The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 13, No. 2, PP 81-88, 2009 資料 看護に対する患者の期待 ―文献レビューによる考察― Patients’ Expectations for Nurses and Nursing: A Review of the Literature 武内龍伸 大西麻未 菅田勝也 Tatsunobu Takeuchi Mami Onishi Katsuya Kanda Key words : patients’ expectation, nursing role, nursing function, literature review キーワード : 患者の期待,看護の役割,看護の機能,文献レビュー Abstract When the roles of nurses are discussed, it is essential to consider perspectives of patients, who take health care while participate in and form it. Therefore it is important for those who engage in nursing to know the expectations patients have for health care and nurses. This literature review was conducted to identify a trend and the findings of previous studies about expectations of patients for nurses and nursing at a hospital in Japan. Ichushi-Web was searched for studies which investigated on patients’ expectations and published between 1983 and 2008, so that 43 articles turned up. Most of them were issues of recent years. Thirtyone articles described specific expectations for nurses or nursing such as a specific care, behavior and patients. Several studies used Likert scale, but any did not identify which item had relative importance. Studies which investigated expectations for whole of nurses’ practice were chosen and contents of patients’ expectations were examined mainly on four studies that matched criteria for minute examination. As a result, elements concerned with technical components and with interpersonal relationships emerged. However there were few arguments over what technical elements meant. It is necessary for nursing education and career development to look into that more concretely. In addition, both nurses’ practices as a team performance and function in health care were hardly mentioned in patients’ expectations. Other research approaches to the expectations are required to grasp them about such roles and functions. 要 旨 看護の役割に関して考えていく上で,医療を享受し,かつ医療に参加し共にそれを形成する 存在である患者を含めて議論することが必要であり,今の患者が医療や看護に何を求め期待し ているかを知ることは看護に携わる者にとって重要である.そこで,日本の病院における看 護に対する患者の期待に関するこれまでの研究の動向と知見を整理するために文献レビュー を行った. 医中誌 Web で 1983 年以降 2008 年までの,患者の期待を調査した文献を検索し 43 編の文 献を得た.近年の文献が大半を占め,看護の特定のケアや行為に焦点を合わせたものや,特 定の属性の患者集団を対象としたといった,限定された範囲での看護の期待に関するものが, 31 編と多数であった.また,多くの調査はリッカート尺度型の選択肢を用いていたが,何が より重要であるかは明らかになっていなかった. より全般的な看護についての期待に関する調査を抽出し,選定基準を満たした 4 編を中心に 患者期待の内容を検討した結果,論じられている要素は専門的要素に関わるものと人間関係に 受付日:2009 年 6 月 6 日 受理日:2009 年 8 月 7 日 東京大学大学院医学系研究科看護管理学分野 Department of Nursing Administration, Graduate School of Medicine, The University of Tokyo 日看管会誌 Vol. 13, No. 2, 2009 81 纏わるものとに大別された.しかし,何が専門性とされているかの議論は乏しく,今後の看護 教育やキャリア開発に活かすには,このことを具体的にする調査が必要であると考えられた. また,集団としての看護師の実践や,病院システムの中での看護師の機能に関する言及はなく, 異なる研究アプローチの必要性が示唆された. Ⅰ.はじめに 質が意味するものを定義する役割を担っていると し,患者満足度を医療の質の評価の中で根本的な重 自分たちは何をする者か,これは専門職集団に 要性を持つものと位置づけている.以来,患者満足 とって根源的な問いである.特に医療の提供には多 度は医療の重要なアウトカム指標の一つとして多く 様な専門職が関わり合っており,その中で看護が担 の場面で用いられてきた(Merkouris, et al., 1999). うべき機能は何であるのか,どういった役割を果た さらに近年では,患者の権利への意識が医療者,患 していくのかを考えることは,看護に携わる者に 者ともに高まり,患者の医療への参加が謳われてい とって重要である.また,人と生命を扱う上で変わ る.PubMed で検索してみると,患者中心を表題に らないものが存在すると同時に,時代とともに医学 掲げた文献は 2000 年以降飛躍的に増えており,注 が進歩し,その提供と享受のシステムも変化してい 目が集まっていると言える.このように患者という る.この普遍と変遷を併せ持つ価値観の下,看護が 存在は,看護の根源的意味においても,看護の質の どう在り何を為すべきかということは,常に問われ 評価においても,近年の医療の方向性においても重 続ける問題である. 要なものである. 近年の日本の看護を取り巻く状況をみてみると, したがって,今後の看護の役割を考えて行く上で, 1992 年に「看護婦等の人材確保の促進に関する法律 医師をはじめ種々のメディカルスタッフが関わり (現,看護師等の人材確保の促進に関する法律)」が 合って提供するという視点に止まらず,医療を享受 制定された後,就業している看護師数はそれまで以 しつつも参加し共にそれを形成する存在としての患 上に増え続け,2006 年末には法律制定以前の約 2 倍 者を含めて議論することが不可欠であり,今の患者 となっている.また看護師養成の大学数も増加し, が医療や看護に何を求め期待しているかを知ること それに伴い看護の大学教育を受けた看護師数も年々 が必要である. 増えている(日本看護協会出版会,1998,2009). そこで今回,看護に対する患者の期待を探る端緒 2006 年には診療報酬の改定で7対1入院基本料が制 として,これまでの研究でどのようなことが試みら 定され,看護師の配置や看護の必要性について広く れ,どのようなことが明らかになっているのかを調 議論される契機となり,今後の看護の在り方が問わ べるために文献レビューを行った. れている.厚生労働省医政局長通知「医師及び医療 関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進に ついて」が 2007 年に出された他,日本学術会議健 Ⅱ.目的 康 ・ 生活科学委員会看護学分科会(2008)が看護職 の役割拡大に関する提言を発表するなど,看護の役 割についての議論が高まっている. するこれまでの研究の動向と知見を整理する.ここ 一方,看護を含め医療ケアは,提供するという概 で言う看護とは,看護ケアをはじめ看護師の行うこ 念だけで成り立つものではなく,それを受ける人が と全般,その種類と内容および特性と質,個人とし いてはじめて意味を成すものである.人は医療に関 ての看護師,看護師のチーム,病院組織の一員およ わることにより患者になるわけであるが,逆に医療 び一部門としての看護師を指すものとする.また, も患者を得てこそ医療たり得る.患者がいないとこ ろに看護は存在し得ない.また,Donabedian(1980) は,患者は個人としてあるいは集団として,医療の 82 日本の病院における看護に対する患者の期待に関 日看管会誌 Vol. 13, No. 2, 2009 「患者」には患者自身の他に患者家族や潜在的患者 である一般市民も含む. Ⅲ.方法 3.患者期待の内容の検討 その後,特定の対象についての調査でなく,より 1.文献の抽出 全般的な看護についての期待に関する調査研究で 医 中 誌 Web で 検 索 式「 看 護 /TI and ((( 患 者 / あって,その方法や結果の記載に基本的な情報の欠 TI or 一般人 /TI or 市民 /TI) and ( 期待 /TI or 望 落が無いものについて,その期待の内容について検 む /TI or 求める /TI or 望まれる /TI or 求められ 討した.closed-ended questions を用いた調査では, る /TI)) or ( 患者の視点 /TI or 患者からみた /TI その項目作成に十分な手続きが踏まれておりその旨 or 患者から見た /TI or 患者の立場 /TI or 患者意 が記載されているもの,open-ended questions の場 識 /TI)) and (PT= 原著論文 , 総説 , 一般 )」を用い, 合,質問の内容と分析の手続きが記載されているも 1983 年以降 2008 年までの文献を検索した.ヒット の,ということを一つの基準とした. した 185 件の文献から,病院での看護に対する患 者の期待に関する記述ではないもの,international standard serial number (ISSN) が 医 中 誌 Web に 登 Ⅳ.結果 録されていない雑誌に収載されているもの,患者に 対して何らかの調査を行ったものでないもの,調査 対象が 1 名のレポート,引用文献や参考文献の記載 が全くないもの,以上にあてはまるものを除外し 43 編の文献を得た. ま た,PubMed に て「(nurse[TI] OR nurses[TI] 1.研究動向 上記Ⅲ -2 によって分類した結果の割合と年毎の文 献数を示す(図 1,図 2). 1990 年以前が 4 編,90 年代前半にはなく,97 年 以降の発表が中心である.全体像に注目する研究よ OR nursing[TI]) AND patient*[TI] AND りも,特定の対象についての調査が圧倒的に多い. (expect*[TI] OR perceiv*[TI] OR percept*[TI]) AND 近年 open-ended questions を用いたものも増えてい (Japan[TIAB] OR Japanese[TIAB])」で検索したが, るが,closed-ended questions を用いている調査の 該当する文献は得られなかった. 方が多い. 特定の対象の中身としては,インフォームドコン 2.研究動向の整理 前節で得られた文献を,特定の対象についての調 セント(深尾ら,2000;平岡ら,2002,2003;星野 ら,2001;大谷,2004)をはじめ,入院時オリエン 査であるか否かと,データ収集に用いた設問形式が テーション(片岡ら,2005),退院指導(深田ら, closed-ended questions(選択回答式設問)であるか 2003)など説明に関する状況での看護師への期待, open-ended questions(文章回答式設問)であるか, 検査室・処置室・無菌室・手術室など特定の環境に の 2 点に注目し分類した.ここで言う「特定の対象」 おけるもの(荒井ら,2004;入田,2002;木谷,中野, とは,看護の特定のケアや行為や特性についての期 2005;草刈ら,1999;山口ら,2000),乳がん患者 待を調査している研究や,調査対象患者の属性を限 のケアなど女性科疾患特有のニーズを含めて探ろう 定し,その結果そういった属性の患者特有の期待が としたもの(久谷ら,2006;飯田ら,2005;杉本(美)ら, 何であるかに重点のある研究のことを指し,「特定 2002),精神科疾患患者を対象としたもの(星野ら, の対象」としなかったものが必ずしも全般を対象と 2001;大谷,2004),外来特有の問題を焦点の一つ しているということではない.質問形式について, としたもの(古橋,田中,1988;原田ら,2008;柴 選択回答式の設問に加え自由回答欄を設けたものが 田,1997;杉本(清)ら,2002),ICU の面会時やター 見られたが,自由回答の結果が文章の羅列程度に止 ミナル期での患者家族対応に焦点をあてたもの(岩 まっていたため,「closed-ended」に分類した.これ 崎ら,2007;黒河ら,2008;中野ら,2003;新田ら, らの分類は協力が得られた 2 名の看護師の意見を参 2001)などが,それぞれ複数見られたほか,整形外 考に行った. 科患者で ADL と関連させて期待を探ろうとしたも の(永井,2005)や,患者の望む病室のカーテンの 位置を調査したもの(玉田ら,2006)などがあった. 日看管会誌 Vol. 13, No. 2, 2009 83 図 1 調査対象が特定である文献数 図 2 設問形式別年代毎文献数 closed-ended questions を用いた 31 編の内,既存 看護師はじめ医療者が重要と考えるものとの差に着 の質問項目を利用したとしているものが 9 編,新た 目したものが,それぞれ 13 編,7 編(重複あり)見 に作成したものが 14 編,残り 8 編は質問項目の設 られた. 定に関する記載は無かった.複数の文献で利用され ていたものに「上泉らのツール」(朝日ら,1998; 森下,佐金,2001;柴崎ら,1998)と「島田のツール」 (荒 2.期待の内容 上記Ⅲ -3 の対象となり得たのは以下の 4 編であっ 井ら,2004;杉本(清)ら,2002;山本ら,2005) た.小西,和泉(2006)の文献に関しては,同研究 があった.それぞれに異なる文献が引用されている に関する別の報告(Izumi, et al.,2006)も参考にした. が,これら 2 つのツールは同一項目から成るもので 清水,松田(1997)は,患者は看護婦に何を期待 あり,1975 年の文献(Risser,1975)に基づき, 「技 し,看護婦はそれに応えられているかについて,10 術的・専門的領域」9 項目,「教育関連領域」6 項目, 名を対象に面接法と参加観察法によるデータを継続 「信頼関係領域」16 項目の計 31 項目から構成されて 的比較分析法を用いて分析し,その結果を「期待の いる.この他に,複数の文献で共通して用いられて 前段階」「個々の看護婦への期待」「看護チームへの いる質問項目のセットは無かった.また,調査にあ 期待」「患者の期待が実現された結果」にわけて記 たり新たに作成したとする文献では,事前の聞き取 述していた.期待の中身としては,「個々」に関す り調査(松本ら,2008),先行研究や文献による分 るものとして「自己への関心」「身近な存在」, 「チー 類や構造(原田ら,2008;岩崎ら,2007;河津,任, ム」に関して「上品さ」 「機敏さ」 「公平さ」 「公正さ」 2000;新田ら,2001),現在の実践(草刈ら,1999) が挙がっており,期待の前段階として,期待が可能 や今後の強化検討事項(平沢ら,1990)を参考にし かどうか看護婦を眺め見定めるプロセスも抽出して ていた.期待に関する回答の選択肢の設定は,リッ いた. カート尺度型のものが 19 編,期待する項目を選択 河津と任(2000)は,看護婦が備えるべき要件と する形式が 10 編,その他が 2 編であり,項目を選 して 34 の肯定的項目を設け, 「ぜったい必要である」 択する形式は特に限定された対象や場面についての から「まったく必要でない」の 4 段階で回答する質 調査にのみ見られた.スケールで期待を点数化した 問紙を作成し,一般人・医師・看護婦・看護教師を 結果は,ほぼ全ての項目で期待するに偏った点数で 対象に調査している.対象者全体での因子分析の結 あり,期待しない側の点数を示していたのは,外来 果,5 因子が抽出され,一般人 54 名の回答では, 「技 患者を対象とした調査での「診察のときそばにいる」 能性」と名付けられた因子の項目の平均得点が最も 「衣服の着脱を手伝う」(柴田,1997)の 2 項目だけ であった. 84 高く,以下「情緒性」「関係性」「主体性」「科学性」 の順となっていた.「技能性」には,「技術を正確に その他の傾向としては,患者の期待と患者満足度 実施できる」「突発的な事態に落ち着いて対処でき や実際の患者の認識との差,患者の期待するものと る」「専門的知識が豊富である」といった項目が含 日看管会誌 Vol. 13, No. 2, 2009 まれ,「科学性」は,「発想が豊かである」「科学的・ とが重要であるかということまでは推測し難い.ほ 実証的である」といった項目で構成されている. とんど統計学的に有意な差が見出せなかったからか 小西,和泉(2006)の研究では,治療を受けたこ もしれないが,項目間での得点の差異に注目した記 とのあるがん患者 26 名を対象に,「看護師をよいと 述もなされていない.結果に示したように,松本ら 思った経験について」「どういう看護師がよいかに (2008)は,患者は何が重要であると考えているの ついての意見」 「そういうよい看護師についてどう かを主眼とした分析を試みているが,提示された図 感じたか」を含む半構成的インタビューを行ってい 表を読み取る限り「丁寧な対応」が他よりも低い以 る.分析の結果,「よい看護師」は「人としての関 外は,どの項目にも大きな差は見られない.これは, わりができる」および「プロである」の 2 つの要素 一対比較に耐えられるだけの限られた項目数に,期 を持つ看護師として述べられていた.また,これら 待の全体像を集約させた結果,それぞれの項目が示 2 つの価値の重みは対象者により異なっていたが, す内容の幅が広がり,対象者が重要度を判断しにく より多く生き生きと語られたのは「人として」の特 くなったのではないかとも考えられ,未だ何が重要 質であったとしている. 「人として関わること」には, と考えられているかは明らかでないと言える. 「性格や雰囲気がよい」 「人としての顔をみせる」 「『人 としての患者・家族』に関心をもつ」「『人としての 患者・家族』を大切にする」が含まれ,「プロとし 2.専門的要素と人間関係 期待の中身について考えると,河津,任(2000) ての関わり」では, 「専門職者としての能力」と「プ は因子分析を行っているが,この研究は一般人の他 ロ意識」が語られていた(Izumi, et al., 2006). にも多くの医療関係者を対象としたものであり,そ 患者の視点からの重要度に着目した松本ら(2008) の結果をそのまま患者の期待の因子構造と捉えるこ の研究では,一般住民への聴き取り調査などを踏ま とはできない.また,それぞれの研究で期待へのア え,患者側のニーズを策定する要因として「専門性」 プローチの仕方が少しずつ異なるため,単純にまと 「丁寧な対応」「情報提供」「迅速な対応」「早期回復 めてしまうことにも注意が必要である. 支援」「快適な療養環境」を評価基準に挙げ,患者 しかし,これらを踏まえた上で,敢えてそれぞれ が急性期病院の看護ケアに期待することについて階 の結果に見られる期待のカテゴリーをまとめてみる 層分析が行われている.それぞれの要因には 40 字 と,小西,和泉(2006)が示すように,専門的要素 から 90 字程度の定義が設けられている.167 名の回 に関わるものと人間関係に関わるものとに大別でき 答の結果,重要度は「快適な療養環境」「早期回復 る.Donabedian(1980)は,医療の質の定義を探究 支援」「専門性」の順であったとされ,また,患者 するにあたり,医療の 2 つの側面としてこの 2 者を の年齢・職業・入院歴の有無・病院選択方法・入院 挙げ,お互いに関連しており時に区別するのが難し 目的の違いといった患者の属性により,看護ケアへ いとしながらも,質の定義に根本的な重要性を持っ の期待の重要度に差異を見出している. ているとしている.他の研究の結果に見られる, 「専 門性」「技能性」「機敏さ」「主体性」「科学性」「早 期回復支援」などは専門的要素に関わるもので, 「自 Ⅴ.考察 己への関心」「身近な存在」「上品さ」「公平さ」「公 正さ」 「情緒性」 「関係性」 「丁寧な対応」 「迅速な対応」 1.期待の度合い などは人間関係の側面を持っていると言える.また, 日本の病院における看護に対する患者の期待に関 海外での患者の期待に関する研究結果にも,こう する調査は,ある程度行われてきているが,期待の いった分別をした記述が見られる(Calman, 2006; 全体像を網羅したものはない.リッカート尺度型の Schmidt, 2003). 選択肢を用いた調査の結果全般から,患者に期待さ ただし,専門的とはいったい何を指すのかという れているだろうと看護師が考えてきた項目に対して ことは明らかにされていない.日常的ケアに関する は,患者からも概ね肯定的な見解が得られることが ことなのか,治療に関する医学的知識なのか,これ わかる.しかし,スケールの幅が狭く,どういうこ らに基づく判断能力なのか,それらをわかりやすく 日看管会誌 Vol. 13, No. 2, 2009 85 提供できる説明能力なのか.それとも医療的手技の られている(Izumi,et al.,2006).つまり,看護師 スキルなのか,生活援助のスキルなのか.あるい への期待を探っていった際に患者から得られたもの は,こういったことに関わらない漠然としたものな の大部分が,個人としての看護師への言及であった のか,専門職気質の問題なのか.ほとんどの研究で, ということである. 全体的,抽象的言い回しが用いられており,その内 研究での設問の仕方によって,こういった傾向が 容を弁別するような議論はなされていない.この傾 生ずるということは確かにある.しかし,看護師と 向は,海外の文献でも同様であるが,専門性は患者 は一個人を指す言葉であると同時に,看護専門職集 の安全を守るために必要とされているもの(Calman, 団を指す言葉でもあり,また,病院での看護提供 2006;Davis, 2005;Schmidt, 2003)といった記述が は通常一人の看護師だけで行われるものではなく, 共通して見られる. チームとして継続的に提供されるものである.患者 人間関係に関わる部分には,看護師個人の特性や の安全確保のための取り組みや,多職種間のコー 人間性,互いの関係性の他,説明・会話,情報提 ディネートなど,病院システムの中で果たしている 供,反応・対応といった着眼が見られる.しかし, 機能もある.にもかかわらず,集団としての看護師 実践や看護師の教育にどう活かせばよいのかと考え の機能に関する言及はあまりに少ない.清水,松田 ると,さらなる調査と議論が必要である.いつどう (1997)の記述では,「チーム」という言葉が挙がっ いったことをどこまで説明することが求められるの ているが,教育された存在という全体的な期待を捉 かという議論は少なく,あるいは話す内容ではなく えたものであり,ここで言う集団としての機能とは 話すこと自体が大事であるという可能性もある.ま 違う.ほとんどの研究では,病院の看護師が行っ た,反応や対応については,即時性や適切性といっ ていることの多くに具体的には触れられていない た,互いの主観による部分の大きい要素が含まれて か,もしくはそれらがすべて専門性の一言に集約さ いる.例えば,「ナースコールを押した時にすぐに れてしまっている.「スキルの獲得は先ず必要なこ 対応してくれる」に関して患者が期待していること とであるが効果的な実践を保証するものではない」 がわかっても,患者と看護師間で「すぐに」の認識 (Calman, 2006)や,「看護師が居ることを患者が知 が異なれば,患者の期待に添う結果は得られない. ることで安心感が得られる」(強調筆者;Schmidt, また,「対応」に関しても,行くだけでいいのか, 2003)という表現に見られるように,様々なことの 鎮痛薬の投与など何か他のことを前提としているの 価値は患者との関わり合いの部分に帰結するのか, か,いつでも利用可能であることが重要なのかもよ 「自分の受けたケアだけを評価でき,他の患者のた くわからない.この点に関して,Schmidt(2003) めに看護師が働く状況へと観点を一般化できないと の研究に示唆的な表現がある.彼は看護ケアに対す しきりに強調した」 (Calman, 2006)といったように, る患者の認識を分析し,カテゴリーの 1 つとして「見 より広い言及を避けたり遠慮したりする傾向が患者 守ること」を挙げているが,その内容を,単に看護 にあるからなのだろうか.期待は存在するが表現さ 師が近くにいて観察することとはせず,それを患者 れていないだけなのか,あるいは,本当に期待され が知っていることまでを含めたものとして論じてい ていないのか,議論と調査の余地がある. る.すぐに対応してくれることとともに,いつでも すぐに対応してもらえるという安心感も重要なので あろう. 4.満足度との関係からみた期待 ここで,患者の期待に関係するものとして,患者 満足度について考えてみたい.患者満足度は,患者 3.個人に対する期待・集団に対する期待 86 の判断した医療の「良さ」や質と考えることができ また,この人間関係に纏わる部分というのが,多 る(Donabedian, 1980)とされ,医療ケアの質の重 くは個人としての看護師に関する言及であり,この 要な指標の一つである.そして,「患者の期待と価 ことが結果の記述の大部分に見られているというこ 値観に関連する医療の質の構成要素を最もよく反映 とにも注目したい.特に個人の人間性に関する部分 するもの」(Donabedian, 1980),「ケアに関する認 が,患者インタビューの内容に具体的かつ豊富に見 識されるニードと期待と経験が複雑に混ざり合って 日看管会誌 Vol. 13, No. 2, 2009 表される」(Smith, 1992),「看護ケアに対する患者 Ⅵ.結論 満足度は,患者が抱いていた理想のケアへの期待 と実際に受けたケアの認識との合致の程度である」 (Risser, 1975)などと説明されるように,患者の期 今回の文献レビューにより以下のことが明らかに なった. 待と患者満足度は密接に関連したものである.ま ・これまでの日本の看護に対する患者の期待に関 た,患者満足度の特性として,満足と不満足は,同 する調査研究は,特定の対象に焦点を合わせた研究 じ連続体の正反対にあるものではないことがわかっ が多く,全般的に調査したものは少ない. ており(小林ら,2006;La Monica, et al., 1986), 「存 ・設問の仕方としては,closed-questions を用い 在すれば満足につながるけれど,存在しないからと たものが多く,共通して用いられていた質問項目の いって直ちに不満につながるわけではない要因」と, セットは 1 つであった. 「存在しても満足に直接はつながらないが,それが ・リッカート尺度型の選択肢を用いた調査では, 存在しないと不満を引き起こす要因」とが存在する. ほぼ全ての項目について期待されている結果となっ これらを考え合わせると,期待に関しても,不満 ていたが,項目間の得点の差異に言及した文献はな を引き起こす要因に関わる患者期待の存在が示唆さ かった. れる.直ちに満足につながるわけではないので通常 ・看護に対する期待の要素としては,専門的要素 は意識されないが,それが存在しなかった際に不満 に関わるものと人間関係に纏わるものとが捉えられ が噴出するが故に初めて期待されていたことが明ら ている. かになる期待である.これまでの患者の期待に関す この結果を踏まえると,今後の看護の役割につい る研究をこの視点で振り返ると,期待という言葉の ての議論,看護の実践,看護師の教育およびキャリ 肯定的なイメージによってか,「満足」に関わる方 ア開発に患者の期待の視点を活かすには,これまで 向で議論がすすみ,欠けていた際に困ることという 捉えられている期待をより具体化すること,特に専 方向での掘り起こしが足りないように見える.先に 門性に関して掘り下げた調査を行うこと,医療ケア 述べたように,期待される看護師の専門的要素があ 提供チームとしての看護師やシステムとしての看護 まり具体的になっていないのは,これが,存在しな 師の機能への期待を探ること,が必要である. いと不満を引き起こす要因であるからだとも考えら れる.このことは,「専門的な能力は当然のように 考えられている」(Calman, 2006)ことや,「看護ケ 謝辞:本稿は日本学術振興会科学研究費補助金(課題 番号 17209067)を受けた研究の一部である。 アの専門的側面が詳細には語られなかったのは,患 者は適切で正確な専門的看護ケア以外は期待してい ないと考えるのが妥当だ」(Schmidt, 2003)といっ た近年の研究の考察とも矛盾しない.看護師の専門 的要素は,肯定的にはあまり語られなかったとして も,患者に当然視されているが故に,これに齟齬を きたした際には重大な不満を引き起こす潜在的期待 である可能性がある. 通常,期待は経験に基づくもの(Davis, 2005)で あるから,あったりなかったりするものに対する期 待は多く語られるのであろう.逆に,必須のものに 関しては,それが欠けていた経験がほとんど無いた めに自然には表面に出難い.しかし,このことを意 識したアプローチを行えば,別の患者期待が見えて くる可能性がある.そしてこれにより明らかにされ る患者期待はより根源的なものである. ■引用文献 荒井貴子 , 中俣茂子 , 上村千加子 , 他 (2004) 腰椎麻酔による手術 を受ける患者の期待度と満足度に関する研究 手術室におけ る患者看護の質向上を目指して: 日本看護学会論文集 成人 看護Ⅰ , 34, 9-11. 朝日えり子 , 小池みよ子 , 百瀬規子 , 他 (1998) 当院 CAPD 患者の 看護婦に対する期待度と満足度の実態調査: 長野赤十字病院 医誌 , 12, 36-41. 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