1 - 帝国書院

①
●
②
●
③
●
写真で見る社会科
今も残る負の遺産 ポーランド
④
●
ルシャワ歴史地区として1980年に世界遺産に登録された。
もう一つ、ポーランドで忘れてはならないものがある。
ポーランドの歴史は、異民族による侵攻とそれに対す
映画「シンドラーのリスト」でも登場するナチスドイツ
る抵抗の歴史でもある。かつてドイツとソ連という大国
の強制収容所アウシュビッツ(ポーランド語でオシフィ
に挟まれていたため、悲劇の歴史を歩んできた。第二次
エンチム)である(写真③)
。第二次世界大戦中、この
世界大戦は1939年ヒトラーのナチスドイツによるポーラ
ガス室を持つ絶滅収容所で殺された人々の数は、ユダヤ
ンド侵攻から始まっている。その後のドイツとソ連によ
人を中心に28の民族、150万人といわれている。この悪
る分割で国土がなくなってしまった上に、大戦の中で破
名高い収容所は、ポーランド南部の古都クラクフの西約
壊の限りを尽くされた。ポーランドはその悲劇の歴史を
50㎞に位置し、1979年人類の負の遺産として世界遺産に
乗り越えて立ち直った。大戦末期の1944年8月、ワルシ
登録された。このように保存し、それを後世に伝えてい
ャワ市民は一斉蜂起し、優勢なナチスドイツ軍と2か月
くことによって、二度とあのような過ちは犯してはなら
間もの間戦い続けた(写真④銃を持ってドイツ軍に抵抗
ない、次の世代にも繰り返させてはならないという、強
する少女の像)。その抵抗の激しさに驚いたドイツ軍は、
い意志がここに表れている。クラクフはかつてポーラン
建物を片っ端から焼き払い、ワルシャワの街を徹底的に
ド王国時代、首都として栄えた街であり、ヴィスワ河畔
破壊した。市街の8割以上が灰燼に帰し、市民の犠牲者は
の丘にそびえる王宮には、歴代のポーランド王が住んで
20万人以上にも上った。このように都市の形をとどめぬ
いた。第二次世界大戦で多くの都市が破壊された中、ク
ほどに破壊され尽くした首都ワルシャワの姿は、今も旧
ラクフはドイツ軍の司令部が置かれていたため戦災を免
市街のあちこちで当時の写真を見ることができる。大戦
れ、現在に中世のたたずまいを残している貴重な街であ
後、ワルシャワ市民は、戦前の写真や画家が描いた絵な
る。クラクフは、よく日本の京都にたとえられ、その歴
どの記録を頼りに「壁のひび1本」に至るまで忠実に復
史的な町並みは1978年に世界遺産に登録された(写真①
元し、旧市街を元通りに復興した。ここに歴史に翻弄さ
旧市街)
。
(浜松市立湖東中学校 鈴木孝昭)
れてきたポーランド人の不屈の精神を感じることができ
る。破壊から復興した旧市街(写真②市場広場)は、ワ
写・真・募・集
このコーナーの「カラー写真」を募集しています。国内・
海外で撮影された社会科の写真を、資料編集部「中学校社会
科のしおり」係までお送りください。
新学習指導要領・虎の巻 1
思考力・判断力を培うために、
「習得」
・
「活用」
・
「探究」
の学習を活かす
−社会科授業改革の実質化をめざして−
地 理
歴 史
鳴門教育大学大学院学校教育研究科准教授 梅津正美
1. 問題の所在
よび歴史的事象を対象に論じていく。
授業で、教師と生徒の間でやり取りされる
「習得」
・
「活用」
・「探究」は、新学習指導
歴史的事象に関わる知識は、その質の違いに
要領が提案する授業改革のキーワードとなっ
着目して「歴史的知識の構造」として捉える
ている。だが、社会科の授業・学習材づくり
ことができる。まず、教師や生徒の歴史理解
と実践という観点からすると、これら3つの
の中身を示す知識は、
「事象記述」「事象解釈」
用語は、基本的に学習方法・活動を示してお
「時代解釈」「社会の一般理論」「価値的・評
り、
目標(何のために)と教育内容(何をこそ)
価的知識」の5層で構成されるものととらえ
とを示していない。目標・内容・方法を貫く
ておきたい。以下に事例を示す。
授業構成論を示せていないので、これら3つ
漓事象記述
の用語の定義に関する議論を繰り返しても実
特定の事象に関する事実そのものを記述した知識。
際的・具体的な授業改善の手だては見えてこ
事例:
「正長元年(1428年)
、農民(土民)が武装
ない。新学習指導要領の総則によれば、目標
して蜂起し、酒屋や土倉、寺院などを襲った。
」
としては、
「思考力・判断力・表現力等をは
特定の事象に関する事実を解釈し、原因、結果、
思考し判断した内容を説明する技能なので、
目的、意義などを説明した知識。
実質的な教育目標は、「思考力・判断力育成」
事例:
「農民は、幕府に対して徳政を要求するた
である。また、内容は、「知識・技能」である。
めに、一味神水により一揆を結んだ。
」
個別の事象(事実)の解釈を総合して、広い時間
究」する授業の組み立て方・類型・意義につ
的範囲にある時代の社会の性格・本質を説明した
いてであろう。
知識。
事例:
「室町時代の人々は、武士から庶民までが
自力救済という考え方によって行動していた。
」
潺社会の一般理論
内容教科である社会科において、「思考力・
個々の事象の起因や影響を説明するのに用いられ
判断力」を授業づくりの実際と結びつくよう
る一般的・概念的な知識。
に根拠づけていくためには、
「思考力・判断力」
事例:
「生産力と生産関係の発展を基盤に、社会
と「知識」
、
「思考技能」との相互の関わりを
の発展は引き起こされる。
」
(史的唯物論)
説明しなければならない。以下、歴史授業お
社会科
澆時代解釈
ぐくむ、
「知識・技能」を「習得」
・
「活用」
・
「探
2. 社会科授業における「思考力・判断力」
のとらえ方−歴史授業を事例として−
地 図
滷事象解釈
ぐくむため」と示されている。「表現力」は、
議論すべきなのは、「思考力・判断力」をは
公 民
潸価値的・評価的知識
1
個々の事象を、解釈内容をふまえて価値的・評価
(社会的判断力育成型)、澆歴史的事象に関す
的に判断した知識。
る解釈の背後にある価値観や立場性を読み解
事例:
「一揆を起こした農民の行動は、許される。」
き吟味していく能力を培う授業(批判的思考
「一揆を起こした農民の行動は、許されない。」
力育成型)、の3類型である。これら3類型は、
これらの歴史的知識は、授業の実際におい
知識と思考技能とが一体となった「社会科歴
ては、生徒たちに、学習問題(問い)に対す
史学習」に固有の思考力・判断力を育成する
る資料活用をふまえた思考・判断の結果とし
授業の基本型である。
て習得されていよう。こうした考え方にもと
づいて、歴史授業における「思考力・判断力」
と「問い」
・
「知識」の関わりは、表1のよう
に整理して示すことができる。
4. 歴史授業の実際にそくした「習得」・
「活用」・「探究」の把握
∼「元寇」学習を事例として∼
表1.授業における「思考力・判断力」と「問い」・「知識」の関わり
問 い
いつ、どこで、誰が、なにを。
知 識
成型の場合]「元寇」学
事象記述
習は、一般に、「元寇」
事象の原因、結果、意味や時代
事象解釈
の背景・経過・結果を、
の社会の意義・特質を解釈し説
時代解釈
思考力・判断力とその内容
事実判断
資(史)料をもとに、事実を判
断し記述できる。
なぜか、
(その結果)どうなるか、
推 論
(時代の社会の)本質はなにか。
明できる。
∼よいか(悪いか)、望ましい
価値判断
いかに∼すべきか。
社会の一般理論
事象を評価的・規範的に判断で
きる。
か(望ましくないか)。
意思決定
価値的・
評価的知識
論争問題や論争場面において望
価値的・
ましい行為や政策を根拠にもと
評価的知識
づいて選択できる。
その解釈の背後にはどのような
価値観や立場性があるか。その
批判的思考
歴史解釈(言説)に内在する価
値・立場を吟味できる。
メタ知識
(知識を解釈する
解釈は、どのような手続き・方
歴史解釈(言説)の主張の手続
法により主張されているか。
き・方法を吟味できる。
3. 思考力・判断力を培う歴史授業の類型
2
[事例1:社会認識力育
ための知識)
「なに」「どのように」と
いう問いを中心に時系列
に従い教授・学習してい
くものになっている。こ
うした授業は、その途中
で資料の活用場面がある
にせよ、基本的には事象
記述・事象解釈の「習得」学習となる。こう
した授業に対して、本質的な問題点を指摘で
歴史授業における「知識」「思考技能(問
きる。すなわち、生徒たちが、13∼14世紀の
いと資料活用の技能)」「思考力・判断力」を
日元関係を「戦争状態」として理解するとと
相互に結びつけてとらえることにより、歴史
もに、
「元」は「侵略者」「恐ろしい国・集団」
授業で育成しようとする生徒の思考力・判断
と一面的に評価し理解することである。こう
力の質・内容を視点に、次に示す3つの授業
した歴史理解を相対化・多角化するために、
類型を設定することができる。すなわち、漓
帝 国 書 院 版 教 科 書p.80∼p.81の「 歴 史 に 挑
事実判断を基盤に、歴史的事象間の関係や時
戦! 新安沖で見つかった沈没船のなぞ」に
代の社会の意味・本質を推論し解釈する能力
もとづく授業を組み込むことができる。授業
を培う授業(社会認識力育成型)、滷歴史的
は、生徒自身に、沈没船の遺物についての情
な論争問題・場面に対応する複数の政策・行
報をもとに推論させ、14世紀初頭の日元関係
為の選択肢を、
事実を根拠に評価(価値判断)
を民間ベースの海上貿易の観点から解釈させ
し選択(意思決定)していく能力を培う授業
説明させる。そして、14世紀の東アジアに、
「国
家」の枠組みを越えた民間の海上交易ネット
「朝廷の威光を辺境に及ぼす遠征」の意味が
ワークが存在していたという時代の社会につ
あること、そして時期的には幕末明治期から
いての解釈(時代解釈)をつかませるのであ
これらの用語が広く使用されたことを理解す
る。
事実判断・推論という思考を通して「習得」
る。そして、その意図・意味を推論していく
した時代解釈を「活用」して、13∼14世紀の
ことを通じて、政治史や国家史に関する歴史
日元関係についての歴史理解を相対化・多角
用語や呼称が、しばしば支配者側から付けら
化していくのである。
れた表現になっており、時の権力や国家体制・
[事例2:社会的判断力育成型]教科書p.60
政策を擁護する歴史理解を促すことをつかん
の側注資料「元からの服属を求める手紙」を
でいく。この授業により生徒が「習得」する
もとに「北条時宗の立場に立ってフビライへ
知識は、歴史を理解し記述することについて
の返事を書こう」という学習問題を設定でき
の「概念的な枠組み」である。こうして「習
る。この問題は、時宗の立場で、日元外交に
得」された概念的な枠組みは、次の時代に関
関する政策判断を問う歴史的論争場面を提示
わる用語・事実・解釈の記述の読み解きと吟
している。生徒たちには、「元とはどのよう
味に「活用」されるし、生徒たちを取り巻く
な国家なのか」
、
「フビライはなぜ日本に服属
現代社会のおびただしいメディア・情報の分
を求めてきたのか」
、「時宗のころの幕府の政
析・吟味にも「活用」されよう。そうした概
治はどのようであったのか」、「その時代の日
念的な枠組みの「習得」・「活用」の学習の積
本社会はどのような状況だったのか」等の問
み重ねを通じて、メディアをめぐる現代社会
いにもとづいて調べ活動を促す。調べ活動を
の諸問題の「探究」が開始されるであろう。
通して「習得」した事実を根拠に理由づけを
構成させ、
「フビライの要求を受け入れるか否
地 理
歴 史
公 民
地 図
社会科
5. 結論
か」についての決断・主張を記述させ、クラ
社会科授業改革として実質的に求められて
スで討論することを通して生徒たちに社会的
いるのは、新要領に示された「習得」
・
「活用」
・
判断力を培うことをめざす。本授業の教育内
「探究」の抽象的な定義論(「∼とは」論)で
容は、時宗の立場からの政策判断の結果では
はない。生徒たちに思考力・判断力を培うた
なく、判断の過程で「活用」された主張・理
めに、社会事象に関わる個別の知識(事象記
由づけ・事実からなる「議論の枠組み」である。
述・事象解釈)の教授・ドリル・暗記・再生
[事例3:批判的思考力育成型]教科書p.60
の授業を転換し、生徒が、時代解釈や概念的
∼p.61の記述をもとに、次のような授業を構
な枠組みを、資料活用をふまえた推論過程、
想できる。授業は、まず、教科書掲載の「蒙
議論の過程、批判的吟味の過程を通じて「習
古襲来絵詞」が促す「元軍=侵略軍・悪い軍」
得」し、それらの知識内容を他の時代や事象
という歴史理解を、御家人・竹崎季長の立場
の解釈・理解に「活用」していく授業を組み
や意図の追体験を通じて把握させる。次に、
立て実践していくことこそ重要である。そう
「元寇」
「文永の役」「弘安の役」という歴史
した学習を基盤に、生徒自らが現代社会の諸
用語が日本側の造語であり、「寇」は「どろ
問題の「探究」にむかっていくような学習の
ぼう」
「侵略者」の意味をもつこと、「役」は
発展を構想したい。
3
授業
研究
中学生の
新学習指導要領による地理の授業案
∼世界の諸地域̶ヨーロッパ州∼
地 理
1
元全国中学校社会科教育研究会会長 高山昌之
されている。綿密な指導計画の立案と指導法
世界の諸地域学習の復活
今回の学習指導要領改訂の特色の一つは、
世界の諸地域学習の復活ということである。
昭和52年版学習指導要領の「世界の諸地域」
に当たる内容が復活したということである。
の工夫が求められるゆえんである。
ここに示したのは、その一つの試案である。
2
ヨーロッパの指導計画
(1)指導計画作成の意図
ただし、復活といっても、かつてのものがそ
世界の諸地域学習については、中学校学習
のまま復活したわけではなく、世界を六つの
指導要領解説「社会編」には、
「州ごとに様々
州に区分し、州別に主題を設けて地誌的な学
な面から地域的特色を大観させ、そのうえで
習をさせるという新しい形で再登場したとい
主題を設けて地域的特色を理解させること」
うことである。
とあり、州ごとの主題例も示されている。従っ
世界の諸地域学習が復活した理由の一つは
て、ここではヨーロッパ州を取り上げ、例示
学生・生徒の世界地理に関する知識の不足が
された「EUの発展と地域間格差」を主題と
各方面から指摘されたことにある。そのため、
して設定し、その指導計画と展開例を、試案
世界に関する学習内容が増加したといういき
として提示することにした。
さつはあるが、それに見合った時間数のプラ
まず、基礎的・基本的な知識・技能の習得
スが十分でないため、内容の消化不良が心配
をめざして、ヨーロッパ州の地域的特色を大
観させる学習を行う。そこで修得した知識・
技能を活用して、EUの政治的・経済的統合
によってヨーロッパ州の人々の生活がどのよ
うに変化しているかを追究させ、ヨーロッパ
州の地域的特色をとらえさせる。あわせて、
EUと我が国とのかかわりについても考察さ
せ、我が国の国土認識に生かすようにする。
なお、ヨーロッパ州とアジア州にまたがる
ロシア連邦については、内容の分量に配慮し
て、この州で取り上げ、その地域的特色を概
観させる学習を行わせることとした。
4
中学生の 地 理
(2)指導計画 7時間扱い
地 理
第1時 面積の小さい国が多いヨーロッパ州
漓日本より広い国、おもな都市
滷二つの州にまたがるロシアの領域
歴 史
澆広い平原と高峻な山脈
潺緯度の割に温暖な気候
第2時 キリスト教をもとに発展した文化
公 民
図1 ヨーロッパの宗教(地図帳 p.45)
漓教会のあるまち
滷三大別できる民族と宗教(図1)
澆キリスト教に根ざした文化
地 図
第3時 自然環境に合った農業(図2)
漓広い地域に見られる混合農業
滷冷涼地域の酪農
澆地中海沿岸地域の農業
社会科
第4時 世界に先駆けた近代工業(図3)
漓綿織物・毛織物から始まった工業
滷石炭や鉄鉱石産地に発展した工業
澆伝統やデザインを生かした工業
潺変化する工業と工業地域
第5時 大きく変わったロシアの産業と生活
図2 ヨーロッパの農業地域(地図帳 p.43)
漓広い国土と国家の成り立ち人々の生活
滷変化する農業と鉱工業
澆変わりつつある人々の生活
*ロシア連邦の取り扱いについては、時間の関係に
留意し、大観の学習でも関連的に扱い、ここでは概
略的な扱いにとどめるようにする。
第6時 統合を進めるヨーロッパ |本時
漓ECからEUへ(図4)
滷EUのしくみと政治的・経済的結び付き
図3 ヨーロッパの資源・鉱工業(地図帳 p.44)
澆関係しあうEUの国々
潺国境をまたいだ人々の暮らし
第7時 拡大したEUの現状
漓増大する経済力と広がる地域格差
滷調整が難しい政治や環境の問題
澆期待される日本とEUの結び付き
図4 EUまでの歩み(地図帳 p.37)
5
3
本時の指導 ・本時の指導は、ヨーロッパの地域的特色を大観したあと、EUの統合を主題に州の特色を追
究する段階のものである。
(1)本時の学習項目 「統合を進めるヨーロッパ」
(2)本時の目標 漓 ヨーロッパの地域的特色に関する基礎的・基本的な知識を活用し、EU
の統合による地域の変化を追究することを通して、ヨーロッパの地域的
特色を明らかにさせる。
滷 地図や統計等の資料を収集・活用して、地域の特色を総合的に追究し判
断する能力の育成・向上を図る。
(3)本時の展開
分
生徒の学習活動
指導上の留意点
資料
・ECから ・地図帳の資料を見て、 ・ E U 加 盟 国 の 数 と 分 ・地図帳 EUへ
EU成立までの過程に
布、拡大の過程を確
「EUまで
10
ついて話し合う。
認させ、ヨーロッパの
の歩み」
国々が統合を図る理由 (図4)
について考えさせる。
分
導
入
・EUのしくみ ・欧州議会、欧州連合理 ・EUの組織については ・図書館の資
と 政 治 的・
事会、欧州中央銀行な
あらかじめ調べさせて
料
経済的結び
どの組織の概要と運営
おき、班で話し合わせ、 ・インター 付き
の基本について概観す
運営の基本が分かる程
ネット情報
る。
度に簡単にまとめさせ
る。
・統合の象徴である単一 ・ユーロの採用国が導入 ・教科書
通貨ユーロの導入とユ
後 10年間で 16か国に
ユーロの紙
̶ロ採用国の増加につ
拡大し、ユーロの存在
幣と硬貨
いて調べ、その意義に
感が高まっていること (図5)
ついて考える。
に気付かせる。
35
・関係し合う ・EUに加盟することに ・イラストをもとに、全 ・教科書
EUの国々
よって加盟国間で可能
員で話し合わせ、なぜ
EU加盟国
になることを指摘しあ
こういうことができる
間でできる
う。
のかまとめさせる。
こと
・国境をまた ・加盟国間の人々の生活 ・国境を越えて移動する (図6)
いだ人々の
の変化を資料をもとに
労働者、国境を越えて ・地図帳
くらし
追究し、ヨーロッパの
広がる買物圏・通勤圏、 「 労 働 者 の
地域的特色について考
域内の人々のバカンス
移動」
える。
や観光などの具体例を (図7)
取り上げ、ヨーロッパ 「 観 光 客 の
統合の成果に気付かせ
移動」
る。
(図8)
分
展
開
6
学習内容
中学生の 地 理
分
まとめ
5
・EUがかか ・EUは巨大な連合に成 ・今後ヨーロッパの統合
える問題
長しつつあるが、それ
を進めていくうえでの
に伴い、どういう問題
課題をを投げかける程
が発生しているか話し
度にとどめ、まとめに
合う。
代える。
(4)本時の評価 漓 ヨーロッパの地域的特色に関する基礎的・基本的な知識を活用し、EU
の統合による地域の変化を追究することによって、ヨーロッパの地域的
地 理
歴 史
公 民
特色をより明らかにすることができたか。(思考・判断)
滷 地図や諸資料を収集・活用して地域の特色を総合的に判断する能力を向
上・発展させることができたか。(技能・表現)
地 図
社会科
図5 ユーロの紙幣と硬貨(地理 p.123)
図7 労働者の移動(地図帳 p.45)
図6 EU加盟国間でできること(地理 p.123)
図8 観光客の移動(地図帳 p.45)
本稿使用の教科書 地図帳:
「中学校社会科地図 初訂版」 地理:「中学生の地理 初訂版」
7
授業
研究
「アメリカ合衆国を調べよう」
中学生の
∼地図帳の図版を活用した「調べ学習」の展開例∼
兵庫県姫路市立夢前中学校 黒田裕治
地 理
はじめに
第1時
1
【世界に広がる生活や文化】
漓小学校での学習を振り返る。
滷アメリカ合衆国について知っている事
本稿は地理教科書初訂版の「2部3章 世
柄を話し合う。
界の国々を調べよう」の「アメリカ合衆国」
澆世界に広がる生活や文化を発表する。
の授業展開例である。平成21年度から23年度
元であり、指導内容に大きな変化があるわけ
ではない。ただし、新学習指導要領において、
【アメリカ合衆国の成立と住民】
第2時
における移行措置期間においても、必習の単
漓アメリカ合衆国成立の過程を調べる。
滷国土拡大の経緯を調べる。
澆多様な移民の種類と規模を調べる。
「3 内容の取り扱い」に、「盧世界の様々な
潺住民内訳と居住地域の特色を調べる。
地域」を学習してから、「盪日本の様々な地
【アメリカ合衆国の農業】
域」扱うことが明記されている点を留意しな
い」盪のアに以下の記述がある。
漓気候の特色を、日本と比較しながら調
第3時
ければならない。また、「3 内容の取り扱
べる。
滷農産物と農業地域について調べる。
澆小麦と米の栽培地域について調べる。
地理的な見方や考え方及び地図の読図や作
潺大規模な農業経営について、日本と比
図、景観写真の読み取りなど地理的技能を
較しながら調べる。
身に付けることができるよう系統性に留意
【アメリカ合衆国の工業】
して計画的に指導すること。その際、教科
第4時
用図書「地図」を十分活用すること。…略
漓五大湖周辺の工業について調べる。
滷最先端工業の分布について調べる。
澆世界に進出する、アメリカ合衆国の企
これを受けて、今回は、教科書の図版と地
業について調べる。
図帳* を多く活用し、地理的事象を多面的・
多角的に考察するとともに適切に表現する能
(*「中学校社会科地図 初訂版」をさす)
2
8
第5時
力や態度を育てる授業展開例を提案する。
【日本との結びつき】
漓日本との貿易品目について調べる。
滷生活・文化の交流について調べる。
澆日本企業のアメリカ合衆国への工場進
単元の構成について
出と、貿易の課題について調べる。
以上の5時間で構成する。
中学生の 地 理
3
滷アメリカ合衆国拡大の経緯を地図帳p.50
の地図癬「国の成立と移民」で調べさせ
学習の展開
地 理
る。
第1時 【世界に広がる生活や文化】
歴 史
漓小学校での学習を振り返らせる。
ア.国旗の意味について発表させる。
公 民
・赤と白の線の意味
・星の数の意味
・独立当初の星の数
地 図
← 合衆国の国旗(黒板に掲示する)
地図帳p.50
イ.
「多民族の国」といわれる理由を考え
発表させる。
・白人や黒人 ・先住民や移民
滷アメリカ合衆国について、教科書p.113左
の図版「折りこみ10」を見て想起するこ
地図帳p.50 国の成立と移民
・1776年の建国13州から1898年のハワイ
併合までの過程を調べて発表させる。
・「フロンティア精神」という言葉の意
社会科
味を予想させ、発表させる。
澆潺多様な移民の種類と規模を、
地図帳p.50
とを自由に発表させる。
の地図癰「アフリカ系とヒスパニックの
・自由の女神 ・ハリウッド映画
居住地域」および、帯グラフ癲「住民の
・テーマパーク ・ファーストフード
内訳」で調べさせる。
澆世界に広がる生活や文化について、発表
させる。
・コンピュータ関連の会社は?
・清涼飲料水やファーストフードの会社
は?
・野球、バスケットボールなどのプロス
ポーツ
【評価】
漓国旗の意味と、多民族の国であることが
理解できたか。
滷澆身のまわりに、合衆国と関連の深い生
活・文化が多いことを理解できたか。
第2時 【アメリカ合衆国の成立と住民】
地図帳p.50 アフリカ系とヒスパニックの居住地域
・アフリカ系やヒスパニックが10%を越
える地域を確認させる。
・「アメリカインディアン」の居住地域
が、内陸部に点在していることを発見
させる。
漓アメリカ合衆国建国までの歴史を、地図
・古い西部劇の映画では、「アメリカイ
帳p.50の イ の資料「アメリカ合衆国の歴
ンディアン」が白人側から低く見られ
史」で調べさせる。
ていたが、最近「ネイティブアメリカ
9
ン」として、敬意が払われるように
なってきたことも伝えたい。
地図帳p.50 住民の内訳
・白人や黒人、ヒスパニックやアジアか
らの移民について理解させる。
・「人種のサラダボウル」という言葉の
意味を予想させ発表させる。
【評価】
地図帳p.55 農業地域
潺大規模な農業経営について、地図帳p.55
の図癶「大規模な農業」を見て、日本と
漓滷合衆国成立と拡大の経緯が理解できた
か。
の違いを考察させる。
【評価】
澆潺多民族の国としての合衆国の特色が理
解できたか。
第3時 【アメリカ合衆国の農業】
漓気候の特色を、地図帳p.55癬「気候」を
漓滷澆潺アメリカ合衆国の農業の特色が理
解できたか。
第4時 【アメリカ合衆国の工業】
漓五大湖周辺の工業 滷最先端工業の分布
調べさせ、p.11∼12も参考に日本と比較
について、地図帳p.56地図癬「鉱工業」
させる。
で調べさせる。
地図帳p.56 鉱工業
・五大湖周辺に多い製鉄業に必要な条件
は何かを考えさる。
地図帳p.55 気候
・西経100度線を境とした東西の特色に
・「サンベルト」の意味を理解させる。
澆世界に進出する、アメリカ合衆国の企業
気づかせる。
・北緯40度線や1月の平均気温線にも着
目させ、日本との比較をさせる。
滷澆農産物と農業地域や小麦と米の栽培地
域について、地図帳p.55の地図癰「農業
地域」と、地図癲「小麦と米の栽培」を
調べさせる。
10
地図帳p.56 アメリカ合衆国企業の海外進出
中学生の 地 理
について、地図帳p.56地図癰「アメリカ
地 理
合衆国企業の海外進出」癲「世界の巨大
企業売上高」で調べる。
・「多国籍企業」について理解させる。
歴 史
・昨今の世界的経済不況についてふれる。
【評価】
公 民
漓滷合衆国の工業の特色が理解できたか。
澆世界経済に及ぼす影響力を理解できたか。
地図帳p.57 日本の工場の進出
第5時 【日本との結びつき】
漓日本との貿易品目について、地図帳p.57
グラフ癰「貿易」で調べさせる。
滷生活・文化の交流について、地図帳p.57
地図癶「輸入する商品と身近な商品の発
祥地」で調べさせる。
滷生活や文化の密接さが理解できたか。
4
地 図
おわりに
今回の学習指導要領の地理的分野の改訂は、
我々現場教師の期待に大きく応えたものに
社会科
なったと感じた。移行期間中において、新し
い規定を柔軟に取り入れることが許容される
と理解している。
地理授業の視点として、生徒に「調べ方や
学び方」をつかませることは、依然として重
要な柱である。つまり、地図や図版を読み取
る能力は、基本的な「地理的技能」であり、
地図帳p.57 日本がアメリカ合衆国か
ら輸入する商品と身近な製品の発祥地
・第1時の授業とも関連させ、身近な生
活の中にあるものを想起させる。
・郊外の大型店舗出店のやり方も、
日本に
取り入れられていることに気づかせる。
この技能なくして、多面的・多角的な考察力
と公正な判断力を養うことはできない。また、
地図や図版から読み取ったことから、生徒は
思考内容を発表したり、記述したりすること
が要求される。これは、社会科における「言
語力」育成の重要な習得場面となる。
澆日本企業の工場進出について、地図帳
そのためにも、「地図帳」を今一度見直す
p.57地図癬「日本の工場の進出」で調べ
よい機会ではないかと考えた。豊富で多様な
させる。
資料が、「地図帳」には厳選して載せてある。
・自動車産業や電子・電気機器などの日
いわば「宝の山」である。眠っている「宝」
本企業を具体的に挙げさせ、「貿易摩
を掘り起こし、授業に活用するか否かは教師
擦」解消への取り組みも理解させる。
の力量にかかっているのだと思う。
【評価】
漓貿易の内容と課題が理解できたか。
11
授業
研究
中学生の
歴 史
「中世ってどんな時代?」
∼タイムスリップを活用した、時代のとらえ方∼
神奈川県公立中学校教諭
徒がビジュアルにイメージを描くことができ
はじめに
ないのである。ところが、このタイムスリッ
画像資料は、多様な内容を含んでいて、読
躍した時代は、こんなふうだったんだよ」と、
み取る側の視点によってさまざまな活用が可
言葉で説明せずとも生徒に示すことができる
能になる。
帝国書院の教科書の特徴である「タ
のである。
プを利用すれば、「本文で出てきた人物が活
イムスリップ」
は、現存する絵巻物などをもと
にイラスト化したもので、「史料」そのもの
ではないが、中学生が活用しやすいように工
滷画像資料のすぐれている点を、十分に
生かしきる
夫された
「よい教材」
(「中学生の歴史 初訂版」
画像のすぐれている点は、一度に(同時
p.64∼65)である。今回は、この「よい教材」
に)多くの要素を見せてくれるところにある。
を活用して、中世のまとめを行いたいと思う。
別々に学習してきた諸事象が、いっぺんに表
「タイムスリップ」をより有効に活用するう
現されている。また、人と人、人と物の関係
えで、教師が留意するポイントをいくつか示
が見えやすいということも大事である。武士
してみよう。
と僧、女と子ども、人と建物、人と道、こう
したもののそれぞれの関係性が見て取れるの
漓本文記述との関連をしっかり把握し
である。
ておく
指導者が、イラストと本文の関係をしっか
り把握しておかないと、せっかくの生徒の読
み取りを台無しにしてしまう。歴史の授業が
無味乾燥なつまらないものに陥ってしまう理
由の一つに、授業者がその時代相を生き生き
と描き出せていないということがある。たと
えば、足利義満が政権をとっていたころ、人々
はどんな暮らしをし、どんな思いや願いを
もって日々を暮らしていたのか、義満の周囲
にはどんな人々がいて、何を語っていたのか、
そういうことにふれずに授業をするので、生
12
ここには武士、僧、商人、女性、子どもなどいろいろな
人たちが描かれている(「中学校の歴史 初訂版」p.64)
中学生の 歴 史
③視覚の認識を用いる学習になる
多くの歴史授業で、生徒は、教師の話を聞
いたり、本文を読んだりすることで情報を得
2
ウォーミングアップ2
漓 店、船、建物などに注目して、気づい
史学習だと思い込んでいる。ところが、画像
滷 人々の関係に着目してみよう。会話を
資料を用いると、全く違う知覚を用いて「学
してそうな人たちはいるだろうか? 習」をはじめることになる。このことの効用
怒っている人や笑っている人はいるだ
とまたマイナス面を事前に考慮して授業を展
ろうか?
1
歴 史
たことを述べてみよう。
ている。文字を読むこと、話を聞くことが歴
開することが大切である。
地 理
澆 身分に違いはあるだろうか?
公 民
地 図
これらは、産業や身分、それぞれの関係性
ウォーミングアップ1
などについての問いであって、いよいよ教科
書の本文と関係が深くなってくる。これま
まずは、ウォーミングアップである。画像
でに学習した内容に戻りながら、時には教科
資料を使い慣れてもらうために、見方を習得
書の該当部分を示して確認したいところであ
させるのである。
る。
社会科
漓 動物の種類とそれらの頭数を調べてみ
ましょう。
滷 男性と女性の比率はどれくらいになる
か調べてみましょう。
店、船、建物(「中学生の歴史 初訂版」p.65)
→ 女性と男性を、どのように見分け
ましたか?
澆 服(着物)の色は、何色の人が多いか
数えてみましょう。
3
中世は武士の時代?
この3つの問いでも、おそらく30分程度の
「中世は武士の時代」といって、普通は誤
時間が必要であろう。ここで、わかったこと
りではないし、むしろそういう捉え方こそ、
は、あとで活用できるかもしれないので、メ
今回改定の学習指導要領で「時代を捉える」
モしておきたい。このメモのさせ方も非常に
ことの大切さをいっているので、必要な表現
重要である。
であると思う。しかし、この「タイムスリップ」
私の場合は、画用紙や色上質紙などを配布
を読むと、武士の数は圧倒的に少ない。都市
して、そこに折り目をつけさせてマスを作ら
の絵であるので、当然ではあろうが、果たし
せ、それぞれのマスにメモをさせていくよう
て中世を武士の時代といい切ってよいかどう
にしている。カードを作ってもよいし、ノー
か、子どもは疑問に思うに違いない。それは、
トに書かせてもよいが、あらかじめ問いが書
今、子どもたちが暮らす時代にも同じことが
いてあるワークシートにすると魅力が半減す
いえて、500年後の歴史学者が、今の時代を「資
るように思う。
本家の時代」と語ったとすると、
「労働者たち」
13
は「ちょっと待てよ」といいたくなるのでは
なかろうか。とくに子どもは「自分」に関わ
ることによって、学習対象に対する関心が高
まるので、
「普通の人々」や「子ども」
「女性」
「動
物」といったことに焦点を当てると、がぜん
授業への参加意欲が高まるのである。そうい
「中学生の歴史 初訂版」p.47
う話を語っておいて、次に課題を示すと効果
はてきめんである。
4
気に入った場面を切り取って
模写してみよう
写し描くのとでは、資料への気づきに雲泥の
差がある。模写をすることで、人物のしぐさ
や表情、着物のしわから生地の文様や染め、
髪の長さや結い方など、多くのことに「気づ
絵画資料を用いて学習するときに、最も効
く」のである。模写が終わったら、気づいた
果的な学習方法が「模写」である。これは、
ことをすべて書き出させることが大事である。
いろいろな場面でその有効性を主張してきた
箇条書きがよい。全部書くように指示する。
が(帝国書院でも最新版の教科書(平成14∼
5
17年使用)では体験コーナーで大きくか扱っ
ていた)
、なかなか広まらない学習方法であ
みんなのものにしよう
る。しかしとても有効なのでぜひ取り組んで
模写と気づいたことを書く作業が終わった
ほしい。まず、
「自分の気に入った場面を切
ら、
「中世ってどんな時代か」を考えるうえで、
り取る」こと自体に非常に意味がある。教師
役に立ちそうな気づきを3つに絞らせて、そ
の側からすれば、子どもたちがどの部分を気
れを前に出て黒板に書かせる。一人に1つ書
に入るかということが、自分の授業の批評に
かせるようにして、他の人と重なってもよい
もなってくる。そして、次に模写することで、
ように3つ選ばせておくのである。40人いれ
生徒は資料を「よく読む」ことになる。ただ
ば40の意見が黒板に書かれることになる。そ
眺めているのと、ぐっと範囲を狭め、それを
の中から、もっとも大事なことを生徒に意見
を出させながら「クラスの結論」として絞っ
ていく。
生徒が模写した作品
14
生徒に黒板に書かせるといきいきとした授業になる
中学生の 歴 史
6
争いが多いから、庶民はきっとそう思ってい
まとめ
たに違いない」という意見を書いた生徒がい
地 理
た。また、「生産力が上がって都市には活気
ここまでくれば、もう授業は成功といえ
があった。もっともっとよくなることを期待
る。あとは、まとめをしていくだけである。
していたのではないか」と書いた生徒もいた。
ウォーミングアップからここまでの学習の軌
こうした捉えをしたうえで次の時代の学習に
跡を振り返り(ここで、画用紙に折り目をつ
進むことで、歴史を自分なりに描く力がつく
けたマスごとにメモをさせておくと俯瞰でき
し、時代を比較したり、当時の人たちの立場
るのである)
、今一度「タイムスリップ」を
に立って考えたりするようになっていくのだ
眺め、さらに、これまでの中世の授業を振り
と思う。
歴 史
公 民
地 図
返りながら、子どもたちにまとめの作業をさ
せていく。ここでは、いろいろなワークシー
トが考えられる。子どもの状況や教師の個性
に合わせて、使用しやすいものを作成すると
おわりに
今回の新学習指導要領改定の主旨でいうと、
よい。私は、ここでは、「中世の人たちの思
「時代の捉え方」を各時代ごとに実施し、自
いや願いって何だろう?」という問いを立て
分なりの時代像を描くことが大事になってく
て、生徒に意見を書かせたい。そのとき、誰
るし、分析する力、論述する力が大事になっ
の立場に立つかを決めさせて、わかる範囲
てくる。またPISA型学力という視点から
社会科
見ても、画像資料の読み取りなどは、非常に
重視されるところである。
ただし、そういうことばかりに気をとられ
て、単元ごとに作文ばかり強要していては、
生徒は歴史学習が嫌いになってしまう。まず
は「歴史っておもしろい」と思わせることが
第一で、その思いを言葉にできるように私た
ちが工夫していくことが肝要である。そうい
う意味で、帝国書院の教科書にある「タイム
生徒の模写が並んだだけでも楽しい
スリップ」は、学習指導要領の主旨も生かし
つつ、歴史学習のもつ楽しみを広げられる、
でよいので、自分なりに「きっとこんな願い
すぐれた教材であるといえるのである。
をもって毎日を暮らしていたのでは」という
ことを書かせるのである。文字数は100∼200
文字で十分であろう。かつて、これに似た授
業を実践したとき、「中世の人たちは平和を
願っていたのではないか。だから仏教が庶民
に広がったのだと思う。実際の社会は戦いや
参考文献
黒田日出男『増補 姿としぐさの中世史』平凡社 2002
『絵画史料で歴史を読む』筑摩書房 2004
渋沢敬三・神奈川大学日本常民文化研究所編『日本常民
生活絵引き』平凡社 1984
網野善彦『日本中世の民衆像』岩波新書 1980
15
授業
研究
中学生の
歴 史
天皇・貴族が中心となった政治と文化
∼新学習指導要領を意識した奈良時代の授業実践例∼
滷 遣唐使による東アジアとのつながりと国
1
はじめに 授業構想の視点
本稿は「中学生の歴史 初訂版」(以下教科
際的な天平文化が栄えたこと。
澆 律令制のもとで、貴族と庶民の生活には
大きな違いがあったこと。
書)
「第2章3節 天皇・貴族が中心となっ
また、若干の時数増ではあるが、3∼4時
た政治と文化」p.36∼39の実践例である。
間の単元構成を考えてみた。
教科書p.36∼50にわたるこの3節は、飛鳥
2
時代後半から平安時代までを扱う単元である。
律令制国家の成立から摂関政治に至る政治の
学習の展開
流れ、東アジアの国々とのつながり、土地制
第1時は「大宝律令によって天皇による中
度や税制度の中での人々の暮らしとその変化、
央集権国家をめざし、平城京への遷都を実施
天平文化と国風文化の特徴、などが内容であ
したこと」(教科書p.36∼37)についてであ
る。
る。
またこの単元は、新学習指導要領の内容の
律令国家の確立については、新学習指導要
盪イにあるように、「律令国家の確立に至る
領解説に次のようにある。
までの過程、摂関政治などを通して、大陸の
「律令国家の確立に至るまでの過程」につ
文物や制度を積極的に取り入れながら国家の
いては、「聖徳太子の政治、大化の改新」(内
仕組みが整えられ、その後、天皇や貴族の政
容の取り扱い)などについて、小学校での学
治が展開したことを理解させる。」ことをね
習の単なる繰り返しにならないよう留意し、
らいとしている。
その学習内容を有効に活用しながら、わが国
それを踏まえ本稿では、教科書と帝国書院
が律令国家として形づくられていったことを
版「中学校スタンダード歴史資料」(以下資
大きくとらえさせる(中学校学習指導要領解
料集)を有効に活用した、奈良時代の授業実
説社会編p.74)。
践例を提案したい。
そこで、教科書にある次の記述に着目さ
授業を構成するうえで、以下の3点を生徒
せる。「太子は、大王中心の政治をめざし」
が理解できることを念頭に置いた。
16
北海道公立中学校教諭
(p.32)「中大兄皇子(のちの天智天皇)は…
漓 大宝律令によって天皇による中央集権国
唐にならった国づくりをめざし、改革に着手
家をめざし、平城京への遷都を実施したこ
しましたが(大化の改新)」(p.33)「天武天
と。
皇は、天皇を中心とする強い国家を望みまし
中学生の 歴 史
た。
」
(p.36)
「大宝律令によって天皇を頂点
科書p.37)についてである。
とし、太政官が政策を決め…全国を統一して
古代の文化については、新学習指導要領解
支配するしくみ(中央集権国家)が整備され
説に次のようにある。
ました。
」
(p.36)
古代の文化の学習に際しては、天皇・貴族、
これらから、聖徳太子の政治、大化の改新、
遣唐使、物語の作者などの「文化を担った
天武天皇の政治、大宝律令の完成に至る流れ
人々」(内容の取り扱い)に着目させる。そ
が「天皇を中心とする中央集権国家の確立」
の際、「代表的な事例を取り上げてその特色
という大きな目的によって貫かれていること
を考えさせる」(内容の取り扱い盧ウ)よう
を生徒につかませたい。
にする(中学校学習指導要領解説社会編p.75)。
その際、
資料集p.34「天智天皇」
「改新の詔」
そこで、前時の復習も兼ねて資料集p.35の
p.35「天武天皇」
「律令による政治のしくみ」
平城京の模型図から、東大寺の位置を確認さ
を活用したい。また、資料集p.40の「遣唐使船」
せる。そして、聖武天皇が都に大仏を本尊と
の写真を紹介し、律令国家の確立には唐の制
する東大寺を、地方に国分寺、国分尼寺を建
度を命がけで学んできた遣唐使たちの苦労が
てた理由をおさえる。
あったことにふれるとともに、新羅、渤海な
とくに大仏については、資料集p.41を使い、
ど東アジア諸国とのつながりもできたことを、
大仏の写真、鋳造法などを確認させる。
教科書p.37「国際 東アジアの国々との交流」
からふれておく。
「 資 料 集 」p.34、35 天 智
天皇(左)、天武天皇(右)
地 理
歴 史
公 民
地 図
社会科
「資料集」p.41 東
大寺の大仏(左)、
大仏の鋳造法(右)
また、資料集p.41「聖武天皇」の記述から
平城京については、「天皇の力をみなに示
天平文化についてふれ。資料集p.40∼41を使
し、高い地位をもつ豪族たち(貴族)を役人
い、正倉院宝物が中国だけではなくシルク
として住まわせるため、大規模な都が必要と
ロードを経て、遠く西アジアの影響を受けて
なった」
(教科書p.37)ことから、遷都が行
われたことを確認する。
なお、平城京遷都を行ったのは元明天皇で
あることを生徒に教えた方がよい。聖武天皇
と勘違いする生徒がとても多いのが実態だか
らである。
第2時は「遣唐使による東アジアとのつな
がりと国際的な天平文化が栄えたこと」(教
「資料集」p.41 聖武天皇(左)、東大寺正倉院(右)
17
いることに気づかせ、天平文化の特徴を考え
から、公地公民の制度には戸籍が必要であっ
させる。
たことに気づかせる。
つまり、
「天平文化を担った人々」について、
「聖武天皇と遣唐使」に着目させ、「代表的な
事例」として「東大寺、大仏、正倉院」を取
り上げてその特色を考えさせるわけである。
あらかじめ断っておくが、教科書では天平
文化と国風文化をp.42∼43でまとめて扱って
いるため、ここでは遣唐使の影響により国際
「資料集」p.37 土地に関する法令
的な文化が栄えたことに気づかせる程度にお
さえておく。 貴族の生活を支えるために都に運ばれた税
第3時は「律令制のもとで、貴族と庶民の
の中で、地方の特産物である調の記録が木簡
生活には大きな違いがあったこと」(教科書
で残っていることを、資料集p.38∼39を使っ
p.38∼39)についてである。
て紹介するのもおもしろい。
ここでは教科書p.34∼35「タイムスリッ
ここから貴族の生活と庶民の生活を比較し
プ!」を使いたい。想像図ではあるが、当時
ていく。資料集p.36∼37を使い、「長屋王の
の人々のようすを読み取るにはとてもよい資
屋敷」と「庶民の住居」、
「貴族の食事」と「庶
料と考える。導入としては最適である。
民の食事」、
「貴族の服装」と「庶民の服装」、
「役
図中の、調を運ぶ人、役人のようす、木簡
人の収入」と「貧窮問答歌」、それぞれの比
の使用、馬上の人間の地位、庶民の住居等な
較を通して、貴族の生活とそれを支えた人々
どから、奈良時代の人々の生活のようすに興
の生活の実態に気づかせる。
味を持たせたい。
「中学生の歴史 初訂版」p.34∼35
ここではまず、班田収授法と租・調・庸に
18
「資料集」p.36、37 貴族の食事(左)、庶民の食事(右)
代表される税制度の概要を理解させる。農民
また、公地公民を基盤とした土地制度も口
の負担、土地に関する法令は資料集p.37を活
分田の不足などで長続きせず、743年の墾田
用したい。また、重すぎる負担から逃亡する
永年私財法により崩れていくこともおさえて
者もいたことが当時の戸籍に残っていること
おく。
中学生の 歴 史
第4時は「奈良時代のまとめとしての年表
比較や関連づけ、総合などを通して、各時代
づくりと時代をあらわすキーワード探し」で
の特色を大きくとらえ、それを表現する活動
ある。奈良時代とは平城京を中心に政治が行
は、これからの歴史学習でとても重要になっ
われた約80年間のことをいうが、本単元で出
てくる要素であり、奈良時代でその活動を生
てくる、
「大宝律令」「遣唐使」「班田収授法」
徒に経験させておくことは、以後の歴史学習
などは、すべて飛鳥時代後半のことがらであ
においてとても有効である。
る。そこで教科書巻末の年表と資料集p.5の
紙幅の関係で年表が途中割愛されているが、
年表を参考に645年から794年までの年表を生
参考までに学習プリントを例示しておく。重
徒につくらせてみる。そして、年表の中から
要語句(キーワード)の数については、生徒
奈良時代をあらわす重要語句(キーワード)
の実態や教師の意向によって変わっていくも
を探し、それらをつなぎ合わせながら文章を
のと考える。
つくり、奈良時代とはどんな時代であったか
3
を各自でまとめさせてみるのである。
新学習指導要領では、内容の盧ウに次のよ
地 理
歴 史
公 民
地 図
終わりに
うにある。
「学習した内容を活用してその時
本実践例を提案するにあたって新学習指導
代を大観し表現する活動を通して、各時代の
要領の内容と、教科書や資料集の掲載資料を
特色をとらえさせる。」
有効に活用することを意識してみた。
このことについて新学習指導要領解説では
拙稿ではあるが、本実践例が読者のみなさ
次のように述べている。
んの授業づくりの一助になれば幸いである。
社会科
これは、
「我が国の歴史の大きな流れ」を
「各時代の特
色を踏まえて
理解させ」る
という歴史的
分野の学習の
基本的なねら
いを踏まえ、
、
、
、
、
、
、
新たに項目と
、
、
、
、
、
、
して設定した
、
、
、
、
、
ものである
(中学校学習
指導要領解説
社 会 編p.71、
傍点筆者)
。
つまり、学
習した内容の
19
授業
研究
中学生の
公 民
1
食の変化と私たちのくらし
茨城県公立中学校教諭
に着目していくことが大切であることをおさ
はじめに
えたい。「どのようにして現在のような状況
になったのか」を理解することで、(公民的
本授業を構想するに当たって、次の2点に
分野の学習対象となる)現代社会の諸事象に
留意した。1点目は、「食」を生徒にとって
ついてより深く理解できるという視点を身に
の身近な教材として大切に取り扱うことであ
つけることができるであろう。また、
「多面的・
る。
「食」生活は、誰もが生きていくうえで
多角的」に考えていくことが大切であること
欠かすことのできない活動である。そのため、
をおさえたい。異なる資料や立場から諸事象
生徒が教材を身近に感じ、興味・関心を高め
について考えることで、その認識が変わって
て学習に取り組めるのではないかと考える。
くるという視点も身につけることができるだ
さらに、その形態、食事の内容等は環境によ
ろう。
る差が大きく、個食、偏食など社会的な問題
2
になっていることも多い。「食」は、生徒個々
の考えを導き出すのに適した教材といえるで
授業の計画
あろう。また、食料自給率や食の安全(産地
本授業を計画するに当たっては、前述した
の偽装、農薬、食品表示、食品添加物等の問
構想のポイントを次のように整理し、その順
題)など、さまざまな角度から学習を進めて
序を組み立てた。
いくことが可能となる。個人の課題にもとづ
いた調べ学習や討論活動など、多様な学習活
(1)学習の内容について
動を展開することができるであろう。
・「食生活の変化」による導入・・・・・・・・ア
2点目は、本授業を、公民的分野を学んで
・「食に関する問題」の個人学習・・・・・・イ
いくのに必要な視点をもたせるための重要な
・「食の安全」についての討論・・・・・・・・ウ
「入り口」と位置づけることである。本授業
(2)視点の獲得について
は、公民的分野の学習がはじまって最初に学
・「時代の流れ・変化」の視点・・・・・・・・a
習する単元に含まれる。ここにおいて、社会
・「多面的・多角的」な視点・・・・・・・・・・b
的事象をとらえ、考えを深めていくよりどこ
20
ろとなるような視点がもてることは、主体的
実際の授業では、ア→イ→ウの順に活動し、
に学習を進めていくうえで大切なことだと考
アにおいてaの視点を、ウにおいてbの視点
える。そこでまず、時代の「流れ」や「変化」
を身につけることができるように配慮した。
中学生の 公 民
3
等の感想が聞かれた。
滷 自分の経験や予想から「食生活の変化」
授業の実際
地 理
の背景について考える。
○「食生活の変化」について考える。
歴 史
導入部分では、
「食」について調べていく
・工業技術が発達して、新しい食べ物が大
ための視点がもてることをねらいとした。ま
量に生産できるようになった。
た、年表等の資料を活用することで、現代に
・仕事が忙しくなって、外食をする人や家
見られる状況に至るまでの時代の「流れ」や
公 民
族が増えてきた。
「変化」にも目を向けて考えられるような視
・ 上記のような意見が出された後、本実践
点を身につけさせたいと考えた。
地 図
を行った学級では、「米の緊急輸入」とい
う言葉について『日本は食料自給率が低い
「食生活の変化」について考えよう。
ので、輸入ができなくなると大変なことに
漓 教科書p.4∼5の年表〈第二次世界大戦
なる。』という意見が出され、「食に関する
後の歩み〉等から「食生活の変化」にかか
問題」について考えるきっかけとなった。
わる項目を見つけ出し、発表する。
社会科
澆 具体的な資料の検討から「食に関する問
題」について調べる視点について考える。
即席ラーメン、コーラ、ファーストフード、
・ 教科書p.7の資料澁〈自給率の変化〉を
ファミリーレストラン、コンビニエンスス
参考に、「食料自給率」という用語や日本
トア、ディスカウントショップ、米の輸入
の現状についておさえた。
・ 準備しておいた資料〈世界の人口の推移〉
・ 上記のような項目が挙げられ、それぞれ
〈遺伝子組み換え作物についての記事〉等
「○年も前に、□□はつくられていたんだ。」
即
席
ラ
ー
メ
ン
発
売
フ
ァ
ー
ス
ト
フ
ー
ド
店
日
本
一
号
店
コ
ン
ビ
ニ
エ
ン
ス
ス
ト
ア
一
号
店
を活用して話し合いを行った。
デ
ィ
ス
カ
ウ
ン
ト
シ
ョ
ッ
プ
人
気
米
を
緊
急
輸
入
「中学生の公民 初訂版」p.4∼5
21
○「食に関する問題」の調べ学習を行う。
・世界の人口が急増しているのに、日本の
個人学習の場面では、『私たちの食生活は
食料自給率は低下している。いつか輸入
本当に安心なのか』という共通の問題意識を
ができなくなってしまうのではないか。
土台として、一人ひとりが「こだわり」をもっ
・収穫量を増やすために遺伝子組み換え作
て各課題を調べ「自分としての考察」がもて
物が開発されたので、食料は確保できる
ることをねらいとした。
かもしれない。
・遺伝子組み換え作物は、体にどんな影響
があるかわからないので心配だ。
「食に関する問題」について、関心のあ
る課題を調べよう。
・ 上記のような意見をもとに、授業の終わ
・ 家庭で話を聞いてくるなどの指示をし
りに次のような問題をまとめた。次時はこ
ておいたため、調べる課題は以下のように
れを共通問題として、それぞれの課題に取
多岐にわたった。また調べ学習の課題は、
り組んでいくことにした。
キャッチコピー風にまとめるようにした。
私たちの食生活は本当に安心なのだろうか。
・食生活が原因? メタボ&メタボ!
(食生活と生活習慣病について)
・いつまで食べられるの? 私たちの食事
(食料自給率と輸入について)
・キレイで安い! でも・・・
(農薬の使用と価格について)
・全部取ったらどうなるの?
(食品添加物の安全性)
・つくっているところは見えないから・・・
表示はしっかり見ましょう!
(産地偽装と食品表示)
・ 調べ学習に当たっては、教科書p.21の
「やってみよう」を参考にした。「仮説を立
てる」ということにポイントをおくことで、
問いを繰り返し、関心を維持しながら活動
できた。
・ 自分に関心のある課題であること、仮説
をしっかりともったうえでの活動であるこ
となどから、「自分としての考察」もしっ
「中学生の公民 初訂版」p.7
22
かりと書くことができた。
中学生の 公 民
地 理
歴 史
課題
仮説
検証
調査
公 民
「中学生の公民 初訂版」p.21
○ 「食の安心」についてのシンポジウムを
通して、自分の考えをまとめる。
終末部分では、新たに知り得た事実や友
地 図
出されたことをきっかけにして、下記の問
題について話し合い、自分の考えをまとめ
ることにした。
だちの考察から、
「自分としての考察」を深
めていくことをねらいとした。また、「安心」
「食の安心」=「食の安全」なのだろうか。
社会科
と
「安全」
の言葉について検討することで、
「多
面的・多角的」に考えられるような視点を身
につけさせたいと考えた。
・ それぞれの調べた事実をもとにして「=」
「≠」についての意見が出された。結論は
出なかったが、生徒は「自分としての考察」
シンポジウムを通して「食の安心」につい
て考えよう。
・ 数値や体験談などより具体的で理解しや
をまとめることができた。
4
おわりに
すい資料を作成し、さらに、調べたことに
本授業では、教材が生徒にとって身近で
対する自分の意見が明確に書かれている生
あったこと、内容的に多様な追究が可能で
徒を登壇させた。
あったことなどから、個人学習、集団学習と
・ BSE(牛海綿状脳症)牛肉の危険性につ
もに充実した活動ができた。学年のはじまり
いて調べたA君が『その牛肉を食べた人が
の時期に有意義な授業実践を行うことができ
変異型ヤコブ病を発症する確率は、交通事
たと考える。
故死する確率よりはるかに低い。また、そ
とくに終末の場面では、「安心」という情
の対処に何十億円もの費用をかけて検査し
緒的な視点から展開していったため、比較的
ているのだから絶対に安全だ。』と発言し
論理的な「安全」についての討論になった際
たことに対して、多くの質問が出された。
にも、活発に意見を出し合うことができた。
さらに、
『安全だからといって、食べたい
また、教科書の資料を効果的に活用すること
とは思わない。
』
『それだけのお金がかって
で、公民的分野における社会的事象をとらえ
いるなら食べてもいい。』といった意見が
る視点を身につけさせることができた。
23
授業
研究
中学生の
公 民
1
円高・円安を学ぶ
静岡県浜松市立天竜中学校 若原昌史
いなかったと同時に、私が知識重視の授業を
本単元の意義
展開したためだと反省し、この単元を重く扱
うこととした。ちなみに生徒の多くは円高・
2008年、アメリカ合衆国のリーマンブラ
円安の意味で最初からつまずく場合が多い。
ザーズの倒産の影響を受け、多くの国から金
2
融危機というニュースが伝わってきている。
世界各国で株価の暴落も起こった。私が住む
授業改善の方向性
浜松でも自動車の大手メーカーが工場の生産
教科書の流れでいくと、経済の学習後に“深
を止めたり、多くの派遣社員を解雇したりし
めよう”のコーナーで円高・円安について学
た(2009年1月)
。しかし、生徒の多くは、
習すると、生徒にとって、内容がとてもイメー
2008年9月の時点でこうなることを予想して
ジしやすくなる。とくに、個人のレベルで考
いなかった。生徒は、中学校2年時に学習し
える円高・円安ではなく、企業の活動はどう
た世界恐慌の様子を思い出しているであろう。
なるかということを考えさせたい。円高・円
アメリカの証券会社1社の破綻が、世界の経
安の説明は、生徒自身がイメージしにくいた
済の影響を左右する。つまり、最近の経済は、
め、簡単な例を準備し説明することが望まし
モノ、ソフトだけでなく、お金もボーダーレ
い。ここでは、円高・円安の際、人々はどの
スになってきているのである。
ような行動をするのかを考えさせたい。
2008年9月以降さらに、円高が進み、2008
近年、考えさせる授業を展開することを私
年12月の時点で円が1ドル=90円台になるこ
は理想としている。参加型の授業形式である。
との意味を生徒は重く受け止めることができ
ともすると、公民の授業はキーワードを大切
なかった。生徒が学んだことの理解ができて
にし、知識重視の授業にどうしてもなりがち
で、本来の生きるための教育の意味を忘れが
ちになってしまう傾向があると考えたためで
ある。また、生徒は自分の意見を主張できな
いという傾向もある。とくに、話し合いの授
業形式にした際、だれか級友が発表すると、
それに賛同はできるが、意見を出すことがで
きないのである。グループで共同の発表とい
「中学生の公民 初訂版」p.60滷空港の為替レート掲示板
24
う形も要注意である。とくに、能力がある生
中学生の 公 民
徒がグループにいる場合、そのグループはそ
地 理
の生徒にたより、自分自身の意見も出さない
という傾向があるからである。ただし、参加
型の授業は、考える力や自分の意見を主張す
歴 史
る能力は養えても、知識の定着はなかなか図
れないというのが問題であり、今後バランス
「中学生の公民 初訂版」p.61
のよい授業を展開することが課題でもある。
澆為替レートの説明を行う。
3
日本の為替相場の歴史を簡単に説明してお
基礎・基本を習得させる授業プラン
漓おもな外国の通貨単位を確認させる。
・ドル、ユーロ、ポンド、ウォン、元、ド
ン等。
公 民
きたい。以前は、固定相場制であったことを
生徒に理解させ、なぜ、1973年以降変動相場
地 図
制にしたのかを考えさせたい。
生徒には、基本的な考えを身につけさせた
い。ドルなどの通貨の売り買いによって、円
・ワールドカップの参加国、オリンピック
やドルの価格は変動する。ドルを売り円を買
のメダル獲得数ランキング10の国などを
う人が多くなると円が高くなりドルが安くな
用い、通貨単位を調べさせてもよいであ
るという市場の価格の変化と同じ原理である
ろう。
ことを理解させたい。
・時間があれば、ここで、地理の復習とい
潺p.27のワークシートを利用して、円高のと
うことで、ユーロの特徴を考えさせても
きに、得をする人、損をする人を考えよう。
よい。
・黒板に次の文を掲示をし、下記の人たちが
社会科
どういう気持ちになるか記入させる。
円高
1ドル=120円が1ドル=80円になりました
・生徒がそれぞれ下の3人のどれかの役割を
分担し、その設定された人の気持ちを書く。
・教室の中を自由に行き来し、インタビュー
しあい、その場で意見をまとめる。
海外への旅行者
「中学生の公民 初訂版」p.60
・現地で使えるドルが増える。
滷為替レートについて
・いろいろな物が買える。
教科書にも、右のように為替レートが記載
輸出業者
されているが、最新のものを新聞等で準備さ
・現地生産。
せ、教科書と比較し、関心を高めたい。そし
・値段が上がり、売れなくなる。
て、新聞と教科書との違いに対し、その現象
・現地の価格そのままで売ると利益が少なく
を何というかを確認し、授業後に再度問いか
ける。
なる。
輸入業者
25
・安く輸入できて、安い値段で売れる。
るかを考えてワークシートに自分の意見
・多く仕入れることができる。
を書くことができたか。(思考・判断)
○円高が終わったら、円安についても同様の
澆円高・円安の際、企業はどのような動き
作業を行わせてもよい。
をするかワークシートに自分の意見を書
くことができたか。(思考・判断)
潸時間があれば、企業の円高・円安の際の取
り組み・回避の方法などを話し合ってもよい。
例;円高に対して
海外への旅行者
5
おわりに
・ドルを多めに購入しておく。
今後、外国旅行、インターネットでの海外
・さらに円高が進むのを待つ。
の業者とのやりとりなどを、生徒は経験する
輸出業者
であろう。円高・円安と聞くと生徒は難しそ
・円安になるまで生産を一時ストップする。
うな顔をするが、理解しておいたほうが、よ
・海外の業者と販売価格を見直す話し合いを
りよく生きることが可能になるということを
する。
理解させたい。また、円高がニュースなどの
輸入業者
メディアを通じて報道されたときに、様々な
・普段より多めの仕入れを行う。
変化に対して自分の意見を持てるようにした
澁最後に下の図を使った確認を行う。( )
い。円高・円安といった現象が生じることに
に言葉を入れて確認をする。
よって、企業はどのような活動をすることに
例;円高の時、輸入は( )
なるのか、日本の物価はどのように変化する
円安の時、輸入は( )
のかを考えて、意見を持てるようにしていく
※有利か不利かを入れる。
のが教員としての課題であろう。
参加型の授業を形成する際に注意しなくて
はならないのは、教師の自己満足で終わって
いないかという点である。とかくこういった
授業を展開する際、生徒は通常の授業よりも
授業への参加意識は高い。しかし、定期テス
トで明確になるのが、理解という点である。
知識の定着・基本の理解とバランスを考えて
「中学生の公民 初訂版」p.61
4
いくだろう。
評価方法
【評価方法】
漓インタビューの際、3人以上の生徒と情
報を交換できたか。(関心・意欲・態度)
滷円高・円安の際、だれが得をし、損をす
26
授業計画していくことが今後の課題となって
このような活動を通して、生徒は、思考・
判断の評価に対する問題の中で、何かを書こ
うとする姿勢が見られるようになり、授業後
には外貨預金について質問してくる生徒もい
た。こちらが授業でのバックグラウンドを整
備した結果は得られた。
中学生の 公 民
地 理
歴 史
公 民
地 図
社会科
27
地図帳の有効な活用法
文化現象を示す
主題図の読み取り方について
法政大学教授 中俣 均
1 文化についての主題図
てくる石油資源などと違って、文化そのもの
中学校で用いられる社会科の地図帳に、い
が目に見えるわけではない。したがって、現
わゆる文化的な現象についての主題図が積極
象自体の記号化がなかなか容易ではない *。
的に採用されるようになったのは、1990年代
だから、油田や鉱山の位置を地図上にプロッ
の初めからである。学習指導要領の改訂にと
トしたり、単位地域ごとの工業製品の生産量
もない、生活文化を重視することで、いわゆ
を図化して地図に描き入れたりといったやり
る「地名物産地理」からの脱却がはかられた
方が、文化的な現象については原理的にむず
ためであった。それ以前の地図帳にも、かろ
かしいのである。上述の「祭り」や「郷土料
うじて世界の言語や宗教の分布図などが1∼
理」の図は、実はなかなかの苦心作なのだが、
2葉は見られたものだが、それらは概して味
なぜそういったことがらが地図化の対象とし
気ない単調な図で、あまり多くのことを語る
て選ばれているかといえば、地域ごとに異な
ようなものではなかった。その傾向が大きく
る現象を比較する「単位」現象として、それ
変化したのである。
らがいちおうは理解しやすいためである。
(厳
『中学校社会科地図 初訂版』(以下、『初訂
密にいえば、このことにも問題なしとはしな
版』と略記)には、たとえば「日本の生活・
いが…。)また、これと関連するが、文化的
文化」というページがあって、日本各地の特
な現象を示す主題図は、定量的な表現になじ
色ある祭りや様々な郷土料理を示した主題図
まないため、どうしても定性的なものになっ
が載せられている。カラフルでにぎやかな地
てしまうという点も重要である。地図中の記
図が増えて、見ているだけでも楽しくなるか
号を見比べて、ここがあそこよりも量が多い、
ら、生徒たちの興味をひきつけるのにはさぞ
といった読み方が、これも原理的にできない
効果的であろうと思われる。だが、実際にそ
のである。もちろん中学校段階では、生徒は
うした文化的な現象についての主題図を活用
このようなことまでは知らなくてかまわない
して、生徒に何を、どのように教えたらよい
だろう。さしあたってはそれよりも、カラフ
かとなると、ことはそう簡単ではない。
ルな地図を見て、祭りでも郷土料理でも、そ
2 地図化にはなじみにくい文化現象
28
とんど概念上の産物だからである。掘れば出
れらが日本各地でさまざまな形になっている
ことを、つまり各地の文化には多様なものが
文化的な現象は、一般に地図化にはなじみ
あるのだということを知ればよいと思う。
にくい。その理由はまず、文化なるものがほ
前置きがすっかり長くなってしまったが、
本題に入って、文化的な現象を表わした地図
は、うっかりすると中東のどこかの国を答え
の活用法、というよりはそうした地図を見る
る生徒もいよう。
ときに注意すべきことになってしまうが、以
こうした点を正確につかむためには、世界
下ではおもに宗教に関する主題図を取り上げ
の宗教の分布図だけでは十分ではない。117
て、少し考えてみたい。『初訂版』の125ペー
ページにある世界の人口分布の図と対照させ
ジに、
世界の宗教の分布図がある(下図参照)。
る必要がある。ほんとうは、同じスケールで
この図から素朴に読み取れることは何だろう
描かれた宗教分布図と人口分布図とを重ね合
か?
わせてみるとよいのだが、あいにく『中学校
地 理
歴 史
公 民
社会科地図 初訂版』では、両図のスケール
3 世界の宗教分布図
が同じになっていないから、それぞれのペー
いわゆる世界宗教と呼ばれる信者数の多い
ジのところに指を入れながら交互に何度も両
各宗教は、この分布図ではわりあい均等に世
方を比べてみるほかはない。しかし、このよ
界に広がっているように見える。しかし、そ
うな点に注意することで、表面的な理解から
れでも図の右上にある各宗教別人口の円グラ
一歩踏み出すことができるかもしれない。
フと対照させてみると、分布図中で塗り分け
いうまでもないが、宗教人口の多少はその
られているそれぞれの色の面積が、必ずしも
宗教自体の価値や意味とは基本的に無関係で
各宗教人口の多さを表わしてはいないことが
ある。しかし、現在の世界におけるある意味
わかるだろう。正教会(ロシア正教)などは
での「勢力」、つまりある種の行動を共にす
ヒンドゥー教よりもずっと広い面積になって
る政治的・文化的な人間集団として、宗教を
いるけれど、宗教人口ではヒンドゥー教のほ
その人口規模という側面からとらえておくの
うが3倍以上である。また、右下にある「やっ
も大切なことである。
てみよう」にあるような、イスラム教徒の多
次ページに示した図は、少しデータの時期
い国で人口の多いのはどこか、という問いに
が古いものだが、ある本の中から見つけた、
地 図
社会科
「中学校社会科地図 初訂版」p.125
29
世界のイスラム教徒数を国別
聞外報部(1980)『目で見る
イラク10.6(95)
トルコ39.4(98)
中国
25.0
(3)
アルジェリア16.6(99)
6.5(90)
モロッコ16.5(95)
の問いは、実はこの図が示し
ているような現実を知ること、
116.7(90)
ソ連
シリア
6.4(87)
現代 世界地図 ’
80』)。
先にあげた
「やってみよう」
イスラム教徒
「百万人」
カッコ内は全人口比
(%)
23.0
アフガニスタン (9)
18.9(99)
に示したものである(朝日新
チュニジア
5.4
(95)
マレーシア
インドネシア
ナイジェリア 38.5(47)
エジプト 34.5(92)
スーダン
12.4(70)
エチオピア
11.2(40)
つまりイスラム教は(現代で
は)必ずしも中東だけの宗教
イラン
32.3(98)
パキスタン
69.5(96)
インド
60.5(10)
バングラデシュ
65.5(86)
ではない、ということを理解
するためのものである。そう
した理解は、この図を生徒に
サウジアラビア
7.2(100)
(米ヒューストン大学総合研究
センター調べ・1975年)
見せれば一発で成就されよう。
「重ね合わせ」に対していえば「見比べ」と
うほかはない。身近な新聞や雑誌などを日々
いうことになろうか。こういったおもしろそ
注意して見ていると、意外におもしろい地図
うな地図を探しておいて、それを生徒に示し
が見つかることがある。時事的な話題に、意
て見比べさせるのである。
識して常にアンテナをはりめぐらせているこ
ちなみに、国別のイスラム教徒数の比較図
とが大切なのである。
などは、最新のデータで生徒に「作らせる」
こともできるかもしれない。シンボルマーク
30
世界のイスラム教徒
4 大縮尺の地図で
(この場合は教徒らしき人の姿)をこしらえ
さて、再び世界の宗教の分布図に戻ってみ
ておいて、それを教徒人口比にしたがって拡
よう。このような小縮尺の世界地図は、大ま
大あるいは縮小(面積比に換算すること)し
かな様子はつかめるものの、当然のことなが
たものを、ベースマップにのせてゆくので
ら細部については読み取りができないことが
ある。パソコンが利用できればこうした作業
ある。『初訂版』には、世界の宗教分布図を
はさほどむずかしくはないだろうし、できあ
より大縮尺で(ということはつまり部分的に
がった図を見れば、生徒の興味もいっそう増
拡大した形ということになるが)、示した主
すものと思われる。イスラム教以外の宗教・
題図もいくつか収められている。p.29の「東
宗派について、こういった作業をしてみると、
南アジアの宗教」、p.30の「西アジア・南ア
いろいろなことがそこから読み取れるはずで
ジアの宗教」、p.45の「ヨーロッパの宗教」、
ある。
p.46の「ロシア連邦とまわりの国々の宗教」
では、どうやったらこのような地図が探せ
といった各図である。宗教の違いを主因にし
るだろうか? これについての簡便な方法は
た国家間あるいは国内諸勢力の対立・紛争は、
なかなかない。教師自身がふだんから文化的
現代世界の各所に見られる現実的で深刻な問
な現象に関心を持っていれば、おのずからこ
題であるが、これらの図に示されるようなス
ういうたぐいの図を発見できるはずだ、とい
ケールで起こっていることが多い。そうした
対立・紛争の見られる地域を、いまあげたよ
という注がついている。いま述べたような例
うな各図の上にプロットしてみる(これも一
であれば、本来は「2つ以上の」とすべきで
種の重ね合わせ法である)と、対立・紛争の
あるが、圧倒的に信者数の多いのが神道系や
ようすがよりよく理解できるであろう。p.29
仏教系(それぞれ約9000万人弱)の「2つ」
の図からは、ヒンドゥー教のインドからイス
であるという意味なら、この表現もあながち
ラム教のパキスタンやバングラデシュが独立
間違いとはいえない。大切なのはむしろ、
「混
した、という平板な理解が必ずしも成り立た
合地域」といういい方のほうで、別々の宗教
ないことが、またかつて東欧諸国に含まれて
信者が一定地域に文字通りモザイク状に「混
いたポーランドやチェコ、スロバキアなどが、
在」しているケースと、日本のように(中国
発足時のEU諸国と相互に親近感をもち、比
もおおむねそうであるといえる)、ひとりの
較的早期にEU加盟が実現した理由が経済的
人間の一生の中に複数の宗教が「混在」して
な事情以外にもあることが、それぞれ推しは
いるケースとの両方がありうることを認識し
かれよう。
(
『初訂版』p.37の「まとまるヨー
ていることである。つまり、俗に「多神教」
ロッパ−EU−」の主題図を参照。)
といわれることの意味を、生徒に正しく理解
また、こうした比較的大きなスケールの
させることが重要なのである。
地図でないと、読み取れないこともある。イ
歴 史
公 民
地 図
社会科
6 おわりに
スラム教徒が大多数を占めるインドネシア
にあって、観光地として有名なバリ島だけが
振り返ってみると、こうすればこんな効果
非イスラム地域である(いわゆるバリ・ヒン
が…という前向きな話が、あまりできなかっ
ドゥー教)ことなどは、その好例であろう。
たかもしれない。しかし、冒頭に述べたよう
5 一神教と多神教
地 理
に、文化的な現象の主題図に関しては、実際
のところ話はそう簡単ではないのである。
最後にもうひとつ。文化庁が毎年編集して
話がそう簡単ではない、ということを教え
いる『宗教年鑑』
(政府刊行物を取り扱う書
るのは、はたして生徒たちにその教科への興
店で入手できる)
によると、日本の宗教団体・
味を抱かせるのに有利かどうか。地理だけで
宗教法人は約22万4000あり、各団体の申告
なく、社会科を教える先生方が、一般に、そ
信者数を合計すると2億1100万人ほどになる
して宿命的に、常に頭を悩ませておられる点
(2006年末のデータ)。実際の総人口の2倍近
でもあろう。しかし、そこをなんとか工夫し
いこの数字は、生後間もなく「お宮参り」で
て克服していただきたいと切に願う。簡単で
神社に連れて行かれ、結婚式は森の中の白亜
はない、複雑だからこそ、それらを知り、考
の教会でと夢を描き、死ぬとお寺から僧侶を
えることが面白いのだ、ということを…。
招いて葬式を…という形で、一生のうちにそ
の時々の事情で複数の宗教と「懇意になる」
日本人が数多いことのあらわれでもある。こ
*
文化現象の記号化をなしとげ、地図化を果たし得
た例外的なものが、言語である。
『初訂版』126ペー
ジ癰にその実例が載っている。また、同ページ癲
のような日本は、世界の宗教分布図では斜
の図も、雑煮のもちが角か丸かという側面を記号
線が引かれて、
「2つの宗教の混合地域です」
化して描いている。
31
いま変わりつつある社会
多文化化する社会のなかで
東京外国語大学教授 野本京子
1 はじめに
身地域別にみると、もっとも多いのが中国ついで
現在、日本では多くの留学生が学び、生活して
韓国、台湾、モンゴル、イタリア、タイと続く。
いる。独立行政法人日本学生支援機構の調査によ
中東やアフリカ、南北アメリカ諸国等、50を超え
れば、2008年5月1日現在の留学生総数は前年比
る国々・地域の留学生が学んでいるが、中国と韓
5,331人増の123,829人であり、過去最高を記録し
国の留学生は外国人留学生総数の約半数を占めて
ている。
いる。
出身国(地域)別にみると、中国(72,766人)
、
東京外国語大学では日本人学生と外国人留学生
韓国(18,862人)
、
台湾(5,082人)
、
ベトナム(2,873
との共学(IJ共学)を推進してきており、また大
人)、マレーシア(2,271人)が上位5位を占めて
学間の国際交流協定校からもひろく短期留学生を
いる。つまり、圧倒的にアジアから、とくに東ア
受け入れている。ただし、私がふだん接している
ジアからの留学生が多いことがわかる。私たちが
留学生は、学部日本課程(1学年:留学生30人、
「留学生」といったとき、思い浮かべるのはとも
日本人学生15人)と大学院地域文化研究科博士前
すれば「英語を話す欧米から来た留学生」ではな
期課程および後期課程に所属している学生たちで
いだろうか。しかしながら実際には、上記のよう
あり、ここではおもに彼らのことを念頭に置いて
にアジアからの留学生が圧倒的に多い。
いる。
以下では、私が勤務する東京外国語大学の学生
や卒業生との出会いの中での見聞を踏まえ、わが
3 学業と生活との両立
国で学び、地域で暮らしている留学生たちが、ど
それぞれ夢と希望を抱いて来日し、入学してき
のような問題に直面し、どのように感じているの
た留学生だが、一番の困難は学業と生活との両立
か、その一端を紹介したい。そして、留学生とい
である。大学全体でみると、私費留学生の比率は
う「窓」を通じて、多文化化しつつある日本社会
80%以上であり、正規の学部生と大学院生だけで
の「現在」について考えてみたい。
みると、この比率はさらに高い。圧倒的多数を占
2 東京外国語大学の留学生
32
学部・大学院関係の留学生(短期も含む)を出
める私費留学生のうちには、家族からの仕送りを
まったく受けていない学生もかなり多く、奨学金
東京外国語大学の学生総数は2008年5月1日現
の支給を受けられない場合は、自活せざるを得な
在で約4,000人、このうち留学生総数は約600人で
い。
あり、小規模大学ではあるが留学生比率は高い。
留学生がアルバイトをする場合は、
「資格外活動
この留学生数には大学院および学部所属の正規
許可」が必要であり、これを申請すると、週28時
生のほかに研究生、そして留学生日本語教育セン
間以内であれば就労可能である。また夏休みなど
ターの学部進学留学生(予備教育)と教員研修留
の長期休暇には1日8時間以内であれば働くこと
学生等も含まれている。
ができる。この制度によって、授業料と生活費を
ほぼ自力でまかなっている学生たちを数多くみて
集まったという。冷房がない部屋の窓を開けて話
きたが、これは傍からみていても本当に大変であ
していたら、ご近所から「騒いでいる」と通報さ
る。4年間新聞配達をしつつ、大学に通った卒業
れ、パトカーを呼ばれたというものである。しば
生が、
「まだ日本での生活に慣れない頃、午前2
らくぶりに会えた嬉しさと気安さから気が弛み、
時に起きて、冷たい雨のなかを転びながら配達し
つい周囲を顧みずに大きな声で話し、ご近所に迷
た。それを思うと、どんなことでも乗り切れる気
惑をかけたということであり、留学生も反省すべ
がする」といった言葉がいまも心に残っている。
き点は多々ある。ただ、残念に思ったのは、なぜ、
最近の円高は留学生の生活も直撃しており、韓
事前に注意をする等がなかったのかということで
国等の留学生をはじめ、学業の継続に不安感をも
ある。
つ学生も出てきている。大学でも緊急の援助策を
また、アルバイト先でも困惑する場面は多々あ
講じており、また民間からの心強い支援もあるが、
るようである。ある学生は、仕事のやり方につい
私費留学生は常に、学業と生活との両立に苦闘し
て尋ねたところ、不満ないし批判と思われたのか、
ているというのが実情である。
4 「世間」からのまなざし
公 民
地 図
とばをつくす」いうか、相手のいわんとしている
ことを理解する姿勢があれば、無用の誤解は解け
るのではないだろうか。
生活していく場合、経済的困難以外にもさまざま
とはいえ近年では、留学生への理解と支援を掲
な問題に直面する。
げる地域の活動が活発化してきている。東京外国
その一つが住宅問題である。東京は家賃が高く、
語大学でも1999年に「留学生支援の会」が設立さ
その負担も重いが、まず入居に際して日本人では
れ、多くの地域の方々が参加している。また留学
ないという理由で断わられるケースがある。貸す
生自身も地域の小中学校に出向き、出身地域のこ
側からすれば、ゴミ出しをはじめ、日本の習慣に
とばや文化、習慣を伝える活動に取り組む等、自
不馴れな留学生に貸すのは不安だということだろ
ら積極的に発信することを通じて、相互理解を深
う。入居時の保証人については、近年は個人では
めようとしている。このような地道な努力の積み
なく、大学等の機関が保証するシステムも導入さ
重ねが、多文化化する社会を支えているのである。
人探し」の苦労は少なくなったようである。
歴 史
「嫌なら国に帰ればいい」と言われたという。「こ
異なる文化的背景をもった留学生が日本社会で
れており、以前、留学生からよく耳にした「保証
地 理
社会科
5 おわりに
このように、私が着任した20年前の状況に比べ
さまざまな困難やストレスを抱えながらも、多
れば、この住宅問題は多少改善されているように
くの留学生は希望をもち、誠実に学業に取り組ん
思うが、
「国際交流」や「共生」が謳われるよう
でいる。私は留学生と接するようになってから、
になった現在でも、まだ問題は存在する。しかも、
新聞等で得た諸外国に関する智識が、具体的に「あ
欧米系の留学生より、アジアからの学生の方が難
の学生が生まれ育った国の出来事」へと見方が変
色を示される比率は高いようである。これは何を
わった。多言語・多文化化する日本社会が、どれ
意味しているのだろうか。
だけ「国際化」し得るかは、留学生だけではなく、
たとえば、
「外国人犯罪」に関する報道や、中
地域の隣人として暮らす外国人市民と、どのよう
国での反日運動の報道等が、個々の留学生へのま
に日常的に付き合っていけるかということも重要
なざしに反映していることはないだろうか。かな
な指標である。それは、私たちの「まなざし」を
り以前のことだが、次のような「事件」があった。
もう一度、確認することから始まるのではないだ
夏休みのある日、数人が同郷の留学生の部屋に
ろうか。
33
地図の玉手箱
シラス台地の昔といま
鹿児島市立西紫原中学校 亀
澤 宏 也
1 シラスと南九州
鹿児島県の大部分と宮崎・熊本両県南部に
は、保水性が低く有機物を含まないやせた火
山性の土壌であるシラスが広がる。九州南部
に住む人々の暮らしは昔からシラスとは切っ
「中学校社会科地図 初訂版」p.77
ても切り離せない関係にあった。一般に、シ
図ではさつまいも、なたね、陸稲などが中心
ラスとは、火山灰が積もったものであると考
であるが、これらは昔からシラス台地の特性
えられがちであるが、実際は、数万年前から
に合った作物であった。1955年からは国営第
数千年前にかけての火山による火砕流による
一号として畑地灌漑事業が実施され、右の地
膨大な量の噴出物が冷えて固まったものであ
図中の高隈ダム(大隅湖)が建設された。こ
る。つまり、
『桜島の降灰≠シラス』という
うして、1969年に国営事業は完工した。これ
ことになる。
により、台地上には水がパイプラインによっ
今回は、南九州最大のシラス台地として有
て供給された。灌漑事業完了後の右の地図で
名な笠野原台地における土地利用の変化を考
は、飼料作物を中心に、野菜づくり(露地・
えていきたい。
ハウス)など、商品作物への転換が見られ、
2 笠野原台地と高隈ダム(大隅湖)
畜産もさかんに行われているのがわかる。食
笠野原台地は、大隅半島の中央に位置し、
生活の多様化で肉類の消費が増えたことや大
約6000haの台地である。台地南部は標高約
手企業との契約もあり、今後ますます日本の
20mほどであるが、台地北部では標高約180
食料基地としての役割が増すと考えられる。
mにもなる。
シラス特有の水を通しやすい(=
3 笠野原台地と鹿児島黒牛・黒豚
貯めておくことができない)という特徴から、
右の地図を見てみると多くの牛や豚の記号
地下水面が非常に深く、台地上では、50∼80
が見られる。鹿児島では明治時代から畜産試
mの深井戸を掘らねばならなかった。左の地
験場を設立し、牛や豚の改良を重ねてきた。
つつもつぼい
34
図中の『土持堀の深井戸』は江戸時代後期に
飼料にシラス台地でつくられたさつまいも
掘られた深さ約64mの井戸で、鹿児島県指定
や芋焼酎の搾りかすを混ぜることにより、ほ
史跡となっている。このような深井戸では、
どよく脂の乗った上質の肉質になり鹿児島黒
一人の力では水を汲むことが困難で、数人が
牛・黒豚として全国的に人気も高い。シラス
かりや牛などを用いて水を汲んだ。台地上で
が広がり、農業に不向きだった台地も、シラ
の水の確保はそこに住む人々、開発しようと
ス土壌に合ったさつまいもと畜産が結びつき、
する人々にとって常に深刻な問題であり、藩
また人々の努力の成果により『畜産王国』と
政時代から人々の努力は続いてきた。左の地
呼ばれる地位を確立したといえるだろう。
地図の玉手箱
今も残る古都の条坊制
地 理
京都教育大学附属京都中学校 上
西 好 悦
歴 史
公 民
平安京の街並みと秀吉の改修
平安京は唐の長安を模して造営された。街の区
割り*は条坊制を取り入れ、現在残る碁盤目状の
街並みはその頃に造られたものであるが、2点ば
地 図
かり視点を加える必要がある。
1点目は応仁の乱による町の消失である。当時
の様を知るうえで「汝や知る都は野辺の夕雲雀上
がるを見ても落つる涙は」と詠んだ飯尾常房は都
の惨状を「たまたま焼け残った東寺や北野天満宮
社会科
周辺も灰土が広がっている」と荒廃を嘆いている。
2点目は、豊臣秀吉による都の改修である。秀
吉は聚楽第を建て、聚楽第を中心とした軍事的な
「中学校社会科地図 初訂版」p.89
都市として京都を改造した。市街地をお土居とよ
ばれる土塁で囲ませたことと、市街地を新しい区
割りで整備させたことは、後述するように現在の
暮らしにも大きく影響している。お土居は高さ約
条坊制
(大路)
朱
雀
大
路
4∼5mの土塁で、東端を鴨川、北端を鷹峰、西
端は紙屋川、南端は九条まで造られ、総延長は22.5
坊
袰、外側に幅4mから最大18mの堀を掘った。こ
の土塁は外敵侵入を阻止し、河川の氾濫を押さえ
る目的もあった。お土居の内側を洛中、外を洛外
とよんだ。
京都の町内会
条
(小路)
︵
大坊
︵
路
小
︶
路 坊 = 180丈四方
︶
下
黒
門
町
下
瓦
町
宮
本
町
(約540m)
町
住
居
町=40丈四方
(約120m)
現在の町内会
お土居の造成にともない市街地の整備も進めら
れた。市街地の東側にはお土居に沿って各寺院を
京都独特の町内会
移転させ、寺町を形成した。平安京造成の折、南
これが基ではあるが、秀吉の改修により『町』
北に9本の大路「坊」と東西に9本の大路「条」
の真ん中に通りを造り、住居スペースはさらに細
(後に2本追加)が通され、大路に囲まれた180丈
くなった。後の江戸時代には住居に税(一軒役)
(約540m)四方の地域も「坊」といった。その坊
がかけられ、間口の広さで(3間の間口で一軒役)
に縦に3本、横に3本の小路を通し、小路に囲ま
課税されたことから、間口が約5m、奥行きは20
れた約120m四方の区画を『町』とした。さらに
m以上ある、俗にいう「鰻の寝床」状態の住居が
その町を縦に4つに区分し、横は8つに区分した
多く建てられた。
ものが住居とされた。
他の都市の町内会は、ほとんどが道路に囲まれ
35
た区画をまとまりとしている。しかし京都市内で
斑田収授法による土地区画制度を「条里制」
つくり、地蔵盆や秋祭り等の行事を実施する。古
という。平城京・平安京の都は、「条坊制」に
い町屋が残る地域の地図を見れば明らかであるが、
よる都市計画制度で整備されたものである。
街の境界線は道路ではなく、小路に囲まれた約120
条里制
m四方の「条坊制の区分である『町』
」の真ん中
6町(約654m)ごとに土地を正方形に区切る。
で引かれている。左右の家と路を挟んだ向かいの
横列を条、縦列を里と数える。
家とは同じ町内会としてつき合いをするが、自分
36
<条里制と条坊制>
は、「通り・路」を挟んで向かい同士が町内会を
条坊制
の家の裏手にある家とは、つき合いが希薄である。
朱雀門から羅城門まで南北に通された朱雀大路に
祭りの折には、通りごとにまとまって実施されて
平行して9本の大路が走り、その大路に交差して
いる光景が、京都では普通に見られるのである。
9本の大路が通された。東西の通りを条、南北の
*「街の区割り」は通常「町の区割り」と表記すべきだが、
通りを坊といい、大路に囲まれた180丈(約540m)
後述の「条坊制により形成された『町』という地域」の『町』
四方の地域を「坊」という。
と区別するために、通常の街並みという意味で「街」の字
参考文献 「豊臣秀吉と京都−聚楽第・御土居と伏見城」
を当てた。
日本史研究会編 2001 文理閣
表紙写真解説
1931年にギャンブルが公認されるとカジノが開かれ、
ラスベガス
(写真 帝国書院 2008年8月撮影)
ラスベガスは誰もが知るギャンブルと娯楽と観光
の街、ネバダ州南東部の砂漠に出現したオアシスで
ある。実は地下水に恵まれており、19世紀にこの地
を訪れたスペイン人が命名した(ベガvegaとは広野
や沃野の意味)。年降水量は116mm、年平均気温は
19.7度、年間の晴天日数は300日という砂漠で、大
雨が降れば大洪水となる。立地条件はよくないが、
最近の推計ではラスベガス市の人口は56万、大都市
圏人口は200万を数える。どうして砂漠にエンター
テイメント都市が出現したのだろうか。
ロサンゼルスとソルトレークシティを結ぶ鉄道の
建設に伴って、1905年に町が設立された。1930年代
にはコロラド川をせき止めるフーバーダムの建設に
伴って、建設事業の基地としてにぎわった。さらに、
今日に至るまでギャンブル都市・観光都市として発
展を続けてきた。なお、当初は地下水に依存してい
たが、フーバーダムによって出現したミード湖がこ
の大都市を支える水源となっている。
市の中心部から南方に伸びるラスベガスブルバー
ドのうち、6kmあまりはラスベガスストリップと呼
ばれる。ここに世界的に有名なテーマホテル・カジ
ノが軒を連ねる。写真は、南側からラスベガススト
リップとテーマホテル
「ニューヨークニューヨーク」
を眺めたものである。自由の女神
(実物の2分の1)
の背後には、歴史的な低層建造物(移民博物館、証
券取引所など)
、そして高層建築(実物の3分の1)
がそびえ、50年前のマンハッタンが再現されている。
建物の手前に見えるのはスリル満点のザ・ローラー
コースター。写真右手には建築中のホテルも写って
いる。ラスベガスの発展は止まりそうもない。
(東京学芸大学教授 矢ヶ闢典驪)
39
それでも平城還都の直後から大仏造営の工事は、華
平時代の盛儀を現代に再現したものとされ、当時と同
じゅ がん
に筆が結ばれ、参集した人々はその縷を執ることで、
開眼の功徳に浴したという。奏楽には、日本の古くか
らの舞だけでなく、唐古楽・唐散楽・林邑楽・高麗楽・
伎楽・度羅楽などの記載もある。「度羅」はビルマ南
部の堕羅とも、済州島のことともいわれ不明だが、中
国(唐)・ベトナム(林邑)・高句麗などのアジア諸国
を網羅しており、参加した僧侶の出身地の多さを含め
て考えれば、国家の威信を示す極めて国際的な法会で
あった。その時に用いられた品々の多くは周知のよう
に正倉院宝物として現在に伝えられている。 このように大仏開眼供養は国際性を有していたが、
当時の社会の基本法である律令法もまた当時の先進国
中国から導入された継授法であった。律令制とは、古
代東アジアを中心に行われた中央集権的な国家の統治
制度をいい、君主の超越的な地位と平等な臣民の存在
を前提に、土地と人民に対する支配を君主に帰属させ
ることを理念とした。その理念により、百姓に対して
一律に耕作地を支給し、その代償物として平等に租税
や兵役・労役が課せられた。こうした統一的な支配を
実現するために高度に体系化された法律として律令が
編纂され、中央・地方の官僚機構と文書行政を中心に
運営された。 (国立歴史民俗博物館教授 仁藤敦史)
山を削りて、以て堂を構え」とあるように丘陵地で
あることが大仏鋳造のために労力や費用の点で有利で
あったことも指摘されている。鋳造は造東大寺司の大
仏師国中連公麻呂(国君麻呂)が中心に担当し、
「国
銅を尽くして象を鎔し」と表現されるように大量の銅
や錫が消費された。一方、鍍金の黄金はわが国では産
出しないと信じられていたが、陸奥国小田郡(現在の
宮城県遠田郡涌谷町)で発見され、陸奥国司百済王敬
服から献上され、天平感宝と改元された。このような
幾多の労苦の後に大仏はようやく完成する。
奈良時代の正史である『続日本紀』の記載によれば
開眼供養の儀式は以下のように行われた。
「東大寺の
廬舎那大仏の像が完成して、開眼供養をした。この日、
孝謙天皇は東大寺に行幸して、天皇自ら文武官人を引
き連れ、供養の斎食を設け、盛大な法会を行った。そ
の儀式は元日の儀式のようであった。五位以上の貴族
官人は礼服を着用し、六位以下の官人は位階に応じた
服装であった。僧は1万人を招いた。雅楽寮や諸寺の
さまざまな楽器と楽人がことごとく集められた。また、
王臣諸氏らによる五節の舞、久米舞・楯伏舞・踏歌・
袍袴などの歌舞が行われた。参道の東西に分かれて歌
い、庭に分かれて演奏した。その様子のすばらしさは、
が掛けられ、美しい音楽や舞も行われた。
この天平時代の盛儀とは、752(天平勝宝4)年4
月9日に東大寺で行われた廬舎那仏の開眼供養である。
当初は、お釈迦様の降誕の日である4月8日を予定し
ていたが、実際には翌日となった。開眼供養とは仏像
の完成後に、御仏の魂を入れ、礼拝の対象とすること
で、僧侶が目を書き入れる儀式のことである。
大仏造営の発願の動機としては、九州で藤原広嗣の
反乱がおこる直前の740(天平12)年2月に、聖武天
皇が難波宮に行幸し、河内国大県郡(現在の大阪府柏
原市)の知識寺に参詣し、その廬舎那仏をみて自身も
造営することを決めたと伝えられている。知識とは仏
像や堂塔の造立に、協力する人たちを意味し、知識寺
とは河内に多く居住した渡来系の人々の熱心な仏教信
仰により地縁的な関係に基づいて作られた寺のことで
ある。こうした背景から、紫香楽宮の造営が開始され
た直後の743(天平15)年10月には、有名な大仏造立
の詔が発せられ、造営に当たっては広く公民に「一枝
の草、一把の土地」の援助が呼びかけられている。大
仏造営の構想は、華厳経の教理に基づくもので、光明
皇后と関係が深かった金鐘寺において、当時気鋭の学
僧らを集め良弁が主催した3か年にわたる華厳経の講
だ
ら
る
た開眼縷は約200mにも及ぶ縹色の太い縄紐で、一端
はなだ
再開されることとなった。当地が選ばれたのは、
「大
の造花が飾られ、正面には美しい刺繍の幡や五色の幕
る
厳経が研究され、大和国国分寺とされていた金鐘寺で
じく屋根には金色の鴟尾が輝き、大仏の周囲には種々
選ばれ、唐僧道 が咒願師となった。その時用いられ
どう えい
天皇にかわって南インド出身のバラモン僧菩提僊那が
ぼ だい せん な
の四部構成であった。開眼導師には、病弱な聖武太上
造営の工事は中止された。
仏殿の大修理落慶法要の模様である。この儀式は、天
び
華厳経の講説、諸寺などからの奇異物奉献、奏楽と舞
し
の儀式は、開眼師による開眼儀式、講師・読師による
も頻発するなどの社会不安により、1年8か月で大仏
録』にはより詳細な記述がある。それによると、当日
平安後期に成立した東大寺の記録である『東大寺要
て紫香楽宮に集めることが命令された。しかしながら、
され、東海・東山・北陸などの25か国の調庸物はすべ
宮に近い東西の山では山火事がしはしば発生し、地震
東大寺 蔵
てなかった」。
大仏の造営は当初、紫香楽宮の近くの甲賀寺で計画
が東方に伝わって以来、このような斎会はいまだかつ
されていたことが前提にある。
この写真は、1980(昭和55)年に行われた東大寺大
東大寺開眼供養
いちいち書き記すことができないほどであった。仏法
説において、廬舎那仏の性格や華厳経の世界観が研究
「ロシア連邦とまわりの国々」では、ロシアの自然と生活の特色を理
解できるよう、図取り・表現・内容を工夫しています。まず、日本を図
取りの右端に載せることにより、ロシアの国土の大半が北海道よりも北
に位置していることが捉えられるようにしています。また、
「土地利用
と植生」の表現を用いることにより、北から「ツンドラ」
「針葉樹林」
「耕地」
「草地・牧草地」の順で横縞模様に分布するロシアの気候・風土の特色
を視覚的に捉えることができるようにしています。ここからさらに、ロ
シアの国土の多くが「針葉樹林」で占められていること、食料生産で重
要な「耕地」は南の地域に偏っていて、ロシアの国土の中ではわずかで
あることなどの特色が捉えられます。あわせて、
「耕地」の分布地域に
は主要都市や交通などが集中していることを読み取ることで、この地域
がロシアの経済活動では重要な場所であることまで理解できます。さら
に、ロシアがいかに広大であるのかが理解できるよう、九つの等時帯の
境界線と標準時を示しています。たとえば、モスクワが午前0時のとき、
シベリアのヤクーツクの時刻が一目でわかるよう、午前6時を示す時計
の記号を掲載しています。また、シベリア鉄道でモスクワからウラジオ
ストクへ向かう際の主要都市への到着時刻も掲載し、
「地図旅行」でロ
シアの広大さを実感できるように配慮しています。 (帝国書院編集部)
1
中学校 社会科のしおり 2009年4月号 別冊●
農業をあこがれの職業に
ときに、労働という観点では実態がつかめずに不透
その間農業は負の3K産業(きつい・汚い・稼げない)
株式会社NOPPO代表取締役 脇坂真吏
明なことが多い。また、メディアで農業についての
といわれ、人材が都市部へと流出した。
正しい情報が流されないことが多い。そのために、
こうしたことも先に述べた一般生活者への情報不
若者と農業界
経営がどういったものかを肌で感じ、そこから農業
職業として農業を捉えることが難しい。その難しさ
足の結果である。つまり情報発信側が確実に減り続
農業に関心を持つ若者が増えている。しかし、そ
をより知ってもらうようにしている。イベントでは、
をこのLAPの活動を通じて少しでも感じてもらう
け、そして生活者が農から離れたところに移動して
の農業に関して情報をあまり得ることができずに、
地域の方々と交流をしながら、農産物販売や都会の
ことができればよいと考えている。
しまった。
これでは農業界に希望の光が見出せない。
興味をもったままくすぶってしまっている。
若者との交流、地域の魅力発信などを行うことで、
受け入れ農家にしてみても、彼らの多くは高齢者
新たな農業の担い手として農業生産法人が年々増加
また、一方で若手の人材を欲し始めている農業生
地域還元ができるように活動を展開している。
ですでに後継者もなく、経営としても日本の平均的
しており、既存の農家の場合にも、正の3K産業に
産法人はじめ、
アグリビジネス企業が増加している。
写真は茨城で農業の実体験(じゃがいもの収穫)と
な農家のため、人を雇い入れたり、誰かに継がせる
なっている例が増えつつある。それは、カッコよく
弊社では、様々な活動を通じてその両者(若者と
農業体験のあいまに茨城県農業総合センターの方か
ことなどは全然考えていないという現状である。
て・感動があって・稼げる3K産業である。先に述
農業界)の“出会いの場”をつくることを事業とし
ら農業について学んでいる学生たちのようすである。
こうした状況のままでは、新規に人材が入ると思
べたイベント等に講師として来ていただいている農
ている。一番多く、広く展開しているメイン事業は
学生と農家の声
えず、
同様に魅力ある産業とは思われることはない。
業経営者の方々はまさにこのように転換できている。
「イベント事業」である。講演会やセミナー、ワー
LAPに参加した大学生の多くが、「生産も難しい
これを変えていかなくてはならない。
これまで農業界ではJAへの全量出荷が原則であ
クショップ、交流会と多種多様な形で、農業経営者
けど、その後にきちんと販売をしていくことの方が
家業的農業と今の現実
り、そのJAが販売に関するすべてを行ってきたた
や新規就農者、農業関係者と若者を結んでいる。こ
より難しい」という。これはまさに今の農業界に足
なぜ人材雇用を考えられないのか。その答えは農
めに、農家は生産だけ行ってきた。しかし、この
うしたイベントには、都内をはじめとして首都圏は
りていない経営感覚を身につけるための初歩作業で
業を産業として考えるとわかる。
JAが農家に対して再生産価格を上回る売り上げを
もちろん、北は北海道から南は九州などの遠隔地か
ある。売ることをきちんとしなければ、せっかくの
これまで長きに渡り農業=家業という認識があり、
提供できない昨今、農家は販売をJAに頼らずに、
らも参加する若者がいるほどである。
作物も価値が出ないし、コストも回収できない。
親から息子に継ぐという形であった。そのため、息
直売所や通信販売、飲食店や小売店との直接契約に
しかし、このイベントを通じて提供しているのは
その他には、「農業をやる者にしかわからない感
子が継がなくなってしまった現在、つまり後継者不
より、
自ら販路をつくり収益をあげるようになった。
あくまでも“情報と人脈”であり、農業の現場が重
動を経験できて感謝」、「初めて育てたじゃがいもを
足、担い手不足になっている現状では人を外から雇
販売を含めて農業経営をすることによって、正の3
要視している“体験や経験”ではない。
無事に収穫できて感動」というような喜びや驚きが
用することが必要になっている。しかし、それまで
K産業に転換している農家が増えつつある。
現場で農業経営を学ぶ大学生
大きく、農業を全然知らなかった学生がどんどん知
臨時雇用等は別にせよ、そうしたことをしてこなか
株式会社NOPPOのめざすもの
そこで、農業の現場での活動を通じて、もっと農
識を得て成長していく様子がわかる。
ったため、その方法や価値観が理解できていない。そ
弊社の活動ではこうした正の3K産業のソフト・
業というものを学べる場を作ろうと活動を展開して
一方で、学生を受け入れている農家は「自分たち
のために農業界の人材が不足し続けているのである。
ハードの情報をフリーペーパーやイベント・体験な
いるのが地域活性化事業Team LAP(以下LAP)
の子どもですらやろうとしない農業に、若者が興味
2008年現在、日本の農業就業人口は300万人を割
どを通じて若者に発信している。そうした活動を通
である。
をもってくれることが嬉しい」という意見が多い。
りこみ、その減少の勢いは止まらない。さらに、そ
じて、ビジョンとして掲げている「農業界と若者の
現在この活動は茨城県の農家とともに、大学生を
そうした中で将来農業を志してくれる若者が1人で
の約47%が70歳以上という超高齢化産業という深刻
出会いの場を創ります」ということから、最終的な
1年間単位で受け入れ、農家のライフスタイル・ワ
も出てきてくれることを期待している。しかしなか
な状態である。65歳以下は120万人程度しかいない。
ゴールである「小学生希望職業ランキング1位=農
ークスタイルから、農業経営までを学んでもらって
には「鍬を使えないようなやつが農業をしたいとい
誰が考えても尋常ならざる状況といえる。もはや国
業」につくりあげていこうとしている。その過程で
いる。第2期(2008年度)では19名の大学生がこれ
えるほど甘いものではない」とがんこな考え方をも
家の産業としての機能を失う寸前なのである。農業
のミッションでは、①日本一農に興味のある大学生
に参加し、農家の生活を知るための農家研修、農業
ち、農業では食っていけないからやっても仕方がな
はつねに国の基盤であり、日本では都市部以外では
が集う“場”の提供、②大学生の農業界へのキャリ
経営を学ぶための生産・販売活動、農村地域での交
いと考える人もいる。
第一次産業を中心に形成されている。そしてそこに
アパスを描く、③農業界の情報集積と最適な発信基
流、活性化のためのオリジナルイベント活動の3つ
そうしたなかで、このLAPの活動では参加した
産業があり人がいるおかげで、
環境保全や文化保全、
地をつくりあげるというものがある。
の活動を複合的に行っている。農家研修では、農家
学生が将来農業をするのかという点が課題になって
食保全が成立している。この農業の多面的機能がす
とくに、日本一農に興味のある大学生が集う“場”
のお宅に寝泊まりし、農家の暮らしを体験してもら
いる。しかし、そこまで考える学生はまだまだ少な
べて失われてしまった後、果たして日本はどうなる
の提供を行うのが重要な課題であり、そのために、
うのである。生産・販売活動では今期はじゃがいも・
い。たとえば、今回LAPに参加した学生19名のうち、
のだろうか。ぜひ想像していただきたい。子どもが
先から述べている各種イベントの実施やSATTプロ
さつまいも・人参・かぼちゃの生産を行い、様々な
「将来就農してみたい」とこの活動を通じて考えた
将来住める国になっているのか、否か。
ジェクトといわれる外部企業・法人への体験、イン
工夫・アイデアを出して周辺農家の3倍近い価格で
学生が2名いるが、彼らもとりあえずは一般企業に
では、
なぜ農家が減少したのか。高度経済成長期、
ターン活動の斡旋、学生が農業を学ぶTeam LAPな
販売を行い、彼らに刺激や活力を与えたり、逆に売
就職する。今の現状ではこれが到達点ではないかと
日本は基盤である農を捨て、2次、3次産業へとシ
どを適宜拡大をしながら推進していく必要がある。
れずに残っていたりといったような状況を経験し、
考えている。それほど、農業を他の産業と比較した
フトしてきた。それは悪いことではない。しかし、
(写真提供:㈱NOPPO)
2
中学校 社会科のしおり 2009年4月号 別冊●
弱者に優しい社会作り 障害者支援と企業の役割
株式会社日立製作所 新事業開発本部アクセシビリティ推進グループ 小澤邦昭
ンターフェースの開発と正答率を上げていくという
改良に取り組んでいる。
次に、企業の中でアクセシビリティ機器の開発に
どう取り組むかという大きな問題がある。事業部か
[実際にお使いになっている江口さんの話]
想いを伝える絆
江 口 宏
現代社会において高齢者や障害のある人などいわ
まった。つまり、電子事務機器を障害者の人が使え
らみれば、利益のあがらない事業にどこまで、いつ
ゆる弱者に対応して開発されるユニバーサルデザイ
るように企業サイドで開発しなくてはならなくなっ
まで投資するのかは、問題である。一方で、日立全
ンの商品が注目されている。その中でもさらに重度
た。翌年の1987年には、具体的なガイドラインが示
体としてはこうした取り組みに総論は賛成だが、実
家内が発病したのは1994年のことでした。それま
の障害をもつ人に対応する器具は数も限られ、その
された。
際どの部署で担当するのかなど、各論で意見が様々
では全く症状はなかったのですが、ある日突然違和
開発は企業が社会的責任を感じなければ続けていけ
日本では、国会がこの動きに賛同し、通産省(当
に出ている。しかし、日立製作所では、短期的な儲
感を感じて、病院に運ばれました。進行性の早い
ない。その一つの例を紹介したい。
時)の指導の下、1988年からコンピュータメーカー
けはさておき、患者さんのお役に立つ、しかも日立
ALSでした。そのときはALSについての認識がな
重度障害者の方に向けて開発した意思伝達装置
団体で、日本版のアクセシビリティ指針を作り始め
の技術がお役に立てばいいじゃないかという意識が
く、どう対応してよいのかわかりませんでした。
今回ご紹介する機械は、ユニバーサルデザインの
た。当初、日立製作所の社内では予算や時間に制約
社風としてある。それが開発を続けられる要因であ
ALSという病気が、コミュニケーションが不自由
器具よりも、さらに使用する人数が少なく、その方
があったことから、なかなか思うように進まない状
る。「心語り」は前例のない製品だから、時間はかか
になる病気とわかってからは、2人で準備を進めま
専用に使うことを考慮した装置である。このような
況だったが、1992年にアクセシビリティ推進室を発
っても、執念を持って製品化すれば、長期的には必ず
した。支援機器は、福祉機器展で日立製作所の「伝
ものをアクセシビリティ※ 機器とよび、一般の人と
足させ、本格的な取り組みを開始した。
や企業の収益にも貢献するものになると考えている。
の心」を試したのがきっかけでした。しばらくは
の共用はできない重度障害者専用の装置として特別
最初は、作成した指針をクリアするのが精一杯だ
また、出荷する数が少ないと高額になってしまう
「伝の心」でコミュニケーションをとっていました
に開発している。
ったが、90年代に入ってからのIT技術の急速な発
点も課題である。しかし、日本はこの面では自治体
が、
病状の進行にともない、
「伝の心」から「心語り」
重度障害者用意思伝達装置の一つ「伝の心」は、
達が、開発を後押しした。また、その頃日立の社員
の援助が出るので、患者さんは恵まれている方だ。
へと機器を変えることとなりました。使い始めたこ
手足が動かず体の一部をわずかしか動かせない方の
がALSを発病したことも、意思伝達装置の開発を進
アメリカでは「心語り」のような意思伝達装置は支
ろは、時間さえかければ簡単な言葉の伝達まで可能
ために、その動きをセンサーでとらえて、文字を入
めるきっかけになった。
給されないので、負担はさらに大きい。もっとも進
でした。50音を一つひとつ確認していく作業を、繰
力できる装置である。
当社が支援している重度障害者の方は、自分のベ
んでいる地域は北欧。ノルウェーでは1人の患者さ
り返していくんです。
もう一つが、今回ご紹介する「心語り」で、ALS
ッドの周りにしか世界がなかった。それをなんとか
んに看護師が16人いて、常時2人ずつ三交代で付き
しかし、ALSはある日突然、動いていたところも
(筋萎縮性側索硬化症)の患者さん向けに開発した
したいという想いが、支援機器づくりの当初からあ
添っていた。しかも、すべて国の費用で機器も国が
動かなくなってしまうんです。今年(2008年)のは
もの。この病気は、症状が進むと全く体を動かせな
った。「伝の心」では文章作成の他にテレビをつけ
買い上げている。
日本には補装具費支給制度があり、
じめから、まぶたを自分の力で開けられず、目が開
くなるケースがまれにあり、わずかな動きもできな
るなどのリモコンの操作ができる。そのような日常
意思伝達装置を、患者さん自身で使えると判定員が
かない状態に進行し、コミュニケーションに不安が
いので、先程の「伝の心」は使えない。そこで日立
では当たり前のことができるということが重要であ
判定した場合は、原則として、価格の1割の負担で
生じるようになりました。眼球が動かせていたとき
製作所では、問いかけに対して、患者さんがたとえ
る。
購入できる。
は、
「心語り」の正否の確認ができていましたが、
ば暗算をすることで脳の血液量を意図的に変化さ
開発における技術的課題
これからも弱者に優しい社会作りをめざす
今では確かめようがなくなってしまったんです。
せ、血液量の変化の有無を近赤外線で読み取って
技術的な課題は、脳の血液量で「はい・いいえ」
障害者支援機器の活動をサポートしてくれる幹部
今では、グラフの微妙な変化から気持ちをくみ取
「はい」あるいは「いいえ」の意思を伝える装置を
の判定をどのようにするのかということがわかって
の中に、障害を持っている方もいる。その方は、企
らなくてはならなくなりました。意思を伝えようと
開発した(仕組みは表写真下方参照)
。
いなかったことで、試行錯誤の繰り返しだった。な
業として福祉機器をやり始めたからには続けなくて
して現れた反応なのか、誤判定なのかに、悩むこと
なぜ障害度の高い方向けに、コミュニケーション支
援機器を開発するようになったのか
かなか正答率が上がらない状況のとき、会社のOB
はならないと言っている。もしも何かの理由で供給
が多くなりました。
で現在大学の先生をしている方に開発協力を求め
が止まったら、生死に関わる危険が生じることもあ
それでも、また日立製作所と協力して、精度を上
障害者支援の背景には、アメリカの動きがある。
た。製品化を受けてくれた会社など、多くの方々の
るからだ。
げられるよう協力していきます。血流を変化させら
1960年代に公民権法が成立し、人種の違いによる差
協力があって初めて「心語り」は世の中に出た。
この仕事に携わっていて思うことは、華々しくど
れれば、まだ意思の疎通をはかることができるので
別の撤廃を行ったが、その対象に障害者は入らず、
「心語り」は使う前に患者さんの「はい・いいえ」
んどん手を広げるよりも、今やっている開発を確実
すから。この意思伝達装置は、我々にとって想いを
障害者差別は残ってしまった。その後、1973年にリ
のモデルデータを取る必要がある。最初は、一度正
に進めたいということ。儲かる仕事ではないが、企
伝える絆だと思います。
ハビリテーション法ができ、初めて障害者の差別撤
しいモデルデータをとってしまえば、ずっと使える
業としてこうした支援機器を開発し続けるその役割
廃の動きが始まった。しかし、具体的な行動はなか
のだと思っていた。しかし、患者さんはその日の体
は、とても重いと思う。今後は、現時点で「はい・
なか進まず、13年後の1986年になって、ようやく電
調によって状態が変わり、使うたびにモデルデータ
いいえ」しか判別できない「心語り」を進化させて
※アクセシビリティ:情報機器を障害者や身体機能の
子事務機器が使えないことを理由に、有能な障害者
を取った方がよい場合が出てきた。そのため、患者
回答時間を短縮し、何とか文字を選択できるように
衰えた高齢者に使えるようにする、あるいは使いやす
の政府機関への就職を拒否してはいけないことが決
さんの協力のもと、モデルデータの取得が容易なイ
したいと思っている。
くすること。
でん
しん
YES
判定線決定
信号確認
測定可否:
信号強度:
入力信号確認
2.02921 V
履歴参照
測定終了
可能
%
判定説明
自動選別
閉じる
履歴参照
測定終了
可能
2.02921 V
NO
判定説明
判定
NOサンプル
正答率
接続
%
閉じる
12
12
リラックス
安静区間
12 秒
自動選別
YESサンプル
測定モード
入力信号正常
リラックス
回答区間
12 秒
36s
患者さんは日々体調が変化する傾向
にあり、正答率を上げるためには、
モデルデータを毎日取り、患者さん
の変化を把握する必要がある。
ヘッドバンド付センサー
②「いいえ」の判定パターン
血液量に変化がないため、グラフに変化はない。
判定線決定
信号確認
測定可否:
12
判定
信号強度:
12
入力信号確認
NOサンプル
-0.2v
YESサンプル
測定モード
①「はい」の判定パターン
血液量が増えると光の反射が減少し、グラフは下降する。
-0.2v
2.0v
正答率
36s
2.0v
測定結果
+0.2v
接続
+0.2v
入力信号正常
リラックス
測定結果
リラックス
安静区間
12 秒
心語り〔測定〕
活性
リラックス
安静区間
12 秒
心語り〔測定〕
回答区間
12 秒
安静区間
12 秒
信号処理ユニット
はい・いいえ判定プ
ログラムを組みこんだ
コンピュータ
「心語り」
の判定の仕組み
(注1)頭に装着したセンサーの光源から出た近赤外光は大脳に達し、
光の一部が再び戻ってくる。この戻ってくる光量を測定する。意図的に
前頭葉を働かせると前頭葉の血流が増えるため、この現象を測定し血液
量が増加したかどうか判定することで患者さんの意思の確認をとること
ができる。
判定する。
量に変化が起こらないと、コンピュータは「いいえ」と
④回答区間でも、患者さんがリラックス状態を維持し血液
「はい」と判定する。
サーで感受するとコンピュータ上のグラフが下がり、
収されるので戻ってくる光量は少なくなる。これをセン
③脳を活性化させると、増加した脳の血液量に入力光が吸
暗算や歌を早く思い浮かべるなど脳を活性化させる。
をゆっくり数えるなど脳をリラックスさせ、回答区間で
②患者さんが「はい」と回答したい場合、安静区間で呼吸
静区間−回答区間−安静区間の三つに分ける。
①一つの判定に36秒間の測定を行う。図のように36秒を安
積み重ねることで、判定精度の向上が期待できる。
ピュータで行う装置。
「はい」と「いいえ」のサンプルを
赤外光で測定(注1)し、
「はい・いいえ」の判定をコン
ヘッドバンド付センサーにより、脳の血液量の変化を近