ト制度を作れば反トラスト法違反だと理解されて いる。 次に、日本で反論されるのは、いささか法技術 私の専門は独禁法である。競争法ともいう。米 的なものである。きわめて単純にいえば、プロ野 国のマイクロソフト事件やカルテル、談合、大型 球の選手契約は雇用契約であり、労働組合の団体 合併事件などをイメージしていただけば想像がつ 交渉や共同争議行為が独禁法に違反するカルテル くであろう。本欄においては過去に憲法の井上典 やボイコットとならないのと同様、雇用契約に対 之教授が「オペラと野球と私」という題名でプロ しては独禁法は適用されないのだと。プロ野球選 スポーツについて憲法と絡めて書かれていた。そ 手契約が労働契約なのか請負契約その他の契約な こで私はスポーツを競争法の側面から見てみよう のかは実は見解が一致してないのであるが、仮に と思う。ちなみに、私は田舎育ちであり、子供の 労働契約であったとしても、労働契約であれば独 頃プロ野球のテレビ放映といえば巨人戦しかなか 禁法が適用されないというのは奇妙な論理である。 ったし、また私は「巨人の星」の世代である。か たとえば経済団体が労働者の最高賃金協定を結ん くして私は、立派な(?)アンチ巨人ファンとし で賃金を低く抑えたとしよう。これは労働契約に て成長することができ、それゆえにか独禁法を専 関する協定なのだから独禁法に違反しないのだろ 門とすることになってしまった。ただし私は、井 うか。そうではなく、労働者の団体交渉権・争議 上教授と異なり、阪神ファンではない。 (略)この 権等による共同行為は、憲法や労働法によって独 世の中で阪神球団にフリーライド(ただ乗り)し 禁法の適用を受けないとされているのであり、使 ているのは、私と阪神電鉄くらいのものであろう。 用者側が団体で行動する(たとえば賃上げを回答 さて、よく知られているように、プロ野球には する)ことも労働者の右の権利の実現に必要な範 ドラフト制度や厳格な移籍制限がある。ドラフト 囲で独禁法の黙示的適用除外されるにすぎない。 制度が導入された目的には、①契約金高騰防止と、 労働者のこれらの権利の実現と関係のない目的の ②球団間の戦力の均衡とがあるといわれている。 ため、使用者が賃金協定をして賃金を下げたり、 たとえば甲子園で大活躍したある選手について指 賃金を低く抑えるために契約の交渉相手をドラフ 名権を得た球団は一年間独占的に入団交渉ができ、 ト制度により限定することが独禁法に違反するの その選手にはこの球団と契約するか、一年間はプ は当然だと思われる。このようにみると、優秀な ロ野球をしないという選択肢しかない。指名権を 選手を獲得するという競争は、プロ野球リーグの 得た球団は、契約金や年俸の交渉においてこの選 構成員である球団間における重要な競争であり、 手に対して有利な立場にある。契約金等は他の球 ドラフト制度や厳格な移籍制限は人為的に買手独 団と交渉できる場合よりも低くなるであろう。選 占を作り出して右の競争を制限しているといえそ 手は、契約した後も自らの意思で別の球団や大リ うである。 ーグに移ることは何年もの間あきらめざるを得な しかし話はそう単純ではない。プロ野球球団間 い(移籍制限) 。このようにドラフト制度が、①の の競争は、企業間における通常の競争とは異なる。 契約金高騰防止という目的・機能を持つとすれば、 各球団が観客・視聴者に興味を持たせて球場やテ 年に一度、公開された場所で極めて大胆な「談合」 レビ番組に動員するという競争を活発にするため がなされているのではないか、あるいは、ドラフ には、球団間において戦力が均衡し、試合結果の ト制度と移籍制限は公然と人為的に「買手独占」 不確実性が確保されていることが必要となる。つ を形成しているのではないか、という疑問が生じ まり、戦力均衡と結果の不確実性の確保は、スポ る。 ーツという競争の場を確保するための基盤・前提 このように、ドラフト制度は独禁法に違反する なのである。圧倒的に強い球団と弱い球団が明確 のではないかということは、実は古くからいわれ になっていて、試合結果が事前にわかるのであれ てきた。これに対しては、以下の反論がなされて ば、巨人や阪神の一部のファンはともかくとして、 いる。まず、競争法(反トラスト法という)が伝 合理的で理性的なプロ野球ファンであれば日本の 統的に厳しいのは米国である。しかし競争法の本 プロ野球に興味を失い、大リーグ、別のスポーツ、 家本元の米国においてもプロ野球ではドラフト制 さらに別の娯楽に移動するであろう。日本プロ野 度が行われているではないかと。しかし実は、米 球連盟が選手獲得や選手の移動のルールを作成す 国ではすでに一九七二年の最高裁判決がプロ野球 ることは、球団間の競争を確保するための基盤・ のドラフト制度を限りなく黒に近いものだとしな 前提を形成する行為であり、この意味での日本プ がら、歴史的経緯から、判決で違法というのでは ロ野球連盟は戦力均衡と結果の不確実性を確保す なく、連邦議会の立法に委ねるとしてかろうじて るための共同行為(一種のジョイントベンチャー) 生き残ってきたのである。プロ野球以外でドラフ でもあるのである。最近の欧米の競争法において スポーツと競争、競争制限 法学研究科教授 泉水文雄 は、当然ながら、競争を確保する目的を達成のた めに共同行為を行って合理的な制限を課すことは 許されると理解されている。 ここにおいて議論すべき問題の本質が明らかに なった。現行のドラフト制度や移籍制限は、プロ 野球という競争を確保するために必要とされる、 戦力均衡・結果の不確実性を確保するうえで、は たして合理的なものなのか、である。紙幅が尽き ようとしているので急ごう。答えはおそらく「ノ ー」である。どうみても戦力均衡に役立っていな い。ではどうすべきか。二つの見解がありうる。 一つは戦力均衡のための制度は維持しつつその目 的達成に合理的な制度に変革することである。第 二は逆にドラフト制度は戦力均衡に資していない が、ドラフト制度は抜け道だらけになっておりそ の競争制限効果も少なくなっているから問題は以 前よりは少ないという見解である。さらに、今の 「球界の盟主」をみればわかるように、選手の出 場枠が限定されていることや金にあかせた選手補 充が控え選手・二軍選手のモラールへ与える影響 など考えれば、優秀な選手をかき集めれば戦力が 強化できるというのがそもそも誤りだという主張 もありうる。これに対しては、ではドラフト制度 とはいったい何なのか、 「球界の盟主」が弱いのは もっぱら監督とオーナーに原因があるのではない かという反論が予想されるが、この後の議論は読 者に任せたい。 野球に限らずスポーツについては、さらにほか の諸々の制限、たとえば、移籍制限(高額の移籍 料も含む) 、外国人選手枠、代理人交渉の拒否・代 理人の資格制限、チケット販売に関する一連の制 限、スポーツ放映権の共同販売や共同購入などが あり、欧米において競争法の執行機関がきわめて 活発に介入している分野である。サッカーの中田 英寿選手がローマ時代の最後に外国人出場枠の緩 和によって活躍の機会を得たことを記憶している 方も多いであろう。これは、選手の移籍制限が欧 州競争法に違反するとした欧州司法裁判所の一九 九五年の判決(ボスマン判決)のおかげである。 実はこれらについて書くつもりであったのだが、 ドラフト制度の話で紙面が尽きてしまった。 (凌霜 (神戸大学凌霜会)351号68頁(2001年 11月))
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