論 日本大学生産工学部研究報告A 2 0 0 5年 1 2月 第 3 8巻 第 2 号 文 キトサン修飾した天然ゼオライトによる Pb( I I )の吸着挙動 南澤宏明 ・齋藤和憲 ・渋川雅美 ・ 田中 智 ・町長 治 ・新井信正 Ads orpt i onBe havi orofPb( I I )ont oNat uralZeol i t eFunct i onal i zedwi t hChi t os an Hir oaki MINAMISA WA , Kazunor i SAITOH Satoshi TANAKA , Osamu MACHINAGA , Masami SHIBUKA WA and Nobumasa ARAI , Ac hi t os anmodi f i e dnat ur alz eol i t ewass ynt he s i z e dandt heads or pt i onbe havi orofPb( I I )ont ot hi s ads or be ntwasi nve s t i gat e d.Pb( I I )wase f f e ct i vel yads or bedont ot hechi t os anmodi f i e dz eol i t eatpH 4 . 01 0. 0 .Theads or pt i oni s ot he r m wasf i t t edbyLangmui re quat i ononbot hchi t os anmodi f i e dnat ur al z eol i t eand HClt r eat e d nat ur alz e ol i t e .Theads or pt i on e qui l i br i um cons t antK and t hemaxi mum ads or pt i onamountbi nt heLangmui re quat i onwasdet e r mi ne dt obe51 . 8dm ・ mol and36 . 8mg・ g , r e s pe c t i ve l y.Theval ueofbofc hi t os anmodi f i ednat ur alz eol i t ei s3t i mesc ompar ewi t hHClt r eat e d nat ur alze ol i t e .The s er es ul t ss howschi t os anmodi f i e dnat ur alz e ol i t ei se f f e ct i veads or be ntf orPb( I I ) . キーワード:天然ゼオライト,キトサン,Pb( ,吸着 I I ) 処理などの種々の化学処理が行われている 1.はじめに 。最近で は,無機化合物である天然ゼオライトと有機化合物を複 合化させることで天然ゼオライトの物理的性質や化学的 天然ゼオライトは我が国の代表的な未利用資源の一つ 性質に従来では えられなかったような新しい性質を付 であり,吸着,イオン交換,固体触媒,分子ふるいなど 加させることが可能になってきた 。このように天然ゼ の優れた特性を有する結晶性含水アルミノケイ酸塩化合 オライトは古くて新しい機能性材料として様々な分野か 物である 。近年,合成ゼオライトやイオン交換樹脂など ら注目されている。 の発明により以前に比べその利用範囲が狭くなっている 一方,カニやエビをはじめとして,昆虫やキノコにい が,天然ゼオライトは日本各地に産出し,埋蔵量も多く たるまできわめて多くの生物に含まれているキチンは天 しかも安価であるため,その有効利用法の開発が再び注 然多糖類の一つである。 その年間生産量は 1 0億トンとも 目を浴びている。前述のように,天然ゼオライトはその 1兆トンともいわれる生物資源であり,地球上ではセル ままの状態でも優れた重金属イオン吸着能を有している ロースについで生産量が多い 。しかしながら,現在の使 が,より優れた吸着能を発現させるためにアルカリ加熱 用量は年間 10万トン弱と推定されており, 一部を肥料や 日本大学生産工学部教養・基礎科学系助教授 日本大学生産工学部応用分子化学科助手 日本大学生産工学部応用分子化学科教授 日本大学生産工学部応用分子化学科専任講師 日本大学生産工学部教養・基礎科学系非常勤講師 ―4 1― 飼料に利用している他は大半が廃棄処分されているのが -8Lを,キトサン修飾天然ゼオライトの調製および吸着 現状である。一方,キチンを脱アセチル化して得られる 実験には ADVANTEC製 SR5 0型スターラーを使用し キトサンはキチンの誘導体の一つであり,金属イオンと た。 キレート錯体を生成する性質を有している。また,酸に 2. 4 キトサン修飾天然ゼオライトの調製 可溶であるために種々の化学処理が容易であり,キチン に比べ広い範囲で利用されている。 キトサン 0. 5gを5×1 0 M 塩酸溶液 50 0c m に加え て溶解させた後,天然ゼオライト 1 2. 5gを入れ, 一な 本研究では,代表的な無機系天然資源である天然ゼオ 懸濁液になるようにスターラーで十分かき混ぜる。この ライトを生物系資源であるキチンの誘導体のキトサンで 懸濁液に1M 水酸化ナトリウム水溶液 7 . 5c m とグルタ 修飾することで,両者の特性を活かした新しい機能性材 ルアルデヒド 0 .2gを加え,キトサンの架橋と中和凝集 料を合成した。さらに,得られた新規な吸着体を用いて を同時に行い,天然ゼオライトをキトサンで化学修飾し Pb( I I )の吸着挙動について検討を行い,環境水中の有害 た。しばらく静置後,吸引ろ過により固相と水相を分離 重金属イオンの一つである Pb( I I )の吸着除去材として し,得られた固相を純水で十分洗浄した後, 約6 0° 0 Cで 1 のキトサン修飾天然ゼオライトの可能性を模索する。 時間,真空乾燥機で 2 4時間乾燥させてキトサン修飾天然 なお,本研究は資源の乏しい我が国にとって,未利用 ゼオライトを調製した。グルタルアルデヒドによる架橋 資源の有効利用という視点からも非常に有効であると 反応はキトサンのアミノ基とグルタルアルデヒドのアル えられる。 デヒド基のシッフ塩基生成反応を利用したもので,キト サン中のアミノ基の一部を使用するが,遊離のアミノ基 2.実 験 は残るために金属イオンとの錯生成は可能である。 また, 架橋することでキトサンの酸への溶解の抑制が期待され 2 .1 試料 る。 本研究では福島県西会津産天然ゼオライトを試料とし 2. 5 吸着実験 た。その外観は緑色凝灰岩である。粉末 X 線回折装置を 実験はバッチ法により以下の方法で行った。希硝酸溶 用い,粉末法により構成鉱物の同定を行ったところ,本 液および希水酸化ナトリウム水溶液を用いて所定の pH 試料の主要鉱物はクリノプチロライトであり,その他に に調整した Pb( 0c I I )を含む試料溶液 10 m に各吸着体 石英,クリストバライトなどの造岩鉱物やスメクタイト 0. 1gを添加し,スターラーで 1 2 0分間かき混ぜる。しば 系粘土鉱物を多少含んでいることがわかった。実験では らく静置後,吸引ろ過により固相と水相を分離し,水相 純水で洗浄したものを未処理天然ゼオライト,3M 塩酸 中の残存 Pb( I I )濃度を原子吸光分析により測定する。な に2 4時間浸漬させて粘土鉱物などを除去後, 純水で十分 お,各吸着体への吸着率は,次式により求めた。 洗浄したものを塩酸処理天然ゼオライトとし,いずれも 粒度を 651 00me s hにそろえたものを使用した。 00 回収率(%) = A ×1 B 2 .2 試薬 吸着率(%) =1 00−回収率 A:一定時間経過後の残存金属イオン濃度 キトサン:君津化学工業製キミツキトサン Gr ade F B:試料溶液中の金属イオンの初期濃度 (48 65me s h)をそのまま希酢酸に溶解させて使用した。 グルタルアルデヒド:和光純薬工業製一級試薬グルタ 3.結果および ルアルデヒドをそのまま使用した。 察 1MNaOH 水溶液:和光純薬工業製特級試薬水酸化 ナトリウム(粒状)を所定量,純水に溶解して調製した。 3. 1 Pb( I I )の吸着におよぼす pHの影響 Pb( I I )溶液:和光純薬工業製原子吸光分析用鉛標準 キトサン修飾天然ゼオライトへの Pb( I I )の吸着に及 溶液(1 00 0μg/ cm )を適宜純水に希釈して使用した。 ぼす水相の pH の影響について検討した。なお,未処理天 その他の試薬はすべて精密分析用または特級を使用し 然ゼオライトおよび塩酸処理天然ゼオライト,キトサン についても同様の実験を行い,比較を行った。実験は 2. 5 た。 本実験で用いる水はすべてオルガノ製 PURI CMXI I の吸着実験に従い,1 0 0ppbの Pb( 0 0c I I )溶液 1 m に各 超純水装置により調製した超純水を使用した。 吸着体 0 . 1gを添加し,スターラーで 1 20分間かき混ぜ 2 .3 装置 て行った。その結果を Fi g.1に示す。未処理天然ゼオラ 試料溶液中の Pb( I I )濃度の測定は日立製作所製 Z- イトおよびキトサンは pH 6. 0以上で,キトサン修飾天 5 70 0偏光ゼーマン原子吸光光度計に同社のホロカソー 然ゼオライトは pH 4 .0以上でほぼ 10 0 %の吸着率を示 ドランプ(Pb用)を装着して行った。 した。塩酸処理天然ゼオライトも pH の上昇に従い吸着 試料溶液の pH 測定には HORI BA 製 pH メーターM 率は上昇したが,他の吸着体に比べ全体的に低い吸着率 ― 42― の溶解性を抑制することができた。 3 .2 吸着等温線 本研究では環境汚染有害重金属の代表である Pb( I I ) の吸着除去を視野に入れている。吸着実験における吸着 時間が長くなると,未処理天然ゼオライトはスメクタイ ト系粘土鉱物などの一部が試料溶液中に溶出分散するた め溶液自体の懸濁が認められた。一方,塩酸処理天然ゼ オライトおよびキトサン修飾天然ゼオライトは長時間の 吸着実験でも試料溶液の懸濁は認められなかった。これ らの結果より,環境浄化に用いる吸着体として未処理天 然ゼオライトは不適であると判断し,以後の吸着実験は Fi g.1 Ef f e ctofpH ont heads or pt i onofPb( I I )ont o t heads or be nt ● :Chi t os an t r eat e d ze ol i t e,○ :Chi t os an, ■ :Ut r e at e dz e ol i t e ,◆ :HClt r e at e dz eol i t e キトサン修飾天然ゼオライトと塩酸処理天然ゼオライト を用いて行った。 実験は 2. 5の吸着実験に従い,Pb( I I )の一定量を含む 試料溶液 1 0 0c . 0に調整後,吸着体 0 . 1gを添 m を pH 6 加し,スターラーで 1 2 0分間かき混ぜて行った。吸着前 を示した。一般に粘土鉱物の多くはそのままの状態でも 後の Pb( I I )の濃度差から各吸着体への Pb( I I )の吸着量 優れた陽イオン吸着能を有しているため ,この塩酸処 を求めた。得られた吸着等温線を Fi g.2に示す。さらに, 理による Pb( I I )の吸着率の低下は未処理すなわち天然 この吸着等温線を水溶液から一成分が選択的に固相へ吸 に産したままの天然ゼオライトに含まれているスメクタ 着する際の吸着現象を解明する際に広く用いられる イト系粘土鉱物の塩酸処理による溶出が原因と Langmui r式に従ってプロットした結果 を Fi g.3に 示 えられ る。塩酸処理により未処理天然ゼオライトの比表面積は す。 増加するが,陽イオン交換容量 ( C. E. C. )は減少すること Langmui r式: を既に報告している 。よって,これらの結果は天然に産 1 1 1 = + :ある濃度での吸着体1g当たりの吸着物質 する天然ゼオライトの金属イオン吸着能が主要鉱物であ の量 ( mg/ g) るクリノプチロライトの発現する金属イオン吸着能の他 :吸 着 平 衡 時 の 溶 液 中 の 吸 着 物 質 の 濃 度 にスメクタイト系粘土鉱物の有する金属イオン吸着能に ( mg/ c m) かなり依存しており,しかもクリノプチロライト自身の 金属イオン吸着能はそれほど高くないことを示してい :吸着剤1 gあたりの最大吸着量 ( mg/ g) る。また,塩酸処理天然ゼオライトの吸着率が pH の影響 :吸着平衡定数 ( dm /mol ) をあまり受けないことから,クリノプチロライトは耐酸 性に優れていることを示しているが,処理を行う塩酸濃 度が高くなるとクリノプチロライト中の交換性陽イオン が溶出するため金属イオン吸着能は急激に低下すること が 野らによって報告されている 。なお,未処理天然ゼ オライトの酸性領域での吸着率の低下はこれらスメクタ イト系粘土鉱物の一部が溶出するためと えられる。 キトサンの低 pH 領域で吸着率の低下は著しく pH 2 . 0ではほぼ0%であった。キトサンはキチンを脱アセ チル化したものであり,脱アセチル化度の高いものほど 金属イオン吸着能が高く,また,酸に対する溶解性が高 いことが知られている 。本研究で用いたキトサンの脱 アセチル化度は 80%程度であるため,金属イオン吸着能 は高いものの pH の低下に伴ってキトサンの一部が溶解 するためにこのような傾向を示したものと えられる。 なお,前述のようにキトサン修飾天然ゼオライトは 0以上で良好な Pb( pH 4. I I )の吸着率を示したことか ら,キトサンは天然ゼオライトと複合化することで酸へ Fi g.2 Ads or pt i on i s ot he r m pl ot sofPb( I I )on t he ads or bent ● :Chi t os ant r eat e dz e ol i t e,◆ :HClt r eat e d z e ol i t e ,pH :6 . 0 ,t empe r at ur e:r oom t e mp. , ads or pt i on t i me:1 2 0mi n. ,ads or bent:0. 1g, s ampl evol ume:10 0c m ―4 3― サンの有する優れた金属イオン吸着能と天然ゼオライト の有する耐酸性の特長を生かし,キトサンの酸可溶性お よび天然ゼオライトの比較的低い金属イオン吸着能を補 うものであり,いずれもそのままの状態では Pb( I I )の分 離濃縮材として使用できなかった天然ゼオライトおよび キトサンに新たな機能性を付与することから,非常に有 効であると える。 なお,本研究の一部は,平成 1 5年度日本大学学術研究 助成金(一般研究(個人) )によるものである。 参 Fi g.3 Langmui rpl ot sf orPb( I I )ads or pt i onont he ads or be nt ● :Chi t os ant r e at e dz e ol i t e ,◆ :HClt r e at e d z e ol i t e ,pH :6. 0 ,t empe r at ur e:r oom t e mp. , ads or pt i on t i me:12 0mi n. ,ads or bent:0. 1g, s ampl evol ume:1 0 0cm 文献 1)冨永博夫編,ゼオライトの科学と応用,講談社,198 9 年. 2)高坂杉夫,稲葉秀樹,松田良弘,板谷ゼオライトに よる溶液からの陽イオンの吸着除去, 日本化学会誌, 5,19 9 5 ,p6 18 6 22 . No. 3)藤郷森,河田達夫,高嵜裕圭,遠藤敦,熱処理によ る大谷石粉末の吸着能の変化,日本化学会誌,No. 一般に Langmui r式において, の値が大きいほど吸 3,1 9 90 ,p31 3 -3 2 4. 着が良好に起こり吸着サイトの吸着力が強いとされてい る。また, の値が大きいほど吸着容量が大きい吸着剤で 4)石井幹太,西森康悦,梶敬治,表面加工したゼオラ あることを意味する 。Langmui rpl otを吸着平衡濃度 イトによる実廃液の処理実験例,Gyps um&Li me, 0 .0 1 ∼0 .0 8mg/ c m の間でとったところ,キトサン修飾 1 95 ,1 9 85 ,p25 29 . No. 天然ゼオライトおよび塩酸処理天然ゼオライトの相関係 5)板橋修,後藤富雄,低橋かけ度ポリ (4ビニルピリ 数はそれぞれ 0 . 96 6 3,0 .9 8 83となった。求めた回帰式に ジン) −天然ゼオライト複合体の製造とその特性, 日 より,最大吸着量 本化学会誌,No. 3,1 9 89 ,p4 4 3 -4 5 1. と吸着平衡定数 を求めた結果,そ れぞれ,キトサン修飾天然ゼオラ イ ト で は が3 6. 8 6)キチン・キトサン研究会編,キチン・キトサンの応 . 8dm/ ,塩酸処理天然ゼオライトでは mg/ g, が 51 mol が 12 . 4mg/g, が3 4. 4dm/ molとなった。 用,技報堂出版,1 9 9 0年. 7)橋本奨,尾崎保夫,粘土鉱物による窒素除去に関す これらの結果より,キトサン修飾天然ゼオライトは塩 る研究,下水道協会誌,vol 2 1,No. 2 24 ,19 84, . 酸処理天然ゼオライトに比べ Pb( I I )の最大吸着量,吸着 36 . p32 平衡定数ともに大きいことがわかった。これは天然ゼオ 8)南澤宏明,山中宏,新井信正,奥谷忠雄,化学処理 ライトをキトサンで化学処理することで,天然ゼオライ した天然ゼオライトにおける鉛 ( I I )の吸着特性,日 トが有する陽イオン交換能とキトサンが有する錯生成能 本化学会誌,No.1 2 ,1 991 ,p1 6 06 16 1 1 . が複合化され,吸着サイトの数および吸着サイトの吸着 力が増加して Pb( I I )の吸着能が増加したものと 9) 野良治,土井英徳,岡部由紀子,濱田賢作,藤原 隆二,天然クリノプチロライトの塩酸による改質と えら 吸着特性,日本化学会誌,No. 3,1 9 8 9 ,p4 35442 . れる。 10 )Hi r oaki Mi nami s awa, Nobumas a Ar ai and 4.おわりに TadaoOkut ani ,El e c t r ot he r malAt omi cAbs or pt i onSpe ct r omet r i cDe t er mi nat i onofCopper( I I ) 我が国の無機系未利用資源である天然ゼオライトと生 Us i ngaTungs t e nMet alFur nac eAf t erPr econ- 物系バイオマスであるキチンの誘導体であるキトサンを ce nt r at i onont oChi t os an,Anal yt i calSci ence ,vol . 用いて新規な機能性材料を調製し,それらを用いた Pb ( I I )の吸着実験を行った。天然ゼオライトをキトサンで 15 ,1 9 9 9,p2 69 2 75 . 11 )木村優,長井弥生,緑茶の粒子表面での水銀 ( I I )イオ 修飾することで,水試料を汚染することなく天然ゼオラ イトの約3倍の吸着能を発現することができた。 ンの吸着,分析化学,Vol 3 6,1 9 8 7,p6 6667 1. . ( . 4. 1 4受理) H 17 本研究で調製したキトサン修飾天然ゼオライトはキト ― 44―
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