低折り返し雑音で所望周波数特性を実現するフィルタバンク - TOPIC

計測自動制御学会東北支部 第 215 回研究集会 (2004.5.27)
資料番号 215-7
低折り返し 雑音で所望周波数特性を実現するフィルタバンク
Design of a filter bank with desired frequency response
and low aliasing noise
○高沢剛史 ∗ ,阿部正英 ∗ ,川又政征 ∗
○ Takashi Takazawa∗ , Masahide Abe∗ , Masayuki Kawamata∗
*東北大学大学院工学研究科
*Graduate School of Engineering, Tohoku University
キーワード : フィルタバン ク (filter bank),折り返し 雑音 (aliasing noise),所望周波数特性 (desired frequency
response),THD (total harmonic distortion),非最大間引き (oversample)
連絡先 : 〒 980-8579 仙台市青葉区荒巻字青葉 05 東北大学大学院 工学研究科 電子工学専攻 川又研究室
高沢剛史,Tel.: (022)217-7095,Fax.: (022)263-9169,E-mail: [email protected]
1.
はじめに
の差を大きくし ても折り返し 雑音が 発生しにくい
フィルタバンクを提案する.そして,設計したフィ
これ まで,周波数領域をいくつかの帯域に分割
し ,帯域毎の振幅を変化させることができるデ ィ
ジタルフィルタについて研究されている.このよ
うな所望周波数特性を得られ るフィルタを用いて
周波数振幅特性を変化させ,話者の明瞭度を改善
するフィルタが 研究されている 1, 2) .周波数振幅
特性を変化させるフィルタでは1つの周波数帯域
ルタバンクについて周波数振幅特性と THD (Total
Harmonic Distortion) を測定し ,測定結果から 提
案するフィルタバン クが 低折り返し 雑音で所望周
波数特性を実現するのに有効なフィルタであるこ
とを示す.また,計算量の上限が 従来のフィルタ
バン クを 用いた方法の 4/3 倍に 抑えられ ることを
示す.
に対し て1つのパラ メータを変化させるだけで周
波数振幅特性を変えられ る特性を持つフィルタが
望まし い.しかし ,これ まで研究されてきた所望
2.
するフィルタ
周波数特性を実現するフィルタは ,固定小数点演
算のディジタルシグナルプ ロセッサ (Digital Signal
Processor: DSP) では 高精度に 信号を処理できな
従来の所望周波数特性を実現
従来の所望周波数特性を実現するフィルタの構
造と利点,問題点について述べる.
いという問題や,隣り合うサブ バンド 間のゲ イン
の差を大きくすると折り返し 雑音が 発生するとい
う問題があった.本稿では,サブバンド 間のゲ イン
–1–
2.1
周波数サンプ リングフィルタ
分割は聴覚特性に良く合う.また,FIRフィルタの
周波数サンプ リング 法で求められた インパルス
応答の伝達関数を変形すると ,くし 形 FIR フィル
タ部と IIRフィルタ部に分割できる 3, 4) .この FIR
組合せによる構成も可能であり 5) ,係数感度の高
い IIR フィルタを使用し なくても良い.このため,
固定小数点 DSPを用いて精度良く実装できる.
一般にフィルタバン クは分割数が 多いほど 設計
フィルタと IIRフィルタに分割する構成で実装した
フィルタを周波数サンプ リングフィルタ (Frequency
Sampling Filter: FSF) と呼ぶ.FSFは くし 形フィ
ルタの反共振周波数と IIRフィルタの共振周波数を
組合せて平坦な周波数振幅特性を実現する.固定
小数点演算で急峻な共振周波数を持つ IIRフィルタ
を実装する場合,係数量子化誤差と演算精度の問
の自由度が増大し ,設計が困難になる.しかし ,木
構造フィルタバン クは 分割数の少ないフィルタバ
ン クを 縦続に することに より多分割化し ている.
この構造を採用することにより多分割フィルタバ
ン クの設計の自由度を 減少させることができる.
よって多分割フィルタバン クの設計が容易となる.
木構造フィルタバン クは ,人間の聴覚特性を考
題で共振周波数を設計通りの周波数にすることは
困難である.そのため,FSFを固定小数点 DSPに
実装し た場合,共振周波数と反共振周波数が 完全
慮し た信号処理を行う場合に有効な対数的分割の
特性や,設計の容易さなど 望まし い特性を備える.
しかし ,木構造最大間引きフィルタバン クを用い
に一致せず,周波数振幅特性に歪みが 生じ る.
また,FSFにおける周波数分割は人間の聴覚の
周波数選択性に合った分割ではない.これは,FSF
が 周波数帯域を等分割するからである.一方,人
間の聴覚は低域ほど 周波数選択性が 良いことが 知
られている.そのため,この特性に合わせるため
には低域ほど 分割数が 多くなる構造が 望まし い.
ると,隣り合うサブ バンド のゲ インに差がある場
合,折り返し 雑音が 発生する.これは ,最大間引
きフィルタバン クの構造がダ ウンサンプルに伴う
折り返し 雑音を隣り合うサブバンド の信号で互い
に打ち消し 合う構造になっているためである.こ
のため,隣り合うサブ バンド のゲ インが 変化する
と 折り返し 雑音を 互いに 打ち消し 合えな くなり,
2.2
出力に折り返し 雑音の成分が 残留する.この折り
木構造最大間引きフィルタバンク
返し 雑音が出力される原因について 3.1で詳し く述
フィルタバン クは各種フィルタとサンプ リング
べる.
レート変換器を組合せ,周波数帯域毎に信号処理を
するフィルタである.最大間引き (maximally dec-
2.3
DFT (FFT), DCTフィルタバンク
imated) フィルタバン クは ,それぞれ のサブ バン
DFT フィル タバン クや DCT フィル タバン クは ,
ド を Sk でダ ウンサンプ リングし たとすると,
k
1
Sk
時間領域の信号を一度周波数領域へ変換し ,周波
=1
数領域で処理を行った後,再び時間領域の信号へ再
変換するフィルタである.DCTフィルタは,複素数
を満たすフィルタバンクである.木構造 (tree struc-
tured) フィルタバン クは 2 分割や 3 分割など の分割
数の少ないフィルタバン クを縦続に接続し ,分割
数を多くするフィルタバン クである.
演算が 必要となる DFTフィルタバン クに対し ,同
様の演算を実数演算だけで行えるように工夫し た
フィルタである.DCTフィルタバン クと DFTフィ
ルタバン クはど ちらも等分割最大間引きフィルタ
木構造のフィルタバン クは 離散ウェーブレット
バン クである.
変換に対応し ,周波数を対数的に分割する.この
–2–
構成 (Perfect Reconstruction: PR) フィルタバンク
x(n)
input
H0
H1
2
2
2
2
F0
F1
とは ,出力信号 x
ˆ(n)が 入力信号 x(n)の遅延だけで
x(n)
output
構成されるフィルタバン クである.式 (1) および 式
(2)に 2 分割フィルタバン クが 完全再構成となる条
Fig. 1 2 分割フィルタバン クの構成
件式を示す.
DCT フィル タバン クと DFT フィル タバン クは ,
まず低域フィルタを設計し ,設計された低域フィ
F0 (z)H0 (z) + F1 (z)H1 (z)
=
2z −l
(1)
F0 (z)H0 (−z) + F1 (z)H1 (−z)
=
0
(2)
ルタを変調することで各帯域のフィルタとする変
調フィルタバンクである 5) .このため,多分割フィ
ルタバン クの設計が 容易である.
ここで ,H0 ,H1 ,F0 ,F1 はそれぞれ
H0 : 低域通過特性を持つ分割 (analysis) フィルタ
しかし ,DCTフィルタバン クも DFTフィルタバ
ン クも周波数領域を 等分割するフィル タであ る.
H1 : 高域通過特性を持つ分割 (analysis) フィルタ
そのため,人間の聴覚特性と合わない.また,最
F0 : 低域通過特性を持つ合成 (synthesis) フィルタ
大間引きフィルタバン クであるため,サブ バンド
F1 : 高域通過特性を持つ合成 (synthesis) フィルタ
のゲ インを変化させると折り返し 雑音が発生する.
さらに,ブ ロック単位でフィルタリング するため,
前後のブロックのゲ インを変化させた場合,ブロッ
クとブ ロックの境界で歪みが 発生する.
である.式 (1)は無歪み条件 (no distortion) と呼ば
れ ,周波数振幅特性と周波数位相特性を平坦とす
るための条件である.式 (2)はエイリアス除去条件
(alias cancellation) と 呼ば れ ,各サブ バンド で 発
生し たエ イリアスを打ち消し 合うための条件であ
3.
低折り返し 雑音で 所望周波数
ˆ
る.式 (1) および 式 (2)は出力 x
ˆ(n) の伝達関数 X(z)
特性を実現するフィルタバンク
を求める次式から導かれ る.
1
ˆ
X(z)
= F0 (z)H0 (z) + F1 (z)H1 (z) X(z)
2
1
+ F0 (z)H0 (−z) + F1 (z)H1 (−z) X(−z)
2
サブ バンド のゲ インを変化させても折り返し 雑
音が発生しにくいフィルタバンク構造を提案する.
まず,3.1で最大間引きフィルタバン クで折り返し
(3)
雑音が発生する原因を説明する.次に 3.2で折り返
式(3)は,X(z)の項と X(−z)の項からなる.X(z)の
し 雑音を 低減する提案法に ついて 原理を 説明し ,
項の係数が 遅延だけとなれば 出力信号は周波数振
3.3で 具体的な設計法について述べる.さらに 3.4
幅特性で歪みがなくなる.式(1)がこの条件となる.
で多ステージによる多分割化について述べる.最
また ,折り返し の成分である X(−z) の項が 0 とな
後に 3.5で提案法における計算量について検討する.
れば 折り返し の成分は出力信号に含まれない.式
(2)がこの条件である.式 (1)と式 (2)を満たすフィ
3.1
最大間引きフィルタバンクで折り返
し 雑音が 発生する原因
ルタはいくつか考案され ,それぞれについて研究
されてきた.Daubechies ウェーブレットで 使われ
る PR-QMF (PR Quadrature Mirror Filter) は
サブ バンド のゲ インを変化させると折り返し 雑
F0 (z) = H1 (−z) , F1 (z) = −H0 (−z)
音が発生する理由を Fig. 1に示す完全再構成 2 分割
フィルタバン クを用いて詳し く説明する.完全再
の組合せを用いて設計され る.
–3–
(4)
1
LPF
1
1/2
Frequency
1
2
HPF
1/2
Frequency
processing
Amplitude
Amplitude
Nyquist freq.
Crossover freq.
2
LPF
1
Fig. 3 低折り返し 雑音の 2 分割フィルタバン ク
Fig. 2 低折り返し 雑音フィルタバン クの原理
構造
(2)は,サブバンド に分割された信号に対して何ら
処理をしないことを前提にしている.そのため,何
LPF
2
BPF
3
HPF
2
らかの処理をすると折り返し 雑音は 0とならない.
3.2
折り返し 雑音を低減する構造
processing
しかし ,完全再構成の条件である式 (1)および 式
2
LPF
3
BPF
2
HPF
Fig. 4 非最大間引き 3 分割フィルタバン ク構造
ここでは ,折り返し 雑音を低減する構造につい
3.2.2
て,原理と具体的な手法について述べる.
3.2.1
非最大間引き 3 分割構造
3.2.1における構造では高域をダ ウンサンプルし
クロスオーバー周波数とダ ウン サンプ リ
ング
ておらず,計算量が 多くなる.これを改善し た構
造を Fig. 4に 示す.3.2.1 のよ うに クロスオーバー
M 分割最大間引きフィルタバン クでは ,サブ バ
ンド のクロスオーバー周波数 (隣り合う2つのサブ
バンド の振幅が 一致する周波数) と π/M [rad]が 一
致する.このため,サブ バンド に折り返し 雑音が
発生し ,発生し た折り返し をサブ バンド 間で打ち
消し 合えない場合は出力に折り返し 雑音成分が 残
留する.
周波数を変え,折り返し を起こしにくくする構造
を高域側にも適用する.そし て,LPFと HPFの間
に BPFを挟むことにより周波数振幅特性の連続性
を 保つ (Fig. 5).これに より,LPF と HPF は クロ
スオーバー周波数からナ イキスト 周波数までの余
裕を確保でき,ダ ウンサンプ リングし ても折り返
し 雑音は低いレベルで抑えられる.また,BPFも
これを改善するため,Fig. 2に示すように π/M [rad]
からクロスオーバー周波数を離し ,折り返し を低
3でダ ウン サンプ リング することにより計算量を
削減できる.
減する.この構造を Fig. 3に示す.例として M = 2
の場合を挙げ ると,クロスオーバー周波数を 0.5π
3.3
よりも低い方へシフト させ,低域側のみ2でダ ウ
低折り返し 雑音で実現する3分割フィ
ルタバンクの設計法
ンサンプ リング する構造にする. この場合,発生
ここでは,3.2で述べた構造を実現する各フィル
する折り返し 雑音は LPFの阻止域の部分だけとな
り,出力に含まれ る折り返し 雑音はご くわずかと
タの具体的な設計法について述べる.
なる.そし て,サブ バンド のゲ インを変化させて
も折り返し 雑音は増加し ない.
–4–
Amplitude
Amplitude
タを設計する.
Margin
1
Margin
1
1/2
Frequency
1
Nyquist freq.
Crossover freq.
1/2
Frequency
3.3.2
1
HPFと BPFはプ ロト タイプ フィルタを以下の式
で変換し て求める.
Amplitude
Amplitude
Margin Margin
1
HPF,BPF の設計
1
1/2
Frequency
1
1/2
Frequency
1
HHPF (z)
= HLPF (−z)
HBPF (z)
=
(5)
1 − HLPF (z) − HHPF (z) (6)
HPFはプ ロト タ イプ フィルタを式 (5) の通り周
Fig. 5 低折り返し 雑音の 3 分割フィルタバン ク
の原理
波数変換することに よって 求める.BPF は 1 から
HPFの伝達関数と LPFの伝達関数を減算すること
3.3.1
プ ロト タイプ フィルタ (LPF) の条件
で求める.式(5)と式(6)より,LPFと BPF,HPFの
プ ロト タ イプ フィルタの通過域端周波数と遮断
各伝達関数を足し 合わせると 1となり,全域通過特
周波数,阻止域端周波数が すべて π/2 < ω < π/3
性を実現できる.また,実際には因果律を満たす
の範囲に 入るように FIR 形の LPFを設計する.こ
ため,各フィルタに遅延を挿入する.
れは ,3.3.2で述べる設計法では LPFのカット オフ
周波数が LPFと BPFのクロスオーバ周波数となり,
3.3.3
スペクト ル因数分解と分割バンク,合成バ
ンクの設計
LPFの通過域端周波数が BPFの阻止域端周波数と
なるからである.LPFは 2 でダ ウン サンプ リング
設計された LPFと HPF,BPFをそれぞれ スペク
するため ,阻止域端周波数が π/2 より低い周波数
トル因数分解し ,因数 (零点)を2つに 分配するこ
でなければ ならない.これは ,π/2 より高い周波
とで分割バン クと合成バン クを設計する.
数は 折り返し となるからである.一方,BPFは 3
各 FIR フィル タは ,零点の 分配の 組合せに よっ
でダ ウンサンプ リング するため阻止域端周波数は
て,分割フィルタ Fi と合成フィルタ Hi に以下の性
π/3より高い周波数でなければならない.これは,
質を持たせることができる 5) .ここで ,i = 1, 2, 3
π/3より低い周波数は折り返しとなるからである.
である.
さらに ,プ ロト タ イプ LPFに おいて π/2 以上の
i) Fi と Hi が 実係数フィルタ
周波数におけるサイド ローブは LPFの折り返し 雑
音の原因となる.一方,π/3 以下の周波数に おけ
ii) Fi と Hi が 対称
る LPFの通過域リプルは,BPFのサイド ローブと
iii) Fi と Hi が 直交
なるので,折り返し 雑音の原因となる.そのため,
プ ロト タイプ LPFを設計する場合,阻止域と通過
域のリプ ルは小さいほど 良い.
なお,LPFと BPF,HPFはそれぞれ スペクトル
因数分解をし て分割バン クと合成バン クに分ける
ため,阻止域減衰量は設計時の約半分となる.こ
の点に注意し ,仕様を満たすプ ロト タ イプ フィル
i)は z と z¯を同じ フィルタに 配分することにより実
現できる.ここで,z¯は z の複素共役である.ii)は
z と z −1 を同じ フィルタに配分することにより実現
できる.この時,係数が 対称となるので ,線形位
相が実現できる.iii)は z と z −1 を別々のフィルタに
配分するすることにより実現できる.つまり,実
係数でかつ線形位相のフィルタは,z ,z¯,z −1 ,z¯−1
–5–
Im
Im
1
Table 1 提案法における各フィルタの単位サン
1
プル当りの計算量
Re
Re
0
0
(a) 線形位相フィルタバン ク
(b) 直交フィルタバン ク
Synthesis
bank
Synthesis
bank
Synthesis
bank
Processing
Analysis
bank
Analysis
bank
Analysis
bank
Fig. 6 零点配置の例
フィルタ
次数
1 サンプ ル当りの計算量
LPF analysis
N −1
N/2
BPF analysis
HPF analysis
LPF synthesis
N −1
N −1
N −1
N/3
N/2
N/2
BPF synthesis
HPF synthesis
N −1
N −1
N/3
N/2
まず,Table 1に 提案法に おけ る各フィルタの 1
サンプ ル当りの計算量について示す.ただし ,プ
ロト タ イプ LPF のフィルタ次数を (2N − 2) 次とす
る.分割バン クと合成バン クはプ ロト タ イプ フィ
Fig. 7 3 ステージ 7 分割フィルタバン クの構造
ルタを分割し ているので次数はそれぞれ N − 1 次
N タップである.M のダ ウンサンプ リングを含む
の4つを同じ フィルタに組み入れ ることで実現で
きる.線形位相フィルタバン クの零点の組合せ例
を Fig. 6 (a) に 示す.また ,実係数でか つ直交の
フィルタは,z と z¯の組と z
−1
−1
と z¯
の組に分けるこ
とで実現できる.直交フィルタバン クの零点の組
合せの例を Fig. 6 (b) に示す.
FIRフィルタは,フィルタの構造をポリフェーズ構
造とすることで 1 サンプ ル 当りの計算量を 1/M に
減らすことができる 5) .よって,2でダ ウンサンプ
リング する LPFと HPFの分割バン クの計算量はそ
れぞれ N/2タップとなる.同様に合成バンクも N/2
タップとなる.また,3でダ ウンサンプ リングする
BPFの分割バン クと合成バン クの計算量はそれぞ
3.4
多ステージによる多分割化
れ N/3 タップ となる.
以上から ,ステージ 1の計算量 T1 は
設計した 3分割のフィルタバンクを木構造にする
ことで多分割化できる.3 ステージのフィルタバン
T1 = 2
クを 実現する構造を Fig. 7に 示す.各ステージで
は,ダウンサンプ リングされた LPFの出力信号を,
(7)
となる.
n ステージのフィルタバン クの計算量 Tn を求め
さらに同じ 構造のフィルタバン クを使用し て分割
することで分割数を増やす.また,低域側だけ再
N
N
N
8N
+
+
=
2
3
2
3
ると,
Tn
帰的に分割することにより,周波数帯域を対数的
に分割する.これは人間の聴覚特性に良く合った
=
=
周波数分割となる.
1
8N
+ Tn−1
3
2
16N
1
1−
3
2
(8)
n
(9)
n → ∞では
3.5
16N
1
1−
n→∞ 3
2
計算量についての考察
lim
ここでは,3.3で提案した構造を実現した場合の
1 サンプ ル当りの計算量について検討する.
n
=
16N
3
(10)
となり定数に収束する.つまり,高速ウェーブレッ
ト 変換と 同様に ,分割数をど んなに 増やし ても 1
–6–
サンプル当りの計算量の上限を定数のオーダ ーに
0
抑えることができる.
また,高速ウェーブレット 変換に使用される 2 分
Magnitude [ dB ]
割フィルタバン クを縦続に接続し たフィルタバン
クの計算量は同様に求められ ,
n → ∞で
lim 4N 1 −
n→∞
1
2
n
=
4N
LPF
HPF
BPF
合成
-20
-40
-60
-80
(11)
-100
である.式 (10)と式 (11)から提案法の 1サンプル当
0
0.2
0.4
Frequency
0.6
0.8
ω [ × π rad ]
1
り計算量の上限は従来の 2分割木構造フィルタバン
Fig. 8 LPF,BPF,HPFの周波数振幅特性
クの 4/3 倍となる.
4.1.3
4.
フィルタ特性測定実験
分割バンクと合成バンクの設計
今回用いた零点の分配は ,分割フィルタと合成
提案するフィルタバンクを計算機で実現し ,フィ
ルタ特性を測定し た結果を示す.
フィルタが 実係数で ,線形位相かつ同じ 次数とな
るようにし た.この条件を満たす複数の零点配置
の組合せの中から,周波数振幅特性の良い組合せ
4.1
フィルタ係数の導出
を選ぶ.しかし ,条件を満たす組合せの数が 非常
実験に使用し たフィルタ係数を導出する手順を
に多いため,ここでは確率的探索手法を用いる.
具体的には以下の手順で求めた.まず,評価関
具体的に示す.
数を LPFは [π/2, π],BPFは [0, π/3], [2π/3, π],HPF
4.1.1
は [0, π/2]の範囲のサ イド ローブ の最大値とする.
プ ロト タイプ LPF の設計
プ ロト タ イプ フィルタは窓関数法により設計し
Step 1 零点配置の組合せを生成し ,周波数振幅特性
を求める.
た 84 次の FIR フィルタを使用し た.窓関数は カ イ
ザー窓を使用し ,α = 14とし た.また,遮断周波
Step 2 LPFは ω = 0,BPFは ω = π/2,HPFは ω = π
数は 3.3.1 より (π/2 + π/3)/2 = 5/12π とし た.
でそれぞれ 振幅の絶対値が 1となるよ うに
インパル ス応答の振幅を正規化する.
4.1.2
BPFと HPF の設計
Step 3 評価関数の数値を計算する.
式(5)と式(6)に従い,プロトタイプ LPFのインパ
ルス応答から HPFと BPFのインパルス応答を算出
Step 4 求めた 組合せが ,その直前までの試行で 求
められ た評価関数を 最小に する組合せより
し た.設計された LPFと BPF,HPFの特性と,3
も小さければ 最適な組合せを更新する.
つのフィルタを 合成し た全域通過特性を Fig. 8に
示す.
Step 5 Step 1に戻る
Table 2に示す計算機を用いて LPFと BPF,HPF
のど のフィルタも上述の探索を 130時間ずつ実行し
た .LPF では 計算開始から 8 時間後,HPF では 開
–7–
Table 2 実験環境
CPU
メモリ
OS
使用言語
PentiumIII 1.4GHz
0.5
0.5
0
0
-0.5
1GByte
Redhat Linux 7.3
-0.5
Sample
0
50
(a)LPF analysis
MATLAB6.5 Relese13
0.5
0.5
0
0
Magnitude [ dB ]
-100
0
Analysis
Synthesis
0.2
0.4
Frequency
50
0
(c)HPF analysis
0.6
0.8
ω [ × π rad ]
1
50
-0.5
Sample
0
-50
Sample
(b)LPF synthesis
-0.5
0
0
Sample
50
(d)HPF synthesis
0.5
0.5
0
0
-0.5
-0.5
Sample
0
50
(e)BPF analysis
Fig. 9 LPFの分割バン クと合成バン ク
0
Sample
50
(f)BPF synthesis
Analysis
Synthesis
0
0
-50
-100
0
0.2
0.4
Frequency
0.6
0.8
ω [ × π rad ]
Magnitude [ dB ]
Magnitude [ dB ]
Fig. 12 各フィルタの インパル ス応答.
1
-50
-100
Fig. 10 BPFの分割バン クと合成バン ク
Magnitude [ dB ]
-150
0
-50
-100
0.2
0.4
Frequency
0.6
0.8
ω [ × π rad ]
0.2
0.4
Frequency
0.6
0.8
ω [ × π rad ]
1
Fig. 13 3 ステージ 7 分割の周波数特性
Analysis
Synthesis
0
0
1
4.1.4
多ステージ による多分割の実現
設計された 3 分割フィルタバン クを Fig. 7のよう
Fig. 11 HPFの分割バン クと合成バン ク
な木構造とすることで多分割化する.この時の各
始から 8 時間後,BPFでは 開始から 26 時間後に 最
サブ バンド の周波数特性を Fig. 13に示す.
後の更新があった.
設計された LPF の分割フィルタと合成フィルタ
4.2
フィルタ特性の評価方法
を Fig. 9に示す.また,BPFの分割フィルタと合成
高調波雑音が 含まれ るフィルタは周波数振幅特
フィルタを Fig. 10,HPFの分割フィルタと合成フィ
性を測定するだけではフィルタの特性を表すこと
ルタを Fig. 11に示す.また,それぞれのフィルタ
の インパル ス応答を Fig. 12に示す.
はできない.今回は以下に示す方法により,THD
(Total Harmonic Distortion) と周波数振幅特性を
–8–
測定し た.まず,テスト 信号をフィルタリングし
10
た出力信号を 4096 点ずつ FFTし た.そのデ ータか
2
PR-QMF
Proposed
ら入力信号と同じ 周波数成分と,それ 以外の高調
10
1
THD [ % ]
波雑音成分とに分離し ,それぞれのパワーを計算
し た.そし て入力信号と高調波成分とのパワーの
10
比を THDとして計算し た.また,入力信号と同じ
周波数成分を持つ信号と入力信号とのパワーの比
10
0
-1
を周波数振幅特性とし て計算し た.
10
4.3
-2
0
測定方法
0.2
0.4
Frequency
0.6
0.8
ω [ × π rad ]
1
Fig. 14 仕様 1の THD
MATLAB を 用いて ,64bit 浮動小数点演算を 用
いて 実験し た .サンプ リング 周波数は 44.1kHz と
10
し ,純音を 20[Hz]から 22.05[kHz]まで 100[Hz/sec]で
0
Magnitude [ dB ]
スイープ させた信号を生成し た.この信号を設計
し たフィルタに入力し ,フィルタから出力された
信号を 4.2で述べた方法で評価した.使用した環境
は Table 2と同様である.
-10
-20
-30
PR-QMF
Proposed
-40
4.4
結果
-50
提案法を用いた場合と PR-QMFバン クを用いた
場合について比較実験し た結果のうち,2つの例
0
0.2
0.4
Frequency
0.6
0.8
ω [ × π rad ]
1
Fig. 15 仕様 1の周波数特性
を示す.また,PR-QMFでは実現できない例につ
Fig. 16に THDの測定結果,Fig. 17に周波数振幅特
いて実験し た結果を1つ示す.
仕様 1 帯域減衰特性を持ち,帯域の減衰量は 40dB
性を示す.仕様3について,Fig. 18に THDの測定結
果,Fig. 19に周波数振幅特性を示す.なお,Fig. 15
仕様 2 高域通過特性を持ち,低域の減衰量は 40dB
と Fig. 17,Fig 19 中の破線は設定し たゲ インを表
わす.
仕様 3 ランダ ムにゲ インを設定
仕様1の場合も仕様2の場合も提案法では THDの
仕様 1と仕様 2において,提案法と PR-QMFバン
クをそれぞれ 2 ステージで実現した.提案法は PR-
QMFのよりも分割数が多い.そのため,PR-QMF
最大値が抑えられている.また,提案法は 2 ステー
ジ PR-QMFバンクを用いた場合よりも周波数領域
での選択性が 増し ている.
と比較ができるよう各ステージの BPFのゲ インは
隣り合う2バンド の平均のゲ インとし た.仕様 3は
提案法の 3 ステージの場合を測定し た.
3 ステージで実現した 7分割フィルタバンクでは,
Fig. 19のように急峻に周波数特性を変化させても
THDは低く抑えられている.
仕様1について Fig. 14に THDの測定結果,Fig. 15
に周波数振幅特性を示す.同様に,仕様2について,
–9–
10
2
0
PR-QMF
Proposed
10
10
10
-10
1
Magnitude [ dB ]
THD [ % ]
10
0
-1
-20
-30
-40
-50
-2
0
0.2
0.4
Frequency
0.6
0.8
ω [ × π rad ]
1
0
Fig. 16 仕様 2の THD
0.2
0.4
Frequency
0.6
0.8
ω [ × π rad ]
1
Fig. 19 7 分割フィルタバン クの周波数特性
例を示した.また,設計したフィルタバンクの特性
10
を測定することにより,低折り返し 雑音で所望周
0
Magnitude [ dB ]
波数特性が 実現できることを示し た.さらに ,本
-10
構造の計算量を考察し ,従来の PR-QMFバン クを
-20
使用し た場合と 比べ計算量を 最大で 4/3 倍に 抑え
-30
られ ることを示し た.以上の点より提案するフィ
PR-QMF
Proposed
-40
ルタバン クが 所望周波数特性フィルタを実現する
のに有効である.
-50
0
0.2
0.4
Frequency
0.6
0.8
ω [ × π rad ]
1
参考文献
Fig. 17 仕様 2の周波数特性
10
THD [ % ]
10
10
10
10
1) 浅野太, 鈴木陽一, 曽根敏夫, 林哲也, 佐竹充章, 大
山健二, 小林俊光, 高坂知節: ラウド ネス補償特性
を有するディジタル補聴器の一構成法, 日本音響学
会誌, 47-6, (1991)
1
2) E. W. Yund: Multichannel compression in the normal ear and as a signal processing algorithm for
the hearing impaired, ISCAS’98, vol6, 578/581,
(1998)
0
-1
3) L. R. Rabiner, R. W. Schafer: Recursive and nonrecursive realization of digital filters designed by
frequency sampling techniques, IEEE Trans. Audio Electroacoust., AU-19-3, 200/207, (1971)
-2
4) 三谷政昭: ディジタルフィルタデ ザイン , 82/86, 昭
晃堂, (1988)
-3
0
0.2
0.4
Frequency
0.6
0.8
ω [ × π rad ]
5) G. Strang, T. Nguyen: Wavelets and Filter Banks,
103/173, 299/336, Wellesley-Cammbridge Press,
(1996)
1
Fig. 18 7 分割フィルタバン クの THD
5.
まとめ
本稿では ,低折り返し 雑音で所望周波数特性を
実現するフィルタバン クを提案し ,具体的な設計
– 10 –