僕たちのクライマーズハイ

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僕たちのクライマーズハイ
金
子
公
亮
我々の済生会三条病院では互助会と呼ばれる職
3年前の2012年3月、県内初ダヴィンチ・サー
員による組織があり、歓迎会・納涼会・忘年会・
ジカルシステムの導入であった。米国から遅れる
院内旅行(春・秋・スキー)など企画運営をして
こと10年、当時腹腔鏡全盛期に突如現れた、さら
いる。いずれの行事も職員の多数が参加し、その
なる質の高い医療の提供を謳った医療機械であ
交流を通して病院全体の士気向上に確実に繋がっ
る。最先端のコンピューター技術を外科領域に臨
ている。これまで渡ってきた大病院時代には肌で
床 応 用 す る コ ン ピ ュ ー タ ー 外 科 学(Computer
感じることすらなかったが、規模がそれほど大き
Aided Surgery:CAS)から生まれた、術者の手
くないがゆえ自分の居場所が分かりやすく、お互
の動きを忠実に再現するロボットアームを有す
い助け合って楽しく仕事ができている。そして、
る、知能をもたない Master-Slave 型ロボットで
そんな安堵に癒される、割と珍しい病院であると
ある。導入に3億、年間維持費3千万という超高
赴任以来ずっと感じている。私は昨年、この互助
額のマシーンを、三条の中規模病院が県内初とし
会の会長を拝命し、最大限の情熱で満たされた1
て迎え入れたのであった。我が済生会三条病院泌
年を経験させて頂いた。中でも、病院公認行事と
尿器科は腹腔鏡下手術を積極的に行っており、腎・
して、新潟・群馬県境の谷川岳夏登山を敢行した
副腎・前立腺はいずれも腹腔鏡下にて摘除可能で
際は、日常業務ではありえない、異種の興奮に満
ある。なかでも前立腺全摘術は、2006年に新潟県
足したものとなった。比較的安全な山行であって
内で初めて腹腔鏡施設認定を受けて以降、年々症
も、怪我や事故があってはならない病院行事であ
例数を増やし、2012年3月で累計150症例を超え、
り、保険加入まで揃えて万全の準備で臨んだので
当科での看板手術のひとつであった。今後も増加
あった。個としての自己管理、
チームとしての個々
すると予想される前立腺癌に対して根治的手術を
の役割を着実にクリアしつつ、hand/voice とい
行い、この県央地区だけでなく新潟県内の前立腺
う交流ギアを駆使し、ゆっくりとひとつの目標に
癌治療を完結していく使命が当院にはあるとい
向って突き進んだ。森林限界を超え、涼しさをも
う、院長の熱い思いが導入を決めた。多職種のス
たらすそよ風に揺れる笹平を過ぎる頃には、皆の
タッフで構成されたサージカル委員会が院内に立
笑みが満開を迎え、苦悶様を呈する者は誰一人い
ち上がり、代理店業者も交えての緻密な計画が練
なかった。登り始めは大変重く背負ったザックも、
られ、我々ダヴィンチチームは知識・技術を学び
ソールの硬さを感じた登山靴も、いつしかカラダ
に、何度も東京へ足を運んだ。テレビ局や新聞社
と一体化し身につけていることを忘れ、興奮に身
向けのプレスリリースを終えると、自分のかかり
が浮遊する・・・所謂クライマーズハイをおのおの
つけであるこの病院にビッグな有名人が来院した
が堪能していた。アタックチーム内では、それら
かのようなざわつきが患者さんからも感じ取ら
が呼応共鳴し、積の輪となって山頂で炸裂したの
れ、病院内全体が、一種のお祭り騒ぎの高揚感で
であった。その時のスナップアルバムをにやけ顔
満ち溢れていた。手術室では何度もシミュレー
で眺め、心地よい耽溺を味わう最中、ふと同様の
ションを繰り返し、外来・病棟スタッフもロボッ
クライマーズハイを院内でも味わっていたことを
ト周術期の知識を共有し、安全性を高める努力を
思い出したのであった。
積み重ねた。チームが互いに手を取り合い、一歩
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一歩確実に、目の前にそびえるピークに向けて突
手術の標準化(質の‘均一化’
)を可能とする”
き進む、まさにクライマーズハイであった。
に尽きる。
大都市ではなく地方の中規模病院でも、
ネット・新聞・雑誌等々で話題に上がるのは、
同等な高精度の手術がスタンダードとして提供で
病院間での治療実績の比較であり、大都市近郊の
きるのである。われわれ外科医の目や手の支援だ
比較的大きな病院が列挙され、セカンドオピニオ
けでなく、術者によりバラつく手術成績をあるレ
ンも含め、患者さんはその情報をもとに、治療施
ベルに集束化させ、また体への負担が少ない低侵
設を自由に選ぶことができる時代となった。国民
襲手術だからこそ、患者さんの早期退院・社会復
皆保険という日本の医療システムの中では、同じ
帰も実現できる。検診の普及と高齢化で確実に増
医療費を支払うのであれば、治療実績のよりよい
え続けている前立腺癌に対する根治的治療を、地
医療機関に患者さんが集まるのは当然であり、地
方で完結するのに大いなる支援となっている、そ
方の病院との‘医療の質’の差はどんどん拡がる
う私は日々実感している。
ばかりである。
新潟県のほぼ真ん中に位置する、県央という地
医者の世界でも同じ傾向がみられる。
医療機材・
理的好条件(新幹線・高速道路)もはたらき、お
スタッフの充実した病院に医者が集結し飛躍する
陰さまで新潟県立がんセンターや長岡赤十字病院
と、ますます病院機能自体が向上する。良い方向
など、
県内全域の大病院よりのご紹介も頂戴でき、
へ回転する。大学医局制度が崩壊した今日では、
この2015年5月で、特に大きなトラブルもなく
医学部を卒業した新人医師は、自由に研修病院を
150症例を経験させていただきました。癌制御と
探すことができ、そのまま就職するという、以前
尿禁制早期回復は、以前の腹腔鏡時代よりも遥か
にはなかった現象が起こり、地方の医療崩壊をも
に凌駕する成績である。腎部分切除にも適応拡大
たらしたことは周知の事実である。これといった
が確実と言われてはいるが、前立腺ほどの盛り上
特色のない病院には新人医師は興味もなく、ス
がりには到底及ばないであろう。ダヴィンチブー
タッフの増えない地方の病院では勤務医の高齢化
ムは静かに去り、
院内環境も静穏を取り戻したが、
に、救急外来・当直等の激務化、医療の質の高度
ただひたすらに駆け上がったあの頃を懐かしく回
化を余儀なくされ、負担に耐えきれなくなった結
顧するたびに、胸が熱くなる。今日も新患・紹介
果、開業するかよりよい環境の病院へ流れる。負
状で山積みのカルテの中を彷徨っている。患者さ
の悪循環になる。
んのために更なる技術研鑽を心がけ、体力の続く
大都市と地方の病院での、医療技術・医師数の
限り笑顔と情熱をもって日々の診療に向って行き
偏りが加速する現代において、ダヴィンチが担う
たいと思っているのは確かである。
役割とは、やはり、
“腹腔鏡手術より短い時間で、
(済生会三条病院)
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渡部会長ホットライン
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