国立大学法人熊本大学 平成26年12月26日 報道機関 各位 熊本大学 エイ ズウ イ ル ス潜 伏感 染 の 新た なメ カ ニ ズム を解 明 -エイ ズ ウイ ル ス抑 制因 子 が 増悪 因子 !?熊本大学エイズ学研究センター岡田プロジェクト研究室のグループは、エ イ ズ ウ イ ル ス (HIV-1)の 新 た な 潜 伏 感 染 メ カ ニ ズ ム を 明 ら か に し ま し た 。本 研 究 の 成 果 は 、 米 国 微 生 物 学 会 (American Society of Microbiology: ASM)の 学 会 誌 で あ る Journal of Virology オ ン ラ イ ン 版 に 1 2 月 1 7 日 公 開 さ れ ま し た 。 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25520503 エ イ ズ は , 標 準 治 療 法 ART(Anti-Retroviral Therapy)が 確 立 さ れ 発 症 を 抑 え ることができるようになりましたが、エイズウイルスを体内から完全に排除 す る 「 根 治 」 は 実 現 で き て い ま せ ん 。 そ の 最 大 の 原 因 は 、 HIV-1が 我 々 の 体 の 免 疫 細 胞 に 潜 伏 感 染 (*1)す る た め と 考 え ら れ て い ま す 。 し か し 、 潜 伏 感 染 の メ カ ニ ズ ム は 不 明 な 点 が 多 く 、 現 時 点 に お い て エ イ ズ 根 治 に 繋 が る HIV-1 潜伏感染を標的にした治療法は確立されていません。 今 回 、 我 々 は HIV-1が 潜 伏 感 染 し て い る 細 胞 と 感 染 し て い な い 細 胞 を 用 い て 、HIV-1の 増 殖 を 誘 導 す る 転 写 因 子 NF-κB (*2)に 着 目 し 検 討 し ま し た 。そ の 結 果 、NF-κBの 機 能 が HIV-1の 潜 伏 感 染 に よ っ て 抑 制 さ れ て い る こ と を 明 ら か に し ま し た 。 さ ら に 、 2003年 に HIV-1抑 制 因 子 (*3)と し て 同 定 さ れ て い た COMMD1遺 伝 子 が 、潜 伏 感 染 細 胞 で 発 現 が 誘 導 さ れ 、COMMD1に よ る NF-κB の 抑 制 に よ っ て 、 HIV-1の 潜 伏 感 染 が 維 持 ・ 増 強 さ れ て い る こ と を 発 見 し ま し た (図 3 )。 HIV-1に 潜 伏 感 染 す る と 、 本 来 HIV-1の 感 染 か ら 守 っ て く れ る は ずの遺伝子が、感染したことを隠す(潜伏する)手助けとなってしまうので す。 HIV-1抑 制 因 子 と し て 同 定 さ れ た COMMD1が 、 エ イ ズ ウ イ ル ス の 潜 伏 感 染 には有利に働いており、結果としてエイズの根治を困難にさせていることか ら 、COMMD1は エ イ ズ 感 染 に と っ て は 、「 諸 刃 の 剣 」と し て 働 く こ と が 、世 界で初めて明らかにされました。 この研究は、熊本大学エイズ学研究センター岡田プロジェクト研究室の田 浦 学 博 士 (日 本 学 術 振 興 会 特 別 研 究 員 PD)、 工 藤 恵 理 子 氏 (日 本 学 術 振 興 会 特 別 研 究 員 DC2)、岡 田 誠 治 教 授 ら が 行 っ た も の で 、熊 本 大 学 グ ロ ー バ ル COE プログラム「エイズ制圧を目指した国際教育研究拠点」、文部科学省・科学 研究費補助金、特別研究員奨励費、厚生労働省エイズ対策研究推進事業等の 支援により実施されたものです。 【お問い合わせ先】 熊本大学エイズ学研究センター 岡田プロジェクト研究室 担 当 : 岡 田 誠 治 ( お か だ せ い じ ) 教 授 (代 表 ) 田浦 学 (た う ら ま な ぶ ) 特 別 研 究 員 電 話 /Fax: 096-373-6522/096-373-6523 e-mail: [email protected], [email protected], 【説明】 後 天 性 免 疫 不 全 症 候 群( エ イ ズ )は 、原 因 ウ イ ル ス HIV-1 の 発 見 か ら 四 半 世紀が経過した今日に至っても、地球的規模で蔓延する感染症であり、人類 に と っ て 重 大 な 脅 威 と な っ て い ま す 。2012 年 現 在 、世 界 の HIV-1 陽 性 患 者 数 は 3530 万 人 を 超 え 、 新 規 HIV-1 感 染 者 数 は 年 間 230 万 人 と 推 計 さ れ て い ま す (国 連 合 同 エ イ ズ 計 画 :UNAIDS)。 そ の ほ と ん ど は 、 ア ジ ア ・ ア フ リ カ を 中 心とした発展途上国に限局されていますが、先進国の中で唯一我が国におい て は 増 加 の 一 途 を 辿 っ て い ま す (平 成 25 年 度 厚 生 労 働 省 エ イ ズ 動 向 委 員 会 報 告 )。標 準 治 療 法 ART の 確 立 に よ り 、HIV/AIDS 患 者 の 予 後 は 飛 躍 的 に 改 善 されたものの、耐性ウイルスの出現や継続的な治療薬服用による副作用、高 額な医療費などが問題視されており、今や根治法ならびにワクチンの開発は 人類の悲願と言っても過言ではありません。近年、米国において母子感染に よ り HIV-1 に 感 染 し た “Mississippi baby”に お い て ART 早 期 適 用 に よ る 完 治 が 注 目 さ れ ま し た が 、残 念 な が ら 最 近 に な っ て 潜 伏 感 染 し た HIV-1 の 増 殖 が 認 められ、未だ薬剤による完治例は報告されていません。 こ の よ う な 背 景 の 中 、世 界 的 に HIV-1 潜 伏 感 染 の メ カ ニ ズ ム の 解 明 お よ び 薬剤の開発が急務とされています。実際に、いくつかの候補薬が基礎研究レ ベルで見いだされていますが、特異性や毒性、効果の問題から臨床応用に至 っておりません。したがって、効果的な薬剤開発のための新たな分子メカニ ズムならびに薬剤標的分子の同定が待たれています。 今 回 、HIV-1 潜 伏 感 染 で の 発 現 誘 導 (図 1)な ら び に HIV-1 潜 伏 感 染 増 強 作 用 (図 2)が 確 認 さ れ た COMMD1 は 、 HIV-1 の 初 回 感 染 (*4)に 対 し て 、 HIV-1 の 増 殖 を 抑 制 し 、 我 々 の 体 を HIV-1 の 感 染 か ら 守 る 遺 伝 子 ( HIV-1 抑 制 因 子 ) と し て 2003 年 Nature 誌 に 報 告 さ れ た 遺 伝 子 で す 。 し か し 今 後 は 、 HIV-1 潜 伏 感 染 の 除 去 な ら び に 根 治 を 視 野 に 、 HIV-1 潜 伏 感 染 に お け る HIV-1 抑 制 因 子の機能ならびに薬剤標的分子としての可能性を検討する必要があると考え ら れ ま す (図 3)。 【概略図】 明視野 COMMD1/細胞核 IκB-α/細胞核 COMMD1/IκB-α 未感染細胞 HIV-1潜伏感染細胞 J1.1 HIV-1 *** *** 400 300 量 (pg/ml) 生 産 500 生 産 200 ** 100 HIV-1 量 (pg/ml) *** J-Lat10.6 0 O -α Iκ B r1 α B -Iκ si D1 M M i ** i M ur 100 -C si ns 200 s n- si- 300 co -α B -Iκ 1 si D M M O -C si si nco -α B -Iκ 1 si D M M O -C si si nco co *** 400 0 si- 量 (pg/ml) HIV-1 生 産 誘導を捉えた写真 が上昇し、NF-κB抑制因子であるIκB-α を U1 400 350 300 250 200 150 100 50 0 現 HIV-1潜伏感染細胞の細胞質で発 介して、NF-κBを抑制する。 現 図1. HIV-1潜伏感染細胞でのCOMMD1発 現 図2. 様々なHIV-1潜伏感染細胞におけるCOMMD1のHIV-1再活性化への影響 現 現 現 HIV-1潜伏感染細胞におけるCOMMD1の発 を抑制すると、潜伏感染細胞から再びHIV-1が出 する。si-COMMD1: COMMD1の発 抑制, si-IκB-α: IκB-αの発 抑制(実験のコントロール)。 状 図3. COMMD1は初回感染においてHIV-1の増殖を抑制する一方、潜伏感染では潜伏 態を増強する 状 HIV-1初回感染においてCOMMD1は,NF-κBの機能抑制によってHIV-1の増殖を抑制することが2003年のNature誌に おいて報告されている。今回、我々は約10年ぶりにCOMMD1に焦点を当て、新たに潜伏感染においては潜伏 態を増 強して、エイズ根治を困難にさせる増悪因子としての機能を明らかにした。 用語説明: *1: HIV-1 潜 伏 感 染 HIV-1 に 感 染 し 宿 主 細 胞 の ゲ ノ ム に HIV-1 遺 伝 子 が 組 み 込 ま れ た 後 、HIV-1 の 増 殖 が 停 止 し 、細 胞 内 の ゲ ノ ム に HIV-1 遺 伝 子 が 保 持 さ れ た 状 態 。ART の 服 用 中 止 や 病 原 体 の 感 染 な ど に よ り 再 活 性 化 し 、再 び 体 内 で HIV-1 を 増 殖させる。エイズ根治の最大の障壁と考えられている。 *2: NF-κB 免 疫 細 胞 な ど に お い て 免 疫 応 答 を 司 る キ ー 遺 伝 子 。 HIV-1 遺 伝 子 の 転 写 を 促 進 す る こ と が 報 告 さ れ て お り 、近 年 HIV-1 潜 伏 感 染 に お け る 標 的 分 子 と しての可能性が示唆されている。 *3: HIV-1 抑 制 因 子 ( 宿 主 因 子 と も 言 う ) 我 々 ヒ ト が 元 来 ゲ ノ ム に 有 す る HIV-1 感 染 を 抑 制 す る 遺 伝 子 。こ れ ま で 約 35 種 類 報 告 さ れ て お り 、HIV-1 か ら 我 々 の 体 を 守 る 遺 伝 子 つ ま り 善 玉 と し て 考 え ら れ て い る 。 HIV-1 の 細 胞 内 へ の 侵 入 阻 害 、 HIV-1 遺 伝 子 の 分 解 、 ゲ ノ ム へ の HIV-1 遺 伝 子 の 組 み 込 み 阻 害 、 HIV-1 の 細 胞 外 へ の 放 出 抑 制 な ど の 機 能 を 有 す る 遺 伝 子 が 発 見 さ れ て い る 。 HIV-1 初 回 感 染 に お け る 抑 制 機 能 に 対 し 、 HIV-1 潜 伏 感 染 に お け る 機 能 は 全 く 不 明 で あ っ た 。 *4: HIV-1 の 初 回 感 染 未 感 染 の 正 常 細 胞 に HIV-1 が 初 め て 感 染 す る こ と 。
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