Sort 90 関連情報 性判別精液を用いた人工授精技術① 〜小岩井農牧(株)小岩井農場とながさき県酪農業協同組合の事例〜 技術・情報部 次長 濱野晴三 本誌第122号で「性判別精液を用いた人工授精技術」について解説記事を掲載いたしましたが、今号からは調 査に出向いた箇所ごとに、授精技術者の方々と交わした話を掲載いたします。 第1回目には、岩手県の小岩井農牧(株)小岩井農場と長崎県のながさき県酪農業協同組合の2箇所でお聞きし た内容です。 経営形態は異なりますが、性判別精液を後継牛確保のためのツールとして利用される方向性と、経産牛の飼養 管理については、同じような見解が述べられました。一方、授精技術は、異なる点もあれば同じ手法が採られて いる点もあることが判ります。また、経産牛の飼養管理については、同じような見解が述べられています。 1 小岩井農牧株式会社小岩井農場 性判別精液販売以前の2001 〜 2005年に、全国で実 を対象に授精をしており、雌牛の産歴(未経産牛: 施した性判別精液の人工授精による受胎調査試験に 経産牛)はおおむね1:1。 協力をいただいた後、2007年の販売当初から性判別 小岩井農場独自の繁殖のプログラムがあり、未経 精液を利用されています。平成20年度に利用された 産牛には2 〜 3回受精卵移植を行い、受胎しなかっ 性判別精液の本数は、およそ100本(この中には、輸 た場合に性判別精液を授精、それでも受胎しなかっ 入精液も含まれています)とお聞きしました。 た場合には交雑種生産のために黒毛和種精液を授精 している。 Q 性判別精液を利用されての‘感触’について A 小岩井農場では、年間700 〜 800頭の子牛を生産 している。そのうち、200 〜 220頭は未経産牛から Q 人工授精技術について A 授精業務は、農場職員でもある家畜人工授精師 生まれており、残り500頭前後は経産牛から生産し 1名が担当して行っている。 ている。 授精はAM-PM法を採用しており、朝に発情を発 このような運営の中で、性判別精液は確実に後 見したら夕方の授精。夕方発情を発見したら、翌朝 継牛を確保するために利用すべきと考えている。 に授精を行う。 性判別精液を未経産牛に授精した場合、通常の凍 授精を行うに際し、発情徴候(粘液)、子宮の収縮、 結精液とほぼ同じ受胎率であったが、経産牛では 卵胞サイズなどを総合して判断している。ただ、授 低い結果となったので、経産牛を如何に受胎させ 精は1発情−精液1本の原則は守っている。 るかにポイントを置いて利用している。 注入部位は、これまでいろいろと試してみた結 性判別精液とは、本来経産牛に使うべきツール 果、子宮体への注入では受胎率が低かったことか と考えている。 ら、深部注入(子宮角)としている。子宮角に注 Q 現 在、性判別精液はどのように利用されて いますか 性判別精液は、小岩井農場に繋養している雌牛 A 18 − LIAJ News No.123 − 入した際、精液を吸い込むような感触があった場 合、ほぼ間違いなく受胎する。受胎率が低い雌には、 その様な感触がない。 子宮体から子宮角へ導いた際、子宮角の入り口 対象の雌の能力はおおむね見当がつく。雌個体に が緩い(締まりがない)場合には、さらに深部へ より差はあるけれども、繁殖に関しては牛の管理 と注入器を誘導している。 が最も重要と考えている。今の牛は昔の牛とは違っ 深部注入なので、授精には移植に使うキャップ ており、とくに飼養関係が重要だと思う。 付きシース管カバーを必ず装着している。 改良により遺伝能力が高まった反面、飼い方が 追いついていない。乾物摂取量の大切さを損ねる Q 子牛生産の状況はいかがですか? A 字面通り100%雌という結果ではなく雄も生まれ と、牛は身を削って泌乳するので、その後の繁殖 率が明らかに低下する。この点を重要視しなけれ ているが、子牛の性比は90%以上が雌であった。 ばならない。 難産が全くなかったわけではなく、種雄牛の選 繁殖は、それに係わる観察力がとても大切であ 定によっては少々子牛が大きくなる傾向は否めな り、授精担当者との連携が密であれば受胎率は高 い。したがって、種雄牛を選択する際に分娩難易 まると考えている。逆に、能力が低いと考えられ 度を考慮する必要はあると感じている。 る雌は、受精卵移植におけるレシピエントに使う 産まれた雌子牛は販売対象とせずに、全頭保留 など、工夫が必要になる。 している。 とくに、経産牛を授精の対象とする場合、分娩後 の体調観察、とくに発情観察がとても大切である。 Q 繁殖に対する勘どころについて A 平成20年度に100本の性判別精液を未経産牛と経 産牛それぞれ50頭ずつに人工授精してみたところ、 Q 今後の方向について A 酪農で収益を上げていくには、乳量と子宮の利 未経産牛の受胎率は50 〜 60%、経産牛では20%程 用しかない。 度であった。とくに、種雄牛によっても受胎性に したがって、経産牛の繁殖成績が経営の核となる 差が見受けられた。この成績は、授精試験と位置 のは必然的な話しであり、遺伝的能力の上位30 〜 付けて行った結果ではなく、通常の授精業務の一 40%の子孫は残していきたい。そのために、選別精 環として試してみた結果である。 液は今後も利用していくし、利用すべき素材である 初産能力がわかる時代になっていることから、 と考えている。 2 ながさき県酪農業協同組合 訪問した地域は、未経産牛に対しては難産防止を の授精はほとんど行わず、経産牛を中心とした授 図る目的で黒毛和種精液を授精して、交雑種の生産 精を展開してきた。しかし、経産牛への授精は受 が行われています。このような背景から、性判別精 胎率が低いという問題点も抱えており、徐々に授 液は経産牛を中心に授精が行われてきました。しか 精対象を未経産牛へと拡大してきている。 し、利用開始からの経過を踏まえ、受胎率を少しで 雄子牛が多く生まれる農家では、性判別精液を も向上させることを考え、最近では未経産牛へも授 使う傾向が非常に強く、雌子牛が産まれた実績が 精対象を拡げています。 得られるとリピーターとなっている。その後は、 Q 性判別精液を利用されての‘感触’について A 性判別精液は、後継牛確保の目的で、販売開始 計画的な後継牛確保に性判別性精液を活用すると 共に、他の腹では交雑種生産や受精卵移植による 黒毛和種生産など付加価値の高い子牛生産が計画 当初から利用している。 的に行われる。 現在でも北海道からの育成牛導入事業が継続的 これまで性判別精液の授精を行っていなかった に行われているが、導入経費を考えると自家育成 生産者も、他の農家で実績が得られてくると利用 で雌牛を作るほうが安価である。 し始める動きがあり、授精頭数は徐々に増加して 利用開始当初は、難産防止のために未経産牛へ いる。 19 性判別精液の利用に対し、県や組合からの助成 着して行っている。 は無い。何らかの助成があれば、使い勝手がより 良くなることは間違いないので望んでいる。 Q 子牛生産の状況はいかがですか? A およそ90%以上が雌であり、難産が発生したとい これまでの受胎率は、未経産牛でおおむね40%、 経産牛では30%(90日ノンリターンで判定)。 う報告はこれまでのところ聞いていない。 未経産牛に授精した場合、難産が発生すると母牛 Q 現 在、性判別精液はどのように利用されて いますか A 授精対象は、すべて管轄地域内の酪農家の繋養牛 を対象としており、未経産牛:経産比率はおおむね も助けられないと考え授精を控えていたが、これま での実績で未経産にも授精を開始した。 産まれた雌子牛は全頭保留しており、販売のため の子牛生産という考え方はない。 1:1で行っている。 Q 人工授精技術について A 授精業務は、組合所属の家畜人工授精師2名が担 Q 繁殖に対する勘どころ A 受胎成績におよぼす農家毎の差は、あると言える。 搾乳量の多い農家では、受胎しにくい傾向は否めな 当している。管轄内を2つのエリアに分け、それぞ いが、泌乳に餌が追いついていないということを実 れ担当者が授精を行っている。休暇等で不在の場合 感する。 には、互いに補完しあう体制をとっているが、定期 生産者の発情の見立てが早くなっているとも感 的にエリアの交換はしておらず、もっぱら専属的に じるが、電話で発情状況を確認すればおおよその状 農家を担当している。 況は理解できる。専属的に巡回する農家が固定さ 生産者から電話で発情の稟告を受けた際、現在の れていることから、生産農家それぞれのクセが判っ 発情状況を細かく確認して授精時期を判断している。 ている。 授精は卵胞の大きさを判断基準としているが、排 経産牛の鈍性発情に対しては、イージーブリード 卵直前の大卵胞という表現では何時頃排卵するの とPG併用による定時人工授精を行っているが、受 かと明言することはできない。大卵胞といっても 胎率は良くて50%。この際、発情の状況は無視して 色々な形態があるので、卵胞膜の貼り加減で判断す 定時に注入をしている。しかし、この方法を総ての る、という表現が適切かも知れない。 牛に使うのではなく、あくまでも鈍性発情の雌に対 授精時期の判断と授精の実施は、基本的に授精 してのみ。 師に一任されているので、直腸検査を行ってから その成否を判断している。これまでの経験から、 Q 今後の方向について A 能力の判明している母牛から娘牛を生産すること 感覚的には早目の授精より遅目の授精のほうが受 胎成績は高い。 を踏まえ、性判別精液の利用本数は増加傾向にある 性判別精液は子宮角に注入しており、受精卵移 と考えている。 植と感覚的には同じであり、シース管カバーを装 20 − LIAJ News No.123 −
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