性器ヘルペス感染症の無症候性ウイルス排泄とワクチンの有効性について

産婦人科教室抄読会
平成 25 年 7 月 1 日
NAME
松尾
幸城
TITLE
性器ヘルペス感染症の無症候性ウイルス排泄とワクチンの有効性について
BACKGROUND
 性 器 ヘ ル ペ ス (GH : Genital Herpes) は 、 性 感 染 症 (STI : sexually transmitted
infection) の 1 つで単純ヘルペスウイルス (herpes simplex virus : HSV) 1 型 (HSV-1)
または 2 型 (HSV-2) の感染によって、性器に浅い潰瘍性または水疱性病変を形成する疾患
である。
 GH は、女性の STI で第 2 位であり、初感染は HSV-1 、再発型は HSV-2 が多い。①②
 性器に感染した HSV は神経節に潜伏感染し、時々再活性化され、知覚神経を下降し、粘膜
に出現する。③
 GH 感染者の約 7 割は感染源となった患者に自覚症状はなく、無症候性ウイルス排泄にて感
染拡大の要因となっている。④⑤⑥
 治療には、アシクロビルやバラシクロビルが投与されるが、再発を年 6 回以上繰り返す症
例には再発抑制療法(バラシクロビル<500 mg> 1 錠分 1 / 1 年間)が有効。⑨⑩⑪
 再発抑制療法にて、パートナーの HSV-2 による初感染を 75%低下させ、ウイルス排泄日数
が 73%減少した
 ワクチン(特に HSV-2)により初感染を防ぐため、80 年前から開発がされてきた。2002 年
に HSV-2 サブユニットワクチンの HSV-1・HSV-2 抗体陰性女性の性器ヘルペスに対する有
効率は 73 %という先行論文がある。ただし、HSV-1 または HSV-2 抗体陽性のパートナーが
いる者が対象であったり、男性および HSV-1 陽性女性における有効性を認めない結果とな
っていた。⑫
SUMMARY
 カナダおよびアメリカで HSV-1・HSV-2 抗体陰性の 18~30 歳の女性 8323 名による、試験
ワクチンの無作為 2 重盲検有効性試験を行った。⑬-⑯
 全体的にはワクチンの有効性は認められず、性器ヘルペスに対するワクチン有効性は 20%
(95%信頼区間 [CI] -29~50)であった。
 HSV-1 性器ヘルペスに対する有効性は 58%(95% CI 12~80)であり、HSV-1 感染に対する
ワクチン有効性(発症の有無を問わず)は 35%(95% CI 13~52)であった。
 しかしながら、HSV-2 感染に対する有効性は認められなかった(-8%,95% CI -59~
26)。
 現在のところワクチンの臨床応用は実現しておらず、感染を防ぐための啓蒙や指導が必要
である。また、無症候性ウイルス排泄による感染拡大を念頭において診療をするべきであ
る。
REFERENCE
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
8)
9)
病原微生物検出情報月報 2008; 29: No9 ①②
Mertz GJ et al. Ann Intern Med 1992; 116: 197-202 ④
Wald et al. N Engl J Med 1995; 12: 770-775 ⑤
Wald et al. J Clin Invest 1997; 99(5):1092-1097 ⑥
産婦人科 診療ガイドライン 婦人科外来編 2011 ⑨
Corey L et al. N Engl J Med 2004; 350: 11-20 ⑩⑪
Stanberry LR et al. N Engl J Med 2002; 347: 1652-1661 ⑫
Robert B Belshe et al. N Engl J Med 2012; 366: 34-43 ⑬-⑯
性感染症 診断・治療ガイドライン 2011
性器ヘルペス (GH : Genital Herpes)
性感染症 (STI : sexually transmitted infection) の1つで単純ヘルペスウイルス (herpes simplex virus : HSV) 1型
(HSV-1) または 2型 (HSV-2) の感染によって、性器に浅い潰瘍性または水疱性病変を形成する疾患。
【疫学】
・ 10万人・年対罹患率: 男性 約40 人, 女性 約70 人 (1年間に女性は、約5万 人の新規感染)。
・ STIで女性の第2位 (男性は第3 または 4位)。
①
・ 10代後半~20才台に多いが、他のSTIより高齢者にも多い。
②
* STIのうち、性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、尖圭コンジローマ、淋菌感染症は、
感染症法による、STI 定点から毎月報告されている。
① 月別性別性感染症定点報告数の推移
1999年4月~2007年12月
② 性感染症定点報告疾病別の性別年齢分布
2000年~2007年
女性
性器ヘルペス
↓
病原微生物検出情報月報 2008
【原因】
単純ヘルペスウイルス (herpes simplex virus : HSV)
・ 初感染は1型、再発型は2型が多い
初感染 HSV-1 : HSV-2 = 70 : 30
再発型 HSV-1 : HSV-2 = 10 : 90
【感染病理】
性器などに感染したHSVは、感染部位の神経末端に入り、知覚神経を上行し神経節に潜伏感染する。
HSVは、時々再活性化され、知覚神経を下降し、粘膜などに出現する。
③
【症状】
1) 初感染初発 : 初感染から発症。感染後 3-7日に発症。外陰部痛、水泡、潰瘍、発熱、鼠径リンパ節腫
脹など。
2) 非初感染初発 : 無症候性感染から発症。
3) 再発型 : 以前に発症し再発。症状は比較的軽度。
4) 無症候性ウイル排泄 : GHにおいて、症状が認められない時期にも、性器やその周辺にウイルスが
存在(排泄)している状態。(感染拡大の一因と考えられている。)
④⑤⑥
④
31%
69%
前駆症状発現時
に感染
無症候性ウイル
ス排泄時に感染
Mertz GJ et,al : Ann Interm Med (1992)
GH感染の約7割は感染源と
なった患者に自覚症状がない
ときに起こっている。
⑤
男性、女性ともにHSV-2感染者の方がHSV-1感染者
よりも無症候性ウイルス排泄日数の割合が高い
無症状の期間にウイルス分離にてHSV陽性であった割合
Wald et al : NEW Engl J Med (1995)
⑥
対象 : GHに感染後243日目の女性
方法 : 80日間、子宮頸部および外陰部のスワブで
毎日採取。PCRにてHSVのゲノム数を測定
Wald et al : J Clin Invest (1997)
HSVは症状がない時にも子宮頸部および外陰部へ排泄され、感染拡大の要因となる
【診断】
臨床症状で判断することが多い。
外陰部所見 : 性器に有痛性の浅い潰瘍や水泡。
左右対称。多発。
⑦
⑦
⑧
【検査】
抗原診断 : HSV抗原の検出
・HSV分離培養法 – 時間と費用がかかる。
・蛍光抗体法 – 感度が低い。
・細胞診 – ウイルス性巨細胞。 ⑧
血清抗体価測定法 (ELISA, IgG・IgM) : 診断には慎重を期する。
・IgM – 初感染から1週間後に検出。
・IgG – 成人の50%が保有。
【治療】
軽症 : アシクロビル(200mg) 5錠分5 /5-10日間 または バラシクロビル(500mg) 2錠分2 / 5-10日間
重症 : アシクロビル静注 5mg/kg/回 8時間毎 7日間
再発抑制 : 再発を年6回以上繰り返す症例に、バラシクロビル(500mg) 1錠分1 / 1年間
⑨⑩⑪
ワクチン開発によって、初感染を防ぎたい
⑫~⑯
⑨
⑩
産婦人科 診療ガイドライン 婦人科外来編2011
Corey L, et al : N Engl J (2004)
再発抑制療法でパートナーへのHSV-2によるGH初感染リスクが75%低下
⑪
ウ
イ
ル
ス
排
泄
日
数
の
割
合
(%)
HSV-2 の排泄日数の割合
10.8
12
10
8
6
4
2
0
%
73%
バラシクロビルによる再発抑制療法により、
ウイルス排泄日数の割合が有意に減少
2.9 %
プラセボ
valacyclovir
Corey L et al : N Engl J Med (2004)
⑫
L.R. Stanberry et al : NEW Engl J Med (2002)
パートナーが HSV-1 または HSV-2 抗体が陽性で、HSV-2サブユニットワクチンの HSV-1 ・ HSV-2 抗体
陰性女性の性器ヘルペスに対する有効率は73 %。
男性および HSV-1 陽性女性における有効性は認めず。
⑬
方法 :
・ HSV-1・HSV-2 抗体陰性 女性 8323名
・ 18 – 30歳
・ 無作為2重盲検法
・ 0, 1, 6ヶ月の時点に、試験ワクチンまたはA型肝炎ウイルスワクチンを接種
試験ワクチン : HSV-2 由来の糖蛋白D と ミョウバンおよび3-o-脱アシル化モノホスホリル脂質A
主要エンドポイントは、2ヶ月目~20ヶ月目における、HSV-1・HSV-2 のいずれかによる
性器ヘルペスの発生および感染予防
⑭
⑯
⑮
結論
HSV-1 ・ HSV-2 抗体陰性の一般女性の集団において、試験ワクチンは HSV-1 に
よる性器ヘルペスおよび感染の予防に有効であった。
しかし、再発リスクの高い HSV-2 による性器ヘルペスおよび感染の予防には有効で
はなかった。
↓
製薬会社や大学で HSV ワクチンの開発が行われているが、
現在のところ臨床応用には高いハードルがある
まとめ
• 女性の性器ヘルペスは STI の第2位である。
• HSV の感染により HSV は神経根に潜伏し、時々症状を発症するため、初感染を防
ぐことが重要である。しかし、現在のところ有用なワクチンの開発に成功していない。
そのため、感染を防ぐための啓蒙や指導が必要である。
• 無症候性ウイルス排泄という状態を理解し、感染拡大の可能性を念頭に置いた指導
や治療を行うべきである。
• 再発を繰り返す場合は、再発抑制療法が効果を示す。