e-Learningにおける情報倫理

-Le
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ngにおける情報倫理
쓕
情報教育」序説
専修大学 法学部)
梅 本 吉 彦 (
専修大学 ネットワーク情報学部)
小 島 喜一郎 (
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キーワード :e
,情報倫理,著作権,引用,知的 共空間
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はじめに
本学では,平成 1
キャンパス推進委員会」が設置され,幅広い視点から本学に
6年から学長の下に「e
おける e
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ngに係る諸問題につき検討を進めてきている。共同研究者である小島は,ちょうど時期
を同じくして平成 1
7年から本学ネットワーク情報学部の非常勤講師として,同学部の専門科目である
「情報と法」の授業を,平成 1
9年度からは法学部において同学部の専門科目である「知的財産法」の授
業を担当している。小島は,学習院大学の理学部において物性物理を専攻し,卒業後は,東京都立大学
法学部に学士入学し,さらに同大学大学院に進学し,修士課程および博士課程において知的財産法を専
攻している。近年,知的財産法を専攻する若き研究者が増加する傾向にあるが,理工系学部において専
門として研究実績を重ねた上で,法学部及びその大学院において専門として知的財産法を専攻し研究し
た実績を有するものは極めて稀である。
私は,小島の現在までにおける研究実績を高く評価し,同人を共同研究者に依頼した上で,専修大学
情報科学研究所における平成 1
ラーニングによる遠隔授業における『著作権侵害をは
9年度研究助成「e
じめとする知的財産権に関する諸問題』の検討」に応募したものである。幸いにして,それが採択され
た後は,共同研究を遂行する過程において,同人はこれまでの経歴を反映させるにふさわしい多大なる
受付 :2
0
0
8年 9月 8日 ;再受付 (
1回)
受理 :2
0
0
8年 1
0月 2
5日
情報科学研究 No.29(
2
008
)
貢献をしてきていると認識する。
そして,本稿は,専修大学情報科学研究所における平成 1
「e
ラーニングによる遠隔授
9年度研究助成
業における『著作権侵害をはじめとする知的財産権に関する諸問題』の検討」の成果として,その一端
を 表するものである。
本稿の内容については,両名がともに責任を担うべきものであるが,もし本稿に何らかの学問的価値
が認められるとすれば,そして e
Le
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r
ni
ngにおける情報倫理および知的財産権につき少なくとも問題
の所在を明らかにするものとしての価値は認められると期待するが,以上の経緯が示す通り,その功績
はすべて小島に与えられるべきものであることを研究代表者の責任においてはじめに表明する。
1
. 情報倫理の萌芽と知的財産
情報化社会は,情報というものの価値につき社会的に喚起したところに顕著な特徴がある。重厚長大
を最良の価値ある財産という感覚が幻想となって崩壊するのと 代するように,情報が主役として登場
してきた。それは,物の価値に対する情報の価値の優位に特徴を認めることができる。それは,わが国
の法体系の基本である民法が,物とは有体物をいうと定めているのと対照的に,情報という無体物に財
産的価値を積極的に評価する発想である。その特徴は,支配可能性という視点からみると,情報に対す
る支配は識別可能性が高くはなく,かりに十 な支配を実現しようとすると,それがどの程度まで可能
であるかはひとまず留保するとしても,膨大なコストを必要とする。支配可能性という視点からみると,
複数のものが同時に支配することが可能である点に有体物とは異なる特徴がある웋
。
웗
情報の特徴をこのようにみてくると,それは知的生産の成果としての知的財産と極めて類似する性質
と特徴を備えていることがわかる。
第 1に,知的創造の果実である。財産的価値のある情報は,単なる生の事実ではなく,そこに知的創
造というスパイスが加わっているし,たとえ生の事実であっても周辺の外的環境基盤がそれを財産的価
値のあるものに価値を付与する機能を営んでいる。
第 2に,無体物であるために,他人の権利と利害が対立しもしくは抵触することが少なくない。そう
した場合に,有体物をめぐる権利の対立もしくは抵触と異なり,その現象について法的違反を判断する
について,一般的には相対的要素が占める比重が多くなっている。そのため,有体物におけるのと比較
して,いっそう他人の権利を尊重し,遵守するという姿勢が求められる。
第 3に,情報も知的財産も,それに伴う付加価値もしくはそれが第二次生産物の財産的価値が極めて
大きいことである。このことは,情報や知的財産をめぐる利害の対立をいっそう厳しいものにすること
となる。
第 4に,情報も知的財産も,ひとたび侵害行為があると,瞬時にかつ広範に拡大し,それを阻止しも
しくは差し止めることは極めて困難であり,インターネット社会の到来によって,その傾向はいっそう
顕著になっている。
このようにみてくると,情報についても知的財産についても,最終的には法によって権利を保護し,あ
るいは侵害された権利を救済する仕組みが用意されているが,実はたとえ民事法的措置にしろ刑事法的
措置にしろ,それによって侵害された権利の救済に限界があることはもとより,そうした侵害そのもの
に対する事前の抑止的効果にも限界がある워
。
웗
そうであれば,法的措置を施すもしくは対処すべき一歩前の段階で機能すべき措置を用意することが
要請されることになる。このような背景から生まれてきたのが,情報倫理という考え方である。
e
-Le
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ngにおける情報倫理
情報倫理という概念は,情報という部 に重点を置いて捉えた場合と,倫理という部 に重点を置い
て捉えた場合とによって,各自がいだくイメージは相当異なってくる。
情報倫理という概念そのものが,現在までのところでは必ずしも成熟しているとはいえないきらいが
あるが,これまで最も一般的な見解として位置付けられているのは,
쓕
情報化社会において,われわれが社会生活を営むうえで,他人の権利との衝突を避けるべく,各個
人が最低限守るべきルールである。
」
という考え方である웍
。本稿においても,この立場を踏襲することとする。
웗
情報倫理を理解するには,その前提として情報の価値を認識することが必要である。情報の価値を認
識するという姿勢は,同時に知的生産の成果を尊重する姿勢と共通する側面をもっている。その根底に
あるのは,みずから進んで真摯に考え,苦悩する作業を省略して,他人が考えあるいは考えることによっ
て生み出した成果物を可視的性格をもっていないことを奇貨として,勝手に利用して有形無形の利得を
得ようとする姿勢は,情報化社会において受け入れられないという基本理念である。この点につき認識
を共有することが,情報化社会の 全な発展のために必要不可欠なことである。それによってはじめて
情報に係る遵守すべきことが自覚できることとなるといえる웎
。
웗
それでは,e
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ngは,この情報倫理の育成とどのように関わってくるのであろうか。次の項にお
いて e
Le
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ngの機能と役割について確認した上で,この点について検討することとする。
-Le
2
.e
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ngにおける情報倫理
学 法人専修大学理事長の諮問機関として設置された専修大学基本政策検討会議は,平成 1
5年 3月
3
1日「情報通信技術の活用と新たな教育研究システム」について理事長に答申し,平成 1
6年 3月 2
6日
理事会・評議会は,それを推進する上で,大学全体を俯瞰し, 合的かつ戦略的に情報通信技術を活用
するために,学生等支援施策事項の一貫として,e
キャンパス推進を決定した。この決定を受けて,平
成1
キャンパス推進委員会」が設置され,幅広い視点から本学における e
6年から学長の下に「e
Le
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ngに係る諸問題につき検討を進めてきている웏
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ngは,情報化社会における教育の新しいあり方として情報通信技術の発展に呼応して浮上し
た問題である。そうした経緯に照らし,それは情報の側面からみると,正しく情報の根幹に関わる課題
として位置付けることができる。他方,今日,情報に関する研究は,まず情報倫理との関係が中心とな
る座標軸を形成している。そこで,つぎに e
Le
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ngにおける情報倫理について検討することとする。
それは,同時にまた e
Le
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ngが内包する教育的効果に関わる事項でもある。
2
.
1 e
Le
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ngの機能と役割
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ngは,学習者を座標軸の中心に据え,学習者が自由に学習できる環境を提供する教育システ
e
Le
ムという発想から登場したものである。これまで,遠隔教育 (
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on)といわれるシステム
は,通信衛星や I
SDNを回線として利用することにより,映像,音声を同時期に双方向型で送信するも
ので,テレビ会議の考え方に基づく形態であった。これに対し,e
-Le
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ngは,インターネットを活用
することにより,同時期であると否とにかかわらず,学習者が自由に学べる環境を提供することに特徴
があり,We
b技術を併用することにより,情報の一元的な処理を図り,もって教育環境の整備に資する
ことを目的としている원
。この e
웗
Le
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ngが有する特徴は,これまでの遠隔教育と比較して,同時期で
あると非同時期とを問わないこと,大規模な設備投資を必要としないこと等の点において,教育面への
情報科学研究 No.29(
2
008
)
活用が見込まれるのである。
e
Le
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ngを機能的側面についてみると,① 学習支援機能,② 授業支援機能に大別することがで
きる。前者は,同時期もしくは非同時期の双方向型の学習環境の提供,学習教材の多様な併用,学習者
が提出するレポート等の集約的管理等がある。後者は,受講者の履修登録,授業の出欠,休講情報の提
供等である。後者については,本学はすでに平成 1
9年度から日本ユニシス株式会社と提携して,利用を
開始している。本稿が対象とするのは,前者の点である。
学習支援機能の側面からみると,以下のような長所がある。
ア 遠隔地にある学生につき同一内容の授業を受講することを実現させること。
イ 同時に同質の内容の授業を遠隔地にある学生に提供することを可能にすること。
ウ 一定水準の教員の授業を距離的格差を超えて,多くの者に享受させることができる웑
。
웗
エ 病気等により本来授業が実施されているキャンパスに登 して授業を受講することが不可能な
学生に受講の機会を提供すること웒
。
웗
これに対し,e
Le
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ngには本来の授業の場に出席して受講する場合と比較して,限界と短所がある。
もとより,以下に掲げるのは本学について述べているわけではなく,広く一般的な傾向という観点から
指摘するものである。
a 担当教員は授業の場の 囲気や様子をリアルタイムで感じ取り,当意即妙に授業を展開すること
が困難であること。
b 学生は授業の場に出席できないため,授業の場の 囲気から学習意欲を享受することができない
こと。
c 学生が図書館等において主体的にかつ直接に資料を探索し,膨大な資料の中から最善の資料を収
集する努力をするという基本的な学習態度を育成することができないこと。
d 学生が書物をひもとくという基本的な姿勢が減退しているという最近の傾向を加速させることに
なるおそれがある。
e 学生相互間をはじめとして,教員を えて多数当事者間での討論を展開することが困難である。
f 教員が既存のビデオを映し出すだけもしくはそれを主体とする等の授業に終始し,研究文献・資料
等を読み込む等の教員として当然つくすべき講義の予習等の準備を怠る傾向に加速するおそれがあ
る。
これらのいずれの点も,大学教育の根幹に関わる事項である。aの点は,担当教員が授業の活性化を
図るために最も留意しなければならない基本的事項の一つである。大教室の授業であっても,講義資料
を併用することにより効率性を図ることに努めているし,マイク設備を整備することによりあらかじめ
問題提起して学生の回答を求める双方向型の授業に努めている例は少なくない。bの点は,学生として
授業に出席することは,基本的な本 であり,それなくして大学生活はあり得ないことである。それに
よって,勉学に努める友人関係が形成されるのであり,それは,大学における人間関係の基本である。a
および bに共通して当てはまることであるが,単に授業の内容を聞かせる機会が得られれば足りるとい
うのでは,大学教育として社会に認知させることは困難である。大学の授業は,教員と受講する学生と
の協力関係の上形成される。しかし,それは教員がその教室に緊張感溢れる環境基盤を醸し出す責務が
ある웓
。これを e
웗
Le
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ngについてみると,この点は決定的に欠落しているのである。cの点は,情報化
社会は玉石混淆の膨大な情報が流通するので,その中から自己が当面必要とする情報を振り け,選別
し,選択するという作業は,大学教育において育くまれなければならないことであるとともに,大学教
育において修得しておくことが,社会人になってから最も重要な資質の一つでもある。その点が欠落す
e
-Le
ar
ni
ngにおける情報倫理
ることは極めて大きな欠陥である。dの点は,単に学生が書物から逃避することを促進させるだけに止
まらず,文章能力をも減退させることにもなることである웋
。eの点は,学生時代にコミュニケーション
월
웗
能力を養うことは,極めて重要なことであるが,これを履行することが困難であるという欠陥がある。f
の点は,実は教員につき最も現実的な兆候が見込まれる。
このようにみてくると,e
Le
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ngは,これらの諸点の短所を認めつつ,それでもなお上記ア・イ・
ウ・エの諸点の長所が上回る場合に限って,実施されるのでなければ,大学みずからが,大学教育の意
義を否定することになる。それは同時に,学生にとっても取り返しのつかないことになる。さらに,現
在大学教育において最も重要な課題である FD (
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)とどのように調和するかとい
うことに一つの回答を用意してはじめて,説得力のある正当性が示されたといえる。それは,教員に課
せられた課題であり,同時に学生に投げ掛けられた課題であり,最終的には当該大学がどのような見識
を示すことができるかという鼎の軽重が問われる課題である。
2
.
2 e
Le
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ni
ngと学習効果の検証
近年,時代の変化は大学教育の 命を大きく変え,従来の教科書等書物を中心とする教育から脱皮し,
広く OA機器等を用いる教育こそ新しい時代にふさわしい教育方法のあるべき姿である等教育方法の
多様化を強調する考え方が流布してきているようである。その理由として,最近の学生は書物を読まず,
視覚に訴えて教育しなければ授業に対応することができず,したがって円滑な授業の実施も困難である
という事情が強調される。しかし,いかなる専門領域であれ,書物を読むことは基本であり,それによっ
て文章力を修得することができるのである。このことは,学生であれ,教員であれ,異なることはない。
また,社会科学であれ,人文科学であれ,自然科学であれ,異なることでもない。
はたしてそのように広く OA機器等を用いる教育こそ新しい時代にふさわしい教育方法のあるべき
姿である等教育方法の多様化を強調する考え方が広まってきているという特定の方向付けをすること
が妥当な考え方であるかというと疑問がある。その点はひとまず留保するとしても,学習効果の検証と
して最も重要な試験の実施方法につき,これまでの筆記試験から平常点もしくはレポートによって代替
えしようとする傾向が少なくないようである。平常点やレポートによることは,筆記試験によるのと比
較して学習効果を判定するのに有効かつ適切であるという見方もあるようである。そのような見方に合
理的根拠があるのかにわかに信じがたいが,むしろ背景には筆記試験とりわけ記述式試験を実施したの
では,学生が対応できないという現実から導き出された見解ではないだろうか。
しかし,e
-Le
a
r
ni
ngは,このような時代的背景を踏まえてあるいは現実の事態から追い込まれてやむ
なく登場したわけではない。また,直面する現実の課題から逃避するために存在意義があるわけでもな
い。まず,この点を確認することが必要不可欠である。
そうした前提に立って考えると,そもそも,試験は,第一次的には,授業に対する学習的効果を判定
することにあるが,それだけが目的ではない。第二次的に,今後に向けた学習意欲の向上という未来志
向の教育的効果をも担っていることを看過してはならない。
そこで,大学教育において e
Le
a
r
ni
ngを導入する場合に,それに対する学習効果を判定する試験は,
受講した学生が地道な勉学を遂行しているかを判定する厳しい姿勢が求められる。もし,e
-Le
a
r
ni
ngに
よる授業に対する教育効果を判定する方法が,単なるレポートであったり,たとえ試験を実施しても,
埋め式や短答式の客観式試験であっては,大学教育は「負のスパイラル」へと衰退への途を進むことに
なろう。e
Le
a
r
ni
ngは,勉学意欲がもともと欠落している学生を救済するための特効薬ではないし,そ
うであってはならない。このことは,e
Le
a
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ngによる授業における著作権を論じるはるか前段階の問
情報科学研究 No.29(
2
008
)
題である。したがって,そうした e
-Le
a
r
ni
ngを通じて情報倫理を修得させることも,まったく想定でき
ない次元の問題となる。また,そのような安易な考え方で e
-Le
a
r
ni
ngを理解し,あるいは e
Le
a
r
ni
ngに
求めるのであれば,この 野で先行する他の大学に同じ大学人として申し開きのできないことである。
2
.
3 情報倫理の機能と役割
一般に,社会構造を形成する世代が 代し,それに伴い当然に価値感覚が多様化し,さらに事前規制
による護送 団型から自由競争に転換すると,利害の対立による 争の発生が質的にも多様になるとと
もに,量的にも増加するようになる。そうした状況の下では,外部から強制されずに,自らの意思と責
任で行為規範を設定することが必要になってくる。
医学の世界に臨床医学に対する予防医学の重要性が指摘されるように,社会生活においても事後の
争処理にコストと時間と精力を傾注するよりも, 争予防さらには加害予防にこそコストと時間と精力
を当てることが経済性の観点からも望ましいことである。
そこで,どのような行為規範を設定することが必要かつ妥当であるかということになる。
情報をめぐる 争もしくは利害の衝突は,それがひとたび発生すると,波及的に拡大することになる。
とりわけ,インターネットを介した情報の伝搬は瞬時にこうした事態を招来する。それに対する措置と
なると,有効な手立てはなく,法的救済も極めて限られ,その有効性には限界がある。そうであれば,法
的規制による事後的救済はもとより,事前の抑止的効果にも限界があることを念頭に置き,もう一歩手
前の段階で広範な対処策を検討することが必要になってくる。情報倫理として
「情報化社会において,わ
れわれが社会生活を営むうえで,他人の権利との衝突を避けるべく,各個人が最低限守るべきルールで
ある。
」と定義されることの背景には,こうした事情が存在するのである。
しかし,このような背景を有する情報倫理という課題は,その外観的なイメージから受ける倫理学に
おけるように,抽象的かつ基礎理論的に教授するのでは,容易に理解が得られるかという疑問が生じる。
やはり,具体的事象に基づいて体験的に修得させることが身に付いた知識と理解になるという点で,最
も有効適切であるのではないだろうか。
他方,インターネットの出現は,情報倫理について新たな対応を必要とすることになる。情報の活用
をいっそう加速するとともに,いったん情報による事件・事故が発生したときには,その被害は瞬時に
かつ無限定に拡大し,それを抑止することは,ほとんど不可能に近くなる。したがって,そうしたイン
ターネット社会の特質を活かした e
-Le
a
r
ni
ngを遂行するには,情報倫理の役割は極めて大きいものが
ある웋
。
웋
웗
もとより,情報倫理は,学 教育の世界に限って求められることではなく,初等教育からはじまり,高
等教育を経て生涯教育にまでわたって継続的・永続的に維持されるべき指標であり,学 をはじめ,企
業,官 庁においても必要な指標である。また,e
Le
a
r
ni
ngも,大学教育の場に限られることではない。
そうしたことを認めた上で,ここでは先に述べた本研究の経緯に照らし,大学教育に焦点を合わせて検
討することとする。
そのようにみてくると,e
Le
a
r
ni
ngの教育的 命と情報倫理の関係を検討するに先立って,情報倫理
の構造を把握することが必要になる。
2
.
4 情報倫理の構造と展開
情報倫理の問題を考えるには,情報というものの発生から時系列的に捉えることが問題の所在を見落
とす誤りを防止することができるばかりでなく,情報を機能的に捉えるため有効かつ適切である。
e
-Le
ar
ni
ngにおける情報倫理
a 情報の生成
情報の 生は,単純な事実から始まる。単なる事実も,それ自体が極めて貴重な情報としての価値を
有する場合もある。報道関係におけるいわゆる特ダネがその例である。
b 情報の作成
人為的に情報を作成することにより情報が 生する場合がある。単なる生の事実を書面にすることに
より,無体物から書面という有体物に形態を変 して情報が可視化されることになる。これは,情報の
生成と比較すると,情報の内容は生成もしくは作成の前後で異ならないものの,情報の作成は,単純な
事実につき,人為的操作が加わる点で異なっている。
c 情報の蓄積
単なる生の情報を蓄積しただけでは情報が量的に増加するに止まり,情報の内容や質に変化を生じさ
せることはなさそうである。しかし,たとえ生の事実という情報を単純に蓄積しただけであっても,そ
こには何らかの法則性を認めることができるのである。
d 情報の収集
情報を収集するという作業は,情報の単なる蓄積と異なり,特定の目的をもって人為的に行われる。そ
の特定の目的を達成するために,情報の収集に際して,一つのあるいは複数の基準が設定される。その
基準は,あらかじめ設定された目的によって異なってくる。人的対象,場所,期間,収集基準等なんら
かの基準を設定して情報を収集することは,あらかじめ決められた目的に適うように設定される웋
。し
워
웗
たがって,収集した情報の結果から新たな意味を生み出すことを予定して実施される。ということは,人
的対象,場所,期間,収集基準等基準の設定によっては,収集された情報の結果が意味するものは大き
く異なってくる可能性があるということである웋
。
웍
웗
そして,特定の基準の下に収集した情報は,単なる個別の情報と異なり,集積されたことにより付加
価値を生じさせるところに特徴がある。実は,その付加価値こそ,特定の目的を設定して情報を収集す
る意義がある。その付加価値が大きければ大きいほど,財産的価値が高いといえる。その究極にあるの
が,各種のデータベースである。もっとも,データベースは,その収集の基準や次項で取り扱う編集作
業を行ったものの実力の限度が同時に水準を決めることとなり,その実力以上に質的に優れたものでは
あり得ないという特徴がある。
また,情報の収集は,いったん収集された情報もそれに止まってはならず,継続的に収集し蓄積する
ことによってはじめて,財産的価値を向上させるという特質がある。
こうした情報の収集については,収集した結果につき 表を予定している場合と 表を予定していな
い場合とがある。また,収集した情報をどのような目的のために 用するかにつき,あらかじめ明示す
ることが必要になる。反対に,収集した情報は,あらかじめ設定された目的以外のためには利用しない
ことを明示することも同様に必要である。個人情報の保護に関する法律 (
平成 1
以
5年法律第 5
7号)(
下,単に「個人情報保護法」という。
)を想起すれば,容易に判断できることである。
このような情報の収集は,その手段において違法なものであってはならないことはもとより,反社会
的なものであってはならない。それは,個人が行う場合であれ, 権力が行う場合であれ,異なること
はない웋
。
웎
웗
e 情報の編集・加工
情報は,それを編集しもしくは加工することにより,新たな価値を生じることになる。単なる生の情
報では価値がない場合であっても,そこに編集や加工という人為的操作が加わることにより新たな価値
を 生させるのである。
情報科学研究 No.29(
2
008
)
例えば,研究者が行う論文の作成や研究の遂行は,われわれにとって最も身近な事象であり,本業そ
のものである。そこでは,情報を編集し加工する前提として,情報の収集という作業を要する。可能な
限り丹念に情報を収集することは重要なことであり,とりわけ執筆目的とする論文もしくは研究に資す
る有効かつ適切な情報をいかにして的確に収集するかということは,研究者として基本的な作業であ
り,さらにはその資質が問われる作業でもある。しかし,研究者の主戦場は,そこに止まるのではなく,
むしろさらにその先にある。すなわち,収集して得られた情報をいかにして加工し編集し,新たなる価
値を 生させるかにある웋
。的確な情報の収集と得られた情報の編集し加工するという二つの作業が車
웏
웗
の両輪のように機能してはじめて,優れた論文や研究成果が結実することとなる。
f 情報の発信
情報は,本来有効に活用してこそ価値が顕在化する性質をもっている。したがって,情報を保有する
ものは,その情報を積極的に発信することが求められる。情報を発信することは,多様な意義をもって
いる。
第 1に,情報を発信することは,情報を社会的に共有することを進んで示すことである。それはすな
わち情報の有用性を広く社会に知らしめることでもあるといえる。個人情報保護法は,法の立法目的は
情報の有用性を前提としているにもかかわらず (
同法 1条参照)
,その点が忘れ去られて,情報を秘匿す
ることに問題の関心の重点が置かれているきらいがある。
第 2に,自己の考えを第三者に提供し,その批判を求め,自己の研鑽に資する効用がある。研究者に
とっては,極めて重要であり, 命でもある。
第 3に,情報の発信は,広報活動の原点である。多くの大学が,あるいは研究者が,そして企業が,
今日,e
Le
a
r
ni
ngにつき,どのように取り組んでいるか,どのように研究しているか,どのような意義
があるか等につき,進んで研究成果等を 表している。それは,情報の発信の意義を示すものとして,貴
重にして積極的な姿勢の表れであり,高く評価されるべきことである。本稿も,参考文献に示すように,
これらの研究成果の情報発信による学問的恩恵に大いに依拠している。
g 情報の伝達
情報を伝達することは,コミュニケーションの基本を形成する。口頭であれ,書面であれ,自己の考
えを正確に相手方もしくは第三者に伝達することは,社会生活を営む上での最も基本的なあり方であ
る。情報の伝達は,自ら相手方もしくは第三者に情報を伝達する場合と,相手方もしくは第三者からの
情報の伝達を受け取る場合とがある。いずれの場合についても,情報を正確に理解し,情報を正確に伝
えることは,基本的なマナーであるといえよう。こうした姿勢が欠落していると,その職業の如何を問
わず,円滑に社会生活を営むことは,困難な事態に陥ることになろう。
これは,学生とっても同様であり,ゼミナールでゼミナール生相互間で情報を相互に伝達する能力を
養うことは,ゼミナールの基本的な 命であるともいえよう。
h 情報の流通
情報化社会は,情報の流通の渦の中にある。流通する情報は,まさに玉石混淆である。しかし, 権
力に基づき情報を収集する立場にあれば別であるが,一般には,あふれ出る情報の中から,情報を選り
ける洞察力と作業が求められてくる。玉のような情報は居ながらにして自己の手元に集まってくるわ
けではない。流通する情報の中から選り けて取り込んでこなければならない。あるいは,玉のような
情報は一般的に流通はしてなく,どこかにひっそりと隠れているのを探し当てて,奪い取ってこなけれ
ばならないこともあろう。それは,とりもなおさず情報の収集そのものである。
また,情報を流通させるに際しては,多数の情報をコストと時間と人の力を最小限に抑えて効率的に
e
-Le
ar
ni
ngにおける情報倫理
流通させることが工夫されるようになる。それは,インターネットを用いたホームページの氾濫である。
これは,同時に,情報は必要なときに必要に応じていつでも自由に収集できることが一般的な要求に
なってくるのである。その点で,情報を流通させようとする側と情報を活用しようとする側の利害が一
致することとなるのである。
豊富に流通する情報やどこかに隠れている情報を的確に収集することは,実は人間関係の形成という
ことに帰着する。インターネット社会は,人の制御力を離れて一人歩きするといわれる。いったんイン
ターネットに負の情報が載ってしまうと,もはや人の制御から解放されて無限に拡大し流布するという
特徴を称している。それ自体は,たしかに否定できない事実であるといえよう。しかし,インターネッ
トを構築するのは人間であり,それを稼働させるのも人間である。そうすると,たとえインターネット
社会になっても,最終的には人と人とのふれあいによって成り立つ人間同士の間の信頼関係こそが最終
的な決め手になるといえるのではないだろうか。したがって,インターネット社会こそ,人間関係にお
ける信頼性というものが極めて重要な地位を占めてくることになるといえよう웋
。
원
웗
情報の流通はこのような特質を有するので,情報が流通する過程に介在し,あるいは担い手となるも
のには,特に一般市民がそうした情報を信用してなんらかの行動を起こすことを想定して情報の信頼性
を吟味する法的責任を担っている웋
。
웑
웗
i 情報の 開
情報の流通という事象は,情報が作為的にもしくは不作為的に社会に流布することをいう。そうであ
れば,情報の有用性に着目し,情報を広く社会生活の発展に資するために,情報を積極的に 開すべき
であるという発想が生じてくる。
また,社会構造が事前の調整型から自由競争による事後的救済型に移行すると,社会生活においては
利害が対立し, 争が発生した場合に,情報が一方の当事者とりわけ他人の法的利益を侵害していると
見られる側に偏在していることが少なくない。そうした場合に,情報を 開させ, 開された情報に基
づいて 正な判断を求めることが要請される。このような発想に基づき,情報 開の要請が高まり,情
報 開法が制定されるに至った웋
。
웒
웗
その根底には,第 1に,情報は本来,隠すことを主眼とするのではなく,活用することにより,新た
な情報を生産し,もしくは創作物を作出することに意義がある。第 2に,情報享受の平等性の確保とい
う原則が存在する。
情報は,特定のものが独占すべきものではなく,また特定のものに対し情報が伝わるのを阻止すべき
ものでもなく,何人も等しく活用することが可能であることが望ましい。
両者に共通する理念は,情報の有用性を認識し,情報の積極的な活用を確保する点にある。
j 情報戦略
情報がこれまでみてきたような特徴を有することに着目すると,情報は単に財産的価値を有するだけ
でなく,それを手段として社会生活をはじめ,取引社会,経済社会等において,情報を戦略的に活用す
ることが考えられる。それは,広報活動のあり方が,単なる宣伝から戦略という色彩に転換してくるの
と平仄が一致するのである。情報戦略といっても,真正な情報と虚偽の情報を併せて流通させ,相手方
もしくは第三者の判断を誤らせ,社会を混乱させるようなことが許されるわけではない。そこには,自
由にして 全なる競争という倫理観が働くのである。
これまで述べてきたところは,情報倫理の光の部 であると位置付けることができよう。これに対し,
情報倫理の影の部 について,つぎにみることとする。
情報科学研究 No.29(
2
008
)
k 情報操作
情報の価値は極めて大きい。ところが,そうした情報はすべてのものが平等に享有しているわけでは
ない。さきに,
「i 情報の 開」の項で述べたように,情報はとかく一部のものに偏在している傾向に
ある。そうすると,情報を作為的に流通させることにより,みずからの意図する方向に市民の思考を誘
導することが可能になる。とりわけ,そうした情報を保有するものは,情報を流通させる手段をも配下
に納めている傾向にあるので,情報を流通させるには極めて優位な立場にある。情報手段の独占である。
これが国家によって行われると,社会全体を誤った方向に導くことになる最も危険な行為である。それ
は,国家に限ったことではなく,民間のレベルにおいても,同様のことがいえる。
l 情報統制
情報操作がさらに発展すると,限られたものしか情報を発信すること,情報を伝達し,受領する手段
を保有することができないこととしたり,発信する情報を検閲するという段階にまでエスカレートする
情報統制へと繋がるのである。これは,戦時体制下に見られる状態であり,情報操作と情報統制は不即
不離の関係にあるといってもよかろう。
m 情報断絶
情報を流通させることの裏返しとして,特定のものもしくは手段に情報の流通を作為的に遮断するこ
とがある。わが国でみられたいわゆる村八 というのがそれであり,民主主義社会においては,絶対に
許されない卑劣な行為であり,法的には人格権の侵害行為であり,当然法的制裁の対象となりえる行為
といえる。経済競争においては,国家間や企業間で行われることもある。
これまで,情報倫理の光の部 と影の部 とをみてきた。それを統括して考えると,情報社会の構造
は,情報の 正性と平等性と 開性という 3本の柱によって形成される情報環境という 共空間であ
り,その指針は情報倫理であるといえよう。
n その他
情報倫理の対象として,その情報が個人情報である場合や営業秘密に当たる場合に,そこに内在する
固有の問題がある。
それでは,このような情報倫理の構造と展開を検討することによって明らかになってきたその特徴を
踏まえた上で,つぎに e
-Le
a
r
ni
ngはその教育的 命と情報倫理をどのように調和させるべきであるか
について,つぎの項において検討することとする。
2
.
5 e
Le
ar
ni
ngの教育的 命と情報倫理
e
Le
a
r
ni
ngは,学 教育の社会はもとより,企業研修をはじめ,幅広い領域において活用する可能性
を有するものである。本稿が対象とする大学教育においてこれを導入することは,どのような意義が認
められるか。とりわけ,情報倫理との関係ではどのような意義を見出すことができるかが問題になる。通
常の教室における講義では対応できないところの別個の意義を認めることができるかは,大きな課題で
ある。
第 1に,大学における中核を構成する授業は,学生がその授業の行われている教室に出向いて,受講
する学生のために本来用意された座席に着席し,受講することが想定されている。ここにいう授業を受
講することとは,担当教員による授業の内容という情報の提供を受けることである。担当教員も,そう
した形態と構造を前提として授業計画を設定し,大学は教室を用意し,その環境を整備することに努め
ている。ところが,その授業を履修する登録を行っている学生が,上記のように想定されている場に赴
くことなく,遠隔地にあって,その場に赴いて受講する学生と,同一担当教員による同一授業の同一内
e
-Le
ar
ni
ngにおける情報倫理
容の授業を受講するという情報の提供を受け,これをもって本来の授業に参加したのと同様の取扱いを
受けることは,どのようにして正当化されるかということが問題になる。
e
Le
a
r
ni
ngによって受講する学生は,本来の授業が行われている教室に赴くのに要する時間と費用を
負担することなく,上記授業と同一内容の情報の提供を享受する利益を受けることになる。このこと自
体が,情報享受における平等性に反しないかということである。
第 2に,授業は,教授する担当教員とそこに出席する学生による「知的 共空間の形成」が授業の内
容に優るとも劣らず重要な意味を有している。情報の提供は,どのような知的 共空間において行われ
るかによって,情報の享受に無意識的のうちに影響する。大学の授業は,
「知的 共空間に漂う社会知性
の情報環境」と称することができよう。
e
Le
a
r
ni
ngによって受講する学生は,本来の授業が行われている教室に赴くわけではないので,この
情報環境という情報倫理が指針となる 共空間の枠外に置かれることになる。そうした情報環境を大学
が教育方法の一つの方法として設定することをどのように根拠付けるかということが課題になる。
-Le
e
Le
a
r
ni
ngを所与のものとし,当然の前提として,e
a
r
ni
ngにおける知的財産権の保護について検
討するという姿勢は,問題の所在を掘り下げることなく,単なる上辺の議論をすることであり,大学人
としてあるいは研究者として誤った姿勢であると考える。
もっとも,e
Le
a
r
ni
ngが包含するこれまで述べてきた諸点に対する回答は,本稿の直接の対象とする
ものではないので問題の所在を指摘するに止めることとするが,実施に踏み切るに先立って,必ず回答
が用意されなければならないことである。
そこで,つぎに e
-Le
a
r
ni
ngにおける知的財産権の保護について,検討することとする。
-Le
3
.e
ar
ni
ngにおける知的財産権の保護
情報倫理は,
「情報化社会において,われわれが社会生活を営むうえで,他人の権利との衝突を避ける
べく,各個人が最低限守るべきルールである。
」
と定義される。その情報倫理という自律的抑制の枠組み
を法的制裁という方向に推し進めたところの究極には,法的強制力を有するものとして,著作権法をは
じめとする知的財産法が位置付けられる。
e
Le
a
r
ni
ngは,授業担当者による授業内容という情報を遠隔地にいる受講者に提供する機能を営むの
で,それによって情報の生成から情報の流通にいたる場合に生じるのと同様の問題が生じる可能性を包
含している可能性がある。したがって,e
-Le
a
r
ni
ngにおける知的財産権の保護を検討するには,さきに
情報倫理の構造と展開の項において情報につき時系列的に検討した成果を踏まえつつ,検討する必要が
ある。
われわれは,専修大学情報科学研究所における平成 1
「e
ラーニングによる遠
9年度研究助成を受け,
隔授業における『著作権侵害をはじめとする知的財産権に関する諸問題』の検討」につき,研究を進め
てきている。
その研究目的は,
スポーツ
eキャンパス推進委員会・委員長からの依頼により,生田キャンパスで行われた SWP(
ウエルネス プログラム)の授業を撮影し,映像・音声等 (
以下「コンテンツ」という)を本学キャ
ンパス内に設置されたサーバーに蓄え,同授業を履修している学生が,伊勢原体育寮において,同
寮に設置されている本学コンピュータを操作し (
専用)通信回線を経由して学習の用に供した場
合に,具体的に発生が想定される「著作権侵害をはじめとする知的財産権に関する諸問題」につい
情報科学研究 No.29(
2
008
)
て検討し,防止策等を提言する基礎的研究を目的とする。
ことにある。
大学における e
。本稿
Le
a
r
ni
ngは,一様ではなく,各大学において種々の取り組みが行われている웋
웓
웗
は,上記研究目的に照らし,基本的に本学が差し当たり想定する e
Le
a
r
ni
ngにおける知的財産権に関す
る問題点に限定して検討することとし,必要に応じて他についても言及する。
3
.
1 知的財産権に関する問題点
本学生田キャンパスで行われた SWP(
スポーツ ウエルネス プログラム)の授業を撮影し,コン
テンツを本学キャンパス内に設置されたサーバーに蓄え,同授業を履修している学生が,伊勢原体育寮
において,同寮に設置されている本学コンピュータを操作し (
専用)通信回線を経由して学習の用に供
した場合に想定される法的問題につき,現在までに検討したところは,つぎの通りである。
(
1
) 閲覧・視聴の期間および時間について
伊勢原体育寮において同授業を履修している学生が,同寮に設置されている本学コンピュータを操作
し (
専用)通信回線を経由して学習の用に供する行為を授業の受講と位置付ける場合には,e
Le
a
r
ni
ng
コンテンツの閲覧・視聴を配信する期間およびこれを閲覧・視聴することのできる期間および時間を定
めることを要する。
(
2
) コンテンツの提供者について
コンテンツを提供又は閲覧・視聴を許諾する権限は,どこにあるのかあるいは誰に帰属するかについ
てあらかじめ定めることが必要である。それは,当該コンテンツにつき,誰が著作権および利用許諾権
を有するかということを意味することになる。
(
3
) 第三者の著作物の利用について
第三者が著作権を有する著作物を授業内で利用し,その授業を撮影して得られたコンテンツ内にその
著作物が収録されている場合に,この映像を本学内に設置されているサーバーに蓄え,同授業を履修し
ている学生が,伊勢原体育寮において,同寮に設置されている本学コンピュータを操作し (
専用)通信
回線を経由して学習の用に供することは,著作権法第 3
5条第 2項に違反しないかが問題になる。
現在のところ,二つの解釈が成り立つものと考えられる。
第 1は,授業内で利用し,その授業を履修している学生に限定して,本学の施設内において,授業と
して同寮に設置されている本学コンピュータを操作し (
専用)通信回線を経由して学習の用に供する点
に着目すると,同条 2項に違反しないと解する立場である。
第 2は,第 3
5条第 2項が,授業を直接受ける者に対する上映等,もしくは,同時に授業を受ける者に
対する 衆送信に限定していることから,講義時間外の利用までをも前提とする利用行為は,同規定に
違反すると解されるとする立場である。
なお,引き続き検討する必要があると考える。
(
4
) コンテンツの写し等の作成について
受講生は,著作権および利用許諾権を有する者のあらかじめ承諾を得ることなく,コンテンツの全部
若しくはその一部の写しを作成することはできない旨を,受講生に承知させることを要する。
e
-Le
ar
ni
ngにおける情報倫理
(
5
) コンテンツの第三者への提供等について
受講生は,著作権および利用許諾権を有する者のあらかじめ承諾を得ることなく,コンテンツの全部
若しくはその一部を第三者に対して提供,貸与,利用その他の処 を許諾することはできない旨を,受
講生に承知させることを要する。
(
6
) コンテンツの録音・録画について
e
Le
a
r
ni
ngによる授業の内容をテープレコーダ,ビデオカメラ,その他の機器を 用して録音・録画
することは禁止することを要する。
(
7
) 伊勢原体育寮におけるコンピユータ環境およびネットワーク環境その他学生が受講するについ
ての責任について
伊勢原体育寮において e
Le
a
r
ni
ngによる授業を履修する学生が,同寮に設置されている本学コン
ピュータを操作し (
専用)通信回線を経由して学習の用に供する場合に,同寮において本学としてどの
機関が責任を負うかにつき,定める必要がある。
(
8
) コンピユータ環境およびネットワーク環境について
e
Le
a
r
ni
ngによる授業の内容を受講するのに必要なコンピユータ環境およびネットワーク環境をだ
れの責任と負担をもって用意するかを定めることを要する。
受講生が用意したコンピユータ環境およびネットワーク環境に制約があったり,その他トラブルを生
じた場合に,受講を断念する場合があることを定めることを要する。
(
9
) 処 事項について
受講生が用意したコンピユータ環境およびネットワーク環境が,e
Le
a
r
ni
ngによる授業の内容を受講
することによって障害を生じた場合に,専修大学および各授業の担当者は一切責任を負わない旨を,定
めることを要する。
受講生が,上記 (
-Le
3
)ないし (
5
)に違反する行為を行ったときは,ただちに e
a
r
ni
ngによる受講を
すべて禁止する旨を,定めることを要する。
(
1
0
) 規程の制定について
e
Le
a
r
ni
ngによる授業を実施するについて,所用の事項を定めた規程を制定するとともに,受講生に
その趣旨を周知徹底させることが必要である。
これらの諸点のうち,最も問題となるのは,第三者の著作物の利用についてである워
。
월
웗
現行著作権法は,学 教育等の教育機関における複製等について,著作権を制限する特別の定めを設
けている。すなわち,学 その他の教育機関において教育を担任する者及び授業を受ける者は,原則と
して,その授業の過程における 用に供することを目的とする場合は,必要と認められる限度において,
表された著作物を複製することができる (
著作権法 3
。もっとも,その著作物の種類及
5条 1項本文)
び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は,この
限りでないとされている (
同条項ただし書き)
。また,ここにいうその他の教育機関には,営利を目的と
して設置されているものは除かれる (
同条 1項本文括弧書き)
。したがって,予備 等については,たと
情報科学研究 No.29(
2
008
)
えその授業の過程における 用に供することを目的とする場合であっても, 表された著作物を複製す
ることはできない。
つぎに, 表された著作物について,学 教育等の教育機関における授業の過程において,直接授業
を受ける者に対してその著作物を原作品若しくは複製物を提供し,若しくは提示して利用する場合又は
その著作物を営利を目的としないで,上演し,演奏し,上映し,若しくは口述して利用する場合には,そ
の授業が行われる場所以外の場所においてその授業を同時に受ける者に対して 衆送信を行うことが
できる (
。もっとも,上記 3
3
5条 2項本文)
5条 1項におけると同様に,著作権者の利益を不当に害する
こととなる場合は,この限りでないとされている (
同条項ただし書き)
。また,ここにいう 衆送信には,
自動 衆送信の場合にあっては,送信可能化を含むとされている (
同条 2項本文括弧書き)
e
Le
a
r
ni
ngによる授業を実施するについて,教室で行われている本来の授業において 表された著作
物を教科書として 用するに際し,複製するについては,上記 3
5条 1項本文により,原則として差し支
えない。
これに対し,その授業が行われる場所以外の場所においてその授業を受ける場合については,同時に
受ける者に対しては 衆送信を行うことができるとされているので (
,同様に差し支え
3
5条 2項本文)
ない。ここで本条項が 衆送信される対象とするのは, 表された著作物についてである。
しかし,授業で 用されている 表された著作物をいったんサーバーに蓄積し,その上で 衆送信す
ることまでは,本条項は認めていないのである워
。
웋
웗
そこで,この著作権法 3
5条に 2項が新たに追加されるに至った背景と経緯について見ることとす
る워
。
워
웗
3
.
2 著作権法第 3
5条第 2項の制定の背景
学 その他の教育機関における複製等につき,制限を緩和する問題は,著作権法を所管する文化庁の
審議会についてみると,平成 1
3年 1
2月の文化審議会著作権 科会に溯る。そこでは,教育・図書館関
係の権利制限の見直しに係る検討に関し,ワーキング・グループにおける検討結果として,つぎのよう
に報告されている워
。
웍
웗
1 著作物等の教育目的の利用
(
1
) 権利制限の拡大に関する論点
① 授業の過程において例外的に許諾を得ずに複製ができる主体に「学習者」を加えること
② 例外的に許諾を得ずに作製された複製物を同一教育機関内で共用にできるようにすること
③ 例外的に許諾を得ずに作製された複製物を教科研究会等でも 用できるようにすること
④ 教育機関で学ぶ特定学習者に対して授業のための 衆送信を例外的に許諾を得ずにできるよ
うにすること
⑤ 遠隔地にいる者を対象に試験を行うため例外的に許諾を得ずに 衆送信することができるよ
うにすること
⑥ インターネットによる教育効果の発信のための「複製」「 衆送信」
「送信可能化」を例外的に
許諾を得ずに利用できる対象とすること
特に,e
Le
a
r
ni
ngと関係する ④ につき,その理由及び権利者側の意見として,
様々な情報通信技術を活用した教育活動が種々の教育機関によって展開されつつあり,例えば大
学・学 等の「遠隔授業」
「合同授業」
「 開講座」等において,離れた場所の学習者に対して (
主会
場での教材の複製・配布と同様に)衛星通信・インターネット等による教材の送信を行うことが必要
e
-Le
ar
ni
ngにおける情報倫理
となっていることがあげられている。
この事項について,権利者側からは,送信された著作物の無断再利用等の危険性,学習者の増大に
よる権利者の利益に対する影響について懸念する意見もあったが,③ と同様,報酬請求権の対象とす
る方向であれば検討の余地があるとの意見もあった。
と紹介されている워
。
웎
웗
上記の ① ないし ⑥ の全般につき,権利者側は,教育の 益性は理解するが,その 益実現のための
費用は 的資金によって賄われるべきであって著作者個人に現在以上の負担を強いる根拠が見出せな
いこと等の強い反対意見が紹介されている워
。
웏
웗
これを踏まえて,文化審議会著作権 科会の法制問題小委員会は,上記の論点につき,検討し,法改
正を行うべき事項を提示しているが,特に上記 ④ との関係につき,教育機関の遠隔授業で学ぶ特定学習
者に対して,授業の過程において例外的に許諾を得ずに複製された著作物を,例外的に許諾を得ずに
衆送信できるようにすることとし,その理由をつぎのように報告している워
。
원
웗
現行の著作権法第 3
5条では,授業の過程での 用を目的として例外的に許諾を得ずに利用が行
える場合の利用形態は,
「複製」と「譲渡」に限定されている。
しかしながら,様々な情報通信技術を活用した教育活動が種々の教育機関によって展開されつつ
あり,例えば大学・学 等の「遠隔授業」
「合同授業」等において,離れた場所の学習者に対して,
主会場で複製・配布される教材を衛星通信・インターネット等により送信することが必要になって
いる。
このため,営利を目的としない教育機関が特定の生徒等向けの遠隔教育 (
授業の中継)を行う場
合に,第 3
例 :主会場にいる生徒等に,第 3
5条の規定により教育を担任する者が複製した著作物 (
5
条の規定に基づき複製して配布した著作物)等を,当該特定の生徒等向けにリアルタイム送信でき
るようにすることが適当である。
このような経緯をたどり,平成 1
5年の著作権法一部改正により現在の第 3
5条第 2項が定められるに
いたった。
しかし,新設の規定でも,すべてが解決されたわけではない。後述する本研究の対象とする問題以外
にも,放送大学のように授業担当者が授業をしている現場で授業を受けている者がいない場合には適用
されないし,主会場をもたない遠隔授業 (
単なる放送ではなく,インタラクティブ性のあるもの)につ
いても,今後に残された課題である워
。
웑
웗
他方,上記権利制限の拡大に関する論点の ③ につき,法制問題小委員会は,引用に関する権利制限で
大部 対応できると考えられるため,関係者間の協力により,引用に該当する範囲を明確化し,周知す
ることが適当であるとの見解を打ち出している워
。その作業は,現在までのところでは,少なくとも引
웒
웗
用に該当する範囲を明確化した成果が 表されていることはないようである。
この
「引用」
という考え方は,e
-Le
a
r
ni
ngにおける 表された著作物と 衆送信の問題についても,活
用する余地がないか検討する必要がある。
3
.
3 e
Le
ar
ni
ngと著作権
一般に,ある特定の事象につき,現行法規との関係で適法性が問題になってている場合に,立法論を
展開することも意義がないわけではないが,当面する事象を解決する手掛かりにはならない。しかし,当
面する事象につき結論に対する賛否は別として,現行法の枠内でどのような対処が可能であるかにつき
検討することは必要であり,むしろ法解釈学のこれこそ 命でもある。もっとも,それは,はじめに結
情報科学研究 No.29(
2
008
)
論ありきであって,それをいかに正当化するというのであっては第三者とりわけ裁判所を納得させるこ
とは困難である。どんなに高邁な議論や理論であっても,それが特定のイデオロギーに基づき固定化さ
れた価値判断に基づく枠組み設定されたものに向けられた押し込み作業であってはならないし,とりわ
け研究者として絶対にやってはならないことである。
そこで,本研究の目的である
生田キャンパスで行われた SWP(
スポーツ ウエルネス プログラム)の授業を撮影し,映像・
音声等 (
以下「コンテンツ」という)を本学キャンパス内に設置されたサーバーに蓄え,同授業を
履修している学生が,伊勢原体育寮において,同寮に設置されている本学コンピュータを操作し
専用)通信回線を経由して学習の用に供した場合
(
に立ち返って問題点を検討することとする。
第 1に,生田キャンパスで行われた SWPの授業を撮影し,映像・音声等を本学キャンパス内に設置
されたサーバーに蓄える点に特徴がある。
授業で 用されている 表された著作物を 衆送信することは,3
5条 2項が認めるところである。そ
れには,二つの形態があり得る。一つは,生田キャンパスの授業の会場で掲示した 表された著作物を
衆送信する場合であり,もう一つは,授業で教材として 用している 表された著作物を 衆送信す
る場合である워
。これらは,いずれも上記条項がまさしく想定する場合であり,こうした利用を許容す
웓
웗
ることが,この条項を設けた狙いである。
これに対し,授業で 用されている 表された著作物をいったんサーバーに蓄積し,その上で 衆送
信することまで,3
5条 2項は認めていない。したがって,その授業で,すでに 表された著作物を 用
している場合に,それを本学キャンパス内に設置されたサーバーに蓄え 衆送信して伊勢原体育寮にお
いて,同寮に設置されている本学コンピュータを操作し (
専用)通信回線を経由して学習の用に供する
ことは,著作権法 3
5条 2項に抵触すると解する。
第 2に, 表された著作物を 用している場合には,たとえいかなる形態であれ,当然に上記法条に
抵触するであろうか。 表された著作物を 用していても,その 用している態様については,種々の
形態があろう。全面的にその著作物に依拠している場合には,前記第 1と同様の疑問を生じる。
これと異なり,授業を担当する教員が自己の見解を裏付ける根拠としている場合,自己の見解と異な
る見解として紹介している場合等については,ただちに上記条項に抵触すると断定することには疑問が
ある。
これらの場合は,むしろ「引用」に該当するとみる余地があろう。
引用について,著作権法は,つぎのように定めている。
第3
2条
表された著作物は,引用して利用することができる。この場合において,その引用は,
正な慣行に合致するものであり,かつ,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内
で行われるものでなければならない。
2 国若しくは地方 共団体の機関,独立行政法人又は地方独立行政法人が一般に周知せることを
目的として作成し,その著作の名義の下に 表する広報資料,調査統計資料,報告書その他これ
に類する著作物は,説明の材料として新聞紙,雑誌その他の刊行物に転載することができる。た
だし,これを禁止する旨の表示がある場合は,この限りでない。
具体的事例につき,引用に当たるか否かは,しばしば争いになる難しい性質を含む問題である웍
。こ
월
웗
の点につき,最上級裁判所の判例をみると,つぎのようにいう웍
。
웋
웗
쓕
引用とは,紹介,参照,論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採
e
-Le
ar
ni
ngにおける情報倫理
録することをいうと解するのが相当であるから,右引用にあたるというためには,引用を含む著作
物の表現形式上,引用して利用する側の著作物と,引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区
別して認識することができ,かつ,右両著作物の間に前者が主,後者が従の関係があると認められ
る場合でなければならないというべきであり, に,法 1
筆者注・現行法 5
8
3条 3項の規定 (
0条に
相当)によれば,引用される側の著作物の著作者人格権を侵害するような態様でする引用は許され
ない。
」
一般的には,自己の見解を裏付ける根拠としている場合や自己の見解と異なる見解として紹介してい
る場合は,自ずから数量的にかなり限度があろう。もっとも,たとえ一つの数値であっても,それが単
なる数量的なものに止まらず,綿密な検証,実験,調査等の創作的活動の成果として導き出されたもの
である場合には,典拠を明示しないと,そもそも盗作になるといえよう。キーワードや個性的な語句に
ついても,同様である。反対に,文章であっても,全文を引用しないと意味をなさない場合は,この限
りではない。短歌や俳句が,その例である。
そうした制約の下で,前述した生田キャンパスの授業の会場で掲示した 表された著作物を 衆送信
する場合については,引用として処理する余地があり得るのではないかと考えられ,検討する必要があ
る。これに対し,授業で教材として 用している 表された著作物を 衆送信する場合については,引
用として処理することには無理がある。
さらに,文章と図表が混在するパワーポイントシート図,グラフ,図表については,引用か否かの基
準は明確であるとはいえないきらいがある。もっとも,研究者であれば,職業倫理として,引用のある
べき作法は当然に熟知していなければならない。その他,文章と異なり,写真,漫画,楽譜,さらに絵
画等美術作品等については特別に留意することを要する。
これらの情報については,授業で引用している限度では許容できるとしても,独立した情報としての
価値を有するし,創作性が顕著であるので,これをサーバーに蓄積した上で 衆送信するとなると,引
用とみることは困難であり,3
5条 2項との関係で抵触するのではないかという疑いがある。
また,引用といえるためには,上記最高裁判例は特に説示していないが,典拠が正確に示されている
ことを要する。引用は,それを閲読した第三者が検証しようと思えばそれが可能であることが必要であ
る。したがって,第三者が検証するのに差し支えない程度に典拠が明示されていない場合は,引用とし
ての要件を欠いているといえよう。
また,翻案引用については,特に認める旨の規定はないが,近時の裁判例は,原文のまま引用するの
では,他人の著作物の全部又は広範な部 の複製を認めることになり,その著作者の権利を侵害するお
それがある場合に,原文の趣旨に忠実な要約による引用を認めることは肯定されるとする웍
。学説も,こ
워
웗
の立場を支持しているようであり웍
,妥当な考え方といえよう。
웍
웗
第 3に,授業において 用する著書,資料等 表されている著作物をあらかじめ遠隔地である伊勢原
体育寮で受講する学生のためにその場所に搬送しておいて,学生が授業を同寮に設置されている本学コ
ンピュータを操作し (
専用)通信回線を経由して学習の用に供する場合に 用することは,3
5条 2項と
の関係で問題はないといえよう。もっとも,その場合であっても,第 2において指摘したような要素が
加わる場合には,その限度において上記条項に抵触するおそれがあると解する。
以上,ここに述べた考え方も,現在では試論の域を出るものではない。
情報科学研究 No.29(
2
008
)
む す び
e
Le
a
r
ni
ngによる授業を実施するについて直面する知的財産権の問題は,単に担当教員や大学自身が
問われているに止まることではなく,それを受講しようとする学生に対しても,学問に対する誠実性を
享有しているか否かが問われることである。
e
Le
a
r
ni
ngを真摯に今後の大学教育に活用しようという構想は,それ自体貴重なものである。しかし,
そのためには,これまで前提として述べてきた多くの課題につきまず解決することが先決である。さら
に,本来,これまで一般に社会的に考えられてきている e
Le
a
r
ni
ngにおいては,それに則した教材を作
成する作業の重要性が指摘されている。それは,協調学習空間を想定し,学習カリキュラムの作成から
教材の作成等新たな学習環境を構築することを意味している웍
。こうした原点に立ち返って一つ一つの
웎
웗
課題につき,正面から対応する姿勢が最も重要であるし,要求されるといえよう。
また,e
-Le
a
r
ni
ngに係る法的問題を検討する場合には,知的財産権の他に個人情報保護法との関係に
ついても留意する必要がある。
なお,本研究テーマに関しては,平成 2
0年度においても引き続き共同研究を遂行しつつあり,e
Le
a
r
ni
ngに係る著作権法をはじめとする知的財産法及び個人情報保護法との関係について検討し,その
節目において 表する予定であることを申し添える。
注
「財としての情報とその法的
1
) 情報の概念と特徴を法と経済学の観点から的確に指摘するものとして, 村良之
保護 『法と経済学』からのアプローチ」田村善之編『情報・秩序・ネットワーク』(
北海道大学図書刊行会・
1
9
9
9年)4ページ参照.なお,小島喜一郎「情報社会における法と倫理」梅本吉彦編著『情報社会と情報倫理』
丸善・2
(
0
0
2年)6ページ以下は,観点こそ異なるものの,同様に物との対比の視点から,情報の特徴を述べ
ている.すでに,民法は物質の取引を中心とした法体系であり,知的財産法は生産者間の情報の取引を律する
にすぎないという理解を前提にして,物質と情報の取引に関する統一的な法体系の必要性を唱える見解が見
られる.福田光宏
「情報の取引に関する法体系についての考察 情報の法と経済学の構築に向けて 」学術情
報センター紀要 1
国立情報学研究所)
,1
2号 (
6
3ページ以下参照,2
0
0
0年.
2
) 情報もしくは知的財産につき権利を侵害された場合に,民事上の救済を求めても,損害額を算定することは必
ずしも容易なことではないし,さらにそれを証明することは一層困難であることが少なくない.また,刑事上
の制裁を科しても,それによって権利を侵害された者の失われた法的利益が回復するわけではないことを考
えれば,本文にのべたことは容易に判断することができよう.なお,上野達弘,知的財産権と情報倫理,岡
本敏雄編集代表『情報教育事典』,丸善,4
4
6ページ,2
0
0
8年参照.
「情報倫理教育に関する中間検討経過について」(
.その後,
3
) 私立大学等情報教育連絡協議会
1
9
9
2年 3月 2
1日)
この見解は,同協議会が改組された社団法人私立大学情報教育協会の情報教育研究委員会第 1 科会におい
て承認されている。社団法人私立大学情報教育協会情報教育研究委員会第 1 科会「情報倫理教育のすすめ」
「倫理綱領調査委員会報告書」
9
9
4年 3月 1
9日)5頁参照.なお,その後に発表された社団法人情報処理学会
(
1
(
1
9
9
7年 1月)も,貴重な成果であり,社会人として,専門家として,組織責任者としての各立場から位置付
けているのは,方向性において共通した認識の下にあると評価するすることができよう。情報倫理という概念
が登場したときに,これに異議をとなえたのは,倫理学者であるといういい伝えがある.
「そのようなものは,
倫理学ではない엊」
という悲痛な叫びであったという.情報社会の訪れとともに,この考え方を前提とすると,
幅広い 野の人にとって受け入れやすい特徴があるが,その反面ものたりないという受け止め方もある.しか
し,情報倫理を社会とりわけ教育現場に浸透させるためには,このような視点が有効であり,拒絶反応も相当
程度まで回避できるのではないかと見込まれる.梅本吉彦,情報倫理の展開と構造,岡本敏雄編集代表,
『情
報教育事典』,丸善,4
4
4ページ,2
0
0
8年.
また,岡本敏雄「教育に関する情報倫理の問題」岡本敏雄研究代表『情報アクセスに関わる教育カリキュ
e
-Le
ar
ni
ngにおける情報倫理
ラムと技術的課題の体系化 研究成果報告書 』(
1
9
9
9年)7ページ以下は,教育工学の立場から論述するも
のとして,極めて示唆に富む.
4
) こうした情報倫理に対する認識は,現在ではすでに個人の段階から組織の段階に発展していて,例えば,東京
大学では,2
「東京大学情報倫理規則」を制定・施行し,情報倫理委員会を設置するとともに,
0
0
2年 9月に,
学部・研究科等のすべての部局に情報倫理委員会を設け,良好な情報環境の維持に努めることとしている.東
京大学情報倫理委員会「情報倫理ガイドライン 教育・研究にふさわしい情報環境をめざして 」 (
同大学
ホームページによる)参照.
-Le
昭和 3
5
)e
a
r
ni
ngの法的根拠は,「大学設置基準」(
1年 (
1
9
5
6年)1
0月 2
2日文部省令第 2
8号)第 2
5条にあ
る.そこではつぎのように定めている.
授業の方法)
(
第2
5条 授業は,講義,演習,実験,実習若しくは実技のいずれかにより又はこれらの併用により行うも
のとする.
2 大学は,文部科学大臣が別に定めるところにより,前項の授業を,多様なメディアを高度に利用して,
当該授業を行う教室以外の場所で履修させることができる.
3 大学は,第 1項の授業を,外国において履修させることができる。前項の規定により,多様なメディア
を高度に利用して,当該授業を行う教室等以外の場所で履修させる場合についても,同様とする.
4 大学は,文部科学大臣が別に定めるところにより,第 1項の授業の一部を, 舎及び附属施設以外の場
所で行うことができる.
大学設置基準第 2
その上で,「平成 1
0
0
1年)文部科学省告示第 5
1号 (
5条第 2項の規定に基づく大
3年 (
2
学が履修させることができる授業等)
」 (
平成 1
3年 (
2
0
0
1年)3月 3
0日)を制定し,つぎのように定めてい
る.なお,本告示は平成 1
3年 (
2
0
0
1年)3月 3
1日から施行されている.
通信衛星,光ファイバー等を用いることにより,多様なメディアを高度に利用して,文字,音声,静止画,
動画等の多様な情報を一体的に扱うもので,次に掲げるいずれかの要件を満たし,大学において,大学設置基
準第 2
5条第 1項に規定する面接授業に相当する教育効果を有すると認めたものであること.
一 同時にかつ双方向に行われるものであって,かつ,授業を行う教室等以外の教室,研究室又はこれら
に準ずる場所 (
大学設置基準第 3
1条の規定により単位を授与する場合においては,企業の会議室などの職場
又は住居に近い場所を含む.)において履修させるもの
二 毎回の授業の実施に当たって設問解答,添削指導,質疑応答等による指導を併せ行うものであって,か
つ,当該授業に関する学生の意見の 換の機会が確保されているもの
,岡本敏雄編集代表『情報教育事典』,丸善,3
8年参照.なお,MI
Tに
6
) 岡本敏雄,e
l
e
a
r
ni
ng
0
8ページ,2
0
0
おける e
-l
e
a
r
ni
ngの構築について略述するものとして,宮川繁,「オープン・コース・ウエアの現状と展望」情
報処理 Vol
.
4
9
,No.
9
,p.
1
0
2
9
,
1
0
3
2
,2
0
0
8年.
7
) 各種の予備 において,拠点 で講義を行い,その内容を同時にもしくは非同時に他の地方 又は支部 にお
いて受講できるようにしているのは,その例である.それによって,いわゆる看板講師による授業を多くの受
講生が聴く機会を得られるとともに,予備 も看板講師を有効に活用し,そのものが場所を移動する時間的負
担と経済的負担を掛けることなく戦略的に経営効率を図ることを目的としていると見られる.受講生にとっ
ても,遠隔地にあって通常容易に看板講師の授業を受けられないという不利益を全面的とはいえないにして
も,相当程度まで軽減できるという点でメリットをみいだすこともできる.
8
) 生涯教育の局面をも視野に入れると,高齢者や子育て中の女性の向学心を支援する意義をも認めることがで
きよう.
9
) 近年,多くの大学において授業中の学生の私語が多いことが指摘されるが,その要因の最も重要な要因は,担
当教員が授業環境の基盤整備を整える資質に欠けるか努力を怠っていることにあると考える.その点で,e
Le
a
r
ni
ngではどのようにしてこの点につき対処するかが課題となる.あるいは,はじめから正規授業と同様に
考えることが無理であるというのであれば,そうした e
-Le
a
r
ni
ngにつき,大学が正規授業として位置付ける
ことは,教員間の共通認識を得ることが困難であろう.
1
0
) この点は,学生のみならず,教員についても当てはまることである。教員についてみると,事例問題を作成
することがそもそも困難になるのである.事例問題を作成させるとその教員の力量が容易にかつ明確に現れ
てくるというのは,まさしくこの点にある.いわゆる 埋め式の設問にも,それなりの効用があることは否定
できないが,それだけでは教育的効果を判定することはできないし,学生の文章能力の育成のためにもならな
情報科学研究 No.29(
2
008
)
い.
1
1
) インターネット上に展開する情報倫理について新たな検討を試みたものとして,社団法人私立大学情報教育
協会,『インターネットと情報倫理・1
9
9
9版』,社団法人私立大学情報教育協会.
昭和 2
昭和 5
1
2
) 統計法 (
2年 (
1
9
4
7年)法律第 1
8号)第 4条第 2項,国勢調査令 (
5年 (
1
9
8
0年)政令第 9
8号)
並びに国勢調査施行規則 (
昭和 5
5年 (
1
9
8
0年) 理府令第 2
1号)に基づく国勢調査は,その最も大規模な
ものである.なお,その対象地域については,国勢調査の調査区の設定の基準等に関する 理府令 (
昭和 5
9
年 (
1
9
8
4年) 理府令第 2
4号)による.
1
3
) 時期を同じくして実施された同一事項を対象とする世論調査において,結果が大きく異なってくる場合があ
ることは,まさしくその顕著な一例である.報道機関による内閣支持率や政党支持率のばらつきを思い起こせ
ば自ずから明らかであろう.
1
4
) 民事訴 や刑事訴 で問題となる違法収集証拠の証拠能力は,両者の間でその意義は異なるが,情報の収集の
適法性という点では共通している.梅本吉彦『民事訴 法・第 3版』(
信山社・2
0
0
7年)7
7
4ページ.
1
5
) もっとも, 表されている情報いかにして的確に多角的視点から 析し検討することにより研究成果を得る
かという点にこそ,学者の力量が問われるということも忘れてはならないことである.その点で,
星野英一
「日
本民法典に与えたフランス民法の影響
論・ 則 (
人・物) 」日仏法学 3号,1
9
6
5年,同「編纂過程から
みた民法拾遺 民法 9
2条・法例 2条論,民法 9
7条・5
2
6条・5
2
1条論 」法学協会雑誌 8
2巻 3号・5号,1
9
6
6
年.いずれも,同『民法論集・第 1巻』(
有 閣・1
9
7
0年)6
9ページ以下および 1
5
1ページ以下所収.
1
6
) インターネット社会における大学生活は,学業を通じた信頼性に裏付けられた人間関係を形成することが最
も重要な 命であるといえる.
9日第三小法 判決・最高裁判所裁判集民事 1
5
7号 6
0
1ページは,消費
1
7
) 最高裁判所平成元年 (
1
9
8
9年)9月 1
者が,全国紙の新聞広告を信頼してマンションのいわゆる青田買いの手付けを支払ったところ,マンション業
者が倒産したため,同新聞を発行した新聞社及び広告代理店を共同被告として不法行為に基づく損害賠償請
求訴 を提起した事案において,一般論として,新聞社は,新聞広告を掲載する場合に,その内容の真実性
について疑念を抱くべき特別の事情があって読者に不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見し,又は予
見し得たときは,右広告内容の真実性について調査確認をする注意義務があると判示している.もっとも,本
件事案については,結論として原告の請求を棄却している.
平成 1
1
8
) 情報 開・個人情報保護審査会設置法 (
5年 (
2
0
0
3年)法律第 6
0号)が,それである.
1
9
) 独立行政法人メディア教育開発センター『eラーニング等の I
CTを活用した教育に関する調査報告書』2
0
0
7
年度,5
3ページ以下参照.
「Eラーニングにおける著作権の問題と対策 アメリカ著作権法の改正を参考とし
2
0
) この点につき,廣瀬孝文,
て 」,岐阜聖徳学園大学紀要 4
-Le
6集,2
0
0
7年,1
7ページ以下は,e
a
r
ni
ngの立場から最も詳細に検討した
優れた論考であり,高く評価する.なお,e
r
ni
ngと著作権の関係につき,概略を述べたものとして,尾﨑
Le
a
郎,
「eラーニングと著作権」情報処理 Vol
.
4
9
,No.
9
,p.
1
0
5
7
,2
0
0
8年.
2
1
) 廣瀬孝文・前掲 2
2ページ.
2
2
) 特定の条文を理解するは,まずその立法過程を法案の立案過程に溯って検証することが,最も基本的な作業で
あり,正当な手法である.星野英一「日本民法典に与えたフランス民法の影響
論・ 則 (
人-物) 」日
仏法学 3号,1
9
6
5年,同『民法論集・第 1巻』有 閣,1
9
7
0年,7
4ページ以下所収.もっとも,星野教授も
認めるように,立法当時起草者によって与えられた意味が決定的基準になるわけではない.
平成 1
2
3
) 文化審議会著作権 科会「文化審議会著作権 科会審議経過の概要」(
3年 1
2月)1
6ページ.
2
4
) 文化審議会著作権 科会・前掲 1
8ページ.
2
5
) 文化審議会著作権 科会・前掲 1
9ページ.
平成 1
2
6
) 文化審議会著作権 科会『文化審議会著作権 科会審議経過報告』(
5年 (
2
0
0
3年)1月)7ページ.
2
7
) 社団法人著作権情報情報センター附属著作権研究所『著作権法の権利制限規定をめぐる諸問題権利制限委員
会』(
著作権研究所研究叢書 No.
・2
著
1
2
0
0
4年 3月)8
2ページ,加戸守行『著作権法逐条講義・五訂新版』(
作権情報センター・2
0
0
6年)2
6
1ページ.
2
8
) 文化審議会著作権 科会・前掲 7ページ.
2
9
) 加戸・前掲書 2
6
0ページ.
3
0
) 自己の著作物の中に,他人の著作物の一部を権利者の許諾を得ることなく無償で利用できることから,その許
容限度につき争いになりやすい性質を秘めている.斉藤博『著作権法・第 3版』
,有 閣,2
0
0
7年,2
4
1ペー
ジ参照.
e
-Le
ar
ni
ngにおける情報倫理
3
1
) 最高裁判所昭和 5
5年 (
1
9
8
0年)3月 2
8日第三小法 判決・最高裁判所民事判例集 3
4巻 3号 2
4
4ページ.い
わゆるパロディー事件の第 1次上告審判決の判旨であるが,現在においても先例的意義がある.
3
2
) 東京地方裁判所平成 1
0年 (
1
9
9
8年)1
0月 3
0日判決・判例時報 1
6
7
4号 1
3
2ページ.
』,ぎょうせい,2
3
3
) 作花文雄,『詳解著作権法[第 3版]
0
0
4年,3
3
7ページ.
研究代表者・岡本敏雄,香山瑞恵)『知的メディア志向の遠隔協調教育
3
4
) 先進学習基盤協議会次世代研究部会 (
支援機能の開発』(
ワーキンググループ平成 1
1ページ.
2年度 (
2
0
0
0年)活動報告書)1
参 考 文 献
[ 1] 上野達弘,知的財産権と情報倫理,岡本敏雄編集代表『情報教育事典』,丸善,2
0
0
8年,4
4
6ページ.
[ 2] 梅本吉彦,『民事訴 法・第 3版』,信山社,2
0
0
7年,7
7
4ページ.
[ 3] 梅本吉彦,情報倫理の展開と構造,岡本敏雄編集代表,『情報教育事典』
,丸善,2
0
0
8年,4
4
4ページ.
[ 4] 岡本敏雄研究代表,
『情報アクセスに関わる教育カリキュラムと技術的課題の体系化 研究成果報告書 』,平
成1
,1
0年度文部省科学研究費補助金基盤研究 (
C)(
1
)
9
9
9年.
[ 5] 岡本敏雄,e
-l
,岡本敏雄編集代表『情報教育事典』,丸善,2
e
a
r
ni
ng
0
0
8年,3
0
8ページ.
.
[ 6] 尾﨑 郎,「eラーニングと著作権」,情報処理,Vol
.
4
9
,No.
9
,2
0
0
8年,p.
1
0
5
7
[ 7] 加戸守行,『著作権法逐条講義・五訂新版』,著作権情報センター,2
0
0
6年.
[ 8] 小島喜一郎,
「情報社会における法と倫理」,梅本吉彦編著
『情報社会と情報倫理』
,丸善,2
-1
0
0
2年,5
6ペー
ジ.
[ 9] 最高裁判所昭和 5
5年 (
1
9
8
0年)3月 2
8日第三小法 判決,最高裁判所民事判例集,3
4巻 3号,2
4
4ページ.
[1
] 最高裁判所平成元年 (
0
1
9
8
9年)9月 1
9日第三小法 判決,最高裁判所裁判集民事,1
5
7号,6
0
1ページ.
『著作権法・第 3版』
,有 閣,2
[1
] 斉藤博,
0
0
7年.
1
[1
] 作花文雄,『詳解著作権法[第 3版]』
,ぎょうせい,2
2
0
0
4年,3
3
7ページ.
[1
] 社団法人情報処理学会,『倫理綱領調査委員会報告書』,1
3
9
9
7年 1月.
[1
] 社団法人私立大学情報教育協会情報教育研究委員会第 1 科会,
『情報倫理教育のすすめ』,1
4
9
9
4年 3月 1
9
日.
[1
] 社団法人私立大学情報教育協会,『インターネットと情報倫理・1
,社団法人私立大学情報教育協会,
5
9
9
9版』
1
9
9
9年 1
1月.
[1
] 社団法人著作権情報情報センター附属著作権研究所,
『著作権法の権利制限規定をめぐる諸問題権利制限委員
6
会』,著作権研究所研究叢書 No.
,2
1
2
0
0
4年 3月.
「情報倫理教育に関する中間検討経過について」,1
[1
] 私立大学等情報教育連絡協議会,
9
9
2年 3月 2
1日.
7
[1
] 先進学習基盤協議会次世代研究部会 (
研究代表者・岡本敏雄,香山瑞恵)
,
『知的メディア志向の遠隔協調教育
8
支援機能の開発』(
ワーキンググループ平成 1
.
2年度活動報告書)
[1
] 東京大学情報倫理委員会,「情報倫理ガイドライン 教育・研究にふさわしい情報環境をめざして 」,2
9
0
0
2
年.
[2
] 東京地方裁判所平成 1
0
0年 (
1
9
9
8年)1
0月 3
0日判決,判例時報,1
6
7
4号,1
3
2ページ.
[2
] 独立行政法人メディア教育開発センター,『eラーニング等の I
1
CTを活用した教育に関する調査報告書』2
0
0
7
年度.
[2
] 廣瀬孝文,
「Eラーニングにおける著作権の問題と対策 アメリカ著作権法の改正を参考として 」,岐阜聖徳
2
-3
学園大学紀要,4
0
7年,1
7
9ページ.
6集,2
0
[2
] 福田光宏,
「情報の取引に関する法体系についての考察 情報の法と経済学の構築に向けて 」,学術情報セン
3
ター紀要,1
国立情報学研究所)
,2
2号 (
0
0
0年,1
6
3ページ以下参照.
[2
] 文化審議会著作権 科会,『文化審議会著作権 科会審議経過の概要』,2
4
0
0
1年 1
2月.
[2
] 文化審議会著作権 科会,『文化審議会著作権 科会審議経過報告』,2
5
0
0
3年 1月.
[2
] 星野英一,「日本民法典に与えたフランス民法の影響
論・ 則 (
人・物) 」,日仏法学,3号,1
6
9
6
5年,
同『民法論集・第 1巻』,有 閣,1
9
7
0年,6
9ページ以下所収.
,法学協会雑誌,
[2
] 同「編纂過程からみた民法拾遺 民法 9
2
6条・5
2
1条論 」
7
2条・法例 2条論,民法 9
7条・5
[2
]
8
8
2巻 3号,8
2巻 5号,1
9
6
6年,同『民法論集・第 1巻』,有 閣,1
9
7
0年,1
5
1ページ以下所収.
村良之,「財としての情報とその法的保護 『法と経済学』からのアプローチ」,田村善之編『情報・秩序・
ネットワーク』,北海道大学図書刊行会,1
9
9
9年 5月,3
4
2ページ.
[2
] 宮川繁,「オープン・コース・ウエアの現状と展望」,情報処理,Vol
9
.
4
9
,No.
9
,p.
1
0
2
9
,
1
0
3
2
,2
0
0
8年.