FORSE - タテ書き小説ネット

FORSE
巫 夏希
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
FORSE
︻Nコード︼
N6817W
︻作者名︼
巫 夏希
︻あらすじ︼
戦争は結局、いつの時代も起きる。
しかし、画期的な進化はあった。
それはヒュロルフターム。
50mはあろうかという巨大な戦闘兵器。
1
︱︱結局、戦争はいつの時代でも。
おきるものだ。
2
序章
結局、いつの時代も戦争は起きる。
かつては機関銃を用いてドンパチ、生身の人間どうしでしている時
代があった。
かつては﹃戦争はやめませう﹄とかいうお偉いさんの鶴の一声で戦
争をしなくなる時代があった。
でも、結局、戦争はなくならなかった。
そして﹃生身の人間で構成された兵隊﹄に存在意義を見いだせなく
なった。
そんな中、生み出されたもの。
ヒュロルフターム。
資本主義のある国が制作した50m級の戦闘兵器は世界に﹃戦争の
終わり﹄という希望の光となった。
しかし、結局、戦争はなくならなかった。
社会主義のとある国が作り上げた対ヒュロルフターム戦闘兵器。
その名も﹃FORSE﹄。
3
それによって、﹃人﹄対﹃人﹄の戦争は、﹃ヒュロルフターム﹄対
﹃FORSE﹄となった。
では、
残された人間は?
4
1
﹁今日も平和だなあ⋮⋮﹂
と薄い緑の迷彩服に身を包んだサリドという黒髪の少年は、背伸び
をしながら、言った。
﹁⋮⋮おーい。さぼるなよ。サリド﹂
隣でしゃがんでせっせと草をむしっている男は言った。
金髪で、無精髭を顎に生やしたその男はラッキーストライクのタバ
コでもくわえて、黒いサングラスをかけている方が、よっぽど似合
う気がした。
だがしかしその男はあろうことか︵というのはとても失礼だが︶サ
リドと同い年の16歳。未成年である。
少年の名は、グラムという。
﹁わかったよグラム。でもね。俺は朝の背筋伸ばしをしないと一日
が始まらないんだよ﹂
﹁よく言って。そんなことを30分もやってるくせにか?﹂
グラムは皮肉るようにサリドを笑った。
﹁所詮、戦争はヒュロルフタームとFORSEの戦いだ。人間の兵
隊など、いらなくなった。﹂とか偉そうに言ってたのはどこの誰だ
5
ったか。
確かに、戦争はなくならなかった。
それは、だれにだって解ってる。
ヒュロルフタームという存在が。
世界の戦闘のシステムを変えた。
﹁でも、ヒュロルフタームは最初は平和的活用だったんだぜ? 核
戦争があって人間が住めなくなった地上を作り直すための﹂
﹁そうなのか?﹂グラムは今まで抜いた草を綺麗にひとつにまとめ
ながら、﹁でも、実際は違うじゃねえか。ヒュロルフタームが平和
的活用の為に作られたってんなら、今俺らはこんなところにいない
ぜ?﹂
そうだな、と頷いてサリドは遠くを見る。
そこからは綺麗な青空と大きなコンクリートの建物が一、二個が見
えるだけだった。
﹁にしてもさ﹂
﹁ん? どうしたサルド﹂
6
﹁腹減った﹂
サリドの言葉を聞いたと同時に二人の腹の音がぐうと鳴る。
﹁⋮⋮どうせレーションだしなあ。あのくそまずいレーション食う
なら雪とか食ってたほうがマシだぜ﹂
グラムは立ち上がり、腰をぽんぽんと軽く叩きながら、言った。
﹁そうだよなー。せめて鹿とかいりゃな。塩焼きとかうめーんだろ
うけど﹂
﹁それがこのグラディアのだめなとこだよな。グラディアの、しか
もこのへんは農牧なんてやっちゃいねえから鹿どころか生えてるの
は野草だらけだよ﹂
ぶつくさ言いながら、グラムは自分の服にかけてあったホルダーか
ら袋を取り出す。
袋を開け、そこからだしたのは白い小さな正方形の形をした何か。
それをグラムは口に入れる。
﹁うーん。やっぱ口の渇きをなくすには水がいいよなー。こんな唾
液を出させるために、わざとカラカラのもの食わせるなんてな。そ
のうち唾液すらもでなくなるんじゃねーの?﹂
﹁そうとはいってもさー。やっぱ唾液にも限度があんじゃねーの?
だからそれはあくまでも一時的なやつで、長期間の喉の乾きを癒
すのは無理とかどうとか、開発した学者が教鞭で言ってたぜ﹂
7
サリドは近くにあったスコップを地面に突き立て、言った。
﹁そうだな。ともかく戻ろうぜ。昼飯がなくなっちまう﹂
﹁あのくそまずいレーションでも食わなきゃ力になんねーしな﹂
そう言って二人は基地に戻った。
8
2
ふたりは十分後、その基地にたどり着いた。
基地と言っても、二人の務める基地は移動式の基地でトレーラーの
ような、そんな形をしている。
﹁⋮⋮ほんとうに、平和だなあ﹂
ぽつり、サリドはつぶやいた。
﹁ほんと、お前それしか言ってねーな。まあ、たしかにここが戦場
とは誰にもわからんけどな﹂
グラムはそう言って、二人分のレーションを取り出す。
﹁おっ、サンキュー﹂
そう言って、サリドはレーションを受け取る。
専用のスプーンを使ってアイスクリームのように、レーションをす
くい、一口食べる。
﹁⋮⋮うえっ、まずい。ほんとこれじつは消しゴムなんじゃないか、
って思うよ﹂
﹁でも、食える消しゴムも開発されてるんだよな? 大災害とか空
襲とかあったときに食料を確保できるように、とかで﹂
9
﹁臭い付き消しゴムが出た時点でありえそうな気もしたけどな。結
局ゴムはゴムだからまずいものはまずいんだよ﹂
そう言いながら、グラムはさらに一口。
﹁いや、そうだけどさ。こんなまずいもんばっか食ってたら兵隊の
覇気も下がるんじゃねーの?﹂
﹁作った人から見れば﹃戦いは所詮ヒュロルフタームとFORSE
だけ﹄だから兵隊に関しては二の次なんじゃねーの? あんま考え
たくないけど﹂
と言ってサリドはレーションを口にほおり込んだ。
﹁さてと。また続きやっか﹂
﹁そうだな。ったくいつになったら終わるんだろうかなあ。はやく
戦争らしいことやりたいぜ﹂
グラムはそんなことをつぶやきながら、近くにあったシャベルを持
った。
﹁なにしてるの?﹂
二人はその声を聞いて、思わず心臓が止まるかと思った。
﹁⋮⋮﹂
恐る恐る二人は振り向く。
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そして、ほっと、息をつく。
﹁⋮⋮姫がこんなところでなにをしてらっしゃるのです?﹂
﹁⋮⋮バカにしてるでしょ?﹂
そこに居たのは軍服、といってもサリドたちとはことなる青の軍服
だが、を着た少女がそこに居た。長い金髪が風にふわふわと揺れて
いる。
﹁⋮⋮暇だったからここにきたの﹂
﹁そっかー、たしかに暇だよな。戦争だってのに、敵からの攻撃0
だしなー﹂
サリドは冷静を保ってしゃべっているようにも見えたが、
実際には至極緊張していた。
なぜか?
なぜなら、彼と話しているその少女こそ、
︱︱﹃ヒュロルフターム﹄を操るパイロット﹃ノータ﹄の一人なの
だから。
﹁⋮⋮でも、この戦争ももう終わるよ﹂
11
﹁?﹂
﹁あれ? さっき無線で鳴らしてなかったっけ? ブリーフィング
を行うからサッサとこい。ってね﹂
﹁え?! まじか!! じゃあおれら作戦を知らずに突入する羽目
に⋮⋮!!﹂
ありがとう姫様!!﹂
﹁もう終わっちゃってるから急いで聴きにいかないと。作戦決行は
3時間後だよ?﹂
﹁やべえ!! いそがなきゃ!!
かすかに敬礼をして、走る二人だった。
ふたりは上官の部屋に来ていた。上官はどうやら和風マニアのよう
で、﹃私は納豆が好きです﹄とか言うあまりよくわからない掛け軸
とかがかかっていた。
﹁⋮⋮あれほど、昨日ブリーフィングの時間については言ったと思
ったんだけど﹂
その上官は軍服、というよりかは警察官のよく着る制服のような服
に身を包み、左手にペンを握って、何か板のようなものに書いてい
た。
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﹁タブレット、ですか?﹂
﹁ええ。よくわかったわね?﹂
そう言って、上官は長い銀髪をたくしあげる。
﹁少佐になるといろいろと大変でね? このグラディアの戦争の他
にリブガナ諸島のテロリストも制圧しないといけなくてね﹂
タブレットの脇にあるボタンを押すと、スクリーンになにかが映し
出される。
それは、地図。そこに赤や青の点が動いている。
﹁私がこのタブレットにタッチすると赤のやつが反応する。それを
引っ張ったりすれば殲滅したりできるってわけよ。ともかく私は忙
しいの。あんたらがその私の忙しさをさらに忙しくしたのは分かっ
ているよな?﹂
二人は答えない。
﹁分かっているよな?!﹂
﹁い、イエッサー!!﹂
ふたりは何かに怯えるように、敬礼する。
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話がおわって。
﹁いやあ。こっぴどく叱られた﹂
﹁だな。というかあと3時間だったよな﹂
サリドとグラムは喋りながら、廊下を歩く。
﹁えーと、俺はあのまま草刈り続行かー。だいぶ辛いのですが﹂
﹁おー。頑張れ頑張れ、俺は冷房かかった部屋で﹃ヒュロルフター
ム﹄の整備だから﹂
﹁そうか。おまえそっち系目指してるんだもんな﹂
﹁ああ。夢はヒュロルフタームの設計士だ﹂
そう話しながら、サリドとグラムの二人は別れた。
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3
﹁遅い!!﹂
整備場に着くと出迎えていたのは、ばあさんの罵声だった。
﹁ごめんよ。オレらだって任務があって﹂
﹁何が任務じゃ。お主は軍隊にも入ってないくせに﹂
そう。この少年。サリド=マイクロツェフは、軍の人間ではない。
正式にはヒュロルフタームの設計士を目指すために、ここに研修に
来た、ようするに﹃研修生﹄なのだ。
﹁⋮⋮まったく、今の若者は研修とか、時代が良くなったのう。わ
しがなりたての頃は試験一本だったしのう﹂
﹁そもそもばあさんがなるときはヒュロルフタームなんてなかった
じゃないですか﹂
﹁ばあさんと呼ぶな。ライミュール=ガンテ少尉と呼びな﹂
﹁はいはい。少尉。申し訳ありません﹂
煙管を吹かしている元気たっぷりなおばあさんは煙管が口の中から
出てきそうな勢いで、言った。そして、それをサリドは軽やかにス
ルーする。
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﹁さて、無駄話をしている暇もないの。お主はさっさと緊急装置の
検査でもしてこい﹂
へーい、とやる気のないような声をだし、サリドは検査用の階段を
上った。
そして、2階から、それを見る。
ヒュロルフターム。
人間の技術の結晶、とも言われるそれは、堂々とそこに立っていた。
そのヒュロルフタームは、簡単にいえば、人型︱︱もっとも人らし
いカタチをとったものだった。
頭には鶏冠のようなものがついており、胸の当たりは鋭角に出っ張
っていて、まるで鎧をつけた西洋の城の騎士にも見えた。
﹁⋮⋮これが﹂
﹁そうじゃよ。これが﹃ヒュロルフターム・ワン﹄。クーチェじゃ
よ﹂
﹁これが、ヒュロルフターム⋮⋮﹂
﹁さてさて、急いで整備せんとノータ様が来ちゃうぞよ﹂
﹁わったた。そうだった。急がなきゃー!﹂
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そう言ってサリドはコックピットに向かった。
﹁⋮⋮といってもコックピットってごてごての機械ばかりと思った
らそうでもないんだなー﹂
﹁⋮⋮パイロットであるノータはここに入ってかんぜんに密閉され
た後、酸素を含んだ特殊な液体をここに入れられるの。それで私た
ちはヒュロルフタームとリンクするのよ﹂
﹁へえー。そうなのかー⋮⋮﹂
そこまで言って、ふとサリドは気づいた。
﹁はっ⋮⋮!? もしかして姫っ?!﹂
﹁⋮⋮ちょっと試しに来たんだけど、まだ終わってなかったの?﹂
彼女はため息をついて、つまんなさそうに言った。
﹁あ。す、すまない! いまから急いでやるから⋮⋮!!﹂
そう言って、彼は緊急装置の整備に取り掛かった。
﹁あれ? でも緊急装置っていっても、コックピットは液体で満た
されているんだよな? いったいどうやって脱出するんだ?﹂
﹁⋮⋮それもわからないでヒュロルフタームの設計士目指すなんて。
聞いて呆れるよね﹂
それを聞いてサリドはムッとするが、本当のことなので反論する気
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はない。
﹁はいはい。すいませんでした。で? 天下のノータ様は一体何を
するんです?﹂
﹁バカにしてるでしょ?﹂
一息。
﹁ま、いいわ。私これから試しに運転するからどいてて﹂
そう言って、彼女はコックピットに座る。
﹁さーてと、さっさと離れたほうがいいんじゃないかしら? 新米
さん。その階段潰しちゃうかもよ?﹂
﹁げえええええ!! まじかよ!!﹂
その言葉を聞いて、大急ぎでサリドは降りようとする。
だが、
﹁うぐっ﹂
﹁?﹂
マイク越しに、そんな声が聞こえた。
明らかに、苦しんでいる声。
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﹁だ、大丈夫か!!﹂
叫んで、サリドはコックピットに向かう。
そこにはしまったシールドがあり、その半透明なシールドから
彼女の苦しそうな顔が見えた。
﹁なにをしとる。このバカモン!﹂
気付くとスタスタとあのおばあさんが階段を登って、ここまで来て
いた。
﹁⋮⋮なんか、急に苦しくなったらしくて﹂
﹁そんなわけあるか。コックピットに液体は満たされているんじゃ。
他の理由があるに決まっておろう!!﹂
﹁そ、そうだよな⋮⋮﹂
﹁にしてもだ。我々がそこを開けるのは難しい﹂
﹁へ?﹂
おばあさんから返ってきた予想外の返事にサリドは目を丸めた。
﹁⋮⋮なにもわかっておらんのか? そこにあるヒュロルフターム
は殆どが鉄板を何枚も重ねて作ってある。だがな、ただひとつだけ
違う﹂
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一息。
﹁その、コックピットじゃよ。そこだけはオリハルコンとかいう金
属で作ってある﹂
﹁ああ。⋮⋮流した電流によって金属の分子構造を変化させて強度
を増やした最強の金属、とやらですか﹂
サリドは教科書の受け売りのように話す。
サリドの言う通り、オリハルコン︱︱というのはなにも力を加えな
い状態だと液体なのだが、そこに電流を通すと核兵器すらも耐えう
る屈強なものへとなるものだ。
﹁まあ、要するにこれを力でどうこうするのは無理じゃ﹂
コックピットを叩いて、おばあさんは言った。
﹁じゃあ、どうすれば⋮⋮!!﹂
﹁慌てるな。若いの。わしが今からある装置を持ってくる。コック
ピットに流れている電流と逆向きの電流を流して、コックピットを
一時的に流体にする。それなら彼女は助けられるよ﹂
そう言って、おばあさんはおばあさんとは呼べぬほどの速さで走っ
て消えた。
と、いうことはだ。
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彼女はその機械が届くまで、ずっと苦しむ羽目になる。
それは、できれば目を背けていたい、でもはっきりとした真実。
︵どうする⋮⋮!! このままじゃ、姫様が⋮⋮!!︶
﹁方法、ひとつだけ⋮⋮ あるよ﹂
彼女は精一杯、その言葉を紡いだ。
﹁⋮⋮それは?﹂
サリドが聞く前に、彼女は座席の下にあるボタンを押す。
直後、コックピットは大きく開き、そこから上に勢いよく座席が飛
び出た。
しかし、コックピットが開くということは満たされていた液体が噴
き出ることをも意味していて。
コックピットのそばにいたサリドはもろにそれを浴びてしまった。
疲れた表情で、笑いながら彼は一言。
﹁緊急装置、異常なーし⋮⋮﹂
21
4
﹁それでなんかさっぱりしてるのか﹂
二時間後。ヒュロルフタームの清掃と液体の補填、スーツの着替え
などを済ませたサリドは作戦三十分前にしてようやく外に出た。
そこでグラムと出会った、というわけだ。
﹁ああ。まあいいリラックスにはなったかな﹂
﹁そこまで楽観的にいられると、逆にうらやましいよ﹂
グラムは苦笑いをしながら、サリドに言った。
と同時に。
作戦開始を報せるサイレンが、基地中に鳴り響いた。
﹁始まったようだな﹂
﹁なに冷静にしてんだよ!! またあの和風マニアの暴力上官にな
んか言われる⋮⋮﹂
そこまで言って、グラムの言葉は途絶えた。
不思議に思って、サリドは横を向くと、
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そこにはあの和風マニアの暴力上官とやらが立っていた。
﹁⋮⋮ちょ﹂
﹁誰が、暴力上官、だって?﹂
たたかい
彼女は笑って言った。しかし目は笑っていず、戦争の時のような目
であったが。
﹁⋮⋮す、すいません⋮⋮。リーフガットさん⋮⋮﹂
謝ったのはグラムでなくサリド。しかも士官階級ではなく彼女の名
前、リーフガット・エンパイアーを言って。
﹁⋮⋮まあいいわ。さっさと体育館に向かって﹂
彼女は長い銀髪をたくしあげ、言った。
彼らはそれから逃げるように、走った。
体育館にはサリドやグラムのような軍服を着た大量の兵士がいた。
しかし、実質はこの人間たちの八割以上は戦わない。
戦争といえばヒュロルフターム。というほど、ヒュロルフタームが
戦い方に浸透していた。
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今まで、生身の兵士で機関銃などを用いてドンパチやっていた。
それをヒュロルフタームが変えた。
なんせヒュロルフタームは高さ50m。人間なんてせいぜい1m後
半。これだけで違いが全然わかることだろう。
そして、武器も変わった。
今までは﹃人間に持ちやすく、軽く、頑丈な﹄武器であったが、
持つのは人間ではなく、ヒュロルフタームに変わったことにより、
武器の幅が広がった。
例えば今までは重量などの制約上一チーム一個までしか所有できな
かった移動式コイルガン、これでもステルス戦闘機一機分くらいの
重量がある、だったがヒュロルフタームはこれを50個所有して、
装備している。それだけで人間とヒュロルフタームの違いが解るだ
ろう。
﹁だから俺ら兵隊はなんのためにいるんだかなあ⋮⋮﹂
グラムはあくびをしながら小さくつぶやいた。
解散して、サリドとグラムは基地の外に出た。
雪は、降ってはいないものの踏むと靴が沈んで隠れるほど積もって
いる。
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﹁うーっ、寒い﹂
今はサリドとグラムはあの軍服の上に迷彩柄のジャンパーを着てい
る。言わずもがな、防寒対策だ。
かれらの右手には小さな機関銃がある。
しかしヒュロルフタームが来てしまえば役には立たない。シロナガ
スオオクジラにイワシが立ち向かうようなものだ。
故に、ヒュロルフターム“さえ”倒されると、それは負けを意味す
る。
なぜなら、
今の人間にヒュロルフタームを倒すすべがないから、だ。
25
5
ヒュロルフタームを倒されると、残された軍隊に待っているのは、
死。
それを恐れるものは逃げるしかない。逃げて。逃げて。逃げて。逃
げて、それでもヒュロルフタームが持つ射程5kmの巨大レールガ
ンには敵わないのだが。
だからこそ。
ヒュロルフタームを倒されると、あとは逃げるしかない。
冬の天気は変わりやすい。
先程まで快晴だったのに、今や1m先も見えないほどのブリザード
となっていた。
しかし、そんなときにでもはっきりと見えた。
緊急装置を使って脱出したノータの姿が。
ヒュロルフタームを倒された兵隊を待っているのは、死。
これは、この戦いでも適用される。
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ヒュロルフタームが一歩歩くごとに地面は揺れる。
そしてブリザードで前があまり見えないからこそ、恐怖が増大する。
今のところ、見えるのは、影。
ただただ、巨大な、それは、ゆっくりとヒュロルフタームを失った
兵隊のもとへ近づく。
兵隊の、無線機を持っていた人間が、ボタンを押したり放したりし
ている。
たぶん、これが﹃白旗﹄なのだろう。何度も、何度も、その信号を
送る。
そして。ヒュロルフタームは動きを止めた。
しかしそれは白旗に賛成、戦争の完結ではなく。
地面が細かく振動を始める。
危険を察知したときには、もう遅かった。
刹那、そのヒュロルフタームが装備していたコイルガンが兵隊に向
かって撃ち放たれた。
﹁くそっ!! このままじゃこっちもやられる!!﹂
グラムは双眼鏡でその姿をはっきりと見て、言った。
27
﹁でも、あの感じじゃあ、向こうは基地を知ってるぽいね﹂
﹁だから逃げるんだろ?! 急がねーと消し炭になるぞ!!﹂
グラムが叫んだそのとき。
ポン! と赤い煙が空に放たれた。
﹁⋮⋮発煙筒?﹂
﹁ノータがやったのかもな﹂
﹁?﹂
﹁グラム。兵隊にいるなら知っとけよ。ヒュロルフタームのノータ
はこういう時のための緊急用マニュアルがあるんだ﹂
﹁ノータはヒュロルフタームの技術を隅々まで知っているからか﹂
﹁そう﹂サリドは頷いて、﹁だからヒュロルフタームには自爆装置
があるし、ノータに関してはどんな事をされようとも機密は話して
はいけないんだ。ノータには戦争の捕縛兵条約が効かないからね﹂
﹁おいおい、それって⋮⋮﹂
グラムが言葉を濁した。
28
﹁⋮⋮そういうことだよ﹂サリドは肩にかけた機関銃のヒモを改め
てかけなおし、言った。
﹁だからこれから姫様の救出作戦を行うんだけど君も来ないかい?﹂
﹁救出⋮⋮ったってどうするんだ? 間違えたら俺らも捕まって捕
虜だけじゃすまねーぞ﹂
﹁それは解ってるよ。だからこれを使うのさ﹂
サリドの手に握られていたのは信管のささった何個かの手榴弾。
﹁確かにこりゃあダイナマイトを何倍にも凝縮したやつだから普通
の戦車とかならそれなりのダメージが与えられる。けどな、敵はヒ
ュロルフタームだぜ? 主砲のひとつにも傷がつかないと思うけど
な﹂
﹁いいんだよ。それで﹂
グラムの問いに、サリドは笑って答えた。
29
6
サリドたちは軍用のリュックにありったけの手榴弾とレーションを
いくつか入れて、戦場にむかった。
﹁⋮⋮死ぬ準備は大丈夫か?﹂
﹁ああ。死なないように頑張るさ﹂
﹁じゃあ、どこに行く?﹂
﹁とりあえず煙が出た場所。ヒュロルフタームもそっちに向かって
るだろうし﹂
﹁そうだな﹂
サリドとグラムは同時に言った。
発煙筒が焚かれた場所。
それは森の奥深く。
ノータが入っていた緊急脱出装置が落ちてきたせいで、木はところ
どころで倒れていた。
そこに彼女︱︱ノータはいた。
30
彼女は小さい頃から才能があった。
彼女は小さい頃から将来が約束されていた。
ヒュロルフタームのパイロット、ノータに選ばれる。それは人類か
ら選ばれし﹃新たなる人間﹄と呼ばれるべき、こと。
大体は作った時に金銭を寄付したスポンサーの子供がなったりする
ことだ。
しかし彼女はその高い才能故にコネなどもなく、一般人からここま
でやってきた。
それが、彼女にとってどれほどの自慢か。
それが、今の彼女自身を作った、と言ってもさほどおかしくはない。
要は、それほどのことなのだ。
﹁行かなきゃ⋮⋮﹂
彼女は歩き出した。
それはこの戦争のためじゃない。
自分のために。
﹁﹃戦闘敗北の際のマニュアル﹄は果たした⋮⋮。あとは逃げるだ
けよ⋮⋮﹂
31
彼女は歩く。その度に右足が疼く。どうやら怪我をしてしまったよ
うだ。
﹁くっ⋮⋮﹂
彼女はその度に足を引きちぎられたような感覚に襲われる。
﹁耐えろよ⋮⋮。私の足⋮⋮﹂
彼女が息を荒げてつぶやいた、
そのときだった。
銃声が、森に響いた。
﹁まさか、もう敵軍が⋮⋮!!﹂
ターン!!
と、まるで逃げる獲物を追い詰めるよう
しかし、銃声は一発では留まらなかった。
ターン!!
な、そんな撃ち方だった。
﹁だれだかわからないけど。感謝するわ﹂
彼女はその銃声のした方に敬礼をし、また右足を引き摺りながら歩
き出した。
時は少し遡る。
32
サリドとグラムは雪原をただひたすらと歩いていた。
﹁おい⋮⋮!! このままじゃ雪に体力を消耗されるだけだぞ!!
なんか方法はないのか?!﹂
﹁え? あるよ﹂
サリドが足をあげ、そこを指差す。
よく見るとサリドの靴の裏に何かついている。
﹁⋮⋮使い古しの畳⋮⋮?﹂
﹁そ。あの和風マニアの上官は陽射しで畳が焼けるのがいやだから
月に一回ペースで畳替えするんだよね。それで使われなくなった畳
を靴につけて接地面を広げて、足が雪に沈むのを防いだ、ってわけ﹂
サリドは、そう言ってまた歩き出す。
﹁てかそういうのあるなら先に言えよ⋮⋮﹂
﹁うん? 君の鞄に入ってる筈だよ。それに一回言ったはずだし﹂
﹁⋮⋮そうだったか?﹂
﹁物覚え悪いなあ。グラムは。姫様を助けに行く、って言ったとき
にそう言ったじゃないか﹂
﹁ま、いいや。とりあえず俺も装着するから待ってろ﹂
33
言って、グラムはリュックを開けた。
﹁よし。これでバッチリだ﹂
グラムはまだ堅い新しい靴を履いているかのように、爪先を地面で
叩く。
﹁⋮⋮やっぱ、寒い﹂
﹁時間的には正午⋮⋮一番陽射しが当たってる時間なんだけどね?
やっぱ冬だからかなあ。陽射しも心もとない気がするね﹂
サリドは、涼しげな顔で、実際は涼しさを通り越して寒いのだが、
言った。
﹁これでほんとに7月かよ⋮⋮。環境破壊にも限度があるだろ﹂
﹁たしか、グラディアは環境開発技術で有名なんだっけ? だから
このあたりは実験地帯で気候が変化しやすいらしいけど﹂
﹁変化しすぎじゃ、ボケ!! どうしてサリドはそこまで冷静でい
られんだよ?!﹂
サリドは手に持っていた携帯端末をグラムに見せて、
﹁事前資料とかちゃんと見ときなよ。そういうのが勝利の糸口にな
ったりするんだし﹂
34
﹁⋮⋮そうだな﹂
グラムはその直後、サリドにぶつかった。
﹁どうした?﹂
﹁あれ、見てみろよ﹂
サリドに従い、グラムはその方を見た。
そこにいたのは、兵士。グラムたちと同じ迷彩服に身を包み、手に
はアサルトライフル。
﹁⋮⋮何人いる?﹂
﹁解らない。隠れている、という可能性も考慮しなきゃいけないし
⋮⋮。もしそれがないとするなら3人かな﹂
﹁⋮⋮姫様は捕まったのか?﹂
サリドは悴んだ手を自らの息で暖めながら、﹁さあ、どうだろ? でもあの感じからするに奴らも緊急装置の落下ポイントはわかって
たみたいだね﹂
﹁向こうはアサルトライフル三挺。に対してこっちは機関銃、しか
も旧型の1715年製が二挺に手榴弾とプラスチック爆弾が幾つか、
か⋮⋮﹂
﹁どうする?﹂グラムの問いにサリドは笑いながら、﹁行くっきゃ
ないでしょ。俺らの目的は姫様を救うことだ﹂
35
刹那、彼らは敵陣に飛び込んだ。
36
7
そのころ、和風マニアの暴力上官ことリーフガット・エンパイアー
はブリザードの中を、生き残った兵士たちとともに歩いていた。
﹁弱まるどころかますます酷くなるばかりね⋮⋮﹂
リーフガットは、つぶやくように言った。
﹁あの問題児たちも行方を眩ますし⋮⋮、問題は山積みね⋮⋮﹂
そんなとき、彼女の無線機に通信が入った。
相手はその“問題児”。サリド=マイクロツェフからだった。
﹁サリド=マイクロツェフ。そこで何をしているの? というか今
はどこ?﹂
あくまでも怒りは消し去り、冷静に質問するリーフガット。
それに対してサリドは、
と会話の合間や会話中に聞こえてくる。おそら
﹁俺らは今クラーク雪原の森に来てます! そこであった敵兵と銃
撃戦中です!﹂
タタタタタン!!
くそれが敵の銃声と味方︱︱即ちサリドたちの銃声なのだろう。
37
﹁サリド。作戦は失敗したのだ。ヒュロルフタームも壊され、グラ
ディア軍に立ち向かえるものはない。急いで戻ってこい。本国に戻
れば﹃クーチェ﹄の予備がある。それを用いてまた進撃すればいい﹂
﹁でもその間に敵も回復しますよね? そしてまたやられた堂々巡
りじゃないんですか?﹂
上官の事実上の“退却命令”にサリドは返した。
﹁⋮⋮堂々巡り。たしかにそうかもしれない﹂
一息。
﹁ならばお前らにヒュロルフタームが倒せる術があるとでも? お
前らもヒュロルフタームの凄さは解っているだろう?﹂
﹁解っています﹂サリドははっきりとした口調で、﹁解っています。
解っているからこそ戦いに行くんです。それに⋮⋮﹂
﹁それに?﹂
リーフガットの言葉にサリドははっきりと答えた。
﹁勝機なら、あります﹂
38
8
サリドはリーフガットとの通信を切り、指でオッケーのサインを作
る。
それを見てグラムは、﹁おいおいおいおい。まじであの暴力上官、
そんなの許可したのか?!﹂
﹁うん。許可、というか反論出来ないようにしといた﹂
﹁なんなんだお前、詐欺師の方が向いてるんじゃねえか?﹂
﹁ま、そうかもね﹂
⋮⋮サリドたちの周りには何もなかった。
最初から、何もなかった。
﹁つーか、さすがの暴力上官も戦闘中に通信することはない、って
思うんじゃねーのか?﹂
﹁そこは一種の賭け、ってやつだよ﹂
サリドとグラムは話ながら森の中を進む。
﹁にしてもどうすっかなー。ヒュロルフタームの攻略法﹂
39
﹁なっ?! まだ決めてなかったのか!!﹂
﹁いや、決まってるんだけど、それじゃあなんか決定打に欠ける気
がするんだよねえ⋮⋮﹂
﹁どうするんだよ? 俺に話してみろ﹂
グラムが言うと、サリドはグラムの耳元で囁いた。
﹁⋮⋮ってやつなんだけど、どうかな﹂
﹁悪くはないけどそこまで誘き寄せるのが難しいな。失敗したらと
んでもねーことになるけど﹂
﹁まあ、失敗したら仲良くあの世行きさ。とりあえず敵のヒュロル
フタームを探そう﹂
﹁お前とあの世行きとか死んでもやだけどな﹂
サリドとグラムはそう話ながらさらに森の奥へ進んだ。
ズシィィン、と地面を揺らすような音がサリドの耳に届いたのは、
そのときだった。
﹁どうやらお出ましのようだな﹂
﹁ああ。じゃあ、グラム。お前が囮な﹂
﹁は?! そこはサリド、お前じゃないのかよ!!﹂
40
﹁だって、この作戦の発案者は俺だ。俺にできる時間で考えてある。
ということはお前が囮になるほかないだろ?﹂
﹁⋮⋮﹂グラムは舌打ちして、﹁解ったよ。じゃあ俺は相手のヒュ
ロルフタームをあの場所に連れていきゃあいいんだな?﹂
﹁ああ。よろしく頼むよ﹂
そう言って、二人は別れた。
︱︱成功したら前代未聞となるであろう、﹃人間がヒュロルフター
ムを倒す﹄作戦のため。
41
9
サリドはグラムと別れ、雪山を登っていた。
雪道を歩く、というのはとても体力を消費する。
﹁⋮⋮疲れる⋮⋮﹂たかが研修でやってきた学生には容易ではない
ことだ。
﹁でも、やらなきゃやられる⋮⋮!!﹂
サリドは歯を食いしばって進む。
﹁グラムはうまくやってんのかなあ。あっちで失敗したとか言った
らキレるぞ﹂
そのころ、グラムはどこかで手にいれたオフロードカーを運転して
いた。
彼は16歳︱︱さしあたって運転免許をとることが出来ない年齢の
わけだが。
近年、軍隊全体の若年化が進み、軍用免許に限っては16歳から取
得できることが許されている。
﹁といってもこんな最新型運転したことねぇ⋮⋮!!﹂
ガクン、と車体が上下に揺れる。おおよそ崖か砂利道に突入したの
42
だろう。
後ろから追ってくるのは、最新鋭の人型戦闘兵器・ヒュロルフター
ム。
︱︱では、なかった。
﹁なんだよ、あれ!! 初耳だぞ!! 社会主義の国にも戦闘兵器
がいるだなんて!!﹂
﹁グラム・リオールからサリド・マイクロツェフへ!﹂
グラムは即座に無線機をとり、周波数を合わせ、叫んだ。
﹃なんだ。グラムか? 今逃げ回ってる最中じゃ⋮⋮﹄
ゴーレム
﹁いいからよく聞け!! 俺らが戦っていたのはヒュロルフターム
じゃない!! それにうまく似せた人形だ!﹂
﹃⋮⋮なんだと?!﹄
さすがのサリドもその事実には驚いたようだ。
﹁嘘じゃねぇ!! あれはダミーだ!! よく考えれば社会主義国
を名乗るグラディアに資本主義国の象徴であるヒュロルフタームが
あるわけないんだ!﹂
しばらく、サリドからの返事はなかった。考えているのか、驚いて
何も話せないのか。
43
それに関係なくグラムは続ける。
﹁いいか。ひとまずあの戦闘兵器にヒュロルフタームほどの装甲が
あるとは思えねぇ!! ここにある武器でなんとかやってみながら、
あの場所に誘き寄せる!! さっきのは最悪な意味、ということで
いいな!﹂
﹃わかった。死ぬなよ。グラム﹄
﹁お前もな。サリド﹂
そう言って二人は通信を切った。
サリドは通信が切れてからまた雪原を歩き出した。
といっても今は切り立った崖を登っている。
﹁なんでったって⋮⋮、登山道がないんだよ⋮⋮﹂
サリドはぽつり呟く。よく考えれば当たり前のことだがこの周辺は
環境開発技術の実験地帯である。
よって逐次変化する環境により植物は破壊され、残るのは荒地と一
部に眠る悪環境に強い植物のみ。
﹁まあ、当たり前か⋮⋮﹂
サリドはそう言いながら崖を登りきった。
44
そこは、山の、というよりは小高い丘の、頂上。ここから見える風
景はすべてが白い。
彼は目でグラムを追う。
やはり、簡単に見つかった。
﹁あれだな⋮⋮。最新型のオフロードじゃん。よくあんなの戦場に
落ちてたな﹂
サリドは双眼鏡を取り出し、そのオフロードが走る方角を見た。
﹁あれが⋮⋮﹃敵のヒュロルフターム﹄か。⋮⋮グラムの言う通り
あれは違う⋮⋮﹂
サリドは踵を返し、﹁さて、俺もあれが定位置にくる前に準備しな
きゃな﹂
笑って、言った。
通信が切れてから、グラム。
﹁なんだよなんだよ! この車軍用じゃないのかよ!!﹂
グラムは運転していて横目で車内の装備を見て、愕然とした。
軍用のオフロードカーで迷彩柄であったのに中にあったのはカメラ、
マイク、フィルム⋮⋮⋮⋮
45
﹁⋮⋮これ、報道機関の車か。ややこしい装備しやがって﹂
グラムは唾を吐くように言った。
しかし、そんなことはもう関係ない。今更この車を捨てて逃げるだ
なんて無意味かつ無謀だ。
﹁とりあえずあるのは護身用のライフルと、手榴弾⋮⋮、しかも﹃
レイリー・コーポレーション﹄製じゃないのかよ⋮⋮。どんだけ弱
小なんだ、このパパラッチは﹂
レイリー・コーポレーション。
世界一の軍事企業で﹃資本主義国﹄の軍はすべてその会社の武器を
用いている。
﹁⋮⋮まさか、社会主義国のパパラッチか? 資本主義国のパパラ
ッチはみんなレイリー御用達の筈だしな。ああ、めんどくさい﹂
グラムはおもちゃに飽きた子供のような表情で、言った。
﹁とりあえず⋮⋮、反抗しときますかね﹂
と耳をハンマーで叩かれたような衝撃がグラ
そう言ってグラムは手榴弾の信管を抜き、後ろから追ってくるゴー
レムに投げつけた。
ドゴォォォォン!!
ムを襲う。
46
﹁⋮⋮やっぱゼロ距離からの手榴弾は自殺行為だな!﹂
爆発の衝撃でグラムの両耳が耳鳴りを起こしている。
﹁⋮⋮うぐっ⋮⋮!!﹂
不意に、車のバランスが取れなくなる。
人間は耳にある三半規管という半円状の三つの管でからだの平衡を
とっている。
それが衝撃を負い、一時的に使えなくなったとしたら?
﹁うおおおおおお!!﹂
グラムは叫びながらがむしゃらにハンドルを握り、左やら右やらに
回す。
⋮⋮バランスを取り戻す作戦は見事に失敗し、グラムの運転した車
は樹に激突した。
﹁⋮⋮畜生⋮⋮。まさかこんなところで⋮⋮﹂
グラムは激突し、見るも無惨な姿と化した﹃報道機関﹄の車から抜
けでた。
﹁⋮⋮こうなりゃ、足で逃げるしかねぇな﹂
言って、グラムは自身の装備していたアサルトライフルを構える。
47
﹁避けろ!! グラム!! 飲み込まれるぞ!!﹂
そのとき、サリドの声が雪原に響いた。
その声を聞いてグラムは咄嗟に走る。
ゴーレムもグラムを追おうとしたが︱︱
刹那、ゴーレムを覆うように、雪崩がやってきた。
ゴゴゴゴゴ!! とまるで戦車のキャタピラーの音のような轟音で、
雪が、その雪によって倒れた樹が、ゴーレムとグラムがいる谷に流
れ込む。
﹁うおおおおおお!!﹂
叫びながら、グラムは雪崩に飲み込まれないように走る。
ゴーレムはピギャギギゴゴガガ!! とまるで何かの鳴き声を最初
は発していたのだが、暫くして、雪に埋もれたのか、その声は聞こ
えなくなった。
雪崩が収まり。
﹁助かった⋮⋮。あれがなくちゃ今頃あのデカブツの餌食だったぜ﹂
48
グラムは腰に提げていたウエストポーチから袋を取り出し、そこか
ら“唾液で喉を潤すための乾いたもの”を取り出し、一粒口に入れ
た。
﹁まあ、成功した方かな? にしてもほんとにヒュロルフタームじ
ゃないなんてね﹂
サリドは雪崩の残骸からなにかを取り出す。
﹁なにそれ?﹂
﹁ゴーレムとやら、見た感じ﹃生物﹄っぽいんだよね。とりあえず
採集しとく﹂
﹁大丈夫かよ。もしまた起きたりしたら﹂
﹁大丈夫、大丈夫。⋮⋮さて、これで一つ目の目標は達成だね﹂
サリドの言葉にグラムはうなずく。
そして、サリドは言った。
﹁姫様を、救いに行くよ。何も武器を持たない弱腰ナイトの二人で
ね﹂
49
10
彼女は閉じ込められていた。
強度は世界最強とまでいわれる青い服は、ところどころが破れてい
て、そのところどころから血が滲み出ていた。
彼女は、資本主義国の列強﹃資本四国﹄の中にあるレイザリー王国
の人間だ。
︱︱その国で、最強と呼ばれた存在。
︱︱国を、まもる存在。
彼女は、ヒュロルフタームのパイロット、ノータだった。
そのころサリドとグラム。
﹁畜生。ここで姫様の生体反応が切れてる。ここで捕まっちまった
のか?﹂
﹁そうかも。だって見てみろよ﹂
サリドが指差した方向には、なにもなかった。
﹁⋮⋮なにもねーぞ?﹂
﹁ちゃんと見なよ。雪にあんなに変な感じに埋もれてるとかおかし
50
いだろーよ﹂
﹁⋮⋮だな﹂
グラムは納得した。
戦争はヒュロルフタームどうしの戦いである。
故に狙われるのはヒュロルフタームと、その操縦士、そしてそれを
整備する機材や替えのパーツなど、だ。
だから、機材は隠す必要がある。
﹁だからってあんなあからさまに隠すとはな⋮⋮。よくバレなかっ
たな⋮⋮﹂
サリドは笑いながら、﹁今まで機材に直接攻撃がこないからじゃな
い? この国がヒュロルフターム一機しか持ってなくてよかったよ﹂
﹁しかも紛い物だけどな﹂
サリドの言葉にグラムは続けた。
サリドとグラムはその不自然に盛り上がった雪を払った。
すると、
﹁やっぱりな。俺の言った通りだ﹂
その下には銀色の金属が見えた。
51
﹁しかしだな、サリド﹂
﹁なんだ? グラム﹂
﹁今敵の本拠地を発見した。これはいいことだが﹂グラムは顔をし
かめ、﹁実際入口はどこにある? まさかこのだだっ広い空間のど
こかに埋もれてるとするなら探すには骨が折れるぜ﹂
﹁簡単じゃん。そんなの﹂サリドの答えは意外にもあっさりしたも
のだった。
﹁別にだだっ広い雪の中を虱潰しに探さなくていいんだよ。どう考
えたって入口は雪に一番近いところかつなにか物体、しかも自然の、
があるところだよ﹂
﹁⋮⋮なんでそうだって言えるんだよ﹂
﹁グラム。考えてみろよ。今や電気通信がすべて手玉にとれる戦場
で無線なんか使ってみろ? 虚偽の事実を流されて自軍が混乱させ
られちまう﹂
﹁つまり⋮⋮、どういうことだよ?﹂
﹁お前はほんとに閃きが鈍いな。それでも兵隊か?﹂
﹁⋮⋮所詮俺は﹃貴族﹄で父親が政治家の七光りですよーだ﹂
52
﹁ヴァリヤー上院議員だっけか。ヒュロルフタームプロジェクトを
推進する一人だったな﹂
﹁ああ、そうだよ。﹃クリーンな戦争﹄を心がけていたらしいが、
最近は結果主義で結果を得られない兵は即辞めさせられる。嫌って
るやつも相当いるんだろうな﹂
﹁ヒュロルフタームが中心となった戦争でどう活躍すりゃいいんだ
ろうな﹂サリドは手元にあるアサルトライフルを眺めながら、﹁本
題に戻すか。つまりさっきの理由から無線は無理だ。即ち有線にす
る必要がある﹂
﹁しかしそれじゃあ断線とかさせられて閉じ込められるんじゃ? それにチャンネルを逐次変えるサイン無線波なら大丈夫だと思うん
だが﹂
﹁サイン無線波はコストがかかるし資本主義国内にしか流通してな
い技術だからそれは有り得ないよ﹂
サリドはアサルトライフルを構え、言った。
﹁つまり、このあたりの雑木林にスイッチがあって、そこから入れ
る。⋮⋮﹃建物は下から入る﹄という常識を覆してはいるよね﹂
﹁おまえそんなこと言ったら地下室は常識の範囲外なのかよ?﹂
グラムはサリドの言葉に苦言を呈する。
﹁⋮⋮そんなことより、さっさと行こう。﹃地下帝国への入口﹄を
探しに﹂
53
間違えた恥ずかしさを無くすためか、一瞬物事について深く考え、
そして言った。
54
11
﹃地下帝国への入口﹄というのは意外にも簡単に発見された。
雑木林の中に一本だけ、違う樹が生えていたからだ。
﹁⋮⋮バレバレにもほどがある。罠か、それともただのバカか﹂
﹁罠でもバカでも入るしかないよ﹂
サリドはそう言い、スイッチを押す。
刹那。
ゴゴゴゴ!! と地面が低く唸りを上げる。
そしてそこからなにかが競り上がってくる。
その形は、いわば円柱。
﹁おいおい、マジかよ⋮⋮﹂
グラムが驚きながらも、呟く。
﹁ほんとうだよ﹂サリドは競り上がる円柱を見上げながら、﹁きっ
とこれが入口だ﹂
55
そのころ、どこかの牢屋。
ところどころが切り裂かれボロボロになった軍服を着た少女は、声
も出さず泣いていた。
心が、折れかけていた。
プライドが砕かれかけていた。
彼女の、﹃ヒュロルフターム﹄のパイロット、ノータとしての。
平民からここまで登り詰めた、という彼女のプライドや覇気はもは
や消えかけていた。
風前の灯火。
彼女の状態は、そんな感じだった。
﹁あれ? ここ、どこだろう?﹂
彼女の聞いた声は一瞬、幻のようにも感じられた。
しかし、それはすぐに覆された。
﹁サリド、てめえ、迷いやがったな! 畜生⋮⋮。ここはいったい
56
どこだ?﹂
﹁見た目から牢屋とか、そんな感じかな? 少なくとも有益なもの
はなさそうだね。はやく姫様を探しに行こうよ。グラム﹂
名前の知らない、二人組。
この声は聞いたことがある。彼女は確信した。
作戦前に出会った兵士。
なぜ彼らはここにきたのか?
そのとき、サリドと呼ばれた少年から言われた目的。
﹃姫様を探しに行こう﹄
彼女自身が軍内で姫、と呼ばれているのは彼女自身もわかっていた。
ノータに特別な意味を持たせる、兵士に兵士とノータの違いを見せ
る、ための“あだ名という名の敬称”。
ぎほう
他のノータは﹃蟻蜂の騎士﹄とか﹃火薬娘﹄とか﹃闇の袂﹄とか、
なんだかかっこいい名前をつけられているのに。
国の定めか、単純な﹃姫﹄だけ。
姫、と言っても国を指揮したり、王様の隣に座ったり、豪勢な城に
いるわけでもない。
57
彼女は指揮される立場で、座るべき場所はヒュロルフタームのコッ
クピットで、彼女にとっての城がヒュロルフターム・クーチェなの
だ。
﹁おい! もしかして⋮⋮﹂
兵士の声が、姫様の前で響いた。
﹁えっ﹂姫様は声をだした。
つもりだったが聞こえなかったのか、兵士は耳をたてる。
﹁グラム、どうしたんだ?﹂
﹁サリド、姫様が見つかった﹂
﹁えっ﹂
どうやら先ほどの兵士たちだったのか、と姫様は安堵する。
﹁立てるか?﹂
﹁グラム、それより足枷手枷を外そう﹂
﹁おっと、そうだな。針金とかあるか?﹂
﹁あったら簡単なんだけどね。生憎そんなのはないよ﹂
58
﹁くっ、こうなったら⋮⋮。姫様、動くなよ﹂
グラムはホルダーから小型の銃を取り出し、それを彼女の両腕と両
足につけられている枷に向かって撃った。
サイレンサーをつけていたのか、音がその牢屋に響くことはなかっ
た。
総ての枷が破壊され、自由の身となった彼女。まずは手足をちゃん
と動くか確認するように動かした。
気づいたら彼女は泣いていた。
なぜだかは解らない。
ただ、無意識に、彼女は涙を流していた。
﹁お、おい? 大丈夫⋮⋮か?﹂
グラム、と呼ばれたサングラスをかけてラッキーストライクを吸っ
ているのが似合いそうな青年は尋ねた。
﹁どうして、ここまで来てくれたの?﹂
﹁?﹂
﹁何を言ってるんだ?﹂
今度はサリドと呼ばれた年相応に見えない幼い顔の青年が答える。
59
彼はアサルトライフルのAK47を肩にかけ、﹁困ってる人間を救
っちゃ悪いのか?﹂
﹁⋮⋮いや、別に﹂
姫様はサリドの予想外の発言に何も返すことができなかった。
﹁じゃあ、脱出するぞ⋮⋮、って姫様怪我してるじゃないか。こん
なところだと破傷風にかかっちまう。とりあえずここを脱出しよう﹂
グラムは姫様の怪我をした右足を見て、言った。
60
12
ここは、救護室。
今は姫様の怪我を治療しに危険を省みずここまでやってきた。
﹁これで大丈夫かな﹂
サリドは包帯の巻かれた姫様の右足を見て、言った。
﹁⋮⋮ありがとう﹂
﹁いいってことよ。とりあえずさっさと脱出しようぜ。援軍が襲っ
てくるかもしれねえ﹂
﹁グラムの言う通りだ。でもヒュロルフタームはさっきも言ったけ
どひとつしかない。それも紛い物のね﹂
﹁⋮⋮あれが偽物なの? わたしが戦った感じからしてあれは﹃第
2世代﹄のヒュロルフターム並みに強かったけど?﹂
姫様は続ける。
﹁それにあれが偽物とは有り得ない。ヒュロルフタームはヒュロル
フタームでしか倒せない。その原則をやぶることになる。それを﹃
社会主義国﹄が出来るとは思わないけど?﹂
﹁それはそうなんだよな⋮⋮﹂
61
サリドは姫様の言葉に答える。
﹁そこが問題なんだよな﹂
サリドは続ける。
﹁まあ、ひとまずこれも手にいれたし。十分頑張ったんじゃないか
ね﹂
そう言ってサリドは透明のカプセルを取り出す。
﹁ああ。さっきの戦闘兵器の肉片ね﹂
グラムは素っ気なく答える。
﹁肉片?﹂
しかし、それに姫様が食いついた。
﹁ちょっと待って。なぜそれを先に言わないの? それじゃあヒュ
ロルフタームの類いなわけないじゃない﹂
﹁黙ってたわけじゃない﹂
﹁⋮⋮とりあえず、本国に帰ろう。もう俺は疲れたよ﹂
グラムのその言葉を聴いて、サリドたちはこっそりと救護室から外
に出た。
62
63
13
ここは資本主義国の列強、﹃資本四国﹄のうちのひとつ、レイザリ
ー王国。
この国は“王”国であるものの、実質的な支配は4人の実力者によ
って形成される﹃四天王﹄と呼ばれる組織が行っていた。
飾りだけの王、とはなんとも心細いものだろうか。
家具や柱や壁の至るところに漆や金や銀が貼ってあった。
しかし唯一天井の着いたベッドに犬のぬいぐるみを抱き抱えている
少女が、何故かそれに浮いて見えた。
彼女はこの部屋の持ち主なのに。
彼女はこの国を支配していたのに。
彼女はこの国の“王”と呼ばれる存在であった。
時折、苦しそうな表情を見せ、頻りに下腹部からそのなだらかな胸
のあたりまでをさする。
﹁⋮⋮う⋮⋮あっ⋮⋮﹂
64
なにか吐き出しそうな感情。それは彼女はおろか誰にも止めること
はできない。
﹁王様﹂
扉の向こうから、深い低い声が聞こえたのはそのときだった。
王と呼ばれた少女はその声を聞いてすぐに表情を明るくし、けっし
てそれが悟られないようにした。
﹁入れ﹂
少女が出した声は先ほどのそれとは違い、深く低いものだった。
﹁失礼いたします﹂
そこに入ってきたのは茶がかった肌に白い顎髭を蓄えた紅い眼の人
間だった。
﹁⋮⋮ヴァリヤー・リオールか。どうした?﹂
﹁⋮⋮今回の戦争の功労を労うための祭に出ていただきたいのです
よ﹂
女王は軽く咳き込みながら、﹁わかった。いつごろに行う?﹂
ヴァリヤーは手帳を見ながら、﹁ええと、今日の17時に軍飛行機
が空港に降り立って凱旋したあとなので⋮⋮20時からですかね﹂
﹁それはまた急だな﹂
65
﹁なにしろその彼らはすぐに別の戦争に行かねばなりませんから﹂
﹁彼らも忙しいな。早くこの戦争が終ればよいのだが⋮⋮﹂
﹁ええ。その通りでございます﹂
ヴァリヤーは恭しく笑いながら答えた。
凱旋パレードを終え、宴の会場にやってきたサリドとグラム。
﹁あんたたちは知らないだろうけど、宴の最初に表彰があるからね。
勲章ものだから盛大だよ﹂
上司であるリーフガットはタブレットを弄りながら言った。
﹁へえ、それはすごいですね﹂
﹁なに余所者風を吹かせている。表彰されるのはサリドとグラム⋮
⋮あんたらだよ?﹂
会話の後。
﹁すげぇなあ。俺ら﹂
﹁え? なんで?﹂
﹁だって考えてみろよ。この戦争で勲章だぜ? しかも紛い物とは
66
いえ﹃ヒュロルフタームを人間だけで倒した﹄ってな﹂
﹁まあ少なくとも後の歴史には語られそうだね﹂
サリドとグラムは宴の会場に作られた小さなステージの裏に着いて
いた。
﹁そういえばさ。王様ってどんな人間なんだろうな? 見たことな
いや﹂
﹁この国の王を継ぐのは代々女性がなるものだから女、ということ
は言える﹂
﹁なんだいその知ってる素振りは﹂
﹁俺も一応﹃貴族﹄の端くれ。小さい頃から﹃王族と仲良くしてお
くように﹄と言われてな。王族のことは結構学んでるつもりだぜ。
たしかその名前は⋮⋮﹂
そのとき、グラムの言葉を遮るように角笛の音が響く。
﹁おっ、始まるみたいだな。急いでいくぞ﹂
﹁だな﹂
二人は小さく頷き、舞台に上がった。
舞台は四角く作られていて、そこに四つほど席があり、そこに軍服
を着た人間がそれぞれ座っていた。肩につけられた星の数が、それ
67
を物語っていた。
﹁グラム⋮⋮。おれ、こういうのは緊張するんだよね⋮⋮﹂
﹁これで緊張しないやつはいねぇよ。当たり前のことだぜ⋮⋮﹂
両者が聞こえるか聞こえないか位の声で、二人は話をする。
﹁では、これから勲章授与を行いたいと思います﹂
優しい、白髭を蓄えた軍服を着た老人は、その口から嗄れた声を出
した。
﹁グラム・リオールにサリド・マイクロツェフ。両氏はヒュロルフ
タームをなんと素手で倒したと言うのですから、驚きです﹂
次の発言に、
ヒュロルフタームのことを学ぶため、学校に戻ろうとした学生と、
軍をやめ、平穏無事な生活を送ろうとした貴族の、
﹃幻想﹄は打ち砕かれた。
﹁是非とも、その力を、次の戦場で使っていただきたい! 両氏の
末永い健康を願い、勲章を授けたいと思います﹂
68
その発言のあと、サリドとグラムはなにをしたのか、覚えてはいな
かった。
あの言葉はきっと空耳だ。信じられない。と、思っていたのだが。
宴が終わり、リーフガットの一言。
﹁じゃあ、宴はここまで! 明朝、プログライトとの戦争に臨むの
でそのつもりで!﹂
リーフガットの発言に兵士たちは声ともつかない声を出し、叫ぶ。
﹁ちょっ、ちょっと待ってくださいよ﹂
﹁なんだ? サリド・マイクロツェフ﹂
﹁⋮⋮俺ら、もう帰りたいんですよ﹂
﹁あら? ﹃素手でヒュロルフタームを破壊した﹄あんたらを軍が
簡単に手離すとでも思った?﹂
サリドは返せない。
﹁そういうことよ。じゃあ明朝は8時出発だから、そこんとこ自分
で調整しろよ﹂
﹁⋮⋮!! もう2時廻ってるじゃないすか!! いったい何時ま
で宴会をする気で?﹂
﹁そうか。あんたらははじめて参加するのよね。じゃあ言っとくけ
69
ど“夜通し”よ。日の出まで続くわ﹂
んなあほなーっ! とサリドは思っていたが、
﹁まああんたらははじめてだし大事な人材だから早めに戻ってゆっ
くり寝ろ。一応言っておくが逃亡は銃殺刑だからな?﹂
︱︱どうやらこの二人の軍務は、まだまだ続きそうである。
70
13︵後書き︶
ひとまず第一章完結です!!
12/11追記
読みやすくなってるpixiv版刊行しました。http://w
ww.pixiv.net/novel/show.php?id
=669170
71
1
プログライト帝国。
世界一広大な国として知られ、その広さは﹃資本四国﹄とほぼ同じ
とまで言われる。
また資本主義国と社会主義国、どちらにも属さない、所謂﹃独立覇
権﹄と呼ばれるグループのひとつである。
かつてはその豊富な鉱物資源から栄華を誇っていたが、今は影が落
ちつつある。
先述のとおり、この国は資本主義国にも社会主義国にも属さない国
である。
この世界は自らの信念、﹃資本主義﹄と﹃社会主義﹄を貫かんとす
る人間によって構成されている。
そして、その信念を世界に拡げようと戦争を起こす。
かつてはこの世界にも資本主義と社会主義が共存した時代があった
という。
戦争も別の目的で起きていたという。
しかし、そんなことは今の世界を見る限りで有り得ない事実。しか
しそれは真実。
72
そんな人間たちが、どちらにも属していない国ですること。
それは、なんだろうか?
﹁ビッグ・フロート?﹂
﹁ええ。プログライト帝国軍の砦と言われている場所よ。半径1.
5kmの円に、高さ1kmの塔が立っている。そこを攻めて陥落さ
せれば私たちの勝ち﹂
﹁でも海上に浮いてるんですよね? 海水の分子を崩して沈めたり、
戦闘機で爆撃したり、水上戦に特化したヒュロルフタームを使った
りすればいいじゃないですか﹂
机を挟んで、三人。
サリドとグラムは不機嫌な表情だった。
しかしサリドは疑問に思ったので、今のことを机のむこうにいる上
司︱︱リーフガット・エンパイアーに尋ねた。
﹁そんなので壊せるなら15年も戦争を続けていないわよ﹂
﹁そりゃそうですよね﹂
﹁なにしろ、﹂
リーフガットの答えは予想を翻すものだった。
73
﹁分析できない謎の力の結界がそれを覆っているのだから﹂
﹁﹃分析できない謎の力﹄?﹂
﹁⋮⋮彼らはそれを﹃奇跡の業﹄とでも言ってるらしいがね﹂
﹁しかしレイザリーは資本主義国の中ではトップクラスを誇る技術
国。それくらいのことも簡単に﹂
﹁解らないから戦争が泥沼化しているんだ。さっさとわかれ﹂
サリドの言葉を、少しイライラしているのかリーフガットはぶつ切
りにして言った。
﹁⋮⋮で、俺らは実際にどうすりゃいいんです? まさかその﹃ビ
ッグ・フロート﹄とやらにある結界を解除しろだなんて⋮⋮﹂
﹁まさにグラム。あんたの言った通りよ﹂
サリドとグラムの目が同時に点になった。
﹁あんたらは﹃ビッグ・フロート﹄の結界を内部から破壊する、こ
と。それだけでいいわ﹂
74
2
ブリーフィング後。
﹁さらっと言ったけど15年間出来なかったことを俺らにやらせる
ってどういうことなんだよ﹂
サリドとグラムはキャンプの廊下を話ながら歩いていた。
﹁でもグラム。考えてみりゃ成功したら英雄だぜ? プログライト
は力こそないもののその﹃結界﹄のせいでいわば最強と呼ばれてる。
結界さえぶち壊せばこっちのもんだよ﹂
﹁サリド、お前はどんだけ楽観主義者なんだよ⋮⋮﹂
グラムは項垂れながら、サリドはグラムがなぜ項垂れているのかわ
からないまま、廊下を歩く。
﹁おっ、姫様﹂
サリドの声に気づいた姫様はさりげなく笑顔を振り撒く。
﹁⋮⋮たしか、サリドに⋮⋮⋮⋮誰だっけ?﹂
﹁グラムです! グラム・リオール!﹂
グラムは今まで項垂れていたのが嘘みたいに大声で言った。
﹁そう。グラムだったね。覚えたよ。じゃあわたし訓練があるから﹂
75
そう言って姫様は去っていった。
﹁⋮⋮で、どうすりゃいいんだよ?﹂
談話室のような部屋で巨大な消しゴムのようなレーションを口に入
れ、グラムはサリドに尋ねた。
﹁ブリーフィングどおりで行くとなるとなんとかフロートの中に入
って結界を生み出す源を壊す、だね﹂
﹁⋮⋮生身でヒュロルフタームぶっ壊すよりマシか?﹂
﹁さあ、どうだろうね﹂
﹁そういやサリド。これって資本四国と社会連盟による戦争なんだ
ろ? どうしてレイザリー以外来ていないんだ?﹂
﹁敵も味方もそれぞれ別の戦争で忙しいんだろ。グラディアの一件
みたいに﹂
﹁⋮⋮実質一騎討ち?﹂
﹁うんにゃ、違うよ。実際は﹃チェス﹄みたいなもんさ﹂
﹁チェス?﹂
﹁うん﹂サリドは手に持っていたコーヒーを一口飲み、﹁つまり、
王︱︱ここでいえばプログライト皇帝を捕まえればいい。資本四国
が先か、社会連盟が先か、ってね﹂
76
﹁どういうことだよ。資本四国と社会連盟がぶち当たるんじゃねぇ
のか?﹂
グラムの質問に、サリドはため息をつく。
﹁だったらプログライト帝国の本拠地となる﹃ビッグ・フロート﹄
を攻め込まなくていいよね?﹂
﹁あ、ああ⋮⋮。そうだな⋮⋮﹂
グラムはようやく理解したようだ。
と、同時に甲高くサイレンの音が鳴り響く。
﹁まさかまたこの音をきくはめになるなんてね﹂
﹁サリド、その通りだ﹂
二人はそう会話を交わし、談話室をあとにした。
77
3
何もない、乾いた大地。
かつてあったであろう都市群の瓦礫が目につく。
﹁ひでぇな。これがすべて戦争の結果か﹂
﹁﹃戦争はなにも生み出さない﹄とか言ったのはどこの学者だった
っけか﹂サリドはグラムに尋ねた。
﹁さあ。どうだろうね。もしそいつがそこにいたら、その通り人間
は馬鹿です、とでも言ってやろうか﹂
グラムは端末に手をとり、言った。
﹁サリド、なにやってんだ。おまえ?﹂
﹁地形調査﹂サリドは端的に述べ、﹁人為的に作られた空洞を探し
てるんだけども。見当たらないね﹂
﹁サリド⋮⋮? これなんだ?﹂
気づくとグラムはサリドの持つ携帯端末の画面をじっと見ていた。
﹁ん⋮⋮?﹂サリドはグラムが言っていることに気づき、﹁あぁ。
これはエネルギー反応を示すやつだよ。だから地上に青白い二つの
塊があるだろう? それは僕らさ﹂
78
グラムは頭を掻いて、ひとこと﹁よくわからん﹂と不貞腐れたよう
に呟いた。しかし、すぐになにか思い出したのか、
﹁⋮⋮じゃなくて、深度7m付近のエネルギー反応について俺は言
いたいんだ﹂
﹁え?﹂
サリドはそれを聞いてもう一度携帯端末とにらめっこする。
するとグラムの言う通り、その場所には高エネルギー反応を示す緑
の膜がみられた。
﹁⋮⋮なるほどね。妨害電波を送っているのか、はたまたフロート
の熱を逃がす管か⋮⋮。行ってみる価値はあるね﹂
サリドがそう考察した。
﹁おいおいサリド待てって! その確証はあるのか? 仮に後者だ
ったら俺ら焼け死ぬぞ⋮⋮﹂
﹁それでも、行ってみる価値はある﹂
﹁⋮⋮分ぁーったよ。行きゃいいんだろ?﹂
﹁君がそういう性格で助かる﹂
﹁好きでこんな性格じゃないんだがね﹂
79
グラムはため息のように声を吐き出した。
80
4
先ほどの観測地点から南に800mばかし進んだところに二人はい
た。
﹁⋮⋮どうしてここに来たんだ?﹂
﹁入口か、もしくは通気孔があると踏んで﹂
﹁通気孔⋮⋮か﹂
グラムは遠い眼で空を見つめて言った。
﹁そんな暗い顔するなよ、グラム。どうせ簡単に見つかるからさ﹂
﹁こんな状況でも笑っていられるお前の方がおかしい。おまえオニ
の子なんじゃねぇの?﹂
﹁よく“オニ”とか言えるね。それは大神道会の信義じゃないの?﹂
サリドは笑って、答えた。
この世界はたしかに﹃資本主義国﹄と﹃社会主義国﹄の二強が争っ
て切磋琢磨している世界だ。
しかしながら、その二強が支配出来ていないわずかな﹃中立地帯﹄
ができていたりする。ここ、プログライト帝国も、そのひとつ。
プログライト帝国はもともとあった世界で、世界一人口の多い国だ
81
った。人の種類も世界一だった。
争いも絶えず、人が人を殺し、人の血で喉を潤す。いわゆる残虐な、
世界がそこにはあった。
しかしそれも核戦争によって大半が滅び、残った人類は団結し、今
の世界を作り上げた。
﹁でも、争いは絶えなかった。絶えるわけねぇよな。もともと戦闘
本能や他人と優劣をつけたがることなんて人間の遺伝子に昔から染
み付いてることだしな﹂
﹁そうして強い、と弱い、が生まれた。弱い人間はカミという偶像
にすがるようになった⋮⋮。まあ、それが結果として神殿協会や大
神道会といった二大宗教が生まれたんだけどね﹂
﹁⋮⋮サリド。話をぶったぎるようで悪いが見つかったのか? 入
口は﹂
グラムが尋ねると、
﹁ああ。見つかったよ﹂とサリドは笑って答えた。
82
5
そこにあったのは小さなマンホールだった。
そして扉を開けると、そこには人一人がやっと入れる縦穴があった。
﹁もうちょいマシに隠せよなー。まあ、あいつらもまさかこんなと
ころから潜入するなんて誰も思ってないだろうな﹂
サリドはそう言って、梯子を降りようとして︱︱しかしそれをやめ、
訝しげに中を見つめた。
﹁⋮⋮どうした?﹂
グラムはサリドの行動に疑問を抱き、尋ねた。
﹁⋮⋮いや、なんでもない﹂
そう言って、サリドは縦穴を降り始めた。
縦穴はそれほど深くなく、五分と降りる内に通気孔らしき空間にた
どり着いた。
﹁⋮⋮ひでぇ匂いだ。鼻が曲がるくらいだぜ﹂
グラムが鼻を触りながら、言った。
83
サリドは端末からアンテナのようなものを突き出し、﹁そうだね。
でも食べ物か何かが腐った匂いだから、有毒なガスとかではないと
思うな﹂
﹁なぜそんなことが言える?﹂
﹁グラム。そろそろ自分のもつ携帯端末の機能くらい覚えておこう
ぜ。この端末にはそういうのを測るセンサーがあるんだよ﹂
﹁へえ、初めて知ったな﹂
グラムは携帯端末を適当に弄りながら、言った。
﹁んじゃ、向かいますか﹂
サリドはそう言って歩き始めた。
そのころ、ベースキャンプにいたリーフガット・エンパイアーはノ
ートパソコンを開いて何かを見ていた。
﹁⋮⋮遅いわね⋮⋮。そろそろきてもおかしくないのに⋮⋮﹂
彼女はとある資料を見ていた。
それは、これから来るはずであろうヒュロルフタームパイロット、
ノータの資料。
ぎほう
﹁﹃蟻蜂の騎士﹄⋮⋮か。しかも﹃第2世代﹄のヒュロルフターム、
84
ユローに乗っている⋮⋮﹂
彼女はため息をついて一言。
﹁せめて設計図的なのをつかめれば今後の直接戦争に役立つのだけ
どね﹂
そのときコンコン、と言葉を遮るようにドアがノックされた。
﹁どうぞ﹂
リーフガットが入室を許可すると、扉は開いた。
その入ってくる姿を見て、リーフガットは驚いて何も言えなかった。
﹁すみませんね。我が国は﹃資本四国﹄の中でも情報統制が厳しく
てですね。このような不意打ちのようなことをしてすいません﹂
そこにいたのは︱︱10歳くらいの女の子。
緑色のぴちぴちの防護服が彼女の体型を強調している。
﹁⋮⋮ライバック共和国第五ヒュロルフタームパイロット・ノータ、
アリア・カーネギーですね﹂
リーフガットは、静かに書類を見ながら言った。
﹁ええ。間違いありませんよ?﹂
85
﹁女性⋮⋮よね﹂
リーフガットは小さく呟いたつもりだったのだが、アリアはそれに
反応し、﹁女性ですが、何か? 私はあなた様みたいにそんな大き
い“脂肪のかたまり”をつけてはおりませぬ故。だいたいそんなの
あったら肩が凝りますし、コックピットが狭苦しく感じますわ﹂
鼻をヒクヒクと震わせながら、言った。
﹁しかし⋮⋮﹃蟻蜂の騎士﹄が来るなんて。敵はそんなに強いのか
しら?﹂
リーフガットは机上の紙の書類を整理整頓し終えて、立ち上がった。
﹁⋮⋮強い? そんな簡単に言い表せるほどの敵じゃないわ﹂
﹁それは、いったい?﹂リーフガットは一瞬考え、その言葉を口に
した。
﹁⋮⋮メタモルフォーズ﹂
アリアは唇をほとんど動かさず、ただそれだけを言った。
続けて、﹁神話上に出てきた、と言われる﹃神の使い手﹄。人によ
っては﹃神獣﹄とも言うかもしれないけど、それを知るのは軍でも
一握りの存在﹂
﹁その、メタモルフォーズが、敵?﹂
86
﹁いいえ違うわ。確かにあれはメタモルフォーズの形を為してはい
るけれど、﹂
﹁けれど?﹂アリアの言葉が一旦途切れ、不審に思ったリーフガッ
トが尋ねる。
﹁けれど、あれは違う。神話によればあれの放つ咆哮は下手すれば
このプログライト帝国を一瞬で消し去る程の力を持っている。でも、
そんな素振りはない。⋮⋮ただ、それだけのこと﹂
﹁つまり﹂リーフガットが机に手をやって言う。
﹁あれは、偽物?﹂
リーフガットの質問にアリアは笑って、﹁偽物、というか劣化版の
ほうが近いかな。と言っても我々にそれを研究する術がないがね。
まず肉片からでもほしいところだ﹂
それを聞いてリーフガットは、アリアに悟られないようにではある
が、内心驚いていた。
︵つまりグラディアでサリドたちが倒したのは偽物。あの肉片を調
べれば何か解るかも、ということね︶
そんなことを考えながら。
﹁⋮⋮ところで、なぜこの情報を簡単にも教えてくれたのかしら?﹂
リーフガットは薄汚れた銀のコーヒーカップをコーヒーマシンに持
っていき、エスプレッソのボタンに手をかけて言った。
87
﹁⋮⋮我々だけ知っててもフェアじゃありませんからね。なにせ今
回はレイザリーとの共闘。精々足を引っ張らないようにお願いしま
すよ﹂
そう言ってアリアは部屋を後にした。
一人残ったリーフガットは苦虫を潰したような表情で出来上がった
エスプレッソをちびちびと飲み始めた。
88
6
そのころサリドとグラムは通気孔を潜り抜け、なにかの施設にたど
り着いた。
直方体の機械がたくさん並んでいて、それら一つ一つが赤やオレン
ジや緑、といった色が点滅したり激しく光ったりしている。
﹁ここは⋮⋮何の施設なんだ?﹂
グラムが天井のほのかに光る蛍光灯を見て言った。
﹁携帯端末は圏外だからリアルタイムの情報は入らないけど、たぶ
んここがビッグ・フロートの真下じゃないかな﹂
サリドは携帯端末のタッチパネルを触りながら言った。
﹁敵のアジトの真下か。こいつぁ簡単に着くもんだな﹂
﹁油断するなよ。グラム。いつどこに敵がいるかわかんねぇからな﹂
そんな瞬間は、そう遠くはなかった。
刹那、グラムの首筋に冷たいものがあてられた。鋭く、冷たいもの
が。
グラムはそれに気づき振り向こうとした︱︱が、あてられた冷たい
ものを見て、それをやめた。
89
﹁⋮⋮どうやら襲撃のようだ﹂
サリドは何もできなかった。いや、しようと思えば出来たのだろう
が、グラムの首筋にある鋭く冷たい刃がそれを許さなかった。
抜かった。よく考えれば社会連盟は資本四国などとは違って専門の
傭兵部隊がある。仮にそれでないにしろプログライト帝国は少ない
ながらも皇帝の私設軍があることはブリーフィングで聞いていた。
なのに、なにも対策をしなかった。誰が悪い? 無論俺が悪い。何
も考えず通気孔という唯一であろう入口を発見して張り切っていた
ばかりに︱︱!
﹁あ、あのー?﹂
そこでサリドの思考暴走が唐突に停止した。なぜならサリドとグラ
ム以外︱︱即ち襲撃者︱︱の声が聞こえたからだ。
その声は資本四国の公用語である英語であったものの、なにかアク
セントがおかしかったり、なんというか、英語を習いたての人間が
話しているような、そんな感じだった。
﹁だからですね? 我々は、このプログライト帝国を、内から、潰
そうとしている、ただそれだけの、ことなんです﹂
片言の英語で、その黒に身を包んだ人間は言った。
一時間前。
結果から言えば襲撃者は味方だった。ただプログライト帝国を内か
ら潰そうと試みて半ば個人的に活動していたそうだが、今のところ
は秘密裏で表立った活動が出来ていないようだった。そしてなかば
90
諦めかけていたようだが。
そこでサリドたちが潜入してきた。
即ち敵軍が、ここを潰すために、いや正確には﹃結界﹄を壊すため
にやってきた。それに便乗しない手はない。と考えたらしい。
こうしてその人間はサリドたちを襲撃して、話の場を設けた、とい
うわけだ。
﹁⋮⋮話は解った。しかしなぜここにニンジャがいる?﹂
グラムはようやく口を開いて、言った。
ニンジャ。
それは古来より暗殺術や潜入術を学んだまさにアサシン的存在。
その元祖はかつてあった国、ニッポン。
今はレイザリーに取り込まれ、レイザリー王国ニッポン自治区とな
ってはいるが、未だにその文化は生きている。そしてその文化はレ
イザリー王国の人間にも浸透しつつあった。
畳、抹茶、米を食べる文化、日本語などがそのいい例だ。
ニッポンは、﹃核戦争﹄前から生きる数少ない国の一つだ。なぜ生
き残ったのかは判らない。噂には﹃冷凍保存した旧人類がいる﹄と
か訳のわからぬ話があるくらいだ。
91
﹁なぜ、私たちニンジャがここにいるか、ですが﹂
その人間は綺麗な、声で話した。
口に布をあてているせいか、少し声が聞こえずらい。
﹁⋮⋮すいません。一応、外すのが、常識でしたね。それと、日本
語は、話せますか? 聞き取れますか?﹂
人間は布を外しながら、聞いた。それにサリドたちは視線を外さず
に頷いた。
驚いた。
彼、いや彼女はくの一だったのだ。
くの一、とは女のニンジャである。
﹁⋮⋮話を続けます。我々は3年前のプログライト潜入作戦のメン
バーでした。たしかに我々ニンジャならば誰にも気付かれずに潜入
することは簡単に出来ますからね﹂
﹁⋮⋮仲間は?﹂
﹁先ほどのあなたたちを襲った時にいた二人だけです﹂
﹁なるほど。戦力が倍にはなったものの、それでも四人⋮⋮か﹂
﹁プログライト帝国の要だけあって迷いやすいですし、罠もありま
すし、敵も多いです⋮⋮。我々もやっと11Fまでの内部しか解っ
92
てないんですよ﹂
﹁11Fか⋮⋮﹂
サリドはただそれとなく呟いた。
93
7
そのころ、乾いた大地には二体のヒュロルフタームが蠢いていた。
ひとつは、陸も海も川も山もある程度の力を発するスタンダード型。
俗に言う﹃第1世代﹄。
かたやこちらは地上戦に特化した﹃第2世代﹄。
この二体が組むことによってなかば戦局は決まったようなものだ。
なぜか?
相手は一体しかいないから。しかもヒュロルフタームじゃない。劣
化版“と見られている”ものだ。
﹁⋮⋮手を引っ張らないようにお願いしますわね。オホホ﹂
とか、お嬢様のように笑っているのは﹃蟻蜂の騎士﹄アリア・カー
ネギー。
﹁あなたこそ第2世代という力に振り回されないようにね?﹂
眉間に皺を寄せながら、言うのが﹃姫﹄。
ヒュロルフタームさえ抜きにしてしまえばただの可愛い喧嘩で済ん
でしまうがヒュロルフタームがあるために、それは、世界を滅ぼす
94
ことにもなりかねないのだから。
ところで、姫様が乗っているヒュロルフターム・クーチェ、と蟻蜂
の騎士が乗っているヒュロルフターム・ユローにはたくさんの差違
がある。
まずは足下。クーチェは海上でも楽に行けるようにフロートが簡単
に装着できるように普段地上から2mほど浮かせている。これは﹃
地球は巨大な磁石である﹄という学説に基づいて考えられたもので
あって足の底に強力な電磁石を組み込むことによって浮かべる。
それに対してユローにはそんなものはない。なぜなら、地上戦に特
化したヒュロルフターム。クーチェも浮上の理由が海上時のフロー
ト装着時なので、ユローはフロートを装着する必要がないからだ。
次は武器。クーチェはスタンダード型と言われているくらい平均に
なんでも装備が可能だが、そこまで“グレード”の高い武器を装備
することができない。
グレード、とは武器の威力を示していて、これが高ければ高いほど、
強い武器である。
一方ユローは装備できる武器の種類が限られる代わりにグレードの
高い武器を装備することができる。
この二つにこんな違いがあるのは、ただ造られた国の技術の問題で
はない。
ただ、“進化”しただけ。既にレイザリーでも第2世代はできてい
95
る。
ならば、なぜ?
ノータは、一つのヒュロルフタームにしか乗ることが出来ず、二つ
以上のヒュロルフタームに乗ることは難しい。
ヒュロルフタームを発表したヨシノ博士の論文の一節である。
ヒュロルフタームとノータはノータが操るため、ヒュロルフターム
が放つ微弱電波とシンクロする必要がある。
そのためにノータはヒュロルフタームに精神の波を合わせる必要が
あるのだ。そんな簡単にできることではない。とてつもない時間に
とてつもない苦労、とてつもない精神的疲労がかかる。
要するにヒュロルフタームはノータさえいなければただの赤ん坊。
考えることも出来なければ、本能のままに行動する。
96
8
そこに、それがやってきた。
﹃第1世代﹄と﹃第2世代﹄。二体のヒュロルフタームがいるのに
も関わらず。
ただ、それはその普通なら最悪であろう状況を鑑みず、やってきた。
﹁⋮⋮やってきましたわね﹂
﹁えぇ﹂
二人のノータは会話を交わす。
﹁じゃあ⋮⋮、まずは、私からっ!!﹂
そう言って蟻蜂の騎士が乗るヒュロルフターム・ユローはその砲口
に光を溜め込む。
﹁粒子砲⋮⋮?! さっそくそんなものを使ってエネルギーは持つ
の⋮⋮?!﹂
﹁おほほ、ご心配のようなので先に申してあげますが、私は予備バ
ッテリーを常に持っていってるのですよ。だから常に最大出力が可
能になる!!﹂
そんなことを話している間にも、粒子砲の中には光がどんどん集ま
ってくる。
97
そして、ついには。
粒子砲が、劣化ヒュロルフタームに向かって撃ち放たれた。
たしかにヒュロルフターム・ユローの放った粒子砲はヒュロルフタ
ーム擬きを命中していた。粒子砲は摂氏3500度。その気になれ
ばヒュロルフタームの装甲をも融かすことができる。
筈なのに。
その擬きはびくともしなかった。
﹁まさか⋮⋮。この私のヒュロルフタームの粒子砲を耐えた?!﹂
蟻蜂の騎士はこれまでに見たことのないほど慌てていた。当たり前
なのかもしれない。これまでどんな戦闘においても冷静沈着、時に
は味方をも平気で撃ち抜く、と言われていた彼女が、こうも慌てて
いるのだから。
予測範囲外の事態。
彼女ら二人はそう考えた。
﹁ならば⋮⋮﹂
そう言って姫はコックピットにあるレバーを引く。
ジャキッ、という金属と金属が擦り合わさったような音が響く。
98
﹁⋮⋮これしかないわ﹂
﹃リリー・ダレンシア少尉! なにをするつもり?!﹄
気づいたら通信が入っていた。それは上官のリーフガットからだっ
た。
﹁粒子砲がだめなら、コイルガンを撃つ。それでだめならレールガ
ン。手はまだまだある﹂端的に述べ、通信を切った。
⋮⋮のだが。
﹃ダメよ。リリー。それは許されない。たとえ﹁ノータ﹂としても、
その命令は受理されない﹄
﹁闘わずに指揮だけしてるあなたがよく言えることですね﹂
リリーの声は平坦だったが、それは明らかに怒りの表情が入ってい
た。
﹃だめよ。リリー。それは絶対に﹁さよなら﹂
リーフガットの話が終わる前に彼女は通信を強引にシャットダウン
して、
砲にためていたエネルギーを一気に射出した。
99
9
撃ち放ったのはコイルガン。
コイルガンとは電磁石のコイルを用いて弾丸となる物体を加速、発
射する装置のことだ。このヒュロルフタームに使っているコイルガ
ンの原理はとても簡単で、弾丸を走らせる細長い管を包み込むよう
に一定間隔にして複数個のコイルが設置されており、そのコイルに
電流を流すことで発生する磁力を利用して弾丸を素早く引き、段階
的に速度を上げ、射出する。といったものだ。
まるで音速の戦闘機が走ったあとに発生する、ソニックブームのよ
うな衝撃と音があたりに響いた。
それはビッグ・フロート内にいた二人にも例外なくやってきた。
﹁⋮⋮なんだ。今の轟音﹂
﹁グラム。ここから外が見えるみたいだ﹂
サリドとグラムはあのニンジャに連れられ、ひたすら長い螺旋階段
を上っていた。なんでもここが一番警備が薄いんだとか。
窓を開けるとそこに見えたのは、ヒュロルフタームが二体と、グラ
ディアで見たような擬きが一体。
数から行けば勝てる筈なのに。
100
なぜかそこにはところどころボロボロの二体があった。擬きだけが
綺麗な姿を保っている。
﹁おい、グラム﹂
不意にサリドが呟いた。
﹁どうした。もしかしてこの風景に圧巻されてるとか?﹂
﹁馬鹿野郎。そんなわけないだろ。擬きの足跡を見てみろよ﹂
﹁は?﹂
グラムがサリドに言われて、足跡を見ると、
そこには、“なにもなかった”。
﹁足跡が⋮⋮ない⋮⋮だと?﹂
﹁そう﹂サリドは笑って頷き、﹁おかしいことだと思わないか。あ
の二体ですら空気の急激な射出とかで足跡は出来てるにも関わらず、
擬きにはできてない﹂
﹁まさか⋮⋮﹂グラムは一つの結論に辿り着いた。
どうやらそれはサリドも同じようで、
﹁あぁ。そうかもしれない﹂
一息。
101
﹁あれは幻影で、本体はどっかにあるよ﹂
﹁ちょっと待てよ。そしたらあの二人はそれを知らないで⋮⋮﹂
﹁だろうね。あのまま無駄にエネルギーを射出し続けて空っぽにな
った隙を⋮⋮窺っているのかも﹂
﹁おいサリド。このままじゃまずいぞ。どうするんだ?﹂
﹁どうするもこうするもないよ﹂
サリドは通信機に手をかけて、言った。
﹁僕らがどうにかするしかないだろ?﹂
102
10
サリドは通信機をてにとり、どこかに通信を始めた。
﹁サリド・マイクロツェフから本部へ!!﹂
﹁はい、どうした? サリド﹂
なぜか通信に答えたのはリーフガットだった。
﹁なぜリーフガットさんがそこにいるかは知りませんけど単刀直入
に言いますね。今ヒュロルフタームが戦ってるのは幻影です!! 本物はどこか別のところに﹂
サリドがそこまで言ったとき、不自然なノイズがかかりはじめた。
﹁あれ⋮⋮? つな⋮⋮い? とりあ⋮⋮れわ⋮⋮んぞう⋮⋮⋮⋮﹂
リーフガットが聞き取れたのはここまでだった。
﹁迷惑をかけたようで失礼する﹂
ノイズがひどくなったあと、ようやく回復して、リーフガットはも
う一度通信をとろうと思ったときのことだった。
そのあとに聞こえてきたのは、壮年の嗄れた声だった。その声はリ
ーフガットも聞き覚えがあったようで。
103
ヴァリヤー・リオール。
レイザリー王国で上院議員を務めていて、﹃四天王﹄という実効支
配組織の一員でもある。
︵なぜ四天王直直に通信を⋮⋮?︶
そんなことをリーフガットは思っていたわけだが。
﹁先ほどサリド・マイクロツェフ、グラム・リオール両氏が流した
情報は確証を掴めていない。彼らは劣化ウラン弾による放射線被曝
によって﹃戦争症候群﹄に陥り、論理的思考力と記憶力が低下して、
錯乱したとみられる。繰り返すが先ほどの情報は間違いの可能性が
高い⋮⋮﹂
そこで、通信は途絶えた。
通信は、無論サリドたちにも聞こえていた。
﹁畜生!! あのくそ親父いったい何言ってやがるんだ?!﹂
グラムはサリドから通信機を奪い取り、
﹁おい!! 聞いてるか!! 俺たちの言ってることは嘘じゃねぇ
!! だれか応答しろ!!﹂
﹁無駄だ。グラム。もはや誰もお前の事を聞かぬよ?﹂
﹁⋮⋮じじい⋮⋮!!﹂
104
﹁ほうほう。遂にはそう呼ぶようになったか。親は大事にしろよ?﹂
﹁お前なんか親と呼べるか!! 貴様こそ虚偽の情報を流してどう
するつもりだ!!﹂
グラムは通信機に吠えた。虚しく廊下に声が響く。
﹁⋮⋮知っているか? 南のリフディラのレジスタンスの活動が活
発化していることを?﹂
﹁?﹂サリドは聞いたことに首を捻る。
﹁お前らの﹃ヒュロルフタームを素手で倒した﹄勲章は全世界に知
れ渡った。それによって﹃人間でもヒュロルフタームは倒せる﹄と
認識されてしまったのだよ? そんな“偶然によって生み出された
”認識によって世界の秩序は崩れつつあるのだよ?﹂
﹁だから俺たちを都合よく殺すというのか?! ﹃戦争で勝つのは
ヒュロルフターム﹄と明確に位置づけるためにか?!﹂
﹁⋮⋮人類の歴史には犠牲を伴うのだよ。それを解りたまえ﹂
ヴァリヤーは、さらに淡々とした口調で語る。
﹁なぜ解ろうとしない? 強いものが、この世界を支配するのだよ。
それを覆してもらっちゃあ困るんだよ﹂
﹁だから⋮⋮殺すのかよ? でもここにヒュロルフタームはいない
ぜ?﹂
105
それを待ってたと言わんばかりにヴァリヤーは笑いだし、
﹁なにも殺すのはヒュロルフタームとは決まっておらぬよ? 今二
体のヒュロルフタームが戦っている敵の本体は一体どこにいるのか
ねぇ?﹂
﹁⋮⋮まさか!!﹂
サリドが言った瞬間。
ドゴォォォォン!! と何かが爆発したような音が、響いた。
106
11
﹁なんだ?!﹂
ニンジャのひとりはクナイ︱︱彼らがよく使う小刀のことらしい︱
︱を構えて言った。
﹁⋮⋮お出ましだな﹂
サリドはそう呟き、ウエストポーチからなにかを取り出した。
﹁おまえ、なにを⋮⋮!!﹂
﹁手榴弾だ。場合によってはこれを投げて目眩ましのかわりにする﹂
ズゥゥゥン、と地響きが、さらに大きくなっていく。
﹁⋮⋮ヒュロルフタームか? それともグラディアで闘った生物兵
器か?﹂
﹁﹃メタモルフォーズ﹄ですね﹂ニンジャは端的に答えた。
﹁メタモルフォーズ?﹂
﹁ええ。一般には、神の使い手、とも呼ばれる、巨大な獣。一説に
よれば、一回の砲撃で、国がひとつ消せる、とも言われるくらいら
しい﹂
ニンジャの声はとてもまっすぐで冷たく、まるで機械のような声だ
107
った。
それは彼らに潜む恐怖を後押しするような、そんな感じでもあった。
ついにそれは、姿を見せた。
﹁これは⋮⋮魔神?!﹂
サリドは思わずそう呟いた。
壁を崩して出てきたのは、人形の何か。しかし、そんな簡単に明言
できるものではなく、例えば肩には大きな棘が五、六本生えていた
り、顔は般若の面のような険しい顔をしていた、要するに﹃人のよ
うで人でない﹄何かが、そこにはあった。
﹁おいおい⋮⋮ いくらなんでもこいつらは倒せねーぞ?!﹂
グラムが頭を抱えながら。
だが。そう呟いて彼は何故かかけていたサングラスを外して投げ棄
てた。
﹁やるっきゃねぇんだろうな。なんせそれが俺らの仕事であり命令
だからな﹂
108
12
﹁﹁行くぞっ!!﹂﹂
二人は叫んで、その“魔神”に突っ込んでいく。
と何らかの衝撃で車のバンパーがへこんだような音を
まず、二人は小型の銃を取り出しそれを魔神に向けて撃ち放った。
ズドン!!
立てる。
しかし、それはびくともしなかった。
﹁ならばこれなら⋮⋮!!﹂
そう言ってサリドは手榴弾の安全装置を引き抜きそれに向かって投
げ棄てた。
﹁⋮⋮っておい!! こんな狭い空間で手榴弾なんか爆発させたら
俺たちまで被害を被るぞ?!﹂
グラムが手榴弾を投げる前にそんなことを言っていたような気もし
たが、それは完全に無視をした。
刹那。
目映い光とともにサリドたちは後ろへと衝撃で押された。
109
﹁いたた⋮⋮﹂
サリドは目を覚ました。
グラムたちも気を失ってはいないものの、倒れていた。
﹁メタモル⋮⋮フォーズは?﹂
サリドは立ち上がり、あたりを見渡した。
まわりは、手榴弾の爆撃によってもたらされた土煙で視界を遮られ
ていた。
ポタリ。
どこからか地下水かなにかの雫が落ちたような、そんな音がした。
そう遠くない距離と判断して、サリドはその雫が落ちるほうへ向か
った。
そこまでいって、サリドはふと思った。
﹃ここはヒュロルフタームの戦いが見れるほどの高さなのになぜ水
の雫が落ちているのか﹄ということに気がついたのだ。
﹁⋮⋮なんで雫が⋮⋮?﹂
その答えは、直ぐそばにあった。
110
そこにいたのは。
傷を負って、そこから大量に血が出ているニンジャと、
それに押さえ込められているメタモルフォーズの姿があった。
﹁おい!!﹂
サリドの声にニンジャは気付いたのか、傷付いて血にまみれた顔で
笑った。
それは太陽が輝く畑で育てられた一本のひまわりのように。
無垢な、表情。
メタモルフォーズは、もう動かないようだった。
﹁⋮⋮大丈夫か?﹂
サリドの問いかけにニンジャは僅かに頷いた。
﹁なら、いいんだが。えーと⋮⋮﹂
﹁ストライガー﹂
﹁?﹂
﹁ストライガー・ウェイツ﹂
111
﹁あ、あぁ。名前ね。因みに俺の名はサリド・マイクロツェフ﹂
﹁よろしく﹂
﹁ああ。もう終わったがな﹂
そう言葉を交わして、二人は握手をした。
112
13
そのころ、リーフガット・エンパイアーは書類の山と格闘していた。
﹁⋮⋮怪しい﹂
リーフガットは書類の山からとある書類を取り出し、言った。
そこには﹃ヒュロルフターム・プロジェクト第85次報告書﹄と達
筆なコンピュータ字体でかかれていた。
そこにはこう書かれており︱︱
︱︱1年前、ゼロ号機の暴走により死去したヨシノ博士の娘はヴァ
リヤー氏が引き取ることとなり、我が委員会の案件もようやく一つ
減った。
︱︱次はヒュロルフタームの量産である。これは機械さえあれば出
来ることだが、“もうひとつの”核がない限り難しい。我々が最初
から望んでいた﹃十二使徒をヒトで作る﹄ことはできないのか⋮⋮。
まだまだ試行錯誤が必要だ。
︱︱なので、我々はもうひとつの方法を思いついた。それが﹃チル
ドレン・ノータシステム﹄だ。これは、ヒュロルフタームの量産機
に装着されない﹃オーレズ﹄の代用のため、人間のノータをたてて、
そのまま操舵などを出来るようにし、オーレズ無装備でも装備した
ヒュロルフタームに事変わりなく使えるようにするということだ。
113
︱︱直ぐ様、我らは既に完成割合を満たしていた一号機から四号機
のノータを決めることとした。決めるには、全人類から無作為、と
いうわけにもいかない。寧ろ問題はそこなのだ。そこで派遣・調査
院を設置し、そこのメンバーがノータに足る能力を持つ子供を選別
していった。
︱︱そして、ようやくノータが決まった。彼ら彼女らはまだ幾ばく
もない年齢の者達だが、ヒュロルフタームとの同調を考えればそれ
でいい。
︱︱彼らのことは、育成機関に任せておく。どうせこれから軍の狗
だ。ちゃんとした教育もする必要はない。軍に必要な教育さえして
おけばいい。
文書を読み終えたリーフガットは、眠そうな顔をしていた。
︵さすがに30時間はきついわね⋮⋮。少し仮眠でもとろうかしら︶
とふとリーフガットは立ち上がって、
異変に気づいた。
﹁やけに、静かね﹂
そう。今まで外ではヒュロルフタームたちがドンパチ、コイルガン
を放ったりしているはずなのに。
114
まるで何もないかのように静かだった。
︵⋮⋮終わった?︶
リーフガットは思って、そばにあった扉を開けた。
しかしそこには、リーフガットが予想したとおりの状況があったわ
けで。普通の通路、青軍服の人間たちが慌ただしく歩いていた。
﹁私の思い違いだったのかしら﹂と呟くようにリーフガットは言っ
て、自分の部屋に戻っていった。
ただ、それだけのこと。
115
14
そのころ、ヒュロルフターム。
﹁あら⋮⋮。動きが止まりましたわね?﹂
﹁本当だ。どうしたのかしら?﹂
二人のノータは話をしていた。
そして結論を打ち出した。
この敵はもう死んだ、と。
キャンプベースでは、宴が行われていた。なんでも勝利祝いだとか。
﹁どうせ本国に帰ったら盛大にやるのにどうしてこのレーションだ
けで宴をしようと考えるのかねぇ。はやく帰ってフライドチキンが
食いたいよ﹂
グラムは特大レーションにかじりつきながら、言った。
﹁はっちゃけたい気分なんだろ。たぶん﹂
サリドはいつものサイズのレーションをスプーンで掬って一口食べ
た。
﹁それはそうだな。ま、俺たちもいらん嫌疑が外された祝いという
116
ことだ﹂
﹁なんの祝いだよ。元々知らなかったし、別にどうでもいいんじゃ
ないの? 少なくとも俺はそんなかんじにプラス思考で考えている
けどさ﹂
サリドはまた、レーションをスプーンで掬って言った。
﹁ふうん。そんなもんか﹂
﹁あぁ。そんなもんだ﹂
﹁サリド、グラム。どうした。辛気臭い顔をして?﹂
サリドとグラムの会話に、私も混ぜてくれよ、と言わんばかりにリ
ーフガットが混ざり込んだ。
﹁どうしたんですか。リーフガットさん。仕事は終わったんですか﹂
﹁始末書とか今までのことをワープロに打ち込むことを仕事とは呼
ばん﹂
確かにそうだ、とサリドは思った。
﹁で⋮⋮。あの騒動は誰が⋮⋮?﹂
﹁サリド。それはあんたらが一番知っていることじゃないのか? 犯人はヴァリヤーだよ。あいつしか今のところこんなことが出来る
所業の人間はいない﹂
117
でもな、とリーフガットは続けた。
﹁証拠がないんだ﹂
﹁証拠?﹂
﹁そうさ。やつは確かに我々に向かって情報攪乱を目的とした通信
を行なった“としている”﹂
﹁⋮⋮としている?﹂
﹁考えてもみろ。あの通信は録音はしてある。声色の判定からもヴ
ァリヤー本人と確定するだろう﹂
だがな。
﹁それが﹃ヴァリヤーが国を裏切るために情報攪乱を行なった﹄と
いう証拠にはならんのだ﹂
﹁?! なぜ⋮⋮?﹂
驚きを隠せないサリドにリーフガットは続ける。
﹁世の中には著名な人間の声色のデータを手に入れて情報を攪乱さ
せる、というテロの常套手段があってな。まず国のお偉いさんはそ
っちの方向から調べ始めるわけだ。その人間にとってはまさか﹃本
人が情報攪乱のためにやっている﹄とはおもわないだろう?﹂
﹁確かに、その通りだ⋮⋮﹂
118
サリドはもはやレーションを掬うスプーンの手もやめ、ひとり項垂
れていた。
﹁まあ、そんな簡単に項垂れて、諦めるんじゃねぇよ﹂
リーフガットは手に持ったマグカップをどこかに置いて、
﹁あんたらは十分頑張った。一先ず休め。いつ戦争にまた駆り出さ
れるかわからん時代だからな﹂
リーフガットは笑って言った。
サリドは彼女の笑顔を初めて見たような気がした。
リーフガットの助言通り、帰りは休むことにした。床について、目
を瞑る。でも、なんだか眠れなかった。
なんだかおぞましい感じがして、寝ることを許されなかった。
そして、ひどく寒い。四季が豊かな本国に来た証だろう、とサリド
は納得し、ようやく深い眠りについた.
119
1
本国に帰って表敬が終わったサリドたちには一週間の休暇が設けら
れた。
﹁サリド、聞いたか? 俺たち一週間休みだとよ!﹂と、スイッチ
をオンオフしながら、グラム。
﹁そうか。でもその感じじゃ一週間過ぎるとまた戦場に駆り出され
るっぽいな﹂と、なにか壊れた機械をドライバーやらはんだごてを
使って直しながら、サリド。
﹁というか⋮⋮、お前は何をしているんだ? さっきから中毒のあ
りそうな匂い吹き出して﹂
﹁!! まさかこの人ははんだの危険さを知らない?! はんだと
いうのは体内に入ったら出されずに蓄積されていくものなんですよ
?!﹂
﹁えっ、まじで⋮⋮。でもサリド、お前は大丈夫そうじゃん﹂
﹁俺は透明なマスクつけてっからいーの。意外とこういうのは常識
だぜ?﹂
サリドはそう言って、また作業に戻った。
そんなこんなで休日一日目を迎えたサリドとグラムである。
120
﹁なあ、サリド。毎日ヒュロルフタームの勉強したいのはわかるが、
今日くらい遊びに行かねぇか?﹂
グラムが、そんな提案をしてきた。
サリドは暫く黙っていたのだが、
﹁⋮⋮そうだな、それもいい﹂
ようやくサリドはOKサインを出した。
121
2
グラムとは次の日の朝、首都から少し離れたショッピングモールで
会うこととなった。
ショッピングモール、といっても仮に戦争で爆撃されないように地
下に何層も分かれている、いわば“地下都市”の中にあるのだが。
そしてサリドは、その日、そこにいた。
サリドはそこまで私服を気にしないタイプなのか、ジーパンにTシ
ャツ、それにウエストポーチという軽装だった。
﹁⋮⋮まあ、どこ行くかわからんしな⋮⋮。デートとかじゃあるま
いし﹂
サリドは独り言のように呟いた。
﹁よっ。やっぱ早かったな﹂
サリドとの待ち合わせ場所にグラムがやってきたのは、それから五
分ほど経ってからだった。
﹁ああ。待ち合わせをしたからにはそのどんなに遅くても五分前に
は着くようにはしてるからね﹂
﹁そうか﹂
122
ところで。サリドが尋ねた。
﹁隣にいる女の子は誰なんだい?﹂
待ち合わせ場所にきたのはグラムだけではなかった。正確に言えば。
グラムの隣には女の子がいた。栗色の髪にキラキラとした瞳︵輝い
ている、と言ったほうがいいのかもしれない。ともかく光が当たっ
て輝いているのだ︶、顔立ちも整っていて、水色のワンピースを着
ていた。
﹁彼女は⋮⋮?﹂
﹁あぁ。こいつか﹂グラムは後ろに振り向き、そちらのほうを指差
して、そして言った。
﹁妹だ﹂
﹁い、妹?﹂
グラムの言葉にサリドの対応はとても冷ややかなものだった。
﹁そう。妹。俺の﹂
﹁まじかよ⋮⋮。まさかお前に妹がいるだなんて⋮⋮﹂
﹁その発言には少し問題があるんだが?﹂
グラムはすこし顔をしかめながら言った。
123
﹁あ、あのっ﹂
その話の中心にいた少女は、恥ずかしがりながらも、サリドに話し
かける。
﹁ん? どうしたんだい?﹂
サリドはそれに答える。
﹁いや、あの⋮⋮。いつも兄がお世話になってます﹂
なんと丁寧にお辞儀までついている。
﹁出来る妹と出来ない兄、ねぇ⋮⋮。普通逆じゃないの?﹂
サリドはグラムに話しかける。
﹁うるさい。なっちまったもんはしょうがないだろ﹂
グラムはつっけんどんに返した。
124
3
というわけなので、サリドたち三人はショッピングモールで遊ぶこ
ととなった。
ショッピングモールはサリドたちが今までいたプログライトのベー
スキャンプ︵あれでも一つの国がすっぽりと入ってしまうくらいな
のだが︶が二個ほど入ってしまうほどの大きさだ。とても一日では
回り切れない。
﹁んじゃー、まずどこ行くか﹂
グラムがマップをつまらなさそうに眺めて、言った。
﹁お兄ちゃん、私洋服買いたいんだけど﹂
妹が話しかけてきた。
﹁あ、そう? わかった。じゃあそこまで行くよ。キャティ﹂
グラムがそう言うとキャティは嬉しそうに小走りになって、通路の
先に向かった。
﹁兄弟、っていいなぁ﹂呟くようにサリドは言う。
﹁そうか? あれでも会ったらいつも喧嘩だぜ? 思春期の妹、っ
て結構めんどくさいもんなんだ﹂
﹁そんなもんなのか?﹂
125
﹁あぁ﹂
そんな世間話をしながら二人もキャティの後を追った。
そのころ。リーフガットはとある場所にいた。
いつものように軍服じゃなく、黒いスーツでびしっとしている。と
ころで、ここは何処なのだろうか?
ここは、議員会館、と呼ばれる場所で、この国の全議員の事務所が
ある所だ。
彼女はその最上階にいた。そこには噴水やら小高い山やら、はたま
た滝まで付けられた庭が広がっていた。
﹁これが事務所ねぇ⋮⋮。もはや別荘じゃない﹂
ここにいる人間はただひとり。
ヴァリヤー・リオール。
先の戦争で妨害行為を行なったと見られている人間。そんな現在は
自主的に中に籠っている。
﹁なにも工作していなければいいのだが⋮⋮﹂
そう言って、リーフガットは庭の終着にある扉にたどり着いた。
126
﹁やぁやぁ。リーフガットくん。よくここまでやってきたなぁ﹂
扉を開けると、その嗄れた声。
ヴァリヤーの声だった。
﹁ひとつ、お尋ねしたいことがございまして来たのですが﹂
﹁まぁ、座るがいい。大丈夫だ。罠なんぞ仕掛けてはおらんよ﹂
ヴァリヤーがそう言うのでリーフガットはそれに従って近くのソフ
ァに腰かけた。
﹁⋮⋮して、聞きたいこととは?﹂
﹁これ、読ませていただきました﹂リーフガットはカバンからある
本を取り出す。
それを見てヴァリヤーは僅かに眉をひそめて、﹁いかんなぁ。これ
は書物庫に保管されていた、持ち出し厳禁のやつじゃないかね? こんなものを持ち込んで⋮⋮、君も只では済まんだろう?﹂
﹁こんかいは委員会の協力を得た上です﹂
リーフガットは即座にそれについて返す。
それを聞いたヴァリヤーは思わず立ち上がった。
﹁まさか⋮⋮!! 委員会は私を裏切って⋮⋮! こんなことを﹂
127
﹁なにを仰いますか?﹂
リーフガットは笑って、
﹁貴方が国を裏切ったんでしょう?﹂
﹁違う! 私はただ⋮⋮っ。世界の安寧とヒュロルフタームのこと
を思って⋮⋮﹂
﹁その結果のためにやったことが妨害か? ほんと何を思っている
のやら?﹂
﹁⋮⋮もう、我慢ならん﹂
﹁ん?﹂
﹁許さん⋮⋮ 許さんっ!! せめて貴様だけでも殺すっ!!﹂
そう言ってヴァリヤーは近くにあったボタンを押す。
﹁なんでわしがこんなビルの最上階にいるのか、わかるかね?﹂
ゴウン、と低い唸り声が部屋の中に響いた。
﹁まさか⋮⋮、このためだったと⋮⋮?﹂
そこにいたのは小型の人型戦闘兵器。
ヒュロルフタームだった。
128
4
そのヒュロルフタームはヴァリヤーを手のひらに乗せて、ウオオオ
オオン、と“雄叫びのような音”を出した。
その衝撃波にリーフガットは思わず足がすくんだ。
﹁⋮⋮まさか、ヒュロルフタームをも操っていたなんて!!﹂
﹁ヒュロルフターム・プロジェクトの創始メンバーであった私を見
くびってもらっちゃ困るなぁ﹂
ヴァリヤーはそう言って、コックピットの中に入っていく。
そして今度は、その声がヒュロルフタームに内蔵されている拡声器
から発せられた。
﹁今まではこれを封印していたが⋮⋮。もう我慢が出来ぬ⋮⋮!!
こいつを使ってレイザリーを中からつぶし、私だけの国家を作り
上げる⋮⋮!!﹂
﹁⋮⋮そんなこと、ほんとうに出来るとお思いで?﹂
リーフガットは乱れた髪と服装を整えながら、さも戦場ではない、
ここは日常空間であることを意識した上で言った。
﹁私にはヒュロルフタームを倒す馬鹿野郎どもがいましてね﹂
129
5
そのころ、ショッピングモールで遊んでいたサリドとグラムにもそ
の雄叫び︱︱本人たちにはそうと聞こえなかっただろうが︱︱がは
っきりと聞こえた。
﹁サリド。今の聞こえたか?﹂
﹁あぁ。地響きにしちゃぁ、生ぬるい、気持ち悪い音だ﹂
サリドは気だるそうな表情で言った。
と上から滝のように瓦礫が落ちてきた。
戦闘は二人を待たせなかった。
直後。
ドバァァァン!!
瓦礫の中心には、鉄球。
この世のものとは思えないほど暗い、鉄の球。
﹁なんだよ⋮⋮。どうやら敵は待ってくれねぇよーだな!! こち
とらヒュロルフタームとの二連戦でやっと取れた休暇なのによ!!﹂
﹁あぁ。そうだ。だがグラム。ここで落ち込んでる場合じゃないと
おもうぞー﹂
130
﹁落ち込んでるんじゃねぇ!! 怒ってるんだ!! 一体何処のど
いつがこんなことしやがるんだ!!﹂
グラムは叫びっぱなし。
と鉄球は何発も撃ち込まれ、その度に天井の壁
それでも、敵の猛攻は緩まない。
ドゴゴゴゴゴ!!
材が崩れ落ちる。
﹁もう許さねぇ!! 行くぞ!! サリド!!﹂
﹁キャティちゃんは⋮⋮妹はどうするんだ?﹂
﹁⋮⋮﹂
しばらくそのことで二人は思考を停止していたが、
﹁大丈夫。キャティはここにいる。だからお兄ちゃんたちは敵を倒
してきて﹂
強く、真っ直ぐな眼で、彼女は告げた。
﹁⋮⋮そうか﹂
﹁うん。だから安心して世界を救ってきてね?﹂
キャティのその言葉を聞いて、二人は走り出した。
131
6
そのころヒュロルフタームの猛攻が地上にて続いていた。
﹁おのれぇ⋮⋮!! どいつもこいつも私の邪魔をしおって!!﹂
﹁如何なさいますか?﹂
コックピットには一人の少女が座っていた。
お姫様︱︱レイザリー王国に所属するヒュロルフターム・パイロッ
ト︱︱と同じくらいの背格好、まるでまな板のような胸まで同じと
きた。まるで双子のように。
その少女は機械のように、抑揚のない声で今一度尋ねる。
﹁如何なさいますか?﹂
﹁そうだな﹂ヴァリヤーは暫く考え、﹁まずは国の施設を破壊して
いくとしよう。そして⋮⋮あわよくば﹃あれ﹄の回収を行いたい。
それが出来ねばそれすらも破壊せねばならなくなるな﹂
淡々と語った。
そのころ、ショッピングモールから脱出したサリドとグラムは螺旋
状の階段をひたすら昇っていた。
﹁⋮⋮まさか非常用電源になっていたとは。エレベーターも動かな
いわけだぜ﹂
132
﹁地下だから無線も通じないしな﹂
グラムとサリドがそれぞれ言った。
﹁しかしいったい誰が? まさか社会連盟と手を組んでレイザリー
を潰す気か?﹂
﹁実は世界滅亡が目的だったりして⋮⋮まさかそりゃねーか﹂
グラムはグラムで自己完結した。
すがたかたち
﹁とりあえず気を抜けねーな。まだ姿貌がわからねーんだ。どうい
う戦いになるかもさっぱりわかんねーぞ﹂
﹁そうだね。それにどうやってレイザリーの中心まで来れたのかな
⋮⋮? それも聞いておきたいけど﹂
﹁まぁ。行こうぜ。くそったれを潰す戦いの地に、な﹂
グラムはそう言って壁にあった非常用シャッターのボタンを押した。
133
7
﹁⋮⋮どうなってるんだよ。これ⋮⋮﹂
地上に出たサリドとグラムを待ち受けていたのは、黒い球体のよう
なものから手足が生えたような、ともかく、謎の物体がいた。
﹁⋮⋮待ち伏せかよ!!﹂
そう言ってサリドたちは思いきり走る。
刹那。
ドゴォォォォン!! と地下街の出入口が崩れさる音がした。
﹁畜生!! あんな街中でコイルガンなんか撃ちやがって!! あ
れがもたらす磁場がどれほどの影響をもたらすって知らねーのか?
!﹂
サリドは叫びながらもコイルガンの咆哮から逃げるために走る。走
る。走る。
﹁というかだ。サリド!! なんでこんな街中に50m級のヒュロ
ルフタームがいるんだ?! 格納庫にみんな保管されてるはずじゃ
ねぇのか?!﹂
﹃これは、私独自の所有物だ﹄
背後から声が聞こえて、思わずそちらを振り返る。
134
声がする方向は︱︱ヒュロルフタームからだった。
﹁なんだ? 最新型のヒュロルフタームには自動音声装置でも着い
てるのか?﹂
グラムは驚いたように言った。
﹁いや、違うな。たぶんどっかにスピーカーがあってコックピット
内のマイクを通じて⋮⋮﹂
サリドがそこまで言ったときだった。
﹃ご名答! まさかそんな簡単に解くとはね。ヒュロルフタームの
設計士を目指しているだけある﹄
スピーカーからまたも嗄れた声が聞こえてきた。
﹁まさか⋮⋮親父、か?﹂
グラムが慌てた素振りで話した。
一瞬の間があって、﹃私は絶望したよ。まさかお前が素手でヒュロ
ルフタームを倒すことになろうとはな﹄
﹁⋮⋮素手でヒュロルフタームを倒す。このことに何処で絶望を感
じるって言うんだよ﹂
﹃解らないか? 前にも話したが、人間がヒュロルフタームを倒す
ことは﹁あってはならない﹂のだ。今までヒュロルフタームは最強
135
の存在、と呼ばれていたからな﹄
﹁⋮⋮だからってな、それの結果がこれか?﹂
グラムはすっかり瓦礫の山となった街を眺めた。
﹃あぁ。そうだ。世界を元に戻すためにはどんな犠牲を払っても構
わん。そして、その先にある事までもな⋮⋮﹄
﹁ふざけんなよ﹂
グラムは声に抑揚をつけず、ただただ平坦な声で言った。
﹁なんでてめぇの勝手な野望のせいで街が破壊されなきゃなんねー
んだ? 死ぬ必要のない人間が死ななければならなかったんだ?!﹂
グラムの叫びは地面を微かながら揺らした。
それでもヴァリヤーはひるまなかった。
﹁言いたいことはそれだけか?﹂
ただ、それだけを述べて。
136
8
とある少年は瓦礫の中に埋まっていた。
少年は母親と一緒に街を歩いていた訳だが、そのところでヒュロル
フタームの猛攻に巻き込まれてしまったのだ。
彼は、彼の母親の名前を叫ぶ。何度も、何度も。
でも、母親は答えない。
少年にゾワッ!! とこれまで以上には感じない悪寒を感じた。
︱︱俺は死ぬのか?
少年はついこの前兵隊に入ったばかりでプログライト戦争にも出陣
していた。今回は休暇だったわけだが。
︱︱俺は死ぬのか?
その言葉だけが頭にリフレインする。
希望はどこにある。絶望はここにある。現実は絶望を、ここまでも
簡単に、単純に、かつ恐ろしい方法で与えるものなのか。
少年は何かに取りつかれたように体を丸くして、そのまま動かなく
なった。
137
︱︱俺は⋮⋮。
少年は決意する。
それは何かをも動かせない程の小さな意志だが、
一人の人生を変えるには大きな意志でもあった。
︱︱俺は、生きたい!
そのころ、グラムとサリド。
﹁ほんと⋮⋮、仲間だと心強いのだけど敵になると忌々しい⋮⋮!
!﹂
﹁リーフガットさん!﹂
﹁なぜここに⋮⋮?﹂
サリドとグラムはそれぞれ違った反応をした。
それを見て、彼女は少しだけ笑った。
﹁⋮⋮ヴァリヤーを追い詰めて、捕まえようとしたらこのザマよ!
! まったく、まさかあんなかくし球があるなんてね!!﹂
﹁あれはなんなんですか!!﹂
138
﹁あれは試作品のヒュロルフターム﹃第三世代﹄!! コードはた
しか﹂
﹃ビースト、さ。そうだったかな? リーフガットくん﹄
リーフガットの代わりにヴァリヤーが述べた。
﹁獣⋮⋮。即ち戦闘能力が第二世代と段違いなのよ!! こいつに
敵うのはヒュロルフタームしかいないし、第三世代も幻としてとら
えられていた!! だから細かい資料なんて、残っちゃいない!!﹂
精一杯の声で、リーフガットは叫んだ。
﹁第三世代⋮⋮﹂
グラムとサリドはただそれだけを呟くことしかできなかった。
﹃驚いたかね? この第三世代は対社会連盟用に制作された最高傑
作! 貴様らなんかに簡単に壊せる代物ではない!!﹄
﹁ふーん。だったらそれじゃあ、﹂
サリドはウエストポーチのポケットのチャックを開けた。
﹁試してみようか﹂
サリドが手にとったもの。
それは手榴弾。
139
しかし、ただの手榴弾ではない。そんなものを投げても無駄、とい
う前例があるからだ。
なのに、なぜ彼はその失敗すると決まってる道具を使おうとするの
か?
﹃ハハハ!! 手榴弾だと?! 血迷ったか!! お前らはそんな
のは無駄だとグラディアとプログライトで学ばなかったのか?!﹄
﹁⋮⋮何を勘違いしている?﹂
なにっ、と思わずヴァリヤーは小さく、だがサリドたちに聞こえる
くらいに声を発してしまった。
サリドは続ける。
﹁だれも、﹃外を壊すのが目的﹄にこれを使うだなんて言ってない
んだけど?﹂
そう言って、サリドは第三世代向かって手榴弾を投げつける。
刹那、
閃光が辺り一面に弾けた。
140
9
手榴弾は確かに爆発した。
ヴァリヤーが思った通り、“第三世代の外装の負傷は”一切見られ
なかった。
﹁閃光で一時的に視界を封じるか⋮⋮。まぁそれもよかろう。しか
しこちらにはセンサーがある。これがあればどこに隠れようと⋮⋮﹂
ヒュロルフタームには何者がいないか探すために赤外線センサーや
鉄分検知器、これは血などから何処にいるか判断するものだ、など
があり、常に稼働している。
しかし、今そのセンサーの反応を示すはずの画面が、
砂嵐と化していたのだ。
﹁?! そんな馬鹿なッ!! なぜセンサーが反応しない?! ⋮
⋮何故だ⋮⋮!﹂
ふと、ヴァリヤーは思った。
サリドという青年が最後に放った手榴弾。
実はあれは﹃外にダメージを与える﹄ものじゃなく、
“ジャミングによって中の機械にダメージを与える”ものだったの
ではないか、と。
141
レイザリー王国は資本四国の中でも一番の技術国だ。仮にそんなも
のが作られていてもおかしくはない。
ただ、思ったのは。
仮に、それがあったとして、なぜあの青年は知っているのか?
そして。
手榴弾の爆発の一瞬の隙を狙って、近くのビル︱︱どちらかと言え
ば瓦礫の山に近いのだが︱︱に隠れたサリド、グラム、リーフガッ
トの三人は、息を整えていた。
﹁⋮⋮!! あんなことするなら先に言っておきなさいこの馬鹿!
! 思わず死ぬところだったわ!!﹂
リーフガットはサリドに食ってかかるように叫んだ。
﹁でもあのヒュロルフタームから逃げるためにはあれが必要だった。
あれしか方法がなかったんですよ。何も言わなかったのは申し訳な
いと思ってますけど﹂
サリドは息が切れているのか、途切れ途切れに言った。
﹁だからってあれはねぇよ⋮⋮。なんでお前手榴弾なんか持ってん
だよー! ここは戦場じゃないんだぞ!! お前はいつもウエスト
ポーチに手榴弾を入れておかないと不安な人間なのか?!﹂
﹁いや、グラム。違うんだよ。このウエストポーチ、いつも持って
142
いってるから軍のとこにも持ってってるんだよね。⋮⋮で誰かが悪
戯でいれたんでしょ﹂
﹁危険すぎるなそれ!! 最悪自分のウエストポーチで爆発するん
じゃね?!﹂
﹁でも今回は手榴弾入れた人間に感謝するわ﹂
﹁それは俺も同じだ。サリド﹂
グラムはそう返した。
﹁ひとまず逃げたが⋮⋮、どうする? にしても﹃フラッグ・ボム﹄
の爆発時に発生する微弱な電磁波によるジャミングをするとはな。
さすがの私も驚きだったぞ﹂
リーフガットがサリドに語りかける。
﹁兄ちゃんが武器開発に一役買ってましてね。たしか﹃オプグラン
ドセキュリティ社﹄だったかな﹂
﹁オプグランド⋮⋮。たしかリフディアに本社を置いていたな。神
殿協会御用達の武器制作会社だったか﹂
神殿協会。
大神道会と並ぶ二大宗教として世界を蹂躙しようとしている組織。
143
︱︱まあ表向きには﹃全知全能の神﹁ドグ﹂の御言葉によって世界
を安寧に導く﹄ということらしいのだが、彼らは大神道会と違って
神の名のもとに、と言って武力行使をもする連中である。
﹁⋮⋮じゃあお前の兄は神殿協会なのか?﹂
﹁兄どころか家族全員が神殿協会ですよ﹂
サリドは忌々しそうに呟いた。
﹁⋮⋮そうか。なんか済まないな﹂
リーフガットは何かを悟ってこれ以上聞くのを止めた。
刹那。
サリドたちが隠れていた瓦礫の山が爆発を起こした。
﹁サリド!! 逃げろ!! お前が爆乳上官と話しているうちに第
三世代の通信機器は復活したようだぞ!!﹂
と瓦礫の山から外を眺めて、グラムは叫んだ。
﹁やべぇ!! つい話してたらこのザマだ!! どうやってやつを
倒そう!!﹂
﹁倒すよっか行動不能に陥らせたほうが早い気がするけどな!!﹂
サリドとグラムは走りながら、話す。
144
生憎、あの第三世代はプロトタイプだったせいか速度が遅い。それ
がサリドたちにとっては運がよかったことなのだろう。
﹁⋮⋮待てよ。行動不能⋮⋮か﹂
サリドは何かを思い付いたのか、
﹁そうか⋮⋮。グラム!! 俺の言う場所を端末で調べてくれ!!﹂
そう言ってサリドはとある場所を言う。
﹁⋮⋮お、おいっ!! そこはたしか⋮⋮﹂
﹁いいから調べろ!! たしかこっから近いはずだ!!﹂
﹁⋮⋮わかった﹂
そう言ってグラムは携帯端末に指を滑らしはじめた。
145
10
発電技術は少なからず向上しているとおもう。
昔は火力やら水力やら、あった。
一番パーセンテージを占めていたのは原子力。しかしこれは何度も
問題がおき、暫く前に全廃となった。
今は、なんの力を使っているのか?
﹁たしか今は黄リンの非常に低い発火点を利用してタービンを回し
てるんだよね。圧力を操れば常温でも自然発火を起こしちゃうから﹂
﹁それでここにきたのか?﹂
サリドとグラムの二人は暗い廊下を走っていた。
﹁リーフガットさんは?﹂
﹁軍隊に命じていろんな戦車やらを連れてきて対抗するらしい。ま
ぁ、それでも二時間が関の山かな﹂
﹁そうか。じゃあとりあえず俺らはさっさとあれとあれのある部屋
を探さなくちゃな⋮⋮。外の部隊が全滅してしまう前に﹂
﹁なぁ、サリド? いったいなにを探しているんだ?﹂
146
︱︱二人のいるここはレイザリー中央発電所。
レイザリー王国の全世帯の6割の電気を賄っているところだ。
﹁グラムさぁ。話の流れからわかんないの? 僕が何を使おうとし
ているか﹂
﹁⋮⋮まさか﹂
サリドの思惑を知って、グラムは口が塞がらなかった。
﹁そうさ。それを使ってあのヒュロルフタームを破壊する。だから、
君も少し手伝ってもらうよ?﹂
147
11
そのころ、外では激戦が繰り広げられていた。
かたや世界最強の装備、ヒュロルフターム第三世代。
かたやヒュロルフタームの製造によって発展を妨げられた時代遅れ
の武器。
勝ち目は、見た目の時点で一目瞭然だった。
﹁⋮⋮これほどに、強いだなんて⋮⋮!!﹂
﹃どうやら君は見くびっていたようだな? 第三世代の凄さを﹄
﹁⋮⋮どうして動力源を取り払っても動くことが⋮⋮﹂
﹃﹁コード・ビースト﹂﹄
ヴァリヤーの言葉を聞いてリーフガットは身震いした。
﹃名前だけなら聞いたことはあるだろう?﹄
﹁⋮⋮いえ、意味すらも知っております﹂
リーフガットは深く息をついて、
﹁﹃ヒュロルフタームの抑えつけられていた真の力を引き出す﹄コ
ードでしたかしら?﹂
148
﹃そうだ。そのコードをつかえばおおよそ無制限に力を使うことが
出来る。しかしデメリットも存在するわけだな?﹄
﹁たしか、暴走をする︱︱正確にはヒュロルフターム個別の認識で
動く⋮⋮。だからノータの意志が通用しない﹂
﹃その筈だったのだよ。第二世代まではな﹄
ヴァリヤーが笑いながら、話を続ける。
﹃もしも、もしもだね。ノータがヒュロルフタームに溶け込んでそ
れで深いところから操っているとしたら?﹄
﹁⋮⋮!! それは我々人類にとっては禁忌のはず!! どうして
それができる!! サルベージできなかったらどうするつもりだ!
!﹂
リーフガットは思わず第三世代に向かって叫んだ。
しかしヴァリヤーは声色を変えず、
﹃禁忌? サルベージ? そんなの関係ないだろう? 今私にとっ
て必要なのは﹄
﹃﹁私にとって使えるか使えないか﹂だよ﹄
ヴァリヤーの言葉にリーフガットはうちひしがれていた。
149
﹁私は⋮⋮、こんなやつの下に仕えていたのかっ⋮⋮!!﹂
﹃⋮⋮疲れたろう? 君には結構重荷を背負わせていたからなぁ﹄
﹁⋮⋮なにを﹂
リーフガットがふと上を見るとリーフガットに向けて砲口が向けら
れていた。
恐らく、いや確実に、リーフガットを狙っている。
﹃君は今の今までがんばってくれたよ。私の計画の為にな。だから
思うことなく死ね﹄
リーフガット目掛けてコイルガンが撃ち放たれる︱︱!!
﹁⋮⋮あれ?﹂
⋮⋮はずだったのに、肝心の弾丸はリーフガットの体を貫いてもい
ないし、そもそも発射されたかも怪しかった。
﹃⋮⋮なぜだ!? なぜヒュロルフタームのコイルガンが効かない
?! この至近距離で撃てば避けられるはずがない!!﹄
ヴァリヤーが狼狽えていると、
150
﹃なにやってんだくそ親父。こんなとこでコイルガンを撃つとか何
考えてるんだおまえアホなのか?﹄
発電所のメガホンごしに声が聞こえた。
﹃その声は⋮⋮グラム!! 貴様いったいなにをした?!﹄
﹃何をしたって? さぁね。俺は何にもしてねーよ﹄
グラムは、乾いた笑いの後、
﹃あぁ。発電機をフル稼働させてコイルガンの弾道を変えるほどの
とヒュロルフタームの機体が揺れる。コイルガンに装
磁力を発生させたことだけかな?﹄
ガクン!!
填されている金属に反応している。このままだと動きに制限がかか
り、簡単に動くことができない。
﹃⋮⋮﹄
ヴァリヤーは考えていた。
︵まさか磁力を発生させるとは⋮⋮。しかもコイルガンの弾道を変
えるほど、だと? そんなの無理に決まってる︶
しかし。ヴァリヤーは思わずそれだけを口に出した。
︵結果的に今、それが為されてしまった!! このままだとまとも
151
にコイルガンを撃つことは難しいし、コントロールも不十分になっ
ていく!! さて、どうしたものか⋮⋮︶
﹁マスター﹂
不意に、無機質な声が聞こえた。
﹁う⋮⋮む﹂
ヴァリヤーはその無機質な声に曖昧に答えた。
声は、続く。
﹁マスター。このあと、どういたしましょう。出力をあと14.7
8%上げれば動力炉を傷つけることなく磁力にとらわれることなく
動くことが出来ます﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
﹁稼働、させますっ﹂
少女の答えと同時に、コックピットが小刻みに揺れた。
ゴウン、と音が響き、揺れはさらに増す。
152
12
そのころ、外にいたサリドたち。
﹁⋮⋮あのままだと、また復活しそうだぞ?! サリド、どうする
!!﹂
﹁まあ慌てるなって、グラム。わかってるよ、それくらいさ﹂
そう言ってサリドはグラムに何かを渡す。
﹁合図と同時にこれをやつに向かって投げろ。その隙を狙ってコッ
クピットに侵入する﹂
﹁サリド、おまえ何いってんだ?! まじでそれをやるつもりか!
!﹂
グラムの問いにサリドは大きく頷く。
﹁頼めるのはおまえしかいない。今から俺はあいつに向かう。それ
を確認して、五秒経ったら投げてくれ。わかったな?﹂
﹁⋮⋮わかった﹂
グラムは頷いて、それを受け取る。
そして。
サリドは第三世代に向けて走り出した。
153
横から行くのでもなく、真正面から。
﹁?! あいつ、馬鹿か?! いくらなんでも真正面から行くだと
?!﹂
グラムは双眼鏡から遠ざかっていくグラムを眺めて言った。
それは第三世代の中にいたヴァリヤーも考えていたわけで。
﹁マスター。正面からサリド・マイクロツェフと思しき人間が走っ
てきます﹂
﹁馬鹿な。この第三世代に素手で、しかも一人で挑もう、とでも?
そんなのは無理に決まっている﹂
﹁では、どうしましょう﹂
﹁どうもこうもない。コイルガンでも撃って恐怖を植え付けるか﹂
﹁⋮⋮了解しました﹂
ノータは僅かに躊躇った後、改めて操縦かんを強く握った。
そのときだった。
パン、と。
銃声にも似た破裂音が響いた。
154
﹁?﹂
それを聞いて思わずノータは操縦かんから手を離した。
﹁お、おい! 何をしている! さっさと彼奴に向かってコイルガ
ンを⋮⋮!!﹂
﹁無駄だよ﹂
冷たい、音がヴァリヤーの首筋に響いた。
ヴァリヤーはそれを聞き、狼狽えもせず、静かに尋ねる。
﹁⋮⋮サリド・マイクロツェフか?﹂
その質問に対し、銃を持つ男はもう一度冷たい音を響かせ、言った。
﹁ああ。そうだ﹂
155
13
サリドたちがやった作戦は単純明解である。
まずサリドが真正面から敵に向かって囮になる︵しかしあの二人も
まさかサリドが真正面から行くとは思ってなかっただろうが︶。
次にグラムたちから意識の離れる一瞬を使ってグラムが第三世代に
向かって手榴弾を投げつける。
手榴弾による電磁波によって第三世代に取り付けられているセンサ
ーが乱れている内にサリドが中に侵入しヴァリヤーを取り押さえる、
といったもの。
⋮⋮確かに、ここまでは作戦成功だった。
そう。“ここまでは”。
﹁さあ、どうする?﹂
サリドは未だに銃をヴァリヤーの首もとにあてて、言う。
﹁何がしたい? 何が望みだ。サリド=マイクロツェフ﹂
﹁これはこっちのセリフだ。ヴァリヤー﹂
﹁国のトップに近しい人間を呼び捨てとはね? 君も覚悟のうえか
?﹂
156
﹁うるさい。黙れ﹂
そう言って今度はヴァリヤーの頭に銃を置く。
ヴァリヤーは何をする素振りもなく、ただ両手を上にあげていた。
なにか手があるのか、と思っていたが手にはなにも握っているよう
な感じもないので、その可能性は振り払った。
﹁さぁ、目的はなんだ? あの子か? それともヒュロルフターム
第三世代か?﹂
サリドは尋ねると、彼は嗄れた声でこう言った。
﹁私はヒュロルフタームという人類の作り出した欠陥のある人間が
好きなわけでもないしほしいわけでもない﹂
続けて、
﹁だがそれが私たち委員会の目的に合致するものと見なされば、な
んだって使うし、なんだってする。人からモノを奪ったり、その為
に殺したり、な﹂
﹁委員会?﹂
サリドは怪訝そうに顔を歪め、
﹁ああ。何れ人類の要へとなる存在﹂
157
﹁﹃フォービデン・アップル﹄だ﹂
﹁⋮⋮﹃隠された林檎﹄?﹂
﹁⋮⋮辿り着けるかね? 我々の求める真実まで?﹂
ヴァリヤーは笑っていた。
首に銃口を突き付けられ、いつ命を落としてもおかしくないのにも
だ。
﹁⋮⋮﹃知恵の木の実﹄⋮⋮﹂
サリドは思い出したように呟いた。
﹁⋮⋮それさえわかれば我々の目的に大分近づいたと言えるな﹂
そう言ってヴァリヤーはサリドが気を緩めた一瞬の隙を狙って、横
腹に拳をあてた。
﹁ぐ⋮⋮ぁ⋮⋮﹂
﹁君にここまで潜入させられた以上、計画の実行は難しい。私はこ
こで逃げさせてもらうよ﹂
﹁ま⋮⋮て⋮⋮。この子は⋮⋮!!﹂
﹁あぁ。私が消えて暫くしたら催眠がとけるだろうから。慌てず待
てば良いのじゃないのかな?﹂
158
気づくとヴァリヤーの背中には簡易のパラシュートがついていた。
﹁⋮⋮待て!﹂
サリドが言ったのも虚しく、ヴァリヤーは大きく扉を開け放ち、そ
こから飛んだ。
159
14
﹁﹃フォービデン・アップル﹄ねぇ⋮⋮﹂
第三世代を安全に停止させたのち、サリドはリーフガットとグラム
に今までのことを話していた。
﹁なにかわかります? リーフガットさん﹂
﹁たしかヒュロルフターム・プロジェクトの管理団体がフォービデ
ン・アップルという名前だったわ。でもあの団体は三年前に解散さ
せられたと聞いたけど﹂
﹁もしかしたら、今回の一連はフォービデン・アップルが関係ある
かもしれないんです﹂
﹁⋮⋮だろうな。ヴァリヤーが国を裏切ったのではなく、フォービ
デン・アップルそのものが裏切った、ということなのか。いや、そ
もそもそれはなんなんだ?﹂
﹁たしか﹃知恵の木の実﹄と言ったあのとき、﹃それさえ解ってい
れば正解は近い﹄などと言われましたけど﹂
﹁それを早く言え馬鹿﹂
リーフガットは言葉よりも先に拳をサリドにぶつけていた。
リーフガットは一回咳払いをして、﹁⋮⋮ともかく﹃知恵の木の実﹄
。まためんどくさいものをヒントにしたわね﹂
160
忌々しそうに呟いた。
﹁そういえばノータはどうした?﹂
グラムは、話の話題を変えようと半ば必死に尋ねた。
﹁ここにいるけど?﹂
サリドは後ろを指差す。するとそこにはサリドの肩くらいの身長の
少女が恥ずかしそうに立っていた。服はノータが着るものだが、そ
れが原因なのだろうか。
﹁⋮⋮名前は?﹂
リーフガットは笑いながら、丁寧に、最大限の優しさ︵自称︶で尋
ねた。
﹁⋮⋮フランシスカ﹂
﹁フランシスカ=リガンテ=ヨシノ﹂
彼女は泣きそうな声ながらもはっきりと、自分自身の名前を言った。
161
15
そのころ。
ヴァリヤーは瓦礫の街を逃げていた。
最初は走っていたのだが、軍人とはいえ体は老人。体力も尽きて、
ゆっくりと歩いていた。
﹁こんなことになるはずは⋮⋮﹂
ヴァリヤーは息も絶え絶えながら、呟いた。
そんなときだった。
﹁逃げるのか?﹂
ふと、背中から声が聞こえた。
﹁⋮⋮貴様、なぜここに﹂
﹁逃げるのか?﹂
それはヴァリヤーの言葉に聞く耳をもたず、ただ繰り返した。
ヴァリヤーは声の発生源があるとみられる後ろに振り向くことがで
きなかった。しなかったのではない。できなかった、のだ。
﹁⋮⋮フィレイオか⋮⋮。何のようだ?﹂
162
ヴァリヤーが振り向かない理由。
それは、熱。
背中から伝わってくる、熱でヴァリヤーはまるでサウナに入ってる
ような感覚に襲われる。
﹁⋮⋮私をどうするつもりだ?﹂
何度も尋ねるヴァリヤーにフィレイオは答える。
とても、静かな口調で。
﹁なに、簡単なことですよ﹂
刹那、轟!! と空気を吸い込み、炎の渦が形成された。
無論、振り向かないヴァリヤーにはそれを解ることはできない。
﹁まさか⋮⋮委員会が裏切ったとでも言うのか?! ヒュロルフタ
ーム・プロジェクトの創始者である私を?!﹂
﹁あぁ、そうそう。忘れていました﹂
フィレイオは歌うように言葉を紡ぐ。
﹁ライジャックさんから一言、伝言です。﹃ご苦労さま☆﹄ってね﹂
そして、
163
炎の渦がヴァリヤーを包み込んだ。
そのころ。
会議室のような部屋で大きな丸テーブルを境として何人かが座って
いた。
全員分埋まっているように見えた座席は不自然にひとつだけ空いて
いた。
﹁ヴァリヤーがやられたらしいな﹂
一番右端にいた男が言う。
﹁⋮⋮やつは結構横暴でせっかちだったからな。仕方はないだろう﹂
別のところにいた別の人間が答える。
﹁しかし、ヒュロルフタームプロジェクトに関わっていた人間を殺
すとはだいぶ惜しい事をしたがね﹂
﹁なぁに、仕方あるまい﹂
﹁計画の方が先だ﹂
164
ひとまず、サリドたちはこの事を報告すべく、国王や関係各位に連
絡をつけた。
そしてヴァリヤー・リオールを全世界に手配することに決定した。
⋮⋮もういない人間であるというのに。
ただ、そのことはサリドたちにはまったく解らないことであった。
ところは変わり。
﹁⋮⋮まったく、一番“殺し”でめんどくさいのは“死体の処理”
だよねー﹂
フィレイオがずるずると何かを引っ張っている。
それは“見ようによっては”人に見える、なにか。
﹁さーってと﹂
フィレイオは思いきり力を入れて、既に掘ってあったであろう穴に
それを放り投げた。
フィレイオはその穴に適当に土を放り捨て、どこか当てもなく歩い
ていた。
165
﹁⋮⋮まったく最近は組織の人も人使いが荒いよ。僕ら﹃オリジン﹄
をなんだと思ってるんだか﹂
﹁えぇと? 次は何処だったっけ?﹂
フィレイオはポケットに入れてあった紙を開く。
﹁ふうん。南、か。まったく。次こそは面白い戦いになってほしい
もんだよ⋮⋮。ありゃ?﹂
フィレイオがポケットを探ると、封筒があった。
﹁こんなのあったっかな?﹂
フィレイオは口笛を吹きながら、ほんとうに楽しそうな感じで、封
筒を開いた。
その中に入っていたのは︱︱写真。
﹁なに。次の指令はこいつら焼けばいいの? ⋮⋮久々に面白くな
りそうだねぇ﹂
フィレイオは写真を見て恭しく笑っていた。
その写真は︱︱サリドとグラムの写真だった。
166
16
そして、混乱も収まり、休暇も終わりを告げた。
﹁あー。なんだか、長いようで短い休みだったなー﹂と欠伸をしな
がらグラム。
﹁だって一週間のうち2日は戦闘。3日は清掃。残りの2日もリー
フガットさんの始末書を書くのを手伝ってたからねぇ。休みなんて
ないようなもんだったよ﹂となんかの雑誌を見ながらサリド。
﹁というか、サリド。おまえ、何読んでるんだ?﹂
﹁あぁ。ヒュロルフタームのミリタリー雑誌。オリハルコンとか人
工プラチナとかの新素材を特集してるみたいだから一冊買ってみた﹂
﹁へぇ。それいくらなんだよ⋮⋮ 3万ムル?! なんでこんな1
00ページもない雑誌がこんな高いんだーっ!!﹂
グラムの怨念にも似た叫びを聞いて、サリド。
﹁ああ。なんだかね、これが付いているみたいだから﹂
そう言ってグラムに手渡したのは⋮⋮サイコロほどの大きさの小さ
な立方体。
﹁⋮⋮なんだこりゃ?﹂
167
﹁なんでも﹃クロムプラチナ﹄って言うらしいよ。硬度で最高を誇
るプラチナと柔軟性に長けた炭素を組み合わせたとか。ヒュロルフ
タームの関節とかに使われてるんだと﹂
﹁⋮⋮こんなもん販売しないと思うがな﹂
グラムは胡散臭そうにそれを眺めていた。
サリドたち二人がいた部屋に、リーフガットがノックもせずに入っ
てきたのは、それからしばらくしてだった。
ティータイムを優雅に迎えていた二人にとってはこれ以上の邪魔は
ないだろう。
しかし彼女は二人にとっては上官。命令は絶対服従なのだ。
﹁リーフガットさん⋮⋮? どうしましたか?﹂
サリドがまず声をかける。
﹁どうしたもこうしたもない。また戦争が始まるからあんたらを回
収しにきたのよ﹂
﹁へぇ。つぎはどこなんですか? 個人的にはリフディラだけはち
ょっと⋮⋮﹂
﹁どうして?﹂
168
﹁ほら。ちょっとリフディラって気候はいいから過ごしやすいんで
すけど、レジスタンスが活発に活動してるじゃないですか。これま
で以上に泥沼な戦いはあまり⋮⋮﹂
﹁そうかー。リフディラがいやなのかー﹂
リーフガットはわざとらしい口調で言った。
﹁残念だ。ホントに残念だ。リフディラは南半球だから夏だぞ? 楽しいバカンスになるかもなぁ﹂
︱︱その後その二人が快諾したのは言うまでもない。
169
行間 ?
透明病、というのを知っているだろうか。
初めは風邪に似た症状を起こし、その後末端から体が透明になって
いく。
︱︱そして、やがては完全に肉体が消失してしまうのだ。
原因は解っておらず、今も一千万人の人が苦しんでいるという。
対処法と言えばただひとつ。毒を吸い取ることに限る。
ただし毒を吸い取る、と言っても、機械を用いるのではない。
かつて、吸収と排出を自由に操る能力の人間がいた。それも遠い昔
の為、伝承に過ぎないのだが。
その人間の子孫︱︱正確にはそうといわれている人間は排出こそ出
来ないがどんな物質でも吸収することができる。
ただし、その物質の保管は、能力者の体内、だ。
例外は、ない。
その能力者は﹃シスター﹄と呼ばれ、自分たちのことを﹃シスター
部隊﹄と呼んでいる。
一度透明病に蝕まれた体は例え毒を抜ききっても正常な肉体となる
170
とはいえない。
即ち、そういうことなのだ。
さて。
あの二人はどう立ち向かう?
171
1
バカンスといえば。
海である。水着である。
しかし、こうも考えられないか?
﹁リフディラって南半球かー。しかも12月ってことはミニスカサ
ンタが拝めるのか?﹂
﹁まじかっ。それはなんとも素晴らしいぜっ﹂
トラックの中、サリド=マイクロツェフとグラム=リオールの二人
はそんな話をしていた。
彼らは今、トラックの中であって、トラックの中でない空間にいる。
それはつまり。
﹁しかしまぁ、こんな飛行機でトラックを何台も運ぶなんてなぁ。
今回ばかりは金のかかってることだ﹂
﹁グラム、相変わらず情報収集をしない人間だね? 今、リフディ
ラになにが蔓延ってるか知ってる?﹂
﹁反乱軍だろう。それくらい解ってる﹂
﹁そうだ。反乱軍だ。しかし、そいつらが何をしているか、それは
172
解ってる?﹂
﹁⋮⋮﹂
グラムは黙ったまま答えない。
﹁⋮⋮ヒュロルフタームは、様々な金属から構成されている。また、
それは、何れか一種類の金属が欠けたとき、ヒュロルフタームは完
成しないことを意味している﹂
﹁なにを煙にまいたような発言していんだ。さっさと言ってくれ﹂
グラムは半ば苛つきながら、言った。
﹁だからな⋮⋮僕らが今から行くのはヒュロルフタームの材料とな
る金属の鉱山に行くんだよ? あれをあのままにしちゃ、反乱軍の
収入源とになってしまうからね﹂
﹁なるほどな。即ち俺らはそれを反乱軍から取り上げるために向か
う、と言うことだな﹂
﹁取り上げる、よりかは取り返す、に近いかもね。今行くとこはリ
フディラ独立以前はうちの領土だったらしいし﹂
サリドは端末を指で弄りながら言う。
﹁⋮⋮というか、暑くなってきたな⋮⋮。これが今のリフディラか
⋮⋮﹂
173
グラムが腕を捲りながら言う。
﹁じゃ、涼みに行けば? 今なら飛行機の冷凍室が開いてるよ。た
だし氷点下70度だけど﹂
﹁⋮⋮サリド。つまりそれは俺を凍死させる、という意味か?﹂
174
2
リフディラ民主主義共和国。
15年前、レイザリーから独立した新興国である。
レイザリーの国土の半分にも満たない小さい国であるものの、資本
主義国としてヒュロルフタームも保有している立派な国家である。
しかしながら、現在、社会主義を追求する反乱軍からの攻撃を受け、
政治は不安定である。言うならばやじろべえのようなものか。
﹁そのやじろべえが完全に崩れるのを防ぐのが今回の我々の仕事だ﹂
ブリーフィングで、まるで大学の講堂のような広い部屋で、マイク
を持って話すのはリーフガット・エンパイアーだった。
﹁まず鉱山にクーチェをセットする。相手はこの前のような巨大生
物兵器を保持している可能性が高いとみている。みんな、心してか
かるよーに﹂
挨拶とも叫びともとれる声を兵士たちは発して、一礼し、どんどん
去っていく。
﹁おいおい。いくらなんでも早すぎやしないか?﹂
﹁何言ってるんだ。グラム。侵攻は深夜だよ。みんなは今から床に
つくの﹂
175
﹁⋮⋮寝るのかよ!! というかこの雰囲気の中寝るとかある意味
猛者だな!!﹂
﹁何言ってるんだ? 一番先に眠る君が言うセリフじゃないだろ?﹂
グラムの驚きとは裏腹にサリドは少し馬鹿にするように笑っていた。
そして、辺りが宵闇に包まれた頃。
﹁⋮⋮眠い。サリド、コーヒーくれ﹂
﹁そんなものないよ﹂
﹁それじゃ、お前が今手に持ってるいかにも暖かそうな湯気を出し
たカップに入った黒い液体はなんだ?﹂
﹁これはリーフガットさんの。さっき、持ってこいって命令された
んだ﹂
サリドは退屈そうに言った。
﹁⋮⋮!! サリドいつの間にそんな関係を作り出してたんだ?!﹂
﹁すごく意味が違う風にも捉えられるからやめてくれないかな﹂
大きな欠伸をしながら、サリドは言った。
176
3
少しして、リーフガット・エンパイアー率いる部隊はブリーフィン
グどおりの配置となった。
と、言っても何をするかは単純明解。
鉱山を壊さないようにクーチェを出し、反乱軍を殲滅する。それだ
けのこと。
﹁あれだな。いくらなんでも今度こそは暇だよな。だってまわりに
いっぱい仲間がいるんだぜ﹂
とグラム。
﹁そうだな。俺だってもともとはヒュロルフタームの設計士を目指
す為にきた学生だぜ? なんで誰もやらないようなことをやるよう
になったんだろうなぁ?﹂
とサリド。
彼らは今いったいどこにいるのか、と言えば。
﹁⋮⋮にしても暑いなー。なんでこんな暑いところにいなきゃいけ
ないんだ?﹂
﹁命令だから仕方ないだろ。ともかく俺らはここで待機して仲間を
待つんだよ﹂
177
サリドとグラムはまるでテンプレート通りの南国にいた。
ヤシの木に、青い海、白い砂浜。
そしてそこに不釣りあいな白いコンクリートの建物と迷彩服を着て
アサルトライフルを持った男が二人。
﹁⋮⋮あぁ。泳ぎたい﹂
﹁暑いもんな。泳ぎたい気持ちは俺にだってわかるさ﹂
﹁それを言いたいのは私なのだがなぁ﹂
サリドとグラムの会話に横入りしてきたのは彼らの上司、リーフガ
ットだった。
彼女は今、普通の青い軍服にを着ているが、やはり彼女も暑いのか、
持っていた書類を団扇代わりにして扇いでいた。
﹁ああ、暑い。ほんとうに暑い﹂
うざったそうな口調で彼女は言った。
﹁でも一番暑いのは姫様でしょうね﹂
﹁そう思うでしょう? でも実はヒュロルフタームのコックピット
は熱が隠らないようにしてあるし、温度を自動調節しているのよ。
ノータがかく汗がノータ自身の不安要素になるらしいからね﹂
178
﹁なるほど。たしかに部隊の要であるヒュロルフタームのノータに
は最大限の配慮が必要ですしね﹂
﹁とりあえずさっさと終わらせるぞ⋮⋮。今回は反乱軍殲滅と同時
に暫定自治の部隊引き継ぎもあるから10日程滞在せねばならない
んだ﹂
﹁リーフガットさん。初耳ですよ、それ﹂
サリドがため息を、ただしリーフガットやグラムには聞こえないほ
ど小さなものだが、つきながら言った。
179
4
さて。リーフガットとサリドとグラムが会話をしているとき、問題
の戦場はどうなっていたかといえば。
﹁⋮⋮そんな馬鹿な﹂
拡声器から、声が響く。ヒュロルフターム・クーチェに乗るノータ
によるものだ。
彼女は今、部隊の大半とともに反乱軍が支配する鉱山にやってきた。
そこまで無傷でいけたことがまず奇跡だが、よくよく思うと本拠地
にも人がいないのでは話にならなかった。
﹁⋮⋮いったい、どういうこと?﹂
と、姫様は少し咳き込みながら言った。その際兵士の一人が心配し
て声をかけたが、姫様は﹁大丈夫﹂とだけ言って、その場から撤退
した。
結論から言おう。
基地に戻ってすぐ、姫様が倒れた。
180
熱をはかると普通の風邪程度ではあるものの、十分に休息をとらせ
ることとなった。
﹁⋮⋮疲労かしらねぇ。ここ数ヶ月忙しかったし﹂
リーフガットは、一応予防の為にマスクを着用しているが、姫様の
額に冷たいタオルをのせながら、言った。
氷水を持って廊下を歩くのはサリド=マイクロツェフだった。
﹁絶対この氷水多いよな⋮⋮。普通なら水枕にしてくれよ⋮⋮﹂
と愚痴を溢しているが、先程それは修理工のばあさんにも言ったら
ナットが飛んできたのでリーフガットの前で言うのはあまり好まし
くない。
さて、グラム=リオールは何をしているかと言えば。
⋮⋮全員の服の洗濯である。
﹁⋮⋮ったく、なんで俺ばっかりこんな不幸な仕事ばっかり押し付
けられなきゃいけないんだ?﹂
グラムはそう言いながらも手際よく10台以上ある巨大洗濯機のス
イッチを押した。
こういうところの機材というのは音があまり出ない、静かなものと
なっている。理由は単純明解で、その音によって、敵に居場所を知
181
られてしまうのを防ぐためだ。
﹁あー、暇だな⋮⋮﹂
と言ってグラムは近くにあった雑誌に手を取る。
それはサリドが朝読んでいた雑誌でグラムも横目で観ていたのだが、
まあ、暇潰しにはどうってことはない。
その雑誌はミリタリー雑誌︱︱ではなく、世界の様々なニュースを
取り扱った雑誌だ。ニュースペーパーの廉価版とでも言うべきだろ
うか。
グラムは適当に飛ばし飛ばしで読んでいた。
その雑誌に書かれているのは嘘であり真である。もともとは小さな
ニュースだったのが記事によって誇大化される︱︱というのもよく
あるケースだ。
だがしかし。
グラムはひとつの記事に目を向けた。
それは透明病についての危険を喚起したものだった。
そこに書かれていたのは透明病が初め風邪のような症状で、後に高
熱を伴うことが書かれていた。
﹁あれ⋮⋮? これってまさか⋮⋮?﹂
182
グラムは一つの可能性を提示した。
そう。透明病というのは、
今の姫様が患っている症状そのものだったからだ。
183
5
リーフガットは医者を呼んでいた。医者といっても部隊に備え付け
の軍医だが。
﹁ふむ⋮⋮﹂
医者は聴診器をあて、怪訝な表情を示した。
﹁どうですか?﹂
リーフガットが心配そうな目で見詰めていた。
﹁芳しくありませんね。薬を投与しても治らないならば風邪ではな
いのかも⋮⋮﹂
﹁風邪でなければ⋮⋮﹂
﹁透明病﹂
医者はしばらくして、呟くように言った。
﹁⋮⋮透明病、ですか?﹂
﹁聞いたことがないようですな。たしかにレイザリーでは縁も所縁
もない病名でありましょうからな﹂
﹁その⋮⋮透明病、とはなんですか?﹂
184
リーフガットが医者に丁寧に尋ねる。
﹁簡単だ。早い話が消えてなくなってしまうのだよ﹂
医者は何の躊躇もなく話した。
﹁消えて⋮⋮なくなる﹂
﹁あぁ。そうだ。この症状の進み方から行けば⋮⋮1ヶ月くらいで
そうなってしまうんじゃないのかね﹂
﹁助ける方法はないのか。あなたは医者なのだろう?﹂
﹁と言われてもねぇ。僕は神でもないから。確かに僕は何千人もの
人を救ってきた。だから﹃生と死の番人﹄とも喚ばれるが、さすが
に今回ばかりは⋮⋮いや、﹂
話が不意に途切れた事に思わずリーフガットは目を合わせる。
﹁そういえば、まだいましたね。透明病の毒を吸い取り、ある程度
の条件つきだが、治してくれるところが﹂
﹁どこですか?!﹂
そして、医者は呟く。
﹁⋮⋮シスター部隊﹂
と。
185
﹁シスター部隊⋮⋮﹂
﹁えぇ。そこならば姫様を助けられる筈です﹂
医者はすっかり髪のなくなった頭を撫でながら言った。
﹁⋮⋮まて。ならばシスター部隊はどこにいる?﹂
﹁今は全国を回っている筈ですからリフディラの何処かにいるかと﹂
﹁阿呆。リフディラと言っても単純計算でレイザリーの半分はある
んだからね⋮⋮。そこを虱潰しに探すといっても1ヶ月で済むかど
うか﹂
﹁大丈夫です。大体場所は把握しています﹂
医者はまるで直射日光の太陽のように爽やかに笑う。
そして、医者は静かな口調で言った。
﹁ここから北へ60km離れた首都ウェイロック⋮⋮。そこにシス
ター部隊は駐留しています﹂
186
6
﹁なるほど。⋮⋮しかし軍医﹂
﹁なんでございましょう?﹂
﹁なぜそれを知っている?﹂
﹁私とて昔はシスター部隊に関わりのある医者だったのですよ。そ
の際仲のいいシスターから聞かされましてね﹂
なるほど、とリーフガットは呟いた。
﹁にしても⋮⋮。誰に姫様の警備を頼むか⋮⋮﹂
とリーフガットが虚空に目をやった。
そのときだった。
ドアのノックが部屋に響いた。
そして。
﹁どうやら来たみたいですね﹂
笑って、言った。
﹁失礼します。氷水持ってきました﹂
187
一人目はサリド=マイクロツェフ。さっき彼が言った通り、氷水を
ここに持ってきたのだ。
﹁失礼します。ちょっと用があって﹂
丁寧な口調になれていないのか、少しイントネーションがおかしい
二人目はグラム=リオールだった。
﹁サリド。グラム。ここで待て。すこし話すことがある﹂
リーフガットの平坦な口調に思わずサリドとグラムは肩を震わせた。
﹁⋮⋮なんですか﹂
サリドがようやく口を開いてリーフガットに尋ねる。
﹁⋮⋮まさかまたあの生物兵器を俺らだけで片づけろとか言うんじ
ゃないですよね?﹂
グラムがサリドの発言に付け足したように言った。
﹁違う違う。もっと重要な任務よ﹂
﹁?﹂
﹁リフディラの首都ウェイロックに行って、姫様の診断が出来るシ
スター部隊を探しに行くのよ。出来るだろう?﹂
188
7
﹁首都へ⋮⋮!! 姫様に何が? ただの風邪じゃないんですか?﹂
﹁まあ、ただの風邪ではないことは言っておこう﹂
サリドの問いにやんわりとリーフガットは答える。
﹁⋮⋮透明病、じゃないですか﹂
﹁⋮⋮グラム。お前それを何故﹂
﹁⋮⋮サリドが持ってたミリタリー雑誌に書いてあっただけです﹂
グラムの話を聞いてリーフガットは思考する。
﹁とりあえず﹂
口を開いたのはリーフガットではなくサリドだった。
﹁姫様を助けるために医者が必要なんですよね?﹂
﹁あ、あぁ。そういうことだ﹂
﹁行きます﹂
サリドはあっという間に即決した。
189
﹁サリドおまえ⋮⋮。少し考えるとかしねーのかよ! 普通なら態
々敵のスパイがいるであろう国を回ろうなんて思わねーよ!!﹂
﹁じゃあグラムはほっとくんだね? 姫様を﹂
サリドの問いにグラムは言葉を失った。
答えられる言葉が、彼には浮かばなかった。
そして浮かんだ彼なりの言葉は至極ベクトルを変えたものになった。
﹁⋮⋮それって好き嫌いの感情抜きなのか?﹂
﹁うつらないとは限らない。危険と隣り合わせよ。透明病になるの
は確実。それでも?﹂
﹁リーフガットさん。任務を断る理由なんて僕らにはないですよ﹂
サリドは笑って答える。
190
8
ということで。
サリドとグラム、そして姫様を対象とした臨時のブリーフィングが
開かれた。
姫様は他の人間のことも考慮して閉鎖空間にひとりぼっちでテレビ
電話というシステムで行われることとなった。
それを見てサリドは少し悲しくなったが、そんな気休めばかりの言
葉をかけても意味はないと、思った。
﹁とりあえず首都ウェイロック迄の計画を言うわね﹂
リーフガットが目の前の机に大きく地図を広げた。
﹁ウェイロックはここから西方70km。そう遠くはないわ。軍用
車を貸すからたぶん三日とかからずに着く筈よ﹂
﹁問題はそれから、ですね﹂
サリドの言葉にリーフガットはしおらしげにうなずく。
﹁シスター部隊は何処かの宿屋に停留しているらしいわ。白地に赤
の十字架の旗がかけられているはずだから、それを目印に﹂
﹁それじゃあ、オーケー?﹂
191
リーフガットの言葉に三人ははっきりと頷いた。
﹁それじゃあ、行こうか﹂
次の日、サリドとグラムは軍用車に乗り込んでいた。
後ろの座席は取り外されてベッドが置かれている。そこに寝かされ
ているのは姫様だ。今日は調子がいいのか上半身を上げ、ぼんやり
と外を眺めていた。
﹁大丈夫かい? 姫様﹂
助手席に座っていたサリドが後ろを向いて言う。一応いってはおく
が運転するのはグラムだ。
﹁⋮⋮大丈夫。今日は気分がいい﹂
﹁無茶しちゃ駄目だよ。寝れるときに寝ておいてね﹂
﹁⋮⋮分かった﹂
サリドは微笑みながら、後ろのとびらを閉めた。
﹁サリド、ほんとにこの道であってるんだよな?﹂
グラムはサリドが姫様と会話を終えるのを見計らって言った。
﹁ん? 合ってると思うけど⋮⋮? ちょっと待って。地図見てみ
192
る﹂
そう言ってサリドは助手席の前にある収納スペースから少し埃がつ
いている古い軍用の地図を取り出した。
﹁えーと⋮⋮今はLS76だね。このまま行けばウェイロック首都
自治区に入るからあとは道なりに行けば﹂
﹁りょーかいっ﹂
そう言ってグラムはアクセルを踏み込んだ。
﹁にしても、辺鄙な土地だよなぁ。誰も彼もやる気がないみたいだ﹂
﹁みた感じ雨があまり降らない土地みたいだし農業を諦めてるんじ
ゃないかな? 土地も随分栄養がなくて痩せ細ってるしね﹂
サリドはまたも雑誌を読みながら言った。
﹁サリド。お前はほんとに雑誌を読むのが好きだな⋮⋮。ってか今
は何の本なんだ?﹂
﹁ん? えーと確か⋮⋮﹃ラミアーの電気学が丸ごとわかるガイド
ブック﹄だけど﹂
﹁なんじゃそりゃ﹂
193
9
2時間後。
日が傾いてきたころにようやく三人を載せたトラックは首都ウェイ
ロックに到着した。
ウェイロックはもともと城塞が建築され、それを中心として広がっ
た、言わば城下町である。
堅牢な建物の間を、蜘蛛の糸のように張り巡らされている石畳の道
路を軍用のトラックが走っているのだ。
一応、レイザリーとリフディラは同盟関係にあるためこういうこと
はしても構わないのだが、やはりなんだかそういうのは緊張してし
まうものなのである。
﹁何処だろうな。宿屋は⋮⋮﹂
トラックに乗りながら、サリドとグラムは慎重にリーフガットから
言われたマークの旗が掲げられた宿屋を探す。
﹁彼処じゃない? ほら﹃グラン・モーレ﹄って書いてあるとこ﹂
サリドが唐突に言ったので、グラムもその方を見た。
すると確かにその通り、白地に赤の十字架のマーク⋮⋮シスター部
隊のマークの旗が掲げられていた。
194
﹁彼処か﹂
そう呟いてグラムは宿屋グラン・モーレの傍に車を停めた。
﹁失礼する﹂
グラムはグランモーレの扉を開けた。
中は質素ながらも埃一つない綺麗さだった。なるほど、シスター部
隊が駐留する宿屋らしいかもしれない。
カウンタに座る無精髭を顎に生やした男にサリドは話しかけた。
﹁ちょっと聞きたいんだけど﹂
﹁ん?﹂新聞を読んでいた男はサリドの言葉に怪訝な表情を見せて
言った。
﹁ここにシスター部隊がいると聞いたんだが﹂
その言葉を言った瞬間、男の眉がぴくりと痙攣したかのように動い
た。
﹁⋮⋮あんたら余所者だろ? しかも服装からしてレイザリーだな
?﹂
サリドは頷く。
﹁だめだ。諦めな。シスター部隊は今は結構忙しいらしいからな﹂
195
そう言ってまた男は新聞を読み始めた。
﹁どうしたんですか?﹂
サリドたちが諦めて帰ろうとしたそのとき、奥の方から声が響いた。
それはとても透き通った声で、声を聞いた者を優しく包み込むよう
な⋮⋮そんな声だった。
﹁シスター・ビアスタ。何故この時間にここへ?﹂
宿屋の店主は先程とはうってかわって、緩めた口角をこれでもかと
いうほど高くあげ、優しい声で言った。先程の峻厳そうな近寄りが
たい雰囲気を放っていた店主は何処へやら。
そしてシスター・ビアスタと呼ばれた方は白いローブを着ていた。
頭に被る帽子の部分は今は後ろの方に置いてあり鮮やかな黄色の髪
を見せている。彼女はまるで羽と輪っかさえあれば天使のようにも
見えてしまう存在だった。
﹁薬草を調合していたのですよ。ところで⋮⋮そちらは?﹂
シスター・ビアスタが困惑の表情を示しその視線をサリドに送った。
﹁あぁ。こちらは⋮⋮﹂
今度は店主が困惑の表情を示した。
サリドはここぞとばかりにまくし立てるように言った。
196
﹁透明病の患者がいます﹂
空気が凍りついた。
誰も何も言わない状況。
﹁⋮⋮おや。それは不味いですね?﹂
シスター・ビアスタは先程の困惑の表情のまま首を傾げた。しかし、
その眼は獲物を狙う蛇のように鈍く光っていた。
﹁とりあえず二階に運んで下さい。店主。奥の昇降機を借ります﹂
そう言ってシスター・ビアスタは素早く階段を登った。三人の返答
を得ないまま。
197
10
とりあえず、シスター・ビアスタの言う通りにすることとした。
車に寝かせていた彼女を下ろし、二人がかりで奥にある昇降機に持
っていった。
この世界で昇降機は珍しくない。油圧式の昇降機は現在、殆どの国
の主要都市に使われているからだ。まあ普通に考えれば何十メート
ル級の人型戦闘兵器があるのだからそれくらいの技術があってもお
かしくはないだろう。
﹁にしても、こんな一宿屋にねぇ。儲けてるんだなぁ﹂
グラムが呟くとグランモーレの店主は恭しく笑った。
驚くべきことに、この宿屋グランモーレはシスター部隊の貸し切り
だという。五階建てらしいのだが、その五階までがシスター部隊の
場所として埋まっているのだという。
そして⋮⋮ここは三階。ベッドが大量に置かれていて簡易の診療所
となっていた。
シスター・ビアスタは三階に着いてから席を外すので少し待つよう
に命じ、昇降機を用いて上に向かっていった。
⋮⋮三人は残された部屋でただ俯いていた。
﹁⋮⋮大丈夫なのかな﹂
198
サリドが唐突に呟いた。
﹁え?﹂
﹁たしか透明病って永遠に治らないものなんだろ? このまま治ら
ないで死んじまったら⋮⋮﹂
﹁ばかやろう﹂
グラムから今まで押さえ込んでいた苛立ちが零れた。
彼はたぶん何を考えていたのかわからなかっただろう。彼は言葉よ
り先に体が動いていた。
サリドの右頬に衝撃が走り、サリドは少し後ずさった。
﹁な、なにするんだっ﹂
サリドが叩かれた右頬を抑えながら、言った。
﹁⋮⋮サリド。おまえ、何言ってんだ? 姫様も、勿論俺も、あの
シスターさんだって諦めちゃいねぇのにお前だけ諦める、ってのか
? そんなの理不尽だろ?! 負けずに必死に頑張ってる姫様は諦
めてねぇんだ!! お前はそれが解ってんのか?!﹂
グラムは早口でまくし立て、さらに、
﹁サリド。俺達が諦めちゃだめなんだよ。最後の綱なんだよ。だか
らお前も諦めるな。俺も諦めないから。な?﹂
199
グラムの言葉にサリドは最初は何も反応出来なかったが、その後に
頷いた。
﹁⋮⋮あのー、少年漫画のような熱血喧嘩展開は外でやって頂ける
と助かるんですが⋮⋮﹂
不意に声がしてグラムとサリドはその声がした方を向くと、
どうしたらいいのか解らずに慌てている、何か大量の物をもったシ
スター・ビアスタの姿があった。
200
11
﹁ははぁ、それでですか。確かにこういうのは初めはとっても心配
しますものね﹂
﹁申し訳ない﹂
グラムは何故か顔を紅潮させて、謝っていた。
風邪でもひいたのか、とサリドは聞こうとしたが野暮だったので止
めておいた。
﹁⋮⋮とりあえずありったけの治療薬を探してきました。といって
も﹂
シスター・ビアスタは俯きながら姫様の方を見て、言った。
﹁私だけでは完治させるのは難しいでしょう。だから、ひとつ。あ
なたたちに頼みがあります﹂
﹁頼み?﹂
﹁はい。あなたたちはこれから北のヌージャヤックという場所に行
ってシスター部隊のリーダー、﹃エンゼルハンド﹄に会ってここに
連れてきて下さい﹂
201
12
そのころ。リーフガットたちがいる基地では掃除諸々を行っていた。
なんとなく兵士の覇気がないようにみえるのは敵のアジトまでよう
やく辿り着いたら実はもぬけの殻だった、ということが響いている
からだろう。
﹁ほら、シャキッとするー。でないと暫定休暇の日数が減るよー﹂
パイプ椅子に腰かけて書類の束を団扇代わりに使っているのはリー
フガット・エンパイアーだ。彼女もまた、今回の作戦のあまりにも
呆気ない結果に少なからず落胆していた。
リーフガットは自分の部屋の書類の整頓を行っていた。といっても
そこまでではなく、例えば書類の束で机や床その他諸々が覆われて
いるとか、精々軽い掃除くらいだった。
斯くして今はテレビを見ながらアフタヌーンティーを飲んで一段落
ついているところであった。
﹁夏とはいえこの辺は寒いな⋮⋮﹂
そう呟きながらリーフガットはアフタヌーンティーを一口、口に含
む。
テレビではちょうど祭りのシーズンからかその宣伝しかやっていな
かった。といっても今は、仮にそれを見ているのが資本四国の人間
としても、うざったく感じることだろう。
202
何故ならば今はレイザリーの首都にて行われている慰霊祭の放送を
しているからだ。たぶん世界のどこを見ても故人を偲ぶ時に世界ト
ライアスロンの宣伝なぞするとは思えない。
しかしながらレイザリー王国は資本主義国の最大権力を持つ国であ
り資本四国でも中心代表国を担う重要な国であり、それを仮に行っ
ても誰も注意しない。だからレイザリーでは資本と人心倫理の欠如
が見られ、それが社会問題にまで発展してしまっているのだ。
話を戻すと、﹃慰霊祭﹄とは10年前に発生したとある事故で亡く
なった人間を慰霊するためのものである。
その事故は未だ多くの謎が解明されておらず遺族と国との間で亀裂
が走っている。
その事故とは、ヒュロルフタームの“暴走”。
現在使われているヒュロルフタームのナンバリングは初号機からと
なってはいるが、その大本となる零号機が存在していた。
その名はズリ。
ヒュロルフターム・プロジェクトが母体となって試作品エヴァード
を作り上げ、それを基にしてズリが誕生した。その後次いでクーチ
ェが完成するのだが⋮⋮。
その間に起きた事故である。先程にも言った通りに多くの謎が解明
されておらず、また、それを原因として反ヒュロルフターム派が生
まれたことも事実であった。
203
﹁そうか⋮⋮。もうあれから10年か⋮⋮。時代も変わったものだ
な﹂
リーフガットはそう言って、またアフタヌーンティーを口に含んだ。
204
13
サリドとグラムはグランモーレの一階にある小綺麗なカフェテリア
にいた。
カフェテリアは宿屋グランモーレの下請けで経営しているらしく、
シスターが作戦会議をするなら、とそこを教えてもらったのだった。
﹁さて⋮⋮ヌージャヤックか。大分距離があるな﹂
グラムはインスタントのコーヒーを旨そうに啜った。
﹁そこに行くには街道を使えば行けるかな。2日もすればいけれる
と思う﹂
サリドは携帯端末の画面に出てくる色々な情報を指で滑らせていっ
た。
﹁⋮⋮これは結構厳しいな⋮⋮。姫様の症状が何時まで持つか、あ
のシスターも解らないって言ってたし⋮⋮。簡単に済めばいいんだ
けどな﹂
グラムは先程頼んだフィッシュ&チップスを一欠片手に取り、それ
をサワークリームのソースにつけて口に放り込んだ。味は先ず先ず
だが腹に入ればどうってことないし第一あの戦場で味わった軍用レ
ーション消しゴム風味に比べればこの料理は世界三大珍味に等しい
ものを二人は感じていたのであった。
﹁⋮⋮それじゃあ向かうか﹂
205
グラムは皿を適当に一ヶ所に集め、席を外した。
サリドも頷いて席を立った。
二人はここまで来るのに乗ったトラックに乗ることにしておいた。
シスター・ビアスタが最新鋭の乗用車を用意してくれたものの、二
人は今まで乗っていた車の方がいい、とそれを丁重に断った。
二人は今長い長い砂漠の上を走っている。太陽がまるでオーブンの
ように熱線を容赦なく二人に押し当てていた。
﹁畜生⋮⋮。こりゃ熱いな⋮⋮。まさかこんな砂漠があるなんて﹂
グラムは悔しがったのかアクセルを強く踏み込み、車のエンジンが
轟音を上げた。
﹁まぁそう言わずに。これ使う?﹂
サリドは涼しそうな笑顔でグラムに何かを渡した。
それは、透明な薄い膜だった。正確に言えばその膜はさわると少し
冷たくて、柔らかかった。例えるならば、ゼリーのような感触で。
﹁さっきシスターにもらったんだ。熱中症予防のフィルムで、所謂
メンソール系の薬効成分を寒天に溶かし込ませたものなんだって。
軍用のサプリメントと言って訳の解らない工業製品使うよりこっち
の方がいいから、と。ま、よく言うオーガニックってやつ?﹂
﹁⋮⋮それは意味が少し違わないか?﹂
206
グラムはそう言いながらサリドから貰った膜を額に付けた。
207
14
その頃。
リーフガットは漸く片付け等から解放され、久々の睡眠を取ってい
た。
もはや戦いはないだろうという判断の上でのことだが、警備のため
数名の人間は起こしてはいるものの。
夜も更け、生きとし生ける物全てが寝静まった頃のことだった。
虚空に乾いた銃声が響いた。
リーフガットはそれに気づき急いで立ち上がり、外に出た。
廊下を駆け足で歩くと、慌てた顔で部下と思しき軍人が出てきた。
﹁上官! お目覚めですか!﹂
﹁御託はいい!! いったいどうしたんだ?!﹂
﹁西南の方角から発砲! ライフルと思われます! 数はおよそ1
0∼20!﹂
その軍人は端的に敵の情報を告げる。
﹁ここにいる全員を叩き起こせ! ライフル班と光学兵器班を攻撃
に回せ!﹂
208
リーフガットの命令に、軍人は即座に敬礼をした。
リーフガットはその軍人に命令をしてから自分の部屋には戻らずそ
の廊下の突き当たりにある部屋へと向かった。
扉を開けるとすでに命令がされていたかのように、机にここ周辺の
地図が置かれていたり必要となるレーダー等が駆動していた。
﹁ご苦労。ライズウェルト・ホークキャノン凖尉﹂
リーフガットは部屋に入るや否や直ぐに傍の計器を見つめている女
性に謝罪の意を表する。
﹁別に問題ないですよ。リーフガットさん﹂
﹁⋮⋮私を本名で呼ぶのは家族以外にあの問題児どもとあんただけ
だ﹂
リーフガットはため息をついて忌々しげに呟く。
しかし、当の本人、ライズウェルトは曇りない笑顔で、
﹁あんた何してんの? 指揮官なんだから指揮しなさいよ﹂
﹁あ、あぁ⋮⋮﹂
こういうのが昔から嫌いだったが、今の関係を維持出来ているのは
リーフガットの堅実かつ峻厳な性格とライズウェルトの温厚な性格
に衝突がなかったことも言えるのだろう。彼女が果たして温厚と呼
209
べるのか、そうには思えないが一番そう形容すべきとリーフガット
が判断を降したためであったりするのだが。
﹁⋮⋮状況は?﹂
﹁芳しくないね。西南に17の生体反応。その何れもがグラディア
軍の通信機のチャンネルに設定してある﹂
﹁⋮⋮軍の、リフディラ軍の、クーデター?﹂
﹁そうは考えられない。第一、もしクーデターならばもっとたくさ
んの人員と武器がきてるはず。なのに彼らは少数で行動してるし武
器はライフル一択みたいだし。たぶんレジスタンスによるものが正
しいかな﹂
﹁やっとお出ましってわけね﹂
リーフガットは、怪しげに笑った。
﹁さぁ⋮⋮。レジスタンスとやらの実力、見せてもらおうじゃない
の﹂
リーフガットは笑みを崩さずに管制レーダーを見て呟いた。
それを見たライズウェルトはほくそ笑んで、レーダーに視線を注ぎ、
﹁久しぶりに見たわね。あなたのそんな熱い顔﹂
リーフガットにぽつりと、聞こえるか聞こえないか微妙なくらい小
さな声で呟いた。
210
15
リーフガット・エンパイアーとライズウェルト・ホークキャノンは
幼馴染みかつ親友かつ良きライバルであった。
四年前の世界トライアスロンにリーフガットが参加した時もライズ
ウェルトが本人の希望によって健康管理士に任命されたほどだった。
リーフガットとライズウェルトが出会ったのは6歳のこと。代々軍
人であったエンパイアー家と代々医者であったホークキャノン家が
出会ったのは多少なりとも無理があったがそれでもこの友好関係が
在るのはお互いの父親が良き友人で理解者であった、ということだ
ろうか。
リーフガットの父が、彼女が11歳のときにカムスチャル王国で死
んだという時もライズウェルトの父は彼女と同じように悲しんだ。
その後はホークキャノン家の援助を受けつつリーフガットは生きて
いった。彼女の父は何かあったら、とホークキャノン家に援助の約
束を取り付けていたのだった。
そしてリーフガットは父親の後を追って軍人となり、ライズウェル
トはもとから学んでいた通信関係の仕事を生かし彼女もまた軍人と
なった。
そしてまるで大きな外の意志が働いていたかのようにリーフガット
とライズウェルトは同じ部隊に置かれることとなった。
リーフガットは父親の功績や彼女自身の功績も含めて所謂エリート
211
であったので官位をぐんぐんと上げていった。
それに対しライズウェルトはもともと仕事は好きなようだが昇進に
関してはそこまで興味を持っていないらしく、軍に入った当時の凖
尉という位を保ち続けているのだった。
212
16
﹁ちょっと、ライズ、聞いてる?﹂
リーフガットの声に、ライズウェルトははっと我に返った。
﹁どうした? 眠いなら他の人間に頼むが⋮⋮﹂
﹁いや、大丈夫。心配させてごめんなさい﹂
そう言ってライズウェルトは気を取り直し、再びレーダーを見据え
た。
そして、そのときだった。
レーダーに突如ノイズが走り、その正確な情報を映し出さなくなっ
たのだ。そのノイズは徐々にひどくなっていき、最終的にはそれの
みを映すようになった。
それを見てリーフガットは目を疑った。
そして、
﹁何してるの!! いったいなにが?!﹂
ライズウェルトに叩きつけるように叫んだ。
﹁その原因が解ったら苦労しない!﹂
213
そうライズウェルトは叫んで即座にパソコンを用いて修正を試みる。
大体外からダメージを受けていないとすれば、その正体はプログラ
ムのハッキングによるものだろう。
通信機器を取り扱っている人間は二種類の技能を学ぶ必要がある。
ひとつはレーダーから読み取り、その結果を正確に反映する技能。
もうひとつは外部からの攻撃に際しそれを出来るだけ最小限の被害
で食い止め、あわよくば敵側に逆に攻撃を仕掛けることに関しての
技能だ。
前者はアウトプットされた電磁波等の見えないデータが可視化され、
それを読み取る。一方後者はインプットしたプログラムコードの、
即ち見えるデータが0と1に不可視化されそれを攻撃に用いる。即
ち通信士とは﹃見えない世界﹄のセクションを務める存在であるの
だ。
﹁出たわ!! 発信源はunknown⋮⋮。探知不能?!﹂
それを聴いたリーフガットも思わず顔を強張らせた。例えそういう
道に精通していなくとも、その言葉の意味は理解出来る。
つまり“ハッキングした人間が見つからない”のだ。その人間は、
もしいるとするならば、パソコンや携帯端末を経由せずにそのセク
ションを成し遂げたことと同じ意味を持つ。
﹁⋮⋮たぶんそんなことはあり得ない。妨害電波を出しているに決
214
まってる﹂
ライズウェルトはまるでリーフガットの心を読んだかのように呟い
た。
215
17
レイザリー軍の基地を見下ろせる高台に小さな建物が建っていた。
そこはかつてはリフディラ軍の軍事施設として使われ、表向きは軍
人の体力増強の為の研究を行う施設であった。
しかしそれが倫理的に違反してるという﹃大神道会﹄の判断に基づ
き焼き払われた。
今はそこにはいつ崩れてもおかしくないような建物の残骸が建って
いるだけであった。
そんな建物に一人の男がやってきた。
男の名はレイデン・ミーシェルハイト。傭兵だったのか体のところ
どころには傷があり、中でも左目を塞ぐように縫いつけられた傷は
彼の回りに誰も近付かせないような、そんな何かが感じられた。
レイデンは地下に降り、その奥に在る扉まで用心深く近づき、ある
一定のリズムで扉を叩いた。
扉の中は外観とは見違えるように綺麗で、雑然としていた。部屋は
狭く、二人か三人入ったらもう詰まってしまうような感じであった。
何故かといえば。
レイデンが部屋に入ると部屋の中には誰もいなかった。その代わり
に部屋の半分以上を占拠する“それ”はいた。
216
それは旧型のコンピュータらしかった。
らしかったとはどういうことかと言えば単純に解らないのである。
これがいつ作られたかも解らない、誰が? 何のために? それす
らも解らない。全てがブラックボックスに包まれた、そんなものな
のだ。
名前はアリスというらしい。なぜアリスと解ったかと云えばコンピ
ュータの外装に金属製のプレートが張り付けられており、そこに﹃
Alice﹄と書かれていたからだ。
科学者の中にはこれを旧時代の物と唱える人間もいる。
旧時代といってもそもそもそれがあるかどうかも証明されていない
のだが、時代区分的には今いる世界は遥か昔に一度滅びたという。
その“滅びた時代”を旧時代といい、今“復活してここにある時代
”を新時代と呼ぶことにしているらしい。
今、それは目の前にある小さな画面に白で書かれた文字の羅列を長
々と映し出していた。レイデンはそちらのほうは疎いのでよく解ら
ないが仲間が言うにはこれはプログラムというものでこのコンピュ
ータは仲間が指示した通りに動いている、とのことらしい。
昔からレイデンはそういうのに疎く、自分もまたそれを改善しよう
としなかったために今の今までこれを使えずにいるままだった、と
いうのもある。
彼の任務はこのコンピュータを守ることで仮にこれが陥落したら錯
綜していた情報が元に戻りレイザリー軍は総力を挙げ攻め込んでく
217
るだろう。なんとしてもそれは避けたい。
つまりは命綱をこのコンピュータが握っていて、このコンピュータ
が何らかの影響で異変を起こしただけでもゲームオーバーなのだ。
レイデンはとりあえず部屋の中にあるガスコンロを用いてお湯を沸
かした。余談ではあるがこの時期のリフディラはとても寒く、夏と
いった割には氷点下になることもあるのだ。
況してやここは地下。地上より寒いというのは一目瞭然である。
お湯が沸き上がり、少し薄汚れた銀のカップにお湯を注ぐ。少し猫
舌なレイデンは息を吹き掛けながらそのお湯を飲み始める。
218
18
そんな平和な一時を破壊するかのようにけたたましいサイレンが鳴
り響いたのはレイデンがカップに入ったお湯を丁度飲み終わったと
ころですこしその余韻に浸っているところだった。
最初は何のことだったが訳が解らなかったようだったが直ぐにその
状況を理解し行動を開始した。
先ず行ったことはコンピュータには絶対に触らないようにして小さ
な画面を確認することだった。
リーダーが機械に疎いレイデンの事を解っていたために最低限のマ
ニュアルを作ってくれていたが為の行動だ。レイデンは基本何も信
じずに基本自分の考えを信念として動いているのだがこの時に限っ
ては例外で彼はこのマニュアルに従って行動する。それほどリーダ
ーを信頼している証拠なのだろう。
﹁畜生⋮⋮。いったいなにがどうなってるんだ?﹂
レイデンはマニュアルを見ながら目の前のキーボードを丁寧にひと
つひとつ打っていく。
﹁⋮⋮エラーコード74438? ⋮⋮まさかハッキングだっての
か?﹂
レイデンはマニュアルに書かれた表と照らし合わせたのだろう。そ
の表と画面を目が行き来し、その度にレイデンの目は丸くなってい
った。
219
﹁どうやら失敗のようだね﹂
レイデンの背中に声がかかった。その冷たい声はまるでナイフでも
突き立てられているかのような錯覚を呼ぶ程であった。
﹁リーダー⋮⋮。なぜここに!! ⋮⋮いや、違うな?﹂
レイデンは少し違和感を感じた。それはたぶん普通の人間なら感じ
得なかっただろう僅かな違和感だったが、それを読み取れたのは彼
が傭兵だからであろう。
﹁⋮⋮流石だね。僕を見破るなんて。初めてじゃないかな﹂
レイデンは妙な感じを覚えた。
それは、熱。
背中からじわじわと熱が感じられる。それと考えられないほどの緊
張感も合い重なって、レイデンはそこを振り返ることが出来なかっ
た。
﹁君は用済みだよ。だが、その後ろのコンピュータはまだ利用価値
があるから大切にしろ、との上からの命令でね? だから退いてく
んないかなぁ﹂
声はレイデンに答える隙を与えずにまた話を続ける。
﹁僕としてはここを全て燃やしたいんだよ? でもね、仕方ないよ
ね。彼らには逆らえないし、逆らってもメリットなんてないし﹂
220
﹁⋮⋮それを素直に従うとでも?﹂
レイデンは後ろを振り向き、背中のベルトにかかったナイフを引こ
うとして、
ふと、息を呑んだ。
何故ならそこにいたのはレイデンの腰ほどしかない小さい子供だっ
た。しかし目は所謂子供らしい目などではなく光の消えかけた目。
腰の据わった目とも云えるそれはつまらなそうな感じにレイデンを
見つめていた。
髪は炎のように真っ赤で服は仄かにオレンジ色のポロシャツ、他は
⋮⋮あまりよく見ることができない。しなかったのではなく、でき
ない。
何故ならここは戦場。一瞬の油断が命取りに為り得る場所。だから、
レイデンはナイフを引き抜いた。少年の姿を一瞬でも見つめた時点
で油断していたことに気付かずに。
﹁敗けだよ﹂
少年はぽつりと呟いて手をレイデンの目の前に向ける。
そして、轟!! と炎が渦を巻いてレイデンの方に恐ろしいスピー
ドで向かってきた。
レイデンは避けようとして⋮⋮それをやめた。
221
そしてレイデンは少年が放った炎に包まれた。
222
19
一先ずの作業が終わり、ライズウェルトはほっと一息ついていた。
﹁お疲れさま﹂
後ろからリーフガットがコーヒーを差し出す。
﹁ありがと﹂
ライズウェルトはコーヒーを受け取り、一口飲んだ。
﹁アメリカンでよかったよね?﹂
﹁えぇ。砂糖は?﹂
﹁あなたは蜂蜜をスプーン一杯分﹂
﹁正解﹂
﹁ところでライズ﹂
﹁ん? なに?﹂
ライズウェルトはコーヒーにふうふうと息を吹き掛けながら、言っ
た。
﹁あのハッキング⋮⋮。あなたならどう見る?﹂
223
﹁あれは私はリフディラ軍じゃないと思ってるわ﹂
ライズウェルトは特に考えるような素振りもせず、答える。
﹁どうして?﹂
﹁だってリフディラがそれをするメリットがない﹂
﹁個人の軍隊がやってる可能性も否めないでしょう?﹂
﹁だからとしても今回の襲撃は国際問題よ? しかもリフディラが
10割悪いんだからリフディラは周囲の資本主義国に袋叩きにされ
て領土を分割されるのがオチ﹂
ライズウェルトはコーヒーを飲み終えたのか、カップをもって立ち
上がった。
﹁じゃあどうして行動に移したのかしら⋮⋮。ヴァリヤーも未だ見
つかっていないし﹂
﹁もしかしたら私たちの知らない間に大きな外の意志が働いている
のかもしれないわね﹂
ライズウェルトは小さく呟いた。
224
20
そのころ。
サリドとグラムはヌージャヤック麓に聳える村に辿り着いた。
エンジンをオーバーヒート寸前まで動かしたからか半日もしないで
そこに辿り着いた。
そして今は村にある小さな宿屋で今後の計画を建てていたのだった。
﹁どうやらヌージャヤック内は洞窟になっていて無限に入り組んで
いるらしい。シスター・ビアスタから聴いた﹃夢月夜草﹄はその洞
窟の奥地にあるらしく、そこにいるんじゃないか、ということだ﹂
サリドは既に長い間運転をしたのと直射日光に浴び続けたのとでへ
とへとになっていたグラムに言った。既に疲れきったグラムの代わ
りにサリドが村を回り、情報を収集していたのだ。
﹁⋮⋮なるほど。つまりはその洞窟を抜ける必要がある、と。厄介
だな﹂
﹁辺りには金属が埋まってるらしくて時計もコンパスも正確なそれ
を表さないみたいなんだ。ほんとうにめんどくさいよ﹂
サリドはそう言ってグラスに注いだ炭酸水を飲み干した。
﹃夢月夜草﹄とは透明病唯一の対処治療薬となりえる薬草のことだ。
225
それは副作用が多少あるものの透明病の進行をある程度遅らせるこ
とが出来る、とされている。しかしながらその情報はまだ臨床実験
を行っていないからか確証のあるものではない。だから世間に大々
的にアピールされているものでもない。
これはあくまでもシスター部隊が独自に研究を進めていった上で知
り得た情報であって、これはまだ﹃知識﹄の片鱗に過ぎぬものだっ
た。故に確認がとれない限り、発表は出来ない。それから行けば、
姫様に夢月夜草を用いて治療を行うことが初めてとなり、これが成
功すれば歴史的な快挙であることもまた明らかであった。
﹁⋮⋮まさに最後の一手、って訳だな。それによっては俺たちゃ歴
史に名が載るぜ﹂
﹁でもまぁ、ここまで来ると寧ろ何かいろいろとあって怖いんだけ
どね﹂
サリドは携帯端末を片手につまらなそうに呟いた。
﹁何だよ。サリド。やる気ないなぁ。一体どうしたってんだ?﹂
﹁君は簡単そうに言うけどヌージャヤックってのは人食い山って罵
られるほど遭難者が出てる山なんだよ。それを緊張感無しに登ろう
とする君がいろいろとおかしいよ﹂
﹁緊張感がない、って? 馬鹿野郎! 俺だってそれくらい感じて
るよ。でも緊張感だけじゃあ登山は出来ないぜ?﹂
グラムは笑って、コップに残った炭酸水を飲み干した。
226
﹁さて、明日も早いことだし、寝るとするかい? ⋮⋮まぁ君は早
く寝ないだろうけど﹂
サリドはひとつ欠伸をして、携帯端末をスリーブモードにする。
﹁当たり前だ。軍務とはいえ、今はプライベートタイムだからな。
好き勝手にさせてもらうぜ﹂
そうかい、とサリドはベッドに潜り込んで呟く。
﹁ま、明日苦労するのは君だし。それは別に問題ないもんね﹂
227
21
案の定、だった。
グラムはその後有料のミュージックチャンネルを貪るように観た後、
何処からか持ってきた映画のDVDを取り込み、観ていたらしく︱
︱しかし音声は寝ているサリドに気を利かせてかイヤホンをつけて
いたのだが、それでも画面から洩れる光はなおも彼から眠気を奪っ
ていた︱︱なんとサリドが累計睡眠時間6時間半もの間寝て、起床
してもなお起きていた。流石のサリドもこれにはあきれた。
しかし当の本人は﹁なんだ、もう朝か?﹂と何食わぬ顔でサリドに
返した。彼の目の下にある立派なくまに彼自身は気づいているのだ
ろうか、とサリドは思ってまたひとつため息をついた。
﹁まったく、本当に君は馬鹿だなぁ﹂
サリドはヌージャヤックへと向かうための準備を進めていた。横目
でグラムの方を見ると、ようやく眠気がやってきたのか、口をいっ
ぱいに開け、大きく欠伸をしていた。
﹁⋮⋮大丈夫、だよな? ダメなら俺ひとりで行ってもいいんだぞ
⋮⋮?﹂
サリドはそんなグラムを心配してか声をかけた。
﹁大丈夫だ、問題ないぜ。いいからさっさと行っちまおう﹂
﹁人はそれを“死亡フラグ”というんだ﹂
228
サリドはため息をひとつついて言った。
﹃ヌージャヤック入口 用の在る方と命が惜しくない方以外はお引
き取り下さい﹄と木の板によく見ればそう読めなくもない良く言え
ば達筆、悪く言えば達筆過ぎて何が何やらわからない、そんな字が
書かれていた。
﹁すごい注意書きだな⋮⋮。よっぽど危ない場所なのか?﹂
﹁そりゃそうでしょ、グラム。昨日も言ったかもしれないけどここ
は人食い山。例年何十人もの人間が遭難してる、って﹂
﹁⋮⋮緊張してきた﹂
﹁今更? あぁ、そうか。寝なさすぎて今まで気持ちがハイになっ
てたのか﹂
﹁あぁ、そうかもしんねぇな。ま、御託はここまでとしてさっさと
行こうぜ﹂
グラムのその言葉にサリドは頷いて、グラムを先頭として、山の中
へと足を踏み入れた。
229
22
山の中は当初予想していたよりも相当に入り組んでいた。
行き止まりや埋もれた道、崖すれすれを通らなければならないなど
様々なことがあった。
斯くして当初の予想よりも数時間︱︱あくまでもサリドたちが体内
時計を参考にして割り出した迄であって、実際はもっと時間がかか
っているかもしれないし、逆にかかっていないかもしれない︱︱か
けて山の奥地へと足を踏み入れた。
山の奥地は真っ暗な洞窟の中であるというのにそこだけはまるで外
みたいに明るかった。よくよく見ると吹き抜けのようになっており、
そこから太陽の光が当たっているのだと思った。
そこには湖が広がっていた。この世のものとは思えない、深く澄ん
だ湖。そのまわりには苔が広がっていた。本当に綺麗な湖には魚は
住んでいない。魚が住むのに必要なプランクトンが存在しないから
だ。
湖の中には島があった。小さな、小さな島が。そこは今まで見たこ
とのない綺麗な紫の花が咲いていて、そのまわりに一人の女性が立
っていた。
まさか、と思いサリドがそちらに向かおうとする前に、彼女が反応
し、彼女がこちらの方に向かってきた。
230
先に口を開いたのはサリドだった。
﹁もしかしてあなたは﹂
と、先の名前を言おうとする前に彼女も口を開いた。
﹁いかにも。私がシスター部隊のリーダーです。同じ部隊の人間か
らはエンゼルハンドとも呼ばれていますが、それでは呼びにくいで
しょう? だから、私の本名をお伝えしますね﹂
彼女は眼鏡をかけていたが、その眼鏡を外していった。眼鏡越しに
見た彼女の目は鮮やかなモスグリーンでとても綺麗だったが、眼鏡
が外されると、まるで変態によって今までの姿を隠していたかのよ
うに、より素晴らしい目が見られた。
サリドはそれを見て何も言えず、ただただ眺めているだけだった。
﹁私の名前はフィリアス・ホークキャノンと言います。以後、お見
知り置きを﹂
笑って、言った。
﹁⋮⋮そうだ。もしかしてシスター・ビアスタからすべてを聞いて
いるのか?﹂
﹁えぇ。勿論、あなたたちのことも。グラム・リオール﹂
﹁⋮⋮さすがは国境に隔たり無く活動しているだけはあるな﹂
231
﹁誉め言葉として受け取ってよろしいでしょうか?﹂
シスター・フィリアスは健やかに笑みを溢して、答えた。
﹁あなた方は﹃夢月夜草﹄を求めてここにやってきたのでしょう?
それは、あれです﹂
フィリアスはそう言って先程彼女が立っていた場所に咲いていた花
を指差した。
﹁あれが夢月夜草? ⋮⋮どう考えてもラベンダーにしか見えない
のだけど⋮⋮﹂
サリドは何度も不思議がってその花を見た。確かにその花は端から
みたらラベンダーにしか見えなかった。
ラベンダーには殺菌や精神安定の効能があるとされている。もしか
したら﹃シスター部隊﹄はラベンダーの俗名を夢月夜草と呼んでい
るのではないか、と思った。
﹁いいえ。確かにこの花はラベンダーに似ているけどラベンダーと
明確に違う“なにか”がある。夢月夜草は夢月夜草なのです﹂
頭がこんがらがってきた、とサリドは思ったことだろう。
グラムもたぶん同じことを考えていたに違いなく、グラムもまたま
るで頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるかのように上の方
に目を向かせ、腕組みをして、ただただ考えていた。
232
23
そのときだった。
﹃何やってんだよ。貴様ら﹄
空から声が響いた。
それは子供のような声であって、しかし声のところどころには大人
っぽさも感じられた、そんな声。
﹃ここまで来るのに時間食っちゃったからてっきりもういないと思
ったら⋮⋮ククク。定時にいるんだもんな? リーダーの予言もア
テにするもんだな?﹄
﹁貴様⋮⋮! 何者だ!﹂
そう言ってサリドは銃を構える。
しかし声は怯まずに、
﹃おっと。そんな武器じゃ僕には効かないよ。そうだねぇ、もっと
⋮⋮﹄
﹁何か来るぞ!! 逃げろ!!﹂
グラムが叫んで三人が急いで走り出した束の間、
﹃こうじゃなくちゃ!!﹄
233
轟!! と空気を吸い込んで今までサリドたちがいたあたりが炎で
覆い尽くされた。
﹁っ⋮⋮!! なんだあれは?! 新種の火薬器か!!﹂
﹃⋮⋮そんなautomaticなものじゃないさ。これは“僕自
身が放った炎”だよ﹄
﹁⋮⋮いい加減にしろ!! さっさと出てこい!﹂
サリドが威嚇のために銃弾を一発撃ち放つ。
しかし、当たる気配などもなく、近くの岩に︱︱正確には岩壁に︱
︱激突した。
﹃⋮⋮やれやれ。解ったよ。この姿は見せたくなかったんだけどね
?﹄
なぜかって?
﹃この姿を見せたものは⋮⋮生かして帰しちゃいないからだよ!!﹄
刹那、岩壁の一部が破壊されそこもまた炎に包まれた。
炎が一番弱いものは水でなく土である。現に燃え盛る炎に水をかけ
ると大抵は消えるもののその一部は例外として水に浮いた僅かな油
を利用して水を駆け上がり、さらに被害が拡大する。
それに対して、土は火の元にかけてしまえば、純粋な土であれば燃
234
え広がることはそうない。
しかしながら、その人間が何処からともなく放ったと思われる炎は
違った。
岩壁を破壊しただけでは飽きたらず、その岩壁の破片を糧にさらに
炎上するに至ったのだ。しかし意外と長く点くことはなく直ぐに消
えてしまっていることは、常識として存在する炎の知識とは別物に
なっているのだが。
﹁やぁ、はじめまして﹂
そしてその炎が完全に消え去ったときに、人の影が、その炎の中心
に見られた。最初は陽炎に依るものかと思われたがその少年と思わ
しき声︱︱さっきサリドたちが聴いた天井から放たれた声と酷似し
ている︱︱が聞こえたのでそれは本当にそこに存在しているものな
のだということがわかった。
そこにいたのは小さな子供だった。しかし目は子供のようなキラキ
ラと目に光が入って輝いてはなく、まるで死神のような、目をして
いた。
﹁⋮⋮貴様、何者だ⋮⋮?﹂
サリドがまだ銃を構えたまま、呟いた。
﹁僕はフィレイオ。﹃オリジン﹄の四天王の一人さ﹂
﹁フィレイオ⋮⋮。オリジン⋮⋮?﹂
235
﹁そうさ﹂
﹁オリジンとは何をする組織だ?﹂サリドは銃を構え、銃弾を一発
放った。
﹁脅迫かい? そんなものは僕には聞かないよ。だって僕が使って
るのは﹃魔術﹄だもの﹂
そう言ってフィレイオはサリドたちの方に手を向けて、
﹁お返しだよ﹂
短く呟いた。まるで玩具を初めて分け与えられた無垢な子供のよう
に、楽しそうな表情で。
そして、まるでコイルガンによって放たれたレーザーのように一直
線に炎の柱がサリドたちの方に向かってきた。
﹁⋮⋮なんだよありゃぁ! 逃げるぞサリド!﹂
﹁え、あ、グラム⋮⋮!! まだ敵は⋮⋮﹂
﹁敵前逃亡じゃねぇ!! 戦略的撤退だ!!﹂
とグラムはあまり意味の変わらない熟語たちを提示して、サリドを
強引に引き摺り、走り去った。
236
24
とりあえずグラムはサリドとフィリアスを近くの岩場に引き込んだ。
もっとも、それで岩をも砕くフィレイオと名乗った少年の炎から逃
げ切れた訳ではないのだが。
﹁⋮⋮グラム、どうする?﹂
サリドはすっかり冷静を取り戻して、沈着な面持ちで言った。
﹁あいつが言っていた﹃魔術﹄が本当なら俺たちは気づかない内に
とんでもないやつらに喧嘩を売ってたみたいだな。⋮⋮しかし魔術
ってなんなんだ?﹂
﹁触りだけなら教えられることも出来なくはないですが﹂
シスター・フィリアスが二人の会話に口を挟んだ。
﹁魔術とはそもそも突然生まれたものではありません。強いて言う
ならば一滴づつゆっくりと落ちていった雫が溜まってコップに満た
されていったような感じです﹂
シスター・フィリアスは続ける。
﹁魔術は、所謂旧時代と言われた頃から存在しているとされたもの
です。しかしながら当時の﹃魔術﹄とはとても机上の空論としか言
い様のないもので、物理法則を無視するなど、この世界の理を凌駕
するものばかりでした。だから旧時代の人間は魔術師を異能として
狩りをはじめた。そもそも魔術師の素質のある人間は少ないですか
237
ら。それで魔術師の殆どが死んでしまいました﹂
﹁それから“魔術師という名を冠する者”は姿を消しました。しか
しながら魔術師の素質を持った人間は完全に世界から消え去っては
いなかったのです﹂
﹁旧時代から魔術師と魔術というものがあるとは⋮⋮初耳だな﹂
﹁科学の興隆した旧時代が滅んだ理由も魔術が関係があるとされて
います。噂によれば魔術の衰退を恐れた魔術師が大規模な魔術を地
球そのものに組み上げ、地軸を数度ずらす事に成功したらしい、と
いうのです﹂
﹁地軸をずらすとなると世界そのものの気候が崩壊し人間そのもの
が滅亡するのでは?﹂
﹁全くもってその通りです。現にその魔術は地球の磁気に大きな影
響を与えました﹂
﹁磁気に? それで人間は滅んだというのか?﹂
サリドの言葉にフィリアスは首肯し、続けた。
﹁当時、人間はロボット⋮⋮人が造り上げた人間、ですね。それを
造り上げました。そして人間がすることの殆どを彼らが担うことと
なったのです﹂
﹁⋮⋮さて。CPUは磁気の僅かな乱れにも弱いとされています。
それが、その僅かな乱れが地球全体に発生したとしたら?﹂
238
﹁⋮⋮まさか!﹂
﹁そう。そのまさかです。CPUが磁気の乱れによって我を失い人
間に反旗を翻し、そして人間は滅んだ、とされています。その魔術
師が望んだとおり、科学が興隆した世界は完全までに破壊されたの
です﹂
﹁そこまで知ってるなんてね。あの連中が君を目の敵にしてる理由
も何となく解る気がするよ﹂
気づいたら目の前にフィレイオの姿があった。どうやってここまで
来れたのか、と問い質そうとすると、
﹁だから言っただろう? 魔術だよ﹂
地面が、震えた。
正確にはフィレイオが放った目に見えない何かに大地が共振してい
た。
その俄に信じがたい行為を三人は目の当たりにしていた。
﹁マイクロウェーブでも放ちやがったか?!﹂
﹁マイクロウェーブ? ふふん。君たちの方ではそうと呼ぶかも知
れないね。でも僕らにとっては違う。これは﹃龍脈﹄を用いた簡単
239
な共振反応さ。あっ、龍脈ってのは大地に流れる気のことでね? まるで人間に流れる血潮みたいに複雑でこんがらがってる。そのか
わり世界のありとあらゆるところにはあるんだけどね﹂
フィレイオはそう言って、消えた。
それを見て、サリドとグラムはただ何も出来ず、たじろいでいた。
﹁⋮⋮何処に!!﹂
そう叫んだグラムは、辺りを一巡りして、
何かを発見した。
それは彼の隣に立つサリドの後ろにあった。
それはサリドがフィレイオの裏拳をいなして︱︱それはグラムの想
像だが、たぶんそうに違いない︱︱二人が睨み合っている、そんな
ところであった。
﹁貴様⋮⋮?﹂
そのときグラムにはフィレイオの顔が大きく歪んだようにも見えた。
それはきっと彼より一番近い位置にいるサリドもはっきりとそう見
えたことだろう。
﹁これでも昔は武術をたしなんでいてね? こういうゆっくりでス
ピードが感じられないパンチを受け止めることなんて朝飯前なんだ
よ﹂
240
かつて、ヒュロルフタームによる巨大代理戦争が合理化される前は
それなりに昔の戦争スタイルを維持していた。昔の戦争スタイルと
は所謂銃や地雷などを使い人と人が闘うものであった。
そんな中、そんな昔の戦争スタイルに取り込まれたレイザリー特有
の武術が存在する。それは銃弾を一瞬でかわし、地雷を流れから感
知する⋮⋮といったものだ。
ヒュロルフターム合理化によりその武術の必要性は今もなお喪われ
ていない。
その武術を一家相伝する家系こそ︱︱。
マイクロツェフ家だったのである。
241
25
﹁貴様ァ⋮⋮ 何処まで僕を侮辱すれば⋮⋮!!﹂
﹁無駄だよ﹂
サリドはそう言って腰を低く構え、消えた。
﹁消えた⋮⋮!! 人間のくせにか?!﹂
フィレイオは低く呻いて辺りを見渡した。
﹁人間を甘く見ているからやられるのさ﹂
フィレイオがその声を聴いた瞬間。
彼の顔が外から受けた大きな力によって大きく歪められた。
サリドの拳による、大きな一撃で。
﹁う⋮⋮ぐ⋮⋮!!﹂
フィレイオは大きく後退り、体勢を立て直そうとする。
しかし、
まるで自動車に激突したような衝撃を、再びフィレイオは浴びるこ
ととなった。
242
サリドがもう一撃拳を加えたのである。
﹁人間がっ⋮⋮!! なめるなよ⋮⋮!!﹂
そう言ってフィレイオは構えた。
それを見てサリドは無意識に構えて、相手の反応を待った。
﹁⋮⋮まったく。僕がこんな人間ごときに痛手を負うなんて思わな
かったよ⋮⋮﹂
だが、それも終わり。茶番もここまでだ。
﹁みんな、みんな消し炭になって消え去ってしまえ!!﹂
フィレイオが叫んだと同時に、彼の掌の上に大きな炎の塊が“突如
として”出現した。
サリドはそれを見て一瞬目眩を感じたが、なんとか取り戻しそれを
見た。
﹁なんじゃこりゃ⋮⋮。あんなのにやられたらみんな死ぬぞ!!﹂
グラムが低く呻いた。それを見透かしてたかのようにフィレイオは
鼻で笑って、
﹁そうだよ。お前らみんなここで死ね。そして薬も届かないノータ
が死ねばレイザリーの崩壊、世界秩序の崩壊さ。あぁ、なんて面白
いんだろう﹂
243
そう言ってフィレイオは壊れたように笑った。
﹁ふざけるな⋮⋮!!﹂
その口を開いたのはサリドではなくグラムだった。グラムは拳を握
ってただその姿勢のまま小刻みに震えていた。
﹁なんだ? どうした。何もできないくせに? そのお前が何かす
るか?﹂
フィレイオはグラムが今まで何もしてこなかったのを覚えているの
で、余裕をまた持ち始めたのか、冷笑した。
﹁世界秩序の崩壊だぁ? そんなのがお前らに出来るかよ!! ど
いつもこいつも自分勝手! いい加減にしろ!﹂
そう言ってグラムはポケットから何かを取り出した。
それは。
﹁グラム⋮⋮!! お前、それを何処で?!﹂
サリドが持っていたはずの、手榴弾だった。
﹁⋮⋮時間切れだよ。もう終わりさ﹂
フィレイオが手に浮かんだ炎の塊を槍投げの要領で投げようとした、
そのときだった。
244
どこか古めかしい電子音が洞窟内に響いた。
そしてその音を聴いてフィレイオはポケットから何かを取り出した。
それは、携帯電話だった。
﹁もしもし。なんだ﹂
少し苛立ちを見せて、彼は電話に出た。
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹄
﹁なんだ? まだ任務は終わっていないぞ?﹂
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮!!﹄
﹁解った。解ったよ。とりあえずそういう方向なんだな﹂
それだけを言うとフィレイオは電話を切った。
245
26
﹁⋮⋮運がよかったな﹂
フィレイオはそう言って炎の塊を自らの手で消し去る。
﹁どうやら一時休戦のようだ﹂
なぜだ?
﹁そんなことは聞くなよ。あのお方からの命令でな﹂
そう言ってフィレイオは自らを炎に包み込み︱︱消えた。
†
一先ず、積もる話はあるにしろこの夢月夜草を持ってシスター・ビ
アスタの待つあの宿屋︱︱グラン・モーレに帰らねばならない。そ
もそも、その為にここに来たのだから。
﹁それじゃあ、これくらいあれば十分でしょう﹂
そう言ってシスター・フィリアスは五本ほど花を摘んで、言った。
﹁それじゃあ帰りますか。この花を用いた治療はなぜか私にしか出
来ないのでしてね⋮⋮﹂
246
†
二日後。
一先ず彼らはシスター・ビアスタと姫様の待つ宿屋グランモーレに
到着した。フィレイオという謎の男との謎めいた戦いは置いとくと
して、最終目的地であったここに辿り着いた。
その後、と言ってはなんだが、その治療は成功した。
ただし回復するに三日の期間を要してしまったのだが。
リーフガットにその後連絡を取ったところ、
﹁遅すぎだ馬鹿。私がどれほど上層部に頭を下げたと思っている﹂
⋮⋮逆に怒られたという。
そのころ。
﹁どうしてあの者を逃したのですか?﹂
フィレイオが宮殿のような、洞窟のような、暗闇がすべてを支配し
ている、そんな空間にいて、誰かに問いを投げている。
﹁⋮⋮つまり、私に責任があると?﹂
暗闇の中で、声は答えた。
247
﹁ええ。何故逃がしたのか、聞かせていただきたい。彼処で逃がし
ても我々にメリットは存在しないはずだ﹂
﹁あぁ、確かにその通り。我々にメリットはない﹂
暗闇は首肯する。あくまでもそれは実体化したわけでなく、そのよ
うに見えただけではあるが。
﹁だが、それは現在の我々にとって、なのだ。未来の我々にはそれ
相応の価値がある、という﹃予言者﹄からの思し召しだ﹂
﹁また予言者か⋮⋮﹂
そう言ってフィレイオの顔が苦悶の表情で染まった。
﹁まぁそう顔を歪めるな。せっかくの美貌が台無しだぞ?﹂
﹁この男顔を見てそう言うとは⋮⋮。皮肉っているのか? エレキ
ス﹂
﹁いやいや。君は立派な“女性”ではないですか﹂
エレキス、と呼ばれた人間と思しきそれは乾いた咳をひとつふたつ
して言った。
そして、サリドとグラムは本国に帰還するために飛行機︱︱といっ
ても来るときに乗った無機質な軍用機だが︱︱に乗っていた。
﹁あー。今回も今回で大忙しだったな﹂
248
﹁そうだね。しかしまぁある意味ヒュロルフタームとドンパチやる
より疲労がたまったかも﹂
﹁それは言えてるな﹂
﹁サリド・マイクロツェフとグラム・リオールはいるか?﹂
部屋でインスタントのコーヒーを飲んでいたサリドとグラムに突然
リーフガットがやってきた。
﹁どうしたんです? まさかまたヒュロルフタームとなんかやれと
か⋮⋮?﹂
﹁もう俺はヒュロルフタームと曲芸大会しろって言われてもやるか
もしんねぇな﹂
﹁違う違う。今回は﹃世界平和﹄に関わることよ。ヒュロルフター
ムは一切関係無し!﹂
そう言ってリーフガットは数枚のB5のレポート用紙をまとめただ
けの束を二人に渡した。
﹁⋮⋮これは?﹂
﹁世界トライアスロンのプログラム﹂
リーフガットからそれを聞かされ、二人の目が点となった。
﹁⋮⋮えーと、つまり、どういう⋮⋮?﹂
249
﹁えーと簡単に言えば、あんたらもトライアスロンに出てもらうわ﹂
リーフガットはただ無感動にそう言った。
250
0−1
そのころ。
見るからに国の重要人物、所謂VIPが乗るような絢爛豪華な飛行
機に一人の少女が乗り込んでいた。
その少女はただ何も言わず、何か怒りを感じているようにも見られ
たが、彼女自身いつもこの感情であるため変わりはない。
﹁アリア、気分はどう?﹂
彼女︱︱アリアが誰もいないファーストクラスの真ん中の座席にこ
じんまりと座った直後、ちょうど彼女からみて目の前に備えられて
いた小型テレビに映像が流れ始めた。
それは真っ白な壁に白衣を着た茶髪の女性を撮しており、声はその
人間から発せられたものだ、ということが見てとられた。
﹁あぁ⋮⋮大丈夫ですよ。何も問題はない﹂
適当に返事をして彼女は目を瞑った。
﹁そう。ならいいわ。なんかあったらいってね﹂
テレビに映し出された女性は笑って言った。その直後にテレビの電
源が自動的に切れ、彼女もまた深い眠りについた。
251
﹁フランシスカ=リガンテ=ヨシノ様ですね。こちらがパスポート
と旅客券のチップとなります。大切に保管しておいてください﹂
カウンターにて軍用服を着た清楚な感じの女性がそう言ってカウン
ター越しに立っている少女に手のひらほどの大きさしかない透明な
プラスチックのケースを渡す。
少女はなんだか腹の居心地が悪いようで終始なんだかぎこちない表
情を見せていた。
少女はそれを受け取って、何も言わずに一礼し、立ち去った。
パスポートや飛行機旅客券などの所謂公共交通機関に乗るために必
要なものも、今はデータ化されている。データの方が管理がしやす
いし、仮に何かあった場合直ぐ様反応が出来るようにしてあるため
だ。
少女は軽い鼻歌混じりでショッピングモールの大通りを進む。彼女
は時々花屋や服屋、さらには本屋によって自分の欲しいものをチェ
ックしているがそれもウィンドウショッピングまでに留めている。
何故ならば。
﹁いっけない⋮⋮。あと3分で待ち合わせの時間じゃない?! あ
の護衛[バカ]なんで起こしてくんなかったのよ!!﹂
そう言って彼女は乱暴にキャリーバッグを引き摺って走り出した。
252
0−2
オリンピアドーム。
かつて旧時代では常夏の島としてリゾート地になっていたという群
島も今は機械的に気候が調整された人工浮島になっていた。ここは
もともとかつて存在していた世界連合軍の施設であってそれをレイ
ザリーが改良して造り上げたもので、一言でまとめるならばここは
レイザリー軍の軍用施設であるのだが、現在は一年に数回だけ一般
人に開放される。
今行われている世界トライアスロンが、その例だ。
戦争に関わりのない一般人にとっては戦争は負のエネルギーの塊と
思われるのは明らかである。昔と違って戦争の勝敗が明確に決めら
れなくなったので、国民は尚更戦争に向けて猜疑の心を傾けている
のだった。
しかしながら、この世界トライアスロンは違う。
資本四国、レイザリー王国が主催したこのお祭りは資本主義国に置
かれた企業の巨大な宣伝の場となりうる。さらには自社の生産する
武器の平和志向性を世界にアピールする場にもなるのだ。
世界には戦争をショービジネスととる人間もいる。
これほどまでも武器を“他の国々にアピールできる機会”は少ない
からだ。
253
しかし戦争の非人道的な生産性を排除するべくレイザリー王国が数
年前に始めたものこそが、この世界トライアスロンなのであった。
﹁それが世界トライアスロンの成り行きってわけか。まったく、レ
イザリーも訳の解らないものを作り出したな﹂
神殿のような、石柱の立つ空間には一人の女性が立っていた。
白い修道服に身を包み、あろうことか口の方までも布で覆っていた。
女性は、目の前にあった大きな像を一瞥した。
それはその話している女性によく似たものだったが、それとなく違
っているのが見てとれた。
﹁レイシャリオ枢機卿﹂
ふと、レイシャリオは声がかかったのに気付いた。
隣を見ると教会の牧師が着るような黒ずくめの服を着た茶髪の男が
立っていた。
﹁ナウラスか。どうした?﹂
レイシャリオが尋ねるとナウラスは待っていたかのように話し始め
た。
﹁部隊030が準備を開始しました。いつでも準備は完了です﹂
ナウラスは自分のやっていることは正しい、と見せつけるように胸
254
を張った。
﹁解った。それでは始めよう。総ての平和を求める人へ﹂
そう言ってレイシャリオは像に向かってひざまづき、黙祷を始めた。
255
0−2︵後書き︶
次回更新:12月11日予定。
256
0−3
⋮⋮そんな物騒なことが起きてるとはさも知らないだろうオリンピ
アドームは今日も雲ひとつない青空であった。
世界トライアスロンの開始を明後日に控えたオリンピアドームは多
少の喧騒はあるものの着々と準備が進められていた。
選手とその関連する人間は既に入場を許されており、それらを含め
るとあとはスタッフくらいしかいないので人通りは疎らである。
﹁⋮⋮んで、なんで、俺らがここにいるんだ? サリド﹂
﹁仕方ないだろ、グラム。毎年この時期にはこれがあることくらい
解ってるんじゃないのか? 選手の防衛役抽選。その度にプロのボ
ディーガードを選ぶとお金が嵩むし機密性が守られる、とかどうと
かで﹂
グラムの発言にサリドは携帯端末を弄くりながら︱︱なんとなく何
かを調べているようにも見てとれるが︱︱言った。
﹁まぁ、そうなんだろうけどな⋮⋮。なんで“あいつ”の護衛なん
だよ!!﹂
﹁グラムは結構なめてるかもしれないけど彼女あれでも相当な実力
の持ち主なんだよ。しかも天性の素質を持っていて、かつ努力家。
これはさすがの君も真似できないんじゃない?﹂
サリドはふざけたように小さく笑った。
257
﹁で、その話は出来たら本人が居ないときにして欲しかったんです
けどねぇ﹂
フランシスカはサリドの後ろで眉を痙攣させながら、言った。
﹁いやはや⋮⋮。聞こえてたか?﹂
﹁当たり前でしょう?! あんたノータのことなめてるでしょう!
!﹂
﹁別になめては居ないんだが⋮⋮。そんな言葉遣いでいいのか? これでも一応世界大会だから粗を世界から探されてしまうぞ﹂
﹁そんなの、探せるものなら探せばいいの。私はそんなの一切ない
完璧ですから﹂
ああそうかい、と適当に相槌をついてグラムは天を仰いだ。
﹁着いたぞ﹂
そこにあるのは、天が霞むほどの高さがあるマンションであった。
マンションは一人の選手がワンフロアーもらえるという非常に豪華
なつくりであった。
﹁えーと⋮⋮27階か。グラムよろしく﹂
サリドは荷物を抱えて重たそうに苦悶な表情を示した。
258
﹁へいへい﹂とやる気のない声でグラムはエレベーターにある27
のボタンを押した。
サリドたちを載せたエレベーターが27階に到着し、扉が開いて三
人の目に入ってきた光景は、なんとも形容しがたい景色でもあった。
まず、あるものは家具全般。だから棚からテレビからパソコンまで。
その全てが最高級の品々だった。なぜ解るかといえば、
﹁凄いな⋮⋮。まさかここまで最高級だとは。ノータっていつもこ
んな感じなのか?﹂
本をいつも貪るように読む男、サリドがいたからであった。
﹁まぁね。でも私は軍職になったばっかだし。私より仕事が長い人
間は国にも因るけどこれ以上の装備なんじゃないかしら?﹂
フランシスカはため息をついて首を横にゆっくりと一往復振りなが
らそう言った。
﹁まじか⋮⋮。侮れない。さすが国のVIPだけはある⋮⋮﹂
グラムは呻くように呟いて、ふと思った。
確かに、家具はもともとオリンピアドーム側から支給された、いわ
ば備え付けのものである。
しかし、
259
なら“そのまわりにバベルの塔のごとく積み上がっている大量のダ
ンボール”はなんだ?
グラムがそんなことを考えていると、奥から声が聞こえた。
﹁おかえりー﹂
﹁⋮⋮ただいま﹂
フランシスカは鬱陶しい素振りを見せた。もう数える気も失せるく
らいの回数彼女はこれをやっていたのだろうか?
﹁さっさと出てきなさいよ﹂
フランシスカは次いで付け足すように言った。
260
0−4
そこにいたのは如何にも医者のような人間だった。白衣を着て、セ
ミロングの茶髪を首のところで縛っていた。眼鏡をかけていた彼女
は笑って言った。
﹁はじめまして。私、ラインスタイル・ホークキャノンと申します。
今回フランシスカ=リガンテ=ヨシノの健康管理を担当させていた
だきます﹂
﹁ホークキャノン? 聞いたことのあるような⋮⋮﹂
サリドはそれを聴いて少し唇を歪めたが、
﹁はい。先日は妹がお世話になりました﹂
﹁⋮⋮あっ!﹂
﹁どうしたサリド?﹂
﹁フィリアスさんだよ。エンゼルハンドの。なるほど。彼女のお姉
さんなのですね?﹂
サリドが言うとラインスタイルは首肯する。
﹁私どもホークキャノン家は医学に秀でた家系でして。代々医師な
どに就くのが多いのです。シスター部隊にも入隊している人も多い
ですし。⋮⋮まあ姉は違いましたが﹂
261
﹁姉⋮⋮?﹂
﹁ライズウェルトをご存知ですか﹂
ラインスタイルは言ったが、サリドには聞き覚えのない名前だった
し、それはグラムも同じだろう。
﹁やはりわかりませんか⋮⋮。実はレイザリー軍に入隊しているら
しいんですね。たしか通信士になるとかどうとか。だから嫁の貰い
手が見つからないのよ﹂
﹁それはあなたも同じよ? ラインスタイル﹂
フランシスカが少し苛立ちしながら、そう言った。
﹁⋮⋮、フランシスカ。どうする? まだ準備を始めるには余裕が
あるだろうし⋮⋮。ちょっとこの人工浮島を巡ってみたら? なん
か発見があるかも﹂
ラインスタイルはたくさん積まれているダンボールのうちのひとつ
の封を切り、そこから水筒を取り出し蓋を開け、中に入っている液
体を口に含んだ。なんとなく彼女の口から溢れて洩れ出た色がどう
みても飲める色ではなかったのが気になるところだが。
﹁変わり者だろう。あいつは﹂
フランシスカは傍にいたサリドに小さく呟いた。
サリドはただその風景を見て苦笑いすることしかできなかった。
262
0−5
さて、とりあえずサリドたちはラインスタイルの助言をもとにこの
オリンピアドームをふらふらと巡ることにした。例え島とはいえ、
その大きさは計り知れず、島内の移動に車を有するくらいであった。
なのでこの島にはレンタカーショップが数多く並んでいる。別にど
の車でも構わないが数多の種類の車を借りれるショップは安価で借
りることが出来、少ない種類しか借りれないショップでは借料が高
価になる傾向にある。しかしながら手入れやサービスの面から考え
ると後者の方がより丁寧に行ってくれるため、後者はブルジョワ向
け、前者は一般市民向けと無意識のうちに分類が為されているのだ
った。
サリドたちはとりあえず島一番︵値段の高さ的な意味で︶のレンタ
カーショップに向かった。目ぼしいものはもう借りられていたのだ
が唯一一台だけ車が残っていた。
それはよくある軽乗用車で﹃定員:4人まで﹄と車の中に入ってい
る札に書かれていた。
色はスカイブルーでナンバープレートは軽乗用車を示す黄色。しか
も驚くべきは価格。なんと普通にそのショップで車を借りるより0
が一個少ないのだった。車種に値段が比例するとはいえいくらなん
でも安過ぎであった。
﹁⋮⋮、これにしよう﹂
フランシスカにより一発で決められる。なんてブルジョワなんだ、
263
とサリドは改めてノータの世間ずれを知ったのだった。
﹁じゃ、これお願いしまーす﹂
最近出番を奪われ気味のグラムが軽い足取りでカウンターへ向かう。
カウンターに座っていたハワイシャツを着た男︱︱レンタカーショ
ップよりも海の家を経営しているほうがお似合いのような気もする
が︱︱は恭しく笑って、書類を渡した。
﹁⋮⋮よし、これで大丈夫だ﹂
グラムは書類を確認して独りごちる。
﹁そーいや、これは誰が運転するんだ?﹂
グラムが書類の束を、恭しく笑いながらサリドとフランシスカが辿
々しい親睦を深めている場に割り入ってきた。
﹁なに行ってるんだい? 僕は“本業は学生”なんだから免許を持
ってないし、運転することも出来ないよ? もしかして彼女に運転
させるつもりだったのかい?﹂
﹁⋮⋮、﹂
グラムは答えられない。
そんなことは解りきっていたのだ。サリドが免許を持ってないから
運転させることは、たとえこの平和の祭典としても、許されない。
かといって選手であるフランシスカ自身に運転を任すことなんて出
264
来るわけもない。そもそも彼女は車の運転が出来るのだろうか。
﹁⋮⋮いや、ADAがあるくらいだしな﹂
ADA。
Driving
Abilitiesの略称で、﹃自動的運転
グラムが独り言で言ったこれは正式にはAutomaticall
y
才能﹄と呼ばれるものだ。
ノータになった人間には元から備わっていたのか、はたまた改造に
よってその能力を“強制的に”手に入れたのかはわからないのだが、
そんな能力がノータにはあった。
簡単に言えば﹃どんなものでも運転することのできる技能﹄のこと
で馬から車、飛行機なども運転することが出来る。
これの由来としては旧時代にいたとされるどんな乗り物でも乗りこ
なすとされたアーサーという青年︱︱のちに彼は“ブリテン”なる
国の王になった存在らしかったがそれをグラムは知ることはない︱
︱の解析を進めた結果、その能力があることが判明したのだ。しか
もそれは遺伝することが分かり、ノータはその遺伝子検査によって
選ばれたとされている。
されている、というのはサリドたちのような軍人や学生が知るよう
な事実ではない、ということで現にサリドたちが知るこの知識も雑
誌や携帯端末でブラウジングして得た情報であり、これもまた憶測
の域を過ぎないのであった。
﹁⋮⋮、おーい? グラムどうした?﹂
265
サリドの声で、はっとグラムは我に返った。どうやら思考し過ぎて
辺りが見えなくなってしまったらしい。猪突猛進な彼らしいことで
はあるが改善すべき課題でもある。
﹁あ、あぁ。ところで、どこに行くんだ?﹂
﹁うーん﹂サリドはガイドブックを見ながら、﹁とりあえず、適当
に一周してみようよ。そうだな。お腹も空いたから目ぼしいところ
でご飯でも食べようよ。フランシスカもどうだい?﹂
サリドの言葉にフランシスカはひとつ大きく頷いた。
もう仲良くなってやがる、と言わんばかりにグラムはため息をつい
て二人にシートベルトの確認もせずアクセルを踏み抜いた。
266
0−5︵後書き︶
次回更新:12月13日を予定しています。
267
1−1
二日後。
オリンピアドーム中心にある射撃場に大勢の人間が集まっていた。
そこは﹃射撃場﹄という存在であるものの、やけに広かった。き
っとかつて行ったショッピングモールに近い面積であろうことはサ
リドの目視でもだいたい解ることだった。
射撃場はスタジアムのようになっており、二階席、所謂観客席で
ある場所、にはフィールドにいる人間の関係者というのは明白だっ
た。
サリドは携帯端末をいつものように弄くってはいなかった。きっ
と入場時に係員から没収を喰らったのだろう。
そんなサリドは今、表紙に可愛らしい女の子をあしらったものを読
んでいた。
﹁あれ? サリド、そんなの興味あったっけ?﹂
﹁ん?﹂サリドはグラムの話を聞いて指されている表紙のグラビア
を確認する。
﹁あぁ、これは表紙詐欺だよ。中身はちゃんとした特集﹂
サリドはそう言って半ばめんどくさそうに中を見せる。中にはで
かでかとしたゴシックで﹃世界トライアスロン特集!!﹄と書かれ
268
ていた。
﹁これを読むと結構面白いのが書かれててね。世界トライアスロン
は今年で10回目なんだってさ﹂
それをはじめに、サリドはどんどんと話をつづけていった。
サリドが言ったことを要約するならば。
世界トライアスロンは10年前にレイザリー王国が企画したお祭
りである。
銃も、剣も、ヒュロルフタームも、用いない。まさに平和の祭典、
である。
競技は全部で7つあり、トライアスロンというよりかは総合体育
大会のほうがベクトルが強い。
水泳、マラソン、射撃、弓道、砲丸投げ、体操、自転車レースの
7種だ。これは固定されて毎年同じ競技をするわけではなく、各国
の代表が協議して決めるのだとか。
そんな﹃平和の祭典﹄ではあるが、やはりそこは今の世界である。
競技者が狙撃され、そのまま戦争に発展してしまうことも有り得
るのだ。
この世界トライアスロンの競技者はヒュロルフタームのパイロッ
ト、ノータであることはルールブックに記載されており、それは守
269
らねばならない事実である。
ノータは各国の最高級VIPで国に拠っては最高権力者よりも守
るべき存在であるところもある。
即ちその人間が狙撃されるということは、仮にダメージを負わな
かったにせよ他国からの攻撃を受けたことに等しい。
世界トライアスロンは各国どうしの不可侵条約の下成り立ってい
るが、所詮それも只の紙切れであって、それで安全が完全に保証さ
れている訳ではない。
だけどもそれを言っている状態ではオリンピアドームへの観光客
が見込めないため、資本四国は連合軍を形成し、その治安を守って
いるのである。
グラムはサリドから聴いた話にしばらくうなずいていたが、そのう
ちにそれすらもやめてただなにか難しい物事を考えているような表
情へと化した。
﹁⋮⋮つまり、最高級VIPを平和の祭典に出させることにより世
界の平和を再確認させる、ってことか?﹂
﹁そーいうこと。ま、今はそれも無くなったみたいだから余り心配
しなくていいんじゃないかな。備えあれば憂いなしだけどもね﹂
サリドはそう言って雑誌を閉じる。
グラムはそれを見てしばらく不審に思っていたのだが、
270
刹那、射撃場を揺らす程の歓声が、射撃場自身に溢れた。
﹁うおっ⋮⋮! 始まったか!!﹂
﹁毎年見るけど相変わらずすげぇなぁ。なんてったって世界中の人
間が溢れてるんだろ? これが“平和”ってやつなのかねぇ﹂
そう言ってグラムは先ほど買っておいたドリンクを飲むことにした。
271
1−2
﹁ついに、始まりました∼!﹂
直後にマイクで拡声された女性の声が会場に響いた。
﹁わたくし、今回の実況と進行役を務めさせていただくレナ・ポー
ルウェルトで∼すっ! この二週間宜しくお願いしま∼すっ!﹂
レナの言葉の後、会場を何故か先程よりも大きな黄色い声援で包み
込まれる。
﹁なんだありゃ⋮⋮。すごい人気だな⋮⋮﹂
今度はサリドが驚く番であった。そして今度はグラムが意気揚々と
説明を始めるのだった。
﹁なんだ? 知らないのか。ありゃ、資本四国一のアイドル、レナ
ちゃんだぜ。彼女が動くとそれこそ金が動くって言われてる。今の
資本四国のテレビは彼女がいなきゃ成り立たないだろうな﹂
﹁⋮⋮なんだい。グラムって意外とミーハーだったのか?﹂
﹁なんかお前に言われると心底腹が立つな﹂
グラムはそう言って再び会場を観る。
﹁それではっ﹂
272
レナはそれを持つのに抵抗を示さなかったのだろうか。拳銃を持っ
ていた。
もう古い拳銃だ。かつて警察という治安維持を目的として設置され
た組織が愛用していたもので、警察廃止後、おもにヒュロルフター
ムによる戦争が認められてから、その拳銃は使い物にならなくなっ
ていた。
しかし、むしろそれを見てサリドは疑っていたのだ。
Uni
今やあの拳銃は治安維持のためではなくむしろその逆に使われてし
まっている。
Resistance
URUという組織を知っているだろうか。
正式にはUnderground
onと呼び、その頭文字をとったものである。なるべく単語に近い
訳し方をするのなら﹃地下抵抗連合﹄とでも言うべきだろうか。
それらはかつて使われていた所謂﹃文化の遺物﹄を用いる傾向にあ
る。
彼らの目的はあまりよく解ってはいない。
だからこそ、各国もURUの動きに慎重になるのである。一つの誤
った働きが彼らに好影響を与えては困るのだ。
﹁第十回世界トライアスロン、開幕ですっ!!﹂
273
刹那、レナが拳銃を構えた腕を高く掲げ、三発ほど銃弾を撃った。
それを合図と言わんばかりに射撃場まわりから花火が何発か空に咲
いたのだった。
274
1−3
恐るべきことに、初日はこれで終わりである。
﹁意外とゆるいスケジュールなんだな⋮⋮。次の競技は明日の午後
2時からだとさ。つまり丸一日休みってわけだ﹂
サリドがグラムの言葉を聞いて携帯端末の時計を見るとまだ午前1
1時を過ぎたばかりだった。
﹁あ、フランシスカが出てきたよ?﹂
サリドが言ってグラムは振り返る。そこには確かにフランシスカは
いたのだが、
そこには他の別の人間もいた。
なんだか軽い口論をしているようである。
﹁だーかーらっ! あんたからぶつかってきたんでしょ?!﹂
﹁違うよ。僕はただ適当に歩いていただけさ⋮⋮。ぶつかったよう
なら謝るよ﹂
﹁おいおい、二人とも一体何をしているんだ?﹂
二人の口論にサリドが言葉を入れる。
﹁君は⋮⋮、彼女のボディーガードかい?﹂
275
フランシスカではない方が、小鳥の嘴のような小さな口から爽やか
な声を紡ぐ。
﹁えぇ⋮⋮。彼女がすいません﹂
﹁いや、僕の方も悪かったよ。⋮⋮時間もちょうどいい。一緒にお
昼でも如何です?﹂
少女はちょうど胸のあたりまで伸ばした茶髪をかきあげ、言った。
彼女の髪は茶というよりかはブロンドに近い。オレンジ色のノータ
専用軍服も彼女にとってはまるでファッションショーでモデルが着
用しているような、ドレスに見間違えてしまう程であった。
﹁⋮⋮なにか?﹂
じろじろ見ているのがバレてしまったのか、彼女は少し苛ついてい
るようにも見えた。口をへの字に曲げ、なにか言いたげでもあった
が⋮⋮それは彼女の姿形を鑑みてもなぜか可愛く見えてしまうもの
なのであった。
﹁あ、いや⋮⋮そうですね。しかし、あなたのお供は大丈夫なので
すか?﹂
サリドは、訝しげに彼女にたずねた。
﹁お供? ⋮⋮あぁ。ボディーガードのことですか? 彼らなら何
の心配もしないでしょう。むしろ僕が居なくてせいせいするくらい
でしょうし﹂
276
﹁そうですか? しかしこれは不可侵条約を違反することにも⋮⋮
?﹂
﹁オリンピアドーム理事局は不可侵条約なぞ只の紙切れだと思って
ますよ。それに我々は“互いの利益を尊重し合うために結成”され
た資本四国の一員ではありませんか?﹂
資本四国の目的は彼女が言ったように“互いの国の利益を尊重し合
うため”に結成された組織である。
まずはレイザリーとライバックがLL.ウェイロック条約を礎とし
た軍事条約同盟の締結を行った。
そしてそれにライアニア、シャルーニュが参加して現在の形になっ
たとされている。しかしその後の参加国は増え、結果として現在は
7か国ほどあるのだが。
﹁⋮⋮わかりました。では、お名前をお聞きしたいのですが?﹂
﹁ロゼ﹂短く告げ、﹁正式にはロズベルグ・アーケンド・リボルテ
ィーなのですが、長いのでみなロゼと呼びます。それで結構です﹂
少女、改めロゼは笑って言った。
277
1−4
なぜか彼女が薦めたお店は懐石料理とかの高級店⋮⋮ではなく一般
人も訪れるような純和風の定食屋であった。
﹁僕はこういうのが落ち着くんですよ。それでも祖国に行くとごて
ごてとした高級感満載のものばかりなんですけどねぇ﹂
そう言ってロゼはオレンジのトレーをひとつ取り、そこに小松菜の
ごま和えが入った小皿を載せた。
今、彼女たちは完全にオフということもあり私服になっていた。
サリドはポロシャツにジーパン、またいつものウエストポーチも装
着している。
グラムはちょっと派手なアロハシャツにハーフパンツにサングラス。
少し浮いてる感じが彼らしい。
ノータの二人も彩り豊かな服装であって、しかし彼女ら二人の服装
は両極端でもあった。
まず、フランシスカから見るとボーイッシュな服装だった。クリー
ム色のチノパンにグレーのシャツ、それにチャックの着いたパーカ
ーを着ていた。
それに比べるとロゼはとても年頃の女の子のような格好をしていて。
薄ピンクのブラウスに白のジャケット、オレンジのスカートに黒の
ニーソックス、ハイヒールといった感じだ。なんとなく、遠くから
278
見ると二組のカップルが仲睦まじくご飯を食べているようにしか見
えないが、それは置いておくこととする。
サリドたちが一通り食べ物を選び終え、会計を済まして、混み合う
店内を眺めた。
﹁こいつは混んでるなぁ⋮⋮。座るとこなんてないぞ﹂
これはまさかの立ち食い︵テーブル無し︶のテラス席かと思ってい
たが、
﹁なんだ。お前らじゃないか﹂
不意に後ろから聞いたことのあるような声がかかり、振り返る。
そこには、
﹁⋮⋮リーフガット⋮⋮さん?﹂
﹁あぁ。⋮⋮で、お前らどうした? 席が空いてないと見てとれる
が﹂
リーフガットの言葉にサリドは頷いた。
﹁それなら、私が食べてる座敷の方にこい。あそこなら人気もなく
疎らだからな﹂
そう言ってリーフガットはすたこらと歩いていった。とりあえずサ
リドたちも後を追うことにした。
279
座敷は和風マニアのリーフガットなら大層喜びそうなものばかりだ
った。
全面畳敷き、掘り炬燵に座布団、茶室まであるのだとか。
そんな部屋にサリドたちはリーフガットに連れられ、やってきた。
﹁⋮⋮ほんとに人が居ないですね?﹂
﹁あんまり声を大にしては言えないけどここは物好きしか来ないか
らねぇ﹂
リーフガットは少しだけ声のトーンを下げて、言った。
﹁⋮⋮そういえば、なぜ別国のノータがいるんだ?﹂
リーフガットは不審に思い、尋ねた。
﹁申し訳ございません。僕の方からお呼びしたのです﹂
謝ったのはロゼだった。
﹁⋮⋮名前と所属を﹂
280
﹁ロズベルグ・アーケンド・リボルティー。所属はシャルーニュ公
国です﹂
﹁⋮⋮なるほど。失礼しました﹂
名前を聞いて安心したのか、リーフガットはお辞儀する。
﹁⋮⋮さ、食べよ。冷えてしまうし﹂
そんなことを言い出したのはフランシスカだった。
﹁そうだね。折角作ってくれたものを食べなきゃ。勿体無いもの﹂
そう言ってサリドは手を合わせる。
それを見てみんなも手を合わせる。なぜか完食したリーフガットも
だ。
﹁﹁いただきます!﹂﹂
一斉に言い、サリドたちは食事を始めた。
281
1−4︵後書き︶
次回更新:12/15予定
︵12/15は諸事情により更新ができない恐れがあります。もし
かしたら12/16にずれ込む可能性がありますが、予めご了承く
ださい。︶
282
1−5
サリドたちが食事をし終わったのは午後2時を回ったあたりだった。
あんなにロゼに対してぶつくさだったフランシスカも、
﹁そういえば⋮⋮栄養管理のことをとやかく言われたりしないの?﹂
﹁僕はなんでも独りでやりますから⋮⋮。やろうと思えば料理だっ
て出来ます﹂
これくらいの会話も出来るように打ち解けていた。
﹁そういえばフランシスカさんは家族は?﹂
﹁⋮⋮フランシスカで良いわよ。だから私もロゼと呼ばせて﹂
﹁わかりました。ではフランシスカ。家族はいるのですか?﹂
﹁結局その質問なのね⋮⋮。えぇ、兄がひとり。父はあの事故で死
んでしまったから兄だけが唯一の親族、かしらね﹂
﹁家族がいるっていいことですよねぇ﹂
ロゼは楽しそうに笑う。そんな彼女の笑みはご飯茶碗よりもワイン
グラスの方が似合う気もした。
﹁⋮⋮どういうこと?﹂
283
﹁いやぁ、お恥ずかしい話ですが、僕は実は現在の王子の異母弟妹
なんですよ。父は現シャルーニュ公国国王。母はそこに仕えるしが
ないメイドでした。⋮⋮彼は母に恋をして、そして僕が生まれた⋮
⋮。もっともそのころは跡継ぎの論争が激しく、僕は彼から捨てら
れました。⋮⋮しかしノータの選出はDNAの検査で行う故に僕だ
けが選ばれました。まったく、皮肉なものですよね。国王から捨て
られた僕が、今や国の最高級VIPなのですから﹂
場を沈黙が支配した。
﹁⋮⋮あの、こんなこと、聞いてごめんなさい﹂
フランシスカは小さくお辞儀をして謝る。
284
1−6
﹁いえいえ、元はと言えば僕が話を切り出したからですよ。あなた
は悪くありません﹂
そう言ってロゼは笑った。まるで、それは天から地を眺め、微笑む
天使のようにも見えた。
﹁さぁさぁ、とりあえず二人とも、これからどうする?﹂
サリドが話を切り出した。
二人は同時に首を傾げた。まるで、どうするって? と言いたいば
かりに。
﹁さっきロズベルグさんの方のボディーガードに確認を取ったのよ。
こちらで行動を共にさせてもいいか、ってね。そしたら快く許可し
てくれたわ﹂
リーフガットが今は古い形態である折り畳み式の携帯電話を、ポケ
ットに入れて、言った。ポケットの外から出た湯呑みを象ったキー
ホルダーが揺れる。
﹁⋮⋮、﹂
﹁じゃあ、一緒にどこか回らない? ロゼ﹂
二人の反応は両極端であったが、ロゼはフランシスカの発言を聞く
と、我に返って、
285
﹁あ、ええ。それもいいですね﹂
ロゼは堅苦しい言い回しで言った。何処と無く忙しない感じがした
がそれがフランシスカ以下に気づくことはない。
﹁じゃあ、六時までに帰ってきてね。それからは、トレーニングや
調整を行うから﹂
リーフガットの発言に二人は頷いた。
さて、
﹁とりあえずどこに向かう? ロゼ﹂
﹁そうですね。ウエストエリアでカーニバルをやってますが、そち
らに行きますか? それともセントラルターミナルの海底トンネル
に行けばそこでしか見れない魚が見れますよ。もしくは⋮⋮﹂
﹁ストップ。ロゼ﹂
フランシスカから停止命令が出てロゼは訳が解らないながらも、言
葉の砲撃を停止する。
﹁どうしました? 体調が悪いですか。確かにこの頃はお腹が痛く
なるけど﹂
﹁黙って。そうじゃないわ﹂
286
﹁⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮、まぁ、とりあえず、セントラルターミナル? だっけ? にある海底トンネルに行きましょう。何処に行くかはそれから考え
るわ﹂
フランシスカはそう言ってロゼと手を繋いで歩き出した。
ロゼがあまりよくわからずフランシスカの顔を見ると頬が紅潮して
いるのが見てとれた。
﹁⋮⋮な、なによ﹂
﹁友達が、居なかったのか?﹂
﹁⋮⋮、﹂
ロゼの言葉にフランシスカは小さく頷く。
﹁今まで友達なんて出来なかったから⋮⋮。私は今まで研究所にい
たし、そういう学校に通ってた。それに気づいたらもう私はヒュロ
ルフタームなんていう人造人間型兵器に乗せられていた。名目上は
人間だけど、そんなわけはない。あれは“バケモノ”よ。あれを人
間と呼ぶ方がおかしいわ﹂
フランシスカは泣きそうな目でロゼに訴えていた。
287
1−7
﹁そんなわけはない。あれは立派な発明だよ。今まで人間程の大き
さにしか作れなかったロボットが、50mのものになるんだもの。
ヨシノ博士︱︱君の父親が産み出した“それ”は世界を画期的に変
えたんだ﹂
﹁違う﹂フランシスカは小さく横に首を振って、
﹁そんなわけない。例えヒトがどんなに綺麗事を並べたってあれは
兵器にしか他ならないわ。あれが内部爆発を起こしたら主要なエネ
ルギー源としてるプルトニウムが原子炉から漏れ出してしまうわ。
炉心溶融を起こしてしまうかもしれない﹂
﹁いいかい?﹂ロゼはフランシスカの肩を持って、
﹁確かにそうなってしまう可能性もゼロではない。でも、そういう
マイナスばかりを考えていると何も進歩はしないんだ。だって、そ
うだろ? 人間の少なからず大きな犠牲によってそれ以上に利益を
もたらした大きなものが産み出される。まさか、君はこの世界が何
の犠牲もなく今まで成長し続けた、とでも思っているのかい?﹂
ロゼの問いにフランシスカは答えない。
﹁⋮⋮こんな話はやめにしよう。今はデートの場なのだから﹂
ロゼはひとつため息をしてフランシスカの手を握り返した。
﹁えぇ。そうね﹂フランシスカもそう言って彼女の手を握り返した。
288
セントラルターミナル。
名前の通り、オリンピアドームの中央に位置し、まるで深いスープ
皿を交互に載せていったようなそんな形をしており、ターミナルと
名前が付いているから解ると思うが、ここは他の国とを結ぶオリン
ピアドーム唯一の空港である。
しかし全てが空港というわけでなく、滑走路、今の飛行機は滑走路
が殆ど必要ないタイプになっているのだが、として使っているエリ
アは上の僅か10エリアに過ぎない。残りのエリアは所謂お土産屋
やアミューズメントなどの興業施設となっていて空港自体はそれで
収入を得ている。
﹁うわぁ⋮⋮広いわねぇ⋮⋮﹂
﹁別に僕は広くは感じませんが⋮⋮。レイザリーにもこの程度、い
やこれ以上の設備が為された空港があるはずでしょう?﹂
ロゼの言葉にフランシスカはため息をつきながら首を横に振る。
﹁それがさぁ⋮⋮。本国の方のボディーガードが飛行機の時間を一
時間勘違いしてたみたいで。私のプランだったら一時間は空港をぶ
らぶらと巡れたんだけどねぇ⋮⋮﹂
﹁アハハ。でも今回は制限はありませんよ。こんな僕で宜しければ
289
エスコートしますが?﹂
ロゼは笑って、フランシスカの掌を再び強く握った。
290
1−8
先程ロゼとフランシスカが話していた海底トンネルはそのセントラ
ルターミナルの地下に存在する。
トンネル、といってもある場所とまたある場所を繋いでいるような
のではなく寧ろアトラクションに近い。海底をただ決められたコー
スで一定時間めぐれるというどちらかといえばカップル向けの施設
だ。
なので、その場所もその時も男女のカップルが沢山来ており、なん
だかここだけ異空間のようにも見てとれた。
﹁二人分お願いしまーす﹂
﹁はいよ。700ムルね。⋮⋮もしかして友達かい?﹂
受付の女性が三枚の硬貨を受け取り、次いで変わりにチケットを二
枚渡す。
それを受け取り、フランシスカは愛想笑いを浮かべた。
チケットを買って、フランシスカはロゼのいるところにやってきた。
﹁フランシスカ。私がエスコートすると⋮⋮﹂
﹁ごめんなさい。なんだかやってみたくなっちゃって⋮⋮。さ、行
きましょ?﹂
291
フランシスカはチケットをロゼに渡し、また愛想笑いを浮かべた。
†
海底トンネルを進むための潜水艦は二人乗りの小さなものであった。
黄色のミニクーパーのような形をしていて、この特徴的な潜水艦の
形もここが有名スポットである理由のひとつだ。
二人はそれに乗り込み、ロゼが操縦捍を握る。
グオン、と鈍い音が響いて潜水艦はゆっくりと潜水を始めた。
﹁綺麗ねー﹂
フランシスカは剥き出しになっている大きな窓を通して海の中を眺
めていた。
風景は思った以上に鮮やかだった。エイにヒラメ、クラゲにイルカ
といった普通の魚からこの場所が熱帯に位置しているからか熱帯魚
も多く見られた。
﹁ほら、あそこ。いそぎんちゃくの中にいるの、なんて名前だった
かな﹂
﹁ロゼ、あれはカクレクマノミよ。あのオレンジと赤の縞縞模様は
多分、そうに違いないわ﹂
292
フランシスカとロゼはそんな他愛もない会話をして、
ふと、気付いた。
﹁フランシスカ。後ろから何か見えませんか?﹂
ロゼがあくまでも丁寧にフランシスカに尋ねた。
﹁⋮⋮いや? 何も見えないけど?﹂
﹁⋮⋮シートベルトをしてください﹂
ロゼは冷たい、感情もない声で言った。
﹁え? えぇ⋮⋮﹂フランシスカは動揺しながらもロゼの言う通り
にする。
刹那、ロゼが操縦捍をおれそうなほど力を込めて左に曲げた。現に
ミシミシという音を立てているのだが。
﹁き、きゃあっ﹂
小さい悲鳴が聞こえ、ロゼは、
﹁掴まって!!﹂
そう言ってさらに今度は右に操縦捍を曲げた。
293
1−9
﹁な、なにを⋮⋮!! コースから離れちゃったよ!﹂
フランシスカは半ば冷静に状況を判断出来なかった。
﹁後ろから敵がやって来ます! 急がねば⋮⋮!!﹂
ロゼの言葉にフランシスカは驚いて窓から外を見て状況をなんとか
知ろうとする。
しかし、見えるのは透き通った海だけだった。
﹁⋮⋮やっぱり見えない!!﹂
﹁困りましたね⋮⋮。敵の姿が見えるならまだ対策は打てるのです
が⋮⋮、このままじゃ打ちようがない!﹂
﹁じゃあ!﹂
﹁とりあえずADAでこの潜水艦は完璧に操れるのですが⋮⋮、問
題はどう敵を交わして元の地に戻れるか⋮⋮﹂
﹁ロゼ、どいて﹂
フランシスカは気づくとシートベルトを外し、ロゼの方に来ていた。
﹁フランシスカ、なにを⋮⋮!!﹂
294
﹁いいからどいて﹂フランシスカはさっきと変わらない、淡々とし
た口調で述べたのち、言った。
﹁私にいい考えがある﹂
†
その頃、フランシスカたちを追っていた潜水艦は困惑の色を隠せな
いでいた。
何故ならば。
﹁何故だ!! 何故あいつらは岩壁の中に潜り込むように消えてい
ったんだ!!﹂潜水艦のリーダーであったアーケオス・サンタディ
アゴは言った。
﹁ふぅ⋮⋮。なんとか撒いたわね⋮⋮﹂
フランシスカとロゼを乗せた潜水艦は小さい洞窟の中を巧みに動い
ていた。
﹁まさかこんな抜け道があるとは⋮⋮。なんで知っていたのですか
?﹂
ロゼはフランシスカに尋ねる。もう危機も脱したのでシートベルト
は外している。
﹁ここはもともとレイザリー軍の基地ですからね。軍用の抜け道も
295
用意してあるんですよ﹂
フランシスカはなんとか事態を脱却した、とため息をつく。
﹁ところでこれは何処まで続いているんですか?﹂
﹁う、うーん⋮⋮。えーと⋮⋮確かセントラルターミナルの使われ
てない古倉庫に出る⋮⋮と思ったけど﹂
フランシスカはたどたどしく言った。その感じでは本当にどこに出
るのか曖昧なのだろうか。
﹁まぁ⋮⋮いいでしょう。とりあえず武器は⋮⋮﹂
ロゼは辺りを見渡す。
﹁ロゼ、あんまり見てもないと思うわよ。私もさっき見たときなか
ったから﹂
﹁そうですか⋮⋮﹂フランシスカの話を聞いて、ロゼは深いため息
をつく。
﹁ならば、仕方ありませんね﹂
そう言ってロゼはスカートの裾を思いっきり持ち上げた。その中に
あるピンクのパンツが見えてしまうほどに。
﹁なにを⋮⋮?﹂
296
フランシスカはその風景を怪訝に思っていたが彼女の太股にベルト
で接着されていたそれを見て、息を潜めた。
小型の拳銃だった。
﹁どうしてそんなものを⋮⋮?﹂
﹁いいからさっさと行くよ。仮にあいつらが敵国のスパイだったら
捕らえられて何されるか堪ったもんじゃない。なら倒した方がマシ
さ﹂
ジャキッ、と冷たく鈍い音が潜水艦の中に響いた。
﹁いいかい? ここはもう平和の祭典を行う平和な場所なんかじゃ
ない。戦場なんだ。しかも今まで水面下で巧みに動かれていた、そ
れほどの力がある、ね﹂
そう言ってなぜかロゼの顔は笑っていた。
逆境を、楽しんでいたのだ。
﹁⋮⋮行くよ﹂
ロゼはそう言ってもう片方の太股に装着されていた拳銃をフランシ
スカに投げ渡した。
297
1−10
潜水艦から這い出てフランシスカたちがひとつに思ったことはこの
異質なコンクリートである。
フランシスカたちを大きく囲むようにあるそれは彼女の頭の中にあ
る情報と差違を生み出す。
﹁地図ならここは古い倉庫だったはずなのに⋮⋮?!﹂
そう。
その、二人を囲むコンクリートは古い倉庫にしては、とても新しす
ぎたのだった。
﹁仕方ないですね⋮⋮。倉庫として通用しない。何があるかもわか
らない。そんな場所、でいいですね?﹂
ロゼはそう呟いて、振り返ろうとした。
その時だった。
ガギザザザザ!! と上からナイフの雨が降り注いだ。しかしそれ
は綺麗にロゼの体を傷つけないようにもなっていたが。
しかし彼女が着る服装は別だ。彼女が着ていたジャケットやスカー
トはズタズタに切られ、裸体が露になっていた。
﹁ロゼ!!﹂
298
フランシスカは叫んでロゼに近付こうとする。
﹁近付くな!!﹂
ロゼは思いきり叫んでフランシスカを制止した。
なぜならまだナイフの雨は止んでいないからだ。そのまま飛び込め
ば彼女は串刺しとなり確実に絶命することだろう。
しかし、不思議な点がひとつだけあった。
それは、そんなにナイフがまるで雨のように降っているのに、天井
には傷ひとつついていない。まるで天井からナイフが“生えてきた
”ようだった。
﹁⋮⋮スカートを穿くんじゃなかった。可愛さを追求した結果がこ
れですよ?﹂
ロゼは自分自身を指差し、自嘲するように笑う。
そして、
﹁自惚れるなよ。見えぬ敵。絶命させるまでその身を打ち砕いてや
る﹂
ロゼは低く、冷たい声で言った。
299
1−11
﹁ご心配なく。傷付けるつもりは毛頭ない故﹂
敵の声は予想外にも、目の前から聞こえてきた。
敵の姿はこちらからはよく見えなかったのだが、その雰囲気でロゼ
は感じ取る。
﹁⋮⋮神殿協会か﹂
﹁⋮⋮、﹂
しかし声は答えない。
﹁答えろ。さもなくばこのショットガンでお前の体を撃ち抜くぞ﹂
﹁⋮⋮私は神殿協会枢機卿、レイシャリオ・マイクロツェフです﹂
﹁⋮⋮で? その神殿協会サンが何の御用で? まさか平和の祭典
に茶々入れに来たのか?﹂
﹁⋮⋮半分は、合ってますね。⋮⋮でも、もう半分が足りない。そ
れを言うこともないし、その義理もない﹂
そう言って影はゆっくりと振り返って立ち去り、周りの影と同化し
ていった。
﹁⋮⋮神殿協会、か。本物でしょうねぇ﹂
300
フランシスカは先程降ってきていたナイフを一本取り出す。ナイフ
の雨は気付かないうちに止んでいたのだ。ちょうどレイシャリオと
security﹄⋮⋮オプグランドセ
名乗る人間が現れたあたりから。
﹁⋮⋮﹃Opgland
キュリティ社。神殿協会御用達の兵器店よ﹂
フランシスカは言った。そしてナイフを丁寧にハンカチでくるんで
しまった。
ロゼはとりあえずフランシスカの着ていたパーカーを着ることにし
た。このまま行くことも十分考えたがフランシスカがそのままでは
周囲の目を惹き怪しまれるという判断をしたためその結果となった。
しかしそれでも彼女の下半身は傷ついているのでアングルによって
は見えちゃまずいものが見えてしまう。なので彼女は今不機嫌なよ
うに取り繕ってパーカーのポケットに手を突っ込み、思い切り引っ
張ってなんとかそういうものが見えるのを防いでいた。
﹁⋮⋮もう時間も頃合いですかねぇ﹂
フランシスカがあくまでも自然な感じに言った。
﹁⋮⋮、﹂
ロゼは何も言わずに頷く。
301
﹁とりあえず、戻らなくちゃならない。あなたは何階かしら?﹂
フランシスカはロゼに尋ねる。
﹁⋮⋮僕は28階ですよ﹂
﹁じゃあ一個上じゃない! 私は27階だもの!﹂
﹁そうですか⋮⋮。近いと何かと便利だから助かります﹂
ロゼは痛みを感じるのかすこし辛そうに笑って言った。
302
1−11︵後書き︶
次回更新:12/22予定。
303
1−12
﹁なぜ、それを報告しなかったんだ? フランシスカ。それほど逃
げていたならば私達に連絡くらい出来ただろう?﹂
マンションの自室に戻り、フランシスカが事情を話すとリーフガッ
トは第一声にそう言った。
﹁でも⋮⋮﹂
﹁でも、じゃないわ﹂
フランシスカの言葉を遮るようにリーフガットが咎める。
﹁確かにあなたは多くの人間を救ったヒーローよ。でも、今は違う。
今はこの﹃世界トライアスロン﹄の参加者であり、プレイヤーなの
よ? 貴女のために多くの人間が協力しているし、貴女が傷ついた
りして思った成績が上がらなかったら私達の責任になってしまう﹂
つまり。
﹁あなたを中心にこのチームは存在しているのよ? あなたがいな
かったらこのチームは空中分解を起こしていることでしょう。それ
に、世界トライアスロンは平和の祭典、なんて簡単なものじゃない。
銃撃による妨害で死んだ人間だっているし、それによって戦争が始
まったりした。あれは戦争のいい理由になりうるものなんだよ。そ
れは⋮⋮わかっているよな?﹂
304
フランシスカはリーフガットの言葉に小さく怯えているかのように
頷いた。
﹁⋮⋮じゃあ、とりあえず練習をしましょう。今からコースの先見
でもしたらどうかしら?﹂
リーフガットは先程の真剣な面持ちとは異なり、顔を綻ばせて言っ
た。
そのころ。一個上の28階。
フロアーはフランシスカの部屋とは異なり質素だった。強いて言う
ならば、何もない。ソファーもテレビもパソコンもないのだった。
ただ雑然とした空間で、一人の少女が、空を眺めていた。
彼女は何も身に纏ってはいなかった。下着すらも、彼女は着けてい
なかったのだ。
月を見て、彼女は笑う。LEDの屋内灯も点いていないこの部屋の
唯一の光源は月明かりだけだ。カーテンを開いて、部屋全体に月明
かりを取り込む。
彼女はとぼとぼと歩き、彼女の生活スペースと化しているダブルベ
ッドに腰掛けた。ベッドの脇にはごみ袋がありその中にはボロボロ
に破れた服らしきものと血に汚れたベッド用シーツが入っていた。
彼女は小さく鼻歌を歌いながらベッドに置いていた携帯端末を手に
取る。
305
そして、ロック画面を見ると音声通信ソフトの通知を知らせるメッ
セージが見えた。
彼女は不審に思いながらもそれを見る。
通知は着信とメールだった。それはどちらも同一人物をさしていて、
それは彼女が今日半日一緒にいた人間のことであって。
﹁⋮⋮、﹂
彼女はメールの内容を見て立ち上がり、シャワールームに向かった。
素早くシャワーで体を洗い、綺麗なのかあまり保証できないタオル、
なんだか緑色のなにかがくっついている、で濡れた体を拭き、“な
ぜかそれだけが別の空間にあるようなくらい綺麗にされている”オ
レンジ色のノータ専用軍服を手に取り着用し、携帯端末を持って扉
を閉めた。
306
2−1
一日目の競技は水泳である。
6km近く離れている浮島まで泳ぎ、そこを往復︱︱およそ13k
mの遠泳コースである。
﹁しっかし初っぱなから水泳とはねぇ。明日以降に耐えられるのか
?﹂
グラムは少しだけ眠たげに言った。話を終えたあとに欠伸をしたの
がその証拠である。
﹁グラム。たしかノータは知識と筋力を兼ね備えているらしいよ?
それに世界トライアスロンの日程にこんなに余裕が出るようにな
ったのは去年あたりからだよ。その前は毎日やってたらしいから﹂
﹁こんなの毎日やってたら普通の人間なら疲れで死ぬぞ?﹂
だから、とサリドはあえてそれを加えて、
﹁それがノータが“バケモノ”と呼ばれる由縁なんじゃないかな?﹂
ヒュロルフタームの事故は必ずといってよいほどノータも共に攻撃
をくらうことが多い。
なぜならばヒュロルフタームはあくまでも人間で言うところの、脳
のない赤子に近く、ノータ︱︱即ち操縦し、管理するもの︱︱がい
ない限りヒュロルフタームの本能のままに行動する。しかしもう使
307
われて10数年も経つというにヒュロルフタームには解らないこと
が多すぎるのだ。
﹁第一、ヒュロルフタームの生みの親であるヨシノ博士がどうやっ
てヒュロルフタームを作ったか詳しい概論を発表しないまま死んで
しまったからね。その後遺された書類や設計図を見てもどういうこ
とかわからない。なのにヒュロルフターム自体は作ることはできる
から面白いもんだよね﹂
﹁詳しい概論を発表しなかった? どういうことだ?﹂
﹁ヨシノ博士は資本主義国の人間にしかヒュロルフターム概論を発
表されないことを知り、全世界に発表しようと亡命を謀ったんだ。
パワードスーツ
大分昔に言ったかもしれないけどヒュロルフタームはもともと人間
は行動し難いことを出来るようにするための強化装備みたいなもの
で平和的に活用するつもりだったんだけどね﹂
﹁それが今や戦争の代名詞、か。世界ってのはほんとどう転がるか
わからないもんだよなぁ﹂
グラムは煙草を吸うような素振り、あくまでも注記しておくと彼は
まだ16歳の未成年であるのだ、をして言った。
308
2−2
﹁さぁ! 一日目の本日は﹃水泳﹄です! 総距離13.047k
mのこのコース、今回は都合により彼方に見えるハテノ島がゴール
となります!﹂
海に浮かぶクルーザーに乗るのは、昨日いたレナであった。たぶん
もともと声量がないのだろう。時たま声が裏返りながらも懸命に役
目を果たしているのは、やはり彼女も彼女でアイドル魂というのが
あるのだろうか。
﹁おっ、始まるみたいだな﹂
ブランドものの黒いタートルネックに、ジーパンを着たリーフガッ
トは海を一望出来るテラスにやってきていた。
ちなみに今回彼女は完全に非番で20代最後の夏を楽しむためにや
って来たんだとか。エンパイアー家と言えば伯爵の爵位を持つ大変
立派な家系なのだがどうしてこうなったのか。理由はいくつもあっ
て話し尽くせないだろう。
﹁あいつらはこの中応援かー﹂
リーフガットは昼からよくあるメーカーのビール缶を開け、一口う
まそうに啜る。
﹁⋮⋮ま、彼女がいるから大丈夫か﹂
リーフガットは口から漏れ出したビールを口で拭き、テラス脇に設
309
置したアンティーク調の木の椅子に座った。
そのころ、サリドとグラム。
﹁このクルーザーで行くのか⋮⋮?﹂
﹁うん。そうだね。一応僕達は主催国の代表扱いだから、このクル
ーザーを貸してもらったんだよ﹂
﹁⋮⋮サリド、お前運転、﹂
グラムが言い切る前にサリドは、
﹁出来るわけないじゃん。僕は運転免許を持ってないし、第一未成
年だし﹂
﹁だぁーっ!! 解った!! 解ってるよ!! どうせそういうと
思ってました!!﹂
グラムはクルーザーなんて運転したことねぇぞまったく、とか愚痴
を溢しながら、クルーザーの中へ入っていった。
ふと、空を見上げると太陽が文句ありげにギラギラと輝いている。
文句が言いたいのはこっちだ、と言い返したかったが、
﹁操縦は私に任せて下さいな♪﹂
310
ふと声が掛かり、その声のする方を見た。
そこは甲板から少し出っ張っているところ。俗に云う“操縦席”の
ところだ。
グラムは顔を見ようとする。しかし、空が眩しくて何が何やら解ら
ない状況だった。
﹁⋮⋮自己紹介は顔と顔を見たほうがいいでしょう? とりあえず
上に上がってきてください!﹂
女はそう言って、また操縦席の方へもどっていった。
311
2−3
﹁私は、ライズウェルト・ホークキャノン、と言います﹂
開口一番、その操縦席にいた女性は色々な機器をまるで出鱈目にボ
タンやらなんやらをつかって調整しながら言った。
﹁ホークキャノンってまさか⋮⋮﹂
サリドがライズウェルトの名前を聞いて、ハッと思い出した。それ
と同時のことであったが、
﹁姉さん?!﹂
後ろから誰かの声が聞こえ、振り返ると、フランシスカの健康管理
担当であったラインスタイル・ホークキャノンが驚愕の表情を浮か
ばせていた。
﹁なんで姉さんが⋮⋮? 今はまだ戦争中じゃ⋮⋮﹂
﹁いやぁ、私もよく解らないんだけどね? どうやら世界トライア
スロン開催中は世界中の戦争はお休み。また開催時期前後二週間に
行われる行事は休み、みたいで。まぁ、結果として私がここに駆り
出されたわけ﹂
ライズウェルトは意外と小さな、触ったらふくらみが把握出来るく
らいの胸に手をあて、言った。
﹁毎回思うけど姉さんは然るべきところが成長してないわよね⋮⋮。
312
顔はいいのに﹂
﹁余計なお世話よ。ラインスタイル﹂
ライズウェルトは少しだけ声を荒げて言った。
﹁さてと、そろそろ追い掛けなくちゃね。もう競技開始から20分
は経ったわよね?﹂
ライズウェルトはそう言うと足早に操縦席に戻り、操縦捍を握る。
﹁いっくわよ∼!!﹂
そう言うと。
船は水飛沫を上げ、恐ろしいほどの、まさに電光石火と形容するに
相応しいほどの速さで大洋に消えていった。
313
2−4
そのころ、フランシスカは海を泳いでいた。因みにではあるが、競
技の服装はノータの服装︱︱すなわちヒュロルフタームパイロット
スーツ︱︱を着なくてはならない。それは義務である。
だから今ではノータの服装にいろいろとスポンサーの名前が描かれ
ていたりしている。
しかしひとつ疑問が生じてしまう。
それは﹃資本主義国以外は誰が出場しているのか?﹄ということだ。
答えは簡単で、ただ実力者のみが出ていることになる。
社会主義国、特に神殿協会や大神道会などはヒュロルフタームの戦
争運用に反対している。
何故ならば、彼らの信義とは人と人が戦うのはいいが、その代行者
として人が決して適わない存在と戦わせるのは残虐かつ非人道的な
行為である、と述べているのだ。
しかしそれを資本主義国がまともに聞くことはなく、今現在も戦争
にヒュロルフタームが用いられているのだった。
現在フランシスカは中継地点である群島の脇を泳いでいた。
314
ノータ︱︱ヒュロルフタームという人造人間兵器のパイロット︱︱
とはいえ、元は人間だ。体の仕組み上、限界が存在する。
﹁⋮⋮バカめ。あんなところで休んだら体力が持たないだろうに﹂
フランシスカは呟いて後ろに見える群島を一瞥して言った。
何故ならあの群島、実際には小さな岩に一つの人工的に形成された
島がぽつんとあるだけだが、はもともとの中継地点で、ちょうど彼
処で半分となる折り返し地点だった。
だから一度そこで休んで、休むといっても水からは出ないで呼吸を
落ち着かせたりするだけだが、また半分の距離を泳ぐのだった。
﹁⋮⋮全くだよ。どうしてあの人たちは彼処で休むのかな? 僕に
はまったくわからないよ﹂
﹁⋮⋮ロゼ。いつの間に?﹂
﹁いやぁ? 僕はずっと君の後ろに気味が悪いくらいぴったりとく
っついてたんだけど?﹂
ロゼは泳ぎながらも言う。よく考えると、この二人は水で泳ぎなが
ら話をしているということになる。常識的に考えるとさっぱりよく
わからない。これがノータなのだろう。
﹁⋮⋮ほんとノータってやべぇな。あいつら口動かしてるってこと
は、喋ってるってことだろ?﹂
315
その向こう、クルーザー用コースを進むクルーザーの上に乗ってい
たグラムは双眼鏡でフランシスカの方を眺めていた。
316
2−4︵後書き︶
次回更新:特に何もなければ来年1/4更新となります!
エブリスタ版は25,26日お休みをいただき、27,28日と更
新、それが年内最後となります。
それでは皆様良いお年をお過ごしください。
あとがき更新しました↓http://d.hatena.ne.
jp/natsumeecho/20111223/132464
4286
317
2−5
﹁やっぱりさすが、って感じかなぁ。肺活量も一般人と比べて尋常
じゃないくらいあるんじゃない?﹂
サリドはやっぱりなんかの雑誌を読みながら缶コーヒーを飲んでい
た。
﹁また雑誌読んでるのか⋮⋮。お前はほんとに大好きだな﹂
﹁それは誉めているのか、貶しているのか?﹂
サリドはため息をつき、雑誌に栞を挟み、閉じる。
﹁ちょっと読むぞ﹂
﹁んー﹂
サリドはどこからか持ってきたイチゴ大福を頬張りながら言った。
﹁なんだよお前、俺にもよこせよっ﹂
そう言いグラムはサリドの右手にあったイチゴ大福を奪い取り自分
の口に放り込んだ。なんとなくサリドが悲しげな表情をしている気
もしたが、甘いものを独り占めしているお前が悪いんだ、とグラム
は目で静かに言った。
さてグラムはサリドから奪い取ったイチゴ大福を食べながら、サリ
ドが読んでいた雑誌を見ると表紙は何処と無くよく言う萌え要素が
318
これでもかと詰め込まれた女の子だった。
少しだけ緊張しながら表紙を開くとページいっぱいに文が書かれ、
数ページ毎にイラストが描かれていた。
そう、これは世間でいうところのライトノベル雑誌だった。
﹁おい、サリド。これは⋮⋮!!﹂
グラムはあまりの驚愕に絶句していた。
﹁まぁまぁ、別に僕がどんな雑誌を読んでようと構わないだろ?﹂
﹁ま、まぁ⋮⋮、確かにな?﹂
グラムはそう言って雑誌をサリドの前に置かれている机に置いた。
319
2−6
そのころ、フランシスカはなんとかあと一キロをきったあたりまで
泳いできた。しかも今までペースを崩すことはなかった、というの
だから驚きを隠せない。
﹁⋮⋮それに、ロゼも付いてきている⋮⋮﹂
そう、別にこのペースを保って十キロも泳いできたのはフランシス
カだけではなかった。
﹁どうした? ペースが落ちてきたようだね? あともう少しだか
らがんばって!﹂
フランシスカのすぐうしろにくっつくように一人の少女が泳いでい
た。
ロゼ、だった。
彼女はずっとフランシスカをペースメーカーとして泳いできたのだ。
だから彼女のスタミナは未だに消費が少ないだろう。
汚いやつだ、とフランシスカは思った。
しかしこの場所は世界トライアスロン。言うならば“無血の戦争”
と呼ぶべきこれはそういうずる賢いことをしていかねば、勝つこと
はできないのだ。
320
?
そのとき、だった。
不意にフランシスカの足を誰かが引っ張ってきたのだった。
フランシスカは一瞬困惑した。こんなことをできる人間は一人しか
居ないことを解っていたから。
ロゼ。彼女がしたことなのか。フランシスカは一瞬そう考えたが直
ぐにその考えを捨てた。彼女がそんなことをするわけがない。フラ
ンシスカはそう考えていたからだ。
﹁⋮⋮なら﹂
いったい誰が、この所業をし得たのか。どうやらそれも一回で終わ
ったのでとりあえず泳ぎのペースを取り戻す。
ロゼは何食わぬ顔でフランシスカにぴったりとくっつくペースで泳
いでいた。
﹁⋮⋮フランシスカ、なんかあったのか? なんか苦々しい表情だ
ぞ﹂
﹁さぁ? とりあえず彼女がゴールするまで関わるのは禁止されて
るから固唾を呑んで見守るしかないんだけどねぇ﹂
321
双眼鏡を使ってフランシスカたちの状況を眺めるグラムにサリドは
答えた。
﹁⋮⋮妨害、という可能性は?﹂
﹁十分有り得るよ。だってこういう大会だ。もとはスポーツマンシ
ップに則ってやってたけど今はそれを無視してもいいってのが暗黙
の了解になってる。だから今や世界トライアスロンは“無血の戦争
”とも呼ばれるくらいだしね﹂
そう言ってサリドはテーブルに置かれていたコーヒーを一口飲んだ。
322
2−7
水泳の結果は一目瞭然だった。
﹁第一位、フランシスカ・リガンテ・ヨシノ選手! 所属はレイザ
リー王国!﹂
司会のセリフとともに会場に拍手が沸き起こる。それを受け止める
かのようにフランシスカは一礼する。
﹁第二位、ロズベルグ・アーケンド・リボルティー! 所属はシャ
ルーニュ公国!﹂
次に第二位の名前が呼ばれ、その後拍手が沸き起こる。そしてさっ
きフランシスカが行ったようにロゼも一礼する。
﹁第三位、アリア・カーネギー! 所属は⋮⋮﹂
フランシスカは表彰台に立ち、金色のメダル、所詮こんなのは金メ
ッキであしらわれた銀メダルだったりするのだが、を受け取ってい
る最中も考え事をしていた。同時に二つのことを出来るとはなんと
器用な人間であるか。
﹁⋮⋮フランシスカ﹂
﹁⋮⋮、﹂
﹁フランシスカ﹂
323
﹁⋮⋮、﹂
﹁フランシスカ!﹂
﹁う、うわっ!﹂
サリドから呼ばれようやくフランシスカは我に返った。
﹁いったいどうしたってんだい? ずっと考え込んじゃって。体調
でも悪い?﹂
﹁⋮⋮いや、大丈夫。問題ない﹂
フランシスカは何処かのゲームキャラが口にしそうな言葉を言って、
ゆっくりと歩いていった。
324
行間 ?
﹁⋮⋮次の競技はいつ?﹂
マンションに戻りシャワーを浴びたフランシスカは濡れた髪を拭き
ながらサリドに尋ねた。
﹁えーと、明日の午後から射撃、そのあとに一時間の休憩を挟んで
弓道というハードスケジュールだよ﹂
﹁言うほどハードでもない気がするが⋮⋮。とりあえず明日は競技
が二つあるってことだな?﹂
フランシスカはサリドに再び尋ねる。
﹁うん。それは間違いないね。射撃の開始時間は午後四時からだか
ら、間違いないように﹂
﹁わかっている﹂
﹁あの⋮⋮お二方話してるところ悪いんだけどさ⋮⋮﹂
唐突に会話にグラムが割り入ってきた。
﹁どうした、グラム?﹂
﹁どうしたもこうしたもないだろ!! どうしてサリドは部屋に平
気に入れるくせに俺は食事以外部屋に閉じ籠ってなきゃなんねーん
だよ!!﹂
325
﹁そりゃあんたが変態みたいに見えるからだよ﹂
﹁わーお、なんという一刀両断! 俺のハートはもうボロボロなん
ですがっ!!﹂
﹁そうしてもらいたいくせに。わかっているよ。それくらい﹂
﹁まさかの俺M認定かよ?! 俺はそんなんじゃないっつうの!!﹂
﹁まぁまぁグラム。フランシスカは疲れてるんだよ? 少し休ませ
てあげなきゃ﹂
グラムを宥めるようにサリドは言った。
﹁⋮⋮じゃあ一歩譲って俺が静かになるよ﹂
﹁それでよろしい﹂
グラムが苦々しそうに呟くとサリドはにっこりと笑みをこぼして言
った。
﹁⋮⋮んじゃあ、今日もどっか出かけるのか?﹂
﹁そうね。夜の街も面白そうでいいんじゃない?﹂
フランシスカはタオルをテーブルに放り投げて、ソファにひとり腰
掛けた。
326
3−1
フランシスカはひとりマンションの玄関前にいた。ある少女を待っ
ているためだ。
﹁ごめんなさい。待ったかな﹂
その声を聞き後ろに振り返ると、そこにいたのはロゼだった。彼女
はオレンジのパーカーに青のジーンズ、茶色の毛糸の帽子といった
結構暖かそうな格好であった。フランシスカもみると黄色のジャン
パーにクリーム色のチノパン、なんかの野球チームのマークがあし
らわれた帽子をかぶっていた。どちらかといえば二人ともボーイッ
シュな格好をしていたのである。
﹁なんかその帽子暖かそう⋮⋮﹂
フランシスカはロゼのかぶっていた帽子を見て半ば無意識に呟いた。
﹁かぶる?﹂
それを見かねたロゼは帽子を脱ぎ、フランシスカに渡そうとした。
﹁いいわよ。大丈夫﹂
しかしフランシスカはそれを手でロゼのほうに押し戻した。
﹁夜の街⋮⋮といったって危険がつきものじゃありませんか? テ
ロでも発生したら⋮⋮﹂
327
﹁大丈夫よ。なんせここは資本四国所属の最強のヒュロルフターム
軍隊が島を守っている。連合軍もあたりの警備にまわっているのだ
から、テロやクーデターなんて起きるわけがない﹂
﹁それはそれでいいんだけど⋮⋮﹂
ロゼはフランシスカの話に多少の疑問を抱きながらも納得したかの
ように頷いた。
しかしながら、
何処でも夜の街は何処と無く不安になるものだ。
だからロゼもフランシスカも心の奥底で不安になっていて、その裏
返しで強気な発言をしていたのかもしれない。
328
3−1︵後書き︶
明けましておめでとうございます。本年も拙作をよろしくお願いし
ます。
次回更新;01/06予定。
329
3−2
ナイトライティング。
オリンピアドームの北東に位置するそれは、昼間は普通の歓楽街⋮
⋮というよりかはシャッター商店街のような感じであるが、夜はま
るで別の街であるかのようにきらびやかなネオンに街全体が覆われ、
まるでこの街だけ昼夜が逆転しているようにも見えた。
名前の由来はそれからも来ていて﹃夜の光﹄からだとされている。
“されている”というのはあくまでも正確にそうかと言われれば不
明で曖昧なところもなきにしもあらずだからである。
そんな街にかくして二人はやってきたわけだが、街にやってきた二
人に初めて感じさせたのはとても普通の人間には感じ取れないであ
ろう違和感であった。
﹁⋮⋮フランシスカ、気づきましたか?﹂
﹁えぇ⋮⋮。あなたも?﹂
ロゼの質問にフランシスカは答えた。
この、決して眠ることのないこの街。
それが今、眠りについていたのだ。どういうことかといえば、ネオ
ンがすべて消えている。街自体が闇に包まれているのだ。
330
﹁流石はノータ⋮⋮。違和感をすぐ感じ取れるとはね⋮⋮!!﹂
声が虚空に響いた直後、空に爆発音が響く。
ドガザギギギ!! とまるで爪でガラスを引っ掻いたような音が響
いた。
﹁⋮⋮ガラスじゃない。巨大な鉤爪でビルのコンクリートを引っ掻
いている?!﹂
﹁ご名答﹂フランシスカが虚空に向かって叫ぶと、また空に同じよ
うな声が響いた。
そして、空からゆっくりと何かが降りてきた。
それは、人間。紛う事なき、人間の姿がそこにはあった。
﹁⋮⋮誰だ﹂
﹁⋮⋮なんとなく解っているのでは?﹂
﹁⋮⋮神殿協会﹂
フランシスカは小さく呟いた。
331
3−3
﹁ご名答です。⋮⋮我が名は神殿協会“アサシン部隊”グレイペヤ
ード・ナットレースと云う﹂
﹁アサシン部隊⋮⋮。噂には聞いていたがまさかこの場に現れると
は⋮⋮﹂
グレイペヤードの話に最初に答えたのはロゼだった。
﹁ほぅ! ご存知でしたか?﹂
グレイペヤードはわざとらしく驚く素振りを見せて、薄ら笑いを浮
かべた。
﹁⋮⋮当たり前だ。⋮⋮母を殺した連中だからな﹂
ロゼは一瞬躊躇いを見せたが、ゆっくりとその自分の言葉と対峙し
て⋮⋮そして、決心したのか、ゆっくりと口に出した。
それを聞いてフランシスカは驚きを隠せなかった。よくよく考えれ
ば先程の会話で“母に関する説明”が乏しかったのを思い出せる。
即ち、彼女は彼女自身でその記憶を封印していた、ということに為
り得る。フランシスカはそんなことを考えていたが、
﹁母を? ⋮⋮あぁ、もしかしてあなたシャルーニュ公国の人間で
すか﹂
グレイペヤードは無感動にこう告げた。
332
﹁⋮⋮我々は一応傭兵みたいな役割でしてね。なんと言いますか⋮
⋮、半分神殿協会に仕えて我らが神に信心をしていますが、半分は
ただの傭兵です。言い方をもっと悪くすりゃ破落戸[ごろつき]で
す。⋮⋮そして、あれは任務だったのですよ。私たちの上司神殿協
会からの、ね﹂
﹁⋮⋮即ち、母は神殿協会の真意に背いた、とでも?﹂
﹁そういうことなんでしょうね。神殿協会の真意に背くなんて相当
な罰ですから殺されてもおかしくはない⋮⋮んじゃないでしょうか
?﹂
そう言ってグレイペヤードはまた薄ら笑いを浮かべた。まるで、ロ
ゼたちを蔑むかのように。
﹁なるほど⋮⋮。ならば、﹂
そう言ってロゼは何処からかサバイバルナイフを取り出し、構え、
そしてグレイペヤードに向けて飛び込んだ。
﹁⋮⋮でも、ちょっと熱すぎやしませんかねぇ。せめて作戦でも考
えればいいものを﹂
ロゼにはなにが起きたか全く解らなくなっていた。
それもそうだろう。ロゼは今グレイペヤードに両手を捕まれ、抑え
込まれているのだから。
﹁なっ⋮⋮!! いつの間に?!﹂
333
ロゼはただ、驚くことしか出来なかった。
﹁力だけではなく、ココも使わないとね?﹂
グレイペヤードは頭の、ちょうどこめかみあたりの位置を指差しな
がら言った。
﹁⋮⋮うぐっ⋮⋮!!﹂
ロゼはその後自分でも気づかない内に意識を失い、眠りに落ちた。
334
3−4
﹁何をする気?!﹂
残されたフランシスカはロゼから渡されたものではなく一応の事態
に備えて用意していた拳銃を構え、言った。
﹁⋮⋮ご安心ください。今回はあなたたちに危害を加える気は更々
ありません。まだ命令もされておりませんし。彼女に関しても困惑
してまともな戦闘が出来ないと判断したが故の決断です。なぁに、
ただ意識を失い気絶しているだけですよ﹂
﹁気絶しているだけ⋮⋮?﹂
それを聞いてフランシスカも安心してしまったのだろう。拳銃をも
つ腕の力を緩めてしまっていた。
﹁⋮⋮で、私がここにきたのは、まぁ、列記とした理由がありまし
てですね。⋮⋮そうそう、そういえば手紙を預かっていたんだった﹂
グレイペヤードはさっきとはうってかわっておっとりとした感じで
自分の服の中にあると思われるその手紙を探していた。
﹁これだこれだ﹂
グレイペヤードはようやく手紙を︱︱と言ってもただのメモ書きに
しか見えなくもないが︱︱発見して、それを見ながら話を始めた。
﹁えーと、じゃあ言わせて貰いますねー﹂
335
グレイペヤードは特に緊張感もなしに普通の感じで言った。
﹁我々神殿協会は全世界に対して宣戦布告する。これは聖戦であり
神の名のもと、粛清を加える﹂
グレイペヤードは唐突に手紙の内容を話した。それは恐ろしくも冗
談にしか見えない、そんな戯言に近い発言でもあった。そんな発言、
誰が信じるとでも言うんだ、と言わんばかりにフランシスカは鼻で
笑った。
﹁聖戦? 神の名のもとに粛清? 笑っちゃうね⋮⋮!! そんな
こと出来るとでも思っているのか?﹂
﹁当然。完璧に成功するとは考えていない。神の名の許にこれを実
行するのであって、実際には五分五分であろう﹂
グレイペヤードは今までの軽やかな口調とはかわり、厳かな雰囲気
を醸し出すようなそんな口調に為った。
﹁しかしながら、我々は神に﹃この戦いに勝つ﹄ように命じられた
のだ。この闘い、負けるわけにはいかぬ﹂
﹁ならば⋮⋮ 今ここで戦うしかないかな?﹂
フランシスカはそう言って、グレイペヤードに向けて駆け出した。
336
3−4︵後書き︶
更新はここまでとなります。少々遅れてすいません。いいところで
切れてしまいましたが、ここまでの更新です。
理由と申しましては更新する﹃日にち﹄が少なかった、ということ
です。現在エブリスタ版のストックは﹃100字﹄あまりとなって
います。これ以上の更新は到底無理です。
次回更新は01/11に予定しています。その時までには7∼8ペ
ージほど書いておきますのでそれくらい更新したいなーとか思って
おります!
P.S.100話&10万字達成しました。ありがとうございまし
た。
337
3−5
そのころサリドたちはフランシスカのマンションで適当に時間をつ
ぶしていた。そうとはいっても今はサリドがベッドで眠り、グラム
は眠たい目をこすりながらテレビ番組を遠い目で眺めていた。
﹁なぁ⋮⋮、今何時だ?﹂
ゆっくりと起き上がったサリドがグラムに尋ねた。
﹁一時くらいかな。安心しろ。あと30分は眠れるぞ﹂
﹁いや、そうじゃなくて⋮⋮なんだろう。何処と無く嫌な予感がす
るんだよね⋮⋮﹂
サリドはまだネオンライトで明るい夜の区々︵まちまち︶を眺め、
不安げに呟いた。
?
そのころ。
﹁無駄だと言ってることが解り得ないのですか⋮⋮。まったく、可
哀想なことです﹂
グレイペヤードは何故か悲しげに呟いた。
338
その直後、フランシスカは自らに情けをかけていることを解り更に
腹が立った。これはグレイペヤードからのものでもあり、同時に実
戦︵ここではヒュロルフタームを用いた戦闘ではなく人間同士の、
昔から続く闘いの意味をさす︶の経験が全くない自分にも腹が立っ
ていた。悔しくて、悔しくて、仕方なかった。
﹁⋮⋮解りました﹂
そんなことをフランシスカは考えていたのだがグレイペヤードのそ
の一言で我に返らされた。
﹁ほんとうは傷つけてはならないと言われたのですがね⋮⋮。なん
せあなたは“あのお方”の家族の友人だというのだから﹂
しかし、
﹁あなたが諦めないと言うならば、此方とも本気で戦わせていただ
きます。見せてあげますよ﹂
そう言うと、グレイペヤードは嫌味のあるニヒルな雰囲気を醸し出
した笑い方でこう言った。
﹁魔法、をね﹂
339
3−6
﹁⋮⋮魔法? ふざけるのも大概にしてくれないかしら?﹂
﹁いや、ふざけてなどはいませんよ⋮⋮。そうか、あなたたち﹃資
本主義国﹄は魔法を排除し科学を信仰した。それと異なり我々神殿
協会を含めた﹃社会主義国﹄は科学の成長と引換に魔法の存続を決
断した。⋮⋮それがおよそ15年前、そう。﹃蒼空落花﹄によって
我々と資本主義国は明確に道を別れたのですよ﹂
﹁﹃蒼空落花﹄⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮あぁ。あなたたちのほうでは確か﹃プログライトの奇跡﹄と
呼ぶのですかね? プログライト戦争の開始した原因とも取れます
が⋮⋮、でもあれがなければ今頃我々は資本主義国と同様破滅の道
を歩んでいたことでしょう﹂
グレイペヤードはずっと変わらない口調で淡々と述べた。何も知ら
ぬ者に真実を突き詰めるにはそれで充分だった。
﹁⋮⋮魔法が、ほんとに存在するというのか?﹂
フランシスカは何処と無く慌てているようにも見えた。
﹁えぇ。魔法を使える人間は限られてはいますが、今や普通に魔法
は用いれます。まぁ科学信仰により魔法の大切さを忘れた資本主義
国の人間には到底無理ですがね﹂
340
こけ
﹁へぇ⋮⋮。まぁ、よくもここまで資本主義国の人間を虚仮に出来
たものね? しっぺ返しが何倍にも返ってくるかもしれないわよ?﹂
フランシスカは今までのグレイペヤードの言葉をただ聞いて、笑う
こともなく無表情かつ無感動にそう告げた。
﹁果たして、どうだろうね? 君こそ⋮⋮僕と戦ったことを後悔す
ると思うね﹂
刹那、グレイペヤードは宙に、舞った。
341
3−7
そのころサリドたちは夜の街を走っていた。理由は、急にサリドが
何かを思い起こしたかのようにマンションを出て、街に向けて走り
出したため。グラムも驚いて、数メートル後ろを走っていた。
﹁サリド⋮⋮!! 急にどうしたんだよ!! ⋮⋮っ!!﹂
﹁グラム、それはちょっと今は言えない。確信出来るまでは﹂
﹁確信、って⋮⋮ いったいどういうことだ?!﹂
グラムはサリドに食いかかるように叫ぶ。走りながらなので息も絶
え絶えだ。
﹁⋮⋮ほら、やっぱ⋮⋮!!﹂
急にサリドが立ち止まり、その景色を見て、言った。
﹁やっぱ、って⋮⋮?﹂
グラムもサリドが見つめた方角を見て、そして、
呻いた。
﹁⋮⋮どうなってんだ、こりゃ!!﹂
そこに広がっていたのは⋮⋮倒れ込んでいた二人の姿だった。
342
﹁フランシスカ! ロゼ!﹂
サリドは直ぐ様それに気付いたようで、フランシスカの方に走って
いき、グラムに目配せした。
﹁⋮⋮はいはい、俺はロズベルグさんのほうに行きゃいいんだな?﹂
そう言ってロズベルグの方へ向かい、彼女を抱き上げた。
︱︱思ったより体は軽かった。まぁそこは淑女なので体調管理をき
ちっとしている証なのではないか、と思ってもしまうがよくよく考
えるとそれではおかしい事になる。
ノータは普通の女性軍人よりかは重労働を毎日、来る日も来る日も
していることになる。ヒュロルフタームの操縦もそう簡単ではない
のだ。
だからノータというのは平均的に女性らしいシャープでしなやかな
ボディに成人男性以上の筋肉がついているとなれば、自ずと体重は
上がってしまう。これは質量保存の法則からも明らかなことだ。
しかし、彼女、ロズベルグは異なった。このボディに相応しい体重
ほど重くはなかったのだ。まるで“重力に逆らって自らの体重を目
減りさせている”かのように。
﹁グラム、なにしてるのさ! 早くさっさとマンションに運ぼう!﹂
サリドはグラムに精一杯の声で叫ぶ。何処と無くフランシスカを抱
える腕が悲鳴をあげているのは気のせいだろうか?
343
﹁⋮⋮あぁ、そうだったな!﹂
そう言ってグラムとサリドは来た道をまた戻っていった。
344
3−8
そしてそれを頭上から眺めるポイントにグレイペヤードがいた。そ
れには到底サリドたちには気付くことはなかったが。
﹁⋮⋮まぁ⋮⋮あそこで来るとはある意味好都合であったよ﹂
グレイペヤードは真摯な面持ちで語る。
﹁しかしながら⋮⋮サリド・マイクロツェフ⋮⋮。あのお方のお気
に入りというから観察対象に含めておいたが⋮⋮、なんだあれは?
あれじゃただの⋮⋮﹂
グレイペヤードがその言葉を言い切る前に短い電子音が夜の街に響
いた。
﹁はい、こちらグレイペヤード﹂
グレイペヤードは懐から携帯端末を取り出して耳に当てた。
﹃グレイペヤード、ですね? 任務の方へいかがですか?﹄
﹁⋮⋮レイシャリオ枢機卿⋮⋮ですか?﹂
﹃質問に答えなさい﹄
電話の主は語気を強めて質問を再び言った。
﹁ご心配為さらずとも、任務は無事完了いたしました﹂
345
グレイペヤードは平坦のないのっぺりとした感じで答えた。
﹃そうですか。それは何より。これからも頼みますよ。総ての平和
を求める人へ﹄
﹁総ての平和を求める人へ⋮⋮﹂
そう会話を交わし、グレイペヤードの携帯端末は通信を終了した。
?
そのころ、レイシャリオはオリンピアドームの空港そばにある廃倉
庫にいた。
彼女はその場所には似つかわしい感じであった。しかし彼女は嫌そ
うな表情を一つも見せずにいるのはやはり人の上に立つ人間という
ことなのか。
﹁枢機卿、﹂
不意に声がかかり、レイシャリオがその方を見ると見覚えのある人
間の姿があった。
﹁ナウラス⋮⋮?﹂
﹁左様で御座います﹂
346
ナウラスはレイシャリオがナウラスの姿を確認したのを見てからお
辞儀をした。
﹁何の用だ⋮⋮? 作戦ならば差し支えなく行われているはずだ﹂
﹁えぇ、何も問題は発生しておりません。全てが順調です﹂
﹁⋮⋮そう言うということは報告はそれだけか?﹂
レイシャリオが冷静に尋ねると、ナウラスは静かに頷いた。
﹁そうか。⋮⋮で、それだけなら携帯端末を用いればいいだろう?
どうして直接ここまで来た?﹂
﹁⋮⋮私はそういうデジタルものが嫌いでして。やはりアナログで
直接会って伝えた方が確実ですからね﹂
﹁なるほど⋮⋮。しかし何の事もなしに来ては困るな。私とて神殿
協会の重鎮。捕まってはならない、全世界に我々の真の目的⋮⋮そ
れが知られてしまうからな﹂
﹁ご心配なく、それなら⋮⋮﹂
ナウラスはそう言って笑った。それと同時にドサドサと黒装束をし
た人間が倒れていった。
﹁私めが始末しておきました故、﹂
﹁⋮⋮そうか。それなら別に⋮⋮という訳でもないだろう? お前
は自分の力に頼りすぎだ。少しは“ほかのもの”を信頼したらどう
347
だ?﹂
﹁すいません。さすがに枢機卿のご判断とはいえ、これは私のポリ
シー。例え死してなおこれは変えることはなりませぬ﹂
﹁ふむ⋮⋮。なぜ、そうなったのかは尋ねぬ信条ではあるが⋮⋮、
まぁ仕方ない。とりあえず、報告ご苦労だった﹂
そうレイシャリオが労うと何も言うことはないと言ったかのように
ナウラスは闇に溶け込んでいった。
348
3−8︵後書き︶
次回更新:01/13予定。
3−8が少し長めですが、切るところが見つからなかったのでこの
ような感じになってしまいました。誠に申し訳ありません。
349
3−9
日が明けた。次の競技までは半日を切った。
しかしながらフランシスカ、それにロズベルグは今や疲労困憊さら
にロズベルグにとっては重体に近い症状だった。
そんな中サリドとグラムは手術室代わりになっているフランシスカ
のマンション、ベッドルームの前で祈るように座っていた。
﹁⋮⋮大丈夫かな⋮⋮。フランシスカにロゼ⋮⋮﹂
サリドがまるで空気に溶け込ませたように呟いた。
﹁大丈夫⋮⋮だろ。とりあえず俺らにはなにもできない⋮⋮。こう
やって祈ることしか⋮⋮!!﹂
﹁解ってるよ!!﹂
サリドは今までの消えてしまいそうな声とは対称的に、絞り出した
かのように叫んだ。
﹁⋮⋮けど、けどさ。待っているだけじゃむず痒くなるじゃん⋮⋮。
ただ辛くなるじゃん⋮⋮﹂
サリドは悲しんでいた。何も出来なむず痒さに。もう少し早く現場
に辿り着けば彼女たちの傷も少なくて済んだだろう、という悲愴感。
全ての気持ちが、彼の中で戦っていた。その中で、彼の本当の思い
が孤軍奮闘を成し遂げようとしていた。
350
﹁⋮⋮あぁ。解るさ。解るよ。けどな、俺たちには本当に何も出来
ないんだ。祈るべき対象も居ないが、ここは祈ることしか出来ない
んだ⋮⋮!!﹂
グラムは気付くと、恐らく自分の気持ちとは逆に身体が働いている
のだろうが、サリドの襟を持って殴りかかろうとしていた。
﹁⋮⋮!!﹂
グラムはそれに気付くと、直ぐにサリドの襟から腕を放し、ソファ
に腰掛け、ただ項垂れていた。
手術室代わりのベッドルームの扉が開かれたのは、それから直ぐの
ことだった。
﹁⋮⋮ラインスタイルさん。どうでしたか⋮⋮?﹂
ちなみに手術を行っていたのは健康管理を担うラインスタイル。本
業だからかてきぱきと進んでいた、らしい。
﹁成功ですよ。あんなキズなのに、出血が少なかった⋮⋮。それも
ありますがね﹂
ラインスタイルは白衣を脱いで、笑って告げた。
﹁良かった⋮⋮﹂
サリドはほっと胸を撫で下ろし、そして微笑んだ。それほど、心配
していたのだ。
351
﹁すぐ回復しますよ。まぁ、あの薬を持っていって本当によかった
⋮⋮。あれは本国には流通してない貴重なものですけどね﹂
それは使っていいのか? とか思ったサリドとグラムであった。
352
3−10
そして、
午後4時。
射撃場には多くの人間が集まっていた。
﹁さぁ! 二日目は射撃! ノータたるもの視力もよくなくては!
動く的に狙って、射撃していただきます!!﹂
昨日一日休んだのか、昨日と同じく元気いっぱいであのアイドルは
司会をこなしていた。やはり彼女もプロなのだな、と観に来ていた
観客にそう思わせた。
﹁フランシスカたちは大丈夫だろうか⋮⋮。一応ライズウェルトさ
んが軍に伝えておいてくれたらしいけど⋮⋮﹂
﹁あぁ⋮⋮。流石に今は世界トライアスロンの真っ最中だ。ここで
兵器を持ち込んで攻撃が他国の部隊にあたってみろ? 直ぐに戦争
が始まって、世界トライアスロンもパァさ﹂
サリドは、グラムがおおよそ何も考えずに言ったであろう言葉を聞
き、何かを思いついた。
﹁なるほど⋮⋮!! 神殿協会はそれが目的なのか⋮⋮!!﹂
﹁グラム!﹂
353
グラムがサリドの異変に何があったのか尋ねようとする前にサリド
本人から話を始めた。
﹁⋮⋮どうした? サリド﹂
﹁もし、神殿協会の目的が僕の考えた事なら、もうすぐこの射撃場
で何かが起きるはずなんだ! だからグラムはここを見張っててく
れ!﹂
サリドは語気は強めながらも、他の人に知れてはパニック状態に陥
る人間が出てきて現場の混乱が予想されるとして、聞こえないよう
に静かに言った。
﹁⋮⋮そういうが、お前は?﹂
﹁僕はリーフガットさんに説明して休暇の返上を。あと、なんとか
上に通してヒュロルフタームの使用許可、更に皮相軍隊もね﹂
﹁⋮⋮俺たちが慌てているうちにそんなに事態は深刻だったのか?﹂
﹁まぁ、そうだね。とりあえず電話してくるよ﹂
サリドはそう言って席を外した。
354
3−11
サリドは射撃場の外︱︱なるべく他の人間に聞こえないように、敵
が何処にいるかはわからないからだ︱︱に行き、端末を起動した。
﹃なんだ。サリド? まさか私の休暇をぶち壊しにきたとか言うま
いな?﹄
﹁申し訳ないですけど、その通りです。緊急事態が発生したもので﹂
﹃緊急事態?﹄リーフガットはうんざりそうな口調で、そう言った。
﹁神殿協会が“聖戦”と称して開戦宣言をしたのは聞いてますよね
?﹂
﹃まぁ、一応な。そういうのは軍の特別連絡網で知らされるからね。
で、それが?﹄
﹁奴らの目的が判明しました。確証は取れてないですけど、多分こ
れで合ってるかと﹂
﹃⋮⋮話せ﹄
リーフガットは今までの口調を改め︱︱軍人としての、リーフガッ
トになり、言った。
﹁彼等の目的は﹃オリンピアドーム﹄の破壊と殲滅です﹂
サリドは唐突に話を開始した。
355
﹃⋮⋮、﹄
リーフガットは何も返さなかった。暫く、無言の時が流れた。
﹃⋮⋮なるほど。ならば、益々開戦宣言を承諾、相互の宣言を行い
“戦争としての処理”を行ってはならないな﹄
リーフガットが暫くして、サリドの報告に答えた。
﹁いえ、ただこのままでは開戦宣言を相互承諾しない限りでは選手
への妨害も続くことでしょう。今回の襲撃で、それは明らかになっ
たことです﹂
﹃それはお前の言う通りだ。だが、どうすべきだ? 開戦宣言相互
承諾を行わなくても駄目、相互承諾を行えばあちらの思う壺⋮⋮﹄
リーフガットはサリドに尋ねた。
﹁⋮⋮開戦宣言を明日、行ってくれませんか。ただし、戦場はオリ
ンピアドーム内に限り、資本主義国と社会主義国との戦いに一団体
として神殿協会も参戦を行う⋮⋮ということで﹂
﹃ん? しかしそれでは、社会主義国と戦う必要がないと思うが?
戦うのは神殿協会だけで充分だろう?﹄
﹁いえ、それはどうでしょうか? たしかに本当の敵は神殿協会の
みです。⋮⋮ですが、僕にはそうは思えないんです﹂
﹃⋮⋮共謀がいる、と?﹄
356
﹁はい。たぶん﹂
﹃⋮⋮なるほど。確かにその可能性も考えられる⋮⋮。解った。明
日の正午開戦、資本主義国と社会主義国及び神殿協会の戦争、でい
いんだな?﹄
﹁はい。それだけ解ってくれれば結構です﹂
そう言ってサリドは通信を切った。
﹁ふぅ⋮⋮。一先ずこんなところでいいか⋮⋮﹂
サリドは通信を終えるとひとり、溜め息をついた。
﹁ワァァァァァ﹂
その直後に背中の方にある射撃場から歓声が沸き起こった。
﹁おっと、急いで見に行かなきゃな﹂
そう言ってサリドは振り返り、射撃場の方へと走っていった。
357
3−12
﹁遅かったな。何の話をしてたんだ?﹂
開口一番、グラムにはそんなことを言われたのでとりあえず適当に
だが適当には思われない実に微妙なバランスの言葉を言っておいた。
﹁あぁ。ちょっと話し込んじゃって﹂
﹁そうか。とりあえず今オープニングが終わったところだ。歓声が
外まで聞こえただろう?﹂
﹁あぁ、そういえば、確かに﹂
﹁少しは言葉に抑揚をつけて喋りやがれこの馬鹿が﹂
﹁ワァァァァァ﹂
再び歓声が聞こえ、サリドたちはそちらの方を見る。
ちょうど選手達が入場を開始していた頃で、彼等の目は現在優勝の
最有力候補であるフランシスカとロゼに向けられていたようだ。彼
女たちは多少の恥じらいはあるものの、昨日の“あれ”をものとも
せず、事情を知らない人間にはそれを感じさせないほど、そこに元
気に立っていた。その姿を見て、サリドたちはまたほっと胸を撫で
下ろすのだった。
358
?
その頃。どうとも形容し難い空間にて。
机が置かれ、椅子と人間の代わりに、柱のような光の棒が7、8個
置かれていた。
﹁⋮⋮報告をしてもらおう﹂
一番端の︱︱﹃FA01﹄と書かれた光の棒から声が響いた。
﹁ライジャック、まず君のオリジン私有化について、理由を聞かせ
て貰いたいな﹂
ライジャック、と呼ばれた人間は光の棒に囲まれ、鼻をヒクヒク痙
攣させた。
そこにいたのは、女性だった。しかし彼女は一糸纏わぬ裸体になっ
ており、紐で体を縛られていた。
﹁⋮⋮なぁ、ライジャックくん。我々もこうはしたくないんだ。君
だって子供を産みたいだろう? 幸せな人生を送りたいだろう?﹂
﹁⋮⋮オリジン私有化は⋮⋮私も確認して⋮⋮いません⋮⋮﹂
﹁ライジャック!!﹂
359
﹁もういいだろう、リリーシャ﹂
FA01を制したのは隣にいたFA02だった。
﹁⋮⋮さて、ライジャックくん。今回の話は仕方ない。保留としよ
う。⋮⋮しかし、次の作戦⋮⋮。よもや忘れてはいまいな?﹂
﹁⋮⋮えぇ、解ってます。必ず、仰せのままに﹂
﹁頼むぞ⋮⋮。総ての平和を求める人へ﹂
﹁総ての平和を求める人へ⋮⋮﹂
ライジャックはFA02の言葉を復唱した。
それを見計らったかのように周りの背景が、消えた。
360
3−13
ライジャックは紐をほどいてもらい、服を着るためにシャワーを浴
びた。その時に紐のささくれにより痛んだ皮膚が悲鳴をあげる。
﹁⋮⋮っ!!﹂
ふくらはぎくるぶし
ライジャックは指を下半身の方へと持っていく。臀部、陰部、太股、
脹ら脛に踝。全ての部位がささくれの接触による痛みと赤みをもっ
ていた。
﹁⋮⋮いつまで続くのやら⋮⋮。組織のリーダーもいいことばかり
では⋮⋮ない、な﹂
ライジャックは一言呟いて、鼻歌を混じらせながらシャワーで髪を
洗い始めた。
†
シャワーを終え、バスローブを着て、空を眺めた。そこに広がって
いたのはつい最近あった国の役人によるクーデターと“表向きに伝
えられている”ものの残骸と復興をしてきた区々だった。
彼女は思い立ったかのように本を手に取り、よんだ。タイトルは﹃
レイザリー正史???﹄と書かれていた。
彼女はライジャック・ポーリオ・レイザリーといい、レイザリー王
361
国第30代国王であった。
?
射撃に関しては特筆するところもなく普通に終わってしまった。強
いていうなら、他の人間があっという間に終わってしまったのと、
フランシスカやロゼがあっという間に終えてしまったりしたので、
終了が30分程早まった、というくらいか。
﹁あっという間に終わっちまったなぁ﹂
びっくり
﹁まさかそこまで速いだなんて。ガンマンも吃驚だよ﹂
﹁⋮⋮まぁ、フランシスカもロゼさんも凄腕のノータなのでしょう
? ならばそこまで言うことはないんじゃ⋮⋮﹂
二人の会話にラインスタイルが割り入ってきた。
﹁あれ? ラインスタイルさん、どうしたんです⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮姉の付き添い﹂
それを言うのと同時に能天気な姉、ライズウェルトがラインスタイ
ルの後ろから挨拶する。
﹁昨日は災難だったようね?﹂
ライズウェルトは開口一番でサリドたちの身の回りに昨日起きたこ
362
とを労った。
﹁いやぁ⋮⋮、はい。まぁ、ひどかったです﹂
﹁世間話はそこまでにして、報告を行うわ﹂
﹁世間話を始めたのはあなたですよね⋮⋮?﹂
サリドは溜め息をつきながら、呟いた。
363
3−14
デム
アンワ
﹁一回しか言わないから驚かないで、よく聞いて。実はAMWAD
EMが施行決定となりましたが、それの施行開始は今晩21時に変
更となりました﹂
﹁今日許可を求めてその日中に開戦とかどんだけ暇なんですか﹂
WAr
on
DEc
Mutualの略でその
a
サリドはライズウェルトの報告にツッコミを入れながらも緊張を走
らせ始めていた。
Make
statement
AMWADEM⋮⋮Ask
larative
名の通り、﹃開戦宣言相互承諾﹄の略である。上手く略せていない
のがちょっと惜しいところではあるが﹃開戦宣言相互承諾﹄だと少
し長ったらしいところもあるので、このようになっている。
﹁ちょっと待てよ。21時といったら⋮⋮、あと数時間もねぇぞ?
! 観衆とかはどうするんだ?﹂
﹁そこは安心にお守りします。ノータも数名来ますし、第三世代の
ヒュロルフタームも見れる、貴重なチャンスと思った方がいいと思
いますよ? 良く考えようとも悪く考えようともどうせ開戦宣言相
互承諾が施行された今、私たちに戦争を回避させることなんて万が
ひとつでも不可能だと思った方がいい。⋮⋮これは軍からの報告で
はなく、私個人からのアドバイスよ﹂
第三世代のヒュロルフタームをサリドとグラムは以前にも見たこと
があった。フランシスカに至っては操られてはいたものの、それを
364
操縦した人間でもある。
ヴァリヤー・リオール⋮⋮グラムの父親が謀反を起こし個人所有し
ていた第三世代のヒュロルフタームを用いたクーデターがあった。
サリドとグラムはそれから首都を守るため、健闘し、第三世代を無
事凍結、パイロットを管理下におくことに成功した。
﹁⋮⋮第三世代⋮⋮。まさかそんなに早く完成するものなんですか
? 確かヴァリヤーが個人所有していた一機だけだったような⋮⋮﹂
﹁それが、何処に隠してたのか解らないけどレイザリーは秘密裏に
さらに一機制作していたようなの。まぁ、国の情報は鵜呑みにゃ出
来ないから、きっとまだまだあるんだろうけど﹂
ライズウェルトは呟くように言った。
そして、
﹁さ、報告は終わり。残りの時間は⋮⋮あと74分程といったとこ
ろね。さっさと神殿協会なんかぶっ潰してしまいましょ。私だって
さっさと休みたいからね?﹂
そう言ってライズウェルトは振り返り、フランシスカのマンション
がある方へ歩いていった。
365
3−14︵後書き︶
次回更新:01/18予定
ストックが予想以上に溜まったので6話分更新しました。次回もこ
れくらい更新できたらいいなあと思っております。
366
3−15
しかし、これについて、結構骨の折れる事柄であることについて︱
︱少し説明しておくこととしよう。
一つ、今回の事項は全世界にさらけ出される程の大騒動にならない
限り世界トライアスロン参加者のノータには知らせないこと。フラ
ンシスカは尚更だ。せめて事情を話してロゼだけには伝えておきた
いところだが⋮⋮流石にそうも行かないだろう。
二つ、戦争はあくまでも秘密裏に、決して明かしてはならない。こ
れはサリドが戦争に社会主義国も参加させるよう嘆願した理由と同
じで、スパイがいると考えたからだ。
この二つの事項だけだが、それでも二人には十分すぎる重荷だった。
†
そのころ、とあるホテルの一室。
﹁部隊を最小限しか送れない?! 一体どういうことですか!!﹂
軍服に着替えたリーフガットは、電話を手に取り、激昂していた。
﹃リーフガットくん。君の言いたい気持ちも解る。だがな、君が嘆
願した開戦宣言相互承諾のせいで社会主義国がレイザリーに攻め込
もうとしているらしいのだ。開戦宣言相互承諾なしで、な。だから、
367
君のいるオリンピアドームだけに人員は割けない﹄
電話の向こうの声は、とても冷たかった。
﹁だがしかし!!﹂
﹃君も軍人ならばけじめをつけたまえ!!﹄
その声を聞いて、リーフガットは言葉を失った。
﹃⋮⋮申し訳ないことは解っているさ。だが、仕方ないんだ。代わ
りに第三世代、そして復活した彼女とクーチェもセットだ。フラン
シスカには仕方ないが戦いに参加してもらう。この際スポンサーな
んぞ仕方あるまい。スポンサーばかりに構っていてはレイザリーが
持たない﹄
﹁⋮⋮解りました﹂
短く告げて、リーフガットは電話を切った。
そして彼女は直ぐに電話を繋いだ。その人間とは、
﹁あ、もしもし。サリド・マイクロツェフに繋いでもらえる?﹂
368
3−16
とりあえず裏通りを歩き、戦争前の腹ごしらえをしようと思ってい
たのだが、何処も閉まっていて︱︱みんな競技を見に行ったのかも
しれない︱︱サリドたちは空腹を満たすことができずにいた。
だがようやく発見できた蕎麦屋で、食事を食べているところだった。
﹁よく食べるねぇ。軍人さんかい?﹂
﹁あぁ。最近目標を見失いがちの学生でもあるけど﹂
店の店主の質問に、サリドは口に蕎麦をかっこみながら言った。
﹁に、しても空いてるな。今はまだ休憩中な筈なのに﹂
﹁なんでも、ドーム内の飲食店ですましちゃう人間が大多数らしい
よ。あそこはショッピングモールにビジネスホテルに、なんでもあ
るからね﹂
む
そう言ってサリドたちは噎せないように一気に食べた。こういうと
ころが蕎麦やうどんといった麺類の長所である。
﹁ごっそさん﹂
ものの五分とかからないうちに二人は蕎麦を完食してしまった。
﹁毎度ありーっ﹂
369
お代を払って、外を出る。サリドが携帯端末内蔵の時計を見ると、
九時二十分前をさしていた。しかしながら、お分かりのとおりこの
携帯端末に入っている時計はデジタルで、短針とか長針といったも
のは組み込まれていないのだが。
﹁⋮⋮そろそろマンションに戻るか﹂
﹁そうだな。彼処なら大体のものが一望出来る。そこを作戦基地代
わりにすればいいだろう﹂
サリドの携帯端末が着信を知らせる電子音を鳴らしたのは、その直
ぐ後だった。
﹁⋮⋮? リーフガットさん?﹂
そう疑問に感じつつも、サリドが通信に応答した。
﹁もしもし。こちら、サリド・マイクロツェフですが﹂
﹃そんなもの、言われなくても解っている。とりあえず報告をしに﹄
﹁ライズウェルトさんに行っておけば良かったじゃないですか﹂
﹃今判明したことなのよ。⋮⋮いい? よく聞きなさい?﹄
そう言ってリーフガットは先程の会話であったこと︱︱この戦いに
は最小限の戦力しか割けないこと、その代わり第三世代とクーチェ
がくるのでフランシスカにも臨戦態勢で臨ませること︱︱を話した。
サリドはそれを﹁えぇ﹂とか﹁ふむふむ﹂とかただ無機質に応答し
370
ていただけだった。
﹁⋮⋮つまり、今回は僕らで半ばやるようなもんなんですね?﹂
﹃あぁ。⋮⋮まぁ、本国の誤解が解ければ戦力を増加させるとは言
っていたが⋮⋮。この状況では、その可能性は考えない方がいい﹄
サリドの質問にリーフガットは応答する。
﹁⋮⋮解りました。とりあえず、僕らこれからフランシスカのいる
マンションに行くんで、そこで作戦会議⋮⋮はどうでしょうか?﹂
﹃いい考えだけど諦めなさい。多分この通信は盗聴されている可能
性があるわ。⋮⋮少なくとも今の場所は使えない﹄
﹁⋮⋮解りました。ならば?﹂
﹃彼女が、そっちに向かってるはずよ﹄
リーフガットは答えた。
﹁やっほ。久しぶり﹂
サリドたちにそんな雲のようにふわふわな能天気ボイスが聞こえた
のはその直後だった。
﹁まさか⋮⋮、﹂
﹁姫様?!﹂
371
サリドとグラムはそれぞれの反応を示し、それぞれ喜んだ。
﹁というか⋮⋮、姫様いいのか? まだ﹃透明病﹄の治療も終わっ
てないんじゃ⋮⋮、﹂
﹁⋮⋮それを兼ねてのリハビリみたいなもの、ってシスター部隊の
人が﹂
﹁あぁ。確かに、鈍っちゃうもんね﹂
ともかく姫様が戻ってきた、これは二人にとってはとても喜ばしい
ことでもあった。
372
4−1
さて、そういうわけで二人は、姫様に連れられリーフガットの泊ま
るホテルのラウンジへとやってきた。フランシスカのマンションと
比べてしまうのもどうかと思うが、幾分質素な造りをしていた。
﹁多分、もうすぐ来ると思う﹂
姫様はそう言ってソファに腰掛け、二人もそこに座るよう促した。
﹁来るって⋮⋮、誰が?﹂
﹁リーフガットに、フランシスカ、それに⋮⋮ロゼ、だっけ? 彼
女も来てもらうんだって﹂
﹁なるほど。確かに彼女なら、安心出来るね﹂
サリドはそんな感じに答えを返していた。
﹁待ったかしら?﹂
リーフガットがフランシスカとロゼを引き連れてラウンジにやって
きたのは、その直後だった。まるでサリドたちが来るのを見計らっ
ていたかのように、リーフガットはサリドのちょうど見える方にあ
る入口から入ってきたのだ。普通なら偶然で対処しそうだが、相手
はなにしろリーフガットだ。少し“偶然”という括りだけでは対処
しにくい。
﹁いや、待ってないですよ? 僕も今来たばかりですから﹂
373
そう言ってサリドは立ち上がろうとするが、リーフガットはそれを
手で制する。
﹁あぁ、たたなくていいわ。⋮⋮とりあえず、作戦はただ一つよ﹂
リーフガットはそう言って、ただ何もなかったかのように、もう一
度同じ口調で言った。
﹁総ての平和を求める人のために、我々は勝利を勝ち取るわ!﹂
多分、この言葉だけを聞いて、周りの人間が戦争の作戦を考えてい
る会議だとは到底思わないだろう。人が少ないし、何しろ秘匿性が
ないからだ。
﹁総ての平和を求める人のために⋮⋮。なんか聞いたことのあるフ
レーズですね?﹂
ロゼがリーフガットに尋ねる。
﹁⋮⋮敵の言葉だけど、神殿協会教典の第11節279ページに書
かれたものらしいわ。なんとも響きのいいフレーズだから貸しても
らっただけ﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
ロゼは疑問がなくなったのか、途端に静かになった。
374
4−2
﹁そういえば、食事は済ませたかしら?﹂
リーフガットはふとそんなことを言い出した。
﹁俺ら二人はさっき、ストリートの蕎麦屋で食べてきたところ。姫
様とかは食べてきたのか?﹂
﹁⋮⋮、﹂
﹁姫様は何か食べたの?﹂
﹁えっと、サラダに麻婆豆腐に炒飯かな。おまけにデザートの杏仁
豆腐も﹂
﹁どうして姫様は俺の質問に答えずにサリドにだったら答えるんだ
⋮⋮? 全く訳が解らん﹂
﹁好き嫌い、ってやつ﹂
﹁じゃあ俺は嫌いってことか?! 至極素直に言うもんだなオイ!
!﹂
﹁グラム、静かにしろ。ホテルの人間がうんざりそうな顔をして此
方を見ている﹂
﹁うぐぐ⋮⋮。弱者は口を封じられるのか⋮⋮!!﹂
375
そんなことを言って、静かになったグラムだったが、なぜグラムは
そうなったのか、鈍感なサリドには解り得ない事であった。
†
﹁⋮⋮さて、とりあえずヒュロルフタームのある場所へ向かうか。
フランシスカ、あの倉庫は覚えているか?﹂
﹁⋮⋮あぁ、潜水艦で潜ると発見できたあの廃倉庫だな? まさか
彼処にヒュロルフタームがいるとでも?﹂
﹁それは行ってからのお楽しみ♪﹂
リーフガットはそんなことを言いながら、ゆっくりと立ち上がった。
というわけで、サリドたちは再び︵といっても実際にそうと言える
のはフランシスカとロゼだけだが︶オリンピアドームセントラルタ
ーミナルへと辿り着いた。
﹁⋮⋮今頃スポンサーと観客は大慌てだろうな。大本命がいない、
と喚いているのが聞こえてきそうなくらいだ﹂
フランシスカは地下へと潜る階段を降りながら、そんなことを言い
出した。
﹁確かに、いきなり総合の一位、二位が居なくなったらそりゃ動揺
もあるでしょ⋮⋮?﹂
376
﹁まぁ、そんな娯楽な事は考えないでちょうだい。これから始まる
のは、﹂
リーフガットが唐突に右に曲がり、行き止まりの壁に手を当てた。
﹁戦争、ってことよ﹂
刹那、壁がゆっくりと競り上がり、そこに入口を作り上げた。
†
明かりすらない通路を、リーフガットが持つライターと、サリドの
携帯端末に内蔵されているカメラのフラッシュで進んでいくうちに、
今度は鉄の扉が彼らの行く手を阻んだ。
﹁今度は鉄の扉が⋮⋮﹂
﹁ただの鉄じゃないわよ? これは﹃クロムプラチナ﹄にオリハル
コンを混ぜ込み、電気を流すことによって自由自在に硬度を変化さ
せるんだ。純度の高いものほどではないが、十分に硬度を高めるこ
とが出来る﹂
そう言ってリーフガットは再び壁に手を当てた。
377
4−3
そして扉は滑らかに右にスライドして開いた。
中にはライズウェルトにラインスタイルが待機していた。
﹁⋮⋮すげぇ。まさに基地そのものだ⋮⋮﹂
ただサリドは息を漏らすようにそう言うことしか出来なかった。
﹁この島はもともとレイザリーが所有していた基地でね、こういう
風に倉庫に似せてヒュロルフターム保管基地にしたり、地下に作っ
たりしているの。もともとこのセントラルターミナルがあった辺り
はただぽつんと見晴塔があっただけで、それをベースに作り上げた
のがセントラルターミナル。実際世界トライアスロンで使用されて
る建物の八割は新規に建設したものだし、ホテルやマンションなん
てなかったからね﹂
﹁⋮⋮? 確かここは気候研究の為に置かれた島と聞いたような⋮
⋮?﹂
サリドはリーフガットの言葉に対して、そんな疑問を投げ掛けた。
しかし、答えたのはラインスタイルだった。
﹁その通り。確かにサリドくんの言う通り、ここは島全体が気候の
とわ
そうきゅう
研究をしている施設でした。その名残は今もオリンピアドームを包
む﹃永久の蒼穹﹄にも残されています﹂
378
しかしながら、ラインスタイルは微笑みながらそう言って、話を続
けた。
﹁そんなことはもう昔の話。今はただ、何も科学技術なんて残され
てない、謂わば﹃捨てられた島﹄なんですよ﹂
ラインスタイルはそんなことを言って、テーブルに置かれていたホ
ットコーヒーを一口飲んだ。
﹁⋮⋮作戦会議を開始する﹂
リーフガットの一声でテーブルに視線が集まる。そして、その声と
同時にライズウェルトがテーブルに地図を敷いた。地図はこの︱︱
セントラルターミナル周辺の︱︱辺りの地図なので、何処と無く見
覚えのある建物もちらほらと見受けられた。
﹁中心となるのはこの辺だと思うわ﹂
リーフガットが胸ポケットに差していたボールペンを使って円柱状
の建物を指した。それは何処を見てもわかる、あの建物だった。
﹁⋮⋮セントラルターミナル⋮⋮!! ここを狙われたらこのオリ
ンピアドームに来ている人間は袋の鼠になりますよ?! それに、
パニックを誘うことだってあり得る!﹂
﹁それを狙っているんだよ、神殿協会は。パニックになった人々を
装って敵の場所へ向かう⋮⋮。なんとも、心理的な意味では非常に
巧妙な作戦に為り得ると思うが?﹂
リーフガットは憤るサリドを抑えるように、そう言った。
379
4−4
﹁それに⋮⋮、奴らが神に忠誠を誓っているとはいえ、それは抽象
的であり操作が容易であるからな。最悪無関係の人間がテロリスト
として仕立てられることも考えたくはないが、奴らの力ならばそれ
も簡単に出来ることだろう﹂
﹁⋮⋮確かに、有り得る⋮⋮﹂
リーフガットの言葉にいち早く答えたのはサリドだった。
﹁サリド。なんだ? やけに詳しそうじゃないか﹂
﹁大分前に言った気がするんですけど⋮⋮。うちの家族は全員神殿
協会なんですよ。それが昔から嫌いで。だって居るか居ないかも解
らない存在に忠誠を尽くして死ぬんですよ? どんなこともしなく
てはならないんですよ? それがどんなに、無慈悲で、疲弊を生み
出すのか? ⋮⋮僕はそんな日常が嫌いになってしまった。で、気
付いたら僕は伯父の家からレイザリーの学校に通っていました﹂
﹁⋮⋮つまり、神殿協会にはサリドの家族がいる⋮⋮ということに
なるのか﹂
グラムは溜め息混じりに呟いた。
†
380
そして、21時。
とある廃倉庫にいたレイシャリオはその時をひたすら待っていた。
何故ならそれが、彼女を含めた神殿協会の望みでもあったのだから。
彼女は、科学技術からの解放を望んでいた。
彼女は科学技術というものを嫌っていた。
だから、彼女は神殿協会に入信した。自らの目的を果たす為に。
マイクロツェフ家は戦争武闘を相伝する家であったがそれは既に弟
︱︱サリド・マイクロツェフに受け継がれていた。それも彼女が神
殿協会に入信した理由でもあるだろうし、もともと彼女の家族は代
々神殿協会で枢機卿を務める︱︱言うならば重鎮であるのだ。
そんな家族で育ったのだから、レイシャリオがそこに入るのはそう
不思議ではなかった。
しかし、だからこそ。
弟がヒュロルフタームを理由に資本主義国、レイザリー王国へと向
かったことがとんでもなく彼女や、その家族にダメージを与えたの
だ。
ヒュロルフターム︱︱資本主義国レイザリー王国が開発した人型兵
器。これが開発され、資本主義国は大いに潤った。
しかしながら社会主義国、これに限りなく神殿協会を国教としてい
る国家全般に言えること、は﹃神への愚弄だ﹄として使用の中止を
381
命じた。
そんな中、資本主義国と社会主義国の大きな衝突のひとつであった
プログライト戦争が発生。その後20年もの間、戦争は続いていく
のだった。
382
4−4︵後書き︶
次回更新:01/20予定
今回も6話分更新させていただきました。次回もこれくらい更新で
きればいいなあと思ってます。
383
4−5
彼がヒュロルフタームに惹かれた理由をレイシャリオ自身は尋ねた
ことはなかったが、何処と無くレイシャリオにも覚えのあることが
あるのは明らかだった。
たとえば、彼女の兄。
彼女の兄は神殿協会御用達の武器開発会社﹃オプグランドセキュリ
ティ社﹄の社員だ。それなりの功績もあり、今や神殿協会の使用し
ている武器の七割が彼女の兄が製作、または設計したものである。
マイクロツェフ家はもともと﹃どんなことでも完璧に﹄出来る家系
として知られている。そして、神の悪戯か、何人かに子供が生まれ
るとその優れた才能が均しく分配されるのだという。これに関して
は未だに現代科学でも解明されていないためか、神殿協会では﹃神
の一族﹄として揶揄されることもあるのだ。
これに、彼は、サリドは、不信感を持ち、もしくは劣等感、いやそ
れ以外の他の感情を持ち、本家を飛び出し、レイザリーにある伯父
の家へ駆け込んだのではないか、とレイシャリオは推測していた。
何故伯父の家を選んだか。これもひとつ考えられる理由が存在する。
サリドの伯父︱︱母方の兄とのこと︱︱は、かのヒュロルフターム・
プロジェクトに職位はないものの、参加した人間であった。彼はレ
イシャリオの中で一番嫌いな人種であったらしいが、彼は気にせず
誰にも均しく接したのだという。
384
*
*
*
﹁時間です﹂
男の声を聞いて、レイシャリオは長い︱︱夢のような、はたまた現
実の映し鏡のような︱︱時間から振り戻された。
﹁ナウラスか⋮⋮?﹂
﹁左様で﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
﹁お疲れの御様子ですが?﹂
﹁そうか? 私は別に疲れてなんぞ居ないのだが﹂
レイシャリオはナウラスから飛び出た不思議な質問に、ただ何の感
情をも生まず、答えた。
﹁⋮⋮そうですか。ならば、よいのですが、﹂
﹁なんだ。何かあるならはっきりと言うがいい。私とお前の付き合
いがそう短いものであったのか?﹂
レイシャリオに問い詰められ、ナウラスは言葉を失う。
しかし、決心して、彼は告げた。
385
﹁⋮⋮あなたの心は今ややじろべえの状態です﹂
﹁なに?﹂
レイシャリオの回答も気にせず、続ける。
﹁何があったのかは知りませんが⋮⋮、今のあなたの心は不安定だ。
それも、簡単に崩れてしまうくらいに。そんなあなたが指揮を行い、
正直この戦いに勝てるのか⋮⋮。おっと、度が過ぎました﹂
﹁いいのだ。ナウラス。お前にはやはり解ってしまうのだな⋮⋮﹂
﹁⋮⋮やはり、弟君の問題ですか?﹂
﹁それもあるわね。あの子、あれでも精神は強くないから私と会っ
*
*
てどうなるやら﹂
*
そして、
戦いの幕は一発の銃声により開かれた。
﹁サリドとグラムは怪しいところを虱潰しに探して! リリーとフ
ランシスカはそれぞれのヒュロルフタームに乗り込み待機! ロゼ
はここにいなさい! そして⋮⋮私たちが色々と指示をするから通
信機器は持っておくこと。⋮⋮じゃあ﹂
386
﹁⋮⋮行くわよ。科学が勝つか、魔法が勝つか!!﹂
リーフガットはサリド以下全員に向かって、そう言った。
387
4−6
始めにオリンピアドームの象徴であったセントラルターミナルの中
で異変が起きた。
ショッピングモールのフロアー。廊下のど真ん中にそれは置かれて
いた。
﹃明らかに怪しい、蓋の開いた瓶﹄が。
中からは異臭︱︱周りにいた人間曰く腐乱臭︱︱のする何かが漏れ
出ていた。
無論、そんなものがあれば誰しもパニックになるに違いない。この
状況ですらも、それは例外へと為り得なかった。
辺りを見渡せばまるで鳥のオーケストラと言わんばかりの悲鳴。怪
我をしたのか、泣いて座り転ける子供。それを踏み潰さんかという
不注意で逃げ出す人々。それらが総て同一空間で犇めきあっていた。
⋮⋮明らかに、異変が、ゆっくりかつ着実におき始めていた。
﹁セントラルターミナルにて異臭のする液体が入れられた瓶が多数
あるとの報告! まわりの人間がパニックに陥っているとのこと!﹂
ライズウェルトがオリンピアドーム運営側に伝わる無線を解析し、
判明した事実を告げる。
﹁⋮⋮ようやく、行動に移し始めたわね⋮⋮﹂
388
リーフガットが苦々しい顔で、呟いた。
﹁サリド、グラム! 話は聞こえたわね? 神殿協会と思しき勢力
からのテロよ! とりあえず二人はセントラルターミナルに向かっ
て!﹂
即座にリーフガットはスタンド型のマイクを手に取り、声高々に告
げた。
﹁⋮⋮にしても、予想通りね﹂
ライズウェルトが彼女の方を見て︱︱なんだか安堵しているような、
そんな感じに笑って︱︱言った。
﹁えぇ。まさか、私もこうなるとは思ってなかったわ。⋮⋮次は何
処に現れるかしら⋮⋮。それさえ解れば苦労しないのだけど⋮⋮﹂
﹁何処に現れるかは解らないけど﹂
ライズウェルトが再び画面へと視線を戻し、言った。
﹁⋮⋮けど?﹂
﹁アジトと思われる建物は⋮⋮今さっき発見したわ﹂
﹁⋮⋮そう。それじゃあ後でまたあの二人に行かせましょ﹂
﹁⋮⋮? なんだか元気がないわね?﹂
389
﹁私はそこまでアジトに求めてはいないからね。だってアジトはも
ベルセルク
うきっとだれも居ないでしょう? 枢機卿レベルが直直来るってこ
とは、誰しもがこの戦場で戦うことを選んだ⋮⋮。いわば﹃狂戦士﹄
のような⋮⋮﹂
﹁それは一番、厄介なタイプね﹂
ライズウェルトは忌々しく呟いた。
390
4−7
その頃、サリドとグラムは漸くセントラルターミナルに到着し、状
況を確認していることだった。
まず、たどり着くと、そこにはもう異様な光景が広がっていた。
人が流れる川のように、はたまた人が塵のように、そのセントラル
ターミナルの周りを囲っていた。裏を返せば、この野次馬兼被害者
は多分6割も居ないのではないかとサリドは考察していた。
何しろこのセントラルターミナルはオリンピアドームの真ん中に位
置してかつ一番高い建物で、現在主役抜きで開催されている競技の
場所もこの周りにある。その為かここには連日多くの人間が集まる
が故に何かが起きたら騒ぎになることは決定事項に均しい。
﹁⋮⋮しかしまぁ、よくバレなかったもなのだな⋮⋮。ほんとにセ
キュリティは仕事していたのか?﹂
﹁さぁどうだろ? 実際、怪しい人物がいたという報告すらなかっ
たし⋮⋮。多分変装でもして潜り込んでいたんだろうね﹂
﹁ぐぬぬ⋮⋮。益々太刀が悪いぜ。⋮⋮って、おい、サリド。お前
の携帯光ってるぞ﹂
Mailの略で音声付きメールまたは音声送
﹁ん? ⋮⋮あぁ、ほんとだ。VMかな?﹂
VMとはVoice
信ソフトにより送受信された音声のことをさしている。メールや電
391
話ではそこまで重要視しない情報を手軽に送れるので、軍や会社な
どでは重宝されている。
とりあえずサリドはVMを聴いてみることにした。送信はリーフガ
ットからであった。宛先がいっぱいあるということは姫様やフラン
シスカ等にも一斉に送信したものだろう。
﹁⋮⋮えーと。なんだろう?﹂
そう言ってサリドはVMの再生と書かれたコマンドを入力した。
﹃⋮⋮神殿協会が、本格的な砲撃を開始した! 魔法は、本当にあ
ったんだ!!﹄
⋮⋮それしか、録音はされていなかった。
﹁⋮⋮どうなってんだ? ﹃魔法﹄ってこたぁ⋮⋮﹂
﹁うん﹂サリドは頷き、﹁この前のような、フィレイオ、だっけ?
がいっぱいいるんじゃないかな﹂
悪戯を含んだ笑い顔で言った。
392
4−8
その頃、リーフガット。
彼女たちは、予兆のない攻撃を受けていた。
魔法。
それは科学では説明することの出来ない未知なる力。
魔法。
それはかつての旧時代、限られた人間が使うことが出来たとされる、
禁じられた力。
それが、今彼女の目の前で起きている。
それは彼女にとって理解しがたいことでもあった。
﹁リリーにフランシスカは無事にヒュロルフタームに乗って発進し
た!?﹂
﹁なんとか大丈夫! ⋮⋮にしてもまさか本陣を直接狙ってくるな
んて⋮⋮!!﹂
ライズウェルトは苦々しそうに呟いた。
﹁⋮⋮やり過ぎちゃったかな?﹂
393
そこにはサリドの予想通りフィレイオがいた。
炎のような紅い髪をもつ少年。
リーフガットはそれだけを見ただけであるのに、憎悪さえ感じた。
﹁⋮⋮見とれちゃいました?﹂
フィレイオが笑いを交えて言った台詞に、リーフガットはのせられ
てしまい、
﹁⋮⋮!!﹂
命取りとなる緊張の感情を一瞬ながらも解除してしまい、
﹁⋮⋮ヒトは何でも、遅い﹂
フィレイオに呟く隙を与えた上に、
﹁少し、黙ってていただきますよ?﹂
また、同じように悪戯を含んだ笑みで、彼女の鳩尾を的確に突いた。
﹁⋮⋮う、ぐ⋮⋮!!﹂
彼女は苦しそうな顔をして、静かに倒れていった。
﹁⋮⋮貴様、何を?﹂
﹁何を? と言われても困るんだけどね。別に僕は魔術を用いてい
394
ないし、ただ普通に人間としての急所を突いて気を失わせただけ。
それの、どこに責められるポイントがあるというんだ?﹂
﹁⋮⋮待って?﹂
ここでライズウェルトはとある事に気付いた。
﹁⋮⋮まさか、独りでここまで?﹂
ライズウェルトが呻いたにも似た声を出し、言った。
395
4−9
﹁あぁ。そうだよ。人間の警護網は弱っちいもんだねぇ。⋮⋮警備
の強化を提案するけど?﹂
﹁それを言われても困るんだけどね?﹂
フィレイオは言われ、鼻で笑う。
﹁⋮⋮確かにそうだね。その通りだ﹂
でも、
﹁もう。ここで終わりだ﹂
ライズウェルトの方に少しづつ近付き、ライズウェルトは攻撃に備
えて目を閉じる。
︱︱しかしながら、攻撃が待ってても来ない。不審に思ったライズ
ウェルトが目を開けると、
そこに広がっていたのは驚きの余りに言葉を失ってしまうほどの驚
愕であった。
﹁⋮⋮なるほど。やはり、君らも来ていたようだね⋮⋮? このオ
リンピアドームに?﹂
フィレイオはライズウェルトから少し離れた位置に立っていた。し
かしながら彼女には一体何が起きたのか、さっぱりと解らずにいた。
396
﹁⋮⋮来たか﹂
そう言ってフィレイオは、攻撃を受けて口内を傷付けてしまったの
か、血の塊を吐いて、言った。
﹁ヒーローは遅れてやってくるもんなんだよ。燃える事しか能のな
い阿呆が﹂
そこにいたのは、サリドだった。
†
﹁⋮⋮サリド?! どうしてここに?!﹂
一番驚いたのはライズウェルトだった︵余談だが、実際に意識があ
ったのは彼女だけである︶。
﹁いや∼、ごめんごめん。アジト見つけたんだけど戻ってきました。
だって、枢機卿⋮⋮相当の権力を持つ人間が直直に戦場に来ている
のだから、心が戦場にいないものを、狙っていった方がいいかな?
と﹂
サリドは笑いながら、答える。しかし、決してどう見てもミスを隠
すために笑ったとしか思えない。
﹁それは解るけど⋮⋮どうしてここが?﹂
397
﹁リーフガットさんがVMを送ってくれたんで、それで﹂
サリドの回答に、ライズウェルトは首肯する。
﹁話はそこで終わりか?﹂
フィレイオはご丁寧にもサリドとライズウェルトの会話が終わるま
で待っていた。だから少し苛々をつのらせていた気がしないでもな
かった。
﹁⋮⋮へぇ、待っていてくれたんだ⋮⋮﹂
﹁奇襲はしない主義だ﹂
﹁なんて律儀な﹂
サリドはもう呆れるしかなかった。
﹁⋮⋮いざ、参る﹂
フィレイオはそう言って手に炎の剣を産み出した。果たして、これ
も魔法によるものなのか。
﹁かかってこい﹂
対してサリドは構えを取った。武器は持たず、己の身体を武器と為
す。
そして、両者が激突した。
398
4−10
フィレイオは炎の剣を構え、跳躍する。対するサリドは何も持たな
い。無。いわば、拳のみで戦おうというのだ。武器を持つ人間に対
する戦いで、これはなんと無謀か。リーフガットやグラムはよく理
解していたことだろう。
︵⋮⋮何も持たないで戦うなんて無理に決まっている⋮⋮!! し
かし、この余裕は何だ⋮⋮?︶
サリドはこの圧倒的不利な状況下に置かれていてもなお、表情は崩
さなかった。それにフィレイオは不安に思ったのだ。なぜ彼はこの
状況でも感情に振り回されることはないのか? フィレイオはそん
なことを考えていた。
しかし、寧ろそれが逆にフィレイオの気持ちを掻き乱す結果へと昇
華してしまった。
﹁右脇腹が⋮⋮がら空きだ!﹂
サリドに言われた束の間、フィレイオの右脇腹に突きが決まり、左
へ飛ばされた。
﹁がはっ?!﹂
それはフィレイオには全く解りやしないことだった。なぜ、自分が
この人間ごときにやられてしまうのか? なぜ自分が全力を出して
いるにも関わらず、彼は平気で往なしてしまうのか? なぜ、なぜ
⋮⋮。疑問が彼の頭の中で右往左往と飛び交っていた。
399
﹁どうした? ⋮⋮次はっ、これだ!!﹂
そう言ってサリドは軍服にあるポケットから手榴弾を取り出し、投
げた。しかしながらそんなもので何らかのダメージを与えられるほ
どの人間ではないことを、サリドは解っていた筈である。さて、で
はなぜ投げたのか?
﹁⋮⋮目眩ましか?!﹂
えんけん
フィレイオはそう言って手榴弾を炎剣で一閃した。
﹁⋮⋮ご名答。でも、ここまでは解らなかったんじゃないかな?﹂
そう言ってサリドはフィレイオの“背中に拳を捩じ込ませた”。
﹁ぐっ、ぐあぁあぁ!!﹂
フィレイオは悪魔のような呻き声を上げ、背中を抑え込む。
﹁貴様っ⋮⋮!! なぜっ⋮⋮!! 私の後ろに忍び寄ることが出
来た⋮⋮?!﹂
﹁簡単な事さ。実は其処に俺は居なかったんだよ﹂
﹁⋮⋮なに?﹂
これに関してはフィレイオは勿論リーフガット︵そういえば、では
あるが彼女はサリドとフィレイオの戦いが始まる少し前に復活を遂
げていた︶にグラム、ライズウェルトですらも絶句した。
400
﹁そんなわけがあるか?! 第一この戦いで、一体⋮⋮!!﹂
ころ
﹁言っておくが教える気はない。そんなに気になるなら俺を倒して
から奪え﹂
サリドは不満そうな顔で呟いた。
401
4−10︵後書き︶
次回更新:01/25
こんないいところで切れてしまってすいません。正直なところ、切
れ目はここがちょうどいいのです。
今回も6話分となりました。次回もそれくらい更新します。頑張り
ます。
402
4−11
その頃。
セントラルターミナルに一台のヒュロルフタームがたどり着いてい
た。
黒に彩られたカラーリング、それはそのヒュロルフタームのアイデ
ンティティーでもあった。
クーチェ。
それがそのヒュロルフタームの名前だった。
乗るのは、リリー・ダレンシア少尉。無名の一般人から這い上がっ
たいわばエリートだ。
そんな彼女は、今クーチェの中で息を整えていた。
﹁⋮⋮、﹂
彼女は、少し前まで透明病の治療によりレイザリー王国にある病院
に入院していた。その時四天王のひとり、アルキメデス・エンパイ
アーに声をかけられていた。
﹃裏方に回らないか﹄との相談だった。
確かにヒュロルフタームはノータだけで成り立っているわけではな
い︵少なくとも大多数はその通りではあるが︶。メンテナンスをす
403
る人々がいるからこそ、ノータは100%の力でヒュロルフターム
を操作することが叶うのだ。
そして彼女はそこへの配属を提案された。良く言えば長くは生きら
れないだろう彼女の事を思って、比較的作業の軽い裏方に回った方
がいいのではないか? という心遣いにはなるだろう。しかしそれ
は取り方に選れば左遷にも均しい扱いになる。
彼女は勿論その提案を断ったわけなのだが、よく考えるとリリーに
とってそれほど悪い提案でもないことが解る。何故ならば、彼女は
リハビリで体力が戻ってきたとはいえ透明病患者から復活した人間
だ。透明病患者には先が長くないことは周知の事実でもあった。
そして、彼女は現職のエンジニアたちが羨む程の高い技術力に富ん
でいた︵現に彼女のヒュロルフタームの点検は専門家に任せないと
難しいコックピットを除いて彼女自身が整備している。これはノー
タの中でも異例なことなのだ︶。
だから、彼女に﹃転職﹄を促すのも理解できるのだ。
ただ、彼女は断った。ヒュロルフターム・ノータの不足を理由にし
て。
現在、ヒュロルフタームは5台+仮設6号機の全6台のみが存在す
る。
これに対してノータの数も6人。よく考えると妥当ではあるが予備
がいない点では非常に不備のある人数なのだ。
また彼女は初号機のノータだ。期待も他のノータの何十倍と課せら
404
しがらみ
れる。彼女にとって、それが柵であって誇りでもあった。
﹁⋮⋮さて、﹂
長い思考をやめ、リリーは前を︱︱この状況で守らねばならぬ存在
であるセントラルターミナルを︱︱見上げた。
その、直後だった。
何の予兆も、そこにはなかった。
セントラルターミナルは高さが50m程ではあるが、オリンピアド
ーム全体として考えると一番の高さを誇る。
その、セントラルターミナルが︱︱恐らく内から爆発があったのが
原因で︱︱崩壊を始めた。
﹁⋮⋮!!﹂
リリーは目の前にある光景を理解できずにいた。何故ならセントラ
ルターミナルの全てのカメラ映像はリーフガットがいる作戦基地に
非公式ではあるが送信され、怪しい者がいればすぐ解るはずなのだ。
だのに、予兆なくそれは起きた。
考えられることは一つしか、なかった。
敵が作戦基地に突撃をし行動停止状態に陥っていること。
405
﹁⋮⋮守れなかった。私は⋮⋮、あのセントラルターミナルを⋮⋮
守れなかった!!﹂
リリーの瞳には涙が流れていた。
彼女は生涯二度目の涙を流すのだった︱︱。
406
4−12
その頃、サリド。
﹁ぐあっ⋮⋮。ぐおおおお!!﹂
フィレイオは、最早自我を失いかけていた。彼自身が彼をコントロ
ールするのが困難になりつつあった。
なぜか?
理由は容易な事だった。
﹁サリド・マイクロツェフ⋮⋮!!﹂
フィレイオは目の前にいる、その敵の名前を苦し紛れに呟いた。
﹁おら、どうした? もうここで終わりか?﹂
サリドはフィレイオに向けて挑発する。それをフィレイオに受け流
す力は、もう無かった。
﹁⋮⋮まだ、終わっちゃいない⋮⋮!!﹂
すっかり息を切らせてしまい、肩で呼吸をしているフィレイオは悔
しそうに、しかしそれを悟られまいと必死に隠していた。
﹁いや、もう終わりだよ﹂
407
サリドはそんなフィレイオの言葉を振り払い、
﹁⋮⋮だって、どう考えても君、闘えそうにないだろ?﹂
サリドは溜め息をついて、投げ掛けた。
そして、グラムやリーフガットはその状況を、実際にその目で見て
いるにも関わらず、信じられずにいた。
﹁お、おい⋮⋮。グラム。信じられるか⋮⋮?﹂
﹁俺もそんなの解りませんよ。今のこの状況、まるで夢を見てるみ
たいで﹂
﹁だろうな⋮⋮。私も今のところこの状況を、実際に目には入って
きているが信じられない。だって相手は今まで不明瞭なところばか
りで所謂ブラックボックスだった﹃魔術﹄を使う人間だぞ? 恐ら
く魔術だけに頼っているとは到底思えない。きっと、肉体もそれを
使えるように改造しているはずだ。それがサリド、しかも御世辞に
も肉体がいいとは言えない人間が倒す? 全くもって、信じられな
い⋮⋮!!﹂
408
4−13
﹁なぁんだ⋮⋮。結局やられてしまったのですか﹂
戦場には拍子抜けな、浮いた声が聞こえた。
﹁﹁⋮⋮誰だ?﹂﹂
グラムとリーフガットは同時に尋ねた。
しかし、サリドとフィレイオは全く真逆の反応をしたのだった︱︱。
﹁⋮⋮まさか、ここに来るなんてね﹂
﹁あら? フランシスカさんにはちゃんとご挨拶したつもりでした
が?﹂
﹁⋮⋮フランシスカはここにはいない﹂
﹁ノータだからか?﹂
﹁あぁ﹂
﹁ノータなら⋮⋮あんな小さい子を軍籍に置き軍の狗にさせること
も容易であるということか﹂
﹁違う。進んで自ら軍籍に置く者もいる⋮⋮。それより、さっさと
出てきたら? “姉さん”﹂
409
サリドは鋭く尖った氷柱のように冷たい声で言った。
﹁⋮⋮あなたは人間を待つ、という心がないんですか? それだか
ら全く成長しない⋮⋮﹂
﹁いいからさっさと出てこい!!﹂
サリドは獅子の雄叫びのように狂い、叫んだ。
﹁⋮⋮仕方ないわね。いいわ。出てきてアゲル﹂
そう言って影から現れたのは、
神殿協会で四人しかいない、最高権力者。
枢機卿、レイシャリオ・マイクロツェフだった。
﹁レイシャリオ⋮⋮、確かに彼女は枢機卿の一人だけどまさか本当
にいただなんて⋮⋮﹂
そう言ってリーフガットは嗚咽を洩らした。その感じからいくと、
どうやら本当に枢機卿がいることを鵜呑みにせず、今の今まで信じ
ていなかったことになる。
﹁⋮⋮私はほんとは今回の空白化作戦には参加する気はなかったん
だけどね﹂
レイシャリオは独り言のように呟いた。
﹁まぁ、あんたがこの作戦に参加するって聞いたから大司教に無理
410
を言って作戦に参加させてもらっちゃった﹂
﹁もらっちゃった、って⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ま、そういうことだから、後は解るでしょ?﹂
﹁⋮⋮戦わなきゃダメ、ってことか⋮⋮!!﹂
サリドはそう言って苦しそうに歯を軋ませる。
レイシャリオはそれを見て微笑んだ。
﹁⋮⋮そういうこと。ってなわけでフィレイオ。あんた下がってな
さい﹂
﹁私はまだ戦えます! 別にあの青二才、俺一人で⋮⋮!!﹂
﹁フィレイオ。一人称が安定していないわよ。よっぽど動揺してい
るのかしら? その“青二才”に遺伝子にまで戦いたい本能が刷り
込まれたエリートが負けたのを?﹂
レイシャリオの放った言葉にフィレイオは何も返すことは出来なか
った。
411
4−14
代わりに答えたのは、サリドだった。
﹁やっぱ姉さんは変わってないな⋮⋮。人を平気で切り捨てる所と
か、特に﹂
﹁⋮⋮何が言いたい?﹂
﹁姉さんとの戦いにさっさと決着を着けたい﹂
﹁奇遇だな。私も実はそう思っていた。だが、実際弟相手に躊躇い
も少しあった。⋮⋮だがお前の今の言葉で目が覚めた。こちらも⋮
⋮本気で行かせてもらう﹂
﹁そうでなくっちゃ﹂
サリドは何故かこのピンチの中でそれに似合わない、まるで戦いを、
これから始まる戦いを楽しんでいる︵実際は始まっていないので楽
しみにしている、の方が文法的に正しいのかもしれない︶ように、
笑った。
そして、
無言のゴングが鳴り響いた。
†
412
レイシャリオはまず手を合わせ、目を瞑った。サリドはそれが好機
だと思ってレイシャリオに突っ込んだ。
﹁いや、まずい!! サリド、退くんだ!!﹂
その、言葉を発したのはリーフガットだった。しかしサリドの耳に
それは届いていなかった。
﹁⋮⋮、﹂
レイシャリオは無言で念じ、そして放った。
レイシャリオの手から放たれたのは、冷気。まるでこの世の全てを
凍りつかせようと言わんばかりのそれは、容赦なくサリドに打ち付
けられた。
しかしながら、サリドが凍ることは、なかった。
なぜか?
﹁⋮⋮何故だ?! 何故⋮⋮凍らない?!﹂
レイシャリオは呻き声にも似た声で呟いた。
﹁姉さんなら解っていると思ったんだけど、﹂
サリドは溜め息混じりに呟いた。それは希望を募らせていて、その
希望が思わぬ形で風船のように萎んでしまったような、そんな気持
ちをも含んでいた。
413
﹁体は一繋がりではあるけれど、実際分けてしまえばただの細胞の
集合体に過ぎない。人間の細胞は液体と固体の間あたりの密度だか
ら、直ぐに凍りついてしまう。⋮⋮しかしその細胞密度を、自由に
操れる、そんなことが出来るとしたら?﹂
﹁⋮⋮武術を相伝したのは伊達ではないということだな⋮⋮﹂
レイシャリオは呟いた後、ふてぶてしく舌打ちをした。
﹁⋮⋮こうなれば!﹂
レイシャリオは一瞬考えて、そして放った。
耳をつんざく、悲鳴にも似た絶叫を。
﹁∼∼∼∼∼!!!!﹂
レイシャリオが放ったのは絶叫︱︱声によって生み出された波力で
はなく、超音波︱︱何かとその放った絶叫が反響し、不協和音を示
したようにも感じられた。
しかし、それでも人間の耳に、相当のダメージが降ることになる。
即ち、その超音波を受けた人間は聴力を、一時的ではあるものの、
失うことに、なる。
﹁⋮⋮っ⋮⋮!!﹂
キィィィン、と金属と金属を擦りあわせた、言うならばとても不愉
414
快な音が耳の中を支配していた。
しかし、人間には視力があるのだ。
﹁⋮⋮この程度で何が出来るってんだい? 姉さん﹂
﹁侮ってもらっちゃ困るね。まだまだ私のターンは終了してない!﹂
そう言ってレイシャリオは炎を先程自らが凍らせた氷の数々に撃ち
始めた。
﹁一体何を⋮⋮!!﹂
﹁見れば解るでしょう? 氷を“融かしている”のよ?﹂
﹁まさか⋮⋮!!﹂
サリドはレイシャリオがしようとしていた事に気づき、走り出した。
しかし、遅かった。
既に辺りは白い霧に包まれていた。五里霧中とはこのことだ、とサ
リドは思ってまた舌打ちをした。
415
4−15
その頃、リリー。
辿り着いたフランシスカとロゼに全てを話していた。
因みにではあるが、フランシスカが乗ってきたヒュロルフタームに
は爽やかなスカイブルーのカラーリング、ロゼはオレンジのカラー
リングが為されていた。これは彼女たちのパーソナルカラーにもな
っているらしいが、それにリリーはあまり賛成は出来なかった。
よく考えてもらいたい。ヒュロルフタームとは戦争などに使われる
謂わば兵器である。勿論、秘匿性はないよりある方がよく、どちら
かといえば目立たない方がベストである。
しかし、しかしながら、今はどうだろうか? 先程の二人のヒュロ
ルフタームのカラーリングはオレンジとスカイブルー。決して目立
たない、質素な色とは思えない。しかし今はそういう秘匿性よりも
会社の広告を何処に張るか、が重要視されている。
戦争は巨大なショービジネスだ。
だから、資本主義国はヒュロルフタームに民間企業が生産・斡旋し
た武器を持たせるし、軍隊にもそのような措置をとる。リリーはそ
れにも不満を抱いていたが、それを変えようとすると資本主義のカ
タチそのものが崩壊することにも為り得てしまうのだ。それもリリ
ーは解っていた。だからこそ批判もしなかった。
ヒュロルフタームが要らないとは言わない。それによって戦争の造
416
りは大きく入れ替わり、また世界のシステムすらも変えてしまった
のだから。
しかし、
それに根付くスポンサーが、資本主義の象徴にも近いそれが、戦争
に影響を及ぼすのは何故なのか?
戦争は今や世界中にテレビ配信やネット配信で見ることが出来る。
即ち、見ようと思えば誰でも戦争は見ることは出来る。昔ならば、
ヒトとヒトが戦う意味での“戦争”ならば撮すことは出来なかった
だろう。
しかし、今はヒュロルフタームとヒュロルフタームの戦争であり、
ヒトの出る幕は完全に︵まだ完全に、とは言えない。何故ならばサ
リドのような特攻隊に近い存在も時折戦争に登場するのもあるから
だ︶裏方に回ったといえる。
即ち今テレビで撮されているのは近いようで遠いような、ヒュロル
フタームという戦闘兵器同士の対決で、決してヒト同士の対決では
なかった。
即ち今流されている事実は事実とは言えない。“事実の複製を程よ
く改竄して作り上げた新しい事実”であって“事実そのものの複製
”とは言えない。
でもそれに国民が影響されるのはやはり﹃現実味を帯びない﹄から。
レイザリー王国の国民ならばまだヒュロルフタームがいることに現
実味を帯びていると感じられるかもしれない。現にヒュロルフター
417
ム開発の最先端を往く国家でもあるし、ついこの前にヒュロルフタ
ームを用いたクーデターも起きた国だからだ。
しかし他の国はヒュロルフタームを秘密裏に開発していたりしてい
るのだ。だからヒュロルフタームと呼ばれても知名度が薄いのは愚
か、何も解らないとたじろぐ国民ばかりでもあることが容易に解り
得ることだった。
418
4−16
﹁まぁ、そういうことで⋮⋮。つまりは、これは囮、って事でいい
のか?﹂
彼女たちは今、ビデオチャット機能を用いて会話をしていた。リリ
ーの話を聴いたフランシスカが満更でもないような顔で呟いた。
﹁たぶん、それであってると思う。⋮⋮何故ならこれがホントに目
的なら、もっと周りに戦力を置いておくはず。それがいないってこ
とは⋮⋮﹂
﹁陽動、ってことか⋮⋮。うちら三人は見事に騙された、って事に
なる﹂
﹁まさか僕も騙されるとは思わなかったよ。未だ信じられないくら
いだ﹂
フランシスカにロゼ、それにリリーはそんな会話を交わしていた。
﹁⋮⋮にしても、どうする?﹂
﹁なぁに、ひとまず神殿協会の奴等がいる場所を叩き潰せばいいん
だ﹂
そう言ってフランシスカは得意気に一枚のマイクロチップをカメラ
の前に見せる。
﹁⋮⋮それは、チップ?﹂
419
﹁そう。それ以外に何があるっていうの? これはチップ。さっき
リーフガットさんから貰ったやつ。さっきのサリドとの会話を録音
しといたから場所もはっきりと解るわ﹂
﹁なるほど。⋮⋮あなたにしては上出来ね? フランシスカ﹂
﹁ロゼ。⋮⋮あなたと私って知り合ってまだ全然経ってないわよね
?﹂
そんな漫才紛いな事をしながら、フランシスカはチップを読み取り
機にセットした。
?
オリンピアドームが軍用施設だった頃、戦争の時には物資を備蓄・
供給する中継基地の役割を果たしていた。今も、その名残として北
側には、無論今では使われる事はないのだが、空のコンテナばかり
が無造作に置かれていた。また、無理に増築して建物全体が歪みつ
つあるため、現在の立入を禁止している、倉庫などもあった。
その、倉庫の一つにリリーたちはやってきた。ヒュロルフタームに
乗ると当たり前の如く狙われてしまうために、乗らずにやってきた
のではあるが、彼女たちは一応のため銃を一人三台程持っている。
だがしかしそれでも不安になってしまうのが人間の性というものな
のかもしれないのだった。
﹁⋮⋮静かね﹂
420
不意にフランシスカがそう呟いた。
﹁人は居ないんじゃないかしら? 全員駆り出されてしまって、ね﹂
リリーは警戒心は解こうとはしなかったものの、先程とは違った、
もしかしたら安堵していたのかもしれない、感情で言った。
﹁人は、居ないかもしれない。でも、何か資料が残っていることも
あるかもしれない﹂
﹁まぁ、可能性としては大いに有り得ることですね。大抵の戦争な
らば処分してしまうか、一人の人間に全てのデータを託しておくか
⋮⋮﹂
そう言いながら、三人は倉庫の扉をゆっくりと開けた。
421
4−16︵後書き︶
次回更新:01/27
いいところですが、ストックの都合上、ここまでの掲載となります。
次回更新をお待ちください。
422
4−17
確かに倉庫には誰も居なかった。しかしながら、リリーたちの事に
気付いて逃げ出したのか、つい先程まで人がいた形跡はあった。例
えば食べ掛けのパン︱︱賞味期限が切れていないので、開封もつい
先日のように思える︱︱や、温もりが未だ残る布団、など。しかし
それらが計画の重要事項とは到底思えず、リリーたちは力が抜けた
ように落胆した。
﹁⋮⋮やっぱり、無かったわね⋮⋮﹂
リリーは︱︱やはり心の中に期待もあまりなかったのだろう︱︱最
初から用意してたかのように、その言葉を呟いた。
﹁まだ一抹の希望がある、と思ったけどやっぱりそう簡単には残す
訳もないものね⋮⋮﹂
と呻くように呟くフランシスカ。
﹁まぁ、諦めて追撃を防ごう。にしても⋮⋮おかしいな﹂
ロゼはフランシスカを慰めるように言ったが、その後半から何故か
この自然な現象に違和感があるかのように、考えるような仕草を見
せた。
﹁⋮⋮ロゼ? どうかしたの?﹂
フランシスカはそのロゼの異変に気付き、言葉を投げ掛けた。
423
﹁いや⋮⋮何かがおかしいんだよ。さっきから。⋮⋮君達も気付か
ないか? 彼らが反ヒュロルフターム推進の勢力とはいえ、先ずは
僕たちのヒュロルフタームを潰しに⋮⋮は無理だろうけど活動停止
くらいにはさせられるはずだ。なのに、今のところそんなものは感
じられない。⋮⋮どういうことなんだ?﹂
ロゼはそう言ってまた、首を捻った。
﹁⋮⋮それも解らないけど、ひとまずの収穫はあったわよ﹂
そう言ってリリーは何処かから何かを取り出した。
取り出した物は、一枚のフロッピーディスクだった。
﹁今更フロッピーディスクとかどんだけ古いのよ⋮⋮﹂
フランシスカはそんなことを言いながら、リリーからそれを受け取
る。
﹁まぁ、科学技術を嫌う神殿協会の事だし、何世代もグレードを下
げたものが最先端なんじゃない? まぁ、フロッピーディスクなん
て資本主義国では化石に近い代物だけどね﹂
リリーは珍しく長い言葉をフランシスカに投げ掛けた。
﹁⋮⋮そういや、機械がそこにあるわね。とりあえずそれを利用し
てみようかしら﹂
そう言ってリリーはパソコンにも似た機械に手を掛け、プログラム
を始動させた。
424
ブゥン、とノイズにも似た音が発せられ、パソコンの画面には青い
ウィンドウが表示される。
﹁⋮⋮そんな、見た感じは変わりないけどね?﹂
﹁とりあえずフロッピーディスクを入れてから、よ。ここで何も無
かったら話にならないわ﹂
﹁確かに、そうだね﹂
そう言ってリリーはフロッピーディスクを挿入した。その後まるで
黒板を爪で引っ掻くような音︵要するに、不快な音である。︶がパ
ソコン内部から聞こえてきたので、彼女たちはパソコンが壊れたの
かと一瞬思った。
425
4−18
﹁これは違うわ。⋮⋮ただの読み取り音よ⋮⋮。全くややこしい感
じにしちゃってさ⋮⋮﹂
リリーはその事実に気付き、力なく呟いた。
その直後画面にポップアップ︱︱Webページがスクリプトを使っ
て新しいブラウザウィンドウを自動的に開き、別の内容を表示させ
ること︱︱によってウィンドウが生成された。
﹁めんどくさいタイプねぇ⋮⋮。起動時にポップアップとか、こり
ゃまぁよく今まで持ったものね﹂
リリーはそう言って後ウィンドウに書かれた言葉を読み始める。
﹁どうでもいいけど、パスワードなんてついてないのね。どうやら
このパソコンでプログラムを起動させること自体が解除コードみた
い。⋮⋮えーと、﹃第4次空白化計画計画書﹄﹂
﹁ビンゴね﹂
フランシスカが呟いてロゼにウィンクすると、ロゼもそれに返した。
﹁⋮⋮﹃この計画は今や世界中に感染している科学技術を根底から
排除するものだ。これが成功すれば、我々神殿協会も大きな躍進を
遂げることだろう﹄﹂
﹁それはまた大きな課題ね﹂
426
ファースト・イン
﹁フランシスカ。茶々入れないで。えーと⋮⋮何処まで読んだかな
パクト
? あぁ、そうだ。ここからだ。﹃空白化はかつて起きた一次空白
化で足りるものではなかった。何故なら人類は残されたがらくたを
用いて新たな科学技術を作り上げたのだから﹄﹂
﹁﹃空白化を実行させるには大きな問題が山程存在する。だが、我
々には神から与えられし聖なる力“魔法”がある。科学技術に溺れ、
信心を忘れた者に、明日はない﹄﹂
﹁これはまた大きく謳ってるわね⋮⋮﹂
﹁﹃まずは旧時代の象徴であったオリンピックの復古だ。今やオリ
ンピックは“世界トライアスロン”と名前を改め、スポーツマンシ
ップなどないものだ﹄﹂
﹁⋮⋮確かにあれはドーピングが認められているし、代理戦争とも
揶揄されているしな。そう思うのも仕方ないだろう﹂
リリーの言葉に、フランシスカは相槌を入れる。
﹁⋮⋮肝心の空白化計画の概要が書かれていないわ⋮⋮。えぇい、
一体どこに書いてあるのかしら?﹂
﹁まだ続きはあるんでしょ? だったらそれを読んでからにしまし
ょうよ﹂
とフランシスカ。
﹁それもそうね。⋮⋮えーと、﹃我らが神は一次空白化で方舟に乗
れなかった人間の一人で、空白化で街が消えたことに心を痛めたも
427
のの、自分を貶める、異種の人間が居なくなったことが解ると今ま
での自分の諸行が天に認められたのだ、と思ったのだ﹄﹂
﹁これはなんて有りがちな⋮⋮﹂
セカンドインパ
﹁﹃だから、我らも今や空白化の時、と決断するに至ったのだ。今
クト
はもう一次空白化のように堕落した人間ばかりだ。今こそ二次空白
化を実行させる時だ﹄﹂
428
4−19
﹁そういえば、神殿協会は﹃方舟﹄の存在を躍起になって探してい
るわよね。なんでもそれが自分達のアイデンティティーに繋がるか
ら、って﹂
フランシスカは何処かで読んだ文書の事なのか、少し固い口調で言
った。
﹁方舟の存在ってまだ解ってないんじゃなかった? 自分達のアイ
デンティティーを求めるために、色々な方法を用いて半ば強引に探
しても発見されなかったから、国際社会ではそれの真偽を疑ってて
神殿協会自体を不要とする判断すらも出てたはずだけど?﹂
﹁そうなのよ。⋮⋮だから今年に発表された﹃神殿協会第52訂教
典﹄で国際社会は大いに驚くことになってしまったの。“我々は方
舟を発見した、神は、存在を証明できたのだ”ってね﹂
﹁でも神殿協会は国際社会に方舟のあった証拠を発表してないんで
しょ? それじゃあ、その事がほんとかどうかも⋮⋮﹂
﹁三年前、﹂
ロゼが唐突に呟いた。
﹁三年前、ある科学者がチームを結成させ、方舟の発見に向けて、
探索を開始した﹂
﹁しかし、そのチームは戻ってくることはなく、最後に発せられた
429
通信もノイズが酷く、聞き取れた部分を併せると⋮⋮﹂
﹁﹃方舟は⋮⋮じゃない。⋮⋮だった。⋮⋮が⋮⋮された⋮⋮⋮⋮
だった﹄と。それと同時に写真も公開された﹂
気付くと、ロゼの目には涙が浮かんでいた。
﹁ロゼ。大丈夫? 無理して喋らなくてもいいのよ?﹂
フランシスカが慌てて声をかける。
﹁いや、大丈夫。ありがとう。心配してくれて。⋮⋮写真の話まで
したんだっけ。写真にはあるものが写っていたのよ﹂
﹁あるもの?﹂
﹁そう。⋮⋮決して今の科学技術では作れる筈のない、機械があっ
アリス
たの。そしてそこにはプレートが貼られていた。⋮⋮恐らく、その
機械の名前でしょうね。名前は⋮⋮Alice。そう、書かれてい
たそうよ﹂
﹁方舟はそこには写ってなかった⋮⋮の?﹂
﹁えぇ。写ってなかったわ。けど、これで一つの仮説の証明が出来
た。﹃旧時代の存在﹄が証明されたの﹂
﹁なるほど⋮⋮。仮にこの時代で作られたものでないならば、旧時
代で作られたものになる⋮⋮と。確かに旧時代は科学が興隆してい
た世界と聞く。それならば、Aliceの可能性も充分に考えられ
430
る、ということになるな﹂
フランシスカは溜め息混じりにそう呟いた。
431
4−20
その頃、サリド。
漸く耳が治ったと思いきや今度は濃霧。正直なところ、これが彼の
精神を酷く衰弱させてしまうのだった。
﹁⋮⋮卑怯な手を、姉さんは相変わらず使うね﹂
﹁卑怯ではありません。戦術のうちの一つです﹂
レイシャリオは冷笑して、サリドの言葉に返した。
﹁でも⋮⋮霧を払ってしまえばこっちのもんだ!﹂
サリドはそう言って構えをとり、回し蹴りをした。しかしながらそ
れは誰にも届くことはなく空を斬っただけなのだが。
﹁何をした⋮⋮?﹂
レイシャリオはその直後に冷や汗を浮かべる事になる。
なぜか?
回し蹴りによって発生した気流が比較的濃くまとまっている霧を散
開させ、完全に見えなくしたのだ。つまり、“霧”という障害が無
くなればサリドの行く手を阻むものは無くなるのだった。
﹁⋮⋮姉さん。もう止めにしようよ。どうして争わなきゃならない
432
? 血を分けた姉弟じゃないか。どうして?﹂
﹁ふん。私は姉だから戦わないだとか、弟だから守るとか、そうい
う世界の理屈が大嫌いなの。所詮人間はいつかは一人で生きていか
ねばならないのに、いつまでも頼りきってしまったり、頼られてし
まっては、どちらも、一人では生きていけなくなる。中毒に近い状
態になるわけだ。そんな人間どもばかり出来てみろ? 世界は少な
くとも限りなく早く終焉を告げる。だからやらねばならないんだ。
我々、神殿協会が!﹂
﹁⋮⋮つまり、姉さんは自分の願いを叶えるために今の立場でいる
と⋮⋮﹂
﹁あぁ、そういうことだ﹂
レイシャリオは口元を綻ばせて、呟いた。
しこり
﹁お前とはこの勝負、決着をつけておきたいものだが⋮⋮、如何せ
ん作戦は成功してしまった。空白化のための痼は残せた。残念なが
ら、ここまでだよ﹂
﹁⋮⋮なにをした?!﹂
﹁なに、ここで一番高い建物を破壊したまでだよ﹂
レイシャリオは笑って、なんと堂々とゆっくりと歩いてサリドたち
の前を通り過ぎ、作戦基地をでていった。
それをサリドたちは唖然としてなにもすることが出来なかった。
433
エピローグ
こうして世界トライアスロン中に発生した神殿協会のクーデターは
神殿協会自身が撤退したことで幕を閉じた。
この後神殿協会は資本主義国から悪の存在と見られ敵視されること
になるが、それは少し後の話になる。
この後の競技は全て中止となり、優勝なども選ばれることはなかっ
た。会場側はフランシスカの優勝を望んでいたが、レイザリー王国
は﹁戦争を、このクーデターの為に開始したことの謝罪のため、優
勝を辞退する﹂との文書を発表した。
斯くして世界トライアスロン史上最も忙しい14日間は、幕を閉じ
たのだった。
†
﹁疲れたな⋮⋮。結局﹂
サリドはレイザリー王国へと帰る飛行機の中、グラムと話をしてい
た。
﹁あぁ。結局、どうしてこうなってしまったのかね? トレーナー
をやってるだけで普通に何もかもが終わると思ってたんだがな﹂
﹁神殿協会のクーデター⋮⋮だっけ? 表向きに報じられてるのは﹂
434
﹁あぁ。さすがにほんとの内容は言えねぇだろ? といっても見て
いた人間が沢山いた。そいつらには箝口令敷いて、金払って今回の
話は無しにしたそうだ。まったく、そんなのでうまくいくのかねぇ﹂
サリドとグラムがそんな話をしていると、携帯端末がメールの受信
を知らせる電子音を発した。
﹁⋮⋮お前のか?﹂
﹁いや、違うよ。君のじゃないの?﹂
﹁俺はあんな無機質な電子音を使っちゃいねーよ﹂
﹁ってことは⋮⋮﹂
サリドとグラムは半ば同時に視線を同じ方向へと向けた。そこにあ
ったのは、ベッドだった。
ベッドでは一人の少女がすやすやと寝息を立てて、眠っていた。そ
してその脇に置かれていた携帯端末はランプが光っていて、何かが
来たことを知らせていた。
﹁やっぱ、そうだったか⋮⋮﹂
グラムはそんなことを言いながら少女︱︱フランシスカの携帯端末
を手にとった。
﹁ちょっと待てよ。そんなことをしたら彼女が⋮⋮﹂
435
﹁大丈夫、大丈夫。問題ないって。⋮⋮えーと、誰からだ?﹂
グラムが端末を起動してメールを見ると、グラムはそのまま固まっ
てしまい静かに気付かれないように端末を閉まった。
﹁どうしたんだ? いったい﹂
﹁何でもない。特にないから大丈夫だ﹂
﹁片言になってるけど? 何があったのかはっきりと言ってみろよ﹂
﹁いや⋮⋮言わない方が本人のためだ⋮⋮。忘れろ﹂
﹁今の今までメールを無断で見ていたグラムが言う権利はないと思
うんだけどね?﹂
サリドは何処と無く笑って、言った。
†
そして、レイザリー王国。
ある手紙が、
世界を揺るがすことになるとは、
このときまだ誰も思ってはいなかった⋮⋮。
436
エピローグ︵後書き︶
次回更新:02/01
次回から﹁﹃世界を、変えるのは我々だ﹄︱︱ディガゼノン聖軍討
伐戦﹂を掲載します! よろしくお願いします!
437
1
﹁⋮⋮シナリオは何処まで進んだ?﹂
フィレイオは夜も深い森の中、声をかけた。
﹁⋮⋮ようやく半分といったところでしょうか⋮⋮。でも、次の段
階が無事にクリア出来ればあとは時間だけが状況を作り上げてくれ
ますよ﹂
﹁ほんとにそれでうまく行くのか?﹂
﹁行きますとも⋮⋮。組織のシナリオは絶対です。方舟の発見に今
回の刻印⋮⋮。事はうまく進んでいます﹂
﹁⋮⋮次に刻印すべき場所は?﹂
フィレイオが尋ねると、声は驚くこともなく、ただ言った。
﹁⋮⋮レイザリー王国の首都にはそれは立派な城があります。ご存
知ですか?﹂
﹁あぁ。確か今は国王が住んでいると聞いたが⋮⋮﹂
﹁そうです。その地下にはかつて刻印がされた証が眠っています。
それを起こしに行くのです。⋮⋮胎動させるには少し早いですが、
計画の範囲内ではあります﹂
﹁おいおい。お前の権力でそんなのしてあいのか? 可愛い上司が
438
泣くだろ?﹂
﹁⋮⋮あんなのは、ただの地位に、神殿協会の構成に貢献したから
という家に生まれただけの猿ですよ。彼女が騒いだって、私に利害
は発生しない﹂
﹁言うねぇ﹂
﹁⋮⋮というわけで頼みますよ。一応あなたにはディガゼノン聖軍
が追撃のために部下となります。どんな命令でもなんなりと話して
くれれば﹂
﹃世界を、変えるのは我々だ﹄︱︱ディガゼノン聖軍討伐戦︵2/
18︶
﹁ディガゼノン聖軍⋮⋮。くくっ。神に選ばれし賢者の名前を冠す
る軍が、一人間に指示させると? 僕は直ぐに舐められそうな気が
してならないのだが?﹂
﹁そこは任せていただければ。﹃遠隔操作﹄の暗示魔法を既にかけ
てあります。期限は一週間ですが、望めば符の力が消えるまで暗示
は可能です。符には力を増強させる暗示や、痛覚を和らげる暗示も
含めてます。まぁ面白くはなると思いますよ?﹂
﹁⋮⋮毎度のことながら、流石だな﹂
﹁どうも﹂
439
﹁⋮⋮それじゃ、向かうとしますか。今回はあいつ使えるの?﹂
﹁メタモルフォーズですか? えぇ、01∼03までなら﹂
﹁そんないらんな。02だけ持って行くわ。⋮⋮てか、00と仮設
04∼10は?﹂
﹁00は来るべき時に向けて調整中です。あれはまだ使う時じゃあ
りませんからね。仮設のに関しても同様です﹂
﹁⋮⋮なるほど。解った﹂
﹁簡単に解ってもらえると嬉しいです﹂
男はフィレイオの言葉にうっすらと笑いを浮かべた。
440
2
﹃今日の王都は快晴です。場所によっては30度を上回るところも
あり、21日連続の真夏日になります⋮⋮﹄
ラジオのアナウンサーが言うはっきりとした声がカーステレオを改
良したラジオから多少のノイズを含めて聞こえていた。
﹁五人目のノータですって?﹂
リーフガットは今唐突に告げられたことを復唱していた。
﹁えぇ。今や神殿協会の﹃必要悪宣言﹄が採択されているから、ヒ
ュロルフタームもノータも増やす必要があるの。現在の計画だと六
号機まであったヒュロルフタームも十号機までに増設するらしいし﹂
ライズウェルトは書類とパソコンを交互ににらめっこして、言った。
﹁ヒュロルフターム一機作るのに国家が傾くぐらいのお金が必要な
のに、その四倍かー。うちらの昇給もこれじゃまだまだ先ね﹂
﹁そう悲観する事態かしら? これまで以上に戦争が早く終わると
思えば楽じゃない?﹂
﹁そうなんだけどねー⋮⋮﹂
リーフガットはコーヒーを一口飲み、呟いた。
441
﹁ま、とりあえず決まったらまずは一週間程の訓練もあるし、ひと
まずは忙しくなるんでしょうね﹂
﹁それがもう⋮⋮決まっているとしたら⋮⋮、どうする?﹂
ライズウェルトは意味深な答えを告げた。
﹁それ⋮⋮。どういうこと?﹂
リーフガットはその言葉を聞いてただ驚くことしか出来なかった。
442
3
その頃、サリドとグラムは街を歩いていた。なんていったって、暫
く世界トライアスロンで休みなんてなかったし、この前のも休みは
ないようなものだったので、純粋な休みは今回が初めてになる。
﹁いや∼、休みってのはいいもんだ。だって働かなくて済むんだか
らな!﹂
﹁それで働いてたら休みの定義に反すると思うんですけど?﹂
グラムとサリドはそんなことを軽く言い争いながら、街を歩いてい
た。
﹁⋮⋮でも、今日一日だけとは、ちょっとめんどくさいな。まとま
って休みが欲しいくらいだが﹂
﹁そんなの人の勝手だろう。俺らはどちらかといえば労働者の位置
にあたる人間だぜ? 労働者が勝手気ままに休みを決めていたら資
本主義の大部分が崩壊しちまう﹂
﹁⋮⋮あー、サリドくん。小難しい話は今度にしてゲームセンター
に入らないかね﹂
﹁はいはい。グラムがゲームセンターに行きたがってるのはよ∼く
解りました。⋮⋮行きゃいいんだろ?﹂
﹁さすが解ってるな﹂
443
﹁何度も死地を一緒に経験すると相手の色んな場所が解るもんだよ
⋮⋮﹂
サリドは何処と無くつかれたようにゆっくりと息を吐いた。
†
このゲームセンターは王都でも一二を誇るゲームの種類を所有して
いて、言わずもがな遊ぶ事が出来る。そのため、わざわざ境を越え
てまでやって来る人間もいるくらいなのだ。
﹁⋮⋮なんだかんだですごい造りだなー。遠くから何時間かけてで
も来たい気持ちが何となく解るな﹂
サリドは開口一番にそう呟いた。
﹁⋮⋮その口調からして、サリド、お前ゲームセンターに入った事
がないな?﹂
グラムが質問する。何となく目の奥に鈍い光が見えたのは気のせい
だろうか。
﹁⋮⋮う、うん。エンパリヤークにはなかったし、こっちに来ても
叔父さんが駄目だって言うし⋮⋮。で、軍に行ってもなんだかんだ
で学校に戻れないし。⋮⋮叔父さんは世界のために頑張れ、なんて
張り切ってるけどね。⋮⋮あぁ、話が逸れたね。つまり僕はゲーム
センターの経験ゼロなんだ﹂
444
﹁ぐむむ。途中で謎の話が入ったが、まさかサリドがゲームセンタ
ー初心者とは⋮⋮﹂
グラムは急にウズウズし出した。もう一度言うと、何故かは解らな
い。
﹁よしっ! こうなったら俺が! ゲームセンター初心者のお前に
! ゲームセンターの面白さを教えたる!!﹂
グラムは妙に張り切っていたが、ここで水を差したら悪いとサリド
は思って何も言わなかった。
445
4
﹁これがレイザリー王国にも三台しかないって言われるダンスゲー
ムマシンだ。これのすごいところと言ったら、今までのダンスゲー
ムは足で決められたボタンを踏むんだが、これは赤外線をカメラか
ら受け取って映像の動きにあったダンスをするとポイントが入るっ
てやつだ。足に加えて手も入るから難易度はマックスなんだぜ﹂
そういうことで、グラムは意気揚々とサリドにゲームセンターの説
明︵グラム曰く、﹃ゲームセンターツアー﹄︶を開始したのだった。
そんなこんなでゲームセンターツアーも終盤を迎えてきた辺り、一
回りして入口付近のUFOキャッチャーのゾーンまで辿り着いたあ
たりだった。
﹁⋮⋮ん。あの子⋮⋮﹂
ふとサリドは何かが目に入ったので、立ち止まった。
﹁どうした? サリド。なんか気になるゲームでもあったか?﹂
﹁いや⋮⋮、何となくそこにいる女の子が気になっただけで⋮⋮﹂
サリドは何故か言葉を濁して答えた。
﹁ん? ⋮⋮あれ、よく見たら彼女、見ない顔だな⋮⋮。初めてな
のかな?﹂
どうやらグラムにもその正体は解らないようだった。
446
彼女はUFOキャッチャーをやっていた。入っている賞品は人気よ
りひとつ世代の遅れたぬいぐるみが乱雑に置かれていただけだった。
ちょうど彼女はその中にあるひとつを狙っていたようで、それをハ
ンドで掴んであと少しでゴールの所まで来ていた。
しかし、神様というのは非情なもので︵実際にいるのかも怪しいも
のがあるが、そういう観点はこの際なしにする︶、ゴール目の前に
してぬいぐるみは﹁さようなら﹂と言っているかのように落下して
いった。
彼女の艶やかな金髪が、可憐に舞った。
そして彼女は、UFOキャッチャーのマシンに回し蹴りを食らわせ
た。
﹁⋮⋮駄目だ。サリド。あんなやつ、絶対好きになるやつなんてい
ねーよ﹂
グラムはサリドの肩に手を置いて同情するように言った。
﹁なんで同情みたいになってるの?! 別にそんなのじゃないよ!﹂
﹁なんだ? 違うのか? 俺はてっきりお前があの子に一目惚れで
もしたかと⋮⋮﹂
﹁それって一体どこのラブコメだよ! ってかベタすぎる展開だな
!﹂
グラムとサリドの漫才的なやり取りが暫く続いたところで、サリド
がふと少女がいた方を見た。
447
﹁ねぇ。あんたら⋮⋮何やってるのかしら?﹂
少女はサリドたちの目の前に聳え立っていた。
﹁えっ? いや、別にうちらはただゲームセンターの中を巡ってた
だけで⋮⋮﹂
﹁⋮⋮普通の人間ならLSSの匂いなんてしないと思うんだけどな
ぁ﹂
空気が、凍りついた。
Solutionの略で生
﹁⋮⋮何故、それを知っている? LSSを知ってるってことは、
お前も普通の人間ではないな?﹂
Support
答えたのはサリドだった。
LSS⋮⋮Life
命維持溶液というものだ。これを何十倍にも薄めたものが、所謂生
理食塩水で水分が不足した時によく用いられる。LSSの主な用途
は、ヒュロルフタームコックピット内に充満させる。これによりノ
ータは常に酸素と栄養を体内に取り込み、万全を期した状態で戦え
るのだ︵生理食塩水とLSSの成分は酷似しているが唯一違うのは
酸素の有無である。LSSには入っているが生理食塩水には入って
いない︶。
448
5
だが少女が出した答えは、サリドが思ったものの斜め上になるもの
だったのだ。
﹁⋮⋮秘密のある、女の方がかっこいいでしょう?﹂
﹁よーし、今から三まで数えるから、それまでに吐け。でねーと殴
るぞ﹂
﹁ちょっと待って?! それ然り気無く脅迫してない?!﹂
﹁三、﹂
﹁しかも話聞いてないし!﹂
﹁二、﹂
﹁え⋮⋮? まじで? まじなの?﹂
少女の顔には明らかに汗が浮かんでいた。
﹁一、﹂
﹁⋮⋮!!﹂
彼女が思わず目を閉じた、
その時だった。
449
サリドの携帯端末がけたたましい電子音を響かせた。
﹁⋮⋮こんなときに、なんだ? ⋮⋮あぁ、VMか﹂
そう言いながら、非常に手際よく携帯端末のロックを解除し、メー
ルアプリを起動した。
﹁⋮⋮リーフガットさんか。なんだってんだ? いったい?﹂
そう言いながら、非常にめんどくさそうにサリドはVMの再生をク
リックした。
﹃もしもし。サリド? もし今王都にいるならこれからノータとヒ
ュロルフタームのパルス位相のチェックを行うから来てもらえるか
しら。あっ、そうそう。力仕事もあるからグラム・リオールも連れ
てくること。解ったわね?﹄
﹁⋮⋮という訳で仕事のようだ﹂
サリドは溜め息混じりに呟いた。
﹁あっそ。じゃっ、私行くから﹂
そう言って彼女はすたすたと歩いていった。
サリドが止めようとした、その隙ですら与えられなかった。
﹁⋮⋮なんだったんだ? いったい﹂
450
6
サリドとグラムは軍施設に集められ、まずはリーフガットの指示を
仰ぐことにした。
﹁もうノータとヒュロルフタームはきてるらしいから、きちんと対
応する事。赤のカラーリングのついたやつよ。確か第三世代。この
前の世界トライアスロン時に姫様が臨時で乗ってたアレよ﹂
リーフガットの話を、サリドとグラムは時折メモを取りながら真剣
に聞いていた。
﹁⋮⋮それじゃ、僕がやることは?﹂
﹁ガンテばあさんに詳しいことは頼んでるわ。たぶんヒュロルフタ
ームの整備。だけど外だけじゃなくて中もだから結構めんどくさい
はずよ﹂
﹁りょーかいです﹂
﹁あの⋮⋮、俺は?﹂
﹁グラムは力仕事、と行きたいんだけど⋮⋮。ちょっと仕事を追加。
ノータの服を持っていって﹂
﹁これって⋮⋮神様が俺にくれたラッキーイベント?!﹂
グラムは涙を流しながら、言った。
451
﹁グラム、裸を見れるわけじゃないし、それ以上の関係は築けない
よ? ⋮⋮たぶん築いた瞬間軍を辞めさせられるだろうし﹂
サリドはグラムを宥めるように言った。
﹁わ⋮⋮わかってらぁ﹂
グラムは明らかに動揺していた。まさかこいつは本当にあわよくば
ノータと事に及ぼうとしたのか? サリドはこれから良き友人のこ
とを変態犯罪予備軍に位置付けて監視網を張ることに⋮⋮。
﹁おい待て。人を勝手に変態扱いするな﹂
﹁さっきまでそんなことを言ってたくせにか?! どんだけイメー
ジを大事にしたいんだお前は! 残念ながらお前のイメージはもう
負の極限値に達してるからな!﹂
サリドとグラムが口喧嘩をして、リーフガットもイライラが募って
いたのだろう。
刹那、リーフガットによるゲンコツ型ロケット×2が二人に放たれ
ることになるのだった。
†
グラムはゲンコツロケットを被弾して、命令通りノータのパイロッ
トスーツを新しいノータへ持って行くことになった。
リーフガットからは既に名前が聞かされていた。
452
ライラ・コルタス。
それが彼女の名前らしい。申し訳なさ程度に名前の傍に﹃♀﹄と書
かれているからにはよく性別が間違えられるということなのだろう
か。
﹁えっと⋮⋮ロッカールームの右隣⋮⋮これか﹂
そしてグラムは簡単にノータのいる部屋へと辿り着いた。
453
7
扉を開けるとそこには一人の少女がソファーに腰掛けて寝転がって
いた。テレビがかけっぱなしのところをみると、どうやらテレビを
見ながら寝転がっていたら寝てしまった、あたりが有力だろうか。
﹁⋮⋮ラッキーは諦めよう﹂
そう言ってグラムはテーブルの上に赤色のノータパイロットスーツ
を置いた。
﹁⋮⋮、待てよ。寝てる⋮⋮んだよな?﹂
ここでグラムは良からぬ事を考え付いてしまうのだった。
﹁顔ぐらい⋮⋮拝んでもよくね?﹂
せもた
因みにテーブルはソファーの背凭れのあたりに置かれているため、
そこから顔は眺めない。しかし後ろ姿から彼女は美人であることが
何となく予測できた。部屋には扇風機が置かれているため、その風
により彼女の金色の髪が靡いていた。
彼女は白いワンピースを着ていた。こんな格好で毛布もかけずに寝
ていられるのは時期が時期だからだろう。
とは言うものの、最近世界の温度が徐々に増えているのだ。だから
実際にはまだ夏とは言い難い季節ではあるのに、もう長い間真夏日
が続いていた。科学者はこれを﹃世界の終了の予兆﹄とかどうとか
言っていたので、こういう知識に疎いグラムでも、そのことは知っ
454
ていた。
グラムはそんなことを思い出しながら、ゆっくりと背面から前面に
移動していった。
﹁どんな顔なのかなー⋮⋮﹂
グラムは無意識にそんな事を呟いていたのだが、
﹁⋮⋮あぁ、冗談だろ?﹂
グラムは驚くべき事実を目の当たりにして天を仰いだ。
何故ならそこにいたのは、
先程ゲームセンターにいた、あの彼女だったのだから。
ただ、それまでならいい。
さらに特筆すべきところといえば、彼女が起きていたことだった。
﹁しかも⋮⋮こいつ起きてやがる⋮⋮!!﹂
﹁別に私が起きてようとなかろうと私の勝手でしょ? まぁ、テレ
ビ見ながらポテトチップスでも食べて、多少夢現になってたところ
だけど﹂
ライラは髪がボサボサになるのも構わないかのように、また無造作
に髪を掻いた。
455
﹁というか、なんであんたがここにいんの? ⋮⋮まさかだけど、
あんた軍人だったの? その割にはぜんっぜんオーラが感じられな
いんだけど﹂
﹁⋮⋮さっきから、言ってくれるじゃねぇか﹂
﹁⋮⋮私と一戦やる?﹂
﹁誰がお前なんかと﹂
﹁だよね? ⋮⋮さぁさ、出ていった。乙女のお着替えを見ような
んてなんとも破廉恥な考えは止めるんだね﹂
そう言われてグラムは部屋から追い出された。
456
7︵後書き︶
次回更新:02/03
ストックはまだありますが、ここまでです。
次回更新をお楽しみください。
457
8
さて、サリドの方はというと、ゲンコツロケットを被弾した後、ヒ
ュロルフタームの管理を担当しているガンテの元へ向かった。ガン
テの居る場所は言わずもがなヒュロルフタームが保管されている第
一倉庫であった。
﹁⋮⋮これが新しいヒュロルフタームか⋮⋮﹂
サリドは倉庫に入り、開口一番そう呟いた。
何故なら倉庫の目の前には既にヒュロルフタームの躯体が聳え立っ
ていたからだ。ヒュロルフタームの倉庫は、ヒュロルフターム自体
が巨大であるためか、その半分以上が地下に収められている。そう
いう工夫をしないと、敵に見つけられてしまうからだ。
しかし、サリドは違和感を感じていた。何故なら、ヒュロルフター
ムは50mはあろうかという超巨大人造人型兵器。しかし、それは
その半分もなかった︱︱まるで職人が作ったミニチュアのように、
それは今までのヒュロルフタームと同等な装備を誇っていたのだ。
﹁何をボケッとしとるんだ? 遅刻した割には随分と呑気なんだな
?﹂
見とれていたサリドを呆れた顔で見るガンテの声がかかるまで、サ
リドの眼はそれに釘付けになっていた。
﹁⋮⋮いや、すいません。あまりにもすごいもんでして﹂
458
﹁こりゃ第三世代だな。コンパクトなフォルムに高性能というのが
特徴だ﹂
ガンテは口を開き、答えた。
﹁確か名前はルビンとか言ったかな。高さが23.7mだから、今
までのヒュロルフタームの53mの半分以下になる。これは素晴ら
しいぞ。なんといったってコンパクトだからな。木の葉隠れして、
相手が油断した隙に奇襲をかけることだって出来る。まさにヒュロ
ルフタームの常識を覆した一台。まぁ、クーチェとかが持つ武器が
持てなくなるのは難点だが、そんなのを考慮しても効果はプラスに
働く。まさに最強のヒュロルフタームだと思うよ﹂
ガンテはルビンの方を見上げ、言った。
﹁⋮⋮そんなに凄いですか。これは?﹂
﹁あぁ。だって考えてもみろ。どんなものでもコンパクトになるの
は色々なメリットがあるだろう? 例えば材料が少なくて済む、例
えば小回りがきく⋮⋮とかな。そういう新しい、革新的なのが生み
出されるとエンジニアとしてはワクワクが止まらないよ﹂
﹁⋮⋮そういうものですか?﹂
﹁サリド、といったな。君は正直価値観がエンジニアに向いていな
い気がするんだが⋮⋮、いや、言いすぎた。忘れてくれ﹂
ガンテは溜め息混じりにサリドに向かって呟き、そして歩いていっ
た。サリドに﹃こっちにこい﹄と合図して。
459
9
﹁これからパルス位相のシンクロ実験を行う。だから、そろそろお
前にもそういう系の機械を見せてやらねばならんのでな﹂
ガンテは歩きながら、話す。当たり前だがサリドはその表情を見る
ことが出来ない。だからこそ、不安になった。
サリドはいずれヒュロルフタームの設計士として働くつもりがある
から、この後こんな底辺︵サリド自身がそう思っているかは解らな
いが︶の事などやらなくて済むのだ。だが、この貴重な機会でもし
失敗してしまえば軍事裁判は免れない。例え学校からやって来た軍
人擬きでも。
ガンテは立ち止まり、考え事をしていたサリドはガンテの背中にぶ
つかりそうになった。
﹁⋮⋮どうしたんですか? いったい、何が?﹂
﹁お前、ヒュロルフタームについてどれぐらい知ってる?﹂
ガンテは唐突にそんなことを尋ねた。
﹁どれぐらい⋮⋮と言われましても。ヨシノ博士が作り上げたプロ
トタイプ・エヴァードとズリが始まりとして作られていて、しかし
そこまで量産されていても、未だに設計図が解明されていないとし
か⋮⋮﹂
﹁結構解っているな。⋮⋮だが、その中には的を得てないものもあ
460
る﹂
ガンテはサリドの言った答えに頷き、そして言った。
﹁⋮⋮少し話を遡れば、我々人類は遥か昔に生まれ、一度滅んだ。
つがい
その時にとある人間が﹃方舟﹄を作り上げた。そしてそれに250
の番の人間を載せ、安息の地へと旅立った⋮⋮。これが﹃方舟伝説﹄
の顛末。神殿協会はこれを元に布教活動をしているわけだ﹂
﹁だが、それは大きな間違いをも犯していることになる。神殿協会
は今の人類を﹃方舟に選ばれし人間﹄などと言ってるが、実際はそ
うじゃない。その逆なのさ﹂
﹁⋮⋮それは、どういうことなんですか?﹂
﹁まぁ聞けよ。極東の島国ジャパニアは知ってるか?﹂
ガンテの言葉に、サリドはゆっくりと頷く。
﹁実はあそこに昔方舟があった。実在していたんだよ。⋮⋮だが、
それは神殿協会が謳う超巨大船じゃなかった﹂
﹁?﹂
﹁その番で一つ、冷凍カプセル⋮⋮これは、レイザリー王国の科学
技術班が調べたから間違ってないはずだ。それが地下に埋まってた。
そしてそこにはちゃんと人間が入ってた。⋮⋮確か神殿協会が作り
上げた暦を見ると今年がちょうど10000年なんだが、その冷凍
カプセルはどうやらその時から眠っているらしいんだよ﹂
461
﹁10000年⋮⋮ですか。ということは旧時代から生き延びた⋮
⋮ってことですよね?﹂
462
10
﹁⋮⋮そういやことになるな。だが、レイザリー王国はそれを隠し
てる。⋮⋮何故か解るか?﹂
﹁神殿協会に存在意義を与えてしまうから⋮⋮ですか?﹂
﹁その通り。神殿協会は今でさえ必要悪として撃退してよいと為さ
れている。そんなやつらに﹃方舟が見つかりました﹄なんて言って
みろ? さらに増長して我儘をエスカレートさせて行くだろうな﹂
ガンテは何処か遠い場所を見つめ、言った。
﹁⋮⋮話が過ぎてしまったな。本題に入るとしよう﹂
﹁お願いします。パルス位相のシンクロ実験でしたよね?﹂
﹁あぁ、多分そろそろパイロットスーツを着たノータがチェックに
やって来るはずだ﹂
ガンテが言った、その時だった。
﹁へぇ∼。これがヒュロルフタームなんだぁ∼。もうちょっとゴツ
ゴツしてるイメージあったけど、実物で見るとそんな変わりないな
ぁ⋮⋮﹂
サリドは入口の方から何処かで聞いたことのあるような、甲高い声
を聞いて、少し鳥肌が立った。
463
﹁⋮⋮ま、さか⋮⋮?﹂
﹁どうした? サリド。もしかして知り合いか?﹂
﹁いや⋮⋮、あの、腐れ縁って奴でしてね⋮⋮﹂
サリドは溜め息混じりに呟いた。
?
﹁ライラだ。よろしくな?﹂
彼女は開口一番、そう言ってサリドに握手を求めた。サリドもそれ
に従って握手をする。
︵こう見ると結構作法もちゃんとしてるし。何処の方なのかな⋮⋮
?︶
サリドはそんなことを思っていたが。
直ぐにその事は撤回せねばならなくなる。
握手をして、直ぐのことだ。
サリドは掌に違和感を感じ、見た。
﹁⋮⋮、﹂
464
そこにあったのは、食べ終わったガム。べっとりと粘ついたそれは
サリドの掌に頑固で離れない。
﹁おい、お前!﹂
サリドは激昂して叫んだ。
﹁⋮⋮言っておくけど、この正式な訓練が終わったら私はあんたの
上司になるのよ? それなのにお前呼ばわりはねぇ﹂
﹁名前を知らんからしょうがないだろ!﹂
﹁あらそうでした。⋮⋮じゃあライラよ。ライラと呼びなさいな﹂
そう言ってライラは鼻息混じりにヒュロルフタームのコックピット
へ歩いていった。
﹁なんなんだ。一体⋮⋮。というかまじであいつが上司になるのか
よぅ⋮⋮﹂
サリドはあの言葉が相当響いたらしく、暫く落ち込んでいた。
﹁おい! ボケッとしてんじゃないよ! 始めるぞ!!﹂
ガンテに乱暴な口調で言われ、耳を引っ張られ半ば強引に連れてい
かれるまでは。
465
11
﹁αパルスがコンマ72秒早いな。ライラ。βパルスに合わせてく
れ﹂
﹃りょーかい﹄
ガンテがマイクを通してライラに指示を送る。それをサリドはただ
見つめることしか出来なかった。
﹁⋮⋮この進行波、赤と青がありますよね? これは一体⋮⋮?﹂
﹁赤が、ノータの脳波を示すαパルス。青は⋮⋮そうだな。ヒュロ
ルフタームの“鼓動”を示すβパルス、と呼んだ方がいいかな? んで、これらは仮に噛み合わない⋮⋮例えば山と谷が逆さになって
しまえば、これを重ねてできる波はどうなる?﹂
﹁プラマイゼロになりますね﹂
﹁そういうことだ。つまりは、αパルスとβパルスの位相誤差をコ
ンマ05秒以内でなければ完璧なシンクロ⋮⋮ヒュロルフタームの
力を最大限引き出すことは出来ないってわけだ。⋮⋮おっと、ライ
ラ、後少しだ。コンマ41秒だからそれを目安にずらすんだ﹂
﹁⋮⋮でも、そんな簡単に脳波を操ることなんて、出来るんですか
?﹂
﹁無論、訓練は必要さ。だが、それでも出来ない人間が多いからな。
正直な話ノータはそう簡単になれるわけはない。まっ、天才だけが
466
世界を救うヒーローになれるわけだ。ライラ、それでいいぞ﹂
ガンテはモニター︱︱そこには脳波とヒュロルフタームの鼓動のパ
ルス波が描かれている︱︱を見て、マイクに向かって言った。
﹁ライラ、居心地はどうだ?﹂
﹃結構いいわよ。もしかしてこれってLSSの最新型? 結構酸素
が取り込みやすくなったような⋮⋮﹄
﹁君には敵わんな。あぁ、そうだ。今日の整備で他のヒュロルフタ
ームにも最新型LSSを注入しようと思っていてね。君がそれの一
番乗り、ってわけだ﹂
﹁最新型LSS⋮⋮ですか。従来のやつとはどう違うんですか?﹂
サリドがガンテに尋ねる。
﹁生命のスープ、って聞いたことあるか?﹂
﹁えぇ。⋮⋮かつての海は栄養が沢山含まれていたんでしたっけ?
だけど何故か今や痩せ細った栄養しか含まれてなくて、生き物が
もう殆どいないんでしたよね﹂
﹁あぁ⋮⋮。そしてLSSはその生命のスープに限りなく近い構成
元素で成り立っている﹂
﹁⋮⋮ってことは、古代の海と限りなく同じ、ってことですか?﹂
﹁あぁ。そして研究を進めていて、さらにその誤差は減りつつある
467
らしい。⋮⋮つまりは、海を生命の母として復活させる時もそう遠
い未来ではない、ってことになり得る﹂
﹃⋮⋮ガンテさん。私はこれから何すりゃいいの?﹄
﹁⋮⋮そうだな。狙撃とかはダミーを用いてやらせたからな⋮⋮。
一先ずは疲れたろう? とりあえず休んだらどうだ?﹂
ガンテの指示に従い、ライラはコックピットからLSSの排水を開
始した。
468
12
﹁ヒュロルフタームもどんどん新しいのが生まれていってるわよね
ぇ⋮⋮。ノータもそうだけど、このまま無闇に増やしてもいいのか
しら?﹂
食事時だったこともあるので、フランシスカとリリーはテラスのあ
るカフェテリアへやって来ていた。
﹁⋮⋮今日、実験だったんだ﹂
﹁あれ? あんた知らなかったの? ノータは皆知らされてると思
ったけど﹂
フランシスカはフォークでスパゲッティを絡めとり、口に運んだ。
﹁全てそれがノータに知らされてる情報だとは思わないで。私はよ
うやくリハビリが終わって、やっとちゃんとしたものが食べれるよ
うになったんだから﹂
そう言ってリリーはラザニアを一口食べた。
﹁ふぅん⋮⋮。やっぱり透明病はまだ治りがよくないみたいね﹂
﹁でも、あの薬草のおかげでここまでなんとか。あれがなかったら
私はここに今いないわ﹂
﹁⋮⋮で、﹂
469
リリーはラザニアを掬うスプーンの手をやめ、言った。
﹁私を呼んだ理由は⋮⋮なにかしら?﹂
﹁さぁて、なんの事かな﹂
﹁とぼけるなら結構。私は帰らせてもらうわ﹂
そう言ってリリーが席を立ち上がったそのとき、
﹁まぁ待て。話は⋮⋮最後まで聞くべきだと習っただろう?﹂
フランシスカがリリーの手首を掴んで、言った。
﹁⋮⋮まずは、この写真を見てくれないか?﹂
フランシスカはそう言ってポケットから一枚の写真を取り出した。
﹁⋮⋮これは?﹂
リリーはその取り出された写真を見て、呟いた。
﹁これは⋮⋮、神殿協会が持つはじまりの福音書、そのとあるペー
ジ。ヒュロルフタームと思われる何かが写っているだろう?﹂
フランシスカが言ったので、リリーはその写真を見つめた。写真を
それほどよく観なくても、それは見つかった。
﹁⋮⋮確かに写ってるわね。で、これが?﹂
470
﹁そこに書かれているのは古い文字なのでよく読み取れないが⋮⋮
内容だけを取ると、ここ100年で起きた事がまとめられているら
しい。見ろ。ビッグフロートにメタモルフォーズ、それにセントラ
ルターミナルの崩壊⋮⋮。偶然の一致とは思えないだろう?﹂
﹁⋮⋮全ては仕組まれていた、とでも⋮⋮?﹂
﹁そうと私は考えている。⋮⋮そしてその続きは大地に十字架を刻
み、巨大な何かに世界が滅ぼされる様が描かれている﹂
﹁今までの事からして、これは⋮⋮予言、であると?﹂
リリーの言葉に、フランシスカはうなずいた。
471
13
﹁待てよ⋮⋮。ということは次にその印みたいなものが刻まれる⋮
⋮ということか?!﹂
リリーは思わず声を裏返してしまうほど、驚いた風に見えた。
﹁そういう風に⋮⋮なると思う。そして多分きっとそれはそう遠く
ない未来⋮⋮﹂
﹁なんでそれが⋮⋮?﹂
﹁それは続きを見れば解るわ﹂
そう言ってフランシスカは更にもう一枚写真を見せた。
﹁文書を訳すのは⋮⋮出来ないけど、絵を見る限り、﹃魔法の興隆﹄
﹃降り注ぐ弾丸﹄﹃やって来る英雄﹄﹃科学の拘束﹄﹃古書の読み
姫﹄など⋮⋮色々あるけど、多分この世界の未来に関する何か⋮⋮
だと思う﹂
﹁なるほど。⋮⋮ということは呼んだのはこれが原因ね?﹂
リリーは溜め息混じりに呟いた。
それを聞き、フランシスカははっきりと頷く。
﹁それじゃ⋮⋮質問なんだけど、どうしてそれがそうだと解ったの
?﹂
472
﹁⋮⋮父の、博士の書斎に入ったら一冊の古いノートがあった。タ
イトルとかは書かれてなかったけど、写真とその写真の見解が書か
れていて⋮⋮﹂
﹁怖くなって、私に連絡した、とでも?﹂
リリーの言葉にフランシスカは小さく頷いた。
﹁そうね。⋮⋮それに父が遺した手紙もあって、読んだの。どうや
ら⋮⋮父が殺されたのはそれが原因⋮⋮らしいの﹂
フランシスカは、泣くのを堪えようとしながら、言った。
﹁⋮⋮なるほど。となると⋮⋮やはり全ての悪は神殿協会に繋がる
⋮⋮。そういうことになるわね﹂
リリーは、自分が先程注文したアイスレモンティーを一口含み、言
った。
473
13︵後書き︶
次回更新:02/08予定
ストックはだいぶたまっておりますが、とりあえずここで終わりと
なります。次の更新をお待ちください。
474
14
その頃、リーフガット。
﹁神殿協会から手紙が見つかった?﹂
﹁はい、﹂
リーフガットは自分の部屋でこの前の世界トライアスロンの始末書
を書いていた。そして唐突に︱︱ノックもなしで︱︱部下が入って
きた。
﹁神殿協会がいた王都の廃倉庫を調べました結果、驚くべきことが
解りました。フォービデン・アップルと書かれた手紙がありまして
⋮⋮。それにヴァリヤーと書かれたのも﹂
リーフガットはそれを聞き、思わず鳥肌が立った。
﹁⋮⋮そう。そして、手紙の内容は?﹂
﹁今此方にあります。ご覧になられますか?﹂
﹁えぇ﹂
リーフガットが頷くと部下は持っていた半透明の袋を開け、その中
身をリーフガットの目の前にある机に丁寧に一つづつ置いていった。
﹁ご苦労様。もう下がって大丈夫よ。勝手に仕事を頼んでしまって
475
ごめんなさいね﹂
リーフガットは手紙を一枚一枚丁寧に見ながら言った。
﹁えぇ。大丈夫ですが⋮⋮、どうして今フォービデン・アップルに
ついて調べているんですか?﹂
部下は部屋を出ず、尋ねた。その眼は、ふざけているようには見え
なかった。
﹁⋮⋮あなたには、関わりのないことよ﹂
﹁どうしてですか? ヴァリヤーがいる組織を、何故私が調べては
いけないのですか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そうか。思い出した。君はクーデターの時に母君を亡くされ
ているんだったな。⋮⋮思い出させたようで、申し訳ない﹂
﹁いえ、私はもう大丈夫です。母親の分も合わせて“生きよう”と
思ったからです。あのときの私は正直なところ生きるためにがむし
ゃらになって自分の命というものを軽視していました。でも、あの
クーデターで母が⋮⋮大事な人が目の前で亡くなっていった時に漸
く気づけたんです。﹃自分の命は、自分の為にあるものじゃない﹄
と﹂
部下は、少なくとも悲しみに暮れていることはなかった。
どちらかといえば、希望を取り戻したような⋮⋮そんな感じだった。
476
15
﹁⋮⋮解ったわ。あなたも真実が知りたいわけ⋮⋮ね﹂
そう言うと部下は改めて頷いた。
﹁えぇ! このアルパ・ロステリオ、地獄の果てまでお供したく存
じ上げます!﹂
そう言ってアルパは小さく敬礼した。
†
その頃、サリド。
LSSの排水が終了し、ノータもコックピットから出た後に待って
いるのは、
﹁⋮⋮じゃ、頼むよ。こっからここまで。ず∼っと、ね﹂
⋮⋮ヒュロルフタームが置かれている部屋の掃除だった。何時もな
らばガンテや他の人間も手伝うのだが、今日に限ってはサリド一人
のみであった。
﹁畜生⋮⋮。なんで俺だけなんだ⋮⋮﹂
サリドはデッキブラシを用いて床を力一杯擦った。こうでもしない
477
と機械油とかの油脂は落ちやしないからだ。
因みにこれにはちゃんと理由がある。いつもはガンテと他の機械整
備班の人間とで掃除を行うが、新型LSSの交換を行う為にその全
員がもう一つある倉庫に向かっている。その為か、この第一倉庫も
少し静かだ。
だから今サリドはその皺寄せでここを一人で掃除するに至っている
のだった。
﹁あぁっ⋮⋮、畜生。落ちねぇもんだなやっぱり!! もう少し落
ちる効率のいい油を開発してくんないかな!!﹂
乱雑にブラシを操り、何度も何度も同じ場所を擦るサリド。だが、
落ちる気配は見えない。
﹁⋮⋮無茶苦茶疲れる⋮⋮。あと三人くらい人手が欲しいぜ⋮⋮﹂
もう自分の今いる地位を糧にイライラするのは馬鹿らしく思えてき
たらしく、サリドは何も言わずに黙々と磨き続けた。ただ、空気は
ピリピリとしていて、その中に入りにくい空気を醸し出していた。
†
その頃、グラムは仕事が一段落したため外に出て缶コーヒーを飲ん
でいた。
478
﹁やっぱりコーヒーがいいよなぁ。甘ったるいカフェオレとかは飲
めないから、やっぱりあそこの自販機は誰しも飲めるものを取り揃
えているだけはあるな﹂
グラムはそんな独り言を呟いていると、
﹁おや、グラムじゃないか? どうしてここにいる?﹂
﹁リーフガットさんこそ、どうしてここに?﹂
﹁私は仕事の休憩だ。⋮⋮つまるところそれを見た限り、仕事が終
わって一段落、ってところか?﹂
﹁えぇ、まぁ、そんなとこです﹂
グラムは恭しく笑って言った。
﹁ちょうどいい。その息抜きが終わってからでいいから、第一倉庫
で清掃作業に明け暮れるサリドを手伝ってこい。たぶんあのままだ
と今日中には終わらないだろうからな﹂
リーフガットはそう言って煙草を加え、火をつけた。
﹁⋮⋮まじかよ。だが、今回ばかりはお断りだな。何せ先程の仕事
で疲れちまった﹂
﹁行かなかったらお前の給料1000%カットな﹂
﹁行きます。行かせてください﹂
479
﹁解れば宜しい﹂
リーフガットは微笑んで、言った。
﹁あぁ! なんでだろう! 微笑まれても全く優しさが浮かんでこ
ない!﹂
﹁⋮⋮イッテコイ﹂
﹁ひ、ひいっ! 俺は任務もとい雑務をすることを強いられている
んだ!﹂
そう言ってグラムは一目散と基地へ戻っていった。
480
16
﹁⋮⋮それで、ここに来たってわけだ。確かに強いられていますよ
ねぇ﹂
﹁皮肉るだけなら殴るぞ﹂
﹁ごめんごめん。まぁ、二人ならなんとか早く⋮⋮終わると思うよ。
うん﹂
﹁なんかすごい不吉な感じだが大丈夫なんだよな?﹂
グラムは体調が悪くなったのか、顔を真っ青にして尋ねた。
﹁んで⋮⋮、なんでお前一人でここ掃除してんの? LSS関係の
掃除は必ず複数人でやる必要があったんじゃねぇのか?﹂
グラムは大抵床が綺麗になったところで、ガンテが座っていた木の
椅子を持ってきて腰掛けて、言った。
﹁それが僕にも解らないよ。なんせ新型LSSとやらが開発されて、
それがルビンだけに適用され、臨床実験も兼ねて起動実験を行った
後、全てのヒュロルフタームにそれを適用するっていうんだ。⋮⋮
10号機までの量産決定といい、なんか変じゃないか?﹂
﹁そりゃそうだが⋮⋮軍上層部、しかも四天王からの直々の命令だ。
逆らうわけにはいかないだろ?﹂
﹁それなんだよ。グラム。﹃四天王﹄がなぜヒュロルフターム量産
481
を命じたのか、だ。もう戦争もカタがつき始めて、多分あと神殿協
会さえ倒せば全てが終われるはずだからな﹂
﹁一気に潰そうと考えてるんじゃないか?﹂
﹁ヒュロルフターム、10機も用いて、か?﹂
サリドはグラムの問いにただただ答え続けた。
﹁⋮⋮つまりだ。四天王が何か良からぬ事を考えてるんじゃないか
⋮⋮。そんなことを、考えてしまうんだ﹂
﹁サリド。お前の気持ちも解るが、少し考え過ぎじゃねぇのか? もう少し肩の力を抜いて考えてみたらどうだ?﹂
グラムは項垂れるサリドを宥めるように言った。
482
17
サリドとグラムがリーフガットからのVMにより呼び出されたのは、
それから少し経ってのことだった。
﹁リーフガットさん。どうして呼び出したんですか? まさかまた
戦争が⋮⋮﹂
﹁間違ってはないわね。ただし今回は攻撃を受ける側、だけど﹂
リーフガットは積もり積もった書類の山を少しづつ机の端に押し込
みながら、言った。
﹁ディガゼノン聖軍って知ってるかしら? まぁ知らなくても話を
進めるのはあれだから、簡単に言うと神殿協会唯一の軍事組織﹃バ
ルバス﹄にある四つの“聖軍”の中でも最強の部隊⋮⋮。諜報部の
力を使ってもここまでしか解らなかった﹂
﹁要はこの前よりも戦闘に特化した連中なんですね﹂
﹁そうあっさりと言われると諜報部の苦労が水の泡ね⋮⋮。まぁ、
それはおいといて、そのディガゼノン聖軍が我々に無血開城を命じ
てきたのよ﹂
﹁無血開城? レイザリー城を?﹂
サリドは急に冷や水を被ったかのように驚いた。当たり前だろう。
ついこないだまで敵として戦った組織に無血開城を宣告されたとし
たら、誰だってこの反応をするに違いない。
483
﹁まさか四天王はこれに⋮⋮?﹂
﹁応じるわけないわよ。あの老人どもがそんなことを決断するとは
思えないし。⋮⋮それで当たり前だけど交渉は決裂。今レイザリー
国境に向けてディガゼノン聖軍が来ているとのことよ﹂
﹁それで⋮⋮どうするんですか?﹂
﹁何としても国境までで迎え撃ちこの戦争を終わらせよ、というの
が四天王の命令。だからヒュロルフタームも急遽三台も使うことに
なるわ﹂
﹁三台⋮⋮ってルビンも投入するんですか?! クーチェとポート
コルで十分じゃ⋮⋮﹂
﹁四天王の命令だ。⋮⋮私もルビンが調整中ということは理解して
いる。そのことを考慮してくれと頼んだ。だが、命令は絶対、との
ことだ﹂
﹁でも、それにクーチェとポートコルのノータは休養中では? そ
んな簡単にヒュロルフタームで迎え撃つと言われても⋮⋮﹂
﹁休養は取消⋮⋮よ。全く、なんでこうなっちゃうのかしらね⋮⋮
!﹂
サリドの後ろから不意に声が聞こえた。何だろう、と後ろを振り返
ると、
﹁⋮⋮フランシスカにリリー、か⋮⋮。てっきり王都のカフェテリ
484
アで優雅に食事でもしていると思ったよ﹂
﹁なんで貴方がそれを知ってるのかが疑問なんだけど?﹂
フランシスカは氷柱の視線︵氷ならば尖って等いない。その視線は、
見るからに鋭く尖っていたのだ︶をサリドに突き付ける。
485
18
﹁あ∼あ、全くなんでこんなことなっちゃうのかなぁ? カフェテ
リアで優雅に食事してたのに、軍用携帯のVM通知が五月蝿いのな
んの。お陰で店員さんに何度も謝らなくちゃいけなかったじゃない﹂
フランシスカはどうやらご機嫌ナナメのようだった。頬を膨らまし、
仏頂面を保ったままリーフガットの話を聞いていた。
﹁⋮⋮フランシスカ。気持ちは解るわ。けれどね、一応言っておく
けど私達は軍人なの。国が危険になったときは誰よりも先に危険と
向かい合わなくてはならない﹂
﹁そうだけど⋮⋮。相手も空気読めって話だよね。いきなり﹃無血
開城しろ﹄とか頭がおかしいわよ﹂
﹁そうね。⋮⋮ってあれ? まだフランシスカには何も言ってない
んだけど? まさか、またデータベースから情報を抜き出したわけ
じゃ⋮⋮﹂
﹁さ、さぁ? 何のことかしら?﹂
フランシスカはその事実を突きつけてもなお、自分は何もしていな
い、ということのアピールを始めた。
﹁⋮⋮ま、ここでどうこう言ってる場合じゃないわね。何せ敵は今
もなおここに向かっている。早く迎え撃たねば、首都、王都陥落も
危うい程の勢いでね﹂
486
リーフガットは真剣な面持ちで告げた。
﹁とりあえず、クーチェとポートコルが後方支援、ルビンを主に作
戦を実行するわ﹂
リーフガットが告げた内容はそれ以上でもそれ以下でもなかった。
ただただ単純なことだったのだ。
まず敵軍にルビンが向かい容赦なく叩き潰す。残った︵この場合は
逃げられた、の方が正しいだろう︶人間はクーチェとポートコルの
出番というわけだ。世界一単純かつ残虐な作戦でもあった。
﹁⋮⋮なるほど。まぁ、簡単な作戦ですねぇ。一言で片付けられち
ゃうくらいの、ね?﹂
最初に反応したのはフランシスカだった。
﹁でも、そんな簡単に潰せるとは限らないわ。何せ敵は“魔法”を
使うのだから。あなただって見たでしょう?﹂
リーフガットは淡々と事実を述べた。要はそういうことだった。
リリーたちは科学により生み出されたヒュロルフタームという可視
の力を使って戦う。
一方のディガゼノン聖軍は全てが謎の不可視な力、魔法を使うのだ。
見えないだけに、それが一番厄介なものだ。
﹁それじゃ⋮⋮もう一人の⋮⋮ルビンのノータは? 彼女もいない
と話が始まらないんじゃ?﹂
487
おもむろ
リリーは何かを考えていたようだったが、徐にそう言った。
﹁あぁ。そのことなんだけどね。彼女はもう現地に向かってるわ﹂
リーフガットの言葉を聞いてサリドたちは全員わけが解らなかった。
﹁⋮⋮なんでもう行ってるんですか?﹂
﹁それがね⋮⋮。演習をするために西の方に行ってたらしいんだけ
ど、それが運よくディガゼノン聖軍のルートと合致しちゃって、そ
れで向かわせてる。あなたたちは合流する感じかな﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
最初に反応したのは、フランシスカだった。
﹁じゃあ、さっさと行った方がいいだろうな。新人に全てを任せて
はられん﹂
フランシスカはそう言って一礼、彼女は部屋から出ていった。
﹁⋮⋮あ、じゃあ、私も⋮⋮﹂
リリーも一歩遅れて、部屋を後にした。
488
19
サリドとグラムは軍事用トラックの荷台に乗っていた。ヒュロルフ
タームが三台も始動するからか、いつもより整備班の分量が多かっ
た。
﹁ちくしょう⋮⋮。いつもより狭苦しく感じるぜ⋮⋮﹂とグラム。
﹁人が多いから仕方ないね。⋮⋮それに使おうと思えば小型トラッ
クもいけたんだろうけど、この大雨じゃね⋮⋮﹂と相変わらず携帯
端末を操作するサリド。
確かにいつもより人間が多いように感じられた。それほどこの作戦
に力を入れている、ということか。
しかし何故かトラックの大きさと台数は変わらなかった。いくらな
んでもこれはひどかった。
﹁⋮⋮ったくいくらヒュロルフターム量産の予算の皺寄せだからっ
てこれは酷いんじゃねぇか?! こんなじめじめした所に男だらけ
で何十人もいちゃあ、むさ苦しくてたまんない﹂
﹁それを喜ぶ人間もいるけどね?﹂
サリドは苦々しい顔で呟いた。
﹁⋮⋮俺の妹のことをいってるんだな?﹂
グラムは眉を痙攣させていた。それほど、イライラしていたのだろ
489
う。
﹁さぁ? どうだろうね?﹂
サリドはただせせら笑うだけだった。
†
ディガゼノン聖軍はそんなことを考えてすらいないだろう。否、彼
らは考えてはならないことを強いられていた。
ディガゼノン聖軍は訓戒として様々な訓示をしている。宗教に根深
い軍隊だからこそのことである。
その中に﹃汝、他のもののことを考えるべからず﹄と訓示されてい
る。これこそが強い軍隊を作り上げた所以ではないかと考える専門
家も少なくはない。
なぜならこれは究極の自分主義だ。他人がどんなことになろうとも
助けることは一切しない、というもの。母体である神殿協会と比べ
ると矛盾を感じるものであった。
さて、今高台から一台のヒュロルフタームがそれを臨んでいた。
﹁⋮⋮結構気付かれないものね⋮⋮﹂
﹃ライラ、大丈夫か?﹄
490
﹁ガンテさん。えぇ、大丈夫よ﹂
コックピットで一人の少女が、操縦かんを握って待機していた。
﹃ライラ。初めてのミッションがこんなもので申し訳ない。これは
一番難しく、厄介な役目だ。失敗したら国が滅びることも充分有り
得る。⋮⋮頼むぞ﹄
そう言ってガンテは通信を切った。
491
19︵後書き︶
次回更新:02/18予定
その頃にはこの話が終わっていると思いますが⋮⋮。ひとまずここ
ですんどめしときます。
彼女は一体、どうなるのでしょうか?
492
20
そのころ。
ライジャックが地下の薄暗い廊下を歩いていた。
周りは石で囲まれているため、少し息苦しい。しかしそれがその空
間の尊厳を醸し出しているようにもとれた。
﹁⋮⋮国王﹂
廊下の先には一人の男がいた。ゆったりとした黒い袈裟を着た男だ
った。
﹁⋮⋮なんだ、君か。どうしてここにいるんだ?﹂
﹁次に国王が来られるのはここと思い﹂
﹁⋮⋮なるほど。いい推理だ。その様子だと⋮⋮私が何を見に来た
のかも解るな?﹂
ライジャックの言葉に男は頷いた。
﹁“知恵の木の実”⋮⋮ですね?﹂
男はそれだけを言って、通路の奥へ歩いた。
おどろおどろ
﹁しかしまぁ⋮⋮、ここの雰囲気は本当に慣れない。⋮⋮慣れない
んだよ。なんというか⋮⋮駭駭しい感じがな、なんとも﹂
493
﹁解ります⋮⋮。しかし、人類のためにここは使われる時まで保存
しておかねばなりません﹂
﹁神への挑戦⋮⋮か。そんなことが出来ると思うのか?﹂
﹁シナリオは順調に進んでいます。はじまりの福音書もあと少しで
終了です。そのあとは⋮⋮我等の望んだ世界になる﹂
男は気付くと笑っていた。
﹁⋮⋮だから私がいつまでもこれを保存しておけ、と? あれは神
の世界へとシフト出来なかった旧時代の象徴だぞ?﹂
﹁だからこそ、です。我々はまだあれに利用価値があると踏み、コ
ピーを作り上げたのです。人造人型兵器⋮⋮ヒュロルフタームを﹂
﹁量産⋮⋮10号機までだったか?﹂
﹁えぇ。ですが最終的にはヒュロルフタームは用済みになっちゃう
んで、そんな必要かは解りませんけどね﹂
その言葉と同時に、男は立ち止まった。
﹁⋮⋮まだ、あるんですねぇ。しかも元気なままで! あなたには
ほんと感謝しますよ!﹂
男は見て解るように興奮していた。
何故ならそこにあったのは、
494
ヒュロルフタームだったからだ。
495
21
それは体のパーツのところどころが腐食していて寧ろ使い物にはな
らなかった。何故ならそれが鎮座してある空間は、腐乱臭が充満し
ていたのだから。
十字架のようなものに釘で括りつけられたそれは神々しくそこに鎮
座していた。腐乱していることをも忘れてしまうほどに。
﹁⋮⋮おぉ、エヴァードよ。やはりまだ完全には成し遂げられてい
ないのか!﹂
男は大袈裟に手を仰ぎ、叫んだ。その光景をライジャックはつまら
なそうに眺めていた。
﹁⋮⋮そりゃあそうだろう。まだ計画が完全体ではない。エヴァー
ドがまだ充分に活動出来ない理由も解る気がするよ﹂
ライジャックは服のポケットに仕舞っていた時計を見て、言った。
﹁だからこそ早く進まねばなりません! この地に刻印を⋮⋮!!﹂
﹁まぁ待て。慌てる気持ちも解るが、どうするというんだ? もう
既にヒュロルフターム三台が始動して聖軍に立ち向かうんだぞ? いくら魔術を行使したにしろ、一台倒せるのが関の山じゃ⋮⋮﹂
﹁大丈夫ですよ。﹃予言の偽典﹄を持たせてあります故に﹂
﹁予言の偽典⋮⋮!! なるほど。最後まで組織はヒュロルフター
496
ムを計画に組み込みたい考えということだな?﹂
ライジャックの驚きに男はただ微笑んで、
﹁委員会はヒュロルフタームによる二次空白化の実行を最良のシナ
つがい
リオとしています。その為にもアダムとイヴ⋮⋮人類のはじまりの
番を決めなくてはなりません﹂
﹁当初のシナリオではメタモルフォーズを用いるものだったんじゃ
なかったのか?﹂
﹁そのようだったんですが⋮⋮やはり人間を含めた方がいい、エン
ターテイメント性に欠ける、と﹂
﹁エンターテイメント性もくそもないだろう。結局必ずは皆同じ運
命を辿っていく⋮⋮。否、辿らざるを得ないんだからな﹂
﹁⋮⋮ここで少しお目にかかってもらいたいものがあってですね﹂
男は唐突に言った。
﹁⋮⋮なんだ?﹂
ライジャックが応答すると同時に男は、ライジャックの喉に剣先を
突き刺そうとしていた。
﹁⋮⋮何の真似だ?﹂
ライジャックが咄嗟に構えようとしたが、その前に男は剣をライジ
ャックの喉から遠ざけた。
497
﹁見ていただきたいのはこれですよ﹂
そう言って男はあるものを取り出す。
それは⋮⋮小さなメモリーカードだった。
﹁これは、とある紙を複製しデータ化したものです。なんせ紙が傷
んで使い物にはなりませんでしたから﹂
男は恭しく笑って言った。
そう男が言っているのも聞かずに、彼女はメモリーカードを彼女自
身が持つ端末に通した。
少し読み込みが遅かったものの、ちゃんと無事にデータの転送が完
了した。
そして画面に映し出された文字を見て、彼女は驚愕した。
﹁﹃人類補完及び分散プログラム﹄⋮⋮。これはいったい﹂
﹁それは旧時代に考案されたものです。よくお読みいただければ﹂
﹁⋮⋮この計画は旧時代からあったってことか⋮⋮。しかし⋮⋮一
次空白化で大半の人間が消えてしまったというのに、どうやって指
示を仰いだというんだ?﹂
ぜんけん
﹁神殿協会にいる全見の予言者⋮⋮、ご存知ですよね?﹂
498
﹁よもや⋮⋮彼女が?!﹂
﹁えぇ。少なくとも旧時代の2015年に生存が確認されています﹂
﹁⋮⋮ということは、彼女がシナリオを作り上げた、とでも言うの
か⋮⋮﹂
﹁本人の口からそう言うのですから。⋮⋮まぁ一万年前のことなん
て誰も信用はしませんが⋮⋮。しかし彼女の予言の力は本当でした。
彼女はあっという間に世界を手玉にとることが出来たんです﹂
男はそう言って、振り返る。
﹁おっと、国王⋮⋮。そろそろ公務の時間です。急がねばなりませ
んな﹂
﹁⋮⋮そうだな。アルキメデス﹂
ライジャックはそう言って足早に空間から去っていった。
499
22
そのころ、国境近くの高台で。
ヒュロルフターム、ルビンが跳躍を開始した。
日陰の不安定さに部隊は不思議がり空を見上げ、
そして呻いた。
空にあるのは資本主義国の象徴、ヒュロルフタームだった。
ヒュロルフタームがある、これは即ち勝利に等しい。
叫んだ。逃げた。構えた。部隊の軍兵たちは多種多様の行動に出た。
しかしながらヒュロルフタームがそれを許さない。
刹那、ヒュロルフタームは部隊のど真ん中に着陸した。
パイプのようにひしゃげた体に血の香りはあたりに居た人間が噎せ
返ってしまうほどだった。
﹁ちくしょう! 思ったより早く来やがったな!﹂
﹁⋮⋮中隊長、どうなさりますか?﹂
﹁どうもこうもない! 本部から借りてきたあれを使うしかないだ
ろう!! 総員準備だ!!﹂
500
中隊長の苦悶にもにた表情による指示に従い、総員はヒュロルフタ
ームより位置をとった。
﹁⋮⋮なにをする気かしら⋮⋮?﹂
ヒュロルフターム内にいたライラはその行動があまりよく解らなか
った。理解しようがなかった。
﹁⋮⋮総員、構えよ!!﹂
中隊長の指示に従い、総員構えをとった。
そして、声が響いた。
﹃異端者には、罪を!﹄
†
刹那、空から何かが雨のように降り注いできた。
それは、槍。
ルビンはそれを避けようとして更に跳躍を開始、部隊には名残惜し
そうに離れていく。
しかし、それでも槍はルビンを追ってくる。
501
﹁あぁ!! ちくしょう!! GPSでもついてるのかあれは?!﹂
ライラはそう言いながらも槍の雨を避けようと空を見上げた。
槍は、もうなかった。
﹁?!﹂
ライラはそれを見て一瞬緊張の糸を解してしまった。
だからこそ、気付けなかった。
空から降ってきた、あるものに。
それはさっきと同じ槍だ。だが、先程と違う。それは、複数ではな
く、単数であることだ。
﹁⋮⋮!!﹂
ルビンはその槍を避けられなかった。
だから、槍はルビンの腹腔を貫いた。
ヒュロルフタームとノータは神経パルスの位相を合わせることによ
りシンクロする。即ち、ヒュロルフタームとシンクロしたノータは
ヒュロルフタームのミニチュアのフィギュアかつ脳だ。
つまりは、ルビン自体が受けた“痛み”も、ライラが受けることに
なる、ということだ。
502
﹁あああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ!!!!﹂
絶叫が、空に響いた。
503
23
それは高台へと向かっていたサリドたちにも届いていた。
﹁なぁサリド!! ⋮⋮あれってまさか⋮⋮!!﹂
﹁どうやら彼女はシンクロ時のパルス位相の誤差が“少なすぎた”
ようだね。だから痛みも増大しているんだ。いや、もしかしたら実
際に血も出ているかもしれない﹂
サリドは狼狽えるグラムに冷静に状況を判断し、告げる。
﹁少なすぎた⋮⋮? それってどういうことだ⋮⋮!!﹂
﹁ガンテばあさんのデータを見せてもらったんだけど、﹂
サリドはそう言って携帯端末をグラムに見せた。
それはPDFファイルのようでスライドが何枚もあった。しかし文
章ばかりでイラストなどはなかった。
﹁ここを見てもらえりゃ解るんだけどさ、“αパルスとβパルスの
位相誤差をコンマ05秒以内でなければ完璧なシンクロ⋮⋮ヒュロ
ルフタームの力を最大限引き出すことは出来ない”って書いてある
んだよ。αパルスをノータの脳波とするとβパルスはヒュロルフタ
ームの“鼓動”なんだけどね﹂
そう言ってサリドは端末の画面を操作し、その後画面は別のスライ
ドを写した。
504
﹁で、誰もがこの“完璧なシンクロ”が出来るわけじゃないんだ。
みんな、今までヒュロルフタームのパイロットとして選ばれた人は
みんなが不完全なシンクロで終わっているんだ。あのフランシスカ
ですらコンマ11∼20秒の位相誤差を生み出してる﹂
﹁だけど彼女は違った。驚くべきことにさっきの一回でいとも簡単
に完璧なシンクロを成し遂げてしまった。歴史に彼女の名が残るは
ずだったんだよ﹂
サリドのその言葉とともにトラックは停車。
決戦の地へと、足を踏み入れた。
505
25
そこにあった風景は凄まじい惨状であった。
槍に腹を貫かれたルビンはなんとか抜こうと力を入れ︵それでも腹
は穴があいているため、緑色のLSSではない液体が溢れ出してい
た︶、しかしそれは出来なかった。
その時、空に声が響いた。
せいそう
﹃更なる罪を! 更なる罰を! 聖槍よ、全てを貫け! そして神
の使いよ! その肉を喰らい、血となり肉となり聖なる贄として昇
華させよ!﹄
その声と共に、空が暗くなった。
空を見ると、そこにいたのは、
﹁メタモルフォーズ⋮⋮!! まさかこんなにもいたというのか?
!﹂
三体ものメタモルフォーズが空を飛んでいた。持っていたのは、槍。
﹁⋮⋮まさか!!﹂
サリドは一番考えたくはない、その事を思い付いてしまった。
そしてそれは、現実となった。
506
刹那、メタモルフォーズはそれぞれが持つ三本の槍をまずルビンの
︵最初に腹腔に刺さった槍を抜こうとしている︶右手に向かって投
げた。
﹁ああああああああああああああああ!!!!﹂
絶叫が再び空に響いた。ルビンの右手は真っ二つに裂かれ、肩に突
き刺さっていた。
そして次にメタモルフォーズは頭、そして心臓に槍を突き刺した。
﹁ライラ!!﹂
グラムが叫んでそこへ行こうとしたが、
﹁ダメだグラム!!﹂
サリドがそれを足止めした。
﹁ダメだ⋮⋮。駄目なんだよ。今の俺らはこれを黙って見ているし
か⋮⋮ない。ヒュロルフタームが来るまでは⋮⋮!!﹂
そうしている間にもメタモルフォーズたちは次の段階にシフトして
いた。
まさに肉に群がる烏のように、槍を突き刺されたルビンのほうへ向
かう。
まず、装甲を破壊。中にあった“筋肉”が姿を現した。まるで、メ
タモルフォーズのような。
507
﹁⋮⋮ヒュロルフタームの中身は⋮⋮メタモルフォーズ?!﹂
それを見てサリドの中には吐き気よりも驚愕の方が先に出ていた。
そしてメタモルフォーズは筋肉を喰らう。他のメタモルフォーズも
装甲を剥がし、その中にあったまるで人間のような臓器を口で強引
に引っ張り出す。その光景は、まるで地獄絵図だった。
そしてメタモルフォーズが最後に狙ったのは、
﹁よせ⋮⋮。やめろ⋮⋮!!﹂
装甲を外され、剥き出しとなった、コックピット。メタモルフォー
ズは躊躇なくそれを噛み砕いた。
508
26
サリドたちは叫ぶ気力すら奪われた。
メタモルフォーズたちは捕食を完了し、残骸を残して立ち去ってい
った。
そして、それをせせら笑うように聖軍も何処かへと消えた。
﹁⋮⋮き、救護班は急いでノータの手当てを行って!!﹂
言葉が失われた指揮官は激昂する。
﹁まさかやつらがメタモルフォーズを保有する総本山だったとは⋮
⋮、もうこの戦いは避けられなくなった、な﹂
指揮官はただそれだけを言いルビンの方を向いて小さく敬礼した。
†
誰がどう見ても、ライラは即死だった。
死因は出血多量。神経パルスの位相誤差が少なすぎたことが原因だ
った。
﹁⋮⋮あれほど有能なやつはいなかったのにな⋮⋮﹂
509
ガンテはヒュロルフタームのいなくなった保管庫にある椅子に腰掛
け、煙草を吸っていた。
扉が開かれるのに、前置きはなかった。
ガンテが振り向く前に扉は閉まり黒いスーツを着た男が二人、入っ
てきた。背格好も顔もそっくりで双子のようにも見てとれた。
﹁⋮⋮なんだ?﹂
﹁ライミュール・ガンテだな? お前を国家反逆罪で処刑する﹂
なに? とガンテが答える前に男は拳銃を構え、ガンテに躊躇いも
なく弾丸を六発すべて撃ち抜いた。
﹁片付けろ﹂
その一言で後ろにいた黒ずくめの人間三人はガンテの亡骸を用意し
てあった寝袋に丁寧に包み込んだ。
﹁⋮⋮君は知りすぎた。事実を、な。惜しい人材ではあるが⋮⋮仕
方がない﹂
男は、目に泪を浮かべていた。
﹁⋮⋮隊長﹂
﹁あぁ。解っている。⋮⋮さっさと処理せねばな﹂
そう言って男は部屋から出ていった。
510
血痕も体毛も一つ残さず、ガンテを殺して。
†
にえ
﹁⋮⋮ついに贄が出たか。長かったな⋮⋮。ここまでが﹂
暗闇の会議場でFA01は呟いた。
﹁⋮⋮最終段階、といったところですね⋮⋮!!﹂
FA02はその声を聞き、答えた。
﹁左様。遂にここまで辿り着いた。あとは聖軍が刻印を実行するの
みとなった﹂
FA03がさらに続ける。
﹁古の封印から解き放ち、世界を再び空白に染める⋮⋮!! その
機会がついに到来したのだ⋮⋮﹂
FA04は嗄れた声で述べた。
﹁そうだとも⋮⋮!! 我らを神へと、神のいる世界へと、シフト
させるのだ!﹂
FA05はハキハキとした若々しい声で言った。
511
﹁⋮⋮そうだとも、諸君。というわけで、ここで一つ新しい配役を
用意してみるのも、どうかね?﹂
FA01が言った直後、彼らがいる空間の真ん中に光の柱が生まれ
た。
﹁何者だ⋮⋮?﹂
そこにあったのは水槽だった。
そして、それに浮かんでいたのは人間だった。
﹁人間、だな?﹂
﹁これは、生き返った人間だよ﹂
謎の存在に、FA01は解答を差し出した。
﹁生き返った⋮⋮?﹂
﹁そうだ。正確には生き返らせて、冷凍保存をされていた。多分旧
時代から生きてはいるだろうが海馬などの記憶中枢がやられていた。
恐らく記憶は保持してないだろう﹂
﹁だが、使えるのは確かなんだな?﹂
﹁あぁ。そこは大丈夫だ。任してくれたまえ﹂
﹁⋮⋮名前はどうなんだ? 何かの実験とかでは作れそうにないも
のだが﹂
512
﹁そうだな。確か、﹂
﹁ウィンドとかいってましたかな?﹂
FA01はそう言って会話から離脱した。
513
26︵後書き︶
次回更新:02/22予定
514
27
その頃、リーフガットはアルパと共に資料を漁っていた。
目的は、フォービデン・アップル。
それを、彼女たちは血眼になり探していた。
﹁フォービデン・アップルの目的は⋮⋮一体何なのかしら⋮⋮﹂
﹁この資料を見るからに彼らが活動を開始したのは9年前、となっ
てますね。ちょうど彼らが言う﹃方舟﹄が見つかった頃でしょうか
?﹂
﹁アルパ。その資料はいつの?﹂
﹁えーと⋮⋮ドグ暦9990年ってなってますよ。感じからして神
殿協会側の物っぽいですけど﹂
﹁物っぽい、じゃなくてそれは確か本物よ。クーデターを起こした
神殿協会から、ね﹂
﹁クーデター? 神殿協会が今のようなことを起こしたんですか?﹂
﹁クーデター、と言っても暴動に近いわ。その頃彼らは武器もメタ
モルフォーズも無かったけど、力はあった。その有り余った力を用
いて強引に政治を自分達が有利な方へとねじ曲げようとしていた。
だからエンパリヤークが直々にこちらに救援要請をかけてきたの﹂
515
﹁要請、って⋮⋮。エンパリヤークは社会主義国でしたよね? 資
本主義国であるうちに助けを求めても⋮⋮﹂
﹁普通ならば、ダメだろうな﹂
リーフガットの言葉にアルパはただ首を傾げることしかできなかっ
た。
﹁⋮⋮ここからはあくまでも推測だ。結果としてはレイザリーは油
田の共同開発比率の変更によって神殿協会を鎮圧させるよう軍を仕
向けたんだが⋮⋮。最近。“これ一連の事件はシナリオ通りに進ま
れている”のではないか、と思い始めてね⋮⋮﹂
﹁結果は⋮⋮どうだったんですか?﹂
アルパは恐る恐ると尋ねた。
﹁失敗だったよ。大失敗だ。⋮⋮三千人いたレイザリー軍の内生き
残ったは五十人余り。一割すら残らなかった﹂
リーフガットは淡々とただ事実を述べた。
そして、
﹁⋮⋮﹃吸血鬼﹄⋮⋮って言われても、あなたは信じる?﹂
リーフガットは唐突にそんなことを言い出した。
﹁吸血鬼⋮⋮ですか?﹂
516
﹁そう。科学では解明されていない、いわば眉唾物のそれを神殿協
会は大量に保有していた。⋮⋮私たちの信じていた科学があっと言
う間に崩された瞬間、よ。確かこれはどこの資料にも載っていない。
生き残った五十人ほどのみしか知り得ない情報﹂
リーフガットはタブレットを操作するのをやめ、紅茶を一口飲んだ。
﹁そして、私もそのひとり﹂
リーフガットはそう言って、さらに話を続けた。
それは九年前にあった真実についてだった。
517
28
九年前。
リーフガットは軍に入りたてでまだ雑用をこなして過ごしていた。
﹁リーフガット。なんでうちらに雑用ほっぽいとって男どもは優雅
に食事でもしてんのかなぁ﹂
少女がスコップを用いて穴を掘りながら言った。
少女は栗色の髪をしていた。はっきりとした瞳は少し緑がかってい
た。
少女の名前はラインツェル・タニーニャと言った。彼女はハキハキ
と仕事をこなし、上層部からも密かに将来有望と望まれていた人間
である。
リーフガットは、自分とは大違いだ、と毎回彼女に会う度に思って
いた。
この頃、リーフガットは軍に在籍はしていたが、既に在籍していた
父の影響で何をしても、
﹁君があの男の子供か﹂
と“父親ありきの自分”しか評価されなかったのだ。
518
だから自分はあまり上に進もうとは思わなかった。彼女は人相応の
暮らしが出来ればそれで良いと思っていたからである。
﹁⋮⋮そうねぇ。でも仕方ないんじゃない? 肝心の神殿協会は籠
城を続けてもう一ヶ月。そろそろ白旗をあげるとでも思ってるのよ﹂
﹁リーフガット、あんたは甘い!﹂
ラインツェルが人差し指をびしっと立てて、
﹁そんなんだから色々となめられるのよ! 私みたいに堂々として
おかなきゃ!﹂
胸を張って、言った。
﹁それは解るんだけどね⋮⋮﹂
リーフガットはそれを見て愛想笑いしか出来なかった。
519
29
エンパリヤーク帝国領ディガゼノン。
それがこのリーフガットたちがいるキャンプの場所の名前だった。
そしてリーフガットとラインツェルしか女性は居なく、即ちそれは
性的な事件が起きても逃げ場がないことを意味していた。
だからといって無駄なフラグが立った訳ではない。立てようともし
たわけではない。こんなところで無駄な伏線を立ててもらっちゃ困
るのだ。
﹁⋮⋮寒い﹂
﹁そうね⋮⋮。冬、なわけないわよね。だって今は夏ですもの﹂
その日は、夏にしては寒かった。
しかし、何故寒いのかは彼女達に解る事ではなかった。
﹁なんだろうな⋮⋮。この寒さは⋮⋮。神殿協会がやっているお告
げに基づく気象変動だったりするのか?﹂
﹁まさか。いくら神殿協会だからってそんなことが出来るとは到底
思えない。科学ですらそれを導くのに長い間の猶予が必要だったの
よ? それを数年で? そんなことを可能にする人間がいるならこ
ちら側に引き抜きたいくらいよ﹂
520
思えば、これが予兆に過ぎなかった。
of
res
この後に起きることこそ、レイザリー王国の歴史に残るものの、謎
の存在に包まれていた﹃謎の抵抗︵Unknown
ist︶﹄であるのだった。
521
30
9990年8月17日。
まずディガゼノンに構えていた基地の屋根が爆発を起こした。その
一瞬の騒動で、兵士達には緊張が走った。
﹁なんだ! 今のは!﹂
やぐら
﹁解りません! 火元不明の爆発です! 櫓のほうからも外部から
攻撃を受けたように見えない、と申しております!﹂
そう言って兵士は上司に敬礼をした。
﹁“見えない攻撃”だと⋮⋮?! そんなの、有り得る訳がない!
! 科学に解明出来ない何かがあるっていうのか?!﹂
﹁で、ですが⋮⋮、それは仕方のないことでして⋮⋮。櫓の方の情
報を元に述べた迄です﹂
﹁解る⋮⋮。だが、それが現実とは思えん。科学に解明出来ない力
だなんて⋮⋮﹂
﹁⋮⋮やれやれ、科学崇拝か。虚しいものだな﹂
突然、兵士の声色が変化した。
覇気のある若々しい声から嗄れた老人の声へと。
522
﹁⋮⋮な⋮⋮!!﹂
ちしぶき
そして、兵士はその上司を剣で一閃した。血飛沫が切り離された下
半身から噴水の如く吹き出していた。
﹁⋮⋮誤った科学崇拝には鉄槌を加えなきゃね。あんたらが言う異
能の力でな﹂
刹那、基地全体が衝撃に包まれた。
†
その衝撃は当然リーフガットやラインツェルにも伝わっていた。
﹁⋮⋮なんだ?!﹂
﹁これは⋮⋮何か怪しい揺れだな。一体どうしたというんだ⋮⋮﹂
ラインツェルが言い切る前のことだった。
目の前の世界が崩壊を始めた。
目の前の世界が、突然現実から、変わり果てた。
﹁これは⋮⋮どういうこと⋮⋮﹂
リーフガットは絶句した。
523
何故ならそこにあったのは、
獣。
異形の塊、としか形容できない獣が立っていた。
524
31
獣はありとあらゆるもの全てを喰らい、その腹の中へと放り込む。
消火できないのもあるらしく、それは時折口から吐き出すのと交互
に。
﹁何よあれ⋮⋮。あんなの反則じゃないの?!﹂
リーフガットは激昂した。だがここから遠く離れてしまった基地に
例え戻ってこれても帰ってこれるとは思えない。謂わば片道切符な
のだ。片道切符をここで購入し助けるか、全てを諦めてしまうかは
彼女たちに握られていたのだった。
﹁⋮⋮あれが反則だなんては言えないわ。だって、誰がルールを決
めているというの? 誰が監視しているというの? ⋮⋮戦争って
のはルールのない世界。そんなものにルールを見出だしてたら世界
は混乱しちゃうよ﹂
ラインツェルはただ淡々とリーフガットに言った。
﹁そうだけど⋮⋮。あんなんじゃ人間はかないっこないわ! まる
で小人のような扱いを受けるしか無くなっちゃうのよ!﹂
﹁⋮⋮あなたの気持ちは解るわ。でも、これは仕方のないことじゃ
ない? 弱肉強食の世界で生きるには、人間は例えどんなに責めら
れようとも、どんな方法を使ってでも生きていくしかないのよ﹂
﹁だけど⋮⋮!!﹂
525
﹁⋮⋮待って、リーフガット﹂
リーフガットの言葉をラインツェルは遮った。
﹁⋮⋮どうしたの?﹂
﹁歌が聞こえる⋮⋮﹂
ラインツェルはそう言って耳をそばだてた。それに釣られてリーフ
ガットもそばだてて見るが、あまりよく聞こえない。
﹁⋮⋮ねぇ。ラインツェル。何も聞こえないよ⋮⋮?﹂
リーフガットは恐る恐るに尋ねたが、
﹁⋮⋮いや、今のは⋮⋮﹂
そう。リーフガットにも確かに聞こえたのだ。この世のものとは思
えない美しい歌声が、耳に届いたのだ。
﹁聞こえた⋮⋮?﹂
ラインツェルの問いにリーフガットは素直に頷いた。
そして、その声の主は、すぐ側にいた。
あらわ
何も着ていない、白い体を露にさせている人間と思われるそれがい
た。しかし恥ずかしがることもなく、寧ろ堂々としていた、基地の
灰色の屋根の上で座っていた。
526
﹁⋮⋮なんで、彼処に人間がいるんだ⋮⋮? しかも裸で⋮⋮、﹂
ラインツェルは言葉を言い切る前に思い出したかのように、再び言
葉を紡ぎ出した。
ヴァンパイア
﹁待って。⋮⋮歌ってるのって、吸血鬼の唄じゃない?﹂
﹁私も思ったけど⋮⋮。それにしてもメロディーが雑過ぎない?﹂
わらべうた
吸血鬼の唄とは昔からレイザリー王国に伝わる童歌のようなものだ。
とてもメロディーが残りやすく、記憶力の良い人は数回聞いただけ
で覚えてしまうほどだ。
527
32
なぜ、この唄が吸血鬼の唄と呼ばれているのか、歌詞の意味を見れ
ば早い。
﹃吸血鬼がやってきた
町をあれよと破壊した
吸血鬼を手にした少女は笑った
少女は潔癖でありたかった
少女は苦しみを分かち合いたかった
少女はただ、仲間が欲しかった
吸血鬼は願いを聞き遂げて空に火を放った
少女は楽しかった。自分が嫌いな世界が消え去ったことに
その後少女の姿を見たものはもういない⋮⋮﹄
タイトルの通り、この唄は吸血鬼とその友達となった少女の唄だ。
これは童歌だ。童歌には必ずやモデルがある。
遥か昔、空の大半を、即ち大地のほとんどを、消滅させた魔術を行
使した人間がいた。
しかしそれを“直接的に行使したのは”彼ではなかった。彼は才能
はあったものの、それを自らの魔術として生かすことができなかっ
たからだ。
彼は長い調査の上、ついに適応する人間を発見した。まだ彼女は年
端もいかない女の子だった。
528
だが、彼にはそんなことは関係なかった。彼は少女に魔術を行使し、
受け継がせた。
そして、起きたのが後に言う﹃オリジン・インパクト﹄。それこそ
が終わりで、終わりは始まりを呼んだ。
﹁⋮⋮どう思う? あの子﹂
ラインツェルはリーフガットに向かって、言った。
﹁どう考えても普通の人間ではないことは確かね﹂
﹁そりゃそうよ。有り得ないもの。そんなの﹂
﹁⋮⋮だけど、まだ此方には気づいてないの⋮⋮?﹂
﹁そうみたいだけど、気づかれるのも時間の問題よ。さっさとここ
から逃げましょ﹂
﹁逃げて⋮⋮どこへ?﹂
﹁攻撃をするなら今の内、ってわけよ。戦争にルールなんて存在し
ないからね﹂
ラインツェルは笑って答えた。
529
33
ラインツェルとリーフガットはあの少女に出来る限り近付こうと、
建物の瓦礫をうまく使い、気付かれないように歩いた。
﹁信じらんない⋮⋮。13層の特殊装甲がいとも簡単に⋮⋮﹂
ラインツェルはもはや建物のそれを為さない瓦礫を見て、言った。
﹁あれは仕方ないわよ⋮⋮。だって誰も想像できないわよ? 50
mを超す高さを誇る獣が襲いかかるなんて事態﹂
﹁そうね。⋮⋮でも、何で急にこいつは出てきたの⋮⋮?﹂
﹁それが解ったら苦労しないんだけどね。生憎こちとら戦力は皆無
に等しいし、敵さんのデータが少しでもあれば弱点とか突き止めら
れるんだけどね⋮⋮﹂
﹁しかし、こんなことではかなり時間をくうのはちょっと悩みとこ
ろ。まずは進んでみましょ﹂
﹁⋮⋮そりゃそうね﹂
リーフガットとラインツェルはどことなく二人で決意を固め、更に
奥へと向かった。
†
530
少女がいる中心へと向かおうとすると、蔦が進路を塞いで通れなく
していた。
﹁ちくしょう⋮⋮。まるで迷路だな﹂
ラインツェルは蔦をもともと所持していた護身用ナイフで切ってい
た。
切れ味が悪いのか、蔦がしぶといのかは解らないが、蔦はとても固
かった。
﹁にしても彼女、一体何者⋮⋮? あんな高いとこにいてかつ裸だ
なんて⋮⋮﹂
﹁今はそんなことを考えてる場合じゃないわ。⋮⋮兎に角、あいつ
を何とかしないと⋮⋮﹂
ラインツェルのナイフは震えていた。ラインツェル自身が力を込め
ているからだ。それが何の感情によるものなのか、よもや語る必要
はないだろう。
リーフガットはそれを解っていたからこそ、彼女とともにあの異形
の正体を突き止めようとしているのだから。
﹁ともかく⋮⋮、あれが何か良からぬことをしようとしている。そ
れは事実のはずよ。あの駭駭しい気配は魔物そのものだもの⋮⋮﹂
531
34
﹁魔物⋮⋮?﹂
リーフガットがラインツェルに尋ねる前に、ラインツェルは突然立
ち止まった。
﹁⋮⋮どう、したの⋮⋮?﹂
﹁静かに⋮⋮。歌が止まった⋮⋮?﹂
そう言ってラインツェルは天を仰いだ。しかし、空には何もない。
ただ真っ青な空があるのみであった。
﹁⋮⋮ほんとに?﹂
リーフガットには何も解らなかった。こう何度も言うのはあれでは
あるが、どうしてラインツェル、彼女にだけ歌が聞こえるのだろう
か。それがリーフガットには解り得ないことであった。
﹁⋮⋮何が⋮⋮、始まるというの⋮⋮?﹂
ラインツェルは怯える小鹿のような表情で、泣きそうになっていた。
前置きは、なかった。
その獣は、ラインツェルに向かって走り、あっという間にラインツ
ェルを右手に握り締め、また何処かへと消えた。図体の割には素早
い動きで、一瞬リーフガットはそれに気づかなかった。
532
﹁⋮⋮な、なんてことなの?!﹂
リーフガットはそれに気付くのに微小ではあったものの、時間を要
した。
リーフガットはただ何も出来ずにそこでたじろぐだけだった。
†
ラインツェルは獣に連れられ、あの少女がいた場所へと辿り着いた。
なめくじ
今彼女は十字架のようなものに体を委ね、そしてその体全体に蛞蝓
に似たアメーバ状の何かが這いつくばっていた。
﹁手荒い歓迎で申し訳ない﹂
少女は静かに言った。耳を潜めないと聞こえないくらい小さな声だ
った。
﹁いや、こういうのは馴れてますからね⋮⋮。で? 私だけを拐っ
た理由は何?﹂
﹁あなたは魔法を使える素質のある人間であるはずだ。それがなぜ
科学に与している?﹂
﹁⋮⋮それは私の自由じゃないかしら? 魔法を使えるから魔術師
になる、ってわけじゃないし。科学の世界で生まれ、魔術師へと為
533
り得た人間だっているでしょう?﹂
﹁⋮⋮先ずは、私の質問に答えて戴こう。質問をしているのは、私
だ﹂
その言葉とともにアメーバは再び粘液をたっぷりと放出し、ゆっく
りとラインツェルの体を動き回る。
﹁⋮⋮あなたも知ってるかは別としておくが、それは魔術師として
の魔術回路と魔力を封印した魔弾アメーバ。体のいたるところから
侵入し、内部から魔術師へと“改造”していく。正直あなたにはこ
れ以上の凌辱、受けてもらいたくないのよ。だから、さっさと答え
て﹂
少女はまた強かに笑った。
﹁⋮⋮魔術が世界最強と思ってる、その自己中心的なニヒルな考え
が嫌なのよ﹂
ラインツェルは悶えながら、ゆっくりと答える。息も荒く、とても
会話を出来る状態ではなかったのに。
﹁言ってくれるじゃないか。ニヒルで自己中心的? くくっ。そん
なのは誰も一緒だよ。誰もが自己中心的な存在だ。そんなのを見て
いると正直憤慨する。憐れみすら感じてしまうくらいだ。だがな?
人間は数少ない知能で同種を殺せる動物だ。仮に私が手を下さな
くとも、お前を殺す方法なんてごまんとあるのさ﹂
少女はゆっくりとラインツェルに近付いて、顎を強引に持ち上げた。
534
かたち
﹁⋮⋮なぁ? 結局私が何を言いたいか解るか? ヒトは、何時も
争い、虐げ、そして妬む。ならば“ヒト”という貌を交換して、一
つになればいいんだよ﹂
﹁⋮⋮あなた、まさか福音書を読んだのね﹂
﹁福音書の存在を知っている⋮⋮とでもいうのか?﹂
﹁えぇ。はじまりの福音書、旧時代に書かれたとされる予言書、も
っとも雑誌のようなものでも歌集のようなものでもなくただの石板
だったと思うけど?﹂
﹁そこまで知っているのか⋮⋮。やはり、お前は倒しておく必要が
ある﹂
﹁やはり⋮⋮目的はワタシね? 基地の破壊ではない、と﹂
﹁私はそんな無意味なことはしない。あれは陽動だよ。⋮⋮さて、
ラインツェル・タニーニャ。⋮⋮お前に祈る時間を与えよう﹂
﹁結構。正直、頼る神なんて居ないものでね﹂
ラインツェルは苦しみながらも、それをひた隠しにし、笑った。
そして、
少女が指示したと同時に、獣は腕を力任せに薙いだ。
それはラインツェルが磔にされた十字架を強引に叩き潰した。
535
そして、ラインツェルは悲しむこともなく、ただ笑って空へ落下し
ていった。
536
34︵後書き︶
次回更新:02/24
ディガゼノン聖軍編、完結します。
537
35
それを、リーフガットは目の前で目撃していた。
助けようとした、少女は無惨にもただの肉塊へと姿を変えた。
﹁⋮⋮、﹂
リーフガットは何も出来なかった。するだけの力があったはずなの
に、彼女は間に合うことが出来なかった。
それをせせら笑うかのように、少女は獣の掌に乗り、ゆっくりと立
ち去っていった。
彼女はただそれを眺めているだけだった。
†
リーフガットはその後、生き残った兵士たちを探した。無論、救護
信号を本国に報せて、から。
﹁⋮⋮五十人しか生き残らなかったんですか⋮⋮!!﹂
﹁はい。あの時はヴァリヤー氏もいたのですが、運よく離れたとこ
ろにキャンプを構えていた故に、﹂
リーフガットはあの後、あの事故で生き残った人間を尋ねて回って
538
いた。
そして皆が共通して言うこと。
﹃あれは吸血鬼だ。伝記にある吸血鬼が蘇ったのだ﹄と。
実際、見たことがない︵それは即ち経験がないことを指す︶人間に
とって、突然﹃吸血鬼を見た﹄等と言われてもはいそうですか、と
信じる人は居ないだろう。
しかし、彼女は実際にそれを見たのだ。物理法則を完全に無視した
獣を、彼女は見たのだ。
目で見たのだから、それは信用に足る情報である。
にもかかわらず、誰も彼女の話を聞こうとはしなかった。
彼女は徐々に﹃これは実はレイザリー︵じぶんのくに︶も一枚噛ん
でいる﹄のではないか、と思い始めるようになった。
ただ、彼女の話は今もなお推測の域を越えないものばかりだった。
証拠がないからである。
証拠が無いものは、そう簡単に信じられるものではなかった。
だが、彼女の可能性を再び現実へと引き摺り戻したものがある。
ヒュロルフターム、そしてメタモルフォーズである。
539
ヒュロルフタームはレイザリーが開発した人型兵器だ。それに対し
てメタモルフォーズは神殿協会が独自に編み出した化学兵器という
建前だ。
なぜ建前と述べるのかといえば、その情報は九割九分あってるかと
言われれば実はそうではないからだ。
まず、ヒュロルフタームを“人間がゼロから開発する技術がない”
からだ。つまり、ヒュロルフタームにはオリジナルが存在し、今の
量産されたヒュロルフターム、クーチェやユロー、があるのではな
いか、とリーフガットは推測を始めた。
540
36
ヒュロルフタームについて調べていくうちに不思議な記述も発見さ
れた。
ヒュロルフタームはもとは開拓地を切り拓くためのロボットであっ
た、と。だが、試作品は開発途中で事故が発生し断念、その後は廃
棄処分となっている。
もしも、廃棄処分されていなくて何処かにまだ保管されているとし
たら?
またかつてサリドが持ってきた肉塊の解析データが公開されなかっ
たのも、彼女は疑問に思った。そこで独自にルートを形成し解析を
行った。
結果は、ヒトのDNAに99.97%一致している、との評価だっ
た。
それは即ちヒュロルフタームと同じだった。
そして彼女はとある仮説を立てる。
まずヨシノ博士がヒュロルフターム理論の論文を解りにくくした訳
は、彼自身もヒュロルフタームという存在について謎が多かったか
らだろう。
恐らく、メタモルフォーズが生み出され、そしてヨシノ博士はそれ
をベースにヒュロルフターム﹃エヴァード﹄を作り出したのだ。
541
だが、これはあくまでも仮説に過ぎなかった。証拠がないというの
もあるが、メタモルフォーズについてまだ解らないことが多いとい
うのもあるからだ。
ただ、リーフガット自身はこれは確信の持てる説であることを自画
自賛していたのは明らかだった。
﹁メタモルフォーズは勿論のこと、ヒュロルフタームだってまだ解
析は三割も満たない。⋮⋮ヒュロルフタームがそう簡単に増産出来
ないのもきっとそれが理由よ。解析が簡単に出来るならこの世界は
ヒュロルフタームだらけになってしまう﹂
リーフガットは今までの話をずっと、アルパに話していた。アルパ
はつまらなそうにする顔も一切見せず、ずっと無言で聞いていた。
﹁つまり⋮⋮リーフガットさんが考えるにメタモルフォーズのモデ
ルはその“吸血鬼”で、ヒュロルフタームのモデルがメタモルフォ
ーズ⋮⋮だと?﹂
﹁あくまでも推測、証拠はないわ﹂リーフガットはつまらなそうに、
﹁証拠があるならまだ信憑性はあるんだけどね。⋮⋮そう、例えば
写真とか。それがないから推測の域を出ないし、軍のタブーの一つ
にもなってるからもしかしたら口外した瞬間処罰されるのも充分考
えられる﹂自嘲するように笑った。
﹁でも、その処罰が為されることもあるならそれで確定なんじゃ?
早く⋮⋮﹂
﹁何処に、言うかな?﹂
542
リーフガットはアルパよりも先にその言葉を放った。
﹁言っておくとそれは無理だ。社会主義国は神殿協会の息がかかっ
てるし、資本主義国はレイザリー王国の連合組織ととっても過言で
はない。⋮⋮つまり無意味ってわけだ。世界のどの国も敵だらけな
んだよ﹂
﹁いや⋮⋮。まだありますよ。リーフガットさん。資本主義国にも
社会主義国にも属さない空白地帯であるにも関わらず、そのどちら
も手を出せない場所が﹂
﹁⋮⋮まさか、﹂
﹁えぇ﹂アルパは咳払いをして一呼吸おいて、﹁シノビの国、ジャ
パニアです﹂言った。
543
37
その頃、とある場所。
﹁中隊長! 扉が目の前に見えてきました! ⋮⋮とても広い大き
な門です!﹂
﹁そんなことは報告がなくとも解る。⋮⋮にしても何てところに作
ったんだ⋮⋮。鍛えているはずのこの身体がこんなにも早く音をあ
げるなんぞ⋮⋮﹂
中隊長は息を荒げて言った。鍛えている、というのは建前ではなく
筋骨隆々としたその身体を見てその言葉を疑う人間はいなかった。
﹁中隊長大丈夫ですか?﹂
﹁あぁ、大丈夫だ。⋮⋮ともかく、門を開けよ!﹂
中隊長の声と同時に百人余りいた兵士は一斉に石で出来た巨大な門
を押し始めた。
しかしそれでも門が動くことはなかった。日々鍛錬を行っている兵
士が百人いても、だ。
﹁物理的に動かないとなると⋮⋮、やはり魔術的な何かが働いてい
るのか? えい、魔術師はいるか?!﹂
﹁ここに、います﹂
544
中隊長の声とほぼ同時に少し離れたところからすっきりと、しかし
はっきりと声が響いた。
﹁おぉ! そこにいたのか!﹂
中隊長は兵士の大軍を掻き分け“わざわざ自分の方から”魔術師に
会いに行った。
﹁はい。魔術師、ドビュッシー・マークス、今ここに居ます﹂
﹁⋮⋮君なら、あの門にかけられた魔法を解析出来るだろう? さ
ぁ、解析してくれ﹂
﹁既に、解析は終了しています﹂ドビュッシーは歌うように、﹁こ
こにかかっているのは第一級防御障壁魔術が一千と二十四重にもな
ってあります。さらにその門の向こうを透視出来ないようにもされ
ていますね﹂
﹁ならば、これを解くことは可能か?﹂
中隊長は魔術の解析結果なんて関係なかった。
ただこの魔術が解除できるか否か。
それだけを彼は望んでいた。
だから、魔術がどうこうなんて前置きは必要ない。要は、そういう
ことなのだ。
﹁可能ですが、﹂ドビュッシーはこほん、と咳払いして、﹁ただ障
545
壁魔術の数が多いので三十分ほど時間を頂きますが、それでも?﹂
﹁構わん。さっさと行え。これは命令だ﹂
﹁かしこまりました。では、暫くお待ち下さい﹂
ドビュッシーは被っていた帽子を外し、笑って言った。
546
38
その頃、サリドたちは破壊されたヒュロルフタームルビンを眺めて
いた。
﹁これが⋮⋮末路か⋮⋮﹂
そう言ってサリドは目を瞑った。
﹁おいサリド、お前の端末にまたVMが来てるみたいだぞ?﹂
隣にいたグラムがそんなことを言ったのはそのあと直ぐのことだっ
た。
﹁グラム、君はなんなんだ? このムードをぶち壊してまで言うこ
とか?﹂
﹁お前のVM着信メロディがよっぽどムードをぶち壊していると思
うんだが⋮⋮﹂
﹁ま、いいや﹂サリドは携帯端末を稼働させ、﹁誰からだろう? ってリーフガットさんか。なんだろう? 仕事か? また﹂
﹁それはないだろいくらなんだって。⋮⋮と思ったがプログライト
の例が既にあったんだな﹂
グラムの言葉は適当に受け流し、サリドは端末が受信したVMを見
た。
547
﹁⋮⋮なんだって?﹂
しかし、サリドはそれを見て、思わず目を疑った。
﹁どうした、サリド。そんなに慌てて? ⋮⋮エイプリルフールの
ネタでもきたか?﹂
﹁グラム。エイプリルフールはまだ大分先だぞ。⋮⋮それに、そん
な笑っていられることじゃないよ﹂
VMはリーフガットからだった。それは確かな事実だった。
そこにはレイザリー城が陥落したことが記されていた。
﹁おいおい⋮⋮、ちょっと待てよ。それは冗談がきついぜ﹂
﹁リーフガットさんが冗談を言うとは到底思えないし⋮⋮、たぶん
本当なんだろうよ。にしても、どうして誰も反応しないんだ? 首
都が陥落したなんて重大なこと、知らない訳がないだろ?﹂
﹁⋮⋮どうやら、頭角を現してきたようだな?﹂
﹁どういうことだ? サリド。まるで、神殿協会とレイザリーがグ
ルみたいなことを⋮⋮﹂
﹁あ∼、やっぱそうだったか。どうりで怪しいと思った﹂
548
サリドとグラムの背後から声が聞こえ、振り返った。そこにいたの
は、フランシスカだった。
﹁フランシスカ。どうしてここに⋮⋮?﹂
﹁あぁ。別に盗み聞きしようって思ってきたわけじゃないから。新
入りに花でも手向けようと思ってね。そしてたあんたらが先客で来
てたもんだから。まぁ、別に悪く思うなよ﹂
フランシスカが言ったとおり、彼女の右手には幾本かのヒマワリが
握られていた。
﹁んで⋮⋮、それを聞いてどうする? ヒュロルフタームが三台あ
れば倒せるかもしれないが⋮⋮﹂
﹁それはつまり、私に共闘しろっての?﹂フランシスカはしたたか
に、﹁勘違いしないでよね。私はあの新入りのためにやるだけなん
だから﹂
﹁だが、君は唯一ヒュロルフターム・プロジェクトに限りなく近い
人間だ。それくらい解っているだろう?﹂
549
﹁解っている!! ⋮⋮だが、どうすればいいんだ⋮⋮﹂
﹁潰すしかない﹂サリドは振り返り、フランシスカの方を向き、﹁
ヒュロルフターム、そしてメタモルフォーズの総てを、ね﹂
550
39
そのころ、リーフガット。
間一髪、レイザリー城を離れて巡視飛行機を用いて空にいた。
﹁⋮⋮危なかったわね⋮⋮﹂
リーフガットはタブレットと書類の入った封筒を持って、言った。
﹁そうですね⋮⋮。まさかディガゼノン聖軍が地下から攻撃を仕掛
けてくるだなんて⋮⋮﹂
﹁もしかしたら⋮⋮敵が狙うのはレイザリー城じゃなくて、私たち
⋮⋮?﹂
リーフガットはそう言ってパソコンを開く。
アルパは巡視飛行機の操縦桿を握って話を続けた。
﹁ところで⋮⋮ジャパニアとはいえ、どこへ?﹂
551
﹁ジャパニアには知り合いがいてね。彼に今メールをおくってる。
そこへ助けを求めようかな、と思っているよ﹂
そう言ってすぐリーフガットはパソコンをしまい、カバンから何か
を取り出した。
﹁アルパ⋮⋮後ろ向くなよ?﹂
﹁向きませんよ。ってか、カーテンついてるんでそれ使ってくださ
いよ﹂
﹁そっか、解った﹂
そう言ってリーフガットはカーテンを閉めた。
552
行間 ?
そのころ、シャルーニュ公国。
﹁はい。つまり⋮⋮、どういうことですか?﹂ロズベルグと呼ばれ
る少女は上司と思しき金髪の女が話していることに疑問を覚えた。
﹁何か、解んないけど、神殿協会がレイザリー城を陥落させたっぽ
くて、今はジャパニアに向かってるんだと﹂女はつまらなそうにタ
ブレットを見て、﹁そんでうちらもジャパニアに行け、ってわけよ。
まぁ、めんどくさいけどねぇ﹂
﹁ちょっと、待ってくださいよ。僕一人で? シャルーニュにはヒ
ュロルフタームは一台しかないじゃないですか﹂
﹁大丈夫。新しいヒュロルフタームを建造していてね。名前が決ま
ってないけど⋮⋮仮称6号機に載ってもらう人間が一人居るわ﹂
﹁仮称6号機⋮⋮だって?﹂
﹁ええ、今更驚くこともないんじゃない? だってヒュロルフター
ムは今や全世界で10号機までの製造が決定しているからねぇ﹂
553
﹁⋮⋮ま、それはおいておいて。どこにいるの?﹂
﹁あなたの後ろにいるじゃない﹂
﹁なっ⋮⋮﹂そう言ってロゼが振り返ると、そこにいたのは、それ
を待ち構えているかのように立っていた、﹁初めまして。ウィンド・
キッシュホックと言います。以後よろしく﹂
和かに笑う青年だった。しかしそれが普通と違うのは灰色のノータ・
スーツを着た人間だった。
ヒュロルフタームの設計士を目指す学生と、貴族であるのに軍籍に
いる軍人。
花の独身貴族の軍人と、母をクーデターで失った軍人。
計画の歯車に乗せられ、父を失ったノータと、一般人からのし上が
ったノータ。
ディガゼノン聖軍と、すべてを裏切ったレイザリー王国。
554
暗躍する二つの組織。
そして、男装の麗人と謳われるノータと、謎の青年。
物語は、最後の戦いへ。
555
1︵前書き︶
いよいよ、FORSE最終章へ。
556
1
その頃、サリド。
﹁⋮⋮いいわ。協力してあげる﹂
フランシスカの反応は意外にも呆気ないものだった。
﹁⋮⋮いいのか?﹂
﹁別にあんたの為にやろうって訳じゃないわよ。あの死んだ新入り
の為にやってあげるんだからね﹂
﹁理由は別にどうだっていいよ。戦ってくれるなら﹂
サリドはフランシスカの顔を見て、何度も頷いた。
﹁な、なに? 顔に何かついてる??﹂
﹁いや、なんも﹂
サリドは無機質な表情で返した。
﹁⋮⋮で、何処に行けばいいんだ?﹂
グラムはサリドとフランシスカの会話に飽きてきたのか、はたまた
嫌悪感を抱いているのか︵それは定かではない︶、横槍を入れた。
﹁リーフガットさんのVMだとジャパニアに向かった、って言って
557
たよ。どうやら神殿協会もそこに向かってるみたいだ﹂
﹁ジャパニア⋮⋮って、あの極東の島国のことか? タタミやらニ
ンジャやらがいる、彼処に?﹂
﹁⋮⋮ここでは言ってないけど、リーフガットさんはなにか掴んだ
んだと思う。若しくは既に掴んでいたのか⋮⋮それは僕らには解ら
ない。けれども、その情報が神殿協会を脅かすものだということは
事実だと思う﹂
サリドは淡々と、何の抑揚もなく告げた。
558
2
その頃、神殿協会。
﹁レイシャリオ。いよいよ、この時がきた﹂
廊下の吹き抜けから外を見ていた彼女に唐突に声がかかった。
声の主は白いローブに身を包んでいた。そして、とても小さい体だ
った。だが、それから出る波動︵どちらかといえば、オーラに近い
ものがある︶はレイシャリオのそれを凌駕していた。
波動は魔力に比例するもので、単純に言えば﹃魔力の強さ=波動の
濃さ・強さ﹄となる。魔術の世界では図体の大きさで勝ち負けがほ
ぼ予想出来ることなどない。魔力の強さ、波動の強さで決まるのだ。
人間によってはその波動を示すだけで恐れ戦く人間だっているほど
に。
﹁えぇ、そうですね﹂
だからこそ。レイシャリオはそれに逆らうことは出来ない。ただ従
うままに返事をするだけだ。
﹁空白化計画もいよいよ佳境⋮⋮。ということはついに“あれ”を
使うときが来た、ということですね?﹂
﹁あぁ。オリジナルフォーズを、な。人類のデータを書き換え、無
に帰す。⋮⋮やっと、だ。ここまでどれほどの時間がかかったんだ。
誰にも想像は出来ない﹂
559
人間は、語る。
﹁えぇ、そうですね﹂
そして、レイシャリオはその人間の名前を言った。
﹁⋮⋮オール・アイ様﹂
だが、レイシャリオはこのオール・アイという人間をあまりよくは
思わなかった。
そもそも、オール・アイは人間であるかどうかも怪しい。何せもう
何万年も生きていて、その記憶を完璧な状態で記憶しているという
のだ。まさに神の奇跡だろう。科学的に見れば、そんなことは有り
得ないからである。
だが、これが誰にも疑われることなく神殿協会の﹃預言者﹄として
いられるのには、理由がある。
彼、いや声色からみれば彼女なのだろうか、はこの後3000年の
歴史を予見している。しかもそれが全て的中しているのだ。
神殿協会はもとは世界を救った神ドグの御言葉によって活動をして
いくものであったが、それを名目に今やオール・アイを中心とした
カルト宗教へと徐々に変化を遂げているのだった。
勿論、それを不快に思う人間もいる。従来の教えを守る、所謂﹃古
参派﹄だ。しかし、古参派は最終的にはオール・アイ率いる新参派
によって討伐されてしまった。
560
結果として、神殿協会の大多数が新参派、その残りは古参派だが、
それを公表出来ずに新参派を名乗っている人間のみが残った。レイ
シャリオは後者だった。
だから、今や彼女に楯突こうとする人間はいない。居るとしたらそ
れはとんでもない馬鹿だろう、とレイシャリオは考えた。
﹁⋮⋮さて、レイシャリオ。オリジナルフォーズの出撃許可を﹂
﹁オリジナルフォーズ⋮⋮エヴァード⋮⋮、出撃を許可します﹂
彼女が言った瞬間、淡い光が漏れた。
561
3
その異変に気付くまで、そう時間はかからなかった。
或いはとある難民キャンプで。
彼らは確かに地響きを聞いた。空にも響く、恐るべきそれを。
或いはとある国の王邸で。
猫が好きな王は、その異変に気付いた。
猫等といった動物は気候の変化に敏感である。僅かな電磁波の違い
を感じ取ることが出来るからだ。
猫が何度も狂おしそうに、悲しそうに、啼き、主人である王に擦り
寄ってきたのだ。まるで雷を嫌う子供が父親に抱き締めてもらうの
をせがむかのように。
或いは⋮⋮とある極東の島国で。
この島国では“ニンジャ”という特殊な人間が住んでいる。
ニンジャは感性が鋭い。昔からそのようなものが身に付くように修
行をしているというのもある。だが、ニンジャの血を引き継いだ者
というのは、もとから感性が鋭い。やはり血は選べないのだろう。
﹁ストライガー、ちょっとこっちにきてくれないか﹂
562
﹁なんでしょう。母上﹂
緑の鮮やかな和服姿で彼女は歩いていた。
彼女の名はストライガー・ウェイツ。しがない呉服店の若女将を務
めている。
呉服とは布本来の素材感を利用して服にしたものだ。ジャパニア以
外で使われている国は少ないが、それは逆にジャパニア以外では貴
重なものという意味にもなる。
結局は呉服はジャパニアでも、諸外国でも同等の価値で取り引きさ
れている。なので、呉服店にとってこの時期は稼ぎ時。今稼がんと
して何時稼ぐ? と言ってしまう程の盛況ぶりだったのだ。
﹁ストライガー。ちょっとこの生地を切ってくれないかい?﹂
﹁はい、ただいま﹂
ストライガーはそう言うと傍に置かれていた鋏を手に取り、巻き尺
で測ることもなく、切り込みを入れていった。だが、その切り込み
は限りなく直線に近いものだった。それは、彼女の特技の一つだっ
た。
うま
﹁いやぁ、まぁ。相変わらず、お前さんは切り込みが巧いよ。私ど
ももそれで助かってるからね﹂
ストライガーの目の前にいた、気前の良さそうな図体の大きい女性
は言った。それを聴いて、ストライガーは頬を紅潮させる。
563
4
ジャパニアは昔から男尊女卑が根強い国だ。つい最近に女性にも選
挙権が認められたが、その前はそれすらもなかったのだ。
ジャパニアは所謂旧時代からもこのジャパニアだけを統治していた。
即ちもう何十万年もジャパニアの人間はこの島を統治していること
になる。
﹁⋮⋮まぁ、最近は物騒になってきたもんだねぇ。この前なんか世
界トライアスロンでクーデターがあったんだろ? 全く、どうなっ
ちゃうんだろうねぇ⋮⋮﹂
﹁母上。少し街に出ても宜しいでしょうか? ⋮⋮用事を思い出し
たので﹂
ストライガーは急にそんなことを言い出した。
﹁⋮⋮え? 別にいいわよ。今はそんなに忙しくないし。けれど、
遅くなるなら早めに電話しておくれよ。私だって心配だからね﹂
﹁解っています﹂
そう言ってストライガーは下駄を履き、街へと繰り出した。
†
564
ストライガーが向かう場所はたった一ヶ所しかなかった。
街の外れの茶屋。看板も古く、趣のあるそこだ。
彼女は着いて、座敷に腰掛ける。
そして、
﹁天架ける船、の忘れ物を頂きたいのだけど﹂
ぽつり、呟いた。
それを聞いた女将は小さく頷いた。
﹁⋮⋮水の星にある、それは?﹂
そして、そう返した。
﹁水⋮⋮ではなく氷﹂
ストライガーは静かに質問に答えた。
それを聴いて女将は、
﹁解ったわ。⋮⋮いらっしゃい﹂
そう言ってストライガーを店の奥へと案内した。
565
4︵後書き︶
次回更新:03/02
566
5
茶屋の奥は普通の民家となっていた。これは昔から使われている古
民家をリサイクルしたものだ。だから誰も不思議には思わない。
“何処に何かが埋まっている”ことぐらい、解ることもなかった。
この国は所謂コンクリートといったものをあまり好まない傾向にあ
り、度々戦争が発生するこの時代であってもなお、コンクリートが
使われている建物は国が重要視する建物︵例えば、国会議事堂など︶
にしか使われていない。あとは昔から使われている茅葺きなどを用
いている。
この茶屋も例外ではない。茅葺き屋根というのは年を重ねるごとに
味を染めていく珍しいものだ。コンクリートで作られた無機質なそ
れとは明らかに違う。趣、とはそういうものである。
ストライガーは女将に連れられその民家の奥へと足を踏み入れた。
そこは小さな井戸だった。普通の人間ならば、そこに違和感などは
感じないはずだ。
だが、ストライガーは普通の人間ではなかった。代々続く忍︱︱ニ
ンジャの家系に育ち、ニンジャとしての極意を叩き込まれてきたの
だから。
女将はそう何も考えず、井戸を構成している煉瓦を一つ外す。そこ
から出てきたのは、小さなスイッチだった。女将はそれに感動もせ
ず躊躇いもせず、押した。
567
ガコン、と小さな落下音がして井戸が割れた。否、割れたのは間違
っていないが、何かが競り上がってきた。
それは、螺旋状の階段だった。だが細いところを無理矢理に繋げた
からか、ところどころ補修が為されていた。だがそれも完璧な訳で
はなかった。この国の科学力を見れば、それは解ることだろう。
女将は階段が競り上がったのを見て、迷うことなくそこへ足を踏み
入れた。ストライガーも一歩遅れて、それを追い駆けた。
暫く階段を降りていくと、小さい扉へとぶち当たる。ここに行くに
はその螺旋状の階段を降りなければならず、他に方法はない。
昔、この辺りに油田があったらしい。普通の油田に比べれば、油の
量も少なく、直ぐに枯渇していったのだが。
結果として残されたのはこのがらんどうとなった空洞だけだ。油田
の成れの果て、といえばまだ言葉の力は和らぐだろうか。
女将が扉のノブを握り、回す。そして手前に扉を、開く。
そこに広がっていたのは小さな会議室だった。そして、そこには1
3の椅子が用意されていた。
568
6
﹁⋮⋮どうした。急に? 我々を呼んで、何かあったというのか?﹂
突然、部屋の椅子の一つから人間が“生み出された”。
おうせん
﹁いや、呼んだのは“闇潜”⋮⋮ストライガーではありませんよ﹂
女将は生み出されたそれに小さく呟いた。
たつかぜ
﹁ふん。そうでもそうじゃなくても私は今ムカムカしている。なん
だ? 誰が我ら使徒を呼び寄せた? この“龍風”を呼ぶ重大に足
る事か? そんなこと使徒結成⋮⋮いや少なくとも闇潜が使徒とし
て認められた10年前から有り得ないことだ﹂
﹁存じております。龍風。だが、それは今口論すべきことではない。
そうだろう? 今集合が決されたのであるから、それに反すること
はしてならぬはずだよ﹂
﹁ふん。若者が﹂
龍風はストライガー︱︱闇潜の言葉を聞き、苛立ちを隠せないもの
の、何も言うことはなく自らの席に座った。
﹁⋮⋮まだ全然来てませんね。⋮⋮闇潜、座ってお待ちください﹂
ストライガー
女将の言葉に闇潜は頷き自らの決められた席へと座った。
﹁なんだぁ? 闇潜も、龍風も随分早いなぁ﹂
569
その荘厳な雰囲気をぶち壊す陽気な笑い声が聞こえてきたのは、闇
潜が座ってすぐのことだった。
しきがみ
﹁なんだ、式神か。来ていたのか?﹂
﹁いやぁ、龍風。何年ぶりだ? お前さん変わんないねぇ∼!﹂
﹁お前もな。式神﹂
龍風は式神、と呼んだ青年と会話に花を咲かせていた。
﹁さて⋮⋮龍風、式神。そろそろ席に着いてもらってもいいかな?﹂
気づくと闇潜から見て一番向こうにある席には人が座っていた。否、
アイン
既に“全ての席が必然的に埋まっていた”。
みなかみ
﹁おっ⋮⋮水神か。⋮⋮いや、欠番とでも言うべきか。今は﹂
﹁龍風。今は呼び名に関してどうこう言うものではない。私の︽欠
番︾就任はもう五年も前のことだ﹂
水神は自らが装着している眼鏡をかけ直し、
﹁⋮⋮さて、では始めるとするか﹂
﹁大神道会の全てを決める、会議を﹂
570
7
資本主義国と社会主義国において、違いは色々と存在する。
その代表的なものとして挙げられるのは﹃神﹄についてだ。
社会主義国の神は過去に生きた者として扱われ、それを人間が信仰
していくのに対し、資本主義国の神は“実在する”。現在に生きて
いる。そして、それを信仰していくのだ。
彼らは大神道会の︽使徒︾で、かつ今この世界に現出している神な
のだ。
﹁問題はなんだ? また神殿協会とやらが何か起こしたのか?﹂
龍風は苛立ちながらも、発言をした。こう会議に嫌々ながらも出て
くるのはやはり責任感があるからなのだろう。逆に言えば責任感の
ない神などここには来てないだろうし、使徒にすら選ばれていない
はずだ。
﹁単刀直入に言おう。実は、神殿協会がここに攻め込んでくる。こ
こも泥沼の戦場になる、きっとだ﹂
水神はただ言った。
会議の場に緊張が走り、全ての雑音を無視出来る程の静けさがそこ
ら中に広がった。
571
﹁神殿協会がか⋮⋮? 理由は宗教の弾圧か?﹂
﹁いや、そうであるとは一言では言えないだろう。彼らは今ある預
言者に操作されているらしい﹂
﹁預言者?﹂その言葉を聴いて一人の少女が耳を潜めた。
まだ年端もいかない少女だ。おかっぱ頭の彼女はここにはあまりに
も似合わないはずであるのに、なぜかその違和感は感じられない。
こがくれ
﹁木隠、君なら知っているはずだ。預言者の名を。大分昔に戦った
との報告を受けているからな﹂
﹁わたしは戦ったのではなく、その話をタイガノミコトから聞いた
だけなのだが⋮⋮、まぁいい。そうだ。わたしは確かにその預言者
の名前を知っている。たしか、そう﹂
﹁オール・アイだったな?﹂
木隠は笑いながら、言った。
572
8
﹁そうだ。オール・アイ。彼女がその全ての元凶だ﹂
﹁つまり⋮⋮、どうする? そいつを倒せばいいのか?﹂
龍風は犬歯を剥き出しにして、まるで遠吠えでもしそうな感じに呟
いた。
﹁まぁ、それが僕らに出来れば簡単に話は済んでしまうよ﹂だが、
でく
水神は微笑んで、﹁僕が言いたいのはそこではない。結論から言え
ば倒せないんだよ。倒そうとしたらそれは木偶さ。大量のダミーが
彼女にはある。倒すにもそれを倒さねば、話は始まらない﹂
﹁ならばどうする。本体を倒せば済む話ではないのか﹂
﹁いいえ、違います﹂水神は紙を出して机に広げる。﹁これは、オ
ール・アイの側近だった女性に聞き出したものです。あくまでも“
合法”に聞き出しました。それが、このケント紙に書かれてます﹂
むむ、と闇潜が目を見張って読む。そこに書かれていたのは、
﹃オール・アイは不老不死に成功した。毎朝林檎を欠かさず、パン
を食べ、ワインを飲むのだ﹄
﹁⋮⋮なるほど。神を自らの身に堕としたのか﹂
﹁どういうことです? 龍風﹂
573
﹁ワインは血、パンは肉。これが混ざることにより人間は生まれる。
そして、林檎。林檎は神の実として叡智の象徴とする宗教もあった
らしい。たぶん、そこから来ているんだろう﹂
﹁つまり、オール・アイは神になろうとしているのか? 生きてい
る人間全てを消し去ろうとしてまでも?﹂
﹁その可能性はある。現に彼女はまだ一度も戦場には出向いていな
い。もしかしたらまだ奥の手があるのかも︱︱﹂
︱︱しれない、と言おうとしたそのときだった。
ドガッ、ドガガガガガ!! と不定期に震動が訪れた。その場所だ
けではなく、全体が揺れるそれが。
﹁⋮⋮なんだ?! 一体何が訪れるというんだ!!﹂
﹁⋮⋮闇潜、モニターを回せっ!﹂
﹁はい!!﹂
もう上下関係などなかった。木隠が闇潜に指示し、闇潜はその指示
の通りにモニターを繋いだ。
モニターのカメラは地上の電波塔に繋がっていた。煙突に模したそ
れは彼らの通信手段のひとつだった。
そして、モニターはその惨状を写した。
﹁⋮⋮これは!!﹂
574
そこに広がっていたのは、先ほどの豊かな状態を嘘かと疑う程の瓦
礫だった。
瓦礫は大地を包み込み、茶色の地面すらを飲み込んでいた。
つい数分前にあったジャパニアの区々はそこにはなかった。
﹁ど、どういうことだ?! いったい、何があったと言うんだ⋮⋮
!!﹂
そう狼狽えていたのは先程まで余裕の塊だった龍風だった。
﹁⋮⋮あれだ﹂
水神が冷静に判断を下し、モニターの左端を指で軽く叩き、
﹁こっちに、映してくれ﹂
闇潜は小さく頷き、モニター下部にあるキーボードを両手で素早く
叩く。
ポロン、と軽い、どこか懐かしくも思える、電子音が鳴るとモニタ
ーが映していたその地形、瓦礫は右へスライドした。
﹁これは!!﹂
そして、そこに映し出された光景を見て思わず闇潜も驚いて口に手
を当てた。
575
そこに映し出されていたのは、獣。それも、予想を大きく裏切るほ
どに、巨大な。
それは一歩歩むごとにズシン、と重々しい音を出し、ゆっくりなが
らも確実にモニター︱︱正確にはモニターが受信している信号の送
信機であるカメラである︱︱の方へと向かって来ていた。
﹁⋮⋮どうやら、我々と戦いたいようだな?﹂
平静を取り戻した龍風がまた余裕そうな表情で呟いた。
576
9
オリジナルフォーズの登場は少なくとも全世界に衝撃を走らせた。
神殿協会の最後の切り札である、それは今最終決戦の地、ジャパニ
アへと辿り着いていたのだった︱︱。
?
その頃サリドたちもジャパニアへと辿り着いていた。
﹁⋮⋮ここがジャパニアか⋮⋮﹂
サリドはヒュロルフターム・クーチェから降りて、外を見た。
﹁にしてもまさかヒュロルフタームのコックピットに乗って移動す
ることになるとは⋮⋮、ある意味貴重な経験だけど﹂
グラムも続いて降りてきたがその様子は芳しくはない。
﹁意外と快適だったでしょう? 外があまり見えなかっただけで。
⋮⋮ステルスで来たから見つかる心配もないし﹂
﹁だからってなんでリリーのヒュロルフタームに集中するのよーっ
!! ヒュロルフタームは二台あるんだから分けなさいよっ!!﹂
ずかずかともうひとつのヒュロルフタームからノータ︱︱フランシ
577
スカが降りてきた。
﹁やぁ、フランシスカ。どうしたんだい、そんな顔して?﹂
﹁あんたは、なんなの! 全て解っていた癖にその言葉! あぁ∼
っ! イライラする!﹂
﹁⋮⋮牛乳飲む?﹂
﹁うるさい! リリーも何よ! 私にはあるものが突出してないと
でも言いたいの?! いいわよねー。ロリ巨乳だなんて需要ありあ
りじゃない。どーせ私はロリで貧乳の幼児体型ですよーだ!!﹂
フランシスカはそう言いながら砂浜に﹃キョニュウヨホロベ﹄と指
で延々と書いていた。
﹁いや⋮⋮別にその体型はいいと思うよ。スレンダーだし、僕は魅
力的な身体だと思うなぁ﹂
﹁何よっ⋮⋮。この⋮⋮ロリコンっ!!﹂
刹那、フランシスカの拳がサリドの頭蓋に命中した。
578
9︵後書き︶
次回更新:03/07予定
579
10
﹁結局僕は何を言えばよかったんだ?﹂
サリドは頭を撫でながら︵今も瘤が残っている︶、グラムに尋ねた。
ちなみにフランシスカは今はリリーと何でもないようにガールズト
ークに花を咲かせていた。
﹁女子って仲直りが早いよなぁ⋮⋮。なんでだろ?﹂
﹁さぁな。女子にならない限り解らん﹂
﹁⋮⋮で、さっきの話だけど﹂
﹁あぁ。⋮⋮たぶん何を言ってもお前の頭蓋にいくダメージは変わ
らないと思うぞ﹂
﹁だよなぁ⋮⋮﹂
そう言いながらサリドはまだ痛む頭を撫でた。
﹁話はまたまた変わるが﹂
﹁どうした? 今度は一体なんなんだ?﹂
グラムの問い掛けに、サリドは少し苛立ちを覚え始めた。
そして、呟く。
580
﹁だから⋮⋮ここは一体何処なんだ?﹂
言った瞬間、辺りの空気が凍りついた。
†
ジャパニアは北に一つ、それと西に二つ、合わせて三つの島とそれ
を中心として逆くの字型の島から成り立つ島国である。
だが、歴史は世界の中の何れよりも深く残り、﹃世界の生まれた地﹄
とも称されている程であった。
やおよろずのかみ
﹁たしか⋮⋮ジャパニアには神道という宗教が根強く残っているん
だったね。﹃全ての物に神は在る﹄という考えのもと、八百万神っ
ていうものがあるくらいだ﹂
﹁つまり⋮⋮、何から何まで全てに神がいるってことなのか? 人
工物とかもか?﹂
﹁人工物もそれに入るよ。僕は詳しくは解らないけど物を長く愛用
していくと神が物に堕ちてそれが神へと昇華するらしい。だから人
工物にも神は存在する、ってわけ﹂
サリドとグラムは海岸沿いを歩き、村を探していた。その最中の話
である。
﹁ふぅん⋮⋮。にしても解らん。異文化、とは言うがよくひとつの
581
世界にここまでの文化が根付いたんだなぁ⋮⋮﹂
﹁グラム。そこは世界の歴史学者の研究テーマのひとつにもなって
いることさ。ようは“世界はなぜここまで数多の文化が根付いたの
か?”ということ、これが解明されれば世界の謎もまた一歩紐解か
れるんだろうね﹂
﹁⋮⋮サリド。あれ、煙じゃないか?﹂
﹁君はどうしてそうも簡単に人の話を無視出来るんだ。⋮⋮あぁ確
かにそうだね。⋮⋮って待てよ。フランシスカたちはどうしたんだ
?﹂
﹁どうしたも何もお前の後ろにいるだろ?﹂
グラムが親指で後ろを指差すと、サリドもその方を見た。
すると確かに先程よりは明らかにペースの落ちたフランシスカたち
がいた。
582
11
﹁大丈夫かい。フランシスカ? リリーも。村が見えてきたからが
んばって﹂
サリドがそう言うとフランシスカたちは明らかに悦びの表情を示し
た。
﹁⋮⋮どれ?﹂
﹁ほら、さっきグラムが指差してたあの煙だよ。よかったぁ。あと
ちょっと遅かったら全員脱水症状で酷い目に逢ってたよ﹂
サリドは人差し指をその煙の方に向け、指差した。
﹁あぁ、確かにあるわね。⋮⋮でも、あれってほんとに人為的な煙
? なんだか違う気もするけど⋮⋮﹂
﹁気のせいだろ。ジャパニアはレイザリーやシャルーニュのような
資本四国とは違って文明が一段階遅れてるらしいからそれもあるん
じゃないか?﹂
グラムは︵明らかに右手にカンペと思われるなにかを所持していた
が︶すらすらと子守唄を歌うように言った。
﹁⋮⋮とりあえず向かおう。あの煙の方へ﹂
﹁別にいいだろうけど⋮⋮。サリド、ヒュロルフタームってあのま
までいいのか?﹂
583
グラムが指差した先にはもう識別がつかないほど小さくなった二台
のヒュロルフタームだった。
﹁あぁ。ヒュロルフタームを操縦できるのは前も言ったようにパル
スが一致する人間だけだから。それ以外の人間から見りゃただの木
偶に過ぎないよ﹂
なるほどなー、ってな感じでテキトーに返事をするグラムとは対称
的に少し不機嫌な感じになったフランシスカとリリーだった。
584
12
その頃、シャルーニュ公国。
﹁ところで、ロゼ。あなた大丈夫?﹂
上司であるリヴォルノ・エビアレースがロゼにそう尋ねた。
﹁?? どうしてです?﹂
﹁いや、ほらだって。一人ノータが増えたからそういう精神的トラ
ウマを抱えちゃって﹂
﹁まずリヴォルノさん。あなたはトラウマの意味を知ってから使い
ましょう。それは心的外傷って意味ですよ?﹂ロゼは適当に笑いな
がら、﹁それに彼とは意外と上手くいけそうですし。えーと、ウィ
ンドさん、でしたね﹂
﹁そう。ならいいのだけど﹂リヴォルノは笑って、﹁そうだ。あな
たこれから食事だったりする?﹂
﹁? えぇ。まぁ⋮⋮﹂
﹁だったらたまには一緒に食事でもしましょう? この基地の近辺
に美味しいパスタ屋さんが出来たのよ!﹂
﹁へぇ。⋮⋮それじゃあ御一緒させて戴きましょうか﹂
そう言ってロゼはリヴォルノと一緒に歩いていった。
585
†
﹁ほんとあなたって服選びのセンスがいいわよね⋮⋮。これで身体
が良ければ﹂
﹁リヴォルノ﹂ロゼは冷たい、氷のような声で、﹁これは僕のお気
に入りのスカートなの。侮辱しちゃ、駄目ですよ?﹂笑って言った
が、だがしかし目は笑っていなかった。
﹁ありゃ。ちょっと傷に触っちゃったかな? ごめんね?﹂
﹁いえ⋮⋮。そんなことは別に構いませんよ。ですけど⋮⋮﹂ロゼ
は隣を指差して、﹁なぜ彼がここにいるんです?!﹂
隣には黙々とパスタを絡めとるウィンド・キッシュホックの姿があ
った。
﹁まぁ、親睦会みたいなものさ。仲良くなるべきだろう? これか
ら良きパートナーになるんだからな﹂
そう言ってリヴォルノはワイングラスに注がれた水を飲み干した。
﹁⋮⋮まぁそんな話はさておいて。何があったんです?﹂
﹁おや、解っちゃった?﹂
﹁当たり前でしょう! あんたが食事を奢るなんて言い出すわけな
586
いし! なんか裏があるに決まってます!﹂
﹁まぁまぁ、落ち着いて﹂
﹁これが落ち着いていられるか!﹂
まるでコントである。ウィンドは小さくため息をついて、またパス
タを絡めとりそれを口にいれた。
﹁⋮⋮ほらー。あんたがぎゃあぎゃあ叫ぶからナイーブになっちゃ
ったじゃない﹂
リヴォルノはスープを一掬い飲み、言う。
﹁⋮⋮それなら、申し訳ない。ごめん﹂
﹁いえ、僕は何とも思ってないですし⋮⋮﹂
ウィンドは遠慮がちに笑って言った。
587
13
﹁さて。お互いが謝ったところで、用件と行きましょうか﹂
﹁それ絶対狙ってたよね? なにその計画犯罪?﹂
﹁人を犯罪者扱いするだなんて、酷いわね﹂リヴォルノは小さく微
笑みながら、﹁それよりあなたたち、﹃使徒﹄って解るわよね?﹂
﹁大神道会の信仰対象でしょ? それくらい解りますよ﹂
ロゼは少し苛立ちながら言って、パスタを一口食べた。対してウィ
ンドは小さく頷くだけだった。
﹁そう。使徒。それが今ジャパニアで会議を開いているのよ﹂
﹁ジャパニアで? なんで? 本部と“依り代の会議場”があるシ
ャルーニュじゃなくて?﹂
﹁それはわからないわ。けれど、使徒が何かしようとしているのは
事実﹂リヴォルノは箸を取り出し、﹁さらに神殿協会のディガゼノ
ン聖軍がジャパニアに侵攻を開始している。⋮⋮偶然とは、思えな
いわよね?﹂
﹁そういえばシャルーニュの隣国であり同じ資本四国のひとつであ
るレイザリーにも侵攻し、首都が陥落してましたね﹂ここで漸くウ
ィンドが会話に参加した。ウィンドの声は少し低かった。﹁その後
直ぐに資本四国が挑発をしたために追い出しに成功しましたが⋮⋮
それでもまだ被害は大きい、と﹂
588
﹁そうそう。それであなたたちに頼みたいことがある訳よ﹂リヴォ
ルノは水を一口飲んで、﹁神殿協会の蔓延る地、ジャパニアへヒュ
ロルフターム2台を派遣するわ﹂
﹁ええっ?! 彼と一緒に?!﹂
﹁いやなの?﹂リヴォルノは不敵な笑みをこぼす。この女、計画を
緻密にたてている。
﹁さぁさ、決まったら飯食っちまいな﹂リヴォルノは端末を取り出
して、﹁あんたのヒュロルフタームコードってAQ23−wesd
−4c−4500でいいわよね?﹂
﹁許可ってこれからですか⋮⋮。やれやれ、本当にあきれる﹂
ロゼは頭を抱えながら、テーブルに突っ伏した。
ウィンドはただその光景を見て見ぬ振りでもするようにスープを一
口すすった。
589
14
そのころ、サリドたちはようやく村へとたどり着いた。
しかし、
﹁グオオオオオオオオオオオン!!!!﹂
﹁な、なんじゃありゃぁ!! バケモノじゃねえか!!﹂
グラムが驚くのも無理はなかった。
そこにいたのは、紛れもないメタモルフォーズだった。
だが、正確に言えばそれでもなかった。
なぜなら、
それはその大きさを凌駕していた。高さ50メートルはあるヒュロ
ルフタームよりも高い。恐らく頭を撫でられてしまうくらい、高さ
が違う。
﹁ど、どうするんだよ?! このままだと、手も足もでねえぞ!!﹂
﹁生憎、うちらは今疲労も困憊してんだ!! ヒュロルフタームも
隠しているし、なんとか逃げるしかないだろう!!﹂
そう言ってサリドは三人を引き連れて、瓦礫の山へと走り出した。
590
﹁さて⋮⋮どことなくどっかで見たことがある光景な訳だがそれは
どっかに捨て置いてくれ﹂
﹁先にそれを言ったのはおまえだよな﹂
﹁さーてと。あいつは一体なにもんだ?﹂サリドはグラムの言葉を
華麗にスルーして、﹁メタモルフォーズ⋮⋮なんだろうなぁ。にし
てもあんなでかいの見たことないぞ﹂
﹁⋮⋮切り札は最後までとって置くもの﹂
リリーは小さく呟いた。
﹁確かにリリーの言うとおりだ。だからといってもあれは反則レベ
ルだろ?! あんなん登場しちまったら人間はあっと言う間に滅ん
じまう!!﹂
﹁それはそうだけど⋮⋮。でもあんなバケモノでもかならず勝機が
あるはずよ。弱点がない、ってことはあり得ないんだから﹂
フランシスカは冷静にこの場を判断して言った。やはりこう言うと
きにこういう人間がいる方が楽である。
﹁それはそうだ。だけど、どうする?﹂
﹁あんた、一から十まで説明しないとダメなクチか? あぁ、一番
めんどくさいタイプだな。まったく。それくらい自分で把握してく
れよ。私だって説明するのが楽じゃないんだ。それにおまえはそん
なに弱い人間だったか?﹂
591
フランシスカはサリドの顔の目の前に人差し指を当て、言った。
592
14︵後書き︶
次回更新:03/21
︵03/09、03/14、03/16は更新おやすみです。︶
593
15
﹁作戦会議をたてよう﹂サリドが開口一番に言ったことは至極当た
り前のことであった。
﹁⋮⋮女の子に諭された結果が作戦会議か? おまえの頭は何だ。
見せかけなのか。そんなに大きい頭には何にも入っていないのか。
私が味噌でもつっこんでやろうか。ジャパニアは味噌が名産ならし
いからな﹂
﹁いや、遠慮しておくよ。味噌を入れたら僕の頭を焼けばいい色に
なって美味しくなってしまいそうだ﹂
﹁あぁ。それをねらっているんだが?﹂﹁つまり僕は非常食ってこ
とか﹂
フランシスカとサリドが火花をちらしていると、﹁あ、あのー。っ、
さっさと始めようぜ。時間の無駄だ﹂グラムが横やりを入れてきた。
﹁ふぅ。よかった。助かったよ。初めて君を尊敬できた﹂
﹁そうか。裏を返せば今までは侮蔑していた、ってことなんだな?﹂
594
﹁ってなことで、アイツをどうする?﹂サリドは再びスルースキル
を発動して、﹁⋮⋮出来れば人間を使わない戦いを望みたいんだけ
ど﹂
﹁それはつまりノータである私たちに戦えってのかー。この意気地
なしー﹂
﹁いや、だっておまえ等もともと戦う任務あるじゃん!! ヒュロ
ルフタームが戦争の代名詞なんだから、この場合もヒュロルフター
ムが解決するのが建前でしょ!!﹂
﹁そこは代名詞とかなんとかをぶちこわして人間が戦っちゃおうよ﹂
﹁それじゃ今までと同じ!! 俺ら死んじゃう!!﹂今度はグラム
が反論してきた。
︱︱つまり、意見は﹃人間﹄を用いるか、﹃ヒュロルフターム﹄を
用いるかの真っ二つに分かれてしまっていた。
﹁まぁ、とりあえず俺が考えた作戦を言うとだな﹂サリドは唐突に
言い出して、﹁まずは俺らが陽動として手榴弾でもなんでもぶっ放
して、逃げまくる。その隙を狙ってヒュロルフタームを起動させて、
それでやっと対等に戦える、って感じだな。ありがちなやつだけど、
595
それでどうかな?﹂
﹁異論なし﹂とフランシスカ。
﹁問題ない﹂と小さく呟くリリー。
﹁まぁ、しゃーないか﹂と小さく頭を掻きながらグラム。
﹁よし、じゃあそういうことでっ﹂サリドは手を掲げ、﹁作戦を、
始めよう!!﹂
596
15︵後書き︶
とりあえずの蛇足:
そういえば、これのナンバリングが﹃章﹄だと思われると思います
が、﹃話﹄です。なのでこれも最終章第十五話という感じだと思っ
ていただけると。
597
16
刹那、サリドとグラムはオリジナルフォーズに向かって走り出した。
それと対にフランシスカとリリーはヒュロルフタームの起動の為に
砂浜へと駆けだした。
﹁おい、こっち向けよでくの坊!!﹂
そう言ってグラムは力一杯込めて手榴弾を投げ込んだ。
それはオリジナルフォーズの背中に激突し、爆発を起こした。
だが、
﹁おい!! 何も反応しねーぞ!!﹂
﹁こいつはまずいな⋮⋮。俺たちの最強装備が反応しないなんて⋮
⋮﹂
﹁まぁ、この世界で手榴弾が最強装備ってあり得ないんだけどね。
インド象に爪楊枝で挑むくらい愚問だよね﹂
598
﹁おい、じゃあなんでおまえ止めなかった﹂
﹁おもしろかったから﹂
﹁こいつひでえ! 外道だ! お巡りさん! 外道がここにいます
!﹂
﹁お巡りさんなんてこの世界にはほぼ通用しないと想うけど?﹂
サリドはもう笑うことしかしなかった。
?
そのころ、リリー。
﹁あの二人、大丈夫かな﹂
﹁ダメだったらしゃーない。ヒュロルフタームで全滅させるしかな
599
いでしょー﹂
心配するリリーを余所にフランシスカは、適当な調子であしらった。
﹁別にあいつらにはそんな感情抱いてないしねぇ。あいつらがいつ
死んだって私はいいのよ。だって、戦場に幾人間はいつか死ぬじゃ
ない? だから、死んでもしかたないのよ。保険なんてないし、残
機も1個だけ。今生きているこの身体だけよ。平和で暮らしたい、
死にたくないなら戦場にくるんじゃない。むしろきてほしくないし、
そんなの使えない。くず以下だ。ゴミや犬のほうがまだ使える﹂
﹁あなた、それだから友達も恋人も出来ないんじゃなくて?﹂
﹁余計なお世話よ﹂
そう言って、二人はヒュロルフタームにそれぞれ乗り込んだ。
600
17
そして、そのころ。
﹁⋮⋮これでいいんだろう? ⋮⋮“オール・アイ”﹂
﹁ああ。もうなにも文句は言わないよ。ご苦労様だった﹂
オール・アイとレイシャリオは話をしていた。神々しい光が差し光
る建物の中で、彼女らは話をしていた。
﹁ところで、この後はどうすればいいのでしょう?﹂
﹁エヴァードが“槍”を体内へ取り込めば完全なる存在へと昇華す
る。それまではシェルターにでも逃げ込んでいればいいだろう﹂
﹁⋮⋮余裕なのね﹂
﹁なにが言いたい?﹂オール・アイは顔を見せずに、﹁私はただ“
神から言われたこと”を伝えているだけですよ﹂
601
ただなにも知らぬ振りをして、彼女はただ水晶玉を見つめるだけだ
った。
﹁時に、どうだ? 様子は﹂
場所は変わり、闇の会議場。
﹁ライファウルの報告によればエヴァードは全ての準備を終え今ジ
ャパニアへと向かっているとのことだ。あとは槍を取り込めば全て
が終わる﹂
﹁槍は?﹂
﹁槍は、まだ来てはいない﹂
﹁⋮⋮なんだと?﹂
﹁槍はまだ発掘が為されていないんだ﹂
﹁発掘されてない⋮⋮。つまり見つかっていないというのか?﹂
602
﹁申し訳ない﹂
﹁申し訳ない、ですむのか!? このために我々は八千年もの時間
をかけたのだ!! それが今更”発掘できていない”という一言で
片づけられるのか?!﹂
﹁済まないと思っている。急ピッチで進めている。今日の深夜2時
には発掘を完了し、槍は相手を求めてマッハ4の速さで飛ぶ。それ
までの辛抱だ﹂
﹁じゃあ、それで大丈夫だな。任せたぞ?﹂
﹁あぁ。任せていろ﹂
そして、闇の会議場から声が消えた。
603
18︵前書き︶
はじめに。
今回の話は少し長いです。
604
18
そのころ、サリド。
﹁ちくしょう!! 食らってる素振りすら見せねえ!! これじゃ
あうちらは蚊かよ?!﹂
﹁いや⋮⋮迷惑がってないから、それ以下じゃないか? とりあえ
ず無視されるのは腹立たしいね﹂
﹁そうだよな⋮⋮。とりあえずこのままだとあいつがヒュロルフタ
ームの方へ向かっちまう。もう時間的についただろうが、いくらあ
いつらでも寝込みを襲われたら元も子もねーぞ﹂
﹁寝込みではないけどね。実際には油断しているところだ。⋮⋮ま
ぁ、どっちにしろこっちが不利ってことには変わりないけど﹂
サリドの言葉にグラムはなんどもサリドの顔を見て、
﹁お前⋮⋮? よく冷静でいられるよな? こんなときに。普通な
ら一気に走って逃げる余裕すらないんじゃないか?﹂
605
﹁そうか? 別に俺はそうとは思わないけどなぁ。とりあえず⋮⋮
っと!!﹂
サリドの動揺にグラムは気になり、振り向くとサリドは倒れていた。
恐らく下にあった瓦礫に引っかかったのだろう。
﹁あの⋮⋮馬鹿っ!!﹂
グラムは焦って、急いでサリドの方へUターンしようとした。
その時だった。
﹃何やってるんだ?﹄
まるで拡声器かなにかで無理矢理引き延ばしたような声が、空に響
いた。
そしてサリドに殴りかかろうとしていた獣はいつになっても殴りに
は来なかった。
﹁⋮⋮なんだ?﹂
サリドは恐る恐る目を開ける。
そして、そこにいたのは、
606
オレンジのカラーリングをしたヒュロルフタームに、それと随伴し
て立つ灰色のヒュロルフタームだった。
﹁ロゼ!﹂
﹃いいから急いでっ!!﹄
ロゼの言葉に従い、サリドは態勢を立て直し、一気に走った。そし
て、それを観たグラムもサリドと並ぶようにペースを調整して走る。
﹁⋮⋮にしても、なんでロゼが? 彼女はシャルーニュの人間だろ
⋮⋮?﹂
﹁たぶん神殿協会がこっちに侵攻してきただのでこっちに流れてき
たんじゃねぇのか? あまり詳しくは解らねぇが味方であることは
間違いないだろ?﹂
グラムの言ったことにサリドは首を傾げながらも頷いた。
リリーとフランシスカがヒュロルフタームに乗り込んでやってきた
のも、その時だった。
︱︱結果として、四台のヒュロルフタームが邂逅することになった
のだった。
﹃ちょっとロゼ、どうしてあんたがここに⋮⋮!!﹄
フランシスカがヒュロルフターム内の拡声器を利用して、大声を上
げた。拡声器を利用して、かつ大声なので超音波にも聞こえかねな
いそれが空に響き渡った。
607
﹃そんなことよりあんたはどうしてサリドたちを守らんの?! 一
般人はこれにやられてしまうだけだぞ!!﹄
ロゼも同じように語気を強めて、叫んだ。超音波と超音波のぶつか
り合いの為か、衝撃が地面へと走る。
﹁わわわ⋮⋮。二人の放つ超音波がぶつかり合って、こいつはやば
いな﹂
﹁冷静過ぎるだろお前。もうちょいなんか慌てろよ﹂
﹃⋮⋮とりあえず、ここは私たち二台で何とかする。レイザリーは
被害者の救出にあたって!﹄
﹃解ったわ﹄答えたのはフランシスカではなく、リリーだった。
﹃な⋮⋮。リリー、あんた勝手に⋮⋮!!﹄
﹃行きましょ。フランシスカ。まだ助けを求めてる人は沢山いるわ﹄
そう言って、クーチェはゆっくりとこの地を後にした。それを見て、
フランシスカ、最後にサリドとグラムも。
﹁⋮⋮大丈夫か? ウィンド﹂
通信を終え、リリーは内線通話に切り替える。話の相手は今回のパ
ートナー、ウィンドだった。
﹁えぇ。にしてもこの仮設6号機、ちゃちくありません? なんだ
608
かロズベルグさんのとも性能が劣るような⋮⋮﹂
﹁それは仮設機だからな。仕方ないだろう。初めて我が国で作り上
げた量産型ヒュロルフタームだしな。レイザリーが5号機を失った
今を好機だと思っているんだろうが⋮⋮、最近のシャルーニュの動
向はどうも好きになれない﹂
﹁⋮⋮どういうことですか?﹂
﹁考えてもみろ。今まで温厚を突き通し、“外交でのポーカーフェ
イスは天下一品”とも言わしめた我が国家がだぞ、他の国の技術を
登用して大量に兵器を作り、レイザリーを盛り返すだけが目的、と
は到底思えない。何かが裏にある。きっとそうだ﹂
﹁⋮⋮つまり、何が言いたくて?﹂
﹁シャルーニュの裏には何か別の巨大な力が蠢いている。恐らく、
神殿協会もそれに操られているのだろう。ここ最近の事件などは全
てそれが原因だ。その組織が昔から何かを計画していた。ヒュロル
フタームもメタモルフォーズもノータも全てがコマだ。双六のコマ
のようなものだよ。そしてその計画は⋮⋮恐らく世界を揺るがすも
のだ﹂
﹁⋮⋮、﹂
ウィンドはもう何も語ることはなかった。
何処かに消えた獣の足跡をただ眺めるだけだった。
609
19
その頃、サリドたちは瓦礫の中から人間を助ける所謂当たり前な行
動を開始していた。生きている人間にはレーション︵この際、味に
は我慢してもらう︶をあげて栄養をとってもらい、死んでいた人間
には細やかではあるが花を捧げて土へ埋める。この工程を何度も何
度も繰り返していた。
﹁生存者25名、死亡者170名⋮⋮。人が死にすぎだ⋮⋮!!﹂
﹁まるで地震のような衝撃だったし、ここはレイザリーやシャルー
ニュとは違って木造建築、家屋に押し潰されて死んでしまうという
のが多いね﹂
こんな中でもサリドは冷静に分析をしていた。
﹁そこで何をしている﹂
サリドはその声を聞き、驚いた。ただ人がいた、それも生きている
という簡単に普通な驚愕ではなく、人には考えられない靄のような
もの︱︱オーラとか陽炎がそれに近い︱︱が真後ろに立たれている
だけで感じる、その“非日常”な驚愕、それをサリドは感じていた。
そこにいたのは、おかっぱ頭の年端もいかない少女だった。色褪せ
た薄紫色の浴衣のようなものを着ていた。
ただ、そこにいたのは明らかに“人と呼べるもの”ではなかった。
なぜそうと感じられるか? それは、先程に書いた人とは違うオー
610
ラ、というのもあるだろう。だがしかし、それだけではない。
そこにそれがいる、と感じさせるだけで周りの人間は死の恐怖に襲
われる。訳も解らぬまま、人は戦わずしてそれに恐れ戦く。
そうしてそれは戦わずして勝利を得続けたのだろう、サリドは背中
にじわじわと感じる汗をただ何もすることなく流させていた。
﹁⋮⋮もう一度尋ねようか﹂少女はため息をついて、﹁なぜ、ここ
にいる?﹂
その時、明らかに冗談ではなく、衝撃が二人の体に伝わった。二人
の体にさらにどっと汗が浮かぶ。明確な“死”の気配、それを二人
は感じていた。
﹁木隠、どうしました?﹂
次に聞こえたのは、気づくと木隠の隣に立つ人間からだった。しか
しその声はサリドにとって少し懐かしい声でもあった。
﹁⋮⋮ストライガー⋮⋮か?﹂
サリドは思わずその名前を口にした。ストライガーはそれに気付き、
言った。
﹁⋮⋮久しぶりですね。サリド・マイクロツェフ。ようこそ、“神
の国”ジャパニアへ﹂
ストライガーは笑って言った。
611
19︵後書き︶
次回更新:03/28
外伝第一話を03/23の公開時に更新します。どうぞお楽しみに。
612
20
﹁⋮⋮つまり、ストライガー。お主の知り合いでいいのか?﹂
﹁えぇ。少し前にプログライトに私が行きましたよね。あの時助け
てくれた方達ですよ﹂
ストライガーと木隠はサリドとグラムを他所に短い会話を交わした。
﹁⋮⋮そうか。ならば申し訳なかった。⋮⋮自己紹介をしておこう
か﹂
木隠はそう言って小さい腕を胸に当てた。
﹁私は木隠。大神道会の“使徒”の一人だよ﹂
﹁⋮⋮使徒?﹂
﹁おや、聞いたことがないかな? ならば八百万神は解るだろう?﹂
木隠の言葉にサリドは小さく頷く。
﹁解ればいい。少し話が長くなる﹂木隠は振り返り、﹁話はこの世
界にジャパニア︱︱当時はニッポンという国だったが、それが出来
る時に遡る。全ての神、天照大神が神を創り、人を作った。そして
人は文明を開化させ、独自の進化を遂げた。我々神も信仰の対象と
して人に崇められることとなった﹂
﹁だが、人は文明を進化させていくうちに気付いたのさ。﹃人は神
613
に成り変われる唯一の存在﹄だとな。そんなことは有り得ない。神
が人になる“堕天”はあるがな。⋮⋮話がずれてしまったな。とい
うわけだから神の方でも不信を抱くようになった。﹃信仰を抱かな
い人間を、神が守る意味はあるのか?﹄とな。それからは⋮⋮血生
臭い争いだ。神の力を操ろうとした組織、それと神を守るためにあ
る組織との闘い。⋮⋮結果として後者が勝った。そして神の力を悪
用しようとする人間は居なくなった⋮⋮はずなんだ。人間はその後
爆発的な速度で人口を増やし続け、﹃人が人としていられる定員﹄
を迎えてしまいそうだったのさ。それを迎えたらどうなると思う?
簡単だ。人が増えたとしてもそれは人じゃない。どこかしら抜け
ている人紛いのやつだ。あぁ、人じゃないんだよ。脳がない人間。
頭がない人間。心臓だけしかない人間。それは様々だ。⋮⋮あくま
でも人間どもの試算だがな。そして、人間どもは考えた。﹃もし人
として居られないなら、自分達が神に成り変わればいい﹄とな。そ
して旧時代は終焉した。彼らが神となったかは私には解らないがね﹂
サリドは木隠の話を時折、相槌を入れながら聞いていた。
﹁⋮⋮そんなことがあったのか⋮⋮? 旧時代に⋮⋮!!﹂
話を聞き終えたサリドは思わず立ち上がった。
﹁⋮⋮えぇ。だがこれは大多数の人間は知らない。すべて﹃はじま
りの福音書﹄に書かれているものだ。だが我々はもともとそれを経
験しているから読む必要はない﹂
﹁⋮⋮木隠、と言いましたっけ﹂
サリドの言葉に木隠は頷く。
614
﹁神殿協会はいったい、何をしようとしているんですか⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮恐らく神殿協会はオリジナルフォーズを⋮⋮神の使い手を使
って旧時代の人類を滅ぼそうとしているのかもしれない。もう冷凍
保存でいた彼らは生き返っているからな﹂
﹁⋮⋮彼らに逢わせてはくれないでしょうか?﹂
サリドは突然そんなことを言い出した。
﹁⋮⋮別に構わんよ。君らはストライガーの仲間だ。ならば否定す
る理由などない﹂
そう言って木隠は振り返り歩き出した。ついてこい、ということだ
ろうか。
とりあえずサリドたちは歩いていく木隠に着いていくことにした。
615
21
旧時代の人類はジャパニアの小さな研究施設の地下に住んでいた。
﹁⋮⋮もしもし。風間修一はいるかね?﹂
木隠は着いてすぐ、そばにいた女の子に話しかけた。
中は凡そ1700人ほどの人間がいた。この狭い空間にずっと⋮⋮、
と考えるとサリドは胸が締め付けられそうになった。
﹁やぁ、シュウイチくん﹂
闇潜、ストライガーが声をかけたのは男だった。背はサリドよりも
高く、白いTシャツを着てジーパンを履いていた。ただ、一番目を
惹かれたのは、彼が持つその剣だった。
いったいいつの時代に作られていたのか、彼には解らない。神であ
る使徒たちですら年代の特定は出来なかった。
それは昔は血がこびりついていたのだという。だが、何とかそれを
落としたのだとか。彼はどうやって手に入れたのだろうか?
﹁⋮⋮あぁ。ストライガーさんですか。どうしたんですか?﹂
彼は健やかな笑みを浮かべて、言った。
﹁彼らが会いたいと言ってね?﹂
616
﹁そうですか。⋮⋮はじめまして。僕の名前は風間修一と言います﹂
﹁僕はサリド。サリド・マイクロツェフ。そして隣はグラム・リオ
ールだ﹂
そう言ってサリドとグラムは修一に握手を交わした。
﹁⋮⋮そういえば、お主が持っていたリンゴだったかな、調査を重
ねた結果莫大なエネルギーが得られることが解った。資本四国のヒ
ュロルフタームの動力にも近いものがある﹂
木隠は修一に思い出したかのように言った。
﹁なるほど。そうなんですか。⋮⋮じゃあそれがあればエネルギー
はなんとかなりますね⋮⋮﹂
修一は疲れたように近くの椅子に腰かけた。
﹁どうも、サリドです﹂サリドは修一が石に腰かけたのを観て、見
計らったように隣に座った。
﹁あぁ。⋮⋮君か﹂
修一は眠たそうに懐から葉巻を取り出し、火を付ける。修一はサリ
ドにも渡そうとしたが︱︱ストックが一個もなかったのか、そのま
ま手を葉巻の方に回した。修一は気持ち良さそうに白い煙を吐いて、
﹁⋮⋮どうした? 何か用か? 用が無ければ話しかけることもな
いか﹂
617
﹁リンゴ⋮⋮とはいったい?﹂
﹁リンゴ? あぁ。僕が持ってた木の実の事だ﹂修一は懐から小さ
なリンゴを取り出す。それは黄金のように光輝いていた。﹁⋮⋮恥
ずかしいことに僕は記憶喪失でね? 彼女⋮⋮秋穂に名前をつけて
もらったのさ。風間修一という名前をね﹂
﹁⋮⋮それじゃ、ほんとの名前は⋮⋮?﹂
﹁わからないよ。僕が最後に覚えているのは、この剣を持って秋穂
とともに冷凍保存をされたってことだけだ﹂
修一の顔はどこか悲しそうだった。だが、その悲しみをサリドは解
るはずもなかった。
618
22
その頃、リーフガット。
﹁⋮⋮、やぁ。ネフィルティティ﹂
﹁やぁ、リーフガット。その皮肉な感じは相変わらずだな⋮⋮?﹂
リーフガットの目の前に立っていたのは、
リーフガットにそっくりな、人間だった。
﹁相変わらず着飾らない女だなぁ、お前は。もう三十路だろ? も
う少し色気を纏えよ。でないと本家から帰還命令を出されちまうぜ
?﹂
ネフィルティティと呼ばれた人間︵しかしどう見てもそれはリーフ
ガットの姿であったのだが︶は憂鬱そうにリーフガットを見た。
﹁⋮⋮ならその女の物真似をしているお前も同じことになるんだな
?﹂
リーフガットは皮肉混じりにせせら笑った。
﹁ワタシ? 私はほら、ちゃんと色気纏ってるし? あんたみたい
な格好してるのもあんたが来ると解ってたからしたことだし。⋮⋮
で? 用件は何だ?﹂
619
﹁話が早くて助かる。単刀直入に言う﹂
リーフガットはそのまま、ネフィルティティに顔を近づけ、言った。
﹁⋮⋮神殿協会の目的はなんだ?﹂
620
23
その頃、サリド。
﹁⋮⋮話がずれてしまったな。サリドくん。一つここは昔話をしよ
うじゃないか﹂
﹁昔話?﹂
﹁そうだ。まぁ⋮⋮昔話よりかは神話に近いものがあるがね。旧時
代の神話だよ﹂
修一はただ小さく呟いた。そしてその神話の内容を言った。それは、
こんなことだった。
昔、といっても人間はおろか今の世界すら誕生しなかった時代、に
神によって一組の男女が誕生した。
その名はアダムとイブ。彼らは神による安寧が約束され、平和な毎
日を過ごしていた。
ところがある日、イブは楽園で遊んでいたとき一匹の白い蛇と出会
った。
蛇曰く、カミサマは君たちをここに監禁しようとしている、と。
さらに続けて、ここはカミサマによって作られたジオラマである、
とも。だからこの世界はカミサマの思うがままに動かし、滅ぼすこ
621
とが出来る、と。
イブ曰く、ならばどうしたらいいのか? 私たちは自由に毎日を過
ごしたいのだ、と。
蛇、笑って曰く、簡単な事だよ、と。
楽園の中心にある樹には金色の林檎が生まれるという。だがそれは
カミサマによって訓示された唯一のルールで見つけても食べてはい
けないとされているものだった。
蛇曰く、君らが自由になろうとも君らにはあるものが足りない、と。
それは、知恵だ。知恵を手にすれば、神をも凌ぐ力を君らは手に入
れることになるだろう、と。
イブは蛇の話を聞き、アダムの元へ戻った。アダムは神をとるか、
自分達をとるか。長い間悩んだ。そして、アダムはひとつの結論を
導いた。
アダム曰く、金の林檎、知恵の実を取りに行こう。蛇に従おう、と。
蛇の事を最終的に彼らは信じた。神を捨て、彼らは知恵の実を食べ
た。
それを知った神は怒り、ついにはアダムとイブを罪の世界へと突き
落とした︱︱と。
﹁えぇ、その話は聴いたことがあります。確か、旧時代を含んだこ
の世界が生まれた⋮⋮天地創造に関する神話だった﹂
622
﹁そうだ。だがこの話こそ、今彼らが行おうとすることに関わって
くるんだ﹂
サリドの言葉に修一は頷きながらも、質問を提示する。
﹁⋮⋮それはどういうことですか?﹂
﹁まぁ、聞け。まず知恵の実と生命の実は知ってるな?﹂
﹁⋮⋮まぁ、話だけなら。確か、どっちも手にしたものは神へと昇
華するんでしたっけ?﹂
﹁そうだ。そしてアダムとイブが手に入れようとした、実際には手
に入れたのか、それは?﹂
﹁知恵の実ですよね? そんな解りきった質問しないで下さいよ﹂
﹁⋮⋮もし、そのアダムとイブに予め生命の実があったとしたら?﹂
ここでサリドはようやく修一の言っていることに気付いた。
﹁⋮⋮アダムとイブが、神になる⋮⋮?!﹂
﹁そういうことだ。蛇は彼らを神にしようとしていたのさ。その理
由は解らぬよ。ただ、これが人間の生まれた理由。そして、話は変
わるが神は知恵の実を盗まれたことにより、その後獣に姿を変え、
大地にその身を埋めた⋮⋮。まさかその時には遠い未来に人間が掘
り起こすとは思わなかっただろうな﹂
623
﹁⋮⋮まさか、それって⋮⋮﹂
﹁そうさ﹂修一は笑って、﹁⋮⋮神殿協会、彼らが行おうとしてい
るのは神の降臨だ﹂
624
24
そしてその頃リーフガットもサリドと同様神殿協会の目的について
知らされていた。
﹁⋮⋮なんてこと。まさかそんなことを仕出かそうだなんて⋮⋮!
!﹂
﹁あのメタモルフォーズはオリジナルフォーズという名前だ。神殿
協会は随分前にあれが生命の実しか入ってない、謂わば未完成であ
ることが解っていたんだろうな。だが、肝心の知恵の実はどこにも
なかった。そう、今年までは﹂
﹁⋮⋮どういうことだ?﹂
﹁考えてもみろ。神殿協会が激しい行動を始めたのは今年からだ。
俺の情報によりゃプログライト戦争にも神殿協会が関与をしている
と思われる。そう、全てはこの日のために、神殿協会は仕組んでい
たんだ﹂
﹁知恵の実が今日にならないと出てこない、ということか⋮⋮!!﹂
リーフガットの驚いた顔を見て、ネフィルティティ︵ちなみにまだ
リーフガット擬きである︶は楽しそうに笑っていた。
﹁笑ってる場合じゃないだろ?! 世界が消滅するかもしれないん
だぞ?!﹂
﹁あー、するだろうね。だが、それは自然の摂理だ。誰にも逆らえ
625
ないとは思うけどね﹂
﹁貴様⋮⋮、それでも軍人か⋮⋮!!﹂
リーフガットはネフィルティティの胸倉を鷲掴み、言う。
﹁⋮⋮解っているだろう。リーフガット﹂だが、ネフィルティティ
は抵抗もせず、
﹁もうダメなんだよ。誰が足掻こうとも神はもう降臨する。もう⋮
⋮ダメなんだ⋮⋮!!﹂
﹁いや、まだダメじゃない﹂リーフガットは微笑み、﹁まだ私のか
わいい部下がいるからな﹂
そう呟いた。
?
﹁神の降臨⋮⋮って。そんなことをしてしまえば⋮⋮!!﹂
﹁話はまだ続いているよ﹂
サリドと修一は神の降臨についてまだ話をしていた。
﹁知恵の実は俺が持っているこれだが、実はもう一個ある﹂
626
﹁?﹂
﹁知っているかな? 知恵の実は簡単に言えば﹃地球の記憶﹄を濃
縮させたものだ。よって知恵の実はマントルに蓄えられた46億年
の記憶、歴史より成る。⋮⋮だが。それは知恵の実だけではなく、
槍状の何かにも移った。それを形成したのがマントルの金属、例え
ばニッケルとからしいからな。槍は確かシャルーニュに補完されて
いると聞く。地に埋めたんだと。大地に落ちてある瞬間に莫大なエ
ネルギーが地表へ放出されるらしいが、そのへんの詳しいメカニズ
ムは解らない。そして、時は来たんだろう。﹃はじまりの福音書﹄
のタイムリミット、ってやつだな。今頃奴らは発掘に躍起している
ころだよ﹂
627
25
その頃、闇の会議場。
﹁⋮⋮槍は手に入れたようだな﹂
﹁今こそ、神を降臨、堕天させるのだ⋮⋮!!﹂
﹁しかし、その衝撃はこの星を恐らくいくつかの破片に分断させて
しまうぞ?﹂
﹁それが神の判断ならば、仕方あるまい﹂
﹁シグナルはどうする?﹂
﹁ヤツラはもう神を信じていない。悪魔の組織だ。そんなヤツラは
神の裁きを受けてもらうことにしよう﹂
﹁なるほど﹂
﹁そのとおりだ﹂
その言葉に、闇の会議場の所々から声が上がる。
﹁⋮⋮ならば、諸君。これでよろしいかな?﹂
議長の発言に全員は右手を挙げ︱︱賛成の意志を示し︱︱た。
﹁ならば、槍とエヴァードの融合は手短に素早く行わねばならない。
628
147秒後、射出を行う﹂
﹁了解した﹂
そうして、闇の会議場は再び沈黙に包まれた。
そして、147秒後。
シャルーニュ公国第一公家特領アルセタム・ノーク。
遺跡発掘現場にて、第一級危険物に指定される、“槍”が発動・射
出を行った。
之により、目的地:ジャパニアまで35秒をもって射出されること
となる。
?
﹁⋮⋮鳥がざわめいているな⋮⋮﹂
﹁サリド、そいつぁどういうことだ?﹂
﹁なるほど⋮⋮。奴らついに槍を⋮⋮!!﹂
629
修一は何かを思い出したかのように空を見上げた。
そこにあったのは、小さな飛行機雲。
否、それは飛行機雲ではなかった。
﹁⋮⋮槍⋮⋮。あれが⋮⋮!!﹂
そう、そこにあったのは、槍。
刺叉のように、三又の槍。
そして、それは、
オリジナルフォーズの心臓があると思われる右胸へと突き刺さった。
630
26
オリジナルフォーズはそれを吸収した。
大きな雄叫びを上げ、それはふたたびゆっくりと進み始めた。
﹁⋮⋮槍を吸収した⋮⋮!! これは⋮⋮!!﹂
修一は言葉を失った。
﹁おい!! どういうことだ、これは?!﹂
﹁君も見た通りだ﹂グラムの言葉に修一は答える。﹁オリジナルフ
ォーズはさっきのままでは完全体じゃないんだ。オリジナルフォー
ズが不死身を表す﹃生命の実﹄の持ち主であるとすれば、槍はさっ
きも言ったが知能を示す﹃知恵の実﹄だ。これが融合してひとつと
なった。何を意味するかは、解るな?﹂
﹁⋮⋮ヤツは神になった、とでも言いたいのか⋮⋮!!﹂グラムの
かわりにサリドが忌々しくつぶやいた。
?
﹁⋮⋮ハハハ。遂に﹃計画﹄は成し遂げた。オリジナルフォーズを
神とした今、この世界を滅ぼすことももはや卵の殻を割るほどに容
631
易!﹂
﹁⋮⋮おい、オールアイ。今なんといった?﹂
﹁なんだ、レイシャリオ枢機卿。まだいたのか﹂オールアイは訝し
げに呟いた。
﹁どういうことだ!! あれは神の使いであって神じゃないはずだ
!! 私たちの信じる神があのような⋮⋮﹂
﹁怪獣だ。アイツは神ではある。だがこの世界ではどう見ても怪獣
でしかないのさ﹂
﹁そんなっ⋮⋮!! 我々は怪獣を信仰していたというのか?!﹂
﹁怪獣とは言い方が悪い。あれがカミサマだ。君たちが何百年もの
の間死物狂いで祈り、捧げ、神へ総てを打ち解けた、な﹂オールア
イは口に笑みを含んで言った。
﹁どうだ、人間。苦しいか? 苦しいか? 私を恨むか?﹂
﹁⋮⋮、﹂レイシャリオは何も言わない。
﹁だが、残念だ。恨むなら私でなくオリジナルフォーズを! 委員
会を恨むといい!!﹂
そう言ってオールアイは足早に去っていった。
632
27
そのころ。
﹁遅かったじゃない!!﹂
集合場所にフランシスカたちとサリドたちが合流していた。
﹁いやぁ、悪い。悪い﹂サリドは駆け出して、笑う。
﹁で? 待たせたならそれほどの情報を掴んだんでしょうね?﹂
フランシスカは冷たく、突き放すように言った。
﹁ああ、勿論さ﹂そう言ってサリドは先ほど修一から聞いたことに
ついて話した。
﹁⋮⋮なるほどね。それならあれはこの世界を滅ぼそうとしている、
と﹂
﹁ああ。たぶんそうだと思う﹂
サリドはフランシスカに話をして、ひとつ溜息をついた。
﹁どうしたのかしら?﹂
﹁ああ、いや、これで終わると思ったら気が⋮⋮﹂
﹁そうね⋮⋮。確かにそうなっちゃう気持ち、解らなくはないわ﹂
633
フランシスカは笑う。﹁でも、まだこれからよ! 戦いが終わった
らバカンスなり何なりすればいいじゃない!!﹂
﹁⋮⋮、﹂サリドはずっとフランシスカの顔を見て、その照れを隠
そうとして、顔を沈め、﹁⋮⋮これ、あげようと思ってさ﹂
サリドが差し出したのは二、三本の鼻。桃色の、小さな花だった。
﹁⋮⋮これは、アネモネ?﹂
フランシスカが呟き、サリドはゆっくりと頷く。
﹁アネモネの花言葉⋮⋮﹂それを思い出そうとしてフランシスカは
気付く。
刹那、フランシスカは顔を顰めてヒュロルフタームへと歩いていっ
た。
だが、花を手放すことはなかった。
後を追ってロゼ、ウィンド、リリーの三人もそれぞれのヒュロルフ
タームに乗り込んだ。
﹁あの馬鹿、何が言いたいんだか⋮⋮。﹃薄れ行く希望﹄だと?!
馬鹿も休み休みにしてほしいよ⋮⋮﹂
フランシスカはひとり、ヒュロルフタームのコックピットで愚痴を
言っていた。
﹃ちょっといいかな。フランシスカ。最終的な作戦を立てようと思
634
ってだね﹄
突然通信が入った。その主は︱︱ロゼだった。
﹁えぇ、いいわよ﹂フランシスカは了承する。
﹃ありがとう。では簡単に説明しよう。ウィンドもリリーもよく聞
いてくれ⋮⋮﹄
そう言ってロゼによる作戦の説明が開始された。
635
28
そのころ。
﹁おいサリド。どうやらフラれちまったみたいだな?﹂
﹁何だよグラム。急にやってきて﹂
﹁解るんだよ。俺には﹃アネモネの花言葉にはもうひとつ意味があ
る﹄って事をさ。あれは確か⋮⋮﹂
﹁やめろ。お前に言われると吐き気がする﹂
﹁まぁ、気障なやり方だねぇ? どうして口で言わないのやら?﹂
﹁⋮⋮、﹂サリドは顔を赤らめながら、﹁気障じゃなくて、口で言
うのが恥ずかしいだけだ﹂
サリドの答えに、グラムは思わず吹き出しそうになったが、吹き出
したら殴られそうな気がしたので必死に押さえていた。
﹃⋮⋮という訳なんだが、これでいいかな?﹄
そのころ。フランシスカたちも作戦会議を終え、最後の休息をとっ
ていた。
﹁⋮⋮ええ、いいわ。単純かつ素晴らしいわね﹂
﹁⋮⋮いいと思う﹂
636
﹁さすがですね。やはりシャルーニュのエースだけあります﹂
三種三様にロゼの作戦を褒めちぎる。
﹃ありがとう。けれど本当に褒めてもらうのはこれが成功してから
だな﹄
フランシスカもロゼの話を聞いて頷いた。
﹃じゃあ作戦についてもう話すことはない。⋮⋮ウィンドとリリー
はちょっと席を外してもらえるかな﹄
﹁りょーかい﹂
﹁解りました﹂
ふたりはそれぞれの反応をして通信を切った。
﹁⋮⋮どうしたの? 急に﹂
﹃⋮⋮さっき、彼、サリドがアネモネを渡したでしょう?﹄
﹁ああ﹂思い出したのか再び顰め顔になるフランシスカ。﹁あいつ、
これから戦いに行くのに﹃薄れゆく希望﹄が花言葉の花を渡すだな
んて信じらんないわ﹂
﹃⋮⋮そうかな?﹄
少しの沈黙があって、ロゼは答えた。
637
﹁⋮⋮何が言いたい?﹂
﹃アネモネの花言葉はいっぱいあるよ。確かその中には﹁薄れゆく
希望﹂みたいに悲観的なものもある。けれど、もう一つ意味がある
んだ。そう、例えば﹄
︱︱“あなたを愛す”とかかな?
フランシスカはロゼに言われ、驚いた。彼女には電撃が走ったよう
な衝撃に襲われた。
﹁じゃあ⋮⋮あれは⋮⋮﹂
﹃所謂告白ってやつじゃないかな? 彼は今頃落ち込んでるんじゃ
ない?﹄
﹁⋮⋮ロゼ、少し時間あるかしら﹂フランシスカは少し考えて、呟
いた。
﹃手短に。そして後悔のないように﹄
そう言ってロゼはフランシスカを見送った。
638
29
フランシスカは急いでヒュロルフタームから出る。
そしてサリドの方へ一直線に走っていく。
そして、
﹁サリドっ!!﹂
﹁えっ﹂
振り返ろうとして、サリドはフランシスカに抱きつかれた。
﹁?!﹂
抱きつかれたサリドは驚いて、フランシスカの顔を見ようとして、
﹁見ないで﹂
その声を聞いて、サリドは顔を見ないで、照れくさそうに笑って、
頭を撫でた。
﹁⋮⋮俺、狙ってたのに⋮⋮﹂
嬉しいのか、悲しいのか、ともかくすすり泣きするグラムは、誰か
らも放置されていた。
﹁⋮⋮ありがとう。あんたの気持ち伝わった﹂
639
﹁それじゃ⋮⋮﹂
﹁返事は、これが終わってからにしてくれないかな。いろいろ整理
したいんだ。ただ、これだけは言える﹂フランシスカはゆっくりと
顔を上げ、
﹁私も大好きだ。サリド﹂
それを聞いてサリド、顔を赤らめて、言った。たった、一言を。
﹁ありがとう﹂
と、泣きながら彼は言った。
﹁⋮⋮じゃあ、行くね﹂
フランシスカは名残惜しそうに、ヒュロルフタームへと戻っていっ
た。
サリドはそれを見て、まだ泣いていた。
640
30
﹃⋮⋮終わった?﹄
フランシスカがコックピットに入ると同時に、ロゼからの通信が入
った。
﹁えぇ、ありがと。気が楽になったわ﹂
﹃晴れてフランシスカもリア充ねー。命を大事にしなよ?﹄
﹁⋮⋮そうだね﹂
﹁行きましょうか﹂言葉を断ち切るように、ウィンドは言った。
﹁そうね。⋮⋮ウィンド、あなた冷たいわね。彼女いるの?﹂
﹁⋮⋮、﹂
フランシスカの問いにウィンドは何も答えなかった。
†
闇の会議場。
﹁ウィンドはどうする?﹂
641
﹁我らの目的を果たす為に⋮⋮ではあったが、もう人間に情が移っ
ているようだ⋮⋮。流石は元・人間というところか﹂
﹁だから、これがあるのだろう? 機密事項を守る為の爆弾⋮⋮ヒ
ュロルフターム全てを破壊する、それが﹂
﹁そうはさせないわ﹂
その声が闇の会議場へ響いたとともに、銃声が鳴り響いた。
それは的確に心臓を撃ち抜いていた。
﹁⋮⋮がはっ⋮⋮!! 誰だ⋮⋮!!﹂
﹁果たして、誰かしら?﹂
そこにいたのは、
リーフガットとネフィルティティだった。
﹁どおおおりゃああ!!﹂
そのころフランシスカたち三人はそれぞれのヒュロルフタームを操
って、オリジナルフォーズへと繰り出していた。
﹁オオオオオオオオン!!!!﹂
だが、オリジナルフォーズはそれに応じるかのように、一つ雄叫び
を上げる。
642
﹁くらえっ!!!!﹂
フランシスカは、わざとらしく声をあげ、蹴りを喰らわせようと足
を上げる。そして、その足は的確にオリジナルフォーズの頭部へと
命中する
はずだった。
オリジナルフォーズはそれを軽々と避けたのだった。
﹁なにっ?!﹂
﹁避けて、フランシスカ!!﹂
リリーの声が通信を通じて入ると、すぐにフランシスカはオリジナ
ルフォーズから離れるために後退する。
そして、
ゴバァッ!!
コイルガンがクーチェから放たれ、オリジナルフォーズへと命中し
た。
643
31
﹁やった!﹂
思わずフランシスカはそれを観て、立ち止まってしまった。
それが、それこそが、いけなかったのだ。
煙の中から、出てきたのは。
槍。少なくとも飛んできたやつとはタイプが違うが、三又であるこ
とには間違いなかった。
それをゼロ距離から放たれたのだ。とても避けられるとは言い難い。
それは、ヒュロルフタームの右胸へと突き刺さった。
﹁がああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああ
ああっ!!!!﹂
﹁フランシスカ!!﹂
﹁おい!! サリド、射出コードは解んないのか!!﹂グラムは慌
ててサリドに言う。
﹁⋮⋮えぇと⋮⋮、解んないよ⋮⋮!!﹂
サリドは珍しく慌てていた。いつもの冷静なサリドは、もうここに
644
はいなかった。
﹁⋮⋮任せろ﹂
そこで声を出したのは、修一だった。構えていたのは︱︱剣。
血か何か赤いものがべっとりとついていたそれは剣としては使い物
にならないようにも思えたが、彼が持つとそれが感じられることは
なかった。柄に彫られた蛇の目が何処と無く光ってるようにも見え
る。
﹁行くぞっ!!﹂
そして修一は跳躍を開始。ものの数秒でヒュロルフタームの肩に立
っていた。
そして、それは、
ヒュロルフタームの頭部を真っ二つに破壊した。
﹁⋮⋮すごい﹂
それを見てサリドは、もう何も言うことは出来なかった。
﹁おい、ガラムドはどこだ?﹂
気付くと修一は血塗れのフランシスカを抱えて、サリドの隣に立っ
ていた。
﹁はい、ここに﹂
645
そしてまた気付くと一人の少女がサリドの別側の隣に立っていた。
﹁⋮⋮いつの間に⋮⋮!!﹂
﹁流石だな。で、木の実は⋮⋮俺が持っていたな﹂
そう言って修一はガラムドに木の実を投げる。
﹁それじゃ、よろしく。あとはアイツだな。ダメージを与えてるは
ずだから、そんなに苦労することもないだろ﹂そう言って修一は振
り返り、﹁⋮⋮サリド、といったな。彼女を大事にしろよ。俺みた
いに永遠に会えないことも⋮⋮あるからな﹂
そして修一はオリジナルフォーズに向かって駆け出した。その顔は
笑っていて、何処か楽しそうな表情だった。
†
その頃、リーフガット。
闇の会議場に“いるはずの”人間を見つけることは出来なかった。
それは、
﹁⋮⋮オールアイというのが通り名になっているらしいわね﹂
リーフガットは数枚の束になった書類を見て、言った。
646
前編
オリジナルフォーズは修一によって倒された。
フランシスカは、ガラムドにより傷が治され、無事になった。
シャルーニュ公国は神殿協会が行った今回の戦争により解体。レイ
ザリー王国へと吸収されるカタチとなった。
また、神殿協会本体も解体され、神殿協会に深く根付いていた国家
も内部崩壊。結果として世界の殆どがレイザリー領へとなったのだ
った。
オリジナルフォーズはその場に封印されることとなった。ガラムド
曰く﹁二千年は持つだろう﹂とのことだった。
︱︱ひとり消えたオール・アイはシャルーニュ公国のとある場所を
歩いていた。
しばらく歩くと、白く無機質な建物が見えてきた。
そこに入ると、数人の研究員が待ち構えていた。
﹁オール・アイ様。ご無事でしたか⋮⋮!!﹂
﹁ああ⋮⋮。だがもう計画は無理だ。依代を失い、洗脳してきた組
織も失った。オリジナルフォーズも封印された。私は⋮⋮どうすれ
ばよいのだろうか?﹂
647
﹁たとえどんなことがあろうとも、シグナルはいつも貴方と共にあ
ります﹂
白衣の研究者はそう言って、ゆっくりと中へ入っていった。
﹁⋮⋮そうか。なら、まだ計画は終わっていない。冷凍保存だ﹂
﹁はい?﹂
﹁冷凍保存を行って、シグナルの子研究所に、爆弾があるだろう?
それでまずは星を分割させる﹂
﹁オリジナルフォーズ復活によるダメージは、もうマントルにも達
しております。中性子爆弾一発で星を壊すことは容易でしょう﹂
﹁よし、ならば準備を。オリンピアドームにも研究所があっただろ
う?﹂
﹁ええ。たしかにあそこならば、ほぼ真ん中にも衝撃が伝わるはず
だ。よろしく頼むぞ。⋮⋮私はもう疲れた⋮⋮。あとはほかの人間
に託そうと思う。︱︱そうだな。今、私が見る未来に、ひとりの人
間が浮かんでいるぞ。私と同じく欲望のままに行動する人間のよう
だ。オリジナルフォーズを復活させ、世界を滅ぼすことが彼女には
できるはずだ﹂
﹁では、我々は?﹂
﹁今は冷凍保存だ。そうだな⋮⋮。数百年程でよかろう。これほど
の科学技術、使わない手はない。そうすれば、シグナルもろとも彼
女は利用することだろう﹂
648
﹁⋮⋮なるほど。そういう運命にあるわけですね?﹂
﹁そうだ。私の視える未来に間違いはない﹂
そう言ってオールアイは笑った。
649
後編︵前書き︶
本編はこれで終了となります。
4月1日に短編を更新して、第一部を終わらせていただきます。
よろしくお願いします。
なお、第二部は9月からの連載を予定しております。
650
後編
そのころ。
﹁⋮⋮ガラムド、何を書いているんだ?﹂
﹁未来の人たちに、魔道書を残しておこうかと﹂
﹁全方位守護魔法﹃ヘイロー・イレイズ﹄かぁ⋮⋮。俺には使えな
い魔法だなあ⋮⋮﹂
本の内容を少し見て、修一は苦笑いをした。
﹁そんなことないよ。誰でも使える魔法にするんだ!﹂
﹁そうかー。未来の人を助ける為にも、頑張ってな﹂
そのころ、
﹁サリド。私のこと好き?﹂
﹁そりゃそうさ﹂
﹁じゃ次は子供かー﹂
﹁⋮⋮それはまだ早くないか⋮⋮?﹂
サリドとフランシスカは丘の上で仲良く話をしていた。
651
それを見たグラム。
﹁畜生、サリドのやろう。人に見せつけるようにいちゃつきやがっ
て⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あ、グラムいた﹂
そこに近づくひとりの影があった。
それは、リリーだった。
グラムに声をかけたのはリリーだった。
﹁お? 姫様、どーしたんだ? まさか俺と付き合ってくれるとか
?﹂
﹁⋮⋮だったらどうする?﹂
﹁︱︱︱︱︱︱へ?﹂
﹁グラムだいすき、むぎゅー﹂
﹁お。おい!! 解ったから締め付けがきつい!! あと胸とかい
ろんな場所が当たっとります!!﹂
そんなほのぼのした風景を遠くの丘からリーフガットとアルパは眺
めていた。
﹁あーまた部下に先越されたー!!﹂
652
リーフガットはハンカチを強く噛んでいた。ハンカチがちぎれてし
まうほどに。
﹁残念そうですね﹂
﹁アルパ、お前いつから居た。さっさと去れ﹂
﹁やだなー。そんなこと言わないでくださいよー﹂
なぜかアルパは照れながら言う。それを見てリーフガットは、ひと
つ溜息をついた。
﹁ま、いいか。あんたこれからも私の部下よ﹂
﹁え、それって⋮⋮?﹂
﹁返事は?!﹂
﹁イエッサー!!﹂
恥ずかしそうにするリーフガットを見て、アルパは恥ずかしそうに
敬礼をした。
︱︱こうして、多くの謎を残したままではあるが物語は終わった。
彼らの話は長いこと引き継がれることとなるだろう。
653
﹃魔法を使わずに魔獣を倒した人間﹄として。
654
後編︵後書き︶
第一部、完。
ご愛読ありがとうございました。
サリド﹁もうちょこっとだけ続くよ!﹂
フランシスカ﹁4月1日の更新をお楽しみに!﹂
655
前編︵前書き︶
外伝﹃とある世界の四月一日﹄をお届けします。
本作は﹃FORSE﹄と﹃FORSE第二部 −かげろいの歌姫−﹄
の橋渡しとなります。
よろしくお願いします。
656
前編
﹁そういえば、今日って四月一日か?﹂
﹁そうですけど?﹂サリドと修一がそんな話を始めたのは、サリド
がヒュロルフタームの修理を始めた頃だった。
﹁それじゃ知ってるか? 今日は俺の誕生日なんだよ﹂
﹁えっ、まじですか?! おめでとうございます!!﹂サリドは焦
って、言う。
だが、修一はカラッと夏の陽射しのような、笑顔で言った。
﹁ああ、残念ながら嘘だ﹂
﹁なんで嘘つくんですか!﹂
﹁旧時代ではこの日を﹃エイプリルフール﹄って言ってだな。嘘を
ついていい日なんだよ﹂
それを聞いてサリド。
﹁へえ⋮⋮。それは面白い日ですね﹂
何かを思いついたのか、爽やかな笑みを零して言った。
?
657
﹁なあ、フランシスカ﹂
﹁どうした、サリド﹂
﹁知ってるか。今日は俺の誕生日だ﹂
﹁⋮⋮分かっていた。はい﹂
そう言ってフランシスカは花を差し出した。
﹁⋮⋮トルコキキョウ?﹂
﹁あなたがアネモネを差し出したように、私も花を返す﹂
﹁たしか、トルコキキョウの花言葉、って⋮⋮﹂
サリドが花を受取りつつ、言う。
﹁﹃永遠の愛﹄⋮⋮らしいよ? リリーが言ってただけでほんとか
どうかは解らないけど﹂
﹁⋮⋮へえ。で、さ。フランシスカ、もう一個言うことがあるんだ﹂
﹁どうしたの?﹂フランシスカはわざとらしく首を傾げて言う。
﹁実は⋮⋮今日エイプリルフールなんだ。嘘をついていい日なんだ
よ﹂
658
﹁⋮⋮そうか﹂
サリドはそのときちゃんとはフランシスカの顔は見なかった。だが、
覇気というか怒っている感じは顔を見なくとも感じられた。
﹁あ、あの、フランシスカさーん⋮⋮?﹂
刹那、サリドの頬にフランシスカの張り手が炸裂した。
659
後編︵前書き︶
そして、FORSEはこれで終わりです。
第二部は2013年秋から再開です。よろしくお願いします。
660
後編
﹁⋮⋮さて、みんな集まってくれて、助かるよ﹂
そのあと、リーフガットから全員に集合命令がかかったので、リー
フガットのいた場所へ集まった。
リーフガットがいた場所は軽食店であった。茅葺き屋根が新鮮であ
る。
﹁という訳で⋮⋮まあ何故サリドの頬が膨らんでいるのか、フラン
シスカが顰め顔であるのか、それは聴かない方がいいな﹂団子を一
つ頬張りながら、﹁ひとまず、私がこの数日世界を調査した結果を
報告する。なに、世界事情ってやつだ﹂
﹁まず世界全体について。世界は6つに分割されていた。大小はあ
るものの、6つに、だ。私たちがいる場所はここ﹂そう言ってリー
フガットは机に広げた世界地図のある場所︱︱たしかとある島国の
真ん中あたりだったように思える︱︱を指さした。
﹁なるほど。それで分割されたのはどこまでですか?﹂サリドはそ
う言って尋ねる。
﹁そうだな。北はレイザリーとグラディアの国境であるウゴール川
だ。ジャパニアは南西に位置している。今、シャルーニュもレイザ
リーに統合しているためにほとんどがレイザリー領と化している。
レイザリーは近く国号を帝政レイザリーへと変えるらしい。ジャパ
ニア、アポロン、フェイナー、サン・モンテカルロ、そしてプログ
ライトの6国はレイザリーと友好関係を持っていたからか、統合さ
661
れることはなかったらしい﹂
﹁⋮⋮世界の殆どが宇宙に放り出された、と﹂
﹁そういうことになる﹂リーフガットは小さく頷いた。
﹁そういえば、私が世界を調査して気になったことが一個だけある﹂
リーフガットは地図から指を放し、再び団子の棒を握るとまた団子
を一つ頬張った。
﹁⋮⋮なんですか?﹂
﹁レイザリーの北にはアルカパード山というのがある。それは知っ
てるな?﹂
リーフガットの言葉にサリドは小さくうなずいた。
﹁えぇ、確か神殿協会から聖山と呼ばれていた場所でしたっけ。だ
からレイザリーはしつこく神殿協会に領土の譲渡を要請され続けた
とか﹂
﹁そうだ。⋮⋮そして神殿協会は先の戦いにより解体されたはずだ
った。だが⋮⋮そう簡単に話は進まないものだ﹂
﹁どういうことですか?﹂
﹁簡単に言えば済む話だ。あの“聖山”には未だ神殿協会の信者が
大勢いる。やつら、まだ目的があるらしい﹂
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そう言った頃にはリーフガットは団子串を一本食べ終えていた。
﹁⋮⋮あのオリジナルフォーズを動かし、世界をほぼ壊滅させたと
いうのに、まだ何か⋮⋮あると?﹂
﹁簡単に言えば、そういう話だ。サリドとグラムにゃその調査を頼
もうかと思うよ﹂
﹁何勝手に決めてるんですか!﹂
今度は今まで会話に参入して来なかったグラムが口を開いた。
が、
﹁なんだ?﹂
﹁いえ⋮⋮なんでもないです!!﹂
リーフガットの言わずとも解る圧力で、グラムはすぐに口を封じら
れた。
﹁⋮⋮で、話を戻すけど、なんでアルカパード山で神殿協会の信者
が屯してるかといえば⋮⋮﹂
リーフガットは勿体ぶるかのように、顔を少し近付けて、
﹁⋮⋮やつらは“終末計画”なるものを実行するつもりらしいぞ﹂
そう、言った。
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FORSE第二部 −かげろいの歌姫−へつづく。
664
後編︵後書き︶
第一部、完です。
ありがとうございました。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n6817w/
FORSE
2013年6月26日20時54分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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