このエッセイはフィクションです - タテ書き小説ネット

このエッセイはフィクションです
神楽ユリ子
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
このエッセイはフィクションです
︻Nコード︼
N3643BJ
︻作者名︼
神楽ユリ子
︻あらすじ︼
文中に出てるく名前は全て仮名、というかむしろ実在の人物や団
体とは関係ありません。
くだらないことしょうもないこと、あと日々の思い出等々、思いつ
くまま積極的にぐだぐだと綴る体でやっております。
1
追記
誰だってひとつくらいは︵前書き︶
2013.2.12
これを書いた当時、政権は民主党で総理大臣はN田氏でした。
諸行無常ですなぁ。
2
誰だってひとつくらいは
どんな人だってひとつぐらいいいところがあるという。だから総
理大臣N氏に対し、何かいっつもべらべら喋ってるけど、結局何が
言いたいのか、何がしたいのかさっぱりわからないなぁ、っていう
か沼から出てきたばっかりみたいだなぁこの人、と見る度に思って
いたとしても、私がわからないだけで彼にだっていいところはある
はずなのだ。
そんな話しを友達の千都子ちゃん︵仮名︶にぼんやりと喋る。そ
して喋ったついでに悪口が止まらなくなる。
﹁だってさ、彼が美辞麗句を並べてみたとこで、麗しさ皆無﹂
﹁まぁ所詮美辞麗句でしかないのなら、K泉ジュニアに喋らしてう
っとりしてるほうがいいな、イケメンだし﹂
﹁へりくだってみても、ユーモアが感じられず﹂
﹁笑いどころのない自虐は、場の空気を変にさせるしね﹂
﹁泥臭さをアピールしても上滑り!工事現場のぬかるみに滑って転
んでくそう、って思ってる程度の泥臭さしか感じられないんだわ!﹂
﹁っていうかどじょうって食うと高いよね。ビックリだわ﹂
﹁だろう!君の細々したつっこみはさておき、彼には今のところ何
もいいところがないと思うんだ!﹂
そんなどうでもいいであろう主張を千都子ちゃんはやんわりと受
け入れて︵受け流すとも言う︶くれるので、調子に乗った私は、谷
崎潤一郎の耽美な世界と合わさればNのイメージも多少麗しくなる
のではないかと、Nの顔を思い浮かべながら﹃白昼鬼語﹄を読んで
みたものの、結局女に殺された二十貫目もあった男の顔がNに補完
されただけで徒労に終わったことまで報告し、彼女の中のどうでも
いい情報を増やした。
ひとしきり悪口を言って若干スッキリした私は、﹁ねぇ、いいと
ころ、思いつく?﹂と、千都子ちゃんの顔をちょっと覗きこむよう
3
に見つめた。
﹁ないことはない﹂
千都子ちゃんは顔色ひとつ変えずに、そうぽつりと呟ききゅっと
口を結ぶ。
﹁なんだって!どこだい!教えてくれ!﹂
そうして彼女は、代々口承で伝えられてきた秘密のように、その
重い口を開いたのだ。
﹁⋮⋮それは、あのくっきり二重と長い睫毛だ﹂
! ﹁いいかい、考えてごらん。日本の女達がどれだけ、くっきりとし
た二重と長い睫毛に憧れているかを。くっきり二重のためにアイプ
チを施したり、人によってはプチ整形をしてみたり。そして長いま
つげを手に入れるためにマスカラを選びつけまを選び、場合によっ
ちゃあの面積にパーマをかけたりエクステをつけたりしてきたのだ。
どれだけの経済効果が﹃くっきり二重と長い睫毛になりたい﹄とい
う願望から生まれてきたことか。それをNは、あっさりとやっての
けているのだ。そりゃ、彼もメディアに出る時はドーランの一つも
塗ってるかもしれない。だけど、いついかなるときも彼のあのくっ
きり二重と睫毛は揺るぎなくそこに存在しているのだ。まさに、く
っきり二重と長い睫毛の国のプリンス﹂
﹁プリンスというのは違和感があるが、あぁ、でもそうだな。今言
われただけで、彼のくっきり二重と長い睫毛をありありと思い出せ
るよ。別に意識して見たこともないのに﹂
﹁そうだろう!ゴリ押しして意識に定着させるには金と接触機会を
増やせばいくらか可能だが、ゴリ押しせずとも意識下に刷り込まれ
ているその存在感!﹂
﹁うむ、そう言われると某受信料によって運営されるテレビ局の世
論調査で﹃支持する理由﹄に﹃くっきり二重と長い睫毛だから﹄と
いう回答があってもおかしくない気がするよ!いっつも﹃その他﹄
に分類されてしまってる少数意見の内容が気になっていたのだが、
4
そういうことか!電話調査対象者はなにしろ乱数を使った無作為抽
出なのだから、そんな回答をする若い女に当っても何ら不思議はな
いな!﹂
よくよく考えてみれば一国の総理大臣に対してとんでもない会話
だが、基本的に国民はストレス溜まってるんだからこれくらいは目
を瞑ってもらおう。
そしてくっきり二重と長い睫毛の国のプリンスで盛り上がったと
ころで、ふと、私は重大な事実に気付く。
﹁⋮⋮しかし、くっきり二重と長い睫毛の彼を、一度でもかわいい、
或いは百歩譲ってかっこいい、と思ったことはあるかい?﹂
﹁ないな。言っといて悪いけど、ないな﹂
﹁ということは、いくらくっきり二重で長い睫毛でも、ほかがダメ
なら台無しってことにならないかいそれは﹂
﹁そうだな。プリンスはプリンスとして、象徴であると同時に絶望
も体現しておられるのだ﹂
あぁ、なんという尊い存在!なんだかそう言っとけば崇高な感じ
が出て許される気がする。
でも多分、誰にだっていいところはあるはずです。ほんとうにた
いせつなものは、めにはみえないのです。ねぇ、プリンス。
5
空想と正義
366日分、生まれた日ごとに基本的な性格や隠れた自己などを
解説してくれる本が、いくつかの出版社から発売されている。あれ
を見るのが結構好きだ。自分の分のみならず、身近な友達の分も読
んでみたりしている。
出版社によって占いの方法や解釈が多少違うだろうから、本によ
って結果が異なるのは当然なのだけど、私の場合、どの出版社の本
を見ても、たいてい﹁空想家﹂﹁想像力豊か﹂と評される。
ま、まぁ、基本は多分どれも西洋占星術がベースだろうからな。
﹁類まれなる想像力を持っています﹂、このへんはいい。褒められ
た気分だし。
﹁些細な出来事でも、面白くすることができます﹂、このあたりも
いい。生き方上手って感じで。
しかし読み進めていくと、﹁トンデモナイ話しでも臨場感たっぷ
りに喋るので、聞いてる人は嘘か本当かわからない﹂﹁想像力の豊
かさ故、突拍子もないことを言い出し、時々周りを困惑させる﹂﹁
自覚なしに嘘をつく。本人に悪気は一切ない﹂。
⋮⋮うーむ。地味にタチ悪いな。特に﹁自覚なく嘘をつくが悪気
なし﹂のあたり。
そして自分は自覚なく嘘をついている可能性があるということに
気付いたため、深く反省する。ウソツキハイケナイヨー! 世の中
で一番悲しい事は、うそをつく事です!
ついでに違う友人の分も読み比べてみたりしたのだが︵暇だな︶、
友人の津田くん︵仮名︶の占い結果を見てみると、彼はだいたい﹁
正義感が強い人﹂という結果であった。うーむ、彼が正義感が強い
という印象はあまりない。曲がったことが好きではないだろうが、
大嫌いという印象はないなぁ⋮⋮と、占い結果を流しかけたところ
で、この夏の思い出をふと思い出した。
6
その日はたまたま津田くんとふたりで飲んでおり、日本酒飲んで
完全に出来上がっていたのだが、動物園の話しになった際、津田く
んは突然大真面目にこう言った。
﹁⋮⋮僕はねぇ! 猿が嫌いなんですよ!﹂
突然の猿嫌い宣言。どうした津田くん。
﹁動物園とか行って、みんなサル山にきゃーきゃー群がるじゃない
ですか! でも僕は違いますよ! 猿に対し、誰もがお前らに対し
てきゃーきゃー言うと思うな! というかもう俺の中ではサル山な
んて存在しないんだよ! お前らには興味ないんだよ! という勢
いで、サル山には一切目もくれてやらないんですよ!﹂
昨今、サル山にきゃーきゃー人が群がるかは別として、相当猿が
嫌いな様子。どうした津田くん。
﹁どうした、常に冷静な君らしくない! 猿に対してなんのトラウ
マがあるのだ!﹂
﹁トラウマっていうか⋮最近、野性の猿が山から降りてきて、店の
商品食い散らかすとかするじゃないですか! あれが許せなくって
! 人が食ってるものをスキあらば横取りしようとしたり、車を傷
つけたり! 一体何様なんだ! お店の人は一生懸命頑張ってると
いうのに、ちょっと山から降りてきたお前らに食い散らかされる云
われはない!﹂
ちなみに津田くんは、学歴だけ見れば日本トップクラスの学歴で
ある。こんなところで私と酒のんでグダグダしてるので超エリート
ではないのかもしれないが、それでも十分エリートである。その彼
が、何を言い出す。猿には猿の都合があるのだ。
﹁なんだい、ご実家とかおじいちゃんおばあちゃんのお家が、猿の
被害にでもあったのかい?﹂
﹁いや、別にそういうわけでは。でも、ただ、猿のその自己中な行
動が許せないんです!﹂
動物に自己中うんぬん言ってもなぁ⋮⋮。
﹁そりゃ、サル山に花火を投げ込んだ、とかそういうニュースを見
7
たら、猿がかわいそうと思いますし、やった人間を腹立たしく思い
ますよ。でも基本的に、僕はあいつらが嫌いです。別に存在してい
てもいいけど、僕の生活に必要はないし入れる気もありません!﹂
そして彼は猿との断然を宣言した後、猫画像を見て幸せそうにし
ていた。頭がいい人ってよくわからないな。
そんなことを一通りぼんやりと思い出し、あぁやはり、彼は正義
の人だな、という結論に至り、なんとなくその占い結果に納得した
のだった。
しかし、そんな正義の人が、自覚なく嘘つく私とよく仲良くして
くれてるな。
8
相性の悪い分野
どうしたって、﹁なぜこのタイミングで!﹂﹁せめて今でなけれ
ば⋮⋮!﹂という、タイミングの悪い出来事に生きてる限り何度か
遭遇する。古典的に言えばマーフィーの法則みたいなもんだろうか。
さらに言えば、その悪いタイミングも、なぜか毎回似たような状況、
似たような分野で起こる、と感じる人も少なくないだろう。自分に
とっての縁起の悪い状況、展開とかね。
その分野が、私にとっては情報システムだ。
先日、別に訴えられたわけでも訴えるわけでもないが、色々の事
情により裁判所のHPにアクセスする必要があった。裁判所のHP
など滅多に訪問しない。グーグル先生に﹁裁判所﹂と入力し、表示
された検索結果の一番上をクリックし、しばし待つ。
⋮⋮あれ、裁判所のHP、繋がらない⋮⋮?
リロードするなどして何度も挑戦するが、状況は同じ。どういう
ことだ。曲がりなりにも我が国の司法の最高権力、そのHPが繋が
らないってどういうこっちゃ。がちゃがちゃと検索結果画面に戻っ
たりしていると、いくつかのニュースを発見。それによると、何や
ら領土問題絡みで赤い国からサイバー攻撃受けて、その復旧に手間
取っているという。
えーーー! よりによって今! 書式ダウンロードしたいんだけ
ど!
しかし、一庶民が喚いてもリロードしても、状況は変化するわけ
もなく。むしろあんまりがちゃがちゃやるとF5アタックと勘違い
されそうなので、仕方なくその日は諦める。
つーか裁判所⋮⋮そんなに簡単にサイバー攻撃受けて、簡単に改
ざんされて、一週間もHP閉鎖すんなよ⋮⋮。なんのための税金さ
!ふん!
とはいえ私も間が悪い。一週間前だったならばまだなんとかなっ
9
たし、その翌週にはさすがに復旧してたのだから。
そういえば、年初に国会図書館に行ったときも、大変な目に遭っ
た。
資料を探しにおよそ一年ぶりに国会図書館に行ったのだが、土曜
日とはいえ不自然に人が多い。なんか長蛇の列ができている。あま
り土曜日に行ったことが無かったので、こんなに混むもんなの? と思いながらも入館手続きをしようとすると、係員のお兄さんの﹁
ただいま国会図書館、システム障害が発生しておりまーーす!﹂の
声。
えーーー! よりによって今! システム障害ってどの程度!
聞くところによると、新システムに移行しようとしたら失敗して、
新システムでの資料の検索や請求ができないばかりか、旧システム
に戻すこともできていない、まさににっちもさっちもいかない状況
に陥ってるという。それでもとりあえず入館してみると、利用者端
末からの資料検索は復旧したものの、請求は懐かしき手書きのカー
ドにコードやら書籍名やらをせっせと入力し、受付に持って行って
対応してもらうのだ⋮。カウンターに請求した資料が届いたことを
お知らせするのも、﹁○番まで届いております﹂みたいなホワイト
ボードに手書きで書いてある。
なんだ、この昭和と平成が入り混じった空間。
そして障害のため色々な人が色々大変なことになっており、請求
した資料が届くのも時間がかかるし、色々うまくいかなくて発狂間
際になってるおっさん︵利用者︶はいるし、そんな発狂間際のおじ
さんを見て周りの人は逆に﹁あぁ騒いでも仕方がないしみっともな
いから、冷静に待っていよう﹂みたいな空気になっていたり、文句
つける人もそれなりに秩序に役立ってるんだなぁ、とぼんやり思っ
たりしていた︵対応する職員の人は気の毒だけど︶。
しかし職員の方の努力や、対応してくれたおじさんの﹁ご迷惑か
けて申し訳ないね﹂と済まなそうに言いながらも、去り際には笑顔
を送ってくれたりしたおかげで、トラブルはトラブルなりになかな
10
か楽しんだ一日だった。朝から大変だったろうに、笑顔を最後まで
絶やさなかった人たちはすごいな。
まぁ最初、あんだけシステム止まってたのに﹁即日複写受付は通
常通り! 土曜日は十六時までね!﹂と言い出したときは、所詮国
立だと思ったけども! 十六時までに資料届かねーっつーの! ︵
後にさすがに時間延長されたけど︶
しかし、これも間が悪いよな。年に一度行ったら、数年に一度あ
るかないかの大規模システム障害に遭遇したんだから。
あとは余談だが、昔システム開発の仕事をしていたとき、同じチ
ームの吉永さん︵仮名︶に﹁子どもが生まれるので妻の付き添いの
ために休みたい﹂と言われ、﹁どーぞどーぞ休んでください!吉永
さんがメインで開発したシステムが見たことない障害起こしたらや
ばいですけど、通常の障害なら余裕で対応できるし、そもそもあま
り障害起きないシステムだし、だいじょーぶ!﹂と大風呂敷広げて
送り出したことがあった。
そしたら案の定、そのシステムは吉永さんとこの二人目が生まれ
た当日に、見たことない障害を起こし私は﹁すいません! まだ生
まれてませんか!﹂と吉永さんに電話するハメになったのだ⋮。病
院は携帯電話禁止だったろうに、必死の留守番電話を残したら、吉
永さんは一時間ほどで折り返してくれた⋮。
あぁ、ごめんなさい。もう大風呂敷広げたときの発言が、前フリ
にしか見えない。
そんなこんなで、私は情報システム分野とは相性が悪いのである。
仕事変えて正解だったかもね!
なので、もし行った先で重篤なシステム障害が発生していたら、
もしかしたらそこに私がいるかもしれないけど、一切の責任は負え
ませんのであしからず。
11
自分を大切に
ぼーっと電車に乗ってると、興味があるわけでなくてもやはり車
内の広告が目に入る。なんとなく見てると見過ごしてしまうけど、
雑誌の煽り文句とか結構冷静に見ると面白かったりする。﹁着回し
三種の神器!﹂とか、一瞬﹁なんだなんだ、洗濯機的な話か?﹂と
か思ったけど、多分﹁あの人いつも同じコーディネートね﹂とか思
われないために、○○を買いましょう! 或いは同じアイテムでも
こんなに違う着こなし方ができるよ! っていう趣旨なのよね。読
んでないから真相は知らないけど。
そんなふうにぼんやりと、あまり頭に入らないなりに広告を見渡
してみたところ、某消費者金融の広告が目に入った。女優のIさん
の広告だ。かわいいなIさん。しかし、そのIさんの写真の横に書
かれた文面の内容に、私は大変ショックを受けた。
どうやらIさんの設定は、その会社で働くOLで、お客様のこと
を一番に考えるとてもかわいくて優しくて仕事ができる女性のよう
だ。それはいい。しかし、しかしだ!
Iさんは常にお客様のことを第一に考え、どうしたら喜んでもら
えるのだろう、と職務を追究するあまり、一日中そのことを考えて
いるという。しかも、全然飽きないというのだ。
いやいやいや、一日中は考えすぎだろう! 仕事中だけならまだ
しも。
一日中、お客様、そしてまだ見ぬ未来のお客様の喜びのために考
え続けているという⋮⋮いやぁ、それちょっと病気じゃないかな。
病気じゃなくても、なんかちょっと問題抱えてそうだ。
他者から評価を得ることでしか自分の存在意義を感じることがで
きない、自己評価の低さが﹁一日中他人の喜びのことを考える﹂と
いうちょっと常軌を逸した行動に走らせているのではないのか? 自分で自分をある程度は肯定できないと、生きてるの苦しいと思う
12
よ!
しかも人のことばっかり考えてる人って、相性もあるのだろうけ
ど私は一緒にいて逆に息苦しい。どうしたいの? どうしたいの?
と問い詰められても、そりゃ目的がはっきりしてるときはいいけ
ど、日常生活なんて大抵、﹁なんとなく﹂﹁こんな気分﹂で物事す
すめるじゃん。それをいちいち言語化することを求められるのも、
めんどくさくてたまならい。適当にお互いの気分をぶつけあって、
なんとなく妥協点探ればそれでいいじゃないか。
もしくは、﹁あーそういう気分だった、うん﹂と、私の気分を察
知し言いたいことを見事に代弁してくれる人だとしても、それはそ
れで、なんか頭使わなくなって自分がダメ人間になりそうだし、﹁
こういう気分でしょ! わかってるよ!﹂とドヤ顔されるのも腹立
たしい。
あと個人的に、必要以上に尽くすタイプの人が幸せになっている
イメージがない。たいていやりすぎて疎まれて振られている。そし
て大概こう言う。﹁あんなに尽くしたのに﹂。
仕事で人に尽くさないといけないということもあるだろうが、一
日中はさすがにやりすぎだと思うぞIさん。人に尽くすことは、結
局は﹁人の役に立った﹂という自己満足を得ることであるのだ。そ
の辺りの認識と覚悟がないままその生活続けたら、いつか何かに裏
切られたとき、恨み節かまさないか心配だ。
もっと自分を大切にして!
そうひと通り考えてみたけども、あれはCM上のキャラクターで
あって、別にIさんご本人がプライベートでどうかといえば、もし
かしたら自分のことしか考えてないわがままさんかもしれないのだ。
それは事実はどうであれ、私には知る由もない。
故に、そんな心配は杞憂であり、私の自己満足でしかないことを
ぼんやりと次の駅に着くまでの間に思ったのだった。
13
時給1000円以下なのに
最近近所に新しいコンビニが出来た。今までの最寄りのコンビニ
よりもさらに近いところに出来たので、便利は便利なのだけど、ど
うもしっくり来ない。
それは、新規オープンだから仕方ないのだろうけど、やたらと丁
寧すぎるからだ。
店に入った瞬間、各方面から﹁いらっしゃいませー﹂﹁いらっし
ゃいませー﹂﹁いらっしゃいませー﹂と店員全員が高らかに言う。
⋮⋮いや、やまびこじゃないんだから、一人が言えば十分だよ。
どういう経緯でその店舗に店員さんが集まったのか、コンビニで
働いたことないので知らないけど、おっさんもお姉さんもたかが1
44円のコーヒーを買うだけで満面の笑みを見せてくれる。
しかし彼らの時給は、おそらく東京の平日昼間の標準的コンビニ
時給から考えれば、このコーヒー6本分程度なのだ。
それなのに、この丁寧さ! 私はせいぜい144円のコーヒーを
買うくらいでしか利用せず、売上アップで彼らの時給アップに貢献
出来ているとは到底思えない。なのに、この丁寧さ! 正直気まず
い。
店に入ったときに、防犯対策程度に誰かが﹁いらっしゃいませー﹂
︵挨拶されると犯罪者は犯罪しにくくなるという原理に基づき︶と
言い、レジに商品を持っていたときに、再び挨拶程度に﹁いらっし
ゃいませー﹂でいいじゃないか!
そりゃ、お客さんがレジにぞろぞろ並びだしたのにぼーーとして
たりしたら﹁時給もらってんだから働けよ!﹂と思わなくもないが、
時給1000円以下なのに笑顔や接客態度、過剰な思いやりを見せ
られたりしたら、もう申し訳なくて、逆に足が遠のいてしまう。
実際、最近できたその新しいコンビニには、それが理由であまり
行きたくない。
14
時給1000円以下ならば笑顔や思いやりなど別にいらない、た
だ淡々と、できるかぎり素早く目の前の仕事を処理してほしいだけ
だ。
こういう考え方が、東京の人は冷たいと言われるのだろうか。そ
りゃ、昔からずっと成長を見守ってきた子どもが、大人になっても
常連さんとして来てくれたのならば、笑顔やおせっかいもしたくな
るのはわかるけど! 東京でも私は下町生まれだしな! でもなぁ。
チェーン店の居酒屋なんかで、時給1000円くらい︵多少コン
ビニより高いのかもしれないけど︶で、お酒飲んでタチ悪くなった
大人に偉そうに命令されても﹁ヨロコンデー﹂とか、気の毒すぎる。
お酒飲んでタチ悪くなった大人なんか、迷惑かけるだけなんだから
適当に転がしておけばいいのに。私はよく日本酒飲んで出来上がっ
てしまうが、自己責任なので適当に転がしておいていただければそ
れで満足だ。
だから私は主張する! 接客態度なんて、時給相応程度のほうが
お互い気楽でストレス貯めなくていいと! 笑顔とか思いやりとか
欲しいのならば、それ相応の店に行くか、地元で顔見知りの居酒屋
行けばいいじゃないか!
なので近所に出来たファ○マさん、もうちょっと無愛想になって
もらえると行きやくすなるので、そこんとこよろしくお願いします。
しかしこんな要求も、ある意味無茶な要求だな。迷惑客リストに入
ってしまうぜ。
15
日本の夏、特撮の夏
特撮博物館がもうすぐ終了らしい。
特撮博物館とは言わずもがな、日本のオタク四天王の一人︵安野
モヨコの﹃監督不行届﹄からの引用︶とされる庵野秀明監修による
特撮に特化した展覧会で、実際の撮影に使われたミニチュアや小道
具、デザイン画などの資料を500点以上展示している。
私のこの夏の思い出は、これに行ったことだけだ。しかも二回も。
そしてそのうちの一回は無理やり津田くん︵仮名︶を連れて行った。
なぜ津田くんが巻き込まれたのかというと、そもそも最初から二
回行くつもりだったので前売り券を二枚購入していたのだけども、
すでに行った人のブログ見たら﹁自分が巨大化した風に写真撮れる
エリアは、一人だと気まずい。誰か写真撮ってくれる人を連れてい
くべきだった﹂と記述されていたため、まんまと夏休みだった津田
くんを連れていったのだ。
ちなみ津田くんにこのいきさつは説明していないので、なんで自
分が連れて行かれたのかよくわかってないだろうが、特に説明も求
められなかったので支障はなかった。
一応、人と一緒に行くのだから、あまり人を放置して自分の世界
に没頭しないでおこうと思っていたのだが、津田くんは津田くんで
ゴジラの背中のチャックを必死で探したり、デザイン画の前で突然
長考し出したりして勝手に堪能しているようだったので、私は思う
存分マットアロー2号に夢中になり︵帰ウルファン︶各々それなり
に充実した時間を過ごした。こういうのって、今更だけど一緒に行
く人のチョイスって大事だよな。
そして注目の﹁巨神兵、東京に現る﹂では、わりとマジで恐れ慄
き、見た後にある制作過程を紹介するエリアがなければ恐れ慄いた
まま博物館を後にするところであった。
あー、しかし面白かったなぁ! 湯水のごとくお金と時間と手間
16
がかかる技術だけど、やはり人が実際に手をかけて作ったものって、
どんなに精巧でスタイリッシュなデザインであっても、月並みな言
い方だけど温かみがあっていい。
昔の番組って子ども向けでも、結構エグいエピソードとかあって
今だったら絶対放送できないんだろうな⋮⋮っていうのもあるけど、
どこかに手作り感というか、人の手で作ってるのが滲みでてくるか
ら、ショックを受け考えさせられながらも、いい意味でつくり話と
して消化できるのだと思う。
もちろん、それを見ていた子どもたちが大人になって素晴らしい
人間になったかというと、それは人それぞれなので、昔のほうが良
かったというわけではないけども。
これからの日本、こんなにお金と時間と手間をかけて特撮やる余
裕なんてもうないのだろう。でもこの国に、それができた時代があ
ったことは喜ばしいことであり、その爪あとと情熱にこういう形で
触れられたことは幸せに思うのであります。
ちなみに帰り道に津田くんは、延々と日焼けに失敗した話しをし
ていた。特撮関係なし。
17
おひとりさまなげやり
最近、というかだいぶ前からだけど、本屋の女性向けエッセイコ
ーナーに﹁おひとり様入門書﹂的な書籍が並んでいるのを見る。何
冊もあるってことは、それなりに需要があるのだろう。
内容はだいたい、﹁ひとりでも楽しむにはどうすればいいか﹂﹁
ひとりでもできる趣味﹂﹁最初は勇気がいるかもしれないけど、一
度やってみれば意外とイケる﹂、そんな感じ。そしてそれらの本に
根底にそこはかとなく流れる、ちょっとした自虐と、でもこれはこ
れで新しい生き方としてアリだと思うよ! という、なんとも言え
ない肯定感。
しかし、おひとり様な生活って、本読んで身につけるようなもの
なのだろうか⋮⋮。好き放題生きてきた結果、気付いたらいわゆる
﹁おひとり様﹂な行動に全く抵抗がない私からしたら、本読んでま
で頑張って身に付けることでもなくないか? と心配になってしま
う。
私の場合、中学生ぐらいの時からあんまり周りと趣味が合わなか
った。だけど興味のない人に無理に付き合ってもらうのも非常に申
し訳ないので、興味のあるところには一人で行き、行った先で適当
に知り合いを作り、適当に楽しく過ごしていた。つまり、知らない
ところに一人で行くという不安よりも、好奇心が勝った結果なのだ。
今でもそのスタンスなので、行きたいところにはライブだろうが
美術館だろうが映画だろうが、行きたいと思ったタイミングで行く。
他人がいると気が散るからあえて一人で行くときもあれば、タイミ
ングが合って誰かと一緒に行くときもある。だけどそれはあまり重
要なことではない。根底にある好奇心が一番重要なのだから。
だからなんて言うか⋮⋮人それぞれ好きにすりゃいいんだけどさ。
結果的に一人、なのであって、一人じゃ寂しいな、って思ってるの
に一人でも楽しめる生き方を身につけるのは、それはそれでしんど
18
いんじゃないかなぁ⋮⋮と、誰が買ってるのか知らないけど、心配
になってしまうのです。全く違う二人の占い師から﹁あんた、すご
い変わり者だから生きてるのしんどいでしょ。しかも変わってるっ
ていうのが外見に出ないから、さらにしんどいね大変だね!﹂と指
摘された私よりも、よっぽど生きてるのしんどくて大変そうだ。
でも、ほんとは一人で気ままに出かけたりしたいのに、そういう
のおかしいかしら? と不安に思ってる人の後押しにはいいのかも
しれない。っていうかそうか、冷静に考えてそういう人向けだよな。
そうだよな!
まぁ、ひとりじゃどこにも行けない、って人よりはめんどくさく
なくていいか。学生時代とか、どう考えても男はデートのつもりで
いるのに、﹁二人じゃ会話続くか心配だからついてきてー﹂みたい
なことを言い、ついて行ったら結局二人の世界、あれ、なんでか知
らないけど邪魔者っぽくね? という空気に耐えて帰ってきてぐっ
たりして、挙句﹁付き合うことになりました^^﹂みたいな報告メ
ールが来て、どうでもいいけど電車賃くらい返してくれないかなぁ、
という非常に貧乏臭い思いに苛まれることほどめんどくさいことも
ないからな。例えがやけに具体的なのは気のせいです。
まぁ結論としては、孤独を飼い慣らすことが人生とも言うから、
自己責任ということでもうどうでもいいや、みんなで好きに生きた
らいい、という、非常に投げやりな、あまりに投げやりな結論に至
ったのであります。
19
おちつく動作は無意識
先日電車に乗っていたとき、目の前のイスに座る男性の足元に釘
付けになってしまった。
彼の足元はサンダル。十月とはいえ、まだまだ暑い日も続いてい
るのでそれはいい。しかし、露出した彼の足の親指と人指し指は、
親指を上にしっかりと絡み合っているのだ。両足とも。そしてその
まま微動だにしない。ずっと絡み合ったままだ。
じっと見つめていたら、なんだか不思議な感覚が私を襲ってきた。
この人は足の親指が、人よりちょっと長くて、そのまま歩いてる
と長さを持て余した親指が色んなところにぶつかっちゃって、いつ
も痛い思いをするからやむを得ず人差し指に絡めているのだろうか、
とか、実は親指がすっごい横に曲がっちゃってて、どうしても隣の
人差し指の上に乗っかっちゃって、どうにもならないから真冬以外
はサンダルでやりすごしてるのだろうか、とか、自分の中の﹁一般
的な足の形﹂という存在とイメージを、わっさわっさと揺さぶるよ
うな、なんとも言えない微妙な気分になった。
彼は電車に乗ってる間、ずっとその足の形を崩さなかったので、
いよいよこれは、彼はそもそもこの足の形がデフォルトなのだな!
と確信を持ち始めたところで、電車をおりるために立ち上がった
彼の足は、一瞬にして﹁一般的な足の形﹂になってしまった。
なんのことはない。彼は特別親指が長いわけでも、曲がっている
わけでもなく、ただ単純に、なんとなく﹁足の親指と人差し指を絡
めていた﹂だけの人だったのだ。
そっか⋮⋮そうだよね。冷静に考えればそうだよね。多分、無意
識でなんとなくやってるだけだったんだよね⋮⋮。
あとでこっそり、あの彼と同じ足指の絡め方をしてみたけども、
案外普段伸ばさないところが伸びて地味に気持ちよくて、ちょっと
これハマっちゃいそうだ、とすら思った。
20
今度もしその彼に会うことがあれば、﹁あの足指の絡め方いいっ
すね。デスクワークが続いたときとか気持ちいいです﹂と報告した
いところだ。だけど、無意識でやってることを人から指摘されるの
って、なんかすごく恥ずかしい気がする。
以前、資格取得のために実習を受けた際、カウンセラー役とクラ
イアント役、残りの人はその様子を観察する、というグループワー
クがあり、クライアント役をやったことがあった。私は実際に遭遇
した多少ストレスの貯まるような出来事を、適当に思いつくまま喋
っていただけのつもりだった。
が、ワーク終了後、観察者の人から﹁神楽さんは淡々と喋ってる
けど、ほんとにイヤだと思ったときに太ももかきむしるんですね﹂
としれっと指摘され、そんな行動をしているなんて今まで全く気付
いてなくて大層びっくりした。
しかし、言われてみれば確かにいつもそうだ。考え事してて行き
詰まれば頭かきむしってるし、その時はおそらく人前だったため、
頭ではなく控えめに、そして手が届きやすい太ももをかきむしった
のだろう。酒を飲んでると腕をかきむしるのは、単に血流がよくな
ったせいだと思うけど。
とにかく、言われてみれば確かにそう。だけど、指摘されるまで
意識に上がったことすらなかった無意識の行動を白日の下に晒され、
私はやけに、やけに恥ずかしく思ったことを覚えている。
だからもしかしたら彼のその足指絡める行動も、ストレス緩和の
ための無意識の行動なのかもしれない。そんな彼に、﹁その指の絡
め方気持ちいいですよね﹂なんて言うことは、彼の無意識に土足で
入り込むようなことになりかねない。
だから私は、もし次彼にあっても、何も言わず、ただその足先を
見つめていようと思う。ストレス貯まることがお互いあるかもしれ
ませんが、頑張りましょうと、その足指にエールを送ろう。
なんだか自分でも書いてて気持ち悪い結論に至ったな。
そしてこの足指の絡め方、案外キープするの大変で、やっぱり彼
21
はパッと見はわからないけど足の指の長さ変わってるんじゃない?
やり慣れてるにも慣れすぎだろう、と、最初の疑惑に立ち戻るので
あった。
22
老化か否か
三十歳を前にして、最近、二十歳前後の若い子がみんなおんなじ
感じに見える。これが老化というものか。
ここで﹁だってみんなおんなじようなメイクと格好してるんだも
の!﹂と、よく聞く言い訳で開き直りたいところだが、若い子がみ
んなが似たような格好してるなんて、私が二十歳の頃だって同じだ
しな。
その細かい見分けがつかない、となるとこれは、やはり老化の一
種なのであろうか。
しかし冷静に考えてみれば、私が二十歳前後の頃、おじさんおば
さんをきちんと見分けられていたであろうか。いや、そんなことは
なかった。近所のおじさんおばさんならばさすがに名前と顔は一致
していたけども、それ以外の人たちなんて全部おじさんおばさん、
ひとくくりだ。
単純に自分がおじさんおばさんに近い年齢になり、なんとなくそ
っち側の顔立ちに親近感を覚えているだけで、若い子がみんな同じ
に見えるのは老化のせいでも、メイクや格好のせいでもなく、単純
にあまり関わりのない世代の顔を記号化しているだけなのではなか
ろうか。
要するに人間って、あんまり他人に興味がないんだな。関わりが
ない世代に対しては尚更。
色々なことを記号化し、その記号から逸脱した部分が目につき、
それが心地良ければ興味をもち、そうでなければ無視したり嫌悪し
たりする、延々とただそれだけの繰り返しのような気がする。
だけど逸脱はすなわち個性であるのだから、それはそれで大切に
するべきものなのだろう。
しかし、たまに﹁運動会のかけっこで全員一緒にゴール、順位つ
けない﹂みたいな話しをよく聞くけど、あれってほんとなの? 都
23
市伝説だと個人的には思ってるのだけども。
個性を大事に、っていうわりに順位つけるのはどうたらこうたら、
なんか日本てめんどくさい国だなぁ、と、いよいよ三十を前にして
教育だとか体制に対して文句を言い始めている。
これは老化かな。でも狂った社会への憂いな気がしないでもない。
24
おすすめってありますか
映画を見たり小説や漫画を読むのが好きだ、と人に言うと、たま
に聞かれるこの﹁おすすめはなんですか?﹂という質問。
しかしこの質問、状況によっては相手に話題を丸投げすることに
なってしまう非常に際どい質問なのだ。私もついやりがちなので気
をつけねばならないと思うのだが、キャッチボールしてたつもりが、
何の前触れもなくいきなり全力豪速球や変化球投げてきて、受け取
る準備できてないよなんでいきなりそんな球投げんの? はぁ? と、若干めんどくさい空気になりかねない。
なので、めんどくさいことは極力避けたいと常々思っている私と
しては、この問題への対処を考えておきたいと思う。
まず、この質問が繰り出される状況を考えてみよう。
例えば、フランス映画かなんかの話しをしていて﹁︵フランス映
画で︶おすすめってありますか?﹂と、聞かれたとする。この場合、
話しの流れ上、なんとなく範囲がフランス映画と限定される。なら
ばフランス映画にはそんなに詳しくなくても、自分の記憶の糸を必
死で探り、フランス映画で面白かったもの、あるいはフランス映画
でなくてもフランスの俳優が出てるもの、あるいはフランス映画全
般への感想など、﹁フランス﹂というキーワードを元に案外色々と
喋れるのだ。
しかし問題は、あまりにも範囲が漠然としている場合だ。
﹁︵自分映画見ないので、なんか面白い︶おすすめってありますか
?﹂
あぁ、映画を見ない人間が好む映画ってなんだ!
映画を見ないのならば、やはり無難に超大作でも言っておけばい
いかというと、﹁なんだ、この人、映画好きというわりにチョイス
がベタだな﹂とか思われたらイヤだなぁとか、かといって何も考え
ずに私の好きな映画をべらべらと喋っても﹁なんか趣味が違うから
25
興味がないなぁ﹂とか思われるかもしれないし、もし、もしもツ○
ヤなどで借りて見てくれたとしても、﹁よくわからないなぁ﹂だの、
﹁意味がわからなくて寝た﹂という展開になってもヤダなぁとか、
そもそも借りようとしたけどツ○ヤでレンタルされてなかったよ、
だとか、もう色んな可能性が頭の中を駆け巡り、軽く質問してるけ
ども、こっちは全然軽く返せないんですけど! という余計な憤り
を覚えるのだ。
そもそもおすすめを教えるって、自分の中の趣味や価値観、下手
すりゃ性癖を露呈することだから! ﹁時計じかけのオレンジ﹂を
DVD買ってまで何度も見てるなんてあんまり人前では言えない。
なのでそういう質問をする場合は、娯楽大作でいいのか、ミニシ
アター系でもいいのか、古い映画でもいいのか等、ヒントをくださ
るとありがたいです。はい。
でもよくよく考えてみれば、そんな質問をする方も、話題を広げ
る気配りとして、本当は映画に全然興味がないのに興味を持とうと
してくれてるのかもしれない。もしそうだとしたら、﹁知りたいの
ならばもっと質問の範囲を限定しろ﹂だなんて、何様の態度だ。
やはりここは、ある程度誰でもおすすめできそうな映画をいくつ
か候補として考えておくべきであろう。マニアックすぎず、趣味が
偏りすぎず、あわよくばちょっとおしゃれだったりするものを。
そのような基準からいくつか挙げてみると、
・ハリウッド映画 ↓ ダークナイト︵ベタだけど面白いしヒー
ス・レジャーの怪演だしヒース・レジャーこのあと死んじゃったし︶
・フランス映画 ↓ 8人の女たち︵フランス女はいくつになっ
ても女で美しいのさ︶
・イギリス映画 ↓ トレインスポッティング︵ユアン・マクレ
ガー出世作だし監督ダニー・ボイルだしなんとなく雰囲気おしゃれ
だし︶
・イタリア映画 ↓ ニュー・シネマ・パラダイス︵映画を愛す
る気持ちになります。でも完全版は正直作らないでほしかったとい
26
う不思議な映画です︶
うむ、結果的にすごくベタだけど、全然映画見ない人には悪くな
いラインナップだと思う。日本映画については色んな思いがあるの
で語るまい。とりあえず新しいエヴァンゲリオンがちゃんと完成し
てくれさえすればいい。多くは望むまい。
そんなこんなで、今日もまたひとつのめんどくさい問題への対処
方法を見つけたのだった。めでたいな。
あぁでも、解決したのは映画に関してだけで、小説と漫画につい
ては同じ問題が存在するのであった。やっぱりめんどくさいね。
27
イメージ商売
仏教といっても色々な宗派があって、戒律が厳しかったり今はそ
うでもなかったり、様々なのだろう。
しかし個人的には、やはりお坊さんには坊主であってほしいと思
う。若くてもいい。説法がたどたどしくてもいい。だけど坊主であ
ってほしいのだ。
先日親族の通夜告別式があった。まぁ覚悟はしてたので、時折涙
ぐんだりしたものの概ね落ち着いて参列した。しかし、お通夜でお
経を読んでくれたお坊さんが、見たところ若く、喋りも若干たどだ
どしく、そして、そこはかとなく雰囲気がオカマっぽかった。一時
期テレビで時折見かけた、オカマのお坊さんにそっくりだ。
彼は浄土真宗のお坊さんだったのだけど、浄土真宗って同性愛認
めてるのだろうか、などと関係ないことを思いながら彼の説法を聞
いていた。罰当たりなことこの上ない。
しかしそれでも彼は、自身の祖母との思い出と説法を紐付けて説
いてくださり、喋り自体はたどたどしくとも等身大のその言葉に、
﹁あぁ、弱ってるときってやっぱり坊さんてありがたいなぁ﹂と、
彼の去り際、その剃髪した後ろ姿に﹁なんまんだーなんまんだー﹂
と思わず拝みたくなったのであった。きっとこれから彼は、もっと
いいお坊さんになるだろう。上から目線だがそう思う。
そして翌日の告別式。その日現れたのは、昨日のオカマみたいな
坊さんではなかった。メガネをかけた、床屋で﹁耳は隠れない長さ
で、全体的にすっきりさせて下さい﹂とオーダーしたような髪型の
お坊さんであった。坊主なのに剃髪してないのだ。
坊主なのに、坊主じゃない! その衝撃に、しばし私は打ちひしがれた。そして私はとっさに、
彼に﹁理科大﹂というあだ名をつけた。
だって、だって、たまに行く職場が東○理科大の近くなんだけど、
28
あんな感じの大学生めっちゃいっぱいいるんだもの! 絶対あの人
の私服、チェックのシャツだ! 説法とかよりも、﹁CP対称性の
破れが∼﹂とか、﹁コペンハーゲン解釈は∼﹂とか、﹁量子コンピ
ューターのうんちゃらかんちゃら﹂とか、そういう意味がよくわか
らないけど単語の響きがかっこいい単語を適当に並べてなんとなく
頭いい風に喋ってそうなイメージだ! そして図らずも、私の物理
学への知識の浅さを今露呈したねこれ。ノーベル物理学賞発表され
たばっかだからね。
まぁそんなことはどうでもいい。
理科大はお通夜のときの坊さんとは違って、こなれた感じで説法
をした。お経だって、お経の上手さなんてよくわからないけど、き
っと上手なのだろう。
しかし! しかし! なんだその理科大生みたいなメガネと髪型
! ありがたい説法も、物理の難解な解説に聞こえてきて眠くなり
そうだ!
そんなしょうもない憤りを抱えていたものの、なんやかんやで告
別式が終わり火葬場に行くと悲しみやら寂しさやらがこみ上げてき
て、理科大へのわだかまりは忘却の彼方へと消え去った。もう二度
と会うこともないだろうからな、理科大。
しかし、うっかりお骨納めでお寺に行ったときに登場したのがま
た理科大で︵まぁそうだよな︶、一ヶ月以上経過しても相変わらず
理科大だったので、やっぱりなんとなく、イメージ商売ってイメー
ジ大事にしてほしいなぁ、と思ったのだった。お坊さんは坊主で!
なんて、今時のお寺事情にはあまり重要じゃないのかもしれない
けど。ていうか、修行中に髪の毛悪魔に盗まれて呪われたりしない
の? その発想が前時代的?
しかし、私が彼に対し理科大理科大言うのも、理科大に対する私
の偏見であるので、まぁお互い様か。
結果的に東○理科大に対し失礼な感じの文章になったが、私は就
職して以来ずっとなぜか理科大卒、或いは在学中の方のお世話にな
29
っているので、理科大に対してはとてもいいイメージを持っていま
す。だから知り合いの理科大関係者の皆さん、これからも仲良くし
てね!
最後媚びた。
30
釣り好きの秘めたる情熱
私の周りだけかもしれないが、釣り好きの人の釣りへの情熱はな
かなか激しいものがあると思う。やれ釣り用ボートを乗せるために
車をカスタマイズしただの、やれ夜明け前には出発したいだの、や
れ釣りのために仕事を頑張って片付けてきただの。
釣り好きが主人公の物語のタイトルに、ことごとく﹁釣りバカ﹂
だとか﹁釣りキチ﹂といううっかりすると差別的な表現が含まれて
いるだけのことはある。やっぱり狩猟本能をくすぐるのかしら。
先日電車で見かけたおじさんも、その格好からして釣りの帰りの
ようだった。釣竿をケースに入れ、あの釣りするときのベストを着
用し、その他諸々ちょっと大きめの荷物を肩からかけて。ここまで
であれば、﹁あぁ、おじさん釣り帰りなんだな﹂程度の認識であっ
た。おじさんがどの程度釣りが好きかなんて、実際におじさんと釣
りをしてみなければわからない。
しかし、次の瞬間、おじさんの釣りへの秘めたる情熱を垣間見て
しまった。
おじさんの着用していたベルトには、さりげなくヤマメの刺繍が
施してあったのだ。
なんということだ。ただのベルトにも、このこだわりよう。釣り
のことは詳しくないのでわからないけど、別にヤマメの刺繍が施し
てあるベルトを釣りで着用する必要性は、きっとそんなにないんじ
ゃないかな。機能が果たせれば、別にヤマメが刺繍してある必要性
は、きっとそんなにないんじゃないかな。しかもヤマメ。ほかにも
めでたい魚とか、色彩が鮮やかな魚がいるだろう。でも、あえての
ヤマメ。おじさんの、﹁僕は釣りっていったら、たいていは川に行
きますね﹂という小さなこだわりがひしひしと伝わってくる。ぱっ
と見た出で立ちだけでも十分、釣りに行ってきたことは伝わるのに、
ベルトでもなお、釣りへの愛情を示しているのだ。
31
おじさんはあのベルトを仲間に自慢したのだろうか。そんで仲間
は、﹁うわぁー、いいなぁ﹂とか言うのだろうか。あのおじさんが
そんなことでウフウフと誇らしげになっていたのかと思うと、この
国はまだまだ平和だなぁと幸せな気持ちになるよ。いや、おじさん
が自慢したとは限らないんだけど。
でもこの生きづらい日本、なにかひとつでも夢中になるものがあ
るっていいよね。おじさんも家に帰ったら難しい年頃の娘がいたり、
奥さんに小言を言われたりするのかもしれないけど、川で魚と戯れ、
ヤマメのベルトをちょっと仲間に自慢してみたりして、適当に息抜
きしつつ幸せな人生を送ってほしいよ。
そう思いつつ、﹁ちょっとすいませーーん!﹂とおじさんを押し
のけて電車を降りた。ぶっちゃけ、帰宅ラッシュ時に荷物が多いお
じさんはちょっと邪魔だったのだ。ごめんね!
32
マグロの赤身一択
生で魚を食べるという日本人には当たり前の文化が外人には衝撃
であることに気付き、しかし外人は外人で生で魚を食べても案外美
味しいんだね! という事実に気付いてくれたような気がする今日。
寿司を食べる外国人の姿も、決して珍しいものではなくなった。
むしろ日本に来たのだから、と積極的に食べてくれる人も少なくな
い。
なので今更、寿司を食べる外人にびっくりするなんて思わなかっ
た。
先日私は、ある商店街をひとりで散歩していた。テレビや雑誌で
紹介されることも多いので、連休最終日のその日は結構な賑わいで
あった。まっすぐにニ百メートルほど続く通りの両サイドには、様
々なお店が並ぶ。メンチカツや甘味をつまみ食いしながら歩くのも
いいし、雑貨屋さんなどにふらりと立ち寄るのもいい。お茶屋さん
に入れば、お茶の試飲もさせてくれる。
そんな感じでのんびりと商店街を満喫し、散歩も終盤、というと
ころで、とある店の店先に設置されたベンチに外人さんが座ってい
るのが見えた。外人さんの年齢は五十歳くらいだろうか︵外人さん
の年齢っていまいちわからないので自信がないが︶。グレーの髪色
で、休日だというのに黒い細身のスーツを着て、でもそれがとても
似合っている素敵な雰囲気の男性だった。
そんな彼は、何かお弁当のようなものを食べている。ちらりと彼
の手元を覗く。
その外人さんが食べているのは、パック寿司だった。しかし、そ
のネタはマグロの赤身のみ、十貫ほど。ただひたすらにマグロの赤
身が、ぎゅうぎゅうと詰め込まれているのだ。
外人さんはとても嬉しそうに幸せそうに、寿司を頬張る。何の疑
いもないように頬張る。私の前を歩いていたカップルもその事実に
33
気付き、露骨に﹁︵外人さんが寿司食べてる!︶﹂﹁︵でも赤身ば
っかり!!︶﹂みたいな視線を送ったことに外人さんは気付いたの
か、そのカップルに﹁ハァーイ!﹂みたいな表情と笑顔を送る。ハ
ァーイじゃねえよハァーイじゃ。そんな視線に怯むことがあるはず
もなく、外人さんは次々と幸せそうにマグロの赤身を黙々と食べ続
ける。平和的な、あまりに平和的な。あぁ、今日もこの町は平和で
す。
だけど、あの外人さんはほかの寿司ネタを食べたことがあるのだ
ろうか。初めて寿司屋に連れていってもらったときに、一緒に行っ
た人に﹁通はマグロの赤身一択﹂とか変なこと教わったんじゃなか
ろうか。それとも、散々寿司を味わい尽くした末、﹁私はマグロの
赤身一択でOKデス!﹂という境地にたどり着いたのだろうか。で
きれば後者であることを願う。あんなに幸せそうな顔で食べてたの
だから。
そんなふうに幸せそうに寿司を食べる外人さんを見ていたら、な
んだか私も寿司が食べたくなった。でも安いもんでもないしお昼は
食べちゃったしいいや、と、﹁おいしいマグロの赤身の寿司が食べ
られてよかったねぇ﹂と外人さんの幸せを祝いながら帰路についた。
そして家に帰ると、夕飯は寿司だった。なんということだ! な
んというラッキー! まぁ母親が﹁誕生日だから寿司食べたい﹂と
言い出したからなんだけどね。同じ日に寿司を欲するとは、さすが
親子。
そうして色とりどりの、様々な種類の寿司ネタを前にし、やはり
改めて、あの外人さんはマグロの赤身以外も食べるのだろうか、マ
グロの赤身以外だってとっても美味しいのにな、と、あの外人さん
のぎゅうぎゅうに詰め込まれたマグロの赤身十貫を思い出すのだっ
た。
もしあの外人さんがマグロの赤身でお腹壊すことがあったら、﹁
寿司=マグロの赤身﹂である彼はもう二度と寿司に手を出すことは
ないのだろう。そう思うと寂しい気もするが、通りがかりに偶然見
34
た外人さんとなんて今後関わることなんて滅多にないからどうでも
いいか、と我に返り、私の好きなネタのイクラを黙々と母の分まで
食べたのだった。
イクラ十貫のパック寿司あったら私も買うかもな。
35
ノーベルの意志などなど
今年もノーベル賞が発表になった。日本人は医学・生理学賞で山
中教授が受賞、良かったね! 三∼四年前にiPS細胞のメカニズ
ムを知りいたく感激した私は、密かに応援してたので嬉しい。
そして平和賞は欧州連合という、誰もが﹁なんだそりゃ﹂という
結果だったね! 聞いた瞬間、﹁どう考えても﹃財政危機だけどさ
ぁ、いい加減さぁ、もうちょっと足並み揃えてさぁ、頑張ってくれ
ないかなぁ、君たち﹄という皮肉だな﹂と思ったら、最早皮肉なん
て捻りのきいたものでもなく、直球で﹁EU頑張れよ﹂な授賞のよ
うですね。そう考えると、平和ってなんだろうね。平和賞って政治
臭がキツイからイヤーよ。結局のところイロモノよ!
その他の各賞についてざっくりと感想を言えば、
・文学賞はボブ・ディランが良かった。
・物理学賞は津田くんに﹁これ君のやってる分野と近くないか﹂と
確認したら、﹁ものすごくざっくり分ければそうであるが、実際の
ところ全然違う。そして僕はこれから徹夜です﹂と言われ、仕事の
邪魔をした。
・化学賞は受賞者のひとりの名前がうまく発音できない。れふこう
ぃっつ?
・経済学賞は日本はスルーしすぎじゃないか? いくら受賞できる
気配すらないからって。
こんなもんだな。学の浅さがまたしても露呈。
ところで、このノーベル賞発表の時期になると、いつも思い出す
ノーベル氏のエピソードがある。それは、ダイナマイトを発明した
功績でもなく、ダイナマイトが戦争に使われ戦争による死者を増加
させた悲劇でもない。
﹁ノーベル賞に数学賞がないのは、ノーベルが数学者の女にフラれ
たから﹂というエピソードだ。
36
きっと眉唾なエピソードで、﹁パンがなければケーキを食べれば
いいじゃない﹂発言並に信ぴょう性は低いのだろう。しかし、私は
このしょうもないエピソードをこよなく愛している。
人類の発展を促すと共に人類の愚かさを白日の下に晒したダイナ
マイトを作ったノーベルが、世界を理解するのに必須の数学をそん
なしょうもない理由で賞からはずすとは! 金も理念もあったはず
の彼の、妙な人間臭さと器の小ささが表れているようで、この時期
になると﹁人間としてのノーベル﹂に思いを馳せるのだ。
でもこのエピソード、仮に根も葉もない嘘だったら、死んでから
百年以上経過してるのにも関わらず見知らぬ島国の女に毎年、﹁案
外器ちっちぇぇなぁノーベル﹂と思われてるなんて。少々不憫な気
もする。
何かを得たり名を上げるということは、しょうもない誹謗中傷や
誤解を受けることと、切っても切り離せないのですね。
あとノーベルにまつわるお気に入りエピソードは、最後の言葉が
﹁電報﹂だったらしい、ということだ。とりあえず死にそうだから
やばい伝えなきゃ、電報! という、ノーベルの根本的に律儀な性
格が垣間見えるよう。
なので、私が死に際に﹁電報!﹂と言ったら、それは伝言ではな
くノーベルへのオマージュなので、あまり深い意味はないことをこ
こに報告しておく。
37
適当に順応
先日、近所にできたファ○マが愛想が良すぎて行きづらい、とい
う報告をした︵第5部﹁時給1000円以下なのに﹂というやつで
すね︶。
そのファ○マが、最近ダレてきたのか適度に無愛想になり、非常
に行きやすくなって嬉しい。それでもまだ、時折﹁コンビニにその
勢いは必要なのだろうか﹂と思いたくなるヤル気満々の青年がいる
が、一人くらいはそういう人がいたほうが活気があっていいので許
容範囲だ。
でもファ○マって、韓国押しだからあんまり行きたくないんだよ
な。根本的な部分での価値観の相違に苦しむこともあるが、まぁ適
当に、今まで行ってた足して18のコンビニに飽きたらファ○マに
行ったりして、選択肢が広がったことは素直に嬉しい。
そんなファ○マの韓国押しビミョー、と思ってはいるが、その店
舗にいるお気に入りの店員さんは、韓国人の女の子だ。たいてい同
じ時間に行くので、その子に会計してもらうことが多いのだけど、
最初男の子か女の子かわからなかった。声を聞いて初めて﹁あ、女
の子か﹂と気付いたくらいだ。整形大国と言われるあの国の出身の
子なのに、非常に素朴な感じでいい。多分整形してない。
そんな彼女の最大のいいところは、適度に愛想がないところだ。
ある日彼女は、別の作業中だったらしくレジに背を向けてごそごそ
やってた。会計してもらいたいので﹁すいませーん﹂と声をかける
と、彼女は﹁あーはい﹂と淡々と振り返りレジ打ちをした。
おぉお。この気楽さ! いいねいいね、非常に私好みの愛想のな
さだよ!
同じようなシチュエーションでおじさん店員が対応してくれたと
きは、﹁失礼しました!﹂とか言いながら小走りでやってきたりし
たが、別に何も失礼されてないし、なんかこう、みんなへりくだり
38
すぎだよ! 私もたまに接客業やるときは、最大級に丁寧にやって
しまうけどさ。でも私の場合はホテルだからなぁ。サービス料頂い
てるのだから、そこは最大級に丁寧にやらねば、と思っている。
なのであの韓国人の女の子店員の態度は、非常に時給と釣り合っ
ていていいと思うの。
余談だが、私は国家としての大韓民国は好きではないけど、韓国
人は嫌いじゃない。まぁ私の周りの韓国人は、日本に来て勉強して
たり働いてたりする人なので、そんなに反日じゃないというのもあ
るのだけど。
以前、足して18のコンビニにいた男の子の韓国人店員は、いつ
の間にか顔見知りになっていて、ある日レジに行ったら﹁あ、コニ
チハー﹂と言われ、不意打ちだったので私は微妙にニヤニヤしなが
ら﹁あ⋮⋮どうも⋮⋮﹂とそっけない返しをしてしまった。だって
いきなり﹁いらっしゃいませ﹂から﹁コニチハー﹂に変えるんだも
の!
そういえば最近いないなあの子。卒業してしまったのだろうか。
結局あの﹁コニチハー﹂に微妙な返しとしたせいで、その後は﹁い
らっしゃいませー﹂に戻ってしまった。あぁ、彼の歩み寄りを踏み
にじってしまったのではないかと心配だ。
なお、最近そっちのコンビニにいる男の子の韓国人店員はメガネ
が変なので、﹁変なメガネ﹂と心の中であだ名をつけて呼んでいる。
直球すぎて何のひねりもない面白みのないあだ名だ。変なメガネは
女の子店員と勤務のときと男性店員と勤務のときとで、ヤル気の差
が激しい。でもそういうの嫌いじゃないよ。
あと韓国人といったら、津田くん︵津田くんばっか出てくるな︶
は同じチームに韓国の人がいるらしく、初対面で﹁僕は韓国人なの
で空気が読めない。空気を読むよう努力はしているが、なかなか努
力は実らない。仮に今後、僕が空気を読めない発言をしても、決し
て悪気があるわけではないので暖かく見守ってほしい﹂と宣言され
たらしい。
39
いや、韓国人でなくても、外国の人が日本のコミュニティの中で
空気を読めないことを気にすることはないと思うよ⋮⋮。というか、
空気が読めてないことに気付いただけで十分だろう。
なので色々と国家間で問題はありますが、個人間では適当に仲良
くしたいと思っております。でもこの﹁適当に﹂のさじ加減も、津
田くんのとこの韓国人は悩むポイントなのだろう。
玉虫色ジャパン! コンビニの話し、どこ行った!
40
話題が沸騰︵前書き︶
またしても近所の新しいファ○マの話しである。恐縮である。
前に書いた分を遡って読まなくては関係性が把握できないような
書き方は、このエッセイではあまりしたくないのだけど、今回ばか
りは仕方ないので簡単にあらすじを書いておく。
︵ちなみに﹁第5部 時給1000円以下なのに﹂と﹁第15部 適当に順応﹂の続き︶
◆前回までのあらすじ◆
近所に新しくファ○マが出来た。その店舗はお客獲得のためとは
いえ、おそらく時給1000円以下で働く店員たちが異様なまでに
愛想を振りまいていた。サービス料は時給に含まれていないであろ
う彼らに、愛想の良さなど一切求めていない私は逆に申し訳なくな
って、彼らの笑顔と挨拶がプレッシャーであまり行きたくなかった。
しかし最近運営が軌道に乗ったのか、適度にダレてきた店員たち
は愛想の振りまきが落ち着き、特に私は韓国人の女の子店員の適度
な愛想のなさに安心しきっていた。そして通うコンビニの選択肢が
増えたことを、純粋に喜び始めていた⋮⋮。
41
話題が沸騰
油断していたのだ。私の朝の習慣は、144円のコーヒーを買う
こと。このファ○マの勝手もわかってきた。だからいつもどおり、
あの適度に愛想のない女の子店員のレジに並べば全てOKのはずだ
ったのだ。
しかし今日は、レジでお会計をしてる人がいて、さらにその後ろ
にもう一人並んでいた。その時点ではその女の子店員のレジしか開
いていなかったので、私もそこに並ぶ。するとすかさず、愛想のい
いおっさん店員がレジに入り﹁お待ちのお客様こちらへどうぞー!﹂
と言った。
嫌な予感がした。
私はあのおっさんの愛想の良さが苦手だ。腰の低さも苦手だ。以
前そのおっさんが違う作業していて、私がレジに行ったら﹁申し訳
ありません!﹂とすっとんで来たのもこのおっさんだ。
彼は年齢と身のこなしから、多分ただのアルバイトではなく、社
員、或いは正社員でなくてもアルバイトをまとめる立場の人なのだ
ろう。だからただのバイトよりはいい給料をもらってるのかもしれ
ない。でも、あの愛想の良さは苦手だ。なんていうか、愛想の押し
売りって感じで。酷いこと言ってるのはわかってる。でも苦手なん
だ!
でもこのままの流れでいけば、この適度に愛想のない女の子店員
にレジ対応をしてもらえる。なので私はおっさんが視界に入らない
よう、斜め45度上を見たりしていかにも﹁急いでないですよ﹂と
いう態度でレジを待っていた。しかし、その女の子店員のレジのお
客さんは、やたらと会計に時間がかかっている。レジに持ってきた
商品の数が多いのだ。やばい、おっさん店員に追いつかれるぞ!
私は密かにエールを送る。そのお客さんと女の子店員に。彼らは
朝っぱらから見知らぬ女にエールを送られてるなんて知らないだろ
42
うが、送らずにはいられない。急いでー! でも急ぎすぎて焦って
ミスしないでー!
そして前のお客さんのお会計が終わり、袋を受け取って今まさに
その女の子店員のレジを去ろうとしているところに、無情にもおっ
さんの声が響き渡ったのだ。
﹁お待ちのお客様こちらへどうぞー!﹂
あぁ⋮⋮おっさんの声を無視してもいい感じではあるが、一応ま
だ女の子店員のところにはお客さんがいる。さらに出口はおっさん
のレジのほうが近いのだ。これを無視するとおっさんを無視したこ
とがバレてしまう。別にバレたっていいけどさ。でもこれおっさん
のレジに行かないと不自然だよなぁ⋮⋮おっさんめっちゃこっち向
いてるし。
仕方なく私はおっさんのレジに向かった。まぁ愛想の押し売りに
一瞬耐えれば何ら問題はないのだ。私は144円のコーヒーをレジ
に出す。
﹁○ィーポイントカードはお持ちですか?﹂
﹁ないです﹂
﹁またの機会にお願いします!﹂
またの機会ってどの機会だ。ちょっと意味がよくわからないぞ。
そしておっさんは問答無用でコーヒーをレジ袋に入れる。いやい
や! 私はそのコーヒーは袋に入れない派なんだ! 女の子店員は
察してくれてるのかめんどくさいのか、デフォルトは﹁このままで
いいですか?﹂なのに!
﹁あの、レジ袋いら⋮﹂
﹁お客様、ファ○チキ興味ありませんか?! 今話題沸騰ですよ!
!﹂
いやぁあ、いやぁあ! 今はファ○チキよりも、コーヒーをレジ
袋から出してもらうことに興味があるなぁ! そしてどこで話題が
沸騰してるのだ。私の周りでファ○チキが話題沸騰だったことなど
申し訳ないが一度もないぞ。それは私のレジ袋不要の要望を遮って
43
まで伝えるほどの話題沸騰なのかい?
しかし話題沸騰って、なんか冷静に考えると変な表現だな。多分、
人々の間で大変熱く、活発にその話題が交わされています!という
状態の比喩として、あの液体が気体になるときのぐつぐつした状態
すなわち沸騰、と例えられるのだろうけど、沸騰しすぎると消えま
すから! 全部気化して消えますから!︵消えるっていうか、気体
になるんだけどさ︶
まぁそんなことはどうでもいい。とにかくおっさん、そのコーヒ
ーを袋から出せ。今すぐにだ。
﹁いらないです。あとレジ袋もいらないです﹂
不意打ちファ○チキ攻撃に、うっかりとても無愛想に回答してし
まった。あぁ。私は私で準備が出来てないと必要以上に無愛想にな
るのが悪いところだ。
おっさんは、レジ袋不要でありがとうだのファ○チキはまた今度
の機会にだのなんかごちゃごちゃと言いながらお会計をしてくれた。
なんとか無事コンビニを出たが、朝から無駄に神経を使ってしま
った。やはりまだまだ新しいコンビニは油断ならない。そしてファ
○チキの話題が沸騰してる限り、あのおっさんにはまたファ○チキ
を勧められるのだろうか。鳥アレルギーだとか言っとこうかなぁ。
ところでファ○チキはどこで話題沸騰なのだろうか。十中八九あ
のおっさんの販促作戦だと思うけど。あとファ○チキって、うっか
りするとファ○キチって言いそうになる。釣りキチみたいだね。
44
夢と寝付きの良さと甥
私は眠りが浅いので、夢ばかり見る。大半がくだらない夢だけど
も。
それらくだらない夢の中でも特にしょうもない夢が、ジャ○ーズ
事務所の某漢字一文字のアイドルグループの中の、顔が一番濃い青
年と付き合ってる夢だ。しかもここ七年くらい、毎年一度だけ必ず
見る。しょうもなさすぎる。
ちなみに私は彼のファンでは全くない。嫌いではないけど、基本
的に薄い顔の人が好みだし、彼が出ているドラマも映画も一度も見
たことがない。なのに私は彼と夢の中で何年も関係を維持し、今年
見た夢ではとうとう一緒に暮らしていた。そして夢の中で﹁コーヒ
ー入れようとしたけどお湯入れてないわ﹂などという、しょうもな
いことを言っているのだ。それに対し彼は、﹁あぁ、いいよ。あり
がとう﹂と言う。いいやつだな松○潤。だから私はこの夢のせいで、
決してファンにはならないけど彼のことは応援しているのだ。同い
年だし。でもどっちかっていうとガンツに出てた人のが好きなの。
どうせ見るならその人の夢を見たいの。
だがこの夢を見るたびに、あぁ、アイドルって大変だな、としみ
じみ思う。会ったこともない他人の夢の中で、勝手に付き合ってる
ことにされたり一緒に暮らしてたりするのだから。こんな夢、これ
だけ松○くんに対して冷めている私が見るからいいものの、熱狂的
なファンが見たら﹁毎年夢に出てくるなんて、運命だわ!﹂と勘違
いしてさらに熱を上げて、青春を棒に振りそうだ。
だけど、替われるものならファンの子にぜひとも見せてあげたい
夢ではある。夢が売れたらいいのに。
そんなこんなで眠りが浅いのをなんとかして解消したいと、何年
も色々と努力してみたけれど、結局解消されないまま今に至る。思
えば幼い頃から寝付きは悪かったので、もうどうしようもないのか
45
もしれない。
特に学生時代、寝つきが悪くて辛かったのは移動教室だ。
先生が就寝前に﹁お喋りしないですぐに寝るように!﹂﹁眠れな
い、と思っても、喋らずに我慢して目を瞑っていれば人間寝れるも
んなんだ!﹂と言い放ち、真面目な私はお喋りもせずに素直に目を
瞑っていた。しかし気付けば、周囲のお喋りしてた子たちも次々と
寝落ちし、いつの間にか起きてるのは私ぐらいになり︵ほかにも目
を瞑ってただけで起きてた子もいたかもだけど︶、目を瞑ってるの
に寝れないんですけどぉー! 目を瞑ってれば眠れるなんて、先生
随分単細胞で結構ですね! と、夜の間中イライラしたものよ。
思えばこのあたりの教師の画一的な発言も、私の人間不信の一因
な気がする。まぁどうでもいいか。卒業したし。
そんなわけで、寝付きのいい人とか、どこでも眠れる人っていい
なぁ、とぼんやりと思い、姉にそんなことを電話口で伝えてみると、
﹁どこでも寝るっていうのも問題よ!﹂と言う。
何事かと聞いてみると、姉の息子︵つまりは私の甥︶は野球部だ
ったのだけど、練習から帰ってきた音が玄関でしたのに、いつまで
たっても部屋に上がってこない。何かあったのかと玄関に様子を見
に行ったら、靴紐を解いている途中で眠りこけていたという。
﹁もー! ほんと、手の形も靴紐解いてる途中の形のまま寝てんの
よ! 一瞬死んでるのかと思ったわ!﹂
それは確かに心臓に悪いなぁ⋮⋮。あと勉強してても十分で寝る
らしい。のび太みたいだな。
でもまぁ、睡眠が人間と切り離せない限り、寝つきが悪く睡眠不
足気味になるのとどこでも眠れるのとでは、後者のほうが有利な気
がする。でも、サバイバルにでもならない限り、勉強しててると十
分で寝ちゃうというのはそれはそれで問題なので、やはり人間、適
度なところが一番なのだなという、普通の結論に至った。
そして残るは、毎年なぜ松○くんと付き合ってる夢を見るのかと
いう疑問。きっと左目をぐるぐるさせながら、睡眠中は潤の夢を見
46
る。
47
ヨエコと猫目
真昼間から倉橋ヨエコの﹁盗られ系﹂を流してテンションが上が
っている。マジで天才だヨエコ。廃業されたのが残念でならない。
PVもゲキメーションの﹁妖怪伝猫目小僧﹂へのオマージュ︵私が
気付いてないだけでほかの作品の要素も入ってるのかもだけど︶で、
最高に私好みだ。
ご存じない方もいるかもしれないので﹁妖怪伝猫目小僧﹂の説明
する。
﹁妖怪伝猫目小僧﹂とは、70年代に東京12チャンネルで放送
された、妖怪猫又と人間の間に生まれた猫目小僧を主人公とするア
ニメーションである。原作は楳図かずおの漫画﹁猫目小僧﹂。
アニメとは言っているが、今でいうところのいわゆるアニメでは
なく、紙芝居のような背景に切り絵で作られた人物や妖怪、それに
特殊効果︵炎のシーンでは実際に紙燃やす等︶を組み合わせたゲキ
メーションという、今見るととんでもなくシュールな手法を用いて
制作されている。
原作の猫目小僧はちょっとダークヒーロー的というか、人を平気
で見捨てたりするなど︵まぁ人間から嫌われていじめられてるんだ
から当然だけども︶基本的に冷たい奴だ。しかしアニメ版は、﹁ア
ニメは子ども向けに作ってるんだから、アニメの猫目小僧はいいや
つにしよう﹂という大人の事情により、基本的に猫目小僧は、幼い
頃に別れた母親を探す、いいやつとして描かれている。
だが時々、原作らしさをちょっと出してみようと試みてるのか単
純に脚本の詰めが甘いのか、さんざん一緒に遊んだ少年がある日校
庭で死体で見つかっても、﹁これはなにかあるぞ⋮⋮﹂と、悲しみ
も弔いの言葉もないどころか少年の死など問題解決の第一歩にしか
考えてないようなクールな反応を見せたり、山の途中で村人の死体
を見つけても黙って見過ごすなど、普段いい人がうっかり見せてし
48
まった心の闇を垣間見たような微妙な気分にさせられる。
さらに主題歌とED曲も秀逸だ。特に主題歌の﹁だけどーみんな
にーきらわれるーひとりぼっちのーがんばりやー﹂という歌詞が、
もうお前、妖怪と人間とのハーフだからっていうよりも、普段いい
人ぶってるわりに根本的な部分が腐ってるからみんなに嫌われるん
でないの? という疑問を投げかけずにはいられない。
そしてアニメ版猫目小僧は一話完結型なのだが、突然日本の田舎
の小学校に古代エジプトっぽい呪いが降りかかったり︵考古学クラ
ブかなんかがクラブ中に裏山かどっかで土器を発掘したんだっけ?︶
、その呪いでクレオパトラみたいな奴が出てきたり、そんで学校の
先生を呪いから救うために猫目小僧は夜の理科室の窓をバリーーー
ンとおもいっきり突き破って登場、そこにクレオパトラみたいなや
つが﹁邪魔をするな猫目小僧!﹂とか言いながら、ご丁寧にドアを
ガララと開けて登場、ちなみにそのクレオパトラみたいなやつは、
そのシーンに至るまで散々壁を幽霊のごとくすり抜ける能力を発揮
していたのに、なぜかここにきて丁寧にドアから登場するのだ。も
う色々つっこみどころがあってたまらない。このシーンにおいては、
呪いをかけて歩いているクレオパトラみたいな奴よりも、急いでる
とはいえ窓を盛大に突き破って登場した猫目小僧のほうが迷惑度は
高いと言える。そもそもこのクレオパトラみたいなやつは、前述し
たように壁をすり抜ける能力を持っているため、学校の設備や備品
には一切損害を与えていないのだ。人は呪い殺してるけど。そうい
った面でも、弁償しろ猫目小僧!
ふぅ。記憶がそろそろあやふやなので多少間違ってるかもしれな
いが、このようなつっこみどころ満載で猫目は旅を続けていく。
あと、最終回ネタバレになるので知りたくない人はここから先は
避けてほしいが、最終的に猫目小僧は母親に会えるのだけど、その
会い方がまたとんでもなくご都合主義でたまらない。
たまたま泊まっていた山奥の小屋︵お寺?︶で唐突に夢枕に釈迦
が立ち、親切にも﹁この先の村にお前の母親がいる。この布と同じ
49
柄の着物を着た人を探せ﹂と布切れまでおいていくのだ。
布切れまで置かれた猫目小僧は素直に村に行き、そこで母親は全
然関係ない妖怪絡みの事件にまたしても巻き込まれ、なんとか解決
し、ふぅ一段落、と思ってたところにたまたま用事でそこに来た母
ちゃんと感動の再会を果たすのだ⋮⋮。
あぁ、なんというご都合主義っていうかもう、再会できればなん
でもいいじゃん、な展開!
とにかく、演出的にもストーリー的にもつっこみどころが多すぎ
て、数年前にケーブルテレビで見ただけなのに私の心の中にしっか
りと刻み込まれた作品なのだ。
あぁ、ゲキメーション版の猫目小僧のDVDボックスが発売され
たら、迷わず買うのに⋮⋮。
ヨエコの話しから結局猫目小僧の話しになってしまったけど、最
初に言った﹁盗られ系﹂は、特に猫目小僧のOPアニメーションを
知っているともうたまらない作りなので、ぜひ、なかなか見る機会
はないと思いますが、もし見ることがあれば両方合わせて楽しんで
頂ければ幸いです。
なんの宣伝だこれ。
50
または私は如何にして我慢するのを止めてタオルケットを愛するようになったか
秋口の悩みどころといったら、布団の調整なのである。
洋服は天気予報を確認することやジャケット・ストール等を駆使
して比較的容易に体温調整ができるが、布団はいかんせん、意識の
ない睡眠中の出来事だ。寝るときは平気だったからといって油断し
てると、秋の朝方の冷え込みにやられてまんまと風邪をひいてしま
う。いいかげんいい大人なのだから、そんな基本的なところで風邪
をひいている場合ではない。
だがしかし、寒さ対策といって、すぐさま冬の寝具の王者、羽毛
布団に手を出すのは如何なものか。今から羽毛布団に手を出してぬ
くぬくとした幸せを享受してしまっては、冬本番になったらどうす
ればいいのか。冬将軍を侮るなかれと歴史も証明している。
故に私は、まだこの時期は毛布一枚、タオルケット二枚の組み合
わせでやり過ごしている。まぁこの三枚は単に年間とおして出しっ
ぱなしなだけなんだけどさ。
使い方としては、毛布とタオルケット一枚はきちんとマットレス
に折り込み、あまり大きく動かないように固定するが、残るタオル
ケットは折り込まずに自由に動くようにしている。
真夏の熱帯夜は、固定した二枚を使わずにこのフリーのタオルケ
ット一枚にくるまって、扇風機を少し離れたところで首振り設定に
して眠るのがちょうどいい。少し寒くなってきたときは、固定した
二枚を主に使用するが、フリーのタオルケットは細長く丸めて抱き
枕状態にすることもある。そして今のような朝の冷えが少しつらい
季節には、素直に三枚重ねて眠る。毛布とタオルケット二枚という、
厚さ的には少し心もとない組み合わせだが、重ねることで温まった
空気を逃がさないのか朝までぐっすり暖かだ!
このフリーなタオルケットのお陰で、本格的な冬が来るまで少し
肌寒い夜も、何かに抱きつきたい夜も、快適にやり過ごすことがで
51
きるのだ。まさに布団界のリベロ。あー幸せ。布団が惜しみなく使
える環境って幸せ。秋から冬にかけての朝方の冷え込みは惜しみな
く熱を奪うからな。
そんなわけで、我が家ではキング・オブ・寝具の羽毛布団さんの
登場はもう少し先になりそうだ。
キングが登場したらリベロの進退はわからないが、まぁ抱き枕の
ようにして真冬も使うのだろう。いい歳してライナスの気持ちがち
ょっとわかるようになった秋の日なのであった。
52
十年を経て
先日、友人の澤村氏︵仮名︶と飲みに行った。彼とは大学一年生
のときからの付き合いなので、もう十年の付き合いになる。そう考
えるとちょっと気持ち悪いな。彼は初めて会ったときから某王国の
一員、はちみつ狂いの森の熊っぽいなと思っていたけども、十年経
った今でもなんとなくそれっぽいのだから、最初の印象って大事だ。
だって実際は、最早彼も三十前のサラリーマンのおっさんなのだか
ら。
なにはともあれ、仕事の後、私がずっと行きたいと思っていた肉
料理の店に行く。非常にアメリカンなテンションの店で、ボリュー
ムが売りです! 味の繊細さ? まずはお腹いっぱいになるのが先
でしょう! というわかりやすいスタンスの店だ。肉料理は正直ど
うでもよかったのだが、色々な国のビールが取り揃えてあるようだ
ったので、ずっと行ってみたかったのだ。そのわりに、無難に那須
高原ビールを飲む。うまいな!
酒も入って若干気分がよくなったところで、最近どうよと近況を
報告し合う。しかし、お互い良くも悪くも安定しているので、特筆
すべき報告事項もなかった。ちっ。仕方がないので酒の話しをする。
﹁最近私、毎日日本酒飲んでる﹂
﹁なんで!﹂
﹁近所に老舗の酒屋があることを発見した。そこの店員さんに教え
てもらった飲みやすくて美味い日本酒を飲んでる﹂
﹁可愛げがないな! まだカクテルや果実酒ならば可愛げがあると
いうのに!﹂
ふん、今更可愛げを出してみたところで、どうだというのだ。二
十代を通して、男受けというものを意識したときもあった。確かに
男受けを意識すれば、そこそこ男性は寄ってきてくれた。しかし、
私は喋ると色々とアレなので、アレでソレでコレだ。日本語って便
53
利。
﹁とにかく、毎日ちびちびと飲みながらわりと幸せな日々を送って
いる﹂
﹁ふーん、まぁいいけどね﹂
そう言いながら澤村氏は、ビール一杯で早くも酔いが廻っている
ようだった。さらに追加でカクテルも頼んでいたが、カクテル半分
飲んだところで疲れもあるのかガックンガックン半分寝ているよう
な状態になり、話しも聞いてるのか聞いてないのかわからないよう
な状態になっていた。酒弱えぇ!
そのくせ、私がデザートに注文したパンプキンプディングはちゃ
っかりとつまみ食いしてくる。はちみつに敏感な熊のプ○みたいだ
な! 夢の中ではちみつ探しに森の奥にでも行ってればいいのに。
デザートを食べ終え私の酒もなくなった頃、再び澤村氏は半分夢
の中にいたので、とっととお会計を済ませて店を出た。このまま放
り投げれば、電車を寝過ごしたり色々問題が起きそうだが、面倒な
ので知ったこっちゃない。これが年下だったり彼氏だったりしたら、
一応飲ませた責任を最後まで果たしたいところだが、熊プ○がはち
みつに溺れ痛い目に遭うように、澤村氏も酒に溺れ痛い目に遭えば
いい。もうすぐ三十路だしな。
なので店の前で冷たいとは思いつつも﹁じゃーねー﹂と言って︵
帰る駅も違うし︶澤村氏とは別れた。その後寝過ごしたなどの連絡
はないので、ちゃんと帰れたのかどこか遠くまで行ってしまったの
かは定かではないが、死んだという連絡は来てないのでとりあえず
大丈夫であろう。
このようなドライな対応がモテない一因なのかもしれないとも思
うが、今更熊プ○に親切にしてもそれはそれで向こうも気持ち悪い
と思うだろうから、今はとりあえずこれでいいや。
でもそんなことを、澤村氏と出会った十九のときから考えて、そ
して十年そのままで来てしまった気もする。三つ子の魂百までって
恐ろしいね!
54
女子力の女子
巷では、﹁いつまでも女子とか言うのヤメロ﹂という意見も根強
いが、それでも女子力という言葉は市民権を得るまでに浸透してい
ると思われる。でもなんか漠然としすぎて、結局よくわからないの
だけど。
なので調べてみると、いわゆる女子力は、以下の二種類に大別さ
れるようだ。
1.美容に気を使い、常に自分の女性︵女子?︶としての美しさや
可愛らしさを磨くことを怠らない。かつ、内面が外側に出るという
説もあるので、資格取得や習い事など内面の充実も怠らない。
2.男性をうまいぐあいに手玉に取る能力。女性と男性の違いを理
解し、お互いいい気分で物事を進められるよう、時には褒めたりか
わいく頼みごとをしたり。そしてここぞという時は、狙った男は逃
さない。
うん、個人的な偏見が入っているかもしれないが、だいたいこん
な感じだろう。こうやって書きだしてみると、案外﹁女子力﹂とい
う言葉は言い得て妙だな。﹁女﹂のちからではなく、﹁女子﹂のち
から。
勝手なイメージだが、﹁女﹂と書くと、なんかもう生命の根源に
迫るような、母性や良い意味悪い意味での情の深さ、あと肉々しさ
を感じる。しかし﹁女子﹂と書くと、一気に社会的立場としての性
の区別なイメージになる。女子トイレ、女子大、フィギュアスケー
ト女子。男子の対義語としての女子。
実際女子力という力は、あくまで﹁社会の中﹂で女として生きて
いくためのスキルだ。美しさを磨くのも知性を磨くのも、社会の中
で自分がどう見られるか、どのような立ち位置で生きていきたいか
の表現方法のひとつであるし、男性をうまく転がすのも、いかに社
会の中で立ちまわっていくかの技術である。
55
だから女子力を向けている相手は、本当は男ではなく、社会なの
かもしれない。それゆえに、女子力を磨いているのに︵特に1の女
子力︶生命の本質としての男と女の幸せが得られないという事態が
発生するのは、至極当然のことなのかもしれない。
なんかすごい真面目になってしまったけど、私が適当に思いつき
でいってるだけなのでこれが真理であるとは思わないけども。あん
まり女子力女子力と踊らされずに、適当に好きに生きたらいい、と
思う次第なのであった。
ちなみに私は女子力低いと思う。持ち物やスキンケアにはこだわ
ってるが、それは女子力としてというよりもオタク的気質によると
ころが大きいので、私の情熱は男へも社会へも向かってにないのだ。
これはこれで自己愛強くて問題だと思ってる。
56
気付いたら秋まで流れ着いた、旅行の計画はどうなる︵1︶
先日、夏の思い出は特撮博物館だけだった、と書いた。しかし、
旅行の計画すら全くなかったわけではない。その計画は、あるメガ
ネの我儘によって、流れ流れて今に至っているのだ。
今年の春頃、友人メガネ︵あだ名︶とグダグダと喋っていると、
﹁久々に旅行にでも行きたいねぇ﹂という話しが出た。メガネと私
は学生時代のアルバイトで苦楽を共にした仲間で、今でも暇さえあ
れば一緒にいたりスカイプしたりしてる。なのでハタから見たら、
多分親友なのだと思う。気持ち悪いから本人同士はいちいち確認し
ないけどな! そんなメガネとの旅行なので、二つ返事で﹁あーい
いね、夏ぐらいに行きたいね﹂と返答をした。そのときはそれで終
了。
そして梅雨の時期、﹁いよいよ具体的に行く方角を決めようじゃ
ないか!﹂という話しになり、なんとなく﹁北の方っていいよね、
震災の支援も兼ねて行ってみたいよね﹂という案が出る。ちなみに、
なぜ北の方などという漠然とした案が出たのかというと、直前に津
軽海峡冬景色の歌詞について熱く議論していたからだ。あの歌詞に
出てくる男はどこへ行ったのか、死んだのか? マグロ漁船の男か
? いや、上野発の夜行列車という歌詞から、女はわざわざ東京に
来て男と別れて北に帰るのだから、マグロ漁船ってことはないだろ
う、等。ついでになぜ津軽海峡冬景色の話しになったのかというと、
メガネ=アンジェラ・アキ、そういえば君のメガネを見て思い出し
たが、アンジェラ・アキって津軽海峡冬景色カバーしたよな、とい
うどうしようもない流れだ。くっだらない。
とにかく、梅雨の時点では﹁北の方﹂と決まったわけだ。
そして梅雨も明けた頃、﹁いよいよ具体的に行く土地を決めよう
じゃないか!﹂という話しになり、私は﹁十和田湖に行きたい﹂と
いうベタな希望を伝えた。ベタではあるが、その実﹁去年十和田湖
57
が例年より水位が下がっており、今まで見えなかったキリスト像っ
ぽい石が見えるようになったらしい。それが見たい﹂というなかな
かニッチな動機だ。そういう胡散臭い伝説大好きだからな。
その案にメガネは﹁まぁ動機はともあれ、十和田湖はいいな﹂と
若干乗り気になっていたが、そのキリスト像が見られるかもしれな
いというボートツアーの写真をiPhoneで見たメガネは、﹁ち
ょ!これは無理だ!﹂と言い放ちおったのだ。
﹁なんだ! キリスト像は胡散臭いが、別にそれ以外はアドベンチ
ャーなツアーだぞ!﹂
﹁いや、アドベンチャーだから問題なんだ! このボート、結構マ
ジなボートじゃないか! みんなライフジャケット着てるぞ! 万
が一ひっくり返ったら私は無理だ!﹂
⋮⋮あぁ、忘れてた。こいつ海沿い生まれのくせに、泳げないん
だった。
大丈夫! ライフジャケット着てるし! と押し通すこともでき
たが、経験上、メガネに無理させて万が一本当にボートがひっくり
返りでもしたら、もうロクなことにならないと判断し、十和田湖の
案自体が流れる。別にボート乗らなけりゃ、十和田湖でもいいんで
ないの? とは思ったが、ボートに乗らない=十和田湖行かないと
いう方程式がメガネの中で成立していたため、もう何も言うまい。
そしてのんきに﹁じゃあ十和田湖以外ならどうするー﹂と次の案を
模索し始めるメガネ。十和田湖以外なぁ⋮⋮十和田湖案が却下され
た今、次の案はすぐに浮かばないなぁ⋮⋮。
そうこうしていると、突然メガネが﹁ひらめいた!!﹂という顔
をした。メガネはこういうとき、本当にわかりやすく﹁ひらめいた
!!﹂という顔をする。顔のパーツが派手でないから表情がわかり
やすい。褒めてるよ。
﹁なんだ、なんか浮かんだのか?﹂
﹁浮かんだ! ねぇ、熊野古道行こう!!﹂
うわぁ、東京住まいの私たちにしたら、北ですらない。思いっき
58
り西だ西!
﹁別にいいけど、北という案はなんだったのだ﹂
﹁北は別の機会に行こう。私は今、熊野古道の気分だ﹂
⋮⋮まぁなんでもいいけどさ。熊野古道も世界遺産だし。
﹁しかし、熊野古道ってことは歩くのがメインの旅なのか?﹂
﹁いや、歩くのはちょっとだけにして、もういっそホテルや旅館で
ぐだっとしていよう。熊野古道の癒しの空気を感じながら、ひたす
らぐだっとしよう﹂
それ熊野古道まで行ってやる意味あるのだろうか。まぁいいや。
どうせいつも旅行の本格的準備の段階になったら、チケット手配や
ホテル決めなど面倒なことは旅慣れているメガネに押し付けるのだ
から。ギブアンドテイクの関係で成り立ってます私たち。
そんなわけで、﹁じゃあ熊野古道で﹂とあっさり決まり、メガネ
は着々とホテルはどこにしよう、だの考え始めた。さらに﹁西に行
くのならば、TくんとFちゃんも誘おう!﹂という、メガネの中で
はなぜか西でないと声がかからないらしい二人にも声をかけること
になった。その二人もアルバイトで苦楽を共にした仲で、何度か旅
行に一緒に行ってるので特に問題はない。あーだこーだと何やら急
にメガネが乗り気になってきたので、もういいや。あとはメガネに
丸投げしよう。
そんなわけで、熊野古道への旅の計画を進めることとなったのだ。
思いの外長くなってしまったので、続きます。
59
気付いたら秋まで流れ着いた、旅行の計画はどうなる︵2︶︵前書き︶
◆前回のあらすじ◆
今年の春、友人メガネから﹁旅行に行きたいねぇ﹂という案が出
た。メガネと旅行はたまに行くので、二つ返事でOKした。
いよいよ具体的に計画を練ろうと話し合いを始めた夏、アンジェ
ラ・アキからの津軽海峡冬景色議論により北の方に行こうという一
応の方向性は決まったはずだったのに、気付けば海沿い生まれのく
せに泳げないメガネによって私の十和田湖案は却下され、見そこね
た十和田湖のキリスト像からの啓示なのかメガネが突然﹁熊野古道
に行こう﹂とひらめき、お前、最初の北の方っていう案はもう根底
からなかったことにするつもりだね、そんなことはないが、西に行
くならTくんとFちゃんも誘おう、という完全にメガネの気分によ
って夏の旅行は熊野古道、と一応の決着がついたのだった。
前回を読んでないとこのあらすじの意味もさっぱりかと思います
が、実際こういう展開なのでいたしかたあるまい。別に前に遡って
読むほどのものでもないので、メガネがいかに気分屋かをわかって
もらえればそれで十分な次第です。
60
気付いたら秋まで流れ着いた、旅行の計画はどうなる︵2︶
なんやかんや気分屋のメガネではあるが、一度こうしようと決ま
ったあとのプランの組立や行動のスピードは素晴らしいものがある。
数日後にはA案はこれ、B案はこんな感じにしようと思う! どっ
ちがいいかな? と、熊野古道旅行プランをまとめてきた。旅行日
程は平日の予定であったが、TくんとFちゃんも今から言っておけ
ば休みが取れそうだ、確定したら連絡する、と前向きな回答。大人
になると男女全員友達︵恋人同士とか夫婦が混じってない︶という
気楽な旅もあまりできないから、なんだかんだでワクワクする。十
和田湖でキリスト像などというニッチな旅にしなくて良かったと今
なら思う。
﹁四人ならばレンタカーを借りてもいいと思うんだ!﹂
﹁おぉ、いいね﹂
﹁そしたらちょっと遠出して、あれも行けそうだしこれも食べに行
くのもいいなぁ﹂
メガネのプランはどんどん具体的になり、一泊二日で弾丸ツアー
ではあるが、十分にグルメも温泉も楽しめそうな感じ。さすがだメ
ガネ。
﹁じゃあ、TくんとFちゃんの予定が確定したら、さっそく予約を
しよう!﹂
そう言ってメガネは満面の笑みで、その日は別れた。それが数日
後、あんなことになるなんて⋮⋮。
満面の笑みのメガネと別れたあの日からおそらく五日ほど経過し
た頃だろうか。メガネからスカイプが入る。
︱やぁ
︱やぁ
︱旅行の計画だが
︱おぉ、予約するのかい?
61
︱TくんとFちゃん、両名ともその日は休めないそうだ
おっと! まぁみんな社会人だしな。そういう事態は十分に想定
の範囲内だ。
︱それは残念だが仕方ない。じゃあ、やはり当初の予定どおり、二
人旅にするかい?
︱いや
︱え
︱熊野古道はもう、四人のつもりでプランを考え妄想もしてたから
さー。今更二人で行くイメージやプランがわかないなぁ。なので熊
野古道はまたの機会にしよう。
おっと! TくんFちゃんが来られない事態よりも、君のそのテ
ンションの下がりっぷりが想定の範囲外だ! まぁでもメガネって
こういうやつだよな。全部プラン考えてたし。仕方がない。
︱えー、じゃあ、今年は旅行自体もうナシにするか?
︱いやぁ、でも旅行は行きたいんだよなーだからさー
︱なに
︱もうさー、熱海とかでよくない?
うぁお! 十和田湖、熊野古道と流れ着いて、結局熱海! だい
ぶ近場やね! かつての新婚旅行のメッカだね! 開店休業︵ユニ
コーンの曲ね︶みたいなテンションで言うね!
︱⋮⋮別にいいけども
︱あーはー! じゃあ、行きたいホテルあった気がするから、調べ
とくー! またね!
なんということだ。流れ流れて思えば遠くへ来たどころか、流れ
流れて東海道線で行ける熱海とは。別に熱海が悪いわけじゃない。
でもなんか、腑に落ちない。飛行機に乗るつもりで、旅費を積立貯
金していたのだから。しかも東海道線って、大学が東海道線沿いに
あったからあんまり特別感のない電車なのだ。朝座れないと地獄だ
った思い出しかない。
しかし、北に行くつもりで積み立てていた旅費が熱海となれば、
62
それなりにいいホテルで有閑マダムのように、まさに癒しの一日を
過ごすこともできそうだ。そう、そもそものこの旅のコンセプトは
﹁癒し﹂!
なので前向きに考えることにし、再びメガネが出してくる﹁この
ホテルどうだろうー﹂﹁エステやりたいかい?﹂などのプランに﹁
これはいい﹂﹁これは興味ない﹂と意見する。メガネが気分屋だと
言うわりに、私も私で自分ではプランを考えないくせにメガネの案
にはダメ出しするので、やはりギブアンドテイクの関係で成り立っ
ています私たち。
そうして﹁うん、じゃあAの旅館を第一候補に、BはAの予約が
取れなかったときに予約しよう﹂と意見がまとまった。やっと、や
っと実現に向けて本格的に⋮⋮!春から長かったなぁ。結局熱海だ
けど。
そうして予約などは当然のようにメガネに丸投げした数日後、メ
ガネからの連絡が。
﹁ごめーん! 旅行の日さ、仕事どうしても休めなくなっちゃった
ー!﹂
えぇええええええええええええ。
﹁でもまだ予約してなかったし、これが熊野古道にしてたらもっと
早く予約してて、面倒なことになったから結果オーライだね!﹂
えぇええええええええええええ。
﹁日帰りなら行けるんだけどさー、熱海まで行って日帰りってもの
逆に疲れそうだからさー。やっぱ、秋にしよう旅行!﹂
えぇええええええええええええ。
﹁⋮⋮うん、もう、君がそれでいいならそれでいいさ⋮⋮﹂
﹁あーはー! ごめーん! また連絡するわ!﹂
そんなこんなで今、もう秋になってるのだけど、相変わらずメガ
ネとはよく会うのだけど、旅行の計画は流れ流れて何も決まってい
ない。
これもう、来年の春になるね。それまでに人類滅亡してないとい
63
いね。
64
奴らが去って安息の日々
着る服があまりないなぁ、と思っていたら、衣替えをしてないか
らだった。どうにもこうにも、私は基本的な生活能力に欠落がある
気がする。いや、違う。年間通して3シーズンくらい着られる服を
厳選しているので、それらを組み合わせることによってちょっとく
らい寒くてもなんとかなるのだ。多分そうだ。なにはともあれ、今
更ながら、週末は衣替えをした。着る服はたくさんあった。めでた
しめでたし。
そんなことを繰り返しながら、いよいよ十月も終わりに近づき、
まもなく本格的な冬がやってくる。私にとって冬が来て喜ばしいこ
とは、蚊がいなくなるということだ。
私はなぜか知らないが、蚊に刺されると刺された箇所が異常に腫
れる。肌が弱いというわけではない。化粧品などによって腫れたり
肌に異常が出ることはほとんどないのだ。だけど、蚊はダメだ。刺
されてしばらくすると五百円玉以上に腫れ上がり、当然のように激
しい痒みを伴い、でも掻いちゃうと痕になったり余計痒くなったり
するんでしょう? だから我慢するしかないのでしょう? と、気
休め程度に虫さされの薬を塗るも痒みが収まるまでは拷問に近い時
間を過ごすことになる。そして﹁あぁ仕方がない、無にでもなろう﹂
と突然見よう見まねで瞑想始めたりするのだ。呼吸を意識してー、
﹁痒い﹂という思いが浮かんでも、その思いを追いかけないように
⋮⋮、はい深呼吸ー⋮︵すーはーすーはー︶。
あぁ、なんで蚊に刺されただけで修行みたいなことしないといけ
ないのだ! 漫画﹁聖☆おにいさん﹂で、ブッダの苦行カタログの
中に﹁足の指を蚊に刺され続ける﹂みたいな苦行があったけど︵記
憶曖昧だけど多分あった︶ほんと地味ながら蚊に刺された中で精神
の均衡を保つというのは苦行レベルの苦痛なのだ。
こんなことになったのも、それは全て、蚊という存在のせい! 65
あぁ、なにかひとつだけ生物を絶滅させていい、絶滅させても食物
連鎖のバランスは崩れないから気にしなくていい、と神様に言われ
たら、私は間違いなく蚊をチョイスする。ごめんね蚊! 私の体質
のせいで、お前らの子孫根絶やしだ!
たかが蚊に刺されただけで⋮⋮と思われるかもしれないが、痒み
によるストレスはかなりのものだ。しかも太い血管の上、例えば手
首あたりを刺されれらば、痒み成分が全身に広がっていくのか知ら
ないけどもここが血管だよ! と言わんばかりに刺された箇所をス
タート地点に赤い斑点が腕の内側全体に広がっていく。そして腕全
体が痒い。あぁあああ! 思い出しただけでストレス!
それを人に言ったら﹁それ、別の箇所も刺されてつながって赤く
なってるだけじゃないの?﹂と疑われたので、悔しくてある日ちょ
うど手首を刺されたとき、なんの前フリもなく﹁ほらごらん!!﹂
と、急に腕をまくり上げ自慢した。自慢っていうかなんか、だが。
そんなわけで、秋が来てもうすぐ冬なので、蚊に関しては快適な
日々を暮らしている。めでたいな!
しかし、冬になるとインフルエンザの季節になる。実は私は、イ
ンフルエンザの予防接種を受けると、注射した箇所が腫れてしまう
のだ⋮。人によって多少腫れるとは言われているが、ちょっと生活
に支障が出るレベルに腫れる。
要するに、肌の表面は強いけど、蚊とか注射とか身体の内部に異
物が混入されるのに弱いらしい。
だから予防接種は絶対に受けたくないが、だけど大人として﹁予
防接種受けないからインフルエンザにかかって!﹂と言われるのも
イヤなので、冬は冬で非常に気を使う生活をすることになる。
あー、やっぱり生きてるといろいろと苦労することがあるね! 日々勉強だね! 66
素直じゃないの
まーたしても、ファ○マの話しである。 以前、新装開店のファ○マのおっさん店員が﹁話題沸騰のファ○
チキ!﹂を薦めてくるのでぶっちゃけ鬱陶しい旨の記事を書いた。
そして、どこで話題が沸騰してんだ、あぁん? と納得のいかない
私は、おっさんに冷たく対応したのだった。
しかし、プレミアムファ○チキはやはり話題沸騰だったらしい。
人気のあまり生産が一時追いつかず、販売休止になったというでは
ないか。でもプレミアムファ○チキは略してプレチキと言うらしい
ので、あのおっさんは確かにファ○チキと言っていたので、やはり
それはファ○チキの話題は沸騰ではなかったことになる。だったら
プレチキって言えよ。ファ○チキ今更薦められたってわけわかんな
いじゃんかよ。
そうして自分を正当化する。反省しないイヤな女。そしてファ○
チキがゲシュタルト崩壊。
それにしても、あんだけおっさんに言われると﹁別にいらねぇ﹂
と思っていたプレチキだが、食べた人の感想ブログなどを見てしま
うと、ちょっと食べたくて仕方なくなってくる。人間って単純です、
そして私は情弱です。しかし、あのファ○マで買うのは悔しい。あ
のおっさんのおかげで一時私の中のファ○チキの地位は地に落ちて
いたのに、まんまと情報に踊らされ﹁ほーら、話題沸騰だったでし
ょう!﹂とおっさんに思われるかと思うと、悔しくてならない。い
や、おっさんは誰にでも言ってるだろうから、そんなこといちいち
覚えてない、自意識過剰すぎだってわかってるけど。
なのでここは、私の自宅から職場が近い津田くんに頼んで、プレ
チキ買ってきてもらおうかと本気で画策する。しかし、津田くんは
そういえば鳥肉アレルギーなのだった。しかも﹁味は好きだけど、
痒くなるか食べられない﹂というかわいそうなパターンだ。そんな
67
彼に、忙しい合間を縫って鳥肉買ってきてだなんて、私は地獄に落
とされてしまう。よってこの画策はなかったことにする。
あーだこーだ色々考え、職場の近くのファ○マで買うにも職場で
食べるタイミングがつかめないだとか、帰り道に食べるにもそこら
へんで食べるのはなんか嫌だ︵油でベタベタするかもだし!︶だと
か、めんどくさい女っぷりを発揮してもうプレチキは諦めようかな
⋮⋮と思っていた矢先、そういえば全然行かなくて存在すら忘れて
いたが、自宅から駅のルートからは少しはずれるものの、別のファ
○マがもう一軒あったことを奇跡的に思い出したのだ!
おぉお! これぞコンビニ激戦区! 大通り沿い数百メートルの
間に、ファ○マと足して18と牛乳瓶のマークのコンビニがひしめ
き合っております! そんなにいらないのにね!
そんなわけで、目下プレチキ入手への問題は取り払われたので、
堂々とあのおっさんのいるファ○マに行ったときは﹁プレチキもフ
ァ○チキもいりません﹂という態度を貫こうと思う。
そして相変わらず、プレチキってプレキチって言い間違えそうに
なる。キチ○イ前みたいで問題だね。
68
こだわり文房具と、そのほかのこだわり
ハロウィンだそうですね。どうでもいいやい。お盆とお彼岸だけ
猛烈な金縛りに遭う私としては、別に日本では十月三十一日に死者
は戻ってきたりしないのだと思っている。私の金縛りも思い込みの
可能性大だが。そしてハロウィンは全く関係ない話しをする。
私は未だに日記や原稿・書類の下書きは手書き派なので、︵この
エッセイはEVERNOTEで思いついたときに記録してるけど︶
愛用の筆記用具がいくつかある。
ペンで何かを書くときは、水性でもいいならたいていは﹁トラデ
ィオ・プラマン﹂を使っている。ノートはほとんどがツバメノート
だ。ツバメノート︵特にツバメ中性紙フールス︶とトラディオ・プ
ラマンの相性は個人的には最高で、その滑らかさにうっふー! う
っふー! とテンションが上がり意味もなく文字を書き連ねたりす
る。ハタから見たらちょっとおかしい人だが、文房具好きにはわか
ってもらえるであろうこの感覚。
油性ボールペンに関してはまだ試行錯誤中で、よくジェットスト
リームが押されているのを見て、実際に使ってみたりしているが、
なんかイマイチ私にはしっくりこない。しかもジェットストリーム
っていわれると、日本○空と関係の深いラジオ番組を思い出してし
まう。つーか今あの番組のパーソナリティ︵んにゃ、キャプテンか︶
は大沢たかおだったのか。知らんかった! ボールペンから思わぬ
脱線。
そしてシャープペンシルはプレスマンを愛用。0.9mm芯のシ
ャーペンなのだが、学生時代は0.9なんて太すぎてノートに使え
ないわ! と思っていた。しかし、ノートをキレイにまとめること
よりも、乱雑な思考をまとめることやアイディアを一気に書き出し
たいことのほうが多くなった今では、なめらかで芯が折れたりする
こともほとんどない0.9mmが思考の邪魔をしないで使い勝手が
69
いい。しかもプレスマン用の0.9mm芯って長いし。さすが、名
前の通り長年記者に愛用されているシャーペンだ!
そしてシャーペンを使うとなれば消しゴムも使うことになるのだ
が、案外私はペンにはこだわっているわりに、消しゴムにはこだわ
っていないことに気付いた。そもそもシャーペンを使って書くのは
下書きなのだから、その下書きをさらに修正するのなんて、消せり
ゃいい、みたいな。
なのでちょうど消しゴムを買う機会があったので、大きめの文房
具屋にて物色してみた。
今まではどっかでペンを買ったときについでに隣に置いてあった
ので買った︵コダワリなし⋮⋮︶、ドイツ製っぽい消しゴムを使っ
ているが、それ以前の愛用はモノライトであった。モノライトの使
い心地は十分わかっているので、まぁ、またモノライトでいいかな
⋮⋮と思いつつ新しい出会いも探していると、モノライトの近くに、
﹁もっとかる∼く消せる消しゴム﹂というのがあるではないか! 見たことはあったかもしれないが、存在を認識したことはなかった
この一品。軽い消し心地が売りのモノライトと、何が違うんだい!
それぞれを手に取って、それぞれの商品説明をじっと見つめてみ
る。
モノライトは、﹁軽い力でキレイに消せる高機能消しゴム﹂。ふ
むふむ。
もっとかる∼く消せる消しゴムは、﹁軽い力でキレイに消せるラ
イトタッチタイプ﹂。なるほど。
⋮⋮違いがわからん⋮⋮。なんだこれは。私の頭が悪いのか。全
く違いがわからないぞ。でも、モノライトは昔から知ってるが、こ
の﹁もっとかる∼く﹂のほうはあまり見たことがなかった。という
ことは、この﹁もっと﹂という言葉は、今まで出た消しゴムよりも
更にもっと、という意味なのだろうか。ならば、軽く消せる消しゴ
ムのトップに君臨するのは現時点ではこの﹁もっとかる∼く﹂とい
うことでいいのだろうか。でもそうなると、モノライトの存在意義
70
ってなんだろう。もっとかる∼く消せる消しゴムが出た今、モノラ
イトの軽い消し心地は一体何の意味があるのだろう。形の問題だろ
うか。あの細長いフォルムのみが、今となってはモノライトのアイ
デンティティなのだろうか。まぁどうでもいい。いちいちそんなこ
とを店員さんに確認するのもアレだしな。
なので、目新しい﹁もっとかる∼く消せる消しゴム﹂という方を
買ってみる。
そして使ってみたが、モノライトと比べてものすごい軽い消し心
地! なのかは、正直わからない。まぁ、かるーく消せるって言わ
れればそうですね、って感じだ。きちんと比較すればもっと違いが
わかりやすいのかもしれないけど。まぁ、消す能力に不満はないの
で、しばらくこれを使ってみよう。
でも、一個だけ、というか最大に気になる点がある。それは、ス
リーブのデザインがクソダサいのだ。でかでかと﹁もっとかる∼く
消せる消しゴム﹂と書いてある。
なんだろう、この小林○薬みたいなそのまんまのネーミング。私
は常々思うのだが、どうして日本って、こういうセンスに欠けてい
ることがままあるのだろうか。消しゴムだけじゃない。洗剤やドラ
ックストアで買える化粧水等にも言えることだけど、効果をわかり
やすく伝えようとするあまり、パッケージにもう効果をそのまんま
デカデカと表示し、それを買ったはいいけど家に置いた時点で生活
感丸出しになってすごく、すごく私はイヤなのだ。だから私は、洗
剤等水回り品を﹁エコなものを使いたいからー﹂などと言って外国
製のものをわざわざ使ってたりするが、本当はエコよりも、日本の
パッケージのダサさに耐えられないということのほうが大きい。
あぁ、なのにうっかり消しゴムは買ってしまった。もったいない
から使うけど。やっぱりスリーブのデザインはモノライトのほうが
いい。
なので次はやっぱり、モノライトを買う。多少かる∼く消せなく
ても、私はモノライトを買う。
71
どうでもいい決意をしたハロウィンであった。
72
女の本性垣間見
つくづくバーゲンって、特に下着のバーゲンって、女の本性が垣
間見える場所だなぁ、と思う。
こないだ、某下着メーカーの半期に一度の大バーゲンに初日から
行ってきた。初日だから、というのもあるのだろうが、午前中だと
いうのに結構な賑わいであった。私はいつも同じブランドのものを
買うので、ほかには見向きもせずに目的のブランドのブラジャーが
陳列されたワゴンに行く。しかし、私のサイズはあまり量を作って
ないのか、ほかのサイズと比べると種類が少ない。残念だけど、選
ぶのは楽だ。人も少ないし。ほんとに欲しけりゃ定価で買っとけと
いう話しだし。ピンと来たものをいくつかキープし、ショーツのワ
ゴンへ移動する。
ショーツは、普通はブラジャーとお揃いのものがあるはずなのだ
が、バーゲンだとどうしても売り切れてしまっていることがある。
そういうときは、どんなにブラジャーが気に入っていても、潔く諦
める。どうせ﹁まぁ、似た雰囲気のでいいか⋮⋮﹂と妥協しても、
後々テンション下がってあんまり着なくなるのだから。でも以前、
友人メガネと下着のバーゲンに行ったとき、どうしても諦めきれな
いブラジャーのショーツが売り切れており、ないとわかっていても
十分ぐらいショーツのワゴンの前でレコードあさる青年のように一
枚一枚ブラジャーのデザインを確認していたことがあった。その必
死の様子を見てメガネは﹁もう諦めろ! 世界にはもっと素敵なも
のがあるんだ!﹂と大きな視点から私を諭した。仕事帰りのOLさ
んで結構混んでたのに、売り場のど真ん中で迷惑な二人だ。
まぁ、今回は無事上下セットでかわいいものをゲット。うっはっ
は。
このように、たかが私でも下着選びには色々とコダワリがあるの
だ。なので、本気で落としたい彼がいる人や家計を担う主婦はもっ
73
と大変だろう。お客が店員さんに食ってかかってる現場を目撃する
のも、圧倒的に下着のバーゲンのときの確率が高いが、それも必死
なのだから仕方がない。服で隠すものを買うために、公然の場で醜
態を晒すこの矛盾。いや店員さんが悪い場合もあるのかもしれない
けど。
そういえば別の友人が下着のバーゲンに行ったときも、とんでも
ない事態を目撃したらしい。
友人大野さん︵仮名︶がある日、仕事帰りに下着のバーゲンに行
くと、ちょうどショーツのタイムセールに遭遇した。とはいっても、
彼女も下着は上下お揃い派なので、ワゴンで運ばれてくる十把一絡
げのショーツの山には興味がない。なので、遠目でなんとなく見て
いたそうだ。店員さんによって運ばれてきた、某有名下着メーカー
製にも関わらず﹁一枚三百円﹂のショーツの山は、﹁そんなに山盛
りにして売れるのか﹂という彼女の心配を他所に、タイムセール開
始の合図と共に人が群がり、どんどん小さくなっていく。お客さん
はとりあえず大量に掴んだショーツを吟味し、気に入れば購入袋に
入れ、気に入らなければワゴンに放り投げて戻すという、宙にショ
ーツが舞うような漫画みたいな事態になっていたらしい。それはち
ょっと見てみたい。
しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。
最後の一枚のショーツをめぐり、二人の女性がショーツの引っ張
り合いをしているという。やれ、私が先に取っただの、いや私だ、
だの。引っ張り合って伸びるショーツ。なんかそういう状況、時代
劇でも見たことある気がするぞ。その場合引っ張られていたのは子
どもだったが。大岡裁きだっけ? でもそれ、大岡裁きと違って無
事買えても伸びて使い物にならないんじゃない?
そうこう揉めている間に、仲裁に入るワゴンを持ってきた比較的
お年を召した男性店員さん。しかし店員さんの仲裁にも関わらず、
両者は﹁私が先だ﹂とショーツを離さない。押す、引っ張る、主張
する。
74
そしてとうとう、儚くもショーツは二人の間でビリリリ⋮⋮とい
う最期の囁きと共にその使命を終えたのだった。ショーツとしても、
人の尻に敷かれてその生涯を閉じるわけでもなく、本来の能力を発
揮する以前に命燃え尽きるなんて不本意だったであろう。
その場にいた誰もが﹁あーあぁ⋮⋮﹂という声にならないため息
を漏らしたと思う。しかし、引っ張っていたうちの一人は、その破
れたショーツを見て店員さんに﹁同じ商品を持って来い!﹂と主張
し始めたそうだ。主張っていうかなんていうか、だが。
売れちゃったら同じものはない、投げ売り売り尽くしだからワゴ
ンに出てたのであって、同じのあるわけないだろう。そんなことは
そこにいる誰もがわかっている。でも、その引っ張っていた人だけ
わからないのか、わかっていても騒ぎ立てているのか、世の中には
頭のオカシイ人がいるもんですね。
おじさん店員も気の毒に⋮⋮と大野さんはこの事態をどう収拾す
るのか、下着を選ぶふりをして真剣に観察していたらしい。ひとり
はさすがに破ってしまったことに気まずくなったのか、一気に大人
しくなる。しかし、もう一人は相変わらずなにかを騒ぎ立てている。
そして業を煮やしたおじさん店員は、とうとう、普通に爆発した。
当たり前だ。
﹁あんたたちねぇ!!!! いい年して、たかが三百円のパンツで
ケンカして破って、大人げない!!!!﹂
おじさんの怒りは正論だった。大野さん曰く、﹁正論すぎてはっ
とした﹂ぐらい正論だった。
その後おじさん店員は、破れたショーツを持ってワゴンを片づけ、
さすがに怒られたことで騒ぎ立ててた一人も何も言わなくなり、事
態はうやむやになったそうだ。騒ぎ立ててた人はあとでクレームの
電話を入れててもおかしくない非常識っぷりだが。
しかしほんとに、おっさんの言うとおり三百円のショーツ一枚で
すごいなそれは!
なので男性の方には、結婚前などに彼女の本性を知りたいと思っ
75
たら、下着のバーゲンにひっそりと同行することをおすすめします。
ほかのお客さんは99パーセントが女性だと思いますので、勇気が
必要ですけども。下着がハードル高ければ、デパートの催事場など
でやる大型バーゲンも、下着と比べると本性露出具合がぐっと下が
りますが、まぁおすすめです。
どうでもいい情報でした。
76
人の安眠を妨害する者は散れ
私は以前にもちらっと書いたが、寝つきが悪い。そして寝たとし
ても、よっぽど疲れているなどでなければ、外で大きな音がすると
目が覚め、しかもその後また寝付けなかったりする。
なので安眠を妨害されると、普段の雰囲気からは信じられない剣
幕でキレたり復讐しようとしたりする。うかつなことした家族や友
人が被害者だ。
しかし我が家は住宅地のど真ん中。周りもお年寄りが多い地域な
ので、夜も更ければ草木も眠る丑三つ時が訪れる平和な地域だ。な
ので、基本的に騒音公害などとは無縁だと思っていた。そう、今週
の始めまではね!
私は昨日、結構疲れていたので、午後十一時を過ぎるともう眠く
て仕方がなかった。色々とやり残したことはあるが、頭も働かない
し寝よう、起きられれば早起きして続きをやろう、と早々に床に入
り、珍しくすやすやとスムーズに入眠したのだ。ここまでは良かっ
た。
あれは忘れもしない深夜二時半。突然窓の外から﹁ギャハハハハ
ハハハハハハハハ!﹂﹁アーーーヒャーーー!﹂という奇声が鳴り
響いた。ビク!!!! とマジでちょっと身体が浮くくらいびっく
りする。何事かと思えば、外で学生らしきやつらが複数名、大騒ぎ
してるのだ。私の部屋は二階にあり、ちょうど細い道を挟んでお向
かいさんは学生さん向けのアパートになってるのだが、そこのアパ
ートの一階住民及びその友人が、さっさと家に入ればいいのに、十
分も十五分も道端で大騒ぎしている。
○ねばいいのに。
普段このエッセイでは毒吐きがちな私だが、基本的にそういう生
死に関わることを言うのは嫌いなのだ。だけど昨日は、すごくナチ
ュラルに思った。死○ばいいのに。
77
しかも、その大騒ぎは今週二回目なのだ。前回も水曜の同じくら
いの時間に、バカ丸出しの大声が住宅街に響き渡り、私は叩き起こ
された。そうしてそのときも思った。死ね○いいのに。
一週間のうちに、一度ならず二度までも! ここで私は警察に通
報を考えた。しかし私は、以前テレビで﹁救急車をタクシー代わり
に使う﹂﹁ちょっとした痴話喧嘩で110番﹂などの非常識行動を
糾弾する特集を見て、﹁うむ、非常識極まりない。それによってど
れだけの人に迷惑がかかることか﹂と偉そうに思っていたのだ。騒
音で夜中の二時半に通報、それは非常識と取られないだろうか。多
分大丈夫だと思うのだが、心配になりグーグル先生に尋ねる。ダメ
現代人。その間に学生らしき者達は部屋に入ったが、部屋で大騒ぎ
をしている。うるさい。マジでうるさい。
グーグル先生によれば、騒音で通報は﹁比較的多い通報。小さな
騒音トラブルを放置して後々大きなトラブルに発展してしまった例
も多々あるので、わりとすぐに対応して注意などしてくれる﹂とい
うパターンと、﹁警察に行ったが、﹃それは管理会社に言ってくれ﹄
と言われた﹂﹁生活する上での騒音程度なら我慢しなさいと言われ
た﹂という素っ気ないパターンの二種類に大きく分けられるようだ。
なんだその二極論。やめてほしい。
通報したいが、夜中に起こされた上に警察にまでそっけなくされ
Touchとスマホを駆使して、い
たらもう私は完全に反社会的になってしまう。そこでとりあえず、
どうせ眠れないのでiPod
Touchで動画を撮影する
かにこの騒音が夜中でありひどいものであるのかを記録することに
した。といっても単純に、iPod
だけだ。まず動画の最初にスマホから時報を流し、これが深夜であ
ることを証明。そしてベランダに出て、﹁二階から録音した状態で
これだけの大騒ぎ﹂、さらに部屋に戻り﹁窓とカーテンを閉めた状
態で聞こえる隣の大騒ぎ﹂を記録した。あと、道端にやつらが乗っ
てきた自転車が並べられていたので、それも二階から身を乗り出し
て撮影。くっそー、十一月の深夜寒いぞ!
78
ただ録音しただけでは騒音の度合いを数値化することもできない
ので、あくまで参考にしかならない。でももし、警察に相談する際
に﹁気にしすぎなんじゃないの?﹂と言われたら、この動画を見せ
ていかにそれが非常識な大騒ぎであるかは説明できる。てゆうか、
ほかの近隣住民の皆さん! うるさくないんですか! 頼みの綱の
やつらの上の階の住民の人はカーテン開けっ放しで今日は家に帰っ
てないっぽいし、ほかの家の人は前述したようにお年寄りばかりな
のだ。故に、おそらく耳が遠い。
たとえこの騒音に苦しめられているのが私だけだとしても、私の
安眠を妨害しているのだ。警察に相談するには十分だ!
そうして私は彼らの騒音を記録し、午前四時すぎに再び床につい
た。しかし、中途半端に覚醒してしまったため、案の定寝付けない。
あんなに大騒ぎしていたあの部屋も、四時を過ぎたら徐々に静かに
なってくる。理不尽だ。まったくもって理不尽だ! あぁ、あいつ
ら全員、寝てるときに耳元で蚊の音がずーーーっとしてる地獄に落
ちればいいのに。
結局午前六時くらいにやっと寝付き、しかし朝は起きなくてはな
らないため仮眠程度の睡眠にしかならず、私は誰がどう見てもふら
ふらの状態であった。ふらふらのまま、昨日の大騒ぎの記録を持っ
て私は通りがかりの交番に向かったのだった。
交番のおじさんに﹁あのー、警察に相談でいいのかわからないの
ですが⋮⋮﹂とものすごく低姿勢で話しかける。おじさんは爽やか
に﹁あれ、どしたの! 言ってみ!﹂とイスを出してくれた。
私は一部始終を話す。午前二時半に叫び声で叩き起こされたこと、
十五分ぐらい外で大騒ぎしてる学生がいたこと、その後彼らは部屋
に入っても四時過ぎまで騒いでいたこと、そして、これが今日が初
めてではないことを。
おじさんのお巡りさんはものすごく真剣に聞いてくれて、﹁それ
は辛いね! すぐに今日の夜から、パトロールを強化して、ちょっ
と騒いでるようだったらすぐ注意するよ! 担当者に今連絡するか
79
らね!﹂とすぐ電話をかけ、色々なところに電話をしてくれた。電
話口の人に﹁こんな状態でねー! かわいそうでしょ! ほんとつ
らそうなんだよ!﹂と伝えてくれた。寝不足が顔に出る顔で良かっ
たと、そのとき初めて思った。
そしておじさんは﹁辛かったでしょう! 今度同じことあったら、
何時でも遠慮せずにすぐ110番しなね! 我慢しないでいいから
!﹂と言った。
うわーーーんおじさーーーん! 騒音のやつらには心底腹が立っ
たけど、おじさんの優しさのおかげでなんとか許せそうだよ。うっ
かり勢いにまかせて﹁騒音の状況は録画してあります!﹂などと言
わずに、か弱い感じを演出して良かった。
とりあえずおじさんのおかげで精神的にも落ち着き、今日も騒音
があればすぐに通報していいという安心感から、むしろ通報したい
から騒いでいいよ、ぐらいの気持ちの余裕が出てきた。
でも今日は相当な寝不足なので、騒いででも爆睡してしまうかも
しれん⋮⋮。それはそれでちょっと悔しい気がするのだった。
80
おスピな人
魔女っぽいね、と言われるようになって久しい。それは流行りの
美魔女的な意味ではなく、単に趣味でタロットやったりマッサージ
用の塩を自作してたり︵材料は全部市販のものだが、オイルやらア
ロマやらを季節や身体の状態見て毎回調合している︶部屋の一角に
あるアクセサリーコーナーが祭壇っぽくなってたりするからだと思
う。小さい白いマリア像にネックレス掛けまくってる罰当たり状態
ですけども。
なので、かつて江○さんブームで一世を風靡し、今年のマヤ暦終
了を迎えるにあたりいまでも一部でがっつり浸透しているらしいス
ピリチュアルには、わりかし理解があるほうだと思うの。理解があ
るっていう言い方も上から目線だけどさ。元々オカルトが好きだし。
とはいえ、いきなり四十のおばさんのブログに﹁天使からのメッ
セージを受け取ったのでみなさんにお知らせしますね☆﹂とか書い
てあるのに遭遇すると、申し訳ないがやっぱりちょっとびっくりす
る。
そもそも、なんで宗教的な存在の天使が基本的に無宗教の日本人
にメッセージをくれるのかがわからない。まぁ大抵その場合、﹁私
は教会でシスターやってた時代があったので、キリスト教関係の天
使様とは繋がりやすいみたい☆﹂とか続くんだけど。
でもその人は﹁前世はプロテスタントのシスターでした﹂、とも
書いていたので、私はその前世がシスター説を一切信じなくなった。
まぁプロテスタントのシスターもいなくはないけどさ。なんか先入
観で申し訳ないが、この人絶対神父と牧師の違いもわかってないだ
ろうな、と思ってしまう。
そんな人がチャネリングを伝授してもらっただとか、練習したら
できるようになったとかで、天使からのメッセージを公開してるん
だから、天使はそろそろ名誉毀損で訴えてもいいと思うの。
81
まぁ、メッセージを公開してるご本人様は良かれと思ってやって
るのだし、別にそれ以外に実害はないわけだし、ブログで﹁今まで
自分が大変な目に遭った分、人の痛みがわかる。だから辛いひとの
支えになり、人を導くような存在になりたいのです☆﹂とか言って
るので、表現方法が様々なだけで心優しい人なのだろうな、と思い
きや。
正直に言えば、この天使からのメッセージを公開しているという
人は昔の知り合いなのだが、友人メガネを鬱になる一歩手前まで理
不尽な理由で職場でいじめ尽くした人なのだ⋮⋮。
実生活で嫌がらせに近い仕打ちをしただけでなく、ブログにまで
関係者にはすぐにわかるであろう表現でメガネの悪口を書き連ね︵
実名も出しちゃってたんで職場の人がブログを発見した︶、職場の
青年と勝手に両想いなことになっており、みんなで遊びに行った出
来事もふたりのデートのように書いていることもあった。ちなみに
メガネをいじめた理由も、その青年と仲が良かったからだと思われ
る︵ちょっかい出すな! みたいなことが書いてあったし︶。ブロ
グ発覚以前から、いい加減彼女の身勝手な意見や行動に周囲もいい
かげんうんざりしていたので、とうとう彼女が文句を言おうが悪口
を言おうがあまり相手にしてなかったら、居づらくなったのか辞め
ていったけども。後日、案の定﹁うちの職場は最低﹂みたいなブロ
グがアップされていた。
そんな彼女が今、悪口書きつらねてたブログ記事は全部削除して、
﹁天使からのメッセージをみなさんに☆﹂とか、﹁自身の辛い経験
を乗り越え、人を癒したいと思いセラピストとしての活動をスター
トしました☆﹂とか言ってんだから、人間って恐ろしいよな。
人を救いたいだとか、誰かの助けになりたいだとかいう崇高な目
的の裏には、誰かに救われたい、必要とされたい、認められたい、
愛されたい、崇められたいという、地獄のような生臭い欲が隠れて
いたりするので、やはり私は、そんな誰からともわからないような
メッセージよりも、身近な人と知恵と経験を頼りに、人生を歩んで
82
行こうと思う次第なのでありました。
みなさまもお気をつけて! 83
ストレス解消効果音
人によって、ストレス解消法は様々だ。DVDや音楽鑑賞など、
家で手軽にできるものもいいし、アウトドアといった準備や段取り
が大変なものでも、その準備自体が楽しかったりする。趣味でスト
レス発散というのは非常に有効な手段と言えよう。
しかし、出先などで﹁どうしても今すぐ、このイライラを鎮めた
い﹂といった腹の立つ事態や体調に遭遇した場合、﹁今ここで﹃ダ
イハード﹄の爆破シーンだけを見たい。というか爆破シーンばかり
の映画が見たい﹂だとか、﹁このまま山にでも行こうかなぁ﹂など
と思っても、なかなか実行するのは難しい。特に後者の場合、うっ
かりスーツのまま実行してしまったら自殺志願者と勘違いされてし
まう。︵勘違いじゃない場合もあるから悲しいよこの国は︶
なので私は、そういうことがあったときは、あるCMを思い出す
ことにしている。そのCMとは、知育菓子﹁ねるねるねるね﹂であ
る。
今でも発売しているだろうから若い人でもご存知の方は多いのか
もしれないが、得体のしれない粉に水を加えて練っていくと、練れ
ば練るほど色が変わるお菓子だ。幼少期の私がアニメを見ていると、
ものすごい確率でこのお菓子のCMが流れた。
CMの内容は、魔女が﹁ねるねるねるねは⋮⋮へっへっへ⋮⋮練
れば練るほど色が変わって⋮⋮﹂と、薄暗くスモークが焚かれた場
所で、魔女のステレオタイプのような容貌と喋り方の外国人がねる
ねるねるねを練るのだ。練ってるシーンは手元だけで魔女ではない
けど。そして練って色が変わったねるねるねるねを、添付のソース
に付ける魔女。そのときも﹁こうやってつけて⋮⋮﹂のセリフも忘
れない。
ここまではいい。問題はこっからだ。
魔女がねるねるねるねを口に含んだ瞬間、﹁うまい!!!﹂の声
84
と共に安っぽい電飾が魔女の後ろに煌めき、そしてまた安っぽい効
果音﹁チャーラッチャラーーー!﹂が鳴り響くのだ! あぁあ、な
んていう安っぽさ! 気楽な演出!!! 私はこのCMを何度見て
も、見る度に爆笑してしまう。
特にこの﹁チャーラッチャラー!﹂が、私はもうツボすぎてダメ
だ。字面を見ただけで今、書きながら笑いを堪えている。あと、魔
女は﹁うまい!!!﹂って言うけど、ねるねるねるねって正直そん
なに美味しくないし、少なくともそんな電飾と効果音で大騒ぎする
ほどの美味しさではない。そしてラストは﹁練っておいしいねるね
るね∼るね∼﹂という気楽なメロディーに乗せた商品紹介で終わる。
この出来事が、僅か十五秒だなんて。なんて濃厚な十五秒。前半の
押さえ気味の演出からの、﹁うまい!!!﹂をきっかけに一気に解
放されるこのカタルシス!
とりあえずこの﹁チャーラッチャラー!﹂を思い出すと、その安
っぽさとくだらなさで色々なことがどうでもよくなる。CM上の演
出とはいえ、あの魔女がねるねるねるねであんな大喜びしていたと
思うと、なんかもう、小さなことで腹を立てたりイライラしたりし
ているのがもったいないような気がして、大概のことはどうでもい
いことのように思える。事実、私は何度あの﹁チャーラッチャラー
!﹂に救われ機嫌を直してきたことか。
あのCMが流れていたのはいつまでなのかは知らないし、私があ
のCMを初めて見てから約二十年くらい経過してるが、私の心には
しっかりと刻まれ大切なCMのひとつになっている。今作ったらき
っと中途半端なCGやこなれた子役が出てきて、あのちゃっちさは
再現できないのだろうな、と思うと、たとえそれがノスタルジーに
まみれていてもあの時代に見ておいてよかったと思うのです。
しかし、知育菓子シリーズのネーミングってすごいな。今ざっと
調べてみただけでも、
・ゆさゆさぷるぷる
・にょろりんぷかちょ
85
・ちゃぷちゃぷもこもこ
・ころころぽろろん
などなど、オノマトペな商品名がざっと並んでいる⋮⋮。イメージ
しやすくていいけど。個人的にはバッキンガムガムがアホらしくて
いいと思う。
86
初羽毛布団夢︵前書き︶
※登場人物の説明※
友人メガネ ↓ 元々は学生時代のアルバイト仲間。暇さえあれば
ご飯に行ったりスカイプで喋ってたりするので多分親友なのだろう
けど、本人同士はそんなことを確認するのが恥ずかしくて確認して
いない。あだ名の通りメガネをかけている。顔のパーツが地味で感
情がすぐに顔に出る素直な気分屋。褒めてるよ。
87
初羽毛布団夢
十一月七日、すなわち本日は立冬なので、さすがにもう朝の冷え
込みも厳しくなってきた。なので昨夜、とうとう私は羽毛布団を出
した。私の羽毛布団は無駄に高級である。我が家は別に金持ちでは
ないが、おばさんが金持ちなので、おばさんが引越しした時その高
級羽毛布団をまんまともらったのだ。ふっかふっかもっふもふ!
そして私は今冬初めての羽毛布団を用いての眠りについた。あぁ、
高級羽毛布団。ふんわりしていて、でも重くもなく、そして重要、
暖かい。なんだろう、この懐の大きい感じ! 昨日までのタオルケ
ット二枚と毛布一枚でだって別に何の不便もなかったが、もう羽毛
布団の安心感は絶対的だ。旦那さんに早くに先立たれてしまった伯
母が、この高級羽毛布団を愛用したのも頷ける。安心して身を委ね
られる。
そして私はゆったりうっとりと、朝方幸せにまどろみ、夢を見て
いた。
夢の中で私は、友人メガネといつもどおり何か喋っている。話し
の内容は覚えていない。現実世界でだって、いつもくだらないこと
ばかり言って話しの内容など覚えてないのだから、夢でならばなお
さらだ。そうこうしているうちにメガネは、﹁トイレに行ってくる﹂
と一旦席を離れる。どうやら、どこかのカフェらしきところで私た
ちは喋っているらしい。
しばらくしてメガネは戻ってくる。
﹁おまたせー﹂
﹁おぉ。そろそろ出ようか﹂
﹁そうだね﹂
私たちは、お店を出る準備をする。鞄を持ち、私も席を立ち、﹁
じゃあ行こう﹂とメガネが私に背を向けた瞬間。
﹁!! ちょ!! メガネ、あんたパンツまるみえ!!﹂
88
なんとメガネは、トイレ後にスカートの裾がパンツのゴムに巻き
込まれ、パンツ丸出しになっていたのだ。
﹁きゃーーー! はずかしい!﹂
メガネは慌ててパンツを手で隠す。手で隠す前にスカートを正せ
ばかっ!
ごちゃごちゃとそんなことで大騒ぎをして、パンツを隠せだの恥
ずかしいだの同じ事を何度も繰り返し、その大騒ぎの最中私は目が
覚めた。今冬初羽毛布団で見た夢がこれだ。くだならい。くだらな
すぎる。でもメガネならばやりかねないと思ってしまうくらいに妙
にリアリティがあって嫌だ。
なので一応メガネに﹁こういう夢を見たからしばらくはトイレ後
注意しなね﹂とメールをする。メガネから﹁おぉ、それは肝に銘じ
ておこう﹂と返信が来る。うむ、大いに気をつけてくれ。
朝っぱらからしょうもないやりとりをした一日であったが、朝一
の注意が功を奏したのかメガネから﹁パンツ丸出しにしてしまった﹂
という報告はない。今日も一日平和に終わりそうで何よりだ。
89
大統領就任に関する適当な雑感
接戦が予想されたアメリカ大統領選だったが、終わってみればオ
バマさんの続行決定。しかしアメリカはなんであんなに選挙に大騒
ぎするのだろう。民主主義の国だからだとか、大統領の権限の大き
さだとか色々あるのだろうけども。あとオバマさんと同じ名前の小
浜市の皆さんは、やはり今回もオバマさんを応援したのだろうか。
個人的に、小浜市の人たちはすごくいい人たちなんだろうなと思う。
しかし仮にロムニー氏が勝利してたら、アメリカ史上初のモルモ
ン教徒の大統領になったのだと思うと、それはちょっと見てみたか
った気もする︵歴代大統領プロテスタント以外なのってあとはケネ
ディぐらいなんだっけ? その彼もカトリックだしな︶。就任式で
はモルモン書に手を置いて宣誓したのかしら。でもロムニーは、C
NNかなんかで息子の応援VTRが流れているのを見たんだけど、
息子の目が死にきってたからなんかイヤなんだよなぁ。勝たなくて
よかった。言いたい放題!
そしてついでに大統領就任式についてグーグル先生に教えてもら
っていると、前回のオバマの就任式のwikipediaページに
たどり着く。就任式でチェリストのヨーヨー・マなどによる演奏が
あったことなど詳しく記されている。
あぁ、ヨーヨー・マ。私は別にチェロには興味がないが、この人
のお名前はよく知っている。なぜなら、十年以上前にニューヨーク
で、二億以上するチェロをタクシーに忘れたドジっ子おじさんとし
てニュースになっていたからだ。普通忘れるか二億の商売道具のチ
ェロを。
なのでそれ以後、ちらほら日本でも活躍されてたりしてたまに名
前を聞くことがあるが、そのたびに私は﹁超高額のチェロをタクシ
ーに忘れたドジっ子おじさん﹂と思いながらそのニュースや音楽を
聞いている。私は人の失敗を忘れないイヤなやつだ。自分の失敗も
90
忘れないけど。でも有名人って大変だな。ハーバード大まで出てる
頭もいい人なのに、ちょっとしたドジが世界中に知れ渡り十年以上
経ってもドジっ子と思われてるんだから。
そんなことを思いながらヨーヨー・マの公式HPをなんとなく見
てみると、今週末東京のサントリーホールに来るらしい。おぉ、な
んたる奇遇! 週末は友達の舞台見に行く約束があるから行かない
けど。っていゆかもうチケット取れないだろうけど。
そしてしつこいけども、東京まで、チェロを忘れないように来て
ね、とか思ってるイヤな女な私なのであった。
最早オバマもロムニーも関係なく、ヨーヨー・マの話しで本日は
これにて終了。
91
オーガニック野郎
突然オーガニック野郎である。それはiHerbで大量にお買い
物したからである。だいぶ有名だけども一応iHerbの説明して
おくと、主にアメリカのサプリやオーガニックコスメなどを販売し、
世界各国に配送もしてくれるアメリカのお買い物サイトだ。最近で
は日本語にも対応してる︵商品紹介ページはさすがに英語だけど︶。
円高なう! な今、円高で輸出業とか色々と大変だけど、せめて
円高の恩恵を受けたっていいじゃない! と思わずにはいられない
豊富な品ぞろえと価格でもう、逆に何を買えばいいのかわからず延
々とサイト内をウロウロしたり他人のiHerbお買い物ブログを
渡り歩いてしまったりする、時間泥棒な罪なサイトである。
だって日本で買うと900円のハーブティーがさー! 300円
くらいでさー⋮⋮。送料かかるってったってさー、まとめ買いしち
ゃえばさー⋮⋮ごにょごにょ。いや、私は日本製を愛しているし、
多少高くともいいものなら日本製を買うようにしてるけど、この場
合は日本で代理店価格で買う意味はないからな! 自分正当化。ご
にょごにょ。
なので、一応オーガニックとされているアロマオイルだのコスメ
だのを大量に買い込んだのである。そしてその買い込んだ中に、ビ
タミンCの錠剤があった。
アメリカはサプリ先進国だし基準が厳しいから、日本のものより
成分や安全性も全然上! という話しをよく聞くが、でも栄養補給
をサプリに頼るのってどうなの? とか、食事から摂取できる以上
の栄養を過剰に摂ると逆に身体によくないよ! だの、サプリ界は
混迷をきたしている。なんかもう、化学記号まで持ちだして摂取す
るべきサプリの組み合わせを追究していたり、一周回って逆に﹁結
局サプリよりも良質なオイルを毎朝スプーン一杯!﹂みたいなこと
になってたり、素人の私がうかつに踏み込んではいけないような世
92
界が広がっている。なので私は無難に、ビタミンCのみを注文した。
摂り過ぎたら体外に排出されるらしいしな、ビタミンC。お手軽感
がすごいぜ。
とはいえ一応、私が買ったのは色々な人のサイトで紹介されてい
たビタミンCで、ゆっくりと体内に吸収される構造になっているか
ら一日一回一錠でOK! 栄養素もばっちり! みたいな大雑把な
アメリカ人が好きそうな謳い文句の商品であった。サプリ先進国の
ビタミンC、日本のものよりも効果があることを期待しつつ、届い
たビタミンCサプリの蓋をいそいそと開け、ころりと一錠、手のひ
らに出してみる。
⋮⋮うん、すげーーでかい。これは一日一錠でいいわ。ちょっと
日本では見たことがないサイズだ。確実に日本人ならば、もうちょ
っと頑張ればこのサイズの飲み込むタイプの胃カメラを作れる。っ
ていうかもう作ってるかもしれん。このサイズにアメリカ人は栄養
素を詰め込み、日本人はカメラを詰め込んだのだ。そう考えると日
本人ってすごいな!
そして朝食後、さっそくサプリを飲んでみる。案の定飲みづらい。
これは結構、気合いを入れて飲まないと飲めない。日本のサプリで
さえ、私はたまに飲むのを失敗し﹁ぶえええーーー﹂とサプリと共
に水分も吐き出して洗面台だの流し台だのに走ってるというのに。
このアメリカンなサプリは、十回に一度は失敗する覚悟で挑まねば
えらい目に遭うぞ。月三回は朝から水分垂れ流してしまうぞ。でも
効果が出るかもしれないから、しばらくは頑張って続けよう。
しかしサプリ先進国のアメリカ、どうして先進国なのに﹁飲みや
すさ﹂は追究しないんだ。喉の構造が日本人とは違うのか? あれ
を余裕で飲めるのか? アメリカン達よ!
でもこんな小さな錠剤にもお国柄って出るのだなぁ、と思うと、
人類の多様性になんとなく感心したりもするのだった。
93
ダンスを観に行ったよ
先日友人のダンスの舞台を観に行った。彼女は小学校時代からの
友人だが、たまに飲み会で会うくらいで正直そこまで仲良くない。
でもなんだかんだで付き合いは長いし、そろそろダンサーを引退す
るというのでせっかくなので観に行った。そんなぬるいテンション
で行ったのに、行ったらすごくいい席だったので申し訳なかった。
どんくらいいい席かというと、かなり前の方で真ん中の方だ。隣の
席は彼女の彼氏だったし、演者の表情もはっきりと見える距離だ。
それはすなわちこちらの表情も見えるということ。もちろん寝るつ
もりなど一切なかったが、ますます寝てはいけないという緊張感に
包まれる。
着席し、適当に友人の彼氏にこのダンス団体の基礎知識などを教
えてもらい、ふーむ! へー! ほー! などと相槌を打ってるう
ちに開演。
いきなりド派手なラインダンスが始まり、キンキラキンの世界に
度肝を抜かれる。華やかな衣装で激しいダンスと笑顔を披露する、
女ばかりが何十人も並ぶ迫力に単純に感動し、最初は馬鹿みたいに
﹁はーーすごいなーー!﹂と感心していた。しかし、これだけ女が
集まる実力社会、かつ役を射止めるためにはオーディションを繰り
返すような世界、どんだけ泥沼なのだろう⋮⋮と想像すると恐ろし
くなり、その中でのし上がった友人を心から尊敬するのだった。
友人はかなりいい位置で踊っていたり出演人数の少ない演目にも
出てたりして、今までも会って近況などを聞くと﹁あー、がんばっ
てんだなー﹂と漠然と感じていたが、こうやってそのダンスを目の
当たりにすると、その努力と根性、でもそれを感じさせない軽やか
さに﹁いやぁ! いやぁ! あんたほんとにすごいよ!!﹂とうっ
かり目頭が熱くなった。歳取ると涙もろくなってやーね。
そして彼女の彼氏はというと、彼女が出てるときは舞台をガン見
94
するが、彼女が出ないときは明らかにぼーーっとしたりよそ見して
いたりした。非常に正直で彼女思いな男で大変よろしい。
そして舞台もクライマックスへ。私は真ん中のブロックではある
が通路側の席だったので、客席の後ろから出演者が登場するとき、
私の真横を通るのだ。今まではただ駆け抜けるだけだったので特に
何も感じなかったが、最後は通路をゆっくりと進みながら歌手が登
場した。そして私の真横で立ち止まり、情感たっぷりに歌声を披露
する。そして歌手がマイクを持たぬ方の左手を大きくぶわっ! と
広げたその瞬間。
金色のラメが私の目の前にキラキラと降り注ぐ。彼女が腕を動か
すたびに、キラキラと降り注ぐ。
正直私は心の中で﹁わぁああ!﹂と思った。彼女が動けばラメも
私に降り注ぐので、申し訳ないがちょっと鬱陶しい。ラメを振り払
いたい。しかし、会場の人間が皆、そのスポットライトの先にいる
彼女に注目しているのだ。そのすぐとなりにいる私が、彼女が腕を
振り回すたびに﹁うわぁあ﹂と金色のラメに反応し振り払っていた
ら、﹁なんだあの客﹂だとか﹁あ、ラメよけてる﹂だとか、皆様と
歌手の集中力を削いでしまう結果になる。こんなぬるいテンション
でいい席に座ってる上に、演者の邪魔をするだなんて申し訳なさす
ぎる。なので私は、なるべく金色のラメに気を取られぬように息を
潜めて歌手が通り過ぎていくのをじっと待った。別に息まで潜める
必要はないのだが、うかつに呼吸するとくしゃみになってしまうの
ではないかという緊張感から無意識のうちに最低限の呼吸になって
いた。なので無事通りすぎてくれると、もう一足先に舞台自体が終
了したかのようにほっとしたのだった。
そんな不可抗力な緊張も体験したが、無事舞台は終了、私は心か
ら友人に拍手を贈った。いやぁ、あんたすごいよ。普通に感動した
よ。
その後楽屋へお邪魔したが、一番最初に書いたように別にそんな
に仲良くもないので、﹁お疲れ様﹂という言葉とチケット代という
95
現実的な現金を渡してすぐに帰ったのだった。でも若干私の態度が
フワフワしてたので、感動したということは伝わったかもしれん。
それはそれで恥ずかしい。
そして彼女が引退したら何をやるのかとか全然聞いてないが、と
りあえず彼女の未来に幸多かれと思って帰途についたのだった。
96
それはサンタの優しさだ
十一月になると、繁華街は一気にクリスマスムードが漂い始める。
こないだまでハロウィンハロウィン言ってたのに。クリスマスなん
か十二月の終わりだぞ! そんなに生き急いでどうするんだ! と
か言いつつも、私は私で十月に行ったドイツフェスティバルでクリ
スマス用オーナメントを大量に買ったので、そろそろ飾ってもいい
季節だと思うとニヤニヤしてたりもする。あぁ商業主義。でも私一
応、キリスト教の学校出てるからな。クリスチャンじゃないけど。
イエス様お許しください。
しかしクリスマスにまつわる音楽はたくさんあって、ラジオでは
そろそろクリスマス特集なんかも組まれたりしている。私は未だに、
マライヤ・キャリーのあの有名なクリスマスの曲のタイトルも歌詞
もわかっていない。そしてマライヤ・キャリーとホイットニー・ヒ
ューストンがごっちゃになって、うっかり亡くなったのはマライヤ・
キャリーかと勘違いしていたりもした。まぁそんなことはどうでも
いい。
日本人が子どもの頃から馴染みのあるクリスマスソングはいくつ
かあるが、その中のひとつに﹁赤鼻のトナカイ﹂が挙げられると思
う。幼い頃、私は何も考えずにこの歌を歌っていた。しかし、今考
えるとこの歌はおかしい。
この歌の歌詞のあらすじはこうだ。
真っ赤な鼻のトナカイは、その間抜けな赤っ鼻をいつもみんなの
笑われていた。しかし、クリスマスの日にサンタに﹁今日はお前の
そのピカピカの鼻が夜道を照らすのに役に立つのさ!﹂と言われ俄
然ヤル気、今宵こそはと気合をいれる。
⋮⋮よくよく考えてみると、鼻が赤いのとピカピカ光るの、関係
なくない?
最初から、このトナカイは光を反射するほどに鼻水でいっつも鼻
97
がテカテカ濡れている、或いは、なぜか鼻が自発的に光ってしまう
特異体質である、という説明がなされているならば、サンタの﹁夜
道ではお前の鼻が役に立つのさ﹂という論理展開もわかる。夜道は
危険だからな。
でも赤なんて、夜道じゃ完全に闇に紛れてしまうと思うの。
故にこのサンタの言葉は、たまたま飼ってたトナカイが赤っ鼻で
それを周囲に馬鹿にされ、それを不憫に思ったサンタが適当な慰め
としてトナカイにかけた言葉であるが、残念ながら論理的に破綻し
ていたということになる。今は何も気付かずトナカイは俄然ヤル気
になっているからいいものの、なにかのきっかけでそのサンタの優
しさに気付いてしまったら、ただでさえ赤い鼻が涙と鼻水でさらに
赤くなるぞ。鼻水出たまま冬の夜道を走るなんて、鼻がピカピカど
ころか鼻がガビガビになるぞ。
そんなどうでもいいことを思う、イヤな大人になってしまった。
あと個人的には、﹁あわてんぼうのサンタクロース﹂もどうかと
思うの。一番の仕事の見せ所のクリスマスに、いくらあわてんぼう
とはいえ日にち間違えるなんて、確認不足の職務怠慢と思われても
致し方あるまい。あわてんぼうだったから早く来てしまい、リトラ
イが可能だからよかったものの、だ。最後に子どもに﹁わすれちゃ
だめだよ おもちゃ﹂と釘を刺される始末だ。えんとつのぞいて落
ちるし。んで踊るし。
でもまぁ、論理的にどうとかいうより、アップテンポでサンタの
人間性がにじみ出るような曲のほうがいいよな⋮⋮。
全然関係ないけど、こないだ外資系で働く友達に﹁最近忙しいの
?﹂と聞いたら、﹁本当はそんなに忙しくないが、十二月に入ると
アメリカチームがクリスマス休暇に浮かれて使い物にならなくなる
から今のうちに大事な仕事片付けたくて忙しい﹂と言われた。
要するにクリスマスやサンタは、色々と罪な存在ということです。
強引にまとめる。
98
発車サインメロディと平和
東○メトロでは駅のホームドア設置が着々と進んでいる。人身事
故減るならいいね。たまに外国人が電車が進入してきてるのにめっ
ちゃホームドアに寄っかかって、電車からクラクション鳴らされて
たりするけど。どうせあいつら死ぬ気ゼロだからギリギリのところ
で避けるしほっときゃいい、と思うけど、運転手さんとしてはやは
り無視するわけにもいかないらしい。鳴らさずに万が一事故ったら、
運転手の対応に不備があったと責任問題になりそうだから仕方ある
まい。その結果、騒音という迷惑を日本人が被るのだ。まぁどうで
もいいけどね!
そしてホームドア設置の完了と共に、どうやら発車サイン音も順
次新しいものに変更していくことが多いようだ︵全部の駅、線とい
うわけではないみたいだけど︶。新しい発車サイン音は、車内アナ
ウンスでは未だ﹁発車サイン音﹂と表現されているけども、﹁音﹂
という言葉で表現するには物足りないくらいメロディアスだ。とい
うか、完全に発車サインメロディだ。
さらに各線で方向性や雰囲気を変えているのだろうか、有○町線
はなんとなくオルゴールっぽい雰囲気の音とメロディになっている。
ちなみに有○町線は永田町、桜田門あたりを通っているので、日本
の頭のいい人達が日本の未来についてあーでもないこーでもないと
言っていたり、言っているふりをして昼寝してたりするその地下で、
このオルゴール調のメロディが連日流れていることになる。あと国
会議事堂近辺でわりと激しいデモが行われていても、地下では平和
にオルゴール調のメロディが流れている。そう思うと日本って平和。
○ノ内線︵図らずも伏せ切れてない︶はまたちょっと違った趣き
で、個人的には森の小人が小躍りして出てくるようなメロディを奏
でている。○ノ内線は○ノ内線で、池袋∼新宿間を皇居を囲むよう
にぐるりと通ってるので、私の中では皇室の周りで連日小人が小躍
99
りしてるのだ。実に平和だ。小人が小躍りしてるのは私が使う駅だ
けなのかもしれないけどさ⋮⋮。
こうやって書きだしてみると、日本が平和っていうよりも、私の
頭の中が平和なだけな気もするが、深く考えないようにしよう。景
気も後退してるし政治は混乱してるし、ならばせめて個人レベルで
は平和でありたいと思うのだった。
100
おばちゃん最強説
昨日は妙に忙しく、丸一日テレビもネットのニュースも見ない
でいたら、知らない間に日本はワールドカップ出場に王手をかけて
いて森光子が亡くなっていて衆議院も解散が決定していたので、軽
い浦島太郎気分を味わった。昨日の記憶といったら、玉ねぎをサラ
ダで大量に食べたことぐらいだ。その玉ねぎを食べている間に色々
あったらしい。
そんなわけで昨日の流れから寝不足のまま、さっき移動のために
地下鉄に乗っていたら、五人ほどのおばちゃん集団が電車に乗って
きてドアのところに立っていた。別にうるさいわけでもないし私は
イスに座っていたので、特に気にも留めていなかったが、ふとおば
ちゃんたちの会話が耳に入る。
おばちゃんA︵以下A︶:﹁あの女優さん、死んじゃったわねー﹂
おばちゃんB︵以下B︶:﹁あー、あの人ね、なんだっけ﹂
A:﹁えっと、あ、この人﹂
Bとその他おばちゃん一同:﹁あぁ! そうそう、森光子!﹂
Aはあろうことか、突然近くにいたおっさんのスポーツ新聞の第
一面の森光子をを指さしたのだ。そしてその他おばちゃん一同も、
素直に﹁そう森光子﹂と納得している。あまりに自然にスポーツ新
聞を指さすので、てっきりおっさんはおばちゃんたちの知り合いな
のかと思った。しかしおっさんは、自分の新聞を指さされても、お
ばちゃんたちに見向きもしない。Aはさらにスポーツ新聞をアグレ
ッシブに覗きこみ、﹁心不全ですって﹂﹁92歳だったのねー!﹂
とおっさんのスポーツ新聞から情報を得ている。
ちょっと待て。そのおっさん他人じゃないのか。
私が勝手に、そのおっさんはおばちゃん集団の知り合いではない、
と思い込んでいるだけで、もしかしたら荷物持ち係かなんかで連れ
だされた誰かの旦那様なのだろうか。でも、知り合いだったら逆に
101
﹁ちょっと新聞見せて﹂と言えば済む話しだ。そんなに身を乗り出
したり屈めたりして、情報を覗き見る必要はあるまい。
私はそのおばちゃん集団とおじさんの関係性が気になり、目が釘
付けになる。女性の中で一人男というのがバレると恥ずかしいから
反応しないだけなのか、本当に他人なのか、気になって降りれやし
ない。その間もAは不必要なまでにおっさんのスポーツ新聞を指さ
したり覗きこんだりしている。サッカーも勝ったわねぇ、とか言い
ながら。これ他人だったらすごいぞA。そして何も反応しないおっ
さんも大人だぞ。
そうこうしているうちに、人の出入りが激しい大きな駅に着く。
おっさんは駅についたことに気づくと、おばちゃんたちには目もく
れずに新聞をたたんで降りて行ってしまった。
⋮⋮やっぱ他人だったんだ⋮⋮。
そうして私の中でまたひとつ、﹁なんだかんだでおばちゃんが最
強﹂エピソードが増えていった。
すげぇなぁ、図太いよなぁ、他人の新聞あんだけ指さして覗きこ
むんだもんなぁ、と思い、再びAのほうを目をやると、おっさんが
いなくなり情報源を絶たれたAは大人しくドアの近くに立っていた。
図らずも私のAの位置関係は、Aの全身コーディネートが観察でき
る形になっていた。
そして私は、Aの服を見てショックを受けた。
Aが着ていた服は、私がフ○ボアで見て﹁かわいいなーちょっと
高いけどほしいなーー!﹂と思っていたセーターとそっくりだった
のだ⋮⋮。いや、別物なのはわかるんだけど、そっくりだ。
私の中で一気にあのセーターへの購買意欲は失われた。あのセー
ターがかわいいことには変わりない。しかし、あのセーターを着よ
うとするたびにあのAの図太い行動を思い出すと思うと、私までお
ばさん道まっしぐらな気がする。デザイナーの方には申し訳ないし、
フ○ボアにも罪はない。でも、もう買えない。
たいへんなお金をかけ、雑誌でかわいいモデルさんに服を着ても
102
らうことの重要性の意味を、今私は身を持って知った。そういえば、
以前松○潤くんがツ○リチサトのカーディガンを着てたときは﹁か
わいいーー! ツ○リかわいいい!!﹂と大絶賛したが、こないだ、
○とうあさこが着てたのがツ○リっぽかったときは﹁あさこさん、
ツ○リ着るのか⋮⋮別にいいけど﹂と多少がっかりしたしな。いや、
あさこさんは好きだけどさ。
人は見かけではない、とはいうが、中身のせいで外見の関係者に
も迷惑がかかることもあるのだと思うと、私は好きな服は着るけれ
ど、可能な限り常識的に生きて行きたいと思う。
103
いいかおりの様々
相変わらず微妙に忙しく、日々寝不足で過ごしている中でも癒し
は必要なので、こないだもちらっと書いたがiHerbで購入した
オイルを使って日々マッサージをしている。
今回はおすすめブログにも紹介されていた、﹁いい香り!﹂と評
判のローズのオイルを買ってみた。しかし後々調べてみたら、若干
おスピな商品らしく﹁霊的な敏感さが高まった﹂とかいう感想が出
てきて、そんな余計な能力が開花されては非常に迷惑なのだけどな
ぁ、とか思いつつもまぁいい香りだからいいやと納得して使ってい
る。
香り自体も結構強く、朝胸元にさらっと塗ると自分にしかわから
ない程度に数時間ふんわりと香ってくれる。あぁ、バラって女の香
りって感じ。これで頭が良くて仕事もできて誠実で優しい、独身の
できればイケメンを射止めたいところだ。思うのはタダだ。
そうこうしているうちにお昼になったのでトンカツを食べに出か
ける。いっつも同じ物を頼むので、行けばもう﹁あぁトンカツ定食
ね﹂みたいな感じになるので楽っちゃ楽なのだが、ちょっと違うも
のを食べたい気分の時も言い出せないでいる。あんまり違うもの食
べたい気分のときがないからいいけど。
しばらくすると定食が運ばれてくる。テレビでは午後には衆議院
が解散されるという。誰それが党を離脱だの新党結成だの、国民に
とっては本当はどうでもいい話題が続く。新党を結成したって、結
局国民不在の政治が続けば何の意味もないのだ。サクサクの衣に包
まれた黄金色のトンカツを頬張りながら、それでも楽しくこの国で
生きていきたいなぁとぼんやりと思う。
そして、豚汁に手をつけた、その時だった。
最初に書いたが、最近私は寝不足だったのだ。まだまだ行ける、
などと思っていても、突然その緊張感はほころぶのだ。
104
私は手が滑って豚汁を、もうそこは流し台であるかのように、盛
大ににぶちこぼした。何が起きたのか瞬時に言語化はできなくとも、
器が斜めになると同時に豚汁がこぼれだし、私の膝の上に豚汁が落
下していく様をスローモーションで記憶し、今でもそれをまざまざ
とまぶたに浮かべることができる。
そして落下した豚汁は、その大半が私のジーンズに吸収されたの
だ。
あぁあ⋮⋮。
気付いたお店の奥さんが大量のおしぼりを持ってきてくれた。私
はそれを、すいません、すいません、とか言いながら受け取る。奥
さんは、だいじょうぶよ、気にしないで、それよりやけどとか平気
? と気遣ってくれる。あぁあ。ごめんなさい。ひととおりこぼし
た分を拭き取り、とりあえずだいじょうぶだと思います、ありがと
うございます、と言って残りのトンカツを食べ、お金を払ってお店
を出た。
そして今、すごく自分が豚汁臭い。さっきまでのバラの香りを打
ち消すほどに、自分は今豚汁臭い。バラの香りって女の香り、とか
言ってた自分が嘘みたいに、豚汁臭い。逆に家庭的な香りな気もす
る。いや、これはこれでいい香りなんだけど、違うだろう。人体か
ら香らせてはいけない香りだ。万が一この香りに惹かれてやってく
る殿方がいるとしたら、食いしん坊一択だ。あぁあ。
なのでもし、帰り道とかにとんかつ屋もないのに豚汁臭いなぁ、
と思ったら、もしかしたら私が近くにいるかもしれないけど、そう
いう事情なので突っ込まないで頂きたいと思う次第です。
105
基本的に目は死んでます︵前書き︶
※登場人物の説明※
津田くん ↓ 生活圏がわりと重複しているという理由で、飲みに
付き合わされたり特撮博物館に連れてかれたり仕事の邪魔をされた
りしているのに、わりと素直に付き合ってくれる人の良い青年。占
いによると正義感が強いらしい。だけど猿が大嫌いで生活から一切
排除しているらしい。なんだそれ。
106
基本的に目は死んでます
私はわりといつも目が死んでいる。どのくらい死んでるかという
と、わかりやすく言えばピー○の又吉さんぐらいに死んでいる。な
んでそんなに死んでるのかというと、別に世を儚んでるわけでも、
世界に絶望してるわけでもない。多分、活字とパソコン画面ばっか
り見てるせいだ。だって活字を見てないと落ち着かないんだもん。
あとあまり熟睡できない体質なのもあるのかもしれないけど。
だからむしろ逆に、私の目が生き生きしていたときなどあったの
だろうかと津田くんに問うてみたら、﹁特撮博物館に行ったときは
目が輝いていた﹂と言われた。あぁ。あれはな。どえらいテンショ
ン上がってたからな。
でもあの日だってわりと寝てなかったはずだ。でも輝いてたって
ことは、やっぱり寝不足だろうとなんだろうと、なにか興味深いも
のを前にすると人間の瞳は輝くのだな。そういえば恋してると目が
輝くっていうしな。でもその理論展開でいうと、特撮ではなく津田
くんにときめいていた可能性だって無きにしもあらずだぞ! やい
のやいの! ふぅ、どうでもいい。
とはいえ私も一応女性なので、化粧品のカウンターでコスメを選
んだりすることもある。そして大抵﹁なにかお肌の悩み事はありま
すか?﹂と質問され、﹁なんか目の下のクマが目立つんですよねぇ。
よく﹃目が死んでるけど大丈夫か!﹄と心配されます﹂と答え、い
らん情報を付加したがために店員さんとの間に微妙な空気を漂わせ
る。しかし店員さんも大人なので、﹁目の下のクマが気になる場合
は、目の下に軽くパールを乗せてあげるとレフ板効果でうんちゃら
かんちゃら⋮⋮﹂と慣れた様子でメイク直しをしてくれる。
そして出来上がったのは、下瞼がやけに輝く目が死んだ女の顔だ
った。これクマがどうとかレフ板効果がどうとかいう問題じゃない
な。そもそも目が充血してんのがいけないんだよ。
107
なので最近はもう、メイクでどうこうしようとするのも諦めてい
る。いっそこの気だるい感じが﹁アンニュイ﹂という魅力になるよ
うに、日々気だるげに過ごしている。でも今までだって基本的に私
は日々ダルそうに暮らしていることが多いのだから、ただメイクで
どうこうするのを諦めただけで、結果今までどおりという何の進歩
もない結論に至るのだった。
年取ると諦めが早くなってやーね。年関係ないか。
108
まつげでうっとりうっとり
およそ三十年生きてきて、初めて気付いた。私はまつげを触って
いると眠くなるのだ。
それに気付いたのは、コスメカウンターでのことだった。なんか
昨日からコスメカウンターでの話題が続いているのは偶然である。
基本的にカウンターとか苦手なのであんまり行きたくない。だって
産毛とか気になるじゃん。産毛とか産毛とか。あと毛穴とか。でも
私の愛用しているアイライナーはデパートのコスメカウンターでな
いと買えないので、勇気を出していつも行っている。そして﹁つい
でに化粧直しもどうですか?﹂という誘いを断れずカウンターに座
らされ、明るいカウンターの下で、鼻の下の産毛の処理が甘かった
ことなどを痛感しいたたまれなくなるのだ。
ならば断ればいいじゃないかと思うであろう。しかし、うまい断
り方もよくわからないので、言われるがままなのだ! そしておす
すめの化粧品などをセールスされ、でも基本的に買うと決めてきた
ものしかその場で買わない主義なので、ずっと﹁あぁ、そんなに熱
心に説明してくれてるけど、どうせ私買わないよ。うん、ごめんね﹂
と思いながらとりあえず﹁わぁ、いいですねぇ﹂などと失礼になら
ないリアクションを繰り返す。お互い無駄な労力を使うだけな気も
するが、気に入ったものは何度もリピートして買うので、店員さん
との関係には一応気を使うのだ。あと試供品いっぱいもらえるしな。
まぁそんなことはどうでもいい。
とにかく私は先日、愛用のアイライナーを買うためにいつものカ
ウンターに行った。仕事終わりだったので、案の定店員さんに﹁よ
かったらお化粧直しでもー﹂と言われ、言われるがままに﹁あぁ、
じゃあお願いします﹂と席に座った。その時点で私は普通だった。
そのコスメブランドはわりとメディカルな雰囲気を売りにしてい
るようなので、メイク直しをしながら色々と皮膚科学などに基づい
109
たお肌ケアなどを提案してくれる。しかし私は、スキンケアの最後
にニ○アを塗りたくるというケアで非常に絶好調です、安い肌でご
めんなさい。そんなことを思いながら、店員さんに顔をクリームで
ぺたぺた、お粉でばふばふと、されるがままだ。
そして目周辺のメイク直しに店員さんは取り掛かる。細かいメイ
ク崩れをクレンジングで落とし、アイシャドウなどを乗せ直してく
れる。図らずも、店員さんの指先などがわさわさと、私のまつげに
触れる。アイシャドウをキレイなグラデーションにしてくれる。そ
の間も、店員さんの指先はふとしたときに私のまつげに触れる。
どうしたことだろう。急激に眠い。びっくりするぐらい、急激に
眠い。
何度かこのエッセイで言ったことがあるが、私は寝つきが悪い。
どこでも眠れるという人を心から尊敬する。そりゃ私だって、猛烈
な寝不足のときに電車に乗ったら多少うとうとするが、基本的に公
共の場で眠りこけるなんてありえない。
それなのにどうしたことだ。公共の場どころか、店員さんが色々
と説明し目周辺をわさわさといじられているにも関わらず、この睡
魔。むしろアイメイクの手直しが長引けば長引くほど、睡魔は私を
飲み込まんとする。
そういえば、いつもコスメカウンターで化粧直しをしてもらうと
眠くなるのだ。ちょっとだけチークの色味を確認させてください、
とかなら眠くならないのに、アイメイクをがっつり直してもらい、
店員さんから﹁はい、こんなかんじでどうでしょうー﹂と鏡を渡さ
れたときはいつも、猛烈に眠そうな女の顔が写っているのだ。
さらによくよく考えてみれば、私は朝どんなにたっぷり寝ても、
すっきり目が覚めても、メイクをしていると睡魔に襲われる。ファ
ンデーションを塗っているときなどは全然平気だ。しかし、アイメ
イクになってマスカラを塗ったりアイライナーを引くためにまぶた
を触ったりしていると、途端に眠くなる。
そうか、まつげだったのか。私の睡眠スイッチはまつげだったの
110
か!
突然自分の体質に気付き、心の中でガッテンガッテンと山瀬○み
ばりにガッテンボタンを押していたが、そんなガッテンボタンも睡
魔に飲み込まれどうでもよくなった。それでもかろうじて意識を維
持し、店員さんに﹁ネイビーのアイラインを仕込むと白目がキレイ
に見えますよー﹂と言われ、あぁ、やっぱり自分で言わなくても私
って目が充血してるっていうか死んでるよね、と納得し、結局色々
塗ってもらったのに最初の目的のアイライナーだけ購入して帰った。
家に帰っても、睡眠スイッチはまつげという仮説を証明するため
に、わさわさと自分でまつげを触ってみる。そうしたら途端に眠く
なり、非常に変な時間に一時間くらい寝てしまった。その後風呂上
がりにも、﹁さっき一時間寝たからちょっと夜寝付けないかもなぁ﹂
などと思っていたが、さわさわとまつげを触っているとこれまた眠
くなり、普通に夜も寝てしまった。すげぇ。まつげすげぇ。
これは長年の私の寝つきが悪いという悩みを、一気に打破する一
撃になるかもしれん! そう思うと嬉しくてたまらないが、この長
年の悩みがたかがまつげで解消するのかと思うと、なんだかそれは、
﹁あんなに基礎化粧品にお金をかけていたのに最終的にニ○アを塗
りたくるのが一番調子がいい﹂ことに気付いたときのがっくり感に
も似ていて、少しだけ複雑な気もするのだった。
111
今年一番の怒り
私はわりと、おっとりしていますねぇ、と人から言われる。しか
しそれは見かけ上だけだ。腹の中ではどうでもいいことに常にツッ
コミを入れ、しょうもないことを疑問に思い、ひとり静かに憤慨し
ていたりする。
そして今年も終わりに近づいてきたので、今年一番腹を立てたこ
とはなんだろうと思いだしてみると、多分ロンドンオリンピックの
閉会式なことに気付いた。しょうもない。そしてなんて平和な一年。
ご存知のとおりロンドンオリンピックは、前半は疑惑の判定が相
次いだり、期待されていた競技での不振が続いたりしたが、最終的
に日本は歴代最多のメダルを獲得し幕を閉じた。
オリンピックは競技のほかに、大会を彩る開会式や閉会式も見所
だ。私はトレインスポッティング世代であったため、開会式の芸術
監督がダニー・ボイルで音楽がUnderworldと聞いた時点
でテンションが鰻登っていた。朝五時に無理やり起きて開会式を鑑
賞し、007のくだりで朝っぱらから﹁ぜろぜろせぶうううううん
!﹂と意味の分からない雄叫びをあげ、しかしそこがピークであり、
ミスタービーンあたりでは睡魔と戦い、偉い人の挨拶が始まった時
点で寝た。最後の聖火でかろうじて起きたけど。ラストはヘイ・ジ
ュード! 開会式で﹁落ち込むなよ﹂的な歌はどうかとも思うけど。
でもまぁ概ね楽しんだ満足のいく開会式であった。偉そうだな!
賛否両論はあるにせよ、イギリス文化がわりと好きな私には好き
Symphony
of
British
Musi
な雰囲気の開会式だったので、閉会式も期待していた。閉会式のテ
ーマは﹁A
c﹂。UKロックは好きなので、これは期待できる。
そして私は閉会式も、朝五時から頑張って起きて鑑賞していたの
だ。途中で睡魔に襲われてガックンガックン寝てたりもしたが、ス
パイスガールズが出てきたりなんかして、開会式のベッカムといい、
112
この夫婦は働き者よのう、などと思いながらなんとかテレビ画面を
見つめていた。この時点ですでに、実はどうにもしがたい違和感は
感じていたが、あまり気にし過ぎるのもクレーマーっぽいなぁと思
い、大人しく見ていた。しかし、次のリアムの扱いでその違和感は
だんだん抑えきれなくなってくる。
N○Kアナウンサーは、オアシスの曲を歌うリアムを﹁ビーディ・
アイでーす﹂と紹介した。それ以後、解説なし。うん、ビーディ・
アイだよ。でも、これ、オアシスの曲でリアムが歌ってるんだよ⋮
⋮。なんだろう、この不完全燃焼な解説。解説っていうか、おしゃ
べり。おしゃべりならば、﹁相変わらず眉毛ですねぇ﹂だとか、﹁
どうせオアシス歌うなら今日ぐらい兄弟仲直りしてもいいんじゃな
いですかねぇ﹂だとか、ちょっとギリギリのところに踏み込んで頂
きたい。正直に言おう、さっきから、このアナウンサー共、たいし
た情報も言わないくせに毒にも薬にもならないおしゃべりをしてて、
ものすごく邪魔なのだ。音楽がテーマの閉会式で、実のない喋りで
音楽邪魔するって、どうなんだ。
この時点で相当イライラし始める。でもたまたまアナウンサーが
オアシスに興味がなかっただけかもしれない。うん、きっとそうだ。
自分を納得させる。
続いて、人間大砲が舞台に出てくる。人間大砲が失敗して、そこ
から登場したのはエリック・アイドル! が、N○Kの放送は、こ
の人間大砲失敗という大事なシーンを、なんか知らんが日本選手の
後ろ姿を映して映し損ねていた。そしてエリック・アイドルを﹁エ
リック・アイドルさんです! アーティストです!﹂と解説。えぇ
ええと! モンティ・パイソンとか言ってあげたら親切なんじゃな
いかなぁ! まぁ別にいいけど!
すでに私のイライラはピークに達していた。しかし、次はMUS
Eだ。私が大好きなMUSEだ。MUSEは今回のロンドン・オリ
ンピック公式テーマソングを歌っている。﹁Survival﹂!
戦いに挑む選手とその壮絶な生き残りを表現しながら、非常にMU
113
SEらしい雰囲気で私はすごく好きだこの曲! この際、アナウン
サーにはもう、黙っていてもらおう。不完全燃焼な解説でいい。M
USEをじっくりと聞かせて頂こう。
﹁ここで、日本選手のコメントを∼⋮⋮﹂
だーーーーーーーーーーーーまーーーーーーーーーーーーれーー
ーーーーーーーーーー!!
ばっかじゃないの! ばっかじゃないの! なんでこの人たち、
MUSEをBGMにどうでもいいおしゃべりしてんの! そんなの、
オリンピックダイジェストでやりゃいいじゃん! ばっかじゃない
の! しかもMUSEのミュの字にも触れないの! なんなの! これ絶対、お前らがMUSE知らないだけだろ! ばっかじゃない
の!
私は怒りのあまり、思わず朝っぱらから数ツイートに渡ってツイ
ッターに愚痴った。N○K関連のアカウントにこそ直接文句は言わ
なかったが、朝っぱらから盛大に愚痴った。友人のタイムラインは
朝っぱらから私の殺伐としたツイートが連続したのであろう。非常
に迷惑である。そして怒り狂ったまま、閉会式は終了した。朝から
非常に無駄な労力を使った。私は多分人より労力の使い方が間違っ
ている。
その後も怒りは収まらず、三日間に渡り上記のようなことを会う
人会う人に愚痴りまくった。散々愚痴ったのでさすがに怒りは収ま
ったし、ネット上でも私と同じ意見の人が多数いたのでやっと落ち
着いたが、今、今年一番怒ったことで改めて思い出してみたら、あ
のときと同じテンションで怒っている自分にびっくりだよ。
しかし、こんなどうでもいいことが今年一番怒ったことであるな
らば、やっぱり基本的に私は温厚なんじゃないかしら、とも思うの
だった。
114
前髪の切りすぎた感
前髪を切りすぎた。自分でやったので仕方あるまい。
私は基本的に二、三ヶ月に一度美容院に行っている。私の複雑な
髪質やクセを加味しても、だいたい三ヶ月くらいは放置しても大丈
夫なようにしてもらってるので非常に楽だ。ずっと同じ人に切って
もらってるから好み︵というか私のズボラさ︶もわかってくれてる
し。
だけど、その間も当然前髪は伸び続けるので、前髪だけはどうし
ても自分で処理しなければならない。美容師さんに、﹁このサイド
の髪残しておけばどうにでもなるんで、それ以外は好きにして大丈
夫ですよ﹂と確認し、目にかかるなぁ、邪魔くさいなぁ、と思った
ら切るようにしている。
そんなわけで先日も、自分で前髪をカットした。最初は恐る恐る
切ってみたのだが、恐る恐る切りすぎてほとんど変わっていないよ
うに思えたので、めんどくさいからちょっとがっつり切ってみよう
と勇気を出して切ってみたところ、案の定切りすぎたのだった。あ
ぁ。いらん勇気出した。
どうして前髪は切りすぎるとこんなにも影響が大きいのだろう。
そりゃ目につくところだから仕方ないさ。だけど、切りすぎたなぁ、
と思うと大抵多くの人から﹁あ、前髪きった?﹂と指摘され、それ
はすなわち、﹁前髪短くね?﹂と同義なのだ。
でも私だって前髪が短い人を見ると、言葉にこそ出さないが目線
は完全に前髪に向かってしまう。人の髪型が変わったことにあまり
気付けないと評判の私ですら、前髪が短いことには気付くのだ。そ
して、目を見て話す振りをして、前髪をがっつり見つめてしまった
りする。うっかりすると失礼にあたりそうだ。でもそれくらい、数
センチの違いによる前髪の変化のはっきり感はすごいのだ。
結局何が言いたいのか自分でもよくわからなくなってきたが、要
115
するに、前髪切りすぎたからどうにかしたいけど、どうにもならな
いので早く髪伸びないかなぁ、と、ぼんやりと思っているだけなの
だった。そして、﹁そういえば以前、前髪だけのつけ毛を見てバカ
にしてたけど、今こそあれを買うべきなんじゃなかろうか⋮⋮﹂な
どと思いながら、amazonさんを放浪したりしているのだ。す
べての商品にはそれなりにニーズがあるのですね⋮⋮。
116
日曜日のジミー
世の中には﹁サ○エさん症候群﹂というものがあるらしい。日曜
日にサ○エさんを見ると、﹁あぁ休みが終わる、明日から仕事︵学
校︶だ﹂と思って憂鬱になる、というものだそうだ。そういえば私
も昔は、月∼金働いて土日祝日休みの生活を送っていたので、そん
な感覚があったような気がしないでもない。しかし休みが不定期の
今となっては、﹁あぁ、日曜日に家にいてちゃんと私休んでるよデ
ュフフ﹂と思ってニヤニヤする番組である。まぁどうでもいい。
そんなわけでたまにしかサ○エを見ないわけなのだが、最近たま
にしか見てないにも関わらずよく見かける新キャラがいる。それは、
金髪でチャラいジミーだ。︵ジミーをご存知ない方は、適当にググ
って下さい︶
あいつは一体何なのだ。大工の息子で腕は確か、というところは
見た。そして確かにチャラいのだが、あくまで﹁サ○エさん﹂とい
う世界観を崩さないチャラさであって、服装などはそこはかとなく
ダサい。そして語尾が﹁∼っス﹂。まぁいい。そのへんはまぁいい。
しかしジミーは、なぜヘッドホンを常に着用したままなのだ。着
用したままでも通常の会話に支障はないようなので、別にあのヘッ
ドホンから音楽が流れているわけではないのだろう。その上、頭上
にはこれまた意味のわからないメガネ。サングラスではなくメガネ。
ヘッドホンを着用するうえに、ヘアバンド的な使い方をしているメ
ガネまでも着用。耳周りが混沌としてそうだ。というか、音楽の流
れていないであろうヘッドホンと、視力を矯正する位置にはないメ
ガネ。ジミーの首から上は、無駄なものばかりではないか。オシャ
レは確かに足し算であり引き算であるが、足してばかりでダサさこ
こに極まれり、だ。
さらに、どうして堅物な波平が、人と会話するときにもヘッドホ
ンをはずさないことを注意しないのだ。波平は堅物とはいえ、見か
117
けだけで人を判断するような小さな男ではない、ということなのか
もしれないが、人と話すときにヘッドホンつけたままは感じ悪いだ
ろう。ジミーの親父とジミーの間を取り持つ前に、そのジミーの頭
周りの無駄さと無礼さを指摘しろ! まぁ、頭頂部に一本だけ残っ
た毛髪を死守している波平に、頭周りの無駄さを指摘することは酷
なことかもしれないけどさ。あぁそうか、だから言わないのか⋮⋮。
そんなこんなで、ジミーがどの程度の頻度で出てるのかも知らな
いが、というかあいつが一回限りのゲストキャラでなかったことに
びっくりしてるくらいなのだが、日曜日のジミーは私に微妙なわだ
かまりを残したまま去っていくのであった。
しかし月曜日ってダルいね!
118
ポスターだらけの壁
東京は来月都知事選と衆議院選挙があるので、各方面選挙活動が
ご盛んなようであります。かといってここで、私の政治思想や意見
など語る気はない。このエッセイのコンセプトは、あくまでぐだぐ
だとしょうもない日常を語ることなのだ。だから、最近の気になる
ことと言ったら、実家の通りに面した壁が選挙が近づくにつれ、各
政党のポスターだらけになって個人的に非常に景観を損なっている
ようで気に食わない、ということだ。
うちの実家の目の前、一方通行の小さな道を挟んだ向かい側には、
立候補者のポスター掲示場がある。だからなのだろう、選挙の時期
になるとあらゆる政党から﹁政党のポスターを貼らせてくれ﹂と頼
まれる。基本的に政党ポスターに関しては来るもの拒まずなので、
﹁あー、あいてるところに貼っていいですよ﹂と言うと、掲示場に
近いあたりからどんどんポスターが貼られ、我が家の壁一面びっし
りと政党のポスターが貼られることになる。結果的に、﹁この家は
政治に熱心かと思いきや、がっつり無党派﹂なことを周囲に知らし
めることとなるのだ。前の区議会議員選挙のときも、友人のお母さ
んから﹁ユリ子ちゃんちの壁、ポスターだらけでユリ子ちゃんちが
選挙ポスター掲示場に変わったのかと思ったわー!﹂と言われたし
な⋮⋮。
そんなこんなでまぁ、どこの政党が貼ろうがどうでもいいのだが、
暑苦しいおじさんおばさんの渾身の一枚が引き伸ばされたポスター
で埋め尽くされた壁は、見る度になんとなく精気を吸い取られそう
な気がしてきて、この時期はなんとなく帰るのが億劫になるのだ。
あぁ、いいように考えよう。あれは結界だ。我が家をあの暑苦しい
オーラで守ってくれてるのだ。あと3週間弱の辛抱だ⋮⋮。
そしてどこの誰に投票しようかとかまだ全然考えてないが、いつ
も選挙が終わった後に挨拶もなしに勝手にポスター剥がしたり取り
119
替えたりするような、﹁あー、頼むときは腰低くするくせに、一度
許可したり用なしになったらその態度ですか、へー、そういう態度
の政党ですか﹂という政党と、ポスター貼っていいよ言ったら選挙
後、なんかよくわからない宗教勧誘チラシ︵公○党じゃないよ︶を
入れてくるようになった政党には入れないようにしようと思ってい
る。
結局、選挙だって日頃の行いが大事なんだよまったく。
120
胃が痛いの諸相
昨日から胃が痛い。それなのに、ご飯の時間になると欲望の赴く
ままに食べてしまう。あぁ。
昨日の朝まではまだ、何も問題はなかった。多少胃の調子が悪い
かな、程度だった。しかしお昼にマク○ナルドで変な注文の仕方し
てから決定的におかしい。○ナルドの呪いだろうか。でも変な注文
といっても、常識の範囲内だぞ! 持ち帰り故に飲み物は別にいら
なかったから、チーズバーガーとポテトSのコンビというやつにし
て、チキンナゲットを単品で注文しただけた。こうするとバーベキ
ューソースがもらえるので、ポテトが易々と消費できる。セットの
ポテトは多いんだ。飽きるし。
しかし、最近マックは手元のメニューが廃止されたので、こちら
としてはとても精神力を使う。○○セットと言えれば簡単だが、今
回のように単品との組み合わせになると、いちいちレジの人に商品
名言わないといけないからだ。案の定、私はチキンナゲットという
単語がすんなり出ず、レジのおばちゃんとの間に数秒間の気まずい
沈黙が生まれた。あぁ、メニューを見るなり指差すなりすれば一発
なのに! 一体どうして、客のためを思っての手元レジの廃止など
という変革を断行したのだろうか。これを本気でお客のためと思っ
てやったのならば、手元メニュー廃止を決定した人が思ってたより
もずっと日本人の頭がポンコツだったか、手元メニュー廃止がいい
と思ってやった決定者の頭がポンコツだったのかのどちらかだな!
私の頭がポンコツだという説もあるが。まぁマックの話しはもう
どうでもいい。
とにかく、胃の調子が多少悪かったにも関わらず昼間からがっつ
りと脂っこいものを食べてしまったのだ。それがきっかけだったの
だろうか、午後になるとなんとなく胃が重く、キリキリする。でも
薬を飲んだりするほどではなく、作業に支障が出るほどでもない。
121
あぁ、一番判断に迷うパターンだ。しかし、実際は判断に迷ってい
る暇などないので、支障がないなら無視するまでだ。なので午後は
普通に仕事をした。
そして夕飯。うっかりまた欲望の赴くままに、唐揚げ食べてしま
う。あぁ! 昼間にチキンナゲット食べたのに、また鶏だよ! 胃
痛の前に食のバランス悪いよ! そして相変わらず痛む胃。脂っこ
いものばかりで、休まる暇もない。胃痛にはなんとなく炭酸水を飲
むとスッキリするイメージがあるので、炭酸水をがぶ飲みしてみた
が、それでも胃は痛い。こんな日はとっとと寝よう。というわけで、
昨日はさっさと寝た。
しかし、今日になっても微妙な胃痛はまだ続いていた。朝からキ
リキリと痛む。ストレスになるようなことなど別にないのに。私の
日常は基本的に平和だ。腹のたつことがあっても、自分の中で思考
と感情を整理すればわりとどうでもよくなる。それが長所なのに。
というかそれしか取り得ないのに。
でも胃が痛くても日常は進んでいくので、今日もまた仕事をする。
ぼーっとしたり、てきぱきと仕事をしたり、ぼーっとしたり。ほと
んどぼーっとしてんじゃないのか、と思われそうだが、これはいざ
というとき仕事を高速で片付けるための準備なのだ。言わば準備運
動。何事も緩急が大事だからね!
そんなことを考えならが、お昼になったので、パスタを食べるこ
とにする。いつも行く美味しいパスタ屋さんへ。店員さんに伝えた
メニューは﹁アラビアータ下さい﹂。
あぁ⋮⋮アラビアータって、辛いんだよなぁ⋮⋮美味しいけど。
そんなことに、食べてから気付く。昨日から脂っこいものだの辛い
ものだの、胃が休まる暇がないんだってば。でもアラビアータは美
味しいので完食する。そして案の定アラビアータが尾を引いて、午
後も引き続き絶賛胃が痛い。胃が痛いのに眠いのでコーヒーも飲む。
胃に対してなんの気配りもない。いつか胃に復讐されそうだ。胃が
痛いが頭を駆け巡りすぎて、思考がドグラ・マグラみたいになる。
122
脳髄は物を考える処に非ず。胃が痛いと感じるのは胃自身が痛いと
感ずるからであって⋮⋮あぁ、もうなんかよくわからない。チャカ
ポコチャカポコ!
そうして痛む胃を引きずって家に帰る。家に帰るとキムチがあっ
た。﹁ああ、ここのキムチ好きなんだよなぁ﹂と、何も考えずに食
べる。やはり、脳髄は物を考える処に非ず、だ。脳髄がもうちょっ
と考えていたら、いい加減、ちょっと刺激物避けておこう、とか思
うはずだ。でも食べてしまうのだ。私は欲望の前に忠実な女。あー
はー!
てなわけで、今もまだ胃が痛い。明日こそは胃に優しいものを食
べようと思うけど、私の脳髄がポンコツでちっとも機能してないよ
うなので、明日も胃に刺激を与え続けるかもしれない。胃にはなん
とかして頑張って頂きたいと思うところです。まるで他人事!
123
間が悪いひと
間が悪い人っていますよね。空気読めないとはちょっと違う。悪
気もないし本人はどちらかといえば気を使って生きている人なのに、
﹁なぜ⋮⋮なぜそのタイミングで!﹂という神様のいたずらのよう
なハプニングを起こす人。私の友人、ミヤコ︵仮名︶ちゃんがそう
だ。
ミヤコちゃんは学生時代に同じサークルに所属していた同期で、
三年生のときは会計担当という、とても重要な役割を担ってくれた
しっかり者だ。うちのサークルは大学の公認団体のため、一部予算
を学校からもらう。ゆえにどんぶり勘定では許されない。ミヤコち
ゃんは夏の会計会議で、昨年度の報告と今年度の使用用途をほかの
公認団体に夜通しで説明していた。ちなみに私はそのとき、夏のイ
ベントのチーフだったので、家で準備をするという名目でぼーっと
していた。ごめん、ミヤコちゃんほんとごめん。いくらそのイベン
トが会計会議の翌日でないと予定が合わなかったからって、﹁この
日は朝6時に東京駅新幹線ホームに集合ね!﹂とか言い放ってごめ
ん。
まぁ、そんなしっかりものの彼女なのだが、なぜか間が悪い。あ
る年の秋、サークルのみんなでバーベキューに行ったことがあった。
肉も野菜もいい感じに焼けたので、バーベキューを囲みみんなで写
真を撮った。あぁ、青春の一ページって感じ。ちなみに当時は、ま
だそれほどデジカメが普及してない時代なので、インスタントカメ
ラで撮影。後日現像してみると、はい、チーズ! の瞬間に風が吹
いたらしく、バーベキューの煙が全て風下にいるミヤコちゃんの方
に流れていき、煙であまり顔がよく見えなかったばかりかうっすら
と見えるミヤコちゃんの顔は、煙でむせて漫画みたいにゲホゲホと
苦悶の表情を浮かべていた。あぁなんていう決定的瞬間。写真は一
瞬を焼き付ける、という意味では、これ以上ないほどの被写体。あ
124
の写真を見た瞬間、爆笑してごめん。ほんとごめん。
さらにこれは近年のことだが、ある日私とミヤコちゃんは遊びに
行こうとある街の駅で待合せをした。﹁ごめん、十分くらい遅れる
!﹂という連絡があり、まぁ十分くらいなら、と、私は駅で携帯な
どをいじりぼーっと待っていた。しばらくすると、ミヤコちゃん登
場。私を待たせているということで、よっぽど焦っていたのだろう、
根が真面目だから。﹁ごめーーん!﹂と駆け寄るミヤコちゃん。そ
の瞬間、ミヤコちゃんの足裏から、何か黒いものがごろり、と剥が
れ落ち、ミヤコちゃんは﹁え??﹂という顔をした。なんだ! な
んだその足跡みたいなもの!
﹁ミヤコちゃん、なんか足元から出たぞ!﹂
ミヤコちゃんの靴は、ものの見事にごっそりと靴底が剥がれてい
た。靴底そんなふうに剥がれる瞬間を私は初めて見た。それを見て
私は人ごみの中で爆笑してごめん。ほんとごめん。
﹁あー⋮⋮買ったばっかなのに⋮⋮﹂
﹁え、買ったばっかで靴底剥がれるって、それ不良品なんじゃない
?﹂
﹁いや、古着屋で買ったから⋮⋮﹂
古着屋かぁ⋮⋮。それは文句つけられないなぁ⋮⋮。
その後ミヤコちゃんはしばらく一緒に街をウロウロしたが、靴底
を失った靴でウロウロしていたので早々に足が痛くなり、わりと早
々に撤退した。普段行かない街までせっかく出てきたのに⋮⋮。
そのほかにも、ミヤコちゃんと約束すると大抵最初の予定は流れ
るとか、一瞬嫌われてるのかと思うときもあるが、でもミヤコちゃ
んからも誘ってくれるときもあるので、別に嫌われてはいないのだ
ろう。有休取ってねずみの国行こう、と言ったときも、ミヤコちゃ
んが休暇届けを出す僅か三十分前に違う人が同じ日に出してて、﹁
なぜ⋮⋮なぜ三十分差! そして同じ日!﹂ということもあったし
な。でもすぐに別の日に予定を組み直したので、ほんとに間が悪い
だけなのだろう。
125
きっとこれからもミヤコちゃんは間が悪いのだろうけど、見てる
方としてはいつも爆笑させて頂いてるので、本人からすればとんだ
迷惑なのだろうけど、これからも間が悪くいてほしいと密かに願っ
たりしているのだった。
126
ないならないなりに
先日、大量にハーブティーを買い込んだのだが、それを飲んでい
たら図らずも毎日お通じがいい感じである。なので、以前﹁なかな
かすっきりしなくて⋮⋮﹂的なことを言ってた気がする後輩の桃ち
ゃんに﹁これ飲んでみなよ﹂とそのハーブティーを三袋くらい無理
やり押し付けた。不躾にあげたのに﹁わぁ! ありがとうございま
す!﹂と喜んでくれたっぽくてよかった。なんか繊細な相手だと、
﹁どーせ便秘ですよ私は!﹂とか思わないか心配になるからな。そ
りゃ繊細っていうか卑屈か。とりあえず桃ちゃんはそんな子じゃな
いので良かった。そしてハーブティーの流れから、この冬の冷え対
策談義に花が咲く。生姜など、今その効能が改めて見直されている
ものは多々あるが、なんだかんだ言って昔の人の知恵ってすごいよ
ね、という話しになる。
﹁そういえば、私こないだ久々に葛湯を飲んだんです﹂
﹁おぉ! いいね!﹂
﹁はい、でも、一番最初に作ったとき、水多すぎてさらっさらでし
た⋮⋮﹂
あぁ⋮⋮ありがち。あぁいう粉をお湯で溶くものを、私はうまく
作れた試しがない。いつも貧乏性を発揮してしまい、薄い味になる
のだ。ココアとか。
﹁でも次はちゃんと、お湯をちょっとずつ入れたらうまくできまし
た。なんか実家でおばあちゃんが作ってくれたのを思い出しました﹂
あーん! 良い話! 私はおばあちゃんの思い出があまりないの
で、そういうエピソードにすぐ感動してしまうのだ。
﹁いいねぇ。おばあちゃんの作ってくれた葛湯とか﹂
﹁いえ、厳密に言ったら、思い出したのは葛湯じゃないんですが﹂
え。なんだと。どういうことだ。
桃ちゃんは言う。幼い頃、おばあちゃんがたまに作ってくれる葛
127
湯が大好きで、その日も桃ちゃんはおばあちゃんに葛湯をねだった
そうだ。しかし生憎、その日は葛湯を切らしてしまっていたらしい。
それでもおばあちゃんは、﹁ちょっと待ってなね﹂と、台所で何か
を作り始めた。材料がないのに、どうするのだろう⋮⋮と幼い頃の
桃ちゃんは、その姿を見ながらわくわくと葛湯を楽しみにしていた
そうだ。ほどなくしておばあちゃんは、あつあつの鍋からコップに
白くとろとろしたものを移し、﹁熱いから気をつけなさいね﹂と言
いながら渡してくれた。わぁ、おばあちゃん、すごい⋮⋮と尊敬の
念すら抱いて、ふぅ、ふぅと少しだけ冷ましてから、口に含む。
﹁⋮⋮なんだったの、結局﹂
﹁⋮⋮片栗粉と、砂糖を混ぜただけのものでした﹂
⋮⋮おばあちゃん!! そりゃ、わからなくもないけど!
﹁なんか、熱いうちはまだいいんですけど、冷めてくるとどんどん
微妙になってくるんですよね。味に繊細さとかないし。ぶるぶるし
た甘い塊みたいになっちゃって⋮⋮﹂
﹁それは⋮⋮幼い子どもには酷だなぁ⋮⋮﹂
﹁はい。あの時はおばあちゃんのことを思うと何も言えなくて。飲
み干したのか、こっそり捨てたのかも忘れましたけど。あれ以来、
もし葛湯がなくてアレを出されたらと思うと、もうおばあちゃんに
葛湯ねだれなくなりましたね﹂
あぁ、なんだその地味なトラウマ。
﹁でも、あのときの気持ちをあのときはうまく表現できなかったけ
ど、今ならわかるんです﹂
﹁なに﹂
﹁コレジャナイ!!!﹂
﹁あぁ⋮⋮﹂
おばあちゃんの愛とアイディアが仇となった悲しい例だ。そして、
全く理解できないわけではないから余計に悲しい。
﹁まぁ、ないならないなりに、なにか別のものを⋮⋮という気持ち
はわかるよ。私もこないだそういうことがあった﹂
128
﹁えー。どんなんですか?﹂
﹁ホワイトソースを自作しようとしたんだけど、うっかり小麦粉な
くなっちゃってて﹂
﹁あらら﹂
﹁だから、しょうがないから、から揚げ粉で作ってみた。和風の味
付け一切してないはずなのに、なんか和風の味なんだよね、ホワイ
トソースが﹂
﹁あぁ⋮⋮から揚げ粉自体にちょっと味ついてるの、ありますもん
ね⋮⋮﹂
﹁うん、それで、私も思った﹂
﹁⋮⋮なんて?﹂
﹁コレジャナイ!!!﹂
今日もどこかで、ないならないなりにがんばろうとした人が﹁コ
レジャナイ!!!﹂と叫んでるかと思うと、日本は平和でいいと思
うの。
129
ひかりものの魔力
そろそろ本格的にイルミネーションの季節らしい。しかし常々疑
問なのだけど、どうしてわざわざ寒い季節に、寒い外のイルミネー
ションを見に行かなくてはならないのだ。まぁ冬のほうが空気が澄
んでるとか色々あるのかもしれないけどさ。そんな私は、こないだ
イルミネーション点灯式でシャンパン無料配布! というのを聞き
つけて、シャンパン一気飲みして点灯式は見ずに帰った。シャンパ
ンは無料配布するだけあって﹁これジュースじゃないの?﹂という
ものであったので、酒に弱いわたしも文句を言いつつぐびぐび飲ん
だ。そして二杯目ももらいに行きたかったが、さすがにそれは図々
しいと思ってやめておいた。まだ恥じらいは残しております。
そんなわけで色々と、イルミネーションの季節なのであります。
しかし、あんだけキンキラキンの世界を見ると、一年と数ヶ月前の
あの節電騒ぎは何だったのだろうという気分になる。LED電球使
ってるので電気代は結果的に以前よりも減ってますよ! とか主張
されるが、年々この時期になるといろんなところでイルミネーショ
ンを売りにしたイベントが開催されるので、もう節電ブームは過ぎ
去ったのだろうな、とぼんやりと思っている。ブームでいいのか日
本よ。
このようにイルミネーションに対しては非常にドライな態度を毎
年とっている私であるので、積極的にイルミネーションを見に行き
たいなどとは微塵も思わない。むしろ﹁そんなにキラキラさせて、
まったく、カラスに注意しろよ﹂ぐらいのイヤミな態度をとってい
る。
それでも友人の中には、﹁君がイルミネーションに興味がなくて
もいい。でもこちらは見たいのだ﹂と熱心に主張する方もいる。そ
う言われちゃうと、別に行った先にイルミネーションがあってそれ
を通りすがりに見るくらいならいいかもな、と、非常に上から目線
130
で﹁じゃあ行ってもいいよ﹂となることもある。まぁ暇だしな、私。
なので数年前、友人と共にあるイルミネーションを見に行ったこと
があった。
イルミネーションといったらツリーやビル、ゲートなど目線の高
いところにあるものが電飾で彩られていることが多いと思うのだが、
そこは芝生広場のゆるやかな高低を利用して足元に壮大なきらめき
を演出するという、ちょっとほかとは趣きが違うものであるらしか
った。十七時から点灯なので、友人と私はその少し前から適当な場
所をキープし待機する。その間も私は、﹁私、イルミネーションで
うっとりする気持ちがわからない。だってただ光ってるだけじゃん﹂
などと失礼なことを曰わっていた。
そしていよいよ、点灯の十七時。スピーカーから、音楽が流れ出
したかと思うと、目の前に光の銀河が広がる。そして随所から湧き
上がる歓声。
﹁うわぁああーーーー!﹂
恥ずかしながら、あんだけイルミネーションを否定していながら、
私はいとも簡単に感嘆の声を挙げた。そして、いともたやすくうっ
とりしてしまった。一緒に行った友人を差し置いて、﹁すごいよす
ごいよ! うわあああ!﹂と感動する私。なんて簡単な女。結局私
は、いつも気取ってるけど自分が思うよりもずっとずっと単純な女
なのだ。くっそー!
友人は友人で、私の予想外のテンションの上がりっぷりに﹁う、
うん、結果的に楽しんでくれてるならいいけど﹂みたいな空気にな
る。なんかもう申し訳ないね! 逆に。そして私はその光景を写メ
に撮りまくり、ニヤニヤと帰宅し、後日別の友人に自慢したのだっ
た。
そんなわけで、どうしてカップルがやけにイルミネーションを見
に行きたがるのかという理由はわかった。あれは、もう問答無用で
うっとりする。だからイルミネーションをやっているところがカッ
プルだらけなのも納得する。
131
しかし、あれだけ感動したという経験を得ても、私はいまだにイ
ルミネーションには興味がない。きっとこの先彼氏とかに見に行こ
う、とか言われても﹁私イルミネーション興味ない﹂と言い張り、
そして行ったら行ったでまた感動してテンション上がって写真撮り
まくるのだと思う。
結局私って、簡単な女。
132
不実な響き
作品のタイトルだけ見て、﹁あ、これ不倫モンだな﹂と気付くこ
とがある。あれは一体なんのだろう。私の頭が毒されてるだけなの
だろうか。
最近、ロシアの作家チェーホフの作品をいくつか読んだ。その中
のひとつに、﹁犬を連れた奥さん﹂という作品がある。私はこのタ
イトルを見た瞬間、直感的に﹁あぁこれ絶対不倫する﹂と思った。
そして読んでみると、実際不倫していた。
なんなのだろう、この感覚! きっと私だけじゃないぞ。きっと、
私以外にもこのタイトルを見た瞬間に不倫モンだ、と気づいた人は
多々いると思うぞ! でも、﹁犬を連れた奥さん﹂、このタイトル
の中に不倫を思わせる単語は一切含まれていないのだ。犬を連れた
奥さんが出てくるであろうことは容易に予想がつくが、もしかした
らただの愛犬家のおばちゃんの話しかもしれないのだ。なのになん
だろう、このそこはかとなく漂う背徳的な香りは。﹁奥さん﹂とい
う単語がイケナイのだろうか。奥さんという言葉は、基本的によそ
のお宅の既婚者を指し示す言葉であるしな。あと﹁犬を連れた﹂と
いうところも、やけに暇を持て余してる感じが出ている。やること
ないからとりあえず、犬を連れて散歩に出てますのオホホ、みたい
な。暇を持て余したよそのお宅の既婚者、もう愛欲に走るなこれ、
と、頭の中で私は瞬時に判断しているのだろうか。
そう思うと、言葉とそれに付随するイメージって恐ろしいな。だ
けども、これだけの短い言葉の中に作品全体のイメージを凝縮でき
るのもまた、言葉ってすごいな。まぁ、原題も﹁犬を連れた奥さん﹂
なのかはロシア語わからないので知らないけども。
そして、﹁犬を連れた奥さん﹂がどんな話しだったか、不倫して
たところまでは覚えてるけど、ほかの話とごっちゃになって結局よ
くわかんなくなってるのは、チェーホフが悪いんじゃなくて私の頭
133
が悪いせいです。
134
お気に入りオノマトペ︵前書き︶
※どうでもいいお知らせ※
土日祝日を除き平日は毎日更新してきたこのエッセイ、九月末から
始めて気付けば五十話になりました。とりあえず師走で、とりあえ
ず気分的に忙しいので︵実際の忙しさとは別︶、五十話を区切りに
平日毎日更新は一旦止める、かも。年内に六十話まで行くのが本来
の目標なので、続けてはいきますが。真剣に読んでくださる方がい
るのかいないのかわかりませんが、今までの習慣を予告なしに変更
するのはなんかイヤだったので、一応のお知らせでした。お知らせ
終わり。
※登場人物の説明※
津田くん ↓ 生活圏がわりと重複しているという理由で、飲みに
付き合わされたり特撮博物館に連れてかれたり仕事の邪魔をされた
りしているのに、わりと素直に付き合ってくれる人の良い青年。占
いによると正義感が強いらしい。だけど猿が大嫌いで生活から一切
排除しているらしい。なんだそれ。
友人メガネ ↓ 元々は学生時代のアルバイト仲間。暇さえあれば
ご飯に行ったりスカイプで喋ってたりするので多分親友なのだろう
けど、本人同士はそんなことを確認するのが恥ずかしくて確認して
いない。あだ名の通りメガネをかけている。顔のパーツが地味で感
情がすぐに顔に出る素直な気分屋。褒めてるよ。
135
お気に入りオノマトペ
好きなオノマトペって誰でもあると思うの。私の場合、多分それ
は﹁いそいそ﹂だ。
例えば本屋、発売を待ち望んでいた本を持ってレジに並ぶとき、
私は心の中で効果音として﹁いそいそ。いそいそ﹂とか呟いている。
イタイのは知っている。でも、もうこの浮き足立つ気持ちを、最早
行動だけでは表現しきれまい! と思う時、その思いを強調するた
めにいちいち心の中で呟いてしまうのだ。
或いは、無意識のうちに心の中で﹁いそいそいそいそ﹂とか呟い
てるときもある。そういうときは逆に、﹁いそいそ﹂という言葉か
ら浮き足立っている自分の存在に気付くこともある。言葉が先か、
行動が先か。ちなみに、最近いそいそ呟いたのは聖☆おにいさんの
新刊が出たときだ。好きなんだもん。
でも、人と会話をしていても、﹁あぁこのひとこのオノマトペ好
きなんだな﹂と思うこともある。津田くんは絶対﹁もふもふ﹂が好
きだ。以前、床屋の前でご主人を待っている大型犬と遊んだ話しを
彼にしたことがあったが、
﹁こう、両頬のあたりをわしゃしゃしゃしゃ! とだね! ナデナ
デしてだね!﹂
﹁いいなぁーーーいいなぁーーーー! もふもふした? もふもふ
した? もふもふといえば、アルパカ撫でたことある? あれ、す
っごいもふもふなんだよ! もふもふしてんだよ! 一回撫でてみ
なよ! すっごいもふもふしてるからっ!﹂
と、普段理知的な人間であるはずの彼が、もふもふという単語から
アルパカへと飛躍した論理展開を見せたことがあった。あれは多分、
自覚がないけど﹁もふもふ﹂好きだ。っていうか、もふもふしたも
んが好きなのか。
ついでに友人めがねの場合は、﹁だーん!﹂﹁どーん!﹂だ。も
136
うあいつは事あるごとにそれで話しのオチをつける。
﹁そいで、もう、いっそがしいから、仕事だーーーん! ってね!
片付けてね!﹂
﹁もー、むかついて、おまえら全員出なおせどーーーーん! って
ね! 言いたかったんだけどね!﹂
﹁あーでこーで、だーーん! よ!﹂
﹁こーして、そーして、どーーん! よ!﹂
だーんだのどーんだの、お前はミスター○ャイアンツ、長○茂雄
か。
あぁ、こうやって振り返ってみると、オノマトペって、うまく言
語化できない感情の高ぶりをうまく放出するための素晴らしい表現
方法なのだな。これがなかったらきっと人類、フラストレーション
が溜まってとっくの昔に滅亡しているよ。今日も人類が平和でよか
ったなぁ。最近こんな感じで強引にまとめ過ぎな気がする。
137
道案内の星回り
外国人によく道を聞かれる。いや、日本人にだってよく道を聞か
れるけど。おそらくは万国共通でスキだらけで人の良さそうな雰囲
気を醸し出しているのだろう。
今日も外国人に﹁駅はどこ?﹂と英語できかれ、しかし私は英語
は喋れないので、﹁歩道橋渡ってすぐだよ﹂と日本語で言ってやっ
た。一瞬﹁?﹂という顔をされたが、ボディ・ランゲージでなんと
か通じた。やはり何事もあれですよ、伝えようという気持ちが大切
なのですよ。だけど昔、人ごみをかき分けて外国人が私に向かって
﹁Excuse MEEEEE!﹂と向かってときは何事かと思っ
たけどな。結局浅草行きたかっただけらしいけど、どうして人ごみ
をかき分けた。そんなに私は浅草に詳しそうな顔をしていたのだろ
うか。
そんなこんなで色々な国の人に道案内をすることがあるが、たま
に人に道を聞いておいて最後まで聞かずに﹁あぁわかった! あり
がとう!﹂と去っていく人がいるが、あれは一体何なんだ。
外国人が私に道を聞いて、でも母国語が違うのでお互い言葉を尽
くしてみても、伝わったのか伝わってないのかわからぬまま﹁なん
となく伝わったから大丈夫、ありがとう﹂という雰囲気になること
はある。しかし、日本人は母国語が同じはずなのに、なぜか話しの
途中で﹁あーはいはい、やっぱりね、はいはい﹂という感じで、こ
ちらとしてはまだ説明の冒頭のつもりなのに走り去っていってしま
うことがある。私の説明が長いのか? と思ったこともあるが、大
抵そういう人の説明を聞かずに去っていく人は、﹁○○ってどこに
ありますかねぇ?﹂﹁あー、これはあっちまっすぐ⋮⋮﹂﹁あぁー
ーーやっぱりそうなのね! わかった! ︵スタタタタタ!︶﹂と
いった有様なのだ。まだ方向性しか示してないけど、そのまっすぐ
行った先からが複雑でめんどくさいこともあるんですよ⋮⋮。どう
138
せ入り組んだ道を細かく説明しても、地元民でもない限り行ってみ
ないとピンとこないし、行った先で結局迷うのだろうから、方向性
だけわかればいいのかもしれないけどさ。でも、人の話しは最後ま
で聞きなさい! って幼い頃に口酸っぱく言われなかったのだろう
か。まぁ、私も含め大半の人は他人の話しなんかロクに聞いちゃい
ないけどな。
そういえば私の母親は致命的な方向音痴で、初めての場所にたど
り着くまでに大抵﹁駅で道を聞き、大通りで道を聞き、角でも道を
聞くまでしないと辿りつけない﹂とか言い放っていた。多分うちの
母親は﹁話しを最後まで聞かない道を聞く人﹂なのだろう。あの人
いつも生き急いでるからな。そう考えれば、うちの母がどなたかに
ご迷惑をかけた分、私がどなたかを道案内する星回りなのは仕方が
ないことなのかもしれない。世の中ってうまいこと回ってんなぁ。
星回りならば、道に迷ってる人には極力親切に対応しよう、と自
分の運命を受け入れてみたりもするのだった。
139
政治家金勘定面倒
今週末選挙なのか⋮⋮。期日前投票に行かなくてはならないこと
になりそうでめんどくさい。私は政治に真面目です。投票先まだ決
まってないけどな!
それはさておき、私は政治家に対して、料亭で御飯食べてたり接
待してたりお食事券配ってたり棟方志功の絵を贈ったり贈られたり
という、非常に偏ったイメージを抱いている。しかし、なんだかん
だでしがない区議会議員なんかは、公職選挙法違反とか起こさない
ようにと非常に神経を使っていることを、知人のおかげで知ること
となった。
私の知人でひとり、区議会議員になった人がいる。仮に彼を山田
くんとしよう。山田くんは当選前に会った飲み会で、﹁ポスター貼
りとか大変だよ﹂と呟いたので、﹁じゃあうちの実家の壁に貼れば
いい。話しはつけておく﹂と言ったら、早速翌日ポスター貼りにき
たらしい。その後﹁ポスターありがとう。お母様にもよろしく!﹂
と連絡が来たので、母に﹁ポスター貼りに来たでしょ﹂と確認した
ら、﹁あぁ、なんだっけ、鈴木くん? 応援してるから! って伝
えておいて﹂と、母は社交辞令丸出しの発言をしていた。何度も言
うが、我が家は政治に対して真面目であるが基本的に無主義だ。
ちなみにその後、広報活動や選挙活動中の山田くんには何度か偶
然道端で会ったりしたが、なぜかいつも私がトイレットペーパーを
買って帰るときに遭遇する。なので山田くんの中で私は、年がら年
中トイレットペーパーを買い込んでるオイルショックみたいな女に
なっているかもしれない。無くなるギリギリまで買わないのになぁ。
まぁどうでもいい。
そんな地道な活動の成果もあり、彼はめでたく区議会議員に当選
した。きっと日々頑張って、地域のために活動してるのだろうけど、
ツイッターもブログもほとんど更新されないので、情報収集の手段
140
がほとんどインターネットの私には知るよしもない。あと山田くん
には根本的にあまり興味がない。ごめん。
そしてあれは春先だったか、山田くんは議員になってから初めて
の、地元の飲み会にやってきた。一応周囲も当選おめでとう、だの
当初は祝福ムードであり、彼も﹁住んでる人の忌憚なき意見は大事
だから何でも言って!﹂といった気さくな地域の政治家らしい発言
をしていた。が、酒が深くなると徐々に周囲から﹁この地域、ひい
ては日本の問題点﹂﹁この閉塞感を打破するには﹂﹁世界から見た
日本の異様さ﹂﹁技術の流出や知的財産の保護に対して日本は無防
備すぎる﹂だの、どう考えても区議会議員が手に負えるはずもない
重量級の議論が飛び交い、私は私でよくわからないなりに﹁厳しい
意見でも言われるうちが華だ﹂だとかなんとか言って煽り、気付け
ば春先の軽やかなムードとはかけ離れた飲み会になっていた。私の
周りは議論好きが多いので、うかつに意見を求めるとえらい目に遭
う。
そのような同級生からのまさかの洗礼を受けながらも、山田くん
は﹁じゃあ俺は、お先に失礼するわ﹂と言う。あぁ、なんだかんだ
言って忙しいのだね、頑張ってね、と、周囲は見送りムードになり、
当然﹁お金っていくら払えばいい?﹂という展開になる。
ここでだ。政治家ならではの面倒な自体が発生した。
幹事の子が、﹁途中で帰るから、三千円くらい置いてってもらえ
ばいいよ﹂と言えば、﹁いや、大体は困るんだ。多く払い過ぎても
賄賂扱いになるし、少なくても有権者に金品に相当するものを受け
取ったことにうんちゃらかんちゃら⋮⋮﹂。
その時、仕方がないとはいえ、飲み会にいた全員が思った。
めんどくせぇ。政治家めんどくせぇ。
そりゃ彼の給与は税金から支払われているので、その金で大盤振
る舞いされちゃ困ってしまうのだが、めんどくせぇ。
しかし公職選挙法違反に手を貸すのも気分が悪いので、仕方がな
いので店員さんに一度お会計を出してもらう。変なタイミングでの
141
お会計請求に店員さんも﹁え?﹂となっていたが、仕方がないんで
す。政治家がいるんです。クリーンな政治のためには仕方がないん
です。
無事会計を終えた山田くんは、さわやかに﹁じゃあ、また!﹂と
去って行った。そして私は、今後あいつが来る飲み会で幹事をやる
ことになったときは、会費制にしようと思った。追加注文は山田が
いるうちはNGで。
まぁ、どんぶり勘定しちゃう政治家よりはマシでいいよね⋮⋮。
142
来年の目標などなどなど!
年末であるので、来年の手帳の準備だの目標だの、諸々の切り替
え時であります。みなさまは、来年の目標をもう決めたのであろう
か。私は決めた。他人の目標など、他人の夢の話と同じくらいどう
でもいいことであろうけども、自戒も込めてここに宣言しておく。
まず第一に﹁中庸﹂。これは比較的いつも心がけていることだが、
来年の三十路に向けて改めて、三十代全般の目標としておこうと思
う。所詮、善悪などという二元論的判断は個人的な小さな偏見の積
み重ねであったり、社会や文化風習による無意識の刷り込みであっ
たりするので、目の前に起こる出来事は単なる事実として受け入れ、
昂ぶる感情に流されることなく極力適切な行動や判断に繋げていき
たいと思う。おぉお、すごい真面目だ。
次に、﹁小悪魔﹂。一気に馬鹿っぽくなったが、一応説明する。
これは去年も﹁来年の目標は小悪魔だ﹂と私は言っていたのだ。し
かし、結局年が明けたら忙しさにかまけて三月ぐらいまでそんな目
標は忘れ、四月に何かの弾みで急に思い出し、大学生の子に﹁ねぇ、
小悪魔ってどんなん?﹂と質問したくらいグダグダだったのだ。未
だに小悪魔はどんなもんなのかわかってないが、とりあえず引き続
き来年の目標に設定しておく。この有り様だと、今年と同じことに
なりそうだが。
余談だが今年は周囲から小悪魔とは言われなかったが、散々﹁魔
女﹂とは言われた。なんでだ。あと何で去年﹁来年の目標は小悪魔
だ!﹂などと思ったのか、全然覚えていない。まぁいいか。
三つ目に、﹁健康﹂。これは非常にわかりやすい。私は秋以降、
微妙にずっと体調が悪い。一時のめまいは単なる栄養不足と判明し
たが、その後も微熱が続いたりいきなり高熱出たりで、周囲に派手
な迷惑をかけていないのが幸いだが絶好調とは言い難い。長生きの
ためにも、自分の健康管理には気をつけねば。
143
こう書きだしてみると、あまり自分は向上心のない人間なのかも
しれないが、日々の暮らしをきちんと生きていくことって大事だか
らいいよね! と自分に言い聞かせてみたりしている。
ちなみに二年連続で、初詣のおみくじに﹁色と酒に溺れるなかれ﹂
と書かれていたので一応気をつけようと思っていたのに、結局酒に
は溺れ、色の面では地味に色々やらかしていたらしいので、来年の
初詣も同じおみくじ引きそうでイヤだ。
144
振れ幅でかすぎ
衆議院議員選挙も終わってみれば、自民の圧勝なのだった。私は
都民なので都知事選もあり、考えないといけないこと多すぎて、最
早﹁あれ、そういえばなんで都知事選やることになったんだけ⋮⋮﹂
と完全に根本的な部分を見失っていた。なのでそれを皮肉的に、﹁
新しい政党乱立しすぎてなんで都知事選までやるのかわかんなくな
ってますー﹂と言ったら、大して仲良くない人に﹁いやだからそれ
こそ石原が新党立ち上げようとうんちゃらかんちゃら⋮⋮﹂とまさ
かの大マジレスされ、心の中で﹁知っとるわボケ﹂と悪態ついたの
だった。すいません。
しかし、消極的選択にも関わらず、ひとつの政党に大勝させてし
まうのはどうにかならないもんかなぁ。私は今回、というか基本的
に無党派なので、大きな権限を持たせたくない政党を大勝させない
ようにするため、という立場から投票してみたのだけど、やはりな
んやかんやでバランスが難しい。
そして個人的にショックだったのは、投票率の低さ。﹁投票所は
今まで見たことない混雑!﹂という話しも各地から聞こえてきたの
で、あの発表された投票率の数字にちょっと疑いも持ちつつも、今
回は都民の場合は小選挙区、比例、最高裁判所裁判官国民審査、都
知事選、と、4つも記入しなければならなかったため、渋滞によっ
て混んでるように見えたのかもね。
みんな選挙は行っといたほうがいいと思うよー。自分一票ぐらい
じゃ何も変わらないのは事実だけど、そもそもそれが投票というシ
ステムだし、国民の皆様のためとか言いながら選挙のことばかり考
えてる政治家は、投票しない人=自分を政治家にさせてくれない人
のことなど、一切考えないのだから! とかなんとか偉そうなことを言っておいて、私が政治に対し理詰
めできちんと考えているのかと言えば、ノーだ。
145
私は元総理大臣の次男、某ジュニアを地味に応援している。理由
はイケメンだから。それだけだ。もし彼が私の選挙区であったら、
私は間違いなく、力強く彼の名前の記入したに違いない。あぁ、う
ちの選挙区でなくてよかった、危ない危ない。しかしあの圧勝瞬殺
具合を見ると、私のような人間も少なくないのだろう。仕方ないよ、
イケメンだもん。どうせ騙されるならいい男がいいもの。
ちなみうちの小選挙区の自民候補は、比較的若い新人であり、区
役所付近で行われた演説には、応援としてジュニアが駆けつけたら
しい。結構本気で見たかったと思っている。もちろん新人ではなく
ジュニアをだ。うっかり﹁ジュニアが応援するのならば支持しよう
かしら﹂などという主体性ゼロの投票をしてしまいそうになったが、
その新人は動画で見ると喋り方がキモチワル⋮⋮げふんげふん、私
好みでなかったため、﹁いくらジュニアの応援でもこれは⋮⋮﹂﹁
いや、でも喋り方がキモイ︵言っちゃったよ︶だけで、主張などは
まともなのかもしれない﹂と、自分なりに考え冷静な判断ができた
気がする。私は喋り方が合わない人とは絶対に合わない、という持
論もとい思い込みがあるので、ジュニアのおかげでうまい具合に中
和された。ほらこういうところがすでにジュニア支持。危ない危な
い。
でもあれだけイケメンだと、女絡みのスキャンダル起こしたら一
気に転落だろうから十分気をつけて頂きたいところだ。どこかの政
治家のおっさんが不倫スキャンダル起こしても、﹁まぁ不潔﹂程度
でいつしか忘れられそうだが、ジュニアの場合はそうはいかないだ
ろう。ハニートラップも多そうだけど、誘惑に負けずに頑張れジュ
ニア。ほら、またジュニア支持。
というわけで、また首相が変わる日本ですが、なんとか頑張って
生きたいと思います。ちなみにジュニアは好きですが、その兄の俳
優のほうのジュニアはそんなに好きではありません。どうでもいい
ね。
146
フレグランスあれこれ
私は意外と香水が好きだ。自分で香る程度しかつけないので、あ
まり周囲に気付かれないが好きだ。でもそれでいい。私は、レスト
ランなど食事する場所で強い香水つけてる人を目撃するたび味覚も
嗅覚もセンス悪いんだろうな、と密かに思っているような感じの悪
い女なのだから。
しかし、慣れない香水で思ったより強く香ってしまった、ぐらい
ならまだしも、歩いた軌跡がわかるほど常に香水ふりかける人って
なんなんだろう。客観性に乏しいのだろうか。あいにく私の知り合
いには、そんなに香水をふりかけている人がいないので、何を思っ
てそうしてるのか聞くこともできない。たまたま強く香水を香らせ
た日に、いい男に﹁いい香りだね﹂とか言われたのだろうか。その
ひとつの成功体験が、知らぬうちに九十九の失敗体験を生み出して
いるとしたらそれは気の毒だ。まぁ自己責任だからどうでもいいか。
でも食事するところでばかみたいに香らせるやつは、美味しいもの
好きの私としては許せない。結局愚痴。
そんなわけで、どうでもいいであろうが私の愛用フレグランスに
ついて語る。
最近はひたすらに、プラダのCANDYを使っている。甘いお菓
子のような、いわゆるグルマン系の香りが好きなので、冬はどうし
ても甘いのばっかりつけてしまうのだが、CANDYは最初全然興
味がなかった。でもCMがレア・セドゥーということに気付き、レ
ア・セドゥーファンだからという安直な理由で一番小さいものを買
ってみたら、﹁いいひほひーーー!﹂と馬鹿みたいに毎日そればか
りつけるに至った。そうして去年買ったジミー・チュウのオードパ
ルファムが隅に追いやられるのだ。あぁもったいない。でも冬は甘
い香り付けられるので、甘い香りで落ち着く私としてはフレグラン
ス事情においては幸せだ。
147
しかし夏においては、湿度が高い日本での甘い香りはハードルが
高いので、突然フレグランスジプシーとなる。﹁えーシトラスとか
爽やか系でいいじゃん﹂と言われそうだが、爽やかさと一切縁のな
い私が爽やかな香水だなんて、なんか爽やかな香水をまとっている
爽やかな人に申し訳ない。こう書くと、遠まわしに自分が﹁あまー
い香りを纏う、あまーいお菓子みたいな女の子☆﹂アピールしてる
ようだが、そんなつもりは一切ない。実際は甘い香りを纏いながら、
延々と何時間も詰将棋解いてるような女なのだ。あぁそういえば、
米長永世棋聖。お悔やみ申し上げます。将棋の話しになってしまう
前に、話しを元に戻そう。
とにかく夏はジプシーとなるので、色々な香水を試してはしっく
りこなかったりしている。でも最近は、困ったときは蓮香という、
フローラルだけどわりとさっぱりな香水を比較的多く使ってるかも
しれない。これは東大のコミュニケーションセンターで買える資生
堂と東大が共同開発したという渋い一品で、嫌味がない香りなので
汎用性も高く、かつ東大との共同研究という点でつければ賢い女に
なれる気がする。そういう発想のもと使う時点で賢くないのはわか
ってるけどさ。
そんな感じで色々なフレグランスを結構持っているのだけども、
毎日ちょっとずつとっかえひっかえ、付け直しなしで使うので、全
然減る気配がなくていい加減劣化しないか心配になってきている。
そろそろもったいないお化けが出てきて、お仕置きとして﹁香害女
になれ﹂と寝てる間にフレグランスをぶちまけられるかもしれない。
そうか、世の中の香害な人はもったいないお化けのせいだったのか。
私は同じ轍を踏まぬよう、ちびちび大切に消費していこうと思う。
148
友達と思われてないかもしれないじゃん
一応現代っ子なので、Facebookに登録だけしてある。し
かし積極的に使うわけでもなく、登録しただけのほぼ放置状態だ。
それでもたまに会った友達に、﹁Facebookのアカウントあ
ったら教えて﹂と言われ、﹁あるけど使ってない﹂﹁それでもいい、
教えて﹂という流れで教えることもある。使ってないと伝えている
のにそれでもいいと言われると、別に断る理由もないので教えるの
だけど、それなんか意味あるのかなぁといつも思うのであります。
まぁ人それぞれね。
そして利用されている方は十分ご存知でしょうが、登録するとい
きなりFacebookから﹁もしかして友達かも?﹂というメー
ルタイトルのメールが届くようになる。そこに並んでいる名前は、
﹁いや、友達じゃないです﹂といった具合のどなたかわからない人
もいれば、﹁あぁ、あの子もFacebookやってんだ、みんな
やってんだなぁ﹂と、確かにいい線ついてきた人もいる。あと女性
の場合は、全然知らない人かと思ったのに写真見たら知ってる人で、
知らない間に結婚してたりして何とも言えない気分になったりする。
まぁそうした驚きや懐かしさで再びコンタクトを取り合い、みんな
友だち登録数を増やしていくのだろう。よく出来たシステムだなこ
れ。お手軽だし。
しかし、私はどうしてもこのFacebookの風潮に乗れない。
気軽に友達申請とか出来ない。
なぜなら、﹁もしかして友達かも?﹂というメールが届く度に、
﹁こっちは友達と思ってても、向こうは友達と思ってないかもしれ
ないじゃん!﹂というしょうもない卑屈な思いが浮かぶのだ。
いや、そんな深く考える必要はないのはわかってる。でも、年に
数回、数年に一度でも、どちらからともなく連絡取り合ったりご飯
を食べに行ったりする人ならまだしも、誰かの結婚式でないと会わ
149
ない、会っても別に会話盛り上がらない、それ友達っていうか知人
だよねもう! ぐらいの人を発見してしまうと、迂闊に友達ぶって
いいものかと微妙な葛藤に襲われるのだ。
あと私は無駄に記憶力がいい。人が忘れてしまったような出来事
や人物のことも結構詳細に覚えていて、﹁あんたよく覚えてんねそ
れ﹂と言われることもあるが、それは逆に言えば私が覚えてても向
こうはすっかり忘れてて﹁誰?﹂と思われる可能性もあるのだ。だ
から私はそのへんのさじ加減がさっぱりわからない。 事実、Fa
cebookが流行る前にmixiも登録していたが、中学三年間
同じ部活で同じクラス、高校もクラスは違ったけど趣味が合ったの
でたまに話しをしてたりしたけど、大学は離れてしまったので一気
に疎遠になった青年を発見したとき、﹁覚えてないかもしれません
が、中学高校と一緒だった神楽です﹂とメッセージを送ったら、﹁
覚えてます。っていうか、さすがに忘れてないよ君のことは!﹂と
返されたこともあった。いやぁ、バンドとかやってる人って知り合
い多そうだから、すっかり忘却の彼方だと思っていたよ。
そんなわけで、あのメールが来るたびに﹁こっちが友達と思って
ても向こうは⋮⋮﹂という卑屈な思いが浮かぶので、いっそあのメ
ール止めたいのだけど、いかんせん全然使ってないから止め方がわ
からない。じゃあ登録自体を削除すれば⋮⋮と言われそうだが、企
業のFacebookページとかはたまに見てるので、削除しちゃ
うのはもったいない気がするんだよな⋮⋮。
まぁ、あのようなシステムは所詮コミュニケーションツールなの
ですから、踊らされずにうまく付き合っていきたいものですね! 以上、強引にまとめる。
150
正しきクリスマス
別に改めて言わなくても皆様存じ上げているだろうが、年の瀬で
ある。私はそんなに忘年会も多くないので周囲の人と比べると暇な
はずなのだが、丸一日暇というのがあまりないので、結局大掃除も
なんとなくしかできていない。まぁ床掃除して磨いたからいいかな。
誰かが運気アップにはとりあえず床掃除しろと言っていたし。誰の
発言かもわからぬ運気アップ術を信用するのもいかがなものかと思
うけど。
しかし十二月は、クリスマスというだけあって教会でイベントが
多くて嬉しい。私はクリスチャンではないが、ミッション系の学校
に通っていたし教会の雰囲気が好きなので一般の方もどうぞ! な
教会イベントにはたまに参加する。先々週は教会で行われたサイレ
ント映画の上映会、こないだの日曜日は母校のクリスマス礼拝に行
った。
母校のクリスマス礼拝は信者の方と一般の方の人数比率が想像つ
かなかったので、もし牧師様が﹁じゃあ聖書の○○のところを開い
てください﹂みたいな発言をしたとき、周りが信者の方ばっかりで、
私聖書持ってないオロロロロ、隣の信者の方があら、じゃあ一緒に
見ましょう、という展開になるとなんか微妙に気まずいなぁと思い、
学生時代に使用していた聖書を引っ張りだしてわざわざ持っていた。
しかし行ってみると、聖書からの引用部分は全て手元のパンフレッ
トに記載されていたので、逆に礼拝の流れを全く知らないモグリ丸
出しの結果となった。
そんな個人的葛藤を他所に、礼拝は定刻通りスタートする。詳細
を書くとどこが母校かバレそうだが、でも書くけども、創世記のい
わゆる﹁バベルの塔﹂の箇所とヨハネによる福音書を引用しての牧
師様のお話だった。ヨハネによる福音書の冒頭部分は私が好きな箇
所で、かつ地味に最近精神的に弱っていたので、マジでちょっと泣
151
きそうになり、一般の参加者も多い中ひとり涙を堪えつつ牧師様の
言葉に聞き入ってしまった。あぁ、ほんと人間、弱ってるときの宗
教勧誘には注意だな。これが母校でキリスト教で馴染みがあるから
いいものの、得体の知れぬ新興宗教でも本気で弱ってるときにどん
ぴしゃの言葉をかけられたら、一気に信じてしまうかもしれない。
思わぬ自分の弱さを自覚。あぶないあぶない。
そして賛美歌を熱唱し、﹁心の拠り所﹂﹁世俗から離れた場所﹂
という教会の存在意義を誰よりも享受して帰途についたのだった。
でも家に帰ってから、何かのスイッチが入って突然浅川マキの﹁か
もめ﹂をなぜか熱唱した。色々と真逆な歌である。まぁ人間、振れ
幅でかいほうが何かと楽しいよね。そうでもないか。
そんなわけで、今年のクリスマスらしいイベントは全て教会で過
ごしてしまった。イルミネーションとか外寒いし! 歩きづらいし
! でもキリスト教の行事なのだから、日本人の中では比較的正し
く十二月を過ごしたという自負は勝手にある。あと十二月二十四日
は、私にとってクリスマス・イブではなく、夕方五時のチャイムが
胸に響いて、めそめそする日だからな! どっちにしろ、過去に生
きた人を思う日には変わらない。
そんなわけで年末まであと少し、六十話いけるか微妙になってま
すが、あとちょっと頑張っていこうと思います。
152
セールにて自分を省みる 前編
いつも行っているいくつかのお店が、会員向けプレセールを開始
するというので行ってきた。私は気に入ると、同じお店でばかり買
物してしまう。だから店員さんに顔覚えられたりして、﹁あぁどう
もー!﹂みたいにフレンドリーに接せられて気まずい。社交性がな
いからな。
今日行ったお店はフランスのブランドのお店で︵日本の会社が子
会社化したらしいけど︶、会員ではあるけどもシーズンに一着何ら
かのアイテムを増やす程度なので、そんなに頻繁に通っているわけ
ではない。でも店員さんが試着ついでにコーディネートや着崩し方
をいつも親切に教えてくれるので、信頼しているお店のひとつだ。
お店に行くと、会員限定とはいえさすがセールなだけあって、狭
い店内にお客さんがひしめき合っていた。店員さんもいつもは二人
ぐらいなのに、今日は五人くらいいる。試着も店員さんに声をかけ
てからの順番待ちだ。これだけ慌ただしいと店員さんに相談に乗っ
てもらうのも申し訳ない雰囲気なので、ひっそりと服を選び、試着
したい旨を伝え、数分後には無事試着するに至った。
しかし、試着するといつもは店員さんがしばらくしてから﹁お感
じどうですかー?﹂と聞いてきてくれるが、今日は非常にバタバタ
している。着てしばらく自分だけで雰囲気を確認していたが、いつ
まで経っても店員さんが声をかけてくる様子はない。ほかの試着室
の、サイズが合わないだのの対応に忙しそうだ。なんかこうなると、
特に不満も疑問もないのに試着室から顔を出し店員さんに﹁どうで
すかね、これ﹂と声をかけるのも申し訳ない。大体、セールで忙し
くない時期だって、試着してからの店員さんとのやりとりは何を喋
っていいのかわからない。迂闊に自分から﹁かわいいですねぇ﹂と
か言おうものなら、自分のこと自分でかわいいと言ってるみたいな
るので、﹁ここのラインが効いてていいですね﹂だの、最悪﹁洗濯
153
は手洗いなら家でも洗えますかね﹂だの、服そのものについて当た
り障りのないことを言うのだ。でもその流れから、ここのブランド
の店員さんは色々と着崩し方など会話を広げてくれて、非常に助か
る。やはり元々フランスのブランドだから、服に着られるのではな
く、自分が着こなすという精神が根付いているのだろう。こう言う
と口が悪いが、頭悪い店員とか見りゃわかることしか言わないから
な。﹁ここのボタンがくるみボタンになっててー﹂﹁そうですね⋮
︵見りゃわかるよ︶﹂﹁ファーは取り外しができるんですよー﹂﹁
はぁ⋮⋮︵うん、知ってる︶﹂などなど。そのくせべったり張り付
いて、鬱陶しいんだぜ! ふぅ、毒吐いた。
脱線したが、とにかく忙しそうなので、勝手に着て勝手に納得し
て、とっとと元々自分が着ていた服に着替えた。全部終わってさぁ
試着室を出よう、という段になったときに今更店員さんが﹁お客様
どうですかー﹂と声をかけてきたので、普通にカーテンを開けて﹁
すいません、もう終わりました⋮⋮﹂と対面したときは微妙に気ま
ずかった。でも、パンツ一枚になってる時に店員さんに﹁お感じど
うですかー?﹂とか聞かれ、﹁す、すいません、もう脱いじゃいま
した⋮⋮﹂とカーテン越しに訴えるほうが気まずいからまぁいい。
そんなこんなで色々ありつつも、赤のワンピースを購入。派手だ
ぜ! 攻めたぜ! そしてお会計は、見たことない若い店員さんに
委ねられた。ちなみに若い店員さんは、セールで疲れていたのか冷
たかった。あと入れてくれた紙袋が、多分別のお客さんの商品を一
度入れて、入らなかったのかほかの荷物とまとめたのか知らんけど、
すでにちょっとベロベロになっていた。うーん。どうせ捨てるから
いいんだけども、せめてちょっと紙袋の形を整えてから商品いれな
よ⋮⋮。普段いる店員さんがとても丁寧だから、余計残念だ。でも
私だって、疲れてるのに人とがっつり接しないといけない仕事のと
きは、仕事はちゃんとしてても愛想はもしかしたらあんなもんにな
ってるのかもしれない。気をつけなければ。人を見て文句を言う前
に、自分を省みよう。そう省みても尚、紙袋ベロベロだったのはあ
154
の店員さんが雑だったからだと思う。細かいところが気になるやな
女な私。オホホ。
そうしてベロベロの紙袋を小脇に抱え、寒風吹きすさぶ東京の街
を、次はショートブーツを買うために小走りで駆け抜けたのだった。
案外長くなったので続く。
155
セールにて自分を省みる 後編
前の店で色々あったが、次はいつも靴を買っているお気に入りの
靴屋さんの会員向けプレセールへ向かった。前の店が結構な賑わい
であったので、今度も混んでいることを覚悟していたが、着いてみ
ればこちらはびっくりするぐらいいつもどおりだった。それはつま
り、普段だって人あんまりいないのに、セール中であっても人がい
ないということだ。まぁ靴はじっくり選ばないと大変なことになる
ので願ったり叶ったりなのだが。
ぐるっと店内を一周して商品を見ているうちに、店員さんが﹁プ
レセール中ですが、まだサイズはほとんど揃ってますので遠慮なく
言ってくださいね﹂と笑顔で声をかけてくれた。私より少し年上く
らいの女性だろうか。物腰柔らかで、綺麗な人だ。とりあえず私は
﹁あ、気になるのあったら試着させて頂くんで⋮⋮﹂と告げて、美
しく陳列された色とりどりの靴達を一点一点、確かめるように眺め
ながら、ピンとくる数点を絞り込む。どうも昔から靴には弱いのだ。
足は二本だというのに、ついつい何足も買ってしまう。
そうして一番気になった一足を試着しようと、店員さんに﹁すい
ません、あのブーツ試着してもいいですか﹂と声をかけた。
店員さんは、待ってましたと言わんばかりに﹁もちろんです! サイズはいくつをお出ししましょう!﹂と前のめり気味に話す。物
腰柔らかだと思っていた店員さんの突然のアグレッシブっぷりに少
々ひるんだが、﹁あ、いつも23.5か24なんですけど、形とか
素材によってサイズ変えてるので、両方試着してもいいですか⋮﹂
と伝えると、もう語尾食い気味で﹁もちろんです! 今両方お出し
しますので、こちらにおかけになってお待ちください!﹂と、颯爽
と彼女は裏に在庫確認に行った。この短時間のうちに﹁もちろんで
す!﹂を二度聞くとは思わなんだ。今日は暇で労力が有り余ってら
したのだろうか。それともプロ意識が高い方なのだろうか。どっち
156
にしろ、前に行った店との温度差に申し訳ないが若干私がついてい
けなくなっている。ちなみに私が靴をサイズ違いで必ず試着するの
は、右足と左足の大きさがだいぶ違うからである。右足のほうが小
さい。胸も右のほうが小さいし、目も右の視力は弱い。全体的に右
側が弱い。以上、どうでもいい情報でした。
ほんの一分ほどで、店員さんは裏からブーツを持ってくる。そし
て、ソファーで待っていた私の足元に恭しく、まずは23.5セン
チのほうの真新しいピンクベーシュのショートブーツを並べてくれ
た。私は丁寧に、右足からそのブーツに自分の足を収める。続いて
左足も。両足を揃えて立ち上がり、鏡に映った自分の姿を見る。
おおおおお。かわいい。そして美脚に見える。偏屈な私が素直に
感動している。
﹁どうぞ、ためしにお店の中を歩いてみてください!﹂
店員さんに促され、ぐるりと店内を一周する。新しい靴ゆえのき
つさはあるが、歩いただけでどこかが痛いとか、違和感があるとい
うことはない。当たりだこれ。いきなり当たりだ。
﹁どうですか? どこか痛いところとか、サイズが合わないとかあ
りませんか?﹂
﹁いや、多分こっちのサイズでいいです。違和感もないし、ヒール
高いわりに歩きやすいで⋮﹂
﹁ありがとうございます! 宜しければ24センチもお試しになっ
て履き比べて下さいね!﹂
彼女はまた、語尾食い気味で返してくる。偉いな。夜のもうすぐ
七時になろうとしているのに、しかも私より年上っぽいのに、この
テンション。そして促されるまま24センチも試し、やっぱりこっ
ちは大きいだの、小さいほうにして徐々に馴染ませていったほうが
歩きやすいと思いますだの、色々アドバイスをもらう。
もう私の気持ちはこの靴に八割方固まっていたが、一応、もうひ
とつ気になるものがあったので、﹁あの、あっちのもちょっと試し
てみてもいいですか﹂と聞いてみる。彼女は笑顔で﹁もちろんです
157
!﹂と本日三回目の﹁もちろんです!﹂を言い、在庫を取りに行っ
た彼女の後ろ姿からは、﹁ヨロコンデー!﹂という聞こえないはず
の声が聞こえた。実際にはめんどくさい、と思っていても、そう思
わせないあの態度はプロだ。
そして今度は、一瞬ブラウンかと思うくらいの、深いワインレッ
ドのショートブーツを試着。履いてまた店内を一周して、出てきた
私の感想は﹁⋮⋮歩きやすいです﹂という間抜けなものだった。よ
く考えてみりゃ、こっちのブーツのがさっきのよりヒール低いし、
太めで安定感があるのだから当たり前だ。前回あんだけ﹁見りゃわ
かることしか言わない店員﹂をバカにした発言をしたのに、いざと
なったら自分だって、﹁そりゃそうだよ﹂という感想しか出てこな
いのだ。ばかばか。私のばか。しかし店員さんはまたしても笑顔で
﹁ありがとうございます!﹂と言った。なんかこうなると、申し訳
なくなる。私よりも年上で、こんなに綺麗な人が、素人の見りゃわ
かる発言にもきちんと対応してお礼を言うなんて。まぁ私の発言が
中身なさすぎて、お礼しか言うことない可能性も大だが。
そして結局、最初に試したピンクベージュのショートブーツの2
3.5センチを買うことにした。店員さんは﹁荷物おまとめします
か?﹂と言ってくれたので、先の店のベロベロの袋をまとめてもら
うことにした。結果的にベロベロの袋を持っていたのは三十分程度
だったので、もうベロベロなら袋自体いらなかったなぁとお会計を
している間にぼんやりと思った。ベロベロにこだわるイヤなやつな
私。
そして欲しい物をお買い得に購入できた喜びで、これどこに履い
て行こう、どこに着ていこう、などと乙女なことを思いながら幸せ
に帰途についた。
ちなみにベロベロの袋は次の日が燃えるごみ年内最終日だったの
で早々に捨てた。
158
さようなら2012ありがとう2012
いよいよ今年もあと僅か。九月末に始めたこのエッセイ、ただ淡
々と更新だけして宣伝などは一切しない、と決めて書き続けてきま
した。それでもアクセス解析などを見ると、案外読んでくれている
方いることや一話から全部一気に読んでくれた方が何人もいること
がわかり、自分との戦いであったはずなのに、何度も見知らぬ読ん
でくれた方に励まされたりもしました。ありがとうございます。と
りあえず今年のまとめとして御礼まで。
さて、別にみなさん興味はないだろうが、せっかくなので今年一
年を振り返る。
まず一月から三月。一気に三ヶ月まとめるという暴挙に出ている
が、この期間は確かずっと小説を書いていて︵真面目なのも書いて
るんです一応︶、ほとんど人と遊びもせず引きこもっていた思い出
しかない。あまりにもずっと私のスカイプアカウントが﹁オンライ
ン﹂になっているので、友人メガネが心配して意味もなくスカイプ
で﹁おならぷー﹂と声をかけてきたことが印象深い。あいつしょう
もないなほんと。私より年下とはいえ、二十八だぞ。
そして四月は新生活かと思いきや、別に私の生活には変化はなか
った。次の小説の構想のために散歩ばかりしていて、ひたすらにぼ
ーっとしていた。あとメガネが長期休暇取って海外に行っていたの
で、基本的に暇だった。
五月は誕生日だった。次の小説の構想をそろそろまとめようとし
たのにまさかの大スランプに陥り、仕方がないので本ばかり読んで
いた。あと電車で偶然元彼に会った。老けてた。お互い様か。さら
メガネおすすめの占い師のところに占ってもらいに行ったら、﹁普
通に見せるのがすごくうまいからほとんど気付かれないけど超変人﹂
﹁答えが出ないことでも延々と考え続けられる超変人﹂﹁変わり者
すぎて理解者いなくて孤独﹂﹁無駄に賢いから世俗で生きてるのし
159
んどい﹂等、散々な言われようで、おばさん、あんたこの数分間に
一体何回人のこと変人呼ばわりした、あぁん? みたいな感じにな
り、ケンカ勃発寸前だった。でも最終的には、﹁学者になったらい
いんじゃない?﹂という結論に至った。今更学者か⋮⋮。
六月は、ぶっちゃけて言えば知人や親族が立て続けに亡くなった
ので、それでぼーっとして、わりと周囲に迷惑をかけ、七月は暑い
のが苦手なのでしんどかった。
八月は、特撮博物館に行った。あれは良かった。この展示が中途
半端であったら、私は庵野監督に﹁ぼやぼや趣味にかまけてないで
エヴァつくれよ﹂と悪態をついてやるところだったが、素晴らしく
興奮したので許した。上から目線発言。あと暑くていつも寝不足だ
った。この頃にやっと、小説の構想がまとまって書き始めることが
できたので、暑いのを除けば順調な一ヶ月だった。
九月は全然覚えておらず、十月、十一月は体調が悪くて辛かった。
あまりに体調悪くて遠出するのも憚られることが多々あり、行動が
制限されて色々めんどくさかった。
十二月になったら体調が回復したと思いきや、いきなり発熱して
﹁ほらやっぱり無理するから!﹂とこれまた周囲に迷惑をかけた。
でもそれも回復したら色々出かけて結構楽しかった。
こうやって振り返ってみると、今年は特に何も起きない一年だっ
たと思っていたけど、人生良いことも悪いことも半分ずつなのだな
ぁ、という気分になる。というか、今年もメガネとばっかり過ごし
てしまった。いや、本人同士の合意の上なのでいいんですけど。来
年もこんな感じになるのかもしれないけど、それはそれで非常に幸
せなことなのだと思う。
というわけ、みなさま、良いお年を。
160
あけたら2013
あけましておめでとうごさいます。好きな言葉は﹁お屠蘇気分﹂
です。さて、そろそろ世間は仕事始めなので、私もぼちぼちお屠蘇
気分から抜けださなくては、と一応思っているけれど、自分で言う
のもあれだが今のところ文章にキレが一切感じられないので、深層
心理ではまだ﹁お屠蘇気分をまだ味わいたいよぅ﹂とか思っている
ようだ。まぁどうでもいい。
しかし今回の年末年始は、クリスマスは教会に礼拝に行き、大晦
日は除夜の鐘を突きに寺に行き、年が明ければ初詣に神社に行くと
いう、日本人ならではの節操のない平和なものであった。
毎年紅白の勝敗が出たのを確認したらまず除夜の鐘を突くために
出かけるのだが、お寺のおじさんが年々小出監督︵マラソン金メダ
リスト高橋尚子さんの元コーチね︶に似てきている気がする。暗が
りで会うからそう見えるだけだろうか。そもそも毎年この時しか会
わないから、昼間はどんな顔しているのか全くわからん。それはさ
ておき、今年もいそいそと除夜の鐘を突くために並び、自分の番に
なったら﹁煩悩打ち消すぜええ!﹂などと煩悩丸出しで鐘を突いた。
思うに私が来た時点で絶対もう百八つ以上鐘突いてる気がするのだ
が、そこはまぁ、現代とご近所さんのニーズに合わせてアバウトに
カウントしているのだろう。
でも数年前、なぜか一度だけこのお寺は除夜の鐘を中止したこと
があった。お寺の入口自体が閉まっており中止の理由もわからなか
った。なのでその翌年の年越し、我が家は﹁去年やらなかったし、
もうあのお寺除夜の鐘やらないのかしらねぇ。やらないのなら、寒
いし行かなくてもいいかしらねぇ﹂というテンションになりかけた
ことがあった。でも私はできれば煩悩を打ち消したいので、﹁どう
せ近所だし、行くだけ行ってみよう﹂と行ってみると、その年は例
年通り、除夜の鐘をやっていた。わーいわーい、去年休んだだけだ
161
ったんだね! とワクワックと除夜の鐘を突き、煩悩消してやった
ぜ! と帰ろうとしたところ、お寺の人から﹁すいません、去年休
んじゃったからか、今年人全然集まらなくて⋮もう年越すのに百八
つに全然数足りないので、もう一度突いてください⋮⋮﹂と言われ、
なぜか二回鐘を突くという事態に遭遇した。﹁うははは! 煩悩打
ち消しまくりだぜ!﹂とその時は喜んだが、こんなに突いても毎年
﹁煩悩消しちゃる!﹂と意気揚々と挑むのだから、私という女は結
局煩悩まみれの女なのだ。ちなみにその後も、﹁よかったら三回目
もどうですか!﹂などと言われたが、さすがにそれはどうだろう⋮
⋮と、私は遠慮した。煩悩は打ち消したいが、いい年した女が生き
生きと大喜びで鐘何度も突くのはいかがなものか。しかし甥は大喜
びで三回目突いていた。子どものくせに、煩悩まみれなやつ。
話が横に逸れた。とにかく去年末も煩悩を打ち消し無事に年を越
した我が家は、次は近所の神社へ向かう。表参道から参拝すると長
蛇の列に並ぶことになり、近所の我が家はそんなものに並ぶ意味が
よくわからないので、いつも参拝している列の横からお賽銭を放り
投げてそれで新年のお参りとする。罰が当たりそうだが、ちゃんと
列のところに﹁この列は正面から参拝する方の列です。正面からで
なくて構わない方は、横からどうぞご参拝下さい﹂って書いてある
ボードがあるんだからな! ついでになんか神社用語っぽい単語を
使い、意訳すると﹁横からでもご利益は一緒だよ﹂的なことも書い
てあるんだからな! ほんとかよ。
そして参拝の後は、一応おみくじを引く。去年一昨年と二年連続
で﹁酒と色に溺れるな﹂というおみくじだったのに結局溺れていた
ので、同じおみくじ三年連続かもしれん⋮⋮と恐る恐るおみくじを
ひく。ちなみにこの時、おみくじが出てくる小槌をあまりに真剣に
混ぜすぎて、巫女さんから﹁あ、籤が出てくる穴は逆です﹂と親切
にも指導を受ける。知ってる⋮⋮真剣すぎるだけ⋮なんかすいませ
ん⋮⋮。そして出てきたおみくじは大吉だった。大吉ってことは、
今これがピークだったらやだな⋮⋮などと大吉を出しておいて若干
162
微妙な気分になる。しかし読み進めると、﹁今は何もないように見
えますが、これから色々なことが花開きます﹂といったような発展
的な意味での大吉だったので、﹁おぉおお!﹂と調子に乗りかけた
ところで、おみくじの最後に﹁何事も慎め﹂みたいなことが書いて
あったので、結局今年も酒と色に溺れるなと言われたようなもんだ
った。神様って見てるね!
そんな年越しだったが、今年は来客もないので三が日は酒のんで
ひたすらぼーっとするのみであった。ちなみに酒は、知り合いの中
国人がくれた正月限定の獺祭だった。ものすごく美味しくて、ほぼ
私が独り占めしていた。ありがとう、日中友好に影が射そうと、私
はあなたと獺祭の美味さは忘れない。
いきなり酒ばっか飲んでて神様に怒られそうだが、なにはともあ
れ、今年もよろしくお願いいたします。
163
年賀状自体は嬉しいのよ
年賀状。それは色々と物議を醸す。私は近年来た人にしか出して
いない。すいません。
しかし確かに年賀状って、送ってる人には悪気はないんだろうけ
ど、﹁なんかなぁ⋮⋮﹂と思ってしまうようなものがあるよ。いつ
もの如く、私の気にしすぎ考えすぎなんだろうけど、年末にバカリ
ズムとかが出てた﹁人より苦手なものが多い人たちが語り合う﹂と
いう番組を見てたら﹁あぁ、結構私みたいに周りを気にし過ぎて常
に疲れて生きてる人多いんだな﹂と思ったので、決してそう思って
る人少なくないと思うよ!
微妙に対応に困るのが、﹁疎遠になって久しいのでお互いの携帯
の連絡先もわからないのに、なぜか毎年子どもの年賀状を送ってく
る﹂友人だ。その子どもにも会ったこともないので、申し訳ないが
成長の感動も何もない。まぁ、子どもの写真を送るのはいい。年賀
状の定番だし。しかし、本当に子どもの写真だけなのだ。近況や﹁
最近どう? 久々に会いましょう﹂といった社交辞令すらない。子
どもの成長には、あぁ、健康に育って良かったね、と一応思うが、
たとえ写真だけだろうと年賀状来た人には返す主義なので、どう返
していいのか非常に困る。そっちは年賀状に子どもの写真印刷すれ
ば空白は埋まるだろうけど、こちらが返す年賀状は多少干支のイラ
ストが描いてあるだけで、余白が多いのだ。なので、その余白を埋
めるためにこちらは色々と近況を書くことになる。いいかげん、﹁
今年結婚予定です﹂とか書きたいが、その予定もない。だから、﹁
こちらは特に何も変わりありません﹂ということを語彙力と表現力
を駆使してつらつらと書き綴るのだ。めんどくさい。非常にめんど
くさい。めんどくさいからメールで﹁年賀状ありがと!﹂とでも適
当に返したいが、メアド知らないので年賀状を書くことになるのだ。
なんだろう、この若干の理不尽感。そして今年も新年早々その理不
164
尽感に苛まれる。
さらに今年は、今まで一度も年賀メールなんて送ってきたことの
なかった、これまた疎遠になった友人から突然の年賀メールが来た。
普段年賀メールを送るようなマメな人ではないので、タイトルを見
た瞬間に﹁あ、こいつ結婚したな﹂と思ったら、案の定、年賀メー
ルというのはただの体裁であり、その実は結婚報告であった。しか
し、疎遠になった人に年賀メールと合わせて結婚報告って、いいア
イデアのように見えるが、喪中だったらどうするのだろう。別に喪
中は年賀状を送らないだけで送られてくる分にはいいのだろうが。
実際私は昨年親族亡くなったので、友人の中には、﹁年賀状送りた
いんだけど、喪中だっけ?﹂と気遣ってくれた人もいただけに、﹁
なんかなぁ⋮⋮﹂と思う。あと、一括送信はいいけど、このご時世
BCCぐらい使え。
色々とつまらないことを思いつつも、大人なので﹁結婚おめでと
うー!﹂と返す。しかしそれには返信がなかった。やっぱりこいつ、
前々から思ってたけど相変わらず気配り足りない雑なやつだ。これ
がきっと、﹁久々だしお祝いも兼ねて飲みに行きましょう﹂となっ
たらきっと返信があったのだろう。この場合、どう考えても私のお
ごりだしな。だけども私は、彼女にかけられた迷惑を思い出すとも
う一円もおごりたくなどない。むしろ無事に嫁に行けたんだから、
感謝の意味も込めて私を含む友人一同におごれって感じだ。あぁ、
女って恐い。でも念の為に言っときますけど、普通に仲いい友達の
結婚は私素直に祝福するぞ!
まぁそんなこんなで、新年早々女のっていうか私の嫌な一面を見
せてしまった今回ですが、今年﹁うーーむ﹂と思ったのは上記二通
くらいだったので、筆マメな友人の皆様、子どもの写真でも結婚し
ましたでも何でもいいので、来年も年賀状楽しみにしております。
ここまで書いてつまりは、年賀状っていうよりその二人があんまり
好きじゃないってだけな気がしている。
165
人の元カレを怒るな
先日、帰り道に偶然、地元の友達の塚ちゃんと会った。彼女はた
まにご飯を食べたりはしているが、少し前に彼氏ができたとのこと
だったので、イベントシーズンの最近は連絡を控えていた。会った
のも地元の駅でなく、お互い﹁帰り道にちょっと寄り道﹂した駅だ
ったので、余計にびっくり。夜は暇だったので、お茶をすることに
した。
適当なコーヒーショップに入り、ぐだぐだと近況報告をする。
﹁そういえば、彼氏と最近どう?﹂と聞くと、塚ちゃんは声をつま
らせて﹁⋮⋮別れちゃった⋮⋮﹂と言い、目を潤ませる。やばい。
土足で踏み込んだか私。
﹁え、いつ!﹂
﹁⋮⋮一昨日。だから今日は、気分転換しようかと思って⋮⋮﹂
うわああ、完全に土足で踏み込んだごめん。申し訳ないので、﹁
無理していう必要はないが、辛いことがあったなら言ってごらん﹂
と、ここから先は聞き役に徹することにする。
人様の恋愛事情をこんなところで詳細に書くのは微妙なので、細
かいことは省くとして、彼女は﹁私にも悪いところはあったと思う
けど⋮⋮﹂と前置きしつつ、彼氏に言われた傷つく言葉や態度を、
目に涙を浮かべたまま説明する。
そして私は、﹁今年の目標は中庸﹂とか言っときながら、夜のコ
ーヒーショップでマジギレする。拳をブンブン振り回しながら︵空
いてたから他のお客さんには迷惑かけてない、はず︶、振り回しす
ぎてテーブルに手をぶつけつつ、﹁ぐうううううう!!﹂などと漫
画みたいなうめき声を挙げる。
だって! だって最低なんだもん!
暴力こそないにしろ、彼女が彼に対し意見を述べれば﹁いや、常
識的に考えればこうでしょ?﹂と頭ごなしに否定し、意見の否定だ
166
けでなく﹁やっぱり女子会やる女なんか、女の世界だけで生きてて
偏った意見しか持てないんだな﹂だの、﹁女って、助手席座って我
儘言ってりゃいいから楽だよな﹂だの、﹁俺は家事やりたくないか
ら全部やってほしい。そんで俺が身体壊したときは養ってほしいか
ら、仕事も辞めないで。ふたりで協力し合っていこうよ﹂だの、し
ゃあしゃあと曰うというのだ。
これは聞いた話のうちのごく一部をさらっと書いてるので、なぜ
他人の私がこんなにも憤っているのかあまり伝わらないかもしれな
いが、その他にも﹁はぁ? 何言ってんのそいつ﹂な発言が延々と
続いた。
ぐううううううう!
そりゃこの短時間の間に、言われて傷ついたことを一括して聞い
ているのだから私には余計最低な男に思えるのかもしれないけど、
それでもどう考えても偏った思考なのはその彼氏だ! 仮にそいつ
が今まで付き合った女性はそんなんだったのかもしれないけど、塚
ちゃんは違う。むしろ気を使いすぎていつも損するタイプだ。そん
なこともわからないで﹁好き﹂だとか﹁協力し合っていこう﹂だと
か、意味わからん!
去年一番怒ったのが﹁オリンピック閉会式におけるNHKアナウ
ンサーのMUSEの扱いのひどさ﹂だった温厚な私が、新年早々今
年一番候補のマジギレをかます。怒りの余り、飲んだコーヒーが口
の中でブバババってなる。
はーらーだーたーしーい! たーかーのーつーめー! 後者は言
いたかっただけ。
彼女はいい子なので、﹁ずっと自分が未熟なせいかな、って思っ
てたけど、私が思ってるのと同じところで怒ってくれて、ほっとし
た﹂と言うが、いやぁいやぁ! あまりに馬鹿な意見には反論しな
いとダメよ! まぁ反論しても聞く耳持たないから、そいつは馬鹿
なままなんでしょうけど! 毒吐いた。人様の元カレに毒吐いた。
いずれにせよ、彼女は悩んでいたことを人に話せてだいぶすっき
167
りした、と言ってくれたが、私は帰り道もずっと憤っていた。つま
らない男だったとはいえ、短期間でも長年の友人と付き合った人の
ことをあまり悪くは言いたくないが、付き合いが長い友人なだけに、
彼女がそんな扱いを受けたことが腹立たしい。それに、私だって偏
った考えの発言をするときもあるけど、あくまで自分で考えた上で
のものだ。間違っても﹁常識的に考えて﹂などという免罪符をつけ
て、どこの誰の意見ともわからないもっさりした意見を﹁マジョリ
ティの意見だから言うけどぉ﹂と押し付けるような頭の悪いことは
言わないようにしてるぞ。わかんないけど! 言ってるかもしれな
いけど!
結局その日はずっと憤り続け、眠っても﹁店員のミスで私の鞄に
ジュースぶちかましたのに、店側は弁償代もクリーニング代も出さ
ないばかりか、あまつさえ﹃いや、これ革だから、ただふいて乾か
しゃいいってもんでもないんですけど⋮⋮﹄﹃いやぁ、そう言いま
すけどぉ、普通、それくらいでそんな怒りませんよ?﹄と言われ憤
る﹂夢を見てうなされた。人事なのにこの引きずり様。
そして目が覚めても、﹁なんだったんだあの男はプンスカプンス
カ﹂とまだ多少怒っていたが、テレビをつけたら偶然にも来日して
いたMUSEが朝の番組で生ライブをしていたので、﹁うおおおお
! MUSEじゃないですか!!﹂と、NHKのMUSEに対する
扱いのひどさ以来の怒りは、図らずもMUSEによって解消された
のだった。人生ってよくできてるね!
しかし多少冷静になると、私が彼女に肩入れしすぎてただ怒って
いるだけなのかもと思い、友人めがねにさらりとその男の話しをし
てみたら、﹁なにをくすぶっている。魔女らしくその男を秘密裏に
毒殺しろ﹂とさらりと言ってきたので、うん、やっぱりそうだよね!
それにしても、今年も続くのね、魔女設定。
168
似たもの同士の嗅覚
先日、ある友人の大学院の合格祝いをした。彼を仮に立花くんと
しよう。彼は元々西日本出身の子で、東京の大学に進学したものの
レポート提出等色々と忙しい理系の学部で、さらに理系学部の中で
も課題が多いと言われている大学だったため、常に課題に追われ学
校と家の往復ばかりの四年間だったらしい。そんな生活なのになぜ
五歳以上も年上の私と出会って友達になったのか、奇跡としか言い
様がないが、進学する大学院は西日本なので、共通の友人と共に﹁
きっと東京に思い入れはあまり無いだろうから、ヘタしたらもう二
度と東京に来ない。だから今更だがベタな東京を堪能してもらおう﹂
というコンセプトの元、東京観光をして夜ご飯を食べた。
立花くんは、若干東南アジア系の濃さはあるものの結構イケメン
だ。背も高く、高校時代は運動部だったらしいので体格もいわゆる
細マッチョだし、勉強だってかなりできる。なのでさぞかし女にモ
テるだろうと思いきや、ひきこもり気味の生活と、基本的に誰に対
してもシャイという性格と、真面目すぎる性格と、ド天然が災いし
て、いまいちその本領を発揮できないままでいる。まぁ彼女はいた
ことあると言ってたし、今もいるのかもしれないけども、私の友人
の中では一番宝を持ち腐れてる人だ。あぁ、私があの容姿と頭脳を
持って男に生まれていたら、もっともっとやりたい放題やるのに⋮
⋮! こういう発想が低俗ね、私。
そして観光後、予約しておいたお店であーだこーだとグダグダ喋
る。立花くんの研究分野は大分ニッチな分野であるが、その分野の
大御所と言われる先生がいる、第一志望の大学院に無事合格したそ
うなので、イキイキと春からの生活と将来の目標について語ってい
た。いいねぇ、若いってすばらしいねぇ。喋る内容が難しすぎて、
何言ってるのかおばちゃんほとんど理解できないけど。ロマネスコ
ってなんだよ。理系の話じゃないのかよ。
169
しかし、普段シャイな彼にしては珍しく饒舌に色々なことを喋っ
ているので、ついでに﹁年末年始なにをしていたか﹂という議題に
移る。立花くんは目を輝かせたまま、﹁武○壮にハマって、年末年
始はずっと彼の動画を探して見てました!﹂と言い放った。
なんでまた、武○壮⋮⋮。いや、別にいいんだけど。勉強しすぎ
た反動かしら。
そして立花くんは、今度は﹁みなさんご存知かもしれませんが⋮
⋮﹂と言いながら、ベラベラと武○壮について、wikipedi
a並の情報量で説明してくる。なぜwikipedia並の情報量
であるとわかったのかは、私も以前武○壮についてwikiped
iaで調べた前科があるからだが、私が忘れていたことさえも、ほ
かの皆さんは全くご存知ないことさえも、言い淀むこともなくぺら
っぺらと嬉しそうに喋り続ける。ちなみに彼は酒が飲めないので、
ノンアルコールだ。なので、﹁ちょっと待て、立花君、武○壮につ
いてこんなに詳細に喋るの初めてじゃないだろう! 初めてにして
は要点がまとまりすぎてる!﹂と指摘すると、案の定﹁はい、年明
け以後に会った人には毎回説明してます。昨日は、美容院のお兄さ
んに散髪中ずっと喋ってました!﹂と目を輝かせたまま言う。
将来の目標を語るのと同じテンションで、武○壮についてイキイ
キと語るなんて⋮⋮。頭が良い人ってよくわからないな。美容師さ
んも、突然こんな武○壮について語られて困ったろうに⋮⋮。まぁ
好きなものがあるって素敵だよね、うん。
そしてひととおり武○壮について解説し満足したのか、彼は突然
﹁神楽さんは年末年始、何してたんですか?﹂と振ってきた。
﹁あぁ、私は親戚も誰も来なかったからね﹂
﹁出かけたりしなかったんですか?﹂
﹁うん、基本的にパソコンで将棋やってた﹂
﹁⋮⋮えっ﹂
﹁いや、ずっと将棋やってたわけじゃないよ! 年末に将棋連盟の
米長会長も亡くなったことだしね、改めてこう、米長会長の功績に
170
ついて調べたり、撮りためておいた将棋のNHK杯を見たり、動画
を探したりね⋮⋮うん﹂
﹁じゃあ、僕の武○壮とあんまり変わりませんね!﹂
﹁いや! 違うと思う! 武○壮とは違うと思う!﹂
と言いながら、私は年明けに会った友達に将棋について延々と喋
っていた前科を思い出し、ほかの友人の顔にも﹁人のこと言えない
過ごし方だね﹂みたいな表情が浮かんでいた。そうかな⋮⋮そうか
⋮⋮あんまり変わらないか⋮⋮。でも将棋って、やり始めると時間
を忘れるからいい暇つぶしだよね!
そんなわけで、立花くんは春から西日本に行ってしまうのだけど
も、今回の件で、なんだかんだ似たもの同士って環境が違っても年
齢が離れてても嗅ぎつけてしまうようなので、あちらでもそんな友
達が見つかるといいねぇと思いながら、彼の将来に幸多かれとか思
うのだった。まぁ、暇だったら会いに行こう。
171
インターネットにうっとりからの受験談話
インターネットの検索ってすごいなぁ。愛用するようになって久
しいが、未だにふとした瞬間に﹁便利だなぁ﹂と感動し、去年の大
晦日には﹁今年もお世話になりましたグーグルさん⋮⋮﹂などと感
慨にふけり、あまつさえ元旦から﹁グーグル勤務の男と付き合う﹂
という夢までみてしまったのだ。ばっかばかしい。
しかし今更なぜこんなことを言い出したのかというと、ふと﹁﹃
理学部 景観 ぶち壊し﹄のキーワードで検索結果に東大安田講堂
は出るのか?﹂ と気になりだし、そして試してみたところ見事に
検索結果に安田講堂が出たついでに面白いブログも発掘したからだ。
いやぁ、現代に生まれて本当に良かったよ! どこまでもこれで暇
つぶしができるよ! いや別に暇じゃないんだけどさ。そしてさり
げなく東大理学部批判してるのは気のせいです。︵さっぱり意味が
わからないけど気になる人はぐぐろう︶
そういえば、今週末はセンター試験なのですね。私はセンター試
験を受けていない。私立一本だったしセンター対策する余裕がなか
ったので、潔く切り捨てた。そしたら願書提出締切日? だったか
に担任から電話かかってきて、﹁お前センターの願書出てないぞ!
受けられないぞ!﹂﹁いやだから、受けないって前に言ったじゃ
ん﹂と、担任の親切に対して若干キレたのだった。
ちなみに私は中学から私立だったが、その学校は幼稚園から大学
まであって、しかも結構お金持ち学校で、完全エスカレーターでは
ないもののテスト前に勉強さえすれば大学の推薦もらえて︵希望学
部かは別として︶、かつその大学が世間一般で見たら偏差値低くな
い、むしろ芸術系に関しては進んでその大学に入りたがる子もいる
くらいの大学であった。
とはいえ文系の学部しかない大学なので、理系の子は他大学受験
する。でもそれは元から生徒ご本人も学校側も重々承知しているこ
172
となので、理系向けの受験対策は意外とちゃんとしてたり、そもそ
も生徒本人が﹁学校の授業などアテにすまい﹂と、早いうちから家
庭教師つけてたり塾に通ってたりしていた。
なので、同じタイプの学校に通っていた人はわかると思うが、私
のような文系のくせに他大学受験をしたような人間には、最悪の受
験環境であった。受験向け授業も一応あるがレベルはたかが知れて
るし、内部推薦組は遊びまくってるし、﹁文系他大学受験希望者は
基本浪人﹂ぐらいの雰囲気だった。しかも私は高二の三学期まで内
部進学するつもりだったのだ。なのにある夜突然、﹁あぁ、私のや
りたいこと、内部進学じゃできないじゃん﹂という啓示にも似た焦
燥に駆られ、朝起きて私は﹁ねぇやっぱり文系だけど他大学受験す
る﹂と親に伝えたのだった。親びっくり。私もびっくり。親も親で
﹁それは一時の気の迷いじゃないのか! 大学で何がやりたいの!﹂
と言うので︵そりゃそうだよな︶、朝から大学でやりたいことと、
それをやるのにはどういう大学に行けばいいのかを、きっちりぺら
ぺら喋り出しだので、やはりあの時の私は神がかっていたに違いな
い。
話しが逸れたが、とにかくそこからの一年は、わりときっちりと
勉強をした。幸い国語に関しては、超絶感じ悪いが﹁なんでこの問
題を解けない人がいるのかわからない﹂と思うぐらい出来たので適
当に放置し、﹁どうでもいいことばかり細かく覚えている記憶力﹂
をこの一年だけは日本史につぎ込み、しかし私はカタカナとかアル
ファベットが苦手だったので英語で大苦戦をし、あまりの出来なさ
加減に周りから﹁なんで英語だけそんなにできないの?﹂と嫌味で
はなく単純な疑問を投げかけられ、教師から﹁もうお前は国語はや
らないでいい。日本史も直前に覚えろ。英語をやれ。英語ができな
いと受かるもんも受からん﹂と言われ続け、でも結局英語は苦手な
まま受験に突入し、結果偏差値高くはないけど低くもない、でもや
りたいことができる大学に現役でうまいこと入学したのだった。だ
いたい私の希望学部は、同じ大学でもその学部だけ偏差値と倍率が
173
高いんだ! 今はそうでもないらしいけどさ。ちっ。
だからまぁ、何が言いたいのかというと、目標に向かって頑張れ
ばなんとかなるよ! などという安い歌の歌詞みないなことは言わ
ない。だけども、自分の直感と運命は信じていいと思うの。私の高
三の一年は孤独な戦いだったししんどかったし、ぶっちゃけ第一志
望の大学ではなかったけど、結果的にはほかの大学にはないような
サークルに入ってすごく楽しかったし、ゼミも私にピッタリの学問
をやっている先生のところにうまいこと入り込み、今は大学の勉強
とは違う仕事をしてるけど、すごく楽しい大学生活だった。今でも
あの十二年前の、私の﹁他大学受験する!﹂と思ってそのまま突き
進んだ自分には感謝している。
なので、今受験などという追い込み時期に受験生の方がこんなく
だらない文章を読んでるとは思えないが、目標にベストを尽くすの
は大事だけど、その結果がどうあれ、たとえ受け入れがたいもので
あっても、その運命に乗っかってみるのもいいし、どうしても譲れ
ないものがあるならもう一回チャレンジしてみるのもいいし、どっ
ちも正解だと思うのであります。まぁ当たり前なんだけど。大学時
代にセンターでうちの大学に入学した子が、四年間﹁私はこんな学
校に来たくなかった、浪人できないからセンター使って来ただけ﹂
って言い続けてて、勉強できてもあったま悪いなぁと思ったことを
思い出したので。
しかし、なぜインターネット検索からこんな流れになったのか自
分でもよくわからない。あぁ、安田講堂のせいか。あとはまぁ、時
期的なセンチメンタル。
いずれにせよ、受験生のみなさん、やるだけやって咲くなり散る
なりしてらっしゃってください。おばちゃんは生暖かく応援してい
ます。
174
雪の日とすいへーりーべ
東京は、今日も未明頃までは雪がちらつくかも、と言われていた
ので、先週同様﹁あまり降らないと思わせておいて結構な大雪﹂と
いう展開を期待していた。しかし今回は本当にちらつく程度だった
ようだ。ちっ。
雪が降らない太平洋側育ちとしては、いくつになっても雪が降る
とテンションが上がってしまうのだ。前回だって昼前頃には雨が雪
に変わり、﹁あぁ、出かけようと思ってたけど寒いからやめよう﹂
とこたつでぬくぬくしていたのに、ぼーっと外の雪を眺めていると
やはり気になり出してうずうずして、結局完全防寒で出かけてしま
った。そして某国立大学のキャンパスに入り込み、一時間ぐらいウ
ロウロと散歩をし、ジョサイヤ・コンドルの銅像が雪で悲しいこと
になってるのを﹁コンドル先生おつかれーーっす﹂などと軽いノリ
で写真に収めたのだった。︵コンドル先生は私の好きな建築をいっ
ぱい手がけているので、これでも尊敬しているんだよ!︶
ちなみに私は、おばあちゃんが北海道出身なのでおそらく遺伝子
的に寒さに強い。別に寒いは寒いのだが、あまり寒さを苦痛と感じ
ない。なので、﹁動いてれば何ら問題はない﹂と、風も強まって最
早ちょっとした吹雪状態なのに手袋せずに写真を撮りまくっていた
ら、その後数日間手の甲がずっとヒリヒリと痛痒かった。もしかし
て、これが霜焼けというものなの⋮⋮?! 思わぬところで初体験。
そんな先週だったので、先日のセンター試験では受験生としては
できれば避けたい﹁氷塊と化した雪に滑って転ぶ﹂という事態が各
地で何件かは発生したのだろうけど、噂に聞くところの﹁今までの
傾向完全無視の数学の出題﹂の衝撃に比べたらなんてことはないの
だろう。うちの甥もまんまとその変化球出題に踊らされ、志望校の
変更を考えているらしい。あーはー! センターってたまに爆弾落
とすよね!
175
さて、受験シーズンなのでなんとなく昔習ったことなどをここ数
日思い出しては﹁あぁもう全然覚えてないなぁ﹂などと落胆してい
るのだけど、ふと化学の元素周期表の覚え方、有名どころ﹁水平リ
ーベ僕の船﹂を思い出した。私は化学は受験で使わなかったので、
化学に関してはもうその歌しか思い出せない。しかもどの文字がど
の元素と対応しているのかすらわからん。﹁水が水素でHで、兵が
ヘリウムで、リーが⋮⋮リチウム? べが⋮⋮べ???﹂状態であ
る。そしてスマホで調べて、﹁べ﹂はベリリウムであることを無事
突き止めるも、ベリリウム自体がピンとこず、﹁っていうか、この
歌の意味がわからん﹂とどんどん迷宮に迷いこむのだ。
水兵まではいい。僕の船もいい。リーベってなに。人? 登場人
物が水兵のリーベ氏なの? そして﹁僕の船﹂って、それは水兵リ
ーベ氏の所有する船のことで、これはリーベ氏のセリフになるのか、
それとも﹁僕﹂という第三者目線から、水平リーベ氏と僕の船を見
つめてるの?
ぐちゃぐちゃと色々考えながらぐぐってみると、有力説は﹁リー
ベとはドイツ語で﹃愛する﹄という意味です﹂であったが、こうな
ると益々事態は混迷をきたしてくる。
まず﹁水兵﹂と﹁僕の船﹂は日本語だ。そこに唐突に打ち込まれ
るドイツ語。でもドイツ語って、ちょっと中二心をくすぐる響きが
多いよね。だからそれはいい。
しかし、なぜ水兵が僕の船を愛するのだ。その水兵が昔造った船
なのか、或いは水兵の実家の近くの森から切りだされた木材で造ら
れた船なのか。いや、そもそも船の規模がわからん。これが、﹁僕﹂
が少年で、近所の仲良しの水兵さんに作ってもらった手作りの小さ
な船、池に浮かべて遊ぶ程度の玩具の船であれば話しは微笑ましい
が、﹁僕﹂がブルジョアで、大型船を個人で所有しているような人
物であったとしたら、一気に支配者層と被支配者層、そして迫り来
る動乱⋮⋮革命! 全てが終わり、何もかも失った僕は、力なく海
岸を歩いていた。波打ち際に、何か木の塊のようなものが打ち上げ
176
られてるのが見える。それは波に翻弄され、ぐらり、ゆらりと気怠
げに揺れる。近づいてみると、それは小さな手漕ぎボートであった。
ボートは最早、かろうじてボートという原型を留めているに過ぎず、
水で腐り底には大きな穴も空いていた。おそらくは海を揺蕩い、事
によるとそこに乗っていた誰かと別れ、孤独にここに流れついたの
だ。そうして僕は、もう遠い昔に思える、ある水兵と過ごした日々
を思い出す。﹁水兵 リーベ 僕の船﹂。昔歌った歌を、もう一度
口ずさんでみる。
あぁあ、なんかだいぶ変な方向に妄想した。でも映像化するなら、
音楽は映画ピアノ・レッスンの音楽担当マイケル・ナイマンで。な
んだろうね、なんでこんな話しになったんだっけね。
とにかく、意味がよくわからないぞ! そう思い、友人大野さん
にこの旨を説明したところ、﹁そんなん、﹃納豆︵710年︶ねば
ねば平城京﹄だって何の意味もないじゃないか。その時代に平城京
で納豆食ってたのかもわからんし。そんな暗記テクなんかインパク
トありゃいいんだから意味とかいらんし﹂とあっさりと正論を返さ
れた。それもそうだな⋮⋮。しかし納豆ネバネバ平城京ってメジャ
ーなのか? 初めて聞いたぞ。
そんなわけで、水兵リーベ⋮⋮の件に関してはインパクト勝負で
意味は特にない、ということで納得したが、今度は﹁納豆ねばねば
ってメジャーな覚え方なのか?﹂というどうでもいい疑問が気にな
り出すのだった。
177
受験に関するエトセトラ その1
季節に乗っかって、受験絡みの話しが続く。センター試験の国語
の出題が小林秀雄と牧野信一だったと聞いて、仮に私がセンター試
験を受けていたらニヤニヤが止まらなかったであろう出題にテンシ
ョンが上がった。でも本を読み慣れていない子にはだいぶしんどそ
うな出題だな。
センターも終わり、間もなく私立の試験も始まり出し、本格的受
験シーズンを迎えるのですね。私の大学受験はもう十一年前になる
のか、時の流れは恐ろしいなぁ、と思いつつ、ぼんやりとではある
が今でも忘れられない入試の思い出をいくつか書こうと思う。
あれは一月末だったか、二月頭だったかも忘れたが、私はある女
子大の入試会場にいた。そこは直前に受験することを決めた学校で、
志望理由など特になかった。ただ、二月の頭にいきなり第一志望の
大学の入試だったので、﹁一発目の受験がいきなり第一志望はちょ
っと⋮⋮﹂という不安な気持ちから、ジャブ程度に受験してみた女
子大だった。いきなり志望動機が不純すぎだが、人生がかかってい
たので仕方ない。
何も知らずに行ったその女子大は、結構伝統ある女子大で︵まぁ
今残ってる女子大って大体伝統あるけどさ︶、﹁女子たるものうん
ぬんかんぬん﹂と、新書にありそうな美しき日本の女性論を校訓に
掲げている学校だった。階段の踊り場に鏡が設置されているのは学
校ではよくあることだが、鏡の右端に﹁鏡に自分の姿を写す時、自
分の心も見つめよ﹂みたいなことが書いてある。ここまで書くと特
定されそうだが、まぁいい。
とにかく、中学高校の六年間、﹁生徒の個性・自主性を尊重しま
す! でも、同時に、それに伴う自己責任も叩き込みます!﹂とい
う放任主義なんだかよくわからない校訓の学校に通っていた私は、
そういう、誰の言葉だかもわからない教訓じみたものがとても苦手
178
だった。校訓として掲げるのはいい。どの学校にだって教育理念や
校訓があり、逆に言えばそれがなければその学校である必要はない
のだから。それが、ちょっと﹁あー、鏡だ﹂と思って目を向けただ
けなのに、サブリミナル的に刷り込まれる思想。あまりにも自分の
いた環境と違いすぎて、﹁受かってもここに入るのは無理だ⋮⋮!﹂
と、行って数十分で拒否反応を起こした。
もちろん、その女子校の在り方も教育の場としては正しいのだろ
う。しかし、六年間﹁自分で考えろ、行動には責任を取れ﹂と言わ
れ、校則らしい校則もなかった学校に通い続けた人間が、いきなり
﹁学校の示す女性像を目指せ﹂とか、絶対無理だ。申し訳ないがす
でに帰りたくて仕方がなかったが、受験料を親に払ってもらってい
るのだから、受けるだけ受けよう、万が一ここしか受からなかった
らここに通うハメになるかもしれないのだから、ほかの入試は気合
いを入れなければ⋮⋮と、逆に入試への士気を高めることとなった。
そして試験監督員が入ってきて、入試についての説明等を始める。
いよいよ試験が始まるな、と思ったら、試験監督員が突然﹁では誓
約書を配布するので、署名してください﹂と言う。︵ぶっちゃけ誓
約書配ったのは試験前か試験後かは忘れたが、今回は試験前という
前提で話す︶
せせせせ誓約書だと????
誓約書には、﹁本校に入学した場合は、本校学生として節度を持
った⋮⋮﹂だのと色々と書かれている。びっくりした。素でびっく
りした。誓約書だよ? 誓うんだよ? それをこんな、五分で書い
て下さいなんて!
そりゃ、不純な理由で、どんな学校なのかロクに調べもせずにノ
コノコやってきた私も悪いさ。だけど、受験の時点で誓約書だと?
誓約するには、それこそ誓約書の内容を吟味し、自分で考え署名
するか否かを自分で判断しなければならないのではないのか。それ
が、﹁はいちょっと、試験前にお願いねー﹂というテンション。だ
ったら、試験概要に﹁本校では入学試験時に、誓約書への署名を義
179
務付けております。内容に納得し署名して頂ける方だけ受験してく
ださい﹂と、きちんと受験要項に誓約書も同封しておくべきじゃな
いのか。そしたらどんな誓約書で、何を守らなければならないのか、
真面目に入学する気がある人間は調べるじゃないか。そんで受験当
日に、﹁はい、では試験前に誓約書を回収いたします﹂でいいじゃ
ないか。忘れちゃった人だけ、誓約書もらってその場で署名でいい
じゃんか。受験会場に来てる時点で、誓約書に同意する意志がある
ってことなんだから。
私は驚愕した。そして如何に今まで自分が、教師から信頼され暖
かく見守ってもらい、放任されていたかを痛感した。絶対にうちの
学校のほうがいい、というわけではない。もちろん私は自分のいた
学校に愛着があるから、自分の学校のやり方を支持してしまう。こ
の女子大のやり方でしか得られない思想や経験もたくさんあるのだ
ろう。
しかし、この女子大の誓約書のやり方はあまりにも画一的すぎで
はないか。誓約書に署名する必要がある、というのはいい。だけど、
署名に至るまでの手順が、あまりにも不躾であり、あまりにも志願
者の意志を無視しているのではなかろうか。
もう私は、喉のあたりまで﹁今、署名はできません﹂と出かかっ
ていた。周りを見回すと、誓約書への署名をためらっているのは私
ぐらいのように思えた。私は上で説明したような思いを、試験監督
にぶつけたくてたまらなくなった。だけど、きっとこの教室に何人
かは、この学校が第一志望の人もいるのだろう。この学校で過ごす
大学生活を楽しみにしてる人もいるのかもしれない。そう思うと、
何の愛着も覚悟もなくノコノコやってきた私が、個人的な主義主張
を喚き散らして試験会場の空気をかき乱すのも、ただのエゴのよう
に思えた。
そして私は、とても薄い字で自分の名前を書いた。私は迎合した
のだ。六年間、﹁自分で考え、行動には責任を﹂と言われ続けたの
に、周りの空気を気にして迎合してしまったのだ。自分で考えた末
180
の迎合ではあったが、あのときの汚されてしまった感は今でも忘れ
られない。
その後、この大学には一応合格したが、結局別の大学に進学した
ため、あれ以来一度も行っていないし、あの学校の人と関わること
も今のところない。
ただ、一時期流行ったある本、それは﹁忘れ去られかけている日
本女性の美徳を、今こそ取り戻しましょう﹂的な内容であり、流行
っていたので一応読んだけど、﹁わかるけどなんだかなぁ﹂としか
思えなかった。メディアにもたくさん取り上げられ、ちょっとした
ブームにすらなっていたけど、なんか、生きる上のでの根っこの部
分が、これ書いた人とズレてるような気がするなぁ、誰だこれ書い
たの、と思って調べたら、この女子大の学長であった。あぁ⋮⋮も
のすごく納得。
あの学校は今でも入試時の誓約書署名をしてるのだろうか。そし
て私と同じように思い、そして私と違い迎合しなかった子から、異
論を唱えられたりしてないのだろうか。
ほんと、教育って洗脳だよなぁ、と思いつつも、でも私が鼻息荒
くして﹁自分で考え、行動には責任を﹂とか言うのも、ある意味教
育による洗脳の賜物なので、結局自分に合えばもう洗脳でもなんで
もいいよね、という気分になったりしている。
181
受験に関するエトセトラ その2
引き続き、十一年前の私の大学受験のときの話である。当然だが、
受験テクニックとして役立つ情報は一切ない。ただの思い出話であ
る。
二月の初旬、私は第一志望の大学の入学会場にいた。私の志望し
ていた学科は、当時はこの大学が私立大学ではトップであり、当然
偏差値も倍率も結構なものであり、奇跡でも起きない限りは合格は
無理なのは重々承知していた。でも、撃沈するとわかっていても挑
まなければならない戦いってあるじゃないか! というわけで身の
程知らずとわかっていても受験した。
味わいのある古い校舎で行われた入学試験は、趣きがあったが古
いゆえに非常に寒かった。﹁暖風が吹き出し口から勢い良く放出さ
れるものの空気が循環しないので顔のあたりは熱いのに足元がめち
ゃめちゃ冷える﹂、﹁密閉性が低いので廊下側・窓際になるとめち
ゃめちゃ寒い﹂、﹁かといって真ん中も真ん中で寒い﹂等々、ここ
まで頑張って体調管理にも気を使ってきたのに受験会場で風邪もら
ってきそうな環境であった。あとトイレはもう、室内なのにここは
屋外なのかい? と誤解しそうなくらい寒かった。上着を持たずに
トイレに出たことを心底後悔した。未だにこれだけあの会場の寒さ
を覚えているのだから、よっぽど寒かったのだろう。
しかし、寒いのはほかの受験生も同じ。やがて試験監督員が入室
し、問題用紙と回答用紙の配布、諸々の注意事項の説明ののち、滞
り無く入学試験第一科目めは開始された。ちなみに誓約書への署名
はこの大学ではなかった。この大学っていうか、その後も前回説明
した大学以外で入試の時点で署名なんてなかったけどな。まぁいい。
そして最初の科目は確か英語だった気がするが、英語が大の苦手
だった私は早々に撃沈したのだった。全設問に対しふわっふわとし
た回答しか導き出せず、自信のある回答などひとつもなかった。ち
182
なみにこの大学の入試は、英語の配点が150点満点、国語と社会
はそれぞれ100点満点なので、英語の比重が大きい。つまり英語
が出来なければお話にならないと言ってもいい。そこで早々にコケ
たので、早くも夢破れたり⋮⋮という気分になっていたが、﹁ふわ
っふわとした回答がまさかの全正解﹂という奇跡を信じてなくもな
かったので、心折れずに午後の試験に挑もうと改めて気合いを入れ
た。私はこういう﹁最早運頼み﹂になったときの往生際が本当に悪
い。
そして寒い中お昼を食べ、続いて午後の試験が始まる。国語と日
本史はそこそこ自信があったので、なんとかなるやもしれん⋮⋮と、
私の心は折れていなかった。しかし、ここで自分の中では想定の範
囲内であるが、周囲にとっては非常に迷惑な事態が発生した。
お昼に食べたものを胃腸が消化し始め、静かな試験会場に私のお
腹の音が唐突に鳴り響き出したのだ。
それは﹁ぐーーー⋮⋮﹂などという、可愛らしいものではない。
﹁ぎゅるるるるう∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼⋮⋮ぎゅう﹂﹁ごぽぽ
ぽ⋮⋮ちゅるるるるるる⋮⋮﹂という、胃腸、絶賛活動中☆ な音
が結構な音量で、しかも一度や二度でなく、収まった⋮⋮と思った
らまた次の波がやってくる、といったように、しばらくの間、絶え
間なく、静かな試験会場を漂い続けたのだ。
まぁ、私はこんなことには慣れっこだった。学校でも、試験中に
限って胃腸が高らかに鳴り響くのが私の常だった。最初は﹁えへ、
お腹なっちゃったー﹂などと試験終了後に周りに弁明していたが、
だんだん弁明するのもめんどくさくなり、周囲も﹁あぁ、試験だか
らまた鳴ってんね﹂ぐらいにしか思わなくなったようだったので、
すっかりどうでもよくなっていたが、大学入試においても私の胃腸
は平常運転だったのだ。
一応心の中では﹁あぁ、みんなごめんねー﹂と思っていたが、人
の腹の音ぐらいで気が散るようじゃ、この先の荒波くぐってけない
よねうん、だからみなさん我慢してね、ぐらいに思って開き直って
183
いた。やなやつ。
しかし開き直ってはいたものの、その日の一、二を争う音量でお
腹が鳴った際に、カンニングと誤解されぬ程度に周りの様子を伺っ
てみたところ、左隣の女の子は明らかにこちらに少し目線を向け、
刺々しいオーラを私に向けていた。ごっめーん、でも悪気はないの
ー、ぎゅるるるるる。体質だからしょうがないのー、ごぽぽぽぽぽ。
そして図らずも人様の集中を阻害し、国語と社会も自信あったわ
りにそこまでの手応えはないまま、私の第一志望の筆記試験は終了
した。ちなみにこの大学の入試は、筆記試験は一次審査であり、筆
記試験通過者には後日面接の二次審査がある。二次審査の日程は別
の大学の入試とかぶっており、﹁一次審査通っちゃったら、そっち
の大学の入試諦めないといけないなぁ﹂などとこの期に及んでまだ
思っていたが、そんな心配は取り越し苦労であり、あっさりと私は
筆記試験に落ちたのだった。うん、まぁそうだよね。まぁ、そもそ
もダメで元々だったからね、うん。
そんなわけで、私の第一志望の入試は、ふわっとした回答と腹の
音で人様の邪魔をした思い出を残し終了したのだった。でもあの日
のことをこんなに覚えてるなんて、やっぱり私はこの入試に対し気
合いが足りなかったのだろうな。
入試の話しはあともうちょっとだけ続きます。しばしお付き合い
を。
184
受験に関するエトセトラ その3︵前書き︶
※前回までのあらすじ※
受験シーズンなので、十一年前の大学受験の思い出を必死で思い
出して書き連ねているこのシリーズ。軽い気持ちで受けた女子大で
いきなり誓約書へ署名させられ度肝抜かれたり、第一志望の大学で
騒音レベルの胃腸の消化音を鳴らし隣の女子から迷惑がられたり、
悲喜交交、案外色々あるもんですねぇ。
185
受験に関するエトセトラ その3
さて、第一志望の大学にあっさりと落ちた私だが、続いて﹁自分
のレベルよりもちょっと上だが、当日調子が良ければ合格できるか
もしれない大学﹂の入試会場にいた。ちなみにこの大学は、前回説
明した﹁いやぁ、もし第一志望の大学の筆記通っちゃったら、二次
審査の面接日とかぶってるから、受験を諦めないといけないなぁ﹂
と言っていた大学である。とんだ取り越し苦労だったがな! でも
この大学だって第二志望なのだ。気を引き締めねばなるまい。
今度の試験会場は新しい校舎で、校舎の密閉性も高くとても暖か
かった。私は前回の経験を踏まえて厚着で来ており、かつ何十人も
の受験生が集まる大教室だったので、熱気でむしろ頭がぼーーっと
するくらいだった。しかし、今回は新しい校舎だ。空調は微調整が
利く。スタッフの人も試験が始まる前に設定温度を低めにしてくれ
たりと、気を使ってくれている。いずれにせよ、今回は寒さには悩
まされずに済みそうだ。
そうして私は、英熟語の最終確認などをしながら時間を潰す。前
回の入試は、受験生一人につき一つの机︵いわゆる小∼高校の多く
で使われる学校机︶だったが、今回は大学の大教室でよくある、細
長い机に数名が並んで座るタイプのものであり、受験生はその両端、
通路側に座る。私は教室の真ん中あたりの、一番窓際の席だったの
で、少し身体を傾けるだけで教室全体を見ることができた。段々と
教室に人が増え席が埋まり出したが、私のお隣の人はなかなか来な
い。もしかしたら隣の席の人は、今日は私の第一志望だった大学の
二次審査で、こっちは棄権なのかもしれない。色々なことを考えつ
つ、試験開始時刻を少しだけ緊張しながら待っていた。
もう間もなく試験監督が問題用紙を持って入室する、といった頃
だろうか。カタリ、と少しだけ机が揺れる感覚がしたので顔を上げ
てみると、隣の人が上着を脱ぎつつ席に座ろうとしている。あぁ、
186
隣の人来たな、ただそれだけの出来事であるが、なんとなく私はそ
の隣の人の顔を見た。彼女もふとした瞬間に、私の顔を見る。
そして私たちは、目が、視線が交わったその瞬間、三秒ほど見つ
め合ったのだった。
⋮⋮彼女は、第一志望の大学で私が腹の音を鳴らしまくっていた
とき、刺々しい視線を送ってきた隣の席のあの子だったのだ⋮⋮!
︵マジなんだよ! このエッセイはフィクションだってゆってるけ
ど、ここだけは本当なんだよ!︶
目が合った瞬間、お互いの﹁あぁああお前は!﹂という声になら
ない思いが通じあったので、おそらく彼女も私のことを認識したの
だろう。しかもここにいるってことは、彼女も先の大学には残念な
がら筆記で落ちたということだ。もしかしたら、私の腹の音によっ
て集中が阻害されたことも一因かもしれないのだ。
これが腹の音さえなければ、﹁えええすごい偶然ですね!﹂と、
入試においてはライバルではあるが意気投合できたかもしれない。
でも、あんだけ腹の音を鳴らしておきながら開き直っていた私だ。
そして露骨に刺々しい視線を送ってきた彼女だ。加えて入試という
環境。私たちは、お互いのために﹁気付かないふりをする﹂という
対応を選んだ。というか彼女は、﹁こいつまたどうせ腹の音うるさ
いんだろ、席変わりたい﹂ぐらい思っていても不思議ではない。私
だったら絶対そう思う。
そんなこんなで、開始前から意味もなく﹁ご縁って一体何なのだ
ろうなぁ⋮⋮﹂という体験をし、入試は始まった。午前の試験問題
を解き、お昼休憩、そして午後の試験が始まる。幸いなことに、午
後の試験は自分でも意外なほどお腹は静かだった。鳴ったとしても
自分で多少聞き取れる程度であり、同じ机とはいえ前回の試験会場
よりも隣の人との距離は遠いので、まず彼女に私の腹の音が聞こえ
るということはなかっただろう。私だって、やればできるんだから!
そしていよいよ、最後の科目。その頃には胃腸もすっかり落ち着
き、空調の温度も安定し、非常に快適な環境での試験が予想された。
187
あとは私の脳をフル回転させるだけだ。私は集中して取り組む。暗
記教科はどれだけ自分の中の情報を引き出せるかが勝負だ。私は隣
の子との︵個人的な︶一悶着などすっかり忘れ、回答を導き出すこ
とに情熱を注いでいた。
そうして数十分経った頃だろうか。外はもう、どちらかといえば
夕方であり、日は傾き、今までは気にならなかった太陽の光が段々
と教室に入り込む。この教室は西日が入るのだ。だがそこは、空調
などに気を使ってくださるスタッフの皆様。何も要求せずともカー
テンを閉め、受験生に直接日光が当たらないようにしてくれる。あ
りがたい。とてもありがたい。
しかし、それは窓際の宿命だったのだろうか。日は入らずとも、
なんとなく、じんわりと暑い。今振り返ってみれば、冬の西日がそ
んなに力強いとも思えない。ましてカーテンも閉めているし。だか
ら本当のところがどうなのかはわからない。でも私は、最後の科目、
最後の力を振り絞り頭をフル回転させていたせいもあり、非常に頭
の周りだけぼうっと、暑くなり出した。しかしここで集中力を途切
れさすのはあまり良くないと、必死になり問題に集中する。問題に
没頭してしまえば、暑さも忘れてしまうだろう。そう思い、問題用
紙をじっと見つめていた。その時だった。
私の手の甲に、ぽたり、と、何かが落ちた。一瞬私はそれが何か
わからなかった。ただ、赤い粒が滴下し、斑点が鮮やかに広がった、
と思うと同時に私は全てを悟った。
鼻血出た。
その後の私の動揺は筆舌に尽くしがたい。とりあえず後に提出し
なければならない解答用紙だけはきれいなまま死守しようと、左手
を血まみれにし、ティッシュを鞄から出そうと思った。しかし、試
験中に試験監督の許可無く鞄に触れるだなんて受験資格剥奪になる。
なのでもういっそこのままティッシュを出さずにやり過ごしてしま
おうかと思ったが、それも無理そうな状態に陥り、なんやかんやあ
り︵詳細な描写は避ける︶、とりあえず受験資格剥奪の事態も避け
188
られ、かつ解答用紙もきれいなままで提出できたが、その間に皆様
にかけた迷惑を十一年越しでここにお詫びする。
そしてあのとき隣の席だった彼女。最初の試験会場で腹の音を鳴
らしまくり邪魔をしたばかりか、次の試験会場では静かかと思いき
や流血騒動を巻き起こし、本当に、本当に申し訳ないと思っており
ます。わざとではないにしろ、お互い、星のめぐりが悪すぎました。
あなたはあの大学に受かったのでしょうか。ちなみに私は落ちまし
た。それがあなたにとって救いになれば幸いです。
以上、長きに渡り私の大学受験エピソードを書いてみました。最
後に私の大学受験の結果を報告しておくと、﹁ジーンズのチャック
が全開であることにお昼すぎまで気付かなかった﹂ときに受けた第
三志望の大学に無事合格し、面白おかしく大学時代を過ごしました。
人間、やはりリラックスが大事です。
というわけで受験生の皆さん、頑張ってください。強引にまとめ
る。
189
すごくいいことが書いてある本
我が家がある地域は、わりと宗教勧誘がやってくる。どこだって
そうなのかもしれないけど。別にどこの誰がどの宗教を信じてよう
がどうでもいいが、勧誘にやってくる人のあの﹁自分はすごくいい
いことやっていて、かつ、そのいいことを知らずにのうのうと生き
ている人たちにぜひとも教えてあげたい﹂感は何なのだろう。別に
宗教勧誘じゃなくてもガンガン来られると引いてしまう私は、いつ
も目が泳いだまま﹁いえー、興味ないですー、てかクリスチャンで
すー﹂などとぬけぬけと嘘をつくのだ。
こないだもそんな感じの人が来た。その人はしきりに﹁宗教では
ない﹂と主張していたが、話しを要約すればつまり﹁すごくいいこ
と書いてある本を配ってるから、読んでみてね! そんで気になっ
たら会合来てね!﹂であった。宗教とかいいこととかの以前に、私
は会合とか無理だ。人見知りだし生活が不規則だからな。
あと、冊子の表紙のフォントがダサすぎる。どうしてあぁいう冊
子のフォントってダサイのだろう。あの冊子を作っている人の高齢
化が伺える。今は大学だって、学生獲得のためにロゴを革新したり
する時代なのだぞ。それなのに頑なにダサくあり続けるだなんて、
﹁伝統だ﹂とかいう聞こえのいい言葉を吐く思考停止気味の年寄り
が上ではびこってるに違いないのだ。いや、決して私は伝統やお年
寄りを軽んじているわけではない。私だって、古い建物が好きなの
に、それが色気もなにもないただのビルやコンクリートに変わって
しまう日本を悲しく思ってたりするし︵日本はいかんせん地震があ
るから保存が難しいのはわかるけど︶、戦前戦後にこの国を支え命
をかけた先人には尊敬の念を抱く。しかし、残すべきものは本質と
真理であり、それを彩る上っ面でしかない装飾なんてどうでもいい
のだ。そのことに気付かずに、人を教え導くだなんてちゃんちゃら
おかしいったらありゃしない!
190
ふぅ、たかがフォントがダサかっただけでこんなに叩いているの
は、私がその日休みで寝たり起きたりぼんやり幸せにすごしていた
のに、いきなり寒い玄関先でべらべら喋り出されたからではないぞ、
決して。﹁あなたはめっちゃダウンコート着てますけど! 私は部
屋着で素足!﹂と心の中で何度も主張していたのは私の個人的な都
合だ。しかしどうして﹁すごくいいことが書いてある本﹂をいつも
読んでいる人が、目の前の薄着の人間が寒そうにしているのに気付
かないのだ。﹁すごくいいことが書いてある本﹂に目を通す前に、
目の前の人間に目を向けるべきじゃないのか。だから戦争が無くな
らないのではないのか。
なんやかんや色々思ったが、もう寒くてめんどくさいのが本音だ
ったので、一刻も早くこのやり取りを終わらせたいと思い﹁はぁ、
じゃあ本を受け取るだけ受け取ります⋮⋮﹂と言ってお引き取り願
った。こういう場合、もらってしまうとまた次も来そうなので微妙
なのだが、寒かったからな。ヘタに罵声を浴びせて嫌がらせされた
ら嫌だし。
そしてこういうのをあしらうのが上手い人って羨ましいな⋮⋮と
思いつつ、その後私は惰眠を貪ったのだった。ちなみにこの話し、
別の書こうと思ってた話しの前振りのはずだったのに、思わず熱く
語ってしまったので独立させた。どうでもイイネ!
191
想定の範囲内です
小学校では道徳という授業がある。別に私は﹁今時の若いもんは
⋮⋮﹂というほど年を取ってもいないし、子どももいないので﹁道
徳を教えるべき教師の人間の質が⋮⋮﹂などと曰う機会もない。な
のでまぁどうでもいいのだが、いくつか忘れられない、教科書に掲
載されていたエピソードがある。その中でもどうも今でも引っかか
っている話しが、フィンガーボウルの話しである。
結構有名な話しらしいので知ってる人も多いかと思う。なんか途
中経過が微妙に違うパターンもあるらしいのだが、私の知っている
大体の話しの流れはこうだ。
ある日、女王様主催の食事会︵誕生日会?︶が開催されることに
なった。その招待された客人の中に庶民がひとりいた。庶民は庶民
ゆえに、上流階級のテーブルマナーなど知らない。緊張もあり、食
事で汚れた指を洗うために出されたフィンガーボールを、うっかり
飲み物と間違えてしまい、飲んでしまった。それを見て周りの上流
階級の客人たちはニヤニヤしたり、マナーを知らないやつと嘲りの
表情を浮かべたりしながら、女王様はどんな反応を見せるのだろう
と女王様に目をやる。すると女王様は、庶民の客人同様、フィンガ
ーボールの水を飲んだのだった。後に庶民の客人は、フィンガーボ
ールの本当の使い方を知り、自分のようなものを知らない庶民にも
恥をかかせまいとする女王様の心遣いと優しさにいたく感激し、感
謝したのであった⋮⋮。
みたいな話し。庶民が外国からの客人だったりするパターンもあ
るようだが、大筋はこうだ。んで、確かこの後色々と授業内で意見
を交わし合ったのだが、うちのクラスは大方﹁女王様優しい偉い﹂
であった。まぁ小学生だし。
192
でも、大人になってからこの話し思い出すと、﹁中途半端な親切
は親切ではない﹂とどうしても思ってしまう。
だいたい、上流階級の食事会に庶民一人だけ招待するのもいかが
なものか。この庶民が一体この年どれだけのことを成し遂げたのか
わからんが、日本で言ったらいきなり天皇陛下と食事するってこと
だろう。金メダリストでさえ、複数人で園遊会にて天皇陛下とお話
しする程度なのに、いきなり皇室の皆様と天皇陛下を囲んで食事と
か、そりゃ食事も喉を通るまい。それでも何らかの理由があって招
待するのならば、せめてノーベル賞みたいに、衣装の仕立ても責任
を持って行い、当日の段取りをきちんと説明した上で、奥様もご一
緒に招待してあげてほしい。そう考えると、スウェーデン王女をエ
スコートした山中教授ってすごいなぁ。
さらに、庶民がテーブルマナーに疎いことなど、生活が違うのだ
からちょっと考えればわかることではないか。良い悪いではなく、
生活習慣の違いだ。ならば、庶民の客人にはさりげなく担当の給仕
をつけるなどし適宜サポートするなりすればいいじゃないか。おお
っぴらにフォローとかではなく、フィンガーボールなどのわかりず
らそうなものを出すときに一言﹁こちら指を洗うのにお使い下さい﹂
と言ってあげれば済むじゃないか。曲がりなりにも王室付きのサー
ビスマンなんだから、それくらいの気配り見せろよ給仕! 私は暇
な時に接客業もやってるのでそういうとこ厳しい。
ついでに言えば、女王様が客に恥をかかせまいとフィンガーボー
ルの水飲むのだって、あとでちゃんと﹁それは間違いだよ﹂と教え
てるからいいものの、教えるタイミングを逃していたらこの庶民は、
この先どこに行ってもどや顔でフィンガーボールの水を飲むのだ。
そして周りから笑われ、﹁でもうちの女王様は飲んでたもん!﹂﹁
え、フィンガーボールの水がぶ飲みとか女王ちょっとおかしくない
?﹂﹁おかしくなってるなら攻めこむなら今かも?﹂と、無意味な
内戦・戦争に繋がりかねない。
女王の行動は、とっさの判断の上での行動としては評価できる。
193
さらに、緊張していたとはいえ思わずフィンガーボールを飲んでし
まった庶民のウッカリさ、また、わからないならばこっそりと給仕
に聞くなどしなかった庶民にも、非がある。しかし、このような事
態を招く前に、いくらでもその事態は防げた案件であると思うのよ
ね! 庶民を上流階級流の食事会に招く際に起こりがちなトラブル
として、十分想定の範囲内だと思うのよね! こういう仕事のぬる
さが、後々大きな問題に繋がっていくと思うのよね!
とにかくこの話しは、女王様の気配りだの優しさだの云々の前に、
庶民を食事会にひとりだけ招待するということに対する、企画者の
詰めの甘さと給仕の無能さが招いた悲劇であると私は思うわけ! 女王様主催とはいえ、女王様は客人のリストアップと当日のコース
メニューの希望ぐらいは伝えただろうが、実際にそれを実現するた
めに当日までに様々な準備をしたのは女王様の周囲の者であろう。
女王様のご希望を汲みつつ、客人にリラックスして楽しんで頂くの
が周囲のものの勤めだろう。最初から庶民を馬鹿にしたくて呼んだ
のならば、女王様はあんなとっさのフォローをしないだろうしな。
なんつーかもう! 詰めの甘い食事会だぜ!
しかし、この話しを読んでから二十年近く経つのに、未だに私の
中でこんなにも物議を醸しているだなんて、なんだかんだでよくで
きた道徳の話しだな、とも思う。そして、こんなにも気配りだのサ
ービスだのにうるさく言うだなんて、私って日本人なんだな⋮⋮と
思ったのだった。でも私は自分でも接客やるから、日常生活ではク
レーマーではない! はず。
194
デリカシーが足りない
大学受験のため、甥が東京の我が家に泊まりに来ている。一応静
かにするなどの気配りをしようかと思っていたのに、甥は﹁選択科
目数学だから、今更慌ててもどうにもならんよ﹂などと言いながら
結構グダグダと親の目の届かない生活を満喫しているようなので、
私ももう別に気を使わないことにした。兄弟多い家だから騒がしい
のはあんまり気にならないらしい。そして彼が勉強している横で、
私は秘密結社鷹の爪の動画を今更見まくる。た∼か∼の∼つ∼め∼
! 長男なのに甘えん坊! 長男なのに甘えん坊!
そして先日第一志望の入試があったのだが、無事終了し帰宅する
と彼は開口一番﹁もう俺、すっごい手応えを感じたね! これで落
ちたら、俺どこも受かんねぇよ!﹂と大見得切ってきたので、﹁ま
ぁ良く出来たのならば何よりだ﹂と言いながら、私は適当に水曜ど
うでしょうのDVDを視聴しながら死ぬほど笑う。基本的に私の生
活は平常運転である。結果が出るまで周りが一喜一憂してしても仕
方あるまい。
しかし、夕食後突然、事態は一転する。
甥は真面目に、試験問題を振り返り自己採点をしているらしい。
センター試験の自己採点をするのはわかるが、私大入試の自己採点
って私は無理だ。特に私立は学校によって傾向違うから、終わった
試験を解きなおすよりも次受けるところの過去問を振り返ったほう
が良い気もするし、どうせ十日もすれば合否がわかるのに、変に自
己採点して受かったと思っていたものがちょっと微妙なラインだっ
たりしたら、動揺のあまり次の入試に影響出そうだからな。小心者
だもの私。しかし甥は合格したと確信を得たいのか、黙々と自己採
点をしている。その横で私はきゃりーぱみゅぱみゅの動画をスマホ
でぼーーっと見る。きゃりーちゃんかわいいなぁ。
その時だった。
195
突然何の前触れもなく、スマホの電源が落ちたのだった。私は思
わず﹁あれー、落ちた。きゃりーちゃん落ちた。今までこんなこと
なかったのになぁ﹂と何の悪気もなく言ってしまったのだ。すると
ゆっくりと、私のほうを振り返り呟く甥。
﹁⋮⋮受験生がいるのに、落ちた落ちた言わないでよっ⋮縁起でも
ない!﹂
そして、突然机に向かって突っ伏したのだった。
﹁どうした! あんたさっきまで自信満々だったじゃないか! 何
故急にそんなに繊細になってるのだ!﹂
﹁ネットで調べたら、今日受けた学校、試験問題が簡単だから八割
取れないと合格確実じゃないって噂が⋮⋮! 今ちょっと自己採点
したら、俺八割は取れてないっぽい⋮⋮!﹂
うわぁ、大見得きった分だけ恥ずかしく、かつそれはショックだ。
﹁いや、でも、あくまでも噂だし自己採点なんでしょ? 手応えあ
ったならとりあえず気にしないほうがいいんじゃない⋮⋮?﹂
﹁でも! よりによって、﹃俺落ちたかも⋮⋮﹄と思った瞬間に、
俺の好きなきゃりーぱみゅぱみゅが落ちるわ、そんでユリちゃん﹃
落ちたわー﹄連呼するわ⋮⋮。もうフラグにしか思えないよ! あ
ぁああ!﹂
あぁあ。なんだかんだ言って繊細な受験生にこの最悪のタイミン
グ。めんどくさいが、デリカシーが足りなかったことは否めない。
しかし、自己採点してみたら八割取れてないのに手応え感じてたっ
てどうなのだろう。
とにかくなだめないことには仕方がないので、﹁よし、タロット
占いしてやろう﹂と突然私はタロットを取り出し占いを始める。趣
味でやってる程度なのだが、以前友人を練習がてら占っていたら、
なんかビシバシ当たってしまった時期があり、友達の友達だの友達
の妹などからも依頼が来て面倒になってしまったので、以後﹁最近
調子が悪い﹂と封印していた私のタロット。今、再びその力を発揮
する時がきた⋮⋮! 神様どうか、当たらなくてもいいから良い結
196
果出してくださいほんとお願いします。
非常に下心丸出しのままカードを切り展開してみると、出てきた
カードはなんとなく﹁危なっかしいけどまぁ合格﹂という非常に微
妙なものであった。こんなときになんて正直なタロット結果。でも
当たる当たらないはともかく、合格、というタロット結果には代わ
りない。なんとかショックを和らげまだまだ続く入試へのモチベー
ションを維持できるように、最大限前向きな言葉を駆使してタロッ
ト結果を説明する。甥は田舎でスポーツばっかやってきた素直な高
校生なので、﹁そうか! なんだかんだあっても、大丈夫そうなん
だね! 俺、ヤル気出てきたよ!﹂と占い結果を丸ごと受け入れる。
あぁ、単純でよかった。でもそろそろ、私の言うことの99%は憶
測と詭弁であることに気付け。でもまぁ、﹁ダメかもしれないショ
ック﹂から早々に立ち直ってくれたらしいのでよかったよかった。
そして第一の精神的危機を乗り越え、三連休には姉も息子の様子
を見に東京にやってきた。姉は私と違い、常に最悪の状況をシュミ
レーションしショックに備えているタイプなので、第一志望がちょ
っと微妙なラインだ、という話しを聞いて﹁いやもう、生きててく
れるだけでいいから⋮⋮落ちても一浪くらいなら大丈夫だから⋮⋮﹂
と、確信が持てないラインだと言ってるのに完全に落ちたテンショ
ンで息子に接するので、まんまとそのテンションに飲み込まれ甥も
テンションが下がっていた。親は心配だからそうなるのはわかるけ
どさ⋮⋮。
まぁ入試はあと一週間くらい続くので、関係ない大人は言葉遣い
に気をつけて、平常心で見守っていようと思います。でもあのタイ
ミングできゃりーちゃん落ちるのはないわー。
197
事実の羅列である
なんだかこの一週間くらい、色々な人の愚痴を聴いたり憤りをぶ
つけられたりして妙に疲れているので、以前このエッセイで書いた
人たちとの後日談や最近あった出来事などを脈絡なく書こうと思う。
その1。西日本の大学院へ進学する立花くん︵第64部 ﹁似た
もの同士の嗅覚﹂︶が、春休み突入と共にいよいよ引越しと相成り、
最後に﹁お世話になりましたー﹂とお菓子をくれた。色々と疲れて
いたので、もらったマドレーヌを小脇に抱えたままどさくさに紛れ
て﹁その成功者オーラも一緒に寄こせ﹂と大人のくせに嫌な絡み方
をした。お菓子までもらったくせにその対応、反省する。そんな嫌
な絡み方にも懲りずに﹁近くに来ることがあれば連絡くださいね﹂
と爽やかに去って行った立花くんは、若いのにきちんとした子だな
ぁ。ぜひとも次会うときは、同じ森見愛読者としてナカメ作戦気取
って偶然ばったり出くわして﹁奇遇ですね!﹂とか言いたいところ
だ。それが予定調和であったとしても。そしてマドレーヌ美味かっ
たもぐもぐ。
その2。先日、間が悪い友達のミヤコちゃん︵第46部﹁間が悪
いひと﹂︶と、以前別の友人と行ったフレンチレストランに行くこ
とになった。早い時間から行く予定だったし、美味しいが常に満席
という印象はなかったので予約もせずに行ってみたところ、その週
に限って﹁店長急病のため一週間ほどお休み致します﹂という、寂
しい貼り紙がドアに貼られており、私たちは寒風の中しばし途方に
暮れたのであった。ミヤコちゃんの間が悪い伝説は、絶賛継続中で
ある。まぁ、こんなこともあろうかと、近くの別のお店も調べてお
いたので事なきを得たけどもね! こう言っちゃアレだが、彼女の
間が悪い対策は私バッチリだからね! そして入った第二候補のお
店にて、﹁なんでアボカドってこんなに美味しいんだろうねぇ﹂と、
非常にOLらしい中身のない会話をする。ふたりともいわゆるOL
198
じゅないくせに。しかし、なんで女ってアボカドあるとアボカド注
文してしまうのだろうか。サーモンとアボカドのマリネとかシンプ
ルなのに美味いよなもぐもぐ。
その3。以前、新規オープンのため顧客獲得に気合いを入れすぎ
た結果、店員の愛想が良すぎてあまり行きたくないと言っていた近
所のファ○マ︵第5部 ﹁時給1000円以下なのに﹂ほか︶だが、
オープンから数ヶ月、今はもうむしろほかの店より愛想が悪い。だ
から素直に行きたくない。愛想が良すぎりゃ文句を言い、愛想が悪
けりゃこれまた文句を言う、私ったら嫌な客。でも、オープン当初
から唯一余計な愛想を振りまかなかった韓国人女子店員が、最近店
長にだけやけに愛想がいいので、その動向が気になってニヤニヤし
ている。
その4。友人に、熱帯魚が泳ぐ水槽を見ながらボックス席でお食
事ができるレストランに連れてってもらった。水槽を見た瞬間、﹁
ほうほう、これは﹃生きてる魚でいったらだいたいこのあたりの部
位を食べてますよ﹄と確認しながら魚介を食べるということだね﹂
と言ったら、﹁いや、そんな微妙に気持ち悪いコンセプトではない
と思う﹂とやんわりと諭された。お食事はオシャレで非常に美味し
かったですはい。
その5。大学入試のために東京の我が家に泊まりに来ていた甥が、
もう入試は終わったのに東京生活を満喫しているらしく、ちっとも
帰る気配がない。帰ったら学校行かなくちゃいけないからだろうけ
ども、そろそろ邪魔だ。そして毎日顔を合わせているのに、未だに
﹁合格した﹂と報告を受けない。そろそろ発表じゃないのか?
あぁ、こうやって書きだしてみると、殺伐とした生活だったと思
いきや、案外みなさまに支えられ楽しく暮らしているのだなぁと、
ありがたくなるね! なんとなく活力が湧いてきたような気がしな
いでもないので、明日からまた頑張ろうと思います。以上、脈絡も
中身もないまま終わる。
199
パッツンパッツン!
愛用のジーンズの股部分が敢え無く破れた。履きまくっていたか
ら仕方がない。
そのジーンズは一年半ほど前、あるセレクトショップにサンダル
を買いに行ったはずなのに﹁今このブランド、プロモーション期間
中で半額なんです!﹂と言われ暇なので試着してみたら、﹁これは
! これは! 私の理想の形!﹂とまんまと乗せられて買ったジー
ンズであった。最初は相当ぴっちりしていたが、馴染んでくるとさ
らに履きやすくなり、もう服に困ったらこれを履いていたので摩耗
は速かった。なので、まんまと同じブランドのジーンズを買いに行
くことにした。プロモーション活動って大事ね。
お店に行くとちょうどマネキンがそのブランドのジーンズを履い
ていたので、私は店内に入るやいなや迷わず店員さんに向かって﹁
あのマネキンが履いてるジーンズの在庫はありますか﹂と質問する。
私は猪突猛進の猪年生まれの女。
一応店員さんは気を使って、﹁あります! もしスキニーでお探
しだったら、マネキンが着ているの以外でもいくつかご用意してあ
りますが⋮⋮﹂と言ってくれた。しかし、私は気に入ると、気に入
ったもの以外に一切興味がなくなる性格なのだ。それはモノだけで
はない。人に対しても自分から好きになった人に対しては絶対に浮
気しないが、そうじゃない場合は色々と問題を巻き起こすので色々
と自粛している。モテないのでそんなに問題ないが。そんなことは
どうでもいいがとにかく、店員さんにすでにこのブランドを愛用し
てるので、できれば同じものが欲しい旨を伝え、一応試着すること
にした。
試着といっても、希望の色や形は明確なのでサイズの確認のみだ。
愛用していたもののサイズがいくつだったか忘れてしまったので、
小さめサイズと普通のサイズの両方を試着する。まず、小さめサイ
200
ズから試着。スキニーだけあって、めっちゃ細い。皆様が試着室で
どんな感じで試着してるのかわからないが、立ったまま履くことは
不可能と判断し、座り込んで片足ずつ﹁よいしょ、よいしょ﹂とか
言いながら押しこむ。まだ片足しか入らないうちに店員さんが外か
ら、﹁お感じいかがですかー?﹂と聞いてくる。お感じもなにも、
試着室としては在るまじき体勢でぐいぐいと足を押し込んでる最中
である。情けない体勢で﹁すいません、もうちょっと待ってくださ
い﹂と伝える。なんとか両足を押し込んでみるも、今度はボタンが
なかなか留まらない。いい年して﹁ふぐぐぐぐ⋮⋮ぬあぁっ﹂とか
言いながら、なんとかボタンを留める。これいいのか。これでいい
のか? 一応履けてるけど、これで生活できるのか?
とはいえとりあえず履けたので、店員さんを呼びサイズ感を見て
もらう。しかし私はもう、パッツンパッツンすぎて、見栄を張って
小さいサイズを試着したことを詫びるかのように﹁すいませんこれ
もう相当無理やり履いてます太ももとかパンパンだしボタンもむり
くり気合を入れて留めてますこれはイカンです﹂とたたみかけるよ
うに訴えた。最初から素直に普通のサイズを履いておけばよかった。
だが店員さんは、﹁いやいやいやいや! 入るなら大丈夫! む
しろスキニーはこれくらいぴっちりしたところから馴染ませないと、
ラインが緩くなりすぎちゃうから!﹂と言って小さいサイズを押し
てくる。そ、そういうものなのか? でもそういえば、前にジーン
ズを買ったときに試着したときも、最初に履いたサイズはパツパツ
すぎたのでひとつ上のサイズにしたら、若干緩くなってベルト無し
では履けなくなったことは事実だ。でもスキニーとはいえそれぐら
いの緩さが心地よかったことも事実だ。しかし店員さんは﹁小さい
サイズをなじませるが良し!﹂と主張する。余談だがこの店員さん、
ちょいちょいタメ口で喋ってくる。普通に﹁ありあり∼﹂とか言っ
てくる。若い店員さんならまだしも、見た感じ多分私とそう歳は変
わらない。別にいいのだが、﹁初対面の人にはきちんとした態度で、
きちんとした話し方をしないさい﹂と教えこまれた私には若干カル
201
チャーショックで微妙に調子が狂う。調子が狂ったので、そのまま
店員さんに押し切られ小さいサイズを購入してしまった。私も私で
押しに弱い女であることをまたしても露呈。
そんなわけで私は当分、一ミリたりとも足が太くならぬよう食生
活等に気を使わなければならないこととなった。これ以上ちょっと
でも太くなったらもうやばい。ちなみに私は年末に体重計が壊れた
のをいいことに、数ヶ月体重を測っていない。なので甥っ子と一緒
に菓子をばくばく食いまくってたりするが、いいかげん自粛しない
とやばい。
まぁでも、今まで履いていたジーンズも下品な話しM字開脚でも
しなければ破れてる部分は見えないので、最悪そっちもまだ履ける
っちゃ履けるのだ⋮⋮と心の支えにして、なんとか新しいのが店員
さんの言うところの﹁馴染む﹂まで頑張って履き倒したいと思う次
第です。弱気!
202
魔王の話しを書いてますと言うために
先日、フラフラとネットの世界を徘徊していたところ、こんな一
文を発見した。
﹁︵なろう内で︶アクセス数を上げるには、キーワードに﹃魔王﹄
や﹃異世界﹄など、人気の言葉を設定するのも良いでしょう﹂
おぉ、なんということでしょう! 私はアクセス数を伸ばしたい
とかあまり思ってはいないものの︵増えれば多少嬉しいけども︶、
かような簡単な方法で手っ取り早くアクセス数が伸びるのならばち
ょっと設定してみるのもありかしらん、と思いきや、よくよく考え
なくとも私のエッセイには魔王も異次元も一切出てきやしないゆえ、
それは看板に偽りあり、詐欺だ偽証だと糾弾されてはかえって効率
が悪いと判断し、結局今までどおり適当なキーワードのまま本日に
至る。
しかし、いつかキーワードに﹁魔王﹂と設定することになっても
万事うまくいくよう、魔王に関する日記といふものを、私もしてみ
むとてするなり!
まず魔王と言ったらあれだ。シューベルトの歌曲﹁魔王﹂だ。私
の場合、小学校三年か四年の音楽の時間に突然聴かされたあれだ。
ピアノ伴奏がダララダララダッタッターっていうあれ。なんだこの
バカっぽい文章。とにかく、結構日本では義務教育で聴かされてる
イメージがあるのだけどもそうでもないのかしら。
とにかく、小学生のとき私はこの曲を初めて聴き、必死で息子が
﹁魔王が! 魔王が!﹂と訴えているのにスルーする父親と、結局
息子が死んでしまう展開に地味にショックを受けた。今であれば父
親が息子の訴えをスルーしたのも、魔王の存在を父親までもが認め
てしまっては一気に魔王につけこまれる、あくまでも父親は父親な
りに息子を守るため、魔王を振り切るために﹁魔王などいない﹂こ
とにしてその場を切り抜けようとしたのではないかとも思える。し
203
かし小学生のときはそんなことまで頭が回らず、﹁父親に訴えを却
下された挙句魔王に連れてかれて死ぬだなんてなんて⋮⋮﹂という
恐れと、﹁おと∼ぅさん∼おとぅさ∼ん﹂というセリフ調の歌詞に
結構ドン引きした。それまでの私にとって人前で披露する歌と言っ
たら、﹁手のひらを太陽に﹂であり﹁歌えバンバン﹂であり、ちょ
っとおとなしめなところでいえば﹁ふるさと﹂であり、それ以外は
テレビに出ているような人が歌うヒットソングであったのだから。
さらに、曲を聴く際に歌詞と楽譜が印刷されたプリントも配布さ
れたのだが、右上には夜風に紛れながら闇に潜む魔王と息子を抱え
馬で走る父親の絵も描かれている。その絵がまた、今考えてみれば
印刷技術がイマイチだったせいだと思うのだが、震えるような、掠
れたような心許ない線で描かれており、より一層不気味な雰囲気を
醸し出していた。あな恐ろしや魔王⋮⋮。
そしてひと通り曲も聴き終わり、授業も終盤に差し掛かる。音楽
の先生は魔王の話題は終わらせようと、﹁はい、じゃあ魔王のプリ
ントは教科書かファイルに挟むかして、なくさないようにね! テ
ストに出すかもしれないからね!﹂と声をかける。ガサガサと教室
に響き渡る、紙同士が擦れる音。
その時、ある男子がある事実に気付き、耐え切れず大きな声でそ
の発見を主張し始めたのだった。
﹁先生! この絵の魔王、デーモン小暮にそっくり!!!﹂
クラス全員が﹁え!﹂となり、しまったはずのプリントをもう一
度見直す。もちろん私も。
﹁ほんとだ!﹂﹁そっくりだ!﹂﹁悪魔だ!﹂﹁てかデーモン小暮
じゃないのこれ!﹂
その魔王は本当に、デーモン小暮にそっくりだった。おそらく本
来は顔のホリの深さを強調するために、魔王の目鼻周辺には陰影が
入れてあったのであろう。しかし印刷技術の粗さがその表現の繊細
さを再現できず、完全にデーモン小暮メイクになっていたのだ。加
えて、夜風に溶け込むように描かれた魔王の髪も逆立っており、そ
204
れはまさに閣下の如し、である。音楽の先生も指摘されて気付いた
のか、﹁これは⋮⋮デーモン小暮だね⋮⋮!﹂と一緒に爆笑し、結
果的に魔王の授業はクラスが一体となった楽しい授業であった。
そして﹁魔王=デーモン小暮﹂の方程式が成り立った我がクラス
は、﹁デーモン小暮なら﹃おとぅ∼さんおとぅさ∼ん﹄言うのもわ
かるねー﹂と言い合い、シューベルトの思惑と別のところで納得し
たのであった。しかし、その十数年後ドラマ﹁魔王﹂に閣下が出演
していたり、閣下もシューベルトの﹁魔王﹂を歌ったことがあった
という噂も耳にしたので、やはり人類、考えることは似たり寄った
りなのだな!
よし、魔王について一応語ったので、これで目出度く私もキーワ
ードに﹁魔王﹂と入れても、看板に偽りなし、ということに相成り
ました。でもだいぶ冒頭部分で、﹁多分キーワードが﹃魔王﹄って、
こういうことじゃないな⋮⋮﹂と気付いたけど、後に引けなかった
ので最後まで書きました! とにもかくにも、とく破りてむ!
205
漠然とした感じで世の中は成り立つ
友人マナちゃんが三月いっぱいで実家のある北の方に帰るという
ので、先日一緒にお茶をした。マナちゃんとはだいたい三年くらい
の付き合いになるが、その三年間、私はマナちゃんに対し﹁この子
何歳なのか知らないけど多分同い年ぐらいだからタメ口でいいや﹂
とタメ口を使い、マナちゃんは私に対し﹁この人多分同い年くらい
だけどいくつなのか知らないから敬語で喋ろう﹂と敬語を使い続け
たため、去年末ぐらいにやっと同い年であることが確認されたが今
までの習慣により彼女は私に敬語を使う。こういうちょっとしたと
ころに人間性って出ますね!
とにかく、目出度く同い年ということが発覚したので、お茶をし
ながらアラサーらしい恋愛トークをする。
﹁ユリさんって、頭良すぎて世間から浮いてるからあんまり恋愛対
象として見れる人がいないんでしたっけ﹂
﹁違うよ! 頭が良すぎて世間から浮いてるような人が好みだから
あんまり恋愛対象として見れる人がいないんだよ! マナちゃんが
言ったやつじゃ、私が超絶感じ悪い勘違い女じゃないか!﹂
﹁あはー、言われてみればそうですねー﹂
マナちゃん、一体いつから私をそんなに感じ悪い女と思って見て
いたのだ。訂正できたのでいいけど。まぁ、この好みのタイプだっ
て﹁身の程を知れ﹂と物議を醸しているのだが。
﹁でも、恋愛って﹃ときめき﹄とか﹃安心﹄とかよくキーワードと
して出てくるじゃないですか。私、ときめきはわかるんですけど、
安心ってのがよくわからなくて⋮⋮﹂
﹁え、いつもときめきを求めてるの?﹂
﹁いえ。安心って言いますけど、今の日本、災害や漠然とした未来
への不安はあっても、仕事と住むところがあればとりあえず安心じ
ゃないですか。それなのに、﹃一緒にいると安心できる﹄ってどう
206
いうことですか! 一体世の中の人は、日々何にそんなに怯え暮ら
しているんですか! 誰かと一緒でないと安心できないくらい、恐
ろしい何かを皆心に抱えているのですか!﹂
マナちゃんはボケているのではない。多分、本気で疑問に思って
いるのだ。
﹁いや⋮⋮多分、みんな別に怯えてるわけではなく、それこそ未来
への漠然とした不安で辛くなったりしたときに、﹃色々大変だけど
この人と一緒なら大丈夫﹄と思えるとか、一緒にいるとそういう不
安を忘れられるとか、ホーム感というか⋮⋮﹂
﹁ほー! なるほど!﹂
﹁⋮⋮いや、でも、言われてみるとよくわかんないかもしれない。
うん、わかんないな。なんとなくこういう感じが﹃一緒にいると安
心﹄ってことだろう、って思ってたけど、いざ振り返ってみると、
本当にそうなのか、疑問が浮かんできたよ! 私もよくわかんない
! 安心て! 安心て何?﹂
﹁そうでしょう! なんか漠然としすぎて、意味わかんないんです
よね!﹂
今年三十になろうという女二人が、今更﹁恋愛における安心とは﹂
などというところで躓く。だから私たちは婚期を逃しているのだ。
﹁でもこういうのって、理屈じゃないのかもねぇ﹂
﹁そうですねぇ﹂
﹁時には頭で考えずに、気持ちを素直に感じてみるのも大事だよ。
だから私は、真昼間だがこの日本酒カクテルというこじゃれた飲み
物を追加で注文する﹂
私はアルコールには忠実な女ぐーびぐび。顔に出るのに飲む女ぐ
ーびぐび。
その後マナちゃんとは日が暮れる前に解散するすることになり、
別れ際マナちゃんは﹁いいオカルト情報を入手したらすぐ連絡しま
す﹂と言って笑顔で去っていった。そう、私たちはオカルト研究仲
間だったのだ。でも冷静に考えてみると、いいオカルト情報ってな
207
んだマナちゃん。恋愛における安心よりも、そっちのほうがよっぽ
ど漠然としているよ。
そして私はまだ残る酔いを醒ますために繁華街をウロウロする。
ふいにファンデーションを新調しなければならないことを思い出し、
目星をつけていた商品を見にコスメカウンターへ。そして何も考え
ずに﹁タッチアップしてください﹂とお願いして鏡の前に座らされ
たが、私の顔はまだアルコールが残っており若干火照っていた。最
低だ。店員さんも、何が悲しくて日曜の真昼間から酔っ払って顔が
赤い女の顔色補正のためにファンデーションを塗らねばならぬのだ。
色味の確認がしづらいったらありゃしない。しかも店員さんの﹁い
かがですかー?﹂という問いかけに﹁あぁ、なんかつるっとした感
じになりました﹂などというばかみたいに漠然とした感想を述べた
のだ。そんなしょうもない客相手でも、ちゃんと肌色と合った色の
ファンデーションを判断して薦めてくれたのだから、さすがプロだ
なぁ。
なんだか話しが変な方向に行ったが、東日本のみなさん、もし突
然誰かに﹁恋愛における安心ってなんですか﹂と聞かれたら、それ
はマナちゃんか、或いはマナちゃんと同じ疑問を抱いている人か、
うっかり東日本に旅行に来ていた私なので、﹁何を今更言ってるん
だこいつは﹂などと思わずに丁寧に説明して頂けるとありがたいで
す。
漠然とした感じで本日は終了。
208
夏フェスは行かないがこれは行く
せっかく参加したのであるから、今更ではあるが一応記録に残し
ておいたほうがいいのではないかと思い、つらつらと書き記す。先
日、三月一日から三日まで開催された、東京国際文芸フェスティバ
ルに行ってきた。フェスについて簡単に説明すると、都内各所で国
内外の小説家、翻訳家、或いは編集者その他諸々な方々が、文学と
文学の周辺についてトークセッションしたり、トーク以外は何をや
っていたのか正直よくわからないが、つまりはそういうフェスだ。
私が行ったのは、フェス初日、イベント一発目の東大。それは自
宅からの距離的な問題と、﹁綿矢りさと川上未映子だと?!﹂とい
うわかりやすいファン心理により、平日の昼間という仕事の調整も
つくのかわからない日程にも関わらず、とっとと申し込みを済ませ
てやったのであった。
そして当日、学食で昼食を取り、そこそこいい席を確保できるよ
うに開場時間前から気合いを入れて並ぶ。しかし気合いは入ってい
るものの、その日十一時ぐらいまで寝ていた私は、午後一時から開
始というのにいまだ頭がぼんやりしているという気の抜けようであ
った。お昼ごはんも食べちゃったしな! そして受付を済ませ、ぼ
ーーっと会場入りする。
しかし、とある女の子のスタッがフ突然﹁同時通訳はなくて大丈
夫ですか?﹂と聞いてくるので、なんだそりゃ、と思って詳しく聞
いてみると、同時通訳のレシーバーを全員分用意してあるというで
はないか。そうか、だからみんな受付後も違うテーブルでごちゃご
ちゃやっていたのか⋮⋮。完全にぼーっとしてスルーしていたよ⋮
⋮。そうだよな、私、英語よくわかんないしな⋮⋮。親切な女の子
スタッフのおかげで、私は無事レシーバーを借りることが出来た。
去り際に彼女にもう一度お礼を言うと、﹁いえいえ、楽しい時間を
過ごしてくださいね!﹂とか言われて、あぁ、なんていうか世の中
209
って親切な人多いよな、と感動する。そして自分はどうして受付か
ら会場入りする僅かな間にも、こう人に余計な手間をかけさせてし
まうのだろうか。反省する。
ほどなくして、ほぼ時間通りにフェスは無事開催される。出てき
た綿矢りさが大変かわいらしかった。微かに交じる京都の発音と、
就活生みたいな洒落っ気のないスーツで、ジュノ・ディアスの﹁東
京﹂というエッセイ︵と言っていたはずだがうろ覚え︶を朗読する。
いろいろとちぐはぐしているが、そのちぐはぐさ加減もあぁかわい
らし! そしてジュノ・ディアスはイケメンだった。私の好みのタ
イプのイケメンではないが、言語の違いを超えて節々から伝わるイ
ケメンさ! 正直トークの内容自体は、綿矢りさが序盤しどろもど
ろだったり、﹁オタクのための恋愛入門﹂というテーマの真髄に迫
るようなものはなかった気がするけど、綿矢りさもジュノ・ディア
スもお互いの本を読んでお互いを尊重しているように感じられ、そ
の空気感が面白かった。活字にしたら壊滅的なトークセッションだ
ったかもしれないが。こんな偉そうなことを言っておいて、私はジ
ュノ・ディアスの本を読んだことがない。というか、このフェスで
知るまで名前すら知らなかった。でも﹁オスカー・ワオの短く凄ま
じい人生﹂は面白そうなので今度読もう。ちなみにモデレーターは
都甲幸治。この人吉岡睦雄に似てんなぁ。︵文芸フェスの感想とし
てあるまじき感想⋮⋮︶
続いては、ニコール・クラウスと川上未映子、モデレーターにデ
ボラ・トリースマン&マイケル・エメリックを迎えての﹁言葉﹂﹁
愛﹂﹁記憶﹂。ニコール・クラウスはこれまた知らなかった⋮⋮。
私は文学フェスに来る資格が果たしてあったのだろうか。余談だが
私は川上未映子ファンであり、当日の彼女の髪の分け目の感じがと
てもかわいらしかったので、あの日以来真似している。
トークの内容は、詩と小説の形式の違いをそれぞれどう捉えてい
るか︵ご両名とも詩も小説も書く作家さんなので︶、少年、或いは
老人といった自分と遠い人物を敢えて描くことについてなど、曲が
210
りなりにもモノを書く人間としては非常に興味深い内容であった。
日本とアメリカの出版業界の事情の違いも垣間見え、アメリカでは
若い作家でも、一つの小説を書くのに数年、場合によっては十年以
上かけることもある、というのを聞いて、羨ましいような、でもそ
れだけ求められる水準が高く厳しいとも言えるのか⋮⋮︵このへん
編集者のデボラさんが補足してた気がするが同時通訳とごっちゃに
なって忘れた。ダメね!︶。もちろんそうじゃないスタンスの作家
さんもいるのだろうけど。
とにかく午後一時から午後四時まで、隣の人との距離が狭い大学
の大教室内でうっかり爆睡しちゃったらどうしようと思ってたけど、
みっちり三時間堪能いたしました! 私は日本の作家でさえ現代小
説ってあまり読まない︵明治∼昭和初期くらいばかり読んでいる︶
ので、海外の若手小説家の作品となればなおのことよくわからなか
ったけども、これをきっかけにいくつか読んでみるのもいいな。
全体的な感想としては、﹁マイケル・エメリックがマジで私好み
の外国人知的イケメン!﹂と感動したことでしょうか。全体的な感
想というには、あまりにも底と学が浅い感想であります!
ともあれ、平日に仕事を休んでまで行ってよかったなぁ、と思う
フェスでした。そして充電完了した休み明け、休んだ分の仕事がま
るまる滞っているという現実を目の当たりにしたのでありました。
まぁ、こんなもんですよね!
211
受験のその後
甥っ子が﹁卒業式だから帰るわー﹂と帰ってから僅か二週間。先
週末、またしても東京に来ていた。大学に合格したので、父親から
祝いとしてWBCのチケットをもらったらしい。﹁なに、あんたW
BC見に行くの?﹂と問うてみれば、﹁見に行くのではないよ⋮⋮
応援しに行くのだよ! 傍観者としてただ観戦するのではなく、応
援者として主体的に試合に関わるのだよ!﹂などと返され、大変め
んどくさい感じに仕上がっていた。
さらにその対戦カードは先日の白熱の日本対台湾戦であり、観戦
から帰って来るやいなや﹁井端ぁあああ井端ああああ!﹂と連呼し、
﹁いやしかし誰それ︵ちゃんと甥は名前を言っていたが私が忘れた︶
のバントも良かったし、誰それがあそこで盗塁する勇気も俺はしび
れたね! とにかく今日の試合は、ハラハラさせられながらも、野
球少年ならばたまらない試合だったのだよ!﹂と、小学生のときか
らずっと野球をやってきた彼は、思いの丈を野球に全然興味のない
私にひたすらぶつけるのだった。まぁ楽しかったなら何より。
ちなみに甥の入試合否結果は、﹁なんかよくわからないが日程が
合うから受けておこう﹂と受けた大学のみ合格であり、しかしその
学部は本来志望していた学部と全く違うものであり、合格前は﹁俺
はそこしか受からなかったら、浪人する!﹂と豪語していたのに、
受かってしまったら﹁まぁ、彼女と同じ大学だからいいか﹂と案外
あっさりと迎合したのだった。
こいつはいつもそうだ。
高校に入学したときも、﹁ユリちゃん、あと二年待ってくれたら、
俺が甲子園で投げる姿を見せるから!﹂と豪語したのに、高二の冬
に肩を壊し甲子園どころかレギュラーから外れるという事態に陥っ
たし︵これは仕方がないから責められないけどさ︶、今回の受験だ
って、彼の本来の志望学部は私の出身学部と同じであり、受験前は
212
﹁俺はユリちゃんが落ちた大学にリベンジを果たすよ!﹂︵いや別
に私はそこまでその大学に執着してなかったからどうでもいいんだ
けど︶と言い放ったのに、リベンジどころか全然違う大学の全然違
う学部に落ち着いてるという有様だ。
でも、人生これくらい切り替え早いほうが生き方上手なのだろう。
ちなみに今は、﹁俺はなんとかしてJAXAに入る! そして宇
宙兄弟みたいになるんだ!﹂と言っているが、どうせまた状況によ
って臨機応変に変わるだろうから聞き流している。﹁海賊王に俺は
なる!﹂とか言い出さないだけマシだと思うことにした。
﹁しかし、君は結局大学で何をするんだ?﹂
﹁それはまだ考え中だよ。でも、まだ俺は、第一志望を諦めていな
い﹂
﹁え。どういうこと﹂
﹁補欠合格発表が、国公立の入試発表後にもう一度あるのさ!﹂
あぁ、なんという往生際の悪さ。でも、自分の受験を振り返って
みても﹁最早運頼みに近い状態になっても諦めない往生際の悪さ﹂
は身に覚えがあるので、彼だけを責められまい。これは血筋だ。
﹁⋮⋮それって、結構受かる可能性あるの?﹂
﹁いやぁ、なんとも言えないけど、ユリちゃんのタロット占い、﹃
危なっかしいけどまぁ合格﹄って結果だったからね! まさに今の
俺は、その状況! 俺はあの結果を信じているのだよ!﹂
あぁ、あんな口からでまかせの占いを、未だに信じているだなん
て⋮⋮! 人生最初の伯母不信が適当に言ったタロット占い結果に
なるかもしれない。だけど私の言うことなんざ、何度も言うけど9
9%は詭弁と憶測なのだから、ここいらで目を覚ましてもらったほ
うがこちらとしても気楽だ。
﹁まぁ、なんでもいいけどね⋮⋮でもあれだろう、その大学って、
私のスマホで見てたきゃりーぱみゅぱみゅが突然落ちた⋮⋮﹂
﹁受験生に向かって落ちたとか言わないでっ!﹂
もう受験生でもないだろう。めんどくさいな。
213
そんな繊細なんだか大雑把なんだかよくわからない甥ですが、四
月からマーチのどこか︵仮に補欠合格してもマーチ︶に通うことに
なりましたので、もし関係者の方がいらっしゃいましたら、適当に
よろしくお願い致します。
214
会ったこともないのに気まずい
先日、友達の塚ちゃんからメールが来た。﹁彼氏の友達と○日に
ご飯食べに行くんだけど、良かったら一緒にどう? KちゃんとY
ちゃんも来るよ﹂とのことだ。塚ちゃんとは、第63部﹁人の元カ
レを怒るな﹂で登場した、私的にトンデモない彼氏と付き合ってた
あの子だ。そして、そのトンデモない彼氏と、前述のメール文中に
出てくる﹁彼氏﹂は同一人物である。
要するに、元の鞘に収まったのだ。
ぶっちゃけ私は理解できないぞ! 今まで散々暴言吐いてた男の
本質が、たかが一度の別れる別れない論争で変わるはずがない。今
は良くても、また同じことやるぞそいつ、と思いつつも、塚ちゃん
が今幸せだと思ってるのならまぁ何も言うまい。私は友人として、
彼女の幸せを願い、彼女がまた傷つくようなことがあれば腹を立て
るまでだ。
それにしたって、私は元さやしたことないので、﹁よりを戻す﹂
という展開にどうやって転がっていくのかよくわからない。すごく
どうでもいい話しだが、私は自分から別れを切り出したときはもう
﹁続けるの無理、めんどくさいこいつ﹂と意志が固まっているので
揺らぎようがないし、別れを切り出された場合でも﹁まぁ、そう思
ってるのに無理して一緒にいてもめんどくさいよね﹂と思ってしま
うし、それなりに自分の気持ちの整理がついた頃に再び相手から連
絡が来ても、﹁整理するのにそれなりの労力を使ったのに今更何言
ってんだ﹂と思ってしまい、終わった相手に対して再び恋愛感情を
抱くということは今のところ経験がない。ドラマ的なくっついたり
離れたりな展開に憧れなくはないが、根本的にドライな性格だから
それは自分とは縁のない話しなのだと諦めている。
余談だが、数年前の別れ話のとき私は、表面的には真剣な顔をし
ながらも、頭の中では図らずも倉橋ヨエコの﹁盗られ系﹂の歌詞、
215
﹁盗られちゃいましたぁ∼∼あ かわいぃあの子は 盗られちゃい
ましたぁ∼あ 時化たドアの音∼﹂がエンドレスで回っており、﹁
ふへへ、やっぱりあの歌は秀逸だなぁ﹂とニヤニヤしないようにす
るのが大変だった。
いささか話しが脱線したが、要するに、年明けに散々文句を言っ
た人及びその友人と、一緒に遊ばないかと打診されたのであった。
正直、その彼氏と友達だけであれば、今回のお誘いは遠慮した。
しかし、KちゃんとYちゃんには会いたい。彼女たちも塚ちゃんと
同様に同郷出身で、私は久しく会っていないのだが塚ちゃんは同窓
会をきっかけにちょいちょい会うようになったらしく、﹁機会があ
れば私もKちゃんとYちゃんに会いたい!﹂と訴えていたのだ。そ
の訴えの答えが、多分この集まりなのだろう。噂に聞いたところ、
KちゃんとYちゃんも今彼氏がいないようで、彼氏いない女3人と、
彼氏の友達。この状況から察するに、これは、限りなく合コンに近
い食事会ではなかろうか⋮⋮。
あぁ、そう考えるとさらにめんどくさくて遠慮したい。なんか私
は昨年末の恋愛絡みのごちゃごちゃ以来、いろんな人からいろんな
人を唐突に紹介される。いろんな人に心配をかけているのかもしれ
ないが、私はやることいっぱいあるので別に平気なのに。そういう
発言が逆に強がりに聞こえて問題なのだろうか。
とにかく、YちゃんとKちゃんには会いたい。しかし、合コンは
めんどくさい。でもYちゃんとKちゃんとは、ずっと会いたいと言
っていたのになかなか全員の都合がつかず、会うのは伸び伸びにな
っていたのだ。しかしやっと訪れた機会が合コン。私は二十代前半
ぐらいのときに合コンをそこそここなし、その結果﹁合コンで初対
面の人とでも仲良くなれるような社交性の高い人は、私の好みでは
ないのだ﹂と悟ったのだ。そんな簡単なことを悟るのに、三年くら
いかかってしまった。人間って、ていうか私って案外頭悪いな⋮⋮。
なので散々考え尽くし悩んだ末、﹁それでもやっぱりYちゃんと
Kちゃんには会いたい﹂という思いから、﹁行く﹂と塚ちゃんに連
216
絡をした。あくまで限りなく合コンに近い食事会を楽しみにしてる
のではなく、﹁YちゃんとKちゃんに会いたいから行く﹂というと
ころを強調しておいたが、強調しておいたことが逆に﹁まぁ男にな
んて興味ないけどぉ∼YちゃんとKちゃんに会えるっていうならぁ
∼﹂という、めんどくさい感じの女という印象を与えていないか不
安だ。
かような流れから、年明けに散々私が文句を言い早くも﹁今年一
番の怒り﹂候補となるほど腹を立てた相手と、図らずも対面するこ
とになってしまった。なのですでに今の時点でちょっと気まずい。
でもきっと、その男がまた意味のわからない持論を展開してきたら、
私はその男の語るところの矛盾点を指摘し、前提条件の根拠の甘さ
を非難し、何をもってお前はそんなに偉そうなのかと糾弾してしま
いそうだ。あぁ、そうなったら合コンぶち壊しだ。でもYちゃんと
Kちゃんがいるし、いい大人なのでそんなことはしないようにしよ
うと一応思っている。
それでも、もしもやらかしちゃったら、このエッセイでネタにで
きるからまぁいいかな⋮⋮とも思っている次第です。けけけ人とし
て最悪!
217
意味のない一日と思考
結局、塚ちゃんとKちゃんとYちゃん、塚ちゃんの彼氏とその友
達との食事会は欠席したのだった。
それは別に思うところがあったわけではなく、彼岸だったので単
に食事会の前に私が墓参りの予定があり、しかし超絶寝不足で墓参
りに行ったため、ぐったりしすぎて﹁これから初対面の人と会うと
か無理無理無理!﹂と判断したためだ。非社交的な私は初対面の人
と会うとかもうそれだけで一仕事で体力使う。しかも朝一でいきな
り鼻血垂れ流したので︵起き上がった瞬間、鼻血がサーーッとね、
一筋の赤い線をだね︶、寝不足によって色々と体調がおかしくなっ
ているのも否めない。鼻血って一度出ると、粘膜弱ってるから出や
すくなっちゃうし、初対面で鼻血流血の危険性とかちょっとね、引
いちゃうからね。私だったら初対面の人がいきなり鼻血出したら﹁
大丈夫ですかっ!﹂と言いながらちょっと引いちゃうわ。偽善者め!
なので、塚ちゃんに﹁墓参りに行ったらなんか体調悪くなったの
で今回は遠慮しておく﹂とメールを送り、返信も確認しないまま寝
不足を補うように昼寝をした。今になって冷静に考えてみれば、こ
のメール文じゃまるで墓場で何かに取り憑かれたみたいなことにな
っているが、塚ちゃんから﹁予約とかしてなかったから平気ーお大
事にー﹂と返事が来ていたので、まぁ大丈夫であろう。なにが大丈
夫なのかはわからんが。
そんなわけで、塚ちゃんの彼氏との無意味なバトルは勃発いたし
ませんでした。平和でなによりです。
しかし、寝起きの頭のぼんやりした、ある意味非常に感覚が素直
になっている状態で自分の部屋を改めて見回してみたところ、唐突
に自分の中で、自室に対してしみじみとした感想が湧き上がった。
それは﹁あぁ、部屋、散らかってんなぁ⋮⋮﹂である。
断じて不潔なのではない。散らかっているのである。私はマメに
218
コロコロ的なもので髪の毛を絡め取ったり、ハンドワイパー的なも
のでホコリを除去したりはしてるので、汚くはないはずなのだ。私
の部屋に無駄に入り浸っている友人メガネも以前、﹁君の部屋はも
のが多数転がっているが、汚くはないので居心地が良い﹂と言って
いたしな。まぁあだ名がメガネなだけあって、視力の関係により細
かいとこ見えてない可能性もなきにしも非ずだが。
そして何がそんなに散らかっているのかと言えば、主に本と服と
化粧品である。﹁部屋はその人の内面を表す﹂とはよく言ったもの
だ。私の頭の中といったら確かに、本とそれによって得られた知識、
そして服と化粧品のことばかりなのであるから。加えて最近は、化
粧品と服に関しては﹁お気に入りのものがあればあとは別に⋮⋮﹂
という、歳取ったことによって良く言えば自分の好みがわかってき
た、悪く言えば考えるのめんどくさくなってきた、という有様であ
るので、いよいよ転がっているのは本ばかり、内田百?が控えめに
或いは正大に猫に対して萌え萌えしている本、澁澤龍彦が延々と毒
薬とそれが用いられたであろう歴史的シュチュエーションについて
語っている本︵ちなみにこの二冊は同じ古本屋で買った︶、星の王
子さまみたいな格好した男が笛吹いてる漫画等々、脈絡がないよう
であるような数々が、主に私がいつもいるスペースから放射状に広
がっているのだ。ずぼら丸出し。こんなにずぼらだから、PC用メ
ガネを買ったはいいが、外してそこらへんに放置したまま忘れてメ
ガネケースだけ毎日せっせと持ち歩いてたなどという意味のない失
態を犯すのだ。しかし世の中の本好きの皆様は、この本の収納とい
う問題に如何様にして立ち向かっているのだろうか。あー知りたい。
あーモテたい。後者の発言は、これこそ脈絡のない、意味もない発
言である。
そしてここまでぐだぐだと部屋が散らかっていることを語ったの
だから、意を決して部屋の片付けでもすればいいのに、これを書い
たらまためんどくさくなって﹁まぁまだ我慢ならないほどではない
からいいかな。不潔ではないし﹂などと思って結局何もしないので
219
あった。
諸君、異論があるか。あればことごとく却下だ。
ご察しのとおり、今私の視界には森見登美彦氏の本が見切れてい
ます。
220
人の引越しを手伝った日
どこに行っても引越しで、どこに行っても引越しの手伝いをして
いるのである。私は別に引っ越さない。なので最近やたら慌ただし
く、このエッセイもサボリ気味。かようなエッセイなど別に更新し
なければネットの泥海に埋もれていってしまうだけなのだが、基本
的に自分との戦いであるのでやはり、ある程度頻繁に書かないと文
章にキレがなくなるんだよな! まぁどうでもいいね!
というわけでこないだ、引越し作業を手伝い﹁その本いらんから
欲しいのあったら持ってっていいよ﹂と言われ、﹁わぁい!﹂とま
んまと家主の人件費削減と荷物処分に貢献した。
そして帰り道、腕時計の電池が切れていることに気付いたのでポ
イントカードを持っている時計屋さんに向かう。この時計屋さんの
ポイントカード有効期限は最終お買い物日から二年間であり、二年
前も電池の交換のためだけに行った。通常千円が五百円になるから
な! そして﹁浮いた五百円でスタバを飲もう﹂などと浮かれたこ
とを考えながら意気揚々と時計屋さんがあった場所に行くと、時計
屋さんは潰れていた。なんということでしょう! それにしたって、
無断で閉店することないじゃないか⋮⋮。でも二年に一度電池交換
だけに来る顧客のために、切手代払って閉店のお知らせするのもあ
ちら様も腑に落ちないだろうから責めるまい。しかしとんだ無駄足
だったぜ。
仕方がないので諦めて帰ろうとしたけれど、本屋が駅ビルの中に
入っていることを思い出したので本屋に向かう。その途中、今まで
靴屋があった場所に新しくメガネ屋のJINSが出来ていた。わぁ
! PC用のメガネほしいと思ってたんだ! すでに一個持ってい
るが、レンズが色付きのやつなので︵カット率高いのでそれはそれ
でいいのだけど︶クリアレンズのもほしいなぁ、と、未だに鞄の中
には中身の入っていないメガネケースがあるというのに浮かれたこ
221
とを考える︵家でPC用メガネ使ってケースに戻さずケースだけ持
ち歩いてるパターン︶。そしてうふうふと試着などしていたが、な
ぜか店員さんは私に声をかけてこない。別にそのほうがゆっくり見
られていいのだが、近くにいたお客さんと店員さんが、メガネにつ
いて説明してもらったり試着したりと随分楽しそうなので若干羨ま
しくなる。しかし、ただコミュニケーションを求めて店員さんに声
をかけるのも迷惑な話しなので、ひとりであーでもない、こーでも
ないと悩み、﹁伊達メガネが欲しいわけでもなしに、すでに持って
いるPC用メガネすら家に放置という有様なのにさらにもう一個買
うのは如何なものか﹂と我に返りお店をあとにした。
そして本屋に辿り着き、なんとなく女性向けエッセイや女性向け
雑誌のあたりをウロウロする。たまたまかもしれないが、やたらと
﹁女の﹃恋﹄と﹃仕事﹄﹂だの、﹁﹃恋﹄をとるか? ﹃仕事﹄を
とるか?﹂みたいなタイトルや見出しが目に付く。なんなんだ、こ
の女性に対する偏った二極論。なぜ女には恋か仕事しか与えられな
いのだ。こういう画一的な二極論は視野を狭めるからやめたほうが
いいと思うぞ。断じて私が恋も仕事もグダグダだから屁理屈言って
るわけじゃないぞ。でもまぁどうでもいいか。本屋をぐるっと一周
してみたが、特に目に付く本もなかったので素直に帰ることにする。
結局、途中下車までしたのに時計屋の閉店を知りメガネを試着し本
屋で悪態をついただけであった。
帰りの電車を待っている間、ふとホームドアに映る自分の姿を見
る。その時、私はとある事実に気付いた。
私が持っていた紙袋、それは﹁本持って帰るならこの袋に入れて
きなよ﹂と渡された袋だが、よく見ずともそれは、JINSの袋だ
ったのだ⋮⋮。私はJINSの袋を持ったまま、JINSに入って
メガネの試着をしていたのだ! どんだけJINS好きだよ! あ
ぁあああああ! 恥ずかしいいいいいいい! そりゃ店員さんも、
買い物前なのか買い物後なのか判断しかねて声かけないよ! うわ
あああああ! なんで気付かなかったんだ私いいい!
222
私は過去に戻ってあの出来事をやり直したいなどと滅多なことで
は思わないが、久々にかなり本気で﹁うわああ三十分前に戻ってや
り直したいいい!﹂と
思った事件であった。
タダほど高いものはない! そういうこっちゃないね。
223
たかがそれだけでこの言われよう
四月に入りやっとこさ色々引越しが終わって、やっとこさ一段落
ついた。この数週間、古本屋の連絡のグダグダさと古本屋のバイト
の態度にキレたりモノを捨てろと言っているのに姉と私が小学校時
代に使っていたリコーダーを捨てずに何本も屋根裏部屋に保管しよ
うとしている母親にキレそうになったり姉と結託して﹁もういいよ、
使ってた本人のうちらが捨てていいと思ってるんだから勝手に捨て
よう﹂とリコーダーをこっそり捨てたら母親にキレられたり色々あ
ったが、なんとか平成二十五年度を迎えることができました。そし
て私は諸事情により本職を離脱する。半ばニート状態になりそうな
ので、誰か仕事頂戴。
そんなわけで慌ただしく日々を過ごしていたわけであるが、この
間地味にイラつくことがあったので書き記す。
先週のあれは木曜か金曜日、突然中学時代に同じ部活に所属して
いた高橋氏からメールが来た。高橋氏は普段連絡を取りあっている
わけではないが、たまに﹁部活の同窓会でもやろう﹂と企画を立て
てくれるので、二∼三年に一度会うことがある。しかし中学時代か
らそうであったが、彼は要領があまり良くなくかつ企画の詰めも甘
いことが多々あるので、結局私が﹁そーじゃねぇだろ、それじゃ誘
われたほうも困るだろうが、あと候補日の設定が不親切すぎる﹂と
彼の同窓会メール案を添削し最終的に全部なぜか私が取りまとめる
ことになるのだ。めんどくさい。
そんな彼からの久々のメールだったので、﹁今年三十になるのだ
から同窓会でもどうだろう﹂という誘いかな、とメール本文を見て
みたところ、そのメールは私にとって信じられないメールだった。
高橋氏が、後輩からせがまれて三対三で合コンしたいというのだ。
高橋氏はとても真面目な青年で、正直女性にモテるタイプではな
い。見かけだって、現将棋連盟会長谷川浩司九段を冴えなくした感
224
じだ。だから自分でも女の子にモテたいなどとそもそも思っていな
いのか、思うことがあってもおくびにも出さないのか、真相はわか
らないが非常に実直でかつ紳士的な態度で誰にでも平等に接する青
年なので、私もなんやかんや文句を言いつつも彼の立案企画があれ
ばサポートしてきたのだ。
しかし、そのメール文は今までの高橋氏からは信じられないくら
い品がなく、かつ﹁無理にとは言わないけど、三対三で、できれば
四月中に、ほんとどうにかしてほしいんだ、なんとかお願いします
!﹂とやや論理的に破綻しており、私は読んだ瞬間に﹁こんな頭悪
い文章を書くなんて、これは高橋氏の携帯を使って誰かが勝手にメ
ールを送っている!﹂と現実から即行で目を逸らした。そして返信
どうしたもんかなぁ、と一応考えてみたものの、春休みで遊びに来
ていた溺愛する一番下の甥が﹁ユリちゃん、水曜どうでしょうのD
VD一緒に見ようよー﹂と言ってきたので﹁おうおうおう、いくら
でも見るぞ!﹂と即行で考えることを放棄した。さらにそのまま三
日、メールのことをすっかり忘れていたのであった。賢い読者の皆
さんはお気づきでしょうが、私は高橋氏にあまり興味が無い。
そんな有様なので正直メールのことを思い出したときも﹁別に返
さなくてもいいかな、っていうかそもそも忙しいから無理だし合コ
ンとかめんどくさいし﹂という感情が九割を占めていたが、彼の同
窓会メール案を長年添削してきた身としては﹁いやはやしかし、私
の文章もほめられたものでもないが、あのメール文のひどさはない
ぞ﹂と、その点だけは指摘しなければ気が済まないという気分にな
り、ただ短く﹁やぁ久しぶり。ところでなんだ、あの論理的に破綻
しかけている文章は﹂とメールする。賢い読者の皆さんはお気づき
でしょうが、私はどうでもいいことに小うるさい。
高橋氏からのメールはすぐに返ってきた。そして真相はやはり、
私の直感の通りのものであった。高橋氏からのメールはこうだ。﹁
今送信履歴を確認したところ、送信日時から察するに友人の中河が
俺が酔っている隙に俺の携帯を使い、勝手に送信したものと思われ
225
ます。本当に申し訳ない。あのメールのことは忘れて下さい﹂。な
んだそれ。
中河って誰だよ。
友人ということはさして年齢が私とも変わらないと思われるが、
いい年して全く関係のない人間にかような品がなく論理的に破綻し
たメールを送りつけるような頭の悪い中河って一体誰だよ︵全国の
関係ない中河さんごめんなさい︶。
ちなみに普段温厚とされる私が洒落にならない程憤慨することは、
寝ているところを遊び半分でいたずらされることと︵何度も言うが
私は不眠気味である︶、自分の関係のない飲み会の席から酔っ払っ
た勢いで突然電話やメールを送り付けられることである。私は自分
が酒好きなので、無関係の第三者に迷惑をかけるような酔い方をす
るやつが嫌いなのだ。
それを中河は! 大体お前誰だよ! あのときは私がすっかりメ
ールのことを忘れて放置したからまだしも、うっかり﹁高橋氏の頼
みならまぁ考えてみよう﹂などとメールを送ったら中河はどうする
気だったのだろうか。高橋氏の振りをしてメールを続け、あわよく
ば自分も合コンに参加しようとでも思ったのだろうか。どっちにし
ろ、随分とセンスの悪い遊びだ。
中河への怒りが地味にこみ上げてきたので、高橋氏にさらに﹁中
河って誰だよ。何様だよ﹂と低いトーンのメールを送る。高橋氏は
勝手にメール送信されたうえに私に低いトーンで怒られ、とんだと
ばっちりである。
再び高橋氏からの返信。﹁中河って、同じ高校の中河だよ! 神
楽、二年間同じクラスだったはずだよ!﹂
⋮⋮誰だよ中河って⋮⋮。全然覚えてないぞ⋮⋮。しかも二年間
って! ﹁どうでもいいことを細かく覚えているえげつない記憶力﹂
と言われたはずの私がこんなにもすっかり忘れてるだなんて、誰だ
よ中河⋮⋮! だけど卒アルを確認するほどの興味もないな中河。
でもこんなにくだらないことを三十前にしてやるような男になった
226
なんて、わざわざ記憶領域を確保しておくほどの価値もないから高
校時代の私は正しいぞ中河。賢い読者の皆さまはお気づきでしょう
が、私は温厚だがだいぶ感じが悪い。
まぁでも私がこんだけ覚えてないのだから、向こうも私のことな
んて全然覚えてないだろう。きっと私のメールだって、女っ気がな
いであろう高橋氏の電話帳から適当に選んだに違いない。私の本名、
五十音順で前のほうか後ろのほうかと言われたら前のほうだからな。
﹁中河のことはちっとも思い出せないが、これ以上言っても仕方が
ないからまぁいい。今後はこのようなことがないようにしてほしい﹂
﹁うん、携帯を勝手に使用されたのは俺の不徳の致すところ。以後
俺自身も気をつける。でも中河って、神楽と同じ他大学受験︵私の
学校は半分近くはエスカレーターでそのまま付属の大学に行く︶し
たやつだから、クラスだけじゃなく選択授業も結構かぶってたと思
うんだけどなぁ﹂
他大学受験。そのキーワードを聞いたとき、私はひとつの会話を
思い出した。でもそれは中河との会話ではない。同じ他大学受験だ
った、熊ちゃんとの卒業旅行での会話である。
熊ちゃん:﹁中河くん、予備校で知り合った違う高校の女の子と受
験で大事な時期から付き合い出して、彼女もろとも浪人らしいよ﹂
私:﹁ふーん、馬鹿だね﹂
私の記憶力がえげつないと言われる所以は多分、人が忘れてほし
い過去まで絶対に忘れないところだと思う。
227
林檎とその周辺の人々
唐突であるが、Mac
Book
Airの11インチを購入し
た。これで私もスタバでMacでドヤ顔である。
去年からずっと欲しいと思っていたのだが、当時はVAIOもま
だ購入してからあまり時間が経過していなかったので﹁またそうや
って形から入る!﹂と我が家に入り浸り気味の友人メガネに怒られ
そうで購入を躊躇していた。しかしVAIOもそこそこ使い倒した
Airは持ち歩き用、出先でさらりと文章を打ってみ
し、あちらは基本的に色気のない事務仕事マシーンにして、Mac
Book
たり︵一番の購入目的が﹁どこでも文章をしっかりと書ける環境が
ほしい﹂だったのでiPadは良くも悪くもパス︶、スタバでドヤ
顔してみたりするためにとうとう購入に至ったのだ。しかしなぜ私
は自分の買い物だというのにいちいちメガネの顔色を伺っているの
だろう。そういえば数年前に水着を購入した際も、優美な蝶々柄と
可憐な小花柄で悩んでいるとメガネが、﹁私、蝶が苦手! 絵でも
無理無理!﹂と言い出したために小花柄にしたのだった。まぁいい。
ちなみに今回はほかの買い物もあったためApple直営店では
なく家電量販店で購入したのだが、あのAppleスタッフの独特
のテンションはどこに行っても結構同じなのですね。なんというか、
﹁さぁ! あなたもApple製品の魅力の虜となり世界を楽しみ
ましょう!﹂的な。どこのお店に行っても親切かつフレンドリーで、
﹁なによりも私自身がAppleファンです!﹂というのがにじみ
出ていて、スタバでドヤ顔したいだけの私にしたら結構なプレッシ
ャーである。あと、日本語が堪能な外国人スタッフが外国人のノリ
touchを歩道橋の階段から落とし画面が
のまま対応してくれたりするのも外国人慣れしていない私には結構
焦る。以前iPod
砕けた時も、交換のためにAppleストアに行ったら外国人スタ
ッフが対応してくれて、亀裂が入り内部が少し見えているiPod
228
touchを恐る恐る見せると﹁オゥマイガッ!﹂と典型的外国
人な反応をしてくれたので、典型的島国日本育ちの私は﹁へへっ⋮
⋮でも音楽も聴けるしアプリも起動したんですよ⋮⋮すごいですね
⋮⋮﹂と半笑いで若干太鼓持ちをした。
まぁ今回は日本人のスタッフ、ただし猛烈にMacを使いこなし
ていることが節々から感じられる人に相談に乗ってもらい、無事購
入。最初に﹁基本的に難しいことはしない。メールとネットと、あ
とエディタで書き物をすることが最優先で、それ以外は使いつつス
Airの使い方と同じですね! それならこれをおす
ペックに応じて考えていく﹂と伝えたところ、﹁あぁ、私のMac
Book
すめします﹂と言ってくれたが、私の使い方と同じ使い方を実際に
している人がFaceTimeの終了方法がわからずアタフタした
りはするまい。そんなこんなでappleのテンションに呑み込ま
れそうになりながらも店をあとにする。うっふーうっふー! 何台
目でも、新しいパソコンを購入した帰り道は心躍る!
そして帰り道の途中、少し大きな広場のような場所に出た。そこ
は朝の情報番組がよく街頭インタビューしてたり、カットモデルを
探していると話しかけられたり、怪しげなアンケートやモニターに
協力してほしいと言われたり、手相の勉強をしているので手相を見
せてほしいと声をかけられたりする、見知らぬ人から何かと声をか
けられる場所である。その日もすぐ近くで女性が変な美容師にカッ
トモデルになってほしいと言われていて、﹁えーどうしよっかなー﹂
などと寝ぼけたことを宣っていた。どうしよっかなーじゃねえよ。
Book
A
変な髪型にさせられるぞ︵わりと偏見︶。そんな状況を見ていたの
で私はいつも以上に疑心暗鬼になっていた。Mac
irも無事購入したのだから、これを無事家に持ち帰るまでは絶対
に誰にも心を許すまいと思っていた。
だから、突然私の斜め前からスーツを着た女性が明らかに私をタ
ーゲットにし、﹁すいませーん﹂と声をかけてきたのに対し即座に
反応、それはつまり﹁怪しい話に付き合っている暇はありません﹂
229
という冷たい意思表示、簡単に言えば無視するという防衛体制をと
った。目も合わせずに彼女の横をすり抜ける私の態度にその彼女は
Book
Airを
困惑し、﹁あ、あのっ⋮⋮﹂とそれでもまだ何か言おうとしていた
が、今日の私は特別冷たい。何しろ、Mac
持っているのだから⋮⋮!
そうして私は彼女をかわし、先を急ごうとしたその時、後ろから
彼女は﹁あの⋮⋮道を⋮⋮いえいいです﹂と呟いた。
ちょ、道だと? なんだなんだ、迷子なのか?!
急いで振り返り彼女の方を見たが、彼女はもう別の人に声をかけ
道を聞いていた。彼女のイントネーションからいって、きっと西日
本から来たのだろう。四月の頭だというのに、いきなり彼女に﹁東
京の人間って冷たい﹂という印象を与えてしまった。うわーーん、
違うんだ! 迷子なら助けてあげたんだ! でもこの場所に土地勘
のある人ならわかるだろうけど、ほんとここは怪しげなキャッチみ
たいなのがさりげなく声をかけてくる場所なんだ⋮⋮! うわーん!
ごめんねぇええ! としばらく若干の罪悪感に苛まれたが、よく
よく考えてみれば、彼女が声をかけてきた場所からおよそ半径50
m以内にJRの駅の改札と百貨店の総合案内所とついでに大きな本
屋まであったのだから、いくら迷って焦っていたとはいえ、最初か
ら横着せずにそういった公共施設の人に聞けば誰も嫌な思いをせず
に問題は解決したのではないかしら、と思うと、別に私がそこまで
の罪悪感に苛まれる必要はないと悟り、どうでもいいかという気分
になった。
Planに登録しようとWEBで登録を試みたが何
そして家に帰り早速Macをいじり、ついでに購入したProt
ection
度やってもうまくいかず、仕方がないので翌日電話で問い合わせる
と﹁こちらでも同じ現象になるのでお手数ですがシリアルナンバー
とうんちゃらかんちゃら﹂と非常にめんどくさい展開になった。人
に冷たくした報いであろうか。
加えて電話口の担当の人もやはり声のトーンがAppleのスタ
230
ッフそのものであり、シリアルナンバーの確認のため電話の向こう
で復唱する際も﹁VictoryのV、DanmarkのD、To
kyoのT!﹂﹁あ、すいません、TじゃなくてABCDのDです﹂
﹁失礼しました、TではなくDanmarkのDが二個並ぶという
ことですね!﹂とか言われ、もうABCDのDでもDanmark
のDでもどうでもいいのだが、Appleの中ではあくまでDはD
anmarkのDであるということを思い知らされ電話を切った。
そんなわけで色々ありましたが、今初Macからの投稿でした。
明日あたりにはスタバでMacでドヤ顔デビューしたいところ。
231
そうだ京都行こう
前回に引き続き唐突ではあるが、京都に来ている。特に何か目的
があるわけでもなく、どこかに猛烈に行きたかったわけでもなく、
それなのに安宿素泊まりで五泊六日の一人旅を決行した。
ちなみに私の一人旅はこれが初めてである。
近場であればどこでも一人で行く私も、旅となると色々の手続き、
具体的に言えば新幹線の席が取れるかどうかだとか宿はどこに泊ま
るのかだとか、そういった面倒な事前作業が猛烈にめんどくさいた
め、っていうか旅行行くときはいつも友人メガネに全部丸投げして
るため、なかなか決行できずにいた。しかし、このたびちょっと時
間的に余裕がある時期に突入したので、三十路前にしてちょっくら
ひとつ初体験でもしてみようかね! と、全部手探りながらも準備
を成し遂げ今、無事京都の地を踏んだのである。
さも大仕事を終えたみたいに書いているが、やったことと言えば
旅行代理店に行き﹁ぷらっとこだま﹂という比較的低価格で東海道
新幹線を利用できるやつに申し込み、友人が働いていたゲストハウ
スに﹁○日から五泊でお願いします﹂とメールしただけだ。ちなみ
にぷらっとこだまは前日までに申し込みが必要だけど、東京から京
都を普通席なら一万円以下で行けるので︵ただし名前のとおり新幹
線は﹁こだま﹂になるので多少時間かかるけど︶時間に余裕のある
人にはいいと思う。今回は行きは希望の時間の普通席が埋まってい
たのでグリーン車にしたけど、それでもプラス1500円だ。ちな
みに私はこの作業をすべて旅行前日に行った。シーズンオフってい
いですね! そしてそのゲストハウスで働いていた友人︵現在も京
都在住︶に﹁明日から京都行く。五泊する﹂と連絡したところ、﹁
こっちは明日から東京に四泊だ。間が悪すぎだ﹂と言われ、京都に
行ったらその子がなんとかしてくれるだろうという目論見が早々に
して外れたのであった。ちっ。
232
そんなわけで京都に旅立ったわけだが、前述のとおり行きの新幹
線はグリーン車にしたため、初グリーン席に早速浮つく。縦の幅ひ
ろぉーーいと無意味に足をのびのびさせたり、肘掛けから取り出せ
るサイドテーブルのようなものを無意味に出したりしまったりし、
完全に落ち着きのない小学生のような態度になっていた。保護者も
いないのに。そしてグリーン車を知ってしまった今、すでに帰りの
新幹線をケチって普通車にしたことを後悔していた。あぁ、大人な
んだから1500円くらい奮発すればよかった。でもそもそも、宿
が一日2500円なのだ。もう金銭感覚がよくわからない。なにに
価値を置くべきなのかわからないよ。しかしもう席の変更はできな
いので考えても仕方あるまいと、ひとしきりグリーン席を堪能した
あとは、早速買っておいた缶チューハイを開ける。やーだやだ。一
人旅だともう制御が効かない。そして浮ついていたせいか、缶チュ
ーハイごときで若干酔っ払う。でもちゃんと車掌さんのチケット拝
見には毅然とした態度で応じたから全然頭は働いていたぞ! 赤ら
顔だったけど。
それも終わるとあとはひたすら京都の到着を待つのみ、駅弁をも
Book
Airを立ち上げ﹁ジャーン!﹂とい
のすごく真剣に食べてみたり、新幹線の中でもWi−Fi使えると
いうのでMac
う起動音に焦ってみたり、のんきに時間を潰していた。ひとつだけ
気がかりといえば、隣の席の人はいつ来るのだろうかということだ。
チケットを購入した際、﹁窓際の席は満席﹂と言われたので︵ぷら
っとこだまが確保してる分に関しては、なのかもしれないけど︶、
来るんだったら早く来てほしいと思っていたのだ。
そしてその人は、静岡過ぎたあたりでやってきた。なんのことは
ない、普通のちょっと太めのおじさんである。席に座るときだけ私
が一度立ち上がりはしたものの、その後は本を読んだりビールを適
度に飲んだり、非常におとなしくて常識的なおじさんだったので安
心し、私も引き続きMacをいじったりうたた寝をしたりして過ご
していた。
233
しかし、その平穏、というか静寂が突然、爆音にも似た何かによ
ってかき消されてしまった。
岐阜も過ぎたあたり、おっさんは酒も入っていたこともあったの
だろう、猛烈ないびきをかき始めたのだ。ぐぅーーとかいうかわい
げのあるものではない。地を這うように低音から突き上げるように
徐々に高まっていく唸り声、そしてその高まりが臨界点を迎えると、
今度は分厚いゴム素材が小刻みに震えながらだらしなく鳴っている
かのような唇音。
その音量の大きさに、通路を通る人の数名はおっさんをチラ見し
ていた。私じゃないぞ! このおっさんだぞ! むしろ私はこのお
っさんに安眠を妨害されている! おっさんのいびきは止まらない。
止まる気配もなければ、止める術もない。おっさんにも悪気はない
ので、ひたすら耐えていたが、そのおっさんのいびきは絶えず爆音
でありかつマヌケであったため、だんだん楽しくなってきて意味も
なくニヤニヤしだしてしまう私。
爆音のいびきおじさんと、ニヤニヤしている酔っぱらい三十路女。
私のいた列は若干のカオスと化していた。
結局おじさんは京都のあたりまで爆睡していたが、京都で降りる
お客が準備をし始めた頃のざわつきで目を覚ましその後は再び平然
としていた。そんなに平然とされると、なんだかあのばかみたいな
でかいいびきが強烈すぎて、私の幻聴だったのではないかという気
分になる。
とにかく色々あったが、無事京都駅に私は降り立ったのだった。
降りてからもまた色々あったのだが、長くなったので次回にする。
234
京都駅に降り立ってみたものの︵前書き︶
※前回までのあらすじ※
唐突に思いつきで京都五泊六日の一人旅を決行することにした。
前日に﹁ぷらっとこだま﹂に申し込み新幹線の手配をし、友人が以
前働いていたゲストハウスに﹁五泊で﹂とメールし、その友人に﹁
明日から京都行く﹂といったら﹁俺は明日から東京だ﹂と言われア
テが外れるも、なんとか当日無事出発。グリーン車にテンションが
上がりチューハイごときで酔っ払い、さらに隣のおっさんの爆音い
びきに困惑したりニヤニヤしたりして無事京都に到着した。
たかがこれだけの話なのに、なんであんなに長くなったんだ前回。
そしてもう東京帰るのにまだ宿に着く前のことを書いている。
235
京都駅に降り立ってみたものの
さて、無事京都に到着はしたものの、夕方に出発したため時刻は
もう午後7時半を回っていた。とりあえずガイドブックも何も買わ
ずに来てしまったため本屋で適当に良さげな一冊を購入。店員のお
ばさんの﹁おおきに∼﹂でもう私は京都に来たことをかみしめてい
た。
しかし、ここで﹁あぁ、遠くに一人で来たなぁ﹂と実感すると同
時に、意外な感情が私を襲ってきた。
京都駅、広すぎてわけわからん⋮⋮不安⋮⋮寂しい⋮⋮。
自分で自分にびっくりした。一人で不安で寂しいだなんて! そ
んな乙女な感情が自分にあったことにびっくりした。しかし冷静に
考えてみれば、今まで私が一人で行動していたのは言わば私のテリ
トリー内、主に東京23区。美術館だ、映画館だ、色々なものがあ
るけれど、良くも悪くも東京には世界中のものが集まってくるので、
外に出る必要がなかったのだ。そんなことにも気づかずに、私は一
人旅に来てしまったのだ。うわーん!
とりあえず宿に向かおうと市バスのりばを探したが、そののりば
がまたよくわからない。誰かに聞けばいいのかもしれないが、総合
案内はどこ⋮⋮と探しているうちにまた心細くなる。金曜日の夜な
ので駅には多少酔っ払った人もおり、さらにそれが知ってはいても
聞き慣れない京都弁で、ますます私はこの街の人間ではない、頼る
人もいないのだと心細さで過呼吸になりそうになる。やばい。憧れ
の森見ワールドの街に来たはずなのに、この有様⋮⋮!
しかし私には、伝家の宝刀がある。それは、第64部に登場した
立花くんである。西日本の大学院に進学などとざっくりと言ってい
たが、言ってしまえば彼は現在京都在住であり、きっとバタバタし
てまだ観光にも行けていないであろう彼に私は密かに﹁○日から京
都行くから、一日くらい一緒に観光しようよー﹂と声をかけていた
236
のだ。彼はいい子なので﹁いいですね! じゃあ○日はどうでしょ
う。京都でなんかあったら電話してくださいね﹂と言ってくれたの
で、もうその言葉を支えに﹁最悪立花くんに電話で助けを求めよう
⋮⋮﹂とスマホを握りしめ、息も絶え絶えに市バスのりばを探して
いた。一人旅で来ておいて、まだ京都に降り立っただけで宿にも着
いてないのに、すでに人に助けを求めようと考えている私は所詮も
やしっ子である。
そして宿のHPの﹁宿までのアクセス﹂のページをプリントアウ
トしたものを握りしめ、何度も見返し、なんとかそれらしきバス停
に辿り着く。さらに停車駅を何度も確認し、列に並ぶ。どうやら前
のバスが出発したばかりらしく、私の前にはおじさん一人しか並ん
でいなかった。
ここで落ち着くのはまだ早い。次の問題は、バスの乗り方である。
私が普段利用している都バスは、23区内であれば定額200円
先払いであり、前のドアから乗り、しかも今はSuica・PAS
MOなどのICカードがあればそれをかざすだけで完了する。しか
しどうやら違う土地ではそうではないということを、私は千葉の友
人の家に行く際にバスの乗り方がちっともわからずとんちんかんな
ことをして地元の中学生に笑われたことで知った。
果たして京都の場合はどうなのであろうか。もう、私の前に並ぶ
おじさんを参考にするしかあるまい。でも一応スマホで﹁京都 バ
ス 乗り方﹂とグーグル先生にたずねてみると、﹁後ろのドアから
乗り整理券を受け取る﹂﹁降りる際に、バス前方に掲示されている
料金表と整理券の番号が対応する箇所の金額を支払う﹂というのが
基本のようだ。ちなみに﹁お釣りが出ないので両替をしておく﹂だ
とか﹁定額のバスもある﹂だとかいう情報も見えたが、そういうの
はもうキャパオーバーなので見なかったことにする。順々に覚えて
いくことが大事です!
試験前の学生のように頭の中で﹁後ろのドアから乗り整理券を受
け取る﹂﹁降りる際に、バス前方に掲示されている料金表と整理券
237
の番号が対応する箇所の金額を支払う﹂と覚えたことを虚ろな目で
反復していると、いよいよバスは到着した。予習通り後ろのドアが
開き、ドア横には整理券の発券機と﹁整理券をお取りください、セ
イリケンヲ⋮⋮﹂という機械的に繰り返されるアナウンス。よしよ
し、ここまでは予想通りだ⋮⋮。しかし前に並んでいたおじさんは、
整理券を受け取らずに乗っていってしまったのだ。え! やめてい
きなり基礎もできてないのに応用に飛ぶの! 私はまだ基礎も身に
ついていないので、ネット予習と発券機が発するアナウンスのとお
り、整理券を受け取る。これで合ってるはず! だってこのバスは
定額じゃないはずだし⋮⋮。自分を信じてみても、後から乗ってく
る人が整理券を受け取る人と受け取らない人に分かれるため、なに
を基準にみんな受け取らなかったりしてるんだ、定期券持ってるの
か? とどんどん疑問が浮かび不安になってくるので、またしても
グーグル先生に尋ねてみるとなんのことはない、料金を支払う時整
理券を一緒に出さないと始点からの料金を支払わなければならない
ということで、つまりは京都駅は始点なので取っても取らなくても
始点からの代金を払うことには変わりないから慣れた人は取らない
だけだった。つまりは真っ先に取ってしまった私は観光客丸出しで
ある。まぁいい。
とにかく無事バスに乗り席にも座れた私は、あとはひたすら降り
る駅まで待つだけだ。でも、何度も確認して合ってるはずなのに、
知らないバスというのは自分の行きたいバス停に本当に辿り着ける
のか不安になる。バスは降りる人もおらずバス停で待ってる人もい
なければ、停車すらせず停留所を通りすぎてしまうこともあるため、
車内アナウンスが流れるとはいえ気が抜けないのだ。祈るように次
の停留所名をしっかりと聞き逃さないよう集中していたが、﹁次は
烏丸七条∼﹂﹁次は烏丸六条∼﹂﹁次は烏丸五条∼﹂﹁次は烏丸松
原∼﹂﹁次は四条烏丸∼﹂と続いたときは︵乗ったバスがバレるな
これ︶、烏丸がゲシュタルト崩壊してドグラ・マグラみたいな気分
になっていた。このまま烏丸に騙されて得体のしれないところにバ
238
スごと連れてかれてしまうのではなかろうかと得も言われぬ不安に
襲われ、取る必要のなかった整理券を握りしめ、また何度も﹁宿ま
でのアクセス﹂を確認する。二十分ほどバスに乗り、いよいよ烏丸
に騙されたかもしれないと半ば本気で思い始めた頃、やっとバスは
目的の停留所名を告げた。当然だが、烏丸に騙されてなどいなかっ
たのだ。
私はアタフタしながらバスを降りる。降りる際に整理券と料金を
一緒に入れようとしたら、握りしめていたせいで整理券が変なとこ
ろに引っかかりうまく入れられず、むぎゅむぎゅと何度もトライす
るもうまくいかず結局運転手さんに﹁大丈夫ですよはい。大丈夫﹂
と言われ引っかかったままバスを降りた。最後の最後まで整理券に
翻弄された私。整理券、恐ろしい子⋮⋮!
そんなこんなで色々あったが、無事宿に着きチェックインを済ま
せ、やっとあてがわれたベッドに落ち着いたのだった。あー、知ら
ない土地こわいわー。
そして、この前マルイの前で怪しい勧誘と勘違いし無視してしま
った、道を聞いてきた子のことを思い出し、﹁うん、知らない土地
で道に迷ったら、焦ってそこらへんの人に聞いちゃうわ、うん、も
っと周りの状況見ろとか無理だわうん、ごめんね﹂と珍しく反省し
たのだった。
239
京都二日目、左京区を徘徊する
もう帰って来てしまったのだが、引き続き京都旅行記をば。一日
目は実質到着しただけで終わってしまったので、二日目から私は本
格始動である。かといって朝からちゃっちゃと行動するわけでもな
く、素泊まり連泊なので朝急いで起きなければならない理由がさし
てないゆえ、ぐだぐだと休日と同じように十時頃起床しだらだらと
出発する。
本日の目的は、立花くんと動物園ほか、である。当初は私の泊ま
っている宿の近くにある神社で待ち合わせするはずだったが、普段
から意味もなく東大内を散歩コースとしてウロウロしている私とし
ては、﹁京大の中を散歩したい﹂という地味な願望があったので、
立花くんとの待ち合わせ時間前に意味もなく京大構内に侵入しウロ
ウロし、﹁このタイル、東大の校舎のタイルとすごい似てるなぁ。
検証のために写真を撮っておこう﹂と別に有名でもなんでもない建
物のタイルを遠くから、また近くからバッシャバッシャと写真に収
め、在学生に若干不審がられているうちに﹁これ待ち合わせ場所に
戻ってたら約束の時間間に合わないなぁ﹂という時間になってしま
ったので急遽﹁時間を読み誤ったのでむしろ大学に来てくれ﹂と予
定を変更した。いきなり計画性がない。
立花くんから﹁じゃ今から出るんでちょっと待っててください!﹂
と連絡が来たのでぼやっと素直に適当に待っていたが、よくよく考
えてみれば大学は広く、隣接しているとはいえ道路を隔てていくつ
かキャンパスがある。﹁なんとなく待っていたら会えた﹂などとい
うぬるい考えで果たして会えるのだろうかと若干不安になるが、携
帯持ってるし私と立花くんはなんだかんだで思考回路が似てるので
大丈夫だろうと高を括って相変わらず建物のタイルの写真などを撮
っていると、見覚えのある背丈の青年が自転車に乗って通り過ぎ、
そして振り返りこちらに戻ってきたのでぼーっと見ているとそれは
240
立花くんであった。
﹁奇遇ですね﹂
﹁奇遇だね﹂
私たちは森見登美彦ファンであるので、京都でまずやることとい
ったらナカメ作戦ごっこ︵森見登美彦氏の著書﹁夜は短し歩けよ乙
女﹂に出てくる﹁なるべく彼女の目にとまる作戦﹂、略して﹁ナカ
メ作戦﹂のこと︶であろうと決めていた、というか一方的に私が希
望していたので、立花くんは気を使い忠実に実行してくれた。
﹁まぁ、そんなに久々でもないですね﹂
﹁そうだね。今、東大にあるタイルとそっくりなタイルを発見した
ので、相違点などの検証のために大量にタイルの写真を撮っていた
ところだ﹂
﹁相変わらずでなによりです﹂
﹁ところでいきなりだが、素数ものさし︵京大で売ってる、目盛り
が素数の箇所にしか示されていないものさし︶を買いたいのだが生
協はどこだい﹂
﹁あぁ、あれ今売り切れですよ﹂
﹁まじでっ!﹂
京都に来た理由の5%ぐらいは、素数ものさし買いたいからだっ
たのに⋮⋮。まぁいいけどさ。
﹁ないと思いますけど、一応見てきますか?﹂
﹁君がないというのならないのだろう。でもトイレ行きたいから生
協は行く﹂
そして生協に行き、やはり素数ものさしはないことを確認しトイ
レに行く。用を足し個室から出ると、私が用を足している僅かな間
に洗面台が血に染まったように真っ赤になっており、かつ女の子が
必死で真っ赤な手を洗っているので、びっくりして声も出せずに固
まっていたが、女の子が私の空気を察し﹁あ、すいませーん。どう
ぞ洗面台使ってくださーい﹂と笑顔で言うので、その赤いものはよ
くよく見れば絵の具らしきものであることに気付き安堵した。人騒
241
がせな。これだから京大はいやだ︵偏見︶。
﹁この学校おかしいよ!﹂
﹁なんですかトイレから戻るなり﹂
﹁常識では考えられないことがまま起きる雰囲気に溢れている﹂
﹁そうですか? 意外と入学すると普通ですけどね﹂
ふん、それは君も変人だからだ、と言いたかったが、事を荒立て
るのもあれなので黙っていることにする。生協に行ったあとは、動
物園に行く前にお昼を食べようということでお店に入り、適当に注
文。
﹁学校はどう? やっぱ大変?﹂
﹁とりあえずは順調です。でも友達ができません﹂
﹁⋮⋮え﹂
﹁同じ研究室の人とは多少喋るんですけど、それ以外の人とはさっ
ぱり。だからもう友達の作り方がわかりません。院だとサークルも
入りづらいし。おまけにまだ自宅のネットも開通してないので、完
全に世間と断絶されています。でもまぁそれ以外は概ね順調です﹂
世間から断絶されているのに概ね順調というのもなぁ⋮⋮。
﹁なので最近交流があったのは、高校時代からの友達の前田くらい
です﹂
誰だよ前田⋮⋮。
﹁なにその前田くんも同じ学校なの?﹂
﹁いえ、前田は○大の○学部を主席で卒業したのですが、最近お笑
い芸人目指しているらしく、こないだ会ったらネタ帳を見せられま
した﹂
完全に伏せ字にしないと個人が特定されそうなハイスペックを持
ちながらお笑い芸人を目指すとは。ありがちっちゃありがちだが、
頭が良い人ってよくわからないな。
﹁まぁ好き好きだからいいけどね⋮⋮。で、その前田はコンビなの
? ピン芸人なの?﹂
﹁コンビ組みたいらしく、相方探してるらしいです。僕も誘われま
242
した﹂
﹁ちょ、別に好きに生きればいいと思うけど、もし立花くんが前向
きに検討しているのならば私は申し訳ないが全力で止める﹂
﹁大丈夫です。三分で断りましたから﹂
むしろ三分かかったところが危うい。しかし何はともあれ、元気
そうなのでよかった。その後も彼は昔からの奇怪な友達の話しを続
け、﹁幸か不幸か、僕の周りは変な人ばかりです﹂などとたわけた
ことをぼやいていたが、それは君も変人だからだろう、と言いかけ
てやはり事を荒立てまいと口を噤んだ。
ご飯を食べたあとは動物園に行く前に平安神宮にお参りに行く。
おみくじをひいてみると﹁今は種まきのとき。忍耐すれば後々花開
きます﹂﹁身を慎め﹂とか出る。
﹁種まきはともかく、身は慎み過ぎるほと慎んでるぞ!﹂
﹁酒に溺れるなってことじゃないですかね﹂
﹁あぁ、なるほど﹂
素直に納得する。
﹁立花くんは引かないの? おみくじ﹂
﹁僕はいいです、厄年なので﹂
何か厄年を勘違いしてないか。あーだこーだとダラダラして、や
っと目的の動物園に辿り着く。
動物園は上野に続き日本で二番目に古いとのことだったので、正
直ナメてかかっていたのだが結構なボリュームであり、色々な動物
が飼育されていた。ライオンのエリアには床暖房が完備されている
らしく、最早野生を忘れたようにライオンが腹を出して寝ている。
あれは気を抜き過ぎだ。一方ですぐとなりにいた虎は、隣の檻にい
るメスの虎の方に行こうと散々檻内を落ち着きなくウロウロし、発
情期を感じさせ微妙な気分になる。そんな中でも立花くんは相変わ
らず武○壮が大好きらしく、動物を見るたびに﹁武○壮だったらこ
うやって倒すんですよ!﹂と突然実演し始めたりして近くにいる人
に少々変な目で見られていたが、とても楽しそうなので生暖かく見
243
守る。どうでもいいし立花くんのせいじゃないけど、猿の倒し方は
雑すぎる。そして動物園にあったキリンのオブジェはさらに雑すぎ
る。
ひとしきり動物園を堪能し、午後四時半というものすごく中途半
端な時間になったので、﹁とりあえず銀閣寺方面にでも歩こう﹂と
ぼちぼち歩く。完全にこのとき私たちの距離感は麻痺していたが、
動物園から銀閣寺までは歩けなくはないが地味に結構距離があるの
だ。動物園で若干テンションが上がっていたのでそれに気付かず、
ベラベラと喋りながら歩いているうちにいつの間にか銀閣寺に着い
ていた。しかし、距離の分だけ移動に時間はかかる。銀閣寺は午後
五時までだったのですでに閉園していたのだった。
﹁冷静に考えれば、寺院って大抵午後五時までですよね﹂
﹁うん、完全に基本的なこと忘れてたね﹂
仕方がないので哲学の道を延々と歩く。川沿いの道は気持ちよく、
色々と景色が変わり面白く、思っていたより長かったがそれでもと
ても楽しめる道だった。しかし、哲学の道というくらいなのだから
西田幾多郎はここで哲学したのだろうが、﹁こんなに気持ちいい道
で哲学について考えられる?﹂﹁いやぁ、最初は難しいこと考えて
ても、終わりの頃には気持ちよくてどうでもよくなりますね﹂﹁そ
うだよね、私もだよ。うちらは所詮凡人だね﹂とやんわりと西田先
生を否定した。
結局、京都観光初日だというのに、私の計画性のなさに人を振り
回し、動物園で武○壮ものまね実演サファリツアーを見、だらだら
と川沿いを歩いて終了した。果たして立花くんは楽しかったのだろ
うかと不安になるが、武○壮についてあんなにいきいきと語ったの
はおそらく久しぶりだったろうからまぁいいだろう。
しかし宿に帰り一日を振り返り、﹁今日は﹃京都観光﹄というよ
り﹃立花くん見学﹄の一日だったなぁ﹂とぼんやりと思いながら眠
りにつこうとすると、友人メガネから﹁おい、退職願書くから相談
にのってくれ﹂と穏やかでないLINEが届き、二日目の京都の夜
244
は違う意味でまだまだ続くのであった。
メガネの退職願騒動の話は別に続かない。
245
京都三日目、気の赴くままに行動したわりに堪能する
引き続き、京都旅行記であります。もう一週間前になると思うと、
時の流れの速さに吃驚しそうになるけども、まぁこんなもんか。で
も忘れないうちにとっとと書き終えたい。
前日、左京区を散々徘徊した挙句友人メガネの退職願出す出さな
い騒動に巻き込まれた私の起床は今日も遅い。十時半ぐらいからだ
らだらと準備をし、なんとなく﹁ベタだが清水寺にでも行こう﹂と
ぼんやりと思いながら出発。ちょうどランチタイムに向けて飲食店
がオープンし始める時間だったので、混む前に入店し食事を済ませ
る。﹁京野菜の和風パスタ﹂というとても観光客を意識した一品を
頼み、﹁とりあえず京都で京野菜は食べたぞ﹂という自己満足に浸
る。
ぼちぼち出発し清水寺に行けるバス停を探していると、ふと﹁南
禅寺まで○km﹂という看板が見え、徒歩で時間もそんなにかから
なそうなので行ってみることにする。清水寺はまぁ、今日じゃなく
ても、最悪今回の旅でなくても良かろう。今日も計画性ゼロ。看板
通り、少し歩くと南禅寺へ到着。
何も知らずに行ったので行ってみて感動したが、南禅寺はとても
大きな禅寺、しかも日本の全ての禅寺の中で最高の格式をもつ寺院
だった。入って少し歩くと現れる三門は重要文化財でもあり、入場
料を払えば門の上に登ることもできるらしい。早速私は勇んで上に
登り、馬鹿みたいにテンションが上がりながら﹁この歩くたびにミ
シミシと鳴る木の味わい!﹂だの﹁見下ろす京の都!﹂だの﹁絶景
かな!﹂などと、一人なので口には出さなかったがそんなことを思
いながらバッシャバッシャと写真を撮りまくる。
そうしていると、同じく観光客のおばちゃんが登ってきて﹁○○
さーん! こっちこっちー!﹂と下にいる旅仲間に楽しそうに声を
かけている。いいねえ、いくつになっても旅行だとハシャイじゃい
246
ますよね! そんなおばちゃんを微笑ましい気持ちで見守っている
と、下にいた旅行仲間の一人のおじさんが﹁ありゃー、○○さんい
つの間にそんなとこに! 馬鹿と煙は高いところに上るたぁ、よく
言ったもんだなぁ!﹂などと言い出すので、おばちゃん同様ハシャ
イで門に登った私としては若干カチンとする。ふん。
三門を下り、ふらふらと歩いていると今度は南禅院庭園が現れる。
正直入場料を払ってまで見なくてもいい気がしていたが、入り口横
にある小さな休憩場らしき場所に﹁﹃9四歩﹄南禅寺の決戦﹂とい
うここで行われたという将棋の対局の解説が貼ってあったので、細
々と将棋ファンの私は﹁これは入らねば!﹂と速攻で入場券を購入
しまたしてもニヤニヤと写真を撮りまくり往年の名勝負に思いを馳
せる。
南禅院を出た後はレンガ造りの水道橋、そして琵琶湖疎水の周辺
をウロウロし、水道橋のアーチの下で失敗した加藤ミリヤのような
女の子が彼氏らしき男の子と割りと本気な写真撮影会をしているの
を目撃し、微妙な気分になる。別にどうでもいいのだが、その加藤
ミリヤが失敗したようなメイクはこの場所の雰囲気に合わない気が
するし、周囲の観光客にあんなに気を使わせるほど真剣に撮影しな
ければならない被写体以下略。
南禅寺を出、再び気の赴くままに歩いていると今度は水音とガシ
ャンガシャンと金属のようなものが動く音がする場所に出る。どう
やら知らぬうちに蹴上発電所、琵琶湖疏水を利用して作られた日本
で初めての水力発電所に辿り着いたらしい。機械はもちろん当時の
ままとはいかないが、私はこういうひっそりと存在するメカニカル
なものが大好きなので、三門に登った時以上に﹁うはああああ! FF?の世界っぽい! 或いはバイオハザードっぽい!﹂と密かに
テンションが鰻登り、下から上からとバッシャバッシャと写真を撮
った上、水の流れの感じや金属音を記録するために動画まで撮った。
一切計画性がないわりにこの楽しみ様。
そしてさらにずんずんと歩くと、﹁日向大神宮﹂というガイドブ
247
ックでは見たことのない神社の参道を発見する。せっかくなので行
ってみようと、山の方面に続いているその道を進んでみることにす
る。そして私は日頃の運動不足を後悔する羽目になるのだ。長くな
ったのでまた続く。京都旅行記だけで十話ぐらいになるという恐ろ
しい予感がしてきた。
248
京都三日目後半、気の赴くままに行動した結果遭難しかける
前回の続き。気の赴くまま無計画に行動しているのに重要文化財
だの水力発電所だの私のツボなものに辿り着く、京都の街の奥深さ!
蹴上発電所を堪能後、偶然発見した日向大神宮へ続く道を発見し
たのでこれまた気の赴くままにそちらに進む。﹁まぁちらっと行っ
て帰ってくるかな﹂とナメた気持ちで進んで行ったら、途中ものっ
っっすごい急坂を登ることになり息も絶え絶えになる。さらに観光
客どころか地元の人とすらすれ違わないので、﹁果たして本当に日
向大神宮とやらに辿り着くのだろうか、天狗に騙されてないだろう
か﹂と、烏丸の一件といい京都に対しまだ懐疑的な私は徐々に不安
になる。でもまだ昼間だし大丈夫だろうと信じて進むと、日曜の昼
間とは思えぬほどに人のいない、だけどもとてもきちんとしていて
空気も張り詰めた、日向大神宮に無事辿り着いた。
なんだこの穴場。いや、別に穴場じゃないのかもしれないけど。
春先の適度な暖かさと山からのひんやりとした空気、そして世間に
毒されていないこの雰囲気、珍しく背筋が伸びる思いがする。さっ
きまで蹴上発電所を見ながら﹁FF?的に言えばあのパイプの中を
通り抜けた先にマテリアがありそうだ﹂などとしょうもない妄想を
していたことを反省し、神聖な気持ちで外宮と内宮にお参りした。
そして帰り道とは違う道に、﹁天の岩戸くぐり﹂などという非常に
私の興味をそそる矢印を発見する。急ぐ旅でもないので当然果敢に
進んでいくと、山道を少し進んだところに岩を繰り抜いて作られた
小さな洞窟があり、そこをくぐると開運厄除けになるらしい。せっ
かく神聖な気持ちになっていたのに、﹁開運厄除けはいくらやって
も損はないぞ!﹂という非常に世俗的な考えが浮かび、洞窟をくぐ
り抜ける。おほほほ開運厄除け! ありがたやー!
そして満足していよいよ帰ろうとしたところ、洞窟を出たところ
に﹁南禅寺↓﹂という看板を発見する。なるほど、さっきは発電所
249
など山の麓を通ってここまで来たが、山道を通っても南禅寺まで行
けるのね、ふむふむ。どうせ帰る方面は南禅寺方面であるのだから、
同じ道を通っても芸がない、こっちの道を通っていきましょうかね
⋮⋮と私は土地勘もないのに山側を通って南禅寺に向かうことにし
た。そして数分後、猛烈に後悔することになる。
最初は山道といってもある程度歩きやすいように整えられており、
普通のぺったんこ靴で来た私にも余裕の道のりだった。しかし、段
々と山深くなるにつれ、﹁これは結構本気のハイキングコースでは
ないか﹂といった趣、むき出しの木の根に足を取られそうになった
り、ぐらつく岩を足場に不安定に山を下ったり、﹁これ、ほんとに
南禅寺に着くのか? 天狗に騙されてないか?﹂とまたしても私の
中で天狗に騙されてる説が浮上する。しかも看板も﹁南禅寺↓﹂と
あるのは途中までで、その後は一切看板無し、右と左で微妙に道分
かれてるから﹁なんとなくこっちの方が傾斜が緩やかだからこっち
にしてみよう﹂と進んでみてもその先にあったのは一切人が通った
痕跡のない、強いて言えば転がり落ちた人はいるかもしれないねぇ
⋮⋮みたいな道っていうか隙間だったりして、﹁こうなったら文明
の利器に頼るもんね!﹂と携帯のGPS機能をONにしたら﹁一時
的に位置情報が取得出来ません﹂と出て、﹁これはもしかして迷っ
てないか私。よく見るぞ、小さい山だからってナメてかかって油断
して遭難したというパターンを﹂と不穏な考えが浮かぶ。しかしど
こかから人の声のようなざわめきは聞こえるので、そんなに人里離
れているわけではないのだろうと、﹁これ普通の靴と普通の格好で
下る道じゃねぇよ!﹂と文句を言いながら必死で山道を下ったり半
ば滑り下りたりした。まったり観光のはずが何故こんなアドベンチ
ャー旅行に⋮⋮。
一人孤独に悪戦苦闘をしていると、少し遠くに観光客らしきご夫
婦が見えた。﹁遭難してなかったああああ!﹂と急いでその夫婦が
いるあたりまで駆け下りると、ご夫婦は私に気付き﹁あら、山道か
ら来たんですか?﹂と言う。
250
﹁はい、日向大神宮のほうから﹂
﹁あらそうなの! 今、ちょっと山道を歩いてみようかってここま
で来たんですけど、意外と険しいみたいだから引き返そうって話し
てて⋮⋮。あなた、一人で来たの?﹂
﹁はい、一人です。なんか気付いたら、山側からここまで来ました﹂
﹁あらああああ! すごいわああああ!﹂
﹁あ、あの、南禅寺ってそっちですか?﹂
﹁えぇ、今私達が来たのは南禅寺からですよ。でもすごいわねぇ、
一人でこんな山道から来て。すごいわあああ!﹂
奥さんは私が一人で山から来たという点にえらく感激したのか﹁
すごいわああ!﹂を連呼しながら来た道を戻っていった。遭難した
かと思って必死だったのだから別にすごくもなんともないのだが、
そのご夫妻が南禅寺から来た、というのを聞いて安心し、こっそり
と二人についていって山を下る。やっとのことで辿り着いたのは、
琵琶湖疏水を引き込む水道橋の上部分だった。あぁ、生きててよか
った。天狗に騙されてなくてよかった。そしてあのご夫婦の﹁意外
と山道険しそうだから引き返そう﹂という判断は正しい。どうして
も一人だと、﹁まぁなんとかなるだろう﹂と暴走してしまう自分を
反省する。そして気付けば喉がカラッカラだったので、休憩所の自
販機で飲み物を買う。﹁水やお茶ではたんなる水分補給で栄養補給
にはならなそうだ、しかしこの見たこともないスポーツドリンクは
まずそうだ﹂と悩んだ結果、今まで買ったこともないカルピスウォ
ーターをがぶ飲みする。甘いものって偉大。ぐーびぐび! あー、
生きてて良かった。
不意打ち登山で結構疲れてしまったがまだ時間は午後三時頃だっ
たので、通りすがりにあった永観堂に行く。正直もう疲れ果てて何
を見たかいまいち覚えていないが、ただひとつ覚えていることは池
にいた鴨を馬鹿みたいに何枚も写真に収めたことだ。デジカメの写
真を見返してもここの場所での写真はなぜか鴨ばかりで、なんでこ
んなに鴨ばかり撮ったのか自分でも覚えていない。思考回路がおか
251
しくなっていたのだろう。もったいないことをした。
その後一旦宿に帰り、財布と携帯だけ持って近くにあったうどん
屋に並ぶ。結構連日並んでいるうどん屋さんでどれくらい時間がか
かるかわからなかったが、別に誰と予定があるわけでもなかったの
でひとりでぼーっと並ぶ。﹁並ぶっつっても三十分くらいでないの、
ディズニーランド慣れしている私にしたらたいした時間ではない﹂
と舐めてかかっていたが、結果的には一時間近く並んだ。そして後
ろに並んでいた韓国人の上着に﹁極度乾燥﹂と漢字で書かれており、
﹁スーパードライって言いたいのかなぁ﹂と心の中で小馬鹿にする。
頑張って並んだ末カウンター席に通され、揚げ餅うどんを注文。後
ろにいた韓国人も私の隣のカウンター席に通され、バズーカみたい
なレンズをつけた一眼レフデジカメで店内を撮影しまくっている。
バズーカへし折ったろか。ほどなくして注文した揚げ餅うどんが出
てくる。考えてみると今日は京野菜和風パスタとカルピスウォータ
ー以外飲食していなかったので、急にお腹が減ってきて必死でうど
んをすする。うまい。あーうまい。すると隣の韓国人が突然、私の
方を見ながらそわそわし始める。その動きが若干気になったが空腹
に負け無視していたら、韓国人は店員さんを呼び止める。店員さん
に何かを言っているようだ。
韓国人:﹁あー⋮⋮ライス⋮⋮ホワイト⋮⋮あー﹂
店員さん:﹁? ご飯を追加ってこと? ライスプラス?﹂
韓国人:﹁あー⋮⋮ノーノー⋮⋮。あーライス⋮あぁぁああ! コ
! レ!﹂
韓国人は突然、私が食べていた揚げ餅を露骨に指差しやがったの
だ。うどんすすってたら突然目の前に指が出てきて、さすがの私も
びっくりして汁飛ばしながら﹁これぇええ?﹂と反応してしまった。
店員さんは﹁あー、揚げ餅ね。トッピングね。オーケーオーケー﹂
と納得し、韓国人は﹁イエスイエス、サンキュー﹂などと平和的解
決を見せたが、いきなり揚げ餅指さされた私のメンタルへの賠償は
どうしてくれるのだ。なんなんだよまったく。っていうか揚げ餅が
252
ライスからできてること知ってるならついでに餅って単語ぐらい覚
えとけよ。バズーカへし折ったろか。穏やかではない思いを抱きな
がらもうどんは美味しかったので無事完食。しかし、揚げ餅入れて
も所詮うどんとナメていたが、結構な量であった。
そんなわけで、山道進んで遭難するかと思ったり揚げ餅ひとつで
日韓関係に影が差しそうになったりしたが、なんとか無事天狗に騙
されることもなく三日目も過ぎていくのであった。あと書きだして
読み返してみて気付いたけど、私は一人旅で計画性もないくせに、
結構いろんなことをナメてかかっている。いつか野垂れ死なないか
我ながら心配だ。
253
京都四日目五日目、ベタに観光して遭難しかけて無駄足こく
帰ってきてから一週間! この先はベタな観光ばかりなので巻き
気味で書いていく。まぁ今までも十分ベタっちゃベタだが。
京都四日目、﹁今日こそは清水寺に行く﹂と決める。京大近くで
見つけた昔ながらのカフェでお昼を食べてから行こうと京大構内を
通り抜けようとすると、厳重警備とテレビ局の中継に遭遇する。﹁
なんだなんだ事件か内ゲバか!﹂と不謹慎なテンションの上がり方
をしたが、アウンサンスーチーさんがちょうど京大に来たところだ
ったらしい。京大もその気になればあんなに厳重警備できるのだな
ぁ。ぼーっとしながら横をすり抜け、ぼーっとしながらカフェで食
事を済ませ、ぼーっとバスで清水寺へ向かうことにする。
バスに乗ると清水寺よりもさらに京都駅寄りに﹁三十三間堂前﹂
というバス停があることを知る。﹁そいや友人メガネが三十三間堂
はいいと言っていたなぁ﹂と思い出し、ついでなので三十三間堂前
のバス停で降りる。今日も計画性はない。三十三間堂を見る。修学
旅行生に混じって解説を盗み聞きする。お守りを買おうかと散々迷
ったが、結局お守りは買わずなぜか線香を買う。
三十三間堂を出ると今度こそ清水寺に向かう。途中、ふらっと入
ったガラス細工屋さんでピアスとかんざしを買う。ガラスはベネチ
アンガラスと言われ、清水寺の近くで買う必要はあるのだろうかと
一瞬疑問に思うも、﹁実店舗は京都にしかなくてー﹂と言われ、そ
れならいいかな、と思った矢先に﹁実はちょっとずつでも東京に進
出したいんですけどなんか毎回タイミング合わないんですよね!﹂
と言われ、将来的に東京進出されたらそれはそれで有り難みがない
なと複雑な気持ちになる。でもお姉さんは良い人だった。
そしてやっとこさ清水寺へ。清水寺はベタすぎるのでもう何も言
うまい。清水寺からの帰り道で店主のおっさんにゴリ押しされた酒
を買う。安い酒を指さし﹁これはどんなのですか?﹂と聞いても﹁
254
あー、まぁそれも悪くはないけど、素人向けっていうかね! 酒が
好きというならこっちだよ!﹂︵実際はおじさん、もっと京都弁で
喋ってます︶と明らかに高い酒を勧めてくるので段々めんどくさく
なりおっさんに迎合した。商売上手め⋮⋮。
その後は八坂神社に向かい、なんとなくおみくじを引く。平安神
宮でも引いたが、﹁いっそ大吉出るまで行く先々でおみくじやろう﹂
と思い引いてみると、﹁小さな松がやがて大樹となり後の世まで栄
えるが如く、今は手始めと誠心誠意励め﹂という平安神宮と似たよ
うなおみくじが出る。こればっかだな。八坂神社を出て地図を見る
と﹁これ、歩いても三十分くらいで宿つくな﹂と気付き歩いて帰る。
この頃には足腰がだいぶ鍛えられてきていたので三十分ぐらい歩く
とかご近所感覚になっていた。
夜は珍しく夜遊びのために再び出かける。十年来の友人の中村氏
が京都でバーをやっているというのでそこに行く。三年ぶりぐらい
の再会だったが別にお互い変わらなかった。カウンターで飲んでい
ると、常連という二十歳ぐらいのバンド青年が来たので一緒に飲む。
彼は﹁バンド内で僕だけ童貞っぽい﹂と悩んでいた。しょうもない
な。なんかそういう漫画の主人公いそうだ。明日も京都観光する、
と言うと﹁平等院鳳凰堂がおすすめです! 僕の地元が結構近いん
ですが、一度も行ったことありませんがお薦めです!﹂と力強く全
く根拠はないらしいお薦めを聞かされる。まぁ、地元の観光地って
結構そうなりますよね。ぐだぐだと飲んでいたが、中村氏が﹁今日
は夜中の十二時から打ち合わせなのでもう店を閉める﹂とか言い出
すので素直に帰る。
なかなかベタに満喫した四日目だった。
五日目は丸一日京都にいられるのは最終日と早起きして出発する
わけでもなく、いつもどおり十時ぐらいに起床し準備をし、前の日
夜遊びしたため銭湯に行けなかったので︵旅行中ずっと銭湯通って
いた︶京都タワーの地下にあるという大浴場にまず行ってみる。意
外といいなあの大浴場。安くはないけど。入浴後はお昼を食べて、
255
JR奈良線に乗ってまずは伏見稲荷大社へ向かう。五日目にして初
めて電車に乗った。
伏見稲荷大社に着くと、修学旅行生がわらわらといた。有名な千
本鳥居をくぐり抜け先に進む。そして私は知らなかったのだが、伏
見稲荷大社って稲荷山全体が神域なのですね。行ってすぐ帰ってこ
られるもんだと思っていたのに、進めば進むほどどんどん山になり
人も少なくなってくるので、﹁そうか、山だと知っている人はある
程度のところまで行ったら戻ってくるのか⋮⋮﹂と四ツ辻︵行った
ことある人はわかると思いますがだいぶ奥︶に来たところでやっと
気付く。さらにそこから山頂までは数十分かかるようだったが、や
はり今日も急ぐ旅でもないので山頂を目指すことにする。
ここで素直に地図どおりに山頂を目指せばよかったのだが、正規
ルートとは別に﹁天龍参道﹂というあまり整備されていない道を発
見する。﹁道になってるし立入禁止って書いてないから行っていい
のかしら﹂と進んでみたが、どんどん山深くなる上に誰もいない。
結局行った先には使われてない修行場みたいな滝があった。なんか
地味に土足で踏み込んではいけない領域っぽい。そして道なりに進
んでいくもいつまでたっても正規ルートに戻る気配がなく、﹁また
してもこれ遭難しかけてないか私﹂と不安になるが、ひたすら歩く
とやっと泥濘状態の道︵だと思われるもの︶の先に中学生らしき声
が聞こえて来た。中学生は﹁これ、道かなー﹂﹁いやー、道かもし
んねぇけど、使ってないんじゃね?﹂﹁普通の靴じゃ歩けねぇよー﹂
などと言っていたが、その会話の最中私が草をかき分けぬっと登場
したので、彼らの会話は一瞬止まり、結構本気でビビっていたので
はないかと思う。三十路の気合いをなめていけないぞ中学生たちよ。
結局、三十分ぐらい道のような道でないような参道をウロウロし
た挙句戻ってきたのは、元いた四ツ辻だった。これからまた山頂を
目指すのは正直ダルかったが、ここで引き返したら地元のお稲荷さ
んに顔向けできない⋮⋮! などという自分でもよくわからない負
けず嫌い根性が出てきたので再度挑むことに。素直に正規ルートを
256
進み、横道があっても見ないようにしまっすぐ山頂を目指す。最後
の階段とかもう拷問かと思ったが、無事山頂、一ノ峰に到着。ひゃ
ほーーい! お稲荷さんを制覇したぞ! 普段あまり達成感とかな
い生活の私も、この日ばかりは達成感を感じた。しかし途中の余計
なプチ遭難のため結構時間を食ってしまっていたので、それほど余
韻に浸ることもなくひたすらに下山する。次は、昨日のバンド青年
のお薦めの平等院鳳凰堂に行くのだ。
JR奈良線で宇治まではそのまま行けるので、電車でうとうとし
たりしながら平等院を目指す。駅に着いた頃にはもうすぐ午後四時、
といった時間だったので急ぎ足で平等院に向かう。しかし、観光地
のはずなのにあまり人がいない。夕方だとこんなに人が減るもんな
のだろうか。多少引っかかりがありつつも平等院に到着し入り口に
向かうと、﹁平等院鳳凰堂は改修工事中のため内部拝観は停止して
おります﹂という看板が掲げられていた。あの野郎⋮⋮。 さすが、
﹁地元だけど一度も行ったことのない﹂と豪語しただけあるぜ。そ
んな奴のお薦めの観光地だぜ。ちっ。ちなみに私が来た時にやって
きたおっさんも改修工事中と知らなかったらしく、﹁改修工事中な
ら、もっと大体的にお知らせしてくれないと!﹂とブチ切れていた。
おっさん気持ちはわかるが、色々あんだろあちら様も⋮⋮。まぁ、
十円玉に﹁改修工事中﹂って書いといてほしいけどさ。︵ちなみに
平等院のHPにはきちんと改修工事中の旨がわかりやすく書かれて
います。私とおっさんがずぼらなだけです︶
悔しいので宇治のお茶をしこたま買って帰る。行く先々のお店の
人に﹁改修工事中って知らずに来ちゃいましたよ!﹂と言ってまわ
り、お茶を試飲する。
そして帰りの電車で﹁無駄足ではない、お茶を買いに来たのだ﹂
と自分を納得させていると、ある駅からちっとも電車が動かなくな
る。急行の通過待ちでもするのかと思ったら、﹁ただいま隣の駅で
バイクが踏切侵入し立ち往生、さらに救急車の要請もあり電車停止
しておりまーす﹂とのアナウンスが。なんていうか、東京だったら
257
電車遅れるとかたまにあるが、京都に来てまで電車遅延に遭遇して
﹁東京でもないのになぁ。でもそういえば明日帰るんだったなぁ﹂
と図らずも明日の帰宅を実感した五日目であった。
258
京都最終日、ぐるぐる同じところを歩き続け東京に帰る
だらだらと続いてしまったこのシリーズもやっと完結である。有
益な情報もなく、特に事件も起こらず、計画性なく徘徊し遭難しか
けた話しばかりで申し訳ないが、とりあえず無事に帰って来られた
ので良かろう。
さて京都最終日、帰りの新幹線は京都を午後四時九分発だったの
で、まだ時間に余裕がある。昼は立花くんとご飯食べる約束があっ
たが、十二時頃に学校の時計台前に到着すれば良いので、二日目に
行きそこねた銀閣寺に会う前に行っておこうと出発する。
朝食は何度か行ってお気に入りになっていたカフェに最後にもう
一度行き、クロワッサンセットを注文する。しあわせー。そしてし
あわせ気分を満喫していると、﹁あれ、今から銀閣寺行っても、ま
たこっちに戻ってくる時間考えると銀閣寺二十分ぐらいしかいられ
ないんじゃね?﹂と気付き、果たして二十分で廻りきれるもんなの
かと調べてみると、﹁見学だけなら三∼四十分﹂と書かれており、
﹁どうせベタな観光地だし今回無理して行く必要もあるまい﹂とい
う気分になり潔く諦める。しかしそうなると多少待ち合わせまで時
間があくので、京大のすぐ近くにある吉田神社及び吉田山を散歩し
てみることにした。
京大正門近くにある吉田神社とは逆側の入り口、今出川通りにあ
る入り口から吉田山の遊歩道に入ると、すぐ近くに大通りがあると
は思えないほど静かで豊かな緑が広がっていた。山っつっても小さ
いから余裕デショーと気楽に登っていき、﹁こっちかなー﹂となん
となくウロウロしているうちに山頂に到着。﹁おぉお、スムーズな
登頂だ!﹂と満足し微かに見える大文字山の﹁大﹂の字を写真に収
め下山しようとする。
しかし、何度道を進んでも、なぜか同じ場所に出てしまうのだ。
別に霊的な現象ではない。単純に私の方向感覚がとんちんかんなの
259
だ。看板通りに歩いても﹁またここに出た!﹂というのを繰り返し、
ならばこっちのさらに緑深い道を進んでみようじゃない、と横道に
それてみるも﹁さっきもこの看板見たぞ⋮⋮﹂とまた見覚えのある
道に戻る。私は吉田山の山頂周辺をぐるぐると何度も回るハメとな
り、いよいよそろそろ下山しないと待ち合わせの時間に間に合わな
くなりそうだと焦る。きっと立花くんのことだから、もし私が待ち
合わせ場所に現れなかったら、﹁何かあったのだろうか﹂と思う前
に﹁自分が何か神楽さんを怒らせることをしてしまったのだ﹂と自
己完結し、私の捜索が遅れそうだ。かといって﹁迷った!﹂と連絡
をしてしまえば、﹁僕には土地勘がないので力になれない﹂と、学
校の警備員の人とかに相談してしまい在学生でもないのに騒動を起
こしてしまいそうだ。故に、このプチ遭難は秘密裏に解決しなけれ
ばならない。
そして﹁こっちだと吉田神社側じゃなくて今出川通に出ちゃう気
がするけど、最悪大通りに出てから正門方向に行こう﹂と覚悟を決
めて歩き出したところ、なぜか吉田神社に出た。どういうこっちゃ。
自分て実は、すごい方向音痴なのだろうか。何はともあれ、遅れる
どころがだいぶ余裕を持って待ち合わせ場所に到着することができ
たのだ。ふぅ。あぶねーあぶねー。
時間よりも少し早めに待ち合わせ場所の楠周辺にたどり着き立花
くんを待っていると、突如わらわらと三人ぐらいの学生がこたつ机
と座布団、鍋を持って楠の下に現れる。そしてきちんと机と座布団
を並べ、傍らに﹁一週間耐久飲み﹂の看板を掲げ、﹁ここは僕らの
青春が詰まった四畳半アパート﹂と言わんばかりのリラックスした
雰囲気で鍋を囲みながら談笑し始めたのだ。繰り返しになるが、こ
こは四畳半アパートでもなんでもない、屋外であり学校のシンボル
にもなっている楠の下だ。さらには紐で繋がれた鶏を連れた男まで
現れ、当事者以外の間には﹁あいつらまさか、あの鶏捌いて鍋に入
れる気なんじゃ⋮⋮﹂という不穏な空気が流れ出す。﹁ここで捌い
たら血抜きとかどうすんだ、てかそんな殺傷能力のある包丁を公衆
260
の面前で調理許可もないのに振りかざすとか、銃刀法違反にならな
いのか。鶏を捌くという理由ならば正当な刃物所持の理由になるの
だろうか﹂などという疑問が浮かびながらも経過を観察していたが、
すぐに大学職員の人に見つかり﹁ここで鍋はダメだよ﹂みたいなこ
とを注意され、一週間耐久どころか僅か数十分であっさりと撤収し
ていった。去り際に学生の一人が﹁リスク管理が足りなかった﹂と
呟いたことが忘れられない。非常に京大らしいものを見た。
そうこうしているうちに立花くんが現れる。
﹁奇遇ですね﹂
立花くんはまだナカメ作戦ごっこをしてくれていた。正直私はも
う忘れていたのに。
﹁奇遇だね。ところでこの学校おかしいよ!﹂
﹁なんですかまたしても会うなり﹂
﹁頭が良すぎて頭がおかしい人にまま遭遇する﹂
﹁そうなんですか? 僕はまだあまり見たことがないですが﹂
ふん、だからそれは君も変人だからだ! とまたしても主張した
かったが口を噤んだところ、﹁むしろなんで生活している僕よりも
学校で変なもん見てるんですか、相変わらず変な引きが強いですね﹂
などとブーメラン食らったので、﹁ふん! 変な人ばかりじゃない
ぞ! アウンサンスーチーが来たところにだって遭遇したぞ!︵別
にご本人は見てないが︶﹂と反論する。そして生協でお弁当を買い、
天気も良かったのでベンチで食べることにする。
﹁京都はどこらへん観光したんですか?﹂
﹁ベタなところで言ったら、清水寺行った﹂
﹁あぁ、いいですね。清水の舞台からは飛び降りましたか?﹂
﹁んにゃ、飛び降りはしなかったが、﹃清水の舞台から飛び降りる﹄
ということの覚悟の大きさを肌で感じた。もう迂闊に﹃清水の舞台
から飛び下りるつもりでやります!﹄などとは私は言えない﹂
﹁何事もやはり経験ですね﹂
﹁あとは三回ほど山で遭難しかけた﹂
261
﹁よくぞご無事で﹂
﹁うん、何度も﹃天狗に騙された﹄と思ったが、別に天狗のせいで
はなく、私が方向音痴なだけだった。でもそうだよな、私今まで幽
霊とか妖怪とかも見たことないんだから、最早三十近くなって天狗
に会えるわけがないよ﹂
﹁天狗は三十近くなると会えなくなるものなんですか? すいませ
ん、天狗には詳しくないもので﹂
﹁いや、天狗に年齢制限がどうとかいうより、幽霊妖怪系って純粋
な未成年のうちに見えないと一生見えないっていうじゃん﹂
﹁あぁ、なるほど﹂
﹁だからもう私は諦めるんだ﹂
﹁来世に期待、と﹂
書いてて気付いたが、私と立花くんの会話はあまりツッコミが入
らないのだな。だから延々とふわっふわとした会話を続けてしまう
のだ。次の授業は空いているというので一時間ほど喋っていたが、
その間にも彼は﹁やっぱり友達ができない﹂と言い続け、友達がで
きないあまり枯葉を積み上げては散らすという意味の分からない行
動を繰り返し、﹁もういっそ家から出ない﹂と京都に来てまで引き
こもり宣言をしていた。東京いたときもそんな感じではあったとは
いえ若干心配になるが、研究の話しになると生き生きと喋っていた
のでまぁ大丈夫だろう。
そろそろお互い次の用事の準備をしないといけない時間になった
ので、﹁気が向いたらまた来る﹂と告げ、学校を出る。その後は欲
望の赴くままに八つ橋を買ったり欲望の赴くままに漬物を買ったり
して、気付けば両手いっぱいにおみやげを抱えていた。最終日にし
てやっと旅行に来たって感じである。しかし大荷物になりすぎて肩
外れそうになったので、早めに京都駅に行きロッカーに荷物を入れ、
京都駅近辺をウロウロする。そこで﹁飴を加工したストラップ﹂と
いうものを見つけ、﹁わー! かわいい!﹂と勇んで購入したが、
あとでよく見ると別に京都土産ではなく作っているのは神戸だった。
262
まぎらわしい!
そして新幹線の時間も近付いて来たのでホームへと向かう。﹁こ
のホームに来る次の次の新幹線だな﹂と何度もチケットと電光掲示
板を確認し、早めに待機する。別に指定席なので早めに行く意味も
ないのだが、自分が方向音痴であるという自覚が芽生えていたため
慎重になる。ベンチに座り新幹線が来るのを待っていると、構内放
送で突然﹁のぞみ○号、急病人発生、急病人発生﹂とにわかにざわ
つきだす。あら大丈夫かしら、と呑気に相変わらず新幹線を待って
いたが、その後も﹁お客様の容態の説明をお願いします﹂﹁⋮⋮﹂
﹁お客様の容態の説明をお願いします﹂﹁救急車要請します﹂﹁容
態、わかりますかー?﹂﹁動かせません!﹂と不安を煽る構内放送
が続く。結局その新幹線の発車は救急隊員が来るまで見送りとなり、
いきなり﹁次の新幹線は本日に限り○番ホームに停車致します。ま
た、お客様救助のためのぞみ○号よりも先の発車となります。お乗
り間違えのないようお願い致します﹂などと言い出すので、﹁そそ
そそんな新幹線一人で乗るのこれが二回目なのに﹂と不安になり何
度も何度もチケットを確認する。結局私の乗る新幹線は、停車ホー
ムも変わらず発車時刻も数分遅れただけで済んだが、昨日から電車
に関しては何なんだ一体。まぁ急病ならば仕方ないけど。
無事新幹線に乗り込んだ私は行きと同様酒を飲みほろ酔いになり、
うとうとしたりMacいじったりしながら過ごしているうちに無事
東京へ着いた。今回は、いびきが爆音のおじさんの隣りじゃなかっ
た。
そんなわけで、無計画女一人旅でしたが、そこそこ楽しんで帰っ
てくることができました。不満といえば、私の泊まっていた部屋は
相部屋二段ベッドだったのですが、四日目の夜あたりから上の段に
すんげー太った外国人のおばちゃんが入って、夜中におばちゃんが
寝返りうつたびにベッドがミシミシ言って﹁これヘタしたら潰れて
死ぬな私﹂と覚悟したり、寝てたら上からなんか落ちてきた! と
思ったらおばちゃんが寝苦しさのあまり無意識で脱ぎ捨てたらしい
263
キャミソールだったり︵おばちゃんはあのとき一体どんな格好にな
っていたのだろうか⋮⋮︶、あとは不満と言っちゃあれですが、行
っていきなり最近では東京でも聞かなかった携帯の緊急地震速報が
鳴り響いたりしたくらいでしょうか。とにかく、気ままに行動でき
たのでかなり個人的には満喫した旅でした。遭難するかと思ったけ
どな!
ちなみにこの行程をバーやってる中村氏に報告したところ、﹁五
泊したならもっと色々あっただろう﹂と言われ、﹁西日本に来てま
で引きこもり﹂のレッテルを貼られた。そんな馬鹿な! 死ぬほど
歩いたのに!
色々ありましたが、次行くときは遭難しないようにするのと銀閣
寺リベンジを果たそうと密かに決意した五泊六日でありました。お
付き合いありがとうございました。
264
だらだらと日々を暮らす
ゴールデンウィークだというのに、ダラダラと近所の散歩をした
り古本市をふらふらして結局何も買わずに帰ったりして大半を過ご
してしまった。貧乏旅行とはいえ京都に五泊もすれば、そこそこお
金を使ったのでこの大型連休はひっそりと暮らしている。まぁ今あ
んまり連休関係ないっていうか、たまに働いたり人の仕事手伝うぐ
らいで全然暇なんだけども。
なので先日、友人の大野さんと一緒にひっそりと美術館に行って
きた。彼女はこのエッセイでもちょこちょこ名前が出てきているが、
高校のときからの友人であり、大学違うのにふたりでヨーロッパ卒
業旅行した仲であり、考え方が合理的すぎて逆に何かがおかしい人
間である。そして美術館で二人して﹁なんかキリスト教絡みの絵っ
て案外、﹃わざわざこのシーンを絵にしなくても﹄っていうの多い
よな﹂などと根本的な部分に対して文句を言い合い、鑑賞後はお昼
ご飯を食べてぐだぐだと喋る。ちなみに私たちは高校の時から、二
人で話すときは敬語混じりになる癖が抜けない。
﹁そういえば京都に行ってきたので、おみやげです。宇治のお茶﹂
﹁おぉ、ありがとう。いいな京都! 天狗には会えましたか?﹂
﹁いや、会いたいとは思っていたけど会えませんでした﹂
﹁くぅーっ! 天狗ってどこらへんにいるのかなぁ。山奥じゃない
とダメそうではあるけども﹂
ちなみに、先日まで書き連ねていた京都旅行記で私は天狗天狗連
呼していたが、大野さんには天狗の話どころか京都に行ったことす
ら事前に話していなかった。どのタイミングで私達に﹁京都=天狗
に会える﹂と刷り込まれたのか謎である。そして﹁天狗には会えな
かったが天狗に騙されたかと思った﹂と山で三回ほど遭難するかと
思った話しをしたところ、﹁吉田山同じ所ぐるぐる事件﹂には﹁そ
れは目に見えなかっただけで、きっと天狗の仕業だ! 何かそれら
265
しきものは見なかったんですか! 唐突に現れたカラスの羽とか、
高下駄とか!﹂と食いついてきたので、ただ私の方向感覚が頓珍漢
なせいだがなぁ、と思いつつも必死であのときの状況を振り返って
みると、ひとつの不可解なことを思い出した。
﹁そういえば下山したあとだけど、友達と合流して数時間ぶりに鞄
から携帯出したとき、ストラップに人毛みたいなもんが絡みついて
たんだよね﹂
﹁は?﹂
﹁全然身に覚えがないっていうか、朝出かけてからその時まで携帯
一度も取り出さなかったし、リュックだったからチャックもきっち
り閉めてたんだけど、白髪と灰色っぽい色の長い毛が何本もストラ
ップに絡みついててさ。﹃うわー何これ人毛っぽい! きもちわる
ー!﹄って言いながら即捨てたんだけど﹂
﹁え⋮⋮バッグの内側のほつれた糸が絡みついてた、とかじゃない
んですかそれ?﹂
﹁うん、そんなんではなかったね。一応友達と、﹃これが何の毛か
って言われたら、人毛が近いよねぇ﹄﹃そうですねぇ﹄って確認し
たし。私の毛は真っ黒だし、二段ベッドの上の段にいた白人のおば
ちゃんにしては、コシがありすぎた気がするんだよなぁ。白人の人
の毛って、柔らかいじゃん。日本人の白髪って感じが一番近い﹂
﹁考えようによっては、天狗っていうかただの心霊体験ですねそれ﹂
﹁いやぁ、でも別に無事帰って来たし、不幸なこともないよ。銭湯
にもリュックで行ってたし、大方その時におばあちゃんの毛が荷物
にくっついて、そのままリュックの底で沈んでた説が有力かと﹂
﹁このお茶大丈夫かなぁ、呪的な意味で﹂
﹁大丈夫、宅配便で送った荷物の中に入れといたから、吉田山には
持ってってない﹂
﹁ならいいけど﹂
まぁ最近不幸だったことといったら、父がぎっくり腰やって毎日
ひーひーうるさいということと、舌に口内炎ができてご飯が食べづ
266
らいということぐらいだろうか。麻婆豆腐頼んだら舌を刺激しまく
りで結構大変だったぜ!
そしてお昼ご飯を食べ終わり店を出ると、続けざまにおやつを食
べられる場所を探す。結局私たちは食べて喋ってられれば何でもい
いのだ。昔ながらのパーラーを発見しケーキとお茶を注文する。大
野さんは抹茶アイスに抹茶ケーキ、抹茶をまぶしたわらび餅が盛ら
れた抹茶プレートをというものを頼んでいたが、彼女的に食べる順
番を間違えたらしく、最後はずっと﹁わらび餅を最初に食べるべき
だった。わらび餅を残すべきではなかった﹂と言いながら苦渋の表
情を浮かべていた。そらわらび餅が一番甘い要素少ないだろうに⋮
⋮。私は無難にショートケーキを注文する。無難すぎて特に感想は
ない。私は食に関しては常に無難を選択する。ポテトチップスのコ
ンソメ味さえも邪道と思っているぐらいコンサバティブだ。まぁ抹
茶プレートも別にプログレではないけどな。
その後もグダグダとお喋りをして、夕方になったのでそろそろ帰
ることにした。外に出ると、若干曇っていて雨が降りそうだ。
﹁あぁ、今日天気予報見なかったから傘忘れちゃった。大野さんは
傘ある?﹂
﹁いえ、私は今日は思い切って、折りたたみ傘を持たずに出て来ま
したから﹂
なぜ思い切ってそんな決断をしたのか全く意味がわからないが、
お互い傘がないので本格的に降りだす前にとっとと帰ろうと急いで
駅に行きあっさりと別れる。しかし急いで帰った甲斐なく、地元の
駅につくと雨は本降りになっていた。幸いフード付きパーカーを着
ていたので、フードかぶって走って帰ろうと思ったが、うっかりそ
の日私が着ていたパーカーはいい歳して耳付きフードだった。あぁ、
買ったときは﹁これ馬鹿みたいでかわいいな。思い切ってこれにし
よう﹂と買ったのに、いざ人前でかぶるとなると﹁もう三十になる
のに⋮⋮﹂という羞恥心が先に出る。言っておくが、定価で買えば
そこそこ高いブランドなのだ。定価そこそこ高い=そこそこお金を
267
ファッションにかけられる世代が対象の、﹁あえて﹂の馬鹿っぽさ
であるのに、やはり私は攻め切れない、プログレッシブになりきれ
ないのだ。コンサバなのだ。
私の思い切った決断も大概よくわからないな、やはり人は常に矛
盾と葛藤を抱えた存在であるのだ、とどうでもいいことを考えなが
ら結局フードはかぶらずに走って帰る。
そしてここまで書いて、ほんっと最近特になにもせずに生きてた
やばいな、と若干の危機感を覚えている。
268
振り込め詐欺とすれ違う
だらだらと日々を暮らしているうちに気付いたら三十になってし
まった。まぁいい。誕生日前後こそだらだらしようと思ってたのに、
たまにやってる仕事が壊滅的に人が足りない状況に陥っていたので
うっかり働いてしまった。仕方あるまい。まぁ時給高いからいいけ
どさ。
というわけで﹁今日こそ心底ダラダラするぞ﹂と家でぼんやりと
寝たり起きたりを繰り返していたところ、突然家の電話が鳴った。
面倒だが家には私しかいないので、のそのそと起きて電話を取る。
電話口からは﹁お忙しいところ恐れ入ります、私、警視庁なんたら
かんたら課のなんたらと申します。本日は振り込め詐欺の注意喚起
のためにお電話させて頂きました!﹂と爽やかで溌剌とした女性の
声がした。言ってる内容は物騒だが、元気でいいなぁ。
その女性曰く、うちの近所で振り込め詐欺らしき電話がかかって
きたという通報が相次いでいるので注意してほしい、また、そのよ
うな電話があった際は110番か近所の警察署に通報してほしい、
とのことだった。確かにうちの地域はお年寄りも多いから狙われや
すいのだろう。
うちにも年寄りいるので気を付けます、と電話を切り、再びネッ
トなどをしながらグダグダする。そしてフラン○ールの代役ギタリ
ストがノンスタイル井上という記事を見て﹁マジでもうこいつらロ
ックバンド名乗るの止めろよ、っていうかビジュアルのみの代役と
はいえそんなんでメンバー交代するなら解散しちまえよ﹂とわりと
どうでもいいことで立腹し、しかしこんなくだらない話題作りをし
michelle
gun
ないと成り立たない日本の音楽業界ってもうほんとヤバイんだろう
な、とぼんやり思いながらthee
elephantを聴く。昔を懐かしがってばかりいても仕方ない
が、でもやっぱりミッシェルはカッコ良すぎて未だに興奮する。
269
その興奮の最中、再びの電話。めんどくさいなぁ、と思いつつも
大事な用事だと申し訳ないので電話を取る。
﹁はい、神楽です﹂
﹁⋮⋮あっ﹂
﹁もしもーし?﹂
﹁あ、俺だけど、今、電話だいじょうぶ?﹂
電話口からは、若い男の子の声がした。このエッセイでも何度か
書いているが、私には大学生の甥がいる。一瞬、その甥からの電話
かと思った。しかし彼は用事があってもわざわざ家の電話にかけて
こないし︵若者らしく主にLINE︶、声質が似てなくはないが喋
り方が違う。なんつーか甥は、もっと滑舌が悪い。ただでさえミッ
シェルを聞いていたところを邪魔されてイラっとしていたので﹁ど
ちらさんよ﹂と不躾に聞き返す。
﹁あれ⋮⋮えと、い、井上じゃないんですか?﹂
﹁違いますけ⋮⋮﹂
﹁間違えました︵ガチャ︶﹂
なんだなんだ、せっかくミッシェルに浸ってたのに、間違えてお
いて一方的に! まぁいいや、と思いながら再びミッシェルの世界
に没頭しようとパソコンの前に戻ったところでふと気付く。
⋮⋮今の電話、振り込め詐欺未遂じゃね⋮⋮? しかし本当にた
だの間違い電話の可能性もあるので、冷静に判断する。
まず、警視庁から注意喚起の電話がかかってきてから一時間も経
たないうちの今の不審な電話だ。しかも警視庁からの電話は﹁お住
まいの地域で頻発してるので﹂という結構ピンポイントなものだっ
た。
さらに、若い子が固定電話番号に、あんな友達や家族に話すよう
なノリでいきなり喋るのも変な話しだ。そいつは携帯から発信して
いたが、携帯の番号にかけようとしたのなら、操作ミスで電話帳の
前後の人にかけてしまったとか、メモに控えていた番号を手打ちし
て間違えたとか有り得なくはないし、それに気付かず本人が出ると
270
思って軽いノリで喋ってしまうのもわかる。
でも固定電話は家族で住んでいれば誰が出るかわからない。一人
暮らしで固定電話も引いてるとしても、相手が固定電話の電話帳に
もマメに知り合いの番号を登録してるとかでない限り、ディスプレ
イには番号しか出ないわけだから、まず最初に名乗りそうなものだ。
さらに引っかかるのは、﹁井上じゃないんですか?﹂という発言
だ。仮に本当に間違い電話であったとしたら、私の声を聞いてから
彼は﹁今だいじょぶ?﹂と言ったのだから、私は彼に井上︵女︶と
認識されていたはずだ。普段から女の子を呼び捨てで呼んでるとし
ても、間違えたかどうかの確認でも﹁い、井上じゃないんですか?﹂
ってどもった挙句呼び捨てにするのがどうも引っかかるんだよな、
取ってつけた感があって。単なる礼儀知らず、マナー知らずという
可能性もあるが。そもそも最初に私は﹁はい、神楽です﹂って名乗
ってるし、まぁ神楽は仮名だけど、電話でよく聞き取れなかったと
しても本名と﹁井上﹂は聞き間違えるかなぁ⋮⋮って感じなのだ。
この違和感を払拭する仮説は、やはり電話は振り込め詐欺犯であ
り、うまい具合に親族と思い込ませればしめたものと思って電話を
かけたが、私から﹁どちらさんよ?﹂とブーメランくらったのであ
わてて﹁井上じゃないんですか?﹂と間違い電話を装い切り抜けた、
という説だ。しかも﹁井上﹂って、きっと犯人も直前にフラン○ー
ルのギター代役の記事を見て﹁ノンスタ井上てwwwwww﹂と草
でも生やし、そのせいでとっさに出た苗字が井上だったのだろう。
きっとそうに違いない。
かなり自分の都合の良いように解釈し振り込め詐欺犯と決めつけ
ているが、それは仕方がない。私は真相など本当はどうでもよく、
単に﹁警察に通報してみたい﹂というミーハー心のほうが強かった
のだから。
そして状況をまとめ、意気揚々と近くの警察に電話をする。警視
庁HPの振り込め詐欺ページにも、﹁不審に思うことがあればすぐ
に警察に連絡を﹂って書いてあるしな。迷惑行為ではなかろう。
271
警察に電話をし﹁間違いか詐欺か判断しかねるが、振り込め詐欺
のような電話があった﹂と上の状況の概要を説明する。実際にお金
の打診をされたわけではないので、﹁こういう事件未満の通報もあ
った﹂と簡単に処理されるかと思いきや、電話口の警官から﹁実は
今日、うちの署だけでそういう不審な電話があったって通報が五件
以上かかってきてるんです。なのでその電話、多分当たりです。お
そらく振り込め詐欺です﹂と言われ、おぉお、当たった! と不謹
慎にテンションが上がる。
﹁ちなみに、ナンバーディスプレイなどで、かかってきた相手の電
話番号わかりますか?﹂
﹁はいはいわかりますよ! ちょっと待ってくださいね!﹂
﹁助かります﹂
ベラベラと相手の番号を警察に伝える。
﹁だいたいでいいので、電話口の男の声から、どれくらいの年齢か
ってわかりますか?﹂
﹁あ、私、大学生の甥がいるんですが、最初その甥の声質と似てる
なって思ったので、二十歳前後とか、せいぜい二十代前半くらいだ
とは思います﹂
﹁なるほど﹂
ミーハー心で通報したのに、意外と有力な情報提供者じゃないか。
ミーハーもたまには役に立つのだな。そして﹁ご両親にも十分注意
するようにお伝え下さい﹂と言われ、電話を切る。
そんなわけで特に実害もなにもなかったが、ほんとにあんな古典
的な方法で振り込め詐欺しようとする奴まだいるんだなぁ、とうっ
すらと感心した一日でした。しかし警察に﹁多分振り込め詐欺﹂と
言われたとは言え、本当に間違い電話だった可能性はゼロではなく、
仮に間違い電話だったら勝手に電話番号を警察に提出してしまい申
し訳ない。が、私が振り込め詐欺と判断したのは電話口の態度がき
ちんとしていなかったせいであるので自業自得と諦めていただくし
かあるまい。そして本当に振り込め詐欺だったとしたら、警察に通
272
報された最大の要因は﹁井上じゃないんですか?﹂と言ってしまっ
たことであり、井上に私が違和感を覚えたのはフラン○ールの馬鹿
みたいな話題作りとそれに乗っかったノンスタ井上のせいであるの
で、やはりどんなくだらないことにも意味があり、もし私の情報が
きっかけで捕まっても、それはフラン○ールと井上のせいなので私
のことは恨まないでほしいと思う次第です。
そして今になって、﹁ほんとに振り込め詐欺ならもう少し騙され
たふりをしておけばよかった⋮⋮﹂としょうもない後悔をしている
しょうもない三十代のスタートなのであります。
273
明晰夢で空を飛んだり飛ばなかったり
夢見がちである。
それは﹁いい歳して空想にふけりがち﹂という意味ではなく、文
字通り﹁眠りが浅いので夢をよく見る﹂という意味である。さらに
ここ数年は、夢の中で﹁これは夢だ﹂と自覚する、所謂明晰夢もた
まに見られるようになった。だけど夢だと気付いたところで、﹁夢
だけど、何しようかなー、あんま思いつかねーなー、むしろ夢と気
づかずに荒唐無稽な夢見てるほうが楽しいんだけどなー﹂などと夢
のないことを夢の中で考えてしまう。あと、明晰夢見れると早死す
るという噂に地味に恐れおののいているが、まぁ見てしまうのだか
ら仕方がない。
なので最近は、もう明晰夢を見たら何も考えずに﹁よし、飛ぼう﹂
と飛ぶ練習をすることにしている。身体ひとつで空を飛ぶ、これぞ
夢でしかできなさそうな醍醐味。
しかし練習、としたのは、最初は全然飛べなかったからだ。ある
時明晰夢の中で﹁夢なわけだから、じゃあ飛んだりできるんかな!﹂
と思いつき、﹁飛べよ浮かべよー!﹂と念力よろしく力んでみたも
のの、せいぜい十センチくらいしか浮かばなかった。そして直立の
まま地上十センチぐらいの高さをスライドするように飛んだときは、
﹁私という人間は、夢の中だというのになんと夢のない!﹂と浮か
びながら愕然とした。感覚的には、ものっすごい滑らかなスキーっ
て感じだ。確かに飛んでるっちゃ飛んでるけど、そういうこっちゃ
ない。ドラえもんみたいに、空を自由に! 飛びたいな!
そんなわけでその後も明晰夢はたまに見、見るたびに飛ぶ練習を
していたが、﹁浮くんだけど地上数十センチ﹂の期間が結構長く続
いた。どうも夢とはいえ、実際に体験したことがない感覚はなかな
か想像しずらいらしい。しかしある日、﹁爆破テロに巻き込まれ爆
風にふっとばされる﹂という夢を見たとき、空を飛ぶ感覚をとうと
274
う掴んだのだ。なんて不謹慎な夢!
ちなみにこの夢の中でこれが夢だと気付いたのは、﹁爆破テロに
巻き込まれて爆風でふっとばされたのに無傷でずっと空すっとんで
るぞ、これ夢だな﹂と現実味のなさを認識してしまったからだ。そ
してふっとばされている間、﹁落ちるときどうやって着地すれば怪
我しないかなぁ、夢とはいえ落ちると痛いかもしれないからなぁ﹂
︵私の夢はたまに痛みを伴う︶と結構真剣に悩み、﹁じゃあ、飛ん
でからゆっくり着地すりゃいいじゃん﹂と夢らしい非現実的な解決
策に思い至ったのだった。
その時の感覚としては、自分の力で飛ぶというよりも、風の力を
借りるといったほうが正確だ。背中を地面に向けて自然に落下して
いき、地面スレスレのところで自分の周りに風を発生させて逆噴射
のように浮かびあがり、さらに上昇気流に乗って、高度が上がりき
ったところで鳥のように滑空していく。爆破テロの夢ではこの方法
でうまくいったので、次に明晰夢を見た際この﹁風を発生させる﹂
という飛び方を試したところ、今まで数十センチしか浮かばなかっ
たのがあっと言う間に二階の屋根あたりまで浮かび上がることがで
きた。念力的な飛び方ではないので、最初はうまくコントロールが
できず急に落下したり、行きたい方向に行けなかったりしたが、徐
々に慣れてくると思うままに曲がれたりスピードを上げたりもでき
るようになったし、高度が下がってくればまた風を下から発生させ
て浮かび上がるなど、結構今は自由自在だ。しかし、最初に﹁地面
に背を向けて浮かび上がる﹂という、ナマケモノみたいな体勢から
飛行状態に入るのが若干かっこわるく、かつ飛んでる間も地面を背
に向けたそのナマケモノスタイルのままでないといまいちバランス
が取れないので、なんていうかまだ、空を自由に飛びたいな! と
いう理想の形からは遠い。まぁそれでも景色は見えるんだけど。最
近見た明晰夢ではメガネドラッグの看板とあの桃太郎みたいなキャ
ラが見えた。関東圏の人にしかわからないネタだ。
ここまで一生懸命書いてみて、今ふと自分でもちょっと頭がアレ
275
かしら、と思ったりもしましたが、明晰夢で空を飛びたいけどいま
いちうまく飛べない方がいらっしゃいましたら、そんな方の参考に
なれば幸いです。別にいないか。
276
30にまつわるあれこれ
何度も言うが最近三十歳になったので、ちょくちょくお祝いして
もらったりプレゼントを頂いたりした。ありがたいのでその中でも
印象に残っていることを記録しておこうと思う。
その1。幼馴染の秋本くんと誕生日会をした。別に彼といい感じ
だから祝ってもらったわけではない。彼は私とまったく同じ誕生日
で、かつ小学校の大半が同じクラスで、さらに同じスイミングスク
ールに通い、ついでにお互いの姉も学年は違うが同じ学校︵私立女
子校︶で、あとその他にも色々﹁わぁ! 偶然!﹂なエピソードが
あったはずなのに忘れてしまったが、とにかく色々とご縁があり未
だに結構仲良しな青年だ。
なので、ふたりして彼氏彼女がいない年は誕生日を祝い合うとい
うのが暗黙のルールであり、そして今年はそれが決行されたのだっ
た。
予約しておいた地中海料理のお店に入り、グダグダとお互いの近
況等を報告する。最近秋本くんは京都に行ったらしく、﹁平等院鳳
凰堂に行ったら改修工事中だった! もっと大々的に言ってくれな
いと気付かないよ!﹂と、一ヶ月ほど前に自分も経験したような気
がするうっかりエピソードを話し出したので、デジャヴのようなド
グラ・マグラのような微妙な気分になる。︵一ヶ月前の私の経験は、
本エッセイの第89部︽京都四日目五日目、ベタに観光して遭難し
かけて無駄足こく︾であります︶
たまに、﹁占星術なんて、同じ誕生日の人は同じ運命なのかよ!﹂
という尤もな意見を聞きますが、案外同じ運命なのかもしれません。
その2。大学のサークル仲間のカオルちゃんとソラマチに行く。
去年友人メガネと行った時にネ・ネットの猫キャラクター、にゃー
のソラマチ限定Tシャツ︵にゃーがスカイツリーと並んでる絵のT
シャツ︶を買ったのに着てくるのを忘れる。いつ着るの! 今だっ
277
た⋮⋮。
そしてお昼を食べるが、スカイツリーの入場料がすでにぼったく
り価格なので覚悟していたが、やはり基本的にどのお店も高かった。
このパスタに1200円って強気⋮⋮。もちろん美味しいお店もあ
るのだろうけど。ソラマチが開業したせいで近くの商店街は閑散と
しているという噂をちょくちょく聞くが、ソラマチで無理して食べ
るくらいなら、時間がある人は多少足を伸ばしても商店街に行った
ほうがいいんじゃないかしら。でもその商店街がどこにあるのか知
らないけど。こういう人が多いんだろうな⋮⋮。でもだからこそま
だ勝算はありますよ! 商店街の皆様! なんのこっちゃ。
その3。友人大野さんとまた会ってお喋りする。議題は専ら﹁3
0という数字はあまり面白みがない﹂である。三十歳に面白みがな
いのではなく、30という数字に面白みがないのだ。ちなみに私と
大野さんは数学好き仲間でもある。
私たちの主張は次の通りだ。
27から29まではテンションが上がる三年間だった。
まず27は、3の3乗だ。3乗の数字の歳なれるのは前回は2の
3乗の8歳、次は4の3乗で64歳であるので、人生のうちでなか
なか経験できない。さらに3乗はリズム的にホップ・ステップ・ジ
ャンプ! っぽくていい。故に飛躍の27歳である。
続いて28は、完全数である︵完全数とは、その数自身を除く約
数の和がその数自身と等しくなる数字のこと。28の場合、約数は
1,2,4,7,14,28なので、1+2+4+7+14=28
で完全数︶。あぁ、完全数! そこに秘められた神様のパズルのよ
うな発見にうっとりしちゃう。前の完全数は6であり、次の完全数
は496なので、これは人生で最後の完全数なのだ。故に恍惚の2
8歳である。
さらに29は素数、しかも十番目の素数だ。二十代最後の歳とし
て、素数のようにさりげなく紛れ込みながらも、その独特の存在感
で世界を魅了できるような、そんな生き方を模索していきたいと思
278
ったものよ。ちなみに大野さんの29歳の誕生日に﹁29歳は、肉
を食べて元気を出して、素数のように独立独歩で生きてください﹂
とメールしたら大変喜ばれた。故に孤高の29歳である。
しかし30はどうだ。私の数学的知識なんぞたかが知れているの
で、もしかしたら30にもすごい秘密が隠されているのかもしれな
いが、今のところどうにもテンションが上がる要素がない。約数並
べてみてもいまいちだし、素因数分解してもいまいちだし。素数階
乗数だよ、と言われればまぁ、あぁ、そうだね、って感じだが、い
まいち心躍らない。次の素数階乗数だって210なのだから結構レ
アなのだが、完全数ほどときめかないのは好みの問題かしら。
そうは言っても歳は皆平等に取るものだし、うだうだ言っても仕
方がないので﹁まぁまぁ、31は素数だからこの一年は我慢しよう
よ﹂などとなだめられて事なきを得る。でも31は前厄なんだよな。
そういえば﹁女の三十代は大半が厄年﹂らしいので、健康に気を
付けてこれからも日々を楽しく過ごしていきたいと思います! お
しまい。
279
部屋のものを捨てまくる
ここ数週間、暇さえあればゴミを捨てている。そこそこ大人にな
ったので、﹁あれもほしい! これもほしい!﹂という欲があまり
無くなり、そのかわりに﹁お金を貯めてでも、すっごいほしい一品
を買う﹂というスタンスに変化した。そうなると、部屋にあるどう
でもいいものが気になるのだ。引き出しをほじくり返すと﹁そうい
えば写真立てもらったけど、悪いけど私、写真飾らないんだよな⋮
⋮﹂みたいな品も出てきて、でも使ってないのにそのまま捨てるの
も申し訳ないので、﹁写真立ての写真を撮ってから捨てる﹂などと
いう意味の分からない展開になっている。
とはいえ、使わないとわかっていてもなかなか捨てられないもの
ももちろんある。私の場合、それは香水だ。
前にも書いけど、冬はプラダの﹁キャンディ﹂で落ち着いたのだ。
でもそろそろ香水ジプシーの季節になってきてもう、﹁これ使わな
いだろうなぁ、でも季節と年齢によってはハマるときがあるのかな
ぁ﹂などと思い始めるとどうも捨てられない。使用期限がやばいの
もありそうなのに⋮⋮。とりあえず今は﹁ポール・スミス ローズ﹂
と、資生堂と東大コラボの﹁蓮香﹂と、あとセルジュ・ルタンスの
﹁アラニュイ﹂をぐーるぐーると日替わりで使っているが、最近プ
ラダで﹁キャンディ ロー﹂が出たらしいので買ってしまうかもし
れない。ローのプロモーションムービーのレア・セドゥーが可愛す
ぎるふんがふんが! そしてまた香水が増えるふんがふんが!
あとジルスチュアートの香水とか、二十代半ばぐらいならまだし
も今はあんまり私の印象じゃないなぁ、とわかっていてもボトルが
麗しいので捨てられない。意外と私はキラキラしたものが好きなの
だ。日本酒飲んでグダグダして甥っ子に﹁おっさんみたいだよ!﹂
と言われているのだけが私ではないのだ。ファンデーションだって
今はジルのだし。案外私は乙女趣味なのだ。
280
しかしジルといえばこの前、下地がなくなったのでジルスチュア
ートのコスメカウンターに買いに行った。お会計の際店員さんから
﹁来店回数に応じてポイントがたまるプログラムがあるのですが、
スマホかざして頂ければ簡単に登録できるので良かったらー﹂と言
われ、すぐ登録できるならいいかな、とスマホを機器にかざした。
そしてかざした瞬間、私は固まった。
うっかりしてたが私のスマホの待受は今、金沢21世紀美術館の
広場で友人Tくんがカンチョーしようとしてるのから満面の笑みで
逃げる友人メガネの写真だったのだ。﹁動くとぶれるから止まれ﹂
と、公衆の面前でそのポーズを数十秒キープさせ、Tくんとメガネ
から﹁はやくっ! はやくっ!﹂﹁指震えてきたから早くしろ!﹂
と急かされたにも関わらず﹁ぎゃはははははははちょっと待ってぎ
ゃははははは﹂と笑ってなかなか撮れなかった写真なのだ。そのわ
りに結構躍動感あふれる仕上がりになって大変満足している。メガ
ネが来月一ヶ月ほど日本を離れるので、﹁君の恥は私のスマホに保
存されている。この待受を変えて欲しければ、無事日本に帰ってく
るがいい﹂﹁どうでもいいが、絶対にスマホ落とすなよ﹂という流
れでこのしょうもない待受画面になっていたのだ。誰にも見せる機
会などあるまいと思っていたのに、こんなかわいらしいお店でこん
なかわいらしい店員さんに、こんな馬鹿写真を晒してしまった。動
揺するあまりうまくスマホがかざせず、二、三回やり直したので更
に恥の上塗りだ。あぁ。どうしてこういう時に限って! あぁ!
ジルの香水からうっかり恥ずかしい体験を思い出してしまったが、
とりあえず香水の処分は保留にする。
そのほかのいらないものはボカスカ捨てる。不意打ちで元彼から
もらったオカリナが出てきてびびる。しかし﹁元彼からもらったオ
カリナ﹂というフレーズは事実なのに書きだしてみると結構珍妙だ。
別に吟遊詩人と付き合っていたわけではない。まぁどうでもいいな。
それも捨てる。
最終的に二袋半ぐらいのゴミになり、非常に清々しい気分になる。
281
引き出しの中の物中心に捨てたので部屋の印象はあまり変わらない
が、それでもスッキリ。なので﹁こんだけ捨てたんだから、﹃キャ
ンディロー﹄買ってもいいかな﹂と、非常に自分に甘いことを思っ
ている。だから香水は捨ててないんだっちゅうに!
282
主に清掃の話
相変わらず、暇さえあれば部屋のゴミを捨て掃除ばかりしている。
別に、いわゆる断捨離とか﹁ときめく物だけ残す﹂とかそういう極
端な意識のもと掃除をしているわけではない。しかし人間、やはり
何事もやり続けるとトランス状態に陥るらしく、﹁私の部屋はフロ
ーリングだし、箒があれば掃除機いらないんじゃなかろうか﹂など
というロハスパンクな思考︵ナチュラルに暮らしたいと思う余り﹁
極力電気を必要とするものは排除する、むしろ電力を必要とするも
のなど悪﹂などといったような極端な結論に行き着くこと。って、
私が勝手に言っているだけだが︶に陥り暴挙に出そうになる。が、
別の部屋はカーペットもあることを思い出し踏みとどまる。危ない
危ない。
そんなわけで﹁休日だからといって家で引きこもってばかりいる
と視野が狭くなってイカン、でかけよう﹂と思い立ち、街のゴミ拾
いのボランティアに参加する。結局掃除かよ。
しかしこのボランティア活動、実は四年くらい続けていて、以前
はかなりマメに参加していた。今はなかなか予定が合わなくなりた
まにしか参加できていないものの、行くと﹁わぁ! ユリ子さんお
久しぶりです!﹂とか言って若くてかわいい女の子がちやほやして
くれるので、おばちゃん大層ご満悦です。ちやほやされついでに﹁
この靴下、馬鹿みたいでかわいいでしょう﹂と、ダルマ柄の馬鹿み
たいな靴下を自慢した。くっだらない。
ちやほやされたのでもう目的を達成したような気分になっていた
が、肝心の掃除を真面目にやらなければ顰蹙を買うので真面目に掃
除する。夏が近づくと空き缶とかペットボトルのゴミが爆発的に増
えるのよね。わかりやすい現象。なので夏はあまり資源ごみ係をや
りたくないのだが、リーダーからさり気なく資源ごみ係グッズを渡
されたので黙々と資源ゴミを拾う。
283
しかもその日は行く先々で、得体の知れない商品名の空き缶が大
量に捨てられていた。あまりにもその空き缶ばっかり落ちてるので
何事かと思っていたら、駅前で試供品として無料でその飲み物を配
っていたらしい。べっつに受け取った人のマナーに依るから仕方な
いんだけど、配るのはいいけど、配ると同時に街の随所にゴミ箱も
設置してほしい。まぁこのご時世、安全面から言ってもゴミ箱を勝
手に街中に設置できないんだろうけどさ⋮⋮。中にはその空き缶を
﹁ついでにコレ捨ててもらっていいですかー?﹂と渡してきた人も
いたが、まぁ、面と向かって言うだけきちんとしているので許す。
だがその飲み物のせいで私のその日の作業量は普段の1.5倍増
しぐらいになっていたので、私はどこかでその飲み物を見ても絶対
に買わないし、友人が買おうかと悩んでいたら﹁前にその試供品配
ってた時、半分も飲まないで捨ててる人多かったよ﹂と地味に営業
妨害してやろうと思う。どうだ、このゴミ拾う人間のリアルな意見
と陰湿な対応。
ともあれ、それ以外は突発的な事件もなく、平和にゴミ拾いをす
る。そういえば数年前、突然﹁婚活目的で来ました﹂と公言し、学
生さんから社会人まで独身の女性と聞けばなりふり構わず話しかけ、
ほかの人と話す隙を与えないほど猛烈な自己アピールをし、かつレ
シートの裏に連絡先を書いたものを片っ端から渡していた婚活おじ
さんが出没した時期があったことを思い出した。多分に漏れず私も
そのおじさんのターゲットにされた時があったが、唐突に﹁血液型
はなんですか?﹂と聞かれたので﹁え、A型ですけど⋮⋮﹂と答え
てしまったら、﹁あぁ∼、惜しいなぁ、A型とB型って相性良くな
いんですよぉ∼、残念だなぁ∼﹂となぜか私が振られたようなコメ
ントを返されたことがあり、どうでもいいけどなんかムカつくとい
う、どうでもいい思い出である。そんなどうでもいいことを思い出
しながら、その時期に比べれば、今日は非常に天候もよくメンバー
も穏やかで平和だなぁ、としみじみ幸せを甘受する。
最後はゴミを分別して片付けして終了。終了後は何人かでご飯を
284
食べる。暑かったのにラーメンを食べたせいか、ラーメンすすった
タイミングで鼻血を出す。周りが﹁ちょっ、ちょっと大丈夫か﹂と
アタフタする中、わりと日常茶飯事の本人は冷静に鼻にティッシュ
を詰め引き続きラーメンを食べる。僕の血は、鉄の味がする⋮⋮ピ
ングポングピングポング! 松本大洋ってたまに猛烈に読みたくな
るのよね。
ご飯も食べ終わると、皆早々に解散となる。が、さっき唐突に鼻
血を吹き出したので﹁これ、さっき配ってたのもらったからあげる
よ。帰り道また出ると大変でしょう﹂とティッシュをもらう。お気
遣いありがとうございます。
そんなわけで、世の中には、無料でもらってありがたいものと、
そうでもないものがあるのだなぁとしみじみ思った休日であった。
285
何でも無い
諸事情により更新せずにおりましたが、いきなり復帰。気付けば
夏至も七夕も海の日も過ぎ去り、夏の真ん中も通りすぎようとして
いるけれど、私は平和に暮らしておりました。私のペンネームの元
ネタである、夢野久作の﹁少女地獄﹂に出てくる姫草ユリ子の如く、
嘘に嘘を塗り重ね、嘘を真実にするために最終的には自殺などして
おりません。こういうこと書くと甚く情緒不安定な女のようだが、
三十も過ぎたので今更そんな繊細さは持ちあわせてなどいないのだ。
でもこないだほぼ初対面の大学生の子と喋っていたら、﹁ところで
いくつですか? 私と同じくらい?﹂と聞かれたので、﹁んにゃ、
三十﹂と答えたらドン引きされた。嬉しいような、これはこれで微
妙なような気がしている夏。でもさすがに大学生には見えないと思
うぞ私は。
そういえばこないだ、西日本に用事があったので、帰りについで
に京都にいる立花くんに会いに行った。最早私は、彼の家族よりも
マメに彼に会っている気がする。四月に京都に行った時も、彼は﹁
友達ができない﹂とぼやいていたが、あれから二ヶ月近く経つのに
相変わらず友達ができないらしい。久々にまともに人と喋ってテン
ションがおかしくなったのか、立花くんは入ったお店のテーブルに
置かれていたグラニュー糖を紅茶に入れながらカオス理論について
嬉々として喋りだす。
﹁砂糖の山に、砂糖を同じ分量、同じ力で振りかけていくと、砂糖
の山が突如崩れだすタイミングがあるわけですよ。山が崩れる前の
行動と、山が崩れたときの行動、同じ行動を繰り返していたはずな
のに、何故突然違う結果になるのか、それをどーたらこーたら⋮⋮
︵難しくて覚えてない︶それがカオス理論です﹂
﹁⋮⋮カオス理論はわからないが、その感覚はちょっとわかるぞ。
自分の部屋で、棚や引き出しからモノを出したのに﹃片付けはあと
286
でいいや﹄と出しっぱなしにしてしまうんだ。あと、脱いだ服をそ
の辺に置いておいたままにしたり。しばらくは別に、なんとも思わ
ないんだよ。でも、その﹃あとでいいや﹄が積み重なっていって、
ある日突然、本当に急に、帰宅して部屋を見てこう思うんだ。﹃な
んだこの部屋の散らかり具合は、カオス!﹄と﹂
﹁⋮⋮それはちょっと違う気が⋮⋮いや、違くない⋮⋮?﹂
﹁まぁ、私の言うところは力学的な話しというより認知的な話しで
はあるけども。ところで立花くん、ケーキを食べる君が使っている
そのフォークは、パスタ用のフォークだ。故に、パスタを食べよう
とする私に残されたフォークはこのケーキ用の小さいフォークのみ﹂
﹁おっと。説明に気を取られて、完全に間違いました。すいません﹂
﹁まぁなんでもいいけどね。君がカオス理論について説明している
間、このフォークでパスタを食べることを試みてみたものの、困難
であるとわかった。なので新しいフォークをもらう。店員さん、す
いませーん!﹂
﹁間違えた僕が言うのもなんですが、そんな無駄な試みせずに素直
にフォークをもらってください﹂
ちなみにパスタは安くて美味であった。さすが学生の街。
ご飯を食べると私達は別にすることがなくなったので、仕方がな
いので二時間くらい﹁ことわざ辞典で面白いことわざを探す﹂とい
う遊びに興じてしまった。くっだらない。
その後、また別の友人、中村氏から仕事が終わったとの連絡が入
ったので、立花くんとは別れる。中村氏の家に行くと、彼とルーム
シェアをしているS氏も帰ってきたので三人で飲む。S氏は具体的
な情報を書くと個人が特定されそうな仕事をしているので記述は控
えるが、彼との会話で思ったことは、乙女たるものいつでもムダ毛
の処理は怠るまいということだ。それは艶っぽい意味ではなく、要
するに突然救急車で運ばれたりした時にみっともない下着をつけて
いたら恥ずかしいとかそういう類の意味だ。なんとなく想像はして
いても、現場の人の話しを聞くと身が引き締まる思いがする。やは
287
り書籍やネットで簡単に情報が手に入るようになったとはいえ、現
場の人のリアルな意見を直接聞くことは大事なことであるのだなぁ、
と、まさかのムダ毛処理に関する話題で痛感する。しかし、京都に
来てまで何の会話をしているのだ。
朝方までぐだぐだと喋っていたが、外が明るくなってきたので﹁
いいかげん宿に帰る﹂と中村氏の家を出る。中村氏は長い付き合い
故に薄々私の方向音痴に気付いているらしく、﹁明るいとはいえタ
クシーを使え﹂と薦めてきたが、﹁歩ける距離なのにもったいない﹂
と断固拒否したところ、﹁ここから先はまっすぐなので迷いようが
ない﹂というところまでなんだかんだで案内してくれた。なんかす
いません。
そして宿に帰るとチェックアウト時刻直前まで爆睡し、ばたばた
と準備をして宿を出て漬物を買って東京に帰った。
しかし、そんな小旅行も数週間前のことであるのに、遠い昔のよ
うだ。
要するに、今なんか知らんが忙しい。なので、なんのまとまりも
ないまま、書き逃げして終わる。
288
夏の頭痛
苦手なものはいくつもあれど、苦手だからといって逃れようもな
い事象、それが夏。私は亡くなった祖母が某北方先住民族というこ
ともあるのか、夏の暑さが非常に苦手である。すーぐ頭痛くなる。
故に、夏は頭痛薬のお世話になること多かり。
私が頭痛時に飲むのは大抵、数年前に薬局でも購入できるように
なったロキ○ニンである。昔はバファ○ンをよく飲んでいたのだが、
飲み過ぎたのかここ数年はいまいち効きが悪く、ロキ○ニンに移行
した。かつてCMで﹁バファ○ンの半分はやさしさ﹂と謳っており
ましたけども、そんな中途半端な優しさはいらんとですよ! しか
も﹁半分は優しさ﹂と言っておいて、実はその優しさの所以たる胃
を守る成分は全体の四分の一に過ぎないらしいじゃなですか! ま
ぁどうでもいいけど。とにかく最近はロキ○ニン一択なのである。
しかしご存知の方も多いと思いますが、ロキ○ニンは第一類医薬
品のため、お店に薬剤師がいるときでないと購入できない。この﹁
薬剤師不在﹂、大きな街のドラッグストアではそうでもないのかも
しれないが、私の地元のような小さな商店街にあるドラッグストア
の場合、仕方がないとはいえ地味に振り回されるのだ。
私の地元の商店街には、○ツモトキヨシがなぜか二店舗ある。そ
の二店舗の距離は五十メートルも離れていないため、地元に人間さ
えも﹁なんでこんなことになっているのだ﹂と疑問に思っているが、
フランチャイズだからとかまぁ色々あるのだろう。新しい大きめの
店舗をA店、昔からあるこじんまりとした店舗をZ店とする。
A店のほうが取り扱いコスメブランドの種類が豊富なので、私は
よくA店を利用する。ある日、軽い頭痛があるのにロキ○ニンを切
らしてしまっていたので、急いでA店に買いに行くことにした。お
店に到着し、レジの棚上部に積み上げられたロキ○ニンの外箱を見
る。しかしそこには、頭痛の私にはあまりにショックな掲示があっ
289
た。
﹁薬剤師不在のため、本日はロキ○ニンの販売が出来ません﹂
どうして! 目の前にあるのに! どうしてって薬事法のせいだ
って知ってるけど!
ダメ元で店員さんに、﹁今日、ロキ○ニン買えないんですか⋮⋮
?﹂と尋ねると、店員さんは慣れたように﹁あー、すいません、第
一類医薬品なので薬剤師いないと販売できないんですよー﹂と答え
る。ショック⋮⋮。
しかし私はすぐに思い出した。わざわざここで買わなくとも、す
ぐ近くにもうひとつの○ツモトキヨシ、Z店があるではないか。昔
からある、それこそ私が小学生の時はあそこでプールのために目薬
を買い、臨海学校のために日焼け止めを買い、そして家族共用では
ない、自分専用のシャンプーを初めて選んだのだって多分あそこの
お店なのだ。A店の目新しさにつられ、今までの数々の思い出と恩
を忘れてしまっていたが、やっぱり苦しいときに頼りになるのは幼
い頃から共に歩んだZ店なのだ。私はフラフラとZ店に向かう。Z
店には数十秒で到着した。そしてレジ上の掲示を見る。
﹁本日は薬剤師が出勤しております﹂
おぉおお! 薬剤師がいる! 私は急いでレジに向かう。そして、
穏やかにこう言う。
﹁すいません、ロキ○ニンください﹂
すると店員さんは慣れたように言う。
﹁あー、すいません、うち、ロキ○ニン置いてないんです﹂
ざけんな。
幼い頃からの思い出など、所詮過去のものだ。もう知らん。私は
変わってしまったのだ。頭痛時にロキ○ニンがなければこうも口が
悪くなる女になってしまったのだ。
﹁あぁ⋮⋮そうですか⋮⋮﹂と告げ、結局何も買わずに店を出る。
考えてみれば薬剤師がいるのだから、﹁ロキ○ニンでなくても、そ
れに近い効果の痛み止めありませんか﹂と聞けばいい話しだったの
290
だ。しかし頭痛がひどくなると私の思考回路はほとんど機能しなく
なるため、ただただ心の中で﹁A店にはロキ○ニンあるんだから、
あんた︵薬剤師︶がちょっとA店に顔出して用法用量の説明をして
くれれば買えそうなもんですけどね! しかも同じ○ツモトキヨシ
だしね! でもどうせ出来ないですよね! この縦割りがっ! こ
の縦割りがっ!﹂と頭の悪さ丸出しの悪態を心の中でついて、家に
帰ってひたすら寝た。
どうもいかん。どうも頭が痛くなるとロキ○ニンに執着してしま
うのだ。ロキ○ニン関係者でもないのに。
そういえば春に人の引越しを手伝った時も、途中から微妙に頭が
痛くなり、﹁近所に大きめのドラッグストアあるよ﹂と聞いたので
ひどくなる前にロキ○ニンを買いに行ったのだ。店に到着するやい
なや、薬飲むためのミネラルウォーターを取り無心でレジに向かう。
そしていつもと同じ事を私は言う。
﹁すいません、ロキ○ニンください﹂
店員さんは優しい笑顔で言う。
﹁申し訳ございません、薬剤師が四月二日まで不在でして、本日は
販売が出来ないんです。こちらのチケットを四月二日以降に持参し
て頂ければ、ロキ○ニンを○%引きで販売させて頂きますので、よ
ろしければご利用下さい﹂
﹁あぁ⋮⋮これはご丁寧に⋮⋮ありがとうございます﹂
そして私はドラッグストアで水を買い、滅多に来ないであろう街
のドラッグストアの割引チケットをもらっただけで戻ったのであっ
た。
﹁なんで水がぶ飲みしてんの﹂
﹁ロキ○ニンなかった。四月以降に薬剤師のいるときにこの割引チ
ケットを持参すると割り引いてくれるらしいよ。あの店舗限定だけ
ど﹂
﹁明後日引越しだって知ってるよね?﹂
﹁知ってる。でももう何も考えたくない﹂
291
﹁ちょっと大丈夫? バファ○ンならあるけど﹂
﹁妥協する﹂
妥協するもやはりバファ○ンの半分は優しさであるのだ。微妙に
パンチが足りない。しかし手伝いに来ておいて頭痛でうずくまって
ても邪魔なので、鈍痛ぐらいになったところで作業を再開する。ま
ぁバファ○ンも久々に飲めば効くな。
そんなわけで今年の夏も頭痛に怯えて暮らしている。でもこれか
らは﹁薬剤師いなくてロキ○ニン買えないときはとりあえずバファ
○ンを買う﹂ということを選択肢に入れ、自信を持って日々を過ご
していきたいと思う次第です。
まぁ、薬に頼る前にこまめに水分補給をしろという噂ですが⋮⋮。
夏の頭痛って熱中症の初期症状の場合も多いらしいですね⋮⋮。
292
くにざかいのトンネルを抜けるまでに
諸事情により新潟へ向かうこととなった。遊びではない。家庭の
事情だ。しかも観光地に行くわけでもなければ大事な会議や対面が
あるわけでもなく、なおかつ日帰りであるため、ただの乗車時間長
めの雑用である。なのでたかが雑用に新幹線は交通費高いと思った
私は、節約と多少のエンタテイメント性を出すためにいっそ始発で
出て鈍行で行こうか、今の時期なら青春18きっぷ買ってもいいな、
などと﹁金はなくとも時間はある大学生﹂みたいな画策をしている
と、母が﹁そんなめんどくさいことするなら、このカードで支払え
ばいいから⋮⋮﹂とクレジットカード機能付Suicaを渡してき
たので、結局新幹線で新潟まで行くことになった。ラッキー。とい
うわけで新幹線にまたしても一人で乗ることとなった。
ここのところ西日本に行く予定が多かったので、新幹線一人乗り
なんぞ慣れたものよ! と高を括っていたが、西日本に新幹線で行
くときはぷらっとこだまを使って事前にチケット確保していたため、
よくよく考えてみれば自分でJRで新幹線のチケット購入したのな
んて、大学生の合宿以来なのであった。それ以外の旅行の時は、大
抵旅慣れている友人メガネによって当日﹁はい、新幹線のチケット﹂
と渡されるだけだったからな。自分が意外と世間知らずであること
に薄々勘付きつつも、﹁まぁ券売機付近に行けばなんとかなるだろ
う﹂と漠然としたまま東京駅へ向かった。
東京駅はいつだって混雑しているが、夏休みということもあって
子ども連れの乗客が多かった。券売機の前では、人混みに揉まれて
母親とはぐれかけた少年が半ばパニック状態で列を掻き分け必死で
母親の太ももに食らいついていたり、柱の陰にておそらく親に、﹁
ここで荷物と共に待っていろ﹂と指示されたらしき少年が座してD
Sに興じていたりと、夏休みにありがちな光景が繰り広げられてい
る。それらの光景を横目に私は券売機に並ぶ。ちゃんと﹁新幹線の
293
チケットが買える﹂﹁クレジットカードが使える﹂というのを確認
して。
じきに私の番となり、券売機の画面指示に従い新幹線の乗車券及
び特急券を選択する。便利な世の中だ。行き先を選択すればもう、
チケットが買えるのだから。文明の発展ってありがたいなぁ。現代
に生まれて良かったなぁ。そして支払いの段となり、母から預かっ
たクレジットカードを挿入する。よし、これで購入完了⋮⋮と油断
した私に、予想外の文言が飛び込んで来た。
﹁暗証番号を入力してください﹂
!
知らんがな! 母親のクレジットカードの暗証番号なんか知らん
がな! でも冷静に考えてみればそうだよな。券売機でクレジット
カードで、暗証番号なしで購入可なんてセキュリティ的に隙だらけ
だもんな。こういう冷静に考えれば気付けたかもしれない、地味な
トラップにまんまと引っかかるところが旅慣れていない感を丸出し
にして悲しい。一度並び直して母親に電話で暗証番号を聞こうかと
思ったが、券売機の列を見ると知らぬ間に結構長い列になっていた。
さらに私の旅慣れてないくせに旅を舐めている点は、結構時間ギリ
ギリで行動しているという点だ。すでに、並び直して万が一列が滞
ったりすると、乗りたい新幹線に乗り遅れる可能性すら考えられる
時間であった。
やむを得まい。今は現金で購入しよう。東京から目的地までの新
幹線代はおよそ7,500円である。そして自分の財布を出し現金
を確認する。
あろうことか、私の所持金は8,000円であった。クレジット
カードで買っていいと言われたので、自分の現金なんざ食事代とお
みやげ代だけで十分だと思っていたのだ。あぁあ。大人なのに! 大人なのに! いや、しかしギリギリでも購入できるだけの所持金
を持っていたのだから上出来としよう。物事は何事もポジティブな
面を見出さなければならない。券売機になけなしの8,000円を
294
突っ込み、私は新幹線のチケットを購入する。そして所持金はおよ
そ500円となった。急いでATMを探したいところだったが、前
述のとおり私にはあまり時間がない。通りすがりにATMがあれば
万々歳であるが、いちいちATMを探している時間はない。故に四
方を見回しながら新幹線のりばに進み、結局ATMを見つけられな
いまま自由席の列に並んだのだった。三十路になっても小銭だけで
新幹線乗ることになるとは想像もしていなかった。人生とは想定外
の連続である。下手したら同じ車両に乗っていた小学生のほうが私
より所持金を持っていたであろう。あぁ少年少女たちよ。こんな大
人でも、公の場に出たら﹁わりとちゃんとした人﹂で通ってるから
大丈夫。
新幹線に乗り込むとうまいこと窓際の席に座れたので適当に本を
読んだりして過ごしていたが、微妙に寝不足であったため高崎過ぎ
たあたりから気付いたら寝ていた。先日知人と川端康成の﹃雪国﹄
談義に花を咲かせていたので、﹁国境のトンネルを抜けると雪国!
︵雪降ってないけどね!︶﹂と思いたかったのに、目が覚めると国
境のトンネルはとっくに通り抜けていて越後湯沢だった。昼の底は
濁っていた。川やべえええ。茶色の濁流。大雨により素人目に見て
も水位の上昇と流れの速さがやばかった。新幹線のアナウンスによ
ると、在来線も大雨の影響で運休・遅れが相次いでおり、ただの雑
用なのになぜこんな日に新潟に小銭だけ持って乗り込んでいるのだ
ろうと、なんとも言えない気分になる。まぁこの日しか都合がつか
なかったからしょうがないんだけどさ。
その後は目的の駅に無事到着し、全ては滞り無く進むかと思いき
や、そもそもその雑用を言いつけた母から聞いた情報が間違ってた
りしてとても面倒なことになったりしたが、まぁ無事行って帰って
来られたから良しとしよう。ちなみにお金は着いた駅のコンビニA
TMで下ろした。文明の発展って素晴らしいなぁ。私のようなずぼ
らな人間でもなんとなく体裁を整えて生きていけるのだから。
というわけで本日の教訓は、﹁旅行に行くときは所持金多めで﹂
295
ということで。なにを今更。そしてこれなにげにこのエッセイ、第
九十九話なのだな。
296
百話目の自己反省室
このくだらないことを書き綴り続けたエッセイも、とうとう百話
目であります。ただ淡々と更新だけする、という自分ルールのもと、
地味に、ただひたすら地味に続けてきたこのエッセイ、爆発的に読
者やアクセス数が増えることもなく、しかし毎日細々といろんな方
に覗いて頂き、言いたい放題言ってる割には特に激しい批判を受け
ることもなく︵それがいいか悪いかは別として︶、平和的に百話目
を迎えることができた幸せ、誠に有難きことであります。ありがと
うございます。
冗長になりがちなわりに中身がない文体故、読んでくださってる
方は﹁くだらないことに徒に時間を費してしまった﹂と思ったこと
も多々ありましたでしょう。しかし、人生何が無駄で何か無駄では
ないか、無駄を知らねば判断出来ぬものであります。数分かけてひ
とつの無駄を知ることが、この先数十年の有益に繋がることもあれ
ば、繋がらないかもしれないっていうか、多分繋がらないことのほ
うが圧倒的に多いだろうけど、まぁ無駄も必要だよ、うん、いいじ
ゃんいいじゃん、たまには、うん。間抜けにも小学生が掘った穴に
落ちてふがふがしてしまったとでも思って、今夜は飲もうよ。その
ふがふがの経験を﹁落とし穴なんて古典的罠に嵌るなんて自分って
ば間抜けだなぁ、でもそれはそれで面白い経験だなぁ﹂と思うか、
﹁靴が泥まみれだ、今すぐこの穴を掘った犯人を探し出しその行為
の無用さを糾弾し大いに反省させなければ気が済まない﹂と思うか
は、その人次第であり、どう思うのが正解ということもありません。
でも命に関わることでもない限り、楽しく平和的に生きたほうが人
生楽しいじゃん、うん。
思うに私の長所は結構謙虚なところで、短所は謙虚さを盾に論理
をすり替え開き直るところだ。あと仮に私が小学生の掘った落とし
穴に落ちたら、多分憤慨する。それはまぁどうでもいい。
297
というわけでなんとなく今まで書いたものを読み返してみたりし
たけれど、そこに浮かび上がってきたのは、密かに自己主張が強く
可愛げがない自分の姿であった。
﹁可愛げがない﹂
それは、モテから一番遠い要素のように思える。美人であっても
可愛げがなければ﹁近寄りがたい﹂と言われてあまりモテないと聞
くし、逆に多少不細工であっても可愛げがあれば周囲から愛される
という。その可愛げの正体が一体何なのかはよくわからないが、そ
の可愛げというものをどうやら私は持ちあわせていないようだとい
うことは理解できる。なんていうか、世の中を斜に構えて見過ぎだ。
あと、泥酔している男友達を﹁ここは日本だし死にゃしないだろう﹂
と見捨てたり、また別の友人には﹁メールの文面が論理的に破綻し
ている﹂とメール受け取ってから二日も過ぎた頃に指摘したりと、
随分とひどい対応をしている。﹁あーモテたいなぁ﹂などとふざけ
たことを時折ぼやいていたが、これでモテようなどと思うほうがお
かしい。
こりゃモテないわ。私はそれを悟った。だからもう、モテること
は諦めようと思う。私だって幼い頃は、﹁かわいいお嫁さんになり
たい﹂などと思ったことも多分あるだろうが、あんまり覚えてない
から思ってないかもしれないけど、可愛げを磨く︵?︶という努力
を怠った結果である。致し方あるまい。
しかし世の女性達は、一体どこで可愛げというものを取得したの
であろうか。感覚的に習得するもんなんだろうか。モテ指南本とか
読んでるのだろうか。そういう本に興味がなくはないのでたまに本
屋で立ち読みしてみるが、何度読んでも、小林秀雄の本よりも内容
が頭に入らない。なぜだ。とりあえず、大抵の本には﹁あざといく
らいわかりやすくやらないと、男の人は気付かないよ!﹂みたいな
ことが書いてあったのは覚えている。しかしそのあざといやり方が
いまいちわからない。ボディータッチとかだろうか。それならたま
に、﹁人の顔の皮はどこまで伸びるのであろうか﹂という検証のた
298
めに人様の頬をびろんびろんに伸ばしたりしているぞ。更にいまい
ち伸びが悪いと﹁面の皮の厚いやつめ!﹂と罵倒したりしているの
に。違うな。多分そういうのじゃないな。まぁいいや。とにかく、
私がモテないのは自己責任である。聖書の詩篇にだってあるではな
いか、﹁涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる﹂と。
私のようにところ構わず種を投げつけているような人は、芽すら出
なくて涙を飲め。
それにしても百話も書いたのに、得たものが自分がモテない理由
と悟りだなんてこれ如何に! でもこうやって読み返してみると、
私は友達が少ないと思っていたけど案外変な人達に囲まれて楽しく
暮らしていて、多少脚色したりわかりやすく話しをまとめたりして
はいるけれど、そういう人達とのくだらなくも愛おしき思い出を残
すことができて、それはとても幸せなことなのだと思います。
このエッセイに勝手に出された友人の皆さん、勝手に書いてごめ
んね。でもここに書いた人達は、登場回数の多い少ないに関わらず、
私がとても愛おしいと思っている人達なので、万が一このエッセイ
の存在が知り合いにバレても許してもらえると幸いです。
最後無理やり、綺麗にまとめた。
299
十年前の自分への手紙
最近、書簡形式の小説を読んだので手紙を書きたくなった。しか
し、わざわざ近況を手紙で報告するような相手などいないというこ
とに気付き、仕方がないので過去の自分に手紙を書いてみるという
痛いことをしてみようと思う。
拝啓 初秋の候、こちら2013年の夏は、愈々自然は人類を滅ぼ
そうと助走くらいは始めてるのではないかと思うほどの記録的猛暑、
或いは竜巻、などなど異常気象でありましたが、2003年の夏は
どんな夏だったでしょうか。
確かサークルのサマーキャンプで色々と慌ただしく、しかもチー
フだったので猛烈に忙しく、とにかく必死だったこと、あぁあとそ
うだ、キャンプ場の管理人のじじいがやたらムカツク奴だったこと
ははっきりと覚えています。そしてそのじじいへの対応を、﹁点呼
取ってまとめないといかんし﹂などチーフっぽい仕事を隠れ蓑とし
て、のらりくらりと大半を会計のミヤコちゃんに押し付けていたこ
とも覚えています。我ながら卑怯ですね。
もちろん民主主義的議決に拠ってサマーキャンプのキャンプ地は
決定されたわけでありますが、歴代のチーフ担当の先輩方から﹁あ
のキャンプ場は、場所はいいんだけど管理人がねぇ⋮⋮﹂と脈々と
語り継がれてきたいわく付きのキャンプ場ではあったことは確かで
す。それだけ語り継がれるということはそれだけの根拠がある、と
いうことなのですが、にも関わらずあなたは﹁でも雰囲気いいし、
そんなに管理人も出しゃばってくることなくない? どうにかなる
んじゃない?﹂という根拠なき楽観的判断により、そのキャンプ場
に最終決定を下しました。まぁ最終的にはどうにかなったからいい
けど、これだけは言っておく。
300
長年にも渡り悪口が言い伝えられる人間は、やはりそれ相応のト
ンデモないやつである。先人の意見を軽んじるなかれ。そうでない
とミヤコちゃんが大変な思いをする。
あと、毎日毎日﹁小顔になりてぇえ﹂と小顔体操をするのはいい
けど、合宿で同期メンバーから教えてほしいとせがまれたからって、
恥じらいなく﹁こうやると目の下のたるみがね⋮⋮﹂と五木ひろし
みたいな顔を晒すのはどうかと思います。人に見せていい顔と、見
せなくていい顔はきちんと選別するべきです。さもないと、その後
何年も﹁昔、小顔体操と称して悪意ある五木ひろしのモノマネみた
いな顔してたよね、あれ、まだやってんの?﹂と言われることにな
ります。こないだも言われました。まぁ、いまだにその小顔体操は
たまにやってるけど。まぁ効くよねあれ⋮⋮。
二十歳前後は人間関係に悩むことも多いだろうけど、その頃出会
って仲良くなった人とは結構いまだに仲良しだったりするから、大
切にしてほしいと思います。特にバイトで出会った平田くんは、平
田くんの彼女︵当時︶共々非常にめんどくさいことを巻き起こし、
非常にめんどくさい対応を迫られることになるけれど、彼らのお陰
で私はめんどうな事態になりそうな空気をいち早く察し、韋駄天の
如く、だけどごくごく自然にめんどくさいことから逃げ去る能力を
身につけることができたので、あまりぷりぷり怒らずに適当に受け
流せばいいと思います。
だいたい、めんどくさいことを巻き起こすやつは、大概めんどう
なことを自分が巻き起こしているという自覚がなく、そしてめんど
うなことに人を巻き込んでいると言う自覚もないのです。だからわ
ざわざ、解決に協力してあげようなどと思う必要もなく、それでも
首をつっこむのは﹁自分が相手になにかして”あげられる”﹂とい
う思い上がり、所詮自己満足であり自己責任であることを肝に銘じ
ておきましょう。
301
めんどうなことに対しては、ゲリラ豪雨のように、その空気を感
じ取ったら安全な場所に逃げろ、巻き込まれてしまったら、じきに
通りすぎるのを静かに待て。
あ、十年前はまだゲリラ豪雨という言葉がそれほどメジャーじゃ
なかった頃でしたっけ。ゲリラ豪雨とは、T.M.Revolut
ionのプロモみたいな雨風のことですよ。あんな阿呆みたいな雨
風が、十年くらい経過するとたびたび降るようになるんです。環境
破壊の影響なのでしょうか。
ちなみに平田くんとは未だにたまに連絡を取ります。私も結局モ
ノ好きなのだと思います。
気になる恋愛については、﹁誠実で真面目で普通の人と付き合い
たい﹂などという幻想はさっさと捨てろ。所詮、﹁何かの能力に特
化した故にそれ以外は全然ダメな社会不適合気味の変な人、しかし
本人は自分が変わっていると気付いていない﹂というタイプとしか
合わないのだから。
あと三十までに結婚話のひとつでも挙がると思ったら大間違いだ
ぞ!
つらつらと書いてきましたが、2013年の私は、色々あるけど
概ね平和で幸せです。
十年前のあなたが思い描いていたような人間、毎日バリバリ働い
てるだとか、結婚してそろそろ子どもがいるだとか、そういう人間
ではないかもしれません。だけど今振り返ってみれば、そもそも十
年前に漠然と想像していた﹁幸せ﹂が、本当に自分にとっての幸せ
であるのかと問われれば、﹁はい﹂とは言い切れません。幸せの一
要素としての仕事や結婚はもちろんあり得るのだろうけど、それが
ないから幸せでないというわけではない、と今のところは思ってい
ます。
まぁ十年後、四十になったときに今の私を振り返ってみれば、た
302
だの強がりでしかなかったと思うのかもしれませんけど。
だけど、十年前の私、すなわちあなたは、幼い頃から延々と漠然
と続く、人生と存在に対する不快感を引き摺って、平静を装いなが
らもこんなに重くしんどい思いが続くのならば長生きなどしたくは
ないと、ほとんど毎日のように思っていたけれど、月並みですがた
くさんの人との出会いと思い出のおかげで、今では多分、人より人
生に対して身軽に生きていけてるような気がします。
なので人生あまり絶望しすぎずに、かといって期待もしすぎずに、
ぼやっと暮らしてみるのも悪くないと思う次第です。
303
なんにしたって別れるのは大変なのだ
唐突に妙なカミングアウトをする。私はシャンプーを使わずに生
活している。
一見するとまるでただの風呂嫌いのズボラ女のようであるが、風
呂には毎日入っているので皆様ご安心をば!
簡単に言えば、三日に一度は石けんとクエン酸で洗い、それ以外
の日は﹁ちょっと冷たいなぁ﹂と思う程度の温度、冷水というほど
ではないがお湯というほどでもない微妙な温度の水でゴーシゴーシ
とすすいでいるだけだ。
最初の数週間こそ頭皮から皮脂が過剰に出て﹁ポマード塗り過ぎ
た人﹂感が出ていたが、それ以後は皮脂分泌も落ち着き、しかし匂
いのほうは自分ではわかりかねるところがあるので姉や甥に確認し
てもらったところ、﹁特に臭わない﹂﹁まぁ満員電車で他人の頭が
目の前に来たときも、こんぐらいは香るよね﹂とのことであり、私
はシャンプージプシーからの脱却と、シャンプー代のコスト削減と
いう快適生活を手に入れたのだ! やぁやぁやぁ!
まぁ髪洗うときに使ってる石けんが、個人の方が手作りして販売
してるものを、わざわざ広島から買ってるので結構お高いんですけ
ども⋮⋮。でも品質がいいし香りも自然だし、髪も顔も身体もそれ
で済むので色々とあれもこれも買うよりは全然お得、なはず。髪に
は三日に一度しか使わないし。計算したことないからわからんけど。
しかしここに至るまでに、私にも紆余曲折があったのだ。
一番最初のきっかけは、私がまだ普通の会社でOLさんをしてい
る時代、五年ほど前のことである。っていうかOLしてたのそんな
前なのかびっくりしたぞ今。当時はドラックストアで買えるシャン
プー・コンディショナーを使っていたのだが、一時期ぐだっと体調
を崩した頃があり、普通に会社には行っていたのだが色々と身体が
しんどくなってしまった。
304
そしてその体調の悪さは、私の五感のひとつを異常に刺激した。
それは嗅覚である。
とにかく、人工的な香りが一切ダメになってしまったのだ。しか
しドラックストアで買える比較的お値段がお手頃なシャンプー・コ
ンディショナーには、どうしても強い人工的な香りがついている。
それが女性らしい﹁シャンプーの香り﹂だったり﹁フローラルな香
り﹂だったりするのだろうが、お風呂場にその人工的で異様に強い
香りが充満すると﹁うぇええええええええ﹂となってしまうように
なったのだ。使用量を減らしてみても、どうしても髪に媚びるよう
に染み付いたその甘い香りが鼻につく。
なんということだ! 男性に﹁好きな女性の香りは?﹂とアンケ
ートすると判で押したように今も昔も一位は﹁シャンプーの香り﹂
であるというのに! こうしてモテはまた私から遠ざかるのだ。
しかしあぁだこうだ言ってもダメなもんはダメなのだから仕方が
ない。それならば大丈夫な香りを探そうと、私はシャンプージプシ
ーと化した。
まず手を出してみたのは、オーガニックシャンプーだ。自然派を
謳うものは大抵、香りも店頭のサンプルで確認してみてもそこまで
強くなかったり、多少香っても嫌味のない柔らかな香りだったりし
たので、いくつか試してみた。オーガニックシャンプーの懸念事項
といったら、ノンシリコンのものがほとんどなので使い始めは多少
髪がきしむという点があったが、使ってみるとそれほどではなかっ
たので︵そのときはカラーやパーマをほとんどしてなかったからか
もしれないけど︶スムーズな移行を達成した、かと思われた。
が、オーガニックシャンプー、値段が大変お高いのである。
私が使ってたやつは、250mlで3000円弱、しかもシャン
プーとコンディショナーをそれぞれ購入しなければいけないので、
毎月5000円以上かかることになる。美容に熱心な方であればそ
れくらいなんとも思わないのだろうけど、段々﹁シャンプーに毎月
5000円って、どうなのだろう、単にドラスト系シャンプーの香
305
りがダメだというだけなのに。そして大してモテないのに﹂という
虚無感に似た思いが私を襲う。最初は﹁高級シャンプーを使って、
ナチュラルだけどいい香りに包まれて、私ってばいい女かも⋮⋮﹂
みたいな雰囲気に酔ってたりしたのだが、酔っているだけで実際は
別にそんなにいい女ではない。今と変わらず日本酒飲んでぐだぐだ
したり、日曜の朝に暇だと思ったら将棋のNHK杯見てちょいちょ
い解説者が入れてくるどうでもいい情報にニヤニヤしたり、古本屋
で小林秀雄全集を発見し買う買うまいか三往復ぐらい悩んだりして
いる、非常に地味な女なのだ。どうでもいいけどこないだサンマ食
べながら日本酒飲んだら幸せすぎて、﹁あぁここ一ヶ月で一番シア
ワセかもしれん﹂とか思ったからちょっとヤバイかもしれません私。
とにかく! 当時痩せすぎてしまい、勤めていた会社を辞めるこ
とになったこともあり、シャンプー代に5000円はちょっと無理
! と判断せざるを得なくなった。
その後しばらくは、﹁天然素材を使った自然派シャンプーがこの
価格で!﹂みたいな謳い文句のお手軽価格の製品を使ってみたもの
の香りが不自然で人工的であったため風呂場で一人憤ってみたり、
薬草みたいな香りのシャンプーを使って髪がゴワゴワになってみた
り、トライアンドエラーを経て﹁無添加無香料のシャンプー﹂とい
う非常に地味なものに落ち着いていた。地味だがいい仕事はしてく
れるので、まぁもうどうでもいいかな、という気分になっていた。
しかしある日私はネットで、衝撃的な文言を発見するのだ。
﹁髪はお湯のみで洗ってシャンプーなどは使ってません。シャンプ
ーは皮脂を落としすぎてしまうし、自然にも負担をかけるので﹂
!
突然私の中に流れる、ロハスパンクの血が滾った。︵※ロハスパ
ンクとは、ナチュラルに生きようとするあまり自分のことは色々と
棚に上げて﹁大量の電気を使うものや自然を汚すものは全て悪!﹂
みたいな極端な思想に走ること。と私が勝手に言っているだけなの
で別に流行っていない︶
306
洗浄成分で髪を洗う、という無意識的常識からの脱却! 原始的
生活との邂逅!
そして私は﹁髪をお湯のみで洗う﹂という、いわゆる湯シャン︵
というらしい︶を実践している人のHPやブログを渡り歩いた。そ
して実践した。そして一週間で挫折した!
もちろん、最初は皮脂バランスが落ち着くまではギトギトになる
もの、という情報は得ていたが、曲がりなりにもたまに接客業をし
ている人間の頭が、清潔感がなくギトギトしているのは如何なもの
か。接客には清潔感が大事だというのに。
そもそも私は﹁お前が言っても説得力ゼロだろう﹂みたいな仕事
をする営業や販売員が嫌いなのだ。具体的に言えば、不躾に職場に
化粧品を売りに来て﹁この下地クリーム使うと、お肌が綺麗に見え
る上に美容成分もたっぷり入っているので肌自体が綺麗になるんで
すよー﹂と言ってるお姉さんのお肌が荒れていたら﹁お姉さんも使
ってるの? じゃあ効果ないじゃん﹂と言いたいところをそこまで
言うのは人としてどうかと思うので言わずにおいたり、不躾に自宅
に乳製品を売りに来て﹁このヨーグルト女性に人気なんですよ、便
秘も治って、お肌がつやつやになったって感想たくさん頂いててー﹂
と言っているお兄さんのお肌がつやつやじゃなかったら﹁人に薦め
る前にお前が食えよ﹂と言いたいところをやはりそこまで言うのは
人としてどうかと思うので言わずにおいたりしてるのだ。
ゆえに、お客様に快適に清潔にくつろいで頂くべく対応しなけれ
ばならない人間が、頭がギトギトでお客様に衛生面での不安を抱か
せるようなことはあってはならない。まぁ、職場の皆様からしたら
﹁でも一週間はやったんだ⋮⋮﹂であろうが。大丈夫、髪結んでた
から。
そんなわけで完全湯シャンは諦めたが、完全湯シャンに挫折した
人が﹁数日に一度は洗う﹂スタイルにして落ち着いた、という情報
を得、かつ前述の石けん販売してる方が髪は自分で作った石けんで
洗うとブログに書いていたので、﹁髪を石けんで洗うって具体的に
307
はどうしてますか﹂などとアドバイスを受け、自分に合った洗髪頻
度と石けん洗髪法を模索して、そして今、石けんとお湯さえあれば
全身洗える、たくましい女になったのだ。やぁやぁやぁ! これ、
旅行ですごく重宝します。宿泊先でのシャンプー・コンディショナ
ーの有無や相性を気にしなくていいし、荷物減るし。
まぁ、皮脂をきちんと落とさないと毛穴が詰まって薄毛の原因に
なるという説もあるので、決して人におすすめできるようなことで
はありませんが、私にはすごく合ってるみたいで髪の調子もいいで
す。あと私はワックス使わないからこれができるんだと思う。
ちなみに今は体調もすっかり回復したので︵一番痩せてたときと
比べると7キロ太った⋮⋮︶、香水も好きだし前ほど香りに拒否反
応をしめすことはなくなりましたが、それでもたまに姉とかが泊り
に来て私の泡立てネットでボディーソープ泡立てたりすると、その
後三日ぐらいは﹁うわああ⋮⋮香料きつい⋮⋮﹂と残り香に苦しむ
程度の日々を送っております。
ちゃんと説明しないと誤解を受けそうなので、普段人にシャンプ
ー使ってないとか言わないのだが、なんとなくこのシャンプーとさ
よならするまでの紆余曲折を残しておきたくて書いてみました。
﹁毎日頭洗わないからモテないんじゃないの?﹂という意見には聞
こえないふりをする。
308
追記
なんにしたって別れるのは大変なのだ︵後書き︶
2013.09.25
クエン酸使うと、カラーリングの退色速いらしいので一応お気をつ
けて!
今はカラーリングしてない私の髪も、元は真っ黒なのだが若干茶色
っぽくなってる気がする。
まぁ私の場合、仮にカラーするとしても﹁地毛が茶色い人っぽい程
度にしてください﹂とお願いしてるので、手間が省けてラッキーな
のだが⋮。
学生さんで﹁校則でカラーリング禁止されてるけどちょっと茶色く
したい!﹂って人には、一気に茶色くなるわけではないのでいいか
もしれない⋮⋮おばちゃんは一切責任取らないけど。
309
伝えようとするのが大事
最近ファウストを頑張って読んでいるのだが、どうにも、読み進
めていると文字をなぞってるだけで頭に入ってない状態になってし
まうので、仕方ないので声に出しながら身振り手振りをつけて情感
豊かに読んでいる。傍から見ればどこの劇団員かという感じだが、
そうしないと頭に入らないのだからやむを得まい。
ちなみに声に出して読むというやり方は、私は古典文学や明治∼
戦前ぐらいまでの小説でよくやる。森鴎外の雁もそうやって読んだ。
しかし、雁の感想を今問われれば、﹁要するに、あの日夕食が鯖だ
ったことがいけないんでしょ﹂としか言えないので、文学的深みを
きちんと享受できているのかは甚だ疑問である。故に、別に人には
このやり方を薦めない。︵さっぱり意味がわからない人は雁を読ん
でみよう︶
ところで先日、とある研究者達の懇親会が私の職場で執り行われ
た。私は副業で宴会フタッフみたいなことをしている。シンポジウ
ム後の懇親会みたいな宴会は結構あるので、それ自体の対応は慣れ
たことであった。
しかしその懇親会がいつもと違ったことは、参加者の半分近くが
日本語が全く通じない外国人研究者達であったということだ。
結構参加者が多かったので、着席でのパーティーとはいえなるべ
くクロークに荷物を預けてもらおうということになり、私がその対
応をした。当初外国人が多いなどということを聞いていなかった私
は、参加者がちらほらと会場入りする際に普通に日本語で声をかけ
る。
﹁いらっしゃいませ! こちらでお荷物お預かり致します!﹂
声をかけられた三人は、明らかにポカーーーンという顔をしてい
た。よく見れば、三人ともアジア系の顔だが日本人ではない。
﹁荷物⋮⋮バッグ⋮⋮﹂
310
﹁? Bag?﹂
この時点で悟った。今日のお客は多分、ほとんど日本語が通じな
い。ちなみに私の英語力はひどい。一番勉強した大学受験の時でさ
the
cloak⋮﹂かろうじて私は続ける。
え人並みより少しできないくらいだったので、その後はもう衰える
is
ばかりである。
﹁This
﹁?﹂相変わらずポカーーーンという顔をされる。
クロークって言葉が通じないのか? 私の発音が悪いのか? 色
々な思いがぐるぐると浮かぶが、そんなことを考えていても仕方が
ない。ただでさえ会場内はテーブルと椅子と、その上その日はビッ
フェ形式だったのでもうぎゅうぎゅうなのだ。加えて人が入ってき
て、ついでにパソコンその他資料などをみっちり詰め込んだリュッ
クとトートバッグを会場内に持ち込まれては、もうお客様及びスタ
ッフ一同誰も身動きが取れない芋洗い状態になってしまう。
そんなことになってしまえば、後々彼らの母国で﹁ニホンの電車
の混雑がひどいのは覚悟してたけど、シンポジウム後のパーティー
さえも、テーブルと人で会場はぎゅうぎゅう詰めだったYO! 彼
らは勤勉なのではない、あぁやって狭い場所でぎゅうぎゅう詰めで
過ごすのが好きなのさ! HAHAHA!﹂などと言われかねない。
滝川クリステルがオリンピックのプレゼンで﹁お・も・て・な・し﹂
などと大見得切った今、特に外国人に対して全サービス業関係者の
ハードルは上がり気味なのだ。故に、なんとしてもここで彼らの荷
物を回収しなければならない。
そして私は意を決する。
﹁リュック! バッグ! ディッスナンバー! ヒア!﹂
私はパントマイムの如く、リュックを下ろすジェスチャーをし、
さらに彼らのバッグを指さし、荷物の引き換えとなる番号札を見せ、
se
﹁このテーブルに置け﹂と言わんばかりに机を叩いた。笑顔で対応
I
したからいいものの、下手をしたら新手のカツアゲである。
その必死の動きを見た三人は、三人同時に﹁oh∼!
311
e
!﹂と言いながら荷物を下ろし始めテーブルに置いた。
通じた⋮⋮あんな適当な感じで通じた⋮⋮。やはり人生気合いで
ある。伝えようとする気持ちが大事である。しかし三人のうちの一
人が番号札を受け取るということを理解していなかったらしく、二
つあったバッグのうち一つだけテーブルに置きそのまま立ち去ろう
とするので、﹁ジャストアモーメントプリーズ! ディスナンバー
!﹂と声をかけるとなんか英語で﹁いいの、このバッグは持ってい
くから大丈夫﹂みたいなこと言われた。いやいやそういうこっちゃ
ないと必死で﹁アイアンダスタン! バット! ︵テーブルに置い
てある鞄を指差しながら︶ディスワン! ディスナンバー! ユー
テイクディスナンバー! あぁ、だからつまりこっちの荷物のぶん
の番号札持ってってください!﹂とおそらく正しくはないであろう
必死の英語と、最後のあきらめの日本語で説明する。その人は私の
その必死の様子を見てやっと理解したらしく、﹁Oh! Sorr
y! OKOK!﹂と番号札を受け取ってくれた。
ふぅ⋮⋮これ一体、どんだけ続くんだ今日⋮⋮。
三人対応しただけでいささかげんなりしている私のところへ、同
じ宴会フタッフのカワダが﹁大丈夫ですかー、忙しいなら手伝いま
すかー﹂とやってくる。おぉ、天の助け! 彼女は小学生時代の数
年を英語圏で過ごし、こないだも死ぬほど忙しくて人が足りない時
期に﹁観光でアメリカ行ってきます﹂と情け容赦なく数週間渡米し
おったのだ。しかし、外国人相手であればその帰国子女でかつこな
いだまでアメリカ行ってた経験を活かせるではないか。
﹁お客さん全然日本語通じないから、ごめん、英語でフォローして
ほしいんだけど!﹂
﹁⋮⋮えー、自分、英語喋れるったって、別に得意ではないですし
ー﹂
いやいやいやいや。得意である必要は今ない。喋れればいいのだ。
少なくとも﹁ヒア!﹂とか言いながら笑顔で机叩いてる私よりはマ
シであろう。まぁいい。お客さん来たら対応するだろう。
312
そうこうしてるうちに、再び外国人研究者さんが複数人ご来場。
﹁こちらでお荷物お預かりしてますー﹂と日本語で言ってみるも、
案の定反応は全員﹁?﹂という感じだ。よし、カワダ、今こそその
英語力を発揮せよ。火を吹けカワダ!
﹁⋮⋮﹂
カワダは能面のようににこりともせずに、私の横で佇立している。
おおおおおい! なんかしゃべれよ! 英語うんぬんの前に、サー
ビス業として無表情どころか威嚇すらしてるようなその表情はない
だろ!
仕方がないので私は再び、さっきと同様﹁リュック! バッグ!
ヒア!﹂と言いながらリュックを下ろしたり鞄を置いたりするジ
see!﹂と言いながら素直に荷物を預けてくれ
ェスチャーをしながら机を笑顔で叩く。そうするとさっきと同様、
皆﹁Oh! I
る。その間﹁コンピューターあるから気を付けてね﹂だの﹁トイレ
はどこ?﹂だの簡単とはいえ全部英語で聞かれたが、全部﹁オーケ
ーオーケー!﹂﹁トイレット! ゼア!﹂だの単語とボディランゲ
ージで答える。思うに、最近ずっとファウストを情感豊かに読んで
いたせいで、若干演技がかったオーバーアクションに私は慣れてい
たのだ。その私の様子を見て、カワダは﹁いやぁ、神楽さん、すご
い通じてるじゃないですか﹂などと言いながらニヤニヤする。こい
つ! お前喋れ! 喋らないなら私と同様必死でボディランゲージ
しろ!
その後も私は日本語がわからない外国人研究者が来るたびに必死
でボディランゲージで説明した。皆様研究者なだけあって理解が早
く、教養のない日本人の必死のボディランゲージに﹁Thank
you!﹂だの笑顔で対応してくれる。外国人研究者ってみんない
い人だな⋮⋮。そしてカワダ、お前はいい加減なんか喋れ。
しかし、言葉は通じなくとも、結構必死で伝えようとすると伝わ
るもんなんだなぁ。宴会中もなんか﹁携帯の電波が悪いの﹂だの色
々言われたが、﹁あー、電波ね電波! ここいまいち電波悪いから、
313
あっちの外出たらいいよ!﹂などとどうせ通じるまいと適当な日本
語と動きで説明したが、全部なんとかコミュニケーションできたぞ。
そして宴会が終わりお客様も全員見送って、ふぅ、と一息ついて
いると、先輩が駆け寄って﹁おつかれー。ユリちゃんのポジション、
今日大変だったねー。でも、英語喋れるんだね、知らなかったー﹂
と言う。
﹁いや、全く喋れないですよ。全部身振り手振りです﹂
﹁え⋮⋮そうだったの? 遠くから見てるとスムーズに意思疎通し
てるから、てっきり喋れるんだと思った⋮⋮﹂
良かった、遠目で見る分にはあの対応なんとかなってたんだな⋮
⋮。
というわけで、表現力という意味では、声に出して情感豊かに本
を読むということもおすすめかもしれません。しかし、単純に英語
の勉強を真面目にやればいい気もするので、やはり別に人に薦める
ほどのことでもないな、とも思う次第です。
314
再びの京都
またしても京都に来ている。が、今回京都に来ているが本当の目
的は琵琶湖だ。春に京都に来た時、琵琶湖との高低差を利用して作
られた蹴上の水力発電所を見て以来、琵琶湖が気になって仕方がな
かったのだ。きっかけってどこにあるかわかりませんね!
なので﹁十月に琵琶湖に行くぞ!﹂と計画してみたものの、私の
琵琶湖の知識といったら、﹁滋賀県の六分の一は琵琶湖﹂のみであ
り、そもそも滋賀県ってどれくらいでかいのか東京で育った私には
ピンとこず、﹁とにかくでかいのであろう﹂というイメージと、﹁
大津なら京都から近い﹂という人づてに聞いた情報を頼りに、とり
あえず京都に来てみた次第です。適当すぎて相変わらず旅行をナメ
ている。
ナメきっていたため、結構直前にいつも泊まるゲストハウスの予
約をしようと空室状況を確認したら、世間は三連休のため﹁十二日
土曜日はすでに満室﹂というよく考えれば当然の事態が発生した。
しかし﹁まぁ、土曜の夜なら最悪どこかで夜遊びしていよう﹂など
というさらにナメた考えの元、﹁十二日は満室とのことなので、十
二日を除く十一日から予約お願いします﹂と連絡してみたところ、
なんと﹁ちょうど十二日にキャンセル出ましたので、今なら十二日
もお取りできますよ﹂と言われ、まんまと十二日も宿の予約が取れ
たのだった。こうして私はまた旅をナメる。
とにかく、木曜日の夜発の夜行バスに乗り込み、金曜日の早朝に
無事京都に到着した。そして駅を目指したはずが、なぜか間違えて
気付いたら東寺にいた。どういうことだ。せっかくなので拝観して
行こうかと思ったが、まだ拝観時間外であった。ちっ。
相変わらずの方向音痴っぷりをいきなり発揮してしまったが、そ
の後軌道修正して駅に着く。とりあえずチェックインはまだ無理で
も宿に荷物を預けたいと思ったので、地下鉄を乗り継いで宿に向か
315
うことにした。前は市バスで宿まで行っていたが、今回は電車も使
ってみようと地下鉄の駅に乗り込む。
しかし切符を買う段になり気付いたのだが、京都の地下鉄、運賃
高ぇ⋮⋮。びっくりした。路線数が少ないから仕方がないのだろう
けども。しかも平日ということもあり、周りは通勤客の方ばかりだ。
リュックサックにキャリーバックなどという観光客丸出しの姿で私
は地下鉄に乗り込む。昔だったらここで若干﹁皆様お仕事に行くの
に荷物多くてすいません﹂などと多少気まずくなったりしていたの
だが、最近歳を取ったせいか﹁京都の日常に溶け込めてラッキー﹂
などと図太いことを考えるようになってしまった。︵もちろんリュ
ックは前に抱える感じで持ってるけど!︶
そして地下鉄に揺られること十数分、目的の駅に到着し私は宿を
目指す。十月の午前中だというのに夏のように暑い。やばいだろ地
球。いや、地球にとってはこの程度の変化などやばくもなんともな
いのだろう、やばいのは人類だ。地球を守ろうだなんて綺麗事を言
いながら未だ環境破壊は止まらず、でも結果的にそれで滅びるのは
人類と人類の暴走に巻き込まれた動植物達なのだ。歩きながら漠然
としたことを考える。しかしそのような壮大な妄言は、﹁どうでも
いいけどあちぃ﹂という情動の前に脆くも溶けていく。私ってはダ
メ人類。
暑さで朦朧としかけたところで宿に着く。ちなみにこの宿は、ス
タッフの人と宿泊客の人の違いがわかりずらい。入り口付近のちゃ
ぶ台でご飯食べてる人にうかつに声をかけるとお客さんだったりす
る。なので普通に考えれば入り口のところでパソコンいじってる人
はスタッフなのだが、ものすごく恐る恐る﹁今日から宿泊予定の神
楽ですけども、チェックイン前に荷物預かって頂いてよろしいでし
ょうか⋮⋮﹂と声をかける。パソコンに向かっていた青年は﹁あー、
大丈夫ですよー﹂と爽やかに返事をしてくれた。良かった間違って
ない⋮⋮。青年にでかい荷物をどかどかと預ける。あぁフリーダム!
そして私はその足で、某国立大学に向かう。目的はただひとつ。
316
私がこの大学に行く目的はただひとつ。﹁素数ものさし欲しい﹂
春に旅行で来たときも、夏に所用で京都に来た時も、このために
私はこの大学に来たのだ。結果、両日とも売り切れで撃沈した。し
かし私の今回の目論見としては、﹁三連休でやってくる観光客のた
めに入荷してるかもしれない﹂だ。そのためにわざわざ平日金曜日
に京都に来たのだ!
いそいそと大学に向かう。正門が近づく。しかし時間が、運の悪
いことに一限と二限の間の休み時間だった。この大学の短い休み時
間は、一瞬にして中華人民共和国の如き自転車爆走地獄へと変わる。
キャンパスが広いため、自転車で急いで移動しないと次の授業に間
に合わないらしい。正門から絶え間なく飛び出す自転車にひるみ、
私は正門の前で素直にこの休み時間が過ぎ去るのを待った。部外者
と学生の衝突事故とかめんどくさすぎる。あと、一回接触事故起き
ると後続の自転車も巻き込んだ玉突き事故に発展する可能性も低く
はない。もうこの時間は自転車高速道路状態であるのだ。慣れてな
い人間は無理しないに越したことはない。
やっと自転車の流れが途絶えてきたかと思われるタイミングで構
内に侵入し、生協に行く。さも関係者みたいな顔して生協に行く。
急いで走って素数ものさしの有無を確認したいのをこらえて、でも
可能な限り早足で大学グッズ販売コーナーへ向かった。
⋮⋮あった!!! しかも結構いっぱいある!!!
私はその場で小躍りしたい衝動に駆られた。あぁ、半年以上想い
続けた素数ものさし! Twitterで他人が﹁素数ものさしと
かいう意味のわからんものもらったwww 使いずらwww﹂など
と草生やしてるのを見るたびに﹁いらないなら私によこせ!﹂﹁素
数を冒涜する発言は謹んでもらおうか!﹂などと喧嘩売りたくなる
のをぐぬぬと抑え落ち着くために素数を数えるなどしていた、希求
の対象素数ものさしが今! 我が手に!
手に取るとニヤニヤが止まらなくなりそうになったが、さも﹁人
からおみやげにたのまれてー﹂みたいなテンションでペンとお茶と
317
一緒にレジに素数ものさしを出し、お会計をしてもらい、﹁ありが
とございますー﹂と言いながらそれらを鞄に入れ生協を出る。そし
て生協から出たところで私は嬉しさのあまり若干スキップした。そ
してベンチに腰掛け、お茶を飲みながらしばし素数ものさしを見つ
め、堪能したのだった。我ながら気持ち悪い。
ひとしきり堪能し、無くさないように再び鞄に収めると、夜行バ
スだったせいもあり急激な眠気が私を襲う。歩いていると暑いと思
っていたが、ベンチに座り落ち着くと、確かに秋らしい爽やかな風
が通りすぎていきそれは私を心地よさの渦へと巻き込んで行く。
﹁よし、昼寝しよう﹂
私はバッグを抱え込むようにしながら目を閉じ睡魔に身を委ねる。
私は寝付きが悪く不眠気味ではあるが、風通しの良い屋外のベンチ
などでは結構人目も気にせず眠ることができるのだ。︵浅い眠りだ
けど︶。
念願の素数ものさしを手に入れ、今ほど幸せで、そして心地良い
気候であることもそう無い。
眠れ、眠れよ私。たとえそこが、母校でもなんでもない旅先の大
学であろうとも。
長くなったので続く。
318
再びの京都 つづき︵前書き︶
前回までのあらすじ。
﹁琵琶湖に行きたい﹂と思い立ち旅行の計画を立てたのだが、結
局京都に来てしまった。なぜなら、某国立大学で売っている素数も
のさしがどうしても欲しかったからだ。平日金曜日の午前中から関
係者のふりして大学構内に侵入した私は、念願の素数ものさしを手
に入れる。ベンチでひとしきりそれを堪能し、そして夜行バスの疲
れと外のベンチの気持ち良さから、母校でも何でもない学校のベン
チで昼寝するという暴挙に出た。年取ると図々しくなって嫌ね。
319
再びの京都 つづき
﹁⋮⋮せーん、あのー、すいませーん﹂
ipodで音楽を聴きつつうたた寝していた私は、その声に気付
くのに時間がかかった。うつらうつらとしながらも瞼を開くと、そ
こには見覚えのない男女の顔があった。
﹁おやすみのところ、すいませーん﹂
! この人たちは、私に話しかけている! しかしここで不必要
に挙動不審になっては、自分が部外者であることをみすみすバラす
ようなものだ。私は、やだーうっかりうたた寝しちゃってたわー、
みたいな態度で﹁うわ、びっくりしたー﹂などと白々しく言いなが
ら彼らの顔を見た。
﹁すいません、僕達、留学生なんですが、音楽スキですか?﹂
何だ突然。何で急に人にそんなこと訊くのだ。
﹁えぇ⋮⋮まぁ、好きですけど⋮⋮﹂
﹁あ、ボク、名前は⃝⃝と言います。どんな音楽スキですか?﹂
どんな音楽がスキって⋮⋮。私の音楽の趣味は偏っている。二つ
くらい大好きなバンドがあって、それ以外にはあまり興味がない。
でも突然東京事変聴きだしたり、今更ナンバーガールを欲したりす
るので、非常に説明しずらい。クラシックも聴くが、室内楽はあま
り興味がなくコンサートに行くならオーケストラばかり。でもドビ
ュッシーは好きだ。ほかにも色々あるが、初対面でこんな細かいこ
とを説明するのも微妙だ。
なので漠然と﹁に、日本のロックとか⋮⋮﹂と答える。
﹁そうなんですね! 実は僕達、⃝日にコンサートやるんですが、
その宣伝のためにこれから広場でミニライブします。良かったら、
来ませんか?﹂
なんだなんだ唐突に。一体彼らは私を何だと思ってるのだろう。
部外者と気付いてるのだろうか。学生と思ってるのだろうか。でも
320
学部生にしては老けてるし、院生や博士課程にしては暇そうにしす
ぎているのだ。しかし下手に関わってボロが出るのも嫌だし、第一
猛烈にめんどくさい。
彼らが私を学生と思っているのかは定かではないが、私の中身は
社会人八年目なのだから、乗り気でない誘いのあしらい方、極力誰
も傷つけない断り方は適当に心得ている。
﹁そうなんだー! でもごめん、今友達の授業終わるの待ってて、
お昼休み中に片付けないといけない用事があるんだー﹂
﹁そっか⋮⋮友達と用事⋮⋮。友達と一緒に来られない?﹂
﹁うーん、早く終わったら行ってもいいけど、こればっかりはわか
んないなぁ、ごめんね﹂
﹁そっか⋮⋮じゃあ、早く終わったら、良かったら来てね﹂
﹁うん、ありがとー﹂
そして私は、あたかもこの大学の学生のようにふるまうことを選
択したのだ。あたかも今昼寝してるのは暇だからではなくもうすぐ
授業が終わる友人を待っているからで、友人が来たら忙しくなるみ
たいな態度で彼らの誘いを断ったのだ。あぁ、今ここであの時の彼
らと、某国立大学学生及び関係者の皆様に懺悔する。ごめーん。よ
し、謝ったからいいかな。
しかし、このままベンチで引き続き昼寝していては嘘がバレてし
まう。それにもうすぐお昼休みで人が溢れかえるのだから、部外者
が学生が使用するべき場所を占領するのは気が引ける。一応、最低
限の部外者としての心得はあるのだ。一眠りしたらちょっと元気に
なったので、学校を出てご飯を食べることにする。
お昼は京都に来るたびに必ず寄っている進々堂さんに行く。ここ
の雰囲気とクロワッサンが大好きなのだ。春に来たときなど、五泊
六日のうち三日はここで朝ごはん兼お昼ご飯を食べていた。好きす
ぎて近所に欲しい、などと本末転倒なことを考えている。また来ら
れて嬉しいしあわせー。
満腹になったので再び出発。宿が平安神宮のほうなので、そのあ
321
たりに戻る。京都国立近代美術館の企画展が映画に関するものだっ
たので﹁どうせ暇だし見てみよう﹂と入ってみることにする。難解
すぎてさっぱりわからず、途中のビデオ作品エリアで真剣に見るふ
りをしながらうたた寝する。寝てばっかだな。
美術館を出るとやっとチェックイン可能時間になったので宿に向
かう。宿に着くと﹁もう今日は風呂入って寝るだけにするぞ﹂と午
後5時の時点で引き篭もり準備を始める。暑いし知らない留学生に
話しかけられるし美術展は難解だし、つかれちゃったんだもの。し
ばしグダグダしているとメールが来る。
﹁うまいこと今から暇になったので、ご飯食べませんかー?﹂
メールの送り主は、京都でニッチな研究をしている立花くんであ
った。
立花くんには三日ほど前に﹁連休京都行く。暇ならご飯食べよう﹂
とメールしたのだが、返信がなかったので研究が大変すぎて返信忘
れたのか、こないだの京都の豪雨で被害を受けてそれどころじゃな
いのか、真夏の京都の暑さにやられてそもそも私のことなど忘れた
のかのどれかだと思っていた。
正直寝る気満々だったので﹁えーもういいよ今日は﹂と言いたか
ったが、彼の性格から察するに頑張って予定を開けてくれた可能性
もゼロではない。行く先々で昼寝するというグダグダ京都行脚した
私が、その努力を踏みにじることはできない。着替えて化粧を直し
て、再び出かけることにする。ちなみに待ち合わせ場所はさっき行
った某国立大学の時計台前であったので、無駄に二往復することに
なった。
待ち合わせ場所に着くとすぐに、自転車に乗った立花くんがやっ
てきた。立花くんは見るからに疲れていた。
﹁ちょ、大丈夫? そんなに忙しかったの?﹂
﹁はい、ちょっと今週は、今までで一番しんどかったかもしれませ
ん⋮⋮でも大丈夫です﹂
﹁えー、ごめんね忙しいところ⋮⋮﹂
322
﹁大丈夫です、確かに今週は今までで一番忙しかったですが、来週
だって今週と同じくらい忙しいだろうし、むしろ季節が進むにつれ
て今週よりも来週よりももっと大変になっていく可能性もあるくら
いですから、今週が今までで一番忙しくてもそれは大丈夫なんです﹂
忙しすぎて立花くんは意味不明なことを言い出す。なんか﹁残り
の人生で今日が一番若い﹂みたいな発想だ。そして、夏に一緒に行
ったお店に再び行ってご飯を食べながらお喋りする。
しかし私は私で夜行バスの疲れがピークに来ており、会話の内容
がフワッフワしてくる。私の話しは基本的に中身のないくだらない
ことを面白おかしく、適当な演出を入れながら勢いで喋るだけなの
で、頭の回転が悪くなると途端にオチもよくわからない話しになる。
が、立花くんは立花くんで、基本的に小難しい話しを私が理解でき
るように適当に噛み砕いて話すという話法なので、頭の回転が悪く
なると専門用語を無修正でぶつけてきて一体何を言ってるのかその
専門の人でないとさっぱりわからない話しになる。あの日の私達の
テーブルほど、会話の知的格差が激しく、さして会話も盛り上がっ
てないわりにグダグダと喋り続けていたテーブルもないであろう。
最終的に立花くんは、研究室の人のモノマネをずっとやっていた。
もう元ネタも意味もわからない。
いい加減お互い疲れ切ってしまったので、ご飯を食べたら早々に
解散する。そうして宿に戻り、夜行バスの疲れを癒やすように日付
変わる前に早々に爆睡したのだった。やっぱり三十過ぎるとバスは
きついわー。
そんなわけで、行き当たりばったりのわりにはいろんな人と喋っ
た初日でありました。立花くんは体力的には大変そうだが、目はま
だ死んでなかったので大丈夫だろう。むしろ三十すぎても旅も人生
もナメ気味な自らの心配をするべきである、私の場合。
そういえば、留学生にコンサートに誘われた話しをしたら、﹁そ
れ、多分コンサートの体を取った宗教勧誘です。旅行に来てまで変
なことに巻き込まれないでください、っていうかそもそも、そこら
323
へんで寝ないでください⋮⋮﹂と至極真っ当な注意をされた。私と
彼だったら、世間的評価は私のほうが至極真っ当に生きてるように
見られてるのに、実情はこれだから人間は見かけじゃわかんないよ
ね!
324
琵琶湖は青かった︵前書き︶
前回までのあらすじ
﹁琵琶湖に行きたい﹂と思い立ち、結局京都に来た。某国立大学で
素数ものさしを手に入れ、幸せな気持ちの中勝手に構内で昼寝して
たら留学生から宗教勧誘受けたり、夜行バスで疲れきったところに
同じく生活に疲れきった京都在住の友人と合流し中身の無い二時間
を過ごしたり、まぁ、色々。
325
琵琶湖は青かった
日付が変わる前に寝たのに、目が覚めるともう十時半だった。や
はり疲れは確実に身体を蝕み、その回復には旅先であろうと普段以
上の睡眠を欲す。全くもって旅先で時間を有効に使おうなどと思わ
ぬこの惰性。でもいいの。別に元々大した計画などしていないのだ
から。
それでも旅の目的は一応あるのもので、それは今回の場合琵琶湖
であり、そしてこの旅行中に開催されるという大津祭に行くのが最
大の山場である。そしてその日は大津祭の宵宮の日なのであった。
だらだらと昼前から行動開始。近くの美術館内のレストランでパ
スタを食べ腹ごしらえをして、まずは蹴上の発電所付近へ。蹴上の
インクラインが春に来た時にツボだったので、今回も再び。ついで
に琵琶湖疏水記念館にも行く。中は完全に社会科見学のテンション
である。琵琶湖疏水全体の模型があったり、インクラインの模型が
あったり、ほかに誰もいないのをいいことにボタンを押しまくる。
しかしインクラインの模型は頗る地味ではある。でも押す。ポチポ
チ。
外に出ると、記念館からインクラインに歩いて行けるので、ぼち
ぼちと歩く。晴れているので大変気持ちがいい。古い線路の上を歩
きながら、ひとりで心の中で﹁そぉ∼だぁ∼りんだぁ∼りんすたん
BODY︵死体︶﹂
っ! ばいっみー! おぉ∼おおぉ∼いえ∼﹂と熱唱する。映画ス
タンド・バイ・ミーの原作タイトルが﹁THE
であることを知ったときの衝撃を少し思い出す。ぼでぃーて。死体
て。ぼやぼやしてたら、草が足に引っかかり得体の知れない種みた
いなのが大量にタイツに付着した。小学生の時理科でやった、動物
の身体にくっついて種を広範囲に撒き散らしてもらおうという植物
的戦略にまんまとはまる。
インクラインを歩ききると、今度は日向大神宮へ向かう。ここも
326
前に来たときのお気に入りスポットなのだ。辿り着くまでの坂道が
急すぎてくじけそうになるけど。そして前に来た時も日曜日なのに
ほとんど人がいなかったが、今度も三連休なのにあまり人がいなく
て、静かで厳かな気持ちになる。順々にお参りして、しばしぼんや
りとする。しかし内宮の前にある鳥居、なんであんな握りこぶしぐ
らいの大きさの石が上に乗ってんだろう⋮⋮。やはりあれは天狗の
仕業に違いない。なんてたって京都だからな!
ぼんやりしてると、神宮内全てのお参りポイントでお酒をお供え
しているらしいお兄さん︵よく見るとおじさん?︶がやってくる。
鞄からひとつワンカップのお酒を出し、お賽銭箱付近にお酒を撒く
と二礼二拍手一礼、次のところに移動しても、同様に新しいお酒を
鞄から出しお賽銭箱の周りに撒いては二礼二拍手一礼。信心深いの
か、最早神頼みなのかわからないがきっちり同じ行動をしてまわっ
ている。まぁ、神頼みするには静かだし山道だしちょうどいいよな、
と思いつつちょうどその彼と帰るタイミングが一緒になったので縦
列して歩いていると、彼は駐車場にあったバイクにさっそうとまた
がり山道を下っていった⋮⋮。なんか別に、そりゃバイクは小回り
きいて便利だしいいけど、それに麓に停める場所もないんだろうか
ら仕方ないけど、あんだけきっちりお参りしたなら急勾配な参道も
歩けばいいのに⋮⋮修行的な意味で。
角度が急すぎて降りるときのほうが恐い道を戻る。麓に着くとす
れ違いざまに、見知らぬおっちゃんに﹁こっから先、神社までどん
くらいかかるかねぇ﹂と聞かれる。下山に神経使ってたので﹁んー、
五分、んにゃ、登りなら十分弱見といたほうがいいかなぁ﹂と私は
頗る愛想がない。そして正直時間は適当である。おっちゃんに﹁あ
りがとうなー﹂と言われながら蹴上の駅に向かう。
ここまでは前菜なのだ。これから見る琵琶湖の水がここまで来て
いる、ということを実感するための前菜なのだ。いざ向かわん、大
津駅! しかし、ほんと京都の地下鉄って運賃お高いのね!
地下鉄とJRを乗り継ぎ、念願の大津駅へと到着! 三連休だし、
327
今日は祭りだし、さぞかし駅前は華やいでいるのだろう! ⋮⋮と
勝手な想像をしていたが、駅は今日祭りがあるとは思えないほど、
恐らく通常通りの静かさだった。私は﹁大津に来たら琵琶湖があっ
て大津祭がやっていると思い込んでいたが、そもそも間違いだった
のか、大津に琵琶湖も大津祭も無いのか﹂と不安になりながらも、
矢印は﹁琵琶湖↓﹂みたいになっている看板を見つけ、とりあえず
歩く。裁判所と県庁は存在したので、ここが私の想像する大津であ
ることは確かだが、大津祭はこれ如何に! っていうかほんとに今
日やるのかよ! きょろきょろと周囲を見回しながら歩いていると、突然反対側車
線に、山車のようなものがぬっと現れる。
おぉおお! 曳山だ! やはり大津祭は今日からであった! 今
日は宵宮、すなわち夜のお祭りなので、どうやら午後三時の時点で
はまだ観光客はほとんど集まらず、地元の人が主になって祭りの準
備をしているらしい。早すぎたのか⋮⋮でもどうせ琵琶湖行くしな。
とりあえず曳山はスルーして、琵琶湖に向かってずんずん歩く。
ふいに、海のように広く青いものが目に入る。
琵琶湖! 琵琶湖だ! ほんものだ!
琵琶湖のほとりを歩く。うーむ、なんか、磯臭い⋮⋮。なんかよ
くわからないが、海っぽい香りがする⋮⋮意外だ。まぁ、海の匂い
もプランクトンやらの死骸の匂いだっていうから、なにかが繁殖し
ているのだろう。適当なところでひたすらにぼーっとする。琵琶湖
って意外と青いんだなぁ。空は秋晴れで澄み渡り、だけど風が強く
て湖の表面をぬらぬらと波立たせているので、琵琶湖自体がひとつ
の意思を持ってうごめいているかのよう。ぼーっ。
しばらくぼーっとしていたが、夕方で日が落ちてくると湖畔はさ
すがに肌寒い。宵宮までどこかに移動していようと、近くにあった
TSUTAYAに行きぼーっと本を貪る。琵琶湖に来てまで東京と
同じようなことをしているが、仕方がない。無計画なのであるから
惰性で行動しがちなのだ。
328
そして適当に時間をつぶし、そろそろ薄暗く愈々宵宮、といった
外の色になったところで、TSUTAYAを出たのだった。
長くなったからまた続く。
329
琵琶湖は青かった つづき︵前書き︶
前回までのあらすじ
﹁琵琶湖に行きたい﹂と思い立ち、なのに京都に来て素数ものさし
を手に入れ、結局蹴上駅から大津駅に来た。大津は最初琵琶湖も祭
りも見えず人通りさえも多いとは言えない状態だったので、この大
津は私が想像していた大津と違うのだろうかと不安になったが、単
に今日は夜のお祭宵宮だからまだ地元関係者ぐらいしか集まってい
なかっただけだった。良かった、本来の目的﹁琵琶湖に行く﹂が勘
違いで頓挫しなくて⋮⋮。
330
琵琶湖は青かった つづき
午後六時前になったので、大通り方面に歩き出す。空は夕日の名
残の茜色と、夜の始まりの群青色が混じりあって、大変に美しい。
そしてその名の通り、宵の時間に宵宮は始まるのであった。
大通りと十字に交わる小さな道に目をやると、暖簾のように吊る
されたいくつもの提灯が見えた。明かりに誘われるように近付いて
みると、提灯の明かりに照らされ朧に浮かぶ、民家の二階ほどの高
さの大きなものが現れる。それが曳山であった。そして語彙の少な
い私はこう思った。
﹁おー、えきぞちっくジャパン! 案外すげぇな、思ってたより全
然すげぇな﹂
そして観光客丸出しの私は写真を撮りまくる。
ちなみに大津祭の曳山は全部で十三基、からくり人形が乗ってい
るのが特徴で、どんな人形が乗っているかとか、どんな所望︵から
くりを演じることを﹁所望﹂、読み方は公式HPでは﹁しょうもん﹂
だが、もらったチラシには﹁しょもう﹂となってるのでどっちが正
解かワカラン︶を行うかとか、各曳山によって様々だ。宵宮では所
望は行われないが、若い衆が曳山に乗り込み笛や鐘、太鼓で﹁ヨイ
ヤマ﹂という曲を鳴らすらしい。さらにこの大津祭の元ネタ︵とい
っても大津祭も四百年以上の歴史があるのだけど︶は京都の祇園祭
なのだが、祇園祭で鳴らされるお囃子と大津祭のお囃子は似ている
けど、大津祭のほうがリズムが速いそうだ。それは土地柄、巡行路
に高低差があるため、重い曳山を引いて坂道を上らなくてはならな
い。それゆえ、上りでテンション上げるためにリズムが速くなって
いたのではないか、とのこと。そういう地形と文化みたいなの聞く
とテンション上がるなぁ。うへへ。
せっかくなので各町内をまわって色々な曳山を見る。途中鯉の活
造りをお供えする場面に遭遇したり、安産のご利益がどうたらこう
331
たらというからくり人形を見つけたりする。安産のからくり人形に
ついては、年明けに出産をひかえている友達の安産祈願ということ
で写真を撮りまくる。彼女はクリスチャンなので安産祈願お守りを
あげるのはちょっと微妙だが、勝手に私が彼女の安産をお願いする
分には問題なかろう。前回の出産時は軽く死にかけたしな、彼女⋮
⋮。
ひと通りの曳山を見ると、お腹が減ったので商店街に行って食べ
物を探す。なんとなく、B級グルメっぽい焼きうどんを食べる。味
は普通だ。強いてい言うならば、紅しょうがは自分で入れさせてほ
しかった。もっと紅しょうがは大量にほしいのだ。私みたいのがい
るから作ってるおじさんが入れるんだろうけど。あと、あの屋台の
おじさんとおばさんは手際が悪かった。手際が悪いせいで無駄な行
列になっている。しかしその行列が﹁なんだなんだ、美味しいのか
ここ﹂という呼び水になっていることは否めないので、戦略的手際
の悪さだったのだろうか。そんなことばかりしてるといつか﹁あの
行列は美味しさじゃなくて手際の悪さのせい﹂とバレるぞと思った
が、きっと大津祭のときしか焼きうどん売らないのだろうし、その
時しか売らないからあんなに手際が悪いのだろうから、故に別にい
いのだろう。
宵宮はキレイだが曳山を見尽くすと別にやることがないっぽいの
で、宿に帰ることにする。同じルートで蹴上に帰る。電車に乗って
る時間は少ないのに運賃はやはり高い。なんとなく、﹁東京だった
らこの運賃でどこまで行けるか﹂をシミュレーションする。川崎ぐ
らいまで行けるな⋮⋮。別にそれがいいというわけではないけど。
宿に帰ると昨日行きそびれた銭湯に行く。宿にシャワーはあるが、
やはり疲れきったときは足を伸ばして風呂につかりたいという日本
人的DNAが騒ぐのだ。ジャージに着替えサンダルを履き、財布と
手ぬぐいと石けん、あと化粧水とニベアを持って銭湯に行くと、番
台には超絶無愛想なおっちゃんがいた。しかし案外人見知りの私と
しては、これくらい無愛想なほうが逆に気楽だ。お風呂に入っての
332
びのびする。今日の美容風呂は米ぬか風呂である。つやつやになー
れ!
銭湯代分堪能して、銭湯を出る。なんとなくコンビニに行き、ゼ
リーを買って散歩しながら帰ることにする。秋ではあるが日中かな
り暑かったので、そこまで冷え込んではいない。ぼーっと大通りを
歩く。夜は夜でまた雰囲気が違って楽しいなぁ。
しかし、ぼんやりと幸せを噛み締めながら歩いていると、後ろか
ら来た自転車が急にスピードを緩め、突然私の横に並んだ。自転車
に乗っている青年は、私の顔を見て﹁あの!﹂と言う。青年の顔を
見る。その青年の顔は、見知った顔、京都在住の友人の顔、のはず
はなく、全然知らない大学生だった。
﹁うわぁ! びっくりしたなに!!!﹂
思わず頓狂な声を上げる。誰だよお前。誰と間違えてんだよ。
﹁すんません⋮⋮急に﹂
﹁ななななに﹂
﹁あの、三条って、どっち行ったらいいか、わかります?﹂
青年は私を京都在住者と勘違いして、道を訊いてきたのだった。
おいおいおい、私は自転車すら持ってない旅行者だよ、訊く人間違
ってるよ、と思ったが、手ぬぐいとゼリーぶら下げてジャージで歩
く女を京都在住者と勘違いしても責められまい。
﹁うーんとねぇ、三条でしょ?﹂
﹁はい、だいたいでいいんで、とりあえず、こっちまっすぐでいい
んですか?﹂
﹁そうだねぇ。しばらくはまっすぐでいいよ。で、途中でちょっと
右行くかもだけど、それは河原町三条だっけなぁ。とにかく南に進
んでけば、途中で看板も出てくるから大丈夫だよ﹂
﹁そうですか! ありがとございます!﹂
そうして見知らぬ青年は自転車に乗って颯爽と去っていった。も
しかしたら間違ってるかもしれないが、それは私が旅行者であるか
ら仕方無いのだ。
333
しかし昨日からなんなんだ、留学生にコンサートに誘われたり、
大学生に道訊かれたり。まぁ東京にいても道はよく訊かれるので、
東西共通で道を聞きやすいお人好しオーラを出しているのだろう。
夜で暗かったし、暗さで旅行者オーラが見えづらかったに違いない。
そして宿に戻り、買ってきたゼリーを食べようかと思ったが、な
んかぐったりしたので名前を書いて冷蔵庫に入れてとっとと寝るこ
とにする。明日は何をしようか。大津祭の本祭に行こうか、京都市
内をウロウロしようか。
布団に入りながら、﹁とりあえず、知らない人に急に声かけられ
ないといいなぁ﹂とぼんやりと思いながら眠りについたのだった。
334
天狗と鴨川デルタと諸行無常︵前書き︶
前回までのあらすじ
﹁琵琶湖に行きたい﹂と思い立ち、京都から大津は近いので京都に
行く。大津祭の宵宮が開催される日に行ったはずなのに、最初大津
駅に到着したときには祭りの雰囲気も琵琶湖も見えなかったので﹁
私の思う大津とこの大津は違うのか﹂と不安になったが、歩いたら
琵琶湖もあったし夜になったら祭りもやっていた。良かった良かっ
た。
335
天狗と鴨川デルタと諸行無常
大津で歩きまわったので大変に疲れてしまい、目が覚めると昼前
だった。なんだろうこの旅先での時間の無駄な使い方。本当は午前
中から大津祭の本祭も見たかったのに。午後から行ってもまだ本祭
はやってはいるはずだが、﹁まぁ本祭の鑑賞はまたいつかに取って
おいてもよかろう﹂という気分になりダラダラと出発の準備をする。
出発するといっても特に予定はないので、またしても某国立大近
くにある進々堂さんへ行く。いつもはクロワッサンセットを頼むが、
今日はもうお昼だしお腹が減っていたので︵そういえば昨日の焼き
うどんから炭水化物摂ってないし︶カレーライスのセットを頼むこ
とにする。どこに行っても安定的な美味しさのカレーは頼りになる
のだ。むしろカレーがまずい店などあるなら教えてほしいくらいだ。
しばらくするとカレーが出てくる。給食のカレーを思わせるド定番
の味で安心する。美味美味。
カレーを堪能ししばしぼんやりと今日のことを考えてみる。電車
に乗るのも面倒だし、三連休だからバスも混んでそうで嫌だ。だか
ら歩ける範囲で行けそうな場所に行こうと思い、鴨川デルタに行っ
てみることにする。
何故に鴨川デルタ。行ったことのある皆さんは疑問に思うだろう。
賀茂川と高野川が合流する三角州、通称鴨川デルタ。確かに晴れて
いれば川の水と風の涼しさで気持ちいい場所であるが、別にそれ以
外には何もない。何か別の目的で来たついでに寄るとか、単純にお
散歩デートだとか、川沿いで遊ぶだとか、気分転換にまったりする
だとか、そういう時はとても快適な場所であるが、女ひとりがそれ
を目的として行くような場所ではない。
だがしかし私は行く。暇だから。要するに惰性である。あと、進
々堂さんを出てひたすら右、西にまっすぐ行けば多分着くだろうと
いう、方向音痴的な意味からも鴨川デルタなのである。さすがの私
336
もまっすぐならば迷うまい。出町柳駅のほうだしな。
そうと決まればさっそく出発する。しかし数十メートル歩いたら
古本屋を発見しいきなり寄り道する。いやぁ、普段行かない街の古
本屋ってラインナップ気になるじゃないですか。場所柄ゆえわりと
専門書が多いが、心理学の本なんかは︵私は心理学科卒︶﹁お、こ
れ面白そうだな﹂と思うものもあり、買おうか結構本気で悩んだが
荷物が重くなるので諦める。
百万遍交差点まで来ると、郵便局があった。そういえば手持ちの
現金が心許ないのを思い出し、ATMコーナーに入る。ゆうちょ銀
行のATMは土日祝日も手数料0円で引き出せるのでありがたいの
だが、ATMコーナーがあっても日祝日は利用不可だったりするの
で結構めんどくさい。実際宿の近くの二箇所の郵便局は土日祝日は
ATM利用不可だった。しかし百万遍郵便局は土日祝日もオッケー
だ! ATMで現金を引き出し財布も安心となったので、引き続き右に
まっすぐ進む。昨日の琵琶湖みたいに今は姿が見えなくても、進ん
で行けば着くはずだ。なにしろまっすぐなのだから!
およそ二十分も歩けば到着するだろうと思って歩き、そしてだい
たいそれぐらいの時間が経った頃、踏切と駅が見えた。きっとあれ
が叡山電鉄の出町柳駅であろう。順調である。踏切を超えればおそ
らく鴨川デルタ付近だ。鴨川デルタで鴨川カップル等間隔の法則︵
鴨川の川岸で安らぐ人々︵主にカップル︶はどれだけ増えても間隔
が等間隔である法則︶を小馬鹿にしてやるんだ! 等間隔はもうち
ょっと下流の方の話だと思うけど!
そしてずんずんと道を進む。しかし川は一向に現れない。川沿い
の雰囲気とか空気感すらない。これはちょっと、おかしいなと思い
駅まで戻り駅名を確認する。
その駅は、出町柳駅ではなく元田中駅であった。元田中駅は、ス
タート地点から見ると北側である。
なんということだ! まっすぐなのに迷った!
337
西に進んでいたはずなのに、気付いたら北に向かっていたのだ。
天狗だ天狗! これを天狗の仕業と言わずして何と言おう! まっ
すぐ進んでたのに西が北ですよ! 時空が歪んだとしか考えられな
いじゃないですか!
真っ昼間だというのに自らに降りかかった怪現象に呆然とし、ま
さに﹁狐につままれるとはこのことだ﹂などと思いながらとりあえ
ず元来た道を戻る。しかし時空が歪んでいたら、戻ったからといっ
て元の道に帰れる保証はない。叡山電車に乗ればいいじゃん、と思
われるかもしれないが、電車などという他人にハンドルを委ねるも
のに乗り込むだなんて、天狗だの狐だのにしたら思う壺ではないか。
或いは、叡山電車自体が狸が化けたものかもしれないし!
完全に森見登美彦作品が好きすぎて色々こじらせている思考回路
に陥るが、歩きながらも﹁おっかしいなぁ、まっすぐだもんなぁ、
迷いようがないもんなぁ﹂と首をひねらせる。しかし生来のオカル
ト好きである私は﹁こりゃマジで天狗に騙されたかもなぁうへへ﹂
と若干浮かれ気分であったことも否定しない。
そしてかかった時間と同じ分だけ道を戻ると、無事百万遍交差点
に着いた。とりあえず戻ることはできたが、再び鴨川デルタを目指
して歩き始めたからといって辿り着けるかは別問題だ、と襟を正す
ような気分で四方を見渡すと、さっき入った郵便局が目に入った。
!
私は悟った。今回の場合、郵便局を出たら西に行くためには直進
しなければならないのである。なのに私は右に行った。東西南北を
理解している方ならば、自分から見て前方が西である場合、右に行
ったらどちらに向かうことになるかご理解頂けるだろう。そう、北
だ。
天狗に騙されたのでも何でもない。東西南北という概念は理解し
ていても感覚的にそれをうまく捉えられない私は、進々堂さんで思
った﹁えーと、西だから右だね﹂という文言だけを頭の中に留め、
郵便局に入り若干東西南北にズレが生じたのにも気付かずに、﹁え
338
ーと右﹂と思って進んだだけの話しである。
みなさん、方向音痴の思考回路ってこういうことなんですよ! なぜこんな単純な道を迷うのだ、と思う方もいるでしょうが、俯瞰
的に東西南北を捉えられないため地図をぐるぐる回したり前後左右
だけで目的地を探そうとするから、一度ずれると全部ずれる!
でもまぁ、原因に気付いただけマシだな⋮⋮と思いながら正しい
方角に私は歩き直す。あのまま気付かなかったら私は完全に天狗の
せいにしていた。天狗にしてもとんだ名誉毀損だ。そして世の中の
﹁目的地に辿り着けない﹂系のオカルト話は大半が方向音痴のせい
なんじゃなかろうかとぼんやり思う。私みたいなのが山ほどいるに
違いなく、そういう人にオカルト界は支えられているのです。なむ
なむ。
しばらく歩いていると、もうものすごくわかりやすく鴨川デルタ
が現れた。おー、写真でよく見る風景! 橋を渡り三角州部分に降
りていくと、学生や子ども達が川沿いで遊んだりまったりと語らっ
たりしている。へいわー。しかしデルタの先端部分にはなぜか男子
学生二人が座ってまったりと語らっており、君たちはもっと違うデ
ルタに突入したほうがむにゃむにゃと最低の発想を思いつくが、こ
のエッセイは年齢制限無しなので詳細は言わない。
三角州部分をぐるりと歩き橋に戻ると下鴨神社の看板が見えた。
そういえば下鴨神社も世界遺産なのであるから、ここまで来たなら
行っておくべきであろう。矢印に向かってぐんぐん進む。途中で裁
判所があったので掲示板を見る。離婚訴訟の通達ばかりであるので
家庭裁判所のようだ。世知辛い。
下鴨神社には無事に辿り着く。参道・本殿以外にも糺の森の中を
ちょっと散歩できるらしいので、暑かったので糺の森に入ってみた
が、ものの十数分の間に蚊に十箇所くらい刺されて軽い苦行状態に
なる。香水とかつけてないのになぁ⋮⋮。苦行状態になったところ
で本殿のお参り。何のご利益があるのかよくわからないが、行った
先の神様にご挨拶するのは大事であろう。偽名︵なろうにおけるペ
339
ンネーム︶で畏れ多い苗字名乗っててごめんなさい! あととりあ
えずもう道に迷いませんように! なむなむ。
本殿を出ると若い子がきゃあきゃあとたむろしているお社を見つ
ける。どうやら縁結びのご利益があるお社らしい。というか下鴨神
社って縁結びで有名だったんですね。東京戻ってきてから知った。
その時はそんなこと存じ上げないので、﹁おぉ、良縁ならばいくら
でも来て頂いて結構だ! 悪縁は御免被りたいが﹂などと気楽なこ
とを考えながらお賽銭を入れお参りをする。しかし客観的に見れば、
縁結びご利益の神社に三連休一人で来てお参りしてる三十路女なん
か地雷にしか見えまい。まぁ今更どうでもいい。
そして下鴨神社をひと通り参拝し、再び裁判所の近くを通り、﹁
縁結びと家庭裁判所がこんな近距離だなんて、ある意味至れり尽く
せりだな﹂みたいな気分になりながら再び鴨川デルタに戻る。人の
心は諸行無常なのであります。
諸行無常ですがこの日の話しはまだ続く。
340
鴨川デルタと四つ葉と真夜中の徘徊︵前書き︶
前回までのあらすじ
﹁琵琶湖に行きたい﹂と思い立ち、大津から京都は近いのでとりあ
えず京都に行く。無事琵琶湖と大津祭の宵宮は堪能したが、大津祭
本祭の日は寝坊したので﹁歩ける範囲のところを観光しよう﹂と鴨
川デルタを目指す。知らない人に毎日話しかけられたり、まっすぐ
なのに道に迷ったり、下鴨神社で虫に刺されまくったり、まぁ色々。
341
鴨川デルタと四つ葉と真夜中の徘徊
下鴨神社も後にした私はまた行くあてもなくなってしまったので、
鴨川デルタに戻ってきたのだった。さっきと同じように三角州に降
り立ち、川岸をぼんやりと見つめる。この辺はあまり鴨川等間隔の
法則が働いていないようで︵あの法則は主に三条から四条の繁華街
の川岸の話しらしいです︶、というか大学生の写真サークルっぽい
人達がわんさかと集団で水辺をウロウロしているので、もはやデル
タ部分は混沌とすらしていた。そのような混沌の中で仁王立ちで立
つ女、それが私。別に仁王立ちで立つ必要など一切ないのだが、水
辺にぼーっと突っ立ってると﹁死に場所を探してる女﹂っぽさが出
て人様にあらぬ誤解を与えそうだからな。一切死ぬ気はなさそうな
図太さを演出しておいたほうが良かろう。そう、演出なんです、実
際図太いわけじゃないんです。
しかし図太さを演出したところでやることはぼんやりである。た
だ川の風がキモチイイなぁだとか、あの大学生の集団みんなデジイ
チみたいなの持ってるけど全然写真撮るつもりなさそうだなぁ、だ
とか、﹁あれが噂のファッションとしてのカメラ女子か﹂などとい
じわるな思考ばかり浮かぶ。どうでもいいけど雑誌やネットの記事
でたまに見るカメラ女子特集は、どうして﹁カメラ女子の撮った写
真﹂ではなく﹁写真を撮っているカメラ女子の写真﹂ばかり掲載さ
れるのか。お察し下さいということか。
まぁでも、あぁいう自己演出が上手い女の子ががっつりと幸せを
掴んでいくのだろう。欲しいものを手に入れるための努力と思えば
それはそれで尊敬に値する。私のように﹁あーモテたいなぁ﹂と思
い色々努力してみたもののその方向性は頓珍漢で、別にそんなに好
きでもないモテファッションに一時は身を包んでみたものの特にモ
テることもなく、今その反動が盛大にやってきて近所に売ってる﹁
安全第一﹂と書いてあるジャージが本気で欲しくなったり、旅先で
342
ジャージで徘徊して住んでる人に道訊かれたりしているのだ。ジャ
ージジャージジャージ! でも一応お出かけ用のジャージとくつろ
ぎ用のジャージは明確に区別している。そういえば昔友人めがねが
﹁これは家用のスウェット、これはおでかけ用のスウェット﹂など
と言っていたのを馬鹿にしていたが、今振り返ってみれば私のジャ
ージに対する態度はそれと同じであり彼女を馬鹿にすることなんて
できないのだ。
そうして私達は順調に婚期を逃している。
カメラ女子からものすごくどうでもいいことに思いを巡らせてし
まった。そろそろ日も陰って来たので、また迷ってしまう前に宿に
戻ろうかとふと元来た橋の方に目をやると、近くにいたカメラを持
った細身のおじさんと目が合った。おっさんは突然、ずんずんとこ
ちらに歩いてくる。なんだなんだ、全然知らない人だぞ、宗教勧誘
か!
そしておっさんは私の近くまで来て、唐突にこう言ったのだ。
﹁すいません、僕フリーのカメラマンなんですが、ちょっとでいい
のでモデルになってもらえませんか?﹂
一応言っておく。私は別に美人でもなく、かといって特別面白い
顔というわけでもない。それは初対面の人に﹁知り合いに似てます﹂
とか、﹁えぇと、⃝⃝さんでしたっけ﹂﹁違います﹂みたいなぼん
やりとした印象を与えがちであることから推察される。故におっさ
んは、ただ川岸で仁王立ちで立つ変な女の写真を撮ってみたかった
だけなのだろう。それか、おっさんは非常に人のよさそうな顔をし
ているが、三連休下鴨神社に縁結び祈願に一人でやってきた必死な
女を自尊心をくすぐる言葉でだまくらかそうとしている可能性もゼ
ロではない。こないだの宗教勧誘の件もあるし、だいたいこのご時
世、知らない人の写真に写るのとか絶対イヤだ。なので﹁いやぁ、
恥ずかしいのでイヤです﹂と適当にお断りする。
おっさんはすぐに引き下がってくれたが、毎日毎日なんだんだ一
体! ただひたすらにぼんやりするためにわざわざ関西まで来たの
343
に、なんで毎日知らない人に道端で話しかけられるのだ! いや、
関西だからだろうか。関西の人ははそこらへんの見知らぬ人に話し
かけたりすることに対し、関東の人よりも抵抗がないのだろうか。
いやしかし、東京にいても結構人に道は訊かれる。ただ、東京にい
るときは目的を持って外出していることが多いので、それほどぼん
やりはしていない。
ぼんやり度。関東関西というよりも、多分これだな。人は道端で
困ったとき、ぼんやりしている人に助けを求めがちである。しかし
助けを求められたほうはぼんやりして思考回路は停止寸前ゆえ、困
り事に対して明確な回答を提示できることは決して多くないだろう。
メモメモ。
漠然とそんなことを考えながら橋を渡り、宿の方に戻る。いい加
減一人だとマジで暇だなぁと思い始めた私は、京都在住の中村氏に
メールで連絡をする。
﹁連休なので京都にいる。ひとりで来たので暇﹂
しばらく歩いていると中村氏から電話が来る。
﹁いつからいるの! なぜ事前に連絡をしない!﹂
﹁金曜から。ふらっと来たので連絡し忘れていた﹂
﹁ふらっとにしたって、木曜の夜に思いついて来たわけでもあるま
いし! 計画を立てた時点で連絡をくれれば休み取ったのに! っ
ていうか金曜に来たのに今︵日曜夕方︶連絡って!﹂
﹁お忙しいかと思って﹂
﹁まぁいい、今どこにいるの。なにしてんの﹂
﹁鴨川デルタに行って帰ってきた。あと下鴨神社。今日はそれだけ﹂
﹁前にも言ったと思うが、もっと左京区から出ろ! 引き篭もりめ
!﹂
中村氏は夕方∼夜に仕事があることが主なので、この時間は一番
気力体力共に充実していているようだ。長年の付き合いということ
もあり言いたい放題言ってくるが、全て尤もな発言であるので論駁
のしようもない。
344
﹁とにかく今日は午前0時まで仕事だから、また連絡する﹂
﹁うん、暇だったらでいいよー﹂
ぼんやりとしたまま電話を切る。とりあえず、少なくとも午前0
時までの暇は確定したのでそろそろ夜ご飯を食べる場所を探す。宿
に戻り色々調べたが、結局近所にある超並んでるうどん屋さんにす
ることにした。ここは以前も並んで美味しかったのだが、揚げ餅う
どん食べてたら隣に座ってたバズーカみたいなカメラ持った韓国人
に﹁コレ!︵僕のうどんにもトッピングして!︶﹂と揚げ餅指差さ
れたトラウマがある。でもまぁ考えるのめんどくさいからもういい
や。THE出不精。
だらだらしてたらちょうどご飯時になってしまったので、列はピ
ークを迎えているようだった。でも別に予定もないから問題ない。
しかもこのままうどん食べたら銭湯行く準備も出来てるしな。スマ
ホをいじったりしながら気長に待つ。並んでしばらくすると店員さ
んが先に注文を聞いてくれるのだが、ものすごく響く元気な声で﹁
おひとりさまですねぇー! ご相席をお願いする場合もございます
が、よろしいでしょうかぁー!﹂と言われるとさすがにちょっと気
恥ずかしい。が、自分が思うより人って他人のこと気にしてないだ
ろうからきっと気にするほどのことでもないのだろう。
その後もぼーっと待つ。相変わらず待つ。三十分ぐらい待ったと
ころで突然前に並んでいたお姉さんが﹁よつば! あぁああ! よ
つば! 写メ写メ!﹂と突然タクシーの写真を撮りだした。お客さ
んを乗せるために目の前に停車したタクシーは確かに四つ葉のクロ
ーバーマークを掲げるタクシーであった。一体何にそんなに騒ぐの
だと思ってその場でスマホで調べたら、三つ葉マークを掲げるタク
シー会社が所有する約1400台のタクシーの中に、4台だけ四つ
葉マークのタクシーがあるらしい。で、それは流し専門で予約もタ
クシー乗り場で待機することもないので、見れたらレアで幸せにな
れるらしい。へー! 完全に前に並んでいたお姉さんのおかげだが
ラッキー。あのときのお姉さん、今更ですがありがとうございます。
345
しかしそんな四つ葉タクシーの目撃も待ち時間の折り返しで、さ
らにそこから三十分ぐらい並んだ。ネズミの国のあまり人気でない
アトラクションよりも余裕で長時間並ぶ。魅惑のチ⃝ルームとか並
ばなすぎてむしろ中に入って寝るポイントなのに。近年ではキャプ
⃝ンEOでもほとんど並ばず中に入って爆睡したけど。やや論点が
ずれた。
とにかく一時間ほど並んで、山芋うどんという素朴なうどんを食
べる。揚げ餅うどんは韓国人のトラウマがあるからな。これも美味
美味。そしていつも油断するが、ここのうどんの器は深くて見た目
の印象より量がたくさん入っているので最後のほうで苦戦する。美
味しいので食べるけど。
店を出たあとは銭湯に行き、日付が変わる頃に中村氏からの連絡
で﹁夜の街を徘徊しようぜ﹂ということになり二時間ぐらいウロウ
ロする。徘徊はほんとうに、ただ徘徊していただけだ。最近の近況
などを報告しあい、だらだらと温かいお茶をコンビニで買ったりし
て歩きまわり、午前三時前くらいに別れて就寝した。
しかし、人のことを散々﹁京都に来てまで左京区で引き篭もり﹂
と言う中村氏であるが、彼は彼で京都在住歴も三年を超えたのに﹁
先日初めて三十三間堂に行った。修学旅行生ばかりだった﹂と言っ
ていたので、あんまり中村氏も人のこと言えない生活だよな、とま
たしてもぼんやりと思うのだった。
346
ぼんやりの果てに︵前書き︶
前回までのあらすじ
実はまだ続いていたこの旅行記、大津祭を目的に京都に行き、素数
ものさしを手に入れ道端で色々な人に話しかけられながらただひた
すらにぼんやりと過ごしている。
京都まで来て一体何をしてるのだと言われそうだが、大津祭以外は
ただぼんやりするために来たのだから目的は達成されている。
347
ぼんやりの果てに
前日夜中まで中村氏とあまり意味のない徘徊をしたので、やはり
目が覚めると昼前だった。ぼちぼちと準備をして宿を出たが、今日
はほんとうにすることが別に無い。なので母親への誕生日プレゼン
ト兼おみやげを購入したり、中村氏に教えてもらった﹁中国人ばっ
かりがいる中華屋、味も中国人向け﹂という中華屋に入ろうとした
がやっぱり止めたところで、チャリに乗った出勤途中の中村氏とす
れ違い﹁おー! いってらー﹂とか言ったり、実に平和なのであっ
た。
中華屋に入るのを止めた私は、少し歩いたところにある素材に色
々こだわってるらしいカフェに入ることにした。いわゆるカフェご
はんである。しかし連休最終日とはいえ一応休日であり、近くに有
名な観光地もあるのに、午後一時の時点で店内にはお客らしき人が
見当たらない。多少歩くとはいえお昼ごはんスポットとしては十分
検討範囲内であるのに、大丈夫かこの店。
お店に入ると店員さんが﹁いらっしゃいませー﹂と声をかけてく
れる。そして﹁空いてるお席へどうぞー﹂となるかと思ったら、な
んか知らんが﹁こちらへー﹂とすごい薄暗い店の片隅の席に通され
た。こんなに空いてるのに! こんなに空いてるのに! そりゃ、
時間帯的にこれからいきなり団体客が入って来る可能性も十分あり
得るのだから、ひとり客にソファーを占領されては困るのかもしれ
ないけど、それにしたってもうちょっと風通しが良く少人数向けの
席だってあったのだ。それなのに、テトリスで隙間を埋めるが如き
隅っこの薄暗い席へ!
まぁ﹁あっちの席がいいです﹂と言えば変えてくれたのだろうけ
ど、﹁こういうところが微妙に繁盛してない理由なのだな、自分も
気をつけよう﹂みたいな気持ちになり素直に通された席で黙々と本
を読む。ちなみに私のすぐ後に入ってきたお一人様のお客さんは、
348
四人がけぐらいのソファー席に通されていた。どういうこっちゃ。
私だってジャージでもあるまいし、そんなに人目に晒してみっとも
ない格好はしてなかったはずだぞ!
細かいことが気になりつつも、出てきたご飯は美味しかった。非
常に健康的なメニューだし、旅行で食事のバランスが崩れがちなと
きにはとてもいいと思う。細かいことを気にしなければ。
そしてお店を出たが、この日の午後の予定は本当に特筆すべきこ
とは無い。そもそもこの旅は大津祭が目的であり、そしてぼんやり
が目的であり、何故にわざわざぼんやりするために京都まで来たの
かといえば、日常生活が煮詰まりすぎて焦げ付いていたからである。
要するに現実逃避である。なのでもう考えることすら面倒になり、
某国立大学にまたしても侵入し某コーヒーショップでコーヒーを買
い隅っこの席でMacをいじりながらただぼーーっとしていた。一
応Macを開いているので執筆中の小説に手をつけてみたりしたが、
この小説がまた難産なのだ。話の展開はだいたい完成しているのに、
肝心の文章がどうもしっくりこなくて冒頭の原稿用紙二十枚分くら
いの部分をもう五回くらい最初から書き直している。なんかこう、
職場で会えば仲いいしお昼ごはんを一緒に食べたりもするしどんな
ことが趣味なのかも知ってるけど、職場以外では遊んだことない人
みたいな微妙な距離があるのだ。微妙にしっくりこない文章の羅列
を見ながら﹁もうちょっと仲良くしましょうよー﹂などと口の中だ
けで呟いてみたりする。しかし反応は薄い。あー、難儀難儀!
そんなことをしながらただ時間を潰し、﹁あぁ明日帰るのか。帰
りたくないなぁ﹂という何もしてないわりには毎回恒例の逆ホーム
シックになりつつ学校を出る。夜は洋食屋でオムライスとサラダを
食べる。ちなみにこの洋食屋、オムライスとサラダは小、中、大と
サイズが選べるのだが、小を選んでも全然小じゃないので結構食べ
るの大変だ。美味しいけど。最後は苦行のような状態になりながら
何度も店員さんにコップの水を補充してもらいつつ完食。あれは小
ではない。あれが中でちょうどいいはずだ。
349
動くのもしんどいのでしばし席でお腹が落ち着くのを待っている
と、中村氏からメールが来た。﹁日付変わる前には仕事終わるから、
夜遊びに行くだよ!﹂なんだかんだ言っても中村氏はいい奴なので
ある。というか私の周りの人達はとてもいい人達ばかりだなぁとつ
くづく思う。友人めがねもしかり、立花くんもしかり、そしてその
ほかの友人もそうだが、他人を利用してやろうだとか利害関係の有
無だとかそういう思いが全然無く、ただぼんやりとやってきた私の
ために時間を空けてくれたりもてなしてくれたりするのだから。そ
して私が彼らに対して何か特別なことをしたことがあるかといえば
そうでもない。むしろ中村氏に対しては、彼が京都から東京に来た
際﹁渋谷にいるからご飯食べようよ﹂と連絡をくれたことがあった
が、﹁渋谷は家と逆方面だから銀座︵当時の職場︶まで来てよ﹂な
どと言い捨てたことさえあるのに。多分私は前世で積んだ徳を今世
で湯水のように使い尽くしている。
まぁそれはいい。お腹も落ち着いたところで宿に戻り、帰りの準
備をしつつ中村氏からの連絡を待つ。二∼三泊が妥当と言われたサ
イズのキャリーバックに、四泊分の荷物を詰めているのでぎゅうぎ
ゅうである。でも詰める。お昼ごはんを食べたお店の如く隅っこか
らぎゅうぎゅう詰める。
そうこうしているうちに午後十一時近くになったので、一度部屋
を出てテーブルや椅子が置いてある共有スペースに行く。スペース
には先客がいて、私が最初に荷物を預けたスタッフの青年がいた。
この青年とは最初に荷物をどかどかと預けた後、ほとんど会話をし
ていない。なんか話しかけたほうがいいかしらと思いつつも、彼は
彼でゲストハウスのスタッフのわりには人見知りっぽい雰囲気を醸
し出しているので、彼同様人見知りの私は無理に話しかけてもお互
い気を使ってめんどくさいだろうと勝手に判断し、無言でちょっと
離れた場所の椅子に座り置いてあった漫画を読む。
しばらくすると中村氏からの着信。
﹁もうすぐ仕事終わるから、宿でチャリ借りてお店のほうまで来て
350
よ﹂
﹁チャリか⋮⋮乗るの十年ぶりぐらいだけど大丈夫かなぁ。てか宿
のチャリあいてるかなぁ﹂
﹁さっき山野くんに聞いたら、今日はチャリあいてるってゆってた
から、大丈夫なはず。山野くんに言って一緒に、こっちにチャリで
来たらいい﹂
﹁は? 山野くんてだれ﹂
﹁宿のスタッフの山野くんだよ。山野くん、俺の友達なんだ。さっ
き連絡して、今泊まってる神楽って人は俺の同級生だから、その人
連れて飲みに行こうって言ったら﹃いいですねぇ﹄って言ってたよ。
だからすべてあいつは事情を知っている﹂
﹁⋮⋮山野くんて、どんなん﹂
﹁短髪でわりとはっきりした顔してて、酒が入らないと口数の少な
い男﹂
⋮⋮。私の目線の先には、共有スペースで寡黙に本を読むスタッ
フの青年の姿があった。
﹁すいません、あなた山野くんですか?﹂
﹁⋮⋮そうです、すいません、なんか、名乗り出るタイミングを見
失って⋮⋮﹂
﹁山野くんを認識した。今から行く﹂
﹁オッケー待ってる﹂
そうして私と山野くんは自転車に乗って三条に向かう。しかしこ
の四日間、﹁お互い必要最低限のことしか喋らない﹂というスタン
スでいたので、今更世間話をしようにも微妙に会話に困る。
﹁神楽さんは中村さんのお友達だったんですね⋮⋮﹂
﹁あぁ、すいません言わなくて。知り合いだなんて思ってなかった
から﹂
﹁いや、僕も神楽さんが中村さんの友達と聞いて、びっくりしまし
た。中村さんのお友達って、なんかこう、ぐいぐい来る人多いから
想像もしてなくて⋮⋮﹂
351
なんだそりゃ。まぁ確かに私に押しの強さは皆無だけども。世間
話が底をつく前にチャリを飛ばし中村氏のいるお店に到着する。ま
ずそこで一杯飲み、中村氏を交えて山野くんの基本情報を聞き出す。
山野くんは結構年下であった。今年本厄の男であった。そして厄年
のせいか結構ヒドイ目に遭っていた。さらに﹁それ厄祓いしてもら
ったほうがいいよ! 厄年ナメないほうがいいよ! 私の周りの男
の子、大抵二十代の厄年でヒドイ目にあってるもん!﹂と警告する
と、すごく素直に﹁そ、そうなんですね⋮⋮厄祓いって効果あるん
ですね、せっかく京都にいるので考えておきます﹂と受け入れる素
直な青年であった。
﹁でもいいこともありました、厄年﹂
﹁えー、どんなん﹂
﹁僕、酒飲むとすごい酔っ払っちゃうんですけども﹂
﹁うん、山野くんは飲み過ぎるとヒドイ。酒癖悪い。普段こんなに
寡黙なのに、突然店にあったギターを特に許可無く弾き鳴らしたり、
呂律も回らないまま意味のわからないことを延々と喋り続けたり﹂
﹁⋮⋮それは普段の態度と相まって尚更酒癖悪いなぁ﹂
﹁自覚はあるんですよ一応。でも、こないだ来た日本好きの日本語
ペラペラのドイツ人と結構仲良くなって、明日帰るっていうから、
一緒に飲みに行ったんです﹂
﹁ほー。いいね、異文化交流﹂
﹁一応馴染みの店に行ったので、僕の酒癖の悪さはまぁ笑って許し
てはもらえてるんですが、その日はそのドイツ人と仲良くなれたっ
ていうのと、明日帰っちゃうっていうので、ちょっといつも以上に
飲み過ぎて⋮⋮﹂
﹁⋮⋮なにやらかしたの﹂
﹁いや、やらかしたっていうか⋮⋮飲み過ぎてもう僕がグダグダの
ベロベロになってる横で、そのドイツ人がずっと、﹃ヤマノさんは
僕が明日帰るから、僕を楽しませようとちょっと飲み過ぎて、こん
なんなっちゃってるんです! ヤマノさんは、僕のために! 僕の
352
ために! ヤマノさんはとても親切なんです! 友達思いの人なん
です!﹄ってずっと言ってたのが、すごく嬉しくて﹂
﹁⋮⋮それは良かったね⋮⋮﹂
﹁結局そのままそのドイツ人は僕を一緒に宿に連れて帰ってくれた
みたいで、でも朝起きたらもう、出発後でいませんでした。でも、
あとで空港からメールくれて、それが、またすごく嬉しくて。これ
なんですけど﹂
ヤマノさんへ
飛行機の時間があるのでご挨拶できませんでしたが、僕はドイツに
帰ります。
ヤマノさんのおかげでとても楽しかったです。
また日本に来るので、そのときは遊んでください。
﹁なんだこの完璧な日本語!﹂
﹁これでこの人日本に留学経験ないんですよ。日本が好きで数年日
本語の勉強してたらしいけど﹂
﹁すごいなこのドイツ人⋮⋮﹂
﹁すごいですよね、ドイツ人って、やっぱり真面目で丁寧な人達な
んですね﹂
﹁いや、この場合はドイツ人全般がというより、このドイツ人がす
ごくいい奴なんだと思うけど⋮⋮﹂
日本人の﹁おもてなし﹂が海外へのアピールポイントになるだの
何だの言ってるが、どこの国にも一定数﹁ものすごく丁寧でいい人﹂
というのはいるのだな⋮⋮当たり前だけど。
その後も、一杯か二杯飲んでおつまみを食べては次の店に移動す
るというスタンスを繰り返し、行く先々で﹁隣の自作自演女﹂﹁西
のマインドコントロール男﹂だの、﹁それ警察沙汰にならなかった
んですか、あぁやっぱりちょっとなったんですね﹂という話しを色
々な人から︵山野くんの体験談ではない︶聞きまくり、私は﹁みん
353
な案外厄年みたいなことになってますねぇ﹂とやや的を外したコメ
ントを残した一方で、山野くんはいよいよ酒が回ってきて﹁僕は神
楽さんを素っ気ない人だと思ってましたが、今はこうやって楽しく
一緒にお酒が飲めて嬉しいです﹂などと本音と社交辞令を言い始め
たのでややめんどくさくなる。
結局四軒ぐらい移動しては飲み、を繰り返し、朝も四時を過ぎ開
いてる店もなくなってきたので帰ることにする。帰り道自転車に乗
りながら中村氏と﹁心霊現象に遭遇しないかなぁ﹂﹁京都に住んで
三年過ぎたが、無いなぁ﹂とお喋りしている後ろで山野くんは﹁い
いなぁいいなぁ仲良くていいなぁ﹂と変な絡み方をしてくるのでや
はりややめんどくさくなる。
宿に着き中村氏とは﹁じゃねー明日帰るわー﹂とあっさり別れ、
山野くんとは﹁おやすみー﹂とあっさり挨拶してそのまま寝た。
そして目が覚めるとチェックアウト時間の一時間半前くらいだっ
たので、﹁おぉおこれはやばい﹂と急いで準備をし、荷物を片付け
て山野くんとは別のスタッフ︵山野くんの名誉のために言いますが
山野くんは住み込みで働いてるので宿にはいるがこの日は非番です︶
に﹁お世話になりましたー﹂とご挨拶をする。一応山野くんにも声
をかけようかと思ったが、部屋を覗くと爆睡しているようだったの
で、ドイツ人を見習って何も告げずに帰ることにする。しかしドイ
ツ人とは違い私は山野くんのメアドを知らないので、山野くんを喜
ばせるようなメールは送ることはできないがまぁいいや。なので、
昨日酔っ払いつつも﹁次来たときは一緒に嵐山に行こう﹂と約束し
たのだがそれを覚えているかも定かでない。でもまぁ、こういう旅
ならではの社交辞令も悪くない。
そして台風が近づく中、漬物を買って台風よりちょっと先に東京
に到着したのでありました。
今回の旅で得た教訓は、﹁あんまりぼんやりし過ぎてもいけない﹂
であります。でも素数ものさし買えたので概ね満足であります。そ
んで調子に乗って旅行後に会ったあらゆる人に素数ものさしを自慢
354
しているが、皆反応はイマイチでありそもそも﹁素数とは﹂みたい
なところから説明しないといけなかったりしているので、私があん
なに渇望した素数ものさしも世間的にはそんなに熱狂度は高くない
のだなぁ、とわかっていても実感してちょっとさみしくなったりし
てる今日この頃です。
355
冬の入口、腹巻きの季節
京都でぼんやりし過ぎたおかげか、最近はぼんやりも抜け出しむ
しろやたらとエネルギッシュに生きている。しかしそのエネルギッ
シュの方向性をいつも間違った方向に発揮するので、突然夜中に﹁
ポアンカレ予想って結局どういう予想なのさ﹂などと気になり出し、
四時間ぐらい布団の中でスマホで調べたり考え込んだりするも結局
素人が付け焼き刃で理解できるはずもなく、次の日の仕事が猛烈な
寝不足だとかいう大人としてそれどうなのさ、という日常を送って
いる。こういう突然の︵主に専門外の分野に対する︶好奇心の暴走
と異常なまでの集中力を、何らかの仕事に活かすにはどういう仕事
に就けばいいのか結構真剣に悩んでますが、悩んだところでさくっ
と答えが出るわけでもないのでとりあえず目の前の仕事と課題を片
付けている。
しかしそんなふうにぼんやり過ごしたりエネルギッシュに過ごし
たりしていても確実に消費されていくのか時間。気付けば東京でも
木枯らし一号が吹いてもうすぐ北風小僧の寒太郎がやって来て寒う
ござんすとか言い出すのだろうが、それはこっちのセリフなのであ
る。お前が来るから寒いのだ。こいつは寒さと自分の存在自体の因
果を理解してないのか? でもそれならば彼の周りは常に冬であり
寒いのであるのだから、四季のひとつとしての冬、通年で比較して
感じる寒さ、をわざわざ口にするのも変な話し︵すごく雑に言えば
同じ温度・湿度に管理された部屋で一年中過ごしてる人が﹁寒くな
ったね﹂とか言わなくない? 的な︶なわけであるから、彼は果た
してどこから生まれどこに帰っていくのだろうか。実存主義なのだ
ろうか。我思う故に我あり。まぁどうでもいいや。なんにせよ四季
があるのは素晴らしきことであります。
というわけで、唐突だが私の冬の愛用品は腹巻きである。
腹巻きがバカボンのパパ或いはじゃりン子チエのテツの愛用品で
356
ありトレードマークであったのは今は昔。今はやたらオサレな腹巻
きや自分の好きな長さで切売りしてくれる腹巻きまであるらしい。
同じ柄でレディース用メンズ用を取り揃え﹁彼とお揃い☆﹂なやつ
とか。書いといてあれだが、全然知らないうちに腹巻きがおしゃれ
インナーとして結構な市民権を得ていてびっくりする。いや、私だ
って人より腹巻き歴は長いかもしれないが、そもそもインナー業界
が﹁腹巻きを若い人の間でも浸透させましょう﹂と仕掛けた企画に
乗っかっただけの人間だけどさ。
それでも数年前友人達と紅葉を見に行った際はまだ、腹巻きはそ
れほどおしゃれインナーとしての市民権を得ていなかった。一緒に
行った友人の亀ちゃんが﹁薄着なようだけど、寒くないかい、大丈
夫かい﹂と心配してくれるのに対し私は﹁大丈夫腹巻き巻いてるか
ら﹂と腹巻きをチラ見させたところ、亀ちゃんは﹁神楽さんは! 言わなきゃバレないのに! 全部言う! 腹巻きって! まったく
!﹂となぜかぷりぷりしていたというのに。
とにかく、紅葉の季節、徐々に染み入る寒さが身体に響く季節か
ら、私は腹巻き愛用者となるのであった。最近はほぼシルク素材の
腹巻きを愛用しており、これが薄くて洋服に響かないのに、じんわ
りと内臓を温めてくれる感じでとても良い。私が購入しているとこ
ろはロングサイズもあり、それは胸のあたりからお尻までびろーん
と包み込んでくれるので﹁やぁ!﹂と突然両手を挙げたりしてもニ
ットの裾から脇腹がチラ見したりしないという利点もある。腹巻き
って偉大。
というわけで、腹巻きのデザインや素材の選択肢が広がって嬉し
いなぁ、もう腹巻きはバカボンのパパだけのものではないよ、と思
いながら色々ネットで物色したりしている。だけどふいに、メンズ
用腹巻きの紹介ページとかでモデルが﹁どやっ!﹂な顔で腹巻き巻
いてる写真とか見ると、﹁いくらかっこつけても腹巻きは腹巻きだ
ぜぇ、バカボンのパパなのだよ﹂などと思ってしまうので、結局﹁
腹巻き=バカボンのパパ﹂にこだわってるのは、私自身にほかなら
357
ないのであった。我思う故に腹巻きはバカボンのパパ。
358
電話における地味な戦い
色々の事情により、実家で仕事をしていることも多い。こう言う
とだいたい﹁のんびり仕事できていいねぇ﹂とか﹁ストレス少なそ
う﹂とか言われるが、案外そうでもない。それは別に家族と確執が
どうとかいうデリケートな問題ではなく、単純に電話のセールスが
鬱陶しいという問題である。電話によるセールス及び詐欺というの
は、これだけ個人所有の携帯電話が普及した今でも絶賛迷惑撒き散
らし中なのである。まぁうちの場合は、親がずっと昔から使ってる
電話番号でプライベートの電話も仕事の電話も受けてるから余計め
んどくさいのですけども⋮⋮。
最近多い電話セールスの類は、不要品回収の電話。これは相手も
マニュアル通りに喋ることがほとんどなので、﹁不要品はこないだ
しこたま処分したので一個もないです﹂というと諦めてくれること
が大半だが、まれに苛つく甲高い声で喋るおばちゃんが﹁あらっも
ったいなぁ∼いっ! うちでしたらかなりいい値で買取⋮⋮﹂と苛
つく喋り方で食い下がってくることもある。どうしてあぁいう諦め
の悪い業者のおばちゃんは、皆一様に甲高く苛つく喋り方なのだろ
うか。もう、すごく有名なあぁいう喋り方のおばちゃんが一人だけ
いて、毎日せっせといろんな業者に頼まれて電話かけまくってるよ
うな気さえする。なので最近はこういう類のおばちゃんに当たると
﹁あぁ売れっ子ですねぇ﹂と思ってストレスを和らげている。そし
ておばちゃんの話しが終わる前に﹁不要品ないですー﹂と言いなが
ら電話を切るのだ。
また、苛つく喋り方でもないのに言葉の使い方が微妙で無駄に私
に噛み付かれた業者もあった。その業者は﹁土曜日にお住まいの地
域をまわるので、不要品の提供にご協力頂けませんでしょうかー﹂
と寝惚けたことを言い出すので、﹁はぁ? なんで休日にあんたに
協力しないといけないのさ、あんた何様?﹂と言ったら速攻で﹁失
359
礼しました﹂と電話を切られた。これは私も性格悪いけど、あっち
も悪いと思うぞ!
まぁセールスの類だったら﹁いらないです﹂﹁必要ないです﹂と
きっぱり言っておけばだいたい丸く︵?︶収まるのだけど、タチ悪
いのは詐欺の類の電話なのである。
前にも書いたと思うが、最近うちの近所で振り込め詐欺の電話が
頻発しており、だいたい手口は﹁俺に電話なかった?﹂﹁俺宛に郵
便来なかった?﹂と若い男が逼迫した声色で電話をかけてきて、電
車に鞄を忘れてそこに小切手があってやばいだの、大事な書類を無
くしただの、だいたい使い古されたやり方であるのだ。我が家にも
そういう電話がかかってきたことはあったが︵第92部の話しです︶
、その時は振り込め詐欺と気付く前に普通に﹁どちらさんよ?﹂と
ガラ悪く聞いてしまい、お金の交渉になる前に間違い電話として向
こうから電話を切られてしまったのだ。
﹁せっかく振り込め詐欺の電話がかかってきたのに⋮⋮﹂と不謹
慎にも残念な気分になったので、次振り込め詐欺の電話を私が受け
たときは﹁ドイツ人と物理学を共同研究している弟がいる女﹂を全
力で演じようとしている。仮に﹁俺に電話なかった?﹂と犯人から
言われたら、﹁おうおう、ゲーデンハルトから﹃ヤスの実験データ
が今日中に上がってくるはずだったのに上がってこない、これ以上
遅れるとヤヴァイのに、ヤスと連絡がとれない﹄って早朝に電話が
あったぞ、あいつパニくって時差考えずに電話してきたし英語とド
イツ語混じってて何言ってるかわからんし、こっちはいい迷惑だ!﹂
と言い放ってやろうと思っていたのに、それ以後犯人から電話は来
ない。また、仮に﹁俺宛の郵便来なかった?﹂と言われたら、﹁お
うおう、お前宛に特許関連の書類届いたけどフランス語だからわか
らんぞこれ。パリ条約絡みならばさっさと手続きしないとやばくな
い? ゲーデンハルトと共同研究のやつでしょこれ﹂と言い放って
やろうと思ってたのに、それ以後犯人から電話は来ない。あぁ、残
念だけど平和で結構。
360
しかし、敵は振り込め詐欺だけではない。厳密に言ったらこれも
振り込め詐欺の類なのかもしれないが、得体の知れない会社を名乗
って﹁⃝⃝って会社の債権を回収してる、支払わないと裁判になる﹂
などと言い出すやつだ。こいつは多分、毎回電話番号は違えど同じ
やつと思われ、本当にムカつく人を馬鹿にしたような喋り方をして
くるのだ。非常にストレス! なのでストレスを存分にぶつけてや
ろうと﹁強制執行するなら裁判所から通達来るわ!﹂、或いは﹁そ
んなん代理人通して内容証明郵便送れよ!﹂と、ものすごく適当な
ことを言ってガチャ切りしている。ガチャ切り前の負け犬の遠吠え
の如き悪徳業者の罵声がなんとなく﹁ふぅ、勝ったぜ﹂という気分
にさせる。
だが、先日またこいつから電話がかかってきたときに、私はうっ
かり歯ブラシ中であった。歯ブラシ中故、若干喋りがたどたどしか
ったらしく、電話口の男は﹁あぁ、あんたお嬢さん?﹂と聞くので、
たどたどしい喋りのまま﹁しょうゆうことは、こじんじょうほうに
ゃのでぇ∼﹂と答えた。するとその男は、完全に私を子どもと勘違
いしたのか、これまた人を小馬鹿にした喋り方でこう言った。
﹁はぁ∼? 個人情報とか、お固いナメたこと言ってんじゃねぇぞ
このクソガキ﹂
ふん、馬鹿め。電話口は三十路の女だ。クソババアであってもク
ソガキではない。
﹁ガキじゃねぇよ∼∼∼。ぶわああああああ∼∼か︵歯ブラシの泡︶
﹂
そう言い捨て電話を切った。おほほー。しかしやつは﹁ばぁああ
ああか﹂と言われたのが相当ムカついたのか、今まではガチャ切り
しても電話折り返してくることなどなかったのに折り返してきおっ
た。面倒なので取らずにいたが、いつまでも電話を鳴らしうるさい
ので電話を一度取り、そのまま相手もせずに切ったらもうかけてこ
なかった。やーだやーだ。クソガキとか、そんなお下品な言葉使っ
てやーだやーだ。クソ業者め。
361
しかし、しつこい不要品回収業者にしろ振り込め詐欺にしろ悪徳
業者にしろ、どうしてこういう馬鹿みたいな喋り方をするのだろう
か。ちょっと客観的に見れば、そんな喋り方人に信用を与えるはず
もなく結果的に騙せる数が減るのであるから、電話代や電話かける
労力を考えてもコストパフォーマンス悪いだろう。自分に都合の悪
い反論するとすぐ怒鳴るし。そんなの﹁自分は怪しいです﹂とみす
みすバラすようなものではないか。
そんな効率悪い騙し方するぐらいなら、ここはひとつ、初期投資
としてマナー教室などに通い相手に不快感や不信感を極力与えない
話し方を身につけ、尚且つ相手が付け焼き刃の法律知識などで反論
してきたら詭弁で返せるだけの頭の回転の速さと教養を身につけた
ほうが、絶対に長期スパンで考えたとき騙し効率いいと思うんだよ
ね! 騙されていたことにさえ最後まで気付かないくらい華麗なだ
まし手口を考えたほうが絶対いいと思うの!
そんな話しを友人大野さんに喋ったら、﹁そういう真面目な考え
に思い至らないから、詐欺なんかやってんだよ⋮⋮﹂ともっともな
ことを言われた。そっか、私の中の騙しといったらルパン三世で、
﹁警官が一人交替に来た以外は誰も来ず、怪しいものはいませんで
した! ばっかもーんそいつがルパンだルパンルパーン﹂みたいな
華麗なもののイメージばかりが先行していたが、あれアニメだしな
⋮⋮。
というわけで皆様、しつこいセールスや詐欺電話にはお気をつけ
て! しかし、京都で宗教勧誘受けたり電話で悪徳業者に絡まれた
り、こんなにぼーっと暮らしているのになんだかんだで私の周りは
慌ただしい。
362
全ては厄年のせい
気付けばまもなく年末なのであります。もう年末と言っていい時
期なのかもしれませんが、やはり年末は師走に入ってからという感
じがするので、というかもう年末だなんてちょっと信じたくないの
でまだ年末ではないと自分に言い聞かせている。
そして新年がやってくれば、私は前厄の女となるのだ。︵厳密に
は節分から?︶
まぁ前回の厄年︵十九歳のあたり︶の時、何か大変な目に遭った
かと訊かれれば特に何も思い当たることはない。そりゃ、学生とは
いえ社会に出て日常生活を送っていたので色々大変なことはあった
だろうが、﹁いやぁ、ひどい目に遭ったなぁ﹂的な思い出は一切無
い。平和ったらありゃしない。
しかし、周囲に﹁厄年のときどうでした﹂と問うてみれば、
﹁新生活開始してすぐインフルエンザ発症、引っ越ししたばかりで
馴染みの病院もなくネットも開通していなかったので、病院を探す
ところから大変で死ぬかと思った﹂
﹁体調が悪いことが続いたので病院で検査したら、子宮筋腫を発見
した﹂
﹁ストレスが原因で体調を崩し、医者から極力カフェインは摂取す
るなと言われた﹂︵ちなみにこの人コーヒー屋店員⋮⋮︶
﹁花見で酒を飲み過ぎ急性アルコール中毒になり病院に運ばれた﹂
等々、最後のは﹁それ厄年じゃなくて自己責任だろ﹂であるが、尽
く﹁えれぇ目に遭った⋮⋮﹂的エピソードが繰り出されるので、単
純な私はわりと恐れおののいている。
とはいえ、どうしたってこれから三年間前厄・本厄・後厄と続く
のだから、ここはもう、厄年を受け入れ開き直るしか道はあるまい。
ゴタゴタ言わず、﹁それもまた運命﹂と静かにやり過ごすしかある
まい。
363
つまりは、私はこれから三年間、あらゆる大変なことを﹁まぁ厄
年だから﹂で片付けることにする。全ては厄年のせい! 私が悪い
んじゃない、厄年だから仕方がないのだ!
たとえ仕事で調子が出なくても﹁まぁ厄年なんで、厄明けたら本
気出すんで﹂、全くモテなくて婚期を逃しても﹁まぁ厄年なんで、
厄明けたら本気出すんで﹂、体型がだらしなく崩れてきても﹁まぁ
厄年なんで︵以下略︶﹂。
あらゆる責任を厄年に投げつけ、私は三年間のびのびと無責任に
生きるのだ。そう考えると厄年って素晴らしいな。全部厄年のせい
にしていいなんて、なんて自由なのでしょう! まぁ、体調に関し
ては自分が辛いだけなのでなんとも言えないが、それ以外の件に関
しては基本的に厄年に丸投げだ。厄年、それは神様がくれたロング
バケーション!︵若い人にはわかんないだろうなロンバケネタ︶
そして厄が明けた後に残るのは、﹁仕事もロクにできずモテもせ
ずだらしない体型の厄年でもなんでもない三十半ばの女﹂という、
厄年よりもはるかに恐ろしい現実なのである。それは自分で撒いた
種であり、因果応報以外の何者でもない。
だからやはり厄年だからといって気を抜かず、かと言って気を張
りすぎることもなく、例年通り適当に真剣に日々を暮らすのが一番
なのだろうなぁというごく当たり前の結論に至る。
しかし、その一方で﹁︵数えで︶三十三の厄年を乗り越えてもす
ぐに三十七の厄年がやってくるのだ、だから三十代の大半は﹃厄年
なので﹄で片付けられるぞ﹂というしょうもない悪魔の囁きも聞こ
えることは否定しない。
まぁ、ビビリなので一応厄祓いして死なない程度に頑張ります。
364
今年の目標を振り返り来年の目標を決める
気付いたら師走であります。世間は忙しく、そしてなんとなくつ
られて忙しい気がしているけれども毎度のことながら私は大して忙
しくないのだ。友達少ないから忘年会もほとんどないし。高校の同
窓会の誘いは来たが、私は高校の時のクラスメイトは大野さんぐら
いしか仲良かった記憶が無く、かつ大野さんとは先週も会ったので
行かない。︵同窓会の誘いも大野さん経由で来た︶
それでも年末なので、年末らしくタイトル通り今年の目標を振り
返り来年の目標を決めたいと思う。
そこそこ長いことエッセイを書き続けていると、うっかり明確に
文章で目標を残してあったりするので、我が身を振り返り成長を確
認するためには非常に良いことである、もとい余計なことしやがっ
て去年の私、である。
まぁいい。とにかく去年の目標から確認してみることにする。
まずは﹁中庸﹂。
善悪だの二元論的判断は結局今までの人生の思い込み及び偏見に
過ぎないのだから、事実はただの事実として受け入れ高ぶる感情に
踊らされることなく冷静で適切な判断に繋げていきたい、だの言っ
ているが、このエッセイでは偏見に満ちた持論を書き散らしている
のでなんとも言えん。日常生活ではわりかし周りから﹁神楽さんは
中立な立場から意見してくれるから助かる﹂とか言われたりしたが、
それは大抵、﹁口内炎痛いなぁ﹂﹁偏頭痛どうにかならんかなぁ﹂
など﹁自分のことでいっぱいいっぱい﹂な状態で人様の話しを聞き
かじったゆえ、相手に共感できるほど真剣に話しを聞いていない結
果であるのでやはり微妙である。よって継続。
次に﹁小悪魔﹂。
これは2012年の目標から継続されていたが、なんでこんな目
標掲げたのか意味がわからず、去年も去年で﹁なんでこんな目標を
365
掲げたのかいみわからん﹂と言っているので、目標設定の誤りとし
て処理する。
最後に﹁健康﹂。
これは結構今年は達成できたと思う。しかしそれは﹁寝たいとき
に寝る﹂というわりかし怠惰な欲求に忠実に生きたからである。
以前、私は短時間睡眠に憧れなんとか習得しようとしたが、元々
が不眠気味で眠りが浅い人間なのでただの﹁猛烈に寝不足﹂な状態
になっただけであった。故にもう﹁短時間睡眠で潜在能力開花☆﹂
みたいな雑誌の後ろの方にひっそりと、でも延々と掲載されている
中二病風な広告みたいな願望は諦めたのだ。
眠たければ寝る。それだけだ。ゆえに継続するほどの目標でもな
いので今年で終了。
というわけで、来年も引き続き掲げる目標は﹁中庸﹂っと。さら
に加えて、新しい目標も設定しようと思う。
新しい目標、それは﹁性格悪いの直したい﹂だ。自覚があるだけ
マシだと思ってるが︵それがまた感じ悪いけど︶、私は結構性格悪
い。
先日も、とある雑貨屋でひとりアクセサリーや靴などをぼんやり
と物色していたところ、お店に女の子二人組が入ってきた。女の子
二人組のひとりを普通体型のA子、もうひとりを太め体型のB美と
する。
A子﹁この靴かわいいなー。でもヒール高いんだよねぇ。やっぱ、
ヒール高い靴、履いたほうがいいかなぁ﹂
B美﹁そうだよー履きなよー! っていうかやっぱ、女子力上げる
ためにはヒールぐらい履かないとヤバイっしょー。女子力女子力∼﹂
私﹁︵どすどす! どすどす!︶﹂
要するに、B美が女子力女子力などと言い出したのが気に食わな
かったので、B美の足元に向かって失礼千万な擬音を心の中であて
366
てやったのだ。あぁ性格悪い。しかも、今でこそ﹁あぁ私はB美が
女子力とか言い出したのが気に食わなかったので意地悪なことを思
ってしまったのだ﹂と冷静に判断できるが、現場ではそんな客観的
判断が介入するはずもなく、ほぼ無意識、反射的に﹁︵どすどす!
どすどす!︶﹂とか擬音あててるわけだから、心底性格悪い。
いや、誤解のないように言っておきますが、別に太め体型の人全
般に対して常にいじわるな思いを抱いているわけではない。美味し
そうにご飯を食べる人や、﹁食べるの大好きなんだー!﹂と潔くた
くさん食べる人は体型がどうであれむしろ好きなのだ。今回の場合
だって、﹁女子力﹂などという意味のわからん言葉が私にとって一
番苛つくポイントであったのだ。
しかし、なぜそんなに苛ついたのかと問われればやはり、﹁自己
の体型管理もできぬくせに他者に女子力指南とはこれ如何に﹂とい
う言語化こそされなかった太め体型の人に対する無意識的嘲笑の発
露が﹁︵どすどす! どすどす!︶﹂であるのだから、もう無意識
レベルで性格悪いのだ。あぁフロイト先生なんとかして。どうでも
いいけどフロイト先生超イケメン。
というわけで、来年の目標は﹁中庸﹂と﹁性格悪いの直したい﹂
に決定致します。後者は目標というより願望でありますが、まぁ適
当に頑張ろう。どうせ来年は前厄だから、達成できなくても私のせ
いではなく厄年のせいなのだから。
367
師走の推移
師走もいよいよクライマックスですが、皆様如何お過ごしでしょ
うか。
私はこないだ職場でうっかり重い引き出しの角に引っ掛けて指の
肉をえぐってしまい、近くにいた人が﹁ぎゃあああだいじょうぶ?
だいじょうぶ?﹂と心配してくれる中﹁いやぁ、大丈夫ですこん
なん、適当に血をぬぐって自然乾燥させとけば大丈夫⋮⋮あれ、あ
れ?﹂と言ってるそばから血がどばどば流れ出て自然乾燥どころか
血が止まる気配が一向に無かったため﹁これつかいなよ!﹂と絆創
膏をもらい応急処置をし、そのまま別の場所に行って別の人に会っ
たら﹁ぎゃあどうしたのその指、絆創膏の意味ないじゃん!﹂と言
われたので見てみるともう絆創膏のガーゼが赤く染まり切って血が
染み出そうなくらいになっていたので﹁これつかいなよ!﹂と新し
い絆創膏をもらい新しく張り替え、さらにその一時間後くらいに私
のところにやってきた人に﹁ぎゃああ指! 指!﹂と驚かれるほど
再び絆創膏は血で染まっていたので﹁これ水仕事しても大丈夫なや
つだからあげるよ! 2個もってきなよ!﹂とまた新しい絆創膏を
もらったので、まるで絆創膏長者みたいになっていましたが、まぁ
どうでもいいね。
そして指を怪我した翌日、﹁傷を早く治す絆創膏﹂なるキズパワ
ーパッドを購入し使ってみたが、これすごいね! サクラみたいな
こと言うけどまじですごいまじで! あんなにどばどば血が出てい
たのにあっという間に肉が盛り上がってきてあっという間にぱっと
見わかんないくらいに回復したよ!
ちなみに、ご存知の方も多いと思いますがこの商品は絆創膏自体
が傷を早く治すよう作用してくれるわけではなく、傷口から分泌さ
れる体液を乾かさずに保つよう絆創膏で保護し、体液の力を最大限
に発揮させるという湿潤療法に基き開発されたものだそうです。私
368
はこれを知って、なんていうか技術の方向性が﹁ものすごく傷に効
く薬を開発する﹂ではなく﹁人間の持つポテンシャルを最大限に発
揮させる﹂という点だったことにえらく感動してしまい、絆創膏を
もらった人に﹁すげーんだよこの絆創膏、知ってるかもだしむしろ
使ったこともあるかもしれないけどすげーんだよこれ!﹂と興奮気
味に言って歩いてしまったので私は結構いい顧客だと思うの。
というわけでおすすめですキズパワーパッド。ちょっとお高いけ
ど、そんなに頻繁に貼り替えなくていいし水仕事も問題なくできる
し傷も早く治るので何の不満もない。
そういえば世間はクリスマスだったので、私は去年同様、母校の
教会で行われるクリスマス礼拝に参加した。去年は主に牧師さんが
メインにお話しをしてくれて、聖書の文言を引用しながらも︵宗教
関係なく︶生きていく上で大切することをわかりやすく説いてくだ
さり、別にクリスチャンでもなんでもない私でさえも話しが終わる
頃には﹁アーメン﹂とか思ってたのだからやはり牧師さんってすご
いと思うの。
なので今年もそういう感じを期待してたのだが、今回メインでし
ゃべっていたのは高校の校長であり、聖書の文言を引用しながらな
ぜか話しは﹁わが校の今後のあり方﹂みたいな教育理念の話しにな
り、このクリスマス礼拝はもちろん在校生や私のような卒業生も参
加してるのだろうけど、どちらかといえばご近所さんなどの一般の
方向けの礼拝であるのだから、そんなこと熱く語られてもあんまり
興味がないなぁ、むしろつまらないなぁ、と思いながらうとうとし
ていた。
思うに、学生の頃の校長先生の話しを聞いていても﹁つまんない
なぁ﹂としか思えなかったのは私が幼かったからで、今聞いたら案
外校長先生もいいこと言ってるのかもしれん、と大人になってから
思っていたが、やっぱり校長先生の話って基本的につまらないのか
もしれない。まぁ私は大学からなのでここの高校出身じゃないけど。
そんなわけで校長の話しがイマイチだったので、元を取ろうと無
369
駄に﹁もろびとこぞりて﹂を熱唱した。シュワッキマッセリー! だけどいつも最後の﹁シュワ、シューワーキーマーセーリー﹂のと
ころの音数がうまく取れなくてひとりでひそかにドタバタしている。
︵正確には﹁主は来ませり﹂です念の為︶
そうこうしているうちにクリスマスも通りすぎていよいよ今年も
残り少なくなってまいりましたので、皆様今年もラストスパート、
風邪などひかぬようにお過ごしくださいませ。
あとどうでもいいけどさっきアクセス解析見てたら、元々アクセ
ス数がさして多くないこのエッセイですが、クリスマスイブはいつ
もに増してアクセス数が下がっておりましたので、なろうといえど
も︵失礼なもの言いである︶皆様やることやってんのね、とクリス
マスイブは家で仕事してて一歩も外に出なかった私はちょっとだけ
裏切られた気分になってみたりしている。
370
来たりし2014
あけましておめでとうございます。気付けば年は明けていた。そ
してこんなに地味に暮らしているのに色々あった。たまには日記形
式で、思い出せる範囲で記録してみようと思う。
12月30日
職場の忘年会に行った。ひどい目にあった。
今年入った私と同い年の山下さん︵女性︶は酒豪であり、普段の
癒しオーラからは想像つかないほどの飲兵衛であり、酔うと非常に
めんどくさい人であることが判明した。そして今年はほとんど仕事
に入っていないので山下さんと初対面であった若い男子D君を、無
邪気につぶしやがった。
D君はとても頭がいい。履歴書書かせたら漫画みたいな高学歴だ。
その上、お勉強だけではなく仕事もできるし気配りもできるという
とても素晴らしい青年である。なのに、泥酔すると小中高生男子の
しょうもないところと成人男性のダメなところを凝縮したようなや
つに変貌するのだ。
さすがにそこまでD君が泥酔することはあまりないので、職場の
みなさまは﹁まぁ、酔ってるっていってもDだし大丈夫だろう﹂と
思ってるのだろう。しかし、そこそこD君と付き合いが長く、幾度
かD君の泥酔場面に遭遇した経験のある私は、山下さんとDくんを
﹁混ぜるな危険﹂と本能的に察知したがもう色々と遅かった。
詳細は省く。今更思い出したくないからだ。気付けば私は一人シ
ラフのまま、泥酔する山下さんとD君と、あともうひとり同い年の
青年︵こいつもわりと泥酔︶、三人の酔っぱらいを抱え、行動が制
御不能となった彼らが事故や事件を起こさぬよう﹁はいっ! 人様
に迷惑をかけないっ!﹂﹁︵お店の人などに︶すいません、すいま
371
せん。ご迷惑おかけしております﹂などとフォローしながらなんと
か秩序を保とうと必死になっていた。
しかし、もういい加減めんどくさくなったので﹁一応全員大人だ
から自己責任ってことで私もう帰っちゃおうかなぁ﹂と思いスキを
伺っていたところ、D君はどこかでコケたらしく膝を負傷して﹁歩
けない⋮⋮﹂と言いながら抱きついてきやがった。その様子は遠く
から見ると、酔っ払いがどさくさに紛れてセクハラしているか、或
いは公衆の面前でイチャつきつつ別れを惜しむカップルであり、実
際通りすがりの人はニヤニヤしながら私達を見つめ、交差点も近い
場所だったので信号待ちの人たちは﹁あらあら﹂みたいな感じでこ
ちらをちら見する。
屈辱だ。私のことを好きでもない男から抱きしめられているとこ
ろを人様に目撃されるなんて屈辱だ。
そのあたりからマジでムカついてきたので、
﹁あんたさぁ、泥酔するのは勝手だしどうでもいいけど、あんた年
明けすぐに修論締切で正月休みないって言ってたでしょ? その足
で、そんだけ泥酔したまま朝まで飲んでたら、マジで階段から落ち
たりして怪我するよ。入院するような怪我したら、あんた内定も決
まってるのに、修論間に合わないよ。あんた、なんのためにここま
でやってきたの? その学歴と内定、ドブに捨てる気?﹂
と、わりとマジのトーンで説教する。マジトーンすぎてD君は﹁⋮
⋮おっしゃるとおりです⋮⋮﹂と言いながら私から離れ、普通に歩
いて駅の改札に行き帰っていった。歩けんのかよ。
山下さんは山下さんで﹁かぐらさーーん! じゃんけんしましょ
ぉーー!﹂などと喚いていたが、逆方面だけど幸い同じ路線だった
ので適当に﹁はいはい、じゃんけんぽん!﹂などとなだめながらだ
ましだましホームに連れて行き、電車が来たところで﹁はい、ばい
ばーい﹂と無理やり押し込んで帰した。あと一人の青年は電車も同
じ方面だったし酔っぱらいには変わりながったが、理性はあるらし
いので﹁じゃ、おつかれでーす﹂と言って先に私が地元の駅で電車
372
を降りた。
いっそ私も飲んだくれてしまえば良かった。﹁飲まれたモン勝ち﹂
という概念を理解はしていたつもりだったが、ここまでの経験はな
かったので三十路にしてまたひとつ身をもって学んだ。
しかし今回の件において一番とばっちりを受けたのは、実はD君
の後輩である京都在住の立花くんである。
D君は泥酔中、﹁立花くんはなにをしているのかなぁ﹂と突然電
話をかけるという酔っぱらいにありがちな迷惑行為を始めた。しか
し立花くんに繋がったはいいが全く会話が成立せず、D君から電話
をぶんどった私に﹁ごめんこの人今めっちゃ酔ってる⋮⋮っていう
か、たすけてええええ!﹂泣かれ、必死に﹁心中お察しします﹂な
どと言いながら私をなだめるという、飲んでもいないし特に楽しく
もないのに年末に非常に損な役回りをする羽目になった。さすが厄
年の男。
そんなわけで、もう酔っぱらいの面倒は見ない。
12月31日
昨日の惨事を全く覚えていないであろうD君の生存確認を一応す
る。生きてた。案の定﹁暴れてた気はするけど覚えていない、ごめ
ん﹂とのことだったので、﹁お前が謝るべきは立花くんだ﹂と言い
捨てる。
午後からは姉一家が東京の我が家に来ていたので、姉と一緒に買
物に行く。新春セール前の大晦日に敢えて買い物する必要はないの
だが、姉は元日には嫁ぎ先の北陸地方へ帰るので、今行くしかなか
った。
そして姉にBEAMSのニット買ってもらう。まぁ元旦には甥へ
のお年玉を渡すのだからいいだろう。
夜は年越しそばを食べる。そばを食べたら猛烈に胃が痛くなる。
痛いまま年越し。﹁ぬあああああ胃がいたああああ﹂と思いながら
除夜の鐘をつく。
373
1月1日
初詣に行ったら地元の友達に会う。去年も彼には初詣で会った。
むしろ初詣以外で会わない。でも猛烈に胃が痛かったので、多分相
当感じ悪かったと思う。お賽銭だけ投げて、おみくじもやらずにひ
とり先に帰宅する。
その後はテレビを見てダラダラして寝て、起きておせち的なもの
を食べて、帰宅する姉夫婦を見送ってダラダラしてテレビを見る。
あと夜中にSPECやってたので﹁スペックホルダーかIQ200
になりたいなぁ﹂とぼんやりと思いながら見る。途中に出てきた﹁
ムール、ムール、オマール、ムール⋮⋮次にムールが来る確率を計
算せよ﹂という問題についてネットで調べてみるも結局良くわから
ない。やっぱりIQ200になりたいなぁ、そしたら日本を転覆さ
せるんだ、と新年早々中二病的危険思想に耽る。
1月2日
地元の友達との新年会に行く。行ったら私の嫌いな小野寺氏がい
た。色々あって嫌いなのだ。小野寺氏は地方に就職したが、事ある
ごとに東京に戻ってくる。
小野寺氏に﹁神楽さん久々! 会いたかったよー﹂などと言われ
たので、﹁あんたがいるって知ってたら来なかったかもね、あんた
のこと嫌いだもん﹂と言い捨てる。周囲は﹁まさか本当に嫌ってい
る相手に面と向かって﹃嫌いだ﹄などと言わないだろう、神楽さん
流の︵キツめの︶友情の表現なのだろう﹂と思ってるだろうけど、
私は本当に嫌いな相手以外には嫌いだなんて言わない。むしろ小野
寺氏はなぜ私に嫌われてないと思えるのだろうか。ほかのメンバー
とは楽しく平和的に飲む。
そういえば同郷で同じ誕生日の秋本くんが来ると言っていたのに
来なかったので、飲み会後にメールしたら﹁年末年始なのに熱で寝
込んでる⋮⋮﹂と連絡があった。私も年末年始に胃痛で苦しみ﹁な
374
ぜ今こんな目に!﹂と思ったが、やはり同じ誕生日の人は程度の差
があれど同じような運命なのかもしれません。
1月3日
箱根駅伝を見てぼちぼち新春セールに出かける。しかし、去年モ
ノを捨てまくったので﹁勢いで買ってもどうせ数年で捨てるしな﹂
と思ってしまい特に何も買う気が起きない。
結局、﹁下着は自分好みのデザインで体型に合うものをこまめに
買い換える﹂という信念があるので下着を買い足し、﹁セールまで
残ってたら買おう﹂と思っていたカーディガンを買う。カーディガ
ンは値札は30%オフなのにレジに持って行ったら50%オフにな
っていた。仕組みはわからんがラッキー。あとずっと買おうか迷っ
ていたバレエシューズがネットで40%オフになっていたので買う。
ちょうど今履いてるバレエシューズが痛みすぎて買い換えたかった
ので良かった。
新春のくせに全く浮かれることもなく、堅実な買い物をしてしま
った。
30日の荒れっぷりがひどいが、まぁ概ね平和で楽しい年末年始
な気がしている、多分。なんだかんだ年末年始の浮ついた雰囲気は
好きだ。
というわけで、今年も去年同様、マイペースで書いたりいきなり
消えたりするかもしれませんが、よろしくお願い致します。
375
冬の感動
東京都は都知事選が控えている。何度も言いますが私は政治に対
して真面目ではあるが極端な主義主張は無いので特に意見すること
はない。強いていうなら一応真面目に考えるがゆえの﹁選挙めんど
くさいなぁ﹂である。不真面目な無主義無主張ならば適当に知名度
で投票しちゃえばそれでいいのよまったく。
が、今回のエッセイの話題は選挙の話しではない。
湯たんぽの話しである。
先日、陶器の湯たんぽを購入した。冬ももう半分すぎて暦の上で
はまもなく春だというのに、今、陶器でしかも結構でかいものを購
入した。購入理由としては、﹁暖房・コタツで暖を取ってばかりい
ると、頭ぼーっとする上に喉カラカラになる!﹂対策である。要す
るに、コタツで寝すぎて風邪引いたのである。
しかしコタツというものは誰が発明したのだろう。素晴らしすぎ
て冬は堕落の一途を辿る。極力コタツから出たくなく、あっという
間にいつも座っている場所から放射状に物が散らかり、他人が一目
見ただけでも﹁いつもあそこに座ってるんだねぇ﹂と理解できる有
り様となるのだ。
とはいえその心地よさは諸刃の剣で、前述のようにコタツでうた
た寝↓汗だらだらで身体が冷えた上に喉カラカラ↓風邪ひくという
王道の体調不良もあるし、低温やけどや脱水症状の危険だってある。
長時間使いっぱなしにしてしまえば、電気代のことだって脳裏をよ
ぎる。
なので、うっかりすると電気代が跳ね上がった上に健康も損なう
生活を見直し、身体にも家計にも優しい生活を模索しようではない
か! となんとなく思いついたので湯たんぽを導入するに至った。
使い方としては単純である。いきなり湯たんぽでコタツ内を温め
ようとしてもそれは大変なので、最初は普通にコタツをつける。十
376
分温まったところでコタツの電源は切り、バスタオルでぐるぐる巻
きにした熱湯注入済み湯たんぽをコタツ内入れる。コタツ内の余熱
と湯たんぽの熱で結構長時間ぬくぬく。足首とか冷えてたら湯たん
ぽの上に乗せる︵熱々なので、普通のやけどにも低音やけどにも注
意︶。
寝る時は湯たんぽをコタツから布団の中に移動。陶器なので、蹴
飛ばしてベッドから落とすことのないよう位置には多少気を使うけ
ども、そんなにアグレッシブな寝相でもないので結構適当な位置に
置いて就寝。寝る頃には湯たんぽ自体の熱さもだいぶ穏やかになっ
てるので、もうほんとに、じんわりとした暖かさに包まれて穏やか
に入眠することができるのです。
もうっ⋮⋮もうっ⋮⋮! なんていうかもう、みんな湯たんぽ使
ったらいいのにっ! 快適だ。快適すぎる。多少重いのと割れない
ように気を使うこと、そしてお湯を沸かす手間はあるけども、それ
を考えても余りある快適さだ、私にとっては。むしろ多少扱いに注
意しないといけないところが、使う際に適度な緊張感を生みコタツ
で爆睡などといううっかりを防いでくれてる気がする。さすがに爆
睡するにはコタツ+湯たんぽじゃ寒いし。
あまりにも快適だったので、最近は行く先々で﹁陶器の湯たんぽ
の快適さ﹂について熱心に、そして変態的に語っている。その心地
よさをイマイチ言語できちんと説明できないので、途中から﹁もう
⋮⋮もうっ!﹂とただ感嘆を漏らすのみであり、相手からは﹁なん
かよくわからないけど快適そうで良かったです﹂と言われるばかり。
語彙と表現力の乏しさが私の周りへの湯たんぽ普及を阻んでいる。
でもいい。とにかく快適なのだから。
そんなこんなで色々な人に湯たんぽの話しをしてまわっている。
大半の人はあまり興味がなさそうだが、唯一職場の同い年の青年︵
年末に飲んだくれた一人︶が﹁僕も湯たんぽ愛用者です!﹂と同意
してくれた。そして私達は帰り道、延々と湯たんぽの心地よさにつ
いて語る。
377
﹁多少扱いづらいところもあるけど、陶器の湯たんぽにして良かっ
たよ、私の場合は﹂
﹁陶器は保温性が違うって言いますもんねぇ。僕の湯たんぽは手軽
に、プラスチック製です。あと猫﹂
﹁え、猫?﹂
﹁そう、猫。猫は冬場、暖かい場所を求めてやってくるんですよ⋮
⋮。足元に湯たんぽを、そして胸元には猫⋮⋮﹂
﹁おおおおお﹂
﹁僕は思います。日本人が皆、猫と湯たんぽで暖を取れば、無理に
原発再稼働しなくていいのではないかと﹂
﹁それは思った。節電や脱原発を叫ぶだけでなく、電気を大量に使
わなくても心地良い生活はできるんだと知ることも必要なのではな
いかと思うよ﹂
﹁いいですよね、湯たんぽ⋮⋮あと猫﹂
﹁ごめん、猫はわからんけど﹂
というわけで都知事選候補者の皆さん、原発ゼロの是非を問うの
も大事だと思いますが、﹁私は湯たんぽで暖を取っています﹂と言
えば投票してくれそうな有権者が少なくともここに二人はいますよ
! ていうか細川さん、今の肩書き陶芸家なんだ⋮⋮。じゃあ、湯
たんぽ作ったらいいんじゃないかな︵雑な論理︶。
378
冬の感動︵後書き︶
湯たんぽの使い方で、さらっと﹁足首とか冷えてたら湯たんぽの上
に乗せる﹂って書いてますが、私はバスタオルでぐるぐる巻きにし
たうえで厚手の靴下履いてますので、まじでやけどにはお気をつけ
ください。
多分あんまりやっちゃダメな使い方であります。
379
骨に萌えて阿呆を晒す
大学時代のサークル仲間、カオルちゃんと国立科学博物館で開催
されている大恐竜展に行った。先日二人で行ったKITTEで、た
またま見たマチカネワニの巨大骨格標本︵レプリカだけど︶に大興
奮してしまい、﹁うちらまさか、骨萌えなんじゃない?﹂という疑
惑を検証するためだ。
結果、うちらは骨萌えであった。齢三十にしてまたしても新しい
発見。
今回の展示は主に、ゴビ砂漠で発掘された恐竜の化石標本が公開
されていた。ゴビ砂漠は生物が生きるには厳しい環境であるが、そ
れゆえ、人に荒らされていない・乾燥しているなどの理由により、
発掘された化石の状態がかなり良いらしい。展示されている骨格標
本の多くも、﹁発掘された化石を元に再現したレプリカ﹂ではなく、
﹁実際に発掘された化石﹂、というのが売りだ。
しかし私達は恐竜に萌えているのではない、あくまで骨に萌えて
いるのである。
各展示の横に掲示されている解説文を見ても、﹁この解説文で使
われている用語についての解説が別途必要だ﹂﹁そもそもゴビ砂漠
ってユーラシア大陸にあるんだよね?﹂﹁黄砂の源だっけ?﹂﹁つ
うか、恐竜いたのっていつ﹂等々、恐竜の骨ではなく巨大な骨が目
的であることを伺わせる、大恐竜展の客としてはトンチンカンな議
論を交わしつつも、それでも﹁すげー、闘争化石だって!﹂と骨を
堪能する。ちなみに闘争化石というのは、プロトケラトプスとヴェ
ロキラプトルが格闘している状態のままで化石になっているという
ものです。︵恐竜の名前はあとでググった︶ほんとに、取っ組み合
いしてたらそのまま死んじゃって化石になっちゃった、みたいな雰
囲気の化石で、私とカオルちゃんはこの化石が甚く気に入り﹁こち
ょこちょ! こちょこちょ!﹂﹁ぶはははは、やーめーろーよぉー
380
!﹂などとアテレコしながら散々楽しんだ。︵注:ふたりとも三十
独身です︶﹁闘争化石﹂でぐぐると出てくるので興味がある方はぜ
ひ。
また、中盤の大型恐竜の展示では、﹁おぉおおお! こういうの
求めてたんですよねぇええ!﹂と異常なテンションの上がり方をし、
その後数分間に渡りあらゆる角度からふたりで写真を無言で撮りま
くり、その迫力に圧倒される。
﹁大きい﹂というのは単純だが、それだけで絶対的な存在感と威圧
感を醸し出すのだ。今は骨だからこうやって興奮しながら写真を撮
れるが、もし彼らの生きていた時代に放り出されたら、私は生きて
いられる気がしない。
そんなことを考えながらカオルちゃんと合流すると、﹁ドラクエ
の世界に出てきそうなものばかりだね。レベル1で布の服とひのき
の棒の装備しかなかったら、やつらを倒すには、戦う前にスライム
でひたすらレベルを上げるしかないね﹂と似たようなそうでもない
ような感想を告げられる。レベルを上げて勝つ気でいる分だけ、カ
オルちゃんのほうが前向きと言えるだろう。
その後も様々な骨の化石を観察し、グッズ売り場で﹁あぁ、見て。
私達の欲する骨のグッズは飛び抜けて高いわ﹂﹁大人向けだ!﹂と
ぎゃーぎゃー騒ぎ、ついでなので常設展のある地球館のほうに移動
する。
こっちはわりと社会科見学のノリの展示が多いが、さすが国立、
絶滅してしまった大型動物の骨の展示も豊富にあり、﹁上野は骨萌
えの聖地だ!﹂と修学旅行の子どもや学生カップルに混じって再び
テンションが上がる。
別の階にはわかりやすい物理の実験装置などもたくさん置いてあ
り、とある実験装置の前で﹁なんだろうねぇ、これ﹂﹁なにがわか
るのだろう﹂と文系学部出身の私達はぼーーっと装置の前で佇んで
いると、スタッフのおじさんらしき人が﹁これはねぇ、重力の存在
を測定するために作られた装置なんですよ﹂と説明してくれる。
381
﹁ニュートンの、万有引力の法則ってあるでしょう。りんごのエピ
ソードと一緒によく語られますが﹂
﹁ありますねぇ﹂
﹁万有引力の法則を発見したはいいんですが、それがきちんと実験
装置を使って測定されるまで、100年かかってるんですよ﹂
﹁え、ニュートンが実験もしたんじゃないんですか!﹂
﹁そうなんです。キャヴェンディッシュっていう人が作ったこの装
置で測定されるまで、きちんと確かめられたわけではなかったんで
すね﹂
﹁え、じゃあ、ニュートンは言っただけなんですか!﹂
﹁えっ﹂
﹁思いついて、言ってみただけなんですか!﹂
﹁いや⋮⋮ちゃんと根拠あって言ったわけですが⋮⋮。まぁ、そう
言われてみれば、思いついて、言っただけですねぇ﹂
﹁そうか⋮⋮ニュートンは言っただけだったのか⋮⋮知らなかった
⋮⋮﹂
今になって冷静に考えてみれば、仮説だけ立てて後年別の人によ
ってそれが正しいと証明されることなんて普通に有り得ることなの
だが、子どもの頃雑誌の付録で読んだ﹁万有引力の法則とニュート
ン﹂というざっくりとした情報以来、万有引力の法則に関する情報
が更新されていなかったので、アイデンティティ・クライシスばり
のショックを受ける。おじさんは随分と阿呆な三十路だと思っただ
ろうが、文系卒の物理知識なんてこんなもんですよ、はい。
さらに次の隕石の展示では、﹁この隕石、触っていいですよ﹂﹁
えっいいんですか!﹂﹁はい、触ると幸せになれますよ﹂﹁まじで
! まじで!︵べたべたべたべた︶﹂と、一体何の物質かわからな
い隕石を触りまくる。おじさんは親切にもそのフロアの展示につい
て色々と解説してくださったが、申し訳ないが私が覚えているのは
﹁ニュートンは言ってみただけ﹂ということと、さらに測定装置を
作ったのはキャヴェンディッシュ氏ということだけだ。賢くなった
382
んだか、阿呆を晒しただけなんだかわかりゃしない。
というわけ、骨に萌えて多少賢くなった一日でありました。科学
博物館は結構カップルで来てる人も多かったし、各フロアに色々説
明してくれるスタッフさんもいるので、デートでも、馬鹿でも大丈
夫! なはず。
ちなみに雑木林などを再現しているエリアに行ったら、そこのス
タッフのおじさんに﹁この剥製だったら触っていいですよ﹂とタヌ
キの剥製を撫でることを勧められた。別に触りたくもなかったが、
勧められたので撫でてみると、触り心地がイマイチで﹁野生﹂って
感じがした。しかしうちらはそんなに色々と触りたがってるように
見えたのだろうか。そりゃ、ボタンを見るたびに全部押してたけど
さ⋮⋮。
時間が足りなくて日本館は行けなかったので、また行こうっと。
383
今再びの文房具萌え
最近、ユニボールのシグノRT1︵ノック式のやつ︶の0.5m
mをなんとなく購入したら、書き味がツボすぎて色々と興奮してい
る。とにかくこのボールペンで何かを書いていたいと切望している
のだけど、仕事の書類はパソコン使って作ることがほとんどだし、
じゃあ個人的な日記をこのボールペンで綴ろうかと思っても、﹁何
を書くか﹂ということを考えるのが若干面倒くさい。私はただ、こ
のボールペンの書き味にうっとりしたいだけなのだ。
なので欲求不満が溜まった私は、昔買った英単語帳の例文を、不
要になったコピー用紙の裏にシグノでひたすら書き写すという、わ
りと意味のわからない行動に出ることにした。
一応限度というか目安として、A3の紙いっぱいに書いたら今日
の分は終了、という感じにしているが、結構細かい字でみっちり書
いているので、ハタから見たら大層勉強熱心、TOEIC試験を控
えているのかしら? と誤解されること請け合いである。
しかし実際はそんな試験を受ける気も、むしろ英単語を覚える気
もなく、ただただ﹁シグノの書き心地にうっとりうっとり﹂という
時間を過ごしているだけだ。なので英単語の語彙が増えたかと問わ
れれば、全く増えていない。むしろ書いてる間は書き心地を堪能す
is
of
by
the
abstract
object?”
guaranteed
るために﹁無心﹂に近い状態なので、頭空っぽである。かろうじて
覚えているのは、
Equality
Constitution.
piece
ugly
平等は憲法によって守られている
a
this
is
”What's
”This
384
art!”
﹁このぶっさいくな物体、何?﹂
﹁これは抽象芸術の作品だよ!﹂
ぐらいである。なんていうか、中学生でもわかりそうな英文。でも
いいの、別に語彙を増やしたいわけじゃないから。
あと、書いてて思ったのだが、コピー用紙の裏に書くというのも
なんか苦学生っぽい感じでテンション上がっている。振り返ってみ
れば昔からそうなのだが、私は勉強するときはちょっと貧乏くさい
環境のほうが集中できるというか、予備校の自習室みたいに温度や
湿度も管理された快適な空間よりも、ベッドの中に勉強道具を持ち
込んで、暖房消して﹁あー寒い寒い﹂とか言いながら布団をかぶり、
枕元の明かりだけでこそこそと勉強したほうが集中できるのだ。
実際のところは、親からは勉強しろとも言われないが勉強したっ
てなんとも言われない環境だったし、ノートも買えないほど経済的
に困窮しているわけでもなかったが、なんか隠れてやってるっぽい
状況を作ったほうがテンションが上がるのだ。本当の苦学生の方に
対して大変申し訳無い。
でもきっと、本当は勉強をしたかったけど﹁勉強なんて食えない
ことやってる暇があったら農作業やれや!﹂みたいなことを言われ
たご先祖様が、それでもスキをみてこつこつと勉強していた思いが
覚醒遺伝で今私に宿っているに違いないのだ。
もしくは、昔﹁あなたの前世は女性科学者。女性ってこととお金
ですごく苦労したけど、それでも研究を続けた人﹂と言われたこと
があるので︵ほんとかよ︶、貧乏ながらも一生懸命勉強した前世の
私の記憶がどこかに残っているのかもしれない。
それらの記憶が今! ﹁貧乏くさい状況で勉強するほうが集中で
きる﹂という性分に帰結しているのだ!
やや話しが脱線した。とにかく私は、静かなる興奮を胸にシグノ
でひたすら英文を書き綴っている。そして、英文に飽きたら次は般
385
若心経でも書き写そうと思ってる。
なんていうか、今年も一向にモテなさそうな生活を送っている。
386
パラレルの狭間のおじさん
何度か書いているが、私は副業で宴会スタッフみたいなことをし
ている。そちらの仕事で、先日ちょっとしたトラブルがあった。
その日は結婚披露宴が予定されており、私は来賓の荷物を預かる
クロークにいた。色々の事情により、親族・来賓が一度に会場に到
着するため、一時的とはいえクロークの大混雑が予想されていたの
だ。万全の体制とメンバーで、お客様の到着を待つ。
予想通り、クロークは大混雑。荷物の行方不明がないよう、でも
テキパキと荷物を整理する。今の時期は特に、コートに加えマフラ
ー、手袋等のうっかりするとどっかいっちゃいそうな小物も預かる
事が多いので、クロークはなかなか神経を使う作業なのだ。
だが、メンバー一丸となり集中して作業したおかげで、特に問題
なくピークを乗り越える。あとは一人でも十分なので、私以外のメ
ンバーには会場の準備に向かってもらった。
そして披露宴開始の十五分前に、最後の来賓が到着。彼を仮にA
氏とする。A氏はおそらく主賓である。私は、A氏にカウンターテ
ーブル越しに﹁こちらでコートなどお預かりしております﹂と声を
かけた。
A氏はコートを脱ぎながら、
﹁⃝⃝さんの披露宴は、会場どこなの?﹂と問う。
﹁はい、螺旋階段を上ったフロアにございます。時間になりました
ら、スタッフが会場にご案内いたしますので、それまであちらの待
合場所にてお待ちください﹂
﹁あぁ、そうなの。了解﹂
これが、披露宴前の私と彼の会話全てだ。特定を避けるために多
少濁してはいるが、これ以上の会話もこれ以下の会話もしていない。
その日、会場について聞いたのはこのA氏一人だけだったので、よ
く覚えていた。そしてお預かりしたコートをハンガーにかけ、あと
387
は適当に雑用などをしながら披露宴終了を待つこととなった。平和
である。
数時間後披露宴は終了し、再びクロークが混雑する時間となる。
ひとりヘルプに来てもらい、せっせとお客様から引き換えの札を受
け取り、着々と荷物をお出しする。そうしているうちに、A氏がや
ってきて引換札を出したので、番号に従いコートを出し、事なきを
得た、はずだった。
A氏はこう言う。﹁マフラー預けたはずなんだけど。茶色の﹂
あれ、ハンガーにかかったまんま取り忘れたかな、と思い戻って
確認するも、見当たらない。念の為、お預かりしていたコートの近
くにあった荷物やコートも確認する。が、茶色のマフラーは存在し
ない。というか、その日預かってる荷物全てを見ても、茶色のマフ
ラーは存在しない。
﹁申し訳ございません、只今確認したのですが、こちらでは茶色の
マフラーはお預かりしていないようなのですが⋮⋮﹂
﹁そんなわけないよ、預けたよ﹂
うーむ⋮⋮。預かった覚えないんだよなぁ。仕方がないので、﹁
今、会場やフロントに、落とし物が届いてないか確認してみますね﹂
というも、A氏は﹁落としてなんかないよ、預けたんだもん﹂と言
う。
しかし、前述のとおり、この時期は特にマフラー等の扱いは気を
使う。混んでる時間ならミスしてしまうこともあるが、A氏が来た
のは、もうほかの来賓はクロークにいない、落ち着いてコートを整
理できる時間だった。だけど、A氏のコートにマフラーが混じって
いた記憶はないのだ。
結局、ほかの方の荷物が全て出ても、茶色のマフラーは残ってお
らず、ほかのお客様から﹁これ自分のじゃないです﹂という申し出
もない。
﹁お待たせして申し訳ありません。この時期は特に、マフラーなど
の紛失がないよう、コートにおかけする際に必ず何点荷物があるか
388
を確認しながら作業しております。私の覚えている範囲内ではあり
ますが、お客様の荷物をお預かりして整理した際、マフラーがあっ
た記憶はないので、こちらではお預かりしていない可能性があるの
ですが⋮⋮﹂
﹁そんなことないよ、だって、私はいつも預けたりするときはマフ
ラー無くさないように、袖のところにかけてるんだ。それをやろう
としたら、あんたが﹃こっちにはこっちのやり方があるから、その
まま預けてください﹄って言って、ぱっと持ってっちゃったんだよ﹂
⋮⋮。いやいや。いやいやいや! そんなこと、絶対に言ってい
ない! そんな接客センスのない発言、未だかつて一度も言ったこ
とはないし、おそらく死ぬまで言わない。
そりゃ、お客様が﹁えっとマフラーとかどうしようかな﹂と悩ん
でいたら、﹁こちらで整理しますので、そのまま預けて頂いて大丈
夫ですよー﹂ぐらいは言うが、わざわざ自分なりの紛失防止を施そ
うとしているお客様に、﹁こっちのやり方がある﹂なんて言って荷
物を持っていくようなことは、まずあり得ない。後輩がそんな物言
い・態度をお客様にしてたら、後で注意するレベルだ。その上、そ
もそも荷物がどうたらという会話自体私達の間には存在しなかった。
先にも書いたように、A氏と私の会話は会場に関することだけであ
り、最後に来た、しかも主賓ということではっきりと覚えているの
だ。
しかし、A氏の中ではもう、私がそういう発言をしたことになっ
てる。いくら、私が覚えているお預かりした場面のことを説明して
も、﹁そんなはずはない﹂の一点張り。﹁確認してるって言ったっ
て、実際マフラーないんだから、確認なんか意味ないじゃないか!﹂
とのこと。
仕方がないので上司に来てもらい、改めて上司がお話しを伺うも
﹁この人が﹃こっちのやり方がある﹄って荷物持ってたんだ、なぁ、
あんたも言ったこと覚えてるだろ!﹂と声を荒げる。
覚えてる覚えてないじゃなく、言ってないってば⋮⋮。でも、言
389
ってないとか言った日にゃ、嘘つき呼ばわりされて余計大事になり
そうなので﹁そういうニュアンスのことを申し上げた可能性はあり
ますが⋮⋮﹂としか言えまい。かといって嘘でも﹁言った﹂と言い
切ってしまうと、また違った責任問題が発生しそうなので、あくま
でも﹁ニュアンス﹂であり﹁可能性﹂だ。日本語って便利。
結局、もう一度こちらで探して明日またご連絡する、ということ
でその日は収まった。最後にA氏は私に、﹁こういうこと、よくあ
るの?﹂というので、﹁いえ、滅多にございません﹂︵っていうか
私が働き出してから初めてだよこんなこと、私の発言まで捏造して
るし︶と答えると、﹁私もねぇ、こんなの初めてですよ﹂だそうだ。
知らんがな。
1ミリぐらいしか自分が悪いと思ってなかったが︵1ミリ悪いと
思ってるのは、接客レベルを維持しつつA氏を納得させられるだけ
の説得力が自分に無かったことと、気を抜きすぎて白昼夢を見てい
た可能性だ︶、心の中とは裏腹にとても申し訳なさそうな顔で﹁申
し訳ございません﹂と言って頭を下げつつA氏を見送る。ふんだ。
絶対家にマフラーあると思うけどな。
A氏を見送り、ヘルプに来てくれた子に﹁変なことに巻き込んで
ごめんねー﹂と言う。その子は、﹁いや、絶対お客さんの勘違いだ
よ。ユリちゃんがあんな変なこと言って荷物預かるはずないもん﹂
と言ってくれたので、ちょっと涙腺が緩む。
A氏を玄関まで見送った上司も、﹁気にすることないぞ、あれ、
あの客の勘違いだ﹂と言い切る。聞けば、A氏が会場に来た時、受
付で袱紗を忘れていったので追いかけて届けたのがその上司であり、
﹁だから印象に残ってたけど、コート着ててもマフラーは来たとき
から巻いてなかったぞ。ほかのとこでの記憶と混じってるんだろう
けど、クロークでのやりとりがこうだった、ってあんだけ自信満々
に言ってる人に、﹃来た時からしてなかったですよ﹄って言っても
聞かないからなぁ﹂とのこと。
そういうわけで、その上司の証言もあり、私のミスではないとい
390
うことが内部ではほぼ証明された。ので、もうどうでもよかったが、
A氏の記憶違いで私があんな馬鹿みたいなクローク対応したと思わ
れてるのは微妙にシャクである。
しかし、A氏はなぜ、あんなに自信満々に﹁私が言った・やった﹂
という言動を、マフラーを預けた根拠として主張していたのだろう。
捏造にしては、﹁こうしようとしたらこの人がこういった﹂という
手順がきっちりしており、なかなか臨場感のある主張ではあった。
実際、中途半端なサービスマンであれば言ってもおかしくない程度
の発言だ。普通に考えれば違うお店でされた対応と記憶がごっちゃ
になっているのだろうが、お酒もそんなに飲んでいるわけではなさ
そうだったし、わずか数時間前のことを、そんなにも勘違いするも
のなのだろうか。
そう考えると、A氏はもしかしたら、パラレルワールドからやっ
てきたのかもしれない。そっくりだけどちょっとずつ違う、並行世
界から、無自覚のまま飛ばされてしまったのかもしれない。
彼の元いた世界で彼は、確かにマフラーを巻いて会場に到着し、
クロークでA氏が主張するようなやりとりがあったのだ。そして、
そこでA氏に対応したのは、その世界に存在する中途半端なサービ
スマンである私、だったのかもしれない。A氏は披露宴でお酒を飲
み、いい気分になったところで並行世界を移動し、私達の世界に知
らぬ間に迷い込んでしまったのだ。彼はパラレルの狭間に迷い込ん
だ、もう元の世界に戻れぬ旅人なのである。
そう考えれば、彼の自信たっぷりの、でもこちら側の人間からす
ると全く根拠のない主張も納得がいく。自分が体験した主張を、﹁
そういう可能性もありますが⋮⋮﹂と濁されては、彼もさぞかし不
安でありストレスであろう。そう考えれば、彼もまた気の毒なパラ
レル体験者であるのだ。
オカルト好きの私は﹁この説が一番全員納得のいく説だな﹂と、
一番非現実的な﹁あのおじさんはパラレル世界から来た﹂説を採用
することにした。パラレル世界への移動なんてやろうと思って体験
391
できることではない、と思うと、﹁珍しい体験したなぁ、藤子不二
雄の世界だなぁ﹂とニヤニヤが止まらなくなり、﹁自分も気付かな
いうちにパラレル移動してるかもしれないから気をつけよう﹂と、
気を付けたところでどうにもならないことに思いを巡らしながら眠
りについた。我ながら結構おめでたい頭の構造である。
そして翌日。上司からのメール。
﹁昨日のお客に連絡したら、﹃家帰ったら、マフラーありました。
申し訳ありません﹄だってさ﹂
⋮⋮。なんだよ! おっさんパラレルの旅人じゃなかったのかよ
! どういうことだ! ほんっとにただの勘違い・言いがかりとは
どういうことだ! 馬鹿馬鹿しい! あんだけ自信満々に言ってた
んだから、パラレル世界のひとつやふたつ移動しとけよこのやろう!
パラレル移動説を採用していた私としては、A氏に私の無実に気
付いてもらったことよりも、A氏が本当にただのタチ悪い勘違いお
じさんであったことに心底腹が立った。﹁もういっそ今からパラレ
ルに飛んでけよ﹂と心の中で朝っぱらから悪態をつき、朝から非常
に無駄なエネルギーを消費した。つっまんないの! つまんないの!
まぁ、この件に関して一番恐ろしいことは、A氏が﹁連絡はここ
にしてくれ﹂とドヤ顔で出した名刺の肩書きが、某有名大学のお偉
い教授だった、ってところであります。学者なんか人間性偏った人
多いと思うけど、権威主義のあの学校のあの学部のトップが、数時
間前の記憶もあやふやで、かつ自らの記憶違いを疑わずにあれだけ
こっちを責めるのだと思うと、権威って馬鹿らしい、と同時に、年
取るとやっぱりどんな人でもボケていくのね⋮⋮と諸行無常を感じ
ずにはいられないのでありました。
まぁ、ちゃんと家にあったことを正直に言ってくれた点は評価す
る。︵偉そう︶
392
パラレルの狭間のおじさん︵後書き︶
A氏、としてますが別に苗字の頭文字がAなわけではありません。
目撃者AさんBさん的な意味でのA氏です。
︵どっかの大学に頭文字Aの教授がいたら疑われてしまう!︶
393
気付けば春
気付いたら新年度で消費税は8%になっているのだった。去年か
らずっと部屋のものを売ったり捨てたりして減らし続け、まぁ確か
にモノは減ってるんだけどそれでもやっぱりモノはたくさんあって、
どんだけ減らせばモノを減らした実感が湧くのだろうと延々と処分
を続けていたら、むしろ親が﹁あんなに部屋のものを減らして身辺
整理でもしてるのか、死ぬ気なのか﹂と若干不安になりだすという、
微妙な展開になっている。だがしかし別に生きる気満々である。
でも一応、残すものの判断基準として﹁万が一人に見られてもそ
んなに恥ずかしくないもの﹂というのを掲げている。基本的に服装
やブランド品への執着や見栄はほとんどない私であるが、本棚のラ
インナップはともすれば頭の中丸出しになるので、定期的にチェッ
クしないと結構お恥ずかしいことになりがちだ。
今はもう﹁本棚を見渡せば、︵人に見られても恥ずかしくない︶
好きな本ばかり﹂という理想的状態に近いところにまで整理は完了
しているが、数年前には﹁なぜ私はモテないのか、モテ指南本でも
読んで研究してみよう﹂と古今東西のモテテクニック本︵以下モテ
本と略す︶に手を出してみた時期もあった。モテ本を読みながら、
﹁ほー、これは気付かなかったなぁ﹂だとか、﹁おー、そこまで露
骨にやらんと男の人は気付かないのか﹂等々、非常に関心し、そし
て﹁よーし学習した後は実践だ﹂と息巻いて合コンなどに出かけて
みた日もあったのである。しかし結果はどうだ。
モテ本擁護のために言うが、あれらの本に書いてあることを忠実
に実行できるならば、確かにモテの裾野は広がるであろう。美人が
やればもちろんのこと、普通の顔、ちょっと特徴的な顔の子だって、
清潔感と共にいわゆるモテテクを仕掛ければそこそこモテるであろ
う。
だが、私には決定的にその才能が無かった。努力をすれども動作
394
はぎこちなく、﹁ここで決めの一言を!﹂と思ってもニヤニヤして
しまいうまく言えず、それでも数年は頑張って続けてみたものの、
ある時﹁これは労力のわりに成果が少なくコストパフォーマンスが
悪いぞ﹂と悟り、それ以後﹁モテテクを使う﹂などということは一
切しなくなった。じゃあモテテクを使わなくなったら、自然体にな
りモテるようになったかと言えば、答えはノーである。未だにモテ
ない。
モテたくも モテずに至りし 新緑の時 31は メルセンヌ素数
︵※1︶
意味:
モテたかったけど、モテずにまもなく31の誕生日を迎えそうであ
るが、31はメルセンヌ素数だから超レアで嬉しい
なんの話しでしたっけね。あぁ、本の整理の話しですね。とにか
く、モテ本もとっくの昔に処分したので、私の黒歴史は自室内に於
いては葬り去られたのだ、と。
そんなわけで、今私の部屋は自分の好きなものばかりに囲まれて
いるし掃除もマメにしているので、結構快適である。消費税増税前
にホーローのケトルも買ったので、あれが届いたら美味しいお茶を
たっぷり煮出してゆったりとくつろぐのだ。友人にいつ来て頂いて
もばっちりおもてなしできる環境である。
しかし相変わらず、我が自室に入り浸っているのは友人メガネば
かりであり、そしてメガネも30になるというのに﹁モテないなぁ﹂
とか言ってるので、多分類は友を呼んでるいい例なのだと思います
うちら。
全然春らしくない話題でした。
※1 メルセンヌ素数
395
2のn乗−1の形で表現される自然数︵メルセンヌ数︶で、かつ素
数であるもの。
2の2乗−1=3、2の3乗−1=7、2の5乗−1=31など。
31の次のメルセンヌ素数は2の7乗−1=127なので、おそら
く人生最後のメルセンヌ素数の年であるのでレア。
396
徒然なるままに書き書き
4月は結構遊んでばかりいたので、自分がなろうでエッセイを書
いていたことすら忘れがちでありましたが、気付けば世間はゴール
デンウィークなのでありました。遊んでばかりいただけありネタに
できそうな細々とした事件・エピソードは多々あったけども、ぼや
っとしているうちに旬が過ぎていき、書く気を失ってしまった。ダ
メな感じ。
しかしその中でもわりとレアな経験といえば、友人に頼んで某有
名企業の社食に乗り込み、﹁勝ち組オーラすげぇー﹂と思いながら
ぼやっとご飯をもりもり食べたことであろうか。本当はべらべらと
色々中のことを書きたいが、﹁ここで知り得た情報は外部にバラさ
ないでね☆﹂みたいなのに合意しないと中に入れなかったので、書
くのを控えようと思う。社会的に抹殺されたくないし。でも、保安
上重要な情報をウッカリばらまいたことのある会社に守秘義務どう
こう言われたくはないというのが本音ではある︵ギリギリの表現︶。
ちなみに友人はただの一社員であるが、たまにテレビや雑誌で会
社が特集されるので、会議中の映像にちゃっかり映ってたり、ペー
ジの隅で見切れてたりする。そのたびに私は﹁いい加減大人なんだ
から、坊ちゃん刈りみたいな髪型なんとかすればいいのに﹂と思う。
やな感じ。でも、思い返せば小学生の時から彼はあの髪型だったの
だから、今更違う髪型という選択肢自体が無いのかもしれない。頭
がいい人の考えることはよくわからん。
頭のいい人と言えば、こないだちょっとだけ京都に寄る用事があ
ったので、京都在住の立花くんに﹁京都に行くんだが、まさか君、
帰省中かい﹂とメールしたら、﹁ご想像のとおり帰省中です﹂と返
ってきたので、﹁ざんねーん﹂とだけ返しておいた。私と立花くん
のメールは、無駄がないが中身もない。﹁死んでなければ会おう﹂
ぐらいのテンションである。そのわりに、彼は二月末に私から﹁今
397
年の折田先生︵※1︶は波平かレーニン︵※2︶だと思っている﹂
というしょうもないメールを送り付けられ、それに対し画像付きで
﹁正解はキョロちゃんです﹂などと律儀に返してくれるのだから、
とてもお人好しな青年である。ちなみに私は彼の律儀な返信に対し、
﹁去年ノッポトッポちゃんだったからなんか既視感﹂と返した。や
な感じ。だけどきっと来年も折田先生の季節になったら、折田先生
予想を一方的に送りつけてしまうに違いないのだ。
一方的といえば、こないだシェアハウスで暮らしてる友人の家に
泊りに行ったら、﹁日本に来たばかりで日本語がカタコトどころか
単語しか喋れない﹂というアメリカン人がいた。ジェイソンだかジ
ョンソンだかそんな名前だったが、ジェイソンであれば﹁十三日の
金曜日だ!﹂と思ったはずなので、多分ジョンソンだろう。私は英
語は全く喋れないが、日本に来たばかりのアメリカ人に早速﹁日本
人ってば無愛想!﹂みたいな印象を与えるのも嫌なので、思いつく
ままに﹁あーはー、ないすとぅみーちゅー、まいねーむいず、ゆり
こーかぐらー﹂と中1英語みたいな感じで喋った。あちらも日本語
は単語しかわからない、と思うとやや気楽なので、こちらも知って
る単語を連呼して
﹁みそすーぷらーめんつくるよー、あいうぃるくっく、みそすーぷ
らーめん!﹂
﹁わぁ! みそすーぷの素がおいるとみそに完全にせぱれぇとして
るよ!﹂
﹁せぱれーとはのーぐっど! しぇいくしぇいく! みっくす!﹂
などとルー大柴みたいな感じで一方的にべらべらと喋ったら、やや
引かれた。アメリカ人も引くんだな。夜は夜で、﹁日本語が単語ど
ころか全然わからないインド人﹂みたいな人も知らない間に増えて
いた。名前は日本人に馴染みのない、いかにもインドっぽい名前だ
ったので覚えていない。ラマヌジャン︵※3︶みたいな。あの家は
一体、どんな人を集めたいのだろうか。たまに行くには面白いから
いいけど。
398
というわけで︵?︶、思いつくままに最近のことを書き綴ってみ
た。ゴールデンウィークは今のところ暇そうなので、また適当にふ
らふらと面白いことが起こりそうな場所に出かけて適当に楽しんで、
﹁あぁネタになる﹂と思っているうちに旬がすぎるということを繰
り返してしまうのだろう。
思うに人間って、よっぽどのことがない限り、あんまり学ばない
よね。
※1 折田先生像
元々はK大の﹁自由の学風﹂の礎を築いたとされる折田彦市氏を称
える銅像のこと。度重なる落書き・イタズラにより本来の折田先生
像は撤去されてしまったが、現在は折田先生像のあった場所に、K
大の二次試験の時期になると有名キャラクターを模したオブジェが
何者かによって設置されるようになったため、その像を折田先生像
としている。ちなみにこのオブジェを誰が作っていのかは誰も知ら
ないし、その正体を明かすことは無粋とされている、とかなんとか。
ほんとかよ。
※2 波平かレーニン
波平は言うまでもなく、波平の声優永井一郎氏の逝去を受けて。ち
なみに波平も永井一郎氏もK大卒。レーニンは、昨年末にウクライ
ナで反政府デモによりレーニン像が破壊されたことを受けての発言
であったが、今となってはなかなかの不謹慎発言である。︵この頃
はオリンピック中だったので、まだウクライナ情勢の報道は日本で
も少なかったんです⋮⋮︶
※3 ラマヌジャン
インドの数学者。直感的・天才的ひらめきにより﹁インドの魔術師﹂
の異名をとった。朝起きたときにひらめいた定理を書き留めておい
399
たら、数十年後にその定理は正しいと証明された、みたいなのが何
十個もある人。彼のすごさはこんなところじゃ書ききれないし私も
理解できていないので気になる人は調べてください。
400
徒然なるままに書き書き︵後書き︶
関係ないけど最近文中に注釈をつけるようにしている。
機能として実装してほしいとわりとマジで願っている。
401
罫線に逆らいたい
以前にも書いたことがあるかもしれないが、私は結構、アナログ
なメモパッドやノートを愛用している。別に﹁思考をまとめるには
自分の手で書かないと!﹂というこだわりや手書き信仰があるわけ
ではない。単にキーボードだと、﹁文字を打ち込むこと﹂自体に集
中してしまい、そもそも考えてたことを忘れてしまうからだ。スマ
ホだと予測変換に引きずられてしまい尚更。鶏みたいな脳味噌︵※
1︶だな。
なので、ある程度考えがまとまるまでは、未だに大学ノートを超
愛用。そして普段使うのはB5サイズのツバメノートであります。
ツバメノートを使うことには少しだけこだわりがある。書き心地
が好みというのももちろんだが、﹁故黒澤明監督も愛用していた﹂
という点も、形から入りたがりな私には外せない。巨匠とオソロ!
的な。まぁ今の時代に黒澤明がいたら、iPad使いこなしてる
かもしれないけどさ。
というわけで、持ち歩きにも便利なB5のツバメノートを愛用し
ているのですが、使い勝手の面で全く問題がないわけではない。
それは、ツバメ中性紙フールスを使用したB5サイズのツバメノ
ートは、罫線ありのものしか無い︵※2︶、という点だ。
罫線。それは見やすく、かつ復習しやすいノートを作るには必要
なもの。下敷き等無しに、無地にまっすぐ文章を書くことの難しさ
は、誰しも一度は経験があるだろう。
しかし前述のように、今の私のノートの使い方としては、学習ノ
ートというよりも﹁ぐだぐだの思考を書くことでまとめる﹂という
要素が強い。故に、実は罫線なんて必要ないのだ。むしろこの罫線
があることで、破天荒な思考がきちんと序列した、社会的に適応す
る程度の思考にまで矯正されているような気すらする。︵※3︶
なので、﹁いっそ罫線無視して好き放題書いちゃえばいいじゃん
402
破天荒ぅ!﹂と、大胆かつものすごく中途半端な場所・角度からそ
のページの第一筆を書き始めてみるものの、いつのまにか罫線に沿
ってまっすぐきっちり文を綴っているのである。なんということだ。
たった数本の水色の線、というデザインの前に、私はあっけなく無
意識にひれ伏すのだ。デザインて恐ろしい。無意識って恐ろしい。
いつかは罫線に逆らいたい。いや、逆らっているという自覚すら
なしに、自由に筆を運んでみたい。そんな密やかな野望を抱きつつ、
今日も私はツバメノートにつらつらとどうでもいいことを書きなぐ
る。
だけどこのエッセイの下書きは、なぜかバッハの﹁マタイの受難
曲﹂聴きながら、スタバでどや顔でMacで書いた。どや顔したい
ときはMacです。
※1 鶏みたいな脳味噌
﹁鶏は三歩歩くと忘れる﹂みたいな諺から。だけどサザエさんの作
者長谷川町子が昔、﹁鶏はもんぺの色を見分けていることを学会で
発表した﹂と自伝漫画で描いていた気がするので、真偽はわかりま
せん。どうでもいいね。
※2 罫線ありのものしか無い
﹁ツバメノートのB5で無地ありますよ!﹂という親切な方もいら
っしゃるだろうが、あれはツバメ中性紙フールスではなく、中性紙
クリームフールスなので、ちょっと違うのだ。すごくどうでもいい
こだわり!
※3 破天荒な思考が∼
少し考えれば私の思考なんぞ凡人の枠を出ないことは明白、故にそ
れは思い上がりであることは自覚している。
403
罫線に逆らいたい︵後書き︶
追記
誤字修正しました⋮。
中性紙フールスを中性子フールスだの中性フールス紙だのひっちゃ
かめっちゃかであった。
ドヤ顔してたツケである。
ツバメノートさんごめんなさい。
追記2
修正してもなお、フールスをフルースとか書いていた。もうだめだ。
404
ちっちゃいお弁当︵前書き︶
久々に2日連続で更新。
やれば出来る子!︵予定がなくて暇とも言う︶
405
ちっちゃいお弁当
会社などにお手製お弁当持参してる人、少なくないじゃないです
か。で、ちっちゃいお弁当箱に、栄養バランスも良く彩りも豊かな
素晴らしい世界を展開してる女性、いるじゃないですか。
常々思っているのですが、あれ、量足りてるんですか? 1時間
くらいしたら、もうお腹減っちゃわないんですか?
ちっちゃいお弁当箱でも、例えばご飯みっちり詰め込んだ上に豚
の生姜焼きみっちり乗せ、とかならまぁ理解できるんですよ。ご飯
ってお腹にたまるし、冷めた豚肉ってちょっと硬くなるから食べご
たえあるし。
でも、左側三分の一にご飯、真ん中に唐揚げ二,三個とだし巻き
卵、右側にプチトマトとブロッコリーなど野菜がちょびっと、とか、
わたくしだったら十口くらいで食べ終わってしまう自信がある。絶
対足りない。
実際、企業でOLしてた時私は、上記のようなちっちゃいのお弁
当箱プラスそれよりもうひと回り程度小さいお弁当箱、加えて別途
おにぎりがないと足りなかった。さらに1リットルペットボトルの
ミネラルウォーターも愛飲していたので、ランチバッグは常にみっ
ちりしていた。で、急に思い出したけど、ペットボトルに直接口を
つけてがぶ飲みしてたら、お局に﹁そのサイズのペットボトルのラ
ッパ飲みするんじゃありません、マグカップに移し替えなさい﹂と
怒られたんだった。
んなこと言ったって、喉乾くんだもん!!! マグカップでちび
ちび飲んでたら、おっつかないんだもん!!! あと私は技術職だ
ったので、考え事してる時にマグカップに水を注ぐ↓飲む↓すぐ無
くなる↓マグカップに︵以下ループ︶なんてしてたら気が散るんだ
っちゅうに。
まぁでも、お局の言うことも一理ある。発言小町あたりで
406
﹁今度来た後輩の女の子︵20代半ば︶が、職場で1リットルのペ
ットボトル飲料を直接口をつけて飲むのです。家でならいざ知らず、
職場でそれはちょっと⋮⋮と思った私は、﹃マグカップに移して飲
みなさい﹄と注意したのですが、彼女は腑に落ちない様子でした。
1リットルのペットボトルに直接口をつけて飲むのは普通のことな
のでしょうか? 私が気にし過ぎなだけでしょうか?﹂
﹁その日のうちに飲み切るのなら衛生的には問題無いでしょうが、
いい歳をした女性としてはちょっとはしたないですね^^; ⃝⃝
さんが注意したくなるお気持ちもわかります﹂
﹁一度注意して直らないなら、恥ずかしい思いをするのは本人です
から、ほっておきましょう﹂
的な馴れ合いが展開されてそうだし。
だが実際、考え事するときには水分を欲して仕方がない体質なの
だから、クオリティの高いものを提供するためにややみっともない
行動に出るのと、集中力を切らしてでもお局の言う行動を取り無難
な仕事をするの、どちらを選ぶかと訊かれれば、私は前者を選びた
い。最終的には、でかいタンブラー2個並べて置いておくという策
に落ち着いたが。まぁ辞めたから今更何言ってもあれだけど。そし
てちっちゃいお弁当箱の話しどこ行った。話しを戻そう。
んで、ちっちゃいお弁当の話しですよ。健康には腹八分目、ちょ
っと足りないくらいがいいと言うし、食べ過ぎると午後眠くなるし、
あのサイズは理にかなっているのかもしれない。
しかし、そうなると次の疑問は、﹁痩せたいというわりにどうし
て間食するの?﹂である。
女性から大顰蹙買いそうな発言だが、なんかこう、ちっちゃいお
弁当のわりに仕事しながらお菓子ちょこちょこ食べてる人いて、そ
れだけなら﹁やっぱりあの弁当じゃ少ないよねぇ﹂と微笑ましく思
うのだけど、そういう人に限って﹁神楽さんはお昼いっぱい食べる
のに痩せてていいよねー、太らない体質ってうらやましい﹂とか言
ってきたりして、﹁その引き出しの中のお菓子窓からぶん投げてや
407
ろうか﹂みたいな気分になったりするのだ。
あぁ、あとお菓子で急に思い出したけど、同じチームの先輩社員
︵男性・独身・10歳上︶から﹁神楽さん、一緒にコンビニ行こう
よー﹂と誘われ、﹁うーん、取り込み中ですけど、お財布持って行
かなくていいなら一緒に行きます、うへへ﹂と答えまんまとおごっ
てもらったら、帰ってきたところでお局に﹁あんなかわいい声で言
われちゃ、⃝⃝さんも︵先輩社員︶も嫌って言えないわよねー⋮⋮﹂
とぶつくさ言われたんだった。
あんなん500円以下のお菓子をめぐる予定調和で息抜き兼ねた
じゃれあいじゃん。それにその場ではおごってもらっても、何度か
そういうことが続けば﹁いつもおごってもらってるからこれあげま
す﹂と一応お返しもしてたのに⋮⋮。
なんかもう、女性っていくつになっても女の子で、いくつになっ
てもめんどくさいよね! まぁ私もめんどくさい上に可愛げがない
女だけどさ! えぇと、また脱線したけど、ちっちゃいお弁当の話
しですよね!
というわけで、なんだか昔の記憶と被害妄想と自己正当化が鼻に
つく嫌な感じになってしまいましたが、結局、ちっちゃいお弁当の
人はあれで足りてるのだろうか。ググってみたら案の定、﹁その時
は足りるけど、しばらくするとお腹減る。そしたらちょっと間食す
るからそれでちょうどいい﹂的意見が多かった。てか、グーグルの
検索候補に﹁お弁当箱 小さい 足りない﹂とか挙がってきたので、
みんな結構思ってるんだな⋮⋮。
でも、小さいお弁当箱にご飯とバランスのいいおかずって憧れだ。
私には、食欲と技術的に絶対できないから。今でもお弁当作る機会
があると、好きなものばかり詰め込んだ雑な弁当を作ってしまう。
子どもができたら﹁ママの作るお弁当かわいくない! ほかのママ
のお弁当みたいにかわいいの作ってよぉ!﹂と泣かれること請け合
いだ。
そんなどうでもいい想像をめぐらしつつも、実際は結婚もしない
408
まま、私も現職場ではお局と呼ばれるくらいの歳になってきており
ます。そして今でも、考え事するときは水分をがぶ飲みしています。
ぐびぐび。
409
どうでもいい価値観の違いの露呈
副業のほうで一緒に働いている高崎さんという女子がいる。彼女
は学生アルバイトさんで、ツヤツヤの黒髪でほとんど化粧もしてな
いのに大変かわいらしい。﹁女が﹃かわいい子だよ﹄と紹介する子
はあまりかわいくない﹂という噂もあるが、彼女はほんとにまじで
まじでかわいいよ。お客のおじさんたちがデレデレしながらセクハ
ラをしているところをたまに目撃するし。
だけど彼女は、自分がかわいいという自覚がないのか多少あるの
かわからんが、性格が頑固でクソ真面目ゆえ、セクハラのあしらい
がうまくできず泣きそうになってたり、最悪の場合裏でメソメソ泣
いていたりする︵別にうちはキャバクラじゃないのでそこまで激し
いセクハラは無いはずだが⋮⋮︶。
さらに彼女は、人の地雷を悪意なくかつ無自覚で踏むところがあ
る。彼女の発言によりその場の空気が凍りついたことが幾度かあっ
たが、本人は﹁え? みなさんどうしたんですか?﹂みたいな顔し
てるので、自分の発言のせいであると気付いていないようだ。客観
的に見ていると大変ハラハラする。
そういえば彼女は以前私に、﹁なかなか人間関係をうまく築けな
い﹂と相談してきたこともあった。その理由は私からすればわりと
明らかであっても︵※1︶、いかんせん彼女自身に自覚がないこと
を他人が口頭で説明して気付かせることは至極困難なことであり、
こちらとてそこまでの情熱はないので、﹁愛想笑いで100人の知
り合い作るより、好き放題生きて一人の親友に巡り会えたほうが精
神衛生上快適だと思うから、無理することないんじゃない?﹂と適
当にそれっぽいことを言っておいた。が、言ってる私がやや社会不
適合者なので非常に微妙なところである。そもそも相談する相手を
間違っている。
彼女はきっとこの先も、おじさんにはセクハラされ、地雷を踏ん
410
では女性からムカつかれ、どこに行っても真面目にやってるのにな
かなかうまく行かないと悩むのだろう。かわいいとはいえ結構大変
な人生であると思う。だけど私は、彼女のような﹁頑張ってるのに
どうにもうまく立ち回れない不器用な人﹂は好きなので、そのまま
でいいんじゃないかなぁ、とも思う。私はまだ地雷を二回くらいし
か踏まれたことないので、三回目踏まれたら考えるかもしれないけ
ども。
まぁそんな感じなので、彼女とは別に仲良くもないが、彼女も私
を警戒している様子もないので、暇なときは適当に日常生活のこと
も含めお喋りしたりしている。そして、女同士のトークらしくスキ
ンケアやボディケアの話しになったので、なんとなく
﹁特別変わったことしてないけど、私、髪も石けんで洗ってる︵※
2︶﹂
とぽろっと言ってみた。
すると彼女は、
﹁えぇえええ? 石けん⋮⋮ですか?﹂
と、まるで﹁ある民族では虫は重要なタンパク源だから日常的に食
しているよ﹂と言われたときのように、﹁全く理解できない﹂とで
も言いたげな、苦々しい表情に一瞬にして変わったのだった。
﹁石けんって、ボディソープで洗うってことですか?﹂
﹁違うよ、固形の石けんだよ﹂
﹁ハンドソープってことですか?﹂
﹁いや、別にハンドに用途は固定されてない。いわゆる、なんでも
洗える石けん﹂
﹁髪、バサバサになりません?﹂
﹁最初は多少なるけど。続けてると別に。手作り石けんだから、油
分が市販のものより多く含まれてるからってのもあるかも﹂
﹁はぁ⋮⋮理解できない世界です﹂
そこまで衝撃的な発言だったかしら︵※3︶。荷物減るから楽な
のになぁ。
411
そんな流れからバスタイムの話しになり、私の﹁風呂あがりにタ
オルいっぱい使っちゃうんだよねー﹂という何の気なしの発言に対
し、高崎さんはこう答えた。
﹁そうなんですか? 私、面倒なのでバスタオルは五日に一度しか
洗いませんよ﹂
⋮⋮。えぇ? えぇえええええええええ?!
今度は私が、まるで﹁猫はうちの国では食材扱いだよ﹂と言われ
たときのように、﹁その感覚わからない﹂とでも言いたげな喫驚の
表情に一転する番だった。
﹁五日に一度って! 雑菌繁殖するじゃん!﹂
﹁キレイに洗ったあとの身体拭くんですから、そこまで汚れません
よー﹂
﹁身体に付着した汚れは落ちてるかもしれないけど、風呂あがりは
汗吹き出るじゃん!﹂
﹁まぁそうですけど。でも臭いとかしませんし﹂
﹁いやいや、私も毎日洗ってるわけじゃない洗面所のタオルが臭っ
たことなんてないけど、五日目のタオルはせっかくキレイに洗った
のに雑菌なすりつけてるようなもんじゃん!﹂
﹁でも、肌トラブルとか無いですし﹂
﹁はぁ⋮⋮ごめん、その感覚はわからない﹂
内での常識は外での非常識、とはたまに聞くが、こんなにも露骨
に、かつ短時間のうちにふたりの価値観の相違が明らかになること
があるだろうか。もう、彼女の顔を見るたびに﹁あぁ、今日もかわ
いいのにバスタオル五日洗わないんだ﹂と思ってしまう。こんなに
かわいいのに。こんなに髪つやつやでお肌も白くてもちもちなのに
! しかし彼女も彼女で、﹁神楽さん今日髪の毛まとまってないけ
ど、昨日も石けんで洗ったんだろうなぁ﹂と思うのかもしれない。
価値観の違いを認識するということはそういうことだ。
まぁ、別にその生活習慣によってお互いに実害があるわけでもな
いので、どうでもいいことっちゃどうでもいいことである。むしろ、
412
﹁彼女の五日間洗ってないバスタオルなんて、むしろ欲しがる人も
いるんじゃ⋮⋮﹂とか最低の思いつきが浮かんだことのほうが、ク
ソがつくほど真面目な高崎さんに知れたら絶交されるだろう。
今だったら、高崎さんに﹁人間関係をうまく築くには﹂と質問さ
れたら、私はこう答える。
言ったほうがいいことと、言っていいこととと、言わなくていい
ことと、言わないほうがいいこと、それらをきちんと分けて考えて
相手と話すことが大事だよ、と。
ちなみに私は、言わなくていいことばっかり言っちゃうのでモテ
ない。
※1 前回のエッセイにも書いたように、女性はいくつになっても
女の子で、いくつになってもめんどくさいんです、私も含め。
※2 第102部﹁なんにしたって別れるのは大変なのだ﹂にその
紆余曲折はしたためております。
※3 なんかもうこのへんの感覚、麻痺してる。
413
どうせ人間もエネルギー保存則︵前書き︶
本日のエッセイは、大学の専攻が文系かつ国立大受験もしてないの
でちゃんと物理を勉強したのは高2までという人間が、﹁物理学の
かっこいい用語を言ってみたい﹂という思いだけでテキトーになん
となく書いてるだけの、雰囲気イケメンならぬ雰囲気エッセイでご
ざいます。正しい用語の使い方・知識は自分で調べるか、学生さん
なら先生に聞きましょう。
414
どうせ人間もエネルギー保存則
その日の駅は、入り口から混雑していた。
近くの大学の授業終了と重なると、﹁これで今日の授業全部終わ
り♪﹂な学生さん達が一斉に駅に向かって歩くので、一時的に人口
密度が高くなるのはいつものことだ。しかしそれに加えてその日は、
﹁もう社会人⃝年目です﹂といった風情、明らかに就活生ではない
スーツを来た人達も多数、駅に向かって歩いていた。どうやらその
大学で、社会人向けか、或いは社会人と学生が交流するようなもの
なのか、とにかくなんらかのイベントが行われたらしい。
そもそもこの駅はひとつの路線しか通っていない。よって、駅自
体もそう大きくない。学生さん+普段はいない社会人の群衆に、そ
の日の駅はパンクとはいかないまでも、早歩きで前の人を抜かそう
とするには﹁ちょっとすいません﹂と声をかけながら人と人の間を
すり抜けないといけない程度には、人が溢れかえっていた。
やや早足でコンコースを通り抜け、ひとつしか無い改札前まで来
る。改札では別の入り口から入ったお客とも合流するため、混雑は
さらにひどくなる。
のろのろとしたペースで改札内に入り少し進むと、ホームへ続く
階段がふたつ、両方とも片側半分が上りエスカレーターで、もう半
分は2人が並んで歩ける程度の幅しかない階段である。しかも、比
較的深いところを走っている地下鉄なので、長いのだ。
その階段の頂点から見下ろすと、人々が間隔を広く空けることな
く、かといって近すぎるわけでもなく、それぞれが適度な距離を保
ちながらぞろぞろと降下している。蟻の行列のようにも見えるそれ
に私も続き、最初はゆっくりながらも一定のペースで進んでいたが、
下るにつれ、歩みは徐々に遅くなる。それは牛歩の如し。
いつもは駆け足で通り抜けてしまうこの階段、こんなにも時間を
かけて下りることは滅多にない私は、ややイライラした。いや、だ
415
いぶイライラした。いや、猛烈にイライラした。そりゃ、いつもよ
り人が多いので階段で多少渋滞してしまうのは重々承知している。
それを無理やり押しのけて通りぬけようとするほど私は心が狭い人
間ではない。イライラの理由は、別にある。
それは、ホームに着いた社会人達が階段下すぐのドア位置付近に
溜まっていることが、この渋滞の元凶だからである。
この人達、社会人なのに何も考えていないのであろうか。ゴール
デンウィークをはじめ帰省ラッシュUターンラッシュとニュースで
散々言ってるのに、渋滞の理由とか考えたことないのだろうか。
今日のような混んでいる状況で階段下に溜まれば後続の人の通行
の妨げになることは容易に想像ができるし、何よりゆっくりと階段
を降りている間、階段下に着いたの人々の動きはとても良く見える
のだ。﹁あのスーツの集団邪魔だな﹂とか、﹁そこ動線だろ、そこ
にずっと立ってたら余計混雑するだろ﹂等々。
それなのに! それなのにですよ!
学生さんは社会人の淀みをすり抜けホーム中央付近に流れていく
のに対し、社会人はなぜか階段下の淀みに次々入り込み、更なる渋
滞を生み出している。
あぁ、こうして自然界には渋滞が生まれていくのだ。七年くらい
前に何かの番組で、﹁渋滞学︵※1︶﹂の西成活裕先生が﹁蟻の行
列見てると面白いんですよ、障害物で渋滞するかと思ったら、いつ
の間にか違うルートが確立されて渋滞が解消されてたり﹂みたいな
ニュアンスの発言をされていたが、そしてその発言に私は﹁またえ
らいニッチな学問を﹂といった漠然とした感想しか抱けなかったが、
七年を経て、今!
先生! 私は今、渋滞が生まれる瞬間と理由を目の当たりにして
います! スーツのやつらは、結構馬鹿です! 人類は、蟻以下で
す!
やっと階段下まで到着し、なんとかスーツの淀みの間を抜け、ホ
ーム中央の広いところまでたどり着く。たどり着くまでの間ものろ
416
のろ喋りながら歩くスーツの男女が前にいたので、﹁ちょっと、す
いませんっ!︵ふんがっ︶﹂鼻息荒くと押しのけたけど。ホーム中
央はいつもよりははるかに混雑していたが、階段下の渋滞と比べれ
ば快適であった。なんていうか、例えるならヘドロとオリーブオイ
ルくらい違う︵※2︶。やはり淀みの原因はあの階段下に溜まる社
会人である。
社会人ともなれば色々と経験を積み、文明社会をより快適にする
べく日々奮闘してるもんじゃないんですか。部下も増えたり、チー
ムの中心になったりすれば、周囲の人に気を配ることも多かろう。
それが、どうしてあんなに明らかな力学的現象に気付かず、渋滞を
引き起こしているのだ。
もしかすると、人は経験と共に成長していると思われがちである
が、そうでもないのかもしれない。いや、技術だとか管理能力だと
か、ある一面を切り取ってみれば成長していると見て間違いないの
だろうが、それは単に、今までAという能力に使っていたエネルギ
ーをBという能力に使うようになっただけではないのだろうか。一
人の人間が持つエネルギーの総量は生まれ持った分が全てで増減せ
ず、何かの能力に磨きをかけ増やした代わりに、何かの能力が少し
減る。物理学に於いてエネルギー保存則が成り立つのだから、人間
の能力にもそれが成り立ってもおかしくない。天才とかって何かに
秀でた代わりに、すっごい人としての何かを失ってるパターン多い
じゃん。
故にあの社会人たちは、社会人としての能力を得た代わりに、﹁
ここにいたら後続が渋滞する﹂という推測を立てる能力を失ったの
だ。その結果があの有り様だ。
そして学生さんの﹁空いてるホーム中央に進む﹂という秩序もや
がて社会人の﹁とりあえず空いてるとこにおさまる﹂という無秩序
に飲み込まれエントロピーは増大していく。カオスだカオスだ! 世界はカオスへと進んでいる! フラクタル!︵※3︶ シュレー
ディンガーの猫!︵※4︶
417
そんなどうでもいい仮説に至ったところで、ちょうど電車が到着
したので乗り込む。ドア付近に立つとすぐ近くに、高校生らしきカ
ップルがいた。女の子のほうが﹁期末終わったら、楽しみだなー♪﹂
と手帳を開く。見るつもりは無かったが、ちらっと目に入ってきた
七月の予定表のとある日には、もうほかの日の枠にはみ出す勢いで
でかでかと、真っピンクなハートマークが描かれていた。
あぁ、デートなんですね、この日⋮⋮。
このデートに対する特別感、若さならではだな⋮⋮。いや大人に
なってもデートは特別なんだけども、このハートから溢れんばかり
の﹁楽しみにしてる﹂感。もう私は仮にデートの予定があっても、
﹁1400 ⃝⃝氏 @横浜﹂とかしか書かない。いや、書けない。
︵しかも1400の読みは﹁ひとよんまるまる﹂だ︶
あぁ、早く恋のドキドキが電気を起こせるようになるといいね。
︵※5︶そうしたら、人類は永久機関は手に入れられなかったとし
ても、エネルギー問題はきっと解決される。
でも、人類の危機を救うのは愛、とか、ハリウッド映画でありそ
うでちょっと嫌だね。
※1 渋滞学
東京大学の西成活裕教授による、その名のとおり渋滞の起こりと解
消の方法を研究する学問。関係ないけど、七年前に見たときは西成
先生髪の毛けっこうあったと思ってたけど、最近久々に先生のお写
真をネットで見たら、潔いつるっぱげになってらっしゃったのが無
駄な衝撃。剃ってるのかもだけどさ。
※2 ヘドロとオリーブオイルくらい違う
﹁もこみち=オリーブオイル﹂というネタの旬はとっくに過ぎてい
るのは承知してるが、どんな視聴者のリクエストにもなんだかんだ
でオリーブオイルで強引にまとめる彼を、結構尊敬している。
418
※3 フラクタル!
色々間違ってるが、とりあえずアニメ﹁フラクタル﹂のことではな
い。
※4 シュレーディンガーの猫!
最早言いたいだけ。非常に中二心をくすぐる響きですよね。
※5 恋のドキドキが∼
村田製作所のCM。﹁恋のドキドキだっていつか電気を起こせるだ
ろう﹂のナレーションから。あのCMいいよな。
419
洗剤買いすぎ
W杯開幕しましたね。私はイニエスタと同じ誕生日なので、スペ
インを応援しております。そして前回大会の決勝を友人メガネと一
緒に見ていたのを思い出し、あれがもう四年前であることに軽い衝
撃を受けております。さらに先日、朝起きたらスペインがボッコボ
コ︵※1︶にされていたことにも大変衝撃を受けております。日本
戦は本田さんカッケーとか言っておけばよろしいのでしょうか。︵
※2︶
まぁそんなことはどうでもいい。唐突に、タイトルの件。
事の起こりは一年ほど前に遡る。以前と比べ格段に家にいること
が多くなった私は、自宅を可能な限り快適環境にしようと、不要品
の処分及び徹底的な掃除に取り組むことにした。このエッセイでも
その件に関しては何度か触れているが、今現在、少なくとも自室や
家族との共用スペース︵キッチンとかトイレとか︶は、いつ誰に来
て頂いても大丈夫な程度には清潔である。
さらにモノを一度に大量に捨てた経験から、﹁もう衝動買いなど
したくない、一時の感情で、そこまで必要でもないものを家に入れ
たくない﹂という思いが強くなり、ドミニック・ローホー著原秋子
訳﹃シンプルに生きる﹄︵幻冬舎、2010年︶をバイブルに、何
かを欲しいと思っても﹁それは必要なのか? 必要でないなら、な
ぜそれが欲しいと思うのか?﹂と吟味を重ねた上で購入するように
なった。
その結果無駄遣いは減り、新たに購入したものは使っているだけ
で﹁うへへ、へへへ﹂と嬉しくなる品々ばかりであり、精神的にも
非常に安定・快適である。
だがしかし今回は、そのような﹁私、きちんと生活しています︵
どやぁ︶﹂自慢を書くつもりはない。そもそもそんな自慢は、タイ
トルと矛盾する。
420
今回は、前述のようにモノを捨てまくってあまりモノを買わなく
なったはずなのに、なぜか洗剤がどんちゃん増えている話しである。
最初は﹃シンプルに生きる﹄をバイブルとしてるだけあり﹁これ
一本で色々家中磨ける万能洗剤!﹂という液体黒石けんを使ってい
た。実際これは非常に便利で大容量で、しかも水に薄めて使うこと
が多いのでコストパフォーマンスもかなり良いし、手にも優しい。
しかし独特の香りがあるのと、水に溶かす手間︵寒い時期だとなか
なか溶けない︶、そして窓ガラスは私の技術的な面もあるが、水だ
けで拭いた場合よりも拭き残しがくっきりと浮かび上がってしまう
のだ。
﹁掃除中の香りがイマイチでなんか萎えるー﹂
﹁溶かすひと手間が萎えるー﹂
﹁窓ガラス拭き残しあるのなんか萎えるー﹂
シンプルとは程遠い数々の煩悩により、﹁洗剤は﹃これ一本﹄的
なことにこだわるのはやめよう﹂とタガが外れたあたりから、私は
なにやらおかしな感じになってきてしまったのだ。
用途別に、洗剤を買い揃える。
そんなことは現代日本、まして東京に住んでいれば、至るところ
に大型ドラックストアがあるのだから何も難しいことはない。目的
の洗剤売り場に行けば事足りる。しかし、しかしだ。これまた以前
もこのエッセイで主張したことがあると思うが、日本の洗剤って、
パッケージが猛烈にダサいのだ。その洗剤の効き目の凄さを、パッ
ケージからはみ出さんばかりの勢いで主張してくる。そもそも、最
初に﹁万能洗剤一本に絞ろう﹂とした原点は、洗剤のパッケージの
ダサさにあったことを、ドラッグストアに行くと思い出す。あぁ。
﹁そんなん使わないときは見えないところに収納しとけばいいじゃ
ん﹂とキチンとした人は仰るだろう。だが私は残念ながらずぼらな
人間であるゆえ、﹁あ、掃除しよう﹂と思ったときに、さっと取り
出せる場所、掃除をしたい場所に洗剤がないと、﹁あー、あとでい
いかな⋮⋮﹂という気分になってしまうのだ。万能洗剤を使いこな
421
せなかった理由、ここにありき。
よって、隠さなくてもそこまで景観を損ねない、ある程度オサレ
なパッケージの洗剤が欲しい⋮⋮。しかし、オサレショップで取り
扱っているようなパッケージがオサレな洗剤はやけに高い。海外製
品、かつ大容量とはいえ、消耗品なのに平気で1,000円超えて
たりする。うぐぐぐぐぐ。私はドラッグストア及びオサレショップ
でひとり静かに憤慨する。貧乏人にはオサレ生活など必要ないとい
うことか。清潔は貧乏に許された最大の贅沢ではないのか。清潔か
つオサレを実現するにはやはりお金なのか。いや、別にオサレパッ
ケージでなくてもいい。ただ、シンプルなパッケージであればいい。
だがそのシンプルなパッケージすら存在しなく、存在するとしても
やはり高い。どうすりゃいいのだ。
ドラッグストアにある大量の洗剤たちを前にしながら、私は﹁欲
しい洗剤がない﹂と項垂れる。モノはあってもほしいモノはない。
なんという現代的な悩み。選択肢はあっても、提示された選択肢は
マジョリティの意見とコストパフォーマンスに基づき具現化された
ものである。私のようなマイノリティはいつだってマジョリティの
︵無自覚な︶数の暴力に打ちのめされるのだ。あー資本主義。あー
民主主義。
まぁそんなことをうだうだ言っても仕方がない。どうしたもんか
なぁ、と相変わらずぼんやりと立ち尽くしている私に、一筋の光明、
神の啓示にも似たひらめきがもたらされた。世はインターネット全
盛期。一人1台パソコンを持ち、老いも若きもスマホを弄る時代。
あぁ、海外の通販サイトから洗剤買えばいいじゃん。
技術の進歩は素晴らしいものである。先進国とは素晴らしい国で
ある。ある程度は日本語に対応しているうえ、日本の宅配業者が我
が家まで荷物を届けてくれるという、アメリカの某通販サイトで適
当に検索ワードを入れ、出てきた商品の説明文やらレビューやらを
参考に、ぼかすかと洗剤を買い込んだ。現地価格なので、やや円安
傾向、加えて送料もかかるとはいえ、それでも安い。窓ふき用、お
422
風呂用、カビ防止用、多目的用⋮⋮どれもアメリカらしく大容量で、
そして何よりパッケージがオサレ! さらっと洗面台、お風呂場、
お掃除グッズ置き場に置いておいても景観を損なわない! ﹁単に英語で書かれているからオサレに見えるだけではないのか﹂
﹁未だギブミーチョコレート︵※3︶精神からの脱却を果たしてい
ない戦後ニッポンの呪縛ではないのか﹂
そんな思いが脳裏をよぎりつつも、﹁⃝⃝が使いやすくてよかっ
た∼﹂というブログ記事を見つければほしいものリストに追加し、
﹁品切れだった人気の⃝⃝が入荷しました!﹂というメールが届け
ば﹁おぉお、買っちゃおうかなぁ﹂とカートに入れたり出したりす
るという、典型的無駄遣い・衝動買いのループにはまっている。あ
ぁ罪深きメリケン。でも﹁オサレお掃除グッズでお掃除を頑張る自
分﹂に酔いまくっている私は、財布の紐もぐずぐずである。そして
実際お家はキレイだからいいじゃない⋮⋮。
そんなわけで、洗剤に関してはシンプルと程遠い生活をしている。
ちなみに最初に言った万能洗剤は、玄関用としてきちんと活用して
います。えぇ、用途が細分化しただけでちゃんと使ってます全部。
でも用途が細分化しすぎて、本当はいらないものまで買っている感
も否めない。あぁでも! それでもまだ気になる洗剤があってとま
らない! 掃除は最早趣味!
というわけで、掃除と整理整頓に関してだけは、私は結構良き妻
になると思っております。それ以外は色々アレですけど。
だけど持論は、﹁きれいにしてれば幸せになれるわけではないけ
ど、きれいにしてれば少なくとも不幸のどん底にはなるまい﹂なの
で、私と結婚する人は不幸にはならないと思うよ! まぁ、幸せに
もならないかもしれないけど。
※1 起きたらスペインがボッコボコ
グループリーグが始まって早々、スペイン対オランダという前回大
423
会︵2010年︶決勝戦と同じカードで注目を集めていましたが、
1−5でスペイン完敗であります! 起きて結果見た瞬間、まだ夢
見てるのかと思ったよ!
※2 本田さんカッケーとか言っとけば∼
旬が過ぎたネタなのはわかってる。︵本田の旬が過ぎたって意味じ
ゃないよ!︶
私のサッカー日本代表の知識は俊輔がまさかの代表選出されなかっ
た時がピークである︵トルシエ監督時代の2002年⋮⋮︶。
※3 ギブミーチョコレート
平成生まれに通じるか不安なので注釈。第二次大戦後日本がGHQ
の占領下にあった際、米兵に子ども達は﹁ギブミーチョコレート!﹂
とチョコをねだったという。しかし、﹁チョコなんかもらったこと
ない﹂﹁手を出したらなんか菓子くれたけど、それがチョコである
認識は当時なかったから﹃ギブミーチョコレート﹄なんて言ってな
い﹂という意見もあるので、後付かもね。
424
長期スパンで考える
ちょっと前だが、小学校時代の友人が結婚した。その子は実家が
漫画のようなお金持ちで、本人は歯科医師、旦那さんも同業者で、
しかも料理好きなので﹁旦那がごはん作ってくれるから、私は食べ
る専門﹂らしい。すげぇ。もうこうなると、羨ましいという感情す
ら湧かない。マスコミが煽るような勝ち組・負け組などという下世
話な二極論とは乖離した、自分が勝ち組であることすら意識してい
ない真の富裕層である。
まぁ彼女は人のことを悪く言ったりすることもなく、大小様々な
苦難にも﹁なんとかなるよー﹂とおおらかに対応してきた人である
から、幸せな結婚をしてくれて何よりである。今更私に﹁幸せにな
ってね!﹂などと願われる必要も皆無だろうが。
それにしても、彼女の例は極端だけど、自分が得られないものを
他人がさくっと︵そう見えるだけで本当はさくっとじゃないにして
も︶手に入れたりすると、ちょっと羨ましく思ったりしてしまうこ
ともありますよね。かく言う私も数年前までは結構バイタリティあ
ふれる人間というか、﹁自分に足りないものは努力でなんとかする
!﹂ぐらいの勢いで生きていたので、自分が努力したことがなかな
か結果に結びつかなかったりする一方で、あんまり好きじゃない人
が私が嫌いなやり方でちゃっかり目的を達成してたりすると、ひど
く傷ついたり腹立たしく思ったりもしてました。
まぁ、その﹁自分に足りないもの﹂というのも、﹁世間的にあれ
ば良いとされているもの﹂﹁持ってれば他人から評価されるわかり
やすい価値のもの﹂でしかなく、実は自分の価値観や本心ではあん
まり必要ないものだった、というのに気付いたらだいぶ楽になりま
したけど。別に私に限った話しじゃないけど、価値の置きどころが
世間とズレてると非常に生きづらいよねこの国は。
なので今は、他人を羨ましいと思うこともほとんどなくなったけ
425
ど、それでもたまに前述の友人のような﹁な、なんだこの﹃富める
者はますます富み︵※1︶﹄みたいな人生は﹂という人に出会うこ
とがある。単にその人は運が良かった、と思えば事は単純だが、そ
れだけで片付けてしまうと﹁運が良ければいいが逆もまたしかり、
運が悪ければある日突然不幸のどん底かいな﹂という不安が私を襲
う。実際そうであったとしても、やはり私は因果応報を信じたい。
撒いた種は刈り取りたいし、刈り取らせたい。
よって私は、いきなり﹁前世を信じる人﹂になったのである。
きっと友人は前世で徳をたくさん積んだのだ。飢饉の折、芋を栽
培して人々を飢えから救ったのかもしれない。そこには大変な苦労
があっただろう。それを思えば、今世でお金持ちのおうちに生まれ
て、旦那も料理好きで美味しいものを作ってくれる人生、どうぞ満
喫してくださいという気分になる。かつて私のことを地味にいじめ
たあの人も、来世でいじめの報いを受けるか、或いは前世の私がそ
の人をいじめていたのだ。そう思えば大抵のことは、もちろん渦中
にいる間は大変だが、過ぎてしまえば﹁まぁ短期スパンで考えれば
心乱されますけど、長期スパンで考えれば別に﹂という気分になる。
何より前世があるかどうかなんか確かめようがない。確かめようが
ないことなど、信じることが全てであり信じたことが私の中の真実
なのであります、アーメン︵※2︶。
というわけで、私が突然﹁前世云々﹂とか言い出したときは、別
にスピリチュアルな目覚めがあったわけではなく、生きる上での処
世術程度の話しなので、そんなに引かないでください。
今日も来世でイージーモードの人生が送れるよう、徳を積むよう
に頑張ります。まぁ今世もなかなかのイージーモードだと思うけど
さ、私。
※1 富める者はますます富み
新約聖書のマタイ伝かなんかにある一節。
426
※2 アーメン
輪廻転生は仏教的思想だからここでアーメンはあまり正しくないの
では、と思いちょっと調べたら、キリスト教における生まれ変わり
云々で色々論争が起きていたので、素人が判断できるものではない
っぽい。なので雰囲気ですアーメン。
427
江ノ島の一連
W杯、予選リーグ終了しましたね。個人的には残念な結果ではあ
るけれど、良いときは﹁感動をありがとう﹂とか言って応援して、
悪いときは﹁誰のせいだ!﹂などと戦犯探しをするのも違うだろう、
と思うので、今回の課題を踏まえて次の大会を目指してほしいと思
います。
というわけで、私はこれからも応援します、スペイン代表!
日本代表はよくわからんけど敗因はキャンプ地選び間違えたって
ことでいいよもう。
あとドイツ代表監督、なんかクラシックの指揮者っぽくもあって
かっこいいよね!︵カラヤンやバーンスタインあたりがちらついて
いる発想︶ドイツも結構好きなチームだから、決勝Tはドイツを応
援するぞ私は。
そんな熱狂の最中、サークル同期のカオルちゃんに案内してもら
い江ノ島に行ってきた。大船からモノレールに乗って行ったのだが、
乗ったモノレールが結構古い車両で︵新しい車両もあるので今回は
偶々︶、まるでアトラクションのように揺れた。
﹁こ、これはインディアナ・ジョーンズかい?︵※1︶﹂
﹁大丈夫、丸い岩が落ちてくることはないから﹂
﹁若さの泉を探さなくっちゃ! アディオーーース!︵※2︶﹂
私達は三十も過ぎたというのに相変わらずである。十年前とほと
んど同じ、そして中身のない会話をしている。
その上その日は天気予報では曇り時々雨、雨が降れば大荒れ、と
聞いていたので、雨対策としてジップロックにiPodやスマホな
どを入れて万全の体制で江ノ島に挑んでいた。しかしそれを見たカ
オルちゃんは、﹁海行く人みたい! 江ノ島って島だけど、今の時
期はあんまり水遊び的な要素ないよ、勘違いしてない? 大丈夫?﹂
と根本的な認識のズレがないか確認してきた。ジップロックは先を
428
読む大人の証と思っていたのになぁ。まぁいい。
そうこうしているうちに湘南江の島駅に着く。江ノ島は晴れてい
た。駅に着いて気付いたけど、今期やってたアニメ﹁ピンポン﹂の
舞台ってここじゃん。毎週見てたどころか、原作マンガも持ってる
し実写版映画も見たのに、今更⋮⋮。好きな漫画のひとつとまで挙
げていたのに。片瀬高校って片瀬江ノ島の片瀬か!
そんな地味な衝撃をよそに、ちょうどお昼時だったのでカオルち
ゃんは
﹁この先どこに進んでもうんざりするくらいシラス攻めに遭うけど、
今ここでシラスを終わらせておく? それとも江ノ島本体に行って
からにする?﹂
と言う。
﹁うーん、お腹減ったから、もうここで終わらせよう﹂
私達は途中にあったイタリアンに入り、シラスピザとシラスのペ
ペロンチーノを注文し、ふたりで分けあって食べる。イタリアンで
もこのシラス攻め、江ノ島あな恐ろしや。別にシラスを避けたメニ
ューを注文すりゃいいのだが、なんかこう、バランス良く頼もうと
するとどうもシラスにぶち当たるのだ。不思議。でも美味しかった
です。
たらふく食べてお会計の段。
﹁あぁ! カオルちゃん、見て! ひとり税抜き1,260円プラ
ス消費税ですって! そもそも1,260円って1,200円に5
%消費税で設定されてた金額でしょ。なのに消費税増税に伴い1,
260円に8%の消費税ってことは、事実上便乗値上げよ!﹂
﹁さすが観光地。強気に出るね﹂
﹁まぁ、美味しかったからいいけどね!﹂
なぜ三十すぎると、主婦じゃないのに自動的に主婦的思考になっ
てしまうのだろう。やはり巣ごもり本能みたいなものがあるのだろ
うか。しかしその本能は完全に行きどころを失っている。
ぎゃあぎゃあと文句を言いながらも、本日のメイン、江ノ島へと
429
足を運ぶ。天気は相変わらず晴れである。雨という予報はハズレな
のだろうか、と思いつつ、先ほど見たTwitterでは自宅近所
の珈琲屋さんのアカウントが﹁突然の雨! てかゲリラ豪雨!﹂と
呟いていたので、不安定なことは間違いないようだ。ラッキー。
橋を渡り、青銅の鳥居をくぐり、江島神社、辺津宮、中津宮、奥
津宮、江ノ島岩屋と順々に歩いて行く。ここでは特筆すべきことは
ない。ただの観光案内にしかならないし、私とカオルちゃんは道中
ずーーーっとくだらない話か寸劇しかしてないし。
唯一書き記す必要があるとすれば、江の島岩屋が改修工事中のた
め半分しか見られない代わりに入洞料無料になっていたことだ︵普
段は500円︶。半分でも十分に楽しめたけど、第2岩屋洞窟の一
番奥にいた龍は微妙である。比べるのも変な話しだけど、京都のお
寺とかで﹁天井一面の巨大龍図﹂とか結構見たことがあったので、
どうも観光客に媚びたアトラクション感が否めないクオリティの龍
だった。なんか光るし⋮⋮。
ちなみに江の島岩屋は平成26年6月30日からは完全に閉洞す
るそうです。全面開放の日程は未定とのこと。
結局江ノ島にいる間はゴロゴロ雷の音だけして、一度も雨に降ら
れることはなかった。電車に乗ったらどんちゃん雨が降り出し、横
浜でご飯を食べてる間も降り続き、帰る頃にはまた止むという奇跡
的雨回避を成し遂げたため、全然雨具を使わなかった。なのでこの
日私は、ただの﹁江ノ島で水遊びが出来ると勘違いして準備してき
た人﹂になってしまった。ジップロック不発。ちっ。でも私とカオ
ルちゃんは﹁あぁ、うちらの日頃の行いが良いからだね﹂と、持ち
前のポジティブシンキングでただの偶然を拡大解釈して満足し一日
を終えたのだった。でも適度な運動になるし海沿いで気持ちいいし、
良かったな江ノ島。
余談ですが、江ノ島の龍神伝説について家に帰ってからネットで
調べてみたら、ちょいちょいスピリチュアル系のブログに遭遇し、
やや困惑した。﹁ここの神様はパワーが強いです!﹂とかなら感覚
430
的にもわかるのだけど、﹁龍神様に呼ばれた! その証拠にこんな
に不思議な現象が⋮⋮﹂とか書いてある記事、しかもそういうのが
1個や2個じゃないとなると、﹁龍神様はいちいち人間を呼んだり
するほど暇なのだろうか⋮⋮﹂と思ってしまうよ。まぁお好きなよ
うに生きればいいと思うのだけど、心に雑音が多いスピ系の人は、
他人からの純粋な親切も﹁⃝⃝様︵天使だとか神様だとかよくわか
らんもの︶に導かれたー﹂とか解釈したり、どう考えても自分の思
考力不足でしょ、っていうことにも﹁毒出し﹂とか言ったりするか
ら、いまいち相容れない。スピ系全般が嫌ってわけじゃないんだけ
ど。
そういや昔、友人メガネを言いがかりとしか言いようのない理由
でいじめ︵メガネとの十年来の付き合いの中でトップ3に入るくら
い彼女は悩み、追い詰められてた︶、最終的にスピリチュアルに傾
倒して意味わからんことを言いながら職場を辞めていった人がいた
のだが、最近その人が﹁職場いじめで悩む人のためのメンタルサポ
ーター☆﹂という肩書きでネットで活動しているというのを聞いて
︵売れてるわけじゃないんだろうけど︶、久々に寒気がしました。
ある意味、江ノ島で豪雨に降られる以上の寒気です。
そりゃ神頼みをしたくなる時もあるけど、基本的には神様には見
守っていただくスタンスで、毎日をなるべく丁寧に暮らしていけた
らいいなぁ、とこの一連の江ノ島観光で思いましたとさ。以上、特
にオチはありません。
※1 インディアナ・ジョーンズ
Jones﹂表記なので原題っぽい発音で
ご存知かと思いますが、﹁インディ・ジョーンズ﹂と同じです。原
題が﹁Indiana
言ってるだけです。
※2 若さの泉を探さなくっちゃ! アディオーーース!
431
これまたご存知かと思いますが、ディズニーシーのアトラクション、
﹁インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの魔宮﹂から。﹁イ
ンディ博士の助手パコが企画した魔宮ツアーに参加! そこには若
さの泉があるらしい⋮⋮が、クリスタル・スカルの怒りに触れたか
らさぁ大変!﹂みたいな設定。列に並んでる間に流れる搭乗時の注
意喚起ビデオのラストで、パコが陽気に﹁アディオーーース!﹂と
か言ってくる。私とカオルちゃんは十年くらい前に一緒にシーに行
ったとき、ハイになりすぎてこのアトラクションに3回連続で乗っ
てさすがに酔った。
432
手ぬぐいと下駄を愛する
ワールドカップ決勝はドイツ対アルゼンチンですね。
まぁドイツが勝たせて頂きますけどもね! おほほー、レーヴ監
督カコイイ。決勝当日はアンペルマン︵※1︶手ぬぐい頭に巻いて
応援するもんね!
というわけで、話しは手ぬぐいへと至る。
最近私は手ぬぐい愛用者である。元々可愛い柄のものを見つけた
ら購入することもあったので何枚か所持していたが、それは観賞用
であったり、カゴに被せて目隠しにしてみたりと、本来の﹁拭う﹂
という使い方はあまりしたことがなかった。
しかし、京都などで貧乏旅行をしていて気付いたのだが、手ぬぐ
いってまじでまじで日本の気候や生活に適した素晴らしい生活用品
なのね!
まず、手ぬぐいは大きさのわりに折りたたむと普通のタオルハン
カチと変わらない厚さになる。私は貧乏旅行する場合、アメニティ
が標準装備の宿には泊まらないのでタオルなども持参する必要があ
る。昔は荷造り中﹁タオルで結構スペース取られるのよね﹂と思っ
ていたが、手ぬぐいは10枚持ってったって︵持ってかないけど︶
厚さはたかが知れてるし、最悪荷物の隙間にぎゅうぎゅう詰め込め
ばもう何枚でも持っていける気すらする。
そしてある程度使い古した手ぬぐいの吸水性! 女性の方は特に
﹁髪長いし、手ぬぐいだけじゃ髪洗ったあと水分吸いきれないよー﹂
と仰るだろう。しかし実際やってみると、一枚の手ぬぐいでびっく
りするくらい水を吸ってくれる。私の場合、髪洗って上がるときに
さっと水気を切って、乾いた手ぬぐいで頭を包むように水分を吸わ
せる。で、しばらく手ぬぐいを頭全体包むように巻いて、スキンケ
アしたのちドライヤーをしているが、頭に巻いた手ぬぐいから水が
滴り落ちることも、髪が乾きにくいということもない。︵私は現在
433
鎖骨下ぐらいまである、誰がどう見ても﹁量多めですね﹂って感じ
のくせ毛︶まぁ、手ぬぐいビッショビッショですけど。なので、銭
湯などに行く際も浴室内に持参する手ぬぐいと、入浴後髪を拭く手
ぬぐいの2枚で十分事足りる。身体は浴室内に持参した手ぬぐいを
上がる時よーくしぼって︵場合によってはこの手ぬぐいで身体洗う︶
、浴室内で拭いてしまえば十分だし。男の人で短髪だったら1枚で
いけるんだろうなぁ。
さらには手ぬぐいの速乾性! 銭湯を出る際に洗い、よくしぼっ
て広げておけば、数時間後にはもう乾いている。ちなみに銭湯帰り
は夜道が多少怖いので、﹁不審者に目をつけられる前に自分が不審
者になろう﹂と手ぬぐいをふいに振り回したりするという奇行を繰
り返していたが、振り回すおかげでさらに乾きが早くなり一石二鳥
であった。違う何かを失ったかもしれないけど。
あとは真夏にディ⃝ニーランドに行く際も、並んでる間に手ぬぐ
い濡らして頭にかぶると、日除け+涼も取れて大変便利。一緒に行
った大野さんは﹁濡らすの? それ全部濡らすの?﹂とびっくりし
ていたが、真夏の手ぬぐいの速乾性をナメてはいけない。並んでる
間の1時間で、2回濡らした。︵水飲み場多いスタンバイでよかっ
た⋮⋮︶
というわけで、﹁手ぬぐいべんりー﹂と甚く感激した私は、最近
は家でも外でも手ぬぐいで、タオルをほとんど使わない生活に相成
ったのであります。わりと極端。
加えて、私がこの夏導入したのは下駄である。でも二本歯ではな
く小判型なので、普通にデニムにサンダルっぽく履いている。ちゃ
んと近所の50年以上続く履物店で買って、そこのおばあちゃんに
鼻緒もすげてもらった。行ったときおばあちゃんは店番しながらお
孫さんを預かっていたらしく、鼻緒をすげながら﹁どぉーーしてお
客様がいらしてるのにばたばたするの!﹂と怒り、﹁今日の夜十時
までいるんですよ⋮⋮もう、ナメられて大変⋮⋮﹂と愚痴っていた。
昭和にタイムスリップしたのかと思った。そして肝心の履き心地は
434
というと、﹁もう私は靴など極力履きたくない﹂と思うくらいだ。
何も締め付けるものがなく、そして足指の間を吹き抜ける風⋮⋮!
私は自由を手に入れたのだ。元々真冬だって家の中じゃ素足で暮
らしてるのだから︵床暖房とかじゃないよ︶、まして夏、仕事以外
全部下駄で暮らしたいぞカランコロン、と思っている。まぁうちの
近所はいわゆる下町だから、多分そんなに違和感ない。ずっとこの
エッセイを読んでくださってる方はうすうす気付いているかもしれ
ませんが、私の居住地域は東大からそう遠くない下町のどこかです。
というわけで、この夏は手ぬぐいと下駄を愛して暮らしている。
その様子を見た父が﹁お前最近、明治の人みたいだなぁ﹂と言って
きたが気にしない。本当は風呂あがりも浴衣で過ごしてそのまま寝
たいと思ってるけど、最近の浴衣は外歩き用ばかりなのでそれは諦
めている。
もしも東大近辺で下駄で手ぬぐい持って︵でも着てるのは洋服︶
ふらふら歩いてる女がいたら、結構高確率で私かもしれません。が、
﹁神楽さんですか?﹂とか声かけても違うかもしれないし、私だっ
たとしても照れ隠しで﹁はぁ?﹂とか言うかもしれないので、そっ
としておいてください。
まぁ読んでる人少ないからいらん心配か。
※1 アンペルマン
東ドイツ時代に誕生した、歩行者用信号機で使用された人型マーク
のキャラクター。ずんぐりむっくりのフォルムがかわいらしい。
東西ドイツ統合により、東ドイツのデザインは西ドイツのものに取
って代わられた感があるが、アンペルマンは視覚的にもわかりやす
くかつかわいらしかったため、現在でもアンペルマンの信号機は使
用されているし、キャラクターとして独立しグッズなども販売され
ている。この手ぬぐいは数年前のドイツフェスみたいなので買った。
435
余談だが、その他東ドイツデザインが残った例として、ザントマン
︵英語読みではザンドマン︶がある。古くからドイツに伝わる妖精
伝説︵意味はそのまま﹁砂男﹂︶なので東西ドイツ関係なく名は知
られているが、東ドイツはザントマンを子供向けTVシリーズとし
て放送、その際かわいらしいファンタジー・キャラクターとしてデ
ザインし直し人気を博した。
西のザントマンも存在しないわけではないが全然かわいくない。そ
れゆえ統一後は自然淘汰的にザントマンと言ったら東ドイツのザン
トマンである。グーグルで﹁ドイツ ザントマン﹂と画像検索かけ
ると東ドイツのザントマンしか出ないし、ならばと﹁西ドイツ ザ
ントマン﹂で検索かければ、変なザントマンか東ドイツのザントマ
ンが出る。どうでもいいけど余談なげぇ。
436
手ぬぐいと下駄を愛する︵後書き︶
手ぬぐいは大変おすすめですが、染め方と洗い方の相性によっては
色落ちが半端無かったりするので、その点だけお気をつけください。
437
厄年の洗礼、親知らず
ワールドカップ閉幕しましたね。まぁスペインがボロ負けしたと
きは動揺しましたけど、ドイツが優勝なので満足です。レーヴ監督
カコイイ! あまり政治的なことは言いたくないが、WW2の戦敗
国であるドイツと日本は、愛国心見せるとすぐ諸外国から﹁右傾化﹂
と言われがちな気がするので︵気のせいならそれでいいのだが︶、
ドイツの皆様、今なら思う存分母国を誇り自慢し﹁どやぁああ強か
ろうううう﹂してくださいませ。戦術も﹁ドイツそのもの﹂って感
じで好きです︵※1︶。結局パスサッカー好きなのね、私⋮⋮。
そんなわけで変な時間に寝たり起きたりする生活からもやっと解
放され、私は歯医者に行ってきた。ちなみに私は歯医者が大嫌いだ。
歯並びが悪いので虫歯になりがちなのはわかっているのだが、どう
してもギリギリまで行きたくない。
その理由というかトラウマの原因はわかっている。昔、小学校の
歯科検診で来た歯医者に﹁歯磨きができてないからこんなに虫歯に
なるんだ!﹂と怒られ、担任からも﹁神楽さんは⃝本も虫歯があり
まーす﹂と馬鹿にされ︵今やったら問題になりそうだ︶、失意のま
ま歯医者に行ったら﹁うーん、隙間に色はついてるんだけど、これ、
虫歯じゃなくて食べ物や飲み物の色がついちゃってるだけだね。コ
ーヒーとか色の濃い飲み物が好きだったりしない?﹂という顛末だ
ったことがある。多分これだ。虫歯でもないのにきつく怒られた挙
句、クラスメイトの前で嘲笑の対象にされたことで相当傷ついたら
しく、以後歯医者に対する不信感と﹁まじで歯が痛くて眠れないで
す﹂という状態にまでならないと歯医者に行きたくないという、結
局自分が一番損するカタチになっている。
治療始まればいいんだよ。でも、治療前に﹁こことことが虫歯で
ー﹂と歯医者さんに説明されるのが嫌なんだよ、自分のダメさ加減
を咎められてるようで。最近の歯医者さんは大抵、どんなに歯がひ
438
どい有様でも咎めるようなことは言わないとわかってるんだけどさ
⋮⋮。
しかし最近、﹁なんか寝る前になると歯が痛い⋮⋮﹂という日が
続いたので、意を決して歯医者に行ったところ、﹁上の親知らずが
虫歯で神経までいっちゃってるので、抜いちゃいましょう﹂﹁あと、
下の親知らずも横に生えてるし虫歯になりかけてるので、こっちも
抜いたほうがいいですよ﹂と、いきなり親知らず抜歯宣告を受けた
のだった。いやあああ。抜歯こわいいい。あ、あと細かい虫歯が大
量にありました。
親知らずを抜く。人からは何度か聞いたことがあり、わりとポピ
ュラーな治療ではあると理解しているが、もうその手順が怖い。だ
って肉切るんでしょ?で、抜くんでしょ? で、縫うんでしょ?
私は生まれてからこのかた、幼稚園時代に右ひじを骨折をした以
外︵しかも小さいころすぎてあまり覚えていない︶は怪我も病気も
なく、縫うような治療さえもしたことがない。去年親知らずを抜い
たというカオルちゃんも﹁結構顔腫れちゃうから、接客業だし三日
仕事休ませてもらったー﹂と言っていたし、前に会ったとき親知ら
ずの治療中だった京都の立花くんも﹁縫ったところがつっぱる感じ
が気になって、ひたでれろれろひていたら︵実際彼はこのとき該当
箇所を舌でれろれろしていた︶、糸が抜糸前に取れちゃいました﹂
とか言っていたし、なんかもう私としてはプチ整形を僅かに上回る
治療というイメージがある。
肉切るって! 歯抜くって! 絶対私は治療中白目剥いてる自信
がある。血、どばぁってなりますよね? 止まりますよね? 血、
止まりますよね?
私の数々の不安を他所に、先生は﹁上の親知らずの抜歯は結構簡
単だし腫れもあまり出ませんから。歯痛が強くなるのも心配だし、
都合が良ければ今週末やっちゃいましょう﹂と、サクサクと治療計
画を説明してくる。しかも、先生の親切で結構無理やり予約をねじ
込んでくれたのだ⋮⋮。あぁもう後には引けない。この先生は私の
439
歯のケアの手抜かりを咎めるどころか、一刻も早く健康な状態に近
づけようと努力してくださる。しかし、しかし! 血、どばぁって
なりますよね?
とりあえず私は、週末の抜歯までのこの数日、会う人会う人に﹁
親知らず抜いたことありますか?﹂と聞いてまわり、親知らずに関
する生の情報を集めようと思う。当然﹁全然だいじょぶだよあんな
のー﹂という気楽な意見を欲しているが、そうとも限らないのでや
やギャンブルである。でもまぁ、死にゃしないだろう⋮⋮。
あーしかし、血がこわい。痛いのは割りと平気というか、でも歯
医者の﹁痛かったら言ってくださいねー﹂の加減がよくわからない
んですよね。前に通ってた別の歯医者では、﹁これぐらいで痛いと
か言ってたら後で後悔するぞ﹂と勝手に思って耐えていたら、結局
そこがピークだったとか。で、治療終了後先生に﹁麻酔あんまり追
加しなかったけど、痛くなかったですか?﹂と言われ、そんなに耐
える必要なかったのか⋮⋮とか。最終的には私の我慢強さを察した
先生が、﹁神楽さんは痛みに耐えちゃうので、痛かったらすぐ! 言ってくださいね﹂﹁痛み止め、一日三回までなら飲んで大丈夫で
すからね! 飲まなくても平気なら飲まない方がいいだけで、ギリ
ギリまで耐えてから飲む必要ありませんからね!﹂と気を使ってく
る始末だった。なんでこう、私はこういうちょうどいい具合がうま
くできないのだろう。
というわけで、今週末抜歯をしてきます。治療中は無になるため
に念仏でも唱えようかと思います。ぎゃーてーぎゃーてーはーらー
ぎゃーてー。
このまま何事もなく通り過ぎるかと思っていた前厄、そうはいか
なかったぜ!
※1 詳しくないのであまり知らないけど、選手がパス出すまでの
時間をこの数年で2秒くらい短縮させたとかで、もうこの合理化が
440
ドイツって感じ。
441
若者もすなるという合コン 前編
若者もすなるという合コンといふものを、我もしてみんとてする
なり。前厄の年のふみつきの十日あまり九日の、戌の刻に開始す。
︵※1︶
というわけで、いまいちやる気のない合コンに行ってきました。
どのくらいやる気がなかったかというと、前の日に親知らず抜いた
くらいだ。あ、上の親知らず抜歯は噂通りすごく簡単でした。あん
なに恐れていたのが馬鹿みたい! と思ってしまうくらいあっさり
終わりました。でも次に抜歯する下の親知らずは水平埋没なので、
きっと噂どおり大変なことになるんだ⋮⋮。
そして、合コンの話し。
今まで散々モテないモテない言っといて、いざ合コン話しが来た
ら﹁合コンとかやる気ないわー﹂とか、どんだけ上から目線なんだ
こいつは、と思う読者の方が万が一いたら、まったくもってその通
りである。貴殿の思うことは正しい。
しかし少しだけ弁解させて頂くと、この企画は地元の友達、塚ち
ゃんの企画である。私は以前塚ちゃんに、﹁︵塚ちゃんと仲がいい︶
Kちゃんと久々に会いたいなー﹂と言ったことがあった。その発言
を受けて塚ちゃんは、﹁じゃあKちゃんに言っとくよ! 飲みにで
も行こう!﹂となったのである。
しかし上がってきた企画は、私、塚ちゃん、Kちゃん、そして男
性三人の合コンであった。私はKちゃんに会いたかったのであって、
合コンしたかったわけではない。ついでに言ったら、数ヶ月前も同
じ流れで私、塚ちゃん、Kちゃん、さらにYちゃんと男性四人の合
コンが企画されたことがあった。そのときも私はものすごくめんど
くさく、﹁あぁ、行くって言っちゃったけど、ものすごくめんどく
さくなってきた、できることなら仮病を使ってでもドタキャンした
442
い﹂と悶々としていたら、ちょうど家を出る時間に電車止まるくら
いのゲリラ豪雨が降り始め、まんまと﹁ごめーん、この雨じゃ外出
られないし、電車動いてるかもわかんないから、今回は遠慮させて
☆﹂とドタキャンしたのであった。
今回も合コン前日に親知らずを抜くことが決まった時の本音は﹁
ごめーん、突如親知らず抜くことになっちゃったから、今回は遠慮
させて☆﹂である。しかし二度連続ドタキャンは人としてどうかと
思うぞ、という基本的に真面目な思いがあったので、やる気がない
なりに行くことにしたのである。
とはいえ、合コンが久しぶりすぎてどういう立ち振舞をすればい
いのか検討もつかない有り様である。なので合コン数日前、副業先
にいる同い年でしかも家がわりと近所の青年、谷崎氏︵酔っ払うと
クソめんどくさい︶に﹁今週末合コンなんだが、どうすればいいの
かわからない﹂と相談したところ、谷崎氏は﹁合コンの極意を教え
てあげよう⋮⋮﹂と、ひとり電車の中で語りだしたのだった。
﹁男はねぇ、単純なんだよ。これから言う、﹃さしすせそ﹄を連呼
していれば、確実にモテる⋮⋮!﹂
﹁さ、さしすせそ?﹂
﹁まず、さ!﹃さすがー!﹄
次に、し!﹃知らなかったー!﹄
そして、す!﹃すごーい!﹄
さらに、せ!﹃センスあるー!﹄
最後に、そ!﹃そうなんだー!﹄﹂
﹁はぁ?﹂
﹁これを連呼すればもう男はそれだけでキモチイイ。余計なことは
言わんでいい、これを事あるごとに連呼し、男の自尊心をくすぐり
まくればもう、週末の合コンは神楽さんの独壇場だ!﹂
﹁臆病な自尊心が肥大化すると虎になるよ!︵※2︶﹂
﹁そういう小難しくて意味のわからないこと言うからモテないの!
はい、復唱して! さ!﹂
443
﹁サスガー﹂
﹁し!﹂
﹁シラナカター﹂
﹁もっと感情を込める! 言わされてるっぽく言わないの! す!﹂
﹁スゴーイ﹂
﹁せ!﹂
﹁ねぇ、﹃センスあるー﹄って言うタイミング、難しくない?﹂
﹁深いこと考えない! そ!﹂
﹁そうなんだー﹂
﹁よし、これで週末の合コンは君のものだ!﹂
ほんとかよ。私は谷崎氏のことを根拠はないがゲイだと思ってい
るので、いまいち信用ならん︵ゲイの人が信用ならんという意味で
はありません︶。
﹁あーでも、合コンの前日親知らず抜くんだよね﹂
﹁なんだと? 親知らず抜歯ナメちゃイカン! ﹃ごっつあんです
!﹄みたいに腫れるよ!﹂
﹁えっ、そんなに?﹂
﹁まぁ、場所とか生え方によると思うけど﹂
﹁﹃ごっつあんです!﹄みたいな顔した女に、さっきのさしすせそ
言われても、嬉しい?﹂
﹁⋮⋮ごめん、厳しいな﹂
﹁男って、ほんとばか﹂
﹁うん、そう思う﹂
やる気がないわりに谷崎氏まで巻き込み、電車の中で白熱した合
コン講義が行われる。まぁ確かに、会話に困ったら連呼しておいて
損はないだろう、さしすせそ。
というわけで、やる気がないなりに準備をして、合コンに挑んだ
のであった。
意外と長くなりそうなのでまさかの後編に続く。
444
※1
わかりきったことでありますが、土佐日記のパクリです。
※2
元ネタは中島敦の山月記です。
445
若者もすなるという合コン 後編︵前書き︶
◆前回までのあらすじ◆
同郷の友人塚ちゃんに、同じく同郷だが久しく会っていないKちゃ
んとの飲み会を頼んだところ、なぜか上がってきた企画は合コンで
あった。
面倒な展開に﹁ドタキャンしたい﹂と思わずにいられないものの、
すでに彼女らからの誘いをドタキャンした前科のある私は、親知ら
ずを抜いた翌日しぶしぶ合コンに出かけることになったのである。
果たして、職場同僚谷崎氏の言う﹁さしすせそ理論﹂を駆使し、合
コンの女王になれるのか? っていうか女王になりたいのか?
446
若者もすなるという合コン 後編
若者もすなるという合コンといふものを、我もしてみんとてする
なり。前厄の年のふみつきの十日あまり九日の、戌の刻に開始す。
本日は合コンである。18時にまず女性メンバーが集合してお茶
をし︵単に私とKちゃんが久々だったから。戦略会議とかではない︶
、19時にお店に移動という予定だった。
ちなみに私はここに来ても合コンにおけるドレスコードがよくわ
からず、﹁礼儀としてスカートのほうが良かろう。あ、このジャー
ジー素材のラップワンピでいいじゃん、変にカジュアルな格好で浮
くよりいいじゃん﹂と超コンサバな格好で行ったら、待ち合わせ場
所に現れた塚ちゃんとKちゃんはとてもカジュアルな装いであった。
短パン+トレンカ+サンダルとか。麦わら帽子にマキシスカート+
Tシャツとか。そのため相対的に私は﹁ものすごくやる気満々な感
じの人﹂になっていたが、別にいいの。逆よりマシでしょ。輪を乱
しさえしなければ、相手から﹁やる気満々だなあの人﹂と思われよ
うがどうでもいいくらいやる気なかったし。
なお、Kちゃんとは10年ぶりであったが、全然変わっていなか
った。10年前と同じく、良い子で適度に阿呆だ。近況報告などを
してちょっと早めにお店に移動する。5分前行動を小学生時代から
の友達とすると、なんか学校行事の色々を思い出してしまう。ある
年の担任が突然、学校行事における国歌斉唱の是非について語りだ
したこととか。今になって考えると結構アレだな。私なんてオリン
ピックやW杯において、﹁かっこいい﹂という理由だけでロシア国
歌を一緒に熱唱していたりするのに。
19時を少し過ぎたころ、男性メンバーも到着しメンバーが揃っ
たので、適当に合コンっぽく自己紹介をする。職業を聞くと、男性
メンバー3人のうち、2人は技術職系サラリーマン、残る1人は数
447
学教師であった。
ここで正直に申し上げておこう。﹁職業は数学教師﹂と聞いて、
私はやや色めき立った。私は数学に対し全く素人であるので難しい
ことは全然わからないが、数学は結構好きなのだ。友人大野さんと
は数学好き仲間でもあるし、二十年近く付き合いのある友人あべち
ゃんのお祖父様は数学者でなので、あべちゃん経由もしくはお祖父
様本人から面白い数学の話しを聞いたりもしていたし、現役で数学
研究中の友人からは︵ぜんぜんわかんないけど︶研究内容を教えて
もらったり、職場に以前著名な数学の先生がいらした時は一人テン
ションが上がり﹁あぁ! 先生の本、昔読んだことあるのに! 仕
事じゃなければサインもらうのに!﹂と大層悔しがる、その程度だ
が数学は好きだ。
なので私はその数学教師、以下数学氏に対し、﹁専門はなんです
か! 好きな素数はありますか! こないだ読んだ数学の本でいま
いち理解できないところがあったので教えてもらえませんか!﹂と
ものすごい勢いでがっついてしまいそうになった。しかし、いやい
やいきなりふたつもみっつも質問しても困るだろう、質問項目を整
理せねばと熟考していたところ、先にKちゃんがその件に対し発言
したのだった。
﹁すごーい! 私、数学全然わからないから、数学できるってだけ
で尊敬しちゃう!﹂
うぉおおおお! こ、これはもしや﹁さしすせそ﹂⋮⋮!
﹁そ﹂が﹁そうなんだー﹂ではなく﹁尊敬しちゃう﹂になっている
が、男性の自尊心をくすぐるという意味には変わりないどころかそ
れ以上のコメントであるし、﹁わからないから﹂も﹁知らなかった
ー﹂に通ずるものがある。Kちゃんはわずか二文で、さしすせそ理
論の五分の三を網羅したのだった。
こうやって使うのか、さしすせそ⋮⋮! 私のように質問内容の
推敲を重ねているうちに話題が次へと移り変わり質問自体が永遠に
葬り去られるのとはワケが違う。Kちゃんは小気味良いリズムで合
448
いの手を入れ、数学氏の日常をあぶり出していく。
合コンって、こうやるのか⋮⋮。
私は目から鱗が落ちる思いであった。そもそも私は合コンの開催
意義を根本から勘違いしていた気がする。合コンは男女の出会いか
つアピールの場であって、お互いの主義主張について活発に議論す
る場ではない。お酒を飲んでふわふわした男女がふわふわした気分
のまま﹁あの人感じいいなー﹂と思い合い、ふわふわしたまま﹁次
は二人でご飯でもどうでしょう﹂とか言ったりする場なのだ。ここ
は恋愛市場最前線であるのだ。﹁えー、合コンでいい人いればラッ
キーだしアプローチするけど、基本的に異性と楽しく飲むのが目的
だよー、合コンでそんながっつかないよー﹂などと宣うのは所詮、
綺麗事である。なぜなら結婚披露宴でふたりの馴れ初め紹介がある
場合、合コンで出会った二人は十中八九﹁共通の友人を通じて食事
会で出会った﹂と紹介されるからだ。やましい思い無しに合コンに
参加しているのならば、合コンで出会ったと言えばいい!
そうして私は一つの結論に至る。
﹁飲むしか無い﹂
飲んでふわふわして、合コンにおける適応度を戦略的に高めるの
だ。
私は︵お酒飲むのは好きだけど︶決して強くない酒を飲んだ。前
日親知らず抜いたため口の中が気持ち悪く、当日も朝からあまりご
飯を食べていなかったので、空きっ腹に飲んだ。自分でもやや饒舌
になってるなぁと思う程度にほろ酔いになり、そして私は自分の戦
略が根本的に間違っていることを知ったのだ。
私は飲んでふわふわするような、かわいらしい酔い方をする女で
は無いではないか。
気付けば私はあること無いこと喋りまくり、一人の男性には﹁デ
ニス・テン︵※1︶に似てますねぇ﹂を皮切りに自分のフィギュア
スケート愛と採点方式への不満をまき散らし、もう一人の男性には
﹁好みのタイプは加瀬亮のような薄い顔の人でありそれは今でも変
449
わりませんが、最近は一周回って逆に﹃ネイマール超カッコイイ﹄
とか思ってました、あ、でも基本的にゲルマン系も好きですね、ド
イツ代表監督とか﹂などとその場にいる人誰にも似てない有名人を
褒め称え、数学氏には﹁ペレルマン探しにキノコ狩りに行きましょ
うよぉー︵※2︶﹂と数学好きにしか元ネタが理解できない上にや
や卑猥な響きの発言を投げかけていた。覚えてる限りでこんな感じ
なので、もしかしたらもっと頭のおかしいことを言っていたかもし
れない。
それでもお三方及び塚ちゃんとKちゃんは、そんな私を生暖かく
見守ってくれていたのだから、なんていうか、みんな親切だな。で
も、二次会もあったしお三方のうち二人は終電逃したんだから、結
構楽しかったでしょ? もしかしたら私が喋り倒しすぎて、帰るタ
イミング失っただけかもしれないけどさ⋮⋮。
翌日はやや二日酔いのまま仕事に行った。帰り道、谷崎氏との会
話である。
﹁さしすせそ、ちゃんとできた?﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁なぜ黙る﹂
﹁臆病な自尊心と尊大な羞恥心が肥大化して虎になったのは私だっ
た﹂
﹁それ最近よく言うね、なんだっけ﹂
﹁山月記⋮⋮最近再読した﹂
﹁よくわからんけど、うまくできなかったのだね﹂
﹁うん、なんか、合コン向いてない気がする﹂
﹁あんた、三十すぎてそれ言う﹂
というわけで久々の合コンではありましたが、その後別に何もな
く、ただ私ひとりで楽しく飲んだだけでありました。
でもなんやかんやで結構楽しかったので、また誘われたら行こう
450
かなーとか思ってるが、塚ちゃんとKちゃんが誘ってくれるかは微
妙なところである。
なのでもう、合コンで私のことを好いてくれる人に会う確率なん
て、キノコ狩りしてたらペレルマンに会ったくらいの確率な気がす
る。
※1 デニス・テン
カザフスタン代表、ソチオリンピック銅メダリストの男子フィギュ
アスケート選手。
バンクーバーの際、まだ16か17ぐらいだった彼がスケートリン
クの乾燥により唇割れて、血を滲ませながら演技をしたのを見てち
ょっとキュンとして以来、地味に彼を応援していた。
なのでまさかの銅メダル取って羽生くんの金メダルよりも興奮した。
※2 ペレルマン探しにキノコ狩り
ポアンカレ予想を解決した数学者であり、フィールズ賞授賞者にし
て初めての辞退者。
ポアンカレ予想の解決後俗世との関わりを一切拒否、現在は故郷で
母と暮らしているとされるが定かではない。
﹁キノコ狩りに行ってたところを見た﹂という近所の人の目撃談が
あるとかないとか。
451
正しい夏などもう忘れてしまいそう
夏ですね。むしろ暦の上ではまもなく秋なんですのよ。でも旧暦
で言ったら今日が七夕だったりするから、まだまだ夏なんですのよ。
しかし近年の酷暑、異常気象は今更説明せずとも周知のことであ
りますが、そうなると正しい夏、昔教科書で習ったような夏の気候
はどんなのだったかもう忘れてしまいそう。最早正しい夏は、デー
タの上にしか存在しない永遠に失われたものに成り果てているのか
もしれない。
そんなセンチメンタルに浸りつつ︵夏ってなんとなく切ないよね︶
、七月の私は色々なものを失ったり失いかけたりしていた。まぁ主
に親知らずですけど。
先日、﹁水平に生えてて隣りの歯圧迫しとるから抜いたほうがえ
えよ﹂と言われた下の親知らずを無事抜きました。結構大変でした。
最初に﹁麻酔の注射を打つときの痛みを和らげるための表面麻酔﹂
を塗ったのだが、この麻酔薬がなぜかバナナ味なので完全に油断し
た。バナナ味の麻酔を塗られ、﹁バナナ味だ!﹂とやや感動してい
るとじきに先生がやってきて、﹁じゃあ、麻酔の注射打ちますねー﹂
と言う。﹁バナナ味ですねぇこの麻酔﹂などとは大人なので心の中
で思うだけで言わなかったが、バナナ味に気を取られている私に先
生は本日の治療計画を穏やかに説明する。
﹁今日は下の親知らず抜きますねー。水平なんですけど、先がちょ
っと出てきてるので、なるべく切らないようにするために、頑張っ
てそこからほじくり出しますねー﹂
ほうほう、ほじくりだすね、うん。
なにを言ってるのだ。
﹁うまくほじくり出せればいいんですけど、無理だったら七時間く
らいしびれるけどものすごく効く麻酔を打って、切開で取り出しま
しょう、痛かったら左手挙げてくださいねー﹂
452
ほー、七時間しびれるけどものすごく効く麻酔ですね、はい。
なにそれこわいんだけど。
数々の疑問が浮かびつつ、先生は着々と麻酔の注射を様々な角度
から打つ。表面麻酔のおかげで麻酔注射もさして痛くはないが、打
たれるたびにキュウウ! という感覚がする。そして﹁ほじくりだ
す﹂という響きが恐ろしく、すでにこの時点で白目を剥きかけてい
た。バナナ味で油断させておいてほじくりだすって⋮⋮!
しかしもう私はまな板の上の鯉と同じ。全てを先生に委ねるしか
ないのだ。ぎゅっと目をつむり、拳を固く握りしめる。口の中から、
いかにも歯医者、なあのキュインキュインという高い音がする。あ
ぁあ、痛くないけどなんかギリギリゆってるううう。
前回はまっすぐ生えた歯の抜歯だったので五分もかからず抜けた
が、今回は前ほど簡単な抜歯ではないことが素人にもわかった。ひ
とつ作業を進めるごとに先生は﹁これ、痛くないですかー?﹂﹁も
うちょっと辛抱してくださいねー﹂と声をかけてくれる。衛生士さ
んに﹁もうちょっとこうやってー﹂と指示を出しつつ、色々な角度
からギリギリやってるのがものすごくよくわかる。
ぬははあああん! どうして抜歯って、これだけ医療が発達して
もやることアナログなのだろうか。いや、昔は麻酔など無かったの
だから、その頃と比べれば﹁無痛で歯を抜けるなんて天国じゃん!﹂
ということになるのだろうけど、やることは昔と一緒である。要す
るに、﹁物理的に力を加えて引っこ抜く﹂。それ以外やりようが無
いのだろうけど。
しかし結構ぐりぐりギリギリとやられていたので、だんだん治療
部分に微かに痛みを感じるようになってきた。﹁痛かったら左手を
∼﹂とは言われていたが、ここで痛いとか言ったら麻酔追加のため
に治療が中断されるだろうから、それはそれで面倒くさい。どっち
かって言うととっとと終わらせてほしい。しかし、どうやら私の顔
が悲壮な感じになっていたらしく、先生から
﹁痛いですか? 麻酔打ちますか?﹂
453
と打診される。
先生、その麻酔はどっちの麻酔ですか。普通の麻酔ですか。それ
とも強い麻酔ですか。
あぁ、ものすごく効くけど七時間しびれてる麻酔。そんなの恐い。
恐すぎる。だいたい私は蚊に刺されただけでもものすごく腫れるの
だ。﹁それ何に刺されたの?﹂って心配されるくらい腫れるのだ。
先生はどっちを打つつもりなのか知らないが、ここで満を持して強
い麻酔打たれるのなんて恐ろしすぎる。未知の麻酔への恐怖と今ち
ょっと痛いのを比べたら、私は絶対にちょっと痛いのを選ぶ。
﹁らいりょーふでふ! みゃだたえりゃれまひゅ!︵大丈夫です!
まだ耐えられます!︶﹂
と、私は口の中に器具を突っ込まれたままの状態で訴えた。必死な
のだ。今冷静に考えれば﹁まだ耐えられる=痛いは痛いです﹂とい
う意味になるのだが、もう一刻も早く終わらせてくれという思いが
強い。むりーむりー。白目むいちゃうー。
そして、長きに渡る戦いを終え、私の親知らずはほじくり出され
た。まぁ時間にして十分かかるかかからないか程度だと思うけど、
治療中は永遠に続くのではないかと思うくらい必死だった。口開け
てるだけだけど。そしてやはり治療中は相当必死な顔をしていたら
しく、終わった瞬間先生や衛生士さんから﹁よくがんばりましたね
!﹂﹁おつかれさまです!﹂と褒め称えられた。へ、へへ⋮⋮麻酔、
恐かったから⋮⋮。
そうした苦労の末引っこ抜かれた私の親知らず。それは主人同様、
結構なひねくれものであった。
先生はその血まみれの成果物を
﹁ほら、根っこの部分、ひょいっと上向いてるでしょー。ここがね
ー、ちょっと苦戦するポイントでしてね。ここがまっすぐだったら
もうちょっと楽にいけたんですけどねー。でもま、すっきり綺麗に
抜けたので大丈夫ですよ!﹂
と私に見せてくる。あんま見たいものではない。
454
さらに先生は治療中に撮影した口内の写真を目の前のモニターに
映しつつ、
﹁今回、ここの、抜く前の写真だとちょっと出てるでしょう、ここ
からほじくりだしたんですが。まず、先っぽの部分から云々⋮⋮﹂
と治療経過を丁寧に説明してくれたが、自分の口内とはいえただの
グロ画像だったので﹁はい、はい、はい﹂と相槌を打ちながらずっ
と目をつむっていた。だから切るとかほじくりだすとか、そういう
耐性無いんだっちゅうに先生!
しかし切開せずにほじくりだしたおかげで、治療中は大変でした
が外見上の腫れはほとんど出ず、経過は順調であります。先生すげ
ー、上手いのかどうかは比較対象がないでわからないけど、先生す
げーや!
というわけで、あれほど恐れていましたが無事、上下の親知らず
の抜歯を完了しました。抜歯が恐すぎて会う人会う人、最終的には
美容院で担当の美容師さんにまで﹁親知らず抜いたことありますか
?﹂とか聞いていましたが、まぁ何とかなりました。
しかし一ヶ月前は、自分が一ヶ月後に歯二本抜いてるなんて想像
もしなかった⋮⋮。人生は予想外の連続であります。
なので、このエッセイに登場したこともある人が、いきなり音信
不通の行方不明︵事件性は多分無い︶などという事態になっていて
も、それはそれで人生なのであります⋮⋮。あぁああ! もう! 今はそれでいいけども、このまま人知れず﹁存在しなかった人﹂に
なろうと思ってるのならそうはいかない。再会したら﹁なんでつき
まとうんですか!﹂と逃げるだろうけど、﹁私なりの愛だ!﹂と叫
びながら飛び蹴りしようと思う︵※1︶。ふっざけんなー! 人生
色々だっつーの! すいません、ショックのあまり情緒不安定なの
で荒ぶりました。
というわけで、皆様も楽しい夏をお過ごしくださいませ。
私はちょっと、このエッセイも含め色々休もうかと⋮⋮疲れた。
でも気分転換にエッセイは休まないかも。元々不定期だし。来週カ
455
オルちゃんと出かけるし。メガネとも遊ぶし。でもわからんです。
情緒不安定です。はぁ。
※1 元ネタは森見登美彦の﹁四畳半神話大系﹂です。小説もアニ
メもオモチロイので未読・未見の方はこの夏是非。
456
死は一切の罪悪を消滅させますから
川端康成が林芙美子に送った弔辞を反芻していた八月の終わり。
﹁死は一切の罪悪を消滅させますから、どうか故人を許して貰いた
いと思います﹂
伯母が亡くなった。しかし別になんとも思わない。それは思い入
れが無いからというよりも、もう何年も伯母に対し能動的に﹁何も
思わないようにしていた﹂から、というほうが正しい。
見かけもお金の使い方も派手な人だった。美味しいものを食べる
ことと遊ぶことに、生きる情熱の大半をつぎ込んでいた。だけど私
にはそれが虚栄で、空虚の裏返しのように見えて仕方がなかった。
伯母は寂しかったんだと思う。両親の離婚により実母と離れること
になった伯母は、実母に対し﹁捨てられた﹂と思っていたようだし
︵なので伯母の実母と私の祖母は別の人︶、夫は事故で早くに亡く
なってしまったし、子どももいなかった。失ったものや得られなか
ったものを、きらびやかな日常でただ上塗りしているように思えた。
伯母はお金をたくさん使って色々なところに色々な人と出かけて、
それだけ切り取れば楽しい事好きで社交的だ。でも実際のところ伯
母は、人と信頼関係を築くのが下手な人だったように思う。
そもそもお金がなければあんまり人生を楽しめない人だった。な
まじ昔はお金を持っていたので、お金や美味しいものを与えれば人
は自分のいうことを聞いてくれると、無自覚かもしれないが思って
いたようだ。実際、伯母のワガママはひどかった。お金を出す代わ
りに人を召使みたいに使い、ワガママ放題。しかしそれは﹁お金や
美味しいものを与えなければ人は自分に時間を費やしてくれない﹂
﹁自分が人に与えられるものはお金でどうにかなるもの﹂という自
信のなさと、﹁お金があれば人はそばにいてくれる﹂という安心感
457
でもあったのかもしれない。親や夫の件があった伯母が、お金を安
心材料の基盤にするのはある意味仕方がないことかもしれないけど。
私にもたまに﹁何か美味しいもの食べに行きましょう。お寿司が
いい? お肉でもいいわね﹂と連絡をしてきた。だけど私はそれに、
ほとんど応じなかった。なぜなら、それが滅多に食べられない高級
なものでも、伯母と一緒にご飯を食べてもちっとも楽しくなかった
からだ。私が読んだ本のことや日常のどうでもいいことをつらつら
と喋っても、伯母は何が楽しいのか全然わからないようだったし、
﹁そんなことより⃝⃝に行きましょうよ﹂と、私の全く興味のない
誘いを提示する。私が幼い頃からこうだった。伯母は会うたびに私
に﹁あんたはほんと変わってる。お姉ちゃんと比べても子どもらし
くない。うちの一族で浮いてる子どもだ﹂と言ってきた。幼いなが
らに私は伯母のその態度と発言に苛々していた。伯母は私が人生で
初めて﹁苛々する人とは極力関わるまい﹂と意識した人でもある。
だから、家族みんなで伯母とご飯に行く時以外、ほとんど伯母の誘
いに乗った記憶はない。亡くなる一ヶ月半くらい前にも連絡があっ
たが、適当に断ってしまった。それを今、少しでも後悔しているか
と問われれば、全く後悔していない。どうせ行っても楽しくなかっ
ただろうし、この期に及んで伯母孝行する義理もなかったと思って
いる。だいたい、美味しいもの食べさせてくれるからとご機嫌をと
ったりするのは、たかっているようで好みではない。だから私は、
伯母にとってはあんまりなつかない、可愛げのない姪だったと思う。
しかし伯母は自分の希望通り、最期まで、お金を出せばそこそこ
付き合ってくれる人達には囲まれていたようだ。
数年前に老人ホームに入った伯母は、若いころの豪遊のせいで自
分の財産はほとんど残ってなかった。うちの母とその妹である叔母
が、両親︵私からみたら祖父母︶が残してくれた財産を運用し施設
の月額費用とお小遣いを捻出している状態だった。そのお小遣いも、
気がつくと一日であっという間に消える事が多々あった。時には﹁
足りない﹂といって騒ぐ。施設で暮らしている限り、月額も払って
458
いるのでほとんどお金を使う機会はない。時折外出許可をもらって
は、友人らしき人とその子ども、お孫さんとご飯を食べたりしてい
たようだ。アルバムに、明らかに施設の人とは違う雰囲気の見知ら
ぬ人たちとの写真が残っていた。結局その写真の人たちは、通夜に
も告別式にも来なかったけど。
だけど私はなんとも思わない。それが伯母の生き方だったのだろ
う。施設に残っていた伯母の手帳を見ると、﹁かわいそうと思われ
たくない﹂という走り書きがあった。伯母の一生は、その思いとの
戦いだったのだと思う。私は伯母をかわいそうとも思わない。かわ
いそうだと思っていたら、哀れで寂しい老人のために食事に付き合
い、ついでに美味しいものを食べて喜んでいただろう。奇しくも、
彼女にとって一族で一番可愛げがなく何考えてるかわからない私が、
彼女の思いに一番応えていたのかもしれない。
だけどやっぱり、なんとも思わない。骨壷に納まった伯母は、身
寄りがないので今は我が家の仏壇にひっそりと鎮座している。とり
あえず毎日手を合わせお線香をあげ、特に心の中で呼びかけること
もなく手を合わせる。何も思わないので、なんとなくまた、川端康
成が林芙美子に送った弔辞を反芻する。
﹁死は一切の罪悪を消滅させますから、どうか故人を許して貰いた
いと思います﹂
だけどそもそも、私と伯母の間には許すべき罪悪すら存在してい
なかった気もする。
線香の香りと供花の香りが交じり合いながら暑さに溶けていく中
で、セミの声を背に、ひとつの舞台の幕が閉じたことを、思った。
459
真夏の総括
前回、柄にもなく真っ当でしんみりした文章を書いてしまったの
が気まずいので、とっととくだらない記事を更新しようとしている。
しかし、この一ヶ月半は激動であった。もし七月上旬の私に、
・親知らず上下抜くことになるよ
・某氏が突然音信不通の行方不明になるよ
・親族がうつ病発症して、私が心理学科卒という理由で夜中に電話
かかってくるよ
・伯母さんが亡くなるよ
・甥が自転車で事故って顔面二十針縫うよ
と伝えても、﹁またまた、何を言ってるんだねキミは﹂と信じない
こと請け合いである。
ちなみに甥の自転車事故は山道で一人でコケたゆえなので、誰か
を傷つけたり弁償したりすることは無かったのだが、かなり派手な
転び様で医者から﹁打ちどころ悪かったら死んでたねぇ﹂と言われ
たらしい。あっぶなっ。しかも伯母の告別式の四日前とかに事故り
やがって、彼は通夜告別式に﹁職業はボクサーです、数日前に試合
やったばっかです﹂みたいな出で立ちで参列することになり、滅多
に会わない親戚のジジババを無意味にビビらせていた。ただでさえ
目つき悪いのに⋮⋮。
しかし私は私で、告別式にてものすごく憔悴した、目が死んでる
感じで参列していたが、あれは前日の通夜振る舞いの際、親戚集ま
った勢いで飲み過ぎてやや二日酔いだったからということを、今こ
こに告白しておく。だって通夜振る舞いって、みんなで故人の思い
出話に花を咲かす場じゃん。実際、ちゃんと伯母の話し︵主に彼女
のワガママにより引き起こされた珍事及び迷惑話︶を面白おかしく
460
みんなで喋ってたんだから、通夜振る舞いの立ち振舞としては正し
いと思うの。と、自分を正当化しておく。真面目な人からは軽蔑さ
れそうだが。
しかしこの生活のドタバタぶり、やはり厄年、厄祓いしようかな
ぁ、とぼんやりと振り返ってみたものの、よく考えずとも大変なの
は私の周辺であり、私本人は台風の目状態で別に平常運転なのであ
る。せいぜい親知らず抜歯ぐらいが自らに降りかかった出来事であ
り、しかも思ってたより全然簡単に抜いてしまったので、﹁親知ら
ずと一緒に厄も抜いたんじゃない?﹂ぐらいの気楽な気持ちでいる。
むしろ厄年の私が周りに厄振りまいてんじゃないかと不安になる。
ということは周囲の皆さん、私まだ前厄なので、あと二年以上は気
を付けてください。ご迷惑をおかけいたします。まぁ、この一ヶ月
半のドタバタもとりあえずは全て落ち着いた感じがするので、あと
はもう少し涼しくなったら伯母のお骨納めで京都に行くくらいかし
ら。また京都行くのか⋮⋮今年すでに二回行ってるというのに⋮⋮。
それにしても夏が、特に夏らしいことをしないまま終わってしま
いそう。夏の思い出といったら合コンくらいだろうか。あれも酒の
せいで︵あくまでも酒のせい︶変な感じになってしまったし。
あとはロビン・ウィリアムス追悼特集としてBSでやってた﹁グ
ッド・ウィル・ハンティング/旅立ち︵※1︶﹂を見て、﹁やっぱ
好きだぁ、こういうの好きだぁ﹂と感動したくらいだろうか。確か
グッド・ウィル・ハンティングは、十年以上前に見たことがあった。
だけどその頃は﹁ほー、いい話しだなぁ﹂ぐらいにしか思わなかっ
た。だけど今見ると、昔よりは多少知識が増えたおかげで、なんと
なくしかわかってなかった会話の意味がよくわかるようになって、
より深いイメージで観られるようになったのも嬉しい。例えば、﹁
彼は現代のラマヌジャンだ﹂というセリフも、昔はラマヌジャン知
らんから﹁ふーん﹂としか思わなかったけど、今はラマヌジャン多
少知ってるから﹁なるほど﹂って思えたり。あとは、私は大学と産
業カウンセラー講座でカウンセリング技術を学んだので、カウンセ
461
リングのシーンを見ても﹁おぉ、わりと習った通りだ!﹂と感動し
たり。
たまに、大人になると子どもの頃の素直な感性を失って感受性が
乏しくなる、みたいな意見を聞くけど、私はどちらかといえば、大
人になればなるほど世の中の面白いものや美しいものに気付きやす
くなると思うのよね! 確かに知識の積み重ねが邪魔をして、自分
の好みや素直な感性で物事を見られなくなる、という懸念はあるけ
れど、大人だからこそ﹁今自分は知識で判断してるのか、感性で判
断してるのか﹂という差を意識することができるし、より幅広い視
点から物事を見ることができるのは、やはり長く生きてきたゆえ、
だと思う。
だから私は鼻息を荒くして思う。大人になって良かった。
なぜかグッド・ウィル・ハンティングから変な方向に話しが転が
っていったぞ。まぁこの映画は、ストーリー自体はシンプルでわか
りやすく、それを丁寧な伏線の回収できれいにまとめてくれるので
好きです。あとエンディング歌ってるエリオット・スミスも好きだ
ー! 十一年前に若くして亡くなったけども⋮⋮。
というわけで、﹁頭の硬い大人になんてなりたくない﹂的なこと
を思っている若い方、今どきの若い人はそんなこと思うのかすらも
不明ではありますが、大人は大人で楽しくゆるゆる生きてたりしま
すので、まぁ自然の摂理に従い大人になったらいいよ。
という無責任な感じで終わる。
※1 グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち
簡単に言えば、天才なんだけど幼少期のトラウマとかで周囲に心を
開けず非行に走る青年ウィルと、心に傷を負った精神科医ショーン
の心の交流及びそれぞれの成長を描いた映画。
脚本はマット・デイモンとベン・アフレック。ふたりとも若くてび
っくりする。
462
真夏の蛇足
真夏のピークが去った、と言いたいぐらいの気候が続いていたの
で、気分はもう秋なんですのん。だからもう、この夏起きた諸々の
慌ただしいことは全て終わったと思っていたのですのん。だから、
電話をもらったときびっくりしちゃったわけ。
自転車でコケて顔面二十針縫った甥、今度は合宿にて右腕骨折と
な⋮⋮。
色々と突っ込みたいところはある。自転車で猛スピードでコケた
時のほうがよっぽど骨折する可能性が高いだろうに、その時は骨は
平気とか。でも合宿でボールを思い切り投げた瞬間、﹁バキーーー
ーってゆって折れた。腕が変な方向にだらんとなった﹂とか。ひぃ
いいい。まぁ自転車の時点でヒビでも入ってたのかもしれないけど
さ。そして今回も前回の自転車事故同様、誰と衝突したわけでもな
く、ただ思いっきりボール投げたらそうなったとかで、彼はこの夏、
一人で盛大に自分の身体を痛めつけただけなのである。どんな自傷
野郎だ。
だがやってしまったものは仕方がない。旅先の病院で応急処置を
してもらった甥は、翌日ひとり東京に戻って来た。そしてその足で
病院に行きたいというので、私が病院に付き添うことになった。
しかし私は︵幸いなことではあるが︶大きな病気や怪我をしたこ
とがない。なので、付き添いといえども大学病院の外来の勝手が全
くわからない。とりあえず大きな玄関から﹁慣れてますよー、動揺
とかしてないですよー﹂みたいな顔して入り、案内係みたいな人に
﹁すいません、この子がこれなので診察を受けたいのですが、あ、
初診です﹂と甥を差し出し、そのお姉さんに場所と手順を丁寧に教
えてもらい受付へに行った。ちなみに受付窓口で対応してくれた女
性は、姉の旧姓と同姓同名だった。
受付を済ませ待機場所を指示されるも、その前にレントゲン撮影
463
をするとのことで、レントゲン室の前に移動する。しかし、私は私
で歯医者の予約の時間が近づいていた。大学病院と歯医者は近所で
ある。私の予約をキャンセルしても良かったのだが、レントゲン撮
影から診察までがまだまだ時間がかかりそうだったので、﹁ちょっ
と歯医者行ってくるわ﹂と私は病院を抜け出し、走って歯医者に向
かった。その道中、新興宗教の施設の前で﹁アロママッサージいか
がですかー?﹂と声をかけられる。どうして私はいつも変なタイミ
ングで新興宗教の人に声をかけられるのだろう。そして新興宗教の
人はどうして空気が読めないのだろう。どう見てもあの時の私は、
﹁ものすごく焦っている人﹂だったのに。
歯医者に無事辿り着き、歯医者の洗面台で歯磨きをし、およそ十
五分で銀歯を入れてもらいその日の治療は終了する。あの歯医者さ
ん手際よくて短時間でやってくれるので、わりと近所の人におすす
めしたい。そして帰り道、また新興宗教の人に﹁アロママッサージ
は⋮⋮﹂と声をかけられる。だから、どう見たってその時の私は︵
以下略︶。
汗だくで病院に戻ると、案の定甥はレントゲン撮影を終え診察を
待っているところだった。右目の上はまだ少し生々しい傷跡があり、
そして今度は右腕の骨折。あぁかわいそう。すごくつらそうなので、
出来ることなら私が身代わりになってあげたい、などとは微塵も思
わない。自分じゃなくて良かったーとすら思っている。これが母と
叔母の違いである。
しばらくすると診察室のドアが開き、名前を呼ばれる。ついでな
ので一緒に診察室に入る。担当してくれたのは女医さんだった。彼
女は能町みね子︵※1︶に似ていた。なのでみね子と呼ぶ。
みね子は喋る感じも能町みね子に似ていた。
﹁このまま保存療法で骨くっつけば手術しなくていいし、ずれたら
手術だし。まぁ最初から手術するってのもあるけど﹂
﹁手術はしたくないです⋮⋮﹂
﹁そら手術したくてするやつはいねぇわな、わははは!﹂
464
みたいな。でも能町みね子は好きなのでみね子に対しては親近感を
抱く。みね子はちゃきちゃきと骨の状態の説明をしてくれ、女性の
看護師さん二人に指示を出しつつギプス装着の準備をする。
しかしここで私は、我が甥の意外な一面を見るのである。
なんか知らんが、甥が看護師さんにめっちゃチヤホヤされている
のである。身体を拭くにも﹁ごめんなさいね、冷たいタオルしかな
くて⋮⋮﹂﹁いえ、むしろ気持ちいいので大丈夫です﹂﹁あぁ、良
かったぁ♪﹂だの、なんかめっちゃキャアキャア言われてるのであ
る。そりゃ、病院なんて患者さんはお年寄りが多いだろうから、若
い男というだけで珍重されるのかもしれないが、その看護師さんた
ちを適当にいなす甥。
あぁ、なんか、大きくなったねぇ⋮⋮って感じ。しみじみと自分
が年を取ったことを感じる。
無事ギプスは装着され、その日の診察は終了。薬局で痛み止めを
もらい、帰宅する。あ、言い忘れてましたが、甥とは今同居してま
す。
しかし利き腕骨折って、マジで何も出来ないのね! 仕方ないけ
ど。髪も一人だと満足に洗えないので、ゴミ袋に穴開けてそこから
頭通して、2日に一度私が洗うという状態です。甥の頭洗うのなん
か十五年ぶりとかだわ⋮⋮。
洗髪中甥は
﹁いやぁ、一人暮らしだったら僕もう何も出来なかったっすよ、田
舎に帰ってましたよぉ!﹂
とか言うが、いや別に、夏休みだし田舎に帰っていいんだぞ、むし
ろ帰れよ! でもみね子と﹁しばらくは週2で来る﹂と約束しちゃ
ったからなぁ。
そんなわけで、﹁もうなんも無いだろう﹂と思っていた夏は、最
後に甥の骨折という事件が起きて幕が閉じそうです。わりとマジで
甥には﹁あんた、お祓いとか厄除けやってもらいなよ﹂と言い聞か
せている。本当は帰ってきた瞬間に粗塩をぶちまけ日本酒で清め、
465
最後に冷水で悪霊的なものを追い出してやりたいと思っていたが、
自転車転倒時の怪我がまだやや生々しく、ここに粗塩と日本酒と冷
水すり込むとか地獄の所業と思われたので、自粛した。
もう無いよね、もう何も起きないですよね! なんかこの夏は、
人の世話ばっかして終わった感じ⋮⋮。っていうか夏、ちゃんとあ
りましたよね?
しかしこれだけバタバタと色々大変だったのに、近所の新興宗教
の勧誘には1ミリも心惹かれないのであった。だからまだ大丈夫だ
な、うん。
※1 能町みね子
オカマだけどOLやってた人。エッセイスト。
その日常を描いたブログ﹁オカマだけどOLやってます。﹂は書籍
化もされ、現在は性転換手術を経て戸籍上も女性とのこと。
というか、ブログは性転換手術の費用を稼ぐために当初からがっつ
り書籍化狙ってたと前テレビで言ってるのを聞いた。
そういう人すきだよ私。
466
いいかげん生き返って飛び蹴りするレベル
世間ではiPhone6がまもなく発売だそうですね。銀座のA
ppleStoreの前には発表前から行列が出来たり、各携帯会
社も料金プランが発表したり発表してないのに予約だけ始まったり、
日本はいつもどおりなのであります。
かくいう私は、iPhone6をネットで予約してしまった⋮⋮。
世の中の流行とか消費社会とかを結構馬鹿にしているのに、App
leの前にはこの有り様。しかし、予約までして手に入れようとし
ているのには理由がある。
だって、今のスマホが調子悪いんですもの。
なんかバイブが生まれたての子鹿ぐらいにしかプルプルしないし、
キャリアメールのアドレス宛てに来たメールが二日後ぐらいに届い
たりするし、LINEのトーク通知もたまに来なかったりするし。
んで、友達からの﹁LINE反応ないからメールした、⃝日の件ち
ょっと急ぎなんで、申し訳ないけど●日までに連絡もらえると助か
る∼﹂みたいなメールまでもが遅延して、もうただのずぼらで感じ
悪い人になったりしかけて大変気まずく、この現代社会を生きるの
にはやや支障が出ていたのでずっと機種変したかったのだ。が、﹁
iPhone6出るんじゃない?﹂という噂に翻弄され、じりじり
とこの二ヶ月、不調なスマホとだましだましで共存し、﹁もうiP
hone6の発表がデマでも機種変してやるうう﹂と感情が最高潮
に達したところで無事iPhone6が発表されましたんで、えぇ、
まんまと。初期不良等人柱になる覚悟で予約しました︵それはそれ
で機種変しても生活に支障が出そうだが︶。
しかし、しかしだ。天邪鬼な私は﹁iPhone6予約しちゃっ
た☆ 最新機種ゲットだぞぉ☆﹂的なテンションの上がり方をする
こともなく、むしろiPhone6に関しては﹁何度も言いますけ
ど、Appleにそういうの求めてないんですよね﹂とネチネチと
467
文句言いたいとすら思っている。
まず、なぜでかくした。
touch
touchに電話機能つい
まぁこれは好みの問題だと思うのだけど、iPod
を愛用している私としては、iPod
てくれたらそれで最高だったのだ。しかし、時代の流れはAppl
eに﹁iPhoneでかくする﹂という選択をさせた。仕方ないよ
ね、ニーズがね! そして私の現スマホはAndroidなのだか
ら、別にでかくなったところで持った感じは今とあんまり変わらな
い。そりゃすごい薄いだろうけど。なのでこれは、私のApple
に対する理想を勝手に押し付けているだけに過ぎない。
しかし、最大に不満なのは、あのカメラのレンズ部分の変な出っ
張りだ!!!
なんだあれ! なんだあの段差!
ぐぐったら検索候補に﹁iPhone6 カメラ 出っ張り﹂と
出るほど、みんな気になって仕方ない点らしい。でもそうだよね。
なんだあれ! あんなん、ジョブズが生きてたらマジギレするって
いうか、もうそろそろジョブズ生き返って飛び蹴りしてくるレベル
のダメデサインだろ! あんな出っ張り作るなら、もう数ミリ厚く
ても良かったのに⋮⋮と個人的には思う。
﹁Appleの製品の魅力は、極限まで無駄を削ぎ落したシンプル
で洗練されたデザイン⋮⋮薀蓄云々﹂
とか言い出すつもりはないが、なんか最近、機能美を間違えてない
か⋮⋮? と思わずにいられない。﹁この薄さでこの性能でこのカ
メラ! すごいでしょう!﹂というのが美しいのではなく、その高
性能を最大限に活かすにはこの形である必要があった、というのが
美しいのであって。なんかなぁ⋮⋮。Apple社員は全員﹁弓と
禅﹂︵※1︶読んでるもんじゃないのか。
そういえば5Sと5Cが出たときの、公式から発売されたiPh
oneカバーも死ぬほどダサかった。背面に穴空いてて、穴から﹁
iPhone﹂の文字の一部が見切れて﹁non﹂みたいになって
468
るやつ。あれ、公式は良いと思って発売したのなら、すでにジョブ
ズが夢枕に立って説教してると思う。あんまり関係ないけど以前、
某家電量販店で買う気もないのにiPhone5Cいじってたら、
ちゃらい感じの店員さんに﹁25歳以下⋮⋮じゃないんですか? いやぁ、すごい若いと思ってましたよぉ!﹂と若者割引キャンペー
ン対象者か念のため確認するための白々しい嘘を言われたので、﹁
公式のカバー見ました? あれ、やばくないですか。もうジョブズ
の哲学もなにもないですよね、Appleやばいですよね、もう凋
落は始まってますよね、なので今は保留にします﹂と面倒くさい客
touc
を装い煙に巻いたこともあった。装うっていうか、実際面倒くさい
客であった。
思い返してみれば、これまた某家電量販店でiPod
t
hを買うかいっそ2台めのスマホとしてiPhoneを持つか、と
悩んでウロウロしていたときも、ちゃらめの店員に﹁iPod
変わんないので、iPod
touchおすすめです﹂と適当なこ
touchにしてイー⃝バイル契約す
ouchとiPhoneは電話機能ありかなしかってだけで性能は
れば安く済むからiPod
と言われたこともあった。彼はおそらくイー⃝バ側の店員だったの
だろう。どうせこの女にスペックなど細かいことを言ってもわかる
まい、アプリが出来て音楽取り込めればいいんだろう、とでも思わ
れていたに違いないのだ。しかし私は、言うと100%驚かれるが
昔SEだったので、﹁細かい公式資料も出さずにスペック同じとか
言うなや﹂と言いたかったが、面倒くさいので言わずに﹁保留にし
ます﹂と煙に巻いたこともあった。
たまに思うけど、iPhoneとかiPodユーザーって、家電
量販店の店員からすると結構カモにしやすいのかもな⋮⋮。
まぁ、なんだかんだグチグチ言ってしまったが、Android
使いだった私がわざわざiPhone6に機種変する最大の理由は
結局、
﹁だってiPhoneの一番新しいやつだし﹂
469
なのだ。
﹁今のiPod
touchの使用が3年超えたので、ゆくゆくは
Airなので﹂とか、色々尤もらしい理由はあるけれ
iPhoneに統合したい﹂とか、﹁普段使いのパソコンがMac
Book
ど、結局Appleブランドに対する盲信が根本にあることは否め
ない。あぁ、私は﹁iPhone6予約完了☆﹂報告、及び﹁今回
は保留かな﹂報告をいちいちTwitterやブログでする芸能人
達を馬鹿にできない。
そしてそう遠くない未来、スタバでMacとiPhone6を弄
る痛い私がいるのだ。どやー。
※1 弓と禅
オイゲン・ヘリゲル著。スティーブ・ジョブズの愛読書。
ドイツ人哲学者であるオイゲン・ヘリゲルが阿波研造を師として弓
術の修行に勤しんだときの体験、禅の精神について書かれた本。
ものすごくざっくり言うと禅の本なので、内容については説明しづ
らい。
470
信仰の対象の違いな気もする
﹁ノーベル賞発表時期にになったらもう年末﹂と肝に銘じてここ
数年生きているがこのくらいの感覚でだいたい合ってる気がする今
日此頃。今更台風直撃で日本列島大荒れ気味ですが皆さんご機嫌如
何。
私は日々の慌ただしさに流され﹁iPhone6買ったフガフガ﹂
の話しを書けないまま熱狂が通り過ぎてしまった。しかし偶然にも
同じタイミングでiPhone6にした職場同僚谷崎氏とiPho
ne6の如何について電車内で熱く語り合っているうち、私と彼は
やや気持ち悪いApple信者であることに気付いてしまった。そ
の時一緒にいたApple信者でもなんでもないもう一人の﹁最新
機種だから性能いいんでしょ羨ましい﹂みたいな発言に、二人して
全力で﹁いやいやいや、スペックで言ったらiPhoneは大した
ことないんですよ、でもですね⋮⋮﹂と、﹁私達はスペックやiP
honeというブランドで選ぶミーハーとは違うんですよ、そもそ
ものジョブズの製品に対する哲学が好きでApple製品を選択し
ているんですよ、でもやはりジョブズ亡き後は︵以下略︶﹂とテン
プレみたいな痛いApple信者発言を繰り返さずにはいられなか
ったのだから。しかもその日の私と谷崎氏は、偶然にも似たような
ボーダーシャツを着ており、客観的に見たら﹁ペアルック着ちゃう
痛いApple信者カップルがiPhone6についてフガフガ語
っている﹂という相当に気持ち悪い状況であった。でも別に私と谷
崎氏はカップルではないしむしろ谷崎氏はゲイだと思うので別に良
い。︵そうか?︶
というわけで私が東京でApple教に翻弄されていた最近では
あるが、一方で地方に嫁いだ姉は得体のしれないものに翻弄されて
いた。
471
先日伯母の四十九日があったので姉は東京に来ていたのだが、﹁
最近、お義母さんの対応めんどくさくって⋮⋮﹂と珍しくお姑さん
の愚痴をこぼす。姉はお姑さんと二世帯住宅︵一部共有してるのか
完全に分かれてるのかは知らん︶で暮らしてるので、独身者にはわ
からぬ苦労があるのだろうと詳細を聞いてみると、話しは怪しげな
方向に進んで行く。
まずその話しの前提として、姉の最近の体調不良があった。年齢
的に更年期障害かと思われたので最初婦人科に行ったらしいのだが、
結局それは違ったらしく、色々調べても根本原因はよくわからず﹁
ストレスなどからくる自立神経失調症みたいな感じ?﹂という状態
らしい。
お姑さんも体調のことを心配してくれていたので、﹁これこれこ
ういう感じで、大病ではないんですけど⋮⋮﹂とお医者さんの見立
てを説明をしたそうだ。
そしてその数日後のことである。
﹁ねぇ、⃝子︵姉︶さん、あなた最近ずっと体調悪いって言ってた
でしょう?﹂
﹁え⋮⋮はい﹂
﹁でね、私、知り合いの占い師に、あなたのこと占ってもらったん
だけどね、あなたの体調不良は、ただの更年期障害なんですって!﹂
さぁ、賢い皆様もお気づきでしょうが、この短い会話の中で、突
っ込みたい点がいくつもある。
・知り合いの占い師って誰
・占い師に体調不良の原因占ってもらうって何
・占われることを希望していない他人のこと勝手に占ってもらうっ
てどうなの
・﹁占われることを希望していない他人﹂への占いを頼まれて占っ
てしまう占い師ってどうなの
・医者の﹁更年期障害ではない﹂という意見を無視した﹁更年期障
472
害なんですって!﹂という断定
・ていうかそれ占ってねぇだろ、年齢見て言っただけだろ
ざっとこんな感じだろうか。
そりゃ占いは私だって好きさ。独学でタロット占いだってやって
いたときもあったし、頼まれれば友人を占うこともあった。1∼2
年に一度、占い師さんにみてもらうこともある。
だけど占いって方法も様々だし、占い師、そして自分自身の人間
力や判断力で占い結果の解釈や受け取り方も変わるものだから、あ
くまで物事の一面、可能性のひとつの提示でしかないのよね。楽し
いし、その時は﹁あぁ、なるほど!﹂て腑に落ちることもあるし、
︵占い方法の根拠や真偽はどうあれ︶ある意味客観的に自分を判断
してもらえるっていうのは、気持ちの整理をする上ですごく有効だ
ったりもする。中には﹁この人占い以前に人としての判断力なさす
ぎだわ﹂とい全く参考にならない占い師もいるだろうけど。そして
もちろん﹁占いなんて全く信じない、存在意義も無い﹂っていう人
もいて然るべき。
そのあたりを鑑みると、お姑さんが﹁医者の言うこと全てを鵜呑
みにするべきではない﹂という思いの上での行動だとしても、ダメ
だろ、お姑さんとその占い師⋮⋮。
しかし、話しはそれだけでは終わらなかった。
﹁でね、これは私のおすすめなんだけど⋮⋮。この水、⃝⃝のお水
って言って、自然のパワーがすっごく詰まったお水なの! このお
水を飲むと、大抵の病気は治るんですって!﹂
﹁えっ⋮⋮﹂
﹁だから、これちょっと飲んでみて。ほんとパワーのあるお水だか
ら、ちょっとやってみましょうよ! 私を介して買えば、2リット
ル800円︵※1︶で買えるから!﹂
⋮⋮いやぁああああ! 高ぁあああい! ⃝⃝のお水、高ぁああ
あい!
473
ていうか占い師、占い師じゃねぇよ、マルチ商法の手先だよ!!!
﹁あなたの体調不良は、このパワーが詰まったお水を飲めば解決、
2リットルを800円でご提供!﹂
こんなテンプレみたいなマルチ商法を今どき繰り出すやつがいる
なんて。そしてお姑さん、定期購入してるだなんて⋮⋮。
いや別に、そのお水が美味しくてその値段を出す価値がある、と
思って買ってるならいいの。
お姑さんが﹁美味しいし健康にいいから⃝子さんも飲めばいいと
思うけど、高いから﹃私が買ったのどんどん飲んで!﹄とは言えな
い、飲みたいなら自分で買ってほしい﹂と思うのも理解できる。
しかし、姉に薦めてくるまでの過程とか、金額設定とか、宣伝文
句とか、﹁私を介して買うと﹂とか、もう生理的に受け付けられな
い。無理だ。できればお姑さんもろとも絶縁してほしい。
姉によれば水だけでなく、健康食品や化粧品も色々薦めてくるら
しい。もちろん姉は適当な理由をつけて全て断っているが、なんて
いうかお姑さん、水飲んでパワーつけてるわりに、そのパワーは全
然判断力に反映されてないし、なんかそのマルチの話し以外の話題
でもお姑さん全然幸せそうじゃないから、その水効果ないんじゃね
? と思う。iPhone6ひとつであんなに幸せになった私と谷
崎氏及びApple信者のほうが、余程コストパフォーマンスが高
いと思う。iPhone6は電話もネットできるし。Siriもあ
るから寂しくないし。
しかし、こんな身近でこんな古臭い商法が未だに横行しているこ
とに衝撃を受けている。時代は21世紀じゃないのか。でも友人メ
ガネによると、﹁全然あるよー! そういう話し出ると勧誘された
経験ある人いっぱいいる﹂とのことだった。そうなのか⋮⋮私全然
無いわ⋮⋮と思ったけど、考えてみたら私は友達が少ないし、グル
ープ行動もしないのであんまり縁がないんだな。でもだったら﹁友
達少なくて寂しそうな人に友達面して近付いて色々勧誘﹂とかされ
そうなもんだけど、それさえも無い。どういうことだ。私だって一
474
応、聖書とニーチェを一緒に読む程度の心の闇は抱えているという
のに。まぁいいや。
というわけで、今日も私は知恵の実︵Apple︶社製品をいじ
りながら幸せに暮らしております。まぁでも盲信というのは、常に
選択を迫られる人生において、ある意味楽な生き方でもあるのだ。
以下、先日の谷崎氏との会話である。
﹁今後のiPhoneで、林檎マーク光り出したらどうする?﹂
﹁盛大に文句を言ってけなすね。んでもうそんなダサいことするな
らiPhone使うのやめる! と散々わめくけど、ひとしきり文
句を言ったら﹃でもAppleだし﹄って結局買う気がする。神楽
さんは?﹂
﹁うん、多分私も同じ過程をたどる﹂
﹁だよねー﹂
Apple社信者、かく語りき。ジョブズは死んだ!
※1 2リットル800円
ぼかすために容量、金額をこの通りで販売しているわけではないが、
換算するとこんぐらい。
475
好みのタイプと小規模サークル事情
色々と忙殺されているうちに、気付いたら洗濯物がなかなか乾か
ない季節になっているのだった。真冬はいっそ加湿も兼ねて部屋干
ししたりしてるので、あっちゅーまにカラカラに。そしてあっちゅ
ーまに十月も終わりでやや狼狽している。まぁいいや。
先日、大学時代のサークルの、⃝十周年記念式典に出かけた。う
ちのサークルは少人数でわりと地味に活動してるサークルだったの
だが、学校の公認も受けていたので歴史はやたらと長いのである。
そして少人数でも活動内容は結構濃かった︵福祉系の活動だし︶の
で、先輩後輩みんなわりと仲が良い。まぁこの環境においてメンバ
ーの輪に入れないとか拷問なので、辞めていくとも言えるんだけど
さ。ゆえに少人数のわりにサークル内カップル、及びその後の結婚
率は高い。ごちそうさまです。私はその輪からは外れました。
というわけでキャッキャと式典に参加し、その後は十人ちょいで
居酒屋へと繰り出したのだった。
この集まりに参加したのは、一番上が私の学年、一番下は私が四
年生の時の一年生であった。よって全員がいわゆるアラサーであり、
既婚者も増えてくる世代だ。結婚式の写真を見せてもらったり、結
婚生活の話しを聞いたりすると、
﹁いいないいな、私も結婚したいいい!﹂
という人並みの願望が浮かぶ。しかし経験上、こういう願望が浮か
んでも三日も続かないことが多く、結局私はまだ結婚生活に対して
何のリアリティも抱いていなければ、危機感も感じていないのが現
状であった。
しかし世間から見れば、31の私は結婚焦ってもいいお年頃なの
である。そして後輩達も﹁ユリ子さんに結婚の予定があるのかない
のか、確認してもいいのかしら、それともその話題地雷かしら﹂と
悩むお年頃なのである。
476
だが、﹁なんか私、結婚に興味が持てないみたい﹂と自分からい
うのも、﹁結婚できないんじゃなくてしないだけなんです﹂と自称
してるみたいだし、だいたいこういう話題って自称すると逆に﹁強
がり・自己正当化﹂感が漂ってくるので言いたくない。かといって、
その話題を無理に避けるのも、﹁やっぱり地雷なのかな⋮⋮﹂感が
出てきていただけない。
なので、自然な流れで恋愛の話しをこっちに振られたら、適度に
質問に答える形で﹁結婚の予定はないよ、彼氏もいないし。したく
ないわけじゃないけど、結婚を目標にして動くつもりは今はまだな
いよ﹂と伝えれば良い。そういう心づもりで二次会に参加していた。
酒が入ってくると、未婚者も多いこの環境、必然的に恋愛の話し
になる。恋愛トークは、三つ年下の男性メンバーYを中心に展開さ
れていた。Yは我がサークルにしては珍しくわりとチャラい。Yは
仕事も出来るだろうし賢いし、女性の扱い慣れてるのでモテるタイ
プなのだろうけど︵実際話し聞いてるとモテてるっぽい︶、なんか
すごい合理的な理由でどの子と付き合うとか決めてたり、その取捨
選択理論をわざわざ語ったりするので、どうも私とは根本的な部分
で相容れない。立ち回りが異様に器用だし。いや別に会えば普通に
喋るけどさ。
そして案の定、話しは﹁ユリ子さんは彼氏いないんですか? 結
婚の予定とかないんですか?﹂という流れに。当初考えていたとお
り、﹁今はいないし、結婚も当分するつもりもないなー⋮⋮﹂と答
える。するとすかさずYは言う。
﹁でも彼氏出来ないのは、より好みしてるからでしょー﹂
﹁⋮⋮別により好みしてるつもりないけど、合う人が少ないんだも
ん﹂
さらに別の後輩は、
﹁ユリ子さんの好みって、どんなのですか? 彼氏の話しとか、あ
んまり聞いたことない!﹂
と無邪気に問うてくる。が、テーブルの一番奥に座ってるやつが、
477
実は私の元カレだ。彼らの入学前に別れたし知らぬが仏なので言う
まい。
しかし、好みのタイプ、とな。
とりあえず、
﹁何かに特化したゆえに、社会不適合気味な人っていうか⋮⋮﹂と
答える。
﹁まじっすか? 俺の周り、そんなのいっぱいいますよ?﹂
﹁まじで。具体的にはどんな感じ﹂
﹁30後半ぐらいですけど﹂
﹁もっと若いのがいい﹂
﹁いやぁ、30前後のそういうのは、売れちゃってますよ﹂
何言ってんだY。お前が紹介しようとしている30後半の人達だ
って、昔は30前後だったんだぞ。そういう30後半まで残ってそ
うなのの予備軍で今30前後の人を紹介しやがれ。
﹁じゃあもっと若いのでいい。20代半ばとか﹂
﹁いやぁ、そういうのはまだ結婚する気ないですし﹂
何言ってんだY。私だって別に結婚する気ないぞ。私の年齢で勝
手に﹁紹介=結婚を前提﹂と決めるでない。
﹁30後半ぐらいの人たちは、⃝⃝とか⃝⃝とか大企業で安泰です
から。悪くないと思いますよ﹂
何言ってんだY。私は実家及び親族がみんな自営業ゆえ、大企業
に対するあこがれなど無い。
﹁なんか違うんだよ。そういうのじゃないんだよ。なんか、数学者
みたいな人︵※1︶がいいんだよ!﹂
﹁えー、よくわかんないっすけど、仕事ばっかしてるからお金ある
し、浮気もするような感じじゃないし、いいじゃないっすかー﹂
﹁お金の問題ではないんだよ⋮⋮じゃあいいや﹂
﹁ほら、ユリちゃんはより好み激しいっすからー。紹介しようにも、
気に入ってもらえる気がしないっす﹂
カッチン!
478
好みのタイプは何だと聞かれたから答えたまでだぞ。お前が﹁そ
んな感じのいる﹂っていうから﹁どんな人だ﹂と聞いたんだぞ。
私から﹁彼氏がほしいのー、結婚したいのー、だから誰か紹介し
てー﹂と言っておいて、あーでもない、もっとこういうのがいいと
文句垂れるなら、﹁30過ぎて何ワガママ放題言ってんだ﹂である
が、別に彼氏も結婚も所望しているわけでもないのに、﹁そんなこ
と言ってるから彼氏できないんすよ﹂的な態度を取られるのは腑に
落ちない。
人生において恋愛の優先順位が低い人間だっているのだ。お前み
たいな﹁今は彼女一筋っすよ。女友達はいっぱいいるし、女の子と
ふたりで遊びに行くこともありますけど、本命は一人です︵でも流
れでヤっちゃった子は結構います︶﹂的生き方が全てだと思うなコ
ノヤロウ。
ややYに対しイライラしたが、まぁ、世の中の標準的考え方って
こんなもんかもな。30過ぎた女は付き合ったら結婚前提、大企業
なら将来安泰だから細かいことには目をつぶれ、的な。でも本当の
私の理想を言えば、﹁同じ数式を愛せるか、或いはそれに近い感覚
の人﹂なのだけども、このへんに関しては他人に説明するほうが面
倒くさいし、この感覚がわかる人と出会えたらもう細かい説明とか
必要ない状況なので、一部の当事者の間で処理されるべきものと考
えております︵※2︶。
まぁいいや。今まで見てもらった占い師全員から﹁あなた変人だ
から頭で考えて彼氏とか結婚相手選んじゃだめ、お互いにとって不
幸﹂と言われたのだから。私はより好みしないと色んな人が不幸に
なる。そしてその被害者の最たる人物が、テーブルの奥にいる元カ
レだ。若者よ、世の中には色々な価値観と生き方があることをいつ
か知るがいい。
ちなみに本当に余談ですが、その場にいた女子十人中、三人は私
の元カレに告白して振られています。
これが、小規模だけど活動密度が濃いサークルの恋愛事情です。
479
結構やばいよな。
※1 数学者みたいな人
お気に入りはパパキリアコプロスです。
※2 一部の当事者の間で処理されるべきものと考えております
望月先生へのオマージュであります。
ABC予想を証明したと発表した際、先生は新聞社の取材に対し﹁
数学の専門的な話であり、数学界の中で、一部の専門家の間で処理
されるべきものと考えております﹂と回答したとの話し。
480
また今年も来年の目標を考える季節がやってくるのだ
どうも、年末ですね。﹁年末がどうこうなんて、まだ早くない?﹂
などと言うのは若い人であって、三十路を超えたら、お盆過ぎれば
もう年末ぐらいの気持ちでいないと、世の中についていけないんで
すのよ。
というわけで、毎年やっている﹁今年の目標を振り返る﹂ことと
﹁来年の目標を決める﹂ことをしようと思う。なにげに三回目であ
る。このエッセイも結構長いことやってるなぁ⋮⋮しみじみ。
まず、今年の目標の確認から。﹁中庸﹂と﹁性格悪いの直したい﹂
である。
ひとつめの﹁中庸﹂であるが、今年も別に対人トラブルもなく︵
友達少ないからじゃないのか、という疑問は脇に置く︶、せいぜい
Twitterで﹁街中で見た文化系女子気取りの言動﹂を小馬鹿
にしていたぐらいである。言っとくが私は、文化系女子を馬鹿にし
ているのではない。文化系女子気取って﹁私、人とは違うんです﹂
アピールする方とは相容れないだけだ。例えば先日電車で、社会人
になってまだ日も浅そうで、かつ知り合って間もない感じの男女︵
合コン帰りとかかも︶の会話が耳に入ってきた。どうやら青年のほ
うは、女性に気があるらしい。
﹁⃝⃝ちゃんって趣味あるの?﹂
﹁読書とかかなぁ﹂
﹁えー、何読むの?﹂
﹁言ってもあんまりわかってもらえないんだよねー。昔ので、暗い
感じの作家が好きかな。太宰治とか。最近の小説は読まないかなぁ﹂
﹁そ、そうなんだ⋮⋮﹂
ここで私は強く主張したい。暗い小説書く作家=太宰治と言っち
481
ゃうあたり、実はこの子、そんなに小説読んでなくない⋮⋮? と。
太宰治って、代表作の数作品が暗いだけで、そんな暗いのばっか
りじゃないっていうか、﹁書いてて楽しいナァ﹂って感じすら漂っ
てくる作品もある印象なのだが。彼女が﹁暗い小説が好き、﹃人間
失格﹄とか﹂と言ったなら、小説読まない人にもわかりやすい作品
挙げたのかなと思うけど、好きな小説は暗い感じ、そして暗い作家
=太宰と説明するのって、太宰好きなら逆に避けたいところではな
いのか。太宰そんなに読んだことないのに偉そうなこと言ってるけ
ど、私。だからあの青年には、
﹁その子には適当に﹃趣味変わってるね﹄と言っとけばいいと思う
よ、そして最初のデートはヴィレバン行けばもうオッケーだ﹂
とアドバイスしてあげたい。
なんだか話しがすごいズレた。﹁中庸﹂であったかの確認だった
のに。でも、そういう特定の分野に対する反発心がすごいので、﹁
中庸﹂は来年も継続にしておこう。
続いて﹁性格悪いの直したい﹂である。自分で設定しておいてあ
れだが、抽象的すぎてよくわからない。性格が悪いのを直す=性格
が良くなる、ということで目標達成と言えるのだろうか。だが性格
が良いの定義ってなんだ。
そういえば昔、親切な人の特徴として﹁利害関係のない人にも優
しい﹂という点が挙げられる、という話しを聞いたことがある。そ
の話しを聞いた当時の私は、﹁むしろ利害関係のない人には冷たい
やつがいるのか﹂と軽い衝撃を受ける程度にはお花畑思考であった。
その後歳を重ね、確かに﹁利害関係のない人には冷たい﹂という人
を稀に見たけど、﹁ほんとにいたんだなぁ﹂と珍しい生き物を見る
ような目で見てしまう。それを鑑みると、私って実は、思ってるほ
ど性格悪くないんじゃない? という気もしてくる。こないだだっ
て道に迷ってた台湾人を、壊滅的英語で﹁とぅげざー、とぅげざー﹂
と目的地まで連れてってあげた上におすすめメニューまで教えてあ
げたしな。親切=性格が良い、というわけではないが、親切である
482
ことが性格が良いを構成する一要素ではあるだろう。
とはいえ、上記の太宰の件をネチネチ言うあたり、性格良いとも
言えない気がする。しかしそんなこと言ってたら聖人君子並に出来
た人間にならないと目標達成にならず、﹁年間の目標﹂として掲げ
るには疑問である。よって今年でこの目標は打ち切りとする。
そして、打ち切った目標の代わりに新たに掲げたい目標がある。
それは、﹁恋愛市場において異性と議論しようとしない﹂である。
三十路にして気づいたが、私、議論好き一家に生まれたせいで、
なんかあるとすーぐ議論してしまうのよね。昔読んだモテ本と、あ
と職場同僚谷崎氏も言ってたけど、﹁男は褒めておけ。どんな些細
なことでも褒められれば嬉しい。そこで素直に︵態度に出す出さな
いは別として︶﹃嬉しい﹄と思えない男は余程の偏屈だからやめて
おけ﹂というアドバイスを一切実行出来ていなどころか、相手の主
張の﹁?﹂な点を、悪気なく問い詰め追い詰めている可能性すらあ
る。悪気はないんだ、ただ、気になるんだ、別にその意見を否定し
ているわけではないのだ、ただ、私の意見とは少々異なるから、そ
の主張の根拠を知りたいだけなんだ⋮⋮! まぁ、慣れてないと疲
れますよね。そしてこんなんだからモテないんだね。でも私みたい
な女が急にデレたりしたら、グッと来なーい? グッと来なーい?
来ないか。
なので来年は、そういう議論好きなところをちょっと抑えるとい
うか、﹁そうなんだーすごーい!﹂とかかわいく言える感じになり
たいと思っております。あ、でも、﹁すごーい!﹂って言ったあと
に議論に発展させればいいのか。コーチングだかカウンセリングの
技術でも、﹁反対意見を言う場合は、相手の意見を頭ごなしに否定
するのではなく、一度相手の言うことを受け止めた上で自分の意見
を伝えると聞き入れられやすい﹂とかあるもんな。
じゃあ、来年の目標は﹁一褒め二議論﹂にしよう。一姫二太郎み
たいでゴロもいいし。﹁中庸﹂と﹁一褒め二議論﹂。良い良い。︵
そうか?︶
483
そんなわけで、来年の目標も無事決まったので、年末まで心置き
なく働いたり大掃除したりしたいと思います。ちなみに来年の手帳
は、年甲斐もなくシンデレラにしてみました。掃除をしてたら王子
様に見初められるとか夢のよう。
で、ここまで書いて思ったけど、今年もモテなかったなぁとか思
ってる私と、私が上でネチネチ言った太宰がどうこうの彼女だった
ら、異性から興味を持たれているという点で、私より余程勝ち組だ
よな⋮⋮。
484
シンプルライフ実践者にもミニマリストにもなれやしない︵前書き︶
全然関係ないけど、最近ブログ始めました。
マイページのサイト欄にリンク貼ってあります。
そっちは神楽ユリ子名義ではありませんが私です。
485
シンプルライフ実践者にもミニマリストにもなれやしない
そろそろ大掃除の季節だけども、普段から結構キレイにしてるか
ら別にそんなに大々的にやらなくていいよな、と思っている。それ
でもモノは気付いたら増えているので、この一年を振り返る意味で
もガラクタや不要品はいつもより基準厳し目で処分しなければ、と
も思っている。
そういう時、モチベーションを上げるために有効なのが、いわゆ
るシンプルライフ、もっと突き詰めればミニマリストの方のブログ
なのである。
シンプルライフと一言で言ってしまうとその定義は曖昧かつ範囲
も広いのだが、ざっくり言えば﹁ガラクタや不要なものが無い快適
な生活﹂、といった塩梅だと思う。しかしシンプルの基準は人それ
ぞれ。高品質でお気に入りのものだけに囲まれて暮らす、或いはそ
ういう暮らしを目指したい、といったゆるい感じの方から、人間は
どこまで少ない持ち物で暮らしていけるのか、的な極限の人までい
らっしゃり、特にこの極限の方はミニマリストと言われることが多
いようで︵シンプルライフとミニマリストが完全に同一線上で同一
ベクトルかというと違うようだけど︶、その﹁いかにモノを減らす
か﹂に特化した暮らしぶりは、最早尊敬の念を抱く。
もちろんゆるい感じでやってる人のほうが取捨選択の理由等参考
にしやすいのだが、自らのモノへの執着心を自覚し戒めるには、極
限の人のブログのほうが断然モチベーション上がる。なんか﹁ほと
んど自炊しないので冷蔵庫捨てました﹂とか﹁洗濯機を置きたくな
いがために手洗いしやすい衣類に替えました﹂とか、そんなレベル
の話しがわりと平坦なテンションで語られているのだ。そりゃブロ
グに書くぐらいだから本人的には﹁生きる上で必要かと思われたも
のを無くしてやったぜ、どやぁー﹂と思ってるのかもしれないけど、
﹁迷ったけど欲しかったコート買っちゃった☆﹂程度のテンション
486
の上がり方でしかない。
だから、自分がガラクタ処分作業に行き詰まった時には特に、そ
ういう極限な方々の暮らしぶりを見て︵読んで︶﹁あぁ、こんな大
物レベルの処分がこんな普通のテンションなんだ﹂と思うと、自分
まだまだ煩悩まみれだなぁ、もう少し身軽になるために思い切って
みるのもいいかなぁ、と平穏な気持ちでモノと向き合える、気がす
る。
そういうわけで、地道にモノを減らしているのに、だ。どうして
こう、モノが多いんだ私の部屋は。
まぁ原因はわかっている。本だ。あんなに処分したのに、それで
も多い。本なんて電子化するか、図書館に行くか、最悪買い直せば
いいじゃない、とは思っている。しかし、なろうは小説を自分でも
書く人が大半だと思うのでわかってもらえるかと思うのだけど、小
説とかエッセイのネタって、﹁偶然﹂目に入ってきたとか、﹁偶々﹂
聞こえてきたとか、そういうところから膨らましていくことが多い
と思うんですよね!
確かに情報は整序されているほうがアクセスしやすいし管理もし
やすい。だけど偉大な芸術家や科学者達の多くが、進みあぐねてい
る作品や行き詰まった論理のブレイクスルーに﹁偶然﹂や﹁失敗﹂
があったと語っている。そう思うと、ある程度猥雑な環境も決して
悪いものではないんじゃない? という気がしてくる。書物を全て
電子化してしまうと、最初から﹁この本を探そう﹂と明確な意志を
持ち、かつすぐに目的の本にアクセスできてしまうので、余計な手
間がかからないが偶然もあまり生まれない。︵国会図書館とか論文
検索ぐらいデータベースの情報量が膨大だと色んな情報引っかかっ
てくるけど︶なんとなく背表紙眺めてて﹁あー、そいやこんな本持
ってたなぁ﹂と手に取ると、まさに今欲しい情報やヒントがあった
! みたいな偶然、まぁめったに無いけどたまにはあると信じたい
じゃん。
それに、小説とかなら一度読めばだいたい内容頭に入るからいい
487
けども、哲学関連など小難しい書物はやはり、一度読んだくらいじ
ゃなかなか身につかない︵身につく人もいるだろうけどさ︶。ある
本を読んでいたら別の本の思想が引用されていて、この本うちにあ
ったはず⋮⋮この本はなくとも似たような本あったよな⋮⋮とかや
ってると、やはりスペースが許す限りはある程度自宅に本は置いて
おきたい。
こういうことを繰り返しているから、私はシンプルライフを送る
ことができないのだ。
あぁ、お嫁に行くのなら、書庫があるおうちに嫁ぎたい。結局の
ところ、シンプルライフに憧れても最終的には﹁収納の多いおうち
に住みたい﹂という結論に至るのだった。人間ってば、ないものね
だり。
488
なぜ今年もモテなかったのかの考察
そんな考察をするのはともかく、そんなものを世間に発表して何
になる。そう思わないわけではないが、研究論文でさえも毎年毎月
世界中で発表されているものの全てが、今すぐ人類の進化に役立つ
ものばかりかといえばそうでもない。むしろ人類を救う画期的発見、
先進的技術だと思われたものがハリボテでしかなかったり、実は破
滅への第一歩だったりする可能性もある︵※1︶のだから、逆もま
たしかり。いつの日か人類史における有益な一考察に成り得る可能
性は、限りなくゼロに近くもゼロではない。零である。ゆえに、こ
こにこのしょうもない考察を書き記す。こじらせてるね!
その前に、まず﹁モテる﹂とはどういう状態であるのか。三省堂
の新明解国語辞典︵第七版︶︵※2︶によれば、以下である。
︻持てる︼人気があって、何かにつけて機嫌を損ねることがないよ
うに扱われる。特に、多数の異性からちやほやされることを指す。
なんということだ。モテるとは、機嫌を損ねることがないように
扱われることだったのか。モテなさすぎて知らなかった。
しかしこの語釈には、なんだか少し違和感がある。男性が書いた
のだろうか、男性目線のモテる人物像のように感じてしまう。でも
モテる人って、全員が全員周りがちやほやしてくれる状態なわけじ
ゃないと思うんだよね。
確かに女性におけるモテる状態とは、モテるまでの過程がどうあ
れ、最終的には男性から﹁機嫌を損ねることがないように扱われる﹂
﹁ちやほやされる﹂でだいたい網羅される。それは至極単純に性を
二種類に分けてしまえば、男性はいかに多くの女性に自分の遺伝子
ばらまくかであり、言ってしまえば生殖目的であり、生殖を達成す
489
るには﹁女性の機嫌を損ねない﹂ことが非常に重要なことであるの
だから、当然ちゃ当然なのだ。感傷的なことは脇に置き、ヒトを生
物学上の一種と考えれば、女性としてもより多くの男性が自分に群
がったほうが、優秀な遺伝子を採用できるのだから、ちやほやとい
う状態は理想的である。
だが、私が感じる違和感とは、男性側のモテ方のほうだ。
顔が良い、仕事が出来る、お金を持っている。このようなわかり
やすい魅力は、わかりやすく女性を惹きつけ、前述のような﹁機嫌
を損ねることがないように扱われる﹂﹁ちやほやされる﹂という状
態に導くだろう。しかし世の中には、﹁こいつ顔も普通だしお金持
ちなわけでもないのに、なんかいつも周りに女いるな﹂という男性
も少なからず存在するのだ。そしてそういう男性が、女性から﹁機
嫌を損ねることのないように扱われている﹂かというと、そうでも
ない。彼らはむしろ、﹁”女性の”機嫌を損ねることのないよう﹂
に立ちまわっているために、常に周囲に女性の影がちらつくのだ。
一見すると彼らは目立たない。わかりやすい魅力ではないからだ。
だけどなんだかんだで毎日色んな女の子とLINEしてる。色んな
女の子と二人で出かけたりしている。だが、彼らは何かにつけて機
嫌を損ねることがないよう扱われているわけではない。ご機嫌を取
るために貢がれているわけでもない。だけど、誕生日などのイベン
ト時には色んな人からプレゼントをもらったり、奢ってもらったり
している。随分と控えめなモテかもしれないが、なんだかんだで同
時多発ではなくとも、継続的に誰かからちやほやされているのだ。
ゆえに、モテるの語釈として﹁機嫌を損ねることのないように扱
われる﹂とあるのは、どうも受身的なモテ方がクローズアップされ
ているようで、不足を感じてしまう。モテるという状態において﹁
機嫌を損なわない﹂というのは重要だと思うが、自分がモテている
とき、機嫌を損ねていないのは自分か? 相手か?
スペースの関係もあるのだろうが、モテ方の多様性を考えると、
新明解だからこそもう少し踏み込んだ語釈をしてほしかった。もち
490
ろん国語辞典の役割とは、日本語として広く用いられている言葉を
出来る限り網羅し、より多くの人の納得、共感が得られるよう各単
語を定義していくことであるので、あまりにマイナーな単語や単語
の意味・使い方は、あえて掲載していないのかもしれないけれど。
単純に、一般的なモテる状態って、ハーレム状態、お姫様状態であ
ることは否定できないし。それか、この語釈書いた人がそういうモ
テ方しかしてこなかったのだろうか。それはそれで、チクショー!
さて、新解さんの語釈への疑問をここまで書き散らしておいてあ
れだが、今回のテーマは﹁なぜ今年もモテなかったのかの考察﹂だ
ったんですよね。こういう脱線するからモテないんですかね。でも、
女の話しがあっちこっちにすっ飛んだ挙句オチも無いのなんて、別
に私に限ったことではないはずなのになぁ。
まぁ、モテなかった件に関しては手っ取り早くやっちゃうと︵語
釈問題考えたらもう面倒くさくなっちゃったわけではない︶、
1.別に美人でもないし
2.特別愛嬌があるわけでもないし
3.その上趣味が一人でやるような趣味ばっかだし
4.すぐ議論ふっかけちゃうし
5.大体外に出るのが億劫であんまり外出しない
という、どう拡大解釈すればこんな女がモテるんだよ、モテるわけ
ないじゃん、という当然の結論に到ったのであった。
しかし冷静に考えてみると、﹁機嫌を損ねることのないように扱
われる﹂という状態も、なかなか大変そう。つまりはそれって、相
手が本音で接してくれない、という状態にもなりかねないんじゃな
いかしら。私個人としては、ご機嫌取るために﹁うんうんなるほど、
神楽さんの言うとおりだよ共感しちゃう﹂とか言われてもイマイチ
信用できないし、下手すりゃつまんねーなこの人と思ってしまう。
もちろん気が合う人と出会えて﹁わかるわかる!﹂とやるのも楽し
491
い。だけど、生き方も考え方も違う人と﹁えーなんでそうなっちゃ
うの!﹂﹁そっちこそ信じられない!﹂とぎゃあぎゃあ騒ぎあった
り、常識人だと思ってた人がちらっとひねくれた部分を見せてきた
り、全然タイプ違うと思ってた人とふとした瞬間に﹁わかる!﹂と
通じ合えたり。それって相手が、そして私が、良くも悪くもその関
係に損得勘定抱いてないから出来ることなのかも。
そうなると、モテないことも、そんなに悪くないことなのかもな、
と思う三十一歳の冬なのであります。
でも、あんまりにもモテなさすぎて、やっぱり多少やばいと思っ
ている。
※1
別に某細胞のことではない。
※2
敢えての新明解チョイスに気概を感じて頂きたい。
ご存知の方も多いと思うが、三省堂の新明解国語辞典は、時折妙に
具体的でぶっ飛んだ語釈が掲載されている、気概溢れる国語辞典で
す。
ファンの間では﹁新解さん﹂と呼ばれ愛されています。
︵第4版の﹁動物園﹂の語釈の過激さとか有名。最新版は第7版︶
492
果実をめぐる攻防︵前書き︶
年末という現実から逃避するために連続更新
493
果実をめぐる攻防
駅までの通り道に、某大学病院の施設があり、そこはセミナーや
同窓生のための催しが開催されたりする会館である。そして入り口
のすぐ近くには、夏みかんの木が植えてある。
この夏みかんを巡りここ数年、静かなる戦いが繰り広げられてい
る。どうやら勝手に夏みかんをもいでしまう不埒者が出現するらし
く、施設側はその対応に右往左往している模様。なんでそんなこと
を通りすがりの私が知ってるのかというと、数年前から夏みかんの
木に不埒者への警告と思われる札が、色々ぶら下がっているからだ。
私が記憶している範囲ではあるが、最初の頃は﹁勝手に取らない
でください﹂的な正当かつ直接的メッセージが掲げられていた。だ
が所詮、不埒者は不埒者。素直にその警告に従うことはなかったら
しく、その結果施設側は、考えすぎてよくわからない札を連発する
こととなる。
例えば、
﹁卒業生が夏みかんを楽しみにしています﹂
情に訴える作戦である。﹁卒業生が久々に母校に来て、あの夏み
かんどうなってるかなぁ、と楽しみにしてたのに、誰かに乱獲され
た後でがっかりしちゃうんです、だからやめてね﹂という、非常に
日本人的な警告である。あなたの行為によって悲しむ人がいるよ、
という。
しかし忘れてはいけない。不埒者が日本人とは限らないし、日本
人でもそんな感傷持ち合わせてないやつ山ほどいるのだ。卒業生が
夏みかんを楽しみにしてるからなんだ、そんな事実を知らされたと
ころでこちらには関係ない。結局このメッセージは効果が薄かった
のか、それ以後見ていない。
また、別の年に掲げられていたのは
﹁この夏みかんは初夏が食べ頃です﹂
494
もう、迷走しすぎて不埒者にみすみす食べ頃を教えてしまってい
る。品種にもよるのかもしれないが、夏みかんは晩秋頃から実をつ
け、見かけは十分色づいているように見えても、すぐには酸味が強
すぎて食べられたものではないらしい。そのまま年を越し、酸味の
落ち着く春∼初夏頃からの収穫が一般的のようだ︵﹁夏﹂みかんだ
しね︶。施設側としては﹁キレイに色づいて今すぐ食べられそうで
しょう、でもね、夏みかんは見かけのキレイさだけで採っちゃうと
大失敗なんですよ! 今はまだ美味しくないんですよ! あなただ
って嫌でしょうそんなの!﹂という、やや変化球の警告である。採
っても誰も得をしないんですよ、という。
しかし忘れてはいけない。確かに年末年始の不埒者による乱獲は
防げるかもしれないが、食べ頃になったら満を持して乱獲されるだ
けである。むしろ年末年始が食べ頃と勘違いしておいてもらったほ
うが、﹁この夏みかんやっぱ素人が適当に植えたやつだからまずい
や!﹂とターゲットから外される可能性もあったかもしれないのに。
結局このメッセージは根本的な戦略の誤りに気付いたのか、それ以
後見ていない。
その後も細かく文言を変え、今年も夏みかんを巡る攻防は繰り広
げられている。しかし最近は勝手に採る者もいないのか、結局普通
の警告が一番という結論に到ったのか、﹁卒業生が楽しみにしてい
るので採らないでください﹂という、情への訴えとシンプルな警告
が組み合わさったものに落ち着いている。ちょっとつまらん。
しかしこの警告を毎年見るたびに、一応病院の施設内に植わって
る木なんだから、もっとえげつない警告にすればいいのに、と思う。
私だったら
﹁実験中。許可無く採取し食したことによる体調不良には、当局は
一切責任を持ちません﹂
ってやるのに。万が一近隣住民から﹁実験ってなんだ、変な実験を
近隣住民の許可無くやるんじゃない﹂と言われたら、適当に﹁いや
ぁ、糖度の高い水を与えたら実が甘くなるかなーと思って実験して
495
みただけです、やっぱ別に甘くなんないですね﹂とでも説明する。
そういう面の皮は厚いのわたし。
それはさておき。この冬も不埒者からの乱獲を乗り越え、無事卒
業生達に振るまわれるといいねぇ⋮⋮とぼんやりと思いつつ、ほぼ
毎日夏みかんの木の前を通っている。そしてこの記事を書くにあた
り色々調べたので、中途半端に夏みかんの特徴や旬に詳しくなって
しまった⋮⋮。とりあえず、あの夏みかんに思いを馳せつつ、今は
普通のみかんを食べる。もぐもぐ。そしてみかんを食べるとこたつ
が恋しくなる、日本人的DNAが濃いわたくしなのであった。
496
もう一度高校生をやり直してもぼっち
年末だというのにやや重いタイトルである。でも事実なのだから
仕方あるまい。しかしなぜこんなことを言い出したのかというと、
こないだ見た夢がもう一度高校生をやる夢だったからだ。
現実の高校時代の私は、ややコミュ障気味のクラスでは浮いた存
在であった。まぁ、親切なクラスメイトに誘われお昼は一緒に食べ
てもらっていたので厳密に言えばぼっちではなかったし、高2の途
中からこのエッセイでもよく出てくる大野さんと仲良しになったの
で、孤独というわけではなかったけど。
余談ではあるが当時の大野さんは、デカイうえに運動神経抜群で
合気道も嗜み、成績も優秀、その上美人だった︵今も美人だが︶。
しかし着飾ろうという意思が全くない上に無口で超絶無愛想、って
いうか興味ない人に話しかけられても無視するとか日常茶飯事で、
休み時間に騒いでいた男子をある日突然﹁うるせぇ﹂と言いながら
胸ぐらつかんで壁に叩きつけたという、設定から行動までラノベの
登場人物みたいなことをやらかしたので周囲から恐れられていた。
そんな彼女となんで仲良くなったのかは忘れた。多分、なんかたま
たま喋る機会があって、お互い﹁何だこの人面白いじゃん﹂と思っ
て喋るようになったんだよ、多分。それはさておき。
あれから十年以上経って、私のコミュニケーション能力は人並み、
いや、コミュ障で悩み、改善したいと試行錯誤した分だけ、人から
﹁どこ行っても誰とでも自然に会話続けられてすごいねぇ﹂と言っ
てもらえる程度には高くなった。何より以前よりも他人に対し興味
を持つようになったし、漠然とした概念ではあるが﹁心を開いて﹂
接せられるようにもなったと思う。
では、コミュ障を克服したといえる私が、夢の中でもう一度高校
生活をやり直したらならば。昔とは違って、クラスメイトと仲良く、
学校行事や旅行で楽しい時間を共有できるのではないだろうか。
497
しかし違った。夢の中で私は、以前と同じように同世代の中で萎
縮し、﹁またひとりだ﹂と狼狽しながらも、それをおくびにも出さ
ないように冷めた態度で、﹁別にくだらない連中とくだらない騒ぎ
とかしたくないし﹂などと思っているのだ。夢の中ではちゃんと﹁
この高校生活は二回めだ﹂とわかっているし、学校もクラスメイト
も現実で通っていた学校とは全然違う。身体もおそらくは若返って
いる。﹁強くてニューゲーム﹂的な、夢の中での二回目の高校生活
のはずだった。
だけど私の態度は昔と同じだった。初対面の者も多いであろう教
室内で、周りは一人ぼっちにならないように、前後左右の子に声を
かける。だけど私には声がかからない。そしてすでに輪になった中
に、今更声をかけて入れてもらう勇気もない。どうして周りは私を
気にかけてくれないのだろう、私がブスだからだろうか、気持ち悪
いからだろうか。ぐるぐると他力本願と自己卑下が頭の中で駆けま
わり絡み合い、そしてそれは﹁くだらないことで騒ぐレベルの低い
やつらに無理して合わせることはない﹂という、誤った他者否定と
歪んだ自己肯定に収束する。二度目だろうとも、違う学校だろうと
も、違うクラスメイトだろうとも、夢の中の高校生の私は、現実の
高校生だった頃の私と同じことになっていた。
大人になったと思ったのに! 夢の中の高校生の私は、愛想も振
りまかないくせに他力本願な、嫌な女子高生だった。
ショックだった。夢自体の精神的ダメージもあるが、自分の中で
未だに高校時代が消化できていないようでショックだった。目が覚
めて、それが夢だったことに心から安堵したくらいだ。もう一度、
あの時間を繰り返さなくても良いという安堵。
人はいつからだって変われると言う。そしてそれは事実である。
しかしそれは本質的に変わったわけではなく、今まで積み上げてき
たものの頂点の形が変わっただけなのかもしれない。積み重ねてき
たものを、今更掘り下げて根本的に変えることはなかなか難しい。
そう思えば、あの辛い時期の記憶だって今の私を支える一部とな
498
っているのだから、否定したり、無視したりする必要もないのだろ
う。
でも、ほんとリアリティある夢は困るよね。目が覚めたとき汗ダ
ラダラだったり、めちゃくちゃ歯くいしばってたり⋮⋮。なるべく、
いや極力、毎日安眠であってほしいものです。
499
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n3643bj/
このエッセイはフィクションです
2014年12月17日03時10分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
500