(2008.03) 超伝導システム科学研究センター報告

MgB2 線材を用いた液体水素用超伝導式
液位センサの基礎的検討
Fundamental Investigation of a Superconducting Level Sensor for
Liquid Hydrogen with MgB2 Wire
超伝導システム科学研究センター
柁川一弘、松尾政晃、佐藤誠樹、
船木和夫
物質・材料研究機構
熊倉浩明
日立製作所
岡田道哉
三菱重工業
中道憲治、木原勇一、神谷卓伸
ジェック東理社
青木五男
Research Institute of Superconductor Science and Systems
Kazuhiro Kajikawa, Masaaki Matsuo,
Seiki Sato, Kazuo Funaki
National Institute for Materials Science
Hiroaki Kumakura
Hitachi, Ltd.
Michiya Okada
Mitsubishi Heavy Industries, Ltd.
Kenji Nakamichi, Yuichi Kihara,
Takanobu Kamiya
JECC Torisha Co., Ltd.
Itsuo Aoki
Abstract—The feasibility study of a superconducting level sensor for liquid hydrogen
with a magnesium-diboride (MgB2 ) wire is carried out from an experimental point of view.
The sample wire consists of a mono-cored MgB2 superconductor and a cupronickel sheath,
and several potential taps are attached to it at even intervals in order to understand
the position of a threshold between the superconducting and resistive states roughly.
The fabricated sensor is vertically located in a glass dewar vessel with an infill of liquid
hydrogen, and the position of a preselected potential tap is adjusted by eye and hand
to liquid level before starting a new measurement. Simulated operations with constant
currents finally yield the future possibilities as the level sensor for liquid hydrogen with
MgB2 wire although the fabricated sensor has a few problems at present. In order to
improve the performance of the sensor, the specifications required for MgB2 wires will be
reported elsewhere by applying the stability theory in superconductor composites and by
simulating the operation with a numerical code.
1. はじめに
エネルギー問題や環境問題を是正する先進技術の 1 つとして、将来の水素利用社会の可
能性が検討されている 1, 2) 。燃料電池などで水素を酸化しエネルギーを得るためには、水
素を安全にかつ安定的に製造・輸送・貯蔵・移送する必要があり、圧縮ガスとしてだけで
はなく液化ガスとして水素を利用する形態も不可欠である。その際に、容器内の液体水素
の残量を外部から正確に把握する必要があるが、水素は体積密度が非常に小さくかつ液相
と気相の間の比誘電率の差も小さいために、信頼性の高い技術はまだ確立していない。
そこで、本研究では、MgB2 超伝導線材を用いた液体水素用液位センサの実現可能性を
実験的に検証する。ただし、別のシース材を用いた同様の研究も既に報告されている 3–5) 。
以下では、液体ヘリウムおよび液体水素を用いて実施した試作センサの実験結果と、その
将来性について述べることにする。
2. 実験試料
実験に使用した試料線材は、単芯の MgB2 超伝導体の周囲に CuNi シースを配置した構
造を有し、線径は 0.3 mm、長さは 200 mm である。この MgB2 線材を細長いベークライ
トの平坦部に直線状に配置し、両端を電流端子にハンダ付けした。Fig. 1 に、試作センサ
の概略図を示す。常伝導部伝播に伴う常伝導フロント位置を正確に把握するために、信号
線の配置が測定に極力影響を与えないように考慮して、低熱伝導率の非常に細いコンスタ
ンタン線(線径 70 µm)から成る 8 つの電圧タップを 20 mm 間隔で MgB2 線材に取り付
け、上から順番に#1 から#8 までの番号を付与した。さらに、Fig. 1 に示すように、隣接
タップ間の電圧を順に V1 から V7 とした。また、もう 1 つの電圧タップを上部電極にも取
り付けており、最上部の 2 つのタップ間電圧 V0 に対する有効長は 10.6 mm である。Fig. 1
には明示していないが、常伝導部の小さな芽を発生するためにヒータ線を上部電極付近に
事前に設置したが、次節以降で述べるように一連の実験では使用する必要がなかった。こ
の試作センサ全体を極低温液体(液体ヘリウムもしくは液体水素)を充填したガラスデュ
ワー内部に鉛直に配置し、液位に対して各電圧タップの位置が重なるように真横から目視
で確認しながら上下方向に手動で微調整し、試験を実施した。
Tap:
10.6
20
20
20
20
20
20
20
V0
V1
V2
V3
V4
V5
V6
V7
#1
Upper terminal
#2
#3
#4
#5
#6
MgB2 wire
#7
Unit: mm
#8
Lower terminal
Fig. 1. Schematic diagram of fabricated level sensor with several potential taps.
3. 液体ヘリウムを用いた予備的試験結果
3.1 ヘリウムに対する熱的安定性
試作センサの健全性を確認するために、液体ヘリウムを用いて予備的に試験した。ま
ず、試料全体を液体ヘリウム中に浸漬して通電電流を徐々に増加したところ、ヒータを入
力しなくても約 2.7 A で上部電極付近に小さな常伝導部の芽が発生した。電流をさらに
3.0 A まで増加しても、この常伝導部の芽は伝播しなかった。
次に、試作センサの上端を液体ヘリウム中から引き出し、タップ#4 の位置に液位を固
定した。通電電流を 0 から徐々に増加したところ、この場合も同様に、ヒータ入力せず
に約 1.7 A で上部電極付近に常伝導部の芽が自動的に発生した。さらに電流を増加して
1.9 A 以上になると、Fig. 2 に示すように常伝導部が下方に伝播していき、常伝導フロン
トが液面付近で停滞した。Fig. 2 に示す観測波形から求めたヘリウムガス中における常伝
導部伝播速度の実験結果を、Table 1 に示す。各計測区間における伝播速度は、常伝導フ
ロントが通過した直後のほぼ一定の電圧に対して、その 10%と 90%の電圧が発生する時
間差を用いて評価した。常伝導フロントが液面に近づくほど、伝播速度は遅くなることが
わかる。これは、液面に近い方が、ヘリウムガスによる冷却効果がより大きいためであ
る。さらに、今回得られたヘリウムガス冷却時の MgB2 線材における mm/s オーダの常伝
導部伝播速度は、NbTi 多芯線の液体ヘリウム中の伝播速度 6)(数 10 m/s 程度)よりもか
なり小さいといえる。
0.2
2
I
V1
0.1
V2
V3
1
V0
0
V4
0
10
20
0
30
Time (s)
Fig. 2. Typical example of normal zone propagation of sample wire in gaseous helium.
Table 1. Normal zone propagation velocity of sample wire in gaseous helium.
Observed section
Tap #1 to #2
Tap #2 to #3
Tap #3 to #4
Propagation velocity (mm/s)
5.9
3.6
2.7
2
2
Level down (2A)
Level up (2A)
Approx. (2A)
2
6
1
5
4
1
5
1
4
3
3
2
2
1
0
0
200
400
0
600
Time (s)
Fig. 3. Experimental results of simulated
sensor operation with liquid helium.
0
0
1
2
3
4
5
6
Position of potential tap
7
8
Fig. 4. Relationship between terminal
voltage of sensor and liquid level of helium.
3.2 液体ヘリウムを用いた液位センサの動作模擬試験結果
Fig. 3 に、液体ヘリウムを用いた試作センサの動作模擬試験結果を示す。試験方法とし
て、一定電流 2 A を通電した状態でセンサを液から出し入れすることにより、液位を相対
的に変化させてセンサの両端に発生する全電圧を計測した。Fig. 3 に示す波形の上の数字
は、液位を調整したときのタップ番号を表している。Fig. 3 より、センサと液面の相対位
置を変化させた場合の時間的な応答性が非常に良いことがわかる。また、液位を固定した
場合のセンサの出力電圧もほぼ一定であり、時間的に安定している。
ヘリウムの液位と試作センサに発生する全電圧の関係をまとめると、Fig. 4 のようにな
る。ただし、Fig. 4 に示す直線は、最小二乗法により求めたものである。Fig. 4 より、液
面の下降時と上昇時の出力電圧の再現性が良いことがわかる。また、線形性も非常に良
く、長さに比例した電圧が発生している。近似直線と実験結果との比較から、約 1 mm の
精度で液位を検出できることがわかる。
4. 液体水素を用いた本試験結果
4.1 水素ガス中における常伝導部伝播
液位センサの動作に最適な電流を見つけるために、まず、液体水素を充填したガラス
デュワー内で MgB2 線材の熱的安定性を測定した。Fig. 5(a) に、タップ#7 の位置に液位
を固定した場合における常伝導部伝播波形の典型例を示す。電流通電を開始するととも
に、V0 から V3 までの電圧が上昇していることがわかる。この測定結果を詳細に把握する
ために、各タップ間電圧を電流で割ることにより、Fig. 5(a) の縦軸を Fig. 5(b) に示すよ
うな抵抗に換算した。ここで、例えば、抵抗 R0 は電圧 V0 に相当し、その他も同様であ
る。通電開始当初から R0 から R2 の抵抗は有限であり、ほとんど変化しないことがわか
る。一方、R3 は最終的な飽和値の約半分の抵抗値を最初から有し、時間とともに増加す
る。その後、抵抗 R3 はほぼ一定となり、R4 から R6 まで順々にそれぞれが飽和するまで
0.8
6
(a)
I
0.6
6
(b)
I
5
4
0.4
0.2
V0
)
Ω 0.1
4
R1
R2
3
5
R3
R0
R5
3
0.2
V1−3
0
-0.2
V7
1
V4 V5
0
R4
2
V6
10
Time (s)
0
20
R6
2
R7
0
1
0
10
Time (s)
0
20
Fig. 5. Typical example of normal zone propagation of sample wire in gaseous hydrogen.
(a) represents observed voltages between potential taps, and they are converted into
resistances in (b).
増加する。抵抗 R7 は全く変化しないので、常伝導フロントが最終的にタップ#7 付近で
停滞することがわかる。タップ#3 と#4 のほぼ中間の位置より上の部分が通電前から有
限の抵抗を有していることから、液面より約 70 mm 上の位置の初期温度が MgB2 試料線
材の臨界温度 Tc (35 K 程度)に等しいと推測される。また、抵抗 R6 の立ち上がりが不
連続なので、タップ#6 付近に何らかの不備があるものと考えられる。
4.2 液体水素を用いた液位センサの動作模擬試験結果
3.2 節で述べた液体ヘリウムの場合と同様に、液体水素を用いた液位センサの動作模擬
試験を実施した。Fig. 6(a) に、2 A の一定電流を通電した場合の結果を示す。タップ#5
の位置に液位を固定すると、センサ両端に発生する全電圧が時間とともに激しく変動する
のがわかる。また、タップ#7 の位置に液位を調整した場合、液面が相対的に上昇した場
合と下降した場合で発生する全電圧が異なることもわかる。液位センサの応答に関する
これらの不備を改善するために、 Fig. 6(b) に示すように通電電流値を 4 A まで増加させ
た。その結果、タップ#5 における安定性やタップ#7 における再現性の問題が共に解決
したが、タップ#6 の位置に液位を調整した場合の電圧値が他と比べて多少小さいようで
ある。この原因として、試料の製作過程でタップ#6 付近に冷却特性が局所的に向上する
何らかの得策を施した可能性が考えられるが、試験終了後の目視による確認では理由を特
定できなかった。
Fig. 7 に、2 A および 4 A を通電した場合について、液位センサの動作模擬試験をまと
めた結果を示す。Fig. 7 の直線は、上述の不備な動作の場合を全て除いた実験結果を、最
小二乗近似して求めたものである。タップ#6 の位置を除いて、4 A 通電では再現性が非
常に良いことがわかる。また、1%の誤差範囲内でガス中のセンサ感部長に比例する電圧
が発生しており、これは今回の試作センサを用いて 1 mm 以下の精度で液位を判別可能な
ことを意味する。つまり、液体水素用の液位センサに応用できる可能性があるといえる。
2
5
5
(a)
(b)
2
8
4
4
8
7
7
1
5
7
3
6
6
5
4
1
4
6
5
2
7
3
6
1
0
0
200
400
Time (s)
0
800
600
0
5
4.3
4
2
1
0
200
400
Time (s)
600
0
800
Fig. 6. Experimental results of simulated sensor operation with liquid hydrogen for constant current of (a) 2 A and (b) 4 A. Each number in this figure represents a liquid level
to which the position of potential tap is adjusted by eye and hand.
4
Level down (4A)
Level up (4A)
Approx. (4A)
Level down (2A)
Level up (2A)
Approx. (2A)
3
2
1
0
0
1
2
3
4
5
6
Position of potential tap
7
8
Fig. 7. Relationship between terminal voltage of sensor and liquid level of hydrogen.
しかし、動作電流が大きいために、入力電力も最大で 10 W 以上とかなり大きく、その低
減が液位センサの実用化には必要である。
5. まとめ
現状の MgB2 単芯線材を用いて、液体ヘリウムおよび液体水素中で常伝導部伝播現象
の観測と液位センサの動作模擬試験を実施した。今回製作したセンサではタップ#6 付近
に問題があったが、MgB2 と CuNi から成る複合超伝導線材を液体水素用の液位センサに
応用できる可能性があることがわかった。しかし、入力電力が 10 W 以上と非常に大きい
ので、その低減が実用化には必要である。この入力電力を低減するためには、複合超伝導
体の安定性理論 7) で既に予測されているように、線径を細くして動作電流を抑える必要
がある。今後は、数値解析技術を有効活用して、液位センサの最適設計を実施する予定で
ある。
なお、本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金(課題番号:16206032)の一環と
して実施したものである。
本論文は、2007 年 9 月にベルギーのブリュッセルで開催された “8th European Conference
on Applied Superconductivity (EUCAS2007)” で筆者らが発表した論文を和訳し、若干加
筆・修正したものであることを最後に付記する。
参考文献
1) 「水素社会の構築に挑む」,電学誌,Vol. 125, No. 6 (2005) pp. 336–355.
2) 平林洋美:「液体水素と超伝導応用 ―広く社会に普及させるために―」,低温工学,
Vol. 40, No. 7 (2005) pp. 276–283.
3) Ch. Haberstroh and G. Zick: “A superconductive MgB2 level sensor for liquid hydrogen,” Adv. Cryo. Eng., Vol. 51 (2006) pp. 679–684.
4) “Superconductor Week,” Vol. 20, No. 19, Peregrine Communications, Portland (2006)
p. 1.
5) Ch. Haberstroh, G. Dehn and D. Kirsten: “Liquid hydrogen level sensors based on
MgB2 ,” Proc. of CryoPrague 2006, No. 357 (2007).
6) K. Funaki, F. Irie, M. Takeo, U. Ruppert, K. L¨
uders and G. Klipping: “Effects of
transient heat transfer to liquid helium on steady propagation velocity of normal zones
in superconducting wires,” Cryogenics, Vol. 25, No. 3 (1985) pp. 139–145.
7) 船木和夫,住吉文夫:
「多芯線と導体」,産業図書,東京 (1995) pp. 167–191.