シリカゲルおよび毛細管に凝縮した吸着物質の熱 - 東北大学

ナニカうむらっとむ
.氏名
高村勉
授与学位
理学博士
学位授与年月日
昭和33年3月25日
学位授与の根拠法規
学位規則第5条第1項
研究科,専攻の名称
東北大学理学研究科
(博士課程)化学専攻
学位論文題目Calorimetricstudiesonsilica
gelandadsorbatecondensedinthemicropore
(シリカゲルおよび毛細管に凝縮した吸着物質の熱
量的研究)
中信
東北大学教授
田
中信
東北大学教授
積
東北大学教授
小
泉正
行行宏夫
東北大学教授田
安
論文審査委
官員
指導教
論文内容要旨
Bulkの液体あるいは固体についての物性的研究は最近めざましい発達をとげその研究分野は
bulk相にとぜもらず,コロイド相の領域にも拡がってきた.
コ・イド相のもつ特質として第1にあげられるのは吸着現象であるが,1グラムあたり数百あ
るいは数千平方メートルにおよぶような過大な自由表面積は,吸着の問題のみならず,他の物性
的性質に対しても大きな影響をしめす場合がある.たとえば,比熱はbulk相においては加成的
であるが,同一物質の同一質量について比較してみてもコロイド相ではbulk相におけるとは異
なる比熱曲線がえられることが明らかになってきた.表面の影響が内部にまでおよべばコロイド
粒子を構成している原子あるいは分子の配列がbulk相においてはみられない様相をしている可
能性がある.コロイド粒子の特質がどこまでbulk相の諸性質にもとづいて記述できるかは興味
ある問題である.
本研究では,多孔質ゲルおよびこの毛細管内に凝縮液化している吸清質の熱的性質において,
いかなる,・款にコロイドとしての特有性がしめされ,いかなる、点ではbulk相と類似しているかを
定量的に解明することを目的とした.実験はおもに断熱々量計による比熱曲線測定により,あわ
せて吸着等温曲線を測定して解析を試みた.比熱測定法は古典的方法ではあるがコロイド相の研
究には非常に有用な手段であることをついでながらしめした.
第1章ではシリカゲルーベンゼン吸着系の後期吸着過程を毛管凝縮理論の立場から解析した結
果について述べる.
多孔質ゲルに対するガス吸着の過程において,吸着が進行すれば毛管凝縮現象がおこり,吸着
質はゲルの毛細管内に凝縮,液化することが明らかになっている.けれどもいかなる吸着量に達
すると毛管凝縮機構が支配的になるか,あるいは,液化した吸着質の性質は吸着量によって異な
るものであるかなどについては明らかにされていない.これらの点を究明するのが本実験の目的
である.
市販シリカゲルを入念に紛砕して賦活した後カロリメーター容盟に充填しこれに一定量のベン
ゼンを273.2。Kで吸着せしめ,冷却する.
90。Kまで冷却した後徐々に加熱しつつこの吸蒲系の比熱を280。Kまで測定した.かくして
えた比熱曲線からあらかじめ求めたゲル自体の比熱曲線をさし引いて吸着ベンゼンの比熱曲線を
えた.吸着量を単分子層形成量以.『二で種々変えてえたおのおのの比熱曲線はベンゼンの正',1哲融点
よりも20。もしくはそれ以上低い温度にピークをもつ、毛細管内に凝縮し液状となっているベン
ゼンが冷却によって固化し,次の加熱によって融解し,この際潜熱を吸収するためにピークが現
われたのである.比熱曲線を解析して求めたこのピークに対応する潜熱の値はbulkベンゼンの
融解の潜熱にほ寸等しく,吸着量には殆んど関係ないことがわかった.
また276.2。Kにおける微分吸着熱測定の結果も第一層以外にある吸着ベンゼンはbulkの液
体ベンゼンに近い性質を'もっことをもの語っている.
したがって本吸着系については,毛管凝縮機構は単分子層形成後すぐに支配的となり,第一層
以外にある吸着ベンゼン分子はゲルの毛細管内に凝縮,液化してbulk液体とほず等しい性状を
たもっていると結論した.
第2章では,非常に狭い毛細管内にとじこめられた液体の凝固および融解温度を核生成理論の
立場から理論的に考察した.
非常に狭い毛細管の中の液体ではそのメニスカスに働らく表面張力の影響が無視できなくなる
から,毛細管中の凝固あるいは融解温.度はbulk相のそれとは異なるものであると考え,これら
温度と毛細管の半径との問の関係を定量的に論ずをことを目的とした.
まずbulk相において,融解温度丁。、。と過冷却液体の凝固温度宥。とを考察し,
一27一
7㌧,、。=∠λ/海∠BおよびT∫。=(オλ一2σLSッs/〆=)/海JB
であたえられる関係式をえた.こ・に∠λはbulk相1分子あたりの融解の潜熱,∠Bは同じ
く1分子あたりの融解におけるエントロピー項,ゐはボルツマン定数である.また亀Sは液相中
に生成した同相核の表面に働らく界面張力,伽は固相1分子あたりの体積で,プ:…=は固相核の臨
界の大きさ(半径)である.
一方,半径〆なる毛細管の中の液体について考察し,その平衡凝固温度乃および融解温度
丁,、、につき
T,,,={∠∫λ一(2びしα/〆)}/{々∠B一(2zノ乙6/〆)}
および
7}・={∠λ一(2∂Lσ/〆)一(2σ乙sび8/7=1;)}/{ゐ4B一(2zノ乙δ/プノ)}
をえた.ここに砺は液相1分子あたりの体積,αおよび6はそれぞれ液相の表面張力をα一δT
なる形で表わしたときの定数である.
以.Eの式から次のことが演釈される.1)毛細管中の液体の融解温度はbulk液体の融、点より
低く,毛細管中の液体では凝固温度は,融解温度より低い.2)毛細管中の液体の融解あるいは
凝固温度は毛細管の半径が小さい程低い.
第3章では,前章における理論的考察の実験的裏付けについて述べる.
粉砕,賦活したシリカゲルに276。Kでベンゼンを吸着せしめ,190。Kまで徐々に冷却しつつ
微分冷却曲線を測1定した.つぎに280。Kまで徐々に加熱しつ・微分加熱曲線を測定した.吸着
量を種々かえて同様の測定を行ったところ,吸清拭の最も少ない,単分子形成量に近いばあいを
除いたすべての曲線にピークが現われた.このピークはゲルの毛細管内に凝縮,液化したベンゼ
ンによるもので,冷却のさいの凝固あるいは加熱のさいの融解にもとづくものであることをたし
かめた.同一吸着景では,冷却曲線の方が加熱曲線よりも低温側にピークの位置があり,また吸
着量が少ない程低温側にづれる.
吸着平衡圧にThomsonの式を適用して毛管半径を求め,これを用いて融解温度と凝固温度の
差を理論式から計算し,実験値と比較したところ,各吸着景でよい一致をみた.
ベンゼンの代りに水をシリカゲルに吸着させ,吸着量を一定とし,冷却前の熱処理法を種々か
えた各試料につき,微分冷却曲線および微分加熱曲線を測定した.その結果,冷却前高温に長時
間たもっと最低の凝固温度がえられ,凍らせた後融解させ,再び直ちに冷却すると最も高い凝固
温度がえられるが,いずれも融解温度よりは低いということがわかった.これらのことがらにつ
いても核生成理論により妥当な説明がなされた.
第4章では,シリカゲルの結晶性と吸着量の熱処理による変化を取扱つた.シリカには水品,
鱗珪石,クリストバル石およびガラス状石英などの変態があり,これらのいずれもが常温で比較
的安定に存在するが,シリカゲルの骨組が、一L記のどの形に属するか,または,骨組の変化が吸着
景の変化を伴うかなどについては定見がない.この結品性および吸着能の問題を解明する目的で
次の実験をおこなった.
市販シリカゲルを紛絆し,1350。K,1073。K,873。Kおよび630。Kの各温度で2∼1011葦間加
熱する.冷却後これらの試料につき比熱曲線を320。Kから630。Kの温度範囲で測定した.ま
た比熱測定終了後,各試料に対するベンゼンの吸着等温曲線を273.2。Kで測定した.
えられた比熱曲線の形状は試料によって異なり,各曲線に1つあるいは2つのピークが現われ
た.1350。Kで5時間処理した試料の一つは完全にクリストバル石に変形していることが比熱曲
線における鋭いピークとX線写真とによって確められた.1073。K以下で処理した試料もある
程度クリストバル石あるいは鱗珪石への移行をしめした.一方吸着等温曲線の形状は1350。Kで
処理したものを除きほとんど変化せず,表面積,飽和吸着量および吸着熱などにもきわめて大き
一28一
な変化はみられなかった.
以一■Eのことからシリカゲルには,クリストバル石あるいは鱗珪石の結晶構造がある程度存在
し,その結晶型は1000。K以下の簡単な熱処理でも変化すること,およびゲルの内部構造と,物
理吸満二に関する吸着能との間には,いちぢるしい相関々係がないことが結論された.
幽」
0.5
蕊
43
00…
.boω℃.bo\.罵Q.薫』→
ゴ 〆'二
500
'一 ニ二 '一
一一
一
一
一
一-
づ
一1
一一
ヂー
一'・
400
-一づ
づ'・
'一・
禦
0.2
0
一
600
温度,。K
.ヌ一
一、」
(■」-
1
比熱曲線の一例:1073。Kで熱処理したシリカゲルの比熱曲線
熱処理時間:02時llll,⑭5時間,^10r劇IU
一・一・一水晶7一一一一ガラス状石英
29一
審査結果要旨
高村勉提出の学位論文はCalorimetricstudiesonsilicagelandadsorbatecon(1ensed
hlthemicropore(シリカゲルおよび毛細管に凝縮した吸着物質の熱量的研究)と題し英文4章
より成り,熱if圭測定によるシリカゲルーベンゼン吸着系における毛管現象の確認(第1章),微小
毛細管に捕捉された液体の融解及び凝固現象の理論的解明(第2章),シリカゲルの毛細管に凝縮
したベンゼン及び水の融解及び凝固温度(第3章),熱容量曲線から判明したシリカゲルの結品性
と吸着能の関聯性(第4章)を扱ったものである.
これら4章を通じての本論文の主要点は次の通りである.
1)毛細管の中にとちこめられた液体の凝固温度婿および融解温度丁,、、は毛細管の半径〆
に依存することに着rrし,核生成理論の立場から理1論的に考察して次式を導出した.
T,、、一7「∫=(2σ乙s∂8/7=…=)/1々∠'石心(2∂L6/7ノ)}
こ\にσ総は着目物質の液一固問界面張力,死および∂sはそれぞれ液相および固相の分子容,
γ:…=は固相核の臨界の大きさ(半径)であり,∠βはや1融解にさいしてのエントロピー変化の項,
海はボルツマン定数である.また,δは液体の表面張力をσ一ポTであらわしたときの定数であ
る.この式から次の結論が得られる.i)〆>10Aでは分1;llは正とみなしうるからT,,,一7}>0,
すなわち毛細管中液体の凝固温度は融解温度よりも低い.ii)〆の小さいほどT,、,が低いことが
別の式から期待される.したがっての・も〆が小さい程低い.
2)シリカゲルの毛細管内にとぢこめられたベンゼンはbulk相とほぜ等しい融解潜熱をもつ
ていることに着卜1し以■トの理論的帰結を実験1約に確めた.すなわち,微分冷却および加熱曲線測
定により各吸着量にたいする乃およびT、、,を実測した.一方,各吸着量における平衡蒸気圧を
測定し,Thomson式を用いておのおのに対する〆をもとの〆=7'…:とおいてT,,,一7}を計算
し,実測値とよい一致を示すことを確認した.さらに水につきシリカゲル毛管内でのT∫を測定
し,冷却前の温度処理をかえればことなるT∫がえられることをたしかめ,この現象を一1二記理論
により合理的に説明した.
3)シリカゲルの結品性については定見がなかったが,種々熱処理法をかえたシリカゲルの比
熱曲線を測定,あらわれたピークを解析してゲルには種々の糸、ヤ品構造が存在することを確認した.
以.L要約した本論文の結論はいずれも極めて興味深い,かつ重要な事実であり,無機物理化学
に貢献するところ大なるものがある.
よって審査員は,高村勉が理学博士の学位を受ける資格あるものと認める・
一31一