星空怪盗スターリー=ランナー 有松真理亜 !18禁要素を含みます。本作品は18歳未満の方が閲覧してはいけません! タテ書き小説ネット[X指定] Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁ノクターンノベルズ﹂または﹁ムーンラ イトノベルズ﹂で掲載中の小説を﹁タテ書き小説ネット﹂のシステ ムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また はヒナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用 の範囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止 致します。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にど うぞ。 ︻小説タイトル︼ 星空怪盗スターリー=ランナー ︻Nコード︼ N6658X ︻作者名︼ 有松真理亜 そらしり・ほしの ︻あらすじ︼ 空走星乃は実は怪盗スターリー=ランナー。亡き﹁パパ﹂の窃盗 えとばし・ゆうき 技術を守り伝えるため、今日も泥棒修行に励む。一方、キャリアの 江戸橋裕貴警部補は出世を後回しにしてでも怪盗スターリー=ラン ナーを逮捕しようと燃えていた。宿敵同士のこのふたりが、ネット で知り合いオフって意気投合し、関係してしまったことから、話は Thanksです!*** ややこしい方向に。 ︵*他所にも転載しています︶/ *** 1∼2話挿絵:早坂光平 さん 1 第1話:怪盗、ライバルができる 星空の下、煌々と照らされたライトの光線が交差していた。 その光が反射して、ヘルメットや楯に照り返す。待機中の機動隊 だ。 なにやら通信機に向かってまくしたてている声も聞こえる。道に は、数えるのも面倒なほどの数のパトカー。そして、制服や私服の 警官たちも数多くうごめいている。 まだ春とはなっていない、冷たい風が夜空を吹き抜けていた。 彼らが取り囲んでいるのは美術館だ。﹁インターフォース 美術 の館﹂⋮⋮ウェブ事業で一山当てた権之崎社長が、金に任せて買い 集めた美術品や宝石を展示している。 えとばし・ ゆうき 美術館のロビーでコーヒーの入った紙カップを手にしているオー バーコートの若い男⋮⋮江戸橋裕貴。まだ二十代前半の新米だが、 キャリア出身の警部補だった。 江戸橋は、コーヒーを一口すすると、顔をしかめてカップをテー ブルに置いた。そして立ち上がり、全面ガラスの壁に歩み寄る。外 を走っていく警官数名と、その向こうに楯の列が見えた。 江戸橋は、ガラスの向こうの星空を見上げる。 警視長まで出世して天下りした父親の意向で就かされたこの仕事 に、いままではそれほど熱心ではなかった。ただ、親と争いたくな いから妥協している⋮⋮それだけで。 が⋮⋮このごろライバルのような存在が現れて目つきが変わって きた。今夜もまた、そのライバルと対決することになる。 そいつの名は⋮⋮ ﹁スターリー=ランナー⋮⋮﹂ 思わず彼はつぶやいていた。 2 ﹁へくちんっ!﹂ はたち バスルームに、抑えたようなくしゃみが小さく響いく。 小柄な女性だ。年のころは二十歳前後。髪は、上も下も︵!︶明 るい印象さえある黒。滑らかな十代のような肌に、湯気を立ててふ りそそぐシャワーの水滴がはねている。 ﹁う∼、まずいな⋮⋮仕事の前に体調を崩しちゃったかも。⋮⋮も う少しあったまっていこうかな?﹂ <i33042|4051> そらしり・ ほしの バスにもお湯が張られている。足の指先から髪の一筋一筋までシ ャワーですすいだ後、彼女⋮⋮空走星乃は、湯船に身を沈めた。も とは水道水だが、多量の竹炭と赤外線セラミック、そして花崗岩を 沈め、少量の岩塩を加えて12時間以上おき、ミネラル化してある。 ある意味では人工温泉と言ってもいい。 亀の子たわしで体を洗い、ミネラル化したお湯につかる⋮⋮そう して肌を保っている。 星乃はアレルギー体質だった。ブリーチの臭いがする風呂に入る と、数日で肌荒れして蕁麻疹が出てしまう。また汗などを放置して 不潔になってもすぐに湿疹が出る。子供の頃からこれは治らない。 ただ、食べ物と入浴に気をつけることである程度は発疹を抑える ことができていた。 星乃は口までお湯につかり、ぼうっ、と水面を見つめた。口元か ら小さい泡がいくつも上がる。 ﹁︵私、また悪いことするんだなぁ⋮⋮︶﹂ しばらく湯の中に漬かっていた星乃だが、しばらくすると意を決 したように立ち上がった。小ぶりなふたつの胸の先から、一筋の湯 が床に垂れた。 ﹁江戸橋警部補、あと30分で﹃金庫﹄の時間です﹂ 美術館のロビー。警官の一人が江戸橋に注意を即す。ガラスの外 を見ていた江戸橋が、振り返りながら腕時計を確かめた。 3 ﹁うん⋮⋮わかった。たとえ何も無くても、朝まで警戒を緩めない でくれ﹂ ﹁はい﹂ 警官は軽く敬礼して去った。江戸橋は拳を握り締め、再び星空を 見上げる。 スターリランナーが世間を騒がせ始めてから、まだ半年と経って いない。だが江戸橋にはこの数ヶ月が何年もの長さに思えていた。 秋のさなか。スターリーランナーからの予告状が届いたという資 産家の家に張り込んだ。紆余曲折はあったが、スターリー=ランナ ーの姿を視認した。 濃紺のレオタードを着て髪をテール状に結った、小柄な女。月明 かりに照らされ塀の上を器用に走っていくその姿に、美しささえ感 じてすっかり見とれてしまった。 気がついてすぐに追いかけはしたものの、とうとう取り逃がし、 父親に大目玉を食らった。署でも、ノンキャリアたちが自分のこと を﹁張子の虎﹂とか﹁ガラス玉の宝石﹂なんて噂して笑っているこ とを知っている。 あれから、彼は心に決めている。 ﹁スターリー=ランナーは必ずオレの手で捕まえる!﹂ 後ろに人の気配を感じて江戸橋が振り向くと、権之崎社長が廊下 をこちらへ来るところだった。 ﹁刑事さん、そろそろ時間です﹂ ﹁ああ、立会いですね﹂ 江戸橋は返事をすると、権之崎と並んで、非常灯に照らされてい るだけの薄暗い廊下を歩いた。 ﹁大丈夫ですかね?﹂ 心配そうな権之崎に、江戸橋は平静を装う。 ﹁いくらスターリー=ランナーでもこれだけの包囲を破ることはで きませんよ﹂ ﹁しかし刑事さん、あなたはもう2回も、スターリー=ランナーを 4 取り逃がしていると聞きましたが﹂ 江戸橋は一瞬、息が詰まった。頭の中に、署で偶然に立ち聞きし てしまった、婦人警官の噂話が蘇る。 ﹃キャリアっつっても、ダメダメよね?﹄ その声を振り払うように、江戸橋は歯をむいて反論した。 ﹁建物の周囲は160人の警官が取り囲んでいる! 前回の教訓か ら、下水道口にも見張りを置いきました。どこから入ってくるとい うのですか?﹂ 権之崎は気押されつつも、優位な立場を取ろうとする。 ﹁変装して入ってくるかもしれません。古今東西、怪盗はたいてい 変装の名人ですからな。怪盗▼パン、怪人二●面相⋮⋮﹂ ﹁●十面相はルパンの盗作です。事件のトリックまでまったく一緒 だ!﹂ 怒鳴ってから、江戸橋はふと我に返った。こんなことで言い争っ ても意味はない。 ﹁とにかく⋮⋮アラスカン=スターは、金庫に入れる。そしてあな たも私も夜を徹して見張る。これ以上の警備がありますか?﹂ そう、何の心配も無いはずだ。江戸橋は自分を説得するかのよう に言った。 ﹁警察を信じてください。﹂ ﹁は、はあ⋮⋮とにかく、参りましょう﹂ 星乃はアパートで仕度に余念がない。髪を結い、安物のコートの 下には動きやすいレオタード。そのウェストのポーチは飾りではな い。小さな道具をいくつも仕込んである。 しかし外見は、若い女の子が夜遊びに出るようにしか見えないは ずだ。 ﹁よし、行こうか!﹂ 5 館長室には、壁に埋め込まれた大型金庫があった。ダイヤルが5 つも付いている。権之崎社長、美術館の館長、江戸橋の上司の飯田 警部が集まっていた。 江戸橋の前で金庫の扉が開けられた。 ﹁アラスカン=スターです。間違いありません。﹂ 権之崎が確認して、その大きなサファイアを宝石箱に納めた。そ してそれを金庫に入れる。扉が重い音を立てて閉められ、ダイヤル が回された。 ﹁これを開けない限り、アラスカン=スターは持ち出せないわけで す。﹂ そう思うなら、何を心配してるんだ⋮⋮江戸橋は心の中でつぶや いた。 が、自分も同じだ⋮⋮と思い出した。警察を信じろといいつつ、 そう口にすることで不安を打ち消そうとしている。 少ししらけた雰囲気の中、4人は思い思いにソファに腰掛けた。 飲み物と食事も室内に用意してある。うかつに外から持ち込ませる と、何か仕掛けがされないとも限らないからだ。 今から朝まで、長期戦となる。寒い屋外で立ちんぼの警官たちに は悪いが、この部屋には空調もきいている。 不安気な暖かい空気の中で、江戸橋の心は少しうわずっていた。 今夜こそスターリー=ランナーに勝てるかもしれない。 時計の音だけが響き続けた。4人とも黙って座り込んだまま微動 だにしない。そのまま時間が過ぎていく。一時間、二時間⋮⋮。 この美術館は、ネットビジネスで財を築いた権之崎が、金に任せ て集めたコレクションを見せびらかすために作ったものだった。収 蔵品には、時には札束で顔を叩くように、あるいは本当に脅迫や暴 力を以って奪ってきたものもあるという。だがそれはただの噂に過 ぎず、証拠はない。 いずれにせよ、スターリー=ランナーのような、対価を払わず持 6 ち主の諒解も得るこことなく物を取っていく行為は窃盗罪だ。窃盗 犯は捕まえる⋮⋮それが警察の仕事。 江戸橋がそんなことを考えていると、ふと、権之崎が立ち上がっ た。 ﹁どちらへ?﹂ ﹁お手洗いです﹂ 扉の閉まる音がすると、再び沈黙が訪れた。 2分。5分。そして7分⋮⋮。 ﹁遅くないか?﹂ 飯田警部がつぶやく。 ﹁そうですね。ちょっと様子を⋮⋮﹂ 江戸橋が立ち上がりかけると、同時に扉が開いた。権之崎だ。も のすごく顔色が悪い。 ﹁や、やられた!﹂ 手に、紙を握り締めている。それを江戸橋に差し出した。 紙には、ワープロ打ちされた文字が記されていた。 Starry Runner﹄ ﹃アラスカン=スターは頂きました。タダじゃ悪いから、金庫に偽 物を置いていくね。 from ﹁金庫を! 金庫を確かめて!﹂ 江戸橋が叫ぶ。手紙を見て、飯田警部も驚きを隠せない。急いで 館長がダイヤルを回した。7つの数字が合うまでの時間がもどかし い。 金庫が開き、宝石箱が出された。蓋を開ける。 ﹁⋮⋮偽物です!﹂ 権之崎の声がうわずる。江戸橋は館長にも顔を向けた。 ﹁いや、私は宝石には素人なので⋮⋮﹂ 権之崎が続ける。 ﹁こいつは経営の手腕でここに置いてるだけだ。それより刑事さん、 奴はどこに⋮⋮﹂ 7 ハッ、と江戸橋が我に返る。 飯田も廊下に飛び出していった。 ﹁出たぞ!! スターリー=ランナーだ!﹂ −−−つづく 8 第1話:怪盗、ライバルができる︵後書き︶ 挿絵:早坂光平さん http://kouhei.sblo.jp/ ありがとうございました!! 9 第2話:怪盗、自分を慰める 美術館の外で、警官隊の動きがあわただしくなっていく。 館長室には、江戸橋裕貴警部補と権之崎社長の二人が残っていた。 ﹁権之崎さん、この手紙はどこで!?﹂ ﹁トイレから出てきたら、鏡に貼ってあったんです﹂ ﹁どこのトイレですかッ!?﹂ ﹁西側です﹂ 江戸橋は権之崎を促して、西側に急いだ。建物の内外にざわめき が広がっていく。江戸橋は脳を絞った。 入ったときには無かった貼り紙が、出てきたときにはあった。と いうことは⋮⋮スターリー=ランナーがまだ近くにいる! 思わず足が速くなる。 ﹁このトイレですか?﹂ ﹁そうです﹂ 江戸橋は中に入り、急いで観察した。鏡、洗面所、床、エアータ オル、くずかご⋮⋮特に変わったところはない。変わったところと 言えば⋮⋮、⋮⋮? ﹁⋮⋮ここのシンクはどれも乾いてますね。失礼ですが権之崎さん、 トイレの後で手は洗⋮⋮﹂ 江戸橋がふと顔を上げたとき、鏡に写った権之崎は、手に何かを 持っていた。 直感で江戸橋は、突き出されたそれを避ける。バチッ、と音がし た。スタンガンだ。 ﹁ちっ!﹂ 権之崎は舌打ちして背を向け、走り出した。 ﹁待て!﹂ 待てと言われて待つバカはいないが、江戸橋は反射的にそう叫ん でいた。 10 権之崎社長が階段を駆け上った。江戸橋も追う。 権之崎からカツラが飛んできて、江戸橋の顔に当たった。次に上 着が足に絡みつき、江戸橋は前によろけて階段に膝と両手をついて しまった。 江戸橋の脳裏に、さっきの会話の断片が蘇る。 ﹃古今東西、怪盗はたいてい変装の名人ですからな﹄ それが確信に変わった。江戸橋の絶叫が廊下に響き渡る。 ﹁スターリー=ランナーだ! 上へ逃げるぞ!﹂ 屋上には、星明かりの下で冷たい風が吹き渡っていた。 その隅に、柵に手をかけている小柄な女性。 濃紺のレオタードと、夜風になびく髪⋮⋮扉を開けた江戸橋は、 その後姿を初めて見たときのことを思い出した。 ﹁スターリー=ランナー、もう逃げられないぞ!﹂ 彼女がゆっくりとこっちを向く。顔も、半分を濃紺のマスクで隠 している。いずれにしても暗くてよくは見えないが⋮⋮。 ﹁お前を捕まえるのはオレだ。今日こそ、その気取ったマスクを剥 ぎ取ってやる!﹂ 階段を駆け上ってくる警官たちの足音が聞こえてきた。 ﹁観念しろ!﹂ その瞬間。スターリー=ランナーの後ろに、ヘリコプターがせり あがってきた。本物ではない。3分の1くらいの模型のようなもの だ。しかし、エンジン音はかなり強力そうだった。 よく見ると、スターリー=ランナーの手には携帯電話くらいの大 きさのコントローラが握られている。何が起ころうとしているかを 理解した江戸橋は手錠を握って彼女に突進した。 だが一瞬遅かった。スターリー=ランナーは小型無人ヘリコプタ You, another ni ーから垂らされた縄梯子につかまり、星空へと舞い上がっていた。 ﹁また会いましょうね︵See ght︶、刑事さん☆﹂ 11 スターリー=ランナーがウィンクして投げキッスを飛ばす。 江戸橋は何かをわめいていた。自分でも何を言ってるのかわから ない。 警官たちが扉から屋上にあふれ出してきた。だがもう遅い。スタ ーリー=ランナーは星空へ溶け込むように遠ざかっていく。 江戸橋は、4回目の対決でも彼女を取り逃がしたのだった。 アパートに戻った空走星乃は⋮⋮すでに怪盗の衣装を脱いでいる から本名で呼ぶ⋮⋮、白いランジエリー姿でベッドに倒れこんだ。 仕事の後はいつも虚しい気持ちになる。 仕事は⋮⋮半分成功、半分失敗。警備を騙してアラスカン=スタ ーを手に入れたけれど⋮⋮あの若い刑事のせいで危ない橋を渡って しまった。 ﹁︵あの時、ものすごく心臓がドキドキした⋮⋮涙が出そうになっ たほど︶﹂ いつも鮮やかに、たいていは警備の者に気づかれもせず仕事をし ていた﹁パパ﹂と比べると、自分の未熟さは覆うべくもない。 星乃の先祖は代々、由緒正しい泥棒⋮⋮母方の一族には﹃何とか 切りの松﹄という有名な大泥棒もいた。鼠小僧や石川五右衛門など にもどこかで血がつながってるらしい。彼女も泥棒のトレーニング を、物心もつかないうちから父親の手でされていた。その父親も、 半年前に病でこの世を去った。 この伝統を途絶えさせてはいけない⋮⋮父親に刻み付けられたそ の思いが彼女を﹁仕事﹂に駆り立てていた。 だが⋮⋮仕事の後の虚しさをとうしても克服できなかった。その 虚しさが⋮⋮ベッドで星乃の指を操ってしまうのだ。 最初は唇⋮⋮人差し指が、そっと赤い唇を撫でる。その感触が、 あの夜⋮⋮一回だけの夜を思い出させた。やさしいキス⋮⋮それま では額や頬にされていたやわらかい感触が、彼女の唇を奪ったとき。 そして、他人がまた入ったことの無かった口の中へ、やわらかくて 12 暖かい、異性の舌が入ってきて⋮⋮それは、星乃の舌や、歯と頬の 裏側を存分に味わっていった。 今、右手の指がその動きをなぞっている。次第に息が短く、早く なってくる。心臓も早鐘を打つのがわかる。 左手はランジェリーの下のふくらみへ⋮⋮けして大きいほうでは ないけれど、感度はいい方だと思う。その、固くなりはじめた突端 を指ではじく。 ﹁ふぅ⋮⋮んっ⋮⋮﹂ <i33271|4051> 思わず息が漏れた。唾液がたっぷり付いた右手の指も、首筋を辿 って胸へと移動させていく。後に唾液の感触が残り、まるで舌で撫 でられてるようだ。それが胸の突端に達すると、思わず背筋がぴく ん、と反応した。 ﹁︵も⋮⋮も⋮⋮もっと⋮⋮︶﹂ 恥ずかしくて口には出せない。部屋には誰もいないけれど、それ でも出せない。 ひとしきり胸を刺激した後、星乃の指は、もっと敏感なところへ と移っていく。おなかへ、お臍へ、そしてもうちょっと下へ⋮⋮。 指が襞をなぞったとき、星乃の顔に力が入った。目を強く閉じ、 歯を食いしばっている。 ﹃本当に感じやすいんだな⋮⋮星乃は﹄ 耳元でささやいたくすぐったい声が蘇ってくる。指を、筋に沿っ て動かした。3度、4度⋮⋮その都度、熱い息が唇から漏れてしま う。 こんなことしたって何にもならないのに⋮⋮ならないのに、指を とめることができない。 涙までが流れ始めた。 あの夜も、最初は指で⋮⋮指だけで、頭の中を真っ白にされちゃ ったのだ。そう、もっと敏感なところ⋮⋮皮の下に隠れていた敏感 な突起を掘り出されて、指で弾かれているうちに、枕に抱きついて、 13 何もかもわからなくなってしまって⋮⋮。 その動きもなぞった。触っているのは下半身なのに、脳を弾かれ てるような感覚が星乃を襲った。もはや声を抑えきることはできな い。荒い息が喉と鼻を通って、悩ましい音を立ててしまう。 ﹁こっ⋮⋮こんなの⋮⋮ダメえ⋮⋮﹂ ダメなのに、指が止まらない。あの夜にされたように皮をむき、 直接に⋮⋮。 ﹁はあああああっ!﹂ ついに、その瞬間が来た。待っていたけれど、でも来てほしくな かった瞬間が。 どれくらい時間が経ったろう。星乃はすすり泣いていた。何故、 自分が泣いてるのかはわからない。けれど無性に悲しくて口惜しか った。仕事の後はいつもこうなる⋮⋮自分がどんどんダメになって いく気がする。でも、何かが足りない。指だけで終わることに、満 足できないのだ。どうすれば⋮⋮ 星乃は、ふと、ベッドの脇に転がってる携帯を見た。 星乃はお金に不自由はしていないことになっている。名目上は莫 大な遺産を相続したことになっていて、そのお金で学校に通ってい る。 が、実際には遺産なんてものは無い⋮⋮﹁パパ﹂がやったフェイ クだ。星乃にあるのは窃盗の技だけだった。盗んだものを故買屋に 売りさばき、その金を﹁遺産﹂という名目で使う。ちゃんと税金も 払っている。逆に言えば、税金を払うためには盗みを続けなければ ならない状況だった。 朝も近くなってから、美術館のトイレの一ブースで、猿轡を噛ま され手足を戒められた権之崎会長が発見された。突然に襲われたた め、相手の顔は見ていなかったらしい。しかし誰がやったのかは疑 14 いの余地もない。 鑑識も捜査科もいろいろ調べてはみたものの、手がかりは見つか らなかった。 ﹁くそっ!﹂ 江戸橋は自分の手に拳を叩き込んだ。スターリーランナーを取り 逃がしたのはこれで4度めとなる。 飯田警部は、自分も現場にいたくせに、犯人を追い詰めながらも 取り逃がしてしまった江戸橋を散々になじった。自分のストレス解 消じゃないかと感じられるほどに。 江戸橋がやりきれない気分で家路についたとき⋮⋮携帯が、メー ルの着信を告げる。 ﹁あ、そういえば⋮⋮﹂ −−−つづく 15 第3話:怪盗、ナンパする ﹁︵なんでこの人がいいと思ったんだろう?︶﹂ そんな疑問について考える暇も無く、胸の先から広がる快楽に星 乃は酔った。 男にしては繊細な指⋮⋮たぶん⋮⋮が、星乃の小ぶりな胸を撫で 回している。そのじれったさに星乃は、思わず喉から息を漏らして しまった。 彼は星乃を﹁すてらさん﹂と呼び、星乃は彼を﹁YOU﹂と呼ん でいた。⋮⋮ハンドルネームだ。お互いに本名は知らない。けれど 性格はよく知ってる⋮⋮と思う。 ウェブ上で知り合ってから2ヶ月くらい。この間に行き来したメ ールは50通を越えた。 ﹁平安時代みたいな恋愛﹂⋮⋮YOUは以前にネット恋愛のこと をそう書いていた。相手を見たことも無く、書かれた言葉だけで判 断する。ルックスに惑わされない、究極の﹁性格だけによる相手選 び﹂。 でも星乃とYOUは別につきあってる恋人同士というわけじゃな い。ラブホに入ったのも今日が初めてだ。二人はただのネ友に過ぎ なかった⋮⋮ついさっきまで。 今日のオフには4人が参加する予定だったのに、実際に来たのは 星乃とYOUの2人だけだった。まあときどきある話だ。 YOUと会うのは初めてだが、今日は彼のおすすめスポットで町 の風景を眺めたあと、アフリカ料理の店で昼食をとった。 会話は自然に愚痴っぽい話題になっていった。星乃が毎日のつま らなさを愚痴る。YOUには包容力があり、いつも星乃の愚痴をや わらかく受け止めて、霧にして散らしてしまうようなところがあっ 16 た。 彼は、星乃が想像していたのとは少し違う人だった。40才くら いの、貫禄のある人かなと想像していたのに、彼は星乃よりせいぜ い5才上くらいで、体は骨太だけど、繊細そうな空気もまとってい るように見えた。 彼はいつも、メールでの星乃の愚痴を聞いて、その気持ちを理解 してくれる。でもめったに自分の愚痴は言わない。そんな彼に、星 乃はついつい甘えてしまうことがあった。 ところが、今日はなんだか心が疲れてる様子だ。星乃もそれに気 がついて話を振ってみた。 ﹁いや、仕事が上手くいってなくて。ちょっと邪魔者が、ね﹂ ﹁ライバル、みたいな?﹂ ﹁うーん、もっとはっきり、天敵かな⋮⋮女性なんですけど。そい つのせいで夜も眠れないし、上司にも絞られっぱなしで﹂ 彼はつらそうに呟く。でも彼の目には、なぜか恋する男の光が見 えたような気もした。星乃は一瞬、その光に不快を覚えた。 ﹁⋮⋮YOUもストレスが溜まってるみたいね。それじゃ今日は、 やりたいことを何でもやっちゃって、憂さを全部晴らしちゃいませ ん?﹂ ﹁やりたいこと、ですか⋮⋮﹂ ﹁何かあったらつきあいますよ。YOUのやりたいこと、何でも﹂ 星乃が微笑んで見せる。 ﹁そうですね。あえて言うと⋮⋮﹂ 彼は、ミネラルウォーターのゴブレットを傾けながら考えて、 ﹁あえて言うと、二人きりになれる場所で、すてらさんを抱きしめ てみたいかな? なんつって﹂ そう呟くと、誤魔化すように微笑んでみせた。 もしかすると冗談だったのかもしれない。けれど、星乃は真に受 けた。 17 昼間から二人きりになれる場所は、街中⋮⋮特に繁華街ではあま り無い。 ネットカフェのペア席やカラオケルームなどは二人きりになれる けれど、性的な行為をしてしまうのはまずい。 悩みながら歩いているうち、近くにラブホ街があることに気が付 いた⋮⋮その結果がこれだ。 こうなるとお互いに体が熱くなってしまい、抱きしめあうだけで はすまない。 ﹁もう止められないけど⋮⋮いいね、すてらさん?﹂ 耳もとへのYOUのささやき声に、星乃は思わず﹁うん﹂と返事 してしまった。 そこからの展開は速かった。彼の繊細な指が星乃の服の中に侵入 して、敏感な肌を這う。最初は緊張した星乃も、溜息を漏らして力 が抜け始める。と、彼の唇が星野の頬に触れ、そのまま耳の後ろを 這った。 パパよりも激しい⋮⋮星乃はそう感じた。でも嫌な感じはしない。 激しく求められる快感というものを、彼女は改めて知った。 いつのまにか服はたくしあげられ、胸が露出している。そこへ彼 は唇をつけた。 ﹁んっ!﹂ 敏感な先端に、あたたかく濡れた感触が触れる。舌もそっと触れ、 振動を与えてきた。 胸から体内に広がつていく感覚に、星乃は背をそらせて声を漏ら してしまう。 彼は手を伸ばして、星乃の下半身も刺激しだした。スキャンティ の上から、繊細な指で敏感な小さな双丘と、その谷を撫で回す。 ﹁んんんんっ!﹂ 星乃は切なくなって首を振った。 ﹁お、お願い⋮⋮パンツ濡れちゃうから⋮⋮﹂ 18 ﹁直接触って欲しいの?﹂ ﹁ばかぁ⋮⋮んっ!﹂ 言ってる間に下着はずらされ、彼の指が直接に触れていた。自分 で触るのとは違う、またパパの優しい指とも違う、初めてのリズム。 それが星乃の﹁芯﹂をとろけさせた。 彼にもっと触れたい⋮⋮熱さを感じたい。星乃の心の中にそんな 願望が浮かび上がる。星乃も手を伸ばし、彼の下半身に触れた。 そこはまだ立ちきっていなかったが、徐々に熱を帯びてきていた。 星乃はそこに手のひらを当てて数回なでると、今度は指の間に挟ん で竿をひねり始めた。パパに習った技だ。 ﹁う⋮⋮っ﹂ 彼も喉から声を漏らす。それが星乃には嬉しく感じる。もっと声 を出させたくて、手のひらと指とで一生懸命にこね回す。 対抗するようにYOUも指を星乃に侵入させてきた。 ﹁んぁっ⋮⋮ああっ⋮⋮﹂ ﹁うっ⋮⋮くっ⋮⋮﹂ 二人の指が動き、声がハーモーニーとなる。お互いに楽器を奏で てるような錯覚を抱いた。 下半身から伝わる感覚と、そしてお互いの声がお互いを昂ぶらせ ていく。 ﹁すてらさん⋮⋮もうびしょびしょだ。﹂ ﹁YOUも⋮⋮すごく固くて、熱い。﹂ 潤んだ目で見詰め合い微笑む二人。 YOUの手がベッドテーブルに伸びる。そこに置いてあったゴム を取った。 星乃はそれを初めて見る。潤んだ瞳のまま、息を弾ませて凝視し ている。 YOUは慣れない手つきでそれの封を切り、装着した。そして眉 を寄せる。 ﹁き、きついな⋮⋮﹂ 19 ﹁⋮⋮きっと、YOUのが大きいのね。﹂ ゴムは男性器をぴったりとカバーしなければならないため、普通 はけっこうきついと感じる⋮⋮という知識など二人には無い。 ﹁じゃ、いくよ?﹂ ﹁うん。﹂ ゴムをつけたそれは、いっそう固く屹立して、先端で星乃の濡れ た谷間をなぞる。 ぞくぞくするような気持ちよさが伝わってきた後、それは星乃の 中に入ってきた。 ﹁んっ⋮⋮ぁぁぁぁあああ!﹂ びしょびしょに濡れた襞がかき回される。 星乃は彼の腕にしがみついた。まだ二度目の経験⋮⋮なのに、も う充分に快感が背筋から脳天へと突き上げてくる。 彼は、星乃の襞の感触を全て味わい尽くそうとするかのごとく、 全周に擦りつけてきた。星乃もそれに応えようと、下半身に力を入 れて彼のものを包み込もうとする。ゴムを通してお互いの鼓動を感 じる気がした。 全周を刺激した後、彼の下半身の舌は、星乃のさらに奥へと突き こまれた。 ﹁はぁっ、うっ!﹂ 彼が突き入れるたびに、星乃の体が波打つ。 ﹁すてらさん⋮⋮俺⋮⋮もう⋮⋮﹂ ﹁いいわ⋮⋮いってください。私で気持ちよくなってください、Y OU⋮⋮!﹂ ﹁いくっ! す⋮⋮す⋮⋮スタっ⋮⋮﹂ YOUは何かを言いかけ、星乃は一瞬だけ不審を感じたが、ふた りともその気持ちを必死に抑えた。その間に、彼の下半身から暖か い愛情が発射され始めた。 だが、それが出終わる前に⋮⋮パァン、という音がして、星乃の 中で何かがはじけた。 20 星乃に内側から叩きつけられたその衝撃は、一瞬で全身を駆け巡 り、脳髄から指の先までの全神経に真っ白な、気持ちよすぎる電撃 を走らせた。 星乃は目を見開いて何かを叫んでしまい、そのまま気を失っった。 何を叫んだかは自分でもわからなかった。 しばらく失神していたらしい。星乃が目を覚ますと、ベッドに腰 掛けてYOUが青い顔をしていた。 ﹁?﹂ 星乃がもの問いた気に見つめると、YOUは何度か深呼吸してか ら、ベッドの隅に落ちてる物体を指差した。 それは⋮⋮破れたゴムだった。 ﹁!﹂ ゴムの中に空気が入ると、破裂してしまうことがある。どうやら 装着が下手で、その現象が起きてしまったようだ。 ﹁ごめん⋮⋮中に⋮⋮。﹂ 星乃も真っ青になった。生理は何日前だったっけ⋮⋮。それを見 て、 ﹁あっ、あのっ⋮⋮もしもの時には責任取るから! あっ、俺⋮⋮﹂ YOUが必死になる。 ﹁俺、親の決めた許婚者がいるけど⋮⋮でも、でも認知するから! なんとかして責任取るから! もし結婚できなかったとしても、 すてらさんのこと、ぜったい大切にするから!﹂ その懸命さで、こんなことがあったにもかかわらず星乃はかえっ て好感を持ってしまった。 この人は、パパみたいに、私のことを心配してくれる。もう、こ のままこの人と同じ夢を見るのも悪くないかもしれない⋮⋮星乃は 溜息をついて、 ﹁うん⋮⋮大丈夫とは思うけど。もしものときはお願いね、YOU﹂ 思わずYOUの頭を胸に抱きしめ、そして彼の額にキスした。 21 唇は重ねない。なぜか二人とも、唇へのキスは最後まで避けた。 YOUがシャワー室に入った。 先に済ませて衣服を整えた星乃は、お湯の音の響くバスルームの 扉をちらっと確かめる。そして、ハンガーにかかっているYOUの 上着になんとなく手を伸ばしていた。 お互い、相手の正体は知らない。﹁責任を取る﹂と言ってもメル アドと携帯ナンバーくらいしか知らないのだ。 YOUのことを信じたい、だからもっとよく知っておきたい⋮⋮ そう思っての無意識の行動だった。 上着のポケットには手帳が入っていた。彼の本名や個人情報がわ かる⋮⋮期待しつつそれを手に取る。 だが手帳を見た瞬間、星乃は心臓が炸裂したかのような衝撃を味 わった。 その黒い表紙に書かれた金文字が、﹁警察手帳﹂と読めたからだ。 しばらく後⋮⋮春の風が吹き始めたころの夜。 とある銀行家の屋敷の屋根に、濃紺のレオタードを着た怪盗の姿 があった。小脇に絵画の包みを抱えている。 ﹁スターリー=ランナー!﹂ 息を切らせながら、屋根にかけたはしごを、若き警部補・江戸橋 裕貴が駆け上ってくる。 ﹁きょ、今日こそ捕まえるぞ⋮⋮これ以上、失態を増やせないしな !﹂ 目を血走らせ、必死の形相だ。 スターリー=ランナーは江戸橋の姿を視認すると、洋瓦の屋根の 上を軽やかに移動しだした。 ﹁待てっ!﹂ 待てと言われて待つバカはいないが、反射的に叫んで江戸橋は後 を追う。 22 するとスーリー=ランナーは振り向いて素早く、小さな黒いもの を投げつけた。 それはちょうど、江戸橋が足をおこうとした場所に滑り込んだ。 ﹁うわぁっ!?﹂ 思わぬものを踏みつけた江戸橋は足をとられ、屋根から滑り落ち そうになった。踏みつけられた小さな黒いものは蹴り上げられて宙 を舞った。 そこへ投げナイフが飛んで、江戸橋の上着を屋根瓦へ縫いつけた。 スリップが止まり、彼は落下を免れた。 体勢を崩し屋根の上で転がってる江戸橋の顔に、蹴り上げられた 黒いものが落ちてくる。 ﹁ぶっ! ⋮⋮え? こ、これは⋮⋮!?﹂ それは、しばらく前に紛失して上司に大目玉を食らった、彼の警 察手帳だった。 You, another 手帳を手にして驚いてる江戸橋に、スターリー=ランナーはウィ ンクして投げキッスを飛ばす。 ﹁⋮⋮また会いましょうね︵See night︶、刑事さん☆﹂ そして彼に聞こえないような小さな声で、 ﹁⋮⋮ベッドで☆﹂ と付け加える。その頬にわずかに朱がさしたが、暗闇の中では誰 にも見えない。 こうして怪盗スターリー=ランナーは、星空に濃紺の影を舞わせ て、追いすがるサーチライトの中を夜の闇へと消えて行った。 ⋮⋮次の獲物を求めて。 −−−第一部・完 23 第4話:怪盗、シットする 今日は曇り空。星のない夜は、街の明かりだけが窓の外を照らし ている。 星乃は自分の部屋で、ベッドに寝転びながら携帯のキーを打って いた。 出会い系サイトで知り合いオフで体を重ねた、YOUこと、本名・ 江戸橋裕貴/職業・警部補とSNSでつながったのだ。 ﹁︵だめ、だめ。情報収集のためなんだから︶﹂ そう自分に言い聞かせながらも、日記を読んでいるうちになんと なく楽しくなり、にこにこしていた自分がいる。 日記にコメントもつけてみたが、自分で読み返してみると、なん だか彼女気取りの甘えたような文面になってることに気づき、恥ず かしくなってすぐに削除した。 たしかに星乃と祐貴は1度は体の関係を結んだ間柄だ。けれど、 ﹁すてら﹂こと星乃は﹁YOU﹂の彼女というわけではない。YO Uには親が決めた婚約者もいるという。迷惑をかけてはいけない⋮ ⋮一度くらいかけてみたい気はするけども、でも、ここは我慢しな きゃ。 消去したものの、その間に別の人のコメントがついていたから、 誰かに見られてしまったことは確かだ。 星乃は軽く自己嫌悪を感じた。その気分を振り払いながら、同じ 内容を、もっと距離感のある文面で書き直してアップした。 それから、ふと。 先ほどアップされた別の人のコメントを読んでみた。 今まで気にもしてなかったけれど、急に気になり出したことがあ る。 自分と同じように、甘えたような文面でYOUの日記にコメント 24 をつけている人が他にもいるということ。印象からすれば女性と思 える。それも1人じゃない。 星乃の頭の中に、ひとつの疑惑が生じた。それは、打ち消しても 打ち消してもなくならなかった。 気がつくと、星乃は強くこぶしを握り締めて、手のひらにじっと りと汗をかいていた。なんだか殺意のようなものも篭った目でモニ タを見ている。 ﹁︵確かめたい⋮⋮︶﹂ YOUがこの女たちと⋮⋮自分と同じような関係なのか。 タイミングよくオフ会があり、星乃も参加した。が、その場にY みい OUは来なかった。 ﹁弥衣﹂というハンドルの女の携帯に電話があり、急な仕事で来 れなくなったという。 警察勤務なら、そういうことがあるのもしかたない⋮⋮けれど、 自分ではなく弥衣のところに連絡が行ったことに、星乃は少し不愉 快な気分を感じていた。 みんなYOUにたかるつもりだっのか、一同は予定されてた高い 店には入らず、ファーストフードになだれ込む。女ばかり4人での オフとなった。 まずは自己紹介的な話から入る。 ﹁YOUとは、高校の同級生でした。もう7∼8年のつきあいにな るかな⋮⋮﹂ メガネをかけた長身の弥衣が、どことはなしに自慢げな口調でそ んなことを言うと、座になにか緊迫感のようなものが流れた。 次に、巨乳のめだつ﹁ればす﹂が自己紹介し、最後に付け加える。 ﹁YOUとは何度も会ってるし、二人きりのオフもしました♪﹂ またも、﹁ピシッ﹂と空気が鳴ったような気がした。星乃は確信 した。 25 ﹁︵こ、この4人は、ライバルなんだわ!︶﹂ つぎは﹁フォンファ﹂。やたら若々しいと思ってたら、高校生だ という。 ﹁YOUとは、とっても親密な関係です。﹂ そう言った。次は星乃だ。笑顔が引きつることを、自分でも感じ る。 ﹁す、﹃すてら﹄です。よろしく。﹂ 当り障りのない自己紹介をしながら、最後に何を言うべきか考え る。付き合いは2∼3ヶ月かしかないし、会ったことも1度しかな い。﹁親密な関係﹂よりも強いことを言うには⋮⋮。 ﹁YOUとは⋮⋮体の関係です。﹂ ポロッと言ってしまった。﹁エーーー!?﹂と他の3人が驚きの 声をあげる。一瞬だけ、星乃は勝利感に酔いしれた。だが、フォン ファに ﹁じゃあ、すてらさんはYOUの恋人なの?﹂ と尋ねられて我に返る。しまった、とんでもないことを口走った ! と気がついてももう遅い。どう誤魔化すか迷ってるうちに、れ ばすが嘲笑うように、 ﹁なんだ、私だけじゃなかったのね﹂ 驚きの声とともに視線がればすに集まった。 ﹁ふぅ⋮⋮YOUってば、まじめそうな顔して、昔から手は早いの よね。﹂ 今度は弥衣だ。するとフォンファまで ﹁はいっ、私もYOUに抱かれました。生で、中にいっぱい出して もらいましたっ!﹂ もう完全に修羅場だ。殺意のこもった視線がお互いにぶつかり合 っている。 ﹁すごい⋮⋮YOUって絶倫ね。﹂ ﹁家もお金持ちだし、本人も上級公務員だしね。﹂ もはや、﹁YOUのことをどれだけよく知ってるか﹂﹁自分とど 26 れだけ親しいか﹂の自慢の比べ合いと化した。 星乃は、彼女たちがYOUに抱かれてる姿をどうしても思い描い てしまい、その不愉快さに頭をぶんぶんと振る。そして、逆転の言 葉を必死にひねり出した。 ﹁わ、私、YOUにプロポーズされたこともあります!﹂ フィアンセ またも緊張感が走る。だが弥衣がつぶやいた。 ﹁変ね? 彼にはたしか、許婚者がたはず⋮⋮あなたではないでし ょ?﹂ とたんに空気が変わった。 ﹁なーんだ、すてらさんはウソつきかぁ!﹂ とフォンファが笑い出す。一気に緊張がとけてゆく。﹁すてら﹂ の言ったことはすべて﹁ウソ﹂と決め付けられてしまい、意地の張 り合いも沈静化していった。 その夜。 ムシャクシャした敗北気分のまま、星乃は濃紺レオタードの﹁怪 盗スターリー=ランナー﹂となって、仕事に出た。すでにこの夜と 予告してある宝石を盗みに、ある資産家の邸宅へと。 暗い部屋の中で金庫をこじ開け、宝石をウェストポーチに収めて、 逃走にかかる。 そのときいきなりライトが照らされ、後方から、聞き覚えのある 声が響いた。 ﹁スターリー=ランナー!﹂ ドキン! 全身を揺るがすような心臓の動悸を感じてスターリー =ランナーが振り向くと、息を切らした江戸橋裕貴がこちらを睨ん でいた。 ﹁まさか囮の金庫を見破るとは⋮⋮念のため確かめに来てよかった。 スターリー=ランナー、今日こそ捕まえるぞ!﹂ スターリー=ランナーは返事をせずに走り出す。 27 ﹁待て!﹂ 江戸橋が追う。スターリー=ランナーは追われながら妙な高揚感 を自覚したが、あわててそれを打ち消した。 すでに用意してあった縄梯子をつたい、屋根の上へ登る。そのこ ろには、眼下の庭にも警察官が走り回りライトの光線が交錯してい た。 ﹁屋敷はがっちり包囲している。スターリー=ランナー、今日こそ は逃げられないぞ!﹂ 振り向いてみると、屋根に登ってきているのは江戸橋だけだ。 スターリー=ランナーがコントローラのボタンを押す。すると、 また模型ヘリが飛んできた。 ﹁くそっ、逃がすか!﹂ 江戸橋が、足を滑らせながら必死に屋根をよじ登る。彼女がヘリ からの縄梯子を掴んだのと、江戸橋が彼女に飛びついたのはほぼ同 時だった。 逃がすまいとスターリー=ランナーの腰にしがみついた江戸橋の、 脇の下に彼女の腕が差し込まれた。そして背中がしっかりと掴まれ た。 ﹁!?﹂ 彼女の予想外の反応に江戸橋が驚いているうちに、模型ヘリが上 昇し、二人の体は宙へ引っ張り上げられていく。そしてヘリがどん どん上昇する。 ﹁う、うわああああっ!﹂ 江戸橋が悲鳴をあげて、スターリー=ランナーにしがみつく。し っかりと抱き合ってるような状態になってしまい、スターリー=ラ ンナーは一瞬うっとりとしかけたが、あわてて我に返った。 ﹁お、落ちる! 落ちる! 助けてくれ!﹂ ﹁⋮⋮江戸橋警部補。あなたに聞きたいことがあるの!﹂ 息を整えて、彼女は続ける。 ﹁ネットでナンパした女、何人とエッチしたの?﹂ 28 ﹁は?﹂ いきなりの質問に面食らう江戸橋。 ﹁答えて。何人とエッチしたか正直に言わなければ⋮⋮落とす!﹂ 彼女はぐいっと江戸橋を押した。江戸橋は必死に抱きついてきた。 つーか、俺はまだその1 ﹁わーっ言います言います! 1人、1人!﹂ ﹁ウソおっしゃい!!﹂ ﹁ホント! ホントに1人だけなんだ! 人しか女性を知りません! ホントだよ!﹂ ﹁⋮⋮それは、誰?﹂ ﹁わーっ、突き落とさないでくれ! 言う、言うよ! ネ友のすて らさんだ!﹂ スターリー=ランナーの心臓がまたドキン!と音を立てた。 ﹁本名は知らない! ハンドルだけだ! 俺は、すてらさんとしか したことはない!﹂ ︵⋮⋮そ、それじゃもしかして、私、彼の﹃初めての女﹄?︶ 呆然として、つい足が縄梯子から滑りかけてしまった。バランス を崩したスターリー=ランナーは、驚いて必死に縄梯子にしがみつ く。すると、支えを失った江戸橋がずるりと滑り落ち出した。 ﹁うわわわぁっ!﹂ スターリー=ランナーも仰天して手を伸ばし、江戸橋の襟首をが っしりと掴む。かろうじて落下は防いだ。 彼女の目はかっと見開かれており、心臓がドキドキと早鐘を打つ。 呼吸も限界ちかくまで速くなっていた。 ﹁うわぁっ! うわあぁっ、うわあああっ!﹂ 江戸橋は叫び続けるが、落下しかけた彼はスターリー=ランナー の両脚にしがみついており、その頭部はちょうど彼女の股のあたり に押し付けられていた。 つまり彼が叫ぶと、その声がモロに彼女の股にぶつかる状態だ。 ﹁ちょっ、ちょっとッ! へ、変なところで叫ばないで!﹂ ﹁俺は高所恐怖症なんだ! うわあっ! うわあああっ!﹂ 29 江戸橋が悲鳴をあげるたび、スターリー=ランナーの敏感なとこ ろにぶるぶる震える振動がたたきつけられた。 ﹁ちょ、ちょっとっ! だめ、だめよ!﹂ ﹁落ちる、落ちるーっ!﹂ ﹁だめっ、そんなこと⋮⋮私も落ちちゃう!﹂ スターリー=ランナーは、下半身に走り始めた甘い感覚に必死に 耐えた。この感覚に支配されたら、力が抜けて手足が縄梯子から離 れてしまう。それだけはまずい⋮⋮! 彼女は必死に掴み続けるが、江戸橋は絶叫を止めない。 ﹁江戸橋刑事! お願い、やめて! そんなところで叫ばないでぇ っ!﹂ スターリー=ランナーの声も裏返り始めている。涙が出そうにな ってる目をつぶり、必死に縄梯子を握り締める。 ﹁だめだ、怖えよーっ! わーーーっ!﹂ 必死にしがみつく江戸橋の、大きく開かれた口の、歯の部分が布 越しにスターリー=ランナーの敏感なところに当たってしまった。 ﹁あっ⋮⋮! あぁあぁあーーーっ!﹂ すでに限界だったところへ、強烈な快感が下半身を駆け抜ける。 スターリー=ランナーの目が恍惚となり、つい、縄梯子から手を離 してしまった。 しがみついたままの江戸橋と2人が、闇の空中に投げ出される。 ﹁あああっ、落ちるーーーっ!﹂ 二人の声が重なった。スターリー=ランナーも死を覚悟した。そ の瞬間、江戸橋が我に返って手を離した。 ﹁!?﹂ 衝撃は意外に早く来た。 模型ヘリは飛び去り、スターリー=ランナーと江戸橋は草地に落 下していた。河川敷の草っぱらのようだ。 落下距離はわずかに2m程度。しかも、江戸橋がとっさにスター 30 リー=ランナーをかばうように下敷きとなったため、軽い打ち身程 度で済んだ。 江戸橋はと見ると、失神している。 スターリー=ランナーは荒い息と激しい心臓の鼓動のまま彼を見 た。 ﹁バカッ!﹂ そう言いながらも彼の鼻に頬を当ててみる。息はしていた。思わ ず安堵のため息が漏れる。 下半身の力が抜けて立ち上がれないが、とりあえず四つんばいで 動き、江戸橋をできるだけ楽な姿勢になるように動かして寝かせた。 そしてもう一度、 ﹁⋮⋮バカぁ﹂ と呟く。その声には、ちょっと甘い涙声が混ざってしまった。 そのとき、パトカーのサイレンが聞こえた。こちらに近づいてく る。 スターリー=ランナーは逃げようと身構えた。が、ふと思い直す。 彼女はまだ気を失ってる江戸橋にそっと触れ、頬に唇をつけて、 悲しそうな顔をすると、それから闇の中へと走り去った。 その晩、星乃は、江戸橋の大声による甘い振動を思い出しながら 何度も指でいじってしまい、眠りにつくまでに3回も達してしまっ た。 −−−つづく 31 第5話:怪盗、警察に行く 婦人警官だった。小脇にファイルを抱えている。 そこは警察署の建物の中だから、午後に婦警が歩いていたとして そらしり ほしの も別に妙ではない。ただひとつ、ヘンなところがあるとすれば⋮⋮。 その婦警の素顔は、空走星乃だったということ。 星乃は怪盗スターリー=ランナー。婦警であるわけはないのだ。 すなわちこいつはニセ婦警なのである。 彼女は今、婦警に変装して警察署へ潜入していた。 何の変哲もない、慣れたような身のこなしで警察署をうろつく。 休憩時間から戻ってきた婦警にしか見えないはずだ。 何か考え事でもしてるようなそぶりを見せながら、彼女は視線を 走らせた。探してるものがある。けれどそれを探していることを周 囲に気づかれてはいけない。 捜査二課の前を歩いてみた。違う。次は一課。ここも違う。 ﹁︵いったい、どこに⋮⋮︶﹂ 内部を知らない者にとって警察署は迷路に近い。こんな中で目的 のものを探すのは至難のワザだ。 それはわかっていた。わかっていたけれど⋮⋮。 困ってしまった星乃の耳に、ふと、警官どうしの話し声が届いた。 ﹁これを﹃スタラン対策室﹄へ届けてくれ﹂ !! スタラン対策室⋮⋮スターリー=ランナー対策室!? そんなも のができてたの? 星乃は、誇らしいような恥ずかしいような不思議な気持ちに陥っ た。が、すぐに気がついた。 きっとそこだ。そこにいるに違いない⋮⋮ 32 ⋮⋮今日は夜勤と確認済みの、江戸橋裕樹警部補! 対策室は三階のはずれにあった。廊下を通るふりをして中を覗い てみると⋮⋮ 室内は壁中に、地図や写真、図面などが貼りまくられている。多 くはスターリー=ランナーが過去に盗みに入った建物だ。その侵入 経路や逃走方法などが、さまざまな色のペンで書き込まれている。 おそらく、パソコンにもテータ入力されてるのだろう。 ﹁︵うわぁ⋮⋮こんなに分析されてるんじゃ、ウカツな手抜きはで きないわ︶﹂ 星乃は心の中で冷や汗をかいた。 廊下で、ファイルの内容をチェックするふりをして立ち止まる。 そして考え事のそぶりを見せつつ、室内をさらに観察してみた。 一瞬、笑みが漏れてしまった。 対策室の奥のデスクで江戸橋がコーヒーカップを手にモニターを にらんでいる姿が見えたからだ。無意識のうちに声をかけようとし てしまっていた自分に気づいて、慌てて思いとどまった。 ﹁︵ち、ちがうの。江戸橋さんに会いに来たわけじゃなくて。そう、 調べるのよ、今日は調べに来たのよ︶﹂ 何を? ﹁︵⋮⋮江戸橋さんの婚約者とはどんな女なのか、を︶﹂ 半日ちかく署内をうろついて、聞き耳を立てたり婦警のおしゃべ りに参加したりして、星乃にもいくらか情報を集めることができて いた。が、この件に関して決定的な情報はまだ得られていない。 ⋮⋮なに、﹁犯罪者が警察署に潜入して情報収集なんてリアリテ ィがない。ご都合すぎてお粗末www﹂? そう思うならよぉく聞 いてくださいよ。 中部地方のとある警察署で、警察と全然関係ないA氏︵仮名︶と 33 いう老紳士が、何年間も自由に出入りして内部資料などを閲覧して いた事件の実例が、実際にあったのだ。 A氏は署内でいつも堂々と振舞っていたため、多くの署員が彼を 警察OBの大先輩だと思い込んでいたという。ついには自分専用の オフィスを警察の予算で設置させたり、署の幹部たちによる﹁A会﹂ という後援会まで組織してしまっていたらしい。 最後には発覚したのだが、長期にわたって警察署をまるごと騙し ていた詐欺事件だ。 この事件に関しては、さすがに現地調査や体験取材︵笑︶は自粛 したが、マスコミで公開されてる範囲では調べてみた。 こんな素人ノベルでも一応、そのくらいの下調べはするのですだ よ、えっへん。 ︵とかエバッて書いたけど、資料をしまいなくして記憶だけで書 いたので、細部とか間違ってたらゴメン︵汗︶︶ というわけで、星乃もこんなふうに堂々と振舞っていたため、意 外と疑われなかったのであった。 今も堂々と、ファイルを確認してるふりをしつつ、そっと対策室 を観察している。 すると⋮⋮一人の婦警が、江戸橋に近づいて何か話し掛けた。そ れも、ものすごく接近して、髪と髪を触れさせながら耳打ちしてい る。 妙に色っぽい婦警だ。髪はふわりとしていて、体型はぼん・きっ・ ぼん。顔も、どっちかと言えば美人といっていいい。 ﹁︵私ほどではないけど︶﹂ 星乃は心の中でそう付け加えた。 でも、見ると江戸橋さんは少し迷惑そうにしつつも、頬を赤らめ ているじゃありませんか。ファイルを持つ星乃の手の指が、表紙に 少しめり込んだ。 ﹁︵すごく親しげだけど、もしかしてあれが婚約者? ⋮⋮必要以 34 上にくっついて!︶﹂ こめかみに青筋が浮かびだす。状況をもっと見ていたい⋮⋮とい うより踏み込んで割って入りたい。 でも冷静な心に﹁これ以上ここにいては、感情的になりそうだか ら危険﹂とささやかれ、星乃はその場を立ち去ることにした。 ﹁︵信じらんない! 信じらんない! 信じらんない! あんな嫌 な女に⋮⋮私の中に熱いのいっぱい出したくせに! 私を愛してる って言ったくせに!︶﹂ ⋮⋮そこまで言ったっけ? ま、それはいいとして。星乃は怒り を抑えつつ、さらに二時間ほど情報集めをすると、警察署を出て自 宅へと帰って行った。 モニターに映っているのは、非合法依頼をするための裏掲示板。 よーく探すとたまにこんなもんもみつかったりする。星乃は、窃盗 道具の製作などでたまにこういうものを利用している。 今は、入手したさっきの婦警の個人情報をメールに打ち込んでい た。裏掲示板で見つけ、依頼を検討してくれてる相手に送るデータ だ。 ﹁︵あんな女、ムチャクチャにしてやる!︶﹂ 怒りに身を任せながら、星乃はメールを送信した。 それから数日後。星乃は、黒ずくめの怪盗スターリー=ランナー となり、夜の住宅街の屋根の上で腹ばいになっていた。 ところどころに外灯はあるけとれど、町は明るいとはいいがたい。 闇の中に彼女の姿は溶け込んでいる。 彼女の目は、近くのアパートの窓に注がれている。そこはまだ真 っ暗だけど、もうすぐ住人が帰ってくるはずだ。 スターリー=ランナーは、緊張した面持ちで、片手の中で操作で きるスパイカメラの動作を確かめた。 あの部屋には、すでにお金で雇ったプロフェッショナル・レイパ 35 ーを潜入させてある。その部屋の住人は⋮⋮あの婦警だ。そう、彼 女は、恋敵を第三者にレイプさせその証拠画像を撮るという計画を 実行しているのである! 女性の独占欲は、生理的欲求⋮⋮というよりも生存本能に直結し ている。 妊娠してから子供を生んで育て始める時、女性は一人ですべてを こなすことが困難だ。特に、数十万年続いた原始時代の野生状態で は、誰かの庇護がものすごく必要だった。 もっとも確実に庇護を与えてくれるのは、子供の父親である愛す る男。だが⋮⋮その男を独占できず他の女性たちと共有することに なったらどうなるか? サバイバビリティ 得られる庇護は当然、半分かそれ以下になる。つまり、自分︵の 遺伝子︶の確実に生き延びられる可能性が、半分以下になってしま う。さらに、心変わりされて捨てられでもしたら、それは限りなく ゼロに近づいていく⋮⋮。 すなわち、男の浮気は女︵の遺伝子︶にとって、生命の危機に等 しい! というわけで、愛する男の目が他の女にいくと、女は自分︵の遺 伝子︶の命を守るため、自然に殺意を抱いてしまうのだった。この ﹁嫉妬による怒り﹂は生存本能だから、生存能力の強い女ほど激し く燃え上がり、抑えることが困難となる。 星乃もそんな殺意は感じていた。が、かろうじて直接殺害への欲 求は押しとどめ、単に鬱憤を晴らすという方向へだけ行動が押し流 されていた。 こんなことしてる星乃を責めないであげてほしい。これも、理性 の弱い者が彼を愛してしまった、つまり愛ゆえなのだから⋮⋮たぶ ん。 36 ドキドキする心臓を深呼吸で抑えつつ、星乃は待った。 と、窓に明かりがついた。あの婦警が帰ってきたらしい。星乃は 目を凝らしながらスパイカメラを構えた。 ﹁な、なんですかあなた⋮⋮!﹂ 婦警が叫ぼうとするが、覆面をしているレイパーは素早く口を抑 える。手には錠剤⋮⋮筋肉を弛緩させる効果のある薬だ。そして後 ろにまわり羽交い絞めにしようとする。 が、相手が悪かった。婦警は逮捕術を習っている。後ろからの羽 交い絞めにしても、無造作に組み付くと、相手がベテランならかえ ってカモとなってしまうのだ。 婦警の後頭部がレイパーの鼻に叩きつけられた。一瞬の隙をつい て次は肘が肋骨に捻じ込まれる。 痛みに動きが止まったレイパーの髪を掴み、婦警は彼の顔面に膝 蹴りを入れると、そのままベッドへと引き倒した。 ﹁ひっ⋮⋮﹂ レイパーの方がかえって悲鳴をあげる。一瞬の早ワザでその手に 手錠が嵌められ、パイプベッドの枠につながれてしまった。 ﹁婦人警官を襲うとは、いい度胸してるじゃない?﹂ 口からペッと錠剤が吐き出される。そしてその婦警は舌なめずり をした。 ﹁婦女暴行未遂の現行犯逮捕⋮⋮と言いたいところだけど。今日は ちょっとイラついてんのよね∼。見逃してあげる代わりに⋮⋮﹂ 彼女がシャツを脱ぎ捨てる。その目が怪しく光った。 ﹁ひいっ、た、助けて⋮⋮﹂ 外で見ていた星乃は目を丸くした。 婦警がレイパーを押し倒して逆レイプしている! ﹁ほら、もっとしっかり勃たせなさいよ、情けないわね!﹂ 37 ﹁うわっ、うわぁっ⋮⋮﹂ ﹁あんたを江戸橋警部補だと思って、朝まで犯し続けてあげるんだ から!﹂ ﹁た、助けて、助け⋮⋮むぐうっ!!﹂ レイパーの口に、自分のパンツが捻じ込まれる。そこから先は彼 の声が聞こえなくなった。 ﹁男にフラれたばかりの女の怒り、思い知れーっ!﹂ ﹁むひーーーっ!﹂ もう立たなくなるまで何度も搾り取られたかわいそうなレイパー の姿を、一部始終、目撃してしまったスターリー=ランナーは、屋 根の上で手を合わせて心の中で謝ることしかできなかった。 彼女は家に帰ってからも、混乱する思考を落ち着かせるまでに数 時間を要した。 得られたものは ﹁︵実力も知らない人にああいうこと依頼するのはもうやめよう︶﹂ という教訓だけだ。 後でわかったことだけど、あの色っぽい婦警は江戸橋にとってた だの同僚で、婚約者でもなんでもなかった。彼を落とそうと迫って いたのは事実だけど、江戸橋にはしっかり断られたようだ。 ﹁︵ま、海千山千の豪傑婦警だったことはたしかね⋮⋮それがあの レイパーさんの不運だったのよ︶﹂ 星乃はため息をついて、マウスをクリックしながらモニターを見 つめている。 そして、ふりだしに戻ってしまった江戸橋の婚約者探しを再開し た。 38 −−−つづく 39 第6話:怪盗、人質を強奪する 眼鏡。そして、たっぷりサイズの冬物の帽子。 まだ寒さの残る季節の午後の日差しの下、コートの襟を立てて空 走星乃は、ポケット地図帳を手にしている。いま歩てきた歩数を地 図帳に書き込んだ。 彼女の見上げた先に鉄柵に囲まれた屋敷がある。門の表札には横 書きで﹁Tanagawa﹂と書かれている。 ﹁ふぅ﹂ 思わずため息が漏れた。 やってることは当然、﹁夜のお仕事﹂の下見⋮⋮でも、いつもの ような挑戦的な笑みも、困難に挑む目の輝きも、今日の星乃には見 られない。 むしろ、なんだか悩んでいるような、寂しそうな、そんな空気を 漂わせて屋敷を見上げている。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ そう、空走星乃はいま、悩んでいるのである。 夜更け頃。 シャワー上がりでバスタオルを頭からかぶった星乃は、紅茶のカ ップを左手にしながらモニターを見つめ、片手でマウスを転がして いた。 たながわごんぱちろう たながわ みふゆ 自作のデータベースから情報を確認する。 ﹁国会議員、棚川権八郎。その長女⋮⋮棚川美芙由﹂ 星乃の目が一瞬、燃え上がる。物凄く挑戦的な、ある種の敵意の 篭められた目だ。 ﹁間違いない⋮⋮この人が江戸橋さんの婚約者!!﹂ が、それはすぐに下火になってしまった。また寂しそうな目に戻 っていた。 40 ﹁⋮⋮予告状、送ってないけどいいよね。今夜は盗みじゃなくて、 どんな人か見に行くだけなんだし。会うかどうかは、顔を見てから 決めるんだし。いいよね、それでいいよね?﹂ 自分を説得するようにつぶやくと、星乃は無理やりに迷いを振り 切るかのように ﹁⋮⋮よしッ!!﹂ と勢いよく立ち上がり、道具に手を伸ばした。 すでに空は真っ暗、住宅街は眠りについている。 棚川邸は大きな屋敷だけに、周囲は一般の市街地よりも暗い。 先が尖っている柵の上にキルティングを載せ、スターリー=ラン ナーは棚川邸の庭へと侵入した。ウェストポーチを着けた暗い色の レオタードが植え込みの影に溶け込み、その姿は外からほとんど見 えない。顔ももちろんマスクで半分隠している。 そっ、と植木の間から顔を覗かせ、彼女は母屋の建物をうかがっ た。 一階の窓はほとんどが暗くなっている。けれど二階の窓からは明 かりが漏れている。 二階の方向へ聞き耳を立ててみた。 ﹁ええ、お母様。一晩くらいお留守でも、私は大丈夫ですから⋮⋮﹂ 電話だろうか? 子供っぽい女性の声で、そんな会話がかすかに 聞こえる。 ﹁︵下調べどおり⋮⋮︶﹂ 今夜は家族がほとんど出払っており、この屋敷は手薄だ。いるの は棚川の娘だけ⋮⋮おそらくあの声の主は棚川美芙由という女か、 あるいはその妹⋮⋮もし妹がいたならだけど。他には、守衛のガー ドマン1人に住み込みの家政婦だけしかないはず。 ﹁︵次に確かめることは⋮⋮︶﹂ 彼女は姿勢を低くして植え込みの中を移動する。そして門の近くま で行くと、そっと顔を上げた。 41 門の近くでは、獰猛そうなドーベルマンが横になってスヤスヤと 眠っていた。 ﹁︵薬が効いたようね︶﹂ 彼女は満足げな笑みを見せた。が、次の瞬間⋮⋮表情に緊張が走 り、音をさせないよう素早く身を伏せる。 ﹁︵誰か⋮⋮庭の暗がりにいる!?︶﹂ 植え込みに隠れたまま目をつぶり、耳で周囲をさぐる。すると⋮ ⋮低く男の声が聞こえた。 ﹁寝テルゼ、犬﹂ ﹁ブチ殺ス手間ガ省ケタナ﹂ 視覚・嗅覚といったあらゆる感覚をシャットアウトし、聴覚だけ に集中してみる。 ﹁︵一人⋮二人⋮三人⋮⋮。■■語⋮⋮? 警備の人じゃなさそう ね。もしかして⋮⋮︶﹂ スターリーランナーは眼を見開いた。 ﹁︵もしかして⋮⋮泥棒っ!?︶﹂ おまえもだろ。︵汗︶ しかし主は留守と言っても、この屋敷に人はいる。そこへ入る泥 棒ということは⋮⋮強盗? ﹁︵だめよ、傷害や殺人は! 窃盗ならともかく︶﹂ いや窃盗も本当はだめなんだってば。︵汗︶ などと、彼女のゆがんだ道徳心にツッコんでる余裕は、今はない。 男たちのひそひそ声を聞きながら、どうしようかと思案に暮れて いたとき⋮⋮ ﹁誰かそこにいるのか!?﹂ 門の方角から声がした。 スターリーランナーは、口から心臓が飛び出しそうなほど驚いて 身を小さくした。 巡回中のガードマンだ。 ﹁︵しまった、みつかった⋮⋮?︶﹂ 42 が、懐中電灯の明かりは彼女のいるところとは少し違う方向へ向 かう。見つかったのは自分ではなく、三人組の侵入者だった。 門のほうから周囲を警戒しつつやってきたガードマンに、三人の 侵入者は暗がりから飛び出していっせいに襲い掛かった。 ﹁な、なんだお前ら!?﹂ 驚いたガードマンが叫ぶが、答えはしない。 侵入者たちは伸縮警棒のようなもので警備員を殴りつけた。呻き 声だけを漏らして、警備員は失神して倒れてしまった。それなりに 手馴れてる様子だ。 ﹁ナ、軽イダロ? 日本ノ小サナがーどまん会社ハシバシバ、過剰 防衛ノ責任ヲ恐レテ﹃暴力を振るわれても抵抗するな﹄ッテ命令シ テルンダ﹂ ﹁︵そ、そうなの!?︶﹂ 植え込みでスターリー=ランナーが驚いて手を口にあてた、その とき。 母屋の方で勝手口の戸が開き、子供⋮⋮女の子のような声が聞こ えた。 ﹁音がしたけど⋮⋮何かあったんですか?﹂ ﹁!﹂ 驚いてそちらを見ると、三人組は、今度は出てきた少女に飛び掛 っていた。 真っ先に口が抑えられ、悲鳴はほとんど響かない。 ﹁︵た、助けなきゃ!︶﹂ とは思うものの⋮⋮スターリー=ランナーは逃走には自信あるに しても、格闘には自信がない。そこへもってきて、相手は複数の男 ⋮⋮腕力でかなうとは思えない。だからここは、様子を見てるしか なかった。 ﹁シカシ、コウ何度モ見ツカッテチャ、危ナイナ﹂ ﹁予定変更シヨウ、コイツヲ攫ウ!﹂ 43 棚川邸の前を、1台の乗用車が走り去っていった。柵の影でスタ ーリー=ランナーはフォーンのモニタを見つめている。 ﹁︵予備の携帯を車内に隠したから、GPSで追跡は可能だけど⋮ ⋮相手は三人。宝石と違って人間じゃこっそり盗み出すのも難しい し、どうしたら⋮⋮︶﹂ しばらく考えてから、ハッと気がついてまじまじとフォーンを見 つめる。 彼女はゴクリと喉を鳴らしてから、操作を始めた。 警察署の前では、疲れきった表情の江戸橋裕貴が、暗い駐車場で 自家用車に乗りこんだところだった。 と、突然、ブルブルッとポケットで振動が。 ﹁ん? メール?﹂ 習慣的に携帯を取り出し、バックライトを点灯する。 ﹁︵sr.xxxx@xxxxx.co.jp?︶﹂ 知らないメールアドレスだ。捨てアカウントのようにも見える。 ﹁重要﹂チェックもついていた。 ﹁︵わざわざこんなものつけてるところみると、スパムか⋮⋮?︶﹂ Runner﹂ そうは思いつつも、念のためタイトルを読んでみると⋮⋮ ﹁棚川邸で誘拐事件発生 from Starry 江戸橋は驚愕して急ぎ本文を開いた。 夜間でひと気のないビル工事現場の中。郊外の広々した敷地にポ ツンと経っているビルだ。物流倉庫かマンションの予定地かもしれ ない。予算を削ってるのだろう、ガードマン等がいる様子はない。 柱はまだコンクリートや鉄骨の剥き出しで、まだ壁もない。建物 を包んでいるカンバスの隙間から夜風の入り込む暗いフロアの一角 に、三人組が陣取っていた。 フロアの隅には腕と口を戒めれ下着姿で少女が転がされている。 年のころはまだ十才を過ぎたあたり⋮⋮小学校高学年といったとこ 44 ろだ。顔を青くしておびえていた。 そこへ、三人組の低い声が響いてくる。 ﹁まぬけ野郎、脅迫状ヲ携帯めーるデ送ロウトスル奴ガアルカ! 特定サレチマウダロ!?﹂ ﹁危ナカッタ⋮⋮紙ノ手紙デ出シトイテヨカッタ﹂ ﹁紙ノ手紙ッテ⋮⋮速達ニシタロウナ?﹂ ﹁イヤ、普通ニ出シタケド?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ダメダコリャ﹂ その上の階の暗がりで、まだ未完成の床に身を伏せ、スターリー =ランナーは様子をうかがっていた。 床には人ひとりがくぐって降りられるくらいの穴があり、そこか ら階下の様子を見ることができる。 手にはフォーン。いま、また一通のメールを江戸橋に送ったとこ ろだ。 ﹁︵調査用の捨てアカウントからのメールだけど⋮⋮見てくれてる かな、江戸橋さん⋮⋮︶﹂ 誘拐された少女は棚川家の関係者⋮⋮おそらくは家族だろう。棚 川美芙由の妹かもしれない。もしそうなら江戸橋とも知り合いの可 能性が高い。ならば、なんとか助けないと⋮⋮。 恩を売るとかではなく、彼女は脊椎反射で江戸橋のために働いて しまっている。しかもその自覚さえまだ持っていない。 ﹁んんんッ、んんん∼ッ!﹂ 少女の緊迫したうめき声に、スターリー=ランナーはビクッとし て、ふたたび階下をうかがった。 ﹁オイ、マダ人質ニ手ヲ出スナヨ!﹂ 見ると三人組の一人が少女の後ろから抱きつくように平らな胸を まさぐっている。 ﹁身代金ガ届イタラ犯ッチャツテイイヨナ、兄貴?﹂ ﹁マッタク、オ前ハろりこんダナァ⋮⋮コンナがきヲ﹂ 45 ﹁金ガ届イテ、安全圏マデ逃ゲテカラニシロ﹂ ﹁ジャ、兄貴。味見スルマデ殺サナイデクレヨォ? ソレマデハ、 オ触リダケデ我慢スルサ﹂ 触っている男は、彼女のスカートからブラウスを引っ張り出し、 その中に手をつっこもうとしている。 少女は激しく首を横に振って拒絶の意思を見せているが、口も手 足も縛められているから抵抗できない。男の舌が彼女の頬をベロリ と舐めた。 ﹁︵このままじゃひどいトラウマになるわ! 早く助けないと⋮⋮ !︶﹂ スターリー=ランナーが、何か救出方法がないかを思案していた とき。 遠くから、ファンファンファン、ウ∼ウ∼、とサイレンの音が聞 こえた。音はどんどん近づいてくる。 ﹁!?﹂ 階下からも三人組の慌てている様子が伝わってきた。 スターリー=ランナーは心の中で毒づいた。 ﹁︵まさか江戸橋さん⋮⋮っ! あンの、バカマジメ! バカッ、 バカヤー、バカエストッ!︶﹂ 数台のパトカーが止まり、飛び出してきた警官たちが工事中のビ ルを取り囲もうと走り出した。 叱咤のような声で指示も飛ぶ。隠密に行動しようとする意思など まったくない。 指揮をとってるらしい年配の私服警官が拡声器を手にしているの が見えた。たしか、江戸橋の上司で飯田とかいう警部だ。 ﹁ビルは包囲した。人質を開放して出て来なさい、今ならまだ罪は 軽くなるぞ?﹂ 46 三人組は壁に身を寄せて身を隠しながら、 じゃっぷ ﹁騙サレルモンカ、騙シテナブリ殺シニスル気ダ﹂ ﹁ソウトモ、アイツラハ獰猛デ残虐ナ倭奴ダカラナ﹂ 上の階で聞きつけたスターリー=ランナーが ﹁︵99%がヘタレの日本男にどういうイメージ持ってるのよ⋮⋮︶ ﹂ と呆れつつ様子を探り続けると、彼らは静かに移動を始めていた。 上の階へ登ってくるつもりらしい。 警官隊が工事中のビルを取り囲んだ。 そのうちの一班を指揮していた江戸橋は、ふと不安を感じて上を 見た。 ﹁危ない!﹂ とっさに全員を走らせる。その直後、耳をつんざくような金属を 音を響かせ、上から降ってきた数本の鉄パイプがアスファルトに跳 ねた。 屋上に設置されたクレーンを操作しつつ、三人組の一人がその様 子を見て愉快そうに笑っている。 ﹁篭城されたらやっかいですね、飯田警部﹂ 江戸橋はパトカーの陰に隠れながら、困惑の表情でつぶやく。飯 田も困った顔で ﹁しかし、人質がいるというんだから、不用意に突入するわけにも いくまい﹂ そう言ってから、 ﹁江戸橋君、人質は君の婚約者って本当か?﹂ ﹁棚川邸から攫われたという通報が正しければ⋮⋮ですが﹂ 江戸橋も確信を持てない様子で答える。 47 ﹁少なくとも、本人との連絡は取れてません﹂ ﹁しかし江戸橋君⋮⋮なんで怪盗スターリー=ランナーが君の個人 メルアドを知ってたんだ?﹂ ﹁わかりません。怪盗ですから、我々の個人情報をひそかに盗んだ のかもしれません⋮⋮あるいはニセ者の可能性も﹂ 江戸橋の横顔を見る飯田の目には疑いの色が浮かんでいる。が、 江戸橋はそれに気づいていない。 と、いきなり警官の一人が上を指差して叫んだ。 ﹁江戸橋警部補、あれを!﹂ ﹁⋮⋮あッ!﹂ 屋上のクレーンに、人質の少女が吊るされていた。 ﹁美芙由ちゃん!﹂ 江戸橋の絶叫が夜空に響く。 ﹁︵⋮⋮え!?︶﹂ 暗闇の中、鉄パイプの柱に掴まりながら工事用の足場を移動中だ ったスターリー=ランナーは、それを聞いて驚いてあやうく足を踏 み外しそうになった。 ﹁︵あの娘が、まさか!?︶﹂ 一人の警官が走ってきて、パトカーの影の飯田にささやいた。 ﹁犯人が、逃走用の車と道中の安全を要求してきました﹂ ﹁できるだけ交渉を長引かせろ﹂ 飯田警部にもいい考えはなかった。持久戦に持ち込んで隙を探る くらいしか思いつかない。 だが三人組にもそのくらいはお見通しだ。 クレーンに乗ってる じゃっぷ 男と、外で取っ手に掴まって立っている男が ﹁奴ラ、時間ヲ稼グ気ダ﹂ ﹁ナラ人質ヲ落トシテヤロウカ。悪虐ナ倭奴ナンカ何人死ンダッテ 48 構ワネエ﹂ ﹁犯ル前ニ殺スノハ惜シイナア⋮⋮﹂ ﹁オ前ラ、何言ッテンダ、人質ガイナクナッタラ危険ダロ!?﹂ 屋上に積まれた資材の影で、スターリー=ランナーはその様子を じっと見ていた。じっと見てはいるが、その表情は百面相状態に陥 っている。 ﹁︵あのまま落とされちゃえば、江戸橋さんに婚約者はいなくなる わ。そしたら⋮⋮︶﹂ すてら ﹁︵だめっ、それじゃ彼が悲しむでしょ!︶﹂ ﹁︵でも、そこで星乃が彼の心を癒してあげれば⋮⋮︶﹂ ﹁︵だめだってばっ! 殺人だけは絶対にだめっ! 窃盗ならとも かく︶﹂ いや、窃盗もだめだってば。 赤くなったり青くなったり、ニヤついたり怒ったりと、さまざま に表情を変えた彼女。でも最後は口をキリリと結んだ。 ﹁︵あの年齢なら美芙由さんと彼とは間違いなくプラトニック⋮⋮ アドバンテージは私にある!︶﹂ うっとり 全裸で彼と抱きしめ合いおなかの中で﹁爆発﹂された熱い記憶が よみがえり、体温が一気に上昇した。彼女は恍惚とした表情で自分 を抱きしめる。 スターリーランナー ﹁そう、恋敵でもピンチには﹃塩を送る﹄、余裕を持った女になる のよ、星乃。責任とるって言ってくれた、彼の笑顔を守るためだも ん!﹂ ようやく心は決まったものの、美芙由の救出方法はまだ思いつか ない。 彼女は、習慣的に無意識で腰のポーチへ手を伸ばしていた。そこ には、いつもの窃盗道具が入っている。 ﹁!﹂ 49 バチッ! ドサッ! と物音がした。 ﹁ナンダ?﹂ クレーンの取っ手に掴まりながら男が振り返ると、三人組の一人 が資材の上にうつぶせに倒れている。その上を飛び越えて、黒っぽ い影が突進してくる。 ﹁!﹂ スターリー=ランナーの手でスタンガンが火花を放った。男は取 っ手から手を離していた。 そのまま脱力して落下しそうになる男を、スターリー=ランナー は脇から手を入れて後方に投げ飛ばす。彼も屋上の床の上に転がっ た。 ﹁ドウシタ、兄貴?﹂ クレーンの運転席から顔を出した男は、後ろから近づいてたスタ ーリー=ランナーと目が合ってしまった。双方がびっくりして目を 見開く。 ﹁ウワッ!﹂ 男は反射的にレバーを操作し、クレーンの腕を振り回した。 ﹁あ!﹂ 遠心力でスターリー=ランナーは跳ね飛ばされ、やはり積まれて いる資材の上に叩きつけられた。 ﹁きゃあああっ!﹂ クレーンの腕の先で振り回され、美芙由が悲鳴をあげる。男はパ ニックに陥ったらしい。スターリー=ランナーを跳ね飛ばした後も、 クレーンの腕を振り回し続けた。 やがてフックが外れ、拘束されてる美芙由の体は夜空へ高く投げ 出された。 ﹁!﹂ 迷ってる暇など無かった。スターリー=ランナーも星空へと身を 50 躍らせる。 ﹁美芙由ちゃ⋮⋮スターリー=ランナー!!?﹂ 警官たちのどよめきの中で、江戸橋の叫びがやけに鮮明に彼女の 耳に聞こえた。 何も頼れるものが無い空中で、スターリー=ランナーの右腕が美 芙由の胴体に巻きつけられる。 左腕は⋮⋮その次の瞬間、縄梯子に絡み付けられていた。ガクン と体に重力がかかる。 逃走用に何度か使ってきた模型ヘリ⋮⋮モーターを極限まで強化 して、女性の一人くらいは運べるようにしてある⋮⋮からの縄梯子 だった。念のため近くに待機させておいたのが役に立ったのだ。 ﹁ま⋮⋮間に、合っ⋮⋮たぁ!﹂ まだ心臓がバクバクと音を立てている。目からは涙も溢れ出し頬 を濡らしていた。 まったくの間一髪だった。 スターリー=ランナーから、ようやく安堵のため息が漏れる。 ﹁あ⋮⋮あなたは?﹂ 負けず劣らずバクバクと心臓の音をさせ、息をきらせながら、や っとの思いで語りかけてきた美芙由。体重の軽いその姿を見て、彼 女は心の余裕を取り戻した。 ﹁私は⋮⋮星空怪盗、スターリー=ランナー!﹂ 星明りにマスクの下の笑顔が輝く。 ﹁あなたが、あの⋮⋮﹂ 人間を敵と味方に分けるなら、この少女は敵だ。でもスターリー =ランナーにとって、笑顔でいて欲しい人の大切な存在でもある。 夜風の中を警官隊の包囲の外へと飛び去りながら、スターリー= ランナーは視線を前に見据えて、つぶやいた。 ﹁これは﹃貸し﹄だからね? ⋮⋮私、負けないわよ、あなたなん かに!﹂ 51 ﹁?﹂ もちろん美芙由にはその言葉の意味はわからない。 空が明るくなっていた。高台から町を見下ろせる公園で、美芙由 は呆然と空を見上げていた。 そこへ、江戸橋や警官たちが駆けつけてくる。 ﹁美芙由ちゃん、無事か!! ひどいことされなかったか!?﹂ 江戸橋は美芙由を抱きしめた。美芙由はしばらく呆然としていた が、ポツリポツリと、 ﹁だ、大丈夫⋮⋮恐かったけど、スターリー=ランナーが助けてく れたから﹂ ﹁スターリー=ランナーが⋮⋮﹂ 身を離し、江戸橋は美芙由を見つめた。 ﹁不思議な人ね⋮⋮﹂ You, another ni 宙空を見つめながらの彼女のつぶやきに、思わず江戸橋も、明る くなってきた空を見上げた。 ﹁スターリー=ランナー⋮⋮﹂ ﹁また会いましょうね︵See ght︶、刑事さん☆﹂ すでに遠方へ逃走しているスターリー=ランナーの声は、江戸橋 には届かない。でも﹁お仕事﹂に成功した彼女は、満足そうにウィ ンクした。 −−−第二部・完 52 第7話:怪盗、思い出しGをする 目の前に並んでいるのは、いままでに届いた予告状のコピー。原 本は鑑識に廻されているため捜査班にはコピーしかない。 キャリアの警部補・江戸橋裕貴は、もう夜中になるというのに、 怪盗スターリー=ランナーの予告状を一つ一つ、穴があくほど見つ めていた。 ﹁︵あいつ、いったい⋮⋮︶﹂ 何かわかるかと思ったのだけど、何も判らない。フォントはごく 普通のMSゴシックで筆跡の手かがりは無い。郵送された予告状の 投函場所にも共通点は見られない。強いて言えば、東京周近辺とい うことだけだ。 被害対象にさえ共通点がない。これも強いて言えば金持ちの私有 品というだけで、絵画だったり宝石だったり彫刻だったり、もう手 当たり次第としか感じられない。美術品専門かとも思ったが、有価 証券や金ののべ棒が盗まれてる例もあった。 ﹁いったい、なんなんだ、あいつは⋮⋮﹂ 江戸橋は溜息をついた。 彼のスターリー=ランナーへの気持ちには、数々の事件を経てだ んだん変化が生じている。最初は憎悪の対象だったのに、このごろ はスポーツ的なライバル心さえ自覚してきている。 ﹁︵⋮⋮だめだろ、犯罪者にそんな不謹慎な気持ちを抱いちゃ︶﹂ それにしても不可解なのは⋮⋮スターリー=ランナーが江戸橋の 女性関係に関心を持っているらしいこと。 少し前の宝石盗難事件の時には、女性との肉体関係について尋問 されたし。棚川美芙由誘拐事件のときには、彼の婚約者である美芙 由に﹁負けないわよ、あなたなんかに﹂という、謎の言葉を残して いる。 53 その二件から想像される結論は⋮⋮。 思わず顔を地赤らめた江戸橋は、ぶんぶんっと頭を振った。 ﹁︵そんなわけないだろ! ⋮⋮たぶん撹乱戦法だ、捜査班の足並 みを乱すための︶﹂ そしてまた脅迫状のコピーに目を落とした。 すると後ろから ﹁熱心だね﹂ と、棒読みのような、大きい声が聞こえた。 ﹁飯田警部﹂ 江戸橋の上司だ。 ﹁その熱心さが逮捕に結びつくといいのだけど﹂ ﹁本当にそうですね﹂ 飯田はカマをかけてるのだが、江戸橋はそれに気づいてる様子が ない。受け答えも本気でそう思って言っているようにしか見えなか った。彼はコピーに目を落としながら、 ﹁しかし⋮⋮この脅迫状からは、ホントに何も判りませんね。フォ ントはありきたりだし、紙も普及品、投函場所にしても被害対象に しても⋮⋮何も判りません﹂ 飯田は溜息をつきながら隣のイスに座った。 ホシ ﹁脅迫状以外で判ってることを整理してみろ﹂ ﹁はい。容疑者が現れたのは10ヶ月ほど前。事前に予告してから 窃盗に入るから、一種の愉快犯とも考えられます。例外もあります が⋮⋮。﹂ それから資料をめくって確認する。 ﹁目撃証言⋮⋮私のも含めまして、若い女であることはほぼ確実だ と思います。他に気になるのは、今までスターリー=ランナーが昼 に窃盗に入った事件はひとつも記録されてないということ、くらい ですか﹂ もうひとつ、江戸橋のプライベートに関心があるらしいというこ とも気になるが⋮⋮それは口に出せなかった。 54 ﹁君は、スターリー=ランナーにしがみついて1∼2分の飛行をし たことがあったな﹂ ﹁はあ⋮⋮残念ながら逮捕には至りませんでしたが﹂ ﹁なぜかね?﹂ ﹁え⋮⋮﹂ ﹁1分もあれば、手錠を填められたはずだ﹂ ﹁それは⋮⋮﹂ 江戸橋の顔が紅潮する。 ﹁すでに⋮⋮報告、した、はずですが⋮⋮﹂ ﹁高所恐怖症、か?﹂ 飯田が鼻で笑った。 ﹁あの⋮⋮飯田警部?﹂ ﹁メールが届いたという件は?﹂ 話題が変わったことに江戸橋は救われたような気分になりながら、 資料のコピーの束をめくる。 ﹁捨てアカウントを使ったようで、発信者を特定できませんでした﹂ ﹁IPアドレスはわかるだろ?﹂ ﹁当然、偽装と見るべきでしょう﹂ ﹁ヘッダに残ってる経由サーバーは?﹂ ﹁⋮⋮警部。まさか、本気で言ってるんですか?﹂ ﹁ヘッダをたどれば発信元を特定できるだろう?﹂ ﹁発信元の偽装もせず素直に警察関係者へのメールなんか送る犯罪 者は、シロウトだけですよ?﹂ ﹁⋮⋮まあいい。君の働きにはお父上の顔もかかっているんだ。が んばって犯人を捕獲しろ﹂ ﹁は、はい。それはもう!﹂ ﹁︵ふーむ︶﹂ 飯田はもう一度、江戸橋の表情を観察し、それから部屋を出て行 った。 江戸橋は、飯田警部のしぐさに何かの違和感は覚えたものの、気 55 にする間もなくすぐに資料のコピーの方に神経が戻ってしまった。 と、そのとき⋮⋮彼のポケットで携帯⋮⋮ガラケーが震えた。 自分のアパートで星乃は、スマートフォンでメールを読んでいる。 届いたばかりの短い返信によると、ハンドル名﹁YOU﹂こと本 名・江戸橋裕貴は、まだ仕事中らしい。 ﹁︵これだから、警察は∼ッ⋮⋮#︶﹂ 話には聞いている。家族で何かする予定や学校の行事があっても、 警察勤務者は呼び出されれば仕事優先。 それこそ日曜も休日もあったもんじゃない⋮何度もデートをキャ ンセルされるため、恋人づきあいする女性はかなりの忍耐力を必要 とするという。 ⋮⋮ハンドル名﹁すてら﹂こと星乃は明日、YOUと2人きりの オフ会をすることになっている。 ﹁︵私がこんなに楽しみにして、ドキドキのあまり眠れなくまでな ってるっていうのに、あのひとってば、もうっ!︶﹂ メールには、明日、遅れるかもしれないと書いてある。文句のひ とつも言ってやりたいけど⋮⋮ガマンしよう。まだ江戸橋裕貴と彼 氏彼女の関係ってわけじゃないんだし⋮⋮肉体関係はあるけれども。 そこまで考えて、星乃は顔が爆発しそうになり、枕をぎゅっと抱 きしめた。 あの、猛烈な体験⋮⋮空気の入ってしまったゴムが膣内で炸裂し た激しい衝撃が、下半身に蘇りそうになる。彼のもので体を内側か ら破壊されてしまったかのような、ものすごい衝撃だった。 そして、ゴムから飛び出した熱い液体が、彼女の体の内側に貼り ついて来た激しい感覚⋮⋮。 ﹁⋮⋮んっ﹂ 56 気がついたときには、右手の指が下半身の敏感な粘膜を撫でてい た。 ﹁はぁ、はぁ、はぁ⋮⋮﹂ 左手はしっかりと枕を抱きしめ、口に当ててる。 ﹁︵江戸橋刑事⋮⋮裕貴⋮⋮ゆう、ゆう!︶﹂ 思わず枕にキスしてしまう。 ﹁︵これが、彼の手なら⋮⋮彼の指なら⋮⋮っ︶﹂ 横向きになり星乃は、枕に唇を押し付けながら、左手を自分の胸 に伸ばした。 Tシャツの上から小ぶりなふくらみをまさぐる。自分の感じさせ 方は自分がいちばんよく知っている。まず周囲を指で撫で回し、円 を描いてだんだん中心へと近づいていく。そして⋮⋮頂上をぴんっ と弾いた。 ﹁ん⋮⋮﹂ でも期待したほどではない。刺激が足りない。 星乃はシャツを捲り上げ、水色のブラの下へ指を這わせた。 ﹁ああっ、YOU、だめ⋮⋮そこ、感じちゃうからだめ⋮⋮﹂ 思わず一人芝居をしてしまう。が、その言葉が彼女をさらに燃え あがらせた。 指がじかに肌に触れた。自分でも、けっこうやわらかいと思う。 おっきい方⋮⋮じゃないかもしれないけど。でも、でも、なんとか 挟むことはできるし、彼を気持ちよくできるもん。 彼のぎこちない指使いを思い出し、それと同じように胸先を撫で てみた。 ﹁んんっ⋮⋮あっ﹂ もどかしい。もっと一気に感じることもできるのに、その寸前で うろうろさせられてしまうような感覚。 でもそれが江戸橋裕貴の指なんだ⋮⋮。 ﹁︵パパの方が上手だったけど⋮⋮︶﹂ そう思った瞬間、無意識のうちに右手の指が彼女の中に侵入した。 57 ﹁くっ⋮⋮はぁっ!﹂ 体がびくんっ、と跳ねた。 ﹁︵ごめんなさい、パパ⋮⋮私、私、YOUに触られたい。YOU に、またヤられちゃいたいっ!︶﹂ 背を丸めて、中の粘膜を指でこする。 ﹁きっ、きっ、きひっ⋮⋮﹂ 上の部分が感じる。指でそこを撫でながらも、彼のあのそそりた った肉の棒で撫でられてることを想像してしまう。 ﹁ああっ、YOU、YOU⋮⋮江戸橋、さぁんっ!﹂ 声に出してみると、ハンドルよりも本名のほうが胸にズンと来る ようだ。 ﹁︵私の、中には、彼の熱いのが⋮⋮熱い愛が、もう入っちゃった のよね⋮⋮︶﹂ それは、物理的にはその穴の中にしか入ってないはずなのに、感 覚的には血液に混じって全身に染みこんでしまったかのような熱さ を覚えた。 ﹁江戸橋さん、もっと⋮⋮もっと。もっと私を突いて⋮⋮もっと飛 ばして⋮⋮﹂ どんどん指使いが激しくなってきた。シーツには、もう熱い液体 が飛び散りまくっている。指の動きはもう16ビートになりかかっ ている。 ﹁突いて⋮⋮かき回して⋮⋮私を、壊しちゃってぇぇぇ!﹂ 星乃の悲鳴が部屋に響いた。頭の中が真っ白になっていく。 ﹁︵ああっ、江戸橋さん、江戸橋さん⋮⋮ゆうっ!︶﹂ 自分の指で敏感な突起を激しく弾きながら、彼の腕の中に抱かれ、 彼に体の中を貫かれている様を全身で思い浮かべているうちに、星 乃の体からすーっと力が抜けていった。 −−−つづく 58 第8話:怪盗、心理テストする 星乃が目を覚ましたとき⋮⋮すでに空は明るく、時計は9時15 分を過ぎていた。 ﹁⋮⋮っ、きゃあああああぁぁぁぁぁっ!﹂ アパートに星乃の悲鳴が響き渡る。 今朝は、レモンを落としたお風呂に2時間漬かって体をしっかり 磨き、下着もおニューのお気に入りをじっくり選んで出かける予定 だったのに⋮⋮もうそんな余裕はない。 昨日、自慰をして寝てしまい、夜中に目が覚めるとまたつい自慰 をしてしまった⋮⋮のが敗因。 ﹁︵ばかばかばかーっ、江戸橋さんのばかーっ!︶﹂ 心の中で叫びながら、大急ぎでシャワーを使う。 彼女がくりかえし自慰をしてしまったのは、今日、YOUこと江 戸橋裕貴とオフすることになっていたからだ。 もしかすると、この前のように性交渉することになるかもしれな い⋮⋮それを思うと、星乃はもう自分の指を止めることができなか った。 結果、体力を消耗して寝坊してしまい⋮⋮。 ﹁︵江戸橋さんの所為よーッ、ばかばかーっ︶﹂ 長い髪は洗うにも乾かすにも時間がかかる。もう仕方ないのでお 湯でゆすぐだけにするしかない。濡れて重くなった髪を絞りながら 星乃は、もう一度心の中で ﹁︵江戸橋さんの、ばかーっ!︶﹂ と叫んだ。 オフの待ち合わせはよく駅の改札前が使われるが⋮⋮ひっきりな しに人が通る混雑した場所で立ったまま人待ちすることは心と体を 59 消耗させるから、あまり望ましくはない。 待ち合わせは、座ることのできる場所が望ましい⋮⋮可能ならば 落ち着いた雰囲気のカフェなど。一段落とせばファーストフード。 どうしても節約するなら公園や散歩道など。駅で待ち合わせするに しても、その鉄道以外で来る人がいないならホームのベンチの方が、 改札前よりはまだ快適だ。 待ち合わせの時刻に遅れる者がいたりする場合には尚更⋮⋮座っ て携帯のウェブサイトか本でも読んでられる場所でないと、先に来 た礼儀正しい者の時間と体力を無駄に消耗させることになる。 今日の待ち合わせはファーストフードの店内だった。江戸橋にそ の程度の気遣いはある。相手が女性ならなおさら、屋外で立ったま ま長時間待たせるようなことに、自分の神経も耐えられない。 店内で濃縮還元のアイスティーをすすり、モバイルのWindo ws機で仕事のデータを閲覧しながらふと時計を見る。 ﹁︵どうしたんだろ?︶﹂ すでに待ち合わせの時間を30分過ぎている。 携帯を確認してみた。メールが届いている。開いてみると、﹁2 0分ほど遅れます﹂という内容だ。しかしもう30分過ぎてる。 ようやく、1時間遅れで﹁すてら﹂こと星乃が飛び込んできた。 ﹁ご、ごめんなさい⋮⋮﹂ 泣きそうになってる。 本心ではむしろ、遅刻の原因である江戸橋を責めたい気分だが、 ﹁あなたが魅力的なせいで、自慰に夢中になっちゃって遅刻したじ ゃない! 可愛いパンツ選ぶのに30分しか使えなかっのよ、責任 とって!﹂なんてこと、人前では言いにくい。ここは﹁自分が悪か った﹂という態度を取った方が、お互いに嫌な気分にならずに済む。 星乃の思惑通り、江戸橋は慰めるような言葉をかけてきた。 ﹁まぁ、いいでしょう。僕も遅れることはあるし﹂ さいわい、仕事をしていたから時間を無駄にはしてないし。ただ 60 ⋮⋮。 ﹁ランチタイム、終わっちゃうね⋮⋮﹂ ﹁ごめんなさい﹂ ﹁⋮⋮しかたない、他に行くとこ探そう﹂ 本当は、江戸橋にお奨めの洋食店へ連れて行ってもらうことにな っていたのだけど⋮⋮。 二人は、携帯で近くの飲食店情報をチェックしながら駅前のファ ーストフードを出た。 ﹁すてらさん、車を持ってない男ってどう思う?﹂ ﹁は?﹂ 歩きながら、江戸橋は唐突な質問をした。 ﹁﹃男は車だ﹄なんて言葉が昔、あったっていうけど﹂ 星乃は考え込んでしまう。乗用車は豊かさの象徴であり、女はよ り豊かな男性に惹かれるから、どんな車を持ってるかが男の魅力の 一端になる⋮⋮という事実はある。 が⋮⋮江戸橋はキャリアのエリート公務員で、しかもその二世。 乗用車なんか無くても収入の安定はお墨付きだ。服装だって、一見 質素だけど、靴や時計など、職務上で使うものは信頼性の高いもの を身に付けている。 むしろ、見栄を張らず無駄を省いて重要な部分だけに力や資金を 集中する効率性には魅力を感じてしまう気もした。 ﹁車はあんまり関係ないんじゃないかなぁ?﹂ ﹁うーん、そんなもんなのかなぁ⋮⋮﹂ ﹁私だったら、むしろ時計が気になるけど⋮⋮﹂ ﹁時計?﹂ 男と女は、お互いを意識するほどお互いの求めてるものがよくわ からない。 男から見ると女はみんな﹁ブランド品と巨根﹂を求めてるように 思えるが実は一番重要というほどじゃないし、女から見ると男はみ 61 んな﹁巨乳好きでお色気好き﹂に思えても実は本命にしたい女性は ﹁微乳で薄化粧﹂が理想という男も少なくない。 男がコレクションや専門知識を自慢したり女がネイルアートやア クセサリを見せびらかしたりするのは、古代にはそれなりの意味も あったが現代では無意味に近く、むしろ異性を引かせてしまう場合 もある。慎重な者はウッカリやってしまわないように気をつけてい るだろう。 勢い⋮⋮慎重な男と女が相手を探ろうとすると、心理テストみた いな会話をするようになってくる。 ﹁江戸橋さん、腕時計って、どうしてる?﹂ ﹁腕時計?﹂ 江戸橋は左手腕を見せた。スイス製のアナログ時計だ。 ﹁やっぱり、信頼性のあるものを使ってるよ﹂ ﹁信頼性⋮⋮﹂ 見ると、よく手入れされてされていて、バンドも綺麗なものだ。 ﹁壊れにくくて狂いにくいこと。華美だと盗まれたりするから、デ ザインは必要以上に凝らなくていい。いまは父からもらった日本製 と、自分で気に入って買ったこれ、ふたつを使ってる。ふだんは、 父の面子もあるからもらった方を使ってるけど、今日はプライベー トだから自分で選んだのをもってきた﹂ ﹁へえ⋮⋮︵へえ⋮⋮︶﹂ 星乃の、言葉の﹁へえ﹂と心の﹁へえ﹂は微妙に違う意味を持っ ていた。 ﹁じゃあさ、コーヒーについてはどう思う?﹂ 突然に変わった質問に、江戸橋は歩きながら視線を落として考え 込んだ。 62 ﹁コーヒー? あんまり飲まないな⋮⋮奨められても断ることも多 いよ。たまにすごく欲しくなるときもあるけど﹂ ﹁どんなとき?﹂ ﹁心が疲れてる時とか。そういうときは自分でドリップしたコーヒ ーを、一口一口、大切に味わって癒されたい﹂ ﹁好きな味とかはある?﹂ ﹁そうだね⋮⋮優雅な香りのブルーマウンテンとか。あ、キリマン ジャロブレンドの野性的な味も捨てがたいかも。まあ、心を篭めて 丁寧に入れたコーヒーはたいてい美味いけどね﹂ ﹁︵なるほどぉ⋮⋮︶﹂ 星乃は、彼の言葉の一部を置き換えて脳内に反芻する。 ﹁︵やっぱり、真面目な人なんだ⋮⋮でも、ってことは⋮⋮︶﹂ なんとなくにこにこしだした星乃に、今度は江戸橋が尋ねた。 ﹁今さ、部屋の中にすてらさんが一人でいるとして﹂ ﹁どんな部屋?﹂ ﹁好きなように想像して。そこに火のついたローソクがあるんだ。 どんなローソクがどんなふうに何本あると思った? で、その部屋 ですてらさんはどうしてる?﹂ ﹁え⋮⋮﹂ 星乃は視線を上げてちょっと考え込んでしまった。 ﹁︵ふうん⋮⋮目線は右上ですか︶﹂ 江戸橋も星乃の様子を観察している。星乃はしばらく考えてから、 ﹁ローソクは2本﹂ ﹁2本?﹂ ﹁部屋の真ん中にあったすっごく太くて明るかったローソクに私、 寄りかってたんだけど、もうほとんど燃え尽きて消えちゃってて⋮ ⋮で、前のすぐ近くに新しいローソクがあって。小さいけどあった かい火で、それを見てるとなんだか嬉しい気持ち﹂ 63 ﹁︵ふぅん⋮⋮意外と⋮⋮でも、消てる太いローソクって⋮⋮︶﹂ ﹁あ、私、太いローソクから出てきたみたいな感じかな。﹂ ﹁?﹂ ﹁最初はローソクの中にいたの。あるとき、急に外へ出てきて、そ の後は寄っかかってる感じで。そしたら火が消えちゃって真っ暗に なって。燭台にはまだ寄りかってるんだけど。でもそこへ、前に新 しいローソクがパッと現れて、火がついて部屋が明るく、またあっ たかくなった⋮⋮そんな感じ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮? 他にローソクはない? 足元に小さいのとか﹂ ﹁? 2つだけ。というか、1つは燃え尽きちゃったから、今は1 つだけなのかなぁ?﹂ 江戸橋の笑顔はちょっと作り物めき、星乃は不安になった。 ﹁あの⋮⋮私、変な答え、した?﹂ ﹁あ、いや! 別に。それより、あそこでいいかな?﹂ 江戸橋の指差した店は、別に変哲もなさそうな中華料理屋だった。 携帯の情報に寄れば平均点で星4つ、悪い評判は少なく、無難そう なところだ。 ﹁行きましょうか﹂ 星乃がにっこり笑って先に進む。江戸橋は小さく安堵の息をつき ながら ﹁︵バカか俺。考えてもしょうがないだろ。すてらさんとはただの ネ友なんだから⋮⋮1回だけ間違いを起こしはしちゃったけど、あ れから何も言ってこないじゃないか。俺には芙由美ちゃんというフ ィアンセがいるんだしな⋮⋮恋愛感情を持つにはまだ時間が必要だ けど︶﹂ 星乃が振り向く。 ﹁YOU?﹂ ﹁あ、ごめん、ちょっと考え事⋮⋮入りましょう﹂ 64 ⋮⋮。 心理テストの意味は、次回をお楽しみに。 ︵つーか、もしご存 知なかったらあなたもやってみてください♪︶ −−−つづく 65 第9話:怪盗、心理テストする︵回答編︶︵前書き︶ *物語中に心理テストのネタバレがあります。自分もテストしてみ たい方は、第8話を先にご覧ください。お題は﹁車﹂﹁腕時計﹂﹁ コーヒー﹂﹁ローソクのある部屋﹂の4つです。 66 第9話:怪盗、心理テストする︵回答編︶ 四川料理の専門店らしい。が、普通に考えてデートで男が連れて くるような雰囲気のお店ではない。 けれど ﹁ここ美味いんだ﹂ と、江戸橋はニコニコして星乃をいざなった。星乃はとっさに ﹁︵試されてる!︶﹂ と気づいた。仕方ないよね、だって自分もさっきから彼を試して るんだもん。 つまりこういうこと。﹁見てくれにこだわるか、中身を取るか﹂。 料理の味よりも構えのオシャレさにこだわる女なら、家庭には向 テスト かず、愛人に向く。男はたまに、こうやって女を試すものだ。 ﹁︵いいわ。がんばって試しにパスしてやろうじゃない!︶﹂ かぜん、星乃はファイトを燃やした。 ﹁︵車や腕時計を大切にする男は女性のことも大切にする⋮⋮彼は 車を持ってないから、運転の癖から性癖を判断することはできない けど。でも時計への意識から女性への意識もだいたいわかったわ︶﹂ そういう意図で、星乃は時計について尋ねたのだ。 ﹁︵華美でなく信頼性のあるもの⋮⋮つまり見かけの美しさより、 信じられるパートナーを求めてるってこと︶﹂ 華美だと盗まれるから、という表現が少し引っかかった。が、星 乃には彼のことが、やはり誠実な男に思える。 ﹁︵与えられた時計っていうのは、おそらく婚約者の美芙由ちゃん ⋮⋮でもそれはお父様の顔を立てるためで、本音では自分で選んだ 相手を大切にしたいと思ってる⋮⋮︶﹂ 星乃は満足そうにニンマリとした。 67 ﹁︵つまり、まだ私にも﹃自分で選んだ腕時計﹄になれるチャンス があるっ!︶﹂ 店の中は照明が暗くて、テーブルやカウンターも黒っぽい木目む き出しという無骨なデザインだった。江戸橋は星乃を奥のテーブル へとうながし、壁側の席に座らせる。 周囲を警戒する人は通路側に座ることを嫌う。後ろに人が行き来 すると不安に感じられるからだ。 でも、それを我慢して女性をより落ち着ける席につける⋮⋮それ だけ相手を尊重しているということか。逆にいえばそれだけ信頼し てないという意味でもあるけれど、どちらにせよ、おそらく江戸橋 フォーコ タンタン は無意識でやってるのだろう。 マポトーフ ﹁麻婆豆腐と、火鍋と、坦々麺と⋮⋮﹂ 四川料理のお約束的メニューを注文する江戸橋を、星乃はじっと 見つめた。 ﹁︵今日は、せ⋮⋮せっくすまでは行かないみたいね。食べるもの も、においの強いメニューだし︶﹂ さっきの質問の答えから、そう考えていた。 コーヒーについてどう思うかという質問。その答えは、そのまま 性行為についてどう思っているうかの答えになってしまうのだ。 彼の答えは﹁あんまり飲まない﹂⋮⋮つまり、性行為への欲求は 淡白だ。でも﹁心が疲れているときには丁寧に味わいたい﹂と言っ ていた。それは、性行為に癒し感を求めていることを意味する。 問題は﹁優雅なブルーマウンテンと野性的なキリマンジャロ﹂と いう、二つの好みを挙げたことにあった。 星乃は額に指を当てた。 上品な女と野性的な女⋮⋮どちらのタイプも好きということ。そ れが、星乃には気になっている。 でも﹁心を篭めて淹れたコーヒー﹂ということは、つまり最終的 68 には﹁真心を示す女﹂であることをもっとも重視している⋮⋮と思 える。そこに賭けてみるべきなんだろうか? すてら 江戸橋も、ちらちらと自分を観察するようなしぐさで考え事をし てる星乃に気がついていた。 ﹁︵ローソクが2本、かぁ⋮⋮︶﹂ 思い浮かべられた部屋の中でのローソクの状態と自分の位置との 関係は、そのまま、その人の心の中での異性との関係を象徴する。 すなわち、二本のローソクについて語った﹁すてら﹂の心には、二 人の男性がいるということになる。 太いローソクに寄りかかっていたということは、身も心もその男 に頼りきっていたということだろう。 ﹁︵でも⋮⋮火が消えちゃってるって、どういうことだろう? い なくなった? それとも⋮⋮︶﹂ そして気になるのはもう一本の、火のついているローソク。彼女 には進行形で意識している男性がいることを暗示する。それも、描 写からするとかなり親密らしい。 部屋が明るくあったかくなったということは、その男性と知り合 ったことで心が明るくあったかくなったということだ。 ただしそれが自分のことなのか他の男なのか、江戸橋には判断で きなかった。 ﹁︵まぁ⋮⋮すてらさんて綺麗だしな。処女ってわけでもなかった し。僕の初体験は彼女にとっては﹃火遊び﹄だったのかもしれない なぁ⋮⋮︶﹂ 無意識にため息をついてしまう。星乃はそれを見逃さなかった。 ﹁何か気になることでも?﹂ ﹁あっ、いや⋮⋮ちょっと考え事を﹂ ﹁何か悩みでもあるんなら⋮⋮﹂ ﹁ん、まあ⋮⋮仕事がらみだから﹂ ﹁あ⋮⋮﹃桜田門﹄かぁ。じゃあ聞けないよね﹂ 69 苦笑いが交わされる。 こういう時のカンは女の方が鋭い。星乃にもこれが誤魔化しだと いうことは感じられた。けれど、追求はしないことにした。自分の プライドよりも、二人の楽しい時間の方が優先だ。 ﹁私もちょっと悩みがあってさ﹂ ﹁⋮⋮僕が聞いてもかまわないようなこと?﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ どうしよう? 星乃はしばらく真剣に悩んだ。そして遠まわしに 話を組み立てる。 ﹁親ってものは、子供に、自分の仕事を継がせたいものよね?﹂ ﹁うん⋮⋮あると思う。長年つちかった蓄積を、子供に譲って役立 てて欲しいんだろうな。ノウハウとか人脈とか﹂ ﹁いつか、私たちもそうなるのかしら?﹂ ﹁え﹂ ﹁自分の仕事を、子供に譲りたくなるのかしら﹂ ﹁うーん、なるんじゃないかな﹂ ﹁YOUのお父様もやっぱりそうなの?﹂ ﹁うん。そうだと思うよ﹂ 星乃は考え込んだ。 自分が怪盗なんかやってるのは、父親の技術を失わせないため。 だがそうすると、いずれはこの技術を次の世代に受け継がせなけれ ばならなくなる。 表立って弟子などを募集できる稼業じゃないから、もっとも可能 性があるのは自分の実子ということになる。けれど⋮⋮ ﹁︵父親が警察のエライさんじゃなぁ⋮⋮︶﹂ 自分の心が江戸橋裕貴に傾いてる自覚は強く感じている。彼が他 の女と仲良くすることを考えるだけでもムカムカして、暴力をふる いたくなってくるのだ。この感情が嫉妬であることは彼女にもわか っている。 そして⋮⋮自分を慰めるとき、江戸橋のことを思い浮かべている 70 ことが、﹁パパ﹂より多くなってきた。 彼に抱きしめて欲しいし、キスして欲しいし、自分の中で存分に 暴れて欲望を力尽きさせて欲しい。そんな気持ちに我慢しきれなく なり、指で慰めてしまうのだ。 正直に言って、江戸橋と二人で暮らす妄想もしてしまうときがあ る。その内容は、新婚だったり同棲だったり逃亡中だったりといろ いろな形を取るけれど。どんな形であれ、彼と同じ空気を吸って同 じ時間をずっと過ごせることに、星乃は幸せを感じてしまう。 ただ⋮⋮自分は泥棒で彼は警部補。 職業に貴賎はないとか職業差別はいけないとか言うけれど、そん なものは机上の空論にすぎない。仕事には、重要なものもあればた いして役に立ってないものもあり、実入りのいいものもあれは悪い ものもあり、合法なものもあれば違法なものもある。 違法か合法かは紙に書かれた一行の文章が決めてしまう。そして この文章は、ささいなきっかけで書き換えられる。法律と道徳は必 ずしも一致してないし、時の流れとともにどんどん変わっても行く。 いつか、窃盗が合法化される時代が来ないとも限らない! とは言うものの⋮⋮星乃が結婚適齢期のうちにそうなる可能性は あんまりないわけで。 とすると、江戸橋と結婚できる可能性も⋮⋮。 今度は星乃がため息をついた。 すると江戸橋が心配そうな顔をする。 ﹁なにかマズいのかな、うちの親父が?﹂ ﹁あっ、いや! そうじゃないの。連想しているうちに恐い考えに なっちゃただけで﹂ ﹁親父が君を逮捕するかもとか?﹂ 71 ﹁かもね﹂ ﹁何か悪いことやってるんだな?﹂ 江戸橋は冗談のつもりで言っただけだ。でも星乃はゴクッと唾液 を飲み込んでしまった。 言いたい。彼にすべて話してしまいたい。でも言うわけに行かな い! ここは⋮⋮ ﹁かもね?﹂ 謎の女を演じるに限る。 ﹁ダメだよ、すてらさん﹂ ﹁ダメでも、悪いことってするときにはしちゃうから⋮⋮﹂ ﹁違う﹂ 江戸橋がパシッと星乃の言葉を切る。 ﹁悪いことしたら、僕が君に手錠をかける。他の奴になんか⋮⋮た とえ親父にも、逮捕なんかさせないから。ね?﹂ 江戸橋は、小さくそう言って微笑する。 星乃の体中にゾクッとくるものがあった。悪寒じゃない。心地い い震えだ。 ﹁や⋮⋮やさしく、取り調べてくれる?﹂ ﹁隠したりウソついたりしなければね﹂ ﹁それは無理よ。女はウソをつく生き物だもん﹂ ﹁すてらさんのことは信じたいけど、ウソつくと僕が窮地に陥るよ ?﹂ ぐっ⋮⋮星乃は息が詰まってしまった。 ﹁︵やっぱり⋮⋮この人とは無理なのかな︶﹂ 思わず目が潤みそうになり、顔をそむける。 そこへ⋮⋮麻婆豆腐が運ばれてきた。 72 −−−つづく 73 第9話:怪盗、心理テストする︵回答編︶︵後書き︶ *心理テストは資料に基づいて引用しましたが、信憑性の保証はい たしません。 74 PDF小説ネット発足にあたって http://novel18.syosetu.com/n6658x/ 星空怪盗スターリー=ランナー 2013年6月3日05時49分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 75
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