美術館における指定管理者制度の導入の実態と課題に関する研究 1

美術館における指定管理者制度の導入の実態と課題に関する研究
指定管理者制度 美術館 公共施設 文化 地方自治法 効率化
正会員 ○上田 輝美*
1.研究の背景と目的
同 熊谷 昌彦**
れていた管理の業務が、指定管理者制度の導入によって、民間
近年、財政難、国立博物館の独立行政法人化、美術館離れな
企業や各種法人、NPOなどから行うことが可能となった。民
ど、日本の公立美術館を取り巻く内外の環境は激変しつつある。
間手法によって柔軟性のある施設運営が可能となり、利用時間
2003年地方自治法の改正により、指定管理者制度が創設さ
の延長など、施設運営面でのサービスが向上し利用者の利便性
れた事により、公共施設の管理について、それまで自治体が外
が向上、また、効率化による施設を所有する地方公共団体の経
部団体に管理委託していた施設や自治体が直営で運営してい
費負担減などが期待されている。
た施設を、民間団体が管理する事が可能となった。
一方、指定期間が限定されることにより、担当企業が度々代
地域の人々が日常的に利用し、社会的機能・役割を担う公共
わりサービスの安定性が継続できなくなる、優秀な人材を継続
施設の中でも、特に文化的要素の高い美術館に今回、他の公共
して確保できない、美術館の担い手がいなくなるなどの懸念や、
施設と同様指定管理者制度が導入される事は、近年美術館を取
制度への民間のコスト原理の持ち込みにより、結果として収益
り巻く現状にあって一層、美術館のあり方を再考する機となっ
向上のためコストを重視するあまり、制度の目的の一つである
たと思われる。
住民サービスは逆に後退する、本来文化という競争原理になじ
まない分野の公的事業が十分に機能しなくなる恐れなど、問題
以上の状況を踏まえ、本研究では、公立美術館を対象に、指
点も指摘されている。
【表1】
【表2】
定管理者制度の導入の実態と課題を把握し、公立美術館の今後
の機能・運営のよりよい方向性を考察する事を目的とする。
【表1】 指定管理者制度と従来制度の比較
2.調査概要
(1) 調査対象は、全国の国立・県立美術館(県立美術館に相
制度
管理委託制度
2
指定管理者制度
業務の流れ
自治体との委託契約
0
業務権限の拡大(管理だけ
による管理事務・業
0
でなく運営についても一定
務執行
3
枠で自由)
具体的な管理の事
年
施設管理運営の主要業務
務・業務。施設の管
6
「利用許可」条例の範囲で
理権限及び責任は、
月
料金設定可、使用料を指定
地方自治体が担う
地
管理者の収入と出来るなど
企業、NPO、ボランティア
グループ等の民間団体も可
当する施設を含む)、美術部門を含む国立・県立博物館である。
(2) 調査内容は、美術館の機能である展示企画、収集保存、
調査研究、教育普及および、施設運営に関する 5 つの分類に基
業務内容
づいた、美術館の事業・運営に関する問題と、指定管理者制度
の導入に関する実態についてである。
(3) 調査は、事前電話連絡で協力が得られた 61 施設に、電子
メールによるアンケートを行った。調査期間は、20006 年 12 月
行う者、団
出資法人(1/2 以上の
方
15 日~2007 年 1 月 10 日である。なお、配布数は 61 館で、回
体
出資等)公共・公的
自
団体
治
事実上無期限に同一
法
指定管理者の指定は期間を
団体と契約
改
定めて行う(法238 条の4 第
指定管理者制度とは、地方公共団体の指定を受けたものが指
正
4 項)。自治体事例では 1 年
定管理者として公共施設の管理運営業務全般にわたって行う
後
~10 年以上
ものであり、平成 15 年 9 月の地方自治法改正によってできた
⇒
収は 41 館、回収率は 67.2 %である。
指定期間の
3.指定管理者制度の概要
設定
指定管理者
制度である。この制度の目的は「多様化する住民ニーズに効果
選定委員会設置、公募
の選定
的、効率的に対応するため、公の施設の管理に民間の能力を活
用しつつ、住民サービスの向上を図るとともに、経費の節減を
【表2】基盤となる法
図ることを目的とするもの」である。 (平成 15 年 7 月総務省局
地方自治法 244 条の2 3 項
長通知)である。
普通地方公共団体は、
公の施設の目的を効果的に達成するために必要がある
と認められるときは、条例の定めるところにより、法人その他の団体であっ
この制度により、それまで自治体が設置した「公の施設」
(公
て当該普通地方公共団体が指定するもの(指定管理者)に、当該公の施設の
民館、文化施設、社会福祉施設など住民の福祉を増進する目的
管理を行わせることができる(公の施設の管理)
で設置された施設)において公共団体、半公共団体等に限定さ
The Study on Problems of Introduction Designated Manager’s System in Public Museum
UEDA Terumi, KUMAGAI Masahiko
16
4.美術館の機能、施設運営から見た問題
【表3】展示面積、職員数の各年代別変化
開館年代
1979 以前
1980
1990
2000
展示面積
(㎡)
27,100
29,760
19,840
13,610
延床面積
(㎡)
99,190
120,290
86,790
64,650
展示面
積/延床
面積
(%)
職員一
人当た
りの延
床面積
(㎡/人)
開館
数
27.3
24.7
22.9
21.1
580.1
616.9
619.9
743.1
11
13
12
5
常勤
職員
(人)
171
195
140
87
専門(学・保・美)
学芸
員
(人)
保存
修復
(人)
社会
教育
(人)
合計
(人)
事務
他
職員
(人)
83
89
70
30
0
1
1
1
0
0
5
5
83
103
76
35
88
92
64
52
専門
職員/
常勤
職員
数
(%)
ボラ
ンテ
ィア
受入
れ館
数
受入
れ館
数/開
館数
(%)
48.5
52.8
54.3
40.2
9
9
9
4
81.8
69.2
75.0
80.0
(表内の数値は各年代別の美術館の面積及び比率の平均値を示している)
(1) 展示企画
企画展示の充実度(財
政不足)
企画展示の充実度(財政不足)が 78%でもっとも高い回答と
78%
利用者ニーズ多様化
なっている。延べ床面積に対する展示面積の割合が年代を通じ
46%
37%
来館者減少
て小さくなってきている。来場者数の伸び悩み 59%、減少 37%
作品借出・貸出手間
12%
保存収集力低下(財政
不足)
財政不足による保存収集力低下(76%)という運営資金に関
する問題と、収蔵力がない(37%)
、作品の大型化(24%)と
収蔵力がない(収蔵面
積小)
いう施設的な問題が見られる。
【図-1】
作品大型化に伴う経費
スペース増大
60%
80%
【図-1】展示企画、収集保存の問題
(3) 調査研究
24%
社会教育施設的
要素の導入
24%
40%
15%
ボランティア育成
労力
37%
20%
20%
生涯教育施設と
の協働イベント
76%
0%
59%
学芸員の解雇や
配置替
5%
巡回展示
(2) 収集保存
調査研究への予
算配分削減
59%
来館者数伸び悩み
と、利用者数に関する問題が指摘された。
【図-1】
【表3】
予算の調査研究への配分の削減は、過半数の 59%が問題とし
100%
17%
0%
10% 20% 30% 40% 50% 60% 70%
【図-2】調査研究教育普及の問題
設置者の美術への理
解度
てあげている。専門家の総職員数に占める割合は 2000 年代で
22%
設立目的と時代の要
求のずれ
は低くなっている。
【表3】
【図-2】
建物設備老朽化
(4) 教育普及
建物設備の維持
費高
61%
68%
情報高速化に伴う
機能変化
24%の館が、ボランティア育成労力を、17%が社会教育施設
的要素の導入を問題点としてあげている。
【図-2】
他機能との複合。
規模分散拡大
(5) 施設
展示毎の設営と経
費
建物の維持費高、建物の老朽化がそれぞれ 68%、61%を占め、
指定管理者制度の導
入
少している。
【表3】
17%
運営の複雑化
5%
5%
運営資金の逼迫
32%
【図-3】施設の問題
開館年代が下るに従い、展示面積の延床面積に占める割合が減
15%
運営組織
17%
検討中
10%
66%
開館日時延長や制限
0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80%
建物に関する点に問題が見られた。【図-3】
20%
5%
博物館法の適用
20%
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
【図-4】運営の問題
導入済
18%
今年度、来年
度、導入予定
5%
(6)運営
運営資金の逼迫は、過半数 66%を占める。開館年代が下がる
に従い、職員一人当たりの延床面積の増加が見られる。1980 年
現在導入予定
なし
67%
代、1990 年代開館の美術館ではボランティア受入れが少なく、
反面、専門家の比率が他の年代に比べ高くなっている。
【図-5】指定管理者制度導入の実施状況
【図-4】【表3,】
5.指定管理者制度の導入の実施について
以上、問題点として、運営資金に関するもの、利用者のニー
(1) 実施状況
ズに関するものが多くあげられている。
導入済みは17%であり、今年度、来年度導入予定(5%)
を含めると、22%に達する。一方、現在導入予定がないところ
は、7 割近くになっている。
【図-5】
17
100%
16%
90%
80%
26%
70%
47%
60%
3%
11%
13%
16%
5%
5%
11%
3%
13%
13%
3%
10%
29%
59%
51%
15%
33%
58%
42%
3%
11%
31%
42%
50%
50%
53%
66%
36%
58%
53%
33%
26%
40%
39%
24%
30%
21%
26%
61%
18%
20%
10%
21%
13%
11%
24%
6%
29%
8%
5%
非常に考えられる
考えられる
どちらでもない
やや考えられる
考えられない
15%
設 置 目 的 や 事 業 内 容 、運 営 方
法 を見 直 す機 会
設 置 者 の文 化 政 策 と の整 合 性
の深 ま り
管 理 業 務 に関 す る 公 民 の役 割
分 担 の曖 昧 性
前 管 理 委 託 団 体 と の雇 用 問 題
の発 生
8%
31%
3%
22%
地 域 内 で の受 け 皿 と な る 民 間
企 業 等 の増 加
3%
16%
利 潤 の県 外 への流 出
0%
32%
18%
16%
利 潤 の地 域 への還 元
8%
44%
16%
16%
外 部 資 金 獲 得 等 新 た な財 源 確
保 の必 要 性
18%
3%
8%
指 定 管 理 者 導 入 前 に比 べ経 営
安 定 と増 益
3%
14%
8%
施 設 運 営 全 般 への経 費 の縮 減
3%
経 営 の効 率 化 の向 上
8%
指 定 期 間 の限 定 で長 期 的 展 望
が望 め な い
3%
11%
経 費 削 減 に よ る サ ー ビ ス低 下
運 営 の自 由 度 向 上 に よ る ニー
ズ への対 応
3%
採 算 に の り 難 い先 駆 的 ・普 及
事 業 の実 施
集 客 性 ・商 業 性 の高 い事 業 の
実施
0%
23%
3%
【図-6】指定管理者制度導入による施設運営などへの影響
(2) 導入による運営面などへの影響
集客性の高い事業展開や運営面の自由度向上によって、利用者
【図-6】は、導入により運営面などへ考えられる影響につい
ニーズへの対応の可能性が示されている。【図-7】
て、全館を対象に得られた回答結果である。考えられる影響と
しては、特に、設置目的と事業の見直し、効率化の項目に見ら
0.9
れる。
0.7
83%
0.8
0.6
運営面への影響としては、設置目的や事業内容、運営方式を
0.5
見直す機会(非常に考えられる 15%、考えられる 36%)と、
0.4
0.3
設置者の文化政策との整合性の深まりはどちらでもない
17%
0.2
(58%)
、公民の役割分担の曖昧性(非常に考えられる 10%、
0.1
0
考えられる 33%、どちらでもない 44%)の回答結果を得た。
美術館の運営資金については、経営の効率化の向上(非常に
0%
自治体からの運 自治体からの運
営資金のみ
営資金と寄付金・
寄付金のみ
【図-7】美術館の運営資金
考えられる 16%、考えられる 59%)
、施設運営全般への経費の
縮減(非常に考えられる 23%、考えられる 51%)
、新たな財源
0.0%
確保の必要性(非常に考えられる 11%、考えられる 42%)であ
貴重性ある企画展示
有名美術品の購入
独自テーマによる作品
り、制度導入前に比べ経営安定と増益はどちらでもないとする
回答は 66%であった。
無料開放デー・イベント
模写等の販売
市民ボランティアの活用
事業面への影響としては、集客性・商業性の高い事業の実施
20.0% 40.0% 60.0% 80.0% 100.0%
68.3%
19.5%
63.4%
61.0%
14.6%
75.6%
63.4%
他美術館との共同企画
他種企業・団体とのコラボ
コンサート
(考えられる 16%、やや考えられる 47%)
、運営の自由度向上
によるニーズへの対応(考えられる 3%、やや考えられる 50%)
46.3%
61.0%
68.3%
学術研究の奨励
である。その一方で「経費削減によるサービス低下」
(考えら
ボランティア育成・受入
市民と学芸員との協働企画
れる 13%、やや考えられる 29%)また、
「採算にのり難い先駆
地域景観等、施策への提言
的・普及事業の実施」
(考えられない 61%)という、動員数の
図書出版・講演会
映画上映会・講座等の導入
63.4%
31.7%
19.5%
90.2%
広報活動
望めない事業は行われにくい状況を示している。また、指定期
65.9%
53.7%
58.5%
出前美術館
夜間営業
レストラン等複合的要素導入
間の限定で長期的展望が見込めない(非常に考えられる 42%、
館内スペースの無料開放
非日常的空間演出
運営資金の調達
利用者意見の反映システム
考えられる 26%)とあり、運営側からの美術館の方向づけが難
しい状況にあることが考えられる。
【図-6】
29.3%
58.5%
31 .7%
36.6%
51.2%
92.7%
46.3%
運営関係の講習会参加
隣接文化施設との相互交流
ポイント・会員等特典の充実
以上、運営面では、設置目的の見直しによって公立美術館の
オリジナルグッズの販売
自己評価システム導入
美術評論家による評価の導入
存在の共通認識の必要な段階にあること、また、自治体からの
運営資金のみで運営する館(83%)の、緊迫財政にある自治体
下の不安定な状況を示していることが推察される。事業面では
68.3%
48.8%
53.7%
61.0%
22.0%
【図-8】美術館の事業実態と今後の傾向
18
6.美術館の事業実態と今後の方向
指定管理者制度の導入によって、集客性やニーズへの対応が
い、検討中である館は、8割近くに及ぶ。
必要であるという認識から、今後の方向性を把握する。
【図-8】
(4) 施設運営から見た問題としては、導入済みの館に制度導
(1) 展示企画・収集保存
入が問題点との指摘が見られないこと、多くの館が利用者数の
貴重性ある企画展示(68.3%)や独自テーマによる作品
減少、運営資金の逼迫を問題点としてあげていることなどから、
(63.4%)という、展示内容に特徴を持たせることによって、
美術館の運営は、制度の導入そのものよりも、むしろ、その財
多様化する利用者のニーズに応えようとしている。市民ボラン
源確保や利用者の要求の変化や多様化への対応のあり方が関
ティアの活用(75.6%)
、他美術館との共同企画(63.4%)や他
係していると推察される。
種企業・団体とのコラボ(46.3%)、他美術館との共同企画
(63.4%)では、美術館の機能が地域や相互連携へ向いている
(5) 指定管理者制度導入により考えられる影響としては、効
ことを示していると考えられる。
率化や経費削減、財政確保の必要性など、運営面への影響が多
(2) 調査研究
くあげられている。また、自由度によるニーズへの対応の向上
や、集客性の高い事業の実施があげられていた。
学術研究を奨励(68.3%)し利用者のニーズへ対応している。
ボランティアの受け入れ・育成は 63%にのぼり、地域への貢献、
社会教育的要素を取り入れようとしていること、美術館が鑑賞
(6) 美術館の事業としては、独自テーマや貴重性ある展示へ
の場だけでなく、利用者参加型になってきていることが推察さ
の取り組みが見られた。また、広報活動や利用者意見を反映す
れる。
る仕組みへの取り組みが見られた。
(3) 施設運営
利用者意見の反映システムの取り入れは 92.7%の館から回答
(7) 以上、本研究では、公立美術館の実態を把握し、その問
を得た。隣接文化施設との相互交流は 68.3%にのぼり、利用者
題点を示した。その中でも、特に、利用者のニーズへの対応を
のニーズを把握し、地域とのかかわり方に取り組んでいること
重視していることを明らかにした。このことから、今後の課題
が見受けられた。
としては、多様化する利用者のニーズの的確な把握を行うこと
によって、公立美術館の機能・運営のよりよい方向性を求める
べきことを示唆していると考えられる。
今後の方向性としては、相互連携により展示の充実度を図り、
地域社会とのかかわりの中で利用者のニーズの把握を行い、多
様化する要求や機能に対応し、集客性を高めていく方向にある
と考えられる。
なお、本研究にあたって、全国の国立(独立行政法人)美術
館長、県立美術館長、県立同等美術館長ならびに関係各位にご
7.まとめ
協力いただきました。ここに、深謝の意を表します。また、作
成にあたっては、島根県立美術館(株)SPS 古家敏彦様に
(1) 指定管理者制度は2003 年の地方自治法の改正によってで
多大なご助言をいただきました。ここに記して、厚くお礼申し
きた制度であり、多様化する住民ニーズに効果的、効率的に対
上げます。
応するため、公の施設の管理に民間の能力を活用しつつ、住民
サービスの向上を図るとともに、経費の節減を図ることを目的
とするものである。
参考文献
(2) 美術館の現状の問題点としては、企画展示、収集保存面
では、来場者数の伸び悩み、財政不足による展示収集保存への
・指定管理者制度~文化的公共性を支えるのは誰か~
問題があげられた。施設運営面では、運営資金の不足による問
編著:小林真理 出版社:時事通信社
題の指摘が、多くの館に見られた。
・アーツマネジメント概論
(3) 指定管理者制度の導入状況は、導入済み、今年度、来年
・総務省 http://www.soumu.go.jp/
著者:伊藤 裕夫 他 出版社:水曜社
度導入予定を含めると全体の 2 割である。一方、導入予定がな
*米子工業高等専門学校 専攻科
Advance Cource of Architecture , Yonago National College of Technology.
**米子工業高等専門学校 教授・工博
Prof., Dept. of Architecture , Yonago National College of Technology, Dr. Eng.
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