全ての繋がる物語 - タテ書き小説ネット

全ての繋がる物語
柳葉揺
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︻小説タイトル︼
全ての繋がる物語
︻Nコード︼
N8868CC
︻作者名︼
柳葉揺
︻あらすじ︼
一つ、二つ、三つ、四つ。
あらゆることは一つに帰結する。
1
昔エブリスタでやってたものを再編集しましたものです。どうか
2
│七日│
此処はある巨大な王国。沢山の物が集まったりするこの国の城で、
ごく内密に静粛な中、ある事が話される。
﹁離せ!!てめぇら⋮人を散々煙たがったくせに、都合のいい時だ
けこうすんのかよ!!﹂
静⋮粛⋮?
﹁黙れ!国王陛下の御前ぞ!!﹂
その暴言に兵士の一人が青年の首元に槍を向ける
﹁よい﹂
国王はその兵士をなだめ下がらせると、青年││アルスに改めて話
し掛けた。
﹁アルス。実は、主に頼みたい事があるのじゃ﹂
﹁ハッ。誰がんなもん受けるかってんだ﹂
唾と一緒にはき捨てる。普段ならそのまま気にも止めず、一笑に付
し、ずかずか謁見の間から出ていくとこだ。しかし踏み出した直後
に聞こえた言葉に耳を疑った。
3
﹁世界崩壊まで数日と言うのにか?﹂
﹁んだと?﹂
帰るのを遮られるタイミングで言われ、ムッとした声で聞き返す。
﹁うむ。我が王家の文献によると、﹃蛮族と呼ばれし青年、世の危
機に王の命でそれを止めるため立ち上がる。ある少女と共に国を救
い英雄となる﹄と書かれておる﹂
﹁ハッ。それがオレとでも言うのか?馬鹿馬鹿しい。そんな虫のい
い話が│﹂
あるはずがねぇと続けようとしたところで、国王は語頭を強めて言
ってきた。
﹁事実!お前は蛮族と呼ばれた。少女というのはまだ分からぬが⋮
まぁ、その内出会うであろう。それでは││﹂
﹁待て!オレは別に引き受けるとは言ってねぇぞ!!それに、オレ
と同年代の奴がこの場に居ねぇのは何でだ!﹂
話を勝手に進められ、怒号と共に、気になっていたことを問い掛け
る。
﹁他の者には他に用事があるそうじゃ。超特例の密命がな。それに、
他の者を待つほど余裕が無いのじゃ。この所地震が頻発しているじ
ゃろう?﹂
4
﹁それが?﹂
﹁それは、周辺の島々が塵になっているのじゃ。それも、一日一回
のペースでな。私はこの調子で地震が起これば七回目でこの大陸が
塵と化し、世界が滅びると推察する﹂
﹁│││!!﹂
﹁陛下!?﹂
その言葉に動揺するアルスと兵士たち。それと同時にアルスは臍を
固めるようにため息を吐いた。
﹁引き受けてくれるな⋮?﹂
﹁チッ⋮。仕方ねぇ⋮﹂
同時刻
轟音を伴い、島が砂となり消え去っていく。その様子を冷淡な瞳で
見下ろし、翼を持つ生命体は淡々と呟く。
﹁神の裁きからは逃れられない⋮﹂
その一言を残し、生命体は翼を翻し空の彼方へ飛んでいった。
5
︱六日︱
﹁︵クソッ、戦闘民族ってのが面倒の引き金になったのか⋮⋮︶﹂
今まで何度か戦闘に駆り出される事はあった。戦闘民族というだけ
でも聞こえは良くないが、実質は王家の戦闘奴隷。国からの命令が
あれば嫌でも行って戦わなければならない使命がある。自分の血を
忌々しいと毒づき、彼は眠りについた。
翌日
城門前にアルスと国王とお付きの兵が数人集まっていた。
﹁すまぬな⋮、お主にこのような役を押しつけてしまい...﹂
殊勝な国王の物言いにアルスは鼻で笑って答えた。
﹁面倒くせぇがしかたねぇ。こっちも生きる場所がかかっていると
なるとな。その代わり、崩壊が止められなくてもあの世で恨むんじ
ゃねぇぞ﹂
もはや死ぬことを前提で話すアルス。だがそれにも国王は神妙に頷
くことで返した。
﹁戻ってくれば、蛮族とは誰も言わぬであろう。それでは、気を付
けてな﹂
6
﹁ハッ、精々あがいてみせるさ﹂
そう国王に吐き捨て城門前から旅立った。
数時間後
﹁一人旅ってのはどうにも空しいもんだな⋮⋮。大体場所すら分か
らねぇってのに行かせるか?普通﹂
手がかり一つも無しに歩いていたアルスは背中に装備している槍の
調子を感じながら進んでいた。文句たらたらに、そうアルスがぼや
いていると、
﹁キャアアア!!﹂
﹁︵人の声?⋮⋮⋮︶﹂
声というよりは悲鳴。誰かの絶叫を聞き、方向と大体の距離を考え
る。数秒の逡巡という名の打算をしたアルスの結論は非常に明確な
ものだった。
﹁⋮よし!謝礼代わりに二人旅にするか!﹂
そう言うと声の聞こえた方へと駆けだしていった。
素早い動きをしてくるウルフに翻弄される。旅を始めてからそんな
戦闘慣れしているわけではないが、速度で上回られるとやはり防御
への意識が高まる。
7
﹁クッ⋮。リーチの差だけは否めないか⋮﹂
痺れる腕からの指令を無視しながら短剣を構える。数度目かの防御
をしていると、突進に手の握力が一瞬途切れて短剣を取りこぼして
しまった。
﹁やばっ!﹂
アルスの視界に入った時、少女がウルフに襲われていて、短剣を取
りこぼした瞬間だった。
﹁うぅ⋮。私の旅もこれまでか⋮。あそこの町でもっとケーキ食べ
ておけばよかった⋮!﹂
少女が呟いて、死を覚悟し、反射的に目を閉じたその瞬間、ようや
く彼女の前にたどり着いた。
﹁おいおい⋮、諦めんのはまだ早いぞ﹂
﹁えっ?﹂
信じられない︱︱そんな声音を背後から受けながら槍を構える。
﹁敵を貫き通せ、破槍!﹂
踏みこみながらリーチの届く限りの只の突き。しかしウルフの様な
直線への攻撃しかしてこない相手を真正面から迎え撃てば、絶命さ
せるに足りる威力だった。
頭部に槍が突き刺さり、断末魔を上げる間もなく槍に串刺しになる。
8
完全に動かなくなるまで待ってウルフの死骸を遠くへ投げ捨てると、
アルスは少女に話し掛けた。
﹁平気か?﹂
背中のホルダーに槍を収めながらの問いに、少女は戸惑いながらも
返答をしてきた。
﹁えっと⋮助けてくれてありがとう。私の名前はファイ=ルシル﹂
﹁オレはアルス=ファース。今なんか馬鹿みたいに偉そうな王様に
頼まれて世界崩壊を止めろとか無理難題言われたんだけど、どうに
も一人旅が空しくて。もし、ファイ。あんたがいいなら一緒にどう
だ?﹂
﹁そうね⋮⋮いいわよ、私も一人旅だったし﹂
二人の方が楽しそうだし。と付け足すファイ
﹁サンキュ!﹂
﹁ところでどこへ向かうの?﹂
﹁うっ⋮!﹂
目的地皆無だったアルスは思わず返答に詰まる。何しろ事前情報ゼ
ロで行かされているのだ。脳内の知識をフル動員させて目的地を考
えると、情報収集という言葉が浮かんだ。
﹁えーと⋮⋮。この辺に資料の豊富にある町とかってあるか?何に
せよ、情報を集めなきゃな﹂
﹁だったらこの近くにシャームロって町があるわよ﹂
9
﹁じゃあひとまずそこを目指すぞ﹂
﹁オッケー。よろしく、アルス﹂
﹁あぁ。こっちこそ﹂
﹁すっかり真っ暗になったな⋮﹂
四時間ほど歩き、ようやくシャームロの町に着いた二人。荷物を地
面に降ろし軽く伸びをするアルス。
﹁そうね。でも、他の町よりは近いのよ?他にも取り扱ってる町は
あるけど情報量とか全然違うし⋮﹂
唇に手を当て、唸るファイにアルスは苦笑いする。
﹁まぁな。集落でひっそり暮らしてるオレ等よりゃ、いろんな情報
がお前のほうが当てになる﹂
身体に喝を入れ、再び荷物を背負い直す。
﹁んじゃ探し始めるけど、情報量の多いところといえば⋮図書館か。
どこにあるか⋮⋮﹂
﹁あぁ、それなら心配しなくても平気よ﹂
﹁何でだ?﹂
疑問符を浮かべるアルス。
﹁この町の象徴とも言えるとこだから凄い大きいの﹂
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﹁ふーん﹂
そうしてアルスがふと顔を上げてみると、
﹁本当だ﹂
二人の目の前には巨大な図書館。王立の図書館の数倍はありそうだ。
ファイが図書館正面に備え付けられた時計を見る。時刻は│17:
50
﹁あともう十分ぐらいで閉館ね。0時ジャストに潜入しましょう﹂
﹁りょーかい﹂
軽い返事をして街を探索する前に今日の宿を探すべく歩みだした。
そして午前0時、作戦︵?︶開始
﹁んー、この辺りのコーナーがそうね⋮﹂
図書館の奥の方。書庫のさらに奥の厳重に警戒された棚を物色する。
そんな彼女へ頬の辺りを掻きながら呟く。
﹁なぁ、侵入方法と言い、やってる事は盗賊とかと同じだと思うん
だk﹁細かい事は気にしない!!﹂
﹁マジデカ﹂
因みに侵入方法はピッキング。彼女が一体どこでこんなスキルを身
につけたのかは知らない。いつか自分たちは手配書に載るんじゃな
いか。そう思うと気が重い。アルスはファイに聞こえないよう小さ
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くため息を吐いた。
﹁︵何でピッキングあんな慣れた手つきでやってるんだよ⋮⋮︶﹂
他人の過去について触れることはしたくないが、その時だけはぶっ
ちゃけ問い質したかった。するとさっきまで歴史書とにらめっこし
ていたファイが声を上げた。自分は字が読めないのだ。
﹁あっ、この本⋮⋮﹂
本棚から手に取った本のタイトルを見てみる。
﹁⋮⋮だめだ。なんて書いてあんだ?﹂
﹁過現来。要するに、過去から現在、未来に至るまでのこの世のあ
らゆる事が書いてある﹃世界書﹄みたいなものね﹂
ページをざっと流し読みをしてたところあるページでファイの手が
止まり、顔が青ざめていった。
﹁そんな⋮﹂
小刻みに震え、恐慌状態になりそうなファイにアルスが肩を叩いて
正気に返そうとする。
﹁どうした!?﹂
声をかけて少しすると、少し落ち着いたようで深呼吸をいくつかし
て落ち着いた声音で口を開く。
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﹁この世界は││滅びるしかない﹂
﹁は?どういう事だ!?﹂
突然のファイの言葉にアルスは戸惑う。
﹁この世界はおとぎ話みたいに、悪魔とかに滅ぼされているんじゃ
ない﹂
﹁⋮⋮じゃあ何に﹂
自分が焦れば彼女を追い詰めると思い極力落ち着いた声で問い返す。
﹁一般的に救世主の象徴とされている││
天使がこの世を塵にして滅ぼしているのよ﹂
﹁どういう⋮⋮ことだ?﹂
﹁いい?よく聞いて﹂
アルスが頷くと、ファイは静かに話しだした
﹃かつてこの世には全てが無く、ただ星だけが在った。
神は嘆いた。神はこの世に天使を遣わし、海を創らせ、大気を創り、
あらゆる生物を生み出した。
やがて生物は長い年月を重ね、進化を重ねた生物をみて神々は満足
した。
しかし人という生物が神々の期待を裏切った。進化を続けた人々は
争った。争いを見た神々は再び嘆き、そして見放した。
尚も争う人々。それを見かねたある天使が、神に代わり、審判を下
す。その天使の名は│││ガブリエル。別の名を死の天使という。
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生物最期の審判は生物生誕の日に下され、消えた大地は異界に吸い
込まれる﹄
聞き終わり、顎に手を当て考えるアルス。
﹁生物生誕の日?まさか!﹂
アルスが気が付くと、肯定であるようにファイが頷いた。
﹁えぇ、私達の歴史が始まった日の数十億年後である六日後よ﹂
﹁細かい事を飛ばすと、調子に乗った天使を潰せば一応世界の崩壊
は止められるんだ││﹂
地鳴り。地震よりも酷い揺れが急に訪れ、館内の本が本箱からバサ
バサ落ちる。それに油断していたファイが倒れかける。
﹁わっ!﹂
﹁危ねぇ!﹂
﹁ッ!﹂
倒れかけたところをアルスがガシッと腕にファイを抱き抱え、本が
当たらないよう壁になる。何冊か後頭部に直撃するがこの程度何で
もない。耐えているアルスとは別にファイの方は急に抱き締められ
顔が赤くなっている。
﹁大丈夫か?﹂
﹁あ、ありがとう﹂
﹁気にすんな﹂
確認の掛け合いをしていると徐々に振動が収まってきた。振動が完
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全に収まると同時、炭酸が一気に弾けるような音がこの耳にも届い
た。
﹁何だ!?今の音は!炭酸の弾けるような音だったけど⋮﹂
揺れが収まったと同時に聞こえてきた奇妙な音に疑念を抱くアルス。
﹁また!!﹂
﹁え?﹂
﹃また﹄という言葉に戸惑うアルス。するとファイは若干のヒステ
リーを起こして続けた。
﹁この音は近くの島の蒸発する音!破滅の足音はもう、すぐ近くな
のよ!﹂
泣きだしそうなファイの背中を撫でながら落ち着くのを待つ。数分
経って落ち着いたファイに優しく声をかける。
﹁取り敢えず、この本持って一旦宿へ戻ろう。オレらには考える事
が多すぎる⋮⋮﹂
﹁うん⋮⋮﹂
そしてこっそり図書館を出て宿に戻る。宿に戻り、別々の部屋に分
かれアルスが自分の部屋に戻ったときにふと気が付いた。
﹁あ。ピッキングしたとこ閉めてねぇ⋮﹂
まぁいいか。これから起こるだろうことに比べれば些細なことだ。
頭からそのことを追い払うと、明日のことをぼんやり考えながら床
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に着いた。
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︱五日︱
翌日、彼らはどんな事でも当てると言われている占い師のいるビラ
ンチャと言われる町に向かっている。が、魔物の襲撃に遭っていた。
﹁だぁ!もうてめぇら邪魔だ!!﹂
全身ごと槍を一回転し、ありったけの力で周囲にいた敵を薙ぎ払い、
生き残ったものに追い討ちのナイフを投げる。呻き声を上げ動きを
止めた。そして一方︱︱
﹁短剣だからって甘く見てんじゃないわよ!﹂
連続で斬撃を浴びせ、怯んだところで首と心臓辺りを数度突き刺す
とようやく動きを止めた。
﹁ふぅ。粗方片付いたな﹂
息を吐いて気を緩め、槍をホルダーに収める。
﹁そうね⋮﹂
流石に疲れた様子のファイ。ファイも腰の鞘に短剣をしまい込んだ。
﹁あと町までどのぐらいだ?﹂
﹁んー。3kmぐらいね﹂
﹁うげー⋮⋮まだそんなにあんのか!?﹂
しれっと言うファイに怪訝な顔で文句を零すアルス。もう怠いのか、
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近くの石の上に座っている
﹁まぁまぁ、もう5kmぐらい近く歩いたんだし﹂
慌てて宥めるファイ。自分も疲れているので彼の隣りにお邪魔する。
しばしの沈黙の後にアルスが口を開いた。
﹁あと5日か⋮⋮﹂
顔をうつむけそう呟くアルス。
﹁⋮⋮そうね﹂
目を細めて答えるファイ。
﹁⋮よし、くよくよしてたら間に合わないかもしんないし、行くか
!﹂
パンと膝を叩きながら立ち上がり伸びをするアルス。それを見て彼
らしいと思ったのか自然と笑顔になるファイ。
﹁そうよね!行こ、アルス!﹂
軽い音を立てて走っていくファイ。
﹁あ、おい、ファイ!!待てよ!﹂
慌てて後を追い掛けるアルス。いつの間にか始まった小さな競争は、
彼らの不安をほんの少し取り除いた。そして、
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﹁ふーっ。走ったから予定よりだいぶ早く着いたな﹂
相当な距離を走ったのに息一つ乱れないアルスに、ファイは息切れ
しながらも突っ込んだ。
﹁ハァ⋮ハァ⋮。今更だけどアルスって足速いね⋮⋮。それに体力
の桁が⋮⋮﹂
﹁一応男なんでな﹂
納得できるようなどうなのか謎な返答に頭を抱えたくなる衝動に駆
られる。
﹁そうよね⋮﹂
彼女の口からは諦めたような同意の言葉だった。そして話が進まな
いと踏んだファイは町の説明を始めた。
﹁ここがビランチャ。別名予知者の集う町よ。この町の住人の約六
割が予知能力者なの﹂
その言葉を聞き、この町に行くと聞いた時からあった疑問を取り出
す。
﹁│その中に信用できる奴はいんのか?﹂
そう。例えこの地に来たからといって、信用性のある人でないと情
報に意味はない。
﹁任せて。私の知り合いがこの町にいて彼がこの町一番の予知者よ。
案内するわ﹂
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﹁そうなんか?それじゃ、頼んだ﹂
﹁うん。任せて﹂
言葉の上では頼もしげに言うが、彼女の心の中で思い浮かんだ言葉
はアルスに聞こえない大きさの声で口から零れた。
﹁本当は頼りたくないんだけどね⋮⋮﹂
その呟きは案の定アルスの耳には届かなかった
﹁うげろふぇ!!﹂
ファイに案内してもらいもうすぐ目的地に着く直前、突然聞こえた
男のよくわからない悲鳴。聞こえた悲鳴にファイがため息を吐く。
﹁はぁ⋮﹂
﹁へ?﹂
﹁死ね!この世のゴミ!!﹂
激怒しながら去っていく女性。その人の去ったすぐ近くにボロ雑巾
のようになった男。やれやれと額に手を当てる。
﹁何してんだか⋮﹂
ファイの声を聞いて息を吹き返したと思われる男が跳ね起きる。
﹁ファイ∼!﹂
ポカンとしてたアルスがファイの前に立とうとしたが、ファイが手
で軽く制した。そして││ヒュオと空を断つ音が聞こえた
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﹁5、6回死んでこい!ドブ虫!!﹂
鈍い音を立て、ファイの見事なまでの回し蹴りが男の脇腹にクリテ
ィカルヒットを決めた。
﹁ふべら!!!!﹂
息を漏らして脇腹の激痛に痙攣している人。
﹁これが⋮⋮さっき言ってた予知者?﹂
もはやこれ扱いで指を差すアルス。呆れたように頭に手を当てて答
える。
﹁えぇそうよ。これはゴーン=ヴァイス。一応、この町一番の予知
者よ﹂
﹁よし⋮。んじゃ、手加減無しでいいな⋮⋮﹂
にやりと笑い、軽く飛び上がると空中で回転し、姿勢を決める。
﹁とっとと起きろ!!﹂
アルスの全体重+重力加速度を乗せたかかと落としが炸裂した。
﹁ガハッ!!﹂
痛さのあまりだろうか、吐血し痙攣のペースが遅くなったゴーン。
﹁ファイ、これの家は?﹂
21
﹁そこの一軒家よ﹂
残念ながら﹃これ﹄で二人が通じてしまう。
﹁まぁ、取り敢えずそこで話を聞くか﹂
そう言いながら足を掴み、歩きだす二人。その途中でわざわざ近所
の角に激突させていく。
﹁ちょっ⋮!!家の角に当たr﹂
容赦なく体を振ってぶつける。
﹁かっ⋮⋮︵沈黙︶﹂
﹁死なない程度にね﹂
冷ややかな声が、ゴーンの気を失う寸前に飛び込んだ。その後数十
分でゴーンは家で目が覚めたが、全身に痛みが走り、痣が大量にあ
ったのはここだけの話。
﹁│と言う訳で、最後に天使の現れる場所を教えてほしいんだ﹂
﹁野郎の願いなんて願い下げだね﹂
ゴーンの目が覚めたところで概況を説明したところ、拒絶の意を示
す言葉をしれっと即答するゴーン。その言葉に拳を握り締めるファ
イ。
﹁こんの女ったらしが⋮。だから頼りたくなかったのよ⋮﹂
22
ぶつぶつ文句を言い続けるファイ。
﹁ファイがかわいーくお願いしてくれるなら話は別だけどなー﹂
その言葉にピクリと反応するファイ。暫しの黙考の後の彼女の決断
は。
﹁⋮⋮⋮お・ね・が・い﹂
仕方なくプライドを削ぎ落とすことだった。その言葉が言い終わっ
たほんの一瞬後に。
﹁OK!任せな!
魔の扉よ、彼の者の願い、天使の現れし所を教えたまえ⋮⋮﹂
﹁ここまで見事な手の平の返し方は素晴らしいな⋮⋮。逆に清々す
るぞ﹂
今にも拍手しそうなアルスをファイが視線で一喝する。するとやる
わけないだろと言わんばかりに両手をひらひらさせる。二分ほど待
っていただろうか。いや、実際にはそんなにたっていないが、長い
無言の時間と沈黙の支配する空間では錯覚をさせるには充分だった。
そして占いの終わったゴーンが口を開く。
﹁⋮⋮アリュウトの国の王都フェナルド⋮﹂
﹃!!﹄
二人が息を呑む。そしてゴーンは先を続ける。
23
﹁巨大な城が見える⋮⋮沢山の人集り⋮⋮城の塔の先端に天使がい
る⋮⋮止めようとした二人が塵となり、その後全てが塵となり消え
ていった⋮⋮﹂
﹁二人⋮﹂
﹁塵に⋮﹂
アルスとファイが呆然とする。
﹁そんな深刻な顔すんなって││グエッ!!!﹂
少し沈黙したのちのゴーンの能天気な声に、
﹁呑気な事言ってる場合じゃ無いのよ!!なんでヘラヘラしてんの
よぉぉ!!﹂
﹁ちょっ⋮ギブギブギブ!!﹂
キレたファイが襟元を掴んで前後に揺さぶり、うつ伏せに倒してか
ら逆海老を行う。それを見たアルスはしばらく眺めてから止めにか
かる。
﹁ファイ、ちょっと落ち着け。気持ちは十二分にわかってるから﹂
その言葉で冷静になったファイはようやく攻撃を止めた。ようやく
解放されたゴーンの方は軽く自分のマッサージをしながら話してき
た。
﹁いっつ∼⋮⋮。いくら町一番の予知者と言われても、当たる確率
は半々ぐらいだ。信じるか信じないはお前らに任せる﹂
﹁あぁ、可能性があるのならそれに賭けるさ﹂
24
それにまたアルスが答える。
﹁⋮部外者のオレが言うのもなんだが、最後に勝敗を決めるのは思
いだ。そう信じてる﹂
すると暫く口を開いてないファイが言った。
﹁⋮王都にある闘技場に行きましょう。私達は、まだ強くならなけ
ればいけないもの﹂
﹁そうだな⋮。それじゃな、ゴーン﹂
ひらひらと右手を振り、出ていく二人。彼らが遠くに行ったのを確
認してからゴーンは一人呟いた。
﹁アルスに⋮⋮死相が見えたな﹂
25
︱四日、前半︱
﹁ここか?﹂
﹁えぇ、そうよ﹂
オレたちは、今王都に戻ってきて、強くなるために闘技場に参加す
る事にした
﹁闘技場へようこそ!どの闘いに参加しますか?﹂
受付の女の人の営業スマイルに迎えられファイがエントリーをし始
めた。
﹁二人組で戦うのってあるかしら?﹂
﹁ダブルバトルですね。少々お待ち下さい⋮﹂
そういい、手元の機械で何やら調べだした。
﹁本当に強くなるのかねぇ⋮⋮﹂
頭の後ろを掻きながら半信半疑で呟くアルス。
﹁もー。そういう事言わないの﹂
ちょっと拗ねたように少し頬を膨らまして言うファイが、ちょっと
正直可愛くって動揺したアルス。動揺を隠しているとどうやら調べ
終わったようだ。
26
﹁大変お待たせしました。エントリーネームを教えて下さい﹂
﹁アルスとファイよ﹂
﹁はい、少々お待ち下さい⋮⋮⋮はい!!登録しました!どうぞ控
え室に﹂
﹁ん?控え室?﹂
ちょっと待て、ここは受付の窓口以外何もないし、どこかに通じそ
うなドアもない。アルスが顎に手を当て、下を向いた瞬間嫌な予感
がした。まさか⋮⋮⋮そう思った瞬間。ガコンと音を立て突然真下
の床が開いた。
﹁マジで⋮!?﹂
﹁嘘でしょ││!!﹂
考えだした瞬間、足下にちょっと切れ込みがあったのに気が付き、
教えなかった受付の人に割と本気で殺意が湧いた。
重力と言うものは、常に重いものが先に落ちるというのが持論であ
る byアルス
必然として男の方が先に着地するものである。
﹁痛ッ!﹂
落ちた衝撃を足で吸収したが、吸収しきれず体勢が崩れる。一呼吸
置く間もなく。
﹁キャッ!!﹂
﹁グベヘッ!﹂
﹁あ、ご、ごめん!アルス!!痛かったよね⋮﹂
27
真上から落ちてきたファイにすごい勢いで潰された。それに慌てて
ファイが飛び降りる。
﹁平気だからいいけどさ⋮﹂
嘘。正直結構厳しかった。重量加速度って凄いと思う。そうしてい
る内に騎士みたいな人が来た。
﹁アルス様とファイ様ですね﹂
﹁え、あ、はい﹂
﹁こちらにどうぞ﹂
古くさい音を立て、鉄製の扉がゆっくりと開いた。
﹁御武運を﹂
﹁行きましょ﹂
﹁あぁ﹂
アルスたちは会場の熱気の中に向かう。闘技場に入り、猛烈に押し
寄せる津波のような歓声に迎え入れられる。アルスたちはそのまま
中央より10mほど後ろで立ち止まると、実況席の司会の人がこう
いう場特有のテンションで話しだした。
﹁さぁ、今回のダブルバトルのチャレンジャーはアルス選手とファ
イ選手だぁ!!﹂
その言葉の後に歓声が更に大きいものとなった
﹁さぁ⋮早速一回戦を始めるぜ!!READY⋮⋮GO!!﹂
28
司会の開始の合図に、反対側にあった鉄の格子が開き、魔物が二体
出てくる。そして出てきたと同時にその二体が遠吠えをするのを見
ながら二人は武器を構えた。
﹁ふーん。狼の魔物のようだな。この間のやつよりかは強そうだな﹂
﹁ま、肩慣らしにはおあつらえ向きじゃない?﹂
﹁確かにな﹂
苦笑いをしながら槍を振りまわす。うむ、調子はいい。アイコンタ
クトで一体ずつを受け持つことを決めると疾走して一体を引きつけ
る。二体が同時に来たが、間にファイが滑り込んだことでたたらを
踏んだ様で一対一の構図が出来上がる。疾走していた足を停めて身
を捩り反転、魔物の元へと踏み込む。
﹁そぉら!﹂
掛け声と共に連続突きを繰り出し、抵抗意思の無くなったところを
薙ぎ払って片付ける。そしてアイコンタクトでファイに指示を送る。
﹁オッケー。私も行くわよ!!﹂
ファイも駆けだしながら、ポーチの中から短剣を大量に取り出す。
﹁そーれっ!﹂
短剣の根元に括りつけてある糸を掴んでぶん回す。シンプルな攻撃
に怯んだ瞬間、二本を掴んで切り裂いた。そのまま倒れる二体を見
てアルスたちはハイタッチをする。すると司会の声が響き渡り、再
び歓声が上がった。
29
﹁チャレンジャー強い!!なんと一撃で仕留めてしまったー!!さ
ぁさぁ、肩慣らしは終わったのなら息つく暇は無いぜ!二回戦開始
!!!﹂
再び鉄格子が開いて現れたのはどうやら四体。二体は先程より大き
めの狼。後の二体はゴーレムのようだ。となると、短剣はどちらに
対しても不利だが、アルスがゴーレムを引き受けるしかないだろう。
﹁ゴーレムは引き受けた。狼の方は頼む﹂
駆け出し、ゴーレムを引き付けるアルス。狼の眼が一瞬釣られた瞬
間、ファイはポーチの中から小瓶を取り出し、蓋を開け短剣を中の
液体に浸け、刹那を逃すまいかと走る。
﹁よそ見してたら危ないわよ?﹂
両手に持った短剣でそれぞれ一体ずつ斬りつける。狼魔物が牙を向
いて唸り声を上げると、急に脱力したような仕草を見せて崩れ落ち
た。
﹁この瓶の毒⋮即効性でしかも血液に対して拒絶反応起こすのね⋮。
いくつかまた補充しとこ﹂
付着した血と毒が反応して泡立つのを気にも留めずに付着物を払い
ながらファイが呟き、アルスの方を見やる。
﹁太刀傷よ、響け!豪魔破壊槍!!﹂
ゴーレムを斬って傷付け、斬った時の勢いのままに一回転しながら
槍の先端に持ちかえ柄で傷の部分を叩きつける。
30
﹁ゴォ⋮ォ﹂
﹁チッ。やっぱ柄じゃ思ったほどじゃねぇか⋮。ふっ!!﹂
ぼやきながら今度は広がった皹に刃を突き立てる。するとそこから
崩壊して動きを止める。二体目も似たような感じでやると一体目よ
りもあっけなく終わった。
﹁強すぎるぞチャレンジャー!!二回戦も楽々突破だぁ│││!!﹂
﹁アルス、やったね﹂
﹁ははっ。ま、気を抜かずに、次行こうぜ﹂
﹁さぁ、チャレンジャーの快進撃もここまでか!?﹂
﹁おいおい⋮⋮。勝手に決め付けられちゃたまったもんじゃないっ
て﹂
﹁そうよ。やってみなくちゃわからないわよ?﹂
ぼやきながら槍を斜めに構えるアルスと胸元で短剣を構えるファイ。
どちらも戦闘準備は万全のようだ。
﹁ならば行きましょう!!闘技場最強魔物カモン!!!﹂
すると先程同様に格子が開︱︱否、壊れた。そして直後から聞こえ
る重低音の足音。巨体の一部が見えて冷や汗が流れ、全身が見えた
ときには観客が絶叫した。そして、その魔物は遠吠え、否、咆哮を
した。その正体は。
﹃⋮⋮⋮﹄
呆然とその魔物││ドラゴンの全長を眺める二人。
31
﹁でかっ!!﹂
﹁大体あれ5m以上は絶対にあるわね⋮⋮﹂
呆然と呟いていると、司会がとんでもないことを口にした。
﹁さぁ、観客の皆さんは逃げて下さーい!!﹂
その言葉に思わず二人は司会者を見る。
﹁は!?﹂
﹁どういう事!?﹂
﹁さぁ、決勝戦開始!!!﹂
﹁人の話を聞けぇぇぇぇい!!!﹂
アルスの絶叫虚しく当の司会も逃げ出した。
﹁アルス!!﹂
﹁!!﹂
ファイの声に正気に返り正面を見る。するとドラゴンが火球を放つ
動作︱︱。
﹁あぶなっ!﹂
﹁危ないわね!!﹂
文句を吐きながらも回避する二人。直後、火球の当たった場所がジ
ュウと音を立て溶け始めた。火こそ残らなかったものの、そこは大
きなクレーターと化している。
32
﹁ゲッ⋮⋮あんなのアリかよ﹂
﹁てやっ!﹂
呆然とする一方でファイが短剣を投げるも、パキッと乾いた音を立
てあっさり折れた。
﹁うっそ⋮﹂
﹁短剣折れるってどうなんだ⋮⋮。いくら投擲だからって﹂
そこでアルスの導きだした答えは││。
﹁よし、どうにか内側に攻撃すりゃ、潰せるだろ。⋮⋮なんかそう
いうのあるか?﹂
なんともあっけない解決方法。だが内側から攻撃する方法は無いに
等しい。
﹁じゃあ火薬を使いましょ。向こうが火球吐いたので自爆するよう
な感じで﹂
﹁んなこと言ったって⋮火薬がなきゃ話に││﹂
ならないと続けようとすると、なんとなくガッカリしたくなった。
ファイがおもいっきり﹃火薬につき取り扱い注意﹄と書かれた瓶を
持っているからだ。
﹁ハァ⋮⋮。ま、やるか。オレが前でどうにか隙を作る。火薬調合
したり何だりのタイミングは任せた﹂
﹁OK、任されたよ﹂
﹁うし、行くぞ!!﹂
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自分の掛け声で自分に喝を入れ引き付け役のためにドラゴンに向か
い駆け出した
﹁ハァァァァ!!﹂
ガキンと音を立てるがドラゴンの体勢は崩れない。それどころか、
怖じけた様子も見せず尻尾を振り回してきた。
﹁おっと。危ねぇだろ!﹂
暴言と共に槍を振るい弾かれた反動のままに回転しながら、尻尾に
槍を袈裟に振り下ろす。どうやらここなら辛うじて斬れる場所のよ
うだ。何度か刺したり斬ったりを繰り返すとなんとか切断が出来た。
﹁尻尾なんぞぶん回すな。周りのこと考えやがれ﹂
落とした尻尾を槍で突き刺し、ドラゴンに投げて返す。かなりの重
量だったが躓く程度の要因にはなる。
﹃尻尾を斬り落としたー!これは中々エグイシーンだ!!﹄
﹁どやかましい!ったく⋮⋮どこで実況してやがんだ⋮﹂
スピーカーから聞こえてきた司会の能天気な実況にツッコミを入れ
る。ちなみにアルスたちは気付いていないが、大分高度の高い場所
にガラス張りのとこから実況をしている。観客の方はというと別室
のモニタールームでの観戦をしている。
﹁アルス!火薬玉できたよ!!﹂
﹁よし、隙を作るからやってくれ!﹂
﹁了解!!﹂
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ん?隙を⋮作る?
先程から横目で見たりしてたがアルスは押される一方だった。だけ
ど⋮⋮作る?
ファイはそう疑問を感じる。そして彼女にその意味の分からぬまま
アルスはあることを実行しようとしていた。
出来たか⋮⋮。ならばやることはただ一つ。民族の秘伝の祀詠。こ
れなら隙は必ず出来る。あんまやりたくはないんだけどな。
それを実行するためアルスは槍を斜めに構え、そのまま槍を回し始
める。ドラゴンは獲物を狩るべく、炎を吐こうと息を溜めている。
そして放とうとした瞬間動きが止まった。
﹁空しい言葉を呟こう。
永遠なる眠りに誘われた貴公は眠りについた。
それはただただ佇立を求めるだけの者の望み。
佇み立つものよ。
汝のそれを今こそ再来させん﹂
ただ言葉の組み合わせ。しかしその詠を聞いたドラゴンは口を開け
たまま止まっていた。そして詠が終わった直後にアルスが叫ぶ。
﹁急げ!!あとそんなに止めてられねぇぞ!!﹂
﹁え、あ、うん!!﹂
答えるなりファイが火薬玉をドラゴンの口に投げ込み二人は反対側
に逃げる。そして口の中に入ったドラゴンに動きが戻り、火を吐い
た瞬間︱︱轟音を伴い大爆発が起こった。
そして降り注ぐドラゴンの肉片をアルスが片っ端から薙ぎ払う。
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﹁す⋮⋮すごい!なんと挑戦者倒した!!なんともグロい!﹂
﹁やかましい!!﹂
なりふり構っていられるかとアルスはこっそりと思う。アルスの罵
声を聞いてか聞かずか、司会の声が響いた。
﹁さぁ、勝ち抜いた両選手に商品をお渡しします!少々お待ちを!﹂
司会の声が終わると同時各所から死体処理の職員が処理を始めた
﹁あぁ⋮⋮、疲れた﹂
﹁お疲れさま﹂
﹁あの祀詠、詠ったの何年ぶりだよ⋮⋮﹂
﹁あれはやっぱり⋮⋮﹂
﹁あぁ。うちの民族に伝わるものだ。そうそう詠うのはいないけど
な﹂
﹁なんで?あんなに強力なのに⋮﹂
﹁戦闘民族たるもの、秘密兵器は秘密にしておけという慣例でな。
別に使ってもいいけど、仲間内での評判を落とすものなんだよ。ま、
命の危機だと、その限りでもないけどな﹂
苦笑いを零し、今度はアルスが質問する。
﹁そういや、火薬なんてどうして持ってたんだ?﹂
﹁あぁ、あれ?私ポーチの中に毒の瓶とかいろいろ持ち歩いてるの
よ﹂
﹁あ、そ⋮⋮﹂
さらりと言われ返す言葉の無くなったアルスだった。そして、表彰
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のため控え室に戻された。そしてその数分後に再び呼ばれ、闘技場
の中に戻る。軽く周りを見渡せば、当たり前だが、大して変わった
ものはなく、変化があるとすれば目の前に粗末な小屋があるだけだ。
﹁それでは優勝商品をあそこから持ってきて下さーい!﹂
ビシッと司会が指差したのは嫌でも目に入る小屋。
﹃は?﹄
勿論意図の分からない二人はたまらず聞き返す。
﹁武器や防具等を6つまで自由に選んで持ってきてください!﹂
その声に腕を組み、呆れたように溜め息を漏らすファイ。
﹁随分とまぁ、太っ腹ねぇ⋮⋮﹂
そんなファイにアルスは肩を軽く叩く。
﹁くれるつってんだ。貰えるんなら、害にはならないんだからもら
っとこうぜ﹂
そういい、小屋に向かって歩きだすアルス。その様子を見て確かに、
とファイは内心苦笑いを零して小屋へと向かった。
30分後
ガラスジャベリン
アルスは古の職人が作った硝子槍とごくごく普通のウェア、それか
ら魔力があるというペンダントをもらった。一方ファイは短剣から
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双剣に変え、刃がダイヤで作られている宝石の輝き︵プリズムライ
ト︶と変哲のないブレスレット、魔力があるどうかは微妙らしいダ
ークスピリチュアル像をもらった。
﹁今回の闘技場は死人が出ない稀に見る事が起こりました!それで
は皆さん、また次回をお楽しみにー!!﹂
司会の声とともに再び沸き起こる拍手の津波。それは彼らが去った
後も少しの間続いていた。裏口に案内され、そこから外に出て伸び
を一つ。
﹁確かに、強くなったな﹂
もらった硝子槍を見て呟く。肉体的、ではなく武器的にだが。
﹁それ以前に、私としてはあの﹃死人が出なかった。﹄って言うの
が気になるんだけど⋮﹂
﹁ははっ⋮﹂
そこに関してはもはや乾いた笑いしか出ない。
﹁さてと、この後どうしよっか﹂
﹁んー、そうだな⋮。あ、ならせっかく王都にいるんだし、事の次
第とかを王様に謁見しつつ報告するのはどうだ?﹂
﹁そうね⋮。ここが戦場になるから街の人を避難させてもらわなき
ゃだもんね﹂
少し目を伏せてそっとファイは言ってきた。
﹁おし、んじゃ行くか﹂
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気付かぬ振りをして気楽な声を出し、ホルダーに入れた新しい相棒
と共にまた歩みだした
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︱四日、後編︱
あの後すぐに城に向かい、謁見を取り付けた。しかし、入る前にフ
ァイは門前払いされてしまった。どうやら機密保持の為らしい。し
かし持っていかれる寸前。
﹃あったま来た!!ぜっっったいに突破するんだから!!!﹄
なんて威勢のいい声が聞こえた気がしたが、今は聞かなかったこと
にしよう。そして、
│謁見の間にて│
﹁おぉ、アルスよ。戻ったか。してどうなのじゃ?世界崩壊は止め
られそうか?﹂
﹁いや、それはまだ分からん。取り敢えず、今日までに分かったこ
とを言う。周りの奴らも黙って聞け﹂
﹁うむ⋮﹂
国王が頷いたことを確認し、懐に入れといた本を取り出す。
﹁まず一つにこの本だ﹂
﹁ほう⋮。して、それには何が記してあったのじゃ?﹂
﹁この本は、シャームロの図書館にあったものだ。この本に書かれ
ていたことは大まかに二つ。だが、どちらも切り離して考えてはな
らない。まず一つ。この世界は天使の裁きとやらで崩壊の危機に遭
うこと。それに、あんたの読み通りだ。人類生誕の日にこの大陸│
│世界は魔界に呑み込まれることだ﹂
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自然と騒めく兵士たち。その中の一人が隊から飛びだす。
﹁でまかせを!﹂
金属の冷たい音を立て、冷えた剣がアルスの首筋に触れる。当の本
人のアルスはというと、大して怖じた様子も見せず、逆にギロリと
兵士を睨み付ける。
﹁黙って聞け⋮⋮そう言ったはずだが⋮⋮?﹂
その瞬間兵士の動きが固まる。
﹁武器を収めろ!﹂
見兼ねた王の喝が飛ぶ。
﹁し⋮しかし﹂
戸惑いを見せる兵士。まさかアルスの味方をするとは思わなかった
のだろう。狼狽える兵士に。
﹁聞こえなかったか?﹂
﹁⋮はっ﹂
再度の警告に憎々しげに剣を収め、元の位置に戻る兵士。その様子
を見てアルスは話を続ける。
﹁オレは旅の途中に出会った女││ファイと共にこの事を確信に近
付けるため、ビランチャに行った。その町のゴーンと言う者に予知
をしてもらった。したらドンピシャだ。王都││この城の上で最後
41
の戦いになるみたいだ。そこで、あんたにはやってもらいたいこと
がある﹂
﹁なんじゃ?﹂
訝しげな声で聞き返す国王。
﹁取り敢えず、民間人の安全だ。外出禁止令でも何でも出して少し
でも安全の確保を頼む﹂
﹁ふむ⋮⋮。一つ気に掛かったのじゃが、お主の言うその娘とは⋮﹂
ある意味今一番聞かれたく無いことを聞かれ思わず苦笑いを零して
続ける。
﹁城門の辺りで兵士と格闘してたぜ。多分もうそろそろ⋮⋮﹂
来るんじゃねぇか?と、続ける必要はなかった。何故なら威勢のい
い音を立て扉が開いたからだ。
﹁アルス!置いてくなんて酷いじゃない!!﹂
﹁ほらな﹂
﹁⋮⋮﹂
威勢良く入ってきたファイの姿に国王も思わず黙って頭を抱えてし
まった。
﹁その娘が⋮⋮そうなのか?﹂
呆然とした状態からなんとか持ちなおし問い掛ける国王。その様子
に内心苦笑いを零し、ちらりと背後を見る。すると兵士に取り押さ
えられ揉めていた。それを見なかったことにして国王に再度問い掛
42
ける。
﹁ま、さっき言ったのがあいつだ。それで、街の奴らの安全確保。
してもらえるのか?﹂
是と言うならばある程度楽に戦える。そう思った矢先、国王の答え
は予想外のものだった。
﹁⋮⋮残念だが、それはできぬのじゃ﹂
その答えに反応し、声を荒げて問い詰める。
﹁何故だ!!たかだか避難⋮⋮。その程度が出来ないっつーのはど
ういうことだ!!!﹂
﹁民に急にそのようなことを言ったら大混乱になる。若いお主には
分からぬやも知れぬが、一国の主である以上、それは承諾できぬ﹂
食えない野郎だ⋮⋮。内心毒づき、頭を掻き毟ってアルスは代わり
のことを要求する。
﹁なら、四日後にはその戦いになる。その前日だけでいいから22
時以降は外出禁止令を出してもらいたい。それと、さっきの本の写
本を明日までに作っておいてくれ﹂
﹁わかった。我らに出来ることは全部やらせてもらう﹂
﹁その点に関しちゃ感謝する。じゃあな。行くぞ、ファイ﹂
言うだけ言ってさっさと撤収をするアルス。ファイはちょっと困っ
てから。
﹁それでは陛下、御前を失礼します﹂
43
そう言い一礼してからアルスの後を追った。靴の音がしなくなって
から兵士の一人が声をかける。
﹁陛下、よろしいのですか?﹂
﹁構わぬ。どうせ奴らは捨て駒だ。それより、わしは我が娘の相手
をしてくる。レイス、後は任せた﹂
﹁⋮⋮御意にございます﹂
宿に向かう途中、ファイがアルスに声をかけた。
﹁王様には一応報告したんだよね?しばらく時間が余りそうだけど
⋮どうする?﹂
﹁んー。取り敢えず一日休日に当てないか?体の方がもたねぇよ⋮﹂
欠伸を噛み殺して答えるアルス。あぁ⋮と賛同の意を示すファイ。
﹁そうね⋮。早く宿取ってシャワー浴びたいな⋮﹂
﹁へぇ。お前も女らしいこと言うんだ⋮⋮イテ!﹂
茶化すつもりで言ったらどうやら逆鱗に触れたようだ。思いっきり
足を踏まれた。
﹁ちょっとアルス⋮それどういう意味かなー?﹂
﹁やべ⋮。逃げろ﹂
﹁ちょっと!逃げるの!?待ちなさい!!﹂
脱兎の如く逃げ出すアルスとそれを追い掛けるファイ。そんなのも
自分の住んでたとこではなかった掛け合い。それを肌で感じ、こん
44
な日がずっと続けばいい、と心の中で思ったアルスだった。
45
︱三日︱
﹁はぁー⋮⋮。久しぶりにのんびりしてるなー﹂
朝九時過ぎ、アルスたちは特にすることも決めてなかったので、フ
ァイの泊まっている部屋にいる。その中、軽く伸びをしてアルスが
呟いた。そんな様子を見てファイは、
﹁アルスって、本当にのんびりするのが好きね﹂
と突っ込み、軽く溜め息を零した。そんな様子にムッとしたアルス
は、眉を少しつりあげて答えた。
﹁戦闘民族だからって好き好んで戦ってるわけじゃ無いんだぜ?﹂
﹁アハハ、ごめんごめん。冗談だよ﹂
ハァとため息を吐き、アルスが椅子に腰掛ける。
﹁今日一日はどうせ暇するように決めたんだから、どうせなら城下
町でも行くか?﹂
アルスからの突然の申し出に驚くファイ。でもすぐにコテンと小首
を傾げる。
﹁え、いいの?﹂
﹁あぁ。この面倒ごとに巻き込んだのはオレだしな。余裕はそんな
にないけど、一日ぐらいならファイのワガママに付き合ってもいい
ぜ﹂
46
その声にベッドの上に座ってたファイは歓喜の声を上げた。
﹁嬉しい!!えっとねぇ⋮⋮﹂
丸テーブルの上に置いてあったパンフレットを手に取り︵恐らく宿
側の配慮であろう︶あれこれ思索をし出すファイ。このままだと多
分自分が持たないと踏んだアルスは忠告を加えた。
﹁因みに敵と戦う。他の街に行く。金額の合計は2000マルク︵
一万円︶までだからな﹂
﹁えー!!﹂
露骨に反論するファイにアルスは嘆息しながら答える。
﹁また忙しくなるんだからそれなりに節約なりなんなりさせてくれ
よ。それに、金額面に関しちゃ、かなり奮発してんだぞ?﹂
そう。2000マルクはアルスの自腹である。その言葉に、うっ⋮
⋮と言葉を詰まらせるファイ。
﹁ま、あんまはしゃぎ過ぎないでな﹂
﹁ん?何で?﹂
小首を傾げるファイ。それに対ししっかり想定内の答えを出すアル
ス。
﹁知ってんだろ?うちの民族、国から蛮族扱いされてんの﹂
その言葉にあ⋮⋮とうなだれるファイ。
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﹁ごめん、アルス。嫌なら無理に行かなくても⋮⋮﹂
その答えは実にファイらしく、思わず吹き出し、ケラケラ笑うアル
ス。
﹁今さらそれ自体は大したことはねぇよ。ただ羽目を外さないよう
釘を刺しただけだよ﹂
椅子から立ち上がりぽふぽふとファイの髪を撫でる。アルスの行動
にファイは少し顔を赤らめる。
﹁だから、オレに遠慮すんな。行きたいとこがあるなら言え。でな
きゃ、今日一日宿で過ごすことになるぞ?﹂
ニヤリと口角を上げて告げるアルス。その言葉に慌て半分、安心半
分みたいな顔でこっちを向く。自分と違う黒の瞳に思わず見惚れる。
そしてファイはこう告げてきた。
﹁じゃあ⋮⋮食べ歩きしたい!﹂
何となく出会ったときのことを思い出し、ほんの少し笑いを零す
﹁うしっ。じゃ、準備して行くか﹂
﹁うん!!﹂
ぶっきらぼうに言ったその言葉に目を輝かせて答えた。
﹁ん∼、おいしい!!やっぱショートケーキっていい!﹂
48
口に運び、食べるたびに頬を緩めてへにゃりと笑うファイの姿にオ
レは何となく安心感を覚える。今、オレはファイの希望で食べ歩き
をしている。しかし、ある有名スイーツ店に入り、ケーキを五品ほ
ど頼んでいる段階で、世間一般は食べ歩きとは言わないと思う。だ
が、オレも一品食べて紅茶まで飲んでいる。あまり人のことは言え
なさそうだ。自分の楽しみと最後の一口のケーキを食べる前に、未
だ口をつけてなかった紅茶を啜ろうとすると、ファイの質問が飛ん
できた。
﹁ねぇ、アルス﹂
﹁ん?﹂
﹁アルス、チョコレートケーキだけでいいの?﹂
﹁甘いの好きだからな。これがあればしばらく持つぜ﹂
そう答えて、ほんの少し紅茶を飲む。甘さが口中に広がり幸せだ。
﹁てか、アルスって⋮⋮ものすごい甘党?﹂
﹁へぇ。よく分かったな﹂
少し目を見開き感心する。しかしその答えに、ファイは軽く溜め息
を吐いた。
﹁そりゃ気付くでしょ。紅茶の中に角砂糖を十個も入れる人初めて
見たよ﹂
その言葉に疑問符を浮かべる。
﹁そうか?少ないと思うけど⋮⋮。ちょっと飲んでみるか?﹂
﹁⋮⋮じゃあ、一口だけ﹂
49
完全に油断をした。角砂糖十個とは、きっとカップ一杯の紅茶には
荷が重くなるものだろう。それはきっと、溶解度限界のものであっ
たのだろう。自分の興味本位と好奇心をこの時だけは呪った︱︱b
yファイ
﹁ぶっ!!!あっっっっっっま!!!!!!﹂
周囲の目も気にせず吹き出してしまったが構うほど余裕はない。慌
てて自分の紅茶を飲む。この時私は人間、案外適度な苦味が必要な
事を確認│いや、確信した︱︱byファイ
﹁お、おい。大丈夫かよ﹂
思わず冷や汗を垂らす。何か言われるだろうと思ったが、彼女にそ
れほどの気合いはなかったようだ。
﹁よくもまぁ、普通に飲めるわね⋮ケホ﹂
甘さの噎せがまだ軽く残っているのか軽く咳払いする。
﹁親父の方が凄いけどな。二十個は入れてたし⋮⋮﹂
﹁うわっ⋮⋮。聞いてるだけで胸焼けが⋮⋮﹂
露骨に引く量を聞き、ファイは目元を抑える。その様子を横目で見
て、ファイが落ち着くのを待ち、落ち着いた頃を見計らって声を掛
ける。
﹁なぁ、ふとした疑問なんだが⋮いいか?﹂
50
﹁私が答えられる範囲なら﹂
さっぱりと答え、手元のフォークでミルフィーユをつつく。この質
問は踏み込みすぎかもしれない。彼女の傷を再び抉る様なことにな
るかもしれない。きっとこれは聞かなければならないこと。
﹁どうして旅をしていたんだ?﹂
﹁ッ!!﹂
その問いを出した瞬間、彼女の顔から笑顔が消えた。
﹁くだらないことを聞いた。悪い。今のは忘れてくれ﹂
やはりと確信し、さらりと謝る。今は触れない方がいいだろう。
﹁ううん⋮。言えない私がいけないんだもん⋮⋮﹂
いつもの数十倍覇気の無い声。見ていていたたまれないファイの様
子に、だー!と声を出す。注目を浴びたがさっきので一度浴びてる
んだから問題はない。もう気にしないことだ。
﹁この話は終わり!で、次はどこ行きたい?﹂
せめて今日一日、ゆったり過ごして彼女の傷を癒したい。そんなち
ょっとした気遣いだった。すると、少し覇気も戻ってきたのか少し
考えて出てきた答えは。
﹁麺類⋮食べたいかも﹂
﹁なら、オレの知り合いの連中がやってるとこあるから、そこに行
くか﹂
51
﹁うん!﹂
やれやれ、そんな無邪気な笑顔⋮。是が非でも護りたくなるじゃね
ぇかよ⋮。
そんな風に一人胸中で呟き、代金を払い店を出た。
﹁ここ﹂
アルスの案内で着いた店。パスタを中心とした料理を出す知る人ぞ
知る隠れた店だ。適当なオーダーをして、
﹁?アルス、どうしたの?﹂
先程からずっと一点を見つめているアルス。声を掛けられ正気に戻
ったのか、あぁ⋮⋮と声を上げる。
﹁いや⋮⋮あそこの席の奴、知り合いの気がするんだけど⋮⋮﹂
アルスが呟くとその席に座っていた人物が立ち上がった。食べ終わ
ったのだろうか、会計に行く途中、アルスと目が合い、あ!と声を
上げた。
﹁アルス⋮?アルスじゃねぇか!!﹂
﹁やっぱお前か、彰吾!﹂
﹁こんなとこいるなんて聞いてねぇぜ!一体どうして!?﹂
﹁あーいや、話せば長くなるんだが⋮⋮﹂
﹁スト││││ップ!!!﹂
制止の声を出したのはファイだった。仲良さげにしれっと会話する
52
二人に問いかける。
﹁ねぇ、アルス。この人誰?私、一向に話が見えないんだけど⋮⋮﹂
﹁あぁ。紹介するよ。こいつは彰吾│山下彰吾って奴だ﹂
﹁よろしく﹂
軽く片目を瞑りあいさつをする青年。恐らく、年齢は自分と変わら
ないくらいだと思う。と思っていたら思わぬ爆弾を投下してきた。
﹁で、アルス。こいつ、お前の彼女?﹂
﹁なっ⋮⋮﹂
その言葉に顔が熱くなるアルス。同じような様子のファイ。しかし
アルスが正気に戻った瞬間尋常じゃないほどの殺気を出した。
﹁わ、悪ぃ、悪ぃ。こいつをやるから許してくれ﹂
荷物の中から小瓶を取り出し、手渡す。
﹁いつものあれ⋮⋮な﹂
﹁おぉ、丁度欲しかったんだ﹂
からりと言った言葉に彰吾の顔から笑みが消えた。
﹁アルス⋮⋮。まさかお前⋮⋮今度は何をやる気だ﹂
﹁はっ。心配すんなって﹂
﹁まぁ⋮いいけどな。じゃ、オレはこれで失礼するぜ﹂
頬を掻き、軽く手を振って去っていった。
53
﹁仲がいいんだね﹂
笑いを堪える気すらなくクスクス笑うファイ。
﹁あれば単なる腐れ縁だよ﹂
やれやれと溜め息を吐いていると料理が出てきた。どうしようもな
いのでひとまず食事にする。先ほど結構食べたのでそんなに時間を
かけずに店を出て目的地を決める。次は、雑貨屋だ。
﹁あ、これ可愛い!﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
手に取りカゴに入れる。ただただそれだけのことを、アルスはひた
すら眺めていた
﹁あ、こっちのもいいかも!﹂
﹁おーい﹂
再びカゴに入れる。そして、その様子を永遠と三十分以上眺めてい
たアルスは制止の声を上げた。
﹁ん∼これもいいかも⋮﹂
﹁もしもーし﹂
﹁まぁいっか、入れちゃえ!﹂
またしてもカゴに追加される。ブチッとどこかで切れた音がした。
あ、これオレキレていいんだよね?とアルスが脳内判断した直後、
店内に怒号が響き渡った。
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﹁ファイ=ルシル!!﹂
﹁はい!﹂
反射的に姿勢を正して声の方向に振り向く。そこでは笑顔で腕を組
んでるアルスがいた。
﹁それ、全部買うつもりか?﹂
﹁え?そうだけど⋮⋮﹂
今さらそんなことを聞くのかという様子で言ってきた。その様子に
嘆息し、笑顔は呆れ顔に変わった。ただし腕を組むのはそのまま。
﹁金額、計算したのか?﹂
﹁ふぇ!?﹂
やっぱな⋮。ポリポリ頭を掻きながら告げる
﹁これを全部買った金額は1650マルク。一方のオレたちの所持
金は1300マルク﹂
﹁えー!﹂
ファイの両手のカゴにどっちゃり入ってる商品。商品をカゴに入れ
るたびに金額を足していった結果、見事に所持金を上回る1650
マルクとなった。字は読めなくても計算は里でも買い物すれば必要
なので出来るようにはなっていた。ファイが非難の声を上げるが気
にしない。金もあると言えばあるが、宿の部屋の中だしついでに言
うと、残り金は宿代だ。持ってきてやってもいいがそんなことをす
るとこの期に及んで野宿になってしまう。せっかく王都にいるのに
野宿なんて、こっちは願い下げだ。
55
﹁そもそも宿なんだし、レイアウトもへったくれもねぇぞ﹂
わざとらしく溜め息を吐く。
﹁だって⋮⋮﹂
上目遣いに見つめるファイ。その様子に思わずドキッとしたアルス。
そんなファイの様子についに折れた。
﹁あーもう⋮⋮わかったよ。その代わり、三つまでだからな﹂
その言葉に目を輝かせる。
﹁本当に!?アルス、大好き!!﹂
突然言われたアルスはその言葉に顔を赤く染める。
﹁バッ⋮⋮、店内でんなこと言うなって!﹂
あ、なんて間の抜けた声で周囲を見渡すと地味に白い目で見られて
るのは確かだった。
﹁アハ⋮アハハハ⋮⋮﹂
﹁笑って誤魔化すなって⋮﹂
心配の種が尽きないと嘆くのをよそに、ファイは三つの厳選を始め
た。長引きそうだと思いながら、どこかで飲み物をこっそり買いた
い気分のアルスだった。
56
一時間後
ようやく購入が終わり、日も暮れてきた。帰路に着こうとしたとこ
ろ、ファイが立ち止まった。
﹁どうした?﹂
﹁⋮アルス。もう一ヶ所だけ付き合って﹂
そう訴える彼女の目は本気だった。考えるまでもない。そう思い、
アルスは何の躊躇もなく頷く。それに彼女は小さくありがとう。と
呟いた。
彼女の最後に寄りたい場所、それは│││
﹁⋮海か。潮風がいい感じだな﹂
荷物を置き、クッと軽く伸びをしていると、固く口を閉ざしていた
ファイが口を開いた
﹁私⋮私ね⋮﹂
﹁うん?﹂
﹁旅をする前は、ある村にいたの。多分、地図にも載らないような
凄い小さな村だったの
そこの人たちが、捨て子だった私を育ててくれたの⋮﹂
﹁ふむ⋮⋮﹂
相当考えて切り出したのだろう。声がほんの僅かに震えている。そ
の様子にアルスは心持ち、姿勢を正した。
﹁大きくなった私は、そのことを知ってから村の人たちに恩返しの
つもりで短剣を手に取ったの﹂
57
かなり壮絶だと思うが、自分も五歳くらいの時には既に槍を持って
たから何も言えないかと胸中呟く。
﹁村の中に魔物とか盗賊とかが来たりしてたのは知ってたからね。
だけど⋮⋮⋮⋮だけどある日ね⋮﹂
﹁何が⋮⋮あった?﹂
なるべく優しく聞いてみる。しかし、ファイの声音は明らかに弱く、
切なくなっていった。
﹁盗賊が行商人に変装して村に来て、私はそいつらを入れてしまっ
たの﹂
﹁!!﹂
﹁案の定、奴らは好き放題やって行ったわ⋮。その時、村の人の三
分の二が亡くなったの﹂
﹁⋮⋮﹂
思わず下唇を噛む。ケーキを食べながらの時の質問を愚かしく後悔
する。あまりにも、笑顔で隠すには重かった。
﹁奴らがいなくなった後、私は﹃お前さえ拾わなければこんな事に
はならなかった﹄
そう言われて私は私刑されたわ⋮⋮。それで、村を出たの﹂
﹁っ⋮⋮﹂
あまりに酷い⋮⋮。アルスがそう思い始めた段階でファイの声は、
完全に涙が入っていた
﹁今も夢に亡くなった人たちが出てくるの⋮。当たり前だよね⋮。
58
私が⋮⋮殺したみたいなものだの﹂
そう言い涙を拭うファイ。その様子を見た瞬間、考えるより先に体
が動いていた。ファイに近付き、その細い体を抱き締めた。それに
酷く驚くファイ。
﹁アル⋮ス⋮⋮?﹂
﹁お前は悪くない﹂
﹁えっ⋮⋮?﹂
そんなことを言われるとは思ってなかったのだろうか思わずポカン
とする。それを気にした様子もなく、アルスは抱き締める力を強め
た。
﹁悪いのは責任転嫁した村の奴らだ。お前は何一つ悪くない﹂
その言葉に思わず涙が止まる。そしてアルスの腕の中で反転し、顔
を上げ、お礼を言った。
﹁⋮ありがと、アルス﹂
そしてそっと微笑む。それがあまりに魅力的で顔が赤くなったのが
バレるのが嫌で抱き寄せる。そして、今まで思ったことを囁いた。
﹁やっぱ、お前には笑顔が似合うよ﹂
その言葉に負けず劣らず真っ赤になるファイ。そして、
﹁バカ⋮⋮﹂
59
そう呟き、ファイも心地よい腕の中にもたれることにした。波の音
がそっと響いていた。
60
︱当日︱
一昨日のあの後は宿に戻り、昨日は大事を取ってゆっくり休んだ。
決戦は今日の24時。武器の手入れも済ませ、頂上に近い部屋の中
にいた。
PM11:00 戦いまで、一時間を切った。アルスは窓枠に座り、
ファイは柱にもたれていた
沈黙が支配する空間。そんな中、城壁に取り付けられた時計が11:
00を指し、時計塔が連動して鐘を鳴らす。堅い沈黙のなか、星空
を見ていたアルスが空から視線を外し、正面を見据えて呟く。
﹁いよいよ⋮か﹂
﹁そうね⋮。まさか城のこんなとこで戦うなんて、思いもしなかっ
たけど﹂
もたれていた柱から離れ、肩を竦めてみせるファイ。
﹁⋮ゴメンな、ファイ﹂
突然の謝罪に目を見開き驚くファイ。
﹁どうしたの?急に﹂
﹁いや⋮なんつーか、それと⋮ありがとう﹂
続けての感謝の言葉にポカンとした様子でいたファイだったが、ク
スクスと笑いだした。
﹁変なアルス﹂
61
するとアルス窓枠から離れ、ファイに近づくと軽くデコピンをした。
﹁痛っ!もー⋮⋮何するのよっ﹂
不満の声を上げるファイにアルスは意地悪い笑みを浮かべた。
﹁バーカ。お前と一緒だからだよ﹂
﹁へっ!?﹂
言葉を理解し、みるみる顔を赤くするファイ。見るとほんの少しア
ルスの顔も赤かった。頬を掻きながら、どこか照れ臭そうに言って
きた。
﹁何か⋮⋮会って一週間もしてないけどな。オレ、お前のこと││﹂
﹁ま、待って!まだ言わないで﹂
突然の制止に疑問符を浮かべるアルス。
﹁な⋮⋮何で?﹂
﹁どうせなら、天使を倒して、一息ついてから言って。ね?﹂
そう言いながら上目遣いに見てくるファイ。その様子に絶対に折れ
ないと踏み、ふぅ、とため息を吐いた。
﹁⋮⋮あぁ、わかった﹂
膠着してしまった空間。それを変えるため、ファイは全く別の質問
をした。
﹁ねぇ。アルスは、この戦いが終わったらどうするの?﹂
62
その質問に暫く考えるそぶりを見せてからアルスは答える。
﹁んー。とりあえず、故郷に戻って荷物まとめてから旅に出ようか
と思ってる﹂
その答えにファイが顔を赤くしながら付け足した。
﹁ねぇ⋮⋮私も⋮⋮一緒に行っていいかな?﹂
それに目を見開いて驚いたが、先ほど同様に意地悪い笑みを浮かべ
告げた。
﹁断ると思ってるの?むしろ、嫌がったとしても、さらって行くけ
どな﹂
﹁バカ⋮。恥ずかしいことさらっと言わないでよ⋮﹂
二人で笑い合う。すると│││、
突如鐘の音が鳴り響いた。
﹁今の音⋮鐘楼からか!!﹂
二人して屋上へと段跳ばしに階段を駆け上がる。そしてアルスが扉
を蹴り開けると上空には純白の羽を散らし空中に浮遊する天使の姿
があった。あの存在が世界を滅ぼしつつあるのに見ているだけで神
々しさを感じる。
﹁あれが⋮⋮﹂
﹁天使みたいだねぇ﹂
63
﹃!?﹄
二人で呆然としていると、後ろから声が聞こえた。思わず振り返る
とへらりとした掴みどころのない表情と共に弓を背負った人物。そ
れにアルスが思わず歓喜の声を上げる。
﹁彰吾!お前、来てくれたのか!﹂
その言葉に呼ばれた人物の彰吾はニヤリと悪そうに笑んだ。
﹁頼まれたからには来ないわけにはいかんでしょ?休暇満喫中だっ
たとしてもさ﹂
そう言いながら、自身の武器である弓を構える。
﹁やれやれ⋮⋮久々の仕事だ﹂
この場にいること、武器を構えていること。それにファイは戸惑い
を見せる。
﹁え⋮。貴方、戦えるんですか!?﹂
それにあっさり答えた。
﹁裏では、割と暗躍してるから⋮⋮っと、ヤバ気な雰囲気だな﹂
そんなことをしてる間に天使は両手に光球を溜めつつあった。
﹁ゲッ!あんなん食らったら全滅じゃないか!!﹂
﹁あぁ。心配いらんよ﹂
64
そう言い矢を番えて構える。風切り音がしたと思った刹那、天使の
手に矢が突き刺さり光が霧散した。
﹁出される前に、叩き潰せばいいだけだろ?﹂
したり顔の彰吾の顔にアルスは思わず破顔する。
﹁ハッ、違いねぇ!やっぱおっちょこちょいのバカだな!!﹂
そう言いながら背中のホルダーから槍を抜き放ち、その切っ先を天
使に突き付ける。
﹁命知らずのバカの命、預からせてもらう!!手ぇ貸してくれんな
ら遠慮なく借りさせてもらうぜ!!目標、大天使ガブリエル!﹂
ファイも双剣を抜き、構えを取る。
﹁彰吾さん、頼りにしてます!行きましょう!!﹂
そこまで言うと、黙していた天使が刺さった矢を抜き捨てると口を
開いた。
﹁愚かな人の子風情が⋮⋮。よいでしょう。あなた方を消してから、
この星に裁きを与えましょう﹂
バサリと羽をはばたかせる天使。その様子に、戦闘態勢万全の三人。
﹁ま、様子見と行くか﹂
65
そう言うと矢を番え、引き絞る。
﹁烈火、鳳仙花!!﹂
焔を纏った矢が突き刺さる│かと思いきや、寸前で止められて反転
して襲いかかってきた。それをアルスが一振りで叩き落とす。
﹁へぇ⋮やるなああいつ﹂
アルスが呟くとファイも双剣の他の物のチェックをさっと済ませ、
戦闘態勢を完璧にした。
﹁私も行くわよ!﹂
﹁さて⋮⋮行くぜ!!﹂
掛け声と共にアルスは踏み込んだ。
66
︱当日、決戦︱
﹁そらよっ!﹂
アルスが槍を突き出し、
﹁はあ!﹂
ファイが双剣で連続斬りの態勢に入り、
みずち
﹁水撃と共に⋮蚊!﹂
水撃を伴った矢が飛ぶ。その三人の攻撃が当たる寸前││。
﹁効かぬわ!﹂
濃縮された静電気の様な音と共にオーラを纏い、攻撃の全てが弾か
れた。
﹁うおっ!﹂
それに弾かれ、元の位置に戻される。どうしようかと思考している
と顔をしかめていた彰吾が何かを閃いた。
﹁んー⋮何か臭うな⋮ちょっと前線は任せた!﹂
﹁あん?よく分からんが任せろ!﹂
﹁何なの⋮攻撃が通らないって!﹂
﹁慌てるな。どこかに仕掛けがあるはずだ﹂
67
慌てるファイにそう声をかけるアルスの言葉に、ガブリエルが反応
を見せる。
﹁おや⋮。気付きましたか。ですが気が付いただけでは事態は好転
しませんよ?﹂
すると隣にいたアルスが口角を上げた。
﹁そいつはどうかな?﹂
﹁何?﹂
﹁あいつはなぁ⋮誰も思わないようなタイミングとかで来るんだぜ
?﹂
ガブリエルが疑問符を浮かべていると、ニヒルな笑みでアルスが見
返した。
﹁何せオレが二番目に信頼してんだかんな﹂
﹁弓の集い手、射ぬけ!星屑スターダスト!﹂
初めの時と同じく片翼に数本の矢が突き刺さる。ダメージよりも矢
が刺さったことにガブリエルは動揺する。
﹁クッ⋮守護の力が⋮!?﹂
不意討ちに防御が間に合わず、直撃を受け、苦悶の声を上げるガブ
リエル。
﹁よし、右の翼が使い物にならなくなったな!﹂
68
それに続くように飛び上がり攻撃を仕掛ける。
﹁ふはははは!﹂
悪役顔負けの勢いで高笑いしながら目にも止まらぬ勢いで一気に刻
む。月明かりを受け、硝子槍が光り輝く。
﹁あたしを忘れないでよね!﹂
少し落下したところを一瞬で背後に回り込み、双剣を背中に叩きつ
ける。
﹁クッ⋮⋮。人間如きが⋮﹂
態勢を直し飛び上がったところでガラスが割れるような甲高い音が
した。
﹁まさか!?﹂
﹁言っただろ?それはどうかなって﹂
ガブリエルが塔の方を見る。すると、ガブリエルの配下と思われる
天使が塔から落とされた。
﹁ほい、こいつでネタバレだ。こいつらが守護のトリックだったん
だな﹂
するとガブリエルの中の線が一本切れたように話しだした。
﹁人間め⋮⋮。我を倒すことなど不可能!!死して悔いよ!﹂
69
大きく翼をはためかせて飛び上がり力を溜め始める。それに対し、
アルスが挑発を仕掛ける。
﹁ったく、アホかっての。神様に見放されようが、オレたちは自分
の手で道を切り開く!!お前らなんかお呼びじゃねぇんだよ!!﹂
すると距離が離れているにも関わらず、ブチッと切れた音がした。
﹁⋮⋮⋮れ。⋮⋮⋮⋮⋮黙れクズ共││││!!!!﹂
沸点に達したのか絶叫と共に光が辺りを覆うと大地が咆哮し始めた。
﹁な⋮何!?城が崩れ始めてる⋮?﹂
それにアルスがペンダントを掴み叫ぶ。
﹁クッ⋮⋮ぶっつけ本番上等!幻魔の幻、ここに祓え!!﹂
城が跳ねるかのように一度揺れると城の揺れが止まった。
﹁アルス⋮すごい⋮!﹂
﹁ペンダントの力か?﹂
﹁まぁな。さて、気を抜くな。また来るぞ!!﹂
前に向き直ると苛立った様子で手をかざすと、またしても大地に振
動が起こり始める。
﹁滅べ!滅べ!!滅べ!!!全て無に帰してしまえ!!!!﹂
﹁無駄だっての!﹂
70
揺れを一切意に介さず彰吾が懐から紙を取り出し、何かを描くと、
揺れが止まっていた。
﹁幻術で心を砕こうなんて、オレらには効かねぇよ。術祓いは割と
得意分野なんでな﹂
それに歓喜の声を上げ、張り切るファイ。
﹁凄い⋮、私も負けない!﹂
タンと軽い跳躍。そしてポーチに仕込んでおいた短剣を取り出し軽
く投げる。
﹁ふん、見くびるな!﹂
その短剣をかわし、今度はガブリエルがファイに突っ込んできた。
ニヤリと笑い、ファイは迎撃の態勢を取る。
﹁ふっ!﹂
短い吐息と共に短剣をもう一度投げる。特攻のスピードが重なり、
避けられないと分かると素手でそれを弾く。
﹁このようなもの、我には効か⋮⋮ぬ!?﹂
ガクンと態勢が崩れる。それにファイはクスクス笑いだした。
﹁今のが本命なのよ。痺れ毒と神経毒の入った、私特注の毒のね。
素手で弾くなんて⋮⋮一番その毒の回りを早くする方法でやってく
れるなんてね﹂
71
﹁クッ⋮、人が⋮⋮我の使命の邪魔をするな││!!!﹂
バサッと大きく翼をはばたかせ、上昇する。ところが、ある一定の
高さで炎の幕が覆った。
﹁これだけやらかして逃がすわけないだろ?﹂
真っ黒な笑顔でそう言ったのはアルスだった。黒い笑みが非常に怖
い。
﹁炎の結界だ。ペンダントの力の一つみたいで、相当強力で助かる﹂
結界の中で若干もがくガブリエル。そこにまたしても声が響いた。
﹁バカみてぇなその場しのぎは止めろよ。また他のとこでも起きる
ぞ!﹂
むしろ諦めさせる方向に走る彰吾。
﹁今!この瞬間にも生きている人はごまんといる!!﹂
肩を震わせ叫ぶファイ。
﹁人が生きることを諦めないかぎり、滅びさせやしない!人の裁き、
受けさせてやる!!﹂
全員が一様に帰れと告げるとガブリエルは下に俯いた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
72
ククク⋮⋮﹂
長い沈黙の後に徐々に笑いだした。
﹁ハーハッハッハッ!!!!私はもはや貴様らに絶望した!!!!
私はどうなろうと、神の裁きの名の元に人を滅ぼす!!!!﹂
閃光が周囲を包み、再び地面が振動を始めた。
崩壊まで││││五分
狂ったかのように自暴自棄になりながら叫ぶガブリエル
﹁もう貴様らにも飽いたわ!もはや宇宙の塵と化すがよい!!﹂
徐々に視界の端から塵が浮かび上がり、振動が酷くなる。
﹁こいつは⋮⋮幻術じゃねえな。こりゃマジだ。奴め、どうなって
も壊す気だな。けど大陸が大きい分ちょっと時間はあるな﹂
﹁どうしよう⋮。このままじゃ、今まで頑張ってきたのがパーにな
っちゃう!!﹂
冷静に状況分析する彰吾と慌てて戸惑うファイ。
﹁⋮⋮﹂
下を向き、何かを考えるアルス。やがて、アルスが決意した目で顔
を上げ、切り出した。
﹁方法が⋮一つだけある﹂
73
﹁本当!?アルス。どうすれば⋮﹂
そうすると非常にあっけらかんとした声で答えた。
﹁崩壊はあの天使が引き起こしている。なら、天使を一撃で倒せば
事足りる﹂
﹁それが出来りゃ苦労しないけどな。元々あいつはいつだって滅ぼ
せる中退屈しのぎに俺らの相手だったからな。出来レースにもほど
がある﹂
それに二人が頷いた。
﹁で、具体的に?﹂
彰吾の問いに対して、またしてもあっさり答えた。
﹁簡単だ。ただ││││││
見てりゃいい﹂
﹁ちょっと待っ﹁氷壁よ﹂
甲高い音を立て、一瞬後にはアルスとファイたちの方には氷の壁が
出来ていた。
﹁アルス!?﹂
氷壁を叩くファイ。そして悲しそうにペンダントを握ったままのア
ルスが振り返った。
74
﹁悪いな、お前らを巻き込んじまって﹂
﹁そんなの今さら気にしてない!!いいからこの壁を溶かして!!﹂
そしてフッと悲しそうに笑い、ファイに氷越しに近寄る。
﹁ファイ。今まで│ありがとう。お前がいたから、ここまで戦えた。
そして、お前がいるからこそ、この決断に踏み切れた。死んでも、
お前のいるこの世界を守り通す﹂
スッとポケットから小瓶を取り出す。それに彰吾が青ざめる。
﹁キャパオーバーだ!本気で使うバカがあるか!!﹂
﹁あ、あれってなんなの!?﹂
﹁俺特製の限界突破の薬だ。肉体には常に制限がかかる。その制限
を一時的に取っ払うけど代償が大きい。あいつの身体はもう限界な
んだよ!﹂
﹁それって⋮⋮!アルス!やめて!!﹂
それを聞かず、小瓶の中の錠剤をあるだけ飲む。アルスの髪が黒く
変わり、瞳の色が紅く変わった。ファイの方をもう一度向きそっと
笑う。
﹁好きだ﹂
﹁!!﹂
誤魔化すように天使を見据える。そして、
﹁じゃあな﹂
槍を携え、ガブリエルと同じ視点まで飛び上がる。そして筋繊維が
75
悲鳴を上げるほど体を捻る。
﹁この血の戒めよ⋮⋮。今こそ我が身に宿せ!!﹂
アルスの身体から禍禍しい黒い波が湧き立ち、あっという間に槍に
取り込まれる。
﹁呪われし我が力よ⋮、大切な人を守る力となれ!!﹂
黒い波が槍の中で乱反射したかと思うと飽和した分の波が槍全体を
覆い尽くす。そして解き放つ。
﹁ヴァーン・クロウス・フレア!!!﹂
その槍は朝日が差し掛けていた光を覆い隠すほどの黒波を放ちガブ
リエルの体内へと入りこむ。乱反射をしていたものが体内に取り込
まれる︱︱つまりは、同じことが肉体で起こる。
﹁ギャアアアアアアアアア!!!!﹂
いくら天子と言えども耐え切れず、内側から破裂するように天使を
引き裂いた。引き裂かれた天使は無数の純白の羽となって降り注い
だ。激しかった振動もついに収まり、静寂を取り戻す世界。その中
で。
﹁アルスーーー!!!!!!!!﹂
少女の絶望的な悲鳴が響いた。駆け寄って抱え上げても反応が無い。
皮膚は元々黒いのに磨きがかかったように更に黒く焦げ、情熱家の
様な面を持っていた瞳は開くことを知らず、安心させてくれるよう
76
な温もりの代わりに絶望に追い込むような体温の低下。揺さ振り起
こそうとするファイ。
﹁アルス⋮?ねぇ、アルス⋮!嘘だよね⋮!倒して疲れたから寝て
るだけだよね⋮?起きてよ⋮!アルスーーーーー!!!!﹂
ファイの声は、虚しく広い空にかき消された。号泣を越え、慟哭す
るファイ。その時、ゴトと重い音を立て、ファイのポーチから像の
ようなものが落ちた。
﹁んだこりゃ?﹂
彰吾が何でこんなものを持っているかの疑問が出る寸前何かに気が
付く。止まることを知らないファイの涙がダークスピリチュアル像
の上に落ちた。その瞬間、まばゆいばかりの閃光が周囲を支配した。
﹁!!﹂
希望を零したのは彰吾だった。
﹁あれま。随分前にオレが弓で射ち貫いたはずだったんだけどな⋮﹂
一つ息を正してファイに告げる。
﹁こいつは⋮⋮死反し︵まかるがえし︶の儀式⋮!﹂
77
︱当日、そして︱
ココハドコダ⋮⋮⋮?
オレハシンダノカ⋮?
何もないが光が溢れる空間。しかし自分の存在が希薄になるのが分
かる。四肢をダラリと垂らし、何もない空間に浮かぶだけ。これで
忌々しい血ともお別れだと思った。しかしまだまだ心残りがある。
ファイ⋮⋮。
自分が死んだとなったら彼女はどれほど泣くというのだろう。
彼女を残し死を迎えたことに激しく苛立つ。もはや感覚すら消えか
けているが歯をギリと噛み締める。
すると虚空の光が渦の様なものに吸い込まれ、人間の輪郭が浮かび
上がった。
勇なる者よ⋮⋮。
話し掛けられ、虚空に四肢を曝け出したまま横を向き答える。
オマエハダレダ⋮?
すると、こちらの問い掛けを無視して声の主は質問をしてきた。
卿、再び仲間の元へ帰らんと望むか。
その問い掛けに目を見開く。頭でしっかり理解したときにはすでに
78
口が動いていた。
アァ⋮ノゾム...
承知した。
淡白に答え、手を前に出す。すると零れ落ちた光の粒子が収束し、
球体を紡ぎだす。その行為のさなか、アルスは再び同じ質問をした。
オマエハ⋮⋮ダレダ?
声の主は荘厳な声で答えた。
我が名はゼウス。神の一切を統べるものなり。立場が違えど、ガブ
リエルが迷惑を掛けたそのわびだ。何、ここは死が支配する場の一
歩手前。ハーデスには文句を言わせんさ。
その答えに中途半端に納得が行かないまま取り敢えず頷く。
アリガ⋮⋮トウ
するとゼウスは光の塊をアルスに差し向け、僅かに微笑むような仕
草を見せ、光の塊を振りかぶった。
貴公に幸あれ。アルス・ファースよ。
ゼウスがその光塊をアルスにぶつける。その瞬間、アルスに全ての
感覚が戻って来た。一気に全ての感覚が戻ったため視界が眩む。そ
して先程とは違う温かい光に包まれその世界で意識を自分のいた世
界に飛ばした。
79
光り続けていたダークスピリチュアル像の光が弱まり、像が音を立
て壊れていった。
﹁ファイ、安心しろ﹂
﹁なに⋮⋮が⋮⋮?﹂
泣き腫らして目が真っ赤になりながら聞き返してくる。それに彰吾
は優しく答えた。
﹁死を反する儀式、死反し。それは本来あってはならないこと﹂
道理中の道理を言われキョトンとするファイ。
﹁お前が持ってたのはそれを例外的に叶える像。あんまりそんなこ
とされると困るから昔壊したはずなんだけどな。要するに、そいつ
はそれを違反し、生き返ることが可能なんだ﹂
﹁そ、それって⋮⋮!﹂
希望が見えた。しかし次の瞬間にはまたそれが閉ざされ掛けた。
﹁まぁ、試練を突破しないと駄目らしいけどね﹂
﹁そんな⋮⋮﹂
脱力し、腕の力が抜けた。スルリと腕から落ちそうになるアルスの
身体。腕から落ちる数瞬前、わずかに筋肉がピクリと反応を示した。
﹁!!!!アルス!?﹂
ほんのわずかに筋肉が揺れた。それが現つでも幻でも関係なく声を
80
かける。それこそ、声が枯れるほどに│。
ゼウスから光球を受けて感覚が戻ってから、全ての感覚が同時に作
用したため頭がグラグラして気持ち悪くなる。嘔吐感に捕われつつ
もオレは確信していた。
アイツに会える。
どのくらい声をかけていただろう。しばらくするとゆっくりと目を
覚ました。
﹁アルス⋮⋮⋮?﹂
疑問形で聞かれたことに内心苦笑いを溢し、あまり動かせない筋肉
を無理矢理動かし微笑む。
﹁ただいま⋮⋮﹂
﹁アルス⋮⋮!!﹂
熱い抱擁。しかし見ていた彰吾が弓の末弭でアルスの顔をどついた。
﹁ズベシッ!!!!にゃ⋮にゃにひやがりゅ︵何しやがる︶﹂
﹁人に散々迷惑かけて、いきなり惚気は無しだろ﹂
﹁だからってご挨拶じゃねぇかよ!﹂
反論するもプイとそっぽを向いてしまった。微妙に文句も入れられ
つつ生き返ったことを実感する。正面を向くと、とびきりの笑顔で
81
ファイが迎えてくれた。
﹁アルス、格好よかったよ!!﹂
その言葉に耳まで真っ赤になるアルス。朝日が、彼らを祝福した。
82
︱後日︱
あの命懸けの戦い︵まぁ、オレ一回死んだけど︶から数週間が経っ
た。あの後彰吾は﹁めんどくせー﹂って言って国王を脅して口封じ
をしたらしい。なんとも大胆不敵でどうしようかと思ってしまう。
まあ用済みになった俺たちを抹殺しようと計画していたそうだから
助かったんだけど。それが終わると奴は旅立っていった。消えてい
った島や大陸は何故だか復活してそこにいた人たちも平然としてい
たらしい。世の中は不思議である。
え?オレとファイはって?それは⋮⋮なあ?
﹁アルス∼。朝ご飯出来たよ∼﹂
﹁おー。今行く﹂
ひっそりと結婚しました。ファイの故郷も消されていたらしいが、
他の復活と同時に戻ったらしい。つい一週間前にそこに行き、話し
合ったらわだかまりも解消された。オレたちは、あの後の旅の途中
で見つけた町で暮らしてる。そしてくだらない話で盛り上がる。
﹁平和っていいなー﹂
﹁アルス。前にも同じようなこと言ってなかった?﹂
﹁そうだっけか?﹂
二人で笑いあう。
﹁ね、今日のお昼。どうする?﹂
﹁ちょっと遠出して、あそこに行かないか?﹂
﹁うん、いいよ﹂
83
その言葉だけで通じるのは心が通じ合うからだろう。答えと同時に
支度を始めるファイ。その様子を後ろから眺めるアルス。やはり平
和を感じる。
﹁あの店に行くのも久々だな∼﹂
﹁そうだね﹂
支度を済ませ、船に乗り込み王都を目指す。目的地はとあるレスト
ラン。天使討伐の中の休日で訪れた店たち。
﹃いらっしゃいませ。何名様でしょうか?﹄
その答えにアルスは意地悪くファイの肩を抱き寄せ答える。
﹁おしどり夫婦二人⋮、なんてね﹂
﹁∼!もう、アルスったら!!﹂
店員の冷ややかな目に苦笑いする。望んだ未来がオレたちを結んで
くれた。ファイ、お前は幸せか?オレは今、幸せだぜ。
84
序幕∼滅亡 希望の灯火∼
その日、城下町は炎に包まれた
やめろ!やめてく│││グアァァ!!
この子だけは!この子だけは││イヤァァァァァ!!
剣に付着した血を払いもせず殺した数多の死体の一体の頭をグシャ
リと踏み潰す。辺りに鮮血が飛び散ることも気にせず不快そうにそ
の男は言う。
﹁ケッ⋮⋮、こんな平和ボケした国なんざ下らねぇ⋮。オレが変え
てやるよ!!﹂
そう言いながら自らの配下と共に城内へと攻め込んだ。
一方の城内
﹁陛下!もうすぐそこにクーデターの奴らが来ております!﹂
﹁なんと!⋮こうなれば、ソルク、お前だけでも逃げろ!!﹂
その言葉に少女は首を横に振った
﹁嫌だ!!父様たちとここにいる!!﹂
﹁ワガママを言うものではない!!⋮⋮デュールよ、此処には何人
85
いる﹂
﹁みな遠征などで出払っています。多く見積もっても百⋮いるかい
ないかでしょう⋮⋮﹂
デュールと呼ばれた人物は沈痛な面持ちで答える。
﹁分かった。ワシが囮となろう。他の者はソルクを護衛しつつ隣国
に亡命をしろ﹂
﹁陛下!?﹂
﹁父様!?﹂
その指示に全員が驚く。しかし国王もまた、毅然とした声で続けた。
﹁これは国王としての命令だ!それに、ワシの最期の命だ。聞いて
くれるな?﹂
﹁⋮⋮御意にございます﹂
﹁ならば、ソルク。お前にこれを。きっとお前を導いてくれるはず
だ﹂
﹁嫌だよ⋮。父様⋮⋮﹂
﹁さぁ早く行け!!そこの壁に隠し扉がある。合言葉は﹃││││
│﹄﹂
唱えられると隅の石造りの一部がずれ、音を立て隠し扉が開く。
﹁早く行け!!!﹂
全員がそこから走って逃げる。
﹁父様│││││││││!!!!﹂
86
少女の絶叫。しかし、
﹁姫様、お許しを!﹂
デュールが首筋に手刀を落として気絶させる。
﹁うっ!│と⋮⋮う⋮⋮⋮⋮さま﹂
少女は最後に父のことを呼び気を失った。それと同時に隠し扉が閉
まり侵入者からその姿を隠す。そしてクーデターの首謀者が謁見の
間に飛び込んでくる。
﹁見つけたぞ!死ね!!﹂
袈裟に凶刃が深々と振り下ろされる。
﹁ガハァァァ⋮⋮!!﹂
鮮血が玉座に飛び散り王は絶命する。その様に首謀者の男は高笑い
をした。
﹁ハハハハハハ!!!!この国は墜ちた!!!!﹂
87
第一幕∼逃亡と青年∼
﹁ククク⋮⋮、貴様らが最後だ!﹂
﹁ぬぅ⋮⋮。もはや我らもこれまでなのか⋮⋮﹂
数日後、隣国の国境の町サリュウの町まで亡命してきた王国軍の
生き残りは、国王に命じられたデュールと言う腹心と、その国王の
娘のソルクだけとなっていた。広い道路の真ん中だが、ここ数日休
みなしで逃げてきたため、足が動かない。もはや諦めかけたその時│
﹁ふわぁ⋮⋮。ったく、何なんだよ。人がせっかく家借りた翌日に
⋮。静かにしてろよ⋮﹂
寝間着姿の青年が剣を一振り携え、デュールのすぐ近くの家から
出てきた。それに敵兵士は対象をどちらかにするかで一瞬迷ったが、
手負いの敵とよく分からない寝起きの青年。狙う的は決まった。
﹁クッ⋮。見られたからには貴様が先だ!!﹂
隊長格の兵士が指示を出す。いつの間にかデュールのすぐ隣まで
来ていた青年は、デュールたちをかばう形で立っていた。
﹁なんかよく分からんが、ちょっとどいていな。片付けっから﹂
﹁かたじけない!﹂
疲労困憊の身体に鞭を打ち、力を振り絞ってソルクを抱えると青
年から遠ざかる。それをよしとせぬ兵士は苦悶の声を上げた。
88
﹁クッ⋮。逃がしてなるものか!!﹂
一斉に追い掛けようとする中、青年が立ち塞がる。
﹁っと。お前らの相手はオレだぜ﹂
片手に剣を構えるが寝間着のためしまらない。ようやく追い詰め
た獲物。そこへ横槍を入れた闖入者の在りようにムカついた兵士が
禁句を叫ぶ。
﹁貴様のような雑魚に邪魔をされてなるものか!!!﹂
ピクリと反応する青年。先ほどの寝惚け眼とは反転、敵意が殺意
に変わった瞬間だった。
﹁あ゛ぁ?誰が雑魚だ?ゴラァ!!﹂
そう怒鳴るように吐き捨てると、高々と剣を振りかぶる。
﹁雷滅破斬激!!﹂
振り下ろすと、長大な雷の波が敵の兵士たちを襲う。金属で加工
された鎧は電気をよく通し、中へと大ダメージを与えた。
﹁グォァァァァ!!﹂
ふぅと息を吐き、気が付く青年。
﹁あ、やべ。ちっとやりすぎたか⋮⋮﹂
89
ポリポリ頭を掻いていると、瀕死の兵士が立ち上がり逃げる。
﹁なんということだ⋮⋮。急ぎヴォルグ様に報告せねば⋮⋮!﹂
その姿を何となく眺める。そしてデュールはその青年へと声をか
けた。
﹁危ないところを助かり申した⋮﹂
﹁ま、堅苦しいのは無しにしようや。外で立ち話もなんだし、中入
れよ﹂
促され中に入るデュールとソルク。青年は着替えに行ってしまっ
たが、ソルクは待ってる間絶対に口を開かなかった。そして青年が
再び出てきた。先程はかけてなかった眼鏡を付け、軽いシャツを羽
織ったような感じだ。そして青年も席に着いたのでデュールは自己
紹介をする。
﹁私の名はデュール・セグル。こちらの方が、マイラ家の次期王女、
ソルク・マイラ様です。あなたの名は?﹂
﹁オレの名はオルウェン・イーシス。ま、好きに呼んでくれ﹂
からからと適当に笑った後、真面目な声になり質問をした。
﹁にしても、次期とはいえ、王女がわざわざ敵兵に襲われてんだ。
更に言うと、こんな隣国までな。穏やかじゃあねぇな﹂
その問いにデュールは、しばし黙考してから答えた。
﹁わかりました。お話しましょう⋮⋮﹂
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苦痛に顔を歪めながらデュールは話し始める。
﹁数日前のことでした。国王、ドーリス・マイラ様の血縁者である、
ヴォルグ・レイスが突如クーデターを起こしたのです﹂
それに、対しオルウェンも低い声で答える。
﹁⋮あいつに関しちゃ、黒い噂が流れてる。まぁ、クーデターを起
こしてもビビりゃしねぇな﹂
その相槌に一つ頷き、デュールが続ける。
﹁我ら王立軍も善戦しましたが、奴とその配下により壊滅させられ
ました。そしてソルク様を残っていた我らに託し、陛下は自らが犠
牲に⋮⋮くっ⋮⋮﹂
顔を歪めるデュール。だがオルウェンは一切声音を変えず質問を
した。
﹁あんたら以外の生存者は?﹂
﹁我らが最後です⋮。他の者は自ら伏兵や囮となり⋮﹂
それを聞き深い溜め息を吐くオルウェン。
﹁ハァ⋮⋮、せっかく余裕できたから家買ったのによ⋮﹂
﹁は?﹂
訳が分からず疑問符を浮かべるデュール。オルウェンは自分を親
指で指差し告げた。
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﹁面白い、オレがお前さんたちの護衛をしてやるよ﹂
﹁いらぬ﹂
否定を告げたのは今まで口を閉ざしていたソルクだった。別段気
にした様子もなくオルウェンは話を進める。
﹁そうそう。護衛代は無し、それに⋮⋮﹂
﹁いらぬと言ってるであろう!!!﹂
バンと机を叩きながら立ち上がるソルク。それに対しオルウェン
はハッと鼻で笑い、あっさり告げた。
﹁んじゃ、今すぐこっから出てけよ﹂
﹁あぁ、言われる迄もない﹂
スタスタ扉に向かい歩き、ドアノブに手をかけたときにオルウェ
ンは続けた。
﹁まぁ、このままのこのこ出てったら、間違いなく殺されるだろう
がな﹂
﹁何!?﹂
驚愕の声を上げ、ソルクはドアノブから手を離す。
﹁通ってきたなら分かるだろうが、この町は国境の町。境の辺りに
誰かしらいるもんだがな。だが、逃げる相手を追うなら、遅かれ早
かれ、ここに一人くらい置いとくだろ?もううちの周りはとっくに
全兵の配置が終わってんぜ﹂
﹁何ですと!?﹂
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ザッと窓辺に寄り確認するデュール。確かに多量の兵が並んでい
た。狼狽えるソルクにオルウェンは質問を投げ掛けた。
﹁さぁ、このまま出てって殺されるか、オレが蹴散らして生き残る
か。どうする?﹂
その問いに軽く溜め息を吐き答えた。
﹁一つしかない答えを出しおって⋮⋮。無論後者だ!!﹂
ニヤリと笑い、立て掛けてあった剣を肩に担ぎ上げ、笑顔で告げ
る。
﹁さてと、それじゃ、行くか。オレの合図で来いよ?前線はやるか
ら、後ろは頼んだぜ?お姫様﹂
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VS追手
オルウェンが木製の扉を開けて外に出ると、そこには先程の倍以上
はいる兵士が揃っていた。
﹁ザシュー隊長!あいつです!!﹂
先程ボロ雑巾のような状態で逃げ帰った兵士が部隊長に報告をする。
それに対し、ザシューと呼ばれた人物は面白そうに笑顔を浮かべた。
﹁ふぅん。オレの部隊をやってくれたのは君⋮か﹂
それに嘆息しながらオルウェンも答える。
﹁人がゆったり過ごすために家買って、その後の作業で疲れて寝て
たとこにこれじゃあ、逆ギレしてみたくもなるだろ﹂
それに妙に納得したように反応するザシュー。
﹁ふむ⋮。確かに。すまなかった﹂
﹁ザシュー隊長!?﹂
謝ったことに思わず兵士が突っ込みを入れる。そこでザシューはあ
ぁ、と漏らした。
﹁おっと、話がだいぶそれたね。そして部外者である君が、ソルク・
マイラを匿っている﹂
真面目な声になり、眼光を鋭くしてスッとオルウェンを指差すザシ
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ュー。それに対しオルウェンは首を振った。
﹁一つ勘違いしてるぜ。オレはそもそも匿ってなんかいない﹂
ちらりと扉に目配せをすると扉が開き、ソルクとデュールが出て来
た。
﹁⋮⋮⋮﹂
一瞬出したオルウェンの殺気で兵士たちの足がすくんだ。そこで叫
びながら特攻をする。
﹁単に雇われただけだ!!!﹂
﹁渦巻く光の主人よ、アウロラーレ!﹂
ソルクが手に握った小さな玉から白い光が溢れ、敵兵の一ヶ所に光
の粒子同士を爆発させた。さらに敵兵の目前まできたオルウェンが
攻める。
﹁人のささやかな幸せを奪った罰をくれてやる!紅の焔!!﹂
その言葉と共に剣が炎を纏った。そして眼前の敵兵を切り捨て、後
ろに指示を出す。
﹁デュール!姫さんの守りは頼んだぜ!﹂
﹁承知!姫には指一本触れさせぬぞ!!!﹂
自らの両刃剣を抜き、三人以上の敵兵を一気に相手取る。
﹁氷の刃よ、アイスランス!﹂
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﹁グァァ!﹂
拙いながらもサポートの術もそれなりに発動して、デュールのサポ
ートをする。その様子を遠目から見ていたザシューは感心していた。
﹁ほう⋮。なかなかの手腕だな⋮⋮。オレの部隊の精鋭が半分くら
いやられたか⋮﹂
﹁大将さんは手を出さんのかい?﹂
会話中に近づいてきた兵士を蹴りで迎撃しながら問いただす。
﹁じゃ、君と闘おうか﹂
﹁おっ。なんか久々に闘いがいがありそうだな﹂
ニヤリと笑っていると後ろからソルクの声が聞こえた。
﹁オル!こっちはどうなるのだ!﹂
﹁姫!危険です!!﹂
ドンと体当たりしてソルクを弾き飛ばし、剣を振りかぶってきた兵
の剣を自らの剣で受け止める。
﹁デュール、任せたぞ!!﹂
﹁承知しておりますぞ!!!﹂
スラリと剣を抜きながらザシューは質問をしてきた。
﹁君の正体が知りたいね⋮﹂
キンと音を立て刀身が鞘から抜けた。一方のオルウェンも改めて構
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えを直し、ほう⋮と言った。
﹁なら、オレも知りてぇな。何故クーデターなんて馬鹿げた事を起
こした!﹂
力強く踏み込み横に一閃薙ぎ払う。それを刀身を横にして受け止め
るザシュー。
﹁ふっ。答えは簡単さ。我が主の命だからさ!﹂
一度剣を弾き、今度はザシューから斬り掛かる。それを鍔迫り合い
の形で止めるオルウェン。
﹁なるほど、お前自身は主体性を持ってないというわけか!﹂
﹁何とでも言うがいいさ。オレは主の為に戦うのだ!﹂
金属音と共に鍔迫り合いを弾き、斬り掛かっては防御からの切り返
しの繰り返しだった。
﹁ならオレもお前の質問に答えてやるさ。オレは只の流浪の剣士さ
!﹂
﹁只の剣士にしては、些か強すぎじゃないのかい?﹂
剣が交差し、火花が散る。そして一旦互いに間合いを取る。
﹁へぇ。そう思えるんなら上等じゃないのかい?お前、場数はどの
くらいだ?﹂
チキと剣を握り直し斬り掛かりながら返答する
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﹁君ごときとは、比べるのも勿体ないね!!!﹂
コンパクトだが、確実に殺すべく斬り掛かってくるザシュー。その
様子を見据え、オルウェンは剣の構えを大剣に変えた。
﹁ま、そうだろうな⋮⋮。オレの場数は││││││﹃3002﹄
戦だ﹂
甲高い音と共にザシューの剣が折れ、オルウェンの剣がザシューの
体に叩きつけられた。
﹁バカ⋮な⋮。このオレが⋮負ける⋮と⋮⋮は⋮﹂
重力に促されるままに崩れ落ちるザシュー。それを見て、剣を肩に
担いで告げる。
﹁場数が違ぇよ。出直してきな。峰打ちなのくらい分かんだろ?﹂
するとザシューはよろよろと立ち上がり、指示を出した。
﹁君とは⋮もう一度⋮戦いたいね⋮⋮。全軍、負傷者を回収して撤
退!!!﹂
﹁ザシュー将軍!!お待ち下さい!﹂
ものの一分もしない内に全軍が引き上げ、そこには三人しか残らな
かった。そこに響いた一つのソプラノの声。
﹁デュール!!﹂
﹁姫さま⋮。すみませぬ⋮⋮。私は⋮ここまでの⋮ようです﹂
﹁しゃべるでない!傷が広がるであろう!﹂
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その言葉にデュールはハハッ⋮と擦れた笑いで答えた。
﹁私も戦士⋮⋮。死に際は⋮わきまえております⋮⋮⋮﹂
﹁クソッ⋮、治れ!治れ!!治れ!!!﹂
ソルクが必死に回復の術を唱える。一方のオルウェンは淡々と傷口
の辺りに手を当てる。
︱︱致命傷が数ヶ所⋮⋮。
この時既にオルウェンは彼が助からないことを悟っていた。
﹁このデュール・セグル⋮⋮。姫さまにお仕え出来たこと⋮⋮。心
より誇りに思いますぞ⋮⋮﹂
﹁なに諦めておるのだ!まだまだ私を見届ける任が残ってあろう!
!﹂
するとデュールはハハッとまた擦れた笑いを零した直後に激しく咳
き込み吐血をした。この時にまた、ソルクも助けることは無理だと
いうことを理解した。
﹁ハァ⋮ハァ⋮⋮。オルウェン殿⋮、クッ⋮⋮。姫さまをお頼み申
す⋮⋮﹂
コクリとうなずき、目を伏せるオルウェン。
﹁あぁ⋮、分かった。静かに眠ってくれ⋮⋮﹂
その言葉に満足したのかフッと笑みを浮かべ、右手を空に掲げた。
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﹁嗚呼⋮。これでようやく妻のところに逝けるな⋮⋮。天よ⋮。我
が少なき幸を彼の者たちに⋮⋮。どうか幸あれ⋮⋮⋮﹂
そして糸が切れたようにゴトリと右手が地に落ちる。この瞬間、ク
ーデターからの生存者は一人となった。
﹁⋮⋮﹂
デュールが力尽き、オルウェンは着ていた自分の黒い服を脱ぎ、デ
ュールにそっとかけた。
﹁⋮せめて、静かに弔ってやろう⋮⋮⋮﹂
﹁愚か者たちが⋮何故こんなところで皆死んだのだ⋮。私を見届け
ると約束したであろうに⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
ソルクは涙を堪えながら文句を口にした。その様子をオルウェンは
憂いの瞳で見ていた。
デュールを土に埋め、別の服を着てきたオルウェンは先程とガラリ
と態度を変え、ソルクに話し掛けた。
﹁さて、デュールも弔いましたし、私の方も態度を変えさせていた
だきます﹂
急に変わった態度に目を見開くが、直後にムッとした声で返された。
﹁切り返しが早いな﹂
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それに対し、少し寂しそうな顔でオルウェンは言った。
﹁仕事仲間が死ぬのを、何度も見ましたから。傭兵稼業からは、足
を洗ったはずなんですけどね⋮﹂
軽く苦笑いを零すオルウェン。やはりムッとした声でソルクは嫌な
質問をしてきた。
﹁ならば別に助けなければいいのではないか?﹂
﹁⋮⋮すみません。理由は今は言えません﹂
声のトーンが下がったことを感じ取ったソルクはふーんと言い、話
題を変えた。
﹁まぁよい。それでは、私を国まで護衛し、再興を手伝うのだ!﹂
ビシッと人差し指を突き付けて宣言される。それにオルウェンは肩
を竦めて答えた。
﹁それは百も承知ですが、貴女自身、もっと強くなっていただきま
す﹂
﹁何故だ?﹂
コテンと小首を傾げるソルク。それにやれやれと軽く溜め息を吐く
オルウェン。
﹁さすがに、私だけではカバーしきろないかもしれませんからね﹂
﹁うっ⋮⋮⋮﹂
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ほんの少し後退りするソルク。その様子を見てクスクス笑いながら
続ける。
﹁ま、そんな訳ですから、この国の私の知り合いに援軍を頼みに行
きましょう﹂
﹁まぁいいが⋮⋮どのくらい時間がかかるのだ?﹂
それに顎に手を当て少し考えてからあっさり言った。
﹁まぁ⋮約一週間が妥当でしょう。その後彼らと乗り物に乗りなが
らフェナルドに戻るとなったら⋮約二週間くらいですかね﹂
﹁急に再興がどうでもよくなったぞ⋮⋮﹂
﹁フフッ。頑張りましょう、姫﹂
こうしてオルウェンはソルクと旅に出ることになった。彼の運命が
目まぐるしく廻るとも知らず。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n8868cc/
全ての繋がる物語
2014年10月26日03時34分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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