侵攻を察知することが出
来なかったのだろうか。そこにはメガトロンが様々な情報に精通するからこその弊害
があった。
メガトロンがトリステイン各地の情勢に対して通常ではありえない程に詳細なこと
が裏目に出た、という側面もあったのだろう。アンリエッタ姫殿下とアルブレヒト三世
との婚姻に参列するため、という名目で新生アルビオン王国は軍を展開した。だが、そ
の内実を知っていたが故にメガトロンの初動は遅れてしまったのだ。浮遊大陸から移
動する戦列艦の数が婚姻に参列するにしては随分と多かったことも、建国したばかりの
国家が周辺諸国に対して行う示威として見逃してしまう。上辺だけを見れば、新生アル
ビオン王国側が行った偽装工作にまんまと欺かれてしまったことになる。奸智に長け
るメガトロンにとってそれは本来起こりうる筈がない致命的な失敗だった。
そして、もう一つ忘れてはならない決定的な理由があった。
メガトロンが判断を見誤ることになった主要因。それは、メガトロンの得ていた情報
に故意にノイズが混入されていたことである。
がった。メガトロンは自分自身でも驚いていた。タルブの村の実態を把握したメガト
て い た。そ の 無 残 極 ま る 成 れ の 果 て の 光 景 が メ ガ ト ロ ン の 脳 裏 に は 克 明 に 浮 か び 上
めたデータ塊。それら詳細なデータはタルブの草原がおかれている現状を正確に表し
トロンへ報告が送られた。スコルポノックに搭載されている各種センサー群が掻き集
暫くすると偵察任務に先行していたスコルポノックから目的地途上を飛行するメガ
取らされた借りを返すために必要となるオプションを黙々と練るだけである。
あるメガトロンは極めて合理的な存在だ。決して慌てることなく飛行を続け、高く買い
エイリアンタンクはまんまと欺かれたことへの激情を抱くことはない。金属生命体で
速度のまま向かえばものの十数分でタルブの村に到着するだろう。武骨なフォルムの
ルイズを乗せたエイリアンタンクが目的地へと向けて高速飛行を続けていた。この
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮。﹂
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ロンは自らの胸の中がざわつくことを自覚していたからだ。本当に僅かで微かなもの
だったが、それは確かな怒りの感情だった。
﹄
!!
!!
と尊さ、魚影のように煌めく美しい草原の光景がメガトロンの脳裏にちらついて仕方が
エスタの言葉を一蹴することが出来ないのだろうか。シエスタの浮かべた健気な笑顔
じ。何の意味も価値も持ち合わせていない。それなのに何故どうでもよいことだとシ
心の中で首を振った。小さな有機生命体などメガトロンにとっては路傍の石刳れと同
美しい草原を思い出してしまったのだろうか。まるで馬鹿げたことだとメガトロンは
不意にシエスタの言葉が瞼に浮かんだ。何故このタイミングであの夕日に彩られた
様の味方ですから
メガトロン様へ活力を与えてくれるはずです タルブの草原は何時でもメガトロン
﹃苦しくても辛くても、どんな時でもタルブの草原は何時でもメガトロン様の傍にいて、
景色を思い出せば元気が湧いてくるんです。﹄
はこの光景が大好きなんです。心がどれだけ苦しくても辛くなっても。このタルブの
﹃とても綺麗ですよね。草原が細やかな光を反射して波間のように揺らめいている。私
﹃メガトロン様にもこの景色を一度見てもらいたかったんです。﹄
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なかった。
﹁︵││││全く下らない。俺様はどうかしてしまったのか。︶﹂
ちっぽけな有機生命体に自らの心を翻弄されるなど、メガトロンにとっては起こりえ
ないことである。死と破壊を司る破壊大帝。その本性は記憶を失おうとも変わること
はない。残虐かつ狡猾。ディセプティコンを統括し全宇宙から畏れられるメガトロン
︶﹂
が、ちっぽけな有機生命体のことを思って心を乱すなど本来では起こりえない筈なの
だった。
?
まうのでルイズは唇をつぐんでこれから待ち受けるであろう凄惨な光景に対して腹を
るまでもなく分かることだった。次から次へと止め処なく悪い予感が思い浮かんでし
でメガトロンの雰囲気が変化したのだろうか、と考えるルイズだったがその原因は考え
い。メガトロンのゆらぎを自分の掌から伝わる感覚の変化で察知していた。何が原因
コックピットに乗っているルイズもメガトロンの戸惑いを感じていたのかもしれな
﹁︵メガトロン⋮⋮⋮
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括った。
次第に見えてきた立ち上る黒煙の筋。幾本もの黒煙が視界の遥か先で空を支えてい
る。他にも旗艦レキシントン号を中心としたアルビオン軍戦列艦がその物々しい偉容
を誇示していることがこの距離からでも見て取れた。戦列艦の監視を逃れるようにぐ
るりと周回した後にタルブを視界に納めると、その光景が広がっていた。果たしてその
光景はルイズが想像した通りの、否さそれ以上の凄惨なものだった。
美しいタルブの村は最早何処にもありはしなかった。皆すべてが破壊され火をかけ
られ健在な建物など一つも残っていない。何か金目のものがあればまだましだっただ
ろう。兵士たちの欲求を満たすことで少しは被害を抑えることも出来たかもしれない。
だが、タルブは貧しい村である。金目のものを探す兵士たちの御眼鏡に適うものなどほ
とんどなかったのだろう。目ぼしいものが何も見つからなかった腹いせだろうか、まる
で 鬱 憤 を 晴 ら す か の よ う に 徹 底 し た 凌 辱 が 建 物 だ け で な く 村 の 住 人 に も 及 ん で い た。
背後から切り裂かれた男の死体。裸に剥かれて嬲り殺された女の死体。焼け焦げ赤黒
い肉塊と化した老人と子供の死体。破壊された建屋だけでなく、老若男女を問わない
人々の死骸が其処彼処に転がっている。逃げ遅れたのだろう彼らはアルビオン軍によ
る容赦のない蹂躙の餌食となっていた。ルイズが前もって想定していた通りの当たり
前 の 光 景 で あ る。六 万 の 陸 軍 を 相 手 に 武 器 も 持 た な い 人 々 が 何 か を で き る 訳 も な い。
逃げ遅れたから死んだ。唯それだけの当然の結果でもあった。
を下そうと右腕を振り上げるが、寸前のところでルイズは踏みとどまることが出来た。
の心中を瞬く間に覆い隠そうとした。その欲望に何の疑問を抱くこともなく、その命令
しにしてしまおうか、と。むくむくと湧き上がるその激情は雲のように成長し、ルイズ
ふと、ルイズは思ってしまう。メガトロンの力を利用して眼下に広がる軍勢を根絶や
敵軍という位階すら与えたくはなかった。
ルビオン軍たち。戦争とは全く関係のない民間人を餌食としたそれら無法者たちには
美しいタルブの草原を蹂躙し、タルブの村で暮らしていた無辜の人々を犠牲にしたア
身に抱く怒りもより一層激烈なものになった。
イズは貴族である。国家を背負い国民を守る義務をその身に背負っているのだ。その
を感じない者は居ない。メガトロンの様な他種族の金属生命体であれば話は別だが、ル
ような燃えさかる憎しみの炎。真面な常識を持たずとも、これだけのことをされて怒り
に広がるその光景を見て、ルイズの中で激しい憎しみが沸きあがった。全身が炭化する
る。目の前に広がる光景は決して許容することが出来ない悪徳そのものだった。眼下
から白く変色していた。幾ら前もって腹を括っていても抑えられない激情が眼窩に燈
コックピット前面のフロントガラスに置かれたルイズの指先は込められた力の強さ
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
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大きく息を吸い、そして吐く。自身の平静を保ちつつ、眼下に広がる軍勢を視界に納
めた。怒りで荒れ狂う自らの意識をコントロールしながらルイズはこれまでに何度も
繰り返してきた思考を心を落ち着けるために再び繰り返し反芻した。
メガトロンの力を振るえば全ての問題を解決することが出来る。目の前に聳える障
壁など砂の城も同然。やろうと思えば目の前にいる六万のアルビオン軍を全滅させる
ことも簡単だ。だが、それでは駄目なのだ。それでは駄目なのだった。何故ならば、ル
イズは自覚していたからだ。巨大な力には巨大な力に見合う責務と責任が伴うという
ことを。
そして、もう一つ。鋼鉄の使い魔たちを従え導く、それがルイズが自身に課した責務
だからである。
巨大な力に頼り、依存するということは危険極まりないことである。初めてメガトロ
ンの力を見たあの日からルイズはしっかりとその当たり前をよく理解していた。力を
振るう覚悟がないものは何れ力に溺れるか、その巨大な力自身によって滅ぼされる結末
を迎える。力を振るうものはそれだけの覚悟と責任を持たなければならない。メガト
ロンを召喚したルイズには一層その覚悟が必要だった。メガトロンとルイズの関係性
は非常に繊細で不安定な状態で保たれている。いつ、その強大すぎる力の矛先が自身に
第三十六話 目覚め
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向かうかすら分からないのだ。メガトロンの持つ力を思う存分に利用するということ
は、その力の矛先が自身に向かうことを承知で行わなければならない。メガトロンの力
を思うままに利用することなど何者にもできる訳がなかった。
強大な力の素晴らしさと恐ろしさ。ワルドの件を通じてルイズはその大切な根本を
身に染みて痛いほど理解していた。だからこそ、ルイズは極力メガトロンの力に頼ろう
とはしなかったしメガトロンを侮るようなことはしなかった。加えて、主従を結ぶ相手
として適格なのかを見定めるメガトロンの策略にもルイズはひたすら愚直に答えてき
たのだった。
タルブの上空を旋回して両軍の配置を確認している中、キュルケからの報告がルイズ
に入った。トリステイン魔法学院にてアルビオン宣戦布告の報告を早馬から聞いたル
イズは即座にメガトロンを駆ってタルブへと赴いたが、その際忘れずにキュルケやタバ
サにも協力を申し出ていたのだった。タバサのシルフィードに乗ってキュルケはタル
ブへと向かっている筈だ。ルイズはタルブ周辺に群生する森林へと避難しているだろ
う住民の誘導をキュルケに依願していた。前もって小型双方向無線機の一つを貸与し
ておいたので連絡に事欠くことはない。直接アルビオン軍と対決する訳ではないが、六
万のアルビオン陸軍の死角を掻い潜る危険な任務である。何かあれば何時でも連絡す
るようルイズはキュルケに強く言い含めていたのだった。
る順調に進んでいるように思えた。しかし、懸念していた最大の問題は依然として残っ
に脱出できた人たちを見つけられたことも含めれば僥倖である。ここまでの経緯は頗
一先ずキュルケが無事であったことをルイズは幸いに思った。タルブの村より無事
はラヴィッジと協力して住民の避難誘導をそのまま続けて頂戴。﹂
﹁⋮⋮そう、分かったわ。まだ生き残った住民が他にもいるかもしれないから、キュルケ
でまだ完全に復調していないラヴィッジ双方に配慮した結果のものだった。
もラヴィッジがルイズの傍を離れていることも、キュルケの身の安全と復活したばかり
下、キュルケの護衛についている。キュルケが単身で避難民の誘導に従事していること
した紅の単眼が爛々と元の光を取り戻していた。ラヴィッジはルイズが与えた指示の
言ってキュルケは自らの傍らに控えるラヴィッジを横目に見た。仮初の死から復活
配る必要もないかもしれないわね。貴方の使い魔も居る訳だし。﹂
真反対の場所よ。アルビオン軍とは比較的離れた場所にいるから、そこまで周囲に気を
定の場所まで移動させるからその心算で。今私たちがいる場所は街道のある場所から
﹁聞こえるかしら。ルイズ、こっちは村の住人と思しき人達を見つけたわ。さっそく所
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﹂
たままである。ルイズは祈るようにしてキュルケに問いかけた。
﹁⋮⋮キュルケ。⋮⋮シエスタの姿は見かけた
した。
ルイズは悲観的になってしまった脳内の思考を切り替え、先へ進むための方策を提示
後ずさりをする訳にはいかなかった。
とは気がかりだったが、やるべきことは山積している。後ろ髪を引かれるが、それでも
でも前に進むためにはしっかりと現状を見据えなければならなかった。シエスタのこ
タの身柄を案じても意味がない。事は既に起こってしまっている。現状を打破し、一歩
なった。だが、タルブの村がアルビオン軍による被害を被った以上、今どれだけシエス
シ エ ス タ の 死 と い う 想 像 出 来 う る 限 り の 最 悪 が ル イ ズ の 脳 内 で 鎌 首 を 擡 げ そ う に
出して見せるから。﹂
かなくなるわよ。とても賢いあの子だったら絶対に大丈夫。必ず私がシエスタを探し
に取り掛かるから。ルイズ、あまり気落ちしないで。悪い想像ばかりじゃあ何も手に付
﹁⋮⋮まだ見かけていないわ。でも、ここにいる人たちを誘導し終えたらまた直ぐ捜索
?
﹁キュルケ。戦闘の混乱に乗じた野盗が辺りに潜んでいるかもしれない。だからくれぐ
第三十六話 目覚め
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れも周囲への警戒を怠らないようにして。勿論ラヴィッジもよ。特に貴方は復帰した
ばかりなんだから無理をしちゃダメ。いざとなればキュルケを連れて直ぐにでも退避
して構わないわ。⋮⋮⋮⋮二人とも絶対に生きて帰ってきなさい。何処かへ行ってし
まうなんて許さないから。﹂
どっちが御主人様なのか分からなくなっちゃうで
?
ふふっ冗談よ。貴方には必要のないアドバイスだったわね。じゃあ、そっち
?
ぎった。あの絶望はほんの少しでも気を抜けば心の隙間へと忍び込んでくる。瞼の裏
キュルケとの連絡を断った瞬間、闇への手招きをする災厄の姿がルイズの脳裏に過
﹁││││ッ﹂
気遣い合いながら連絡を後にする。
らないキュルケの様子からルイズは温かい勇気を受け取った。そうして、二人は互いを
頼もしい友人の存在はこれ以上ないほどに自分を後押ししてくれる。何時も通り変わ
の 敵 兵 が 控 え て い る と い う の に キ ュ ル ケ は 何 時 も 通 り の 飄 々 と し た 態 度 を 崩 さ な い。
何時もは少々苛立たしいキュルケの軽口もこの時ばかりは別だった。周辺には大勢
も気を付けて。﹂
しょう
とにならないようにしなさいよ
﹁分かったてるわよルイズ。貴方こそ途中で泣きべそかいてミスタに笑われるなんてこ
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に ち ら つ く 災 厄 の 影 を ル イ ズ は 頭 を 振 り な が ら 努 め て 目 を 向 け な い よ う に 意 識 し た。
あの恐ろしい災厄は脅威以外の何物でもないが、立ち向かわなければならない喫緊の課
題が今目の前にあるのだ。いつ来襲するか分からない災厄よりも、今は目の前にいるア
ルビオン軍を何とかしなければならない。ルイズは再び大きく息を吸って吐き出し泡
立った心を落ち着けると、目の前にある問題へと自らの意識を集中させた。そして、必
﹂
ここからでも確認できるかしら。﹂
要となる指示をタバサへと送るべく右耳のイヤリングへと手を添えた。
﹁タバサ聞こえてる
﹁聞こえている。﹂
﹁⋮⋮今は何処を飛んでいるの
?
?
思った。自分が持っていた拳銃を見つけられたときはどうなるかと思ったが、今となっ
認することが出来た。刹那の間だが、タバサとの間で視線が交差したようにルイズは
トから後ろを伺うとタバサの言った通り、後方数十メートルに着いて飛行する風竜を確
の様子を聞いて幾分気が軽くなったルイズは安心感を得ることができた。コックピッ
決める一大決戦だというのにタバサは慌てていないようだ。平時と変わらないタバサ
ルイズのイヤリングから冷水のように冷ややかなタバサの声が届く。国家の趨勢を
﹁恐らく難しい。数十メートルの距離を開けて後方に着けている。﹂
第三十六話 目覚め
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ては結果オーライである。これ以上に頼もしい助力も中々ないだろう。その無表情に
保たれた様子は一見冷徹にも見えるがその心の中には仲間を思う暖かな心根があるこ
とをルイズは知っていた。そのことを知っているからこそ気負いなく指示を下すこと
が出来た。それはタバサにしか頼めない極めて難易度の高いお願いだった。
の上で頷いたのだ。友人のためを思う猪突猛進でも無為無策でもない。何かしらの勝
されるまでもなく既に承知のことなのだろう。タバサはそれらの危険性を把握したそ
竜騎士隊から時間を稼ぐということがどれだけ危険を孕んでいるのか、ルイズから指摘
右耳のイヤリングからタバサの無言の頷きが伝わった。精強で知られるアルビオン
﹁││。﹂
けに集中して頂戴。﹂
アルビオンの竜騎士隊も精鋭が揃ってる。直接闘おうとはしないで時間を稼ぐことだ
﹁いい、タバサ。決して無理はしないで。常に自分の命を最優先に考えて事に当たって。
﹁了解した。﹂
て通常運行を保つことは出来ないわ。どうしても﹂
抗せざるを得なくなってしまうから幾らメガトロンでもあれだけの竜騎士を相手にし
﹁少しの間だけでいい。私が詠唱をする間、竜騎士隊の注意を引きつけて欲しいの。抵
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算がなければ出来ないことである。元々タバサは非常に聡明で賢い。学生とは思えな
い程に様々な経験も積んでいる。北花壇騎士団七号としてのタバサをルイズは知らな
いがタバサであればこの難しい依願でも達成してくれる、と自然に確信することが出来
た。ルイズがタバサについて心配することはない。心配するべきは自分自身について
のことである。
た。横 幅 数 十 メ ー ト ル に も 渡 っ て 大 地 を 陥 没 さ せ る と い う 破 天 荒 な こ と ま で 容 易 に
強力で有能なスコルポノックであれば何も問題は起こらないだろう、とルイズは思っ
ない。助力を願うことは出来てもその巨大な力に依存することは許されないのだ。
のである。メガトロンと同様にスコルポノックが持つ強力な力を利用する訳には行か
ビオン軍を隔てる堀はルイズの命令を受けて先行したスコルポノックの働きによるも
タバサに続いてスコルポノックへの指示をルイズは出した。トリステイン軍とアル
要とする時間も十分に稼ぐことが出来るから。﹂
の足が止まれば軍全体も止まらざるを得なくなる。貴方が敵軍の足を止めれば私が必
える必要はないわ。ただ、トリステイン軍を攻撃しようとする敵兵の邪魔をして。先陣
通り、アルビオン軍の侵攻を阻止し続けなさい。直接あなたがアルビオン軍に攻撃を加
﹁聞こえるわねスコルポノック。当面の行動について変更は無いわ。始めに出した指示
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やってのけるのだ。自身が望む舞台環境の整備など朝飯前の瑣事である。メガトロン
の意向が加わらない限りスコルポノックは下された指示を淡々と順守してくれる。
スコルポノックという防壁が介入するお蔭でトリステイン軍がアルビオン軍の犠牲
になることは避けられるだろう。アルビオン軍による侵略の犠牲はこれ以上増えるこ
ともなく、肝心肝要なアンリエッタ姫殿下の命脈も繋がった筈だ。ルイズが行えるトリ
ステイン軍へのフォローはこれが限界である。アルビオン軍とてただ黙っている訳が
ない。堀で隔たれたといっても、それで攻撃が止むわけではない。アルビオン陸上部隊
にも数は少ないがメイジが従軍している。魔法による遠距離からの攻撃はトリステイ
ン軍側で対処しなければならないが、そこはトリステイン側の腕の見せ所である。ルイ
ズが心配する必要はないだろう。魔法の打ち合いにおいてはメイジが多く従軍してい
るトリステイン側の方が有利だ。現状であればトリステイン軍だけでも十分に対処す
ることが出来る。
全ての指示を出し終わり息を吐く。スコルポノック・キュルケとラヴィッジ・そして
タバサ。これでルイズが事前に行う指示や準備は全て終わった。後には本番が待って
いるだけである。
第三十六話 目覚め
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そして、ルイズは眼下に広がる六万のアルビオン陸軍へと視線を注いだ。六万という
夥しい陸軍と旗艦レキシントン号を中心とする精兵揃いの空軍。両陣営の姿を視界に
納めるとルイズは自らの手を汚して戦う覚悟を決めた。ルイズが固めた覚悟と同期す
るように、アルビオン空軍も臨戦態勢へと突入した。突如として現れた銀影に対処する
為、旗艦レキシントン号を中心とする戦列艦船がゆっくりと船首を回転させる。側面に
備え付けられたものものしい無数の砲門は相対するルイズから見ても流石と評してし
まう程に錚々たるものだった。
メガトロンとアルビオン空軍が向かい合う。タルブの村上空で雌雄を決する一大決
戦が今にも繰り広げられようとしていた。
以前までのルイズであれば、この時点でどうすればよいのかという煩悶に囚われてい
ただろう。巨大な力を司る責任と目の前に立ちはだかる問題との板挟みに陥ってしま
うからだ。立ちはだかる難関を乗り越えるためには、メガトロンのような巨大な力に頼
らねばならない。だが、そう簡単にメガトロンの力を利用することは出来ないし、する
訳にもいかなかった。自分自身に問題を解決する力がない以上、これまでのルイズであ
ればその時点で手詰まりである。メガトロンの気変わりを期待したり粘り強い交渉で
メガトロンの譲歩を引き出すなどの手段を用いなければ何かを変えることなどルイズ
にはできなかった。メイジであるにもかかわらず真面な魔法一つ使えないゼロにとっ
て、それはどれだけ自分の力を磨こうとも届かない遠い領域だったからである。
しかし、今は違う。
自らが持つ本来の力を明確に自覚している今であれば、かつてメガトロンと結んだ誓
約を守ることが出来る。向こう見ずな強がりから始まったあの誓いを本物とすること
が出来るのだった。
け た た ま し く 響 く 轟 音。足 止 め を す る ス コ ル ポ ノ ッ ク と ア ル ビ オ ン 軍 と の 衝 突 が
流れる伝説の系統をルイズは確かに感じたのだった。
触った瞬間、ルイズは確信せざるを得なかった。伝わる確かな力の脈動。自身の身体を
ルイズはその他大勢の人々とは異なる選ばれたものだった。渡された始祖の祈祷書を
しかし、ただの古ぼけた本であればルイズが態々この場にまで持ち込む必要はない。
来る人は殆どいない。多くの人は見向きをすることもなくただ素通りするだろう。
られるただの古書である。古ぼけた外観を持ったその本を見て何かを見出すことが出
た秘宝である。始祖の祈祷書。本来は王家同士の婚姻に形式的な儀礼を行う為に用い
の質感。身に着けていたローブの内から取り出されたその本はオスマンから手渡され
パラり、と古ぼけた本のページをルイズは捲った。指先から伝わる肌理細やかな古紙
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
625
始ったのだろう。数で勝るアルビオン軍は何らの小細工を呈する必要もない。嵩にか
かって侵攻し、トリステイン軍をその牙にかけようとするだろう。だが、スコルポノッ
クの介入がある限り直接戦闘には至らない。戦闘が巨大な堀を介した魔法の打ち合い
へと移行することになればメイジを多く擁するトリステイン軍は魔法の攻防という自
らの土俵の上で戦うことが出来る。スコルポノックを撃退することが叶わない以上ア
ルビオン軍はトリステイン軍の土俵の上で戦うことを強制される。そうなってしまえ
ば例えアルビオン側がどれだけ数に勝っていようと一朝一夕で事は進まない。堀を超
えることが出来なければ、六万人という数のメリットが活かせないからである。擁する
メイジが少ない平民を主体としたアルビオン軍。質よりも量を優先したが故にその動
きは鈍重だった。出現した堀への対策すらままなっていない。開戦の火蓋が切られた
この戦争はルイズの計画した通り長引くことになるだろう。
時間の経過と共に戦場はより苛烈な様相を呈し始めた。そして、より濃密な空気が戦
場に満ちる中、自らの誇りに殉ずることを選択したウェールズの鮮烈な姿を想起しなが
らルイズは呟いた。
す。﹂
﹁ウ ェ ー ル ズ 皇 太 子 殿 下。暫 し の 間、ア ル ビ オ ン 王 家 の 誇 り を 拝 借 さ せ て い た だ き ま
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そう言ってルイズは水のルビーを自らの薬指に装着した。それはウェールズ皇太子
殿下よりルイズが賜されたアルビオン王家に伝わる秘宝である。本来であればアンリ
エッタ姫殿下へとお渡しすることがあるべき物事の運びであるが、とある事情でルイズ
が自室に引き籠ってしまったために渡しそびれていたものだった。
聡明なルイズは始祖の祈祷書を使いこなすためにはもう一つの秘宝が必要なのだと
理解していた。始祖の祈祷書が何故王族同士の婚姻の儀式にのみ用いられているのか、
というヒントを紐解けば形骸化した伝統儀式に隠された秘宝の使い方に辿り着けるか
らである。すべての物事にはそれ相応の自然な理由が隠されている。トリステインに
代々伝わってきたこの始祖の祈祷書もその例外に漏れることはなかった。
水のルビーが今ルイズの掌中にあることは偶然だったが、ルイズが伝説を継ぎし者な
のだということは必然だった。
掌の中で脈打つ始祖の祈祷書を意識しながら、ルイズは自身の身体の中を巡るエネル
ギーに気を集中させた。ゆっくりと回転を始めたエネルギーはコックピット内を満た
すほどに強力なものだった。もう一つの秘宝を身に着けたルイズからはより一層強力
なエネルギーの環流が巻き起こる。ルビーを身に着ける以前よりも更に強力となった
そのエネルギーはルイズ自身の身体を飛び越えてもなお次々と留まることなく溢れは
じめた。
﹁⋮⋮⋮⋮何をするつもりだ。﹂
持たず無力なルイズが何故これ程までに強力なエネルギーを放っているのか、メガトロ
は強力なものだったからだ。疑いようもなくエネルギーの出所はルイズだった。何も
ンも沈黙を破らざるを得なかった。メガトロンが瞠目してしまう程にそのエネルギー
コックピット内において急速に満ち始めたエネルギーを感知すると流石のメガトロ
その筈だった。
出来る訳がない。
ちっぽけなルイズがどれだけ尽力しても目の前に立ちはだかる巨大な障壁を如何にか
な鋼鉄の身体も、その身に何も持ち合わせていない。所詮は無力な有機生命体である。
のである。蓋を開けずともに察せられる分かりきった結末だった。強力な武器も堅硬
況においてルイズが何を示すのか、という期待は確かに存在していたがほんの僅かなも
る。巨大な戦列艦を前にしているのだ。小手先の小細工など焼石の水も同然。この状
かった。ちっぽけな有機生命体ごときに何が出来るものか、と高を括っていたからであ
スコルポノックに対して矢継ぎ早に指示を出してもメガトロンが特に驚くことはな
これまで黙していたメガトロンはここにきてやっと口を開いた。ルイズがタバサや
﹁しっかり見ていて頂戴、メガトロン。﹂
第三十六話 目覚め
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ンにも分からなかった。メガトロンの持つダークエネルギーを鏡写しにしたようにそ
のエネルギーは鮮烈で強力で濃密だった。エイリアンタンクコックピット内に満ちる
強力なエネルギー。溢れ出す強力なエネルギーの波動をその身に纏うルイズの姿は、メ
ガトロンが高を括ったものとは掛離れたものだった。静謐かつ凄烈。その姿はまるで
鏡面に保たれた静やかな冬の湖面の様で年端のいかない少女とは到底思えない。ルイ
ズが受け継いだ伝説は死と破壊を司る破壊大帝、その偉容に届き得る可能性を持ってい
た。
滅多に見ることが出来ない驚いた表情のメガトロン。その姿を見てルイズは微かに
口角を上げ微笑んだ。そして、普段と変わらぬ毅然とした態度を維持したまま、
﹁お前に
何が出来るのか、何を見せてくれるのか﹂というメガトロンからの問いかけに答えた。
自らが今何を為そうとしているのかを理解しているからこそ揺るぎのない覚悟を固
めることが出来る。メガトロンやラヴィッジ、スコルポノックやタバサ、そしてキュル
ケのように自身を信じてサポートしてくれる戦友たちがいてくれるからこそ、どれだけ
絶望的な状況にあっても弛むことなくルイズは前を向くことが出来るのだった。
﹁私も貴方たちと一緒に戦えるんだってことを証明してみせるから。﹂
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そして、ルイズは目の前に聳える敵を視界に収めた。旗艦レキシントン号を中心とし
た戦列艦十数隻。ルイズを乗せたメガトロンはその無骨な銀影を鈍色に輝かせながら、
タルブの村上空を支配するものものしい歴戦の空軍と対峙した。
まばゆいエネルギーを纏うルイズの神々しい輝きがコックピット内に満ちた時、国家
の趨勢を左右する一大決戦が始まった。
の領村まで攻め落されているにも拘らず守勢に徹するなど傍から見れば随分と悠長な
かる攻撃のアルビオン軍と、陣を敷いてそれを待ち受ける守備のトリステイン軍。自国
アルビオン軍とトリステイン軍との戦争の火蓋は切って落とされた。一斉に襲い掛
そ災厄なのだ。
災厄とは、まるでタイミングを見計らうようにして最悪な時機を伴って訪れるからこ
ら逃げ惑うだけである。
未然に躱すことは難しい。人々に許されている領域は多くない。ただ怯え、その脅威か
当たり前。降り注ぐ雨を人々が躱し切ることが出来ないように、その襲い掛かる凶事を
てくる。これまでの人生で誰でも一度は体験している岐路。避け得ることの出来ない
起こるべくして起こる。生まれるべくして生まれる。襲い掛かるべくして襲い掛かっ
訳でも何者かによって仕組まれている訳でもない。それはまるで自然の摂理のように
とても不思議なことではあるが、それはいつも決まっている。誰かが裏で定めている
▲
第三十七話 虚無の光
631
ことだと呆れてしまうが、少しでも有利に戦いを進めるために数に劣るトリステイン軍
が守りに易い街道に陣を敷くことは自然な成り行きであった。守りの強固な陣営を築
き相手の攻勢を捌きつつ機会を狙う。タルブの村を奪還したいトリステイン側にとっ
てそれは苦渋の決断でもあった。そうして地の利を獲得しているトリステイン側が通
常であれば有利になる。だが、それは対峙する両軍の戦力が拮抗している場合のみの話
である。
﹂
!!
連中は真面に戦ったこともない弱腰揃いだッ
!!
しかし、アルビオン軍はまだ知らない。対峙する程狭い街道には陥没した大地以外に
そっとの障害など問題にはならず、躊躇う理由などそこには存在していなかった。
う 圧 倒 的 な 軍 勢 に と っ て は 枝 葉 の よ う に 些 末 な こ と だ。六 万 対 五 千。ち ょ っ と や
らである。守りの固められた陣を攻めることや侵攻を邪魔する堀の存在など、六万とい
万人はそのような不利な要素を忖度することはない。する必要がそもそもなかったか
乗り越えてやるとばかりに威勢よく押し寄せた。山津波のように迫るアルビオン軍六
示に従って次々と進撃を開始するアルビオン兵士達。侵攻を遮る堀の存在など直ぐに
彼らにとって目の前にあるトリステイン軍など手頃な餌も同然だった。部隊隊長の指
前線に控えるアルビオン陸軍部隊隊長の声が飛ぶ。幾つもの激戦を乗り越えてきた
﹁一斉に畳み掛けろッ
第三十七話 虚無の光
632
も巨大な何かが出現していた。突如として出現した異物がアルビオン軍の暴虐が振る
われることを許可しない。国家の趨勢を左右する一大決戦。その重要な岐路にて、甦り
﹂
しアルデンの鬼はその本性を如何なく発揮した。
﹁■■■■ッッ
の現象に対する驚きが発せられた。
んだ安堵の息が漏れ、アルビオン側からは御預けを食わされた忌々しげな憤懣と目の前
歯牙にかけようとするその凶刃を寄せ付けはしない。トリステイン側からは攻撃が止
の土砂が巻き上げられた。吹き上がる砂の集塊はまるで壁のようで、トリステイン軍を
攻撃することは出来ないが、その堀を渡ろうとするアルビオン軍を邪魔するように大量
メイジが少ないアルビオン軍は目の前にある堀を渡りきらなければトリステイン軍を
アルビオン軍とトリステイン軍は今現在巨大な堀を隔てて対峙している。従軍する
において六万を超えるアルビオン陸軍とスコルポノックの小競り合いが始った。
る鬼のようなおぞましい絶叫がタルブの草原に響き渡った。戦場となったタルブの村
巨大な黒華が土砂を巻き上げながら咲き誇る。地獄の窯の底。奈落の闇を根城とす
!!!!
633
﹁一体何が居やがるんだッ
論みも藻屑と化した。
﹂
する。鉄製の頑強な橋桁が崩れ落ち、兵士を移送しようとしたアルビオン側メイジの目
許そうとはしなかった。巨大な黒華が咲き乱れ、射出された三連の迫撃砲が橋脚を破壊
がないのであれば幾らでも対処の方法があるからだ。しかし、黒蠍の怪異はその越境を
製の橋を建てようと試みる。如何なる怪物がいたとしても砂を巻き上げることしか能
アルビオン側のメイジもただ黙ってはいない。堀を渡るために錬金の魔法を使い鉄
の恐ろしさと異様が砂塵の間隙から頭を覗かせていた。
兵士たちの表情が凍りつく。自分たちが目の当たりにしている異物は何者なのか。そ
ろしい暗影が垣間見られた。土中を闊達に泳ぎ回る巨大な蠍。その異常な光景を見た
居並ぶ兵士たちから驚愕の声が飛ぶ。巻き上げられる大量の土砂に隠れて黒蠍の恐
?!!
リステイン軍がアルビオン軍の脅威から免れることは到底叶わなかっただろう。その
現れた黒蠍の怪物。ルイズが率いる使い魔であるスコルポノックの働きがなければト
遮り、その途上を横断しようとする試みを黒蠍の怪異は徹底的に阻害した。突如として
無残な姿を晒す橋桁の残骸は黒蠍の異様さをこれでもかと際立たせていた。砂塵を
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
第三十七話 虚無の光
634
縦横無尽の活躍をタバサは遥か上空から無言のまま確認していた。シルフィードに乗
り、滑空するメガトロンの背後に着けているタバサからでも黒蠍とアルビオン兵たちの
小競り合いを見てとることが出来た。見るものが千人力と錯覚してしまう程の俊秀な
働き。あの異様がこちら側の戦力でいてくれてよかったとタバサは心から思った。狂
気とも思える執拗さでアルビオン軍の侵攻を邪魔するその様子を見てその上でタバサ
は自らの思考を構築していった。
自 軍 の 有 す る 戦 力 と 現 状 の 戦 況 を 加 味 し た 上 で 下 さ れ た 空 軍 司 令 官 の 適 切 な 指 示。
場の中に障害となる飛行体を見てもアルビオン空軍は慌てず冷静にその対策を行った。
がある。再度行われた竜騎士隊の展開もそのリスクを考慮した結果のものだろう。戦
からの一斉砲撃はともすれば眼下に展開している自軍への被害を齎してしまう可能性
艦載砲での攻撃も行えたはずだが戦列艦による直接の攻撃は行われなかった。戦列艦
い た。視 界 に は 旗 艦 レ キ シ ン ト ン 号 か ら 飛 び 立 つ 無 数 の 竜 騎 士 隊 が 写 り 込 ん で い た。
自らの思考を組み立て終えるとタバサは下ろしていた視界を持ち上げて再び前を向
ない限り、私は私がするべきことへ意識を集中するべき。︶﹂
ルケの補佐についている以上それも同上。⋮⋮⋮⋮その他に不確定要素が見受けられ
﹁︵あれが働き続ける限り、トリステイン軍への配慮は必要ではない。残りの一体がキュ
635
下された命令に沿う形で行われた軍全体における滑らかな行動の変遷から、精兵だけで
はなく全体に戴く将校までをも一流が揃っていることが分かる。矢張り、浮遊大陸を本
拠とするアルビオン空軍の有する実力は伊達ではなかった。
必要など何もなかった。聡明なルイズと培った自らの技量を信じて、依頼を達成するの
メガトロンの強力な力を利用せずともに済む何かがある。ならば、タバサが気を窶す
の用意があるのだという証左にもなっていた。
ガトロンがいる。あの恐ろしい奸智が何も行動を起こさずにいることこそが、何かしら
ある。そのルイズが何の勝算もなしに事に臨むわけがなかった。加えてルイズにはメ
である。これまでの関係でも十分に察せられる通り、ルイズは聡明で非常に賢い人物で
ば、何かしらの当てと目論見があった上で自身に依頼したのだと簡単に察せられたから
は判然とはしていないが、それでも依頼を受領することに躊躇いはなかった。何故なら
イズから委託されたその依頼を普通に受け入れていた。ルイズが何を企んでいるのか
ら編隊に近付いていかなければならなかった。非常な危険な行為であるがタバサはル
巻きに攻撃を加えるだけでは充足しないため、注意を引きつけるためにはどうしても自
隊へと突撃していった。タバサの仕事は竜騎士隊たちの注意を逸らすことである。遠
相当の苦戦を覚悟した上でタバサは一騎単独で編隊を組むそれらアルビオン竜騎士
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
第三十七話 虚無の光
636
みである。
突撃してくるタバサに反応して雲霞のように湧き上がり空を埋めるアルビオン竜騎
﹂
士隊。トリステイン竜騎士隊を仕留めた先程の勢いそのままに突っ込んでくる哀れな
風竜へ向けて殺到した。
﹁敵は一騎だ。編成を崩さず、そのまま包囲せよ
!!
る。如何に訓練を受けた軍用の火竜とはいえ飛行する際に負担のかかる部位を傷つけ
鋼鉄の弾殻は翼の付け根、もっとも筋繊維が集合し束ねられた重要な個所を引き千切
射出された弾丸は音速を超えて飛翔し、定められた部位を過たず貫通した。着弾した
﹁狙いは│││││││翼ッ
﹂
験があるからこそタバサは臆することなく危険な任務へと臨むことが出来るのだった。
るぎのない鉄の質感が確かな安心感を与えてくれる。獲得した新しい武器と培った経
愚かではない。それを証明するように彼女の右手には新たに獲得した力があった。揺
トリステイン竜騎士隊の二の舞である。だが、タバサとて無為無策でただ特攻するほど
かれば単騎の竜騎士など赤子の手 を捻るようなものだろう。先程燃え堕ちて行った
編隊を組んだアルビオン竜騎士隊が遠巻きにタバサを囲い込む。手練れの彼らにか
!!
637
られてはたまらない。損傷した翼膜の激痛に耐えきれず火竜は咆哮した。狙いを付け
られたアルビオン竜騎士は通常飛行を維持することすら叶わず、痛みに喘ぐ火竜に引き
ずられる形で戦場となった空をそのまま離脱していった。距離の離れた位置から一方
的に攻撃を加えることが出来るのはこの戦場において狙撃銃を持つタバサのみに許さ
れた特権である。精練のアルビオン竜騎士でも音速を超えて飛来する弾丸を避けるこ
﹂
となど叶わない。同じ要領でタバサは次々と攻撃を加え、編隊を構成するアルビオン竜
騎士の数を減らしていった。
?!
り受け取ったその新しい力をタバサは完全に自分のものとして使いこなしていた。だ
様々な経験を通して獲得した知悉と絶え間のない切磋琢磨を依代として、ドクターよ
した構えから行われる狙撃は正確な命中を保証した。
れた右腋と落された腰・膝をそれぞれの支点と作用点とし台座の要領で固定。その安定
膝を立て腰を落とし、予め工夫を施された構えを取ることで体軸を安定させる。締めら
ら殆ど逸れることのない正確な射撃はタバサ独自の構えから行われたものだった。片
んだ。その叫びすら無視してタバサは弾丸を放ち続ける。スコープから覗いた照準か
次々と数を減らされている現状に驚愕したアルビオン竜騎士の一人が忌々しげに叫
﹁││あれは一体何を我々に放っているんだ
第三十七話 虚無の光
638
が、アルビオン竜騎士隊もタバサ同様精鋭である。いつまでも遣られ放題に甘んじては
﹂
いない。風竜からの狙撃を掻い潜り、複数の竜騎士がその牙をタバサへと向けて振り下
ろす。
囲いを狭めろ
!!
!!
えた獣のように迫るその氷矢を躱すことなど叶わない。当然のように氷矢が突き刺さ
た。如何に彼らが精兵揃いだとしても回避する猶予すらない入り乱れの場において、餓
かった。距離を詰めて一斉攻撃に臨んだことがアルビオン竜騎士隊にとって裏目と出
射して鮮烈に輝く透明の槍はタバサをその牙にかけようとする竜騎士部隊に襲い掛
タバサの詠唱と共に充溢した魔力が無数の氷矢へと変換され放たれる。太陽光を反
﹁ウィンディアイシクルッ
﹂
危機に対応して練られた良質の魔力を解放した。
その手に持つもう一つの武器。タバサ本来の持ち物であるその節くれだった杖は迫る
開策は残されていないとも思われた。しかし、タバサの持つ力は狙撃銃だけではない。
のとなる。傍から見ればその状況は既に詰みの状態だった。タバサに許されている打
竜騎士を束ねる騎士団長からの激も飛び、タバサを包囲する覆いはより一層堅固なも
﹁たかが一騎に何時まで手間取っている
!!
639
第三十七話 虚無の光
640
り、飛行が困難となったアルビオン竜騎士隊は次々と撃ち落されていった。
遠距離にある敵に対しては正確無比な狙撃で攻撃し、近距離に迫る敵に対しては杖を
用いた拡散する攻撃魔法で対応する。ドクターから与えられた新しい力と既存の魔法
を組み合わせることで、タバサは遠近に対応した隙のない戦闘スタイルを確立すること
に成功していた。タバサの実力は更なる高まりを見るに至った。滑空する風竜に乗り、
騎乗にて長大なスナイパーライフルを構えるタバサ。その雄姿は歴戦の兵士と遜色が
ない勇ましいものだった。精兵が揃うアルビオン竜騎士隊を前にして、確立した自らの
戦闘スタイルを存分に発揮するタバサは間違いなく精兵の揃うアルビオン竜騎士隊と
対等以上に伍する実力を兼ね備えていた。
手傷を負い戦場を離脱する竜騎士部隊の数が増加する。スコルポノックの様な縦横
無尽の活躍を披露するタバサの勇ましい姿は、メガトロンのコックピットに乗るルイズ
からも確認することが出来た。その活躍もあってアルビオン竜騎士隊の大半がタバサ
へかかり切りになっている。タバサの安否が気がかりだったが、現状ではサポートの手
段が残されていない以上、ルイズはタバサの持つ実力を当てにするほかなかった。
激しさを増す空の戦いに連動するようにして、地上における戦いもより激しさを増し
たものへとその様相を変えていく。アルビオン軍とトリステイン軍が互いに遠距離魔
法を打ち合っているのだろうか。直接確認することは出来ないが、戦場の白熱した緊迫
感が遥か高空にいるルイズにまで届いていた。戦場特有の独特な雰囲気がタルブ一帯
を支配する。息苦しくなるほど濃密な空気が充満する中でも一切怯むことなく、ルイズ
は前を向いていた。
戦場の空を飛んでいるというのにルイズは落ち着いた心持だった。その表情は確か
な覚悟を決めた戦士のようでもあり、大切な親友と交わした約束を果たそうと必死にな
る一人の少女のようでもあった。滑空をするエイリアンタンクコックピットの中でル
イズは秘宝の古書を半ばから捲り、溢れる魔力に意識を注ぎ込む。古書から溢れる魔力
と自身の中を流れる魔力が共鳴することでコックピット内には魔力が回遊しその魔力
そのものが増殖するサイクルが成り立っていた。
解 を 貰 う こ と が 出 来 た の だ。ど の よ う に 見 積 も り を 出 し て も 悪 い 気 持 ち に は な ら な
たのか。その仔細はルイズには分からなかった。だが、それでもあのメガトロンから了
う言った。その言葉が信頼を元にしたものなのか、将又それ以外の感情が込められてい
これから何をしようとしているのか、ルイズが説明した時メガトロンはにべもなくそ
﹁やって見せるがいい。﹂
641
第三十七話 虚無の光
642
か っ た。絶 対 の 信 頼 を 於 い て い る 使 い 魔 か ら の 後 押 し は こ れ 以 上 な い ほ ど の 安 心 と
なってルイズを支えてくれる。
その了承を裏付けるように巧みな飛行と回避を繰り返してルイズをサポートするメ
ガトロン。アルビオン竜騎士隊からの追撃を掻い潜りながらも、平常運航に保たれた
コックピット内でルイズは集中して自らの試みに集中することが出来た。オスマンよ
り賜った秘宝﹃始祖の祈祷書﹄。その秘宝から溢れる魔力はルイズの内側を流れる魔力
と共鳴して、より濃密かつ強力な奔流となって辺りに満ちる。ページを繰る際に指先か
ら伝わる古書の質感を感じながら、ルイズは考えた。
度重なる賞賛という飴。恫喝や脅しなどの鞭。それら様々な策略や試練がこれまで
に何度も与えられてきた。最高の使い魔は最高たる存在に見合う召喚者を必要とする、
というがメガトロンはその模範例ともいえるだろう。あの破壊大帝たるメガトロンが
ちっぽけな勇気生命体であるルイズを見定めようとしたこともそれが主な理由となる
筈だ。
ルイズは考える。メガトロンの要求に答えることが出来ただろうか、と。自身はメガ
トロンと主従の契りを結ぶに足る存在なのだろうか。メガトロンの求める故郷、自身の
中にあるメガトロンの記憶の存在、闇で手招きをする災禍の顕現。ルイズが抱える課題
は山積し、答えを出さなければならない問いは依然目の前に聳え立っている。解決する
643
兆しは見えないし、ルイズが求めて止まない答えは未だ先のない霧の中にあった。だ
が、それでもルイズは前進することを辞める訳にはいかなかった。何故ならば、ルイズ
には守るべきものと貫きたい自らの誇りがあるからである。
タバサやキュルケ。学び舎を共にする互いを信頼し合える大切で親友が共に戦って
いる以上、ルイズが戦うことを辞める訳には行かなかった。
スコルポノックやラヴィッジ。信頼し、自分の命以上に大切に思っている使い魔達が
身体を張って戦っている。その影に隠れて一人こそこそと安息を貪ることはルイズの
誇りが許さなかった。
そして、メガトロン。最高の武器であり最高の使い魔であるメガトロンが居てくれる
限り、ルイズが負けることはない。貫くべき自らの誇りとかつて夕暮れの丘で結んだ誓
いを守るためにルイズがその歩みを止める訳には行かないのだった。メガトロンに対
して自らを証明することが、無理やり召喚してしまった彼に対して払うべき最低限の敬
意であると同時に責務だからである。
記憶を収奪し、目指すべき悲願を強制的に忘れさせてルイズはメガトロンを使役して
いる。その悲劇は一種の事故のようなものであったがそれでもルイズは自らが背負う
罪に対して言い訳をしなかった。未練がましい言い訳はルイズが貫くべき誇りに含ま
第三十七話 虚無の光
644
れていない。使役してしまった過去を変えることが出来ないのであれば、前を向き未来
を変えなければならない。その覚悟を以て、祈祷書に浮かび上がった文字をルイズは読
み上げる。ルイズの中にある魔力と共鳴して浮かび上がったその文字は淡雪のように
儚げで、呟かれたルイズの声音に反応してしとしととコックピット内に降り注いだ。
■
ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 序文。
これより我が知りし真理をこの書に記す。 この世の全ての物質は、小さな粒より為
る。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化しせしめる呪文なり。
その四つの系統は、
﹃火﹄
﹃水﹄
﹃風﹄
﹃土﹄と為る。神は我に更なる力を与えられた。 四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。 神が我に与えしその
系統は、四の何れにも属せず。 我が系統はさらなる小さな粒に干渉し、影響を与え、か
つ変化しせしめる呪文なり。 四にあらざれば零。 零すなわちこれ﹃虚無﹄。 我は
神が我に与えし零を﹃虚無の系統﹄と名づけん。
これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。 またそのための力
を担いしものなり。 ﹃虚無﹄を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のた
め、 異教に奪われし﹃聖地﹄を取り戻すべく努力せよ。 ﹃虚無﹄は強力なり。 また、
その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。 詠唱者は注意せよ。 時として
目指すべき故郷復活の為に自身の持つ全てを捨てたメガトロン。
も両者は本質的に同様の本懐を持っていた。
目指すべき目的もそこへ至るべき方法もメガトロンとルイズでは全く異なるが、それで
何のことはない。ルイズとメガトロンは類似する目的を課せられた同志だったのだ。
よ。﹄
﹃志半ばで倒れし我とその同胞のため、 異教に奪われし﹃聖地﹄を取り戻すべく努力せ
かという疑問が一部ではあるが、やっと氷解したからである。
ズは笑わずにはいられなかった。事ここに至って、何故自身がメガトロンを召喚したの
まった。混迷を極める戦場においてあるまじき場違いな態度ではあるが、それでもルイ
トリステインの命運を左右する一大決戦に臨んでいるというのにルイズは笑ってし
■
統﹄の指輪を嵌めよ。 されば、この書は開かれん。
え資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。 えらばれし読み手は﹃四の系
﹃虚無﹄はその強力により命を削る。 したがって我はこの書の読み手を選ぶ。 たと
645
第三十七話 虚無の光
646
虚無を継ぐ者として聖地奪還の悲願を課せられたルイズ。
二人は結ばれるべくして結ばれ、出会うべくして出会った。召喚者と使い魔はサー
ヴァントの儀式を行う際、様々な要素を勘案して召喚者本人に類する使い魔が召喚され
る。ルイズとメガトロンの二人もその例外ではなかった。誰に定められたわけではな
く、二人の出会いは必然だった。そして、二人の出会いがもたらす変化もまた必然であ
る。
■
以下に、我が扱いし﹃虚無﹄の呪文を記す。
初歩の初歩の初歩。 ﹃エクスプロージョン︵爆発︶﹄
■
坦々とした呟きとは対照的に、ルイズから発せられる魔力の奔流は濃密なものだっ
た。溢れ出る源泉のようにこんこんと噴出し、辺りに満ちる。そのコックピット内に満
ちる魔力の大本は間違いなくルイズだった。ルイズはまるで歌うようにしてその詠唱
を続けている。
のびやかに淑やかに紡がれる言の葉を受けてメガトロンに刻まれたルーンが迸る切
先のように瞬いた。自らが受け継いだその力を用いようとすることでルーンが反応し、
647
メガトロンとルイズとの間に繋がれている経絡路がより太くなって交差する。普段は
乾ききった水路のように行き来がない往来が久方ぶりの活況に沸きたった。交差した
経絡路を通じて互いの思考が入り混じる。ルイズにはメガトロンの思考が流れ込み、メ
ガトロンにはルイズの思いが流れ込む。
ルイズの持つ誇り、気概、思い、想念。そして、その身に背負う覚悟と責務。
それらルイズの持ち合わせる心の全容を知った時、メガトロンの中に何かが芽生え
た。その芽生えの発端はあの日、夕暮れの丘で始まった。巨大な力を見ても屈しない小
さな尊さ。瞬間に垣間見えたその尊厳の誇りをメガトロンは看過しなかった。それは
ごくごく小さなものだった。だが、その様相は次第に変化することとなる。
子供たちを守りたいと奮闘するマチルダや、友人を思うキュルケ。憎しみに身を焦が
すタバサ。誇りに殉じたウェールズ。生まれ故郷を愛する健やかなシエスタ。そして、
自らの誇りを貫くべくその身を窶すルイズ。
メガトロンの中に芽生えた何かは、このハルケギニアにて出遭った人々が垣間見せる
ひた向きな生き様を通す中で次第に成長しメガトロン自身が自覚する以上に大きく
なっていった。その何かが要因となって見られるメガトロンの変化がこのトリステイ
ンに、引いてはこのハルケギニアに大きな影響を与えることをルイズはまだ知らない。
第三十七話 虚無の光
648
メガトロンの献身的ともいえるサポートもあってルイズはその詠唱を無事に完了す
ることが出来た。旗艦レキシントン号を中心とする戦列艦も、精兵揃いのアルビオン竜
騎士隊も滑空をするメガトロンを手中に収めることは叶わない。最高の使い魔である
メガトロンはその存在自体が最高の武器を兼ねている。そのメガトロンを捉えること
など何物にも出来はしなかった。
二つの秘宝と大量の魔力を依代とし、必要となる詠唱をくべることで虚無の魔法は完
成した。コックピットに満ちる魔力と始祖の祈祷書に記載された文言が証明している。
そして、ルイズも察することが出来た。この詠唱によってどのような結果が齎されるの
かということを。
刹那の間、ルイズは逡巡した。この場で踏みとどまるか、踏み出すか。その一歩は紙
一重だが、その差は彼岸よりも遠い。年端もない少女には重すぎる選択肢ではある。だ
が、ルイズは決断出来る者だった。始まりの一歩を踏み出すことが出来る者。ありとあ
らゆる艱難辛苦をその身に背負い彼岸の果てを踏破する。それが、ルイズ・フランソ
ワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエールであり、虚無を継し伝説を紡ぐ者である。
そして、その決断は既に為されたものである。自身の初恋の人を自身の手で以て亡き
者とした時、ルイズは永遠とも思える彼岸の果てを見た。湖に浮かぶ小舟の中でただ一
人、孤独に泣いていた少女はもういない。自らの誇りと大切なものを守るために、ルイ
ズは修羅の道を歩むことを選択したのだ。
培った覚悟と責任が、その一線を踏破した。確かな覚悟と責任を以てその右腕を振り
下ろす。右手指に嵌められたアルビオン王家の誇りがその選択を後押しするよう微か
に瞬いた。
その影響力は絶大で、交戦を続けていたアルビオン・トリステイン両軍の切っ先を強
を持った破壊の光。
た。メガトロンのダークエネルギーに伍するとは言わないが、それに比肩しうる可能性
影響を及ぼすところでやっと力を失ったようで、徐々に緩やかな勢いとなって落ち着い
ントン号をすらその内に飲み込んでしまうまでに至る。周囲を航行する戦列艦にまで
眼を晦ませた。その極光は留まるところを知らず、遂には山のように巨大な旗艦レキシ
た。辺り一帯に撒き散らされた極光は目も開けられぬほどの強烈な光となって人々の
た。音もなく前兆もなくそれは瞬き、そして内に秘められた赫奕とした極光を解放し
いた濃密なエネルギーが二つの秘宝を介して変換される。すると、一つの火球が現れ
ルイズの右腕が振り下ろされたとき、それは忽然と現れた。コックピットに充満して
﹁││││エクスプロージョン││││﹂
649
第三十七話 虚無の光
650
制的に収めさせた。そうして、火蓋が切られた国家を左右する一大決戦はたった一人の
少女の手によってあっけなく終了する。
かつて夕暮れの丘にて一人の少女の強がりから始まった虚構の誓約は、虚無の再来と
いう伝説の狼煙でもって幕を閉じることとなった。
主従を結ぶに足る存在であると自身を証明できただろうか。ルイズは薄れゆく意識
の中でそう考えていた。虚無の魔法は多量の魔力を消費する。もう一度今の魔法を行
えと言われても無理だろう。それこそ、自分の命を消費するまでのことをしなければ余
分の魔力は生み出せない筈だ。それこそ事を成し終えた今であれば考える必要のない
心配である。心地の良い充足感がルイズを包み込む。やるべきことを成したのだとい
う安息が脳髄の内側まで広がっていた。
痺れるような安息をたっぷりと味わいながらルイズは思った。目を覚ました時、必ず
メ ガ ト ロ ン に 謝 罪 を し よ う と。メ ガ ト ロ ン の 記 憶 を 奪 っ て し ま っ た 事 実 を こ れ 以 上
黙っては居られない。一人の人間としてこの罪悪感から逃げ続ける訳には行かないと
ルイズは思ったからである。メガトロンは怒るかもしれないし、自分を見限るかもしれ
ない。だが、それでも自分勝手な虚構を貫き続けることに比べればまだ増しである。
加えて、ルイズにはこれまでの自分を乗り越えることが出来たという自覚があった。
口だけは一丁前で、使い魔が戦う陰に隠れていたこれまでの自分とは違う。メガトロン
の付属品だったこれまでの自分ではない、一人の戦力として戦うことが出来るように
なった自分。自身の受け継いだ伝説を自覚した今であれば。かつて結んだ誓いを果た
した今であれば。面と向かって臆面もなくメガトロンと向き合えるかもしれない。そ
の朧げな希望的観測を以てルイズの意識は闇へと沈んでいった。まるで手招きをされ
た先へ導かれるように。
闇はどこからともなく現れる。
ないものだった。旗艦とするレキシントン号を失って呆然とする残存のアルビオン竜
で劇的な展開になるとは戦闘経験豊富なタバサにとってもその結末は露とも予想でき
の連絡通り竜騎士隊の注意を引きつつ移動することには成功した。だが、まさかここま
から離れていたため、あの極光に呑まれずともに済んだのだ。ルイズから行われた事前
ントン号の残骸を見やっていた。アルビオン竜騎士隊の注意を引くために戦列艦外延
そう小さく呟いて、タバサは狙撃銃に残された残弾を確認しながら燃え堕ちるレキシ
﹁⋮⋮⋮⋮これで終わり。﹂
651
騎士隊。その哀愁を誘う後ろ姿を同情の入り混じった目で見ると、タバサは救援活動に
従事しているはずのキュルケをサポートする為にシルフィードに命令して目的の方向
へ向かうようその舵を返した。
んて⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁ルイズ・フランソワーズ⋮⋮ 凄い⋮⋮まさか貴女が虚無を受け継いだ者だったな
?
を見て自軍の勝利を確信していた。制空権を欲しい儘としていた空軍の消失は現存の
心ここに非ずといったアンリエッタとは対照的に並んで立つマザリーニはその光景
めた。
竜騎士隊のように、アルビオン艦隊が燃え堕ちる木の葉となって全滅する様を呆然と眺
アンリエッタは街道沿いに敷かれた陣の最奥にて、先ほど犠牲となったトリステイン
なってくれることを祈りましょう。﹂
え な け れ ば 辻 褄 が 合 い ま せ ん。こ れ か ら も 彼 ら が ト リ ス テ イ ン に と っ て 貴 重 な 礎 と
終結させるなど、伝説に謳われたガンダールブの再来のようです。この大戦果はそう考
くあれほどの使い魔を召喚するとは考えづらいことですからな。たった一人で戦争を
﹁あの異質過ぎる使い魔もそれを暗に証明していたということでしょう。何の意味もな
第三十七話 虚無の光
652
653
アルビオン陸軍にも強い衝撃を与える筈だ。空軍が大損害を被ったところで六万と五
千という彼我の差は埋まらないが、ついさっきまで健在だった友軍が突如出現した謎の
光を受けて大ダメージを受けてしまったのだ。アルビオン側が抱える精神なダメージ
は相当のものがあるだろう。ここで講和なり協定なりを持ちかければトリステイン側
に有利な条件を引き寄せることが出来るかもしれない。手段はいくらでも残されてい
た。マザリーニはそのような現実的な視点に立脚して早くも次に打つべき方策を練り
始めていた。
奇しくもマザリーニの持つ考えはルイズが抱くものと同様だった。自軍の戦力と犠
牲を勘案し、トリステインにとってどれだけ有利な条件を引き出すことが出来るか。そ
れら現実的な視点を以てルイズとマザリーニはこれから迎えるだろうアルビオンとの
第二ラウンドに臨む腹積もりであった。
だが、来たるべき未来は二人が想定したものとはまるで異なったものだった。
ス コ ル ポ ノ ッ ク と 小 競 り 合 い を 起 こ し て い る 部 隊 は 前 線 に い る 兵 士 達 の み で あ る。
アルビオン陸軍が六万という大部隊であるが故に、混迷を深めはじめたこの戦場におい
て も 地 上 に 展 開 す る 大 部 分 の 兵 士 は 未 だ 一 度 も 剣 を 交 わ っ て い な か っ た。ス コ ル ポ
ノックと前線の兵士たちが、タバサと竜騎士隊達が交戦を続けている中にあって、手持
ち無沙汰に待機を続けていた兵士たちの中から次々と戸惑いの声が漏れ始めた。あま
りに急激に行われた目の前に広がる光景の変化に大多数の兵士たちは付いてゆくこと
が出来なかったからである。災厄とは、まるでタイミングを見計らうようにして最悪な
時機を伴って訪れるからこそ災厄なのだ。
﹂
﹁⋮⋮おいおい、さっきの爆発で友軍どころか勢い余って太陽まで吹き飛んじまったの
か
に起こらねえよ。﹂
るのに太陽が陰る訳がないじゃないか。それに日食はもっとゆっくりだ。こんなに急
﹁馬鹿はお前だ。日食が起こるのは数日先だ。月が太陽と重なるまでまだまだ日時があ
食。月が太陽と重なって一時的に日光が遮られているだけだ。﹂
﹁馬鹿野郎、幾ら凄い爆発だったからってそんなことが起こる訳ねえだろ。日食だよ日
?
干の猶予があるからだ。徐々に徐々に月が競りあがり日輪を完全に覆う。それが本来
本来の日食であれば空が急に暗くなることはない。月と太陽が完全に重なるまで若
﹁⋮⋮⋮⋮じゃあ、⋮⋮⋮⋮あれは何なんだよ。﹂
第三十七話 虚無の光
654
あるべき日食の経過だ。だが、アルビオン軍を含めタルブの草原に集った全ての陣営の
前には奇怪な光景が広がっていた。本来では見ることが出来ない何か。あり得ない存
在の異常がタルブの空を覆い尽くしていた。地上にいる兵士たちは皆白痴のように呆
然と空を見上げ、唖然とする。それほどまで彼らの前に広がる光景は異常極まりないも
のだった。
それは巨大な大孔だった。地上に展開している軍勢と太陽との間を遮るほどに巨大
で、射し込んでいる日光を完全に遮蔽するほど濃密な闇を孕んでいた。大孔の輪郭線で
は強力なエネルギーが脈動し、溢れ出すマグマのように迸っている。輪郭線より中心に
は先の見えない濃縮した漆黒と果てしのない闇がどこまでもどこまでも広がっていた。
その果てしのない闇が何を意味しているのか、その先に何が潜んでいるのか。この場に
いる者の中でその救いのない終わりを知っているのはピンクブロンドの少女、ただ一人
のみである。
ン号が太陽のような光球の出現によって燃え堕ちた、と思ったら次に現れたものはその
その様子を見て兵士たちが困惑してしまうのも無理はないだろう。旗艦レキシント
﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮。﹂﹂
655
第三十七話 虚無の光
656
光球を塗りつぶすような闇だったからだ。制空権の喪失という衝撃も大きいが奇怪な
闇の出現はそれ以上の衝撃を兵士たちに与えていた。煌々と輝いていた太陽が瞬く間
に姿を消し、青々とした大空が果てのない闇に覆われる。放たれた眩い光が濃厚な暗黒
に覆われる。そのような馬鹿げた現象など、ハルケギニアにあるどの建国史を探しても
記載がないほど異常なものだった。その光景は神話の領域。ちっぽけな人間では介在
することすら許されない 伝説の領域だった。人々はひたすらに怯えただ逃げ惑うだ
けである。
その闇に対して困惑していたのはトリステイン側も同様である。両軍を隔てる堀を
介して行われていた魔法の打ち合いも止み、空を覆う闇を前にして幾許かの静寂が訪れ
た。激しい戦闘が繰り広げられていたこれまでの雰囲気が虚構だったのではないかと
思えてしまう程の不気味な静寂だった。だが、その静寂の向こう、薄皮を剥いだ内側に
は獰猛な暴力が息を潜めてその時を待っていた。眩い光から漆黒の暗闇へと塗りつぶ
された兵士の眼窩。目の前に広がるありえない異常な光景。急激な変化に脳が追いつ
かない兵士たちが案山子のように呆然と突っ立っている中、その時は過たずやってく
る。兵士たちの都合など一切鑑みることなく、終末の日は始まりの狼煙を高らかと歌い
上げたのだった。
657
闇から出現した終末、それは降り注ぐ鉄塊の流星群だった。
トリステインとアルビオン。両軍が国家の趨勢を決める戦争を繰り広げる中、ハルケ
ギニアの終末を告げる死が燦然と来臨した。
その巨大な大孔は、地上に展開している軍勢と太陽との間を遮るほどに巨大で、射し
▲
とだけが我々に許された唯一の行いだった。﹂
抗うことは出来ない。それに対抗することも出来ない。ただ逃げ惑い、祈りを捧げるこ
トリステイン建国史に曰く。﹁日が覆い尽くされる日は忌み日である。何者もそれに
とは無かったという。
らないのかと理不尽に思った国民は大勢存在したが、不思議とその行いが改められるこ
リミルへの祈りを捧げなければならない。何故そのような行いを強制されなければな
労働に従事することも娯楽で余暇を彩ることも許されず、国民はただひたすらに始祖ブ
ト リ ス テ イ ン 国 民 は 日 が 覆 い 尽 く さ れ る 日 蝕 の 日 は 外 出 が 原 則 と し て 禁 じ ら れ た。
られた。
それが起こった時より﹁陽向にも関わらず、日が覆い尽くされる日﹂は忌み日に定め
▲
第三十八話 辿り着いた答え
第三十八話 辿り着いた答え
658
659
込んでいる日光を完全に遮蔽するほど濃密な闇を孕んでいた。大孔の外延部では強力
なエネルギーが脈動し、火口から溢れ出すマグマのように迸っている。輪郭線より中心
には先の見えない濃縮した漆黒と果てしのない闇がどこまでもどこまでも広がってい
た。その果てのない闇が何を意味しているのか、その先に何が潜んでいるのか。この場
にいる者の中でその救いのない終わりを知っているのはピンクブロンドの少女、ただ一
人のみである。
眩い光から重苦しい暗闇へ。戦争を終結させた破壊の光から全てを終わらせる終末
の暗黒へ。急激な変化に脳が追いつかない兵士たちが案山子のように呆然と突っ立っ
ている中、それは到来した。一つ、二つ、三つ、四つ、と数を増して降り注ぐ。地上に
展開するアルビオン兵士たちはそれら降り注ぐ鉄塊の雨を見ても反応することは出来
なかった。目の前に繰り広げられる急激な変化に対応することで手一杯だったからで
ある。故に、兵士たちは気づくことが出来なかった。それら鉄塊が彼らアルビオン兵を
包囲するように円の形をとって落着しているのだということを。
彼らはただ茫然とそれを見つめた。
地上に展開するアルビオン軍へとその鉄塊が直接落ちてくることはなかったため、巨
第三十八話 辿り着いた答え
660
大な鉄塊が落着することによって生じるだろう著しい被害は避けられた。空から降っ
てきた何かが自分たちへ向かっている訳ではないことを確認して、アルビオン兵士達は
それぞれが安堵の表情を浮かべている。だが、言葉を費やす必要もなくハルケギニアの
終末を告げる死は地上に展開する彼らアルビオン軍やトリステイン軍へと着実に迫っ
ていた。鉄塊の内に孕む猛威を解放するその瞬間へ向けて着々と準備は進められてい
る。着々と着々と、その時は迫っていた。高空から確認すれば一目瞭然に理解できる。
彼ら兵士たちは落着した鉄塊達によって完全に包囲されていた。タルブの村周辺には
狙われた標的を包み込むための堅固な網が構築されていたのだった。
そして、彼らは見た。落着した鉄塊が自身の姿を変えようとしているおぞましいその
様を。
足が生え、腕が生え、そして最後には恐ろしい顔が形作られる。悍ましい変貌を経て
出現した鋼鉄の巨人。総数およそ数十体。惨たらしい鉄塊の落着痕、それら落着痕の中
心にはこの世に遍く存在する恐怖と災禍を集合させた畏怖の顕現が屹立していた。そ
れは、とてもこの世のものとは思えない光景だった。鋼鉄で出来た身の丈10メイル近
い巨人が獰猛な唸り声をあげている。辺りを森の木々を薙ぎ倒しながら進行するその
様は最悪の悪夢そのものだった。誰がこのような結末を想像しただろうか。想像でき
ただろうか。ハルケギニアに存在する数多の建国史にも記載が残っていない終末の光
661
景。地獄で繰り広げられる奈落の所業が今、ここに顕現しているのだった。人ならざる
者の強烈な殺意を感じて兵士たちが先程まで浮かべていた安堵の表情も何処へともな
く消え去った。後に残るものは驚愕と収集のつかない混乱のみである。
彼らはただ慌てふためく。
鋼鉄の巨人が一歩を踏み出す。すると、アルビオン兵士たちは皆揃って一歩退いた。
鋼鉄の巨人が更に一歩を踏み出すとアルビオン兵士達も更に一歩足を後退させた。
身 じ ろ ぎ の 度 に 奏 で ら れ る 鋼 鉄 の 軋 み 合 う 音 は 兵 士 た ち の 心 胆 か ら 寒 か ら し め る。
そうして鋼鉄の巨人たちの進撃に合わせて兵士たちは後退するが、直ぐに限界は訪れ
る。何故ならば彼らは完全に包囲されているのだから。右を見ても左を見ても視界に
映るものは恐ろしい鋼鉄の巨人たちだけ。逃げ道などありはしない。鋼鉄の巨人たち
による侵攻を見てアルビオン兵士たちは自身たちが標的とされている事実をようやく
悟ることが出来た。六万人という数の優位性など紙切れも同然に砕け散る。このまま
で は 命 が 危 な い こ と を 知 る と 訓 練 を 積 ん だ 兵 士 達 で も 嫌 が 応 に も 慌 て ざ る を 得 な い。
隊列を崩さないようにと命令を下す上官の指示も完全に無視された。隊列や軍規を無
視して彼らはひたすらに逃げ惑った。周りの仲間たちを押しのけ踏み退け、その手に持
第三十八話 辿り着いた答え
662
つ 武 器 を 振 り 降 ろ し て で も 生 き 残 ろ う と 奮 闘 す る そ の 様 子 は 鬼 気 迫 る も の が あ っ た。
必死で逃げ惑うその姿は逃げ惑うネズミも同然。最早同じ轡を並べた兵士であるとい
う事実すら見て取れなかった。質よりも量。傭兵たちを主体としたアルビオン軍、それ
故 の 弊 害 か。六 万 の ア ル ビ オ ン 軍 隊 は コ ン ト ロ ー ル 下 か ら 外 れ た 完 全 な 狂 奔 状 態 へ
陥った。
しかし、それら兵士たちの混乱も狂奔も長くは続かない。鋼鉄の巨人たちが戦艦砲の
ように巨大な武器を掲げた時、全てが始まり全てが終わった。
そして、彼らは何もすることが出来なくなった。
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663
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外界の世界が現世ならざるおぞましい情景へと移り変わっているとき、ルイズは夢を
見ていた。ルイズが誘われたその眠りは喧しい現実の世界とは異なり、終始健やかで静
やかに進行した。武骨な部品だらけのコックピットという過酷な環境では通常の健や
かな眠りは望めない。だが、虚無の魔法を使用した消耗は一方ならぬ著しいものがあ
る。まだ幼いルイズにとってその消耗は大変な重荷だ。その激しい消耗は大きく体力
を削り取り、鋼鉄の使い魔を従える伝 説を受け継ぎし少女を眠りの奈落へと引きずり
込んだ。
ルイズはその夢の中で二つの光景を見ていた。失われたメガトロンの記憶を受け継
ぎ、度々夢の中でその内容をうかがい知るルイズにとっても、その二者二様の光景は初
めて体験するものだった。
一つ目に現れた姿。
第三十八話 辿り着いた答え
664
それは燃え滾るような憎しみに魂までも支配された成れの果てを映したものだった。
憎しみが沈殿することによって形成された澱。その昏い昏い暗闇の中に浸り続け、有す
る魂も身体もその他の何もかもが変質してしまった成れの果て。行き尽くしてしまっ
たその姿は仄かな哀愁すらをルイズに感じさせた。
最も信頼し絶対の信服を於いていた掛け替えのない仲間達。その魂の片割れともい
うべき同胞たちから裏切られた憎しみはどれほどのものがあったのだろうか。何故理
解してくれないのか、何故分かり合えないのか。衝突を解決できたかもしれないその葛
藤は燃え滾る憎しみの前には小さな水泡にしか過ぎなかった。絶対の信頼をおいてい
た同胞から受けた裏切り疎み蔑み。その事実だけは何があろうとも変わることは無く。
その後数千年に渡る果てのない戦いの 連鎖を生み出した。
夥しい犠牲を強いられた種族内の争いは、その憎しみから端を発した。その憎しみが
悲劇の始まりだった。紀元前17、000年から連綿と続く戦いの歴史はこの時点では
まだ避けられたかもしれないが、争いのない未来というささやかな希望も最早元の木阿
弥に過ぎなかった。
そして、夢の終わりに現れた二つ目の光景。
それは、││││││││。
665
││哲学ぶるな、オプティマス。偉そうなことを言っても俺には分かっている。我々
は似た者同士だ。
││感じただろう。感じたはずだ。我等が世界の引力を。俺を呼ぶようにお前も強
く呼ばれたはずだ。俺はその呼び声に素直に従った。それがお前と俺の違いだ。俺と
お前との間にある違いはそれだけだ。
││いや ここで得られるものは何もない。だが貴様も分かっているはずだ。い
つか我々二人最後の決戦の日が来るそのとき⋮生きて帰れるのは一人だけだとな
メガトロンの姿。生まれ備えたその 本懐を全うするメガトロンはどこまでもがメガ
わされる激闘。それは命の相互争奪とも表現できる熾烈な戦いだった。本来あるべき
フュージョンキャノン砲。打ち、叩き、破壊する。赤と青を基調とした巨人を相手に交
は、鮮烈だった。剛腕から繰り出される激烈な一撃。ダークマターを依代とした対消滅
変わる記憶の断片。血を吐くように、その全霊を以て戦いに身を投じるメガトロンの姿
何時か経験したマチルダの記憶をルイズは思い出した。煌めく魚影のようして移り
!
!
第三十八話 辿り着いた答え
666
トロンで。終わりがないことを知りつつも戦わなければならないその光景はどこまで
もが無謬の哀惜を誘った。
しかし、終わらない憎しみは無いように、終わりの無い戦争もまた存在しない。破壊
の権化であるメガトロンはその存在自体が最高の武器である。彼がいるところに破壊
が吹き荒れ、彼が赴くところは必ず激しい戦闘地帯と化すことになる。そのメガトロン
が、破壊大帝である彼がいるにも関わらず争いが終結する。憎しみの連鎖が紡がれ続け
ないということは、詰まる所、そういうことなのだ。
記憶の流浪は続いている。戦いに次ぐ戦いをルイズの使い魔であるメガトロンは果
たし続けていた。メガトロンにとって破壊はその存在理由にも等しいが、その終わらな
い戦いが終わるということ。終わりを迎えるということ。定められた帰結はただ一つ、
行き着く先は決まっていた。
そして、次に映し出されたその光景はルイズにとって大きな、とてつもなく大きな転
機となった。
││すべて終わりだ。終わりなき戦争もいつか終わらなくてはならない。サイバト
ロン星の呼び声が聞こえる。俺はこの身と全ディセプティコンの存在を、オートボット
や人間たちを攻撃することではなく、母星へ帰ることに捧げたい。
667
││破壊だけを長らくやってきたが、何も残らなかった。何も得られなかった。今度
は創造を試みてみたい。それによって⋮⋮得るものがあるか知りたい。
││俺がサイバトロン星に戻り、星を蘇らせたら、必ず連絡する。その時は合流し、一
つの種族に戻ろう。平和な種族に。そうやって故郷を取り戻すのだ。
その声音は弱り切っていたが、何処か達観した清々しさを感じさせた。まるで芽を付
けて華をふぶかせ始めたばかりといった様相の麗らかな春を感じさせる柔らかな声音。
暴虐の化身であるメガトロンらしくないその素朴な調子の声は、夢の中という今際の際
に聞こえたルイズの妄想だったのかもしれない。
ルイズにとってメガトロンの存在はただの使い魔に収まる範疇には位置していない。
自分自身を認めさせたいライバル。最高の信頼をおいている大切な使い魔。強大すぎ
る力を持て余す暴虐の化身等々がそうである。ルイズにとってメガトロンの存在は多
様で複雑で、それでいて絶対だ。ルイズの心中の大半はメガトロンに対する様々な思い
で占められている。メガトロンに対してどのように接すればよいのか。どうすればメ
ガトロンに対する罪科を贖うことが出来るのか。メガトロンの抱える過去を知ってよ
第三十八話 辿り着いた答え
668
り、ルイズはそういった葛藤を常日頃よりその胸中に抱いていた。途轍もない巨大な罪
科。抱える巨大な罪を晴らしきることなど出来ない背負い続けなければならない、と半
ば諦念の境地にすら至ろうとしていた。
だが、ルイズが抱いていたその考えも改められることになった。
夢中という今際の際に聞こえた声音を聞いて、ルイズはメガトロンに対して尊敬以上
の尊敬を抱くようになったからである。
擦り減り摩耗し尽くしても終わりの無い果てを戦い抜いた。その身体の全て、肉と骨
の一片残らず、最後の最後まで、死力を振り絞って戦い尽くした。共に育ち笑った掛け
替えのない友人を捨ててでも諦められなかった捨てきれなかった故郷への思い。幼い
少年のように純真で、この世界全てを知り尽くした賢者のような素朴な願い。それは、
同胞の夥しい犠牲を払うには余りにも素朴すぎるささやかで愚かな願いだった。
何時か迎えなければならない故郷の滅亡という絶対運命へ抗うべく果てのない頂へ
の道を進み続ける。掛け替えのない友人と敵対しても構わない。どの様な犠牲を出し
ても躊躇しない。犠牲となるものが自分自身にかかる全てに上ろうとも決して諦める
ことなく突き進む。その先には破滅しかないと分かっていても、それでも、それでもそ
の先へ。
自分の生命そのものを懸けて母星の呼び声を求め続ける。
それが、メガトロンだった。
破壊大帝メガトロンという解答をルイズは目の当たりにしたのだった。
た答えは残酷すぎるほどに現実だった。
女は健やかな眠りについていた。そして、獲得することが出来た答えの果て。求めてい
夢の中という死に近づいた今際の際。地獄へと変貌したタルブの村上空で美しい少
そう呟いたルイズの瞳は濡れていた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮そういうことなのね。メガトロン。﹂
669
抵抗を諦め、逃げ惑わなければ生き残れない状況にあった。どれほどの実力を持つ者で
戦場ではなく、家畜の屠殺場とでも表現すべき恐ろしい地獄へと変貌していた。誰もが
れる地虫のように散ってゆく。抵抗することすら叶わない圧倒的な虐殺の光景は最早
多の戦場を潜り抜けてきた歴戦のアルビオン兵士たち六万人がローラーで踏みつぶさ
然だった。何者にもそれに抗うことは出来ない、対抗することなど以ての外である。幾
ケギニアが誇る魔法という名の防壁も、鋼鉄の殺意を前にすればぺらぺらの紙切れも同
な有機生命体達を思う存分に殺戮していた。火も水も土も風も意味を持たない。ハル
の虐殺は続けられていた。顕現した畏怖の象徴。総数凡そ数十体は足元に群がる矮小
そうして、答えを得るとはこういうことか、とルイズが頷いている今も戦争という名
ないものなのかと心配してしまう程である。
あった訳でもない。あれだけ焦がれていたにも拘らず、得てしまえばこんなにも呆気が
られた今も、ルイズの身体を走る震えは止まることはないし、何かの心理的な変化が
得られた答えが求めていたものだったのか。ルイズにはまだ分からない。答えを得
▲
第三十九話 最後の戦い
第三十九話 最後の戦い
670
あろうと、通常では戦うという選択肢などあり得ない。
だが、それでもルイズは戦わなければならなかった。どの様に絶望的な状況であろう
とも、ルイズがルイズである以上。その身に有する貴族としての誇りが。そして、仲間
たちを守りたいという思いがある限り、ルイズが臆する訳には行かないのだった。屠殺
場 と 化 し た こ の タ ル ブ に お い て 戦 う こ と が 出 来 る 者 は ル イ ズ 以 外 に 残 さ れ て い な い。
﹂
あんなに沢山││││何が、
その先に破滅が待っていると理解していても、ルイズはその破滅へと立ち向かわなけれ
ばならなかった。
﹂
何がどうなっているのよ
﹁⋮⋮⋮⋮キュルケ。聞こえる
﹁一体どういうことよッ
││何が起こっているのッ
?!
イズは努めて落ち着いた声音を意識して通信に臨んだ。
キュルケの声が飛んできた。矢のように飛んでくるキュルケの悲鳴を宥めるために、ル
うか。泰然とした雰囲気のルイズとは対照的に、イヤリングからは狂乱気味になった
関わらず、脳内の思考は嫌に冷静だった。その先にある未来が見えてしまったからだろ
右耳に装着された漆黒の結晶体に手を添える。身体の震えは止まっていないのにも
?!
?!
?
671
﹁││││キュルケ。今、貴方は何処にいるの
││││。﹂
﹂
そっちへ向かおうと、していたところよ。││││一体ッ
││││何が起こってッ
﹁││││ッ。││││ッ。││い、今は避難していた住人たちを誘導し終えて、また、
?
?!
支障を来すことは無かった。
キュルケが自身の冷静さを取り戻したこともあって、意思の疎通を図るうえでそこまで
だ ろ う。間 延 び す る よ う な 遅 延 と や や 耳 障 り な ノ イ ズ が 通 信 に 混 入 し て い た。だ が、
めていた。鋼鉄の巨人たちによるタルブにおいた殲滅は相当に激しく行われているの
ルイズの努力の甲斐もあってか、キュルケは徐々にだが普段の落ち着きを取り戻し始
いて話を聞かせて頂戴。﹂
﹁落ち着いて、キュルケ。││大丈夫。││大丈夫だから。もう少しゆっくりと、落ち着
?!
なかった。もたらされた報告から判断すれば、キュルケは巨人たちによる包囲円の外に
キュルケの報告は相変わらずやや混乱気味だったが、報告の内容が分からない程では
│││。﹂
山沢山││││。それで││││凄い悲鳴とここからでも見える吹き上がる血柱が│
﹁急に真っ暗になったと思ったら││、何かが降ってきて││、鉄の巨人達があんなに沢
第三十九話 最後の戦い
672
居るようだった。その事実だけでも知ることが出来て良かった。そうルイズは心の底
﹂
から思った。自分を信じてくれる大切な友人を失わずに済む。それだけでも現状は喜
あなた何か変なことを考えている訳じゃあないわよね
ぶべきなのだろう。それほどまでに状況は最悪だった。
﹁││││ルイズ
?
違っていなかった。
﹁││││││私は、戦う。﹂
﹂
﹁馬鹿を言わないでちょうだい 無理に決まってるでしょう
スタでも無理に決まっているわよッ
あんなに沢山幾らミ
?!!
スコルポノックがいるとはいえ到底相手取れるとは思えないと、キュルケは判断したの
れる方が幾分まだましの状況だった。畏怖の象徴、その総数数十体。幾らメガトロンや
正しい諫言だ。状況が状況である。六万人のアルビオン軍そのものを相手取れと言わ
間髪入れずにキュルケは叫び返してしまう。その叫びは親友という立場から見ても
!!
!!
い は 伊 達 で は な い と い う べ き だ ろ う か。そ の キ ュ ル ケ が 感 じ 取 っ た と い う 何 か は 間
す。腐れ縁ではあるが、ルイズと最も親しく身近な友人であるキュルケ。長年の付き合
黙秘を続けるルイズから漂う何かの雰囲気を感じ取ったのか、キュルケは問いただ
?
673
だろう。ややメガトロンの力を侮っているが、キュルケの判断に大きな間違いはない。
叶うのであればキュルケの提案に従ってこの場を逃げ出してしまいたいとすらルイズ
は思っていた。しかし、ルイズは知っているがキュルケは知らないのだった。その先に
待 ち 受 け る 災 禍 を。待 ち 受 け る 邪 悪 の 根 源 が い る と い う こ と を キ ュ ル ケ は 知 ら な い。
知っている人物はルイズだけだ。その災禍を思えばルイズがここで戦わない選択を選
ぶ訳には行かなかった。
﹁貴女が残るなら私だってッ││││。﹂
ルイズは覚悟を固めてしまったのだということをキュルケは感じた。
まったから、もう戻れない。︸そう言って無理やりに微笑んでいたルイズがそうだった。
たことがある。土くれと呼ばれた盗賊がメガトロンの犠牲になったあの日。︷求めてし
ルケでさえ、二の句を差し挟めない。キュルケは以前にもこの声音を発するルイズを見
のが首肯させられてしまうような奇妙な説得力を持っていた。事情を知っているキュ
られてしまった。ルイズの発した言葉は不思議なほどに落ち着いていて、聞いているも
自分も残って戦いたいとキュルケは叫ぶが、その余りにも落ち着いた言葉によって遮
ましょう。﹂
﹁大丈夫。大丈夫よキュルケ。心配はいらないわ。これが終われば、││││また会い
第三十九話 最後の戦い
674
﹁ ││││聞こえているわねラヴィッジ。引き摺ってでもキュルケを連れて行きなさ
﹂
い。安全なところに付くまで振り返らないで。﹂
﹁││││││││からッ
で飛行を続けていた。怯えているシルフィードを宥めながら飛行を続けていたが、飛べ
シルフィードに乗っているタバサは遥か高空、飛行を続けるメガトロンに巡航する形
﹁あれは、⋮⋮⋮⋮⋮⋮。﹂
からなかった。
果たしてその約束を守り切ることが出来るだろうか。今のルイズにはどうしても分
︷さよならなんて許さないから。︸
が、断片からでもその言葉の内容は理解することが出来た。
発せられたキュルケの言葉だった。通信の遅延で上手く聞き取ることが出来なかった
う。余計な心配をルイズが払う必要はない。ルイズが心配をすることと言えば最後に
外れていることもあって、キュルケやタルブからの避難民の安全は十分確保されるだろ
キュルケの傍に控えているのはラヴィッジだ。幸いにも鋼鉄の巨人たちの包囲網から
そうやって足早に言い切るとルイズは通信を切断した。けがを負っているとはいえ
!
675
第三十九話 最後の戦い
676
ば飛ぶほどその幾つもの鉄塊が降ってくるという急激な状況の変化。突如として出現
した鋼鉄の巨人たちと繰り広げられる虐殺の嵐。冷静で学生とは思えない程に成熟し
たタバサであっても、その地獄の光景を見て絶句せざるをえなかった。だが、流石にと
評価するべきだろうか。タバサは比較的早期に自身の冷静さを取り戻し、既にその事実
を看破していた。
虐殺を始めている鋼鉄の巨人達。その鋼鉄の躯体や恐ろしい容貌から見て取れる通
り、彼らは間違いなくメガトロンに準ずる何かだった。そう考えれば様々なことが説明
出来る。ここに彼らが出現した理由もまたメガトロンがいるからなのだろう。メガト
ロンと彼ら。両者の間にどのような関係が構築されているのかということまでは想像
が及ばなかったが、何かしらの繋がりがあることは間違いない。では、その関係とは何
なのだろうか。彼らとメガトロンにはどのような関係が結ばれているのか。という所
までタバサは自らの思考を組み立てていたが、中途に連絡が入ってその思考も中断され
た。連絡先の下はルイズだった。自分に連絡が入るということは、まだルイズは諦めて
いないということだ。この状況下でも慌てることなく、対策を打とうとしているのだろ
う。その精神的なタフさは瞠目に値した。
どのようにしてこの絶望的な窮地に立ち向かうのか。その相互通信機へと耳を近づ
けた時、タバサは更に驚愕することとなった。
﹁それは、││││そのままの意味だと理解しても
﹂
?
最善の方法だろうとも思っていた。それがどうだ。見方を犠牲にしても構わないとル
そう、タバサは判断していた。この地獄から脱出し、体勢を立て直す。それが残された
怪物が居たところで焼け石に水。この絶体絶命の状況を見て何か出来るとは思えない。
本当の所を言えば、タバサは既に諦めていた。こちら側の戦力にメガトロンや黒蠍の
とが出来たのだろうか。余りの言葉にタバサは気を失いそうになってしまった。
体何か。自分とそう変わらない年齢のルイズは何故このような苛烈な決断を固めるこ
その言葉を聞いてタバサは愕然とした。この覚悟は何だろうか。この彼我の差は一
けは何があっても生かさなければならないから。︸﹂
になるのであれば味方の兵を排除しても構わない。幾ら犠牲を払ってもいい。姫様だ
﹁︷スコルポノックと協力してアンリエッタ姫殿下をこの場所から救出して頂戴。障害
て血を吐くように絞り出された声がタバサの鼓膜に突き刺さる。
発せられたルイズの声音に迷いはなかった。冷静で落ち着き払った声音。それでい
﹁ええ、構わないわ。そのままの意味よ。﹂
677
第三十九話 最後の戦い
678
イズは言い切った。その残酷で苛烈な決断をタバサはどのように受け止めればよいの
だろうか。刹那の間逡巡してしまう。
ルイズの決断に齟齬は無い。トリステイン軍全員の救出は無理でもアンリエッタ姫
殿下及びその周辺の一軍のみであればあの包囲網を突破することが出来るかもしれな
い。けれども、成功の見込みが余りない危険な任務であることもまた事実だった。相手
は鋼鉄の巨人そのものである。トリステイン軍背面に聳える巨人もまた強力で恐ろし
い容貌を備えていた。黒蠍の怪物が味方すると言っても果たして無事にその包囲網を
突破することが出来るだろうか。
思考を重ねるタバサだったが、その答えは決まっていた。恐らくタバサがこの依頼を
断ったとしてもルイズは決して咎め無いだろう。これだけ危険な任務だ。タバサが断
る可能性を聡明なルイズが織り込んでおかない筈がない。では、その可能性を織り込ん
でいたとして、果たしてルイズに起死回生を図るその他の策があるだろうか。絶望的な
状 況 を 覆 す 手 段 が 他 に あ る だ ろ う か。答 え は 否 で あ る。何 の 協 力 が 得 ら れ な く と も、
たった一人でも、目の前にいる軍勢に立ち向かって行く筈だ。この絶望的な状況にあっ
ても決してあきらめない。聡明すぎるほどに愚直でもあるルイズだからそうしてしま
うのだろう。
そのことが分かってしまうからこそ、タバサがこの依頼を断るわけにはいかないの
だった。
﹁││││ッ。﹂
の果てが積みあがる地獄の一丁目が広がっていた。
げば、何者もその形状を留めることは叶わない。元々が兵士達だったとは思えない成れ
させる光景は見渡す限りが血と肉と骨。ドラム缶のように巨大な鋼鉄の殺意が降り注
厚な消炎の煙と赤黒く錆びついた血液の海。ドロドロに煮込んだシチューを思い起こ
兵士達六万が布陣していた場所。現在は肉塊の丘が山脈を築いている場所だった。濃
点は無論、戦場のど真ん中。元タルブの村があった場所。元アルビオン軍が誇る歴戦の
の指示に従ってメガトロンは維持していた高度を落として着陸姿勢を整える。着陸地
タバサとの別れを終えたルイズは、高空を巡回していたメガトロンへ指示を出す。そ
しれない。
い落ち着いた視線からは二人にしかわからない特別な意味合いが隠されていたのかも
最後に交わした目線にはどのような意味が込められていただろうか。普段と変わらな
陣していた方角へ矢のように向かうタバサとはここで袂を分れることになる。両者が
タバサの力強い返答を皮切りに、ルイズも新たな行動に移った。トリステイン軍が布
﹁││││了解した。姫殿下は必ず生かして見せる。﹂
679
鼻腔を突く強烈な死臭と血の匂いがルイズを苛む。着陸したメガトロンから降り、肉
塊の積みあがる地面へと足を伸ばした。足裏から伝わるグニョリとした血の通わない
肉 の 感 覚 を 受 け て 背 骨 が 凍 り つ く。ふ と、視 線 を 感 じ て 顔 を 逸 ら す。す る と、砲 弾 に
よって焼け焦げた兵士の目玉。それら幾つもの眼球が血だまりにプカプカと浮かんで
ルイズを見つめていた。とてもではないが目を合わせていられない。ドロリとして生
気が失われた視線から目を背ける。即座にでも気絶してしまいそうな激烈な環境だっ
た。
しかし、うなじをピリピリと刺激する視線はまだ治まっていない。その恐ろしい視線
を放つ元凶がまだ残っているのだ。まだ、気を失う訳には行かない。ルイズは懐にし
まってある始祖の祈祷書を取り出すと、再び掲げた。左手に嵌められた秘宝のルビーと
共に構えて呪文を唱える。すると、先程コックピットで見せた様な濃密な魔力がルイズ
から溢れはじめた。
屍溢れる地獄にあってなおルイズは美しかった。
﹁背中は任せるわメガトロン。私と一緒に戦いましょう。﹂
第三十九話 最後の戦い
680
681
背中を任せられるほどの実力を持っているのか、と本来であればその行動はメガトロ
ンにとって嘲笑の的だろう。だが、破壊大帝であるメガトロンは力に対して絶対の信奉
をおいている。自らの持つ伝説を披露したルイズ。その実力にはメガトロンもまた一
目置かざるをえなかった。これまでの付き合いもあってかメガトロンがルイズに抱く
感情はより一層複雑なものになっていた。
呪 文 を 唱 え る ま で の 時 間 を 稼 い で ほ し い と ル イ ズ は 言 っ た。︷彼 ら と 戦 闘 を す る 際
に、彼らを決して葬ってはいけない、時間を稼ぐことに集中してほしい。︸何故そのよう
な不可解な規制を敷くのか。メガトロンには怪訝に感じられたが、その理由を答えたり
尋ねたりする余裕はメガトロンにもルイズにも残されていない様だった。数十体の巨
人による六万人の殲滅もその半ばまで終了していた。数十体の巨人たちによる攻撃は
猛烈だ。逃げ惑うアルビオン兵たちは殆どが根絶やしになっている。その包囲網から
は何者も逃げられはしないのだ。そして、新たな標的を見つけたことで噴出する猛烈な
殺意。ルイズとメガトロンの戦いはその目前にまで迫っていた。
充満している死のにおいを感じて、メガトロンはふとした懐かしさと悲しさを覚え
た。記憶を失っているメガトロンにとってその懐かしさは思い出しようがないもので
ある。だが、死と破壊を司る破壊大帝にとって目の前にある地獄の空間はホームグラウ
ンド。幾多の戦場を渡り歩き、身に付いた戦いの残滓が何処かで反応したのかもしれな
い。
そ し て も う 一 つ 思 い 浮 か ん だ 哀 し さ に つ い て メ ガ ト ロ ン は 不 思 議 に 思 っ た。ま た
だった。また、あのひた向きなシエスタの面影が脳裏を過ぎる。破壊大帝であるメガト
ロンが矮小な有機生命体に対して思いを馳せるなどあり得ない事柄なのに、何故だろう
かその言葉が甦る。
﹄
!!
!!
という事実を改めて実感した時。メガトロンの胸中に去来したその哀しみは、ゆらゆら
は何を思うだろうか。まったくメガトロンらしくないことである。失われてしまった
まった。この光景を見た時、故郷は最早失われてしまったということを知ってシエスタ
細やかな光を反射して波間のように揺らめいているあの美しい光景はもう失われてし
ことが出来るだろうか、また元の草原に戻れるのだろうか。恐らくは叶わないだろう。
ろの肉塊が積み上がっている。どれほどの時間をかければまた元の美しい草原を見る
かし、今その光景は最早何処にも存在していない。多数の兵士に踏み荒らされ、血みど
揺れる草原の凪ぐ様子は記憶の失われたメガトロンに故郷への思いを想起させた。し
あの日シエスタと共に見たタルブの草原は美しかった。夕日に煌めき魚影のように
様の味方ですから
メガトロン様へ活力を与えてくれるはずです タルブの草原は何時でもメガトロン
﹃苦しくても辛くても、どんな時でもタルブの草原は何時でもメガトロン様の傍にいて、
第三十九話 最後の戦い
682
と燃える怒りへと変換された。
幾体かの鋼鉄の巨人は起立しているメガトロンを確認すると、目前の虐殺を放棄して
そのままメガトロンへと向かって侵攻を開始している。それらの巨人たちを見てメガ
トロンは何を思ってか、その口を開いた。
ガトロンとルイズ。二人が奏でる物語は最終章へと行き着いた。
台は夥しい死骸が積みあがる地獄の窯の底。それら迫りくる強大な敵を前にして。メ
れる。巨大な武器を掲げ、メガトロンへと向けて侵攻を開始する複数体の巨人たち。舞
拘らず、その口調に淀みは無い。かつての破壊大帝のように、その全身には力が漲り、溢
る。自分を目指して進撃をする巨人を見て自然と口を吐くその言葉。記憶がないにも
吐かれた唸り声は猛獣のように獰猛だった。爛々と輝くメガトロンの紅眼に力が漲
﹁││どいつもこいつも、裏切者だらけだ。﹂
683
第四十話 脱出
ロマリアを出自とするマザリーニは異国であるトリステインにて宰相の位に登り詰
めるまでに様々な経験を積んできた。出自を理由とする謂れなき差別、宮中における政
争や貴族間の熾烈な人間関係など、これまでに潜り抜けてきた修羅場の数は少なくな
い。御年60を大きく超え、その容貌もより威厳を増すように老成している。痩せこけ
たその容姿を皮肉って市居の人々は鳥の皮という渾名で呼称するが、その呼称も信頼の
裏返しである。冷静な思考と積み重ねた経験。よっぽどのことが発生しない限り、トリ
ステイン宰相マザリーニが狂乱することは無い。
だが、今、そのマザリーニは狂乱の極致に追い詰められていた。普段は後ろに流して
整えられている白髪も振り乱されその面影を残していない。必死の形相で馬車を動か
︶﹂
している馬使いへと指示を出す。普段の冷静な容貌はどこへやら。ありありとした混
││どうすればいい
?!
??
乱と困惑がその表情に浮かんでいた。
﹁︵││どうする
第四十話 脱出
684
頭を必死で働かせ現状を打開できるような策がないかを考える。だが、考えれば考え
るほど現状は絶望的だった。マザリーニの周囲では死を怯える兵士の声と巨人の上げ
る恐ろしい唸り声、その砲門から放たれた弾丸が空を切る風切り音が混ざり合い狂騒曲
を奏でている。何処を見渡しても希望など存在していない地獄の光景。何もかもを諦
めてその場で蹲ってしまいたくなるような絶望をマザリーニは感じていた。だが、宰相
であるマザリーニはトリステイン軍全体を統括する統帥権を持っていた。未だ未熟で
あるアンリエッタ姫殿下を補佐するという形式を採っているが、軍を指揮している立場
にあることは動かしようがない事実である。マザリーニの双肩にはトリステイン軍五
千人の命が圧し掛かっている。その責任が折れそうになるマザリーニの心を何とか紡
いでいた。
﹂
御気を確かに 確かに苦しい状況にありまするが、決して後ろ
を振り返ってはなりませんぞ
﹁││││姫様ッ
!
失わない訳がない。鋼鉄の巨人数十体による一斉攻撃。ドラム缶のように巨大な弾丸
え彼女はまだ十分な経験を積んでいない。あの地獄の光景を目の当たりにして生気を
色からはまともな生気すら感じ取れなかった。それも当然だろう。女王であるとはい
マザリーニの傍には項垂れてしまったアンリエッタ姫殿下が控えている。蒼白な顔
!!
!!
685
が雨のように降り注ぐ地獄の風景。全身が引き千切れ、解体されるアルビオン兵達は収
穫される麦のように根絶やしにされていた。その虐殺はアルビオン兵のみならず、トリ
ステイン側にも及んでいる。自軍の兵士たちからの悲痛な断末魔はアンリエッタの鼓
膜にもしっかりと到達していた。
ショック状態に陥ってしまったアンリエッタには何かの行動を期待することは出来
ない。自分が何とかしなければとマザリーニは発奮するが、街道を遡る馬車の足は速く
ない。動かないのではなく動けない。その厳しい現状を踏まえたマザリーニが出した
指示通りの結果だった。鋼鉄の巨人たちによって構築された包囲網に脱出できるよう
な穴は無い。せめて、自分たちの退路を塞ぐ巨人だけは弱い個体であってくれればまだ
望みはあったかもしれない。けれども、そのような都合の良いことはめったに起こらな
いものなのだった。
︶﹂
?!
建てのビルよりも巨大なその躯体。全身に満載された破壊武具の数々。シコルスキー・
はマザリーニ率いるトリステイン軍が近付くにつれより大きさを増していく。10階
マザリーニが発する心の叫びは切実だ。トリステイン軍の前方に聳え立つ巨大な影
﹁︵││││どうする
第四十話 脱出
686
CH│53Eスーパースタリオンをトランスフォーミング元としているそのトランス
フォーマーは他のトランスフォーマー同様鬼のように恐ろしい容貌を持っていた。個
体識別ネーム、グラインダー。シコルスキー・MH│53 ペイブロウ、ブラックアウ
トと同型機のトランスフォーマーだった。ディセプティコン内でも有数の実力を持つ
彼は招集に応じてその戦力を存分に発揮していた。軍用ヘリに搭載された強力な武装。
その利点を活かした戦闘は強力だ。幾らメイジであろうとも一介のトリステイン兵に
対抗できるものではない。グラインダーは胸部に格納されたキャノン砲や手首のロー
ターブレードを展開し、退路を拓くべく先行するトリステイン兵を刈っていた。その様
子は戦闘ではなく虐殺である。一方的なワンサイドゲームは見る者が清々しさすら感
じてしまうほどに凄惨だった。刈り取られるトリステイン兵は何かしらのダメージを
与えることすら敵わず、その命を散らしてしまう。
アルビオン軍がかわいく思えてしまう程に隔絶していた。目の前に聳え立ち進路を遮
ることは目に見えている。こちら側とあちら側の彼我の差は、先ほどまで対立していた
ることも出来ない。このまま残存する兵士たちを幾ら投入しようが焼け石に水で終わ
その儚いトリステイン兵の末路を見てマザリーニは呻いた。逃げられない。どうす
﹁││││ぐうううッッ。﹂
687
る鋼鉄の鉄壁。この鉄壁をどうやって乗り越えればいいのか。打開策となる指示を飛
ばそうとマザリーニは必死で考えるが、答えは未だに導き出されていない。
そうこうするうちに、アンリエッタ姫殿下が従軍する本陣が立ちはだかるグライン
ダーまで到達してしまう。既に幾百もの兵士を亡き者としたグラインダー。屍となっ
たトリステイン兵士たちを踏みつぶし、更なる殺戮へと身を染めるべくアンリエッタ一
行へと迫る。掲げられる破壊の断頭台。戦艦砲のように巨大で重厚なキャノン砲、その
禍々しい砲門をまじかに見た時マザリーニは自らの死を覚悟してその目を閉じた。
﹂
?
を組み合わせた咄嗟の対応は適切で隙がなかった。流石はグラインダーだと評するべ
射撃とテールローターブレードを変形させたエナジーブレード。近距離と遠距離攻撃
るグラインダーにとって対象となる敵が近いか遠いかは関係がない。機銃による掃討
にして慌てるかと思いきやグラインダーは即、反撃を開始してきた。多彩な武装を有す
なりグラインダーの攻撃はマザリーニ達へと届かない。新たに出現した敵対勢力を前
加えられる遠距離からの攻撃と、地盤を揺るがす地中よりの攻撃。二つの攻撃が障壁と
び込んできたものは飛行する青い飛竜と吹き上がる土砂の防壁だった。青い飛竜から
れ、自身の死を覚悟したマザリーニ。彼がその双眸を閉じようとしたその刹那、目に飛
しかし、そのギロチンが振り下ろされることは無かった。絶体絶命の窮地に立たさ
﹁││││
第四十話 脱出
688
き だ ろ う。戦 闘 に 長 け た デ ィ セ プ テ ィ コ ン の 中 で も 有 数 の そ の 実 力 は 伊 達 で は な い。
水と風を司る優秀なスナイパー・タバサと地中を泳ぎ回る黒蠍の怪物・スコルポノック。
両者と同時に戦い、尚且つ両者を上回るほどの戦いを繰り広げていた。
︶﹂
ると、スコルポノックへと向けられていたその武装を構えなおした。
し抜けるほど甘くはなかった。大胆にも自身の傍を通り抜けようとする一群を確認す
マザリーニの決断は間違っていない。しかし、グラインダーはその程度の不意打ちで出
る馬車の一軍。他勢力に気を取られている今であれば間隙の隙を付けるかと思われた。
鋼鉄の巨人が立ち塞がる街道を擦り抜けるようにして脱出を試みる。猛然と疾駆す
坤一擲と指示を出す。指示を受け取った馬使いは鞭を加え、全速力で馬車を走らせた。
祖ブリミルの思し召しだ。自身に追い風が吹いていることを察知したマザリーニは乾
を縫うことが出来るかもしれない。絶体絶命の窮地にも拘らず援軍が現れたことも始
る意識の量にも限界があるのだろう。注意が分散されている現状であれば、脱出の間隙
る。如何な鋼鉄の巨人であるとはいえそれは一つの単体でしかない。注ぐことが出来
前にいる巨人は空中と地中へと意識を注いでおり、自分たちへ払う注意が損なわれてい
眼を見開いたマザリーニは目の前に広がる千載一遇の好機を見逃さなかった。目の
﹁︵││││今しかないッ
!!
689
﹁■■■■ッ
﹂
一行はその包囲を命からがら抜け出すことができた。
抜ける際は生きた心地すらしなかっただろう。けれどもスコルポノックの強襲もあり、
けの隙が生まれた。グラインダーの脇を通過するアンリエッタ一向。巨体の影を通り
苦悶の声を発するグラインダー。その巨体がよろめくことで一行が擦り抜けられるだ
高速回転する剛爪が叩きつけられ、脚部を構成する駆動機構をずたずたに引き裂いた。
スコルポノックは餓えた獣もかくやという勢いでグラインダーの腰元へと食らい付く。
だが、その隙を逃すほどスコルポノックも抜けてはいない。外された狙いを察知して
?!
れた六連の機関銃。禍々しい多連装砲身を定められた攻撃目標へと向けて狙いを付け
機生命体の一行を討滅するべく改めて攻撃目標を定めたグラインダー。右手に装着さ
ば、グラインダーが攻撃の矛先を一行へと集中することは道理だった。網から漏れた有
極みだ。包囲を掻い潜ったアンリエッタ一行は未だグラインダーの戦闘範囲内。なら
有機生命体に一泡食わされ、無事に逃げられるなどディセプティコンにとっては痛恨の
を調査した。その結果、修復可能であり戦闘続行が可能であることを理解する。下等な
だが、死線はまだ終わっていない。自身の態勢を建て直したグラインダーは損傷範囲
﹁■■■■■﹂
第四十話 脱出
690
死線を乗り越えろッッ
﹂
たその時。グラインダーは搭載されたセンサー群に映る一群を確認した。
﹁血路を拓けッッ
!!
!!!
繰り出されたファイヤーボールは互いが混ざり合い結合を繰り返しながらより巨大
﹁﹁﹁﹁ファイヤーボールッッ
﹂﹂﹂﹂
構え、決死の覚悟で魔法を放つ。
喝とともに、時間稼ぎを目的とした最後の悪あがきが行われた。護衛のメイジ達は杖を
そ、彼らは残った。忠誠を誓った国体が繋ぐ未来への希望に懸けたのだ。護衛隊長の一
とが出来ればトリステインという国家の命脈は保たれることが出来るのだ。だからこ
が死亡すればトリステインは終わる。逆に言えばアンリエッタ姫殿下さえ生き残るこ
ろうか。恐らくは彼ら自身も理解していたのだ。国体の象徴たるアンリエッタ姫殿下
に承知していることだろう。にも拘らず何故彼らはその場から逃げ出さなかったのだ
ダーを真面に相手取ることなど不可能だからである。それは居残った彼ら自身も十分
がっていた。居残ることなど、只の自殺行為に他ならない。一介のメイジがグライン
驚くべきことにその一群は包囲網から離脱することなくグラインダーの前に立ち塞
!!
691
な焔へと成長していった。数十人の魔力が込められた一撃は強力だ。出所が如何に非
力な有機生命体であろうとも関係ない。巨大な火球の直撃を受けるグラインダー。当
た り 所 が 悪 か っ た た め か 搭 載 す る セ ン サ ー 群 に も 一 定 の ダ メ ー ジ が 与 え ら れ て い た。
視界にノイズが走り、ロックオンしていた有機生命体の一群をロストしてしまう。自身
の生命活動自体に何らの問題はないが、これ以上の追撃を十分に行うことは出来なかっ
た。足止めとして居残った彼ら有志の努力は一行が脱出する時間を稼ぐに十分なもの
だった。アンリエッタ姫殿下一行は無事、その死地を脱出することが出来た。これは一
つの奇跡だろう。戦闘に長けたディセプティコン数十体が構成する包囲網からの脱出。
﹂
スコルポノックやタバサの救援と勇敢な兵士たちの尽力。そういったこちら側に有利
畳み掛けるんだ。相手に再帰する余裕を与えるなッ
!!
な要素を鑑みてもこの脱出成功は十分奇跡に値した。
﹁いいぞッッ
!!
闘に長けたディセプティコンにあるまじき状況だ。しかし、機械生命体であるグライン
有機生命体からの攻撃によってふらついてしまうなど本来であれば業腹だろう。戦
た。
中には自分たちも生き残ることが出来るのではないかという希望の芽が首を擡げてい
よろめくグラインダーを見て、徐に沸き立つトリステインの護衛メイジ達。彼らの心
﹁■■﹂
第四十話 脱出
692
ダーは合理的な存在である。怒りであるとか悲しみであるとか、そのような非合理的で
感情的な思いを彼が有することは無い。そのような思いに一々振り回されることもな
く冷静に合理的に現状に対処する。センサー群からもたらされる情報を鑑みて冷静に
廃滅目標が有する戦力を推察する。10%の戦力で対応できないのであれば、その倍の
戦力で対応するだけのこと。普段と特に変わることは無い。非常に冷静で落ち着いた
性格を持つグラインダー。彼が歓喜する有機生命体の一挙一動に反応を見せることな
どありはしないのだった。
手取ることなど土台無理だったのだろう。身体を内側から焼かれた護衛のメイジ達は
載する強力な武装の一つだった。強力な武装を数限りなく搭載するグラインダーを相
組成を崩壊させてゆく。広域殲滅用に用いられるプラズマ放射砲。グラインダーが搭
そして、物体を構成する蛋白質をその最奥から細胞膜一つ一つに至るまで分解し、その
から射出された青白い波動は波状に広がると周囲にある様々な物体へと纏わりついた。
根こそぎ刈り取り焼き尽くしていった。胸部格納庫から現れた一つの砲門。その砲門
グラインダーを中心として射出された何かは護衛兵士たちが持つ微かな希望の芽を
﹁││││││﹂
693
第四十話 脱出
694
末期の断末魔すら残さずに焼け死んでいった。
確かにアンリエッタ姫殿下一行は何とかその死地を脱出することが出来た。トリス
テイン国家の命脈は寸でのところで保たれたのだ。しかし、その為に要した犠牲も甚大
だった。出発する際には五千人居たトリステイン軍が、今や僅か数十騎のみである。行
き先の知れない兵士も含めればその殆どが死亡を被った。どうすればこの夥しい犠牲
を生み出さずに済んだのだろうか。この結果をだれが予想できただろうか。
姫殿下脱出ために時間稼ぎをすると具申した護衛兵士たちをマザリーニは止めるこ
とが出来なかった。彼らが居残り戦ってくれれば生きながらえることが出来る。自分
が死なずに済む。そういった昏い欲望が完全になかったといえば嘘になる。国家を支
える宰相にはあるまじきことだが、心のどこかで安心してしまった自分がいることをマ
ザリーニは感じていた。やむを得なかったとはいえ、自身だけが抱える後ろ暗い事情も
ある。自らの身命を懸けて闘った彼らにどうやって顔向けすればよいだろうか。騎乗
にて一人、マザリーニは苦悶する。
そして、アンリエッタだ。呆然と項垂れ、ただ目の前にある悪夢が終わることだけを
祈っていた。女王としての適格を疑われるが、それも致し方ないだろう。女王であると
はいえアンリエッタはまだ十代の少女である。先陣と責任を担うことを求めるのは酷
すぎた。そうして周囲に全てを放任し、何をするでもなくただただ自分を守っていたア
695
ンリエッタ。だが、何処かから聞こえる呼び声を聞いて、ふと後ろを振り返る。アンリ
エッタが向けた視線の先。そこにはつい先ほどまで自身を護衛していた兵士たちが焼
け死んでいる地獄の光景が広がっていた。兵士たちの無残な死様が網膜に映り、人間の
焼ける饐えた臭気が鼻腔を刺激する。その光景を見て、アンリエッタは悟った。他者が
払った夥しい犠牲の上に自分は居るのだということを。綺麗ごとではない、どこまでも
現実的で悲惨な覚悟。兵士たちの屍が幾体も積み上がる肉の丘。その犠牲がなければ、
今の自分の生は無い。その現実をアンリエッタは生まれて初めて、言葉の上ではなくそ
の心で理解した。
そして、まだ幼い女王はその地獄から視線を離す。騎乗の上から前を向くその横顔は
凛として美しかった。そこに、幼い少女としての甘えを持ったアンリエッタはもうどこ
にもいない。統治者としての風格と冷たい威厳を備えた女王アンリエッタがそこにい
た。身体を内側から焼かれた彼らが末期の言葉を発するなどありえないことではある。
だが、アンリエッタの耳孔には確かに彼らが叫んだ今際の際がこびり付いているのだっ
た。その断末魔がアンリエッタに挫折することを許さない。こびりついた断末魔がア
ンリエッタを突き動かすのだ。
その戦争が終わった後、アンリエッタは女王として即位した。そこには甘えや言い訳
とは無縁の王が立っていた。鉄の女王として君臨した君主はその後様々な改革を断行
第四十話 脱出
696
し、内政に励んだ。旧勢力の抵抗を打ち破ったその苛烈な手法は政争の教科書としても
取り扱われるほどだった。周辺諸国からは与しがたい狡猾な女王として、トリステイン
国内では様々な旧弊を打ち破った名君として語られた。市民に女王として持て囃され
てもその冷たい表情が破顔することは殆ど無かったという。時たま浮かべる申し訳な
さそうな微笑みも彼女が鉄の女王として呼称される理由の一つになっている。子を成
しトリステイン王家の血脈を次代へと受け継いだが、その生涯を未婚で貫き通した。縁
談の申し込みは国境を越えて殺到したがそのことごとくは拒絶された。噂好きの市居
の人々は様々な理由を妄想するが、そのはっきりとした理由は未だ定かではない。
もしかすれば、そこには勇敢に闘ったトリステイン兵士たちに対する贖罪の念があっ
たのかもしれない。彼女が自らに背負わせた呪縛から解放される日が訪れたのか、その
事実を知る人は何所にもいなかった。
ガを十分に効かせることが出来なくなってしまうのだ。一度理性のタガが外れてしま
しまう者。自身が生まれ持った戦闘本能が強すぎる場合、ディセプティコンは理性のタ
い訳ではなかった。 自分で自分をコントロール出来ず、歯止めなく破壊行動に興じて
しかし、それら多大な恩恵があろうとも、頂点たるメガトロンに弓を引く者がいな
コンは現状を受け入れたしメガトロンからの支配にも従順だった。
それらの多大な恩恵とメガトロンのカリスマがあったからこそ多くのディセプティ
課せられたその軛を上回るほどの多大な恩恵を享受していた。
開が可能になるなど、あくまでも支配という軛の上でだが、彼らディセプティコン軍は
いで浪費することもない。本来であれば発生していた無駄が削減され効率的な戦力展
いる。無益な縄張り争いに終始することもなく、様々な戦力や資材を身内同士の潰しあ
ディセプティコン軍は破壊大帝メガトロンの出現によって大きな恩恵を享受して
岩の組織である訳ではない。
メガトロンという絶対的な首領が存在するとはいえ、ディセプティコンが完全な一枚
第四十一話 邂逅
697
えば、その後は一直線である。例えどのように不利な状況であろうとも、例え味方が相
手だろうとも構わない。自身の内側で叫ぶ本能を満たすためだけに、ただただ死地に身
を浸す。その戦闘本能に準じた行動は徹底している。
│││Megatron
﹂
眼前にいる相手が、例え破壊大帝メガトロンであろうとも構わないのだから。
﹁You shall die
!!!!
向かう矛先は敵であるオートボットだけには留まらない。それは同胞であるディセプ
た戦闘本能は強力だ。全てに対する憎しみを理由なく発生させている。その憎しみが
が、ボーンクラッシャーの持つ﹃方向性無き破壊衝動﹄は健在である。彼が生まれ持っ
首を切り落とされた彼が復活したのか、はたまた同型機であるかは定かではない。だ
個体識別ネーム、ボーンクラッシャー。
黄土色の装飾と武骨な外装が特徴的な装甲車、バッファロー地雷処理装甲車だった。
築かれた死体の山を踏み躙り、一体の装甲車両がメガトロンへ向けて突進してきた。
!!
die
││││Megatron
!!
﹂
!!!!
ティコンメンバー、果てはメガトロンに対しても例外なく向かっている。
die
!!
﹁die
!!
第四十一話 邂逅
698
メガトロンに対する恐怖心だけが唯一、彼を辛うじてディセプティコンというチーム
に繋ぎ止めていた。しかし、メガトロンが何処とも知らない辺境の星で。あまつさえ、
その辺境に原住する下等な有機生命体と背中を合わせているなどという馬鹿げた様子
を披露していればどうだろうか。
﹂
結果は火を見るよりも明らかだった。
﹁■■■■ッッ
ラッシャー。脚部のタイヤをローラースケートの様に利用して地面を舐めるように移
した血肉で既にべっとりと濡れていた。標的となる得物を見て猛然と吠えるボーンク
が出現する。背中から生える大型のクローは、アルビオン兵士たちの虐殺によって付着
フォーム。カーキ色の装甲が組み変わり、その内部より鬼のように恐ろしい鋼鉄の巨人
猛然と突進するバッファロー地雷処理装甲車は跳躍すると、即座に全身をトランス
は特別の衝撃があったのだろう。戦端を切ったその暴走も当然のものだった。
その無様な光景をディセプティコンの頂点たるメガトロンが披露するのだ、見る者に
その光景を見た時、ボーンクラッシャーを制御するタガは簡単に外れてしまった。
!!
699
動する。その巨体からは考えられないような速度を維持したまま、吠えるボーンクラッ
﹂
シャーは嘗てを思い出させるような強烈な突進を繰り出した。
﹁■■■■ッッ
生える大型のクローを用いた攻撃は強力だ。
的に攻撃を加える。その暴力的な攻撃がボーンクラッシャーの狙いだった。背中から
にその困惑を隠せない。突進によって態勢を崩し、その後に相手のマウントを奪い一方
困惑した声音のボーンクラッシャー。自身が想定した結果とは180度異なる光景
???
厚感を前にしてはボーンクラッシャーの奮戦も意味を持たなかった。
ンは揺らがない。何という剛力だろうか。大地に根を張る大木と見紛うかのような重
ラーを回転させ、何とかメガトロンを横転させようと奮起している。しかし、メガトロ
いた。メガトロンの腹部に食らい付いているボーンクラッシャー。必死で脚部のロー
だが、全体重を乗せた突進を受け止めてもなお平然とメガトロンはその場に佇立して
﹁││下らない。こんな時に俺様は一体何を考えているのだ。﹂
第四十一話 邂逅
700
﹁⋮⋮⋮⋮けろ。﹂
メガトロンはポツリと呟く。前方への推進力を得るために、ボーンクラッシャーの
ローラーは大地を容赦なく抉りとっている。その抉られた大地には僅かに残されたタ
ルブの草原も含まれていた。中空に巻き上げられた草地の面影。その事実が大帝の逆
﹂
鱗に触れたのかもしれない。脳裏にちらつくシエスタの横顔もそのままにメガトロン
は展開されたエナジーブレードを振り下ろした。
﹁愚か者めが、その足を退けろと言っているのだッッ
﹂
!!!!!!!
陥った。
だ遥か彼方の所にあるのだろう。下剋上へと至ることなくあっという間に戦闘不能に
かのように拉げていた。一撃で脊椎を破壊されたボーンクラッシャー。彼我の差は未
両断される上半身と下半身。砕け散ったカーキ色の装甲はまるで砲弾の直撃を受けた
展開した長大なエナジーブレードがボーンクラッシャーの背骨へと叩きつけられる。
﹁giiiiiiiaaaaaaaaaaaaaaaaaa
!!
701
dddie
Megatrooooon
﹂
!!!!
﹁ddiie
!
突っ込むとボーンクラッシャーはようやくその動きを停止した。
ボ ー ン ク ラ ッ シ ャ ー の 意 識 は 雲 散 霧 消 す る。蹴 ら れ た 衝 撃 の ま ま 死 体 の 山 へ 頭 か ら
ン ク ラ ッ シ ャ ー を メ ガ ト ロ ン は 蹴 り 飛 ば す。剛 脚 の 一 撃 を 頭 部 へ と 食 ら っ た 時 点 で
だが、その抵抗も実ることは無かった。上半身だけで悶えるように足掻いているボー
り、背中のクローを伸ばして攻撃を加えようと足掻き続ける。
治まることは無いのか、メガトロンへの攻撃を諦めてはいなかった。腕だけで這いず
そうして下半身を切り落とされたボーンクラッシャー。それでも彼の持つ憎しみが
!!
呪文を唱えるルイズからは強力なエネルギーが立ち昇っている。先程上空で戦艦を撃
従ってしまうのか。メガトロン自身にもその理由が見えてこなかった。自分の背後で
い︸下等な有機生命体であるルイズの指示に何故メガトロンは従っているのか。何故
そ の 言 葉 は 果 た し て 誰 に 向 け ら れ た も の だ っ た の だ ろ う か。︷命 を 奪 っ て は な ら な
﹁ふっ⋮反吐がでる。﹂
第四十一話 邂逅
702
ち落とした時のよう。それはダークマターエネルギーを想起させるような鮮烈なエネ
ルギーだった。
悶とは関係なしに変化してゆく。
難しいのだろう。そうしてメガトロンは煩悶を重ねるが、周囲の状況はメガトロンの煩
あっても記憶の喪失という憂き目にあっては、その疑義に適切な答えを導き出すことは
メガトロンの脳内に巡る幾つもの疑義。凄まじい頭脳と奸智を有するメガトロンで
そして、なによりも知りたいこと。自分は何者なのか。
関係は何か。
りにいるこの同種ともいうべき金属生命体達は何者なのか。金属生命体達と自身との
ルイズとの関係は何か。自身の失われた記憶は何処へ行ってしまったのか。自身の周
何故、下等な有機生命体がこのようなエネルギーを発することが出来るのか。自身と
だ。﹂
﹁│ │ │ │ 分 ら な い。分 ら な い こ と だ ら け だ。こ の メ ガ ト ロ ン が な ん と 情 け な い こ と
703
複数体のディセプティコンが、メガトロンとの距離を測るように、じりじりと接近し
ている。にじり寄る殺意。漂う戦闘の匂いはあるべきメガトロンの姿を思い起こさせ
﹂
る。メガトロンは最もシンプルで分かりやすい欲望に従うことで、自身の抱く煩悶を振
り切ることにした。
?
外で繰り広げられるその戦闘も中央で行われるメガトロンの戦闘に呼応するように激
タバサとスコルポノック対グラインダーの戦いは佳境を迎えていた。タルブの村郊
■
だった。
獄を統括する鬼の首魁のようで、傍から見る者に数的劣勢を全く感じさせないほど軒昂
い雄叫びが響き渡るが、対峙する破壊大帝はまるで動揺していない。その姿はまるで地
エナジーブレードに満ちるダークマターエネルギー。ディセプティコン達のおぞまし
見開かれた紅眼には力が漲り、吐かれた息吹は猛獣のように獰猛だった。掲げられた
﹁││││さぁ、次は誰だ
第四十一話 邂逅
704
しさを増していく。この場からアンリエッタ姫殿下を生かしたまま逃走させることが
タバサに課せられたミッションである。激しさを増す戦闘とは対照的に、そのミッショ
ンが達成された現時点で既にタバサは戦う理由を失っていた。犠牲となったトリステ
イン護衛兵士達に対して思うところがない訳ではない。広域殲滅プラズマ砲の直撃を
受けて内側から身体を焼かれたその苦しみは如何ばかりだろうか。
しかし、その仇を晴らすことが出来るほどタバサに残されている余裕は多くなかっ
た。
﹁︵あの凄まじい殺気。このまま機首を返して背中を見せれば間違いなく撃墜されてし
その殺気を鑑みれば分かる。
ろうか。鬼のように恐ろしいグラインダーの刺すような視線がタバサを射抜いている。
えようともグラインダーの照準は今だタバサに狙いを付けていた。何という耐久力だ
がら見据える先には鋼鉄の巨人・グラインダーがいる。飛行を重ね、どの様な攻撃を加
この場を離れようと懇願するシルフィードの願いをタバサは否定した。首を振りな
﹁││││││まだ駄目。﹂
705
まう。どうすれば、この場から生きて帰れる││││││
│。︶﹂
タバサは逡巡するが答えは出ない。
だ。タバサとスコルポノックが苦戦することも当然である。
どうすれば│││││
ことは無い。二対一という数的有利な状況にあっても両者の実力は拮抗していないの
である。その事実はダークマター由来のダークエネルギーを供給されていても変わる
の差異はあまりない。しかし、スコルポノック元来のstrength rankは5
同種であるスコルポノックもstrength rankにおけるグラインダーと
からの攻撃を全身に浴びてもなお、グラインダーは健在だった。
騎乗より浴びせられるタバサの狙撃と地中より繰り出される黒華の剛爪。その二つ
?
加えて、タバサやスコルポノックにとっては恐るべきことに、対するグラインダーの
strength rankは8だった。
﹂
!!!!
放出される広域殲滅プラズマ砲は地上のみならず、空中にいるタバサにも容赦なく影
﹁■■■ッッ
第四十一話 邂逅
706
響 を 及 ぼ す。6 0 m m 多 連 装 機 関 銃 を 始 め と す る グ ラ イ ン ダ ー の 持 つ 多 彩 な 兵 器 は
様々な射程距離を持っている。その兵器があらゆる射程距離をカバーする為に、タバサ
は近付くこともその場から離れすぎることも出来なかった。
特定の距離を維持しなければならないタバサはグラインダーによって釘付けになっ
ている。
故に、タバサが思うように動けない現状において、より一層の奮起がスコルポノック
には課せられていることになる。しかし、そう簡単には進まない事情がタバサだけでは
﹂
なくスコルポノック側にもあったのである。
﹂
﹁■■■■ッッ
﹁■■ッッ
!!!!
て確実にグラインダーが優勢となっていた。グラインダーに押されるスコルポノック。
その激しい剣戟の応酬は当初互角に繰り広げられた。だが、時を置くにつれ徐々にそし
り下ろした。激烈な火花を伴って弾ける鍔迫り合いが幾度にも渡って繰り広げられた。
ラインダーも右手に展開するローターブレードをスコルポノックへ向けて勢いよく振
地中より躍り出るスコルポノックの剛爪がグラインダーに突き刺さる。対応するグ
!!!!
707
ローターブレードの直撃を受け、たまらずに地中へと身を隠す。
個体であることは間違いない。﹂
﹁││││黒蠍が押されている。やはりあの巨人は強い。巨人たちの中でも相当に強い
通常のスコルポノックにはあるまじき対応。その消極的な行動はスコルポノックに
内蔵されているエネルギーの残量が影響していた。恐るべき俊敏性と攻撃力を保持で
きる代わりに、共生者であるスコルポノックは行動に必要とするエネルギーを生成でき
ないのだった。アルビオン軍の足止めを始めに当初から激しい戦闘を繰り広げてきた
スコルポノック。残量エネルギーとの相談がスコルポノックの足を引っ張る。自身の
持つ俊敏性と攻撃力を思う存分に発揮できない現状でグラインダーを相手取ることは
難しいのだろう。底が見えてきた自身のエネルギー残量を見てスコルポノックもタバ
サ同様苦しい戦闘を強いられていた。
不幸中の幸い、グラインダーに搭載されているセンサー群はトリステイン護衛兵達が
﹁■■■■■■■■﹂
第四十一話 邂逅
708
709
射出したファイヤーボールによって破壊されていた。つまり、スコルポノックが抱えて
いる事情がグラインダーに把握される心配は多くない。しかし、現状の苦しい状況が変
わることは無いのだ。この苦しい事情を抱えたままであろうともこの戦場を生き残る
ためには、眼前に佇立するシコルスキー・CH│53Eスーパースタリオンを倒さなけ
ればならなかった。
■
地獄の窯の底。虐殺されたアルビオン兵士たちの屍が何処までも積みあがるこの場
所でその戦いが繰り広げられていた。鋼鉄の身体を持った巨人達が繰り広げる大立ち
回り。鋼鉄の巨人が叩きつけられるたびに地面が揺れ、その衝撃は巨大な裂け目を生み
出した。
積み上がった死体の山が弾け、迸る激烈な一撃を受けた血の海が俄かに沸き立つ。メ
ガトロンと戦う数体のディセプティコン達がその命を削って戦っている。生まれ持っ
た戦闘本能を満たすために闘う彼らディセプティコンの必死さは目を見張るものが
あった。それも当然だろう。求めるものは自らが欲する更なる戦闘の坩堝を味わうこ
と唯一つ。その欲望を満たすためであればメガトロンという燃え盛る篝火に自らを投
出すことすら厭わない。それが彼ら強すぎる戦闘本能を持ち合わせたもの、火中に迷い
込む哀れな羽虫の悲劇である。
彼らディセプティコンがそうやって自らの命を削る熾烈な戦場にルイズは一人立っ
ていた。
﹁べオーズス・ユル・フヴェル・カノ・オシュラ││﹂
苦渋の表情を浮かべながらもルイズはその呪文を紡いでいた。
二つの秘宝と大量の魔力を依代とし、必要となる詠唱をくべることで虚無の魔法は完
成する。伝説として受け継がれたその秘宝はそう易々と用いることが出来るものでは
ないのだ。既にルイズは虚無の魔法を一度使用済みである。旗艦レキシントン号を撃
破する為に用いられた魔力量は膨大だ。桁外れの魔力を持つルイズであっても、もう一
度虚無の魔法を使用するに十分な魔力量からは程遠い。
にもかかわらず、その呪文は紡がれ続けていた。ルイズの中にある魔力と共鳴して浮
﹁ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・イル・ベオルク││﹂
第四十一話 邂逅
710
かび上がる詠唱は淡雪のように儚げで、呟かれた声音に反応してしとしとと降り積も
る。枯渇したはずの魔力が何故ルイズを出所として湧き出て来ることが出来るのだろ
うか。
﹂
︶﹂
!
必要な代償はただ一つ、自らの命がそうである。シンプルで分かりやすい方法。ルイズ
しかし、不可能を可能とする方法がない訳ではなかった。不可能を可能とするために
を放つなど不可能だ。
ルイズの内側に残されている魔力はほぼ存在していない。そんな状態で虚無の魔法
││││私もここで戦うんだ
﹁︵ここで戦っている者は、メガトロンだけじゃない。メガトロンだけに背負わせない。
ルイズも後顧の憂いなく、安心して虚無の詠唱を続けることが出来た。
戦いぶりが数的劣勢さを吹き飛ばす。その戦いぶりを見てメガトロンの後方に控える
吠えるディセプティコン数体に立ち向かうはメガトロンただ一人。だが、その獰猛な
﹁オオオオオオオオッ
!!!!!!
711
は自らの生命を代替として虚無の魔法を紡いでいたのだった。
が未だに晴れていないのだ。臓腑の内側を這いずりまわるようなねっとりとした視線
そして、最大にして災厄の問題がまだ残っている。首筋をなぞるピリピリとした感覚
││││││││ク、││クク。
た。
ナーであるメガトロンが戦っているにも関わらず、自分が先に諦めることは出来なかっ
ズの脳裏には、鮮烈な生を最後まで生き切ったメガトロンの雄姿が在る。自身のパート
ことをルイズは感じていた。それでも、ルイズは虚無の詠唱を辞めはしなかった。ルイ
の命が削られているのだ。詠唱を続けるごとに確実に自分が死への階段を上っている
か、それとも自分から匂っているのか分からなくなっていた。呪文を唱えるごとに自分
たものになる。周囲に充満している死のにおいが周囲に積み上がった死体から香るの
耳障りな喘鳴が自然とルイズの口を吐く。視界が霞み、目に映る光景が昏く鬱然とし
﹁ゼーゼー。﹂
第四十一話 邂逅
712
をルイズは感じていた。そして、その視線を注ぐ大本に何かがいるということも。タル
ブの村に充満する死のにおい。その薄皮を剥いだ向こうにいる何かは確かに、そして確
実にこちらを見ているのだった。
﹂
!?
﹁エクスプロージョンッッ
!!
の一撃は旗艦レキシントン号を撃破した先程の一撃よりも遥かに弱く規模の小さなも
後ろも見ずに放たれたルイズの虚無は数メートル四方の辺り一帯を焼き尽くす。そ
﹂
その恐怖に耐えることが出来ずルイズは虚無を解き放つ。
を柔らかく摩った。首筋を伝う冷ややかな感触。
出来なかった。湿り気のある声音が鼓膜をくすぐった時、闇への手招きがルイズの首筋
帯に木霊する。その余りにもおぞましい雰囲気にルイズは自身の悪寒を抑えることが
何処からともなく響く声。地獄と化したタルブに何処までも似つかわしい声音が一
﹁││││ッ
﹁何をしている││││││、メガトロン。﹂
713
第四十一話 邂逅
714
のだった。しかし、直撃すれば如何に強大な金属生命体だろうとも唯では済まない。
││││││無駄だ。
自身の放った一撃が目標を捉えたかどうか、ルイズは確認しようとした。しかし、自
分の命を魔力の代替として燃やしたことによる疲労からか、遂に自らの足で立つことが
出来なくなった。全身を襲う強烈な倦怠感。力の入らない両足は棒のように固く、霞む
視界は型落ちの映写機の用に虫食いの風景を写しだしていた。
それでも、求められる負担に相応しい成果を上げることが出来ればそれでいいとルイ
ズは思っていた。あの闇への手招きをする災禍の顕現を打ち倒すことが出来たのであ
れば、これ以上を望むことは無い。
だが、昏く霞む視界の先でルイズは見てしまった。血が染み込んだ大地の冷然とした
触感を自身の頬で感じながら、ルイズは目撃した。視界の先に広がるおぞましい光景
を。空間を割り開くようにして出現する災禍の顕現。全ての始まりは、全てを終わらせ
てしまうからこそ始まりと呼ばれているのだった。
かつて古代民族が崇めた神の姿、その顕現ともいうべき恐るべき外見。
エジプト王を思わせる特徴的な面。
タランチュラのように長い腕と脚。
無駄な装飾や武装を排した痩身はまさに災厄を振りまく異形そのものだった。混じ
り気のない朱色に染まった瞳には言葉では測れないおぞましい力を漲らせている。そ
の姿はそのおぞましさは、ルイズがメガトロンの夢で見たあの姿そのものだった。
死体から溢れた返り血に塗れ、猛獣のように獰猛な吠え声を出しているメガトロンを
懐かしい旧知を見るように目を細める。そして、地獄から這い出るようなそのおぞまし
い声音で呼びかけた。
兄弟を裏切り反乱の狼煙をかかげた逆賊の徒。
デ ィ セ プ テ ィ コ ン の リ ー ダ ー 破 壊 大 帝 メ ガ ト ロ ン か ら 師 と し て 仰 が れ る 唯 一 の 存 在。
原 初 の ト ラ ン ス フ ォ ー マ ー で あ る 7 人 の プ ラ イ ム の う ち の 一 人。死 と 破 壊 を 司 る
手の届く距離にいる愛弟子に、墜落せし者は思いを馳せる。
﹁会いたかったぞ、││││愛しきわが弟子よ。﹂
715
第四十一話 邂逅
716
墜落せし者、ザ・フォールン。
血で血を洗う闘争の果て、紀元前17、000年から連綿と続く戦いの歴史はまだ終
わっていない。
そこには一つのルールが設けられていた。
が、自由と平和を愛する彼らトランスフォーマーらしいことに完全な無秩序ではなく、
エネルゴンの探索は全トランスフォーマーが協力して、かつ徹底的に行われていた。だ
的にエネルゴンの探索は条件に適する恒星の探索と同時並行して行われることになる。
また、エネルゴンは太陽のような恒星を素材として生み出すことも出来るため、必然
行われていた。
り、かつ、惑星サイバトロンを延命しうる可能性を持ったエネルゴンの探索が積極的に
るサイバトロン星の崩壊を回避する為に、彼らトランスフォーマーにとって命の源であ
プライムは惑星サイバトロンの滅亡を早い段階で察知していた。何れ迎えることにな
を境として血で血を拭い合う恐ろしい抗争が繰り広げられることになる。彼ら七人の
かった。中途までは強固な絆で結ばれた理想的な関係を構築していたが、ある切っ掛け
人である。フォールンとその他のプライムたちは当初から反目し合っていた訳ではな
ザ・フォールン。墜落せし者の正体は初代リーダーである7人のプライム達の内の一
第四十二話 予兆
717
ある時、トランスフォーマー達はエネルゴン作成に適した﹁地球﹂という一つの惑星
ムが現れたからだ。
平和な種族であったトランスフォーマーに転機が訪れる。反旗を翻す一人のプライ
だが、その平和が長く続くことは無い。
ていた。
内紛が起こることもなく、トランスフォーマーは一つの種族として平和と安寧を享受し
由と平和を愛しており、好んで戦火を生み出すようなことは望んでいなかった。反乱や
態勢は概ねして穏便かつ平和に運営されていた。大半のトランスフォーマーたちは自
トランスフォーマーはそのことに対する不満を燻らせていたが、平和を尊重する現状の
理解していたため、攻撃的な姿勢を求める者たちの主張が通ることは無かった。一部の
な姿勢を批判する者も存在した。だが、多くのトランスフォーマーたちは生命の尊さを
うでは本末転倒だからである。無論、攻撃的な属性を生まれ持った者の中にはその弱腰
惑星の存亡という大義があろうとも、目的を達成する為に他種族の生命を犠牲にするよ
自 由 と 平 和 を 愛 す る ト ラ ン ス フ ォ ー マ ー た ち の 大 半 は こ の ル ー ル に 納 得 し て い た。
﹁生命体の存在する星は滅ぼしてはならない﹂というルールがそうである。
第四十二話 予兆
718
を発見する。探索の結果、既にその惑星ではその惑星特有の有機生命体が発生し、各々
の営みを行っていた。トランスフォーマー達は落胆するが、現実は現実として受け入れ
なければならない。定められたルールに則り地球を諦めようとするプライムたち。通
常通りに事が進めば、トランスフォーマー達は再びエネルゴン生成に適した恒星探しや
エネルゴン探索に取り組むことになる。
しかし、そうはならなかった。七人の内の一人が地球を諦めるとする決定に不服を申
し立てたからだ。その不服申し立てを行ったプライムこそが後のフォールンであった。
フォールンは地球に原住している有機生命体達を﹁生きるに値しない﹂と見下していた。
惑星サイバトロン星の崩壊を防ぐことを最優先するフォールンの主張は、期せずして不
満を燻らせていたトランスフォーマー達にも賛同された。生命を尊重するべきだと主
張 す る ト ラ ン ス フ ォ ー マ ー 達 と、有 機 生 命 体 達 に 配 慮 す る 必 要 な ど な い と 断 定 す る
フォールン一派。両者の主張が歩み寄ることは無く、トランスフォーマー達はその後、
種族を別つ内戦へと突入することになった。
血で血を洗う内戦の発端であるフォールンは、目を懸けている愛弟子を見てその口を
開いた。
フォールンの視線の先には戦闘不能となったディセプティコン達の姿があった。メ
﹁││││派手にやったものだなメガトロン。﹂
719
ガトロンによって叩き伏せられ地面にうずくまっている。辛うじてその命は取り留め
ているが、これ以上の戦闘続行は不可能だと他の誰が見ても察することが出来た。
と思ったが、その心配は不要だったな。﹂
﹁しかし、流石は俺の愛弟子だ。何処へとも分からない辺境の星で何をやっているのか
叩き伏せられたディセプティコン達の慰労もおざなりにして、フォールンは嬉しげに
呟く。タルブを照らす眩い恒星の光は、フォールンが求めて止まない目的のものだった
からだ。
る。太陽を奪われれば全ての生命が死に絶えることになる。ハルケギニアは死と闇が
一人直面していた。既に決定はなされたものなのだ。ハルケギニアは滅びることにな
するルイズ。来たるべき時が来ても抗うことすら許されないその絶望にルイズはただ
ハルケギニアへの興味すら失っているようだった。フォールンの言葉を聞いて愕然と
わることはない。混じり気のない殺意が込められた朱色の瞳は先程まで賞賛していた
嬉しげに呟くフォールンだったが、その声音は氷のように冷然で耽々とした様子が変
障りなオートボットの連中を排除することも可能となる筈だ。﹂
結晶であるマトリクスを精製することが出来るだろう。更なる軍団の拡充を通して、目
致する条件を兼ね備えている。この地にグレートマシーンを築くことで、エネルゴンの
﹁この星は素晴らしい。恒星との距離もまた適切。まさに、我々が求めていたものに合
第四十二話 予兆
720
721
支配する世界へと貶められることになるのだ。
フォールンが恒星をマトリクスの生贄に捧げようとした試みはこれが初めてのこと
ではない。かつて、フォールンはグレートマシーンを起動することで地球を照らす太陽
を破壊しようとした経緯がある。フォールンを覗く六人のプライムたちは、その破壊行
動を止めるために戦いを仕掛けた。だが、フォールンはプライムの中でも最強の実力を
持っている。戦闘の結果は惨敗だった。真面に太刀打ちすることすら出来なかった六
人のプライムたちは、目標を変更。フォールンによって行われる際限のない破壊が宇宙
中に広がることを危惧して、グレートマシーンを起動させる役割を持った﹁リーダーの
マトリクス﹂を彼ら自身の命で以てエジプトの某所へと封じ込めることにした。その試
みは成功した。六人のプライム達の命は失われたが、地球がフォールンの犠牲になるこ
とは一先ずの所避けられたのだ。
加えると、フォールンとは墜落した者を意味するあだ名である。誇るべき倫理を失
い、道を踏み外した者としてトランスフォーマー達から侮蔑されているフォールンだ
が、元々は別の名前を持っていた。改称前の本来あるべき名前はメガトローナス﹁Me
gatronus﹂。そして、弟子の一人は彼の名前を承り﹁メガトロン﹂と名乗ってい
る。
無論、その部下とはメガトロンのことであり、記憶を失っているメガトロンは今それ
らの事実を知らない。
るのか
﹂
﹁││貴様は何者だ。ずいぶんと馴れ馴れしげに話しかけるが、俺様のことを知ってい
ような者だろうと破壊大帝は自身への無礼を許しはしない。
エナジーブレードを展開し、フォールンへ向けるメガトロン。向かい合う相手がどの
しかし、現状は異なった。
となどありえない。
フォールンに対して強い恩義を感じてもいた。そのため、通常であれば反乱が起こるこ
だ。メガトロンはフォールンに従う立場にある。また、過去の経緯からメガトロンは
た功労者はメガトロンであるが、与えられている地位はあくまでも統括リーダーのみ
の創設者であり、総指導者でもある。現在の大勢力を持つディセプティコン軍団を築い
声音を聞いてフォールンもその瞳を細めて反応する。フォールンはディセプティコン
それは弟子が師匠に対して言う声音ではなかった。弟子から浴びせられる荒々しい
﹁││││ほう。﹂
?
いうくだらない世迷言を吐く者に聞くべきことなどありはしない。﹂
﹁いや、やはり止めだ。││││答えは必要ない。この俺様が何者かの下に付くなどと
第四十二話 予兆
722
黙してフォールンの言葉を傾聴していたメガトロンだが、記憶を喪失した現在のメガ
トロンはただ一人のメガトロンである。ディセプティコンを支配するかつての破壊大
帝ではない。自身と目の前にいる者がどのような関係を持っているのか。何かしらの
関係があったのだろうと推測することは出来るが、あくまでもそれだけだ。メガトロン
の心中では、その興味よりも非礼に対する怒りが勝ったようである。目の前に立つ鋼鉄
の巨人が自身の恩人であるという事実すらもメガトロンは覚えていないのだ。自身の
本能に従って戦闘行動を投げ掛けてしまうことも致し方のないことかもしれない。
メガトロンから燃え上がるような殺気を向けられても、フォールンは全く慌てていな
かった。弟子の下剋上を受けても揺らぐことなく泰然としている。流石はフォールン
と評するべきだろうか。六人のプライムを撃退し、かつメガトロンの師匠を務められる
その実力は虚飾ではなかった。自身が愛用する鉄棍を握りなおしてフォールンは言っ
た。
えさせるような冷然としたオーラだった。立ち昇るフォールンの殺気に対応するよう
フォールンから立ち上る不気味な波動。それは、ねっとりとした粘着質かつ臓腑を凍
を思い起こさせることも悪くはないな。﹂
﹁まぁ、構わないだろう。││││久々の再開なのだ。時間はある。││││彼我の差
723
に、メガトロンもまた武器を構える。どのような強敵であろうとも破壊大帝が怯えるこ
とは無い。じりじりと距離を詰める弟子とその師。ディセプティコンを生み出した創
設者とディセプティコンを支配する破壊大帝。
屍が積み上がる地獄のタルブにおいて、弟子とその師匠が鎬を削る最後の戦い。頂点
を決する事実上の最終決戦、その第一幕が始まった。
■
適度な距離を保ちつつ、グラインダーの周囲を飛び回るタバサ。卓越したスナイパー
ライフルの狙撃と魔法を駆使した攻撃は実力者であるグラインダーすら舌を巻いてし
まうほどの完成度を持っていた。しかし、戦闘に長けるディセプティコンが一方的な被
弾に甘んじる状況をいつまでも看過することは無い。何時までも隙を見せず、仕留めら
れない外敵に対してグラインダーはとうとう痺れを切らしてしまったのかもしれない。
﹂
地中を泳ぎ回るスコルポノックへの攻撃を停止して、その矛先をタバサへと集中させた
のだ。
?!
異変を察知したタバサの反応も虚しく解放されるグラインダーの武装。六連の高射
﹁││││ッ
第四十二話 予兆
724
迫撃砲と60mm多連装機関銃が降り注ぐ雨の様に火を噴いた。グラインダーの攻撃
から身を守るため、タバサたちも必死だ。シルフィードによる必死の飛行と、タバサが
放つ全力の魔法防壁が展開される。要所要所で放たれる氷と風の防壁が迫撃砲の直撃
を何とか防いでいた。しかし、卓越したメイジであるタバサにも限界はある。降り注ぐ
雨を躱しきることが出来ないように、グラインダーによる圧倒的物量攻撃を阻止しきる
ことなど叶わないのだった。そして、グラインダーによる波状攻撃を受けて生死の瀬戸
際までタバサは追い詰められていた。
だが、攻撃を集中させるということはそれだけの大きな隙を生むということでもあ
る。その絶好の隙を見逃すスコルポノックではない。残り少ないエネルギーとの兼ね
合いもある。ここで勝負を決するために、スコルポノックは残り少ないエネルギーを存
分に使って攻撃を試みた。
恐るべきことに、それがグラインダーの狙いでもあったのだ。
本来であれば拡散して放たれるプラズマ放射砲が、攻撃力を高めるために収束して放た
砲の直撃はスコルポノックの堅牢な黒装甲を融解させ、修復不可能な致命傷を与えた。
スコルポノックにグラインダーの放ったプラズマ砲が直撃したからだ。そのプラズマ
攻撃を繰り出したはずのスコルポノックが撃墜されていた。決死の攻撃を繰り出す
﹁■■││││││。﹂
725
れたのだ。如何にパワーアップしたスコルポノックの装甲だろうと無事に防ぎきるこ
とは不可能である。
こちらから敢えて隙を見せることで相手を誘い出したその手管。数々の戦場を潜り
抜 け て き た グ ラ イ ン ダ ー だ か ら こ そ の も の だ ろ う。損 傷 し た 腹 部 を 庇 っ て ス コ ル ポ
ノックは魚の様に地面を跳ねている。最早スコルポノックは俎上の魚であり、戦闘続行
は不可能となった。止めを刺そうとするグラインダーとスコルポノックとの間には何
︶﹂
の障害もない。高く掲げられたローターブレードは止めを刺すための断頭台と化して
いた。
!
う罪科を背負う事の方が何倍も嫌だった。決死の覚悟を以てタバサは背負う新しい力
功するかしないかは問題ではない。死ぬことよりも、頼もしい味方を見殺しにしたとい
クからの攻撃が行われなければ、致命傷を負っていたのはタバサの方だっただろう。成
インダーからの総攻撃を受けてタバサも生死の境にあった。隙を伺ったスコルポノッ
た。窮地に立たされていたところを救ってもらった恩がタバサにはあるからだ。グラ
刃に首を晒すような危険な行為だったが、それでも救援を試みない訳にはいかなかっ
きつけようとするグラインダーの眼前へと滑空して躍り出る。それは振り下ろされる
動けないスコルポノックを見てタバサは救援に駆け付けた。ローターブレードを叩
﹁︵││││││救助しなければ
第四十二話 予兆
726
を解き放つ。
﹂
!!
また、強硬な滑空による着地の失敗によって、タバサも窮地に陥ってしまう。地面に
戦闘続行に支障はないようだ。
まで到達しなければ行動するに支障はない。僅かによろめいたグラインダーだったが、
狙って放たれたタバサの槍は、グラインダーの持つ頑丈な内部機構に阻まれた。深奥に
の一撃でもグラインダーに致命傷を与えることは出来なかったからだ。装甲の隙間を
タバサは心の中で歯噛みした。音速を超える速度と氷の刃を伴って放たれたタバサ
﹁︵││││駄目か、届かない。︶﹂
﹁■■■。﹂
ち出された弾丸は、寸分の狂いなく目的地へと着弾した。
が選んだ乾坤一擲だった。見る見るうちに巨大化する氷の剛槍。正確な狙いを以て打
われる。射出された弾丸を核として生み出された強靭な氷の槍。それが、最後にタバサ
丸はただの弾丸ではなかった。タバサの魔力によって射出された弾丸に氷の粒子が纏
構えられたスナイパーライフルが音速を超える弾丸を射出する。加えて、放たれた弾
﹁││アイスニードルッ
727
叩きつけられた痛みもあるが、そんなことに構ってはいられない。動けないスコルポ
ノックとシルフィードを庇うようにしてタバサは立つ。勇ましいタバサだったが、10
階建てのビルのように巨大なグラインダーを前に何か友好な対抗手段をうてる訳では
なかった。圧倒的な絶望を前にしてタバサは自身の死を覚悟した。
グラインダーは重々しく、確かな実感を伴って呟いた。
れる視線の先には一体何が居るのだろうか。
とは何か。ディセプティコンであるグラインダーが戦闘を中断するほど何か。向けら
すら意識を向けていなかった。眼前にいる敵を無視してでも見なければならないもの
然としなかった。グラインダーは既にタバサを見ていない。同様にスコルポノックに
怪訝に思うタバサ。何が起こったのかとグラインダーを見上げるが、具体的なことは判
しかし、そうはならなかった。何時までも振り下ろされないローターブレードを見て
能となったスコルポノック共々仲良く始末されるだろう。
良い一手などは残されていないし、圧倒的な実力差は健在だ。順当に考えれば、戦闘不
命傷を与えるという狙いも露と消え、残された選択は何もない。起死回生となる都合の
本来であればこの時点でタバサは死んでいた筈である。装甲の間隙を縫うことで致
脳裏をよぎる母の面影。末期の光景は幸せなかつてを呼び覚ます。
﹁︵││││││││かあさま。︶﹂
第四十二話 予兆
728
﹁MEGATRON shall rise again.﹂
で迫っているのだった。
かわしくない晴れ晴れとした木枯らしが頬を撫でる。その先にある終わりは目前にま
タバサの鼓膜にははっきりと、終わりを告げるその言葉が届いていた。戦場には似つ
﹁メガトロンは甦る。﹂
729
メガトロンのみである。ショックウェーブの忠誠は筆舌につくしがたい凄まじいもの
遠路はるばると碧落の場所にまでショックウェーブがやってきた理由はたった一つ。
ワームホールから飛び出すこともない。境圏の狭間でその時を待つ。
がどうでもよいことだったからである。
ショックウェーブにとって下等な有機生命体の虐殺もフォールンの命令も、そのどれも
ギ ニ ア に や っ て き た シ ョ ッ ク ウ ェ ー ブ だ が、そ の 虐 殺 命 令 に 従 う こ と は な か っ た。
どがそうである。フォールンから発せられた招集に従ってワームホールを通りハルケ
ディセプティコン軍の大幹部であり、メガトロンの腹心を務めるショックウェーブな
存在していた。
たことになるが、下されたフォールンの命令に対して従わないディセプティコンもまた
いる。そのフォールンによる命令を受けてタルブにおけるアルビオン軍虐殺が行われ
力を持っている。フォールンの影響下にあるディセプティコンは少なからず存在して
セプティコンの生みの親であり、総指導者でもあるフォールンは現在でも隠然たる支配
タルブの村における虐殺には数十体に及ぶディセプティコンが参加していた。ディ
第四十三話 辿り着いた答え
第四十三話 辿り着いた答え
730
があった。ショックウェーブとメガトロンの関係は、右腕と頭脳との関係にそのまま当
てはめることが出来る。頭脳が下した命令に対して、その連なる右腕が逆らうことはな
い。上下関係すら超越したその関係は徹底を通り越して最早異常だった。メガトロン
からの命令に対してショックウェーブが疑問を差し挟むことはない。メガトロンの望
みをメガトロンが願うままに成し遂げる。流水が川上から川下へ流れるように、その忠
誠は自然律と化している。僅かの疑義すら抱くことなく、何があろうとどのような状況
であろうともその姿勢がぶれることは決してない。
それが、突撃隊長ショックウェーブ。メガトロンの右腕を務めるディセプティコン有
数の実力者だった。
︶﹂
!!
使用したのだ。その消耗も当然の結果だろう。自身の生命力を燃料として代替し、詠唱
とすら出来ない程、ルイズは消耗していた。大量の魔力を消費する虚無の魔法を連続で
メガトロンに対して実際に声を投げ掛けたいと思っても敵わない。か細い声を出すこ
心中におけるルイズの叫びは期せずしてショックウェーブと同じ内容のものだった。
﹁︵││││││メガトロンッッ
﹁││││││Lord:MEGATRON.﹂
731
を紡ぐ。それは、必要に迫られたからという言い訳があってもあまりにも無謀な行為
だった。
混濁する意識の中でルイズは思う。闘ってはいけない、と実際に声を出してメガトロ
ンに伝えたかった。メガトロンの記憶を受け継いでいるルイズには分かる。夢の中で
見 る 記 憶 が 正 し い も の で あ る な ら ば、結 果 は 蓋 を 開 け ず と も に 明 ら か で あ る か ら だ。
フォールンには如何にメガトロンであろうと対抗できない。大切な使い魔であるメガ
トロンに、ただ一人だけでその災禍に立ち向かわせることは何よりも避けたいことだっ
た。加えて、尊敬する師匠とその弟子が互いに剣を交えるなど、どの様な理由があろう
ともあってはならないことだったからだ。
しかし、精も根も尽き果ててルイズには何も残っていない。受け継いだ虚無の魔法が
強力であればあるほどその代償も莫大だ。僅かなエネルギーすら残っていないルイズ
には唇を動かすことすら出来なかった。許されていることはただ一つ、何もできない無
力に苛まれることのみである。血の染み込んだ大地の冷たい触感を頬に感じながら、生
気の失われた眼でぼうっとルイズは眺めていた。
大切な使い魔が打ちのめされるその無残な様子を。
﹁││││││ぬううっ。﹂
第四十三話 辿り着いた答え
732
破壊大帝メガトロンが地面に膝をついていた。口から洩れる呻きの声は、破壊大帝で
あろうと抗えない災禍の凄まじさをこれ以上ないほどに物語っている。手練れのディ
セプティコンを一蹴する実力を持ったメガトロンが赤子のように捻られる。六人のプ
ライム達を一度に相手取り、なおかつ圧倒したフォールン。保有するその強さは折り紙
つきだった。
しかし、メガトロンとて黙ってはいない。師匠であるフォールンの実力が凄まじいよ
の力は凄まじかった。
右腕が強力なエネルギーを操っている。右掌の上だけで弟子の反抗を押さえつけるそ
であるフォールンのみが持つ最強の切り札だった。手招きをするように差し出された
から発せられていた。始まりのプライムのみが持つサイキックエネルギー。超能力者
もの巨塊。数十tもの巨石を軽々と持ち上げるほどに強力なエネルギーがフォールン
うに、五階建てのビルの様な巨石がメガトロンの周囲に浮遊していた。空を舞ういくつ
ろう。戦う相手がメガトロンであろうとも関係ない。フォールンの余裕を証明するよ
膝をつくメガトロンを見てフォールンは余裕の表情を浮かべていた。それも当然だ
は破壊大帝の名前が泣くというものだ。﹂
﹁││どうしたメガトロン。これで終わりか。││││この程度で膝をついてしまって
733
うに、その弟子であるメガトロンの実力もまた虚飾ではないのだ。防戦一方の状況を打
開する為に、自身の持つ剛力を思う存分に開放する。
﹂
結界の先には邪悪な笑みを浮かべるフォールンが待っていた。不敵に笑うその姿を
結界を突破する。
違いようもなく破壊大帝そのものだった。自身の持つ剛力を発揮して、敷かれた巨石の
ないほどの壮健さを持っている。立ちはだかる障害、その悉くを破壊する勇猛な姿は間
両断する程の威力を持ち、猛進する身体は巨石によって進路を妨害されようとも揺らが
排除する様子は圧巻だ。振り下ろされるエナジーブレードはビルの様に巨大な岩石を
凄まじい膂力を以て突進を繰り出すメガトロン。その剛力を活かして浮かぶ巨石を
﹁││││おおおおッッ
!!!!
見て、メガトロンは展開された右腕の兵装を解き放つ。
﹂
?!
﹁││││ぐおあッッ﹂
ンは再び膝をつかされてしまった。
間もなく、背後から浴びせられる鉄棍の打撃。強力な一撃をまともに食らったメガトロ
き敵はメガトロンの周囲から忽然と消えてしまう。一体何処へ消えたのかと逡巡する
しかし、眼前の敵を倒すべく振り下ろされたエナジーブレードは空を切った。倒すべ
﹁││││││ッ
第四十三話 辿り着いた答え
734
呻くメガトロンを余所に、背後から空間を跨いでフォールンが現れる。強力なサイ
キックエネルギーが可能とする瞬間移動だった。無様に膝をつくメガトロンを見て、鉄
棍を体の一部の様に繰りながらフォールンは笑った。戦闘中にあるまじき態度も余裕
の裏返しだ。忽然と姿を消すタネがどれだけ明らかであろうと、対処する方法など存在
しない。剛力を持つメガトロンが何者にも止められないように、空間を透過するフォー
ルンを捕まえられる者もまた存在しないのだ。余裕の態度を崩さないフォールンに対
してメガトロンはそれでも果敢に攻撃を繰り出した。何度膝をつかされようとも関係
ない。破壊大帝は諦めを知らないのだから。
メガトロンッッ
﹂
しかし、繰り広げられる千変万化のテレポーテーションによってメガトロンは完全に
翻弄されていた。
﹁││何処を見ている
﹂
!
に攻撃を仕掛けるメガトロンの勇猛さにも陰りが見えてきた。そうして翻弄されるメ
攻撃を当てることが出来なければ意味がない。蓄積されたダメージが影響してか、果敢
実にダメージを蓄積させている。加えて、如何に剛力を誇るメガトロンだろうと、その
力な打撃を食らい、削られ続けるメガトロン。装甲が再生する間もないほどの連撃は着
攻撃の際に生まれる隙を徹底して突くフォールンは容赦がなかった。鉄棍による強
﹁ぐうっっ
?!
?
735
ガトロンだったが、その下剋上も俄かに終わりを迎える。
幾度目かに大地を拝まされた際、浮遊していた巨石がメガトロンに圧し掛かったから
だ。俯せのまま磔にされ、身動きの取れないメガトロン。通常であれば、この程度の巨
石を押しのけられないメガトロンではない。しかし、巨石に加えて身体全体を押さえつ
けるように強力な念動力がz全身に働いていた。10階建てのビルの様に巨大な岩石
と逸脱したサイキックエネルギー。その二つの超重に圧し掛かられては流石のメガト
ロンでも対抗することができなかった。
そ可能となったのだろう。恐ろしいことに、メガトロンが抱える様々な事情をフォール
フォールンに分からないことなど殆どなかった。そうした遍く知識と経験があってこ
て の 適 切 な 指 示 が 出 せ た の だ ろ う。難 破 し た 宇 宙 船 か ら で も 的 確 な 命 令 を 下 せ る
験が兼ね備えられている。それら深い知識と夥しい経験があるからこそ、総指導者とし
気の遠くなるような長い年月を生き抜いたフォールンには恐ろしいほどの知識と経
ない。目を懸けた愛弟子を簡単に始末してしまう程、フォールンも愚かではなかった。
ち向かってきた弟子を見る。反乱を企てた弟子を始末するのかと思われたが、そうでは
弟子を前にして、フォールンはその口を開いた。戯れを終わらせるために、自分へと立
とうとう動けないように拘束されてしまったメガトロン。超重に押し潰されている
﹁さて、││││││。﹂
第四十三話 辿り着いた答え
736
ンはたったの一見で看破していたのだ。
﹂
!
を見つけられたのか。もしかすれば、メガトロンとルイズとの間にある経絡路に何らか
べれば小さな有機生命体の移動など何でもない。それよりも、何故フォールンはルイズ
たこの移動は、フォールンによる念動力が働いているからだろう。巨石を操ることに比
わりとルイズが浮き上がり、まるで弾丸のように空を走ったのだ。重力を完全に無視し
ルギーを纏ったフォールンの人差し指が手招きするように折り曲げられる。すると、ふ
たような怖気をルイズが感じた時には既に何もかもが手遅れだった。サイキックエネ
臓腑に纏わりつくような恐ろしい視線がルイズへと注がれる。心臓を鷲掴みにされ
﹁││
﹁││││そこか。﹂
かに細めた。
ろうが関係ない。フォールンは目的のものを発見すると、緋に染まる冷然とした眼を僅
るものを見透かす眼を持っている。目的の物が何処に隠れていようが、どれだけ小さか
れら関係のないものには一瞥もくれることはなかった。始まりの災禍はありとあらゆ
眺める。辺り一面に積み上がる死体の山やハルケギニアの美しい青空を眺望するが、そ
顎に手を当てて得心が言ったように呟くフォールン。ゆっくりと頷きながら周囲を
﹁⋮⋮⋮⋮なるほど。││││記憶か、記憶だな。﹂
737
の特性があったからかもしれない。全てを見透かすフォールンの眼がその特性を見逃
がす筈がなかった。
そして、虚無の連撃によってルイズは魔力をすっかりと使い切っている。何か抵抗し
ようとしても何もできない。ただ為されるがままに宙を浮くだけだった。始まりの災
禍によって囚われた美しい少女。手も足も出ないその様子は断頭台に並ぶ死刑囚も同
然の絶望を感じさせた。順調に目的の物をその手中としたフォールン。準備は整った
とばかりに、更なるサイキックエネルギーを右腕へ集中させる。
そして、悲劇が始まった。
﹂
!!!
響 き 渡 る ル イ ズ の 叫 び。そ の 悲 痛 な 慟 哭 を 聞 い て も フ ォ ー ル ン は 何 も 感 じ て い な
も多大なダメージを与えていた。
取する。記憶の保持者へ一片の配慮すら示さないその荒々しい手法はルイズの精神に
収められた記憶を取り出すために、絡み合った複雑な精神をこじ開け無理やりにでも奪
精神をズタズタに凌辱していた。心の中をぐちゃぐちゃに荒し回り、目的の物を探索。
ルイズへと絡まりつくサイキックエネルギー。フォールンの邪悪な波動がルイズの
﹁││││││うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
第四十三話 辿り着いた答え
738
かった。フォールンにとって有機生命体の存在など地面に転がる石ころと等しいもの
で あ る。か つ て 地 球 に お い て 初 め て 人 間 を 発 見 し た こ ろ か ら 何 も 変 わ っ て は い な い。
細を穿ってその蔑視は徹底している。愛弟子の記憶が何故、その有機生命体に転移して
いたのかという疑問すらもフォールンが抱くことはない。道端の石ころに思いを馳せ
ることがないように、有機生命体の苦痛など、取るに足らないことなのだった。
騒々しい隣人、そのどれでもない何か。心中を占めるルイズの姿が何時の間にか大きく
ルイズに対してどのような感情を抱けばよいか、分かっていない。下等な有機生命体、
メガトロンとルイズとの関係は未だ曖昧なままに保たれている。メガトロン自身も
心情を理解することが出来なかった。
ルイズが大切な存在である訳ではないのに何故だろうか。メガトロン自身でも自分の
れている屈辱もあるが、それ以上の何かがメガトロンの中で燻る。メガトロンにとって
その状況に対するメガトロンの心情はどこまでも複雑だった。動けないよう磔にさ
ることが出来ない。苦しむルイズを前にして、何をするでもなくただ眺める。
と力の限り泣き叫んでいた。叫ぶ彼女を前にして、拘束されているメガトロンは何もす
れない程だ。相当の激痛を感じているのだろう。周囲をはばかることなく、喉も裂けよ
フォールンの掌の上で精神を凌辱されるルイズ。意志の強いあのルイズでも耐えら
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮。﹂
739
第四十三話 辿り着いた答え
740
なっていたことに対してメガトロン自身も驚きを隠せなかった。
ルイズを凌辱する強力なサイキックエネルギーは、ルイズの精神を凌辱するに留まら
ない。強力すぎるエネルギーの余波だろうか、二人の間にある経絡路をすら断ち切って
し ま う。メ ガ ト ロ ン の 右 肩 に 刻 ま れ る 使 い 魔 の ル ー ン。彫 り 込 ま れ た 刻 印 が 徐 々 に
徐 々 に そ の 姿 を 消 し て い た。断 ち 切 ら れ た 繋 が り を 反 映 し た が 故 の 帰 結 だ ろ う。
フォールンの助力を得ることで、ルイズとの主従関係からメガトロンはとうとう解放さ
れたのだった。
そして、何もすることが出来ない無力感が誘ったのかもしれない。メガトロンの葛藤
は深みを増し、より奥深く深化する。
自身の掲げる誇りを貫くべく闘うルイズの姿は幼い少女には似つかわしくない程の
偉容を持っていた。下等な有機生命体らしい無様な姿を晒したかと思えば、破壊大帝で
あるメガトロンが驚いてしまう程の雄姿を披露したりもする。ルイズという少女が披
露するその直向きな生き様に、いきおいメガトロンも引きつけられていたのかもしれな
い。複雑に入り乱れ変容するルイズへの思い。メガトロン自身は少しも意識していな
いが、ルイズがメガトロンから多大な影響を受けているように、メガトロンもまたルイ
ズから強く影響を受けているのだった。
下等な有機生命体であるルイズがどのような苦境にあろうと、メガトロンは何も思わ
な い。孤 高 の 金 属 生 命 体 で あ る メ ガ ト ロ ン は 何 が あ ろ う と 揺 ら ぐ こ と は な い か ら だ。
しかし、何故だろうか。揺らぐことのないメガトロンの内側で燻る何かがあった。燻る
元となっている原因は間違いなくルイズだ。ルイズがメガトロンにどのような影響を
与えているのか、具体的なことは何も判然としていない。しかし、今、そのルイズは泣
いて苦しんでいる。そのルイズを前にして、今、自身が感じているこの思いは何なのか。
メガトロン自身にすら分からなかった。
を過ぎるが、受け入れなければならない屈従はその目前にまで迫っていた。圧し掛かる
対してメガトロンは何も打つ手が残されていない。ぐったりとしたルイズが視界の端
ことに成功したのか、フォールンの右腕には紫電が迸っていた。歩み寄るフォールンに
他所に、フォールンは朱に染まった目を細めてメガトロンを見る。目的の物を抜き出す
るのか死んでいるのかどうかすら分からない有様だ。ごみの様に捨てられたルイズを
る。死体の積み上がった山へと投げ捨てられたルイズはぐったりとしていて、生きてい
所定となる作業が終了したのか、用済みだとばかりにフォールンはルイズを放り投げ
﹁││││さぁ目覚めろメガトロン。││俺の唯一の愛弟子よ。戯れはおしまいだ。﹂
741
第四十三話 辿り着いた答え
742
超重に対して矢庭に抗おうと身を悶えさせるが、踏みつけられることでその反抗までも
封じられてしまう。
そうして弟子の抵抗を押さえつけたところでフォールンは、一思いに、その右腕をメ
ガトロンへと押し当てた。
ド ク ン ッッ 彼らだからこそ、その復活を感じ取ることが出来たのだろう。その恐ろしさや獰猛さは
を散らすようにしてタルブを逃げ出す動物たちの群れ。人間よりも鋭敏な感覚を持つ
居としている小動物たちが、まるで何かに巣を追われるようにして逃げ惑う。蜘蛛の子
の世の終わりを歌うように喧しい鳴き声をあげていた。周辺に広がる森林では、森を住
た空気が広がり、タルブ一帯を包み込む。何かを感じ取ったのか沢山の鳥類たちが、こ
その刹那、辺り一帯の空気が明らかな変容を呈していた。深海の様に重々しく冷然とし
心停止した人間が電気ショックを受けた時のようにメガトロンの胸部が跳ね上がる。
ルビオン兵士たちの死体が積み上がる地獄のタルブにおいて、終わりが始まった。
あった。ルイズとメガトロン、その二人が出会った始まりの時とは真逆。虐殺されたア
使い魔召喚を執り行った運命の日。夕暮れの丘で見られたかつての光景がそこには
!!!
ただ一人、彼だけが持ちうる唯一のものだからだ。周囲のディセプティコン兵達も整然
とした姿勢で、その時を待つ。
砕かれた巨石の破裂音が狼煙となって終わりが始まる。
粉々に砕かれた巨石の破片が噴出する水の様に空を舞う。天へと突きだされた剛腕
には強力なダークマターエネルギーが纏われ、朱色に染まる紅眼には凄まじい殺意が満
ちていた。ビルの様に巨大な岩石も、超重をかける念動力も何ものも彼を止めることな
ど敵わない。始まりの狼煙は高らかと、そして猛々しく行われた。
﹂
!!!
﹂
メガトロンだッッ
Megatron
﹁俺様はッッ
﹁I am
!!
態度も当然だろう。今、ここにいるメガトロンはただのメガトロンではないからだ。大
し、猛獣のように獰猛な咆哮が口を吐く。その様子を見てフォールンも満足げだ。その
たった一撃で以て巨石を破壊する凄まじいエネルギー。全身から強力な殺意が溢れ出
そ の 声 音 は、地 獄 と 化 し て い る タ ル ブ に お い て ど こ ま で も 似 つ か わ し い も の だ っ た。
ち、怯えた動物たちは隠れ場所を求めて逃げ惑う。地獄を統括する鬼のように恐ろしい
轟く号砲。記憶を取り戻したメガトロンの快哉を叫ぶ怒号が木霊する。鳥は飛び立
!!
!!
743
勢力を誇るディセプティコン軍団を支配し、銀河中から恐れられているかつての破壊大
帝がここにいた。記憶を失うことで誕生したただ一人のメガトロンはもうどこにも存
在していない。自身が何者であるのか、自身の所在を憂う必要などありはしないのだ。
メガトロンはメガトロンであり何者にも妨げられることはない。完全復活を遂げた破
壊大帝。
記憶を取り戻した彼が望むことはただ一つ。自身を使役という屈従へと貶めた張本
人へ、積もり積もったその借りを返すことだった。
それは瞬きの間だった。五本の鋼鉄製アームがルイズの身体を貫いている。高々と
﹁││││││ゴホッ﹂
掲げられるその様は百舌鳥の早贄のように残酷だった。噴き出る血液がルイズのロー
ブを濡らし、破壊された内臓はその機能を停止した。何者であろうと破壊大帝は自身へ
の無礼を許しはしない。ましてや無礼を受けた相手が下等な有機生命体であれば尚更
である。その巨体からは考えられない程の速度で以て接近。展開した左腕を振り下ろ
し、自身が受けた借りを貸主に対してしっかりと返済していた。
体など紙ペラ同然。身体を貫通した一撃は間違いなく致命傷だ。かろうじて急所は避
たったの数瞬で決着はついた。メガトロンの鋼鉄製アームにとって有機生命体の身
﹁││││貴様の肉を掴むのは気分がいいぞ。﹂
第四十三話 辿り着いた答え
744
けていたが、それも時間の問題だろう。莫大な魔力を消費する虚無の魔法。多量の出血
に伴って進行する体力の消耗。フォールンによって散々に嬲られることで蓄積した精
神的ダメージもある。どれだけ軽く見積もっても幼い少女であるルイズが耐えられる
ものではなかった。重なる数々の損傷がもたらす当然の帰結。時を置かずしてルイズ
は間違いなく死ぬ。それは定められたハルケギニアの崩壊同様、何者も逃れられない絶
対運命だった。
だけだった。
存在しない。傷つけられた名誉を回復させるために、メガトロンがとるべき手段は一つ
帝が許容できるものではなかった。メガトロンが何かの配慮を払う必要など何処にも
以上のない不名誉なことでもある。その不名誉はディセプティコンを支配する破壊大
から使役されるなど、金属生命体を至上のものとするディセプティコンにとって、これ
ズが背負うべきその罪科は決して軽いものではない。加えて、下等で醜悪な有機生命体
イバトロン星の復活という掛替えのない目的を奪い去り、強制的な使役に貶めた。ルイ
その声音にはルイズを慮る配慮は一切含まれていなかった。それも当然だろう。サ
﹁下等な蛆虫が、よくもこの俺様を使役してくれたものだ。﹂
745
﹁薄汚い虫けらめ。ゆっくりと時間をかけて殺してやりたいところだが││││﹂
多量の血液を失ったからだろうか、元々白いルイズの肌が白磁の様に青白くなってい
た。刻一刻とルイズは死への階段を上っていた。このままメガトロンが放置するだけ
でも、間違いなくルイズはその命を失うだろう。手を下そうが下さまいが、たった数刻
程度の違いしか生じない。しかし、既に死にかけているルイズを見ても、メガトロンか
ら噴出する猛烈な殺意は些かも薄れていなかった。メガトロンの怒りに呼応するよう
に脈動する暗黒物質。全トランスフォーマーの中で唯一、桁外れの耐久性を持つメガト
ロンだけが、その莫大なエネルギーを使用することが可能となっていた。内部で活動す
る暗黒物質が変換され、強力なダークマターエネルギーがメガトロンの全身に纏われ
る。
るメガトロンの武装。展開していたエナジーブレードが格納され、代替となる兵装が現
下されるメガトロンの宣告。その決定と共に、右腕の砲門が唸りをあげた。組み変わ
﹁││死ね。﹂
第四十三話 辿り着いた答え
746
れる。メガトロンが最も信頼を置き、かつ最強の威力を持つ破壊兵器。フュージョンカ
ノン砲だった。ダークマターを用いた対消滅でターゲットをその一欠けらすら残さず
消滅させる。凄まじい威力を誇るフュージョンカノン砲はこれまでにもメガトロンに
刃向う数々の敵を葬ってきた。解放されようとしているカノン砲はメガトロンに逆ら
う敵を破壊する。これまでも、そしてこれからもその破壊が変わることはない。砲門の
﹂
最奥に蠢くエネルギー。濃縮された暗黒物質を破壊する目標へと一切の躊躇なく解き
放つ。
﹁││││││
機能を失ってはいない。その始祖の祈祷書へと手を伸ばすということはまだ戦う意思
イズ自身の血がべっとりと付着しているが、まだかろうじて判読可能だ。秘宝としての
のか。大したものなど転がってはいない。そこには、始祖の祈祷書が転がっていた。ル
らず、何処か明後日の方へとその腕を伸ばしている。差し出された腕の先には何がある
た微かな力。その要因はルイズだった。身体を貫かれ既に死にかけているにもかかわ
何事かと怪訝に思うメガトロンだったが、何のことはない。鋼鉄製アームを通じて感じ
その刹那のことだった。メガトロンは鋼鉄製アームに加えられる何かの力を感じた。
!
747
第四十三話 辿り着いた答え
748
が残されているということ。
つまり、ルイズは諦めていないのだ。
大量の魔力を消費しても、ズタズタに精神を嬲られようとも、鋼鉄のアームで貫かれ
その身体に大穴を空けられようとも挫けることなくか細い可能性へと手を伸ばす。ル
イズの瞳に燈る強い意志はまだ終わってはいなかった。
││││まだ、諦めていないのか。
ルイズの瞳に宿る強い意志を見て、そうメガトロンが実感した時、落雷のような衝撃
が全身に走った。その衝撃は身体的なものではなく、精神的な側面のもの。心に冷水を
浴びせられるような愕然とした知覚。メガトロンの長大な生涯でも数えるほどしか感
じたことがない心が震えた瞬間だった。
失われていた記憶をメガトロンが取り戻したとはいえ、召喚された後に経験した記憶
までが無くなってしまう訳ではない。記憶を取り戻し破壊大帝として復活を遂げた今、
メガトロンの中には二つの記憶が併存していた。するとどうなるのか。自然、かつての
記憶とこれまでの記憶が重なり、交わることになる。そこまでは何ら自然な当然の成り
行きである。しかし、何故だろうか。その強い衝撃を感じた時、メガトロンの脳裏を過
ぎる光景。それは、元々メガトロンが持っていた戦いの記憶ではなく、このハルケギニ
アで獲得した光景だった。
749
││メガトロン。私は必ず貴方からの忠誠を勝ち取って見せるわ、必ずよ。
││やめなさいメガトロン。まだ決闘は終わっていないわ。
││私は貴族よ、使い魔を置いて先に逃げる者を貴族とは呼ばないわ。敵に後を見せ
ない者を、真の貴族と呼ぶのよ。
このまま何もせずともに数刻も経ればルイズは死ぬだろう。数々の消耗に加えて身
体には大穴が空いている。アームを伝って流れだす夥しい血液は迫りくるルイズの死
を如実に物語っていた。避けられぬ死を目前に控えているにも拘らず、何故ルイズは諦
めていないのだろうか。精神を嬲られ、その身体を貫かれても諦められないものがルイ
ズにはあるからだろう。何があろうともルイズが諦める訳にはいかないのである。大
切な友人たちや忠誠を誓うトリステインなど、ルイズが背負うものは少なくない。加え
て、彼らディセプティコンに対抗できる力を持つ者はルイズだけだからだ。このハルケ
ギニアにおいて虚無の魔法のみがディセプティコンに通用する唯一の力である。その
力を持つルイズが諦めれば全てが終わる。人々の抵抗も虚しく、ハルケギニアは滅亡し
第四十三話 辿り着いた答え
750
てしまうだろう。だからこそ、ルイズが諦める訳にはいかないのだった。
祈祷書へと手を伸ばすルイズの姿は滑稽だ。致命傷の傷を負うその身体で一体何が
出来るのか、と見る者に可笑しさすら感じさてしまう程である。
しかし、諦めを踏破し、微かな希望を目指して闘い続けることを選択したルイズは例
えようもないほどに勇ましかった。
命乞いをすることや泣き叫ぶことなど、幼い少女であるルイズが本来とりうるべき行
動はいくらでもある。けれども、ルイズはそれをしなかった。どれだけ滑稽でも、どれ
だけ無様でも、戦い続けることをその手で選び抜いたのだった。
││私も貴方たちと一緒に戦えるんだってことを証明してみせるから。
││背中は任せるわメガトロン。私と一緒に戦いましょう。
││これからよろしくね、メガトロン。私の大切な使い魔。
まるで魚群の様にきらめく記憶の群れ。メガトロンが見たルイズの姿が、何時かの日
にシエスタと共に見たタルブの草原の様に揺らめいている。細やかな光を反射して波
751
間のように揺蕩うそれらの記憶は美しかった。
メガトロンの脳裏を過ぎるハルケギニアの美しい光景。それはメガトロンに現れた
変化を象徴していた。何かを与えるということは、何かを与えられるということ。ハル
ケギニアに住む人々に対してメガトロンが強い影響を与えた様に、メガトロンもまた彼
らから影響を受けることは避けられないことだった。友人を思うキュルケ。憎しみで
身を焦がすタバサ。誇りに殉じたウェールズ。生まれ育った故郷を愛するシエスタ。
そして、││││ルイズだ。
メガトロンを召喚した張本人である少女。彼女は誰よりも目の前にある毎日を必死
で生きていた。自らの誇りを貫くべく、自身の全てを懸けて進むルイズ。その姿は鮮烈
だった。記憶を失おうともメガトロンが恋い焦がれる赤と青の宿敵を思い出させるほ
どに。
そして、メガトロンが見た人々はルイズたちだけに留まらない。人々は例外なく目の
前にある生を必死で生き抜いていた。ハルケギニアで出会った人々が見せたそれらひ
た向きな生には素朴な生命の尊さが溢れていた。その尊さは何者にも侵害されてよい
ものではない。まばゆい煌めきを放っているそれらの尊さ。力を信奉する破壊大帝で
はその尊さは本来絶対に知覚できない筈だった。しかし、記憶の喪失という奇禍がメガ
トロンの契機となった。ルイズからの召喚が呼び水となり、その変化は始まった。ルイ
ズが様々なことをメガトロンから学んだように、メガトロンは破壊大帝ではない一人の
メガトロンとして様々な人々と触れ合った。一人のメガトロンとして、その尊さに触れ
あってしまったのだ。
そして、ルイズと同様にメガトロンもまたその答えを獲得した。
﹁││││そうか。そういうことか。││││││ルイズ。貴様は││││││││﹂
かつて、ルイズがキュルケに対して言ったように、メガトロンもまた知ってしまった。
知ってしまったからもう戻れない。
ルイズが願ってしまったように、メガトロンは知ってしまった。
地を這い、蠢いている虫の気持ちを。下等な有機生命体である彼ら人間達も、もがき
││││││メガトロン。﹂
苦しみ足掻いているのだということを、メガトロンは知ってしまったのだ。
?
師へと掲げられていた。太陽の破壊。ハルケギニアの崩壊という定められた絶対運命。
そして、流転するメガトロンの記憶が終わりを迎えた時、向けられるべき刃は自身の
﹁何を││││している
第四十三話 辿り着いた答え
752
753
その不可逆を覆せるものなどただ一人しか存在しない。
不可能を可能とする者。起こりえない絶対へ到達することが出来る者は、破壊大帝メ
ガトロンをおいて他にない。屍が積み上がる地獄のタルブにおいて、弟子とその師匠が
鎬を削る最後の戦い。頂点を決する事実上の最終決戦、その第二幕が始まった。
最終話 ゼロの忠実な使い魔
﹁忠臣とは何か、について私に問う人がいた。それによれば、下を向けと言えば下を向
き、上を向けと言えば上を向き、何もないときには静かにしていて、呼べばはじめて答
えるような者があるべき理想の忠臣であるという。果たして、このような者を忠臣と呼
べるだろうか。理想の忠臣とはこのような者を指すのだろうか。﹂
夥しい知識と経験が兼ね備えられている。そのフォールンに分からないことなどほぼ
面する状況の異常さを証明していた。気の遠くなる年月を生き抜いたフォールンには
い殺意に染まっている筈の瞳が困惑の色を宿している。所在なさげに彷徨う視線が直
ど滅多に見られないことだが、その困惑は偽りのない心からの物だった。混じり気のな
抑えきれない困惑がフォールンから見て取れた。始まりの災禍である彼が戸惑うな
というのだろうか。﹂
まのようなもの。影やこだまのような曖昧で不確かなものに貴方は一体何を期待する
もの。何もないときには静かにしていて、呼べばはじめて答えるというのはまるでこだ
﹁下を向けといえば下を向き、上を向けといえば上を向くというのはまるで影のような
最終話 ゼロの忠実な使い魔
754
存在していない。
しかし、今、直面している状況は違った。
記憶の喪失すら一見で看破したフォールンでも理解が及ばないこと。それは、忠誠を
誓い従っていた部下が、その刃を自身へと向けていることだった。
る。
ば、持て余したその暴力を自身へとぶつけてくることも十分考えられることだからであ
ロンであれば、向けられるその殺意にも問題はない。生来生まれ持った性質を鑑みれ
ロンではなく悪逆を誇ったかつてのメガトロンである。記憶を取り戻す以前のメガト
今フォールンが目の前にしているメガトロンは、記憶を失っていたこれまでのメガト
を巡らせるが答えは出ない。
の強い意志を証明しているようでもある。一体何が起こったのか。フォールンは考え
フォールンへと向けられていた。ダークマターエネルギーを漲らせる刃はメガトロン
メガトロンからの返答はない。だが、間違いないことに、右腕のエナジーブレードは
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
﹁││││何を、││││しているメガトロン。﹂
755
しかし、現状は全く違った。一切の遠慮なく振り下ろされるエネジーブレードの一
撃。思考を中断し、回避へと専念するフォールン。その一撃を躱すために空間を跳躍し
﹂
ての回避を試みた。
﹁││││
ようにすることが精一杯だった。
と襲い掛かる。余りに強い衝撃に対応しきれず、すんでのところで武器を取り落さない
だが、フォールンの目論みは大きく外れた。強い衝撃が鉄棍を伝わってフォールンへ
!!
︶﹂
﹁︵馬鹿な││││。俺の空間跳躍を見破り、俺が出現するその先へ攻撃を繰り出すだと
最終話 ゼロの忠実な使い魔
756
り下ろされるエナジーブレードを何とか防ぐことが出来たが、そうでなければ間違いな
が、この有様である。殺意を感じて前方へと、咄嗟に鉄棍を構えたことが幸いした。振
撃を受けていた。何ということだろうか。メガトロンの背後へと瞬間的に移動した筈
後方へと転がることでなんとか衝撃を受け流すフォールンだが、その心中には強い衝
!?
く深手を負っていただろう。武器を握るフォールン自身の手がびりびりと痺れ、感覚を
失っていた。まぐれ狙いの一撃であればここまでの重い打撃を繰り出すことなど適わ
ない。それは間違いなく意識的に行われた強力な攻撃だった。
テレポーテーションによる絶対防御はいとも簡単に看破された。 自身の持つ絶対
的優位性が覆されたのだということを自覚してフォールンは愕然とする。
どれだけの戦いを貴様と共
焦るフォールンとは対照的に、メガトロンは我が意を得たりと勝ち誇っていた。
││││貴様が何処へ移動するかなど、先読みでき
﹁どれだけの長い年月を貴様と共に過ごしたと思っている
に潜り抜けてきたと思っている
ぬ俺様ではないわ。﹂
?
仕 掛 け る。む や み や た ら に 振 る わ れ る 無 秩 序 な 破 壊 で は 到 底 不 可 能 で あ る そ の 芸 当。
たものへと昇華していた。サイキックエネルギーによる瞬間移動を先読みして攻撃を
ないが、これまでの記憶を取り戻したことでメガトロンの振るう力は圧倒的に洗練され
先ほどまで弄られ続けていたメガトロンとは大きな違いである。身体能力は変わら
ガトロンもまた笑う。恐ろしい修羅の貌が破顔して、自身の有利を物語っていた。
翻弄され続けてきた鬱憤を晴らすかのように、笑うメガトロン。悪魔が笑うようにメ
?
757
銀河を支配するかつての破壊大帝メガトロンが完全復活を遂げたことは揺るぎのない
現実だった。
その現実を鑑みれば分かる。フォールンの目の前には長い年月を共に戦い抜いてき
たメガトロンがいた。
記憶の喪失でもなく、何らかの不具合でもなく、何者かからの強制でもない。自身を
慕っていた弟子が、その弟子自身の判断によって攻撃を仕掛ける。明確な弟子からの下
剋上。これ以上のない挑戦状を叩きつけられたのだということを理解した時、堪らずに
フォールンも叫び返した。
﹂
だぞ メガトロン
恩を忘れたか
?
他の誰でもないこの俺
!?
今のお前がここにあるのも俺がいたからこそのものだ。その
!!
反旗を翻そうとも変わることはない。
メガトロンが強い恩義を抱いていることは確かである。その事実は例えメガトロンが
その反駁を聞いたとき、メガトロンの眉根が俄かに険しくなる。フォールンに対して
!!
!!
今その地位にいられるのは一体誰のおかげだと思っている
﹁お前の実力を見出し育て、ディセプティコン軍の指揮権を授けたのは誰だ お前が
最終話 ゼロの忠実な使い魔
758
恩義のある師匠へとその刃を振るう弟子。
その構図のみを見て判断すれば、間違いなく大義を有している方はフォールンだっ
た。しかし、その恩義があろうともメガトロンの意思が揺らぐことはなかった。否、そ
の恩義があるからこそ、メガトロンは揺らぐわけにはいかないのだった。恩義ある師匠
からの懇願を退けなければならない理由がメガトロンにはあるからだ。背負う忠義が
メガトロンを動かす。
両者は暫しそのままの状態で黙して睨み合っていた。だが、メガトロンの抱く気持ち
﹂
に変化は訪れないと察したのか。続く沈黙を断ち切るようにしてフォールンはその口
を開いた。
﹁まさか││││本気でこの俺を裏切るつもりなのか
違うな。││││反旗を翻したのは貴様が先だ。﹂
?
いこともある。強い繋がりがあるからこそ、これまで見逃してしまった瑕疵もあるの
半端なものではない。しかし、強い繋がりを持っているからこそ、戦わなければならな
まった。結ばれた師弟関係、その繋がりはちょっとやそっとのことで崩れてしまうほど
ディセプティコンが創設された始まりの時からフォールンとメガトロンの関係は始
﹁ふん。⋮⋮裏切りだと
?
759
だ。どれだけ明確な罪科があろうとも、その強固な師弟関係が隠れ蓑となってしまった
ため、これまでは手付かずのままだった。その罪を問い正すことがメガトロンにはでき
なかった。
だが、メガトロンは知ってしまった。
知ってしまったからもう戻れない。懸命に生きる蛆虫の存在を。地面を這い、足掻く
者たちが放つ眩い光がその歪みを照らし出す。
我 ら が 故 郷 で あ る サ イ バ ト ロ ン 星 の 復 活 も 我 ら
?
貴様の中にあるのはプライムへの復讐だけだ。貴様の中にある
?
最後までその諫言が注進されることはなかった。メガトロン自身と同じ使命を抱き共
宿願を﹄その諫言をこれまでにメガトロンは何度試みてきたことだろうか。だが、遂に
た。止めようとしたことがなかった訳ではない。﹃狂気に囚われることなく目指すべき
復讐という漆黒の闇に囚われ突き動かされる師の狂気をメガトロンは見逃さなかっ
からっぽなフォールンの心。
のはそれだけだ。﹂
なことなのだろう
ディセプティコン軍もその他に存在する何もかもが、貴様にとってはどうでもよい些末
﹁│ │ │ │ ど う で も よ い の だ ろ う
最終話 ゼロの忠実な使い魔
760
に同じ目標成就へと向けて活動していた頃の姿をいずれは取り戻してくれると期待し
ていたからかもしれない。
しかし、メガトロンが望んだ結末にはとうとう至らなかった。狂気に染まるフォール
ンにその言葉が届くことはもはやありえない。サイバトロン星復活のために奔走する
かつての姿は永遠に失われてしまったのだ。
コン軍の根底には流れていた。例えどのような悪徳に身を浸そうとも、様々な悪名の誹
ような悪徳だろうとも。そうした、サイバトロン星に対する強烈な渇望がディセプティ
し、そのために求められる行動を実行に移す。それが例え他の星に住む生命体を滅ぼす
郷を憂いてどの様な手段を用いようとも構わない。母星の復活を成し遂げようと希求
ディセプティコン軍が創立された目的はサイバトロン星の復活である。滅びゆく故
ないのだからな。﹂
も存在していない。││││││それも当然だ。貴様が求める者達は既に存在してい
﹁││││貴様が目指す先には何もない。母星への思いもかつてあった目的も何も、何
何時からだろうか手段と目的が逆転してしまったのは。
﹁││││フォールン。││││貴様は変わった。変わってしまった。﹂
761
りを受けようとも。母星の復活という目指すべき大義は不変に存在し続ける。その矜
持は保たれるはずだった。
しかし、変容しない組織など存在しないようにディセプティコンもその例外ではな
い。
戦いに次ぐ戦いが何もかもを変えてしまったのだろう。時間の経過と共に組織は変
質し、当初の目的は失われた。目的のためへの戦いが、戦いのための戦いへと墜落して
いったのだ。狂乱するフォールンを始め、次々と戦闘に憑りつかれるディセプティコン
達。種族としての名誉を守るために、それら戦いに狂うディセプティコン達を止めよう
とオートボットは奮闘した。しかし、それが終わりの無い泥沼の戦いであることは分り
切ったことだった。そうした種族内の戦いが長引いた帰結か。何時の間にかディセプ
ティコンは、オートボットを滅ぼすことのみが目的の組織へと成り果てていたのだ。
は分からない。忠義を捧げた師はもう何処にもいなかった。だが、破綻した関係である
がらんどうの心は既に壊れ果てている。狂気に囚われていることすらフォールンに
を欲する。﹂
﹁憎しみに憑りつかれ自我を失い、それを自覚していようとも構わずになお更なる復讐
最終話 ゼロの忠実な使い魔
762
763
にも拘らずメガトロンはフォールンを支え続けた。狂い続ける師を前にしてもなお従
順に頭を垂れ、更なる服従を捧げる。メガトロンがディセプティコンを支配する限り、
フ ォ ー ル ン の 狂 気 は 見 逃 さ れ 続 け た。ど れ だ け 破 綻 し た 関 係 で あ ろ う と も 構 わ な い。
メガトロンがその関係を継続する限り、狂気という歪みが清算されることは永遠にない
のだった。
││││││││私の名前は、││││
しかし、メガトロンの脳裏をよぎる、ピンクブロンドの美しい少女が全ての契機と
なった。
目の前にある生に食らい付き、日々を必死で生きている健気な少女の姿をメガトロン
は知っている。直向きな少女の鮮烈さと盲目的な服従を捧げ続ける自分。光と影が対
比するように歴然とした差異がそこにはあった。浮き彫りとなった違いを自覚した時、
メガトロンは猛烈な恥ずかしさを覚えた。
下等な有機生命体がしていることを、何故自身が出来ないのか。盲目的な服従が本当
に忠義を捧げることになるのか。真の意味で忠を尽くすことに繋がるのか。下等な有
機生命体との出会いが目を背け続けてきた問題と向かい合う呼び水となる。その問題
に対してメガトロンはどのような結論を見出したのか、答えは瞭然だった。
て止め処ない暴走に身を浸す。⋮⋮哀れだ、⋮⋮⋮⋮どこまでも哀れだな。││その惨
﹁││││この世に存在しない幻の復讐相手を、自らの憎しみを解放する捌け口を求め
い姿をこれ以上見ることは忍びない。﹂
憎しみの彼方に辿り着いた成れの果て。かつて、同じ目的のために戦った同志が狂乱
の檻に囚われ狂い続ける様を見ることにメガトロンは耐えられなかった。
だからこそ、メガトロンは反旗を翻す。狂気を見逃し、幇助した責任を果たさなけれ
ばならない。惨禍を断ち切り、師殺しの汚名を背負うべくは弟子である自分でなければ
ならないのだった。そして、これまで引きずってきた禍根をこの手で断つために、メガ
トロンは右腕のエナジーブレードを高々と掲げた。まるで断頭台から振り下ろされる
ギロチンのように、その刃は日の光を反射して冷たく輝く。
一つの確信と共にメガトロンは宣誓した。
殺す。それが最後に弟子として送るせめてもの餞だ。﹂
﹁フォールン、我が師よ。││││││貴様はここで死ね。俺様自らの手で以て貴様を
最終話 ゼロの忠実な使い魔
764
延々と紡がれてきた憎しみの惨禍をここで断つことこそが、目指すべき真の忠義を尽
﹂
│ │ │ │ 俺 の 復 讐 を 邪 魔 す る も の は 誰 で あ ろ う と 滅 ぼ し て や
くすことになると信じて。
るッ
﹁黙 れ メ ガ ト ロ ン ッ
ジョンカノン砲を用いて防御するが、それら飛来物はどんどんとその数を増していた。
量 で 以 て 押 し 潰 そ う と し て い る の だ ろ う。メ ガ ト ロ ン も エ ナ ジ ー ブ レ ー ド や フ ュ ー
始めた。サイキックエネルギーを纏った岩石が、メガトロンへと降りそそぐ。圧倒的物
振るわれるとともに、周囲を滞留するサイキックエネルギーが俄かに沸き立ち、暴走を
立ちはだかる邪魔者を排除するために始まりの災禍はその邪悪を発揮する。鉄棍が
トロンだろうと例外ではない。
た。遂げるべき復讐を妨げる者は須らく邪魔者なのだ。それが例え愛弟子であるメガ
が何だろうが関係ない。フォールンの視界から、既にメガトロンの姿は消え失せてい
だろうか。その三行半は彼の逆鱗をこれ以上なく逆なでした。最早自身の弟子だろう
下された宣誓を聞いて激高するフォールン。揺るぎない事実を突き付けられたから
!!
!!
765
引き絞られた矢のような速度を纏って飛来する浮遊物の群れ。それら空を覆い尽くす
餓えた飛蝗はフォールンの狂乱を顕現させたように荒れ狂っていた。
﹁この星を││││││そして太陽を我が手に││││││。﹂
それら飛来する物質は最早岩石のみに留まらない。アルビオン兵士たちの死体が舞
い、夥しい鮮血が空を彩る。屍の群れが彷徨い、死が溢れる無間地獄へと変貌するタル
ブの草原がそこには広がっていた。その地獄を生み出した始まりの災禍は攻撃の手を
緩めない。サイキックエネルギーを用いた遠距離攻撃だけではなく、自分自身でも果敢
に攻撃を仕掛けていた。使い慣れた鉄棍を振るい、猛然と近距離での攻撃を繰り出す
フォールン。空間を跳躍して繰り出されるありとあらゆる方向からの攻撃はメガトロ
何があろうとも││││あの屈辱を俺は忘れ
ンを容赦なく削り取る。波濤のように押し寄せるそれらの攻撃に愛弟子への力加減な
ど一切含まれていなかった。
﹂
!!
!!
ない
﹁││││復讐は必ず成し遂げるッッ
最終話 ゼロの忠実な使い魔
766
遠距離と近距離双方の強力な合わせ技を前にしてメガトロンは守勢に追い詰められ
ていた。しかし、メガトロンの眼に宿る強い意志は些かも揺らいでいない。それを証明
するように目を見張るような奮戦が地獄のタルブにて繰り広げられる。フォールンが
どれほどの攻撃を繰り出そうとも、防御に徹するメガトロンを突破できない。溢れる波
濤の攻撃を完全に捌き切り、逆に攻撃を仕掛けるメガトロンの実力は破壊大帝の名に違
わない凄まじさだった。
﹂
!!!!!!!
﹁⋮⋮フォールン。⋮⋮貴様が憎悪する相手はもう死んだ。遥か過去のことだ。この銀
めることなく、ただ哀しげな表情を浮かべるのみだった。
か。終わりの無い憎しみの虚しさを感じてもメガトロンは揺らがない。攻撃の手を緩
愁を感じさせた。師の狂乱する様を見て、弟子であるメガトロンは何を思うのだろう
が狂っていることすら分からずにただ血に塗れ続けるその姿はともすれば物寂しい哀
飛沫が噴き上がる地獄のタルブにおいてフォールンは狂気の叫びをあげている。自身
そして、何時までもメガトロンの防御を突破できない鬱憤からか、死体が飛び交い血
﹁││││││■■■■■■■■■
767
河中、何処を探そうとも貴様が求める相手など何処にもいない。﹂
そして、強力なサイキックエネルギーが渦巻き屍が闊歩する地獄の只中にあってもメ
ガ ト ロ ン は 動 じ て い な か っ た。受 け た 恩 義 を メ ガ ト ロ ン は 忘 れ て い な い か ら で あ る。
培った恩義に報いるためであるならば、どれほどの攻撃を被弾しようと、呪いの言葉を
どれだけ浴びせられようとも苦ではなかった。
弟子が抱く思いは不動の強さを持っている。しかし、その思いは師へと伝わることは
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ││││⋮⋮⋮⋮﹂
ない。唯一の愛弟子による命を懸けた諫言も狂乱の檻に囚われたフォールンには届か
なかった。
!!!
けた矛先が信頼を傾けていた同胞達からのものであれば尚更だろう。全身が炭化する
墜落した者と疎まれ蔑まれた過去の憎しみをフォールンは忘れていない。侮蔑を受
の記憶。
背負う罪と正面から向かい合わせられたその瞬間、フラッシュバックするフォールン
﹁││││黙れッ
最終話 ゼロの忠実な使い魔
768
769
ような激烈な憎悪。抱く信頼が強ければ強いほど裏切られた際に抱える反動はより大
きいものとなる。絶対の信頼は、その強すぎる信頼が故に暴走することとなった。
必死でメガトロンの言葉を否定するフォールン。自身の正気を保とうとしているの
だろうか。誰に言い聞かせるでもなく、繰り返し繰り返し、呟かれる否定の言葉。その
脳裏を過ぎる六人の後ろ姿がフォールンを苛むのだ。
何 故 こ の よ う な 結 果 に な っ て し ま っ た の か。最 早 フ ォ ー ル ン 自 身 に す ら 分 か ら な
かった。
果てのない戦いは互いの譲れないものを巡って始まった。自由と平和を愛し、生命へ
の 敬 意 を 忘 れ な い プ ラ イ ム 達 と フ ォ ー ル ン は 決 定 的 に 相 い れ な い 運 命 だ っ た の だ。
フォールンが望んだサイバトロン星への愛は本物である。墜落した者と罵られること
になろうとも構わない。汚名の誹りを受けてでも守りたいものがあった。
サイバトロン星への強い愛を持つフォールンにはどうしても分からなかった。地を
這う下等な有機生命体と故郷であるサイバトロン星。その二つを天秤にかけ、前者を選
択する兄弟達。その選択も、兄弟達の行動も、そのどれもが許容できないものだったし、
理解することができなかった。
﹁何故だ││││。何故だ兄弟たちよ││││。何故俺を憐れむ
何故訝るのだ
我ら
?
何故│││
?
以来のことである。六対一という圧倒的不利を覆し、ディセプティコン創設を決定的な
ワーが久方ぶりの復活に快哉を叫ぶ。その力が解放されたのは紀元前17 000より
来ない焦燥からか。フォールンは自身に隠された最後の力を解放させた。秘されたパ
仕留めきれないメガトロンに痺れを切らしたのか、かつての過去を振り切ることが出
│││俺を││││││││││俺を││││││││││。﹂
は俺にとって大切なものを選んだだけだ。なのに何故俺をその目で見る
故サイバトロン星を見捨てるのだ。分らない││││何故だ。何故。││││││俺
その違いなど分かり切ったことだ。なのに、何故この虫けらどもを優先させるのだ。何
が 故 郷 で あ る サ イ バ ト ロ ン 星 と こ の 下 等 な 有 機 生 命 体 達。天 秤 に か け る ま で も な い。
?
ものとした無二の力。決して斃れることなく、全オートボット宿願の標的であり続けら
れる根本。
﹂
!!!!
﹁││││■■■■■■ッッッ
最終話 ゼロの忠実な使い魔
770
雄叫びをあげるフォールンに呼応して、その身体に顕著な変化が表れた。各部至る所
から赤紫色の猛火が噴出し、全身を覆う。収束するサイキックエネルギー。魂のような
陽炎が揺らめいて強固な関節部分を形作り、その細身な身体をカバーしていた。
顕現した始まりの災禍。
その姿は一言で言い表してしまえば、焔の塊。半分霊体化しているのではないかと思
え て し ま う 程 の 空 疎 な 不 気 味 さ を 伴 っ て い た。幽 鬼 の 様 に 佇 む 墜 落 せ し も の、ザ・
フォールン。幻想的であり恐ろしくもあるその様風貌は、どこまでも始まりの災禍にふ
さわしいおどろおどろしさを放っていた。
﹁﹁││││﹂﹂
心を引き裂かれるようなフォールンの叫びとは対照的に、地獄と化していたタルブに
は静寂が訪れた。辺り一帯が冬の湖面の様に静まりかえる。空を彩っていた鮮血も闊
﹂
﹂
!!!!!!!!!
歩する屍もいない。けれども、それは内奥に更なる暴風雨を控える嵐の前の静けさにす
ぎなかった。
﹁オオオオオオオオオオッ
﹁グガアアアアアアアアアアアアアアッ
!!!!!!!!!!
771
交錯する雄叫び。師弟の戦いは佳境を迎えた。赤紫の炎に包まれたフォールン。異
形と化した師を前にして弟子は最後の戦いに臨む。異形と化したフォールンの姿をメ
ガトロンが見たのはこれが二度目のことだった。極限の状況を突破する際のみに使用
される秘中の秘。
フォールンが隠し持っていた最終形態・ファイナルモードである。
周辺へと展開していたサイキックエネルギーを自身の身体へと集中させる。拡散し
ていたサイキックエネルギーを限界まで収束させることで身体能力の異常な向上が可
能となった。六人のプライムを一度に相手取っても勝利を納めることができた秘密は
ここにある。フォールンはこのファイナルモードを駆使することで、六人のプライム達
との激戦を勝ち抜くことが出来たのだ。六対一という圧倒的劣勢ですら覆す。その圧
倒的な暴力は、全ての物を平伏させる。銀河を支配する破壊大帝メガトロンですら、太
﹂
刀打ちすることすら叶わないのだ。
﹁■■■■■■││││
!!!!
最終話 ゼロの忠実な使い魔
772
音速を超える速さでぶつかり合う鋼鉄の巨人達。振るわれた鉄棍が空間を断ち切り、
衝突した長大なエナジーブレードと激烈な火花を散華する。その火花が消失する間す
らない狂乱する打ち合いが繰り広げられた。波濤の様に襲い掛かる焔の塊をメガトロ
ンは捌き続ける。静まり切ったタルブの村でその激戦が繰り広げられた。
静まり返る血肉塗れたタルブと狂奔する激闘。
始まりの災禍と破壊大帝。
両者の戦いは苛烈を極め、他者が割り込める余地など全く残されていない。タルブに
展開するディセプティコン達も、ただその戦いを見つめることしか出来なかった。強力
なディセプティコン達ですら射竦められしてまうほどの迫力。ディセプティコンとし
てあってはならないふるまいだろうが、戦いの内容が内容である。繰り広げられる余り
に激しい戦闘に尻込みしてしまうことも無理はないだろう。その戦いには何者も近寄
ることを許されなかった。
ただ一人の例外を除いては。
﹁││││││││ッ。││││││││ッ。﹂
773
少女が奏でるか細い吐息のみが二人の戦いを彩っている。漂う小さな声が血肉塗れ
るタルブの地獄に咲いていた。。
﹁││││おおおおおおおッッッ
﹂
?
語っている。
︶。﹂
の 戦 い は 熾 烈 を 極 め た。活 火 山 の よ う な 轟 く 鉄 鋼 の 衝 突 音 が そ の 戦 い の 激 し さ を 物
猛進するメガトロンとファイナルモードのフォールン。激しい殴り合いをする両者
のため、両者の戦いは必然的に肉弾戦へと限られた。
その状態では瞬間移動や念動力などのサイキックエネルギーを使用出来ないのだ。そ
強力無比なファイナルモードにも欠点は存在する。超絶な身体能力を得る代わりに、
繰り出した。
昂に奮起するメガトロン。天を突くような咆哮をあげると、フォールンへ向けて突進を
まるで寄り添うようにして紡がれる優しい声を聞いて、メガトロンが吠えた。意気軒
!!!!!!!
この声は
?
﹁ッ││││︵何だ││││
最終話 ゼロの忠実な使い魔
774
││││だが、銀河に名をとどろかせるメガトロンですらフォールンには届かない。
燃え盛る憎しみの焔は、破壊大帝ですら抑えきれない勢いを持っている。超絶の身体能
力を発揮するフォールン。その剛力には流石のメガトロンでも対抗できない。六人の
プライムを圧倒したその実力は伊達ではないのだ。恐ろしいことに、ファイナルモード
状態のフォールンは単純な力比べでもメガトロンを上回っている。メガトロンの剛力
︵││││││誰かが俺様を呼んでいる。︶﹂
を上回る超絶な身体能力。如何に破壊大帝だろうとも、自身の剛力を超えた更なる暴力
には敵わなかった。
﹁││││││グウゥッッ
﹁︵││││││ここが、││││││││││││俺様の迎える果てなのか│││││
持っている。
様な手数の多さにもかかわらず、繰り出されるその一撃一撃が砲弾の様に猛烈な威力を
に嬲られてしまった。間断なく降り注ぐ雨の様な、強烈な連撃だった。加えて、雲霞の
まう。メガトロンも必死に攻撃を仕掛けるが、その努力の甲斐なくサンドバッグのよう
思わず漏れる呻き声。フォールンの猛攻に耐えきれず、防御する両腕を突破されてし
?!
775
│││││││。︶﹂
ラッシュの直撃を受け、膝をついてしまうメガトロン。これまでに経験したことのな
い損傷がメガトロンに自身の死を予感させた。狂気に染まるフォールンがその隙を見
逃すことはない。息の根を止める絶好のチャンスとばかりに天高く跳び上がり、使い慣
れた鉄棍を振り下ろす。数々の敵を葬ってきた一撃は紛れもなく本物。例えメガトロ
ンとてその例外ではない。フォールンの猛攻に屈して、そのまま勝負が決してしまうの
か。
﹂
始まりの災禍が勝ち誇る、当然の結末がそこには待っていた。
?
﹁ウオオオオオオオオオオッ
﹂
!!!!!!!!!!
メガトロンの発揮する力が爆発的な増加を続けたからだ。
││││││背中は任せるわ。私と一緒に戦って。││││││
しかし、そうはならなかった。
﹁■■■■■■││││ッ
最終話 ゼロの忠実な使い魔
776
振り下ろされた鉄棍の一撃を驚異的な力でもって受け止めると、メガトロンは反撃を
開始した。長大なエナジーブレードに漲る強力なパワー。その身体にはダークマター
エネルギーの強力な波動が纏われていた。
一体何が起きている
﹁︵││││この膂力は何だ
るだと
?
││││││死にかけの身でこれだけのパワーを発揮す
︶﹂
?!
!??
ですらその対応に手古摺っていた。
ナルモードは超絶な身体能力を現実のものとしているが、モードを解放したフォールン
応を試みる。だが、振るわれるメガトロンの刃は明らかにその力を増していた。ファイ
力な波動となって昇華していた。反攻に転ずるメガトロンに反応して、フォールンも対
が迸る紫電と共に破壊大帝を彩っている。鮮烈な青は、紫色の波動と混ざり合いより強
加わっていた。目を凝らせば視界に映る。力強い海原のような青い焔。鮮やかな蒼炎
だが、その身に纏われる波動にはダークマターエネルギー以外の異なるエネルギーが
﹁︵││││そうか。││││貴様か。︶﹂
777
フォールンは困惑するが答えは出ない。如何に破壊大帝だろうともその異常さは不
可思議だった。何故ならば、メガトロンにはフォールンの様な隠されたモードなど存在
していないからだ。潜在以上の実力を発揮することなど叶わない。しかし、上昇を続け
るメガトロンのパワーは本物だった。溢れ出るマグマのようなエネルギー。一体何が
起こったのかとフォールンは混乱するが、明確な答えは判然としなかった。
﹂﹂
同様。永遠にも思える時を経て、師弟の戦いは佳境を迎える。
し、終わらない戦いも成立しない。熾烈さを極めるメガトロンとフォールンとの戦いも
が永遠にも感じられる濃密な時間でも、積み重なれば山となる。過ぎない時間はない
轟く両者の絶叫。烈しさ極めるその戦いは永遠に続くものと思われた。しかし、一瞬
﹁﹁■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッ
!!!!!!
フォールン。﹂
﹁尽 き た 筈 の エ ネ ル ギ ー が 沸 い て く る。ま だ だ、│ │ │ │ │ │ ま だ 俺 様 は 戦 え る ぞ。
最終話 ゼロの忠実な使い魔
778
六人のプライム達が生贄となった今、ファイナルモードを解放するフォールンに対抗
できるものなど存在しない。プライムはプライムにしか倒せないからである。プライ
ムであるフォールンを打倒出来る者がいるとすれば、それはプライムの末裔のみ。本来
それだけの
であれば、オートボットを率いるリーダーのトランスフォーマーのみが、フォールンを
打倒する最後の手段なのだった。
?
││││││哀││││││││俺は、││││││││メガトロン││││││││
﹁︵│兄弟たちよ│││││││何故だ。何故俺を││││││││見捨て││憐││
た。
ボロボロで損傷のない場所は何処にも見られないが、それでもメガトロンはここにい
のとなった。何故ならば、破壊大帝メガトロンが、まだ無事に佇立しているからである。
しかし、フォールンに多量のダメージが見られるようになって、その常識は過去のも
││││何故││││││││││。︶﹂
ダメージがありながら、何故俺に向かってくる それほどまでに損傷しながら││││
﹁︵何故だ││││⋮⋮。メガトロン。お前は何故倒れない││││││
?
779
貴様は││││││││何故││││││││俺は││││││││。︶﹂
混濁を増すフォールンの思考。いつまでも倒れないメガトロンに対して、終いには
フォールンが先に根をあげて崩れ落ちそうになっている有様だった。フォールンが秘
めたファイナルモードを解放しても未だにメガトロンは葬れていない。フォールンが
あらん限りを振り絞ろうとも、絶対の逆境を跳ね除けてメガトロンはここにいる。弟子
と師匠における地位交代。かつての復讐に固陋し、囚われているフォールンが新旧を覆
されようとしていた。
︶﹂
?
何故ルーンは変化したのだろうか。記憶を取り戻し、なおかつ自らの師へ向けて刃を
トルーンではなくなっていた。
まれた特徴的な刻印。メガトロンが記憶を喪失する契機となったかつてのサーヴァン
メガトロンの右肩にあった文様。消えたはずの刻印が復活していたのだ。右肩に刻
く目の前で起こる変化を知った。
自身が乗り越えられようとしているというその瀬戸際にあってフォールンはようや
﹁︵あの輝きは││││││
最終話 ゼロの忠実な使い魔
780
振るうことを選択したメガトロン。その心中における変化が反映されたのかもしれな
い。美しい少女との間に結ばれたつながりは、メガトロンの心境の変化を鏡映すように
沸き立ち、盛んな行き交いを見せていた。
伝説を受け継いだ少女が背負う宿命の痣。その文様は見るべきものが見れば驚愕す
る刻印を指し示している。フォールンは知らない。人間を下等な有機生命体と侮蔑し、
見下す墜落せし者には決して理解できないのだった。その文様がハルケギニアに受け
継がれし伝説であることを。ハルケギニアに伝わる伝説。受け継がれた虚無の力。
ガンダールブのルーンがその眩い輝きを放っていた。
いたのだ。
イズが、奇跡的な蘇生を遂げていた。かろうじての所だが、ルイズはその命脈を保って
惨たらしく開いた貫通痕が痛々しいが、その息はまだ途絶えていない。絶命した筈のル
美しい少女が、血に塗れたその口からか細い息を吐いていた。奏でられる微かな喘鳴。
メ ガ ト ロ ン と フ ォ ー ル ン が 繰 り 広 げ る 激 闘 の 傍。打 ち 捨 て ら れ た 死 骸 群 の た だ 中。
﹁││││││ッ ││││││ッ﹂
781
﹁︵これが││││││││││││貴様の持つ力か││││││︶﹂
﹁︵これが│││││││││││貴方の持つエネルギーなのね││││││︶﹂
数々のダメージをその身体に蓄積させ、おまけにその身体には大きな穴が開いてい
る。多量の出血と内臓の機能停止。数々の損傷が原因となってルイズは間違いなく絶
命した。虐殺されたアルビオン兵士たちと同様、冥途への道筋を歩んでいた筈だった。
その筈なのに、何故かルイズはまだ生きている。心臓は力強い拍動を打ち、肺腑は取り
込んだ酸素を全身の各器官へと分配していた。
くメガトロンの持つ波動。強力なダークマターエネルギーが発する光だった。
探してもただ一人しかいない。ルイズの全身から迸る紫電の光。その光はまぎれもな
制的にリセットしてしまう程の絶大なエネルギー。そんな代物を持つ者は、銀河宇宙を
そして、その全身からはマグマの様に強力なエネルギーが溢れだしている。絶命を強
﹁︵│││││││││││メガトロン│││││││││││︶﹂
﹁︵││││││││││││ルイズ││││││││││││︶﹂
最終話 ゼロの忠実な使い魔
782
回復した繋がりが、絶命の窮地を挽回させた。
メガトロンはルイズの虚無が流れ込んだことでパワーアップを遂げ、瀕死を負ったル
イズはメガトロンのパワーによってその命を取り留める。ルイズとメガトロン。奇跡
的な幸運を我が物とする二人の出会いは、やはり運命であり必然でもあったのだろう。
何故ならば二人は互いが互いを補い合う最高の相性を持っていたからだ。
▲
はうってつけ。まさにメガトロンの為だけにあるような能力だった。
ている。そのメガトロンにとってありとあらゆる武器を使いこなすガンダールブの力
れたことは決して無関係のことではない。メガトロンは自分自身が最強の武器を兼ね
ルイズがガンダールブの虚無を生まれ持ったことと、召喚者としてメガトロンが呼ば
▲
さしく神の左手ガンダールヴ。
はその右手に持ち、あらゆる武器の悉くを例外なく使い熟す。勇猛果敢なその様は、ま
﹃神の左手﹄ガンダールヴ。その姿は勇猛果敢で、一騎当千。剣はその光輝く左手に、槍
783
﹁︵││││││││││││ねぇ、メガトロン。私は貴方の役に立てたのかな
フォールンであろうとも例外ではないのだ。
︶﹂
発 揮 す る メ ガ ト ロ ン に は 何 者 も 敵 わ な い。そ れ が 例 え フ ァ イ ナ ル モ ー ド を 発 揮 す る
というガンダールブの伝説は虚飾ではないのだ。自身の能力を何倍以上にも引き出し
の強力さは凄まじい。千のメイジを相手にしたとしても決して負けることはなかった
虚無の援護を得て、メガトロンは戦った。ガンダールブの力をその身に纏って戦うそ
?
戦いの結末は決定したようなものだった。憎しみの澱に身を浸し、戦いに次ぐ戦いを
マスターとして││││││││││││。︶﹂
える。メガトロン。││││││││││││私は││││││││││││貴方の
││││││││今、この場でならこの場所でなら貴方に背を向けることなく向かい合
だろうって。私はもう二度とあなたに顔向けができないとも思ってる。でも││││
をも奪っていたんだって知った時は本当に悲しかった。なんてことをしてしまったん
﹁︵││││││││││││貴方の記憶に留まらず、故郷を取り戻したいっていう目的
最終話 ゼロの忠実な使い魔
784
渡り歩いた果てがそこにある。
﹂
その絶叫には隠しようのない強い感情が含まれていた。取り戻せない過去を取り戻
﹁■■■■■ッッ
!!!!!
ンは恐ろしくも、何処か寂しげな哀愁を感じさせた。
でに癒えることなどあり得ない。自壊する身体を無理押して攻撃を仕掛けるフォール
に、更なる破綻を求めてさ迷い歩く。暴走が暴走を生み続ける憎しみの連鎖が、ひとり
か囚われること自体が目的と成り果てていた。壊れた心が自身の正常さを証明する為
まで止まらないし止められない。手段と目的の逆転。囚われた狂乱の檻はいつのまに
しかし、その瞳に宿る殺意は些かも薄れていない。混じり気のない憎しみは、壊れる
尽きたのか、最早正常に歩くことすらままならない有様だ。
身体は蓄積されたダメージに耐えきれず自壊する。備蓄するサイキックエネルギーが
メガトロンの眼前に聳える幽鬼の姿。強すぎる憎しみは精神を汚染し、悲鳴をあげる
﹁││││││││││││⋮⋮⋮⋮。﹂
785
そうと暴走を重ねたフォールン。強すぎるサイバトロン星への愛が理想的なプライム
の関係を崩壊させた。有機生命体を毛嫌いするフォールンにとって生命を尊重するプ
ライムの方針はフォールンにとって邪魔者以外の何物でもなかった。フォールンがプ
ライムの方針に対して反旗を翻すに至ったことは自然な成り行きだったのだろう。 しかし、一つの誤算がそこにはあった。
紀元前17 000年の地球におけるかつての話。圧倒的不利を覆し、フォールンは
ディセプティコン軍団の創設と自身の反乱を成功に導いた。
だが、兄弟たちの自決という結末に直面して、フォールンは愕然とした。
取り返しのつかない兄弟達の喪失はフォールンにとって何よりも衝撃だった。魂を
分け合った最愛の消失はフォールンの精神に重すぎる罪科を背負わせたからだ。際限
なき破壊を危惧したとはいえ、そこまでするのか。自身を生贄に捧げてまで、サイバト
ロン星を優先させた自身の選択は否定されなければならないのか。
││││││││││││俺を一人にしたのだ。何故││││││││││││ど
﹁││││││││││││兄弟たちよ。何故││││││││││││俺を見捨てた
最終話 ゼロの忠実な使い魔
786
?
うして││││││││││││﹂
フォールンの葛藤はどこまでも積み重なるが、その苦しみを理解できる同朋は既に死
に絶えた後である。失ったものの巨大さをフォールンが自覚した時にはもう遅かった。
取り返しのつかないものの巨大さと、命を捨ててまで否定されたのだという事実。その
二つの要因が重なってフォールンを苛んだ。
この宇宙中、どこを探そうともフォールンが求める相手は存在しない。六人のプライ
ムは種族の誇りに殉じて自決を選択したのだ。しかし、失われていると知っていても、
﹂
フォールンは求め続けた。失った過去を取り戻そうと、果てのない災禍を振りまきなが
ら足掻き続けた。
殺してやるぞ││││││兄弟たちよッッッ
六人の兄弟達を。復讐を遂げる彼岸の宿敵を求めて。
﹁││││││││殺してやるッッ
!!!!
できなくなっていた。暴走するフォールンが見た今際の光景。それは最愛の同胞が見
過剰なサイキックエネルギーの乱用からか。既にフォールンは正常な意識すら維持
その言葉を聞いた瞬間、メガトロンは自身の師を亡き者とする覚悟を固めた。
!!
787
せる誇り高い後ろ姿だった。
墜落した者と侮蔑され闇に塗れるフォールン。
尊い誇りと共に白銀の名誉に包まれる兄弟たち。
浮き彫りとなる明と暗。ほんの少しの違いがここまでの結果を生み出した。眩いプ
ライム達の遺功が漆黒に染め上げられた堕落を照らし出す限り、暴走を続けるフォール
ンの精神は止まらない。六人のプライムを打倒したかつての瞬間からフォールンは一
歩も動けていないのだ。メガトロンが見透かした通り、フォールンの中にあるものはプ
﹂
ライムへの復讐だけ。変質を遂げた尊い目標。理由のある憎しみは、いつしか憎むこと
それ自体が目的となっていた。
!!
メガトロンの強い意思を反映して全身にまとわれる波動がより明るく煌めき、強力な
から。
ほどの苦しみが伴おうとも喜んで享受する。それこそがメガトロンの苛烈な忠なのだ
メガトロンは迷わない。どれほどの重い決断だろうとも構わない。その選択にどれ
決別の言葉と共に武器を振り降ろすメガトロン。
﹁我が師よ││││││││これで終わりだッ
最終話 ゼロの忠実な使い魔
788
ものとなる。蒼炎と紫電を纏って闘うその姿は鮮烈で勇ましかった。
暴走をするフォールンの憎しみは果てしない。だが、メガトロンは何があろうとも負
けられないのである。
何せ一人ではないのだから。
忠誠を捧げる二人の主。掛替えのないマスターたちの為にも、メガトロンは負けられ
ない。果たすべき忠を尽くすために、メガトロンは最後の攻撃を試みた。振り下ろされ
るエナジーブレード。長大なギロチンは、虚無のブーストを受けて加速する。振り下ろ
される刹那、メガトロンの腕は微かに鈍った。刹那の際に訪れた躊躇いの葛藤。強い恩
義のある師匠への一撃を前にして強い躊躇が伴った。
しかし、微かに脳裏を過ぎった少女の横顔がその葛藤を拭い去る。
交差する鉄棍とエナジーブレード。行き交う視線は師弟が交わす最後を象った。
た。最後に漏れたか細い吐息のような声ならない声。末期の言葉は大気中に霧散し、静
れたエナジーブレード。迷いなく放たれた一閃は過たずフォールンの命脈を断ち切っ
断裁される大動脈。噴出する大量の血飛沫が決闘の終了を告げていた。振り下ろさ
﹁﹁││。﹂﹂
789
まり返るタルブの村に溶け込むようにしてなくなった。
血だまりに沈む草原が、地獄の終焉を祝うようにして嘶く。フォールンの囁いたかす
かな声音は広場に吹きよせる木枯らしと紛れて混ざり合う。
し か し、メ ガ ト ロ ン の 鼓 膜 に は 確 か に 届 い て い た。憎 し み の 暴 走 か ら 解 放 さ れ た
フォールン。終わりを迎えた憎しみの旅路の果て。今際の際に師匠は残された弟子へ
向けて何を呟いたのだろうか。それは、メガトロンにしか分からなかった。
痛いほど理解していた。メガトロンにもあるからだ。大切な親友を打倒してでも守り
そして、取り返しのつかない過去をそれでも取り戻そうと足掻く葛藤をメガトロンは
大切なものが失われてしまった苦しみ。
れている。
も変わらずにその面貌は鬼の様に恐ろしかったが、その瞳には抑えきれない哀愁が含ま
る師匠へ向けて、弟子が注ぐ視線には言葉にならない万感の思いが込められていた。相
何かの拘りがあったのだろう。命脈を断たれ、ずるずると斃れるフォールン。崩れ落ち
フュージョンカノン砲を最後まで用いずに、自分の身体だけで闘ったメガトロンには
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
最終話 ゼロの忠実な使い魔
790
791
たい故郷が。自身を呼ぶ母星の呼び声がメガトロンを導く。フォールンと同様の結末
を迎えるだろうことをメガトロンも知っている。だからこそ、メガトロンに侮蔑の言葉
はないし、瞳を伝う流水は偉大な師匠への敬意を物語っていた。
道半ばで倒れたフォールンとは違い、メガトロンの旅路は終わらない。
多少の寄り道はあったけれども、母星の呼び声を求めて進むその道程は、まだ始まっ
たばかりである。溢れる哀しみを振り切るように、メガトロンは為すべき次の行動へと
取 り 掛 っ た。切 り 裂 か れ た フ ォ ー ル ン の 胸 元。其 処 に は 煌 め く 何 か が 収 ま っ て い る。
その煌めきを確認すると、メガトロンは果てる師の胸部へと手を伸ばし、収まっている
輝きを握りしめた。大切な思い出を取り扱うようにして丁重に大切に。
眩い輝きを放つ球体状の物質。それは金属生命体であれば誰もが持ちうるコアだっ
た。
トランスフォーマーの心臓部。強力なエネルギーの動力源となる臓器であり、再生能
力 を 持 つ ト ラ ン ス フ ォ ー マ ー 達 に と っ て 唯 一 に し て 絶 対 の 弱 点 で も あ る。ト ラ ン ス
最終話 ゼロの忠実な使い魔
792
フ ォ ー マ ー を 打 倒 す る た め に は、本 来 こ の 部 分 を 破 壊 し な け れ ば な ら な い。し か し、
フォールンの場合は異なった。
蓄積したダメージとサイキックエネルギーを使い果したことによる虚脱。そして切
り裂かれた大動脈が決定的な要因となったためフォールンは絶命した。だが、外傷的要
因が先行したため、奇跡的にもコアの部分は無傷のまま残されていたのだ。メガトロン
が手にしているコアはその際に取り残されたものである。
取り出したコアを持って、メガトロンは自身の胸部へと一思いに押し当てる。触れ合
う子弟の力の源。フォールンのコアがメガトロンのコアと接触したその瞬間、激しい雷
光 が 辺 り 一 帯 に 撒 き 散 ら さ れ た。放 電 す る よ う に 刺 々 し く 溢 れ る 強 力 な エ ネ ル ギ ー。
突き刺さる波動の直撃を受け、メガトロンは苦悶の表情を浮かべている。
そして、時間の経過と共に、その放電現象も収まっていった。
徐々に収まる放電現象と反比例して、フォールンのコアはその輝きを失っていた。コ
アに宿る力はそのコア特有のものである。金属の身体はあくまでも器でしかないのだ。
属トランスフォーマー的なエネルギーではないため、トランスフォーマー本人が死亡し
ようとも、消え失せてしまう訳ではない。
力の委譲が滞りなく終わったのだろうか。コアの輝きが消失すると、新たな波動がメ
ガトロンに加わっていた。赤銅色へと変化した波動。紫電と赤銅のエネルギーは混ざ
り合いより強力な波動となっていた。見間違いようがなくその強力なエネルギーは先
程まで激戦を繰り広げていたパワーその物。
集結せよッッ
﹂
紛れもなくフォールンが使用していたサイキックエネルギーだった。
﹁ディセプティコン共よッ
!!
ディセプティコンに所属しているトランスフォーマーである。
る 金 属 生 命 体 達 が い た。鬼 の 様 に 恐 ろ し い そ れ ら 大 量 の ト ラ ン ス フ ォ ー マ ー。皆 が
間を跳躍する道を作り出したメガトロン。その命令に従って穿たれた黒点から出現す
フォールンのサイキックエネルギーを完全に吸収し、自分のものとした結果だろう。空
は 行 え な い。し か し、現 状 の メ ガ ト ロ ン は そ の 技 を 当 た り 前 の よ う に 使 用 し て い た。
サイキックエネルギーを持たないメガトロンでは空間を繋げるワームホールの創生
れた太陽が虫食いの穴だらけになる恐ろしい光景が復活していた。
すると、空が割れ無数のワームホールが出現する。青空に穿たれる幾つもの黒点。遮ら
轟くメガトロンの咆哮。世界を響かせるようなメガトロンの咆哮が辺り一帯に到達
!!
793
最終話 ゼロの忠実な使い魔
794
彼らは戦闘に参加することなく、メガトロンとフォールンの決闘が終了する今の今ま
で境圏の狭間で見物を決め込んでいたのだった。彼らが服従している相手はメガトロ
ンであり、フォールンではない。実際のところ、フォールンの命令に従って戦闘に参加
したディセプティコンは殆どいなかった。血気盛んな十数体のディセプティコンはそ
の戦闘に加わっていたが、それも自身の戦闘意欲を満たすためであり、下された命令に
従っての参加ではなかった。
ディセプティコン内においてフォールンは隠然とした影響力を持っている。しかし、
軍団内における影響力の多寡は圧倒的にメガトロンが上だった。フォールンが第一線
を 離 れ て か ら 気 が 遠 く な る ほ ど の 年 月 が 経 過 し て い る。荒 く れ 者 の ト ラ ン ス フ ォ ー
マーを統率し、大勢力を誇る現状のディセプティコンを築き上げたのは紛れもなくメガ
トロンだ。例えフォールンが軍団の創設者であろうともそれは遥か過去のことである。
大多数のディセプティコンがメガトロンに服従を捧げることも無理からぬことだろう。
形骸化する創設者ではなく、名実ともに影響力を振るう支配者を。
長い年月の果て、既にディセプティコンはフォールンではなく、メガトロンの支配す
るものとなっていた。
﹁││お迎えに参上いたしました。メガトロン卿よ。﹂
ことはない。
ロンが記憶を失おうとも、軍団の創設者に対して反旗を翻そうとも二人の姿勢がぶれる
ディセプティコンが服従を強いられていることとは対照的に、その忠誠は絶対。メガト
二人は元よりフォールンではなくメガトロンに対して忠誠を捧げていた。大多数の
い大戦力である。
いずれともメガトロンからの信頼も厚く、ディセプティコン軍に欠かすことが出来な
フォーマー、突撃隊長ショックウェーブ。
均 一 さ を 欠 落 さ せ る 巨 大 で 不 格 好 な 右 腕 が メ ガ ト ロ ン を 髣 髴 と さ せ る ト ラ ン ス
鶴翼のような基幹部品が特徴的なトランスフォーマー、情報参謀サウンドウェーブ。
傅く二人のトランスフォーマー。
奉する破壊大帝へと頭を垂れる。大多数のディセプティコンを代表して、破壊大帝へと
朽ち果てたフォールンには目もくれず、二人のディセプティコン軍大幹部は自身が信
﹁││││。﹂
795
寡黙な二人だが、その表情にはメガトロンが名実ともにディセプティコンの頂点へと
上り詰めた事実に対する歓喜が現れていた。記憶を取り戻し、新しい能力を吸収するこ
とで更なるパワーアップを遂げた破壊大帝メガトロン。フォールンという楔が外れ、メ
ガトロンを頂点としたディセプティコンは勢力拡大を続けるだろう。
その大躍進をメガトロンと共に歩むことが出来る。メガトロンへの心酔をますます
強める二人はその約束された未来を前にして歓喜に身を震わせた。
ムホールは碧落の場所にある地球へと繋がっていた。
巨大な右腕を天高く突上げると、目指すべき目標への道筋を指し示す。拓かれたワー
幹部を慰労すると、一呼吸置いた後にメガトロンは命令を下した。
ンという大軍団の頂点に座していることを改めて自覚する。そして、仰臥する二人の大
が視界一杯にまで広がっている。その光景を見て、メガトロンは自身がディセプティコ
ろしい獄卒たちが、命令が発せられるその時を待っていた。命令を待つ大量の兵士たち
は満足そうに頷いた。整然といならぶ強力な兵士達。地獄と化したタルブにおいて恐
ワームホールから雪崩を打って出現するディセプティコン兵士達を見て、メガトロン
﹁御苦労。﹂
最終話 ゼロの忠実な使い魔
796
﹂
!!!
進撃を開始しろッッ
!!
開始した。軍団を引き連れてワームホールへと向かう彼らディセプティコン兵士たち。
メガトロンの促しを受けて、ショックウェーブ・サウンドウェーブ両大幹部も侵攻を
け。﹂
地 球 へ と 侵 攻 す る が い い。残 る 用 を 済 ま せ て、俺 様 も 後 に 続 こ う。│ │ │ │ さ ぁ、行
﹁サウンドウェーブ。そしてショックウェーブよ。他のディセプティコンを引き連れ、
ボットという種族の未来を左右する一大決戦が始まるのだった。
師匠と弟子といった小さい戦いではない。軍団対軍団。ディセプティコン対オート
とうとう戦いが始まるのだ。
り戻し、破壊大帝として復活を遂げた今、障害は存在しない。
と埋め尽くす異形の集団はまるで決壊した波濤を想起させた。メガトロンが記憶を取
なった太陽へと向けて次々と飛び立つトランスフォーマー達。ワームホールを所狭し
命令を聞いたディセプティコン達は放たれた矢のように進撃を開始した。虫食いと
﹁ディセプティコン共よ
797
その勇ましい姿を見送りながら、メガトロンは佇んでいる。大軍団を指揮する立場に登
り詰めたメガトロンだが、その表情に喜びはない。ディセプティコン軍がこれだけの軍
勢を誇っていようとも、これから迎えるその戦いが簡単に乗り越えられることはないか
らだ。どれほどの犠牲が生まれるのか。どれだけの死骸が積み重ねられることになる
のか。
これから待ち受ける激しい戦いを想像して覚悟を固めるメガトロンだったが、ふと何
かを思い出したように辺りを見渡す。そういえば問題児の存在を忘れていたなという
ことに思い至ったのだ。そうしてメガトロンが周囲を見渡していると、おべっかを使っ
た耳障りな声がメガトロンの後方から聞こえてきた。
タースクリームがそこに佇んでいた。
フ ォ ー マ ー。逆 三 角 形 の フ ォ ル ム が 特 徴 的 な デ ィ セ プ テ ィ コ ン 軍 総 参 謀 を 務 め る ス
世界最強の戦闘機であるF│22・ラプターをトランスフォーミング元としたトランス
お べ っ か を ま し ま し に し た 声。下 世 話 な 御 世 辞 を 弄 す る 相 手 は た だ 一 人 し か い な い。
舌打ちをしながらメガトロンは声の聞こえたほうへと視線を向ける。分かりやすい
﹁いやーお久しぶりですメガトロン様。﹂
最終話 ゼロの忠実な使い魔
798
揉み手をしながらすり寄ってくるその姿を見て、メガトロンは再度の舌打ちをする。
しかし、スタースクリームは動じない。メガトロンの露骨な舌打ちにも全くめげないそ
の様子はむしろ堂に入っていた。相当にタフな精神を持っているのだろう。メガトロ
ンが記憶を取り戻し、なおかつ更なるパワーアップを遂げたにもかかわらず、スタース
クリームには全く臆する様子が見られない。寧ろ堂々とメガトロンと対峙してこれま
でにあった出来事について報告を行っていた。
題はありません。貴方様が不在である間は、この私が
ていただきましたので私の││││﹂
この私が
軍団を指揮させ
!
!!!
頭痛を上回る。
貴様のものなど何一つないわ、スタースクリーム。すべては俺のものだ
?
﹁貴様の
﹂
記憶通り全く変わっていない様子を見て頭を痛めるメガトロンだが、それ以上の怒りが
ミ ス を 全 面 的 に 部 下 に 押 し 付 け る。筋 金 入 り の そ の 小 悪 党 ぶ り は 相 変 わ ら ず だ っ た。
自身の功績を露骨に主張するスタースクリーム。自身の功を前面に押し出し、自身の
!
﹁メガトロン様がおられないことで不埒な行動に出る配下も居りましたが。しかし、問
799
﹁ひぃッ。し││しかしですね。貴方様がいない間、誰かが軍団の指揮をとらねばなり
ませんし⋮⋮⋮、何よりもフォールン様の指示が││││。﹂
俺様だ
上に立つのは常にこの俺様なのだ
﹂
﹁黙れッ スタースクリーム、貴様が理解するまで何度でも教えてやる。リーダーは
ムが首肯したところで、メガトロンは本題に取り掛かった。
調子づくスタースクリームを記憶を失う前の様に釘をさす。十分にスタースクリー
の方針が揺らいでしまう。船頭多くして船は山を登る。
を支配する者は間違いなく自分であると。頂点に君臨する者が何人も存在しては組織
調子に乗るスタースクリームを大喝し、メガトロンは宣誓した。ディセプティコン軍
!
!!
!
スクリームは脂汗を流していた。どばどばと溢れるグリースの潤滑剤が口角を汚して
ぎょろりとした眼がスタースクリームを射竦める。指すような視線を感じてスター
?
?
俺様の命令通り、マトリクスの記憶を持った小僧は勿論見つけ出したのだろうな
?
﹂
る
﹁││││それで 任務の進捗状況を報告しろ。オートボットの戦力はどうなってい
最終話 ゼロの忠実な使い魔
800
801
いる。その慌てようはメガトロンと対峙している恐怖からもたらされるものだけでは
ないようだった。何か後ろ暗い隠し事でもあるのか。根掘り葉掘りと繰り返される質
問に対してスタースクリームは曖昧な答えを返すだけだった。必死でその場を取り繕
うと奮闘するが、誤魔化しきれないと諦めたのだろう。不承不承といった様子で任務の
進捗状況を話し始めた。
﹁⋮⋮⋮⋮オ、オートボットの連中に妨害されまして⋮⋮⋮未だ捕縛には⋮⋮。﹂
何も解決していないというスタースクリームの報告を聞いて、激怒するメガトロン。
マトリクスの記憶を取り込んだ青年の捕縛。その問題が未解決のまま店晒しにされて
いるということはスタースクリームの怠慢に他ならないからだ。
堪忍袋の緒が切れたのか、メガトロンはスタースクリームを蹴り飛ばす。そして、脚
部のキャタピラを回転させた状態でスタースクリームを踏みつけたのだ。キャタピラ
のスパイクが引っかかり、がりがりと研磨される音がその場に響いた。研削される苦痛
を訴えるスタースクリームだが、その苦痛に跳ね除けるようにしてメガトロンの叱責が
飛んだ。
﹂
!!!
メガトロン様のキャタピラが腹に⋮。おやめ下さいメガトロン様。⋮⋮7
﹁⋮⋮⋮下等な有機生命体の、虫けら1匹追う仕事も満足にこなせないのか
﹁ぐぁああ
見つけ出すには手間と時間が⋮⋮﹂
言い訳は許さん。﹂
0億いるうちの1匹ですっ
!
!
!!
ン自身も更なる成長を願って普段から厳しく接しているのだった。しかし、メガトロン
だからこそ、スタースクリームは総参謀の地位を与えられているのであり、メガトロ
れるのだろう。
ウェーブでもなくサウンドウェーブでもない、スタースクリームがその相手として選ば
ト ロ ン の 関 心 を 引 い て い た。も し リ ー ダ ー の 地 位 を 禅 譲 す る の で あ れ ば シ ョ ッ ク
決して表情に出すことはないが、虎視眈々と頂点を狙うその秘められた野心が特にメガ
その実力は本物である。メガトロン自身もスタースクリームの実力を高く買っていた。
このように残念な姿を晒すスタースクリームだが、かつてブラックアウトを撃破した
いうことだろう。
スタースクリーム。その情けない姿を見てはメガトロンの怒りも鈍らざるを得ないと
徐々に沈静していった。スパイクに削られた傷跡を摩りながら、ペコペコと頭を下げる
自身の失態を正直に話したお蔭か、スタースクリームに対するメガトロンの叱責も
﹁黙れッッ
最終話 ゼロの忠実な使い魔
802
の努力も今のところは実を結んでいない。強力な力を持ちながらもその小悪党ぶりが
裏目に出て人望を高められていないからだ。メガトロンから次のリーダーとして嘱望
されながらも、期待されているその事実に気づくことなくこそこそと暗躍を繰り返すス
タースクリーム。
︶﹂
強力な実力と小悪党の人柄を併せ持つ、ディセプティコン軍きっての残念な大幹部
だった。
﹁︵││││ふう。やれやれ、やっとおわったか││││
ている少女。憂さを晴らす良い標的が見つかったと思ったのか、スタースクリームはそ
かしくはないという有様だったが、その少女はまだ生きていた。細く長い息を繰り返し
ピンクブロンドの髪を血に染めた美しい少女。身体に大穴が開き、いつ死亡してもお
る。すると、そこには死にかけの有機生命体が転がっていた。
な生体反応のものだった。何があるのかと確かめるために、反応があった方へ眼を向け
たその時、スタースクリームのセンサーに何かの反応があった。それは微かだが、確か
びれる様子は見られなかった。立ち上がり、上司であるメガトロンの機嫌を伺おうとし
メガトロンの叱責が終わって、一息を吐くスタースクリーム。その表情には少しも悪
?
803
の有機生命体の殺害を決定した。
﹂
﹁あそこに転がっている小娘はまだ息があるようですが⋮⋮手を御下しにならないので
﹂
?
!!!
い。上司であるメガトロンの機嫌を取ろうとスタースクリームはすぐさま謙った。
ガトロンでは考えられないことだった。しかし、怒りは怒りであることに変わりはな
のである。その石ころを蹴飛ばそうとしただけで、ここまで激怒することは、普段のメ
物をしたなにげない感覚での企みだった。有機生命体の命など、道端の石ころと同じも
予想外に激しいその叱責に驚くスタースクリーム。スタースクリームとしては忘れ
これからというところで、メガトロンから横やりが入る。
肉片一つ残さず爆殺してやろうと企んだ。しかし、砲門を回転させミサイルを装填した
右腕を変形させ、武装を展開するスタースクリーム。六連のミサイル砲を展開させ、
とをすればよい。分かったな
﹁スタースクリーム、俺に疑問を挟むな お前は俺の命じた場所に行き、命じられたこ
?
﹁もっももも申し訳ありません。メガトロン様。﹂
最終話 ゼロの忠実な使い魔
804
﹁││ふん。﹂
スタースクリームの釈明を受けて、機嫌を直したように見えたメガトロンだった。だ
が、その後に続いたスタースクリームの言葉を聞いて、治まった筈の怒りはすぐさま沸
騰へと逆戻りする。
﹂
それに、死にかけの虫に構っている余裕があるなら俺様の前
この薄っぺらいおべっか使いめ。言った筈だ、俺に疑問を挟むなとな。こ
んな傷如き何ともない
からとっとと失せろッッ
!
!!
と逃げてしまえと脱兎する世界最強の戦闘機。武骨なフォルムを持つF│22・ラプ
まるで逃げるが勝ちと言わんばかりの見事な逃亡っぷり。蹴り飛ばされる前にさっさ
付かないスタースクリームは、メガトロンの怒声に従ってすぐさまその場を後にした。
である。労われる相手が自身の部下であれば尚更だ。地雷を踏んでしまったことに気
プライドの高いメガトロンにとって、疲弊を労われるという行為は許容できないもの
!!
﹁黙れッ
もメガトロン様御自身が手を下すまでもなくこの私めに仰せつけくだされば││││﹂
﹁⋮⋮ただ私は戦いを終えられてメガトロン様がお疲れだろうと思っただけでして。何
805
ターの雄姿が何故かその時だけは情けなく映った。
トランスフォームしたスタースクリームがワームホールへと向けて突入する様を見
て、止めとばかりにメガトロンは吠えた。
﹁そして覚えておけッッ たとえ死んでいても、俺様以外の命令が下されることは許
最終話 ゼロの忠実な使い魔
806
者め
﹂
さん。生きて現場にいる貴様の声より、不在の俺様の呼び声の方がよく届くのだ、馬鹿
!!
全てのディセプティコンがワームホールへと突入した。
いことだった。
監督する義務がある。自身の判断のみで、その部下を軽々しく見捨てることは許されな
らない。だが、どれだけ部下が情けなかろうとも上司であるメガトロンにはその部下を
ような表情を浮かべている。メガトロンの声が情けない部下に届いたかどうかは分か
いうことを察して溜息を吐くメガトロン。情けない部下に対して、苦虫をかみつぶした
スタースクリームが人望を集めて皆を引導するにはまだまだ時間がかかるだろうと
!!!
メガトロンによって半死半生のめに会わされたディセプティコンも、他のディセプ
ティコンが運搬していったため、広場には残っていない。そうしてディセプティコン軍
が失せたタルブの広場には再び静寂が訪れる。見渡す限り、どこまでもが血に染まって
いる。地獄と化したタルブの草原。美しかった草原は血に染まり、もう二度と元の姿を
取り戻すことはないだろう。そして、全滅したアルビオン軍の惨状は残滓したままだっ
た。積み上がる死体の山。夥しい屍の群れはピクリとも動くことはない。
静 ま り 返 る 地 獄 と 化 し た タ ル ブ に お い て 動 い て い る 者 は た っ た 一 人。ル イ ズ だ け
だった。
血に染まるピンクブロンドの髪が木枯らしに触れて揺れている。吹き出した血液に
よってその長髪が頬に張り付いていた。メガトロンから供給されていたエネルギーも
なくなり、ルイズは死への階段を急速に登ってる。一度は蘇生を成し遂げたが、その奇
跡は長くは続かない。その混濁した瞳は、まるで鏡のようでいて生気を感じさせない。
ガラス玉のような瞳に、フォールンを抱えるメガトロンの姿が映し出された。
メガトロンがフォールンに対して強い恩義を感じていることは、フォールンを殺した
﹁││││わが師よ。貴方から授けられた教えが忘れられることはない。﹂
807
最終話 ゼロの忠実な使い魔
808
現状でも変わらない。その師匠をハルケギニアという辺境の田舎星に残しておくこと
は余りにも忍びない。大切に大切に、フォールンの遺体を抱きかかえるメガトロン。慈
しむような視線を亡骸へと捧げると、自らの歩を進めた。メガトロンの先には地球へと
つながるワームホールが拡がっている。自身が向かうべき場所へと、振り返ることなく
メガトロンは進む。
その際に死にかけているルイズへとメガトロンが視線を注ぐことはない。見下して
いる下等な有機生命体を庇う必要もないからである。記憶を取り戻した破壊大帝に有
機生命体への配慮など存在しない。
そして、メガトロンのダークマターエネルギーが流れ込もうと致命傷であることに変
わりはない。腹部に負った巨大な貫通傷はまだ完全に塞がってはいないのだ。死へ向
かうルイズを止める者は誰もいない。
虫の息であるルイズがその生命を繋ぎ止めるのかどうか。メガトロンにも分からな
かった。
フォールンを抱えて、黙々とワームホールへと進むメガトロンだった。
しかし、徐々に進むスピードが鈍くなりとうとう静止してしまう。揃えられた足は異
空間トンネルの外延で佇んだままだ。そのままの状態でしばし、青い空を眺めるメガト
ロン。かつてハルケギニアで過ごした時を思い返すようにして何処か遠いところを眺
めている。
その眼差しは在りし日のサイバトロン星を見つめた故郷を慈しむ視線そのままだっ
た。
かであり、失われたものそのものではないのだ。全ては諸行無常であり、永続する関係
失われたものは二度と戻らない。仮に復活することがあろうとも、それはよく似た何
うか。
ハルケギニアで体験した出来事や出会った人々に対して、破壊大帝は何を思うのだろ
ろう。発せられたその言葉は師へ捧げられたものと同様に敬意満ち溢れるものだった。
メガトロンにとってルイズとの関係は蔑ろに出来るほど軽いものではなかったのだ
高き者よ。尊い勇敢さを持つ者よ。││││││さらばだ。﹂
﹁ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール。力に屈することのない誇り
809
最終話 ゼロの忠実な使い魔
810
など存在しない。どれほど相性の良い関係だろうとも、どれほど強い繋がりであろうと
も、終わりは訪れる。
全てのものは終わりを受け入れ、変化に適応し、失った過去の向こう側、その先へと
向かわなければならない。
メガトロンとルイズの関係にもピリオドが打たれることになった。
メガトロンの右肩に刻まれたガンダールブのルーン。その文様が少しづつその形を
失っていたからだ。ルイズの死が近いのか、変化を受け入れる覚悟を固めたメガトロン
の心境の変化が作用したのかは定かではない。
本来左腕に刻まれるはずのルーンが右肩に刻まれたままだったことも、メガトロンが
イレギュラーな存在であることを証明していたのだろう。本来召喚されるべき者は他
に存在しているということだ。メガトロンとルイズは最高の相性を持っている。その
出会いは運命であり必然でもあるが、正規のものではなかったのだ。
その別れも当然の物だったのかもしれない。全てのものは本来あるべき場所へと収
束していくからだ。ルーンが完全に消失したことを知って、メガトロンはその瞳に憂い
を浮かべた。
そして、何かを諦め何かを受け入れるようにして頷くと、その口を開いた。
フォールンの能力を取り込んだメガトロンは名実ともに最強である。
から受け継いだ遺志でもあるからだ。
対運命に対して反逆の爪牙を突き立てる。それがメガトロンの選択であり、フォールン
ける未来が破滅だと分っていても、メガトロンは進む。故郷の消滅という定められた絶
ワームホールへ向けて進むその後ろ姿は例えようもない威厳に溢れていた。待ち受
決して振り返ることなくメガトロンはその場を後にする。
での宣誓をメガトロンは忘れていなかった。
ルイズに対して残されたその言葉。始まりの日。二人が出会った運命の夕暮れの丘
絶対の服従を。先ほどの言葉をどこまで貫けるかを、な。
││││この俺を使役するというのならば、捧げさせてみせるがいい。永遠の忠誠と
││││││││マスター。﹂
﹁見事だ。⋮⋮貴様は、最後まで貴様であったぞ。││││││││││││││││
811
最終話 ゼロの忠実な使い魔
812
破壊大帝の名はより広く銀河へと轟き、対立するオートボットは眠れぬ夜に悩むこと
になるだろう。ルイズをはじめとするハルケギニアにおける有機生命体との交流はメ
ガトロンに強い影響を与えたが、メガトロンが抱く故郷への思いが薄れることはない。
破壊大帝は破壊大帝である。メガトロンは揺らがないからこそメガトロンなのだ。
記憶を失おうが、どのような体験を経ようともその事実は変わらない。サイバトロン
星の滅亡を避ける為であれば、メガトロンは何でもするだろう。他の生命体がどれほど
の犠牲を強いられようが関係ない。記憶が失われる以前の所業と同様に、夥しい破壊が
もたらされる筈だ。
しかし、メガトロンは知ってしまった。
地を這い、蠢いている虫の気持ちを。下等な有機生命体である彼ら人間達も、もがき
苦しみ足掻いているのだということを、メガトロンは知ってしまった。
知ってしまったからもう戻れない。知る以前のかつていた場所にはもう戻れないの
だ。影響を与えるということは、影響を受けるということでもある。メガトロンがハル
ケギニアに絶大な影響を与えた様に、メガトロンもまた彼らから影響を受けているの
だった。
メガトロンの負った変化がこれからどのような結末を招くことになるのか。獲得し
た心境の変化とサイキックエネルギーがどのような未来をもたらすのか。それは誰に
も分からなかった。破壊大帝がその後どのような運命を辿ることになるのか。サイバ
トロン星の神のみが知ってる。
オートボットとディセプティコン。
種族の命運を分ける巨大な戦いは目前にまで迫ってきていた。新しく獲得したサイ
キックエネルギーを駆使して異空間を進むメガトロン。地球へと向かうその過程の中
でメガトロンは吠えた。
決着をつけるべき宿敵の名前を。自らの大切なものを守るために切り捨てた親友の
名前を。
だッッ
﹂
び声を求めて戦う道程はまだ始まったばかりである。故郷の復活を求めて、頂への道を
いものだった。烈しい叫びは果てのない戦いを象徴する始まりに過ぎない。母星の呼
ワームホールに轟くメガトロンの咆哮。湧き出る猛りを現すようにその叫びは烈し
!!!!
﹁│ │ │ │ 待 っ て い ろ オ プ テ ィ マ ス。│ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ │ 決 着 の 時
813
最終話 ゼロの忠実な使い魔
814
登り詰めるメガトロン。
思いを受け継いだ師匠のためにもメガトロンは止まらない。その果てにあるものを
求めて、メガトロンは戦い続ける。メガトロンの戦いは終わらない。
母星の呼び声を求めて、メガトロンは戦い続ける。
エピローグ 破壊と創造
れた責務を果たしながら過ごしていた。
取り戻しつつある。いつも通りの毎日が帰ってくる狭間の日常を、彼女は彼女に課せら
戦争の終結から既に幾日もの月日が過ぎ、トリステインやガリアは通常通りの毎日を
推測や童話でしかその戦いを知ることしか許されなかった。
は偉大なるブリミルとサイバトロン星の神のみが知っている。人々は戦史に記された
閉じた。その戦いに勝者などいない。その戦いを知る者も殆ど存在していない。全て
ン軍とトリステイン。両国の命運を定める戦争は、圧倒的な災厄の乱入という形で幕を
る清冽な青は、地獄のようなあの戦場のことなど知る物かと透き通っている。アルビオ
日蝕が終わり、タルブの村は青空を取り戻した。晴れ晴れとした何処までも突き抜け
模が巨大だろうと、その流転がその根本が変わることはあり得ないのだ。
止まない雨が無いように終わらない戦いは存在しない。どれだけ激しくどれだけ規
エピローグ 1 土くれと枢機卿
815
﹁天変地異か、そうでなければ悪夢としか思えない、ねぇ。││││まったく誰も何も分
かっちゃいないんだ。あのお方のことを。ま、仕様がないことかねぇ。あの方のことを
﹂
知らない連中に、この戦争の結末を記せなんて無理に決まってる。有触れたことを書い
てお茶を濁すことが精々だろうさ。お前さんも││││そう思うだろう
?
土くれ。﹂
?
しかし、男の瞳には追い詰められたものにしては不釣り合いな余裕があった。
たという明白な証拠までも突きつけられては言い訳の仕様もなかった。
まっていない。雇用主と被雇用者。その立場の違いは明白だ。領民から裏金をせしめ
た犯罪の動かぬ物的証拠。自身が追いつめられたことへの恐怖からか、身体の震えは止
男の手には大量の書類。その内容は自身の不正に関するものだった。余さず記され
んでいた。
務机の上に放り投げ、視線を戻す。彼女の前には一人の大柄な男が身を震わせながら佇
もとい、マチルダオブサウスゴータは問いを投げ掛ける。目を通し終わった報告書を執
ゲルマニア特別経済区。そのほぼ中心部に位置する太守の邸宅にて土くれのフーケ。
と余裕じゃねえかよ。えぇ
﹁へ、へへへ。さっきからなんだってンだ。訳のわからないことをのたまうなんざ随分
エピローグ 1 土くれと枢機卿
816
﹁見くびるんじゃねえよ。││俺は知っているんだぜ。お前杖を捨てたんだってなぁ
だろう。直撃すればただでは済まない。
た。強く纏われる風の魔力。トライアングルクラスのメイジ相応の威力は持っている
先。マチルダの目と鼻の先には風の魔力が練り上げられた一振りの杖が構えられてい
懐から取り出されたものが男の精神的余裕を取り戻させた。じろりと視線を向けた
器を持ってねぇ相手なんざ怖くないんだよ。﹂
杖を捨てるなんざ何を考えてるか知らねえが、いくらお前があの土くれだろうとも、武
?
軟化させた。
ないほどの余裕だった。慌てる様子のないマチルダを前に、男はその強硬な態度をやや
ない。自身は何の武装も所持していないというのに、杖を突きつけられているとは思え
額に手を当てながら項垂れるマチルダだったが、その表情から怯えは微塵も感じられ
数字を見る方が目の前の人を見るよりもずうっと楽だ。﹂
されるなんて思いもしなかったよ。まったく領地経営も楽じゃないねぇ。帳面の上の
﹁││││はぁ。お前さんには随分と目を懸けてやったのに。まさかこんな形で恩を返
817
﹁なぁ、このまま見逃してくれよ。いいじゃねえかこれくらいのつまみ食いなんざ。こ
同じ盗賊出身として少しくらいは便宜を図ってくれてもいいんじゃねえか
﹂
の程度の裏金なんざ何処の貴族でもやってることだ。それに俺たちは元々盗賊だろう
?
つ人物としてやってはならない禁を、男は大きく逸脱してしまったのだ。
ことがないほどの大金や高い地位に当惑されてしまったのかもしれない。人の上に立
領地経営において男の経験と管理能力は相応の貢献があったが、これまでに経験した
たためマチルダからの重用を受けていた。
りに名の知れていた人物だ。裏社会に拡がる人物評通り、中々に優れた能力を有してい
ちの中でも古参の内の一人だった。男は腕利きの傭兵兼盗賊として裏社会ではそれな
中途半端に刈り上げられた短髪が目につくこの男。マチルダに雇われている傭兵た
媚びへつらう様な声音で語りかける男を前にマチルダの眉根が一層険しくなった。
?
内の一人だったっていうのに。││││まぁ、もう姿を見せないっていう意気だけは認
﹁残念だねぇ。お前さんは私がまだ盗賊だったころから付き合いのある数少ない部下の
│俺はもう二度とお前の前には姿を現さねえよ。﹂
を見逃してくれ。お前が目を瞑ってくれれば、それでこの件はもうおしまいだ。│││
﹁お前には恩がある。俺だってお前を痛めつけるようなことはしたくない。このまま俺
エピローグ 1 土くれと枢機卿
818
めてやるよ。ただ、││││││││一つだけ間違っている点があるよ。﹂
無論。マチルダは、部下の不正を看過する程無能ではないし、温厚な人間でもない。
そうでなければ、あの御方の部下として引き抜かれることなどないからだ。盗賊として
身を窶し、数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女は非常に優秀で冷徹である。その彼女
が、武器を一切持たないとはどういうことなのか。杖を突きつけられても余裕を崩さな
いということ。
つまり、││││││
の視線。吹き出す出血の様に光るその赤い眼が目の前にいる男を捉えてはなさない。
黒いフードが盛りあがり、見る見るうちに大きくなった。フードの先から覗く一つ目
マチルダの呼応に対応するように、ぬらりと立つ闇がその場に現れる。
追い詰められた状況を覆すだけの戦力を彼女が有しているということである。
ただお前さんを呼び出している訳がないだろうに。﹂
﹁お前さんはあたしを舐めすぎだ。これでもあたしは臆病者でね。何の備えもせずに、
﹁││││││⋮⋮⋮■■■。﹂
819
﹁││││││は
﹂
?
﹂
にも拘らず、その巨人は出現した。
たフードと二人以外には誰も何も影も形も存在しなかった。
しなかったからだ。執務室に何者かが入ってきた様子などは一切ない。脱ぎ捨てられ
二メイルを超える巨漢に困惑を抱かざるをえなかった。マチルダの脇には、何もありは
男の口から洩れる乾いた笑い。経験豊富な元傭兵兼盗賊であっても目の前に現れた
?
俺の杖が⋮⋮⋮⋮
!!!
﹁■■■■■■■■■。﹂
た。
男は困惑するが、納得のいく答えを導き出すほどの余裕も時間も残されてはいなかっ
異常とも思える伸縮する刃は、間違いなくマチルダの脇に佇立する巨人の仕業だった。
その半ばから断たれ、機能を果たさなくなっていたのだ。眼にもとまらぬ刹那の斬撃。
男が気付いた時にはもう手遅れだった。男の持つ杖。節くれだった小ぶりな戦杖は
﹁││││ッ
エピローグ 1 土くれと枢機卿
820
フードの奥から覗く焔の様な一つ目と、銀影輝かせるその刃。腰を拉げたような獣じ
みた骨格など、その全てが人間以外のものを意味していた。奇妙な金属音を響かせなが
ら歩を進める巨人を前にして、男は既に腰砕けになっていた。杖が無くなればメイジは
ただの人同然だ。男が呆然自失となることも当然だろう。
びっしょりと玉のような汗をかく男を前に、マチルダは冷然と言い放つ。
﹁ひっ││││││うわあゝあぁぁぁぁあああああああぁぁぁっっ
﹂
た金貨と一つ目の巨人だけが残される。先程までの態度は何処へやら、ドアを乱暴に蹴
子の様に泣き喚きながらその部屋を後にした。マチルダの執務室には、袋一杯に詰まっ
びゅうびゅうと唸るその刃と人外の巨人。それらおぞましい怪異を前にして、男は幼
!!!!!!!!
するように空を切った。吹き出す血液の様に光る一つ目が男を強く射竦める。
マチルダの言葉に反応するように、巨人もみじろぎをする。伸縮する刃が、男を威圧
る。さぁ││││││お選びよ。﹂
﹁今 こ こ で 死 ぬ か。く す ね た 金 を 置 い て こ の 場 か ら 消 え る か。好 き な 方 を 選 ば せ て や
821
り上げながら脱兎のごとく男は逃げ出した。
そのやや情けない様子に溜息を吐きながらマチルダは隣に立つ巨人に礼を述べた。
﹁お疲れ様、リード。悪かったねこんな瑣事に付き合わせちまってさ。﹂
リード、とマチルダに呼ばれているこの巨人。役目を終えたと判断したのか、自身の
身体をぶるりと振るわせると再び雲散霧消してその場からいなくなってしまった。否、
いなくなったのではなかった。かろうじて目に見える程度の粒状物体となって室内を
徘徊していたのだ。何もない場から突如として出現した理由はここにある。その巨体
は黒いフードを纏っただけの張りぼてであり、目くらまし。薄い刃を何枚も重ねたよう
な痩身。その実態は、一体ではなく無数の極小金属生命が蝟集して形作った群体だっ
た。
マチルダは相当の信頼をこの群体においているのだろうか。周囲を漂っている金属
生命体群を前に非常にリラックスした態度を見せている。
ら案の定だ。把握できない裏であくどい事をやっている部下を炙り出そうと流させた
﹁やっぱりリードがいると仕事が早くて助かるよ。あたしが杖を捨てたって噂を流した
エピローグ 1 土くれと枢機卿
822
823
噂だったが、⋮⋮⋮⋮良い具合に撒き餌になってくれたみたいだねぇ。また同じような
こ と が あ る だ ろ う か ら そ の 時 は よ ろ し く 頼 む よ。お 前 さ ん が い れ ば 怖 い も の な し だ。
情報も幾らでも集まるようになったしね。まさに百人力さ。﹂
リードマン。
それがマチルダに与えられた新しい力だった。無数のマイクロボットが集合した諜
報索敵・情報収集専門のディセプティコン。ありとあらゆる場所に潜入する能力を彼は
持っている。地球にて唯一残されたオールスパークの欠片を奪取する際にもリードマ
ンは重要な役割を果たしていた。サンディエゴにあるポイントロマNEST特別海軍
基地において厳重かつ厳重に秘匿されていたオールスパーク奪取は彼の貢献なくして
成功しなかっただろう。
その能力は領地経営における一つの革命だった。マチルダは与えられたこの新しい
力を存分に使用した。その成果は巨大だった。ありとあらゆる情報は徹底した無駄を
排し、超低率の税金や貸付金を可能とした。より多くの雇用が促進されると同時に組織
の強い透明性を確保することに成功した。個人の才覚では消して為し得ないレベルま
で経済区経営の水準度は高められたのだ。
﹁■■■■⋮⋮⋮⋮││││。﹂
﹁リードマン。連なったもの、を意味する言葉が名前の用心棒か⋮⋮⋮⋮。お誂え向き
だねぇ。まったく、私にぴったりの存在だよ。お前さんは。﹂
ゲルマニア特別経済区はゲルマニア屈指の高収益特区となり、国家財政に少なくない
恩恵をもたらすことが期待できるようにまでなった。ほんの僅かの期間ではとても考
えられない偉業である。ここまで巨大な功績を打ち立てることが出来れば大半の人間
は有頂天になるだろう。名誉も富も欲しいままにすることが出来る立場を確固とした
ものにしたのだから。
しかし、マチルダは違った。
この成功が与えられたものであることを彼女は知っている。操り人形である自分を、
黒幕を隠すベールでしかない自分自身の存在を。分を超える行動をとるほどマチルダ
は傲慢ではないし、自身を直視するだけの冷静さも持ち合わせていた。
強力な使い魔は、体のい
?
い首輪ってわけだ。あたしがリードの力を利用して経営を上手くいかせるもよし、持て
た力であり、あたしを縛る首輪の役目も持っているんだろう
﹁︵分かっている。││││分かっているよメガトロン様。リードはあたしに与えられ
エピローグ 1 土くれと枢機卿
824
余して放置するもよし。ただし、あたしが反乱を企てるようならそのままあたしを殺し
て新しい操り人形を設えちまえばいい。簡単なもんだ。何も問題はない。まったく│
│││あたしはやっぱりどこまでもあんたの掌の上で踊らなきゃならないようだ
ねぇ。︶﹂
窓の外から見える光景。子供たちと一緒になって遊ぶハーフエルフの少女を視界に
写す。健やかに育つ孤児の少年少女達。皆と懸命に働いてより良い暮らしを送ろうと
努力をする沢山の人々。見る見るうちに開墾され一つの都市として成長する大地。太
守としてマチルダが背負うものはますます重く大きなものになっていた。この期に及
んで放り出すことなど叶わない。最早マチルダ一人の意思ではどうにもならない領域
にまで彼女は踏み込んでいた。
メガトロン様って訳だ。﹂
も、それでも俺の下から離脱することは許さない、⋮⋮か。どこまでもメガトロン様は
は も う 居 な い。⋮⋮⋮⋮ 何 処 だ か は 知 ら な い が、も と い た 場 所 へ 帰 っ た ん だ ろ う。で
﹁││││メガトロン様。届いた情報を見れば推測できる。恐らくあんたはこの場所に
825
太守としての名誉、人々の賞賛、莫大な富。僅かの間にそれら数多くの宝物をマチル
ダは得ることが出来た。しかし、ただほど高いものはない。宝物を得るためには等し
く、それに見合うだけの代償を支払わなければならないのだ。マチルダを縛る軛はより
強く、その傍らに侍る力はより凶悪なものになっていた。もう逃げ場など、どこにも存
在していない。自分はこのまま進み続けなければならないのだということをマチルダ
は強く心に戒めた。
破壊大帝の残された意思がマチルダを逃がさない。
懸命に生きる人々の笑顔とリードマンの妖しく光る赤い瞳が、マチルダを捉えて離さ
ないのだ。
執務机の上で手持ち無沙汰にごろりと転がっているリードマンの腹を指先で撫でな
がらマチルダは呟く。
メガトロンの残した意思を威光を築きつづけるために。
ルダは進み続けた。
無限に湧き出る銀影の軍団。一群にして一塊のディセプティコンを従えながらマチ
﹁オール・ハイル。メガトロン。⋮⋮⋮⋮メガトロンに永遠の繁栄を。﹂
エピローグ 1 土くれと枢機卿
826
▲
﹁⋮⋮⋮⋮仕方がなかった。仕方がなかったんだ。﹂
もう幾度とも知れない呻き声をあげながら、マザリーニは懺悔した。何度繰り返され
たか最早分からない程にその懺悔は繰り返されている。しかし、数を数えることすら諦
めたほどの懺悔でもその声はマザリーニの耳に届き続けた。
身体を内側から焼かれた人間の声とも知れない声が、何時までも彼を責め立てるの
だった。
私は⋮⋮私
リーニは錯乱していた。髪は振り乱され、自室は荒れ放題に荒れている。机の脇に転が
トリステイン宰相兼枢機卿という地位を持つ者としてはあってはならない程にマザ
そうだ⋮⋮そうとも。私は悪くない。私は││││。﹂
は 悪 く な い。私 は ト リ ス テ イ ン 宰 相 と し て 求 め ら れ た 決 断 を 下 し た だ け だ ⋮⋮⋮⋮。
﹁仕方がなかった⋮⋮⋮⋮。誰があんな結末を予想できたというんだ⋮⋮
?
827
る高濃度の酒瓶が小さな丘になっているほどだった。だが、浴びるほどに酒を飲もうと
も酔いが回ることはなかったし、届けられたこの書類が消え失せてしまうことも起こら
なかった。目の前にある文章が揺るぎない物的証拠として存在し続けている。動かな
い糾弾の礎。それは、最早言い逃れすることが出来ないのだということを彼に自覚させ
た。
を 名 目 と し た 相 互 利 用。そ の 同 盟 関 係 に あ る 相 手 か ら も た ら さ れ た 情 報 だ っ た か ら。
通じ、疑似的な同盟関係を結んでいた。相互に有用な情報を交換し会う互恵関係。互恵
か。その原因がここにある。マザリーニを筆頭とする重臣数名とメガトロンは内々に
奸智に長けるメガトロンが何故、アルビオン侵攻を予期することが出来なかったの
その声は荒れ果てた室内に滞留し、消えてなくなった。
らな。﹂
によりも、⋮⋮恣意的にその情報を改竄し歪めて伝えたのは、⋮⋮⋮⋮この私なのだか
ていたアルビオン侵攻の報。⋮⋮⋮⋮その情報はあの巨人も知っていたようだが。な
も な か っ た の だ ろ う。⋮⋮⋮⋮ そ ん な こ と は 分 か っ て い る。⋮⋮⋮⋮ 前 も っ て 把 握 し
﹁││││あの鋼鉄の巨人へ、知らせていれば。⋮⋮⋮⋮こんな膨大な犠牲を生むこと
エピローグ 1 土くれと枢機卿
828
そして、トリステイン宰相という重要地位にある人物からの報せだったからこそ、メガ
トロンは欺かれてしまったのだろう。
だが、謀られた状態を見過ごすほどメガトロンは甘くない。破壊大帝を騙しとおすこ
となど叶わないのだった。
﹁アルビオン侵攻の報を意図的に握りつぶすことで、我がトリステイン領へと引き入れ
ザリーニは下したのだ。
トリステインにとって起死回生の一手。トリステイン宰相として求められる決断をマ
果断かつ冷酷。ゲルマニアを相手に同盟もとい吸収という名の危機に瀕していた小国
トリステイン侵攻という危機に際して、マザリーニは一つの絵を描いた。その構想は
の超常を誇る金属生命体相手には何を考えようが無駄だった。
だ。自分しか知らない筈の計画が何故ここまで露見しているのか。幾ら推測してもあ
目の前にある書類には自身が目論んだ謀略が、これでもかと克明に記されていたから
マザリーニは絶望する。
﹁││││ここまで、見透かされているか。﹂
829
エピローグ 1 土くれと枢機卿
830
る。自国内への大軍侵入という国家存亡の危機。その稀に見る有事を前にしてヴァリ
エール嬢はそのまま黙してはいないだろう。彼女を嗾けることが出来れば、ひいてはあ
の使い魔を戦場へと引っ張り出すことへと繋がる。それはつまり、トリステインの勝利
を意味する。あの使い魔に力を発揮してもらえれば侵攻するアルビオン軍など問題で
はない。加えて、トリステイン単独でアルビオン軍の侵攻を阻止することが出来たと周
辺諸国へと喧伝すれば、同盟をこちら側に有利な条件で結ぶことが出来る。実際の虚実
はどうでもよい。あの使い魔をコントロールすることが出来れば、あの力をこちら側の
戦力として考えることが出来れば。トリステインの独立を欲しい儘にすることも不可
能ではない。⋮⋮⋮⋮侵攻を受ける際発生する犠牲は少なくないものがあるだろうが、
トリステインの独立を死守する為の犠牲だと思えば⋮⋮⋮⋮﹂
マザリーニの呟きは恐ろしいほどに無機質だった。感情を押し殺して淡々と呟かれ
たそれらの言葉はともすれば感情のないマシーンのようでもあった。
マザリーニは小国トリステインの枢機卿である。如何に他国出身の枢機卿だろうと
も、トリステインが小国であろうとも、枢機卿を務める自身に強い自負を持っていた。
トリステインという国家の為に何が出来るのか。どの選択を採ることで利益を最大化
することが出来るのか。国民全員を幸せにするという理想論に逃避するのではなく、ど
の程度の犠牲までであれば受け入れることが出来るのかという現実的視点に立脚した
冷静な思考。
││││││⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
だが、
リーニが決断しなければ、現状のトリステインはありえないのだから。
トリステインという小国にとってマザリーニの様な枢機卿は不可欠なのだろう。マザ
かつてのディセプティコンとは違う。捨てるという選択を受容することが出来る人物。
なものの一方を選択し、残る片方を捨てることが出来る人物。トリステインに墜落した
らの侵略はないだろう。国家存亡の危機は去ったのだ。小を切り捨て、大を救う。大切
まったが、それに倍する損害をアルビオンは負っているのだ。当面の間、アルビオンか
はお流れになったが、トリステインの独立は堅持されている。国力を大幅に失ってし
マザリーニの決断は功を奏した。アンリエッタの意向もあってゲルマニアとの同盟
﹁⋮⋮⋮⋮独立を維持するための犠牲だと思えば⋮⋮⋮⋮﹂
831
囁くような呪いの声がマザリーニの鼓膜をくすぐる。
アルビオン軍による凌辱窃盗などありとあらゆる蹂躙を受けたタルブの住人達。鋼
鉄の巨人によって惨殺され肉塊へと加工されたトリステイン軍兵士達。彼らの怨嗟の
声がマザリーニを捉えて離さない。地の底より這い出るような怨念。ただ一方的に虐
殺された者たちの悔恨の念は如何ばかりか。とどまるところを知らない怨念は無視で
きるほど小さいものではなかった。
マザリーニの選択がこれ程の損害を生んだ。
その決断がトリステインを救い、ひいてはより多くの国民を救ったのだった。
しかし、捨てることが出来ることと、捨てることに耐えられるか否かは別である。マ
ザリーニは捨てることを受け入れることが出来る人間である。だが、これだけの国民を
切り捨てる選択をしたことは、これまでに一度もありはしなかった。
実際の現場にてその惨劇をその血に塗れた地獄を目の当たりにした以上逃げること
は許されない。多数の国民を生贄に捧げたのだという罪科がマザリーニを縛り付けて
いた。
その罪科の重みに対してマザリーニは既に押し潰されそうとなっていた。
﹁⋮⋮⋮⋮叶えなければ。⋮⋮⋮⋮叶えなければ。﹂
エピローグ 1 土くれと枢機卿
832
マザリーニはうわ言のように呟く。まるで、その指示に従うことで背負う罪科から逃
れることが出来るのだというように。彼の前に積み上がる紙束。克明に記された罪科
を贖う贖宥状のようにあるそれが、彼にとって唯一の逃げ場になっていた。謀られた状
態を見過ごすほどメガトロンは甘くない。裏切りという罪に対して破壊大帝は相応の
代償を求めている。その代償が、目の前にある紙束である。様々な融通、口利き、裏取
引の強要。有体に言いきってしまえば脅迫の類いである。破壊大帝が求める代償は苛
烈かつ、重い。トリステイン宰相という肩書があってもそれらの要求を全て実現するこ
とは難しいだろうと思われた。
しかし、マザリーニを取り巻く環境が拒むことを認めない。破壊大帝の要求は何があ
ろうとも満たされなければならないのだ。震えた唇がその御名を囁く。本来あるべき
神の名をどこまでも蔑ろにして。
トリステイン宰相であるマザリーニ。その身に背負う罪に怯えて、破壊大帝の絶対的
脅える魂が許しを乞うて彷徨い続ける。
﹁⋮⋮⋮⋮オールハイル・メガトロン。⋮⋮⋮⋮メガトロンに栄光を。﹂
833
エピローグ 1 土くれと枢機卿
834
な脅威に縋りつづける哀れな男。自らの許しを求めて、魂の救済を求めて。彼もまた、
目の前にある大きな流れに絡め取られることになるのだった。
こんな辺鄙なところで俺たちはいつまでバカンスを続けりゃいいんだ
エピローグ 2 Revenge is mine
﹂
﹁││││で
かった。
れた鋭いものがある。何も知らぬ者が見ても瞭然とわかるように、彼らは一般人ではな
り、一見無造作にも見えるようなその所作にも無駄がない。纏う雰囲気も通常とは掛離
整ったマスクを持った金髪の白人だった。両者ともに鍛え上げられた肉体を有してお
一人目はスキンヘッドが特徴的な筋骨隆々の黒人。二人目はハリウッド俳優の様に
を浪費していた。
にて、そのコンビは居た。何をするでもなく。二人の男はただひたすらに持て余す時間
アメリカ合衆国よりはるか東。日本。日本国内に敷設された某在日米軍基地の一角
ら黙って平和な平和なこの一時を味わってろ。﹂
﹁おいエップス。何度言ったら分かるんだ。もう聞き飽きたんだよその愚痴は。いいか
?
?
835
﹁平和な一時だぁ
おいおい冗談きついぜ。平和がいいとはいってもよ。幾らなんでも
タール襲撃事件でも存分に生かされた。
無線通信のエキスパート。その技術は、人類とディセプティコンが初めて邂逅したカ
アメリカ空軍技術曹長を務める人物である。戦闘機や爆撃機を始めとする航空支援や
先程から愚痴を言いながら管を巻いているこちらの黒人男性はロバート・エップス。
ちゃあいたが、まさか30になる前に隠居を命じられるとは夢にも思わなかったぜ。﹂
り に な る ま で 待 て っ て こ と か。こ ん な き つ い 軍 隊 な ん ざ 何 時 か 辞 め て や る と は 思 っ
長すぎるだろ。もう一月だ。もう一月になる。このまま何もせずに待機し続けて、年寄
?
フォーマーとの実戦経験が軍首脳部に認められ、対トランスフォーマー特殊部隊NES
メ リ カ 陸 軍 少 佐。N E S T 部 隊 指 揮 官 で あ り、エ ッ プ ス の 上 司 で も あ る。ト ラ ン ス
がウィリアム・レノックス。エップス同様にカタール基地襲撃事件の生存者であり、ア
そして、エップスの愚痴を聞き流しながらのんびりと平和を楽しむこちらの白人男性
﹁ははは。よかったな。念願の夢が叶ったじゃないか。﹂
エピローグ 2 Revenge is mine
836
Tの指揮を任されていた。
ハンモックに揺られながらレノックスは空を眺める。アメリカの空も日本の空もあ
まり変わらない。素知らぬ顔でどこまでも透き通っている空を眺めながら、彼らは過ぎ
去った昔の出来事を思い返していた。
地震が起こるたびにあの蠍なんじゃないかって慌てるお前
?
が、それでも彼らを諌める者はいなかった。何故ならば彼らは鼻つまみ者であり、彼ら
上半身裸となっての日光浴。税金で養われている軍人として問題のある光景だった
だったからな。今でも夢に見るくらいだ。﹂
﹁⋮⋮それは言わない約束だ。あの蠍はお得なプレミアムサービスと同じくらい印象的
の姿は傑作だったな。﹂
覚えてるかレノックス
色々な大陸で戦わされるわ。本当に散々だったぜ。命がいくらあっても足りやしねぇ。
で巨人どもに襲撃され銃撃戦を繰り広げるわ。巨人ども討伐の特別部隊に編入されて
い蠍に追い掛け回されるわ。ダムの下には馬鹿でかい機械の巨人が眠ってるわ。ロス
﹁ああ。まったくだ。基地を襲撃されるわ、命からがら逃げだしたと思ったら馬鹿でか
﹁⋮⋮⋮⋮あの毎日が嘘のようだな。﹂
837
を気にかける者などいなかったからだ。レノックスが部隊の指揮を任されていたのも
過去の話である。
対トランスフォーマー特殊部隊NESTの解散とともに、彼らの居場所は米軍内のど
こにもありはしなかった。
険しい顔つきだった。エップスの気持ちをレノックスは痛いほど理解していた。だか
漠とした平和。その貴重な余暇の時間ですら煩わしくて仕方がないと言わんばかりの
気楽そうな声音とは対照的に、エップスの表情は苦渋に満ちていた。目の前にある茫
れてこっちまで湿っぽくなっちまうじゃないか。﹂
解散したんだ。だから││││││そんなに悔しそうな顔をするなよエップス。つら
俺たちが彼らトランスフォーマー達と再び共に戦える日はもうこない。もうネストは
﹁そうだな。⋮⋮⋮⋮そうだ。だが、⋮⋮⋮⋮もうすべて終わった話だ。過去のことだ。
単には忘れられねぇよ。﹂
いった仲間も沢山いる。自分が死にかけることなんざ日常茶飯事だ。そんな毎日を簡
﹁まぁな。まだまだ覚えてるぜ。あの毎日は本当に地獄のような日々だった。殺されて
﹁散々だったという割にはつぶさに覚えているじゃないか。﹂
エピローグ 2 Revenge is mine
838
らこそ、エップスを誘ってここにいるのだ。烈しいトレーニングを繰り返すエップスが
自暴自棄に陥ることが無いようにケアをする為に。
﹁⋮⋮⋮⋮何でだよレノックス。何でお前はそんなに簡単に切り替えられるんだ
俺
ふざけんじゃねぇ。ディセプ
?
別部隊へと新たに編成しなおされた。
た。解散を命じられたNESTはバラバラに解体。所属してた構成員はそれぞれが各
空を切り裂く一閃は猛々しいが、振るう相手がいなければ虚しい一撃にしかすぎなかっ
言いながらエップスは空を殴りつける。鍛え上げられた肉体から放たれた鋭い突き。
チクショウ。﹂
ティコン共の襲撃がほんの少し無くなっただけでもう俺たちは厄介払いかよ。クソッ。
いいやがった。俺たちがよりにもよってお荷物だと
ちまったんだ。俺は少しも忘れていねぇぞ。あいつら俺たちを米軍の金食い虫だとか
カを、そして世界を守っていたんだ。⋮⋮⋮⋮なのに、⋮⋮⋮⋮何でこんなことになっ
たちはほんの数か月前までは現場の最前線で戦っていた。身体を張って必死にアメリ
?
いだろう。戦いから逃げた卑怯者だと笑う奴もいない。俺たちは十分戦ったよ。﹂
﹁俺たちはもう十分戦った。⋮もう十分だ。死んだ仲間達も誰も俺たちのことを責めな
839
そして、理由は定かではないがレノックスやエップスを含めてほとんどの者が人事上
の冷遇を強制されていた。エップスやレノックスが日本へと左遷され、暇を持て余して
いる現状もこの冷遇人事が色濃く影響している。
﹁それでも、││││││それでも、あの戦いには名誉があった。自分を犠牲にしてで
であるレノックスは動かぬその事実を誰よりも知っていた。
やレノックスは武器を構えることすら出来ないのだ。抵抗の仕様もない。生粋の軍人
レノックスだけは現状を現状として割り切っていた。命令が下されない以上エップス
飼い殺しにされている現状に対して二人は強いフラストレーションを感じていたが、
やつだな。俺たち末端に出来ることは何もない。﹂
統合参謀本部議長ですら解散の要求を突っぱねられなかった。高度な政治的判断って
しない訳にはいかなかったんだろう。モーシャワー将軍も断腸の思いだ。結果的には
貧困に喘ぐ国民からの突き上げもある。上層部にしても昨今の厳しい経済状況を加味
がないことだったのかもしれないな。戦う機会がない軍隊程、費用が嵩むものは無い。
﹁俺たちは軍人だ。上層部の判断には従う以外に道はない。⋮⋮⋮⋮ある意味では仕方
エピローグ 2 Revenge is mine
840
も、俺たちが戦わなきゃあ誰がアメリカを守るんだよ。あのとんでもねぇ力を持った
ディセプティコンからアメリカを地球を守れるのは俺たちしかいない。そう思って必
死で戦った。││││なのに、なんでこうなっちまうんだ。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮そうだな。﹂
フラストレーションを溜めるエップス。その苦悩する様を宥めることがレノックス
には出来なかった。不器用で口下手なレノックスに解決できるほど、エップスの苦悩は
浅くない。共に戦ってきた戦友だからこそ、軽々しい慰めの言葉を投げ掛けられないの
だった。あの怒りっぽいGMC・トップキック・C4500が今何処にいるのかもわか
らない。短い間だったがあのオートボットと組んだコンビは嫌いではなかった。過ぎ
去ってしまった情熱の日々。レノックスに思考は、現実ではなく過去の追想にばかり費
やされるようになっていた。
そんな老人の様にしょぼくれてしまった二人に転機が訪れる。戦乱の秘密を探る来
﹂
訪者が二人の元へ現れたからだ。それは、かつての過ごした熱砂を思い出させるもの。
にじり寄る危険を匂わせる妖しい知らせだった。
﹁⋮⋮まだ、全てを諦めるには早いんじゃないかね
?
841
﹁﹁││││ッ
こっ国防長官
﹂﹂
!!!!
顔した。
目前のアンバランスな組み合わせを見て、恰幅の良い身体を震わせながらその人物は破
ハ ン モ ッ ク か ら 飛 び 降 り て 最 敬 礼 を す る 二 人。上 半 身 裸 の 無 造 作 な 格 好 と 最 敬 礼。
は会話をするどころか目にかけることすらない特別なポストを掴んだ人間だった。
か雲の上の人物。ロマンスグレーの総髪がトレードマークであるこの白人男性は普段
人物はアメリカ軍及び州兵を統括する行政府の長官だからである。二人にとっては遥
冷水を浴びせられたように二人の顔には強い緊張感が纏われていた。目の前にいる
!!!
に奔走した人物である。フーバーダムにおけるフレンジ│襲撃事件の際にもケラーの
カタール襲撃事件より端を発したディセプティコンの襲来からアメリカを守るため
ジョン・ケラー元国防長官。
ろう。そこまで構えないでくれ。﹂
われている身分だ。一職員として基地で働いでいる者にそこまでの敬礼は必要ないだ
﹁楽にしていい。それにだ。私は既に長官を退いている。今現在はただの嘱託として雇
エピローグ 2 Revenge is mine
842
活躍は光った。自らショットガンを構えてディセプティコン相手に奮闘するその様子
それに国防長官の職を辞したとはどういう
は元陸軍出身というバックボーンを裏切らないものだった。
﹁⋮⋮⋮⋮何故アメリカではなく日本に
そんな⋮⋮⋮⋮上層部では一体何が起こっているんだ⋮⋮⋮⋮
﹂
?
?
!
た数少ない人物の一人だった。
︵おいレノックス。あのブロンド女誰だ
国防長官の愛人か何かか
︶
?
だったか⋮⋮⋮⋮。︶
︵い や ⋮⋮⋮⋮ 分 か ら な い。⋮⋮ ど こ か で 見 か け た よ う な 気 は す る ん だ が ⋮⋮。ど こ
?
る二人とケラーを引き合わせた立役者であり、世界にたちこめるキナ臭い気配を看破し
ブロンドの美しい白人女性。彼女こそが、対トランスフォーマーのスペシャリストであ
レノックスの驚きを宥めるようにケラーはその女性を紹介した。ケラーの脇に立つ
ち二人のもとまで導くきっかけとなったのも彼女なのだからな。﹂
﹁││││そのことも含めて彼女に説明してもらおうと思う。何を隠そう、私をお前た
されたのですか
こ と で し ょ う か ⋮⋮⋮⋮ も し か し て ⋮⋮⋮⋮ あ な た 程 の 功 績 が あ る 人 物 ま で 更 迭
?
843
これだから脳みそにま
﹁あの││││さっきから愛人だのなんだのと好き放題言ってくれているけど、貴方た
ちもしかしなくても私のことを忘れてる 信じられない
!!!
で筋肉が詰まってるような軍人の相手は嫌なのよ。NEST部隊の元精鋭で対トラン
?
﹂
スフォーマーのスペシャリストだって聞いたから態々こんな所にまでやってきたのに
もう
!!!
!!!
?
わなければならない懸案が彼女にはあったからである。
対して臆面もなく自身の推測を話したように。遠く離れた日本まで足を運んででも言
表情と声音は真剣そのもの。かつて学生の身分でありながら、国防長官であるケラーに
替えが早いのか、先ほどまでの態度を豹変させて懸案事項である内容を話し出す。その
マギーと呼ばれたその女性はケラーの仲裁を受けてやっとその癇癪を収めた。切り
く本題へと入ろうじゃないか。﹂
な腕利きというその素性に嘘はない。私が保証する。時間がないんだろう さっそ
﹁ハッハッハ。そこまでにしてあげてくれマギー。今でこそ彼らは干されているが特別
な。少しだが、ダムの実験室でも会話をした覚えがあるぞ。︶
︵⋮⋮ 思 い 出 し た ぞ エ ッ プ ス。確 か ロ ス で の 一 件 に ア ド バ イ ザ ー と し て 参 加 し て い た
エピローグ 2 Revenge is mine
844
﹁良く聞いて。対トランスフォーマーのスペシャリストである貴方たちの協力が必要な
の。││││││││私の推測では、NBEー1。││││││メガトロンはまだ生き
﹂﹂
ている。そして、再び現れる時までそう遠くないわ。近いうちにでも戦力を率いてここ
地球に攻めて来る。﹂
﹁﹁││││││何だって
マギー・マドセン。
ありえない。俺たちNES
悔しいが、費用が嵩むお荷物だからって理由だ
﹁││││馬鹿を言うな。メガトロンが生きているだと
Tが解散された理由は何故だと思う
?
だろう。ロサンゼルスでの対ディセプティコン決戦も違う結末を迎えていたはずだ。
フレンジーの襲撃に反抗した。彼女の抵抗なくして空軍への支援要請は届かなかった
国防長官のアドバイザーとしてフーバーダムに赴いた際には、ケラーと共に協力して
知し、対応を行った。学生であるにも関わらず、その情報分析能力は折り紙つきである。
人である。フレンジーから行われたエアフォースワンからのハッキングをいち早く察
を解析する為に官民問わず能力のあるものを選抜して結成されたハッカーチームの一
カタール基地で採取されたブラックアウトからのハッキング信号。その未知の暗号
!!
845
?
けじゃねぇ。あのメガトロンが何処にもいなくなっちまったことが一番でかい理由な
んだよ。他のディセプティコンも一切合財どこにもいなくなっちまったんだ。﹂
NEST解散の最大原因と合衆国大統領が解散を後押しした理由。それは、破壊大帝
メガトロンの消失だった。
あくまでも現在行われている調査はそれだけである。
査を始めとするアメリカ海軍によるメガトロン調査は細々とおこなわれている。だが、
みである。海流に流されて何処か異なる場所へと行き着いたという可能性から海底探
クスの言葉に嘘はない。各国軍隊と協力し、北極を始めとした全ての大陸は既に調査済
ス達だった。だが、即座にその可能性を否定する。世界中隈なく探索したというレノッ
メガトロン生存というマギーの話した説に対して始めは驚愕の反応を見せたエップ
の他のディセプティコンすら一体も、影も形もな。﹂
場所を探索したんだ。だが、それでも何も見つけられなかった。メガトロンどころかそ
中投棄されていたローレンシア海溝を始め、俺たちNESTは世界中のありとあらゆる
﹁そうだ。エップスの言うとおり、メガトロンはもう何処にもいない。メガトロンが海
エピローグ 2 Revenge is mine
846
あれだけ費用をかけて探索しても痕跡すら見つからなかったという負い目があるの
だろう。メガトロン生存を否定するレノックス達の言葉にも強い説得力が宿った。
﹁そうそう。そのハッカーよ。﹂
いハッカーだったとは知らなかったな。﹂
そんなに凄
短髪の小太りで││││﹂
﹁あー確かダムの実験室でウルヴァリンがどうとかふざけてたあいつか
?
グレンだ。セクターセブンやプロジェクトアイスマンの隠された秘密も彼がいなけれ
最高峰の腕前を持っている。カタール基地で採取された未知の暗号を解読した人物も
ふてぶてしくて偏屈だが、その欲望を真っ直ぐ表現する分かりやすいハッカーは世界
イットマンを彼女は誰よりも信頼していた。
エップスの指摘に苦笑しながら頷くマギーだったが、ハッカーとしてのグレン・ホ
?
に凄腕のハッカーがいるんだけれど覚えているかしら
﹁貴方たちの意見もよく理解できる。でも聞いて欲しいの。あの⋮⋮⋮⋮私の知り合い
らな。﹂
なくなっちまったんだ。清々するぜ。もうディセプティコンと戦う必要もないんだか
﹁││まるで何処か異世界にでも消えちまったんじゃねえかってくらい綺麗さっぱりい
847
ば明らかになることはなかっただろう。その彼が警告することであれば諸手をあげて
信頼できる。NEST部隊に対して行われていた露骨な差別人事など米軍内で起こる
異変など感じていた予兆もマギーの確信を後押ししていた。
その結論に対して疑いはなかった。あるのはただ一つ。切迫する危機とその確信だ
けである。
2000年問題の再来だとか専門家が言っていたけ
?
中の目的は何なんだ
﹂
結局混乱は何事もなくすぐに収まった訳だろう
が目的でそんなことを奴らはしたんだ
?
?
じゃあ何
﹁⋮⋮⋮⋮あの混乱の首謀者がディセプティコンだっていうのはよく分った。だが、連
ン。エアフォースワンハッキングの前例もあるわ。そうとしか考えられない。﹂
パーコンピューターを使っても無理よ。だから、首謀者は間違いなくディセプティコ
全世界に渡る回線断絶なんて規模が巨大すぎる。そんな芸当は世界にあるどんなスー
て。自己増殖する大量のファジー情報を送り込んで回線を強制的にダウンさせたのよ。
ど、そうじゃないのよ。グレンが言うには、あの混乱は誰かが意図的にやったものだっ
生したことがあったでしょう
﹁グレンが言っていたのよ。ほら少し前にインターネット回線に全世界的な不具合が発
エピローグ 2 Revenge is mine
848
?
レノックスに質問に対して深く頷くマギー。その質問を待っていたというように、持
ち 合 わ せ た 資 料 を 三 人 の 前 に 差 し 出 し た。プ リ ン ト ア ウ ト さ れ た 数 枚 の コ ピ ー 用 紙。
レノックスやケラーたちが何事かと目を向けるとそこには恐るべき単語が踊っていた。
トランスフォーマーにとってそれはもっとも恐れられたもの。銀河にその異名を轟か
せる破壊がそこにはあった。
EGA
L IL M T R AL HA ON
プリントアウトされた解析暗号を見てレノックスは全身の血が抜けていくような感
覚を味わっていた。脳裏に去来する破壊の姿。味方であるオートボットを紙切れのよ
うに吹き飛ばすあのパワー。実際に見てしまったものは二度とその恐怖を忘れること
は叶わないだろう。蒼白となるレノックスやエップス、ケラーたちに追い打ちをかける
ようにしてマギーはその確信を語り始める。
﹁⋮⋮⋮⋮このプリントアウトは解析した暗号をグレンが言語化したものよ。ファジー
849
情報の裏にこの言葉が隠されていたことをグレンが教えてくれたの。ネット回線断絶
の混乱時と、⋮⋮⋮⋮最近になってまたこの単語がネット上に散見できるようになった
そうらしいわ。これを見れば分かるように、⋮⋮⋮⋮きっとディセプティコンの目的も
私たちと同様にメガトロンだったのね。そして⋮⋮⋮⋮見つけた。私たちとは違って
ね。何故不気味なほどにディセプティコンが活動を控えていたのかは分からない。ど
うやっていなくなったメガトロンを見つけたのかも分からないけど。この解析暗号と
ネット上の混乱。そして、多分││││米軍内におけるNEST解散も全て繋がってい
る。﹂
﹁ネスト解散を強く推薦した人物はギャロウェイという大統領補佐官だった。まだ着任
既に平和を謳歌していた少し前までの瞬間が遠い過去のものに感じられるほどだった。
くる脅威に警鐘を鳴らしていた。レノックスの抱く不安の雲はむくむくと大きくなり、
りと粒状の汗を張り付けている。ケラーの話した内容はより具体的に切り込んで迫り
マギーの意見の同調するケラーも自身に抱く不安を語り始めた。その額にはびっし
た。大統領を取り巻く環境もこれまでとは一変している。﹂
﹁私も彼女の主張に賛成する。ここ数か月の間に上層部では何もかもが変わってしまっ
エピローグ 2 Revenge is mine
850
して短いが、既に考えられない程政権の中枢にまで食い込んでいる。どの勢力から支援
を受けているのかまでは分からなかったが、私は国防長官としてネスト解散の要求が広
められる中、水際で侵攻を食い止めていた。しかし、そのロビー活動も実ることはな
かった。逆に私が更迭されてしまった程だ、大統領は私よりもギャロウェイの意見を選
んだということだろう。軍事よりも経済を優先したいという大統領の意向も理解でき
る。だが、国家安全保障問題担当官にあのような排他的で理解のない人物を選任するな
ど判断ミスだと思わざるを得ない。同盟関係にあったオートボット達と一方的に袂を
分かち迫害を始めたのもギャロウェイが主導していた。曰く、オートボットこそが混乱
を招く原因だ、とな。﹂
姿勢が変わることは恐らくこれからもないでしょうね。でも、ネストを解散させて協力
視の政策は今のところ奏功しているし、支持率も高い水準に保たれているから大統領の
進めた時機に前後して国防に対する配慮が明らかに失われていると感じたわ。経済重
ら。大手会計会社CEOを務める人物よ。彼のような民間からの人材登用を積極的に
でもここ最近は全く違うわ。⋮⋮⋮⋮確かディラン・グールドという名前だったかし
トにも多額の予算を割いてくれたし、オートボットとの共闘にも理解を示してくれた。
統領は国防と経済のバランスを重視してきたはず。だからこそ、新興の部隊であるネス
﹁大統領の政策方針が露骨に変わっていることは私も気がかりだったわ。これまでの大
851
関係にあったオートボット達と一方的に手を切るなんて絶対おかしいわ。幾らなんで
も行き過ぎよ。ディセプティコンの襲来があった場合にオートボットの協力なしに、米
軍はどうやって対抗するっていうのかしら。﹂
﹂
﹁おいマギー。さっきからアラームが鳴っているぞ。誰かからの連絡だろう。出なくて
もいいのか
?
は自らの実感を話し始めた。
ノックスの疑問は尽きることを知らない。だが、その困惑に応えるようにして、ケラー
き目に合うとはどういうことなのか。国防長官ですら、抗えないうねりとは何か。レ
の功績を遺した英雄でもある。多数の勲章と功績を持つケラーでさえも、更迭という憂
るケラーを見た。レノックスは考える。ケラーはかつて所属した陸軍において幾つも
慌ただしげにその場を離れるマギーの後ろ姿を見送りながら、レノックスは脇に控え
ンソールをタップする。
たマギー。何か新しい発見があったのかという期待を持ってスマートフォンの通話コ
演説に熱が入り過ぎたのだろう。レノックスの促しがあってようやく電話に気付い
も連絡をくれるように前もって言っておいたから。﹂
﹁あらいけない。気付かなかったわ。きっとグレンね。何か新しい発見があればいつで
エピローグ 2 Revenge is mine
852
グレン
何があったのかもう一度ゆっくり教えて頂戴。﹂
が描く謀略の上で動かされて││││││﹁ちょっと
うしたの
?
落ち着いて。一体ど
?!
だった。
事態は急展開を始める。レノックスやエップスは再び消炎燻る戦場へと誘われるの
ンであるらしい。しかし、報告はマギーの期待した新しい発見ではないようだった。
聞こえてくる声は慌てている男のもの。通話先はマギーの予想通りグレンホイットマ
だったが、マギーの叫びに負けないくらいの声がスマートフォンから発せられていた。
ケ ラ ー の 独 白 を 遮 っ て マ ギ ー の 絶 叫 が 響 く。一 体 何 事 か と 振 り 向 く レ ノ ッ ク ス 達
!
まるで⋮⋮何か大きな力が働いているように。⋮⋮⋮⋮大統領を含めて私たちは何か
気がかりなのだ。大統領周辺の環境変化だけでは説明がつかない異変が起こっている。
大統領が何故彼らの意見を後押ししているのかは分からない。だが⋮⋮⋮⋮⋮⋮私は
た 潮 流 の 一 つ だ ろ う。⋮⋮⋮⋮ 大 統 領 周 辺 の 環 境 は こ れ ま で と は 一 変 し て し ま っ た。
とだ。ネストの解散命令も含めて。これも、大統領が重用する新しい補佐官から生まれ
﹁現場の最前線にて戦っていた者を左遷させるなど以前までの軍部では考えられないこ
853
やべーってこれ。やべーよ。﹄
また何か新しい発見があったっていうの
﹂
物凄いパワーで強制的に通
?
何でもいいから通信を繋いでみろ それで嫌でも目に入っ
!
﹃おいマギー
﹁だから一体何があったの
信を乗っ取ってるぞ
てくる。﹄
!!
火の海に沈む町。逃げ惑う人々。居並ぶ異形の艦隊達。そして、││││佇立する破
││││││これは、人類への宣戦布告だ││││││
を追い詰めてくるのだ。
を忘れていたのだろうか。あの蠍の怪物もそうだった。奴らは周到に準備を整え、獲物
未来を知った。レノックスは愕然とする。何故この真綿で首を絞められるような恐怖
ギー。何事かと画面を覗き込むレノックスやケラー、エップスも遅れながらにしてその
に は 驚 愕 の 世 界 が 広 が っ て い た。こ れ か ら 待 ち 受 け る 未 来 を 想 像 し て 呆 然 と す る マ
叫ぶグレンの指示通り、マギーは手元にあるタブレット端末を起動した。するとそこ
!
?
!
﹃ちげーって。奴らまたやりやがった。回線ジャックだ
エピローグ 2 Revenge is mine
854
855
壊大帝がそこにいた。
││││││この星は我々がいただく。逆らうものは皆滅ぼしてやる││││││
人々を睥睨するようにメガトロンは立っている。朗々と述べられた宣戦布告。発せ
られたその言葉に嘘は無いのだろう。全身に漲るパワーはこれまでとは一線を隔すほ
ど強力だ。立ち向かうことなど誰もが拒否する程に。
オールスパークの対消滅によって破壊された過去の経験をメガトロンは忘れていな
い。数多の策略を用意周到に張り巡らし、ディセプティコンの艦隊を招集した。現在の
メガトロンには人間に対する一切の油断も侮りも存在しないのだ。最大戦力を引き連
れて地球を獲りに来たメガトロン。居並ぶ強大なディセプティコン軍に立ち向かおう
と思うものなど存在しない。本来であれば降伏こそが人類に残された唯一の救済だっ
た。
しかし、ここには幾つもの戦場を駆け抜けた歴戦の軍人がいる。
ケラーやマギー、グレンなど一筋縄では諦めないしぶとさを持った人物がいる。諦め
ろと言われて諦めるほど彼らは潔くなどない。彼らの戦いはこれから始めるのだ。そ
れぞれが持つ守りたいものの為に彼らは決して諦めない。
﹂
!!
!!
!
﹁グレン
勿論聞こえたわよね
あなたの力が必要なの私たちに協力して頂戴。﹂
?
一つの目標へ向けて彼らはその戦いへ邁進していた。
するものなど、各々が各々の反応を見せている。しかし、彼らの目指す先は同じもの。
自身の感情を吐露するもの。具体的な対策を提案するもの。互いの協力関係を確認
はないからな。﹄
﹃わーかったよ。嫌だけど仕方ない。俺だってこの全能空間と癒しの場所を壊されたく
?!
我々に力を貸してくれる人物は沢山いる筈だ││││﹂
コ ン の 組 織 的 枠 組 み を 制 定 し な け れ ば。協 力 者 に も 援 助 を 募 ろ う。シ モ ン ズ の 様 に
いかん。ネストはすぐにでも再結成をするべきだ。国防総省へ通達し、対ディセプティ
﹁││││何ということだ。全てはこのための布石だったのか。││││このままでは
対に終わらせねぇからな
﹁野郎俺たちの故郷を目茶苦茶にしやがって 絶対にゆるさねぇ このままじゃ絶
エピローグ 2 Revenge is mine
856
▲
彼らは戦う。各々が守りたいものの為に。
いうことを。燃え広がる戦火は直ぐそこに。
やロシア、インドといった大国がアメリカの敵に回る過酷極まりない戦いになるのだと
スは知らない。この戦いは史上まれにみる規模の生存競争なのだということを。中国
既にメガトロンの魔手が及んでいる国はアメリカだけに留まらないのだ。レノック
はディセプティコンだけではないということを。
再び消炎燻る戦場の地へと赴くことになる。しかし、レノックスは知らない。彼らの敵
身の愛する妻と娘の安全を。エップスやケラーという心強い仲間と共にレノックスは
その祈りが届かないと分かっていても、レノックスは祈らずにはいられなかった。自
︵サラ││。頼む無事でいてくれ。今そこへ行くからな。︶
857
赤と青を基調とした鮮やかな装甲。その特徴的な外見を持つその巨人はメガトロン
が恋い焦がれる唯一の宿敵だった。
﹁済まないサム││││。別れの言葉は告げられそうにない。﹂
オプティマスプライムは一人、紅海を望むエジプトの沙漠にいた。世界は既に巨大な
戦乱へ向けて走り始めている。世界崩壊が迫る中、かつて同盟関係にあった人間達や仲
間のオートボット達もただ黙してはいない。ディセプティコンからの謀略によって協
力関係を断たれはしたが、彼らはいまだ健在だ。世界を無慈悲な破壊から守ろうとする
陣営はこの事態を収拾する為に奔走している。本来であればオプティマスも助力に参
加する筈だった。紅海を一望する丘でのんびりと無聊を託つ暇などあるはずがない。
しかし、オプティマスはここにいる。仲間を連れることなく一人で来なければならな
い理由があるからだ。
されない。﹂
﹁││││自由はすべての生き物が持つ権利だ。その権利を侵害することは何者にも許
エピローグ 2 Revenge is mine
858
オプティマスには聞こえた。袂を分かった友が自分を呼ぶ声が。瀕死の重傷から復
活を遂げ、更なるパワーアップをした破壊大帝。最強となって戻ってきた同朋が挙げる
魂の慟哭を。
に見える以上の力を持っているのだ。﹂
﹁││││私は人間の勇気ある行動を見た。種族は違えど彼らも我々と同じように、目
せはこれ以上ないほどに、歪で恐ろしかった。
で雲霞の様に襲い掛かるのだろう。無数の砲門と破壊大帝メガトロン。その組み合わ
合わせている。装填された膨大な砲弾。それら大量破壊兵器はメガトロンの指先一つ
ようだった。サイキックパワーが纏われた無数の砲門がオプティマスへ向けて照準を
フォールンより獲得したサイキックエネルギーをメガトロンは既に使いこなしている
オ プ テ ィ マ ス の 眼 前 に は 浮 遊 す る ア メ リ カ 第 五 艦 隊 を 従 え た メ ガ ト ロ ン が い る。
﹂
新しく故郷と呼べる星だ。
﹁オールスパークは消え、故郷を蘇らせる望みは潰えた。だが代わりに得たものもある。
859
自 身 の 死 を 覚 悟 し て い る の だ ろ う か。険 し い 眉 根 と 眼 光 が そ の 顔 に 刻 ま れ て い る。
浮かべる表情から余裕や安心は一切感じられなかった。メガトロンを見るその姿は既
に前のみを向いている。過ぎ去った過去を振り返ることなく、退却という残された退路
を断つ。
これだけの覚悟を持たなければメガトロンの前に立つことすら出来なかっただろう。
そうオプティマスに思わせるだけの漲るエネルギー。充満するダークマターは荒れ狂
う雷雲の様に氾濫していた。使役する第五艦隊はそのままにメガトロンはオプティマ
スへ向けてその歩を進める。
ティマスの退路を断つことのみに使うという惜しみのない贅沢な布陣。メガトロンは
り、オプティマスの退路を完全に塞いでいる。大戦力であるショックウェーブをオプ
であるショックウェーブが控えていた。異常成長させた建設用ワーム・ドリラーに乗
そして、メガトロンだけではない。オプティマスの背後にはディセプティコン大幹部
に周ることもあるだろう。だが我々がこの星と、人類を見放すことは決して無い。﹂
﹁戦いの嵐の中にも、いずれ静けさは訪れる。時には信念を見失う事もある。仲間が敵
エピローグ 2 Revenge is mine
860
どうしてもこの場で決着を付けたいようだった。かつて六人のプライム達が自決を選
んだエジプトの沙漠。オプティマスとメガトロンとの因縁を清算するには最適の場所
なのだろう。
一対二という数的不利。加えてメガトロンはオプティマスの想像以上にパワーアッ
プを遂げている。どう考えてもオプティマスに勝利は無い。どの様な奇跡があろうと
もである。しかし、オプティマスがこの場から逃避する訳にはいかなかった。
酷にはなれない。そして、メガトロンもまた人間達を裏切れないオプティマスの心情を
マスが許容できるはずがなかった。新たに得た故郷を手放せるほどオプティマスは冷
燃え盛る都市と破壊される人々が無数に積み上げられるはずだ。その未来をオプティ
だけだ。オプティマスが退けば、メガトロンの破壊は人類へと差し向けられるだろう。
パワーアップを遂げたメガトロンに対抗できるものはプライムであるオプティマス
る者だ。﹂
るだろう。私はオプティマスプライム。トランスフォーマーの持つ誇るべき矜持を守
間達と共に未来へと進む。我らの歴史はいままでもこれからも変わらずに紡がれ続け
﹁我々トランスフォーマーは、長い間失っていた故郷を取り戻した。これからは彼ら人
861
よく理解している。理解しているからこそ、メガトロンはオプティマスとこうして対峙
しているのだった。
﹁俺様の名はメガトロン。サイバトロン星の呼び声に従い、故郷復活を成し遂げる者だ。
我らトランスフォーマーの故郷であるサイバトロン星はまだ失われていない。何があ
ろうとも必ず取り戻して見せる。﹂
オプティマスと対峙するメガトロンに迷いはない。その瞳に宿る意思とパワーは力
強い輝きを放っている。以前までのメガトロンと同様。溢れるダークマターは他を隔
絶した迫力を持っていた。確固とした意志と目的を持った親友の姿を見てオプティマ
スは悟る。両者が分かり合う瞬間は訪れないのだということを。
前を向き新たな種族との共存を選んだオートボット。
滅んだ故郷に縋りつき破壊の血道を進むディセプティコン。
る。隠されたエネルゴンを得るために、小僧の脳内にある情報が必要なのだ。﹂
﹁あ の 小 僧 を 差 し 出 せ オ プ テ ィ マ ス。エ ネ ル ゴ ン の 源 が も う 一 つ こ の 星 に 隠 さ れ て い
エピローグ 2 Revenge is mine
862
﹁貴 様 は 一 人 殺 す だ け で は 済 ま な い。│ │ │ │ こ こ で 決 着 を つ け て や る。メ ガ ト ロ ン
﹂
た。
ない一線がある。最大の好敵手と認めるからこそ、彼らは戦わなければならないのだっ
とはない。各々は各々が守りたいものの為に戦う。互いを兄弟と認めるからこそ譲れ
袂を分かったフォールンと六人のプライム達を生き写すがごとく。両者が歩み寄るこ
未来へと進むオプティマスと失った過去を取り戻そうと足掻くメガトロン。かつて
!
腕に構えられるエナジーブレード。その二刀はオプティマスの熱い血潮を反映するよ
戦闘態勢に入るメガトロンを前にしてオプティマスもその武装を展開していた。両
光は全てを滅ぼすおぞましい輝きを放っていた。
ない重力が発生した。組み変わる右腕のフュージョンカノン砲。その奥から覗く蒼い
メガトロンの体内を巡るダークマターが蠢動を始める。すると、その場一帯に途轍も
│││生きて帰れる者は一人だけだということを。﹂
﹁貴様も分かっているはずだオプティマス。我々二人最後の決戦の日が来るその時。│
863
うに、熱く鋭く煌めいている。
ンドの美しい少女のみが知っていた。
オプティマスとメガトロン。二人が迎える結末は、サイバトロン星の神とピンクブロ
て決死の戦いを挑む未来があった。
オートボットとディセプティコン。相争う両者が手を結び、一つの荒れ狂う暴走へ向け
ンという種族間の争い。その枠組みが小さなものに感じられるほど、戦乱は拡大する。
暴走するパワー。操られるトランスフォーマー達。オートボットとディセプティコ
な存在によって大きく変わる。その生存競争の最中に待ち受けるものがあった。
する列強がこぞって参戦する戦乱。オートボットと人間たちが入り乱れる混乱は異質
戦いとなる。しかし、その戦いはまだ始まりでしかないのだ。アメリカや中国を始めと
数瞬の後、両者は激突する。その戦いはトランスフォーマーの未来を左右する激しい
郷を取り戻さねばならんのだ。﹂
だ。決して貴様ではない。サイバトロン星の呼び声が聞こえる。俺様は貴様を倒し、故
﹁何度でも甦る。何度でも戦う。何度でも言うぞオプティマス。この場に残る者は俺様
エピローグ 2 Revenge is mine
864
ず。
││││││君は我らが同朋である彼らのために闘ってくれた。勇敢に犠牲を問わ
││││││我々は君を見てきた。長い長い間ずっと。
その眩い後姿の数が、一つ増えて。六から七になっていたことを除けば。
ただ一点だけ。ルイズの見たかつての光景とは異なる物があった。
決 を 選 ん だ プ ラ イ ム 達 の も の な の だ ろ う。特 徴 的 な 鬣 や 痩 身 を 見 れ ば 一 目 で 分 か る。
メガトロンの記憶を持つルイズには分かった。その姿や声音は間違いなく、かつて自
そして││
865
そして──
866
││││││リーダーにふさわしい素晴らしい行いだった。
││││││君はまだ命尽きる定めにはない。我らの秘密。その一片を授けよう。
││││││目指すべき答えとは、いずれ出遭うものなのではない。自らの手で勝ち
取るものなのだ。
││││││メガトロンの下へ戻れ。そして見届けてあげて欲しい。彼が勝ち取っ
たその答えを。その結末を。
││││││慰めの言葉も労わりもいらない。ただ見届けてあげて欲しい。ただ傍
にいてあげて欲しい。孤高であるメガトロンにとってそれこそが唯一の餞になるのだ
から。
七人の後ろ姿は何物にも代えがたいほど美しく輝いて見えた。メガトロンだけでは
な い。そ の 師 匠 も ま た 結 果 と し て 救 わ れ た の だ ろ う。誇 る べ き 矜 持 に 殉 じ た 仲 間 達。
その気高さや誇りある姿にフォールンが恋い焦がれることはもうないのだ。過去に取
り残された仲間を加えて、その誇りある眩い姿は完成された。憎しみに墜落したかつて
のフォールンはもう居ない。トランスフォーマーの誇りあるプライム。その始まりは
墜ちた者という汚名を雪ぎ、本来の気高い姿を取り戻したのだった。
変わっていたのだ。その木漏れ日の様な柔和な顔を見れただけでも、もうけものという
のように険しかった彼が見せた最後の表情。それがあんなに穏やかで優しげなものに
だが、幻でも構わなかった。狂乱の檻に囚われたフォールン。憎しみに憑りつかれ悪鬼
は 心 の 底 か ら 安 堵 し た。そ の 光 景 は 微 睡 の 中 で 見 た 刹 那 の 幻 だ っ た の か も し れ な い。
眩い光に包まれながら母なるサイバトロンへと帰っていくプライム達を見てルイズ
﹁││││ああ。良かった。本当に良かった。﹂
867
べきだろう。わずかばかりだが、サイキックエネルギーで精神を凌辱された屈辱も癒さ
れるというものだ。
そうしてルイズは微睡から目覚める。
﹁今日もいい天気。シエスタなら絶好の洗濯日和だって言ったのかしら。﹂
多大な魔力消費。身体に穿たれた巨大な貫通痕。その傷穴から失った大量の出血な
ど、ルイズは間違いなく死亡した。しかし、彼女はまだ生きている。絶命した命が強力
なダークマターエネルギーによってかろうじてその命脈を保ち、プライムの秘宝によっ
て完全なる蘇生を遂げた。
絶命した使者が甦るという奇跡の裏には、奇跡とは程遠い必然が隠されていた。何故
ならば、奇跡とは諦めを踏破し、最後の最後まで足掻き続けた者のみに微笑むからであ
る。
﹂
?
﹁う る せ ぇ バ カ ヤ ロ ー。俺 は 全 然 酔 っ ぱ ら っ て な ん か い な い ん だ よ。う ー ぃ。チ ク
体の調子を損っちゃうわよ。大丈夫
﹁おはようドクター。相変わらず飲んだくれているわね。そんなに呑み過ぎていると身
そして──
868
ショー。何でメガトロン様は俺を置いていっちまったんだよ。よりにもよってこんな
未開の何にもない星によー。やってられねぇよこんちくしょーめ。﹂
メガトロンの思惑も考えて欲しいの。﹂
﹁この星に残されて貴方は面白くないかもしれない。でもね。ドクターをここに残した
﹁うーぃ。うーぃ。﹂
も出荷を控えている。中々の売り上げが期待できそうだ。
なコルベールの反応がいつでも見られるくらいなのだ。加えて、工場にて生産された酒
な分野にも実践されている。研究の進捗状況は上々らしい。学内ではハイテンション
のだろう。コルベールと共同での研究は工業技術のみに留まらず、食品生産などの様々
顔をしたドクターがうなされていた。醸造エタノールを呑み過ぎてよっぱらっている
カーテンから洩れる暖かな光を感じてルイズは目覚めた。寝所のベッド脇には赤い
生活はこれから随分と楽になるわ。本当に助かってる。﹂
面白味があるかもしれないし。そう悲観しないで。ドクターの助力もあって、私たちの
は何もないところよ。でも一から新しい技術を社会に普及させるっていうことも乙な
﹁クスクス。そんなに腐らないでちょうだいドクター。貴方の居た場所に比べればここ
869
﹁あぁ
メガトロン様の思惑だ
﹂
?
るように、ルイズは達観している。その瞳は既に、以前までのルイズではなかった。
にしてもその瞳は何処か遠い場所を見つめていた。その先にいるメガトロンを思いや
ルイズの言葉に対して訝るドクター。しかし、ルイズは怯まない。唸るドクターを前
?
私の中にメガトロンの失われた記憶が隠されていたことを。その
?
それはメガトロンを戦場から離れた場所に留めておきたかったから。敬愛する総
事実を知っていても見逃してくれていたのよね。敢えて私を泳がせた。それは何故か
じゃないかしら
﹁そ う。メ ガ ト ロ ン の 思 惑 よ。と て も 賢 い ド ク タ ー な ら 何 と な く で も 気 づ い て い た ん
そして──
870
人間とは思えないような奸智。その貫くような視線を持つルイズにドクターは射竦
いているからだ。まるで、あの破壊大帝の様に。
ズを前に、ドクターは何も言い返せない。その口から発せられる言葉は過たず正鵠を吐
何もかもを知り抜いているような超然とした雰囲気。その空恐ろしい態度を纏うルイ
ルイズの瞳はドクターを見つめている。その瞳は全てを見通すように、透明だった。
司令官を戦いという終わりの無い泥沼から遠ざけておきたかったから。﹂
?
められていた。
﹁言われるまでもねぇ。分かっているんだよ。そんなことわ。﹂
く、より恐ろしい騎士になっていた。
死から目覚めた少女は変わっていた。それまでとは明らかに。より聡明に、より賢
け。ただそれだけのことをしただけなのに、ルイズは目を覚ました。
クターでも変えられない。行われた治療は巨大な貫通痕という致命傷を塞いだことだ
の戦場でドクターはルイズを治療した。だが、既に絶命したという事実までは如何にド
死から復帰したルイズに何が起こっているのか。ドクターには分からなかった。あ
ンの傍ではなくここにいる。この場に残れと命令されたのよ。﹂
ると思うのよ。よくも俺様の状態を見逃したな、っていうね。だから、貴方はメガトロ
ものであろうとも関係なかったのね。メガトロンには。だから懲罰的な意味合いもあ
みを破壊大帝は看破している。戦場から引き離しておきたいという思いが例え善意の
﹁でもね。ドクター。貴方も賢いけれど、メガトロンもとっても賢いのよ。貴方の目論
871
舌打ちをしながらドクターはルイズの部屋を後にする。誰にとっても心の内を見透
かされることは気持ちの良いものではないだろう。ドクターもそうだった。聡明すぎ
るルイズとは一緒に居づらいのかもしれない。最近ではルイズよりもコルベールと時
間を共にする機会のほうが多いくらいだ。
舌打ちをしながら部屋を後にするドクター。コルベールの研究室へと向かうその後
ろ姿を気にかけながら、ルイズは一人空を見た。窓から吹くハルケギニアの薫風。その
温かな風を感じながら、メガトロンの隠したもう一つの思惑をルイズは語る。
﹁ドクターをこの星に残した理由は、罰だけじゃあないんでしょ 罰だけじゃなくて
そして──
872
そしてルイズは瞼を閉じる。かつて見た結末の光景を想像しながら。
うわよ。﹂
命令しても聞き入れる訳がないし。懲罰という形式にしたことは間違っていないと思
如何に貴方でも冷酷になりきれないものね。誇り高いドクターにはこんなことを直接
かった。軍団の総攻撃にドクター達を参加させたくなかった。健気な忠臣に対しては
感謝もしている。だから、この星に残した。迫りくる危険からドクター達を遠ざけた
?
﹁││││メガトロン。貴方は死を覚悟しているのね。そうでもなければオプティマス
には立ち向かえない。貴方が恋い焦がれる宿敵はとっても強いものね。それこそ時に
は貴方を凌駕しうるほどに。破壊大帝を打倒してしまう程に。だからこそ、貴方が恋い
焦がれるのでしょうけど。﹂
言ってルイズは部屋を後にする。向かわなければならない場所がある。いつまでも
部屋でのんびりとはしていられないのだ。閉じられた窓。空を映す鏡からはもうハル
ケギニアの風は入ってこない。主を失った部屋は、再び沈黙を取り戻す。メガトロンに
何か痛みが残るところは無いの
﹂
もう会えないと分かったルイズの心。その心象を映し出すように、室内は穏やかに静ま
り返っていた。
﹁おはようキュルケ。今日もいい天気ね。﹂
﹁おはようルイズ。⋮⋮⋮⋮身体の具合はどう
?
?
?
れたのよね。何か変わったところはなかった
﹂
もシエスタよ。シエスタの具合はどう 今日はキュルケが朝から容体を見ていてく
﹁大丈夫。ドクターの治療に間違いはないから。それに、私のことはいいの。それより
?
873
ルイズの問いにキュルケは黙って首を振った。無言の否定。キュルケによって救出
されたあの時から何も変わらない。シエスタは変わらずに眠り続けている。ただ、眠り
つづけていた。目の前の悪夢が終わるよう祈る子供の様に。眠りに浸ることでシエス
タは目の前にある現実を拒否し続けた。
地獄のようなタルブの戦場においてシエスタは奇跡的にも生還を果たした。しかし、
相当の代償を負って。それこそ、死んだ方がましだったのではないかと思えてしまう程
に重い苦痛を味わいながら。
﹁⋮⋮⋮⋮私には分からないけれど。このまま眠りつづけたほうがシエスタにとって幸
せなのかしら。﹂
﹁そうかもしれないわね。シエスタはとても家族思いの子だったから。働きに出たこと
も家族の為を思ってのことだったそうよ。きっと幼い弟妹達を学校へ行かせてあげた
かったんでしょうね。目の前で野党に両親を殺されるなんて体験は、特に辛いでしょう
ね。言葉に出来ない程に。凄まじく。ドクターによれば治療は完璧に終わったそうよ。
﹂
身体は何処も健康そのもの。でも、心が身体に追いついていない。肉体に意思が伴って
いないともいっていた。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮身体に心が追い付いていない
?
そして──
874
﹁そう。つまり、目が覚めるかどうかは本人次第。これだから人間は面倒くさいとドク
ターは言っていたけれど、それでもやっぱりシエスタの努力に期待するしかないわね。
私たちに残されたことは、こうして待つことだけ。シエスタを信じて待つことだけよ。﹂
地獄からの脱出賃。野盗の集団という絶体絶命の窮地においてシエスタは代償を差
し出した。まだ幼い弟妹たちを助けるために、差し出されたもの。
それは、両親の命と、シエスタの身体だった。
﹂
?
?
思うの。もう話は通してあるわ。オールドオスマンは学院長を辞してしまったから、学
渡って取り組まなきゃいけないかもしれない。だから、しばらく私は学院を空けようと
ものだと思う。命令の内容はまだ分からないけれど、課される任務によっては長期に
﹁アルビオンとの冷戦はまだ継続中よ。多分姫様からの相談も対アルビオンについての
は
ど、急に学院を離れてどうするの まだ二学期が始まったばかりなのに残された授業
﹁⋮⋮⋮⋮ ち ょ っ と。帰 れ な い っ て ど う い う こ と よ。シ エ ス タ の こ と は 任 せ ら れ た け
エスタの事をよろしくねキュルケ。私はしばらく学院には帰れないみたいだから。﹂
﹁いけない。もう行かなきゃ。姫様に王宮へ来るようにと言われているの。だから、シ
875
院長代行を務めるコルベール先生にね。それなりの融通はしてくれるそうだから進級
﹂
は無事できそうよ。それに││││││││﹂
﹁それに
?
しかし、キュルケもただ黙してはいない。孤高の戦いを続けるルイズを前にしても彼
もその戦いを続けている。
自分の手が届かない所まで成長し、進化したルイズ。血に塗れる美しい少女は一人で
ズが以前までとは変わってしまったということだけは確かだった。
ズに何かしらの影響を与えたのだろうか。キュルケは悩むが答えは出ない。ただ、ルイ
獄のような戦場がルイズを変えてしまったのか。それともメガトロンとの離別がルイ
もしすぎた。それこそ旧来の中であるキュルケが恐ろしく感じてしまう程に。あの地
ここまで残酷なことを以前までのルイズは平然と言っていただろうか。頼もしいが頼
は残酷だ。何処までも酷薄で現実的。血に塗れた少女の微笑みを見てキュルケは思う。
ルイズは優しげに微笑みながらそう言った。優しげな微笑みとは裏腹に、言葉の内容
いから。﹂
りと一人残らず殺してもらったから大丈夫。私が学院でやるべきことはもうあまりな
﹁シエスタの両親を殺して、シエスタに乱暴をした野盗たちは、スコルポノックにしっか
そして──
876
女が怯むわけにはいかなかった。双月が美しい夜に結んだベッド上の誓いはまだ生き
ている。その誓いをキュルケは一時も忘れていなかった。
かルイズの与り知らない場所を飛び回っているのだろうか。もうあの絶対的な力にル
ギニアの空。蒼く澄み渡る空にもうメガトロンは飛び回っていない。いまごろは何処
ものだった。仲間の背中を頼もしく感じながらルイズは空を見た。窓から覗くハルケ
慌ただしく廊下を走るキュルケ。協力を惜しまない仲間の存在は何よりも頼もしい
急げね。すぐにタバサを呼んで来るからちょっと待ってて頂戴。﹂
もう、ミスタはいないんだもの。私たちだけでなんとかしなきゃ。そうとわかれば善は
﹁後、タバサも連れて行きましょう。宮殿まではシルフィードに乗った方が断然早い。
から、私は戦えるの。いままでもこれからも。﹂
い る。ド ク タ ー や ラ ヴ ィ ッ ジ。ス コ ル ポ ノ ッ ク。沢 山 の 仲 間 が 私 を 支 え て く れ る。だ
﹁クスッ。大げさねキュルケは。私は別に一人じゃないわ。キュルケもいる。タバサも
て。﹂
どんな任務を命じられるのかは知らないけれど、私は貴方を一人にはしないわ。決し
﹁シエスタの安否はドクターに任せましょう。ルイズ。宮殿へは私もついていくから。
877
イズが頼る訳にはいかない。メガトロンの庇護という恩恵はもう存在しないのだ。
だが、それでも変わらず明日は訪れる。変わらずに問題はルイズに降り注ぎ続けるの
だ。ならば、独力で何とかしなければならない。自分自身の力で、前に進まなければな
らないのだった。
今際の際のこと。メガトロンにマスターと呼ばれた事実をルイズが知ることはない。
しかし、ルイズは変わらずにルイズである。自分が守りたいものの為に彼女は戦う。目
の前に広がる茨の道をルイズは進み続けるのだ。
空を駆ける小鳥の鳴き声。耳を楽しませるその囀りに癒されながら、ルイズは懐かし
とになる厳しい道程とは対照的に、雲一つない空はどこまでも透き通って美しかった。
どこまでも透き通ったハルケギニアの空がルイズを照らしている。ルイズの歩むこ
ちを傍らに従えて。
の女官としてルイズはトリステインを、ハルケギニアを守護し続けた。鋼鉄の使い魔た
後に王家を守る騎士としての役割をルイズは課せられることになる。アンリエッタ
なく自分の戦いを戦い抜くから││││﹂
﹁メガトロン││││貴方は貴方の戦いを。私もここで頑張るから。ここで逃げること
そして──
878
む。かつてハルケギニアに君臨した破壊大帝の威容を。
答えを勝ち取るのだった。
もの試練を乗り越えた先。ルイズとメガトロン。運命の出会いを果たした二人は、その
そして││││││長い長い時が過ぎた。幾つもの戦乱を。幾つもの困難を。幾つ
伝説を紡ぐ者として、ピンクブロンドの美しい少女は険しい茨の道を歩み始めた。
促されるでもなく自分から。
約束と違うことなく、蘇生したルイズは自らの戦いを始めた。誰に頼るでもなく、誰に
的へ向けて。勝ち取るべき答えへ向けて戦い続ける。鋼鉄の使い魔と結んだかつての
立ち止まる暇などありはしない。ただ目的へ向けてその歩を進める。目指すべき目
﹁今日も、いい天気。﹂
879
﹁ルイズ⋮⋮⋮⋮
﹁行くってどこへ
どうしたんだ。こんな雨の強い日に外へ出て。それに外套も身に
こんな雨の強い日に行かなきゃいけないのか
﹂
?
いて頂戴。﹂
﹁いいのよサイト。⋮⋮⋮⋮大丈夫。私は行かなきゃいけないから。先に部屋で待って
着けていないし、風邪をひいてしまう。早く中へ入ろう。身体を冷やしちゃだめだ。﹂
?
?
﹂
﹁うん。⋮⋮声が聞こえるから。どんな時でも私は行かなければならない。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮声
?
だった。
発 揮 で き な い。男 が 持 つ ラ ン タ ン。特 殊 な 機 械 式 の 明 か り が 足 元 を 照 ら す 唯 一 の 灯
に苦労もないだろう。しかし、ハルケギニアの美しい月も雲に隠されては、その輝きを
い魔召喚の丘まではそう遠くないが短くもない道程がある。月が出ていれば歩くこと
雨の降りしきる真夜中の時分。一組の男女が丘までの道を歩いていた。学院から使
聞こえる。だから、行かなきゃ。﹂
﹁そうよ。声が聞こえるの。││││││メガトロンが私を呼んでいる。私を呼ぶ声が
そして──
880
﹁悪いわねサイト。ここまで付き合ってもらって。﹂
一人目は美しいピンクブロンドが目立つ妙齢の女性だった。目鼻立ちの整った顔と
美しいスタイル。折り目正しい所作とその身に纏う落ち着いた雰囲気は特別な人間の
みが持つ洗練されたもの。雨に濡れようとも陰らないその美しさは模範的な貴族の在
るべき姿を体現していた。
﹂
男のエスコートを支えにして、丘までの道を進んでいる。その瞳は全てを予期するよ
うに透き通り、全てを理解するように達観していた。
﹁別に構わないよ。エスコートすることも、使い魔の役目だろ
れだった。
する油断のなさなど、彼は間違いなく戦士だった。それも、相当に上の部類に入る手練
ているのか、その柄は手油でやや黒っぽくなっていた。無駄のない所作。周囲に目配り
されたものなのだろう。背中には身の丈ほどの大刀が吊られている。余程使いこなし
身に着けられている。無駄な装飾がないその衣服は直ぐにでも戦いに挑めるよう配慮
二人目は精悍な顔つきをした青年だった。鍛え上げられた肉体に、動きに易い衣服が
?
881
﹁俺は嫌だぜ。こんな雨の中で行軍するなんざ錆ちまうっつうの。何考えてやがるんだ
この小娘は。﹂
﹁デル。五月蠅い。後でメンテするから今は黙っててくれ。﹂
絶対だぞー。忘れるなよー。﹂
?
見たことがないルイズの涙はランタンの明かりを写して臙脂色に煌めいた。
もの戦いを共に潜り抜けてきたサイトでさえも見たことがない表情。数えるほどしか
何故ならばあのルイズが泣いているからだ。頬に付いた雨ではなく本当の涙。幾つ
継ごうとした唇が動かなくなってしまった。
うもいかない訳があった。ルイズの表情を見てサイトは口を噤んでしまう。二の句を
た。女性の身にこの寒さはやはり厳しいのだろう。引き返すように言いたかったが、そ
と言っているようなものだった。サイトはまだ平気だが、ルイズの唇はやや震えてい
染み込み容赦なく体温を奪っていく。外套も身に着けずに進むなんて風邪をひきたい
デルフリンガーは五月蠅いが、その指摘は間違っていない。この降りしきる雨は衣服に
カタカタと柄を鳴らして喋る大剣を何とか懐柔して、二人は先を急いだ。喋る魔剣・
﹁本当かよ
そして──
882
﹁││││ッ
下がれルイズ
!
﹂
!
﹁こりゃーおでれーた。こいつもトランスフォーマーなのか 空間転移だなんて超高
盛っているが、どこか暖かい色を湛えていた。
か に 身 じ ろ ぎ を す る 異 形。顔 に ま か れ た 襤 褸。そ の 奥 か ら 覗 く 瞳 は 紅 蓮 の 様 に 燃 え
目の前にいる異形も、二人の強固な信頼関係を微笑ましく思ったのかもしれない。僅
いを強く信頼しなければ、このやり取りはありえない。
る。二人の間に結ばれている信頼関係が、どれだけ強固なものなのかということが。互
を受けたサイトにも動揺は無い。それらたったの一挙動だけを見てもはっきりと分か
しかし、ルイズの制止を受けて、再び大剣を鞘に納めた。指示をするルイズも、指示
突入する。
な赤い瞳で二人を見つめていた。危険を感じたサイトはすぐさま抜刀。臨戦態勢へと
した。空間を割り開いて、現れた異形。只ならぬ雰囲気を発するその異形は燃えるよう
使い魔召喚の丘。見晴らしの良いその場所までたどり着いた二人の前に何かが出現
﹁いいの。大丈夫。落ち着いて頂戴サイト。⋮⋮⋮⋮剣をおろして。﹂
883
等 魔 術 じ ゃ ね ぇ か。そ ん な 魔 法 を 使 え る 個 体 が い た な ん て 知 ら な か っ た ぜ。あ ー
?
﹂
⋮⋮⋮⋮、で も 前 戦 っ た 連 中 と 比 べ れ ば 随 分 と ぼ ろ っ ち い な ぁ。こ ん な に ぼ ろ い ん
じゃぁ何もしなくてもそのうちぶっ壊れるんじゃねぇか
きっていた。朽ち果てていた。風雨に曝された墓標のように。
?
﹁このトランスフォーマーが現れることをルイズは知っていたのか
﹂
見 渡 す 限 り が 損 壊 だ ら け。無 事 な 部 分 を 探 す こ と が 出 来 な い 程 に そ の 異 形 は 壊 れ
によって破壊されていた。
う有様だった。顔に巻かれた襤褸は傷跡を隠すためのもの。右半分の顔が強烈な一撃
である。残る左腕も無事ではない。幾本かの鉄線で、かろうじて繋がっているだけとい
全身が錆に覆われ、赤茶けている。右腕はもぎ取られ、無残な傷跡が晒されているのみ
デルフリンガーの指摘通り。二人の前にいるトランスフォーマーはボロボロだった。
?
ズは立つ。その瞳から溢れる涙はそのままに。その異形の名を口にした。
死を目前にまで控えたトランスフォーマー。錆びついて壊れ切った異形の前にルイ
﹁ええ。⋮⋮そうよ。﹂
そして──
884
ちょっと待ってくれルイズ。俺が地球で見たメガトロンは
﹁││││ざっと10年ぶりという所かしら。お久しぶりねメガトロン。﹂
これが
?
あの破壊大帝がこんな││││﹂
⋮⋮⋮⋮本当に。⋮⋮⋮⋮本当に。﹂
﹁こ ん な 朽 ち 果 て た 姿 じ ゃ な か っ た。⋮⋮⋮⋮ で し ょ
本 当 に ね。私 も そ う 思 う わ。
もっと大きかったし、こんなにボロボロじゃなかったぞ。何かの間違いじゃないのか。
﹁メガトロン
?!
﹁デル。戻ろう。俺たちはここにいちゃいけない。ちょっと口惜しいけど、この場は二
その確信があったから、サイトは復讐に狂った過去を抜け出せたのだ。
たからこそ、どんな難関も突破できる。
何よりも頼れるマスターが傍にいてくれる。伝説と謳われたゼロのルイズがいてくれ
使い魔として幾つもの戦場を生き抜いてこれた最大の理由もルイズである。誰よりも
イズは常に絶やさなかった。受け継がれた虚無の魔法とずば抜けた聡明さ。サイトが
どんな時も冷静沈着。絶体絶命の窮地に追い詰められようとも、優しげな微笑みをル
をサイトは紡げない。
ボロボロと涙を流すルイズ。普段見せないマスターの涙を前にしてそれ以上の言葉
?
885
人だけにしてあげたいんだ。﹂
﹁あーそうみてーだな。どう考えても俺たちはお邪魔虫だ。とっとと戻ろうぜ。後戻っ
てからのメンテは忘れんなよー。絶対だぞー。﹂
﹁ハハッ。分かってるよ。﹂
強い信頼関係でルイズと結ばれているサイトだからこそ分かった。ルイズの言葉に
嘘はない。目の前にいる壊れかけたトランスフォーマーは指摘通りあのメガトロンな
のだろう。地球では暴虐を誇ったメガトロンが何故これだけ消耗しているのか。何故
地球ではなくここハルケギニアにやってきたのか。ルイズとメガトロンにはどのよう
な過去があるのか。どのような関わりを経てルイズとメガトロンはここにいるのか。
問いたいことは幾らでもあった。だが、今じゃない。今は二人の邪魔をしていけな
い、とサイトは強く思った。あのルイズが涙を流している。周囲に弱みを見せたがらな
い彼女の心境を慮れば、使い魔である自分もここに居ない方が良いのだろう。
て、かつてルイズはそう言った。その窮地にも決して見せなかった落涙。周囲を憚るこ
操り人形と化した竜騎士軍団。生きながらにして亡者となった不死の軍団を前にし
いなきゃ。﹄
﹃私が不安がれば、皆が慌てる。皆に不安を与えたくないから、私だけは何時も微笑んで
そして──
886
となく涙を流すルイズに必要なものは慰めではない。慰めの言葉などいらないのだか
ら。それくらいは鈍いサイトでも察することが出来た。
﹁まだ戦いは終わっていない。まだだ。まだ終われない。サイバトロン星の呼び声が聞
しら。﹂
﹁随分とボロボロね。メガトロン。││││そんな有様で本当に戦いを続けられるのか
光が二人を照らしている。
た異形がその場に残される。雲間から覗くハルケギニアの双月。赤と蒼の鮮やかな月
大剣を背負う青年はその場を離れた。ルイズとメガトロン。美しい女性と壊れかけ
は分かる。
した明かりだが、帰途に問題はないだろう。何度も通った道だ、目を瞑ってでも帰り方
雨は止んでいるし、雲間から覗く月明かりが前を照らしてくれている。まだうっすらと
機械式の特別なランタンをその場においてサイトは学院への道を歩き始めた。もう
だったんだな。﹂
﹁ルイズがドクターやラヴィッジを連れてこなかった理由がよく分った。こういうこと
887
こえる。││││まだだ。まだ終わっていない。サイバトロン星の復興はまだ道半ば
だ。まだ││││││ここで俺様が倒れる訳には││││││﹂
月光に照らし出されて浮かび上がる歪な幻想。ルイズの期待していた理想は現実の
前に脆くも崩れ去った。分かっていたはずだった。理解していたはずだった。かつて
見た結末の光景がいずれ訪れるのだということを。この結末に至ってしまうのだとい
うことをルイズは知っていた。
それでも、愕然としてしまう。分かっていても強い衝撃を受けずにはいられなかっ
た。
﹁最後の力を振りしぼって⋮⋮貴方はここまで来てくれたのかしら。今際の際。かつて
私の言葉が聞こえますか
?
かった。既に意識が混濁しているのだろうか。その紅蓮の瞳。燃え盛るようなメガト
ぶ つ ぶ つ と 独 り 言 を 呟 く メ ガ ト ロ ン。ル イ ズ の 言 葉 に 対 す る 返 答 は 一 切 見 ら れ な
﹂
結 ん だ 約 束 を 貴 方 は 忘 れ て い な か っ た の ね。⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ね ぇ メ ガ ト ロ ン。私 の 言 葉
が分かる
?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮。﹂
そして──
888
ロンの隻眼には目の前にいるルイズすら写っていない様だった。自分の言葉が届かな
い。あれだけ会いたかったメガトロンが今此処にいるにも関わらず。自分の意思が通
じない。そのもどかしさが悔しかった。
あれだけ覚悟を固めていたのに、あれだけ理解していたはずなのに。それでも決壊し
故郷を取り戻したいってい
てしまうルイズの思い。ギリギリの所で押さえていた感情の奔流を、そのもどかしさが
解き放つ。
﹁私は││││。メガトロン。私は貴方に謝りたかった
﹂
どれだけ謝ってももう取り返しがつかな
!
貴方を召喚して、貴方に出遭えて本当に嬉し
許されない行為をしたんだってことも私が一番知っている
それでも私は貴方に謝りたかった
かったから
!
!
激情がルイズの内より湧き上がる。一度決壊した感情は留まるところを知らない。湧
ても伝えきれないような万感の思い。信愛・劣情・敬意・増悪。そのどれもを内包した
メガトロンへと伝えたいことがルイズには山ほどあった。たった数言の言葉ではと
!!
!
いんだって分かってる
いほどに卑しめた。本当にごめんなさい
う貴方の悲願を奪い去って、使い魔として使役した。破壊大帝である貴方をこれ以上な
!!
889
き上がる感情のまま周囲を憚ることなくルイズは叫ぶ。溜めこんだ10年越しの思い
を吐き出すように。
認めさせてやりたかった 何時も
!
!
周囲の人達に
貴方が私を利用することは構わない。でも、貴方が私のマスターな
んじゃない。私が貴方のマスターなんだって認めさせたかった
しかった
﹂
私は私だということを
そして何よりも、貴方自身から認めさせたかった 私が貴方のマスターなんだって
!
!
!
私もここで戦っているんだってメガトロンにも認めて欲
!!!
瓦礫の山へ成れ果てようとしていた。
鉄の生命体トランスフォーマー。銀河に名を馳せた破壊大帝メガトロンが錆びついた
がれ落ちていくメガトロンの装甲。堅甲を誇る外部装甲は以前の姿を失っていた。鋼
何も届かなかった。到頭、その朽ち果てた身体は最後の崩壊を開始した。ボロボロと剥
しかし、その言葉が届くことはない。混濁した意識。汚泥の海に浸るメガトロンには
ルイズは叫ぶ。10年来の思いを清算するように。
!!
!!
!
てやりたかった
私を操り人形のように使う貴方に。私を試すように試練を与える貴方に、私を認めさせ
﹁││││私は、貴方に私を認めさせたかった
そして──
890
私 た ち の 最 後
?
この結末を迎えることは分かっていたことだった。無限のパワーと不死身の身体を持
ているにも拘らず何もすることが出来ないということに、ルイズは耐えられなかった。
響き渡る泣声。ボロボロと崩れていくメガトロンがいる。自分の使い魔が死に瀕し
あああああああああああああああ。﹂
﹁う⋮⋮⋮⋮あぁ。⋮⋮あああああああああああ。⋮⋮⋮⋮⋮⋮グスッ。ああああああ
荷に耐えかねて超鋼を誇る身体は鉄屑へと還元される。
る金属的な異音。繰り返し繰り返し無限に与えられた疲労。蓄積され限界を超えた負
身体を構成していた部品が剥がれ落ち、錆びきった装甲が悲鳴と共に落下する。発生す
死に向かう道程をメガトロンは着実に進んでいる。刻一刻と死へと近づくその身体。
が⋮⋮こんな⋮⋮⋮⋮。﹂
⋮⋮⋮⋮ あ ん ま り よ。こ ん な ⋮⋮⋮⋮ こ ん な 形 で 終 わ っ て し ま う の
く果てしのない戦乱を経てここにいるんだって││││分かってた。分かってたのに
﹁││││分かってた。貴方との再会がこうなってしまうことは。貴方がどこまでも続
891
つメガトロンは無敵である。そのメガトロンを殺しきることは実質上不可能だ。
だが、メガトロンはそれでも生命体である。数えきれないほどの復活を経て蓄積され
た夥しいダメージ。膨大な金属疲労は復活を経ても完全に消える訳ではなかった。蓄
積された夥しいダメージ。復活の度に蓄積される重い負担。脈動するダークマターエ
ネルギーの浸食。数百年数千年の長きにわたる激烈な戦いはメガトロンを致命に追い
やった。
﹁││││⋮⋮⋮⋮ぅぁ。﹂
使い魔召喚の丘で泣き伏せるルイズ。迎えるべき結末を前にして感情を爆発させる
彼女だったが、突如として跳ね起きる。その耳孔に聞こえた音がとても懐かしいもの
だったから。
求めていた答えは今、ルイズの目の前にあった。
これもブリミルとサイバトロンの神がもたらした奇跡だろうか。崩壊の刹那。メガ
﹁││││ぅな。││││⋮⋮泣くな。 泣くなルイズ。 貴様に涙は似合わない。﹂
そして──
892
トロンは正気を取り戻す。破壊大帝は結んだ誓いを反故にはしない。ピンクブロンド
の美しい少女。マスターであるルイズの呼び声に応じて、メガトロンは最後の復活を果
たした。かつての約束を果たすため、刹那の復活を。
メ ガ ト ロ ン。 分 か っ た わ。
⋮⋮⋮⋮ 数 奇 な こ と だ。い や ⋮⋮⋮⋮ こ れ も サ イ バ ト ロ ン の 思 し 召 し か な の か も し れ
﹁ふ ん ⋮⋮⋮⋮。⋮⋮⋮⋮ も う 貴 様 に 会 う こ と な ど ⋮⋮ な い と 思 っ て い た の だ が な。
﹁良かった。また貴方に会えるなんてとても嬉しいわ。﹂
ついた果ての崩壊。訪れる二人の別れは確実なものだった。
全なものなのではないのだろう。目前に控える死は直ぐそこにまで迫っている。錆び
あることをルイズは知っている。意識を取り戻したメガトロンだが、その復活は到底完
くしゃくしゃになった顔を無理やり拭ってルイズは微笑んだ。これが刹那の復活で
ターだ。﹂
﹁あぁ⋮⋮⋮⋮。それでいい。⋮⋮それでこそ、貴様だ。⋮⋮それでこそ、俺様のマス
私は泣かない。貴方の言うとおり、私に涙は似合わないから。﹂
﹁│ │ │ │ ⋮⋮⋮⋮ 意 識 を、取 り 戻 し た の ね ⋮⋮⋮⋮
?
893
ん。﹂
目の前の光景が幻だろうと、刹那のものであろうとルイズは構わなかった。メガトロ
ンは今ここにいる。かつて結んだ誓いを果たすためにここまで来てくれた。その事実
が何よりの証明だった。今までに歩んできた道程。積み重ねてきた歩みと人生が、自分
自身のものだったということを。
サ も 助 か る こ と が 出 来 た。私 は 貴 方 と 一 緒 に 戦 お う っ て 覚 悟 を 決 め る こ と が 出 来 た
﹁││││その時、私は本当に驚いた。でも貴方が来てくれたから私もキュルケもタバ
の。﹂
去った昔を懐かしむように、二人は言葉を紡ぎ合う。
淡 々 と 紡 が れ る 何 気 な い 会 話。交 わ さ れ る メ ガ ト ロ ン と ル イ ズ の 触 れ 合 い。過 ぎ
時。⋮⋮⋮⋮固められた貴様の覚悟がよく分った。﹂
様にとっては酷く耳障りな響きだった。だが、それでも俺様に届いたぞ。⋮⋮⋮⋮あの
﹁││││⋮⋮⋮⋮貴様の声は良く響く。⋮⋮まるで鐘楼の唄う音色の様にな。⋮⋮俺
そして──
894
﹁貴方と出遭えて、本当に良かった。﹂
とはない。
﹁││⋮⋮ルイズ。││││俺様は誰だ
││││俺様は何者だ
﹂
?
なのかということを。
自身に仕える最高の使い魔を安心させるようにルイズは語った。メガトロンは何者
の言葉。
トロンでさえも不安に感じる瞬間があったのだろうか。弱弱しく囁かれたメガトロン
か。目指すべき目標へ向けて自分は進んでいくことが出来たのか。あの破壊大帝メガ
震える声音が答えを求めて囁いた。自分自身の歩んできた道は正しいものだったの
?
る。錆びきった装甲が剥がれ落ちる金属質的な絶叫。破壊大帝の断末魔が鳴りやむこ
しかし、かけがえのない二人の時間も終わりを迎えることになる。崩壊は、続いてい
⋮⋮⋮⋮得るべき気づきがあるのだということを⋮⋮俺様は知った。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ 貴 様 に は ⋮⋮ 本 当 に ⋮⋮ 驚 か さ れ る。⋮⋮⋮⋮ 見 過 ご し て い た 路 傍 に も、
895
﹁││貴方はメガトロン。││破壊大帝メガトロン。サイバトロン星の呼び声に従い、
故郷復活を成し遂げる者。﹂
メガトロンの崩壊は佳境へと突入した。崩れ落ちる超鋼の身体。剥がれ落ちる装甲
は最早外部装甲に留まらず、その内奥にまで到達している。剥がれた部品が山となり、
鉄錆の丘を成していた。破壊大帝の死は目前にあった。
しかし、まだである。まだメガトロンが終わる訳にはいかなかった。何故ならば、メ
ガトロンは聞かなければならないから。今際の際、問わなければならないことがメガト
ロンにはある。
﹂
須らく全ての生物が追い求める物。目的とする答え。
﹁││││⋮⋮⋮⋮俺様は、俺様だったか
ち取りたい答えがそこにある。
ルイズにとってもメガトロンにとっても追い求めたもの。その生涯をかけてでも勝
?
生半な悲嘆論に陥ることなく。中途半端な理想論に傾倒することもない。過酷な現
﹃目指すべき頂きへ向けて、自身の生を戦い抜くということ﹄
そして──
896
実、自身の生を真正面から見据え戦い抜くという泥臭い覚悟がそこにある。誇りに殉じ
たウェールズ。友を想うキュルケ。憎しみに身を焦がすタバサ。故郷を愛するシエス
タなど。各々は各々が守りたいものの為に戦っている。
た。路傍に転がる石の気持ちを。人間もトランスフォーマーも目指すべき目標がある
何も変わらない。メガトロンはメガトロンである。しかし、メガトロンは知ってしまっ
冷酷にして暴虐。銀河に名を轟かせる破壊大帝メガトロン。その本質は以前までと
⋮⋮⋮⋮。俺様は俺様だ。﹂
﹁そ う か。│ │ │ │ ⋮⋮ そ う だ な。メ ガ ト ロ ン は、メ ガ ト ロ ン だ っ た か。な ら ば い い
健気な尊さ溢れる目指すべき答えは、自身の存在証明そのものだった。
けれども、誰もが諦めずに戦うことの出来る誇りがそこにある。勝ち取るべき答え。
その道程を歩む上で、誰もが諦めてしまうこともある。
ンだった。貴方の誇りは本物だった。﹂
﹁ええ。私の命を懸けてもいい。貴方は最後まで貴方だったわ。メガトロンはメガトロ
897
のだ。勝ち取るべき答えへ向けて、それぞれが足掻き、それぞれがもがいているのだと
いうことを。メガトロンは知ってしまった。
知ってしまったから、知る以前までのメガトロンにはもう戻れないのだ。
る
﹄
﹃必ず貴方に認めさせてみせる。││││私は貴方に認められるマスターになって見せ
ルイズとの出会いが一つの契機となったのだ。
﹃I a m M e g a t r o n
メガトロンとの出会いはルイズを劇的な運命へと誘った。しかし、メガトロンもまた
ない偉容を持っている。メガトロンの恋焦がれたオプティマスの様に。
い努力を惜しまない。歩むべき黄金の道を進む可憐な少女。その後ろ姿は例えようも
かった。目の前にある生に対して貪欲に食らい付く。目指すべき頂きへ向けて、弛みな
だった。周囲からの心無い中傷にも、自分を巡る厳しい環境にも少女は決して引かな
を そ の 少 女 は 気 付 か せ て く れ た。ピ ン ク ブ ロ ン ド の 美 し い 少 女 は ど こ ま で も 健 や か
以前までのメガトロンでは分からなかったことがある。道端に転がる路傍の気持ち
!
﹁俺 様 は │ │ │ │ メ ガ ト ロ ン。俺 様 は メ ガ ト ロ ン だ
!
そして──
898
﹄﹂
もいらない。メガトロンはメガトロンなのだから。
輝かしいプライムの背中が脳裏に蘇る。ただ傍にあることだけ。慰めの言葉も労い
に出来ることは見届けることだけなのだから。
最果てをルイズが知ることはない。けれども、ルイズはその運命を受け入れた。ルイズ
友であるオプティマス。彼だけが、メガトロンの見た最果ての光景を知っていた。その
それはメガトロンとオプティマスのみが知っている。最大のライバルにして、最高の戦
少女との出会いがもたらした一つの結末。メガトロンが自身の手で勝ち取った答え。
!
盛るエネルギーが徐々に徐々に消え失せていく。
トロンの反応。どれだけ離れていようと感じていた破壊大帝の意思。紅蓮の様に燃え
自身の中から消失してゆくダークマターエネルギー。おぼろげながら感じていたメガ
は別れの言葉を口にした。溢れ出る涙を、必死で耐えながら。少女は現実を直視する。
ゴロリと転がるメガトロンの残骸。砕け散った頭部を優しく抱きしめながらルイズ
﹁さようならメガトロン。そして、ありがとう。﹂
899
明滅を繰り返す修羅の瞳。紅蓮の炎が何の反応も見せなくなった。暗黒の洞となっ
た眼孔。灯火の消えた眼光が示す通りメガトロンはもういない。目の前の光景が動か
ない事実としてルイズに浸透していった。
﹁また彼岸にて会うその時まで。暫くのお別れよ。﹂
女性の目の前に築かれた鉄屑の残骸。スクラップメタルの山。その鉄錆が何者だっ
たのか、ルイズだけが知っている。破壊大帝の歩んだ黄金の道。目指すべき頂きへの道
程。破壊大帝の鮮烈な生を、ルイズが忘れることはない。
トンは受け渡された。破壊大帝から美しい少女へ。メガトロンからルイズへ。その灯
復活の御旗を掲げたプライムから破壊大帝へと受け継がれた様に。運命という名のバ
新しく灯された篝火は、長い時を経てまた受け継がれていく。かつてサイバトロン星
これからも変わらずに燦然と輝き続けるでしょう。﹂
ロンの誇りは本物だった。貴方の歩んだ生は。メガトロンの貫いた誇りは、いままでも
﹁見事だったわ。故郷の復活という悲願の為に、貴方は最後まで立派に戦った。メガト
そして──
900
火は次代へと渡されてゆく。どれだけの強い雨風が吹き荒れようとも、決して消えない
温かい灯火。脈々と受け継がれる熱い血潮はいままでも、そしてこれからも輝き続ける
のだった。
身に着けていたマントで、メガトロンだった残骸を包み込む。ハルケギニアの双月に
照らし出される赤茶けた鉄錆の群れ。使い魔召喚の丘に残された尊い残骸をしばし眺
める。そして、ルイズは踵を返して、学院への道を進み始めた。その力強い歩みに憂い
は感じられない。何故ならば、悲しむ必要など何処にもないからである。自らの生を最
後まで戦い抜いたメガトロン。残された偉大な足跡は、今もルイズを照らしている。な
らば、ルイズが迷う必要などどこにもないのだった。
後世に謳われたゼロの伝説はここから始まるのだった。
き動かす。受け継がれた灯火は、赤々とした炎を放っている。
目指すべき黄金の道へ向けて。ルイズは進み続ける。受け渡された灯火が彼女を突
を戦い抜くから。だから、それまで待っててね。﹂
﹁じゃあねメガトロン。私は戦う。私は私なのだから。ここで逃げることなく自分の生
901
︿if﹀ ありえたかもしれない物語 ︿ギャグ﹀
これは、あったかもしれない未来のお話。本来はありえないifの物語。メガトロン
が地球への侵攻を諦め、なんやかんやあってルイズと和解し、なんやかんやあってハル
ケギニアで暮らしていくことになったストーリー。ルイズとメガトロン。二人の異な
﹁そうねーいつもありがとうーメガトロン。 あー死にたい。﹂
﹂
!! !
ガトロンの快哉を叫ぶ慟哭は毎日のように繰り返されていた。
なり馴染んでいるのだろう。周囲の学院生達も、あぁまたかと驚くことすらしない。メ
砲。その過剰な礼賛はここ最近の新しい日常となっていた。その光景は生活の中に、か
まだ眠い目を擦りながらルイズは目を覚ます。魔法学院を震わせるメガトロンの号
銀河に遍く存在する
る種族が同じ道を共に生きるありえたかもしれない確立世界の出来事。
相変わらずの美しさだ
!
!!
どの生命体だろうとも、貴様の可憐さには遠く及ばないだろう
﹁ルイズ 今日も貴様は美しいな
〈if〉 ありえたかもしれない物語 〈ギャグ〉
902
ちゃあ元も子もないわよ
﹂
﹁そんなこといっちゃ駄目じゃない
貴様のような美しく可憐で聡明なマスター
いくらフォールンが陰気くさくてもそれをいっ
﹁そうだそうだ 上司と部下に挟まれて俺様はいつも大変だったのだ。それになこれ
﹁貴方もいろいろ苦労してたのね。⋮⋮中間管理職の悲哀ってやつかしら。﹂
れば今頃は一体どうなっていた事か分からんぞ全く。﹂
がなんとかあいつを持ち上げて宥めすかしていたから丸く収まっていたが、そうでなけ
ぐちぐちぐちぐち五月蠅かったのだ。軍団の運営方針でも散々に揉めてな。この俺様
﹁あいつは墜落船の中に引き籠っているくせに、あーでもないこーでもないといっつも
!
!
!
!
あの陰気くさいマスターに比べれば何百倍もましだな
!
この俺様が言うんだ間違いない。﹂
を得ることが出来て最高だ
﹁俺様は何と幸福な使い魔なのだろうか
903
アップとオプティマスを倒すためにはその力がどうしても必要だったからな。だが、プ
様 は そ の 言 葉 を 信 じ て ど ん な 板 挟 み に 会 お う が 何 と か 我 慢 し て い た。更 な る パ ワ ー
はオフレコなのだが、プライムの力を俺様にくれてやるとフォールンは言ったんだ。俺
!
﹂
ライムの力などというものはなかったのだ。﹂
﹁ないの
!?
﹁ああ、ない。いや⋮⋮⋮⋮あるにはあるが、その力は他者に受け渡せるような代物では
なかったのだ。まったく。そんな使い物にならないパワーの為に俺様は今まで耐えて
いたのかと思うと涙が出るぞ。態々我慢せずに、イライラしたらさっさとフォールンを
ぶちのめしてしまえばよかったのだ。さぞすっきりしただろうにな。﹂
﹁自分でフォールンをブッ飛ばせたんだからもうそれで満足して頂戴よ。﹂
﹁そうだな。後だな。これもオフレコなのだが、ぶっちゃけサイバトロン星の復活は無
理なのだ。﹂
﹂
!!?
あの破壊大帝が何故こんなことになってしまったのかといえば、あのスパイもどきの
めにな。﹂
は頑張っていたのだ。オプティマスは駄目だと言ったが、サイバトロンを復活させるた
が聞こえるのだー。故郷を取り戻せーとな。だから誰に理解されることなくとも俺様
も内心では故郷復活が難しいと分かってはいたのだ。だがなーサイバトロンの呼び声
河に遍く恒星を全てエネルゴンへと変換でもしなければ間に合わないほどにな。俺様
トロンを救おうと思えば途方もないほどのエネルゴンが必要になるのだ。それこそ銀
﹁ああ無理だ。もうサイバトロン星はほとんど滅びているからな。滅びに瀕したサイバ
﹁無理なの
〈if〉 ありえたかもしれない物語 〈ギャグ〉
904
メイドさんと、ドリルヘアーのモンモランシ│のせいだった。シエスタが旅商人から購
入 し た お 茶 を メ ガ ト ロ ン に 振 る 舞 う 所 ま で は い い。問 題 は そ の 後 だ。な ん や か ん や
あってモンモランシ│が禁忌品である媚薬を調合し、なんやかんやあってその媚薬がシ
エスタのお茶に混入し、なんやかんやあってそのお茶をメガトロンが呑んでしまったの
だった。媚薬は、服用者が服用後に初めて見た相手にその効果を発揮する。
媚薬中毒となってしまったメガトロン。その意中の相手がルイズだったことは不幸
中の幸いだろうか。普段の態度からは考えられない程ぶっちゃけてしまっている使い
魔。酔っぱらったようなメガトロンを相手にルイズは本当の意味で腹を割った会話を
していた。
﹁ねぇメガトロン。貴方いつもどこか何かやっているけれど、一体何をやっているの
﹂
﹁征服 このハルケギニアを征服ってどうしてそんなことをしなければいけないのよ
しい大陸を征服するための裏工作をしているだけだ。﹂
﹁なんだ。別にその程度であれば構わんぞ。いくらでも教えてやれる。ただ、この狭苦
のか私にも教えてよ。﹂
私の知らない所で、こそこそと隠し事をするのは止めて頂戴。貴方が何をやっている
?
905
?!
!?
﹁あまり異なことをいうなルイズ。この破壊大帝にとって征服とは呼吸と同じだ。目の
前にあるものを破壊し、支配する。それこそが俺様の存在理由なのだからな。例えそれ
裏工作って具体的にどう
が、こんなちっぽけな大陸だろうと同じ事よ。見逃しはしない。﹂
﹂
﹁ま⋮⋮まぁいいわ。そういうことにしましょう。それで
いうことをしているの
?
?
あーもーどこから突っ込めばいいのか分からないけれど、貴方にこき使われるマチルダ
﹁⋮⋮⋮⋮ マ チ ル ダ を チ ェ ル ノ ボ ー グ か ら 脱 獄 さ せ た の は や っ ぱ り 貴 方 だ っ た の ね。
予想通りに進み、あっけなく領土を手に入れることが出来たぞ。﹂
見込み通りの働きをしてくれた。ありったけの金をばらまいた甲斐はある。裏工作は
﹁うむ。その通りだ。子飼いの人間どもが中々に優秀だったこともあるな。あの盗賊は
ない限りは、そう簡単に事が進まないものね。﹂
ね。領土を手に入れるなんて大それたことやるんだもん。相手を直接的に脅しでもし
使い魔品評会にトリステイン・ゲルマニア側の重臣を呼びつけたのもそのためだったの
﹁はーー。本当にスケールが違うわね。私の知らない間にそんなことをやってたんだ。
テクノロジーを経営に反映させれば、全ては上手くいくのだ。﹂
営にあたらせている。鉱石の精錬や建築材料の資材生産などがそうだな。俺様の持つ
﹁具体的には拠点となる領土を獲得したぞ。手駒となる人間を高額報酬で雇い入れ、経
〈if〉 ありえたかもしれない物語 〈ギャグ〉
906
には同情するわ。もう盗みに入る暇もないだろうしね。﹂
﹂
!!!
俺様の貴様に対する愛が このハルケギニアに永久に語り継がれるように
!!!
!
華で何もかもが焼き尽くされる未来は直ぐそこにまで迫っているのだった。
葉すら生ぬるいメガトロンの怒りがハルケギニアに吹き荒れることになる。灼熱の豪
わることになるだろう。この屈辱的な行いは間違いなく逆鱗に触れる。激怒という言
なくなってしまったのだ。媚薬の効力が切れ、メガトロンが正気を取り戻せば全てが終
一人が謝罪して済む話ではない。ルイズ一人が腹部に風穴をあけられて終わる話では
制させる。それは故郷復活の目的を奪う以上の屈辱に他ならないからだ。最早ルイズ
はどこまでもげんなりとしてしまう。あの誇り高いメガトロンにここまでの所業を強
魔法学院の中庭で、号砲をあげるメガトロン。その生き生きとした表情を見てルイズ
に収まらないんだけどねー。あー死にたい。﹂
﹁ありがとーメガトローン。別にハルケギニア欲しくないし、国土全部は大きすぎて懐
な
せよう
る時。その時は全てが貴様のものになるのだ。この大陸に、ルイズ帝国を打ち立ててみ
﹁待っていろルイズ。いずれこの大陸全土。遍くすべてをこの俺様の手中に入れてみせ
907
﹁お疲れ様ルイズ。もう遺書は書き終わったから、いつミスタが正気に戻ってもOKよ。
せめて痛く無いように、安らかに逝ければいいんだけどね。﹂
ことになるわ。まさかこんな終わり方になっちゃうなんて。想像もしてなかったんだ
﹁お疲れ様キュルケ。⋮⋮⋮⋮本当に申し訳ないわね。黄泉への旅に連れ立ってもらう
けれどね。﹂
ねぇ。﹂
!
だけである。ルイズが傍に入てくれることだけが、せめてもの救いだった。
未来を受け入れることが出来た。ただ静かに、その時を待つ。出来ることといえばそれ
るほどメガトロンは優しくない。その事実を痛いほど理解しているから、目の前にある
だった。もう先がないのだということが。ここまでの屈辱を受けて、笑って許してくれ
カラカラと笑うキュルケだったが、その瞳に力はない。キュルケにも分かっているの
﹁それは嫌
﹂
に も な ら な い わ。せ め て 最 後 に 貴 方 や タ バ サ の ぬ く も り を 感 じ な が ら 死 に た い わ
り敢えずは身辺整理を済ませてのんびり待ちましょう。いまさらジタバタしてもどう
﹁こうなっちゃあもうしょうがないわよ。誰がどう抗おうともう終わりなんだから。取
〈if〉 ありえたかもしれない物語 〈ギャグ〉
908
﹁ちょっと
何でもう諦めちゃうのよ
!
まだ何とか出来るかもしれないでしょ
!
﹂
?
﹁そうだよ皆 諦めたらもうそこで終わっちゃうよ ま⋮⋮まだ出来ることもあるか
909
落ち込んでいる様子を見ればルイズも悲しむ。﹂
ぞ。貴様は俺様のマスターの世話周りをしなければならないのだからな。そうやって
﹁シエスタよ。貴様も色々と大変だろうがな。そろそろ元気を取り戻して貰わねば困る
かなかった。
とは、まさか夢にも思わなかっただろう。その事実を思えば二人だけを責める訳にはい
いるのかなど突っ込みたいことはある。だが、痴話喧嘩が原因で世界が滅ぶことになる
だよどんな関係になりたかったんだ。寂しかったもっと構ってほしかったとか舐めて
強力な媚薬を調合しているんだお前は。何を考えてギーシュにそれを盛ろうとしたん
が、ルイズにはもうどうでもよかった。メガトロンが泥酔してしまう程なんてどれだけ
事の元凶であるモンモランシ│とギーシュだった。耳元で何かわーわー言っている
らないから。﹂
﹁あー五月蠅い五月蠅い。どうにかってんならあんたらで何とかしなさいよ。もう私知
もしれないから最後まで足掻こうじゃないか。﹂
!
﹁⋮⋮⋮⋮はい。⋮⋮⋮⋮メガトロン様や皆様のお気遣いも合ってなんとかいつも通り
の日常を取り戻しつつあります。⋮⋮⋮⋮本当に感謝しています。﹂
0回以上部下からの反乱を企てられたが、一度もおちこんだことなどなかったぞ。全て
﹁それは良い傾向だ。一つのたとえ話だが俺様の話をしよう。俺様は今までに3000
この俺様の手で叩きのめしてやったわ。シエスタ。貴様も俺様の様に無能な部下共が
どれだけ反乱を企てようが意に介さない程の度量を持て。そうすればどのような窮地
だろうが問題にはならん。貴様はここで終わってしまう程薄弱ではない筈だ。﹂
いのだろう。ディセプティコン総司令官であるメガトロンの内実は決して洩れてはい
らぺらと話してしまっている。本来であればそれらの情報は秘匿されなければならな
ウエイトレスに絡む酔っぱらったおじさんのようだった。誰彼構わず自身の内実をぺ
グダグダとシエスタに絡んでいるメガトロン。その雰囲気はさながら場末のバーで
策していた位なのだ。まったく。俺様の苦労も推して知るべしという所だろう。﹂
ドローン兵を作り出して軍団を決して裏切らぬドローン軍団へと作り変えようかと画
の部下はいつ反旗を翻すか分からん。あまりにも裏切者が多すぎるのでな、意思のない
﹁そうだ。まだましな部下はショックウェーブやサウンドウェーブくらいだな。その他
﹁⋮⋮フフッ。30000回の反乱ですか。メガトロン様らしいですね。﹂
〈if〉 ありえたかもしれない物語 〈ギャグ〉
910
けない機密情報である。しかし、ルイズたちはそれをかなり深い部分まで知ることに
なってしまった。正気を取り戻したメガトロンは間違いなく口止めをするだろう。抹
殺という簡単な形式で。
何か不満で
?
かれ早かれ爆誕することになるかもしれない。
るか火を見るよりも明らかだった。もしかすれば先程宣言したルイズ帝国とやらも遅
天井知らずの様に高めることがそうである。このままメガトロンを放置すればどうな
働きかけて、ヴァリエール家に様々な爵位や褒章をもたらしたり。ルイズ個人の評判を
る。様々な策略を計画し、ルイズの為になることを先回りして叶えまくるのだ。王家に
このままルイズが浮かない顔をしていれば、メガトロンは余計な気をまわすことにな
俺様に出来ないことなどない。何故ならば俺様は破壊大帝メガトロンだからな。﹂
も好きなものを言うがいい。何でも用意してやれる。何でも奪い取ってやるぞ。この
もあるというのか。財宝が欲しければ幾らでも用意しよう。領土でも、爵位でも、愛で
よ。キュートなキュートなルイズちゃんよ。何故そんな暗い顔をする
﹁む。どうした我が愛するマスターよ。史上最高の可憐さを持つルイズフランソワーズ
911
﹁うがーー
じゃない
﹂
分かったわ。こうなりゃ焼けよ。骨の髄までこんがりと焼いてもらおう
毒も食らわば皿まで食らってやるわ
ントを名指しした。
やろうと意思を固めて、ルイズは叫ぶ。矢の様な指示を出してこれから攻略すべきイベ
せ死ぬのであれば精々足掻き切って死んでやる。やれることをやり切ってから死んで
浮かない表情から一転。椅子を蹴立てて立ち上がったルイズは覚悟を決めた。どう
!!
!
!
﹁キュルケ あんたお家のことで色々揉めてるんでしょ 正当な嫡子じゃないとか
〈if〉 ありえたかもしれない物語 〈ギャグ〉
912
?
あんた本当はガリアの正当な後継者なんでしょ。いろいろ身分を
!
元に戻してあげるわよ
だからあんたはこれからガリアの女王様
はお金をばらまいてド派手にやるわよ。楽しみにしておきなさい
正当な即位式
後それからそれ
!
の元素の兄弟だの東の果てにいるエルフだのも、ぜーんぶぜーんぶぶったおしてやるわ
から、エンシェントなんとかドラゴンだの、地下水とかいうインテリジェントソードだ
!
!
部解決してあげる。ジョゼフをブッ飛ばして、記憶を失ったお母さんもドクターの薬で
偽っていたようだけれどメガトロンから全部教えてもらったから。あんたの問題も全
さい。後タバサ
後継ぎがどうだとか。だから今ゲルマニアにまで行って解決してあげるわ。感謝しな
!
私とメガトロンのコンビは最強なんだから
なんだってやってやるわよ
!!!!
﹂
!!!
﹂
やはりルイズはこうでなくてわな。さぁいくぞ
!!
時間が惜しい。俺様とマスターとの覇道はこれから始まるのだ
!!!
﹁ドクター。聞いてもいい
?
なんだよチビ。気安く俺に話しかけるんじゃねぇ。幾らメガトロン様があー
?
﹁それは別に構わない。私たちに頭を下げる必要もない。⋮⋮でも一つだけ聞かせて。
なっちまったからって俺までお前らにペコペコするつもりはねぇんだからな。﹂
﹁あん
﹂
と共に新しい覇道へと進み始めた。
ニアの蒼い空を切り裂く銀影の鉄塊。破壊大帝メガトロンは信頼する可憐なマスター
だが、空を切るメガトロンの疾走は何処までもまっすぐで迷いがなかった。ハルケギ
クが向かう先はルイズしか知らない。
アにてキュルケのお家問題を武力行使という実弾で解決させるのか。エイリアンタン
タンクはすぐさま離陸した。ガリアへ無能王を討伐しに行くのか。はたまたゲルマニ
辛苦を打ち破ることになるだろう。コックピットへとルイズが乗り込むとエイリアン
吹っ切れたルイズとメガトロン。ハルケギニア最恐のコンビはこれから数多の艱難
!!!
!!!
!!
﹁そうだ その意義だぞマスター
913
あの鋼体に摂取された媚薬はどれくらいの期間で分解される
﹂
﹁どれくらいの期間だ あーそれは摂取した量にも左右されるが、代謝が完了するま
?
﹂
﹁ざっと60年ぐらいじゃねぇか
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮長杉。﹂
厳密な期間は知らねぇけどよ。﹂
しくは分からん。だからその内だ。﹂
いるが、媚薬みてぇなもんにはあんまり強い耐性を持ってなかったみてぇだからな。詳
でまぁその内だろ。メガトロン様は毒物だの劇薬だのの類には滅法強い耐性を持って
?
?
ないと、タバサは頷いた。
見た。その希望はどんな強い闇でも打ち砕くだろう。取りあえず退屈することだけは
かと、辟易するタバサだった。しかし、呆れると同時に、二人が歩む未来に強い希望を
杞憂に終わったようだった。これから60年あの凄まじい愛の告白を聞かせられるの
は、メガトロンが正気を取り戻すだろうとタバサは予想していた。しかし、その不安は
0年という数字は彼女ら人間達にとって途轍もない長い時間である。明日か明後日に
その発言を聞いて絶句するタバサ。何でもない事のように言うドクターだったが、6
?
﹁その内⋮⋮⋮⋮とは
〈if〉 ありえたかもしれない物語 〈ギャグ〉
914
﹁さぁ行くぞルイズ
俺様たちの伝説はこれから始まるのだ
﹂
!
ドクターにとっては僅かな期間であり、大した問題にはならないのだった。
う凄まじいスパンで生活する種族だということを。60年という数字はメガトロンや
ルイズやキュルケ。タバサは知らなかった。彼らトランスフォーマーは何万年とい
!!!
﹂
!!!
それは後に伝説と呼ばれた物語。最恐の二人が紡ぐ征服譚だった。
戦いはこれから始まるのだった。
可憐な少女。最強のコンビであるルイズとメガトロン。運命に引き合わされた二人の
る。進む先は何処までもまっすぐに。迷いなく突き進む修羅のトランスフォーマーと
ハルケギニアに吹く薫風。降り注ぐたおやかな日差しが二人の行く先を照らしてい
を。私たちの戦いはこれから始まるんだから
﹁え ぇ 分 か っ た わ メ ガ ト ロ ン。一 緒 に 証 明 し ま し ょ う。私 た ち は 私 た ち だ と い う こ と
915
幕間1 壊れた王様
その日、ハルケギニアは地獄と化した。
﹂
﹁ハハッ。ハハハハハハハハッ。いいぞ、その調子だ 一切の遠慮を排し、目に映る全
てを焼き払うのだ
!!!!
るその光景は地獄と呼ぶほかなかった。
然と佇立している。意思を奪われ生命としての身体を取り上げられた亡霊達が闊歩す
焼き払われる都市。破壊される人々。荒れ果てた国土。そして、居並ぶ竜騎士軍団が整
だった。ガリア王ジョゼフ。心の壊れた王様の目前には終わりの光景が広がっていた。
哄笑する無能王。煌びやかな衣装に身を包んだ美丈夫がその光景を生み出した元凶
!!
﹁﹁﹁﹁■■■■■■■■﹂﹂﹂﹂
幕間1 壊れた王様
916
咽喉から洩れる機械的な悲鳴。蛋白質の肉体を無理やりにトランスフォーミング化
した結果。彼ら竜騎士たちは亡者となった。作り変えられた肉体。生きながらの地獄
を味わう彼ら竜騎士はその痛みに耐えかねて悲哀の叫びをあげている。助けて欲しい。
救ってほしい。それが叶わないのであれば安らかな死を。
しかし、その悲鳴が届くことはない。その願いがかなうことはないのだった。守るべ
き民を殺し、愛する肉親をその手にかけなければならない苦しみはどれほどのものがあ
るのだろうか。
喚されたオーパーツだった。
は、イレギュラーなもの。かつてハルケギニアに君臨した破壊大帝同様、異世界より召
ていたからだ。立ち昇る禍々しい魔力。元々がハルケギニアのものではないその異物
れた武骨な石。異常なほどの魔力を宿したその石がジョゼフの狂気を現実のものとし
だが、ジョゼフがその力を手にしている限り、この悪夢は終わらない。右手に掲げら
う。﹂
時。この世界とシャルル。どちらが余にとって重要だったのかが、明らかになるだろ
﹁待 っ て い ろ シ ャ ル ル よ。今 こ の 余 が 確 か め て や る。こ の 世 界 を 滅 ぼ し 尽 く し た そ の
917
では王としての沽券に関わるという主張ももっともだが、ジョゼフにはどうでもよかっ
れる形でジョゼフは使い魔召喚の儀式を執り行った。いつまでも使い魔がいないまま
大国ガリアのガリア王とてその例外ではなかった。小言を諫言する部下から押し切ら
メイジとして使い魔を召喚せぬままでいられるものではない。貴族社会の頂点たる
▲
りきたりで凡俗に堕するつまらないものだった。
そして、無能王と評されるジョゼフにとってどこまでも似つかわしい平凡なもの。あ
れる。鬱々とした毎日を過ごす王にとって、その出会いはどこまでも劇的だった。
無能王が抱える狂気。ダムの中に着々と溜められたエネルギーが解放される契機が訪
ジョゼフは過去を思い起こしながら、その石を見た。その石が全ての始まりだった。
てを破壊し尽くし、全てを白日の下へ引きずりだして見せよう。﹂
の心を震わせてくれる何かは必ずどこかに隠されている。その何かを見つけるまで、全
﹁余は必ず見つけてみせる。この世界。その全てを洗い浚い引っくり返してでもだ。余
幕間1 壊れた王様
918
た。使い魔など必要ない。王弟シャルルを失い、何も感じることが無くなったジョゼフ
にとって、全ての事象はどうでもよいことだった。ただただ何もかもが面倒で何もかも
がどうでもよかった。
そのジョゼフにとっても目の前に召喚されたものを見て目を見開かずにはいられな
かった。
聞いたことがない。どんな低層の家柄を持つ貴族であっても、ここまで酷い使い魔召喚
誰もが想像もしなかっただろう。使い魔ですらない石ころを召喚するなど寡聞にして
られるジョゼフである。だが、まさかここまで惨めな使い魔を召喚することになるとは
周囲に控えていた部下からも嘆息と嘲笑の声が漏れた。無能王と呼ばれ、影に陽向に嘲
ただの石ころを使い魔として召喚したのだった。そのあまりにもお粗末な光景を見て
ガリア王とは選ばれた人間である。その選ばれた一握りの人間となったジョゼフは、
哲もない石ころは動かぬ現実として存在し続けた。
だの石ころだった。片手で掴めるほどの小ぶりな岩石。衆目が見守る中も、その何の変
思わず洩れる疑義の声。召喚人の中央に鎮座するもの。何のことはない。それは、た
﹁⋮⋮⋮⋮何だこれは。﹂
919
を執り行うなどありえないからだ。
がち間違いではないな。何物にも心震わせぬ余と、そこらに散らばる石ころ。両者は同
﹁⋮⋮⋮⋮石。⋮⋮そうか。神は余をこのように評価していたのか。⋮⋮ははは。あな
じだということだろうか。まったく、神はこの世界をよく見ている。その慧眼には感服
せざるを得ないということか。﹂
控えていた臣下は呆れながらその場をさった。がらんとした室内。石とジョゼフの
みがあるその場にはジョゼフの空疎な声のみが響いている。ジョゼフの低い求心力は
この時致命的な痛手を被った。元々無能王としての悪名を欲しい儘にしていたジョゼ
フ。人臣からの距離はこれからより離れていくことになるのだろう。
だが、ジョゼフにはそれすらもどうでもよかった。壊れた心には人々からの中傷など
届かない。部下からの嘲りなど些末を通り越して聞こえてすらいなかった。
﹂
!
そして、召喚された石に契約の口づけを交わした時、ジョゼフは信じざるをえなかっ
﹁││││││ッ
幕間1 壊れた王様
920
た。神の存在を。信心などというものを一切持っていないジョゼフであってもその時
ばかりは、神の存在を信じた。
神は常にこの世界を見ているのだ。そして、当人が背負うべき運命を賜るのだという
ことを。
かつてハルケギニアに君臨した破壊大帝同様、その異物は地球よりもたらされたもの
様を死に写すかのように、その石はどこまでもみすぼらしくどこまでも醜悪だった。
けはただの石ころだが、その内奥におぞましいエネルギーを蓄えている。心の壊れた王
ジョゼフには分かった。その石はただの石などではなかったのだということが。見か
口づけをしたその時、流れ込んでくる異常なエネルギー。その溢れるパワーを感じて
▲
のなのかということを確かめようではないか。﹂
があるのかを確かめよう。我が弟シャルルとこの世界。どちらが余にとって大切なも
通り、余は余に課せられた使命を果たそう。││││この世界に余の心を震わせるもの
﹁そうか。││││そういうことだったのか。神よ。よく分った。賜された思し召しの
921
だった。トランスフォーマーが求めるエネルゴンの塊。かつて失われた異物がそこに
はあった。
それは、失われたオールスパークの欠片だった。
充満するエネルゴンの塊。そして、虚無を受け継いだジョゼフ。二つの出会いはハル
ケギニアに地獄をもたらした。混ざり合うエネルゴンと虚無のエネルギー。二つの強
力なエネルギーは混ざり合うことで変質し、互いが互いに影響しあうことで最悪の効力
を持つようになっていた。
その結果が、不死の軍団。生きながらにして亡者となった竜騎士軍団の誕生だった。
歪なトランスフォーミングは地獄の兵卒を生み出した。死ぬことも怖がることもない
兵隊。機械と肉が組み合わされた新しい身体は一騎当千のパワーを持っていた。
ジョゼフは進んだ。生きながらにして亡者となった地獄の兵卒を従えて、ハルケギニ
アを滅ぼす滅びの合奏を奏で続けた。
やろう。そう⋮⋮⋮⋮思っていたのだがな。﹂
ス テ イ ン や ゲ ル マ ニ ア が 残 る の み ⋮⋮⋮⋮。一 思 い に ⋮⋮⋮⋮ 全 て を 灰 燼 へ と 帰 し て
ない。まだ余の心を震わせるものは見つかっていないのだから。後には忌々しいトリ
﹁ガリアを滅ぼし、ロマリアも余の手中とすることが出来た。だがまだだ。まだ終わら
幕間1 壊れた王様
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しかし、ジョゼフは知らなかった。かつて、ハルケギニアに君臨した破壊大帝がいた
ことを。ハルケギニア中に間諜を送り、情報を得ていた狂王。知略に長ける無能王でも
徹底的に行われたメガトロンの隠ぺい工作を破れなかった。故に、ジョゼフは今、追い
詰められている。
何故ならば、ハルケギニアにはピンクブロンドの美しい少女がいるからだ。メガトロ
ンの遺志を継ぐ、ゼロの少女。虚無の力を受け継ぐ伝説がジョゼフの前に立ちはだかっ
たのだ。
も自身の血に塗れている。しかし、身体に走る痛みよりも強い疑問をジョゼフは感じて
四肢を打ち抜かれたジョゼフ。既に身体は満身創痍だった。豪奢を極めたその礼装
け。﹂
﹁別段、驚くことではないのよ。貴方は知らなかった。だから、負けた。ただ、それだ
⋮⋮⋮⋮。﹂
様な幼い少女によって余の命脈が断たれる。このような結末を迎えることになるとわ
﹁正直に言えば、⋮⋮⋮⋮とても驚いている。ルイズフランソワーズ。まさか、そなたの
923
いた。敷かれた防御陣営は完ぺきだった。周囲を警護する竜騎士隊が倒された気配は
ない。そもそも、竜騎士部隊を支配し、操っている人物が自分であることが何故露見し
たのか。ジョゼフには分からなかった。
痛む体に鞭を打ち、ジョゼフは前を向く。その視線の先には、鋼鉄の獣を従えた一人
の美しい少女が佇んでいた。
﹁余は⋮⋮⋮⋮何を知らなかったというのだ。叶うのであれば⋮⋮⋮⋮教えてはくれま
いか。﹂
﹁⋮⋮メガトロン。破壊大帝メガトロンよ。かつてハルケギニアに君臨した破壊大帝。
その遺志がここには残されている。﹂
流水に揺蕩う柳葉の様に、その姿は超然としていた。ただ、静かに佇んでいる。それ
だけであるにも拘らず、ジョゼフは目を離せない。その、何もかもを見透かすような力
強い瞳。どれだけの死地を潜り抜ければ身に着けることが出来るのだろうか。纏われ
﹂
る特別な雰囲気。その漲るオーラに引きつけられていたからだ。
﹁⋮⋮⋮⋮メガトロン
?
幕間1 壊れた王様
924
﹁ジョゼフ⋮⋮⋮⋮貴方に手落ちは何もなかった。一歩間違えれば討たれていたものは
私の方だったから。だから、貴方は何も間違っていない。貴方と私の違いはメガトロン
を知っているかどうか。ただ、それだけだったわ。﹂
どこか悲しげな表情を伺わせながらルイズは言った。その重い過去を感じさせる表
情と鋼鉄の獣。その二つを見てジョゼフは全てを悟ることが出来た。大きく息を吐き
ながら空を見る。夜空を彩る美しい星々でも壊れた心には届かない。その事実が残念
で仕方がなかった。
⋮⋮⋮⋮前もってこのパワーを知っているのであれば、⋮⋮⋮⋮
?
を試みる全てのものを攻撃するようにと指示を下していた筈だが。﹂
の竜騎士たちがそなたへ襲い掛からぬのはどういうことだろうか。⋮⋮⋮⋮余に接近
あっても、余という蛇の頭を切り落としに向かうだろうからな。⋮⋮⋮⋮しかし、周囲
打 倒 す れ ば 竜 騎 士 軍 団 を 機 能 停 止 へ と 追 い 込 め る こ と も 把 握 で き る。世 が そ な た で
何もおかしいことはない。⋮⋮⋮⋮竜騎士たちを操る大本がいることも、その操り主を
だったのであろう
だったのだな。余の賜ったこの石。そのエネルギーの源となるものはその金属生命体
﹁⋮⋮⋮⋮なるほどな。その鋼鉄の獣を見て得心がいった。⋮⋮⋮⋮そちらの方が大本
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ろうか。
フは嫌に落ち着いていた。目の前に迫る運命すらも壊れた心には届かないからなのだ
る死の気配。しかし、妙に頭は冴えていた。感覚の無くなる身体とは対照的に、ジョゼ
身体から多量の血液を失い、ジョゼフは指一本動かすことが出来なくなった。忍び寄
フにも察せられるようだった。
かすようなその理知的な瞳。その刺すような視線を鑑みれば、元凶となる一端がジョゼ
少女であるにも拘らず、何故このような恐ろしい雰囲気を持っているのか。全てを見透
まるでこれまでに乗り越えてきた試練に比べれば何でもないというように。まだ、幼い
二重三重に渡って張り巡らされた防衛線。その防御突破を簡単だとルイズは言った。
ことも難しくはなかったわ。﹂
えば私達を捉えられないのよ。だから、ラヴィッジの穏形に乗じて、ここまで潜入する
は模造でしかないし、不完全。波長のないラヴィッジは元よりその波長さえ消してしま
波長を相殺するアイテムを作ってもらっただけ。急造トランスフォーマーである彼ら
有機生命体の発する特殊な波長を感じて襲い掛かっているだけだそうよ。だから、その
﹁それは簡単よ。あの竜騎士たちは視覚も聴覚も持っていない。ドクターが言うには、
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﹁⋮⋮⋮⋮トリステインとゲルマニアの連合が異常なまでに⋮⋮⋮⋮速やかに行われた
こともそなたが関わっているのだろうか。﹂
と自身の意識を集中させた。竜騎士軍団との戦いはまだ続けられている。トリステイ
右手に持っていた拳銃をホルスターへと戻す。そして、ルイズは右耳のイヤリングへ
本当に助かったわ。﹂
がいなくても私はメガトロンに助けられてしまうのね。⋮⋮⋮⋮とても悔しいけれど
あったから、ここまではやく両国の同盟を結ぶことが出来たのよ。⋮⋮⋮⋮メガトロン
﹁そ の 通 り ね。私 も マ チ ル ダ に は 随 分 と 助 け ら れ た わ。彼 女 の 築 い た 組 織 と 連 絡 網 が
思えない手腕だった。﹂
での抵抗とこちら側の情報と運び出すという二枚舌。⋮⋮⋮⋮領地を治める太守とは
女も相当の食わせ者だったな。協力を申し出ると同時に、⋮⋮⋮⋮その裏ではゲリラ戦
﹁⋮⋮やはり、一番の障害はトリステインとゲルマニアだったか。⋮⋮⋮⋮思えば、あの
方を討つまでの時間稼ぎを両軍にお願いしてきたの。﹂
わ。貴方の竜騎士軍団に立ち向かうには一国の正規軍だけでは到底足りない。私が貴
いうことかしら。ええ、そうよ。お察しの通り、私が互いの間を取り持たせてもらった
﹁貴方はとても賢いのね。無能王という字名は自身を偽るための毛皮でしかなかったと
927
ンとゲルマニアを滅ぼすべく侵攻を続ける竜騎士軍団大部隊。その侵攻を止めるべく
トリステインゲルマニア連合軍は所定の位置で布陣されていた。
ルイズの想定通りであればもうじき両軍の激突は避けられない筈だ。最前線の状況
がどうなっているのか。現況を知るために、通信機を用いての連絡を試みる。微かな戦
闘音や衝突音。戦場の音に紛れること一拍、ルイズの聞き慣れた声が耳孔に届いた。
こっちにはド
﹃ルイズか こっちは無事だ スコルポノックと連携して竜騎士たちを撃退してる
!
時間も進軍場所も想定通り、ルイズの予想はぴったり当たったぞ
!
?
﹄
!!
!
は避けて頂戴。﹂
待ってるぞマスター
!
から日が浅いサイトを何時までも一人にさせる訳にはいかなかった。戦場では何が起
イトは未だ戦士としては未熟だ。スコルポノックを配置しているとはいえ、戦い始めて
こちら側が有利だという報告を受けて一先ず安心する。しかし、油断はできない。サ
﹄
﹁分かったわサイト。こちらもすぐに終わらせてそちらへ合流する。だから、無理だけ
れる
クターが作ってくれた武器も沢山あるんだ。皆がこの調子で戦えば必ず奴らを押し切
!
﹃了解
幕間1 壊れた王様
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こるか分からない。ジョゼフの操る竜騎士軍団がどれほどの実力を秘めているのか、何
も分かってはいないのだ。ルイズの目の前にある石。禍々しい魔力を放つこの元凶を
消し去るまで、一瞬たりとも気を抜くわけにはいかなかった。
ホルスターに納めた銃はそのままに、ルイズは杖を取り出す。ハルケギニア中を地獄
へと変えた戦乱。その大戦争の元凶となった男をこの世から葬り去るために。
だから、ルイズは呪文を唱える。必要となるものは言葉ではなく、力である。かつて
ら。
ルイズが何を言おうとも、心の壊れた王様には届くべき言葉などありはしないのだか
らしい悲劇が生み出されたのだろうか。その重すぎる罪を自覚させようとは思わない。
人々や国家が犠牲になったのだろうか。この狂王の指先一つによってどれだけの惨た
ルイズの瞳に迷いはない。その魔法を唱えることにも躊躇はなかった。どれだけの
のような人にこそメガトロンは必要だったんだと思う。﹂
にはいられない。メガトロンを召喚すべきは貴方だったのかもしれない。本当は貴方
の混じり気のない破壊を前にして感じるだろう心の震えがあっただろうことを思わず
﹁本当に残念だわ。││ジョゼフ。貴方が。心の壊れてしまった王様が。破壊大帝、そ
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君臨した破壊大帝のエネルギー。強力無比なダークマターエネルギーがルイズを更な
る高みへと昇華させた。
﹁でも││貴方は出遭わなかった。何故なら、破壊大帝は貴方ではなく私を選んだのだ
から。﹂
そのパワーであれば届くことが出来る。ルイズはそう確信していた。混ざり合うル
イズの虚無とダークマターエネルギー。体内にて練り合わされ混合し、互いに影響しあ
うそのパワー。煌めくルイズのエネルギーは禍々しい魔力を放つその石すら、完全に凌
駕 し て い た。こ の パ ワ ー で あ れ ば 届 か せ る こ と が 出 来 る。心 の 壊 れ て し ま っ た 王 様。
その虚無で支配された空洞を終わらせることが出来るのだった。
││││私は戦わなければならない。私は私の戦いを最後まで戦い抜かなければな
が認めた虚無の光。破壊の光で貴方の虚無を埋めてあげるわ。﹂
ないのだから。だから、せめて、最後はこの魔法で引導を渡してあげる。あの破壊大帝
﹁貴方が破壊大帝に出会うという未来を作り出すことは叶わない。もうメガトロンはい
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930
らない
一つの覚悟と共に、ルイズは呪文を紡いだ。今は無きメガトロンが瞠目したパワー。
虚無の破壊がその場に吹き荒れる。その光は拡散し、ルイズが狙いを定めた目標を過た
ず飲み込んだ。周囲に控えていた竜騎士や禍々しいオーラを放つ石。そしてジョゼフ
自身をもである。弛みない修練の結果、ルイズは自身の虚無をある程度までコントロー
ルすることに成功していた。
光によって包み込まれた石は、崩壊を始めた。より強い虚無に侵され、その組成を乱
されたからなのだろう。石の発するエネルギーによって操られていた竜騎士たちもい
ずれ行動を停止するだろう。生ける亡者となった竜騎士隊たちが元の肉体を取り戻す
ことが出来るか否かは、偉大なるブリミルのみが知っていた。
その光は美しかった。これまでジョゼフが目にしたどの美術品でも、雄大な大自然で
だけ。││目の前にある罪から目を逸らし続けていただけのことだった。﹂
のだな。余の求めるものは常に、余の目の前にあったようだ。ただ、余が認めなかった
﹁││││そうか。そういうことか。││││シャルルよ。何ということでもなかった
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幕間1 壊れた王様
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も届かない美しさ。何よりも煌めき、何よりも儚い。破壊と創造。荒廃と創生。両極に
位置する二つの概念を内包したその光。その眩い煌めきは確かに届いた。心の壊れた
王様へ。心の空白を埋めるために、暴走を続けた狂王は確かに感じていた。自身にある
虚無が震えていることを。浸透する煌めきを。満たされている自分を感じていた。あ
れだけ感じていた飢餓感は一体何処へ行ってしまったのか。それは誰にも分からない。
ジョゼフに出来ることは目の前にある光と賜された運命を受け入れることだけだった。
││││あぁ、美しい。
咽喉から洩れるようにして紡がれた今際の言葉。心の壊れた王様は自身を苛んだが
らんどうの心を克服することが出来たのだろうか。ルイズには分からない。終わりは
どこまでも虚しく、無常を感じさせるものだった。
ジョゼフを討つことで戦乱は終結を迎える。破壊を振りまく竜騎士部隊も行動を停
止する筈だ。だが、失ったものは余りにも多すぎた。ルイズの前に広がる茫漠とした荒
野。荒れ果てた国土や破壊された都市が何処までも広がっている。これだけの損失を
取り戻すことに一体どれだけの月日と費用がかかるのだろうか。ルイズには見当もつ
かなかった。
放っていた。
な る 茨 の 道 を ル イ ズ は 知 っ て い る か ら だ。受 け 継 が れ た 灯 火 は 未 だ 赤 々 と し た 光 を
しかし、ルイズは迷わない。メガトロンの歩んだ軌跡。そして、これから歩むことに
るのか。ルイズには分からない。
なければならない。どれだけ莫大な労力が必要になるのか、どれだけの月日が必要にな
向へと導く。破壊ではなく創造。壊すことではなく、新しく生まれるものを育み、守ら
たものを取り戻す戦いがルイズを待っているのだった。都市を築き、人々を在るべき方
戦争が終ろうとも、失われたものが返ってくるわけでは決してない。これからは失っ
広がる空は何所までも透き通っていて、どこまでも無常を感じさせた。
ゴロゴロと鳴き声をあげる鋼鉄の獣をあやしながらルイズは前を見た。視線の先に
﹁■■■﹂
い。正面から悠々と行きましょう。﹂
ちゃうしね。ラヴィッジ。帰り道もお願いするわ。もう此処を守る竜騎士たちも居な
﹁││││さて、皆の所へ戻らなきゃ。あんまりグズグズしているとまた皆を心配させ
933
の邂逅へ向けてルイズが止まる訳にはいかないのだった。
照らし出された未来へ向けてルイズの戦いは終わらない。何時か来るメガトロンと
ドの美しい少女は壊れた王様との戦いを乗り越えて更なる未来へとその歩を進めた。
照らし出された未来へ向けてルイズは進む。伝説を紡ぐゼロの少女。ピンクブロン
﹁私は戦う。私は私なのだから。﹂
幕間1 壊れた王様
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