13:00ー13:40 Cross-Talk Session 酸素ダイナミクスを支える分子ー酸素輸送蛋白の機能と進化 ヘモグロビンは偶然のつみかさねで作られた分子機械である 森本 英樹 タンパク分子は、変異と選択という偶然のつみかさねで作られた分子機械である。 このことが、タンパク分子の性質を規定している。タンパク分子の機能を研究すると きに、最も基本的なこの観点が、今のところタンパク分子の機能の研究にあまり生か されているようには思えない。脊椎動物、無脊椎動物のヘモグロビン (Hb)の構造と機 能を比較することで、偶然のつみかさねで作られていることの意味を、Hb 分子で検証 することを試みる。 1) グロビンの分子進化の系統樹の上で、いろいろなところで会合体が作られている。 X 線結晶解析で決定されたグロビンの 2 量体、4量体のサブユニット界面は、会合 体が作られたイベントごとに違っている。軟体動物のアカガイの Hb はヒト Hb と 全く違う界面を使って2量体、4量体を作っていることが示されたときは(文献 1)、 予想外の結果と受け取られた。しかし、おのおの独立の偶然のイベントなので、こ れは当然の結果であった。 2) 脊椎動物では、円口類(ヤツメウナギ、メクラウナギ)と軟骨魚類(サメ、エイ) の間でヒト Hb 型のα2β2 4 量体が作られたので、軟骨魚類から哺乳類までの脊椎動 物の Hb は、この4量体である(文献 2,3)。しかし、円口類 Hb には、デオキシ型に 2量体が見られるが、全く違う界面が使われていて(文献 4,5)、系統樹上のこんな に近いイベントでも、上の原則が成り立っている。 3) アカガイ Hb2量体には、酸素結合に顕著な相互作用がある(文献 6) 。高分解能の X 線構造が得られていて(文献 7) 、両サブユニットのヘムは界面にあって接触し ている。普通、同じ遺伝子族に属するタンパク分子が似たような機能を持っていれ ば、同じメカニズムでその機能を実現していると考えがちだろう。しかし、アカガ イ Hb では、ヒトヘモグロビンと似たようなヘム間相互作用という機能を、違うメ カニズムで実現していることになる。独立に獲得したメカニズムは異なっていて当 然なのである。 4) 軟骨魚類 Hb とヒト Hb とは、4次構造(脊椎動物α2β2 4 量体)と酸素結合にとも なう4次構造変化も共通であるが、非ヘム配位子( DPG やプロトン)では、結合 部位に重要なアミノ酸置換があり、保存されているアミノ酸の conformation も変 化している。ヘム配位子(O2 や CO)の近傍ではアミノ酸の保存性は高いが、重 要なアミノ酸の位置が動いている (文献 2,3)。4次構造変化という大枠は、円口類 の分岐から軟骨魚類の分岐までの比較的短い期間に作られ、その後、実際の配位子 結合調節機構は、軟骨魚類の系統と哺乳類の系統で、別々に偶然のつみかさねで作 られた。 5) 分子進化は、古いメカニズムを保存しながら新しいものを付け加えて進行すると考 えられる。偶然のつみかさねで機能を改変するとき、どのくらい“機能に影響する ― B5 - i― 置換が受け入れられるかが問題となる。定量的に表現するのが難しい問題ではある が、これを非常に小さく取ったのが中立説である。軟骨魚類 Hb とヒト Hb の1次 構造の一致は、40%程度である。残りの 60%の中には、“機能に影響する”(こ こでは同じアミノ酸置換がヒト Hb に起きたとき、酸素平衡か安定性を2倍以上変 化させると定義しておく)置換は少なくない。その全てが、中立的置換の連続でつ なぐことが出来るとは考えにくい。中立説の期待するよりも広いアミノ酸置換が受 け入れられている。 6) 個々のタンパク分子の性質は、目的や環境にベストフィットしているとすれば、そ うなるように選択圧がかかっていることを意味し、重要なアミノ酸は変化できない ことになる。“機能に影響する”置換が多数受け入れられているので、タンパク分 子の性質には、多くの時点ではあまり強い選択圧はかかっていないと考えるしかな い。 7) 前回のこの研究会で田村守氏は、脳の teminal oxidase の酸化でみると、ネズミ Hb の酸素親和性は、もっと高くてもよいことを話された。現在の環境下では、 Hb の 機能にそれほどの選択圧はかかっていないことを示したことになっていると考える。 中立説は、多数のほとんど同じ機能の Hb の中から、HbA が偶然現在のヒト Hb に なっていると主張する。実状は、“機能に影響する”ような置換を持った多数のHb の中から、確率的に高い低いはあるが、偶然 HbA がヒトの Hb になっているとい うことである。 8) Hb を持たない硬骨魚が存在する。ミオグロビンノックアウトマウスが作られた(文 献 8)。アワビでは、インドールオキシダーゼに似たタンパクがミオグロビンの代 わりに使われている(文献 9)。これらはグロビンの役目を他のものが肩代わりし た“過激な”事例である。グロビンが酸素結合以外の目的に使われた例もある(文 献 10,11) 。 9) 田村氏も指摘しているように、 terminal oxidasae の酸素親和性は非常に高く、多 くの動物の Hb の酸素親和性はこれよりずっと低い。これはなぜだろうか。Hb の 酸素親和性が高いと、free の酸素濃度が低くなる。もし血管系から離れていて、拡 散が酸素の供給の律速になっている部位があれば影響を受ける。脊椎動物の進化は、 体内外の大きな形態変化を伴った。その変化の最中には、血管系の整備が遅れ、血 管から離れた部位も存在したと想像できる。そのような部位に対しては、酸素親和 性の低いヘム間相互作用の強い Hb が非常に役にたったと考えられる。過去の環境 のもとでの選択された Hb が、選択圧の強くはかかっていない現在の環境のもとで、 アミノ酸配列が浮動していると考えれば、“機能に影響する”置換が多数受け入れ られていることとも整合する。 文献 (1) Royer, W.E.,Jr et al. Nature, 316, 277-280 (1985), (2) Chong, K.T. et al. Acta Cryst., D55, 1291-1300 (1999),(3)Naoi,Y. et al. J.Mol.Biol., 307, 259-270 (2001),(4)Heaslet, H. et al. Structure, 7, 517-526 (1999),(5)Mito, M. et al. in preparation,(6)Ikeda-Saito, M. et al. J.Mol.Biol., 170, 1009-1018 (1983),(7)Royer, W.E.,Jr J.Mol.Biol., 235, 657-681 (1994), (8)Garry, D.J. et al. Nature 395, 905-908(1998), (9)Suzuki, T. & Takagi, T. J.Mol.Biol. 228, 698-700 (1992), (10) Imai, K. Nature 401, 437-439 (1999), (11) Choi, SY. et al. Proc.Natl.Acad.Sci.USA 91, 10144-10147 (1994) ― B5 - ii ―
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