日呼吸会誌 ●症 43(2) ,2005. 89 例 自覚症状を欠き,健診で発見された限局型 Wegener 肉芽腫症の 1 例 宇治 正人1) 芝嵜 功行2) 松下 晴彦3) 要旨:症例は 60 歳女性.市民健診にて胸部異常陰影を指摘され紹介入院となった.胸部 CT にて最大径約 2.0 cm の多発腫瘤影を両肺に認めた.気管支鏡下肺生検にて,壊死物質の周囲に類上皮細胞,リンパ球, ラングハンス型巨細胞などの肉芽腫を認め抗結核療法で 1 カ月間治療したが,多発腫瘤影は増悪した.入 院時の血中 PR3-ANCA が陽性であり,確定診断目的で胸腔鏡下肺生検を施行した.組織学的所見にて壊死 性肉芽腫性血管炎を認め,他臓器病変もないことから限局型 Wegener 肉芽腫症と診断した.ステロイドホ ルモンおよびシクロフォスファマイド投与にて胸部異常影は著明な改善を認めた.自覚症状を欠く健診発見 の限局型 Wegener 肉芽腫症は比較的稀と思われたためここに報告する. キーワード:限局型 Wegener 肉芽腫症,壊死性肉芽腫性血管炎,抗好中球細胞質抗体,健康診断(健診), 無症状 Limited form of Wegener’ s granulomatosis,Necrotizing granulomatous angiitis,ANCA, Health examination,No symptom 緒 言 を認めなかった. 入院時検査(Table 1) :血算に異常なく,CRP は陰 Wegener 肉芽腫症は,上気道,下気道および腎の壊 性であったが赤沈は軽度亢進していた.LDH は高値を 死性肉芽腫性血管炎を三主徴とする自己免疫性疾患と考 示しコレステロール・中性脂肪は高値を示していた.腫 えられている.有症状の報告例は多々あるものの,健診 瘍マーカーは正常で,尿検査では異常を認めなかった. 発見の自覚症状のない限局型 Wegener 肉芽腫症は比較 室内気下での動脈血液ガス分析では軽度の低酸素血症を 的稀と思われたのでここに報告する. 認めた. 症例:60 歳,女性. 入院時胸部 X 線(Fig. 1)および CT 所見(Fig. 2a, 主訴:特訴なし(胸部異常陰影精査) . b) :胸部 X 線では両肺に大小不同の多発腫瘤影を認め 既往歴および家族歴:18 歳慢性副鼻腔炎術後,24 歳 た.胸 CT で は 右 上 葉 に 直 径 2.0 cm 大 の air-broncho- 子宮筋腫術後,57 歳高脂血症にて近医で加療中.喫煙 gram を伴う腫瘤影を最大に,右中下葉,左下葉に小結 歴はない. 節影を認めた.それらの中には胸膜直下病変として存在 現病歴:ここ十数年,市民健診を受けてきたが,胸部 するものもあった.右 S5 領域には線状影を認めた.肺 の異常は指摘されたことがなかった.2001 年 6 月 2 日 門および縦隔リンパ節の腫脹は認めなかった.腹部エ の市民健診にて自覚症状はないものの,胸部 X 線にて コー上,腎には異常を認めなかった. 両側性に多発する腫瘤影を指摘され,精査加療目的にて 6 月 12 日当科へ紹介入院となった. 入院時現症:身長 152.4 cm,体重 60 kg,体温 36.3℃, 臨床経過:2001 年 6 月 12 日の気管支鏡検査では,可 視範囲に特記すべき異常所見は認めなかった.右 B2 か らの気管支鏡下肺生検の組織学的所見(Fig. 3)では, 脈拍 72! 分整,血圧 120! 70 mmHg,貧血黄疸なく,表 壊死物質とリンパ球,類上皮細胞,ラングハンス型巨細 在リンパ節を触知せず,胸部および腹部理学所見は異常 胞などの肉芽腫を認め,真菌や悪性細胞は認めなかった. 細菌学的検査では抗酸菌塗沫陰性で,抗酸菌遺伝子増幅 〒590―0808 大阪府堺市旭ヶ丘中町 4 丁 3 番 1 号 1) 大阪府立身体障害者福祉センター附属病院 〒544―0004 大阪府大阪市生野区巽北 3―20―29 2) 育和会記念病院 〒594―0071 大阪府和泉市府中町 4 丁目 10―10 3) 和泉市立病院 (受付日平成 16 年 6 月 14 日) 反応も陰性であった.ツベルクリン反応は発赤径 6×4 mm と陰性であったが肺結核として 6 月 20 日より抗結 核療法を開始した.しかし,7 月の胸部 X 線(Fig. 4)と 胸部 CT(Fig. 5a,b)において多発結節影が増大して いるばかりでなく,新たな結節影やスリガラス陰影の出 現を認め,抗酸菌培養も陰性であったため,抗結核療法 90 日呼吸会誌 43(2),2005. Table 1 Laboratory data on admission Complete blood cell count RBC 450 × 104 /μl Hb 14.0 g/dl Ht 41.1 % WBC 5,500 /μl Nt 63.9 % Ly 23.1 % Mo 10.4 % Eo 2.3 % Ba 0.3 % Plt 20.4 × 104 /μl Blood gas analysis pH 7.395 PaCO2 42.5 torr PaO2 75.0 torr SaO2 95.0 % Serology CRP < 0.10 mg/dl ESR 34 mm/hr PR3-ANCA 36 EU (< 10 EU) MPO-ANCA 14 EU (< 20 EU) ANA < 2.0 IU/ml RF 77 IU/l CEA 2.7 ng/ml CA19-9 37 U/ml Urinalysis Protein (−) Glucose (−) Occult blood (−) Biochemistry TP Alb T-Bil AST ALT γ-GTP ALP LDH BUN Cre Na K Cl T-cho TG 8.3 4.6 0.6 27 16 31 212 267 14.6 0.6 141 4.1 107 237 300 g/dl g/dl mg/dl IU/l IU/l IU/l IU/l IU/l mg/dl mg/dl mEq/l mEq/l mEq/l mg/dl mg/dl Fig. 2a Chest CT on admission(June 2001)showed a nodular opacity in which air-bronchogram was noted. Fig. 1 Chest radiography on admission(June 12, 2001) showed a small nodular shadow and infiltrative shadows in the right lung field. を 中 止 し た.入 院 時 の PR3-ANCA が 陽 性 と 判 明 し Wegener 肉芽腫症を疑ったが,耳鼻咽喉科的診察では 異常所見を認めなかった.確定診断のために 8 月 6 日に 胸腔鏡下肺生検を右中葉結節性陰影において施行し,含 気を消失させずに検体を処理した.組織学的所見では, 小動脈のフィブリノイド壊死,血管壁の破壊・狭窄・閉 塞(Fig. 6a)と,類上皮細胞,ラングハンス型巨細胞, Fig. 2b Chest CT on admission(June 2001)showed a few nodular shadows in the right middle lobe. リンパ球,好中球からなる肉芽腫が多発していた(Fig. 6b) .器質化肺炎は部分的に確認されたが,microabscess の異常は指摘しえず,限局型 Wegener 肉芽腫症と判断 や壊死物質の geographic pattern は認めなかった.特 し 8 月 20 日よりプレドニゾロン 50 mg! 日とシクロフォ 殊染色にて真菌,抗酸菌は認めなかった.弾性線維染色 スファミド 50 mg! 日の投与を開始した.特に本人に自 では血管壁弾性線維の融解,消失を認めた.これらより 覚症状もなく血液検査・尿検査上,特記すべき異常を認 壊死性肉芽腫性血管炎と考え,他臓器に明らかな臨床上 めず,胸部 X 線と胸部 CT にて著明に改善し,プレド 自覚症状の無い健診発見の Wegener 肉芽腫症 Fig. 3 Histopathology of transbronchial lung biopsy of the nodule in the right upper lobe showed necrosis, and lymphocytes, plasma cells and epithelioid cells. 91 Fig. 5a Chest CT(July 2001)showed the mass shadow which revealed an increase in size when compared to the previous nodular shadow. Fig. 5b Chest CT(July 2001)showed a few nodular shadows that got worse in size and number. Ground glass opacities developed around the nodular shadows. Fig. 4 Chest radiography(July 2001)showed worsening of nodular and infiltrative shadows during a 1-month antituberculous drug therapy. 熱,全身倦怠感,体重減少などの非特異的症状を WG 症はもたらしうる.画像上の特徴的所見5)∼8)や血清学的 に ANCA 陽性などの情報があれば,WG 症を鑑別疾患 ニゾロンを 20 mg! 日まで漸減し 2001 年 11 月 16 日に退 として挙げることは可能かもしれない.しかし,健診に 院とした.外来通院中において 2003 年 6 月までで 2 剤 おいて症状がなく,一般の血液検査,尿検査だけで本症 と も 漸 減 中 止 し た が,そ れ 以 後,2004 年 6 月 ま で の を強く疑うことは困難と考えられる.我々は胸部 CT 所 Wegener 肉芽腫症の再燃を認めていない. 見5)∼7)から,本症を含めた血管炎,多発性転移性腫瘍, 考 察 抗酸菌症,真菌症,多発性肺梗塞,敗血症性肺塞栓症, などを鑑別疾患として挙げた.気管支鏡下肺生検を施行 Wegener 肉芽腫症(以下 WG 症)では上気道,下気 したが,一般的には気管支鏡下肺生検での血管炎の診断 道,腎病変が三徴であるが,全身性の血管炎を起こしえ は困難であり,その病理学的所見からは確定診断は得ら る疾患であり,他臓器の症状・病変も多数見受けられ れず,直ちに WG 症と診断することは困難であった. る1).一方,有症状の報告2)∼4)は多々あるが,健診発見で PR3-ANCA の WG 症に対する診断補助性は評価され 自覚症状のない肺限局型 WG 症は比較的稀と思われた ているが,本症例でも有用であった.吉田の自験 35 例 ので報告した. において,WG 症の病変部が,単一の臓器障害を呈する 血痰,胸痛,呼吸困難などの呼吸器特異的症状と,発 限局型の時期では PR3-ANCA 陽性率・力価共に低く, 92 日呼吸会誌 43(2),2005. 一般的であり,本邦では人間ドックを含む定期健康診断 というシステムが存在したためこのような時期での発見 が可能だったとも言える.逆に,もし健診を受けていな ければ,もっと病状の悪化した時期から精査加療が開始 され,不可逆的臓器障害をもたらしていたかもしれない と考えられた. かつて,WG 症は致死率の高い病気であったが,近年 の免疫抑制剤での良好な治療成績が報告されるように a なってきた.よって,健診で自覚症状が乏しいと言えど も,特徴的画像所見があれば,WG 症を含めた壊死性肉 芽腫性血管炎を鑑別診断に入れて早々に精査加療を進め ていくべきと考えられた. 謝辞:本症例の病理所見について御教授いただいた和泉市 立病院病理科田中勲先生に深謝いたします. 本論文の要旨は第 58 回日本呼吸器学会近畿地方会(2001 年 12 月 1 日大阪)において報告した. 引用文献 b 1)Schwarz MI, King TE : Interstitial Lung Disease. 3rd ed, B.C. Decker Inc. Hamilton, London, 1998 ; Fig. 6 Histopathology of the mass in the right middle lobe showed necrotizing vasculitis which narrowed the lumen(6a) , and multiple granulomata which consisted of Langhans’ giant cells, epithelioid cells, lymphocytes and neutrophils(6b) . Microabscess and geographic pattern of necrosis were not found. 509―521. 2)Carrington CB, Liebow AA : Limited forms of angiitis and granulomatosis of Wegener’ s type. Am J Med 1966 ; 41 : 497―527. 3)矢野修一,穴戸眞司,河崎雄司,他:ANCA 陰性 の限局型 Wegener 肉芽腫症の 1 例.日呼吸会誌 2000 ; 38 : 126―130. 4)津島健司,田中宏和,漆畑一寿,他:好酸球増多を 病変が全身型へ移行するに従いその陽性率・力価が上昇 することが見出されている9).特に肺限局型では陽性率 50%,血中 PR3-ANCA の平均値が 20.5 EU と,他の病 伴った Limited Wegener 肉芽腫症の 1 例.日呼吸 会誌 2000 ; 38 : 937―942. 5)Kuhlman JE, Hruban RH, Fishman EK : Wegener 型と比較して陽性率・力価が共に低値であった.PR3- Granulomatosis : CT ANCA 陰性の WG 症も報告されているので,そのよう Lumg Disease. J Comput Assist Tomogr 1991 ; 15 : な症例では,臨床的・画像的・病理学的検索に頼らざる を得ない. Features of Parenchymal 948―952. 6)Weir IH, Muller NL, Chiles C, et al : Wegener’ s gra- WG 症の病期について,Gross らは,WG 症の患者の nulomatosis : findings from computed tomography 約 3 分の 1 に,経過中致命的とならない,上気道,下気 of the chest in 10 patients. Can Assoc Radiol J 1992 ; 道病変のある時期が数カ月から時に数年続き,その後に, 致命的となる下気道,腎病変を起こし得るという 2 つの 病期の存在を指摘している10).そして,DeRemee らは 腎病変へと進展せず,上気道,下気道病変で安定してい る限局型 WG 症は,腎病変を含む全身型(古典的)WG 症とは異なる病気というよりも,一疾患における異なる 43 : 31―34. 7)木村正剛,芦沢和人,松山直 弘,他:Wegener 肉 芽腫症の胸部画像所見―CT による経過観察を中心 に―.日呼吸会誌 2002 ; 40 : 171―176. 8)Attli P, Begnum R, Romdohane HB, et al : Pulmonary Wegener’ s granulomotosis : changes at followup CT. Eur Radiol 1998 ; 8 : 1009―1113. テンポを反映していると考えている11).つまり,本症例 9)吉田雅治:難治性血管炎―各論―Wegener 肉芽腫 は,彼らの言う致命的な病変のない,そして下気道病変 症.日本臨床 1994 ; 52 : 131(2089)―136(2094) . で安定している時期に健診で異常を指摘されたという見 10)Gross WL : Wegener’ s granulomatosis. New aspects 方ができる.また諸外国においては何らかの有症状時に of the disease course, immunodiagnostic procedures 初めて医療機関を受診し胸部 X 線写真を撮影するのが and stage-adapted treatment. Sarcoidosis 1989 ; 6 : 自覚症状の無い健診発見の Wegener 肉芽腫症 15―21. 93 proposed classification. Mayo Clin Pric 1976 ; 51 : 11)DeRemee RA, McDonald TJ, Harrison EG Jr, et al : 777―781. Wegener’ s granulomatosis ; Anatomic correlates ; A Abstract Case report of limited form of Wegener’ s granulomatosis detected by a health examination with no subjective symptoms Masato Uji, Yoshiyuki Shibazaki and Haruhiko Matsushita Department of Internal Medicine, Izumi City Hospital A 60-year-old woman with no subjective symptoms was admitted to our hospital because of chest radiograph abnormality detected by a health examination. A computed tomographic scan of the thorax showed multiple nodules in both lungs without cavitation. Other organ lesions were not detected. Specimens from transbronchial lung biopsy revealed non-specific granuloma with necrosis. Antituberculous therapy was not effective, and serum PR 3-ANCA revealed to be positive. So we performed an excisional biopsy of the lung by video-assisted thoracoscopic surgery. The specimens showed necrotizing vasculitides, and granulomata which consisted of mainly lymphocytes, epithelioid cells and Langhans’ giant cells. We here report a rare case of a patient with a limited form of Wegener’ s granulomatosis suffering from no subjective symptoms detected by a health examination.
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