モバイル・メディアの文化とリテラシーの創出を目指した ソシオ・メディア

ワーキングペーパー060330-03
N0. 1
モ バ イル ・メ ディ ア の文 化と リテ ラシ ー の創 出を 目指 し た
ソ シ オ・ メデ ィア 研 究 Socio­Media Studies on Designing of Mobile Media Culture and Literacy 水越
伸 Shin Mizukoshi 東 京 大 学 大学 院 情 報学 環 Interfaculty Initiative in Information Studies, The University of Tokyo 要 約:こ の研 究 に おい て 私 たち は 、伝 統 的 な人文・社 会 科学 系 の 方法 論 や アプ ロ ーチ と 、
モ バ イ ル・メ ディ ア の社 会 的 なあ り 方 を創 造 する た め の デザ イ ン 論的 な ア プロ ー チ をア
マ ル ガ ム に す る た め の 方 法 論 、「 批 判 的 メ デ ィ ア 実 践 」 を 提 示 す る と と も に 、 モ バ イ ル
メ デ ィ ア・リテ ラ シ ーの プ ロ グラ ム の 実践 的 開発 を お こ なっ た 。さ らに そ の 理論 と 思 想
の 深 化 を 計 り 、「 ケ ー タ イ ・ カ ン ブ リ ア ン 」 と い う 新 た な シ ス テ ム を 文 化 的 に 応 用 す る
こ と を 通 じて 、 モ バイ ル ・ メデ ィ ア の可 能 的様 態 に か んす る 知 見を 得 た 。
1.研究の構成
的メディア実践」、および「モバイル・メディア
論」の枠組みを描くことができた。今年度はさら
(1)研究の概要と経緯
携帯電話を含むモバイル・メディアの文化は現
に諸研究を進め、「メディア・プローブ」を具体
的に体系化することと、「モバイル・メディア論」
在、混沌とした状態にある。本研究ではメディア
の枠組みに肉付けをし、全貌を指し示すことがで
文化の基本ユニットでもあるメディア・リテラシ
きた。
ーに着目し、その批判的分析と創造的デザインを
進めることで、モバイル・メディア文化をよりよ
いものにしていくことを構想している。
(2)研究の目的と背景
1990 年代以降の急速なモバイル・メディアの普
具体的には昨年度来、モバイル・メディアの社
及は、社会システムから人間行動に至るまで広範
会文化的研究("research")と実践・開発研究
囲に影響を及ぼしつつある。現代の情報社会には
("design")を有機的に組み合わせ、総合的な「モ
モバイルをめぐる光と影が混在しているといえ
バイル・メディア論」の形成を試みてきた。また、
る。とくに情報技術において先端を行く日本は、
その過程を通じて「文系の創造知」ともいえるよ
その典型を示しているといえるだろう。
うな新しいタイプのメディア論の理論的枠組み
このような状況において、モバイル・メディア
である「批判的メディア実践(critical media
が持つ社会文化的な意味を明らかにするととも
practice)」を構築し、この枠組みに基づく具体
に、望ましいそのあり方や人間との関わり方を積
的な方法論として「メディア・プローブ」を開拓・
極的に創出していくこと、すなわちデザインして
体系化してきた。
いくことが重要な課題として浮かび上がってき
2004 年度には諸々の研究を進めたことで「批判
ている。
※ 当研究は NTT ドコモ モバイル社会研究所との共同プロジェクトです。 ※ 引用する際には出典元を明記した上でご利用ください。
© NTT DoCoMo, Inc. Mobile Society Research Institute All Rights Reserved. ワーキングペーパー060330-03
N0. 2
従来のモバイル・メディアに関する社会文化研
究は、おもに社会学的、あるいは社会心理学的ア
法を用いて、比較文化的な観点から定性的調査を
実施する。
プローチからのサーベイ研究(アンケート調査に
よる定量的研究)が大半を占め、社会動向の定点
R−1 歴史社会的研究
観測としてはすぐれた成果をあげてきた。しかし
モバイル・メディアをめぐる文化的イメージの
これらの研究は、モバイル・メディアと人間の関
歴史的な生成過程をさまざまな文化表象のなか
わりをめぐって、その歴史社会的背景を深く探っ
から探り、その現代的なありようを定位する。
たり、逆に未来に向けて状況に働きかけていくよ
うな方向性を十分に持ち合わせてはいない。
R−2 比較文化的研究
そのような方向性はいかにして可能になるだ
日本におけるモバイル・メディアの社会的状況
ろうか。重要なことは、モバイル・メディア文化
を東アジア諸国、北欧諸国などと比較しながら検
をひとかたまりのもののように「実体的」に扱う
討し、その地域的なありようを定位する。
のではなく、メディアと人間の多様な結びつきの
集積体のように「関係的」にとらえることからは
じめることだろう。
・実践・開発研究("design")
共同体的/公共的なモバイル・メディア利用を
さらに一旦はミクロなメディアと人間の関係
めぐるメディア・リテラシーについて、複数のプ
性に注目し、そのあり方をデザインしていくこと
ログラム開発とその応用実践、評価分析をおこな
を通して、多様で自律的なモバイル・メディア文
う。
化の創出へとアプローチすることができないか。
この研究の着眼点はそこにある。そしてメディア
D−1 モバイル・メディア・リテラシー育成プ
と人間の関係性の様式をとらえる鍵概念として、
ログラムのデザインと実践・評価
メディア・リテラシーの知見を導入したのである。
現状の携帯電話の機能を活用することを前提
このような観点に立ちつつ、市民、企業、アカ
に、子どもたちを含む市民のあいだにモバイル・
デミズムなどが連携しつつ、モバイル・メディア
メディアをめぐるメディア・リテラシーを育成し
のリテラシーを育成していくための体系的で具
ていくためのプログラムを開発・実践する。
体的なプログラムを開発していくとともに、従来
は切り離れていた社会文化的研究(社会学、文化
D−2 「公共圏」型コミュニケーション・プロ
人類学、カルチュラル・スタディーズ、社会心理
グラムのデザインと実践・評価
学、メディア論など)と実践開発研究(教育工学、
メディア・アーティストである安斎利洋・中村
情報デザイン、メディア・アート、メディア・リ
理恵子を中心に開発しているシステム「ケータ
テラシーなど)を結びつけ、モバイル・メディア
イ・カンブリアン」を活用し、市民がよりパブリ
の「文化」をデザインしていく意志を持ったあら
ックなかたちでモバイル・メディアを捉えなおし
たなメディア研究を構築していこうとしている。
ていくためのプログラムを開発・実践する。
(3)研究方法
(4)今年度
・社会文化的研究("research")
の主な活動
メディア史の手法に基づき、表象されたメディ
アのイメージを収集・分析することで特にモバイ
Perspective of the MoDe Project D­2 design, practice and evaluatio n o f public communication netwo rk via m o bile m edia R−1 歴史
社会的研究
ルメディアの文化的イメージおける歴史的あり
・「メディア
ようを明らかにする。また、メディア人類学的手
の な か の メ D­1 design, practice and evaluatio n o f mo bile m edia literacy design research mobile media studies socio­historical research R­1 comparative cultural research R­2 ※ 当研究は NTT ドコモ モバイル社会研究所との共同プロジェクトです。 ※ 引用する際には出典元を明記した上でご利用ください。
image morpho logical anthropo logical analysis analysis o n m etapho rs via m o bile m edia
© NTT DoCoMo, Inc. Mobile Society Research Institute All Rights Reserved. o n time­space and bo dy sense via m o bile m edia ワーキングペーパー060330-03
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ディア分析」プロジェクト(2005 年 4 月〜7 月:
報告書 5.1)
・モバイル・メディア史(報告書 5.1)
Formation of the MoDe Project Design Activities Group Toshihiro Anzai & Rieko Nakamura : Media Artists R−2 比較文化的研究
・ケータイとインターネット利用の比較文化的メ
Shin Mizukoshi Masaaki Ito, Mamiko Hayashida , Kiyoko Toriumi , Yutaka Iida, ディア分析(日本・韓国・米国を中心として)(報
Kari­Hans Ryuko Furukawa, Yuichi Kogure Kommonen Finland 告書 6.10)
・モバイル放送の比較文化的メディア分析(日
Sophia Wu Taiwan Aske Dam Norway Joo­Young Jung Korea
MELL Project Media Expression, Learning and Literacy Project 本・韓国・北欧を中心として)(報告書 5.2)
Joho Gakkan , the Univ. of Tokyo Shun’ya Yoshimi, Masato Sasaki 図2 研究体制
D−1 モバイル・メディア・リテラシー育成プ
ログラムのデザインと実践・評価
・「ケータイを使ったメディア表現」プロジェク
ト(2005 年 10 月〜2006 年 2 月:報告書 4.3)
D−2 「公共圏」型コミュニケーション・プロ
2.報告書の構成
本報告書の構成は以下のとおりである。第1章
グラムのデザインと実践・評価
を総括編、第2章を活動編、第3章を論文編、第
・モバイル・メディア実践「メルまんだら」
(2005
4章を実践編、第5章を調査編、第6章を資料編
年 2 月:報告書 4.1)
とする。以下に各章の概略を示す。
・モバイル・メディア実践「Tokyo Patchwalk」
(2005 年 11 月:報告書 4.2)
第1章 日本のモバイル・メディアと MoDe プロ
・モバイル・メディア実践「コミュニケーション
ジェクトの展開【総括編】
私たちは、現在のモバイル・メディアをめぐる
&デザインの銀河系」(2006 年 3 月)
状況を批判的にとらえ、今後のモバイル・メディ
(5)今年度の主な論文
ア社会の文化を主体的にデザインしていくため
MIZUKOSHI, Shin; HAYASHIDA Mamiko; ITO Masaaki,
の研究活動の基礎となる枠組みとして、「批判的
Reconsideration of Media
メディア」というアプローチを提唱する。この章
Literacy
with Mobile
Media
in
"Mobile
では、研究全体の背景となる状況認識と問題意識、
Communication and Asian Modernities," City
そしてそれらに取り組むための研究活動に必要
University of Hong Kong, June 2005.
とされる方法論的枠組みについて概説する。
Aske
DAM;
TORIUMI,
Kiyoko;
From
Personal/Commercial to Communal:Citizens'
第2章 MoDe プロジェクト 2005 活動記録【活
動編】
Media Expression by Keitai as a New Digital
「批判的メディア実践」は、社会文化的研究
"Mingei movement" in "Mobile Communication and
("research")と実践・開発研究("design")を
Asian Modernities," City University of Hong
有機的に組み合わせ、「メディア・プローブ」と
Kong, June 2005.
いう方法論的枠組みに基づいて駆動される総合
的な研究プロジェクトの体系である。この章では、
図1 研究のパースペクティブ
それぞれの分野における今年度の活動の軌跡を ※ 当研究は NTT ドコモ モバイル社会研究所との共同プロジェクトです。 ※ 引用する際には出典元を明記した上でご利用ください。
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報告する。
化を主体的にデザインしていくための基礎とな
る研究活動のアプローチを、「批判的メディア実
第3章 モバイル社会の文化とリテラシーの創
践」と呼んでいる。この章では、そうしたアプロ
出に向けて【論文編】
ーチに基づいて行われた3つの実践事例につい
この章では、今後のモバイル・メディア社会の
て報告する。
文化を主体的にデザインしていくための準備作
業として、その鍵となるメディア・リテラシーの
4.1 モバイル・メディア実践「メルまんだら」
概念と、その実践としての市民のメディア表現の
「メルまんだら」は、モバイル・メディアを通
あり方について考察した論文を2編収録する。
じて共同体を再発見し、その意味を組み換えると
ともに、経験の共有という場におけるモバイル・
3.1 モバイル・メディアをめぐるメディア・
メディアの可能性を探るための実験的・実践的な
リテラシー概念の再検討
試みである。ここでは 2005 年 3 月、東京大学で
メディア・リテラシーは、モバイル・メディア
社会の文化を主体的にデザインしていくための
行われたワークショップの概要と意図、そしてそ
の結果の分析を報告する。
鍵となる概念である。しかし、これまで主にマス
メディアを対象として考えられてきたこの概念
4.2
モバイル・メディア実践「Tokyo
を、そのままのかたちでモバイル・メディアに適
Patchwalk」
用することはできない。そこでこの論文では、メ
「Tokyo Patchwalk」は、モバイル・メディア
ディア・リテラシーの概念の系譜と前提を整理し
を通じて都市を再発見し、そのイメージを組み換
たうえで、モバイル・メディアにおけるメディ
えるとともに、異文化の混交という場におけるモ
ア・リテラシーとは何かについて考え、さらにメ
バイル・メディアの可能性を探るための実験的・
ディア・リテラシーの概念そのものを再検討する。
実践的な試みである。ここでは 2005 年 11 月、慶
応義塾大学で行われたワークショップの概要と
3.2 市民のメディア表現とケータイによるコ
意図、そしてその結果の分析を報告する。
ミュナルなコミュニケーション空間——デジタル
民芸運動に向けて
4.3 ケータイを使ったメディア表現プロジェ
モバイル・メディア社会の文化を主体的にデザ
インしていくための活動とはどのようなものだ
クト——2005 年度東京大学大学院学際情報学府「メ
ディア表現論」における実践プログラム開発
ろうか。また、それはどのような方向へと社会空
モバイル・メディアをめぐる「批判的メディア
間を組み換えていくべきなのだろうか。この論文
実践」は、今後さまざまなプログラムとして展
では、そうした活動をデザインしていくうえでの
開・整備されていく必要がある。そうした活動の
枠組みとして、市民のメディア表現という観点か
一環として私たちは、東京大学大学院学際情報学
ら、その雛形ともなりうる事例として民芸運動の
府の授業を通じて、院生のグループワークによる
思想をひもときつつ、そうした活動のあり方と、
実践的なプログラム開発の試みを行った。ここで
それによってもたらされるべき社会空間のあり
は3つのグループから提案されたプログラムの
方について考える。
概要を報告する。
第4章 MoDe プロジェクト 2005 実践報告【実
第5章 MoDe プロジェクト 2005 調査報告【調
践編】
査編】
私たちは、今後のモバイル・メディア社会の文
現在のモバイル・メディアをめぐる状況は、歴
※ 当研究は NTT ドコモ モバイル社会研究所との共同プロジェクトです。 ※ 引用する際には出典元を明記した上でご利用ください。
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史的・文化的な多層性・多様性のもとに存立して
いる。今後のモバイル・メディア社会の文化を主
体的にデザインしていくためには、まず現在の状
況の成り立ちを、その多層性・多様性のもとに明
るみに出すことから出発しなければならない。こ
の章では歴史社会的アプローチ、および比較文化
的アプローチによって、そうした状況の成り立ち
を浮かび上がらせた2つの調査の概要を報告す
る。
5.1 失われたイメージの発見——映画のなかの
モバイルメディア
私たちは東京大学大学院情報学環教育部の授
業を通じて、映画やテレビに表象されるモバイ
ル・メディアのイメージをめぐる歴史社会的分析
を行った。「メディアのなかのメディア分析」と
称されるこのプロジェクトの結果をふまえて、モ
バイル・メディア社会における表象の歴史の成り
立ちを解き明かす。
5.2 北欧モバイル・メディア・レポート
私たちは 2006 年 3 月、フィンランド・ノルウ
ェイ・デンマークの3国を舞台に、当地の研究
者・通信事業者・放送事業者などとともに、現在
のモバイル・メディアをめぐる状況と、今後のモ
バイル・メディア社会の文化をめぐってさまざま
な情報交換・意見交換を行った。その概要を報告
する。
第6章 関連資料・論文など【資料編】
この章には、私たちが今年度、海外の学会で発
表した各種の英語論文、および国内外の学会・研
究会・シンポジウムなどで報告した各種の発表資
料をまとめる。
※ 当研究は NTT ドコモ モバイル社会研究所との共同プロジェクトです。 ※ 引用する際には出典元を明記した上でご利用ください。
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