やさしい経済のはなし

経済情報
やさしい経済のはなし(3)
エネルギア総合研究所 部長(経済)
やさしい経済のはなしも3回目を迎えました。今回は,
齋宮 正憲
ともに,余暇時間についても,1990年の約6時間/日が
経済の成熟化,経済のグローバル化と海外投資の拡大,
10年後には約6.5時間/日と約30分増加しています。また,
産業構造の変化について考えてみました。
買いたいものがないということは皆さんが実感しておら
れることであり,小売販売額の長期低迷からも証明され
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経済の成熟化
ます。モノからサービスへの変化は時代の流れですが,
日本経済が成熟段階にあることは大多数の人が感じて
モノあってのサービスではあります。特に日本人は,匠
いると思います。それでは成熟段階にあることの証左は
の民族(それに対して中国人は商人の民族)と言われる
どこに現れているのでしょうか。ひとつはこの話の最初
ように,日本のモノ作りは人としての生きがいそのもの
に見てきましたように,日本経済が低成長段階に入って
になっており,モノの基盤の上にサービスも形成される
いることです。ふたつ目は国民の価値観の変化です。前
ものと考えられます。従って,消費構造のサービス化は
者についてはここでは説明を省き,後者の問題を取り上
止むを得ませんが,産業構造の過度のサービスへの傾斜
げます。
は如何なものでしょうか。
価値観変化の具象化のふたつ目は,「スローライフへ
価値観の変化には二つの具象が見られます。ひとつは,
「消費性向のモノからサービスへのシフト」です。図表
の志向傾向」です。人間活動に基づく地球温暖化への危
8は消費支出に占めるサービス支出の割合の推移を見た
機感もその背景にあります。スローとは,経済的な豊か
ものです。この表のとおり,「サービス支出」は継続的
さや効率の追求を抑え,より自然と調和的な,ゆったり
に増加し,2004年には「非耐久財支出」を追い抜き最大
としたライフスタイルへの志向を図ろうとするもので,
の支出項目になっています。また支出同様,サービス業
ファースト・スピード社会に相対するものです。このこ
従事者も大幅に増加し,1980年の1,030万人が2000年に
とを端的にあらわした表現として,発案者は忘れました
は1,726万人に達し,全就業者数の27.4%を占めるほどに
が,人の生存に必要な「い・しょく・じゅう」に引っ掛
成長しています。
けた,次の言葉が印象に残っています。
図表8 消費支出に占めるサービス支出の割合の推移
「衣食住」
↓
(%)
バブル期:「異飾充」
(高級志向,ブランド,消費美徳)
耐久財
半耐久財
非耐久財
サービス
1970年
8.0
15.1
50.0
27.0
1975年
7.5
15.5
48.7
28.3
1980年
6.1
14.3
47.0
32.7
日常生活における環境負荷の軽減活動や持続可能な社
1985年
6.4
13.3
45.4
34.8
会が実現するような生活を心がけるロハス(LOHAS:
1990年
6.7
13.6
42.7
37.0
Lifestyle of Health and Sustainability)運動もこの範疇に
1995年
6.6
11.9
41.7
39.8
2000年
6.8
10.6
41.5
41.0
2004年
6.8
9.6
41.2
42.3
資料:総務省「家計調査」
↓
現 在:「意触柔」
(個性志向,健康,いやし志向)
入ります。
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経済のグローバル化と海外投資の拡大
人,モノ,金,技術,情報といった経済の構成要素が
国境を超えて地球規模で移動・取引されています。昔か
ら国際取引は存在したわけですが,昨今の情報技術の飛
モノからサービスへのシフトの理由には,所得水準の
躍的な発展により,その規模・対象範囲・対象地域が拡
向上,欲しいものはほとんど所有しており買いたいもの
大していることに現在のグローバル化の特徴があります。
がない,余暇時間の増大等があげられます。所得水準に
あたかも水が低きに流れ込むように移動・取引されます。
関しては,名目雇用者報酬の伸びが1980年からの20年間
地球規模で経済効率が検討されるため,一国のみでの政
で2.1倍に,1990年からの10年間でも1.2倍に増加すると
策では効果が上がりにくくなっているのが特徴です。例
エネルギア総研レビュー No.3
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えば日本が円安を誘導しようとして円売り介入しても海
図表10
主要都市の投資・生産関連コスト
外の膨大な資金が円買いに動き,なかなか円安にならな
横浜 シンガポール 大連
深 (日本) (同) (中国) (中国)
いことがよく起きています。また,賃金の安い国・地域
があればそこへの工場立地が集中し,高コスト地域では
いくら企業誘致の努力をしても効果があがらない。地産
地消をいくら推奨しても,海外から安価な製品が入って
くれば消費はどうしてもそちらに流れ,国内の非効率的
な産業は淘汰されることになるなどです。競争相手が国
内だけでなく世界に拡大しているわけです。資本の論理
がシビアに適用される度合いが強まっています。
国際間での貿易やお金の流れ・規模については様々な
ところに記載されているため,ここではグローバル化の
代表事例である海外投資を見ていきましょう。図表9は,
日本の対外直接投資額の推移を見たものです。近年は大
体3兆円程度で推移しています。GDP国内総支出の民
間設備投資は約80兆円ですから,おおむね3∼4%が海
外に回っていることになります。海外投資先は,中国向
け1/3,その他アジア向け1/4,北米向け1/5にな
賃 工場従業員(月額) 37万円
金 エンジニア
(月額) 48万円
6 万円
1万円
3万円
16万円
3万円
4万円
工業団地の
購入価格(1fl)
17万円
4万円
3千円
3千円
オフィスの賃料
(1fl,月額)
3千円
6千円
4千円
2千円
電気料金
(1kWh,業務用)
16円
9円
9円
13円
水道料金
(1„,業務用)
24円
143円
50円
28円
30% 24.50%
30%
30%
法人税
(基本税率)
(注)数値は中心値を当時の為替レートで円換算して四捨五入
(調査時期)2002年11月
資料:ジェトロ
っています。
海外投資の目的は,ひとつは低コストの追求のためで
中国地域に主要事業所のある企業を対象に行ったアン
す。日本の生産関連コストは特に高く,安い地域を目指
ケート調査でも,海外生産を行う理由として圧倒的多数
して進出しているのが実情です。中国の主要都市との投
の企業が,「生産コストの低減」(約75%)をあげていま
資・生産関連コストを比較したのが図表10です。特に人
す。(以下,海外市場の開拓40%,他企業の海外展開へ
件費と土地代は10倍以上の差があります。なお,電気代
の対応20%,親会社などからの要請20%と続きますが,
はかつては高いと言われていましたが,近年の継続的な
詳細は当社「経済調査統計月報2004.3」を参照ください。)
値下げの結果,遜色ないレベルになっていることが分か
海外投資の目的のふたつ目は,当該国の市場開拓のた
めです。これは,現地で作って売る方が日本で作るより
ります。
安くできることは勿論,より重要な理由は,より現地の
図表9 日本の対外直接投資額の推移
(百億ドル)
6
ニーズにあった商品が製作できる,域外からの製品に高
関税が掛かることがある,現地政府が現地部品の採用を
指導していることなどがあげられます。
日本企業における海外での生産比率を見ますと,素材
5
型で低く,加工型で高くかつ増加傾向にあります。これ
は,素材型産業では,国内にまだ稼動できる設備があり,
4
それらを撤去してまで海外移転することは採算が取れな
いが,加工型産業では人件費のウエイトが高いものが多
3
く国内設備の利用率が低くなっても海外に新規投資する
ほうが経済的なことが多いためと思われます。
2
海外生産比率(財務省法人企業統計2002)
1
素材型産業:繊維材料7.0%,鉄鋼9.8%,化学15.5%
加工型産業:輸送機械47.6%,電気機械26.5%
0
1980 1985 1990 1995 2000 2002 2003年
精密機械14.8%,一般機械11.2%
資料:ú国際貿易投資研究所
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エネルギア総研レビュー No.3
やさしい経済のはなし
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図表12
産業構造の変化
富を生み出す産業活動は,得られる生産物・果実の違
産業別国内総生産の割合
年
第1次産業
第2次産業
第3次産業
いから伝統的に3区分されています。即ち,農林水産業
1955
19.2
33.7
47.0
等の第1次産業,製造業の第2次産業,および第1次・
1960
12.8
40.8
46.4
第2次産業以外の非物質的生産物を生産する産業部門の
1965
9.5
40.1
50.3
第3次産業です。産業別就業者の割合の推移を見たのが,
1970
5.9
43.1
50.9
図表11です。この表のとおり,第3次産業の就業者が近
1975
5.3
38.8
55.9
年大幅に増大してきています。1900年には16.2%だった
1980
3.6
37.8
58.7
ものが,戦後30%を超え,1975年には50%以上に,そし
1985
3.1
36.3
60.7
て2000年には64.3%に達しています。約4,050万人です。
1990
2.4
35.7
61.8
3人に2人が第3次産業従事者になります。また,図表
1995
1.8
30.3
67.9
12のとおり国内総生産の割合で見ても70%以上が第3次
2000
1.3
28.4
70.2
産業からの生産になっています。
2002
1.3
26.4
72.3
図表11
(注)1955∼85年と90年以降は算出基準が異なる。
資料:内閣府「国民経済計算年報」
産業別就業者の割合
第2次産業
第3次産業
84.9
4.9
10.2
ます。第3次産業の主要業種別に1970年から2000年まで
70.0
13.8
16.2
の30年間における就業者の増加率を見ますと,卸売り・
1910
63.0
17.7
19.3
小売業1.41倍,運輸・通信1.21倍,金融・保険1.56倍,
1920
53.8
20.5
23.7
公務1.23倍,に対してサービス業は2.24倍に増えていま
1930
49.7
20.3
29.8
す(この他,電気ガス業・不動産業なども増えています)
。
1940
44.3
26.0
29.0
このことからも第3次産業拡大のかなりの部分はサービ
1955
41.1
23.4
35.5
ス業の隆盛によることが分かります。サービス業の中で
1960
32.6
29.2
38.2
も特に就業者が増加しているのが,保健衛生,医療,社
1965
24.6
32.3
43.0
会保険・社会福祉,警備,ソフトウェア業です。この業
1970
19.3
34.1
46.5
1975
13.8
34.1
51.8
「高齢化社会の進行」「趣味・生活の多様化」「もの→こ
1980
10.9
33.6
55.4
ころ」です。これらに係る業種が今後とも活況をきたし
1985
9.3
33.0
57.5
ていくことでしょう。活況をきたすであろう産業を端的
1990
7.1
33.3
59.0
に表現した言葉として,こちらも発案者は忘れてしまい
1995
6.0
31.6
61.8
ましたが,「五コウ一楽」がピッタシきます。五コウ一
2000
5.0
29.5
64.3
楽とは,健康,代行,旅行,学校,不幸と娯楽です。す
年
第1次産業
1872
1900
資料:総務省「国勢調査報告」
種からキーワードは自ずから明白になります。即ち,
べて時間を買う産業です。次回はこれらを中心とした新
しい産業について見ていきたいと考えています。
なぜこれほどに第3次産業が拡大してきたのでしょう
か。それはひとつには製造業の相対的地位低下であり,
ふたつ目には第3次産業のメインをなすサービス業の重
要性の高まりによると言えます。前者は機械化の進展と
工場の海外移転等により,所要労働者数が減少したこと
によります。後者については真に人間系でないと対応で
きない部分を人で行う傾向が増してきたとともに,製造
業で余った雇用者の受け皿の役割を果たすことが期待さ
れたためでもあります。サービス業の重要性の高まりの
証左は,サービス業における就業者の増加率に現れてい
エネルギア総研レビュー No.3
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