篠原 弘道 NTT代表取締役副社長 研究企画部門長

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篠原 弘道 NTT代表取締役副社長 研究企画部門長
個を強化し,グループ
全体の強化を図る
――新たなステージを
めざして2.0
金融,教育,医療,行政.いまや私たちの暮
らしに不可欠な存在となったICT.安心 ・ 安全
な社会生活を実現するため,革新的な技術を生
み出す専門家集団にはどのような視点や行動様
◆PROFILE:1978年日本電信電話公社入社.1998年NTTア
クセス網研究所担当部長,2003年NTT情報流通基盤総合研
究所アクセスサービスシステム研究所長,2007年NTT情報
流通基盤総合研究所長を経て,2009年NTT取締役研究企画
部門長,2012年NTT常務取締役研究企画部門長,2014年 6
月より現職.
式が求められるのか.リーディング ・ カンパ
ニー,NTTの姿勢について篠原弘道NTT代表
取締役副社長に伺いました.
率化と強化を考えていかねばなりません.
研究開発の競争力強化と効率化の両立を図る
現状ではグループ各社がそれぞれの方針で研究開発に
取り組んでいるため,お互いに重複した仕事が散見され
◆副社長に就任されて半年.技術開発を取り巻く現状と
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ます.それを回避するため,各社の技術開発担当責任者
今後の方向性についてお聞かせください.
を招集し,ビッグデータ,SDN/NFV(SoftwareDefined
副社長と研究企画部門長との立場で方向性の差はあり
Networking/NetworkFunctionsVirtualization)など,現在
ませんが,経営面からの視点が以前よりも増えたと感じ
ホットなトピックごとに共通で開発すべきことなどを話
ています.もちろん,これまでと同様,NTTグループ
し合い,無駄を排し最適化を議論しています.
の発展のために研究開発を重視する姿勢は変わりません
こうした取り組みは,ともすれば持株会社の研究所の
が,一方でNTTグループ全体の研究開発のさらなる効
ためにやっていると思われがちですが,そうではなくグ
NTT技術ジャーナル 2015.1
ループトータルの競争力強化のために必要なことなの
です.
常にグループ全体の利益を考えての発言であること
を,今まで以上に明確に伝えていくことが,研究開発の
効率化と強化を推進する私の任務の 1 つだと考えてい
ます.
ギアチェンジ! 個が強くならないと全体は
強くならない
◆確かに,研究開発を推進しながら効率化を図るというの
は,ある意味で矛盾や葛藤を生むように思います.研究
者はどのようなスタンスで臨むべきでしょうか.
判断が働くはずです.
また,皆さんには仕事の段階に応じて,ギアチェンジ
私はどちらも重要で,どちらも優先すべきことだと
を図っていただきたいのです.研究段階では,論文など
思っています.例えばNTTグループのように新技術や
を通して個人が認められるという成果を,そして実用
新サービスの開発 ・ 実用化でビジネスを展開する企業に
化においては,社会貢献や普及に重点をおいていただき
とって,研究開発は不可欠であることは言うまでもあり
たい.
ません.他方で企業の経営という面から考えれば,研究
こうした考え方を踏まえると,オープンイノベーショ
開発を効率化することも不可欠です.そして,この ₂ つ
ンを個人のペースで物事を運ぶことはなくなり,マー
は矛盾することではなく両立することは可能なのです.
ケットへの提案のタイミングを逸することも少なくなる
NTTグループで持株会社だけで₂5₀₀人もの研究者を
でしょう.グループ内での協力体制にも変化が生まれる
抱えていますが,その数字の分だけ研究分野も幅広く多
はずです.
様です.
◆なるほど.個人のスタンスや市場等,あらゆる角度か
「効率性と革新性」はどの研究分野にも共通に求めら
ら検証してギアチェンジを図る.方向性を明確にする
れますが,その具体的な中身はテーマやその開発フェー
ことができそうですね.
ズによっても違います.例えば,最近重視しているオー
まずは,自身の手掛けているプロジェクトのポジショ
プンイノベーションについても,研究者の皆さんには,
ンニングを再確認してください.基礎研究は絶対に手を
まずNTTグループ全体の中で研究分野ごとにあるべき
抜いてはいけません.一方で実用化も重要です.基礎研
姿は何かという意識を持って取り組んでほしいと思って
究から実用化までのグラデーションを考えたときに,研
います.
究の進捗段階やマーケットの動向を勘案し,当該プロ
そして,オープンイノベーション,コラボレーション
ジェクトは一体どのあたりに位置しているのかを考えて
において,お互いの役割分担を考える際に留意していた
みてください.自分が 1 つ ₂ つ上の立場になったつもり
だきたいことがあります.それは自分たちができないこ
で視点を変えてみることも一考です.
とを相手に期待するのではなく,自分と相手の強みを
研究開発は違った価値を持った「個」の集合体です.
知ってそれを足し算することなのです.この判断は研究
全員が同じ行動様式を取ったら価値の向上が望めませ
開発に対する目的意識をきちんと持っているかどうかに
ん.各自がどのような行動様式をとるべきかに気付くこ
かかわってきます.少しでも多く自分の技術をアピール
とが大切だと考えます.上から命令されて何かをするの
するのか,それとも世の中に役立つものを送り出したい
ではなく,自分が果たすべき役割は何かを研究者が自ら
と考えるのかの違いです.後者であれば,自分の技術に
に問い,見出したことを「仕事」として軌道に乗せるこ
固執するのではなく,おのずと最適な技術を選ぶという
とが重要だと私は考えています.
NTT技術ジャーナル 2015.1
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私は別に,やり方を押し付けるつもりはありません.
■ネットワークの競争力(収益力)強化
研究者の皆さんには,専門家の立場から大きな課題,つ
ネットワークの競争力強化は,技術開発でしか成し得
まり登るべき山の頂点へはどのような手法で臨むべきな
ないことです.ここ数年をみても,多段接続で構成され
のかを自分で考えていただきたいのです.大切なのは私
ていたネットワークをレイヤ統合トランスポート装置で
たちの登るべき山は何なのかをきちんと共有することで
シンプル化を図ったり(1₀₀G-PTS)
,固定電話網とイ
す.そのためには,上司や同僚から発せられた言葉にと
ンターネットをパケット網上で統合することで,低コス
らわれることなく,その真意をつかむ力を日々鍛えてい
トの伝送を実現したPTMリンクシステムなどは,コス
ただきたい.個が強くならないと全体は強くなりません.
ト効率化を実現して経営に大きく貢献しています.今年
も自信を持って臨んでください.
新たなステージをめざして2.0
ネットワークの収益力強化の観点でいえば,経済性だ
けではなく,いかにネットワークを使って増収に結び付
◆さて,今年₂₀₁₅年の登るべき山とは.
昨年の中間決算発表において「新たなステージをめざ
けていくかの研究開発を推進していきます.ただし,
NTTグループがメインプレイヤーになるのではなく,
して₂.₀」を発表しましたが,今年はこれまで以上に利
黒子になってパートナーと新しい価値を見出していきた
益を重視した経営にシフトします.その中には,私たち
いと思っています.大切なのは研究開発によって,コラ
の技術革新によるコスト効率化も含みます.そして,企
ボレーションの成果が, 1 + 1 が ₂ ではなく ₃ とか ₄ に
業経営にとってコスト効率化は,利益の拡大と共に非常
する力であり,そこが研究開発に期待されていることで
に重要なことです.
す.パートナーの視点を持ち,パートナーの価値を高め
ところが,社員の皆さんとお話をしていると自分たち
るために私たちの研究成果をどう使うべきかを常に念頭
の仕事が「コスト効率化」に貢献していると聞いても士
において行動していきます.
気が上がらないと言うのです.
「拡大」と「効率化」の
■セキュリティ分野の強化
文言の解釈からくる心情なのでしょう.繰り返しますが,
コスト効率化は価値のあることです.
今年の取り組みを,次の主な ₃ つのプロジェクトから
お話しします.
セキュリティ分野の強化も図ります.ご存じのとおり
サイバー攻撃は年々激増し,急激に進化しています.電
力,交通,流通をはじめすべての産業分野がネットワー
クでつながっている現代社会において,私たちがICT事
業者としてのセキュリティ能力を高めることだけではな
く,社会全体がセキュリティシステムの整備 ・ 強化を図
る必要があると思っています.まずは,グループ内のセ
キュリティ人材育成に取り組みます.₂₀₂₀年までに 5 カ
年計画で,開発,コンサルテーションなど国内約 1 万人
を育成します.
加えて,新年度には日本のセキュリティ人材の育成に
も取り組みます.「サイバー攻撃対策講座」を,早稲田
大学などを皮切りに日々変化するセキュリティの実状に
ついて,現場で活躍するNTTの技術者による講座をス
タートさせます.今後は他の企業にもご賛同いただき多
くの大学で展開したいですね.さらに,gacco(NTTド
コモとNTTナレッジ ・ スクウェアが共同で推進してい
るプロジェクト)では「情報セキュリティ『超』入門」
講座の開講にも尽力します.
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NTT技術ジャーナル 2015.1
■世界最先端技術による社会貢献
5 年後に控えたビッグイベントに向けての取り組みも
前進します.セキュリティ分野の強化は不可欠です.大
きなイベントなどで自己顕示欲を示したいハッカーがさ
まざまな攻撃を仕掛けてくるでしょう.オペレーション
と技術開発との密接な連携を図り万全な対応で臨みま
す.また,このイベントでは,観客の集中や移動に伴っ
て,地域や時間帯により未経験のトラフィック特性を起
こすことが予想されます.これにはWi-Fiも含め柔軟に,
いかに経済的に対応し,信頼性を高めることができるか
が勝負です.すでに予兆に焦点を当てた検証は始めてい
分なりのロジックを持って周りの人に声に出して言って
ます.さらに最先端技術においては,外国人観光客だけ
みてください.反対意見を言われても意気消沈すること
ではなく,地方でイベントを観戦している方たちに向け
なく,自分の考えをブラッシュアップする良い機会だと
て,今まで見たことのないような臨場感のある情報提供
とらえましょう.恐れるべきは成長する機会を失うこと
や快適なネットワーク環境の提供を目指します.社会
です.
に感動,驚きを感じていただく技術,サービスを提供す
そして,中堅以上の世代の皆さん,若いときと違うの
ることが次代を担う子どもたちを育てることにつながり
は,もう経験する時間が短くなってきているという現実
ますし,日本の底力を世界に示す良い機会になると思い
です.手遅れになる前に積極的に声に出してみませんか.
ます.
大切なのは自律と他律です.周囲の意見を聴いて自分の
◆新年にあたり,社員の皆さんに一言お願いします.
考えを修正していけるような環境づくりに努めていきた
若い世代の社員の皆さん,物事の正否は多面的な見方
ができるし時代によっても変わっていきます.まず,自
いですね.
(インタビュー:外川智恵/撮影:村岡栄治)
インタビューを終えて
トップインタビューでは,トップのプライベートな側面も垣間見られるお
話を伺っています.篠原副社長には「もう話すことなんてないよ」とにこや
かに笑われましたが,さにあらず.今回は篠原副社長に力の抜き方を教えて
いただきました.篠原副社長のお仕事のスタイルは「火事場の馬鹿力」なん
だそうです.
「なるべく早くできることをやるのではなく,ギリギリまで考えて最後のと
ころで蓄積してきたものを放出する.一気に大きなエネルギーを必要とする
のでその分疲れるんです(笑)
」
.怠け者の自分への言い訳だとおっしゃいま
したが,潮を読む力の成せる技.こうした仕事上の緊張の連続は,散歩や音
楽鑑賞などで緩めていらっしゃるそうです.
「最近は外川さんのラジオ番組(シンフォニア ・ TOKYO FM)を聴きながら,
毎朝散歩していますよ(笑)
」と篠原副社長.元気のないときはブラームスの交響曲第 1 番を聴いてご自身を鼓
舞されるとか.いつお目にかかっても,疲れを感じさせず,穏やかでにこやかなお姿の裏側に深い思慮,思惑を
感じたひと時でした.
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