701 - 日本機械学会

701 自動車エンジン回転数のロバスト制御
Responsibility Improvement of Engine Speed Control
○学
正
郡川 尚士 (八工大院)
学
吉田
幸久
(長岡技術科学大院)
栗原 伸夫 (八工大)
Takashi KOORIKAWA, Hachinohe Institute of Technology, 88-1, Myo Ohbiraki Hachinohe, Aomori
Yukihisa YOSHIDA, Nagaoka University of Technology
Nobuo KURIHARA, Hachinohe Institute of Technology
It is effective to lower idling speed to improve fuel economy of engines. In this paper, applications of robust control technologies were
tried to improve responsibility of idle speed control. Smith predictor, sliding mode control, and PI control were compared. Then, modified
control technologies were found. From the result of the simulation, it confirmed that control performance with target engine speed and load
disturbance could be improved together.
Key Word:
Engine, Control, Idle speed control, Robust control
地球環境問題に応えるかたちでガソリンエンジンの性
回転数制御における,むだ時間補償のために Smith 法を適
能向上のほかに CO2 排出抑制あるいは低燃費の研究が進め
用して応答性の改善をはかり,外乱を考慮してそれを補償
られている. 最近では,筒内噴射エンジンやその制御シス
した.また,外乱に対するエンジンシステムのロバスト性
テムに関して多くの報告がなされている.
向上のため,スライディングモード制御を取り上げ,制御
うした目的のためには,負荷運転中はもとよりアイドル
運転時における性能を改善することも重要である. アイド
性能をシミュレーションにて比較した.制御を取り上げ,
制御性能をシミュレーションにて比較した.
ル回転数の低減に関する研究開発としては,吸入空気量の
洩れや摩擦の低減をはかること,また燃焼を安定化させる
ことなど様々な課題が挙げられる.制御システムのアイド
ル回転数の低減による問題点として,輸送遅れ,行程遅れ,
回転数の検出遅れなどのむだ時間が存在し,このむだ時間
が制御性を悪化させること,また,エアコンなどによる負
荷外乱に対する影響を受けやすになってしまうことである.
アイドル回転数制御では,むだ時間と負荷外乱などに対し
て応答性と安定性の両立できる制御アルゴリズムが要求さ
れる.
本研究では Fig.1 に示す筒内噴射エンジンを制御対象とし,
線形近似した物理モデルを構築してアイドル回転数制御を
検討した.
吸入空気量は電子制御スロットルで制御される.
クランク角センサから回転数を検知する. 電子制御スロッ
トルを開閉し,目標回転数に見合う吸入空気量を調節する.
Fig.1 Control system of SI engine
筒内に適量の燃料を噴射する. その燃焼により生じたトル
クで,回転数を一定に保つプロセスとなっている.アイドル
日本機械学会〔№01-5〕 Dynamics and Design Conference 2001 CD-ROM論文集〔2001.8.6-9,東京〕 1.緒言
21 世紀を迎え、環境問題,エネルギー問題が深刻化して
くると同時に自動車もまた大きな岐路に立たされている.
地球温暖化の原因とされる CO2などの排気抑制,低燃費化
の推進などの問題を抱えている.
そういった問題に応えるために近年,次世代自動車と呼
ばれる電気自動車,ハイブリッド車,アイドルストップ車
などの開発がされているが,電気自動車はコストが高くま
た,充電時間や走行距離が短く,また,ハイブリッド車は
市販されているが,現時点では社会的インフラや製造技術
においてはまだまだ実験的要素が強いといえる.アイドル
ストップ車に関しては,エンジン始動時にエミッションの
Fig.1 Control system of SI engine2)
悪化を引き起こし,バッテリーやセルの強化などハードウ
ェアの面で大幅な改良が必要となる.
このことからしばらくの間,既存のガソリンエンジンの
排気抑制のためにアイドル回転数の低減化が挙げられる.
しかし,
アイドル回転数の低減化には,
輸送遅れ,行程遅れ,
回転数の検出遅れなどのむだ時間による制御性の悪化を招
くこと,エアコン投入時などに負荷外乱の影響を受け,エ
ンストを引き起こしやすくなる原因となる.これらの問題
Engine Speed [rpm]
改良が求められるだろう.エンジンシステムの燃費改善,
Idling
点を解決するには,むだ時間による制御性悪化を抑制する
こと,負荷外乱やトルク外乱に対するロバスト性の向上が
挙げられる.本研究では,アイドル運転時においてのむだ
時間補償,外乱に対するロバスト性向上をシミュレーショ
ンで確認したことを報告する.
Time [sec]
Fig.2 Simulation result of engine speed
on the 10-15 mode operation1)
2.エンジンシミュレータ 1 )
Fig.1 に示す筒内噴射エンジンを制御対象として,Fig.2
の 10-15 モード 1)において,その 15%を占めるアイドル運
転時におけるアイドル回転数制御を検討する.吸入空気量
は電子制御スロットルで制御され,クランク角センサから
回転数を検知する. 電子制御スロットルを開閉し,目標回
転数に見合う吸入空気量を調節し,筒内に適量の燃料を噴
射する. その燃焼により生じたトルクで,回転数を一定に
保つプロセスとなっている.
これをモデル化すると Fig.32)のようにあらわすことが
できる.これを基にエンジンシミュレータを構築した.
Fig.3 Engine model
3.アイドリング制御方式
3.1 Smith 法によるアイドリング制御 2 )
本研究では,むだ時間補償法として,Smith 法を取り上げ,
エンジンアイドル回転数制御に適用して検討した.
[原理]
Fig.4 で示すように,むだ時間経過後の出力G(s)e-sL を
予測して制御入力からG(s)-G(s)e-sL を差し引くこと
で,制御対象がG(s)だけであるようにする.この系の目標
Fig.4 Smith predictor
入力rから制御出力yまでの伝達関数は
y( s)
Gc( s )G ( s )
=
e − sL
r ( s) 1 + Gc ( s )G ( s)
…………(1)
である.
特性方程式
1 + Gc ( s )G ( s ) = 0
にはむだ時間e
-sL
…………(2)
が含まれないので,むだ時間のない G(s)
に対する設計法,たとえば PID 制御,位相進み,位相遅れ補
償,動的補償法などがそのまま適用できる.
Engine speed [rpm]
<利点>
PID control
<欠点>
G(s)が虚軸の近傍に極を持つと外乱の過渡応答が遅い.
Fig.3 で表したモデルを制御対象G(s)としてむだ時
間補償を組み込み,シミュレーションした結果を Fig.6 に
Smith predictor
Time [sec]
Fig.5 The effect of Smith predictor
示す. PID 制御と比較すると,Smith 法により,目標入力
に対してはよい応答を得ることができる.
しかし,Smith 法は外乱に対してロバストではないので,
外乱の影響が長時間残ってしまう.外乱に対する過渡特性
を改善するために,スミス法に外乱補償器を組み込み
Fig.6 のように改良した.これは Fig.4 の系を等価変換し
て外乱補償器 M1(制御対象の極を相殺することによってむ
だ時間前部の外乱を補償)と M2(制御対象の極を虚軸から
遠ざけてむだ時間後部の外乱の補償)を組み込んだもので
ある.
エンジンには,燃料パージ,燃焼の変動,負荷変動など
多数の外乱がある.なかでも,むだ時間後部にある負荷変
動による外乱が最もエンジン回転数を急激に減少させ,不
安定にする要因として考えた.本研究では,むだ時間後部
にある負荷変動による安定性の向上を重視した.
Fig6. Compensation of dead-time caused
by combustion cycle
3.2 スライディングモード制御によるアイドリング制御
スライディングモード制御 3)とは,制御系の構造を変え
る可変構造系理論の最も体系化されている制御理論である.
ある切り替え則に沿って制御入力を高速に切り換えて制御
Engine simulator
るものである.このスライディングモード制御は,
パラメー
タ変動系,
未知パラメータや未知外乱を含む系に適応でき,
希望の特性を切り替え面として設計すれば,システムは等
価的に希望の特性に拘束され適応していくという特徴を有
Engine speed [rpm]
対象の変動に対しても一定の制御成績を得られるようにす
している.
スライディングモード制御系を設計する際に Fig.3 のエ
Imagination plant
ンジンシミュレータを状態方程式として表さなければなら
ない.この場合,システムが複雑,しかも次数がかなり大き
Time [sec]
くなってしまい解析が困難になってしまう.そこで,エンジ
ンシミュレータを ARMAX モデルにて同定して 3 次系とした
仮想 PLANT を作成した.
エンジンシミュレータと仮想 PLANT
Fig.7 Simulation result of engine simulator
and imagination plant
の応答性の比較を Fig.7 に示す.誤差が少ないことから,こ
の仮想 PLANT を用い,スライディングモード制御を適用し
て外乱補償をすることにした.仮想 PLANT の状態方程式は,
x& = Ax + Bu
y = Cx
より,
1
0 
 0
A =  0
0
1 
− 109.4 − 45.84 − 7.96
,
0
B = 0
1 
1 0 0
C = 0 1 0
0 0 1 
Fig.8 Sliding mode controller
Cy = [109.51 − 13.62 0.5446]
4.シミュレーション
である.
アイドル回転系は目標値に追従するサーボ系として表す
アイドリング時における負荷変動外乱に対するロバスト
ことができる.このことから,1入力1出力系スライディ
性を確認,検討するため,Fig.9 に示すように 10 秒後に外
ングモードサーボ系として,Fig.8 のようなブロック図を
乱を加えて,PID 制御,Smith 法, Smith 法+外乱補償器
作成した.超平面の設計には,スライディングモード制御
M1+M2,スライディングモードの3つの制御方式により,
になってからの状態の変動を最小にする最適切り換え超平
シミュレーションを行った.
結果を Fig.10~Fig.14 に示す.
面設計法を用いた.
なお,シミュレーションには MATRIXx を使用した.
Reference engine speed
Fig.13 Simulation result of Sliding mode control
and Smith predictor
Torque
Disturbance
5.結 言
燃費向上,排気抑制のためにアイドル回転数を低減する
Fig.9 Reference engine speed and
torque disturbance
うえで,目標回転数と負荷外乱に対する応答性を両立させ
る制御法を検討した.
(1) PID 制御ではむだ時間による不安定性の影響が出て,オ
ーバーシュートが大きくなった.
(2) Smith 法ではむだ時間による不安定性を補償して,応答
の改善が見られたが,外乱に対する応答は PID 制御と同等
の結果だった.Smith 法に外乱補償器を加えることで,
Smith 法に比べて目標回転数に対する応答は多少低下する
ものの,
外乱に対するロバスト性は良好な結果が得られた.
Fig.10 Simulation result of PID control
(3) スライディングモード制御では,エンジンシミュレー
タの特性を模擬する仮想 Plant を構築して超平面を設計し
た.(2)の Smith 法+外乱補償器に比べて応答性改善が見ら
れた.ただし多少のチャタリングが発生しており,マッチ
ング条件の最適化などの対応が必要とされる.仮想 Plant
の設計精度を向上させることもスライディングモードの優
れた特性を生かすうえで今後の課題として残される。
以上,
目標回転数と負荷外乱に対する応答性の両立には,
Fig.11 Simulation result of Smith predictor
Smith 法+外乱補償器が有効であると言え,さらなる性能向
上にスライディングモード制御の可能性も確認できた.
参考文献
(1)
及川,栗原,自動車制御系のシミュレーションによる設
計法,日本機械学会 D&D’2000,
CD-ROM 講論,
(2000.9),
553
(2)
転数制御,日本機械学会 D&D’99 講論,(1999.3),620
Fig.12 Simulation result of Smith predictor
with disturbance compensators
石墨,栗原,大須賀,むだ時間補償を用いたアイドル回
(3)
野波健蔵・田宏奇,スライディングモード制御,(1994),
コロナ社