講座 - 電気通信大学

蝿iil 講座
臼 臼 , ■ , , , o ■ , , o o o o ■ o 一 , , , ,
高出力超短パルス電磁波とプラズマの相互作用1
2.高出力超短パルス電磁波源
2.1 高出力超短パルス電磁波の発生(1)
植 田 憲一
(電気通信大学レーザー極限技術研究センター)
(1997年2月13日受理)
High−Power Ultra−Short Pulse Electromagnetic Wave Sources
Generation ofUltra−Short High−Power Electromagnetic Waves(1)
UEDA Kenichi
動s痂厩6プわ7Lσs67S擁6π06,U%吻6鴬め6ゾEl60ヶo.Co“z“z%痂6碗知%s,Cho吻18易ノ砂σκ
(Receive(l l3February l997)
Abstract
Modem techniques for generating ultra−high peak and ultra−short laser pulses are described in their
historical contexts.Vibronic transition of tunable solid−state lasers containing transition metal ions as
activated ions is discussed as the basis of femto−second pulse generation。The progress of mode−locking
techniques is reviewed in relation to switching spee(i and artificial techniques.Finally,the enhanced
potential of T3(Table−Top,Tera−watt)lasers by the combination of chirped−pulse amplification(CPA)
and pulse stretchers and compressors is discussed.
Keywords=
T31aseL tunable solid state laseL Ti:sapphire laser,mode−locking,chirpe(1pulse amplification,
saturable absorber
本講義ではレーザー技術の発展のなかで,超短パルスを
1.はじめに
発生するためのスイッチング技術の変遷の歴史を振り返
新しい粒子加速の原理を学ぶ前提として,超短パルス
発生の方法と,その基礎となっている考え方の発展を紹
りながら,今,フェムト秒という究極の時問幅のパルス
介する.今回,テーマとなっている粒子加速の方法の多
発生を人間が制御するようになりつつある背景を説明し
くは超短パルス高出力レーザーとプラズマの相互作用
ようと思う.
や,さらには超高出力レーザーの電界そのものを利用し
ようとする.最近のレーザー技術の大きな進歩のひとつ
2.超短パルスレーザーと波長可変レーザー
は,10fs(フェムト秒)から100fsの超短パルスの発生
2.1パルス幅とフーリエ変換
が容易になり,ピーク出力がTW (テラワット),すな
スペクトル的にもっとも純粋な単一スペクトルの単色
わち1012W以上に達するレーザーが,いわゆるテーブ
光は,直流光,すなわちCW発振レーザーでなくては
ルトップのサイズで可能となったことである.一般的に
発生できない.反対に,時間的なδ関数は,あらゆる周
は,超高出力レーザー,すなわちT3レーザー(Table−
波数成分を同じ振幅で含んでいる.もし,スペクトル広
Top Tera−watt lasers)の説明がなされることが多いが,
がりのすべての範囲で,位相の揃った光を生み出すこと
415
プラズマ・核融合学会誌 第73巻第4号 1997年4月
ができれば,レーザー光もやはり,フーリエ変換でその
㌔ δ窄
限界が決まる時問のパルスとなる.この場合のフーリエ
儒・ 翼
変換を検討すると,もっとも短い場合は,時問波形が
sech2(云/δと双曲線関数となり,周波数帯域とパルス幅の
積に
ムレム渉窄0.33
環.d_、、
(1)
Ground State3dε
という限界を与える.これは,ムレユ1014Hzの場合,△∫
Fig.1 The3d−electron orbits of transition metal ions rotate and
=3五sとなることを意味し,超広帯域の利得を持つレー
induce the Iattice vibration under excitation.
ザーが必要となる.しかし,1980年代のはじめまでは,こ
のように広いスペクトルを持つのは,有機色素を使った
Excited
色素レーザー以外にはなく,たとえ6fsのパルスが発生し
State
ても,超高出力レーザーとは無関係の存在であった.し
かし,チタンサファイア,すなわちTl3+:Al203(TiS)レー
ザーの出現が,CPA(Chゆed Pulse Ampmc甜on)技術の
論
開発ともに,超短パルス超高出力レーザーを実現する大
お
西
きな原動力となった.
Phonon
Transition
2.2波長可変固体レーザーの原理
固体レーザーに使用される活性イオンはNd3+,Yb3+,
Ho3九Er3+などに代表される希土類イオンである.これら
希土類元素の場合,レーザー遷移は4fN→4fN遷移で起こ
Ground
る.4f電子軌道は,その外部の5五5p電子などによって,
State
効果的にシールドされており,結晶場の影響を受けにくい.
逆に言うと,結晶場の影響を受けないからこそ,エネルギー
状態が広がることなく,狭いスペクトルで光と相互作用
Configuration Coordinate
できる.同時に,4準位構造をもつため,レーザー下準
Fig、2 Tわe vibronic transition aIlows continuously tunabIe
optical transition because the zero−phonon positions are
位がほとんどゼロの条件を実現でき,レーザー発振が非
di廷erent between grou為d and excited states.
常に容易である.
一方,波長可変レーザーに用いる活性イオンは,Cr3+,
ら押しのける.その結果,励起原子は結晶内に振動,す
Ti3+,Cr4+などの遷移金属である.遷移金属は,最初のレー
なわちフォノンを誘起するので,電子遷移とフォノン励
ザー発振,ルビーレーザーで活性イオンとして利用され
起が同時に起こるマルチフォノン光学遷移となる.この
たが,その後,希土類元素の優秀な発光特性が理解され
ように光学遷移とフォノン励起,緩和が結合する結果,レー
るようになってから,永らく注目されることはなかった.
ザーの上準位,下準位は均一に広がった幅広いエネルギー
3準位構造をもつため,反転分布形成に強力な励起が必
状態となる.田辺,菅野理論に基づく配位座標系で表現
要で,レーザーの効率が低いことがその理由であった.
すると,Fig。2のようにゼロフォノン位置が,基底状態と
2.3バイブロニック遷移
励起状態で異なる.このため終状態が大きな傾きをもっ
しかし,Cr3+:BeA1204アレキサンドライトレーザーや,
たポテンシャル条件に遷移するので,波長可変レーザー
Ti3+:Al203レーザーの出現で,遷移金属の本来の性質で
となる.このようなポテンシャル構造を,バイブロニック,
ある波長可変性が脚光を浴びることとなった.遷移金属
すなわち,電子遷移と振動遷移が結合した遷移と表現する.
の場合,レーザー遷移には3d電子が関係するが,その外
幅広いスペクトルをもつということは,レーザー発振
部の4sや3d電子の一部が結合に使用されると,3d電子
にとって不利である.その理由は,同じ励起分布数をも
は直接,結晶場に暴露されて大きな影響を受ける.しかも,
ったとしても,幅広いスペクトルに分布してしまうと,
励起状態では,3d電子の拡がりは基底状態からその方向
誘導放出断面積が小さくなるからである.この原理があ
を変えて,Fig lのように,周囲の結晶原子を平衡位置か
るために,希土類がもっともレーザーに適した活性イオ
416
講 座
植田
2.1 高出力超短パルス電磁波の発生(1)
ンであるということは変わらない.しかし,強力なレーザー
による励起,すなわち,高出力ArレーザーやYAGレー
ザーの第2高調波励起が容易になった結果,この欠点は
×
Φ
[亘i6藪nic]
で
⊆
克服できることとなった.このように,良いレーザー材
Φ
料の開発と同時に,周辺の技術が大きな進歩を遂げ,従
>
。P
o
o
来の問題点が解決可能となるという時宜を得たことで,
Tis
L
}
Φ
鑑
画期的なレーザーとして,超短パルス固体レーザーが登
場してきた.超短パルスレーザーの発展には,別の要素
Area
0.2μm
も不可欠で,これから,さらに,それらの諸要素につい
0.7μm 1。
1μm
Wavelength
ても検討することにしよう.
R9.3 Dispersion of refractive index,
3.フェムト秒パルスの伝播と屈折率分散,分散
補正
3、1群速度分散とパルスチャープ
Blue
一彪
乙.
通常のレーザーは,レーザー発振スペクトルはほとん
ど線スペクトルなので,物質の屈折率分散を考える必要
Red
R皿
input
があまりない.しかし,TiSレーザーで超短パルスを発生
させるには,α7μmから1.1μmのスペクトル範囲にあるす
Rg.4 Pulse compression optics with prism pair、
べての周波数成分が,速度を揃えてレーザー共振器を往
復しなくてはならない.理論限界である3fsというパルス
3.2逆分散素子によるパルス圧縮
の空間的拡がりが
物質中の屈折率分散のため,パルス幅が広がってしま
うことを理解すると,相補的な逆分散を与えれば補正で
3×10”15(s)×3×188(m/s)騙9×1(γ7舘1μm (2)
きることがわかる.しかし,通常の物質は紫外域に電子
でしかないことを考えれば,その困難性が容易に理解で
遷移による吸収をもっているので,基本的な分散が逆分
きるだろう.1μmずれると,パルスは崩壊してしまうの
散となることは考えにくい.そこで,プリズムや回折格
だから.ところが,Tisレーザーのスペクトル幅は,レー
子のような光学素子を組み合わせて逆分散特性を作り出
ザー発振の中心波長との比率で△λ/λ=0.5なので,屈折
し,パルス圧縮を実現する.具体的なプリズム対による
率が波長成分全体に一定であるわけにはいかない.この
パルス圧縮,またはチャープ補正の原理をFig。4に示した.
ため,長波長の光の方が短波長よりも媒質中の光速が早
回折格子を使っても,逆分散を作り出すことはできるが,
くなり,波長によるチャープによって,パルス幅が広が
プリズム対のように高次の分散まで補正することは困難
っていく現象が生じる.ファイバーのように光の伝送距
である.したがって,回折格子対でパルス圧縮を行う場
離が非常に長くなれば,もっとスペクトル幅の狭い,し
合は,入射するパルスが線形チャープする条件が必要と
たがって,パルス幅の長い(ピコ秒)のレーザーでも生
なる.
じる現象である.
3.3 人工的な光学素子による分散補正(Chirped Mirroδ
屈折率分散の概略は,Fig,3のとおり,短波長でバンド
最近の特筆すべき進歩は,誘電体多層膜を詳細に設計
ギャップ限界の吸収による分散が生じるので,短波長に
して,チャープドミラーと呼ばれる群速度分散補正特性
なるほど非線形に屈折率が増大する.屈折率分散の波長
を持たせたミラーができるようになったことである.不
特性
均一の厚みの光学薄膜を多層に重ね合わせ,波長による
反射位相の変化,すなわち,実効的反射面の位置を精密
πニκ。(1+・、λ+α2λ2+α3λ3+α4λ4+…) (3)
に制御するミラーである.このような考えは,はるか昔
から存在していたが,フェムト秒パルスが要求するよう
の三次の項まで考えると,かなりうまく良く表現できる
ことがわかる.しかし,10fs以下の超短パルスを考える場
な精度でコーティングをすることは不可能と,顧みられ
合には,四次の屈折率分散まで補正しないと,実現する
てこなかった.しかし,欧州のグループは,独自の道を
ことができない.
歩んで努力し,近年になって,それが十分な精度で製作
417
プラズマ・核融合学会誌 第73巻第4号 1997年4月
できる技術を確立したのである.自然界に存在する物質
ことができる.共振器内をパルスが往復しているのに正
の屈折率分散を利用するプリズムや,一次分散しか補正
確に同期して,スイッチのON/OFFを繰り返していれば,
できない回折格子と異なり,多層膜チャープドミラーは,
そのスイッチに同期するパルスだけが選択的に成長し,
人間が設計し,製作する人工的結晶である.したがって,
レーザー増幅器の大きな利得が有効に機能して,増幅さ
製作技術を改善すれば,高次分散まで補正することが原
れるたびにパルス幅は狭くなっていく.どこまでパルス
理的に可能で,これによって,TiSレーザー発振器から,
幅が狭くなれるか,ということは有効利得帯域とスイッ
1㏄s以下の超短パルス発振が,直接出力されるようになっ
チ速度で決定される.利得帯域は既述したので,モード
てきた.
ロック技術としては,どれだけ早いスイッチが実現でき
このように,人工的な,デザイン可能な光学素子によ
るか,ということに集中する.また,Fig5に示した超高
って,超短パルスを生み出す傾向は,モードロック技術
速スイッチ技術開発の歴史的経過には,技術の本質を感
でも見られる方向で,今後の光学技術の流れを決める重
じさせるものがあるので,歴史的背景を考慮して検討する.
要な要素である.同時に,従来は,人工的な制御の精度
4.2能動モードロックと受動モードロック
がそれほど良くなかったために,このような理論極限に
超短パルスが定常的にレーザー共振器の中を往復して
近づく場合は,変に小手先の技術を導入するより,自然
いるようなモードロック発振器では,1回毎にパルスに
の性質を“うまく”組み合わせる方が良い結果を生み出
与える損失変調,または位相変調はごくわずかであっても,
すことが多かった.しかし,超短パルス発生,増幅の研
その累積効果は顕著である.共振器長がlmとすれば,光
究では,非常な極限領域でありながら,すでに,人工的
が往復するに要する時間は,2〃cニ66nsで,繰り返し
デザインに基づく光学素子の方が,理論極限に近づく能
150MHz程度の変調をさせればよい.
力が上である,という状況が生まれていることを指摘し
モードロック方式は,より高速なスイッチを求めて,
ておきたい.
能動的なスイッチから受動的スイッチ,さらに,光パル
4.モードロックレーザーによる超短パルス発生
半導体に多重量子井戸構造を形成して,必要な特性を制
4.1モードロック技術とは
御する人工的光学素子によるモードロックヘと発展して
超短パルス発振はモードロックレーザーによって発生
きた.応用の観点からすると,電気信号で同期できるア
させる.コヒーレントな光発生器であるレーザーは,光
クティブモードロックは,精密な計測が可能で,初期に
共振器で決まる縦モードをもっており,その間隔は光の
ArレーザーやYAGレーザーのモードロックによく使わ
往復時間ムレ=o/2Lである.フーリエ変換からわかるよ
れた.しかし,スイッチング速度は電気信号で制限される.
スの非線形伝播を利用する方法へと発展し,最近では,
うに,時間的に短いパルスを構成するには,たくさんの
より高速のスイッチを行うことができるのは,可飽和吸
周波数成分を,一定の位相関係で重ね合わせなくてはい
収体による受動的モードロックである.非常に吸収断面
けない.初期のモードロックレーザーが光通信のために
積の大きい物質があると,少数の分子で強い吸収が生じる.
研究されたので,超短パルス発生とy・うよりも,多重光
吸収するべき分子数が少ないので,基底状態の分子の半
成分間の位相が固定化されるという意味で,モードロッ
数が励起されて,吸収係数が飽和する自己誘導による透
クという用語が使われている.時問領域で考えると,モー
明化現象(Se荏lnducedTransparency)が強い光に対して発
ドロック技術は,同期された連続Qスイッチだと考える
生する.結局,ピークパワーの高いレーザー光には透明
EOM
active mode−lock
れssw比ch
psswitch
saturable absorber
passive mode−lock
一↓
artificial
fs
swをtch
癖囲囲囲級岡圏脳脳囲魍囲回四皿囲轟
㍑黙器 m撫,撫,国←臨膿
に______囲________日』
屠
Fig.5 Ultra−fast switching devices realized ultra−short puIses during the progress of mode−locki為g techniques.
418
講 座
2.1高出力超短パルス電磁波の発生(1)
になり,弱い光は吸収する強度依存性のあるスイッチ素
植田
1
子となる.この場合,自己誘起なので,同期化の必要性
はなく,一方でスイッチング時問は,吸収飽和に達する
に必要な時間であるから,光さえ強ければ,フェムト秒
であっても応答できる.
4.3衝突パルスモードロック
衝突パルスモードロック法は,リング共振器内を時計
方向,反時計方向に回る光パルスが,共振器内で2回衝
Beam
突をすることを利用する.利得媒質と可飽和吸収媒質は,
うに設計される.両方向のパルスが全く同じ位置を占め
Profile
Phase Aperture
Front
た場合のみ,ピーク電界強度が2倍となり,強い非線形
Fig.6
共振器の対極に位置し,両者の中でパルスが衝突するよ
Intensity dependent spatiaI filter by Kerr−lens effect in−
duced by laser beam itself.
増幅,吸収飽和を引き起こす.これにより,安定な超短
パルスが発生できるようになるが,可飽和色素における
間安定に動作させることができる.これらは,自然の光カー
レーザー光強度は非常に高いので,色素が脱色して有限
効果を利用して,共振器設計と組み合わせた受動的光ス
の寿命を持つことは避けられない.そのため,装置の維
イッチを作り上げた半人為的なスイッチ機構といえる.
持にはかなり専門的な知識と,技能が要求された.
4.5 SBR(Saturable Bragg RefIector)&A−FPSA(Anti−
4.4 KLM(Kerr Lens Mode−locking)
resonant Fabry−Perot SaturabIe Absorber)
超短パルス発生にもっとも適したレーザー媒質として
屈折率分散をチャープドミラーで制御しようというの
TiSが登場したが,近赤外領域には優秀な特性を持つ可飽
と同じように,モードロックレーザーの非線形素子も,
和吸収体はない.しかし,結晶レーザーであることを利
自然現象の利用から,人為的にデザインし,制御する素
用した優れた方式であるKerr Lens Mode loc㎞g(KLM)
子の利用に発展しつつある.
が開発された.
半導体製造技術の進歩は,化合物半導体の中に量子井
KLMは屈折率の変化が光電界の2乗,すなわち光強度
戸構造や量子細線を作ることを可能にし,量子ジャンプ
に比例する光カー効果を利用する.レーザー光はガウス
に伴うエネルギー構造を人為的にデザインできるように
型の断面強度を持っており,周辺に較べて中心の光強度
なってきた.化合物半導体は近赤外から長波長の可視域
が大きい.このため,高強度のレーザー光が結晶中を伝
で透明であり,レーザー光を進入させることができる.
播すると,光は分布屈折率型の凸レンズの中を伝播する
その中に,量子井戸によって吸収可能なバンドを作って
ことになり,自己収束現象が発生する.KLMにおいては,
やれば,非常に吸収断面積が大きい,すなわち,飽和強
それほど強い自己収束効果を必要としないが,Fig,6に示
度が低い可飽和吸収体の半導体素子となる.
したように,共振器内のビーム収束点にスリットを挿入
このような素子の代表がSBRで,主に米国で広く使用
しておけば,光強度に対する非線形フィルタとなる.な
されるようになってきた.また,A−FPSAはFig.7のよう
ぜなら,ピークパワー密度の高いレーザーパルスに対し
にSBR素子をファブリペロー共振器の内部に挿入したよ
ては,ビームが絞れてスリットを損失なく透過するが,
うな素子で,レーザー光強度を共振器構造で強める方法で,
それ以外の光はスリットで大きな損失を受ける.結局,
欧州,特にスイス,オーストリアを中心に研究が進んだ.
光強度を選別する受動的光スイッチとなるが,光カー効
基本的には,吸収体はLT−GaAsであり,厚さ15nm程度
果は結晶の三次の電気感受率ノ3)で決まる効果なので,そ
に制御され,その周りを,AIAs70nm,AIGaAs20nmで挟
の応答速度はほとんど考慮する必要がない.この結果,
み込んでいる.SBRでは,可飽和吸収部の背後に,誘電
KLMは超高速のスイッチ速度を持った,しかも自分自身
体多層膜をコーティングして,共振器ミラーに可飽和特
で光伝播を制御して発生するモードロック方式である.
性を持たせるようにしているが,これらの素子の特性を
この方式は,一旦,モードロック動作が実現すると,パ
決めるものは,どの程度,広い波長で高い反射率を実現し,
ルスはますます狭く,高いピークパワーを発生するよう
.なおかつ,可飽和吸収を起こすことができるか,という
になるので,動作は安定である.また,KLM方式には,
点にかかっている.そのため,ミラーには銀をコーティ
可飽和色素のような寿命を持った素子がないので,長時
ングした例もある.このような方式によって,自発的にモー
419
プラズマ・核融合学会誌 第73巻第4号 1997年4月
ドロック動作に入り,しかもレーザーの直接出力が10βs
以下であるというような優秀な結果が得られるようにな
ってきた.
5.チャープパルス増幅CPA(ChirpedPdse
Ampliflcation)
超短パルスレーザーを増幅して,そのピーク出力をテ
Femto−sec
ラワットからさらにペタワットに増大させることができ
」』Eヨ
Oscilla.tor
れば,その威力はすさまじいものとなり,新しい物理現
一
象を大量に生み出すことができるだろう.しかし,その
Regenerative
Amplifier
ような超高出力レーザー光は,レーザーの利得媒質や反
射鏡,回折格子,電気光学スイッチ,その他諸々の光学
部品を破壊してしまう.これを避けるために,ビームロ
Multi−pass
径を大きくして,破壊強度以下にすることも,本質的な
Amplifier
解決策には程遠い.装置が大型化して費用がかかるとい
う現実的な問題を別にしても,大型装置ではレーザー増
幅過程での分散が大きくなって,パルス幅が広がってし
Comp1・es
まうからである.
−Slon
尺
このような問題を解決した画期的な方法が,チャープ・
パルス増幅技術であり,Fig8のようにフェムト秒領域で
Fig.8 Diagram of chirped pulse amplificati㎝system。
発振したよく制御された小さなレーザー出力を,パルス
拡大器で時間を引き延ばし,サブナノ秒パルスにしてから,
パルス幅を10000倍も拡大すれば,ピーク出力が下がるの
エネルギー増幅をさせるシステムとして,直ちに考え
つくのは,レーザー増幅器である.Ti3+:Al203レーザー
で,レーザー損傷なく,大きなエネルギーまで増幅できる.
の場合は,上準位(2E)の寿命は室温で32μsで,エネルギー
その後,回折格子対でパルス圧縮させれば,効率40%以上
蓄積をする能力はない.したがって,YAGレーザーの第
再生増幅器や多重パス増幅器でエネルギー増幅を行う.
でフェムト秒パルスに圧縮される.このような方式を完
2高調波のような強力なレーザー励起が必要である.前
壁に行うには,レーザー増幅過程における周波数チャー
述のように上準位寿命が短い,すなわち誘導放出断面積
プができるだけ線形,すなわち,スペクトルの時間変化
が大きいので,Es=hレ/σで決まる飽和エネルギー密度は小
が直線的に変化するように,増幅システムを設計するこ
さい.したがって,比較的短い利得長でも,エネルギー
とカミ望ましい.
引き出し効率は良いが,それでも,多重パス増幅を用い
る必要がある.また,超短パルス増幅における特殊な事
LT−GaAs,15nm
情は,分散の存在である.なるべく短い結晶長で,しか
A楓7讐/
× 4
盤
も大きな利得を発生させることが得策であり,Ti3+:A1203
結晶のTi3+濃度を高く取る必要がある.こうして,4パ
ス増幅器では,最初の3パスで,大きな利得係数の小信
む3
も
号増幅を行い,最後の4パス目で,増幅結晶からエネルギー
AIGaAs,20nm
82
を効果的に引き出すようにする.
娼
哉1
再生増幅器はレーザー発振器の効率と,増幅システム
Ag
の出力を兼ね備えたシステムである.レーザー発振器の
0 一〇.1 0.0 0.1 0.2 0.3
共振器ミラーを共に全反射ミラーとし,内部に入ったパ
Z[micron]
ところまで増幅され,完全飽和の状態になる.再生増幅
Fig、7 Artificial saturabie absorbing device A−FPSA.
器と外部の結合は,電気光学スイッチによって,時問的
ルスは,外部と結合することなく,内部損失と釣り合う
420
講 座
2.1高出力超短パルス電磁波の発生(1)
植田
に制御される.再生増幅器は時問制御された発振器なので,
があり得る.第一は,パルス幅をさらに短くして,10§s以
コンパクトな装置でありながら,大きな増幅率を持ち,
下のパルスを増幅する方向で,他は大口径化を進めるこ
直ちに多重パス増幅器に注入することができる.再生増
とである.前者にはパルス幅の限界が近づいており,後
幅器は,発振器と同じで,非常に小さな入力パルスを,
者には大口径の光学素子の開発という困難がある.また
大きな増倍率でエネルギー増幅するのに適しており,通
第二には,超高出力レーザーの応用にも,純粋に超高電
常ナノジュール(nJ)の入力をミリジュール(mJ)まで,100
界強度が必要な場合と,短時間にエネルギーを注入した
万倍のオーダーで増幅する.超短パルスレーザーでは,
い場合では,その方向が異なる.いずれにしても,超高
発振器で発生したnJのパルスを,100mJ級まで増幅する
強度レーザーは実際に開発できる時代となったし,その
中に人為的な光学素子要素が色濃く反映するようになっ
ので,再生増幅器による大きな増幅率が必要となる.
たのが,現在の技術の特長である.
本講義では,超高出力超短パルスレーザーとして,TiS
6.おわりに
超短パルス固体レーザーは,テーブルトップの装置で
レーザーに集中した.しかし,より超短パルス,大口径
ありながら,超短パルス性を利用して,ピークパワーで
を目指す場合は,気体レーザーやスーパー白色光のパル
テラワット(TW:1012W)の出力を発生するようになった.
ス圧縮といった別の手法が新しい可能性を引き出すかも
また,ローレンスリバモア研究所では,大口径のレーザー
知れない.同時に,超短パルス発生の中の物理は,超短
装置を用いて1.3ペタワット(PW:1015W)の発生に成功し
パルスを応用する際にも,同時に重要なものであり,そ
た.このような超高出力レーザーの開発には2つの方向
の深い理解なしには,十分な応用が困難であろう.
著者E−mail ueda@ils.uec.acjp
421