ローライブラリー ◆ 2015 年 1 月 9 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 民事訴訟法 No.51 文献番号 z18817009-00-060511164 後訴の提起が係属中の別訴と重複する訴えに当たり不適法であるとされた事例 【文 献 種 別】 判決/福岡地方裁判所 【裁判年月日】 平成 26 年 1 月 24 日 【事 件 番 号】 平成 25 年(ワ)第 2633 号 【事 件 名】 損害賠償等請求事件 【裁 判 結 果】 訴え却下(確定) 【参 照 法 令】 民事訴訟法 2 条・142 条 【掲 載 誌】 判時 2226 号 46 頁 LEX/DB 文献番号 25504605 …………………………………… …………………………………… 事実の概要 務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を求め Xは、平成 5 年 4 月 10 日にYと雇用契約を締 る(本件訴訟)。 て福岡地方裁判所に対して訴訟提起したものであ 結し、Yのa工場施設部施設部長室員(設計業務) Yは、本件訴訟における口頭弁論終結時に先行 に配属された。Xは、平成 5 年 9 月 10 日、労務 訴訟が東京高等裁判所に係属していたことを理由 中に両肩打撲及び頸椎捻挫等の傷害を負い、以後 療養していたところ、平成 6 年 5 月 10 日ころ、 に、本案前の答弁として、Xの提起した本件訴訟 被告の身体に過重な負担のかかるa工場施設部施 主張した。 は重複訴訟の禁止に該当するとして訴えの却下を 設課機械係点検班に配置転換を命ぜられた結果、 根性座骨神経痛、腰痛、腰椎椎間板ヘルニア、両 判決の要旨 股大腿直筋腱炎、両足関節腱鞘炎等の障害を負う 訴え却下(確定)。 とともに、その痛み等のためにうつ病等に罹患し た。Xは平成 14 年 7 月 14 日から休業を余儀な 「原告と被告との間では、本件配転及び本件解 くされ、その後平成 15 年 2 月 14 日付でYから 雇の有効性について争いがあるところ……原告が 解雇された。 被告a工場施設部施設部長室員(設計業務)の労 Xは、平成 22 年 1 月 8 日に本件解雇は無効で 働契約上の地位を有するというためには、本件配 あるなどとして、労働契約上の権利を有する地位 転及び本件解雇がともに無効であることが前提と にあることの確認及び労働契約に基づく賃金支払 なる。そうすると、本訴における地位確認請求は、 を求め、また本件配転等が安全配慮義務に違反す 先行訴訟における地位確認請求と重なるものであ るとして、債務不履行に基づく損害賠償を求め る。また、二重起訴を禁止する実質的理由に即し て東京地方裁判所に訴えを提起した(先行訴訟)。 Xは平成 25 年 7 月 19 日に同庁から請求棄却判 て考えても、先行訴訟に加え、本訴における地位 決を受けたため、東京高等裁判所に控訴を提起し 抵触の可能性がある上、審判の重複による不経済 た。 及び相手方当事者である被告の応訴の煩わしさを これに対して本件訴訟は、Xが、Yの行った本 強いることになる。 件配転が無効であることを理由としてa工場施設 したがって、本訴における地位確認請求は、二 部施設部長室員(設計業務)の労働契約上の地位 重起訴の禁止に抵触するものとして許されない。」 にあることの確認を求めるとともに、Yの行った 「加えて、労働者が使用者に対し、就労請求権 本件配転等が安全配慮義務に違反するとして、債 を有するとは認められないから、a工場施設部施 vol.17(2015.10) 確認請求を審理する場合、両者で判断内容の矛盾 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 民事訴訟法 No.51 設部長室員(設計業務)の労働契約上の地位を有 重起訴を禁止する実質的理由に即して考えても、 する旨の確認を求める訴えの利益もない。」 先行訴訟に加え、本訴における上記請求を審理す 「本件解雇の無効確認は、過去の法律関係の確 る場合、両者で判断内容の矛盾抵触の可能性があ 認であるから、 これを確認する利益は存しない(本 る上、審判の重複による不経済及び相手方当事者 件解雇の無効を理由として労働契約上の地位を有 である被告の応訴の煩わしさを強いることにな することの確認を求めるということなら、それ る。」 は、先行訴訟における地位確認請求そのものであ 「Xは、二重起訴の場合であっても、弁論の併 る……。) 。また、本件配転による就労義務がない 合や先行訴訟の却下という処理方法もありうると ことの確認については、被告において、現在、原 主張する。しかしながら、先行訴訟と本訴とは審 告が配転先で就労する義務がある旨の主張をして 級が異なるから……本訴を移送した上で先行訴訟 いるとは認められないから……これを確認する利 に併合するという余地がないことは明らかであ 益があるとは認められない。」 る。また、二重起訴の場合に先行の訴訟の方を 「次に、本訴における債務(安全配慮義務)不 却下して後行の訴訟を活かすというのは、民訴法 履行に基づく損害賠償請求について……先行訴訟 142 条の文言に抵触するばかりか、訴訟の不経済 における主張との関係をみるに、本訴において主 を招き、相手方の先行の訴訟における応訴活動を 張されている安全配慮義務違反は、先行訴訟にお 無にするものであって、二重起訴の禁止の趣旨に けるその主張と同一性を有するものであるとこ 真っ向から反することは一見して明らかである。」 ろ、原告は、本訴において先行訴訟とその多くの 「最後に、本訴における不法行為に基づく損害 部分で重なる損害を主張しているのであって、先 賠償請求について判断する。 行訴訟と本訴とで債権を分割して重ならないよう 同請求は、安全配慮義務の発生根拠を契約では に主張しているわけではない」。 なく、一般法である不法行為に求めたものにすぎ 「そうすると、本訴における債務(安全配慮義 ず、両者は、同一の社会生活関係に基づいて同一 務)不履行に基づく損害賠償請求は、先行訴訟に の目的を実現するための請求であって、実体法上、 おけるそれと訴訟物が重なり同一性を有するとい う外なく、 二重起訴にあたるものである(原告が、 債務(安全配慮義務)不履行に基づく損害賠償請 求と不法行為に基づく損害賠償請求の 2 つが成 本来同一債権であるものを、重ならないように分 立しうるとしても、二重の給付が認められるもの 断の上、先にA債権に係る訴えを提起し、後に同 ではない。そうすると、不法行為に基づく損害賠 訴訟が係属中にこれと並行して残部請求としてB 償請求についても、債務(安全配慮義務)不履行 債権に係る訴えを提起した場合、明示的一部請求 に基づく損害賠償請求との関係で、重複する審理 を許容する判例の立場からすると、A債権とB債 や相矛盾する審判を避けるとともに二重の応訴を 権とは訴訟物が異なるとはいえる。しかし、この 強いられる相手方の負担を避けるという要請が働 ように分割した場合であっても、A債権はA債権 くことに変わりはなく、先行訴訟において訴えの でまとまった一個のものであり、これを構成する 損害項目ごとに、A 1 債権、A 2 債権、A 3 債 選択的追加的併合を求めるという方法があったこ 権というように複数の訴訟物が存するわけではな を提起するというのは、上記方法によっては賄え い。B債権も同様である。そうすると、A債権で ない特段の事情が認められた場合でない限り、権 主張されている損害とB債権で主張されている損 利濫用ないし信義則違反と解すべきである。」 とは明らかであるから、先行訴訟と並行して本訴 害とが重ならないように分断されてはいないとい う場合、重ならない部分が独立の訴訟物となるわ 判例の解説 けではない。したがって、本訴において主張され ている損害と先行訴訟において主張されている損 害とが一部でも重なる以上、両請求の訴訟物が同 一 本判決の意義 民事訴訟法 142 条は、当事者は、裁判所に係 一性を有するという判断は免れない。)。また、二 属する事件について重複して訴えを提起すること 2 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 民事訴訟法 No.51 ができないと規定する。重複する訴訟の提起を禁 拡大する方向で一致する。 止する理由としては、同一の事件について重複し これらの学説によれば、重複訴訟の禁止におい て訴訟を提起することにより、判決の矛盾抵触が て一部請求が問題となることがあるが、一部請求 生じるおそれがあること、手続が重複し訴訟経済 訴訟の係属中に残部について別訴を提起する場合 上の妥当性を欠くこと、被告に応訴の負担を強い は、係属中の訴訟において請求を拡張するべきで る結果となること等が挙げられる。重複訴訟の禁 あり、重複訴訟に該当するとされる7)。この点、 止は訴訟要件に該当し、重複訴訟が提起された場 本判決は、判決の要旨において括弧書きして特記 合には後訴は不適法となる1)。重複訴訟の禁止の していることが注目される。 要件は、①前訴係属中に別訴を提起すること及び ②事件が同一であることの 2 つである。後者に 三 本判決の検討 ついては、①訴訟において対立する当事者の同一 前述したように、本件訴訟は当事者の同一性は 性及び②訴訟物である権利または法律関係の同一 性の 2 つにより判断される。重複訴訟の禁止の 問題とならないため、重複訴訟の禁止の原則に抵 範囲について、学説は、訴訟物の同一性の問題と おいて訴訟物である権利義務または法律関係が同 離れて論ずることはできないとしつつ、近時は重 一であるか否かによって判断されることになる。 複訴訟の適用範囲を拡大し、また重複訴訟が提起 本件訴訟の事実関係は判決文からは判然としない された場合に、一律に先行訴訟を優先し後訴を却 が、判決文において認定された事実関係によれば、 下するのではなく柔軟に処理することが必要であ 先行訴訟における訴訟物は、㋐本件解雇が無効で るとの説が主張されている2)。 あり、Xが労働契約上の権利を有する権利がある 重複訴訟に関するわが国の判例及び裁判例を概 ことの確認、㋑労働契約に基づく賃金の支払及び 観すると、重複起訴の禁止の規定を正面から適用 した事案は珍しい。本判決は民訴法 142 条の重 Yの行った配転等が安全配慮義務に違反すること 複訴訟の禁止の規定を正面から適用して後訴を却 ある。一方、本件訴訟の訴訟物は、①本件配転が 触するか否かについては、先行訴訟と本件訴訟に を原因とする債務不履行に基づく損害賠償請求で 下した事案である点で、意義を有するものである。 無効であり、XがYのa工場施設部施設部長室員 (設計業務) の労働契約上の地位にあることの確 二 訴訟物の同一性に関する学説 認並びに本件配転が安全配慮義務に違反すること 本件訴訟は、先行訴訟との関係で当事者が同一 を原因とする②債務不履行及び③不法行為に基づ であるため、訴訟物の同一性についてのみ検討す く損害賠償請求である。両訴訟の訴訟物を比較検 る。訴訟物の同一性とは、請求の趣旨及び原因に 討してみよう。 よって特定される訴訟物が同一であることを意味 福岡地裁は、先行訴訟と本件訴訟の訴訟物㋐と 3) する 。伝統的な見解によれば、これまで重複訴 ①はいずれもXがYのa工場施設部長室員(設計 訟の禁止の範囲は訴訟物の同一性の問題と関連し 業務) としての労働契約上の地位を有すること、 て議論がなされてきたが、近時は請求の基礎の同 すなわちYのXに対する解雇及び配転が無効であ 4) 一を基準に重複訴訟を判断すべきとの説 、訴訟 ることが前提となっていると判示し、さらに本件 物が同一でない場合であっても、権利関係の基礎 訴訟においては判断内容の矛盾抵触の可能性、審 となる社会関係の同一であり、主要な法律要件事 判の重複による不経済及びYの応訴の煩わしさを 実の共通にする場合には事件の同一性を認めると 理由として事件の同一性を肯定する。この限りに 解する説5) や訴訟物たる権利関係が同一でなく おいては、福岡地裁は、近時の学説が主張するよ ても、2 つの事件について主要な争点が共通であ うに、訴訟物の同一性のみならず、主要な争点の れば重複訴訟の禁止に該当すると解する説6) が 共通性、主要な法律要件事実の同一性をその判断 提唱されている。これらの学説は、重複訴訟の禁 基準としていると解しているといえよう。 止の原則の適用範囲について訴訟物が異なる関係 次に、㋑と②の訴訟物が同一であるか否かを検 にある場合についても、重複訴訟の禁止の範囲を 討する。Xは、Yに対する安全配慮義務に基づく vol.17(2015.10) 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 民事訴訟法 No.51 損害賠償請求について、先行訴訟と一部重複する 本判決は、訴訟物の同一性が問題とならない部 ことを認めた上で、先行訴訟において主張してい 分についても、手続の重複が生じることを理由に ない請求及び先行訴訟では概括的な安全配慮義務 訴訟上の信義則を用いて訴えを却下していること を主張しているところ、本件訴訟では配置転換に から、近時の学説の主張するように重複訴訟の禁 関する安全配慮義務を基本としていることから、 止の原則の趣旨を拡張する方向で解釈・判断した 訴訟物の同一性はないと主張する。しかし判旨 ものと評価することができよう。 は、Xの先行訴訟における主張と本件訴訟におけ ●――注 る主張は、その多くの部分で重なる損害を主張し 1)賀集唱ほか編『基本法コンメンタール 民事訴訟法 2〔第 ており、かつ認定された事実によれば請求権を分 2012 年)42 頁[林屋礼二]。 三版追補版〕』 (日本評論社、 割して重複を回避しているわけでもないことを理 新堂幸司ほか編『注釈民事訴訟法 (5) 訴え・弁論の準備』 由に、先行訴訟における訴訟物と本件訴訟の訴訟 (有斐閣、1998 年)217 頁[佐野裕志]は、当事者に別 物はその大部分が一致しているとして訴訟物の同 訴提起の必要がある場合でも、相手方に対する関係で別 訴の提起が正当化できず、あるいは審判の重複・矛盾の 一性を肯定している。 おそれから同一事件に該当し、別訴提起が認められない 最後に、③の訴訟物が同一であるか否かを検討 場合、仮に別訴提起がされたときは直ちに却下するので する。Xの不法行為に基づく損害賠償請求の訴訟 はなく、同一訴訟内で訴えの変更や反訴等の方式で併合 物(③)は、安全配慮義務違反に基づく損害賠償 審理の方向へもっていくべきとする。 2)秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅲ』(日本評 請求の訴訟物(㋑)とは、実体法上別個の請求権 論社、2008 年)166 頁以下。重複訴訟の禁止の範囲を であることに疑いはないが、その原因となる事実 拡張し、あるいは重複訴訟の禁止の効果の弾力化を主張 関係の主要な部分は、先行訴訟と本件訴訟におい する学説として、住吉博「重複訴訟禁止原則の再構成」 て共通である。Xが先行訴訟において不法行為に 法学新法 77 巻 4 = 5 = 6 号 95 頁(同『民事訴訟論集 1 基づく損害賠償請求を主張していない限りにおい 巻』(法学書院、1978 年)255 頁以下に所収。以下『民 ては、旧訴訟物理論による限り訴訟物の同一性の 事訴訟論集』を用いる)、三木浩一「重複訴訟論の再構 築」法学研究(慶應)68 巻 12 号 115 頁、酒井一「重複 問題は生じないことになり、本件訴訟における不 訴訟論――訴訟物論の試金石からの脱皮」鈴木正裕先生 法行為に基づく損害賠償請求自体は、重複訴訟の 古稀祝賀『民事訴訟法の史的展開』(有斐閣、2002 年) 禁止の原則に該当しないことになろう。そうする 278 頁参照。新堂ほか・前掲注1)217 頁、新堂幸司『新 と、先行訴訟に関連して、相手方との関係でなお 民事訴訟法〔第 5 版〕』(有斐閣、2011 年)227 頁以下、 訴訟を提起する必要性が認められるかについて、 2014 年) 伊藤眞『民事訴訟法〔第 4 版補訂版〕』 (有斐閣、 219 頁以下、高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)〔第 2 検討する必要がある。 版補訂版〕』(有斐閣、2014 年)130 頁以下。 判旨が指摘するように、本件訴訟は、先行訴訟 3)秋山・前掲注2)166 頁。 の関係でみるとその請求の基礎となるべき事実関 4)住吉・前掲注2)255 頁。 係の大部分において重なり合う関係にあることに 5)伊藤・前掲注2)219 頁以下。 疑いはなく、近時の学説が主張するように訴訟手 6)高橋・前掲注2)130 頁以下。 続が重複する場合に該当すると評価することがで 7)新堂・前掲注2)227 頁以下は、2 つの事件について 主要な争点が共通であれば、同一事件であるとする。 きる事案ということになる。ところで、近時の学 8)伊藤・前掲注2)692 頁以下。 説は、重複する後訴を却下(142 条) するのでは なく、 先行訴訟に併合するという処理を優先する。 しかし、本件では、審級が異なるのでこのような 嘉悦大学准教授 石川光晴 処理はできない。もっとも続審主義を前提とすれ ば、請求についての裁判資料には控訴審の口頭弁 論終結時までに提出されたものを含むことにな る 8) ため、先行訴訟における請求の拡張あるい は選択的追加的併合を行うことで対応することは 十分可能である。 4 4 新・判例解説 Watch
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