経営FOCUS ものづくりと人材育成 ―西尾精密株式会社のものづくりと人作り― 名古屋大学 石 川 孝 司 西尾精密株式会社(静岡県浜松市北区)は、 「元気なモノ作り中小企業 300 社」に選ばれ、 「ものづくり日本大賞」、 「中小企業庁長官奨励賞」など多くの賞を受賞し革命的な部品を製造して成長を続けるユニークな中小企業である。 2007 年 12 月 7 日に日本塑性加工学会東海支部見学会が西尾精密株式会社で開催された。そのときの西尾眞之社長 の講演から西尾精密株式会社のものづくりと人作りを紹介する。 1.はじめに に物事を考えること のできる人間づくり。9)うま く金型を設計するには、経験とカンが必要。不可能だ 西尾社長は、「多くの中小企業は、高度成長期、大 と思われるものに立ち向かっていく意気込み、そして 手企業からの大量の受注を受けるため、作業の分業化、 なによりモノ作りを楽しむ心が大切。10)生産現場に 大量生産向けの作業化を図った。それにより、自社で おいては、各自が自分の仕事を把握して仕事に取り組 全てをまかなう能力がなくなり、現在のような多品種 む。11)失敗も財産。失敗の蓄積により今までにない 少量生産体制、短命な商品のライフサイクルについて 形状の部品に対応することができる。 いけず、厳しい経営状況を余儀なくされている。大手 企業が自社利益のみに走り、中小企業は、ただ大手企 2.製品例 業の支持どおりの製品を作るだけの「下請け」に走っ 写真 1 に製品例を示す。現在は、約 400 種類の 800 たため、投資・技術伝授・開発もできないような今の 万の品物を製造しているとのこと。ヘッダーとホー 状態に陥った。」と中小企業の弱さを指摘する。中小 企業は大手企業の下請けだけをしている時代を終わら せ、独自のノウハウ・製品などを持った企業に変貌し ないといけない。競争力を維持するためには、人を育 てて技術を磨くことだと主張する。 西尾精密の創立は、昭和 45 年、現在 3,000 万円の資 本金で、従業員は 60 名と年々増えている。主要製品は、 自動車部品、オートマ用部品、建築用の部品など冷間 圧造加工(ホーマーとヘッダー)による鍛造製品であ る。年間売上げ約 10 億円、経常利益は 8 千万円である。 他ではできないことをやる開発型企業として成長して いる。 企業理念は、1)他社でやっている仕事はしない。2) 限りある資源をいかに無駄なく大切に使うか。3)環 境負荷をいかに少なくできるか。4)いかにして工程 短縮を図れるか(考える力を持つこと)。5)技術力に 対する先行投資をする。6)もの作り、人作りを楽しむ。 7)なぜ?なぜ?なぜ?の心。8)1 つの事柄だけでは なく、幅広くあれはどうか、これはどうかと 自発的 34|素形材 2008 .5 写真 1 製品例 経営 FOCUS マーによる冷間圧造製品が主体である。金型は自社製 あり、その場で作ってみて現物を目の前にして考える。 作することに特徴があり、そのメリットは大きいこと やってみないと分からない。4)自社内で作っている を社長は次のように述べている。「金型屋さんに頼む 人間は、自分のノウハウ、経験は全ての頭の中に入る。 と、10 万個っていうと 10 万個で壊れるんです。だい 5)機械を動かす人間が自分で金型を製作する。金型 たい 10 万個で。だけど、自社内でやっていると、い の使い方が身に付き、金型を長持ちさせることができ ろいろな作り方を変える。材質を変えるだとか、コー る。6)機械を動かす人が、金型の磨きも担当する。7) ティングを変えるだとか、磨き方を変えるだとか。自 一連の作業で金型に関わることが、作り方・材質など 分で段取りつけて機械回している人間本人が、その壊 の改良へとつながり、金型寿命を延ばすための助けと れた原因が一体何だったのか考える。そうすると、10 なる。8)金型屋に外注していると、金型屋次第で自 万個が 20 万個、20 万個が 30 万個、どんどん、どんど 社の生産に変動が出てくるし、時間もお金もかかる。9) ん金型が良くなる。それが金型の社内でやる一番のメ 金型屋へ外注の場合、仕上がりまでに急いでも 3 日∼ リット。そういった方向で今、日本の中でいろいろな 1 週間かかってしまうが、自社製作できれば 2 ∼ 3 時間、 会社に広めようとしているのは、自社内でやりなよと。 特殊な場合でも 1 日で仕上げる事ができる。10)金型 一人一人が楽しみながらやれるような、安心してでき 屋に任せておくと、金型仕上がりを待つ間、機械を遊 て、日本の若い子同士が連携をとりあって、日本の将 ばせておくわけにはいかないので、材料を下ろし、金 来をどうするかという事を考える、それは国で考えな 型をはずす。金型が出来上がってきたらまた取り付け きゃいかんし、僕らがやってあげないといかん。そう る、これを繰り返す。それに対して自社製作すると金 いった意味で、今、金型を他の会社にも教えながらやっ 型をつけたままで開発を進める事ができるので、機械 ています。」 を止める時間が少なくてすむ。11)今は金型屋自体も まとめると、自社で金型を設計・製造することによ 機械化、流れ作業化しているので、技術は衰えてきて り、1)大幅なコスト削減、リードタイム短縮が可能。2) いる。金型を外注しても希望するよい金型ができてく 多品種少量生産、短納期に対応可能。3)自社で金型 るとは限らない。 を作れる能力を持つことは、工程立案作業が省け、い 図 1 ∼図 3 に製品の工程の例を示す。塑性加工は、 きなり金型の試作を作ることができ、実際に現物を見 切削屑が出ないため材料歩留まりがよく、環境に優し ながら次の工程を導き出すことができる。どの工程で い技術と力説する。図 2 は、ドアクローザーのギアで、 対象物をどの形状にするかは、技術者の経験とカンで 鍛造 2 工程、3 工程に工夫がある。図 3 は、オートバ 図 1 フォーマーによる加工工程 35 ・どんな企業や技術者でも、自分の 持つノウハウを外には出したくな いという思いがあり、しまいこん でしまう。それでは技術は受け継 がれない。 ・技術者を育てるためには、数字化 したものを教えるだけでなく、時 間をかけながら、実際に製品作り を実施させ、かつ、科学的なデー タによる経験をもたせることが 大切。 ・こ れ か ら の 若 い 人 た ち に も っ と オープンに情報提供していかなく てはいけない。 図 2 鍛造とフォーマーによる工程の製品例 ・今現在、高校でも昔の鍛冶屋のよ うに、コークスで火を焚き 鉄を赤 らめて、たたいてモノを作るとい う授業があるが、この授業が役に 立つ。 ・昔から日本には文化としての技術 の伝統があるが、その伝授がしっ かりされていないために、現在 の経済を支えてきれなくなって いる。 ・国をあげての人材育成をしなけれ ばいけない。技術を集積し、共同 で日本の産業の進展を図っていく 必要がある。 図 3 鍛造とヘッダーによる工程の製品例 イのブレーキ部品で、従来はワッシャーにロウ付けを 4.まとめ していたが、そのワッシャー部がとれてしまって事故 「日本のものづくりの競争力維持のため、技術の伝 が起きた。鍛造で一体部品とすることで事故がゼロと 承をどうするか、人をどういった形で育てるか、といっ なった。日本のオートバイ全部にこれが入っているそ た問題に対して、自社だけじゃなくて、他の人たちに うである。 も教育、支援をすることで、日本全体がレベルアップ 3.技術の伝承についての考え してくれればよい。」と言って、「ものづくり学校」を 設立する西尾社長の今後の活動を注目していきたい。 西尾社長は人材育成に対して強い考えを持ってお り、浜松市内に「ものづくり学校(仮称)」を創設し、 参考文献 自社技術を公開して数億円かけて技術者を育成する計 1 )西尾精密株式会社説明パンフレット 画が進められている。社長の技術伝承の考え方は以下 2 )日本塑性加工学会東海支部見学会資料(2007年12 月 7 日) のようである。 36|素形材 2008 .5 3 )西尾真之:塑性と加工,48 - 550(2006)1069 -1073.
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